結果無価値と行為無価値——違法性の実質とは何か
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第6章 違法性 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回の到達点を受ける——今日の問い
図:今日の問い——第一の関門から、第二の関門へ
前回、犯罪の成立要件は3つの関門で見ると言いました。1つ目は何だったか、覚えていますか?構成要件該当性、でしたね。構成要件該当性、違法性、責任。この3つでした。第一の関門、構成要件の話は、前回で終わりました。違法性です。多くの人が、そう感じます。でも、そう単純ではありません。実は、条文を読むと、ある奇妙な空欄に気づきます。先に言っておくと、その埋め方は、答案で使う道具の出所です。今日は、埋め方が2つに分かれること、そこから帰結が2つ出てくること。この順で見ます。
35条の空欄——形式的違法性と実質的違法性
図:35条の空欄——結論しか書いていない条文
条文刑法35条
刑法35条(正当行為) 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
刑法35条を見てみましょう。「正当な」行為は、罰しない。それだけです。「正当な」の中身こそが、空欄です。条文は「正当なら罰しない」という結論だけを置いて、何が正当かは書いていません。そこを埋めるのが、これから第6章でやることです。前に見た199条は、人を殺せば、それだけで犯罪の形式に当てはまります。でも35条は、「正当なら、この限りでない」という留保を、条文自身が持っています。ここから先、夜道を歩く2人の人物を、ずっと使います。行為者をX、その相手方をAと呼びます。夜道で、AがXに殴りかかってきました。XはAを突き飛ばし、Aは転んで手首を折りました。
図でも、確認しておきましょう。
図:事案の骨格——夜道のXとA
図:形式と実質——なぜかは条文に書いていない
この行為だけを、条文の言葉に当てはめると、どうなるでしょう。形式的には、刑法の行為規範に反しています。前に、規範とは「やってはいけない」という命令だと見ましたね。刑法が示す、その命令のことです。ここに、落差があります。条文の言葉には形式的に当たるのに、罰されない。条文は、書いていません。形式的に行為規範に違反することを、形式的違法性と呼びます。そして、その奥にある「なぜ罰しないのか」を問うことを、実質的違法性と呼びます。この落差を埋める作業を、実質的違法性を問う、と言います。その中身のことを、これから「違法性の実質」と呼びます。これが、第6章という関門が存在する理由そのものです。
対立の正体——結果無価値論と行為無価値論
図:対立の正体——空欄を埋める2つの考え方
この空欄を埋める考え方が、大きく2つあります。結果無価値論と、行為無価値論です。先に、その言葉の壁を、崩しておきましょう。
図:「無価値」の壁——価値がない、望ましくない
「無価値」は、価値がない、という意味です。かみ砕くと、望ましくない、ということです。犯罪という出来事には、行為と、結果という、2つの場面があります。Xが突き飛ばす、という行為。Aが骨折する、という結果。行為が望ましくないと見るか、結果が望ましくないと見るかで、2つの説が分かれているだけです。主観主義と客観主義の対立とは、別ものです。あちらは、3つの関門の全体にかかわる立場の話。こちらは、2つ目の関門、違法性の中だけの話です。まず、結果無価値論です。この考え方は、刑法の役割を、法益の保護に尽きる、と見ます。
社会の道徳や秩序を守ることまでは、刑法の役割に含めません。道徳の先生ではない、という言い方は、近いです。だから、違法性の実質は、結果の側に置かれます。法益侵害、またはその危険。これが、結果無価値論の答えです。刑法が道徳の面倒まで見はじめると、罰せられる範囲が、どこまでも広がりかねないからです。Xの反撃で守られたXの身体と、犠牲になったAの身体を比べます。釣り合っているから、違法性が阻却される、という説明になります。次に、行為無価値論です。この考え方は、刑法の役割を、法益の保護に加えて、社会の秩序だった行動のあり方を守ることにも見ます。この「秩序だった行動のあり方」を、法律の言葉では、社会倫理秩序と言います。
だから、違法性の実質は、結果だけでなく、行為の側にも置かれます。法益侵害やその危険のうち、社会的相当性を逸脱したもの。これが、行為無価値論の答えです。Xの反撃という行為そのものが、社会的に相当だったかどうかを見ます。殴りかかられて、とっさに突き飛ばした行為だから、社会的に相当だ、という説明になります。結論は同じ。理由の通り道が違うんです。まだ半分です。もう1つ、事案を並べてみましょう。同じ夜道です。ただし、今度はAは何もしていません。Xが面白半分に、Aを突き飛ばしただけです。Aは転んで、手首を折りました。
Aの手首の骨折という結果は、1ミリも変わりません。今度のXは、罰されます。結果は同じなのに答えが逆になる、そこが、今日いちばん大事な問いです。結果だけを見ていたのでは、この差を説明できません。結果無価値論も、ちゃんと説明できます。最初の事案には、Aの攻撃という、Aの側の落ち度がありました。だから、XとAの法益を、天秤にかけられます。今度は、Aに落ち度がありません。天秤の反対側に、乗せるものが無いんです。だから、Aの法益が一方的に失われるだけになり、違法性は阻却されません。行為無価値論は、もっと直接に説明します。殴りかかられての反撃と、面白半分の一撃とでは、行為そのものの社会的な相当性が違う。
これが、行為の側も見ようとする理由です。同じ結果の事案を並べて、行為の側の違いを指摘する。それが、行為無価値論の書き方です。
図:両説の対比——同じ事案を、どう説明するか
ここまでを、1枚の表に整理します。刑法は何のための法律か。結果無価値論は法益保護に尽きる、行為無価値論は社会倫理秩序の維持も含む、と考えます。何が望ましくないのか。結果無価値論は結果、行為無価値論は行為も、と考えます。違法性の実質。結果無価値論は、法益侵害とその危険と考えます。行為無価値論は、法益侵害やその危険のうち、社会的相当性を逸脱したものと考えます。そして事案の説明。結果無価値論は法益の均衡、行為無価値論は行為の社会的相当性で説明します。この講義は、行為無価値論の立場を採ります。刑法は、起きた結果を数えるだけの法律ではなく、どう行動すべきかも示している。この講義は、そう見るからです。
通説かどうかは、慎重に言う必要があります。この講義はこの立場を採りますが、学説全体では、今も対立が続いています。実務は、行為無価値論的な傾向にあると言われます。どちらが正しいかを覚える話ではありません。自分がどちらの道具を握っているかを自覚して書く。それが、この対立の使い方です。
行為無価値論は、結果を捨てる説ではない
図:行為無価値論だから、結果は関係ない?
行為無価値論だから結果は関係ない、というのは誤解です。この講義が採る行為無価値論は、結果無価値も違法性の実質に含めます。これを、行為無価値二元論と呼びます。行為無価値と結果無価値、2つを両方とも実質に含める、という意味です。それは、一元的行為無価値論という、また別の立場です。行為無価値だけに実質を求める説です。Aの手首が折れた、という結果です。この講義の二元論は、これも違法性の実質に数えます。一元論は、数えません。ここが、この論点でいちばん間違えやすいところです。
図:二元論と一元論——違法性の実質に何を含めるか
表で、整理しましょう。行為無価値二元論は、結果無価値と行為無価値の両方を、実質に含めます。この講義が立つのは、こちらです。一元的行為無価値論は、行為無価値だけを実質に含めます。「行為無価値論だから結果は関係ない」と書くと、答案では誤りになります。二元論と一元論を混同しないこと、それ自体が得点ポイントです。
払い戻しその1——①違法性阻却の一般的な根拠
図:払い戻し1——阻却の一般的な根拠
この対立からは、2つの理論的帰結が、自動的に出てきます。1つ目は、違法性を阻却する一般的な根拠です。結果無価値論は、違法性の実質を結果に置きました。だから、阻却の根拠も、結果の側から立てます。大きい法益を守るためなら、同じか、それより小さい法益を犠牲にしてもよい。これが、法益権衡説です。法益衡量説とも呼ばれます。一方、行為無価値論は、違法性の実質を行為にも置きました。だから、阻却の根拠は、行為が社会的に相当だったかどうかで立てます。これが、社会的相当性説です。今日は、行為無価値論からはこの説が出てくる、という対応関係だけを押さえてください。
守られたXの身体と、失われたAの手首。この2つを比べるのが、法益権衡説です。殴りかかられて、とっさに突き飛ばした。この行為の中身を見るのが、社会的相当性説です。さっき見た説明が、そのまま2つの説の名前になっています。前回、許された危険という考え方を見ました。あのとき、社会的相当性説や法益衡量説と、混同しやすいと予告しました。
図:許された危険との切り分け——どの関門の話か
許された危険は、第一の関門、構成要件段階の話です。結果を避けるための義務が、そもそもあるかどうかを決めます。一方、社会的相当性説や法益権衡説は、第二の関門、違法性の話です。義務があることを前提に、それでも違法性が阻却されるかどうかを決めます。言葉は似ていても、答えるべき問いが違います。
払い戻しその2——②主観的違法要素と36条1項
図:払い戻しその2——もう1つの帰結
条文刑法36条1項
刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
もう1つの理論的帰結を見るために、36条1項を見てみましょう。中身には、まだ入りません。今日見たいのは、1つの言葉だけです。「防衛するため」です。行為者の頭の中にある、目的や意図です。つまり、条文には、行為者の主観を表す言葉が、書き込まれています。この「ため」を、違法性を判断する要素として読むか、読まないか。これが、もう1つの理論的帰結、②主観的違法要素という論点です。
図:払い戻し2——主観的違法要素への態度
結果無価値論は、否定的です。違法性の実質は、結果の有無だけで決まる、という立場だからです。行為者の主観は、関係しません。一方、行為無価値論は、肯定的です。行為無価値論が守ろうとしているのは、秩序だった行動のあり方でした。同じように突き飛ばしても、身を守るためか、腹いせかで、行動としての意味は変わります。だから、違法性を判断する中で、相当性に主観も入ってきます。同じ1つの価値判断から、2つの帰結が両方とも出てきます。ここで、事案を少しだけ変えてみましょう。外から見た光景は、さっきとまったく同じです。Xが突き飛ばし、Aが手首を折りました。
Xの内心です。今度のXは、Aが殴りかかってきたことに、気づいていませんでした。別のことに腹を立てていて、たまたま目の前にいたAを、突き飛ばしただけでした。
図:事案を変えると——外形は同じ、内心だけが違う
表で、並べてみます。外から見える光景は、どちらも同じです。違うのは、Xの内心だけです。結果無価値論の向きは、結果はさっきと同じだから、違法性に影響しない、という方向に傾きます。行為無価値論の向きは、「防衛のため」という主観が無いことが、効いてくる方向に傾きます。そこが、この論点の核心です。この事案の結論は、今日は決めません。この事案をどちらの説がどう扱うかは、正当防衛の回で、正面から扱います。基本書も、ここでは踏み込まず、結果無価値論の側では防衛の意思不要説に立つ論者が多い、という傾向を挙げているだけです。
到達点——3段の連鎖
図:到達点——学説の趣味ではなく、道具の出所
今日、見てきたことを、1つの連鎖にまとめます。まず、①刑法を何のための法律と見るか。法益保護だけか、社会倫理秩序の維持も含むか。出発点の価値判断ですね。②その答えが、違法性の実質を何に求めるかを決めます。結果無価値論か、行為無価値論か。そして、そこから、2つの帰結が自動的に決まります。③違法性を阻却する一般的な根拠。これは、違法性阻却事由を扱う回の中心になります。④主観的違法要素。これは、正当防衛の回の中心です。③と④は、同じ段から枝分かれした、2つの帰結という意味です。この連鎖が言えるようになることが、今日のゴールです。
答案で使う道具の出所です。未遂犯の処罰根拠や、不能犯の学説でも、また出てきます。
今日の地図(保存版)
図:今日の地図
今日を、振り返りましょう。「正当な行為は罰しない」としか書いていない。「正当な」の中身は、条文の外にありました。結果無価値論は、刑法の役割を法益保護に尽きると見て、違法性の実質を結果に置きます。行為無価値論は、社会倫理秩序の維持も刑法の役割と見て、違法性の実質を行為にも置きます。結果無価値も見る二元論です。行為無価値だけの一元論とは、別の立場でした。阻却の一般根拠と、主観的違法要素です。阻却の一般根拠の詳論は、違法性阻却事由を扱う回で行います。主観的違法要素、防衛の意思の要否は、正当防衛の回で正面から扱います。
35条の「正当な業務」の中身は、正当行為を扱う回で。緊急避難、37条も、その先の回で扱います。1つずつ、積み上げていきましょう。
参照条文
- 刑法35条
- 刑法36条1項