刑法ゼロから刑法#35

許された危険・信頼の原則・監督過失——予見できても義務を負わないとき、負わされるとき

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第5章 過失 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の到達点を受ける——今日の問い

今日の問い——予見できても、義務が無いことがある 図:今日の問い——予見できても、義務が無いことがある

前回、予見可能性を3つの問いに畳みました。ここが、今日の出発点です。前回のとおり3問とも埋まったとして、それなら、必ず過失になるんでしょうか?多くの人が、そう感じます。でも、答えは否です。予見できたことと、義務を負うことは、実は別の話なんです。今日は、そこを正面から扱います。もう1つ、この章の1本目で渡した宿題があります。交通事故と、工場の事故。今日は、その典型の2つで見ていきます。第5章の締めくくりです。今日で、この章の宿題を全部返します。

許された危険——予見できても、義務が無いことがある

設例V——食品工場の加熱殺菌装置 図:設例V——食品工場の加熱殺菌装置

設例で考えてみましょう。舞台は、食品工場です。Xは、この工場の工場長です。加熱殺菌のために、高温高圧の装置を使っています。この装置は、法令の基準も、業界の安全基準も、すべて満たしています。それでも、年に一度あるかないかの確率で、蒸気が噴き出す事故が起こりうることは知られていました。原因は、内部の部品が破損することです。ある日、実際に破損が起き、近くにいた作業員Aが火傷を負いました。知っていました。「誰かが火傷するかもしれない」という結果の予見可能性は、ありました。誰を基準にしても、何について問うても、どこまでの水準で見ても、この予見可能性は肯定されます。3問とも、埋まります。それでも、Xに過失はあるでしょうか?

では、少し考えてみてください。装置は、基準をすべて満たしています。それでも、いつか事故は起こりうると分かっていました。それでも、Xに過失はあるでしょうか?結果を避けるための行動を求める義務——前回まで見てきた、あれです。「この装置を使わない」という結果回避義務が、Xに課されるかどうか。それが、今日最初の山場です。

許された危険——予見できても、結果回避義務が否定される 図:許された危険——予見できても、結果回避義務が否定される

答えを、先に言います。Xには、「装置を使わない」という義務は、課されません。これを、許された危険と呼びます。

論文で書く規範:許された危険の定式 予見可能性が肯定されたとしても、それだけで結果回避義務が生じるとは限らない。行為そのものに社会的な有用性などが認められるときは、なお結果回避義務が否定される場合がある。 (規範(通説で立てる))

予見可能性は、あります。でも、その行為そのものに社会的な有用性があれば、結果回避義務が否定されることがあります。装置を使わなければ、殺菌が不十分になり、別の危険が生まれます。これが、許された危険という考え方の中身です。決め手は、その行為をやめさせることが、社会全体で見て割に合うかどうかです。予見可能性は、義務の入り口にすぎません。義務がどこまで及ぶかは、もう一段の判断が要ります。どんな行為でも基準さえ満たせば許されるのか、そこが、次の山場です。実は、許されるかどうかを決める考慮要素が、あらかじめ4つに決まっています。

考慮要素は4つ——設例Vで名指しに拾う

考慮要素4つ——設例Vへのあてはめ 図:考慮要素4つ——設例Vへのあてはめ

許された危険の法理を使ってよいかどうかは、総合的に考慮して決めます。どう書けばいいか、そこです。「総合考慮」とだけ書いて答案を終わらせると、何も書いていないのと同じです。

論文で書く規範:許された危険の考慮要素 ①社会的有用性、役に立つか。②社会的必要性、無いと立ちゆかないか。③予想される危険の蓋然性、どれくらいの確率で起きるか。④侵害されるべき法益の価値、失われる利益の重さ。この4つを総合的に考慮する。 (規範(通説で立てる))

考慮する中身は、4つに決まっています。答案では、この4つを、名指しで拾ってください。1つ目は、社会的有用性。加熱殺菌は、食品を安全にするために役立つ作業です。2つ目は、社会的必要性です。有用性と似ていますが、別の項目です。加熱殺菌という工程自体が、食品を出荷するために欠かせません。近いです。有用性は「あると良い」という側面、必要性は「これが無いと立ちゆかない」という側面です。3つ目は、予想される危険の蓋然性です。今回は、年に一度あるかないかという、低い確率でした。4つ目は、侵害されるべき法益の価値です。失われるのが命なのか、火傷程度の傷害なのか。その重さを見ます。

だから、Xの装置は、許された危険として、結果回避義務が否定されます。もしこの装置が月に一度は事故を起こしているとしたら、そのときは③予想される危険の蓋然性が跳ね上がります。蓋然性が高くなれば、結果回避義務は、むしろ肯定される方向に傾きます。基準を満たしているかどうかだけでなく、この4つのバランスで、結論が変わります。

信頼の原則——許された危険の一類型

設例W——点検業者Cへの信頼 図:設例W——点検業者Cへの信頼

もう1つ、変奏を見てもらいます。設例Wです。同じ工場です。装置の点検は、資格を持つ専門業者Cが、毎月行う契約になっています。Xは今月も点検を依頼し、Cから「異常なし」という報告を受けました。ところが実際には、Cは所定の点検項目のうち、一部を省略していました。その省略した箇所が原因で破損が起き、作業員Aが火傷を負いました。Xは、Cが契約と資格に従って点検するだろうと、信じて任せていました。そこが、今日2つ目の山場です。

信頼の原則——許された危険の一類型 図:信頼の原則——許された危険の一類型

論文で書く規範:信頼の原則の定式 相手が、通常なら取るはずの適切な行動に出るだろうと信じてよい——そう言える場合には、たとえ相手が実際には不適切な行動を取り、それが自分の行動と重なって法益侵害の結果が生じたとしても、結果回避義務が否定され、過失責任は問われない。 要件は2つです。①信頼の存在、②信頼の相当性。 (規範(通説で立てる))

これを、信頼の原則と呼びます。ただし、許された危険とは別の、新しい法理ではありません。信頼の原則は、許された危険の中の、1つの類型です。設例Vでは、4つの考慮要素を、直接あてはめました。設例Wでは、その考慮の中身が「他人を信頼してよいか」という形を取っています。要件は2つです。1つ目は、信頼の存在。Xは、実際にCを信頼していました。2つ目は、信頼の相当性です。その信頼が、法律的に見て、筋の通ったものかどうかです。Cは、資格を持ち、契約でその点検を引き受けていました。だから、相当な信頼です。Xが、専門業者の点検結果を疑って、いちいち自分で点検し直す義務は、否定されます。だから、Xに過失はありません。

Xの過失とCの過失は、別に判断します。もしCが無資格の、素人同然の業者だったとしたら、そのときは要件②の信頼の相当性が崩れます。無資格の業者に任せきりにしたこと自体、Xの落ち度になりえます。信頼するのが相当かどうかが、いつも境界線になります。

判例で確かめる——追越し事故の最高裁判断

事案の骨格——右折した運転者と、追い越した運転者 図:事案の骨格——右折した運転者と、追い越した運転者

設例Wの論理が、絵空事でないことを、実際の最高裁判断で確かめてみましょう。舞台は、直線道路です。運転していた人が、右折を始めました。この運転者も、右折を待たれる側の相手も、どちらも原動機付自転車でした。原動機付自転車どうしの事故です。後方から、もう1台の原動機付自転車が、時速60キロから70キロほどで近づいていました。その運転者は、センターラインの右側にまではみ出して、右折しようとする車両を追い越そうとしていました。追い越された側は、後方の安全を確認しないまま右折を始め、衝突しました。追い越そうとしていた側の運転者は、頭部を負傷し、翌日亡くなりました。

右折した運転者が、後方の安全を確認しなかったことに、過失はあるでしょうか。後方から違反して追い越してくる車両まで想定して確認する義務が、あったかどうか。これが、この裁判の争点でした。判決の言葉を、そのまま見てみましょう。

条文道路交通法28条4項

道路交通法28条4項(追越しの方法) 前三項の場合においては、追越しをしようとする車両(次条において「後車」という。)は、反対の方向又は後方からの交通及び前車又は路面電車の前方の交通にも十分に注意し、かつ、前車又は路面電車の速度及び進路並びに道路の状況に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない

この条文は、追い越す側の車両に、安全確認の義務を課しています。判決が実際に引用したのは、当時の条文番号で28条3項でした。番号は違いますが、中身はほぼ同じです。道路交通法が、その後に改正されて、条文の位置がずれたからです。中身の規律そのものは、当時から変わっていません。この判決を支えている中心の条文は、28条4項です。この条文があるから、追い越す側が義務を守るはずだと言えます。だから、右折した側はそれを信頼してよいことになります。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和四十二年十月十三日

原動機付自転車どうしの追越し事故 車両の運転者は、互に他の運転者が交通法規に従つて適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきものであり、そのような信頼がなければ、一時といえども安心して運転をすることはできないものである。 後方からくる他の車両の運転者が、交通法規を守り、速度をおとして自車の右折を待つて進行する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、本件Aのように、あえて交通法規に違反して、高速度で、センターラインの右側にはみ出してまで自車を追越そうとする車両のありうることまでも予想して、右後方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である

運転者どうしは、互いに交通法規を守って行動するだろうと、信頼してよいと言っています。そのうえで、違反して高速で追い越してくる車両まで予想して確認する義務は、無いとしました。原判決を破棄して、被告人は無罪となりました。ただし、この判決は、同時に別のことも述べています。右折した被告人自身も、当時の道路交通法に違反していた、とも述べています。ここが、大事な切り分けです。違反があったことと、過失があることは、別の話です。被告人には、道路交通法違反の罪が、別に成立します。でも、後方の安全を確認しなかったことについて、業務上過失致死罪の過失は、無いとされました。

信頼の相当性は、交通法規に違反していたかどうかではなく、注意義務の中身で判断されます。

名前は学説が付けた——判決文に出てこない3つの言葉

法理名は、判決文に何回出てくるか 図:法理名は、判決文に何回出てくるか

実は、「信頼の原則」という言葉自体は、1回も言っていません。「信頼して運転すべきものであり」という、当てはめの言葉は出てきます。でも、「信頼の原則」という名前そのものは、1度も出てきません。「信頼の原則」という名前を付けたのは、学説です。「許された危険」「監督過失」「管理過失」も、同じです。今日出てくる法理名は、いずれも判決文に0回です。ここは、前回の生駒トンネルの決定と、まったく同じ形です。判決文に無い名前は、前回は1語、今日は3語。同じ型が、繰り返し出てきています。教科書の見出し語と、判決が実際に使った言葉は、別物です。ここは、答案でも意識してください。

判例が信頼の原則という考え方を採っていないかといえば、そこは、違います。名前が無いだけで、中身の判断は、判例が現に示しています。「判例が『信頼の原則』と言った」とは書けません。でも「判例は、信頼してよいという理由づけで、注意義務を否定した」とは書けます。ここを、混同しないでください。

向きが反転する——監督過失は広げる法理

ここまでは絞る、ここからは広げる 図:ここまでは絞る、ここからは広げる

ここまでは、義務を絞る法理でした。ここから、向きが変わります。監督過失です。これは、直接手を下していない、上の立場の者にまで、過失を広げる法理です。工場で言えば、実際に装置を操作した人ではありません。その人を配置した工場長のほうに、過失が及ぶことがあります。危険な仕事を、誰にどう任せるか。その決定そのものに、落ち度があるからです。監督過失は、狭義の監督過失と、管理過失の2つに分かれます。この2つの違いを、設例で確かめましょう。

狭義の監督過失と管理過失——間に人が入るか

設例Y——単独操作させた新人B 図:設例Y——単独操作させた新人B

設例Yです。同じ工場で、Xは、入社2週間で装置の操作を教わっていない新人Bがいました。人手不足のため、Xはこの新人を単独で操作につかせました。Bは操作を誤り、蒸気が噴き出して、作業員Aが火傷を負いました。でも、Xにも過失があります。Xは、「教わっていないBを単独で操作させれば、Bが誤操作をして事故が起きる」ことを、予見できました。この予見を、怠っていたことが、Xの過失になります。

設例Z——放置された安全弁 図:設例Z——放置された安全弁

もう1つ、設例Zです。同じ工場で、Xは、装置の安全弁が壊れていることを知りながら、交換せずに放置していました。そのまま通常どおり運転させたところ、蒸気が噴き出して、作業員Aが火傷を負いました。でも、設例Yとは、性質が違います。設例Zには、Bのような、間に立つ人がいません。Xの不作為が、直接、事故につながっています。

狭義の監督過失と管理過失——間に人が入るか 図:狭義の監督過失と管理過失——間に人が入るか

違いは、たった1つです。間に、人の行為が入るかどうかです。設例Yは、Xの過失、Bの過失、結果という順番です。Xの過失は、Bを介して結果に及びます。だから間接的です。これを、狭義の監督過失と呼びます。一方、設例Zでは、Xの過失が、直接、結果につながっています。間に誰も入りません。これを、管理過失と呼びます。中身は、通常の過失と変わりません。ここは、判例が言葉にした規範ではなく、学説が整理した区別として、押さえてください。

二重の予見可能性——予見すべきは事故ではない 図:二重の予見可能性——予見すべきは事故ではない

もう1つ、狭義の監督過失だけに、追加で要る要素があります。直接行為者の過失による結果発生についての、予見可能性です。かみ砕くと、Xが予見すべきなのは「事故」そのものではありません。「Bが過失をおかすことによる事故」です。「教わっていないBが、誤操作をして事故を起こすかもしれない」。そこまで予見できたかが、問われます。整理して言えば、二重の予見可能性です。ちなみに、この呼び方自体も、判決の言葉ではありません。学習用に整理された、呼び名の1つです。設例Zには、この要素は要りません。設例Zには、間に立つ人がいないからです。Xの不作為そのものが過失なので、二重に見る必要が無いんです。

狭義の監督過失は、間に人が入る分だけ、見るべき予見可能性が1段増えます。

絞る法理が戻ってくる——監督者にも及ぶ信頼の原則

事案の骨格——液体塩素の漏出事故 図:事案の骨格——液体塩素の漏出事故

もう1つ、実際の最高裁判断を見てみましょう。舞台は、アエロジルという薬品を作る工場です。液体塩素を、貯蔵タンクへ受け入れる作業中に、事故が起きました。採用から約3か月半、技術班に配属されて4日目の、未熟練の技術員でした。受入れバルブと、隣のバルブを取り違えて開けてしまいました。塩素ガスが、大量に漏出しました。タンクローリーの運転手2名と、付近住民44名が、負傷しています。幸い、死者はいません。罪名は、業務上過失傷害です。この工場でも、製造課長など、監督する立場の人が起訴されました。判決の言葉を見てみましょう。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和六十三年十月二十七日

液体塩素の漏出事故 右の安全教育又は指示を徹底しておきさえすれば、通常、熟練技術員らの側においてこれを順守するものと信頼することが許されるのであり、それでもなお信頼することができない特別の事情があるときは、そもそも未熟練技術員を技術班に配置すること自体が許されないということになるからである

安全教育や指示を徹底しておきさえすれば、現場は守るはずだと言っています。熟練した技術員たちを、信頼してよいということです。教えても守らない相手だと分かっているなら、そもそもその作業に付けてはいけない、ということです。付けてよいと言えるからには、教育を徹底した先は、任せてよい。判決は、そう理由づけています。信頼の原則は、運転者どうしだけでなく、監督者と現場との間にも、及びます。

設例Yの変奏——安全教育を徹底していたら 図:設例Yの変奏——安全教育を徹底していたら

ここで、設例Yを、少し変えてみます。同じ場面です。ただし今回のXは、新人には必ず熟練者の立会いのもとで操作させると、全員に繰り返し教育していました。配属のときにも、本人と熟練者の双方に、念を押していました。それでも、Bは独断で単独操作をしてしまいました。ここで問いたいのは、Xに「作業現場を巡回して、常時監視する義務」まであったか、です。教育と指示を徹底していたなら、現場がそれを守ると、信頼してよいはずです。だから、常時の巡回監視義務までは、課されません。そこが、大事な注意点です。信頼の原則が消したのは、巡回監視義務という義務の一部だけです。この変えたほうのXは、教育と指示を果たしているので、過失は否定されます。ただしそれは、信頼の原則が過失を消したからではなく、Xが義務を果たしていたからです。現に、実際の判決は、監督者を無罪にはしていません。

安全教育や指示を怠った過失は、認めたままです。判決が削ったのは、巡回して常時監視する義務と、事故のあとすぐに点検する義務、この2つだけです。この2つは、監督者に求めるには、行き過ぎた義務だと判断されました。業務上過失傷害罪そのものは、成立しています。信頼の原則は、過失そのものを消す道具ではありません。義務の輪郭、どこまでを義務とするかを決める道具です。もし、この変えたほうの場合でも、Xが教育や指示すら怠っていたら、そこはそのまま、Xの過失として残ります。

到達点——広げる、絞るの2方向

到達点——広げる、絞るの2方向 図:到達点——広げる、絞るの2方向

今日見てきたことを、1つの図に畳んでみましょう。まず、①予見可能性で、入口を作ります。前回組み立てた、3つの問いです。②入口を通ったあと、結果回避義務の有無を、許された危険が絞ります。信頼の原則も、その中の1つです。③一方で、監督過失と管理過失は、義務を上へ広げます。直接手を下していない者にも、過失が及びます。そして④、広げた先で、もう一度絞る場面が出てきます。監督者にも、信頼の原則が及ぶ場面です。過失は、1本の線でできているのではありません。広げる方向と、絞る方向、この2つの力で、義務の範囲が決まります。

これが、第5章の締めくくりです。

今日の地図(保存版)

今日の地図 図:今日の地図

では、今日を振り返りましょう。許された危険から始めました。予見可能性があっても、社会的有用性などを考えて、結果回避義務が否定されることがあります。社会的有用性と、社会的必要性。予想される危険の蓋然性と、侵害されるべき法益の価値。この4つを、名指しで拾ってください。信頼の原則は、その一類型でした。要件は、信頼の存在と、信頼の相当性でした。信頼の原則、許された危険、監督過失、管理過失。いずれも、判決文には0回です。名前は、学説が付けました。監督過失は、直接手を下していない者にも、過失を広げる法理でした。間に人が入るかどうかで、狭義の監督過失と管理過失に分かれます。

安全教育を徹底していれば、監督者にも、信頼の原則が及びます。ただし、過失が全部消えるわけではない、ということも確認しましたね。第一の関門、構成要件の話は、これで終わりです。犯罪の成立は3つの関門で見ると、以前にやりました。次はその2つ目——違法性です。社会的相当性説や法益衡量説は、許された危険と混同しやすいところです。許された危険は、構成要件段階の話。社会的相当性説や法益衡量説は、次の関門の話です。過失犯の共同正犯として、あとの回で扱います。業務上過失致死傷罪の「業務」の意味や、危険運転致死傷は、各論の回で扱います。業務上失火、過失による教唆や幇助も、それぞれの回で扱います。責任能力や期待可能性は、責任を学ぶ章で。結果的加重犯も、別の回で扱います。

1つずつ、積み上げていきましょう。

参照条文

  • 道路交通法28条4項

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