刑法ゼロから刑法#188

公務執行妨害罪の適法性の錯誤と職務強要罪

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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

適法だった逮捕を、違法だと思い込んだら

前回までと今日の地図 図:前回までと今日の地図

前回は、公務が適法かどうかを、裁判所が行為時の状況で、客観的に判断するところまで進みました。今日は、本人がどう思っていたか、故意の側から入ります。今日の中身は四つです。一つ目、故意。二つ目、適法性の錯誤。三つ目、既遂の時期。四つ目、罪数です。後半では、95条2項の、職務強要罪も扱います。

設例I 事務所での逮捕 図:設例I 事務所での逮捕

設例Iを、新しい場面で続けます。Iさんの勤務先の事務所に、警察官が二人来ました。警察官は、裁判官の出した逮捕状をIさんに示し、被疑事実の要旨を告げて、同行を求めました。手続は全部守られた、適法な逮捕です。ところがIさんは、警察官を突き飛ばしました。Iさんの頭の中は、二通り考えられます。一つ目。机の書類に気を取られていて、示された書面が逮捕状だと気づかず、何の説明もなく腕をつかまれた、と思い込んだ。二つ目。逮捕状をしっかり見た。そのうえで、令状は検察官の押印が無いと無効だ、と自分で決めつけ、こんな逮捕は違法だ、と思い込んだ。

客観は適法、本人の頭の中は違法。このずれがあっても、95条の故意は認められるのか。これが今日の問いです。答えの予告だけ、先に言います。取り違えたのが事実なのか、評価なのかで分ける考え方があります。この設例は、適法性の錯誤の節で戻って、決着をつけます。

故意の対象——何を分かっていれば故意か

故意の対象と95条1項 図:故意の対象と95条1項

総論で見たとおり、故意とは、構成要件に当たる客観的な事実を、認識していることでした。95条1項なら、公務員に対し、職務を執行するに当たり、暴行又は脅迫を加える、ということの認識です。ここで問いです。Iさんは、警察官が、逮捕状のどんな罪名で来ているのかを、知りませんでした。それでも、故意はあるでしょうか。判例で確かめます。前々回、職務の範囲で使った判決の、別の部分です。

判例最高裁判所判決(昭和53年6月29日・刑集32巻4号816頁)

故意の対象 「公務執行妨害罪の故意が成立するためには、行為者において公務員が職務行為の執行に当つていることの認識があれば足り、具体的にいかなる内容の職務の執行中であるかまでを認識することを要しないものと解するのが相当である」

被告人は、あらかじめ面会を申し入れることもなく、突如、局長室に入り込みました。原判決は、具体的にどんな職務の最中かの認識が必要だとして、故意を否定しましたが、最高裁は、局長と次長が、局の事務全般を管理する職務を執行中だという認識があった、として故意を認めました。なぜ、中身まで要らないのか。故意の対象は、構成要件に当たる事実でした。条文が求めているのは、職務の最中に、暴行を加えることです。どの種類の職務か、何の書類を扱っているかは、条文の要件に入っていません。だから、勤務中の公務員が、仕事をしている、と分かっていれば足ります。

故意の有無——2つの事例 図:故意の有無——2つの事例

二つ、考えてください。一つ目。窓口の職員が、机で何かを書いています。何の書類かは知らなかったけれど、勤務中の職員が仕事をしている、とは分かっていて、突き飛ばしました。勤務中の職員が仕事をしている、と分かっていれば、書類の中身を知らなくても、95条の故意としては十分です。二つ目。私服で張り込み中の警察官を、ただの通行人だと思い込んで、突き飛ばしました。事実の認識を欠くので、故意を欠きます。故意がなければ罰しない、という38条1項の原則どおり、95条は成立しません。

⭐ 論文で書く規範:故意の対象 「公務執行妨害罪の故意には、行為者において、公務員が職務の執行に当たっていることの認識があれば足り、具体的にいかなる内容の職務の執行中であるかまでの認識は要しない。」 (判例)

適法性の錯誤——取り違えたのは事実か評価か

適法性の錯誤とは 図:適法性の錯誤とは

前回、職務の適法性は、書かれざる構成要件要素だと確認しました。では、客観的には適法な職務を、行為者が、違法だと思い込んだとき、故意はどうなるのか。これを、適法性の錯誤といいます。考えるための道具を、先に一つ、思い出します。総論の復習です。描かれている内容は分かっていたが、芸術だから、わいせつな物には当たらないと思っていた人に、構成要件的故意はあるでしょうか?故意に必要な認識の程度は、裁判官と同じ判断か、一般の人が分かる程度か、どちらでしたか。一般の人が分かる程度、つまり、素人的認識で足ります。描かれている内容という事実は分かっているので、評価を誤っているだけで、故意はあります。適法性も、法的な評価を含む、規範的構成要件要素です。故意に必要なのは、裁判官と同じ判断ではなく、一般の人が分かる程度の意味の認識です。評価を誤っても、素人的な認識そのものは、消えません。もう一つ、思い出します。法律の錯誤とは、事実は正しく分かっているのに、それが法に触れないと思い違いをすることでした。違法性の意識そのものは、故意の要件ではないので、法律の錯誤では、原則として故意は阻却されません。阻却されるのは、違法性の意識の可能性すら無かった場合だけでした。この前提のうえで、学説は三つに分かれます。

適法性の錯誤——3つの説 図:適法性の錯誤——3つの説

一つ目は、法律の錯誤説です。適法性の錯誤は、すべて法律の錯誤だとします。法律の錯誤は、原則として故意を阻却しません。理由は、軽率な誤信から、公務を保護する必要がある、からです。ただし、適法性を構成要件要素と解する以上、すべて法律の錯誤にするのは妥当でない、という批判があり、少数の説です。二つ目は、事実の錯誤説です。適法性は構成要件要素なので、その認識を欠けば、構成要件的故意が阻却されます。ただし、規範的構成要件要素なので、素人的認識があれば足ります。職務の適法性を基礎づける事実を認識していれば、故意ありです。三つ目は、二分説です。適法性を基礎づける事実を取り違えたなら、事実の錯誤で、故意を阻却します。適法性の評価、つまり解釈を取り違えたなら、法律の錯誤で、原則として、故意は阻却されません。事実は正しく分かっていて、誤ったのは、その事実が法的にどう評価されるか、だけだからです。これは、さきほど思い出した、法律の錯誤そのものの形です。規範的な概念は、評価の面だけを誤ることがあります。取り違えたのが、事実そのものか、事実に対する評価か。この切り分けの軸は、誤想防衛で見たものと同じです。注意点を一つ。誤想防衛の回にも、事実の錯誤説という、同じ名前の説が出てきました。あちらは、誤想防衛をした人の責任故意をどう扱うか、という説でした。ここの事実の錯誤説は、適法性の錯誤で、構成要件的故意をどう扱うか、という説です。名前は同じでも、別の説なので、混ぜないでください。

では、設例Iに当てはめます。その前に、問いです。Iさんが、令状は検察官の押印が無いと無効だ、と思い込んでいたとします。これは、事実の取り違えでしょうか。評価の取り違えでしょうか。令状に何が書かれているかは、正しく分かっていて、その法的な効力を誤っているので、評価の取り違えです。誤りの根拠は、刑訴200条1項にあります。

刑訴200条1項・201条1項 図:刑訴200条1項・201条1項

逮捕状に記名押印するのは、検察官ではなく、裁判官です。Iさんの思い込みは、令状の効力という、法的な評価についての誤りです。

設例Iの当てはめ——3説の結論 図:設例Iの当てはめ——3説の結論

一つ目の思い込み。逮捕状が示されたことに、気づかなかった場合です。逮捕状が出ていて、自分を逮捕しようとしている、という事実の認識がありません。事実の錯誤説も、二分説も、故意を阻却します。法律の錯誤説だけが、故意を阻却しません。二つ目の思い込み。逮捕状を見て、押印が無いから無効だ、と考えた場合です。逮捕状が出ていて、警察官が逮捕しようとしている事実は、認識しています。素人的認識があるので、事実の錯誤説は、故意ありです。二分説は、評価の誤りなので、法律の錯誤として、原則、故意ありです。法律の錯誤説も、故意は阻却されません。

ただし、経路が違います。事実の錯誤説は、適法性の錯誤を、全部、構成要件的故意の問題として扱い、素人的認識があるから、故意あり、と見ます。二分説は、同じ錯誤の中に、事実の誤りと評価の誤りが混ざっていると見て、評価の誤りだけを、法律の錯誤として、構成要件的故意の外に出します。だから二分説では、評価の誤りは、責任の段階で、違法性の意識の可能性があったか、という形で問題になります。

設例Iの回収 図:設例Iの回収

設例Iを回収します。一つ目の思い込みは、事実の錯誤説でも、二分説でも、故意が阻却され、95条は成立しません。法律の錯誤説だけが、成立を認めます。二つ目の思い込みは、三つの説のどれでも故意があり、原則として、95条が成立します。どの説に立つにしても、まず、事実を取り違えたのか、評価を取り違えたのかを、切り分けます。なお、Iさんの突き飛ばしが、暴行罪に当たるかは、別の問題です。そこでは、誤想防衛で見た考え方を使います。ここでは、95条の故意の話だけにとどめます。適法性の錯誤は、答案で、三つの説から立場を選ぶ論点で、論文で論点になりえます。

既遂になるのはいつか——抽象的危険犯

既遂の時期 図:既遂の時期

ここまでは、本人が何を分かっていたか、という主観の話でした。次は、いつ既遂になるか、です。95条1項は、職務の執行を妨害するに足りる程度の暴行や脅迫を、加えれば成立します。実際に職務が妨害されたことも、妨害される具体的な危険が生じたことも、要りません。このような罪を、抽象的危険犯といいます。遺棄の罪の回で見たとおり、具体的な危険の発生を要件とする具体的危険犯と違って、危険の発生そのものを、条文が要件にしていない罪です。なぜ結果が要らないのか。条文は、妨害した者、ではなく、暴行又は脅迫を加えた者、と書いています。加えた時点で、条文の要件はそろうからです。例です。Iさんが警察官を突き飛ばしましたが、警察官は動じず、そのまま逮捕を完了しました。職務は妨害されていません。それでも、暴行を加えた時点で、既遂です。

罪数・他罪との関係

罪数の整理 図:罪数の整理

既遂の時期が決まったので、次は、ほかの罪との関係、罪数です。まず、手段として加えた暴行や脅迫は、本罪に吸収されます。95条1項は、暴行又は脅迫を加えることを、条文の中に含んでいるので、暴行罪を別に数えると、同じ暴行を二度罰することになるからです。逆に、けがをさせた、物を取った、という部分は、95条の条文に入っていないので、別の罪として残ります。次に、傷害罪、恐喝罪、強盗罪、殺人罪などが成立するときは、本罪と観念的競合です。観念的競合は、54条1項前段で、一個の行為が二個以上の罪名に触れるとき、最も重い刑で処断するのでした。例えば、殴りかかる一個の行為が、公務執行妨害罪と、傷害罪の両方に触れます。三つ目は、一個の行為で、複数の公務員の職務を妨害した場合です。判例を見ます。

判例最高裁判所判決(昭和31年7月20日・集刑114号331頁)

一個の行為で複数の公務員の職務を妨害した場合の罪数 「原判決は、被告人Aが判示の如き言動によりB等五名の群馬県事務吏員を脅迫して差押物件の引揚を断念せしめ、以て一個の行為によつて右公務員等の公務執行を妨害した事実を認定したのであるから、同判決がこれに対し刑法九五条一項、同五四条一項前段の規定を適用し一罪として処断したのは相当である」

一個の行為で、五人の県の職員の職務を妨害した事案で、95条1項と54条1項前段を適用して、一罪として処断したのは相当、としました。2項についても、同時に税務署長ら四人を脅迫した事件で、四人それぞれに、2項の罪が成立し、54条1項前段が適用されています。守っているのは、公務員が行う一つ一つの職務、つまり公務です。判例は、一個の行為で複数の公務員の公務を妨害した事案で、公務員ごとに罪の成立を認め、観念的競合としました。四つ目は、行為が別々なら、併合罪です。これは、罪数の総論どおりです。

職務強要罪・辞職強要罪——95条2項

2項の導入 図:2項の導入

ここまでは、職務を執行している最中の公務員への、暴行や脅迫でした。では、公務員に、ある処分をさせる、させない、あるいは辞めさせるために、暴行や脅迫を加えたら、どうなるでしょうか。条文を見ます。

条文刑法95条2項

刑法95条2項(職務強要及び辞職強要) 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

前項と同様とする、とあるので、法定刑は1項と同じです。三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金です。

3つの目的 図:3つの目的

条文のとおり、目的は三つです。一つ目、ある処分をさせる。二つ目、ある処分をさせない。三つ目、職を辞させる。暴行や脅迫は、この目的のために加えられます。このように、一定の目的が要件になっている罪を、目的犯といいます。暴行や脅迫の意味は、1項と同じです。ここで問いです。公務員を脅して、許可を出させようとしました。しかし、許可は出ませんでした。犯罪は成立するでしょうか。成立します。2項も、抽象的危険犯です。条文は、処分をさせるために、暴行又は脅迫を加えた者、と書いていて、処分がされたことを要件にしていません。だから、暴行や脅迫を加えれば既遂で、目的を遂げる必要はありません。では、処分とは何でしょうか。職務権限の中の処分だけでしょうか。判例を見ます。この判決の、右条項、とあるのは、刑法95条2項のことです。

判例最高裁判所判決(昭和28年1月22日・刑集7巻1号8頁)

95条2項の「処分」と保護法益 「右条項前段にいわゆる「公務員をして或処分を為さしめ若しくは為さざらしむる為め」とある「公務員の処分」とは、当該公務員の職務に関係ある処分であれば足り、その職務権限内の処分であるとその職務権限外の処分であるとを問わないものと解すべきである。けだし、同条項前段と後段並びに同条一項を比較対照すれば、同条二項は、公務員の正当な職務の執行を保護するばかりでなく、広くその職務上の地位の安全をも保護しやうとするものであること明白だからである。」

事案は、多衆の威力を示して面談を求め、税法違反などの要求事項の承認を迫った、というものです。要求の内容が、税務署長の職務権限の外の事項でも、成立します。理由を見ます。2項は、公務員の正当な職務の執行を保護するだけでなく、職務上の地位の安全も、広く保護しようとしている、からです。保護法益は、公務員が自由に職務を行えることを通じた、公務の公正かつ円滑な執行です。そこに、職務上の地位の安全も含まれる、ということです。

1項と2項の対比 図:1項と2項の対比

1項と2項の違いは、二点です。暴行又は脅迫という行為は、同じです。違いは、1項は、職務を執行するに当たり、が要件で、目的は書かれていません。2項は、職務を執行するに当たり、は書かれておらず、処分をさせる、辞職させる、などの目的が要件です。分かれ目は、時、つまり職務の最中か、と、目的、つまり処分や辞職を狙っているか、です。他の罪との関係です。暴行罪や脅迫罪は、2項の罪に吸収されます。強要罪も、同じく吸収されます。強要罪は、223条で、義務のないことを行わせる罪で、未遂も罰するのでした。暴行や脅迫で、人に何かをさせる、という強要罪の形は、公務員に処分をさせるための暴行や脅迫として、2項の条文にすでに入っています。別に数えると、同じ行為を二度罰することになるからです。罪数も、複数の公務員を一度に脅した事案では、判例は公務員ごとに罪を認めています。

1項か2項か——3事例 図:1項か2項か——3事例

事例を三つ、考えてください。軸は、職務を執行するに当たり、があるか、と、処分や辞職の目的があるか、です。一つ目。夜、帰宅した市の建築担当職員の自宅前で、あの許可を取り消せ、さもなければ家族に危害を加える、と脅しました。二つ目。市長に、辞職を迫って、辞めなければ、ただでは済まない、と脅しました。三つ目。窓口で書類を整理している職員を、腹立ちまぎれに突き飛ばしました。一つ目と二つ目は2項、三つ目は1項です。1項と2項の振り分けは、短答で問われうるところです。

今日の整理

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。一つ目。故意は、公務員が職務中だと分かっていれば足りて、職務の内容までは要りません。二つ目。適法性の錯誤は、取り違えたのが事実か、評価かで分けます。設例Iの、逮捕状に気づかなかった場合は、事実の錯誤説や二分説なら故意が阻却され、押印が無いから無効と考えた場合は、故意ありです。三つ目。既遂は、暴行や脅迫を加えた時で、抽象的危険犯です。四つ目。手段の暴行や脅迫は吸収され、傷害などとは観念的競合、複数の公務員を一度に脅した事案では、判例は公務員ごとに罪を認めています。五つ目。2項は目的犯で、処分や辞職をさせる目的があれば、目的を遂げなくても既遂です。

参照条文

  • 刑法95条2項

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