未遂犯と予備・陰謀
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第8章 未遂 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
導入——結果ゼロでも、なぜ処罰できるのか
図:未遂と予備、2つの場面
第7章の最後で、次は未遂、つまり修正された構成要件を見ると言いました。今日から第8章です。Aが、Bを殺すと決めて、深夜Bの部屋に忍び込み、刃物を振り上げました。Bは物音で目を覚まし、逃げ出しました。刃物は振り下ろされていません。Bは無傷です。それでも、刑法はAを罰します。結果が出ていないのに、何を理由に罰するのか。今日は、まずそこから見ます。では、Aが1週間前にこの刃物を買った時点でも、もう罰せられるのか。答えは場合によります。同じ「結果が出ていない」場面でも、刃物を振り上げた瞬間と、刃物を買った瞬間では扱いがまったく違います。今日は、この2つの違いを、危険がどれだけ濃いか、という1つの物差しで説明します。
未遂犯の意義と既遂との関係
図:未遂犯の意義——時間的に修正された構成要件
未遂犯とは、犯罪の実行に着手して、これを遂げなかった場合をいいます。ここで大事なのは、各本条の条文が、もともと何を想定して書かれているかです。殺人罪の条文は「人を殺した」場合を定めています。既遂、つまり成功した殺人を想定した条文です。未遂という言葉は、その条文には出てきません。殺人罪の条文自体は、既遂だけを定めた基本的構成要件です。未遂犯は、この基本的構成要件を、時間の軸で手前にずらして修正したものと理解します。だから答案でも、殺人未遂を論じるときは、未遂を罰する規定だけでなく、大本の殺人罪の199条も、未遂を罰する203条と併せて挙げます。
図:既遂の中身——結果犯と挙動犯
既遂がいつも結果発生の時点とは限りません、そこは犯罪の型によります。以前見た結果犯と挙動犯を思い出してください。結果犯なら、構成要件的結果が現実に発生した時点が既遂です。挙動犯なら、構成要件的行為が完全に遂行された時点が既遂になります。たとえば殺人なら人が死んだ時点、住居侵入なら家の中に入った時点です。この違いは、あとで未遂犯の処罰根拠を考えるときにも効いてきます。
43条・44条——未遂を罰する条文
図:未遂処罰の全体像
では条文を確認します。43条と44条は、第2章で、窃盗の例と一緒に一度見ました。今日は未遂そのものの話として、改めて読みます。まず43条です。
条文刑法43条本文
刑法43条本文(未遂減軽) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。
今のAが、まさにこの条文の対象です。43条には、自分の意思でやめた場合のただし書が続きます。前に全文を見たとき、中止未遂という名前だけ出てきた部分です。中身は中止未遂を扱う回で見ます。今日はこの本文だけを押さえてください。刑を軽くできるだけで、処罰そのものはできる、というのが本文の内容です。43条だけでは処罰できるとは限りません、そこが44条です。
条文刑法44条
刑法44条(未遂罪) 未遂を罰する場合は、各本条で定める。
この条文があるので、43条という総則の規定があっても、それだけで全部の罪の未遂が自動的に処罰されるわけではありません。殺人罪なら203条に未遂を罰する規定があるので、殺人未遂は処罰されます。
条文刑法203条
刑法203条(未遂罪) 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。
反対に、たとえば他人の窓ガラスを割ろうとして石を投げ、外れた場合です。器物損壊罪には未遂を罰する規定が無いので、未遂としては罰されません。危険が濃い未遂でも、壊れるのが物1つのような軽い罪にまで罰を広げる必要は無い、と法律が罪ごとに選んでいるわけです。
未遂犯の処罰根拠
図:処罰根拠という問い
ここからが今日の核心です。構成要件的結果も、法益侵害も、まだ現実には生じていないのに、なぜ未遂犯を処罰できるのか。この問いへの答え方は、犯罪の本質をどう考えるかによって変わります。第1章で見たことを思い出してください。犯罪の本質を人の内面に求める説と、外部の行為・結果に求める説、それぞれ何と呼びましたか?
図:主観主義からの説明
人の内面に求める説が主観主義、外部の行為・結果に求める説が客観主義でした。主観主義からは、犯罪を実現しようとする行為者の意思や、その性格の危険性に処罰根拠を求めます。Aの中に、Bを殺そうとする意思そのものが現れた時点で、処罰に値する危険がある、という説明です。ただ、主観主義を突き詰めると、Aが刃物を買った時点でも、殺そうとする意思はもう表れています。第1章で見たとおり、内面の危険だけを理由にすると、罰を止める歯止めが外側に無くなります。43条も「実行に着手して」と、外から見える行為で線を引いています。
図:客観主義内の対立——①と②
これに対して客観主義は、行為者の内心ではなく、外部に現れた行為や結果に根拠を求めます。ただ、客観主義の内部でも、どんな危険を見るかで2つに分かれます。①法益侵害の具体的な危険が生じたことに根拠を求める説と、②構成要件的結果が現実に発生する危険が生じたことに根拠を求める説です。①は、被害者の生命や財産といった法益そのものに、具体的な危険が及んだかを見ます。②は、条文が定める結果、つまり構成要件的結果が現実に発生しそうだったかを見ます。似ていますが、次の場面で違いがはっきりします。
図:独自設例——放火のねじれ
場面を変えます。たとえば、Aが、家族が出かけている間に、Cたちが住む家に火を付けました。前に見たとおり、現住建造物等放火罪は抽象的危険犯です。家が焼損すれば、周りの人たちの生命や財産に危険が実際に及んだかどうかに関係なく、既遂になります。この罪が守っているのは、その家だけでなく、不特定または多数の人の生命・身体・財産です。そして放火罪には、112条に、この罪の未遂を罰する規定もあります。たとえば、家は焼損したけれど、隣の家に火が及ぶ気配はまったく無かった場合でも、既遂です。
図:①説だと起きるねじれ
ここで①説を、言葉どおりに当てはめてみます。①説だと、放火罪の未遂が成立するには、この罪が守っている法益、つまり周りの人たちの安全に、具体的な危険が要ることになります。そこです。言葉どおりに読むと、既遂には要らない危険が、手前の段階の未遂には要る、という逆転が起きてしまいます。①説をそのまま当てはめると、112条がこの罪の未遂を罰していることと、かみ合いにくくなります。これが①説に向けられる批判です。手前で止まった場面でも確かめます。たとえば、Aが柱に灯油をまいて火を付けたものの、柱に燃え移る前にCが消し止めた場合です。隣の家には、火が及ぶ気配はありませんでした。
①説を言葉どおりに当てはめると、隣の家への具体的な危険が無いので、未遂にもならない、ということになりかねません。独立して燃え始めていれば、隣の家への危険が無くても既遂なのに、手前で止まると未遂にすらならない。軽いはずの未遂のほうが、成立しにくくなってしまうんです。もっとも①説の側からは、未遂で見る危険は、焼損という既遂に至る危険のことだ、と読み直す応答もありえます。②説なら、火を付けた時点で、柱が焼損に至る現実的な危険はもう生じているので、消し止められても未遂です。反対に、灯油を買って家の前まで来ただけなら、まだその危険は無いので、未遂ではありません。
図:②説を挙動犯に当てはめる
②説の「構成要件的結果発生の現実的危険性」という言い方は、結果が生じる犯罪を思い浮かべた表現に見えます。ですが、住居侵入のような挙動犯にも未遂はあります。たとえば、他人の家の窓の鍵を壊している最中に、家の人に見つかった場合です。挙動犯まで含めて考えるなら、「構成要件が実現される現実的な危険」と読めばよいのです。結果犯なら結果の発生、挙動犯なら構成要件的行為をやり遂げること、どちらも構成要件の実現ととらえれば、②説は挙動犯にも同じ形で当てはまります。
図:同じ言葉が効く2つの場面
この言葉は、前に早すぎた構成要件の実現を見たとき、実行の着手の説明でも出てきました。未遂を罰する理由がこの危険なら、どこから未遂になるかも、この危険が現実になった時点で線を引くことになります。
図:もう1つの対立軸との関係
もう1つだけ、軸の名前に触れておきます。第6章で見た、結果無価値論と行為無価値論を覚えていますか。結果を重視するか、行為も重視するか、という対立でしたね。結果無価値論に立つと、未遂を罰する根拠を結果としての危険に求めやすく、行為無価値論に立つと、行為そのものの危険性に求めやすくなります。
予備罪——危険の物差しを手前に延ばす
図:予備の意義
次は、Aが1週間前に刃物を買っていた場面です。これが予備の話です。予備とは、犯罪の実行を目的としてなされる、犯罪の準備行為をいいます。実行に着手する前の段階なので、法益侵害の危険性は未遂よりもなお乏しいのが普通です。刃物を買う行為だけを見れば、料理に使うためかもしれず、誰かを襲うためとは限りません。危険が薄いところまで処罰を広げると、日常の行為まで巻き込んでしまいます。だから刑法は、放っておいた場合の被害があまりに大きい、ごく一部の重大な犯罪に限って、予備の段階から処罰します。
図:刑法典の予備・陰謀規定一覧
刑法典で、予備・準備・陰謀を罰する規定は、この9か条です。内乱、外患誘致・外患援助、私戦、放火、通貨偽造等、支払用カード電磁的記録不正作出、殺人、身の代金目的略取等、強盗。刑法典に定められた罪の数からすれば、ごく一部です。それだけ、予備の段階まで処罰を広げるのは例外的な扱いだ、ということです。丸暗記するより、被害の重大さと結びつけて理解するほうが確実です。たとえば、人の命や自由に関わる殺人・身の代金目的略取・強盗、国の存立に関わる内乱・外患・私戦、社会全体の安全や信用に関わる放火・通貨偽造・支払用カードの不正作出、という3つのまとまりです。
このうち、通貨偽造等準備と支払用カード電磁的記録不正作出準備の2つだけは、名前に「準備」と付いています。この2つは、罰する対象を「器械又は原料」の準備行為に限っています。それ以外の規定は、罪を犯す目的で行う準備行為であれば、対象がもっと広くなります。詳しくは次に見ます。
予備罪の分類と陰謀罪
図:予備罪の2つの作り方——従属予備罪と独立予備罪
予備罪の条文は、作り方で2つに分かれます。それぞれ1本ずつ、条文で見ます。
条文刑法201条
刑法201条(殺人予備) 第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。
まず201条です。さっきのAが刃物を買った時点は、殺意を持って準備をしているので、この条文の対象になりえます。ポイントは、「第百九十九条の罪を犯す目的で」という書き方が、殺人罪の条文にぶら下がっていることです。201条は、それ自体で独立した犯罪の中身を定めているのではなく、199条の殺人罪という基本犯に従属する形で書かれています。このように、基本犯の構成要件に従属する形の予備罪を、従属予備罪と呼びます。237条の強盗予備なども同じ形です。
条文刑法153条
刑法153条(通貨偽造等準備) 貨幣、紙幣又は銀行券の偽造又は変造の用に供する目的で、器械又は原料を準備した者は、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
もう1つ、153条を見てください。これは、通貨偽造罪という基本犯の条文にぶら下がる書き方ではなく、それ自体で「準備」という独立した構成要件を持っています。こういう形の予備罪を、独立予備罪と呼びます。そして153条は、処罰する対象を「器械又は原料」の準備に絞っています。こうした規定を準備罪と呼びます。163条の4第3項も同じ限定です。
図:目的犯としての予備罪——目的の中身
予備罪は「その罪を犯す目的で」という文言を持つ目的犯です。目的犯とは、故意に加えて、条文が定める目的まで要る犯罪でした。第2章で見た、故意の枠からはみ出す主観、主観的超過要素の一種です。この「目的」の中身をめぐって争いがあります。自分で実行する目的で準備することを自己予備、他人に実行させる目的で準備することを他人予備と呼びます。自己予備で予備罪が成立することに争いはありません。争いがあるのは、他人予備でも予備罪が成立するか、です。条文の書き方を見てください。201条は「第百九十九条の罪を犯す目的で」、つまり自分が殺人罪を犯す目的と読むのが自然です。だから、201条のように「〜の罪を犯す目的で」と書かれた予備罪は、自己予備に限るとする見方が多数で、Aが自分以外の誰かにBを殺させるつもりで刃物を用意していた場合のように、他人に殺させるつもりなら、201条の予備そのものには当たらないことになります。これに対して153条は「偽造又は変造の用に供する目的で」とだけ書いていて、誰が偽造するかを限っていません。だから独立予備罪の一部では、他人予備も含みうるとされています。今日は、この対立があることまでを押さえてください。
図:陰謀罪
最後に陰謀にも触れておきます。陰謀とは、2人以上の者が、特定の犯罪を実行することについて話し合い、謀議することをいいます。たとえば、国の統治のしくみを壊そうと数人が集まり、いつどこを襲うか計画を練った段階です。危険性は予備よりさらに薄いので、内乱、外患誘致・外患援助、私戦の3つだけが処罰の対象です。試験で問われることはまずありませんが、危険の物差しが一番手前まで来ると、対象がここまで絞られる、ということだけ押さえておいてください。予備罪の共同正犯や教唆・幇助と、予備をやめた場合の扱いは、別の回でまとめて扱います。殺人予備・強盗予備の中身も、それぞれの罪を扱う回で改めて見ます。
未遂と予備・陰謀、規定の仕方の違い
図:規定の仕方の対比
最後に、今日の背骨を条文の作り方に戻します。未遂は、実行の着手があるので、法益侵害の現実的な危険が濃いと評価できます。だから、総則に43条・44条という一般規定を置いたうえで、各本条にも個別に規定を置く、二重の網になっています。条文の文字で比べてみます。203条は「未遂は、罰する」の一言だけです。未遂とは何か、刑をどう軽くできるかは、43条がまとめて引き受けているからです。予備には総則のまとめ規定が無いので、罪ごとに一から書くしかない。これが規定の仕方の違いです。予備・陰謀は、実行に着手する前の段階で、危険がなお薄いので、原則は不処罰です。だから、重大な罪の各本条にだけ規定を置くにとどめています。
同じ危険の物差しで、未遂も、予備・陰謀も、条文の作り方まで一貫して説明できます。
図:予備と未遂の境目
刃物を買った段階と、刃物を振り上げた段階。その境目には名前がついています。実行の着手です。今日は名前だけ覚えてください。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
今日を振り返ります。未遂犯は、既遂を想定した基本的構成要件を、時間的に修正したものでした。43条で減軽でき、44条で各本条に規定がある罪だけが対象です。抽象的危険犯に当てはめたときのねじれから、②の構成要件的結果発生の現実的危険性説が妥当でした。挙動犯まで含めるなら、構成要件が実現される現実的な危険と読めばよい、という話もしましたね。刑法典で処罰される予備・準備・陰謀は、限られた重大犯罪だけです。だからこそ、総則に一般規定を置かず、各本条にだけ個別の規定を置いています。どちらも結果は出ていませんが、振り上げた時点では危険が濃いので未遂、買った時点では危険は薄いけれど、殺人という重大な罪なので予備として罰されうる。1つの物差しで、2つの答えが出ました。Aがどの時点で、もう後戻りできない危険な段階に入ったと言えるのか、その判断基準を見ていきます。
参照条文
- 刑法43条本文
- 刑法44条
- 刑法203条
- 刑法201条
- 刑法153条