刑法ゼロから刑法#30

事実の錯誤(後編)——抽象的事実の錯誤・3類型の処理

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第4章 故意と錯誤 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回想起——重なり合いの道具箱

前回の道具箱 図:前回の道具箱

前回は、38条2項の3つの空欄のうち、重なり合いという例外を、正面から組み立てました。「重なり合いの限度で規範に直面していた」という前回の背骨を、よく覚えていますね。では、前回の確認です。その重なり合いは、何を基準に判断するのでしたか?保護法益と行為態様の共通性で実質的に判断する——それが実質的符合説でしたね。前回は、この基準で説明がつく判例を6件、確認しました。そして、基準が働かない側——重なり合いが否定される場面も、1つ見ましたね。道具はもう1つ、3つの空欄が出てきた条文です。今日も何度も戻るので、もう一度出しておきます。

条文刑法38条2項(前編・中編からの再掲)

刑法38条2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

前回は、3つの空欄のうち2つ目と3つ目——主観のほうが重い場合の話——を、答えだけ先に出して、理屈は今日に持ち越しました。今日は、この道具箱をフルに使って、実際に答案を書く型を組み立てます。

3類型①:主観のほうが重い場合

答案の型①——設例V(主観のほうが重い場合) 図:答案の型①——設例V(主観のほうが重い場合)

ここからは判断基準を使い、実際に処理する型を組み立てます。まず設例を見ていきましょう。設例Vと呼びます。Xは、隣に座るDの持ち物だと思って、カバンを持ち去りました。実際には、30分前に別の客が置き忘れていて、誰の占有も及んでいませんでした。条文を、確認しておきましょう。

条文刑法235条

刑法235条(窃盗) 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

条文刑法254条(見出し=遺失物等横領)

刑法254条(遺失物等横領) 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

254条の見出しは「遺失物等横領」ですが、講学上は「占有離脱物横領罪」と呼びます。重い罪——窃盗罪が成立しない理由は、何だと思いますか?いいえ。「38条2項が使えるから」というのは、よくある誤解です。今回は、他人の占有という窃盗罪の客観的要件そのものが最初から存在せず、38条2項の出番ですらありません。こちらには、客観的な要件があります。持ち主のいない物を、Xが自分のものにしています。だから、問題になるのは、構成要件的故意の有無です。

論文で書く規範:答案の型①(類型①・主観のほうが重い場合の処理) 重い罪(窃盗罪)は、客観的構成要件に該当する事実が存在しないから不成立(38条2項とは無関係)。軽い罪(占有離脱物横領罪)は、構成要件的故意の有無が問題となり、故意の本質から論じる。保護法益・行為態様の共通性により重なり合いの限度で故意があるので、軽い罪が成立する。 (答案の型(類型①))

故意の本質から論じます。窃盗罪と占有離脱物横領罪は、財物という保護法益、財物を得るという行為態様が、共通していましたね。占有離脱物横領罪の限度で、規範に直面していたと言えます。だから、構成要件的故意が認められます。主観のほうが重い場合、重い罪は客観が無くて不成立、軽い罪は故意の本質から成立する——これが1つ目の型です。

山場②:3類型②・主観のほうが軽い場合——①との対比

答案の型②——設例W(主観のほうが軽い場合) 図:答案の型②——設例W(主観のほうが軽い場合)

設例Vでは占有離脱物横領罪が成立しました。ここで問題です。重い罪の意思ではなく、重い罪の事実のほうが起きていたら、結論は変わるでしょうか、変わらないでしょうか?では確かめてみましょう。設例Wです。条件を1つだけ変えます。Xは、誰かの置き忘れだと思ってカバンを持ち去りました。実際には、持ち主のDが数メートル先の売店にいて、すぐ戻るつもりでした。Xの認識は占有離脱物横領罪、実際に起きたのは窃盗罪——思っていたほうが軽く、実際のほうが重い場面です。もう一度聞きます。重い罪——窃盗罪が成立しない理由は、何でしょうか。

今度は逆です。窃盗罪が処断できないのは、まさに38条2項が適用される結果です。では、軽いほうの占有離脱物横領罪はどうでしょう。構成要件的故意は、ありますか。構成要件的故意は当然あります。問題は、対応する軽い客観——占有離脱物横領罪の客観的要件が実際に存在するかどうかです。しかも故意の本質からは論じられません。故意はすでにあるからです。客観的構成要件該当性の判断を実質的に行うべき、という視点から論じます。

論文で書く規範:答案の型②(類型②・主観のほうが軽い場合の処理) 重い罪(窃盗罪)は、38条2項が適用される結果として不成立となる。軽い罪(占有離脱物横領罪)の構成要件的故意は当然ある——問題は客観的構成要件該当性の有無であり(故意の本質からは論じられない)、その判断は実質的に行うべきという視点から、保護法益・行為態様の共通性を見る。その結果、軽い罪が成立する。 (答案の型(類型②))

財物という保護法益、財物を得る行為態様が共通しています。重なり合いの限度で、占有離脱物横領罪の客観的構成要件該当性が認められます。ただし、成立するのは、重なり合いが認められたからです。たとえば、前回の設例Z——介護していた家族を山中に置き去りにした場面では、保護法益も行為態様も違っていました。だから、軽いほうの死体遺棄罪まで、成立しませんでした。ここで、設例Vと設例Wを、並べてみましょう。

設例V・設例W対比——結論は同じ、理由が違う 図:設例V・設例W対比——結論は同じ、理由が違う

設例Vも、設例Wも、最終的な結論は、まったく同じです。占有離脱物横領罪が成立します。設例Vは「客観が無いから重い罪が落ち、故意の有無を問う」道。設例Wは「38条2項で重い罪が落ち、客観の有無を実質的に問う」道。この2つを答案で取り違えると、論理が破綻します。軽重を比べた結果、どちらが重いかで決まります。思っていたほうが重ければ設例Vの型、実際のほうが重ければ設例Wの型です。同じ舞台、同じ財産犯なのに、条件を1つ変えただけで、書き出しの理由づけが変わる——ここが、今日いちばんの到達点です。

3類型③:同じ重さの場合

答案の型③——設例Y(同じ重さの場合) 図:答案の型③——設例Y(同じ重さの場合)

最後の類型です。設例Yを見てみましょう。Xは運び屋として、袋を1つ国外から持ち込みました。中身は覚醒剤だと聞かされていましたが、実際に入っていたのはヘロイン——麻薬でした。まず軽重を比べます。覚醒剤輸入罪も麻薬輸入罪も、法定刑は1年以上の有期拘禁刑です。3つ目の特徴です。1つめと2つめの類型は、どちらが重いかで理由づけが分かれますが、今回は軽重そのものに差がありません。重い罪を先に落とす、というその手順自体が要りません。38条2項は「重い罪に当たるべき行為をしたのに」と書いていました。軽重に差が無ければ、出番がないんです。覚醒剤輸入罪のほうは、実際に持ち込んでいないので客観がありません。残るのは、麻薬輸入罪が成立するかどうか、その一点です。

論文で書く規範:答案の型③(同じ重さの場合の処理) 覚醒剤輸入罪と麻薬輸入罪の法定刑は同一(いずれも1年以上の有期拘禁刑)=軽重の差が無い。重なり合いが認められれば、客観に対応した犯罪の成立を認める。 (答案の型(類型③))

実際に起きたほう、つまり麻薬輸入罪です。保護法益は、どちらも保健衛生——規制薬物の濫用防止です。行為態様も、規制薬物を輸入する行為で共通しています。同じ考え方を採ったのが、最高裁のある決定です。

判例最高裁判所第一小法廷決定(刑集三三巻二号一四〇頁)

最高裁判所 昭和五十四年三月二十七日決定 両罪は、その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合っているものとみるのが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬輸入の罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。

成立する罪名だけでなく、科される刑も麻薬輸入罪の刑によります。法定刑は同じでも、犯情の軽い覚醒剤輸入罪の刑で処断するのは誤りだと、最高裁は明言しています。薬物ならいつも同じ結論になるわけではありません。そこが注意点です。同じ重さになるのは覚醒剤とヘロインのような特定の組み合わせだけです。麻薬の種類によっては法定刑がもっと軽く、同じ重さにならない場合もあります。設例で薬物名を出すときは、そこまで確認する必要があります。今日は、ヘロインで固定しています。

3類型の処理フロー——まとめ図

3類型の処理フロー 図:3類型の処理フロー

今日組み立てた処理を、1本のフローにまとめます。まず軽重を比べ、どちらが重いか、同じ重さかに分かれます。軽重に差があれば、重い罪が落ちる理由を選びます。思っていたほうが重ければ客観が無いから、実際のほうが重ければ38条2項の適用の結果です。軽い罪について何を問うかも、それに応じて決まります。構成要件的故意の有無か、客観的構成要件該当性の有無か。最後に保護法益と行為態様で、重なり合いを実質的に判断します。同じフローを通っても、判断基準を満たさなければ、重なり合いは認められません。結論は、事案ごとに変わります。

軽重を比べる、理由を選ぶ、問いを立てる、実質的に判断する——このフローがあれば、初めて見る罪名の組み合わせでも、自分で処理できます。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日の内容を振り返りましょう。今日は、3類型の処理を仕上げました。①は客観が無くて重い罪が落ち、故意の本質で軽い罪を認める。②は38条2項で重い罪が落ち、客観の実質判断で軽い罪を認める。同じ重さの③は、重い罪を先に落とす手順そのものが要らず、客観に対応した罪を認めます。前編で見つけた38条2項の3つの空欄、中編で組み立てた重なり合いの3段導出と判断基準——この2つが無ければ、今日の型は組み立てられませんでした。錯誤4部作の3本目、前編・中編・後編、これで閉じます。次は、大きな山をもう1つ越えます。第1の行為で終わったと思って、第2の行為に移る——そのとき、2つの行為のあいだで何が起きているのか。次で、錯誤シリーズを閉じます。

今日は、道具を実際に使って、答案の型まで組み立てました。次も、1つずつ進みましょう。

参照条文

  • 刑法38条2項(前編・中編からの再掲)
  • 刑法235条
  • 刑法254条(見出し=遺失物等横領)

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