横領罪の他人の物・不法原因給付と盗品
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第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
返してと言えない物を、使い込んだら
図:違法な目的に使ってと預けた現金を、自分の買い物に使ってしまった
前回、他人の物かどうかは所有権の所在で決まる、というところまで見ました。今日はここから、民法と刑法の結論がずれる場面を見ていきます。まず、こんな設例です。違法な目的に使ってほしいと頼まれて現金を預かった人が、その金を自分の買い物に使ってしまいました。預けた人は、その現金を取り返せるんですか。取り返せません。違法な目的のために渡したお金なので、民法上「返してほしい」とは言えない立場にあります。返してと言えないなら、預けた人はもう何も失っていないことになりませんか。それでも使い込んだ人は横領になるんですか。なります。ただし、理由を丁寧に見る必要があります。答えを先に言うと、判例はこの場合の成立を認めます。理由は、3つの考え方を比べると見えてきます。
金銭の他人性——なぜ民法の原則を使わないか
図:民法の原則は取引の安全のため、横領罪は預けた人の内側の支配のため
今日はまず、なぜ民法の原則をそのまま使わないのか、理由のほうを掘り下げます。民法の原則は、お金は1枚ごとに見分けがつかないので、持っている人の物として扱う、というものでした。この原則は、知らない相手とでも安心して取引できるようにするための道具です。横領罪が守っているのは、知らない相手との取引の安全ではありません。友人から「来週の旅行の宿代に使ってほしい」と預かった3万円のように、預けた人の内側にある「この目的にだけ使ってほしい」という支配です。守ろうとしている場面が違うので、民法の原則をそのまま持ち込む理由がありません。だから、使途を定めて預かった金銭は他人の物にあたる、という判例・通説の結論になります。
この考え方は、今日残り2つの論点にもそのまま使えます。
不法原因給付——問題の所在
図:不法な原因のための給付は、返還を請求できない
条文民法708条
民法708条(不法原因給付) 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
ここで、不法原因給付と詐欺の回でも出てきた民法708条を確認します。不法な原因のためにおこなった給付は、返還を請求できません。ただし、不法の原因が受け取った側だけにあるときは、この限りではない、というただし書があります。冒頭の設例では、預けた側にも預かった側にも不法な目的があるので、本文どおり、返還請求はできません。返してと言えないなら、そのお金の持ち主は、もう預かった人に変わっているんじゃないですか。そこが今日の問題の所在です。返還を請求できないことの裏返し、いわば反射的な効果として、所有権も給付を受けた側に移ると考えるなら、預かった人にとってそのお金はもう「他人の物」ではなくなります。他人の物でなければ、横領罪はそもそも成立しません。ここから、3つの考え方が分かれます。
3つの考え方——同じ設例に当てる
図:違法な取り立てのため前払いした現金を、着手せず使い込む
まず、2つの設例を用意します。1つ目は、違法な賭博の借金を取り立ててくれたら渡す、という約束で、依頼人が用心棒に現金を前払いした場合です。用心棒は取り立てに着手せず、そのまま自分のために使ってしまいました。
図:違法な密輸の元手にと預かった現金を、密輸に使わず生活費に使う
2つ目は、違法な密輸の元手にしてほしいと頼まれて現金を預かった人が、密輸には使わず、そのまま自分の生活費に使ってしまった場合です。この2つに、3つの考え方をそれぞれ当ててみます。
図:肯定説・否定説・折衷説——同じ設例で結論が分かれる
1つ目は肯定説です。これは判例の立場で、返還請求権を失うことと、所有権を失うことは別だと考えます。給付した側は、返還は求められなくても、所有権はなお失っていない。だから他人の物にあたり、横領罪が成立します。
⭐ 論文で書く規範:不法原因給付と横領・肯定説 不法原因給付にあたる金銭であっても、給付者は返還請求権を失うにとどまり、所有権を失うものではないから、受託者にとってなお「他人の物」にあたる。 (規範(肯定説・最判昭23・6・5の結論))
民事の判例は、のちに、渡し切る形で贈与した場面について、返還を請求できない反射として所有権も受け取った側に移る、と判断しています。肯定説の判例はそれより前の、刑法の側の判断です。横領罪が求めているのは「他人の物」であることだけで、預けた人が民法上「返して」と言えることまでは求めていない、と考えたんです。決め手は、逆に考えたときの不都合です。否定説に立つと、違法な目的で預かった人は、使い込んでも罪にならず、裏切った者のほうが得をしてしまいます。肯定説は、給付の型を区別しません。2つ目は否定説です。民法708条によって法的に保護されなくなった所有権を、刑法でまで保護すると、民法と刑法で評価がちぐはぐになります。法秩序の統一という見地からおかしい、と考えるわけです。だから他人の物にあたらず、どちらの設例でも横領罪は成立しません。
折衷説は、この民事の判例とのずれを、708条の「給付」の意味から埋めようとします。給付と、寄託、つまり、ただ預けただけの場合とを分けます。ここでの寄託は、前回見た消費寄託とは違い、所有権まで移すつもりのない、ただ預けるだけの場合です。民法708条の「給付」とは、終局的な利益移転、つまり相手に渡し切るという意味だと考えます。1つ目の設例、対価の前払いは、取り立ての成功と引き換えに渡し切るつもりの給付なので、708条の「給付」にあたり、所有権が移ります。だから、この設例では他人の物でなくなり、不成立に傾きます。
2つ目は、密輸の元手として一時的に預けただけで、終局的に渡し切るつもりはありません。だから「給付」にあたらず、708条は適用されず、所有権はなお預けた人のもとにあります。だから、この設例では他人の物のままで、成立に傾きます。同じ折衷説でも、渡し方によって結論が変わるところがポイントです。判例の肯定説に立てば、どちらの設例でも成立です。返してと言えなくなっても、所有権まで失ったわけではない、というのが結論の理由でした。ここは、論文で論点になりうるところで、自分がどの説に立つかで、あてはめの書き方も変わってきます。
盗品等の横領
図:盗品を預かった者が、勝手に売って代金を着服する
次は、盗品を巡る場面です。骨董品を盗んだ人物が、知人に「しばらく預かっておいてくれ」と頼み、知人がそれを勝手に売って、代金を自分のものにしてしまったとします。これも、他人の物かどうかが問題になるんですか。ここは違います。盗まれた骨董品は、あくまで本来の所有者の物であって、他人の物であることに問題はありません。委託信任関係とは、前回見た「信頼して任せた」という関係で、横領罪の占有はこれに基づく必要がありました。問題になるのは、横領罪の占有に必要な委託信任関係が、本来の所有者ではなく、盗んだ本人との間にできたものであっても、保護に値するかどうかです。
委託信任関係があるのは、盗んだ人物と、預かった知人との間だけです。だからこそ、盗んだ本人からの委託にすぎない関係を、刑法が保護に値すると見てよいのか、という形で対立が生まれます。肯定説は、占有それ自体は誰との関係でできたものであっても保護に値する以上、盗んだ本人との委託信任関係も保護される、と考えます。だから横領罪が成立します。否定説は、横領罪の保護法益は所有権であって、所有者ではない盗んだ本人との委託信任関係は保護に値しない、と考えます。だから横領罪は成立しません。
⭐ 論文で書く規範:盗品等の横領・判例の結論 窃盗犯人から盗品の売却を頼まれた者が、売却して得た代金を自分のために使った事案について、横領罪の成立を認めた。 (規範(最判昭36・10・10の結論・肯定説))
盗品等の横領について、判例も肯定説に立っています。設例とは少し違い、窃盗犯人から盗品の売却を頼まれた者が、売却して得た代金を自分のために使った事案で、判例は横領罪の成立を認めています。占有が誰との約束に基づくものであっても、いったん任された以上、その地位を裏切れば横領罪の責任を免れない、という考え方です。決め手は、前回見た252条と254条の分かれ目です。254条は、落とし物や誤って配達された荷物のように、任されてもいないのにたまたま手元にある他人の物を横領する、遺失物等横領罪でした。委託信任関係は、任されて持っているのか、たまたま手元にあるのかを分ける目印です。事実として任されて預かった以上、その目印はそろっていて、254条ではなく252条の側にあたります。そして、本来の持ち主の物を勝手に自分の物にしている点は、誰から預かっても変わりません。
盗品を保管した点については、盗品等保管罪という別の罪の入口があります。窃盗犯人本人には成立しませんが、預かった第三者には別途成立しうる、というだけ押さえておいてください。詳しくは別の回で扱います。
252条2項——自己の物でも客体になる例外
図:自己の物でも、公務所から保管を命じられれば客体になる
条文刑法252条
刑法252条(横領) 1項:自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。 2項:自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
最後に、前回の条文カードにあった、252条2項を回収します。1項は他人の物であることが前提でしたが、2項は逆に、物が自分のものでも、公務所に保管を命じられていれば横領の対象に入る、という例外を定めています。例えば、強制執行によって差し押さえられた自分の物を、勝手に売ってしまうような場合です。物の所有権は自分にありますが、公務所が保管を命じた以上、勝手な処分は許されません。1項の「他人の物」という原則の外側に、条文がはっきり例外を置いている場面として押さえておいてください。
整理板——「他人の物」の判断表
図:民法の結論と横領罪の結論、そのずれの理由
覚えるポイント — 「他人の物」の判断表
- 使途を定めた金銭=民法は占有者の物/横領罪は他人の物(判例・通説)
- 不法原因給付(前払い型)=肯定説成立・否定説・折衷説は不成立に傾く
- 不法原因給付(預けただけ型)=肯定説・折衷説成立・否定説は不成立
- 盗品等=肯定説(判例)成立・否定説不成立
- 252条2項=自己の物でも公務所保管命令があれば客体になる例外
今日を振り返ります。冒頭の問い、違法な目的に使ってほしいと預けた現金を使い込んだ場合の答えは、判例の立場である肯定説に立てば横領罪が成立する、というものでした。理由は、返還請求権を失うことと、所有権を失うことは別だからです。今日見た3つの場面に共通しているのは、民法上の結論をそのまま横領罪に持ち込まず、横領罪が何を守ろうとしているかから改めて考える、という1つの姿勢です。使途を定めた金銭は、民法の原則が取引の安全のためのものだからこそ、横領罪では他人の物にあたりました。不法原因給付は、返還請求できないことが、所有権まで失ったことを意味するとは限らないという理由から、なお他人の物にあたりえました。盗品等の横領は、本来の所有者との関係ではなく、窃盗犯人との委託信任関係が保護に値するかという、もう一段別の問いでした。そして252条2項は、自己の物でも公務所の管理を裏切れば客体になる、という条文明文の例外です。
参照条文
- 民法708条
- 刑法252条