行政代執行の手続
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第7章 行政調査・義務履行確保・行政罰 #95/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
廃材の山、そのあとどうなる
図:設例2の続き
- A町=自主条例に基づき所有者Bに廃材の山の撤去を命令→Bは従わない→A町は業者Cに撤去させたい
- 前回確かめた4要件はすべて充足済み
- 問い=明日にも片づけられるか
前回の廃材の山の続きです。A町の自主条例に基づいて、町長が所有者のBに、空き地の廃材の山を撤去するよう命じました。Bは従いません。代執行の4つの要件、つまり義務の根拠、代替的作為義務、補充性、公益要件について、前回は、廃材の山が危ない状態なら4つとも満たす、と確かめました。今日は、満たす場合で進めます。要件が揃っても、明日にも片づけられるとは限りません。要件が揃うことと、今すぐ実行できることは、別の話です。代執行には、実行の前に踏むべき手順が、条文で決められています。踏まずに片づければ、その片づけ自体が違法になりえます。ところが、手順を踏めば踏むほど、現場では間に合わなくなります。この矛盾を、手続の順に確かめていきます。
図:今日の4つの問い
- 問い1=要件が揃ったらすぐ実行できるか・実行までに何の手順が要るか
- 問い2=Bは実行の前と後でどこで争えるか
- 問い3=なぜ代執行は現場であまり使われないのか
- 問い4=持ち主が分からないとき・時間が無いときに別の道はあるか
問いは4つです。1つ目、要件が揃ったら町はすぐ実行できるのか。実行までに、どんな手順が要るのか。2つ目、Bの側は、実行の前と後で、どこで争えるのか。3つ目、なぜ代執行は、現場であまり使われないと言われるのか。4つ目、持ち主が分からないときや、時間が無いときには、別の道があるのか。答えは最後に回収します。土台になるのは、行政代執行法の3条から6条です。今日は、この4か条を全文で読みます。
手続の全体像と戒告
図:代執行の手続の流れ
- ①戒告〔3条1項〕→②代執行令書による通知〔3条2項〕→③実行〔4条=執行責任者は証票を携帯・呈示〕→④費用の徴収〔5条=納付命令・6条=国税滞納処分の例〕
- 非常・危険切迫で手続をとる暇がないとき①②を省略〔3条3項〕
手続の全体像を、先に1枚で見ます。順番は4段です。まず戒告。次に、代執行令書による通知。そのあと実行。最後に費用の徴収です。非常の場合などには、最初の2段を省ける例外が、3条3項にあります。覚え方の軸は、時間の流れです。予告して、日時を通知して、実行して、請求する。この順に、各段が条文で決まっていて、3条3項の場合を除いて、飛ばすことはできません。命令で、すでに「撤去しなさい」と言ってありますよね。さらに予告まで要るんですか。要ります。代執行は、相手の土地や物に行政が踏み込み、費用まで取る、重い手段だからです。実行に移る前に、最後にもう一度だけ、自分で履行する機会を与える。それが戒告です。3条1項を全文で読みます。
条文行政代執行法3条1項
行政代執行法第3条第1項 前条の規定による処分(代執行)をなすには、相当の履行期限を定め、その期限までに履行がなされないときは、代執行をなすべき旨を、予め文書で戒告しなければならない。
中身は4点です。1つ目、相当の履行期限を定めること。2つ目、期限までに履行しないときは、代執行をする旨を示すこと。3つ目、予め、つまり実行より前に行うこと。4つ目、文書で行うこと。口頭では足りません。相当というのは、Bが自分で片づけられるだけの時間を見込んだ、という意味です。設例なら、業者を頼んで廃材を運び出すまでの日数です。設例2に当てはめます。町長がBに、文書を送ります。「来月15日までに廃材の山を撤去してください。期限までに撤去されないときは、町が代執行をします」。この、期限と、期限後に代執行をする旨が、戒告の中身です。
戒告というのは、また新しい撤去の命令なんでしょうか。違います。ここが取り違えやすい点です。撤去する義務は、最初の撤去命令で、すでに生じています。戒告は新しい義務を課しません。履行しなければ代執行に進む、という予告です。命令が義務の根拠、戒告は代執行の予告、と分けて覚えてください。ここで問いです。撤去命令に定めた期限が過ぎたら、町はいきなり実行できるでしょうか。考えてから聞いてください。命令の期限が過ぎただけでは足りません。戒告で、相当の履行期限を定めて、代執行をする旨を示す。実行は、その期限を過ぎてからです。
代執行令書・緊急の場合・実行
図:令書に書く3つ
- 戒告で定めた期限までに履行しない→代執行令書で通知/書く事項=①代執行をなすべき時期
- ②執行責任者の氏名
- ③費用の概算による見積額/設例の例=実行は来月20日・町職員の氏名・見積額80万円
戒告で示した期限が過ぎても、Bが撤去しないとします。次の段が、代執行令書による通知です。令書というのは、代執行の日時などを書いてBに通知する、文書のことです。3条2項を読みます。
条文行政代執行法3条2項
行政代執行法第3条第2項 義務者が、前項の戒告を受けて、指定の期限までにその義務を履行しないときは、当該行政庁は、代執行令書をもつて、代執行をなすべき時期、代執行のために派遣する執行責任者の氏名及び代執行に要する費用の概算による見積額を義務者に通知する。
令書に書くのは3つです。代執行をなすべき時期、派遣する執行責任者の氏名、費用の概算による見積額です。設例2では、令書に「実行は来月20日」「執行責任者は町の職員の誰それ」「見積額は80万円」のように書いて、Bに通知します。Bは、いつ、誰が来て、どれくらい請求されそうかを、実行の前に知ることができます。例外が3条3項です。全文で読みます。
条文行政代執行法3条3項
行政代執行法第3条第3項 非常の場合又は危険切迫の場合において、当該行為の急速な実施について緊急の必要があり、前二項に規定する手続をとる暇がないときは、その手続を経ないで代執行をすることができる。
図:3条3項の三段
- ①非常の場合又は危険切迫の場合
- ②急速な実施について緊急の必要がある
- ③前二項の手続をとる暇がない→戒告と令書の両方を省いて代執行できる/前提=撤去命令はすでに出ている/設例=台風で廃材の山が通学路に崩れそう
条件は三段です。1つ目、非常の場合又は危険切迫の場合であること。2つ目、その行為の急速な実施について、緊急の必要があること。3つ目、前の2項の手続、つまり戒告と令書をとる暇がないこと。この三つが揃うと、戒告と令書の両方を省いて、代執行ができます。設例2に当てはめます。台風が近づいて、廃材の山が、いまにも通学路に崩れそうだとします。危険切迫の場合にあたります。崩れる前に片づける緊急の必要があります。戒告から令書まで待つ暇もありません。三段が揃うので、町は両方を省いて実行できます。反対に、廃材の山が空き地の奥に低く積まれているだけで、数日待っても誰も困らないなら、緊急の必要も、暇がないことも言えません。この場合は、戒告と令書を踏む通常の手続です。注意点が1つあります。省けるのは、戒告と令書だけです。撤去を命じる命令は、すでに出ていることが前提です。命令すら出せない場合は、この3項では足りません。のちほど見る空家法の緊急代執行と、取り違えないでください。手続が整うか、3項で省かれると、いよいよ実行です。4条を読みます。
条文行政代執行法4条
行政代執行法第4条 代執行のために現場に派遣される執行責任者は、その者が執行責任者たる本人であることを示すべき証票を携帯し、要求があるときは、何時でもこれを呈示しなければならない。
現場に来る執行責任者は、本人であることを示す証票を持ち歩き、要求があれば、いつでも見せなければなりません。ここまでの暗記の線は、令書に書く3つと、証票です。時期、執行責任者の氏名、費用の概算による見積額。実行の場面では、執行責任者が証票を携帯し、求められたら呈示する。
費用の徴収
図:費用の徴収
- 令書=概算による見積額〔例=80万円〕
- 5条=実際に要した費用の額と納期日を定め文書で納付を命ずる〔例=92万円・納期日〕
- 6条1項=国税滞納処分の例により徴収→払わなければ町が差押えて取り立てる
実行が終わったら、費用です。令書に書いたのは、あくまで概算の見積額でした。請求は、実際にかかった額で行います。見積書と請求書の違いと考えてください。5条を読みます。
条文行政代執行法5条
行政代執行法第5条 代執行に要した費用の徴収については、実際に要した費用の額及びその納期日を定め、義務者に対し、文書をもつてその納付を命じなければならない。
実際に要した費用の額と、納期日を定めて、文書で納付を命じます。設例2では、見積りが80万円でしたが、運搬と処分に実際は92万円かかったとします。すると町は、92万円と納期日を書いた文書で、Bに納付を命じます。令書の見積額と、5条の実額は、別のものです。払わないときの定めが6条です。
条文行政代執行法6条
行政代執行法第6条 代執行に要した費用は、国税滞納処分の例により、これを徴収することができる。 2 代執行に要した費用については、行政庁は、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を有する。 3 代執行に要した費用を徴収したときは、その徴収金は、事務費の所属に従い、国庫又は地方公共団体の経済の収入となる。
1項は、国税滞納処分の例によって徴収できる、という定めです。行政が自分でBの財産を差し押さえ、お金に換えて取り立てられる、ということです。裁判所で判決を取る必要はありません。2項は、この費用について、行政庁が、国税と地方税に次ぐ順位の先取特権を持つという定めです。先取特権というのは、優先して払いを受けられる権利のことです。町は、国税と地方税の次の順位で、優先して代執行の費用を回収できます。3項は、徴収した費用は、国の収入か、地方公共団体の収入になるという定めです。判決を取らずに取れる点は、強制徴収の話とつながっています。取り立ての手段として、行政に自前の強制徴収の道が用意されているので、民事訴訟で取り立てる道は閉じられている、という整理でした。納付命令は、Bに費用の納付義務を新しく課す処分です。ですから、これだけは別に、取消訴訟で争えます。争い方は次の節でまとめます。もう1点。Bに払えるだけの財産が無ければ、差し押さえても取れません。この限界が、あとで見る、使われにくい理由の1つになります。
どこで争うか
図:争い方の一覧
- 戒告=取消訴訟+執行停止〔下級審・学説は処分性を肯定・最高裁の判断は未だ無い〕
- 令書の通知=同じ
- 実行=完了後は取消しの利益が失われ国家賠償へ
- 費用の納付命令=取消訴訟
次は、Bの側から見ます。実行の前と後で、どこで争えるのか。戒告と令書の通知には、共通の性質があります。どちらも、新しい義務を課しません。義務は、撤去命令ですでに生じているからです。ところが、これらは代執行の前提です。そして実行が始まれば、多くはすぐに終わってしまい、救済が間に合いません。「ただの通知にすぎず、処分ではない」という見方は、たしかに成り立ちます。処分性、つまり取消訴訟の対象になる行為かどうか、の問題です。撤去命令の取消訴訟で問えるのは、片づけよ、という命令が違法かどうかです。ほかに片づけさせる手が無いか、放置が著しく公益に反するか、という代執行に進む判断は、命令のあと、戒告で初めてBに示されます。その判断を、実力が使われる前に争って止める手段は、ほかに乏しい。そこで、戒告と令書の通知については、処分性を認めて、取消訴訟で争えると解されています。ここは論文でも論点になりうる部分です。大事な注意があります。これは、下級審の裁判例と、学説の整理です。最高裁の判断は、まだありません。「最高裁が認めた」と覚えてはいけません。戒告の取消訴訟では、何を主張できるのか。2つあります。1つ目、代執行の要件を欠くこと。前回の4要件のどれかが欠けている、という主張です。2つ目、代執行をするという行政庁の判断に、裁量の逸脱や濫用があること。公益要件のように判断の余地がある部分で、出てきます。設例なら、Bが「山は人の来ない奥に低く積んであるだけで、放置が著しく公益に反するとは言えない」と争う形です。取消訴訟を起こしただけでは、実行は止まりません。そこで並行して、執行停止を申し立てます。手続の続行を停止するよう、裁判所に求める形です。
図:違法性の承継の問い
- 撤去命令→戒告→令書→費用の納付命令と行為が連なる
- 前の行為の違法を、後の段階の訴えで言えるか=違法性の承継
- 結論は別の回
問いが1つあります。もとの撤去命令が違法だった、と戒告の取消訴訟で主張できるのでしょうか。命令、戒告、令書、費用の納付命令と、行為が連なっています。前の行為の違法を、後の段階の訴えで言えるのか。これが違法性の承継という問題です。結論は、別の回で扱います。
図:実行のあとの争い方
- 撤去が済む→戒告を取り消しても廃材の山は戻らない→取消しの利益が失われる→国家賠償へ
- 費用の納付命令=納付義務を新しく課す処分→別に取消訴訟
実行が終わったあとは、どうなるでしょう。ここで問いです。廃材の山がすっかり撤去されたあとでも、Bは戒告の取消訴訟で勝てるでしょうか。実際は、取消しの利益が失われると解されています。取消しの利益というのは、判決で取り消してもらう意味のことです。撤去が終わったあとに戒告を取り消しても、廃材の山は元に戻りません。だから、実行が済むと、取消訴訟の意味が無くなる。実行後の救済は、国家賠償の道になります。費用の納付命令は、先ほどのとおり、別に取消訴訟で争えます。この段階で、実行そのものが違法だったと言えるかも、承継の問いにつながります。
図:争い方の一覧
- 戒告=取消訴訟+執行停止〔下級審・学説は処分性を肯定・最高裁の判断は未だ無い〕
- 令書の通知=同じ
- 実行=完了後は取消しの利益が失われ国家賠償へ
- 費用の納付命令=取消訴訟
暗記の線です。戒告と令書は、新しい義務を課さない。しかし実行前に止める手段がほかに乏しいので、処分性を認めて、取消訴訟と執行停止で争えると解されている。ただし最高裁の判断はまだ無い。
なぜ使われにくいのか
図:使われにくい理由
手続を踏めば、適法に片づけられます。それでも代執行は、現場であまり使われないと言われます。理由を整理します。1つ目、相手方と目的物の特定が難しいことです。戒告も令書も、届ける相手が分からなければ出せません。撤去する物がどれか、捉えにくいこともあります。2つ目、費用が回収できないおそれです。払えない人からは取れませんし、所在が分からない人には、強制徴収の手も届きません。3つ目、抵抗を実力で排除する権限が、条文に無いことです。義務者が現場で体を張って抵抗したとき、職員が有形力で排除することは、制度上予定されていない、と説明されます。代執行が代わりにするのは、Bがすべき片づけです。人の体を押さえてどかすことは、その中に入っていません。設例なら、実行の日に、Bが廃材の山の前に座り込んで動かない場面です。混乱が予想されるときは、警察の協力を得て行うのが通例、と言われます。4つ目、手続そのものが重いことです。戒告、令書、実行、費用と、時間も労力もかかります。すぐに動かされてしまう物には、向きません。5つ目は、前回見た2つの要件です。補充性は、ほかの手段では義務を果たさせるのが難しいこと。公益要件は、放置が著しく公益に反すること。どちらも判断の余地が大きく、行政庁が慎重になるため、使いにくくする一因だ、という見方があります。並べると、1つ目と4つ目は、最初に見た手続の段そのものから来ています。Bに予告し、日時を知らせ、争う機会を与えるための段が、相手が分からないときや急ぐときには、そのまま重さになります。冒頭で言った矛盾の中身は、これです。
図:代執行によらない撤去の一例
- 東京都の動く歩道の環境整備工事=退去後に残った段ボール小屋を撤去→実力で阻止した人が威力業務妨害罪に問われた
- 要保護性=刑法で守る値打ち→工事にそれを失わせる違法があれば罪が成り立たない余地
- 問い=代執行の手続を採らずに撤去したことが、その違法にあたるか
代執行の手続によらずに片づける場面が出てきます。その一つが争われたのが、道路上の段ボール小屋の撤去をめぐる、最高裁の決定です。東京都は、通路に動く歩道を設置するための環境整備工事を行いました。路上生活者に自主退去を促し、退去後に残った段ボール小屋などを撤去する工事です。これを実力で阻止した人たちが、威力業務妨害罪に問われました。業務妨害罪が守るのは、刑法で守る値打ちのある業務です。その値打ちを、要保護性と呼びます。撤去の工事に、要保護性を失わせるほどの違法があれば、罪は成り立たない余地があります。そこで、代執行の手続を採らずに撤去したことが、そうした違法にあたるのかが問われました。
判例最決平14・9・30 刑集56巻7号395頁
段ボール小屋を撤去した工事に、業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵は認められない しかも,東京都が道路法32条1項又は43条2号に違反する物件であるとして,段ボール小屋を撤去するため,同法71条1項に基づき除却命令を発した上,行政代執行の手続を採る場合には,除却命令及び代執行の戒告等の相手方や目的物の特定等の点で困難を来し,実効性が期し難かったものと認められる。そうすると,道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは,やむを得ない事情に基づくものであって,業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。
決定は、工事の公共目的や事前の周知などに加えて、除却命令を出したうえで代執行の手続を採ろうとすると、戒告などの相手方や、目的物の特定といった点で困難があり、実効性が期し難かったと認めました。そのうえで、都が工事で撤去したことは、やむを得ない事情に基づくもので、業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない、と述べました。
図:段ボール小屋の決定の読み方
- 最決平14・9・30
- 判断したのは妨害した側に威力業務妨害罪が成り立つか=刑事上の問題
- 代執行によらない撤去一般は判断していない
- 認めた特定の難しさ=使われにくい理由の1つ目そのもの
読み方の注意があります。この決定が判断したのは、妨害した側に、威力業務妨害罪が成り立つかという、刑事上の問題です。代執行によらない撤去一般について、判断したものではありません。決定が認めた特定の難しさは、さきほどの1つ目の理由そのものです。手続の重さが現場で何を生むかの一例として、名前と一言を覚えておけば足ります。一方で、空家対策の特別法ができてから、代執行に踏み切る自治体は増えている、と言われます。特別の定めが整うと、使われ方が変わるのです。次の節で、その仕組みを見ます。
簡易代執行と緊急代執行
図:簡易代執行
- 命令を出すべき相手を過失なく確知できない→命令・戒告・令書を届けられない→個別法の根拠で、相当の期限を定め、期限内に措置が行われないときは自ら行う旨を公告→行政庁が自ら措置
- 略式代執行とも呼ぶ
ここまでの手続は、命令を受ける相手方がいることが前提でした。その相手が分からなければ、命令も、戒告も、令書も、届けようがありません。前回の、義務が先、という線に照らすと、命令で義務を課せない以上、通常の代執行には進めないのです。そこで、個別の法律が用意した仕組みが、簡易代執行です。略式代執行とも呼ばれます。定義します。命令を出すべき相手方を、過失なく確知できない、つまり、きちんと探しても誰なのか突き止められないとき、相当の期限を定め、期限内に措置が行われなければ自ら行うと公告、つまり広く一般に知らせたうえで、行政庁が自ら措置を行う仕組みです。命じた者や、委任した者に行わせる形もあります。具体例に入る前に、思い出してください。守らせる手段の地図を作った回で、義務を課す段階と守らせる段階の根拠の違いを見ました。守らせる側の根拠は、条例でも作れましたか?
守らせる側の根拠は法律に限られる、という線を前提に、問いに進みます。持ち主が分からない廃材の山を、町は自主条例だけで、公告して片づけられるでしょうか。簡易代執行を、代執行の一種、つまり義務の履行を確保する手段と見れば、行政代執行法1条により、法律の根拠が要ります。だから、個別の法律が定めてきました。個別の法律の例を見ます。
図:簡易代執行の設例
- 河川の区域の許可なき古い桟橋
- 持ち主不明・洪水のとき流れの妨げ・河川管理者が探しても過失なく確知できず→公告のうえ河川管理者が撤去〔河川法75条3項〕
- 持ち主がすぐ分かる桟橋→命令から始める通常の手続
設例です。河川の区域に、許可を受けずに作られた古い桟橋があります。持ち主が分からず、洪水のときに流れの妨げになります。河川管理者が探しましたが、過失なく確知できませんでした。河川法75条3項を読みます。個別の法律なので、骨格だけ読みます。
条文河川法75条3項
河川法第75条第3項 前二項の規定により必要な措置をとることを命じようとする場合において、過失がなくて当該措置を命ずべき者を確知することができないときは、河川管理者は、当該措置を自ら行い、又はその命じた者若しくは委任した者にこれを行わせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、当該措置を行うべき旨及びその期限までに当該措置を行わないときは、河川管理者又はその命じた者若しくは委任した者が当該措置を行う旨を、あらかじめ公告しなければならない。
過失なく、措置を命ずべき者を確知できないときは、河川管理者が自ら措置を行い、または命じた者や委任した者に行わせることができる。この場合は、期限を定めて、あらかじめ公告しなければならない、という定めです。設例では、桟橋の撤去が、公告のうえで行えます。撤去した桟橋は、河川管理者が保管し、そのことを公示する定めが、続く項に置かれています。反対に、持ち主がすぐ分かる桟橋なら、確知できる以上、簡易代執行ではありません。命令から始める、通常の手続になります。違反建築物でも、同じ型があります。建築基準法9条11項です。
条文建築基準法9条11項
建築基準法第9条第11項 第一項の規定により必要な措置を命じようとする場合において、過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができず、かつ、その違反を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、特定行政庁は、その者の負担において、その措置を自ら行い、又はその命じた者若しくは委任した者に行わせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、その措置を行うべき旨及びその期限までにその措置を行わないときは、特定行政庁又はその命じた者若しくは委任した者がその措置を行うべき旨をあらかじめ公告しなければならない。
こちらは、確知できないことに加えて、違反を放置することが著しく公益に反すると認められる、という公益の要件が、文言に残っています。9条12項は、前に見たとおり、命令を受けた者が履行しないときなどに、補充性や公益要件を求めずに代執行できる、特別の定めでした。11項と12項は、書き分けられています。このほか、屋外広告物法7条2項や、道路法71条3項にも、命令の相手方を確知できないとき、行政が自ら措置できる、同じ型の定めがあります。名前だけで足ります。
図:空家法22条の4つの項
- 9項=命令のあとの通常の代執行
- 10項=略式代執行〔命令の対象者を過失なく確知できない・公告〕
- 11項=緊急代執行〔災害その他非常の場合・命令のいとまが無い〕
- 12項=10項・11項の費用に行政代執行法5条・6条を準用
- 設例=台風で倒壊寸前の空き家
空家対策の特別措置法にも、代執行の定めがあります。22条です。対象は特定空家等、つまり倒壊のおそれがあるなど、そのまま放置するのが不適切な状態にある空き家です。9項が、命令を出したあとの通常の代執行です。10項が、命令の対象者を過失なく確知できないとき、公告のうえで自ら措置する、略式の定めです。11項が緊急代執行です。災害その他非常の場合に、特定空家等が保安上著しく危険な状態にあるなどして、命令を出すいとまがないとき、命令を経ずに措置できます。12項は、10項と11項の措置にかかった費用の徴収に、行政代執行法の5条と6条を準用する、という定めです。設例です。台風で、倒壊寸前の空き家があります。所有者に命じている時間が、ありません。空家法の11項で、命令を経ずに措置できます。
似ていますが、別物です。ここで、5つの形を、命令の有無で並べます。
図:5つの比較
- 通常の代執行=命令あり・戒告令書あり・義務者・行政代執行法
- 3条3項の省略=命令あり・戒告令書なし・義務者・行政代執行法3条3項
- 簡易代執行=命令なし〔相手方を確知できず出せない〕・公告で代える・相手方不明・個別法
- 空家法の緊急代執行=命令なし〔いとまが無い〕・戒告令書なし・空き家の所有者等・空家法22条11項
- 即時強制=義務を課さない・別の回で扱う
3条3項は、命令はすでに出ていて、戒告と令書だけを省きます。空家法の11項は、命令すら省きます。省ける段階が違います。簡易代執行は、命令の相手方が分からず、命令を出せない場合です。理由が違います。即時強制は、そもそも義務を課さずに実力を使う、別の道です。簡易代執行は、公告をしたり、撤去した物を保管したりと、手続が簡易とは言いきれないため、あまり使われない、と言われます。そこで、より直接に実力を使える即時強制を定める立法例が増えている、という指摘もあります。即時強制は、後の回で扱います。ただ、空家の措置では、国土交通省と総務省の、令和4年3月時点の調査によると、略式代執行のほうが、命令を出したあとの通常の代執行より多いとされます。最初に立てた矛盾は、こう解けます。相手を守るための段は、相手が分からなければ踏めず、時間が無ければ間に合いません。そこで、段を省く道や、公告で代える道が、条文に用意されています。
⭐ 論文で書く規範:【整理】簡易代執行=命令の相手方を過失なく確知できないとき、公告のうえで行政庁が自ら措置できる、個別法の仕組み。個別の法律が定めてきた (河川法75条3項・建築基準法9条11項・空家法22条10項など/3条3項(戒告と令書の省略)・空家法22条11項(命令まで省略)とは別物)
今日の地図(保存版)
図:まとめ
- 1=手続は戒告〔3条1項〕→令書〔3条2項〕→実行〔4条〕→費用〔5条・6条〕
- 2=3条3項=非常・危険切迫で手続をとる暇がないとき戒告と令書を省ける
- 3=戒告・令書は新しい義務を課さないが処分性が認められると解される〔最高裁の判断は未だ無い〕
- 4=費用は納付命令→国税滞納処分の例で強制徴収
- 5=簡易代執行=確知不能・公告・個別法の根拠
冒頭の4つの問いに戻ります。まず1つ目。要件が揃っても、すぐ実行はできません。戒告、令書、実行、費用の順に、手続を踏みます。2つ目。戒告と令書は、取消訴訟と執行停止で争えると解されています。ただし最高裁の判断は、まだありません。実行が終われば、取消しの利益は失われ、国家賠償の道になります。もとの命令の違法を言えるかは、違法性の承継の問題です。3つ目。使われにくい理由は、相手方や目的物の特定、費用の回収、抵抗の排除と警察の協力、手続の重さでした。4つ目。命令の相手方が分からなければ簡易代執行、命令のいとまが無ければ、空家法の緊急代執行です。まとめます。1つ目、手続は、戒告の3条1項、令書の3条2項、実行の4条、費用の5条と6条の順です。2つ目、3条3項は、非常の場合や危険切迫の場合で、手続をとる暇がないとき、戒告と令書を省けます。3つ目、戒告と令書は、新しい義務を課しませんが、実行前に止める機会として、処分性が認められると解されています。4つ目、費用は、納付命令を出し、払わなければ国税滞納処分の例で強制徴収します。5つ目、簡易代執行は、命令の相手方を過失なく確知できないとき、公告のうえで自ら措置できる、個別の法律の仕組みです。代執行ではできない義務を、どう守らせるかを見ます。
参照条文
- 行政代執行法3条1項
- 行政代執行法3条2項
- 行政代執行法3条3項
- 行政代執行法4条
- 行政代執行法5条
- 行政代執行法6条
- 河川法75条3項
- 建築基準法9条11項