訴因変更命令と形成力
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第3章 公訴 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
今日の主役は訴因変更命令

今日はその回です。ここまではずっと、検察官が請求して裁判所が許可する、という向きで見てきました。今日の主役はそこに現れる、もう一つの動きです。検察官が請求してこないとき、裁判所の側から訴因を変えるよう促す仕組み、これが訴因変更命令です。ただしその手前に、もう一つ確認しておきたい問題があります。検察官が訴因変更を請求してきたのに、裁判所が「いや、今の訴因のままでも有罪にできる」と考えて、その請求を断ってよいか、という問題です。同一性の枠に入っていることは前提としたうえで、この請求を今、通してよいかという許否の場面で、裁判所が自分の心証を理由に断れるか、という問いです。今日は、この許可の問題から入って、訴因変更命令、そして命令に従わない検察官がいたときにどうなるかまで、順番に見ていきます。先に答えの軸だけ言っておくと、訴因を選び、書き換えるのは最後まで検察官で、裁判所はその訴因の枠の中で判断する、という一本の線です。
心証があっても、変更請求は許可しなければならないか

例えば、次のような場面を考えてみます。Aは、勤務先の会社の経理担当者として業務上占有していた現金を着服したとして、業務上横領罪の訴因で起訴されました。証拠調べの結果、裁判所は、Aが経理担当として業務上その現金を預かっていたことも含めて、業務上横領罪にあたる事実を認定できるという心証を得ました。ところが検察官は、「業務上」の占有を立証しきれるか不安になり、業務上横領の訴因を、単純横領の訴因に変更するよう請求しました。着服したという事実そのものは動いていません。検察官が外そうとしているのは、業務上占有していたという身分の部分だけです。裁判所は、この訴因変更請求を許可しなければならないでしょうか。
実はこの問題、裁判所の判断が実際に争われました。
判例最高裁判所第一小法廷 昭和42年8月31日判決(刑集21巻7号879頁)
検察官の訴因変更請求と許可義務 仮に起訴状記載の訴因について有罪の判決が得られる場合であつても、第一審において検察官から、訴因、罰条の追加、撤回または変更の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り、これを許可しなければならないものと解すべきである。
起訴状記載の訴因、つまり業務上横領のままで有罪にできる場合であっても、検察官が訴因の変更を求めてきたなら、公訴事実の同一性の枠を越えない限り、裁判所は許可する義務を負う、という判断です。公訴事実の同一性というのは、旧訴因と新訴因を比べて、変更を許してよい範囲を決める枠のことでしたね。裁判所の心証を理由に拒むことは認められません。
なぜ裁判所の心証で拒めないのか

この判決が挙げている理由は、全部で三つあります。一つは、条文の文言そのものです。
条文刑事訴訟法第312条第1項
刑事訴訟法第312条第1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
「許さなければならない」と書かれていて、「許すことができる」ではありません。公訴事実の同一性を害しない限り、許可は裁判所の裁量ではなく義務だ、という文言です。もう二つは、刑事訴訟法の制度全体の構造です。公訴の提起のところで見た制度を、ここでもう一度使います。検察官には、犯人の性格や犯罪の軽重、犯罪後の情況などから訴追の必要が無いと判断すれば、そもそも起訴しないでおく権限があります。起訴便宜主義と呼ばれる仕組みです。さらに検察官は、第一審の判決が出るまでは、公訴そのものを取り消すこともできます。事件をどう訴追するかを決めるのは検察官の役目だ、という構造が、刑事訴訟法のあちこちに埋め込まれています。訴因変更は、公訴の取消しよりずっと軽い場面、事件を続けたまま中身を書き換えるだけの場面です。それなのに、公訴の取消しという重い決定まで検察官に委ねている法律が、訴因の書き換えという軽い場面でだけ、裁判所に拒否権を与えているとは考えにくい。この三つが合わさって、裁判所の心証を理由に訴因変更を拒むことはできない、という結論になります。
実は、この事件で控訴審は、実体的真実の発見という裁判所の職責を理由に、第一審が変更を許可したのは行き過ぎだと判断していました。最高裁は、その理由づけそのものを誤りだとして破棄しました。裁判所が、事実をより正確に認定したいという理由で、訴因の中身に口を出してよいわけではない、ということです。たとえるなら、客が検察官、仕立て屋が裁判所、生地が訴因です。同じ型のスーツの範囲で客が生地を替えてほしいと言えば、仕立て屋は「今の生地でも似合いますよ」という自分の見立てだけで断ることはできません。
新訴因だと無罪になる場合は残る問い

もう一つ、例えば似ているようで違う場面を見ておきます。Aは、V宅の金庫から現金を持ち出したとして、窃盗罪の訴因で起訴されました。証拠調べの結果、裁判所は、Aこそがその現金を盗み出した本人だという心証を得ました。ところが検察官は、Aは第三者Cが盗んだ現金だと知りながら、Cから有償で買い受けただけだと判断し、盗品等を有償で譲り受けた罪の訴因に変更するよう請求しました。ここに落とし穴があります。盗品等に関する罪は、自分で盗んだ本人がその物を保管したり買い戻したりしても成立しません。犯罪の後始末にすぎないからです。裁判所の心証、つまりAが盗んだ本人だという前提に立つと、新しい訴因では無罪を言い渡さざるを得なくなってしまいます。
この場合まで、さっきの判決と同じ理屈で許可しなければならないのか、判例上はっきりしていません。この問いは、これから見る訴因変更命令の話と絡めて考える必要があります。検察官が有罪にしにくい訴因のまま動かないとき、裁判所には何ができるんでしょうか。それが今日のもう一つの主題、訴因変更命令です。
訴因変更命令——職権による例外的な介入

ここまで見てきた訴因変更は、いつも検察官が自分から請求して、裁判所が許可するかどうかを判断する、という流れでした。これが原則です。検察官が動かなければ、裁判所は何もできないんですか。違います。もう一つの道があります。裁判所の側から、訴因を変えるよう促す制度です。
条文刑事訴訟法第312条第2項
刑事訴訟法第312条第2項 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
これが訴因変更命令です。検察官の主張する訴因のままでは有罪にしにくいけれど、訴因さえ変えれば有罪にできる、という事案で、裁判所が職権で「変更しなさい」と命じます。通常の訴因変更は、検察官が請求し、裁判所が許可する、当事者主義どおりの流れです。訴因変更命令では、まず裁判所の側から動いて変更を促します。検察官はその促しに応じて変更を請求し、最後に裁判所が許可する、という順番です。訴因を決めるのは検察官だ、という原則からすると、これは裁判所による例外的な、職権の介入にあたります。「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」です。条文の言葉だけでは具体的な線引きは見えてきませんが、裁判所としては有罪の心証を持っているのに、検察官が掲げた訴因と認定できる事実が食い違っているために無罪を言い渡すほかない、そういう結末を避ける必要があるときに満たされる、と理解されています。
当事者主義は、審判の対象の回で見たとおり、検察官と被告人が主張をぶつけ合い、裁判所は中立の立場で判断する構造でした。前回の縮小認定も、検察官が掲げた訴因の中に含まれる軽い事実を認定するだけで、裁判所は訴因の枠から出ていません。今日の許可義務も同じ考え方です。訴因変更命令はその例外ですが、命令を受けて変更を請求するのは、やはり検察官です。
命令の前に、まず求釈明で促す

いきなりは出しません。実務上はまず、求釈明や発問という形で、検察官に訴因変更の必要性を気づかせるところから入ります。
条文刑事訴訟規則第208条第1項
刑事訴訟規則第208条第1項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。
ただ、あのときの求釈明と今日の求釈明は、働く場面が違います。前に見た求釈明は、訴因変更を経ずに事実を認定してよいかを検討する場面で、争点を顕在化させる働きでした。今日の求釈明は、訴因変更命令を出す前に、検察官に「この訴因のままでいいんですか」と気づかせる働きです。同じ制度が、違う場面で違う役割を果たしています。裁判所がいきなり「訴因を変えろ」と命じるのは、検察官の役目に踏み込みすぎています。それも、有罪の方向へ誘導するような命令をいきなり出せば、裁判所が本当に公平な立場から判断しているのか、疑われかねません。まず検察官の自主的な判断を促す求釈明から入るのが、当事者主義を尊重した進め方になります。
仕立て屋さんが、いきなり客の服の生地を変えるんじゃなくて、まず「こちらの生地に変えられませんか」と聞くようなものです。そのたとえがぴったりです。それでも検察官が請求してこなければ、初めて訴因変更命令に進みます。
命令に形成力はあるか

では、求釈明でも命令でも、検察官が最後まで動かなかったらどうなるでしょうか。命令に従わない検察官を前に、裁判所が命令どおりに訴因を扱ってよいかが争われた事件があります。被告人Aは、Gが立候補予定者Fに当選を得させる目的で現金を渡した際、その事情を知りながらGを案内し、受け取る側に紹介するなどして手助けしたとして、幇助犯の訴因で起訴されました。ところが第一審は、検察官の訴因変更が無いまま、AがGと共謀して現金を渡した、共同正犯としての事実を認定しました。幇助の訴因には含まれていない、共謀という新しい事実を認定することになりますし、法定刑も重くなります。被告人の防御に影響が及ぶことは明らかで、当然に訴因変更が必要な場面でした。記録によれば、第一審は途中で共同正犯に訴因を変更するよう命令を出していました。ところが検察官はこれに応じず、それでも裁判所は、命令によって訴因が変更されたものとして手続を進め、共同正犯を認定してしまいました。
判例最高裁判所大法廷 昭和40年4月28日判決(刑集19巻3号270頁)
訴因変更命令の効力 検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない。
最高裁は、これを認めない、と判断しました。命令だけで訴因が変更されたことにしてしまうと、裁判所が直接、訴因を動かす権限を持つことになってしまいます。しかし訴因を変更する権限は、あくまで検察官にある、というのが刑事訴訟法の基本的な構造です。命令にその効力を認めることはできない、という判断です。命令だけで訴因を書き換えてしまう効果を、形成力と呼びます。仕立て屋のたとえで言えば、仕立て屋が客に生地変更を申し入れても、客が応じない限り、仕立て屋が勝手に生地を変えて仕立てることはできない、ということです。できるのは、元の生地のまま仕立てることだけです。この事件でも、裁判所から命令を受けた検察官は訴因を変更すべきだったけれども、検察官がそれに応じない以上、共同正犯の事実を認定した判決は違法だとされ、破棄されました。
命令に従うべきだという評価と、従わない検察官の代わりに裁判所が訴因を動かせるかは、別の問題です。前者は認められても、後者は認められません。検察官が命令に従わなければ、裁判所は元の訴因、つまり幇助のままで判断するしかありません。
形成力を否定したことの意味

検察官が命令に応じないとき、裁判所にそれ以上何ができるのか。これが、この判決が残した問題です。訴因の設定や変更は、あくまで検察官の権限であって、裁判所の命令は検察官に行動を促す指示にとどまります。検察官の頭越しに、裁判所が勝手に訴因を書き換えることはできません。今日ここまで見てきた、訴因を選ぶのは検察官だという当事者主義の構造が、命令の場面でも同じように貫かれています。
論文の型

⭐ 論文で書く規範:訴因変更請求の許否と訴因変更命令の検討順序 訴因変更請求の許否が問題になる場面では、まず新旧いずれの訴因でも有罪という帰結に変わりがないかを確認する。変わりがなければ、裁判所の心証を理由に拒むことはできず、公訴事実の同一性を害しない限り許可しなければならない(刑訴法312条1項、起訴便宜主義・公訴取消しの制度を根拠とする)。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考える場面では、まず求釈明で気づかせたうえで、なお請求がなければ訴因変更命令(同条2項)を検討できるが、命令に形成力は無いため、検察官が従わなければ裁判所は旧訴因のまま判断するしかない。 (最判昭42・8・31、最大判昭40・4・28にもとづく答案の流れ)
まとめると、まず新旧どちらの訴因でも有罪かどうかを確認します。変わらなければ、裁判所の心証で拒むことはできず、許可義務があります。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考えるときは、求釈明で促し、それでも動かなければ訴因変更命令を検討できますが、命令に形成力は無いので、検察官が従わない限り、旧訴因のまま判断するしかありません。
今日の地図(保存版)

今日のまとめです。新旧いずれの訴因でも有罪という結論に変わりがない場合、裁判所は自分の心証を理由に訴因変更請求を拒むことはできず、公訴事実の同一性を害しない限り許可しなければなりません。根拠は312条1項の文言、起訴便宜主義、公訴取消しの三つでした。新訴因だと無罪になってしまう場合の扱いは、判例上明らかでない問いとして残りました。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考える場面では、裁判所は訴因変更命令を出すことができますが、いきなりではなく、まず求釈明で促します。それでも検察官が動かず、命令にも従わない場合、裁判所は命令の効力だけで訴因を変更したことにはできません。訴因の設定・変更は、あくまで検察官の権限だからです。
許可の場面でも、命令の場面でも、最後に決めるのは検察官なんですね。
参照条文
- 刑事訴訟法第312条第1項
- 刑事訴訟法第312条第2項
- 刑事訴訟規則第208条第1項