刑法ゼロから刑法#29

事実の錯誤(中編)——構成要件の実質的な重なり合いとは何か

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第4章 故意と錯誤 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回想起——2つの予告、今日どちらも回収する

前編からの2つの宿題 図:前編からの2つの宿題

前回は、構成要件をまたぐと、原則として故意は認められない、という結論でしたね。構成要件が重なり合っているときだけ、故意が認められる例外がある、とお伝えしました。今日、その問いに、正面から答えます。試験で問われるのは、むしろこの例外の側です。

論文で書く規範:今日の問い 前編の原則:構成要件をまたぐと、原則として構成要件的故意は認められない。 今日の問い:例外的に故意が認められる「重なり合い」とは、いったい何を指すのか。 (今日の出発点)

条文を、もう一度確認しておきましょう。

条文刑法38条2項(前編からの再掲)

刑法38条2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

前編の板に、まだ埋まっていない場所がありましたよね。今日は、その空欄を、1つずつ埋めていきます。

山場①:前編の空欄が、今日埋まる——例外の3段導出

38条2項の空欄——今日の答え 図:38条2項の空欄——今日の答え

空欄の1つ目です。主観が軽く客観が重い場合、軽いほうの罪は成立するのか——38条2項は何も書いていませんでした。今日の答えを、先に言ってしまいます。重なり合いの限度で、成立します。空欄の2つ目、3つ目も先に答えます。主観が重い場合、重い罪はそもそも成立せず、理由は38条2項ではありません。そこは、いちばん誤解しやすい点で、次でじっくり扱います。その場合の軽い罪は、構成要件的故意の有無が問題になります。この答えを支える理屈——今日の背骨を、3段階で組み立てます。まず、1段階目です。法定的符合説は、構成要件をまたぐと、常に構成要件的故意を否定するのでしょうか?

実は違います。法定的符合説が構成要件的故意を否定するのは、「常に」ではなく「原則として」です。2段階目。例外とは、認識していた犯罪事実と発生した犯罪事実——この2つの構成要件が重なり合う場合です。良い例です。占有離脱物横領罪は、持ち主の手を離れた物を自分のものにする罪。窃盗罪との違いは、持ち主の占有の有無だけです。どちらも他人の財物を自分のものにする罪で、重なり合う部分があります。だから、その限度で規範に直面していた、と言えます。前回は、まったく違う構成要件にまたがったので、規範に直面していない、と結論づけました。今日は重なり合う部分がある限り、その部分は規範に直面していた、と言えるんです。

故意とは何かの回の言葉です。決まりに気づき思いとどまれたのに、あえてやった——それが故意の本質でした。そして3段階目。よって、その重なり合いの限度で、構成要件的故意が認められます。

論文で書く規範:例外の3段導出 法定的符合説は、構成要件をまたぐ場合、常に構成要件的故意を否定するわけではない。認識していた犯罪事実と発生した犯罪事実の構成要件が重なり合う場合には、その重なり合いの限度で規範に直面していたといえる。よって、その重なり合いの限度で構成要件的故意が認められる。 (規範(実質的符合説による例外の導出))

両方とも他人の財物を自分のものにする、という枠にあります。だから占有離脱物横領罪の限度では、規範に直面していた、と言えます。たとえば、錠前を思い浮かべてください。外から見える鍵穴の形——つまり名前が違っても、内側のピンの並びが同じなら、1本の鍵で、どちらの錠も回ります。逆に、内側の並びがまったく違えば、その鍵は、どちらの錠も回しません。ただし「重なり合う」とは、なんとなく似ている、という意味ではありません。どこまで似れば重なり合うのか——次はその判断基準です。

判断基準はなぜ保護法益と行為態様か

重なり合いの判断基準——導出 図:重なり合いの判断基準——導出

「重なり合う」を暗記ではなく導き出しましょう。構成要件とは、そもそも何を条文の形にしたものでしたか?法律が守りたい利益を、侵害する行為を、型にしたもの、でしたっけ。構成要件は法益を侵害する行為を類型化したものです。つまり構成要件は「法益」と「行為の型」という2つの要素でできています。これが判断基準です。保護法益と行為態様の共通性を基礎に、実質的な重なり合いを判断します。これが実質的符合説、判例・通説の立場です。名前は似ていますが、答えている問いが違います。法定的符合説は、認識と発生が構成要件として一致するかを問う立場。実質的符合説は、その例外——どこまで重なれば故意を認めるか——の線を引く基準です。

論文で書く規範:重なり合いの判断基準 理由:構成要件は法益侵害行為を類型化したものである。 結論:保護法益や行為態様の共通性などを基礎として、実質的な重なり合いがあるか否かで判断する(実質的符合説=判例・通説)。 (規範(重なり合いの判断基準))

例えば窃盗罪と占有離脱物横領罪です。どちらも他人の財物を自分のものにする、という点で保護法益も行為態様も共通しています。だから重なり合います。判例で認められているかは、この先で確認しましょう。この基準に、対立する見解もあります。形式的符合説——香川説と呼ばれる、重なり合いを形式的に判断する立場です。構成要件の上で、形式的に重なり合う場合にのみ認める立場です。条文の文言だけで機械的に判定でき、一度は魅力的に聞こえます。ただ、厳密に使うと似た罪同士でもほとんど重なり合わなくなり、処罰の穴が空きます。だから判例・通説は実質的符合説を採ります。

重なり合いを認めた判例を、見分け方にする

重なり合いの判断——2軸マトリクス 図:重なり合いの判断——2軸マトリクス

では、実際に重なり合いを認めた判例を見ていきましょう。代表的な例として、6件、確認します。ただし1件だけ、性質の違うものが混ざっています。この6件を暗記するのが目的ではありません。判断基準——保護法益と行為態様の共通性——で、どの組み合わせも説明がつくことを確かめるのが目的です。

重なり合いを認めた判例6件 図:重なり合いを認めた判例6件

表を見てください。殺人罪と同意殺人罪、強盗罪と窃盗罪、強盗罪と恐喝罪、窃盗罪と占有離脱物横領罪、公文書偽造罪と虚偽公文書作成罪、そして覚醒剤所持罪と麻薬所持罪。窃盗罪と占有離脱物横領罪の組み合わせは、覚えていますか。さっき話した、財物を自分のものにする組み合わせですね。判例が挙げる、定番の組み合わせです。もう1つ、注意したい組み合わせがあります。公文書偽造罪と虚偽公文書作成罪のペアです。実は、重い軽いの差そのものがありません。156条は「前二条の例による」と定めていて、155条の刑をそのまま使います——法定刑が同一なんです。

重なり合いを認めた組み合わせであることは変わりませんが、軽重のペアとしては語れません。法定刑が同じ場合の扱いは、次に、3類型のうち3つ目としてあらためて扱います。最後は、覚醒剤所持罪と麻薬所持罪のペアです……気になる点があります。この判例は、覚醒剤を麻薬だと誤認して、所持していた事案です。

判例最高裁判所第一小法廷決定(覚醒剤を麻薬コカインと誤認して所持した事案)

最高裁判所 昭和六十一年六月九日決定 両罪は、その目的物が麻薬か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の罪の限度において、実質的に重なり合っているものと解するのが相当である。

軽い前者の罪は麻薬所持罪です。ここに注意点があります。この事案は、思っていたのが麻薬、実際に持っていたのが覚醒剤——覚醒剤所持罪のほうが法定刑は重いんです。この判例は、次に扱う3類型のうち実際のほうが重いパターンです。まずは「重なり合いを認めた判例」として確認しておいてください。では、その基準がうまく働かない側——重なり合いが否定される、頻出の場面を見てみましょう。

頻出:重なり合いが否定される場合——死体遺棄罪と保護責任者遺棄罪

死体遺棄罪と保護責任者遺棄罪——重ならない 図:死体遺棄罪と保護責任者遺棄罪——重ならない

ここで、設例をもう1つ用意しました。Xは、同居して介護していた家族が息をしていないので死んだと思い込み、遺体を始末するつもりで山中に置き去りにしました。

設例Z——その家族はまだ生きていた 図:設例Z——その家族はまだ生きていた

Xの認識は、死体を遺棄する罪です。実際に起きたのは、生きている人を遺棄する罪でした。まず、条文を確認しましょう。

条文刑法190条(見出し=死体損壊等)

刑法190条(死体損壊等) 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。

190条の見出しは「死体損壊等」ですが、遺棄の部分だけを取り出して、講学上「死体遺棄罪」と呼びます。今日は、こちらの呼び方で進めます。

条文刑法218条(見出し=保護責任者遺棄等)

刑法218条(保護責任者遺棄等) 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

218条です。Xは同居して介護していた——保護する責任のある者にあたります。要件の中身は別の回に譲り、今日は客観面が埋まるところで止めます。190条は3年以下、218条は3か月以上5年以下です。比べるのは、上限です。5年と3年——218条のほうが重い罪になります。下限だけを見ると重そうに見えますが、比べるのは上限です。思っていたほうが軽く、実際のほうが重い場面ですね。前編の38条2項——重い罪では処断できない、あの規定を、もう一度使います。では190条の死体遺棄罪は成立するでしょうか。さっきの判断基準——保護法益と行為態様の共通性——をそのまま使います。

論文で書く規範:重なり合いが否定される場合 190条(死体遺棄罪)と218条(保護責任者遺棄罪)は、保護法益(国民の宗教的感情/被遺棄者の生命・身体)も行為態様(死体の遺棄/生きている人間の遺棄)もまったく異にする。だから、実質的符合説から導かれる帰結として、重なり合いが否定される(試験で繰り返し問われる項目)。

(規範(重なり合いの否定例))

国民の宗教的な感情——死者を敬う気持ちです。一方、218条が守るのは被遺棄者本人の生命・身体です。行為態様も違います。死体を遺棄する行為と生きている人間を遺棄する行為は、まったく別のものです。だから190条と218条は重なり合いません。190条の客観——死体を遺棄した、という事実が、この事案にはありません。その家族は生きていたからです。重なり合いが認められれば、218条の側の事実をその限度で使えました。否定された以上、使えません。だから故意犯は、どちらも成立しません。故意犯だけでなく過失犯も成立しません。218条には過失犯を処罰する規定がそもそも無いんです。38条1項のただし書——過失犯の処罰は例外だと確認しましたね。過失犯の受け皿になりうるのは210条や211条の過失致死傷罪です。ですがこれらは死亡や傷害という結果が発生していることが構成要件要素です。この事案には、その結果がありません。だから故意犯も過失犯も成立せず、この設例は不可罰です。過失犯の仕組み自体は、また別の回で扱います。

実は、ここは判例名を挙げません。この結論を明確に示した最高裁の判例は見当たらないからです。だから「実質的符合説から導かれる帰結として否定される」——理屈で押さえてください。試験では、繰り返し問われる場面です。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日の内容を振り返りましょう。前編は、38条2項に3つの空欄を見つけたところで終わりました。埋めた道具は、1つの理屈でした。重なり合いの限度で、規範に直面していた。この一文が、今日の背骨です。判例6件もこの2つで説明がつきました。死体遺棄罪と保護責任者遺棄罪は、この2つが異なるので重なり合いません。次は、主観のほうが重い場合、軽い場合、同じ重さの場合——3つの型に分けて、この基準を実際に使う番です。答案の書き方まで仕上げます。今日は、例外がどこまでなぜ認められるかを積み上げました。次は、その道具を実際に使いましょう。

参照条文

  • 刑法38条2項(前編からの再掲)
  • 刑法190条(見出し=死体損壊等)
  • 刑法218条(見出し=保護責任者遺棄等)

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