相当性と反撃行為——突き飛ばしただけで重傷。それでも正当防衛か
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第6章 違法性 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——6つ目にして最後の言葉
図:今日の問い
今日は、その続きからです。まず、具体で考えましょう。言い合いになった相手に、いきなり指をつかまれました。そのまま、ぐいっとねじり上げられました。痛みのあまり、振りほどこうとしました。相手の胸を、1回強く突き飛ばしました。ところが相手は、たまたま近くの車に頭を打ちつけました。45日の治療を要する、重いけがでした。この場合、正当防衛は成立するでしょうか。実は、結果の大きさだけでは決まりません。何で決まるのかを、今日は最後まで詰めます。
6要件の地図、最後の1つ
図:6要件、最後の1つ
36条1項を、6つに割ったのを覚えていますか。急迫、不正、侵害、自己または他人の権利。防衛するため、やむを得ずにした行為でしたね。前回までで、最初の5つを終えました。今日で、6つ全部が揃います。ここで、1つ注意してください。この6つ目だけ、「行為」という言葉まで含んでいます。だから、中身が2つ入っています。
条文刑法36条1項
刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
1つ目は「やむを得ずに」、つまり相当性です。どこまでやれるかを、測ります。2つ目は「した行為」、つまり防衛行為そのものです。誰に向けた行為か、を問います。
図:今日の2本立て
前半は相当性、後半は行為の向け先です。冒頭の話は、前半の相当性です。まず、そこから見ていきましょう。
相当性とは何か
図:事案——押し問答から、突き飛ばしまで
冒頭の話は、実際にあった裁判がもとです。勤務先の事務所の入口付近で、いさかいになりました。相手が突然、指をつかんでねじり上げてきました。痛みのあまり、振りほどこうとしました。相手の胸を、1回強く突き飛ばしました。相手は仰向けに倒れました。たまたま近くにあった車に、後頭部を打ちつけました。この裁判所は、こう言いました。
判例最判昭44・12・4 刑集23巻12号1573頁
最高裁判所——反撃行為の相当性 「刑法三六条一項にいう『已ムコトヲ得サルニ出テタル行為』とは、反撃行為が急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を有することを意味し、右行為によつて生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であつても、正当防衛行為でなくなるものではない。」
この当時の条文の言葉づかいで、いまの「やむを得ずにした行為」のことです。「やむを得ずにした行為」とは、防衛の手段として相当かどうかです。そして、結果がたまたま大きくても、それだけでは消えない、と言っています。決め手にはなりません。決め手は、あくまで行為のほうです。前々回の対物防衛では、相当性という言葉を「必要最小限度」の一言だけで済ませました。反撃行為が、防衛の手段として相当性を有すること。これが、相当性の定義です。認めた、とまでは言っていません。結果の大きさだけを見て、有罪とした原判決があります。その判断のしかたが誤っている、と最高裁は指摘しました。そして、行為そのものの相当性を、あらためて審理させました。
正当防衛が確定したわけではありません。確定したのは、この判断基準です。「結果が大きくても、それだけでは消えない」という中身です。結果の大きさは、決め手ではありません。では、何が決め手なのか。次で、正面から詰めます。
山場①——測るのは「行為」であって「結果」ではない
図:「行為」と「結果」——測る基準の違い
なぜ、結果の大きさが決め手にならないのか。理由は、条文そのものにあります。緊急避難の条文を、並べてみましょう。
条文刑法37条1項本文
刑法37条1項本文(緊急避難) 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。
そこがポイントです。ですが、そのあとの続きが違います。緊急避難は、生じた害と避けようとした害を比べます。生じた害のほうが大きければ、罰しない扱いを受けられません。これを、法益権衡と呼びます。
条文刑法36条1項
刑法36条1項(正当防衛) 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
では、ここで1つ確認させてください。37条1項本文にあって、この36条1項に無いもの。何でしょうか?「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」、という条件です。この条件節が、36条1項には存在しません。2つの条文を並べれば、それだけで分かります。正当防衛には、法益権衡の原則は適用されません。測っているのは、行為です。結果ではありません。正当防衛は、消えません。身近な例で、考えましょう。例えば、満員電車で、足を踏まれたとします。反射的に、相手の肩を軽く押し返しました。
すると相手がよろけました。たまたま近くのガラスケースにぶつかり、割れてしまいました。ここで測るべきは、肩を押し返すという行為だけです。足を踏まれたことへの反応として、大げさでなかったか。関係ありません。行為が相当なら、壊れた結果の大きさは、評価をひっくり返しません。逆に、押し返すのではなく殴り倒していたら、行為自体が相当性を欠きます。行為の強さで、範囲の外に出ます。突き飛ばすという行為そのものが相当なら、頭を打ちつけたという結果の大きさは、行為の評価を変えません。
では行為の相当性は何で決まるか
図:行為の相当性、4つの物差し
「行為が相当かどうか」、これはどう決めるのでしょうか。1つの物差しだけでは、決まりません。いくつかの事情を、総合的に考慮して判断します。1つずつ、なぜ効くのか見ましょう。1つ目、侵害されている法益の種類です。守る利益が、生命や身体のように重ければ、強めの反撃も、相当性の範囲に入りやすくなります。2つ目、侵害行為の態様と激しさです。侵害がどれだけ強く、速く迫っているか。それで、必要な防御の強さが変わります。3つ目、侵害者の凶悪性・危険性です。一時的な小競り合いか、執拗に襲い続ける相手か。
相手が、どれだけ危険な人か、ですね。4つ目、被害の事後回復可能性です。財産のように取り返しがつくか。身体や生命のように、取り返しがつかないか。この4つを、並べて見ます。1つだけで決めず、全体を見て判断します。
⭐ 論文で書く規範:行為の相当性の判断 侵害された法益の種類、侵害行為の態様と激しさ、侵害者の凶悪性・危険性、被害の事後回復可能性などを、総合的に考慮して判断する。 (規範(通説で立てる))
この4つの物差しは、学説の整理から立てます。例えば、いきなり指をねじり上げられて、とっさに1回突き飛ばしただけでした。行為自体は、相当だと言えます。行為の相当性と、結果の大きさは、別の話です。
武器対等は「目安」にすぎない
図:事案——体格差から、包丁を構えるまで
もう1つ、よく出てくる場面があります。素手で殴りかかられたのに、武器で反撃する場面です。武器の非対等があると、相当性が否定される方向に働きやすくなります。この直感は、間違っていません。ただ、あくまで目安にすぎません。絶対の線引きではない、ということです。実際に、こんな事案があります。年齢も若く、体力にも優れた相手がいました。「殴られたいのか」と言って、手拳を突き出しました。足を蹴り上げる動作をしながら、迫ってきました。後ずさりして、逃げようとしました。ですが、逃げ切れませんでした。
たまたま車内にあった、菜切包丁を取り出しました。腰の高さに構えて、牽制しました。この行為に、最高裁は相当性を認めています。
判例最判平元・11・13 刑集43巻10号823頁
最高裁判所——武器の対等性と相当性の範囲 「年齢も若く体力にも優れた相手方が、『お前、殴られたいのか。』と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら目前に迫ってきたなど判示のような状況の下において、危害を免れるため、菜切包丁を手に取ったうえ腰のあたりに構えて脅迫した本件行為は、いまだ防衛手段として相当性の範囲を超えたものとはいえない。」
体格の差がありました。逃げようとしても、逃げ切れませんでした。そして、構えただけで、実際には切りつけていません。相当性の範囲を、まだ超えていない。そう判断されました。ただ、この判例が認めたのは、構えて牽制した行為までです。実際に切りつけた場合まで、相当性の範囲だと言ったわけではありません。
図:武器の対等性は、この中の一事情
通称として、そう呼ばれることがあります。名前を覚えるだけでは、足りません。武器の対等性は、独立した基準ではありません。さっきの4つの物差しに顔を出す、一事情です。体格差や、逃げ場の無さといった事情が重なれば、素手と刃物という非対等があっても、なお範囲に収まります。4つの物差し全体の中で、位置づけを見てください。
相当性を欠いたら何が起きるか
図:相当性を欠いた場合の行き先
では逆に、行為の相当性が認められなかったら。相当性を欠くと、違法性は阻却されません。責任があれば、そうなります。ただし、他の5つの要件を満たしていれば、過剰防衛という別の箱に移ります。36条2項に、規定があります。刑を任意的に、減軽したり免除したりできます。過剰防衛の中身は、別の回で扱います。後半は、防衛「行為」そのものを見ていきます。
山場②——防衛「行為」は誰に向けたか
図:誰に向けたかの振り分け
後半に入る前に、1つ思い出してください。前々回、対物防衛の話をしましたね。否定説なら緊急避難、肯定説なら正当防衛でした。あのとき、否定説が緊急避難の側に落ちたのは、どんな理由からだったか、思い出せますか?動物には、法規範というルールが向けられていないから。だから「不正」とは言えない、という理由でした。実は、あのとき使った振り分けが、今日また出てきます。防衛「行為」は、条文上、誰に向けられなければならないでしょうか。防衛行為は、不正の侵害をしている本人に向けられていなければなりません。
⭐ 論文で書く規範:防衛「行為」の向け先 防衛「行為」は、不正の侵害をしている本人に向けられていなければならない。 (規範(通説で立てる))
例えば、こんな場面を考えましょう。刃物を持ったBに、Aが襲われました。Aは、逃げようとしました。ところが逃げようとした先に、通行人Cが立っていました。Cを突き飛ばして、怪我をさせてしまいました。ここで、AとBの関係、AとCの関係を分けます。不正の侵害をする側と、対抗する側です。正対不正の関係です。どちらも、不正なことをしていません。正対正の関係です。無関係な第三者に向けられている以上、正当防衛の枠には入りません。緊急避難の問題になります。あのときの振り分けと、同じ理屈です。
この1本の軸で、これから見る3つの場面が、全部説明できます。
反撃したつもりが第三者に当たった
図:狙いはB、当たったのはC
次は、少し込み入った場面です。刃物を持って襲ってきたBに対し、Aが椅子を投げつけました。狙いはBでした。ところが椅子はBに当たらず、通行人Cに当たってしまいました。さっきは、Aが自分からCに向けて行為をしました。今回、Aが向けたのは、あくまでBです。この場面には、3つの立場があります。
図:3つの立場、どこで切れるか
1つ目、正当防衛説です。その直感、よく分かります。ですが、この説は成り立ちません。さっきの軸を、思い出してください。防衛行為が正当防衛になるのは、不正の侵害者に向けられているときだけです。Cとの関係では、不正の侵害がどこにもありません。軸に照らして、機械的に排除されます。暗記ではなく、軸からそのまま出てくる結論です。2つ目、緊急避難説です。Cとの関係は、正対正です。だとすれば、緊急避難の枠組みで見るのが、いちばん軸と合います。ただし、この先は緊急避難そのものの要件を、あらためて確認する必要があります。
現在の危難、補充性、法益権衡、避難の意思です。現在の危難は、危険が今まさに迫っていること。補充性は、ほかに避ける方法が無かったこと。法益権衡は、さっき見た、生じた害が避けようとした害を超えないこと。避難の意思は、その危難を避けるためにやったこと。中身の詰めは、緊急避難を正面から扱う回に譲ります。3つ目、誤想防衛説です。Aの頭の中では、正当防衛のつもりでした。客観的な要件、不正の侵害者に向けるという条件を欠いています。主観と客観がずれる、という構造です。ずれの向きが、逆なんです。偶然防衛は、主観に防衛の意思が無い場合でした。こちらは、防衛のつもりはあって、向け先がずれています。
狙った対象と、結果が生じた対象がずれる形は同じです。ただ、錯誤論そのものは、繰り返しません。本論は、別の回に譲ります。今日は、この構造だけ押さえてください。実は、この対立を正面から裁いた最高裁の判例は、見当たりません。だから、学説の対立として押さえてください。Cとの関係が正対正である以上、緊急避難の枠がいちばん軸に合います。
第三者の物を使ったのは誰か
図:借りた自転車を、盾にする
もう1つ、似たような場面があります。今度は、人ではなく、物が関わってきます。刃物を持ったBに襲われたAが、自転車をつかみました。近くにあった、見知らぬCの自転車です。とっさに盾にしたところ、壊れてしまいました。Cは、何ら不正の侵害をしていません。Aの行為は、Cに向けられています。Cとの関係は、正対正です。緊急避難として処理します。ここは、断定していい場面です。逆の場面も、見てみましょう。
図:傘を振り回してきたのは、相手
今度は、襲ってきたBのほうが、傘を振り回してきました。たまたま近くにあった、Cの傘です。凶器代わりに使ってきました。身を守るため、その傘を蹴り上げました。折ってしまいました。この場合、その傘はBの不正な侵害行為の一部と見られます。Bが凶器として使っている以上、そう見る考え方があります。その考え方に立てば、傘を壊す行為も正当防衛として処理できます。
図:使ったのが防衛者か侵害者かの違い
断定の強さは、2つで違います。防衛者が利用する場合は、断定できます。ですが、侵害者が利用する場合は、条件付きです。傘はCの物ですから、壊れた結果だけを見れば、Cの法益が失われています。ですが、行為の向け先を見れば、Bの侵害の一部です。結果と行為の、どちらを見るかで、結論が割れうる場面なんです。結果無価値論は実質を結果に置き、行為無価値論は行為にも置く、でしたね。どちらに立つかで割れる以上、確立した結論としては断定できません。今日は、条件付きの言い方で押さえておいてください。防衛者が利用した場合は、何もしていないCに向けた行為だから、緊急避難。侵害者が利用した場合は、その傘がBの侵害の一部になっている。だから、不正に向けた反撃として、正当防衛。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を、振り返りましょう。まず、相当性の定義を確認しました。反撃行為が、防衛の手段として相当かどうか、です。36条1項には、37条1項本文にある法益権衡の要求がありません。この条文の対比が、根拠でした。相当性は、法益の種類、態様と激しさ、凶悪性・危険性、事後回復可能性。この4つを、総合して判断します。絶対の線引きではありませんでしたね。違法性は阻却されず、他の要件を満たせば過剰防衛に移ります。防衛「行為」は、不正の侵害者に向けられていなければなりません。この1本の軸で、3つの場面が全部説明できました。
急迫、不正、侵害、自己または他人の権利。防衛するため、そしてやむを得ずにした行為。正当防衛の骨組みが、これで完成しました。では、ここで1問、振り返ってみましょう。今日の2本の軸のうち、正当防衛と緊急避難を分けたのは、何を見る軸でしたか?誰に向けたか、です。侵害者に向ければ正当防衛、第三者に向ければ緊急避難でしたね。自分から招いた侵害と、行き過ぎてしまった防衛を見ていきます。
参照条文
- 刑法36条1項
- 刑法37条1項本文