司法的執行
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第7章 行政調査・義務履行確保・行政罰 #93/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
2つの訴え
図:2つの訴え
- 設例1=A町が住民Bに分担金の支払を求める
- 設例2=C市が業者Dに工事の続行をやめるよう求める
- いずれも自治体が原告となって裁判所に訴える形
設例を2つ出します。1つ目です。A町は、条例に基づく分担金を、住民Bから取り立てたいとします。督促しても、Bは払いません。実はA町には、税金と同じように、自分で財産を差し押さえて取り立てる手段が、法律で用意されています。ところがA町は、手間を嫌いました。裁判所に、Bへの支払を求める訴えを起こし、判決で強制執行しようとしたのです。2つ目です。C市は、条例で、太陽光発電設備の設置に市長の同意を求めています。同意なく着工した業者Dには、市長が工事の中止を命じられます。Dは命令を無視して、工事を続けました。この条例には、命令に違反した場合の罰則も置かれていません。そこでC市は、裁判所に、工事を続けてはならないという判決を求めました。
図:今日の3つの問い
- 問い1=設例1の訴えは認められるか
- 問い2=設例2の訴えは認められるか
- 問い3=私人どうしなら普通の話なのに、自治体が裁判所に頼ると何が問題になるのか
今日の問いは、まさにそこです。1つ目、最初の設例の訴えは認められるのか。2つ目、次の設例の訴えは認められるのか。3つ目、なぜ自治体の場合だけ、問題になるのか。先に構図だけ言います。この2つと同じ型の訴えを、最高裁は、別々の理由で、どちらも認めませんでした。道が、両側からふさがれた形です。前に作った、守らせる手段の地図でいうと、Aの、義務の履行を強制する方向にある2つ目、裁判所を通すA②の本体にあたります。2つの壁を、順に見ていきます。
司法的執行とは何か
図:司法的執行の位置
- 義務を守らせる2本の道
- 行政的執行=行政が自分で実現する〔法律の根拠が要る〕
- 司法的執行=行政が原告となり裁判所の判断を通して実現する
- 注=今日は行政が私人を訴える話で、私人が行政を訴える取消訴訟などとは別
地図のAを思い出してください。行政上の義務を実現させる道は、2本ありました。1本目は、行政が自分の手で実現する、行政上の強制執行です。2本目が、今日の司法的執行です。行政が原告となって裁判所に訴え、裁判所の判断を通して、義務を実現させる仕組みです。民事手続による強制とも呼びました。相手の家に上がり込んで、物を運び出すのが、行政上の強制執行です。調停や裁判の場に持ち込んで、決めてもらうのが、司法的執行です。間に第三者が入るかどうかが、大きな違いです。利点も、この第三者にあります。裁判所が挟まるので、行政の権力が不適切に使われるのを防げます。バランスのとれた執行になりうるのです。前の回で見たとおり、行政が自分で実力を使う強制は、戦前に人権を侵すために使われた反省から、戦後に絞り込まれました。その代わりに置ける選択肢でもあります。
実際、法律に例があります。国が都道府県の知事に、期限を決めて、ある事務を行うよう求めたとします。前の項で、そのような手順が定められています。知事が期限までに行わないときの定めを読みます。
条文地方自治法245条の8第3項
地方自治法第245条の8第3項 各大臣は、都道府県知事が前項の期限までに当該事項を行わないときは、高等裁判所に対し、訴えをもつて、当該事項を行うべきことを命ずる旨の裁判を請求することができる。
国が、高等裁判所に訴えを起こし、裁判所の命令を経て実現させる形です。行政が原告になり、裁判所を通す。司法的執行の、実定法上の例です。ですから、私人に対しても、同じ仕組みを作ることは、立法論として考えられます。ただし、そのような一般的な規定は、今のところありません。そこで、2つの壁が出てきます。
図:司法的執行の位置
- 義務を守らせる2本の道
- 行政的執行=行政が自分で実現する〔法律の根拠が要る〕
- 司法的執行=行政が原告となり裁判所の判断を通して実現する
- 注=今日は行政が私人を訴える話で、私人が行政を訴える取消訴訟などとは別
取り違えを防ぐ注意を1つ。今日は、行政が私人を訴える話です。私人が行政を訴える、取消訴訟や差止訴訟とは、向きが逆です。そちらは、別の回で扱います。
壁その1 強制徴収があるとき
図:農業共済掛金の判決の事案
壁その1です。事案は、農業共済の組合の話です。災害に備える共済の組合が、組合員から共済掛金を集めます。滞納した組合員に対して、法律は、専用の取立ての道を用意していました。督促をして、市町村に徴収を請求します。市町村は、地方税の滞納処分の例で処分します。市町村が動かなければ、知事の認可を受けて、組合自身が処分もできました。ところが組合側は、この道を使いませんでした。普通の民事訴訟を起こして、取り立てようとしたのです。最初の設例と同じ型です。民事訴訟のほうが確実に見える、という感覚は自然で、迷う場面です。結論を先に言うと、最高裁は、許されないと判断しました。判決の中身を読みます。なお、事案の法律は、その後の改正で、今は形が変わっています。ただ、判決の論理は、いま強制徴収が認められている他の債権にも、そのまま当てはまります。もう1点。同じ日に、土地区画整理の計画をめぐる大法廷判決も出ています。混ざりやすいので、この判決は、農業共済の判決、と覚えてください。最初の部分では、なぜ特別の手段が与えられたのかを、述べています。
判例最大判昭41・2・23 民集20巻2号320頁
強制徴収の手段が与えられたのは、公共性の高い事業の財源を簡易迅速に集めるため かように,農業共済組合が組合員に対して有するこれら債権について,法が一般私法上の債権にみられない特別の取扱いを認めているのは,農業災害に関する共済事業の公共性に鑑み,その事業遂行上必要な財源を確保するためには,農業共済組合が強制加入制のもとにこれに加入する多数の組合員から収納するこれらの金円につき,租税に準ずる簡易迅速な行政上の強制徴収の手段によらしめることが,もつとも適切かつ妥当であるとしたからにほかならない。
骨組みで言い直します。共済の事業は、公共性が高い。多数の組合員から、必要な財源を集めなければならない。そのためには、税金に準じた、簡易迅速な取立てが、最も適切だ。だから法は、特別の手段を与えたのだ、と言っています。窓口のたとえで考えてください。大量の案件をさばくために、専用の窓口を作ったのです。専用窓口は、早くて強い代わりに、ルールが決まっています。次の結論部分です。
判例最大判昭41・2・23 民集20巻2号320頁
強制徴収の手段を与えられながら、民事訴訟と強制執行で取り立てるのは許されない 農業共済組合が,法律上特にかような独自の強制徴収の手段を与えられながら,この手段によることなく,一般私法上の債権と同様,訴えを提起し,民訴法上の強制執行の手段によつてこれら債権の実現を図ることは,前示立法の趣旨に反し,公共性の強い農業共済組合の権能行使の適正を欠くものとして,許されないところといわなければならない。
図:2つの窓口
- 専用窓口=強制徴収〔法が簡易迅速な手段として与えた道〕
- 一般窓口=民事訴訟・強制執行〔通常の債権の取立て〕
- 専用窓口があるなら一般窓口は使えない=立法の趣旨に反する
- この考え方は学説でバイパス理論と呼ばれる
決め手は、立法の趣旨です。法が、簡易迅速な専用の手段を与えた。その手段を使わずに、一般の債権と同じ訴えと強制執行に進むのは、趣旨に反して許されない。判決の言い方は、許されない、です。この考え方は、学説で、バイパス理論と呼ばれます。バイパス道路があるなら、バイパスを通りなさい、というたとえです。
⭐ 論文で書く規範:【規範(農業共済掛金の判決)】強制徴収の手段が法律で認められている金銭債権を、民事訴訟・強制執行で取り立てることは許されない (最大判昭41・2・23 民集20巻2号320頁/決め手は、簡易迅速な専用手段を与えた立法の趣旨/学説ではバイパス理論と呼ばれる)
この理論には、批判もあります。1つ目。専用の道が用意されているだけでは、一般の道を使うのを禁じる理由にはならない、という批判です。2つ目。前の回で見たとおり、強制徴収は、手続が厳格で、実際には円滑に動かないことがあります。それなのに、民事訴訟まで封じられると、公的な債権の回収が、事実上できなくなりかねません。簡易迅速、という前提が崩れているのです。この点は、あとでもう一度、効いてきます。
図:どの債権が強制徴収の対象か
- 強制徴収が認められる=分担金・加入金・過料・法律で定める使用料などの歳入〔督促のあと地方税の滞納処分の例により処分できる〕・国民健康保険の保険料〔市町村が徴収するもの〕→民事訴訟・強制執行は不可
- 強制徴収が認められない=私法上の債権〔貸付金・市有地の賃料など〕→民事訴訟・強制執行ができる
現在の法律では、どこにこの理屈が生きるのか。地方公共団体の歳入のうち、分担金、加入金、過料、法律で定める使用料などは、督促を受けても払わないとき、地方税の滞納処分の例で処分できます。地方自治法231条の3第3項です。国民健康保険の保険料も、市町村が徴収するものは、同じ扱いです。見分けの練習です。A町が、強制徴収の手段を持つ分担金を、訴えて取り立てることはできるでしょうか。では、A町が貸した住宅資金の返済を求めて、訴えることはできるでしょうか。考えてから聞いてください。貸付金は私法上の債権で、強制徴収の手段が与えられていません。民事訴訟から強制執行まで、進めます。専用窓口があるかどうか、が境目です。最初の設例は、分担金ですから、許されません。
壁その2 特別の手段が無いとき
図:判決の組立て
- 1段目=法律上の争訟とは何か〔裁判所法3条1項〕
- 2段目=自治体の訴えは2種類〔財産権の主体として=争訟である/専ら行政権の主体として履行を求める=当然には争訟でなく法律に特別の規定がある場合に限り提起できる〕
- 3段目=特別の規定を探す〔行政代執行法1条・2条=方法は代執行のみ/行政事件訴訟法その他にも無い〕→不適法〔却下〕
壁その2です。強制徴収のような専用の手段が、そもそも無いときはどうか。専用窓口が無いなら、一般窓口へ行けるのか。次の設例の型です。その前に1問だけ。前の地図で、行政上の強制執行の手段は4つありました。何と何でしたか。その中で、一般法があるのはどれでしたか?代執行、強制徴収、直接強制、執行罰の4つです。一般法があるのは、代執行で、行政代執行法です。この一般法が、これから読む判決で、重要な役割をします。
図:宝塚市の事件の流れ
- 条例=パチンコ店などの建築に市長の同意が必要→同意なく建築する者に市長が工事の中止を命令→業者が従わず工事を続行→市が工事続行の禁止を求めて提訴〔条例に罰則の定めは無かったとされる〕→一審・原審=適法として請求棄却→最高裁=破棄・取消し・訴え却下〔全員一致〕
- 棄却=中身を審理して退ける・却下=中身に入らず門前で退ける
前に一度見た、宝塚市の事件です。今日は、判決の組立てまで読みます。事案を確かめます。宝塚市の条例は、パチンコ店などの建築について、市長の同意を要求していました。同意なく建築しようとする者には、市長が、工事の中止などを命じられます。業者が命令に従わず、工事を続けました。そこで市は、業者を相手に、工事を続けてはならないという裁判を求めたのです。この条例には、罰則の定めも無かったとされます。一審は、訴えを適法として、請求を棄却しました。原審も、控訴を棄却しました。ところが最高裁は、原判決を破棄し、一審判決を取り消して、訴えを却下しました。裁判官は、全員一致です。
棄却は、中身を審理して、請求を退けることです。却下は、中身に入らず、門前で退けることです。最高裁は、門前払いにしたのです。
図:中止命令を守らせる手段はあるか
- 代執行=不作為義務なので対象外
- 直接強制・執行罰=通説では条例で作れない
- 罰則=無し→履行を確保する手段がゼロ→市は裁判所へ
ここで、太陽光の設例を考えてみます。C市は、中止命令を、代執行で実現できるでしょうか。考えてから聞いてください。しない義務を、不作為義務と呼びます。代執行の対象外です。直接強制と執行罰は、前の回で見たとおり、通説では条例で作れないとされます。強制する根拠は、法律でなければならない、という理由です。罰則も無い。履行を確保する手段が、ゼロです。だから市は、裁判所へ向かったのです。
図:判決の組立て
- 1段目=法律上の争訟とは何か〔裁判所法3条1項〕
- 2段目=自治体の訴えは2種類〔財産権の主体として=争訟である/専ら行政権の主体として履行を求める=当然には争訟でなく法律に特別の規定がある場合に限り提起できる〕
- 3段目=特別の規定を探す〔行政代執行法1条・2条=方法は代執行のみ/行政事件訴訟法その他にも無い〕→不適法〔却下〕
判決の組立てを、3段で見ます。1段目は、法律上の争訟とは何か、です。裁判所法3条1項を読みます。
条文裁判所法3条1項
裁判所法第3条第1項 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。
裁判所が裁判できるのは、法律上の争訟です。判決の冒頭では、これを、当事者間の具体的な権利義務の存否に関する紛争で、法令の適用により終局的に解決できるもの、と説明しています。権利をめぐる争いで、法律を当てはめれば決着がつくもの、と言い換えられます。一般窓口は、個人の権利の相談窓口です。その他の事項は、法律で特に定めたときだけ受け付ける。条文の後半が、それを言っています。2段目です。国や自治体が原告になる訴えを、2つに分けます。
判例最判平14・7・9 民集56巻6号1134頁
財産権の主体としての訴えは争訟、専ら行政権の主体としての履行請求は当然には争訟でない 国又は地方公共団体が提起した訴訟であって,財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には,法律上の争訟に当たるというべきであるが,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって,自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから,法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく,法律に特別の規定がある場合に限り,提起することが許されるものと解される。
図:判決の組立て
- 1段目=法律上の争訟とは何か〔裁判所法3条1項〕
- 2段目=自治体の訴えは2種類〔財産権の主体として=争訟である/専ら行政権の主体として履行を求める=当然には争訟でなく法律に特別の規定がある場合に限り提起できる〕
- 3段目=特別の規定を探す〔行政代執行法1条・2条=方法は代執行のみ/行政事件訴訟法その他にも無い〕→不適法〔却下〕
前に読んだ一文です。同じ自治体の訴えでも、自分の財産を守るための訴えは、争訟です。たとえば、市が貸したお金の返済を求める訴え、市有地を貸していて、賃貸借の終了を理由に返還を求める訴えです。他方、専ら行政権の主体として、国民に義務の履行を求める訴えは、目的が違います。法規の適用の適正や、一般公益の保護です。自己の権利利益を守るための訴えとは言えません。だから、当然には争訟でない。法律に特別の規定があるときだけ、提起できる、というのです。この対が、境目です。決め手は、何のために訴えるか、です。自分の権利を守るためか、法律の正しい適用や公益のためか。3段目が、行政代執行法の出番です。特別の規定があるかどうかを、探します。まず、1条と2条を読みます。
条文行政代執行法1条
行政代執行法第1条 行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。
条文行政代執行法2条
行政代執行法第2条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。
1条は、行政上の義務の履行確保について、別に法律で定めるものを除き、この法律による、と定めます。つまりこの法律が、一般法です。その具体的な方法が、2条の代執行です。2条の括弧書は、条例を含む、と書いています。条例で命じた義務でも、代わりにできる行為なら、代執行の対象になります。宝塚市の中止命令に代執行が使えなかったのは、条例だからではなく、しない義務だからです。判決は、この2つの条文を使って、次のように組み立てました。
判例最判平14・7・9 民集56巻6号1134頁
行政代執行法は代執行のみを認め、履行を求める訴えを認める特別の規定も無いので不適法 そして,行政代執行法は,行政上の義務の履行確保に関しては,別に法律で定めるものを除いては,同法の定めるところによるものと規定して(1条),同法が行政上の義務の履行に関する一般法であることを明らかにした上で,その具体的な方法としては,同法2条の規定による代執行のみを認めている。また,行政事件訴訟法その他の法律にも,一般に国又は地方公共団体が国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟を提起することを認める特別の規定は存在しない。したがって,国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たらず,これを認める特別の規定もないから,不適法というべきである。
ここは、読み違えやすい点です。判決は、1条があるから司法的執行は禁止だ、とは言っていません。1条は、行政上の義務の履行確保の方法は、一般には代執行だけだ、と示す材料として使われています。ほかの法律にも、訴えを認める一般的な規定は無い。だから、特別の規定がない。争訟でもない。ゆえに不適法、という流れです。判決が示したのは、司法的執行を禁じる規定がある、ということではありません。訴えへの道を開く特別の規定が、見つからない、ということです。最後に、当てはめです。
判例最判平14・7・9 民集56巻6号1134頁
本件の義務の履行を求める訴えは、財産的権利に由来せず、法律上の争訟に当たらない 本件訴えは,地方公共団体である上告人が本件条例8条に基づく行政上の義務の履行を求めて提起したものであり,原審が確定したところによると,当該義務が上告人の財産的権利に由来するものであるという事情も認められないから,法律上の争訟に当たらず,不適法というほかはない。
⭐ 論文で書く規範:【規範(宝塚市の事件の判決)】専ら行政権の主体として行政上の義務の履行を求める訴えは、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではなく、法律に特別の規定がある場合に限り提起できる。特別の規定が無ければ不適法 (最判平14・7・9 民集56巻6号1134頁/決め手は、目的が法規の適用の適正・一般公益で、自己の権利利益の保護でないこと)
ここは、論文で論点になりうる部分です。決め手と一緒に、覚えてください。
図:当てはめと影響・批判
- 太陽光の設例=C市が条例上の義務の履行を求める訴え=専ら行政権の主体として・特別の規定なし→却下
- 影響=罰則も代執行も用意されていない義務は、履行確保に大きなすきま〔と指摘される〕
- 学説の批判①=中止命令が処分に当たるなら、義務者からの取消訴訟は争訟なのに、市からの訴えだけ争訟でなくなるのはなぜか
- 批判②=裁判所法3条1項が憲法の司法権を極端に限定しないか
太陽光の設例に戻ります。C市の訴えは認められるのか。専ら行政権の主体として、条例上の義務の履行を求める訴えです。特別の規定もありません。却下です。この判決の影響は大きいです。条例に罰則も代執行も用意されていない義務は、手段が無いから裁判所へ行ったのに、そこも閉じられます。履行確保に大きなすきまが空いた、と指摘されます。その事件限りの判断にとどまらず、自治体の訴え一般に通じる線を示した点でも、重い判決です。批判も2つあります。1つ目。中止命令が処分に当たるなら、義務者の側から市を訴えて中止命令を争う取消訴訟は、法律上の争訟です。なのに、市の側から同じ中止命令の履行を求める訴えだけが、争訟でなくなるのは、なぜか。2つ目。法律上の争訟をこう狭く解すると、裁判所法3条1項が、憲法の定める司法権を、極端に限定することにならないか。これらは学説の批判です。法律上の争訟の一般論は、別の回で扱います。
2つの判決を合わせると
図:2つの判決の整理
- 場面ごとの結論と判決
- 強制徴収などの特別の手段がある金銭債権=民事訴訟・民事執行は不可〔農業共済掛金の判決=立法の趣旨に反する〕
- 特別の手段が無い=専ら行政権の主体としての履行請求は不適法・却下〔宝塚市の事件の判決=法律上の争訟でなく特別の規定も無い〕
- 財産権の主体として・契約上の義務=民事訴訟が可能〔次の節〕
2つを並べます。特別の手段が、ある場合と、無い場合です。ある場合は、立法の趣旨に反するので、民事訴訟は許されません。無い場合は、法律上の争訟でなく、特別の規定も無いので、不適法です。ここが2つの判決を合わせたときの帰結です。この整理は、学説の指摘です。判決の言葉ではありません。
⭐ 論文で書く規範:【整理】強制徴収などの特別の手段が法律にあれば、民事訴訟は立法の趣旨に反して許されない。特別の手段が無ければ、専ら行政権の主体としての履行請求は不適法。したがって、行政上の義務について司法的執行を可能にするには、個別に認める立法が必要 (2判決を合わせた学説の整理(判決の言葉ではない)/立法で認める余地は妨げられない(宝塚市の事件の判決も、法律に特別の規定がある場合に限りと述べる))
立法で認める余地は、残されています。宝塚市の事件の判決自身が、法律に特別の規定がある場合に限り提起できる、と書いています。冒頭で読んだ、地方自治法245条の8のような規定が、まさにそれです。評価は二面あります。1つ目。特別の行政的な執行の手段があるときに、司法的執行は認めない。この解釈自体は、条文の仕組みに照らして無理がない、と評価されます。2つ目。しかし、強制徴収が実際には円滑に動かず、民事訴訟も使えないと、債権を現実に取り立てる手立てが尽きる事態が生じかねない、と指摘されます。窓口を2つともふさがれた状態です。
射程の外 財産権の主体として・契約上の義務
図:宝塚市の事件の判決の射程
- 見分けの軸=何に基づく義務か・自治体はどんな立場で求めているか
- 射程の外その1=財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求める訴え〔貸付金の返還・市有地の賃貸借終了による明渡し〕→法律上の争訟
- 射程の外その2=契約・協定に基づく義務〔公害防止協定など〕→契約の当事者として契約上の権利を主張
宝塚市の事件の判決の理屈が及ばない場面を整理します。見分ける軸は2つです。何に基づく義務か。自治体は、どんな立場で求めているか。1つ目は、財産権の主体として、自己の財産上の権利利益を守るために訴える場合です。たとえば、貸付金の返還、市有財産の賃貸借の終了による明渡しなどです。この型が法律上の争訟に当たることは、判決自身が明示しています。2つ目は、契約や協定に基づく義務です。前に見た、公害防止協定を思い出してください。事業者と自治体が、話し合って交わした取決めでした。ですから協定の義務は、条例で命じた行政上の義務ではなく、契約上の義務です。協定を結んだ自治体は、契約の当事者として、自分の契約上の権利を主張しているのです。判決の線引きに当てはめます。争訟になるのは、自己の権利利益の保護救済を求める訴えでした。契約上の権利は、自治体自身の権利です。法規の適用の適正や、一般公益のための訴えとは、目的が違います。ですから、宝塚市の事件の判決の射程の外で、法律上の争訟の側に入る、と整理されます。
訴えられるかどうかは、立場と、義務の根拠で決まります。協定の事案で最高裁が出した判断も、前に見ました。産廃処分場の使用期限を定めた協定に基づく、差止請求です。最高裁は、期限条項の拘束力を否定した原審の理由を誤りとして、破棄・差戻しにしました。ここで、法律上の争訟かどうかは、論点にしていません。本案を判断しています。射程の問題を、判決が明言したわけではありません。ただ、結論は、射程外という整理と矛盾しない、と読まれます。見分けの練習です。次の3つは、それぞれ法律上の争訟でしょうか。1つ目、市が、条例に基づく撤去命令に従わない者に、撤去を求めて訴える。2つ目、市が、協定に基づく廃止の約束の履行を求めて訴える。3つ目、市が、貸し付けた住宅資金の返済を求めて訴える。考えてから聞いてください。
使い分けのフローとまとめ
図:判断のフロー
- 行政が義務の履行を裁判所に求める→Q1その債権に強制徴収など特別の手段が法律で認められているか〔YES=民事訴訟・民事執行は不可/NO=Q2へ〕→Q2求めているのは専ら行政権の主体としての行政上の義務の履行か〔YES=法律上の争訟でなく不適法/NO=財産権の主体・契約上の義務→民事訴訟が可能〕
- 例外=法律に特別の規定があれば司法的執行ができる
判断の順番を、1枚にします。行政が、義務の履行を、裁判所に求めるとします。まず、その債権に、強制徴収など特別の手段が、法律で認められているか。あるなら、民事訴訟と民事執行は、使えません。ないなら、次です。求めているのは、専ら行政権の主体としての、行政上の義務の履行か。そうなら、法律上の争訟でなく、不適法です。そうでなく、財産権の主体としての請求や、契約上の義務なら、民事訴訟ができます。ただし、例外があります。法律に特別の規定があれば、司法的執行ができます。冒頭の2つの設例に戻ります。分担金の設例は、滞納処分の例があります。ですから、民事訴訟は許されません。太陽光の設例は、中止命令で、代執行も罰則もありません。訴えは、却下されます。3つ目の問い、なぜ自治体の場合だけ問題か、にも答えます。行政が持つ権力的な地位に基づく義務の履行を求める訴えは、私人の権利義務の争いと違います。法規の適用の適正や、一般公益の保護を目的とするからです。
図:まとめ
- 1=司法的執行は裁判所を通して行政上の義務を実現する仕組み
- 2=強制徴収が認められている金銭債権は民事訴訟・民事執行不可〔バイパス理論〕
- 3=特別の手段が無い義務を専ら行政権の主体として求める訴えは法律上の争訟でなく不適法〔行政代執行法1条・2条=代執行のみ・ほかに特別の規定も無い〕
- 4=合わせるとどちらに転んでも使えない→個別の立法が必要
- 5=射程の外は財産権の主体として・契約上の義務
まとめます。1つ目、司法的執行は、裁判所を通して、行政上の義務を実現させる仕組みです。2つ目、強制徴収が認められている金銭債権は、民事訴訟や民事執行で取り立てられません。農業共済掛金の判決で、バイパス理論と呼ばれます。3つ目、特別の手段が無い義務を、専ら行政権の主体として履行させる訴えは、法律上の争訟でなく、不適法です。行政代執行法は、代執行のみを認め、ほかに特別の規定もありません。4つ目、2つを合わせると、どちらに転んでも使えません。司法的執行には、個別の立法が必要です。5つ目、財産権の主体としての請求や、契約上の義務は、射程の外です。次の回は、行政が自分の手で義務を実現する、行政代執行の要件を扱います。
参照条文
- 地方自治法245条の8第3項
- 裁判所法3条1項
- 行政代執行法1条
- 行政代執行法2条