刑法ゼロから刑法#191

犯人蔵匿罪・犯人隠避罪

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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

泊めた友人と、頼んだ男

設例 図:設例

前回の最後に予告したとおり、今日は犯人蔵匿罪を、犯人隠避罪とあわせて見ます。設例です。ある男が、人を殴ってけがをさせました。男は友人に、「警察が来るかもしれない。数日、泊めてくれ」と頼みます。友人は事情を聞いたうえで、男を自宅に泊めました。警察官は、男を探して捜査を続けています。今日の問いは、この二人の扱いです。問いは二つです。まず、泊めた友人は罪になるか。次に、頼んだ男本人は罪になるか。男が自分でホテルを転々として隠れるだけなら、罪になりません。それなのに、友人に頼むと、なぜ罪になるのか。答えは、103条の、誰を、何を、を読んだあとで、最後に出します。

今日の地図 図:今日の地図

地図です。前回は、拘禁、つまり身柄を押さえておく働きを守る罪でした。今日は、まだ捕まっていない犯人も含めて、犯人を見つけ、捕まえ、裁き、刑を執行するという、働き全体を守る罪です。問いは三つです。一つ目、誰をかばうと罪になるのか。二つ目、何をするとかばったことになるのか。三つ目、犯人本人が頼んだら、どうなるのか。三つとも、刑事司法の働きを害するか、という同じ物差しで決まります。

103条の全文と保護法益

103条の構造 図:103条の構造

条文です。

条文刑法103条

刑法103条(犯人蔵匿等) 罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、三年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

保護法益は、国の刑事司法作用です。捜査、審判、刑の執行など、刑事手続の働き全体のことです。前回の逃走の罪は、拘禁されている者の身柄を押さえておく働きを守りました。103条は、まだ捕まっていない犯人や、逃げ回っている犯人も含めて、手続の全体を守ります。条文を分けて読みます。客体は、罰金以上の刑に当たる罪を犯した者と、拘禁中に逃走した者です。行為は、蔵匿するか、隠避させることです。主体は、条文の書き方から、犯人以外の者になります。蔵匿し又は隠避させる者、とあるだけで、犯人自身は書かれていません。この点は、最後の問いで効いてきます。故意が必要で、過失は罰しません。未遂を罰する規定は、103条にはありません。前回見た102条は、逃走の罪の章の未遂だけを罰する条文で、103条には及びません。

これらは条文どおりの要件なので、覚えるのではなく、読めば分かる部分です。解釈で決める必要があるのは、罪を犯した者とは誰か、隠避とは何か、の意味です。そこを、これから順に見ます。

客体——誰をかばうと罪か

罰金以上の刑に当たる罪 図:罰金以上の刑に当たる罪

まず、罰金以上の刑に当たる罪です。これは、法定刑に罰金以上の刑が含まれている罪、という意味です。実際に科される刑ではありません。たとえば、設例の傷害罪は、15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金ですから、罰金が入っています。客体になります。侮辱罪も入ります。現行の侮辱罪は、1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料で、罰金を含むからです。刑法典の罪は、全部が罰金以上の刑に当たる罪です。外れるのは、拘留や科料だけの罪で、特別法の例としては、軽犯罪法の罪があります。次に、拘禁中に逃走した者です。法令により拘禁されている間に逃走した者で、前回見た、97条の単純逃走罪の主体が、逃げたあとの姿です。他人に奪取されて拘禁を脱した者も含まれると解されています。一方、借金取りに追われているだけの者は、法令により拘禁されたわけではないので、客体になりません。山場に入ります。罪を犯した者は、真犯人に限るのでしょうか。たとえば、殴った男ではなく、別の無実の人が、傷害の嫌疑、つまり疑いを受けて、警察に捜査されているとします。その人が無実だと知りながら、かくまった人は、103条の、罪を犯した者をかくまったことになるでしょうか。判例は、どう考えるでしょうか?

罪を犯した者の範囲をめぐって、説は三つに分かれます。三説を表で見ます。

罪を犯した者の3説 図:罪を犯した者の3説

一つ目は、真犯人に限る説です。理由は二つ。条文に、罪を犯した者、とあるのだから、文言どおりに真犯人に限るべきだ。もう一つ、真犯人でない人を助けるのは人情で、思いとどまるよう期待しにくい。批判は、被疑者や被告人を客体から外すと、立法の趣旨が損なわれること。それに、真犯人でないと確信すれば、故意が常に消えてしまうことです。二つ目は、判例の立場で、真犯人のほか、犯罪の嫌疑を受けて、捜査の対象になっている者も含める説です。理由は、保護法益から出てきます。捜査機関は、誰が真犯人かを、まだ知りません。疑いのある者を追っています。その者をかくまえば、真犯人をかくまった場合と同じように、捜査は妨げられます。つまり、刑事司法の働きが害されます。三つ目は、真犯人のほか、客観的に嫌疑が濃厚な者に限る説です。理由は、明らかに真犯人でない者まで含めると、刑事司法の働きを、過度に守ることになる、というものです。批判は、嫌疑が濃厚かどうかの基準が、はっきりしないことです。次の判決を見てください。

判例最高裁判所判決(昭和24年8月9日・刑集3巻9号1440頁)

かくまった事件と、罪を犯した者 「本件は、恐喝の被疑者として逮捕状を発せられ逃走中のAを逮捕からまぬかれさせるため、B、C、Dの三名が順次にかくまつた事件であるが」 「……なるほどその趣旨の学説もないではないが、刑法第一〇三条は司法に関する国権の作用を妨害する者を処罰しようとするのであるから、「罪ヲ犯シタル者」は犯罪の嫌疑によつて捜査中の者をも含むと解釈しなくては、立法の目的を達し得ない。」

事案は、恐喝の被疑者として逮捕状が出て、逃げている男を、三人が順番にかくまったものです。上告した側は、罪を犯した事実が確定するまでは、犯人蔵匿は成立しない、と主張しました。最高裁は、罪を犯した者には、犯罪の嫌疑によって捜査中の者も含むと解さなければ、立法の目的を達し得ない、として退けました。決め手は、保護法益です。有罪が確定するまで待つなら、その間は、いくらでもかくまえます。捜査も裁判も止まります。注意点が一つあります。この事案は、かくまわれた者が無実かどうかが争われた事件ではありません。判例が正面から答えたのは、有罪が確定するまで待つのか、という問いです。無実の者への当てはめは、この判旨の延長で、捜査中の者を含む説、と整理されます。

結論が分かれる場面 図:結論が分かれる場面

場面ごとに、結論の違いを見ます。無実だが嫌疑が濃厚で捜査中の者を、無実と知りつつかくまった場合は、真犯人に限る説だけが不成立で、判例の立場と、嫌疑が濃厚な者に限る説は成立です。嫌疑が薄いのに捜査中の者なら、判例の立場だけが成立で、嫌疑が濃厚な者に限る説は不成立です。境界のすぐ外も確認します。誰からも疑われていない無実の人を、ただ泊めただけなら、どの説でも成立しません。捜査の対象になっていないので、刑事司法の働きは害されないからです。判例の線は、捜査の対象になっているかどうかです。真犯人で、しかも捜査中なので、三つの説のどれでも客体です。なお、捜査が始まる前でも、真犯人であれば客体になる、と解されています。

行為——蔵匿と隠避

蔵匿と隠避 図:蔵匿と隠避

次は、何をするとかばったことになるか、です。蔵匿は、場所を提供して、かくまうことです。設例の、友人が男を自宅に泊めた行為は、蔵匿です。隠避は、蔵匿以外の方法で、官憲、つまり警察などの捜査機関による発見や、身柄の拘束を免れさせる、一切の行為です。定義は、判例が示してきたものです。隠避の例は、広いです。逃亡先を示して、逃げるよう勧める。逃亡資金を渡す。捜査の動きを教える。条文は、蔵匿と隠避の二つの行為を並べていて、どちらか一方に当たれば、103条の罪が成立します。次の判決が、その点に答えています。

判例最高裁判所決定(平成元年5月1日・刑集43巻5号405頁)

逮捕勾留後の身代わり出頭 「刑法一〇三条は、捜査、審判及び刑の執行等広義における刑事司法の作用を妨害する者を処罰しようとする趣旨の規定であつて……、同条にいう「罪ヲ犯シタル者」には、犯人として逮捕勾留されている者も含まれ、かかる者をして現になされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為も同条にいう「隠避」に当たると解すべきである。」 「そうすると、犯人が殺人未遂事件で逮捕勾留された後、被告人が他の者を教唆して右事件の身代り犯人として警察署に出頭させ、自己が犯人である旨の虚偽の陳述をさせた行為を犯人隠避教唆罪に当たるとした原判断は、正当である。」

事案は、犯人が殺人未遂で逮捕勾留されたあとに、被告人が他の者を教唆して、身代わり犯人として警察署に出頭させ、自分が犯人だ、と嘘を言わせたものです。最高裁は、犯人として逮捕勾留されている者も、罪を犯した者に含まれるとしました。そして、現になされている身柄の拘束を免れさせる性質の行為も、隠避に当たる、としました。決め手は、条文の保護する働きにあります。刑事司法の働きは、捕まる前の発見だけでなく、捕まったあとの身柄の確保にもあります。身代わりが出て、真犯人が釈放される方向に動けば、その働きは害されます。まだ捕まっていない者を見つけにくくする行為だけでなく、捕まっている者の身柄の拘束を免れさせる性質の行為も、隠避です。もう一つ見ます。参考人が、捜査機関に嘘の供述をした場合です。参考人とは、犯人とは別に、事情を聴かれる人のことです。

判例最高裁判所決定(平成29年3月27日・刑集71巻3号183頁)

口裏合わせと参考人の虚偽供述(事実) 「被告人は,自ら率いる不良集団の構成員であったAから同人が本件事故を起こしたことを聞き,A車の破損状況から捜査機関が前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであることを突き止めるものと考え,Aの逮捕に先立ち,Aとの間で,A車は盗まれたことにする旨の話合いをした。」 「Aは,前記(1)に係る各被疑事実により,平成24年7月8日通常逮捕され,引き続き勾留された。被告人は,その参考人として取調べを受けるに当たり,……警察官に対し,「Aがゼファーという単車に実際に乗っているのを見たことはない。Aはゼファーという単車を盗まれたと言っていた。単車の事故があったことは知らないし,誰が起こした事故なのか知らない。」などのうそを言い,……前記各罪の犯人はAではなく別人であるとする虚偽の説明をした。」

事案を整理します。被告人は、仲間のAが事故を起こしたと聞き、捜査機関はAを犯人と突き止めるだろうと考えて、Aの逮捕に先立ち、Aとの間で、事故を起こした車は盗まれたことにする、と話し合いました。口裏合わせです。その後、Aが逮捕・勾留されたあと、被告人は参考人として取調べを受け、口裏合わせに基づいて、嘘の供述をしました。

判例最高裁判所決定(平成29年3月27日・刑集71巻3号183頁)

口裏合わせと参考人の虚偽供述(判断) 「……前記の事実関係によれば,被告人は,前記道路交通法違反及び自動車運転過失致死の各罪の犯人がAであると知りながら,同人との間で,A車が盗まれたことにするという,Aを前記各罪の犯人として身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせをした上,参考人として警察官に対して前記口裏合わせに基づいた虚偽の供述をしたものである。このような被告人の行為は,刑法103条にいう「罪を犯した者」をして現にされている身柄の拘束を免れさせるような性質の行為と認められるのであって,同条にいう「隠避させた」に当たると解するのが相当である」

最高裁は、Aの身柄の拘束を継続することに疑念を生じさせる内容の口裏合わせをした上で、参考人として、口裏合わせに基づく虚偽の供述をした行為を、現にされている身柄の拘束を免れさせる性質の行為として、隠避に当たる、としました。決め手は、身代わり出頭と同じです。嘘の供述で、Aを犯人として拘束し続けてよいかが疑わしくなれば、釈放の方向に働きます。捕まえた者の身柄を確保する働きが、害されるからです。

隠避の歯止め 図:隠避の歯止め

隠避を広げすぎない歯止めを見ます。法廷意見、つまり裁判所としての判断が、隠避を認めたのは、口裏合わせをしたうえで、虚偽の供述をした事案です。補足意見、つまり結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えた意見は、次の整理をしています。虚偽の供述が隠避に当たるというには、客観的に刑事司法作用を誤らせる危険性があること、つまり、身柄の拘束の継続に疑義を生じさせる性質のものであることを要する。そのうえで、身柄の拘束の可否の判断に、直接または密接に関わる内容の供述でなければならない。そして、口裏合わせの事実は、重要な考慮要素になる、と述べています。ここは、言い過ぎないことが大切です。この決定は、口裏合わせをしたうえでの虚偽の供述について、隠避を認めました。口裏合わせのない、単なる虚偽の供述が隠避に当たるかどうかは、この決定では示されていません。補足意見は一人の裁判官の意見で、法廷意見そのものではありません。

刑事司法の働きを害するか、という物差しが、行為の場面でも使えます。なお、隠避は、犯人本人以外の者の行為です。本人が逃げるだけでは、隠避ではありません。これは、最後の問いで、もう一度出てきます。

故意——何を知っていれば足りるか

故意と罰金以上の認識 図:故意と罰金以上の認識

故意の対象は二つです。一つ目は、客体であること。つまり、罰金以上の刑に当たる罪を犯した者、または拘禁中に逃走した者だ、という認識です。二つ目は、その者を蔵匿や隠避させる、という行為の認識です。たとえば、友人が借金取りに追われている、と聞いて泊めた人には、一つ目の認識がありません。故意がありません。問題は、罰金以上の認識の程度です。学説には、罰金以上の刑に当たる罪だと、正確に認識している必要がある、という考え方があります。批判は、素人の判断を超える、というものです。普通の人は、傷害罪の法定刑が罰金以上かどうかを、いちいち知りません。判例は、罪名の認識、または漠然と、重大な犯罪を犯した者だという認識で足りる、と解されています。

⭐ 論文で書く規範:故意の認識の程度 「罰金以上の刑に当たることの、正確な認識は要らない。罪名の認識、または漠然と重大犯罪を犯した者という認識があれば足りる(と解されている)。」 (要点)

具体例を一つ。原審の判断を是認した最高裁の決定に、かくまう相手が密入国者だと認識して蔵匿した以上、その刑が罰金以上であることの認識がなくても、犯人蔵匿罪が成立する、としたものがあります。密入国は、正規の手続を経ずに入国することです。密入国者だと知って泊めた人は、その罪の刑が罰金以上かどうかを知らなくても、故意があります。無実だと確信して、かくまった場合も確かめます。罪を犯した者に、捜査中の者を含む説に立てば、その人が捜査の対象になっていることを認識している限り、故意は認められます。真犯人に限る説では、真犯人でないと確信すれば、故意が常に消えてしまう。三説の理由の違いが、ここでも効いてきます。

犯人自身による教唆

犯人本人と他人 図:犯人本人と他人

最後の問いです。設例に戻ります。男が自分でホテルを転々とするだけなら、罪になりません。なぜでしょうか。理由は二つあります。一つ目は、条文の構造です。蔵匿し又は隠避させた者、とあるのは、犯人とは別の人です。自分で逃げ隠れることを、蔵匿とも、隠避させたとも言えません。もう一つは、期待可能性です。期待可能性の回を思い出してください。期待可能性とは、どんな事情のときに、罪に問えなくなる、または軽くなる、という考え方でしたか?適法な行為を選ぶことを期待できない事情があるとき、でした。自分が捕まりたくないのは、人情です。前回の、拘禁された本人が逃げる場面では、期待可能性は、無くなるのではなく、低い。だから、罪にはなるけれど軽い、でした。今回は、表れ方が違います。犯人が自分で身を隠すだけの行為には、法は、罰する条文を置いていません。捕まりたくない者に、逃げ隠れせず、おとなしく捕まれ、とは、この種の場面では、およそ期待できないからです。一つ目の理由で見た、103条の主体に犯人が入っていないことは、この考え方の表れです。出発点の人情は、前回と同じです。結論が違います。前回は、罪になるが軽い。今回は、そもそも罪にならない。

成立しない説 図:成立しない説

では、他人に頼んだら、どうなるのでしょうか。犯人が第三者に、かくまってくれと頼み、第三者が蔵匿しました。第三者は、103条の正犯です。正犯は、共犯の回で見た、自ら実行する者のことです。頼んだ犯人は、103条の教唆犯になるでしょうか。教唆は、他人を唆して、犯罪を実行する決意を生じさせることでした。二つの説があります。前回の、逃走の罪の本人教唆と、同じ形です。成立しない説から見ます。理由は二つです。一つ目は、犯人は、自分で隠れる正犯としてでさえ、期待可能性がありません。それより軽い関与の形である、教唆では、なおさら期待可能性がない。もう一つは、対向犯の考え方です。対向犯は、共犯の最初の回に出てきた、2人以上の、互いに向き合う行為を要件にする型です。103条は、犯人と、かくまう者の両方が関わる犯罪です。前回の、逃げる本人と逃がす側が、向かい合う関係だったのと同じです。犯人が誰かに、かくまってくれと頼むのは、この罪が成立する場面で、当然予想される行為です。それなのに、法は、かくまう者だけを処罰することにしました。だから、頼んだ犯人を、総則の共犯規定で処罰するのは、法が意図しないところだ、と考えます。

2説の比較 図:2説の比較

成立する説、つまり判例の立場は、自分が逃げることと、他人を唆して罪を犯させることは別だ、と考えます。理由は、二つ挙げられます。一つ目は、大審院の判例以来の、防禦権の濫用です。大審院は、戦前の最上級の裁判所です。防禦権は、疑いをかけられた者が、自分が発見され、捕まるのを免れようとして取る、自己防衛の自由です。自分で逃げ隠れる範囲は、大目に見られる。設例の男が、自分でホテルを転々とするのは、この範囲の内側です。しかし、友人に、泊めてくれと頼んで、友人に103条の罪を犯させるのは、範囲の外側です。自分を守るために、罪を犯す人を、新しく一人増やしているからです。防禦の範囲を超える、というのは、このことです。二つ目は、学説で言われる、期待可能性です。自分が逃げ隠れするのをやめろ、とは期待できません。しかし、他人に頼むのをやめろ、とは期待できます。頼まずに、一人で隠れる道が残っているからです。だから、他人を巻き込む場面まで、期待可能性が一律に欠ける、とは言えない、というものです。この説には、批判があります。教唆の処罰根拠を、他人を罪に陥れたことに求めるなら、それは、共犯の処罰根拠の回で見た、責任共犯論です。責任共犯論は、犯罪者を生み出したことを理由に、教唆者を処罰する考え方です。同じ回で見た、共犯も、正犯の実行行為を通じて法益侵害という結果を引き起こしたから罰せられる、という因果的共犯論、つまり惹起説とは食い違う、という批判です。

では、最高裁の結論を、判例で確かめます。

判例最高裁判所決定(令和3年6月9日・集刑329号85頁)

犯人自身による蔵匿・隠避の教唆 「なお,犯人が他人を教唆して自己を蔵匿させ又は隠避させたときは,刑法103条の罪の教唆犯が成立すると解するのが相当である(最高裁昭和35年(あ)第98号同年7月18日第二小法廷決定・刑集14巻9号1189頁参照)。」

決定は、強盗致傷と、犯人隠避教唆、犯人蔵匿教唆の事件の上告を棄却したものです。そのうえで、犯人が他人を教唆して自己を蔵匿させ、又は隠避させたときは、103条の罪の教唆犯が成立する、と述べました。判例は、以前の決定から、一貫して成立を認めています。最高裁は、この決定では理由を述べていません。理由として挙げられてきたのは、大審院の判例以来の、防禦権の濫用と、第三者に103条の罪が成立する以上、その教唆も成立する、という考え方です。

反対意見 図:反対意見

この決定には、裁判官1名の反対意見がついています。要点は、こうです。正犯としては処罰できないが、教唆犯としては処罰できる、と認めるのは、教唆犯は犯罪者を生み出したことを理由に処罰される、という責任共犯論の考え方が背後にある、というものです。判例の結論は法廷意見ですが、否定説の理由が、判例の中にも出てきます。

設例の回収 図:設例の回収

冒頭の問いに答えます。泊めた友人は、犯人蔵匿罪です。客体は、傷害という罰金以上の刑に当たる罪を犯した者で、行為は蔵匿、故意もあります。頼んだ男は、判例の立場では、犯人蔵匿教唆罪です。教唆犯には、正犯の刑が科されます。物差しに戻ります。友人が男を泊めれば、捜査は妨げられ、刑事司法の働きは害されます。ここまでは、誰を、何を、と同じ物差しです。本人の場面だけは、そこに、期待可能性という物差しが、もう一本加わります。自分でホテルを転々とするだけなら、罪になりません。しかし、友人に頼んで泊めてもらえば、教唆犯になります。自分が逃げることと、他人を唆して罪を犯させることは別です。他人に罪を犯させるところまでは、防禦の範囲に入らない、というのが、大審院以来の判例が挙げてきた理由づけです。

どの説を選んでも構いません。大切なのは、自分で隠れることが罪にならない理由と、つなげて書くことです。理由は、捕まりたくない者に、おとなしく捕まれとは期待できない、でした。この理由が、他人に頼む場面にも及ぶ、と考えるなら、成立しない説です。他人に罪を犯させないことなら期待できるので、及ばない、と考えるなら、成立する説です。ここは、論文で論点になりえます。

弁別とまとめ

弁別ミニ事例 図:弁別ミニ事例

事例を五つ、考えてください。一つ目。無実の友人が、傷害の嫌疑で捜査の対象になっていると知りながら、その人をかくまった人は、どうなるでしょうか。判例は、捜査中の者も含むので、犯人蔵匿罪が成立します。二つ目。犯人に、逃亡資金を渡した人です。三つ目。犯人を、自宅に泊めた人です。四つ目。犯人本人が、自分でホテルを転々としました。五つ目。犯人本人が、友人に、身代わりで出頭してくれと頼み、友人が出頭しました。軸は、誰を、何を、誰が、です。

今日の整理 図:今日の整理

まとめます。

⭐ 論文で書く規範:今日の4点 「①保護法益=国の刑事司法作用(捜査・審判・刑の執行)。」 「②罪を犯した者=真犯人のほか、捜査の対象になっている者も含む(判例)。」 「③蔵匿=場所の提供。隠避=それ以外で、発見・身柄の拘束を免れさせる行為(身代わり出頭、口裏合わせに基づく虚偽供述を含む)。」 「④犯人本人は不可罰。しかし他人に頼めば教唆犯が成立する(判例)。」 (要点)

冒頭の設例は、泊めた友人が犯人蔵匿罪、頼んだ男が犯人蔵匿教唆罪でした。誰を、何を、本人が頼んだら、の三つとも、刑事司法の働きを害するか、という物差しで決まります。本人の場面だけは、期待可能性という物差しが、もう一本加わりました。

参照条文

  • 刑法103条

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