公務執行妨害罪の職務の適法性
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
条文の要件がそろっても、罪にならない
図:95条1項の3パーツ地図と、書かれていない4つ目
今日は、その続きです。条文に書かれた要件は、三つのパーツでした。客体は公務員、行為は暴行又は脅迫、時は職務を執行するに当たり。今日の主役は、この三つのどこにも書かれていない、四つ目の要件です。
図:設例I 駅前の逮捕
今日は、新しい設例です。前回までの、自転車の設例とは、別の話です。駅前で、Iさんが警察官に呼び止められました。警察官は、あなたに逮捕状が出ている、署まで来てもらう、と言って、Iさんの腕をつかみました。ただし、逮捕状はIさんに見せませんでした。Iさんは、警察官を突き飛ばして逃げました。問いは、その三つがそろっても、公務執行妨害罪にならないことがあるのか、です。答えの予告だけ先に言います。95条が守るのは、公務という仕事です。だから、守るに値する公務かどうか、つまり適法かどうかが問われます。この設例は、後でもう一度戻って、決着をつけます。
なぜ、書かれていない要件が要るのか
図:適法性は必要か——2つの学説
条文を見ます。95条1項は、職務を執行するに当たり、とだけ書いていて、職務が適法であることを、文言では求めていません。では、適法でない職務を執行している公務員に、暴行を加えたらどうなるのか。説は二つに分かれます。A説は、不要説です。条文に書かれていないし、公務員が職務として、おこなっている以上、保護する必要がある、と考えます。B説は、必要説で、判例・通説です。違法な職務を、刑法で保護する必要はない、と考えます。判例は、大審院の時代から必要説です。設例Iで比べます。不要説なら、警察官は逮捕という職務の最中なので、令状を見せたかどうかに関係なく、突き飛ばしは95条です。必要説なら、その逮捕が適法だったかを、もう一段問うことになります。先に、正当行為の回の復習です。警察官が逮捕状で人を逮捕しても、逮捕罪に問われないのはなぜでしょうか?
逮捕罪の構成要件には当たるけれど、法令行為として、違法性が阻却されるから、です。ただし、層が違う点に注意です。構成要件の章と違法性の章で見たとおり、構成要件は条文が定める型、違法性阻却は、型に当たっても違法でないとされることでした。逮捕罪では、適法な逮捕も型には当たり、違法性の段階で外れます。95条では、適法かどうかを、型の段階で問います。適法な職務でなければ、そもそも95条の型に入らないのです。理由を、保護法益から言います。前回までに見たとおり、95条が守るのは、公務が円滑に行われることでした。だとすれば、違法な公務まで、刑罰で守る理由がありません。設例Iのように、令状を示さない逮捕は、円滑に進むよう守るべきものではなく、むしろ正されるべきものだからです。
書かれざる構成要件要素、と呼びます。条文に文言はないけれど、成立要件になる要素、という意味です。結論は、適法でない職務への暴行や脅迫は、構成要件に該当せず、95条は成立しません。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性 「公務が円滑に行われることを保護する95条は、違法な公務まで保護しない。職務の適法性は、条文に書かれていない構成要件要素であり、適法でない職務への暴行・脅迫には95条は成立しない。」 (判例・通説(必要説))
適法性の3要件——どこで欠けるか
図:適法性の3要件
職務が適法かどうかは、三つの要件で見ます。一つ目。その職務が、その公務員の、抽象的職務権限に属していること。つまり、仕事の種類のことです。二つ目。その公務員が、その職務を行う、具体的職務権限を持っていること。つまり、その場で、やってよい仕事かです。三つ目。その職務の執行が、法律上の手続や方式の、重要な部分を守っていること。つまり、大事な手続です。三つ全部が要り、一つでも欠ければ、適法ではありません。ここで、混同しやすい点を一つ。前回の、職務の範囲、各種各様の事務のすべて、とは別の話です。前回の職務の範囲は、どんな仕事が、95条の職務に入るか、という、条文の要件でした。今日の抽象的職務権限は、その公務員が、そもそもその種類の仕事をする権限を持つか、という、適法性の要件です。もう一つ、前回の、具体的に特定された職務、の具体的とも別です。前回は、どの仕事かを特定する話。今日の具体的職務権限は、その仕事を、その場でしてよいか、の話です。
図:警察官の逮捕の流れ——どこで欠けるか
警察官の逮捕を例に、順に見ます。一つ目の、種類です。警察官は、現行犯逮捕や、令状による逮捕の権限を持っています。しかし、入場料金の支払についての示談あっせんをする権限は、持っていません。だから、その場で警察官が示談をあっせんしていても、その職務は、抽象的職務権限を欠き、適法ではありません。大審院の判例です。二つ目の、その場です。警察官は、現行犯人を逮捕する権限を持っています。しかし、具体的に逮捕できるのは、刑訴212条の要件、つまり、現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者など、を満たす場合だけです。満たさないのに現行犯逮捕するなら、具体的職務権限を欠きます。三つ目の、手続です。警察官は、令状による逮捕の権限を持ちます。令状が出ていれば、種類も、その場も、満たします。しかし、令状による逮捕には、守るべき手続があります。条文を見ます。
条文刑事訴訟法201条
刑事訴訟法201条(逮捕状による逮捕) 逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。 2 第七十三条第三項の規定は、逮捕状により被疑者を逮捕する場合にこれを準用する。
1項は、逮捕状を被疑者に示すことを求めています。示さずに逮捕するのは、法律上の重要な方式を欠き、適法な職務にあたらない、とした裁判例があります。被疑事実の要旨、つまり、疑われている犯罪のあらましを告げずに、緊急逮捕した場合も、同じく、方式を欠くとされています。緊急逮捕は、重い罪で急速を要し、逮捕状を待てないときに、先に逮捕して、すぐ後で逮捕状を求める手続です。このあと見る2項の、逮捕状は出ているが手元に無い場面とは、別の手続です。三つ目の、方式です。種類も、その場も満たしていますが、重要な手続を欠いています。逮捕状を示すのは、捕まる人に、何の疑いで、どの令状によって連れて行かれるのかを知らせ、不当な逮捕ではないかを確かめる機会を与えるためです。だから、令状を持っているだけでは足りず、示すことまでが、適法な逮捕の、一部です。
逮捕状を手元に持っていない場面のための例外が、2項にあります。逮捕状を所持していないため、示すことができない場合で、急速を要するときは、被疑事実の要旨と、令状が発せられている旨を告げて、逮捕できます。73条3項の準用です。ただし、令状は、できる限り速やかに示します。告げさえすれば、方式は、履践、つまり、きちんと踏まれたことになります。
⭐ 論文で書く規範:適法性の3要件 「①職務の執行が、当該公務員の抽象的職務権限に属すること。②当該公務員が、その職務を行う具体的職務権限を有すること。③その職務の執行が、法律上の手続・方式の重要部分を履践していること。」 (判例・通説(3つ全部が要る))
もう一点。求められるのは、手続の、重要部分です。重要部分、という言い方は、軽微な手続の違いまで全部を問題にするわけではない、という前提に立っています。線を引くと、逮捕状を一切示さないのは、捕まる人が理由を知る機会そのものを奪うので、重要な方式を欠きます。一方で、示す際の、ごく細かい不備にとどまり、理由を知る機会が守られているなら、適法性を失わない方向に働きます。個別の当てはめは、事案によります。
図:設例Iの前半の答え
設例Iに戻ります。警察官は、逮捕状を持っていたのに、見せませんでした。逮捕する種類の権限も、その場の権限もあります。しかし、示す、という方式の重要部分を欠いています。判例・通説に当てはめると、適法な職務ではありません。持っていなかった場合でも、急速を要する場面で、被疑事実の要旨と令状が出ている旨を告げなければ、やはり方式を欠きます。つまり、95条は成立しない、という見立てになります。
誰が、いつの時点で判断するか
図:判断の主体——3つの説
三つの要件を、誰が、いつの時点に立って判断するのか。この二つの軸で、結論が変わります。まず、誰が、です。A説は、主観説です。その職務を執行した公務員が判断する、とします。しかし、公務員が適法だと思えば適法、となり、全ての職務が適法になりかねません。公務員の主観的判断に、国民を従わせることにもなります。B説は、折衷説で、一般人が判断する、とします。しかし、これも、全ての職務が適法になりかねません。また、一般人とは誰かが分からず、基準として明確性を欠きます。C説は、客観説です。裁判所が、客観的に判断します。通説であり、判例の立場です。設例Iで言えば、警察官が、見せなくても大丈夫だ、と思っていたとします。主観説なら、それだけで適法になりかねません。客観説では、裁判所が、示すという方式を守ったかを、外から確かめます。設例Iの前半の答えは、この客観説の目で出したものです。
図:判断時点——2つの説
次に、いつ、です。A説は、純客観説で、裁判時を基準にします。B説は、行為時基準説で、暴行や脅迫の行為時を基準にします。
図:結論差——後で無実と分かったら
結論の差を、例で見ます。駅での置き引きの被疑者として、警察官が、正式に発付された逮捕状で、Bさんを逮捕しようとしました。Bさんは、警察官を突き飛ばしました。ところが、後の裁判で、Bさんは、置き引きについて無実と分かりました。裁判時を基準にすると、誤認逮捕で、違法な職務への暴行になり、95条は成立しません。行為時を基準にすると、逮捕のときは適法だったので、95条が成立します。純客観説には、批判があります。逮捕の要件を備えていても、後で無実と分かっただけで、逮捕が違法になり、公務執行妨害罪が成立しなくなってしまうからです。適法に行われている職務を邪魔しても、後から結果次第で罪が消えるのは、おかしい、という批判です。行為時基準説の理由は、職務を執行した時に適法であれば、十分に保護する価値がある、です。判例・通説は、行為時基準説です。では、問いです。逮捕状に基づく、適法な逮捕をしたのに、後で、逮捕された人が無実だったと分かりました。この逮捕は、あとから、違法な職務になるのでしょうか?
適法かどうかは、逮捕した時点で決まり、後の結果では動きません。判例を見ます。
判例最高裁判所決定(昭和41年4月14日・集刑159号181頁)
職務の適法性の判断基準(裁判要旨) 「公務執行妨害罪における職務としての現行犯人逮捕行為の適法性の判断は、逮捕行為当時における具体的状況を客観的に観察して、現行犯人と認められるに十分な理由があつたか否かによるべきものであつて、事後において犯人と認められたか否かによるべきものではない。」
読み方は三つです。一つ目。見るのは、行為当時の、具体的な状況です。二つ目。それを、客観的に観察します。三つ目。後から、犯人と認められたかどうかは、基準にしません。客観説と、行為時基準説の、立場です。判示は現行犯人逮捕についてですが、行為時の状況で見る考え方は、職務の適法性の判断基準として整理されます。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性の判断基準 「職務の適法性は、裁判所が、行為時の状況を基準に、客観的に判断する。」 (客観説+行為時基準説(判例・通説))
違法な公務への抵抗と、弁別ミニ事例
図:設例Iの後半の答え
設例Iの決着です。令状を示さない逮捕は、適法な職務ではないので、95条は成立しません。ただし、それで話が終わるわけではありません。Iさんが警察官を突き飛ばした行為が、暴行罪の構成要件に当たるか、また正当防衛で罰されないか、は別の問題です。正当防衛の回で見たとおり、不正とは、違法のことでした。違法な逮捕は、この不正の侵害にあたりうるので、突き飛ばしが、身を守るための反撃と認められれば、罰されない余地があります。逆に、警察官の側の違法な逮捕は、それ自体が、別の犯罪の問題にもなりえます。95条が成立しないなら、無罪、ということですか。違います。結論の言い方は、95条は成立しない。Iさんの行為は、暴行罪、正当防衛の問題になる、までです。個別の成否は、事案次第です。
図:弁別ミニ事例3問
事例を三つ、考えてください。軸は、三つの要件のどれが欠けるか、と、判断の時点です。事例1。警察官が、逮捕状を持たないまま、急速を要する場面で、被疑事実の要旨と、逮捕状が発せられている旨を告げて、逮捕しようとしました。Iさんが突き飛ばしました。どうなるでしょうか?告げていれば、方式は履践されているので、適法で、95条が成立します。事例2。逮捕状で、適法に逮捕しようとしたところ、あとで、被疑者は無実と分かりました。逮捕のときに要件がそろっていれば、後で無実と分かっても、左右されません。事例3。犯行から数日たち、刑訴212条のどの号にもあたらない状況で、路上で見かけた人を、窃盗犯に似ている、というだけで、現行犯逮捕しようとし、Iさんが突き飛ばしました。
現行犯逮捕の種類の権限はあるけれど、212条の要件を満たさないので、具体的職務権限を欠きます。適法でないので、95条は成立しません。この三つの要件の当てはめと、判断基準は、論文でも論点になりえます。
今日の整理
図:今日の整理
まとめます。95条が守るのは、公務という仕事です。だから、守られるのは、適法な公務だけです。適法性は、条文に書かれていない要件です。適法かどうかは、種類、その場、手続の重要部分、の三つで見ます。判断は、裁判所が、行為のときの状況を基準に、客観的に行います。設例Iは、令状を示さない逮捕だったので、95条は成立せず、暴行罪や正当防衛の問題になりました。
参照条文
- 刑事訴訟法201条