争点効と信義則の書き方
造作の買取代金200万円を求めた前訴Kで、面談でのXの発言は検討するにとどまるとして負けたYが、同じ発言を理由に、不法行為による損害賠償200万円を求めてまた訴えた事例を素材に、既判力が及ぶか、争点効が認められるか、信義則で後訴を止められるかを答案の順に確認し、遮断されない場面との分かれ目まで見ます。
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ゼロから民事訴訟法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
事例
図:X・Y・Zと、前訴K・後訴M
Xは、ビルのオーナーです。デザイン会社Yへ、ビルの2階の事務所を、賃料月額30万円で貸しました。前に見た賃料の事件と同じXとYで、賃料とは別の、造作をめぐる事件を見ます。Yは、入居してから、自分のお金で、会議用のカウンターと間仕切りを、事務所に取り付けていました。これを、造作と呼びます。造作というのは、借りた人が、借りた部屋に付け足した設備のことです。令和7年3月、6月末で退去することになっていたYが、Xと事務所で面談して、「退去するときに、この造作を、Xが200万円で買い取ってほしい」と持ちかけました。この面談には、仲介会社の担当者Zも、同席していました。
面談のあと、Yは、「200万円で買い取りとのこと、ありがとうございます」というメールを、Xに送りました。Xからの返信は、ありませんでした。令和7年9月、Yは、Xを被告にして、訴えを起こしました。「面談で、Xは買い取ると承諾した。買取りの合意が成立した」として、買取代金200万円の支払を求めたのです。これを、前訴Kと呼びます。Xは、「面談では、検討すると言っただけで、承諾はしていない」と争いました。前訴Kの中心は、面談でのXの発言の内容です。確定的に承諾したのか、検討すると言っただけなのか。同席していたZの証人尋問、Yのメール、面談のあとのやり取りが、全面的に審理されました。裁判所は、「面談でのXの発言は、検討する、にとどまり、買取りの合意は成立していない」として、請求を棄却しました。この判決は、令和8年5月に確定しました。
Xは、紛争は終わったと考えました。そして、令和8年7月に、造作を撤去して事務所を全面的に改装し、同じ年の10月に、新しいテナントと賃貸借契約を結びました。ところが、令和9年3月、Yが、Xを被告にして、また訴えました。今度は、「面談で、Xは買い取ると述べた。Yはそれを信じて、造作を他の買い手に売る機会を逃した」として、不法行為に基づいて、200万円の損害賠償を求めるものです。これを、後訴Mと呼びます。Yが主張する面談でのXの発言は、前訴Kと同じ、「買い取る」という発言で、新しい証拠はありません。
代金を払えという請求は負けたので、今度は、損害を賠償しろという形で、同じ話をしているように見えます。ただ、請求している権利は、別です。見た目は同じ争いでも、訴訟物は別です。この綱引きが、この問題の中心です。前訴Kで決着した面談の発言の内容を、請求の形を変えて、もう一度争えるのか。問いは、「後訴Mは許されるか」です。
検討の順番
図:既判力から、信義則まで
順番を決めます。後訴Mが許されるかは、まず、前訴Kの確定判決の既判力が及ぶかで決まります。既判力が及ぶなら、前訴の判断と食い違う主張は、もうできないからです。そこで、最初に114条1項で、既判力の及ぶ範囲を確かめます。
既判力が及ばなかったら、後訴Mは許される、でよいのでしょうか。そこで終わりにしないのが、ここでの中心です。既判力が及ばなくても、別の道で、後訴を止められることがあります。2番目に、既判力の外側で拘束力を認める学説、争点効を検討します。判例は否定していますから、ここは短く処理します。3番目に、判例が個別に蒸し返しを止めている、信義則を検討します。ここを、事実を拾いながら1つずつ当てはめて、後訴Mの扱いまで、結論を出します。
条文民事訴訟法114条1項
民事訴訟法114条1項(既判力の範囲)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
114条1項です。確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。音読すれば出てくる条文ですから、条文どおりに書けば足ります。覚える規範ではありません。主文に包含するものとは、訴訟物、つまり、原告が判決を求めた権利そのものについての判断のことです。判決の理由の中で述べられた判断には、既判力は生じません。
第1 既判力は後訴Mに及ぶか
図:前訴Kの訴訟物と、後訴Mの訴訟物
前訴Kで、裁判所が判断したのは、Yの「買取代金200万円を払え」という請求権があるかどうかです。これが前訴Kの訴訟物で、既判力が生じるのは、この訴訟物についての判断、つまり「買取代金債権は存在しない」という判断です。一方、後訴Mの訴訟物は、不法行為に基づく損害賠償請求権です。金額は同じ200万円でも、請求権が違います。旧訴訟物理論の考え方では、請求権ごとに別個の訴訟物です。
訴訟物が別なら、既判力は及ばない、で終わりでしょうか。既判力が後訴に作用するのは、訴訟物が同じときだけではありません。既判力が後訴に作用するのは、後訴の請求が、前訴の訴訟物と、どういう関係にあるときでしょうか?
同じ請求のとき、前訴の判断を前提にしているとき、前訴の判断と食い違うときです。数えると3つで、同一、先決、矛盾です。この3つを、順に当てはめます。
図:既判力が及ぶかの当てはめ
1つ目、同一かどうかです。前訴Kの訴訟物は、買取代金債権の存否で、後訴Mの訴訟物は、不法行為による損害賠償請求権の存否です。請求権が別個ですから、同一ではありません。2つ目、先決関係かどうかです。先決関係とは、前訴の訴訟物についての判断が、後訴の請求の存否を決める前提になっている関係です。損害賠償請求権があるかどうかは、買取代金債権があるかどうかを、前提にしていません。代金債権がなくても、不法行為は成り立ちえます。先決関係には立ちません。3つ目、矛盾関係かどうかです。前訴Kの既判力は、「代金債権は存在しない」という点だけに生じています。「代金債権は存在しない」ことと、「損害賠償請求権は存在する」ことは、両立します。矛盾関係にも立ちません。
もっとも、前訴Kでは、面談でのXの発言は「検討するにとどまる」と判断されました。後訴Mで「買い取ると述べた」と言うのは、その判断と食い違っていないでしょうか。食い違いに見えますが、既判力が生じるのは、主文に包含するもの、つまり訴訟物についての判断だけでした。「面談でのXの発言は検討するにとどまる」という判断は、代金債権は存在しない、という結論を導くための、判決の理由の中の判断です。理由中の判断には、既判力は生じません。判例も、そう述べています。
なぜ、理由の中の判断には、既判力が生じないのでしょうか。当事者に与えられた主張と立証の機会は、訴訟物、つまり、その請求が認められるかどうかに向けられています。理由中の判断は、その結論を出すための手段にすぎません。手段として判断された事項にまで拘束力を持たせると、当事者は、あらゆる細かい事項について、そのたびに全力で争わなければならなくなります。そこで、拘束力は、訴訟物についての判断だけに限られています。
図:結論 既判力は、後訴Mには及ばない
結論です。前訴Kの既判力は、後訴Mに及びません。したがって、既判力を理由には、後訴Mを止められません。
では、後訴Mは許される、ということでしょうか。答案では、ここが分かれ道です。たとえを置きます。町内会の総会で、Aさんが、「会長が会費を免除すると約束したのだから、払った会費を返してほしい」という議題を出して、何度も審議した末に、「約束はなかった」と決まったとします。その後、Aさんが、議題の名前だけを、「約束を信じて引っ越しを遅らせた損害の補償」に変えて、同じ「約束があった」という話を、持ち出したとします。決議の効力は、「会費の返還」という議題の線の内側にしか及びません。新しい議題は、線の外にあります。線の外だから、もう一度、議論してもいい、とは言いにくいところです。同じ約束があったかどうかを、また最初から話し合うことになってしまいます。
既判力が及ばないから適法、と書いて止めると、問いの半分で止まった答案になります。既判力が止められるのは、訴訟物という線の内側だけです。線の外で起きる蒸し返しを、放置してよいのか。これを、次の問題として立てます。
第2 争点効による遮断
図:既判力は及ばない。理由中の判断に、拘束力は認められるか
既判力の外側で、拘束力を認める道として、学説が唱えてきたのが、争点効です。前訴で、当事者が主要な争点として争い、裁判所が判断した事項には、後訴でも、既判力に類する拘束力を認めよう、という考え方です。前訴Kでいえば、面談でのXの発言は「検討するにとどまる」という判断に、争点効を認めたとします。すると、後訴Mで、Yは、「Xは買い取ると述べた」と主張できなくなります。それなら、後訴Mは止められそうです。ところが、判例は、争点効を認めていません。
図:規範と答案の型|争点効
判例最判昭和44・6・24 集民95号613頁
最高裁判所判決(理由中の判断に生じる効力が問題になった事件)
右確定判決は、その理由において…右売買契約が有効であること…を確認していても、訴訟物である…請求権の有無について既判力を有するにすぎず、本件建物の所有権の存否について、既判力およびこれに類似する効力(いわゆる争点効、以下同様とする。)を有するものではない。
判例は、こう述べています。確定判決は、理由の中で、ある事項を確認していても、訴訟物である請求権の有無について、既判力を有するにすぎません。それ以外の事項の存否については、既判力およびこれに類似する効力、いわゆる争点効を、有するものではありません。答案では、判例の規範を書いたうえで、理由を一言添えます。1つ目、114条1項は、既判力を主文に包含するものに限っていて、理由中の判断に拘束力を認める条文の根拠がありません。2つ目、争点効は、どの争点がどの程度争われれば生じるのか、要件が不明確です。後訴の裁判所が、前訴でその争点がどう扱われたかを、毎回調べて判断しなければならなくなります。
争点効の要件は、書かなくてよいのでしょうか。判例が否定している以上、答案では、学説の中身に深入りしません。判例の言葉で処理して、次へ進みます。ここで、「争点効は判例が認めていない」とだけ書いて終わる答案も、問いの半分で止まっています。判例が否定したのは、既判力のような、画一的な拘束力です。それでも、蒸し返しは止められないのか、という問いは残ります。
図:争点効の当てはめ
あてはめます。前訴Kの訴訟物は、買取代金債権の存否です。面談でのXの発言は、検討するにとどまる、という判断は、請求を棄却する理由の中の判断です。判例は、理由中の判断に、争点効を認めません。したがって、前訴Kの判断に、争点効は認められず、争点効では、後訴Mを遮断できません。
第3 信義則による遮断
図:既判力でも争点効でも止まらない。それでも、後訴Mは許されるか
既判力でも争点効でも止まらないなら、Yは、もう一度、同じ面談の発言を争えるのでしょうか?ここが、山場です。判例は、既判力や争点効とは別の道で、蒸し返しを止めています。信義則です。
条文民事訴訟法2条
民事訴訟法2条(裁判所及び当事者の責務)
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
2条です。裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。後半の、当事者の責務が、信義則の根拠です。信義則というのは、条文に書いてある要件を当てはめるものでしょうか。違います。2条は、信義則の根拠を示しているだけで、「前訴で決着した事項の蒸し返しは許されない」とは書いていません。許されない、という判断は、判例が、事案の事情を挙げて示したものです。ですから、答案では、判例をもとにした規範として書きます。信義則は、形のうえでは許される訴えでも、相手の正当な信頼を裏切る使い方であれば、許さないとする道具です。既判力が、訴訟物という線で区切るのに対して、信義則は、その線の外で起きる、実質的な蒸し返しを止めます。
図:規範と答案の型|信義則による遮断
判例最判昭和51・9・30 民集30巻8号799頁
最高裁判所判決(別の訴訟物で提起された後訴が問題になった事件)
前訴と本訴は、訴訟物を異にするとはいえ、…本訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において本訴の請求をすることに支障もなかつたのにかかわらず、さらに上告人らが本訴を提起することは、本訴提起時にすでに右買収処分後約二〇年も経過しており、…地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されないものと解するのが相当である。
判例の言葉を、順に見ます。前訴と後訴は、訴訟物を異にするとはいえ、後訴は、実質的には、前訴のむし返しというべきものである。前訴において後訴の請求をすることに、支障もなかった。それなのに、さらに後訴を提起することは、相手方の地位を、不当に長く不安定な状態におくことになる。これらを考慮するときは、信義則に照らして許されない。
判例は、一般の基準を立てる形では書いていません。そこが、読み方の大事なところです。この事案の事情を挙げて、それらを考慮するときは許されない、と結論しています。そこで、答案では、判例が考慮した3つの事情を、検討の要素として整理して、事実を1つずつ当てはめます。1つ目は、後訴が、実質的に前訴の蒸し返しといえるか。2つ目は、前訴で後訴の請求をすることに、支障がなかったか。3つ目は、後訴が、相手方の地位を不当に不安定にしないか、です。
図:信義則の3つの要素と、境界のすぐ外
3つの要素を、それぞれの内側と、すぐ外側の例で確かめます。
1つ目の、蒸し返しです。内側は、同じ面談の同じ発言を、請求の形だけ変えて、繰り返す場合です。すぐ外側は、前訴では主張も判断もされていない、新しい事情を持ち出す場合です。たとえば、前訴の判決が確定したあとに、Xが、改めて書面で、造作を買い取ると約束した、という事情です。これは、前訴で持ち出され、争われた事項の繰り返しではありません。決め手は、後訴が、前訴で現に持ち出され、争われた、その事項に、もう一度勝負を挑んでいるかどうかです。前訴で争って決着した事項を、形を変えて再び争えば、前訴で尽くした審理が、無駄になります。
2つ目の、支障です。内側は、前訴の提訴の時点で、後訴の請求を、併せて出せた場合です。すぐ外側は、損害が前訴の判決のあとで初めて生じて、前訴では請求しようがなかった場合です。決め手は、1回の訴訟で済ませられたのに、あえて分けて出し直したのかどうかです。出せなかったものまで、前訴で出せ、とは言えません。
3つ目の、相手方の地位です。内側は、相手方が、確定判決で決着したと信じて、現に生活や仕事を組み替えた場合です。すぐ外側は、後訴を許す、と相手方が了承していた場合です。前に見た、一部請求で負けたあとに残りを請求した事件で、判例が残していた、特段の事情と同じ発想です。答案では、相手方の期待を崩す事情として見ます。決め手は、相手方の信頼が、保護に値するかどうかです。
3つの要素は、全部そろわないと、止められないのでしょうか。判例の事案では、3つの事情が重なっていました。答案では、1つ目の蒸し返しが中心です。前訴で現に持ち出され、争われた事項の繰り返しでなければ、ほかの2つがそろっていても、後訴を止める理由としては弱くなります。信義則で止める中身は、決着した争いの出し直しで、2つ目と3つ目は、その出し直しを許さない理由を重くする事情だからです。この点は、あとで、賃料をめぐる別の事件で確かめます。
図:後訴Mに当てはめ:蒸し返しか
後訴Mに、当てはめます。まず、蒸し返しです。前訴Kでは、面談でのXの発言の内容が、中心の争点として争われました。Zの証人尋問、Yのメール、面談のあとの経緯が調べられて、検討するにとどまる、と判断されています。後訴Mで、Yが主張するのは、同じ面談での、同じ「買い取る」という発言です。新しい主張も、新しい証拠もありません。違うのは、請求が、代金から損害賠償に変わった点だけです。
もっとも、後訴Mでは、Yは、「承諾した」ではなくて、「買い取ると述べて、信じさせた」と主張しています。前訴Kとは、違う主張ではないのでしょうか。言い方は違っても、後訴Mの主張も、Xが面談で、買い取ると述べたことが前提です。その事実について、前訴Kは、検討するにとどまる、と判断し終えています。請求の形が変わっても、勝負の中身は同じです。したがって、後訴Mは、実質的に前訴Kの蒸し返しといえます。
図:後訴Mに当てはめ:前訴での支障
次に、前訴での支障です。Yが損害だと主張するのは、造作を、他の買い手に売る機会を逃した、という点です。これは、6月末の退去の時点で、生じていました。前訴Kの提訴は、令和7年9月ですから、その時点で、すでに主張できる状態でした。買取代金の請求に、予備的に、不法行為による損害賠償を併せて請求することができました。予備的というのは、まず代金の請求を判断して、それが認められなければ、次にこちらを判断してください、と順番を付けて、同じ訴訟に出す方法です。同じ面談を理由とする請求ですから、同じ訴訟の中で、まとめて審理判断を受けられました。したがって、前訴Kで、後訴Mの請求をすることに、支障はありませんでした。
図:後訴Mに当てはめ:Xの地位と特段の事情
最後に、Xの地位です。前訴Kは、令和8年5月に確定しました。Xは、令和8年7月に、造作を撤去して全面的に改装し、10月には、新しいテナントと契約しています。後訴Mが起こされたのは、その後の、令和9年3月です。
面談から後訴Mまでは、2年くらい経っています。判例の事案の、約20年に比べれば、短いです。経過した期間は、考慮する事情の1つですが、それだけでは決め手になりません。判例の事案は、農地改革で国が土地を買い上げた処分を、前訴でも後訴でも無効だと争ったもので、約20年は、その処分からの長さでした。前訴の確定から後訴までは、数か月でした。後訴Mも、紛争の発端の面談からは約2年ですが、前訴Kの確定からは、約10か月です。長さよりも、相手方の信頼の中身を見ます。
Xは、前訴Kの確定で、面談の件は決着したと信頼して、費用をかけて改装し、新しいテナントと契約まで進めました。この信頼は、確定判決を信じて動いたものですから、合理的な期待です。後訴Mに応じれば、Xは、同じ面談の件で、2回目の応訴を強いられます。前に見た、一部請求で負けたあとに残りを請求した事件の、判例の言葉でいえば、被告の合理的期待と、二重の応訴の負担です。そして、特段の事情です。Yが後訴を起こすことを、Xが了承していた、という事情は、事例にありません。したがって、特段の事情はありません。
図:結論 後訴Mは、信義則に反し、却下される
結論です。後訴Mは、前訴Kの既判力には触れません。争点効も認められません。しかし、前訴Kで現に争われて決着した事項の蒸し返しで、前訴で請求することに支障もなく、Xの地位を不当に不安定にします。特段の事情もありません。したがって、後訴Mは、信義則に反して不適法です。
請求を棄却するのではなくて、訴えを却下するのでしょうか。既判力で止まる場面では、前訴の判断と食い違う主張が遮断されて、そのうえで、請求の当否を判断します。前訴で負けた請求を、もう一度出せば、棄却です。信義則で止める場面は、訴えそのものが許されないとして、却下です。処理の言い方も、根拠によって分かれます。この処理を、判例の言葉で確かめます。
図:却下の根拠
判例最判平成10年6月12日 民集52巻4号1147頁
最高裁判所判決(訴訟物を異にする後訴が問題になった事件)
…訴訟物を異にするものの、…報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、…実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。したがって、…訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。
一部請求が棄却されたあとに、残りを請求する場面でも、判例は、同じ信義則を使って、後訴を止めています。同じ道具の、別の使われ方です。そして、同じ判例が、訴訟物を異にする請求についても、上の引用のとおり、こう述べています。訴訟物を異にするものの、事実関係がほぼ同一で、訴訟経過に照らして、前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかであれば、訴えの提起も、信義則に反して許されず、不適法として却下すべきである。後訴Mも、訴訟物は違いますが、前訴Kの請求と主張の蒸し返しですから、この判例のとおり、訴えを却下します。
第4 遮断されない場面
図:前訴Aと、後訴4
対比として、前に見た賃料の事件に戻ります。前訴Aは、Xが、6月分から9月分の賃料を請求した訴えでした。Yは、6月分は払った、7月以降は退去したから払わない、と争いましたが、6月上旬に、6月末で賃貸借を終わらせる合意をした、とは一度も言いませんでした。判決は、7月分から9月分の90万円を認めて、確定しました。その後、Xが、10月分の賃料として、30万円を請求し、Yは、そこで初めて、「6月上旬に、合意解約をした」と主張する。これが、後訴4でした。前に見たときは、既判力では、Yの合意解約の主張は止められない、というところまで確かめました。それを、ほかの道具で止められるかは、残してありました。いまの検討の順番で、続きを書きます。
後訴4でのYの合意解約の主張は、止められるのでしょうか。順に検討します。既判力は、理由中の判断には生じませんから、止められません。争点効は、判例が認めていません。仮に、学説の考え方を当てはめても、前訴Aでは、合意解約は、争われても判断されてもいませんから、満たしません。
信義則です。判例は、訴えそのものを止める場面で述べていますが、後訴の中の主張を止めるかにも、同じ3つの見方を使うのが、答案での整理です。1つ目の、蒸し返しを見ます。前訴Aでは、Yは、合意解約を主張していません。ですから、前訴Aで、合意解約が争われて判断された事実は、ありません。前訴Aの理由には、賃貸借は7月以降も続いていた、という判断がありました。ただ、それは90万円の結論に向かう途中の前提で、合意解約が出ていない以上、存続をめぐって主張と立証が尽くされたわけではありません。後訴4の合意解約の主張は、前訴で現に持ち出され、争われた事項の繰り返しではなく、蒸し返しの前提を欠きます。
Yは、前訴Aで、合意解約を主張できたはずです。それは、2つ目の、支障がなかった、にあたらないでしょうか。主張できたという点は、そのとおりです。ただ、要素の1つが満たされても、蒸し返しでなければ、後訴を止める理由として足りません。前訴で一度も持ち出されていない事項を、はじめて持ち出すことは、決着した事項を、もう一度争うことではないからです。3つ目の、Xの地位も、同じです。合意解約について、前訴Aで決着した事項が、そもそもありませんから、Xが決着したと期待する対象が、ありません。そもそも、後訴4を起こしたのは、X自身です。Yが、決着した件で、Xをもう一度裁判に引っ張り出しているわけではありませんから、Xに、二重の応訴の負担もありません。したがって、既判力、争点効、信義則の、どの道具でも、後訴4のYの主張は止まりません。Yは、合意解約を主張できます。裁判所は、その主張を、証拠で判断します。
図:後訴Mと後訴4の分かれ目
後訴Mと後訴4を、並べます。分かれ目は、1つ目の、蒸し返しです。後訴Mは、前訴で現に争われて判断された、面談の発言の内容を、繰り返しています。後訴4の合意解約は、前訴Aで、主張も判断もされていません。前訴で主張できた点は、どちらも同じです。だから、2つ目だけでは、分かれ目になりません。前訴で現に持ち出され、争われた事項の繰り返しかどうかで、遮断されるかが決まります。処理も、違います。後訴Mは、訴えの提起そのものが、信義則で許されませんから、訴えを却下します。後訴4は、10月分の賃料の請求という、訴え自体は適法で、争われているのは、Yの合意解約の主張です。止められなければ、裁判所は、審理して判断します。
まとめ
図:規範と答案の型|争点効
2つの規範を確かめます。1つ目は、争点効です。
図:規範と答案の型|信義則による遮断
2つ目が、信義則による遮断です。
図:完成答案:第1 既判力
こちらが、完成答案です。答案の第1の、既判力から見ていきます。図と同じ文面を、本文でも置きます。
第1 既判力が及ぶか
1 問題の所在
Yは、前訴Kで買取代金200万円の支払を求め、請求棄却の判決が確定した。後訴Mは、同じ面談でのXの発言を理由に、不法行為に基づく損害賠償200万円を求めるものである。後訴Mの許否は、まず、前訴Kの確定判決の既判力が及ぶかによる。
2 規範
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する(114条1項)。既判力は、後訴の請求が、前訴の訴訟物と同一であるか、先決関係または矛盾関係にある場合に作用する。理由中の判断には、既判力は生じない。
3 あてはめ
(1)前訴Kの訴訟物は買取代金債権の存否、後訴Mの訴訟物は不法行為による損害賠償請求権の存否で、請求権が別個であるから、同一でない。(2)損害賠償請求権の存否は代金債権の存在を前提としないから、先決関係に立たない。(3)「代金債権は存在しない」ことと「損害賠償請求権は存在する」ことは両立するから、矛盾関係に立たない。面談でのXの発言の内容は理由中の判断で、既判力は生じない。
4 結論
既判力は後訴Mに及ばない。
図:完成答案:第2 争点効
答案の第2の、争点効です。読んでみてください。
第2 争点効
1 問題の所在
既判力が及ばないとしても、前訴Kの理由中の判断(面談でのXの発言は検討するにとどまる)に、既判力に類する拘束力(争点効)を認め、後訴Mの主張を遮断できるか。
2 規範
確定判決は、訴訟物である請求権の有無について既判力を有するにすぎず、それ以外の事項の存否について、既判力およびこれに類似する効力(いわゆる争点効)を有するものではない。114条1項に根拠がなく、争点効の要件が不明確だからである。
3 あてはめ
前訴Kの訴訟物は買取代金債権の存否で、面談でのXの発言の内容は理由中の判断にとどまる。
4 結論
争点効は認められず、争点効では後訴Mを遮断できない。
図:完成答案:第3 信義則(前半)
答案の第3の、信義則です。問題の所在と規範を確かめてください。
第3 信義則
1 問題の所在
既判力でも争点効でも遮断できないとしても、前訴Kで決着した事項を、訴訟物を変えて蒸し返す後訴Mは許されるか(民訴2条)。
2 規範
前訴と後訴が訴訟物を異にするとはいえ、後訴が実質的には、前訴のむし返しというべきものであり、前訴において後訴の請求をすることに支障もなかつたのに、さらに後訴を提起することが、相手方の地位を不当に長く不安定な状態におくことになることを考慮するときは、信義則に照らして許されない。前訴の確定判決で紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるからである。
図:完成答案:第3 信義則(後半)
答案の第3の続きで、あてはめと結論です。事実の拾い方を、ゆっくり読んでみてください。
3 あてはめ
(1)前訴Kでは、面談でのXの発言の内容が中心の争点として争われ、証拠調べを経て検討するにとどまると判断された。後訴Mは、同じ面談の同じ発言を、請求の形を変えて主張するもので、新しい主張・証拠はなく、前訴の蒸し返しである。(2)Yは、前訴Kの提訴時に、不法行為による損害賠償を予備的に併合して請求でき、前訴で後訴Mの請求をすることに支障はなかった。(3)Xは、前訴Kの確定で紛争が終わったと信頼して、造作を撤去し全面改装して新テナントと契約した。後訴Mを許せば、Xの合理的期待に反し、二重の応訴の負担を強いる。経過期間は決定的でない。Yが後訴を許すとXが了承していた等の特段の事情はない。
4 結論
後訴Mは信義則に反して不適法であり、却下される。
図:完成答案:第4 後訴4
最後の、答案の第4は、後訴4の場合です。最後の一文まで、目で追ってください。
第4 後訴4について
1 結論
前訴Aで、Yの合意解約は主張も判断もされていない。既判力は理由中の判断に生じず、争点効は認められない。信義則も、前訴で現に持ち出され、争われた事項の蒸し返しでないから、後訴4でのYの合意解約の主張は遮断されない。
2 処理
Yは合意解約を主張でき、裁判所は証拠に基づいて判断する。
参照条文
- 民事訴訟法114条1項
- 民事訴訟法2条