刑法ゼロから刑法#44

偶然防衛と防衛の意思——知らずに人を救っても、正当防衛か

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第6章 違法性 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入——助けるつもりはなかった

今日の問い 図:今日の問い

助ける気が無いのに、結果として命が助かったんです。実は、この問いへの答えは割れます。「守る気が無いのだから、正当防衛にはならない」。そう考える立場があります。一方で「結果として法益が守られたのだから、正当防衛になる」。そう考える立場もあります。今日は、その理由を説明できるようにします。「急迫」「不正」「侵害」、そして「自己または他人の権利」。前回までで、この4つを終えました。残りは2つです。今日は、そのうち1つだけを詰めます。

5つ目の要件へ

5つ目の要件、ここだけ 図:5つ目の要件、ここだけ

36条1項を、6つに割ったのを覚えていますか。急迫、不正、侵害、自己または他人の権利。防衛するため、やむを得ずにした行為でしたね。前回までで、最初の4つを終えました。今日は、5つ目の「防衛するため」だけを詰めます。6つ目の「やむを得ずにした行為」は、別の回に譲ります。もう一度、条文を見てみましょう。

条文刑法36条1項

刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

「防衛するため」、この一言が今日の主役です。目的を表す言葉です。だから条文は、防衛するためにした行為を求めているように読めます。実は、この一言をめぐって大きな対立が起きます。次で、その入り口を見せます。

偶然防衛——なぜ試薬になるのか

偶然防衛の構造 図:偶然防衛の構造

具体で考えましょう。深夜の路上で、Aは以前からのいざこざの相手Bを見つけました。恨みを晴らしたい一心で、Aはいきなり背後からBを殴りつけました。Aには、誰かを助ける気などまったく無いんです。ただ、暴力を振るいたかっただけです。ところが実際には、その瞬間Bはナイフを取り出していました。少し先を歩いていた通行人Cに、切りつけようとしていたんです。Aの一撃でBは体勢を崩し、Cは無傷で済みました。客観的には、法益が守られています。そこです。客観と主観が、真っ二つに食い違っています。この作り話を、偶然防衛と呼びます。

この食い違いを、どちらで重く見るかで答えが割れるからです。客観と主観、どちらを重く見る立場なのか。それをあぶり出す、試薬のような役目です。

結果無価値論と行為無価値論の対立 図:結果無価値論と行為無価値論の対立

ここで、前に見た対立を思い出してください。違法性を、どこで見るかという対立です。法益が侵害されたかどうかで見る考え方。行為が社会的にふさわしいかどうかで見る考え方。この2つが、ありましたね。この対立が、そのまま今日の入り口になります。Aの頭の中身を重く見るかどうかは、まさにこの続きです。主観的違法要素、という名前でした。行為者の主観が、違法性の判断に影響するか。この回に預けた論点です。

要否——2つの説と、条文の文言

不要説と必要説――結論の対立 図:不要説と必要説――結論の対立

冒頭のAに、正当防衛は成立するでしょうか。答えは、2つの説で真っ二つに割れます。まず不要説です。結果無価値論を徹底する立場です。違法性が阻却されるかは、法益の権衡、つまり守られた法益と失われた法益の釣り合いだけで決まります。行為者の主観は、この権衡に影響を与えない、と考えます。だからAの行為は、客観的には法益を守っています。だから、正当防衛として不可罰になります。この説を採ると、そうなります。もう一方は必要説です。行為無価値論から導かれる立場です。違法性が阻却されるかは、行為の社会的相当性で決まります。行為者の主観は、この相当性に影響を与える、と考えます。

加えて、決め手がもう1つあります。さっき見た、条文の文言です。「防衛するため」という言葉は、防衛の意思が必要であることを素直に表しています。だから、必要説を採ります。恨みを晴らすためだけの一撃は、社会的に相当な行為とは言えません。Aには、防衛の意思が欠けます。だから、正当防衛は成立しません。結果が生じている以上、犯罪が成立します。そして判例も、防衛の意思の存否を正面から問題にします。この一貫した立場は、必要説と整合的です。結果無価値論に立てば必ず不要説になる、というわけではありません。結果無価値論に立つ論者に不要説が多い、という傾向です。違法性の実質をどこに置いたかで、説の向きがそちらへ傾く。そういうつながりです。

防衛の意思の中身が、次の話です。

内容——ゆるやかに解する

「消える」と「消えない」の区別 図:「消える」と「消えない」の区別

防衛の意思が必要だとして、その中身はどこまで厳しいでしょうか。「明確で積極的な防衛目的」を要求すると、困ったことが起きます。正当防衛は、とっさに反射的に行われることが少なくありません。そこまで求めると、身を守ったはずの人が、正当防衛から外れてしまいます。傘を差していた人が、急に強い風にあおられたとします。深く考えずに、とっさに傘を体の前に傾けますよね。そこには「絶対に風から守り抜く」という強い決意はありません。ただ「まずい」と思って、とっさに避けただけです。防衛の意思も、これと同じ程度の意識で足ります。

そこで、防衛の意思の中身はゆるやかに解します。

論文で書く規範:防衛の意思の内容 急迫不正の侵害を意識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態で足りる。 (規範(通説で立てる/判例が一般論として言明した定式ではない))

難しい目的意識は要りません。侵害に気づいて、それを避けようとする。その程度で足ります。ここから、3つの場面で確認しましょう。1つ目、殴られてカッとなって、殴り返した場合です。カッとなったというだけでは、実は消えません。

判例最判昭46・11・16 刑集25巻8号996頁

最高裁判所——憤激・逆上と防衛の意思 「刑法三六条の防衛行為は、防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。」

急迫の定義を立てたあの判決には、もう1つの顔があります。今の一文が、その2つ目です。2つ目、攻撃の意思を併有していた場合です。

判例最判昭50・11・28 刑集29巻10号983頁/判旨の要旨

最高裁判所——攻撃的な意思を併有していても 急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためにした行為と認められる限り、その行為が同時に侵害者に対して攻撃的な意思に出たものであっても、刑法36条の防衛行為に当たる。

暴行を受けている友人を、助けに駆けつけた事案です。加害者に、攻撃的な意思を伴う行為に出ています。それでも、防衛のためにした行為と認められる限り。防衛行為に当たります。3つ目、もっぱら攻撃の意思で反撃した場合です。少しでも、ではありません。ほかの要素を実質的に押しのけるくらい、攻撃だけになっている状態です。「避けようとする」とは言えません。防衛の意思は否定されます。この3行を、覚えておいてください。

弁別——急迫性が消える場合との違い

弁別――急迫性か、防衛の意思か 図:弁別――急迫性か、防衛の意思か

ここで、1つ確認させてください。急迫を詰めた回を思い出してください。待ち構えていて「ちょうどいい」と思った場合、これは何という要件が否定されるんでしたか?急迫性です。積極的加害意思があると、否定されるんでした。ここからが、今日いちばんの山場です。「もっぱら攻撃の意思」は、実は「積極的加害意思」と同じ心のうちです。同じ心理状態でも、いつ生まれたかで扱いが変わります。1つ目、侵害を事前に予期していた場合です。その機会を利用して、積極的に加害する意思で臨んだ場合です。これは急迫の回で学んだ、急迫性の問題でしたね。

急迫性は、行為全般の状況から判断して、積極的加害意思はその中の有力な一例、という位置づけでしたね。2つ目です。侵害を予期していなかった場合です。不意打ちで襲われた場面の途中で、気持ちが変わった場合です。

途中で、心が変わる 図:途中で、心が変わる

具体で考えましょう。Aは、何の前触れもなく、通りすがりのBに殴りかかられました。とっさに腕を上げて防ごうとしました。その瞬間、Bの姿勢が崩れているのが見えました。Aは「これはやり返せる」と考えました。防御をやめて、AはもっぱらBを痛めつける目的で殴り続けました。急迫性は、そのまま認められます。Aは、事前に予期していなかったからです。反撃行為そのものが、「避けようとする」意思を欠きます。だから、防衛の意思が否定されます。急迫性は、侵害の側が時間的に迫っているかを見る要件でした。防衛の意思は、反撃する側の心のうちを見る要件です。

弁別――急迫性か、防衛の意思か(再掲) 図:弁別――急迫性か、防衛の意思か(再掲)

その心のうちが生まれるのが、反撃より前か、反撃の最中かで違うからです。予期していれば、その心は反撃より前からあります。さっき見た「行為全般の状況」、つまり反撃に先行する事情の中に入るので、侵害の側の要件、急迫性が動きます。予期していなければ、その心が生まれるのは、反撃を始めたあとです。先行する事情は、何も変わりません。だから予期があれば急迫性の側で、予期が無ければ防衛の意思の側で、同じ心理状態が効きます。答案でも、どちらで落としているのか、はっきりさせます。ここで、短答式で気をつけてほしい点があります。

急迫性を客観的な要件と考える立場もあります。防衛する側の内心では、急迫性は動かないと考える立場です。予期していて、積極的に加害する意思があったとします。その場合は、結局は防衛の意思の段階で否定されます。正当防衛が成立しないという結論は、変わりません。

過失行為と防衛の意思・まとめ

誤信から、なお防衛の意思 図:誤信から、なお防衛の意思

防衛の意思の中身を、心理状態として緩やかに捉えました。この帰結として、過失行為にも防衛の意思を認めうるんです。具体で考えましょう。夜間警備員のAは、巡回中に倉庫の暗がりで影に気づきました。以前から出没していた、獰猛な野良犬だと思い込みました。持っていた警棒で、強く殴りつけました。ところが実際には、それは侵入者Bでした。倉庫に忍び込み、Aを刃物で刺そうと近づいていたんです。

条文刑法211条

刑法211条(業務上過失致死傷等) 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。

Aの行為は、この条文の構成要件に該当します。ここで主語にするのは、Aが主観的に置かれていたと信じた状況です。動物の攻撃を「不正」と言えるかには争いがありましたが、ここで見るのは、侵害を意識して避けようとしていたか、その心理状態です。Aは、急迫不正の侵害を意識しつつ。これを避けようとする、単純な心理状態にあったと言えます。だから、防衛の意思は認められます。相手が実際に自分を害する意思で近づいていたのであれば、正当防衛が成立しえます。心理状態として緩やかに捉えた、自然な帰結です。

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を、振り返りましょう。防衛の意思は必要でした。決め手は、行為者の主観が社会的相当性に影響すること。そして、「ため」という条文の文言でしたね。憤激・逆上していても、攻撃の意思を併有していても、消えません。もっぱら攻撃の意思なら、消えます。同じ「もっぱら攻撃したい」という心理状態でも、生まれるタイミングで結論が変わります。では、ここで1つ確認させてください。待ち構えていたのではなく、殴られている最中に気持ちが変わった場合です。これは急迫性の問題でしょうか、それとも防衛の意思の問題でしょうか?

予期していなかったので、急迫性はそのまま認められます。反撃行為そのものが避けようとする意思を欠くので、防衛の意思の問題です。急迫性は残ったまま、防衛の意思のほうで落ちる。ここが今日の要点です。最後に、過失行為にも防衛の意思を認めうることも確認しました。要否と内容は、ワンセットの論点です。これで、36条1項の前半、5つの言葉が揃いました。残るは、「やむを得ずにした行為」、つまり相当性です。次は、そこを見ていきます。

参照条文

  • 刑法36条1項
  • 刑法211条

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