刑法ゼロから刑法#33

過失犯の構造

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第5章 過失 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回までの受け——過失は「故意の否定」では足りない

今日の問い——認容が無ければ、それで終わりか 図:今日の問い——認容が無ければ、それで終わりか

前回、事実の錯誤の回の最後に予告しました。次は、過失を扱う章に入ります。今日から、その過失に入っていきます。前回の到達点を踏まえると、「過失がある」と言うには何が必要でしょうか?実は、その先こそが、今日組み立てる中身です。認容が無ければ過失も決まった——そう思ってしまうのが、いちばん多いつまずきです。「故意ではない」ことと「過失がある」ことは、イコールではありません。今日の終わりに、その違いを確かめましょう。まず、過失犯を処罰する条文から確認します。

過失犯処罰は例外——38条1項と8か条の現実

今日、開く条文——38条1項から211条まで 図:今日、開く条文——38条1項から211条まで

今日、開く条文は大きく3つです。38条1項、過失犯処罰規定の一覧、そして211条です。あとで詳しく開きます。まずは38条からです。38条1項は、第4章の入り口で一度開きましたね。今日は、ただし書の中身を正面から見ます。

条文刑法38条1項

刑法38条1項 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

ただし書が、過失犯の入り口です。「特別の規定」——過失を処罰する条文が用意されている場合だけ、過失は処罰されます。うっかり結果を起こしても、処罰されません。ここで、過失の定義を確認しましょう。過失とは、注意義務違反のことをいいます。中身は、これから組み立てます。まずは「特別の規定」が、実際にいくつあるか数えましょう。

過失犯処罰規定①——公共の危険にかかわる5か条 図:過失犯処罰規定①——公共の危険にかかわる5か条

刑法の全条文を、機械的に洗い出しました。「過失」または「失火」が出てくる条文は、8か条しかありません。まず、公共の危険にかかわる5か条です。116条の失火、117条2項の激発物破裂、117条の2の業務上失火等です。激発物破裂は、ボイラーなどを破裂させて建物や乗り物などを壊してしまう場合です。それに、122条の過失建造物等浸害、129条の過失往来危険です。浸害は、水を出して建物などを水浸しにしてしまう場合です。往来危険は、汽車や電車、船の通行を危なくしてしまう場合ですね。多くの人を巻き込みかねないから、条文が用意されています。

過失犯処罰規定②——人の生命身体にかかわる3か条 図:過失犯処罰規定②——人の生命身体にかかわる3か条

残る3か条は、人の生命身体にかかわるものです。209条の過失傷害、210条の過失致死、そして211条です。この8か条が、刑法典で過失を処罰する条文の全部です。自動車運転など、特別法には別の規定があります。あくまで、刑法典の中では8か条だけ、という意味です。

過失版が用意されていない罪——261条の対比 図:過失版が用意されていない罪——261条の対比

逆の場合も、見ておきましょう。Xが、隣の家の塀に自転車を立てかけました。それが倒れて、隣家の花瓶が割れてしまいました。民事の賠償責任は、また別に生じます。刑法の話としては、器物損壊罪、261条の対象になりそうですよね。ところが、261条には、過失犯の規定がありません。刑法では不可罰です。「特別の規定」が無い罪では、うっかり壊しても、それで終わりです。過失犯処罰は、あくまで例外なんです。

「過失がある」と言うには何が要るか

消極的な事実と、積極的な中身 図:消極的な事実と、積極的な中身

ここまで、過失犯の入り口が、条文でどう用意されているかを見ました。ここからが、今日いちばんの起点です。過失とは注意義務違反、と言いました。では「注意義務違反がある」とは、何を指すんでしょうか。認容が無かったこと、と答えたくなるのが自然です。でも、違います。認容が無い、というのは、故意ではなかったという事実です。故意ではなかったからといって、注意義務に違反していたとは、まだ言えません。積極的に立てなければならない中身、それが注意義務違反です。今日組み立てるのは、その積極的な中身です。まずは、同じ道を走る2つの場面——設例Pと設例Q——で、この違いを体感してもらいます。

設例P・設例Q——同じ「予見できた」なのに

事案の骨格——Xの運転するバスと、Aの飛び出し 図:事案の骨格——Xの運転するバスと、Aの飛び出し

2つに共通する場面を用意しました。Xは、夕方の住宅街を走る、路線バスの運転手です。この道は子どもの飛び出しが多いと、社内でも共有されていました。ある日、小学生のAが路地から飛び出しました。Xのバスにはねられ、Aは死亡しました。前に見た追い越しの場面は、対向車が来るかどうかの話でした。認容の有無——受け入れる態度があったか——を測っていましたね。今日は、認容そのものは問題になりません。Xに、Aを死なせる認容は無いからです。では何を測るのか。2つの場面で確かめましょう。

設例P・設例Q——予見できたことは同じ 図:設例P・設例Q——予見できたことは同じ

設例Pです。Xは、制限速度を守っていました。前方をよく見て、雨の日はいつもより手前から減速していました。それでも、Aの飛び出しには間に合いませんでした。次に、設例Qです。Xは、同じ道を、スマートフォンの画面を見ながら走っていました。制限速度も、超えていました。1つ確認してください。PもQも、Xは同じことを知っていました。「この道では子どもが飛び出すことがある」——これです。違うのは、結果を避けるために何をしたか、それだけです。では、問いを立てます。予見できたかどうかだけで過失を判断するなら、設例Pの結果は過失になってしまうでしょうか?

もし、そうなるとしたら、どうでしょう。Xは、危険を承知のうえで、それでも毎日バスを走らせています。「知っていたのに走らせた」だけで過失になるなら、どうなるでしょうか。バスも電車も、危険物を扱う仕事も、ほとんどが過失犯だらけになってしまいます。この不都合の解決が、ここからの本題です。まず、素直に「予見できたか」だけを見る考え方から確かめましょう。

旧過失論——過失は心理状態

旧過失論——過失の実体は、心の中にある 図:旧過失論——過失の実体は、心の中にある

1つ目の考え方です。過失を「心理状態」と見ます。旧過失論と呼ばれます。精神を緊張させれば予見できたのに、その緊張を欠いて予見しなかった。この心の在り方こそが、過失の実体だと考えます。一言で言えば「うっかりしていた」ことです。「うっかり」に縮めるな、というのは、過失の定義を渡した回の話です。あの注意は、この旧過失論の理解を指していました。なぜあの定義の形になるのか——その理由を、今日組み立てています。この考え方には、2つの帰結があります。1つ目、過失は責任の要素です。心理状態は、行為者への非難のところで問題になるからです。

2つ目、注意義務の中心は予見義務に置かれます。予見できたかどうかが、いちばん重要な物差しになります。Pは、子どもの飛び出しを予見できました。それでも運転を続けました。予見義務を尽くさなかったと見れば、過失になりかねません。この不都合を解決するのが、次の考え方です。

新過失論——過失は行為そのもののあり方

新過失論へ——物差しを変える 図:新過失論へ——物差しを変える

もう1つの考え方があります。新過失論です。過失を、行為そのもののあり方として見ます。

⭐ 論文で書く規範:新過失論——過失の中心をどこに置くか 過失は、行為そのもののあり方である。したがって、過失は構成要件要素かつ責任要素であり、注意義務は結果回避義務を中心にとらえるべきである。 理由は、法益侵害の危険を伴うが社会的に有用な行為についての過失犯の成立を否定すべきであるという点にある。中心となる物差しは、結果の発生を回避するため必要かつ適切な行動をとったか否かである。 (規範(通説で立てる))

1つ目、過失は構成要件要素であり、かつ責任要素です。実行行為——前の章で渡した、法益侵害の現実的危険性を有する行為——として、構成要件のところで検討します。そのうえで、責任のところでも問題になります。注意義務の中心は「予見できたか」ではなく「必要かつ適切な行動をとったか」に移ります。なぜこの物差しに変えるのか。理由は、こうです。危険を伴うけれど、社会的に有用な行為についてまで、安易に過失犯を認めるべきではない。具体的に言えば、路線バスも、電車も、工事も、危険をゼロにはできません。それでも社会に必要だから、走らせています。

なぜ新過失論か——理由の3段 図:なぜ新過失論か——理由の3段

整理すると、3段の流れです。1段目、危険は伴うけれど、社会的に有用な行為がある。バスの運行は、その典型です。予見できたか否かだけで測ると、この種の行為が全部過失犯になります。実際、予見できたかどうかでは、設例Pと設例Qを分けられませんでした。だから3段目、必要かつ適切な行動をとったか否かを中心に見ます。この3段が、新過失論の理由そのものです。

旧過失論と新過失論——設例Pの結論が分かれる 図:旧過失論と新過失論——設例Pの結論が分かれる

新過失論で、設例Pを見てみましょう。Pは、制限速度を守り、前方をよく見ていました。雨の日はいつもより手前から減速していました。必要かつ適切な行動をとっていたと言えます。だから、過失はありません。では、設例Qはどうでしょう。設例Qは、旧過失論でも新過失論でも過失ありです。分かれるのは、設例Pのほうだけです。これが、今日いちばんの推進力です。この動画でも、これから先、新過失論を土台に考えていきます。

体系的地位が答案の書く場所を変える

3つの関門を、思い出す 図:3つの関門を、思い出す

少し前に学んだ、犯罪の成立要件を思い出してください。今日の対立は、実は、この3段階のどこで過失を検討するか、という対立でもあります。

答案の書く場所——旧過失論と新過失論 図:答案の書く場所——旧過失論と新過失論

旧過失論は、過失を責任要素だと見ました。だから、答案でも、責任のところでだけ過失を検討します。心理状態は、行為者への評価の問題だからです。新過失論は、違います。過失は構成要件要素であり、かつ責任要素でもあると見ました。まず、構成要件該当性のところで、実行行為として検討します。そして、責任のところでも、あらためて問題になります。ここが、今日いちばん伝えたかったことです。体系的地位のこの違いは、もう一段上の対立の結果なんです。かつての刑法学の主流の考え方は、こうでした。主観的な事情は、責任の段階で問題にすればよい、という考え方です。

この前提に立てば、旧過失論は、当然に責任要素になります。過失を心理状態と見ているからです。ところが、今日の多数の考え方は違います。構成要件の段階でも、すでに主観面を問題にします。現に、故意は前の章で構成要件的故意として扱いました。新過失論は、過失を行為そのもののあり方だと見ます。だから、なおさら構成要件の話になります。実行行為の話に直結する——だからこそ、過失は構成要件の問題になります。物差しの置き場所が変わると、答案の目次まで、同時に変わってしまうんです。

211条——「注意」という言葉が条文に現れる

空白のまま残された言葉——業務上必要な注意 図:空白のまま残された言葉——業務上必要な注意

もう1つ、条文を開きましょう。211条です。

条文刑法211条

刑法211条(業務上過失致死傷等) 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

「業務上必要な注意を怠り」——注意という言葉がそのまま出てくる、数少ない条文です。でも、その中身は、条文のどこにも書かれていません。その空白の埋め方が、今日ずっと見てきた対立の正体です。予見義務を中心に埋めるのか、結果回避義務を中心に埋めるのか。「業務」の意味や、業務上過失致死傷罪そのものは、各論の回で扱います。

到達点——過失の定義を組み立てで持ち帰る

到達点——注意義務は、前提と中心でできている 図:到達点——注意義務は、前提と中心でできている

今日の内容を、1つの定式にまとめます。過失とは、注意義務違反の行為をいいます。注意義務とは、予見可能性を前提とした、結果回避義務のことです。ここが、今日いちばん間違えやすいところです。予見可能性は、あくまで前提です。中心ではありません。土台として要りますが、物差しそのものではありません。過失の有無を決める中心は、結果回避義務です。結果を避けるため、必要かつ適切な行動をとったかどうか、です。設例Pの X も予見はできていた——土台は満たしていました。それでも、必要かつ適切な行動をとっていたから、過失にならなかったんです。

ここを取り違えると、新過失論のつもりで、実は旧過失論を話していることになります。前提と中心、必ず分けて覚えてください。

三説の地図——旧・新・そして新新過失論

三説の地図 図:三説の地図

最後に、地図を少し広げます。今日見てきたのは、旧過失論と新過失論の2つでした。新新過失論、または危惧感説と呼ばれる説があります。漠然とした不安感があれば足りる、とする説です。名前と位置づけだけ、今日は渡しておきます。危惧感説は、通説でも判例でもありません。処罰の範囲が広くなりすぎる、という批判があります。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日を振り返りましょう。出発点は、認容が無いだけでは過失は証明されていない、ということでした。過失犯を処罰する条文は8か条だけ。261条のように、条文が無い罪では不可罰でした。旧過失論は、過失を心理状態と見て、予見義務を中心に置きました。新過失論は、行為そのもののあり方と見て、結果回避義務を中心に置きました。そして、体系的地位が変わると、答案の書く場所まで変わる。これが、今日いちばんの到達点でした。211条の「業務」の意味は、業務上過失致死傷罪そのものとあわせて、各論の回で扱います。失火罪や過失の共同正犯についても、それぞれの回で扱います。過失による教唆や幇助、危険運転致死傷も、同じように出てきます。責任の中身については、責任を学ぶ章で、あらためて扱います。

1つずつ、積み上げていきましょう。

参照条文

  • 刑法38条1項
  • 刑法211条

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