逃走罪・加重逃走罪・逃走援助罪
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第18章 国家的法益|国家の存立・国交・国家の作用 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
逃げただけで、罪になるか
図:前回までと今日の地図
前回までで、公務の執行とその効果を守る罪を閉じました。今日は、国家が人の身柄を押さえておく働き、つまり拘禁そのものを守る罪、逃走の罪を見ます。守り方は二系統です。一つ目は、閉じ込められた本人が逃げる罪で、97条の単純逃走と、98条の加重逃走。二つ目は、外から逃がす罪で、99条の被拘禁者奪取、100条の逃走援助、101条の看守者等による逃走援助です。102条は、この全部の未遂を罰します。
図:設例F
設例Fです。場面は二つあります。一つ目。夜の路上で、窃盗の現行犯として警察官に逮捕され、手錠をかけられて、パトカーで署に連れていかれた男がいます。署の駐車場でドアが開いた瞬間、男は、手錠をかけたまま、走って逃げました。二つ目。刑務所で服役中の受刑者が、構外での作業の帰り際に、隙を見て、外へ走って逃げました。問いは、どちらも逃げただけなのに、条文はどこで線を引いているか、です。予告を一つだけ。97条の、誰が、を読めば分かります。設例Fは、97条の節で決着をつけます。
逃走の罪の全体像——保護法益と5罪の表
図:逃走の罪の5罪
保護法益は、国家の拘禁作用です。国が法令に基づいて、人の身柄を押さえ続ける働きを守ります。表で見ます。二系統の分け方は、主体です。97条と98条は、拘禁された本人が逃げる罪です。99条から101条は、逃がす側が主体で、誰でもよく、101条だけ、看守者や護送者に限られます。本人と逃がす側で、なぜ扱いが違うのか。責任の回で見た、期待可能性で説明がつきます。その場面で、適法な行為を選ぶよう期待できるか、という考え方です。閉じ込められた者が逃げ出したいのは自然で、逃げずにとどまることを期待しにくい。だから、ただ逃げるだけの97条は、逃走の罪の土台、つまり98条がそこに手段を足して重くする、もとの形にとどまります。刑も三年以下と上限だけで、98条のような、三月以上という下限が書かれていません。手助けする側には、本人に認められる、その軽さの理由が当てはまりません。だから、100条1項は97条と同じ三年以下ですが、99条や100条2項のように、本人より重い罪も置かれています。
表の主体と客体の列が、全部、同じ言葉なんです。そこが大事です。現行は、5罪とも、法令により拘禁された者で揃っています。令和5年の改正の結果です。違うのは、行為と法定刑だけです。
⭐ 論文で書く規範:「法令により拘禁された者」 「①法令により=適法な根拠による身柄拘束。逮捕・勾留・受刑・少年院の収容・鑑定留置・勾引された証人などが入り、違法な拘束は含まない。」 「②拘禁された=現に身体を拘束されていること。収容前で出頭を求められているだけの者は含まない。一度収容されていれば、護送中や刑事施設の外での作業中も含む。」 (要点)
たとえば、何の根拠もなく、勝手に部屋に閉じ込められた人が逃げても、法令による拘束ではないので、逃走の罪は問題になりません。①に入るのは、逮捕や勾留のような、法律の手続に基づく拘束だけです。鑑定留置は、精神状態などを調べるために身柄を留め置くこと、勾引は、裁判所が証人などを強制的に連れてくることです。法定刑も、板の一行で押さえます。97条と、100条1項は、同じ三年以下。98条、99条、100条2項は、三月以上五年以下。一番重いのが、101条の一年以上十年以下です。
97条——単純逃走罪と、設例Fの回収
図:97条の読み方
条文です。
条文刑法97条
刑法97条(逃走) 法令により拘禁された者が逃走したときは、三年以下の拘禁刑に処する。
三つに割って読みます。一つ目、法令により拘禁された者が。二つ目、逃走したとき。三つ目、三年以下の拘禁刑です。
図:設例Fの回収と改正
設例Fを回収します。逮捕されて連行されている男も、服役中の受刑者も、どちらも、法令により拘禁された者です。ですから、どちらも逃げれば97条です。ここに、令和5年の改正があります。以前の97条は、裁判の執行により拘禁された、既決又は未決の者に限っていました。既決は刑が確定して服役している者、未決は判決の前に勾留されている者のことです。逮捕されただけの男は、裁判の執行で拘禁された者ではないので、逃げても97条に当たりませんでした。改正で、主体が、法令により拘禁された者に広がり、逮捕された者や、少年院に収容された者なども入りました。法定刑も、一年以下から、三年以下になりました。
今は、身柄を拘束された時点から、逃走罪の主体になります。理由の話に入る前に、期待可能性の回を思い出してください。期待可能性とは、何を期待できるか、という考え方でしたか?適法な行為を選ぶことを期待できない事情があるとき、でした。閉じ込められた者が逃げたいと思うのは、人として自然です。期待可能性が全く無ければ、責任そのものが否定されます。逃走の場面では、無くなるのではなく、低い。だから、罪にはなるけれど軽い、という形で表れます。冒頭で、97条に下限が無いと言ったのは、このためです。逃げるために手段を重ねると、非難が強まります。それが次の98条です。逃がす側には、この軽さの理由が当てはまらないので、本人より重い罪も置かれています。
図:逃走の既遂時期
既遂の時期です。逃走とは、看守者の実力的支配を脱することです。看守者の手の届かないところへ出た、ということです。設例Fを変えます。駐車場で走り出した男が、すぐに警察官に取り押さえられました。まだ実力的支配を脱していないので、既遂ではなく、未遂です。居室から出ただけで、なお刑事施設の構内にいる場合も、未遂にとどまると解されています。構内にいる間は、まだ看守者がすぐに取り押さえられる範囲にいるからです。もう一つ、弁別です。呼び止められただけで、まだ身柄を拘束されていない者が、走り去りました。これは、拘禁された者ではないので、97条は成立しません。出頭を命じられたのに来ない、収容前の受刑者も同じです。
98条——加重逃走罪:3つの手段と着手時期
図:98条の読み方
条文です。
条文刑法98条
刑法98条(加重逃走) 前条に規定する者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は二人以上通謀して、逃走したときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
三つに割って読みます。一つ目、前条に規定する者が。つまり97条と同じ範囲の者です。二つ目、逃走の手段です。損壊、暴行脅迫、二人以上の通謀の、どれかです。三つ目、三月以上五年以下の拘禁刑です。三月以上、という下限に惑わされないでください。97条は上限が三年で、98条は上限が五年です。上限で、重くなっています。設例Fに戻ります。手錠をかけたまま走って逃げたら、97条どまりです。では、手錠を壊して逃げたら、何条でしょうか。
図:3つの手段と着手時期
手段を一つずつ見ます。一つ目は、損壊です。手錠を壊して逃げる設例Fの変形は、ここに入ります。拘禁場は、房や壁や扉など、拘束のための器具は、手錠や捕縄などです。ここでの損壊は、物理的に壊すことです。毀棄の罪の回では、損壊は、効用を害することでした。落書きでも、損壊になりました。98条の損壊は、それより狭く、物理的に壊すことに限られます。98条が重くするのは、閉じ込めるための設備や器具を、力で破って逃げることだからです。手錠を外しただけなら、物を壊してはいないので、98条の損壊には当たりません。二つ目は、暴行や脅迫です。相手は、看守者か、その協力者に限られます。設例Fの男が、ドアを開けた警察官を突き飛ばして逃げれば、これに当たります。拘禁された者どうしの殴り合いは含みません。95条の暴行は、公務員に向けられた有形力でした。系統は同じですが、98条は、相手が看守者側に限られます。三つ目は、二人以上の通謀です。逃走すること、その時期、方法などについての意思連絡です。同じ房の二人が、一緒に逃げようと、日時と抜け道を打ち合わせるのが、その例です。多数が同時に逃げると成功しやすいので、重く罰します。次に、着手時期です。損壊を手段とする場合は、損壊を始めたときに着手があります。判例を見ます。
判例最高裁判所判決(昭和54年12月25日・刑集33巻7号1105頁)
損壊による加重逃走罪の着手 「被告人ほか三名は、いずれも未決の囚人として松戸拘置支所第三舎第三一房に収容されていたところ、共謀のうえ、逃走の目的をもつて、右第三一房の一隅にある便所の外部中庭側が下見板張りで内側がモルタル塗りの木造の房壁(厚さ約一四・二センチメートル)に設置されている換気孔(縦横各約一三センチメートルで、パンチングメタルが張られている。)の周辺のモルタル部分(厚さ約一・二センチメートル)三か所を、ドライバー状に研いだ鉄製の蝶番の芯棒で、最大幅約五センチメートル、最長約一三センチメートルにわたつて削り取り損壊したが、右房壁の芯部に木の間柱があつたため、脱出可能な穴を開けることができず、逃走の目的を遂げなかつた」 …… 「刑法九八条のいわゆる加重逃走罪のうち拘禁場又は械具の損壊によるものについては、逃走の手段としての損壊が開始されたときには、逃走行為自体に着手した事実がなくとも、右加重逃走罪の実行の着手があるものと解するのが相当である。」
事案は、拘置支所の房の壁を削ったものの、壁の芯に木の柱があり、穴が開かず、逃げられなかったというものです。最高裁は、損壊が始まった時点で、逃走行為自体に着手していなくても、実行の着手がある、としました。判決は、その理由を詳しくは述べていません。条文の形から考えると、こう説明できます。98条は、損壊して逃走する、という形で、損壊そのものを条文の行為に書き込んでいます。だから、損壊を始めた時点で、条文の行為を始めたことになるのです。判決の中の、械具という言葉は、今の条文の、拘束のための器具のことです。暴行や脅迫を手段とする場合は、暴行や脅迫を始めたときに着手があると解されています。通謀を手段とする場合は、二人以上が現実に逃走に着手したときと解されています。通謀しただけでは、98条の未遂も成立しません。通謀を重くする根拠は、同時に逃げることだからです。通謀のあと、一人だけが逃げた場合は、逃げた者に97条、通謀の相手に100条が、成立しうるにとどまります。一緒に逃げようと持ちかけたこと自体が、相手の逃走を容易にする行為にあたりうるからです。
逃がす罪——99条・100条・101条
図:設例L
設例Lです。拘置所に勾留されている男が一人います。この男に、三人が関わります。一人目は、力ずくで男を連れ去り、自分のもとに置いた者。二人目は、面会に来た友人で、脱出に使う工具を差し入れた者。三人目は、看守で、男が逃げようとしているのを知りながら、見て見ぬふりをし、男は逃げました。三人は、それぞれ何条でしょうか。一人目から見ます。
条文刑法99条
刑法99条(被拘禁者奪取) 法令により拘禁された者を奪取した者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
奪取とは、拘禁されている者を、看守の手から引き離して、自分や第三者の支配の下に置くことです。単に解放して自由にするだけで、支配に移さないなら、99条ではなく、次の100条で問われるのが通説です。設例Lでいえば、男を連れ出して、その場で、好きに行けと放しただけなら、99条ではなく100条の側です。二人目です。
条文刑法100条
刑法100条(逃走援助) 法令により拘禁された者を逃走させる目的で、器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為をした者は、三年以下の拘禁刑に処する。 前項の目的で、暴行又は脅迫をした者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
逃走させる目的が要る、目的犯です。1項は、器具の提供など、逃走を容易にする行為。2項は、暴行や脅迫です。2項が1項より重く、99条と同じ重さなのは、98条と同じで、暴行や脅迫という乱暴な手段が加わるからです。99条の奪取も、拘禁を外から実力で奪い取るので、重く罰します。100条の意義は、逃走罪の教唆や幇助にあたる行為を、独立の罪として処罰することです。共犯の行為を、正犯として罰する、ということです。だから、既遂は行為の終了時で、被拘禁者が実際に逃げたかどうかは問いません。設例Lの友人は、男が逃げなくても、工具を差し入れた時点で既遂です。未遂が成立する余地は、ほとんどありません。なお、客体は、法令により拘禁された者です。すでに逃走を終えた者は、客体ではありません。三人目です。
条文刑法101条
刑法101条(看守者等による逃走援助) 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者を逃走させたときは、一年以上十年以下の拘禁刑に処する。
主体は、看守し又は護送する者です。身分がなければ成立しない、真正身分犯です。身分犯と65条の回の言葉で言えば、身分のない者が看守者の逃走行為に加担したときは、65条1項で、共犯が成立します。65条1項は、身分があって初めて成り立つ罪に加わった者は、身分が無くても共犯になる、という規定でした。101条が、まさにその、身分があって初めて成り立つ罪だからです。101条は100条より重いので、100条の刑を、看守者という身分で重くしただけの罪、つまり不真正身分犯ではないか、と思うかもしれません。違います。100条は、誰にでもできる、容易にする行為を罰しています。101条が罰するのは、逃走させたことそのものです。逃走させられるのは、看守者や護送者だけです。身分で刑が重くなるだけではなく、身分があって初めて成立する罪だからです。
行為の、逃走させる、は、解放などの作為だけでなく、逃げようとしているのを知りながら放置する不作為も含みます。看守者には、逃がさないようにする職務上の義務があるからです。既遂は、被拘禁者が逃走したときです。100条と違って、逃走の結果が要ります。法定刑が一番重い理由は、看守者が、職務上、拘禁を守る立場にあるからです。
図:3罪の弁別
設例Lの答えです。連れ去って自分のもとに置いた者は、99条。工具を差し入れた友人は、100条1項。見て見ぬふりをした看守は、101条です。支配に移すなら99条、容易にする行為や暴行脅迫なら、逃走の有無を問わず100条、看守者や護送者が逃走させたなら101条、と分かれます。
102条の未遂と、本人が頼んだ場合
図:102条と本人の教唆
条文刑法102条
刑法102条(未遂罪) この章の罪の未遂は、罰する。
102条です。この章の罪の未遂は、罰する。97条から101条まで、全部の未遂を罰します。実際に問題になるのは、98条の着手時期、99条、101条です。100条は、行為の終了で既遂になるので、未遂の余地はほとんどありません。97条の未遂は、設例Fで、取り押さえられた男が、その例です。最後に、本人が頼んだ場合です。設例Lの男が、面会に来た友人に、工具を差し入れてくれと頼んだとします。頼んだ本人は、100条の教唆になるでしょうか。成立しない説は、こう考えます。逃げる本人と、逃がす友人は、向かい合う関係です。共犯の回で見た、対向犯の形です。逃げる本人が誰かに助けを求めるのは、逃走の場面で当然予想される関わり方です。それなのに、法律は本人を、97条でだけ罰することにしました。だから、総則の共犯規定を使って、100条の教唆として重ねて罰するのは、その選択に反する、と考えます。逃げる本人の期待可能性の低さも、根拠になります。成立する説は、自分が逃げることと、他人を唆して罪を犯させることは別だ、と考えます。逃げたい気持ちは自然でも、友人に100条という別の罪を犯させるところまで、大目に見る理由はない。だから、教唆の一般原則どおり、100条の教唆が成立する、とします。
説が分かれるので、論文で論点になりえます。
どの条文で処理するか
図:どの条文で処理するか
事例を五つ、考えてください。一つ目。逮捕されて連行中の被疑者が、手錠のまま走って逃げましたが、警察官が見失わずに追いかけ、取り押さえました。二つ目。受刑者が、房の壁を削り始めましたが、穴が開かないうちに、見回りの看守に見つかって止められました。三つ目。被拘禁者を連れ出し、自分の家に置いた友人がいます。四つ目。看守が、逃げようとするのを知りながら見て見ぬふりをし、被拘禁者が逃げました。五つ目。職務質問で呼び止められた者が、逮捕される前に走り去りました。軸は、手口と、拘禁されているかどうかです。
今日の整理
図:今日の整理
まとめます。一つ目。保護法益は、国家の拘禁作用です。二つ目。自分が逃げる罪は、期待可能性が低いので、ただ逃げるだけの97条が土台です。損壊、暴行脅迫、通謀と、手段が加わると、98条で重くなります。三つ目。逃がす罪は、手口で分けると三つです。逃走を容易にするだけの100条1項は、97条と同じ重さ。実力支配に移す奪取の99条と、暴行脅迫の100条2項は重く、看守者や護送者による101条が、最も重くなります。四つ目。5罪とも、主体と客体は、法令により拘禁された者です。令和5年の改正で、逮捕された者なども入りました。設例Fは、どちらも97条でした。ただ逃げるだけなら土台の罪、手段が乱暴なら98条、逃がす側は手口で重さが変わる。これが、今日の一本の線です。
参照条文
- 刑法97条
- 刑法98条
- 刑法99条
- 刑法100条
- 刑法101条
- 刑法102条