刑法ゼロから刑法#34

予見可能性の対象と程度

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予見可能性に隠れている3つの問い

結論予見可能性という一言には、3つの問いが隠れています。

  • 誰を基準に:一般人か、行為者個人かです。
  • 何について:結果か、因果関係かです。
  • どこまで:どの程度まで予見できていれば足りるかです。

注意注意義務の中心は結果回避義務で、予見可能性はその前提です。

なぜ予見可能性が要るのか

予見可能性は、注意義務の中心ではなく前提です。
では、中心でないのに、なぜ必要なのでしょうか。

結論予見可能性がゼロなら、結果回避義務そのものが立ちません。

理由結果を予見する可能性がまったく無い人に、その結果を回避せよという義務は負わせられないからです。

避けようがないことを義務にはできません。

注意中心ではないけれど、無ければ中心そのものが成り立ちません。

これが、予見可能性が前提として要る理由です。

誰を基準に測るか(基準者)

予見可能性は、結果回避義務が立つための前提です。
では、その予見可能性は、誰の目で測るのでしょうか。

予見可能性は誰を基準に測るかの表(構成要件該当性=構成要件的過失〈客観的注意義務違反〉は一般人、責任=責任過失〈主観的注意義務違反〉は行為者個人)

2つの基準者

定義過失を問う場所によって、基準者が変わります。

  • 構成要件的過失:一般人を基準に測ります(客観的注意義務)。
  • 責任過失:行為者個人を基準に測ります(主観的注意義務)。

注意ここでの客観・主観は、誰の目で測るかの話です。

他人から見て分かるか、本人の頭の中か、という部品の置き場所の話とは別物です。

なぜ基準者が2つに分かれるのか

基準者が2つに分かれる理由の図(構成要件=社会通念を基礎とした当罰的行為の類型→一般人が基準/責任=行為者に対する非難可能性→行為者個人が基準)

理由関門ごとに、問うていることが違うからです。

  • 構成要件:社会通念を基礎とした当罰的行為の類型です。だから、一般人という物差しで測ります。
  • 責任:行為者に対する非難可能性です。だから、その行為者自身を物差しにします。

何について予見するか(対象)

基準者は、構成要件と責任で分かれます。
では、予見の対象になるのは、何なのでしょうか。

結論対象は2つです。

  • 結果
  • 因果関係

注意因果関係があるかどうかの判断と、その因果の経過を予見できたかは別の問題です。

ここは混同しやすいので、意識して切り分けます。

設例S:問うのは「Aだったか」ではなく「人だったか」

対象のうち、まず結果のほうを設例で確かめます。
被害者がそこにいることを知らなければ、過失は無いのでしょうか。

設例Sの関係図(作業員Xが投げた鉄パイプの束が被害者Aに当たる。柵には破れ目があり、人が通り抜けることは現場で知られていた)

事案

事案建物の解体現場で、Xが2階から不要な鉄パイプの束を下の集積場所へ投げ落としていました。

下は立入禁止の柵で囲ってありましたが、柵には人が通り抜けられる破れ目がありました。

近道としてそこを通り抜ける人がいることは、現場の作業員のあいだで知られており、Xも知っていました。

ある日、Xが下を見ずに束を投げたところ、破れ目から入り込んでいたAに当たり、Aが死亡しました。

注意Aがそこにいることを、Xはまったく知りませんでした。

予見の対象を1段上げる

予見の対象による判定の違いの表(Aという特定の人がそこにいること=予見不可能/柵の内側に人がいて束が当たって死ぬこと〈構成要件レベルの結果〉=予見可能→結果回避義務あり→過失あり)

結論Xには過失があります。

  • Aという、その人がそこにいること:予見できませんでした。
  • 柵の内側に人がいて、束が当たって死ぬこと:予見できました。

理由後者は構成要件レベルの結果であり、これが予見できた以上、「下を見てから投げる」という結果回避義務があったからです。

Xは、それを怠りました。

注意結論を決めたのは、「Aだったか」ではなく「人だったか」です。

条文も「人」と書いている

条文自動車運転処罰法5条は、「人を死傷させた」と定めています。

「Aを死傷させた」とは書いていません。

注意これは覚えるべき規範ではなく、条文の文言そのものです。

5条(過失運転致死傷)|自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

設例T:予見可能性そのものがゼロのとき

設例Sでは、構成要件レベルの結果が予見できました。
では、その対象すら予見できない現場では、どうなるのでしょうか。

設例Sと設例Tの対比表(設例S=破れ目があり通り抜ける人がいることは現場で知られていた・予見できる・過失あり/設例T=破れ目は無く侵入の形跡も一度も無かった・予見できない・過失なし)

事案同じ現場ですが、柵に破れ目は無く、人が入り込んだ形跡も一度もありませんでした。

その日に限って、Aが高い塀を乗り越えて侵入し、束が当たりました。

結論設例Tでは、過失はありません。

理由柵の内側に人がいるという構成要件レベルの結果すら予見できず、結果回避義務が立たないからです。

注意設例Sとの違いは「どのくらい予見できたか」という程度の差ではありません。

「予見可能性そのものがあるか無いか」という一線です。

結果の予見可能性の程度(危惧感説と通説)

予見できるか、できないかの一線は引けました。
では、どのくらい具体的に予見できていれば足りるのでしょうか。

危惧感説

定義危惧感説とは、何が起こるか分からないという漠然とした不安感で足りるとする考え方です。

理由公害事件などで、過失犯の処罰を広げる必要があるという理由によります。

注意危惧感説は、通説でも判例でもありません。

通説の規範

結論構成要件レベルの結果についての予見可能性が必要であり、それで足ります。

理由予見可能性は結果回避義務を導くものです。

だから、一般人を結果回避へと動機づける程度の具体的予見可能性が必要です(下限)。

そして、動機づける程度があれば足りるので、法定的符合説にみられる程度の抽象的な認識可能性で十分です(上限)。

1つの理由が下限と上限の両方を決めている

予見可能性はどこまで必要かの図(予見可能性は結果回避義務を導く→下限=一般人を結果回避へ動機づける程度の具体的予見可能性は要る/上限=動機づけられる程度があれば足りる・細部の予見までは要らない)

具体例設例Sで、下限と上限は次のところにあります。

  • 下限:「柵の内側に人がいて、束が当たる」まで見えていたことです。ここまで見えたから、下を見てから投げようと動機づけられます。
  • 上限:「Aという人が、その日、破れ目から入ってくる」ことまでは要りません。

注意危惧感説は、この下限を割っています。

漠然とした不安感だけでは、下を見ようとまでは動機づけられないからです。

判例:後部荷台の同乗者事件

設例Sの論理は、実際の裁判でも使われています。
同乗者がいることを知らなかった運転者に、過失は認められるのでしょうか。

後部荷台の同乗者事件の関係図(運転者が信号柱に激突し同乗者2人が死亡。運転者は後部荷台に2人が乗っていることを知らなかった)

事案貨物自動車を運転していた被告人が、指定速度を大きく超えて走行し、ハンドル操作を誤って道路脇の信号柱に車の左側後部を激突させました。

後部の荷台に同乗していた2人が、この衝撃で死亡し、助手席の1人も負傷しました。

注意被告人は、荷台に2人が乗っていることを知りませんでした。

後部荷台の同乗者事件最高裁判所第二小法廷決定被告人において、右のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは、当然認識しえたものというべきであるから、たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかつたとしても、右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げないと解すべきであり、これと同旨の原判断は正当である。

結論荷台の2人を認識していなくても、業務上過失致死罪の成立は妨げられません。

理由無謀な運転をすれば人の死傷を伴う事故を起こしかねないことは、当然認識できたからです。

注意この事件は、当時の刑法211条(業務上過失致死傷)で処理されたもので、第5節の自動車運転処罰法5条とは別の事件です。

211条(業務上過失致死傷等)|刑法 第二編 罪 第二十八章 過失傷害の罪(209〜211条)業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

設例U:基準者が2つあることの実益

基準者は一般人と行為者個人の2つでした。
同じ事案で、この2つを当てると何が起きるのでしょうか。

設例Uの表(構成要件的過失=基準は一般人〈現場の通常の作業員〉・予見できた→過失あり/責任過失=基準はX個人・知りようがなかった→過失なし。構成要件では引っかかるが責任で落ちる→犯罪不成立)

事案設例Sと同じ現場で、Xがその日初めての新人だったとします。

柵の破れ目のことも、人が通り抜けることも、Xは誰からも知らされていませんでした。

結論犯罪は成立しません。

  • 構成要件的過失:現場の通常の作業員なら破れ目も人の通り抜けも知っているので、予見できました。過失ありです。
  • 責任過失:X個人は知りようがありませんでした。過失なしです。

注意構成要件では引っかかるのに、責任で落ちます。

基準者が2つあることが、結論そのものを変えます。

因果経過の予見可能性の程度

結果については、下限と上限が決まりました。
もう1つの対象である因果関係でも、同じ発想が使えるのでしょうか。

因果経過はどこまで予見できればよいかの図(結果のときと同じ発想=予見可能性は結果回避義務を導く。具体的な機序まで予見できる必要はない/因果経過の基本的部分が予見できれば結果回避への動機づけとして十分)

結論因果経過については、因果経過の基本的部分を予見できていれば足ります。

理由一般人を結果回避へと動機づけるのに、細部の機序まで見えている必要はないからです。

結果の予見可能性と同じ発想が、そのまま妥当します。

注意基本的部分とは、細かい経路のすべてではなく、大きな筋道という意味です。

判例:生駒トンネル火災事件

因果経過は、基本的部分が予見できれば足ります。
裁判所は、どこまでの予見を求めたのでしょうか。

事案近畿日本鉄道東大阪線の生駒トンネル内で、電力ケーブルの接続工事が行われました。

施工資格を持つ被告人が、誘起電流を大地に流すための接地銅板の取り付けを怠りました。

その結果、誘起電流が本来流れるべきでない部分に長期間流れ続け、炭化導電路が形成されて火災が発生しました。

生駒トンネル火災事件最高裁判所第二小法廷決定被告人は、右のような炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることを予見することはできたものというべきである。したがって、本件火災発生の予見可能性を認めた原判決は、相当である。

結論火災発生の予見可能性は認められます。

  • 具体的な機序(炭化導電路が形成されるという経過):予見できなくてもかまいません。
  • 火災に至る可能性(誘起電流が長期間流れ続けること):予見できました。

注意判旨に「基本的部分」という言葉は1度も出てきません。

これは学説がこの判断を整理するために使う言葉なので、判例が述べた言葉として引かないでください。

3つの問いの順序

予見可能性は、3つの問いに畳めます。
では、なぜこの順番で問うのでしょうか。

結論誰を基準に → 何について → どこまでの順です。

理由前の問いの答えが決まらないと、次の問いが立たないからです。

誰の目で測るかが決まらなければ、何を予見できたのかも決まりません。

何について問うかが決まらなければ、どこまで、も測れません。

具体例設例Sなら、一般人の目で、結果について、構成要件レベルまで予見できたので、過失ありとなります。

注意「予見できませんでした」だけでは、まだ何も答えていません。

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