事実の錯誤(後編)——因果関係の錯誤
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
第4章 故意と錯誤 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
因果関係の錯誤——経路がズレたら、どうなるか
図:前編のおさらい——故意犯の個数は片付いた
前回、法定的符合説から、成立する故意犯の個数まで、片付けました。前回、数故意犯説なら、発生した結果の数だけ故意犯が成立する、と確認しましたね?今日は、もう1つの問いに移ります。以前、因果関係も客観的構成要件要素だと確認しましたね。その「大筋」が、今日、実際に効いてくる場面です。
図:設例——溺れさせるつもりが、橋脚に
設例です。Xは、元同僚のAを、橋の上から川に落とそうとしました。溺れさせるつもりで、突き落としたんです。ところが、Aは水面に届く前に、橋脚に頭を打ってしまいました。それが原因で、死亡しました。Xが認識していた因果経過は「溺れて死ぬ」でした。でも、実際に生じた因果経過は「橋脚にぶつかって死ぬ」でした。この違いを、因果関係の錯誤と呼びます。構成要件的故意は、認められるのでしょうか?
⭐ 論文で書く規範:因果関係の錯誤 実際に生じた因果経過が、Xの認識していた因果経過と食い違う場合をいう。この食い違いを抱えたまま、構成要件的故意を認めてよいかが問題となる。 (問題の所在)
故意が無いように思える——その感覚が正しいかを、これから確かめていきましょう。
山場②:法定的符合説から、3段で導く
図:3段で導く——因果関係の錯誤も、法定的符合説で処理する
ここで、1つ、たとえ話をします。依頼主が、配達員にこう頼んだとします。「この荷物を、渋谷駅まで届けてほしい」と。国道を通るか、裏道を通るかは、指定していません。配達員は、最短ルートのつもりで裏道に入りました。でも工事中で通れず、遠回りの国道を通って届けました。求められていたのは「渋谷駅に届くこと」でした。経由地点まで含めた、具体的な経路ではありません。ここから、3段階で考え方を導いていきましょう。1段階目です。因果関係も、客観的構成要件要素です。だから、構成要件的故意の対象となります。とすれば、2段階目です。因果関係の錯誤も、具体的事実の錯誤の一種です。
だから、法定的符合説によって処理すべきことになります。3段階目です。殺人罪の構成要件は「溺れて死ぬ」と指定しているでしょうか?条文が求めているのは、経由地点ではありません。「刑法上の因果関係があること」という、抽象的な一致だけです。だから、認識と発生の因果経過が符合していれば、構成要件的故意が認められます。これが、はじめに触れた「大筋の認識で足りる」の、中身です。危険の現実化として認められるかどうかで判定します。行為の危険性が、結果として現実化したといえるか——という判定でしたね。相当性という言葉には、ここでは戻りません。
⭐ 論文で書く規範:法定的符合説からの処理(因果関係の錯誤) 見比べるレベルを、経路の具体的な中身ではなく刑法上の因果関係まで引き上げる立場。認識していた経路と、実際に生じた経路が刑法上の因果関係の範囲内で符合している限り、構成要件的故意が認められる。 (規範(判例・多数説の到達点))
宅配便の話と、まったく同じ構造です。
設例へのあてはめ——2段構えで確かめる
図:2段構えのあてはめ——具体的には不一致、構成要件では一致
では、実際にXの設例へ、あてはめてみましょう。まず、具体的な事実のレベルです。認識していたのは「溺れて死ぬ」でした。発生したのは「橋脚にぶつかって死ぬ」でした。ここで終われば、故意は認められません。でも、構成要件的評価のレベルまで、視点を上げます。どちらも、Xの突き落とし行為から、Aの死亡に至っています。どちらも、刑法上の因果関係が認められます。危険の現実化として、どちらも認められます。だから、構成要件的故意は認められます。
どこまでズレてよいか——境目は刑法上の因果関係
図:該当例と非該当例——範囲の内と外
実は、そこに1つ、限界があります。境目は、刑法上の因果関係のところにあります。もし、Aが川から自力で岸に上がって、その帰り道に、無関係な車にはねられて死亡していたら——認識していた経路は、まったく同じです。でも、この場合は、Xが突き落とした行為の危険が、車にはねられたことの中に現実化した、とは言えません。はい、範囲の外です。ここで、順序が大事になります。因果関係の錯誤は、構成要件的故意が認められるかどうかの話でした。でも、範囲の外に出たときは、その故意の話に、そもそも入りません。客観的な構成要件要素である因果関係が、先に欠けてしまうからです。
だから、Xは、殺人未遂にとどまります。範囲の内側でズレる限り、故意は揺らぎません。でも、範囲の外に出た瞬間、話は故意より手前の、因果関係の段階で終わってしまいます。気づきましたね。前回の問いと、今日の問いは、双子のような関係なんです。
認識必要説と認識不要説——結論は同じ
図:認識必要説と認識不要説の対比——道筋は違うが、結論は同じ
法定的符合説によるこの処理をめぐっては、もう1つ、細かい対立があります。安心してください。今回は、結論は割れません。しかも、初めて見る対立ではありません。以前「因果関係も対象か」で見た、必要説と不要説が、そのまま出てきます。1つ目は、因果関係の認識必要説と呼ばれます。法定的符合説の枠組みの中で、因果関係の認識も必要だと考えます。もう1つは、因果関係の認識不要説です。因果関係についての認識自体、そもそも不要だと考えます。でも、どちらの説でも、結論は同じです。溺れて死ぬはずが橋脚だった——このズレは、どちらの道筋をたどっても、Xの故意を消しません。認識必要説は、因果関係も故意の対象だ、と考える側です。でも、その認識は、刑法上の因果関係の範囲内で符合していれば足ります。認識不要説なら、認識を問わない以上、ズレても故意は消えません。
⭐ 論文で書く規範:認識必要説と認識不要説の結論 因果関係の認識必要説・因果関係の認識不要説——理由づけの道筋は異なるが、結論はどちらも構成要件的故意は阻却されない、で一致する。 (結論の一致(道筋だけが違う))
「割れる論点」として身構える必要はありません。この処理の仕方も、あとで答案の書き方として確認しましょう。
答案での書き分け——因果関係の錯誤は長く書かない
図:答案での書き分け——因果関係の錯誤の位置づけ
今日の答えを、答案の書き方に落とし込みましょう。因果関係の錯誤は、どちらの説でも結論が同じなので、答案では長く書きません。争いが無いところに、紙面を使いすぎないことも大事です。今日は、因果関係の錯誤の扱いだけ、押さえておけば十分です。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図
では、今日の内容を、1本の地図にして振り返りましょう。まず、因果関係の錯誤です。認識していた因果経過と、実際の因果経過が食い違う場面でした。山場②では、因果関係も客観的構成要件要素だから、法定的符合説で処理する、という3段階で導きました。あてはめでは、具体的な事実のレベルでは不一致でも、構成要件的評価のレベルでは一致していれば、故意が認められると確かめました。そして、認識必要説と認識不要説——道筋は違っても、結論はどちらも故意を阻却しませんでした。だから、答案では、この点を長く書きません。構成要件というレベルでしか見ない——法定的符合説の性質そのものです。
この先、いくつか、送っておく話があります。今日は、同じ構成要件の中でのズレだけを扱いました。構成要件をまたいでしまった場合には、別の条文が用意されています。そちらは、また別の回で扱います。「経路がズレても、構成要件レベルでは一致する」という今日の考え方は、この先の2つの大きな論点で、そのまま部品として使います。錯誤の話は、これで一区切りです。1つずつ、積み上げていきましょう。