刑事訴訟法 復習ノート全文

最終更新 2026-09-20 / 刑事訴訟法の地図(条文から引く)→

第1章総論

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刑事訴訟法とは何か

刑法と刑事訴訟法

刑法は「何が罪か」を、刑事訴訟法は「どう確かめるか」を決めます。

刑法刑事訴訟法
決めることどんな行為をしたら、どんな犯罪が成立し、どんな刑罰が科されるか刑法を目の前の一人に当てはめてよいか、確かめるための手続
性質要件と効果のルールブック(実体法)どう確かめるかを決める法律(手続法)
例:自転車盗の疑い窃盗罪が成立するか警察が家の中を見てよいか
  • 手続なくして刑罰なし:どれだけ疑わしくても、決められた手続を踏まなければ、刑罰は科せません。
  • 令状:裁判官があらかじめ出す許可状です。
    • 警察が自分の判断だけで踏み込めないよう、第三者である裁判官のチェックを挟む仕組みです。

(1) ほかの手続の法律との違い

  • 少年法:少年が起こした事件のための、別の手続です。少年の更生可能性を重視します。
  • 民事訴訟法:手続を定める点は同じですが、私人どうしのもめ事の解決が目的です。
    • 刑事訴訟法は、国家が人を罰してよいかを扱います。

実体法の目と手続法の目

同じ1つの事件でも、見る目によって問いそのものが違います。

  • 実体法の目:何罪が成立するか。
    • 答えるための要件は、すでに刑法の条文に書かれています。
  • 手続法の目:令状は必要か。どこまで調べてよいか。どんな証拠で立証するか。
    • 憲法や刑事訴訟法が、これから順を追って条件を積み上げていきます。

刑事訴訟法1条(目的)

1条は、刑事訴訟法の目的を1文に凝縮した条文です。

1条刑事訴訟法 第一編 総則この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

1条の要素対応する理念
① 公共の福祉の維持②の言い換えに近い
② 個人の基本的人権の保障適正手続主義
③ 事案の真相を明らかにし実体的真実主義
④ 適正且つ迅速に迅速性(「適正」は②と重なる。「迅速」が独立した3つ目の要請)

適正手続主義

  • 意味:刑事手続による権利・自由の制約は、公共の福祉との兼ね合いの中で、正しいやり方で行われなければならないという理念です。
  • なぜ必要か:刑事手続は、国家が個人の権利・自由を強く制約する場面を前提にしているからです。
    • 例:家宅捜索、逮捕・勾留による身体の拘束
  • 根拠:憲法31条です。
    • 刑事訴訟法は、憲法31条が求める「法律の定める手続」の中身を、条文として書き下した法律です。

31条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

実体的真実主義

  • 意味:犯罪事実の有無や中身を、正確に明らかにすべきだとする理念です。
  • なぜ必要か:刑罰権の行使は、事実に基づかなければ正当化されないからです。
    • 例:自転車を盗んでいない人が「なんとなく怪しい」というだけで有罪にされれば、何もしていないのに国家に自由を奪われます。
    • 事実を誤ったまま処罰すれば、それ自体が不正義になります。
  • 結論:真相を明らかにすることが、刑罰を科す前提です。

(1) 民事訴訟との違い

民事訴訟刑事訴訟
理念形式的真実主義実体的真実主義
当事者が認めた事実それ以上確かめない証拠を通じて確かめる
理由私人どうしのもめ事なので、当事者が争わないと決めた以上、踏み込む必要がない国家が人を罰する重い判断なので、当事者の合意に委ねると事実に基づかない処罰が起きうる
  • 例(民事):貸したお金の返還を求める裁判で、借りた側も「借りました」と認めれば、裁判所は本当に借りたかをそれ以上調べません。
  • 例(刑事):被告人が「盗みました」と認めても、裁判所は証拠を通じて確かめます。

核心司法(「真実」とは何か)

「刑事裁判は事件の真相を全部明らかにする場所」というのは誤りです。

  • 核心司法:明らかにすべき「真実」は、次の2つに尽きるという考え方です。
    1. 刑罰権の有無:刑罰法令の定める犯罪事実を、被告人が本当に行ったか
    2. 刑罰権の範囲(量):行ったのであれば、刑の重さを決めるうえで重要な事実
  • なぜ絞るのか:刑事裁判は、国家が刑罰権を発動してよいかを決める場だからです。
    • それ以上を調べると、裁判の目的を超えて、個人のプライバシーを侵害します。
自転車盗の例「真実」に含まれるか
本当に盗んだか含まれる(有無)
初犯か常習か、反省しているか含まれる(量刑にかかわる事情)
交友関係の全て、事件と関係のない生い立ち、無関係な借金トラブル含まれない(量刑に直接関わらない限り)

(1) 訴訟の中で構築された真実

  • 裁判所は、過去の出来事に直接触れることはできず、法廷に出された証拠を通してしか事実に近づけません。
  • そのため、法廷で組み立てられた事実は、事件の完全な再現ではなく、証拠によって確かめられた範囲での事実です。

(2) 被疑者と被告人

  • 被疑者:起訴される前の呼び名
  • 被告人:起訴された後の呼び名
    • 呼び名が変わるだけで、同じ人を指します。

当事者主義と公判中心主義

核心司法の「有無と量」は、法廷で確かめます。

  • 当事者主義:検察官と弁護人の双方が証拠を出し合い、法廷で争ったうえで、裁判所が判断する仕組みです。
  • 公判中心主義:捜査段階の供述調書に頼りきるのではなく、法廷の証拠調べを通じて心証を形成すべきだという考え方です。
    • 理由:捜査段階の取調べは密室で行われ、検証しにくいからです。法廷なら当事者双方が立ち会い、証拠の出し方も公開されます。

迅速の要請

1条の「迅速」は、適正手続主義とは別の、独立した要請です。

  • 迅速性:手続が長引くのを避けるべきだという要請です。
  • なぜ急ぐのか
    • 理由① 証拠の劣化:長引くほど、記憶は薄れ、証拠は劣化し、誤った判断のリスクが高まります。
    • 理由② 当事者の負担:被疑者・被告人の身柄拘束や、社会的に不安定な立場が長く続いてしまいます。
  • 根拠:憲法37条1項(公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利)
  • 高田事件:手続の遅れがあまりに著しいとして、裁判そのものが打ち切られた最高裁判所の判例です。
    • 迅速を怠ると、手続そのものが打ち切られうるほど重い要請だということです。

37条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

2つの理念の関係

2つの理念は、多くの場面では両立しますが、時にぶつかります。

実体的真実主義適正手続主義
役割アクセル:真相を明らかにしようと、前に進む力ブレーキ:行き過ぎを止める力
こちらだけに振り切ると拷問してでも自白させ、疑わしければ捕まえる → 冤罪と人権侵害少しでも手続に問題があれば証拠は一切使えず、犯人を罰することもできない → 処罰そのものの空洞化
  • 両立する場面:拷問や強制による自白の禁止
    • 虚偽の自白を防ぐ(真実)と同時に、被疑者の人権を守る(適正)
  • ぶつかる場面:違法な捜索で見つかった重要な証拠物を、裁判で使ってよいか
    • この衝突は、違法収集証拠排除法則で調整します。
  • 刑事訴訟法のあらゆる制度は、この2つの理念のバランスを取るために作られています。

法源

刑事手続の根拠になる法を法源といい、5つあります。

法源内容
憲法31〜40条の10か条に刑事手続のルール。最上位の規範
刑事訴訟法憲法31条以下を具体化した、手続の中核
刑事訴訟規則憲法77条1項に基づいて最高裁判所が定める。刑事訴訟法の大枠を細かく補う
判例法律上の法源かは議論があるが、事実上の法源として機能する
条約そのまま適用できる条約の内容。例:外交官の刑事裁判権の免除

(1) 刑事訴訟規則

  • 国会が作る法律ではなく、最高裁判所が自分で作る規則です。

77条(抜粋)日本国憲法 第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

(2) 判例が事実上の法源とされる理由

  • 405条2号・3号は、判例と相反する判断をしたこと自体を、上告の理由にしています。
    • つまり、判例に逆らった判決は、覆される可能性があります。
  • 裁判所ごとに結論がバラバラだと、当事者は結果を予測できず、裁判への信頼も失われるからです。

405条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第三章 上告(405〜418条)高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

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手続の全体像

手続の5つの区間

1つの事件は、通報から判決の確定まで、必ず同じ順路をたどります。

区間何をするか
捜査犯人と証拠を探す
公訴の提起検察官が「裁判にかけます」と決める
公判法廷で争う
裁判結論を出す
確定・執行その結論を実際に動かす
  • 例:深夜の駅前で、口論の末に一方がもう一方を殴り、全治2週間のけがを負わせた事件も、この5つの区間を順に進みます。

捜査の始まり(端緒)

捜査は、事件が起きた瞬間に始まるわけではありません。

  • 捜査の始まり:「事件が起きた時」ではなく、捜査機関が犯罪があると知った時です。
    • 例:駅前の事件なら、殴打の瞬間ではなく、110番通報で警察が事件を認知した時です。
  • 端緒:捜査が始まるきっかけのことです。
    • 通報のほか、職務質問や、被害者の告訴もきっかけになります。

189条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

捜査で集めるもの

  • 集めるもの犯人証拠の2つです。同時に進めます。
    • 例(証拠):目撃証言、防犯カメラの映像、被害者の供述、現場の見分結果
  • 担当:第一次的には司法警察職員(警察官)です。
    • 必要があれば、検察官も自分で捜査できます。

逮捕と時間制限

逮捕の後は、厳しい期限の中で手続が進みます。

  • 被疑者:証拠がそろい、警察が「殴った人」として特定した人です。
  • 通常逮捕:証拠がそろったら、裁判官に逮捕状を請求し、認められれば逮捕します。
    • その場で取り押さえる現行犯逮捕もあります。
段階期限すること
警察官から検察官へ(送致身体を拘束された時から48時間以内弁解の機会を与え、留置の必要がなければ釈放する。必要があれば書類・証拠物とともに検察官へ送る
検察官から裁判官へ(勾留請求)被疑者を受け取った時から24時間以内弁解の機会を与え、留置の必要がなければ釈放する。必要があれば勾留を請求する
合計上限身体を拘束された時から72時間(3日)これを超えて、裁判官の判断なしに拘束することはできない
  • 留置:逮捕による身柄拘束を、そのまま続けておくことです。
  • なぜ時間で区切るのか
    • 逮捕された人は、まだ有罪と決まっていない人です。だから拘束は、最小限・一時的でなければなりません。
    • 期限がなければ、警察や検察官の判断だけで、いつまでも拘束を続けられてしまいます。
    • 期限が来るたびに、続けてよいかを、当事者ではない第三者の裁判官が判断します。

203条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。

205条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。

勾留

検察官が「まだ拘束が必要だ」と判断すると、裁判官に勾留を請求します。

  • 逮捕と勾留の違い
    • 逮捕:身柄を確保する、最初の一時的な措置です。
    • 勾留:その後、より長い期間、身柄を拘束する措置です。ここで初めて、裁判官が直接、拘束の是非を判断します。
段階期限判断
初回勾留勾留の請求をした日から10日以内この間に、検察官が起訴するかどうかを決める
延長勾留(必要な場合)さらに10日まで裁判官が「やむを得ない事由」があると認めれば、検察官の請求で延長できる
合計最大合わせて20日(約3週間)これを超えて勾留することはできない
  • 保釈起訴された後にしか使えません
    • 逮捕・勾留の段階では、保釈という選択肢自体がありません。

208条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:第二百七条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。2項:裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない

被疑者と被告人

起訴を境に、疑われている人の呼び名が変わります。

呼び名いつ立場
被疑者逮捕・勾留から起訴まで捜査の対象(まだ有罪と決まっていない)
被告人起訴された瞬間から法廷で争う当事者=訴えられた本人(まだ有罪と決まっていない)
  • 同じ人を指します。起訴されて初めて、法廷で争う当事者という立場になるので、呼び名が切り替わります。
  • 注意:「被告」は民事訴訟の言葉です。刑事手続では、必ず「被告人」と呼びます。

起訴(公訴の提起)

誰が「裁判にかけるか」を決めるのかを、247条と248条で整理します。

  • 公訴の提起:条文上の言い方で、ふだんは「起訴」と呼びます。
247条から読み取れる原則内容
国家訴追主義訴えるのは国家であって、被害者個人ではない。私人が刑事裁判を起こすことはできない
起訴独占主義国家の代わりに訴えるのは検察官だけ。証拠を集めた警察官が裁判にかけることはできない

247条刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)公訴は、検察官がこれを行う。

(1) 起訴便宜主義

  • 起訴便宜主義:有罪にできる見込みがあっても、あえて起訴しないことができます。
    • 考慮するもの:犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状、犯罪後の情況
  • 起訴猶予:248条を根拠に、検察官が「今回は起訴しない」と決める処分です。
  • なぜ裁量を与えるのか:機械的にすべて起訴すると、更生の機会を奪ったり、裁判所や当事者の負担を増やしたりする場合があるからです。
    • 例:駅前の事件で、初犯で、被害者に深く謝罪し、示談も成立している場合
  • 検察審査会:検察官の不起訴に納得できない被害者などが、申し立てる制度があります。

248条刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる

公判

起訴されると、事件は公判に進みます。

  • 4つの手続冒頭手続 → 証拠調べ → 弁論 → 判決の順に進みます。
    • なぜこの順か:先に何が争われているかを固めないと、どの証拠を調べるべきかが決まらないからです。冒頭手続で争点を絞ってから、証拠調べに入ります。
手続何をするか
冒頭手続争点を確定します
証拠調べ法廷で証拠を調べます
弁論主張を述べます
判決裁判所が判断を言い渡します
  • 公判中心主義:裁判所は、法廷で取り調べられた証拠だけで判断します。
    • 捜査段階で集めた資料も、法廷に出されて初めて判断材料になります。
    • 直接主義:裁判所は、法廷で直接調べられた証拠を基にしか判断できません。
  • 証拠のルール:伝聞法則・自白法則・違法収集証拠排除・最良証拠原則など、証拠には特別なルールがいくつもあります。
  • 認めるか否認するか:自白調書の扱いなど、手続の中身は変わります。
    • ただし、捜査・起訴・公判・判決という時間軸の枠組みは変わりません

登場人物(三面構造)

手続の登場人物は、三面で捉えると整理しやすくなります。

立場駅前の事件では
請求する側検察官「この人を裁判にかけてください」と求める
防御する側被疑者・被告人弁護人殴ったとされる人と、その弁護人
判断する側裁判所判決を言い渡す
  • 弁護人:被疑者・被告人の側に立って防御する、法律の専門家です。
  • 司法警察職員(警察官):捜査を担当します。
  • 被害者:三面構造の当事者ではありません。
    • ただし、証拠の重要な情報源になったり、検察審査会に申し立てたりと、手続に深く関わります。
  • 裁判員:事件によっては、裁判所の判断に裁判員が加わります。
    • 対象になる事件では、公判の前に争点を整理する準備手続が必須になります。
    • 駅前の事件は、対象になりません。

無罪推定の原則

手続全体を貫く大原則が、無罪推定の原則です。

意義内容
① 刑罰の先取りの禁止有罪が確定するまで、刑罰は先取りされない
② 不利益な事実の不認定事実がはっきりしないとき、被告人に不利益な事実は認定されない(疑わしきは被告人の利益に)
  • ①の中身:逮捕・勾留は手続上の処分で、刑罰そのものではありません。刑罰は、判決が確定した後にだけ科されます。
  • 例(②):目撃証言が食い違っていて、「本当にこの人が殴ったのか」に合理的な疑いが残れば、有罪とは認定されません。
    • 証拠から見て疑いの余地がなければ、有罪と認定されます。

(1) 根拠

  • 実定法上の根拠(憲法31条):法律の定める手続によらなければ、刑罰を科されないと定めています。
    • つまり、手続を経て有罪が確定するまで、刑罰は科されません。
  • 国際的な根拠(憲法98条2項):無罪推定は、国際人権規約や世界人権宣言にも明文で掲げられています。
    • 日本が締結した条約と確立された国際法規は、憲法98条2項により、誠実に遵守することが求められます。
  • 最高裁判所:②の「疑わしきは被告人の利益に」を、「刑事裁判における鉄則」と呼んでいます。
    • 理由:間違って有罪にしてしまったら、奪った時間は後から返せないからです。

31条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

98条(抜粋)日本国憲法 第十章 最高法規(97〜99条)2項:日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

無罪推定と身柄拘束

まだ有罪と決まっていないのに、なぜ逮捕・勾留で拘束できるのかを整理します。

  • 矛盾しない理由:逮捕・勾留は刑罰ではなく、捜査や裁判を成り立たせるために身柄を一時的に確保する手続上の処分だからです。
  • それでも歯止めが要る理由:刑罰ではないとはいえ、重い人権制約であることに変わりはないからです。
3つの歯止め内容
期限48時間・24時間・72時間、勾留10日+延長10日。無期限には拘束できない
要件逃亡や証拠隠滅のおそれなど、決められた条件を満たさなければならない
裁判官の審査勾留の請求は、捜査する側とは別の第三者である裁判官が、必ず判断する(207条)
  • 真相を明らかにするには、ある程度の身柄拘束が必要です。
    • しかし無罪推定の原則がある以上、その拘束には歯止めが要ります。期限の数字は、その具体的な現れです。
  • 結論:3つの歯止めがあるからこそ、まだ有罪と決まっていない人を、必要な範囲でだけ一時的に拘束することが許されます。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。5項:裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない

判決から先

公判が終わると、裁判所が判決を出します。

  • 控訴:判決に不服があれば、上級の裁判所で争えます。
    • 例:殴った人が「刑が重すぎる」と思えば、控訴できます。
  • 上告:控訴審の判決にも不服があれば、さらに上の裁判所で争えます。
  • 確定:争わなければ、判決が確定します。
  • 一事不再理:判決が確定すると、同じ事件で再び裁判にかけることは、原則としてできません。
    • 理由:いつまでも蒸し返せるとしたら、被告人も被害者も、事件から前に進めないからです。
    • 例外(再審):極めて例外的に、確定した判決をもう一度見直す制度があります。
  • 執行:確定すると、刑が執行されます。これが最後の区間です。

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審理の構造

刑事裁判の形を読む2つの軸

刑事裁判の「形」は、次の2つの軸で読み解きます。

問い現行法
誰が訴え、誰が裁くのか弾劾主義
訴えた後、誰が審理を動かすのか原則は当事者主義、補充が職権主義
  • 注意:2つの軸を混ぜて、「弾劾主義=当事者主義」と覚えるのは誤りです。

糾問主義と弾劾主義(軸①)

1つ目の軸は、訴える役目と裁く役目を、誰が担うかです。

糾問主義弾劾主義
構造二面(裁判所と、判断される人だけ)三面(裁判所を挟んで、訴追者と被告人)
訴える役目と裁く役目同じ1人に集まる分離する
特徴取り調べも判断も1人で完結するので、手続は速い裁判所が第三者の立場で判断するので、中立性が保たれる
位置づけ歴史的に古い形現行法
  • 糾問主義:裁判官が自分で疑いをかけ、自分で取り調べ、自分でそのまま判断まで下す形態です。
  • 弾劾主義:判断者(裁判所)と訴追者を分け、検察官の主張に被告人が言い返し、裁判所が判断する形態です。
    • 三面の関係:訴追者が犯罪の存在を主張して裁判所に有罪を求め、被告人は防御を行います。裁判所は、訴追者からも被告人からも独立した第三者として判断します。

(1) なぜ二面構造は危ういのか

  • 問題は能力ではなく構造:疑いをかける人と、その疑いを判定する人が同じだと、疑いを裏づける材料を重く見て、否定する材料を軽く見てしまいがちです。
    • 個人の善悪の問題ではなく、構造がそうさせてしまいます。
    • だから、疑いをかける人と判定する人を、別の人にする必要があります。
  • 速さと公平さ:二面構造は速く進みますが、その速さは中立性を犠牲にした速さです。
  • 公平な判断者は、真相解明の邪魔をする存在ではなく、真相に近づくための仕組みでもあります。

不告不理の原則

弾劾主義からは、もう1つ大事な原則が出てきます。

  • 不告不理の原則:訴追者が訴えを提起しない限り、裁判は行われないという原則です。
  • 理由:訴える役目を訴追者に渡したので、裁判所の側には、自分から事件を取り上げる役目が残っていないからです。
    • 例:警察が「この人は怪しい」と考え、裁判所がその事件を新聞で知っていても、検察官が起訴しない限り、法廷は開かれません。
247条を見る角度原則
検察官だけが訴えられる起訴独占主義
訴えなければ始まらない不告不理の原則

247条刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)公訴は、検察官がこれを行う。

職権主義と当事者主義(軸②)

訴える人と裁く人を分けても、その先の審理を誰が引っぱるかは、まだ決まっていません。

  • 三面の形を保ったまま、裁判所が審理を引っぱる仕組みも、当事者に引っぱらせる仕組みも作れます。どちらも弾劾主義です。
職権主義当事者主義
審理の主導権裁判所検察官と被告人
責任事実究明の責任も裁判所主張・立証の責任も当事者
誤った場合の責任裁判所が負う当事者が負う
位置づけ審理を動かす発想弾劾主義の徹底(公判審理まで及ぼす)
重心のある目的(1条)実体的真実主義:真相解明の結果に、国家機関である裁判所が自ら責任を負う適正手続主義:判断の材料集めまで裁判所に委ねると、当事者の防御の機会が失われかねない
  • 例(職権主義):検察官も被告人も呼んでいない証人を、裁判所が自分の判断で呼ぶ。
  • 当事者主義は、弾劾主義の徹底です。「訴える人と裁く人」を分けた発想を、公判審理にまで及ぼしたものです。
  • 注意:刑事の当事者主義は、民事の弁論主義や処分権主義と同じではありません。
    • 「当事者の合意で結論が決まる」という意味ではありません。例えば、自白だけでは有罪にできないという縛りがあります。

現行法は当事者主義が原則(条文の根拠)

「現行法は当事者主義が原則」ということは、次の条文で確かめられます。

場面誰が動かすか条文
審判の対象(訴因)を設定する検察官256条3項
訴因・罰条を追加・撤回・変更する検察官の請求があって、裁判所が許す312条1項
争点を決める(公判前整理手続)被告人・弁護人が主張と証拠を示し、検察官が意見を明らかにする316条の17・316条の19
証拠を調べるよう求める検察官、被告人又は弁護人298条1項

(1) 訴因を設定するのは検察官(256条3項)

  • 条文の文言に、「検察官」という言葉は出てきません。
  • しかし起訴状を書いて出すのは検察官で、その書面に「訴因を明示しろ」と命じているので、訴因を設定するのは検察官と読めます。
  • =「何の罪で裁くか」を決めるのは検察官です。

256条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)3項:公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

(2) 訴因を変えるのも検察官の請求から(312条1項)

  • 検察官の請求があって初めて、裁判所が変更を許します。決める起点は、あくまで検察官です。
  • 罰条:どの処罰規定を当てはめるかのことで、「何をしたか」を書く訴因とは別物です。

312条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

(3) 争点を決めるのも当事者(公判前整理手続)

  • 公判前整理手続:法廷を開く前に、争点と証拠をあらかじめ整理しておく手続です。
  • 316条の17:被告人・弁護人は、自分たちの主張と、それを証明する証拠の取調べを、裁判所と検察官に示さなければなりません。
  • 316条の19:検察官は、その証拠に同意するかどうか、意見を明らかにしなければなりません。

316条の17(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。2項:被告人又は弁護人は、前項の証明予定事実があるときは、これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第三項の規定を準用する。

316条の19(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:検察官は、前条の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、第三百十六条の十七第二項の規定により被告人又は弁護人が取調べを請求した証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない

(4) 証拠を調べるよう求めるのも当事者(298条1項)

  • 条文に並んでいるのは、検察官・被告人・弁護人の3人だけで、裁判所は書かれていません
  • だから、何を証拠として調べるかを持ち出すのは、原則として当事者だと読めます。

298条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

それでも残る裁判所の職権

当事者主義が原則でも、裁判所は完全に受け身ではありません。残る職権は、次の2つです。

  • 裁判所の職権による証拠調べ(298条2項):当事者が出した証拠だけでは足りないとき、裁判所が自分から「この証拠も調べよう」と取り調べられます。
  • 裁判所の訴因変更命令(312条2項):検察官の設定した訴因がずれているとき、裁判所が「この罪に変えた方がよいのではないか」と、訴因や罰条の追加・変更を命じられます。
  • なぜ残すのか:当事者が主張や立証を誤ったとき、それを間違った有罪・無罪に直結させないための、後見的な安全装置だからです。
場面裁判所の職権
当事者のどちらも請求していないが、記録上その存在が明らかで、有罪か無罪かを左右する証拠がある職権で取り調べることがある
当事者が争点にしていない事柄裁判所が片端から自分で証拠を集めにいくことはしない(原則の当事者主義を骨抜きにしてしまうから)
  • 現行法は、原則が当事者主義、補充が職権主義というハイブリッドな仕組みです。
軸①\軸②職権主義当事者主義
糾問主義(二面)この軸では無関係(訴える人と裁く人が同じ)この軸では無関係(訴える人と裁く人が同じ)
弾劾主義(三面)補充的(298条2項・312条2項)原則(256条3項・312条1項・298条1項)
  • 現行法の位置:「弾劾主義」(軸①)と「原則・当事者主義/補充・職権主義」(軸②)の交点です。

298条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)2項:裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる

312条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)2項:裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる

職権進行主義と職権探知主義

「職権」という言葉には、2つの中身があります。

職権進行主義職権探知主義
主導権の中身手続を前に進める判断の材料を集める
現行法裁判所が広く主導する原則は当事者。裁判所は補充的
条文期日の指定(273条)、証拠調べの範囲・順序・方法(297条)職権証拠調べ(298条2項)
  • 注意:2つを「職権主義」という1つの言葉で括ると、現行法の「原則、当事者主義」と矛盾して見えてしまいます。

273条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:裁判長は、公判期日を定めなければならない

297条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、証拠調の範囲、順序及び方法を定めることができる。

(1) 探知は完全にゼロではない

裁判所が自分から調べる場面も、補充的には残っています。

  • 訴訟条件(裁判を続けられる前提条件):原則として、裁判所の職権調査事項です。
    • 例外:土地管轄(331条1項):被告人の申立てがなければ、裁判所は管轄違いを言い渡せません。
      • 理由:どの土地で裁かれるかは、出向く負担など、被告人の側の都合にかかわる話だからです。被告人が構わないと言うなら、裁判所の側からわざわざ潰す必要はありません。
  • 上訴でも
    • 控訴審(1つ上の裁判所):一定の事由があれば、控訴趣意書に書かれていないことでも、職権で調査できます(392条2項)。
    • 上告審(さらに上の裁判所):一定の重大な事由があれば、職権で原判決を破棄できます(411条)。原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときです。
  • 上級審で職権の幅が広がる理由:上級審は、下の裁判所の判断が正しかったかを見直す場だからです。
    • 当事者が書いてこなかったというだけで、明らかにおかしい判決をそのままにはできません。
  • 控訴趣意書:どこが不服なのかを書いて出す書面です。
  • まとめ:「探知は原則ゼロ」ではなく、「補充的」という位置づけです。

331条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:裁判所は、被告人の申立がなければ、土地管轄について、管轄違の言渡をすることができない。

392条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第二章 控訴(372〜404条)2項:控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる

411条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第三章 上告(405〜418条)上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。

当事者主義と公判中心主義

当事者主義は、法廷で取り調べた証拠だけで判断する公判中心主義とつながっています。

  • つながり:当事者主義では主張と立証を当事者が主導するので、判断の材料になるのも、当事者が法廷に出したものだけです。
    • 例:捜査の段階で作られた書類が山ほどあっても、それがそのまま判断の材料になるわけではありません。法廷に出されて、初めて材料になります。
  • 当事者が出さなかったものは、たとえ捜査機関の手元にあっても、原則として判断の土俵に乗りません。
    • 裁判所の職権証拠調べは、この原則に対する補充です。

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訴訟の主体①裁判所

訴訟の主体と当事者

裁判所を見る前に、登場人物の数え方を整理します。

言葉誰を指すか数え方
訴訟の主体裁判所・検察官・被告人の3者手続を担う者として条文が名前を挙げる者。弁護人は被告人の補佐役という位置づけで、厳密には数えない
当事者検察官・被告人の2者請求する側と防御する側。判断する側の裁判所は入らない(民事の「原告・被告」と同じ発想)
三面構造検察官/被告人・弁護人/裁判所法廷で誰がどの役割を担うか。弁護人は被告人と同じ防御する側
  • 注意:弁護人を訴訟の主体に数えないのは切り口の違いで、防御に関与しないという意味ではありません。

  • 裁判所には3つの顔があります。

    • 何人で裁くか(裁判体)→ 事件の重さで法律が決めます。
    • 誰なら裁いてはいけないか(公平な裁判所)→ 組織の段階での偏りのおそれを外します。
    • どこが担当するか(管轄)→ 事件の重さと場所で、あらかじめ決めます。
  • 3つとも、事件ごとに裁く人・裁く場所を選ばせないという1つの思想でつながっています。

    • 事件が起きた時点で、何人で・誰が・どこで裁くかの答えはもう決まっていて、検察官も被告人もあとから選べません。

「裁判所」の2つの意味と条文の主語

「裁判所」という言葉には、2つの意味があります。

意味内容
官署としての裁判所東京地方裁判所のような、組織としての裁判所
裁判体受訴裁判所その事件を実際に担当する裁判官の集まり
  • 刑事訴訟法の条文は、主語を「裁判所」「裁判長」「裁判官」とわざと書き分けています。
主語権限を持つ範囲
裁判所合議体・単独体としての判断の集まり全体証拠調べの範囲・順序・方法を定める(297条)
裁判長合議体の中の1人だけ期日の指定(273条)、訴訟指揮(294条)=審理をどう進めるかを決めて法廷を仕切る
裁判官個々の裁判官が単独で逮捕状(199条)、捜索差押許可状(218条)を出す
  • 読み方:条文の主語を見れば、その権限を持つのが「裁判体全体」か「裁判長1人」か「個々の裁判官」かが分かります。

単独体と合議体

1つ目の顔は、裁判体を何人の裁判官で構成するかです。

  • 単独体:1人の裁判官で構成される裁判体です。
  • 合議体:複数(原則3人)の裁判官で構成される裁判体です。
裁判所構成
地方裁判所原則は単独体。裁判所法26条2項の事件は3人の合議体
簡易裁判所常に単独体
高等裁判所常に合議体(員数は原則3人・裁判所法18条2項)
最高裁判所常に合議体(大法廷は全員、小法廷は3人以上・裁判所法9条2項)
  • 例:人を殺した罪のように、死刑や無期が定められている罪は合議体です。
    • 他人の物を盗んだ罪のように、上限は10年でも下限が軽い罪は、原則どおり単独体です。
  • 拘禁刑:懲役と禁錮は、令和の改正で拘禁刑に一本化されました。

26条(一人制・合議制)裁判所法 第三編 下級裁判所 第二章 地方裁判所(23〜31条)1項:地方裁判所は、第二項に規定する場合を除いて、一人の裁判官でその事件を取り扱う。2項:次に掲げる事件は、裁判官の合議体でこれを取り扱う。ただし、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定めがあるときは、その定めに従う。一 合議体で審理及び裁判をする旨の決定を合議体でした事件二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪(刑法第二百三十六条、第二百三十八条又は第二百三十九条の罪及びその未遂罪、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)第一条ノ二第一項若しくは第二項又は第一条ノ三第一項の罪並びに盗犯等の防止及び処分に関する法律(昭和五年法律第九号)第二条又は第三条の罪を除く。)に係る事件三 簡易裁判所の判決に対する控訴事件並びに簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告事件四 その他他の法律において合議体で審理及び裁判をすべきものと定められた事件3項:前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。

(1) なぜ重い事件は3人で裁くのか

  • 1人の判断の危うさ:1人の判断には、その人固有の見立ての癖が、そのまま結論に出てしまいます。
    • 例:同じ証言を聞いても、「落ち着いて話しているから信用できる」と受け取る人と、「まとまりすぎていて不自然だ」と受け取る人がいます。
  • 合議の仕組み:3人なら、評議(3人で意見を出し合って結論を決める場)で、その違いが必ず突き合わされます。
    • 1人でも違う結論を持てば、多数決の前に議論が起きます。反対意見が出る余地が、制度としてあらかじめ保証されています。

(2) 法定合議と裁定合議

種類内容26条2項
法定合議法律が「この重さの事件は3人」とあらかじめ決めている2号
裁定合議法律が決めていなくても、裁判所自身が「3人でやる」と決定した事件1号
  • 裁定合議も、決定という手続を通します。「なんとなく3人で」という裁量ではありません。
  • 注意:強盗のように重くても、2号の括弧書きで外されている罪があります。
    • 外れても、1号の裁定合議で3人にすることはできます。「2号に載っていない=必ず1人」ではありません。

合議体の中の役割と裁判官の種類

合議体の3人は、裁判所法26条3項により、1人が裁判長、2人が陪席裁判官です。

役割内容
裁判長1人。訴訟指揮権や法廷の秩序を守る権限を持つ
陪席裁判官残り2人。裁判長と一緒に審理し、評議で意見を述べる対等な一員
  • そのほかに、名前だけ押さえておく呼び分けがあります。
呼び分け内容
受命裁判官合議体の1人が、他のメンバーに代わって特定の行為をする
受託裁判官別の裁判所の裁判官に、一定の行為を頼む
受任裁判官令状を出すときのように、受訴裁判所とは独立して権限を行使する
  • 判事:判事補・検察官・弁護士などの経験が、通算10年以上ある人から任命されるベテランの裁判官です(裁判所法42条)。
    • 1人で裁判できます(単独体になれる)。
  • 判事補:司法修習を終えた人から任命される、若手の裁判官です(裁判所法43条)。
    • 原則として、1人では裁判できません(裁判所法27条)。合議体の陪席として、判事と一緒に裁判します。
    • ただし、逮捕状を出すような判決以外の裁判は、判事補1人でもできます(刑事訴訟法45条)。
    • 例外:一定の経験を積んだ特例判事補は、1人で裁判できます。
  • 覚え方:「判事補=原則1人では裁けない」。

27条(判事補の職権の制限)(抜粋)裁判所法 第三編 下級裁判所 第二章 地方裁判所(23〜31条)1項:判事補は、他の法律に特別の定のある場合を除いて、一人で裁判をすることができない

裁判官を支える人たち

法廷には、裁判官以外にも、裁判を支える人がいます。

  • 裁判所書記官:裁判の記録を作り、保管する専門職です(裁判所法60条)。
    • 公判調書:公判で何が行われたかを書き残した記録です。公判でどんな手続が行われたかは、公判調書だけで証明できます(刑事訴訟法52条)。
    • 書記官の列席は、公判廷が成り立つための要件です(282条2項)。書記官がいなければ、法廷を開けません。
      • 理由:公判で何が行われたかを公的に残せる人がいないまま審理を進めると、あとから手続が正しかったかを確かめる手段が無くなるからです。
    • 書記官は裁判官の命令に従いますが、記録の作成・変更を命じられて正当でないと考えたときは、自分の意見を書き添えられます(裁判所法60条5項)。
  • 裁判所事務官:総務・会計などの裁判所の事務を担い、裁判官や書記官を支えます(裁判所法58条)。
  • 裁判所調査官:裁判官の命令を受けて、事件の審理・裁判に必要な調査をします(裁判所法57条)。
    • 最高裁判所・高等裁判所・地方裁判所に置かれます(地方裁判所では、知的財産・租税の事件だけ)。
    • 家庭の事件や少年事件を調べる家庭裁判所調査官は、別の職です。

282条刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:公判期日における取調は、公判廷でこれを行う。2項:公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

公平な裁判所

2つ目の顔は、偏りのおそれがある裁判官を外す仕組みです。

  • 根拠:憲法37条1項は、被告人に「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を保障しています。
    • 土台には、裁判官の独立を定めた憲法76条3項もあります。
  • 守っているもの:現に不公平な判決が出たかという結果ではなく、裁判所という組織・構成の段階での、偏りのおそれです。
    • 例:被害者本人が裁判官としてその事件を裁いたら、判決の中身が偏っていたかに関わらず、組織として信用できません。
  • 除斥・忌避・回避は、判決の前に、偏りのおそれがある人を外す制度です。
    • 裁判の外観・信頼を守る制度で、適正手続主義の具体的な現れの1つです。

37条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

76条(抜粋)日本国憲法 第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

(1) 除斥・忌避・回避

偏りのおそれがある裁判官を外す方法は、「誰が外すか」で3つに分かれます。

  • 除斥(20条)=レッドカード:法律で決まった関係があれば、申立てが無くても自動的に外れます。
    • 例:裁判官が被害者本人や被害者の親族である、その事件で証人になった、その事件の前の審理(前審)に関わった
    • 理由:こうした関係があれば、公平な裁判は無理だと類型的に言えるからです。
  • 忌避(21条1項)=チェンジの要求:検察官又は被告人が「この裁判官を変えてほしい」と申し立てて外します。
    • 場面①:除斥事由があるのに、外れていないとき(例:実は被告人の親族だったと、後で分かった)
    • 場面②:不公平な裁判をするおそれがあるとき(例:被告人と愛人関係にある、被告人を個人的にひどく憎んでいる)
    • 手続:申立てがあると、原則として手続は止まります。忌避された裁判官を除いた合議体が、本当に不公平かを審査して決めます(23条)。
    • 簡易却下(24条):裁判を遅らせる目的だけで忌避を申し立てる嫌がらせは、決定ですぐに却下します。
      • この場合だけは、忌避された裁判官本人も加わって却下できます。
      • 例:判決の言渡しの直前になって、理由も示さないまま、次々に忌避を申し立てる場合
  • 回避自主辞退:裁判官自身が「自分が担当するのはまずい」と気付いて、自分から申し立てて外れます(刑事訴訟規則13条)。
  • 3つとも、あらかじめ決められた要件と手続で外れます。これが「公平な裁判所」の保障を、実際に機能させています。

21条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第二章 裁判所職員の除斥及び忌避(20〜26条)1項:裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる

24条刑事訴訟法 第一編 総則 第二章 裁判所職員の除斥及び忌避(20〜26条)1項:訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避の申立は、決定でこれを却下しなければならない。この場合には、前条第三項の規定を適用しない。第二十二条の規定に違反し、又は裁判所の規則で定める手続に違反してされた忌避の申立を却下する場合も、同様である。2項:前項の場合には、忌避された受命裁判官、地方裁判所の一人の裁判官又は家庭裁判所若しくは簡易裁判所の裁判官は、忌避の申立てを却下する裁判をすることができる

(2) どこまでが「おそれ」か(判例)

  • 実務では、忌避はほとんど通りません。境界線を、2つの判例で確かめます。
場面忌避できるか理由
訴訟指揮・法廷警察権の行使が不当だと不服があるできない(遅延目的として24条で却下)訴訟指揮への不服には、異議・上訴という別の出口がすでにあるから
共犯者の事件を担当して、事件の内容を知っているできない判断の材料にできるのは法廷に出された証拠だけで、知っていることと判断の材料にすることは別だから

訴訟指揮・法廷警察権の当否と忌避最高裁判所決定訴訟手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえない。裁判長の訴訟指揮権・法廷警察権の行使の不当を理由とする忌避申立ては、訴訟遅延のみを目的とするものとして24条により却下すべきものである。

共犯者の事件を担当した裁判官の忌避最高裁判所決定共犯者の事件審理により被告人に対する事件の内容につき知識を得ているからといって、不公平な裁判をするおそれがあるものとはいえない。

  • 注意:「ほぼ通らないから制度が無意味」ではありません。
    • 除斥事由の見過ごしや、被告人との個人的な利害関係(愛人関係や私怨など)が具体的に裏づけられた場合は、忌避が通ります。
    • 外れるべき人は除斥で先に外れているので、忌避の出番が少ないのです。

管轄

3つ目の顔は、どの裁判所が事件を担当するかです。

  • 管轄は、事件ごとに裁判所を選ばせないための仕組みです。
    • 検察官が「この裁判所の方が有利そうだ」と起訴先を自由に選べたら、公平な裁判所の保障が骨抜きになります。
    • 誰が裁くかを一方の当事者が選べる時点で、構成の段階での公平さが失われるからです。
    • 検察官も被告人も、「この事件はここで裁く」と自由に選べません。
管轄何で決まるか
事物管轄事件の重さ・性質
土地管轄事件の場所
審級管轄審級ごとの流れ(控訴・上告)

事物管轄

事物管轄は、事件の軽重・性質による担当の分配です。

第一審の裁判所担当する罪条文
地方裁判所原則:重い罪裁判所法24条2号
簡易裁判所のみ例外①罰金以下の刑に当たる罪(失火、過失往来危険、単純賭博、過失傷害、過失致死など)裁判所法33条1項2号
高等裁判所のみ例外②:内乱に関する罪裁判所法16条4号
  • 罰金以下の刑に当たる罪:法定刑に拘禁刑のような自由刑が無く、罰金・拘留・科料しか選べない罪です。
  • 管轄の競合選択刑(1つの罪に拘禁刑と罰金の両方が定められ、どちらかを選ぶ形)として罰金がある罪などは、地裁と簡裁の両方が担当できます。
    • どちらに起訴するかは、検察官が裁量で決められます。
  • 簡易裁判所の科刑制限:簡裁は、原則として拘禁刑以上の刑を科せません(裁判所法33条2項)。
    • 一部の罪は例外的に3年以下の拘禁刑まで科せます。
    • それを超える刑が相当と判断したときは、決定で地裁に移送します(裁判所法33条3項・刑事訴訟法332条)。
    • だから、「簡裁を選んでおけば軽く済む」とは限りません。

24条(裁判権)(抜粋)裁判所法 第三編 下級裁判所 第二章 地方裁判所(23〜31条)地方裁判所は、次の事項について裁判権を有する。二 第十六条第四号の罪及び罰金以下の刑に当たる罪以外の罪に係る訴訟の第一審

33条(裁判権)(抜粋)裁判所法 第三編 下級裁判所 第四章 簡易裁判所(32〜38条)1項:簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。二 罰金以下の刑に当たる罪、選択刑として罰金が定められている罪又は刑法第百八十六条、第二百五十二条若しくは第二百五十六条の罪に係る訴訟2項:簡易裁判所は、拘禁刑以上の刑を科することができない。ただし、刑法第百三十条の罪若しくはその未遂罪、同法第百八十六条の罪、同法第二百三十五条の罪若しくはその未遂罪、同法第二百五十二条、第二百五十四条若しくは第二百五十六条の罪、古物営業法(昭和二十四年法律第百八号)第三十一条から第三十三条までの罪若しくは質屋営業法(昭和二十五年法律第百五十八号)第三十条から第三十二条までの罪に係る事件又はこれらの罪と他の罪とにつき刑法第五十四条第一項の規定によりこれらの罪の刑をもつて処断すべき事件においては、三年以下の拘禁刑を科することができる3項:簡易裁判所は、前項の制限を超える刑を科するのを相当と認めるときは、訴訟法の定めるところにより事件を地方裁判所に移さなければならない

16条(裁判権)(抜粋)裁判所法 第三編 下級裁判所 第一章 高等裁判所(15〜22条)高等裁判所は、左の事項について裁判権を有する。四 刑法第七十七条乃至第七十九条の罪に係る訴訟の第一審

土地管轄と関連事件

土地管轄は、事件の土地的関係による担当の分配です。

土地管轄の基準意味
犯罪地犯罪が発生した土地
被告人の住所・居所民法どおりの意味
現在地公訴提起の時に、被告人が実際にいる場所
  • どれか1つでも当てはまれば、その裁判所に起訴できます。
  • 例:名古屋市内に住むBが、静岡県内の観光地で財布を盗んで現行犯逮捕され、在宅で捜査中です。Bは、東京に懇意の弁護士がいるので東京地裁への起訴を希望しています。
基準この事例では東京にあるか
犯罪地静岡(財布を盗んだ場所)ない
住所・居所名古屋(Bの住まい)ない
現在地名古屋(在宅で捜査中)ない
結論静岡か名古屋の地方裁判所へ東京地裁には起訴できない(本人の希望では動かない)

2条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第一章 裁判所の管轄(2〜19条)1項:裁判所の土地管轄は、犯罪地又は被告人の住所、居所若しくは現在地による。

(1) 関連事件

  • 関連事件(9条1項):次の3類型です。
    • 1人が数罪を犯したとき
    • 数人が共に同一又は別個の罪を犯したとき
    • 数人が通謀して各別に罪を犯したとき
  • 関連事件の特則(6条):土地管轄を異にする数個の事件が関連するときは、1つの事件に管轄がある裁判所が、他の事件もまとめて管轄できます。
    • 定義が9条1項、まとめる効果が6条です。6条は土地管轄の特則で、事物管轄の側の特則は3条にあります。
  • 例:仙台市内に住むCが、盛岡市内に住むDをリーダーとする特殊詐欺グループの一員として詐欺を行いました。Dは同一事件で、すでに盛岡地裁に起訴されています。
    • Cだけを見れば、仙台地裁が土地管轄を持ちます。
    • しかしCは「数人が共に同一の罪を犯した」関連事件に当たるので、6条により盛岡地裁がC・Dの双方について管轄を持ち、Cを盛岡地裁に起訴できます。
  • なぜまとめるのか:同じ詐欺の証拠は共通するので、別々の裁判所で審理すると、同じ証人を二度呼ぶことになり、事実の認定も食い違いかねないからです。
  • 注意:まとめられるのは、9条1項の関連性がある場合だけです。「こちらの裁判所の方が有利そうだから」で動かすことはできません。

6条刑事訴訟法 第一編 総則 第一章 裁判所の管轄(2〜19条)土地管轄を異にする数個の事件が関連するときは、一個の事件につき管轄権を有する裁判所は、併せて他の事件を管轄することができる。但し、他の法律の規定により特定の裁判所の管轄に属する事件は、これを管轄することができない。

9条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第一章 裁判所の管轄(2〜19条)1項:数個の事件は、左の場合に関連するものとする一 一人が数罪を犯したとき。二 数人が共に同一又は別個の罪を犯したとき。三 数人が通謀して各別に罪を犯したとき。

管轄がないとき

管轄のない裁判所に起訴したときの扱いは、民事裁判と大きく違います。

民事裁判刑事裁判
管轄のない裁判所に訴えたとき管轄のある裁判所に移送する移送は認められない管轄違いの判決で手続を打ち切るのが原則(329条)
  • 刑事でも再起訴は禁じられておらず、検察官は管轄のある裁判所に公訴を提起し直せます。
  • 例外:高裁から下級の管轄裁判所への移送(330条)、簡裁から地裁への移送(332条)という、限られた例外があります。

329条刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)被告事件が裁判所の管轄に属しないときは、判決で管轄違の言渡をしなければならない。但し、第二百六十六条第二号の規定により地方裁判所の審判に付された事件については、管轄違の言渡をすることはできない。

(1) 土地管轄だけは被告人の申立てが要る

管轄管轄違いの扱い理由
事物管轄・審級管轄裁判所が自分で調べる裁判所としての資格そのものに関わるから
土地管轄被告人の申立てがなければ、管轄違いの言渡しはできない(331条1項)どの土地で裁かれるかは、出向く負担や弁護人へのアクセスといった、被告人個人の防御の便宜の問題だから
  • 被告人が「このままで構わない」と言うなら、裁判所の側から潰す必要はありません。
  • 証拠調べを開始した後は、この申立てはできなくなります(331条2項)。

331条刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判(271〜350条)1項:裁判所は、被告人の申立がなければ、土地管轄について、管轄違の言渡をすることができない。2項:管轄違の申立は、被告事件につき証拠調を開始した後は、これをすることができない。

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訴訟の主体②検察官と司法警察職員

訴える側の2つの機関

国が人を裁判にかけるとき、訴える側で動くのは2つの機関です。

機関何をするか
司法警察職員(主に警察官)事件が起きたら、最初に動いて捜査する
検察官起訴するかを決め、法廷で訴え、刑の執行まで関わる
  • この回の軸:「訴える権限を、誰に、どこまで持たせるか」です。
    • 警察の中の権限の分け方、検察官の組織、政治との距離、検察と警察の関係は、どれもこの問いへの答えです。

最初に動くのは司法警察職員

捜査の主役は検察官だと思われがちですが、条文の上で最初に動くのは司法警察職員です。

  • 第一次的な捜査機関:事件が起きたとき、現場に駆けつけ、証拠を集め、犯人を追うのは、まず警察です。検察官が出てくるのは、その後です。
  • 思料する(189条2項):「犯罪があったらしいと考える」という意味です。
司法警察活動行政警察活動
いつ犯罪があると思料したとき犯罪がまだ起きていない場面
中身犯人・証拠の捜査、被疑者の逮捕交通整理、パトロールなどの予防・警戒
  • 刑事訴訟法が扱うのは、司法警察活動の側です。

189条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

(1) 一般司法警察職員と特別司法警察職員

司法警察職員は、警察官だけではありません。

種類誰か
一般司法警察職員ふだん捜査を担当する警察官警察官
特別司法警察職員(190条)特定の分野の事件だけを担当する職員海上保安官(海の上の事件)、労働基準監督官(職場の労災隠しのような事件)
  • なぜ分けるのか:その分野で働いている人の方が、犯罪に気付く機会が多く、専門知識も活かせるからです。

司法警察員と司法巡査

同じ警察官でも、人の自由に関わる重い判断ができる人と、できない人がいます。

  • 司法警察員:逮捕状を請求したり、逮捕した人を釈放するか検察官に送るかを決めたりできる警察官です。
  • 司法巡査:現場で捜査に加わりますが、これらの判断は1人ではできません。司法警察員のもとで動きます。
判断司法警察員司法巡査
逮捕状の請求(199条2項)できる(警察官なら、公安委員会が指定した警部以上に限る)原則できない(例外:緊急逮捕の後の逮捕状請求)
捜索差押許可状の請求(218条5項)できるできない
逮捕した人の釈放・検察官への送致(203条)できる1人では決められない
  • なぜ分けるのか:身柄を取る・解くという入口の判断だからです。
    • 現場で最初に動く人と、判断に責任を持つ人を分けて、勢いだけで拘束に進まないようにしています。
  • 誰が司法警察員か:刑事訴訟法が直接に線を引くのではなく、国家公安委員会・都道府県公安委員会の定めで決まります(189条1項「定めるところにより」)。
    • 公安委員会:警察を外から管理する委員会です。重い判断を任せる人を、警察の中だけで決めさせない形です。
    • 実際の指定:公安委員会は、巡査部長以上を司法警察員巡査を司法巡査と定めています。特に必要があれば、巡査を司法警察員に指定することもできます。
    • 注意:この線引きは刑事訴訟法・警察法の本体ではなく、国家公安委員会規則(昭和29年国家公安委員会規則第5号1条1項)が定めています。条文を探すときは、法律本体ではなく規則を見てください(同条2項が、必要なときに巡査を司法警察員に指定できる例外)。
警察官の階級(上から)刑事訴訟法での立場
警視総監・警視監・警視長・警視正・警視・警部司法警察員(逮捕状を請求できるのは、この中で指定された警部以上)
警部補・巡査部長司法警察員
巡査(巡査長を含む)司法巡査
  • 警察官の階級:警察法62条が、上の9つを定めています。
    • 巡査長:よく聞く呼び名ですが、警察法62条の階級には入っていません。階級は巡査なので、司法巡査です。
  • 逮捕状はさらに絞られる:警察官である司法警察員のうち、逮捕状を請求できるのは、公安委員会が指定した警部以上だけです。
    • =「司法警察員である」と「逮捕状を請求できる」は、イコールではありません。

199条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第二百一条の二第一項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。

検察庁と検察官

ここから、訴える側のもう1つの機関、検察官です。

(1) 検察庁は裁判所とペア

  • 検察庁:検察官の仕事を統括する役所です。裁判所と同じ4段階で、それぞれペアで置かれています(検察庁法1条・2条)。
検察庁対応する裁判所
最高検察庁最高裁判所
高等検察庁高等裁判所
地方検察庁地方裁判所・家庭裁判所
区検察庁簡易裁判所
  • なぜ裁判所に合わせるのか:検察官の仕事の中心は、裁判所に起訴し、その裁判に立ち会うことだからです。
    • 訴える先が4段階に分かれている以上、訴える側も同じ形にしないと、どの検察官がどの裁判所に出るのかが決まりません。

(2) 検察官の5種類

  • 検察官は、検事総長・次長検事・検事長・検事・副検事の5種類です(検察庁法3条)。
職名何者か
検事総長最高検察庁のトップ。全国の検察庁の職員を指揮監督する
次長検事最高検察庁で検事総長を補佐する。検事総長に事故があれば、代わりに職務を行う
検事長高等検察庁のトップ
検事一般の検察官。原則として、司法修習を終えた人などから任命される
副検事主に区検察庁で、比較的軽い事件を担当する。司法試験を経なくても、一定の経験を積み、選考を経てなれる
  • 注意(名前が紛らわしい)次長検事は最高検察庁、検事長は高等検察庁です。
    • 検事正は地方検察庁のトップです。5種類とは別の役職で、一級の検事が就きます(検察庁法9条)。
  • 検察事務官:検察庁で検察官を支える職員です。検察官の指揮を受けて捜査もします(191条2項)。罰金の徴収や記録の管理も担います。
    • 逮捕状を請求することはできません(請求できるのは検察官と司法警察員だけ)。
    • 出された逮捕状で、実際に逮捕する(執行する)ことはできます。
    • =令状を頼む人と、令状で動く人は別です。

独任制と検察官同一体の原則

検察官は1人ひとりが独立して判断する一方で、上司の指揮にも従います。矛盾しないのは、2つが守っている価値が違うからです。

  • 独任制:新人の検事も含め、検察官1人ひとりが、自分の名前で国の権限を使う官庁です。
    • ふつうの役所では、大臣のような長だけが官庁で、職員はその補助にすぎません。検察官は作りが違います。
    • なぜ:起訴するかどうかは、事件を自分で調べた人が責任を負う形でなければ機能しないからです。決裁の紙が回るだけでは、誰も責任を持ちません。
    • 身分保障(検察庁法25条):意思に反して、官を失ったり、職務を止められたり、給料を減らされたりしません。
      • 注意:裁判官の身分保障は憲法に、検察官の身分保障は検察庁法(法律)にあります。検察官は「準司法官」とも呼ばれますが、行政官です。
  • 検察官同一体の原則:検察官が、上司の指揮監督に従い、組織として1つにまとまって動く原則です(検察庁法7条〜13条)。
    • なぜ:同じような事件なのに、担当した検事によって起訴されたりされなかったりしたら、不公平だからです。
    • 事務引取移転権(検察庁法12条):検事総長・検事長・検事正は、部下の事件を自分で引き取ったり、別の検察官に移したりできます。
      • 担当の検事が異動しても、手続をやり直さなくてよいのは、事件を検察庁という1つの組織が引き継いでいると考えるからです。
独任制検察官同一体の原則
守っている価値責任平等
中身1人ひとりが官庁として判断する上司の指揮に従い、上司は事件を引き取り・移せる
なかったら誰も判断の責任を負わない担当者によって結論がばらつく
  • まとめ:起訴するかの判断は1人に絞って責任を作り、判断の基準は組織で束ねて平等を作ります。

「公益の代表者」と客観義務

検察官が何のために動くのかをめぐって、考え方の対立があります。

  • 公益の代表者:検察庁法4条は、検察官を「公益の代表者」と位置づけています。
  • 客観義務:公益の代表者なのだから、有罪を立証するだけでなく、被疑者・被告人の利益のためにも動く義務がある、という考え方です。
    • 例:被告人に有利な証拠を見つけたら、隠さずに出す
客観義務を強調する立場批判
主張検察官は、被疑者・被告人の利益のためにも動く義務がある検察官の権限が、捜査の段階で強くなりすぎる
つながる話検察官が、適正手続主義の担い手になる(警察の捜査のチェック、起訴・不起訴の統制)糾問主義の色が強まる
  • 批判の中身:有利な証拠まで検察官が判断して扱うなら、裁判所より先に、検察官が「この人は有罪か」を決めていく形に近づきます。
    • 弾劾主義で分けたはずの「訴える役」と「裁く役」が、事実上また1人に寄っていく、という緊張関係です。
  • どちらが正しいかは決着していません。対立の構造を押さえます。

4条検察庁法検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

法務大臣の指揮権

検察官は行政官なので、内閣と法務大臣の下にいます。それでも、法務大臣が何でも命令できるわけではありません。

一般的な指揮監督個々の事件の取調べ・処分
法務大臣はできるかできる(4条・6条の検察官の仕事について)検事総長だけを指揮できる
対象検察官の仕事全般特定の事件
  • ゼロにしない理由:民主的な統制がまったく無いと、選挙で選ばれていない組織が、訴える権限を独り占めすることになるからです。
  • 自由にさせない理由:政治家が個々の事件を動かせたら、政治家自身が絡む事件の捜査を止めさせることもできてしまうからです。
  • 「検事総長のみ」の2つの意味
    1. 防波堤:法務大臣が、現場の検事に直接指示することはできません。
    2. 責任の可視化:必ず検事総長を通すので、指揮したことが表に出て、責任が問われます。
  • 4条・6条の限定:4条は公訴などの検察官の職務、6条はどんな犯罪でも捜査できるという検察官の権限です。この2つの仕事についての指揮に限られます。
  • 実際の発動:戦後、使われたのは1度だけとされています。大きな汚職事件の捜査中に、法務大臣が検事総長に指示を出し、大臣は直後に辞任しました。

14条検察庁法法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる

検察官と司法警察職員の関係

ドラマでは検察官が警察に指図しているように見えますが、条文の関係は違います。

(1) 上下関係ではなく協力関係

  • 協力関係(192条):検察官・都道府県公安委員会・司法警察職員の3者が、捜査について互いに協力しなければなりません。検察官が警察を部下として使う関係ではありません。
  • 捜査の順番:第一次的な捜査機関は司法警察職員です。検察官は、必要と認めるときに自分でも捜査できますが(191条1項)、それは二次的・補充的な位置づけです。
  • 検察官の関わり方:起訴した後に法廷で使える捜査になっているかに責任を持つ立場から、司法警察職員に関わります。

192条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官と都道府県公安委員会及び司法警察職員とは、捜査に関し、互に協力しなければならない

191条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる2項:検察事務官は、検察官の指揮を受け、捜査をしなければならない。

(2) 3つの指示・指揮(193条)

検察官が司法警察職員に関わる形は3つあります。強さの順ではなく、動かす対象が違います

一般的指示(1項)一般的指揮(2項)具体的指揮(3項)
動かすものルールその事件の役割分担捜査の補助
中身書類の作り方や、検察官に送らなくてよい事件の範囲など、捜査の規格を揃える決まりを、事件を離れて示すその事件について、捜査の方針や、警察と検察・警察どうしの役割分担を大まかに示す(例:複数の警察署にまたがる事件で、どの署がどこを調べるか割り振る)その事件の逮捕や捜索・差押えの実施のような個別の作業を、司法警察職員に手伝わせる(例:検察官が被疑者を取り調べているときに、足りない資料集めを頼む)
使う場面常に(一般的な決まり)個別の事件の方針を決めるとき検察官が自分で捜査するときだけ
  • 一般的指揮と具体的指揮の違い:どちらも個別の事件についての指揮です。方針や分担を大まかに示すのが一般的指揮、個々の捜査の作業まで指示するのが具体的指揮です。
    • 事件を離れて「今後この種の事件はこう扱う」と決めるのは、一般的指示の側です。
  • 従う義務(4項):どの場合も、司法警察職員は検察官の指示・指揮に従わなければなりません。
  • 注意:この「一般的指示」(検察官→司法警察職員)と、法務大臣の「一般的な指揮監督」(法務大臣→検察官)は、別の制度です。

193条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、その捜査に関し、必要な一般的指示をすることができる。この場合における指示は、捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則を定めることによつて行うものとする。2項:検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、捜査の協力を求めるため必要な一般的指揮をすることができる。3項:検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる。4項:前三項の場合において、司法警察職員は、検察官の指示又は指揮に従わなければならない

(3) 従わないとき(194条)

  • 懲戒・罷免の訴追:司法警察職員が正当な理由なく従わないとき、検事総長・検事長・検事正は、その職員を処分する権限を持つ人に「懲戒・罷免してください」と求められます。
    • 警察官なら、求める先は国家公安委員会・都道府県公安委員会です。
    • 求めに理由があれば、処分する側は懲戒・罷免しなければなりません。
  • 注意:ここでの「訴追」は、起訴という意味ではありません。検察官が自分で直接クビにできるわけでもなく、間接的な担保です。
  • 協力関係なのに、なぜ従わせられるのか:起訴した後に法廷で維持できる捜査でなければ、事件そのものが無駄になるからです。
    • 身分の上下ではなく、公訴という目的から来る従属です。

検察官の権限は4段階に伸びている

検察官は、捜査から刑の執行まで、刑事手続のすべての段階に関わります。

段階検察官がすること条文
捜査自分で捜査できる191条1項
公訴の提起起訴するかを決める。起訴できるのは検察官だけ(公訴権の独占)。嫌疑が十分でも、情状によって起訴しないこと(起訴猶予)もできる。何の罪で裁くか(訴因)を決め、変更する247条・248条・256条3項・312条1項
公判維持訴える側の当事者(原告官)として証拠を出し、最後に事実・法律の適用や刑について意見を述べる(論告・求刑
裁判の執行判決が確定した後、刑の執行を指揮する472条
  • 検察官だけが全段階に関わる:裁判所は起訴されるまで出てきません。警察は起訴されると事件から退きます。最初から最後まで関わり続けるのは、検察官だけです。

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訴訟の主体③被疑者・被告人と弁護人

守る側を見る2つの問い

国に訴えられる側の人が、どこまで自分を守れるかを、2段に分けて整理します。

  • 被疑者:罪を犯した疑いで捜査されているが、まだ起訴されていない人です。
  • 被告人:起訴された人です。起訴された瞬間に、呼び名が被疑者から被告人に変わります。
  • この回の軸:「防御する力を、どこまで持ち上げるか」です。
問い出てくる制度
第一段そもそも裁判を受けられる状態か当事者能力訴訟能力
第二段対等に戦える状態をどう作るか弁護人(なぜ必要か・地位・根拠・資格・選び方・効力)、補佐人
  • この回で答える問いは「そもそも弁護人は、なぜ必要とされるのか」です(第5節)。

当事者能力

第一段の入口は、その人が訴訟の当事者になれるかです。

  • 当事者能力:訴訟において、当事者になれる資格です。
  • 誰が持つか:自然人はもちろん、法人や、法人になっていない団体も持ちます。
    • 例:会社そのものが、被告人になることがあります。
  • 欠けたとき:被告人が死亡したとき、被告人である法人が無くなったときは、裁判所が決定で公訴を棄却します(339条1項4号)。
    • 理由:被告人という相手がいなくなれば、有罪か無罪かを決める手続そのものが成り立たないからです。
    • 決定:口頭弁論を経なくてよい、軽い形式の裁判です(43条2項)。
  • 注意:訴訟能力が回復しないときの公訴棄却は、判決です(第4節)。同じ「公訴棄却」でも形式が違います。

339条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)1項:左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき

訴訟能力

当事者になれる人でも、いま法廷で自分を守れる状態でなければ、裁判を進められません。

(1) 訴訟能力の意味

  • 訴訟能力:被告人として、自分にとって何が重要な利害かを弁別し、それに従って相当な防御ができる能力です。
    • 弁別:見分けて、区別することです。
    • 例:著しい精神障害の状態にある場合、手話を習得しておらず法廷でのやり取りが伝わらない場合は、訴訟能力を欠くことがあります。
  • 314条1項との関係:314条1項の「心神喪失の状態」とは、訴訟能力を欠く状態を指す、と最高裁は示しています。

訴訟能力の意味最高裁判所決定被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く場合には、訴訟能力を欠くものというべきである。

(2) 責任能力との違い

刑法の責任能力と名前が似ていますが、見る時点も、欠けたときの効果も違います。

責任能力訴訟能力
いつを見るか犯行時公判の今
中身善悪を弁別し、行動を抑えられたか(刑法39条)被告人としての重要な利害を弁別し、相当な防御ができるか
欠けた場合罪が成立せず無罪(実体の判断)手続を停止(314条1項・手続の判断)
  • なぜ「無罪」ではなく「停止」なのか:対等な当事者として戦うという前提が崩れるからです。
    • 訴訟能力が無いまま進めると、本人は法廷で何が起きているか、自分にどんな権利があるかを分からないまま、判決だけを受け取ります。
    • 当事者主義は、主張と立証の中心を、検察官と被告人自身が担う形です。片方が状況を理解できなければ、この形が成り立ちません。
    • だから、罪があるかを決める前に、まず手続を止めます

(3) 判断は「本人だけ」を見ない

訴訟能力があるかは、本人の状態だけでなく、周りの支えも含めて判断できます。

誤解正しい理解
結論弁護人がいれば訴訟能力がある弁護人の援助は、考慮に入れてよい材料の一つ
見るもの弁護人の有無だけ本人の状態補える範囲
補える例弁護人が難しい言い回しをその場でかみ砕く/裁判所が質問を短く区切る/休憩をこまめに挟む
  • 判断のしかた:弁護人の適切な援助や、裁判所の後見的な役割で、訴訟能力の低下を補えるなら、それも考慮に入れて判断できます。
    • 判例は、能力が著しく制限されていても訴訟能力は欠けていない、とした事案でこう述べました。
    • 後見的な役割:裁判所が、被告人が手続についていけるよう配慮することです。
  • なぜ支えまで見てよいのか:問われているのは「相当な防御ができる状態か」で、本人が1人で全部こなせるかではないからです。
    • 支えを込みでその状態に届くなら、手続を止める理由はありません。
  • 注意:弁護人がついていれば自動的に訴訟能力あり、とはなりません。まず本人の状態を見て、補える部分を考慮に入れるだけです。
    • 裏を返すと、弁護人は、被告人が当事者として立てるかを左右する存在です。

訴訟能力の判断と弁護人の援助最高裁判所判決弁護人等の適切な援助や、裁判所の後見的な役割によって訴訟能力の低下を補うことができる場合には、これを考慮に入れた上で、訴訟能力の有無を判断することができる。

訴訟能力が回復しないとき

訴訟能力を欠くと手続は止まります。問題は、その状態がずっと続く場合です。

(1) まず公判手続を停止する(314条1項)

  • どんなときに:被告人が心神喪失の状態、つまり訴訟能力を欠く状態にあるときです。
  • 誰が・何を:裁判所が、検察官と弁護人の意見を聴いたうえで、決定で公判手続を停止します。
    • 停止は、その状態が続いている間ずっと続きます。
    • 例外:無罪・免訴・刑の免除・公訴棄却にすべきことが明らかなら、被告人の出頭を待たずに、すぐその裁判ができます(1項ただし書)。
  • 条文の穴:314条1項には「停止」しか書かれていません。訴訟能力が二度と回復しないときの出口がありません。
    • そのままだと、被告人は有罪とも無罪とも決まらず、手続も終わらないまま、宙に浮いた状態に置かれ続けます。
  • 実際の事案:ある事件では、起訴の1年半ほどあとに心神喪失と認定され、公判手続が停止されました。
    • 停止は、およそ17年続きました。
    • 17年たって、第一審が「訴訟能力の回復の見込みがない」として、公訴棄却の判決を言い渡しました。最高裁も、この出口を認めました。

314条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第一節 公判準備及び公判手続(271〜316条)1項:被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。

(2) 338条4号に「準じて」判決で公訴棄却

  • 判例の出口:訴訟能力の回復の見込みがなく、公判手続を再開できる可能性がないとき、裁判所は、338条4号に準じて判決で公訴を棄却できます。
  • なぜ打ち切れるのか:形だけ係属したまま停止を続けるのは、刑訴法の目的(1条)からみて法の予定外だからです。
    • 裁判所は、検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく、手続を打ち切れます。
  • 338条4号の本来の場面:起訴の手続そのものに違反があって無効なときに、判決で公訴を棄却する条文です。
    • 訴訟能力の回復見込みがない場面とは、中身が違います。
  • 「準じて」の意味:338条4号そのものに当たる(直接適用する)わけではありません。
    • 手続を打ち切る出口の形だけを借りる、という意味です。
    • 条文に出口は無いが、永久に宙に浮かせることはできないので、似た性質の出口を判例が用意しました。
  • なぜ決定ではなく判決なのか:判決は、原則として口頭弁論を経て出す、重い形式だからです(43条1項)。
    • 検察官にも弁護人にも、意見を述べる機会が保障されます。
    • 「もう回復しない」と言い切ってよいかは慎重に判断すべきなので、あえて重い形式を選んでいます。

訴訟能力の回復見込みがない場合の公訴棄却最高裁判所判決被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断される場合、裁判所は、刑訴法338条4号に準じて、判決で公訴を棄却することができると解するのが相当である。

338条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき

(3) 決定と判決の比較

同じ「公訴棄却」でも、場面によって条文と形式が違います。

339条1項4号314条1項338条4号に準じて
テーマ当事者能力訴訟能力(停止)訴訟能力(回復見込みなし)
場面被告人の死亡・法人の消滅心神喪失などで訴訟能力を欠く訴訟能力の回復見込みがない
効果公訴棄却公判手続の停止公訴棄却
形式決定決定判決(口頭弁論を経る重い出口)
  • 注意:訴訟能力は、訴訟条件(そもそも裁判を進めてよいかという入口の条件)とは別の話です。

弁護人はなぜ必要か

当事者として立てても、実際に対等に戦えるとは限りません。

  • 武器対等:検察官と被告人が、同じだけの武器を持って戦える状態です。
  • 当事者主義のもとでは、主張も立証も、検察官と被告人自身が担います。
    • ただ、建前として対等であることと、実際に対等に戦えることは別問題です。
  • 結論:武器対等は、初めから成り立っていません。理由は3つで、どれも構造的なものです。
理由中身被疑者・被告人にとって
相手は国家権力検察官は、捜査から刑の執行まで関わる組織です情報も人手も持つ唯一のプレイヤーを相手にする
身体拘束逮捕・勾留で、自由に動けないことが多い自分で証拠を集めに行くことすらできない
知識と証拠収集力の格差捜査機関は法律の専門家で、証拠を集める権限もある多くは法律の素人
  • だから弁護人が要る:3つが重なると、実質的な対等は、ほうっておいては生まれません。
    • 専門知識を持つ法律家の補助が不可欠です。それが弁護人です。
  • 弁護人選任権:被疑者・被告人が弁護人を頼み、その弁護人から有効な弁護を受けられる権利です。
    • 形の上で弁護人が付いているだけでは足りません。

弁護人は「保護者たる地位」を持つ

刑事の弁護人は、民事の弁護士と同じ「本人の代理人」では終わりません。

民事の弁護士刑事の弁護人
立場訴訟代理人(本人の代わりに手続を進める)訴訟代理人+保護者たる地位
本人の意思との関係本人の指示どおりに動く本人の意思に縛られない、独自の権限まで及ぶ
具体例被告人が「もう争わなくていい」と言っても、証拠の弱いところを法廷で指摘できる
  • なぜ代理人では足りないのか:第5節の3つの理由があるからです。
    • 相手は国家権力、身体は拘束され、知識も証拠収集力も劣る状態で、本人の指示をそのまま実行するだけでは守りきれません。
  • 独自の権限の根拠:弁護人は、法律に特別の定めがある場合に限り、独立して訴訟行為ができます(41条)。
    • 注意:忌避の申立て(21条2項)や上訴(356条)は、被告人の明示した意思に反してすることはできません。何でも本人の意思に反してできるわけではありません。
  • 「補佐役」との関係:訴訟の主体を数えるとき、弁護人は被告人の補佐役とされます。
    • これは、条文が手続の担い手として誰の名前を挙げるかという数え方の話です。
    • 弁護人が実際にどこまで力を持つかというの話では、保護者です。どちらも正しい言い方です。
  • 公平の作り方:裁判所は、中立を作ることで公平を作ります。弁護人は、傾いた天秤の軽い側に重りを載せることで公平を作ります。

弁護人依頼権の憲法上の根拠

弁護人に頼る権利は、憲法の2つの条文が、場面を分けて支えています。

憲法34条憲法37条3項
対象抑留・拘禁される人刑事被告人
効く場面身体を拘束された瞬間から(被疑者の段階)起訴された後
定める権利直ちに弁護人に依頼する権利資格を有する弁護人を依頼する権利。自分で依頼できないときは国が付ける(国選弁護の根拠)
実施する法律刑訴法36条(「貧困その他の事由」という具体的な要件)
  • なぜ2か条要るのか:守る場面の時期が違うからです。
    • 34条だけだと、起訴後の公判で、国選弁護人を付ける根拠が抜け落ちます。
    • 37条3項だけだと、起訴される前の、被疑者段階の弁護人が抜け落ちます。
    • 拘束されていない被疑者が弁護人を選ぶ権利は、憲法の明文ではなく刑訴法30条が定めます。
  • 2階建ての構造:憲法が「自ら依頼できないとき」という大枠を決め(1階)、刑訴法36条が中身を決めます(2階)。
    • 被告人国選(36条):被告人が、貧困などの事情で弁護人を選べないとき、被告人が請求すれば、裁判所が弁護人を付けます。
    • 被告人以外の人が選んだ弁護人がいるときは、付けません(36条ただし書)。

34条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

37条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する

36条刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない。但し、被告人以外の者が選任した弁護人がある場合は、この限りでない。

弁護人の資格

憲法37条3項の「資格を有する弁護人」の中身を、刑訴法31条が決めています。

  • 弁護士と弁護人は別の言葉
    • 弁護士:資格の名前です。
    • 弁護人:その事件で防御に立つ、立場の名前です。
  • 原則(31条1項):弁護人は、資格を持つ弁護士の中から選びます。
    • 例外:特別弁護人(31条2項)=裁判所の許可を得て、弁護士でない人を弁護人にする制度です。
裁判所特別弁護人を選べる条件
簡易裁判所裁判所の許可があればよい
地方裁判所許可に加えて、他に弁護士の弁護人がいる場合に限る
  • なぜ地裁は一段厳しいのか:事件が重くなる分、専門家である弁護士の目が、必ずどこかに残るようにしているからです。
  • 例:特許に詳しい弁理士のような、専門知識を持つ人が選ばれることがあります。

31条刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:弁護人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない。2項:簡易裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは、弁護士でない者を弁護人に選任することができる。ただし、地方裁判所においては、他に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限る

私選と国選

弁護人の選ばれ方には、2つの入口があります。

私選国選
選ぶ人本人(被疑者・被告人)。ほかに、法定代理人・民法上の保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹裁判所または裁判長(被疑者国選は裁判官)
権限の違い私選と国選で差はない私選と国選で差はない
種類被告人国選被疑者国選
根拠被告人国選:憲法37条3項後段(実施は刑訴法36条)/被疑者国選:刑訴法37条の2のみ
  • 私選の選任権者(30条):本人は、いつでも弁護人を選べます。家族などは、本人とは独立して選べます(30条2項)。
    • 民法上の保佐人:判断能力が十分でない人を支えるために、民法が置いている保護者です(第11節の「補佐人」とは別の概念)。
  • 被告人国選:起訴された後の被告人に付く国選です。
  • 被疑者国選:起訴される前の被疑者に付く国選です。
    • 勾留状が出ている被疑者が、貧困などの事情で弁護人を選べないとき、請求により裁判官が付けます(37条の2)。

(1) 被疑者国選には憲法の「国選」条項が無い

  • 理由:憲法で「国が付ける」と書いてあるのは、37条3項後段だけです。
    • 37条3項が名指しているのは「刑事被告人」、つまり起訴された後の人です。
    • 34条は「弁護人に依頼する権利」までで、国が付けるとは書いていません。
  • 位置づけ:被疑者国選は、憲法が直接保障するものではなく、法律が独自に広げた制度です。
    • 被告人国選=憲法(1階)+刑訴法36条(2階)の2階建てです。
    • 被疑者国選=憲法の国選条項という1階が無く、法律だけで建っています
  • 注意:被疑者の弁護人依頼権そのものは、憲法34条が保障しています。無いのは「国が付ける」という部分の憲法の明文です。

審級代理の原則(32条)

一度選ばれた弁護人が、いつまで弁護人でいられるかは、起訴の前か後かで違います。

選任の時期効力条文
起訴前の選任そのまま第一審でも弁護人でいられる32条1項
起訴後の選任審級ごとに選び直す(控訴審に進んだら、もう一度選ぶ)32条2項
  • 審級:第一審・控訴審・上告審という、裁判の段階です。
  • 起訴前の選任が第一審まで続く理由:被疑者段階の捜査と第一審は、同じ事実をめぐる一続きの防御だからです。
    • ここで選任が切れると、被告人は丸腰になります。
  • 起訴後は審級ごとに選び直す理由:審級が変わると、争う中身が変わるからです。
    • 争点も主張の組み立て方も変わるので、その審級での弁護を頼み直す形にしています。
  • 目印:駅伝のタスキ。起訴前から第一審までは同じコース、控訴審からは新しいコースです。

32条刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する2項:公訴の提起後における弁護人の選任は、審級ごとにこれをしなければならない

補佐人

弁護人ではないが、法廷で被告人を支えるもう1人の役が、補佐人です。

  • 補佐人:被告人の家族などが、届け出て、法廷で被告人に代わって訴訟行為をする立場です(42条)。
    • なれる人:法定代理人・民法上の保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹は、いつでもなれます(1項)。
    • 届出:審級ごとに届け出が必要です(2項)。
    • できること:被告人の明示した意思に反しない限り、被告人自身ができる訴訟行為をできます(3項)。
      • 例:証拠の取調べを請求する、証人に質問する、書面を出す
民法上の保佐人刑訴法42条の補佐人
根拠民法刑訴法42条1項〜3項
何者か判断能力が十分でない人を支える、制度上の保護者法廷で被告人を支え、被告人ができる訴訟行為をする人
関係刑訴法42条の補佐人になれる人の1人民法上の保佐人などが、届け出てなる立場
  • 注意:「保佐人」と「補佐人」は読みが同じで、別の概念です。「民法上の」「刑訴法42条の」を付けて区別します。
  • 弁護人との違い:出発点が違います。
弁護人補佐人
出発点法律の専門家として選ばれる家族などの立場から支える
本人の意思との関係特別の定めがあれば、独立して訴訟行為ができる(41条)被告人の明示した意思に反しない限りでできる(42条3項)
手続起訴後の選任は審級ごと(32条2項)審級ごとに届出(42条2項)

42条刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:被告人の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、何時でも補佐人となることができる2項:補佐人となるには、審級ごとにその旨を届け出なければならない3項:補佐人は、被告人の明示した意思に反しない限り被告人がすることのできる訴訟行為をすることができる。但し、この法律に特別の定のある場合は、この限りでない。

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第2章捜査

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捜査とは何か

捜査とは何か

捜査がどんな活動かを、3つの要素に分けて整理します。

  • 捜査:起訴するかを正しく決め、公判をやり抜く準備として、捜査機関が証拠と犯人を見つけて確保する活動です。
要素中身
① 目的起訴するかしないかを、正しく判断すること。公判を最後までやり抜けるように、準備すること
② 証拠の発見・収集目的のための道具。証拠を見つけて集める
③ 犯人の発見・確保目的のための道具。犯人を見つけて確保する
  • 注意:捜査は、犯人を懲らしめるための活動ではありません。
    • 公判で、有罪か無罪かをきちんと決められるようにするための準備活動です。
  • なぜ目的から押さえるのか:この先に出てくる手段は、全部この目的から逆算されているからです。
    • 目的を知らずに手段だけ覚えると、令状主義も任意捜査の限界も、バラバラの丸暗記になります。
  • この回の軸集める対象の性質が、使える手段を決めます
  • この回の事例:深夜、コンビニに覆面の人物が押し入り、レジのお金を奪って逃げた強盗事件です。

捜査はいつ始まるか(189条2項)

捜査の開始を定める189条2項を、2つの点から読みます。

  • 始まるとき:司法警察職員が「犯罪があると思料する」とき、つまり犯罪があったらしいと考えたときです。
    • 捜査を始めるには、犯罪の嫌疑があることが必要です。
    • 端緒:110番通報のように、捜査機関が事件を知るきっかけです。
  • 1点目「犯人及び証拠」:捜査の目的の2本柱(犯人の確保・証拠の収集)が、そのまま条文に出ています。
    • 犯人だけ捕まえても、証拠が無ければ有罪にできません。
    • 証拠だけそろっても、犯人が分からなければ起訴できません。
    • だから「及び」でつなぎ、両方を捜査します。
  • 2点目「するものとする」:「してもよい」ではなく、義務を表します。
    • 犯罪があると思料したら、司法警察職員は捜査しなければなりません。動くかどうかを自由に選べません。
    • 例:コンビニ強盗の通報を受けたら、警察は必ず動きます。

189条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする

在宅事件と身柄事件

捜査の対象になった人(被疑者)の置かれ方は、2通りあります。

  • 被疑者:捜査の対象になった人の、起訴される前の呼び名です。まだ「犯人」と決まった人ではありません。
在宅事件身柄事件
身体の拘束しない。住所を把握し、日常生活を続けさせながら捜査するする。逮捕・勾留で、身体を拘束したまま捜査する
どんなとき逃亡・証拠隠滅のおそれが小さい逃亡・証拠隠滅のおそれが大きい
  • なぜ2通りに分かれるのか:捜査の目的が、公判の準備だからです。
    • 逃げられると、公判そのものを開くことができません。
    • 証拠を消されると、公判で立証できません。
    • そのおそれが大きいときだけ、身柄を取ります。身体の拘束は、それだけ強い処分です。
  • 逮捕は例外:被疑者のうち、逮捕にまで進むのは、おおむね10人に3人くらいです。
    • 大半の事件は、身柄を取らずに在宅のまま進みます。「捜査=逮捕」ではありません。
  • 例:凶器を使った強盗は、逃亡・証拠隠滅のおそれが大きく、身柄事件になりやすい類型です(あくまで傾向です)。

誰が捜査するか

捜査をする機関は、3つの立場に分かれます。

捜査機関立場根拠
司法警察職員第一次的に捜査する。多くは警察官だが、海上保安官のように特定の分野だけを担当する人もいる189条2項
検察官二次的・補充的。必要と認めるときに、自ら捜査できる191条1項
検察事務官検察官の指揮を受けて捜査する191条2項
  • 「第一次的」「補充的」:条文にある言葉ではありません。189条2項と191条1項の書き方から、こう整理されています。
  • なぜ警察が第一次的なのか:現場に最初に駆けつけられる人数と配置が、警察にあるからです。
    • 検察官が、全国すべての事件に自分で乗り出す体制にはなっていません。
  • 例:コンビニ強盗の通報で最初に駆けつけるのは、警察官です。
    • 事件が複雑・重大なら、検察官も自ら捜査に加わることがあります。

191条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる2項:検察事務官は、検察官の指揮を受け、捜査をしなければならない。

刑事手続は証拠でつながっている

捜査から判決まで、刑事手続の全体は証拠を中心に組み立てられています。

段階誰が・何をするか
捜査捜査機関が、証拠を集める
起訴の判断検察官が、集めた証拠をもとに、起訴するかを判断する
公判の維持集めた証拠で立証し、公判を維持できるかが問われる
有罪・無罪の判断裁判所は、証拠に基づいてしか判断できない(317条
  • 証拠が無ければ:防犯カメラの映像も、指紋も、目撃者の話も無ければ、「あの人が犯人らしい」だけでは有罪にできません。
    • 裁判所の判断の材料は、集めた証拠の分しかありません。
  • だから:捜査は、証拠を集める手段を、対象ごとに細かく作り込んでいます(第6節)。

317条刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第四節 証拠(317〜328条)事実の認定は、証拠による

証拠の集め方(対象ごとのカタログ)

証拠を集める手段は、集める対象の性質ごとに用意されています。

集める対象手段
押収(領置・差押え)、捜索、電磁的記録提供命令
現場の状態検証、実況見分
専門知識鑑定嘱託、鑑定留置、鑑定処分
団体が持っている情報公務所等への照会
言葉(供述)取調べ、第1回公判期日前の証人尋問

(1) 物:押収・捜索・電磁的記録提供命令

証拠が「物」のときは、占有を取得できるかどうかで手段が分かれます。

  • 押収:捜査機関が、物の占有を取得する処分です。2種類あります。
    • 領置:取得するときに強制力を使わない押収です。遺留物や、持ち主などが任意に提出した物を取得します(221条)。
      • 例:犯人が逃げるときに、現場に落としていったカッターナイフ
    • 差押え:本人が渡したくないと思っていても、強制的に取得します(令状は218条1項)。
      • 例:後日、犯人の自宅を調べて見つけた、隠してあった別の凶器
    • 取得に強制力を使うかどうかで、2つに分かれます。この発想が、強制捜査と任意捜査の区別(第8節)の原型です。
  • 捜索:どこにあるか分からない物を、見つけるための処分です。
    • 捜索そのものは、物を取得する処分ではありません。差押えの前に、たいてい捜索がセットで行われます。
    • 覚え方:見つけるのが捜索、持っていくのが押収です。
  • 電磁的記録提供命令:データのような電磁的記録について、必要な範囲のデータを提供させる処分です。
    • 例:コンビニの本部に残る来店客のデータを、サーバーごと押収せずに、必要な分だけ提供させる
    • 改正前の名前は記録命令付差押えです。教科書にこの名前があれば、改正前の記述です。
    • 名前が変わっただけではありません。旧制度は、データを持つ者に必要なデータを別の記録媒体へ記録・印刷させ、その媒体を差し押さえる形でした。
    • 改正後は、差押えの形をとらずにデータを提供させる命令になり、オンラインでの提供もできるようになりました。

(2) 現場の状態:検証と実況見分

防犯カメラの位置や店内の破損の様子のような、現場の「状態」も証拠になります。

  • 押収できない理由:状態は、占有を移せる「物」ではないからです。
    • そこで、その場の状態を五官の作用で認識し、記録する処分が別に用意されています。
    • 五官:目・耳・舌・鼻・皮膚の5つの感覚です。
検証実況見分
性質強制処分(令状が要る=218条1項)任意処分(令状は要らない)
行われる場面店側の協力が得られず、令状で強制的に確認する店側の立会いのもとで、任意に確認させてもらう
行為の中身五官の作用で、場所・物・人の状態を認識し、記録する同じ
  • 注意:中身はまったく同じ行為です。相手の同意があるかどうかだけで、呼び名が変わります。
    • 押収は取得できる物が前提なので、状態には使えません。だから別の処分として、強制か任意かで呼び分けています。
  • 実況見分の根拠:実務では、犯罪捜査規範104条が挙げられます。
    • 犯罪捜査規範は、警察官が捜査で守るべきことを定めた国家公安委員会の規則です。法律ではありません。
  • 例:空き巣事件で、窓ガラスに残った靴跡を写真に撮って残すのは、押収ではなく検証か実況見分です。
    • 靴跡という「物」を取得するのではなく、その場の状態を記録しているからです。

(3) 専門知識:鑑定嘱託・鑑定留置・鑑定処分

専門的な分析は、捜査機関が自分でせず、専門家の力を借ります。

鑑定嘱託鑑定留置鑑定処分
中身専門家に分析を依頼する(例:カッターナイフの指紋の鑑定を、科学捜査研究所に頼む)長期間の観察のため、被疑者の身体を拘束しておく(例:精神状態に疑いがある被疑者)鑑定に必要な、身体検査・死体の解剖など
性質任意(令状は要らない)強制(身体を拘束する)強制裁判官の許可が要る)
根拠223条1項224条225条
応じない・許可がないとき別の専門家に頼めばよい許可がなければ行えない
  • 鑑定嘱託が任意なのは:相手の専門家が、任意に応じるものだからです。断られても、別の専門家に頼めば足ります。
  • 鑑定留置:身体を拘束する点で重みが違い、逮捕・勾留とは別枠の強制処分です。
    • 検察官などが裁判官に請求し、裁判官が鑑定留置状で処分します(224条)。
  • 鑑定処分が強制なのは:相手の同意がないまま、体を調べたり解剖したりするからです。
    • 行うのは、鑑定を頼まれた専門家です。検察官などが許可を請求し、裁判官の許可(許可状)を受けて行います(225条)。

225条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:第二百二十三条第一項の規定による鑑定の嘱託を受けた者は、裁判官の許可を受けて、第百六十八条第一項に規定する処分をすることができる。3項:裁判官は、前項の請求を相当と認めるときは、許可状を発しなければならない。

(4) 団体の情報と言葉:照会・取調べ・証人尋問

物でも現場でもない、団体が持っている情報と、人の言葉を集める手段です。

公務所等への照会取調べ第1回公判期日前の証人尋問
何を集めるか団体が持っている情報被疑者・被疑者以外の人の話取調べで話すのを拒んだ人の証言
性質任意。応じてもらえなければそれまで任意。出頭を拒める・途中で退去できる(逮捕・勾留中の被疑者を除く)強制。拒めない
根拠197条2項198条1項・223条1項226条
  • 公務所等への照会:役所や会社などの団体に、必要な情報を問い合わせます。実務では「捜査関係事項照会」と呼ばれます。
    • 例:コンビニの本社に、来店者のデータを問い合わせる
  • 取調べ:店員や目撃者、被疑者から話を聞いて、供述という証拠を集めます。
    • 被疑者は、逮捕・勾留されていなければ、出頭を拒んだり、いつでも退去したりできます(198条1項ただし書)。
    • 逮捕・勾留中の被疑者は、このただし書の対象から外れています。ただ、どの被疑者にも、話したくないことを話さなくてよいと告げてから取り調べます(198条2項)。
  • 第1回公判期日前の証人尋問:捜査に欠かせない知識を持つ人が、取調べで出頭や供述を拒んだとき、検察官が裁判官に請求し、証人として尋問してもらう手続です(226条)。
    • 請求できるのは検察官だけです。司法警察職員は請求できません。
    • なぜ用意されているのか:供述は、相手の協力がなければ直接取得できないからです。応じてもらえないときの迂回路です。
    • 強制である理由:証人は、正当な理由なく拒むと、勾引(強制的に連れてこられる)されたり、過料(お金の支払い)を命じられたりします(152条・150条)。応じるかを、本人が選べません。
      • 請求を受けた裁判官は、証人の尋問について、裁判所と同じ権限を持ちます(228条1項)。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる

226条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる

(5) 客観的証拠と供述証拠

集めた証拠は、時間が経って変わるかどうかでも、2つに分けられます。

客観的証拠(動かない証拠)供述証拠(ズレうる証拠)
中身防犯カメラの映像など。時間が経っても変わらない人の記憶や発言にもとづく証拠
弱点そもそも存在しないことがある見間違い・記憶違い・忘却・虚偽が混じりうる
それでも必要な理由「なぜこの店を狙ったのか」「共犯者と何を話し合ったのか」は、本人に聞くしかない
  • 注意:客観的証拠だけ集めればよい、とはなりません。
    • 物だけでは、事件の全部は見えません。供述証拠に頼らざるを得ない場面が、必ず出てきます。

身体の拘束:逮捕と勾留

189条2項の「犯人及び証拠」のうち、「犯人」を確保するのが身体の拘束です。証拠収集と並ぶ、もう1本の柱です。

  • 逮捕:犯人を確保する処分です。3つの類型があります。
類型どんなとき
通常逮捕裁判官があらかじめ出した令状(逮捕状)によって逮捕する
現行犯逮捕現行犯人準現行犯人を、令状なしで逮捕する(212条・213条)
緊急逮捕重大な事件で急を要し、令状を先に取れないとき、理由を告げてまず逮捕する(210条)
  • 現行犯人:いま罪を行っている人と、罪を行い終わったばかりの人です(212条1項)。
  • 準現行犯人:犯人として追いかけられている、凶器などを持っている等の事情があり、罪を行い終わってから間がないと明らかな人です(212条2項)。
  • 緊急逮捕の後始末:逮捕したら、直ちに裁判官の逮捕状を求めます。出なければ、直ちに釈放します(210条1項)。
  • 例:コンビニ強盗の犯人を、その場で取り押さえれば現行犯逮捕です。
    • 逃げきった後、防犯カメラから犯人が特定されれば、令状を取って通常逮捕です。
  • 勾留:逮捕に続いて行われる、より長期の身体拘束です。

強制捜査と任意捜査

ここまで見た手段は、すべて強制捜査か任意捜査のどちらかに分けられます。

任意捜査強制捜査
意味対象者の同意や承諾を得て行う同意や承諾がなくても行える
手段領置、実況見分、鑑定嘱託、公務所等への照会、取調べ差押え、捜索、電磁的記録提供命令、検証、鑑定留置、鑑定処分、証人尋問、逮捕、勾留
  • 注意:同意・承諾の有無で分けるのは、入口でのひとまずの整理です。どこからが強制処分かの基準は、別の論点として詰めます。
  • 分かれ目は、断れるかどうか:同じ「話を聞く」でも、取調べは話すかどうかを選べるので任意、証人尋問は拒めないので強制です。
    • 逮捕・勾留も、相手の意思にかかわらず身体を拘束するので、強制です。
  • 見取り図:対象の性質ごとに、任意の手段と強制の手段が、両方用意されています。
    • 例:物=領置/差押え、現場の状態=実況見分/検証、言葉=取調べ/証人尋問
  • 強制捜査にだけ縛りがある理由:重要な権利や利益を、相手の意思に反して侵害・制約できてしまうからです。
    • 法律の根拠が要ります(197条1項ただし書)。
    • 原則として令状が要ります(例:差押え・捜索・電磁的記録提供命令・検証は、裁判官の令状で行う=218条1項)。

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない

218条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

将来の犯罪への捜査は許されるか

まだ起きていない犯罪に向けて捜査ができるか、という問題です。

  • 条文の書き方:189条2項は「犯罪があったとき」ではなく、「犯罪があると思料するとき」です。

    • 過去に起きた犯罪だけに限った書き方ではありません。
  • 肯定する考え方

    • 漠然と「いつか誰かが何かするだろう」という段階では、捜査できません。
    • 発生が高い確率で見込まれ、被疑事実がある程度特定できるなら、捜査の必要性は、すでに起きた犯罪と変わらないとします。
    • 特に任意捜査なら、否定する理由は乏しいという整理です。
  • 否定する方向:捜査は過去の犯罪を対象にする、という立場を徹底すると、否定されることもありえます。

  • 判例:正面から答えた判例はありません。ヒントになるのが、おとり捜査を任意捜査として認めた最高裁の決定です。

    • おとり捜査:捜査機関やその協力者が、身分や意図を隠して相手に犯罪をするよう働きかけ、相手が実行に出たところで現行犯逮捕などをする手法です。決定もこう説明しています。
      • 働きかけの時点では、犯罪はまだ起きていません。
    • 決定が挙げた3つの事情(3条件)
      1. 直接の被害者がいない薬物犯罪などであること
      2. 通常の捜査方法だけでは摘発が難しいこと
      3. 機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる人が相手であること
    • 決定は「少なくとも」と前置きしています。3つがそろう場面なら任意捜査として許される、と示したものです。
      • どれか1つを欠けば直ちに違法、とまでは言っていません。
    • 誰にでも仕掛けてよいわけではありません。何もするつもりのなかった人に犯意を植えつける形は、ここに入っていません。
  • 注意(決定が言っていることと、読み取れること)

    • 3つの事情は「おとり捜査が許されるか」についてのものです。「将来の犯罪を捜査できるか」の条件ではありません。
    • 決定は、「将来の犯罪も捜査できる」とは一言も言っていません。
    • ただ、まだ起きていない犯罪に向けた活動を任意捜査と認めた以上、捜査の対象を過去の犯罪に限るとは考えていない、とは読み取れます。
    • 答案で「判例は〜と述べている」と書くときは、この2つを混ぜないようにします。

おとり捜査は、任意捜査として許されるか最高裁判所決定少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

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捜査法の見取り図

第2章で問われる3つの型

捜査の章で問われることは、突き詰めると3つの型に分かれます。

  • 共通の問い:どれも「この処分は、適法か、違法か」を問います。違うのは問い方です。
判断の中身
① 強制処分か任意処分か形式的判断。法律に書かれているか、令状はあるか
② 限度を超えていないか任意処分だと判断された場合の話。比例原則による実質的判断(衡量)
③ 違法だとして、どうなるか違法な捜査への対処。第2節〜第7節で整理する
  • なぜ①から問うのか:①の判定で、その先の判断の道筋が枝分かれするからです。
    • 強制処分と判断されれば、まず「法律に書かれているか」「令状はあるか」という形式的な基準で判断します。
    • 任意処分と判断されれば、②の比例原則という、実質的な衡量に移ります。

違法な捜査に効果を結びつける条文は無い

違法な捜査の効果が、どこで決まるのかを整理します。

  • この回の背骨:違法な捜査それ自体に効果を結びつけた一般的な条文は、刑事訴訟法にありません。
    • 「違法な捜査をしたときは、こうする」という条文は、刑訴法のどこを探しても見つかりません。
  • でも「何も起きない」わけではない:違法は、単独では姿を現しません。
    • 必ず別の制度の判断に入り込み、そこで初めて効果を持ちます。
    • 目印は学歴詐称です。学歴詐称そのものを罰する条文は、労働法にありません。
    • それでも懲戒解雇・契約の取消し・損害賠償と、既にある制度がそれぞれの物差しで扱います。
  • 319条1項:任意にされたものでない疑いのある自白を、証拠にできないと定めています。
    • 例:強制・拷問による自白、不当に長く拘束された後の自白
    • 違法な取調べに関わる規定ですが、「自白」という特定の証拠だけの規定です。違法な捜査全般の一般規定ではありません。
  • 違法収集証拠排除法則(第4節(3))も、条文に根拠がありません。判例が解釈で作り上げた法理です。
    • 一般的な条文が無いという背骨を、ここでも裏づけています。

319条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第四節 証拠(317〜328条)1項:強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない

この回の事例(捜索差押えの現場)

6つの出口は、1つの場面に当てはめて見ていきます。

  • 事案:ある会社が、補助金の申請書類を偽って、給付金をだまし取った疑い(詐欺)があります。
順番誰が・何をしたか
① 捜索警察官が、捜索差押許可状を得て、会社役員の自宅を捜索する。経理帳簿を差し押さえる
② 抵抗役員が、制止を振り切ろうとして、令状を執行していた警察官を突き飛ばす
③ 逮捕警察官が、役員を公務執行妨害の現行犯として逮捕する。もみ合いで役員は転倒し、負傷する
④ 勾留請求検察官が、裁判官に役員の勾留を請求する
  • 帳簿:後日、詐欺罪を立証する中心的な証拠になります。
  • 勾留:逮捕に続けて、裁判官の判断で、身柄の拘束を続ける手続です。
  • 仮定:もし①の捜索そのものが違法だったら、6つの出口が同時に動き出します。
問い出口
押収された帳簿は、戻ってくるか準抗告
逮捕された身柄は、勾留されたままか勾留の3経路
帳簿は、証拠として使えるか証拠排除
突き飛ばしは、本当に公務執行妨害か公務執行妨害の不成立
負傷した役員は、賠償を求められるか国家賠償
令状を執行した警察官は、処分されるか懲戒・職権濫用の罪

刑訴法の中の出口

最初の3つは、刑事訴訟法の中にある出口です。

(1) 準抗告(押収された帳簿を取り戻す)

  • 準抗告:捜査機関がした押収などの処分に不服がある人が、裁判所に、その処分の取消し・変更を求める手続です(430条)。
    • 誰が処分したかで、項が分かれます。
処分をした人請求する先
1項検察官・検察事務官その検察官などが所属する検察庁に対応する裁判所
2項司法警察職員(警察官など)職務執行地を管轄する地方裁判所・簡易裁判所
  • 事例では:押収したのは警察官なので、2項です。
    • 捜索や差押えに違法があれば、役員は、帳簿の差押え(押収)の取消しを求めて準抗告を申し立てられます。
    • 条文が対象に挙げるのは差押え・領置などの「押収」で、捜索そのものは挙がっていません。
  • 認められると:処分が取り消され、帳簿は直ちに還付(返還)されます。
    • =帳簿という「物」を取り戻す出口です。
  • 条文で見る所:「押収」「不服がある者」「取消し又は変更を請求することができる」の3か所です。
    • 括弧の中は、電磁的記録提供命令(データを提供させる処分)の範囲を限る言葉です。

430条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:検察官又は検察事務官のした第三十九条第三項の処分又は押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、第二百十八条第三項の規定による命令若しくは第二百二十二条第一項若しくは第五百十三条第六項において準用する第百二十三条の二第一項の規定による複写に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる2項:司法警察職員のした前項の処分に不服がある者は、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる

(2) 勾留の3経路(身柄を取り戻す)

  • 逮捕前置主義:被疑者の勾留は、逮捕に引き続いて求める仕組みです。
    • 逮捕が勾留の土台なので、逮捕の手続に違法があると、勾留が認められない場合があります。
経路誰が・何をするか
勾留請求の却下裁判官が、勾留請求そのものを退ける。却下に対しては、検察官が準抗告で争える
勾留決定への準抗告いったん勾留が決まっても、役員や弁護人が、その決定に準抗告する
勾留取消し(87条)勾留された後に、勾留の取消しを請求する
  • 勾留取消しの条文:87条の文言は「勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたとき」です。
    • それでも、逮捕・勾留の手続の違法を理由に、取消しが請求されることもあります。
  • 準抗告は共通の手段:押収でも勾留でも使いますが、対象が違います。
    • 押収の準抗告は「」に対して、勾留の準抗告は「身柄の拘束」に対してです。
    • 勾留は裁判官がする裁判なので、準抗告の根拠は429条1項2号です(捜査機関の処分は430条)。
  • 事例では:逮捕の手続が違法なら、役員は、この3つのどれかで身柄を取り戻す方向に動けます。

(3) 証拠排除(帳簿は証拠として使えるか)

  • 違法収集証拠排除法則:違法な手続で集めた証拠を、公判で証拠から排除することがある、という法理です。
  • よくある誤解:「違法な捜査で集めた証拠だから、無罪になる」と直線的に考えるのは、正確ではありません。
段階何が起きるか
① 違法な捜索帳簿の押収に、違法な手続があった
② 証拠排除違法収集証拠排除法則により、帳簿が証拠として使えなくなる
③ 立証不能帳簿以外に有力な証拠が無ければ、詐欺を立証できない
④ 無罪/公訴取消し検察官は、自分から公訴を取り消すか、起訴を維持して無罪判決を受けるかを迫られる
  • 間に2段階が挟まる:「違法」と「無罪」の間に、証拠排除立証不能があります。
  • 必ず無罪ではない:共犯者の供述や別の書類など、他の証拠が残っていれば、帳簿抜きでも有罪はあり得ます。
    • 排除された証拠が重要であるほど、無罪や公訴取消しに近づきます。

刑訴法の外の出口

残りの3つは、刑法・国家賠償法など、刑事訴訟法の外の法律の中で問題になります。

(1) 公務執行妨害の不成立(突き飛ばしは犯罪か)

  • 公務執行妨害罪(刑法95条1項):公務員が職務を執行するに当たり、その公務員に暴行・脅迫を加えると成立する罪です。
  • 職務の適法性:この罪が成立するには、妨害された公務員の職務が適法でなければなりません。
段階中身
① 捜索が違法帳簿を差し押さえた捜索そのものに、違法があった
② 職務が適法と言えないその捜索を執行していた警察官の職務は、適法とは言えない
③ 公務執行妨害は不成立「職務を執行するに当たり」の要件を満たさない。ただし、暴行を加えた事実自体は否定されない
④ 逮捕の前提が崩れる検察側が組み立てた、公務執行妨害という訴追の土台が崩れる
  • 働く方向:第4節の3つと同じく、被疑者(役員)の側を助ける出口です。
    • 違うのは助け方です。物や身柄を取り戻すのではなく、検察側が組み立てた罪の成立そのものを崩します。
    • だから、公務執行妨害の事件の裁判では、先行する捜査の適法・違法が争われることがあります。
  • 判断基準:職務の適法性を、どの時点の事情で判断するかは、考え方が分かれています。

95条(公務執行妨害及び職務強要)(抜粋)刑法 第二編 罪 第五章 公務の執行を妨害する罪(95〜96条の6)1項:公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

(2) 国家賠償(負傷した役員は賠償を求められるか)

  • 国家賠償:公務員が職務の中で、故意・過失によって違法に損害を加えたとき、国や公共団体が賠償する制度です。
  • 事例では:捜索・逮捕の過程で、過剰な有形力の行使などの違法があり、役員が負傷したなら、賠償を求められます。
  • 賠償するのは:公務員個人ではなく、国又は公共団体です。
違法な行為をした人誰の仕事として行ったか賠償の相手
警察官都道府県ごとに置かれた警察の仕事都道府県
検察官・検察事務官国の検察庁の仕事
  • なぜ警察官なら都道府県か:警察は、都道府県ごとに置かれた組織だからです。
    • 賠償の相手は、どの団体の公権力を行使したかで決まります(1条1項「国又は公共団体の公権力の行使」)。給料の出どころや身分で決まるのではありません。
    • 警察官のほとんどは都道府県の職員です。警視正以上の階級だけは国家公務員です(警察法56条1項)。
    • 公安委員会に、国家公安委員会と都道府県公安委員会の2つがあるのも、同じ理由です。
    • 「警察官だから国」は、よくある勘違いです。
  • 手続への影響:裁判所が「違法だった」と認めると、同じやり方を続ければ、また賠償を負います。
    • 組織は運用を見直さざるを得ないので、刑事手続を直接動かさなくても、この先の捜査に影響します。

1条(抜粋)国家賠償法1項:国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる

(3) 警察官個人の処分(懲戒・職権濫用の罪・付審判請求)

違法な捜索をした警察官自身には、2つの筋があります。

中身
① 懲戒処分地方公務員法・国家公務員法が種類を定める。免職・停職・減給・戒告の4種類
② 刑事罰(職権濫用の罪)刑法193〜196条。違法な捜査が、これらの罪に当たるとき
  • 懲戒の4種類:地方公務員法(29条1項)と国家公務員法(82条1項)で、書かれている順番が違うだけです。種類は同じ4つです。
  • 公務員職権濫用罪(193条):どの公務員にも当てはまる罪です。捜査が違法だったことそのものは処罰していません。
    • 職権を口実に、人に義務のないことをさせた、権利の行使を妨げた、と言えることが必要です。
    • 例:令状の範囲を超えて、役員に何かを強いたと評価できて、初めて問題になります。
  • 特別公務員の罪(194〜196条):警察官など、裁判・検察・警察の職務を行う者だけが対象の、より重い罪です。
    • 職権を濫用して逮捕・監禁する(194条)、職務中に被疑者などへ暴行する(195条1項)、それで死傷させる(196条)ことが、行為そのもので処罰されます。
    • 事例のように、もみ合いで役員が負傷した場面では、こちらも問題になり得ます。
  • 付審判請求(262条1項):193〜196条の罪について告訴・告発した人が、検察官の不起訴に不服があるとき、裁判所の審判に付するよう請求する手続です。
    • =検察官が起訴しないという判断を、裁判所に見直させる仕組みです。

193条(公務員職権濫用)刑法 第二編 罪 第二十五章 汚職の罪(193〜198条)公務員がその職権を濫用して人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の拘禁刑に処する。

6つの出口を並べ替える

6つの出口は、刑事訴訟法の中と外に、3つずつ分かれます。

刑訴法の中の出口刑訴法の外の出口
守るものいま動いている刑事手続の中身手続の外側にあるもの
準抗告:帳簿(物)を取り戻す公務執行妨害の不成立:訴追の土台を崩す(刑法)
勾留の3経路:身柄を取り戻す国家賠償:損害を埋める(国家賠償法)
証拠排除:違法に集めた証拠を、公判の認定から外す懲戒・職権濫用の罪:公務員個人の規律を正す(地方公務員法・国家公務員法・刑法)
争う場所いま動いている刑事手続の中で、そのまま争うその刑事手続とは別の場で判断される(例:国家賠償は民事の裁判、公務執行妨害の成否はその罪の裁判、懲戒は所属する組織の手続)
  • 証拠排除は正確さのための制度ではない:違法に押収しても、帳簿の中身の信用性は変わりません。それでも使わせないのは、手続の適正、司法への信頼、将来の違法な捜査の抑止のためと説明されます。

  • 守るものが違う:同じ1つの違法を持ち込んでも、返ってくる答えが制度の数だけ違います。

    • 既にある制度が、それぞれ自分の物差しを持っているからです。学歴詐称の例(第2節)と同じ形です。
  • 背骨の証拠:もし「違法な捜査に効果を結びつける条文」が刑訴法の中に1本でもあれば、こんなに別々の法律に出口を頼る必要は無いはずです。

    • 6つとも、既にある別々の制度に間借りしているだけです。

違法な捜査を理由に公訴棄却できるか

起訴そのものを無効にして打ち切る出口が使えるかを整理します。

  • 公訴棄却:起訴を無効として、手続を打ち切る裁判です。
    • 例:被告人が死亡したとき(339条1項4号)。被告人という当事者が成り立たなくなったことが理由です。
  • ここでの問い:「捜査の手続に違法があった」ことを理由に、公訴棄却できるか、です。
  • 判例:違法な捜査を理由とする公訴棄却には慎重です。

(1) 逮捕手続の違法と公訴提起

  • 事案:速度違反を否認して反抗的だった人を現行犯逮捕する際、警察官が暴行を加え、入院を含む長い休養が必要なけがを負わせました。
    • 逮捕時の暴行という重い違法でも、起訴は無効にならなかった例です。
  • 判旨:逮捕の手続に違法があったとしても、それだけで、公訴の提起が憲法31条に違反して無効になるとはいえません。

逮捕手続の違法は公訴提起の効力に影響するか最高裁判所判決本件逮捕の手続に所論の違法があつたとしても本件公訴提起の手続が憲法三一条に違反し無効となるものとはいえないことは、当裁判所の判例(中略)の趣旨に徴し明らかであるから、本件公訴の提起を有効であるとした原判決は、正当であり、所論違憲の主張は理由がない。

(2) 捜査の遅延と公訴提起(2つの別の判断)

  • 事案:捜査に時間がかかりすぎ、被疑者が成人してから起訴されました。家庭裁判所の少年審判を受ける機会が失われました。
  • 2つの別々の判断:判決文に隣り合って書かれていますが、2つを直接つなげる言葉はありません。混ぜないようにします。
何についての判断か中身
説示①捜査そのものが違法かの基準極めて重大な職務違反があるときに限り、違法となることがある。単なる遅延では足りない
説示②捜査の違法が、公訴提起の効力を失わせるか必ずしも当然には失わせない。理由は、起訴するかどうかについての、検察官の極めて広範な裁量
  • 「当然には失わせない」の読み方:「絶対に失わせない」とは言っていません。
    • 学説は、よほど重い違法があれば、効力に影響が及ぶ余地も理論上は残る、と読みます。判決文の言葉ではありません
    • 判決文の上では、説示①の「極めて重大な職務違反」は捜査の違法の基準で、説示②の基準として書かれたものではありません。
    • ただ、説示①の言及を手がかりに、違法が重大なら公訴棄却もあり得ると読む整理もあります。
    • この読み方は、公訴権濫用論と呼ばれる議論につながります。
  • 中間の立場:「絶対にできない」でも、「いつでもできる」でもありません。
  • だから実務は:公訴棄却という強い出口ではなく、証拠排除の出口で対処しています。
    • 事例でも、捜索が違法というだけで、いきなり起訴が無効になるとは考えにくいです。まず動くのは、準抗告や証拠排除です。

捜査手続の違法性の判断基準と、公訴提起の効力について最高裁判所判決もつとも、捜査官において、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもつてことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延をみる等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて

捜査構造論(糾問的捜査観と弾劾的捜査観)

捜査という活動を、そもそもどう捉えるかという考え方です。

(1) 「主義」と「捜査観」を混同しない

審理の構造の「糾問主義/弾劾主義」と、響きは同じでも別のものです。

糾問主義/弾劾主義糾問的捜査観/弾劾的捜査観
何についての対立か審理(法廷での裁き方)の構造捜査という活動を、どう捉えるか
判断する人と訴追者が分離しているか(二面構造 vs 三面構造)捜査機関と被疑者の関係(優越 vs 対等)
呼び方語尾が「〜主義語尾が「〜的捜査観
現行法の立場弾劾主義で確定(争いなし)どちらか一方には決まっていない
  • 「弾劾主義」という言葉は、審理の構造の話だけで使います。

(2) 2つの捜査観と、そこから出る帰結

  • 捜査構造論平野龍一が示した、捜査の捉え方を2つの見方の対比で整理する考え方です。
糾問的捜査観弾劾的捜査観
捉え方捜査機関が優越する立場に立つ捜査は公判の準備にすぎず、捜査機関と被疑者は対等な立場
被疑者の位置づけ客体(調べられる対象)主体(防御を準備する当事者)
近い立場警察・検察の実務学説
① 取調べ受忍義務ある(少なくとも席には着く義務がある)ない(そもそも応じる義務が無い)
② 接見交通権捜査の必要があれば、広く制限してよい制限は最小限にとどめるべき
③ 令状の性質許可状命令状
  • 取調べ受忍義務:取調べの場に出頭し、そこにとどまる義務です。
    • 例:逮捕された役員が取調べに呼ばれたとき、その場にとどまらなければならないか。
  • 接見交通権:身体を拘束された被疑者が、弁護人と会う権利です。
    • 例:勾留中の役員が弁護人と打ち合わせたいとき、捜査の都合で後回しにしてよいか。
  • 令状の性質が分かれる理由:強制処分の権限が、もともと誰にあると考えるかが違うからです。
    • 弾劾的捜査観:権限はもともと裁判官にあり、捜査機関はそれを執行するだけです。だから令状は、裁判官が捜査機関に出す命令状です。
    • 糾問的捜査観:権限はもともと捜査機関にあり、裁判官は行使してよいかを確認するだけです。だから令状は、求めに応じて出す許可状です。
    • 事例の「捜索差押許可状」も、どちらに立つかで性質の見え方が変わります。
  • 連動して変わる:捉え方1つで、受忍義務・接見交通権・令状の性質の3つの答えが、そろって変わります。
  • 現行法:どちらか一方に決まっておらず、両者のバランスの上に立つと言われます。
    • 例:実務は、逮捕・勾留されている被疑者に、取調べの場に出頭し、とどまる義務は認めます。
    • しかし、供述する義務までは認めません(折衷的な運用)。
    • 条文の手がかりは198条1項ただし書です。逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒み、いつでも退去できると定めています。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる

犯罪捜査規範とは何か

実況見分の根拠として挙げられる、犯罪捜査規範の位置づけです。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守るべきことを定めた規則です。実況見分の根拠として、104条が挙げられます。
  • 誰が定めているか:警察庁ではなく、国家公安委員会です。国家公安委員会規則の1つです。
    • 国家公安委員会:警察を外から管理する委員会です。
位置づけ中身
① 法律ではない国会が作った法律ではなく、行政委員会が定めた規則
② 違反=直ちに違法、ではない違反しても、直ちに捜査が違法になるわけではない
③ 判断材料にはなる違反は、その捜査が違法かどうかを判断する材料の1つにはなり得る
  • 例:この規則に違反して実況見分をしても、直ちに違法にはなりません。ただし、違法かどうかの判断材料にはなります。

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強制処分と任意処分の区別①

今日の問い:強制処分か、任意処分か

捜査が違法かどうかを判断する入口は、その処分が強制処分か任意処分か、という区別です。

  • 強制処分:刑事訴訟法の条文の言葉では「強制の処分」です。
    • 「強制の処分」は手段の名前で、それを用いる捜査が「強制捜査」です。捜査の場面では、ほぼ同じ意味で使われます。
  • この回の事例:最高裁まで争われた、実際の事件です。
登場人物何をしたか
説得を受けていた人酒酔い運転の疑いで、警察署に任意同行され、呼気検査に応じるよう説得を受けていた。説得の途中、急に立ち上がって部屋の出口へ向かおうとした
警察官その人の左手首を、両手でつかんだ
  • 問い:この「左手首をつかむ」行為は、強制処分か、任意処分か。
    • 答えは、判断の道具をそろえたうえで、第9節(第一審)と第12節(最高裁)で出します。

197条1項:本文が原則、ただし書が例外

捜査のルールの出発点になる条文です。前半と後半で、向きが逆になっています。

  • 本文(任意捜査の原則):捜査機関は、捜査の目的を達するのに必要な「取調べ」を行えます。
    • 原則の中身は、「強制捜査は、それをしなければならない限られた場面にだけ使い、ほかは任意捜査で行う」ということです。
    • 任意捜査も無制約ではありません。必要性に見合った相当なものでなければなりません(第6節の比例原則)。
  • ただし書(強制処分法定主義):強制処分だけは、刑事訴訟法に「この処分をしてよい」という特別の定めがなければ、できません。
  • 読み方:「ただし」で始まる部分は、本文に対する例外です。
    • 例外として書かれていること自体が、本文の任意捜査こそが原則であることを示しています。

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができるただし強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

(1) 「取調べ」という言葉の広さ

同じ「取調べ」でも、条文の位置で意味の広さが変わります。初学者がいちばん誤読するところです。

197条1項の「取調べ」198条の「取調べ」
範囲広い。証拠を集める活動、身体を拘束する活動まで含む、捜査全般狭い。人から話を聞いて、供述を得る活動
対象になる人限定なし被疑者について定めた条文。被疑者以外の人の取調べは、別の条文(223条1項)にある
具体例取調べ・捜索・差押え・検証など被疑者からの聴取
  • 目撃者から話を聞くのは、狭いほうの取調べです。
    • 「話を聞いて供述を得る」点は、相手が被疑者でも目撃者でも同じです。条文が分かれているだけです。
  • この回で使うのは、197条1項の広いほうです。

強制処分法定主義は、なぜ必要か

強制処分は法律に書かれていなければできない、というルールの理由です。

  • 根拠憲法31条(適正手続の保障)です。ここから、2つの要請が導かれます。
① 民主主義的要請② 自由主義的要請
中身国民の代表である国会が、法律で定めるべきだ内容が事前に法律で明らかになっているから、国民は自分の行動の自由の範囲が分かる
言い換え捜査機関が、自分で自分の権限を決めてはいけない家に警察がいつ入ってこられるかが法律で分かるので、書かれていない場面では入ってこないと分かり、安心して暮らせる
  • 効いてくる場面:今までに無い、新しい捜査手法が出てきたときです。
    • それが強制処分なら、刑事訴訟法に定めが置かれるまで(立法を待つまで)は使えません。

31条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

令状主義:裁判官が事前に審査する

強制処分には、法律の根拠のほかに、もう1つの縛りがあります。

  • 令状主義:強制処分をするには、原則として、裁判官が事前に出した令状が要る、というルールです。
    • 司法官憲:憲法33条・35条の言葉で、裁判官のことです。
  • なぜ裁判官なのか:捜査機関が自分で自分の権限を判断すると、行き過ぎが起きやすいからです。
    • 中立公平な裁判官が、処分の前に審査します。これを司法的抑制といいます。

(1) 原則と例外

令状が要らない例外は3つあります。ただし、例外の出どころが1つではありません。

  • 原則:令状が要る
    • 逮捕:憲法33条 → 逮捕状(刑訴法199条1項)
    • 捜索・差押え:憲法35条1項・2項 → 捜索差押許可状(刑訴法218条1項)
    • 例外①:憲法の明文:憲法の条文自身が「除いては」と書いています。解釈で作った抜け道ではありません。
      • 現行犯逮捕(212条・213条):いま罪を行っている、または行い終わった現行犯人は、誰でも、逮捕状なしで逮捕できます。憲法33条の「現行犯として逮捕される場合を除いては」です。
      • 逮捕に伴う捜索差押え(220条):逮捕する場合に必要があれば、逮捕の現場で、令状なしに捜索・差押えができます。憲法35条1項の「第三十三条の場合を除いては」です。
    • 例外②:判例が合憲とした:憲法には書かれていない例外です。
      • 緊急逮捕(210条):重い罪を犯したと疑う十分な理由があり、急いでいて逮捕状を求められないとき、理由を告げてまず逮捕し、直ちに逮捕状を求める手続です。
      • 憲法33条に「緊急逮捕」という言葉はありません。憲法に反しないかが正面から争われ、判例は合憲としています。
  • 注意:3つの例外を、同じ強さで並べません。憲法の明文にある2つと、判例で合憲とされた緊急逮捕とは、出どころが違います。

33条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては権限を有する司法官憲が発し且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

35条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

三重の縛り:強制処分と判定されたら

ある処分が強制処分だと判定されると、3つのことが同時に問われます。

  • :裁判官が発した捜索差押許可状で、警察官が会社役員の自宅を捜索し、帳簿を差し押さえた場面です。
縛り問われること
① 強制処分法定主義刑事訴訟法に、その処分を許す「特別の定め」があるか
② 令状主義裁判官の令状はあったか
③ 比例原則その執行は、必要性に見合った相当なものだったか
  • だから判定が重要:強制処分と判定されるだけで、これだけの縛りがまとめてかかります。「強制処分か、任意処分か」の判定が、適法・違法を大きく左右します。

比例原則:令状は免罪符ではない

3つ目の縛りは、令状があっても、任意処分であっても、かかります。

  • 比例原則:権利・利益への侵害・制約は、必要性に見合った、相当なものでなければならない、という原則です。
  • 令状は免罪符ではない:令状は「この処分をしてよい」という許可です。「どんな態度でやってよいか」までは決めていません。
    • 目印:令状は「入っていい部屋」を教えるだけで、ドアを蹴破っていいかまでは教えません。
    • 例:無抵抗の相手を乱暴に逮捕することは、令状があっても許されません(相当性を欠く)。
    • 例:拳銃を持ち出して抵抗する相手には、強い実力行使も許されます。
    • 例:捜索そのものは適法でも、警察官が必要以上に乱暴な態度を取れば、その部分は比例原則に違反する余地があります。
強制処分任意処分
強制処分法定主義○(特別の定めが要る)
令状主義○(裁判官の令状が要る)
比例原則○(必要性に見合った相当な執行か)○(根拠は197条1項本文
  • 非対称:強制処分には3つの縛りすべてが、任意処分には比例原則だけがかかります。

適法・違法の判断順序

法定主義と令状主義は強制処分の側に、比例原則は任意処分の側に、判断の段として置かれます。

順序問うこと結論
① 強制の処分かその処分は強制処分か強制処分なら②へ。強制処分でなければ(任意処分なら)④へ
② 特別の定めがあるか刑事訴訟法に根拠規定があるかあれば③へ。なければ違法
③ 令状主義を守ったか令状があるか(例外にあたるか)守っていれば適法。守っていなければ違法
④ 比例原則に従ったか(任意処分の側)必要性に見合った相当なものか従っていれば適法。従っていなければ違法
  • 強制処分の側は3段階、任意処分の側は1段階です。
    • ①は、どちらの側に進むかの振り分けです。強制の処分でなくても違法にはならず、④へ進みます。
    • 強制処分の側で違法になるのは、②の特別の定めか、③の令状主義を欠いたときです。
    • 表の強制処分の側に比例原則の段はありませんが、強制処分の執行にも比例原則はかかります(第6節)。
  • 「違法」の先:違法と判断されると、その先に6つの出口がつながります。
出口何が起きるか
準抗告押収された物について、処分の取消しを求める
勾留の3経路(却下・準抗告・取消し)身柄の拘束を争う
証拠排除違法に集めた証拠が、公判で使えなくなることがある
公務執行妨害の不成立職務が違法なら、公務執行妨害罪は成立しない
国家賠償違法な職務で受けた損害の賠償を求める
懲戒・職権濫用の罪違法をした公務員個人の責任を問う

かつての線:有形力か、法的義務の賦課か

判断の入口①「強制の処分か」を判定する基準は、一度書き換えられています。まず、かつての基準(旧説)です。

  • かつての基準:次のどちらかがあれば強制処分だ、とされていました。
① 有形力の行使② 法的義務の賦課
意味物理的な実力を使うこと相手に法的な義務を負わせること
念頭にあった例逮捕・勾留、捜索・差押え、検証第1回公判期日前の証人尋問(出頭・宣誓・証言の義務を負わせる)
  • 刑事訴訟法が定める典型的な強制捜査を、そのまま説明できる素直な基準でした。

(1) 法的義務の賦課:証人尋問はなぜ強制なのか

  • 第1回公判期日前の証人尋問(226条・227条):捜査段階で、検察官が裁判官に請求して、ある人を証人として尋問してもらう手続です。
    • 226条:捜査に欠くことのできない知識を持つ人が、取調べで出頭や供述を拒んだとき
    • 227条:取調べで任意に供述した人が、公判で違う供述をするおそれがあり、その供述が犯罪の証明に欠かせないとき
流れ中身
① 請求検察官が、裁判官に証人尋問を請求する(226条・227条)
② 召喚:義務が先に生じる証人として召喚されると、出頭・宣誓・証言の義務を負う
③ 拒めば制裁正当な理由なく拒むと、過料(150条・160条)、拘禁刑・罰金(151条・161条)
④ 勾引召喚に応じないときなどは、勾引(152条)=強制的に連れてこられる
  • 強制である理由:出頭・宣誓・証言の義務を負わせ、拒めば過料や刑罰を科すことで、義務を守ることを間接的に強制します。だから、拒みたくても拒めません。
  • 注意(順序が逆の誤解):「裁判官が関与するから強制」ではありません。
    • 強制処分だから裁判官が出てくるのであって、逆ではありません。令状主義の場面でも同じです。
    • 捜査段階の証人尋問でも、請求を受けた裁判官は、証人の尋問について裁判所・裁判長と同じ権限を持ちます(228条1項)。
  • 対比:公務所等への照会(197条2項):役所や会社などの団体に、情報を問い合わせる手段です。
    • 例:コンビニの本社に、来店者のデータを問い合わせる
    • 報告を求める規定はありますが、応じなくても制裁はありません。実務では、相手の同意を前提にした任意捜査と考えられています。
    • 「制裁がなくても義務を負わせる以上は強制処分」とみる見解もあります。この見解では照会も強制処分ですが、物理的な強制力が無いので令状は不要とされます。

226条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる

(2) 旧説の破綻:両側から壊れる

旧説は、規制しすぎる側と、規制が抜ける側の、両方で不都合を起こします。

① 暴発(拾いすぎ)② 空洞(すり抜け)
行為の例電車で、隣の人の肩をポンと叩いて「次で降りますよ」と教える(有形力=軽い接触)双眼鏡で人の行動を見張り続ける、写真撮影、通信の傍受(有形力も、法的義務の賦課も無い)
旧説だと強制処分。令状が要ることになってしまう任意処分。規制の外に落ちてしまう
不都合軽い有形力まで、すべて強制処分になり、現実的でない行動の自由やプライバシーは大きく侵害されるのに、無規制のまま
  • 程度の違いも説明できない:肩に軽く触れるのと、肩をつかんで座席から引きずり下ろすのとでは、重さがまるで違います。
    • 旧説は触れたかどうかしか見ないので、この違いを説明できません。
  • 旧説は、もう使われていません。

冒頭の事件:第一審は無罪とした

旧説を当てはめると、手首をつかむのは有形力の行使なので、強制処分になります。第一審も、この行為を強制力の行使として違法としました。

流れ第一審の判断
① 行為の評価左手首をつかむ行為は、任意捜査の限界を超え、実質上、逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使
② 違法だから、警察官の制止行為は違法
③ 公務性を否定違法な職務は、公務執行妨害罪にいう「公務」にあたらない
④ 正当防衛被告人にとっては急迫不正の侵害で、これに対する暴行はやむを得ない
⑤ 無罪公務執行妨害罪も、暴行罪も、成立しない
  • 注意:判文そのものは「有形力の行使だから強制処分」とは書いていません。「実質上…逮捕するのと同様の効果」という、実質的な逮捕の判断です。
    • 有形力に触れたことを重く見て強制とした点で、旧説と同じ発想だ、と整理されます。
審級結論
第一審公務執行妨害・暴行について無罪
控訴審第一審を誤りとし、公務執行妨害罪の成立を認めて有罪
最高裁上告を棄却し、有罪を維持

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定第一審の判断(決定が引用した部分)第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であるから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成立しない、と判示した。

最高裁が引き直した線:強制処分の定義

最高裁は、この決定で2つのことを示しました。①強制処分とは何か、②強制処分にあたらない有形力をどこまで許すか、です。

  • ① 強制処分(強制手段)とは有形力の行使を伴う手段という意味ではありません
    • 個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて、強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許すのが相当でない手段です。
    • その程度に至らない有形力の行使は、任意捜査でも許される場合があります
  • ② 強制手段にあたらない有形力の限界:何らかの法益を侵害し、または侵害するおそれがあるので、いつでも許されるわけではありません。
    • 必要性・緊急性なども考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許されます。
    • 第6節の比例原則が、任意捜査の場面で現れたものです。
旧基準新基準(最高裁の決定)
何を見るか有形力を使ったか意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えたか
肩をポンと叩く強制処分(拾いすぎ)強制処分にあたらない(意思の制圧に至らない)
双眼鏡で見張る任意処分(規制の外)触れたかどうかでは決まらない(結論は、この決定の文言からは直接出ない)
強制手段にあたらない有形力(規定なし)必要性・緊急性を考慮し、相当と認められる限度で許される
  • 目印:線は「何に触れたか」ではなく、「何を奪ったか」で引かれています。
  • なぜここに線を引くのか:手段の外形を測っても、処分の重さは測れないからです。
    • 法律の根拠と令状を要求するに値するのは、相手から「何を奪ったか」のほうです。
  • 注意(判例の言葉と、平易な言い換え):「強制捜査は、重要な権利・利益を、相手の意思に反して侵害・制約できる」という説明を見かけます。
    • 判例が書いたのは「意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」です。「重要な権利・利益」とは言っていません。
    • 2つをどうつなぐかは、学説の仕事です。答案で「判例は〜と述べている」と書くときは、混ぜないようにします。
  • 注意(「意思を制圧」の読み方):文字どおりに読むと、通信傍受のように相手に知られずに行う捜査には意思の制圧が無く、任意処分とされかねません。
    • そのため通説的な見解は、これを「相手の明示または黙示の意思に反すること」と読みます。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定強制処分とは何か(判旨)捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。

新強制処分説

旧説の「空洞」をどう埋めるかについて、学説からも別の答えが出されています。

  • 新強制処分説:個人の権利・利益を侵害する手法は、すべて強制処分だと広く捉えて、令状主義で規制しよう、という考え方です。
  • なぜこう考えるのか:写真撮影や通信傍受を、野放しにしないためです。
  • この説の核心:197条1項ただし書の「特別の定め」の要求は、すでにある強制処分についてのものだと読みます。
    • 後から出てきた新しい捜査手法は、法律に定めが無くても強制処分として認め、令状主義の精神に沿って許される要件を解釈で立てます。
    • 将来の立法まで要らない、とする説ではありません。
  • 問題点:強制処分は国会が法律で定めるべきだ、という強制処分法定主義の民主主義的要請(第3節)とぶつかります。
    • 新しい強制処分は立法を待つまで使えない、という第3節の考え方とは、正面から向きが逆です。

当てはめ:冒頭の事件は、どちらだったのか

最高裁の基準を、冒頭の「左手首をつかむ」行為に当てはめます。

  • ① 強制処分にあたるかあたらない
    • 程度もさほど強いものではなく、逮捕など、性質上当然に強制手段にあたるとは判断できないからです。
  • ② 任意捜査として相当か相当
    • 酒酔い運転の疑いが濃厚な相手を、同意を得て任意同行していました。
    • 父を呼んで説得を続け、母の到着を待っていたところで、急に退室しようとした相手を抑えるための措置でした。程度も強くありません。
    • 捜査として許される範囲を超えた、不相当な行為とはいえません。
  • 結論:強制処分ではなく、任意捜査としても問題はありません。
第一審最高裁
見たもの何に触れたか(手首をつかんだ)何を奪ったか(意思を制圧したか)
手首をつかむ行為実質上の逮捕と同様の強制力の行使で違法強制処分にあたらず、任意捜査としても相当
結論公務執行妨害・暴行について無罪有罪が維持された
  • 同じ事実から、基準の違いで、正反対の結論が出ています。

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強制処分と任意処分の区別②

「意思の制圧」を字義どおりに読むと

最高裁は、強制処分を「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」強制的に捜査目的を実現する行為などとしました。この言葉をどう読むかを整理します。

  • 字義どおりに読む見解:「意思の制圧」を、言葉のとおり強い意味に読みます。
    • 有形力を使うなどして、相手の物理的な抵抗を排除したり、処分に服することを余儀なくさせる程度に達していることが必要だ、とします。
    • この読み方でも、任意同行中に左手首をつかんだ事件は「強制処分にあたらない」という同じ結論になります。

(1) 気づかれない捜査で壊れる

  • 場面:捜査機関Aが、対象者Bにまったく気づかれないまま、Bの私生活を継続的に把握する手段を取ったとします。
    • Bは最後まで何も知らず、抵抗もしていません。
  • 字義どおりだと:抵抗が無いので、意思の制圧も無いことになります。
    • 私生活を丸ごと把握されているのに、「意思の制圧が無い」という理由だけで任意捜査になってしまいます。

(2) 場面ごとに基準を使い分ける説明も採れない

  • 使い分けの説明:最高裁の基準は、相手に直接向けられる処分にだけ当てはまり、相手が気づかない処分には別の考え方が当てはまる、とする説明です。
  • 採れない理由:197条1項の「強制の処分」という1つの言葉が、場面によって別の基準で判定されることになるからです。
    • 「強制の処分」「強制捜査」「強制処分」は呼び方が違うだけで、中身は1つです。同じ言葉を場面ごとに別のものさしで測るのは、統一的な理解とはいえません。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定判旨で使われた言葉(抜粋)「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」

判断の重心が動く

通説は、判例の2つの言葉のうち、実際に判断に使う言葉を前半から後半へ移しました。

「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」
通説の読み方明示または黙示の意思に反すること、という軽い意味に読み替える判断の重心をこちらに移す
役割定義の要素として残る。同意・承諾の段で「意思に反するといえるか」として働く(第6節)強制処分該当性の判断で重要なのは、こちらの言葉
  • 軽い意味に読み替える:はっきり「嫌だ」と言っていなくても、黙って拒んでいる態度が読み取れれば足ります。
    • 気づかれない捜査:本人は何も知りませんが、知っていれば当然拒んだはずです。だから黙示の意思に反しているといえます。字義どおりの読み方でこぼれ落ちた場面を拾えます。
  • なぜ重心が移るのか:刑訴法は、強制処分に強制処分法定主義・令状主義という厳格な要件・手続を結びつけているからです(第3節)。
    • その手続で守るに値するほどの制約かどうかが決め手になるので、判断は「身体、住居、財産等への制約」のほうが重要になります。
  • 注意:判例の言葉は1文字も変わっていません。新しい判例が出たのでもありません。変わったのは、どちらの言葉で判断するかだけです。

「重要な権利・利益」はどこから来るのか

強制処分かどうかを測る物差しを、学説は、強制処分にかかる手続の重さから組み立てます。

  • 出発点:現行の刑事訴訟法は、強制処分に、強制処分法定主義・令状主義という厳格な要件・手続を結びつけています。
  • 推論の向き:法が強制処分にこれほど厳格な手続を結びつけている以上、強制処分は、その手続で守る必要があるほど重要な権利・利益を侵す場合に限られる、と考えます。
    • 手続の重さから、強制処分の範囲を逆算して絞る解釈です。
  • :人の住んでいる家に立ち入って中を探すには、法は裁判官の令状という手続をわざわざ用意しています。
    • 手続の重さは、奪われるものの重さの裏返しです。
  • 通説の定式:強制処分とは、相手方の明示または黙示の意思に反して重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴う処分です。
    • 答案で定義を書くときは、意思の要素と侵害・制約の要素の2つを落としません。
  • 判例の言葉との関係:重心が移った先の「身体、住居、財産等への制約」を、学説が手続の側から組み立て直したものです。
    • 身体・住居・財産は、法が重く守ってきたものの代表例です。通説は、そこを「重要な権利・利益」と言い直しました。
    • 重さの足りない制約は、「実質的」という言葉でふるい落とします。
出どころ言葉
平易な言い換え(よく見る説明)強制捜査は、重要な権利や利益を、相手の意思に反して侵害・制約できる
判例の言葉「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」
学説が組み立てた基準相手方の意思に反する、重要な権利・利益に対する、実質的な侵害・制約
  • 平易な言い換えは判例の言葉ではありませんが、学説がたどり着いた基準とほとんど同じ言葉です。3つは1本の線でつながっています。
  • 答案で「判例は〜と述べている」と書くときは、判例の言葉と学説の定式を混ぜないようにします。

類型的に判断する

重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかは、目の前の事案ごとではなく、類型的に判断します。

  • 手順①:目の前の捜査に、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約が見つかるかを確認します。
    • 見つからなければ、そこで任意処分です。
  • 手順②(類型的判断):その捜査が、法律があらかじめ名前を挙げて用意している処分の類型と同視しうる性質かを、客観的に見比べます。
    • ものさしの目盛り:法が類型として定め、厳格な要件・手続をかけている代表例が、逮捕・勾留(人を捕まえて身体を拘束する)、捜索・差押え(物を探して取り上げる)、検証です。
      • 例外:これらも常に令状が要るわけではありません。現行犯逮捕(213条)、緊急逮捕(210条・逮捕状は事後に求める)、逮捕の現場での捜索・差押え・検証(220条1項・3項)は、令状なしでできます。
    • 同視できると判断されれば、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があります。
  • 答案での問いの形:「当該捜査は、刑訴法上、類型的に法定されている処分と、同視しうる性質を有するか」と問います。

「重大な事件だから」は、ここでは使えない

類型的に判断する以上、事件の重大さや捜査の必要性は、強制処分かどうかの判断に持ち込めません。答案の頻出ミスです。

  • 失敗例:重大事件の捜査で、対象者の私生活を継続的に把握した場面で、「重大な事件だから強制処分だ」と判定する。
誤った考え方(頻出ミス)正しい考え方
判断材料事件の重大さ・捜査の必要性同視しうる客観的な性質だけ(必要性は考慮しない)
起きること事件が重大なら強制処分、軽微なら任意処分。事件ごとに基準が動く類型的な判断は揺れない。重大かどうかは無関係
必要性はどこで考えるか強制処分該当性の判断に持ち込んでしまう任意捜査の限界比例原則)の側で考える
  • 理由:事件の重さで判定が変わるなら、それはもう類型的な判断とはいえないからです。
  • 覚えること:事案に応じた捜査の必要性の大小は、強制処分該当性の判断材料にしてはならない

同意・承諾があれば、任意処分に落ちる

重要な権利・利益への実質的な侵害・制約がある場面でも、それだけで強制処分と決まるわけではありません。

流れ中身
① 重要な権利・利益への実質的な侵害・制約類型的には「ある」と認められる場面
② 自由な意思決定に基づく同意・承諾対象者自身が、自分の自由な意思で同意・承諾している
③ 権利・利益の放棄守られるべき権利・利益を、対象者自身が委ねている
④ 任意処分本人の意思に反して奪われていない以上、強制処分ではない
  • なぜ任意処分になるのか:対象者の意思に、はっきりとも、それとなくとも、反しているとはいえないからです。
    • 強制処分の重さは「本人の意思に反して」奪うところにあります。本人が自分から委ねているなら、そもそも奪われていません。
    • 定義の「明示または黙示の意思に反して」の要素は、この段で働きます。
  • 注意(同意があれば何でも任意ではない):同意があれば、すべて任意処分と考えてよいかは、別に問題になります(同意・承諾の限界)。
    • 名前だけ押さえます:承諾留置承諾家宅捜索

(1) 同意・承諾の有無は、個別具体的に判断する

侵害・制約の有無と、同意・承諾の有無とでは、判断の方法が違います。

重要な権利・利益(類型的)同意・承諾(個別具体的)
何を見るか法定された処分の類型と、同視しうる客観的な性質その日、その人が、実際にどう振る舞ったか
事実の性質型に当てはめて、まとめて測れる1回きりの事実。型に当てはめられない
判断の単位捜査の種類ごとその場面、その人ごと
  • 理由:同意・承諾があったかは、その人がその場でどう振る舞ったかという1回きりの事実です。場面ごと、人ごとに、個別に見るしかありません。
  • 同じ強制処分該当性の判断の中に、方法の違う2つの物差しが同居しています。

(2) 同じ場面を、2回測る

  • 場面:捜査機関Aが、対象者Bに、持ち物の鞄の中を見せてもらう
判断対象見るもの見ないもの結論の分かれ方
重要な権利・利益(類型的)捜査の客観的性質法定された強制処分(ここでは捜索)と同視しうるかその日その人の事情・言動同視できなければ任意処分
同意・承諾(個別具体的)その場のBの言動自由な意思決定に基づく同意・承諾があったか(黙示でもよい)捜査の類型としての強さ自由な承諾があれば、任意処分に落ちる
  • 1回目(類型的):Bがどう感じたか、何と言ったかは見ません。鞄の中を検分する行為の客観的な強さと範囲だけを見て、捜索と同視できる性質かを判定します。
  • 2回目(個別具体的):同じ場面で、Bが「どうぞ」とはっきり言ったのか、黙って鞄を差し出しただけなのかを見ます。
  • 対象も、見るものも、まるで違う:強制処分の判断でいちばん大事な区別です。

渋々でも、自由な意思決定はありうる

同意・承諾といえるには、対象者が自分の意思で決めたことが前提です。ただし、完全に自発的である必要まではありません。

  • 原則:気が進まないまま捜査機関の説得を受け入れた場合でも、最終的に自分で判断していれば、任意の承諾と扱われることがあります。
  • 例外:社会通念からみて、身体の束縛強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえる客観的な状況があるときは、任意の承諾が否定されます。
パターンAパターンB
場面気は進まないが、説得されて、最後は自分で決めた帰りたいのに、周りを囲まれて、帰れなかった
判断自由な意思決定でありうる(渋々でも、最後に決めたのは本人)自由な意思決定ではない(身体の束縛・強い心理的圧迫による拘束)
  • 目印:渋々かどうかではなく、身体の束縛や強い心理的圧迫があったといえる客観的な状況かどうかです。
    • 周りを囲まれて帰れなかった場面は、その一例です。囲まれていなくても、強い心理的圧迫があれば否定されえます。
  • 承諾は明確なものが望ましい:黙示の承諾もありえます。ただ、その場の様子から承諾が明確でない限り、あとで「本当は承諾していなかった」とされるおそれが大きくなります。
    • 例:Bが何も言わず、うつむいたまま鞄を差し出しただけなら、承諾があったと後で認められにくい場面です。

渋々の承諾と任意性大阪高等裁判所判決渋々でも、自由な意思決定はありうる渋々承諾した場合でも、社会通念からみて身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといい得るような客観的情況がない限り、任意の承諾がある

強制処分かどうかを判定するフロー

ここまでの2つの物差しを、判断の順番に並べます。

段階問うこと判断の方法結論
重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか類型的ない → 任意捜査/ある → ②へ
自由な意思決定に基づく同意・承諾があるか個別具体的ある → 任意捜査(ただし承諾留置・承諾家宅捜索に注意)/ない → 強制捜査
  • 侵害・制約が「ない」経路と、同意・承諾が「ある」経路は、どちらも任意捜査に合流します。
  • 位置づけ:適法・違法の判断順序の最初の段「強制の処分か」の中身を、拡大したものです。

左手首をつかんだ事件に当てはめる

通説の定式で、最高裁が強制処分にあたらないとした事件をもう一度判定します。

  • 事案:酒酔い運転の疑いで警察署に任意同行され、呼気検査に応じるよう説得を受けていた人が、急に退室しようとしました。警察官が、その人の左手首をつかんで止めました。
問い判断理由
① 人身の自由への制約はあるかある歩き回ったり、その場を離れたりする自由(人身の自由)という重要な権利・利益に、制約が生じている
② 実質的な侵害・制約に至っているか至っていないつかんだ力はさほど強くなく、つかまれた人はすぐに振り払っている。軽度で一時的な有形力の行使にとどまる
結論強制処分にはあたらず、任意処分と理解される侵害・制約はあるが、実質的ではない
  • 最高裁の決定文は、つかんだ行為について「その程度もさほど強いものではない」としています。「一時的」という評価は、学説の当てはめの言葉です。
  • 判例の結論を、通説の言葉で「実質的ではないから強制処分にあたらない」と、理由まで説明し直せます。

何を奪えば、重要な権利・利益なのか

どんな権利・利益が問題になるかは、捜査の系統によって違います。

系統中身問題になる権利・利益
証拠収集系証拠の発見・収集プライバシー・人格権(憲法13条)。とくに私的領域/住居・書類・所持品と、それに準ずる私的領域(憲法35条1項)/通信の秘密(憲法21条2項)
犯人確保系犯人の発見・確保人身の自由=身体・行動の自由(憲法33条・34条)

(1) 証拠収集系

  • プライバシー・人格権:憲法13条が根拠として挙げられます。
    • ただし、中身はさまざまで、それだけで重要な権利・利益と即断はできません。捜査では大なり小なりプライバシーの侵害は避けられないからです。
    • そこで、厳格な手続で守るほど重要なプライバシー侵害といえるのは、私的領域におけるものと考える見解が示されています。
  • 私的領域:鞄の中や家の中のように、他人には中を見られない前提で過ごしている、とりわけ守られるべき場所や空間です。
    • 気づかれないまま私生活を継続的に把握する捜査は、まさに私的領域に手が届く場面です。重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があると評価される余地は大きい、といえます。
  • 憲法35条1項:住居・書類・所持品について、勝手に立ち入られたり、捜索・押収されたりしない権利です。
    • 最高裁は、この権利には、住居・書類・所持品に限らず、これらに準ずる私的領域に侵入されない権利も含まれる、としています。
  • 通信の秘密:通信を使う手段が問題になる場面では、私的領域とは別に、同じく重要な権利である通信の秘密への実質的な侵害・制約が問題になります。

21条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない

(2) 犯人確保系

  • 人身の自由:身体・行動の自由です。根拠は憲法33条(逮捕)・34条(抑留・拘禁)です。
    • 人身の自由は、憲法の基幹的な価値である個人の尊重の前提です。重要な権利・利益にあたるのは明らかです。
    • だから、この系統で問われるのは、侵害・制約が「実質的」といえるかどうかです(第9節)。
  • どちらの系統でも:対象者が自分の意思で応じていれば、任意処分に落ちます。ただし、その限界は別に問題になります。

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#11単独ページ動画

容ぼうの撮影

今日の問い:同じ人を、どこで撮るか

捜査機関が、令状も同意もなく人の顔や姿を撮影してよいかを整理します。

  • 設例:捜査機関が、ある人物Xが同一人物かどうかを確かめるため、Xを撮影します。人も目的も同じで、違うのは場所だけです。
① 駅前の広い通り② 誰でも入れる店の中③ 自宅の窓の内側
撮られる人人物X人物X人物X
目的同一人物かどうか確かめる同一人物かどうか確かめる同一人物かどうか確かめる
  • 問い:この3つのうち、結論が変わるのはどれか。答えは第4節で出します。
  • 判断の骨組み:撮影してよいかは、二段で決まります。
    1. 入口(該当性):撮られる側が守られる場所か。ここで強制処分か任意処分かが決まります。
    2. その先(適法性):任意処分だとしても、その撮り方は行き過ぎていないか。
  • 目印:入口は「どこで撮ったか」、その先は「どう撮ったか」です。

撮る捜査の法的性質:検証・実況見分と同じ

写真・ビデオで撮る捜査は、新しい種類の捜査ではありません。今までの枠組みがそのまま使えます。

  • 検証・実況見分:捜査機関が、目や耳で感じ取ったことを、記録に残す行為です。
  • 撮影も同じ性質:違うのは記録の残し方だけです。調書に文字で残すか、写真・ビデオで残すかの違いです。
  • 検証と実況見分の違い:令状が要るかどうかです。
検証実況見分
性質強制処分任意処分
令状検証許可状が要る(218条1項)要らない

(1) 実務でとられる3つの方法

実務では、撮影はふつう次のどれかの形で行われます。

方法中身
① 任意捜査として撮る相手の同意・承諾を得るか、同意の要らない公道のような公共の場所で撮る
② 令状を得て撮る同意が得られなければ、検証または捜索・差押えとして、令状を得てから撮る
③ すでにある画像を押収する相手の意思に反しない形で取るなら領置、意思に反しても取るなら差押え
  • 問題になる場面:3つのどれにもあたらない撮影です。同意もなく、令状もないのに撮影する場合です。

(2) 無令状の撮影を名指しで認めた条文は1つだけ

  • 原則(218条1項):検証をするには、裁判官が発する令状が要ります。
    • 例外(218条4項):身体の拘束を受けている被疑者は、裸にしない限り、令状なしで写真を撮影できます。
      • 対象は、逮捕・勾留で身体を拘束されている被疑者だけです。街を歩いている、まだ捕まっていない人には使えません。
    • 例外(220条1項2号・3項):被疑者を逮捕する場合、逮捕の現場での検証は令状が要りません。逮捕する場面に限られます。
  • それ以外の撮影:撮影を名指しして無令状で認めた条文は、218条4項だけです。逮捕の場面を離れた撮影は、条文の外にあります。
  • だから任意処分でなければならない強制処分法定主義(197条1項ただし書)により、法律に定めのない強制処分はできません。
    • 無令状の撮影が許されるには、それが任意処分だと言えなければなりません。
  • 問い:無令状の撮影は、強制処分か、任意処分か

218条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。4項:身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り第一項の令状によることを要しない

京都府学連事件:自由は認めたが、強制か任意かは決めていない

撮影される側の自由を、最高裁が初めて認めた判例です。ただし、いちばん知りたい点は決めていません。

  • 事案:学生のデモ行進で、許可の条件に違反する行進の状況を確かめるため、警察官が行進の様子を撮影した事件です。
  • 根拠憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)です。
  • 認めた自由みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由です。
    • かみ砕くと、「正当な理由もなく、勝手に顔や姿を撮られない権利」です。誰にでもあります。
    • 個人の私生活上の自由の1つです。「肖像権」と呼ぶかどうかは別とされました。
    • 警察官が正当な理由もないのに撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されません。
認めたもの決めていないもの
みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由(憲法13条を根拠とする、個人の私生活上の自由の1つ)その自由を害する撮影が、強制処分か、任意処分か(最高裁は一言も述べていない)
  • 許される場合も示した:同じ判決は、承諾も令状もない撮影が許される場合の基準も示しています(第7節の第1段)。
    • 明言しなかったのは、その撮影が強制処分か任意処分かという性質です。

京都府学連事件最高裁判所大法廷判決認めたもの個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。

13条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

入口の判断:線は「場所」で引かれる

京都府学連事件が残した「強制か任意か」の問いを考える手がかりとされるのが、次の最高裁の決定です。

  • 事案:強盗殺人事件の捜査です。防犯ビデオに写っていた人物と被告人が同じ人物かを確かめるため、捜査機関が被告人をビデオ撮影しました。
    • 撮影した場所は、公道と、誰でも入れるパチンコ店の中です。
  • 物差し:強制処分かどうかは、重要な権利・利益を、実質的に侵害・制約するかで判断します。
    • 撮影されない自由は、プライバシー、あるいは人格権の1つと理解できます。それが「重要な権利・利益」への実質的な侵害・制約にあたるかを確かめます。
  • 決定の言葉:公道やパチンコ店の中は、「人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所」だとしました。
    • 受忍せざるを得ない:他人から見られること自体は、通常、我慢するしかない、という意味です。
    • この一文は、撮影が適法だとする理由の中に置かれています。決定は、強制処分か任意処分かを明言していません。
  • 決定の読み方:こうした場所は私的領域ではないので、重要な権利の侵害・制約はなく、任意処分にあたると判断されたものと考えられています。
① 駅前の広い通り② 誰でも入れる店の中③ 自宅の窓の内側
受忍すべき場所か受忍せざるを得ない場所(私的領域ではない)受忍せざるを得ない場所(私的領域ではない)プライバシーの正当な期待が立つ場所(私的領域
考え方による結論任意処分任意処分強制処分
  • ①②が任意処分と解される理由:公道や誰でも入れる店の中は、私的領域ではありません。
    • だから、私的領域に侵入されない権利を、実質的に侵害・制約していません。
  • ③が強制処分と考えられる理由:③は決定の事案ではなく、同じ考え方をあてはめた結論です。自宅は、誰にも見られない前提で過ごす場所です。私的領域の、いちばん分かりやすい例です。
    • 自宅の中にいる人を、外から気づかれないように密かに撮影すれば、私的領域に侵入されない権利を実質的に侵害・制約します。
    • 強制処分なので、令状なしで撮れば違法です。
  • 答え:場所1つで、③の自宅の窓の内側だけ、結論が反転します。

防犯ビデオの人物との同一性を確かめるためのビデオ撮影最高裁判所決定「受忍せざるを得ない場所」いずれも、通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。

(1) 入口の判断は類型的に行う

  • 類型的な判断:強制処分かどうかは、処分の類型ごとに判断します。事案ごとの捜査の必要性の大小は、関係ありません。
    • 例:①〜③がすべて重大事件の捜査だったとしても、結論は変わりません。
    • 「重大な事件だから、自宅の中でも撮ってよい」という考え方は通りません。
  • なぜ混ぜないのか:類型的な判断に個別の必要性を混ぜると、判断がぶれるからです。

(2) なぜ「場所」が材料になるのか

  • 類型的に判断するには、捜査機関の見立てや事件の重さで答えが動かない材料が要ります。
  • 場所はその材料になる:その人が今どこにいるかは、外から見て、誰にでも同じように分かります。測る人が変わっても動きません。

「令状を取ればよいのでは」:検証許可状の壁

自宅の中を密かに撮るなら、検証許可状を取ればよい、と考えたくなります。しかし、この道具で撮るのは困難です。

  • 素直な発想:写真撮影は検証の性質を持つ → 検証許可状を取る → 撮影する。
    • 令状の種類としては、合っています。
  • 壁:令状の提示(110条):差押状・捜索状は、処分を受ける人に示さなければなりません
    • 222条1項が、110条を、捜査機関がする検証にも準用しています。だから検証許可状も、執行のときに相手に見せなければなりません。
  • 結果:密かに撮るその瞬間に、令状を見せることになります。
    • 相手に気づかれた瞬間、それまでと同じようには撮れません。密かに撮るという行為の意味そのものが消えます。
  • ここがこの論点の切実さ:検証許可状という道具はあるのに、密かに撮る捜査に使うのは困難です。

110条刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収、捜索等(99〜127条)差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない

その先の判断:任意処分として適法か

入口で任意処分だと分かっても、それで終わりではありません。もう1段、適法かどうかの判断があります。

段階何を判断するかどう判断するか
入口:該当性の判断強制処分か、任意処分か私的領域かどうかを、類型的に判断する
その先:適法性の判断(任意処分だと分かったら)その任意処分は適法か合理的な理由・必要な限度・相当な方法の3要件で判断する
  • 任意処分でも無制限ではない:決定は、次の3つの要件にあたることを確かめたうえで、撮影を適法としています。

(1) 撮影が任意処分として適法であるための3要件

第4節と同じ最高裁の決定の判示から、次の3要件があれば、承諾も令状もない撮影も適法と判断している、と読み取れます。

要件意味
合理的な理由撮影される人が犯人だと疑う、まっとうな理由があること
必要な限度捜査の目的を達するのに、見合った範囲であること
相当な方法撮り方が、行き過ぎていないこと
  • 決定の当てはめ:被告人が犯人だと疑う合理的な理由がありました。
    • 撮影は、犯人の特定という重要な判断に必要な証拠を得るため、必要な限度で行われました。
    • 場所は、公道とパチンコ店の中という、受忍せざるを得ない場所でした。
    • 必要な範囲で、相当な方法で行われたので、捜査活動として適法とされました。
  • 覚えるのはこの形1つ:答案では、この3要件を使います。第7節の変遷は、なぜこの形になったかを理解するためのものです。

防犯ビデオの人物との同一性を確かめるためのビデオ撮影最高裁判所決定任意処分としての適法性捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ、かつ、前記各ビデオ撮影は、強盗殺人等事件の捜査に関し、防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう、体型等と被告人の容ぼう、体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため、これに必要な限度において、公道上を歩いている被告人の容ぼう等を撮影し、あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内において被告人の容ぼう等を撮影したものであり、いずれも、通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば、これらのビデオ撮影は、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、捜査活動として適法なものというべきである。

要件はどう緩んだか:4段の変遷

3要件は、最初からこの形だったわけではありません。撮影が許される場面は、裁判例ごとに広がってきました。

  • 3つの場面:どの段階の基準から、適法になりうるかを見ます。
場面中身適法になりうるのは
A犯行の後、逃げていく犯人を撮影する第1段の基準から
B犯行が起きそうな現場に、あらかじめカメラを回しておく第2段の基準から
Cまだ犯人だと決まっていない段階で、その人を撮影する第3段の基準から
出典
1京都府学連事件(最高裁)+ 自動速度監視装置による写真撮影の判例(最高裁)現行犯または準現行犯人性証拠保全の必要性・緊急性撮影方法の相当性
2山谷ビデオカメラ事件(高等裁判所)当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性・緊急性撮影方法の相当性
3屋外駐車場の不審火事件(地方裁判所)罪を犯したと考えられる合理的な理由捜査の目的を達するための撮影の必要性・緊急性撮影方法の相当性
4第4節・第6節の最高裁の決定合理的な理由「緊急性」への言及なし相当な方法
  • ①の変化:「現行犯または準現行犯人性」→「相当高度の蓋然性」→「合理的な理由」と緩みました。
    • 現行犯または準現行犯人性:犯罪が現に行われている、または行われて間もないことです。場面Aを想定した基準です。
    • 相当高度の蓋然性:その場所で犯罪が起きる確率が高い、で足ります。防犯ビデオを使った事件で、場面Bにあたります。
    • 合理的な理由:屋外駐車場で火をつける事件が繰り返し起きていた事案です。近くにいる疑わしい人の家の前を、あらかじめビデオで撮影していました。
    • 第4段の最高裁の決定の言葉:京都府学連事件などの判例は、現に犯罪が行われ、または行われて間もない場合のほかは撮影が許されない、という趣旨まで述べたものではない、としました。
    • まとめた読み方:現行犯性や相当高度の蓋然性は、「合理的な理由」を事案に応じて示したものと読めます。
      • 帰結:撮られた人が実は犯人でなくても、撮影の時点で合理的な理由があれば、適法になりえます(場面C)。
  • ②の変化:第2段で「あらかじめ」が付け加わりました。第4段では「緊急性」に触れていません。
    • 緊急性の読み方:決定は、触れなかった理由を述べていません。緊急性は必要性が特に高いことを示すにすぎず、不可欠の要件ではない、と解されています。
  • ③は不変:撮影方法の相当性だけは、最初から最後まで変わっていません。

学説:比例原則の天秤

最高裁は、3要件の場面を「任意捜査だ」とはっきり言っているわけではありません。学説は、一般に任意捜査と理解し、比例原則で適法性を判断すべきだとしています。

  • 比例原則:権利・利益の侵害・制約の程度と、捜査の必要性を天秤に乗せ、釣り合いを見る考え方です。
    • この釣り合いそのものを、相当性と呼びます。
乗せるもの
左の皿:侵害・制約の程度具体的な撮影方法 など
右の皿:捜査の必要性(総合的に)犯罪の重大性/② 嫌疑の程度(その人がやったと疑う根拠が、どれくらいあるか)/③ 証拠としての重要性(ほかの方法で代わりが利かないか)など
  • 左の皿:公道での撮影でも、みだりに撮影されない自由の制約はあります。撮影方法が不相当だと、その程度が大きくなります。
    • 例:執拗に撮ったり、必要もないのに撮り続けたりすると、左の皿が重くなります。
  • 結論の出し方:天秤が右(必要性)に傾けば適法、左(侵害・制約)に傾けば違法です。

(1) 2つの「相当性」を混同しない

同じ「相当性」という言葉が、2つの意味で使われています。中身が違うので、混同しないようにします。

撮影方法の相当性比例原則の相当性
何を比べるか撮影の必要性という目的と、撮影方法という手段の権衡権利・利益の侵害・制約の程度と、捜査の必要性全体の権衡
位置づけ3要件のうち③にあたる、1つの要素天秤そのものの呼び名
  • 権衡:釣り合いのことです。目的の大きさに対して、手段が強すぎないかを見ます。

(2) 撮影方法の相当性を欠きやすい例

  • 必要性がないのに、漫然と撮影を続ける
  • 生活状況が分かってしまうほど、長期間撮影する
  • 事件と無関係な通行人や車まで撮影する
  • 長期間、特定の人をズームアップして監視・追跡する

写真とビデオ、撮影時間の長さ:どちらの判断で効くか

撮影の性質や長さの違いは、場所で類型的に判断する立場では、入口ではなく、その先の判断で効きます。

(1) 写真とビデオ

写真ビデオ
該当性の判断(私的領域かどうか)区別しない区別しない
比例原則の判断(適法性の検討)撮影されない自由の制約はあるが、ビデオより小さい連続した映像+音声を記録するので、侵害の程度が大きくなる
  • 入口で区別しない理由:強制処分かどうかは、私的領域かどうかで決まるからです。
  • その先で区別する:ビデオは、写真よりプライバシー・人格権への侵害が大きく、天秤の左の皿が重くなります。
    • 写真で足りるなら、写真を使うべきです。
    • 承諾もなく、無令状でビデオ撮影をするなら、それを正当化できるだけの捜査の必要性が求められます。

(2) 撮影時間の長さ

  • :同じ公道で、Xを1分だけ撮影する場合と、何か月も撮り続ける場合を比べます。
    • 何か月も撮れば、Xの行動パターンが丸ごと分かります。私的領域に踏み込んだのと同じだ、と感じるかもしれません。
入口:該当性その先:適法性
何で決まるか場所撮影方法の相当性など
撮影時間の長さは類型的に判断するなら効かない(何か月続けても、公道は公道のまま)効く(生活状況が分かるほど長期の撮影は、相当性を欠く典型)
  • 別の考え方:長く撮るほど情報が集まり、私的領域への侵入と同じだと言えれば強制処分になる、という考え方もありえます。
    • 該当性を場所で類型的に判断する立場からは、時間の長さは適法性の側で考慮すべきことになります。
  • 目印:その立場では、「場所」と「時間」は、別の箱で効きます。

あてはめ:同じ形の事案を解く

第4節・第6節の最高裁の決定と同じ形の事案で、二段の判断を通します。

  • 事案:強盗殺人事件の捜査で、公道とパチンコ店の中で、被告人をビデオ撮影しました。
  • 入口:公道とパチンコ店の中は、受忍せざるを得ない場所で、私的領域ではありません。だから任意処分です。
  • その先:比例原則の天秤に、事案の事実を乗せます。
要素事案の事実
左の皿軽い① 撮影方法気づかれないように密かに撮っているが、執拗ではなく、明らかに必要性が認められないとまでは言えない
右の皿重い① 犯罪の重大性強盗殺人という重大な事件
② 嫌疑の程度被告人には相応の嫌疑がある
③ 証拠としての重要性同一性の確認に、撮影で得られる証拠は不可欠
  • ビデオである必要性:連続した映像でなければ、防犯ビデオの人物との精密な対照ができません。
    • だから、写真ではなくビデオで撮る必要性も、認められます。
  • 結論:左は軽く、右は重いので、天秤は右に傾きます。比例原則の相当性が認められ、撮影は適法です。
  • 答案の骨格:①私的領域ではないから任意処分、②比例原則にかなうから適法。2つの検討を、両方行います。

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#12単独ページ動画

会話傍受と秘密録音

相手が知らないうちに録音する:2つの場面

捜査機関が、相手に知られないまま会話を録音してよいかを整理します。

  • 場面①:ある部屋でXとYが話しています。その会話を、外にいる第三者Zが、装置を使って聞いて録音します。XもYも気づいていません。
  • 場面②:Xと話しているY自身が、Xに知らせずに、その会話を録音します。
  • 問い:どちらも「相手が知らないうちに録音する」点は同じです。結論も同じでしょうか。
  • 答え:結論は反転します。①は違法、②は任意処分として適法になりえます(第6節・第12節)。
  • 骨組み:2つは、入口から別の道を通ります。
    • 場面①(傍受):まず「認める条文があるか」でつまずきます(第2節〜第6節)。
    • 場面②(秘密録音):条文の話ではなく、「放棄」という理屈で説明されます(第7節・第8節)。

傍受の法的性質:2本立ての根拠

強制処分かどうかは、「重要な権利・利益」を「実質的に侵害・制約」するかで、類型的に判断します。この物差しを、場面①の傍受に当てます。

  • 傍受:会話の当事者の、どちらの同意も得ずに、その会話を聞き取ることです。
  • 通信の秘密(憲法21条2項):電話やメールのような通信を守る、憲法上の権利です。
  • 私的領域に侵入されない権利:他人に踏み込まれない私的な領域を守る権利です。
    • 会話を密かに聞き取られない利益は、通信を使うかどうかに関係なく認められます。
通信の秘密(憲法21条2項)私的領域に侵入されない権利
電気通信の傍受(電話・メールなど)実質的に侵害・制約する実質的に侵害・制約する
口頭の会話の傍受(肉声)問題にならない(電気通信ではないため)実質的に侵害・制約する
  • ポイント:通信の秘密が使えなくても、私的領域に侵入されない権利が、もう1本の根拠として残ります。
    • だから、口頭の会話の傍受も強制処分にあたります。

21条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない

(1) 例外:公道で大声で話す会話

  • 原則:自宅などでの会話は、プライバシーが強く保護されるべき会話です。傍受すれば私的領域への侵入となり、強制処分です。
    • 例外:駅前の広場で、周囲に丸聞こえの大声で話しているXの会話を録音する場合です。
      • プライバシーが強く保護されるべき会話とはいえないなら、私的領域への侵入とはいえない場合もあります。そのときは任意処分です。
  • 目印:撮影で見た「受忍せざるを得ない場所」と同じ考え方です。「場所」の物差しは、音の場面でも使えます。

条文の穴:口頭の会話の傍受を認める条文が無い

傍受が強制処分だとすると、次は「法律がそれを認めているか」です。電気通信と口頭の会話で、答えが分かれます。

電気通信の傍受口頭の会話の傍受
認める条文222条の3通信傍受法無い
結論法律の定めに従って実施できる強制処分法定主義により、できない
  • 222条の3:電話などの電気通信を、当事者の同意なく傍受する強制処分は、「別の法律で定める」としています。
    • その法律が通信傍受法です。要件や手続の中身は、この法律に書かれています。
    • 番号の注意:古い教科書では「222条の2」と書かれています。番号が変わる前の表記です。
      • 今の222条の2は、傍受とは関係のない罰則の規定です。傍受を法律に任せているのは、今は222条の3です。
  • 口頭の会話の傍受:例えば、部屋に盗聴器を仕掛けて肉声を聞く捜査です。
    • 電気通信によらないので、通信傍受法の規制の外にあります。認める条文がありません。
  • 結論:強制処分にあたるのに、認める条文が無いので、違法です。
    • 強制処分法定主義(197条1項ただし書):法律に特別の定めがない強制処分はできない、という原則です。
  • 立法は見送り:2016年(平成28年)の法改正の際、会話の傍受を立法で認めるべきかも議論されました。しかし、引き続き検討が必要だとして見送られました
    • 「作らない」と決めたのではなく、結論を先送りした状態です。
    • 会話の傍受ができない不都合は、実際にあります。それでも立法には至らず、条文が無いまま今に至っています。

222条の3刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない

検証許可状で電話傍受を認めた最高裁の決定

条文が無いなら、「検証許可状を取ればよいのでは」と考えたくなります。実際に、最高裁が検証許可状による電話傍受を認めた例があります。

  • 検証:捜査機関が、目や耳で感じ取ったことを、記録に残す処分です。令状(検証許可状)が要ります。
  • 事案:通信傍受法ができる前の事件です。流れは次のとおりです。
    1. 覚醒剤の密売事件の捜査:北海道警察が、覚醒剤の営利目的での譲渡しを捜査していました。
    2. 検証許可状の請求・発付:旭川簡易裁判所の裁判官に請求し、検証許可状が出されました。
    3. 電話機2台の拡声聴取・録音:立会人2名のもとで実施しました。
    4. 対象外の通話は遮断:立会人がスイッチを切って、関係のない通話を聞かないようにしました。
  • 判断
    • 強制処分:電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する強制処分です。
    • 検証としての性質:通話の内容を耳で聞き取り、記録する点で、検証としての性質も持ちます。
    • 結論:一定の要件のもとなら、検証許可状による電話傍受も、当時の法律上許されていたとしました。

(1) 憲法上許される6つの要件

最高裁は、電話傍受が憲法上許される条件も示しました。

  1. 犯罪が重大であること
  2. 被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があること
  3. その電話で、被疑事実に関連する通話が行われる蓋然性があること
  4. 電話傍受以外の方法では、重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難なこと
  5. 侵害される利益の内容・程度を慎重に考慮しても、なお真にやむを得ないこと
  6. 法律の定める手続に従うこと
  • 覚えるのは形だけ:「重大性・嫌疑・蓋然性・補充性・やむを得ないこと・手続」の6つの並びです。
    • 補充性:ほかに手が無いこと(④)です。

電話傍受を検証としてできるとした決定最高裁判所決定強制処分性と合憲となる要件電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分である一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではない重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。検証としての性質と結論電話傍受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる。対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。

なぜ検証許可状で足りたのか

最高裁は、検証許可状で電話傍受ができた理由を4つ挙げています。

理由中身
検証としての性質電話傍受は、耳で聞き取って記録する点で、検証の性質を持つ
裁判官の事前審査裁判官が、傍受の前に要件を満たすか審査できる(令状主義の役割そのもの)
対象の特定検証許可状に、傍受する場所・電話回線・実施の方法・期間をできる限り限定して書き、対象をかなり特定できる
条件の付加身体検査令状について、裁判官が条件を付けられる規定を準用する。第三者の立会いと、対象外の通話の速やかな遮断を、条件にできる
  • ④の条文番号:今は218条9項です。この決定が引いたときは5項でした。番号が動いている条文です。
    • 実際にこの事件でも、立会人がつき、対象外の通話はスイッチを切って遮断していました。

218条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)9項:裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を付することができる

(1) スポットモニタリング(129条)

  • 問題:傍受してみるまで、捜査の対象の通話かどうか分からない場合があります。
  • 答え:対象の通話にあたるか明らかでない通話でも、判断に必要な限度で傍受できます。
  • 根拠:129条の「その他必要な処分」に、この判断のための傍受が含まれる、というのが最高裁の理由づけです。
    • 判断のために少しだけ聞くことを、俗にスポットモニタリングと呼びます。

129条刑事訴訟法 第一編 総則 第十章 検証(128〜142条)検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる

(2) 今は過去の判例

  • 現在:電気通信を傍受するなら、通信傍受法の手続によるしかありません。
  • 検証許可状の道:もう使えない、という理解が定着しています。
    • 法律が整備されたことで、この判例が使われる場面は過ぎ去りました。

それでも会話傍受はできない:3段の結論

電話傍受の決定の考え方を借りて、口頭の会話の傍受も検証許可状でできないか、が問題になります。答えは「できない」です。

内容
強制処分にあたる私的領域に侵入されない権利を、実質的に侵害・制約する
認める条文が無い口頭の会話の傍受は、通信傍受法の規制の外にある
既存の令状の器も使えない事後通知・不服申立てが無い/侵害が通信傍受より相当に大きい/要件を満たすのが一層困難
結論違法
  • 強制処分法定主義が、抽象論ではなく、具体的な捜査手法を実際に止めた場面です。

(1) ③の中身:3つの理由が重なる

検証許可状の枠組みを使えない理由は、1つではありません。3つが重なって、はじめて結論が出ます。

  1. 事後通知・不服申立ての仕組みが無い
    • 事後通知:傍受された後、そのことを本人に知らせる手続です。不服申立て:本人が「不当だ」と争う手続です。検証許可状には、どちらもありません。
    • 最高裁自身が、この点に問題があることは「否定し難い」と認めました。
    • ただし、それを理由に電話傍受まで許されなかったとは言えない、と続けています。
    • だから、この理由は単独では決め手になりません。次の2つと重なって効きます。
  2. 侵害が通信傍受より相当に大きい
    • 装置を置いた場所の会話すべてが聞かれます。通信傍受なら、その通信だけです。
    • 装置を設置するために、住居などに密かに立ち入ることもあります。
    • 私的領域に侵入されない権利への食い込み方が、通信の傍受とは比べものになりません。
  3. 要件を満たすのが一層難しい
    • 会話の傍受にも、検証としての性質はあります(第5節の理由①は残ります)。難しくなるのは、最高裁が電話傍受に求めた条件のほうです。
    • 部屋のどこまでが対象か特定しにくく立会人を置きにくいです。
    • 対象外の会話だけを選んで遮断するのも、通話よりはるかに難しいです。スポットモニタリング(第5節(1))ができるかも、同じく問題になります。

電話傍受を検証としてできるとした決定最高裁判所決定最高裁自身が認めた弱点もっとも、検証許可状による場合、法律や規則上、通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、電話傍受は、これを行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に限り、かつ、前述のような手続に従うことによって初めて実施され得ることなどを考慮すると、右の点を理由に検証許可状による電話傍受が許されなかったとまで解するのは相当でない

秘密録音:もう1つの入口

ここから場面②です。会話の相手自身がこっそり録音する場合は、傍受とは入口が違います。

  • 秘密録音:会話の一方の当事者が、相手の同意を得ないで、秘密に録音することです。
① 傍受(誰も知らない)② 秘密録音(相手だけが知らない)
録音する人会話の外にいる第三者Z会話の当事者Y自身
気づいているかXもYも気づいていないYは気づいている。Xだけが気づいていない
傍受にあたるかあたる(電気通信なら通信の秘密も問題になる)あたらない(当事者Y自身が録音するため)
  • この違いが結論を反転させます:①は「誰も知らない」、②は「相手だけが知らない」です。
  • 傍受との線引き:222条の3の傍受は、通信の当事者の「いずれの同意も得ないで」聞くことです(第3節)。
    • ②は当事者Y自身が録音するので、傍受ではありません。対面でも電話でも同じです。
    • 例:脅迫電話を受けた被害者の協力で、その通話を録音するのは、通信傍受法の傍受ではなく任意捜査です。
    • だから、①で強制処分の根拠になった「通信の秘密」の理屈は、②には使えません。

(1) 私人による秘密録音と、捜査機関による秘密録音

秘密録音をする側が、私人か捜査機関かで、最高裁の判断があるかどうかが違います。

私人が秘密録音した場合捜査機関が秘密録音した場合
最高裁の判断適法と認めている判断を示していない
根拠① 新聞記者が取材で秘密録音した事件/② 詐欺の被害者が秘密録音した事件(どちらも最高裁の決定)まだ無い
  • 私人の場合:新聞記者が、取材のため、相手との会話を秘密に録音した事件と、詐欺の被害者が、被告人との会話を秘密に録音した事件です。
    • どちらの決定も、相手の同意を得ない録音でも違法ではない、としました。
  • 捜査機関の場合:最高裁は、まだ決めていません。
    • 京都府学連事件が「撮影されない自由」を認めつつ、強制か任意かを決めなかったのと同じ型です。
    • 最高裁がまだ決めていない部分は、学説が埋めます(第8節)。

学説:「放棄」による任意処分

捜査機関による秘密録音を、強制処分と考える見解もあります。しかし、多数の見解は任意処分と説明します。

  • 侵害はある:秘密録音が、相手のプライバシーや人格権を、多かれ少なかれ侵害することは否定できません。
  • それでも任意処分:相手は、会話の秘密性を、一方の当事者の支配に委ねて放棄していると認められます。
    • だから、強制処分として保護すべきほどの「重要な権利・利益への実質的な侵害・制約」とまではいえません。
  • 同意・承諾の応用:同意や承諾があれば、権利・利益が放棄されて任意処分になります。その考え方の応用です。

(1) 同意していないのに放棄?:二段の切り分け

Xは録音に同意していません。それでも「放棄」といえるのは、放棄しているものが違うからです。

録音への同意話を聞かれることについての秘密性
Xは放棄しているか放棄していない(同意していない)放棄している(Yを選んで話した時点で)
だからここは同意なし。争いにならないここが、任意処分と説明される理由になる
  • 中身はもう渡っている:Xは、Yを選んで話しました。その時点で、話の中身はYの頭の中にあります。
    • Yに聞かれることは、Xが引き受けています。渡っていないのは「録音されること」だけです。
  • :Yがあとで、こっそり手帳に書き留めても、「聞かれた」こと自体は変わりません。変わるのは、その手帳が録音機だったときです。
  • 物差しは同じ:本人が自分から委ねているなら、そもそも奪われていません。委ねた中身が、録音ではなく「聞かれること」だったという違いです。
  • その先が残る:放棄で片づくのは入口(強制処分か任意処分か)だけです。任意処分として適法かを、もう1段判断します。

任意処分としての適法性:裁判例が割れている

任意処分としての適法性については、下級審の判断が2つの枠組みに割れています。

千葉地方裁判所の判決東京地方裁判所の判決
出発点原則として違法原則違法とはしない
適法となる条件録音の経緯・目的・必要性と、侵害される利益との権衡を考え、具体的な状況のもとで相当と認められる限度録音の目的・対象・方法・内容・状況を総合し、手続に著しく不当な点が無いこと
  • 原則違法の立場(千葉地裁):捜査機関による秘密録音は、原則として違法です。相当と認められる限度でだけ許されます。
    • 権衡:釣り合いのことです。
    • 厳しさの理由:「司法の廉潔性」です。相手の知らないうちに録音した会話を、裁判所が裁判の資料に使うこと自体が、裁判の公正さを傷つけかねないからです。
      • 録音のしかただけでなく、使う側(裁判)の問題でもあります。
  • 原則違法としない立場(東京地裁):対話者は、相手に会話を聞かれることは認めています。だから、諸事情を総合して、手続に著しく不当な点があるかで決めます。

捜査機関による秘密録音を原則違法とした判決千葉地方裁判所判決原則違法・例外的に許容このような録音を刑事裁判の資料とすることは司法の廉潔性の観点からも慎重でなければならない捜査機関が対話の相手方の知らないうちにその会話を録音することは、原則として違法であり、ただ録音の経緯、内容、目的、必要性、侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容される

会話の秘密性の放棄から適法性を考えた判決東京地方裁判所判決原則違法とは言わない対話者の一方が相手方の同意を得ないでした会話の録音は、それにより録音に同意しなかった対話者の人格権がある程度侵害されるおそれを生じさせることは否定できないが、いわゆる盗聴の場合とは異なり、対話者は相手方に対する関係では自己の会話を聞かれることを認めており会話の秘密性を放棄しその会話内容を相手方の支配下に委ねたものと見得るのであるから、右会話録音の適法性については、録音の目的、対象、手段方法、対象となる会話の内容、会話時の状況等の諸事情を総合し、その手続に著しく不当な点があるか否かを考慮してこれを決めるのが相当である。

(1) 結論に大差はない

  • 材料は重なる:どちらも、録音の目的・方法・会話の内容・対象者の状況・必要性を使います。
  • 基準は違う:千葉地裁は「相当と認められる限度でのみ許容」、東京地裁は「著しく不当な点があるか」で判断します。
  • それでも結論に大差はない:考え方は固まっていませんが、最終的な適法・違法の結論に大きな差は出ないとされています。
  • 答案では:どちらの型で書いてもかまいません。大事なのは、考慮要素を落とさないことです。

「会話の自由」

学説にも、2つの立場があります。原則違法の立場の根拠が、「会話の自由」です。

  • 学説の2つの立場
    • 原則適法・例外的に違法
    • 原則違法・例外的に適法:根拠は「会話の自由」です。
  • 会話の自由:親しい人との間で、気を遣わずに、ざっくばらんに話せる自由です。個人の私生活にとって、重要な価値を持ちます。
録音を気にせず話せるとき常に録音を覚悟しなければならないとき
話し方気を遣わず、ざっくばらんに話せる身構えて、いつもと同じようには話せない
何が痩せていくかなし会話の自由も、それを支えている期待も痩せていく
  • 秘密録音が気持ち悪い理由の正体:「録音されているかもしれない」と常に身構えるのが当たり前になると、会話の自由が損なわれます。
  • この立場でも例外はある:利益を比べて、例外的に適法になる場合は認めます。結局、第9節の千葉地裁の判決(原則違法・相当な限度で許容)と同じ判断枠組みに戻ります。

比例原則の天秤:撮影との対比

利益の比べ方を、比例原則の天秤の形にします。撮影のときと形は同じで、左の皿の中身だけが変わります。

  • 比例原則:侵害・制約の程度(左の皿)と、捜査の必要性(右の皿)を比べ、釣り合いを見る考え方です。
左の皿:プライバシー・人格権がどれだけ削られたか右の皿:捜査の必要性
撮影① 具体的な撮影方法(これ1つだけ)① 犯罪の重大性/② 嫌疑の程度/③ 証拠の重要性(代替手段の不存在)
秘密録音① 具体的な録音方法/② 会話の内容/③ 対象者の対応(3つとも、会話の自由を含めて削られた程度を見る)① 犯罪の重大性/② 嫌疑の程度/③ 証拠の重要性(代替手段の不存在)(撮影と完全に同じ)
  • ポイント:右は変わらず、左だけが1つから3つに増えます。
    • 撮影は「どう撮ったか」の1点で足ります。録音は「どう録音したか」「何を録音したか」「相手がどう対応したか」の3点が絡みます。
    • 比例原則は同じ形で、中身だけが手法ごとに差し替わります。

(1) 左の皿の3要素

要素侵害の程度が大きくなる/小さくなる場合
具体的な録音方法強制・挑発・欺罔・偽計を使えば、大きくなる身分を隠して話を引き出す
会話の内容会話の自由が期待される状況や、プライバシー・人格権に関わる内容なら、大きくなる家族の病気の話まで録音する
対象者の対応何が起きているか分かったうえで、自分から話しているなら、小さく見る捜索に来た相手だと分かって話している
  • 4つの手口:どれも、相手の口を不当にこじ開ける点で同じです。
    • 強制:無理やり言わせること
    • 挑発:けしかけて言わせること
    • 欺罔・偽計:嘘や仕掛けで思い違いをさせて言わせること(身分を隠すのは偽計にあたります)

(2) 右の皿の3要素

  • 犯罪の重大性
  • 嫌疑の程度
  • 証拠の重要性:ほかの方法で、代わりが利かないかどうかです。

あてはめ:天秤の両側を埋める

場面②の秘密録音を、天秤に乗せて判断します。反対の事例も並べます。

  • 本件(Yが録音):Yが捜査官の場合(最高裁の判断が無い場面)を考えます。
    • 左の皿(軽い):強制・挑発・欺罔・偽計は使われていません。会話の内容は特定の用件だけで、会話の自由の侵害はありません。Xも状況を理解して、自発的に話しています。
    • 右の皿(重い):重大な犯罪で、相当の嫌疑があります。声の照合には録音が証拠として重要で、代わりの方法もありません。
    • 結論:左は軽く、右は重いので、天秤は右に傾きます。比例原則の相当性が認められ、適法です。
  • 反対事例①:捜査官が身分を隠して近づき、強制・挑発・欺罔で発言を引き出しながら録音する場合です(左の皿の①録音方法)。
  • 反対事例②:気心の知れた相手との内輪の話を、会話の自由が損なわれるような形で録音する場合です(左の皿の②会話の内容)。
    • ①②の結論:侵害・制約の程度が大きくなります。捜査の必要性が極めて大きい例外的な場合でない限り、相当性は認められず、違法です。
  • 目印:天秤は、いつも同じ向きに傾くとは限りません。両側を実際に乗せてみて、はじめて分かります。

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#13単独ページ動画

GPS捜査とエックス線検査

三重の縛り:どちらが、どこで崩れるか

この回で扱う2つの捜査は、どちらも違法です。ただし、違法になる理由の段が違います。

  • 三重の縛り:ある捜査が強制処分だと判定されると、次の3つが同時にかかります。上から順に確かめます。
縛り問われること
① 強制処分法定主義その処分を許す条文があるか
② 令状主義裁判官の令状を取り、相手に示した
③ 比例原則必要性に見合った、相当なやり方
  • 2つの捜査の違い
    • エックス線検査:令状さえ取れば、適法にできたはずの捜査です。
    • GPS捜査:令状が要る強制処分です。ただし、今の法律の令状で行うこと自体に、最高裁が疑義を示しました。
  • この回の軸:強制処分だと分かった後、どの段で落ちるのかを見分けます。

エックス線検査:宅配便の中身を外から見る

1つ目の場面は、宅配便の荷物に、外からエックス線を当てた捜査です。

  • 事案:ある会社が覚醒剤を密売している疑いで、警察が内偵を進めていました。
    • 警察官は、その会社宛てに配達される予定の宅配便の荷物を怪しみました。
    • 宅配便業者に頼んで荷物を借り受け、業者の承諾を得て、エックス線検査をしました。
    • 荷送人(送り主)と荷受人(受け取り主)の承諾は、得ていません。
  • 射影:エックス線を当てると、中の物の形が透けて見えます。その画像のことです。レントゲンと同じ仕組みです。
登場人物何をしたか承諾
捜査機関荷物を借り受け、エックス線で検査した
宅配便業者荷物を預かっていて、捜査機関に貸したあり
荷送人・荷受人封をした荷物を、業者に預けたなし
  • 問い:このエックス線検査は、捜査として適法か。

エックス線検査は、検証としての強制処分

荷物を持ち去らず、開けもしない検査が、なぜ強制処分になるのかを整理します。

(1) 押収ではなく、検証にあたる

捜査で物に向かう強制処分には、押収と検証があります。違いは「物を取るか、物を見て確かめるか」です。

押収検証
どんな処分か物の占有を取得する処分物の性質・形状・状態を認識する処分
すること物を持って行く見る・記録する。持ち去らない
エックス線検査はあたらない(持ち去らない・開けない)あたる(外から光線を当てて、中を見て認識する)
  • 検証:捜査機関が、見る・聞くといった五官の働きで、物や場所の状態を確かめる処分です。写真やビデオで撮る捜査も、同じ性質です。
  • 検証も強制処分の一種です。なぜ強制処分にあたるのかは、次の物差しで確かめます。

(2) なぜ強制処分なのか:何を暴いたか

  • 物差し:強制処分かどうかは、重要な権利・利益を、実質的に侵害・制約するかで判断します。
  • 最高裁の判断:エックス線の射影で、中身の形状や材質が分かります。中身によっては、品目まで相当程度具体的に特定できます。
    • だから、荷送人・荷受人の、中身についてのプライバシーを大きく侵害します。
    • よって、検証としての性質を有する強制処分にあたります。
  • 比べると分かる:業者が荷物の重さを量るだけなら、中身が何かまでは分かりません。エックス線は、中身の形・材質・品目まで、外から暴いてしまいます。
  • 目印:「触れたかどうか」ではなく、「何を暴いたか」で決まります。占有を奪っていなくても、強制処分になりえます。

宅配便荷物のエックス線検査事件最高裁判所決定エックス線検査は検証としての強制処分本件エックス線検査は、荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため、荷送人や荷受人の承諾を得ることなく、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。

「承諾」は誰のものか:占有と権利のズレ

業者は承諾していました。それでも任意処分にならないのは、承諾できる人が違うからです。ここが、この事案でいちばん間違えやすい点です。

  • 誤った発想:「業者が承諾しているのだから、任意処分ではないか」。
  • 確かめること:荷物の中身について、プライバシーの利益を持っているのは誰か。
宅配便業者荷送人・荷受人
荷物を占有しているかしている(一時的に預かっているだけ)していない
中身のプライバシーの利益を持つか持っていない(中身を委ねられていない)持っている(封をして預けた本人)
  • 信書に準ずる性質:荷物は、荷送人が封をして、中を見られない前提で業者に預けたものです。
    • 信書:特定の人から特定の人へ宛てた、中身を読まれない前提の手紙です。
  • 結論:業者がいくら承諾しても、荷送人・荷受人の承諾がない限り、任意処分にはなりません
  • 目印:占有している人と、権利を持っている人は別です。「持っているから決められる」とは限りません。

エックス線検査の結論:令状主義違反で違法

エックス線検査を、三重の縛りに当てはめます。

  • 適法にやるには:裁判官の検証許可状(218条1項)を得る必要がありました。
    • 令状を示す義務:110条は、差押状・捜索状を「処分を受ける者」に示すよう定めています。222条1項が、これを捜査機関の検証にも準用しています。
    • 誰に示すか:判決は述べていません。中身の利益を持つ荷送人か荷受人に示す、という考え方があります。
  • 最高裁の結論:検証許可状の発付を得ることは可能だったのに、得ずに行ったので、違法です。
    • =令状を取れたのに、取らなかった、ということです。
    • 違法とされましたが、見つかった覚醒剤などの証拠能力は否定されていません
縛りエックス線検査
① 強制処分法定主義検証という条文の受け皿がある → クリア
② 令状主義検証許可状を取らずに実施した → 違反
③ 比例原則②で違法が確定するので、立ち入らない
結論令状主義違反で違法

宅配便荷物のエックス線検査事件最高裁判所決定検証許可状を得ずに行った違法本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって、検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法であるといわざるを得ない。

218条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

110条刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収、捜索等(99〜127条)差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない

GPS捜査:車に端末を取り付ける

2つ目の場面は、車に密かにGPS端末を取り付けて、居場所を追い続けた捜査です。

  • 事案:複数の共犯者による、連続した窃盗事件の捜査です。
    • 警察は、組織性の有無や被疑者の役割を含め、犯行の全容を解明する必要がありました。
    • 被疑者や共犯者らが使う自動車など合計19台に、本人らの承諾なく令状も取らずに、GPS端末を密かに取り付けました。
    • 約6か月半にわたって、その所在を検索し、移動状況を把握し続けました。
  • 問い:このGPS捜査は、捜査として適法か。

(1) 装着型と、会社から位置情報を得る方法

位置情報を得る捜査には、車に端末を付ける方法のほかに、携帯電話会社などを通じて、令状で位置情報を取得する方法もあります。この回で扱うのは、車に直接取り付ける装着型です。

装着型(この回の事案)携帯電話会社などを通じて取得する方法
処分を受ける人その車を使う本人通信会社
令状を示す相手本人通信会社
事前に令状を示すと本人に気づかれ、端末を外される本人には知られない
  • 装着型の弱点:仮に令状を取っても、事前に本人に見せた時点で、捜査の目的を達せられません。この点が、第10節の「令状を発付しても無理がある理由」につながります。

「尾行と同じでは?」:任意説の言い分

GPS捜査は任意処分だ、という見方があります。その筋道を先に確認します。

任意説の主張中身
① 分かるのは所在位置だけ端末を付けた車が、いま、どこにあるか
② 尾行と似た情報にすぎない公道上で尾行すれば、同じように分かる
③ だから、侵害はない重要な権利・利益への実質的な侵害・制約は無い
  • 半分は当たっている:GPS捜査は、公共の場所での行動を把握することも目的にしています。私的領域に入ることだけを狙った捜査ではありません。
  • では何が違うのか:第8節の最高裁の判断と、第9節の比較で確かめます。

GPS捜査の大法廷判決:4段の判示

最高裁大法廷は、GPS捜査を強制処分にあたるとしました。4つの段階を踏んで、その結論に至っています。

(1) 判示①②:逐一の把握と、私的領域への侵入

  • ① 逐一の把握:GPS捜査は、車の位置情報を時々刻々と検索します。
    • 公道だけでなく、プライバシーが強く守られるべき場所も含めて、車と使用者の所在と移動状況を逐一把握できてしまいます。
  • ② 継続的・網羅的な把握+私的領域への侵入
    • この手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを、必然的に伴います。だから、プライバシーを侵害しうる捜査です。
    • さらに、機器を個人の所持品に密かに装着して行う点で、肉眼で見たりカメラで撮ったりする手法とは違います。公権力による私的領域への侵入を伴います。
積み上がり方見えるもの
(1回の位置情報)その瞬間、どこにいるかだけ
(時々刻々の位置を逐一把握)移動の軌跡
生活パターン(継続的・網羅的に把握)いつ、どこへ通っているかまで

(2) 判示③:憲法35条が守るのは、住居・書類・所持品に限られない

  • 憲法35条の文言:「住居、書類及び所持品」について、侵入・捜索・押収を受けない権利を定めています。
  • 最高裁の読み方:保障の対象には、この3つに限らず、これらに準ずる私的領域に「侵入」されない権利も含まれます。
  • なぜ3つに限らないのか:守られているのは物の名前ではなく、その囲いの中の私生活だからです。
    • 例:自宅の車庫や、住人しか入れない駐車場に停めた車の位置。住居そのものではありませんが、住居と地続きの空間です。
    • 物の名前で区切ると、名前の付かない新しい技術には、何をしてもよいことになってしまいます。

35条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

(3) 判示④:強制の処分にあたり、令状が要る

  • 結論:GPS捜査は、合理的に推認される個人の意思に反して、その私的領域に侵入する捜査手法です。
    • だから、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、特別の根拠規定がなければ許されない強制の処分にあたります。
    • 現行犯人逮捕の場面のように、令状なしで許される事情があるとも言いにくいので、令状がなければ行えない処分です。
  • 「重要な法的利益」:判例の言葉です。「重要な権利・利益への実質的な侵害・制約」は、この系統の判例から、学説が組み立てた言い方です。
  • 先例の上に立つ判決:④のカッコ内で、強制処分の定義を示した最高裁の決定が、名指しで参照されています。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決判示①② 逐一の把握と、私的領域への侵入①GPS捜査は、対象車両の時々刻々の位置情報を検索し、把握すべく行われるものであるが、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。②このような捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。判示③④ 憲法35条の射程と、「強制の処分」③憲法35条は、『住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利』を規定しているところ、この規定の保障対象には、『住居、書類及び所持品』に限らずこれらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。④そうすると、前記のとおり、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに、一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。

量が質に変わる:尾行とGPS捜査の違い

任意説の「尾行と同じ」は、公道上の行動を把握するという目的では当たっています。崩れるのは、次の4つが重なるところです。

比べる軸尾行・張り込みGPS捜査
継続性1回限りなら、生活のパターンは見えない継続的。半年分の軌跡が積み上がる
網羅性その場その場の、断片的な把握にとどまる網羅的。公共・私的、両方の行動が丸ごと見える
秘匿性尾行に気づかれれば、その場で発覚する端末を付けられた本人は、最後まで気づかない
装着の有無無い。肉眼やカメラで、見て記録するだけある。所持品に機器を密かに装着し、私的領域へ侵入する
  • 量が質に変わる:1回の尾行では見えない生活のパターンが、継続的な追跡では見えてしまいます。
    • 例:毎週水曜の夜に、同じ場所へ通っている。特定の家に、月に何度も立ち寄っている。こうした事実が、半年分の軌跡には残ります。

(1) 時間の長さだけでは、強制処分にならない

容ぼうの撮影では、撮影時間の長さは「強制処分か」ではなく「適法か」で効きます。GPS捜査の話と混ざりやすい点です。

  • GPS捜査が強制処分になった理由:捜査を続けた期間の長さではありません。
    • 判例は、手法そのものの性質を見ています。継続的・網羅的な把握を必然的に伴うことと、機器を所持品に密かに装着する私的領域への侵入です。
    • 判例は、この両方がそろった本件の手法を強制処分としました。
  • 装着を伴わない監視:どう扱うかまでは、判例は判断していません。
    • 「装着が無ければ任意処分」と言い切ることはできません。例:携帯電話会社から位置情報を得る方法は、令状で行われています。
強制処分か(該当性)任意処分として適法か(適法性)
撮影・張り込みの時間の長さ長さだけでは動かない長さが効く
GPS捜査継続的・網羅的な把握+装着による侵入を伴う手法として強制処分

令状を取ればよいのでは:検証許可状では無理がある

強制処分なら、検証許可状を取ればできるのではないか。最高裁自身が、この問いに答えています。

(1) 検証と同様の性質、しかし捉えきれない

GPS捜査のどの部分か検証との関係
画面の表示を読み取り、車の所在・移動状況を把握する部分検証と同様の性質
車にGPS端末を取り付けて、所在の検索を行う部分検証では捉えきれない性質
  • 物に手を加えること自体は、検証の枠内:検証では「物の破壊その他必要な処分」もできます(129条。捜査では222条1項で準用)。
  • なぜはみ出すのか:端末を取り付けて、動く車の所在を検索し続けるからです。
    • 車と罪名を令状に書いても、把握する範囲を絞れません。事前に令状を示すこともできません(次の(2)の2つの理由)。
  • エックス線検査との違い:エックス線検査は、まるごと検証に収まりました。GPS捜査は、収まりきりません。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決検証と同様の性質、しかし捉えきれないGPS捜査は、情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の『検証』と同様の性質を有するものの、対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、『検証』では捉えきれない性質を有することも否定し難い。

(2) 令状を出しても無理がある2つの理由

  • 理由①:関係のない行動まで把握してしまう
    • 取り付ける車と罪名を特定しただけでは、被疑事実と関係のない行動の過剰な把握を抑えられません。
    • 裁判官が令状を審査するのは、相手が受け入れるべき範囲を、事前に絞り込むためです。GPS捜査では、それができません。
  • 理由②:事前に令状を示せない
    • 刑訴法の強制処分では、手続の公正を担保するため、原則として事前に令状を示すことが求められます(222条1項・110条)。
    • GPS捜査は、被疑者らに知られず密かに行うのでなければ意味がないので、事前の令状呈示は想定できません。
    • 事前呈示に代わる公正の担保の仕組みも、用意されていません。だから、適正手続の保障の観点から問題が残ります。
理由電話傍受(検証許可状で対応できた)GPS捜査(検証許可状では対応できない)
① 関連性の選別その場で、被疑事実に関連する会話かどうかを判断しながら聞ける(スポットモニタリング)その場では判断できない。網羅的に集めて、あとから分析するしかない
② 令状の条件・呈示身体検査の条件を付ける規定(今の218条9項)の準用で、第三者の立会いと、対象外の通話の遮断を条件にできた(処分の範囲を絞る条件)。事後の通知・不服申立ての規定が無い点は、問題があると認めていた事前呈示は想定できない。示せば、端末を外されてしまう。代わりの仕組みも無い
  • 電話傍受の決定との分かれ目:電話傍受は、検証許可状で行うことが認められていました。
    • 関連する通話かどうか明らかでないときも、判断に必要な限度で聞くこと(スポットモニタリング)ができたからです。これは、検証の「必要な処分」(129条)に含まれるとされました。
    • GPSの位置情報は、その場で関連性を判断できません。だから、理由①が決め手になります。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決令状を発付しても無理がある2つの理由GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず、裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。GPS捜査は、被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については、手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項,110条),他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても,これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは,適正手続の保障という観点から問題が残る。

GPS捜査の結論:判例が述べたことと、答案での構成

最高裁が判示したことと、それを受けて答案でどの段の違法と書くかを、分けて整理します。

(1) 判例が述べたこと

  • 令状が要る:GPS捜査は、令状がなければ行えない強制処分です(第8節④)。本件は無令状なので違法です。
  • 原判決への応答:原判決は「強制処分法定主義に反し、令状があってもできない、とまでは言えない」と述べていました。最高裁はこの点も検討しました。
  • 解決の選択肢:2つの理由を解消する方法は、期間の限定、第三者の立会い、事後の通知など、いろいろ考えられます。
  • 誰が選ぶのか:強制の処分は、法律に特別の定めがなければできません(197条1項ただし書)。この趣旨からすると、どの方法を採るかを選ぶのは、第一次的には立法府(国会)です。
    • 事件ごとに裁判官が令状に条件を付け、それで初めて認められるような強制処分は、この趣旨に沿わない、としました。
  • 最高裁の結論:197条1項ただし書の「特別の定」にあたるとして、刑訴法の令状を発付することには疑義があります。
    • GPS捜査を今後も使うなら、その特質に着目した立法的な措置が講じられることが望ましい、としました。
    • 条文が無いために止まった捜査は、ほかにもあります。この判決で新しいのは、最高裁自身が立法を促したことです。
  • 判決に無い言い方:「強制処分法定主義に反し違法」とは、判決は述べていません。
  • 補足意見:立法までの間、ごく限られた極めて重大な犯罪で高度の必要性があるなら、裁判官の審査を受けて行うことも全く否定されるわけではない、としました。
  • 証拠の扱い:GPS捜査で直接得た証拠と、密接に関連する証拠の証拠能力は否定されました。その余の証拠による有罪は維持されています。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決立法的な措置が望ましい以上のとおり,GPS捜査について,刑訴法197条1項ただし書の『この法律に特別の定のある場合』に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない

(2) 答案での構成

  • 強制処分法定主義で落とす:「GPS捜査を許す規定が現行法に無いので、強制処分法定主義に反し違法」と構成できます。判例の言葉ではなく、判示を答案の段に当てはめた整理です。
縛りエックス線検査GPS捜査(答案での構成)
① 強制処分法定主義ある(検証という受け皿)無い(現行法に、許す規定がない)
② 令状主義取らずに実施 → ここで違反判例は令状が要るとしたが、今の令状で行うことには疑義。①で違法と構成すれば、ここは決め手にならない
③ 比例原則②で違法が確定し、立ち入らない①で違法と構成すれば、立ち入らない
結論令状主義違反で違法強制処分法定主義違反で違法
  • 令状を取れば適法にできたと言えるのは、エックス線検査です。GPS捜査は、令状を取っても、今の法律のままでは適法と言い切れません。

法律の根拠を要する処分は、強制処分だけではない

強制処分法定主義とは別の観点から、法律の根拠が求められる処分もあります。

  • 在宅の被疑者への出頭要求・取調べ:任意捜査と理解されています。それでも、刑訴法は詳しい規定を置いています。
  • 刑事免責:証言を拒めなくする代わりに、その証言を使って本人を処罰しない、という仕組みです。
    • 最高裁大法廷の判断:強制処分にあたるかどうかには触れませんでした。
    • 刑事手続上重要な事項に影響すること、国民の法感情からみた公正さを理由に、対象範囲・手続要件・効果を法律で定めるべきだとしました。

答案の型:同じ手順で当てはめる

新しい捜査手法に出会ったときは、次の手順で検討します。

  • ① 権利・利益の特定:その捜査が、どんな権利・利益に触れるかを特定します。
  • ② 類型的に、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約か:ここでは、事件ごとの捜査の必要性の大小は入れません。
  • ③ 強制なら:許す条文があるか。無ければ違法で、立法を待つしかありません。あれば、令状を取ったか、示せたか。
  • ④ 任意なら:比例原則で、適法かを判断します。
答案の型エックス線検査GPS捜査
① 権利・利益の特定荷物の中身についての、荷送人・荷受人のプライバシーの利益所持品・私的領域に侵入されない権利(憲法35条)
② 実質的な侵害・制約かあり。形状・材質・品目まで暴くあり。継続的・網羅的な把握+私的領域への侵入
③ 強制なら:条文・令状条文は検証である。でも令状を取らなかった許す条文が無い(判例も、今の令状で行うことに疑義)
④ 任意なら:比例原則③で強制と確定し、対象外③で強制と確定し、対象外
結論令状主義違反強制処分法定主義違反
  • まとめ:同じ型に、同じ手順で当てはめても、結論は違う段で決まります。

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#14単独ページ動画

任意捜査の限界

強制処分でなくても、もう1段ある

捜査が強制処分にあたらないと判定されても、そこで「適法」とは決まりません。この回は、その先の判断を扱います。

段階問うこと
① 強制の処分かあたるか、あたらないかを判定する
② 任意捜査「あたらない」と判定された。ここはゴールではなく折り返し点
③ 比例原則その捜査が、やり過ぎではなかったかを測る
④ 適法/違法結論
  • この回の軸:任意捜査だと分かった後、③の比例原則で、適法か違法かをどう決めるかです。
  • 扱う6つ
    1. 比例原則の法的根拠
    2. 最高裁決定が示した、有形力の行使が許される限度
    3. 天秤の皿は2つ(緊急性・相当性の位置)
    4. 判断の作法(類型的/個別具体的)
    5. 事前規制と事後規制
    6. 有形力と強制力の境界

比例原則の法的根拠:197条1項の「本文」

比例原則は、どこから来るのかを整理します。答えは、強制処分法定主義と同じ197条1項の中にあります。

197条1項書いてあること何の根拠か
本文捜査の目的を達するため必要な取調べをすることができる比例原則(任意捜査の限界)
ただし書強制の処分は、法律に特別の定めのある場合でなければできない強制処分法定主義
  • 同じ1つの条文に、2つの原則の根拠が同居しています。
  • 任意捜査は本文から生まれる:本文は、任意捜査を許す条文です。
    • ただし、「何でもできる」という白紙の許可ではありません
    • 「目的を達するために必要な限度でだけ」という条件が、許可の言葉の中に最初から書き込まれています。
  • 目印:「用事に必要な範囲で外出してよい」という許可証です。必要な範囲を超えた寄り道は、許可の外に出ます。
  • 限界は後付けではない:「必要な限度」は、後から足された制約ではなく、本文が与えている許可の中身そのものです。

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

最高裁決定の後半:有形力の行使が許される限度

任意同行した警察署で、急に退室しようとした人の手首をつかんだ事件の最高裁決定は、前半と後半の2つのことを示しています。この回で使うのは後半です。

前半後半(この回の中心)
示したこと強制手段の定義強制手段にあたらない有形力の行使の限度
中身個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて、強制的に捜査目的を実現する行為など。その程度に至らない有形力の行使は、任意捜査でも許される場合がある無条件には許されない。必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度でだけ許される
  • 有形力:人の身体や物に、物理的な力を加えることです。
  • 後半の役割:前半の「有形力は使ってもいい場合がある」のすぐあとに、「でも無条件ではない」と釘を刺しています。
  • 無条件でない理由:強制手段に至らない力でも、何らかの法益を侵害し、または侵害するおそれがあるからです。
    • 法益:法が守ろうとする利益のことです。
    • 腕をつかむ程度の力でも、相手の身体の自由やプライバシーを、必ず少しは削っています。
  • 最高裁のあてはめ:手首をつかんだのは呼気検査に応じるよう説得するためで、力もさほど強くないので、強制手段ではないとしました。
    • 酒酔い運転の疑いが濃く、同意を得た同行後の説得中に急に退室しようとした場面での抑制の措置で、相当性も欠かないとしました。
  • この回の中身の多くは、この後半の1文を分解したものです。

警察署で退室しようとした人の手首をつかんだ行為は、許されるか最高裁判所決定有形力の行使が許される限度ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。

比例原則の天秤:皿は2つ

決定の後半から、比例原則の判断の形を取り出します。答案に書く文として、形を固定します。

  • 比例原則:天秤の左右の皿に、次の2つを乗せて比べる原則です。
左の皿右の皿
乗せるもの権利・利益の侵害・制約の程度捜査の必要性
中身対象者が受ける、身体の自由・プライバシー等への侵害・制約の程度その捜査を行う必要性
腕をつかむ=身体活動の自由/撮影・録音=プライバシー嫌疑の程度・犯罪の重大性・緊急性・代替手段の有無など
  • 権衡:2つの皿が釣り合っている状態のことです。
    • 権衡していれば、相当性ありとして適法です。
    • 左の皿が重すぎて権衡が崩れれば、相当性なしとして違法です。
  • 釣り合いの目安:捜査の必要性に照らして、侵害・制約が必要最小限にとどまっているかを見ます。
    • 代替手段があるなら、その強い手段を使う必要性は低く、侵害は必要最小限とはいえません。
  • 位置づけ:この定式は、最高裁決定の基準を、学説が理論化したものです。「権衡」「相当性あり」という言い方は、判決文の言葉そのものではありません。

(1) 緊急性は第3の皿ではない

決定の後半に「必要性、緊急性など」とあるため、「必要性・緊急性・相当性の3点セット」と覚えがちです。この回でいちばん区別したい点です。

誤解(並列の3要素)正しい構造(皿は2つ)
構造必要性・緊急性・相当性を、横並びの3要素として順に検討する左の皿=侵害の程度/右の皿=必要性。皿は2つだけ
緊急性の位置独立した第3の要素必要性が特に高いことを指す言葉。右の皿の中身
相当性の位置要素の1つとして並べて終わる天秤そのものの結論。権衡していれば相当性あり
よくある誤答要素を並べるだけで、結論を書かずに終わる必ず結論(相当性)まで書く
  • 緊急性:「緊急性が高い」とは、「必要性という皿が特に重い」と言っているだけです。
    • 目印:体温計です。「熱が高くて緊急だ」の緊急性は、体温という1つの数値の高さです。別の体温計がもう1本あるわけではありません。
  • 相当性:考慮要素の1つではなく、2つの皿を比べた結論です。
  • 誤解の害:相当性を要素の1つと思うと、答案は要素を並べて終わり、結論のないまま止まります。
    • 平成27年司法試験の採点実感(刑事系第2問)でも、「必要性」「緊急性」「相当性」というキーワードを平面的に羅列するだけで、判断構造の理解が十分でない答案があると指摘されています。

判断の作法:類型的判断と個別具体的判断

強制処分かどうかの判定と、比例原則とでは、どちらも権利・利益への侵害を見るのに、判断の作法が正反対です。

強制処分該当性比例原則
判断の作法類型的。事件の重大性・捜査の必要性は混ぜない個別具体的。その場の事実を全部入れる
問いこの種の処分は、一般に重要な権利・利益を侵害するか目的と手段は、この場面で権衡しているか
理由令状という事前審査に乗せる類型を仕分ける作業。事件ごとの事情で動かすと、仕分けの基準がぶれる事後に「この場面でやり過ぎだったか」を測る作業。だから事情を全部入れる
  • なぜ作法が違うのか:作業の目的が違うからです。
  • 必要性を考える場所:捜査の必要性は、強制処分かどうかの判定では入れず、比例原則の側で考えます。

いつ効くか:事前規制と事後規制

強制処分法定主義・令状主義・比例原則という3つの縛りを、「いつ効くか」という時間軸で分けます。

事前規制(強制処分法定主義・令状主義)事後規制(比例原則)
いつ止めるか捜査の前。法律で類型・要件を定め(法定主義)、裁判官の令状審査で止める(令状主義)捜査の後。適法か違法かは、裁判所が事後に判断して確定する
たとえ前もって許可を受けてから始める速度違反の自動撮影。あとから違反切符が届く
現場での分かりやすさその場で、適法かどうか分かるその場では、適法かどうか分からない
  • 比例原則の弱点:一律に当てはめられる、明確な基準がありません。
    • 現場の捜査官も対象者も、その場では適法かどうか分かりません。
    • だから捜査官は、現場で常に、侵害を必要最小限にとどめるよう注意する必要があります。
  • それでも使う理由:判例が個別の場面ごとに示した基準(撮影・秘密録音などの基準)では拾えない場面があるからです。
    • 比例原則は、そうした未知の場面にも使える、汎用性のある基準です。
  • 答案戦略:判例の個別基準があるなら、それを使います。無ければ、比例原則に降ります。

天秤を動かす:同じ行為で、結論が逆になる

「個別具体的」とはどういうことかを、自前の2つの事例で確かめます。行為は同じまま、右の皿(必要性)だけを動かします。

(1) 事例①:軽微な疑い・代替手段あり

  • 事案:深夜、無施錠の自転車の近くをうろついていたBに、自転車盗の疑いがかかりました。嫌疑は薄く、被害も軽い事件です。
    • 捜査官Aは、この事件の捜査として、Bから任意で話を聴こうとしました。
    • 職務質問(警職法2条1項)で停止させる場面は、捜査ではなく警職法の解釈の問題になるので、ここでは扱いません。
  • Aが名前と住所を尋ねようとすると、Bは黙って立ち去ろうとしました。
  • Aは、Bの腕を強くつかんで引き止めました。Bは、痛みを感じるほど強く握られました。
  • 代替手段:近くの交番まで、歩いて数十秒でした。声をかけ続ける、交番への同行を求める、という手段もありました。
  • 天秤
    • 左の皿:痛みを感じるほど腕をつかまれる侵害は、小さくありません。
    • 右の皿:疑いは軽微で、証拠が消える心配もなく、代替手段もあります。必要性は低いです。
    • 結論:左に傾き、権衡が崩れます。相当性がなく、違法です。

(2) 事例②:重大事件・証拠が今まさに失われる

  • 事案:AとBの関係はそのままで、事件を強盗致傷に差し替えます。
    • 被害者は、意識不明の重体です。
    • Bは、証拠となる凶器を、今まさに投げ捨てようとしています。
  • Aは、事例①とまったく同じ強さ・同じ時間、Bの腕をつかみました。
  • 天秤
    • 左の皿:事例①とまったく同じです。
    • 右の皿:犯罪は重大で、嫌疑も明確です。証拠の重要性も高く、時間の猶予も代替手段もありません。必要性は高いです。
    • 結論:権衡が保たれ、相当性が認められます。適法です。
事例①事例②
有形力の行使腕を強くつかんで引き止める同じ強さ・同じ時間で、腕を強くつかんで引き止める
事件自転車盗の薄い疑い(軽微)強盗致傷。被害者は意識不明の重体
代替手段ある(近くの交番まで徒歩数十秒)無い(凶器を今まさに投げ捨てようとしている)
必要性低い高い
権衡(相当性の結論)崩れる → 違法保たれる → 適法
  • 個別具体的の意味:行為はまったく同じで、動いたのは右の皿(必要性)だけです。それでも結論は逆になります。

有形力と強制力:どこまで手を出せるか

任意捜査だからといって、手を出せないわけではありません。どこまで出せるかを、天秤で測ります。

有形力強制力(最高裁の規範の語は「強制手段」)
定義人の身体や物に物理的な力を加える行為一般強制手段=個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて、強制的に捜査目的を実現する行為など
任意捜査で使えるか使える。強制手段に至らない限り、最高裁も認めている使えない。ここに達すれば、もう任意捜査ではない
境界を超えると(ここまでは任意捜査のまま)強制処分に戻る。法定主義・令状主義の話に切り替わる
  • 有形力:腕をつかむのも有形力です。
    • 第7節の2つの事例は、重要な権利・利益の実質的な侵害・制約には至っていない、という前提で考えています。
  • 強制力と強制手段:「強制力」は意思を制圧するほど強い力を指す言葉です。最高裁が自ら立てた規範の言葉は「強制手段」です。
  • 境界は力の強さでは決まらない:強制処分かどうかは、相手方の明示または黙示の意思に反して重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴うかで判定します。
    • 最高裁も、強制手段は「有形力の行使を伴う手段」という意味ではない、としています。
    • 相手に気づかれずに行う捜査のように、力を使わなくても強制処分になるものがあります。
  • 境界を超えた例:AがBを羽交い締めにして、身動きが一切取れない状態にした場合です。
    • 身体の自由を実質的に奪っているので、比例原則の話ではなくなります。
    • 最初の段階に戻って強制処分となり、天秤ではなく、条文があるか・令状を取ったかで判断します。

(1) 実質的に強制になる境界:4つの軸

有形力の行使や任意同行が、実質的な逮捕などの強制処分と評価されるかは、態様の強さだけでは決まりません。次の4つの軸が積み上がって決まります。

見ること
① 態様の強さ力の強さそのもの(例:腕を強くつかむ)
② かかった時間一瞬か、長時間続いたか
③ 場所開かれた場所か、密室か
④ 退去の自由帰ろうとして、帰れる状態だったか
  • 一瞬なら:腕を強くつかむ行為でも、一瞬なら、有形力の範囲にとどまる場合が多いです。
  • 積み上がると:時間が重なり、場所が密室になり、帰ろうとしても帰れない状態が続けば、態様そのものが強くなくても、全体として強制処分(実質的な逮捕)と評価されることがあります。
  • 目安:4つは代表的な事情で、ほかの事情も合わせて総合的に判断します。

答案の型:任意処分と判定した後の4行

任意処分だと判定した後に書く手順を、4行に固定します。

  • ① 権利・利益の特定:侵害・制約される権利・利益を特定します。
  • ② 至っていないことの確認:その程度が、「重要な権利・利益への実質的な侵害・制約」に至っていないことを確認します。
    • 任意処分である理由の裏返しです。
  • ③ 必要性を具体的事実で積む:嫌疑の程度・犯罪の重大性・証拠の重要性・代替手段の有無・失われる時間などです。
  • ④ 権衡の結論:権衡しているか、つまり相当性があるかの結論を書きます。
答案の型事例①事例②
① 権利・利益の特定Bの身体活動の自由への侵害(同じ)Bの身体活動の自由への侵害
② 実質的侵害に至っていないことの確認身体の自由への実質的な侵害・制約には至っていない(同じ)実質的な侵害・制約には至っていない
③ 必要性を具体的事実で積む疑いは軽微、代替手段(交番)あり → 低い重大事件、証拠隠滅の危険、代替手段なし → 高い
④ 権衡:相当性の結論崩れる → 違法保たれる → 適法
  • いちばん多い誤答:②を飛ばして、③と④だけ書く答案です。
    • ②を書かずに必要性だけ積むと、なぜ任意処分なのかが、答案の中から抜け落ちます。
  • 使い方:この4行は、新しい捜査手法に出会ったときも、任意処分と判定した後にそのまま使えます。

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#15単独ページ動画

任意同行と実質的逮捕/承諾による捜索

2つの場面:言葉ではなく状況

この回は、本人の言葉と結論が食い違って見える2つの場面を扱います。

前半:任意同行と実質的逮捕後半:承諾による捜索
対象者の言葉「帰りたい」と言わなかった「見てもらって構いません」と言った
問題になる権利・利益人身の自由私的領域に侵入されない権利
結論任意の同行の実質は無かった実質的逮捕住居は、同意が本物でも令状を取って捜索すべき。自動車・所持品は、承諾が本当に任意なら適法
  • この回の軸:言葉の向きは逆でも、裁判所が測っているのは言葉ではなく状況です。
    • 黙っていたから同意、「どうぞ」と言ったから同意、とはなりません。
    • 例外:住居の承諾捜索は、同意が本物でも足りません。承諾の中身が問われるのは、自動車・所持品の場面です。

任意同行の法的な足場:198条1項

任意同行が許される根拠と、その歯止めを確認します。

  • 任意同行:捜査機関が被疑者に、警察署などへ一緒に来るよう求め、本人が応じて同行することです。
    • 逮捕ではないので、令状は要りません。
本文ただし書
内容被疑者の出頭を求め、取り調べることができる逮捕・勾留されていなければ、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる
役割任意同行の法的な足場いつでも帰れる」という建前の根拠
  • 実質的逮捕:「いつでも帰れる」が事実として無くなったとき、名前は任意同行でも、中身は逮捕です。
    • 逮捕状なしで逮捕したのと同じなので、違法な逮捕になります。
  • この論点の作業:名前(任意同行)と中身(逮捕)のズレを見抜くことです。
  • 注意:職務質問に伴う任意同行は、ここでの話とは別の場面です。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる

6つの客観的事情:実質を測るものさし

「帰れる」が失われたかどうかは、6つの客観的事情で見抜きます。

(1) 4つの軸から6つの事情へ

強さ・時間・場所・退去の自由という4つの軸を、細かく割ったものが6つの事情です。4つの軸を捨てるのではなく、解像度を上げています

4つの軸6つの客観的事情
態様の強さ② 同行の方法・態様
かかった時間① 求めた時間/③ 取調べ時間
場所① 求めた場所/③ 監視状況
退去の自由⑤ 同行拒否・退去希望の有無・内容
(4つの軸には無い)逮捕の準備状況(捜査機関側)
(4つの軸には無い)属性(対象者側)

(2) 6つの事情の中身

  • ① 任意同行を求めた時間・場所:いつ、どこで同行を求めたかです。
  • ② 同行の方法・態様:同行のさせ方そのものです。
    • 例:腕を強くつかむ、複数人で取り囲む、行き先を告げない、車に乗せる
    • 強さだけでは結論は決まりませんが、目盛りとしては残ります。
  • ③ 同行後の取調べ時間・監視状況:どれだけ長く調べたか、部屋を自由に出られたかです。
  • ④ 逮捕の準備状況:捜査機関の側が、逮捕するつもりで呼んでいたかです。
    • 例:同行を求める時点で、もう逮捕状が出ていると告げていた
    • 例:時間かせぎのために、逮捕を遅らせていた
  • ⑤ 同行拒否・退去希望の有無・内容:本人が断ったり、帰りたいと言ったりしたかです。
    • 例:弁護人や家族に連絡したいという希望を聞き入れない
  • ⑥ 被疑者の属性:対象者の側の事情です。
    • 例:若い人か、体調が悪い人か。同じ扱いでも、断れるかどうかが違います。
  • 新しく加わった2つ:④と⑥は、行為の外形だけを見る4つの軸には無かった目盛りです。

(3) 最後の物差し

  • 物差し:6つを総合して、平均的な一般人なら、素直に同行に応じていたであろうと言える状況だったかを判断します。
    • 言いかえると、ふつうの人の目で見て、いやがらずに付いていったと言える状況か、です。
    • 言えなければ、実質的逮捕です。
  • 出どころ:裁判例の集積を、学説が整理したものです。

総合考慮なのに、なぜ類型的か

6つも事情を見るので「個別具体的な判断」に見えますが、実質的逮捕の判定は類型的です。

  • 類型的:その捜査が、法律が定める強制処分(逮捕・捜索など)と同じ性質かで決めることです。
    • その事件で捜査がどれだけ必要だったかとは、比べません
  • 個別具体的:その場の事情で決めることです。
    • 強制処分にあたるか(該当性)は類型的、任意処分として適法か(比例原則)は個別具体的です。
  • 実質的逮捕の判定は類型的:実質的逮捕にあたるかは、強制処分にあたるかの判断の一種だからです。
誤解正しい構造
天秤捜査の必要性・事件の重さと比べて決める必要性・重さは天秤にのせない
見るもの人身の自由が実質的に奪われたかだけ
6つの事情奪われたかを測る事実。全部拾って総合する
  • 総合考慮と類型的は矛盾しない:「類型的」は必要性と比べないという意味で、事実を少なく見るという意味ではありません。
  • 事件の重大性・捜査の必要性は入らない
    • 例:店先での万引きでも、もっと重い事件でも、同じ時間・同じ監視のもとで取り調べたなら、実質的逮捕かどうかの答えは同じです。
    • 例外:⑤の退去希望の評価では、説得がどこまで許されるかが、事案の重大性に応じて変わるとされます。

実質的逮捕と評価された事案(富山地裁の決定)

「帰りたい」と一度も言っていないのに、実質的逮捕とされた裁判例です。

  • 事案:被疑者は朝、自宅の前で任意同行を求められ、警察署に行きました。
    • そのまま警察署で、翌日の0時過ぎまで長時間の取調べが続きました。
    • 被疑者は「帰りたい」とは、一度も言っていません。
    • 夕食時を過ぎても、解放されませんでした。
    • 翌日の0時20分ごろ、逮捕状で逮捕されました。
  • 裁判所の判断:少なくとも夕食時の午後7時以降の取調べは、実質的には逮捕状によらない違法な逮捕だとしました。
    • 午後7時で線を引いた理由:ふつうは夕食時には帰りたくなるはずなのに、警察官が本人の意思を確かめたり、自由に部屋を出させたり、外と連絡させたりしたと認める資料がありませんでした。
    • 監視つきで深夜まで続く取調べは、特別の事情がない限り、任意の取調べとは言えないとしました。
  • 違法の重さ:約5時間に及ぶ令状なしの逮捕は、令状主義違反として、それ自体が重大な瑕疵(きず)だとしました。

任意同行後の長時間の取調べ富山地方裁判所決定実質的逮捕と評価された事案「少なくとも夕食時である午後7時以降の取調は実質的には逮捕状によらない違法な逮捕であったというほかはない。」「約5時間にも及ぶ逮捕状によらない逮捕という令状主義違反の違法は、それ自体重大な瑕疵」である。

実質的逮捕の効果:時計の起算点が動く

実質的逮捕と評価されると、逮捕の時点が前に動きます。

  • 逮捕後の時間制限:逮捕した被疑者は、決められた時間内に、検察官への送致や勾留の請求をしなければなりません。
    • 司法警察員は、身体を拘束された時から48時間以内に、検察官へ送致する手続をします(203条1項)。
    • 検察官は、受け取ってから24時間以内、かつ身体を拘束された時から72時間以内に、勾留を請求します(205条1項・2項)。
  • 起算点が前倒しになる:実質的逮捕と評価された時点が「逮捕の時点」になります。
    • 時計は、逮捕状で逮捕した時からではなく、実質的に逮捕された時から動きます。
    • 前倒しした時計で間に合わなければ、勾留の請求は却下されます。
流れ起きること
実質的逮捕と評価される逮捕の時点が遡る
時間制限の起算点前倒しになる
富山の事案夕食時から起算し直しても、勾留請求は間に合っていた
それでも重大な瑕疵は治らないとされ、勾留請求は却下された
  • 富山の事案のポイント:検察官は、実質的逮捕とされた午後7時から数えても、制限時間を守っていました。
    • それでも勾留請求は却下され、この決定もその判断を支持しました。
    • この決定は、令状なしで身柄を拘束した違法そのものを重く見て、時間さえ間に合えば治るとは考えませんでした
  • 注意:「制限時間を守っても治らない」は、この決定の判断です。どんな事案にも当てはまる一般的なルールとして覚えないようにします。

同じ長さの取調べでも、評価が動く(設例)

取調べの長さという1つの数字だけでは、結論は決まりません。

  • 設例:窃盗の疑いで、対象者Bが警察官Aの任意同行に応じました。平日の午後から深夜まで、約12時間の取調べが続きます。
場面①場面②
取調べの長さ約12時間約12時間
監視状況常に警察官が付き添い、部屋を出られない1時間おきに自由に外出できた
本人の言葉家族に1度電話したが、「帰りたい」とは言っていないBの方から「もう少し続けたい、話したいことがある」と申し出た
評価実質的逮捕に傾く任意性の評価が強まる
  • 場面①の電話:外と連絡できたことは、任意性の側に働く事情です。それでも、常に付き添われて部屋を出られない監視の重さが上回ります。
  • 結論を動かすもの:長さではなく、監視の中身退去の自由の中身です。
  • 逮捕の準備状況も同じ向きに効く:Bを呼ぶ前から逮捕状の準備が進んでいたなら、場面①はさらに実質的逮捕に傾きます。
  • まとめ:1つの事情で決まるのではなく、目盛りが積み上がった数と中身で決まります。

承諾による捜索:同意があれば任意処分、が原則

ここから後半です。住居などのプライバシーに関わる捜索を、本人の承諾を得て行う場面です。

  • 原則:本人が同意・承諾していれば、守られるべき権利・利益は本人が手放したことになり、任意処分として扱われます。
    • 強制処分かどうかの判定は、次の2段で進みます。
段階確かめること
1段目重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか(類型的判断
2段目同意・承諾があるか(個別具体的判断
注記同意・承諾があっても、承諾留置・承諾家宅捜索には注意
  • 注記の意味:同意があれば、必ず任意処分になるわけではありません。この注記の中身が、次の第9節です。

承諾には3段ある

同意があれば任意処分、には例外があります。侵害の程度が大きいものは、同意があっても許されません。

  • 承諾捜索そのもの:捜査機関に悪用されるとして、認めない見解もあります。
    • 自由な同意があれば理論上は任意捜査で、全部に令状を求めるとかえって非効率・本人の負担になるとして認める考え方に立つのが、この節の3段です。
  • 原則:同意・承諾があれば、任意処分です。
    • 例外:承諾留置は、同意があっても許されない
    • 例外:承諾家宅捜索は、同意が本当に自由なものでも実施すべきでない。承諾の中身を審査して適否を決めるのは、3段目の自動車・所持品です。
守られる権利・利益対象結論理由
人身の自由承諾留置同意があっても許されない人身の自由への侵害の程度が大きすぎる
私的領域(強)承諾家宅捜索同意があっても実施すべきでない私的領域に侵入されない権利への侵害の程度が大きい
私的領域(弱)自動車・所持品の承諾捜索任意の承諾があれば可(任意捜査)私的領域への侵入の度合いが、家宅捜索ほど高くない
  • 承諾留置:本人の同意を得て、警察の留置施設に泊まらせることです。
  • 承諾家宅捜索:「どうぞ、見てください」という住人の承諾を得て、令状なしで家の中を捜索することです。
  • 女子を裸にする身体検査:承諾家宅捜索と同じく、承諾があっても行いません(犯罪捜査規範107条・第10節)。
  • 自動車・所持品の承諾捜索が許される理由:もっと緩い方法でさえ、認められているからです。
    • 所持品検査:職務質問の際に、持ち物を調べることです。
    • 任意提出:持ち主が自分から証拠品を差し出すことです。捜査機関はそれを受け取れます(221条の領置)。
    • これらが認められている以上、承諾があれば、なおさら許されます。
  • 1つの承諾で住居と鞄を調べたとき:対象ごとに分けて判断します。
    • 住居の捜索が違法でも、証拠が鞄から出たなら、鞄の承諾捜索として押収は適法になりえます。
  • 目印:侵害の程度が、線引きを決めます。

犯罪捜査規範108条:警察が自分でそう決めている

承諾家宅捜索を実施すべきでない理由には、明文の手がかりもあります。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査をするときに守る心構え・捜査の方法・手続を定めた、国家公安委員会規則です。
犯罪捜査規範108条位置づけ
条文の中身住居などの捜索は、承諾が得られる場合でも、捜索許可状を取って行う
法的性質法律ではない。国家公安委員会規則(捜査機関の内部の規律)
効果違反しても直ちに違法にはならない。ただし、捜査機関自身も住居は承諾だけで捜索すべきでないと考えていることを示す
  • 意味:捜査機関自身のルールブックが、「同意では足りない」と自ら定めています。
  • 107条:女子の任意の身体検査は、裸にしないときを除いて、行ってはならないと定めています。

108条(人の住居等の任意の捜索の禁止)犯罪捜査規範 第四章 任意捜査(99〜117条)人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶につき捜索をする必要があるときは、住居主又は看守者の任意の承諾が得られると認められる場合においても捜索許可状の発付を受けて捜索をしなければならない

「およそ許されない」の理由づけは2つに割れている

承諾留置・承諾家宅捜索が、なぜ同意があっても許されないのか。理由づけには2つの見解があります。

1つ目の理由づけ2つ目の理由づけ
理由同意があっても類型的に強制処分にあたる。そもそも任意処分に落ちない理論的には任意処分だが、政策的に令状主義の下で行うべき
結論令状なしの承諾家宅捜索は許されない令状なしの承諾家宅捜索は許されない
最高裁の判例無い(どちらとも断定できない)無い(どちらとも断定できない)
  • 高等裁判所の判決:2つの見解とは結論が違う立場です。承諾家宅捜索も、それだけで違法にはならないとしました。
    • そのうえで、その同意が本当に自由な意思によるものかは、通常より踏み込んで見極めるべきだとしました。
    • この事案では、完全な自由意思による承諾は認められないとして、捜索を違法と判断しました。
    • 2つ目の見解も理論上は任意処分としますが、結論は令状が必要なので、高裁判決とは立場が違います。
  • 注意:2つの見解に、決まった学説名はありません。「1つ目・2つ目の理由づけ」として中身で押さえます。

任意の承諾が認められなかった事案:車の中を調べた

自動車の承諾捜索が、実際に問題になった最高裁の決定です。

  • 事案:深夜の職務質問で、警察官が被告人に、持ち物や車の中を調べたいと約20分説得しました。被告人は応じませんでした
    • 車内に白い粉があるとの報告を受け、その粉の検査については、被告人が「見てください」と答えました。
    • その直後、応援の警察官が被告人に「車を調べるぞ」と告げ、部下には「相手は承諾しているから、もう一回よく見ろ」と指示しました。
    • 警察官4名が車内を丹念に調べる間、被告人は様子を眺め、異議を述べたり、口出ししたりはしていません
  • 最高裁の判断:被告人の任意の承諾はなかったとした一つ前の裁判所の判断に誤りはないとし、車内を調べた行為は違法だとしました。
    • 目印:事案の事実認定を認めたもので、「黙っていれば承諾ではない」という一般的なルールを立てたわけではありません。
内容
事実先に説得を拒み、調べる間は異議を述べず眺めていた
結論任意の承諾は無かった。車内を調べた行為は違法
判文の前提「承諾がない限り、限度を超えたもの」=裏を返せば、承諾があれば限度内
  • 判文の前提を読む:「承諾がない限り限度を超える」という言い方は、承諾があれば適法になることを前提にしています。
    • 第9節の3段目(自動車・所持品は、任意の承諾があれば可)と同じ考え方です。
  • 注意(枠組み):この事件は、職務質問に付随する所持品検査として許されるかの問題です。刑訴法上の捜索そのものではありません。
  • 証拠の扱い:車内の調べは違法とされましたが、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は肯定されました。
    • 嫌疑と調べる必要性・緊急性があったことに加え、被告人がはっきり異議を唱えていないことが、違法の程度は大きくないとする事情に使われました。

自動車内を調べた事案最高裁判所決定任意の承諾はなかったとされた事案警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い……

同じ「どうぞ」でも、評価が動く(設例)

同じ言葉でも、その言葉が生まれた状況で、自由な意思の評価が変わります。

  • 設例:車を止められた運転者Bが、車内について警察官Aに「どうぞ、見てもらって構いません」と言いました。
場面①場面②
状況路上で、警察官3名に取り囲まれた状態断ってもよいと告げられたうえで、Bが承諾書面に自分で署名した
言葉「どうぞ」「どうぞ」
評価複数人に囲まれた物理的な状況が、自由な意思の評価を弱める自由な意思の評価が強まる
  • 結論を動かすもの:言葉ではなく、その言葉が生まれた状況です。
  • 対象が住居なら:場面②のように承諾が本当に自由でも、令状を取って捜索すべきです(第9節・第10節)。

答案の型:1段目と2段目の交通整理

前半・後半の2つの場面には、共通する答案の型があります。

1段目:実質を測る3行2段目:比例原則の4行
重要な権利・利益の特定(人身の自由か、私的領域に侵入されない権利か)権利・利益の特定
客観的事情を積む(前半=6つの事情/後半=自動車・所持品なら、承諾の任意性を疑わせる事情)実質的な侵害に至っていないことの確認
実質的な侵害・制約があったかの結論必要性を具体的な事実で積む
権衡(相当性)の結論
  • 順番:1段目を通って、初めて2段目に進みます。
    • 2段目の②は「実質的な侵害に至っていない」ことの確認です。1段目の結論が、その土台になります。
  • いちばん危うい答案:1段目の3行を飛ばして、2段目の4行だけを書く答案です。
  • 注意:ここでの1段目・2段目は、第8節の表(強制処分か任意処分かを判定する2段階)とは別の数え方です。1段目の3行は、第8節の判定をさらに分解したものです。

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任意取調べの限界

取調べの限界:関門は2つ

任意同行の後の取調べが、実質的逮捕ではないと分かっても、それで適法とは決まりません。この回は、その先で待っている判断を扱います。

関門①関門②
問い実質的逮捕ではないか任意捜査として相当か
使う物差し6つの客観的事情と一般人基準比例原則の天秤
通らなければ令状のない違法な逮捕任意捜査の限界を越えた違法な取調べ
  • この回の軸:関門①を通っても、まだ終わりません。実質的逮捕ではない取調べでも、やり方によっては違法になります。
    • 例:警察が用意した宿に9泊10日泊めて、連日取り調べた事案では、行き過ぎとして違法とした裁判例があります(第10節)。
  • この回の新しい中身:関門②です。争いは、すべて関門②で起きています。

関門①:実質的逮捕ではないか

関門①は、実質的逮捕の判定そのものです。道具は新しくありません。

  • 6つの客観的事情:取調べが実質的逮捕にあたるかを見抜くための事情です。
    • ① 同行を求めた時間・場所/② 同行の方法・態様/③ 取調べの時間・監視状況
    • ④ 逮捕の準備状況/⑤ 退去希望の有無/⑥ 対象者の属性
  • 一般人基準:6つを総合して、平均的な一般人であれば、素直に同行に応じていたと言えるかを見ます。
  • 取調べの根拠:198条1項です。逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒めますし、出頭後いつでも帰れます。
  • この回の2つの最高裁決定:どちらも、取調べを「198条に基づく任意捜査」と認めたうえで、相当かを判断しています。
    • 高輪の事件:答申書を出し、帰宅を申し出た形跡も、捜査官が引き止めた事実もないことから、本人がその意思で容認し応じていたと認めました。
    • 神奈川の事件:任意捜査と認めた理由は述べていません。
    • 適法か違法かの争いは、関門②で起きました。

関門②:比例原則の天秤を取調べに当てはめる

関門②では、任意捜査の限界を測る比例原則の天秤を、取調べという場面で使います。

  • 比例原則:捜査で受ける権利・利益への侵害の程度(左の皿)と、捜査の必要性(右の皿)を比べて、釣り合っているかを見る原則です。
    • 皿は2つだけです。緊急性は、必要性の皿の中身です。
  • 根拠:197条1項本文の「必要な」取調べです。任意捜査は、目的を達するために必要な限度でだけ許されます。
  • 最高裁の定式:任意同行中に手首をつかんだ事件の最高裁決定は、「必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度」で許されるとしました。
  • 新しい枠組みではない:同じ天秤の皿の中身を、取調べ用に具体化するだけです。

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

(1) 天秤の中身:何を左右の皿に乗せるか

取調べ版の天秤では、左の皿に対象者の負担、右の皿に取調べの必要性を乗せます。

左の皿:侵害される利益右の皿:必要性
何か心身をすり減らされない自由(人格権の1つ)その取調べを行う必要性
測る要素具体的な取調べ方法(宿泊のさせ方・監視の程度・休憩や食事の自由)犯罪の重大性
対象者の応答状況(自発的に応じていたか、渋々だったか)嫌疑の程度
取調べの重要性(他の方法で証拠を得られないか)
緊急性
  • 心身をすり減らされない自由:身体を拘束されていなくても、休めない・眠れない・帰れない状態が続けば、人としての負担は現実に積み上がります。
    • この負担から守られる利益も、人格権(人としての在り方に関わる権利)の1つとして保護されます。
  • 右の皿は、任意捜査一般の必要性と同じ中身です。
    • 取調べの重要性:「証拠の重要性」と「代替手段の有無」をまとめたものです。
    • 緊急性:「失われる時間」のことです。
  • 出どころ:判例が挙げる事情(事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度)を、比例原則の天秤に組み直した学説の整理です(第7節の比例原則説に立つもの)。判例自身がこの形で示したわけではありません。

(2) 同じ時間でも、皿の重さは変わる

取調べの時間という数字だけでは、どちらの皿の重さも決まりません。

同じ8時間でも軽い重い
左の皿(負担)休憩を自由に取れた一度も席を立てなかった
右の皿(必要性・緊急性)急ぐ理由が何も無い逃亡や証拠隠滅のおそれが迫っている
右の皿(重大性・嫌疑)軽い事件で、疑いも薄い殺人の疑いが濃い

設例:同じ「署の近くに泊まる」でも、評価が動く

宿泊という外形が同じでも、左の皿の重さは中身で変わります。

  • 設例:窃盗の疑いで、対象者Bが警察官Aの取調べを受けています。聴取が長引き、日をまたぎそうになりました。
場面①場面②
誰が決めたかBが自分から「電車もないし、歩ける距離でもないので、近くに泊めてほしい」と申し出たAが一方的に近くの宿を指定した。Bに選ぶ余地はない
宿泊費Bが自分で払う警察が負担する
監視部屋の外に警察官の姿は無い隣の部屋から、Aがずっと様子を見ていた
左の皿(負担)方法の面でも応答の面でも軽い方法の面でも応答の面でも重い(実質的逮捕に近づく方向)
  • 結論を動かすもの誰が決めたか、誰が費用を持ったか、どこまで見られていたかです。

高輪グリーンマンション事件:事案と基準

宿泊を伴う取調べについて、最高裁が任意取調べの限界を測る基準を示した決定です。

  • 事案:殺人事件の被疑者が、任意同行に応じて取調べを受けました。
    • 被疑者は、「寮に帰るのはいやなので、旅館に泊めてほしい」旨の答申書(自分の意思を書いた書面)を出していました。
    • そのうえで、警察署近くの宿泊施設に、監視の下で4泊し、朝から深夜まで連日取調べを受けました(4泊5日)。
    • 寮は署からさほど遠くなく、帰れない特段の事情はありませんでした。署との往復は警察の車で送り迎えしました。
  • 基準:任意捜査としての取調べは、事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度などの事情を考え合わせて、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度で許されます。
  • 二段構え強制手段を使えないというだけでは終わりません。さらに、社会通念上相当な方法・限度に収まっていることまで求めています。
    • 手首をつかんだ事件の決定と同じ構造です。「使ってよい」で終わらず、「無条件ではない」と続きます。
判例の言葉天秤での位置
被疑者の態度左の皿の② 応答状況
事案の性質右の皿の③ 犯罪の重大性
容疑の程度右の皿の④ 嫌疑の程度

高輪グリーンマンション事件最高裁判所決定任意取調べの限界を測る基準「任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、……事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容される」ものと解すべきである。多数意見は、「宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがある」としつつ、「社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難い」と結論づけた。意見(2名の裁判官)は、「任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なもの」であったとする。

「ギリギリセーフ」:評価が割れた

4泊5日の取調べは適法とされましたが、裁判官の間でも評価が割れた、ぎりぎりの事案です。

  • 妥当でないとされた点:警察署近くの宿を捜査機関が指定し、最初の3晩の宿泊費を警察が払い動静を監視していました。
    • 宿泊という状況を、捜査機関の側が作っていました。左の皿を重くする事情です。
多数意見意見(2名の裁判官)
取調べの評価適法違法
評価の言葉「必ずしも妥当とはいい難い」が、「社会通念上やむを得なかつた」「手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える」
左の皿の見方自ら答申書を書いた=応答の面は軽い答申書があっても、自由な意思決定は著しく困難だった(昼夜の監視・費用負担・連日の追及)
右の皿の見方事案の性質上、速やかに詳細な事情と弁解を聴く必要が高い
  • 多数意見が適法とした理由:方法の面は重くても、応答の面が軽く、必要性が高かったため、釣り合ったとされました。
  • 意見:多数意見と理由づけが違う裁判官の個別意見です。
    • この2名は、実質的な逮捕とまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査として違法と評価しました。関門①は越えても、関門②で落ちるという判断です。
    • 任意捜査の間の自白は、証拠能力を否定すべきだとしました。ただ、2か月余り後の逮捕の後、勾留中の自白と他の証拠で有罪を認定できるので、判決に影響しないとして、上告を退けることには加わっています。
  • 割れたのは重み付け:見ている事実は同じです。答申書などがあっても本人が自由に決められる状況だったと見るかで、適法・違法の評価が分かれました。
  • 答案では両方向に書ける:4泊5日・連日なら左の皿は相当重く、釣り合わず違法、とも書けます。
    • 逆に、本人が自分から宿泊・取調べに応じた(左が軽くなる)、殺人という重大事件、虚偽のアリバイで嫌疑が大きい、すぐ詳しい事情と弁解を聴く必要、逮捕できるか見極めるまでの緊急性を積めば、辛うじて釣り合う、とも書けます。
  • 覚え方:「4泊5日は適法」と結論だけで覚えず、ぎりぎりの適法だったという重み付けの感覚とセットで覚えます。

何を守っているのか:学説2説

「社会通念上相当」という基準が何を守っているのかは、最高裁が理由づけを明示しておらず、学説が割れています。

比例原則説行為規範説
理由づけ任意に応じていても、侵害・制約はある(何の侵害かは、意思決定の自由/行動の自由や心身の苦痛・疲労からの自由、と見解が分かれる)任意に応じている以上、侵害は無い(比較衡量の対象自体が無い)
「社会通念上相当」とは必要性との権衡(天秤で釣り合うか)捜査機関に対する行為規範(捜査機関が守るべきルール)
答案の書き出し「任意でも心身の負担は生じている。だから必要性と釣り合うかを検討する」「侵害は無いが、捜査機関は相当な方法を守らなければならない」
  • 権衡:天秤の2つの皿が釣り合っていることです。
  • 第3節の天秤との関係:比例原則説のうち、侵害されるのを心身の苦痛・疲労からの自由と見る立場の整理です。任意に応じている以上、意思決定や行動の自由の侵害は考えにくい、という理由によります。
  • 違いが出る場所:なぜ相当性を検討するのかという、答案の書き出しが変わります。

設例:同じ「長時間」でも、評価が動く

長時間の取調べも、時間の長さだけでは結論が決まりません。

  • 設例:傷害致死の疑いで、対象者Bが、警察官Aから深夜に及ぶ長時間の聴取を受けています。
場面①場面②
本人の希望Bが「今日中に全部話して、すっきりしたい」と続行を希望Bが「もう休みたい」と言っても、取り合わない
休息1〜2時間おきに休憩・食事を自由に取れ、いつでも中断を申し出られるBが一度自白した後も、裏づけ捜査に切り替えず、聴取を続けた
左の皿(負担)軽い重い
  • 結論を動かすもの休息が取れたか本人の希望が尊重されたか他にとれる方法があったのに使わなかったかです。

神奈川の事件:長時間の取調べに歯止め

約22時間にわたる徹夜の取調べについて、最高裁が判断した決定です。

  • 事案:神奈川で、被疑者に対し、一睡もさせずに徹夜で約22時間の取調べが行われました。
    • 被疑者が一応の自白をした後も、ほぼ半日にわたって続きました。

(1) 基準と結論

この決定は、高輪の事件の基準を引いたうえで、長時間の取調べを「容易に是認できない」ところから始めています。

  • 出発点:長時間の取調べは、任意捜査でも、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えます。特段の事情がない限り、容易に是認できません
    • 殺害を自白した段階で裏付け捜査をして逮捕し、取調べを中断するなど、他にとりうる方途もありました。だから、適法と認めるには慎重を期さなければならないとしました。
  • 読み方:この決定は、長時間の取調べに「許可証」を出したのではありません。「歯止め」をかけています。
  • 決定が認めた「特殊な事情」
    1. 参考人として事情を聴くために始め、冒頭で被疑者から進んで取調べを願う承諾を得ていた。
    2. 自白後も続けたのは、自白の強要逮捕の時間制限を免れる意図ではない。自白が客観的状況と合わず、強盗殺人ではないかと確かめるためだった。
    3. 取調べを拒んで帰ろうとしたり、休息を申し出たりした形跡がない。重要な点で虚偽の供述を続けており、意識がもうろうとしていたとは認めにくい。
  • 結論:これらの事情に事案の性質・重大性を加えて総合し、許容される限度を「逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」としました。自白の任意性に疑いを生じさせるものでもない、としています。
    • 「歯止め」の上に乗った、ぎりぎりの適法です。
  • 答案では両方向に書ける:約22時間・徹夜なら左の皿は相当重く、違法とも書けます。
    • 逆に、本人が進んで取調べを願った、強盗殺人という重大事件、被害者と同棲していて殺害も自白し嫌疑が深まった、詳しい事情を聴き逮捕するか決めるまでの緊急性を積めば、辛うじて釣り合う、とも書けます。

神奈川の事件最高裁判所決定長時間・徹夜の取調べの基準「一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであつても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、……その適法性を肯認するには慎重を期さなければならない」。そのうえで、「社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」とした。

(2) 反対意見と「限界事例」という評価

この決定にも、違法とする裁判官の意見が付いています。

  • 反対意見:取調べの違法は判決に影響するとして、原判決を破棄すべきだとした裁判官の意見です。この決定では、1名の裁判官が付けました。
    • 中身:約22時間ほぼ間断なく続き、自白後はやむをえず応じていた状態でした。苦痛・疲労は極めて深刻、重大で、遅くとも殺人の自白の段階で逮捕し、休ませるべきだったとしました。
  • 学者の評価:多数意見の結論に疑問を示す見解もあります。結論を支持する見解でも、この事案は任意取調べを適法とできる「限界事例」だ、という見方でほぼ一致しています。
    • 結論より、ぎりぎりだった温度感を覚えます。

3事案の相場観:4泊5日/22時間徹夜/9泊10日

適法とされた2つの事案と並べると、線がどこかに引かれていることが分かります。

4泊5日(高輪)22時間徹夜(神奈川)9泊10日
結論適法適法違法
評価の温度「必ずしも妥当とはいい難い」「容易にこれを是認できるものではなく」社会通念に照らして行き過ぎ
左の皿(負担)方法は重いが、応答は軽い(答申書)方法は重い(22時間・徹夜)が、応答は軽い(自ら進んで承諾)。それでも右の皿が勝った事実上の身柄拘束に近い状況で、心身に多大の苦痛
  • 9泊10日の事案(東京高等裁判所の判決):外国人の対象者を、通訳を介して取り調べた事案です。
    • 警察が用意した宿に9泊させ、警察官の監視のもとで、10日間連日取り調べました。
    • 理由づけ:「事実上の身柄拘束に近い状況にあった」、そのため「心身に多大の苦痛を受けた」としました。
  • 天秤で見ると:右の皿の必要性がどれだけ重くても、左の皿の負担が事実上の身柄拘束に近いところまで積み上がれば、天秤は崩れます。
    • 方法の面:宿を用意したのも、連日続けたのも、捜査機関の側でした。
    • 高輪との違い:高輪では、本人が自分から答申書を出したことが、任意に応じていたと認める事情の1つでした。9泊10日の事案で理由として引かれるのは、身柄拘束に近い状況と心身の苦痛です。
  • この表が無いと:「理由さえあれば、何日でも適法」と誤って覚えてしまいます。日数だけでは決まりませんが、線はどこかに引かれています。

犯罪捜査規範168条3項:深夜・長時間の取調べの内部ルール

判例の「社会通念上相当」という基準とは別に、警察の内部規則が、深夜・長時間の取調べに数字の目安を置いています。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査をするときに守る心構え・方法・手続を定めた、国家公安委員会規則です。
判例の基準犯罪捜査規範168条3項
物差し社会通念上相当(事案ごとの評価)数字(午後10時〜午前5時/1日8時間超)
超えるときは個別の事情を総合考慮する警察本部長又は警察署長の承認が要る
法的性質最高裁判例国家公安委員会規則(内部規律)。違反しても直ちに違法にはならない
  • 中身:取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜・長時間を避けなければなりません
    • 深夜(午後10時〜午前5時)や、1日8時間を超えて被疑者を取り調べるときは、警察本部長か警察署長の承認を受けます。
  • 効果:神奈川の事件のような徹夜の取調べは、起きにくくなりました。
  • 留保:法律ではないので、違反してもそれだけで違法にはなりません。
    • ただし、捜査機関自身の実務感覚を映す、強い状況証拠になります。同じ犯罪捜査規範の108条(住居の捜索は、承諾があっても令状を取って行う)と同じ位置づけです。
  • 社会通念は動く:取調べの適法・違法を決めるのは、今も判例の基準です。ただ、こうした取調べ環境の変化は「社会通念」の中身にも影響しうるので、今後は必要性がより厳しくチェックされると考えられます。
  • 取調べを記録する制度もあります。
    • 取調べ状況報告書:取調べ室などで被疑者を取り調べた日ごとに、警察官が作る報告書です(犯罪捜査規範182条の2)。
    • 録音・録画の制度:死刑・無期拘禁刑に当たる罪の事件などで、逮捕・勾留中の被疑者の取調べを、録音・録画で記録しておく制度です(301条の2)。

168条(任意性の確保)(抜粋)犯罪捜査規範 第八章 取調べ(166〜182条の5)3項:取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。この場合において、午後10時から午前5時までの間に、又は1日につき8時間を超えて、被疑者の取調べを行うときは、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。

取調べの適法性と自白の任意性:別の枠組み

取調べが適法かという問いと、そこで得た自白が証拠として使えるかという問いは、別の枠組みです。ただし、橋でつながっています。

問い①:取調べは適法か問い②:自白は証拠として使えるか
枠組み任意捜査の限界(比例原則の天秤)自白法則違法収集証拠の排除
扱いこの回で検討したもの別の論点
取調べが供述の任意性に疑いを生じさせるものならその取調べを違法とし、その間の自白の証拠能力を否定する
  • 神奈川の事件の決定:この橋を、次のように述べています。
    • 「もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである」
    • 出発点は「任意性に疑いを生じさせるか」です。
  • 「違法なら自白も使えない」とは言い切れない:高輪の事件の意見は、取調べを違法としつつ、2か月余り後の勾留中の自白は、その影響を受けていないとして証拠能力を認めました。
  • 自白法則:任意にされたものでない疑いのある自白を、証拠にできないとするルールです(319条1項)。
  • 違法収集証拠の排除:違法な手続で集めた証拠を、証拠から外すという考え方です。

答案の型:3段

任意同行後の取調べの問題は、3段の順番で書きます。

問い書くこと
1段目実質的逮捕か① 権利・利益の特定/② 客観的事情を積む/③ 実質的な侵害があったかの結論
2段目任意捜査として相当か① 権利・利益の特定/② 実質的侵害に至っていないことの確認/③ 必要性の積み上げ/④ 権衡の結論
3段目自白の任意性(別途)取調べが供述の任意性に疑いを生じさせるものだったか。そうなら、その間の自白の証拠能力を否定する
  • 2段目の中身:この回の天秤です。
    • ①で特定するのは、心身をすり減らされない自由です。
    • ③で積むのは、犯罪の重大性・嫌疑の程度・取調べの重要性・緊急性です。
  • いちばん危うい答案:1段目を飛ばして、いきなり2段目から書く答案です。

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#17単独ページ動画

おとり捜査

おとり捜査の問いは3段に分かれる

おとり捜査が問題になったら、次の3段の順に考えます。

問い結論・使う道具
1段目そもそも「おとり捜査」に当たるか判例の定義。決め手は働き掛けの有無
2段目強制処分か任意処分か結論は任意処分
3段目任意処分として適法か判例の3要件と、学説の天秤。この回の中心
  • 落とし穴:働き掛けの強弱を、1段目の判定に使うことです。
    • 働き掛けがあれば、強くても弱くても、1段目は「おとり捜査に当たる」で決まります。
    • 強さが効くのは3段目だけです。働き掛けが強いほど、違法に寄ります。
  • この回の特徴:ふつうの任意処分は、捜査の必要性と、対象者が受ける権利・利益の侵害の程度を天秤で比べて判断します。
    • おとり捜査では、この天秤の左の皿(対象者の侵害)に載せるものが見つかりません。どう判断するかが第7節です。

定義:「働き掛け」があってはじめておとり捜査

1段目です。最高裁は、おとり捜査を次のように定義しています。

  • 定義の4つの部品
    1. 捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者:捜査官本人でなくてもかまいません。民間の協力者が動いても、おとり捜査に当たります。
    2. その身分や意図を相手方に秘して:捜査官だという身分だけでなく、検挙するつもりだという意図も隠しているのが通常です。
      • 判文も「身分や意図」と2つを並べています。答案では、意図のほうが見落とされがちです。
    3. 犯罪を実行するように働き掛け:ここが分かれ目です。1段目の判定は、ここで決まります。
    4. 犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する:捕まえ方まで、定義に入っています。
  • 注意:4つの部品は定義の中身です。判例が「要件」として立てたのは、第5節の3つです。

大麻樹脂事件最高裁判所決定おとり捜査の定義おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが

(1) 働き掛けがあるか、ないか(設例)

同じ薬物の密売の疑い、同じ現行犯逮捕でも、途中の1手だけで結論が変わります。

  • 設例:薬物の密売が疑われる対象者Bがいます。捜査機関はAです。
場面①(接触なし)場面②(働き掛けあり)
AがしたことBに一切接触しない。Bが買い手Cと落ち合う現場に張り込み、取引の瞬間を押さえた身分を隠して買い手を装い、Bに「分けてほしい」と持ちかけた。Bが持ってきたところで検挙した
AからBへの矢印無い1本ある
評価おとり捜査ではない。尾行・張り込みと同じ、通常の任意捜査おとり捜査
  • 目印:AからBへの矢印1本の有無が、おとり捜査か否かの分かれ目です。
  • 場面①は、ふつうの任意処分の天秤(必要性と侵害の程度)でそのまま判断します。

(2) 争いのある境界:仮睡盗の検挙

  • 仮睡盗:酔って眠っている人から、財布などを抜き取る窃盗です。
  • 問題の場面:この犯人を捕まえるため、警察官が自分で酔客を装い、被害者役になる場合です。
    • 働き掛けがあるとする見解と、無いとする見解に分かれます。
  • 広島高等裁判所の判決:似た事案で、装った警察官にも財物を占有する意思がなかったとはいえないとして、被告人を有罪にしました。
    • ただし、おとり捜査に当たるか否かは判断していません。答えたのは窃盗罪が成立するかで、捜査のやり方の当否ではありません。
    • 有罪にしたことを、「おとり捜査として適法と認めた判例」と読まないようにします。

なぜ任意処分なのか

2段目です。対象者はだまされていますが、おとり捜査は任意処分とされます。

  • 強制処分かどうかの物差し:対象者の重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約があるかです。
    • 言葉の出どころは、相手の意思を制圧して権利・利益に制約を加えるかを問うた判例の判文です。
  • おとり捜査に当てはめると:取引に応じるかの最終判断は、対象者自身が下しています
  • 結論:対象者の意思に反して、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約しているとはいえません。だから任意処分です。
    • 例外:働き掛けが強度で、断る余地なく犯罪を実行させられたといえる場合は、強制処分になりうるとされます。
  • 「強度」:この回で何度も出てくるキーワードです(第7節・第8節・第11節)。

明文の規定は無い:「条文があるじゃないか」への答え

3段目に入る前に、出発点を確認します。

  • 出発点:刑事訴訟法には、おとり捜査を許す規定がありません。
    • 強制処分なら、法律の定めが無い以上できません。任意処分として許されるかが、3段目の問いです。
  • 捜査官が薬物などを譲り受けられる条文は、別の法律にあります。
条文誰が何を譲り受けられるか許可するのは
麻薬及び向精神薬取締法58条麻薬取締官・麻薬取締員麻薬厚生労働大臣
あへん法45条麻薬取締官・麻薬取締員あへん・けしがら厚生労働大臣
銃刀法27条の3警察官・海上保安官拳銃など都道府県公安委員会
覚醒剤取締法同じ種類の規定は無い
  • 注意:どの条文も、許可を受けてはじめて譲り受けられます。薬物と拳銃では、許可する人が違います。
  • これでおとり捜査が認められたわけではない:これらの規定は、おとり捜査を想定したものとも考えられます。
    • しかし中身は、譲り受けた捜査官に犯罪が成立しないとするだけです。
    • 「やってよい」とは言っていないので、おとり捜査そのものを認める根拠にはなりません。
  • 目印:根拠条文と、正当化の根拠は別物です。

58条(麻薬取締官及び麻薬取締員の麻薬の譲受)麻薬及び向精神薬取締法 第四章 監督(50条の38〜58条)麻薬取締官及び麻薬取締員は、麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けてこの法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる

判例の3要件:「少なくとも」の読み方

3段目の中心です。最高裁は、おとり捜査が任意捜査として許される場合を、3つの要件で示しました。

  • 3要件:少なくとも、次の3つがそろえば、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許されます。
    1. 直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査であること
    2. 通常の捜査方法のみでは摘発が困難であること
    3. 機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者が対象であること
  • 根拠条文:197条1項です。「その目的を達するため必要な取調べ」の「必要な」が、ここでも効いています。
読み方意味正しいか
十分条件3つがそろえば、適法になる正しい
必要条件3つがそろわなければ、違法になる誤り
  • 「少なくとも」:3つより広い場合を、最高裁は否定していません。
    • 「3要件を外れたら即違法」と覚えると、答案が壊れます。外れたときは、第7節・第8節の天秤で判断します。
  • 注意:この判例の全文に、「機会提供型」「犯意誘発型」という言葉は1度も出てきません。
    • 「判例が二分説を採った」と書いたら誤りです(二分説は第9節)。

大麻樹脂事件最高裁判所決定許容される3つの要件少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである

197条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない

(1) 第3要件:「疑われる者」に当たるか(設例)

同じ「分けてほしい」の一言でも、相手の状態と働き掛けの積み上げ方で結論が動きます。

場面①(外形あり)場面②(外形なし)
Bの状態すでに複数の知人Cに声を掛け、買い手を探して回っていたそうした兆候がまったく無い
Aの働き掛けその情報を得たうえで、買い手のふりをして1回だけ声を掛けた半年かけて友人として近づき、生活の苦しさに付け込んで繰り返し頼み込み、手を出させた
疑われる者か当たる当たらない
働き掛けの強度小さい大きく跳ね上がる
  • 決め手は外から見える行動:疑われる者に当たるかは、捜査を始める時点で外から確認できる事実で決まります。内心の推測ではありません。
    • 場面①は、知人に声を掛けて回っていたという外形があります。
    • 場面②には外形が無く、その意思は捜査側が外から働き掛けて作り出したものです。
  • 型の正体:「機会提供型」「犯意誘発型」と呼ばれてきたものは、この連続的な働き掛けの強度のことです(第9節)。

(2) 第1要件:「直接の被害者がいない」か(設例)

薬物の密売と、自転車を盗ませて検挙する場合とでは、第1要件で結論が変わります。

薬物の密売自転車を持ち去らせる(窃盗)
やり方買い手を装って取引する鍵を掛けない高価な自転車を、人通りの少ない駐輪場にわざと置き、持ち去った者を検挙する
直接の被害者いない。買う側も罪に問われる取引いる。持ち主が捜査機関側でも、現実の窃盗が起き、自転車という被害を受ける人がいる
第1要件満たす欠く
  • 直接の被害者がいる犯罪:人の命・体・財産が現に削られる犯罪(殺人・傷害・窃盗など)をやらせるおとり捜査は、判例の3要件のになります。
    • 3要件は十分条件なので、外れたこと自体で即違法とは決まりません。ただ、天秤(第7節・第8節)の左の皿に現実の被害が載るので、違法と評価される方向に大きく傾きます。
  • 許容されてきた場面:主に、直接の被害者のない薬物・銃器・わいせつ物に関連する捜査だとされています。
    • これは学説(第7節の有力説)の整理です。判例の3要件の読み方ではありません。

(3) 働き掛けの無い「なりすまし捜査」(鹿児島地方裁判所加治木支部の判決)

第1要件の一般論とは別の理由で、違法とされた裁判例です。

  • なりすまし捜査:相手には一言も声を掛けず、手を出しやすい舞台のほうを用意しておく捜査です。事案は車上狙い(窃盗)でした。
  • 働き掛けが無いので、おとり捜査とは別物です。それでも裁判所は、判例の物差しを借りて判断しました。
    • 借りた理由:本来犯罪を抑止すべき国家が犯罪を誘発している面があり、捜査の公正を害する危険をはらむ点は、おとり捜査と共通するからです。
  • 疑われる者:対象者は「機会があれば車上狙いを行う意思があると疑われる者」に当たると認めました。
  • 落ちたのは必要性:通常の捜査方法で足りたとして、違法と判断しました。
    • 車上狙いは、被害者の申告で発生をほぼ確実に把握できます。密行性が高く、犯罪の把握すら困難な薬物犯罪等とは違います。
    • 住居も行動時間も分かっていて、移動手段は徒歩か自転車でした。
    • 屋外でドアを開ける犯行なので、張り込んで現場を確認することも十分できました。被害額も少額でした。
    • 必要性がほとんど無い以上、捜査の態様がどうであれ許される範囲を超える、としました。
  • 犯罪傾向の評価:捜査をしなくても早晩別の車上狙いをするはずといえるほど、犯罪傾向は強くないとしました。
    • だから、この捜査によって実行が促進された面が多分にあるとしています。
    • 裁判所はこれを、必要性と相当性を特に慎重に判断すべき理由として使いました。違法の決め手は、あくまで必要性の欠如です。
  • 結末:違法は重大だとして、被害届や現行犯人逮捕手続書などの証拠能力を否定しました。
    • 残った証拠は自白だけで、自白を補強する証拠が無いため(319条2項)、被告人は無罪になりました。
  • 注意:「被害者がいる犯罪だから違法」という学説の一般論と、この裁判例が実際に挙げた理由(必要性)は、別の層です。
  • ほかの裁判例:窃盗や風営法違反の事件でおとり捜査を行い、不適法・不相当とされたものもあります(福岡地方裁判所の支部の命令、大阪高等裁判所の判決)。

判例のあてはめ:事実のどこを見たのか

大麻樹脂事件の事実と、最高裁が適法とした決め手を整理します。

  • 事実の流れ
    1. 対象者:あへんの営利目的輸入や、大麻の営利目的所持などの前科がありました。服役後に不法入国していました。
    2. 捜査協力者:服役中に対象者と知り合った人物です。自分の弟が対象者の依頼で大麻樹脂を運んで検挙されたため、対象者を恨み、麻薬取締官事務所に通報していました。
    3. 対象者の側から:対象者が協力者に、電話で「大麻樹脂の買手を紹介してくれ」と頼みました。この電話まで、協力者から取引の働き掛けは何もありませんでした。
    4. 麻薬取締官(警察官ではない):ホテルの一室で対象者と会い、取引の場所を準備し、大麻樹脂約2kgを買い受ける意向を示しました。
      • 取締官が東京・大阪間の交通費を負担すると申し出ると、対象者は「ビジネスであるから自分の負担で」と断りました。
    5. 検挙:翌日、対象者は運び役に大麻樹脂を持たせて運び入れました。あらかじめ発付を受けていた捜索差押許可状による捜索を受け、現行犯逮捕されました。
判文が挙げた事実対応する要件
協力者の情報でも、住居や大麻樹脂の隠し場所が分からず、ほかの手法での検挙が困難だった要件②(通常の捜査方法のみでは摘発困難)
被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企てて、買手を求めていた要件③(疑われる者)。これが決め手
  • 決め手:「既に買手を求めていた」ことです。対象者は、電話で紹介を頼んだ時点で、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる状態でした。
    • 交通費を断ったことは、決め手として挙げられていません。
  • 弁護人の主張:「執ように働き掛けてきた」「断り切れずに調達した」と主張しました(犯意を誘発されたという主張)。
    • 最高裁は、原判決が認定した事実に沿わない事実関係を前提とするものだとして、退けました。
    • =型の争いは、実際の法廷では事実認定の争いとして起きます。
  • 結び:最高裁は、収集された証拠の証拠能力(裁判で証拠として使える資格)を肯定した原判断を、正当と認めました(第11節)。

大麻樹脂事件最高裁判所決定あてはめ麻薬取締官において、捜査協力者からの情報によっても、被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず、他の捜査手法によって証拠を収集し、被告人を検挙することが困難な状況にあり、一方、被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから、麻薬取締官が、取引の場所を準備し、被告人に対し大麻樹脂2kgを買い受ける意向を示し、被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても、おとり捜査として適法というべきである

天秤の載せ替え:おとり捜査版の比例原則

3要件がそろわない場合や、争いがある場合の判断方法です。

  • 問題:対象者は自分の意思で犯罪を実行しているので、権利・利益の侵害・制約が認められません(第3節)。天秤の左の皿に、載せるものがありません。
  • 意思決定の自由とする見解:対象者の意思決定の自由が侵害されている、と考える見解です。
    • 批判:最後にやると決めたのが本人である以上、決める自由が奪われたとはいえません。
  • 有力説の発想の転換:測る対象を、対象者の権利から国家の行為へ変えます。
    • おとり捜査で、国家は、本来守るべき法益(薬物事犯なら公衆の健康)を自分の手で削ったり、削られる危険を作り出したりしています。
    • その関与の度合い(寄与度)を、左の皿に載せます。
ふつうの任意処分おとり捜査(有力説)
左の皿対象者の権利・利益への侵害・制約の程度国家が法益侵害またはその危険を作り出すことへの寄与度
右の皿捜査の必要性捜査の必要性(同じ)
向き原則適法。限度を超えると違法原則違法。必要性と釣り合えば(権衡)、相当性が認められ例外的に適法
  • 天秤は捨てていない:同じ形の天秤を、権利侵害が見つからない場面へ延ばしたものです。変わるのは、左の皿に載せるものと向きです。
事件左の皿(国家が押した分)結論
大麻樹脂事件対象者の側から買手の紹介を頼んでいた。軽い例外的に適法
なりすまし捜査(鹿児島)早晩やったとまではいえない相手に、舞台を用意して実行を促した。軽くない違法。決め手は右の皿(必要性がほとんど無い
  • なりすまし捜査は働き掛けが無いので、おとり捜査とは別物です。ただ、裁判所が書いた評価は、この左の皿にそのまま載ります。
    • 左が軽くないことは、慎重に判断する理由になっただけです。違法に傾けたのは、右の皿が空に近かったことです(第5節(3))。

天秤の中身:7つの要素と、両側に載る犯罪性向

載せ替えた天秤で、実際に比べる要素です(有力説)。

左の皿:国家の寄与度(3要素)右の皿:捜査の必要性(4要素)
法益侵害の性質(直接の被害者がいるか)犯罪の重大性・密行性
捜査機関による働き掛けの強度(対象者の犯罪性向)組織性(重大性を高める方向に働く)
危険除去の態勢確保同種事犯の防止(対象者の犯罪性向)
補充性(おとり捜査以外の代わりの手段が無いか)
  • ③危険除去の態勢確保:検挙に失敗して、薬物や銃器などの危険な物が流出しないよう、その危険を確実に取り除ける態勢を整えていたかです。
  • ⑦補充性:おとり捜査以外に手段が無い場合に限る、ということです。ほかの方法で捕まえられるなら、やる必要はありません。
  • 対象者の犯罪性向は、左右両方に載る:答案で差がつくところです。
左の皿(②働き掛けの強度)右の皿(⑥同種事犯の防止)
犯罪性向が大きいと働き掛けの強度は一般に小さくなる同種事犯を防ぐ必要性が大きくなる
天秤への効き方左を軽くする右を重くする
  • 同じ犯罪性向が、逆向きに効きます。天秤の図を描くときは、必ず両側に書きます。

「型」は捨てない、格下げする(二分説)

「機会提供型なら適法、犯意誘発型なら違法」という覚え方を、正確に位置づけ直します。

  • 機会提供型:もともとやる気のあった相手に、やる場面を差し出しただけの場合です。
  • 犯意誘発型:やる気の無かった相手に働き掛けて、その気を起こさせ、実行まで持っていった場合です。
  • 二分説:どちらの型に当たるかで、適法か違法かを決めてしまう考え方です。
    • 米国の「わなの抗弁」という考え方に準じて、かつて有力に主張されていました。
かつて(二分説)今(天秤に吸収)
扱い2つの箱に仕分け。機会提供型なら適法、犯意誘発型なら違法1本の目盛り。天秤の左の「②働き掛けの強度」に吸収された連続量
出どころ学説学説が立てた天秤(判例の3要件とは別の物差し)
限界・利点両者の区別が明確でない場合がある。程度の差はあれ、どちらも捜査側が押した結果として犯罪が起きている強度という1本の物差しで、程度の違いを測れる
  • 現在の到達点:どちらの型かだけを基準に適法性を判断するのは、妥当でないと考えられています。
  • 判例との関係:判例は、型を採るとも採らないとも言っていません。そもそも触れていません。判例が立てたのは3要件です。
  • 使い方:答案や学説の説明ではよく使われる言葉なので、意味は覚えます。ただし、型だけで結論を出しません。

泳がせ捜査との違い:分かれ目は「働き掛け」

おとり捜査と似て見える捜査手法を、同じ地図に置きます。

  • 泳がせ捜査(コントロールド・デリバリー、CD):薬物や拳銃などの不正取引があるとき、捜査機関が事情を知りながらすぐに検挙せず、十分な監視のもとで運ばせて追跡し、関わった人物を特定して検挙する手法です。
おとり捜査泳がせ捜査
働き掛けある(捜査機関が持ちかける)無い(犯罪はすでに動いていて、泳がせて全体を押さえるだけ)
適法性の判断判例の3要件と、第8節の7要素一般の任意捜査と同じ(ふつうの天秤)。新しい枠組みは立てない
  • 泳がせ捜査の性質:見張る・つける・追うという、昔からある任意捜査の延長です。第2節の場面①(張り込み)と同じ側にあります。

(1) ライブCDとクリーンCD

泳がせ捜査には2種類あり、それぞれを可能にする条文が違います。

ライブCDクリーンCD
中身薬物や拳銃をそのまま運ばせる抜き取って無害な物に入れ替えて運ばせる
可能にする条文麻薬特例法3条(上陸の手続の特例)・4条(税関手続の特例)麻薬特例法8条・銃刀法31条の17
条文の中身本来なら入国や輸入の場で止める人・貨物を、十分な監視体制を条件にそのまま通してよいとする入れ替えた無害品を、薬物や拳銃等として輸入・譲受けなどをした者を処罰する
適法性の見方一般の任意捜査と同じ天秤。本物が流れる危険があるので、監視体制を相当性の中で重く見る一般の任意捜査と同じ天秤。中身は無害品なので、流出の危険は小さい
  • ライブCDで監視が重い理由:失敗すると、本物が流出してしまうからです。第8節の「③危険除去の態勢確保」と同じ話です。
    • 3条・4条も、散逸を防ぐ十分な監視体制が確保されていることを条件にしています。
  • 3条・4条:通さなければ、泳がせることができません。これを許す特例です。
  • 8条:薬物犯罪を犯す意思で、物を規制薬物として輸入・譲受け・所持などする行為を、それ自体として処罰する規定です。
    • 対象は「薬物その他の物品」なので、中身が無害品に入れ替わっていても処罰できます。無害品を薬物とみなす規定ではありません。
    • だから中身を入れ替えても、受け取った者を検挙する意味が残ります。
    • 法定刑は「拘禁刑」です(現行の表記)。

8条(規制薬物としての物品の輸入等)麻薬特例法 第三章 罰則(5〜15条)1項:薬物犯罪(規制薬物の輸入又は輸出に係るものに限る。)を犯す意思をもって、規制薬物として交付を受け、又は取得した薬物その他の物品を輸入し、又は輸出した者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。2項:薬物犯罪(規制薬物の譲渡し、譲受け又は所持に係るものに限る。)を犯す意思をもって、薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡し、若しくは譲り受け、又は規制薬物として交付を受け、若しくは取得した薬物その他の物品を所持した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

違法だったら、どうなるか:4つの説

天秤が崩れて、おとり捜査が違法とされた場合の扱いです。

中身採れるか
無罪説無罪にする採れない。自分の意思で犯罪に出ている以上、犯罪の成立自体には疑いがない
公訴棄却説(338条4号)公訴提起の手続に瑕疵があるとして、公訴を棄却する違法が極めて重大な事案に限る
免訴説(337条)公訴権が消えた場合になぞらえて、免訴で手続を打ち切る違法が極めて重大な事案に限る
証拠排除説おとり捜査で得られた証拠の証拠能力を否定する多数
  • 無罪説:古い最高裁の決定も、同じ理由で、犯罪の成立を否定しませんでした。
  • 免訴:確定判決を経た、時効が完成したなど、もう処罰を求められない場合に言い渡す判決です(337条)。
    • 免訴説は、そこまで汚れたやり方をした国には、もう罰する資格が無いと考えます。
  • 極めて重大な事案:犯罪性向の乏しい相手を、捜査側が強く押して犯罪まで持っていった場面です。
    • 例:第5節(1)の場面②(兆候の無い相手に、半年かけて友人を装い、生活の苦しさに付け込んで頼み込んだ)
  • 2段目の例外とは別の線
    • 2段目(第3節)は、意思を制圧したといえるかを見ます。
    • 違法の効果は、違法の程度がどこまで深いかを見ます。
    • =2段目で任意処分のままでも、効果の段階で公訴棄却に届くことがあります。
  • 判例の位置:どの説を採ったかは断定できません。
    • 大麻樹脂事件は、捜査が適法だとして、証拠能力を肯定した原判断を正当としただけです。
    • 違法だった場合に証拠排除で対処するかどうかまでは、判断していません。
  • 排除から無罪になった例:第5節(3)の鹿児島の判決です。証拠を排除した結果、補強証拠が無くなって無罪になりました。
    • 無罪説を採ったわけではありません。

338条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき

答案の型:4段

第1節の3段に、違法だった場合の効果を加えた4段で書きます。

段(順番)書くこと
1段目働き掛けがあるか。無ければおとり捜査ではない(尾行・張り込み・泳がせ捜査は、ふつうの天秤で処理)
2段目強制処分か。原則は任意処分。ただし、働き掛けが強度で否応なく実行させられた場合は別
3段目任意捜査として適法か。まず判例の3要件(「少なくとも」=十分条件)。通らなければ天秤で権衡を書く(左=国家の寄与度3要素、右=必要性4要素。原則違法・例外適法
4段目違法だった場合の効果。証拠排除説が多数。極めて重大な事案なら公訴棄却か免訴
  • 視点の転換:おとり捜査では、天秤の左の皿を、対象者の権利の側から国家の行為の側へ動かします。

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#18単独ページ動画

捜査の端緒①職務質問

職務質問は端緒であって、捜査ではない

職務質問の位置を、捜査が始まるまでの流れの中で確認します。

端緒思料職務質問
捜査を始めるきっかけ犯罪があると思料するとき(189条2項)端緒の1つになりうる
通報でも、新聞記事でも、インターネットの書き込みでもよいここで初めて捜査が始まる職務質問それ自体は、まだ捜査ではない
  • 端緒:警察が「犯罪があるかもしれない」と気付くきっかけです。端緒そのものに、法律上の制限はありません
  • 思料する:「犯罪があったらしいと考える」という意味です。捜査はここから始まります。
  • 職務質問:警察官が、怪しい人や事情を知っていそうな人を呼び止めて、質問することです。
    • 職務質問から捜査が始まることはあります。ただし、職務質問そのものは捜査ではありません。

189条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

行政警察活動と司法警察活動:目的で分ける

警察官の仕事は、目的によって2つに分かれます。職務質問がどちらに入るかで、使う条文が変わります。

行政警察活動司法警察活動
目的犯罪の予防、公共の安全と秩序の維持犯罪の捜査
特定の犯罪の嫌疑要らない(予防のためにも動ける)あることが前提
警察官Aが、夜間の駅前で、不審な様子のBに声をかける警察官Aが、捜査中の傷害事件の目撃者Cに事情を聞く
根拠警察官職務執行法(警職法)刑事訴訟法197条
  • 同じ行為でも別物:「声をかける」「話を聞く」という行為が同じでも、目的が違えば、根拠条文もできることの限界も変わります。
    • Bの場面は、まだ犯罪が起きたかどうかも分かりません。目的は、これから起きるかもしれない犯罪の予防です。
  • 時間の前後では分けない:職務質問は、既に行われた犯罪についてもできます(警職法2条1項の「犯し」「既に行われた犯罪」)。
    • 分かれ目は、特定の犯罪の嫌疑がはっきりして、捜査に移ったといえるかです(第11節)。
  • 職務質問行政警察活動です。だから、刑事訴訟法197条ではなく、警職法2条が根拠になります。

警職法2条1項:4つの部品

職務質問の根拠は、警職法2条1項です。長い条文なので、4つの部品に分けて読みます。

  1. 入口:「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」
    • 外から確認できる事情が要ります。警察官の勘(主観)だけでは足りません。
  2. 対象①:「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」
    • 特定の犯罪の嫌疑は要りません。これから行われようとしている犯罪の予防のためにも、職務質問ができます。
  3. 対象②:「既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者
    • 犯人でなくてかまいません。目撃者など、事情を知っていそうな人も対象です。
  4. できること:「停止させて質問することができる」
捜査職務質問
前提犯罪があると思料するとき(ある程度特定の犯罪の嫌疑何らかの犯罪の疑い、またはその事情を知っていそうなこと
対象の広さ狭い広い(予防のためにもできる)
  • 目撃者の例:第2節の目撃者Cへの聞き込みは、特定の傷害事件の捜査(197条)として行う場面でした。
    • 同じく既に起きた犯罪でも、捜査に移る前の段階で事情を知っていそうな人に声をかけるなら、対象②に当たる職務質問です。

2条(質問)(抜粋)警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者停止させて質問することができる

2項の同行要求と3項の禁止

2項は、警察官が「署まで来てください」と頼める場面を、3項は、職務質問でしてはいけないことを定めています。

  • 2項:同行の要求:その場で質問すると本人に不利なとき、または交通の妨害になるときは、近くの警察署・派出所・駐在所への同行を求められます。
    • 「求める」ことができるだけです。応じるかどうかは、相手の自由です。
    • 職務質問に伴う任意同行の根拠は、この2項です。
  • 3項:禁止:1項・2項の相手は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、次の3つをされません。
    • 身柄の拘束/意に反する警察署などへの連行答弁の強要
    • 例外:現行犯逮捕のように、刑事訴訟法が別に認めている手続なら、話は別です。

(1) 黙秘権の告知は不要、でも答えなくてよい

職務質問では黙秘権を告げてもらえません。それでも、答える義務はありません。この2つは別の問題です。

黙秘権の告知答弁の強要
職務質問では不要できない(3項)
理由職務質問は、刑事訴訟法が定める被疑者の取調べではない3項が明文で禁止している
  • 結論:名前を聞かれても、黙っていることができます。答える法的な義務は、そもそもありません。
  • 注意:「告知が要らない」から「答えなければならない」にはなりません。短答でよく問われる区別です。

2条(質問)(抜粋)警察官職務執行法2項:その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない

4項が書いていないこと

4項は、凶器を持っていないか身体を調べられる場面を定めています。大事なのは、書いていない側です。

逮捕されている者職務質問の相手方(逮捕されていない者)
凶器を所持しているかどうかを調べる明文ある(4項)無い(この条文のどこにも書かれていない)
  • 4項の中身:刑事訴訟法によって逮捕されている者については、凶器を持っていないか、身体を調べられます。
  • 書いていないこと:逮捕されていない、職務質問の相手方の持ち物を調べてよいという明文はありません。
    • それでも実際には、職務質問のときに持ち物を調べる場面がよくあります。
    • 明文が無いのに、なぜ許されるのか。これが所持品検査という論点の出発点です。

2条(質問)(抜粋)警察官職務執行法4項:警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる

二階建ての構造:強制処分の基準は同じ

職務質問の適法性も、捜査と同じ二階建てで測ります。変わるのは、基準ではなく、根拠と行き先です。

  • 1階強制処分に当たるかです。
    • 基準:相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴う処分かどうかです。
    • この基準は、行政警察活動でもまったく変わりません
    • 理由:2条3項は「刑事訴訟に関する法律」を基準にしています。だから、刑事訴訟法上の強制処分と同じものさしを使います。
    • 3項が挙げる身柄の拘束・連行・答弁の強要は例示です。禁止される強制は、この3つに限られません。
  • 2階:強制処分に当たらないとき、任意処分として比例原則を満たすかです(第8節・第9節)。
捜査行政警察活動(職務質問)
強制処分かの基準意思に反し、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか同じ
根拠条文197条1項但書警職法2条3項
1階で「強制」と出たときの行き先刑事訴訟法に定めのある処分なら、令状を取るなど法律の手続を踏めば適法にできる(現行犯逮捕・緊急逮捕なども用意されている)直ちに違法(職務質問には、令状で救う道がそもそも用意されていない)
  • 落とし穴:「職務質問でも、令状を取ればいい」は誤りです。職務質問として強制を使えば、その時点で違法になります。
    • 目印:捜査の建物には令状という非常階段があり、職務質問の建物には無い、と覚えます。
    • ただし、刑事訴訟法の要件を満たせば、逮捕などの捜査の手続に移ることはできます(第4節の3項)。
  • なぜ用意されていないのか
    • 刑事訴訟法は、犯罪の嫌疑が生まれた後の手続として、令状の種類や要件を細かく定めています。
    • 警職法は、特定の犯罪の嫌疑を前提にしない活動の手段を定める法律です。そこまで強い実力行使は、もともと想定されていません。
  • 載せ替わるのは3点だけ:①根拠条文、②強制と出たときの行き先、③2階で使う必要性の広さ(第9節)です。
    • 判定の道具は、1つも捨てていません。

逃げ出した相手の腕に手をかける:判例が引いた線

1階の「強制処分に当たるか」を、最高裁の事件で確かめます。

  • 逃げ出した相手の腕に手をかけた事件
    • 事案:夜間、パトロール(警邏)中の警察官から職務質問を受けた人が、駐在所に任意同行されました。所持品などについて質問されている途中で、隙をみて逃げ出しました。警察官は、質問を続けるために追いかけ、背後から腕に手をかけて止めました
    • 判断:原審(高等裁判所)は、この行為を正当な職務執行の範囲を超えないとしました。最高裁は上告を棄却し、原判決の判示を正当とした決定です。
      • 最高裁自身は理由を書いていません。下のカードは判例集の裁判要旨です。
    • 強制処分の基準で見ると:腕に手をかけて止める程度は、人身の自由への一時的な侵害にとどまります。重要な権利・利益への実質的な侵害・制約には至っていない、と読めます。つまり任意処分という評価です。
    • 一時的な拘束かが目安:原判決は、逮捕をある程度の時間的拘束を含むものと捉えています。一時的な拘束にとどまれば、おおむね強制に当たらないと考えられます。

逃げ出した相手の腕に手をかけた事件最高裁判所決定正当な職務執行の範囲夜間道路上で警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行された所持品等につき質問中、隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない。

(1) 腕・タックル・手錠:強さの並び(設例)

警察官Aが、逃げようとする対象者Bを止める場面です。同じ「止める」でも、やり方で評価が変わります。

Aがしたこと評価結果
① 追いついて、背後から腕に手をかけ、動きを止める任意処分(判例の事案)2階の比例原則へ進む
タックルして押し倒す、羽交い締めにする境界線上(強制とする見解と、一時的な拘束なら強制でないとする見解がある)強制なら直ちに違法/強制でなければ2階へ
手錠をかけて制圧する強制処分(強い有形力は、一時的でも強制と評価される可能性が高い)警職法2条3項違反で直ちに違法。令状を取っても救えない
  • 並びで覚える:腕、タックル、手錠の順に、強さが上がります。
    • 分かれ目は、有形力の強さと、拘束が一時的かどうかです。
    • ②は、1階と2階のどちらで論じるかを答案で示します。

2階の比例原則:警職法1条2項に明文がある

強制処分に当たらなくても、任意処分としての限界があります。天秤の形は捜査と同じで、根拠の出どころだけが違います。

捜査行政警察活動(職務質問)
根拠判例が作った規範(必要性・緊急性などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度)警職法1条2項(必要な最小の限度・濫用の禁止=明文
左の皿対象者が受ける権利・利益の侵害・制約の程度同じ
右の皿捜査の必要性警察目的からの、もっと広い必要性(第9節)
  • 警察比例の原則:警職法1条2項の「必要な最小の限度」で手段を使え、というルールです。行政警察活動での比例原則を、こう呼びます。
  • 捜査との違い:捜査の天秤は判例が組み立てた規範でした。職務質問の天秤は、条文そのものに書いてあります。
    • 天秤の形は変わりません。そのため、第6節の「載せ替わる3点」には数えません。
  • 第7節の事件での当てはめ:原審は、任意に止まらない相手を止めるには、この程度の実力はやむを得ないとしました。目的のため必要最小限だったかを検討したうえで、適法とされたと読めます。

1条(この法律の目的)警察官職務執行法1項:この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない

右の皿の必要性は、捜査より広い

職務質問の天秤の右の皿には、捜査の必要性より広いものが乗ります。その根拠は、警察法2条1項です。

捜査の必要性職務質問の必要性(警察目的)
前提特定の犯罪の嫌疑警察法2条1項=犯罪の予防、鎮圧及び捜査……公共の安全と秩序の維持
犯罪の予防嫌疑のある特定の犯罪が出発点含む(予防のためにも動ける)
  • 決め手:警察法2条1項は、警察の責務に犯罪の予防を正面から入れています。
    • だから、職務質問の必要性は、これから起きるかもしれない犯罪の予防まで含みます。
  • 目印:消防は、火事を消すだけでなく、火の元が心配な家の見回りもします。起きる前にも動く、ということです。
  • 効き目:この広さが、職務質問を捜査より広く使える制度にしています。
  • 注意:警職法2条1項(職務質問の権限)と、警察法2条1項(警察の責務)は、別の法律の別の条文です。

2条(警察の責務)(抜粋)警察法 第一章 総則(1〜3条)1項:警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。

警職法2条1項は権限創設規定か、確認規定か

行政警察活動でも、腕に手をかけるような強制に至らない有形力を使えるのはなぜか。その根拠をめぐって、警職法2条1項の性質の理解が分かれます。

多数説(権限創設規定)実務家中心の見解(確認規定)
2条1項の性質強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた規定警察官が当然にできる活動を確認しただけの規定
有形力の根拠権利・利益を侵害する行政活動には法律の根拠が要る(法律の留保)。それが2条1項任意処分でも一定の有形力は使えるとした最高裁の決定(第8節の判例の規範)
帰結2条1項の要件を満たすかが大事になる2条1項の要件を満たさない職務質問も許される。一斉検問は警察法2条1項を根拠に許される
  • 両説に共通する点純粋な任意処分なら法律の根拠は要りません。違いは、有形力を使う場面の根拠です。
  • 結論が分かれやすい場面承諾のない所持品検査一斉検問です。
    • 権限創設規定説からは、根拠なしに行えば法律の留保に反して違法、という立場に結びつきやすくなります。
    • ただし、職務質問に付随する行為まで2条1項が許していると考えれば、「停止」以外の実力も認められます。
    • 一斉検問:走行中の車を、次々に停めて調べることです。
  • どちらが正しいかは、ここでは決めません。対立の中身を押さえます。

切替点:職務質問はいつ捜査に変わるか

職務質問の途中で、行政警察活動から捜査へ移る瞬間があります。そこで物差しが入れ替わります。

職務質問中その瞬間捜査へ
質問の途中で、対象者Bの覚醒剤所持が疑われる前犯罪があると思料するとき」(189条2項)覚醒剤所持の嫌疑がはっきりした後
警職法2条の物差しで測るここが切替点197条の物差しで測る
  • その時点の物差しで測る:嫌疑がはっきりする1分前に使った物理的な力は、まだ捜査ではないので、警職法2条の物差しで測ります。
  • なぜ問題になるのか:先に行われた行政警察活動に違法があると、その違法をどこまで引きずるかが、後に続く捜査の適法性の評価にも関わってきます
    • 先の活動が違法なら、それに続く捜査も違法になりえます。だから、いつ切り替わったかが争点になります。
  • 注意:嫌疑がはっきりすると、そのまま任意捜査に移ることが多く、区別しにくい場面も多くあります。事案ごとに嫌疑がはっきりした時点を見極め、「その時点の物差しで測る」という考え方を押さえます。

答案の型:3段

職務質問の適法性は、次の3段の順番で書きます。

問い書くこと
1段目そもそも行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑が、まだ固まっていない段階か。固まっていれば捜査なので、197条と比例原則の物差しに戻る
2段目強制処分に当たらないか相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか。当たれば警職法2条3項違反で直ちに違法(ここで終わる)
3段目任意処分として警職法1条2項の比例原則を満たすか左の皿=侵害・制約の程度/右の皿=警察目的からの広い必要性
  • 1段目の見方:目的が予防か捜査かは、嫌疑が固まったかどうかの裏返しです。固まった時が、第11節の切替点です。

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#19単独ページ動画

職務質問の「停止」と付随行為の限度

「停止」という2文字は、どこまでの実力行使を含むか

職務質問の条文は、警察官が相手を「停止させて質問することができる」としか書いていません。この回は、この「停止」の中身を2つの判例で測ります。

  • 職務質問:怪しい様子の人などを、警察官が呼び止めて質問する活動です(警職法2条1項)。
  • 問題:条文の言葉だけでは、止めるためにどこまで力を使ってよいかが決まりません。
    • 実際の場面に当てて、外側から測って初めて、言葉がどこまでを含むかが見えてきます。これが解釈です。

2条(抜粋)警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる

①エンジンキー事件②ホテル客室事件
警察官がしたこと雪の路上で、車の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げたホテルの客室で、閉められかけた内ドアを押し開けた
「停止」との関係止まらせる行為。「停止」の方法として許されるか止まらせる行為ではない。それでも許されるか

雪の路上でエンジンキーを取り上げた事件:事案

時間の流れと、積雪という事実が、後の判断で効いてきます。

段階何が起きたか
電話本人から、意味のよく分からない電話があったと警察署に報告が入った。警察官が現地に出向いて事情と車の特徴を聞き、覚醒剤使用の容疑があると判断した
発見・停止別の警察署の巡査が国道を走る車を見つけ、拡声器で停止を指示した。車は2、3度蛇行した後、交差点の手前で止まった。付近の道路は積雪で滑りやすい状態だった
職務質問到着した巡査部長が質問を始めた。本人は目をキョロキョロさせ、落ち着きがなく、素直に応じなかった。エンジンを空ふかしし、ハンドルを切るような動作をした
取り上げ巡査部長が車の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた
質問開始の約15分後「覚醒剤取締法違反の前科が4犯ある」という無線連絡が入った

2本の足で立つ適法性:判旨

最高裁は、エンジンキーの取り上げを、2つの根拠でそれぞれ説明できるとしました。

  • 「のみならず」の構造:判旨は「Aであるのみならず、Bに当たる」と、2本の根拠を並べています。
足①:警職法2条1項足②:道路交通法67条(応急の措置)
判旨の言い方(要約)職務質問のため停止させる方法として必要かつ相当な行為交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置
判例が引用する条番号警職法2条1項道交法67条3項(決定当時の条番号)
今の答案で書く条番号警職法2条1項道交法67条4項(現行)
  • 67条3項と4項:判例は当時の3項を引いています。その後の改正で項が繰り下がり、今は4項が応急の措置の規定です。
    • 今の3項は呼気検査の規定です。判旨どおり「3項」と書くと、別の条文を引くことになります。答案では4項と書きます。
  • 足②が立つ理由:67条4項は、66条などに違反して運転するおそれがあるとき、警察官が交通の危険を防ぐ応急の措置をとれる規定です。
    • 66条:過労・病気・薬物の影響などで、正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁じる条文です。4項の前半に並ぶ条文のうち、この事件で効くのは66条です。
    • この事件では、覚醒剤の影響下にある人が、積雪で滑りやすい道路で発進するおそれがありました。
  • 一般化できない:「エンジンキーの取り上げは、いつでも適法」とはいえません。積雪と発進のおそれという、交通の足まで揃った事案です。
  • 1本だけで足りるか:この決定は答えていません。2本とも立つ事案についての判断だからです。
    • 答案では、立つ足を全部挙げます。これが射程を外さない書き方です。

雪の路上でエンジンキーを取り上げた事件最高裁判所決定2本の足で立つ適法性職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。

67条(抜粋)道路交通法 第四章 車両等の運転者及び使用者の義務 第一節 運転者の義務(64〜71条の6)4項:前三項の場合において、当該車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十四条の二第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第四項から第七項まで又は第八十五条第五項から第七項(第二号を除く。)までの規定に違反して車両等を運転するおそれがあるときは、警察官は、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとることができる

同じ事件の中で、結論は分かれる

この事件は、全部が適法とされたわけではありません。

  • 続きの事実:エンジンキーの取り上げの後、身体についての捜索差押許可状の執行が始まるまで、本人は約6時間半以上、現場に留め置かれました。
    • その間、警察官らはキーを返さず、本人が車に乗り込もうとすると両脇から抱えて止めました。
行為最高裁の結論
エンジンキーの取り上げ(取り上げた当時)適法(第3節)
約6時間半以上の留め置き「任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法
  • 分かれる理由:留め置きも当初は適法でした。しかし、運転を止め続けて移動の自由を長時間にわたり奪った点が違法とされました。
  • なぜ「任意捜査」か:最高裁は、職務質問から捜査に移った時点を明示していません。前科4犯が分かった頃には嫌疑が具体化し、任意捜査に移ったとみる理解があります。
  • 違法の程度:最高裁は「その違法の程度は、いまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない」としました。
    • そのため、尿の鑑定書の証拠能力(裁判で証拠として使える資格)は肯定されています。

天秤に目盛りを入れる:主な考慮要素

職務質問での実力行使が許されるかは、左右の皿の重さを比べる天秤(比例原則)で判断します。その皿に乗せる主な項目です。

  • 左の皿:対象者が受ける権利・利益の侵害・制約の程度です。
  • 右の皿警察目的から来る広い必要性です。
    • 「捜査の必要性」ではなく、犯罪や危険行為の予防なども含む、より広い必要性を乗せます。
項目見方
(2項目)権利・利益の種類身体の自由を直接に制約するなら大きい。行動の自由(例:車を運転する自由)にとどまるなら、やや小さい
侵害・制約された時間長いほど重い(第6節)
(5項目)不審事由の内容・程度理由のある質問に不合理な対応を続ける、繰り返し逃げようとするほど大きい
犯罪の嫌疑の有無・程度
犯罪の重大性
犯罪や危険行為を予防する必要性
停止を求める重要性代わりの手段が無いか
  • 閉じたリストではない:有形力の強さなど、ほかの事情も拾います。

(1) 雪の路上の事件に当てはめる

目盛りを1つずつ拾って、どちらが重いかを言葉で確定します。これが答案の書き方そのものです。

  • 前提(強制処分ではない):キーの取り上げは一時的・限定的な制約で、実質的な侵害・制約に至らないため、任意処分とみるのが一般的です。
項目この事件の事実評価
左①権利・利益の種類奪われたのは、自動車で移動する自由にとどまる行動の自由。軽い
左②時間取り上げた時点では、まだ長時間に及んでいない軽い
右①不審事由落ち着きなく素直に応じず、空ふかし・ハンドル操作大きい
右②嫌疑覚醒剤使用の嫌疑大きい
右③重大性覚醒剤の使用は重大な犯罪大きい
右④予防の必要性積雪の路上での空ふかしは、交通の危険を生じさせかねない大きい
右⑤代替手段キーを取り上げるほかに、発進を防ぐ手段が無い大きい
  • 結論:左は軽く、右は重いです。この差が大きいほど、比例原則の相当性は満たされます。
    • だから、警職法2条1項の「停止」の方法として適法といえます。
  • 15分は制約の長さではない:前科の連絡までの時間です。キーはその後も返されていません(第4節)。

「時間」が性質を変える(見解の対立)

左の皿の「時間」は、量の話に見えて、処分の性質そのものを変えうる点で争いがあります。

強制処分とみる見解任意処分の枠内とみる見解
場面エンジンキーを取り上げた状態が長時間に及び、対象者が車で移動できないまま置かれた同じ
考え方実質はもはや逮捕と変わらない奪われているのは自動車で移動する自由にとどまり、身体そのものを拘束する逮捕とは性質が異なる
結論強制処分に当たる任意処分として、その適法性を判断する
  • 判例は正面から答えていない:第4節の6時間半の留め置きも、「任意捜査として許容される範囲を逸脱した」としただけです。
    • 「強制処分に当たる」「逮捕と同視した」とは言っていません。ここを混同しないようにします。
  • 設例:警察官Aが、対象者Bからエンジンキーを取り上げたとします。
5分後に返すキーを返さず、日暮れまで車で移動できない状態にする(車の外には出られる)
評価任意処分の範囲内強制処分とみる見解なら強制処分に当たりうる。任意処分とみる見解なら、天秤で判断する
  • 身体の拘束は別の話:ドアを押さえて車内に閉じ込めるなど、身体の自由そのものを相当の時間奪えば、逮捕と同視できる強制処分として違法とされる可能性が大きいです。
  • 強制処分に当たるとされたら:警職法2条3項に反し、直ちに違法です。天秤で比べる段階に進みません。
    • 強制処分かどうかは、制約の性質(逮捕と同視できるか)で決まります。必要性の大きさとは比べません。
    • 同じ「エンジンキーの取り上げ」という名前の行為でも、時間の長さ次第で、判断の段階が変わりえます。
  • 答案:どちらの立場でも書けます。時間の長さを具体的に指摘し、どちらの見解を採るかを示して、それに沿って結論を出します。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件:事案

2つ目は、「停止」とは違う行為が問題になった事件です。

段階何が起きたか
110番通報チェックアウトの予定時刻を過ぎても客が出てこず、問い合わせにも要領を得ない返答。清涼飲料水を一度に5缶注文していた。ホテルの責任者が、料金の不払い・退去してほしいという希望・薬物使用の可能性を通報した
臨場巡査2名が責任者から事情を聞き、警職法2条1項に基づいて職務質問を行うことにした
外ドア外ドアをたたいて声をかけたが、返事が無い。無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、料金の支払いを督促する来意を告げた
内ドア客は内ドアを20〜30センチほど開けたが、すぐに閉めた。巡査は、制服姿の自分と目が合うなり慌てて閉めたことに、不審の念を強めた。内側から押さえられている内ドアを押し開けてほぼ全開にし、内玄関と客室の境の敷居あたりに足を踏み入れて、閉められるのを防いだ
殴りかかるその途端、客が両手を振り上げて殴りかかるようにしてきた

原則・例外・目的からの限定:判旨

最高裁は、原則を立て、例外の事情と疑いの深まりを順に拾い、目的の範囲で内ドアを押し開けた行為を適法としました。

中身
原則宿泊客の意思に反して客室の内部に立ち入ることは、原則として許されない
例外の事情時刻を過ぎても出ず不可解な言動。料金不払い・不退去・薬物使用の可能性で110番され、責任者が退去を要請。=もはや通常の宿泊客とはみられない状況
疑いの深まりそのうえ、制服の警察官に気付くと内ドアを急に閉めて押さえた。=無銭宿泊や薬物使用の疑いを深めるのは無理もない
目的からの限定質問を継続し得る状況を確保するために、ドアを押し開けて足を踏み入れることが、職務質問に付随するものとして適法
  • 原則の決め手:「客室の性格に照らし」という一言です。
    • ホテルの客室は、借りている間、その人が私生活を送る場所としての性格がある、という理解です。
  • 原則を先に固く立てる:例外を認める判決ほど、まず原則を固く立てています。判例を一般化して書くときも、原則から書きます。
  • 付随する行為:押し開けは、止まらせる行為ではありません。それでも、質問を続けられる状況を確保する措置なので、職務質問に付随する行為として許されました。
    • 「停止」だけが許される行為ではない、と条文の読み方を1段変えるところです。
  • その後の立入り:殴りかかられた直後、警察官は内ドアの内部にまで立ち入っています。
    • 決定は、この立入りは「突然の暴行を契機とするもの」だから、押し開けについての結論を左右しない、としました。
    • 立入りを「適法」と判断したわけではありません。押し開けと立入りは、別の話です。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定原則一般に、警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき、ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては、ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。例外と目的からの限定……被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。……質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。

(1) 「停止」は例示にすぎない:最高裁の言葉ではない

よく見かける言い方ですが、誰の言葉かを分けて覚えます。

最高裁学説
言ったこと「職務質問に付随するものとして、適法な措置」まで条文の「停止」は代表例の1つにすぎない(例示)
考え方質問を止めずに続けるために欠かせない手段なら、付随する行為として許される
  • 答案:「判例は『停止』を例示にすぎないとした」とは書きません。
    • 「最高裁は付随する措置として適法とした」と書き、「例示にすぎない」は学説の理解として書きます。混ぜると、判例の射程を誤ります。

(2) 「付随する」の物差し(設例)

「停止」以外の実力措置が付随する行為に当たるかは、学説では「質問の実施・継続に必要不可欠か」で測ります。

閉まりかけたドアを押さえる部屋の中を歩き回って、引き出しを開ける
目的・中身質問を続けられる状況を確保するため質問を続けたいから、という理由でも、客室の中を捜す行為
質問の継続に必要不可欠か必要不可欠質問を続けられる状況の確保という目的を超える
付随する行為か付随する付随しない
  • 注意:持ち物を調べる所持品検査は、判例が別の枠組みで付随行為として認める場合があります(第9節)。

付随行為にも限度がある

付随する行為と認められても、警察官が何をしてもよいわけではありません。

  • 続きの事実:殴りかかられた後、警察官らは約30分間、全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続けました。その間、衣服を着せる措置も採りませんでした。
  • 最高裁の評価:職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えているとしました。
    • この状況の下で行われた所持品検査(相手の持ち物を調べること。この事件では財布を調べた)の適否にも、影響するところがあるとしています。
    • ただし、財布の所持品検査そのものは、承諾が無くても、必要性・緊急性などから適法に行い得たとされています。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定付随行為にも限度があるなお、警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。

見ること
受け皿に入る質問の実施・継続に必要不可欠な措置として、「付随する行為」と認められるか
なお測り直す受け皿に入っても、比例原則で限度を超えていないかを測る
  • 目印:受け皿に入っても、天秤からは降りられません。
  • 押し開けそのものも測る:内ドアの押し開けも、付随する行為に当たるだけで終わらせず、天秤にかけます。
    • 左の皿:無施錠の外ドアを開けて内玄関まで入るのは、プライバシーの制約です。
    • 右の皿:疑いが深まっていたうえ、立て籠もる相手と話すにはドアを開けるほかありません。必要性は大きく、相当といえます。
  • 境目(設例)
衣服を着せたうえで、数分間ソファーに座らせて質問を続ける実際の事案
衣服着せている全裸のまま、着せる措置も採らない
時間数分間約30分間
評価質問の実施・継続に必要な範囲として、限度内に収まりうる最低限の配慮を欠いたまま長さが積み重なり、限度を超えた
  • 証拠は排除されなかった:許容限度を超えていても、発見された証拠を違法収集証拠として排除することには結び付かない、とされました。
    • 殴りかかった点は公務執行妨害罪の疑いがあり、警職法5条などに基づく制止とみる余地や、現行犯逮捕も考えられる状況だった
    • 暴れる相手に対応するうち、結果として押さえ続けた。令状主義に関する規定を潜脱する意図の証跡も無い
  • 公務執行妨害罪:職務を執行している公務員に、暴行・脅迫を加える罪です(刑法95条1項)。
  • 警職法5条の制止:犯罪がまさに行われようとしていて、人の生命・身体などに危険が及ぶおそれがあり、急を要するとき、警察官がその行為を止められる規定です。
  • 違法収集証拠の排除:違法な手続で集めた証拠を、裁判で使えないものとする扱いです。

答案の型:4段

職務質問での実力行使が問題になったら、次の4段で書きます。①行政警察活動か、②強制処分か、③比例原則か、という3段の②と③の間に、「停止」か付随行為かの段を差し込んだ形です。

問い落ちたら
そもそも行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑が固まっていない段階か固まっていれば、刑訴法197条と比例原則の物差しで判断する
強制処分に当たらないかその措置が強制処分に当たるか(時間の長さにも注意。第6節)当たれば、警職法2条3項に反し直ちに違法。ここで終わる
「停止」の枠に入るか、付随する行為といえるか(新設)「停止」に入らないなら、質問の実施・継続に必要不可欠な「付随する行為」といえるかどちらにも当たらなければ、職務質問の範囲外の行為
比例原則を満たすか左の皿=侵害・制約の程度、右の皿=警察目的からの広い必要性(第5節の考慮要素)満たさなければ違法
  • 行政警察活動:犯罪の予防や警戒など、特定の犯罪の嫌疑が固まる前の警察活動です。
  • なぜ②と③の間に入れるのか:②で強制処分に当たれば、そこで結論が出ます。
    • 任意処分だと決まって初めて、警職法2条1項が認める「停止」の枠に乗るか、乗らないなら付随行為か、を問えます。
  • ③と④は落ち方が違う:③で落ちると「職務質問の範囲外」、④で落ちると「限度を超えて違法」です。
    • 第9節の事件は、③の受け皿に入ったうえで、④で限度を超えたものです。
  • 比例原則の根拠:警職法1条2項です。

1条(抜粋)警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

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捜査の端緒②所持品検査

所持品検査を一般に許す条文は無い

職務質問で「鞄の中、見せてもらえますか」と言う場面は、毎日のようにあります。ところが、それを許す条文は見当たりません。

  • 所持品検査:職務質問の相手の鞄や上着の中身を、警察官が確かめることです。
  • 警職法2条1項:警察官に与えている権限は、不審な人を「停止させて質問する」ことまでです。
    • 「所持品」「調べる」「検査する」という言葉は、条文のどこにも出てきません。
    • 書いていない権限を、条文に読み込むことはできません。

(1) 例外的な2つの規定

職務質問の場面で、警察官が所持品を調べられるとした規定は、2つだけです。どちらも、道端で職務質問をしている相手のバッグには届きません。

警職法2条4項銃刀法24条の2第1項
対象刑事訴訟法により逮捕されている者銃やナイフなどを持ち歩いていると疑う相当な理由があり、周りの状況から他人の生命・身体に危害を加えるおそれがある者
できること身体に凶器を持っていないか調べる疑わしい物を提示させ、隠していそうな物を開示させて調べる
職務質問中のバッグに届くか届かない(逮捕が前提。職務質問の相手はまだ逮捕されていない)届かない(銃刀類の疑いに限られ、覚醒剤の疑いでは使えない。方法も本人に出させる形だけで、警察官が自分で開けることは含まない)
  • 結論:職務質問の場面で所持品検査を一般に許す規定は、現行法にありません。

2条(質問)(抜粋)警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる4項:警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる

24条の2(銃砲刀剣類等の一時保管等)(抜粋)銃砲刀剣類所持等取締法 第四章 雑則(21条の2〜30条の3)1項:警察官は、銃砲刀剣類等を携帯し、又は運搬していると疑うに足りる相当な理由のある者が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して他人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれがあると認められる場合においては、銃砲刀剣類等であると疑われる物を提示させ、又はそれが隠されていると疑われる物を開示させて調べることができる。

判例が置いた橋:付随行為

明文が無いのに所持品検査ができる理由を、最高裁は「質問に付随する行為だから」と説明しました。

  • 判例の論法:最高裁も、所持品検査について明文の規定が無いことを正面から認めています。
    • そのうえで、所持品検査は、口頭の質問と密接に関連し、職務質問の効果をあげるうえで必要性・有効性がある行為だとしました。
    • だから、2条1項の職務質問に付随して行える場合がある、という結論です。
  • 付随行為:条文にある権限(質問)の付属品として、条文に無い行為(所持品検査)を引き込む考え方です。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決判例が置いた橋警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。

(1) 橋への批判と、学説の対案

学説からは、この論法に批判が少なくありません。

質問の実施・継続に不可欠な行為所持品検査
ホテルの部屋のドアを押し開ける「財布を見せてください」と求める
その行為が無くても質問を続けられるか続けられない見せてもらえなくても、質問は続けられる
最高裁の扱い付随行為に当たる「密接な関連」「必要性、有効性」だけで付随行為に含めた
  • 批判の中身:所持品検査は、質問に不可欠とまでは言いがたいのに、付随行為に入れてしまった、という点です。
  • 有力説(安全確保のための検査):相手が凶器などの危険物を持っている疑いがあるときは、承諾なしの検査も付随行為として認めます。
    • 理由:警察官や周りの人の安全は、質問するうえで不可欠の前提だからです。
    • 限界:安全を守るための検査なので、許されるのは着衣や所持品に外から触れて確かめる程度までです。
  • 判例との違い:最高裁は、この有力説よりも広く、承諾なしの所持品検査を認めています(チャックを開ける行為も認めうる)。

原則・例外・限度の入れ子の3段

最高裁の基準は、並列の3つの要件ではありません。原則を例外が開き、その例外を限度が締め直す入れ子の3段構えです。

判例の言い回し(要旨)意味
原則所持人の承諾を得て、その限度で行うのが原則承諾があれば適法
例外捜索に至らない程度」で「強制にわたらない」限り、承諾が無くても許される場合がある承諾なしでもできる余地を開く
限度必要性・緊急性と、害される個人の法益・守るべき公共の利益との権衡を考え、相当と認められる限度でのみ許される開いた余地を比例原則で締め直す
  • 原則の例:「バッグを見せてください」と頼み、相手が自分で開けて見せたなら、承諾があるので原則どおり適法です。
  • なぜ例外を開くのか:職務質問や所持品検査は、犯罪の予防・鎮圧のための行政警察の活動です。
    • 承諾が無ければ一切だめとすると、目の前で動いている事態に、その場で対応できなくなります。
  • なぜ限度で締めるのか:所持品を勝手に捜索されない権利は、憲法35条が保障しています。
    • 捜索に至らない行為でも、この権利を削る以上、いつでも許されるわけではありません。
  • 同じ物差し:「必要性、緊急性などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度」は、任意捜査の限界を示した判例と同じ言い回しです。
  • 注意:原則だけ覚えて、例外と限度を落とすのが、この論点でいちばん多い誤りです。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決原則所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。例外しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。限度もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

35条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない

二階建てで整理する

最高裁の3段は、任意処分をめぐる二階建ての判断にそのまま乗ります。新しい道具は作りません。

  • 1階:その行為が強制処分に当たるか。所持品検査では、「捜索」に至るか、「強制」にわたるかで判断します。
  • 2階:強制処分でないとして、比例原則に照らして相当か。例外の中で、限度を超えていないかを見ます。

(1) 1階に当たれば、直ちに違法

1階=強制処分に当たらない1階=強制処分に当たった
行き先2階=比例原則(原則・例外・限度)で相当性を判定警職法2条3項に反し、直ちに違法
令状の可否問題にならない(任意処分のまま2階で判定)所持品検査のままでは使えない(所持品検査を認めた明文がそもそも無く、乗せる受け皿が無い)
  • 2条3項の意味:職務質問の相手は、「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り」、身柄の拘束などの強制を受けません。
    • 2条1項が与えているのは、停止させて質問することまでです。その先の強制の根拠は、職務質問の側にはありません。
  • 注意(令状):職務質問に付随する所持品検査という根拠のままでは、令状で適法にする道はありません。
    • 捜索が必要なら、刑事訴訟法の捜査の手続に乗り換え、その要件を満たす必要があります(例:第6節のアタッシュケースは、逮捕に伴う捜索と同一視されました)。

2条(質問)(抜粋)警察官職務執行法3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

(2) 「捜索」と「強制」は別の物差し

判例の「捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り」には、2つの言葉が並んでいます。

「捜索」「強制」
問うもの行為そのものの中身行為に付いてくる圧力
基準刑事訴訟法が定める強制処分としての捜索と重なるか相手の意思を制圧する強要的な言動や、抵抗を排除する有形力の行使があったか
施錠されたケースをこじ開ける/中を一つ一つ探る自分では触れていなくても、怒鳴って出させた/押さえつけて出させた
  • 区別する意味:警察官が自分で探らなくても、圧力をかけて出させれば「強制」にわたります。
    • 例:説得もせず、問答無用で相手のリュックを奪い取るのは、「強制」にわたる可能性が高く、1階で違法になりえます。
  • いきなり強く出ることの位置:強制にまで至らなくても、いきなり強権的に出たことは、2階で侵害を重くする事情になります(第5節の左の皿②)。
  • 注意:判例自身は2つの言葉を並べただけで、定義していません。両者を区別しない見解もあります。

段階の梯子と天秤の目盛り

2階の相当性を判断するために、所持品検査の強さと、天秤に乗せる事情を整理します。

(1) 段階の梯子

所持品検査は、強さの順に6段階に並べられます。

段階行為位置づけ
外から観察して、中身を質問する職務質問の一環として当然に許される
開けて見せるよう求め、承諾を得て確認する職務質問の一環として当然に許される
承諾なしに、着衣・所持品に外から触れるここから先が、承諾なしの検査として例外・限度で判断される
承諾なしに、バッグ等のチャック等を開ける同上
承諾なしに、バッグ等に手を差し入れる同上
承諾なしに、着衣のポケット等に手を差し入れる同上
  • 段が上がるほど、侵害は重くなります。この上がり方が、次の天秤の左の皿①そのものです。
  • ③外から触れる:捜索にも強制にも当たりにくい行為です。それでも承諾なしなので、限度(相当性)の判断は経ます。
    • 有力説(第2節)が承諾なしで認めるのも、凶器の疑いがあるときの、この段階までです。

(2) 天秤の目盛り(所持品検査版)

左の皿の侵害と、右の皿の必要性が釣り合えば、相当性ありとなります。

  • 左の皿で守られているもの:最高裁は明言していませんが、承諾なしの所持品検査で削られるのは、所持品に対するプライバシーと理解されています。
  • 右の皿の必要性:職務質問は捜査ではないので、右の皿は「捜査の必要性」ではありません。まだ起きていない犯罪の予防まで含む、広い必要性です。
左の皿:侵害・制約の程度右の皿:所持品検査を実施する必要性
触れ方の踏み込み具合:外から触れる→バッグを開ける→バッグに手を入れる→ポケットに手を入れる、の順に重くなる①どれくらい疑いが濃いか
警察官の出方:いきなり強く出たか、説得を重ねてから強めたか(いきなり強く出た方が重い)②その犯罪の重さ
凶器を持っている疑い
④挙動の不審さ
⑤いま調べるほかに代わりの手段がないか
  • 例(左の皿①):ポケットの外からそっと触れるだけなら、まだ軽い方です。ポケットに手を入れて探ると、一気に重くなります。
  • ③凶器の疑い:侵害の大きい検査を相当と認めるための、重要な要素とされています。
    • 薬物など違法な物を持っている疑いにとどまるときは、侵害の大きい検査は相当性を欠くと判断されることが多いです。
    • 例:覚醒剤の疑いがあるというだけで、財布を開けさせた場合は、相当性を欠く可能性があります。
    • 理由:刃物のような危険物なら、その場で強めに調べる必要が大きいからです。
  • ⑤代替手段:説得を続けるなど、ほかに手があったかどうかです。学説は、第6節と第7節の2つの事件の結論を分けた事情として、③とともにこれを挙げます。

事案①:バッグのチャックを開けた事件

承諾なしにバッグのチャックを開けた行為が、適法とされた事件です。

(1) 事実の流れ

  • 銀行強盗の発生:猟銃とナイフを使った銀行強盗が起き、警察は緊急配備を敷いて検問をしていました。
  • 職務質問の開始:タクシーの運転手から、「若い男2人の乗車を断ったが、後続の白い車に乗ったかもしれない」と通報がありました。
    • 間もなく、手配の人相に似た男2人を乗せた白い乗用車が来たので、職務質問を始めました。
  • 黙秘・拒否の継続:2人は黙秘を続け、アタッシュケースとボーリングバッグを開けるよう求められても拒み続けました。
    • 近くの営業所で約30分、開けるよう求め続けても拒否は変わりませんでした。
    • 警察官が取り囲むようにして警察署へ連れて行き、署でもなお黙秘が続きました。
  • 承諾なく開披:警察官が承諾のないままボーリングバッグのチャックを開けると、大量の紙幣が見えました。
  • 緊急逮捕:施錠されたアタッシュケースはドライバーでこじ開け、帯封付きの札束が見え、強盗の被疑事件としてその場で緊急逮捕しました。

(2) あてはめ:チャック開披は適法

  • 1階:施錠されていないチャックを開けて、中を一べつ(ちらっと見る)しただけです。
    • 捜索と同視できる行為ではなく、強要的な言動や有形力もないので、任意処分です。
  • 2階:天秤は右に傾きます。
左の皿:侵害の程度右の皿:必要性
①施錠されていないチャックを開けて、内部を一べつしたにすぎない=侵害はさほど大きくない①②猟銃・登山用ナイフを使った銀行強盗という重大犯罪で、人相が似ており疑いも濃い
②説得を続け、段階的に強めていった=出方にも問題はない凶器所持の疑いがある
④黙秘と開披の拒否という不審な挙動
⑤説得を尽くしても応じる見込みが乏しく、代替手段が無い
  • 結論:緊急性・必要性が強い反面、侵害は大きくないので、相当と認めうる行為=適法です。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決チャック開披は相当これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。

(3) アタッシュケースは別の受け皿

施錠されたアタッシュケースのこじ開けは、所持品検査として適法になったのではありません。ここは誤読されやすいところです。

ボーリングバッグの開披→ 緊急逮捕できる要件が整う→ アタッシュケースのこじ開け
所持品検査の枠(付随行為)として適法紙幣を発見した時点で、すでに緊急逮捕の要件が整った逮捕に伴う捜索・差押えの枠に乗り換え
  • 理屈:バッグの適法な開披で、すでに緊急逮捕できるだけの要件が整っていました。
    • そのうえで、逮捕の現場で、時間的に接着してこじ開けが行われました。
    • だから、逮捕の現場での捜索手続と同一視しうるとされました。
  • 逮捕に伴う捜索・差押え(220条1項2号・3項):被疑者を逮捕する場合に必要があれば、逮捕の現場で、令状が無くても捜索・差押えができる、という刑事訴訟法の制度です。
  • 注意:「所持品検査だから何でも通る」わけではありません。同じ適法でも、受け皿が違います

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決アタッシュケースは別の受け皿前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず

事案②:上着のポケットに手を入れた事件

承諾なしに上着の内ポケットに手を入れた行為が、違法とされた事件です。

(1) 事実の流れ

  • 職務質問の開始:覚醒剤事犯や売春事犯の多発地帯で、パトカーが近づくと、遊び人風の男たちと話していた車がすぐ発進しました。売春の客引きの疑いで職務質問を始めました。
  • 降車要求:車内に組の名前や賭博道具が見え、落ち着きのない態度と青白い顔色から、覚醒剤中毒の疑いも生じたので、降車を求めました。
  • 提示の拒否:所持品の提示を求めても応じず、周りの男たちが「お前らそんなことする権利あるんか」と食ってかかりました。
    • 本人が上着の右側内ポケットから出したのは、目薬とちり紙だけでした。
  • 外から触れる:「ほかのポケットも触らせてもらう」と言って外から触ると、左側内ポケットに刃物ではない固い物の感触がありました。
  • 承諾なく手を入れる:提示を求めても黙ったままだったので、「それなら出してみるぞ」と言い、承諾のないまま左側内ポケットに手を入れて取り出しました。
  • 現行犯逮捕:覚醒剤などが見つかり、覚醒剤所持の現行犯人として逮捕されました。
  • 問題にされた行為:判例が許容限度を超えたとしたのは、外から触れた行為ではなく、内ポケットに手を差し入れて取り出した行為です。

(2) 判旨:ポケットに手を入れた行為は違法

  • 基準:第3節と同じ、原則・例外・限度の基準を確認したうえで当てはめています。
  • 判旨の組み立て:覚醒剤の疑いは濃く、仲間が妨害しかねない状況もあったので、必要性・緊急性は認めうるとしました。
    • それでも、承諾なく内ポケットに手を入れて取り出す行為は、プライバシー侵害の程度が高く、態様において捜索に類するとされました。
    • だから、この具体的な状況では相当とは認めがたく、許容限度を逸脱した、という結論です。
  • 「捜索に類する」:「捜索」そのものではない、という意味です。
    • 1階では強制処分に当たらず、任意処分のままです。
    • それでも、2階の相当性を欠くので違法になります。
  • 学説の批判:ポケットに手を入れるのは「捜索」そのものなのに、「捜索に類する」と曖昧に表現したため、何が「捜索」かの基準が不明確になった、という批判があります。

上着のポケットに手を入れた事件最高裁判所判決同じ基準の確認警職法二条一項に基づく職務質問に附随して行う所持品検査は、任意手段として許容されるものであるから、所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが、職務質問ないし所持品検査の目的、性格及びその作用等にかんがみると、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、たとえ所持人の承諾がなくても、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合があると解すべきである(最高裁判所昭和五二年(あ)第一四三五号同五三年六月二〇日第三小法廷判決参照)。ポケットに手を入れた行為は違法被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。

(3) 天秤に乗せると

判旨の結論を、第5節の目盛りで分析すると次のようになります(学説の整理)。

  • 1階:外から存在が分かった不審な物の中身を確かめただけで、まだ探索的とは言いがたいので、「捜索」には当たりません(第9節のメルクマール①)。
  • 2階:左の皿は、チャックを開けて一べつするより重くなります。右の皿では、覚醒剤の疑いは濃いものの凶器の可能性は低く、なお説得を続けて提示を求める代替手段がありました。
  • 結論:左の皿が重くなったうえ、右の皿の③⑤が弱く、すぐに内ポケットに手を入れたのは必要最小限とは言いがたい=相当性を欠き違法です。

2つの事件を並べる

同じ物差しを使っても、事情しだいで結論は逆に振れます。

チャックを開けた事件(適法)ポケットに手を入れた事件(違法)
行為(左の皿①)施錠なしのチャックを開けて一べつ承諾なく内ポケットに手を差し入れて取り出す
凶器所持の疑い(右の皿③)濃厚低い
代替手段(右の皿⑤)無い(説得を尽くしても黙秘)ある(なお提示を求められた)
結論適法違法
  • 注意:「プライバシー侵害が重い方が、必ず違法になる」という単純な話ではありません。
    • 踏み込みの深い検査でも、凶器の疑いが強く、代替手段が無ければ、相当性が認められうる、という方向で考えます。
    • 反対に、薬物のような違法な物にとどまる疑いで、まだほかに手立てが残っているなら、天秤は適法側に傾きにくいです。
  • :ポケットに刃物のような硬い感触があったなら、③凶器の疑いが強まります。代替手段が無ければ、同じ「ポケットに手を入れる」行為でも、結論が変わりえます。
  • ポケットの事件の読み方:判旨自身は必要性・緊急性を認めたうえで、侵害の大きさと捜索に類する態様を理由にしています。③⑤の弱さは、学説がこの判断を分析したときの整理です。主語を混ぜないようにします。

「捜索」の輪郭

1階で「捜索」に当たるかをどう判断するか、判例と学説を分けて整理します。

(1) 自動車の中を調べた事件:3つの主語

覚醒剤の疑いがある運転者への職務質問の途中で、警察官が承諾なく、懐中電灯を使い、座席を動かすなどして車内を丹念に調べた事件です。

主語何と言ったか
最高裁職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えた。任意の承諾は無かったので、違法であることは否定し難い
原審(一つ前の裁判所)この行為は、態様・実質などにおいて、まさに「捜索に等しい
学説の整理原審が「捜索に等しい」と評価し、最高裁はそれを否定していない
  • 注意:最高裁は、この決定の中で「捜索」という言葉を一度も使っていません。「捜索に当たる」と明言した事実はありません。
    • 「否定していない」=「認めた」と決めつけず、学説の理解として扱います。

自動車の中を調べた事件最高裁判所決定最高裁が言ったことのすべて警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い……

(2) 2つのメルクマール

最高裁の立場は明確ではありません。そこで学説は、事案を分析して、「捜索」に当たるかのメルクマール(判断の目印)を2つ整理しています。

  • ①探索的な行為:物が何かを確かめるだけで終わらず、証拠になりそうな物が無いか一つ一つ調べていく動きです。
  • ②解錠・開封を伴う鍵を開けたり、封を切ったりする動きが伴えば、「捜索」に踏み込んだと見ます。
メルクマール由来となった事案誰が、何と言ったか
①探索的な行為自動車内部を丹念に調べた事件原審が「捜索に等しい」と評価し、最高裁は否定しなかった(学説の整理)
②解錠・開封を伴う施錠されたアタッシュケースのこじ開け最高裁自身が「捜索手続と同一視しうる」と述べた
  • なぜこの2つで線が引けるのか:どちらの事案も、中身が何かを確かめるにとどまらず、閉じてあるものを開けて中を暴いています。そこまで行けば、刑事訴訟法の捜索と同視できる、という考え方です。

(3) メルクマールを事案に当てる

同じ「開ける」でも、施錠の有無と、探る動きの強さで、「捜索」への距離が変わります。

事案行為の中身当てはめ
バッグのチャックを開けた事件施錠なしのチャックを開けて、中を一べつ①にも②にも当たらない=「捜索」に至らない
ポケットに手を入れた事件外から分かった不審な物を取り出して確かめたまだ探索的とは言いがたい=「捜索に類する」にとどまる
アタッシュケースのこじ開け施錠されたケースをこじ開ける②に当たる=所持品検査ではなく、逮捕に伴う捜索・差押えとして適法
自動車内部を丹念に調べた事件懐中電灯で座席を動かすなどして調べる①に近づく=原審の評価にうなずける理由になる

(4) エックス線検査との違い

  • エックス線検査の判例:荷物に承諾なく外からエックス線を当てて中身の影を見る行為は、「検証」(物の性質や状態を認識する処分)としての性質を持つ強制処分とされました。
  • 決め手:中身によっては品目まで相当具体的に特定できる点です。梱包を解いて中身を確かめたのと同じだ、という評価です。
    • 令状を取らなかったことは、強制処分とされた結果として違法になる理由で、決め手ではありません。
  • 共通する見方:外から見るだけでも、中身そのものを暴けば重い侵害になります。メルクマール①と同じ見方です。

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捜査の端緒②自動車検問

自動車検問とは:3つの類型

警察官が道路で車を止めて調べる活動を、自動車検問といいます。目的によって3つに分かれます。

  • 自動車検問:警察官が、犯罪の予防・検挙のために、走っている自動車を止め、車内を見分し、運転者などに質問する活動です。
    • 見分:外から中を見て調べることです。
類型目的
交通検問交通違反の予防・検挙(例:スピード違反、飲酒運転)
警戒検問不特定の犯罪一般の予防・検挙
緊急配備検問特定の犯罪が起きた後(例:銀行強盗の直後)に、その犯人を検挙し、あわせて手がかり・情報を集める
  • ②と③の違い:犯罪が起きたかどうかではなく、狙う犯罪が特定されているかどうかです。
  • 最高裁が判断したのは①交通検問:この回の中心は交通検問です。②③への広がりは第10節で扱います。
  • 一斉検問:不審な点があるかどうかにかかわらず、通りかかる車を全部止める検問です。
    • 不審な点が何も無い相手も止めます。それを正面から認める明確な条文は、警職法にも警察法にもありません。
    • 最高裁は、5つの要件を満たす一斉検問を適法としました(第6節)。ただ、なぜ許されるのかという根拠の議論は、決着していません。

一斉検問は、職務質問の枠に乗らない

警察官が人を止めて質問する権限は、警職法2条1項にあります。一斉検問は、この条文の要件にも、付随行為という考え方にも乗りません。

警職法2条1項一斉検問の実態
絞り方異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、疑うに足りる相当な理由がある人不審点の有無にかかわりなく、通過する車を全部止める
付随行為「質問」という条文上の権限に、付け加える形で認める質問の相手だと確定する前の段階で、車を止める行為そのもの
  • 要件に乗らない:職務質問は、1人ひとりについて、挙動や事情から疑いがあるかを判断します。
    • 一斉検問では、その判断の材料は、車を止めてみて初めて出てきます。要件を判断する前段階の行為です。
  • 付随行為:条文に無い行為を、条文にある「質問」の権限に付け加わる行為として認める考え方です。
    • 例:所持品検査(職務質問の相手の持ち物を調べること)は、質問の相手だと確定した人に対して、質問に付け加える形で行われます。
  • 付随行為にも乗らない:一斉検問では、付け加える先の「質問」が、まだ始まっていません。

2条(抜粋)警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる

学説①:警察法2条1項を根拠にする考え方

一斉検問の根拠の1つ目の候補は、警察法です。警察法は、警察という組織のあり方を定めた法律です。

  • 学説①(警察法説):警察法2条1項は、警察の責務に「交通の取締」を挙げています。一斉検問も、この責務を果たす活動の1つとして認められる、と考えます。
    • 責務の遂行として説明するので、個人ごとの挙動不審は問題になりません。
  • 警察法2条2項:警察の活動は、責務の範囲に厳格に限られ、権限を濫用してはならない、と定めます。第5節の最高裁の決定で使われます。

2条(警察の責務)警察法 第一章 総則(1〜3条)1項:警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする2項:警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない

(1) 批判:組織規範は、権限の根拠にならない

学説①には、「その条文は組織の役割分担を書いただけだ」という強い批判があります。法律の規定を2種類に分けて考えます。

組織規範行為規範(授権規範)
何を定めるか役所や公務員の内部の役割分担・担当する仕事国民に対して具体的に何をしてよいかの要件と効果
警察法2条1項の責務の列挙警職法2条1項の質問・停止の要件
  • 批判の中身:警察法2条1項は、組織規範にとどまります。そこから、個人に対して権限を使う根拠(根拠規範)は引き出せません。
    • 目印:会社の規則に「営業部は顧客対応を担当する」とあっても、営業部員が顧客の家に無断で上がり込んでよいことにはなりません。
    • 「警察は交通の取締をする」と書いてあるだけで、個人を強制的に止めてよい、とまでは言っていません。
  • 組織の仕事を書いた条文と、個人に対する権限の行使を認める条文は別物です。この区別は、行政法や憲法の授権規範をめぐる議論にも共通します。

(2) 権限創設規定か確認規定かの対立とのつながり

組織規範批判は、警職法2条1項の性質をめぐる対立にもつながります。

多数説(権限創設規定)実務家中心の見解(確認規定)
2条1項の性質強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた規定警察官が当然にできる活動を確認しただけの規定
理由権利・利益を侵害する行政活動には法律の根拠が要る(法律の留保)。それが2条1項2条1項は確認にすぎず、権限を作ったものではない
一斉検問権利・利益の侵害を伴うので、根拠なしに行えば法律の留保に反して違法、という立場に結びつきやすい警察法2条1項を根拠に許される、という立場に結びつく
  • 両説に共通する点純粋な任意処分なら法律の根拠は要りません。違いは、権利・利益の侵害を伴う場面の根拠です。
  • 確認規定説と組織規範批判:確認規定説は、一斉検問の根拠を警察法2条1項に求めます。そのため、学説①と同じく組織規範批判に当たります。

学説②:警職法2条1項から広げる考え方

根拠の2つ目の候補は、警職法2条1項そのものを広げる考え方です。

中身
学説②(警職法説)車は走行中で、外から中の様子が見えにくい。いったん止めてみるまで、挙動不審の要件を満たすか判断できない。だから、要件を確かめる前提として、通りかかる車をすべて止めてよい
批判挙動不審でない車まで止めてよいと言える理由に乏しい
  • 批判の理由:「止めてみないと分からないから」だけでは、挙動不審という要件を空文化します。
    • 空文化:要件があってもなくても同じになることです。
  • 学説①(警察法から借りる)も、学説②(警職法を広げる)も、どちらにも弱点があります。

最高裁の決定(前段):任意手段なら一般的に許容、ただし無制限ではない

道路交通法違反に問われた被告人が上告した事件です。最高裁は、上告の理由には当たらないとしたうえで、自分から(職権で)検問が適法かを判断しました。

  • 判示の2段:前段が「どこまでなら許されるか」という、後段が5つの要件です(第6節)。
部品中身支える条文
出発点交通の安全・交通秩序の維持に必要な警察の活動は、一般的に許容されるべき警察法2条1項(「交通の取締」)
条件強制力を伴わない任意手段による限り
歯止め国民の権利・自由の干渉にわたるおそれがあるときは、任意手段でも無制限には許されない警察法2条2項(権限濫用の禁止)、警職法1条(比例原則の明文)
  • 比例原則:手段は、目的のために必要な最小の限度で使わなければならない、というルールです(警職法1条2項)。

自動車検問事件最高裁判所決定一般的に許容されるが無制限ではないなお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。

1条(抜粋)警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない

(1) 「言及」と「根拠」を分ける

決定は警察法2条1項に触れています。それでも、この条文を一斉検問の法的根拠にした、とは言いがたいと理解されています。

「言及した」「根拠にした」
決定の本文中に、その条文の名前が出てくるという事実だけその条文が無ければ結論が成り立たないといえて、初めて言える
  • 学説の理解:この決定は、警察法2条1項に触れてはいます。しかし、一斉検問を認める権限の根拠として用いたとまでは読み取れません。
    • 最高裁自身が「根拠にしていない」と述べたわけではありません。決定の読み方です。
  • 理由:決定の結論は、本件の検問を適法とした判断です。
    • 「一般的に許容」は、そこへ行く前の、警察の活動一般についての一般論(出発点)です。
    • 結論を支えているのは、「任意手段による限り」という限定、警察法2条2項・警職法1条の歯止め、そして後段の5つの要件です。
  • 学説①との違い:出発点は学説①と同じ条文です。ただ、学説①のように、その条文だけで一斉検問を認めてはいません。

最高裁の決定(後段):理由づけと5つの要件

後段では、なぜ運転者が協力すべきかを述べたうえで、一斉検問が適法になる要件を示しました。

  • 理由づけ:自動車の運転者は、公道で自動車を使うことを許されている以上、当然の負担として、合理的に必要な限度の交通の取締に協力すべきです。
    • 現在の交通違反・交通事故の状況も考え合わせています。
    • 公道を走る以上、ある程度の負担は受け入れる、という発想です。
#キー決定の言葉
場所交通違反の多発する地域等の適当な場所において
目的交通違反の予防、検挙のため
停止の求め方走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて
任意の協力相手方の任意の協力を求める形で行われ
不当な制約にならない方法自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる
  • 番号:決定の本文には無く、覚えるための整理です。
  • :「短時分」は、短い時間という意味です。最高裁自身が、不審点を要求しないことを前提に要件を組み立てています。
  • :第7節の有力説で、いちばん効いてくる要件です。

自動車検問事件最高裁判所決定理由づけ・5要件しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。

有力説:法的根拠(授権規定)は、そもそも要らない

根拠を探すのをやめ、「承諾を前提にする検問に、そもそも法律の根拠は要るのか」と問い直す見解が有力です。

中身
5要件④「相手方の任意の協力を求める形」は、検問に応じるかについて、相手の同意が成り立っていることを示す
権利・利益への制約について相手の同意・承諾があることが前提なので、強制処分ではなく任意処分である(決定の「任意手段」と同じこと)
承諾がある任意処分には、権限を新しく創り出す条文(授権規定)は要らない
  • 目印:街頭でアンケートの声をかける人に、「声をかけてよい」と書いた法律はありません。
    • 声をかけられた人は、断って立ち去れるからです。「答えるまで帰さない」と道を塞げば、強制に変わります。
  • 一斉検問も同じ:「止まってください」と声をかけ、承諾を得て応じてもらう限り、法律の許可証は要りません。
    • 承諾なしに帰さない、逃げようとする車を無理に止め続ける、となれば、強制に変わります。

(1) 5要件の読み替え

有力説に立つと、最高裁の5要件の意味が変わります。

読み方
権限の根拠を探す立場5要件=権限を行使するための要件
有力説5要件=任意処分として適法といえるかを測る物差し(適法性の要件
  • 物差しの中身:任意処分でも、無制約には許されません。その適法性を測るのが比例原則(警職法1条2項)です。
    • 5要件は、比例原則を、検問の場面で満たすべき形にしたものです。

(2) 権限創設規定か確認規定かの対立との関係

有力説は、第3節(2)の両説に共通する点の上に立って、一斉検問を組み立て直す見解です。

  • 共通する点を使う:両説とも、純粋な任意処分なら法律の根拠は要らないと考えます。
  • 有力説の組み立て:「任意の協力を求める形」の一斉検問は、制約について相手の同意・承諾があることが前提です。だから任意処分として、根拠は要らないとします。
    • 多数説から違法に結びつきやすいのは、一斉検問が権利・利益の侵害を伴うと見る場合でした。
実務家中心の見解(確認規定)有力説
一斉検問が許される理由警察法2条1項を根拠に許される同意・承諾がある任意処分なので、根拠は要らない
根拠として持ち出す条文警察法2条1項1つも要求しない
組織規範批判当たる当たらない

違法になりうる5つの場合(学説の整理)

任意処分でも、無制約には許されません。最高裁の立場からは、次の事情があれば違法と評価されうる、と学説が整理しています。

  • 主語に注意:この5つは学説の整理です。最高裁が違法の類型を挙げたわけではありません。
  • 仕分けに使う物差し
    • 捜索:行為そのものの性質が、強制処分としての捜索と同視できるか(一つひとつ暴くように探る、鍵や封を開けるなど)。
    • 強制:相手の意思を制圧する言動や、有形力の行使があったか。
    • 所持品検査の限度:承諾を得ずに調べる範囲を広げ、所持品検査として許される限度を超えていないか。
#違法になりうる場合どの物差しか
必要性を欠く不適切な場所で行う5要件①に反する
不必要に長く、停止が迅速でも適切でもない5要件③に反する
通行帯に障害物を置くなど、物理的な手段で行く手を阻む強制の側
はっきりと拒む意思を示す相手に、なお応対を強いる強制の側
承諾を得ずに、トランクの内部まで踏み込んで確認する所持品検査の限度の側
  • ①②:新しい物差しではなく、5要件そのものが崩れている場合です。
  • ③④:障害物で逃げ場を塞ぐことも、拒絶している相手をなお応じさせることも、相手の意思を押しつぶす方向の圧力です。
  • :止めて外から見るだけなら、5要件の範囲内です。承諾なくトランクの内部まで確認すると、限度を超えます。

あてはめ:4つの場面

5要件と「違法になりうる5つの場合」を、2段の順で当てます。基準を丸暗記せず、この型で判断します。

  • 1段目=強制にわたるか:障害物で止める、はっきり拒む相手に応じさせるなど、強制にわたれば直ちに違法です(警職法2条3項に反する)。
  • 2段目=任意処分でも相当か:比例原則で、制約の程度と検問の必要性がつり合っているかを見ます。
    • 制約される利益=自動車で移動する自由。任意の協力・短時間の停止・必要な質問に限ることが、制約を軽くします。
    • 必要性の側=違反の多い時期・場所を選んだか、取締りの目的が正当か。5要件は、このつり合いを測る目印です。
場面当たる「違法になりうる場合」崩れる5要件
A(適法):深夜、速度超過が多発する幹線道路の取締り地点で、短時間、車に協力を求めて一斉検問。運転者は素直に応じ、簡単な質問に答えて解放されたなしなし(5つとも満たす)
B(違法):深夜、通行帯に障害物を置いて車を止め、長時間停止させた。「検問には応じない」と明言する運転者にも、なお応じさせた③障害物、④拒絶の押し切り(強制の側)③(長時間)、④、⑤
C(違法):運転者が「トランクは見せたくない」と言うのに、承諾を得ずにトランクの内部まで確認した⑤(所持品検査の限度の側)停止・質問とは別の行為(所持品検査の限度で判断)
D(違法):事故も違反も多くない普通の住宅街の道で、通りかかる車を1時間以上止め続けた①不適切な場所、②不必要に長い停止①、③
  • 場面B:障害物と拒絶の押し切りは強制にわたるので、5要件を1つずつ見る前に、1段目で直ちに違法といえます。
  • 場面C:トランクの確認は、停止と質問という検問そのものとは別の行為です。
    • 承諾なくトランクの内部まで調べれば、所持品検査として許される限度を超えて違法と評価されえます。
    • 調べ方が捜索と同視できる程度(一つひとつ探る、鍵を開けるなど)なら、令状の無い強制処分として直ちに違法になります。

射程:交通検問に限らない

最高裁の決定が扱ったのは交通検問ですが、有力説の考え方は、それ以外の一斉検問にも及びます。

  • 決定の事案:第1節の3類型のうち、①交通検問に限られます。
  • 及ぶ範囲:有力説の理屈は、検問の目的を問いません
    • 承諾があるから任意処分だ、という筋道は、止める目的が交通違反でも、犯人の発見でも変わりません。
    • だから、②警戒検問や③緊急配備検問のような、交通検問以外を目的とした一斉検問にも、同じ考え方が及ぶと見てよいです。
  • 理由づけは持ち運べない:「公道で自動車を使うことに伴う当然の負担」は、交通の場面の理由づけです。他の目的では、その検問の必要性を比例原則で測り直します。
  • 下級審の例(参考):ある集会に徒歩で向かおうとしていた組合員に対し、これといった不審な様子も無いまま、警察官がまとめて検問をかけたことを違法とした判断があります。
    • 学説は、この考え方が自動車以外の一斉の停止・質問にも当てはまるという見方の参考に、この例を挙げています。
  • 5要件③と矛盾しないか:③は、不審点が無くても短時間なら停止を求めてよい、というだけです。適法になるのは①〜⑤を全部満たすときに限られます。
    • 不審点が無い相手を止めたこと自体で違法になるのではなく、5つの要件を満たさない形で一斉に停止させれば、違法になります。

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#22単独ページ動画

捜査の端緒③告訴・告発・自首・検視

捜査の端緒の2つの入口

捜査が始まるきっかけ(捜査の端緒)には、向きの違う2つの入口があります。

入口問題になること
警察官が自分から動く職務質問、所持品検査、自動車検問警察官がどこまでやってよいか(権限の限界
市民の側から一言が入ってくる被害届、告訴、告発、自首その一言に、法律がどんな効果を与えているか
  • 市民の側の一言は2種類:法律の上では、別の部品として扱われます。
    • 犯罪事実の申告:「こういうことがありました」と伝えることです。
    • 犯人の処罰を求める意思表示:「あの人を処罰してください」と求めることです。
  • 被害届・告訴・告発・自首:どれも、この2つの部品の組み合わせでできています。
    • 処罰を求める一言があるかどうかで、手続そのものを進められるかが変わります(第3節の訴訟条件)。

告訴とは:4つの部品

告訴は、被害者の側が捜査機関に「この犯罪を処罰してください」と求める行為です。4つの部品に分けて押さえます。

部品中身詳しく
告訴権者被害者本人など、告訴できる人に限られる第4節
検察官又は司法警察員に対して宛先はこの2つだけ第6節
犯罪事実を申告「こういう被害に遭った」と伝える
犯人の処罰を求める意思表示をすること「処罰してください」と求める
  • 条文との関係:230条は「害を被つた者は告訴できる」としか書いていません。告訴という行為の中身に、4つの部品が全部入っています。
  • 被害届・告発・自首は、この4部品の変形として整理できます。

230条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

(1) 被害届との違い(④の有無だけ)

被害届と告訴は、どちらも警察に被害を伝えますが、1つの部品の有無で分かれます。

③犯罪事実の申告④処罰を求める意思表示
告訴ありあり
被害届あり無し
  • 被害届:「盗まれました」という事実だけを伝える、単なる犯罪事実の申告です。
  • 目印:同じ被害者でも、「自転車を盗まれました」で止めれば被害届です。「犯人を処罰してください」まで求めれば告訴です。
    • 被害者でない人が処罰を求めるのは、告訴ではなく告発です(第9節)。

親告罪:告訴が訴訟条件になる罪

被害届と告訴を区別しなければならないのは、告訴が無いと起訴できない罪があるからです。

  • 親告罪:有効な告訴が無ければ、検察官が公訴を提起できない(起訴できない)罪です。
  • 訴訟条件:事件の中身(有罪か無罪か)に入ってよいかを決める、手続の入口の条件です。
    • 欠けていると、中身の判断に入らないまま手続が終わります。
    • 親告罪では、告訴が訴訟条件になります。
主な親告罪条文
未成年者略取・誘拐等刑法229条
名誉毀損・侮辱刑法232条1項
過失傷害刑法209条2項
器物損壊等刑法264条
親族相盗例(窃盗・詐欺・背任・恐喝・横領)刑法244条2項(詐欺・背任・恐喝は251条、横領は255条で準用)
  • 親告罪にする理由:罪ごとに違います。どれも、起訴するかを被害者側の意思にかからせる事情がある罪です。
  • 親族相盗例:窃盗などの財産犯で、犯人が被害者の親族だった場合の特例です。
    • 配偶者・直系血族・同居の親族以外の親族が犯人のとき、親告罪になります。
    • 例:同居していないおじが犯人の窃盗
    • 趣旨:近い身内の間の財産犯は、家族の中で解決させる余地を残す、という発想です。
  • 実益:「処罰してください」の一言があるかどうかで、手続を先に進められるかが変わります。これが、被害届と告訴を分ける意味です。

(1) 告訴が無い段階でも、捜査はできる

  • 「起訴できない」は「捜査できない」ではありません:親告罪でも、将来告訴される見込みがあれば、告訴の前に捜査してよいとされています。
    • 理由:すぐに捜査しなければ、証拠が散逸してしまう場合があるからです。

(2) 性犯罪の非親告罪化

中身
かつて性犯罪の一部は親告罪だった
問題告訴するかどうかの選択を被害者自身に迫り、それ自体が精神的な負担になっていた
改正後平成29年の刑法改正で非親告罪になり、告訴が無くても起訴できる
現在の罪名不同意わいせつ罪(刑法176条)、不同意性交等罪(刑法177条)。罪名は、令和5年の改正で改められたもの
  • 平成29年より前の本は、性犯罪を親告罪として書いています。読むときに注意します。

告訴権者(誰が告訴できるか)

親告罪は、手続を開けるかを被害者側の意思に委ねる制度です。だから、告訴できる人には枠がかかっています。

場面誰が告訴できるか条文
原則被害者本人230条
本人に法定代理人がいる法定代理人(親権者や後見人)が独立して231条1項
本人が死亡した配偶者・直系の親族・兄弟姉妹。ただし、本人が明示していた意思に反することはできない231条2項
告訴できる人がいない検察官が、利害関係人の申立てにより指定した人234条
  • 法定代理人の「独立して」:本人の意思とは関係なく、法定代理人が自分の判断で告訴できます。
    • 例:未成年の被害者本人が告訴しないままでも、親権者は告訴できます。
    • 親権者が2人いる場合は、それぞれが独立して告訴できます。
  • 死亡後の親族:本人が生前に「訴えないでほしい」とはっきり示していたら、親族はそれに反して告訴できません。
  • 1項と2項は逆ではない:場面が違うだけです。
    • 本人が生きていて法定代理人がいるときは、本人のほかにも告訴できる人を置きます。
    • 本人がはっきり示した意思が残っているときは、それを超えません。
    • どちらも、被害者本人を守るための仕組みです。

231条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。2項:被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。

告訴期間(いつまで告訴できるか)

親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月を過ぎるとできなくなります。

  • 告訴期間:犯人を知った日 → 6か月経過 → 告訴できなくなる(235条)。
    • 犯人が誰か分からないままでも、告訴はできます。分かるまで、期間が始まらないだけです。
  • 趣旨:犯人を、いつまでも「告訴されるかもしれない」という不安定な立場に置き続けないためです。
    • 告訴するかを決められる状態になってから期間を数えるので、起算点が「犯人を知った日」になります。
  • 告訴権者が複数いるとき(236条):期間は1人ごとに判断します。
    • 1人の期間が過ぎても、別の告訴権者は、自分の期間内なら告訴できます。
  • 犯罪が続いている間:「犯人を知った日」は、犯罪が終わった後の日と考えられています。犯罪行為が続いている間は、期間は始まりません。
    • 例:名誉を傷つける記事をインターネット上に載せ続けている間は、犯罪行為が続いているとみて、犯人を知ってから6か月を過ぎても告訴できるとした裁判例があります。

235条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。ただし、刑法第二百三十二条第二項の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する同法第二百三十条又は第二百三十一条の罪につきその使節が行う告訴については、この限りでない。

(1) 「犯人を知った」の意味(最高裁の規範)

どこまで分かれば6か月の時計が動き出すかを、最高裁が決めています。

  • 事案:わいせつな行為などに問われた被告人の事件で、告訴期間の起算点が争点の1つになりました。
  • 規範:犯人の住所・氏名などの詳細まで知る必要はありません。少なくとも、犯人が誰であるかを特定できる程度に認識すれば足ります。
    • 名前や住所が分からなくても、「この人が犯人だ」という当たりがつけば、期間は動き出します。
  • 出どころ:この規範は、判例が立てたものです。235条を読むだけでは出てきません。

「犯人を知つた」の意味最高裁判所決定刑訴二三五条一項にいわゆる「犯人を知つた」とは、犯人が誰であるかを知ることをいい、告訴権者において、犯人の住所氏名などの詳細を知る必要はないけれども、少くとも犯人の何人たるかを特定し得る程度に認識することを要するものと解すべきである。

告訴の方式(どこに・どうやって)

告訴は、書面か口頭で、検察官か司法警察員に対してします(241条)。宛先を間違えると無効です。

有効な宛先無効な宛先
検察官検察事務官(検察官の指揮を受けて捜査を補助する職員)
司法警察員(逮捕状の請求などの重い判断ができる警察官)司法巡査(司法警察員のもとで動く警察官)
  • 宛先は条文が決めている:条文が名指ししているのは、検察官と司法警察員だけです。
    • 検察事務官や司法巡査に出しても、有効な告訴になりません。
  • 口頭の告訴:受けた検察官・司法警察員は、調書を作らなければなりません(241条2項)。これが、いわゆる告訴調書です。
  • 代理人による告訴(240条):本人が出向かなくても、弁護士などの代理人に頼んで告訴できます。
  • 実務の扱い:書類の名前が「告訴調書」でなくても、供述調書の中に、誰が何をしたと訴え、処罰を求めていることが読み取れれば、有効な告訴として扱われています。
    • 条文が求めているのは調書を作る義務だけで、これは実務の扱いです。

241条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:告訴又は告発は、書面又は口頭検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。2項:検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない

告訴の取消しと再告訴の禁止

いったんした告訴は取り消せますが、取り消した人は、もう一度告訴することはできません。2つの規定は、守っているものが違います。

規定趣旨
公訴の提起(起訴)までは取り消せる(237条1項)被害者の意思を尊重するため(気持ちが変わることもある)
取り消した人は、再び告訴できない(237条2項)取消しと告訴が繰り返され、犯人とされる人(起訴前の被疑者)の立場が揺れるのを防ぐため
代理人による取消しもできる(240条)告訴と同じく、取消しも代理人に頼める
  • 取り消せるのは、告訴をした人だけです。
    • 例:法定代理人がした告訴を、後から被害者本人が取り消すことはできません。取り消せるのは、その法定代理人です。
    • 被害者本人が自分で告訴したときは、本人が取り消せます。

237条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる2項:告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない

告訴の効果(義務があるもの・無いもの)

「告訴すれば、警察は必ず動かなければならない」と思われがちですが、生じる義務は限られています。

あるもの無いもの
司法警察員の送付義務(242条):速やかに書類・証拠物を検察官に送る逮捕の義務起訴の義務:告訴があっても生じない
検察官の通知義務(260条):起訴・不起訴を決めたら、速やかに告訴人に知らせる
  • 送付義務の理由:告訴が絡む事件は、民事上の争いが絡むなど、法的な判断が難しいことが多いからです。早く検察官の判断に委ねます。
  • 起訴されないこともある:起訴するかどうかは、検察官の裁量に委ねられています。告訴したのに起訴されないこともあります。
    • その場合も、告訴人には不起訴の通知が届きます(260条)。告訴人が求めれば、検察官は不起訴の理由も告げなければなりません(261条)。
    • 告発・請求をした人にも、同じ通知がされます。

242条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない

260条刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも、同様である。

261条刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない

告発(誰でもできる)

告発は、被害者でない人も含めて、誰でも捜査機関に犯罪を申告し、処罰を求められる制度です。

  • 告発:③犯罪事実の申告と、④処罰を求める意思表示でできています。告訴と違い、①告訴権者のような限定がありません(239条1項)。
  • 公務員の告発義務(239条2項):公務員(条文では「官吏又は公吏」)が、仕事をする中で犯罪があると考えたときは、告発しなければなりません。
    • 一般の人にとって告発は自由ですが、公務員には義務です。
  • 期間の制限なし:告訴の6か月のような制限はありません。公訴時効(一定の期間が過ぎると起訴できなくなる制度)が完成するまで、いつでもできます。
  • 取消し後の再告発は許されると解されています。
    • 理由:告訴には再告訴を禁じる237条2項がありますが、告発にはそれに当たる規定がありません。
    • 条文に「許す」と書いてあるのではなく、あるべき禁止規定が無いことから導く解釈です。
  • 方式・効果は告訴と同じ:書面か口頭で検察官・司法警察員にし(241条)、司法警察員には検察官への送付義務が生じます(242条)。
  • 告発が訴訟条件になる例:独占禁止法の一部の罪(89〜91条の罪)は、公正取引委員会の告発が無ければ起訴できません(独占禁止法96条1項)。

239条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる2項:官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない

自首(自分の犯罪を申告する)

自首は、罪を犯した本人が、自分の犯罪を捜査機関に申告することです。

  • 自首捜査機関に発覚する前に、自分から犯罪を申告することです。刑を減軽することができます(刑法42条1項)。
    • 任意的な減軽:必ず軽くなるわけではなく、軽くするかは裁判所が判断します。
  • 発覚の前か後かで、同じ出頭でも意味が変わります。
    • まだ誰も気付いていない段階で、交番に出頭して「自分がやりました」と申し出る → 自首になる
    • すでに指名手配され、顔写真も回っている人が出頭する → 発覚した後なので自首にならない
  • 手続の面(245条):告訴・告発の方式(241条)と送付義務(242条)が、自首にも準用されます。
    • 口頭の自首なら調書が作られ、司法警察員には検察官への送付義務があります。
  • 準用されないもの:期間の制限はありません。取消しも認められていません。

42条(自首等)(抜粋)刑法 第一編 総則 第七章 犯罪の不成立及び刑の減免(35〜42条)1項:罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる

245条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)第二百四十一条及び第二百四十二条の規定は、自首についてこれを準用する

(1) 告訴・告発・自首の比較

告訴告発自首
誰が告訴権者に限る誰でも(公務員は職務上の義務)罪を犯した本人(自分自身について)
期間犯人を知った日から6か月制限なし(公訴時効の完成まで)制限なし(ただし発覚前であること)
取消し起訴まで取り消せる。取り消した後の再告訴は不可取り消した後の再告発は許されると解される認められない
方式・効果241条・242条241条・242条241条・242条を準用(245条)

検視(まだ捜査ではない)

検視は、死体に犯罪が絡んでいるかもしれないときに、その手がかりを確かめる処分です。捜査に入る手前の段階に位置づけられます。

  • 検視変死体又は変死の疑いのある死体の状況を、五官の作用で確かめ、犯罪の嫌疑があるかを見極める処分です。
    • 変死体:死因がはっきりせず、犯罪によるものかもしれない死体です。
    • 五官の作用:目で見る、鼻で嗅ぐといった、人の感覚のことです。機械による検査ではありません。
    • 「検死」と字は似ていますが、法律上は区別される言葉です。
  • 主体:死体の所在地を管轄する地方検察庁・区検察庁の検察官です。検視は、検察官の義務です(229条1項)。
  • 代行検視(229条2項):検察官は、検察事務官又は司法警察員に検視をさせることができます。実務では、こちらが多く行われています。
    • ただし、司法警察員が自分の判断だけで検視をすることは許されません。検視はもともと検察官の権限なので、個別に検察官の判断を仰ぎます。
  • なぜ捜査ではないのか:犯罪の嫌疑があるかどうか、まだ分からない段階で、その有無を確かめる作業だからです。
    • 犯罪による死亡だと初めから明らかなら、検視をせず、すぐに捜査として検証します。
    • 検視の結果、嫌疑ありとなれば、それが捜査の端緒になります。そこから先の死体の調査は、捜査(検証)です。

229条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない2項:検察官は、検察事務官又は司法警察員に前項の処分をさせることができる

(1) 検視・検証・実況見分の区別

3つとも「現場を調べる」点は同じですが、中身はまったく違います。3つの軸で振り分けます。

①対象・場面②嫌疑③強制/任意令状
検視変死体(嫌疑の有無を確かめるだけ)まだ分からない捜査ではない(強制・任意の枠の手前)不要
検証限定なし(例:嫌疑ありと分かった後の死体の調査)ある前提強制処分(相手の意思を制圧してでも調べる)必要
実況見分限定なし(例:交通事故の現場)ある前提任意処分(相手の意思に反しない)不要
  • 検証の令状は、裁判官が出します(218条1項)。
  • まとめ:検視は捜査の手前、検証は強制、実況見分は任意です。

(2) 令状なしの検視で、どこまでできるか

できるできない
変死体がある住居への立入り写真撮影指紋採取体の開口部の検査エックス線検査死体を傷つける行為
  • 線を引いているのは検視の目的:検視は、嫌疑があるかを確かめるだけの処分です。死体そのものを傷つけるところまでは、その枠に入りません。
    • そこまで調べる必要があるなら、裁判官の令状・許可状を得てする強制処分の側に移ります。
    • 例:死体の解剖は、鑑定を頼まれた人が裁判官の鑑定処分許可状を得てします(225条・168条1項)。
  • 主語に注意:この線引きは、条文にも判例にも書かれていません。解釈としてそう考えられている、という水準です。

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#23単独ページ動画

逮捕①通常逮捕

逮捕状の4段

「疑わしい」というだけでは、人は逮捕できません。捕まえる前に、裁判官が先に許可(逮捕状)を出しています。

  • 逮捕状の4段:逮捕状は、請求 → 発付 → 提示 → 逮捕の順に進みます。
    • 段が変わるたびに、縛りをかける人と、縛りの中身が変わります。
誰が何を縛るか
①請求検察官・司法警察員(警察官は、指定を受けた警部以上)言い出せる人を絞る(第4節)
②発付裁判官逮捕の理由逮捕の必要性の2つを審査する(第5節・第6節)
③提示逮捕する捜査機関原則として、逮捕状を見せてから逮捕する(第8節)
④逮捕同上逮捕に付いてくる処分と、実力行使の限界(第9節)

令状主義と逮捕の3類型(憲法33条)

逮捕のいちばん上の根拠は、憲法33条です。

  • 司法官憲:裁判官のことです。
  • 令状主義:現行犯の場合を除き、裁判官が出した令状がなければ、人を逮捕できないという原則です。
  • なぜ警察官の判断だけで逮捕させないのか:逮捕は、身体の自由という重要な権利・利益を侵害する強制処分だからです。
    • 強制処分:相手の意思を制圧して、身体・住居・財産などに制約を加える処分です。
    • 捜査機関とは別の、中立な第三者(裁判官)に先に審査させる。この考え方を司法的抑制といい、憲法33条はその現れです。

(1) 逮捕の3類型:原則と例外

「現行犯として逮捕される場合を除いては」という一文から、逮捕の見取り図が読み取れます。

  • 原則:通常逮捕(199条):裁判官が前もって出した逮捕状で逮捕します。この回で扱うのは、この原則型です。
    • 例外① 現行犯逮捕:いま罪を行っている者などを、令状なしで逮捕します。
    • 例外② 緊急逮捕(210条):令状がまだ無いまま先に逮捕し、直ちに逮捕状を請求します。

33条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

通常逮捕の骨格(199条1項)

199条1項の本文は、通常逮捕を「誰が・どんなときに・何によって」の3点で定めています。

  • 誰が:検察官・検察事務官・司法警察職員が、逮捕できます。
  • どんなときに:被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときです。この部分を逮捕の理由と呼びます(第5節)。
  • 何によって裁判官があらかじめ発する逮捕状によります。
  • ただし書き:軽い罪については、さらに制限がかかります(軽微事件の特則・第6節)。

199条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る

①請求:誰が言い出せるか

逮捕状は、誰でも請求できるわけではありません。「言い出せる人」と「実際に逮捕する人」は別です。

請求できる請求できない(ただし逮捕の執行はできる)
検察側検察官検察事務官(検察官の指揮を受けて捜査する職員)
警察側司法警察員(警察官である司法警察員は、公安委員会が指定する警部以上の者に限る)司法巡査(司法警察員のもとで捜査する警察官)/指定を受けていない司法警察員(警部補など)
  • 執行:実際に逮捕する行為です。司法巡査も検察事務官も、出された逮捕状で逮捕できます。
    • 「請求できない=執行もできない」ではありません。
  • 司法警察員でも請求できない人がいる:警察官の場合、司法警察員であるだけでは足りません。公安委員会の指定を受けた警部以上の者だけが請求できます(199条2項の括弧書き)。
  • なぜ請求だけ絞るのか:逮捕状は、人の身体を拘束する令状なので、特に慎重に考えられているからです。
    • 証拠物を探すための捜索差押許可状には、この「警部以上」の限定がありません。

199条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第二百一条の二第一項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない

(1) 請求は書面で(刑事訴訟規則139条1項・142条1項)

  • 書面:令状の請求は、口頭ではできず、書面でしなければなりません(刑事訴訟規則139条1項)。
  • 請求書の記載事項:書く項目は8つです(同142条1項)。4つのまとまりに分けると、次のとおりです。
    • 被疑者と事件:①被疑者の氏名・年齢・職業・住居、②罪名及び被疑事実の要旨、③被疑者の逮捕を必要とする事由
    • 請求した人:④請求者の官公職氏名、⑤警部以上の指定を受けた者である旨
    • 逮捕状の出し方:⑥有効期間を7日より長くするときは、その旨と事由、⑦逮捕状を数通(2通以上)必要とするときは、その旨と事由
    • 前の請求:⑧同じ犯罪事実か、いま捜査中の別の犯罪事実で、前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実
  • 中心は②誰が、何をしたかが、この書面から読み取れなければなりません。

②発付:逮捕の理由と逮捕の必要性

発付の段では、裁判官が2つの要件を審査します。逮捕の理由逮捕の必要性です。

(1) 逮捕の理由

  • 逮捕の理由:199条1項の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」のことです。
    • 漠然と「誰かが怪しい」では足りません。
    • この人が、この犯罪をしたというところまで対象が絞られたうえで、疑いに理由があることです。
  • 証拠の裏づけ:単なる噂や見込みでは足りず、具体的な証拠に裏づけられた嫌疑が必要です。

(2) 逮捕の必要性(199条2項ただし書・刑事訴訟規則143条の3)

  • 中身逃亡のおそれ罪証隠滅のおそれがあることです。
    • 被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、その他諸般の事情に照らして判断します。
  • 根拠:法律上の根拠は、刑事訴訟法199条2項ただし書きです。「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は、裁判官は逮捕状を発しません(第4節の条文)。
    • 中身を具体的に定めているのが、刑事訴訟規則143条の3です。刑事訴訟法143条ではありません(別の法令です)。

2つの要件は、条文の書き方が違います。

逮捕の理由逮捕の必要性
条文199条2項本文199条2項ただし書き(規則143条の3)
書き方相当な理由があると認めるときに、逮捕状を発する明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状を発しない(請求を却下する)
  • 必要性も発付の要件:書き方は「無いときは発しない」形でも、必要性は理由と並ぶ2つ目の要件です。
    • 請求する側は、逃亡・罪証隠滅のおそれがあることも資料で示さなければなりません(下の(4)・規則143条)。
    • この書き方から「消極的な形の要件」と呼ぶことがありますが、必要性の検討が要らないという意味ではありません。
  • 却下の基準:却下するのは、必要がないことが「明らか」なときです(199条2項ただし書き)。
  • 検討のしかた:199条2項ただし書きを根拠に挙げ、被疑者の年齢・境遇や事件の軽重・態様などの具体的な事情から、逃亡・罪証隠滅のおそれを検討します。
  • :勤め先も住まいも転々として、連絡が取れなくなっている場合は、逃亡のおそれがうかがわれます。
    • 共犯者や目撃者と口裏を合わせようとしている場合は、罪証隠滅のおそれがうかがわれます。
  • 注意(同じ言葉、別の中身):任意捜査の限界で天秤に乗せる「捜査の必要性」とは別物です。
    • 逮捕の必要性が測るのは、逃亡と罪証隠滅のおそれです。

(3) 必要性が否定される場面(実務の運用)

「明らかに必要がない」の線引きは、条文にも判例にも書かれていません。実務では、比較的軽微な事案で、次の3つの型に必要性が否定される傾向があります。

どんな場合か
①時間の経過事件が発覚してからかなり経っているのに、その間、逃げも証拠隠しもしなかった
②高齢・年少被疑者が高齢か年少で、身柄を取る負担が大きい
③生活の安定勤め先があり、家族のもとに帰る生活をしている
  • 共通点:どれも「逃げそうにない」「証拠を消しそうにない」方向の事情です。
  • 注意:条文ではなく、実務の運用です。

(4) 疎明資料(刑事訴訟規則143条)

  • 疎明資料:逮捕状を請求する側は、逮捕の理由だけでなく、逮捕の必要があることも、資料で裏づけなければなりません。
    • 令状の請求は、いつも「資料で裏づける」作業です。
  • 2つの要件が別物である根拠:規則143条は、括弧書きで「逮捕の理由」を「逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件」と定義しています。
    • 条文自身が、理由と必要性を書き分けています。

軽微事件の特則と出頭拒否(199条1項ただし書き)

軽い罪については、通常逮捕にさらに制限がかかります。そこから、出頭を拒んだだけで逮捕できるか、という論点が出てきます。

(1) 軽微事件の特則

対象となる罪追加で必要な事情
30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪定まった住居を有しない場合か、正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限る
  • 確かめる順序:裁判官は、①逮捕の理由、②逮捕の必要性、③軽微事件に当たるなら住居不定か不出頭か、の順に確かめます。どこかで欠ければ、逮捕状は出ません。
  • 拘留・科料:どちらも軽い刑です。拘留は1日以上30日未満の刑事施設への拘置、科料は1000円以上1万円未満の金銭の刑です(刑法16条・17条)。
  • なぜ軽い罪だけ絞るのか:罰金や科料で終わる罪のために身体を拘束するのでは、釣り合いが取れないからです。
  • 「前条の規定による出頭の求め」:198条1項の出頭要求のことです。

(2) 出頭を拒んだだけで逮捕できるか

  • 出頭を拒む権利:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒めますし、出頭した後もいつでも帰れます(198条1項ただし書き)。取調べに応じる義務はありません。
  • ぶつかる所:199条1項ただし書きを反対に読むと、「正当な理由なく出頭を拒み続ければ逮捕してよい」とも読めそうです。
    • 権利を使っただけで捕まるなら、その権利は無いのと同じになります。

不出頭だけで逮捕の必要性を認めてよいかは、見解が対立しています。

立場根拠
不出頭それ自体は、逮捕の必要性にあたらないそうでないと、198条1項ただし書きの権利が意味を失う
不出頭も、逮捕の必要性にあたる199条1項ただし書きの反対解釈
  • 実務の運用:上の対立(解釈の層)とは別の話です。出頭拒否が何度も繰り返されることで、結果として逃亡のおそれが認められる、という道筋で逮捕状が請求されることがあります。
  • 3つの層を混ぜない:①条文に書いてあること、②そう解されていること、③実務の運用、は別の話です。
    • どちらの立場が多数かには立ち入らず、対立の構造を押さえます。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる

逮捕状に書かれること(200条1項)

発付された逮捕状には、書くことが決まっています。事務的な項目に見えますが、令状主義を紙の上で実現する部品です。

  • 記載事項:被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき場所、有効期間とその期間が過ぎたら逮捕できず令状を返す旨、発付の年月日などです。
    • 最後に、裁判官が記名押印します。
  • 有効期間の長さ:原則として、発付の日から7日です(刑事訴訟規則300条)。裁判官が相当と認めれば、7日より長くできます(請求書の⑥はこのためです)。
  • 引致:身体を拘束した人を、決められた場所へ強制的に連れて行くことです。
記載事項なぜ書くのか
罪名・被疑事実の要旨示された人が、何の容疑で捕まるのかをその場で分かるようにするためです。憲法33条の「理由となつてゐる犯罪を明示する」に直結します
有効期間一度出た許可を、いつまでも使えないようにするためです。裁判官が審査したのは請求の時点の事情で、時間が経てば逃亡や罪証隠滅のおそれも変わります
引致すべき場所捕まえた後にどこへ連れて行くかを、現場の判断ではなく事前に決めておくためです

200条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名被疑事実の要旨引致すべき官公署その他の場所有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない

③提示:逮捕状は見せてから

逮捕状で逮捕するときは、原則として、逮捕状を被疑者に見せてから逮捕します。

(1) 原則:逮捕状を示す(201条1項)

  • 提示:逮捕状を被疑者に示さなければなりません
  • なぜ見せるのか:逮捕される人が、何の容疑で、誰の判断で捕まるのかを知り、争える状態にするためです。
    • 第7節の「罪名・被疑事実の要旨」の記載と同じく、憲法33条の「犯罪を明示する」が、提示の段でも生きています。

(2) 例外:緊急執行(201条2項・73条3項の準用)

  • 緊急執行:逮捕状はもう出ているのに、手元に持っていないとき、見せずに逮捕できる仕組みです。
  • どんなときに:逮捕状を持っていないため示せず、しかも急速を要するときです。
  • 何をするか被疑事実の要旨と、逮捕状が発せられている旨を告げて、逮捕します。
  • その後:逮捕状は、できる限り速やかに示さなければなりません。
  • 読み替え:73条3項は、もとは勾引状・勾留状の規定です。逮捕状に準用するときは、「被告人」を「被疑者」に、「公訴事実の要旨」を「被疑事実の要旨」に読み替えます。

201条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない2項:第七十三条第三項の規定は、逮捕状により被疑者を逮捕する場合にこれを準用する

73条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)3項:勾引状又は勾留状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、前二項の規定にかかわらず、被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる。但し、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない

(3) 緊急執行と緊急逮捕は別物

名前は似ていますが、中身は別です。令状がもう出ているかどうかで切り分けます。

緊急執行緊急逮捕
令状の有無もう出ている(手元に無いだけ)まだ無い
4段でいうと発付は終わっていて、提示の段だけが変則になる発付そのものがまだ
逮捕のときに告げること被疑事実の要旨+逮捕状が発せられている旨令状が無いので、告げる内容も違う(その理由を告げる・210条1項)
事後にすることできる限り速やかに逮捕状を示す逮捕の後、直ちに逮捕状を請求する。発せられなければ直ちに釈放する(210条1項)

④逮捕:付随する処分と実力行使の限界

逮捕する場面では、逮捕状に書かれていない権限が付いてきます。一方で、明文の無い限界もあります。

(1) 被疑者を探して住居に入る(220条1項1号・3項)

  • どんなときに・誰が・何を:検察官・検察事務官・司法警察職員は、被疑者を逮捕する場合に必要があれば、人の住居などに入って被疑者を捜索できます。
  • 令状は不要:この処分に、別の令状は要りません(3項)。
  • 目的被疑者を見つけ出すことです。被疑者の家に限らず、逃げ込んだ先の他人の住居にも入れます。
    • 逮捕の現場で証拠を差し押さえ・捜索・検証する処分(2号)も、同じく令状は要りません(3項)。
  • 使える場面:通常逮捕(199条)だけでなく、現行犯逮捕緊急逮捕(210条)のときにも使えます(1項)。
  • なぜ令状が要らないのか:憲法35条は、住居への侵入・捜索に令状を求めつつ、「第三十三条の場合を除いては」と例外を置いています。
    • 33条の場合=逮捕する場合は、住居に入って捜索することも、憲法自身が令状の例外として認めています。220条はこれを受けた規定です。
    • 逮捕状が無い現行犯逮捕・緊急逮捕にも使える処分なので、「逮捕状の効力に含まれる」という説明では足りません。

35条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない

220条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。3項:第一項の処分をするには、令状は、これを必要としない

(2) 実力行使の限界(明文なし)

  • 有形力の行使:逮捕のときに、相手の体に力を加えるなどの実力行使です。
  • 限界:条文には何も書かれていません。必要かつ相当な範囲でなら許される、と解されています。
許される逃げようとする腕をつかむ/激しく暴れる者を押さえつける
許されないおとなしくなった者を、なお殴り続ける
  • 許されない行為をすると特別公務員暴行陵虐罪の問題になりえます。
    • 警察などの職務を行う者が、職務中に被疑者などへ暴行や陵辱・加虐の行為をしたときの罪です(刑法195条)。
  • 令状があるのに限界がある理由:令状は「この処分をしてよい」という許可です。どんなやり方でやってよいかまでは決めていません。
    • だから、侵害は必要性に見合った相当なものでなければなりません。逮捕の目的に必要な範囲を超えると、適正な手続との調和がとれなくなるからです。
  • 注意(同じ言葉、別の場面):任意捜査の限界で使う「必要性・相当性」と言葉は同じです。
    • あちらは任意捜査が行き過ぎていないかの話、こちらは逮捕に付随する行為の限界の話です。

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#24単独ページ動画

逮捕②現行犯逮捕・準現行犯逮捕

令状が要らない逮捕

逮捕には原則として令状が要ります。それでも、目の前で人が殴られていれば、警察官は令状を待たずにその場で捕まえます。

  • 令状が要らない場合がある:いま罪が行われている、または行われた直後なら、令状なしでその場で捕まえられます。
  • なぜその場合だけ要らないのか誤って別の人を捕まえてしまうおそれが、とても小さいからです。
    • この1つの物差しが、この回の全部につながります。

(1) 逮捕の3類型

誰が判断するかこの回で扱うか
通常逮捕(原則)裁判官が、逮捕状を出す前に審査する扱わない
現行犯逮捕・準現行犯逮捕(例外①)逮捕する人自身(誰でもよい)扱う
緊急逮捕(例外②)逮捕する人自身(逮捕した後で令状を請求する)扱わない

なぜ現行犯だけ例外なのか(憲法33条)

令状主義の例外は、憲法33条の「現行犯として逮捕される場合を除いては」という一文に置かれています。

  • 明白性:罪がいま行われているか、行われた直後なら、犯罪と犯人が明白です。
  • 誤認逮捕のおそれ:明白なので、別の人を間違えて捕まえるおそれが小さくなります。
  • 緊急の必要:その場で捕まえなければ、逃げられてしまいます。
  • だから:裁判官の事前審査を省いてよい、という発想です。
通常逮捕現行犯逮捕
人違いを防ぐのは裁判官が事前に審査するその場の状況そのものが、審査の代わりになる

33条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

現行犯人(212条1項)

212条1項は、現行犯人を2つの形で定めています。

(1) 「現に罪を行い」と「現に罪を行い終つた」

  • 現に罪を行い:いま犯罪を実行している最中の者です。
    • 犯罪が最後まで完成した既遂でも、実行に着手したが完成しなかった未遂でも構いません。
  • 現に罪を行い終つた:罪を終えた瞬間だけでなく、その直後の者も含みます。

212条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者現行犯人とする。

(2) 「直後」の物差し

どこまでが「直後」かは、時間と場所の近さで測ります。

  • 時間的接着性・場所的接着性:罪を終えてから、時間と場所がどれだけ近いかです。
    • 目安:一律の基準はありませんが、せいぜい30〜40分程度です。
    • 時間と場所が離れるほど、犯罪と犯人の明白性は薄れます。
  • 何を測るのか逮捕する人自身から見て、犯罪と犯人が明白かどうかです。ここが現行犯の中心です。
  • 犯行の瞬間を見ていなくてもよい:その場の状況から、逮捕する人にとって「この人が犯人だ」と明白なら足ります。
    • ただし、被害者の話だけを頼りにするのでは足りません(第8節)。

(3) 「直後」の具体例

内容結論
適法な例住居侵入の直後、通報を受けた警察官が、現場から約30メートルの場所で発見した直後と認められ、現行犯逮捕は適法
時間切れの例万引きで、代金を払わず店の外に出た後、見失って時間が経った明白性が薄れ、現行犯逮捕はできなくなる
追跡が続く場合現行犯人と認めて追い始め、見失わずに追い続けている数十分以内なら現行犯逮捕できる。数時間離れたら、ふつうは準現行犯(1号)で考える
  • 万引きの補足:窃盗は、商品を取った時点で既遂です。
    • それでも実務では、代金を払わず店を出たときのように、犯行が誰の目にも明確になるまで待つことが多いです。
  • 追跡する人の交代:途中で追う人が代わっても構いません。
    • 例:漁業監視船が密漁船を見つけて追ったが、船足が遅いので、近くにいた民間の漁船に頼んで追跡を引き継いだ。漁船は約3時間追い続けた。
    • 判例は、監視船も漁船も、現行犯逮捕をするために追跡を続けたのだから、213条に基づく適法な現行犯逮捕の行為だとしました。
    • 引き継いだのは私人です。誰でも逮捕できるという213条(第4節)が、ここでも効いています。
  • この判例の読み方:現行犯逮捕に取りかかった追跡が、途切れずに続いた場面です。
    • 「直後」の目安そのものが数時間に延びる、という意味ではありません。
    • 追跡が続いていても、数時間離れた後の逮捕は、一般には準現行犯(212条2項1号・追呼)として検討します。

現行犯人は誰でも逮捕できる(213条)

現行犯逮捕には、通常逮捕とまったく逆の特徴がもう1つあります。逮捕できる人の範囲です。

  • 何人でも:警察官に限らず、一般の人(私人)でも、逮捕状なしで現行犯人を逮捕できます。
  • 通常逮捕との違い:通常逮捕では、逮捕状を請求できるのは、検察官と警部以上の司法警察員に限られていました。
  • なぜ広げるのか:理由は同じで、誤認逮捕のおそれが小さいからです。
    • 誰が捕まえても間違えにくいので、捜査機関に限る理由がそもそもありません。

213条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)現行犯人は、何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

(1) 私人逮捕の後始末(214条・215条)

私人が現行犯人を捕まえた後、自分の手元に留めておくことはできません。

  • 私人:逮捕した人を、直ちに検察官か司法警察職員へ引き渡さなければなりません(214条)。
  • 司法巡査:引き渡しを受けたときは、速やかに司法警察員のもとへ連れて行きます(引致・215条1項)。
    • 司法巡査は、1人では重い判断をせず、司法警察員のもとで動く警察官です。私人逮捕の後始末にも、この区別が効いています。

214条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない

215条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:司法巡査は、現行犯人を受け取つたときは、速やかにこれを司法警察員に引致しなければならない

準現行犯人(212条2項)

「直後」を過ぎても、一定の手がかりがあれば、現行犯人とみなす制度があります。これが準現行犯人です。

  • みなす:本当は現行犯人ではない者を、法律上、現行犯人と同じに扱うことです。
    • だから準現行犯人も、213条により、誰でも逮捕状なしで逮捕できます。
  • 条文の要件:条文が定めるのは、次の2つです。
    • 罪を行い終わってから間がないと明らかに認められること(時間的・場所的接着性)
    • 1号から4号のどれかに当てはまること
  • 解釈で加わる要件:現行犯逮捕と同じ理由から、さらに次の2つも要るとされています。
    • 逮捕する人にとって、犯罪と犯人が明白であること
    • 緊急に逮捕する必要性があること(第10節)
    • 準現行犯逮捕の適否は、この4つを順に当てはめて検討します。

(1) 「直後」と「間がない」

現行犯(直後)準現行犯(間がない)
時間的・場所的接着性目安 約30〜40分(一律ではない)目安 約3〜4時間(緩和される・一律ではない)
追加の要件不要212条2項1〜4号のどれかに当たること
  • 引き換え:時間が緩む代わりに、目に見える客観的な手がかりを求められます。
    • 理由:時間が空くほど、その間に別の人と取り違えるおそれが増えます。その分を、手がかりで埋めさせるためです。
  • :ひったくりの2時間後、盗まれたのと同じバッグを抱えて走る人を見つけた。これは2号の手がかりです。
    • 手ぶらで歩いているだけなら、2時間後に準現行犯人として逮捕することはできません。
  • 緩くなった制度ではなく、引き換えのある制度です。

(2) 4つの号(追呼・贓物・証跡・誰何)

内容補足
1号犯人として追呼されている追いかけられていることです。声を出さず黙って追われている場合も含みます。追う人が交代しても構いません
2号贓物、または犯罪に使ったと明らかに思われる兇器などを持っている贓物=盗品などです。準現行犯人と認める時点で持っていれば足ります。逮捕の時点で持っている必要はなく、警察官に見つかってから投げ捨て、その後に逮捕された場合も当たります
3号身体か服に、犯罪の顕著な証跡がある例:傷害事件の後、けがをしている人や、返り血を浴びた服を着ている人。服は身につけている必要があり、自宅に隠した血の付いた服では当たりません
4号誰何されて逃げようとする誰何=相手が誰かを確かめることです。「待て」と声をかけられて逃げた場合や、声をかけられなくても警察官がいると気づいて逃げる場合も含みます

212条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす一 犯人として追呼されているとき。二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。四 誰何されて逃走しようとするとき。

(3) 号が重なるほど明白性は強まる

条文上は、1号から4号のどれか1つに当てはまれば足ります。ただし、号によって強さが違います。

  • 重複:各号に重ねて当てはまるほど、犯罪と犯人の明白性は強まります。
  • 4号単独は弱い:誰何されて逃げた、という事情だけでは、明白性は弱いとされます。
    • 理由:逃げる理由は、犯罪と関係ない場合もあるからです。
    • 例:職務質問(警察官が、怪しい様子の人を呼び止めて質問すること・警察官職務執行法2条1項)そのものを嫌がって逃げる人もいます。犯人だからとは限りません。
  • だから:4号は、2号や3号と重なっていないと弱い、ということになります。

和光大学内ゲバ事件(準現行犯逮捕を適法とした例)

準現行犯逮捕で、現場を見ていない逮捕者が明白性をどう判断したかが分かる決定です。

  • 事案
    • 兇器準備集合・傷害の事件(いわゆる内ゲバ事件)から約1時間〜1時間40分後、いずれも現場から約4キロ離れた場所で、被疑者3人が発見・逮捕されました。
    • 逮捕者は、逮捕の前に無線通報で得ていた犯人の特徴や状況を、判断資料の一部にしました。
    • 3人とも、職務質問のため止まるよう求められると逃げ出しました(4号)。
    • 1人は、追いついてみると腕に籠手(こて)を着けていました(2号)。残る2人は、靴や服が泥まみれで、1人は顔に新しい傷がありました(3号)。
  • 結論:212条2項2号ないし4号に当たる者として、準現行犯逮捕は適法とされました。
    • 決定は、この事実関係の下での事例判断です。
  • 逮捕前に得ていた情報:準現行犯は、そもそも時間と場所が離れていることが前提です。逮捕の瞬間に見える状況だけで判断するのは難しいので、逮捕前に得ていた情報も、補助的な資料として使ってよいとされています。
  • 事案の読み方:逮捕者が直接見ていない分を、無線情報と複数の号の重なりが補っていた、と読めます。
    • 現場を見ていなくても、手がかりが積み重なれば足ります。

和光大学内ゲバ事件最高裁判所決定準現行犯逮捕を適法とした事例判断以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができるから、本件各逮捕を適法と認めた原判断は、是認することができる。

共謀共同正犯と準現行犯逮捕

実際に手を出していない人でも、準現行犯逮捕の対象になりえます。

  • 共謀共同正犯:自分では手を下さなくても、一緒にやろうと合意し、その合意どおりに仲間が実行すれば、正犯として扱われるという刑法の考え方です。
    • 例:路上で、仲間に「あいつを殴れ」とその場で指示し、仲間が殴った。指示した人は手を出していません。
  • 対象になりうる理由:212条2項の「罪を行い」は、実行した人に限るとは書いていません。
  • ただし要件は重い:指示しただけの人が、誰でも対象になるわけではありません。次の3つのすべてが、逮捕者にとって明白でなければなりません。
    1. 共謀(一緒にやる合意)
    2. 実行に準ずるほど大きな役割
    3. 合意どおりの実行
  • なぜ重いのか:実行そのものを見ていない分、誤認のおそれが増えるからです。ここでも誤認のおそれの小ささが物差しです。

京都恐喝未遂事件(供述だけでは足りない)

距離も時間も近いのに、現行犯逮捕が違法とされた裁判例です。

  • 事案
    • 逮捕者は、恐喝未遂の被害者から、犯人の容ぼうなどを聞き取りました。
    • その情報だけを頼りに、犯行から約20分後、現場から約20メートルの場所で被疑者を見つけました。
    • 被害者に対面させて確認させただけで、現行犯逮捕しました。
  • 結論:現行犯逮捕は違法とされました。準現行犯人の要件も満たしていません。
    • 緊急逮捕なら:この事案は、緊急逮捕(逮捕した後で令状を請求する型)の要件は満たしていたと考えられています。現行犯・準現行犯の要件を欠くときは、続けて緊急逮捕を検討します。
  • 決め手:被害者の供述のほかに、逮捕者自身が確かめる手だてが無かったことです。
    • 覚知:逮捕者が、自分の目や耳で直接つかむことです。
    • なぜ供述だけではだめか:被害者の記憶違いや人違いを、その場の逮捕者は確かめようがないからです。そこが欠けると、誤認のおそれが小さいという、令状が要らない前提そのものが崩れます。

京都恐喝未遂事件京都地方裁判所決定供述のみに頼った現行犯逮捕被疑者を現行犯人として逮捕することが許容されるためには、被疑者が現に特定の犯罪を行い又は現にそれを行い終った者であることが、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身においても直接明白に覚知しうる場合であることが必要と解されるのであって、被害者の供述によること以外には逮捕者においてこれを覚知しうる状況にないという場合にあっては、……現行犯逮捕の如きは、未だこれをなしえないものといわなければならない。

(1) 2つの事件の対比

和光大学内ゲバ事件京都恐喝未遂事件
時間・距離約1時間〜1時間40分後・約4キロ約20分後・約20メートル
判断の資料無線通報の情報+2号・3号・4号の重なり(補助的な資料+客観的な事由)被害者の供述だけ(逮捕者自身が確かめる手だてが無い)
結論適法違法
  • 一線:明白性の判断に供述を使えるかは、見解が分かれます。
    • その場の客観的な状況だけで判断する見解と、客観的な状況を補う限りで供述も考えてよいとする見解(実務では多数とされる)があります。
    • どちらの見解でも、供述だけで埋め合わせてはいけません。現行犯逮捕は、緊急逮捕と違って後から令状の審査も受けないので、認める範囲を厳しく絞るべきだからです。
  • 結論が変わる場面:同じ20メートル・20分でも、現場から走り去る姿を警察官自身が見ていて、見失わずに追っていたなら、被害者の話が無くても明白です。現行犯逮捕できます。
  • 決まるもの:距離や時間ではなく、逮捕者自身が何を見たかです。誤認のおそれの小ささを、逮捕者自身が言えるかどうかが分かれ目です。

軽微事件の現行犯逮捕の制限(217条)

現行犯人・準現行犯人に当たっても、逮捕できない場合があります。1つ目は、軽い罪の場合です。

通常逮捕(199条1項ただし書き)現行犯逮捕(217条)
対象となる罪30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪同じ
追加で必要な事情住居不定、または正当な理由のない不出頭住居か氏名が明らかでない場合、または逃亡のおそれがある場合
  • 拘留・科料:どちらも軽い刑です。拘留は1日以上30日未満の刑事施設への拘置、科料は1000円以上1万円未満の金銭の刑です(刑法16条・17条)。
  • 理由(共通):軽い罪のために身体を拘束するのは、釣り合いが取れないからです。
    • 「逃げそうにない軽い罪の人まで拘束しない」という発想は、通常逮捕と現行犯逮捕で共通しています。
  • 条文の読み方:217条は、213条(誰でも令状なしで逮捕できる)からの規定を、この場合に限って使えるとしています。当たらなければ、現行犯逮捕はできません。

217条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り第二百十三条から前条までの規定を適用する

現行犯逮捕にも要る「逮捕の必要性」

逮捕できない場合の2つ目は、逮捕の必要性が無い場合です。令状が要らない逮捕にも、歯止めがあります。

  • 通常逮捕では:明らかに逮捕の必要が無いと認めるとき、裁判官は逮捕状の請求を却下します(199条2項ただし書き)。
  • 現行犯逮捕では:この要件を定める明文がありません
  • それでも要る:必要性が無くても逮捕できる、とは考えられていません。
    • 理由:逮捕は、身体の自由を奪う強力な処分だからです。
    • 現行犯逮捕は、その場で緊急に逮捕する必要があるからこそ認められる制度です。だから、逮捕の必要性は当然に要求されると解されています(解釈で補う)。
  • 否定された例:軽微な交通違反で、被疑者の身元がすでに明らかな事案では、必要性に乏しいとされた例があります。

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逮捕③緊急逮捕

逮捕3類型の最後の1つ

逮捕状がまだ無いのに、先に捕まえてよい場面があります。それが緊急逮捕です。

  • 場面の例:3日前の空き巣で盗まれた指輪を、今、質店に持ち込んだ男がいます。
    • 逮捕状はまだ無く、取りに行くあいだに逃げられてしまいます。
  • 答え罪が重いこと・嫌疑が濃いこと・待てない事情があることが中身の柱です。そのうえで理由を告げて捕まえます(4つの要件は第2節)。
    • そのかわり、逮捕した後に直ちに逮捕状を求め、裁判官の審査を受けます。
    • その審査では、捕まえた時点で要件がそろっていたかと、逮捕の後の手続を守ったかが問われます。

(1) 3類型は「裁判官の審査」のタイミングで分かれる

裁判官の審査
通常逮捕(199条)事前に審査する(先に逮捕状を出してから逮捕)
現行犯逮捕・準現行犯逮捕(212条)審査しない(令状なしで逮捕)
緊急逮捕(210条)後から審査する(逮捕の後に逮捕状を求める)
  • 緊急逮捕の位置:審査を省くのでも、先に取るのでもありません。審査を後回しにするだけで、消してはいません

210条の骨格:逮捕する時点と、逮捕した後

210条1項は長い条文ですが、逮捕する時点の要件と、逮捕した後の手続の2つの塊に分かれます。

  • 誰が:検察官・検察事務官・司法警察職員が、緊急逮捕できます。
逮捕する時点の要件逮捕した後の手続
重い罪(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をする
②罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由②逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放する
急速を要し、逮捕状を求めることができない
理由を告げて逮捕する
  • 前半の役割:裁判官を待たずに捕まえてよい根拠です。
  • 後半の役割:飛ばした審査を必ず取り戻す仕掛けです。
  • 両方そろって初めて適法:前半の要件を満たしても、後半の手続をしなければ違法です。
  • 2項(200条の準用):緊急逮捕の後に出る逮捕状も、書く中身は通常逮捕の逮捕状と同じです。
    • 200条は、被疑者の氏名・住居、罪名、被疑事実の要旨など、逮捕状に書く事項の決まりです。

210条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない2項:第二百条の規定は、前項の逮捕状についてこれを準用する

憲法33条と合憲性

令状なしで先に捕まえる以上、令状主義を定めた憲法33条とぶつからないかが問題になります。

  • 問題の所在:憲法33条が令状の例外として書いているのは、「現行犯として逮捕される場合」だけです。
    • 緊急逮捕という言葉は出てきません。文面だけ見ると、緊急逮捕は例外に入っていません。
    • そのため、緊急逮捕は違憲だとする見方もあります。
  • 最高裁の結論合憲です。

33条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない

(1) 合憲とした理由は、210条の要件に対応している

判決は、まず210条の要件を全部並べ、その厳格な制約の下で、次の3つを条件に合憲としました。

最高裁が挙げた理由対応する210条の要件
罪状の重い一定の犯罪のみに限ること重い罪の限定
緊急やむを得ない場合に限ること急速を要すること
逮捕後直ちに裁判官の審査を受け、逮捕状の発行を求めること直ちに逮捕状を求める手続
  • 前提に入る要件:十分な理由(濃い嫌疑)と理由の告知も、判決が並べた「厳格な制約」に含まれています。
    • 表の3つだけが合憲の条件で、嫌疑や告知は関係ない、という読み方は誤りです。
  • 指輪の男に当てはめると:空き巣という重い罪で、男は店を出ようとしている。捕まえた後、すぐ裁判官に逮捕状を求める。この形です。
  • なぜ憲法と両立するのか:憲法33条が令状を求めるのは、捕まえる前に中立な第三者(裁判官)の目を通すためです。
    • 緊急逮捕は、その目を消すのではなく、すぐ後ろにずらすだけです。
    • しかも、ずらしてよい場面を、重い罪と待てない事情に絞っています。
    • 210条の要件の厳しさが、憲法33条とのつじつまを合わせています
  • 注意(どんな逮捕も合憲ではない):この判決が認めたのは、条件をそろえた緊急逮捕という仕組みです。
    • 条件を欠いた一つひとつの逮捕まで、正しいとしたわけではありません。それを確かめるのが、第10節の裁判官の審査です。

緊急逮捕の合憲性最高裁判所大法廷判決罪状の重い一定の犯罪のみについて、緊急已むを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条規定の趣旨に反するものではない。

現行犯逮捕との違い

令状が要らない点は同じでも、緊急逮捕と現行犯逮捕は中身が違います。

  • 現行犯逮捕:いま罪を行っている者、行い終わった者(現行犯人)を、令状なしで逮捕します(212条1項)。
    • 準現行犯逮捕:罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる者を、現行犯人とみなして逮捕します(212条2項)。
  • なぜ現行犯は令状が要らないのか:目の前で罪が行われていて、人違いのおそれが小さいからです。
  • 指輪の男は:空き巣から3日たっているので、現行犯にも準現行犯にも当たりません。
現行犯逮捕緊急逮捕
罪の限定原則無し。ただし軽微な罪(刑法の罪なら30万円以下の罰金・拘留・科料に当たる罪)は、住居・氏名が不明か逃亡のおそれがあるときだけ(217条)死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪だけ
理由の告知不要(その場で明白だから)必要
事後の令状請求無し必ず必要(裁判官の審査が山場)
  • 3つの違いの意味:緊急逮捕は、犯行を見ていない分を、罪の重さ・理由の告知・事後の審査で埋め合わせています。
    • いちばん大きな違いは、事後の令状請求です。逮捕の後も手続が続くのは、緊急逮捕だけです。

要件①重い罪:法定刑で測る

罪が重いかどうかは、実際に科される刑ではなく、法定刑で測ります。

  • 法定刑:法律がその罪について定めている刑の幅です。
  • 長期:法定刑の上限のことです。
長期緊急逮捕
窃盗罪(空き巣・刑法235条)10年できる(3年以上)
暴行罪(刑法208条)2年できない

(1) 設例:留守の時間帯を教えただけの人

  • 事例:空き巣に入る家が留守になる時間帯だけを教えた人がいます。実行にも共謀にも加わっていません。
  • 犯罪になるか:なります。実行を手助けした幇助犯で、従犯として扱われます。
  • 従犯の刑:正犯の刑を減軽します(刑法63条)。
  • 緊急逮捕の判断減軽前の法定刑、つまり正犯の法定刑で行います。
    • この判断では、従犯であることは無視して構いません。窃盗罪の長期10年で判断するので、重い罪に入ります。
  • 差が出るのは長期3年の罪:窃盗罪の従犯は、減軽しても長期5年です(刑法68条3号=長期を2分の1)。どちらで測っても対象に入ります。
    • 例えば住居侵入罪(刑法130条)は長期3年です。その従犯は、減軽すれば長期1年6月になります。
    • それでも正犯の法定刑(長期3年)で測るので、緊急逮捕の対象に入ります。
  • なぜ減軽後の刑で測らないのか:刑を軽くするのは、刑を決めるときの話です。
    • 捕まえる時点では、その人が手助け役(従犯)なのか、実行した側(正犯)なのかは、まだ決まっていません。
    • だから、罪そのものに法律が定めた刑で線を引きます。
  • 従犯かどうかの確定:逮捕の時点で、誰が従犯かまで確定していなくてかまいません。
    • 求められるのは「疑うに足りる理由」の段階で、有罪の確定までは求められていません。

63条(従犯減軽)刑法 第一編 総則 第十一章 共犯(60〜65条)従犯の刑は、正犯の刑を減軽する

要件②十分な理由:相当な理由より濃い嫌疑

210条は、嫌疑について「十分な理由」を求めています。通常逮捕の「相当な理由」より、濃い嫌疑です。

通常逮捕緊急逮捕
条文の言葉相当な理由(199条1項)十分な理由(210条1項)
中身この人がこの犯罪をした、と絞られたうえで、疑いに理由があることそれより濃い嫌疑

(1) どこまで濃ければ足りるか

  • 不要なもの:有罪判決や公訴提起が確実だというレベルまでは求められません。
  • 必要な程度:何らかの証拠に基づいて、特定の犯罪の犯人だと捜査機関が確信をもてる程度です。
指輪の男の場合十分な理由
防犯カメラに、似た服装の人が映っていただけ足りない(疑う理由はあっても、確信までは持てない)
被害届どおりの指輪を持ち込み、カメラの顔とも一致した足りる(確信をもてる程度)
  • なぜ濃い嫌疑を求めるのか:裁判官の審査を先送りする分だけ、現場に求める嫌疑の濃さも上がるからです。
    • 令状審査の前に、現場の判断でそれだけの濃さを用意しなければなりません。

要件③急速を要し:待てない事情

「急速を要し」は、次の2つが両方そろって初めて認められます。

  • ①逃亡・罪証隠滅の可能性が高い:すぐに逮捕しなければ、被疑者が逃げるか、証拠を隠したり壊したりする(罪証を隠滅する)可能性が高いことです。
  • ②時間的な余裕が無い:逮捕状を請求する時間的な余裕が無いことです。
  • なぜ①だけでは足りないのか:時間さえあれば、通常逮捕で済むはずだからです。
    • 緊急逮捕は、あくまで通常逮捕が間に合わない場合の手段です。
指輪の男の場合急速を要するか
代金を受け取って店を出ようとしている。逮捕状を取りに行く間に、行方が分からなくなる要する
名前も住所も分かっていて、逃げる様子も無い要しない(逮捕状を取りに行けるので、通常逮捕を使う)

要件④理由の告知

210条は、逮捕のときに「理由を告げて」逮捕すると定めています。

  • 告げる中身①被疑事実の要旨と、②急速を要する事情の2つです。
    • 両方そろって、初めて足ります。片方だけではいけません。
  • 程度:詳細な事実関係までは求められません。
    • 逮捕される人が、どんな事実で、なぜ急ぐのかを理解できる程度で足ります。
  • なぜ告知が要るのか:現行犯逮捕は、罪がその場で明白なので告知が不要でした。
    • 緊急逮捕は、現場を見ていない分を、告知で補います。

逮捕の後:「直ちに」逮捕状を求める

逮捕した後は、「直ちに」裁判官に逮捕状を求めなければなりません。誰が請求するかは、法律と実務の決まりで層が分かれます。

内容
刑事訴訟法210条(法律)請求できる者に制限は無い。検察事務官や司法巡査でも請求できる
犯罪捜査規範120条(実務の決まり)指定司法警察員か、その逮捕に当たった警察官が請求する
  • 通常逮捕との違い:通常逮捕の逮捕状を請求できるのは、検察官と司法警察員です(199条2項)。
    • 警察官である司法警察員は、公安委員会が指定する警部以上の者に限られます。
  • なぜ緊急逮捕では広げるのか:請求は「直ちに」しなければならないからです。
    • 請求できる人の到着を待っていたら、時間がたってしまいます。
  • 犯罪捜査規範:法律ではなく、実務の決まりです。法律より一段低い層です。
    • 法律上は制限が無く、実務では誰が請求するかを決めて整えている、という関係なので、矛盾しません。
  • 「直ちに」:請求するまでに、無駄な時間が無かったと言えることです。
    • 請求には、十分な理由と逮捕の必要性を示す資料を付けます。逮捕後にそれを作る時間は認められますが、必要最小限に限られます。
  • 釈放・逃走した後も請求は必要:逮捕後に被疑者を釈放した場合や、被疑者が逃走した場合でも、請求しなければなりません。
    • 捕まえたこと自体は、もう起きています。その逮捕が正しかったかを、裁判官に確かめてもらう必要があるからです。
    • 犯罪捜査規範120条3項が書いているのは、釈放した場合です。逃走した場合は、この項には書かれていません。

120条(緊急逮捕状の請求)(抜粋)犯罪捜査規範 第五章 逮捕(118〜136条の3)1項:刑訴法第210条第1項の規定による逮捕状(以下「緊急逮捕状」という。)の請求は、指定司法警察員又は当該逮捕に当たつた警察官がこれを行うものとする。ただし、指定司法警察員がいないときは、他の司法警察員たる警察官が請求しても差し支えない。3項:被疑者を緊急逮捕した場合は、逮捕の理由となつた犯罪事実がないこと若しくはその事実が罪とならないことが明らかになり、又は身柄を留置して取り調べる必要がないと認め、被疑者を釈放したときにおいても、緊急逮捕状の請求をしなければならない

裁判官の2段階審査

逮捕状の請求を受けた裁判官は、2段階で審査します。2つの段は、見ている時点が違います

何を審査するかいつの事情で判断するか
第1段緊急逮捕そのものの適法性(210条の要件と手続)要件は逮捕した時点の事情だけ(逮捕後の事情で補えない)
第2段逮捕状発付の理由・必要性(通常逮捕と同じ要件)逮捕状を発付する時点の事情
  • 結論:どちらか一方でも崩れれば、逮捕状は出ません。逮捕状が出なければ、直ちに釈放です。

(1) 第1段:要件は逮捕の瞬間の事情で判断する

  • 逮捕後の事情は見てはいけない:逮捕した時点では十分な理由が無かったのに、逮捕後の取調べで自白した場合でも、逮捕状は出ません。
    • 逮捕の時点で要件を欠いていた以上、後から嫌疑が固まっても救われません。
  • 手続もここで見る:理由を告げたか、直ちに請求したかも、緊急逮捕の適法性に含まれます。
    • 要件がそろっていても、告知を欠いたり請求が遅れたりすれば、緊急逮捕は認められません。
  • 理由①(条文):210条は、十分な理由がある場合に、逮捕できると書いています。理由が要るのは、捕まえるその時です。
  • 理由②(要件を絞った意味):後の自白で足りるなら、薄い疑いのまま先に捕まえて、取調べで固めることができてしまいます。
    • それでは、要件を重い罪・濃い嫌疑・待てない事情に絞った意味がなくなります。

(2) 第2段:発付の時点で、通常逮捕と同じ理由と必要性を見る

  • 審査の中身:第1段が適法でも、裁判官は続けて、逮捕状を発付する時点で、逮捕の理由逮捕の必要性があるかを審査します。
  • 逮捕の必要性:通常逮捕で見るものと同じで、逃亡のおそれ罪証隠滅のおそれがあるかです。
  • なぜ発付の時点で見るのか:逮捕状は、ここから先も身柄を確保しておくための根拠になるからです。
    • これから先の根拠なので、出す時点で、理由と必要性が残っていなければなりません。

「急速を要し」でも逃亡のおそれが出てきましたが、「逮捕の必要性」とは問うことが違います。

急速を要し(第1段)逮捕の必要性(第2段)
問うこと逃亡などのおそれが差し迫っていて、逮捕状を待つ時間が無いそもそも身柄を押さえる意味があるか

(3) 2つの設例:結論は同じでも、崩れる段階が違う

設例事情結論
逮捕した時点では十分な理由が無かったが、逮捕後の取調べで自白した第1段で否定(逮捕状は出ない)
逮捕した時点では逮捕の理由も必要性もあったが、逮捕後に消えた第2段で否定(逮捕状は出ない)
  • 設例①の例:カメラの顔と照らし合わせる前に、質店の前にいたというだけで指輪の男を捕まえ、取調べで空き巣を認めた場合です。
    • 捕まえた瞬間には、確信をもてる程度の嫌疑がありませんでした。
  • 設例②の例(理由が消える):指輪の男を適法に捕まえた後、本当の犯人が別に見つかり、男は何も知らずに指輪を預かっていただけだと分かった場合です。
    • 逮捕の瞬間は適法でしたが、発付する時点では、もう逮捕の理由がありません。
  • 設例②の例(必要性だけが消える):男の身元と住所が確かめられ、指輪も押収されて、逃げるおそれも証拠を隠すおそれも、明らかに無くなった場合です。
  • 答案では:同じ「逮捕状が出ない」でも、どちらの段階(時点)で崩れたのかを書き分けます。

緊急執行との区別

名前は似ていますが、緊急執行と緊急逮捕は別物です。分かれ目は、逮捕状の発付が終わっているかどうかです。

  • 緊急執行(201条2項・73条3項の準用):逮捕状はもう出ているのに、手元に持っていないため示せず、急速を要するとき、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて逮捕する仕組みです。
緊急執行緊急逮捕
令状の発付もう終わっている(手元に無くて示せないだけ)まだ終わっていない(令状がまだ無い)
事後の手続できる限り速やかに令状を示すだけあらためて令状を請求する

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#26単独ページ動画

逮捕④逮捕後の手続

逮捕で一段落ではない

手錠をかけた瞬間から、捜査機関の持ち時間を測る時計が動き出します。

  • 場面の例:深夜のコンビニで、募金箱を持ち去ろうとした人を、店員さんがその場で取り押さえました。
    • ここからが、捜査機関がしなければならないことの始まりです。
  • 時計は複数ある:動き出すタイミング(起算点)がそれぞれ違うので、どの時計が何から数えるかを分けて見ます。
  • 時間より先に渡すもの:本人に知らせることと、言い分を聞く機会の3つがあります(第3節)。

(1) 3つの入り口が、ここで1本に合流する

逮捕の仕方は3通りあっても、捕まえた後の手続(202条〜206条)は、ほぼ同じ形に合流します。

入り口合流の経路合流先
通常逮捕そのまま202条の引致へ202条〜206条(逮捕後の手続)
現行犯逮捕216条で準用(199条の逮捕に関する規定)同上
緊急逮捕211条で準用(通常逮捕の規定)同上
  • なぜ合流するのか:どの入り口を通っても、そこにいるのはまだ有罪と決まっていない人だからです。
    • 本人に理由を知らせ、言い分を聞き、期限を切って次の判断者に渡す。この仕組みは同じで済みます。
  • この回の3つの層:①告知と弁解、②時間の制限、③時間を守れなかったときの効果です。

引致:判断できる人の元へ、直ちに

引致とは、身体の自由を拘束した人を、決められた場所へ強制的に連れて行くことです。

  • 検察事務官が逮捕状で逮捕したとき:直ちに検察官へ引致します。
  • 司法巡査が逮捕状で逮捕したとき:直ちに司法警察員へ引致します。
    • 例:交番の巡査(司法巡査)が逮捕状で捕まえたら、直ちに司法警察員の元へ連れて行きます。この後の告知・弁解をするのは、引致を受けた司法警察員です。
  • 判断するのは誰か:弁解を聞いて留置の要否を決めることは、203条・204条で司法警察員と検察官に割り当てられています。
    • 検察事務官・司法巡査は、202条により、その判断をする人の元へ直ちに連れて行きます。
    • こうして、逮捕後の手続は司法警察員と検察官を中心に進みます。

202条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察事務官又は司法巡査が逮捕状により被疑者を逮捕したときは、直ちに検察事務官はこれを検察官に、司法巡査はこれを司法警察員に引致しなければならない

告知と弁解の機会(203条)

司法警察員が被疑者を逮捕した、または引致を受けたときに何をするかを、203条1項が定めています。

  • 直ちに告げる2つ:①犯罪事実の要旨(何を疑われているか)と、②弁護人を選任することができる旨(弁護人を頼めること)です。
  • その上で:③弁解の機会(言い分を言える場)を与えます。
    • この①〜③が3点セットです。検察官が自ら逮捕したとき(204条1項)も、同じ3点を与えます。
    • ただし、送致された被疑者を検察官が受け取ったとき(205条1項)に定められているのは、弁解の機会だけです(第6節)。
  • :コンビニの店員さんから引き渡しを受けた司法警察員も、犯罪事実の要旨と弁護人を選任できることを告げた上で、弁解の機会を与えます。

(1) 弁解を聞いた後の分かれ道

判断どうするか
留置の必要なし直ちに釈放
留置の必要あり身体を拘束された時から48時間以内に、書類・証拠物とともに検察官へ送致する手続をする
  • 留置の必要と逮捕の必要性の違い:見る時点が違います。
    • 逮捕の必要性:逮捕状を出すときに、捕まえてよいかを見ます。
    • 留置の必要:弁解を聞いた今も、拘束を続ける必要があるかを見直します。
  • 「送致する手続をする」とは:検察官の手元に実際に届くことまでは求められていません。48時間以内に送る手続を終えることです。
    • この違いが、第6節の時間の計算で効いてきます。

203条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。

(2) 弁護人を選任できることの告げ方

  • すでに弁護人がいるとき:弁護人の有無を尋ね、いれば、選任できることを重ねて告げなくてかまいません(203条2項)。
  • あわせて教えること
    • 弁護士・弁護士法人・弁護士会を指定して、弁護人を頼みたいと申し出られること、その申出先(3項)
    • 勾留を請求された後、お金が無いなどで自分で弁護人を頼めないときは、裁判官に弁護人を付けるよう請求できること(4項)

(3) 弁解録取

  • 弁解録取:弁解を聞いて、その内容を書面(弁解録取書)にまとめて残す手続のことです。
    • 刑訴法が定めているのは弁解の機会を与えることまでで、書面を作る規定はありません。書面にするのは実務の運用です。

3点セットの出どころ:憲法34条と31条

203条の3点セットのうち、2つの告知は憲法34条に、弁解の機会は憲法31条の適正手続につながります。

203条での形憲法の根拠
犯罪事実の要旨の告知34条「理由を直ちに告げられ
弁護人選任権の告知34条「直ちに弁護人に依頼する権利
弁解の機会34条の文言には無い。31条の適正手続(告知・弁解・防御の機会を与えること)
  • 34条が直接書いているのは2つ:理由の告知と、弁護人に頼む権利です。言い分を聞く機会までは書いていません。
  • 31条:法律の定める手続によらなければ自由を奪われない、という条文です。告知・弁解・防御の機会を与えることは、この適正手続の中心にあると整理されています。

34条(抜粋)日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ抑留又は拘禁されない。

31条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

(1) 判例が述べた型:告知・弁解・防御の機会

  • 判例:第三者の持ち物を没収するとき、持ち主に告知・弁解・防御の機会を与えずに所有権を奪うことは、憲法が許さないとしました。
    • 逮捕の場面ではなく、第三者の持ち物を没収する場面の判断です(この判決が根拠にしたのは憲法31条・29条)。
  • なぜ逮捕にも使えるのか:奪われるものが違っても、国が一方的に奪う前に、理由を知らせ、言い分を聞くという筋は同じだからです。
    • 没収で奪われるのは持ち物、逮捕で奪われるのは身体の自由です。持ち物でも欠かせない筋なら、身体の自由ではなおさらです。
    • しかも逮捕については、憲法34条が、理由を告げることと弁護人を頼めることを直接書いています。弁解の機会は、この31条の筋から支えられます。
  • この型は、この後の手続でも名前を変えて何度も出てきます。

第三者所有物没収事件最高裁判所大法廷判決第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。

弁解録取と被疑者取調べは同じではない

弁解の機会(弁解録取)と、被疑者の取調べ(198条)は、別の手続です。

弁解の機会(弁解録取)被疑者取調べ
主体検察官・司法警察員だけ限定されない(検察官・検察事務官・司法警察職員)
対象逮捕された被疑者だけ在宅の被疑者にも使える
黙秘権の告知条文上、要求されていない(実務では告げている)198条2項で義務づけ
  • 黙秘権の告知:取調べの前には、「自分の意思に反して話す必要はない」と告げなければなりません。
  • なぜ実務では弁解録取でも告げるのか:弁解を聞く場と取調べの場が、実際には区別しにくいからです。
    • 例:司法警察員が弁解を聞くうちに、「なぜ持ち去ろうとしたのか」と動機まで掘り下げ始めたら、それはもう実質的には取調べです。
    • 名前ではなく中身で見る:弁解のつもりが、実質的に取調べになっていないかを見ます。
  • 短答では:「条文上、弁解の機会に黙秘権の告知は要求されていない」が答えです。条文の答えと実務の運用を、分けて持っておきます。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。2項:前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない

3つの時計:起算点と終わりを分けて覚える

時間の数字は、いつから数えるか(起算点)何をするまでかをセットで覚えます。

時計起算点何をするまでか
48時間(司法警察員)身体を拘束された時検察官へ送致する手続まで
24時間(検察官)検察官が受け取った時(送致された時ではない)裁判官に勾留を請求する(または公訴を提起する)まで
72時間(外枠)身体を拘束された時24時間の制限はこの外枠を超えられない
  • 起算点は2種類:「身体を拘束された時」と「検察官が受け取った時」です。
    • 条文の言葉は「逮捕の時」ではなく「身体を拘束された時」です。実際に拘束が始まった時を基準に数えます。
  • 48時間の中身:48時間以内に終えるべきなのは、送致する手続です。検察官へ実際に届けることではありません。
    • 届くまでの移動・事務にかかる時間は、48時間の中には含まれません。
  • 送致を受けた検察官がすること弁解の機会を与え、留置の要否を判断します(205条1項)。
    • 203条・204条と違い、犯罪事実の要旨と弁護人選任権を告げることは定められていません
  • 勾留請求の代わりに起訴してもよい:24時間と72時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求は要りません(205条3項)。

205条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない3項:前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない

(1) 72時間は、拘束の時から動く外枠

  • 48時間と24時間をそのまま足せるのは:警察が48時間ぎりぎりで送致の手続を終え、しかも検察官が受け取るまでの時間がゼロだったときだけです。
    • 実際には、手続を終えてから検察官が受け取るまでに、移動や事務の時間がかかります。
  • 72時間は動かせない外枠:身体を拘束された時から動いています。
    • 受け取った時点で48時間を過ぎていれば、過ぎた分だけ、検察官が使える時間は24時間より短くなります。
  • ずれの分は検察官の持ち時間から削られる:送致から受け取りまでのずれがあっても、被疑者の拘束が72時間を超えて延びることはありません。
  • なぜ外枠を置くのか:外枠が無ければ、送致から受け取りまでに手間取った分だけ、本人の拘束が延びてしまうからです。72時間は、その延びを止める最終ラインです。

(2) 設例:数字を動かしてみる

設例送致の手続を終えた検察庁が受理した72時間から受理を引く検察官の残り時間
45時間目49時間目72−49=23時間23時間
40時間目44時間目72−44=28時間24時間まるまる
44時間目47時間目72−47=25時間24時間まるまる
  • 設例①:45時間目の送致の手続は、48時間の枠の中なので違法ではありません。
    • しかし受理が49時間目なので、検察官が使えるのは24時間ではなく残り23時間です。
    • 移動には4時間かかりましたが、削られるのは、受理が48時間の線を越えた1時間だけです。
  • 設例②③:72時間から引いた残りが24時間より長いので、外枠は届かず、24時間まるまる使えます。
    • 移動に時間がかかっても、48時間の手前で受理されれば、削られません。
  • 外枠が効くのは受理が48時間の線を越えたときだけです。越えた分だけ、検察官の持ち時間が短くなります。

誰が捕まえたかで、ルートが変わる

引き継ぎの経路は、誰が捕まえたかで4通りに分かれます。

捕まえた人引致起算点適用条文
司法警察員が自ら逮捕不要身体を拘束された時203条(48時間で送致の手続)
検察事務官が逮捕202条で検察官へ身体を拘束された時204条(48時間で勾留請求・送致の段なし)
検察官が自ら逮捕不要身体を拘束された時204条(48時間で勾留請求・送致の段なし)
私人が現行犯逮捕214条で引渡し私人が捕まえた時(と考えられている)216条で準用(受け取った人に応じて203条か204条)

(1) 検察官の元にいる場合(204条)

  • 中身:検察官は、告知と弁解の機会(中身は203条と同じ)の後、身体を拘束された時から48時間以内に、裁判官に勾留を請求します。
    • 弁護人の頼み方・国選の請求の教示も、203条と同じです(204条2項・3項)。
  • 送致の段が無い理由:被疑者はすでに検察官の手元にいるので、送致という段階そのものが要りません。
  • 司法警察員が逮捕した場合との違い:持ち時間は、拘束の時から全体で48時間です。
    • 警察が逮捕すると「48時間で送致の手続+受け取りから24時間(外枠72時間)」ですが、検察官の元では24時間も72時間の枠も続きません。
  • 勾留請求が要らない場合:48時間以内に公訴を提起したときは、勾留の請求をしなくてかまいません(1項ただし書)。

204条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。但し、その時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。

(2) 私人が現行犯人を捕まえた場合(214条・216条)

  • 私人の義務:コンビニの店員さんのような私人は、自分で留め置かず、直ちに検察官か司法警察職員へ引き渡します(214条)。
    • 受け取ったのが司法巡査なら、速やかに司法警察員へ引致します(215条1項)。
  • 引き渡された後:216条が通常逮捕の規定を準用するので、受け取った人が司法警察員なら203条検察官なら204条のルートに乗ります。
    • =通常逮捕・緊急逮捕・現行犯逮捕のどれも、202条〜206条の手続に合流します(第1節)。
  • 時間の起算点私人が捕まえた時だと考えられています。警察官が受け取った時ではありません。
    • 理由:216条で準用される203条1項・204条1項が、「身体を拘束された時」から数えると書いているからです。店員さんが取り押さえた時点で、拘束はもう始まっています。
    • 受け取りが遅れても、警察の48時間は、店員さんが取り押さえた時から減り始めています。
    • 起算点が拘束の時に固定されている点は、72時間の外枠と同じ発想です。

214条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない

216条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)現行犯人が逮捕された場合には、第百九十九条の規定により被疑者が逮捕された場合に関する規定を準用する

時間を守れなかったら:直ちに釈放

時間の区切りは、拘束を続けてよいかを次の判断者に確かめさせるためのものです。区切りまでに渡せなければ、拘束を続ける根拠がなくなります。

  • 48時間以内に送致の手続ができない:直ちに釈放します(203条5項)。
  • 24時間(72時間の外枠)以内に勾留の請求も公訴の提起もしない:これも直ちに釈放します(205条4項)。
    • 検察官が自ら逮捕した場合も、48時間以内に勾留請求も公訴提起もしなければ、直ちに釈放です(204条4項)。

(1) 例外は「やむを得ない事情」だけ

  • 仕組み:やむを得ない事情で時間の制限を守れなかったときは、検察官が裁判官にその事由を疎明して、勾留を請求できます(206条1項)。
  • 裁判官の審査:遅れがやむを得ない事由に基づく正当なものだと認めなければ、勾留状を出せません(206条2項)。
    • 認めなければ、207条5項ただし書により、裁判官が直ちに被疑者の釈放を命じます
  • 極めて狭い:想定されているのは、天災や大きな事故で交通機関が止まった場合などです。
    • 「事務所が混んでいて手が回らなかった」程度では、認められません。
  • なぜ狭くするのか:例外を広く認めると、期限そのものの意味がなくなるからです。

206条刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によつて前三条の時間の制限に従うことができなかつたときは、検察官は、裁判官にその事由を疎明して、被疑者の勾留を請求することができる2項:前項の請求を受けた裁判官は、その遅延がやむを得ない事由に基く正当なものであると認める場合でなければ、勾留状を発することができない

逮捕されている間、被疑者にできること

逮捕中の被疑者も、何もできないわけではありません。ただし、逮捕そのものへの不服には壁があります。

接見交通権(39条1項)逮捕への不服(429条1項)
できるかできる。弁護人・弁護人になろうとする人と、立会人なしで接見できるできない(準抗告の列挙に逮捕が無い)
なぜ身体拘束中でも保障される権利逮捕は長くても72時間で終わり、審査しているうちに終わってしまう(判例の理由ではなく、手続の作りからの説明)
争う場逮捕の段階から使える勾留の段階に置かれている(勾留・保釈は列挙にある)

(1) 接見交通権

  • 中身:身体を拘束されている被疑者は、弁護人や、弁護人になろうとする人と、立会人なしで会えます。書類や物の受け渡しもできます。
  • :店員さんに取り押さえられたその夜、48時間の時計が動いている最中でも、弁護士が警察署に来れば、立会人なしで会えます。

39条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

(2) 逮捕は準抗告の対象に含まれない

  • 準抗告:裁判官がした一定の裁判に不服がある人が、裁判所にその取消し・変更を求める手続です(429条1項)。
    • 対象は、各号に並べた裁判に限られます。例:忌避の申立てを却下する裁判、勾留・保釈・押収などに関する裁判、鑑定のための留置を命じる裁判
    • この列挙に、逮捕は入っていません
  • 最高裁の結論:逮捕に関する裁判とそれに基づく処分は、準抗告の対象に含まれないとしました。
    • 決定が示したのは結論だけで、理由は述べていません。
  • 手続の作りから見た説明
    • 逮捕は、長くても72時間で終わります。不服を審査しているうちに、逮捕の時間は過ぎてしまいます。
    • その代わり、逮捕に続く勾留は、請求の段階で裁判官が審査し、勾留には準抗告もできます。争う場は、拘束が長くなる勾留の段階に置かれています。
    • 逮捕のあいだも、弁護人とは会え、時間を守らなければ直ちに釈放という歯止めも働いています。

逮捕への準抗告最高裁判所決定逮捕に関す裁判及びこれに基づく処分は、刑訴法四二九条一項各号所定の準抗告の対象となる裁判に含まれないと解するのが相当である

429条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判

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勾留①要件と勾留質問

勾留とは何か

逮捕から72時間が経とうとするころ、検察官が裁判官に「この人を、あと10日拘束させてください」と求めます。これが勾留の請求です。

  • 勾留:裁判官が、逮捕より長い期間、被疑者の身柄を拘束するかを決める処分です。
  • 裁判官が確かめること:大きく2段あります。
    • 勾留の理由:罪を犯したと疑う理由があるか
    • 勾留の必要性:本当に10日も拘束する必要があるか
    • 理由があれば必要性も自動的にある、とは限りません。理由と必要性は別のチェックです。
  • 裁判官は本人に会う:書類だけでは決めません。必ず被疑者本人に会って、言い分を聴いてから決めます(第7節)。

(1) 逮捕から勾留状まで

段階誰が・何をするか
逮捕捜査機関が、短時間、身柄を確保する
勾留請求検察官が、裁判官に勾留を求める(警察から送られた被疑者なら、受け取ってから24時間以内、かつ逮捕から72時間以内。205条)
勾留質問裁判官が被疑者に直接会い、要件を確かめる
勾留状勾留が認められる。期間は原則10日で、延長もある(延長は通じて10日まで。208条)
  • 勾留を求められるのは検察官だけ:警察官には、勾留を請求する権限がありません。
  • 逮捕との違い:逮捕状の審査では、裁判官は被疑者本人に会いません。裁判官が被疑者に直接会うのは、勾留が初めてです。
    • 逮捕そのものには不服を申し立てられず、争う場は、拘束が長くなる勾留の段階に置かれています。
    • だから、勾留の条件は逮捕よりも厳しく作られています。
  • 逮捕が先:逮捕せずに、いきなり被疑者を勾留することはできません(逮捕前置)。
    • 起訴された後の勾留は被告人の勾留と呼ばれます。被疑者の勾留とは名前が違いますが、中身の条文は共通です(第2節)。

なぜ「被告人」の条文を読むのか(207条1項)

被疑者の勾留の要件は、「被告人」と書かれた条文を読んで判断します。そのつなぎ役が207条1項です。

  • 本来の条文:60条・61条・87条は、起訴された後に、裁判所や裁判長が被告人を勾留する場面の条文です。
  • 207条1項の働き:勾留の請求を受けた起訴前の裁判官に、裁判所・裁判長と同一の権限を与えています。
    • この仕組みを授権と呼びます。
    • だから、被告人を主語にした条文を、そのまま被疑者にも読み替えて使えます。
  • ただし書(保釈は除く):保釈は、起訴された後の制度だからです。
    • 逮捕・勾留の段階では、保釈という選択肢自体がありません。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない

勾留の理由(60条1項)

60条1項は、勾留の「理由」を定めています。中身は2つの要素に分かれます。

  • 要素①相当な嫌疑:柱書の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」です。
    • 逮捕にも「相当な理由」という要件があり、言葉は同じです。
    • ただ、勾留は拘束が長く、逮捕の後で資料も集まっています。そのため、逮捕のときより少し高い疑いが求められる、と考えられています。
  • 要素②1号〜3号のどれか1つ:住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのうち、どれか1つに当たることです。
    • 3つとも満たす必要はありません。
逮捕勾留
逃亡・罪証隠滅のおそれの位置「逮捕の必要性」の問題「勾留の理由」(1号〜3号)の問題
どこまで求めるか「明らかに必要が無い」とはいえない程度で足りる1号〜3号のどれかを、積極的に認められなければ勾留できない
  • なぜハードルが上がるのか:身柄の拘束が長くなる分だけ、求められる条件も上がります。

60条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

(1) 1号 住居不定

  • 住居不定:実際に帰る場所があるかで判断します。住民票の有無では決まりません
場面事情判断
帰る場所が実質ない住民票は実家のまま、半年以上友人宅を転々とし、本人も「もう戻らない」と話している住居不定と判断される余地がある
一時的な外出親と喧嘩して、3日間友人宅に泊まった。連絡が取れ、戻る意思もはっきりしている帰る先が確かなので、住居不定の程度は高くない
住所が不明住所を黙秘し、持ち物からも分からない同じく住居不定に含まれる
  • 軽微事件の特則(60条3項):軽い事件は、住居不定の場合に限って勾留できます。
    • 対象:30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金、拘留、科料に当たる事件です。
    • 結論:軽い事件は、罪証隠滅や逃亡のおそれがあっても、住居不定でなければ勾留できません。
    • 通常逮捕の特則との違い:通常逮捕では「正当な理由なく出頭の求めに応じない場合」も入っていましたが、勾留の特則には入っていません。
    • 拘留:罰金・科料と並ぶ刑罰の一種です。この回の「勾留」とは別物です。

60条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)3項:三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。

(2) 2号 罪証隠滅のおそれ(4つの視点)

2号は、実務でいちばん争われる号です。

  • よくある誤解:「否認している=罪証隠滅のおそれあり」とは、自動的には言えません。
  • 見方:2号に当たるかは、次の4つの視点を順に確かめて判断します。
視点問うこと中身
①対象何を隠すのか犯罪の事実だけでなく、正当防衛のように違法性をなくす事実、心神喪失のように責任をなくす事実、重要な情状事実も含む
②態様どうやって隠すのか本人が自分で動く場合だけでなく、第三者に頼んで動かす場合も含む(共犯事件・組織的な事件ほど、働きかける手段が増える)
③現実的可能性本当に隠せる状況か客観的な見方
④主観的可能性本人に隠す気があるか本人の意思の面
  • ③と④は欠かせない:現実に隠せる状況でなかったり、本人に隠す意図がなかったりすれば、2号には当たりません。
  • おそれの程度:2号に当たるかでは、おそれが有るか無いかを見ます。おそれがどのくらい大きいかという程度は、次の必要性の判断で効いてきます(第4節・第5節)。
  • 否認の位置づけ:否認は、④主観面の手がかりにはなります。
    • しかし、対象に触れられるか、現実に隠せる状況かという客観面が伴わなければ、否認だけで2号のおそれは認められません。

(3) 設例:おそれが高い事件・低い事件

どちらの事件も、被疑者は否認しています。

設例①伝票書換え(共犯)設例②器物損壊(単独犯)
事案会社員Aが、同僚Bと共謀して会社の経費の伝票を書き換えた疑い。事情を知る経理担当者Cとは、今も同じ職場で毎日顔を合わせる路上に止めてあった見知らぬ人の車を傷つけた単独犯の器物損壊。車の持ち主とは面識がなく、誰なのかも知らない
主観面否認している否認している
対象伝票という書類証拠の防犯カメラ映像は、すでに警察が押収済み
態様本人が破棄することも、Bに頼むこともできる。同じ職場なので伝票にもCにも手が届く持ち主が誰か分からず、働きかける相手を探し出す手立てがない
現実的可能性高い低い
  • 分かれ目:否認しているかどうかより、証拠に手が届く状況かどうかです。

(4) 3号 逃亡のおそれ

逃亡のおそれは、生活の状況処罰を免れたい動機の強さの2つの方向から見ます。

見るもの高い例低い例
生活の状況単身か、仕事は安定しているか、交友関係単身で、仕事を転々としている家族と同居し、安定した職がある
動機の強さ見込まれる刑の重さ、前科・前歴実刑が見込まれる重大事件罰金刑で終わる見込みの軽い事件
  • 注意:「重大事件=逃亡のおそれあり」と自動的に結びつけてはいけません。
    • 重大事件は、動機の一要素にすぎません。生活の状況と合わせて、積み上げて判断します。

勾留の必要性(87条1項)

勾留の理由があっても、もう1段、勾留の必要性のチェックがあります。

  • 逮捕の必要性とは中身が違う:逃亡や罪証隠滅のおそれは、勾留ではすでに「理由」(1号〜3号)に入っているからです。
  • 根拠:87条1項は、勾留の理由又は勾留の必要がなくなったときに、勾留を取り消すと定めています。
    • 理由と必要を並べて書いている点がポイントです。
    • 必要がなくなれば取り消す以上、勾留を請求した時点でも必要性が要件になる、と読めます。
  • 判断の仕方拘束を続ける利益と、被疑者にかかる不利益(仕事を失う、家族の生活に響くなど)を比べます。
    • 通常は、理由があれば必要性も認められます。それが否定される場面がある、ということです。
  • おそれの程度はここで見る:罪証隠滅や逃亡のおそれが有っても、その程度がそれほど大きくないとき、拘束による不利益を考えて必要性が否定されることがあります。
    • 諸事情を総合して、勾留することが実質的に相当かを判断します。
起訴猶予・罰金で終わる見込みの軽い事件証拠に手が届く状況(設例①の伝票の事件)
拘束を続ける利益低い(起訴猶予か罰金で終わる見込み)高い(罪証隠滅を防ぐ必要がある)
本人の不利益大きい(勾留が続くと解雇される)同程度の不利益がある(Aも会社員)
必要性の判断否定されることがある認められやすい
  • 起訴できないことが明らかな場合:必要性は無い方向に働きます。
  • 二段構造の意味:住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれが認められて、理由のチェックを通っても、必要性で止まることがあります

87条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない

判例:罪証隠滅の「現実的可能性の程度」

勾留の必要性の判断で、罪証隠滅の現実的可能性の程度を見ることを、最高裁が示した事件です。地下鉄の車内での迷惑行為防止条例違反、いわゆる痴漢の事件でした。

  • 事案の特徴:被疑者の言い分と被害少女の供述が、真っ向から対立していました。
    • 犯行を争う事件でも、必要性が否定されうることを示した事例です。

(1) 手続の経過

順番誰が判断
勾留請求を受けた最初の裁判官勾留の理由はあるが、必要性なしとして請求を却下
検察官が準抗告、京都地方裁判所が審理供述の対立や少女に働きかける可能性を理由に、判断を覆し勾留を認める
被疑者側が最高裁に特別抗告抗告の理由には当たらないとしつつ、最高裁が職権で判断。②の決定を取り消し、準抗告を棄却=①の却下が確定
  • 準抗告:裁判官がした勾留などの裁判に不服がある者が、取消し・変更を求める手続です(429条1項)。
    • 申立先:簡易裁判所の裁判官の裁判なら管轄の地方裁判所、それ以外の裁判官の裁判ならその裁判官が所属する裁判所です。
  • 特別抗告:ほかに不服を申し立てる方法のない決定などについて、最高裁判所に申し立てる抗告です(433条1項)。
  • 結果:勾留はされませんでした。

(2) 最高裁が見たもの

  • 考慮した事情:前科がなく、逃亡のおそれも否定されていました。
    • そのうえで、朝の通勤・通学の時間帯に、市の中心部を走る地下鉄の車内で起きた事件でした。
    • 被疑者が被害者に接触する可能性が高いことを示す具体的な事情は、うかがわれませんでした。
  • 判断を左右する要素:この事件で必要性を左右するのは、罪証隠滅の現実的可能性の程度だとされました。
  • 審査の形:最高裁は、可能性は低いと見た最初の裁判官の判断が、不合理といえるかを問いました。そして、不合理とはいえないとしました。
  • ②の決定が違法とされた核心:②の決定は、少女に働きかける「可能性もある」と言うだけでした。
    • 可能性の程度について、①と違う判断をした理由を何も示していませんでした。
    • そのため、60条1項・426条の解釈適用を誤った違法があるとされました。
  • 誤解しやすい点:最高裁は、「罪証隠滅のおそれが無い」と言ったのではありません。
    • 勾留の理由があることを前提に必要性の段階で、そのおそれがどのくらい現実的かという程度を見ました。
  • 読み取れること:隠滅の可能性が「ある」と言うだけでは、必要性を認める理由として足りません。どの程度現実的かを具体的な事情から示す必要があります。
    • 可能性があるだけで足りるなら、どんな事件でも勾留できてしまい、2段のチェックが意味を失います。
  • 事例判断:この決定で「痴漢の事件なら勾留できない」と決まったわけではありません。
    • 同じ痴漢の事件でも、被害者の連絡先を知っているなど、接触できる事情があれば、判断は変わりえます。

迷惑行為防止条例違反事件(勾留の必要性)最高裁判所決定罪証隠滅の「現実的可能性」被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえない……

勾留の可否を決める1本の型

ここまでの要件を、判断の順に並べます。どこか1つでも欠ければ、勾留はできません

順番確かめること欠けたとき
①嫌疑相当な嫌疑があるか(60条1項柱書)そこで終わり
②1号〜3号住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれかに当たるかそこで終わり
③必要性拘束を続ける利益が、被疑者の不利益を上回るか(87条1項)ここで止まる
  • もう1つ確かめること:裁判官は、先にあった逮捕の手続が適法だったかも審理します(刑事訴訟規則148条1項参照)。
    • 逮捕の違法は、勾留にも影響しえます。
    • ただし、ささいな違法があるだけで勾留請求を必ず退けるわけではありません。令状主義の精神に反するような重大な違法があるときに、請求を却下すべきだと一般に考えられています。

勾留質問(61条)

裁判官は、勾留を決める前に、必ず被疑者本人に直接会います。これを勾留質問といいます。

  • 根拠:61条です。これも207条1項を通して、被疑者に読み替えて使います。
  • 何をするか:裁判官が、被疑者を裁判所に連れてこさせ、直接、被疑事件を告げ、それに対する言い分(陳述)を聴きます
    • この陳述を聴かなければ、勾留はできません。
  • なぜ聴くのか:住む場所はあるか、仕事や家族はどうか、証拠に手が届くか。理由と必要性の材料を、書類だけでなく本人の言い分で確かめるためです。
  • 弁護人の告知:被疑者に弁護人がいなければ、弁護人を選任できること、貧困などで自分で選べないときは選任を請求できることを告げます(207条2項)。
    • すでに弁護人がいれば、この告知は要りません(同項ただし書)。
    • あわせて、選任を申し出る方法や、請求の手続まで教えます(207条3項・4項)。
  • 立会い検察官にも弁護人にも立会権はなく非公開で行われます。
    • 立ち会うのは裁判所書記官です(刑事訴訟規則69条)。
    • 裁判官が、被疑者本人と直接向き合って話を聴く場面です。

逮捕直後の手続と同じ型が、裁判官の前でもう一度繰り返されます。

逮捕直後(203条・204条)勾留質問(61条・207条)
主体検察官・司法警察員裁判官が直接
告げる内容犯罪事実の要旨、弁護人選任権被疑事件、弁護人選任権・国選弁護人の請求権
聴くこと弁解の機会を与える陳述(言い分)を聴く
  • 共通する型:理由を告げられ、弁護人を頼める、という憲法34条の型です。

61条刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。但し、被告人が逃亡した場合は、この限りでない。

勾留状か、直ちに釈放か(207条5項)

勾留質問を終えた裁判官は、理由と必要性を確かめて、結論を出します。

判断裁判官がすること
理由も必要性もある(60条・87条の要件を満たす)速やかに勾留状を発する
理由か必要性が欠ける勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じる
  • 必要性が欠けるとき:条文の言葉は「勾留の理由がないと認めるとき」で、「必要」という言葉はありません。
    • それでも、必要性が無いときも、ここに含めて読まれています。
  • 時間制限を守れなかったとき:48時間・24時間などの時間制限を守れなければ、捜査機関自身が直ちに被疑者を釈放しなければなりません(203条5項・205条4項)。
  • 遅れた勾留請求:遅れがやむを得ない事由による正当なものと認められなければ、裁判官は勾留状を出せません(206条2項)。このときも、裁判官は釈放を命じます(207条5項ただし書)。
  • 共通する発想:自ら釈放する義務と釈放の命令という違いはあっても、拘束の根拠がなくなればすぐに解放する点で一貫しています。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)5項:裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない

勾留された後の場所(代用刑事施設)

勾留状が出た後、被疑者がどこに収容されるかは、法律の原則と実務の実態が逆になっています。

原則(拘置所)実務の多く(代用刑事施設)
施設刑事施設(拘置所)警察の留置施設
根拠刑事収容施設法3条(勾留される者を収容する)同法15条1項柱書(刑事施設に代えて留置施設に留置できる)
管理法務省警察(都道府県警察に置かれる。同法14条1項)
実際の割合少数多くの被疑者がここに収容される
  • 代用刑事施設:拘置所の代わりに、警察の留置施設に留め置くことです。
  • なぜ逆転しているのか:拘置所の数が少ないことが、実務上の事情の1つです。
  • 批判:取調べをする警察が身柄も管理していると、自白を強いる圧力がかかりやすい、という指摘です。
  • 論点になる理由:取調べる側と留め置く側が同じだと、力のバランスが崩れやすいからです。
    • バランスを取る工夫として、取調べの録音・録画などの適正化の道具が別にあります。

15条(抜粋)刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律 第一編 総則 第三章 留置施設(14〜24条)1項:第三条各号に掲げる者は、次に掲げる者を除き、刑事施設に収容することに代えて、留置施設に留置することができる

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#28単独ページ動画

逮捕前置主義

逮捕前置主義とは(207条1項「前三条」)

勾留を請求するには、その前に必ず逮捕を経ていなければなりません。これを逮捕前置主義といいます。

  • 名前の意味:「前置」は「前に置く」です。勾留の前に逮捕を置く、という意味です。
  • この回の2つの問い
    • ①なぜ、勾留の前に必ず逮捕を置くのか(第2節)
    • ②その逮捕が違法だったとき、勾留はどうなるのか(第3節〜第7節)
  • ②の答え:逮捕が違法でも、勾留がそのまま止まるわけではありません。止まるのは、その違法が重大なときだけです。

(1) 根拠は「前三条」の3文字

207条1項は、勾留の請求を受けた裁判官の権限を定めた条文です。その冒頭の「前三条」が、逮捕前置主義の根拠になります。

条文中身
204条・205条・206条(前三条)逮捕された被疑者について、検察官が時間の制限内に勾留を請求する手続(48時間・24時間・72時間の時計と、やむを得ない遅れの扱い)
207条1項前三条の規定による勾留の請求」を受けた裁判官が、勾留を判断する
  • 読み方:207条1項は、逮捕の後の手続を経た勾留請求だけを前提にしています。
    • 逮捕を経ずに、いきなり勾留を請求することは想定されていません。
  • 結論:勾留を請求できるのは、必ずその前に逮捕の手続を経ている場合だけ、と読めます。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

なぜ勾留の前に逮捕を置くのか(趣旨)

逮捕前置主義の趣旨は、短い逮捕で捜査を尽くさせ、それでもなお必要なときだけ長い勾留に進ませることです。

段階状況何をするか
逮捕捜査の入口。犯罪を疑う理由の強さも、拘束しておく必要の強さも、まだ定まっていないいきなり10日単位の拘束は認めず、まず短い逮捕にとどめる
この間に捜査を尽くす短い期間捜査を進めて、長い拘束が本当に要るかを見極める
勾留それでもなお、長く拘束する必要があると分かったそのときだけ、長い拘束に進む
  • 目印:救急外来で、すぐ入院を決めず、応急処置と経過観察の間に検査して、必要なら入院に進むのと同じ段階の踏み方です。

(1) 批判される説明:二度審査説

逮捕前置主義には、もう1つの説明があります。ただし、弱点が指摘されています。

  • 二度審査説:逮捕と勾留で、裁判官の審査を二度通すことに意味がある、という考え方です。
弱点中身
①現行犯逮捕現行犯逮捕は、令状が要らない逮捕です。裁判官の審査は勾留の1回しかなく、「2回審査する」という説明が当てはまりません
②期間の差逮捕は最大72時間、勾留は原則10日+延長10日です。「2回審査する」だけでは、なぜ拘束できる期間がこれほど違うのかを説明できません
  • 扱い方:どちらが完全に正しいと決める話ではありません。ただ、この先の議論は「捜査を尽くさせる」という説明を軸に進みます。

逮捕と勾留は別個の手続

逮捕が違法だったら、勾留も自動的に違法になるのか。ここが、この回の引っかかりです。

  • かつての考え方:逮捕前置主義は適法な逮捕を前提にしている、と考えられていました。
    • だから、違法な逮捕のあとの勾留は当然に違法、という結論でした。
  • 実際:逮捕と勾留は、法律上、別々の手続です。
  • 趣旨から考える:逮捕の短い期間に求められていたのは、捜査を尽くすことでした。
    • 逮捕の手続に違法があっても、その間、捜査自体は進んでいたことが多いです。
    • だから、逮捕に違法があったというだけで、自動的に勾留もできなくなるわけではありません。
    • 目印:応急処置の受付票に書き間違いがあっても、検査で入院が必要と分かれば、入院そのものは取り消されません。
  • ただし:逮捕の違法が、勾留に一切関係ないわけではありません。影響することもあります(第4節)。
    • 覚える順番は、自動的にはつながらない、が先です。

それでも逮捕の違法が勾留に響く3つの理由

別の手続なのに、なぜ逮捕の違法が勾留に影響するのか。その問いへの答えが、次の3つです。

理由中身
①争う場が無い逮捕そのものには準抗告ができません(429条1項の列挙に逮捕が無い)。逮捕の違法を審査する機会は、勾留の段階に置くしかありません
②拘束の続き逮捕から勾留まで、身柄は一度も解放されません。勾留は、実質的には逮捕で始まった拘束の続きです
③将来の抑止違法な逮捕をしても結局勾留が通るなら、捜査機関に手続を守らせる力が弱くなります。違法な逮捕を防ぐための、政策的な理由です
  • 理由①の補足:被疑者が初めて裁判官に直接会い、言い分を言えるのは、勾留の場面(勾留質問)です。
    • ここで逮捕の違法を見なければ、その違法は誰にも審査されないまま、拘束だけが続きます。
  • 理由②の補足:逮捕に重大な違法があれば、その人は釈放されているべきでした。
    • 例:本当ならその夜のうちに家に帰れていたはずの人が、そのまま10日間留め置かれることになります。
    • 引き継ぐ元の拘束が許されないものだったなら、それを引き継いで延ばすことも許されません。

重大な違法だけが勾留を止める

3つの理由があっても、逮捕に少しでも違法があれば勾留が止まる、とまでは広げません。線を引くのは「違法が重大かどうか」です。

  • 令状主義:逮捕は原則として、裁判官が前もって理由を確かめて出す令状が無ければできない、という考え方です。
    • 令状無しでできるのは、現行犯逮捕緊急逮捕という、要件の決まった例外だけです。
  • 基準令状主義の精神に反するような重大な違法が逮捕にあったときにだけ、裁判官は勾留請求を却下する、と考えられています。

(1) 軽微な瑕疵:却下の理由にならない

  • :逮捕状に書かれた事件番号の数字を1つ書き間違えた、という程度のミスです。
    • 書き間違いは、手続の中身には触れません。
  • なぜ却下しないのか:この程度の小さな傷まで却下の理由にすると、捜査の必要性を大きく損なうからです。

(2) 重大な違法:4つの典型

どこからが重大な違法かは、裁判例の考え方も分かれていて、一律の基準は示しにくいとされます。そのうえで、次の4つは原則として重大な違法と考えられています。

  • 共通点:4つとも、裁判官の審査を通らないまま、人を拘束してしまった場合です。書き間違いと違って、令状主義そのものを破っています。
    • 例外的に重大でないとされた裁判例は第6節です。
典型何が起きているか
①任意同行と称した実質逮捕任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた。令状を取らずに逮捕している
②現行犯逮捕の要件を欠く現行犯逮捕のつもりだったのに、その場で要件を満たしていなかった。例外の要件が無いのに、例外を使っている
③緊急逮捕の要件を欠く緊急逮捕のつもりだったのに、要件を満たしていなかった。②と同じく、例外の要件が無いのに例外を使っている
④そのほかの根本的な瑕疵逮捕手続に、①〜③と同じくらい根本的な傷がある場合の受け皿

裁判例:実質逮捕はあったが、重大な違法ではないとされた事件

東京高等裁判所が、任意同行と称した実質逮捕を認めながら、その後の勾留は違法ではないとした事件です。判断は2段に分かれます。

  • 1段目:逮捕が違法だったか
  • 2段目:その違法が、勾留を止めるほど重大か

(1) 事件の経過

出来事ポイント
窃盗の犯人が、盗まれた自動車で逃走。警察は緊急配備を敷き、検問で手配の車を見つけて停止を合図した
犯人は合図を無視して走り去り、車を捨てて山林へ逃げ込んだ
その後に発見され、駅の待合室へ任意同行。ここで職務質問を始めた令状はまだ出ていない
駐在所へ任意同行し、約2時間、事情を聴いた裁判所は、③④の同行は適法な任意同行とした
深夜、覆面パトカーの後部座席で警察官2人が両側から挟み、警察署へ同行裁判所は、ここからを実質的には令状の無い逮捕と判断した
その約3時間後、通常逮捕の令状を執行
48時間以内に検察官へ送致し、勾留請求法律が定める時間の制限内に進んでいた
  • 1段目の結論:形は任意同行でも、⑤からは実質的に逮捕です。令状が無いので、違法な逮捕と認定されました。

(2) 2段目:重大な違法とはいえないとされた理由

任意同行と称した実質逮捕は、第5節の典型①です。それでも、この事件では重大ではないとされました。

  • 決め手①緊急逮捕の要件がそろっていた:実質逮捕の時点で、緊急逮捕できる理由と必要性は事実上そろっていたとされました。
    • 中身の柱:罪が重いこと(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)、嫌疑が濃いこと(疑うに足りる十分な理由)、待てないこと(急速を要し、逮捕状を求められない)です(210条1項)。
    • 必要性:判決は、理由だけでなく逮捕の必要性もあったとしています。
    • 客観的に見る:当時の警察官は「まだ緊急逮捕はできない」と考えていました。それでも裁判所は、事情から客観的に要件がそろっていたと認めました。
    • 中身はそろっていたのに、令状を取らずに進めてしまった、という違法です。
  • 決め手②その後の時間を守っていた:実質逮捕の約3時間後に通常逮捕の令状が執行され、時間の制限内に送致・勾留請求まで進みました。
    • 勾留請求の時期にも、違法な点は見当たらないとされました。
  • 実務での説明:手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる、という見方です。
    • 令状を請求していれば、そのまま逮捕できた人だからです。
    • 第4節の理由②の「その夜のうちに家に帰れていたはずの人」には当たりません。
  • 判断が分かれた例:富山地方裁判所の事件では、時間の制限は守っていても、令状のない拘束そのものが重大な瑕疵とされ、勾留請求は却下されました。
    • 時間を守ったことだけで、実質逮捕の違法が必ず救われるわけではありません。東京高裁の事件は、緊急逮捕の要件が事実上そろっていたことを重く見ています。
  • この事件で切れたもの:「逮捕が違法=勾留も当然違法」というつながりです。
    • 別個の手続(第3節)、3つの理由(第4節)、重大性のフィルター(第5節)を積み重ねた結果です。

実質逮捕後の勾留請求(窃盗事件)東京高等裁判所判決実質逮捕はあったが、重大な違法とは言えない実質的に逮捕とみるべき同行の時点において、被疑者を緊急逮捕することができる理由と必要性は事実上そろっていたと認められる。そのうえ、その約3時間後には通常逮捕の令状が執行され、法律が定める時間の制限内に検察官への送致、さらに勾留の請求までが進んでおり、勾留請求の時期についても違法な点は見当たらない。これらを踏まえると、先行した実質的逮捕の違法性の程度は、その後にされた勾留を違法にするほど重大なものとまでは言えない

210条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

裁判例の大勢と、これを批判する有力説

第6節の判断の仕方は、裁判例の大勢だとされています。これに対して、有力な学説からの批判があり、決着はついていません。

  • 裁判例の大勢:実質逮捕の時点で緊急逮捕の要件が事実上そろい、その後の手続も時間内に進んでいれば、重大な違法とはしません。
  • 有力説:違法な実質逮捕が先にあった以上、緊急逮捕の要件が事実上そろっていても、重大な違法として勾留請求を却下すべき、という立場です。
    • 要件がそろっていたこと自体は争いません。争うのは、踏むべき手続を踏んでいない点です。
裁判例の大勢有力説(批判)
何を重く見るか要件が事実上そろっていたこと緊急逮捕は令状なしで拘束できる例外で、違憲の疑いもあるので、手続を厳しく守らせるべき
重大性の判断重大な違法とはしない(要件がそろい、時間内に進んでいることが前提)要件がそろっていても、令状主義違反として重大な違法
あとの通常逮捕状手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる緊急逮捕の事後審査を受けたのと同じには扱えない
  • 有力説が問題にする点:本当に緊急逮捕をしていれば、直ちに裁判官に逮捕状を求め(210条1項)、裁判官は2段階で審査します。
    • 第1段:逮捕した時点の事情で、緊急逮捕そのものが適法だったか。
    • 第2段:逮捕状を出す時点の事情で、逮捕の理由と必要性があるか。
    • あとから通常の逮捕状を取っただけでは、通常逮捕の要件(理由と必要性)の審査しか受けていません。先にした令状のない拘束が正しかったかは、誰も審査していないことになります。
  • 押さえる形:「重大性」を見るときには、実務の大勢と、それを疑う有力説の両方がある、という構図です。論文でも論点になりうる対立です。

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#29単独ページ動画

勾留③期間・延長と接見等禁止

被疑者勾留の期間の全体像

起訴前の勾留は、原則の10日に、延長と特例が積み重なって最大25日になります。

段階日数ここまでの合計条文
勾留10日10日208条1項
延長通じて10日まで最大20日208条2項
内乱等の特例通じて5日まで最大25日208条の2
  • 期間の動き方は3つ:どこから数えるか(起算)、どう延びるか(延長)、いつ止まるか(停止)です。
  • 特例は日常の事件ではまず出てこない:ふつうの事件の上限は20日です。

起算点は「勾留を請求した日」

10日の1日目は、逮捕された日でも、勾留状が出た日でもありません。

候補起算日になるか
逮捕された日ならない
勾留質問の日ならない
勾留状が発付された日ならない
検察官が勾留を請求した日これが起算日(208条1項)
  • 条文の形:208条1項は「期間は10日とする」とは書いていません。「請求した日から10日以内に起訴しなければ、検察官は直ちに釈放しなければならない」という釈放義務の形です。
  • 手続が翌日にずれたとき:請求の翌日に勾留質問をして、勾留状を出すこともあります。
    • それでも起算日は請求の日のままです。ずれた1日は10日の中に食い込みます。
    • 裁判官側の手続が遅れても、拘束が長くなって被疑者が損をすることはありません。

208条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:第二百七条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない

数え方は初日算入

起算日が決まったら、その日を1日目に数えるかが次の問題です。

  • 一般の原則(初日不算入):刑事訴訟法の期間は、日で数えるとき初日を入れません(55条1項)。
    • 例:締切が「今日から10日」なら、今日は数えず、明日を1日目にします。
  • 勾留は初日算入:請求したその日を1日目に数えます。
    • 根拠:55条に勾留の例外は書かれていません。被告人の勾留で初日から数えた最高裁の決定があり、実務もそう扱います。
    • なぜ:初日を入れる方が満期が1日早くなり、拘束が短くなるからです。
数え方4月1日に請求したとき満期
初日算入(勾留)4月1日が1日目4月10日
初日不算入(一般の原則)4月2日が1日目4月11日
  • 休日も延びない:55条3項は、期間の末日が土日・祝日・年末年始なら、その日を数えないとしています。
    • 勾留では、初日と同じく、これも使いません。満期が日曜でも、翌日まで延びることはありません。
    • 55条は、初日の扱い(1項但書)も休日の扱い(3項但書)も、時効期間には原則を当てないと定めています。勾留期間は、この時効期間と同じ扱いをされています。

55条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第七章 期間(55〜56条)1項:期間の計算については、時で計算するものは、即時からこれを起算し、日、月又は年で計算するものは、初日を算入しない。但し、時効期間の初日は、時間を論じないで一日としてこれを計算する3項:期間の末日が日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日、一月二日、一月三日又は十二月二十九日から十二月三十一日までの日に当たるときは、これを期間に算入しない。ただし、時効期間については、この限りでない

延長は「やむを得ない事由」があるときだけ

10日の満期には、起訴するか釈放するかを決めるのが原則です。それでも捜査が足りないときの道が延長です。

  • 誰が・何をするか:検察官が延長を請求し、裁判官が「やむを得ない事由」があると認めたときに延ばします(208条2項)。
  • 「事件が複雑だから」だけでは足りない:次の3つがそろって、初めて「やむを得ない事由」になります。
要素中身
支障捜査を続けなければ、起訴するかどうかを決められない
不足最初の10日では、その捜査を終えられなかったと言える
見込み延長すれば、その支障がなくなる見込みがある
  • :どれも「もう少し調べれば処分を決められる」事情です。
    • 関係者が多く、10日で全員の取調べが終わらなかった
    • 目撃者の都合がつかず、まだ話を聞けていない
    • 鑑定の結果がまだ出ていない
  • 回数と上限:何回に分けて請求してもかまいません。ただし合計は通じて10日までです。
    • 例:最初に7日延ばしたら、次に請求できるのは残りの3日だけです。
  • 勾留質問はしない:延長の判断は、書面で審理します。
  • 満期の例:4月10日満期の勾留を10日延長すると、4月20日までになります。

208条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない

内乱等の特例(さらに5日)

20日で打ち止めにならない、ただ1つの例外です。

  • 対象になる事件:刑法第二編の第二章〜第四章と第八章の罪です。
    • 内乱の罪、外患の罪、国交に関する罪、騒乱の罪です。
  • できること:検察官の請求で、裁判官が、208条2項で延長した期間をさらに延ばせます。合計は通じて5日までです。
  • 満期の例:4月20日満期に5日足して、4月25日までになります。
    • 10日+延長10日+特例5日=最大25日の内訳です。

208条の2刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)裁判官は、刑法第二編第二章乃至第四章又は第八章の罪にあたる事件については、検察官の請求により、前条第二項の規定により延長された期間を更に延長することができる。この期間の延長は、通じて五日を超えることができない

期間が止まる場面(鑑定留置)

期間は延びるだけでなく、数えるのを止める場面もあります。

  • 鑑定留置:被疑者の精神状態などを鑑定するため、病院などの施設に留め置く処分です。
  • 勾留中に鑑定留置をすると:留め置かれている間は、勾留の執行が停止したものとされます。
    • 条文は被告人について167条の2第1項にあり、被疑者には224条2項で準用されます。
  • 止まるのは「凍結」:リセットではありません。ゼロに戻って数え直すことはありません。
時期勾留期間の進み方
1日目〜7日目7日分進む
鑑定留置の間(例:3か月)進まない
施設から戻った日8日目として続きから再開する
  • 目印:使った日数は使ったまま、残りは残りのままです。

167条の2(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第十二章 鑑定(165〜174条)1項:勾留中の被告人に対し鑑定留置状が執行されたときは、被告人が留置されている間、勾留は、その執行を停止されたものとする

接見等禁止(止まるのは誰との面会か)

勾留中の被疑者に、さらに外部との面会ややり取りを禁じる処分が接見等禁止です。

(1) 前提:勾留の「理由」と「必要性」

接見等禁止の要件にも、勾留と同じ「逃亡・罪証隠滅のおそれ」という言葉が出てきます。

  • 勾留の理由:罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、逃亡・罪証隠滅のおそれなどがあるかです。
  • 勾留の必要性:勾留してまで、それを防ぐ必要があるかです。

(2) 原則は、弁護人以外とも面会できる

  • 原則:勾留中の被疑者も、家族や友人などと、法令の範囲内で面会し、手紙や物をやり取りできます(207条1項・80条)。
    • 例外:逃亡・罪証隠滅を疑う相当な理由があるとき、裁判官接見等禁止をかけられます(207条1項・81条)。
  • 誰が請求し、誰が決めるか:検察官の請求、または裁判官の職権で、裁判官が決定します。
  • 禁止できること:面会を禁じること、やり取りする書類や物を検閲すること、その受け渡しを禁じること、差し押さえることです。
    • ただし、食べ物(糧食)の受け渡しは禁じられず、差し押さえることもできません(81条但書)。
  • 被告人の条文を被疑者に使える理由:81条の主語は「裁判所」、対象は「被告人」です。
    • 207条1項が、勾留の請求を受けた裁判官に、裁判所・裁判長と同じ権限を与えています。だから起訴前の被疑者にも使えます。

81条刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない

(3) 弁護人との接見は、どんな事件でも止まらない

  • 81条の対象外:81条は「39条1項に規定する者以外の者」との接見を禁じる規定です。39条1項の者とは、弁護人弁護人になろうとする者です。
相手接見等禁止の対象か
弁護人・弁護人になろうとする者(39条1項)対象外(最初から除かれている)
親族・友人など、弁護人以外の者対象(面会・書類等の受け渡しを禁止できる)
  • 接見交通権:39条1項が保障する、立会人なしで弁護人と会い、書類や物をやり取りする権利です。
    • なぜ外すのか:この権利は、憲法34条の弁護人依頼権に由来します。81条はこれを害さないよう、弁護人を対象から外しています。
  • 注意:「接見禁止」と聞くと、全部の面会が止まるように聞こえます。止まるのは、弁護人以外との面会と物の受け渡しだけです。

39条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

接見等禁止の要件(条文と判例の2段)

81条の要件は、勾留の理由と同じ文言です。しかし判例は、それだけで禁止してよいとはしていません。

何が要るか出どころ
条文の要件逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由81条
判例の絞り①勾留に加えて接見等を禁止すべき程度の罪証隠滅のおそれ最高裁決定
判例の絞り②接見等により実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれ最高裁決定
  • なぜ絞るのか:勾留しているのは、もともと逃亡や罪証隠滅を防ぐためです。同じおそれを理由にするだけでは、面会まで禁じる理由になりません。
  • 判例が見ているもの:面会や手紙を通じて、実際に証拠をつぶせてしまうかどうかです。
    • それを、事案の具体的な事情から認める必要があります。「まだ危ないから」という抽象的な理由では足りません。
  • 判例の絞りは罪証隠滅について:この決定が述べたのは罪証隠滅のおそれです。逃亡には触れていません。
    • 条文の要件(逃亡も含む)と、判例の絞りを混ぜて書かないようにします。
  • 判例の事案は起訴後の被告人:被疑者の勾留でも、207条1項で81条を使う以上、同じ枠組みで考えます。
  • 禁止が認められやすい事情
    • 組織性:組織ぐるみの事件で、外の仲間を通じて指示を伝えられる
    • 大規模さ:関係者が多く、口裏合わせの相手が多い
    • 実際の工作:勾留の前から、関係者への働きかけなどの隠滅工作がされていた

立会い・検査があっても、禁止が要る理由

面会には職員の立会いがあり、手紙は検査されます。それなら禁止まで要らないのでは、という疑問への答えです。

  • もともとある仕組み:立会い・検査は、接見等禁止の効果ではありません。禁止が無くても行われます。
    • 例:留置施設では、未決拘禁者の面会(弁護人等を除く)に職員が立ち会い(刑事収容施設法218条1項)、手紙を検査します(同222条1項)。
    • 接見等禁止が出ると、立会いどころか、弁護人以外との面会そのものができなくなります。
  • 現場の限界:立ち会う職員は、事件の中身に詳しくありません。隠語や遠回しな言い方で指示されると、見抜けないおそれがあります。
  • 実務で重く見るもの:禁止が必要かを判断するとき、立会い・検査があることよりも、事案の内容を重視します。
    • 組織性、大規模さ、実際の工作の有無です。

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#30単独ページ動画

勾留④勾留理由開示・取消し・準抗告

勾留から出るための道具の全体像

勾留状が出ても、期間が過ぎるのを待つしかないわけではありません。弁護人が身柄を取り戻すために打てる手を、決定の前と後に分けて整理します。

  • 逮捕との違い:逮捕に不服があっても、被疑者が争う手段はありません。
    • 準抗告できる裁判を並べた429条1項に、逮捕が入っていないからです。判例も、逮捕には準抗告できないとしています。
  • 勾留には争う手段がある:だから、勾留の段階でどの道具を使うかが大事になります。

(1) 決定が出る前の働きかけ

逮捕された人は検察官に送られ、検察官が裁判官に勾留を請求します。この流れの途中で、2つの場面で働きかけができます。

場面誰に何を伝えるか
勾留請求の前検察官「勾留を請求しないでほしい」
請求の後・決定の前裁判官「勾留を認めないでほしい」
決定の後(道具ごとに違う)法律に用意された4つの道具を使う(次の(2))
  • 何を材料にするか:身元を引き受ける人がいること、定まった住居があること、逃げる心配が薄いことです。
    • これらを資料や意見書にまとめて提出します。
  • なぜ決定前が特に大事か:決定の前には、逮捕を争う手続も、勾留を止める手続も法律にありません。
    • 使えるのは事実上の働きかけだけなので、ここで勾留を防げるかが勝負になります。
    • 決定の後は逆に、不服申立てや、事情の変化に応じた手続が法律で用意されています。

(2) 決定が出た後の4つの道具

道具何のための道具か条文
勾留理由開示決定の理由を知る82条
勾留の取消し決定の後に事情が変わったことを理由に、勾留を終わらせる87条
準抗告決定した時点の判断そのものの誤りを争う429条1項2号
勾留の執行停止勾留の効力を残したまま、一時的に外へ出す95条
  • 被疑者にも使える理由:82条・87条・95条の主語は「被告人」と「裁判所」です。
    • 207条1項が、勾留の請求を受けた裁判官に、裁判所と同じ権限を与えています(第8節)。
    • だから被疑者の勾留では、これらの規定を裁判官が使います。

勾留理由開示(理由を知る道具)

1つ目は、なぜ勾留されているのかを、公開の法廷で説明させる制度です。

(1) 憲法34条後段を具体化した制度

  • 憲法34条後段:拘禁された人が要求すれば、その理由を、本人と弁護人が出席する公開の法廷で示さなければなりません。
  • 勾留理由開示:この後段を、刑事訴訟法で具体化した制度です。

34条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

(2) 請求から法廷まで

段階中身
請求本人のほか、弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹・その他の利害関係人ができる(82条)
公開の法廷裁判官と裁判所書記官が列席し、被疑者と弁護人が出席する(83条)
理由を告げ、意見を聴く裁判官が勾留の理由を告げる。検察官・被疑者・弁護人・請求者は意見を述べられる(84条)

82条刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留されている被告人は、裁判所に勾留の理由の開示を請求することができる2項:勾留されている被告人の弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人も、前項の請求をすることができる。3項:前二項の請求は、保釈、勾留の執行停止若しくは勾留の取消があつたとき、又は勾留状の効力が消滅したときは、その効力を失う。

(3) 注意する3つの点

  • 不服申立てそのものではない:理由を知り、意見を述べる場です。その場で勾留が取り消されるわけではありません。
    • 決定の誤りを争うのは、準抗告です(第4節)。
    • 役目:理由が分からなければ、何を争えばいいかも分かりません。後の不服申立ての準備になります。
    • 実際の姿:捜査を続ける都合から、裁判官が理由の具体的な中身まで告げないことが多いです。
    • それでも、法廷で意見を述べて記録に残せます。接見等禁止中なら、家族が法廷で本人の姿を見られる機会にもなります。
  • 最初の1回だけ:同じ勾留について開示されるのは、最初の請求の1回だけです。ほかの請求は却下されます(86条)。
  • 勾留されている間だけ:請求できるのは「勾留されている」人です。釈放された後には請求できません。
    • 請求した後に勾留の取消しや執行停止があれば、その請求も効力を失います(82条3項)。

勾留の取消し(事後の変化を理由にする道具)

2つ目は、決定の後に事情が変わり、勾留を続ける理由が無くなったときに使う道具です。

決定した時点その後の変化取り消す
勾留の理由も必要性もそろっていた(判断は正しかった例:身元引受人が現れた→必要性が消えた時点の誤りは言わない。将来に向けて効力を失わせる
  • 勾留の取消し:勾留の理由か必要性がなくなったとき、裁判官が勾留を取り消す制度です(87条1項)。
    • 「なくなったとき」=決定の時点ではあったものが、後から消えたという意味です。
    • 「必要がなくなったら取り消す」という書き方は、勾留の要件に必要性が含まれることの根拠にもなっています。
  • :決定の後で、身元を引き受ける人が現れた場合です。
    • 決定が間違っていたとは言いません。その後の変化を理由に、勾留を終わらせます。
  • 誰が請求できるか:検察官、勾留されている被疑者、その弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹です。
    • 職権でもできる:請求が無くても、裁判官が自分の判断で取り消せます。
    • 取り消す要件がそろえば、「取り消さなければならない」=取り消す義務があります。
  • 不当に長い拘禁(91条1項):勾留による拘禁が不当に長くなったときも、取り消す義務があります。
    • 条文は「取り消し、又は保釈を許さなければならない」です。被疑者には保釈が無いので(第8節)、被疑者の場合は取消しになります。

87条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない

準抗告(決定時点の誤りを争う道具)

3つ目は、決定した時点の裁判官の判断そのものが誤っていた、と主張する道具です。

(1) 勾留の裁判は準抗告で争える

  • 準抗告裁判官がした裁判に不服がある人が、その取消し・変更を裁判所に求める手続です(429条1項)。
    • 抗告裁判所がした決定への不服申立てです。裁判官がした裁判には、抗告ではなく準抗告を使います。
  • 2号に「勾留」がある:勾留に関する裁判は、準抗告の対象です。
    • 例:勾留状を出した裁判、延長を認めた裁判、勾留や延長の請求を却下した裁判。どれも対象です。
    • 請求を却下した裁判には、検察官が準抗告します。条文は申立人を「不服がある者」とだけ書き、被疑者側に限っていません。
    • 逮捕はこの列挙に入っていません(第1節)。
  • どこに申し立てるか:簡易裁判所の裁判官の裁判なら管轄の地方裁判所、それ以外はその裁判官が所属する裁判所です。

(2) 審査するのは合議体

決定準抗告審査
単独の裁判官の裁判(勾留状の発付・延長・請求の却下)決定した時点の判断そのものの誤りを主張する合議体(複数の裁判官)が審査する(429条4項)
  • 意味:決定した本人ではない、別の目で見直す仕組みです。

429条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判2項:第四百二十条第三項の規定は、前項の請求について準用する。4項:第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない

(3) 嫌疑が無いことは理由にできない

  • 制限:「そもそも犯罪の嫌疑が無い」ことを理由に、勾留の準抗告はできません。
    • 抗告についての制限(420条3項)を、429条2項が準抗告にも準用しています。
  • 理由:嫌疑の有無は、本案の裁判(有罪か無罪かを決める裁判)で審判すべき事項だからです。
    • 勾留の手続の中で、犯罪の有無まで決着させるわけにはいきません。

420条(抜粋)刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)3項:勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない

取消しと準抗告の違い

どちらも「勾留に不服がある」ときの道具に見えますが、争う時点が違います。この回でいちばん大事な区別です。

取消し(87条)準抗告(429条1項2号)
争う時点「今」から見る。決定した時点の判断は正しかった前提「決定したあの時」から見る。決定した時点の判断そのものが誤っていたと主張する
理由事後に、勾留の理由・必要性が消えた決定した時点の判断の誤り(例:資料の見落とし)
請求できる人検察官・被疑者・弁護人など+職権不服がある者
効果将来に向けて効力を失わせる裁判の取消し又は変更
  • 身元引受人が現れた:決定の後に起きた事情の変化です。だから取消しを使います。
  • 必要性を示す資料を、裁判官が見落としていた:決定した時点の判断の誤りです。だから準抗告を使います。
  • 注意(よくある間違い):「勾留に不服なら取消し請求」とひとくくりにしないことです。争う対象の時点で見分けます。

勾留の執行停止(効力を残したまま外へ出す道具)

4つ目は、争うのではなく、勾留を続けたまま一時的に身柄だけを外へ出す道具です。

取消し執行停止(95条)
勾留の効力失わせる残したまま。一時的に身柄だけ外へ出す
終わった後勾留そのものが終わる停止の事由が終わったら、再び勾留される
きっかけ請求または職権職権のみ。弁護人は職権の発動を促すだけ
  • 勾留の執行停止:裁判官が適当と認めるとき、被疑者を親族などに委託したり、住居を制限したりして、勾留の執行を止める制度です(95条1項)。
    • 条件を付けることもできます(95条1項後段)。
  • :手術のため、数日だけ入院が必要になった場合です。
    • 親族に委託したり、住居を病院に制限したりして、その間だけ執行を停止します。
    • 入院が終われば、再び勾留されます。勾留そのものは、一度も終わっていません。
  • 注意(請求権は無い):執行停止は、裁判官の職権による措置です。
    • 弁護人ができるのは、「職権を発動してほしい」と申し立てることだけです。請求する権利とまでは言えません。
    • 停止するかどうかは、裁判官の判断です。

95条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限して勾留の執行を停止することができる。この場合においては、適当と認める条件を付することができる。

接見等禁止の決定に不服があるとき

勾留中にかかる接見等禁止(81条)の決定にも、弁護人が取れる対応が2つあります。

  • 接見等禁止:勾留されている人と、弁護人以外の人との面会や物のやり取りを止める決定です。
準抗告一部解除の申立て
対象決定そのもの決定の一部(例:両親との面会、配偶者からの手紙)
範囲決定を全部争う範囲を狭めてもらう
位置づけ429条1項の「勾留に関する裁判」に含まれる職権発動を促すだけ。裁判官が適当と認めれば認められる
  • 準抗告で争える:接見等禁止の決定も、準抗告の対象として扱われています(429条1項2号「勾留に関する裁判」)。
  • 一部解除の例:「両親との面会だけは認めてほしい」「配偶者からの手紙だけは読ませてほしい」といった形です。

被疑者には保釈が無い

ここまでの道具に、保釈は入っていません。起訴前の被疑者には、保釈が使えないからです。

起訴前の被疑者起訴後の被告人
保釈が無い(207条1項但書)保釈が使える
  • 207条1項本文:勾留の請求を受けた裁判官は、裁判所・裁判長と同じ権限を持ちます。
  • 但書:「保釈については、この限りでない」=被疑者を勾留する裁判官には、保釈を認める権限が無いという意味です。
    • 保釈が使えるのは、起訴された後の被告人だけです。
  • この回の道具で外へ出るには:取消し・準抗告で勾留を終わらせるか、執行停止で一時的に出るかです。
    • 理由開示は理由を知る場で、それだけで外へ出られるわけではありません。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する但し、保釈については、この限りでない。

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#31単独ページ動画

事件単位の原則・一罪一逮捕一勾留

逮捕・勾留の効力は事件ごと(事件単位の原則)

逮捕・勾留の期間は、1つの事件ごとに数えます。この「事件ごと」の中身が、この回のテーマです。

  • 軸になる答え:裁判官は、人ではなく事件ごとに審査します。だから、拘束もその事件の範囲でしかできません。
  • なぜ大事か:この前提を崩すと、勾留の期間の制限そのものが意味を失います(第6節)。

(1) 事件単位の原則とは

  • 事件単位の原則:逮捕・勾留の効力は、その逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及ぶ、という原則です。
    • 基礎となっている被疑事実:令状に書かれている、その事件のことです。
    • 余罪:令状に書かれた事件以外の事実です。余罪には、効力は及びません。
  • 意味:逮捕・勾留したことになるのは、令状に書かれた1つの事件についてだけです。

(2) 対立する人単位説

  • 人単位説:逮捕・勾留は、その人の身体そのものを拘束しているのだから、効力は事件を問わずその人に及ぶ、という考え方です。
    • 直感的には分かりやすい考え方ですが、通説ではありません。
事件単位の原則人単位説
効力の範囲逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及ぶその人の身体に及ぶ
余罪の扱い余罪には効力が及ばない余罪にも効力が及ぶ
採否通説・実務通説ではない
  • 人単位説がとれない理由:裁判官が審査していない事件まで、拘束することになるからです。

なぜ事件単位なのか(令状主義からの帰結)

事件単位の原則の根拠は、令状主義の条文にあります。2つの条文から、裁判官の審査の単位が事件であることが導かれます。

順番手がかり分かること
憲法33条令状は「理由となつてゐる犯罪を明示する」ものでなければならない
刑訴200条1項逮捕状には「罪名」「被疑事実の要旨」を書く
審査の単位=事件裁判官は「その被疑事実について、拘束する理由と必要性があるか」を審査する
  • 裁判官が審査すること:「その人を拘束してよいか」ではありません。「その被疑事実について、拘束する理由と必要性があるか」です。
  • 結論:審査の単位が事件である以上、拘束できる範囲の単位も事件でなければ理屈が通りません。
    • 審査した範囲と拘束できる範囲がずれると、裁判官が審査した意味がなくなります。
  • まとめ:事件単位の原則は、令状主義から導かれる帰結です。

33条日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

200条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

拘束は事件ごとに独立する(二重逮捕・二重勾留)

事件単位の原則を当てはめると、同じ人を別々の事件で重ねて拘束できる、という結論が出ます。

  • 二重逮捕・二重勾留:A事件で勾留されている被疑者を、別のB事件でも重ねて逮捕・勾留することです。できます
  • 違法な二重拘束ではない理由:A事件の拘束とB事件の拘束は、令状ごとに分かれて、独立に効力を持つからです。
    • A事件についての審査と、B事件についての審査は、別の手続です。
    • だから、同じ人に2つの拘束が重なっても矛盾しません。
令状裁判官が審査した事件
A事件の拘束令状①(独立)A事件
B事件の拘束令状②(独立)B事件

逮捕前置主義との組み合わせ

事件単位の原則は、「勾留の前に逮捕を経ていなければならない」という逮捕前置主義とも組み合わさります。

(1) 判断基準はあくまで「事件」

  • 逮捕前置主義の根拠:207条1項の「前三条の規定による勾留の請求」です。
    • 204条〜206条は、逮捕された被疑者について勾留を請求する手続です。だから、逮捕の手続を経ていなければ勾留を請求できません。
  • 逮捕前置主義の趣旨:捜査の初めは、犯罪の疑いも拘束の必要性も、まだ固まっていません。
    • そこで、いきなり長い勾留を認めず、まず短い逮捕を先に置きます。
    • 逮捕の間に捜査を尽くさせ、それでも長い拘束が必要なときに限って勾留を認めます。
  • 事件単位と組み合わせると:逮捕を経ているかは、今回勾留したいその事件自体について見ます。
    • 被疑者が別の事件で身柄を拘束されていても、その事件について逮捕を経ていなければ、逮捕前置主義を満たしません。
    • 理由:その事件については、短い逮捕の間に捜査を尽くす段階を踏んでいないからです。
      • 例外:逮捕した事件(A)で勾留できるときは、その勾留請求に別の事件(B)を付け加えることが許されます(第5節の③)。Bについて逮捕前置主義を満たすからではなく、被疑者に不利益がないからです。
  • 注意(誤解しやすい):「人」を拘束していればよいわけではありません。基準は常に「事件」です。

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

(2) 被疑事実の同一性

逮捕のときの被疑事実と、勾留を請求するときの被疑事実の関係を整理します。

  • 原則:逮捕時の被疑事実と勾留時の被疑事実は、同一でなければなりません
    • 理由:別の事件で逮捕していたのでは、その事件について長い勾留が本当に必要かを判断できないからです。
  • 一言一句同一でなくてよい:捜査が進んで事実の細部がはっきりしただけなら、同じ事件のままです。
    • 例:駅前のひったくりの犯行時刻が、最初は「19時ごろ」で、後で「19時5分」と分かった。同じ事件として扱われます。

被疑事実の同一性を欠くとき(3つのパターン)

A事実で逮捕した後に、同一性を欠く別のB事実が出てきたとき、どう扱えるかを3つのパターンで整理します。

  • :A事実=駅前のひったくり、B事実=別の日に別の店でした万引き。
パターン内容可否
①勾留の切替A事実の逮捕 → B事実だけで勾留請求不可(B事実について逮捕が先行していない)
②再逮捕による勾留A事実で逮捕した被疑者をいったん釈放 → B事実で改めて逮捕して、B事実で勾留請求(B事実についても逮捕が先行している)
③理由の付加A事実の逮捕のまま、勾留請求でA事実+B事実を併せて理由にする(A事実で勾留できることが前提。被疑者に不利益がない)
  • ①勾留の切替が不可な理由:B事実については、逮捕を一度も経ていません。
    • A事実の逮捕の効力は、B事実には及びません(事件単位の原則)。
    • B事実について短い逮捕の間の捜査を経ずに、いきなり長い勾留に入ることになり、逮捕前置主義を満たしません
  • ②再逮捕による勾留が可な理由:B事実について改めて逮捕するので、B事実についても逮捕が先に置かれるからです。
  • ③理由の付加が可な理由
    • 前提:A事実について逮捕が先行し、A事実そのもので適法に勾留できることです。
      • A事実の疑いが消えて、A事実では勾留できないときは使えません。②の方法をとります。
    • この前提があれば、勾留はA事実で認められます。そこにB事実を足しても、被疑者に不利益はありません
    • 逆に、B事実についても逮捕し直せと求めると、かえって拘束が長くなり、被疑者に不利益です。

(1) ②より③が被疑者に有利な理由

  • ②再逮捕による勾留:B事実でもう一度逮捕すると、逮捕の時間制限が、ゼロから数え直しになります。
    • 例:司法警察員が逮捕したときは、身体を拘束された時から72時間以内に勾留請求をしなければなりません(203条1項・205条2項)。
    • その分だけ、拘束期間がかえって長くなります。
  • ③理由の付加:A事実の逮捕のまま勾留に進むので、72時間の上乗せがありません
    • だから、被疑者にとって有利な方法として認められています。

(2) 見分け方の2点

  • 逮捕の先行:勾留の理由にする事件について、逮捕が先に行われているか。①は欠けて不可、②は満たして可です。
  • 不利益:逮捕が先行していない事実を足すなら、A事実そのもので勾留できるうえで、被疑者に不利益がないか。③はこれに当たり可です。

一罪一逮捕一勾留の原則

令状主義・事件単位の原則からは、「同じ事件で何回拘束できるか」という回数の結論も出ます。

  • 一罪一逮捕一勾留の原則:同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回しか認められない、という原則です。
    • 別名:実務では勾留が問題になることが多いので、「一罪一勾留の原則」とも呼ばれます。
  • 根拠:逮捕状・勾留状の請求には被疑事実が必要で、裁判官は被疑事実を単位に審査します。
    • 「審査の単位=拘束できる範囲の単位」(第2節)を、今度は回数の方向で見たものです。

(1) 趣旨:期間制限の潜脱を防ぐ

順番中身
期間の上限勾留は原則10日、延長でさらに10日(208条1項・2項)
上限の潜脱刑法上1個の犯罪を分割して、繰り返し逮捕・勾留すれば、上限を実質的に無視できてしまう
だから1回だけ同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回しか認められない
  • 潜脱:ルールを実質的に無視して、すり抜けることです。
  • 趣旨:この潜脱を防ぐことです。

(2) 中身は2つの禁止

禁止場面目印
再逮捕・再勾留の禁止同一の被疑事実で、逮捕・勾留を繰り返す蒸し返し
重複逮捕・重複勾留の禁止同一の被疑事実で、同時に複数の逮捕・勾留をする同時の重複
  • 二重勾留との違い:言葉は似ていますが、結論が逆です。
二重逮捕・二重勾留(第3節)重複逮捕・重複勾留
重なる拘束別々の事件の拘束が重なる同じ事件で拘束を2回重ねる
結論できる禁止

具体例:住居侵入+窃盗は分割できない

「1個の犯罪」を分割してはいけない、という結論を、人の家に侵入して物を盗んだ例で確かめます。

  • 住居侵入と窃盗の関係:侵入は盗むための手段、盗みが目的です。
    • 刑法上は、まとめて1個の犯罪科刑上一罪)として扱われます(刑法54条1項)。
    • 「1個の犯罪」の中身は、刑法上まとめて1つの犯罪として扱われる、ということだけです。
  • 一罪の範囲:一罪一逮捕一勾留の「一罪」は、この刑法上の「1個の犯罪」の単位で考えるのが通説です。
やり方評価
だめなやり方住居侵入だけで逮捕・勾留し、終わった直後に窃盗で改めて逮捕・勾留する1個の犯罪の分割=違法
正しいやり方住居侵入と窃盗をまとめて、1回の逮捕・勾留で処理する
  • だめな理由:住居侵入で勾留が延長込みで20日、続けて窃盗でまた20日になります。
    • 1個の犯罪なのに、勾留だけで合わせて40日になり、勾留の期間制限をすり抜けます。
  • 理由の付加との違い:理由の付加は同一性を欠く別の事件を足す場面です(第5節)。1個の犯罪の住居侵入と窃盗は、これに当たりません。

3つの柱をつなぐ考え方

この回の3つの柱は、どれも「審査した範囲を超えて拘束しない」という1つの考え方から出ています。

中身
1つ目事件単位の原則逮捕・勾留の効力は、その事件だけに及ぶ
2つ目逮捕前置主義との組み合わせ判断基準は「事件」。同一性を欠くとき、切替は不可、再逮捕と理由の付加は
3つ目一罪一逮捕一勾留の原則同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回だけ

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#32単独ページ動画

再逮捕・再勾留①禁止の原則と例外

再逮捕・再勾留禁止の原則

一旦釈放した被疑者を、同じ事件でもう一度拘束できるかを整理します。

  • 再逮捕・再勾留:一度釈放した被疑者を、同一の被疑事実について、もう一度逮捕・勾留することです。
  • 原則原則として許されません再逮捕・再勾留禁止の原則)。
  • 位置づけ一罪一逮捕一勾留の原則の中身の1つです。
    • 一罪一逮捕一勾留の原則が禁止しているのは、同一の被疑事実の不当な蒸し返しです。
    • その蒸し返しのうち、「一旦釈放されたあと」に拘束し直す場面を扱うのが、この原則です。

(1) なぜ原則禁止なのか(期間制限の潜脱)

順番中身
身体拘束期間の上限逮捕は最大で72時間程度、勾留は原則10日+延長で10日(208条)
再逮捕・再勾留の無制限な許容期間が切れたら釈放し、翌日また同じ被疑事実で逮捕する。これを繰り返せる
だから原則禁止事実上、拘束に終わりが無くなってしまう(潜脱
  • 潜脱:ルールを実質的に無視して、すり抜けることです。
  • 趣旨:再逮捕・再勾留禁止の原則は、この期間制限の潜脱を防ぐための原則です。
    • 1個の犯罪を分割して拘束を繰り返すのと同じ心配が、「釈放して、また拘束する」という時間の方向で出てきます。

例外を許す条文上の根拠

再逮捕・再勾留は、完全に禁止されているわけではありません。例外を認める手がかりが条文にあります。

  • なぜ例外が要るのか:釈放したあとで、新しい証拠が見つかることがあります。一律に禁止すると、捜査の実態に合いません。
条文中身
199条3項逮捕状を請求する検察官・司法警察員は、同一の犯罪事実で前に逮捕状の請求・発付があったとき、その旨を裁判所に通知しなければならない
刑事訴訟規則142条1項8号逮捕状請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中の他の犯罪事実)で前に逮捕状の請求・発付があった旨と、その犯罪事実を記載しなければならない
再逮捕は条文の前提どちらも、同一の被疑事実でもう一度逮捕状を請求する場面がありうることを前提にしている
  • 通説の根拠:この2つの条文から、条文自体が同一の被疑事実での再逮捕を想定している、と理解します。

199条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)3項:検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない

(1) 再勾留には明文の規定が無い

  • 明文なし:勾留については、199条3項のような条文がありません。
  • それでも再勾留は認められる:再逮捕と同様に、例外的に認められると考えられています。
    • 再勾留だけ禁じる理由が無い:再逮捕を認めながら、再勾留だけ認めない合理的な理由はありません。
    • 逮捕と勾留は切り離せない:後で見る東京地決も、再勾留を禁じる規定が無いことと、逮捕と勾留が密接に結びついていることを挙げています。

例外を認める物差し(比較衡量)

どんなときに例外が認められるかは、2つの程度を天秤にかけて決めます。

  • 入口(事情変更):釈放したあとに事情が変わり、もう一度拘束しても単なる蒸し返しとはいえないことが前提です。
  • 判断枠組み:そのうえで、再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度とを比較衡量する、という考え方があります。
    • 必要性と不利益を量る点で、比例原則と同じ型の検討です。
被疑者が被る不利益の程度再逮捕・再勾留の必要性の程度
先行した勾留期間の長さ(長く拘束されていたほど、もう一度拘束される負担が大きい)
犯罪の重大性
新しく発見された証拠の重要性
逃亡・罪証隠滅のおそれの程度
  • なぜ比較衡量なのか:どちらか一方だけでは決められないからです。
    • 捜査側:捜査の必要は、釈放したあとで変わることがあります。
    • 被疑者側:もう一度拘束される側には、蒸し返しの不利益があります。
  • 結論:原則は禁止です。この天秤で必要性が不利益に見合うときだけ、例外として認めます。
  • 不利益の大小で天秤が変わる
    • 不利益が小さい場合:被疑者が逃げてしまったときや、20日の満了前に勾留の理由が無くなって釈放し、その後に新証拠が出たときです。不利益は大きくないので、必要性があれば認められます。
    • 不利益が大きい場合:20日いっぱい勾留して釈放したあとは、上の②〜④を検討し、それに見合う必要性があるときに限られます。
  • 目印:図書館の貸出期間です。返した直後に同じ本を借り直せたら、期間の上限は意味を失います。

東京地決(爆発物使用事件の再勾留)

20日間の勾留のあとの再勾留について、判断の基準を示した裁判例です。

(1) 事案

  • 最初の拘束:過激派による連続爆弾事件で、被疑者が爆発物取締罰則違反の5件の事実で逮捕され、20日間勾留されました。
  • 釈放:嫌疑が不十分なまま、勾留期間が満了して釈放されました。
  • 再逮捕:その後、共犯者の供述から、5件のうち1件の事実だけで、被疑者を再逮捕しました。
  • 再勾留の請求:検察官が、その1件で再勾留を請求しました。
  • 却下と準抗告:最初の裁判官は「同一の被疑事実の勾留は通じて20日が上限」として請求を却下しました。検察官の準抗告を受けた東京地裁が、この却下を取り消しました。

(2) 考慮した6つの事情

裁判所は、次の6つの事情を考慮するとしました。

  • 事案の軽重
  • 検察官の意図
  • 釈放後の事情変更:釈放したあとに、どんな事情の変化があったか
  • 先行した勾留の期間:どれだけの期間、拘束していたか
  • その期間中の捜査経過:その間に、捜査がどこまで進んだか
  • その他の諸般の事情

(3) 再勾留が許される場合

  • 2つの条件:次の2つがそろわない限り、再勾留は認められません。
    1. 強制捜査を断念させることが首肯し難い:捜査をあきらめさせるのは納得できないほど、必要性が高いこと
    2. 不当な蒸し返しでない:身柄拘束の不当な蒸し返しに当たらないこと
  • 事情変更だけでは足りない:決定は、釈放後に事情が変わったというだけで拘束し直すことは許されない、という原則から出発しています。
  • 首肯し難い:納得しがたい、という意味です。
  • 不当な蒸し返し:一罪一逮捕一勾留の原則が禁止したいものと、同じ言葉です。

爆発物使用事件の再勾留東京地方裁判所決定蒸し返しでない場合の再勾留社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる。

(4) あてはめ

決定が考慮した事情を、天秤の両側に分けて並べます。

事情天秤のどちら側か中身
先行した勾留の対象不利益前の20日間の勾留は、併合罪の関係にある5件全体についてのもの。今回の1件のためだけに使われた期間ではない
犯罪の重大性必要性対象は爆発物の使用で、決定は「重大事犯」とした(参考:法定刑は死刑、無期拘禁刑、または7年以上の拘禁刑=爆発物取締罰則1条)
新証拠の重要性必要性共犯者の供述という、重要な新証拠が見つかった
逃亡・罪証隠滅のおそれ必要性被疑者の黙秘と犯行の組織性(検察官の申立ての理由。決定はそのとおりと認めた)
  • 結論:重大事犯を十分に捜査させずに放置するのは納得できず、不当な蒸し返しに当たらないとして、例外的に再勾留が認められました

再勾留の期間(通じて20日を超えてよいか)

再勾留を認めると、期間についてもう1つの問題が出てきます。

  • 問題:先に20日間勾留した事件で再勾留を認めると、同じ被疑事実全体で見て、通じて20日を超える拘束になります。
  • 緊張関係:期間制限を守るための原則に例外を認めたら、その例外が期間制限そのものを破ってよいのか、という問題です。
東京地決の立場通算20日説
結論通じて20日を超えてもよい。再勾留の期間は、当初の勾留と同様に考える通じて20日を超えられない。すでに20日勾留していれば、再勾留の請求は却下
先行した勾留期間の扱い後の勾留の延長や取消しの判断で、重く見るにとどまる20日の上限に通算して数える
考え方先に20日勾留した事件では、例外をより一層限定的に認める。そのうえで許すべき事案なら、期間は当初の勾留と同じに扱う同一の被疑事実の勾留は、回数を分けても通じて20日が上限(この事件で却下した最初の裁判官の立場)
批判結局、法定の拘束期間を超えることを認めない。それでは、例外として再勾留を認める意味が乏しい
  • 評価:この批判から、期間に上限を設けず、延長や取消しの判断で調整する東京地決の考え方を妥当とする見方があります。
  • 押さえる視点:期間制限を守る原則の例外が、期間制限そのものとどう緊張するか、です。

先行する逮捕が違法だった場合

ここまでは、適法に拘束され、釈放されたあとの話でした。先行する逮捕そのものが違法で、そのために釈放された場合を整理します。

先行する逮捕何が問題になるか
適法だった場合ここまでの比較衡量がそのまま働く(不利益=先行した勾留期間の長さ)
違法だった場合重大な違法があれば、勾留請求は却下される。釈放後、同じ比較衡量がそのまま使えるか
  • 前提(重大な違法):逮捕に令状主義の精神に反するような重大な違法があれば、勾留請求そのものが却下されます。
    • 例:任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた場合
  • この節の問い:違法な逮捕で釈放された被疑者を、同一の被疑事実で再逮捕・再勾留できるか、です。

(1) 学説と通説

  • 一切認めない見解:先行する逮捕が違法なら、再逮捕は一切認めない、という学説です。
  • 通説例外的な場合に再逮捕を認めます
    • 理由:違法の程度が軽くても重くても、その後の強制捜査をすべて封じるのは行き過ぎだからです。
  • 判断の物差し:適法な釈放のあとと同じ比較衡量で決めることができます(被疑者が被る不利益の程度と、再逮捕・再勾留の必要性の程度)。
    • 違法な逮捕のあとでは、「違法の程度」が、被疑者が被る不利益の重さに効いてきます。

(2) 違法の程度で2つに分ける

①逮捕手続選択の誤りにすぎない場合②違法の程度が極めて重大な場合
具体例緊急逮捕をすべきところを、誤って現行犯逮捕した。緊急逮捕の要件なら満たしていた嫌疑が極めて薄いのに逮捕した。検察官送致までの制限時間を守らなかった
不利益の程度大きいとまではいえない非常に大きい
再逮捕の可否比較衡量により、必要性の程度に照らして例外的に認められうる認められない
  • ①に入るかの分かれ目:選んだ手続とは別の逮捕手続なら、実際には要件を満たしていたかです。
    • 注意:後で見る京都地決が勾留請求を却下した重大な違法は、逮捕に踏み切ったことより、緊急逮捕状を請求せずに拘束を続けた点です。
    • ただ、それは勾留請求を却下するかの物差しです。再逮捕を許すかは、この分かれ目を含めた比較衡量で決まります。
  • ②で再逮捕を許さない理由:違法の程度が極めて重大だと、被疑者が被る不利益の程度が非常に大きくなり、必要性と釣り合わないからです。
  • 目印:①は貸出カードの種類を間違えただけ(正規のカードは持っていた)、②は手続を通さずに無断で持ち出した、です。
  • まとめ:物差しは同じ比較衡量です。変わるのは、違法の程度による重さの見立てです。

京都地決の事件のその後

違法な現行犯逮捕のあと、同じ被疑事実で再逮捕・再勾留が認められたとされる例です。

  • 京都地決:恐喝未遂の被害者の供述だけを頼りにした現行犯逮捕が違法とされ、勾留請求の却下が維持された決定です。

(1) 身体拘束の経過

この事件には、次のような続きがあるとされています。

順番出来事
①逮捕現行犯逮捕(違法と判断された)
②却下勾留請求が却下された
③釈放被疑者が釈放された
④再逮捕同一の被疑事実で、捜査機関が緊急逮捕した
⑤認容当初の現行犯逮捕から72時間以内に、再度の勾留請求をした。これが認められた

(2) 比較衡量で考えてみる

  • 確かめられていない点:再度の勾留請求を認めた裁判が、どんな理由を示したかは確かめられていません。
  • ここでは、比較衡量をこの経過に当てはめると、どう考えられるかを整理します。
見るところ天秤のどちら側か当てはめ
違法の中身不利益却下した京都地決自身が、緊急逮捕の要件はそろっていたと認めている。手続の種類を取り違えた場面で、「手続選択の誤り」の側に入る
拘束の長さ不利益最初に身体を拘束した時点から数えて72時間以内に、再度の勾留請求がされている。拘束が延びていない
事件の重さと身柄の必要必要性恐喝未遂は軽い犯罪ではない。被疑者が否認していれば、逃亡・罪証隠滅のおそれも問題になる
  • 不利益の側:上の2つからは、被疑者の不利益はそれほど大きくない、と考えられます。
  • 必要性の側:必要性はそれなりに大きく、例外として認める方向に傾きます。

72時間の数え方(48時間ではなく)

京都地決の事件の「72時間以内」は、48時間のルールと混同しやすい数字です。

  • 逮捕後の時間制限
    • 203条:司法警察員が逮捕したら、身体を拘束された時から48時間以内に、検察官に送致します。
    • 205条:送致を受けた検察官は、受け取った時から24時間以内に勾留を請求します。全体で、身体を拘束された時から72時間を超えられません。
    • 204条:検察官が自分で逮捕したときは、身体を拘束された時から48時間以内に勾留を請求します。
204条の48時間この事件の72時間
場面検察官が自分で逮捕したとき違法を見つけて釈放し、逮捕し直したとき
起算点その逮捕の時点から当初の違法な逮捕の時点から(203条・205条の72時間)
配慮通常の身体拘束期間の制限拘束時間が伸びないようにする
  • 実務の扱い:送致を受けた検察官や検察事務官が、逮捕手続の選択の誤りなどの違法を見つけることがあります。
    • そのとき、勾留請求の前に一旦被疑者を釈放し、改めて通常逮捕や緊急逮捕で逮捕し直す例があります。
  • なぜ当初の時点から数えるのか:逮捕し直した時点から数えると、その分だけ拘束時間が長くなるからです。
    • 当初の時点から数えれば、被疑者の拘束時間は、かえって長くなりません。
  • 発想:被疑者の不利益は、逮捕し直す前の時点から通しで測ります

205条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない

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#33単独ページ動画

再逮捕・再勾留②常習一罪と同時処理・重複勾留

常習犯の賭博を、何度でも逮捕できるか

同じ人が賭博を何度も繰り返したとき、行為ごとに逮捕・勾留し直せるかが、この回の問いです。

  • 一罪一逮捕一勾留の原則:同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回だけ、という原則です。
    • 例:住居侵入と窃盗(科刑上一罪)のように刑法上一罪として扱われるなら、分割して逮捕・勾留できません。
  • 常習賭博罪:賭博を繰り返す習癖のある人を罰する規定です(刑法186条1項)。
    • 何回賭けても、その習癖の現れとして、刑法上はまとめて「一罪」包括一罪)になります。
  • 問題:行為は何度もあるのに罪は1個です。では、行為ごとに何度でも逮捕できるのでしょうか。
  • 答えの先取り:原則として、行為ごとに分けて逮捕・勾留することはできません
    • 例外:最初の逮捕・勾留の時点で、まとめて処理できなかった行為なら、話が変わります(第4節)。

186条(常習賭博及び賭博場開張等図利)(抜粋)刑法 第二編 罪 第二十三章 賭博及び富くじに関する罪(185〜187条)1項:常習として賭博をした者は、三年以下の拘禁刑に処する。

「一罪」をどこで数えるか(2つの立場)

「同一の被疑事実なら1回だけ」の「一罪」を何を単位に数えるかで、2つの立場があります。

令状記載基準説罪数基準説通説
数える単位逮捕状・勾留状に書かれた被疑事実実体法(刑法)上の罪数
常習犯への帰結行為ごとに、何度でも逮捕・勾留できる実体法上一罪だから、行為ごとの逮捕・勾留は許されない
  • 通説の根拠①(刑罰権は1個):実体法上1個の犯罪からは、国が処罰できる権利(刑罰権)も1個しか生まれません。
    • 逮捕・勾留は、その1個の刑罰権を実現するための手段です。だから、これも1回しか使えません。
    • 何度も使えるとすると、処罰は1回なのに拘束だけが繰り返され、拘束期間の上限が意味を失います。
  • 通説の根拠②(蒸し返しと同じ):一罪をいくつかに切り分けて身柄を取り直せるなら、蒸し返しと同じことが起きます。
  • 通説の帰結:常習犯(包括一罪)も、住居侵入・窃盗のような科刑上一罪も、「一罪」として分割できません。
    • 住居侵入で逮捕・勾留した後に、窃盗で改めて逮捕・勾留することは許されません。
    • 科刑上一罪:数個の罪に当たるものの、最も重い刑で処断されるものです(刑法54条1項)。

通説を徹底すると、捜査が止まる

通説をそのまま当てはめると、保釈された後に新しい賭博をした場合に困ったことが起きます。

  • 保釈:起訴された後の被告人について、勾留の効力は残したまま、身柄だけを外に出す制度です。起訴前の被疑者には使えません。
順番起きること
起訴・保釈常習賭博で起訴され、保釈された。勾留の効力は続いている
保釈中に新たな賭博が発覚同じ常習としてまた賭博をした。この行為も、同じ常習賭博という一罪の一部と扱われる
重複逮捕・重複勾留になるすでに勾留されている事実と重なるので、新しい行為で逮捕・勾留することは許されない
  • 不都合:通説を機械的に当てはめるだけでは、正当な捜査の必要に応えられません。
    • この不都合を解消する道具が、次の「同時処理の可能性」です。

同時処理の可能性(線引きの基準)

どの行為なら一罪一勾留の原則が及び、どの行為なら及ばないかを、1つの基準で分けます。

(1) 同時処理義務(多数説)

  • 同時処理義務:当初の逮捕・勾留の時点で、まとめて処理できたはずの被疑事実は、検察官がまとめて処理しなければならない、という義務です。
  • 同時処理の可能性がなかった事実:その義務は負わせられません。まとめて処理できなかった以上、蒸し返しとも言えないからです。
    • だから、一罪一勾留の原則は及ばず、新しく発覚した事実で逮捕・勾留することも許されます。
当初の逮捕・勾留の時点で同時処理義務一罪一勾留の原則
まとめて処理できたはずの事実負う及ぶ
同時処理の可能性がなかった事実負わない及ばない(逮捕・勾留し直せる)

(2) 前の行為が後で判明したとき(仙台地決と有力説)

保釈後の新しい行為と違い、当初の逮捕・勾留より前の行為が後から分かった場合は、同時処理が可能だったかの判断が難しくなります。ここで基準が2つに分かれます。

  • 仙台地決:多数説と同じ立場に立つ裁判例です。捜査機関に犯罪自体が発覚していれば、同時処理の可能性があった、という基準で判断しました。

  • 有力説:判断基準を明確にするため、「前か後か」の時点で割り切ります。

    • 当初の逮捕・勾留より前の犯罪 → 発覚していたかを問わず、直ちに同時処理の可能性があったとして、原則を適用します。
    • 当初の逮捕・勾留より後に生じた行為 → まだ無かったので、処理できません。
  • 目印(督促):督促の時点で既にあった未払いを、黙って2回目の督促に回すのは抜け道です。督促の後に新しく生じた未払いなら、話は別です。

モデル事案で確かめる

同時処理の可能性の基準を、2つの場面に当てはめます(場面②は有力説による)。

  • 事案:ある被疑者が、常習として賭博を繰り返していた。警察がその一部を把握して逮捕し、20日間勾留した後、起訴・保釈された。
場面当初の逮捕・勾留の時点で結論
①新しい行為(保釈後に発生)まだ発生していない同時処理の可能性がない → 原則は適用されない
②前の行為が発覚(保釈後に判明)既に存在していた有力説では同時処理の可能性がある → 原則、重複禁止が適用

(1) 場面①:保釈後の新しい行為

  • 同時処理の可能性:この行為は、当初の逮捕・勾留の時点ではまだ発生していません。発生していないものは処理できないので、そもそも可能性がなかったことになります。
  • 結論:一罪一勾留の原則は適用されず、重複逮捕・重複勾留の禁止も及びません。この新しい行為で再逮捕・再勾留できます

(2) 場面②:逮捕・勾留より前の行為

  • 原則:当初の逮捕・勾留より前からあった行為なので、有力説によれば、直ちに同時処理の可能性があったことになります。
    • だから、重複逮捕・重複勾留の禁止が適用されます。
    • 仙台地決の基準なら、当初の時点で捜査機関にその行為が発覚していたかで判断することになります。
    • 例外:比較衡量による例外がありえます。再逮捕・再勾留の禁止に例外が認められるのと同じように、重複禁止にも例外が認められると考えられています。
  • 比較衡量:再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度を比べます。
比較衡量の要素見方の例
先行した勾留期間の長さ最初の勾留が20日間めいっぱい続いていたなら、被疑者の不利益は大きい
犯罪の重大性法定刑が軽い罪ほど、もう一度拘束する必要性は小さく評価される
逃亡・罪証隠滅のおそれが相当に大きいか保釈中に実際に証拠を隠そうとした・逃亡を企てた事実があれば、おそれが相当に大きいと言え、必要性の側が重くなる
  • ②の法定刑:賭博は50万円以下の罰金または科料です(刑法185条)。常習として賭博をすると、3年以下の拘禁刑に重くなります(186条1項)。
  • ③の注意:見るのは、逃亡・罪証隠滅のおそれの程度です。実際に図った事実は、おそれが相当に大きいことを示す事情の例です。
  • まとめ:原則は重複禁止でも、事情次第で結論が動きます。

仙台地決の結末(勾留取消しの理由は手続の違法)

ここまでの枠組みは、常習賭博が問題になった、仙台地方裁判所の決定の事案をめぐって論じられてきたものです。この決定は多数説の立場に立ち、発覚の有無で同時処理の可能性を判断しました(第4節)。ただ、勾留が取り消された直接の理由は、逮捕状請求の手続の違法でした。

順番中身
請求書の記載漏れ再逮捕のときの逮捕状請求書に、199条3項・刑訴規則142条1項8号に基づく記載が欠けていた
逮捕状の無効逮捕状も違法・無効とされた
逮捕前置の不存在勾留の前に置くべき有効な逮捕が無いので、勾留も違法・無効
結論勾留が取り消された(逮捕手続に根本的な瑕疵がある場合=重大な違法に当たる)
  • 199条3項:同じ犯罪事実で、同じ被疑者に前に逮捕状の請求・発付があったとき、請求する検察官・司法警察員は、その旨を裁判所に通知しなければなりません。
  • 刑訴規則142条1項8号:逮捕状の請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中の他の犯罪事実)で前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実を書く、という規定です。
  • なぜこの記載が大事か:この記載があって初めて、裁判官は同じ事件の再逮捕だと分かり、蒸し返しでないかを審査できます。
  • 逮捕前置主義:勾留するには、その前に有効な逮捕を経ていなければならない、という原則です。
    • 逮捕が無効とされたので、この事案ではその先の勾留も取り消されました。

199条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)3項:検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない

(1) どんな違法なら勾留まで止まるか

  • 原則:逮捕に違法があっても、いつでも勾留まで止まるわけではありません。止まるのは、重大な違法のときだけです。
事件番号の書き間違い199条3項・規則142条1項8号の記載漏れ
違法の中身手続の中身に触れない裁判官が再逮捕だと分からず、蒸し返しかどうかを審査しにくくなる
評価軽微な違法逮捕手続に根本的な瑕疵がある=重大な違法
勾留止まらない取り消された
  • 注意:一罪一勾留の原則の問題と、請求書の記載漏れは別の問題です。前者で再逮捕が許される場面でも、手続に重大な違法があれば、勾留は取り消されえます。

対比:実体法上は数罪(併合罪)なら

ここまでは、常習犯のように実体法上「一罪」とされる場合の話でした。実体法上は数罪になる場合と比べます。

  • 併合罪:確定裁判を経ていない2個以上の罪の関係を、こう呼びます(刑法45条)。実体法上は数罪です。
実体法上一罪(常習犯)併合罪(社会通念上別個独立の行為)
「一罪」の枠枠の枠の
同時処理義務原則として及ぶ(可能性があれば)原則としてない(通説の基準からの帰結)
ただし比較衡量による例外あり実質的に蒸し返しと言えるほど事情が重なれば、後の勾留請求が制限される場合もある

(1) クリーン・コントロールド・デリバリー事件(最高裁判所決定)

併合罪の関係にある2つの被疑事実について、同時処理義務があるかが問題になった決定です。

  • 事案:薬物に関する被疑事実(規制薬物として取得した大麻の代替物の所持)で勾留された被疑者について、その後、もう1つの被疑事実(大麻の営利目的輸入)で勾留請求がされました。
    • 2つの事実は、社会通念上別個独立の行為で、併合罪の関係にあります。
  • 準抗告審(原決定):両事実の実質的同一性(中身としては同じ事件と言えるほど重なっていること)や、一罪関係に立つ場合との均衡などから、前の勾留中に同時処理が義務付けられていた、として勾留を認めませんでした。
  • 最高裁(法廷意見):検察官の特別抗告は、433条の抗告理由に当たらないとして退けました。そのうえで職権で、原決定が実質的同一性や一罪関係との均衡等のみから同時処理義務を説示した点は是認できないとしました。
    • 否定したのは、その理由だけで義務を導いた点です。併合罪なら同時処理義務は一切ない、とまでは述べていません。
    • 411条の準用まではしない:411条は本来、上告審の条文です。原審に誤りがあり、取り消さなければ著しく正義に反するときに取り消せる、という規定です。
    • 「準用すべきとまでは認められない」=理由づけに誤りはあっても、取り消すほどの不正義ではない、という意味です。
  • 三浦守裁判官の補足意見:両事実は併合罪の関係にあるからこそ、後の被疑事実には、前の事実より相当幅広い捜査が必要になる、と述べています。
    • 後の事実をずっと広く調べる必要があるなら、前の事件の限られた拘束期間のうちにまとめて済ませておけ、とは言えません。
    • そのため、原決定の説示は刑訴法60条1項・426条の解釈適用を誤ったもの、としています。
    • 取り消さない事情も、補足意見が挙げています。証拠や捜査の状況に加えて、被疑者がすでに釈放されて相当の日数がたっていることです。
  • 押さえる点:通説の基準では、併合罪は「一罪」ではないので、原則として同時処理義務はありません
    • ただし、同時処理が可能だったのに実質的に蒸し返していると言えれば、後の勾留請求が制限されることもありえます。
    • 法廷意見の「のみから」という限定は、この余地を残す趣旨とも読めます。

クリーン・コントロールド・デリバリー事件最高裁判所決定原決定が,本件勾留の被疑事実である大麻の営利目的輸入と,本件勾留請求に先立つ勾留の被疑事実である規制薬物として取得した大麻の代替物の所持との実質的同一性や,両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等のみから,前件の勾留中に本件勾留の被疑事実に関する捜査の同時処理が義務付けられていた旨説示した点は是認できないが,いまだ同法411条を準用すべきものとまでは認められない。(三浦守裁判官の補足意見)本件の被疑事実と前件の被疑事実とは,一連のものであって密接に関連するが,社会通念上別個独立の行為であるから,併合罪の関係にあるものと解されるところ,両事実の捜査に重なり合う部分があるといっても,本件の被疑事実の罪体や重要な情状事実については,前件の被疑事実の場合より相当幅広い捜査を行う必要があるものと考えられる。

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別件逮捕・勾留①別件基準説と本件基準説

別件逮捕・勾留とは何か

重い罪の証拠が足りないとき、同じ人物の軽い罪で逮捕して、その間に重い罪のことを聞いてよいか。この捜査手法を整理します。

  • 別件逮捕・勾留:本当に調べたい事件の証拠が足りないときに、証拠の揃っている別の事件で逮捕・勾留し、その拘束期間を使って、本当に調べたい事件を取り調べる捜査手法です。
呼び方何を指すか別の呼び方
別件拘束の名目になっている事件(証拠が揃っている軽い罪)本罪
本件実際に調べたい事件(証拠が足りない重い罪)余罪
  • 覚え方:別件=拘束の名目、本件=実際に調べたい事件。この対応だけで足ります。

(1) 3段の検討順序

別件逮捕・勾留は、1つの手法でも、3つの段に分けて検討します。

問い
1段目別件での第一次逮捕・勾留そのものが適法か(この回の範囲)
2段目その拘束の間に、本件を取り調べることがどこまで許されるか(余罪取調べの限界
3段目その先で、本件について第二次逮捕・勾留ができるか
  • なぜ分けるのか:拘束の違法、取調べの違法、次の拘束の違法は、それぞれ別の理由で問題になるからです。
    • 1段目が適法でも、2段目の取調べが行き過ぎれば、そこだけが違法になり得ます。
    • 逆に、1段目が違法なら、その違法が2段目・3段目の評価にも影響します。

(2) 答えの形

  • 別件そのものに理由・必要性が無い場合:それだけで違法です。
  • 本当に問題になる場合:別件の理由・必要性はあるのに、拘束の中身が本件の取調べにすり替わっている場合です。ここで考え方が分かれます。

モデル事案(甲と乙)

学説を当てはめるための事案です。本件は1つ、別件は2つあります。

  • 本件(V社倉庫放火事件):V社の倉庫が放火されました。保険金目的の疑いもあります。
    • ただ、放火そのもので甲や乙を逮捕できるだけの証拠は、まだありません。
何者か倉庫の管理を任されていた従業員甲の知人で、倉庫に出入りしていた人物
別件無免許運転現行犯逮捕置き引きの疑いで緊急逮捕
別件の事情無免許運転で過去2回検挙されている。出頭要請にも応じない生活被害額は約2000円、証拠は目撃証言だけ。定まった住居と職業があり、任意出頭にも応じる姿勢
放火の取調べ勾留中に放火の取調べが集中した(第7節)2日目に余罪の有無を確認された際、放火への関与を否認。それ以降、放火については取り調べていない

別件基準説(審査を受けた事実だけを見る)

第一次逮捕・勾留の適法性について、実務で多数を占める考え方です。

  • 別件基準説:「別件」自体に逮捕・勾留の理由と必要性があれば、それだけで第一次逮捕・勾留は適法と考えます。
    • 逮捕・勾留の理由と必要性:逮捕・勾留の要件です。罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、身柄を拘束する必要もあるかを見ます。
  • 見ないもの:拘束が本件を調べるために使われている、という事情は見ません。
  • 理由:裁判官が令状を出す前に現実に審査したのは、別件だけです。その審査に問題が無ければ足りる、という発想です。

(1) 甲と乙に当てはめる

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件自体の事情過去2回の検挙・出頭要請に応じないことから、逃亡・罪証隠滅のおそれも認められそう定住・職業があり、任意出頭にも応じる。逃亡・罪証隠滅のおそれは弱い
理由・必要性十分にある理由はあっても、必要性がそもそも欠けている可能性が高い
この説では適法違法の可能性が高い
  • 乙のような事案:別件自体の理由・必要性が無ければ、どの説から見ても違法です。
    • わざわざ「別件逮捕・勾留」として論じる必要すらありません。ただの、逮捕・勾留の要件を欠く事案です。
  • 学説が対立するのは甲の型:別件自体は適法に見える場合です。以下の学説は、甲のような事案を想定しています。

事件単位の原則との緊張関係

次の本件基準説の前提になるルールを確認します。

  • 事件単位の原則:逮捕・勾留の効力は、令状に書かれたその被疑事実にしか及ばない、というルールです。
  • 甲に当てはめると:甲の令状に書かれているのは、無免許運転だけです。放火について、裁判官の審査は及んでいません
  • 生まれる緊張関係:放火は令状の審査を経ていないのに、無免許運転の拘束が、実際には放火の捜査のために使われかねません。
    • 拘束中に放火を取り調べてよいか、どこまで許されるかは、2段目(余罪取調べの限界)で別に検討します。

本件基準説(利用する意図を見る)

別件基準説とは違い、学説の多くが取る考え方です。

  • 本件基準説:「別件」に理由・必要性があっても、捜査機関がこれを「本件」の捜査に利用する意図がある場合には、違法と考えます。
    • 基本的な定義は「利用する意図」で、「専ら」という語は入っていません。「専ら本件を取り調べる目的」と表す説明もあります。
  • 甲に当てはめると:捜査機関が、無免許運転の拘束を放火の捜査に利用する意図を持っていたと認められれば、違法になります。

(1) 根拠は2つの潜脱

  • 潜脱:ルールを実質的にすり抜けることです。
根拠中身
①令状審査の潜脱拘束の効力は別件にしか及ばず、本件は誰の司法審査も受けていない。実質は本件で拘束しているのに、審査は別件にしか及んでいない。これでは令状主義が骨抜きになる
②身体拘束期間の潜脱第一次の拘束期間中に本件を調べ、さらに本件で第二次逮捕・勾留までできるなら、本件についての203条以下の厳格な期間制限をすり抜けられる
  • 発想:別件という名目を借りると、令状審査と期間制限の両方をすり抜けられます。だから、見た目の審査対象だけでなく、実際の利用の目的まで見ます。
  • 事前抑制:第一次逮捕・勾留が請求された時点で、裁判官が利用の意図を見抜き、令状請求を却下します。違法な拘束を始まる前に止める型です。

(2) 批判(「意図」はどう見抜くのか)

  • 意図は頭の中にある:「利用する意図」は、捜査機関の頭の中にあることです。裁判官が見抜くのは容易ではありません。
  • もう1つの弱点:客観的には理由・必要性が十分な逮捕・勾留を、証明しにくい主観だけで違法にしてよいのか。その根拠が明らかではありません。
  • 意図の推知:本件の捜査状況、別件で拘束する必要性、取調べの状況など、客観的な事情から意図を推知する(推し量る)ことになります。
    • 結局、客観的な事情を見ることになります。この客観的な事情を、意図の推知としてではなく正面に据えるのが、第7節の実体喪失説です。

最高裁の決定(別件と本件が密接に関連した事案)

学説の対立を、実際の事件でどう判断したかを確かめます。別件逮捕・勾留が問題になった最高裁判所の決定です。

(1) 事案

順番出来事
別件で逮捕・勾留窃盗・暴行・恐喝未遂の被疑事実(別件)で逮捕・勾留され、勾留は延長された
勾留中に本件も取調べ強盗強姦殺人・死体遺棄という重大な被疑事実(本件)についても、取調べが行われた
満了日に別件の一部を起訴窃盗・暴行と、勾留中に分かった別の余罪を起訴し、起訴後の勾留が続いた。恐喝未遂は処分を保留
本件で第二次逮捕・勾留保釈で釈放された直後に、本件で逮捕・勾留された

(2) 判断

  • 争い方:弁護側は、「専ら本件を取り調べる目的で、別件の罪名で逮捕・勾留した」から違法だと主張しました。
  • ①別件自体の理由・必要性:第一次逮捕・勾留の基礎になった被疑事実に、逮捕・勾留の理由と必要性があったことは明らかだ、としました。
  • ②密接な関連性ゆえの評価:別件の恐喝未遂と本件は、社会的事実として一連の密接な関連がありました。
    • 事件当時の被告人の行動状況は、恐喝未遂を調べるためにも、どのみち聞かなければならない内容でした。
    • だから、その取調べは別件について当然しなければならない取調べであり、専ら本件のための取調べではない、と評価しました。
    • 第一次逮捕の時点で捜査官が本件の嫌疑を抱いていたことは否定できないとしつつ、「専ら本件を取り調べる目的で別件に名を借りた」とはいえない、と弁護側と同じ言葉で答えました。
  • ③別々に請求したことの評価:恐喝未遂と本件は併合罪なので、事件ごとに司法審査を受けるべきもので、別々に逮捕・勾留を請求できます。
    • 本件の証拠は第一次の後に集まり、そこで初めて請求できたので、期間制限を免れるために罪名を小出しにしたとはいえない、としました。
    • 第一次の捜査が専ら本件に利用されたのではない以上、第二次は実質的に同じ事実での再逮捕・再勾留ではない、としました。
  • 結論:第一次・第二次の逮捕・勾留とも適法です。

別件逮捕・勾留中の本件取調べ最高裁判所決定別件自体の理由・必要性第一次逮捕・勾留は、その基礎となつた被疑事実について逮捕・勾留の理由と必要性があつたことは明らかである。密接な関連性と取調べの評価そして、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃つていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない。

実体喪失説(客観的な取調べ状況から見る)

実務でも有力な、もう1つの考え方です。拘束が始まったあとの、実際の捜査の中身を見ます。

  • 出発点(勾留期間の趣旨):勾留期間の定めは、被疑者の身柄を不必要に長く拘束しないための期間制限です。
    • だから勾留期間は、その間に別件について適正な捜査を行うための期間だ、と理解します。
  • 核心:第一次勾留期間中の、余罪の取調べを含む客観的な捜査状況から、拘束の中身が別件の勾留としての実体を失っていたと評価できる場合があります。
  • なぜ違法になるのか:専ら本件(余罪)の取調べが行われていれば、実質は本件のための拘束です。本件は裁判官の審査を受けていないので、令状主義に反して違法です。
    • その間の本件の取調べも、違法な拘束を利用したものとして違法になります。

(1) 5つの考慮要素

次の5つを総合して考慮します。

  1. 捜査機関の意図
  2. 本罪と余罪、それぞれの取調べの程度
  3. 余罪と本罪の関係(法定刑の軽重、密接な関連性の有無)
  4. 取調べの態様や供述の自発性
  5. 捜査全般の進行状況
  • ①の意図の扱い:この説では、意図は中心の判断材料ではありません。他の客観的な事情と合わせて考慮する、5つのうちの1つにとどまります。
    • 意図の有無で違法かどうかを決める本件基準説とは、ここが違います。

(2) 違法になる範囲

  • 時点から先だけ:実体を喪失したと認められる時点から先だけが違法になります。勾留の全部が違法になるわけではありません。
  • なぜ全部ではないのか:勾留に入った最初の時点では、まだ別件として適正に運用されていたはずだからです。
    • 途中でその実体が崩れたので、崩れた時点を境に評価が分かれます。

(3) 甲に当てはめる

時期取調べの状況
3日目余罪の有無を聞かれて、言い淀んだ
4日目〜9日目(6日間)無免許運転の取調べは1日15分程度。放火の取調べは連日2〜3時間、集中的に行われた
  • 評価:4日目以降の配分からは、無免許運転の勾留としての実体を失っていたと評価できる可能性があります。
    • 名目は無免許運転でも、中身が放火の取調べにすり替わったと認められる時点から先が、違法になり得ます。

(4) 違法と評価されたあとの4つの手当て

実体喪失説は、実際の捜査状況から後で違法と判断します(事後抑制)。請求の時点で令状を拒むこと(事前抑制)はできないので、手続の段階に応じた次の4つで抑えます。

手当てどんなときに・何をするか
①勾留の取消し第一次勾留がまだ続いているなら、勾留を取り消して釈放する
②延長を認めない勾留の延長の前なら、延長を認めずに釈放する
③第二次逮捕・勾留の請求を却下この先、本件で逮捕・勾留が請求されても、それを却下する
④自白調書の証拠能力を否定起訴されたあとの裁判で、自白調書を証拠として使えないとする
  • ①の根拠(87条):勾留の理由や必要がなくなったとき、勾留を取り消さなければならない、という条文です。
  • 被疑者の勾留での使い方:87条の主語は「裁判所」、対象は「被告人」です。被疑者の勾留では、207条1項の授権で87条を読み替えて使います。
    • 207条1項:勾留の請求を受けた裁判官に、その処分について、裁判所や裁判長と同じ権限を与える規定です(保釈は除く)。
    • そのため、被疑者を勾留した裁判官が、87条に従って勾留を取り消せます。

87条(抜粋)刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない

207条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

新しい本件基準説・新しい別件基準説

実体喪失の考え方は、本件基準説と別件基準説の両方の側から取り込まれています。

新しい本件基準説新しい別件基準説
起点本件基準説の立場から、実体喪失を取り込む別件基準説の立場から、実体喪失を取り込む
勾留期間の理解起訴前の勾留期間は、逃亡・罪証隠滅を防いだ状態で、拘束の理由になった被疑事実について、起訴するかどうかを決めるために捜査する期間別件の勾留は、別件について適正に捜査するために、身柄を押さえておく期間
何が違法になるか別件の捜査を続ける必要が無いのに、本件を理由に勾留を続けると、実質は本件による勾留として違法余罪取調べが違法になるだけでなく、実体喪失で別件の理由・必要性そのものが失われ勾留自体が違法
裁判例東京地方裁判所の決定が採ったとされる立場
  • 新しい本件基準説は、取調べの違法と勾留の違法を分ける:実体喪失までは言えない、比較的短時間の本件の取調べを繰り返した場合です。
    • このとき勾留は違法でなくても、起訴・不起訴を決める捜査として必要性を欠くので、余罪取調べだけが違法と評価される余地があります。
  • 新しい別件基準説の理屈:実際には別件の捜査はほとんど進まず、拘束は本件の取調べに使われている。そうなると、別件のために拘束を続ける根拠は、もう残っていません。
  • 共通点:起点は本件か別件かで違いますが、どちらも実体喪失という考え方に合流します。
    • 実体を喪失した拘束を違法とする、という結論の方向は同じで、大差は無いとされています。

3つの学説を並べる

第一次逮捕・勾留の適法性についての3つの学説を、判断の対象と時点で比べます。

別件基準説本件基準説実体喪失説
判断対象別件自体の理由・必要性捜査機関の利用する意図客観的な取調べ状況
判断時点逮捕・勾留の時点逮捕・勾留の時点(請求を却下する=事前抑制事後的(取消し・却下などで後から抑える=事後抑制
  • 最高裁の決定との関係:決定は、学説の名前を出していません。
    • 別件自体の理由・必要性を確かめる点は、別件基準説が見る点と重なります。
    • そのうえで、弁護側が立てた「専ら本件を取り調べる目的で別件に名を借りたか」という問いにも答えています(第6節)。
  • 起訴できなかったとき:勾留の満期に嫌疑不十分や起訴猶予で起訴できなかった、というだけで、どの考え方でも、あとから勾留が違法になることはありません。

甲と乙のあてはめ

モデル事案の2人に、3つの学説を当てはめます。

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件基準説無免許運転の理由・必要性が十分 → 適法置き引き自体の必要性が薄い → 入口で理由・必要性を欠く可能性
本件基準説放火の捜査へ利用する意図が認められれば → 違法別件自体の必要性を欠けば、それだけで違法。この説は意図を見るので、放火をほとんど取り調べていなくても、利用の意図があれば違法
実体喪失説4〜9日目(無免許運転1日15分程度、放火は連日2〜3時間)の配分 → 実体を喪失した可能性。認められればその時点から先が違法放火については2日目に確認しただけ → 実体を喪失したとまではいえない。その確認の取調べが許されるかは、余罪取調べの限界として別に検討する
  • 見えてくること:別件逮捕・勾留が本当に問題になるのは、別件自体は一見適法に見えて、しかも本件の取調べに時間が偏っている、甲のような場合です。

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別件逮捕・勾留②余罪の取調べと第二次逮捕

拘束は適法でも、聞ける内容に限りはあるか

別件で適法に拘束している被疑者に、別の事件のことをどこまで聞けるかが、この回の問いです。

  • 別件逮捕・勾留:捜査機関が本当に調べたい事件(本件)とは別の事件(別件)を名目にして、被疑者を逮捕・勾留することです。
  • 本罪と余罪:逮捕・勾留の理由になっている事件を本罪、それ以外の事件を余罪と呼びます。
    • 別件逮捕・勾留の場面では、別件が本罪、本件が余罪にあたります。

(1) 3段階の検討順序

別件逮捕・勾留は、次の3段階の順で検討します。2段目と3段目がこの回の範囲です。

段階何を検討するか
1段目別件での第一次逮捕・勾留そのものが適法か
2段目その拘束の間に、本件(余罪)を取り調べることがどこまで許されるか
3段目その後、本件について第二次逮捕・勾留ができるか
  • 2段目と3段目のつながり:2段目で取調べが違法と評価されると、そこで得た自白が、3段目の第二次拘束を支えられなくなる場合があります。

(2) 甲と乙の事案

この回は、2人の被疑者で確かめます。第4節〜第7節は、別件基準説に立ち、第一次拘束は適法だったという前提で検討します。実体喪失説からの評価は第8節で見ます。

第一次拘束(別件=本罪)無免許運転で逮捕・勾留置き引きで逮捕・勾留
余罪への関わり勾留3日目、警察官に「ほかに何かしていないか」と聞かれ、倉庫放火について言い淀んだ勾留2日目、余罪の有無を確認され、放火への関与を否認した
その後の取調べ4日目から放火の取調べを本格化。4日目〜9日目の6日間、本罪は1日15分程度、余罪は連日2〜3時間以後、放火については一切取り調べていない
自白9日目に放火の自白調書が作られた自白は無い
別件の処分(満期日)無免許運転で略式命令置き引きで起訴猶予

拘束は適法・取調べは別(従来の別件基準説の発想)

拘束が適法かという問題と、その間の取調べが適法かという問題を、分けて考える発想があります。

  • 別件基準説:別件そのものに逮捕・勾留の理由と必要性があるかだけを見て、第一次拘束の適法性を判断する説です。
  • そのうえでの筋:この説に立っても、拘束そのものは適法としつつ、その間の取調べだけを別に違法と評価して、事後的に手当てをしようとする考え方があります。
  • つながる先:「拘束は適法でも、取調べは別」という発想が、取調べ受忍義務の議論に直結します。
    • 核心は、取調べに、拘束された事件の範囲を超える限界があるかどうかです。

取調べ受忍義務(実務と学説の対立)

余罪の取調べの限界を考える出発点は、取調べ受忍義務があるかどうかです。

  • 取調べ受忍義務:逮捕・勾留中の被疑者が、取調室に出頭し、出頭した後も自由には退去できないという義務です。
    • 例:これを認めると、勾留中の甲が取調べの途中で「もう帰ります」と言っても、取調室を出られません。
  • 198条1項ただし書の反対解釈:ただし書は、逮捕・勾留されていない被疑者なら、出頭を拒み、いつでも退去できると定めています。
    • 裏返すと、逮捕・勾留されている被疑者には、その権利が及ばないとも読めます。
実務学説(通説)
立場受忍義務を肯定(おおむね)受忍義務を否定
根拠198条1項ただし書の反対解釈受忍義務を認めると、供述を強いられているのと同じ状態になり、黙秘権の実質的な保障が損なわれる
逮捕・勾留中の被疑者は取調室への出頭を拒めず、出頭後も自由に退去できない出頭を拒めるし、出頭後も自由に退去できる
反論受忍義務を認めても、直ちに黙秘権の侵害になるわけではない
  • 次の問題:受忍義務を認める立場に立ったとして、その義務は本罪だけに及ぶのか、余罪にも及ぶのか。ここで学説が分かれます(第4節・第5節)。

198条(抜粋)刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

限定説(受忍義務は本罪だけ)

受忍義務を、拘束の理由になった事件に限る考え方です。

  • 限定説:取調べ受忍義務は、拘束の理由になった事件、つまり本罪についてのみ認められる、という説です。
    • 余罪には受忍義務が無いので、受忍義務を負わせたような余罪の取調べは違法になります。
  • 目印(部屋の点検契約):契約書(令状)に書かれているのは「101号室」(本罪)だけです。書かれていない「102号室」(余罪)までは、点検の権利が及びません。

(1) 余罪の取調べが適法になる条件

限定説では、受忍義務を負わせずに、本人の意思で話してもらう形なら、余罪も取り調べられます。

  • 限定説の規範:取調べ受忍義務は、逮捕・勾留の基礎となった事件(本罪)についてのみ認められる。余罪について受忍義務を負わせた取調べは、①余罪の被疑事実、②余罪についても供述拒否権および弁護人選任権があること、③余罪の取調べについては受忍義務がないこと、を告げた上で、④被疑者が任意に供述した場合でなければ違法となる。
条件中身
①余罪の被疑事実を告げるこれから何の事件について聞くのかを明らかにする
②供述拒否権・弁護人選任権を告げる余罪についても、話したくないことは話さなくてよいこと、弁護人を頼めることを知らせる(198条2項・30条1項に対応)
③受忍義務がないことを告げる余罪の取調べは、拒んで席を立ってよいとはっきり告げる
④任意に供述した①〜③を告げた上で、それでも被疑者が自分の意思で話した場合だけ、適法になる
  • 198条2項:取調べの前に、被疑者に「自分の意思に反して供述する必要はない」と告げなければなりません。
  • 30条1項:被疑者は、いつでも弁護人を選任できます。

(2) 例外:密接関連の例外

限定説でも、余罪と本罪が深く結びついているときは、受忍義務を負わせて余罪を取り調べられます。

  • 密接関連の例外:余罪が本罪と密接な関連を持ち、余罪の取調べが本罪の捜査を進める上で重要な意味を持つ場合には、本罪の取調べの一環として、受忍義務を負わせた余罪取調べも許されます。
    • 密接な関連:片方を調べれば、もう片方の解明にも直結してしまう関係です。
    • 例:死体の遺棄で拘束中に、その殺人を調べるように、余罪を明らかにすると本罪の全体の計画や意図が見えてくる組合せです。
  • 目印(配管):101号室と102号室が同じ配管でつながっていれば、101号室を点検すると102号室の状態も見えてしまいます。102号室を見ることも、101号室の点検の一環と扱えます。
  • 前編の最高裁の決定との違い:別件の恐喝未遂と、本件(強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄)に社会的事実として一連の密接な関連がある、とした決定です。
    • 脅迫状を届けた件を調べれば、事件当日の行動が分かり、本件の捜査にもなります。
    • そこで、本件も取り調べていたことは別件について当然すべき取調べで、第一次拘束は違法な別件逮捕ではない、としました。
    • 受忍義務の範囲や、限定説の例外を判断したものではありません

(3) 甲へのあてはめ

  • 告知:4日目に放火の取調べを本格化させた際、①〜③の告知はどれもされていません
    • 告知を欠く以上、④「任意に供述した」という条件そのものが整っていないと評価されます。甲が実際に話していても、結論は変わりません。
  • 密接関連:無免許運転と倉庫放火は、社会的事実として関連がありません。無免許運転をしていた事実は、放火の犯行計画や機会の解明に役立たないからです。
    • だから、密接関連の例外も使えません。
  • 結論:限定説に立てば、甲に対する4日目以降の余罪取調べは違法です。

非限定説(受忍義務は本罪・余罪を区別しない)

限定説と逆に、受忍義務を余罪にも及ぼす考え方です。

  • 非限定説:受忍義務は、本罪と余罪を区別せず認められる、という説です。
    • 根拠:198条1項ただし書からは、限定説が読み取るような「本罪に限る」という制限までは読み取れないからです。
    • 目印:101号室も102号室も、区別せず点検できる契約(建物全体の契約)だと考えます。
  • 立場:捜査の実務の立場とされています。
  • 批判嫌疑がほとんど無い余罪まで、受忍義務を負わせて聞いてよいとするのは、行き過ぎだという批判があります。
限定説非限定説
受忍義務が及ぶ範囲本罪だけ本罪も余罪も
余罪を取り調べる条件①〜③の告知+④任意の供述(例外:密接関連)限定説の①〜③の告知は不要(198条2項の告知は、どの取調べでも必要)
甲の4日目以降の余罪取調べ違法適法
  • 押さえる点:どちらの説に立つかで、甲の取調べの評価が正反対に分かれます。

第二次逮捕・勾留(第一次拘束の適法性で分かれる)

3段目は、本件(放火)について、改めて逮捕・勾留できるかです。まず、第一次拘束が適法だったかで出発点が変わります。

第一次拘束が適法だった場合第一次拘束が違法だった場合
第一次拘束の中身別件の拘束として適法別件を名目に、実質は本件で拘束していた=本件も拘束済み
第二次逮捕・勾留の意味本件についての新しい拘束同じ事件での二度目の拘束蒸し返し
判断通常の要件を、改めて満たせばよい再逮捕・再勾留禁止の原則がかかり、原則違法

(1) 第一次拘束が適法だった場合

  • 判断:逮捕・勾留の理由と必要性があれば、第二次逮捕・勾留も適法です。
    • 逮捕の理由(199条1項):被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることです。
    • 逮捕の必要性(199条2項ただし書):明らかに逮捕の必要が無いと裁判官が認めるときは、逮捕状は出ません。
    • 勾留の理由(60条1項・207条1項):60条1項は被告人の勾留の規定です。207条1項で、勾留請求を受けた裁判官が裁判所と同じ権限を持つので、被疑者の勾留にも使われます。
      • 60条1項の理由:罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのいずれかにあたることです。
    • 勾留の必要性:60条1項の文言にはありません。87条1項が、勾留の必要が無くなれば勾留を取り消すと定めています。

(2) 第一次拘束が違法だった場合

  • 蒸し返し:本件ではすでに一度拘束が行われていたので、本件での第二次逮捕・勾留は、同じ事件の蒸し返しと考えられます。
  • 原則:再逮捕・再勾留禁止の原則により、原則として違法です。
    • 例外:認める余地はあります。ただ、違法な第一次拘束による被疑者の不利益は大きいので、必要性の程度が極めて大きい場合に限られると考えられています。
      • 例:重大な犯罪で、それまでの捜査とは関係なく、新しい客観的な証拠が見つかった場合です。
  • 物差し:再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度を比べる、比較衡量です。

余罪取調べだけが違法だった場合(自白調書と第二次逮捕・勾留)

第一次拘束は適法でも、その間の余罪取調べだけが違法だった場合を整理します。

  • 自白調書の証拠能力:違法な余罪取調べで得た自白調書は、証拠能力が否定されます(証拠として使えません)。
  • 第二次逮捕・勾留:その理由を何が支えているかで分かれます。
    • 理由がその自白調書だけなら、理由が無くなるので違法です。
    • 自白調書を除いた残りの証拠だけで理由が足りるなら、適法です。
余罪取調べの評価 \ 第二次逮捕・勾留の理由自白調書のみ客観的な証拠あり
違法(限定説で、告知を欠く)違法(理由が無くなる)適法(自白を除いても理由が足りる)
適法(非限定説、または密接関連あり)適法(自白調書をそのまま使える)適法

(1) 甲の場合

  • 限定説:4日目以降の余罪取調べが違法なので、9日目の自白調書は証拠能力が否定されます。
    • 例えば、放火現場に残されたライターから甲の指紋が出ていれば、それは自白に頼らない客観的な証拠です。その証拠があれば、第二次逮捕・勾留は適法です。
    • そうした証拠が無く、理由が自白調書だけなら、第二次逮捕・勾留は違法です。
  • 非限定説:4日目以降の余罪取調べは適法で、自白調書もそのまま使えます。第二次逮捕・勾留は適法です。

(2) 乙の場合

  • 自白調書がそもそも無い:乙は2日目の確認で放火への関与を否認し、その後は放火について取り調べられていません。証拠能力を問題にする自白調書が存在しません。
    • 限定説からは、告知の無いまま放火を確認したことも違法と評価されます。ただ、自白調書が無いので、第二次逮捕・勾留の理由には影響しません。
  • 判断:乙の第二次逮捕・勾留は、防犯カメラ映像のような、自白に由来しない客観的な証拠があるかだけで判断されます。
  • 2段目と3段目のつながり:拘束そのものが適法でも、取調べには限界があります。その限界を超えて得た自白は、次の拘束を支えられません

実体喪失説から見た余罪取調べ

実体喪失説は、余罪取調べを含む捜査の状況から、第一次勾留そのものの適法性を見ます。第4節〜第7節の前提(別件基準説)とは別の筋です。

  • 実体喪失説:勾留が、本罪の勾留としての実体を保っているかで、別件逮捕・勾留の適法性を見る説です。
  • 実体を失った場合:失った時点から先の勾留が違法です。
    • 本件での第二次逮捕・勾留は蒸し返しにあたり、再逮捕・再勾留禁止の原則で原則違法です(第6節(2))。
  • 限定説・非限定説との関係:この2説は、別件基準説で第一次拘束を適法としたうえでの対立です。実体喪失説とは別の筋なので、1つの答案の中で重ねません。
  • 取調べだけが違法になる余地:実体を失うまでには至らない、比較的短時間の余罪取調べの繰り返しなら、勾留は違法でなくても、その取調べを違法と評価する余地があります。
    • 理由:勾留の期間は、本罪の起訴・不起訴を決めるための捜査に使う前提です。その決定に向けた捜査として必要性を欠く取調べは、それ自体が違法と評価されます。

(1) 甲へのあてはめ

4日目〜9日目の6日間1日あたりの取調べ
本罪(無免許運転)15分程度
余罪(倉庫放火)連日2〜3時間
  • 考慮要素本罪と余罪、それぞれの取調べの程度が、余罪の側に大きく偏っています。
  • 評価:本罪の取調べが1日15分では、本罪の起訴・不起訴を決めるための取調べとは言えません。6日間の取調べの時間は、ほとんど余罪に使われていたことになります。
  • 結論:比較的短時間の取調べの繰り返しではありません。4日目以降、勾留が本罪の勾留としての実体を失い、違法になっていたと評価できる可能性が、正面の論点です。そう評価すれば、放火での第二次逮捕・勾留は原則違法です。

(2) 乙へのあてはめ

  • 評価:放火に触れたのは2日目の確認だけで、否認の後は取り調べていません。勾留は実体を失っておらず、第一次勾留は適法です。

甲・乙の総合検討

ここまでの検討を、甲と乙で並べます。

(無免許運転で逮捕)(置き引きで逮捕)
余罪取調べ限定説なら違法、非限定説なら適法(告知が無く、密接関連も無い)限定説なら、告知の無い2日目の確認も違法、非限定説なら適法
第二次逮捕・勾留限定説:客観的な証拠があれば適法、無ければ違法/非限定説:適法自白調書が無いので、防犯カメラ映像などの客観的な証拠だけで判断
実体喪失説6日間の配分が余罪に偏り、4日目以降の勾留が違法になりうる → 第二次は原則違法2日目の確認だけで、実体は失っていない → 第一次は適法
  • 分かれ方の違い:甲は、告知の有無・密接関連の有無・取調べの配分という具体的な事情の組合せで結論が変わります。乙は、自白調書が無いので、どの説でも第二次逮捕・勾留は客観的な証拠で決まります。

(1) 別件の処分結果は響かない

  • 処分結果:満期日に、甲は無免許運転で略式命令、乙は置き引きで起訴猶予になりました。
    • 略式命令:簡易裁判所が、検察官の請求により、公判を開く前に、100万円以下の罰金または科料を科す手続です(461条)。
    • 起訴猶予:犯罪の軽重や情状などから訴追を必要としないとき、検察官が起訴しないことです(248条)。
  • 結論:起訴できなかったなど、別件の処分結果だけを理由に、あとから第一次拘束が違法になることは、どの見解でもありません

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#36単独ページ動画

捜索・差押え①令状の請求と領置

第2章 捜査 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

あの紙には何が書いてあるのか

警察官が家の中から段ボール箱を運び出し傍らに紙切れが一枚置かれている様子から始まる導入板

今日から、新しいテーマに入ります。これまでは、人の身体を拘束する捜査、逮捕と勾留を見てきました。ここからは、物を集める捜査、捜索・差押えです。誰が、どうやってあの紙を手に入れるのか。今日は、令状を取る側を見ます。先に、今日の答えを言っておきます。物を集める捜査でも、相手が手放した物を受け取るだけなら、令状は要りません。意思に反して奪うときだけ、裁判官の令状が要ります。なぜ、そこで線を引くのか。それが、今日の一本の軸です。

押収の総論——捜索・差押え・領置

物を探す処分を捜索占有者の意思に反して奪う処分を差押え占有者が手放した物を受け取る処分を領置と定義し押収がこの2つの総称であることを示す板

捜査の全体像を見た回で一度出した言葉ですが、今日使えるところまで整理します。物を「探す」処分が、捜索です。見つけた物を、占有者の意思に反して強制的に「持って帰る」処分が、差押えです。領置は違うんですか。違います。領置は、占有者が自分から手放した物を「持って帰る」処分です。差押えと領置をまとめた総称が、押収です。そして、奪うのか受け取るのかによって、令状の要不要がまるで変わります。ちなみに、差押えの対象は、原則として有体物です。この原則が、あとで見る電子データの話にもつながります。今日はこれを、1つの事件で通して見ていきます。例えば、会社員のAさんの自宅に、何者かが侵入し、指輪などの貴金属が盗まれました。捜査線上に、Aさんの元同僚Bが浮かびます。

順番に見ていきます。

領置①——遺留物と任意提出物

事件現場近くの公園で見つかった空の小物入れを通行人が届け出る場面を遺留物の領置として示す板

領置の根拠条文を見てください。

条文刑事訴訟法第221条

刑事訴訟法第221条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる

「遺留した物」って、落とした物、ということですか。少し違います。占有を放棄した物、という意味です。犯行当日、Aさん宅の近くの公園で、空になった小物入れが見つかり、通行人が警察に届け出ました。これは、犯人が中身を抜いて捨てた、つまり占有を放棄した物です。遺留物として、令状なしで領置することができます。あとで取りに来る、と書いたメモが入っていた場合は、占有を放棄したとは言えません。まだ取りに戻るつもりがある物は、遺留物には当たりません。勝手に持ち帰れば、それこそ令状の要る強制的な取得になってしまいます。

領置②——任意提出できる者の範囲と還付

被害者Aさんが自分のスマホの写真データが入ったSDカードを自ら差し出す場面を任意提出物の領置として示す板

任意提出ができるのは、所有者、所持者、つまり自分のために占有している人、そして保管者、他人のために占有している人、この3者です。被害者のAさんが、「犯人が触ったドアノブを、自分のスマホで撮った写真データがあります」と、SDカードを差し出しました。これは、所有者による任意提出物の領置です。保管者というと、持ち主じゃない人が出す場合もあるんですか。あります。例えば、Bが盗んだ指輪の一部を質屋に持ち込んでいた場合、質屋の店主は、指輪の所有者ではありませんが、今その物を預かっている保管者として、任意に提出できます。

今、現実に占有している人かどうかが基準です。一度、警察が受け取った物は、もう返ってこないんですか。戻ってきます。留置の必要がなくなれば、還付する義務があります。222条1項が準用する123条1項の規律です。押収は、証拠として必要な限度でだけ許される処分です。必要がなくなれば、持ち主の財産権に配慮して返す、という考え方です。つまり、領置は、受け取るまでは任意処分、受け取った後は強制処分、という二段の性質を持ちます。確認したいんですが、被害者が自分から差し出した物は、令状がいる、いらない、どっちですか。いりません。領置には、令状は要りません。

強制処分には根拠が要った。では、それだけで足りるか

強制処分には法律の根拠が要るというルールを想起させ根拠だけで足りるのかそれとも別に何か要るのかを問いかける板

ここで、少し思い出してください。強制処分には、法律の根拠が要る、というルールを前に見ましたね。差押えは、相手の意思に反して物を奪う、強制処分です。221条のような法律の根拠はすでにあります。では、ここで思い出してほしいのですが、法律の根拠さえあれば、それで足りるでしょうか?法律の根拠は、どんな処分ができるか、という一般の話です。目の前のこの家に、今、踏み込んでよいか。それは、まだ誰も確かめていません。そこで出てくるのが、第2章で、強制処分法定主義と一緒に名前を見た、令状主義です。

令状主義の趣旨①——憲法35条

引っ越し業者に何でも運んでいいと白紙で頼む依頼と本棚だけ運んでくださいと品目を指定した依頼を対比する板

差押えは、財産権だけでなく、住居や所持品という、私的な領域に踏み込まれない権利、つまりプライバシーも侵害します。捜査機関の自己判断だけに委ねてよいか、という問題です。捜査機関は、事件を追う側です。自分で必要だと決めて、自分で踏み込めるなら、歯止めが働きません。そこで、事件に利害のない裁判官に、踏み込む前に確かめさせます。そこに歯止めをかけるのが、憲法35条です。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

ここから、3つの要素が出てきます。1つ目、「正当な理由」の事前審査。2つ目、「捜索する場所及び押収する物」の明示。3つ目、「各別の令状」、つまり一般令状の禁止です。例えば、引っ越し業者の依頼で考えてください。「家の中の物、好きに全部運んでいいよ」という白紙の依頼と、「リビングの本棚だけ運んでください」という、品目を指定した依頼、どちらが業者に大きな自由を持たせてしまうか。白紙の依頼の方です。各別の令状は、後者、品目を指定した依頼です。一般令状は、前者、何でも運んでいい白紙の依頼です。憲法35条2項は、この一般令状を禁止しています。

令状主義の趣旨②——「正当な理由」の中身

嫌疑があるか、その場所に物がある見込みが高いか、事件と関わりがあるか、今差し押さえる必要があるかという4つの問いに裁判官が正当な理由を分解して審査すると示す板

この一語には、4つの具体的な問いが、畳み込まれています。

論文で書く規範:「正当な理由」の4要件 裁判官は、①特定の犯罪について嫌疑があること、②捜索する場所にその物がある見込みが高いこと、③その物が今回の事件と関わりがあること、④今、差し押さえる必要があること、の4つがすべて認められて初めて令状を発付する。 (通説(憲法35条1項「正当な理由」の解釈))

なぜ、この4つが要るのか。1つずつ理由があります。①は、捜査が特定の犯罪の嫌疑を前提とする、当然の帰結です。②は、目的物が存在しない場所を捜索させても、意味がないからです。③の関連性が要るのは、「特定の犯罪事実」について審査したはずの令状で、「他の犯罪事実」の証拠まで取れてしまえば、令状主義が形骸化するからです。さきほどの、一般令状の禁止という話が、ここに現れています。④は、①から③がそろっても、なお必要性がなければ、発付すべきでない、という最後の歯止めです。例えば、①窃盗の嫌疑がBにあること、②指輪類がB方にあると見込めること、③その指輪類が、Aさん方の窃盗事件の証拠であること、④今、捜索・差押えをする必要があること。この4つを、裁判官が確かめます。

Bの家にある使い古しのノートパソコンが、今回の窃盗事件と何の関係もないなら、③の関連性を欠きます。嫌疑があっても、存在の見込みがあっても、関連性がなければ、その物には令状が出ません。指輪がすでに質屋に売られていた場合は、②の見込みが崩れます。B方にあると見込む根拠がなくなるからです。この場合、B方でなく、質屋の方を対象にするべきです。自白があり、証拠も十分にそろっている場合は、④の必要性が問題になります。嫌疑も、存在の見込みも、関連性もあっても、すでに証拠が十分にそろっていて、重ねて捜索する必要がなければ、令状は出ません。

4つすべてがそろって、初めて発付されます。相手の意思に反して奪うからこそ、ここまで確かめさせるのです。段が違います。あちらは、令状が要る処分かを決める、入口の判断です。こちらは、令状を出してよいかの判断です。今日は、入口を通った先の話です。

令状に書かれる事項——刑訴法219条1項

罪名差し押さえるべき物捜索すべき場所身体物有効期間の4点を軸に一般令状の禁止と結びつけて令状の記載事項を示す板

では、その「正当な理由」を審査した結果、令状には何が書かれるのか。

条文刑事訴訟法第219条第1項

刑事訴訟法第219条第1項 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名差し押さえるべき物捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

長い条文ですが、実務の型に沿って、4点だけ押さえます。罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所・身体・物、そして有効期間です。さきほどの、各別の令状、一般令状の禁止に直結します。例えば、罪名も差し押さえるべき物も書かず、「B方を家宅捜索してよい」とだけ書いた令状があったら、どうなるでしょうか。何でも持って行っていい令状になってしまいます。差し押さえるべき物を書かない令状は、まさに、一般令状です。罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所を書かせることで、令状の効力をその範囲だけに縛ります。有効期間も同じです。いつまでも有効な令状は、それ自体が歯止めを失った令状になってしまいます。

それは、電子データを対象にする令状のときに書かれる事項です。中身は別の回で扱います。今日は、この4点を押さえてください。

令状の請求——請求権者

検察官検察事務官司法警察員は令状を請求できるが司法巡査には請求権限がないと示す板 図:検察官検察事務官司法警察員は令状を請求できるが司法巡査には請求権限がないと示す板

誰でも請求できるわけではありません。令状を請求できる人は、法律で限られています。

条文刑事訴訟法第218条第5項

刑事訴訟法第218条第5項 第一項の令状は、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により、これを発する。

検察官、検察事務官、司法警察員、この3者に限られます。司法巡査には、令状の請求権限がありません。第1章で見たとおり、刑訴法は、現場で最初に動く人と、その判断に責任を持つ人を分けています。人の住居に踏み込む手続を始めるかどうかは、重い判断です。だから、責任を持つ側の司法警察員に負わせています。警察の中だけでは決められません。警察を外から管理する公安委員会の定めで決まります。その定めでは、巡査部長以上の警察官が司法警察員、巡査が司法巡査です。必要があるときは、巡査を司法警察員に指定することもできます。誰に責任を負わせるかの線引きを、警察の外の委員会に置いている、という形です。

司法巡査は、司法警察員を補助して動く立場です。目の前の捜査を進めている人が、そのまま裁判官に持ち込めると、この家まで踏み込む必要が本当にあるのかを、警察の中で一度確かめる段が消えます。そうなると、請求は現場の勢いのまま増えていきます。現場の司法巡査が捜索の必要を感じたときは、自分では請求せず、司法警察員につなぎます。司法巡査は、捜索そのものにも関われないんですか。関われます。令状が出たあと、実際に家に入って探す場面には、司法巡査も加わります。分けているのは、裁判官に令状を求めるかどうか、という入口の判断だけです。そして、請求するときは、書類だけ出せばいいわけではありません。「正当な理由」があることを裏づける、疎明資料も添えます。

例えば、Bの職場の元同僚の供述や、防犯カメラの記録が、疎明資料になります。疎明と証明は、違うんですか。違います。証明は、裁判官に確信を持たせる程度の立証です。疎明は、一応確からしい、という心証を持たせる程度で足ります。令状の審査で確信までは求めないのは、起訴前の、まだ捜査の途中の段階だからです。

請求書の記載事項——犯罪事実の要旨まで書く

Bの自宅の捜索差押許可状請求書に罪名差し押さえるべき物捜索すべき場所犯罪事実の要旨が並ぶ請求書板

請求書には、令状本体より詳しいことが書かれます。Bの自宅の捜索差押許可状請求書には、罪名は窃盗、差し押さえるべき物は指輪類、捜索すべき場所はB方、そして、犯罪事実の要旨、つまり「Aさんの家に侵入し、指輪等を窃取した」という事実の概要まで書かれます。令状本体にはありません。請求書側にだけ、この記載があります。請求書は、裁判官に判断してもらうための書類です。何の事件で、どこまでの嫌疑があるのか。それが分からなければ、「正当な理由」があるかどうかを判断できません。令状のほうは、実際に家に入るときに、相手に示す紙です。示される相手は、被疑者とは限りません。役割が違うので、書かせる中身も違います。今日は、請求書側に犯罪事実の要旨が必要だ、という書き分けを、役割の違いとして押さえてください。

有効期間は、どのくらいなんですか。原則7日以内です。超える場合は、請求書にその旨と理由を書きます。Bさん以外の人の家を捜索することもあるんですか。あります。被疑者以外の人を対象にするときは、物がそこにあると認めるに足りる状況が、別途要求されます。

令状をオンラインで——法律はできている、施行はこれから

刑事手続の電子化を進める法律はすでに成立しているが令状のオンライン請求発付は2026年9月時点で未施行と示す板

刑事手続の電子化を進める法律は、すでに成立しています。ただ、令状のオンライン請求や発付に関する部分は、まだ施行されていません。今の219条1項も、「裁判官が、これに記名押印しなければならない」のままです。紙の令状が前提になっています。令状のやり取りも、今後オンライン化される予定、という段階です。「もう変わった」と、「変わる予定がある」を、混同しないようにしてください。例えば、遠隔地の裁判所まで書類を持ち込む時間が惜しい、切迫した捜査の場面を考えてください。紙と押印を電子的な方法に置き換えれば、請求から発付までの時間を短くできます。それが、この変更の狙いです。

電子データを出させる命令——電磁的記録提供命令

電子データを対象にする令状は今は電磁的記録提供命令という名前で呼ばれ219条1項の記載にも反映されていると示す板

もう一つ、呼び名の更新があります。電子データを対象にする令状は、今、「電磁的記録提供命令」という名前です。あの部分が、この名前に対応しています。差押えは、目に見える物の占有を取得する処分です。例えば、データがクラウド上のサーバーに保存されていて、物理的に持ち出せない場合を考えてください。そこで、データを保有している人に、電磁的記録を提供させる、という形の命令が必要になりました。この制度の中身、どんな要件で、どんな手続きなのかは、別の回でじっくり扱います。今日は、この名前だけ押さえてください。

今日のまとめ・次回への橋

押収の2類型令状主義の趣旨4要件219条1項の記載事項令状の請求という今日渡した4点を1本にまとめ次回は裁判官の審査に進むと示す板

今日の内容を振り返ります。1つ目。押収には、令状の要らない領置と、令状の要る差押えの、2つの類型があります。分かれ目は、相手が手放したのか、それとも意思に反して奪うのか、でした。2つ目。差押えには、憲法35条の令状主義がかかります。「正当な理由」の4要件と、各別の令状、つまり一般令状の禁止、この2つが中身でした。ここで、一度確認します。Bさんの家を捜索する令状で、裁判官が確かめる4つの問いは、何でしたか。嫌疑があるか、目的物がそこにありそうか、その事件との関連性があるか、そして必要性があるか、でしたね。そして、この4つは1つでも欠ければ、令状は出ません。3つ目。令状には、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間が書かれます。これらは、一般令状を禁止するための記載でした。4つ目。令状は、検察官、検察事務官、司法警察員だけが請求できます。請求書には、令状本体には書かれない「犯罪事実の要旨」まで書かせます。この差、覚えておいてください。令状には罪名しか書かなくてよい理由、対象の特定はどこまで必要か、そして、被疑者以外の人への捜索も扱います。

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旧シリーズv1(作り直し中)

作り直し前のシリーズです。話の割り方が今の解説順と違うため、本文はこのページに載せず 単独ページへのリンクだけ置いています。