推定的承諾・治療行為・義務の衝突——聞けなかったとき、切るとき、両方は救えないとき
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第6章 違法性 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
前回・前々回の地図を受ける——今日の問い
図:今日の問い——残り3つに入る
前回、被害者の承諾の有効要件①から⑥までを見ました。確認です。前回の①から⑥のうち、行為無価値論から加わるのはどれでしたか?⑥行為態様の相当性も、忘れないでくださいね。35条に準用される4つのうち、これで1つ目が終わりました。今日は、その残り3つに入ります。3つとも、舞台が少し変わります。今日扱う場面は、現実の承諾が無い、または承諾では説明できない場面です。山あいの集落で、隣の家から火が出ました。住人は、旅行中で留守でした。近所に住むXは、燃え移りを心配しました。そして、隣家の窓を割って中に入りました。
仏壇の位牌と、実印の入った金庫を運び出しました。家主の承諾は、一つもありません。Xの行為が住居侵入罪にあたるかどうか——それが、今日の入口です。
今日の地図(保存版)
図:直接適用の2つと、準用される4つ
前々回に見た、35条の地図を思い出してください。法令行為と、正当業務行為です。通説は、被害者の承諾のほか、推定的承諾・治療行為・義務の衝突も準用します。今日は、残りの3つに入ります。
条文刑法35条
刑法35条(正当行為) 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
条文の言葉は、法令と正当な業務の2つしか挙げていません。この準用の構造を、今日は具体的に埋めていきます。微妙に違います。推定的承諾は、承諾に似ています。でも治療行為と義務の衝突は、少し違う理由で正当化されます。まず1つ目、推定的承諾からいきましょう。
推定的承諾①——「聞けなかった」を埋める論理
図:現実にあるかどうかで仕分ける
冒頭のXの例、覚えていますか。隣の家が火事で、Xが窓を割って入った話ですね。家主に、事前に確認する時間はありませんでした。では、家主がその場にいたら、何と言うと思いますか。「早く運び出してほしい」と、言いそうです。この「言ったに決まっている」という発想が、推定的承諾です。明示にも黙示にも、現実の承諾はありません。しかし、事情を知っていれば当然に承諾したであろうと考えられる場合をいいます。ここで、注意してほしい区別があります。黙示の承諾と、推定的承諾です。黙示の承諾は、現実に承諾があります。言葉にしていないだけで、態度や状況から読み取れます。
推定的承諾は、現実の承諾そのものがありません。本人に確認しようがない場面です。この違いが、次の山場に直結します。
推定的承諾②——ここが一番間違えられる
図:効果はどこまで届くのか
では、Xの行為は住居侵入罪にあたるでしょうか。
条文刑法130条
刑法130条(住居侵入等) 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。
条文を見てください。「正当な理由がないのに」とあります。前々回の4つの型を思い出してください。現実の承諾があれば、構成要件該当性そのものが失われる場合があります。推定的承諾に基づく行為は、もっぱら違法性を阻却するにすぎない、というのが通説です。承諾が無いことが構成要件要素になっている罪でも、構成要件該当性を阻却する効果は持ちません。現実に法益が放棄された、という事実が無いからです。推定的承諾は、あくまで「したであろう」という評価にすぎません。事実が無い以上、構成要件該当性という事実レベルの判断は動かせません。
評価でカバーできる、違法性のレベルだけです。
図:推定的承諾が届くのは違法性まで
整理しましょう。板を見てください。現実の承諾があれば、構成要件該当性が消える場合があります。推定的承諾は、構成要件該当性を消しません。違法性のところで初めて効いてきます。Xの行為は、住居侵入罪の構成要件には該当します。ただ、推定的承諾によって違法性が阻却されるので、犯罪は成立しません。まず構成要件該当性を認めて、そのあとで違法性阻却を検討します。
推定的承諾③——3つの要件と、事後の不承諾
図:3つの要件
推定的承諾で違法性が阻却されるには、3つの要件が要ります。1つ目は、承諾が客観的かつ合理的に推定されることです。「いい人そうだから」だけでは足りません。そのときは、①の客観的な合理性を欠きます。推定的承諾は認められません。2つ目は、推定の向かう先が、本人の判断だけで手放せる法益、つまり個人的法益であることです。国家的・社会的法益は、本人が処分できないので、推定にも意味がありません。3つ目は、やり方そのものが、世の中の常識に照らして受け入れられる、相当なものであることです。前回見たとおり、承諾は一資料——それだけでは結論が出ず、他の材料も見る、という意味でした。推定であっても同じです。手段が行き過ぎれば、阻却されません。
家財を運び出すという行為は、社会的に相当な範囲だと考えられます。だから、Xは違法性が阻却されます。
図:判断の基準時は行為の時
もう一つ、覚えておいてほしいことがあります。もし後日、家主が「あんなことしてほしくなかった」と言ったらどうなると思いますか?取り消しにはなりません。3要件をみたした以上、事後に不承諾の意思を示しても効果に影響はありません。判断の基準時は、行為の時だからです。行為の時点で3要件がそろっていれば、あとから覆りません。
治療行為①——手術はなぜ話題になるのか
図:メスで切るという事実
2つ目のテーマ、治療行為に入ります。治療行為とは、手術のように、病気やけがを治すために体へ加える医療上の処置のことです。
条文刑法204条
刑法204条(傷害) 人の身体を傷害した者は、十五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
条文を見てください。「人の身体を傷害した者」とあります。治療行為は、その多くが、傷害罪をはじめとする罪の構成要件に当てはまります。治療のためかどうかは、ここでは関係ありません。そこが、初学者の迷うところです。治療目的なら犯罪でない、と考えてしまうと、違法性阻却の段階が要る理由を説明できなくなります。構成要件該当性は認めたうえで、違法性阻却で救います。204条の構成要件には該当するが、要件をみたすかぎり違法性が阻却される、と書きます。事実は事実として認めて、評価で救う、という構造は共通しています。
治療行為②——要件の対立、A説とB説
図:A説とB説、専断的治療行為の帰結
ここで、少し考えてみてください。治療目的で、医学的にも正しい方法で手術をしたら、それだけでいつも違法性は阻却されるでしょうか?うーん……足りる気もしますけど、何か引っかかります。ここに、争いがあります。第6章の最初に見たとおり、行為無価値論は、行為が社会的に相当かどうかで阻却を決めましたね。治療行為で、どこまでそろえば社会的に相当といえるのか。A説とB説は、そこで分かれます。A説は、①治療目的、②医学上一般に承認された手段・方法です。この2つがあれば、それで足りるとします。B説は多数説で、①と②に加えて、③患者等の承諾または推定的承諾が必要です。
患者の自己決定権を、尊重する必要があるからです。自分の体に何をされるかを、自分で決める権利のことです。憲法13条を根拠にする考え方です。専断的治療行為の扱いが、正反対になります。患者の同意を得ず、同意が推定もされない状況で行われる治療行為のことです。美容外科医Yが、患者Bから二重まぶたの手術だけという同意を得ました。ところが、麻酔で意識のないBに無断で、当初説明していない鼻の施術まで追加で行いました。追加の部分について、Bの承諾も推定的承諾もありません。A説は、①と②さえみたせば足ります。専断的治療行為でも、阻却されます。
B説は、③を欠く以上、専断的治療行為は原則として違法になります。答案では、立場を明示したうえで、専断的治療行為の結論がどちらに転ぶかまで書きます。多数説の存在を見落とした答案、と評価されてしまいます。
治療行為③——医師免許は要件ではない
図:医師免許は要件ではない
もう一つ、考えてみてください。本物の医者が手術をすれば、それだけで正当業務行為として当然に違法性は阻却されるでしょうか?資格があれば足りると考えるのが、答案でよく指摘される典型的な誤りです。以上の議論は、治療行為をした人が本物の医者か偽者かを問いません。阻却の根拠は、行為が社会的に相当だといえることです。それを決めるのは、採る説の要件の中身です。免許は、治療目的でも、正しい方法でも、患者の同意でもない。要件のどこにも入っていません。要件をみたすかぎり、医師の資格のないニセ医者による治療行為でも、違法性は阻却されます。
医師法違反の点は、別の問題として残ります。ただ、傷害罪の違法性は阻却されます。本物の医者であっても、要件をみたさなければ、原則として違法性は阻却されません。具体例を、2つ見てみましょう。無資格者Zが、災害現場で応急手当の心得に従って、正しい手順で処置をしました。同意を得たうえで、止血処置をしました。でも、要件はみたしています。だから、違法性は阻却されます。医師法違反は別問題です。さっきの美容外科医Yです。Bの同意なく、麻酔中に、無断で鼻の施術まで行いました。でも、B説の③を欠いています。要件をみたしていません。
板を見てください。本物の医者×要件充足は、阻却されます。本物の医者×要件不充足は、原則として阻却されません。ニセ医者×要件充足は、阻却されます。医師法違反は別問題です。ニセ医者×要件不充足は、阻却されません。要件の充足だけです。
⭐ 論文で書く規範:医師免許は要件ではない 要件(採る説の①〜③)をみたすかぎり、行為者が医師であるかどうかを問わず、違法性は阻却される。 医師であっても、要件を欠けば、原則として違法性は阻却されない。 (規範(通説で立てる))
資格だけで足りると考える書き方が、その典型的な誤りです。資格ではなく、要件で決まります。今日の地図のとおり、治療行為は正当業務行為そのものではなく、35条が準用される側でした。前々回に見たとおり、「業務」は行為の種類を見る言葉でしたね。資格を見る言葉ではありません。採る説の要件充足を、淡々と認定してください。
義務の衝突①——両立しない義務
図:2人同時に危険な場面
最後のテーマ、義務の衝突に入ります。ここまでの2つは、1つの行為を、どこまで正当化できるかという話でした。最後は、果たすべき義務が2つあって、片方しか選べない場面です。承諾は、もう出てきません。義務の衝突というのは、法律上の義務が複数あって両立せず、片方を果たせば他方を怠るしかない場合です。海水浴場で、ライフセーバーのIが、同時に溺れた2人を見つけました。見知らぬ、10歳の少年と70代の男性です。不作為犯で見た、法的な作為義務です。Iには監視業務上、遊泳客を保護する義務があります。Iは、まず少年を救助しました。男性は、間に合わず亡くなりました。
義務の衝突②——緊急避難37条との違い
図:義務の衝突と37条の対比
Iの行為は、違法になるでしょうか。義務の衝突がある場合、義務の軽重を比較します。果たしたほうの義務が、見捨てたほうの義務と比べて、少なくとも同じ重さであるとき、違法性が阻却される、というのが通説です。同等でも足ります。義務の衝突は、行為者がどちらの義務も履行する物理的な手段を持たない、という限界状況が前提です。優越まで要求すると、同格の義務が競合した場面で、誰も救われない結論になりかねません。同じ重さの義務を選んで果たしたのなら、その行為は社会的に相当だといえる。だから阻却されます。どちらも、遊泳客の生命を守る義務です。年齢だけで、優劣はつきません。
逆に、履行した義務の方が明らかに軽ければ、阻却は認められません。ここで、似ている制度と比べてみましょう。
条文刑法37条1項
刑法37条1項(緊急避難) 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
義務の衝突と緊急避難は、どちらも「両方は守れない」場面です。ただ、比べている対象が違います。緊急避難は、生じた害と避けようとした害という、害と害のつり合いを見ます。義務の衝突は、履行した義務と放置した義務という、義務と義務の軽重を見ます。緊急避難は、現在の危難を避けるための積極的な回避行為が問題になります。義務の衝突は、複数の義務のうちどれを履行するかという選択が問題になります。緊急避難には、ほかにも要件があります。ほかに方法が無かったといえるか——補充性です。守った利益と壊した利益がつり合っているか——法益権衡です。この2つの詳しい話は、第6章の締めにある、緊急避難だけを正面から扱う回でまとめて見ます。
到達点——3つを見分ける手順とまとめ
図:承諾が無い場面に出会ったら
今日の内容を、1つの手順にまとめます。承諾が無い場面に出会ったら、まず本人に聞く機会が無かっただけか、を考えます。3要件で検討します。次に、治すために体を切る必要があったのか、を考えます。採る説の要件で検討します。医師免許は無関係です。最後に、複数の義務のうちどちらかしか果たせなかったのか、を考えます。同等以上かどうかで検討します。いずれにも当たらない場合は、35条準用の外に出ます。その他の正当行為や自救行為ですが、それはこの続きの回で扱います。
図:今日の到達点
今日を振り返りましょう。推定的承諾は、聞けなかった場面を拾う制度でした。ただし、構成要件該当性までは消せません。現実に法益が放棄された事実が無いからです。そのうえで、治療行為は、採る説の要件をみたせば違法性が阻却されます。そして、医師免許は要件ではありません。答案でよく指摘される、その典型的な誤りを覚えておいてください。今日で、35条に準用される4つが、全部埋まりました。この続きの回では、35条の外に出て、その他の正当行為や自救行為に進みます。この3つを自力で見分けられることこそ、今日いちばん大事な到達点です。
参照条文
- 刑法35条
- 刑法130条
- 刑法204条
- 刑法37条1項