脅迫罪
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第13章 個人的法益②|自由に対する罪 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
殴るぞと言われただけで、犯罪は成立するのか
図:実際には何もされていない
前回、逮捕罪・監禁罪を見て、第13章、自由に対する罪の1本目が完成しました。今日はその2本目、脅迫罪です。本題に入る前に、1つ問いを出します。Aが、Bに向かって「殴るぞ」と言いました。Bは怖くなって身構えましたが、Aはそれ以上何もせず、そのまま立ち去りました。それでも、この時点で犯罪は成立しているのでしょうか。それとも、何も実害が起きていない以上、犯罪にはならないのでしょうか。先に答えを言うと、Aが「殴るぞ」と言っただけで実際には何もされていなくても、この時点で、脅迫罪は成立します。実害が無いのに、なぜ成立するのか。その理由は、今日学ぶ罪の性質から出てきます。前回、逮捕罪・監禁罪が守っていたのは、身体活動の自由でした。今日からは、守っている自由の中身が変わります。
図:体そのものではなく、自分の意思で判断できる状態を守る
逮捕罪・監禁罪が守っていたのは、体を動かせるかどうかという身体活動の自由でした。これに対して、今日学ぶ脅迫罪が守るのは、意思決定の自由です。自分の意思で、誰にも脅されずに判断できる状態、そのものを守る罪です。この違いを頭に入れたうえで、まず222条の全文を確認しましょう。
222条——脅迫罪の条文
図:相手方本人と、その親族
まず222条の全文を見ておきます。1項が相手方本人に対する加害の告知、2項が相手方の親族に対する加害の告知です。刑の重さは、1項も2項も同じです。
条文刑法222条
刑法222条(脅迫罪) 「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。」 「親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。」
これが222条です。生命、身体、自由、名誉、財産という5つの利益に対して害を加える旨を告げて、人を脅迫すると成立します。生命・身体・自由・名誉・財産という、この5つの中身と、告げる相手の範囲は、後の節で丁寧に見ていきます。まずは、この罪がどういう性質を持つ罪なのかを固めましょう。
保護法益と法的性質——抽象的危険犯
図:現実に怖がらなくても、成立する
脅迫罪が守っている保護法益は、意思決定の自由です。私生活の平穏や安全感を守っていると説明する少数説もありますが、通説はこの意思決定の自由で押さえます。犯罪の分類を整理した回で、侵害犯と危険犯、それに危険犯の中の具体的危険犯と抽象的危険犯を扱いました。どう分かれていたか、思い出せますか?保護法益が現実に侵害されて初めて成立するのが侵害犯、侵害の危険があれば足りるのが危険犯でした。危険犯のうち、危険が現実に生じたことまで条文が求めるのが具体的危険犯、それも求めないのが抽象的危険犯でした。脅迫罪は、このうち抽象的危険犯にあたります。
抽象的危険犯だと、脅迫罪ではどういうことになるんですか。ここが今日いちばん大事なところです。意思決定の自由が現実に侵害されたこと、つまり相手が現実に怖がったことは必要ありません。害を加える旨を告げるという行為があれば、それだけで、意思決定の自由を脅かす危険があるとされ、成立します。たとえるなら、意思決定の自由というのは、自分の判断だけで押せる非常ボタンのようなものです。誰かが「押したら痛い目に遭わせるぞ」と言った瞬間、実際にボタンを押そうとしていなくても、そのボタンはもう脅された状態に置かれています。脅迫罪が問題にしているのは、この「脅された状態に置かれたかどうか」であって、実際に押そうとしたかどうかではありません。ここで冒頭の問いに戻ります。Aが「殴るぞ」と言っただけで、実際には何もしなかった場合です。
「殴るぞ」という言葉が、脅迫の要件を満たす害悪の告知であれば、Bが実際に怖がったかどうかに関係なく、Bに伝わった時点で脅迫罪は成立します。犯罪の型としては、現実の被害の発生を待たずに完成する、という点を押さえておいてください。逆に、Aが「殴るぞ」と書いた手紙を出したのに、宛先を間違えてBに届かなかった場合は、脅迫罪は成立しません。怖がったかどうかは問いませんが、告げた内容を相手が知ることまでは必要だからです。Bが何も知らないままなら、意思決定の自由が脅かされる場面そのものがありません。脅迫罪には未遂を罰する規定も無いので、処罰されずに終わります。
これが、冒頭の問いへの答えです。
「脅迫」の意義——一般人畏怖基準
図:相手が現実に怖がったかどうかは関係ない
では、条文にいう「脅迫」とは、具体的にどういう害悪の告知を指すのでしょうか。判例は、一般の人なら怖がるに足りる程度の害悪を告げること、を脅迫としています。これを一般人畏怖基準と呼びます。「一般人」を基準にする、ということは、Bが人一倍気が強くて、全然怖がらなかった場合はどうなるんですか。そこが抽象的危険犯という性質の効き目です。相手方が現実に畏怖したことまでは必要ありません。大審院の古い判例でも、この点は明確にされています。一般人であれば畏怖するであろう程度の害悪であれば、Bが実際には動じなかったとしても、脅迫罪は成立します。
告知の内容、相手方の性別や年齢、周囲の状況などを総合的に考慮して判断します。同じ言葉でも、状況次第で害悪の程度は変わりうる、ということです。
図:火事が無いのに送られてきた葉書
一般人畏怖基準の当てはめとして、有名な事案があります。Aが、Bの家で火事なんて起きていないと分かっているのに、「出火お見舞い申し上げます」という葉書を、敵対しているBに送りつけたという事案です。火事が起きていないのに、あえてこの言葉を送るのは、これから放火するぞ、という害悪の告知だと読めるからです。最高裁は、この葉書について、脅迫罪の成立を認めています。言葉そのものの表面上の意味ではなく、その状況の中でどう受け取られるかで、害悪の告知にあたるかどうかが決まる、という点がよく分かる事案です。ここまでで、「脅迫」がどのくらいの範囲の告知を指すかは分かりました。次は、告げている中身、告知内容そのものに、どういう限定がかかるかを見ていきます。
告知内容の要件——加害(告知者が支配しうる害悪)
図:自分でコントロールできる害悪かどうかの違い
告げる中身にも、限定があります。222条は「害を加える旨を告知して」と書いていますが、この「加害」といえるためには、告知者自身が、その害悪の発生を支配できることが必要です。「殴るぞ」「火をつけるぞ」という告知は、Aが自分の手で実現できる害悪ですから、加害にあたります。これに対して、「天罰が下るぞ」というような、告知者自身にはどうにもできない害悪を告げても、脅迫にはあたりません。意思決定の自由が脅かされる危険が生じるのは、相手が「この人は本当にこの害を実現しにくるかもしれない」と受け止めるからです。告知者自身にコントロールできない天災や天罰は、告知者の意思ひとつでどうこうできるものではありませんから、相手の意思決定を脅かす力を持たないのです。もう1つ、この害悪は将来のものでなければなりません。「今度、お前の自転車を壊すぞ」は将来の害悪の告知です。これに対して、「先週、お前の自転車を壊したのは俺だ」とだけ告げても、既に起きてしまった過去の害悪を告げるだけで、これから何かをするという危険が無いので、脅迫にはあたりません。
適法行為の告知は「脅迫」にあたるか
図:万引き犯に「性交に応じなければ告訴する」と告げた
ここで、少し難しい場面を考えます。Bが万引きをしたのをAが知っていて、Aが、Bに対して「性交に応じなければ告訴する」と告げた場合です。告訴という行為自体は、適法な権利の行使ですよね。ここに、適法行為の告知が「脅迫」にあたるか、という論点が出てきます。判例・通説は、あたるとする肯定説、有力説は、あたらないとする否定説です。肯定説、つまり判例・通説は、適法行為の告知であっても脅迫にあたるとします。告訴するという行為自体は適法でも、それを条件に相手に何かを強いるような形で告げれば、相手の意思決定の自由を脅かす危険は、十分に生じるからです。大審院の判例も、この立場に立っています。
否定説、つまり有力説は、脅迫にあたらないとします。実行しても処罰されない適法な行為の告知までが処罰の対象になるのは、均衡を失する、という理由づけです。告訴という、それ自体は誰でもしてよい行為を告げただけで処罰するのは行き過ぎだ、という考え方です。
図:権利行使としての正当性で、もう一段階しぼる
判例・通説の肯定説に立った場合、もう1つ押さえておくべき場面があります。権利行使として正当だといえる範囲内であれば、構成要件には該当しても、正当行為として違法性が阻却され、結局は不成立になる、という場面です。たとえば、正当な代金の支払いを求めて、「払わなければ法的手段に訴える」と告げるだけなら、社会通念上相当な権利行使の範囲内として、正当行為で不成立になりえます。これに対して、さきほどの万引きと引き換えに性的な行為を要求する場合は、告訴という手段と要求している内容との間に釣り合いが無く、正当な権利行使とはいえません。ですから、構成要件に該当したうえで、違法性阻却も認められず、脅迫罪が成立します。
構成要件の話と、違法性阻却の話、2段階で考えるんです。1段階目は、適法行為の告知でも脅迫罪の構成要件に該当するか。2段階目は、該当したとしても、権利行使として正当だから違法性が阻却されないか。この2段構えは、論文でも問題になりうる場面ですから、意識しておいてください。否定説が心配していた、処罰が行き過ぎるという点は、どうなるんですか。そこを受け止めているのが、この2段目です。正当な権利の行使は2段目で外れますから、処罰が行き過ぎることはありません。そのうえで、告訴を取引の材料にして、関係の無いことを相手に迫るような告知は、1段目で捕まえられます。ですから、肯定説に立っても、否定説が心配するような処罰の行き過ぎは起きない、と説明できるわけです。
加害の対象——制限列挙
図:本人・親族と、それ以外との違い
加害を告げる対象、つまり「誰に対する害悪を告げれば脅迫になるか」にも、限定があります。222条は、相手方本人の生命、身体、自由、名誉、財産(1項)と、相手方の親族の同じ5つの利益(2項)に限っています。罪刑法定主義の見地から、この2つに制限列挙されていると理解されています。ですから、恋人や友人、内縁の配偶者への加害を告げても、222条の脅迫にはあたりません。恋人や内縁の配偶者は、法律上の親族にはあたらないので、対象外になります。感覚としては、恋人や内縁の配偶者への加害を告げられれば、本人も十分に怖いはずですが、条文が「親族」という言葉で対象を区切っている以上、そこに含まれない関係は対象外になります。これは、条文の文言に忠実に線を引く、という罪刑法定主義の要請から来ています。
客体「人」に法人を含むか
図:意思決定の自由を持つのは自然人だけか
もう1つ、論点があります。222条の「人」に、会社のような法人が含まれるか、という問題です。通説は、含まれないとする否定説です。意思決定の自由を享受できるのは自然人に限られる、という理由づけです。法人そのものが心理的に畏怖する、ということは観念できません。少数説の肯定説は、含まれるとします。法人も、代表者のような機関を媒介として意思決定をなしうるので、含まれる、という理由づけです。ただ、今日のところは、通説の否定説、法人は含まれない、という結論で押さえておいてください。
告知の方法と故意
図:文書でも、口頭でも、態度でもよい
告げる方法にも、制限はありません。文書でも、口頭でも、態度によるものでもかまいません。たとえば、何も言わずに、ポケットからナイフを取り出して、相手に見せつけるような場合です。暴行罪の回で、脅す目的で日本刀の抜き身を振り回した行為は、それ自体が暴行にあたるとされたのを見ました。ここでは、振り回したり、体に触れたりはしていないので、暴行ではありません。それでも、ナイフを見せつけるという態度そのものが、これから害を加えるぞ、という告知になっています。最後に、脅迫罪の故意です。告知する内容についての認識と、相手方がそれを認識するであろうことの予見があれば、それで足ります。告げた害悪を、実際に実現しようという意思までは要りません。
「殴るぞ」と告げて、相手を怖がらせるつもりで言っただけで、実際に殴る気が無くても、脅迫罪の故意は認められます。ここでも、現実に何かを実現する意思ではなく、告げるという行為そのものに焦点があたっている点が、抽象的危険犯という性質と一貫しています。
今日の地図(保存版)
図:抽象的危険犯という1本の軸から、要件が積み上がった
今日の内容を整理します。脅迫罪が守るのは意思決定の自由で、抽象的危険犯という性質を持つため、相手が現実に畏怖したことは要りません。だから、冒頭の「殴るぞ」と言っただけの事例でも、Bが実際には怖がらなかったとしても、Bに伝わった時点で成立するんですね。この1本の軸から、一般人畏怖基準という「脅迫」の意義、加害という告知内容の限定、適法行為の告知の論点、本人・親族に限られる対象の制限列挙、法人を含まないという客体の限定と、順番に要件が積み上がっていきました。これで、脅迫罪の骨格が固まりました。
参照条文
- 刑法222条