捜査の端緒②自動車検問——法律に書いていない検問はなぜできるのか
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第2章 捜査 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
自動車検問とは何か——3つの顔

まず、自動車検問という言葉の中身を、確認しましょう。自動車検問とは、警察官が、犯罪を防いだり見つけたりするために、走っている自動車を止めて中の様子を確認し、運転者などに質問をする活動のことです。「見分」は、外から中を見て調べる、という意味です。目的によって、3つに分かれます。1つ目、交通検問。交通違反の予防と検挙が目的です。2つ目、警戒検問。まだ事件が起きていない段階で、不特定の犯罪一般を防ぎつつ、摘発にもつなげる目的です。3つ目、緊急配備検問。すでに特定の犯罪が起きたあと、犯人を検挙し、あわせて手がかりや情報を集める目的で行われます。
⭐ 論文で書く規範:自動車検問——定義と3類型 警察官が、犯罪の予防・検挙という目的のもとで、走行中の自動車を停止させ、車内を見分したうえで運転者などに質問をする活動を、自動車検問という。①交通検問——交通違反の予防・検挙。②警戒検問——まだ事件が起きていない段階で、不特定の犯罪一般を防ぎ、摘発にもつなげる目的で行う。③緊急配備検問——すでに起きた特定の犯罪について、犯人を検挙し、あわせて手がかりを集める目的で行う。 (定義・分類)
今日、正面から扱うのは、このうち①交通検問だけです。最高裁が実際に判断したのが、交通検問の事案だからです。残り2つへの広がりは、この回の終盤で改めて確かめます。ここで、今日の進み方を、先に1回だけ言っておきます。まず、一斉検問には、なぜ条文の要件が使えないのかを確かめます。次に、根拠をめぐる3つの立場——警察法説、警職法説、そして法的根拠は要らないとする有力説——を、順番に見ます。そのあと、最高裁が示した5つの要件と、違法になりうる5つの落とし穴を、実際の場面で使えるようにします。では、1つ目からいきましょう。
なぜ問題になるのか——要件に乗らない

ここで、少し前に確認した道具を、1つ思い出してもらいます。所持品検査を扱った回で、条文に無い行為を、条文にある権限の付属品として引き込む論法を学びましたね。あれは、何という論法だったか、思い出せますか?実は、一斉検問は、あのとき架けた付随行為という橋を、渡ることすらできません。理由を、順番に確かめましょう。まず、警職法2条1項を、もう一度出します。
条文警察官職務執行法第2条1項
警察官職務執行法第2条1項——質問 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
この条文が権限を与える対象を、もう一度確認してください。1人ひとりについて、挙動や事情から疑いがあるかを判断する、という形です。一斉検問は、通過する車を、不審な点の有無にかかわりなく全部止めます。要件を満たすかどうかを判断する材料は、車を止めてみて初めて出てきます。つまり、2条1項の要件を判断する前の段階の行為なんです。では、付随行為という橋は、なぜ渡れないんですか。所持品検査は、質問の相手だと確定した人に対して、質問に付け加える形で行われます。誰が質問の対象になるのか、止めてみないと分からない段階で、そもそも車を止める行為そのものです。付け加える先の「質問」自体が、まだ始まっていません。
⭐ 論文で書く規範:一斉検問は、要件にも付随行為の橋にも乗らない 一斉検問は、不審点の有無にかかわりなく対象車を全部止めるため、警職法2条1項の要件(異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して疑うに足りる相当な理由)を満たすかどうかを判断する前段階で行われる。所持品検査を扱った回で見た、質問という権限に付随させる論法にも乗らない——付随させる先の「質問」自体が、まだ始まっていないから。 (学説の整理(この回の入口))
だから、これまで積み上げた道具のどちらにも乗りません。所持品検査より、もう一段むずかしい理由が、ここにあります。探しに行きましょう。まず、学説が挙げる候補からです。
学説①——警察の責務が根拠になるという考え方

1つ目の候補は、警察法という、また別の法律です。警察という組織のあり方を定めた法律です。職務質問の枠組みを見た回で、必要性の広さを確かめるために1項を出しましたね。今日は、2項まで一緒に見ます。
条文警察法第2条1項・2項
警察法第2条1項・2項——警察の責務 第二条 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。 2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。
そこに注目するのが、学説①です。警察の責務の中に「交通の取締」が含まれているのだから、一斉検問もその責務を果たす活動の1つとして認められる、と考えます。
⭐ 論文で書く規範:学説①——警察法2条1項説 一斉検問の許容根拠を警察法に求める見解。警察法2条1項は、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持を警察の責務として掲げており、一斉検問もこの責務を果たす活動の1つだから許される、と考える。 (学説)
この考え方では、責務の遂行として説明するので、個人ごとの挙動不審は問題になりません。この考え方は、すっきりして見えますよね。でも、強い批判が向けられています。
学説①への批判——組織規範は、権限の根拠になるか

批判は、こうです。警察法2条1項が定めているのは、警察という組織の内部の役割分担、つまり「組織規範」にすぎず、そこから権限行使の根拠規範は引き出せない、というものです。法律には、大きく2つの顔があります。1つは、役所や公務員の内部の役割分担を定める規定。もう1つは、国民に対して具体的に何をしてよいかの要件と効果を定める規定です。前者を組織規範、後者を行為規範、あるいは授権規範と呼びます。会社の就業規則を思い浮かべてください。「営業部は、顧客対応と契約締結を担当する」と書いてあったとします。でも、この一文だけを根拠に、営業部員が顧客の家に無断で上がり込んでよい、とはなりませんよね。
警察法2条1項も、これと同じ構造です。「警察は交通の取締をする」という、部署の仕事内容が書いてあるだけで、それだけで個人を強制的に止めてよい、とまでは言っていません。
⭐ 論文で書く規範:学説①への批判——組織規範 警察法2条1項が定めているのは、警察という組織の内部の役割分担にすぎない。組織規範にとどまる条文から、個人への権限行使を基礎づける根拠規範を引き出すことはできない、という批判である。 (学説の批判)
⭐ 論文で書く規範:組織規範と行為規範——2つの箱 ①組織規範——役所や公務員の内部の役割分担・所掌事務を定める規定(例=警察法2条1項の責務列挙)。②行為規範(授権規範)——国民に対して具体的に何をしてよいかの要件と効果を定める規定(例=警職法2条1項の質問・停止の要件)。 (一般論(行政法学の整理))

ここで、職務質問の枠組みを見た回で保留にしていた対立を、思い出してください。確認規定説は、「質問という働きかけ自体は相手の権利・利益を侵害しないから、授権規定は要らない」という発想でした。「一斉検問も、相手の権利を侵害しないから、授権規定は要らない。警察法2条1項という組織の仕事内容が書いてあれば十分」というのが、学説①の、いちばん尖った形です。権利を侵害しないから要らない、というのは、授権規定を省く理由の話です。でも、この尖った形も、警察法2条1項が書いてあれば十分だ、と、結局その条文を持ち出しています。組織の仕事を書いた条文に、そこまでの働きをさせてよいのか——批判は、そこに当たります。ここでは、まだ決着をつけません。対立の中身を、今、見せました。本当の決着は、もう少し先で渡します。
ちなみに、この組織規範と行為規範の区別は、行政法や憲法の授権規範をめぐる議論にも共通する読み方です。この教科だけの話ではありません。では、もう1つの候補、学説②を見てみましょう。
学説②——警職法から広げる考え方とその批判

学説②は、警職法2条1項そのものから、根拠を広げようとします。発想はこうです。車は走行中で、外から中の様子が分かりにくい。だから、いったん止めてみるまで、挙動不審という要件を満たすかどうか、判断できません。要件を満たすかを確かめる前提として、通りかかる車をすべて、いったん止めてよい、と考えます。でも、これにも批判があります。挙動不審でない車まで止めてよいと言える理由が、弱いという批判です。それだけでは、挙動不審という要件そのものを空文化してしまいます。——要件があってもなくても同じ、ということです。要件が要らない理由の説明としては、弱いんです。
⭐ 論文で書く規範:学説②——警職法説とその批判 車は走行中で外から様子が見えにくく、いったん停止させてみるまで挙動不審という要件を満たすかどうか判断できない。そこで、要件の有無を確かめる前提として、通りかかる車をすべて停止させてよいとする見解。これに対しては、挙動不審でない車まで止めてよいと言える理由に乏しいという批判がある。 (学説とその批判)
ここまでで、警察法から借りる説、警職法を広げる説、どちらにも弱点がありました。では、実際に事件を裁いた最高裁は、どちらの立場に立ったのでしょうか。
判例はどこに立っているか——「言及」と「根拠」を分ける

では、最高裁はこの警察法2条1項を、一斉検問を認める法的根拠として使ったのでしょうか。結論を先に言うと、答えは「言いがたい」です。最高裁の決定は、確かに警察法2条1項に触れています。でも、それを法的根拠にしたとまで断言できる書き方にはなっていません。「言及した」と「根拠にした」の違いが、この回でいちばん気をつけてほしい所です。この2つは、別のことです。「言及した」は、決定の本文中にその条文の名前が出てくる、という事実だけです。「根拠にした」は、その条文が無ければ結論が成り立たない、というところまで踏み込んで初めて言えます。
⭐ 論文で書く規範:「言及」と「根拠」は別のこと この決定は警察法2条1項に触れてはいるが、一斉検問を認める権限の根拠として用いたとまでは読み取れない。 (最決昭55・9・22(学説の理解——最高裁の自己言及ではない))
次に、決定の本文そのものをそのまま読んでみましょう。ここから先は、逐語で追ってください。
判示を読む——「一般的に許容」から始まる

道路交通法違反に問われた被告人が、上告してきた事件です。最高裁は、上告の理由には当たらないとしたうえで、検問の適否を自分から取り上げました。判示が「所論にかんがみ職権によつて」で始まるのは、そのためです。判示は、大きく二つに分かれます。前段が「どこまでなら許されるか」という枠、後段が「5つの要件」です。まず前段から読みます。
判例最決昭55・9・22 刑集34巻5号272頁
自動車検問の判示(前段)——一般的に許容されるが無制限ではない なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。
出発点は、学説①と同じ条文からです。「任意手段による限り」が、最初の分かれ道です。強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべき、と述べています。続きを見てください。国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段だからといって、無制限には許されないと続けています。しかも、ここに効いてくる条文が、もう1つ隠れています。

「同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ」という一文です。職務質問の枠組みを見た回で確認した、比例原則の明文が、ここで文字どおり呼び戻されています。警察の活動は、厳格に責務の範囲に限られ、権限を濫用してはならない、という条文です。さっき、条文全文で確認しましたね。「一般的に許容」を支えているのは警察法2条1項の責務規定ですが、「無制限ではない」という歯止めを支えているのは、警察法2条2項と警職法1条です。3つの条文が組み合わさって、この前段ができています。この前段の読み方は、どちらを『結論』と見るかで変わります。この決定の結論は、本件の検問を適法とした判断です。『一般的に許容』は、そこへ行く前の出発点——警察の活動一般についての一般論です。本件を適法にしたのは、後段の5つの要件のほうです。

警察法2条1項は出発点として置かれているだけで、結論を支えているのは「任意手段による限り」という限定と、2条2項・警職法1条の歯止め、そして後段の5要件です。この条文が無ければ結論が成り立たない——そこまでの働きは、していません。
判示を読む——理由づけと5つの要件
図:公道利用に伴う当然の負担という理由づけと、最高裁が示した5つの要件を整理した板
続きを、読みましょう。
判例最決昭55・9・22 刑集34巻5号272頁
自動車検問の判示(理由づけ・5要件) しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。
まず、理由づけの部分から。自動車の運転者は、公道で自動車を利用することを許されていることに伴う、当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきだ、と述べています。免許を取って公道を走る以上、ある程度の負担は受け入れる、という発想です。そのうえで、5つの要素を満たす限り、適法だとしています。数字を振って一緒に数えましょう。
⭐ 論文で書く規範:判例が示した5つの要件 ①交通違反の多発する地域等の適当な場所において②交通違反の予防、検挙のため③不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは④相手方の任意の協力を求める形で行われ⑤自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法。 (規範(最決昭55・9・22)——番号は決定の本文自体には無く、覚えるための整理)
「短時分」は、短い時間、という意味です。③に注目してください。「不審な点の有無にかかわりなく」と、はっきり書いてあります。最高裁自身が、不審点を要求しないことを前提に、要件を組み立てています。④の「任意の協力」が、あとでいちばん効いてくる言葉です。覚えておいてください。方法や態様が、自動車の利用者の自由を不当に制約しないこと。この5つが、判例が示した要件です。①場所、②目的、③停止の求め方、④任意の協力、⑤不当な制約にならない方法。指で数えられるようにしてください。
有力説——授権規定は、そもそも要らない
図:承諾を前提にする任意処分だから授権規定は要らないとする有力説の骨格を示す板
ここで、もう1つ、思い出してほしい条文があります。職務質問の枠組みを見た回で確認した、警職法1条2項の比例原則は、何と言っていましたか。この言葉を頭に置いて、問いを立てます。承諾を前提にする一斉検問に、そもそも法律の根拠は要るのでしょうか。ここで、発想を転換します。もう一度、5要件の④を思い出してください。この『任意の協力を求める形』という言い方は、裏を返せば、検問に応じるかどうかについて、相手の同意が成り立っている、ということです。だとすれば、これは強制処分ではなく、任意処分です。同じことを指しています。強制処分を扱った回で引いた線——相手の意思を制圧するかどうか。制圧しないなら任意、です。そして、任意処分によるものである以上、権限を創り出す条文——授権規定は要らない、と考える見解が有力です。
承諾がある行為に、わざわざ権限を創り出す条文は要りません。街頭で、アンケートの用紙を配る人が、通行人に「お時間よろしいですか」と声をかける場面を、想像してください。アンケートを配る人に、「声をかけてよい」と書いた法律はありませんよね。なぜかというと、声をかけられた人は、断って歩き去ることができるからです。相手の承諾に依存していて、強制力が無いんです。もし、その人が「答えるまで帰さない」と道をふさいだら、話は別です。一斉検問も、同じ構造です。「止まってください」と声をかけ、承諾を得て応じてもらう限りは、道端のアンケートと同じで、法律の許可証は要りません。
承諾なしに帰さない、逃げようとする車を無理に止め続ける——そうなれば、強制に変わります。

5要件の見方こそが、この見解のいちばんの読み替えです。この見解に立てば、最高裁の5つの要件は、権限を与えるための条件ではなく、任意処分として適法だと言えるための物差しだ、と読み直されます。そして、その適法性を測る物差しが、さっき思い出してもらった比例原則です。5つの要件は、その比例原則を、検問の場面で満たすべき形にしたものです。
⭐ 論文で書く規範:有力説——授権規定は、そもそも要らない 最高裁が挙げた④「相手方の任意の協力を求める形」という要件は、言い換えれば、検問に応じるかどうかについて相手の同意が成立していることを示す。同意に基づく行為である以上、任意処分にあたり、権限を新たに創り出す条文(授権規定)は不要と考えられる。この理解に立てば、最高裁の5つの要件も、権限の有無を決める基準ではなく、任意処分として適法と言えるかどうかを測る物差しとして読み直されることになる。 (学説(有力説))
判例と学説が、ここで、きれいにつながります。「権限創設規定か、確認規定か」という対立は、どちらか一方が勝ったわけではありません。承諾がある任意処分だから、そもそもどちらの規定も要らない——これが、この有力説の答えです。確認規定説と、この有力説は違います。呼び名は同じ『有力説』でも、中身は別です。確認規定説は、それでも警察法2条1項を根拠として持ち出しました。だから、組織規範だという批判にぶつかります。この有力説は、根拠になる条文を1つも要求しません。承諾があるからです。だから、あの批判が当たりません。
権限創設規定説が勝ったという話だと、取り違えないでください。任意処分だから根拠は要らない、という第三の道が、保留にしていた対立に、実際の答えを出しています。承諾のない所持品検査については、結論が分かれます。確認規定説なら、権利・利益を侵害しないから授権規定は要らない——2条1項の要件を満たさなくても、当然にできることの側に寄ります。権限創設規定説なら、条文の要件から外れた行為は、根拠を失います。判例は、この対立には立ち入っていません。付随行為という別の道で、原則・例外・限度を測って、組み立てていましたね。
違法になりうる5つの場合——道具が、また効く

ここで、もう1つ、道具を呼び戻します。所持品検査を扱った回で、「捜索」と「強制」は別の物差しだと学びましたね。それぞれ、何を測るものでしたか。その『捜索』の中身は、同じ回の最後に渡しましたね。一つひとつ暴くように探る動きか、鍵や封を開ける動きがあれば、捜索に踏み込んだ、でした。もう1つ、同じ回で渡した物差しがあります。所持品検査の限度です。今日は、この3つを手元に置いて、5つを仕分けます。任意処分でも、無制約に許容されるわけではありません。この最高裁の立場からは、次の5つの事情が認められれば、違法と評価されうる、と学説は整理しています。
⭐ 論文で書く規範:違法になりうる5つの場合(学説の整理) ①必要性を欠く不適切な場所で行うこと②不必要に長く、停止が迅速でも適切でもないこと③通行帯に障害物を置くなど物理的な手段で行く手を阻むこと④はっきりと拒む意思を示す相手に、なお応対を強いること⑤相手の承諾を得ずにトランクの内部まで踏み込んで確認すること。 (学説の整理)
この5つは、最高裁ではなく学説の整理です。最高裁が5つの違法類型を挙げたわけではありません。では、この5つを、さっきの3つの物差しに当ててみましょう。③通行帯に障害物を置く、④明確に拒絶している相手を応じさせる——この2つは、どちらの物差しに近いですか。意思を制圧する言動や有形力……「強制」の側ですね。障害物で逃げ場を塞ぐことも、拒絶している相手をなお応じさせることも、相手の意思を押しつぶす方向の圧力です。⑤の、トランクの内部まで踏み込んで確認する行為は、所持品検査を扱った回で見た、もう1つの道具——所持品検査の限度の側です。
停止させて外から見るだけなら5要件の範囲内でも、承諾を得ずにトランクの内部まで踏み込んで確認するとなると、限度を超えます。①不適切な場所と②不必要に長い停止は、そもそも5要件の1つ目から3つ目に正面から反する事情です。新しい道具というより、5要件そのものが崩れているケースだと考えてください。新しい物差しは、何も作っていません。今日出てきた違法の形は、どれも所持品検査の回で渡した物差しの上に乗っています。
あてはめの実演——2つの場面で5要件を当てる

では、2つの場面に、5要件を当ててみましょう。1つ目。深夜、速度超過が多発する幹線道路の取締り地点で、警察官が短時間、通りかかる車に協力を求めて一斉検問を行いました。運転者は素直に応じ、簡単な質問に答えて解放されました。②目的は、交通違反の予防と検挙。④相手方は素直に応じているので、任意の協力です。5つとも満たします。結論は、適法です。

深夜、警察官が通行帯に障害物を置いて車を止め、長時間停止させたうえ、「検問には応じない」と明言する運転者にも、なお検問に応じさせました。落とし穴の③、障害物を置く行為、そして④明確に拒絶している相手をなお応じさせる行為——両方とも「強制」の側に踏み込んでいます。5要件の③、短時分の停止という要件からも外れています。5要件のうち、③と④が崩れています。一斉検問という形をとっていても、内実は強制処分に近づいています。基準を丸暗記するのではなく、5要件を1つずつ当てる型を、体に入れてください。
射程——交通検問だけの話ではない

ここで、最初に見た3類型を、思い出してください。今日読んだ最高裁の決定が扱ったのは、このうち①交通検問だけです。有力説の理屈は、交通検問だけに限られません。他の目的の一斉検問にも、同じように当てはまります。有力説の理屈が、目的によらないからです。承諾があるから任意処分だ、という筋は、止める目的が交通違反でも、犯人の発見でも変わりません。参考までに、こんな例もあります。ある集会に、徒歩で向かおうとしていた組合員に対し、これといった不審な様子も無いまま、警察官がまとめて検問をかけたことが違法と判断された下級審の例があります。
自動車検問ですらない場面にも、同じ考え方が及ぶとされた例です。③が言っているのは、不審点が無くても、短い時間なら停止を求めてよい、ということだけです。しかも、それで適法になるのは、①から⑤を全部満たすときに限られます。不審点が無い相手を止めたこと自体が違法になるのではなく、5つの要件を満たさない形で一斉に停止させれば、違法になります。
⭐ 論文で書く規範:射程——交通検問に限らない 最高裁がこの決定で扱った事案は、①交通検問に限られる。もっとも、任意処分として構成する有力説の理屈は目的を問わないため、交通検問以外を目的とした一斉検問にも、同じ考え方が及ぶと見てよい(検問の目的が変わっても、承諾を前提とする任意処分だという筋道は変わらない)。 (最決昭55・9・22(学説の整理——射程))
今日の道具は、車を止める場面に限らず、承諾を前提にした一斉の停止・質問全般に効く、と考えてください。
自己診断——今日の道具を、自分で使ってみる

では、今日渡した道具を、自分で使ってみましょう。2つの場面を出します。1つ目。運転者が「トランクは見せたくない」と言っているのに、警察官が、承諾を得ずにトランクの内部まで踏み込んで確認しました。相手の承諾を得ずにトランクの内部まで踏み込んで確認する行為に当たります。しかも、この場面は、運転者が『見せたくない』と言っています。承諾が無い以上、5要件④の任意の協力も崩れています。承諾があるから任意処分だ、というのが有力説の前提でしたね。④が崩れれば、その前提ごと崩れます。承諾を得ずにトランクの内部まで踏み込んで確認すれば、それはもう強制処分にあたります。
事故も違反も多くない、普通の住宅街の道で、警察官が、通りかかる車を1時間以上、止め続けました。必要性が認められない不適切な場所であることに加えて、短時分とは言えない、不必要な長時間の停止です。どちらも、今日渡した道具で、説明できましたね。
今日の地図(保存版)
図:今日渡した柱をまとめた板
最後に、今日渡したものを振り返りましょう。一斉検問には明文の根拠が無く、付随行為という橋にも乗らないこと。警察法説、警職法説、それぞれの限界。組織規範と行為規範のちがい。判例が示した5つの要件。有力説による、権限行使の要件から適法性の要件への読み替えです。そして、違法になりうる5つの場合と、射程です。職務質問の枠組みを見た回で保留にしていた対立にも、今日、決着をつけました。任意処分だから、そもそも権限を創り出す条文は要らない——この道具を、持ち帰ってください。告訴や告発、自首や検視は、次の回で扱います。
違法に得られた証拠を、どう扱うかという話も、別の回で扱います。飲酒検知拒否の話は、名前だけ触れておきます。飲酒検知を拒む行為には、道路交通法上の罰則があります。中身は、また別の回で扱います。組織の仕事を書いた条文と、個人に対する権限の行使を認める条文は、別のものです。この見分け方も、持ち帰ってください。
参照条文
- 警察官職務執行法第2条1項
- 警察法第2条1項・2項