刑法ゼロから刑法#47

緊急避難の成立要件——相手が悪くないと、何が変わるか

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第6章 違法性 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入——同じ「逃げ込む」なのに

今日の問い 図:今日の問い

これまでは、殴りかかってきた相手を、殴り返す場面を見てきました。今日は、少し違う場面です。凶暴化した野良犬に追いかけられて、逃げ込むために、通りがかりの店のシャッターを壊したとします。犬も、店の人も、Aに対して何一つ悪いことをしていません。この場合に当たるのが、正当防衛ではなく緊急避難です。削られる相手が悪いかどうかで、実は要件が大きく変わります。厳しくなる部分と、逆に広くなる部分の、両方が出てきます。今日は、そこを最後まで詰めます。

今日の位置と条文

違法性阻却事由の地図、今日はここ 図:違法性阻却事由の地図、今日はここ

違法性阻却事由の地図を、思い出してください。今日から、緊急避難に入ります。条文を見ましょう。

条文刑法37条1項

刑法37条1項 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

本文の中に、要件が4つ詰まっています。「現在の危難を避けるため」「やむを得ずにした行為」「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」。ただし書きは、程度を超えたときの扱いです。今日は、本文の4要件だけを詰めます。2項もあります。業務上特別の義務がある者には、この規定を適用しないという条文です。今日は、条番号があるとだけ覚えておいてください。

条文の分解 図:条文の分解

もう一段、条文を分解しておきましょう。「自己又は他人の」とあります。正当防衛と同じで、他人を助けるために行うことも認められます。守られる法益も「生命、身体、自由又は財産」と並んでいますが、これは限定列挙ではありません。もし限定列挙だと読むと、名誉のように条文に挙がっていない法益を守るための避難だけが罰せられることになり、危難から法益を守らせるという37条の狙いと合わなくなるからです。この後、4つの要件をひとつずつ、条文の言葉を指しながら確認していきます。

軸——正対正

正対不正、正対正 図:正対不正、正対正

ここで、正当防衛との違いを、根っこから見ておきましょう。正当防衛は、正対不正の関係でした。危険を作り出したのは、まさに削られる相手自身です。だから、自業自得と言えました。ところが緊急避難は、正対正の関係です。危険を作り出したのは犬や自然現象、あるいは第三者ですが、法が守ってよいと言うのは、それとは無関係の、何も悪くない人の法益です。この一点から、正反対の2つの結論が同時に出てきます。

入口は広く、出口は狭く 図:入口は広く、出口は狭く

1つ目は、入口が広がることです。相手が悪い必要が無いので、危険の原因は人の違法行為に限られません。2つ目は、出口が狭まることです。何も悪くない人を犠牲にする以上、それしか方法が無かったのか、犠牲にした分より守った分が大きいか、両方が要ります。この後見る4つの要件は、すべてこの1点の展開です。暗記事項ではなく、必然的に出てくる帰結として見てください。

要件①「現在の危難」——入口が広がる

「現在」と「危難」 図:「現在」と「危難」

要件①、現在の危難です。「現在」は、正当防衛の「急迫」と同じ意味です。危難が現に存在するか、間近に迫っていることを言います。中身は同じですが、対象が広がるので、呼び方を変えています。「危難」は、法益に対する侵害、またはその侵害の危険がある状態を言います。現在性にも、もちろん終わりはあります。急迫にも始まりと終わりがあったのと同じで、現在の危難にも始期と終期があります。危難が去ってしまえば、その時点で現在性は無くなります。犬が立ち去った後に追いかけ返すことは、できません。危難が過ぎ去った後の行為は、もう緊急避難の話ではなくなります。

「危難」と正当防衛の「侵害」の違いが、今日の山場です。正当防衛の「侵害」は、不正の侵害でした。人の違法な行為に限られます。ところが、緊急避難の「危難」には、不正であることが要件になっていません。人の行為であれば、適法でも違法でも構いません。それだけでなく、動物の動作や、自然現象も含まれます。冒頭の野犬は、まさにこれです。前に見たのは、見知らぬ家の犬にいきなり飛びかかられて、傘で打ち払った回です。あの場面では、動物の攻撃を「不正の侵害」と言えるかどうかで説が分かれ、否定説に立つと、緊急避難として処理するという整理でした。

あの回では、ほかに方法が無かったか、という一言までで止めました。今日は、その規範の中身を埋めます。前に見た回の犬は飼い主のいる犬で、飼い主自身に落ち度が無いかが論点でした。今日の冒頭の野犬は、誰の物でもない野良犬が相手なので、そこは考えなくてよい場面です。犬という共通点はありますが、別の設例だと思ってください。

現在の危難と急迫不正の侵害 図:現在の危難と急迫不正の侵害

急迫不正の侵害は、現在の危難という広い枠の一部分にすぎません。急迫不正の侵害があれば、現在の危難は必ずありますが、逆は成り立ちません。犬に「不正」という評価を当てはめること自体が、そもそもできません。だから、正当防衛ではなく緊急避難の話になります。理屈から言うと、正当防衛は「不正な側が譲るべきだ」という発想でできています。侵害してくる側に落ち度があるから、反撃されても仕方ないという理屈でした。緊急避難は、そもそも誰も悪くない場面を想定した制度です。危険を作り出したのが人でも動物でも自然現象でも構わないのは、最初から「悪い側」を探す発想を採っていないからです。

遠くで吠えているだけなら、危険の程度に達していないので、そもそも現在の危難とは言えません。実際に飛びかかろうとしている距離まで来て、はじめて現在の危難になります。もう1つ、この包摂関係から出てくる大事な帰結があります。急迫不正の侵害があれば、現在の危難は必ずありますよね。そうすると理屈のうえでは、正当防衛が使える場面で、緊急避難を使ってもよいことになります。理由は単純で、要件が緩いほうが、行為者に有利だからです。正当防衛には、補充性も法益権衡もいりません。緊急避難を選ぶ理由が無いんです。

この一言が、答案でどちらを使うかを判断するときに、そのまま直結します。

要件②「避けるため」——避難の意思

避難の意思 図:避難の意思

要件②は、「避けるため」です。これは、避難の意思と呼ばれます。現在の危難を意識しつつ、これを避けようとする単純な心理状態です。防衛の意思の定義と、同じ発想です。あちらは急迫不正の侵害を意識してこれを避けようとする心理状態でした。今日は、その「急迫不正の侵害」の部分が「現在の危難」に変わっただけです。中身を作り直す必要はありません。避難の意思が全く無いのに、結果として危難を避けていた場合は、偶然避難と呼ばれます。防衛の意思のところで決着させた考え方を、そのまま当てはめます。あちらでは、防衛の意思は必要だと決めました。意思が無ければ、正当防衛にはなりません。

条文の言葉です。36条は「防衛するため」と書いていました。37条も「避けるため」です。「ため」と書いてある以上、その気持ちで行為したことが要る、と読むわけです。避難の意思が無い以上、要件②を満たしません。

山場——要件③「やむを得ずにした」補充の原則

振り返り——回避の容易性は何だったか 図:振り返り——回避の容易性は何だったか

ここで、1つ思い出してほしいことがあります。正当防衛の急迫性を判断するとき、その場を離れられたかどうかは、成立要件そのものでしたか。それとも、総合判断の中の材料の1つでしたか?答えは、材料の1つでした。成立要件そのものか、判断材料の1つか。この違いが、今日の要件③に直結します。

「やむを得ずにした」——同じ文言、違う意味 図:「やむを得ずにした」——同じ文言、違う意味

要件③は、「やむを得ずにした」です。正当防衛にも、同じ文言がありました。あちらは、行為の相当性でした。反撃の程度が釣り合っているかを見る言葉でした。ところが緊急避難の「やむを得ずにした」は、意味が違います。補充の原則です。当該避難行為をする以外に方法が無く、そのような行動に出たことが、条理上肯定できることを言います。これは、最高裁が、この文言について示した理解です。

論文で書く規範:補充の原則 当該避難行為をすること以外に方法が無く、そのような行動に出たことを条理上肯定しうること。 (規範(最大判昭24・5・18))

判例最大判昭24・5・18 刑集3巻6号772頁

緊急避難の「やむを得ずにした」の意味 「已ムコトヲ得ザルニ出デタル」というのは当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行動に出たことが条理上肯定し得る場合を意味するのである。

例えば、冒頭の野犬の場面で、Aの隣に誰もいない空き地があって、そちらへ走り込めば安全だったのに、あえてシャッターを壊した場合はどうでしょう。その場合、緊急避難は成立しません。「他に方法が無い」というだけだと、理屈のうえで唯一の手段でありさえすれば、何でも通ってしまいます。そこで、社会通念に照らして是認できるかという評価を、もう一段重ねています。方法が他に無くても、行為の中身が常識から外れていれば、条理上肯定できないことになります。例えば、逃げ込む先が他に無かったとしても、扉を開けてもらえるよう声をかける余地が十分あったのに、いきなり壊しにかかった場合です。

他に方法が無いという形だけを見るのではなく、その行動の取り方まで含めて是認できるかを見る、ということです。

補充性 vs 回避の容易性——弁別 図:補充性 vs 回避の容易性——弁別

ここで、さっき思い出してもらった話——その場を離れられたか、という要素です。急迫性の判断材料として、回避の容易性と呼ばれていました。ここと対比します。緊急避難の補充性は、成立要件そのものです。他に方法があれば、その時点で緊急避難は成立しません。回避の容易性は、急迫性を総合判断する中の一要素にすぎません。しかも、見ている時点も違います。回避の容易性が見ているのは、侵害が始まる前の身の置き方です。侵害が始まってからは、逃げなくてよいんです。正当防衛に、逃げる義務はありません。要件の重さも、見ている時点も、両方違います。混ぜないでください。

正当防衛では、「逃げられたか」は決め手になりません。侵害が始まった以上、立ち向かってよいからです。ところが緊急避難では、逃げられるなら逃げなければなりません。この差が、さっきの弁別板の中身そのものです。この差の出どころも、結局は同じ1点です。悪くない相手を犠牲にするからこそ、緊急避難だけが、先に逃げ道を探させるんです。

要件④法益権衡——出口が狭まる

条文の条件節 図:条文の条件節

要件④は、この条件節です。「これによって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」。この条件節が36条1項には無いという対比は、相当性の回で、すでに並べて見ました。あの条件節が、これです。今日の新しい話は、3つあります。

何と何を比べるか 図:何と何を比べるか

1つ目は、何と何を比べるか、です。比べるのは、Aが避けようとした害と、実際に生じてしまった害です。基準になるのは、守ろうとした法益の大きさそのものではありません。守ろうとした法益が大きくても、実際の危難が軽ければ、比べる基準はその軽いほうです。危難が現実化していたら生じたはずの害を基準にします。あくまで、その場で避けようとした害の中身次第です。

「超えなかった」で足りる 図:「超えなかった」で足りる

2つ目は、「超えなかった」で足りるということです。守った法益の方が大きい場合はもちろんですが、同じ価値の場合も、権衡は認められます。例えば、崖から落ちかけた自分の自転車を支えるために、隣の家の物干し竿を折って使ったとします。命と財産のように、価値の差がはっきりしている組み合わせでなくても、価値が釣り合っていれば、法益権衡は満たされます。生命・身体・自由・財産という並びが、一応の目安になります。ただ、同じ種類の法益どうしを比べるときは、金額や程度といった重さで比べます。自転車と物干し竿は、どちらも財産なので、実害の大きさで釣り合いを見ることになります。

行為だけでなく、結果まで 図:行為だけでなく、結果まで

3つ目は、正当防衛と違って、行為だけでなく結果まで測られるということです。緊急避難は、避けようとした害と、実際に生じた害の両方を見て、程度を超えていないかを判断します。冒頭の例で言えば、シャッターを壊した程度で収まっていれば問題ありません。逃げ込む過程で店の人に重傷を負わせた場合は、生じた害が、避けようとした害である命の危険と釣り合わない大きさに達したことになり、法益権衡を欠く可能性が出てきます。

今日の地図(保存版)

4要件を1枚に 図:4要件を1枚に

今日を、振り返りましょう。すべての出発点は、「相手が悪いか、悪くないか」の1点でした。何も悪くない相手を犠牲にするからこそ、入口が広がり、出口が狭まりました。入口の現在の危難は、不正であることが要件ではありません。動物の動作や自然現象も含まれ、急迫不正の侵害は、その中の一部分にすぎませんでした。「避けるため」は、避難の意思です。防衛の意思と同じ発想で、そのまま使えました。「やむを得ずにした」は、補充の原則です。他に方法が無いことが、成立要件そのものでした。正当防衛の回避の容易性とは、重さも見る時点も違いましたね。

「程度を超えない」は、「超えなかった」で足りるので、同じ価値でも権衡は認められます。そして、行為だけでなく結果まで測られます。その2つを合わせて、避難行為の相当性と呼びます。ただ、指しているものが違います。正当防衛の相当性は、反撃の程度が釣り合っているかという、行為そのものの評価でした。緊急避難の避難行為の相当性は、補充の原則と法益権衡を合わせた、要件2つ分の呼び名です。同じ言葉でも、指す範囲が違うと押さえてください。4つの要件は、暗記項目ではなく、正対正という1点から出てくる帰結だったんです。

通しであてはめる 図:通しであてはめる

最後に、新しい場面で、4つの要件を最初から順番に、通しで確認しましょう。大雨で川が増水し、Bは逃げ場を失いました。橋はすでに水没し、後ろは崖です。目の前に誰もいない小屋があり、Bはその戸を壊して中へ入りました。増水した川に取り残された状態は、生命に対する危険が現に迫っています。危険を作り出したのは自然現象なので、「不正」は問題になりません。要件①は満たされます。Bは、増水から逃れるために戸を壊しています。危難を意識して、これを避けようとしているので、避難の意思も認められます。橋は水没し、後ろは崖という状況では、小屋に入る以外に方法がありません。しかも小屋には誰もおらず、開けてくれと声をかける相手もいません。戸を壊すという行動の取り方も、条理上肯定できます。補充性も満たされます。

守ろうとしたのはBの生命、生じたのは小屋の戸という財産の損壊です。生命は財産より重い法益なので、生じた害は避けようとした害の程度を超えていません。法益権衡も満たされます。ここで、1つだけ条件を変えてみます。すぐ隣に、誰もいない東屋があって、そちらでも十分に水を避けられたとしたら、どうなりますか?他に方法があった以上、要件③の補充性で、もう先へ進めません。結論は反転して、緊急避難は成立しません。

参照条文

  • 刑法37条1項

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