実行の着手(前編)——どこから「未遂」になるのか
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第8章 未遂 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——同じ一歩なのに、結論が変わる
図:同じ一歩、違う結末
Aは日曜の夜、誰もいない会社の事務所に窓から入り込みました。金庫のある部屋のドアノブに手をかけたところで、警備員に取り押さえられました。まだ何も手に取っていないこの段階で、窃盗の未遂になるのか、建物に入っただけの罪にとどまるのか。今日はまさにそこを決めます。では、同じAが家族の寝ている自宅に忍び込み、同じようにドアノブに手をかけたらどうなるか。結論が変わる可能性があります。事務所と自宅、何が違うと思いますか。今日は、この「人がいるかどうか」を含めた事情の重なりで、着手の時点が動くことを見ていきます。
未遂犯の成立要件——今日は着手のほうを扱う
図:今日の位置——2つの成立要件のうち片方
未遂犯が成立するには、2つの要件が要ります。1つは実行の着手、もう1つは構成要件的結果が発生しなかったことです。前回は、未遂をなぜ罰するのかという理由と、予備・陰謀との違いを扱いました。予備と未遂を分ける境目には、実行の着手という名前があると言いましたね。今日がその回です。43条をもう一度見てください。
条文刑法43条本文
刑法43条本文(未遂減軽) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。
「実行に着手して」という言葉が、今日のテーマにそのまま対応します。もう1つの「遂げなかった」は、構成要件的結果が発生しなかったことを意味します。今日は深入りしません。未遂の効果を扱う回で、あらためて関わってきます。
図:今日の地図
今日はこの4つを見ます。着手時期の学説3つ、判断基準の中身、判例5件へのあてはめ、そして主観的要素の扱いです。丸暗記はしません。1つの物差しで説明できることを、最後まで見れば分かります。
着手時期の学説3つ
図:主観説
まず主観説です。犯意が外部的に明らかになった時点で、実行の着手を認めます。犯罪の本質を、行為者の意思や性格の危険性に求める主観主義刑法理論から、そのまま導かれます。ただ、この説だと処罰の時期が早くなりすぎるという批判があります。前回、内面の危険だけを理由にすると、外側に歯止めが無くなると話しましたね。着手の場面でも同じ問題が起きます。
図:形式的客観説
次に形式的客観説です。構成要件に該当する行為そのものを開始した時点で、実行の着手を認めます。この説の長所は、条文の文字に忠実な点です。罪刑法定主義の要請に合っています。ただ、実際に当てはめると大きな不都合が出ます。窃盗罪の条文が定める行為は「窃取」です。形式的客観説を徹底すると、財物に手が触れるまで着手はないことになります。住居に入り込んで物色しているだけでは、まだ着手にはならないことになってしまいます。物色中に取り押さえられても、住居侵入だけになってしまう。これは常識に合いません。形式的客観説を徹底すると、Aは窃盗未遂にすらならないことになります。この不都合が、次の説へつながります。
図:実質的客観説(通説)
そこで実質的客観説です。構成要件的結果発生の現実的危険性を含む行為を開始した時点で、実行の着手を認めます。前回、未遂を罰する理由を、②の構成要件的結果発生の現実的危険性説で立てました。処罰根拠をこの危険に求める以上、着手もこの危険が現実になった時点で線を引くのが筋です。理由も着手の基準も、同じ1本の言葉でつながっています。物色している時点で、財物が盗まれる現実的な危険はもう生じています。危険の中身を見れば着手を認められます。これが現在の通説です。では判例もこの説なのか。判例がこの説だと言い切るには、そこは少し慎重に言う必要があります。判例の多くは、実質的客観説によっていると言われています。ただ、判例自身がこの立場を名乗っているわけではありません。危険が現実になった時点という発想で判断していると読める、という言い方が正確です。
図:3つの学説の違い——同じ一歩に当てはめると
ここで、3つの学説を同じ場面に当てはめて比べてみましょう。冒頭のAです。主観説なら、Aが金庫の現金を狙う意思を外に見せた時点で着手を認めます。事務所に侵入する前、家を出た時点でも構いません。事務所に侵入する前でも着手を認めてしまう点が早すぎる、そこが批判でした。形式的客観説なら、条文の「窃取」という行為そのもの、つまり財物に手が触れた時点です。形式的客観説では、まだ着手が無いことになります。常識に合いません。実質的客観説なら、金庫のある部屋のドアノブに手をかけ、財物に向かう危険が生じた時点です。
だからこそ、通説である実質的客観説の中身を、この先さらに具体的に見ていく必要があります。
図:実質的客観説の内側にある向き
実質的客観説の内側にも、説明の向きの違いがあります。結果が発生する危険そのものを見る向きと、行為の危険な性質を見る向きです。どちらかに決着しているわけではなく、どちらも通説の枠の中の考え方です。今日は、同じ通説の中に2つの向きがある、とだけ押さえてください。
判断基準の中身——危険性と密接性の役割分担
図:密接性の3要素、覚えていますか
皆さん、前の回で見た道具を思い出せますか?早すぎた構成要件の実現の回で見た、密接性の3要素です。①必要不可欠だったか、②障害となる特殊の事情がないか、③時間的場所的に近いか、の3つでした。今日は、この道具がどこで役に立つのかを説明します。
⭐ 論文で書く規範:判断基準の役割分担 実行の着手は、構成要件的結果発生の現実的危険性を含む行為を開始した時点で認める(実質的客観説)。ただし「危険性」という言葉だけでは、複数の行為にまたがる事案で、いつその危険が生じたのかが決まらない。 そこで密接性(①必要不可欠か ②障害となる特殊の事情がないか ③時間的場所的に近接しているか)が、複数行為が絡む事案で時点を固定する道具として役割を持つ。 (判断基準の役割分担(危険性=中身/密接性=時点の固定))
危険性という言葉は、着手の判断で何を見るかという中身を示します。密接性は、複数の行為にまたがる事案で、時点をどこまでさかのぼれるか固定する道具です。今日の窃盗3件は、1つの行為の中で危険が濃くなっていく事案です。ここでは密接性の出番は小さい。ただ、性犯罪と放火の判例では、先の行為と後の行為が分かれています。そこで密接性の考え方が効いてきます。この危険性が、事案ごとにどんな事情で濃くなるのか、判例5件で具体的に見ていきます。
判例①窃盗罪の実行の着手
図:窃盗3判例、同じ物差しで違う時点
窃盗罪の判例を3つ見ます。3件とも、他人の住居や店舗、土蔵に入り込もうとする場面の事件です。ですが、着手が認められる時点はそれぞれ違います。入り込むかどうかだけで決まるわけではありません。3件とも、財物に向けて何をしたかが結論を分けています。まず1件目です。
判例最高裁判決 昭和23年4月17日(第二小法廷)
窃盗罪の着手——住居に侵入して物色した段階 被告人らは共謀のうえ食料品等を窃取しようとA方に侵入し、懐中電灯で照らしながら食料品等を物色中に警察官等に発見され、目的を遂げなかった。 「窃盗の目的で他人の屋内に侵入し、財物を物色したというのであるから、このとき既に、窃盗の着手があつたとみるのは当然である。」
財物を物色している以上、財物が盗まれる現実的な危険はもう発生しています。だから物色した時点で着手が認められました。次は少し違う事案です。
判例名古屋高等裁判所判決 昭和25年11月14日
窃盗罪の着手——土蔵の外扉の錠を破壊した段階 窃盗の目的で土蔵に侵入しようとして、土蔵の外扉の錠を破壊してこれを開いた。この時点で、既に窃盗の着手があったと認められた。
2件目は、まだ物色すらしていません。土蔵の外扉の錠を壊して開いた時点で、着手が認められています。住居の事案より手前の段階で着手を認めた、そこが今日の核心です。土蔵は、住居と違って中に普段人がいません。判決は、土蔵には普段、盗む対象になる物だけがあって人は住んでいないから、入ろうとすれば盗むつもりが外からも分かる、と述べています。実質的客観説の目で言い直せば、錠を壊した時点で、財物が盗まれる現実的な危険が生じているということです。人が住んでいる家は、どこに何があるかも分からず、住人に止められることもあります。だから物色まで進んで、初めて財物に手が届くほど危険が濃くなります。人のいない土蔵なら、外扉さえ突破すればあとは財物にほぼ自由にたどり着けます。土蔵はそもそも物をしまっておくための建物なので、扉を破ることが、そのまま財物に近づくことになるんです。この違いが時点を分けています。
判例最高裁決定 昭和40年3月9日(第二小法廷)
窃盗罪の着手——深夜の店舗で煙草売場に向かいかけた段階 深夜、電気器具商の店舗内に忍び込み、懐中電灯で店内を照らして電気器具類があることは分かったが、なるべく現金を盗りたいので、煙草売場の方に行きかけた際に、被害者らが帰宅した。窃盗の着手行為があったものと認められた。
3件目です。深夜、真っ暗な店に忍び込んだ犯人は、電気器具があることを確認しました。ですが現金を狙って、煙草売場の方に向かいかけました。この時点で着手が認められています。深夜の店舗で、目当ての現金に動き出した時点で危険が生じています。侵入しただけの段階では、まだ何を盗るかも決まっていません。目当ての物に向けて動き出したことが、危険を濃くしています。この事件には、もう1つ知っておいてほしい背景があります。煙草売場に向かいかけたところで被害者らが帰宅し、犯人は逮捕を免れるために暴行を加えました。事後強盗の成否が争われた事件です。
事後強盗とは、窃盗犯人が、逮捕を免れるために暴行や脅迫をした場合の罪です。238条に定めがあります。事後強盗として処罰するには、その前提として「窃盗の犯人」でなければなりません。238条の中身そのものは、また別の回で扱います。今日は、窃盗の着手がどの時点で認められたかという部分だけを見てください。
図:窃盗3判例の比較——人・時間帯・距離・時点
3件を一度、表にして並べてみます。物色型は住居で、人がいる可能性があります。この事案では、物色した時点で着手が認められました。錠破壊型は土蔵で、通常人がいません。だから外扉を破っただけで、もう危険は生じています。煙草売場接近型は深夜の真っ暗な店舗です。目当ての財物に向けて動き出したことが、危険を濃くしました。次に、この重なり方から見えてくる共通の物差しを取り出します。
図:3件に共通する物差し
3件を並べると、共通の物差しが見えてきます。1つ目、その場に人がいるか。人がいない事情は時点を前倒しします。2つ目、目当ての財物にどれだけ近づいたか。3つ目、次の一歩で財物に手が届くか。この重なり具合で危険の濃さを判断しています。3件とも、財物に向けて何をしたかが結論を分けています。この物差しを使って、少し考えてみてください。
図:考えてみてください
深夜の住宅に忍び込んだAが、まだ何も物色していない段階で家の人に見つかったとします。窃盗の着手はあるでしょうか。ヒントは、住居と土蔵の違いです。住居は人がいる可能性が高い分、物色したり、金品のありそうな場所に近づいたりして、はじめて危険が濃くなります。土蔵の事案と同じ結論にはなりません。実際の事案でも、住居侵入型は物色の段階で着手を認めています。同じ「侵入」でも、対象が住居か土蔵かで必要な次の一歩の重さが変わるということです。この物差しは、判例の結論をそのまま丸暗記する道具ではありません。事情が変われば時点も動く、という使い方をする道具です。
判例②性犯罪の実行の着手
図:一連の流れに向かう危険
次は性犯罪の判例です。今の法律でいえば、不同意性交等罪、177条にあたる場面です。名前は変わっていますが、着手の考え方そのものは変わりません。まずは事案を見てください。
判例最高裁決定 昭和45年7月28日(第三小法廷)
性犯罪の着手——被害者を車に引きずり込もうとした段階 抵抗する被害者女性を、ダンプカーの運転席に引きずり込み、発進して約5.8キロメートル離れた場所まで移動し、その場で反抗を抑圧して姦淫した。引きずり込む際の暴行により、被害者は負傷した。 「被告人が同女をダンプカーの運転席に引きずり込もうとした段階においてすでに強姦に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において強姦行為の着手があつたと解するのが相当であり、……」
引きずり込もうとした段階で、姦淫そのものにはまだ何も手をつけていません。それでも、その先に続く一連の行為に向かう危険性が明らかだ、という判断です。発進して移動して、抵抗を抑圧して姦淫するという流れ全体を見ています。引きずり込むことと、その後の行為は、別々の行為です。ですが、運転席に入れてしまえば、被害者には逃げる手立てがほとんどありません。引きずり込むことは、後の行為に欠かせない一歩で、止めるものも無い。前に見た密接性の目で見ても、後の行為と密接だといえます。だから、引きずり込もうとした時点までさかのぼって、危険が明らかだと判断できるわけです。けがをさせた重い罪、つまり致傷の罪が成立するには、実行行為の中でけがをさせたと言える必要があります。
事案では、引きずり込むときの暴行で被害者がけがをしていました。引きずり込もうとした時点で既に着手があったと言えなければ、その負傷を致傷として評価できません。着手の時点がどこかが、まさにここで勝負を分けました。着手を引きずり込もうとした段階に認めたことで、そこでの負傷が一貫して致傷として評価できます。窃盗の物色型と似ています。あの事案も、物色という行為より先で財物が盗まれる危険を見ていました。罪名が変わっても、着手を決めるのは43条の同じ物差しです。危険が明らかになった時点で線を引く発想は動きません。177条の要件そのものは、また別の回で扱います。
判例③放火罪の実行の着手
図:点火の前でも、危険は完成している
最後は放火罪です。自宅で焼身自殺を図ろうとした行為者が、ガソリンを撒きました。その後、タバコを吸おうとライターに火をつけたところ、蒸気に引火して全焼した事案です。
判例横浜地方裁判所判決 昭和58年7月20日
放火罪の着手——ガソリンを撒布した段階 自宅で焼身自殺を図ろうとした被告人が、ガソリンを撒布した後、ライターに火をつけたところ、撒布したガソリンの蒸気に引火・爆発し、家屋を全焼させた。 「ガソリンの強い引火性を考慮すると、そこに何らかの火気が発すれば本件家屋に撒布されたガソリンに引火し、火災が起こることは必定の状況にあったのであるから、被告人はガソリンを撒布することによって放火について企図したところの大半を終えたものといってよく、この段階において法益の侵害即ち本件家屋の焼燬を惹起する切迫した危険が生じるに至った」として、ガソリンを撒布した時点で実行の着手を認めた。
ガソリンを撒いた時点で、着手が認められました。理由は、ガソリンという物質の強い引火性です。点火という別の行為を待たなくても、既に切迫した危険は生じています。危険性の発生は、いつも行為者の次の動作を待つとは限りません。物の性質そのものが、危険を前倒しすることがあります。撒くことと火をつけることは、別々の行為です。ですが撒いてしまえば、火をつけるのはライター1つですぐにできる一歩です。判決が「企図したところの大半を終えた」と言うのは、この近さのことです。
条文刑法108条
刑法108条(現住建造物等放火) 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。
条文の言葉も確認しておきます。108条は、結果を「焼損」と定めています。判決の言う「焼燬を惹起する切迫した危険」は、今の条文でいう焼損に向かう危険のことです。今日見ているのは、焼損がいつ起きるかではなく、その手前で危険が生じた時点です。人の不在、目的物への接近、行為の先に続く危険、物の性質。理由は事案ごとに違って見えますが、すべて危険がいつ濃くなったかへの答えです。
着手時期と主観的要素
図:主観をどこまで考慮するか
実質的客観説は、危険性という客観的な事情を見る立場です。ただ、その判断材料として主観をどこまで考慮してよいかは、また別の対立があります。客観説でも、主観を判断材料に持ち出すことがあります。そこが論点です。3つの考え方があります。A説は、行為者の意図や計画、性格の危険性まで考慮します。B説は、故意または過失だけを考慮します。C説は、主観的要素はいっさい考慮しません。
図:3説の違い——同じ行為に当てはめると
3つの説を、同じ行為に当てはめて比べてみましょう。盗る目的か、確かめるだけの目的か分からない場面で、ポケットの外側に手が触れたとします。A説なら、盗る目的だと分かれば着手を認め、確かめるだけの目的だと分かれば着手を否定できます。B説なら、窃盗の故意さえあれば足ります。盗る目的でも確かめる目的でも、盗るつもりがあれば着手の方向です。C説なら、主観を見ないので、ポケットに触れたという外側の事実だけで判断します。盗る目的でも確かめる目的でも、同じ結論になります。だからこそ、主観をどこまで考慮するかが、独立の論点になっています。
主観を考慮するA説やB説でも、主観は、あくまで判断材料にとどまります。主観だけで着手が決まるわけではありません。理由は、危険の濃さが、その行為の次の一歩に何が続くかで決まるからです。同じようにポケットの外側に触れても、盗る目的なら、次の一歩は手を入れて財布を抜くことです。確かめるだけの目的なら、その先に盗る動作はありません。外から見れば同じ行為でも、目的次第で、結果に向かう危険の濃さが変わります。主観を考慮する立場が、目的を判断材料にするのはこのためです。
判例最高裁決定 昭和29年5月6日(第一小法廷)
あたり行為——ポケットの外側に触れた段階 被害者のズボン右ポケットから現金をすり取ろうとして、同ポケットに手を差しのべ、その外側に触れた。 「同ポケツトに手を差しのべその外側に触れた以上窃盗の実行に着手したものと解すべきこというまでもない。」
短答でよく問われる判例です。盗る目的でポケットの外側に触れた時点で、着手が認められました。この判例が判示したのは、この肯定の判断だけです。確かめるだけの目的なら着手にならない、とよく対比で紹介されますが、判例自身の判断ではありません。主観を考慮する立場から、目的によって次の一歩があるかどうかが変わる、という見方を当てはめた帰結です。主観が、行為の危険性の濃さを判断する材料になっている一例です。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。着手時期の学説は3つありました。主観説、形式的客観説、実質的客観説です。処罰根拠を現実的危険性に求めた以上、着手もこの危険が現実になった時点で線を引きます。これが実質的客観説の一本道でした。冒頭のAをそれぞれの学説に当てはめただけで、結論がばらばらでした。窃盗3件は、1つの行為の中で危険が濃くなる事案でした。性犯罪と放火は、先の行為が後の行為と近いから、先の行為の時点で線を引けた事案でした。人がその場にいるか、目当ての物にどれだけ近づいたか、次の一歩で手が届くか。この重なり具合で、時点が決まっていました。
3つの説を同じ行為に当てはめただけでも、結論が割れることが分かりましたね。最初のAに戻ります。事務所の金庫のドアノブに手をかけた時点、まだ財物には触れていません。ですが、無人の建物で、金庫のある部屋という目当ての場所に手をかけています。土蔵の事案に近く、着手を認める方向に傾きます。家族が寝ている自宅だったら、部屋のドアノブに手をかけただけでは、まだ着手とは言いにくい方向に傾きます。住居は、入り込んだだけでは、着手とは言いにくいです。物色したり、金品を探して目当ての場所に近づいたりするところまで進んで、危険が濃くなります。事情が1つ変わるだけで、同じ一歩でも評価が変わる。これが今日の背骨でした。行為者と結果のあいだに他人や距離、時間が挟まる場面(間接正犯や離隔犯、特殊詐欺、不作為犯の着手)と、未遂の効果は、別の回で扱います。
参照条文
- 刑法43条本文
- 刑法108条