行政法ゼロから行政法#55

行政裁量とは何か

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第5章 行政裁量 #55/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「自分ならもっと軽くした」は通るのか

設例サ(町の役場A・喫茶店の店主B/町の条例=町長は飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるときは必要があると認める限度で6か月以内の期間を定めて営業の停止を命ずることができる〔実在の法律ではない仮定〕) 図:設例サ

  • 町の役場A・喫茶店の店主B
  • 町の条例=町長は飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるときは必要があると認める限度で6か月以内の期間を定めて営業の停止を命ずることができる〔実在の法律ではない仮定〕

裁量とは何か、その幅はどこまでか。それが、今回から始まる第5章の主題です。前回は、附款を付けられる範囲を、本体の処分の裁量で決めましたが、裁量の広さそのものは別の回、とだけ言いました。その入口が、今回です。もう1つ、比例原則の回では、何が比例するかは一義的に決まらないので行政に裁量があり、社会観念上著しく妥当を欠くときに違法になる、と予告しました。その詳しい形を、これから章全体で見ていきます。今回は、第5章の地図を渡す回です。設例サです。町の条例に、こういう定めがあるとします。町長は、飲食店の営業が近隣の生活環境を害すると認めるときは、必要があると認める限度で、6か月以内の期間を定めて、営業の停止を命ずることができる。実在の法律ではなく、説明のための仮定です。町長は、町の役場Aの意思を行う機関として、Aと呼びます。

設例サ(Bの喫茶店は夜の音楽で苦情・Aは営業停止2か月を命じた/Bは「自分の考えでは1週間で足りた」と取消訴訟/問い=裁判所は「自分ならこう決める」で取り消せるのか) 図:設例サ

  • Bの喫茶店は夜の音楽で苦情・Aは営業停止2か月を命じた
  • Bは「自分の考えでは1週間で足りた」と取消訴訟
  • 問い=裁判所は「自分ならこう決める」で取り消せるのか

喫茶店の店主Bの店に、夜の音楽で近所から苦情が出ました。Aは、営業停止2か月を命じました。Bは納得できません。自分の考えでは、1週間で足りたはずだ、重すぎる、と取消訴訟を起こしました。重すぎる処分なら、裁判所が取り消してくれそうに思えます。今回の問いは、そこです。裁判所は、自分ならこう決める、という理由で、Aの処分を取り消せるのでしょうか。持ち帰るものは3つです。1つ目は、裁量とは何か。2つ目は、裁判所の審査の2つのしかたと、行政事件訴訟法30条。3つ目は、古典的な学説から、今の裁量論へどう変わったかです。先に答えを言います。設例サで、1週間で足りた、という理由だけでは、原則として取り消せません。2か月が、条例の許す幅の中にあって、社会の常識から見てあまりに重すぎる、つまり著しく妥当を欠くとまでは言えないなら、裁判所は取り消せません。理由は、これから順に見ます。

裁量とは何か——上のルールが決めていない幅

裁量の意義と規範の階層(裁量=法律が行政機関に任せた自分で判断してよい幅/規範の階層=憲法→法律→命令→個別の行政活動・上が決めていない部分は下で判断の余地が生じる/憲法と法律の間=立法裁量・法律と行政活動の間=行政裁量) 図:裁量の意義と規範の階層

  • 裁量=法律が行政機関に任せた自分で判断してよい幅
  • 規範の階層=憲法→法律→命令→個別の行政活動・上が決めていない部分は下で判断の余地が生じる
  • 憲法と法律の間=立法裁量・法律と行政活動の間=行政裁量

まず、裁量の定義です。裁量とは、法律が、行政機関に任せた、自分で判断してよい幅を言います。考え方の軸は、上のルールと下のルールの関係です。国のルールは、上から順に、憲法、法律、命令、そして個別の行政活動と、積み重なっています。上のルールは、下のルールの大枠を決めます。ただ、上のルールが、細部まで決めきれないことがあります。決めていない部分は、下の段階が、自分で判断して決めるしかありません。この、決めていない幅を、下の機関が埋める余地が、裁量です。憲法と法律の間でも、同じ形があります。憲法が決めていない部分を、国会が法律で決める。これを立法裁量と言います。法律と、個別の行政活動の間で生じるのが、行政裁量です。

設例サ(法律が決めた枠=「必要があると認めるとき」「6か月以内」/決めていない幅=2か月にするのか1週間にするのか・この幅をAが決める) 図:設例サ

  • 法律が決めた枠=「必要があると認めるとき」「6か月以内」
  • 決めていない幅=2か月にするのか1週間にするのか・この幅をAが決める

設例サの条例で見ます。法律の側、ここでは条例が決めているのは、枠です。営業が近隣の生活環境を害すると認めるとき、という要件。停止は6か月以内という上限。ところが、何を害すると認めるのか、必要があると認める限度とはどれくらいか、2か月にするのか1週間にするのか、は書いてありません。この、書いていない幅を、Aが決めます。たとえで言うと、レシピの、塩は適量、です。分量の上限や、料理の趣旨は決まっていても、適量が何グラムかは、書いてありません。その幅は、料理人が決めます。行政庁の裁量も、同じ形です。

全部は書けない(理由1=将来の事情を法律が先回りして全部予測することは不可能/理由2=細かすぎる法律は行政を硬直させる/課題=裁量を無くすことではなく適切に縛ること→裁判所がどう審査するか) 図:全部は書けない

  • 理由1=将来の事情を法律が先回りして全部予測することは不可能
  • 理由2=細かすぎる法律は行政を硬直させる
  • 課題=裁量を無くすことではなく適切に縛ること→裁判所がどう審査するか

恣意的になるという批判は、確かにあります。ただ、全部を書くことは、できません。理由は2つです。1つ目は、将来の事情を、法律が先回りして全部予測することは不可能だからです。町の飲食店ひとつを見ても、騒音の程度も、店の規模も、苦情の経緯も、事案ごとに違います。2つ目は、細かすぎる法律は、行政を硬直させるからです。想定外の事案が出ると、適切な対応ができなくなります。ですから、課題は、裁量を無くすことではありません。裁量を、適切に縛ることです。そのために、裁判所がどう審査するか、という話になります。

⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):裁量とは、法律が行政機関に任せた、自分で判断してよい幅をいう。上のルールが決めていない幅を、下の機関が決める。すべてを法律で先に決めることはできず、細かすぎれば行政が硬直するので、課題は無くすことではなく適切に縛ること (短答・論文共通)

裁量の2つの顔——主役は裁判所との分担

裁量の2つの顔(①対立法裁量=国会(法律)と行政の役割分担・法律がどこまで決めたか/②対司法裁量=裁判所と行政の役割分担・裁判所の審査がどこまで及ぶか=この章の主役/設例サ=A・Cの位置) 図:裁量の2つの顔

  • ①対立法裁量=国会(法律)と行政の役割分担・法律がどこまで決めたか
  • ②対司法裁量=裁判所と行政の役割分担・裁判所の審査がどこまで及ぶか=この章の主役/設例サ=A・Cの位置

裁量には、2つの顔があります。1つ目は、国会と行政の役割分担です。法律が、どこまで決めて、どこから行政に委ねたのか。これを、対立法裁量と言います。設例サなら、条例が、停止の上限だけを決めて、期間の選び方を町長に委ねた、という形です。2つ目は、裁判所と行政の役割分担です。行政庁が決めた内容を、裁判所が、どこまで審査するのか。これを、対司法裁量と言います。この章の主役は、こちらです。

対司法裁量が問題になる場面(取消訴訟の本案で違法事由として裁量権の逸脱・濫用が主張される/裁量の範囲内=当・不当の問題にはなっても適法・違法の問題にはならない) 図:対司法裁量が問題になる場面

  • 取消訴訟の本案で違法事由として裁量権の逸脱・濫用が主張される
  • 裁量の範囲内=当・不当の問題にはなっても適法・違法の問題にはならない

裁量の出番は、裁判で処分が争われる場面です。取消訴訟の本案、つまり処分が違法かどうかという中身の審理で、原告は、処分が違法だと主張します。その違法の理由の1つとして、裁量権の逸脱や濫用が主張されます。そこで初めて、裁判所は、行政庁の判断の、どこまで踏み込めるのかを考えます。ここで、大切な線引きがあります。裁量の範囲内にある判断は、まずい判断だったとしても、当か不当かの問題にはなります。しかし、適法か違法かの問題にはなりません。裁判所は、適法か違法かを判断する機関だからです。裁判所が行政の判断を尊重するのは、立法者が、そう決めたと考えるからです。個々の問題には、日々、実際に執行にあたる行政の部門のほうが、的確に対応できます。そこで、法律は、その判断を、行政に委ねました。委ねた範囲では、行政の判断が優先されます。

裁判所の審査は2通り——判断代置と逸脱・濫用の審査

設例サ・判断代置の場合(A=営業停止2か月を命じた・B=営業停止を受けた・C=裁判所/Cの立ち位置=Aと同じ立場に立って判断し直す/Cの結論=1週間が相当/A=2か月/不一致→違法・取り消せる) 図:設例サ・判断代置の場合

  • A=営業停止2か月を命じた・B=営業停止を受けた・C=裁判所
  • Cの立ち位置=Aと同じ立場に立って判断し直す
  • Cの結論=1週間が相当
  • A=2か月
  • 不一致→違法・取り消せる

審査のしかたは、2つあります。設例サを、2つのしかたで当てはめます。1つ目は、判断代置です。裁判所が、行政庁と同じ立場に立って、判断をやり直します。そして、裁判所の結論が、行政庁の処分と一致しなければ、違法とします。設例サなら、裁判所が、自分の判断で、Bの停止は1週間が相当だ、と考えたとします。Aの2か月とは一致しません。だから、違法で、取り消せます。この審査をするのは、行政庁に裁量が認められていない場合です。たとえば、法律の文言が、一義的、つまり意味が1つに決まるほど、明確でなかったとします。それでも、その意味を確定するのは、裁判所です。行政庁には、裁量が認められていません。ですから、裁判所が、自分で意味を決めて、行政庁の判断と照らし合わせます。

設例サ・逸脱・濫用の審査の場合(A・B・C/Cの立ち位置=Aの判断を一定の範囲で尊重し枠を踏み外したかだけを見る/幅=条例の許す6か月以内・Aの処分=2か月は幅の中/社会観念上著しく妥当を欠くほどでなければ取り消せない/Cの結論=1週間のほうがよいかどうかは問わず取り消せない) 図:設例サ・逸脱・濫用の審査の場合

  • A・B・C
  • Cの立ち位置=Aの判断を一定の範囲で尊重し枠を踏み外したかだけを見る
  • 幅=条例の許す6か月以内・Aの処分=2か月は幅の中
  • 社会観念上著しく妥当を欠くほどでなければ取り消せない
  • Cの結論=1週間のほうがよいかどうかは問わず取り消せない

2つ目は、裁量権の逸脱・濫用の審査です。裁判所は、行政庁の判断を、一定の範囲で尊重します。自分ならどうするか、ではなく、行政庁が、与えられた枠を踏み外していないか、だけを見ます。枠を踏み外したときだけ、違法とします。設例サなら、見る点が変わります。条例の幅は、6か月以内です。Aの2か月は、その幅の中にあります。そのうえで、この2か月が、社会観念上著しく妥当を欠くほどか、を見ます。夜の音楽で苦情が出ていて、営業の2か月の停止が、社会の常識から見て、あまりに重すぎるとまでは言えないなら、取り消せません。1週間のほうがよかったかどうかは、問題にされないのです。条文を見ます。瑕疵の回で一度見た、行政事件訴訟法30条です。ここが、このしくみの根拠です。

条文行政事件訴訟法30条

行政事件訴訟法第30条 行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえるか、その濫用があった場合に限って、裁判所は、その処分を取り消せます。裁量処分とは、行政庁に裁量が認められた処分のことです。範囲をこえるとは、決められた幅の外に出ること。濫用とは、幅の中であっても、与えられた目的に反するような使い方をすることです。順番に注意してください。まず、問題になるのは、法律が、そもそも裁量を認めているのか、認めているならどの程度か、です。裁量が認められる場合に、初めて、この逸脱・濫用の審査になります。では、認めているかどうかは、何で見分けるのか。手がかりは、法律が、その判断を行政に任せる書き方をしているかです。設例サの条例は、必要があると認める限度で、6か月以内、と書いて、期間の選び方を町長に任せています。反対に、言葉に幅があるだけでは、任せたとは限りません。それは、この回の最後の判例で見ます。

審査の2つのしかた(比較表/判断代置=裁判所の立ち位置:行政庁と同じ立場で判断し直す・違法になる条件:裁判所の結論と処分が不一致・設例サ:1週間と2か月で不一致→取り消せる・行政庁の裁量:認められない/逸脱・濫用の審査=裁判所の立ち位置:行政庁の判断を一定の範囲で尊重・違法になる条件:枠を踏み外した場合に限る・設例サ:幅の中で著しく妥当を欠くとは言えない→取り消せない・行政庁の裁量:認められる〔行訴法30条〕) 図:審査の2つのしかた

  • 比較表
  • 判断代置=裁判所の立ち位置:行政庁と同じ立場で判断し直す・違法になる条件:裁判所の結論と処分が不一致・設例サ:1週間と2か月で不一致→取り消せる・行政庁の裁量:認められない
  • 逸脱・濫用の審査=裁判所の立ち位置:行政庁の判断を一定の範囲で尊重・違法になる条件:枠を踏み外した場合に限る・設例サ:幅の中で著しく妥当を欠くとは言えない→取り消せない・行政庁の裁量:認められる〔行訴法30条〕

表の下の2行が分かれ目です。設例サでは、判断代置なら取り消せ、逸脱・濫用の審査なら取り消せません。違いを生むのは、行政庁に裁量が認められているかどうかです。ここで問いです。同じ設例サで、裁判所が自分の判断で結論を出すなら取り消せるのに、逸脱・濫用の審査では取り消せないことがあるのは、なぜでしょうか?審査の物差しそのものが違います。判断代置は、結論の一致を見ます。逸脱・濫用の審査は、裁量の幅の中なら、行政庁の判断を認めます。同じ事案でも、どちらの物差しを使うかで、結論が逆になりえます。だから、法律が裁量を認めているかどうかが、最初の分かれ目になります。レシピで言えば、味見役が、自分は小さじ1杯が好みだからと作り直させるのが、判断代置です。食べられないほど入れすぎたときだけ失格にするのが、逸脱・濫用の審査です。

⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):裁判所の審査は2通り。判断代置は、裁判所が行政庁と同じ立場で判断し直し、結論が不一致なら違法とする。裁量が認められる場合は、行政庁の判断を一定の範囲で尊重し、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り違法とする(行訴法30条) (短答・論文共通)

逸脱・濫用の審査で、何を物差しにして著しく妥当を欠くかを見るのか。それは、この章の後半で、別の回を使って詳しく扱います。今回は、2つのしかたがある、というところまでです。

違法と不当——裁量の枠を踏み外したか

設例シ(同じ条例で3つの場合/①条例の上限6か月を超える8か月の停止=条文違反で違法) 図:設例シ

  • 同じ条例で3つの場合
  • ①条例の上限6か月を超える8か月の停止=条文違反で違法

ここで、瑕疵の回で見た、違法と不当の区別を思い出して、裁量に結びつけます。不当と違法の違い、どちらが取消訴訟で取り消せるのか、覚えていますか?違法は取り消せて、不当は取消訴訟では取り消せない、だったと思います。では、何が違法と不当を分けるのか。設例シで見ます。同じ条例で、次の3つの場合を考えます。1つ目。Aが、条例の上限を超えて、8か月の停止を命じました。条文に違反しています。裁量の幅の外ですから、違法です。

設例シ(①条例の上限6か月を超える8か月の停止=条文違反で違法/②幅の中の2か月・Bの落ち度に比べて少し重い=不当にとどまりうる〔取消訴訟では取り消せない・職権取消しや不服申立てで直す道〕) 図:設例シ

  • ①条例の上限6か月を超える8か月の停止=条文違反で違法
  • ②幅の中の2か月・Bの落ち度に比べて少し重い=不当にとどまりうる〔取消訴訟では取り消せない・職権取消しや不服申立てで直す道〕

2つ目。Aは、幅の中の2か月にしました。ただ、Bの落ち度に比べると、少し重いと言えるとします。裁量の範囲内で、行政庁の選んだ程度が、少し不適切です。これは、不当にとどまりえます。不当は、違法ではありませんから、取消訴訟では取り消せません。不当にとどまる処分でも、直す道はあります。瑕疵の回で見たとおり、道は2つです。行政庁自身の職権取消しと、不当まで見直せる、行政不服審査法の不服申立てです。

設例シ(違法・不当の3段/①8か月の停止=違法/②幅の中の2か月=不当にとどまりうる/③幅の中でも苦情と無関係な理由〔Bが町長選で対立候補を応援〕で重い停止を選ぶ=目的を外れた判断で濫用→違法/②と③の境目=枠の中の程度の問題か枠を踏み外したか/程度でも著しく妥当を欠けば違法) 図:設例シ

  • 違法・不当の3段
  • ①8か月の停止=違法
  • ②幅の中の2か月=不当にとどまりうる
  • ③幅の中でも苦情と無関係な理由〔Bが町長選で対立候補を応援〕で重い停止を選ぶ=目的を外れた判断で濫用→違法
  • ②と③の境目=枠の中の程度の問題か枠を踏み外したか/程度でも著しく妥当を欠けば違法

3つ目。Aは、幅の中の期間にしました。ところが、その理由が、Bが町長選で対立候補を応援したから、だったとします。夜の音楽の苦情とは、無関係です。これは、与えられた目的を外れた判断です。幅の中の数字であっても、濫用に当たり、違法になります。2つ目と3つ目の境目は、枠の中の程度の問題か、枠を踏み外したか、です。2つ目は、重さの程度が少し不適切、というだけです。3つ目は、そもそも判断の理由が、制度の目的から外れています。枠を踏み外した、と評価されます。ただし、程度の問題でも、少しではなく、社会観念上著しく妥当を欠くほど重ければ、設例サで見たとおり、枠を踏み外したことになり、違法です。

⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):裁量の範囲内にある判断は、まずくても不当にとどまり違法ではないので、取消訴訟では取り消せない。不当は職権取消しと不服申立てで直す。幅の外に出る、幅の中でも目的を外れて使う(濫用)、または社会観念上著しく妥当を欠くと違法になる (短答・論文共通)

裁量の幅の中でも、行政は何をしてもよいわけではありません。裁量は、自由な放任ではありません。比例原則、平等原則、信義則、それに基本的人権は、裁量の枠の中にも及びます。第1章で見た一般原則は、裁量の場面でも働きます。たとえば、同じ違反をした近所の別の店には注意だけなのに、Bにだけ2か月の停止を命じれば、平等原則が問題になります。さらに、行政庁は、事案ごとに、最も適切な選択肢を選ぶ責務を負います。公益の目的に適合した判断をする責務です。その責務に照らして、判断が不当と評価されることは、ありえます。ただし、不当と評価されることと、裁判所が取り消せることは、別の話です。

古典的な学説——審査できる範囲を広げる工夫の歴史

行政行為の2分類(羈束行為〔要件と内容を法令が一義的に定める・裁判所の審査あり〕/裁量行為〔行政庁の判断に委ねる部分がある〕) 図:行政行為の2分類

  • 羈束行為〔要件と内容を法令が一義的に定める・裁判所の審査あり〕
  • 裁量行為〔行政庁の判断に委ねる部分がある〕

ここから、古典的な学説です。明治憲法の下で作られた考え方で、今の裁量論の土台になっています。短答で、用語が問われます。まず、行政行為を、2つに分けます。要件も内容も、法令が一義的に定めているものを、羈束行為と言います。行政庁に、判断を委ねる部分があるものを、裁量行為と言います。羈束行為は、行政庁に判断の余地がないので、裁判所が審査します。

古典的学説の分類図(行政行為=羈束行為〔要件と内容を法令が一義的に定める〕/裁量行為〔行政庁の判断に委ねる部分がある〕→法規裁量(羈束裁量)=何が法かの判断・実は裁量でなく裁判所が審査する/自由裁量(便宜裁量)=何が行政の目的で公益に適合するかの判断・当不当にとどまり裁判所は審査しない/裁判所の審査=羈束行為あり・法規裁量あり・自由裁量なし) 図:古典的学説の分類図

  • 行政行為=羈束行為〔要件と内容を法令が一義的に定める〕
  • 裁量行為〔行政庁の判断に委ねる部分がある〕→法規裁量(羈束裁量)=何が法かの判断・実は裁量でなく裁判所が審査する
  • 自由裁量(便宜裁量)=何が行政の目的で公益に適合するかの判断・当不当にとどまり裁判所は審査しない
  • 裁判所の審査=羈束行為あり・法規裁量あり・自由裁量なし

裁量行為を、さらに2つに分けました。1つ目は、法規裁量です。羈束裁量とも言います。これは、何が法か、という判断です。法の意味を探る作業ですから、実は、裁量ではない、と考えます。裁判所が審査します。2つ目は、自由裁量です。便宜裁量とも言います。何が行政の目的で、公益に適合するか、という判断です。これが、真の裁量とされました。当不当の問題は生じても、違法の問題は生じません。裁判所は、審査しないとされました。設例サで言えば、生活環境を害する、という言葉が何を指すかを読むのは、法の意味を探る作業なので、法規裁量の側です。2か月と1週間のどちらが町のためになるかを選ぶのは、公益の判断なので、自由裁量の側です。

法規裁量という種類を作ったのは、審査の対象を広げるためです。裁量行為がすべて、裁判所の審査から外れるとすると、その領域が広すぎます。法治主義の観点から問題です。そこで、法の解釈にかかわる部分は、法規裁量として、裁判所が審査できるようにしました。つまり、裁判所が審査できる範囲を、広げる工夫の歴史なのです。

要件裁量説と効果裁量説(要件裁量説=佐々木惣一・要件の解釈や当てはめの段階に自由裁量を見る/効果裁量説=美濃部達吉・要件の認定に関する裁量は否定して処分をするかしないか・何か月にするかの段階に見る/設例サ=生活環境を害するの段階か停止の期間の段階か) 図:要件裁量説と効果裁量説

  • 要件裁量説=佐々木惣一・要件の解釈や当てはめの段階に自由裁量を見る
  • 効果裁量説=美濃部達吉・要件の認定に関する裁量は否定して処分をするかしないか・何か月にするかの段階に見る
  • 設例サ=生活環境を害するの段階か停止の期間の段階か

自由裁量がどこにあるか、という議論もありました。要件裁量説は、佐々木惣一の説です。要件の解釈や、当てはめの段階に、裁量を見ます。ただし、要件が不確定概念、つまり意味に幅のある言葉だというだけでは、自由裁量とはしません。法律が要件を定めていない場合や、公益のため、という程度の抽象的な目的で定めている場合に、認めます。効果裁量説は、美濃部達吉の説です。要件の認定に関する裁量は否定して、処分をするかしないかの段階に、自由裁量を見ます。設例サで比べます。要件裁量説なら、生活環境を害すると認めるかどうか、という要件の段階に、自由裁量がありうるかを問います。ただ、生活環境を害する、が意味に幅のある言葉だというだけでは、自由裁量とはしません。効果裁量説は、要件の段階には、はじめから自由裁量を認めず、停止を命じるか、何か月にするか、という効果の段階に見ます。

美濃部の三原則(効果裁量説=処分の性質で判定/①国民の権利・自由を制限する処分=自由裁量を否定/②国民の権利・自由と無関係な処分=原則として自由裁量があるとする/③国民に利益を与える処分=原則として自由裁量があるとする) 図:美濃部の三原則

  • 効果裁量説=処分の性質で判定
  • ①国民の権利・自由を制限する処分=自由裁量を否定
  • ②国民の権利・自由と無関係な処分=原則として自由裁量があるとする
  • ③国民に利益を与える処分=原則として自由裁量があるとする

効果裁量説は、処分の性質で、裁量の広さを判定します。美濃部三原則です。1つ目、国民の権利や自由を制限する処分では、自由裁量を否定します。国民の自由を奪う処分まで行政の自由な判断に任せると、法律で国民の自由を守るという考え方が骨抜きになるからです。2つ目、国民の権利や自由と、関係のない処分も、原則として、自由裁量があるとします。国民の自由を奪わないので、法律で守る必要が薄いからです。そして3つ目、国民に利益を与える処分も、原則として、自由裁量があるとします。与えなくても、国民がもともと持つ自由は減らないからです。

設例スと今の解釈論(営業停止命令〔自由を制限〕→裁量が狭い・Bの店への改装補助金の交付決定〔利益を与える〕→裁量が広い/警察許可=自由の制約なので裁量の余地が少ない・公企業の特許=特別の権利を設定するので裁量の幅が広い) 図:設例スと今の解釈論

  • 営業停止命令〔自由を制限〕→裁量が狭い・Bの店への改装補助金の交付決定〔利益を与える〕→裁量が広い
  • 警察許可=自由の制約なので裁量の余地が少ない・公企業の特許=特別の権利を設定するので裁量の幅が広い

設例スで、当てはめます。営業を止める命令は、Bの自由を制限する処分です。裁量が狭い側です。他方、Bの店の改装に出す、補助金の交付決定は、利益を与える処分です。裁量が広い側です。同じ町役場の判断でも、処分の性質で、広さが変わるという発想です。この発想は、今の解釈論にも残っています。許可は、本来自由な活動を、法律が一般に禁じていたものを解く処分です。警察許可、つまり、危険を防ぐための許可は、自由の制約ですから、行政庁の裁量の余地が少ないと考えます。許可と特許を分けた回で、許可は裁量が狭く、特許は広い、と見たのは、この発想です。他方、公企業の特許、つまり、電気やガスのように昔から国の任務とされた事業を、私人に行わせる特権は、特別の権利を設定するものですから、裁量の幅が広いと考えます。現在の見分け方は、別の回で扱います。短答で整理します。法規裁量は、裁判所の審査の対象です。自由裁量は、当不当の問題にとどまるとされ、審査の外でした。

⭐ 論文で書く規範:古典的学説(歴史的な整理):行政行為は羈束行為と裁量行為に分け、裁量行為はさらに法規裁量(裁判所が審査する)と自由裁量(当不当にとどまり審査しない)に分けた。審査対象を広げるための工夫。要件裁量説は佐々木説、効果裁量説は美濃部説(処分の性質で判定) (短答)

現在の裁量論——あるか無いかから、どこに・どの程度へ

古典から現在へ(古典=裁量が「あるか無いか」の峻別・法規裁量/自由裁量/現在=行訴法30条により自由裁量でも逸脱・濫用は審査される→区別は相対化・「自由裁量」の語はほとんど使わず「行政裁量」「裁量」) 図:古典から現在へ

  • 古典=裁量が「あるか無いか」の峻別・法規裁量
  • 自由裁量
  • 現在=行訴法30条により自由裁量でも逸脱・濫用は審査される→区別は相対化・「自由裁量」の語はほとんど使わず「行政裁量」「裁量」

古典では、自由裁量は、裁判所の審査の外にありました。では、30条の下でも、自由裁量は審査の外にいられるのでしょうか。古典的な自由裁量も、30条の下では、審査の外にはいられなくなりました。行政事件訴訟法30条は、裁量処分でも、裁量権の範囲をこえるか濫用があれば、取り消せる、と定めています。自由裁量とされた場合でも、逸脱や濫用があれば、裁判所は審査して、取り消します。つまり、およそ裁判所が審査できない、という意味での、自由裁量は、認められなくなりました。法規裁量と自由裁量の違いは、無くなったのではなく、相対化しました。かつては、審査するか、しないか、という二者択一でした。今は、どちらも審査されます。違いは、審査がどれだけ深く及ぶか、という程度の違いです。だから、自由裁量という言葉は、ほとんど使われなくなり、単に、行政裁量、あるいは、裁量と言います。

現在の関心(要件裁量も効果裁量も認める/関心=どこに・どの程度あり・裁判所がどこまで踏み込むか=審査の濃さ) 図:現在の関心

  • 要件裁量も効果裁量も認める
  • 関心=どこに・どの程度あり・裁判所がどこまで踏み込むか=審査の濃さ

要件裁量か、効果裁量か、という議論も、衰えました。今は、どちらにも裁量を認めうる、という点で、学説と判例が、ほぼ一致しています。要件の段階にも、効果の段階にも、裁量はありえます。どこにあるかは、個別の法律で見ます。この、どこに、は、この章の前半の別の回で、順に扱います。関心も、動きました。裁量が、あるか無いか、という問いから、どこに、どの程度あって、裁判所はどこまで踏み込むのか、という問いへ。この踏み込む深さを、審査の濃さと言います。審査の濃さの中身は、この章の後半で扱います。

⭐ 論文で書く規範:解釈(一般的な整理):行訴法30条により、自由裁量でも逸脱・濫用は裁判所が審査する。法規裁量と自由裁量の区別は相対化した。要件裁量も効果裁量も認める。関心は、裁量がどこに・どの程度あって、裁判所がどこまで踏み込むか(審査の濃さ)に移った (短答・論文共通)

古典的な区別が、今も顔を出す場面があります。設例セです。

設例セと判例(町の道路拡幅でBの店の敷地が収用され、収用委員会が裁決で補償額を決めた/Bは補償額に不満/補償額の決定に収用委員会の裁量を認めない→裁判所が裁決時点の正当な補償額を証拠に基づき自分で認定/認定額と裁決の額が異なれば裁決の補償額を違法とし正当な補償額を確定/逸脱・濫用の審査ではない=判断代置型/「相当な価格」等の不確定概念があっても裁量があるとは限らない) 図:設例セと判例

  • 町の道路拡幅でBの店の敷地が収用され、収用委員会が裁決で補償額を決めた
  • Bは補償額に不満
  • 補償額の決定に収用委員会の裁量を認めない→裁判所が裁決時点の正当な補償額を証拠に基づき自分で認定
  • 認定額と裁決の額が異なれば裁決の補償額を違法とし正当な補償額を確定
  • 逸脱・濫用の審査ではない=判断代置型
  • 「相当な価格」等の不確定概念があっても裁量があるとは限らない

町が、道路を広げるため、Bの店の敷地を収用することになりました。補償額は、都道府県に置かれる収用委員会、つまり、土地の収用と補償を決める行政の委員会が、裁決で決めたとします。Bは、補償額に不満です。土地収用法には、補償額だけを争う訴訟が用意されていて、Bはそこで争います。補償額は、土地収用法で、相当な価格などの言葉で定められています。ただ、こうした言葉は、確かに一義的ではありません。それでも、補償額に、収用委員会の裁量はあるのでしょうか。最高裁は、ないとしました。判旨です。

判例最判平9・1・28 民集51巻1号147頁

損失補償額は裁量でなく、裁判所が自ら正当な額を認定する 通常人の経験則及び社会通念に従って、客観的に認定され得るものであり、かつ、認定すべきものであって、補償の範囲及びその額…の決定につき収用委員会に裁量権が認められるものと解することはできない。…… ……裁判所は、収用委員会の補償に関する認定判断に裁量権の逸脱濫用があるかどうかを審理判断するものではなく、証拠に基づき裁決時点における正当な補償額を客観的に認定し、裁決に定められた補償額が右認定額と異なるときは、裁決に定められた補償額を違法とし、正当な補償額を確定すべきものと解するのが相当である。

決め手は、補償額が、通常人の経験則や社会通念で、客観的に認定できるものだ、という点です。だから、行政庁の判断を尊重する余地がありません。裁判所は、逸脱や濫用があるかを見るのではなく、自分で、正当な額を認定します。認定額と裁決の額が違えば、裁決の額を違法とします。これは、判断代置の形です。かつての法規裁量に近い扱いが、今も顔を出す場面と言えます。不確定な言葉が使われているだけでは、裁量は認められません。その事項が、客観的に認定できるものなのか、行政庁に判断を委ねたものなのかを、法律の仕組みから見ます。設例サの停止の期間は、町の事情を見て選ぶ判断で、町長に任されていました。補償額は、経験則と社会通念に従って、客観的に認定できる事項なので、任されていません。最後に、1点だけ、広げておきます。裁量は、行政行為だけの話ではありません。行政が作る基準や、契約、計画など、行為の形を問わず、裁量は問題になります。基準については、第3章で、生活保護の保護基準の改定が、大臣の裁量の範囲内かを審査された例を見ました。契約や計画は、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の整理①(裁量=上のルールが決めていない幅を下の機関が決める/2つの顔=対立法裁量・対司法裁量〔この章の主役〕/審査2通り=判断代置〔結論の一致を見る〕・逸脱・濫用の審査〔幅の中は尊重・枠を踏み外したときだけ違法・行訴法30条〕/設例サ=2か月は幅の中で著しく妥当を欠かない→取り消せない/違法と不当=裁量内ならまずくても不当・取消訴訟では取り消せず職権取消しと不服申立てで直す・裁量は人権・一般原則に拘束される) 図:今日の整理①

  • 裁量=上のルールが決めていない幅を下の機関が決める
  • 2つの顔=対立法裁量・対司法裁量〔この章の主役〕
  • 審査2通り=判断代置〔結論の一致を見る〕・逸脱・濫用の審査〔幅の中は尊重・枠を踏み外したときだけ違法・行訴法30条〕
  • 設例サ=2か月は幅の中で著しく妥当を欠かない→取り消せない
  • 違法と不当=裁量内ならまずくても不当・取消訴訟では取り消せず職権取消しと不服申立てで直す・裁量は人権・一般原則に拘束される

まとめます。冒頭の問いに答えます。設例サで、自分なら1週間で足りた、という理由だけでは、原則として、取り消せません。2か月は、条例が許す6か月以内の幅の中にあります。逸脱・濫用の審査では、行政庁の判断を一定の範囲で尊重して、枠を踏み外した場合に限り、違法とします。行政事件訴訟法30条が、そう定めています。裁量とは、上のルールが決めていない幅を、下の機関が決める余地でした。裁判所の審査は、判断代置と、逸脱・濫用の審査の2通りです。裁量の範囲内の判断は、まずくても不当にとどまり、取消訴訟では取り消せません。不当は、職権取消しと不服申立てで直します。ただし、裁量は放任ではなく、比例原則や平等原則、人権が及びます。

今日の整理②(古典=羈束行為/裁量行為〔法規裁量=審査される・自由裁量=審査されない〕・要件裁量説〔佐々木〕・効果裁量説〔美濃部三原則〕/現在=30条により自由裁量でも逸脱・濫用は審査・区別は相対化・要件裁量も効果裁量も認める・関心は「どこに・どの程度・どこまで踏み込むか」/最判平9・1・28=補償額に裁量を認めず裁判所が認定〔判断代置型〕/行政行為以外にも裁量は問題になる) 図:今日の整理②

  • 古典=羈束行為
  • 裁量行為〔法規裁量=審査される・自由裁量=審査されない〕・要件裁量説〔佐々木〕・効果裁量説〔美濃部三原則〕
  • 現在=30条により自由裁量でも逸脱・濫用は審査・区別は相対化・要件裁量も効果裁量も認める・関心は「どこに・どの程度・どこまで踏み込むか」
  • 最判平9・1・28=補償額に裁量を認めず裁判所が認定〔判断代置型〕
  • 行政行為以外にも裁量は問題になる

古典的な学説です。羈束行為と裁量行為。裁量行為の中の法規裁量と自由裁量。要件裁量説と効果裁量説。これらは、審査できる範囲を広げる工夫でした。現在は、30条で、区別が相対化しています。関心は、どこに、どの程度の裁量があり、裁判所がどこまで踏み込むか、へ移りました。補償額の判例は、裁量を認めずに、裁判所が自分で認定した例です。

今日の短答の誤り肢(行政庁に裁量が認められる場合は裁判所が処分の当否を自ら判断し直せる〔誤り〕/裁量の範囲内の不当な処分も取消訴訟で取り消せる〔誤り〕/自由裁量は裁判所の審査が全く及ばない〔誤り〕/羈束行為は裁判所の審査対象外〔誤り〕/現在も法規裁量と自由裁量の区別は絶対的である〔誤り〕/裁量があれば人権や一般原則の制約を受けない〔誤り〕) 図:今日の短答の誤り肢

  • 行政庁に裁量が認められる場合は裁判所が処分の当否を自ら判断し直せる〔誤り〕
  • 裁量の範囲内の不当な処分も取消訴訟で取り消せる〔誤り〕
  • 自由裁量は裁判所の審査が全く及ばない〔誤り〕
  • 羈束行為は裁判所の審査対象外〔誤り〕
  • 現在も法規裁量と自由裁量の区別は絶対的である〔誤り〕
  • 裁量があれば人権や一般原則の制約を受けない〔誤り〕

最後に、短答の誤り肢です。行政庁に裁量が認められる場合、裁判所は処分の当否を自ら判断し直せる、は誤りです。裁量が認められる場合は、枠を踏み外したときだけ違法とする、逸脱・濫用の審査です。裁量の範囲内の不当な処分も、取消訴訟で取り消せる、も誤りです。不当にとどまるなら、取消訴訟では取り消せません。自由裁量は、裁判所の審査が全く及ばない、も誤りです。行政事件訴訟法30条で、逸脱や濫用があれば審査されます。羈束行為は、裁判所の審査対象外、も誤りです。要件も内容も法令が決めているので、裁判所が審査します。現在も、法規裁量と自由裁量の区別は絶対的である、も誤りです。相対化しています。裁量があれば、人権や一般原則の制約を受けない、も誤りです。比例原則や平等原則、人権は、裁量にも及びます。

参照条文

  • 行政事件訴訟法30条

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