刑法ゼロから刑法 論文

不能犯と未遂犯の区別の書き方

3つの事例で、結果が起きていない甲の罪責を、不能犯か未遂犯かを分ける形で答案に書き切る回。規範は具体的危険説で、行為の時点を基準に、一般人が認識しえた事情と行為者が特に認識していた事情を判断の基礎に置き、一般人の観点から結果発生の現実的危険があれば実行行為性を認め、なければ不能犯とする。あてはめは、事情の振り分け、基礎にした事情からの危険の判断、実行行為にあたるかの言い切りの3段。事例1は、硬貨を落とした月曜は、硬貨でも死ぬという甲の思い込みを基礎にせず不能犯、中身を知って鉄入りの缶を落とした火曜は殺人未遂罪。事例2は、広島高判昭36・7・10 を事実の拾い方の手本に、暗い和室で人の背丈ほどに盛り上がった布団を、ふつうの人が人の寝ていると認識しえた事情として基礎にし、殺人未遂罪と住居侵入罪の牽連犯。事例3は、誰にも分からなかったキー登録の入れ替わりを基礎にせず、窃盗未遂罪。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例1

甲・乙と、14階のベランダ 図:甲・乙と、14階のベランダ

3つの事例を、それぞれ答案の最後まで書き切ります。どの事例でも、狙った結果は起きていません。それでも罪になる場合と、ならない場合があります。1つ目は、一人の人が、同じ場所から、2日続けて物を落とす事例です。甲は、会社の同期だった乙から中傷を受けて退職に追い込まれたと恨み、乙を殺そうと決意しました。甲は、18階建てのマンションの14階に住んでいます。地上約40メートルです。ベランダの真下は公道に面した歩道で、乙は通勤のため、毎朝7時50分ごろ、この歩道を歩いて駅へ向かっています。甲は、それを知っていました。月曜日です。甲は、インターネットで、高い所から硬貨を落とすと、当たった人は死ぬ、という書き込みを見て、本当だと信じ込みました。午前7時50分、歩道を歩いてくる乙の頭上めがけて、ベランダの手すり越しに、1円硬貨を1枚落とします。重さは1グラムです。硬貨は、乙の1メートルほど手前の舗道に落ち、乙は何も気づかないまま歩き去りました。火曜日です。甲は、前日に何も起こらなかったのは、硬貨が軽すぎたからだと考えました。そこで、スチール製の空き缶に、鉄のボルトを約2キログラム詰めて、口をテープでふさぎます。外見はふつうの飲料缶で、中身は外から見えず、持ち上げなければ重さも分かりません。午前7時50分、甲は、同じ場所から、乙の頭上めがけて、この缶を落としました。ところが、缶が落ちている間に、乙はスマートフォンを見るために足を止めます。缶は、乙の背後約1メートルの舗道に落ちて、大きな音を立てました。乙は驚きましたが、けがはありません。甲は、缶が落ちるのを見て、その場を離れました。

問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

殺人は既遂でないこと

答案の頭の順、既遂の否定から未遂へ 図:答案の頭の順、既遂の否定から未遂へ

答案の頭は、まず既遂からです。

条文刑法199条

刑法199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

乙は、どちらの日も亡くなっていません。ですから、殺人罪は、既遂に達していません。

条文刑法203条

刑法203条(未遂罪)
第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

そこで、殺人未遂罪を検討します。203条が、199条の未遂を罰しています。その前に、確かめることがあります。結果が起きなかったのは、たまたま外れたからなのか。それとも、最初から、起きようのない行為だったのか。後者なら、未遂犯にはなりません。不能犯です。

問題提起

実行行為の入口で、問題が立つ 図:実行行為の入口で、問題が立つ

問題提起です。文は、板に出しました。ここで見てほしいのは、書き方です。実行行為といえるか、と書くだけでは、何が危険を疑わせるのかが、答案から見えません。この事例なら、月曜に落としたのは、重さ1グラムの硬貨です。火曜に落としたのも、外からはふつうの缶に見えるものです。この事情があるから、乙が死ぬ危険はなかったとも思える。その事情を、問題提起の文に入れます。もう1つ、区切りを言います。着手の回では、実行に着手した時点を問いました。危険のある行為の、どの時点で危険が生じたか、です。ここで問うのは、その手前です。行為そのものに、結果が起きる現実的な危険があるか、を問います。この危険を持つ行為が、実行行為です。危険が無ければ、着手はそもそも認められません。不能犯を学んだ回(不能犯——未遂とのどこが違うのか)で、入口の問題と呼んだのは、このことです。この3つの事例では、着手の時点は、争いになりません。

規範

刑法43条 図:刑法43条

条文を確認します。

条文刑法43条

刑法43条(未遂減免)
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

43条には、不能犯のことは書かれていません。ですから、実行行為かどうかを分ける基準は、自分で立てる必要があります。立てる前に、不能犯を学んだ回を振り返ります。危険を判断するつまみは3つでした。どの事情を材料にするか、誰の目で見るか、いつの時点に立つか、です。学説の違いは、このつまみの合わせ方の違いでした。具体的危険説は、判断する主体を、一般人に合わせていました。では、規範を見ます。

規範カード|不能犯と未遂犯の区別 図:規範カード|不能犯と未遂犯の区別

カードの全文です。

⭐ 論文で書く規範:不能犯と未遂犯の区別
構成要件は、社会通念に照らして違法かつ有責な行為を型として定めたもの(違法有責行為類型)であるから、ある行為が実行行為にあたるかも社会通念に照らして決まる。また、行為は主観と客観の統合体であり、刑法は行為の時点で人に向けられた行為規範である。
そこで、行為の時点を基準とし、一般人が認識しえた事情と行為者が特に認識していた事情とを判断の基礎に置いて、その事情のもとで一般人の観点から見て構成要件的結果発生の現実的危険があるといえれば実行行為性が認められ、いえなければ不能犯となると解する(具体的危険説)。
(規範(具体的危険説・通説))

入口の考え方からです。未遂犯を罰する根拠は、結果が起きる現実的な危険を生じさせたことにあります。着手の回で見たとおりです。そうすると、実行行為とは、結果発生の現実的な危険を持つ行為です。不能犯かどうかは、この危険があるかどうかの問題になります。残るのは、その危険を、何を材料に、誰の目で、いつの時点で判断するか、です。この3つに、カードの1つ目の段落の3つの理由が、1つずつ答えます。

3つの理由と、3つの要素 図:3つの理由と、3つの要素

1つ目です。構成要件は、社会通念に照らして決めた、行為の型です。型が社会通念で決まるなら、ある行為が実行行為にあたるかも、社会通念で決まります。社会通念とは、世の中のふつうの人の受け止め方です。ふつうの人の受け止め方で決めるのですから、材料は、ふつうの人が認識しえた事情です。判断する目も、ふつうの人の目です。2つ目です。行為は、主観と客観の統合体です。行為者の頭の中にあった認識は、行為の一部です。ですから、ふつうの人には見えなくても、行為者が特に認識していた事情は、材料に加えます。3つ目です。刑法は、行為の時点で、人に向けられた行為規範です。行為規範とは、違法性の回で見た、やってはいけない、という刑法の命令です。不能犯を学んだ回では、この命令がふつうの人に向けられている面から、ふつうの人の目を導きました。ここで使うのは、いつ告げるか、の面です。やってはいけないと告げる相手は、その行為をしようとしている、その時の人です。ですから、行為の時点に立って判断します。後から分かったことは、材料にしません。

材料にすることを、カードでは、判断の基礎に置く、と言います。ここからは、事情を1つずつ、基礎にするか、しないかに振り分けていきます。

基礎にする事情の振り分け 図:基礎にする事情の振り分け

振り分けの表です。行為者が認識していた事情は、ふつうの人が認識しえたかどうかにかかわらず、基礎にします。ふつうの人が認識しえた事情は、行為者が認識していなくても、基礎にします。基礎にしないのは、ふつうの人にも行為者にも分からなかった事情だけです。これに、3つの扱いを足します。1つ目。行為者の思い込みは、基礎になりません。実際には無い事情や、危険の有無についての自分の考えは、行為者が認識していた事情ではないからです。2つ目。実際には無い事情でも、ふつうの人が認識しえたといえるなら、基礎になります。3つ目。行為の後に起きた事情は、行為の時点に立つので、基礎になりません。

あてはめの手順

あてはめの3段 図:あてはめの3段

あてはめは、3段で書きます。1段目は、事情の振り分けです。2段目は、基礎にした事情だけを前提に、行為の時点の、ふつうの人の目で、危険を判断します。3段目で、実行行為にあたるか、あたらないかを言い切ります。この順で、まず月曜の硬貨からです。

事例1・月曜の硬貨

月曜の事情の振り分け 図:月曜の事情の振り分け

最初に、確かめます。甲は、硬貨でも人は死ぬ、と信じていました。この信じていたことは、危険を判断する材料に入るのか。材料に入れたくなりますが、そこが落とし穴で、答えは、入らない、です。振り分けていきます。まず、地上約40メートルのベランダから、歩道を歩く乙の頭上めがけて、重さ1グラムの1円硬貨を落とした、という事情です。見れば分かる事情で、ふつうの人も認識しえて、甲も認識しています。基礎にします。次に、硬貨でも人は死ぬ、という甲の考えです。甲がそう信じていたこと自体は、行為の時点にありました。けれども、これは、硬貨を落としたという事実の認識ではありません。その事実が危ないかどうかについての、甲自身の考え、つまり思い込みです。危ないかどうかは、ふつうの人の観点で判断するのですから、甲の考えは基礎にしません。2段目です。基礎にした事情を前提に、ふつうの人の観点で見ます。重さ1グラムの硬貨は、高い所から落ちても、頭に当たったところで人の命を奪う力を持たない。これが、ふつうの人の通常の理解です。ですから、乙の生命が侵害される現実的な危険はありません。3段目です。月曜の行為は、殺人罪の実行行為といえません。不能犯です。殺人未遂罪は成立しません。

危険の有無は、当たったかどうかでは決まりません。外れたのは、結果の話です。危険は、行為の時点に立って判断します。仮に硬貨が乙の頭に当たったとしても、結論は同じです。

事例1・火曜の缶

時点の線、行為の時点と行為の後 図:時点の線、行為の時点と行為の後

火曜日です。行為の時点と、行為の後の線を、板に引きました。缶が甲の手を離れた時点が、線です。缶の中身が鉄だと知っているのは、甲だけです。ふつうの人が認識しえない事情は、材料になるのか。振り分けの表のとおり、行為者が認識していた事情は基礎にしますから、答えは、なる、です。振り分けていきます。

火曜の事情の振り分け 図:火曜の事情の振り分け

1つ目は、鉄のボルトが約2キログラム詰まった缶を落とした、という事情です。缶は口をテープでふさがれ、外から中身も重さも分かりません。ふつうの人は、中身を認識しえません。けれども、詰めたのは甲自身で、甲は認識しています。行為者が認識していた事情ですから、基礎にします。2つ目は、缶が落ちている間に、乙が足を止めた、という事情です。これは、行為の後に起きた事情です。行為の時点に立つのですから、基礎にしません。2段目です。基礎にした事情を前提に、ふつうの人の観点で見ます。地上約40メートルの高さから、約2キログラムの鉄を詰めた缶を、歩行者の頭上めがけて落とせば、当たった人が死亡する現実的な危険があります。3段目です。火曜の行為は、殺人罪の実行行為にあたります。未遂犯です。

月曜と火曜の比較 図:月曜と火曜の比較

同じ、物を落とす行為が、逆の結論になりました。甲が乙を殺す気だったことは、両日とも同じです。分かれ目は、ただ1つです。危険を生むはずの事情を、基礎に入れられるかどうか。月曜の、硬貨でも死ぬという考えは、思い込みで、入れられません。火曜の、鉄が詰まっているという事実は、甲が認識していたので、入れられます。

事例1の結論

事例1の結論 図:事例1の結論

結論です。月曜の行為には、殺人未遂罪は成立しません。火曜の行為には、殺人未遂罪が成立します。火曜の刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。減軽するかどうかを、裁判所が選べる、という意味です。そして、缶が当たらなかったのは、乙が足を止めたからで、甲の意思によるものではありません。ただし書は、自分の意思で犯罪をやめた人の刑を、必ず減軽か免除にする規定です。この場合を、中止犯と呼びます。甲は自分の意思でやめていませんから、中止犯にはなりません。

事例2

甲・乙と、暗い和室の布団 図:甲・乙と、暗い和室の布団

2つ目の事例です。さきほどとは、別の事案です。甲は、半年前まで交際していた乙に別れを切り出されたことを恨み、乙を殺そうと決意しました。乙は、木造アパートの2階の一室に一人で暮らし、毎晩、午後11時ごろ、玄関から奥の和室に敷いた布団で眠っています。甲は、別れた後も乙宅の合鍵を持っていて、乙から何度も返すよう求められましたが、返しませんでした。甲は、これらのことを知っていました。ある金曜日の午前0時過ぎです。甲は、長さ約80センチの鉄パイプを持って乙宅へ行き、合鍵で玄関を開けて入り、奥の和室へ進みました。和室は消灯していて暗く、床の布団は、人の背丈ほどに盛り上がっています。中には、乙がいつも抱いて寝る大きな抱き枕が入っていました。甲は、乙が眠っていると思い込み、布団の頭の位置を目がけて、鉄パイプを力いっぱい2回振り下ろします。しかし、乙は、その夜、友人宅に泊まっていて不在でした。甲は、手応えのなさに掛け布団をめくり、誰もいないと知って、その場を立ち去ります。布団と抱き枕に傷はありませんでした。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

住居侵入、殺人は既遂でないこと、問題提起

答案の頭の順、住居侵入から殺人未遂へ 図:答案の頭の順、住居侵入から殺人未遂へ

先に、成立が明らかな罪を片づけます。

条文刑法130条

刑法130条(住居侵入等)
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

甲は、乙から返すよう求められていた合鍵を使い、乙の意思に反して、夜、乙宅に入っています。住居侵入罪が成立します。ここは、この結論だけで足ります。次に、殺人です。乙は亡くなっていませんから、199条の殺人罪は、既遂に達していません。そこで、203条の殺人未遂罪を検討します。問題提起です。この事例で、危険を疑わせる事情は、布団の下に乙がいない、ということです。そこで、甲の行為が殺人罪の実行行為といえるか、未遂犯と不能犯の区別が問題となる、と立てます。客観的には、死ぬ人がいなかったからです。

規範と、事実を拾う手本

規範は同じ、不能犯と未遂犯の区別 図:規範は同じ、不能犯と未遂犯の区別

規範は、事例1と同じです。新しく立て直しません。ただ、この事例には、実際には無い事情が出てきます。布団の下の人です。それをどう拾うかを、高等裁判所の判決で見ます。この判決は、規範の出どころとしてではなく、事実の拾い方の手本として使います。事案です。拳銃で撃たれ、医学的には、すでに死亡していた人がいました。その人を、まだ生きていると信じた被告人が、日本刀で突き刺しました。裁判所は、殺人未遂で有罪としています。

判例、すでに死亡していた人を刺した事案 図:判例、すでに死亡していた人を刺した事案

判旨の全文です。

判例広島高判昭36・7・10

加害の寸前に死亡していた被害者への殺人未遂
このように、Cの生死については専門家の間においても見解が岐れる程医学的にも生死の限界が微妙な案件であるから、単に被告人Aが加害当時被害者の生存を信じていたという丈けでなく、一般人も亦当時その死亡を知り得なかつたであろうこと、従つて又被告人Aの前記のような加害行為によりCが死亡するであろうとの危険を感ずるであろうことはいづれも極めて当然というべく、かかる場合において被告人Aの加害行為の寸前にCが死亡していたとしても、それは意外の障害により予期の結果を生ぜしめ得なかつたに止り、行為の性質上結果発生の危険がないとは云えないから、同被告人の所為は殺人の不能犯と解すべきでなく、その未遂罪を以て論ずるのが相当である。

判決が言っているのは、次の点です。生死の境が、医学的にも微妙だった。だから、被告人が生きていると信じていただけでなく、ふつうの人も、当時その死亡を知りえなかった。したがって、この加害行為で、人が死ぬだろうと危険を感じることは、極めて当然だ。寸前に死亡していたとしても、予期の結果が出なかったのは、意外の障害、つまり思いがけない事情に妨げられたにすぎない。行為の性質上、結果発生の危険がないとは言えない。だから、不能犯ではなく、未遂罪だ、と述べています。ここから拾う手本は、1点です。実際には、すでに亡くなっていた。それでも、ふつうの人が、その死亡を知りえなかったことを、決め手にしています。客体が実際にはいなくても、ふつうの人の目で、いると認識しえたかを、事実から拾う。この拾い方を、布団に使います。事案は別ですから、事実は設例から、自分で拾います。

事例2のあてはめ

事例2の事情の振り分け 図:事例2の事情の振り分け

あてはめです。振り分けから始めます。1つ目は、布団の下に人が寝ている、という事情です。実際には、抱き枕でした。ですから、実際にあった事情ではありません。けれども、和室は暗く、布団は人の背丈ほどに盛り上がっていました。この状況なら、ふつうの人は、布団の下に人が寝ていると認識しえます。ふつうの人が認識しえた事情として、基礎にします。甲の思い込みとして入れるのではない、という点が、ポイントです。2つ目は、布団の頭の位置を、鉄パイプで力いっぱい殴った、という事情です。これも基礎にします。3つ目は、乙がその夜、友人宅に泊まっていて不在だった、という事情です。実際にはありました。けれども、暗い和室の布団からは、乙の不在をうかがわせるものは何もありません。ふつうの人も認識しえず、甲も認識していません。基礎にしません。

事情が、実際にあったかどうかでは決まりません。ふつうの人が認識しえたか、行為者が認識していたか、で決まります。実際にあっても、誰にも分からない事情は入りません。実際には無くても、ふつうの人が認識しえた事情は入ります。2段目です。基礎にした事情は、人が寝ている布団の頭の位置を、鉄パイプで力いっぱい殴る、でした。これを前提に、ふつうの人の観点で見れば、殴られた人が死亡する現実的な危険があります。3段目です。甲の行為は、殺人罪の実行行為にあたります。未遂犯です。線の位置も、1つ示しておきます。もし部屋に明かりがついていて、誰が見てもクッションの山だと分かる状態なら、ふつうの人は、人はいないと認識しえます。そのときは、基礎になる事情が変わり、結論も動きます。

事例2の結論

事例2の結論 図:事例2の結論

結論です。甲には、殺人未遂罪が成立します。罪数です。住居に侵入することは、人を殺そうとするための手段です。手段と結果の関係ですから、牽連犯になります。

条文刑法54条1項

刑法54条1項(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。甲が立ち去ったのは、布団の下に誰もいないと知ったからです。自分の意思による中止ではありませんから、ただし書の適用はありません。

事例3

甲・乙と、乙の車 図:甲・乙と、乙の車

3つ目の事例です。これも、別の事案です。甲は、知人の乙が所有する乗用車を盗んで転売しようと決意しました。車の時価は約300万円です。乙宅の前の路上に停めてあります。甲は、半年前に乙から頼まれて、この車の予備キーを預かり、返しそびれたまま持っていました。始動用の電子登録がされた、金属製のキーです。ところが、乙は、自分が予備キーを甲に預けたことを忘れていました。そして2日前、予備キーをなくしたと思って、販売店で、それまでに登録されたキーの登録をすべて消し、新しいキー2本だけを登録し直してもらっています。そのため、甲の予備キーは、ドアの錠は開けられても、エンジンを始動させることはできなくなっていました。外見からは、この変更は分かりません。ある夜の午前2時ごろです。甲は、乙の車に近づき、予備キーでドアを開けて運転席に乗り込み、エンジンの始動を数回試みました。しかし始動せず、メーターに警告が表示されます。そのとき、近所で人の声がしたため、甲は車を降りて逃げました。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

窃盗は既遂でないこと、問題提起

答案の頭の順、窃盗は既遂でない 図:答案の頭の順、窃盗は既遂でない

窃盗から見ます。

条文刑法235条

刑法235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

甲は、車を持ち去ることができていません。乙の占有を侵害していませんから、窃盗罪は、既遂に達していません。

条文刑法243条

刑法243条(未遂罪)
第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。

そこで、窃盗未遂罪を検討します。なお、他人の車に乗り込んで始動の操作をする行為が、窃盗の構成要件にあたる性質の行為であることは、前提として置きます。問題提起です。危険を疑わせる事情は、乙が2日前にキーの登録を入れ替えていて、予備キーでは始動できなくなっていた、ということです。客観的には、車が持ち去られる危険はなかったとも思えます。そこで、甲の行為が窃盗罪の実行行為といえるか、未遂犯と不能犯の区別が問題となる、と立てます。

規範とあてはめ

規範は同じ、不能犯と未遂犯の区別 図:規範は同じ、不能犯と未遂犯の区別

規範は、これまでと同じです。ここでは、結果が起きなかった理由が、行為の時点で、誰にも分からなかった場合を見ます。

事例3の事情の振り分け 図:事例3の事情の振り分け

振り分けです。1つ目は、乙の車に、予備キーでドアを開けて乗り込み、始動の操作をした、という事情です。外から見える行為で、ふつうの人も認識しえて、甲も認識しています。基礎にします。2つ目は、乙が2日前に登録を入れ替え、予備キーでは始動できなくなっていた、という事情です。車の外見からは分からず、ふつうの人は認識しえません。甲も知りませんでした。基礎にしません。2段目です。基礎にした事情を前提に、ふつうの人の観点で見ます。キーを持つ者が、他人の車に乗り込んで始動の操作をしているのですから、車が持ち去られて、乙の占有が侵害される現実的な危険があります。3段目です。甲の行為は、窃盗罪の実行行為にあたります。未遂犯です。

似ていて、向きが逆です。缶は、甲だけが知る事情を基礎に加えて、危険が出ました。ここは、誰も知らない事情を基礎に入れずに、危険が残りました。基礎に入れるか、入れないかが、結論を分けています。線の位置も、示しておきます。もし登録が消えていることが、外から見て分かる表示などで、ふつうの人にも分かる状態だったなら、基礎に入ります。そのときは、結論が動きます。

事例3の結論

事例3の結論 図:事例3の結論

結論です。甲には、窃盗未遂罪が成立します。刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。始動しなかったことも、近所で人の声がしたことも、外部の事情です。甲が自分の意思でやめたのではありませんから、ただし書は適用されません。

まとめ

3事例の比較、疑われた事情と基礎にした事情 図:3事例の比較、疑われた事情と基礎にした事情

4つの場面を、見比べます。規範は、どれも同じでした。行為の時点で、ふつうの人が認識しえた事情と、行為者が特に認識していた事情を基礎に、ふつうの人の観点から、現実的な危険を見る。違ったのは、どの事情を基礎に入れるかです。行為者の思い込みは入らない。行為の後に起きたことは入らない。誰にも分からなかった事情は入らない。反対に、実際には無くても、ふつうの人が認識しえた事情は入る。そして、結論の最後には、未遂犯の刑の任意的減軽まで書きます。硬貨の軽さ、中身の見えない缶、布団の下の不在、消えた登録。疑わせる事情を、問題提起の文に入れる。そこから、振り分けが始まります。

完成答案

完成答案:第1 事例1における甲の罪責① 図:完成答案:第1 事例1における甲の罪責①

こちらが、事例1の完成答案です。ここまでの節の順のまま並べています。1枚目は、問題の所在と、規範までです。

完成答案:第1 事例1における甲の罪責② 図:完成答案:第1 事例1における甲の罪責②

事例1の、月曜の行為のあてはめです。基礎にした事情を拾い、重さ1グラムの硬貨では現実的な危険がないとして、不能犯と結びます。

完成答案:第1 事例1における甲の罪責③ 図:完成答案:第1 事例1における甲の罪責③

火曜の行為のあてはめと、結論です。鉄を詰めた缶は、甲が認識していた事情として基礎にし、実行行為にあたるとして、殺人未遂罪で結びます。

完成答案:第2 事例2における甲の罪責① 図:完成答案:第2 事例2における甲の罪責①

事例2の完成答案です。住居侵入から、問題の所在と、規範までです。危険を疑わせる事情は、布団の下に乙がいないことです。

完成答案:第2 事例2における甲の罪責② 図:完成答案:第2 事例2における甲の罪責②

事例2の、あてはめと結論です。布団の下に人が寝ているという事情は、ふつうの人が認識しえた事情として基礎にし、殺人未遂罪で結びます。

完成答案:第3 事例3における甲の罪責① 図:完成答案:第3 事例3における甲の罪責①

事例3の完成答案です。問題の所在と、規範までです。危険を疑わせる事情は、キーの登録が入れ替わっていたことです。

完成答案:第3 事例3における甲の罪責② 図:完成答案:第3 事例3における甲の罪責②

事例3の、あてはめと結論です。登録の入れ替わりは、誰にも分からなかった事情として基礎にせず、窃盗未遂罪で結びます。

完成答案:第4 結論 図:完成答案:第4 結論

最後に、全体の結論です。事例1は、月曜の行為には殺人未遂罪が成立せず、火曜の行為に殺人未遂罪が成立します。事例2は殺人未遂罪、事例3は窃盗未遂罪です。

参照条文

  • 刑法43条
  • 刑法130条
  • 刑法235条
  • 刑法243条
  • 刑法54条
  • 刑法199条
  • 刑法203条

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