緊急避難の法的性質と過剰避難——通り切れなかったら、どこへ行くか
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第6章 違法性 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——反転する結論
図:今日の問い
前回、大雨で増水した川から逃げるために、Bが他人の小屋の戸を壊して中へ入った場面を扱いました。今日は、その先です。Bが戸を壊して入った、まさにその瞬間、小屋の持ち主が飛び出してきて、Bを突き飛ばしたとします。持ち主の行為は、正当防衛になるでしょうか。実はこの答え、学説の名前を並べただけに見える論点で、きれいに反転します。今日はそこまで含めて、緊急避難を完成させます。
今日の地図——通り切った先、外れた先
図:一本道と、4つの分かれ道
前編で作ったのは、現在の危難、避けるため、やむを得ずにした、程度を超えない、この4要件を全部満たして罰しないまで通り切る一本道でした。定義は繰り返しません。今日は、その道を通り切ったとき何が起きているかと、通り切れなかったときどこへ落ちるかを見ます。4つに分かれます。自招危難は入口の手前、業務上特別の義務がある者は入口そのものが閉じている、過剰避難は出口からはみ出す、誤想避難はそもそも道が無い場合です。今日はこの地図を、順番に埋めていきます。
山場——緊急避難の法的性質
図:「罰しない」としか書いていない
まず、条文をもう一度見てください。37条1項は「罰しない」としか書いていません。ここから、緊急避難の法的性質という論点が立ちます。3つの見解を見ていきましょう。1つ目は、責任阻却事由説です。危難に直面していて、適法な行為を期待できない、という考え方に立ちます。この「期待できない」は、責任、つまり非難できるかどうかを判断する場面で使う言葉です。中身の詳しい要件は、後の章の本拠地で扱います。今日はここまでの橋渡しで十分です。この説には、批判があります。緊急避難は「自己又は他人の」法益を守るためにできる、という条文の文言を思い出してください。
他人の法益を守るために避難した場合まで、行為者本人に期待可能性が無いとは言えません。自分の命ではなく、赤の他人の命を守るために動いた人に、動揺していて仕方なかったという理屈は当てはまりにくいからです。2つ目は、違法性阻却事由説です。今の学界で広く支持されている考え方で、要件を満たす避難行為は社会的相当性を有するとして、違法性そのものが阻却されるとします。37条1項が、生じた害と避けようとした害の権衡を要件にしていること自体が、根拠になります。法益全体で見れば、失われるものの方が小さい、あるいは同じ大きさに収まる行為だから、法はあらかじめこれを許容している、という読み方です。
許容していることと違法性が消えることのつながりが、この説の芯です。法が許容している行為は、法秩序に反していない。違法性の実質は法秩序に反することにあるので、その実質を欠く以上、違法性そのものが無くなる、という筋道です。3つ目は、二分説です。守った法益が、犠牲にした法益と同じか、それより大きい場合は違法性阻却。逆に、守った法益の方が小さいのに、より大きい法益を犠牲にした場合は責任阻却、という場合分けをします。こういう折衷の発想もあるという程度で押さえてください。試験で問われるのは、①と②の対立構造と、この後見る実益です。
図:3説の対照
この3つ、答案で問われうる論点でもあります。ただ今日は、暗記の対象としてではなく、次の実益で「何が変わるのか」を体で確認しましょう。
実益——避難された側は反撃できるか
図:危難の連鎖
Aが崖崩れなどの危難を作り出し、Bがそれを避けるためにCの法益を害する避難行為をしたとします。ここでCが、Bに反撃したらどうなるでしょう。ここが実益です。
図:説によって、反撃の行き先が変わる
責任阻却事由説に立てば、Bの行為は違法性を失いません。だからCの反撃は、急迫不正の侵害への反撃として、正当防衛になりえます。冒頭の小屋の例で言えば、この説に立つ限り、持ち主がBを突き飛ばした行為も、正当防衛として説明できることになります。違法性阻却事由説なら、逆になります。Bの行為は社会的相当性を有し、違法性が阻却されます。すると「不正の侵害」ではなくなるので、Cの反撃は正当防衛として正当化されません。Cの側も、自分で緊急避難の要件を満たすかどうかを、別途検討することになります。通説である違法性阻却事由説に立てば、Bの避難行為は適法なので、小屋の持ち主がBを突き飛ばした行為は、正当防衛として正当化されません。持ち主の側も、自分の反撃行為が緊急避難として許されるかを、別に考える必要が出てきます。なお二分説だと、守った法益が犠牲にした法益より小さかった場合だけ責任阻却なので、その場面ではCの反撃が正当防衛になりえます。表の左右のどちらに振れるかが場面で決まる、ということです。
学説の名前を覚える論点ではなく、隣の人が36条を使えるかどうかを決める、実際の分岐なんです。なお、Bの避難行為が別の人と一緒に行われていた場合の共犯の成立にも影響しますが、これは別の回で扱います。
自招危難
図:自分で招いた危難
通り切れなかった1つ目、自招危難です。避難行為者が自分で招いた危難には、正当防衛の自招侵害で見た考え方が、そのまま妥当します。要件論はもう詰めているので繰り返しません。結論だけ言うと、自分で招いた危難については、原則として社会的相当性が否定され、緊急避難は成立しません。例外はあります。予想以上に重大な危難が生じた場合です。自招侵害の回で、みずから侵害を招いた者の反撃には原則として正当防衛が成立しないと立てたうえで、判例が「招いた行為の程度を大きく超えない攻撃であること」という限定を置いていましたね。招いた大きさを超える危難まで自分の責任に押し込む理由は無い——だから例外の入口が開きます。例えば、面白半分でハチの巣を軽くつついただけなのに、想定をはるかに超える規模の大群に追われて、隣家の窓を割って逃げ込んだとします。
ただ、招いた危難の大きさと、実際に生じた危難の大きさが、あまりにかけ離れている場合には、例外の入口が開きます。逆に、つついた程度と、追いかけられた程度が釣り合っている場合、例えばハチが数匹だけ怒って飛んできた、という程度なら、例外は開きません。自分で招いた範囲の中に収まっているからです。
業務上特別の義務がある者
図:入口が、範囲内で閉じている
条文刑法37条2項
刑法37条2項 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。
通り切れなかった2つ目、37条2項です。業務上特別の義務がある者には、前項、つまり1項が適用されません。業務の性質上、一定の危険にみずから身をさらさなければならない義務を言います。例えば、警察官や消防士、自衛官がこれに当たります。危険と隣り合わせであること自体が、職務の中身に組み込まれているからです。その危険に身をさらすこと自体を、業務として引き受けているからです。危険を避けることを理由に他人の法益を犠牲にしてよいとすると、引き受けた義務がその場で消えてしまいます。だから、条文は入口そのものを閉じています。
図:「適用しない」の射程
そこは、誤読しやすいところです。適用されないのは、業務として引き受けた危険の範囲内で、自分の身を守るために避難する場合に限られる、と解されています。消防士や警察官が、勤務を終えて帰宅する途中、業務と無関係な通り魔的な危難に遭った場合には、普通に37条1項を主張できると解されています。一切保護されない、という制度ではありません。
過剰避難——意義と効果
図:過剰避難——意義・効果・根拠
前回、緊急避難の4要件を確定させましたね。それを踏まえて、少し前の回で見た過剰防衛の効果を思い出してください。犯罪が成立しなくなることでしたか、それとも犯罪が成立したうえで刑が軽くなることでしたか?今日見る過剰避難も、同じ根拠で作られています。通り切れなかった3つ目、過剰避難です。意義は、他の要件は満たしたうえで、避難行為がその程度を超えた場合を言います。前編で確定した補充の原則——その避難行為をする以外に方法が無いこと——に反した場合と、法益権衡の原則——生じた害が避けようとした害を超えないこと——に反した場合の、どちらかです。新しい要件を立てるわけではなく、あの2つの原則のどちらかが崩れた場合を指します。
どちらが崩れたのかで扱いが変わるので、ここは注意が必要です。他に方法がまったく無かったとは言えない、という形で補充性そのものが欠けてしまうと、緊急避難の枠に入れず、過剰避難にも進めません。次の判例が、まさにそこで切っています。ここは、誤読を招きやすいところなので、はっきり言います。過剰避難は、犯罪の成立を否定しません。あくまで犯罪が成立したうえで、情状により刑を減軽または免除できる、任意的減免にとどまります。前編で、増水から逃げ込む過程で店の人に重傷を負わせた場合を見ましたね。逃げ込む以外に方法が無かったのなら、入口を通っています。それでも、生じた害が、避けようとした自分の命の危険と釣り合わない大きさに達していれば——これが、前の節で見た任意的減免が効く場面です。
根拠は、恐怖や興奮などで多少の行き過ぎを犯しても、強く非難できないという責任減少説です。過剰防衛と、同じ根拠がそのまま効きます。条文の位置だけが違って、こちらは37条1項のただし書です。
過剰避難——吊り橋事件
図:過剰避難の手前で切られる
ある判例を見ましょう。腐って朽ちかけた吊り橋が、崩れそうな危険な状態にあったため、地元の住民らが、橋の危険を除くためだとして、ダイナマイトを使って橋を爆破した事案です。1審・2審は、これを過剰避難と認めて、有罪ではあるものの執行猶予をつけました。ところが、最高裁の判断は違いました。
判例最判昭35・2・4 刑集14巻1号61頁
緊急避難と過剰避難の関係 仮に本件吊橋が原審認定のように切迫した危険な状態にあつたとしても、その危険を防止するためには、通行制限の強化その他適当な手段、方法を講ずる余地のないことはなく、本件におけるようにダイナマイトを使用してこれを爆破しなければ右危険を防止しえないものであつたとは到底認められない。しからば被告人等の本件所為については、緊急避難を認める余地なく、従つてまた過剰避難も成立しえないものといわなければならない。
そこが今日の核心です。通行制限の強化など、他に取りうる手段があった以上、そもそも補充性が欠けています。過剰避難は、他の要件が満たされていることが前提の議論です。「程度を超えたかどうか」という出口の議論にすら、進めません。過剰避難とは、結果が大きすぎた場合だけを指す言葉ではなく、他の要件を満たしたうえで初めて問題になる、という前提を、この判例が裏づけています。他に方法が無かった場合は、入口を通っているので、今度こそ「程度を超えたか」の議論に進みます。この判例が言っているのは、補充性を欠く事案では過剰避難に進めない、ということまでです。補充性を満たしたうえで害の権衡だけを超えた場合まで否定したものではありません。
誤想避難・誤想過剰避難
図:客観的な危難が、そもそも無い
通り切れなかった最後、誤想避難と誤想過剰避難です。誤想避難は、客観的には危難が無いのに、あると誤信して避難行為をした場合。誤想過剰避難は、誤信した危難に対する避難行為として、過剰だった場合を言います。ここまでの話は、現実に危難が存在することを前提にしていました。でも誤想避難は、そもそも危難が実在しません。行為者が思い違いをしていただけです。だから、違法性の話ではなく、事実の誤認、つまり故意があったと言えるかどうかの話になります。例えば、夜道で友人が持っていた傘を刃物だと思い込んで、危難を避けるつもりで友人を突き飛ばしたとします。実際には危難など無かったのに、あると誤信して行為に出た、これが誤想避難です。
今日は要件までは詰めません。ここでは、箱の名前と、行き先だけ押さえてください。客観的な要件が無い以上、違法性阻却の話はもう終わっています。処理は、責任のレベルの問題として、別の章で扱います。前に見た誤想防衛・誤想過剰防衛と並びは同じで、あの枠がそのままここにも当てはまります。
第6章の締め——弁別
図:第6章、2つの制度を並べる
ここまでで、正当防衛5本と緊急避難2本、第6章の違法性阻却事由を一通り見ました。最後に、混ぜた事例で、36条か37条か、あるいは別の箱かを振り分けます。
図:正当防衛・緊急避難・義務の衝突——比べているものの違い
振り分ける前に、この3つの違いを1枚にしておきます。正当防衛は、不正な侵害と、それへの反撃を比べます。緊急避難は、生じた害と避けようとした害、つまり害と害の権衡を比べます。義務の衝突は、履行した義務と放置した義務、義務と義務の軽重を比べます。この違いを頭に置いたうえで、事例を見ていきましょう。
図:4つの事例を振り分ける
1つ目、殴りかかってきた相手を殴り返した。その決め手はどこにありましたか。あの判例が、行為の相当性さえ保たれていれば、生じた結果の大小だけでは正当防衛は否定されないと示しました。加えて、36条1項には、37条1項のような法益権衡の条件節がありません。守った利益と失われた利益が釣り合っているかどうかは、条文の構造上、そもそも問われていないんです。2つ目、増水した川から逃げるために、他人の小屋の戸を壊した。危険の原因は自然現象で、犠牲になったのは何も悪くない小屋の持ち主でした。3つ目です。川で人が溺れているのを見て、助けに向かう途中、通行の妨げになっていた他人の自転車を川岸へ突き落として道を空けました。
義務の衝突に見えますが、違います。ここで比べているのは何と何ですか。守ろうとした法益と、犠牲にした法益です。守ったのは溺れている人の生命、壊したのは自転車という財産。これは害と害の権衡を見る話なので、緊急避難です。最後、4つ目です。同時に2人が溺れているのに、浮き輪が1つしかありません。ここで比べているのは、履行した義務と放置した義務、義務と義務の軽重です。害と害の権衡ではありません。義務どうしが本当に両立しない、これが義務の衝突の中核の場面です。義務の衝突の要件そのものは、別の回ですでに詰めています。今日はその対比の仕上げとして、緊急避難の側の具体例を完成させました。
今日の地図(保存版)
図:通り切った先、外れた先
今日を振り返りましょう。37条1項は「罰しない」としか言っていませんでした。だから、何が消えているかを決める法的性質の議論が必要で、それが避難された側の反撃の可否に直結していました。確認です。もし緊急避難を責任阻却事由と解いていたら、小屋の持ち主の反撃は、正当防衛になったでしょうか、ならなかったでしょうか?今日の通説の結論とは逆になる、という点を持ち帰ってください。そして、通り切れなかった場合は、4つの地点で外れることも見ました。自招危難は入口の手前、37条2項は入口が範囲内で閉じている、過剰避難は出口からのはみ出し、誤想避難はそもそも道が無い場合でした。
比べているものが、義務と義務なのか、害と害なのか。この一点で、緊急避難と義務の衝突は、きれいに分かれます。誤想避難の処理と、責任・期待可能性の中身は、責任の章で改めて扱います。共犯への影響も、別の回で扱います。
参照条文
- 刑法37条2項