事前手続の意義と憲法上の根拠
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第8章 行政手続 #102/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
中身が合っていれば足りるのか
図:今日の3つの問い
- 問い1=中身が法律に合っていても決め方が問われるのはなぜか
- 問い2=その手順は憲法のどこから出てくるのか
- 問い3=憲法だけで足りないのはなぜか
- 設例=ある朝、保健所から営業停止の処分書が届いた飲食店のA
中身だけ見れば、文句は言いにくいですね。けれども、それで足りるのか、というのが、今日の出発点です。裁判で争えば、いつかは決着がつきます。でも、勝つのは1年後かもしれません。その間、店は閉まったままです。問いは3つです。1つ目、中身が法律に合っていても、決め方が問われるのは、なぜか。2つ目、その決め方の手順は、憲法の、どこから出てくるのか。3つ目、憲法だけでは足りないのは、なぜか。3つ目だけ、先に答えます。憲法からは、具体的な手順が出てこないからです。だから、法律が要ります。この流れを、順にたどります。
行政手続とは、誰が踏む手順か
図:出発点の取り違え
- 国民が役所で踏む手間=行政手続ではない
- 行政手続=行政機関のほうが、決定に至るまでに踏む手順
- 設例=Aが申請書を書くのではなく、保健所がAの言い分を聞いて決める
先に、よくある取り違えを潰します。行政手続と聞いて、役所の窓口で書類を書く手間を思い浮かべませんでしたか。申請書を出す、窓口に並ぶ、というのは、国民の側の手間です。今日の行政手続は、その逆で、行政機関のほうが、決定に至るまでに踏む手順のことです。定義です。行政手続とは、行政機関が、処分などの決定をするまでに踏む、一連の手順です。設例なら、保健所が、営業停止を決める前に、Aに理由を知らせ、言い分を聞く。これが行政手続です。Aが何かを書くことではありません。以後、手順を踏むのは、いつも行政の側だ、と思って聞いてください。
結果だけでは足りない3つの理由
図:結果だけでは足りない3つの理由
- 従来の発想=実体法で縛り、あとは事後の裁判で見る
- 理由1=事後の訴訟では遅く、救済が足りない
- 理由2=言い分を聞いた公正な過程そのものに価値がある〔前提=透明性〕
- 理由3=事前に聞けば行政も誤りに気づける
ここで、問い1です。中身が合っていても、決め方が問われるのは、なぜでしょうか。事前に聞かれていないのは、不公平だから、でしょうか。それは、理由の1つです。順に整理します。従来の考え方は、こうでした。行政の活動は、法律という実体のルールで縛る。守られなかったら、あとから裁判で正す。中身と事後の裁判、この二段構えです。ところが、これでは足りません。理由は3つあります。1つ目。事後の裁判では、救済が遅く、足りません。理論の上では、違法な処分が裁判で取り消されて、適法な状態に戻ります。けれども、実際には、処分が出た時点で、損害は生じています。設例のAなら、営業停止の間の売上は、戻りません。争うこと自体にも、費用と時間がかかります。2つ目。聞かれたうえで決まる、という過程そのものに価値があります。言い分を十分に聞かれたうえでの決定なら、結果が不利でも、納得しやすい。この前提になるのが、透明性です。透明性とは、行政上の意思決定の内容と過程が、国民にとって明らかであることです。設例で比べます。同じ営業停止でも、保健所から先に、検査でこういう結果が出たので営業停止を考えています、言い分はありますか、と知らされ、Aが事情を話したうえで決まったとします。結論が同じでも、ある朝いきなり処分書だけが届く場合と比べて、Aの受け止め方は、まるで違うはずです。
3つ目。事前に聞けば、行政自身が、誤りに気づけます。保健所が、Aの店の状況を取り違えていたとき、Aの言い分を聞いて、はじめて分かることもあります。処分をしたあとで間違いに気づくより、前に気づくほうが、行政にとっても、よい決定になります。遅い、過程が見えない、誤りを防げない。だから、決める前の手順に目を向けます。
事前手続と事後手続
図:時間軸で見る手続
- 決定の前=事前手続〔処分・行政指導・命令等を定める・計画策定・行政調査の各手続〕
- 決定
- 決定の後=事後手続〔不服申立て・苦情処理〕
- 第8章=事前手続・事後手続は第10章
- 1993年、事前手続を広く定める一般法の行政手続法
手続は、決定の前か後かで、2つに分かれます。事前手続とは、決定が出る前の段階で、手順の公正さと適正さを保つために置かれたルールです。対象は、処分、行政指導、命令等を定める手続、計画の策定、そして行政調査の各手続です。事後手続とは、決定のあとで、考え直してもらうために、不服や苦情を申し立てる手続です。行政不服申立てや、苦情処理が、その例です。日本で行政手続と言えば、通例は、事前手続を指します。行政手続法は、事前手続を広く定める一般法として、1993年にできました。第8章は事前手続、事後の不服申立ては、第10章で扱います。設例で言えば、営業停止の前に、保健所が言い分を聞く。これが事前です。営業停止のあとで、Aが不服を申し立てる。これが事後です。行政調査や計画策定の手続は、それぞれの回で見ます。今日は、名前だけで大丈夫です。ただし、行政手続法が定めるのは、処分、行政指導、届出、命令等を定める手続です。計画の策定や、行政調査の手続は、定めていません。
適正手続の2つの顔、法律で定める意味
図:適正手続の2つの顔
- 顔1=自分の権利利益を守る〔防御〕
- 顔2=決定に参加し、国民の意思や合意を反映する〔参加〕
- 法律による行政と適正手続=現代行政法の車の両輪
- 手続を法律で定める意味=通達のマニュアルは職員の取扱いの統一にとどまる→法律なら①行政が従う義務②国民が守れと求められる
適正手続には、2つの顔があります。1つ目は、守る顔です。自分の権利や利益を、手続の面から守る。Aが、営業停止の前に言い分を述べるのは、この顔です。自由主義的な面、とも呼ばれます。2つ目は、参加する顔です。たとえば、多くの人の利害にかかわる行政の活動では、国民の意見や合意を、決定に反映させます。民主主義的な面、とも呼ばれます。第1章の適正手続の原則の回で、内容は正しいか、と、手続を踏んだか、の2つの軸を分けました。法律による行政が、中身の適法性を見るものなら、適正手続は、過程に目を向けるものです。この2つは、現代の行政法の車の両輪です。どちらも働くことが求められます。もう1つ、手続は、法律で定める意味があります。手続は、内部のマニュアル、つまり通達でも定められます。
通達は、職員の取扱いを統一するだけです。国民に向けた約束ではありません。法律で定めれば、2つのことが言えます。1つ、行政機関は、その手続に従う義務を負い、違反すれば違法になりえます。2つ、国民のほうから、手続を守ってくださいと、求めることができます。手続に瑕疵のある処分が、それだけで当然に取り消されるのかは、争いがあります。これは、手続の瑕疵の回で扱います。また、行政手続法の規定には、努力義務にとどまるものもあります。各条の回で、個別に見ます。
憲法上の根拠は3説ある
図:これまでの確認(行政法の回と、憲法の回)
- 問い=成田新法事件で、31条は行政手続に及びうるとされたか
- 事前の告知、弁解、防御の機会は常に必要とされたか
問い2に進む前に、確認です。成田新法事件、空港の建設に反対する団体の建物に、大臣が使用禁止の命令を出した事件です。この事件で、31条の保障は、行政手続にも及びうるとされましたか?また、事前の告知、弁解、防御の機会は、常に必要だとされましたか?及びうるとされました。でも、機会は常に必要とされたわけではなく、総合較量で決まる、でした。制限される権利利益と、達成する公益を、天秤に載せて比べる、あの総合較量です。ここから、本編です。
図:憲法31条
条文日本国憲法 31条
日本国憲法 第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
行政手続の根拠を、憲法に探します。まず思い浮かぶのが、この31条です。条文は、生命や自由を奪うときや、刑罰を科すときの手続を定めています。文言は、刑罰の場面です。3つの説が、あります。
図:憲法上の根拠の3説
- 行=説・根拠・強み・弱点
- 31条説=31条の適正手続保障が行政手続にも適用または準用される・強み=刑事手続に準じて考える場面で根拠にできる・弱点=刑事手続と類比しにくい場面で使える範囲が狭まるとの批判
- 13条説=13条から適正手続を求める権利を導く・強み=刑事との類比に縛られず多様な行政活動に手続保障を構想できる・弱点=13条は裁判規範たりうるのか、手続に直接ふれていない根拠の弱さ
- 手続的法治国説=憲法の法治国原理を手続の面まで広げて理解する・強み=特定の条項に反すると言わずに立法を後押しできる・弱点=原理が抽象的で、具体的な手続の内容を引き出しにくい
1つ目は、31条説です。31条の適正手続の保障は、刑事手続だけでなく、行政手続にも、適用される、または、準用される、と考えます。準用とは、性質に合わせて、必要な修正を加えたうえで、あてはめることです。強みは、刑事手続に準じて考えられる場面で、はっきり根拠にできることです。弱点は、刑事手続と似ていない場面で、使える行政手続の範囲が狭まる、との批判です。たとえば、Aの営業停止のように、相手に不利益を課す処分なら、刑罰の手続に似ていて、31条に乗せやすい。けれども、多くの人の意見を聞いて決める計画づくりのように、刑罰と似ていない場面では、31条からは説明しにくくなります。2つ目は、13条説です。13条は、個人の尊重と、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を定めた条文です。この幸福追求権などから、適正手続を求める権利を導きます。手続的な権利を、新しい人権として立てるイメージです。強みは、刑事との類比に縛られず、いろいろな行政活動に、手続の保障を考えられることです。弱点は、13条が、裁判所の判断の物差し、つまり裁判規範として使えるのか、という疑問と、13条が手続に直接ふれていない、という根拠の弱さです。3つ目は、手続的法治国説です。憲法が採る法治国の原理、つまり、国は法に従って治める、という原理を、手続の面まで広げて理解して、手続の保障が要請される、と説明します。特定の条文ではなく、統治の基本原理に根拠を求めます。強みは、特定の条項に反すると言わなくても、立法を後押しできることです。手続を定める法律がまだ無い時期には、どの条文に反するかを言うより、法律を作らせる力が求められました。だから、行政手続法ができる前の状況に合っていました。弱点は、原理が抽象的で、そこから個々の具体的な手続の内容を引き出しにくい面があることです。
どの説も、手続が必要だ、という方向までは言えます。ところが、どんな手続を、どの処分に、どこまで求めるのか、という具体的な中身が、憲法の側からは、出てきにくい。これが、次の山場につながります。
成田新法事件から、基準は出てこない
図:成田新法事件の二段
- 入口=刑事手続でないという理由だけでは31条の枠外にならない
- 中身=告知、弁解、防御の機会を与えるかは、制限される権利利益と達成する公益などの総合較量
- 結論=その事件では規定がなくても31条の法意に反しない
問い2の答えを、判例で確かめます。成田新法事件です。大臣の命令で、その建物は、使えなくなりました。ところが、命令を定めた法律には、事前に告知や弁解の機会を与える規定が、ありませんでした。それでも31条に反しないか、が争われました。判旨は、適正手続の原則を扱った回と、憲法で見ました。ここでは、2段だけ思い出します。入口は、刑事手続でないという理由だけで、31条の枠外とはならない。及びうる、でした。中身は、事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、制限される権利利益の内容や性質、制限の程度と、達成する公益の内容、程度、緊急性などを、総合較量して決める。常に必要とは限らない、でした。そして、その事件では、機会を与える規定がなくても、31条の法意に反しない、と結論されました。問いです。成田新法事件は、事前の手続を、要求した判決でしょうか。
図:総合較量では基準が出ない
- 判決=どの処分にどんな手続が要るかの明確な基準は示さない
- 理由=行政手続は刑事手続と性質が違い、行政の目的も多種多様
- 比較=同じ営業停止でも答えが割れる:食中毒が続けて出て今日止めないと被害が広がる→急ぐ公益が大きい→機会がなくても許される方向
- 衛生の記録の付け忘れだけ→Aの不利益に比べ急ぐ公益が小さい→機会を与えるべき方向
要求した判決ではないです。総合較量で、規定がなくても合憲とされました。ここで、新しい論点です。この判決は、どの処分に、どんな手続が必要か、という明確な基準を、示してはいません。なぜ、基準が出ないのか。判決は、理由も述べています。行政手続は、刑事手続と性質が違い、行政の目的も多種多様だから、一律には決められない、というのです。設例のAで、試します。Aの店で食中毒が続けて出ていて、今日止めなければ、被害が広がるとします。急ぐ公益が大きいので、事前に言い分を聞く機会がなくても許される方向に傾きます。たとえば、衛生の記録の付け忘れが見つかっただけなら、営業を止められるAの不利益に比べて、急ぐ公益が小さいので、機会を与えるべき方向に傾きます。同じ営業停止でも、事情しだいで、答えが割れるわけです。喩えます。大きな工事の前に、近所への説明会を開くべきだ、という考えが、憲法にあるとします。けれども、憲法が言うのは、説明会は大切だ、というところまでです。何日前に、何を配って、誰を呼ぶのか。そこまでは書いていません。個々の工事ごとに、裁判所が、そのつど総合較量で判断するのでは、基準が見えません。
定めがなければ、手続なしで出る処分が、残りえます。個別に争って、裁判所が総合較量で、足りなかったと言ってくれるまで、分かりません。象のオリ訴訟も、位置づけだけ思い出します。沖縄の駐留軍用地で、国が使う期限が切れたあとも、収用委員会の裁決が出るまでの間は、土地の持ち主の同意がないまま、国が使い続けられる、という定めが置かれました。処分を介さず、法律の定めで当然に、土地を使う法的な根拠、つまり使用の権原が生じる仕組みです。これが、31条に反しないかが争われました。成田新法事件の考え方は、行政処分による制限に限らず、広く行政手続にも及びうる、とされました。結論は、法意に反しない、でした。ここで、31条説の弱点に戻ります。範囲が狭まるのではないか、という批判がありました。判例は、処分以外の場面にも、考え方を広げています。ただ、広がっても、総合較量です。どんな手続が要るのかという基準が、はっきりするわけではありません。
だから一般法が要る
図:一般法の必要性
- 制定前=個別の法律に手続がある範囲だけ保障
- A法=手厚い
- B法=中程度
- C法=手続なし
- 判例上、憲法からは「処分には一定の手続が必ず要る」とも具体的な内容も出ない→1993年、事前手続を広く定める一般法の行政手続法
- 立法の指針=手続的法治国説のような抽象的原理
問い3の答えです。憲法だけでは、なぜ足りないのか。行政手続法ができる前を、想像してください。手続は、個別の法律ごとに、決まっていました。A法の処分は、手厚い手続がある。B法の処分は、中くらい。C法の処分は、手続の定めがまったくない。そして、憲法に頼ろうにも、判例は、行政処分一般に一定の手続が必ず要る、とはしていません。具体的な内容も、出てきません。成田新法事件が示したとおり、総合較量で、そのつど決まるからです。そこで、立法が動きました。個別の法律ごとのばらつきを、ならすために、行政の手続の共通のルールを、1つの法律にまとめる。それが、1993年にできた、行政手続法です。事前手続の一般法です。このとき、立法の指針として有効だったと説明されるのが、手続的法治国説のような、抽象的な原理です。具体的な内容を引き出せない原理でも、立法を後押しする力としては、働けたわけです。
事前に照会できる仕組み

最後に、1つだけ、名前を覚えてください。法令適用事前確認手続、いわゆる、ノーアクションレターです。事業者が、これから行おうとする行為が、法令の適用対象になるのか、許認可や届出が要るのかを、事前に、所管の行政機関に照会して、見解を得る仕組みです。ノーアクションレターは、行政が決定の前に踏む手順ではありません。事業者の側から、事前に問い合わせる仕組みです。目的は、法的なリスクを減らすこと、そして、通達や行政指導に頼りがちな運用を、見える形にすることです。2001年の閣議決定以降、各省庁で実施されています。照会と回答は、原則として公表されます。公表されるので、行政が法令をどう読んでいるかが、外から見えるわけです。ここでは、制度の存在を知っていれば足ります。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図
冒頭の3つの問いに戻ります。1つ目。中身が合っていても決め方が問われるのは、なぜか。事後の裁判では遅く足りない、聞かれた過程そのものに価値がある、事前に聞けば誤りを防げる、からでした。行政手続とは、行政の側が踏む手順で、決定の前なら事前手続、後なら事後手続です。2つ目。手順は憲法のどこから出るのか。31条説、13条説、手続的法治国説の3説があり、成田新法事件は、31条が行政手続に及びうる、と述べました。3つ目。憲法だけで足りないのは、なぜか。及ぶとしても、必要な手続は総合較量で決まり、どの処分にどんな手続が要るかの基準は出ないからです。だから、事前手続の一般法として、行政手続法が作られました。
参照条文
- 日本国憲法 31条