事実の錯誤(前編)——成立する故意犯の個数
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第4章 故意と錯誤 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の想起と、今日の問い
図:前回の到達点——今日の問いは、その先にある
前回、事実の錯誤の全体像と、法定的符合説を確認しました。構成要件のレベルで一致していれば、それで足りる、という話でした。前回の設例を思い出してください。Xが、恨みを持つ元同僚Aに向けて、石を投げました。狙いが外れて、隣にいたCに当たった、という場面です。もし、あの石が、Aにも、Cにも、両方当たっていたら——前回の枠組みのまま考えると、成立する故意の犯罪は、いくつになるでしょうか?今日は、その問いから、じっくり片付けます。なお、思っていた経路と実際の経路がズレたときにどうなるか、という話は、次の回で扱います。
⭐ 論文で書く規範:今日の問い 1つの行為で複数の客体に結果が生じたとき、成立する故意犯はいくつになるのか。 (今日の出発点)
法定的符合説を運用したときに出てくる問題です。Cにも故意を認めるかどうか——前回の対立軸は、もう動かしません。前回固めた枠組みを、そのまま使います。
併発事例——1つの行為から、2つの結果
図:併発事例——石は2人に届いた
では、前回の設例Qを、少しだけ発展させます。Xは、元同僚Aに向けて、恨みを込めて石を投げました。石はAに当たり、そこで止まらず、跳ねました。そして、隣にいたCにも、当たってしまいました。結果は、Aが死亡、Cが負傷、という形を基本にします。行為は1つ、結果は2つ生じました。前回の結論なら、Aへの故意は、もちろん認められます。ここで、問題が生まれます。Xは「1人の人」しか殺そうとしていませんでした。それなのに、AとC、両方に故意犯を認めてよいのか、という問題です。
⭐ 論文で書く規範:併発事例 1個の行為から、複数の客体に結果が生じる場合をいう。 Aへの故意だけでなく、法定的符合説を貫けばCへの故意も認められそうだが、Xは「1人の人」しか殺そうとしていない。 (問題の所在)
2個の故意犯は重すぎる、という感覚は、よく分かります。次は、その感覚を大事にする立場から、見ていきましょう。
一故意犯説——1人しか狙っていない、という感覚
図:一故意犯説——基本形へのあてはめ
1つ目の立場は、一故意犯説と呼ばれます。発想はシンプルです。Xは、1人の人しか殺そうと思っていませんでした。だったら、故意犯も1個だけ認めれば十分ではないか——という考え方です。
⭐ 論文で書く規範:一故意犯説 複数の結果が生じても、もっとも重い結果にだけ1個の故意犯を認める。残りの結果は、原則として過失犯にとどまる。 (学説(大塚仁))
基本形で確かめましょう。Aが死亡、Cが負傷、というあの場面です。重い結果は、どちらでしょうか?一故意犯説なら、Aに殺人既遂の故意犯を認めます。そして、Cについては、原則として過失犯です。過失傷害にとどまります。この結論を支える理由も、確認しておきましょう。Xの意思は、あくまで「1人の人」を殺すことだけでした。それなのに故意犯をいくつも認めるのは、責任主義に反する——というのが理由です。責任主義とは、実際に非難できる範囲を超えて罰しない、という原則です。責任主義そのものは、責任を正面から扱う回で、もう一度組み立てます。
一故意犯説の逆転——狙った相手のほうが、故意を失う
図:並びを入れ替えると——A負傷・C死亡
では、今度は、結果の組み合わせを入れ替えてみます。Aは軽い怪我にとどまり、隣にいたCが、死亡してしまったとします。ここで、質問です。一故意犯説だと、故意犯はどちらに成立するでしょうか?Cに、殺人既遂の故意犯が認められます。Aは、過失傷害にとどまります。狙った相手のほうが、故意を失う——これが逆転です。
⭐ 論文で書く規範:一故意犯説への批判 逆転が起きるたびに、狙っていなかったCに故意犯が認められ、狙っていたAからは故意が外れる。これはAの故意をCへ転用するのと同じで、故意が心理的事実であることを見落としている。 (批判(対立の材料))
故意は、行為者の頭の中にある、心の状態です。Aへの故意を、別人のCへ勝手に移すのは、その実体を無視することになります。この逆転こそが、一故意犯説の弱点です。
数故意犯説——結果の数だけ、故意犯を認める
図:数故意犯説——基本形へのあてはめ
もう1つの立場を見ていきましょう。Aだけでなく、Cについても、それぞれ独立に故意犯を認める考え方です。これを、数故意犯説と呼びます。判例や、多くの学説が採る立場です。
⭐ 論文で書く規範:数故意犯説 発生した犯罪事実の数だけ、故意犯が成立する。 (判例・通説(団藤・大谷・前田))
基本形で確かめましょう。Aが死亡、Cが負傷、という場面です。Aについては、死亡していますから、殺人既遂です。ここが、注意すべき点です。殺人罪との関係では、傷害は、死亡しなかったのと同じ扱いです。だから、Cには、殺人未遂の故意犯が成立します。傷害罪ではないか——ここが、いちばん誤解しやすいところです。殺人の故意で石を投げて、傷害にとどまった以上、傷害罪ではありません。殺人未遂です。基本形では、Aに殺人既遂、Cに殺人未遂です。逆転例——A負傷・C死亡のときも、数故意犯説なら逆転しません。数故意犯説には、一故意犯説のような転用の問題が、そもそも生じません。では、なぜ複数の故意犯を認めても大丈夫なのか、理由を見ていきましょう。複数の故意犯が成立しても、観念的競合として、科刑上一罪になります。
条文刑法54条1項(観念的競合・牽連犯)
刑法54条1項 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
54条1項を見てください。前段と後段、2つの内容が入っています。前段は「一個の行為が二個以上の罪名に触れ」る場合です。これが、観念的競合です。今日、使うのはこちらだけです。後段は牽連犯といって、また別の場面の話です。今日は立ち入りません。今日の場面は、石を1回投げたという1個の行為から——AとC、2個の罪名に触れています。だから、観念的競合として、もっとも重い刑で処断されます。複数の故意犯を認めても、処断のうえで不都合は生じません。罪は複数のまま、刑を科すときだけ1個にまとまる——だから、科刑上一罪と呼びます。この考え方を、実際に採用した判例もあります。
判例最高裁判所第三小法廷判決(びょう打銃事件)
最高裁判所第三小法廷 昭和五十三年七月二十八日判決 ……犯人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく、両者が法定の範囲内において一致することをもつて足りるものと解すべきである……から、人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかつた人に対してその結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意があるものというべきである。
警ら中の巡査から、拳銃を奪おうとした事件です。犯人は、巡査の背後から、建設用の道具を改造した手製の銃を発射しました。撃ち出されたびょう——建材に打ち込む太い釘が、巡査の体を貫通しました。そして、そのまま遠くにいた通行人にも当たりました。判例は、狙った巡査にも、予期しなかった通行人にも、それぞれ殺人未遂罪が成立するとしました。今日の設例と、同じ構造の判断です。これで、数故意犯説が妥当だと言える、理由の②までそろいました。するどいところです。①は、まだ話していません。①の理由は、故意の個数は、そもそも数えられない、という話です。ここが、今日いちばんの山場です。
山場①:故意の個数と、故意犯の個数を分ける
図:なぜ、故意の個数は観念できないのか
ここで、1つ、たとえ話をします。ハンコ屋が、1本の判子を彫ったとします。彫られているのは「Aさん」でも「Cさん」でもありません。ただ「人」という文字だけです。この判子は、1本しかありません。でも、紙に押せば、押した回数だけ跡が残ります。これが、今日の山場①の答えそのものです。199条を、もう一度思い出してください。この条文が与える規範は、名前の付いていない、抽象的な形をしています。だから、構成要件的故意も、「人を殺す」という、抽象化された1個の塊です。数える単位そのものが、個数を持たない抽象物なんです。
ここが、今日の核心です。
⭐ 論文で書く規範:故意の個数と、故意犯の個数 故意は構成要件のレベルまで抽象化されるため、いくつあるかを数える対象にならない。 これに対し、故意犯は現実に生じた犯罪事実に対応するので、その数だけ成立する。 数えられないのは前者だけ——この2つを切り分けて押さえる。 (弁別(山場①の核心))
発生した結果——Aの死亡、Cの負傷は、現実に起きた出来事です。現実の出来事は、当然、数えられます。数えられない物差しで、数えられる出来事を測る——まさに、そのとおりの言い方です。さっきの判子でいえば、同じ1本の判子を、AとCの紙に押すのと同じことです。数えられない物差し——つまり故意を、AとC、それぞれの結果に当てはめます。すると、結果の数だけ、その物差しが独立に当てられる、という形になります。「故意は1個しかない」のに「故意犯は2個成立する」——矛盾しないのでしょうか?完璧です。数えられないのは故意のほうで、故意犯は数えられる——だから矛盾しません。今日いちばんの到達点に、たどり着きました。
9パターンの帰結表——3つの説を、自分の手で組む
図:9パターンの帰結表——3つの説の導出ルール
ここからは、9つのパターンを、自分の手で組み立ててみましょう。Aの結果と、Cの結果、それぞれ死亡・傷害・無傷の3通りです。組み合わせると、3かける3で、9パターンです。9パターンを丸暗記する必要は、ありません。3つの説の導出ルールを、1文で押さえれば大丈夫です。それだけで、9パターン全部を、自分で組み立てられます。まず、数故意犯説のルールです。AとCを、それぞれ独立に評価します。死亡なら既遂、傷害と無傷は、どちらも殺人未遂です。実行行為はすでにありますから、既遂は認められなくても、未遂は成立します。もっとも、狙っていなかったCがまったくの無傷なら、Cの罪責は問わないのが通常の扱いです。
狙った相手Aが無傷のときは、話が違います。狙って外した——これは殺人未遂そのものなので、当然に問われます。なお、未遂がどの時点から成立するか——実行の着手の線引きそのものは、未遂だけを扱う回で組み立てます。次に、一故意犯説のルールです。重いほうにだけ故意犯を認め、もう一方は過失犯です。故意犯が既遂か未遂かは、さっきと同じで、その相手の結果で決まります。結果の重さが同点のときは、狙った相手Aに故意犯を認めます。差があれば重いほうへ、差が無ければ狙った相手へ、です。最後に、前回出てきた具体的符合説のルールです。
狙った相手Aだけに、実際の結果に応じた故意犯を認めます。Cについては、結果がどれほど重くても、常に過失犯です。この3つのルールで、たとえばAもCも死亡した場合を組み立てましょう。数故意犯説なら、両方とも独立に評価するので、両方とも殺人既遂です。一故意犯説なら、Aに殺人既遂、Cは過失致死です。では、AもCも無傷だったら、どうなるでしょうか。一故意犯説は、また同点なので、狙った相手Aに故意犯——殺人未遂です。Cは、過失犯の未遂になります。過失犯には、未遂を処罰する規定が、そもそもありません。9パターン表では、必ず不可罰として扱ってください。残りのパターンも、今のルールをそのまま当てはめれば、自分で導けます。板に、9パターンすべてをまとめておきました。ぜひ、自分の手でも、検算してみてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の答え
では、冒頭の問いに、答えましょう。石がAにもCにも当たっていたら、故意の犯罪はいくつになるか、という問いでした。Aに殺人既遂、Cに殺人未遂——2個の故意犯が成立します。答案での並べ方も、確認しておきましょう。まず、法定的符合説で、AにもCにも構成要件的故意を認めます。次に、発生した結果の数だけ、故意犯が成立すると示します。そして、複数の故意犯は、54条1項前段の観念的競合として処理します。今日の問いは、これで決着です。
図:今日の地図
今日の内容を、1本の地図にして振り返りましょう。まず、併発事例です。1つの行為から、2つの結果が生じました。ただし、狙った相手の故意が、逆転して消えることがありました。だから、判例・通説は、数故意犯説を採ります。結果の数だけ、独立に故意犯が成立します。故意の個数は、そもそも観念できません。でも、故意犯は、結果の数だけ数えられます。9パターン表も、3つのルールで、自分の手で導出できましたね。複数の故意犯が成立しても、処断は重いほうの1個にまとまります。この先、いくつか、送っておく話があります。今日、54条1項前段で触れた観念的競合の処理は、罪数だけを扱う回で、正面から組み立てます。1個の行為で複数の罪が成立したとき、刑をどう決めるのか——そこで扱います。
今日は、故意が無ければ過失を検討するとだけ言いました。その過失の中身は、過失だけを扱う回で組み立てます。そして、思っていた経路と実際の経路がズレる話——これは次の回で扱います。1つずつ、積み上げていきましょう。
参照条文
- 刑法54条1項(観念的競合・牽連犯)