行政指導の限界
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第6章 行政契約・行政指導・行政計画 #75/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
断ったK社に、省は何ができるか
図:今日の問い
- 国の甲省の担当局
- ある業界のK社
- お願い=原材料が高騰しているが値上げは当面見送ってほしい
- 法律にそんなことをしてよいとは書いていない
- K社が断ると「名前を公表する」「別の許可の審査を後回しにする」
- 問い=①お願いそのものはしてよいか②何をお願いしてよいか③断った相手を不利に扱ってよいか
前回の結論は、行政指導に応じるかどうかは、相手が決める、でした。その先、断ったあとの扱いが、今日の主題です。設例は、国の機関の話にします。国に、甲省という省があるとします。甲省の担当局が、ある業界のK社に、こう求めます。原材料の高騰が続いていますが、値上げは当面、見送ってもらえませんか。法律のどこにも、値上げを見送れとは書いてありません。K社は、断りました。すると甲省は、こう言い出します。従わなかった事業者として、名前を公表します。さらに、K社が出している別の許可の申請は、審査を後回しにします。
ひどいと感じるのは自然です。ただ、法的にどうかは、段階を分けて考える必要があります。問いは三つです。一つ目、法律の根拠もなく、そんなお願いをしてよいのか。二つ目、何をお願いしてよいのか。そして三つ目、断った相手を、不利に扱ってよいのか。
図:設例の関係図
- A=甲省の担当局
- B=K社
- A→B=値上げ見送りのお願い〔点線=応じるかは任意〕
- B断る→A→B=「公表する」「許可の審査を後回し」〔今日の検討対象〕
関係を整理します。甲省の担当局Aから、K社Bへ、お願いが出ています。線は点線です。応じるかどうかは、Bが決めることだからです。Bが断ったあと、AからBへ、公表と、審査の後回しという、二本の矢印が伸びます。この二本が許されるのか。それが、三つ目の問いです。答えの形だけ、先に言っておきます。お願いは、法律の根拠がなくてもできます。ただし、越えてはならない線が三つあります。そして、断ったことを理由に不利に扱うことは、許されません。
図:今日の道順
- 1 根拠は要らないのに限界がある
- 2 3つの線と32条1項
- 3 石油カルテル事件
- 4 32条2項=不利益取扱いの禁止
- 5 公表は許されるか
- 6 個別法の指導・指示
- 7 設例への当てはめ
道順です。一つ目、根拠が要らないのに、限界があるのはなぜか。二つ目、越えてはならない三つの線と、行政手続法32条の1項。三つ目、石油カルテル事件という最高裁の判決。四つ目、32条の2項、不利益な取扱いの禁止。五つ目、公表は許されるのか。六つ目、個別の法律が指導を置くとき。最後に、K社の設例に戻って、答えを出します。
根拠は要らない——でも「何をしてもよい」ではない
図:根拠が要らない理由と、要るもの
- 要らない=根拠規範〔権限を与える定め〕
- 要る=組織規範〔所掌事務〕・法律の優位〔法律に反しない〕・任意性〔断れること〕
- 理由=相手に応じるかどうかを決める自由が残るから
一つ目の問いです。その前に、第1章の復習を1問。組織規範だけで行える活動は、どんな活動でしたか?相手の権利を制限しない、義務も課さない、任意の活動です。行政指導は、応じるかどうかが相手に残ります。だから、権利の制限にも、義務を課すことにも当たりません。侵害留保説の考え方では、法律の根拠は要りません。ここで言う根拠は、権限を与える定め、つまり根拠規範です。前回、確かめた結論です。根拠規範が無くても、行政指導そのものは許されます。ただ、ここで一番多い誤解を解いておきます。要らないのは、根拠規範だけです。根拠が要らないということは、何をしてもよい、という意味ではありません。
根拠が要らないのに、止まる場所があるんですか。あります。たとえで言います。町内の掲示板に、お願いの貼り紙を出すのは自由です。貼り紙は、無視されても構いません。ところが、貼り紙に従わなかった家だけ、水道を止める、となったらどうでしょう。もう貼り紙ではなく、通行止めの看板です。根拠が要らない理由は、相手に選ぶ自由が残っているから、でした。その前提が崩れる所が、行政指導の限界の一つです。ただ、要らないのは、権限を与える定めだけでした。誰の仕事か、法律に反しないか、という縛りは、根拠の要らない指導にも残ります。これに、選ぶ自由が崩れる場面を足して、越えてはならない線は、三つに整理できます。一つ目は、その機関の仕事の範囲を超える場合。二つ目は、法律の趣旨や目的に反する場合。三つ目は、断れることが実質的に失われる場合。これが、三つの線です。
⭐ 論文で書く規範:行政指導に作用法上の根拠は原則不要。ただし、①所掌事務の範囲内であること②法律の趣旨・目的に反しないこと③任意性を損なわないこと、の3つの線は越えられない。根拠が要らない理由は、相手に応じるかどうかを決める自由が残るから (短答・論文共通)
3つの線と行政手続法32条1項
図:行政手続法32条
- 1項=所掌事務を逸脱しない・任意の協力によってのみ実現される
- 2項=従わなかったことを理由として不利益な取扱いをしない
- 1項前段=線①所掌事務
- 後段=線③任意性
- 線②法律の優位は条文に明記なし
二つ目の問いです。まず、行政指導の定義の四つの部品のうち、所掌事務に関わるのは、どれでしたか?一つ目の、任務または所掌事務の範囲内、です。四つの部品は、所掌事務の範囲内、行政目的のため、特定の者に作為や不作為を求めること、処分に当たらないこと、でした。その一つ目の部品が、条文でも念を押されています。条文です。前回にも読みましたが、今回は、1項の後半と、2項を、とくに見ます。
条文行政手続法32条
行政手続法第32条 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。 2 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。
1項の前半が、一つ目の線です。所掌事務の範囲です。甲省の担当局は、この業界を所管しています。ですから、K社に値上げの見送りを求めるのは、範囲内です。では、甲省が、他の省庁の所管にあたる分野の事柄を、K社に求めたらどうでしょう。甲省の所掌事務の範囲の外です。これが、1項の言う、範囲の逸脱です。行政の現場では、担当でもない事柄に、事実上の影響力を使う例が、問題になってきました。そこで、条文で念を押したのです。二つ目の線は、法律の優位です。第1章で見た、行政は法律の定めに反してはならない、という原則です。条文に、この言葉は書かれていません。ただ、根拠が要らない指導でも、法律に反する指導は許されません。たとえば、価格に関する指導なら、競争を守る独占禁止法の趣旨に反してはいけません。この線の具体的な物差しは、次の節で、判決を読んで確かめます。三つ目の線は、1項の後半です。内容が、あくまで相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであること。応じるかどうかを、相手が本当に決められること、という意味です。強制にわたって、任意性を損なう指導は、許されません。典型例として、教育施設負担金の事件があります。市が、マンション業者に寄付金を求め、従わなければ給水を拒むという制裁を背景にした事件です。最高裁は、本来任意に求めるべき行政指導の限度を超える、と判断しました。ここで一点、注意があります。この事件の指導をしたのは、市の機関です。市の機関の指導には、前回、地図の注意書きで見たとおり、行政手続法の32条以下は適用されず、条例の問題です。ただ、任意性という考え方は、国でも市でも共通です。
⭐ 論文で書く規範:行手法32条1項=①所掌事務の範囲を逸脱しない(線①)②内容があくまで相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意する(線③)。法律の優位(線②)は、条文に書かれていないが、根拠の要らない指導にも及ぶ (短答・論文共通)
石油カルテル事件——限界の物差し
図:石油カルテル事件の事案
- 国の通産省〔当時〕=値上げの前に相談・上限の了承を得させる行政指導
- 元売り各社=了承の限度いっぱいまで一斉に値上げする合意
- 独禁法の価格カルテルとして起訴・争点=行政指導に従っただけとして違法性が阻却されるか
三つ目の問いです。法律の優位の線を、判決で見ます。石油カルテル事件です。事案を、簡単に言います。石油製品の値上げが続いた時期に、担当の官庁は、値上げの前に相談に来て、上限の了承を得るように、という行政指導をしていました。元売りの各社、つまり石油製品を卸す大手の会社は、その了承が得られることを前提に、了承された限度いっぱいまで、いっせいに値上げをする、と合意しました。これが、独占禁止法の価格カルテル、つまり、競争相手どうしで値段を決め合うことにあたるとして、起訴されます。各社は、行政指導に従っただけだ、と争いました。
そこが争点です。ただし、争いの中心は、行政指導に従ったという言い分が通るか、です。最高裁は、まず行政指導そのものについて、物差しを示しています。
図:判旨の3段
- ①行政指導自体=必要とする事情・社会通念上相当な方法・独禁法の究極の目的に実質的に抵触しない→違法とすべき理由はない
- ②適法な行政指導に従い協力して行われた行為→違法性が阻却される
- ③本件=了承の限度いっぱいまで一斉に値上げする合意は協力と評価できず阻却されない
判例最判昭59・2・24 刑集38巻4号1287頁
法律に直接の根拠のない価格の行政指導でも、必要性・相当性があり独禁法の究極の目的に抵触しなければ違法でない 流動する事態に対する円滑・柔軟な行政の対応の必要性にかんがみると、石油業法に直接の根拠を持たない価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われ、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しないものである限り、これを違法とすべき理由はない。そして、価格に関する事業者間の合意が形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、それが適法な行政指導に従い、これに協力して行われたものであるときは、その違法性が阻却されると解するのが相当である。
判断は三段に分けて読みます。一段目は、行政指導そのものです。法律に直接の根拠がなくても、まず、必要とする事情があること。次に、社会通念上、相当な方法で行われること。そして、独占禁止法の究極の目的に、実質的に抵触しないこと。この三つがそろう限り、違法とすべき理由はない、と言っています。注目してほしいのは、直接の根拠が無くても、と言いながら、同時に、独占禁止法という法律の目的には縛られる、と言っているところです。さきほどの、法律の優位の線です。二段目は、従った行為の扱いです。適法な行政指導に従い、これに協力して行われた行為なら、形式的には独占禁止法に違反するように見えても、違法性が阻却されます。つまり、違法とはされない、ということです。
三段目が、ここです。最高裁は、各社の合意は、希望案を決めるだけにとどまらず、了承の限度いっぱいまで、いっせいに値上げするというものだった、と見ました。これは、行政指導に従い、これに協力して行われたものとは評価できない。したがって、行政指導の存在を理由に、違法性が阻却されることはない、としました。なぜ協力とは言えないのか。指導が求めていたのは、値上げの前に相談し、上限の了承を得ることでした。了承された上限まで、各社がそろって一斉に上げると決め合うことは、指導が求めた中身ではありません。競争をやめる合意を、各社が自分たちで作った、と見るのが自然です。なお、判決自体は、理由を長く述べず、協力と評価することのできないことは明らか、としています。ここから、二つ覚えてください。一つ目。行政指導が適法でも、それに従ったふりをして、別のことをしたら、免責されません。免責されるのは、従い、協力して行われた行為だけです。二つ目。行政指導の適法性と、従った行為の違法性阻却は、別の問いです。ひとつの判決の中に、二つの問いが入っています。
枠の中でのお願いと、枠いっぱいの一斉の実行は、別物です。K社の設例に戻します。値上げの見送りの要請そのものは、所掌事務の範囲内で、必要とする事情があり、社会通念上、相当な方法で、独占禁止法の目的にも抵触しないなら、適法です。結論は、最後にまとめて出します。
⭐ 論文で書く規範:法律に直接の根拠のない指導でも、必要性があり、社会通念上相当な方法で行われ、独禁法の究極の目的に実質的に抵触しない限り違法ではない。適法な指導に従い協力して行われた行為は違法性が阻却されるが、従ったふりをした行為までは免責されない (短答・論文共通)
32条2項——不利益取扱いの禁止を「理由」で読む
図:32条2項を「理由」で読む
- 従わなかったことを理由として不利益な取扱いをしてはならない
- 見るのは結果の不利さではなく理由
- 理由=「断ったから」→違反
- 理由=「法令に違反したから」→別
- 法令が予定する措置〔勧告→命令〕→別
四つ目の問いです。その前に、前回の個人情報保護法で、勧告に従わないと、どうなる仕組みでしたか?命令が出せて、命令に違反すると罰則がありました。そうでした。その仕組みを、頭の片すみに置いて進めます。さて、さきほどのカードの2項です。
図:32条2項の語句
- その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として
- 不利益な取扱いをしてはならない
- 例=従っていれば受けられた利益を与えない・別の許認可の審査を意図的に遅らせる
条文は、従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない、です。大事なのは、理由、という言葉です。結果が不利かどうかではありません。何を理由にしたか、で見ます。なぜ、こんな禁止があるのか。断ったら不利に扱われるなら、断る自由は、名前だけになります。最初の、貼り紙を無視した家だけ水道を止める話です。1項の後半が言う、三つ目の線、任意性を、断ったあとの扱いの面から、はっきり禁止にしたのが、32条2項です。不利益な取扱いとは、たとえば、従っていれば受けられた利益を与えない。あるいは、別の場面で、許認可の審査などを、意図的に不利に扱う。そういうことです。K社の設例で見ます。甲省が、断ったから、という理由で、K社の別の許可の審査を後回しにする。理由は、従わなかったことです。32条2項の違反です。
理由が「断ったから」なら、アウトなんですね。でも、K社に不利になることは、全部ダメなんでしょうか?そこが二つ目のつまずきどころです。区別が二つあります。一つ目の区別です。法令違反そのものを理由とする処分は、別です。たとえば、K社が、別の許可の要件を、実は満たしていなかったとします。甲省は、法令の根拠に基づいて、その許可を取り消したり、不許可にしたりします。理由は、法令に違反したこと、要件を満たさないことです。指導に従わなかったことが理由ではありません。32条2項の問題ではありません。見分け方があります。指導を断ったという事実を、頭の中で消してみてください。それでも、その処分が、法令に基づいて成り立つか。成り立つなら、理由は法令違反です。成り立たないなら、断ったことが理由です。1問です。K社が、許可の要件を満たしていなかったため、甲省が不許可にした。32条2項に違反するでしょうか。
断ったことを消しても、要件を満たしていないから不許可になります。だから、違反しないです。理由が、法令違反にあるからです。二つ目の区別です。法令が、従わなかった場合の措置を、はじめから予定している場合です。前回の勧告から命令の流れが、そうです。勧告に従わなかったことを受けて、命令を出す。これは、法令が予定した措置です。32条2項の問題は生じません。なお、命令は、従う義務を生む処分です。勧告そのものは、従う義務を生みません。命令が控えていても、勧告の任意性は、直ちには失われません。命令を出す要件が、法律で別に決められているからです。勧告に従わなかっただけでは、足りません。要件を満たして、はじめて命令が出ます。勧告は、命令の入口ではあっても、命令そのものではない。その線引きを、法律が引いているのです。
図:「理由」で分ける表
- 従わなかったことが理由の不利益〔例=断ったから別の許可の審査を後回し〕→32条2項違反
- 法令違反そのものが理由の処分〔例=要件を満たさないから不許可〕→別・問題にならない
- 法令が予定する措置〔例=勧告に従わないので命令〕→別・問題にならない
試験では、この読み分けが問われます。従わなかったことを理由に、不利益を与える。これは違反です。法令違反を理由とする処分。これは別です。法令が定める、不服従への措置。これも別です。もう一つ、背景を言います。許可や認可の権限を持っている省が、権限をにおわせて従わせる場面があります。たとえば、取り消す理由も無いのに、従わないなら許可を取り消すこともある、とほのめかす場面です。それは、前回の地図で見た34条が、さらに規律しています。別の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:32条2項は、従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを禁じる。法令違反そのものを理由とする処分、法令が予定する措置(勧告→命令)は、32条2項違反の問題にならない。見分け方は、断ったことを消しても処分が成り立つか (短答・論文共通)
勧告に従わない者の公表は許されるか
図:公表の3分け
- ①法令に根拠がなく「従わなかったから」と公表→32条2項違反
- ②法令が「勧告に従わなければ公表できる」と定める→32条2項の問題は生じないが仕組みの適否は別〔有力な整理=違法でない行為への指導+公表は任意性を崩す/違反是正を求める指導の後の公表は事前の段階として説明できる〕
- ③情報提供のための公表は別の問い
五つ目の問いです。K社が言われた、名前を公表する、という脅しです。公表は、経済的にも、社会的にも、不利益を伴います。許されるかは、どんな根拠で、何についての指導か、で分けます。一つ目。法令に根拠がなく、従わなかったから公表する。これが、K社の設例です。従わなかったことを理由にした、不利益な取扱いです。32条2項違反です。二つ目。法令が、勧告に従わなければ公表できる、と定めている場合です。この場合、公表は、さきほどの二つ目の区別、法令が予定する措置に当たります。32条2項の問題は生じません。ただ、そう決めた仕組みが、正しいかどうかは、別に問われます。
法律で定めてあれば、何でも公表してよい、とは限りません。ここは、有力な整理を紹介します。分け方は二つです。一つ目は、もともと違法でない行為について指導をして、従わなければ公表する仕組みです。公表が、従うことを間接的に強制します。応じるかどうかを決める自由、つまり任意性を崩すので、問題とされます。たとえば、適法に営業している店に、メニューを変えてほしい、と指導して、従わなければ名前を公表する。これでは、断る自由が、ほとんど残りません。二つ目は、法令に違反している行為や、義務に違反している行為について、是正を求める指導をして、改善されなければ公表する仕組みです。この場合、公表は、いきなり制裁をしないための、事前の段階として説明できます。そのため、適法と考えられます。
ただ、これは有力な整理です。判例や通説と、断定できるものではありません。試験では、この分け方を理由づけに使えるようにしておく、という位置づけです。もう一つ、公表には、別の種類があります。危険な食品や製品を、消費者に知らせるための公表です。これは、不服従への不利益ではなく、情報提供としての公表です。別の問いなので、別の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:不服従への公表は、従わなかったことを理由とする不利益として32条2項の問題になりうる。法令の仕組みでも、違法でない行為への指導+公表は任意性を崩しうる。違反の是正を求める指導の後の公表は、事前の段階として適法と説明できる(有力な整理) (短答・論文共通)
個別法が指導・指示を置くとき——書面の内容に限る
図:個別法の指導・指示
- 個別の法律が指導・指示と不履行への措置を置く→その法令の方式に従う
- 生活保護法27条=指導又は指示・62条=従う義務・不履行は保護の変更・停止・廃止
- 施行規則19条=書面によって行った指導又は指示に従わなかった場合でなければ権限を行使してはならない
六つ目の問いです。個別の法律が、指導や指示と、従わなかった場合の措置を置いているときは、その法律の縛りに従います。前回の、置かれたら縛られる、という話の続きです。例が、生活保護です。前回の復習です。生活保護法27条の指導や指示は、62条で従う義務が定められ、不履行は、保護の廃止、つまり生活保護の打ち切りなどに結びつきます。そのため、従う義務を課す点で、行政指導ではなく、処分と解する理解が有力でした。ですから、この判決は、行政指導の例として読むのではありません。個別の法律が、指導や指示に、不利益な措置を結びつけているとき、その法律の手続の縛りを、守らなければならない、という例として読みます。事案です。生活保護を受けている人、つまり被保護者に、保護の事務を担う福祉事務所長が、書面で、手描き友禅の仕事の収入を、月額11万円まで増やしてください、と指示しました。口頭では、増やせないなら、自動車を処分するように、とも言っていました。後日、指示に従わなかったとして、保護の廃止が決定されます。争点は、口頭で言っていた、自動車の処分も、指示の内容に含まれるか、です。
図:指示書と口頭の関係図
- A=福祉事務所長
- B=被保護者
- 書面の指示=収入を月額11万円まで増やす〔記載あり〕
- 口頭=増やせないなら自動車を処分〔書面に記載なし〕
- B→廃止決定
- 争点=口頭の内容も指示の内容に含まれるか
関係を整理します。福祉事務所長Aが、被保護者Bに指示を出しました。書面に書かれたのは、増収だけです。自動車の処分は、口頭だけです。ここで、条文を一つ読みます。施行規則の19条です。
条文生活保護法施行規則19条
生活保護法施行規則第19条 法第六十二条第三項に規定する保護の実施機関の権限は、法第二十七条第一項の規定により保護の実施機関が書面によつて行つた指導又は指示に、被保護者が従わなかつた場合でなければ行使してはならない。
保護の変更や廃止の権限は、書面でおこなった指導や指示に、従わなかった場合でなければ、使ってはいけません。最高裁は、この条文を読んで、こう言いました。
判例最判平26・10・23 集民248号1頁
書面による指示の内容は、書面自体に記載されていなければならない 上記書面による指導又は指示の内容は,当該書面自体において指導又は指示の内容として記載されていなければならず,指導又は指示に至る経緯及び従前の指導又は指示の内容やそれらに対する被保護者の認識,当該書面に指導又は指示の理由として記載された事項等を考慮に入れることにより,当該書面に指導又は指示の内容として記載されていない事項まで指導又は指示の内容に含まれると解することはできないというべきである。
判断は、一言です。書面の指示の内容は、書面自体に書かれていなければならない。経緯や、口頭のやり取り、理由欄の記載を考え合わせて、書面に書かれていない事項まで含めることはできません。本件の書面には、増収しか書かれていません。自動車を処分すべきことが、指示の内容に含まれると読める記載は、ありません。ですから、指示の内容は、増収だけです。口頭でもはっきり言われていたのに、それでもダメなんですか。ダメです。保護の廃止という不利益な措置に結びつく指示だからこそ、権限を使える場面が、書面でおこなった指示への不服従に限られているのです。書面に限るのは、何に従わなければ保護を失うのかを、本人がはっきり分かるようにするためです。経緯や口頭まで含めると、どこまでが指示だったのか、本人にも分からなくなり、保護の廃止という重い判断が、恣意的になりかねません。ここから、一般化できます。個別の法律が、指導や指示と、不履行への措置を置いているときは、その法律の方式に従わなければ、不利益な措置はできません。なお、この判決は、行政手続法の32条以下を当てた話ではありません。生活保護法と施行規則という、個別の法律の縛りの話です。この事件は、書面の内容の読み方を示して、原審に差し戻されたものです。廃止決定そのものが違法かは、差戻審で判断されます。
⭐ 論文で書く規範:個別法が指導・指示を置き、その不履行に不利益措置を結びつけているときは、その法令の方式(書面・内容)に従う。書面に記載のない事項を理由に不利益な処分はできない(生活保護法・施行規則19条) (短答)
設例への当てはめ・地方公共団体の指導・まとめ
図:K社の設例への当てはめ
- ①値上げ見送りの要請=所掌事務内・必要性・社会通念上相当な方法・独禁法の目的に反しないなら適法・断ってよい
- ②「断ったから公表」「断ったから別の許可を後回し」=32条2項違反
- ③K社が実際に法令違反していた→法令に基づく処分は別〔断ったからでなく違反したから〕
最後に、冒頭の三つの問いに答えます。K社の設例です。一つ目、お願いそのものは、してよいか。法律の根拠は、要りません。甲省の担当局は、この業界を所管しているので、所掌事務の範囲内です。必要とする事情があり、社会通念上、相当な方法で、独占禁止法の目的にも抵触しないなら、適法です。K社は、断ってよい。任意だからです。二つ目、断った相手を、不利に扱ってよいか。名前を公表する、別の許可の審査を後回しにする。どちらも、理由は、断ったことです。32条2項違反で、許されません。ただし、一点、留保があります。もし、K社が、実際に法令に違反していたなら、その法令に基づく処分は、別です。断ったからではなく、違反したから、処分するのです。理由が、そこにあるかどうかです。
行政手続法の行政指導の規定は、地方公共団体の機関がする行政指導には適用されません。3条3項です。同じ値上げ見送りの要請を、市長がしたなら、答えは、その市の行政手続条例で読みます。多くの条例は、行政手続法とほぼ同じ内容を置いています。ですから、考え方は同じことが多いのですが、根拠にする条文は別です。ここを混ぜないでください。
図:今日の地図
- 根拠は要らない
- 3つの線
- 石油カルテル事件の物差し
- 32条2項は理由で読む
- 公表の分け方
- 個別法の指導は書面に限る
- 市の指導は条例
今日の答えです。行政指導には、作用法上の根拠は、原則、要りません。しかし、越えてはならない線が三つあります。所掌事務の範囲、法律の優位、そして任意性です。法律の優位の物差しは、石油カルテル事件が示しました。必要性があり、社会通念上相当な方法で、独占禁止法の究極の目的に実質的に抵触しない限り、違法ではない。ただし、従ったふりをした行為までは、免責されません。32条の2項は、従わなかったことを理由とする、不利益な取扱いを禁じています。理由で読みます。法令違反を理由とする処分と、法令が予定する勧告から命令の流れは、別です。公表は、一律に違法でも、適法でもなく、有力な整理では、違法でない行為への指導と公表は任意性を崩し、違反の是正を求める指導の後の公表は事前の段階として説明できます。個別の法律が指導や指示を置くなら、その法律の方式に従います。論文では、行政指導の違法を論じるとき、根拠は不要、で止めず、三つの線で検討します。
図:今日の短答の誤り肢
- 行政指導には根拠規範が必要〔誤り〕
- 所掌事務を超えた指導も任意なら許される〔誤り〕
- 指導に従った行為は当然に違法性が阻却される〔誤り〕
- 32条2項は法令違反を理由とする処分も禁じる〔誤り〕
- 法令が勧告→命令を予定していても32条2項違反〔誤り〕
- 行手法32条は市の指導にも適用される〔誤り〕
短答の肢を、六つ読みます。一つ目。行政指導には、根拠規範が必要である。誤りです。原則、要りません。二つ目。所掌事務を超えた行政指導も、任意なら許される。誤りです。範囲を逸脱する指導は、組織規範に反し、32条1項も戒めています。相手が任意に応じるかどうかとは、別の問題です。三つ目。行政指導に従った行為は、当然に違法性が阻却される。誤りです。適法な指導に従い、協力して行われた行為だけ、阻却されます。四つ目。32条2項は、法令違反を理由とする処分も禁じている。誤りです。禁じるのは、従わなかったことを理由とする不利益です。五つ目。法令が、勧告から命令を予定していても、命令は32条2項に違反する。誤りです。法令が予定した措置なので、問題になりません。六つ目。行政手続法の32条は、市の行政指導にも適用される。誤りです。適用されず、その団体の条例によります。
参照条文
- 行政手続法32条
- 生活保護法施行規則19条