キセル乗車・無銭飲食と詐欺罪
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第16章 個人的法益⑤|財産に対する罪②(詐欺・恐喝・横領・背任・盗品・毀棄) ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
定期券の手前から乗る
図:嘘をついたのはどこか、係員は何を手放したのか
前回、処分行為の主観面、被欺罔者がどこまで分かっていれば足りるかという物差しを立てました。今日は、この物差しを実際の事案に当てていきます。まず、こんな場面を考えてみてください。通勤定期の区間の手前にある駅から電車に乗る人が、乗車駅では最低区間の切符だけを買い、定期券の区間に入ってからは何も申し出ず、下車駅の有人改札で定期券を見せて出ました。嘘をついたのはどこか、係員は何を手放したのか。実は、この問いへの答えは、鎖のどこを見るかによって、3つに割れます。
道具の再確認——鎖と処分意思の2段
図:これまでの2つの道具
使う道具は2つだけです。1つ目は、欺罔行為、錯誤、処分行為、取得という鎖の4つの輪。2つ目は、処分意思の2段、つまり何かが移る認識と、個々の中身の認識です。今日はこの2つの道具を、新しく作り直さずに、そのまま事案に当てていきます。
キセル乗車の事案の形——有人改札に限られる
図:区間の連続しない乗車券で無賃乗車する
冒頭の場面を整理しましょう。区間の連続しない2枚以上の乗車券、最低区間の切符と定期券を組み合わせて、本来払うべき運賃の一部を免れる行為、これがキセル乗車です。
図:鉄道営業法29条
鉄道の法律には、古い文体のままの条文があります。いまの言葉にすると、鉄道の係員の許しを受けずに、次の行為をした者は、2万円以下の罰金または科料に処する、という規定です。その1号が、有効な乗車券を持たずに乗車したとき、です。有効な乗車券なしに乗車すれば、この29条の罪が別途成立しえます。刑は軽いものです。今日の本題は、これとは別に、刑法246条の詐欺罪が成立するかどうかです。そして、以下で見る3つの見解の対立は、有人改札の場合に限られます。自動改札機は、機械なので錯誤に陥りません。以前見たとおり、機械が相手なら欺罔行為そのものが成立しないので、詐欺の対立は起きようがないんです。自動改札機を不正に通過した場合の扱いは、電子計算機使用詐欺の回で扱います。
乗車駅で見る見解——輸送という役務提供が処分行為
図:乗車券を無効と見て、乗車駅で欺罔行為をとらえる
1つ目は、乗車駅で見る見解です。キセル乗車の目的で買った乗車券は、正規の乗客のふりをするための道具であって、本来無効だと考えます。その無効な乗車券を、乗車駅の係員に呈示して改札を通過する行為が、欺罔行為にあたります。係員が、電車に乗せて目的地まで運ぶという輸送の役務提供が、処分行為にあたると考えます。そして、この見解では、はるか駅を出発した時点で、財産上の利益についての2項詐欺が既遂に達すると考えます。この見解をとった裁判例があります。国鉄の駅で、近い区間の乗車券を見せて入場し、遠く離れた別の区間の乗車券で下車駅を出ようとして発覚した事案です。控訴審は、キセル乗車の目的で乗車券を乗車駅の係員に見せて使った時点で、その乗車券は無効になり、欺罔行為にあたるとして、乗車した全区間について2項詐欺の成立を認めました。
これは、最高裁の判例なんですか。違います。最高裁ではなく、高等裁判所の裁判例です。「判例は乗車駅基準説だ」と一般化はできません。あくまで、乗車駅で見た裁判例が存在する、という温度で受け取ってください。この見解には、弱点は無いんですか。あります。正規に購入した乗車券を、あとから目的が違法だったからといって無効だと見るのは無理があるという批判が向けられています。乗車券そのものは、購入時点では有効に成立しているはずだからです。
下車駅で見る見解——処分意思の2段を当てる
図:差額運賃の請求をさせない、という下車駅の場面
2つ目は、下車駅で見る見解です。下車駅の係員に対して、区間を偽り、本来請求できるはずの差額運賃の請求をさせなかった点をとらえて、2項詐欺の成立を認めます。ここで、前回学んだ処分意思の2段を、そのまま当ててみましょう。下車駅の係員は、そもそも差額運賃の債権が存在すること自体を知りません。
図:差額債権を知らないまま改札を通す係員の頭の中
無意識的処分行為説は、1段目の認識、つまり何かが移る認識で足ります。係員は、この客を改札から出すこと自体は認識しています。改札を出てしまえば、もう差額を請求できる相手ではなくなるので、請求できる状態が移ることの認識はあると見て、処分行為ありと評価でき、2項詐欺の成立を肯定できます。意識的処分行為説は、2段目、つまり個々の中身の認識まで求めます。係員は、差額運賃の債権が存在することすら知らないので、その債権を免除する認識までは無いはずです。素直に考えれば、処分行為なしという否定の結論になります。ただし、係員には運賃の価値について決済する意思がある、という理由で処分行為性を認める見解もあり、意識的処分行為説の内部でも議論は錯綜しています。ここは深入りせず、「素直には否定、ただし肯定する見解もある」という温度で押さえておいてください。
否定する見解——どちらの駅にも輪が無い
図:乗車駅に欺罔行為なし、下車駅に処分行為なし
3つ目は、どちらの駅にも詐欺罪の成立を認めない見解です。理由は2つあります。1つ目、はるか駅で買った最低区間の切符は、その区間の乗車券として有効に成立していますし、乗客には乗り越しを申告する義務もありません。だから、乗車駅の時点で欺罔行為は認められません。2つ目、下車駅の係員は、差額運賃の債権が存在すること自体を知らない以上、処分行為も認められない、と考えます。これは、意識的処分行為説を前提にした説明です。実際、キセル乗車について詐欺罪の成立を否定した裁判例も存在します。乗客に乗り越しの申告義務は無いとして乗車駅での欺罔行為を否定し、かつ、改札を出たあとも運賃債務は消えないとして下車駅での財産上の利益の取得も否定した裁判例です。それから、入場券で入場して列車に乗った無賃乗車の事案で、乗車駅の係員が改札を通過させた行為は処分行為にあたらないとして2項詐欺を否定した裁判例です。
キセル乗車3説の一覧
図:3つの見解、どの輪で切れるか
ここまでの3つの見解を、一覧で整理しておきましょう。乗車駅基準説は、乗車駅の欺罔行為と、輸送という役務提供の処分行為をつなげて、鎖が切れていないと考えます。下車駅基準説は、下車駅の欺罔行為と処分行為をつなげようとしますが、処分行為があるかどうかは処分意思の2段で説が分かれます。否定する見解は、どちらの駅にも輪が無いと見て、鎖はそもそも成立しないと考えます。ここが、冒頭で予告した「鎖のどこを見るかで答えが割れる」という意味です。
無銭飲食①——当初から支払意思がない
図:注文する行為自体が支払う意思を装っている
ここからは、無銭飲食を3つの場合に分けて見ていきます。1つ目は、当初から支払う意思がまったく無い場合です。以前見た挙動による欺罔行為をそのまま思い出してください。注文するという行動自体が、支払うつもりがあるという無言の嘘、つまり作為による欺罔行為になります。これで鎖はスタートし、注文した時点で1項詐欺の未遂、実際に飲食した時点で1項詐欺が既遂に達します。この時点では、財物である料理そのものを対象にした詐欺です。
無銭飲食②——食後に気が変わり、嘘をついて出る
図:注文時は支払意思あり、食後に嘘をついて外出する
2つ目は、注文した時点では支払う意思があったのに、食事を終えたあと気が変わり、嘘をついて外に出てしまう場合です。設例で考えましょう。食事を終えた客が、店員に「少し離れた駐車場に停めた車を確認してきます」と告げて一人で外出し、そのまま戻らなかったとします。注文の段階では支払う意思があったので、注文や飲食について1項詐欺が成立する余地はありません。問題は、支払段階での欺罔的な手段による2項詐欺です。ここで、前回学んだ処分意思の2段を、そのまま当てはめます。
図:意識的説と無意識的説で結論が分かれる
前回見た最高裁の決定は、相手方たる債権者を欺いて債務免除の意思表示をさせることが必要であって、単に逃走して事実上支払わなかっただけでは足りない、としていました。債務免除の意思表示まで求めるということは、代金を諦めるという中身、つまり2段目の認識まで求めているということです。だからこの言い回しは、意識的処分行為説に立つものと評価されていました。この説から設例を見ると、店員は、車を見に行くと言う客を外に出しただけで、代金を諦める、つまり債務を免除するという中身までは分かっていません。2段目の認識が無いので処分行為なし、2項詐欺は成立しません。
無意識的処分行為説は、1段目、つまり前回見た、代金債権の準占有、店が客に事実上支払いを求められる状態が、終局的に移る認識で足ります。店員は、客が一人で店の目の届かない駐車場へ出ることを許しています。そこで請求できる状態を手放したと評価できるので、処分行為ありとして2項詐欺の成立を認めます。同じ場面でも、どちらの説に立つかで結論が変わるわけです。見送りは、店の主人がすぐ戻ってくるはずだと思っていた場面で、1段目の認識すら無く、両説とも処分行為なしでした。一人で目の届かない所へ出すことまで許したかどうかが、同じ「外に出す」を分ける線です。
無銭飲食③——食後に気が変わり、隙を見て逃げる
図:隙を見て逃げる場合、欺罔行為が無い
3つ目は、食後に気が変わったところまでは同じですが、嘘もつかず、隙を見て黙って逃げる場合です。嘘をついて出る場合と違うのは、店員への働きかけが、そもそも無いという点です。隙を見て逃げる行為は、店員に対して何かを信じ込ませようとする行為ではないので、欺罔行為にあたりません。欺罔行為が無ければ、鎖は入口からスタートせず、2項詐欺は成立しません。この人は無罪ですか。そうなります。得たものは、代金債務を免れるという財産上の利益です。以前見たとおり、利益窃盗は不可罰でした。235条は財物しか客体にしていないからです。欺罔行為も無く、条文も無い。この場合は、刑法上何も成立しません。
すり替え型——処分意思の1段目すら無い
図:封筒を自分の手元に置いたまま保管するつもり
最後に、キャッシュカードの封筒すり替え型です。「口座の不正利用を止めるため、キャッシュカードを封筒に入れて保管してください」という嘘を信じて、被害者が封筒にカードを入れて手元に置いたとします。その後、印鑑を取りに行かせるなどして被害者の目を離させた隙に、別の封筒とすり替えてカードを持ち去ります。カードを封筒に入れる動作そのものより大事なのは、被害者がその封筒をどうするつもりだったか、です。被害者は、封筒を自分の手元に置いたまま保管するつもりでいます。相手に何かを渡す、という認識自体がありません。処分意思の2段でいえば、1段目、何かが移るという認識そのものが欠けています。
図:「預かる」と言われて差し出す型との対比
対比になる場面があるんですか。あります。「こちらでお預かりします」などと告げて、その場でカードそのものを差し出させる型です。この場合、被害者は相手にカードを渡すという認識を持っています。処分意思の1段目があるので、処分行為ありと評価でき、詐欺罪として処理されます。同じ「封筒に入れる・差し出す」という外形でも、被害者が最終的にどこへ物を置くつもりだったかで、処分行為の有無が変わるわけです。鎖の最初の回で見たとおり、詐欺の欺罔行為は、嘘があるだけでは足りず、相手に処分行為をさせることに向けられた嘘でなければなりません。手元に置かせるための嘘は、カードを渡させるための嘘ではないので、詐欺の入口の輪にあたらないと整理されます。だから詐欺の未遂としてではなく、窃盗として見ることになります。実際に、すり替え型の事案を扱った最高裁の決定があります。争点は詐欺罪ではなく、窃盗罪の実行の着手、つまり着手を学んだ回で見た、結果発生の現実的危険性を含む行為を始めた時点がいつか、についてでした。
判例最高裁判所第三小法廷決定(令和4年2月14日)
すり替え型の実行の着手 このような事実関係の下においては、被告人が被害者に対して印鑑を取りに行かせるなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらすための行為をしていないとしても、本件うそが述べられ、被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では、窃盗罪の実行の着手が既にあったと認められる。
この決定は、処分行為が無いことを理由に窃盗だと言っているんですか。違います。そこは注意してください。この決定が判断しているのは、窃盗罪・窃盗未遂罪として起訴された事案について、実行の着手がいつ認められるか、という一点だけです。被害者がカードを封筒に入れたまま手元に置くつもりだった、という事案の形と、この事件が窃盗罪として処理されている、という事実は今日確認したとおりですが、「処分行為が無いから窃盗とした」という理由づけそのものは、判例が述べたものではなく、今日の講義としての整理です。
今日の地図(保存版)
図:今日のまとめ——どの輪で切れたか一覧
今日見た事案を、鎖のどの輪で切れたか、という観点で一覧にしました。キセル乗車は3説とも、輪をどこに見るかの違いでした。無銭飲食は、当初から支払意思が無ければ1項、食後に嘘をつけば処分意思の2段で分かれる2項、隙を見て逃げれば欺罔行為が無く不成立、という3段階です。すり替え型と交付型は、処分意思の1段目があるかどうかで、窃盗と詐欺に分かれました。誤振込は、窓口で黙って払戻しを受ければ不作為の欺罔行為で詐欺、ATMなら相手が機械なので詐欺は成立しません。釣銭も、その場で気づいて黙って受け取れば詐欺、帰宅後に気づけば占有離脱物横領として検討する、というのが以前の結論でした。
鎖と処分意思の2段、この2つの道具さえあれば、どの事案も自分で切り分けられそうです。あてはめとは、新しい理屈を探すことではなく、今見ている場面のどこで鎖が切れているかを、道具に当てて言い当てる作業です。ここも、あてはめで結論が分かれる、論文で論点になりうる部分です。