逮捕前置主義——違法な逮捕のあとの勾留請求
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第2章 捜査 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
もう1つ、確かめること
図:前回終わりに出た逮捕の適法性という宿題を受け取る導入板
前回、勾留状が出るまでの話をしました。そのあとに、もう1つだけ触れました。先にあった逮捕の手続が、本当に適法だったかどうかです。ただ、なぜ響くのかは、また別のところで扱う、と言って終わりました。今日は大きく2つ見ます。1つは、なぜ勾留の前に必ず逮捕を置くのか。もう1つは、その逮捕が違法だったとき、勾留はどうなるのか、です。先に答えだけ言うと、逮捕が違法でも、勾留がそのまま止まるわけではありません。止まるのは、その違法が重大なときだけです。
「前三条」——207条1項の続き

まず、前回読んだ条文に、もう一度戻ります。
条文刑事訴訟法第207条第1項
刑事訴訟法第207条第1項 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
今日は、冒頭の「前三条」に注目します。207条の前にある204条、205条、206条を指します。前々回に見た、逮捕した後、検察官や警察官が何時間以内に送致するか、という、あの時計の条文です。つまり207条1項は、「逮捕の後の手続を経た勾留請求」だけを前提にしています。勾留を請求できるのは、必ずその前に逮捕の手続を経ている場合だけ、と読めます。これを、逮捕前置主義と呼びます。「前に置く」という意味です。勾留の前に、逮捕を置く、というそのままの名前です。
なぜ逮捕を先に置くのか

なぜ勾留の前に逮捕を置くのか。ここが、今日いちばん大事な部分です。例えを使います。救急外来を想像してください。運ばれてきた直後の医師は、この人を入院させるべきか、まだわかりません。わからないうちに入院を決めることはしません。まず短い応急処置と経過観察をします。その間に検査を進めて、本当に入院が必要かを見極めます。そこでようやく、入院というもっと重い判断に進みます。捜査の入口では、犯罪を疑う理由の強さも、拘束しておく必要の強さも、まだ定まっていません。そこでいきなり10日単位の長い拘束を認めるのではなく、まず短い逮捕を先に置いて、その間に捜査を尽くさせます。
それでもなお長く拘束する必要があるとわかったときだけ、次の段階、勾留に進みます。これが、逮捕前置主義の趣旨です。
もう1つの説明——批判される考え方
図:二度審査説と現行犯逮捕には審査が一回しかないという批判を並べた対立板
逮捕と勾留で、裁判官の審査を二度通すことに意味がある、という考え方もあります。ただ、この考え方には弱いところがあると指摘されています。1つは、現行犯逮捕には、そもそも裁判官の審査が1回しかありません。令状審査が無いので、「2回審査する」という説明がそもそも当てはまりません。もう1つは、逮捕と勾留で拘束できる期間の長さが、まるで違うことです。「2回審査するから意味がある」という説明だけでは、なぜこれほど期間が違うのかを説明できません。どちらが完全に正しいと決める話ではありませんが、今日はこの先も、「捜査を尽くさせる」という説明を軸に進めます。
逮捕と勾留は別の手続
図:逮捕と勾留は別個の手続で逮捕が違法でも当然には勾留に影響しないという構図板
ここで、1つ質問です。逮捕が違法だったら、勾留も自動的に違法になりますか?多くの人が、逮捕が違法なら勾留も違法になる、と感じます。でも、そこが今日の引っかかりです。逮捕と勾留は、法律上、別々の手続です。さっきの趣旨から、もう一度考えてみましょう。逮捕という短い期間に求められていたのは、捜査を尽くすことでした。逮捕の手続に違法があっても、その間、捜査自体は進んでいたことが多いです。だから、逮捕に違法があったからといって、それだけで自動的に勾留もできなくなるわけではありません。さっきの救急外来で言えば、応急処置の受付票に書き間違いがあっても、検査の結果、入院が必要だとわかったなら、入院そのものが取り消されるわけではありません。
逮捕の違法が勾留に一切関係ないとまでは言いません。影響することもあります。ただ、自動的にはつながらない、という順番を覚えてください。
それでも響く3つの理由

理由は3つあります。1つ目を見る前に、1つ確かめたいことがあります。逮捕そのものに不服があるとき、被疑者は、それを争う手段を持っていますか?前の回を思い出してみてください。逮捕そのものを争う手段は、ありません。その「争う手段が無い」ことが、ここで効いてきます。理由の1つ目。逮捕の違法性を争う場がどこにも無いので、審査する機会を、勾留の段階に置くしかありません。前の回で見た勾留質問を、思い出してください。逮捕されたあと、被疑者が初めて裁判官に直接会って、言い分を言えるのが、この勾留の場面です。ここで逮捕の違法を見なければ、その違法は、誰にも審査されないまま、拘束だけが続きます。
理由の2つ目。逮捕に重大な違法があれば、その人は釈放されているべきでした。それを拘束の続きとして引き継ぐ勾留を認めるのは、筋が通りません。逮捕から勾留まで、身柄は一度も解放されません。実質的には、拘束の続きです。例えば、本当なら、その夜のうちに家に帰れていたはずの人が、そのまま10日間、留め置かれることになります。勾留は、逮捕で始まった拘束を、そのまま引き継いで延ばす処分です。引き継ぐ元の拘束が、そもそも許されないものだったなら、それを引き継いで延ばすことも、許されないはずです。だから、別の手続でも、逮捕の違法が勾留に響きます。
理由の3つ目。違法な逮捕をしても結局勾留が通るなら、捜査機関に手続を守らせる力が弱くなります。将来、違法な逮捕を防ぐという、政策的な理由です。
重大な違法だけが勾留を止める

そこまで広げると、今度は別の問題が出ます。例えば、逮捕状に書かれた事件番号の数字を1つ、書き間違えた、という程度のミスがあったとします。この程度の軽い瑕疵、つまり手続の小さな傷まで却下の理由にすると、捜査の必要性を大きく損ないます。その前に、令状主義を思い出してください。逮捕は、原則として、裁判官が前もって理由を確かめて出す令状が無ければできない、という考え方でした。令状無しでできるのは、現行犯逮捕と緊急逮捕という、要件の決まった例外だけです。線の引き方は、こうです。令状主義の精神に反するような、重大な違法。そういう違法が逮捕にあったときにだけ、裁判官は勾留請求を却下する、と考えられています。
典型は4つあります。1つ目は、任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた場合。2つ目は、現行犯逮捕のつもりだったのに、実はその場で要件を満たしていなかった場合。3つ目は、緊急逮捕のつもりだったのに、実は要件を満たしていなかった場合。4つ目は、そのほか、逮捕手続に根本的な瑕疵がある場合です。書き間違いは手続の中身には触れません。この4つは、どれも、裁判官の審査を通らないまま、人を拘束してしまった場合です。1つ目は、令状を取らずに逮捕しています。2つ目と3つ目は、令状の要らない例外の要件を満たさないのに、例外を使っています。4つ目は、それと同じくらい根本的な傷の受け皿です。書き間違いと違って、令状主義そのものを破っているので、重大な違法になります。逮捕に違法があっても、勾留が自動的に止まるわけではありません。止まるのは、重大な違法のときだけです。では、実質逮捕があったのに「重大ではない」とされた裁判例を見てみましょう。
ある裁判所の判断——実質逮捕はあったが

ここで、ある窃盗事件を見ます。裁判所の判断は、2段に分かれます。1段目は、逮捕が違法だったか。2段目は、その違法が勾留を止めるほど重大か、です。犯人は、窃盗の現場から自動車で逃走しました。警察は緊急配備を敷き、しばらくして発見します。犯人は、職務質問の途中で山林に逃げ込みました。後で発見され、まず駐在所へ任意同行されます。令状はまだ出ていません。そして、さらに深夜、覆面パトカーで警察署まで任意同行されました。裁判所は「形は任意同行でも、実質的には令状の無い逮捕だった」と判断しました。ここまでは、違法の認定です。
ここからが、今日の核心です。
判例東京高等裁判所判決〔判例タイムズ402号147頁〕
東京高等裁判所の判断——実質逮捕はあったが、重大な違法とは言えない 実質的に逮捕とみるべき同行の時点において、被疑者を緊急逮捕することができる理由と必要性は事実上そろっていたと認められる。そのうえ、その後まもなく通常逮捕の令状が執行され、法律が定める時間の制限内に検察官への送致、さらに勾留の請求までが進んでおり、勾留請求の時期についても違法な点は見当たらない。これらを踏まえると、先行した実質的逮捕の違法性の程度は、その後にされた勾留を違法にするほど重大なものとまでは言えない。
緊急逮捕の回で見た3つの要件を、思い出してください。罪が重いこと。嫌疑が濃いこと。待てない事情があることでした。裁判所は、実質的な逮捕のその時点で、この要件は満たされていたと見ました。内容はそろっていたのに、形式として令状を取らずに進めてしまった、という違法です。実質逮捕からまもなく、通常逮捕の令状が執行されました。そこから法律が定める時間の制限内に、送致も勾留請求も進んでいました。任意同行と称した実質逮捕は、さっき挙げた4つの場合の1つ目で、原則としては重大な違法です。実務ではこう説明されます。手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる、という見方です。令状を請求していれば、そのまま逮捕できた人だから、というわけです。2つ目の理由で言った「その夜のうちに家に帰れていたはずの人」には当たらない、ということです。
任意同行の回で見た富山の事件では、時間は守っていても、令状のない拘束そのものが重大な瑕疵とされ、勾留請求は却下されました。別個の手続、3つの理由、重大性というフィルター、この積み重ねの結果です。
裁判例の大勢と、これを批判する有力説

「実質的な逮捕の時点で緊急逮捕の要件が事実上そろい、その後の手続も時間内に進んでいれば、重大な違法とはしない」という考え方は、裁判例の大勢だとされています。有力な学説から、批判があります。緊急逮捕は、もともと令状なしで身体を拘束できる、例外的な手続です。だから、要件は厳しく見るべきだ、という立場です。この立場からは、令状の無い実質逮捕が先にあった以上、それだけで重大な違法だと考えるべき、となります。緊急逮捕なら、逮捕した時点の事情が、すぐ裁判官に審査されます。あとから通常の逮捕状を取っただけでは、先にした令状のない拘束が正しかったかを、誰も審査していないことになる、という批判です。
この対立には、まだ決着がついていません。論文でも論点になりうる部分です。持ち帰るのは、「重大性」を見るときに、実務の大勢と、それを疑う有力説の両方があるという構図です。
今日持ち帰ること・次回への橋

今日の内容を振り返ります。1つ目。捜査の入口では、嫌疑も拘束の必要も、まだ定まっていません。だから、まず短い逮捕を先に置いて捜査を尽くさせ、それでもなお必要なときだけ、長い勾留に進みます。2つ目。逮捕と勾留は別個の手続で、逮捕が違法でも当然には勾留に影響しません。それでも影響するのは、準抗告が無いこと、拘束の続きを許さないこと、将来の抑止、という3つの理由があるからです。3つ目。影響するとしても、止まるのは重大な違法があるときだけです。軽い瑕疵まで止めると、捜査の必要性を損ないます。逮捕の適法性まで含めて、勾留状が出るところまで、一続きに見えました。
勾留にも、期限があります。そこから先、期間がどう延びていくか、拘束からどう解放されるか、そこに進みます。
参照条文
- 刑事訴訟法第207条第1項