捜査の端緒①職務質問——土俵が警職法2条に移る
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第2章 捜査 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
端緒は捜査ではない——189条2項の再掲
図:端緒には制限が無く思料するときに捜査が始まるという189条2項の再掲フロー
「端緒」という言葉、覚えていますか。捜査を始めるきっかけ、でしたっけ。捜査は「犯罪があると思料するとき」に始まります。端緒は、そのきっかけにすぎません。通報でも、新聞記事でも、インターネットの書き込みでも構いません。端緒そのものに、法律上の制限はありません。今日の主役、職務質問も、その端緒の1つです。ただし、職務質問それ自体はまだ捜査ではありません。ここが、今日いちばん最初の分かれ道です。
行政警察活動と司法警察活動——目的で分ける
図:同じ声かけでも目的が違うと行政警察活動と司法警察活動に枝分かれすることを示す図
では、職務質問の正体を確認しましょう。警察官の仕事は、大きく2つに分かれます。行政警察活動と、司法警察活動です。この2つの名前は、検察官と警察官の役割を見た回で、一度だけ出しました。じっくりは、今日です。目的で分けます。行政警察活動は、犯罪の予防や、公共の安全と秩序の維持が目的です。むしろ、起きる前を含みます。一方、司法警察活動は、犯罪の捜査が目的です。同じ「声をかける」という行為でも、目的が違うと、まったく別物になります。自分たちで例を作ってみましょう。警察官Aが、夜間、駅前で不審な様子の人Bに声をかけます。
夜間の駅前で声をかけるこの場面は、行政警察活動です。まだ犯罪が起きたかどうかも分かりません。目的は、これから起きるかもしれない犯罪の予防です。一方、すでに発生した傷害事件の目撃者Cに、警察官Aが事情を聞きます。目的は、すでに起きた犯罪の捜査です。同じ「声をかける」「話を聞く」という行為でも、目的が違えば、根拠条文も、できることの限界も、まったく変わります。職務質問は、行政警察活動です。だから、これまでのように刑訴法197条を土台にはしません。次に、その法律を開きましょう。
警職法2条1項——「何らかの犯罪」で足りる
図:警職法2条1項の入口対象①対象②できることを4つの部品に分解した板
では、根拠となる条文を開きましょう。警察官職務執行法、略して警職法の2条です。この教科で、初めて出てくる法律です。まず1項を読んでみましょう。
条文警察官職務執行法第2条1項
警察官職務執行法第2条1項——質問 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
4つの部品に分けましょう。1つ目、入口です。「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」。外から確認できる事情が要ります。警察官の主観だけでは足りません。2つ目、対象の1つ目です。「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」。そこが、今日いちばん大事な言葉です。特定の犯罪でなくていいんです。捜査は「犯罪があると思料するとき」、つまりある程度特定の犯罪の嫌疑が前提です。でも職務質問は、それより対象が広いんです。これから行われようとしている犯罪の予防のためにも、職務質問はできます。
「既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者」。対象の2つ目は、犯人のことではありません。ここが、もう1つの誤解しやすい点です。犯人でなくてもいいんです。事情を知っていそうな人、たとえば目撃者です。「怪しい人だけ」ではありません。場面としては、Cは捜査、つまり197条の話でしたね。でも、まだ捜査に切り替わる前の段階で目撃者に声をかけるなら、それはこの2つ目の対象に当たります。「停止させて質問することができる」。この4つを、いつでも指させるようにしてください。
2項の同行要求と3項の禁止——告知不要と強要できないの違い
図:2項の同行要求と3項の身柄拘束連行答弁強要の禁止を並べた板
続けて、2項と3項も見ていきましょう。
条文警察官職務執行法第2条2項・3項
警察官職務執行法第2条2項・3項——同行の要求と禁止 2 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。 3 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
その場で質問すると本人に不利だったり、交通の妨害になったりする場合、近くの警察署などへの同行を求めることができます。以前、私は「職務質問に伴う任意同行は、また別の話です」と言いました。その本拠地が、この2項です。ただし、あくまで「求める」ことができるだけです。応じるかどうかは、相手の自由です。1項2項に規定する者は、刑訴法の規定によらない限り、身柄を拘束されず、意に反して連行もされず、答弁を強要されることもありません。現行犯逮捕のように、刑訴法が別に認めている手続なら話は別、という意味です。それが無い限り、この3つは禁止です。
職務質問は、刑訴法が定める被疑者の取調べではありません。だから、黙秘権の告知は不要です。そこを混同しないでください。告知が要らないことと、答弁を強要できることは、別問題です。今読んだ3項が、まさにそれを禁止しています。名前を聞かれても、黙っていることができます。答える法的な義務は、そもそもありません。ここは、短答でもよく問われる弁別です。
4項が語らないこと——所持品検査への伏線

最後に、4項です。ここが、今日いちばん効いてくる条文です。
条文警察官職務執行法第2条4項
警察官職務執行法第2条4項——凶器の所持の調べ 4 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。
刑訴法によって逮捕されている者については、凶器を持っていないか、身体を調べることができます。では、質問です。この4項は、誰について、何を調べていいと書いていますか。裏を返すと、どういうことになりますか。4項が語っていないのは、まさにそこです。逮捕されていない、職務質問の相手方の所持品を調べていい、という明文は、この条文のどこにも書かれていません。でも、実際には、職務質問のときに所持品を調べる場面が、頻繁にあります。そここそが、次の章で扱う所持品検査という論点の出発点です。今日はまず、この「明文が無い」という事実だけ、覚えておいてください。
4項が語らない余白が、所持品検査の入口です。ここを忘れないでください。
強制処分の基準はそのまま——二階建ての対比
図:根拠条文と1階で強制と出たときの行き先が捜査と行政警察活動で違うことを示す対比表
では、ここからが今日の中心です。職務質問にも、実は二階建ての構造があります。捜査の適法性は、1階=強制処分に当たるか、2階=任意処分として比例原則を満たすか、という2段で測ってきました。ここで確認します。強制処分かどうかを判定する基準を、思い出せますか?実は、この基準そのものは、今日、まったく変わりません。行政警察活動でも、同じ基準で強制処分かどうかを判定します。載せ替わるのは、別のところです。1つ目、根拠条文です。捜査では197条1項但書でしたが、職務質問では、さっき見た警職法2条3項です。2つ目、ここが今日いちばん大事な違いです。1階で「強制」と出たときの行き先です。
捜査なら、令状を取れば適法にできます。現行犯逮捕も、緊急逮捕も、法律に用意されています。令状を取ればいい、というのが今日いちばんの落とし穴です。職務質問には、令状で救う道が、そもそも用意されていません。1階で強制処分と判定された瞬間、直ちに違法になります。「じゃあ令状を取ろう」という選択肢そのものが、そこにはありません。刑訴法は、犯罪の嫌疑が生まれた後の手続として、令状の種類や要件を細かく用意しています。でも警職法は、まだ犯罪かどうかも分からない段階を扱う法律です。そこまで強い実力行使は、そもそも想定されていません。
たとえるなら、同じ二階建てでも、捜査の建物には、非常階段が最初から付いています。令状という階段です。ここまでで見えたのは、判定の道具そのものは1つも捨てていない、ということです。載せ替わったのは、根拠条文と、強制と出たときの行き先。3つ目の違い、2階の必要性の広さは、少し後で扱います。
逃げ出した相手の腕に手をかける——判例が引いた線
図:腕に手をかける行為と手錠をかける行為の間に強制処分の境界線があることを示す図
では、この「強制に当たるか」を実際の判例で確かめましょう。最高裁が示した事案の要旨を、そのまま読みます。
判例最決昭29・7・15 刑集8巻7号1137頁
夜間職務質問追跡事件——正当な職務執行の範囲 夜間道路上で警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行された所持品等につき質問中、隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない。
警邏、つまりパトロール中の出来事です。最高裁は、この行為を正当な職務執行の範囲を超えるものではないと認めました。腕に手をかけて止める程度は、人身の自由への一時的な侵害にとどまり、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約には至っていない、と評価できます。ここで、自分たちの例で、線を引いてみましょう。警察官Aが、逃げようとする対象者Bに追いつき、背後から腕に手をかけ、動きを止めます。これは任意処分です。では、もしAが、Bに手錠をかけて制圧したら、どうなるでしょうか。手錠をかけて制圧する行為は、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約に当たります。つまり強制処分です。
警職法2条3項違反で、直ちに違法です。令状を取っても救えません。もう1つ、境界線上の例も紹介しておきます。たとえば、逃げる相手にタックルして押し倒したり、羽交い締めにしたりする場合です。ここまでいくと、正当な職務執行の範囲を超えるのではないか、という議論があります。腕に手をかける程度と、手錠で制圧する程度の、ちょうど中間に位置する例だと考えてください。この並びを、頭に入れておいてください。
2階の比例原則——警職法1条2項は明文

では、2階に進みます。強制処分に当たらなかった場合、次に何を確認しましたか。あの天秤を、覚えていますか。左の皿に何を、右の皿に何を乗せましたか。今日は、この天秤の根拠が変わります。ただし、これは、載せ替えの3点には入りません。天秤の形は変わらず、根拠の置き場所だけが変わります。捜査の天秤は、判例が作った規範でした。でも、職務質問の天秤は、条文に書いてあります。読んでみましょう。
条文警察官職務執行法第1条
警察官職務執行法第1条——目的と比例原則 この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。 2 この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。
この「必要な最小の限度」を、警察比例の原則と呼びます。捜査の天秤は判例が組み立てた規範でしたが、こちらは条文そのものに書いてあります。左の皿には、やはり対象者が受ける権利・利益の侵害・制約の程度を乗せます。右の皿には、今度は「捜査の必要性」ではなく、もっと広い何かを乗せます。それを、次に見ましょう。
必要性の広さ——警察法2条1項からもっと広い

捜査の必要性は、特定の犯罪の嫌疑が前提でした。では、職務質問の必要性は、何から測ればいいでしょうか。警察法という、また別の法律の2条1項に、警察の責務が書かれています。板に出しますね。
条文警察法第2条1項
警察法第2条1項——警察の責務 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。
ここが決め手です。犯罪の予防が、正面から警察の責務に入っています。捜査の必要性は、特定の犯罪の嫌疑が前提でした。職務質問の必要性は、それよりもっと広く、これから起きるかもしれない犯罪の予防まで含みます。イメージで言うと、消防が、火事が起きてから消火に向かうだけでなく、火の元が心配な家に見回りに行くこともあるのと、似ています。この広さの違いが、職務質問という制度を、捜査よりも広く使えるものにしています。
権限創設規定か確認規定か——結論が分かれる場面は次に送る
図:権限創設規定説と確認規定説の2つの立場と結論が分かれる場面への送りを示す板
ここで、もう1つ、深く対立している議論を紹介します。さっき読んだ警職法2条1項、あの条文の性質そのものをめぐる対立です。整理してみましょう。
⭐ 論文で書く規範:権限創設規定か確認規定か 多数説(権限創設規定)は、法律の根拠が無ければ個人の権利・利益を侵害する行政活動はできないという考え方から、警職法2条1項が職務質問という権限そのものを創設した規定だとする。 実務家中心の有力説(確認規定)は、質問という働きかけ自体は相手の権利・利益を侵害しないから授権規定は要らないとし、警察官が当然にできることを確認したにすぎないとみる。この立場では、警察法2条1項を根拠に一斉検問が認められ、2条1項の要件を満たさない職務質問も、違法にはならないという帰結になる。 この対立は、承諾のない所持品検査と一斉検問で、実際に違う結論を導く。 (学説の対立(結論は次の章で分岐))
一方、確認規定は、質問という働きかけ自体は相手の権利・利益を侵害しないのだから、権限を創り出す規定は要らない、と考えます。だから、要件を満たさなくても、当然にできることがある、という立場です。確認規定説は、この立場と結び付けて、以前、強制処分の基準を学んだ回で見た判例を持ち出します。任意処分の限界を「必要性、緊急性などを考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度」と述べた、あの判例です。ここでは、決着をつけません。この対立が、実際に違う結論を出す場面が、次の章で出てきます。承諾のない所持品検査と、一斉検問です。
走行中の車を、次々に停めて調べるものです。この2つの立場が、実際に違う結論を出す場面を、次で見ます。今日は、対立の中身を知っておくだけで十分です。
切替点——土俵はいつ移るのか
図:覚醒剤が出てきた瞬間を境に職務質問から捜査へ切り替わることを示すフロー
最後に、もう1つ、大事な問いが残っています。職務質問から捜査へ、土俵はいつ移るのか、という問いです。境界は、189条2項の言葉、そのままです。「犯罪があると思料するとき」、それが切替点です。自分たちの例で、確かめましょう。職務質問中に、対象者Bのポケットから、覚醒剤が出てきたとします。その瞬間から、捜査に切り替わります。現行犯逮捕もできます。その1分前は、まだ捜査ではありません。答えは、その時点の物差しで測ります。1分前なら、警職法2条の物差しです。切り替わったあとなら、197条の物差しです。先行する行政警察活動に違法があると、その違法をどこまで引きずるかが、後に続く捜査の適法性の評価にも関わってきます。
しかも、最高裁は、この切替点をはっきりと明示していません。無理に線を引かずに、「その時点の物差しで測る」という考え方だけを、今日は持ち帰ってください。この先、証拠の扱いにまでつながる話は、また別の回で扱います。
論文の型
図:行政警察活動か強制処分か比例原則を満たすかという答案の3段の型を示す板
では、今日渡したものを、答案の型として固定しましょう。1段目、そもそも行政警察活動か。特定の犯罪の嫌疑が、まだ固まっていない段階かを確認します。固まっていれば、それは捜査です。197条と比例原則、あの物差しに戻ります。目的が予防か捜査かは、嫌疑が固まったかどうかの裏返しです。固まった時が、さっき見た切替点です。基準は、これまでと同じです。相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか。警職法2条3項違反で、直ちに違法です。ここで、答案は終わります。任意処分として、警職法1条2項の比例原則を満たすか。左の皿に侵害・制約の程度、右の皿に警察目的からの広い必要性を乗せます。
この型は、次に出会う事案でも、そのまま使えます。
今日の地図(保存版)
図:今日渡した柱と送り先の一覧板
最後に、今日渡したものを振り返りましょう。端緒と捜査は別物であること。行政警察活動と司法警察活動の区別。警職法2条1項から4項までの中身。強制処分の基準は変わらないこと。1階で強制と出たときの行き先が違うこと。比例原則が明文にあること。必要性がもっと広いこと。権限創設規定と確認規定の対立。そして、切替点の問題です。送り先も、整理しておきましょう。所持品検査と自動車検問、それから、さっきの対立の結末は、次の章で扱います。それぞれ、別の回で扱います。長い時間の留め置きと、採尿のための連行、それに、違法な収集証拠をどう扱うかという話も、また別の回に送ります。
次は、この物差しを実際に当てる回です。車のエンジンキーを抜き取る行為、ホテルの部屋のドアを押し開ける行為——どこまでが「停止」か、2つの判例で見ます。今日、道具は何一つ捨てていません。土俵が移っただけです。
参照条文
- 警察官職務執行法第2条1項
- 警察官職務執行法第2条2項・3項
- 警察官職務執行法第2条4項
- 警察官職務執行法第1条
- 警察法第2条1項