刑法ゼロから刑法#62

中止未遂②——「中止した」・因果関係・予備の中止

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第8章 未遂 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入——立ち去る前に、救急車を呼んでいたら

Aは、その場を立ち去った 図:Aは、その場を立ち去った

今日は、こんな場面から始めます。Aは、Bの胸を刃物で刺しました。倒れたBを前に、誰にも邪魔されていないのに、Aは自分のしたことを悔いて「もうやめよう」と思い、その場を立ち去りました。流血に怖くなったのでも、人が来たのでもなく、自分から悔いてやめています。前回の4つの説のどれに照らしても、自分の意思でやめたと言えます。ですが、それでも中止未遂にならないとしたら、なぜでしょうか。「やめよう」と思っただけでは、足りないのでしょうか。先に答えを言うと、放っておけば結果が起きる状態を自分でつくった人ほど、たくさんのことをしなければ「やめた」とは言えないからです。では、立ち去る前に、救急車を呼んでいたらどうでしょうか。今日は、この違いを見ていきます。

今日の地図——③④⑤に入る

中止未遂が成立するための4つの要素、今日は③から 図:中止未遂が成立するための4つの要素、今日は③から

条文刑法43条

刑法43条(未遂減軽) 犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

43条ただし書をもう一度見てください。「実行に着手して」「自己の意思により」「犯罪を中止した」「遂げなかった」、ここから4つの要素を読み取りました。前回は、①着手と②任意性まで見ました。今日は、③犯罪を中止したこと、④結果が発生しなかったことに進みます。見解によっては、さらに因果関係も要求されます。もう1つあります。そもそも実行に着手していない段階、つまり予備の段階でやめた場合はどうなるか、という別の問題です。これを予備の中止と呼びます。それぞれ、前回見た根拠の選び方から線がつながっています。1つずつ見ていきましょう。

中止行為の区別——従来の通説

着手未遂と実行未遂——従来の通説 図:着手未遂と実行未遂——従来の通説

43条ただし書は「犯罪を中止した」ことを要求しています。この中止行為の中身は、実行行為が終わったかどうかで2つに分かれます。実行には着手したけれど、実行行為をやり切る前に手を止めた場合を着手未遂と呼びます。この場合は、その先の実行を放棄する不作為があれば、中止行為として足ります。これに対して、実行行為は終わったけれど結果が発生しなかった場合を実行未遂と呼びます。この場合は、結果を防ぐための行動、つまり作為が必要になります。この作為を、真摯な努力と呼びます。では、なぜ実行未遂だけ行動が必要になるのでしょうか。ここで、今日の軸に戻ります。中止未遂は、結果が起きないようにした人へのごほうびです。実行行為が終わった人は、放っておけば結果が起きる状態を、自分でつくってしまっています。だから、その危険を自分で取り除かなければ、「やめた」とは評価されないんです。

火のついた導火線にたとえると、火をつける前に気が変わったなら、手を離すだけでいい。でも、火をつけて導火線が燃え進んでいるなら、自分で踏み消すところまでやらないといけない。このたとえは、まさにその感覚です。では、着手未遂と実行未遂は、どこで線を引くんでしょうか。従来の通説は、実行行為を続ける必要性や可能性が客観的にあるかを見ます。そのうえで、本人がそれを認識しているかどうかで振り分けます。必要性、可能性、認識の3つです。この3つをまず判定してから、中止行為の中身を決める構造なので、答案では重くなりやすい、という評価があります。

中止行為の区別——近時の有力説

放置すれば結果が起きる危険が、もう生じているか 図:放置すれば結果が起きる危険が、もう生じているか

3つも見るのが重いなら、もっと簡単な方法はないのでしょうか。そこで近時、有力に主張されている見解があります。放っておけば結果が発生する危険が、すでに生じているかどうかを、直接1つの問いとして見るんです。危険がまだ生じていなければ、不作為で足ります。危険がすでに生じていれば、真摯な努力が必要になります。従来の通説のように、必要性・可能性・認識の3つを判定してから振り分ける、という手順を経ません。答案では、この見解の方が書きやすいという評価が一致しています。ただ、通説とまでは言えず、近時の有力説という位置づけです。そして大事なのは、従来の通説でも、この有力説でも、行き着く先は同じだということです。放っておけば結果が起きる状態を自分でつくった人ほど、たくさんのことをしなければ「やめた」とは言えない。入り口の問い方が違うだけで、結論の軸は変わりません。

真摯な努力の有無——他人の助けを借りた場合

自分にできる限りのことをしたと言えるか 図:自分にできる限りのことをしたと言えるか

実行未遂の場合、結果を防ぐための行動、真摯な努力が要ります。ここで、他人の助けを借りた場合はどうなるでしょうか。自分で全部やることまでは求められません。他人の助けを借りてもよいとされています。ただし、行為者本人が「自分にできる限りのことをした」と評価できることが必要です。例えば、他の人に医者を呼ぶことだけを頼んで、自分はそれ以上関与しなかった場合は、真摯な努力が否定される方向に傾きます。これに対して、自ら救急車の手配を頼み、被害者を運び込むところまで自分も関わった場合は、真摯な努力が肯定される方向に傾きます。同じように他人の助けを借りていても、本人がどこまで関わり続けたかで、評価が変わるんです。

これも、危険をつくった本人が最後まで責任を持つべきだ、という今日の軸と同じです。他人に丸投げして終わりでは、危険をつくった本人が果たすべき役割を果たしたとは言えません。

結果が発生した場合

結果が起きたら、中止未遂の入り口に立てない 図:結果が起きたら、中止未遂の入り口に立てない

真摯な努力をしたのに結果が発生してしまった場合は、中止未遂は成立しません。既遂になります。43条ただし書の4つ目の要素、結果が発生しなかったことを、そもそも欠いてしまうからです。真摯な努力があったかどうかは、その前の話で、結果が発生してしまえば入り口にすら立てません。ここは間違えやすいので、念を押しておきます。次に進む前に、少し前回を思い出してください。43条ただし書が必ず刑を軽くする理由として、どの説を軸にすると説明がつきやすいと言いましたか?

中止行為と結果不発生との因果関係

根拠が、物差しを決める(2度目) 図:根拠が、物差しを決める(2度目)

答えは責任減少説です。この軸を持ったまま進みます。ここで、もう1つ問題があります。真摯な努力をしたのに、結果が発生しなかったのが、実はその努力のおかげではなかった場合です。例えば、本当は致命傷ではなかったから結果が発生しなかった、という場合です。この場合でも、中止未遂は成立するでしょうか。努力はしたけど、その努力が効いたわけではないんですね。ここで、中止行為と結果不発生との間の因果関係を要求するかどうかが問題になります。これは、構成要件の因果関係と同じ話ではありません。向きが違います。構成要件の因果関係は、行為者の行為と、発生した結果とのつながりです。今日の因果関係は、行為者の中止行為と、結果が発生しなかったこととのつながりです。混同しないでください。

違法性減少説は、刑を軽くする理由を、中止によって結果発生の危険性が実際に減ったことに置きます。そうすると、軽くするには、その危険を減らしたのが本人の中止行為だったと言えなければなりません。別の理由で結果が起きなかったなら、本人は何も減らしていないからです。だから、中止行為と結果不発生との因果関係が必要だ、という結論になります。これを必要説と呼びます。責任減少説は、刑を軽くする理由を、行為者を責める程度、つまり非難可能性が下がったことに置きます。見ているのは本人のやめ方です。真摯な努力をしたという本人の側の事実があれば、非難可能性はもう下がっています。結果が防げたのが別の理由だったとしても、その評価は変わりません。だから因果関係は要らない、という結論になります。これを不要説と呼びます。

前回の図書館の延滞金のたとえを、もう一度思い出してください。「自分から反省して返しに来たから免除する」というルールなら、返却が実際に図書館を助けたかどうかは関係なく、反省して持ってきたという事実だけで免除してよいはずです。これが不要説の感覚に近いです。さっき確認した、責任減少説を軸にする説明が有力だという筋に乗るなら、それと整合する不要説が、答案でも書きやすいという評価が有力です。学説の対立として押さえておいてください。

独自の事案で、着手未遂から既遂まで動かしてみる

設例①——刺そうとして、思いとどまった 図:設例①——刺そうとして、思いとどまった

ここまでの内容を、1つの事案を少しずつ動かしながら、まとめて確認します。設例①です。Aは、Bの胸を刃物で刺そうとしましたが、思いとどまって手を止めました。実行行為の途中でやめた場面なので、着手未遂です。実行を放棄する不作為があれば、中止行為として足ります。

設例②——刺した後、何もせず立ち去った 図:設例②——刺した後、何もせず立ち去った

設例②です。Aは、Bを刺したあと、自分のしたことを悔いて、何もせずその場を立ち去りました。冒頭の場面そのものです。放っておけば結果が起きる危険が、すでに生じています。ですが、Aは真摯な努力をしていません。中止行為はありません。自分の意思でやめていても、中止行為が欠ければ中止未遂にはなりません。Bが助かったとしても、43条本文の障害未遂にとどまり、刑を減軽するかどうかは裁判所の裁量になります。

設例③——救急車を呼んで、その場を離れた 図:設例③——救急車を呼んで、その場を離れた

設例③です。Aは、Bを刺したあと、自ら救急車を呼んで、その場を離れました。冒頭の場面よりは進んでいます。ですが、呼んだだけで自分は関わり続けていません。さっきの、他人に任せきりの場面と近く、真摯な努力と言えるかは、評価が分かれる場面として位置づけられます。

設例④——自分で止血し、付き添った 図:設例④——自分で止血し、付き添った

4つ目の設例です。Aは、Bを刺したあと、自分で止血をしながら救急車を呼び、搬送されるまで付き添いました。自分にできる限りのことをしたと評価できます。真摯な努力があり、中止行為もあります。

設例⑤——実は、致命傷ではなかった 図:設例⑤——実は、致命傷ではなかった

設例⑤です。4つ目の設例のケースで、実はそもそも致命傷ではなかった、という事情が分かったとします。Aの努力がなくても、結果は発生しなかったわけです。ここで、さっきの因果関係の要否が効いてきます。不要説に立てば、Aの努力自体で非難可能性が減っていますから、中止未遂の余地があります。必要説に立てば、努力と結果不発生との間に因果関係がありませんから、中止未遂は否定されます。

設例⑥——結果が発生してしまった 図:設例⑥——結果が発生してしまった

最後に、6つ目の設例です。4つ目の設例のケースで、結果としてBが死亡してしまったとします。真摯な努力があっても、結果が発生すれば既遂です。中止未遂の余地はありません。ここまで6つの設例を通して、中止行為・真摯な努力・因果関係のつながりを確認しました。

6つの設例、結論の一覧 図:6つの設例、結論の一覧

この6つを、一覧にまとめておきます。こうして並べると、危険をつくった人ほど、たくさんのことをしなければ「やめた」と言えない、という今日の軸がよく見えます。

予備の中止——「言葉の誤解」から入る

予備の中止とは、何のことか 図:予備の中止とは、何のことか

ここからは、また別の問題です。実行に着手していない段階、つまり予備の段階でやめた場合を考えます。予備の中止と呼ばれます。凶器を買おうとしたけれどやめた、という場面を思い浮かべがちですが、それは予備の中止ではありません。凶器を用意しようとしたけれど、やめた場合は、そもそも予備罪自体が成立していません。単に不可罰なだけです。本当の予備の中止は、予備罪がすでに成立した後、実行の着手を任意にやめた場合です。例えば、強盗を実行する目的で凶器を用意した時点で、予備罪は成立しています。その後、翻意して実行の着手をやめた場合が、予備の中止です。

マラソンで例えてみます。レースを走り切った後に途中棄権すれば、記録は残りません。これが中止未遂の効果です。ですが、スタートラインに立つ準備をしただけでレースに出ないと決めた人には、そもそも「棄権」という概念自体がありません。予備の中止は、この準備の段階の話です。まず、争いのない前提を確認します。犯罪の実行に着手していない以上、43条ただし書を直接適用することはできません。ここに争いはありません。争点は2つです。1つ目、43条ただし書を準用できるかどうか。2つ目、準用できるとして、減免の基準となる刑は何か。この2つを順に見ていきます。

準用の可否——判例と学説の対立

準用の可否——判例(否定)と学説(肯定) 図:準用の可否——判例(否定)と学説(肯定)

判例最高裁大法廷判決(要旨)

予備罪への中止未遂の準用が争われた事案(強盗予備罪) 強盗を実行する目的で予備行為をした事案。最高裁大法廷は「予備罪には中止未遂の観念を容れる余地のないものである」として、中止未遂の規定の準用を否定した。

まず、判例の立場です。強盗を実行する目的で予備行為をした事案で、最高裁の大法廷は、準用を否定しました。「予備罪には中止未遂の観念を容れる余地のないものである」というのが、その言い方です。判例が準用を認めないのは、43条ただし書が、犯罪の実行への着手を前提にした規定だからです。着手していない予備罪には、そもそも当てはめる場面がない、という理解です。有力な学説は、準用を肯定します。理由は2つあります。1つ目、実行に着手した後にやめれば中止未遂として刑の免除まであり得るのに、着手する前にやめた人には、免除の余地が全くないのは均衡を欠くという考え方です。

2つ目、任意に実行の着手をやめた以上、その人には責任の減少が認められる、という理由づけです。今日の軸である責任減少説の考え方が、ここでも顔を出しています。

予備罪によって、実益が違う理由

予備罪ただし書の有無、3つの比較 図:予備罪ただし書の有無、3つの比較

条文刑法201条

刑法201条(殺人予備) 第百九十九条の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。

条文刑法113条

刑法113条(放火予備) 第百八条又は第百九条第一項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。

条文刑法237条

刑法237条(強盗予備) 強盗の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の拘禁刑に処する。

この準用論、実は罪ごとに実益が違います。3つの条文を見比べてください。殺人予備の201条にも、放火予備の113条にも、情状により刑を免除することができる、という任意的な免除の規定が、もともと備わっています。この2つは、準用を認めなくても、免除される余地があるわけです。だから、これらの罪については、準用論を厚く書く必要は薄いんです。237条を見てください。ただし書がありません。強盗予備には、もともと免除の余地が用意されていないんです。だから、強盗予備の中止では、43条ただし書を準用できるかどうかが、結論を直接左右します。この論点が実際に効いてくるのは、主に強盗予備なんです。

準用を肯定した場合——基準となる刑

減免の基準となる刑、3つの説 図:減免の基準となる刑、3つの説

準用を肯定するとして、次に問題になるのが、減免の基準となる刑です。既遂犯の刑を基準に減軽するのか、予備罪の刑そのものを基準にするのか。68条は、法律上の減軽は1回しかできないと定めています。予備罪の刑は、すでに既遂の法定刑を減軽したものと理解されていますから、これをもう一度減軽してよいのか、という問題が出てきます。3つの考え方があります。1つ目、既遂罪基準説です。既遂犯の刑を基準に減免しますが、減軽してもなお予備罪の刑より重い場合は、予備罪の刑を科します。2つ目、予備罪基準説です。予備罪の刑そのものを基準にします。3つ目、免除説です。減軽は認めず、免除のみを認めます。

1つ目の既遂罪基準説が有力です。既遂の刑を出発点に1回だけ減軽するので、法律上の減軽は1回という68条の制約とぶつからないからです。そのうえで、中止した人が、中止しなかった予備罪の人より重くならないよう、予備罪の刑を上限にします。

強盗予備で、実際に計算してみる 図:強盗予備で、実際に計算してみる

条文刑法68条3号

刑法68条3号(法律上の減軽) 有期拘禁刑を減軽するときは、その長期及び短期の二分の一を減ずる

条文刑法236条1項

刑法236条1項(強盗) 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期拘禁刑に処する。

条文刑法12条1項

刑法12条1項(拘禁刑の期間) 拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする

条文刑法10条2項

刑法10条2項(主刑の軽重の比較) 同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑とし、長期又は多額が同じであるときは、短期の長いもの又は寡額の多いものを重い刑とする。

では、強盗予備を例に、実際に計算してみましょう。まず236条1項です。強盗は、5年以上の有期拘禁刑です。12条1項が、有期拘禁刑の上限を20年と定めています。ですから、強盗の刑は5年以上20年以下です。この刑を、68条3号で減軽します。長期及び短期を、それぞれ2分の1にするという規定です。長期20年の2分の1が10年、短期5年の2分の1が2年6か月です。減軽後は、2年6か月以上10年以下の拘禁刑になります。10条2項は、同種の刑は長期の長い方を重い刑とすると定めています。長期20年から減軽した長期10年の刑と、長期2年の237条の刑を比べれば、237条の方が明らかに軽くなります。

既遂犯の減軽刑、2年6か月以上10年以下は、予備罪の刑、2年以下より重いままです。だから既遂罪基準説の立場でも、結論としては、より軽い237条の刑、2年以下の拘禁刑を科すことになります。予備罪基準説なら、237条の刑そのものを出発点に減軽しますから、既遂罪基準説より軽くなることもあります。免除説なら、減軽はせず免除だけです。ただ、どの説を採っても、43条ただし書の準用を認める以上、刑の免除の余地はあります。

今日の地図(保存版)

今日の到達点 図:今日の到達点

今日を振り返ります。中止行為は、着手未遂なら不作為で足り、実行未遂なら真摯な努力という作為が必要でした。他人の助けを借りてもいいけれど、自分にできる限りのことをしたと言えることが必要でした。結果が発生してしまえば、真摯な努力があっても既遂で、中止未遂の余地はありませんでした。因果関係は、違法性減少説なら必要説、責任減少説なら不要説でした。今日の軸である責任減少説の筋に乗るなら、不要説が書きやすいのでした。最後に、予備の中止です。判例は準用を否定していますが、学説は有力に肯定しています。とくに、ただし書のない強盗予備で、この対立の実益が大きくなります。冒頭で、ただ立ち去ったAには、中止行為すら認められませんでした。立ち去る前に救急車を呼び、付き添うところまでやっていれば、話は変わってきます。放っておけば結果が起きる状態をつくった人ほど、たくさんのことをしなければ「やめた」とは言えない。これが、今日通してきた1本の線です。

次回は、第8章の締めの不能犯です。楽しみにしていてください。

参照条文

  • 刑法43条
  • 刑法201条
  • 刑法113条
  • 刑法237条
  • 刑法68条3号
  • 刑法236条1項
  • 刑法12条1項
  • 刑法10条2項

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