裁量の段階(事実認定・時の裁量)
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第5章 行政裁量 #56/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
役所が「いつやるか」を先延ばしにするのは許されるのか
図:設例ソ
- 町の役場A・喫茶店の店主B
- 前回と同じ条例=町長は飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるときは必要があると認める限度で6か月以内の期間を定めて営業の停止を命ずることができる〔実在の法律ではない仮定〕
- 命令の前にBの言い分を聴く手続の定めは無い〔仮定〕
今回は、その、どこに、を、段階に分けて見ます。要件裁量か、効果裁量か、という議論は衰えて、どちらにも裁量を認めうる、という点で、ほぼ一致している。前回は、そこまで見ました。今回は、そのどちらでもない段階にも目を向けます。設例ソです。前回と同じ条例を使います。町長は、飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるときは、必要があると認める限度で6か月以内の期間を定めて、営業の停止を命ずることができる。実在の法律ではなく、説明のための仮定です。この条例には、命令の前にBの言い分を聴く手続の定めは無いものとします。町長は、町の役場Aの意思を行う機関として、Aと呼びます。
図:設例ソ
- 町の役場A・喫茶店の店主B
- 苦情=Bの店が夜遅くまで大音量で音楽を流している
近所から、喫茶店Bが夜遅くまで大音量で音楽を流している、と苦情が出ました。Aは、営業停止を命じようとしています。ここで、Aの頭の中を見てください。何があったのか。それは条例の言う場合に当たるのか。どんな手続で進めるのか。命じるのか、命じないのか。そして、いつ命じるのか。1つの処分の裏で、Aは、いくつもの判断を重ねています。判断が何段階もあるのは分かりますけど、全部に裁量があるんですか。そこが今回の問いです。裁量があるのは、そのうちのどこか。たとえば、いつ命じるか、をAが先延ばしにすることは、許されるのでしょうか。持ち帰るものは3つです。1つ目は、判断の段階を、条文の形に重ねて読む地図。2つ目は、事実の認定に、裁量は原則として無いこと。3つ目は、いつやるか、にも幅があって、理由と期間で許される範囲が決まること。先に答えを言います。設例ソで、裁量があるのは、要件の当てはめと、行為の選択です。手続と時にも、一定の幅があります。ただし、何があったか、という事実の認定には、原則として裁量は無いのです。
判断の5段階——条文の形に重ねて読む
図:要件効果規定と判断の5段階
- 条例の文=要件「飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるとき」
- 効果「必要があると認める限度で、6か月以内の期間を定めて、営業の停止を命ずることができる」
- ①事実の認定→②要件の解釈と認定事実のあてはめ〔要件裁量〕→③手続の選択→④行為の選択〔効果裁量〕→⑤時の選択
- 囲み=古典的学説が論じたのは②と④だけ
処分の根拠になる法令は、たいてい同じ形をしています。要件が満たされたとき、行政庁は、一定の処分をする、あるいは、することができる、という形です。これを、要件効果規定と言います。設例ソの条例なら、営業が近隣の生活環境を害すると認めるとき、が要件です。営業の停止を命ずることができる、が効果です。この条文の形に、行政庁が結論に至る過程を重ねます。すると、5つの段階が見えます。1段目は、事実の認定。何があったのか、を確かめます。2段目は、要件の解釈と、認定した事実のあてはめ。その事実が、条例の言葉に当たるのか、を判断します。この段階を、要件裁量の段階と呼びます。3段目は、手続の選択。どんな手続を踏んで進めるのか、を決めます。4段目は、行為の選択。命じるのか、命じないのか、命じるならどんな内容にするのか、を決めます。この段階を、効果裁量の段階と呼びます。5段目は、時の選択。いつ、それをするのか、です。
図:判断の5段階
- 古典的学説が論じたのは②と④だけ
- ②要件の解釈と認定事実のあてはめ〔要件裁量〕
- ④行為の選択〔効果裁量〕
古典的な学説が論じていたのは、この2段目と4段目だけでした。前回見た要件裁量説と効果裁量説の対立は、裁量を、2段目に見るのか、4段目に見るのか、という争いだったのです。今は、5つの段階ごとに、裁量の有無を見ます。裁量が生じるのは、条文が決めていない部分を、行政庁が自分で決めるしかないところだからです。2段目なら、近隣の生活環境を害する、という言葉の意味に幅があります。4段目なら、何か月にするか、の基準が、条例に書かれていません。6か月以内、と上限だけが書かれています。決めていない幅があるところに、裁量が出る。この軸で、段階ごとに見ていきます。4段目は、さらに2つに割れます。命じるか、命じないか、という選択。そして、命じるなら、どの処分を、どの内容にするか、という選択。設例ソなら、停止の期間を何か月にするか、がそれです。
⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):処分に至る行政庁の判断は、事実の認定/要件の解釈と認定事実のあてはめ(要件裁量)/手続の選択/行為の選択(効果裁量=するかしないか・どの処分をどの内容で)/時の選択、の5段階に分けられる。古典的学説が論じたのは要件の段階と効果の段階だけで、今は段階ごとに裁量の有無を見る (短答・論文共通)
設例ソで5段階を通す
図:設例ソの通し
- Aの判断を5段階で
- 1 夜の音はあったか=Bの店から夜11時過ぎまで大音量が出ていたと認定〔Bは「その夜は閉めていた」と言う〕
- 2 生活環境を害する程度か
- 3 命令の前に言い分をどう聴くか〔条例に定めなし〕
- 4 命ずるか・何か月か
- 5 苦情の翌日に命ずるか・しばらく待つか
- 各段階の札=裁量あり・なし・議論ありは節3以降で確定
設例ソで、Aの判断を5段階で並べます。裁量の有無は、まだ決めません。今は、段階を見分ける練習です。1段目。Aは、ある夜、Bの店から夜11時過ぎまで、大音量が出ていた、と認定します。Bは、その夜は店を閉めていた、と言っています。2段目。その音は、条例の言う、近隣の生活環境を害する、に当たるか。3段目。命令の前に、Bの言い分を聴くのか、聴くならどんな形で聴くのか。条例には、定めがありません。4段目。命じるのか、命じないのか、命じるなら何か月にするのか。5段目。苦情の翌日に命じるのか、しばらく待つのか。ここで問いです。Bが、その夜は店を閉めていた、と裁判で争うとします。これは、5つの段階のうち、どの段階の争いでしょうか。そして、その段階に、行政庁の裁量はあるでしょうか?
夜に音が出ていたかどうか、の争いなので、1段目、事実の認定の争いです。裁量の有無は、次の節で答えを出します。
事実の認定に裁量は原則として無い
図:認定と評価
- 設例ソ
- 事実の認定=「夜11時過ぎに大音量が出ていた」「測定で80デシベルだった」→証拠で決まる・裁判所が自分で認定し直せる・裁量なし
- 評価=「その音は近隣の生活環境を害する程度か」→条例の言葉への当てはめ・2段目で要件裁量が問題になる
- Bが争う中身がどちらかで裁判所の見方が変わる
結論から言います。事実の認定に、行政裁量は、原則として無いのです。事実があったかどうかは、証拠で決まることだからです。決めていない幅、ではありません。裁判所は、証拠を見て、自分で認定し直せます。設例ソで見ます。Bが、その夜は閉めていた、と争えば、裁判所は、苦情の記録、近所の人の証言、Bの営業の記録などを見て、自分で認定します。Aが夜11時過ぎに音が出ていたと認定したから、その認定を尊重する、という審査にはなりません。違いは、認定と、評価です。夜11時過ぎに大音量が出ていた。測定したら80デシベルだった。これは、あったか、なかったか、が証拠で決まる事実で、認定の話です。他方、80デシベルの音が、近隣の生活環境を害する程度か、は、条例の言葉に事実を当てはめる評価です。こちらは2段目で、要件裁量が問題になります。
図:認定と評価・評価の側
- 設例ソ
- 評価=「その音は近隣の生活環境を害する程度か」→条例の言葉への当てはめ・2段目で要件裁量が問題になる
- Bが争う中身がどちらかで裁判所の見方が変わる
境目は、答えが証拠で決まるか、条例の言葉の意味を考えて決まるか、です。80デシベルだった、は、測れば決まります。それが害する程度か、は、測っても決まりません。同じ事実を前提にしても、答えが分かれる余地があります。Bが争う中身が、どちらかで、裁判所の見方が変わります。そもそも音は出ていない、と争うなら、裁判所が自分で認定します。音は出たが、害する程度ではない、と争うなら、行政庁の評価を、ある程度尊重する審査が問題になります。運動会の中止で例えると、雨が降っているか、は見れば決まる事実の認定です。強い雨と言えるか、は評価です。
図:「事実の基礎を欠く」の読み方
- 土台=認定した事実→その上に評価と判断
- 土台が真実と違う→裁判所が自分で認定して崩れを見る→逸脱・濫用になりうる
- 設例ソ=夜11時過ぎの音を土台に命令→実はBはその夜閉めていた
- 認定の裁量ではなく、評価の水準の話
では、判例にある、事実の基礎を欠く、という言い方は、事実の認定に裁量を認めたものなのでしょうか。最高裁は、裁量権の逸脱や濫用を判断する物差しとして、ある判断が全く事実の基礎を欠くか、という言い方をします。外国人の在留期間の更新を認めなかった事件で出てきた言い回しで、都市計画の決定が争われた事件でも、重要な事実の基礎を欠く場合、という形で使われました。物差しの中身は、別の回で扱います。ここで確認したいのは、読み方です。
図:「事実の基礎を欠く」の位置づけ
- 設例ソ=夜11時過ぎの音を土台に命令→実はBはその夜閉めていた
- 認定の裁量ではなく、評価の水準の話
これは、事実の認定に、裁量を認めたものではありません。行政庁が、ある事実を土台にして、評価と判断をした。その土台が、真実と違っていないか、というのが、事実の基礎を欠く、の意味です。設例ソで言えば、Aは、夜11時過ぎの音を土台に、停止を命じようとしました。ところが、実際は、その夜、Bは閉めていたとします。裁判所は、自分で認定して、土台が事実と違うと見ます。土台が崩れた判断は、裁量の範囲を逸脱したり、濫用したりしたものになりえます。つまり、認定の裁量ではなく、認定した事実を前提にした、評価の水準の話です。例外が議論される場面もあります。原子炉施設の安全性のように、将来の予測を含む、高度に科学技術的な判断です。ここでは、要件に当たるかの判断と、事実の判断が、分かちがたく結びつきます。将来、事故が起きるかどうかは、今ある証拠で、あった、なかった、とは決められず、予測と評価が混ざるからです。そこで、事実の認定にも裁量を認めうる、という見解があります。中身は、後の回で扱います。事実の認定に裁量を認めると、その分、裁判所が審査できる範囲は狭まる、という点は、押さえておいてください。
⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):事実の認定に行政裁量は原則として無い。事実があったかどうかは証拠で決まり、裁判所が自分で認定し直せる。判例の「事実の基礎を欠く」は、認定した事実を土台にした評価の水準の話で、認定の裁量を認めたものではない (短答・論文共通)
要件の当てはめと行為の選択——前回の受け
図:要件裁量と効果裁量の位置
- 2段目=要件の解釈と当てはめ→「近隣の生活環境を害する」の言葉に幅
- 4段目=行為の選択→命ずるか命じないか・停止の期間を何か月にするか〔条例は6か月以内と上限だけ〕
- どちらにも裁量を認めうる・どの程度かは個別の法律で見る
前回の内容を、1問で振り返ります。裁判所の審査には2通りありました。行政庁の判断を一定の範囲で尊重して、枠を踏み外したときだけ違法とするのは、どちらでしたか?裁量権の逸脱・濫用の審査です。もう一方は、裁判所が判断をやり直す、判断代置でした。さっきの1段目、事実の認定は、裁判所が自分で認定し直すので、判断代置の側でした。では、逸脱・濫用の審査が問題になる、2段目と4段目を位置づけます。2段目は、条例の言葉の解釈と当てはめです。近隣の生活環境を害する、という言葉に、幅があります。その幅の中で、行政庁の判断を尊重する余地があるかが、要件裁量です。4段目は、要件が満たされたとして、どう命じるか、です。命じるか、命じないか。命じるなら、何か月か。条例は、6か月以内、と上限だけを定めていて、何か月かは書いていません。この選び方に、効果裁量があります。
図:要件裁量と効果裁量の位置・4段目
- 4段目=行為の選択→命ずるか命じないか・停止の期間を何か月にするか〔条例は6か月以内と上限だけ〕
- どちらにも裁量を認めうる・どの程度かは個別の法律で見る
前回の設例サで、2か月は重すぎる、とBが争いました。あの争いは、4段目の、期間の選び方の争いでした。以前に見た、懲戒処分で、戒告から免職までのどれを選ぶか、も、この4段目です。前回見たとおり、要件裁量も効果裁量も、どちらも認めうる、というのが、今の整理です。ここでは、段階の中の位置づけだけにとどめます。どちらに、どの程度の裁量があるかは、個別の法律で見ます。それぞれの中身は、この章の後ろの回で、順に扱います。
手続の選択にも一定の幅がある
図:手続の選択
- 設例ソ
- 命令の前にBの言い分をどう聴くか=条例に定めなし
- 選択肢=書面で意見を出させる・呼び出して直接聴く・聴かない
- 法律が手続を定めていれば選ぶ幅は小さい
- 法定が無いところで一定の裁量・無制限ではない
3段目、手続の選択です。法律や条例が、手続を細かく定めていないとき、行政庁は、どんな手続で進めるかを、自分で選ぶ余地があります。設例ソでは、条例に、Bの言い分を聴く定めが無い、と仮定しました。Aは、書面で意見を出させるのか。呼び出して、直接話を聴くのか。そもそも聴かないのか。これを、Aが選びます。決めていない幅を、行政庁が決める。これまでの軸と、同じ形です。手続の選択にも幅があります。ただ、無制限ではありません。聴聞や弁明の機会の付与は、不利益な処分の前に、相手の言い分を聴くために、法律が用意した手続の名前です。法律や条例が、こうした手続を定めていれば、行政庁はそれに従い、選ぶ余地は小さくなります。定めが無い場合でも、不利益の重さによっては、言い分を聴く機会を与えないまま命じることが、問題になりうる、と考えられます。聴かないことが、いつでも許されるわけではありません。今回は、法律が定めていないところには、一定の裁量が認められうる、と押さえてください。この段階の裁量を、手続の面から縛る考え方は、この章の後ろの回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):手続の選択にも、法律が手続を定めていないところでは、一定の裁量が認められうる。ただし無制限ではなく、手続の面から統制する考え方が別にある (短答・論文共通)
5段目、時の裁量——いつやるか
図:時の選択とは
- 5段目=処分をするとして、いつするか
- 学説が「時の裁量」を観念すべきかを論じるきっかけの判決がある
- 申請への応答を待たせる場面と、職権で処分をする時期を決める場面の2つの顔
最後の5段目、時の選択です。処分をするとして、いつするのか。これにも裁量があるのか、が議論されます。学説は、時の裁量を認めるべきかを論じています。そのきっかけになった判決があります。
図:昭和57年判決の事案
- A=区長〔道路管理者の権限を行う・工事車両の通行に必要な認定をする〕
- B=建築側〔認定を申請・国家賠償を求めた〕
- C=付近住民〔建物の建築に反対〕
- B→A 認定の申請
- B⇄C 建築をめぐる紛争・実力による衝突の危険
- A 認定を約5か月留保
事案です。ある建物を建てることに、付近の住民が反対していました。建築側と住民が、争っていたのです。建築側は、車両が道路を通るために、道路管理者の認定を受ける必要がありました。道路には、道の幅に応じて、通れる車両の幅などの基準があります。この認定は、車両がその基準に合わないことが、やむを得ないかどうかを、確かめる認定です。同じ認定という言葉でも、1段目の、事実の認定とは、別の意味です。ここでの認定は、法令が付けた処分の名前です。道路管理者の権限を行っていたのは、区長です。建築側が申請しましたが、区長は、約5か月、認定を出さないままにしました。建築側は、この留保は違法だとして、国家賠償を求めました。
図:昭和57年判決の争点
- 建築側は認定の留保を違法として国家賠償を求めた
- 判旨の2点=①確認的行為にも裁量の余地があるか②約5か月の留保がその範囲に収まるか
この事件は、処分の取消しを求めるものではなく、違法な行為で損害を受けたから賠償してほしい、という場面です。国家賠償法1条1項の、違法性があるかどうかが争われました。国家賠償は、後の章で扱います。今回は、留保が許されるか、の判断の枠組みを見ます。この判決は、名前と中身のずれを見た回で、認定という名前の側から一度見ました。認定は、許可とは違って、基本的には、裁量の余地のない、確認的な行為です。確認は、ある事実や法律関係が存在するかを、はっきりさせる行為で、効果は法律が与えます。裁量の余地がないなら、要件が整ったらすぐ出さなければならない、と思えます。判旨は、2つの点を言っています。1つ目は、確認的な行為にも、裁量の余地があるか。2つ目は、この約5か月の留保が、その範囲に収まるか、です。
判例最判昭57・4・23 民集36巻4号727頁
確認的行為でも、留保は理由と期間から見て許される範囲なら違法でない ……基本的には裁量の余地のない確認的行為の性格を有するものであることは、右法条の改正の経緯、規定の体裁及び罰則の有無等に照らし明らかであるが、他方右認定については条件を附することができること(同令一二条但し書)、右認定の制度の具体的効用が許可の制度のそれと比較してほとんど変るところがないことなどを勘案すると、右認定に当たつて、具体的事案に応じ道路行政上比較衡量的判断を含む合理的な行政裁量を行使することが全く許容されないものと解するのは相当でない。 ……中野区長が本件認定申請に対して約五か月間認定を留保した理由は、右認定をすることによつて本件建物の建築に反対する附近住民と上告人側との間で実力による衝突が起こる危険を招来するとの判断のもとにこの危険を回避するためということであり、右留保期間は約五か月間に及んではいるが、結局、中野区長は当初予想された実力による衝突の危険は回避されたと判断して本件認定に及んだというのである。右事実関係によれば、中野区長の本件認定留保は、その理由及び留保期間から見て前記行政裁量の行使として許容される範囲内にとどまるものというべく、国家賠償法一条一項の定める違法性はないものといわなければならない。
図:昭和57年判決の2つの点
- ①確認的行為=基本的には裁量の余地なし→それでも条件を付けられる・役割が許可と変わらない→事案に応じた比較衡量を含む裁量が全く許されないとは言えない
- ②あてはめ=留保の理由〔実力による衝突の危険を避ける〕+留保の期間〔約5か月〕→許される範囲内→国家賠償法上の違法性なし
1つ目の点です。確認的行為で、基本的には裁量の余地がない。ここは、そのとおりです。しかし、条件を付けられることや、制度の具体的な役割が許可と変わらないことなどから、具体的な事案に応じて、比較衡量を含む合理的な行政裁量を行使することが、全く許されないとは言えない、としました。なぜ、条件を付けられることや、役割が許可と変わらないことから、裁量が出るのか。判決は理由まで書いていませんが、こう考えられます。条件の方は、どの経路や時間に絞るかを、事案ごとに選ばなければならないからです。役割の方は、許可と同じ働きをするなら、許可と同じように、比較衡量が要る場面が出てくるからです。比較衡量とは、通す必要と、道路や周りへの影響を、天秤にかけることです。ここから、いつ出すか、にも幅が出る、と考えられます。どの経路や時間に絞る条件にするかを選ぶには、事情を見極める時間が要りますし、天秤にかけるのにも、すぐには答えが出ない場面があるからです。選ぶ幅があるなら、出す時期を選ぶ幅も、全く無いとは言えません。
図:昭和57年判決の2つの点・②あてはめ
- ②あてはめ=留保の理由〔実力による衝突の危険を避ける〕
- 留保の期間〔約5か月〕→許される範囲内→国家賠償法上の違法性なし
2つ目の点、あてはめです。区長が留保した理由は、認定を出すと、反対住民と建築側の間で、実力による衝突が起きる危険がある。その危険を避けるため、でした。期間は約5か月に及びましたが、結局、予想された衝突の危険は避けられた、と区長は判断して、認定を出しました。理由と留保期間から見て、行政裁量の行使として許される範囲内にとどまる。だから、国家賠償法上の違法性はない、と結論しました。ここで問いです。留保が許される範囲かどうかは、何と何を見て決まりましたか?留保の理由と、留保した期間、の2つです。決め手は、何のために待ったのか、そしてどれだけ待ったのか、の2軸です。注意点が1つあります。この判決自体は、時の裁量、という言葉を使っていません。判決の言葉は、行政裁量です。時の裁量は、学説が、この判決を受けて付けた名前です。
図:設例タ・時の留保の2軸
- 同じ条例
- 説明のための仮定であり判例の結論ではない
- 理由×期間
- 昭和57年判決=衝突の危険の回避・約5か月→許容範囲内
- タ(i) Aが苦情を受け、Bと近所の話し合いの場を設けて解決を図るため命令を3週間待った〔話し合いは実際に進んだ〕→理由も期間も説明がつく
- タ(ii) Aが町長選の投開票が終わるまで半年待った→理由が条例の目的と関係がない→許される範囲を外れうる
理由と期間の2軸を、設例タで練習します。これは、見方の練習のための仮定で、判例の結論ではありません。同じ条例で、Aが苦情を受けたとします。1つ目。Aは、Bと近所の人の話し合いの場を設けて、解決を図るため、命令を3週間待ちました。話し合いは、実際に進みました。理由は、問題の解決のためで、条例の目的に沿っています。期間も、3週間です。理由も期間も、説明がつきます。2つ目。Aは、町長選の投開票が終わるまで、半年待ちました。理由が、条例の目的と関係がありません。期間も、半年と長くなります。こうなると、時の幅の中に収まる、とは言いにくく、許される範囲を外れうる、と評価されやすくなります。理由と期間の2軸で見れば、この2つは、分けて考えられます。
図:昭和60年判決
- 時の裁量の側から
- 昭60=建築主事の確認処分は基本的に裁量の余地のない確認的行為・要件を具備すれば建築主事は「速やかに確認処分を行う義務」
- 「諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるとき」は違法な遅滞でない
- 建築主が行政指導に「もはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し」直ちに応答を求めたときは特段の事情がない限り留保は違法
次に、時の裁量の側から、あと、2つの判例を、要点だけ挙げます。1つは、建築確認の応答を留保した事件です。建築物の建築確認の申請に対し、役所が、付近の住民との話し合いを行政指導で促す間、確認を出さずに待ちました。行政指導とは、法的な強制力はなく、相手に協力をお願いする働きかけです。建築確認は、建築計画が法令の基準に合うかを確かめる処分で、これを担当する役所の担当者を、建築主事と言います。建築確認も、確認的な行為で、要件を満たせば、建築主事は速やかに確認処分を行う義務があります。ただし、その義務は絶対ではありません。諸般の事情から、直ちに処分しないで応答を留保することが、法の趣旨目的に照らして、社会通念上合理的と認められるときは、違法な遅れとは言えません。他方、建築主が、行政指導には、もはや協力できない、と真摯かつ明確に表明して、直ちに応答を求めたときは、特段の事情がない限り、留保は違法になります。判決の言葉ではありませんが、理由の軸で読むと、こうなります。待つ根拠は、建築主の任意の協力でした。建築主が、もう協力しない、とはっきり言えば、待つ根拠がなくなります。だから、それ以上待たせると違法になります。行政指導との関係は、別の回で詳しく扱います。
図:昭和60年判決・建築確認と道路の認定の比較
- 建築確認=法は要件が整えば速やかに応答することを前提・留保は例外
- 道路の認定=条件を付けられ許可と同じ働き→事案に応じて選ぶ裁量が出発点から認められやすい
- 共通=合理的な理由のある留保は許される
- 判決はこの比較まで書いていない=考えられる整理
判決はこの比較まで書いていませんが、こう考えられます。どちらの判決も、合理的な理由のある留保は許す、という点では同じです。違いは、出発点です。建築確認は、法が、要件が整えば速やかに応答することを前提にしていて、留保のほうが例外になります。道路の認定は、条件を付けられ、許可と同じ働きをするという、先ほど見た性質があるので、事案に応じて選ぶ裁量が、出発点から認められやすいのです。
図:平成元年判決
- 宅地建物取引業者への監督処分
- 平元=「これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられている」
もう1つは、宅地建物取引業者への監督処分の事件です。業者との取引で損害を受けた人が、知事が早く業務の停止などをしなかったのは違法だ、として、国家賠償を求めました。業務の停止などの処分の選択と、その権限を行使する時期は、知事などの専門的な判断に基づく、合理的な裁量に委ねられている、としました。こちらは、申請を待たせたのではなく、役所が自分から処分をする時期が問われた場面です。時の裁量には、申請に応答を待たせる場面と、職権で処分をする時期を選ぶ場面の、2つの顔があります。監督処分の時期で、権限を使わないことが違法になる枠組みは、監督処分の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):処分の時期の選択にも、幅がありうる。ただし建築確認では、要件が整えば速やかに応答する義務がある。確認的な性質の認定でも、時の裁量がゼロとは言えず、留保が許されるのは、理由と期間から見て許される範囲内に限られる (短答・論文共通)
今日の地図(保存版)
図:今日の整理
- 段階×裁量
- 1 事実の認定=原則なし・例外が議論されるのは高度に科学技術的な判断
- 2 要件の解釈と当てはめ=あり〔要件裁量〕
- 3 手続の選択=法定が無いところで一定の幅
- 4 行為の選択=あり〔効果裁量〕
- 5 時の選択=幅がありうる・理由と期間で許される範囲
- 判例=事実の基礎を欠く=評価の話・昭57=理由と期間・昭60=建築確認は速やかに応答する義務
まとめます。冒頭の問いに答えます。役所が、いつやるか、を先延ばしにすることは、許されるのか。時の選択にも、一定の幅はあります。しかし、建築確認では、要件が整えば速やかに応答する義務があります。確認的な性質の認定でも、時の幅がゼロとは言えず、留保できるのは、何のために、どれだけ待つのかが、理由と期間から見て、許される範囲に収まるときだけです。判断の5段階を、振り返ります。事実の認定は、原則として裁量が無く、裁判所が自分で認定します。要件の解釈と当てはめは、要件裁量。手続の選択は、法律が定めていないところで、一定の幅。行為の選択は、効果裁量。時の選択は、幅がありうる、ただし理由と期間で許される範囲。古典的な学説が論じたのは、このうち、要件の段階と効果の段階だけでした。
図:今日の短答の誤り肢
- 事実認定にも裁量があり裁判所はその認定に拘束される〔誤り〕
- 「事実の基礎を欠く」を審査の物差しにしているのは事実認定そのものに裁量を認めたからである〔誤り〕
- 古典的学説は5段階すべてに裁量を論じていた〔誤り〕
- 確認的な行為には裁量が一切ないので要件が整った後の留保は許されない〔誤り〕
- 要件が整えばいつ処分をしてもよく遅れを理由に違法とされることはない〔誤り〕
最後に、短答の誤り肢です。事実の認定にも行政庁の裁量が認められ、裁判所はその認定に拘束される、は誤りです。事実があったかどうかは、証拠で決まります。裁判所が、自分で認定し直せます。判例が、事実の基礎を欠く、を審査の物差しにしているのは、事実の認定そのものに裁量を認めたからだ、も誤りです。認定した事実を土台にした、評価の水準の話です。古典的な学説は、5つの段階すべてに裁量を論じていた、も誤りです。論じたのは、要件の段階と、効果の段階だけです。確認的な行為には裁量が一切ないから、要件が整った後に処分を留保することは許されない、も誤りです。留保が、理由と期間から見て、許される範囲内なら、違法ではありません。要件が整えば、行政庁は、いつでも好きな時期に処分をすればよく、遅れを理由に違法とされることはない、も誤りです。建築確認では、速やかに応答する義務があります。