公務執行妨害罪の職務の適法性と錯誤の書き方(後編)
県の食品衛生監視員Bが、客3人の体調不良の相談を受けて甲の弁当店の調理場を検査し鶏肉を収去したところ、検査を違法だと思い込んだ甲がBの右腕をつかんで引いた事例で、公務執行妨害罪(95条1項)の職務の適法性と適法性の錯誤を答案に書き切る後編。職務の適法性は保護法益(職務の円滑な実施)から書かれざる構成要件要素とし、①抽象的職務権限②具体的職務権限③法律上の重要な手続の3要件で判断する(手続の欠けがあっても保護に値する職務行為とした最大判昭42・5・24)。証票の提示が請求から約1分遅れた点は、趣旨(身分と権限を確認する機会)に照らし軽微な手続違反にとどまる。適法性は裁判所が職務執行時の具体的状況を基準に客観的に判断し(最決昭41・4・14の裁判要旨)、翌週に甲の弁当が原因でないと分かった事情は基準にしない。故意は適法性を基礎づける事実の認識で足り、評価を誤っただけの甲に故意を認める。変形として、Bが監視員として検査に来たことを告げなければ基礎事実の認識が欠け故意が阻却されることを確かめる。
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事例
図:出来事の時系列
県の保健所には、食品衛生監視員という職員がいます。飲食店の調理場に入って食材を検査し、検査に使う分を持ち帰る権限を持つ職員です。持ち帰ることを、収去といいます。今週の月曜から木曜にかけて、県内で持ち帰り専門の弁当店を営む50代の男性、甲の店の唐揚げ弁当を食べたあとに、腹痛や下痢になったという相談が、別々の客から3件、県の保健所に寄せられました。県知事から食品衛生監視員を命じられている県の職員Bは、この相談を受けて、甲の調理場を検査することにしました。金曜の午後2時ごろです。Bは紺色のジャケット姿で甲の店を訪れ、店頭にいた甲に告げました。「県の保健所の食品衛生監視員のBです。お客さんから、お弁当を食べたあとに体調が悪くなったという相談が続いています。調理場を検査して、検査に使う食材を少し持ち帰ります」。食品衛生監視員の証票は、ジャケットの内ポケットに入れて携帯していました。甲は「身分証を見せろ」と求めました。Bは「先に検査を進めさせてください。終わり次第お見せします」と答えて、調理場に入りました。
図:甲とBと鶏肉の関係
調理場は店舗の奥にあり、甲が弁当を作る場所です。Bは冷蔵庫から、唐揚げ用の鶏肉のパックを1つ、約200グラム取り出して、検体用の袋に入れました。それを見た甲は、「自分の弁当に問題はない。問題がないのに調べるのは許されない。違法だ」と思い、袋を取り戻そうとして、Bの右腕を両手でつかみ、強く引きました。Bは袋を離しませんでした。入店のときの告知で、Bが県の保健所の食品衛生監視員であること、客の体調不良の相談が続いているため調理場の検査に来たこと、検査に使うため鶏肉を持ち出そうとしていることを、甲は聞いています。甲が身分証を求めてから約1分後、Bは「証票をお見せします」と言って、内ポケットから証票を取り出して甲に示しました。Bはその後、袋に入れた鶏肉を、代金を払わずに持ち帰り、収去を終えています。翌週、保健所の調査で、3件の体調不良は、客がいずれも同じ日に食べていた別の店の惣菜が原因だったと分かりました。甲の鶏肉の検査結果にも異常はなく、甲の弁当は原因ではありませんでした。問いは次の1つです。甲の罪責について、刑法上の罪のうち、公務執行妨害罪の成否を中心に論じなさい。ただし、食品衛生法上の罪は除きます。甲は、検査を違法だと思い込んでいました。しかも、後の調査で、甲の弁当は原因ではなかったことまで分かっています。それでも、公務員の腕をつかんだ甲に、公務執行妨害罪は成立するのでしょうか。
検討の順番
図:甲とBと鶏肉の関係
甲の相手は、県の職員です。公務員の仕事に力を加えた事案ですから、まず公務執行妨害罪を見ます。条文を確認します。
条文刑法95条1項
刑法95条1項(公務執行妨害及び職務強要) 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
成立要件は条文どおりです。公務員が、職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えたこと。順に、公務員、職務、職務を執行するに当たり、暴行と当てます。本件に脅迫はありません。ただ、条文に書かれていない要素が1つあります。職務の適法性です。「執行するに当たり」を確認したあとで見ます。適法性が必要だとすると、まず要るのか要らないのか、次にどんな要件か、最後に誰がいつの時点で判断するのか、と順に問題になります。もう1つあります。甲は検査を違法だと思い込んでいました。そこで、故意の段で、適法性の思い違いをどう扱うかも問題になります。前に見た職務の範囲と暴行に続いて、この2つの山を実演します。
「公務員」「職務」「職務を執行するに当たり」
図:甲とBと鶏肉の関係
最初の3つは、短く認定します。まず「公務員」です。Bは、県知事から食品衛生監視員を命じられた県の職員です。刑法7条1項は、国又は地方公共団体の職員を「公務員」としています。県は地方公共団体ですから、Bは「公務員」にあたります。次に「職務」です。前編で見たとおり、「職務」には公務のすべてが含まれます。強制力を使わない仕事でも、邪魔をされれば、公務の円滑な実施は害されるからです。Bの調理場の検査と食材の収去は、罰則つきで検査を受けさせる公務です。ですから、なおさら「職務」にあたります。最後に「職務を執行するに当たり」です。甲が右腕をつかんだとき、Bは、冷蔵庫から取り出した鶏肉を検体用の袋に入れて、収去をしているところでした。職務を執行している最中ですから、あたります。
職務の適法性が要るのか
図:甲とBと鶏肉の関係
ここから、条文に書かれていない適法性に入ります。95条1項は、職務が適法であることを文言では求めていません。他方、Bの検査と収去は、甲の了解を得ずに行われています。そこで、「職務」は適法なものに限られるのかが問題になります。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性の要否 本罪の保護法益は公務員の職務の円滑な実施であるところ、違法な職務まで刑罰で守る理由はない。そこで、職務の適法性は、本罪の書かれざる構成要件要素であると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範カード|職務の適法性の要否
カードは2文です。第1文は、守るものの確認です。この罪が守っているのは、公務員個人ではなく、公務という仕事が円滑に行われることです。第2文が理由と結論です。守るものが公務の円滑な実施なら、違法に行われている公務まで刑罰で守る理由はありません。ですから、適法性は、条文に文言がなくても、成立要件になります。書かれざる構成要件要素とは、条文には文言がないのに、成立のために必要な要素という意味です。適法でない職務は、そもそも95条の構成要件に入りません。適法性が要る以上、Bの検査と収去が適法かどうかを、要件と判断基準の2つで見ていきます。
適法といえる要件:権限と手続
図:甲とBと鶏肉の関係
まず要件です。Bの検査と収去が適法な職務といえるために何が要るのか、が問題になります。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性の要件 そして、適法性は権限と手続の両面から判断すべきであるが、軽微な手続違反にすぎない職務は、なお刑法上保護に値する。そこで、①抽象的職務権限に属し、②具体的職務権限を有し、③法律上の重要な手続を踏んでいることを要すると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範カード|職務の適法性の要件
カードは2文です。第1文は、見る面と限度です。職務が適法かどうかは、その公務員にその仕事をする権限があるかという面と、法律が定める手順を踏んだかという面の両方から見ます。ただし、手順のほころびが小さい職務は、なお刑罰で守るに値する。手順の小さなほころびを理由に、相手がいつでも力ずくで拒めるとすると、公務の円滑な実施という、守るはずのものが守れなくなるからです。第2文が結論で、3つの要件に分かれます。1つ目は抽象的職務権限で、その種類の仕事をする権限があるか、つまり仕事の種類の話です。そして2つ目は具体的職務権限で、その場面でその仕事をしてよいか、つまりその場の話です。3つ目は、法律上の重要な手続を踏んだかです。手続の欠けの扱いについて、最高裁の判決を見ます。
判例最大判昭42・5・24 刑集21巻4号505頁
手続の欠けがあっても保護に値する職務行為とした判決 本来、議長の抽象的権限の範囲内に属することは明らか …… かりに当該措置が会議規則に違反するものである等法令上の適法要件を完全には満していなかつたとしても、原審の認定した具体的な事実関係のもとにおいてとられた当該措置は、刑法上には少なくとも、本件暴行等による妨害から保護されるに値いする職務行為にほかならず
前半は、その職務が抽象的権限の範囲内にあるかを見ています。後半は、法令上の適法要件を完全には満たしていなくても、具体的な事実関係のもとでは保護に値する職務行為だ、という言い方です。手続が完全に守られていなくても、なお保護に値する場合がある。その考え方の手本として見ておいてください。当てはめでは、設例の事実で軽重を分けます。当てはめの材料になる条文を確認します。個別の法律ですから、暗記する条文ではありません。骨格だけ読みます。
条文食品衛生法28条1項
食品衛生法28条1項(臨検検査・収去) 厚生労働大臣、内閣総理大臣又は都道府県知事等は、必要があると認めるときは、営業者その他の関係者から必要な報告を求め、当該職員に営業の場所、事務所、倉庫その他の場所に臨検し、販売の用に供し、若しくは営業上使用する食品、添加物、器具若しくは容器包装、営業の施設、帳簿書類その他の物件を検査させ、又は試験の用に供するのに必要な限度において、販売の用に供し、若しくは営業上使用する食品、添加物、器具若しくは容器包装を無償で収去させることができる。
都道府県知事は、必要があると認めるときは、職員に、営業の場所に臨検して食品を検査させ、試験に必要な限度で無償で収去させることができる。臨検とは、営業の場所に立ち入ることです。その職員が、設例ではBです。1つ目の抽象的職務権限です。Bは、県知事から食品衛生監視員を命じられた県の職員です。営業者の食品の検査と収去は、28条1項が、この職員の仕事の種類として定めています。よって、1つ目はあります。2つ目の具体的職務権限です。その場面で、してよい事情がそろっているかを、3つの事実で拾います。場所は、甲の弁当店の調理場で、営業の場所です。収去したのは、弁当の食材の鶏肉1パック約200グラムで、検査に使い、無償です。試験に必要な限度にとどまっています。そして必要性です。Bが検査と収去をした時点で、同じ唐揚げ弁当を食べた別々の客3人から体調不良の相談が続いていました。検査の必要があるといえます。よって、2つ目もあります。3つ目の手続です。もう1つ条文を確認します。
条文食品衛生法28条2項
食品衛生法28条2項(証票の携帯・提示) 前項の規定により当該職員に臨検検査又は収去をさせる場合においては、これにその身分を示す証票を携帯させ、かつ、関係者の請求があるときは、これを提示させなければならない。
臨検検査や収去をさせるときは、職員に身分を示す証票を携帯させ、関係者の請求があれば提示させなければならない。Bは証票を携帯していました。ただ、甲の請求にすぐには応じず、提示は請求から約1分後で、収去に取りかかるときには示していませんでした。手続に欠けがあります。この欠けが、重要な手続を欠いたことになるのかを、見ていきます。観点を表にして示します。
図:証票の提示について拾う観点
左は、証票を示させる趣旨。真ん中は、Bの告知と提示の時機。右は、重要な手続の欠けかどうか、です。
図:証票の提示について事実で拾う
見るのは、手続の趣旨です。証票を示させる趣旨は、相手が、来た人の身分と権限を確認できるようにすることです。Bは入店時に、監視員であること、相談が続いているため検査して食材を持ち帰ることを、口頭で告げています。提示が遅れたのは約1分で、収去を終える前に示しています。身分と権限を確認する機会は、失われていません。もう1点あります。この職務は、身体を拘束する処分ではなく、営業の場所での検査と、試験に必要な量の食材の収去にとどまります。相手の権利に踏み込む程度は大きくありません。以上から、手続の欠けは軽微な手続違反にとどまり、重要な手続は踏んでいます。よって、3つ目もあります。
境界で考えます。身分も来意も告げず、証票も最後まで出さないなら、甲は、来た人の身分と権限を確認する機会を失います。趣旨に照らして、重要な手続を欠くと評価される方向に傾きます。ただ、常にそうだとか、遅れれば常に軽微だとか、一般化はできません。この設例の事実、つまり告げていたことと、約1分の遅れと、収去前の提示で、軽重を分けています。ここまでで、1つ目から3つ目まで、すべてそろいました。
適法性の判断基準:誰が、いつの時点で
図:出来事の時系列
ここで、翌週の事情を思い出してください。後の調査で、甲の弁当は体調不良の原因ではなかったことが分かりました。それでも、Bの検査と収去は適法な職務といえるのか。適法性の判断基準が問題になります。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性の判断基準 そして、当該公務員や一般人の目で判断すると、ほとんどの職務が適法とされてしまい妥当ではなく、行為後に判明した事情で違法とすべきでもないから、適法性は、裁判所が、職務執行の時点の具体的状況を基準に、客観的に判断すると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範カード|職務の適法性の判断基準
カードは1文です。まず、誰の目で判断するかです。当該の公務員が自分で適法だと思えば適法、一般人がそう見えれば適法、とすると、ほとんどの職務が適法になってしまいます。そこで、裁判所が判断します。次に、いつの時点かです。後で無実だったと分かったから違法、とするのも妥当ではありません。公務員は、その時点で分かっている事情で動くしかありません。検査は、原因が分からないからこそ行うものです。後で原因でなかったと分かるたびに違法になるなら、公務の円滑な実施は守れません。ですから、職務を執行した時点の具体的状況を基準にします。そして、客観的に見ます。最高裁の決定の裁判要旨は、次のとおりです。
判例最決昭41・4・14 集刑159号181頁
職務の適法性の判断基準を示した決定の裁判要旨 公務執行妨害罪における職務としての現行犯人逮捕行為の適法性の判断は、逮捕行為当時における具体的状況を客観的に観察して、現行犯人と認められるに十分な理由があつたか否かによるべきものであつて、事後において犯人と認められたか否かによるべきものではない
この要旨は現行犯人の逮捕についてですが、物差しの手本になります。行為の当時の具体的状況を、客観的に観察する。事後に分かったことでは決めない。今回は、「現行犯人と認められるに十分な理由」の部分を、「検査と収去の必要があると認めるに十分な理由」に置き換えて使います。観点を表にして示します。
図:適法性の判断基準について拾う観点
左は、判断する人。真ん中は、基準にする時点。右は、後で分かった事情の扱いです。
図:適法性の判断基準について事実で拾う
判断するのは裁判所で、基準にするのは、検査と収去をした時点です。その時点の具体的状況は、同じ唐揚げ弁当を食べた別々の客3人から、体調不良の相談が続いていた、というものです。この状況を客観的に見れば、調理場の検査と食材の収去の必要がありました。甲の弁当が原因でなかったことと、原因が別の店の惣菜だったことは、行為後に判明した事情ですから、基準にしません。必要があったという2つ目の判断は、動きません。以上から、Bの検査と収去は、要件を3つとも満たし、適法な職務です。
「暴行」と妨害結果
図:甲とBと鶏肉の関係
「暴行」です。甲は、Bの右腕を両手でつかんで強く引きました。公務員の身体に向けた不法な力の行使で、直接の暴行ですから、「暴行」にあたります。この暴行は、収去を妨げるに足りるものです。Bは袋を離さず、収去を終えました。ただ、前編で見たとおり、現実に職務が妨害された結果は、本罪の成立には要りません。妨害するに足りる暴行が加えられた時点で、公務の円滑な実施は害されうるからです。ですから、成立を妨げません。
故意:適法性の錯誤
図:甲とBと鶏肉の関係
故意に入る前に、前に確認したことを思い出してください。誤想防衛で、急迫不正の侵害について思い違いをした場合、侵害を基礎づける事実を誤認したときと、解釈を誤っただけのときで、扱いはどう分かれましたか?事実を誤認したなら事実の錯誤で、故意が阻却されます。解釈を誤っただけなら法律の錯誤で、故意は阻却されません。適法性でも、事実を誤認したのか、評価を誤っただけなのかで、結論が分かれます。ただ、評価を誤っただけのときに故意が残る理由は、誤想防衛と少し違います。まず条文です。
条文刑法38条1項
刑法38条1項(故意) 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
故意とは、構成要件に当たる事実の認識のことです。95条1項でいえば、前に見たとおり、相手が公務員で、職務の最中だと分かっていれば足ります。ところで、甲は、Bの検査と収去を違法なものだと思い込んでいました。適法性は構成要件要素でした。それなら、適法性を誤って違法だと思った甲に、故意は認められるのか。適法性の錯誤の処理が問題になります。規範は、こうです。
⭐ 論文で書く規範:職務の適法性の錯誤 そして、適法性は構成要件要素であるから、その認識を欠けば、事実の錯誤として故意が阻却されるのが原則である。もっとも、適法性は規範的構成要件要素であり、その意味を素人的に認識していれば、行為を思いとどまることはできたといえるから、適法性を基礎づける事実を認識していれば足りると解する。 (規範(通説で立てる))
図:規範カード|職務の適法性の錯誤
カードは2文です。第1文は原則です。適法性は構成要件要素ですから、その認識がなければ、事実の錯誤として故意が阻却されます。第2文が修正です。適法かどうかは、法的な評価を含みます。これを規範的構成要件要素といいます。裁判官と同じ判断までは、求められません。一般の人が分かる程度の意味、これを素人的な認識といいますが、それを持っていれば、行為を思いとどまることはできた。ですから、適法性を基礎づける事実を認識していれば足ります。評価を誤っただけなら、素人的な認識は残っています。ですから、法律の錯誤として扱うまでもなく、故意はあります。観点を表にして示します。
図:故意について拾う観点
左は、甲が認識していた事実。真ん中は、甲の思い込み。右は、故意です。
図:故意について事実で拾う
甲は、Bの告知で、Bが県の保健所の食品衛生監視員であること、相談が続いているため検査に来たこと、検査に使うため鶏肉を持ち出そうとしていることを、分かっていました。適法性を基礎づける事実を、認識しています。「問題がないのに調べるのは許されない。違法だ」と考えたのは、認識していた事実をどう評価するかを誤っただけです。Bが食品衛生監視員として検査・収去に来たと分かっていれば、正当な検査かもしれないと気づいて、手を止めることはできました。素人的な認識は、失われていません。ですから、甲には故意が認められます。
ここが、事実を誤認した場合との線です。なお、前に見た二分説のように、適法性を基礎づける事実を誤認した場合は事実の錯誤、評価を誤っただけの場合は法律の錯誤、と分けて書く立場もあります。その場合は、規範の2文目を、その分け方に替えて書きます。この設例の結論は、二分説でも変わりません。甲は事実を誤認しておらず、評価を誤っただけだからです。
事実を1か所変える
図:変形の事実
事実を1か所だけ変えて、結論が動く場面を見ます。変えるのは、Bが、監視員として検査に来たことを、甲に分かる形で示したかどうかです。Bは、入店時に店頭の甲へ「県の保健所のBです」とだけ告げ、食品衛生監視員であることも、検査と収去に来たことも告げませんでした。そのまま調理場に入り、冷蔵庫から鶏肉のパックを1つ取り出して、無地の袋に入れました。甲は、保健所の職員が、検査の権限もないのに店の食材を持ち出そうとしていると思い、袋を取り戻そうとして、Bの右腕を両手でつかみ、強く引きました。Bは、その直後に、「食品衛生監視員のBです。検査します」と告げ、証票を示しました。3件の相談も、翌週に分かったことも、基本事例と同じです。観点を表にして示します。
図:変形で拾う観点
上の段は基本事例、下の段は変形です。左から、甲が認識していた事実、適法性を基礎づける事実の認識、故意、公務執行妨害罪の成否です。
図:変形で事実を拾う
見るのは、これまでと同じ、適法性を基礎づける事実を認識していたかです。変形の甲は、Bが県の保健所の職員であることは分かります。ただ、食品衛生監視員として検査と収去に来たとは分からず、保健所の職員が、検査の権限もないのに店の食材を持ち出そうとしている、と思っていました。適法性を基礎づける事実の認識がありません。変わったのは、甲の認識です。Bの職務は、基本事例と同じで適法です。来意を告げなかったことは、要件を欠く理由になりません。法律が求める手続は、関係者の請求があったときに証票を示すことで、来意を告げることまでは求めていないからです。Bは、つかまれた直後に証票を示し、身分と権限を確認する機会を与えています。要件も判断基準も動きません。認識が欠ければ、事実の錯誤として故意が阻却されます。ですから、95条は成立しません。
暴行罪の成否は、別に検討します。甲は、保健所の職員が、権限もなく店の食材を持ち出そうとしていると思っていました。そこで、さっき思い出した誤想防衛が問題になります。ここでは、公務執行妨害罪の成否までを見ます。2つの場面を、1枚の表に並べて整理します。
図:2つの場面の整理
決め手は、適法性を基礎づける事実を認識していたかどうかです。基本事例は認識していたので、違法だと思い込んでいても故意があります。変形は認識していないので、故意が阻却されます。
結論・罪数
図:甲の罪責の検討結果
結論です。甲には、公務執行妨害罪が成立します。法定刑は、3年以下の拘禁刑か、50万円以下の罰金です。甲の暴行は、本罪の手段ですから、本罪に吸収されます。95条1項は、暴行を加えることを、条文の中に含んでいます。暴行罪を別に数えると、同じ暴行を二度罰することになるからです。暴行罪は別に成立しません。
完成答案
図:完成答案:公務員から適法性の要否
こちらが完成答案です。1枚目は、公務員、職務、執行するに当たりの認定と、適法性が要るのか、という最初の問いへの答えです。
図:完成答案:適法性の要件
2枚目は、適法性の要件のうち、問題提起と規範、それに権限の2つです。
図:完成答案:重要な手続
3枚目は、重要な手続です。証票の約1分の遅れが重要な手続の欠けか、という問いに、ここで答えています。
図:完成答案:適法性の判断基準と暴行
4枚目は、適法性の判断基準と、暴行です。翌週に分かった事情で違法になるのか、という問いに、ここで答えています。
図:完成答案:故意
5枚目は、故意です。違法だと思い込んだ甲に故意があるのか、という問いに、ここで答えています。
図:完成答案:結論
最後が、結論です。暴行は本罪の手段なので吸収される、というところまで書いて、締めくくります。
前編(「職務」の範囲・「職務を執行するに当たり」・「暴行」・妨害結果)は、公務執行妨害罪の職務・暴行・妨害結果の書き方(前編)にまとめています。
参照条文
- 刑法95条
- 刑法7条
- 刑法38条