刑法ゼロから刑法#41

労働争議行為・安楽死・自救行為——条文からの距離が、3段階ある

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第6章 違法性 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入——構成要件には当たるのに、罰されない

今日の問い——工場のストライキ 図:今日の問い——工場のストライキ

前回、35条に準用される4つが、全部埋まりました。確認です。前回、推定的承諾は、どこまで届きましたか?うーん……違法性阻却まで、でしたっけ。構成要件該当性までは、消えませんでしたね。今日は、35条準用の、さらに外に出ます。今日扱う4つは、35条が直接定める2つにも、準用される4つにも、乗りません。まず、具体的な場面から見てみましょう。ある工場で、ストライキが起きました。組合員たちが、工場の出入口に並びました。荷物の搬出を、実力で止めるためです。威力を用いて人の業務を妨害した——これは、234条の構成要件です。

でも、正当な争議行為である限り、罰されません。そこを、条文からの距離という視点で、今日は解きほぐします。

今日の地図(保存版)

条文からの距離、3段階 図:条文からの距離、3段階

35条の地図を作った回を、思い出してください。準用されるのは、被害者の承諾、推定的承諾、それに治療行為と義務の衝突でした。今日は、その準用のさらに外に出ます。今日見る4つを、条文からの距離で並べてみましょう。1つ目は、労働争議行為です。労働組合法という別の法律に、刑法35条を呼び込む条文があります。条文が別の条文を呼び込むこの形を、明文の橋と呼ぶことにします。安楽死と、尊厳死です。こちらには、明文の橋がありません。個別の裁判所が、具体的な要件を組み立てました。3つ目は、自救行為です。これは、超法規的違法性阻却事由と呼ばれます。

地図を、もう一段細かくします。この講義でこの言葉を当てるのは、根拠になる条文が無い、3つ目です。右へ行くほど、条文から遠くなります。まずは、労働争議行為から見ていきましょう。

労働争議行為①——意義と、35条につながる明文の橋

労組法1条2項という橋 図:労組法1条2項という橋

労働争議行為というのは、労働組合が行う団体交渉と、その他の行動のことです。労働者の地位を高めたり、労働組合を作ったりする目的でされる行為です。労働契約を結ぶ目的も、含まれます。まず、構成要件のほうから確認しましょう。

条文刑法234条

刑法234条(威力業務妨害) 威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による

233条と、同じ刑になる、という意味です。3年以下の拘禁刑、又は50万円以下の罰金です。234条の詳しい中身は、各論で業務妨害罪を扱う回に譲ります。ストライキの場面は、この構成要件に、形の上で当てはまります。その理由が、この条文です。

条文労働組合法1条2項

労働組合法1条2項 刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十五条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。

労働組合法という、別の法律の条文です。刑法35条の規定が、正当な争議行為にも適用される、と直接定めているんです。労働争議行為は、その2つに乗っかるわけではありません。労働組合法1条2項という、別の条文が橋を架けて、35条の効果を呼び込みます。準用とは違います。準用は、35条の理由づけを借りてくるものでした。借りてよい、と書いた条文は、どこにもありません。労働争議行為のほうは、労働組合法という条文自身が、35条の適用を宣言しています。だから、「争議行為は法令行為そのものだ」と言い切るのは、言い過ぎです。

労働組合法1条2項が、刑法35条の適用を定めている、というところまでです。憲法28条ですね。名前だけ、触れておきます。中身は憲法の講義に譲ります。

労働争議行為②——どこまでが「正当」か/可罰的違法性との弁別

正当性の限界 図:正当性の限界

労組法1条2項には、続きがあります。

論文で書く規範:労働組合法1条2項ただし書 いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。 (労働組合法1条2項ただし書)

暴力の行使は、いかなる場合も正当な行為とは解釈されません。目的が正しくても、事情がどうであっても、例外はありません。賃上げを求める組合員Aが、仲間と集団で職場を離れたとします。使用者の説得にも応じず、数時間、業務を止めました。でも、正当な争議行為の範囲内なら、阻却されえます。同じAが、説得に来た上司の胸ぐらをつかんで、殴ったとします。ただし書により、暴力の行使は、いかなる場合も正当な行為とは解釈されません。正当な争議行為が違法性を阻却するのは、234条だけではありません。脅迫罪や、強要罪等も含まれます。

脅迫罪や強要罪の詳しい中身は、各論の該当回で見ていきます。ここで、もう1つ大事な区別があります。前に見た、可罰的違法性です。あれは、実害が小さすぎて処罰に値しない、という話でした。

可罰的違法性との対比——何を問うているか 図:可罰的違法性との対比——何を問うているか

争議行為が罰されないのは、軽微だからではありません。争議行為が罰されないのは、正当だからです。可罰的違法性とは、別のルートです。可罰的違法性は、行為の重さを問います。労働争議行為は、目的と手段の正当性を問います。実害の大小だけで、労働争議行為を説明してはいけません。態様の分類は、労働法の各論に譲ります。今日は、条文からの距離に集中します。

安楽死①——意義と、積極的安楽死

安楽死の意義 図:安楽死の意義

2つ目のテーマ、安楽死に入ります。安楽死というのは、病気やけがで激しい体の痛みに苦しむ人が、自然に死を迎える時期を目前にしているときの措置です。本人から頼まれて、その痛みを取り除き、穏やかに最期を迎えさせる。これが安楽死です。毒薬を飲ませたり、首を絞めたりして、作為によって直接に生命を短縮する場合を、積極的安楽死と呼びます。

条文刑法202条

刑法202条(自殺関与及び同意殺人) 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。

積極的安楽死は、形の上で、この条文に当てはまる場面です。嘱託というのは、本人から頼まれることです。もし嘱託が無ければ、話は変わります。199条、つまり通常の殺人罪の問題になります。死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑です。202条の詳しい中身も、各論で同意殺人罪を扱う回に譲ります。積極的安楽死の要件は、判例ではなく裁判例が組み立てました。最高裁の判例ではなく、高等裁判所や地方裁判所の裁判例です。よくある取り違えです。35条は、正当な行為は罰しない、としか書いていません。何が正当かは、空欄のままです。その空欄を、事件を裁く裁判所が、この場面ではこういう条件だ、と具体的な言葉で埋めました。だから、これから見る2つの裁判例が、注目されてきました。

安楽死②——名古屋高等裁判所の6要件

名古屋高裁の6要件 図:名古屋高裁の6要件

まずは、名古屋高裁の裁判例を見てみましょう。

判例名古屋高等裁判所 昭和三十七年十二月二十二日判決

名古屋高等裁判所判決——積極的安楽死の6要件 ……(1) 病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること、(2) 病者の苦痛が甚しく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること、(3) もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと、(4) 病者の意識がなお明瞭であつて意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾のあること、(5) 医師の手によることを本則とし、これによりえない場合には医師によりえない首肯するに足る特別な事情があること、(6) その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。

「甚しく」「首肯するに足る」など、いまの文章では見かけない言い回しです。1つ目は、治る見込みが無く、死が目前に迫っていることです。2つ目は、苦痛が甚だしく、誰が見ても耐えられない程度であることです。3つ目は、もっぱら苦痛を和らげる目的でされたことです。4つ目は、意識があるなら、本人の真剣な嘱託か承諾があることです。5つ目は、医師の手によることを原則とし、それが無理なら特別な事情があることです。6つ目は、方法そのものが、倫理的にも妥当だと認められることです。1つでも欠ければ、違法性は阻却されません。

安楽死③——横浜地方裁判所の4要件

横浜地裁の4要件 図:横浜地裁の4要件

次に、横浜地裁の裁判例です。

判例横浜地方裁判所 平成7年3月28日判決

横浜地方裁判所判決——積極的安楽死の4要件 ……〔1〕患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること、〔2〕患者は死が避けられず、その死期が迫っていること、〔3〕患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと、〔4〕生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること、ということになる。

4つに絞られています。1つ目は、耐えがたい肉体的苦痛があることです。2つ目は、死期が迫っていることです。3つ目は、苦痛を取り除くために方法を尽くし、ほかに代わる手段が無いことです。4つ目は、生命を縮めることを承諾する、明示の意思表示があることです。ここから先が、今日いちばんの見どころです。

安楽死④——何が落ち、何が残ったか

6要件と4要件の比較——何が落ち、何が残ったか 図:6要件と4要件の比較——何が落ち、何が残ったか

6要件と、4要件を、1つずつ対応させてみましょう。まず、残った要件があります。苦痛が甚だしいことと、耐えがたい肉体的苦痛。これは、同じことです。死が目前に迫っていることと、死期が迫っていること。これも同じです。次に、落ちた要件があります。医師の手によることを本則とする要件と、方法が倫理的に妥当という要件です。ここだけ見ると、要件は緩くなったように見えます。要件が6つから4つに減りました。安楽死は、認められやすくなったのでしょうか?答えは、そう単純ではありません。厳しくなった要件も、あります。名古屋高裁は「本人の真摯な嘱託又は承諾」でした。横浜地裁は「生命の短縮を承諾する、明示の意思表示」です。

「真摯」は、心の中の評価です。「明示」は、形に出ているかどうかの話です。曖昧な本気度の判断より、明示された意思表示のほうが、要求水準は上がります。ただ、厳しさの中身は、形に出ているかどうかだけではありません。患者が「もう楽にしてほしい」と繰り返し訴えていた場面を考えてください。名古屋高裁の「真摯な嘱託又は承諾」なら、本気の訴えだったと評価する余地があります。ですが横浜地裁が求めるのは、生命の短縮を承諾する明示の意思表示です。苦痛を取ってほしいという訴えとは、指している中身が違います。さらに、新しく入った要件もあります。

「他に代替手段がないこと」——補充性の要件です。名古屋高裁には、明記がありませんでした。落ちた要件も、厳しくなった要件も、新しく入った要件も、同時に起きています。条文が無い分野では、複数の裁判例を比較する場面が、必ず出てきます。要件の数が減った、それだけでハードルが下がったと考えるのは、短絡です。この読み方を、今日は身につけてください。

尊厳死——延命措置の中止

安楽死と尊厳死の違い 図:安楽死と尊厳死の違い

もう1つ、近い言葉があります。尊厳死です。尊厳死とは、回復の見込みの無い末期状態の患者に対して、生命維持治療、つまり延命措置を中止し、尊厳を保たせながら死を迎えさせることです。積極的安楽死は、作為によって直接、生命を縮めます。尊厳死は、すでに始めている治療を、やめるんです。具体的な場面で見ておきましょう。意識が戻らないまま、人工呼吸器で呼吸を保っている患者がいるとします。回復の見込みは無いと医師が判断しました。ここで呼吸器を外す。これが尊厳死の場面です。そこが難問です。元気なうちに本人が書き残していれば、手がかりがあります。何も残していなければ、家族の言葉だけで決めてよいのか。ここで説が割れます。

論文で書く規範:尊厳死の難問 尊厳死で違法性が阻却されるかどうかは、否定説と肯定説が対立したままである。肯定説に立っても、患者が自分で延命措置を拒む意思を示せないとき、家族や第三者がその意思を代わりに表示できるのかという難問が残る。 (尊厳死をめぐる学説状況)

否定説と、肯定説があります。どちらが通説とも、断定できません。本人が意思を示せないとき、家族や第三者が代わりに意思表示できるか——ここが難問です。対立があることまでを、押さえておいてください。

自救行為①——決めるのは「時間」

半年前の自転車 図:半年前の自転車

3つ目のテーマ、自救行為に入ります。具体例から、いきましょう。会社員Pは、半年前に、自転車を盗まれました。ある日、駅前の駐輪場で、その自転車に乗っているQを見かけました。Pは、その場でQを呼び止めて、自転車を取り戻しました。そこを、条文で確かめてみましょう。

条文刑法36条1項

刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

Qが自転車を盗んだ行為そのものは、半年前に終わっています。「急迫」は、侵害が現にあるか、間近に押し迫っていることを求める言葉です。前回見た、37条1項の「現在の危難」も、過ぎ去った話には使えません。正当防衛と、緊急避難、両方の入口が閉じています。

時間軸で見る 図:時間軸で見る

いえ、条文の外に、まだ道があります。ひったくりの財布を、その場で追いかけて取り返す場面でしたね。35条の2つと、正当防衛と、緊急避難。この4つでしたね。あの場面は、実は微妙な位置にあります。犯人が、まだその場で逃げている最中なら、侵害はなお続いているとみる余地があります。正当防衛の検討対象になりえます。境界線の判定は、正当防衛を正面から扱う回に譲ります。Pの場合は、盗まれてから半年です。侵害が終わっているのは、一義的にはっきりしています。今日は、はっきり終わっている場合に絞って、この先を見ていきます。

自救行為②——要件と、なぜ極めて厳格か

自救行為の4要件 図:自救行為の4要件

刑法は、自救行為について、規定を設けていません。違法性の実質は、法益侵害やその危険のうち、社会的相当性を逸脱したもの。そう見てきましたね。自救行為が、社会的に相当だといえるなら、違法性を阻却できます。ただ、なぜ極めて厳格なのか、考えてみてください。広く認めると、私人による実力行使が横行してしまうからです。だから、一定のきわめて限定された場合にのみ、認められます。4つの要件があります。1つ目は、権利に対する侵害があったことです。2つ目は、被害回復の緊急性です。正規の手続を待っていては、時期を失して、回復が事実上不可能か、著しく困難になることです。

3つ目は、自救の意思です。権利を保全する目的があることです。4つ目は、行為自体の相当性です。補充の原則と、法益権衡の原則が、ここに入ってきます。法益権衡は、守った利益と壊した利益がつり合っているか、という物差しでしたね。前回、緊急避難の要件として見たものです。

論文で書く規範:「等」の一字が意味すること 権利に対する侵害、被害回復の緊急性、自救の意思、行為自体の相当性。この4つをすべて満たすことが要る。しかも学説は、ここに「」の一字を添えている。この4つで打ち止めだ、とは言っていない。 (自救行為の要件)

この4つで全部、と言い切ってはいけません。ただし、限定列挙でないからといって、緩いわけでもありません。1つ目、自転車という財産権への侵害はあります。2つ目、時間が経つほど、自転車の所在は分からなくなります。緊急性は、事案次第です。3つ目、盗まれた自転車を取り戻す意思そのものは、自救の意思にあたります。ここが、相当性の分かれ目です。声をかけて、任意に取り戻す程度なら、相当性を満たしえます。実力で奪えば、相当性を欠く方向に傾きます。条文から遠いほど、根拠づけに要る作業は増えて、認められる場面は狭くなります。なお、Qの行為が窃盗罪にあたるかどうかは、各論の領分です。今日は深追いしません。窃盗罪を扱う回で、受け止めます。

Pの暴行罪の成否も、各論に譲ります。今日は、違法性阻却の枠組みに集中します。

到達点——4つを条文からの距離で並べ直す・まとめ・送り

条文からの距離・完成版 図:条文からの距離・完成版

今日見た4つを、条文からの距離で並べ直しましょう。1つ目は、労働争議行為です。労働組合法1条2項という、明文の橋がありました。2つ目は、安楽死と尊厳死です。明文の橋はありませんが、裁判例が要件を組みました。数が減っても、緩くなったとは限りませんでしたね。3つ目は、自救行為です。条文の外に、完全に出ます。侵害がすでに過去のものになっているかどうかで、道が分かれます。今日は、その枠に具体的な中身が入りました。

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を、振り返りましょう。労働争議行為は、労働組合法1条2項という、明文の橋を持っていました。数の増減だけで、厳しいか緩いかを判断してはいけない。それが今日の払い戻しでした。そして、自救行為は、時間で決まりました。4要件を満たして、初めて例外的に阻却されます。権利行使と恐喝罪の関係は、各論で恐喝罪を扱う回に譲ります。窃盗罪との関係は、各論で窃盗罪を扱う回で受け止めます。正当防衛を正面から扱う回で、急迫性の終期まで、正面から見ていきます。緊急避難だけを正面から扱う回、つまり第6章の締めで扱います。

この距離感を持っていれば、条文の外に出ても、迷子になりません。

参照条文

  • 刑法234条
  • 労働組合法1条2項
  • 刑法202条
  • 刑法36条1項

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