刑法ゼロから刑法 論文

実行の着手時期の書き方

3つの事例で、結果が起きていない甲の罪責を、実行の着手の時点を事実で特定して答案に書き切る回。規範は1つで、未遂犯の処罰根拠を結果発生の現実的危険の惹起に求め、その危険を含む行為が開始された時点で着手とする。事例1(窃盗)は、居間に入った段階では否定し、引き出しを開けて探し始めた時点で着手を認めて、住居侵入罪と窃盗未遂罪の牽連犯。事例2(離隔犯)は、ボルトを外している途中では否定し、4本とも外して踏み板を元に戻した時点で、行為の後の流れが通常どおり進めば転落に至る状態に置いたとして殺人未遂罪。事例3(詐欺)は、最判平30・3・22 の3点(判断の前提となる重要な事項・交付を求める行為に直接つながる嘘・即座に交付させる危険の著しい高まり)を拾う事実の手本にして、交付を求める文言の前でも2回目の電話で着手を認め、詐欺未遂罪。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例1

甲・A・A妻の関係 図:甲・A・A妻の関係

3つの事例を、それぞれ答案の最後まで書き切ります。どの事例でも、結果は起きていません。それでも甲は、罪に問われます。では、どの時点から、でしょうか。まず、1つ目です。甲は、半年前、植木の剪定のために、A宅に出入りしていました。そのとき、居間のサイドボードの一番上の引き出しから、Aが代金を現金で取り出すのを見ています。借金の返済に困った甲は、その引き出しに現金が入っているはずだと考えて、盗みに入ることにしました。A宅は戸建てで、AとAの妻が2人で住み、夜は2階の寝室で寝ています。某日の午前1時30分ごろ、甲は、施錠されていなかった勝手口の戸を開けて、A宅に入りました。スマートフォンの明かりで足元を照らし、台所と廊下を通って、居間に進みます。居間に入った甲は、サイドボードの前に立ち、一番上の引き出しを開けて、中を手探りで探し始めました。引き出しには、現金約40万円の入った封筒があります。そのとき、2階でAが物音に気づいて起き上がり、階段を下りてくる足音が聞こえました。甲は、封筒には手を触れないまま、勝手口から逃げ出します。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

住居侵入と、窃盗は既遂でないこと

答案の頭の順、既遂の否定から未遂へ 図:答案の頭の順、既遂の否定から未遂へ

答案は、成立することが明らかな罪から、短く片づけます。

条文刑法130条

刑法130条(住居侵入等)
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

甲は、正当な理由がないのに、夜、人が住むA宅の勝手口から中に入っています。住居侵入罪、130条が成立します。ここは、要件に当たる事実を、この1文で挙げれば足ります。次が、窃盗です。

条文刑法235条

刑法235条(窃盗)
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

窃盗罪は、他人の財物を窃取する、つまり、持ち主の意思に反して占有を移すと成立します。甲は、封筒に手を触れていません。占有を取得していませんから、窃盗罪は既遂に達していません。

条文刑法243条

刑法243条(未遂罪)
第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。

そこで、未遂を検討します。243条は、235条の窃盗の未遂を罰しています。未遂犯になるのは、実行に着手してはじめてです。結果が出ていないことを確認したら、次に、着手したかどうかを問います。

問題提起

着手の入口で、問題が立つ 図:着手の入口で、問題が立つ

問題提起です。甲の行為は、窃盗罪における「実行に着手」、43条本文にあたるか。着手の時期の判断が、問題となります。着手が認められてはじめて、未遂犯になるからです。未遂犯といえるために着手が問題、と書くと、順序が逆になります。

規範

刑法43条 図:刑法43条

条文刑法43条

刑法43条(未遂減免)
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。

43条です。本文が、未遂犯の刑を任意に減軽できると定めています。中心になるのは、その中の「実行に着手」の4文字です。条文には、いつ着手になるのかは書いてありません。ですから、基準を、自分で立てる必要があります。立てる前に、着手の基準を学んだ回(実行の着手(前編))を振り返ります。実質的客観説では、着手の判断で、結果が起きる現実的な危険を見ました。ここでは、その危険を、未遂の処罰根拠から書き出します。

規範カード|実行の着手時期 図:規範カード|実行の着手時期

⭐ 論文で書く規範:実行の着手時期
未遂犯の処罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険を惹起した点にある。
そこで、構成要件的結果発生の現実的危険性を含む行為が開始された時点で、「実行に着手」したといえると解する。
(規範(実質的客観説))

1つ目の文から見ます。窃盗の結果、つまり財物が盗まれるという結果は、まだ起きていません。起きていないのに、なぜ罰するのか。それは、結果が起きる現実的な危険を、引き起こしたからです。未遂は、結果ではなく、危険で罰します。2つ目の文は、そこから出ます。処罰の理由が、危険を引き起こしたことなら、着手の線も、その危険が生じた時点に引くのが、筋が通ります。ですから、結果発生の現実的な危険を含む行為が、始まった時点で、着手があったと考えます。危険を含む行為がどの時点で始まったかを、事実で特定するのが、あてはめです。拾う事実は、場面ごとに変わります。窃盗なら、財物にどこまで近づき、次に何の行為が残っているか、を見ます。区切りを、2つ言います。1つ目は、不能犯です。行為そのものに危険があるかは、別の問いです。ここで扱う3つの事例は、どれも、危険のある行為であることが明らかな形ですから、問題にしません。2つ目は、複数の行為にまたがる事案です。一連の行為の途中で着手を認める型は、着手の回で見た、時点を固定する密接性という道具で判断します。この3つは、問題にする行為を、1つに特定できる形です。

あてはめ

何を見るか、財物への近さ 図:何を見るか、財物への近さ

あてはめです。何を見るかは、財物への近さでした。

時点の線引き、居間に入った段階と探し始めた段階 図:時点の線引き、居間に入った段階と探し始めた段階

まず、居間に入った段階を見ます。甲は、勝手口から入り、台所と廊下を通って、居間に進みました。けれども、この時点で、甲は、まだ引き出しに手を掛けていません。現金を探す行為は、始まっていないのです。現金を持ち去るには、なお、引き出しを開けて探す、という行為が残っています。入ったことは、住居侵入罪としてすでに成立しています。窃盗の着手かどうかは、現金が盗まれる危険が生じたかで決まります。この段階では、まだ引き出しの前にも立っていません。現金が窃取される現実的な危険を含む行為が、始まったとはいえません。次に、引き出しを開けて探し始めた時点です。甲は、サイドボードの前に立ち、現金があると知っていた一番上の引き出しを開けて、手探りで探し始めました。引き出しの中には、現金の入った封筒があります。あとは、手を伸ばせば、取り出せる状態です。しかも、A夫妻は2階で寝ていて、1階には、持ち出しを妨げる者がいません。この時点で、現金が窃取される現実的な危険を含む行為が、始まりました。ですから、引き出しを開けて探し始めた時点で、窃盗罪の「実行に着手」したといえます。封筒に触れる前に逃げたことは、着手の判断を動かしません。着手は、危険を含む行為が始まった時点で決まるからです。

結論と罪数

事例1の結論 図:事例1の結論

結論です。甲には、窃盗未遂罪が成立します。封筒の占有を取得していないからです。罪数です。住居に侵入することは、窃盗をするための手段です。この2つは、手段と結果として通常結びつく組み合わせですから、どちらも成立したまま、刑は最も重いもの1つで処断します。54条1項後段の牽連犯です。

条文刑法54条1項

刑法54条1項(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

未遂犯の刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。そして、甲が逃げたのは、Aの物音を聞いたからです。自分の意思でやめたのではありませんから、刑を必ず減軽か免除する、43条ただし書の中止犯にはなりません。

事例2

甲・Bと、外階段の踏み板 図:甲・Bと、外階段の踏み板

2つ目の事例です。さきほどとは、別の事案です。甲は、自分が所有する3階建ての古い建物の最上階を、Bに貸していました。1階と2階は空室です。最上階への出入口は、建物の外側にある鉄骨の外階段だけで、地上まで約8メートルあります。これを使うのはBだけで、外階段は賃貸借の対象に含まれず、甲が管理していました。甲は、家賃の減額要求などをめぐってBと激しく対立し、Bを殺害しようと決意します。外階段の最上部の踏み板は、4本のボルトで固定されています。1本でも残っていれば、人の体重を支えられますが、すべて外れれば、板ごと抜け落ちる構造です。Bは、毎朝午前7時過ぎに出勤のため外階段で下り、最上部の踏み板に最初に足を載せていました。甲は、「落ちて死ねばよい」と考えました。階段の構造を調べて工具を買い、金曜日の午後10時ごろ、自宅から車で30分の建物に行って、4本のボルトをすべて外します。踏み板は元の位置に戻して、見た目を元どおりにして、立ち去りました。翌朝の午前7時過ぎ、Bは、いつものように外階段に出ました。ところが、最上部の踏み板がわずかにずれているのに気づきます。板を持ち上げると、ボルトが無いと分かり、足を載せずに引き返しました。問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

殺人は既遂でないこと、問題提起

答案の頭の順、行為と結果の間に隔たり 図:答案の頭の順、行為と結果の間に隔たり

条文刑法199条

刑法199条(殺人)
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

条文刑法203条

刑法203条(未遂罪)
第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

Bは亡くなっていませんから、199条の殺人罪は既遂に達していません。203条は、199条の未遂を罰しています。そこで、殺人未遂罪を検討します。問題提起です。甲の行為は、殺人罪における「実行に着手」にあたるか。甲が踏み板を外した行為と、Bが転落するかもしれない朝までの間には、一晩の隔たりがあります。そのため、着手の時期の判断が問題となります。事例1と違うのは、行為と結果の間に、時間的な隔たりがあることです。そのことを、問題提起に1文足します。この位置で、着手の回でも見た離隔犯、つまり、行為者の手を離れた後に結果が起こる形の問題が、立ちます。もう1つ、区切ります。踏み板が抜け落ちる状態の外階段を使えば、約8メートル下の地面に転落します。甲の行為が殺人の危険のある行為であること自体は、明らかです。問題は、その危険が、どの時点で生じたかです。なお、ここで扱う離隔犯は、被害者本人の行動で結果に向かう形だけです。他人を道具に使う型は、別の問いです。

規範

規範は同じ、実行の着手時期 図:規範は同じ、実行の着手時期

規範は、事例1と同じです。板で確認します。処罰根拠が、危険を引き起こしたことで、危険を含む行為が始まった時点で、着手です。新しく立て直す必要はありません。

あてはめ

何を見るか、行為が終わった後の流れ 図:何を見るか、行為が終わった後の流れ

あてはめです。ここは、厚く書く場面です。最初に、線の位置を確かめます。踏み板は、ボルトが1本でも残っていれば、体重を支えます。では、4本のうち何本まで外した段階までは、Bの生命が危うくなったとはいえないか。答えは、3本までです。1本残っていれば支えるので、3本外した段階までは、まだ落ちません。4本目を外して、はじめて、板ごと落ちる状態になります。この線を、事実で書いていきます。

時点の線引き、外している途中と外し終えた時点 図:時点の線引き、外している途中と外し終えた時点

最初に、手前の段階です。甲は、階段の構造を調べ、工具を買い、夜にボルトを外し始めました。しかし、踏み板は、ボルトが1本でも残っていれば体重を支えます。ですから、工具を買った段階はもちろん、ボルトを外している途中でも、Bが足を載せて板が抜け落ちることはありません。Bが転落する危険は、まだ生じていません。この段階では、Bの生命が侵害される現実的な危険を含む行為が、始まったとはいえません。次に、4本すべてを外し、元の位置に戻した時点です。この状態では、Bが足を載せれば、踏み板は抜け落ちます。ここで、行為の後の流れを見ます。外階段は、Bの部屋への唯一の出入口で、使うのはBだけです。Bは毎朝7時過ぎに、最初に最上部の踏み板に足を載せます。踏み板は元の位置にあって、見た目にほとんど変化がありません。ですから、Bが事前に異常に気づく可能性は低いといえます。そのうえ、甲は、これ以上、何もしなくていい状態に置いています。Bが翌朝、いつもどおり階段を使いさえすれば、板ごと約8メートル下の地面に転落します。

行為者がその場にいない時に結果が起こる点が、離隔犯の肝です。隔たりがあっても、行為者の手を離れた後の流れが、通常どおりに進めば結果に至る状態に、置かれたかどうかを見ます。甲は、そう置きました。この時点で、Bの生命が侵害される現実的な危険が、現実のものになっています。ですから、4本のボルトをすべて外し、板を元の位置に戻した時点で、殺人罪の「実行に着手」したといえます。

結論

事例2の結論 図:事例2の結論

結論です。甲には、殺人未遂罪が成立します。Bが異常に気づいて、足を載せなかったので、死亡の結果は生じていません。刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。そして、Bが気づいたのは、甲の意思によるものではありません。ですから、ただし書の中止犯の適用はありません。

事例3

甲・Cと、2回の電話 図:甲・Cと、2回の電話

3つ目の事例です。これも、別の事案です。甲は、名簿業者から高齢者の名簿を買い、一人暮らしのC、79歳の氏名、住所、電話番号を知りました。甲は、Cに電話を2回かけて、「自宅の現金が狙われている」と信じ込ませます。そのうえで、現金を封筒にまとめさせ、自分が保護担当者を装ってC宅を訪れ、受け取る。そういう計画を立てました。水曜日の午後、甲は、地区防犯協会の調査員を名乗って、Cに電話をかけます。「地域の防犯調査をしています。お住まいは一戸建てですか。ご家族は。日中は家にいらっしゃいますか」。Cは、「一人暮らしで、1日中家にいる。最近、近所で空き巣があったと聞いて心配している」と答えました。翌木曜日の午前10時、甲は、再びCに電話をかけます。「昨日お電話した防犯協会の者です。警察から、Cさん宅が窃盗団の下見先に入っていると連絡がありました。今夜にも狙われるおそれがあります。協会で現金の保護の手続をしますので、保護担当者が午後2時にお伺いします。それまでに、ご自宅の現金をすべて封筒にまとめて、手元に置いて待っていてください」。Cは、「それは助かります。用意しておきます」と答えて、押入れの缶に入れていた現金約150万円を、封筒にまとめました。午後1時40分ごろ、甲は、保護担当者を装って、C宅へ向かいます。門の前に着いたところで、Cの娘の通報で待機していた警察官に声をかけられました。甲は、Cに会って現金を渡すよう求める言葉は、何も述べないまま、取り押さえられます。

問いは、これだけです。甲の罪責を論じなさい。

詐欺は既遂でないこと、問題提起

答案の頭の順、交付を求める言葉がまだ無い 図:答案の頭の順、交付を求める言葉がまだ無い

条文刑法246条1項

刑法246条1項(詐欺)
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。

条文刑法250条

刑法250条(未遂罪)
この章の罪の未遂は、罰する。

Cは、現金を交付していません。246条1項の詐欺罪は、既遂に達していません。250条は、この章の罪の未遂を罰しています。そこで、詐欺未遂罪を検討します。問題提起です。甲は、Cに会って、現金の交付を求める行為にまだ至っていません。そこで、甲の行為は、詐欺罪における「実行に着手」にあたるか。着手の時期の判断が問題となります。交付を求める言葉が無いまま、着手を認めてよいか。それが、この事例の中身です。

規範と、事実を拾う手本

規範は同じ、実行の着手時期 図:規範は同じ、実行の着手時期

規範は、これまでと同じです。ただ、詐欺では、危険を含む行為の中身を、何で見ればよいのかが、窃盗や離隔犯より見えにくい。そこで、着手の回でも見た判例を、もう一度見ます。この判例は、規範の出典としてではなく、うその段階で着手を認めるとき、事実のどこを拾うかの手本として使います。

判例、うその段階で着手を認めた事案 図:判例、うその段階で着手を認めた事案

判例最判平30・3・22 刑集72巻1号82頁

現金の交付を求める前の嘘と詐欺罪の着手
……本件嘘の内容は,その犯行計画上,被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる。そして,このように段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には,預金口座から現金を下ろして被害者宅に移動させることを求める趣旨の文言や,間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する文言といった,被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており,既に100万円の詐欺被害に遭っていた被害者に対し,本件嘘を真実であると誤信させることは,被害者において,間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる。このような事実関係の下においては,本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において,被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても,詐欺罪の実行の着手があったと認められる。

この判決が見たのは、3つの点です。1つ目は、嘘の内容が、被害者が現金を交付するかどうかを判断する前提となる、重要な事項かどうか。2つ目は、嘘の中に、現金の交付を求める行為に直接つながるものが含まれているかどうか。3つ目は、その嘘を信じさせることが、即座に現金を交付してしまう危険を、著しく高めるかどうか。そのうえで、嘘を一連のものとして述べた段階で、現金の交付を求める文言を述べていなくても、着手を認めています。この判決から言えるのは、理由の3点と、結論までです。答案では、この3点を、規範のあてはめで拾う事実の種類として使います。事案は、この判決のものとは別ですから、事実は設例から自分で拾います。

あてはめ

何を見るか、うその内容と交付への距離 図:何を見るか、うその内容と交付への距離

あてはめです。ここも、厚く書きます。最初に、1回目の電話と2回目の電話のどちらの嘘が、Cが現金を渡すかどうかの判断に関わっているかを確かめます。答えは、2回目です。1回目は、家族と在宅を聞いただけだからです。その線を、理由つきで書きます。

時点の線引き、1回目の電話と2回目の電話 図:時点の線引き、1回目の電話と2回目の電話

まず、1回目です。甲は、調査員を名乗って、家族構成と、日中の在宅状況を尋ねました。述べたのは、調査員という身分と、在宅状況の質問だけです。これは、Cが現金を渡すかどうかを判断する材料にはなりません。この段階では、現金が交付される現実的な危険を含む行為が、始まったとはいえません。次に、2回目です。ここで拾う点は、3つあります。1つ目は、嘘の内容です。甲は、「警察から連絡があり、今夜にも狙われるおそれがある」「協会が現金の保護の手続をする」と告げました。自宅の現金が狙われている、と信じた人は、現金をどうするかを考えます。これは、Cが自宅の現金を渡すかどうかを判断する、前提となる重要な事項です。2つ目は、交付を求める行為とのつながりです。甲は、「午後2時に保護担当者が伺う」「それまでに、現金をすべて封筒にまとめて、手元に置いて待て」とも告げています。保護担当者を装って訪れる甲が、現金を受け取る行為に、直接つながる嘘です。3つ目は、危険です。Cは、一人暮らしで、日中は在宅し、近所の空き巣を聞いて、不安を抱いていました。こうしたCに、現金が狙われているという嘘を、真実だと信じさせることは、訪れる甲の求めに応じて、Cが即座に現金を渡してしまう危険を、著しく高めます。

着手で問うのは、甲の嘘が、述べた時点でどれだけの危険を含んでいたかです。Cが封筒を用意したのは、危険が進んだ結果であって、着手の時点を決める材料としては使いません。決め手は、あくまで、2回目の電話で述べた嘘の中身です。ですから、甲が現金の交付を直接求める文言を、まだ述べていなくても、2回目の電話の中で嘘を一連のものとして述べた段階で、現金が交付される現実的な危険を含む行為が始まりました。詐欺罪の「実行に着手」したといえます。

結論

事例3の結論 図:事例3の結論

結論です。甲には、詐欺未遂罪が成立します。Cから現金を受け取る前に取り押さえられ、現金の交付を受けていないからです。刑は、43条本文で、任意的に減軽できます。警察官に声をかけられたのは、外部の事情です。自分の意思による中止ではありませんから、ただし書は適用されません。

まとめ

3場面の比較、拾う事実の種類 図:3場面の比較、拾う事実の種類

3つの事例を、見比べます。規範は、どれも同じでした。未遂の処罰根拠は、現実的な危険を引き起こしたこと。だから、危険を含む行為が始まった時点が、着手です。違ったのは、拾う事実です。窃盗は、財物にどこまで近づき、次に何の行為が残っているか。離隔犯は、行為者の手を離れた後の流れが、通常どう進むか。詐欺は、嘘の内容と、交付を求める行為への直結と、信じさせることが交付を促す度合いでした。どの事例も、手前は、まだ危険が生じていない。ここで、危険が生じた。その線を、事実で引いています。そして、結論の最後には、未遂犯の刑の任意的減軽まで書きます。

完成答案

完成答案:第1 事例1における甲の罪責① 図:完成答案:第1 事例1における甲の罪責①

こちらが、事例1の完成答案です。ここまでの節の順のまま並べています。1枚目は、成立が明らかな住居侵入罪を短く片づけ、窃盗罪が既遂でないことから着手の問題を立て、未遂の処罰根拠から規範を立てるところまでです。

完成答案:第1 事例1における甲の罪責② 図:完成答案:第1 事例1における甲の罪責②

事例1の、あてはめと結論です。居間に入った時点では着手を否定し、引き出しを開けて探し始めた時点で着手を認めて、住居侵入罪と窃盗未遂罪の牽連犯で結びます。

完成答案:第2 事例2における甲の罪責① 図:完成答案:第2 事例2における甲の罪責①

事例2の完成答案です。ここは、離隔犯の隔たりを、問題提起に入れています。規範は事例1と同じで、あてはめの最初の段は、準備の段階とボルトを外している途中の段階で着手を否定します。

完成答案:第2 事例2における甲の罪責② 図:完成答案:第2 事例2における甲の罪責②

事例2の、あてはめの続きと結論です。4本のボルトを外し終えて踏み板を元に戻した時点で、行為の後の流れが通常どおり進めば転落に至る状態に置いたとして着手を認め、殺人未遂罪で結びます。

完成答案:第3 事例3における甲の罪責① 図:完成答案:第3 事例3における甲の罪責①

事例3の完成答案です。前半は、交付を求める言葉がまだ無いことを示す問題の所在と規範、そして着手を否定する1回目の電話です。

完成答案:第3 事例3における甲の罪責② 図:完成答案:第3 事例3における甲の罪責②

後半が、2回目の電話のあてはめです。ここが山場です。嘘の内容、交付を求める行為とのつながり、危険性の3点を順に拾い、小括で着手を認めます。

完成答案:事例3の結論と、全体の結論 図:完成答案:事例3の結論と、全体の結論

最後に、事例3の結論と、全体の結論です。事例3は詐欺未遂罪、全体では、事例1が住居侵入罪と窃盗未遂罪の牽連犯、事例2が殺人未遂罪、事例3が詐欺未遂罪です。

参照条文

  • 刑法43条
  • 刑法130条
  • 刑法235条
  • 刑法243条
  • 刑法54条
  • 刑法199条
  • 刑法203条
  • 刑法246条
  • 刑法250条

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