刑法ゼロから刑法#109

逮捕罪・監禁罪

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第13章 個人的法益②|自由に対する罪 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

発進した瞬間、監禁は成立するのか

Bはまだ気づいていない 図:Bはまだ気づいていない

前回、殺人の罪・遺棄の罪・堕胎の罪を合わせて、第12章、生命・身体に対する罪が完成しました。今日からは次の第13章、自由に対する罪に進みます。本題に入る前に、1つ事例を出します。Aが、Bに「家まで送る」と嘘をついて車に乗せ、Bが嘘に気づかないまま発進させました。この時点で、監禁罪はもう成立しているのでしょうか。それとも、Bが嘘に気づいて「降ろして」と言った時点で、初めて成立するのでしょうか。気づいていなければまだ何も起きていない気もしますが、この1問への答えは、「自由」という言葉をどう理解するかで、真っ二つに分かれます。答えは本編の中で出しますので、少しだけ覚えておいてください。まず、この章がどんな並びで進んでいくかを、地図で確認しておきます。

保護している自由が、少しずつ広がっていく 図:保護している自由が、少しずつ広がっていく

第13章、自由に対する罪は、まず身体を直接動かす自由を守る逮捕罪・監禁罪から始まり、次に意思決定の自由を守る脅迫罪・強要罪、そこから場所的な移動や保護関係を守る略取誘拐の罪、性的自由を守る不同意性交等の罪、そして私生活の平穏を守る住居侵入罪へと、保護している自由の範囲を少しずつ広げながら並んでいます。まず条文の全文を確認してから、中身に入ります。

220条・221条——逮捕罪・監禁罪の条文

基本形と、それが重くなる場合 図:基本形と、それが重くなる場合

まず220条と221条、2つの条文を見ておきます。220条が基本の形で、221条は、その結果、人が死傷した場合に刑が重くなる規定です。この2段構えを頭に入れたうえで、全文を確認しましょう。

条文刑法220条

刑法220条(逮捕罪・監禁罪) 「不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の拘禁刑に処する。」

220条が、逮捕罪・監禁罪の条文です。不法に人を逮捕し、または監禁した者を処罰します。逮捕と監禁は、同じ1つの条文の中に並んでいます。ここでいう逮捕は、警察が犯人を捕まえるという一般的なイメージとは意味が違います。後で見るとおり、人の身体を直接押さえつけて動けなくすることを広く指します。条文の頭の「不法に」は、警察官の逮捕を外すための言葉ですか。そこは注意が要ります。警察官が逮捕状で人を逮捕する場面も、220条の構成要件には当たります。罰されないのは、正当行為の回で見たとおり、法令行為として違法性が消えるからです。「不法に」は、違法な拘束だけが処罰されるという当然のことを、念のため書いた言葉だと理解されています。

条文刑法221条

刑法221条(逮捕監禁致死傷罪) 「前条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」

221条は、220条の罪を犯して、その結果、人を死傷させた場合の規定です。「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する」という文言、見覚えがありませんか。あっ、前回、堕胎罪の216条で見た形と同じですね。この計算方式は、後ほど221条を詳しく見るときに、もう一度使います。まずは、220条の中身を固めていきましょう。

保護法益——身体活動の自由

守っているのは、動こうと思えば動ける状態そのもの 図:守っているのは、動こうと思えば動ける状態そのもの

逮捕罪・監禁罪が守っているのは、身体活動、つまり移動する自由です。ですから、客体は自然人に限られます。会社のような法人には、そもそも身体活動というものが観念できませんし、生まれたばかりの嬰児も同じ理由で客体になりません。生まれたばかりの嬰児は、まだ自分の力で移動できません。奪われる身体活動そのものが、観念できないのです。少し育って、はいはいで動けるようになれば、閉じ込めて動けなくすることができますから、客体になります。これに対して、眠っている人や、意識を失っている人はどうでしょうか。目を覚ませば自分で動ける存在ですから、移動する自由を観念することはできます。

「そもそも動けない」か「使えないだけ」か 図:「そもそも動けない」か「使えないだけ」か

ここで区別しておきたいのが、「そもそも身体活動を観念できない存在」と、「移動する自由は持っているけれど、今は意思能力を欠いていて使えていないだけの存在」の違いです。法人や生まれたばかりの嬰児は前者、眠っている人や、お酒に酔って意識を失っている人は後者にあたります。たとえるなら、法人や嬰児は、そもそも「アカウント」を持っていない状態です。これに対して、眠っている人や泥酔している人は、アカウントは持っているけれど、今は一時的にログインできない状態にすぎません。この「アカウントを持っているかどうか」という区別を踏まえたうえで、次は、意思能力を欠く人を客体にできるかどうかが、実際にどう争われるのかを見ていきます。

「自由」の意味をめぐる対立——可能的自由説と現実的自由説

「試していない」段階から問題にするか、しないか 図:「試していない」段階から問題にするか、しないか

「自由」の中身をめぐって、2つの立場があります。1つ目は可能的自由説です。移動しようと思えば移動できる、という可能性自体に意義があるとする見解で、判例・通説の立場です。たとえるなら、オンラインサービスに勝手にパスワードを変更されてログインできなくなったとき、本人がまだそのサービスを開こうとすらしていなくても、「もうログインできない状態」に置かれています。可能的自由説は、この「試してもいないのに、試せば必ず弾かれる状態」自体を問題にします。もう1つは何ですか。現実的自由説です。現実に移動しようと思ったときに、移動できることが必要だとする見解で、有力説です。この立場では、本人が実際にログインボタンを押して、初めて「入れない」と気づいたときに、問題が生じたことになります。

移動の自由というのは、つまるところ「移動しようという意思」の自由であって、本人が現実に移動したいと思ったときに守れば足りる、と考えるからです。

判例最決昭和33年3月19日

偽計による監禁 刑法220条1項にいう「監禁」とは、人を一定の区域場所から脱出できないようにしてその自由を拘束することをいい、その方法は、必ずしも所論のように暴行又は脅迫による場合のみに限らず、偽計によつて被害者の錯誤を利用する場合をも含むものと解するを相当とする。

⭐ 論文で書く規範:可能的自由説を規範として立てる 「監禁罪における『自由』の侵害とは、被害者が現実に移動しようとしたことを要せず、移動しようと思えばできたであろう可能性が奪われれば足りる。」 (規範(判例・通説=可能的自由説))

この決定は、欺かれて本人が気づかないうちに連れ去られた場面でも監禁を認めたことから、判例は可能的自由説に立つと理解されています。決め手は、移動できるという選択肢を持っていること自体に価値がある、という点です。出て行こうと思えばいつでも出て行ける、その状態が奪われた時点で、自由はもう損なわれている、と考えるわけです。論文でも、この規範を立てたうえで事案に当てはめる場面が問題になりえます。では、この規範を1つの場面に落としてみましょう。たとえば、Bが会議室で1人、資料を読んでいる間に、Aが廊下側から鍵をかけました。内側からは開けられない鍵です。Bは資料に夢中で、まだ気づいていません。

試せば必ず弾かれる状態ですから、可能的自由説からは、鍵をかけた時点で移動の可能性が奪われ、監禁にあたります。では、同じように廊下側から鍵をかけたけれど、内側のつまみを回せばすぐ開く鍵だったら、どうでしょう。外から鍵をかけたという行為は同じでも、移動の可能性は奪われていないので、監禁にはあたりません。規範が問うているのは、本人が試したかどうかではなく、試せば出られるかどうかです。本人が気づいていなくても成立する、という点が直感に反するところです。だからこそ、この対立が実際にどう効いてくるのか、2つの場面で確かめてみましょう。

対立が効いてくる2つの場面

発進した瞬間か、気づいた瞬間か 図:発進した瞬間か、気づいた瞬間か

冒頭の事例に戻ります。Aが「家まで送る」と嘘をついてBを車に乗せ、Bが気づかないまま発進させました。可能的自由説と現実的自由説、それぞれの立場に立つと、いつ監禁罪が成立するか、予測してみてください。身体活動の可能性は、発進した瞬間に奪われていますから、可能的自由説からは発進時点で監禁罪が成立します。現実的自由説からは、Bが嘘に気づいて「移動したい」と思った、その時点で初めて監禁罪が成立します。同じ1つの事例で、成立する時点が数十分、場合によってはそれ以上ズレることもあります。最初からBが「降ろして」と言っているのにAがそのまま車を出した場合は、Bが現実に移動しようとしているのを妨げていますから、どちらの説でも、発進した時点で監禁罪が成立します。争いにはなりません。説が分かれるのは、被害者がまだ気づいていない、あるいは眠っている、という場面だけです。

眠っている間に、外から鍵をかけたら 図:眠っている間に、外から鍵をかけたら

では、もう1つ試してみましょう。Bが熟睡している部屋に、Aが外から鍵をかけました。Bは眠っていて、何も気づいていません。同じ理屈で考えると、可能的自由説と現実的自由説、それぞれいつ成立するでしょうか。さっきと同じ考え方でいいなら、可能的自由説は鍵をかけた時点、現実的自由説はBが目を覚ました時点、です。可能的自由説からは、Bに意思能力があるかどうかに関係なく、鍵をかけた時点で身体活動の可能性が奪われていますから、監禁罪が成立します。現実的自由説からは、Bがそもそも「移動しよう」という意思すら持っていなかった以上、目を覚ますまでは監禁罪が成立しないことになります。

軸は1本、可能的自由説か現実的自由説かだけです。それが2つの場面に、同じように効いてくるだけなのです。冒頭の問いに戻ると、判例の可能的自由説に立つ以上、Bがまだ気づいていなくても、発進した時点で監禁罪は成立しています。

逮捕と監禁の区別、そして監禁の手段

直接つかむか、間接的に閉じ込めるか 図:直接つかむか、間接的に閉じ込めるか

ここからは、220条の中の言葉を1つずつ固めていきます。まず、逮捕と監禁の区別です。逮捕は、人の身体を直接拘束して、身体活動の自由を奪うことをいいます。後ろから羽交い締めにするのが典型です。監禁は、人の身体を間接的に拘束して、身体活動の自由を奪うことをいいます。部屋に鍵をかけて閉じ込めるのが典型です。ここで、もう2つ、見落としやすい要素を押さえておきます。1つは、時間の長さです。逮捕といえるためには、拘束がある程度の時間続いている必要があります。たとえば、すれ違いざまに一瞬だけ肩をつかんで、すぐ手を離した、という場合は、逮捕ではなく暴行にとどまることがあります。

もう1つは、監禁でいう間接的な拘束の程度です。一定の場所から脱出できない状態にすることが必要ですが、脱出が絶対に不可能である必要はありません。たとえば、鍵をかけられた部屋の窓から飛び降りれば、理論上は脱出できるかもしれません。でも、それが命の危険を伴うようなら、現実的には脱出できないのと同じです。判断は、脱出することが著しく困難かどうかで決まります。どちらも同じ220条だから、区別しても、処罰の重さは変わりません。ただ、間接的な拘束でよいという監禁の性質を押さえておかないと、次に見る無形力による監禁を見落としてしまいます。

壁で囲うことだけが、閉じ込めではない 図:壁で囲うことだけが、閉じ込めではない

監禁の手段は、部屋に施錠するような有形力に限られません。無形力でも監禁にあたります。1つは、走行中の乗り物に乗せて、容易に降りられない状態にする場合です。走り出した絶叫マシーンの安全バーを思い浮かべてください。物理的な壁は無くても、自分の意思だけでは途中で降りられません。走行中の乗り物に乗せることも、同じ「閉じ込め」にあたるのです。

四輪でも、二輪でも、同じ理屈 図:四輪でも、二輪でも、同じ理屈

判例でも、この考え方が繰り返し示されています。自動車に人を乗せて走行させ、容易に降りられない状態にした事案でも、原動機付自転車の荷台に相当な距離乗せて走行させた事案でも、いずれも監禁罪の成立が認められています。乗り物の種類が違っても、「走行中は自分の意思だけでは降りられない」という状態を作り出している点は共通しているからです。もう1つは、脅迫等によって、被害者が心理的に脱出を困難な状態に置かれる場合です。裁判例でも、このような心理的な圧迫による監禁が認められています。たとえば、ドアに鍵はかかっていなくても、「動いたら痛い目に遭わせる」と脅され続けていれば、体は自由でも、心理的には出られません。この状態も監禁にあたります。

逮捕に引き続く監禁、そして継続犯という性質

2つの罪ではなく、1つの罪の一場面 図:2つの罪ではなく、1つの罪の一場面

もう1つ、押さえておきたい場面があります。AがBを羽交い締めにして逮捕し、そのまま物置に押し込めて監禁した、という場合です。逮捕もして監禁もしたのだから2つの罪が成立しそうにも見えますが、判例はそう考えません。逮捕に引き続いて監禁した場合、全体として220条の一罪、包括一罪にとどまります。

判例最大判昭和28年6月17日

逮捕に引き続く監禁の一罪性 人を不法に逮捕し引き続き監禁した場合には、刑法第220条第1項の一罪が成立する。

逮捕という直接拘束から監禁という間接拘束へと続いた一連の行為を、逮捕罪・監禁罪という各別の二罪ではなく、包括的に観察して220条の一罪と評価する、という考え方です。

行為が続いている間、ずっと実行行為も続いている 図:行為が続いている間、ずっと実行行為も続いている

逮捕・監禁罪には、もう1つ性質があります。継続犯です。逮捕・監禁行為が続いている間、実行行為もずっと続いていると評価される犯罪類型です。継続犯であることから、2つの帰結が導かれます。1つは、公訴時効の起算点が、逮捕・監禁行為が終了した時点になること。もう1つは、犯罪の途中から関与した者にも、関与した後の行為について、当然に共犯が成立しうることです。継続犯という分類そのものは、犯罪の分類を整理した回で、220条を典型として見ました。今日は、その典型を中身から確かめたことになります。たとえば、Aが部屋にBを監禁した翌日から、Cが事情を知ったうえで、見張りだけを引き受けたとします。監禁が続いている間は実行行為も続いていますから、Cが加わった時点でも、犯罪はまだ終わっていません。だからCにも、見張りを引き受けた後の監禁について、共犯が成立しえます。そして公訴時効は、犯罪行為が終わった時から数え始める決まりです。監禁という犯罪行為は、Bが解放されるまで終わりませんから、時効を数え始めるのも、Bが解放された時点からです。

220条と221条、それぞれの法的性質 図:220条と221条、それぞれの法的性質

ここで、220条と221条、それぞれの法的性質を並べておきます。220条の逮捕罪・監禁罪は、今見た継続犯です。これに対して、これから見る221条は、また別の性質を持っています。基本の行為に、重い結果が加わることで刑が重くなる、という性質です。名前は似ていますが、継続犯と結果的加重犯は、まったく別の切り口の分類だと意識しておいてください。

221条——逮捕監禁致死傷罪

220条の結果的加重犯 図:220条の結果的加重犯

最後に、221条を詳しく見ます。221条は、220条の逮捕・監禁罪を犯して、その結果、人を死傷させた場合の結果的加重犯です。遺棄の罪の219条や、前回の堕胎罪の216条で、法定刑を計算したときのルールを覚えていますか?上限と下限をそれぞれ、傷害の罪と比べて、重いほうを採用する、というルールでした。逮捕・監禁の途中で被害者を負傷させてしまった場合や、拘束の状態が続いたことで被害者が死亡してしまった場合に、この221条があてはまります。実際に計算してみます。220条の法定刑は3か月以上7年以下の拘禁刑です。けがをさせた場合は、傷害罪の1か月以上15年以下と比べます。下限は220条の3か月の方が重く、上限は傷害罪の15年の方が重いので、逮捕監禁致傷罪は3か月以上15年以下の拘禁刑になります。

傷害致死罪は3年以上の有期拘禁刑で、上限は20年です。下限も上限も傷害致死罪の方が重いので、逮捕監禁致死罪は3年以上20年以下の拘禁刑です。なお、死傷の結果は、逮捕・監禁との間に因果関係があることが必要です。たとえば、監禁されていたBが、監禁とは無関係な持病の発作で死亡した場合は、221条ではなく220条にとどまります。監禁行為と死傷結果の間に、原因と結果の関係が必要です。

今日の地図(保存版)

1本の対立軸から、条文の各要素が積み上がった 図:1本の対立軸から、条文の各要素が積み上がった

今日の内容を整理します。逮捕罪・監禁罪は、身体活動の自由を守る罪でした。「自由」の意味をめぐって、判例・通説は可能的自由説に立ち、被害者の認識や意思能力の有無を問わず、可能性が侵害された時点で監禁罪の成立を認めます。その1本の軸から、発進した事例も、熟睡していた事例も、同じ理屈で答えが出ましたね。そのうえで、直接拘束と間接拘束の区別、無形力でもよい監禁、逮捕に引き続く監禁は一罪にとどまること、継続犯という性質を積み上げ、最後に221条で結果的加重犯の計算方式を確認しました。これで、自由に対する罪、第13章の1本目が完成しました。

参照条文

  • 刑法220条
  • 刑法221条

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