刑事訴訟法 復習ノート全文

刑事訴訟法の地図(条文から引く)→

第1章総論

#1単独ページ動画

刑事訴訟法とは何か

問い:刑事訴訟法は、何を定め、何のためにあるのか。

骨組み

  1. 1何を定める法か:刑法=何が罪か/刑事訴訟法=どう確かめるか(捜査・裁判・確定した裁判の執行)
  2. 2目的():公共の福祉の維持と人権保障を全うしつつ、事案の真相を明らかにし、適正且つ迅速に。被害者の救済は書かれていない
  3. 3適正手続主義:根拠は憲法以下。の「法律の定める手続」=適正な手続(多数説)
  4. 4「真実」の範囲:刑罰権の有無と量(核心司法)。事件のあらゆる事実ではない
  5. 5民事との違い=補強証拠:自白が唯一の証拠なら有罪にできない。法廷の自白まで補強を求めるのは刑事訴訟法(判例)
  6. 6迅速(高田事件・昭47):遅延で権利が害された異常な事態 → 規定が無くても打ち切り=免訴
  7. 72つの理念の関係:両立(強制された自白を使わない)/衝突(違法な捜索で得た証拠)。どちらを重視するかだけでは解けない
  8. 8法源:憲法 → 刑事訴訟法 → 刑事訴訟規則(最高裁が作る)。判例は、違反が上告理由なので事実上重要

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1何を定める法か

  • 刑法(実体法)=どんな行為にどんな犯罪が成立し、どんな刑罰が科されるか。刑事訴訟法(手続法)=それを現実の行為に当てはめるための手続。
  • 扱う範囲は3つ:捜査(裁判の準備)・裁判・確定した裁判の執行()。
  • 手続なくして刑罰なし:憲法の「法律の定める手続」を具体化する法律。
  • 呼び名:起訴の前=被疑者/起訴の後=被告人。

犯人が19歳 → 捜査は原則として刑事訴訟法による。その後は原則として家庭裁判所へ送られ、少年法の手続に移る。

2目的を定める条文

の要素対応する理念
公共の福祉の維持人権保障と衡量される相手方(社会の側の利益)
個人の基本的人権の保障適正手続主義
事案の真相を明らかにし実体的真実主義
適正且つ迅速に「適正」は人権保障と重なる。「迅速」が独立した3つ目の要請
  • 被害者の救済はに無い。被害の回復は民事訴訟で実現することが想定され、刑事手続は保護の制度を設けるにとどまる(例:心情・意見の陳述=)。

出題刑訴法1条は「事案の真相の解明」を明文に掲げなかった(×)

×にされやすい形
  • 「は『事案の真相の解明』を明文には掲げていない」
  • 「公共の福祉の維持は、人権保障の言い換え」
  • 「被害者の救済も、刑事訴訟法の直接の目的」

3適正手続主義条文学説

  • なぜ要るか:刑事手続は、国家が個人の権利・自由を強く制約する場面だから(逮捕・勾留、捜索・押収)。守る相手は被疑者・被告人だけでなく一般市民も。
  • 根拠:以下。の文言は「法律の定める手続」だけだが、多数説は適正な手続の意味に読む(デュー・プロセス)。
  • 以下は個別の保障:令状主義(・)、拷問の禁止()、不利益な供述の強要の禁止()など。

言い分を述べる機会を全く与えずに刑罰を科す手続は、法律に書いてあっても、多数説の読み方ではに反する。

4「真実」の範囲:核心司法

  • 解明すべき「事案の真相」=刑罰権の有無(犯罪事実を被告人が行ったか)と刑罰権の範囲(量)(情状)。
  • ただし、自白の任意性のような訴訟手続上の事実も判断する(判断する事実が2つだけ、という意味ではない)。
  • 事実は、訴訟法の制限を経て法廷で取り調べた証拠から組み立てる(訴訟的真実)。主張・立証を主導するのは検察官と被告人(当事者主義)。
自転車盗の例「真実」に含まれるか
本当に盗んだか含まれる(有無)
初犯か常習か・反省・弁償含まれる(量刑の事情)
事件と関係のない交友・生い立ち含まれない
×にされやすい形
  • 「刑事裁判は事件の真相を全部明らかにする場所」

5民事との違い:補強証拠条文判例

民事訴訟刑事訴訟
理念形式的真実主義実体的真実主義
相手が認めた事実証明なしに認定できる自白が唯一の証拠なら有罪にできない()
合意で決着和解などで決められる有罪かどうかを合意で決めない
  • 「有罪です」とだけ認めた場合(有罪の自認)も同じ()。
  • の「本人の自白」に、判例は公判廷での自白を含めない。法廷の自白にまで補強を求めるのは、刑事訴訟法(「公判廷における自白であると否とを問わず」)。

法律を変えて「法廷で罪を認めればそれだけで有罪」にしても、憲法上は許されうると解されている(憲法の要求ではないから)。

×にされやすい形
  • 「法廷の自白にも補強が要るのは、憲法の要求」

6迅速:高田事件(最大判昭47・12・20)判例

  • の「迅速」の理由:被告人を早く手続から解放し、破られたルールを実効的に確認し直す(規範の回復)。
  • の趣旨:被告人の負担を過剰に長くしない/証拠の劣化を避ける。
  • 審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、
    もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。
  • 遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、
    …遅延の主たる原因が被告人側にあつた場合には、被告人が迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したものと認めるべきであつて、
    …審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、
    …判決で免訴の言渡をするのが相当である。
審理が著しく遅れた主たる原因が被告人側か逃亡・出廷拒否・引延しなど権利の放棄打ち切らないはいいいえ異常な事態か期間だけでなく、原因・理由と害された利益の程度を総合打ち切らないいいえはい非常救済手段で打ち切り判決で免訴(明文の規定は無い)
高田事件の判断の流れ。紫の枠が判例の言葉。事件が複雑で結果として長くかかっただけなら、2段目で「いいえ」になる。
  1. 弁護人側が別の事件との併合を望み、その終わりを待つよう要望。裁判所が受け入れる
  2. 検察官の立証の途中で、第一審の審理が15年余り事実上止まる(被告人側に逃亡・引延しの様子は無い)
  3. 第一審:免訴 → 高裁:取り消して差戻し
  4. 最高裁:高裁判決を破棄。第一審の免訴判決を結論において正当とし、検察官の控訴を棄却 → 打ち切り

事件が複雑で、結果として長くかかった → 当たらない(判決は「該当しないこともちろん」とする)。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、免訴の条文()を当てはめた」(の事由は確定判決・刑の廃止・大赦・時効で、遅延は無い)
  • 「迅速な裁判に反するかは、遅延の期間だけで決まる」
  • 「最高裁が自ら免訴を言い渡した」(第一審の免訴判決を正当とした)

72つの理念の関係

場面例関係
両立強制・拷問で得た自白を証拠にしない(・)嘘の自白を防ぐ(真実)+黙秘権の保障(適正)
衝突違法な捜索で見つかった重要な証拠物を使ってよいか違法収集証拠排除法則の問題
  • 判例は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠とすることが将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でないときに、証拠能力を否定する(を引いて立てた基準)。
  • どちらの理念を重視するかを決めるだけでは解けない。制度ごとの趣旨に応じて、より具体的な利益を検討する。
違法な手続で得た証拠物重大な違法があるか令状主義の精神を没却するような証拠にできるいいえはい証拠とするのが相当でないか将来における違法な捜査の抑制の見地からして証拠にできるいいえはい証拠能力を否定
違法に集めた証拠を使えるかの判例の基準。2段とも「はい」のときだけ使えない=違法があれば必ず使えない、ではない。
×にされやすい形
  • 「違法な捜索で見つかった証拠は、必ず使えない」

8法源

法源要点
憲法最上位。31〜40条の10か条を刑事手続に割く
刑事訴訟法手続の中核。憲法以下を具体化
刑事訴訟規則国会ではなく最高裁判所が作る()。細目・補充的な事項
特別法警察官職務執行法・通信傍受法・裁判員法など
条約そのまま適用できる内容(例:外交官の刑事裁判権の免除)
判例法源かは議論がある。事実上重要
  • 判例が重要な理由:判例と相反する判断は上告の理由(2号・3号)。最高裁の判例が無ければ、大審院などの判例との相反も上告理由(3号)。
  • ただし判決に影響しないことが明らかなら破棄されず(ただし書)、最高裁が判例を変えて原判決を維持することもある()。
×にされやすい形
  • 「刑事訴訟規則は国会が制定する」

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#2単独ページ動画

手続の全体像

問い:1つの事件は、どの順で進み、何に縛られるのか。

骨組み

  1. 1地図:捜査 → 公訴の提起 → 公判 → 裁判 → 確定・執行。起訴猶予・略式命令で道が短くなる
  2. 2捜査の始まり():犯罪があると思料するとき。通報などは端緒。対象になった時から被疑者
  3. 3逮捕の時間制限:送致48時間(拘束時から)→ 勾留請求24時間(受け取った時から)→ 通じて72時間(拘束時から)
  4. 4勾留:請求は検察官だけ。請求した日から10日+延長は通じて10日まで()
  5. 5起訴後の勾留と保釈:起訴の日から2か月。保釈は起訴後(被告人)だけ
  6. 6起訴:検察官だけ()。有罪にできても起訴しないことができる()。例外=検察審査会の起訴議決・付審判
  7. 7公判:冒頭手続(人定質問 → 起訴状朗読 → 黙秘権等の告知 → 被告人・弁護人の陳述)→ 証拠調べ → 弁論手続 → 判決
  8. 8判決から先:確定した事件はもう裁けない(一事不再理=免訴)。再審は有罪とされた人の利益のためだけ
  9. 9登場人物:請求=検察官/防御=被疑者・被告人と弁護人/判断=裁判所。被害者は当事者ではない
  10. 10無罪推定:被疑者にも被告人にも。①刑罰の先取り禁止 ②疑わしきは被告人の利益に(判例=「刑事裁判における鉄則」)
  11. 11拘束との関係:逮捕・勾留は刑罰ではなく手続上の処分。期限・要件・裁判官の審査で縛る
逮捕=身体を拘束された時 司法警察員 拘束時から48時間で送致 検察官 受け取った時から24時間 勾留請求まで通じて72時間(拘束時から) 勾留請求 勾留(裁判官) 請求した日から10日 延長 通じて10日まで 起訴 → 被告人の勾留 起訴の日から2か月・保釈はここから 釈放 起訴 しない
起訴前の身柄の時間表(項目3〜5)。数え始めが3通りある:48時間と72時間は拘束された時、24時間は受け取った時、10日は請求した日。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1手続の地図

  • 5つの区間:捜査(犯人の確保・証拠集め)→ 公訴の提起(検察官が裁判にかけるか決める)→ 公判(法廷で証拠を調べる)→ 裁判(判決と不服申立て)→ 確定・執行。
  • 全部を通るとは限らない。起訴されなければ公判に進まない。事実を争わない事件には、手続を簡単にする仕組みがある(略式手続・即決裁判手続・簡易公判手続)。
  • 略式命令:被疑者が異議の無いことを書面で示す → 簡易裁判所が公判を開かずに100万円以下の罰金・科料を科す(・)。

初犯・深い謝罪・示談成立の傷害 → 検察官が起訴猶予にすれば、公判には進まない。

×にされやすい形
  • 「認めても否認しても、捜査・起訴・公判・判決の流れは同じ」

2捜査の始まりと被疑者条文

  • 始まり=事件が起きた時ではなく、捜査機関が犯罪があると思料するとき(嫌疑が生じた時)()。
  • 端緒=きっかけ:通報・職務質問・告訴(被害者などの申告+処罰を求める)・告発(被害者など以外の人がする)。
  • 集めるもの=犯人と証拠。担当は第一次的に司法警察職員。検察官も自ら捜査できる()。
  • 被疑者=捜査の対象になった人。逮捕されているかは関係ない。起訴された時から被告人(「被告」は民事の呼び名)。

逮捕されず、呼び出しに応じて警察署で話を聴かれているだけの人 → それでも被疑者。

×にされやすい形
  • 「被疑者とは、逮捕された人をいう」

3逮捕の時間制限条文

段階誰が期限(数え始め)条文
送致司法警察員(不要なら直ちに釈放)48時間(身体を拘束された時から)
勾留請求検察官(不要なら釈放=裁判は要らない)24時間(被疑者を受け取った時から)
上限―72時間(身体を拘束された時から)
検察官が自ら逮捕検察官48時間(身体を拘束された時から)
  • 72時間の中で起訴すれば、勾留請求は要らない()。どちらもしなければ直ちに釈放()。
  • 逮捕には原則として逮捕状が要る()。現行犯逮捕など、逮捕状の要らない例外がある。
  • 裁判官が判断するのは主に逮捕状・勾留・延長の場面。48時間・24時間の期限ごとに裁判官が判断するのではない。
逮捕(身体を拘束された時)留置の必要があるか司法警察員が判断直ちに釈放いいえはい → 48時間以内に送致留置の必要があるか検察官が判断直ちに釈放裁判は要らないいいえはい時間内に起訴するか起訴勾留請求は要らないはいいいえ勾留請求受け取った時から24時間・通じて72時間以内
逮捕の後、送致・釈放・勾留請求・起訴のどれに進むかの流れ(203条・205条)。検察官が釈放するのに裁判官の裁判は要らない。

月曜22時に逮捕 → 送致の期限は水曜22時。水曜22時ぎりぎりに送られて受け取った → 24時間なら木曜22時だが、72時間の上限も木曜22時。受け取りがもっと遅い計算でも、72時間(拘束時から)を超えられない。

出題司法警察員の送致の48時間は、引致時・令状発付時・受け取った時から数える(×)

出題受け取りから24時間で数えた時刻までに勾留を請求すれば足りる(×)

出題検察官は被疑者を受け取った時から48時間以内に勾留を請求すればよい(×)

出題事例で48・24・72を順に埋める

出題検察官が自ら逮捕したときは、拘束時から24時間以内に勾留を請求しなければならない(×)

出題検察官が自ら逮捕したときは、拘束時から48時間以内に勾留を請求しなければならない(○)

出題留置の必要がなければ、送致せず直ちに釈放しなければならない(○)

出題留置の必要がなくても、釈放せず48時間以内に検察官に送致しなければならない(×)

出題検察官が勾留請求せずに釈放する場合・私人が現行犯逮捕する場合も、裁判官の裁判を要する(×)

×にされやすい形
  • 「送致の48時間は、被疑者を受け取った時(引致した時)から数える」
  • 「検察官は受け取った時から24時間以内に請求すれば足りる」(72時間の上限を見落とす)
  • 「留置の必要が無くても、48時間以内に送致しなければならない」
  • 「検察官が勾留請求せずに釈放するには、裁判官の裁判が要る」

4勾留:10日+延長10日条文

  • 被疑者の勾留を請求できるのは検察官。裁判官が勾留質問をして決める()。
  • 勾留の請求をした日から10日以内に起訴しなければ釈放()。請求した日も休日も数える。
  • 延長:やむを得ない事由+検察官の請求 → 通じて10日を超えられない()。
  • 内乱・騒乱などの罪は、さらに5日まで()。
  • 起訴前の拘束の原則的な最長:逮捕の約3日+勾留20日(逮捕の日を1日目として23日間)。

4月1日に請求し、勾留状は翌日に出た → それでも10日は4月1日から数えて4月10日まで。

出題勾留の10日は勾留の請求をした日から数える(勾留の裁判が翌日でも)(○)

出題勾留の10日は、身体を拘束された日・請求の翌日から数える(×)

出題延長は通じて10日まで。10日の延長請求に5日だけ認めることもできる(○)

出題勾留期間の延長は1回に限りできる(×)

出題司法警察員も被疑者の勾留を請求できる(×)

×にされやすい形
  • 「勾留の10日は、身体を拘束された日(請求の翌日)から数える」
  • 「延長は1回に限り」/「通じて20日まで」
  • 「最大20日で必ず出られる」(起訴されれば被告人の勾留が続く)

5起訴後の勾留と保釈条文

  • 勾留中に起訴 → 被告人の勾留に切り替わる。起訴の日から2か月、その後1か月ずつ更新(原則1回)()。
  • 保釈=保証金を納めさせて釈放。請求できるのは勾留されている被告人側()。
  • 被疑者の勾留には保釈が無い(ただし書)。逮捕にも無い。

勾留中の被疑者の家族や弁護人が保釈を請求 → 起訴前なのでできない。起訴されれば、本人・弁護人・配偶者・親子・兄弟姉妹などが請求できる。

出題ほぼ毎年。勾留中の被疑者にも保釈がある(×)

出題保釈は被疑者の勾留には無く、被告人の勾留にだけある(○)

出題被告人の勾留期間は、公訴の提起があった日から1か月(×)

×にされやすい形
  • 「勾留中の被疑者も、事情によっては保釈できる」/「被疑者の弁護人は保釈を請求できる」
  • 「被告人の勾留期間は、起訴の日から1か月」

6起訴:誰が、必ず起訴するのか条文

原則中身条文
国家訴追主義訴えるのは国家。私人は刑事裁判を起こせない
起訴独占主義起訴するのは原則として検察官だけ
起訴便宜主義有罪にできても起訴しないことができる(起訴猶予)
  • 起訴猶予で考えるもの:犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状、犯罪後の情況。罪の重さで当然に禁じられるわけではない。
  • 独占の例外(どちらも私人が自分で起訴する制度ではない): 検察審査会=2度目の審査で起訴議決 → 指定弁護士が起訴(1度目の起訴相当の議決では、起訴するかは検察官が改めて決める)/ 付審判=公務員の職権濫用などの罪に限り、裁判所が審判に付す決定 → 起訴とみなす(・)。

出題嫌疑十分・告訴あり・有罪の見込みなら、検察官は必ず起訴しなければならない(×)

出題殺人でも・執行猶予中の再犯でも・告訴があっても、起訴猶予にできる(○)

出題付審判決定は起訴とみなす(独占の例外)が、検察官の判断を一切経ずに公訴提起されることはない(○)

×にされやすい形
  • 「嫌疑が十分なら、検察官は必ず起訴しなければならない」
  • 「告訴された事件は、起訴しなければならない」

7公判の順序と証拠のルール

手続何をするか
①冒頭手続人定質問 → 起訴状朗読 → 黙秘権等の告知 → 被告人・弁護人の陳述。争点が明らかになる
②証拠調べ公判審理の中心。冒頭手続が終わった後()
③弁論手続検察官の論告 → 弁護人の弁論 → 被告人の最終陳述
④判決裁判所が言い渡す
  • 判断の材料は、法廷で調べた証拠(公判中心主義)。何でも証拠にできるわけではない:伝聞法則()・自白法則()・補強法則()・違法収集証拠排除法則(判例)。

検察官の冒頭陳述・証拠調べの請求は、冒頭手続ではなく証拠調べの側(過去問の正答から)。

出題冒頭手続=人定質問・起訴状朗読・黙秘権等の告知・被告事件について陳述する機会(○)

出題検察官の証拠調べ請求・冒頭陳述も冒頭手続に入る(×)

出題並べ替え:人定質問 → 起訴状朗読 → 黙秘権等の告知 → 冒頭陳述 → 弁護人の弁論の順(○)

×にされやすい形
  • 起訴状朗読を人定質問より前に置く順序
  • 冒頭陳述・証拠調べ請求を冒頭手続に入れる形

8判決から先:確定・一事不再理・再審条文

  • 控訴=第一審判決に不服 → 高等裁判所へ。検察官・被告人のどちらからでも()。期間は14日()。上告=最高裁判所へ。
  • 一事不再理:確定判決を経た事件で同じ人をもう一度起訴 → 免訴(1号)。根拠は。
  • 再審:有罪の確定判決に対し、言渡しを受けた者の利益のためにだけ()。

無罪が確定した後に、有罪を示す新しい証拠が出た → 起訴し直しても免訴。有罪にやり直す再審も無い。

出題再審は有罪判決を受けた者の利益になる方向のものだけ認められる(○)

出題有罪の新証拠を発見すれば、無罪の確定判決にも再審を請求できる(×)

出題無罪確定後、新証拠を理由に同一事実で再起訴すれば、改めて有罪判決ができる(×)

×にされやすい形
  • 「有罪を示す新証拠があれば、無罪の確定判決にも再審を請求できる」

9登場人物:三面構造

立場誰
請求する側検察官
防御する側被疑者・被告人と弁護人
判断する側裁判所
  • 訴える側と裁く側を分けた形=弾劾主義。主張・立証を当事者が主導する当事者主義は別の話。
  • 公判の当事者=検察官と被告人。裁判所は当事者ではない。弁護人は被疑者・被告人を支える立場。
  • 被害者は当事者ではない(自分で起訴できない)。ただし検察審査会への申立てなどで手続に深く関わる。
  • 起訴後に被告人が死亡 → 決定で公訴棄却(4号)。

出題被害者参加人は上訴をすることができる(×)

10無罪推定の原則条文判例

  • 有罪が確定するまで、被疑者にも被告人にも及ぶ。
  • 意義①刑罰の先取り禁止/②利益原則=存否が明らかにならないとき、被告人に不利益な事実は認定しない。証明が無ければ無罪()。
  • 根拠:条約(国際人権B規約14条2項)・世界人権宣言11条1項()/実定法上は。
  • 「鉄則」と呼ばれたのは無罪推定全体ではなく②の利益原則。再審を開くかの判断の中の判示(白鳥事件の決定):
  • 再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。
  • その事件自体は、再審を開かない結論だった。

「別人の可能性も理屈の上ではありうる」だけ → 合理的な疑いではない。防犯カメラで被告人が目撃証言と違う服装だったと分かった → 証拠から出た疑いなので無罪の方向。

×にされやすい形
  • 「無罪推定は、起訴された被告人にだけ及ぶ」
  • 「再審を開くには、新証拠だけで無実まで証明しなければならない」

11無罪推定と身柄拘束

  • 矛盾しない:逮捕・勾留は刑罰ではなく、捜査・裁判を成り立たせるための手続上の処分。
  • それでも重い人権制約なので、3つで縛る。勾留されていた日数は刑に算入できる()。
検察官が勾留を請求相当な理由があるか罪を犯したと疑うに足りる釈放を命じる勾留状を出さないいいえはい3つの事由のどれかがあるか住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれ釈放を命じる勾留状を出さないいいえはい勾留請求した日から10日
裁判官が勾留を認めるかの要件の流れ(60条1項・207条)。
歯止め内容
期限48時間・24時間・72時間、勾留10日+延長10日
要件罪を犯したと疑うに足りる相当な理由+住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれか(・)
裁判官の審査理由が無ければ勾留状を出さず、直ちに釈放を命じる()

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#3単独ページ動画

審理の構造

問い:刑事裁判の「形」は、何で決まるか。

骨組み

  1. 12つの軸:①誰が訴え、誰が裁くか ②起訴の後、誰が審理を動かすか。別々の問い。現行法=弾劾主義×当事者主義が原則
  2. 2軸①:糾問主義=二面(疑う人がそのまま裁く)/弾劾主義=三面。分ける理由=裁判所の中立公平性
  3. 3不告不理(弾劾主義の帰結):起訴が無ければ裁判は無い。裁けるのは起訴された事件(3号参照)と指定された被告人()だけ
  4. 4軸②:弾劾主義の中の区別。職権主義=裁判所が主導/当事者主義=検察官と被告人が主張・立証を主導。「責任」は証明責任ではない
  5. 5民事との違い:当事者主義でも、当事者の合意・自白で結論は決まらない(事案の真相も目的)
  6. 6現行法の原則=当事者:訴因の設定・変更の請求、争点、証拠調べの請求は当事者
  7. 7補充の職権:職権による証拠調べ・訴因変更命令。どちらも「できる」であって原則として義務ではない(判例)
  8. 8「職権」の中身:進行=裁判所・裁判長/探知=補充的。別に職権調査(訴訟条件・上訴)
軸① 誰が訴え、誰が裁くか 糾問主義(二面) 裁判所 疑う役=裁く役 被告人 役が1人に重なる 弾劾主義(三面)=現行法 裁判所 検察官 被告人 中立の第三者 軸② 起訴の後、誰が動かすか 当事者主義=原則 256条3項・312条1項・298条1項 職権=補充 298条2項 312条2項 2つの軸は別の問い:①が決まっても②は決まらない
項目1・2・4・6・7の関係。職権主義と当事者主義は、弾劾主義(三面)の中での区別。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

12つの軸は別の問い

  • 軸①=誰が訴え、誰が裁くか(糾問主義か弾劾主義か)。軸②=起訴の後、誰が審理を動かすか(職権主義か当事者主義か)。
  • 軸①の答えが分かっても、軸②の答えは決まらない。どちらを基調にするかは、国や歴史で異なる。
  • 現行法=弾劾主義で、当事者主義が原則(補充に職権)。
軸①\軸②職権主義当事者主義
糾問主義(二面)この軸では問題にならない(訴える人と裁く人が同じ)
弾劾主義(三面)補充(・)原則(・・)
×にされやすい形
  • 「検察官と裁判所が分かれていれば当事者主義」(訴追者と裁判所を分けたうえで、裁判所が証拠を集めて審理を引っぱる形=弾劾主義×職権主義もありうる)
  • 「弾劾主義=当事者主義」

2軸①:糾問主義と弾劾主義

糾問主義弾劾主義
形二面:判断者と、判断される人だけ三面:判断者と訴追者を分け、訴追者が主張し、被告人が防御する
訴える役と裁く役同じ1人に集まる分かれる
位置づけ歴史的に古い形近代に多くの国が移行した形。現行法
  • 分ける理由:訴追者と判断者を分けることで、裁判所の中立公平性を担保する。
  • 問題は裁判官の能力ではなく構造:自分で疑いをかけた人は、裏づける材料を重く、否定する材料を軽く見がちになる。
×にされやすい形
  • 「糾問主義が不公平なのは、裁判官の資質が低かったから」

3弾劾主義の帰結:不告不理の原則条文

  • 訴追者が訴えを提起しない限り、裁判は行われない。裁判所が自分から事件を取り上げることはできない。
  • ① 事件:起訴された「事件」だけを審理・判断できる(3号参照=審判の請求を受けない事件について判決をしたことは控訴理由)。
  • ② 人:公訴の効力は、検察官が指定した被告人以外の者には及ばない()。
  • (公訴は、検察官がこれを行う)は「誰が訴えるか」の条文=国家訴追主義・起訴独占主義(例外は付審判と検察審査会の起訴議決)の根拠。不告不理の手がかりは・。
余罪の扱い(判例)結論
起訴されていない犯罪を、実質上処罰する趣旨で量刑に考慮不告不理の原則に反する
性格などの情状を知る材料として考慮必ずしも禁じられない(必要な限度で)

Aを起訴したが、審理の途中で真犯人はBと分かった → 裁判所はBを有罪にできない。Aには無罪、Bを裁くには検察官がBを起訴し直す。

×にされやすい形
  • 「裁判所は、報道で知った重大事件を自ら審理できる」
  • 「不告不理の原則の根拠条文は」

4軸②:職権主義と当事者主義

職権主義当事者主義
考え方起訴の後、裁判所が事実の究明について主導権と責任を持つ起訴の後も、検察官と被告人が主張・立証を主導し、誤ったらその責任も当事者が負う
証人を呼ぶ場面裁判所が記録を読み、自分の判断で呼ぶ検察官や弁護人が請求し、裁判所が採否を決める
  • どちらも弾劾主義の中の区別。当事者主義は、弾劾主義の趣旨を公判審理まで徹底したもの、ともいわれる。
  • 当事者主義の「責任」=主張・立証を主導した結果を引き受けるという意味。証明責任は検察官にあり、犯罪の証明が無ければ無罪()。
  • 旧刑事訴訟法は職権主義、現行法は当事者主義の基本構造(過去問の記述)。

出題検察官の挙証責任は当事者主義の帰結で、職権主義の下では検察官は挙証責任を負わない(×)

出題空欄補充:旧法=職権主義(○)

×にされやすい形
  • 「当事者主義だから、被告人も無罪を証明できなければ負ける」
  • 「検察官が挙証責任を負うのは当事者主義を採ったからで、職権主義なら負わない」

5民事の弁論主義・処分権主義とは同じではない

  • の「事案の真相を明らかに」も目的の1つ → 立案者は、当事者の合意で事件を処分することを認めなかった。
  • 違うのは、当事者の自白・合意で結論が決まる部分。当事者主義は「当事者の合意で結論が決まる」という意味ではない。
法廷で認めた民事刑事
効果「お金を借りたのは事実です」→ 証明がいらない(民訴179条)「私がやりました」→ それだけでは有罪にできない。裏付けの証拠が要る(・3項。有罪の自認も含む)

6現行法の原則:当事者が動かす条文

場面原則:当事者補充:裁判所の職権
審判の対象(訴因)検察官が起訴状で設定()/変えるのも検察官の請求から()訴因変更命令()
争点公判前整理手続で当事者が主導(・等)―
証拠調べ検察官・被告人・弁護人が請求()職権による証拠調べ()
  • :公訴事実は、訴因を明示して記載 → 審判の対象となる事実を設定するのは検察官。罰条は別に示す(同条4項)。
  • :検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度で訴因の変更等を許さなければならない。
  • に並ぶのは検察官・被告人・弁護人だけ。裁判所は書かれていない。
  • 過去問に出た最高裁決定の要旨:現行刑訴法では当事者主義が基本原則とされ、職権主義はその補充的、後見的なもの。当事者主義の現れとして訴因制度をとり、起訴状には公訴事実を、訴因を明示して記載する。
訴因と違う事実が見えてきた検察官の請求があるか312条1項訴因は変わらない裁判所が自分で差し替えないいいえはい公訴事実の同一性を害しないか新たな起訴が要るいいえはい変更を許さなければならない312条1項
訴因変更の流れ。審判の対象を動かすのは検察官の請求で、裁判所は同一性の範囲なら許す義務を負う。

窃盗で起訴したが、同じ日・同じ相手・同じ財布をめぐって詐欺のほうが実態に近いと分かった → 検察官が請求すれば裁判所は変更を許す。裁判所が自分で詐欺に差し替えて有罪にするのではない。別の日の別の盗みなら新たな起訴が要る。

出題審判の対象は訴因に限られず、公訴事実の同一性が認められる事実にまで及ぶ(×)

出題現行法=当事者主義。訴因に拘束され、真実と乖離することもありうる

出題決定の要旨の空欄補充(当事者・訴因・公訴事実)

×にされやすい形
  • 「裁判所は、訴因と公訴事実の同一性がある事実なら、訴因変更なしに審理・判決できる」

7補充として残る職権条文判例

職権による証拠調べ()訴因変更命令()
文言「必要と認めるとき」は職権で証拠調べをすることができる「適当と認めるとき」は訴因・罰条の追加・変更を命ずることができる
原則職権で調べる義務も、立証を促す義務も無い(判例)命じただけでは訴因は変わらない(判例)。検察官が請求し、裁判所が許して変わる
例外検察官の不注意による出し忘れが明白 → 少なくとも提出を促す義務(判例)―
  • 残す理由:当事者の主張・立証の失敗を、そのまま誤った有罪・無罪に直結させないよう、裁判所が後見的に介入するため。
  • 過去問に出た見解:訴因変更命令は検察官の設定した審判の対象を修正しようとするもので、当事者主義との間に緊張関係がある。
有罪の証拠が法廷に出ていない検察官の不注意による出し忘れが明白か少なくとも提出を促す義務促さず無罪なら審理不尽はいいいえ調べる義務も促す義務も無い298条2項は「できる」
職権による証拠調べの義務の有無(判例)。原則は義務なしで、出し忘れが明白なときだけ促す義務。

共犯者の事件では有罪の証拠になった調書を、検察官がこの被告人の事件には出し忘れたことが明白 → 促さずに証拠不十分で無罪とすれば審理不尽(判例の事案)。

出題審判対象の設定は検察官の裁量なので、裁判所は訴因変更を命ずることはできない(の「命ずることができる」を反対にした形)(×)

出題職権主義は補充的・後見的/訴因変更命令と当事者主義の緊張

×にされやすい形
  • 「重要な証拠が法廷に出ていないなら、裁判所は必ず自分で調べなければならない」
  • 「裁判所が訴因変更を命じれば、その時点で訴因は変更される」
  • 「裁判所は検察官に訴因変更を命ずることはできない」

8「職権」の2つの中身と職権調査条文

職権進行主義職権探知主義
意味手続を前に進める主導権が裁判所にある判断の材料・証拠を集める権能・責任を裁判所が負う
条文の例公判期日の指定(・裁判長)/証拠調べの範囲・順序・方法(・裁判所)職権による証拠調べ()
現行法裁判所の側が決める(当事者主義と両立)補充的
  • 訴訟条件:原則として裁判所に職権調査の義務。例:公訴時効の完成 → 被告人が言わなくても免訴(4号)。
  • 例外=土地管轄:被告人の申立てがなければ管轄違いを言い渡せない。申立ては証拠調べ開始まで()。
訴訟条件を欠く欠けるのは土地管轄か職権調査の義務例:公訴時効の完成→免訴いいえはい被告人の申立てがあるか証拠調べ開始まで(331条)管轄違いを言い渡せないいいえはい管轄違い
訴訟条件の職権調査と、その例外の土地管轄。
上訴当事者が出す理由職権でできること
控訴審控訴趣意書に書いた事項は必ず調べる()書かれていなくても、控訴理由に当たる事由は職権で調べることができる(同条2項・義務ではない)
上告審上告理由は憲法違反か判例違反だけ()法令違反・量刑が甚しく不当・重大な事実誤認などで、破棄しなければ著しく正義に反するとき職権で破棄()

出題空欄補充:控訴審の職権調査は補充的(○)

×にされやすい形
  • 「控訴裁判所は、控訴趣意書に書かれていない事項は調べられない」
  • 「控訴趣意書に無い控訴理由も、控訴裁判所は必ず調べなければならない」
  • 「土地管轄が無ければ、裁判所は職権で管轄違いを言い渡す」

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#4単独ページ動画

訴訟の主体①裁判所

問い:その事件を、何人で・誰が・どこで裁くのか。

骨組み

  1. 1主体と「裁判所」:訴訟の主体=裁判所・検察官・被告人。「当事者」は条文の言葉ではない(条文は訴訟関係人)。主語(裁判所・裁判長・裁判官)で権限の持ち主が分かる
  2. 2何人で(裁判所法):地裁は原則1人。3人=法定合議(短期1年以上など)と裁定合議(合議体が決定)。判事補は原則1人で裁けない
  3. 3書記官:公判期日の訴訟手続は公判調書によってだけ証明()。列席は公判廷の要件
  4. 4公平な裁判所(昭23判例):偏りのおそれのない組織と構成の裁判所。個々の裁判の中身の公正ではない
  5. 5除斥・忌避・回避:除斥=法律上当然/忌避=検察官・被告人・弁護人の申立て/回避=裁判官自身の申立て
  6. 6忌避の理由(昭48決定):忌避は手続外の要因のための制度。訴訟指揮への不満は異議・上訴で
  7. 7事物管轄(重さ):罰金以下の罪=簡裁だけ/選択刑に罰金=地裁・簡裁どちらも(検察官が選ぶ)
  8. 8土地管轄(場所):犯罪地・住所・居所・現在地()。どれか1つで足りる
  9. 9関連事件:事物管轄が違えば上級の裁判所が、土地管轄が違えば1つに管轄がある裁判所が併せて管轄
  10. 10管轄を外れたら:原則として移送せず管轄違いの判決()。土地管轄だけは被告人の申立てが要り、証拠調べ開始まで()

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1主体の言葉と「裁判所」の意味条文

言葉誰を指すか
訴訟の主体裁判所・検察官・被告人の3者(弁護人は被告人の補佐役として含めない)
当事者厳密には検察官・被告人の2者。刑訴法に、検察官と被告人を「当事者」と呼ぶ規定は無い
訴訟関係人条文が実際に使う言葉(など)。被告人・検察官・弁護人など。裁判所・裁判官は含まない
  • 「裁判所」には、国法上の意味(官署/司法行政を担う裁判官の集合体)と、訴訟法上の意味(その事件を担当する裁判機関=受訴裁判所)がある。刑訴法の「裁判所」の多くは後者。
主語権限を持つ範囲例
裁判所裁判機関全体(合議体なら評議で決める)証拠調べの範囲・順序・方法()
裁判長合議体の中の1人公判期日の指定()・訴訟指揮()
裁判官個々の裁判官請求を受けて逮捕状を出す()

捜索差押え()の主語は捜査機関。裁判官は「裁判官の発する令状により」と、令状を出す側で出てくる。起訴の前は、そもそも受訴裁判所が無い。

×にされやすい形
  • 「刑訴法は検察官と被告人を『当事者』と定めている」
  • 「捜査のための令状は、裁判所が発する」

2何人で裁くか:単独体と合議体

裁判所構成
地方裁判所原則単独体(裁判所法26条1項)。26条2項の事件は3人の合議体
簡易裁判所常に単独体
高等裁判所常に合議体。原則3人、内乱の第1審は5人
最高裁判所常に合議体(大法廷は全員、小法廷は3人以上)
裁判所法26条2項種類中身
2号法定合議死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる罪。ただし強盗など括弧書きで除かれた罪がある
4号法定合議他の法律が合議体と定めた事件(忌避の申立ての決定=など)
1号裁定合議合議体で審理・裁判する旨を合議体で決定した事件(法律は要件を定めていない)
  • 2号の線は法定刑の下限(短期)。上限がどれだけ重くても、有期で下限が1年未満なら当たらない。
  • 裁判員裁判:死刑・無期拘禁刑に当たる罪などの事件は、原則として裁判官3人と裁判員6人の合議体(裁判員法2条)。
  • 評議は過半数。刑事で3つ以上に割れたら、最も不利な意見の数を順に次に不利な意見に加え、過半数になった中で最も有利な意見による(裁判所法77条2項2号)。
  • 判事補:原則として1人で裁判できない。合議体に2人以上同時に入れず、裁判長にもなれない(裁判所法27条)。ただし判決以外の裁判は1人でできる()。特例判事補はこの制限を受けない。
地方裁判所の第一審事件死刑・無期・短期1年以上か拘禁刑。強盗など括弧書きの罪を除く(2号)3人法定合議はいいいえ他の法律が合議体と定めたか4号(忌避の決定など)3人法定合議はいいいえ合議体で審理する決定があるか1号(合議体で決定)3人裁定合議はいいいえ1人(単独体)裁判所法26条1項
地裁が何人で裁くか(裁判所法26条)。2号の線は法定刑の下限。

詐欺(10年以下の拘禁刑)→ 上限は重いが短期1年以上ではない → 1人。非現住建造物等放火(2年以上)→ 3人。強盗(5年以上)→ 括弧書きで除外=原則1人だが、1号の裁定合議で3人にできる。

刑の重さが「5年・4年・3年」と1票ずつ → 5年の1票を4年に加えて2票で過半数 → 「4年」。判事補が1人で逮捕状を出す → できる(判決ではない)。

出題裁判員裁判の対象の殺人事件は、裁判官のみの合議体で取り扱うことはできない(×)

×にされやすい形
  • 「法定刑の上限が重い罪は法定合議」
  • 「2号から除かれた強盗は、必ず1人で裁く」
  • 「判事1人と判事補2人で合議体を組める」

3書記官と公判調書条文

  • 公判期日の訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書によってだけ証明できる()。
  • 書記官の列席は公判廷が成り立つための要件()。いなければ開廷できない。
  • 記録の作成・変更を正当でないと考えたときは、自分の意見を書き添えられる(裁判所法60条5項)。
  • 除斥・忌避の規定は、前審関与()を除いて書記にも準用()。

控訴審で「第1審で最終陳述の機会が無かった」と主張しても、公判調書に機会を与えた記載があれば、傍聴人の証言などで覆せない。

4公平な裁判所条文判例

  • :被告人は「公平な裁判所」の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
  • 憲法第三七条第一項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつた裁判所による裁判を意味するものであつて、
    個々の事件につきその内容実質が具体的に公正妥当なる裁判を指すのではない。

被害者本人が裁判官としてその事件を裁く → 判決の中身に関わらず、組織として信用できない。刑が苛酷だという主張 → 違反にはならない(最大判昭23・5・26)。

×にされやすい形
  • 「刑が重すぎる判決は、公平な裁判所の裁判ではないので憲法違反」

5除斥・忌避・回避条文

除斥()忌避(〜)回避(刑訴規則13条)
どんなとき7つの類型に当たる除斥事由があるとき/不公平な裁判をするおそれ自分に忌避されるべき原因があると思うとき
誰が動かすか申立て不要。法律上当然検察官・被告人。弁護人も被告人のため(明示の意思に反せない)裁判官自身
誰が決めるか―所属裁判所の合議体など。忌避された裁判官は加われない()忌避と同じ裁判所の決定
  • 除斥の7類型:①被害者 ②被告人・被害者の親族 ③法定代理人・後見監督人・保佐人など ④証人・鑑定人になった ⑤代理人・弁護人・補佐人になった ⑥検察官・司法警察員の職務をした ⑦前審の裁判などに関与した。
  • 除斥事由が見過ごされたら、それを理由に忌避を申し立てられる。そのまま判決に関与すれば控訴理由(2号)。
  • 時期():事件について請求・陳述をした後は「不公平のおそれ」を理由に忌避できない(原因を知らなかった・後から生じたときは別)。除斥事由を理由にする忌避は、文言上この制限を受けない。
  • 簡易却下():①訴訟を遅らせる目的だけが明らか ②に反する ③規則の手続に反する(原因を示さないなど)申立ては、忌避された裁判官本人も加わって却下できる。
  • 申立てがあれば訴訟手続を止める。簡易却下する場合・急速を要する場合は止めない(刑訴規則11条)。
忌避を申し立てたい除斥事由を理由とするか時期の制限なし22条の文言上はいいいえ(不公平のおそれ)請求・陳述をした後か事件について申し立てられるいいえはい例外に当たるか原因を知らなかった/後から生じた申し立てられるはいいいえ忌避できない22条
忌避の時期の制限(22条)。

第1審で判決をした裁判官が、高裁で同じ事件の控訴審を担当 → 前審関与で除斥。起訴前の強制処分に関与し、第1回公判前に保釈請求を却下した裁判官が第1審を担当 → 除斥されないのは「勿論」、忌避の理由も無い(最大判昭25・4・12)。

×にされやすい形
  • 「忌避を申し立てられるのは検察官と被告人だけ」(弁護人もできる=)
  • 「除斥は当事者の申立てを受けて決定で外す」
  • 「忌避された裁判官は、どんな場合も自分への忌避申立ての裁判に加われない」

6忌避の理由になるか(昭48決定・昭60決定)判例

  • 元来、裁判官の忌避の制度は、裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、
    …その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によつて救済を求めるべきであるといわなければならない。
  1. 傷害事件(必要的弁護事件)の第1回公判。被告人と弁護人が在廷命令を無視して退廷
  2. 裁判長は再入廷を許さず、弁護人がいないまま審理を進める
  3. 第2回公判で、弁護人らがこれを理由に裁判長を忌避
  4. 地裁はで簡易却下 → 高裁が取消し → 最高裁は高裁の決定を取り消し、申立てを却下
忌避の理由判例判断
訴訟指揮・法廷警察権の行使が不当最決昭48・10・8理由にならない。訴訟遅延のみを目的とするものとしてで却下
共犯者の事件を担当し、事件の内容を知っている最決昭60・12・20不公平な裁判をするおそれがあるとはいえない
  • 共犯者の事件審理により被告人に対する事件の内容につき知識を得ているからといつて、不公平な裁判をするおそれがあるものとはいえず、

裁判官が被告人の経営する会社と私的な取引で争っている → 手続外の要因=忌避の理由になりうる型。証人尋問を裁判長に途中で打ち切られた → 手続内の不満=異議()などで争う。

×にされやすい形
  • 「裁判長の訴訟指揮が不当なら、それを理由に忌避できる」
  • 「共犯者の事件を担当して内容を知った裁判官は、不公平な裁判をするおそれがある」

7事物管轄:重さで決まる条文

第一審担当する罪(裁判所法)
地方裁判所原則:罰金以下の刑に当たる罪と内乱に関する罪以外のすべて(選択刑の罪も含む・24条2号)
簡易裁判所のみ罰金以下の刑に当たる罪(法定刑が罰金・拘留・科料だけ)。失火・過失傷害・過失致死・単純賭博など(33条1項2号)
地裁・簡裁どちらも選択刑として罰金がある罪など → どちらに起訴するかは検察官が決める
高等裁判所のみ内乱に関する罪(16条4号)
  • 簡裁の科刑制限:原則として拘禁刑以上を科せない。窃盗など一部の罪だけ3年以下の拘禁刑まで(裁判所法33条2項)。超える刑が相当なら決定で地裁に移送(同条3項・)。
第一審の事件(法定刑を見る)内乱に関する罪か高裁のみはいいいえ法定刑が罰金以下だけか罰金・拘留・科料簡裁のみはいいいえ選択刑として罰金があるか地裁・簡裁どちらも可。検察官が選ぶはいいいえ地裁
事物管轄の振り分け(裁判所法)。

万引き(窃盗=拘禁刑又は罰金)→ 簡裁にも地裁にも起訴できる。詐欺(拘禁刑のみ)→ 地裁だけ。失火(罰金のみ)→ 簡裁だけ。

出題簡易裁判所が専属的に管轄する事件か否かは、法定刑によって当然には異ならない(×)

×にされやすい形
  • 「選択刑に罰金がある罪は簡裁だけが扱う」
  • 「簡裁に起訴すれば、必ず簡裁で軽い刑に収まる」

8土地管轄:場所で決まる条文判例

基準()意味
犯罪地行為地と結果地が違えば両方
住所・居所住所=生活の本拠/居所=本拠とまではいえないが、ある程度続けて住んでいる場所
現在地公訴提起の時に、任意に、又は適法な強制によって現にいる場所(最判昭33・5・24)
  • どれか1つでも当てはまれば起訴できる。被告人の希望だけでは候補にならない。

検察官の呼出しに応じて東京に出頭し、そのまま取調べを受けて起訴 → 東京が現在地(判例の事案)。違法な身柄拘束で連れてこられた土地 → 現在地にならない。

×にされやすい形
  • 「現在地は、違法な強制で連れてこられた場所でもよい」
  • 「行為地と結果地が違えば、行為地だけが犯罪地」

9関連事件:まとめて管轄できる条文

  • 関連事件():①1人が数罪 ②数人が共に罪を犯した ③数人が通謀して各別に罪を犯した。犯人蔵匿・証拠隠滅・偽証・盗品等に関する罪と本犯の罪も、共に犯したものとみなす(同条2項)。
事物管轄が違う土地管轄が違う
まとめる上級の裁判所が併せて管轄()1つに管轄がある裁判所が併せて管轄()
分ける併せて審判する必要が無ければ下級へ移送できる()―

1人が失火(簡裁のみ)と強盗(地裁のみ)→ 地裁が両方を管轄できる。一緒に審理する必要が無ければ失火だけ簡裁へ移送。

出題軽犯罪法違反と窃盗を併せて公判請求するなら、地裁にもできる(○)

10管轄を外れたとき条文

  • 原則:判決で管轄違いを言い渡し、有罪・無罪を判断せずに打ち切る()。民事のような移送はしない。検察官は管轄のある裁判所に起訴し直せる。
  • 例外:付審判で地裁の審判に付された事件()/高裁の特別権限事件で下級の管轄と認めるとき → 決定で移送()。
  • 土地管轄:被告人の申立てがなければ管轄違いを言い渡せない。申立ては証拠調べを開始した後はできない()。被告人の利益のための制度だから。
起訴された事件その裁判所に管轄があるか審理を続けるはいいいえ欠けるのは土地管轄だけか管轄違いの判決329条(事物管轄など)いいえはい被告人の申立てがあるか証拠調べ開始まで(331条)審理を続けるいいえはい管轄違いの判決有罪・無罪を判断せずに打ち切る
管轄を外れたときの流れ。土地管轄だけは被告人の利益のための制度なので、申し立てたときに限って打ち切る。例外=329条ただし書(付審判)・330条(決定で移送)。
管轄のある裁判所どうしの制度中身
移送()事物管轄を同じくする他の管轄裁判所へ。請求か職権。証拠調べの開始後はできない
簡裁から地裁へ()地裁で審判するのが相当と認めるとき
関連事件の移送()項目9の表
管轄移転()直近上級の裁判所が決定で移す。裁判権を行えない・民心などで裁判の公平を保てないおそれ。検察官は請求しなければならず、被告人も請求できる

出題土地管轄が無くても、証拠調べ開始前に被告人の申立てが無ければ管轄違いの言渡しはできない(○)

傷害致死で地裁に起訴→心証は過失致死(簡裁のみ)訴因変更なし過失致死へ変更
見解Ⅰ:訴因・罪名・罰条で管轄を判断無罪管轄違い
見解Ⅱ:心証の事実で管轄を判断管轄違い管轄違い

出題上の表を見解ごとに当てはめる(正答の組合せから)

×にされやすい形
  • 「刑事では移送は一切ない」(無いのは、管轄の無い裁判所から有る裁判所への移送)
  • 「土地管轄が無ければ、裁判所は職権で管轄違いを言い渡す」
  • 「管轄違いの申立ては判決までいつでもできる」

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#5単独ページ動画

訴訟の主体②検察官と司法警察職員

問い:捜査し、訴える権限を、誰に、どこまで持たせるか。

骨組み

  1. 1最初に動く:第一次的な捜査機関=司法警察職員()。検察官も自ら捜査できるが二次的・補充的()
  2. 2警察の中の線:司法警察職員=司法警察員(巡査部長以上)と司法巡査(巡査)。司法巡査も捜査はする
  3. 3令状の請求:逮捕状=検察官と指定された警部以上の司法警察員だけ()/捜索差押許可状=階級の限定なし・検察事務官も/緊急逮捕後の逮捕状=司法巡査も
  4. 4逮捕の後:司法巡査は司法警察員へ引致()。弁解の機会、釈放か送致かを決めるのは司法警察員()
  5. 5検察官の組織:検察庁は裁判所と対の4段階(家裁は地検)。検察官は5種類。検事正は地検の長で5種類とは別の職
  6. 6検察官の立場:行政官で「司法官憲」ではない。①独任制②身分保障(法律)③検察官同一体④法務大臣の個別の指揮は検事総長のみ
  7. 7権限:捜査 → 公訴の提起(独占・例外は付審判)→ 公訴の維持 → 裁判の執行(勾留状なども)
  8. 8警察との関係:原則は協力()。でもの指示・指揮に従う義務(4項)、の懲戒・罷免の訴追で担保

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回は条文の組み合わせ(誰が・何を)がそのまま問われます。

1最初に動くのは司法警察職員条文

  • :司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査する → 第一次的な捜査機関。
  • :検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査できる。ふつうは送致を受けて足りない点を調べ足す(補充的)が、最初から自分で捜査してもよい。
  • 警察官はで一般司法警察職員。森林・鉄道など特別の事項を担当する職員(海上保安官・労働基準監督官など)は特別司法警察職員で、誰が当たるかはが委ねた各法律が決める。
  • 司法警察活動(捜査・被疑者の逮捕)と行政警察活動(予防・鎮圧・交通の取締り、職務質問など)は、人ではなく活動の中身で分ける。

出題送致を受けた後も、起訴した後も、検察官は自ら捜査できる(○)

2司法警察員と司法巡査条文

  • 司法警察職員は司法警察員と司法巡査に分かれる(の括弧書き)。司法巡査は司法警察員を補助して捜査する。
  • 誰が司法警察員かは公安委員会の定めに委ねられる:警察庁・管区警察局では巡査部長以上=司法警察員、巡査=司法巡査(都道府県警察もほぼ同じ)。
  • 分ける理由:令状を求めるか、逮捕した人を留置し続けるか、という入口の判断を責任を持つ人に負わせる。

出題司法巡査も被害者を呼び出して取り調べられる(○)

3令状の請求は誰ができるか条文

できること指定の警部以上他の司法警察員司法巡査検察事務官
逮捕状の請求()○×××
逮捕状による逮捕()○○○○
捜索差押許可状などの請求()○○×○
緊急逮捕とその後の逮捕状の請求()○○○○
  • 検察官は、令状の請求も逮捕も、すべてできる。
  • :逮捕状は「検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、…指定する警部以上の者に限る。…)の請求により」発する。
  • :捜索・差押え等の令状は、検察官・検察事務官・司法警察員の請求により発する=階級の限定なし。
  • :主体は「司法警察職員」=司法巡査も緊急逮捕でき、直後の逮捕状の請求もできる。もうした逮捕を裁判官に審査してもらう請求なので、「警部以上」の限定はかからない。
逮捕状を請求したい検察官か請求できるはいいいえ司法警察員か司法巡査・検察事務官は×請求できない逮捕状による逮捕はできるいいえはい指定された警部以上か199条2項の括弧書き請求できない巡査部長などいいえはい請求できる
通常逮捕状の請求ができる人(199条2項)。この限定は通常逮捕状だけで、捜索差押許可状や緊急逮捕後の逮捕状にはかからない。

巡査部長は司法警察員だが、警部より下 → 逮捕状は請求できない。同じ巡査部長が被疑者宅の捜索差押許可状を請求する → できる。

出題司法巡査は逮捕状で逮捕はできるが、逮捕状の請求はできない(○)

出題司法巡査が裁判官に逮捕状の発付を請求した(×)

出題緊急逮捕後の逮捕状の請求は、司法巡査・検察事務官もできる(○)

出題司法巡査は緊急逮捕できない/緊急逮捕状の請求は警部以上に限る(×)

出題捜索差押許可状(検察事務官も)・鑑定処分許可の請求は、司法警察員も検察官もできる(○)

出題勾留状も逮捕状と同じく司法警察員の請求で発付される(×)

出題検察官は逮捕状の発付を受けて自ら被疑者を逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「司法巡査が逮捕状を請求した」(請求は司法警察員の、しかも指定された警部以上)
  • 「緊急逮捕状の請求も、警察官は警部以上に限る」(警部以上の限定はの通常逮捕状だけ)
  • 「司法巡査は緊急逮捕できない」(の主体は司法警察職員=司法巡査を含む)
  • 「逮捕状も勾留状も、司法警察員の請求で発付される」(勾留の請求は検察官だけ)

4逮捕の後:引致と、釈放・送致の判断条文

  • :逮捕状で逮捕したとき、司法巡査は司法警察員に、検察事務官は検察官に、直ちに引致する。
  • :司法警察員が、犯罪事実の要旨と弁護人を選任できる旨を告げ、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちに釈放、必要があると思料するときは身体を拘束された時から48時間以内に検察官に送致する手続をとる。
  • 検察事務官が逮捕した被疑者の判断は検察官()。
司法巡査が逮捕(通常・現行犯・緊急)司法警察員へ引致202条。司法巡査は自分で弁解を聴かず、釈放もしない留置の必要があるか司法警察員が弁解の機会を与えて判断(203条1項)直ちに釈放緊急逮捕でも同じいいえはい48時間以内に検察官へ送致身体を拘束された時から
逮捕の後の流れ。青の枠が条文の権限。釈放か送致かの判断は司法警察員のもので、司法巡査は引致まで。

巡査が逮捕状を示して被疑者を逮捕した → 釈放も送致も自分では決めず、司法警察員に引致する。

出題司法巡査は逮捕したら(現行犯逮捕・緊急逮捕でも)直ちに司法警察員へ引致する(○)

出題留置の必要がなければ、送致せず直ちに釈放しなければならない(○)

出題留置の必要がなくても(緊急逮捕でも)、釈放せず検察官に送致しなければならない(×)

出題司法巡査が、逮捕後に自ら釈放した・弁解録取手続を行った(×)

×にされやすい形
  • 「司法巡査が、現行犯逮捕した被疑者を、留置の必要がないと考えてすぐ釈放した」
  • 「司法巡査が、逮捕した後に弁解録取手続を行った」
  • 「留置の必要がないと思料するときでも、釈放せず48時間以内に送致しなければならない」
  • 「緊急逮捕した被疑者は、釈放は許されず送致しなければならない」

5検察庁と検察官の種類

検察庁最高検察庁高等検察庁地方検察庁区検察庁
対応する裁判所最高裁判所高等裁判所地方裁判所・家庭裁判所簡易裁判所
長・検察官検事総長・次長検事検事長検事正(一級の検事)副検事はここだけ
  • 裁判所に合わせる理由:仕事の中心が、裁判所に公訴を提起し、その裁判に立ち会うことだから(検察庁法2条・5条)。
  • 5種類(検察庁法3条の順):検事総長・次長検事・検事長・検事・副検事。
  • 紛らわしい名前:次長検事=最高検察庁、検事長=高等検察庁。検事正は地方検察庁の長で、5種類とは別の職。
  • 一級・二級:検事総長・次長検事・検事長は一級、検事は一級か二級、副検事は二級(検察庁法15条)。
  • 副検事は区検察庁の職にだけ就く。3年以上務めて考試を経れば二級の検事になる道がある(検察庁法18条3項)。
×にされやすい形
  • 「家庭裁判所に対応するのは区検察庁」(地方検察庁が家裁にも対応・検察庁法2条2項)
  • 「検事正は検察官の種類の1つ」(5種類に入らない職)

6検察官の立場と4つの特徴

  • 行政官:憲法・で令状を発する「権限を有する司法官憲」は裁判官で、検察官は当たらない=令状を請求する側。
  • 行政官なのに司法権の行使に密着する → 次の4つ。
特徴中身根拠(検察庁法)
①独任制1人ひとりが官庁として、自分の名で処分できる—
②身分保障意思に反して官を失わない・職務を停止されない・俸給を減額されない。裁判官に準じるが憲法ではなく法律の保障25条
③検察官同一体上司の命に従う。検事総長・検事長・検事正は部下の事務を自ら取り扱い、他の検察官に移せる(事務引取移転権)7〜13条(12条)
④法務大臣の指揮監督一般に指揮監督できる。個々の事件の取調べ・処分は検事総長のみを指揮できる14条
  • 身分保障の例外:65歳での退官(22条)、検察官適格審査会の議決による罷免(23条)、剰員(24条)、懲戒処分(25条ただし書)。
  • 同一体の帰結:検察官が代わっても公判手続のやり直しは要らない(やり直しが要るのは裁判官が代わったとき・)。
  • 14条ただし書は個別の指揮を禁じるのではなく、相手を検事総長に絞る(防波堤)。実際の発動は1954年の造船疑獄の1度だけとされる。
法務大臣が検察官を指揮したい一般的な指揮監督か処理の基準をそろえるなどできる検察庁法14条本文はいいいえ(個々の事件)相手は検事総長か取調べ・処分の指揮できる14条ただし書はいいいえできない地検の担当検事などを直接指揮
法務大臣の指揮監督(検察庁法14条)。ただし書は個別の指揮を禁じるのではなく、相手を検事総長に絞る。

大臣が全国の検察官に処理の基準をそろえるよう一般的に示す → できる。大臣が地検の担当検事に直接「この事件は不起訴にせよ」 → できない。大臣が検事総長に指揮する → 14条ただし書の形としてはできる。

×にされやすい形
  • 「次長検事も、部下の事件を引き取れる」(12条は検事総長・検事長・検事正だけ)
  • 「検察官は、どんな場合も意思に反して官を失わない」(65歳退官・適格審査会の議決による罷免・懲戒がある)
  • 「検察官の身分保障は憲法が定める」(法律=検察庁法)
  • 「法務大臣は、個々の事件について担当の検察官を直接指揮できる」

7検察官の権限:捜査から執行まで条文

段階検察官がすること条文
捜査自ら捜査し、検察事務官を指揮できる・
公訴の提起起訴するかを決める(公訴権の独占)。嫌疑が十分でも起訴猶予ができる・
公訴の維持原告官として証拠を出し、論告・求刑。訴因の変更を請求・
裁判の執行執行を指揮する。刑罰だけでなく勾引状・勾留状も・
  • :公訴は検察官が行う。例外=公務員の職権濫用などで検察官が不起訴にしたとき、告訴・告発をした人の請求で裁判所が審判に付す決定をすると、公訴の提起があったとみなされる(・)。
  • :勾引状・勾留状は、検察官の指揮によって、検察事務官又は司法警察職員が執行する。
  • 4段階すべてに権限を持つのは検察官だけ。
  • 「公益の代表者」(検察庁法4条)から、被疑者・被告人の利益のためにも動く客観義務を説く見解がある(学説)。批判=捜査段階での検察官の権限が大きくなり、検察の捜査がかえって糾問的になる。

出題緊急逮捕・不起訴(殺人でも)・控訴・刑の執行の指揮は、どれも検察官の権限(○)

出題付審判は独占の例外だが、それも検察官の不起訴の後=検察官の判断を一切経ない起訴は無い(○)

×にされやすい形
  • 「起訴できるのは、どんな場合も検察官だけ」(付審判決定で公訴の提起があったとみなされる)
  • 「検察官が執行を指揮するのは、判決が確定した後の刑だけ」(起訴後の被告人の勾留状も検察官の指揮で執行)

8検察官と司法警察職員の関係条文

  • :検察官と都道府県公安委員会及び司法警察職員とは、捜査に関し、互に協力しなければならない=身分上の上下関係ではない。
  • それでも関わる理由:捜査は公訴のためにある → 公訴の目的に合った捜査になるよう、で指示・指揮できる。
一般的指示(1項)一般的指揮(2項)具体的指揮(3項)
何を示すか事件を離れた一般的な準則その事件の方針・分担を大まかに(捜査の協力を求めるため)自ら犯罪を捜査する場合に、捜査の補助をさせる
例送致しなくてよい事件の範囲()2つの警察署の担当を割り振る明朝の捜索を手伝わせる
  • :どの場合も、司法警察職員は検察官の指示又は指揮に従わなければならない。
  • :正当な理由なく従わないとき、検事総長・検事長・検事正は、懲戒・罷免の権限を持つ者(警察官なら国家公安委員会・都道府県公安委員会)に懲戒・罷免の訴追ができる。求められた側は、理由があると認めれば懲戒・罷免しなければならない(2項)。
  • ここでの「訴追」は起訴ではない。検察官が自分で処分するのではない間接的な担保。
×にされやすい形
  • 「協力関係なので、司法警察職員は検察官の指揮に従う義務を負わない」()
  • 「検察官は、従わない警察官を自ら懲戒できる」(懲戒・罷免の権限を持つ者に求めるだけ)
  • 検察官→司法警察職員の「一般的指示」と、法務大臣→検察官の「一般的な指揮監督」を同じ制度とする形

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#6単独ページ動画

訴訟の主体③被疑者・被告人と弁護人

問い:訴えられた側が、裁判で自分を守れる状態をどう作るか。

骨組み

  1. 1当事者能力:被告人の死亡・法人の消滅 → 決定で公訴棄却(4号)
  2. 2訴訟能力とは(平7):重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をする能力。責任能力(犯行時)とは別=公判の今
  3. 3支えを含めて見る(平10):著しく制限されていても、弁護人・通訳人の援助と裁判所の後見的役割でなお保持
  4. 4欠けたときの出口:まず決定で停止()=無罪ではない。回復の見込みなし → に準じて判決で公訴棄却(平28)
  5. 5弁護人の立場:単なる代理人ではない。本人の意思に反してもできる権限がある。ただし忌避・上訴は明示の意思に反してできない
  6. 6根拠と国選:頼む権利=憲(拘束)・(被告人)・刑訴。国が付ける憲法の明文は被告人だけ。被疑者国選は勾留状から()
  7. 7資格と選任権者:原則は弁護士。特別弁護人は第1審の簡裁・地裁だけ。家族などは本人と独立して選べる
  8. 8いつまで:起訴前の選任は第1審まで有効。起訴後は審級ごと。原審の弁護人は選び直さず控訴できる
  9. 9補佐人:被告人の家族などが審級ごとに届け出る。被告人の明示した意思に反しない限りで動く

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1当事者能力条文

  • 訴訟において当事者となりうる資格。自然人だけでなく、法人や法人でない社団・財団・団体にも認められる(両罰規定で会社が起訴されることがある)。
  • 4号:被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき → 決定で公訴を棄却。有罪・無罪の判断はしない。
  • 決定=口頭弁論に基づかなくてよい裁判()。の決定には即時抗告(2項)。

出題公判係属中に被告人が死亡したときは免訴(×)

出題法人が合併で解散したら「存続しなくなつたとき」として決定で公訴棄却(○)

×にされやすい形
  • 「公判係属中に被告人が死亡したときは、免訴の言渡しをする」

2訴訟能力とは(平7の決定)判例

  • 刑訴法三一四条一項にいう「心神喪失の状態」とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である。
  • 事案:耳が聞こえず話せず、手話も身につけておらず文字もほとんど分からない被告人。通訳を介しても黙秘権を告げられない → 訴訟能力に疑いがあるとし、医師の意見を聴くなどして審理を尽くし、無いと認めれば原則として停止すべき、とした。
責任能力訴訟能力
いつを見るか犯行時公判の今
何の問題か罪が成立するか(実体)手続を進めてよいか(手続)
欠けた場合心神喪失なら無罪(刑法)原則として公判手続を停止()

犯行時は正常、起訴後に重い精神疾患になった → 責任能力に影響なし。いま防御できないので停止。逆に犯行時は心神喪失、公判では回復 → 公判は進められ、心神喪失が認められれば無罪。

×にされやすい形
  • 「訴訟能力が無いなら無罪」(効果はまず停止)
  • の「心神喪失」と刑法の「心神喪失」を同じ時点・同じ中身とする形

3支えを含めて見る(平10の判決)判例

  • 訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をする能力が著しく制限されてはいるが、これを欠いているものではなく、
    弁護人及び通訳人からの適切な援助を受け、かつ、裁判所が後見的役割を果たすことにより、これらの能力をなお保持していると認められる。
  • 事案:体系的な手話を十分使えない被告人。手話通訳を介して立場をある程度理解し、捜査段階から一貫して具体的に否認。黙秘権は本人に分かる4つの動作で告げられていた。事案が比較的単純で、本人が内容を理解していた → 原判決(訴訟能力なし)を破棄・差戻し。
  • 「支えで補える分も考慮して判断する」という形は、解説書や平28の補足意見の整理で、法廷意見が一般論として立てた規範ではない。

弁護人が付いていれば訴訟能力あり、ではない。見るのは、援助を受けて相当な防御ができる状態に届くか。同じ被告人でも、帳簿の読み方が争点の複雑な経済事件なら、認める材料が弱まる。

×にされやすい形
  • 「国選弁護人が付いているから、訴訟能力はある」
  • 「平10は、訴訟能力が著しく制限されているとして、これを欠くとした」(欠いてはいない=なお保持)

4欠けたときの出口(平28の判決)条文判例

  • :心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。停止には医師の意見を聴く(4項)。
  • 例外(1項ただし書):無罪・免訴・刑の免除・公訴棄却をすべきことが明らかなら、出頭を待たずに直ちにその裁判ができる。
  • 被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断される場合、
    裁判所は、刑訴法に準じて、判決で公訴を棄却することができると解するのが相当である。
  • 理由(法廷意見):形だけ係属したまま停止を続けるのは法の予定するところではない → 検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく打ち切れる。形式は規定が無いので、と同様に口頭弁論を経た判決による。
公判の途中で、手続を打ち切るか被告人の死亡・法人の消滅か決定で公訴棄却339条1項4号はいいいえ訴訟能力を欠くか314条1項の「心神喪失の状態」審理を続けるいいえはい無罪・免訴などが明らかか314条1項ただし書直ちにその裁判はいいいえ → 決定で停止回復の見込みがないか公判手続の再開の可能性がない停止を続けるいいえはい検察官が公訴を取り消したか決定で公訴棄却339条1項3号はいいいえ判決で公訴棄却338条4号に準じて(平28)
手続を打ち切る出口。同じ公訴棄却でも、平28の出口(一番下)だけが判決で、ほかは決定。訴訟能力を欠いても、まず停止で、無罪ではない。
  1. 2人を殺害したとして起訴。約1年半後に心神喪失で公判手続を停止
  2. 停止が約17年続く。検察官は公訴を取り消さないと繰り返す
  3. 第1審:を準用して公訴棄却
  4. 高裁:取り消さないことが明らかに不合理な極限的な場合に限る → 第1審を破棄・差戻し
  5. 最高裁:高裁判決を破棄し、検察官の控訴を棄却 → 第1審の公訴棄却が確定

回復の見込みがなく、検察官が公訴を取り消した → の決定。取り消さない → に準じた判決。

×にされやすい形
  • 「公訴を取り消さない限り、裁判所は手続を終わらせられない」(平28の原審に近い立場を最高裁は否定)
  • 「平28は、決定で公訴を棄却できるとした」(判決)
  • 「にそのまま当たる」(準じて=出口の形を借りる)

5弁護人の立場と、本人の意思条文

  • 弁護人が要る理由:相手は国家機関/身体拘束で証拠を集めに行けない/知識と証拠収集力の差 → 武器対等と防御権の実質的な保障。
  • 単なる代理人ではない(保護者たる地位)。:法律に特別の定めがある場合に限り、独立して訴訟行為ができる。
本人の意思との関係例
意思にかかわらずできる(固有権)接見交通()、書類・証拠物の閲覧・謄写()、証人への尋問
明示・黙示の意思に反してもできる勾留理由開示請求、勾留取消し・保釈の請求、証拠調べの請求()、異議
明示の反対があればできない忌避の申立て()、上訴(・)

勾留中の被告人が「保釈は頼まなくていい」と言っている → 弁護人は保釈を請求できる。被告人が「控訴しないでくれ」とはっきり言った → 弁護人は控訴できない。

出題弁護人は、被告人の意思に反しても保釈の請求・証拠調べの請求ができる(○)

出題弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない(×)

出題弁護人は、被告人の明示した意思に反しても上訴できる(×)

出題原審の弁護人は、被告人の明示した意思に反して上訴できない()(○)

関連弁護人は独立して訴訟行為ができるので、被告人の明示の意思に反しても326条の同意ができる(×)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、被告人の明示した意思に反しても上訴できる」
  • 「弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない」

6頼む権利の根拠と国選条文

被疑者(拘束なし)被疑者(逮捕・勾留)被告人
頼む権利刑訴憲+刑訴憲+刑訴
国が付ける根拠なし刑訴のみ(憲法の明文なし)憲+刑訴・
国選を付ける人—裁判官裁判所・裁判長
  • 憲法:刑事被告人は資格を有する弁護人を依頼できる。自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
  • 憲法:直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない → 拘束が前提。
  • :被疑者に勾留状が発せられている場合、貧困などで選任できないとき、請求により裁判官が付ける。勾留を請求された段階から請求できる(2項)。
  • :被疑者が釈放されると選任は効力を失う。ただし勾留の執行停止による釈放は除く。
  • 国選と私選で権限の差はない。
被疑者が国選弁護人を求める身体を拘束されているか国選なし私選だけ(30条1項)いいえはい勾留を請求されたか逮捕されただけの段階まだできないいいえはい国選を請求できる勾留状が出れば裁判官が付ける(37条の2)
被疑者国選の入口(37条の2)。在宅や逮捕だけでは使えず、勾留の請求から。勾留の執行停止以外の釈放で選任は効力を失う。

逮捕されただけの被疑者 → まだ国選は請求できない。勾留が請求されれば請求でき、勾留状が出れば裁判官が付ける。在宅で取調べを受けているだけ → 国選は使えない(根拠は刑訴の私選だけ)。

出題被疑者国選は、逮捕段階・在宅の被疑者にも付けられる(×)

出題被疑者の国選弁護人の選任は、勾留の執行停止で釈放されると効力を失う(を落とした形)(×)

出題勾留質問で、国選の請求ができる旨も告げる(○)

出題国選弁護人は辞任を申し出ても、解任されない限り地位を失わない(○)

出題出題当時の規定で、被疑者の国選弁護人選任請求権の有無は法定刑によって当然には異ならない(×)

×にされやすい形
  • 「逮捕・勾留のどちらでも、身体拘束の期間中いつでも国選弁護人を付すことができる」
  • 「在宅のまま取調べを受けている被疑者の請求で、裁判官は国選弁護人を付さなければならない」
  • 「被疑者国選の選任は、勾留の執行停止で釈放されても効力を失う」
  • 「拘束された被疑者が国選弁護人を求める権利は、憲法が保障する」(依頼権はあるが、国が付ける憲法の明文は無い)

7誰がなれるか・誰が選ぶか条文

  • :弁護人は弁護士の中から選任しなければならない。
  • :簡易裁判所又は地方裁判所では、裁判所の許可を得て弁護士でない者を選任できる(特別弁護人)。ただし地裁は他に弁護士の弁護人がある場合に限る。
場面特別弁護人
簡易裁判所許可があれば選べる
地方裁判所許可+他に弁護士の弁護人がいる場合
起訴前(捜査段階)選べない(最決平5・10・19)
控訴審・上告審選べない(・)
  • :法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任できる=本人の同意が無くても選べ、本人が後で別の弁護人を選んでも消えない(本人は解任できると解されている)。
  • 本人は何時でも選任できる()。

逮捕された息子のために父が弁護士を選び、その後に息子も別の弁護士を選んだ → 父が選んだ弁護人は、解任されない限り弁護人のまま。

出題兄弟姉妹など家族は、本人の意思にかかわらず独立して弁護人を選任できる(○)

出題配偶者が選任すると本人は選任できない/本人が別に選任すると家族の選んだ弁護人は直ちに地位を失う(×)

出題私選弁護人の選任は、弁護士が裁判所に直接申し出れば書面は不要(×)

出題合理的な理由なく被告人の署名を欠く弁護人選任届による選任は無効(○)

×にされやすい形
  • 「配偶者が弁護人を選任した場合、被疑者は自ら弁護人を選任できない」
  • 「妻が選んだ弁護人は、本人が別の弁護人を選任すると直ちに地位を失う」
  • 「特別弁護人は、控訴審でも・捜査段階でも、許可があれば選べる」

8いつまで弁護人か(審級代理)条文

  • :公訴の提起前にした選任は、第一審においてもその効力を有する。被疑者国選の弁護人も同じ。
  • :公訴の提起後の選任は、審級ごとにしなければならない。
  • :原審における弁護人は、被告人のため上訴をすることができる → 選任の効力は判決の宣告で終わらず、第1審の弁護人のまま控訴の申立てができる(被告人の明示した意思に反しない限り・)。控訴審の手続を進めるには改めて選任が要る。

勾留中に選んだ(国選を含む)弁護人 → 起訴後も第1審が終わるまで選び直さなくてよく、そのまま保釈も請求できる。

出題起訴前の弁護人の選任は第1審で効力が無く、起訴後に改めて選任が要る(×)

出題起訴後の弁護人の選任は審級ごと(国選も)(○)

出題第1審の弁護人は、選び直さずに控訴できる(○)

出題何度も出る形。第1審の弁護人は判決の宣告で選任の効力を失い、改めて選任されなければ控訴できない(×)

×にされやすい形
  • 「公訴の提起前にした選任は第一審では効力を有しないので、起訴後に改めて選任しなければならない」
  • 「第一審の弁護人は、判決の宣告で選任の効力が失われるので、控訴するには改めて選任される必要がある」
  • 「被告人から控訴してほしいとの依頼を受ける前は、弁護人は控訴できない」

9補佐人条文

  • :被告人の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、何時でも補佐人となることができる=起訴後の制度。
  • 2項:審級ごとにその旨を届け出なければならない。
  • 3項:被告人の明示した意思に反しない限り、被告人がすることのできる訴訟行為ができる。
弁護人補佐人
なり方法律の専門家として選任される家族などが届け出てなる
本人の意思反してもできる権限がある明示した意思に反してはできない
時期被疑者の段階から被告人になってから
効力起訴後の選任は審級ごと審級ごとに届出

兄は、逮捕された弟の弁護人を選べる()。しかし捜査段階で補佐人にはなれない(は「被告人の」)。補佐人の兄が証拠調べを請求しようとしても、弟がはっきり反対していればできない。

×にされやすい形
  • 「被疑者の兄弟姉妹は、捜査段階から補佐人となることができる」
  • 「保佐人」(民法)と「補佐人」(刑訴法)を同じものとする形(保佐人が補佐人になれる関係)

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第2章捜査

#7単独ページ動画

捜査とは何か

問い:捜査は、何のために・いつから・誰が・何をどうやって集める活動か。

骨組み

  1. 1目的と2本の柱():起訴・公判の準備。集めるのは「犯人及び証拠」。事実の認定は証拠による()
  2. 2始まり(条文):「犯罪があると思料するとき」=嫌疑があるとき。端緒はきっかけで、制限は無い
  3. 3担い手(条文):司法警察職員=第一次的/検察官=必要と認めるとき自ら(補充的)/検察事務官=検察官の指揮を受け
  4. 4証拠の集め方(条文):対象で手段が決まる。多くの対象に任意と強制の両方。照会には強制の手段が無い
  5. 5検証と実況見分:中身は同じ行為。令状で行えば検証、公道など・承諾があれば実況見分
  6. 6犯人の確保(条文):多くは在宅事件。身柄を取るなら逮捕(通常・現行犯・緊急)→ 必要なら勾留
  7. 7強制の縛り(条文):法律の特別の定め(ただし書)+原則として裁判官の令状(逮捕の現場は例外)
  8. 8将来の犯罪(学説):「あると思料する」=過去に限らない。高度に見込まれ・ある程度特定できれば捜査しうるとする見解

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1目的と2本の柱条文

  • 捜査=起訴・不起訴を正しく判断し、公判を遂行するための準備活動。犯人を懲らしめるための活動ではない。
  • 柱は2本:証拠の発見・収集と犯人の発見・確保(「犯人及び証拠」)。
  • 事実の認定は、証拠による()→ 起訴の判断も証拠で決まる → 捜査は証拠集めが中心。

2捜査の始まりと端緒条文

  • 始まる条件:「犯罪があると思料するとき」()=犯罪の嫌疑があるとき。嫌疑が無ければ始められない。
  • 端緒=「思料する」に至ったきっかけ。申告(110番など)・職務質問・検視・告訴・告発・自首・現行犯逮捕など。
  • 端緒(きっかけ)と思料(嫌疑があること)は別のもの。端緒は刑訴法に規定されたものに限られない。

110番が入った → 端緒にすぎない。いたずらと分かれば嫌疑は生じず、捜査は始まらない。

出題端緒に制限は無い・刑訴法に規定されたものに限られない(○)

出題の語「犯罪」・刑訴法が挙げる端緒(検視)を埋める形

×にされやすい形
  • 「110番の通報が入った瞬間に捜査が始まる」(嫌疑が要る)
  • 「捜査の端緒は、刑訴法に規定されたものに限られる」

3捜査の担い手条文

捜査機関立場条文の書き方
司法警察職員第一次的に捜査「捜査するものとする」()
検察官二次的・補充的。必要と認めるとき自ら「捜査することができる」()
検察事務官検察官の指揮を受けて「捜査をしなければならない」()
  • 「第一次的」「補充的」は条文の言葉ではなく、との書き方からの整理。
  • 検察官は「必要と認めるとき」自ら捜査できる → 送致を受けた事件でも、起訴した後でも、自ら捜査できる。
  • 「するものとする」は責務の書き方だが、どこまで強い義務かは条文からは言い切れない(は「しなければならない」と書き分けている)。

出題検察官は送致後も・起訴後も自ら捜査できる(○)

出題検察事務官も取調べ・令状による捜索ができる(○)

×にされやすい形
  • 「通報を受けた以上、警察は必ず捜査を始めなければならない」(嫌疑が要る・義務の強さも言い切れない)
  • 「事件が送致された後は、検察官は自ら捜索差押えをできない」

4証拠の集め方:対象ごとに任意と強制条文

対象任意の手段強制の手段
物領置()差押え・捜索・電磁的記録提供命令()
現場の状態実況見分(犯罪捜査規範104条)検証()
専門知識鑑定嘱託()鑑定留置()・鑑定処分()
団体の情報公務所等への照会()無い
言葉(供述)取調べ(・)第1回公判期日前の証人尋問(・)
通信―通信傍受(・通信傍受法)
  • 捜索=見つける(取得しない)/押収=占有を取得する(領置・差押え)。
  • 照会(捜査関係事項照会)は任意。回答を強制できない → 必要なら令状で差押え等に移る。
  • 鑑定留置・鑑定処分は、どちらも鑑定の嘱託が前提。鑑定処分をするのは嘱託を受けた専門家(裁判官の許可状)。
  • =取調べで出頭・供述を拒んだ人/=任意に話したが公判で変えるおそれがあり、証明に欠かせない人。どちらも第1回公判期日前に限り、検察官だけが請求。対象は被疑者以外。

金融機関に、被疑者に知られずに負債内容の報告を求め、書面の交付を受けた → 照会()で、令状なしで適法になりうる。

出題知られずに金融機関へ負債内容の報告を求める照会は、令状なしでは適法の余地がない(×)

出題照会は令状なしでできる任意捜査(○)

×にされやすい形
  • 「金融機関への照会は、令状が無ければ適法とされる余地がない」
  • 「被疑者が取調べで黙るなら、の証人尋問に呼べばよい」(被疑者以外が対象)

5検証と実況見分条文

検証実況見分
性質強制処分(令状=)任意処分(令状は要らない)
できる場面実況見分では足りないとき(住人が立入りを拒む場所など)公道など第三者の権利を侵すおそれがない場所、または相手方の承諾がある場合
行為の中身五官の作用で、場所・物・人の身体の状態を認識し記録する(同じ)
  • 状態は占有を移せないので押収できない → 認識・記録する処分が別にある。
  • 実況見分で足りるなら実況見分、足りなければ検証(任意捜査の原則)。
場所・物・人の状態を認識し記録したい公道など、第三者の権利を侵すおそれがない場所か実況見分任意処分・令状は要らないはいいいえ相手方の承諾があるか実況見分任意処分・令状は要らないはいいいえ(住人が立入りを拒むなど)検証強制処分・令状(218条1項)
同じ認識・記録の行為が、場所と承諾で実況見分か検証かに分かれる。

歩道の血痕を測って撮る → 誰の同意も無くても実況見分。同じ測定を、住人が立入りを拒む私有地で → 令状による検証。

出題住居主の承諾があっても、住居内を五官で認識する処分には検証許可状が要る(×)

×にされやすい形
  • 「住居主の承諾があっても、住居の内部を見分するには検証許可状が要る」
  • 「同意があるかどうかだけで、検証と実況見分の呼び名が変わる」(公道なら同意が無くても実況見分)

6犯人の確保条文

  • 逮捕されるのは全事件の平均で被疑者10人に3人くらい → 多くは身柄を取らない在宅事件。「捜査=逮捕」ではない。
  • 身柄を取る理由:逃げられると公判を開けず、証拠を消されると立証できない。
類型どんなとき
通常逮捕裁判官があらかじめ発した逮捕状で()。これが原則
現行犯逮捕現行犯人・準現行犯人を令状なしで。誰でもできる(・)
緊急逮捕死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑の罪+疑う十分な理由+急速を要する → 理由を告げて逮捕。直ちに逮捕状を求め、出なければ直ちに釈放()
  • 準現行犯人=追呼されている・贓物や凶器を持っている・身体や服に顕著な跡・誰何されて逃げる、のどれかに当たり、行い終わってから間がないと明らかな者()。
被疑者の身柄を取りたい逮捕状があるか裁判官があらかじめ発した通常逮捕199条1項・原則はいいいえ現行犯人・準現行犯人か現行犯逮捕令状なし・誰でもはいいいえ長期3年以上の拘禁刑等の罪か死刑・無期・長期3年以上逮捕できない令状なしではいいえはい十分な理由+急速を要するか罪を犯したと疑う逮捕できない令状なしではいいえはい緊急逮捕直ちに逮捕状を求める(210条1項)
身柄を取る3類型の分かれ目。緊急逮捕は罪の重さ・十分な理由・急速の3つがそろうときだけ。

出題追呼されている準現行犯人は、私人も逮捕状なしで逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「捜査が始まれば、被疑者は逮捕されるのが原則」
  • 暴行罪(2年以下の拘禁刑など)の疑いで緊急逮捕できる、とする形(長期3年以上が要る)

7強制捜査にだけかかる縛り条文

  • 任意の手段は、捜査に必要なら原則としてできる(本文)。
  • 強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければできない(ただし書)。
  • 差押え・捜索・電磁的記録提供命令・検証は裁判官の令状で()。ただし逮捕の現場での差押え・捜索・検証は令状なし()→ だから「原則として」令状。
  • 入口の目安:同意・承諾を得て行う=任意、なくても行える=強制。ただしとりあえずの整理で、同意が無くても任意とされる活動がある。
捜査の手段強制の処分か任意捜査必要なら原則できる(197条1項本文)いいえはい法律に特別の定めがあるかできない197条1項ただし書いいえはい逮捕の現場か差押え・捜索・検証令状は不要220条はいいいえ裁判官の令状で218条1項
強制処分にだけかかる2つの縛り(特別の定め・令状)と、令状の例外。

犯人が落としたカッターナイフの領置、公道での実況見分 → 誰の同意も得ていないが任意捜査。

×にされやすい形
  • 「強制処分には、いつも令状が要る」
  • 「任意捜査は、すべて相手の同意を得て行う」
  • 「照会に応じないときは、照会を強制できる」(照会に強制の手段は無い)

8将来の犯罪への捜査学説判例

  • 条文は「犯罪があったとき」ではなく「犯罪があると思料するとき」→ 過去の犯罪に限った書き方ではない。
  • 否定する立場:捜査は過去の犯罪を対象にする、を徹底すれば否定されうる。
  • 肯定する見解:発生が高度に見込まれ、被疑事実をある程度特定できるなら、特に任意捜査は認めてよい。その代わり刑訴法の規律も及ぶ。
  • 法律の手当て:通信傍受法は、将来の犯罪に向けた傍受を明文で定める(通信傍受法3条1項2号)。
  • おとり捜査の決定(3つの事情がそろう場面なら任意捜査として許容):
  • 少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。
  • 決定自身は「将来の犯罪も捜査できる」とは述べていない。肯定する見解が「判例も否定していない」と評価するだけ。

出題「既に行われた犯罪に限る」と「将来の犯罪も許される」の両方の論拠を埋める形

×にされやすい形
  • 「おとり捜査の決定は、将来の犯罪も捜査できると述べた」
  • 「決定の3つの事情のうち1つでも欠ければ、直ちに違法」

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#8単独ページ動画

捜査法の見取り図

問い:違法な捜査があったら、何が起きるのか。

骨組み

  1. 1論点の流れ:①強制か任意か(形式的判断)→ ②任意なら限度(実質的判断)→ ③違法だとしてどうなるか
  2. 2背骨(条文・判例):違法な捜査それ自体に効果を結びつけた一般的な条文は無い。は自白だけ。排除法則は判例の法理
  3. 3準抗告=物():対象は押収。捜索そのものは挙がっていない
  4. 4勾留の3経路=身柄:却下・準抗告・取消し。逮捕の違法で却下するのは重大な違法のとき
  5. 5証拠排除=証拠(昭53):重大な違法+将来の違法捜査の抑制から許容が相当でない。違法 → 排除 → 立証不能 → 無罪
  6. 6刑訴法の外の出口:公務執行妨害の不成立/国家賠償(警察官なら原則都道府県・昭54)/懲戒・職権濫用の罪
  7. 7公訴棄却(昭41・昭44):違法な捜査を理由に起訴を無効とすることに判例は慎重=「当然には」失わせない
  8. 8捜査構造論(学説):糾問的捜査観=取調べ中心・令状は許可状/弾劾的捜査観=対等な準備・令状は命令状
  9. 9犯罪捜査規範:国家公安委員会の規則。法律ではない。違反=直ちに違法、ではない
違法な捜索(1つ) 刑訴法の中 刑訴法の外 準抗告(430条) 取り戻す:物 勾留の3経路 取り戻す:身柄 証拠排除 外す:証拠 公務執行妨害の不成立 崩す:訴追の土台 国家賠償 埋める:損害 懲戒・職権濫用の罪 正す:公務員個人の規律
1つの違法から開く6つの出口(項目3〜6)。どれが実際に動くかは、それぞれの制度の要件で決まる。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1捜査の論点:3つの問いの流れ

問い何を判断するか
① 強制か任意か強制なら、法律の定めがあるか・令状があるか(形式的判断)
② 限度を超えていないか任意の場合。必要性などと比べて相当か=比例原則(実質的判断)
③ 違法だとしてどうなるか違法な捜査への対処(項目2〜7)
  • ①の答えで道筋が枝分かれするので、①から問う。比例原則は強制処分にもかかる(②は任意処分で中心になる問い、の意味)。
捜査機関の行為① 強制の処分か形式的判断法律の定めがあるか・令状があるかはいいいえ(任意)② 限度を超えていないか必要性などと比べて相当か違法③ 違法だとしてどうなるか超える超えない適法
①の答えで道筋が分かれる。②の実質的判断(比例原則)は任意処分で中心になる問い。

2違法に効果を結びつける一般的な条文は無い条文判例

  • 違法な捜査それ自体に効果を結びつけた一般的な条文は、刑訴法に無い → 違法は別の制度の判断に入り込んで初めて効果を持つ。
  • :任意にされたものでない疑のある自白は証拠にできない → 自白だけの規定で、違法な捜査全般の一般規定ではない。
  • 違法収集証拠排除法則:刑訴法に明文の規定は無く、判例が解釈で認めた法理。

違法な捜索で押収された帳簿を「により証拠にできない」と主張 → 使えない(は自白の規定)。帳簿は排除法則で判断する。

出題明文は無いが、刑訴法の解釈として違法収集証拠の証拠能力が否定される場合がある(○)

出題違法収集証拠の証拠能力は、刑訴法でなく(専ら)憲法の解釈に委ねられている(×)

×にされやすい形
  • 「刑訴法に規定が無いので、排除の問題は刑訴法の解釈ではなく憲法の解釈に委ねられる」
  • 「排除は専ら憲法の適正手続の保障自体の要請である」

3押収への準抗告(物を取り戻す)条文

  • 捜査機関がした押収(差押え・領置など)に不服がある者が、裁判所にその処分の取消し又は変更を請求する()。
  • 請求先:検察官・検察事務官の処分=所属検察庁に対応する裁判所(1項)/司法警察職員の処分=職務執行地を管轄する地裁・簡裁(2項)。
  • 認められると処分が取り消され、物は直ちに還付される。
  • が挙げるのは押収などの処分で、捜索そのものは挙がっていない → 争えるのは、その捜索で差し押さえられた物の押収。
捜査機関の処分に不服押収(差押え・領置など)か対象外捜索そのもの・押収でない写真撮影いいえはい司法警察職員の処分か職務執行地の地裁・簡裁430条2項はいいいえ(検察官・検察事務官)所属検察庁に対応する裁判所430条1項
430条の準抗告:対象は押収で、誰の処分かで請求先が分かれる。

「令状の範囲を超えて家の中を探された。その捜索を取り消してほしい」→ 捜索は準抗告の対象ではない。差し押さえられた物があれば、その押収を争う。

出題司法警察員がした差押えは準抗告の対象(○)

出題司法巡査がした捜索も準抗告の対象(×)

出題押収でない写真撮影は、準抗告で争えない(○)

×にされやすい形
  • 「司法巡査がした捜索は、準抗告の対象になる」

4勾留の3経路(身柄を取り戻す)

経路誰が・何をするか
勾留請求の却下裁判官が勾留請求そのものを退ける(却下には検察官が準抗告で争える)
勾留決定への準抗告勾留が決まった後、被疑者・弁護人が準抗告(勾留は裁判官の裁判 → 2号)
勾留取消し勾留の理由・必要がなくなったとき(。被疑者にはを通して)
  • 逮捕前置主義:勾留は逮捕に引き続いて求める → 勾留の場面で、先行する逮捕の違法が争われる。
  • 線引き:逮捕に令状主義の精神に反するような重大な違法があるときに限り、勾留請求を却下する、と考えるのが一般。
  • 逮捕には準抗告が無い → 勾留の段階で審査する前提だから、と学説は説明する。
逮捕に引き続く勾留請求先行する逮捕に違法があるか逮捕の違法は問題にならないいいえはい重大な違法か令状主義の精神に反するような勾留請求を却下はいいいえ(ささいな誤記など)それを理由には却下しない
逮捕の違法で勾留請求を退けるのは、重大な違法のときに限る、と考えるのが一般。

逮捕状の記載にささいな誤記があっただけ → 勾留請求を退けるのは適切でない。令状によらない実質的な逮捕が約5時間 → 制限時間を守っていても重大な瑕疵として却下が支持された例(富山地決昭54・7・26)。

出題勾留状の発付には準抗告できる(先行逮捕の違法を理由にも)(○)

出題逮捕も勾留も、刑訴法上不服申立ての手段がない(×)

出題逮捕状の発付には準抗告できない(○)

出題逮捕状を発付した裁判に対して準抗告できる(×)

×にされやすい形
  • 「逮捕にも勾留にも、刑訴法上の不服申立ての手段は無い」(勾留には準抗告がある)
  • 「逮捕状を発付した裁判に、準抗告できる」
  • 「逮捕に違法があれば、どんな違法でも勾留請求は却下される」(重大な違法のとき)

5証拠排除(証拠を認定から外す)判例

  • 基準(最判昭53・9・7):押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、将来の違法な捜査の抑制の見地から証拠として許容することが相当でないとき、証拠能力を否定。違法があればいつでも排除、ではない。
  • 守るのは認定の正確さではない(中身の価値は変わらない)→ 手続の適正・司法への信頼・将来の違法捜査の抑止という事実認定以外の利益のため。
違法な手続で押収された証拠重大な違法があるか令状主義の精神を没却するような排除されないいいえはい許容することが相当でないか将来における違法な捜査の抑制の見地から排除されないいいえはい証拠能力を否定証拠として使えない
昭53判決の基準。紫の枠が判例の言葉。違法があればいつでも排除、ではない。
段階何が起きるか
① 違法な捜索帳簿の押収に違法な手続があった
② 証拠排除帳簿が証拠として使えなくなる
③ 立証不能帳簿以外に有力な証拠が無ければ、立証できない
④ 無罪/公訴取消し検察官が自ら公訴を取り消す()→ 裁判所は決定で公訴棄却(3号)。維持すれば無罪判決

帳簿が排除されても、共犯者の供述や振込記録で立証できれば、有罪はありうる。

×にされやすい形
  • 「違法な捜査があれば、必ず無罪になる」(排除と立証不能の2段が挟まる)
  • 「手続に違法があれば、その証拠はいつでも排除される」

6刑訴法の外の出口条文判例

出口要点
公務執行妨害の不成立この罪には職務の適法性が要る()→ 捜索が違法なら不成立の方向(暴行罪は別に問題)
国家賠償賠償するのは公務員個人ではなく国又は公共団体(国家賠償法1条1項)。都道府県警察の警察官 → 原則都道府県/検察官・検察事務官 → 国
懲戒免職・停職・減給・戒告の4種類(地方公務員法・国家公務員法)
職権濫用の罪刑法。不起訴なら付審判請求()
  • 都道府県警察の警察官の捜査は、原則としてその都道府県の公権力の行使(最判昭54・7・10)。警視総監・本部長が国家公務員でも、国の公権力の行使にはならない。例外は、検察官が自ら行う捜査を警察官が補助した場合など。
  • 公務員職権濫用罪():捜査が違法なこと自体ではなく、職権を濫用して義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したことを処罰する。
×にされやすい形
  • 「都道府県警察の警察官の違法な捜査について、賠償責任を負うのは国である」
  • 「違法な捜査をした警察官個人が、国家賠償法により賠償する」

7違法な捜査を理由に公訴棄却できるか判例

  • 問い:検察官が取り消していないのに、「違法な捜査 → 起訴が無効 → 公訴棄却」で裁判所が打ち切れるか(無効な公訴提起なら判決で棄却=4号)。
  • 逮捕手続の違法(最判昭41・7・21):
  • 本件逮捕の手続に所論の違法があつたとしても本件公訴提起の手続が憲法三一条に違反し無効となるものとはいえない
  • 捜査の遅延(最判昭44・12・5)は2つの別の判断:
何についてか中身
説示①捜査そのものが違法かの基準ことさら遅らせた等の極めて重大な職務違反があれば違法となることがある
説示②公訴提起の効力仮に違法でも当然には失わせない(理由=検察官の極めて広範な裁量)
  • 仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて
  • 「当然には」=「絶対に」ではない。ただ、どんな場合に失わせるかの基準は判決自身は示していない(違法が重大なら公訴棄却も、は基本書の読み)。
  • だから実務は、公訴棄却ではなく証拠排除で対処する。
×にされやすい形
  • 「違法な捜査があった事件は、公訴棄却で終わる」
  • 「極めて重大な職務違反があれば公訴提起は無効になる、と判例は述べた」(それは捜査が違法かの基準)
  • 検察官が自ら公訴を取り消す → 棄却(3号)と、違法捜査を理由に裁判所が起訴を無効とする話を混ぜる形

8捜査構造論学説

糾問的捜査観弾劾的捜査観
捉え方捜査機関が被疑者の取調べを中心に事実を解明する手続公判の準備。被疑者側と捜査機関が対等な主体として準備
被疑者客体主体
取調べ受忍義務肯定に馴染む否定に馴染む
接見交通権広く制限してよい制限は最小限
令状の性質許可状(権限は捜査機関・裁判官は確認するだけ)命令状(権限は裁判官・捜査機関は執行するだけ)
  • 平野龍一が示したモデル。現行法はどちらか一方には決まっていない。
  • 糾問主義/弾劾主義は審理(法廷)の構造の対立で、別のもの(現行法は弾劾主義)。
  • 取調べ受忍義務:実務はただし書の反対解釈で肯定/学説は否定が通説/判例は、出頭・滞留の義務があると解しても直ちに供述拒否の自由を奪うことにはならない、と述べるにとどまる(最大判平11・3・24)。どの立場でも話す義務は無い()。
×にされやすい形
  • 令状を、糾問的捜査観では命令状、弾劾的捜査観では許可状とする逆転
  • 「捜査構造論の糾問的・弾劾的」と「審理の糾問主義・弾劾主義」を同じものとする形

9犯罪捜査規範

  • 警察官が捜査で守るべきことを定めた規則。定めたのは警察庁ではなく国家公安委員会。
  • ①法律ではない/②違反=直ちに違法、ではない/③違法かどうかの判断材料の1つにはなりうる。

住人が「どうぞ見てください」と言っても、規範108条は捜索許可状を得て行うよう定める → 承諾による家宅捜索はすべきでない、とする立場の根拠の1つ。

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#9単独ページ動画

強制処分と任意処分の区別①

問い:捜査の処分は、どこからが「強制」か。

骨組み

  1. 1条文:=任意捜査が原則/強制の処分は「特別の定め」があるときだけ。「強制の処分」の定義は無い
  2. 2強制だと加わるもの:法定主義(憲31)・令状主義(憲33・35)。比例原則は強制にも任意にもかかる
  3. 3判断の順序:①強制か → 強制なら②特別の定め ③令状/任意なら④比例原則
  4. 4かつての線(旧説):有形力の行使か法的義務の賦課があれば強制 → 軽い接触を拾いすぎ、通信傍受などがすり抜ける
  5. 5義務の賦課:第1回公判期日前の証人尋問()=制裁つきの義務で今も強制/照会()=制裁なし・任意捜査とされる
  6. 6最高裁の線(昭51):強制手段=有形力の行使を伴う手段ではなく、意思を制圧し身体、住居、財産等に制約を加えて…。至らない有形力も相当な限度でだけ
  7. 7手首をつかんだ事件(昭51):第一審=違法・無罪/控訴審=有罪/最高裁=強制手段とは判断できず、不相当ともいえない → 上告棄却

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1条文

  • 本文:捜査の目的を達するため必要な取調べをすることができる。ここでの「取調べ」は広い=捜査全般(捜索・差押え・検証なども入る)。
  • ただし書:強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければできない → 強制処分法定主義。ただし書が強制を絞るので、本文の任意捜査が原則と読む。
  • 刑訴法は「強制の処分」を定義していない → 何が強制かは解釈に委ねられ、基準を示したのが昭51の決定(項目6)。
の「取調べ」の「取調べ」
範囲広い=捜査全般狭い=人から話を聞いて供述を得る
例取調べ・捜索・差押え・検証など被疑者からの聴取(被疑者以外は)

2強制と判定されると加わるもの条文

強制処分任意処分求めること(根拠)
強制処分法定主義○―刑訴法の特別の定め()
令状主義○―裁判官が事前に審査して出す令状(・)
比例原則○○必要性に見合った相当なものか(の「必要な」)
  • 法定主義=中身は国会が法律で決める(民主主義的要請)/事前に法律で明らかにする(自由主義的要請)→ 新しい手法が強制処分なら立法を待つまで使えない。
  • 令状主義の例外:憲法の明文=現行犯逮捕()・逮捕に伴う捜索・差押え()/判例が合憲とした=緊急逮捕()。
  • 比例原則は強制処分の執行にもかかる:令状は「この処分をしてよい」という許可で、どんなやり方でもよいとまでは決めていない。

逮捕状を示された相手がおとなしく応じているのに、地面に押し倒して手錠をかける → 令状があっても、相当性を欠く方向。

出題尾行するには、裁判官による令状の発付を受ける必要がある(×)

×にされやすい形
  • 「尾行するには、裁判官の令状の発付を受ける必要がある」
  • 「比例原則は、強制処分と判定されて初めて加わる」

3判断の順序

順序問うこと結論
① 強制の処分か強制か、任意か強制なら②へ/任意なら④へ(ここで違法にはならない)
② 特別の定め刑訴法に根拠規定があるかあれば③へ/なければ違法
③ 令状主義令状があるか(例外に当たるか)守れば適法/守らなければ違法
④ 比例原則必要性に見合った相当なものか従えば適法/従わなければ違法
  • 令状は、刑訴法に定めのある処分について出すもの → 定めの無い新しい手法が強制処分なら、②で止まる。
  • GPS捜査の大法廷判決(最大判平29・3・15):GPS捜査を強制の処分としたうえで、令状を発付することには「疑義がある」、立法的な措置が望ましいとした。
強制の処分か197条1項ただし書比例原則相当さを欠けば違法任意強制特別の定めはあるか刑訴法の根拠規定違法無いある令状はあるか令状主義の例外に当たる場合も含む違法無いある適法執行のやり方には比例原則もかかる
判断の順序。青の枠は条文が求めること。任意と振り分けても、比例原則の審査が残る。
×にされやすい形
  • 「令状さえ取れば、どんな捜査手法でも適法」
  • 「任意処分と判定されれば、必ず適法」

4かつての線:有形力か、法的義務の賦課か学説

  • 旧説:有形力の行使(逮捕・勾留、捜索・差押え、検証)か、法的義務の賦課(第1回公判期日前の証人尋問)があれば強制処分。
  • この線は両側から壊れる(下の表)。どちらの問題も学説から指摘されたもの。
① 拾いすぎ② すり抜け
行為の例肩に軽く触れて注意を引く写真撮影・通信の傍受(力も義務も無い)
旧説だと強制処分任意処分
不都合軽い有形力まで令状が要るプライバシーを侵害するのに法定主義・令状主義が及ばない
  • 通信傍受は今、が「強制の処分」とし、中身を別の法律に委ねている。
  • 新強制処分説:権利・利益の侵害を伴う手法はすべて強制処分と広く捉える。問題点=法定主義の民主主義的要請との関係。

出題旧説の典型(①)・すり抜け(④)・拾いすぎ(⑤)を穴埋めで問う

5法的義務の賦課:証人尋問と照会条文

  • :取調べ()に出頭又は供述を拒んだとき、第一回の公判期日前に限り、検察官は裁判官に証人尋問を請求できる。
  • 召喚されると出頭・宣誓・証言の義務。拒めば過料(・)・刑罰(・)、さらに勾引()→ 義務を間接的に強制するので、今も強制捜査。
  • 強制である理由は、裁判官が関与することではない(制裁つきの義務)。昭51の決定も、この証人尋問を任意にしたわけではない。
  • 公務所等への照会():報告を「求めることができる」だけで、応じない場合の制裁の定めは無い → 実務では任意捜査とされる。

照会も報告の義務を負わせる以上は強制とみる見解もある。ただしその見解も、物理的な強制力が無いので令状は不要とする。

出題間接強制を基準にすると、照会=任意・の証人尋問=強制

6最高裁の線(昭51決定)判例

  • 捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。
  • ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、
    右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。
  • 強制手段にあたらない有形力の行使であつても、…状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。
  • 学説が重視するのは「意思の制圧」と「身体、住居、財産等への制約」の2つ。残りの言い回しは強制処分の言い換えにすぎないとみる。
  • 決定はを挙げていない(解説書が、の強制処分と言い換えて紹介している)。
捜査機関の有形力の行使強制手段か意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加える行為など強制手段法律の根拠規定がある場合に限りはいいいえ(有形力でも任意でありうる)相当と認められる限度か必要性、緊急性などをも考慮し、具体的状況のもとで許容されないいいえはい任意捜査として許容
昭51決定の2段。紫の枠が判例の言葉。強制手段に当たらない有形力でも、常に許容されるわけではない。
かつての線昭51決定
見るもの有形力を使ったか意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えたか
肩に軽く触れる強制処分その程度に至らなければ任意(相当性が問われる)
写真撮影・通信傍受任意処分有形力が無いことでは決まらない(結論は文言から直接出ない)

出題判旨がほぼそのまま出題/判旨の言葉で任意同行・おとり捜査を説明する形

×にされやすい形
  • 「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段をいう」
  • 「警察官が体に触れたら強制処分」
  • 「強制手段に当たらない有形力の行使は、常に許容される」
  • 「重要な権利・利益を侵害・制約するもの」を昭51決定の言葉とする形(学説の定式)

7手首をつかんだ事件(最決昭51・3・16)判例

  1. 酒酔い運転で物損事故。免許証の提示と呼気検査を拒み、警察署へ任意同行
  2. 署でも呼気検査を拒む。父が来て説得。「母が来れば応じる」と言い、父が母を呼びに帰る
  3. 「マッチを取ってくる」と急に出入口へ → 警察官が両手で左手首をつかむ
  4. 振り払って警察官の顔を殴る → 公務執行妨害の現行犯で逮捕
第一審控訴審最高裁
手首をつかんだ行為強制力の行使=違法説得手段として相当強制手段とは判断できない/不相当ともいえない
その後の暴行正当防衛新たな攻撃=正当防衛にならない独自の判断なし
結論無罪有罪上告棄却(有罪維持)
  • 呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。
  • さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない。
  • 第一審の言葉は「実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使」。「有形力だから強制」とは書いていない。
  • 違法な職務は公務執行妨害罪()で守られる「公務」に当たらない → 手首をつかんだ行為が適法かが罪の成否を左右した。
左手首を両手でつかんだ性質上当然に強制手段にあたるか説得のため・程度もさほど強くない強制手段根拠規定が要るはいいいえ(判断できない)不相当な行為か説得のための抑制の措置違法な職務公務に当たらないはいいいえ(不相当ともいえない)適法な公務有罪を維持(上告棄却)
手首をつかんだ事件で最高裁がたどった順。どちらの段も「さほど強いものではない」が効いている。

出題そっくりの事例(両肩をつかんで座らせた)で、任意捜査でも有形力の行使が許容される場合もある(○)

×にされやすい形
  • 「最高裁が第一審の無罪を覆した」(覆したのは控訴審。最高裁は有罪を維持)
  • 「最高裁は、意思の制圧に至らないから強制手段ではないとした」(挙げた理由は説得の目的と程度)
  • 「第一審は、有形力の行使だから強制処分だとした」

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#10単独ページ動画

強制処分と任意処分の区別②

問い:判例の2つの言葉を、どう「使える物差し」にするか。

骨組み

  1. 1字義どおりの読み:「意思を制圧」=物理的な抵抗の排除と読むと、気づかれない捜査が任意になりかねない(と食い違う)
  2. 22語を2段に(学説):意思の制圧=明示または黙示の意思に反すると軽く読み、重心を「制約」へ。①実質的な侵害・制約 → ②同意・承諾
  3. 3①の物差し(学説):厳格な手続から逆算。法定の処分と同視しうる性質か=類型的。捜査の必要性は持ち込まない
  4. 4②の物差し(学説):同意・承諾=放棄 → 任意。個別具体的。渋々でもよいが、身体の束縛・強い心理的圧迫の客観的な状況があれば否定
  5. 5同意の限界:承諾留置=許されない/承諾家宅捜索=すべきでない(解説書)。所持品・自動車は自由な承諾で可
  6. 6昭51への当てはめ(解説書):人身の自由への制約はあるが実質的ではない → 任意 → 次に相当性
  7. 7何が重要な権利・利益か(解説書):証拠収集系=私的領域のプライバシー・通信の秘密/犯人確保系=人身の自由

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1「意思の制圧」を字義どおりに読むと学説

  • 昭51決定の判旨のうち、学説が重視する2語:
  • 個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、
  • 字義どおりに読む見解:有形力などで物理的な抵抗を排除するか、処分に服することを余儀なくさせる程度が要る。
  • 壊れる場面:持ち物に秘かに発信機を付け、まったく気づかれないまま私生活を継続的に把握 → 抵抗が無いので意思の制圧も無く、任意捜査になりかねない。
  • 法律の言葉とも合わない:は、当事者のいずれの同意も得ない電気通信の傍受を「強制の処分」と呼ぶ。
  • 「相手が気づかない処分には別の考え方」と使い分ける説明も、「強制の処分」を統一的に理解できなくなる。

22つの言葉を、判断の2段に学説

  • 通説的な見解の定式:強制処分とは、相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴う処分。
  • 黙示の意思に反する:はっきり拒んでいなくても足りる。気づかれない捜査も、知っていれば当然拒んだと推認できる。
  • GPS捜査の大法廷判決:「合理的に推認される個人の意思に反して」私的領域に侵入するGPS捜査を、「個人の意思を制圧して」重要な法的利益を侵害するとし、昭51決定を参照して強制の処分とした。
  • 昭51決定の文言は変わっていない。変わったのは、どちらの言葉で判断するか。
捜査機関の処分①実質的な侵害・制約は重要な権利・利益に対して/類型的に(必要性は見ない)任意処分次に相当性を問う無いある②自由な同意・承諾は個別具体的に(客観的な状況)任意処分次に相当性を問うある無い(意思に反する)強制処分特別の定めと令状が要る
通説的な見解の2段(①は項目3、②は項目4)。緑の枠は学説の物差しで、昭51決定の言葉ではない。
出どころ言葉
判例(昭51決定)「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」
学説の基準明示または黙示の意思に反する、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約

公道で名前を尋ねた → ①なし → 任意。本人が「どうぞ」と鞄を開け、中身を一つずつ確かめた → ①あり・②承諾あり → 任意。拒む人の施錠された鞄をこじ開けた → ①あり・②承諾なし → 強制(捜索として法の定めと令状が要る)。

×にされやすい形
  • 「重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約」を昭51決定の言葉とする形
  • 「任意捜査と判定されれば、それで適法」(次に相当性が問われる)

3物差し①:重要な権利・利益への実質的な侵害・制約学説

  • 逆算:強制処分には法定主義・令状主義という厳格な手続が結びつく → その手続で守る必要があるほど重要な権利・利益への実質的な侵害・制約に限る。
  • 類型的:刑訴法で法定された処分(逮捕・勾留、捜索・差押え、検証など)と同視しうる性質かを客観的に見比べる。
  • 見るもの=何を、どの程度したかという行為の性質(どこに手を入れたか、どれだけ強く押さえたか)。見ないもの=嫌疑の強さ・事件の重大さ(必要性)。
  • 必要性の出番は、任意と決まった後の相当性(比例原則)。
  • 昭51決定も、強制手段に当たらない理由に「説得するために行われた」「程度もさほど強いものではない」を挙げ、疑いが濃厚などの事情は相当性の判断で挙げた(決定の並びが学説の整理と合う、という読み)。
侵害すべてを強制とすると重要な権利・利益に限ると
公道で公然と行動する人の撮影強制任意
住居内の見えない場所の人を望遠で密かに撮影強制強制

留守の家に令状なしで入り、殺人事件の重要な証拠を探した → 「必要性が高いから実質的な侵害とまではいえない」は誤り。家に入って物を探すのは捜索と同視しうる性質で、事件が重大でも変わらない。

出題侵害すべて強制とする見解 → 手続の厳格さから逆算して重要な権利・利益に絞る、の流れを穴埋めで問う

×にされやすい形
  • 「重大事件だから強制処分」/「必要性が高いから任意処分」
  • 「類型的に判断するので、行為の態様・程度は見ない」(外すのは必要性)

4物差し②:同意・承諾学説

  • 同意・承諾があれば、意思に反するとはいえない=権利・利益の放棄 → 任意処分。その有無は個別具体的に判断(①の類型的判断とは方法が違う)。
  • 完全に自発的でなくてよい:説得に応じた渋々の承諾でも、自由な意思決定といいうる。
  • 否定されるのは、社会通念からみて身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえる客観的な状況があるとき(大阪高判昭61・9・17を解説書が引用)。
  • 黙示の承諾もありうるが、承諾が明確でない限り、あとで「承諾していなかった」とされるおそれが大きい。
パターンAパターンB
場面扉は開いていて帰れた。1時間説得され「仕方ないですね」と携帯の画面を見せた警察官4人が出口をふさぎ「見せるまで帰さない」と言い続けた中で見せた
判断任意の承諾といいうる任意の承諾は否定される方向

目印は「渋々かどうか」ではなく、客観的な状況。黙って見ていただけ=承諾あり、とも言い切れない(説得に応じていなかった流れで、警察官4人が車内を調べる間黙っていた事案では、任意の承諾は無かったとする原審の判断を最高裁が是認)。

出題同意に基づく採取試料のDNA型検査・ポリグラフ検査は、令状が無くても適法でありうる(○)

出題同意に基づくDNA型検査・ポリグラフ検査も、令状なしでは適法の余地がない(×)

×にされやすい形
  • 「同意を得て採取した口腔内細胞でも、DNA型検査には令状が要る」
  • 「同意に基づくポリグラフ検査でも、令状が要る」
  • 「渋々の承諾は、自由な意思決定に基づく承諾とはいえない」

5同意があっても、任意で片づかない場面

場面扱い
承諾留置(同意を得て留置施設に泊まらせる)同意があっても許されないと考えられている
承諾家宅捜索(住人の承諾で、令状なしに家を捜索)私的領域への侵害が大きく、同意があっても実施すべきでない(解説書)。犯罪捜査規範108条も令状を求める
所持品・自動車の承諾による捜索自由な承諾があれば任意捜査として許される(解説書。認めない見解もある)
  • 許されない理由:類型的に強制処分だから/理論上は任意でも政策的に令状主義の下で行うべきだから、の2見解(解説書)。最高裁の判例は無いとされる。

6手首をつかんだ事件に当てはめる判例学説

  • 事案:酒酔い運転の疑いで任意同行され、呼気検査の説得中に急に退室しようとした人の左手首を、警察官が両手でつかんだ。
  • これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。
問い判断根拠
制約はあるかあるその場を離れる自由(人身の自由)
実質的か至っていない決定=説得のため・程度もさほど強くない。解説書=軽度で一時的な有形力の行使
結論任意処分次に相当性(決定も別に判断し、不相当な行為とはいえないとした)
  • 「一時的」は解説書の評価の言葉。決定は、つかんでいた時間の長さを認定していない。

同じ場面で、出口の前に立ちふさがり数時間部屋から出さなかった → 逮捕と同視しうる性質に近づき、実質的な侵害・制約がある方向。

7何を奪えば、重要な権利・利益か学説

系統問題になる権利・利益
証拠収集系プライバシーのうち私的領域のもの(・)/通信の秘密()
犯人確保系人身の自由=身体・行動の自由(・)
  • プライバシーというだけでは即断できない(捜査では大なり小なりプライバシーの侵害が避けられない)→ 解説書は私的領域での侵害・制約に絞る。
  • GPS捜査の大法廷判決:憲法の権利には「これらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利」が含まれる。公道上の所在を肉眼で把握・カメラで撮影する手法とは異なると区別。
  • 人身の自由は重要な権利・利益に当たるのが明らか → 犯人確保系の争点は「実質的」かどうか。

公道を歩く人の姿を遠くから撮影 → プライバシーは問題になりうるが、私的領域への立ち入りではないので、実質的な侵害とすぐにはいえない。

出題公道で公然と行動する人の撮影=任意、住居内を密かに撮影=強制

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#11単独ページ動画

容ぼうの撮影

問い:承諾も令状もない撮影は、許されるか。

骨組み

  1. 1名指しの条文:=身体の拘束を受けている被疑者は、裸にしない限り令状なしで撮れる。それ以外はまず強制か任意か
  2. 2京都府学連事件(昭44大法廷):みだりに容ぼう等を撮影されない自由(憲法)+許される場合(現行犯性・必要性と緊急性・相当な方法)→ 撮影は適法。強制か任意かは明言なし
  3. 32段で判断(学説):入口=強制処分か(撮られる側の場所で類型的に)→ 任意ならその先=その撮り方は適法か(個別具体的に)
  4. 4入口(学説):公道・誰でも入れる店=受忍せざるを得ない場所 → 任意処分/自宅の中を密かに=私的領域への侵入 → 強制処分。検証許可状は事前に示せず困難
  5. 5その先の判例(平20決定):合理的な理由・必要な限度・相当な方法で適法。現行犯の場面に限られない。緊急性には触れない
  6. 6その先の学説:比例原則の天秤(左=撮影方法/右=重大性・嫌疑・証拠の重要性)。撮影方法の相当性と比例原則の相当性は別物
  7. 7どちらの段で効くか:事件の重さ・写真かビデオか・撮影時間の長さは、入口では効かず、その先で効く
承諾も令状もない撮影身体の拘束を受けた被疑者か裸にしない限り令状不要218条4項はいいいえ入口:私的領域で密かに撮るか撮られる側の場所で決める。事件の重さは入れない強制処分無令状なら違法。令状も示せず困難はいいいえ(受忍せざるを得ない場所=任意処分)その先:撮り方は相当か合理的な理由・必要な限度・相当な方法(平20決定)違法いいえはい適法
項目1・4・5の順。入口(場所)で強制か任意かを決め、任意ならその先で撮り方を量る。事件の重さは入口では見ない。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1無令状の撮影を名指しで認めた条文条文

  • 原則:検証には裁判官の発する令状が要る()。写真撮影は検証の性質を持つ。
  • 例外:身体の拘束を受けている被疑者の指紋・足型の採取、身長・体重の測定、写真の撮影は、被疑者を裸にしない限り、令状によることを要しない()。古い問題では3項。
  • 逮捕の現場での検証も令状が要らない(2号)。ただし撮影を名指しした条文ではない。
  • それ以外の無令状の撮影 → 強制処分なら法律の定めと令状が要る(ただし書)→ 任意処分といえるかが問われる。

勾留中の被疑者を着衣のまま正面と横から撮る → 令状不要。背中の入れ墨を撮るため上半身を裸にする → 4項の外(身体検査令状の問題)。任意で事情を聴いているだけの被疑者 → 4項の外。

出題拘束中の被疑者の顔写真の撮影に身体検査令状は要らない(○)

出題拘束中の被疑者の写真撮影・指紋採取には身体検査令状が要る(×)

出題拘束中の被疑者の指紋採取には、裸にしなくても身体検査令状が要る(×)

出題拘束中の被疑者なら、身体検査令状なしに全裸にして撮影できる(×)

×にされやすい形
  • 「身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影・指紋採取には、身体検査令状が要る」
  • 「すでに身体を拘束されている以上、全裸にして撮影することもできる」
  • 「被疑者なら(拘束されていなくても)令状なしで撮れる」

2京都府学連事件(最大判昭44・12・24)判例

  1. 学生の集団行進が、許可の条件(四列縦隊・車道の東側端)に外形上違反する状態で進む
  2. 違反の状況を確認する巡査が、歩道から先頭部分の行進状況を撮影
  3. 撮影が適法な職務執行か=公務執行妨害罪が成立するかの前提として争われる
  • 個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
  • 少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。
  • 身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。
  • すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。
  • 結論:行進者の意思に反していても、適法な職務執行。強制処分か任意処分かは明言していない。
  • 撮影に第三者が写り込んでも許される場合がある(自動速度監視装置で同乗者も写った事件・最判昭61・2・14)。
同意も令状もない警察官の撮影現行犯性はあるか現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がない判示の場合の外それだけで違法ではない(項目5)いいえはい証拠保全の必要性および緊急性があるか判示の場合の外いいえはい相当な方法か一般的に許容される限度をこえない判示の場合の外いいえはい同意・令状なしでも許容
京都府学連事件が示した「許容される場合」の確かめ方。外れても違法とは言っていない(それ以外は許されない、は×)。

出題項目5で否定。同意・令状のない公道の撮影は、京都府学連の示した場合以外は許されない(×)

×にされやすい形
  • 「京都府学連事件は撮影されない自由を認めただけで、撮影が許されるかは判断していない」
  • 「現行犯性・必要性と緊急性・相当な方法がそろわなければ、撮影は一切許されない」
  • 「京都府学連事件は撮影を任意処分と明言した」

3入口とその先の2段学説

段問うこと何で決まるか
入口強制処分か、任意処分か撮られる側が私的領域にいるか(類型的=捜査の必要性を入れない)
その先任意処分として適法か判例=合理的な理由・必要な限度・相当な方法/学説=比例原則(個別具体的)
  • 平20決定が述べたのは、適法とした理由の一続きの判示。そこから入口(任意処分)とその先の2段を読み取るのは解説書の読み。
×にされやすい形
  • 「平20決定は、ビデオ撮影を任意処分と明言した」

4入口:線は「場所」で引かれる学説

  • 物差し:重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか。撮影で据える権利=私的領域に侵入されない権利。
  • いずれも、通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。
  • 見るのは撮られる側がいる場所。撮る側がどこにいたかではない。
  • 公道でも撮影されない自由の制約はある → その大きさは入口ではなくその先で量る。
撮られる場所どんな場所か結論
公道受忍せざるを得ない場所任意処分
誰でも入れる店の中受忍せざるを得ない場所任意処分
自宅の中プライバシーの正当な期待が立つ私的領域密かに撮れば強制処分

警察官は借りたマンションの部屋から撮ったが、撮られた被告人は公道を歩いていた(平20決定)→ 任意処分の側。逆に、撮る側が公道に立っていても、カーテンの開いた居間の中の人を撮れば、撮られる側は私的領域。

  • 入口で強制処分なら:検証許可状が考えられるが、令状は処分を受ける者に示さなければならない(をで準用)→ 密かに撮るなら困難。

出題公道で知られずに容貌を撮影するのは、令状なしでは適法の余地がない(×)

出題公道で知られずに撮る=令状なしでも適法の余地がある(○)

出題権利侵害なら全部強制とする説では公道も強制(⑦)/重要な権利で切れば公道は任意(⑪)・住居内を密かには強制(⑫)

×にされやすい形
  • 「公道上で本人に知られずに容ぼうを撮影するには、令状が要る」
  • 「重大事件の犯人を急いで特定する必要があれば、自宅の中を密かに撮っても任意処分」
  • 「撮る側が人目のない部屋にいたから、私的領域への侵入になる」

5その先の判例:平20決定(最決平20・4・15)判例

  1. 強盗殺人事件。ATMの防犯ビデオに被害者とは別人が写り、被告人に疑いが生じる
  2. 捜査車両や借りた部屋から公道を歩く被告人を、またパチンコ店内の被告人をビデオ撮影
  3. 画像は、防犯ビデオの人物との同一性を専門家が判断する資料に
  • 捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ、
    …犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため、これに必要な限度において、公道上を歩いている被告人の容ぼう等を撮影し、
    …これらのビデオ撮影は、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、捜査活動として適法なものというべきである。
  • 警察官による人の容ぼう等の撮影が、現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではない
  • ①合理的な理由 ②必要な限度 ③撮影方法の相当性を「3つの要件」とするのは解説書の整理(決定は「要件」と言っていない)。
  • 緊急性には触れず、理由も述べていない(解説書=緊急性は必要性が特に高いことを示すもので、不可欠の要件ではない)。
公道等での無令状のビデオ撮影疑いを持つ合理的な理由があるか被告人が犯人である疑い違法の方向解説書の整理いいえはい必要な限度か犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料違法の方向いいえはい相当な方法か捜査目的を達成するため、必要な範囲において違法の方向いいえはい捜査活動として適法現行犯の場面でなくてよい・緊急性は問わない
平20決定を解説書の3要件の形で並べた流れ。紫の枠が決定の言葉。緊急性の段は無い。
裁判例①の欄②の欄
京都府学連・昭61(最高裁)現行犯または準現行犯人性必要性・緊急性
山谷ビデオカメラ事件(東京高判昭63)犯罪発生の相当高度の蓋然性あらかじめ証拠保全する必要性・緊急性
屋外駐車場の不審火事件(東京地判平17)罪を犯したと考えられる合理的な理由必要性・緊急性
平20決定(最高裁)合理的な理由必要な限度(緊急性なし)

③撮影方法の相当性はどの段にもある。下に行くほど許される範囲が広がる。

出題判旨がほぼそのまま出題(検証許可状なしで撮影できる)

出題平20の事案でも、公道上の被疑者の撮影は同意か令状がなければ許されない(×)

出題同意・令状のない公道の撮影は、現に犯罪が行われ又は間がない場面などでなければ許されない(×)

×にされやすい形
  • 「現行犯の場面でなければ、無令状の撮影は違法」
  • 「緊急性が無いから違法」
  • 「平20決定は3つの要件を示した」(要件の形は解説書の読み)

6その先の学説:比例原則の天秤学説

左の皿:撮影されない自由の侵害・制約の程度右の皿:捜査の必要性
具体的な撮影方法(執拗か・明らかに必要の無い場面まで撮るか)犯罪の重大性/嫌疑の程度/証拠としての撮影の重要性(代わりの手段が無ければさらに大きい)など
撮影方法の相当性比例原則の相当性
比べるもの撮影の必要性(目的)と撮影方法(手段)侵害・制約の程度と、捜査の必要性全体
位置づけ平20決定から読み取る③天秤で判断した結論
  • 撮影方法の相当性を欠きやすい例(解説書):必要がないのに漫然と撮影を続ける/生活状況が分かるほど長期間撮る/事件と無関係な通行人・車まで撮る/長期間、特定の人をズームアップして監視・追跡する。

平20の事案:左=気づかれないように撮ったが執拗ではない(大きくない)/右=強盗殺人・相応の嫌疑・同一性の確認に欠かせない(大きい)→ 相当=適法(解説書の当てはめ)。少額の万引きで嫌疑も薄ければ右の皿は軽くなる。

×にされやすい形
  • 「撮影方法が相当だから、比例原則上も相当」(比べるものが違う)
  • 「任意処分だから、どんな撮り方でも適法」

7どちらの段で効くか学説

事情入口その先
撮られる側の場所効く(ここで決まる)効く(平20も適法の理由で挙げた)
事件の重さ・捜査の必要性効かない効く(右の皿)
写真か、ビデオか区別の必要は乏しい効く(ビデオは侵害が大きい)
撮影時間の長さ効かない(解説書。反対の考え方もある)効く(長期は相当性を欠く方向)

被疑者宅の玄関前の公道にカメラを据え、数か月にわたり出入りを全部記録 → 解説書の立場では入口は任意処分のまま。生活状況が分かるほど長いので、その先で違法の方向。

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#12単独ページ動画

会話傍受と秘密録音

問い:相手が知らないうちの録音は、許されるか。

骨組み

  1. 12つの場面:会話の外の第三者が録る=傍受(誰も知らない)/会話の当事者が録る=秘密録音(相手だけが知らない)
  2. 2傍受の入口(平11決定):電話傍受は通信の秘密を侵害し、ひいてはプライバシーを侵害する強制処分。口頭の会話も強制処分(学説)
  3. 3傍受の根拠:電気通信=+通信傍受法。口頭の会話を傍受する規定は無い(立法は見送り)
  4. 4平11決定:憲法上の要件(重大性・嫌疑・蓋然性・補充性・やむを得ないこと・手続)+特定に資する記載のある検証許可状 → 当時も法律上許されていた
  5. 5会話傍受(学説):事後通知・不服申立てが無く、侵害が大きく、特定・立会い・遮断も難しい → 検証としてもできず違法。最高裁の判断は無い
  6. 6秘密録音の入口:通信傍受法の「傍受」ではない。私人の録音は最高裁が事情を示して違法でないとした。多数説=秘密性を放棄 → 任意処分
  7. 7その先の裁判例:千葉地判=原則違法・相当な限度で許容/東京地判=著しく不当な点があるか。どちらも録音は適法
  8. 8天秤(学説):左=会話の自由を含む侵害の程度(録音方法・会話の内容・対象者の対応)/右=重大性・嫌疑・証拠の重要性
相手が知らないうちの録音第三者が電気通信を傍受か強制処分(平11決定)通信傍受法222条の3はいいいえ第三者が口頭の会話を傍受か規定なし。検証許可状も困難違法(学説)最高裁の判断は無いはいいいえ(当事者の秘密録音)天秤で見合うか秘密性の放棄で任意処分。左=会話の自由など/右=捜査の必要性違法いいえはい適法
項目1の2つの場面が、入口から別の道を通る。傍受は法律の根拠の問題、秘密録音は任意処分としての相当性の問題。放棄=録音に同意したことではない。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

12つの場面

傍受秘密録音
録音する人会話の外にいる第三者会話の当事者自身
気づいていない人話している両方相手だけ
入口強制処分多数説は任意処分
その先法律の根拠はあるか任意処分として適法か

2傍受の入口:強制処分判例学説

  • 電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分である
  • 学説の2本立て:通信の秘密()+私的領域に侵入されない権利。
通信の秘密私的領域に侵入されない権利
電気通信の傍受侵害する侵害する
口頭の会話の傍受問題にならない(電気通信でない)侵害する → 強制処分

事務所の応接室の会話を窓の外から高感度マイクで拾う → 強制処分。駅前広場で周りに聞こえる大声で話すのを録る → 任意処分の場合もある(解説書も「場合もあろう」と留保)。

3傍受の根拠条文

  • :通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分は、別に法律で定めるところによる → 通信傍受法。
  • 通信傍受法の「通信」=電話その他の電気通信(2条1項)。室内の肉声は対象外。
  • 口頭の会話を傍受する規定は無い → 強制処分法定主義(ただし書)にかかり、既存の検証で行えるかが残る。
  • 平成28年改正の際、会話傍受の立法も議論されたが、引き続き検討が必要として見送られた(作らないと決めたのではない)。

古い教科書の「222条の2」は番号が変わる前の表記。今のは電磁的記録提供命令などの罰則で、傍受とは関係ない。

×にされやすい形
  • 「会話の傍受も、通信傍受法の傍受令状を取ればできる」
  • 「傍受を別の法律に任せる規定は222条の2」

出題傍受の対象犯罪に、組織的な賭博場開張等図利の罪が含まれる(×)

出題傍受すべき通信か明らかでない通信は、直ちに傍受を停止しなければならない(×)

出題無関係の殺人の計画と明らかに認められる通信も傍受できる(○)

出題傍受の事後の通知は、捜査が妨げられるおそれがあれば通知しないことができる(×)

出題傍受の対象犯罪は、死刑・無期・短期1年以上の懲役に当たる刑法犯に限られる(×)

出題刑訴法の令状と違い、傍受令状には被疑事実の要旨・罰条の記載、補充性の要件、不服申立てがある(○)

4平11決定:電話傍受は検証許可状でできた(最決平11・12・16)判例

  1. 暴力団が組事務所の電話で覚醒剤の注文を受け、受付役・受渡し役は特定できない
  2. 検証許可状:電話2台・取引に関する通話に限り、2日間・時間帯も限定
  3. 地方公務員2名が立ち会い、対象外と思われる通話は直ちに電源を切る方法で実施

傍受は平成6年。通信傍受法の制定は平成11年で、判断したのは平成6年当時の法律。

  • 一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではない
    重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、
    電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。
  • 電話傍受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる。
  • 対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。
  • 条件の付加:身体検査の条件の規定(。決定当時は5項)は、強制処分の範囲・程度を狭める方向に働くので、ほかの検証許可状にも準用できる。
  • 対象か分からない通話も、判断に必要な限度で聞ける=検証の「その他必要な処分」()。
  • 通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、
  • 反対意見(元原裁判官)あり。今は電気通信の傍受は通信傍受法によるしかなく、検証許可状で行う点では過去の判例。
電話傍受(平成6年当時)重大な犯罪に係る被疑事件か判示の場合の外いいえはい疑うに足りる十分な理由か被疑者が罪を犯したと判示の場合の外いいえはい関連する通話の行われる蓋然性があるか判示の場合の外いいえはいほかの方法では著しく困難か重要かつ必要な証拠を得ること判示の場合の外いいえはい真にやむを得ないか侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で判示の場合の外いいえはい法律の定める手続で行える特定に資する記載のある検証許可状
平11決定の確かめ方。決定は「…著しく困難であるなどの事情」と書き、要件を数で示してはいない。

出題条件付加の規定を検証許可状に準用=判旨がそのまま出題

×にされやすい形
  • 「事後通知・不服申立ての規定が無いので、検証許可状による電話傍受は許されなかった」
  • 「平11決定は、電話傍受を任意処分とした」
  • 「平11決定は、6つの要件を列挙した」(決定は「…著しく困難であるなどの事情」と書く。6つに数えるのは解説書の整理)

5会話傍受は、検証許可状でもできない学説

平11が挙げた理由(電話)口頭の会話では
検証としての性質残る
対象の特定場所の会話すべてが入り、特定しにくい
条件の付加(立会い・遮断)立会人を置きにくく、遮断も難しい
必要な処分としての選別満たすのが一層難しい
弱点:事後通知・不服申立てが無い同じく無い
—加えて侵害が通信傍受より相当に大きい(設置のため密かに立ち入ることも)
  • 結論(解説書):検証として行うこともできず違法と考えるべき。会話傍受を判断した最高裁判例は無い。
×にされやすい形
  • 「平11決定があるから、検証許可状を取れば室内の会話傍受もできる」
  • 「判例は、会話傍受を違法とした」

6秘密録音の入口:放棄で任意処分判例学説

  • 秘密録音=会話の一方の当事者が、相手の同意を得ないで秘密に録音すること(対面でも電話でも)。
  • 通信傍受法の「傍受」=他人間の通信を、当事者のいずれの同意も得ないで受けること(2条2項)→ 当事者が録る・当事者の一方の同意を得て録るのは傍受ではない。
  • 私人の秘密録音:最高裁は事情を限って違法ではないとした(最決昭56・11・20=新聞記者/最決平12・7・12=詐欺の被害を受けたと考えた人)。捜査機関の録音は最高裁の判断なし。
  • 多数説:相手は会話の秘密性を一方当事者の支配に委ねて放棄している → 強制処分で守るほどの侵害ではない → 任意処分(強制処分説もある)。
録音されることこの相手に話を聞かれること
相手は認めたか認めていない認めた(話した時点で)
扱い録音されない利益は残る → その先の天秤で量る秘密性の放棄 → 任意処分の理由

出題会話の当事者(被害者)の同意を得た通話の録音に、傍受令状は要らない(○)

出題誘拐被害者の親の同意を得た通話の録音には、令状が必要(×)

×にされやすい形
  • 「秘密録音が任意処分なのは、相手が録音に同意したとみなされるから」
  • 「私人の秘密録音は一般に適法というのが判例」
  • 「当事者の一方の同意を得て通話を録音するには、傍受令状が要る」

7その先の裁判例:千葉地判と東京地判判例

  • 捜査機関が対話の相手方の知らないうちにその会話を録音することは、原則として違法であり、ただ録音の経緯、内容、目的、必要性、侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容される
    …対話者は相手方に対する関係では自己の会話を聞かれることを認めており、会話の秘密性を放棄しその会話内容を相手方の支配下に委ねたものと見得るのであるから、
    …録音の目的、対象、手段方法、対象となる会話の内容、会話時の状況等の諸事情を総合し、その手続に著しく不当な点があるか否かを考慮してこれを決めるのが相当である。
千葉地判平3・3・29東京地判平2・7・26
放棄の見方録音には及ばない秘密性を放棄した
出発点原則として違法原則違法とはしない
基準相当と認められる限度でのみ許容著しく不当な点があるか
結論適法(例外的に許容)適法

千葉地判の事案:捜索差押えの立会い中の被告人と警察官の会話を、別の警察官が気づかれないように録音(脅迫電話の声との照合のため)。相手は警察官と知って話し、強制・偽計なし → 許容。

×にされやすい形
  • 「千葉地判は、捜査機関の秘密録音を違法とした」(原則違法としつつ、事案の録音は許容)
  • 「東京地判は、捜査機関の秘密録音を原則として違法とした」

基準の言葉に「必要性」があるのは千葉地判だけ。どちらの基準でも結論に大差は無いだろう、と解説書はみる。

8天秤:任意処分としての相当性学説

左の皿:会話の自由を含むプライバシー・人格権の侵害大きくなる/小さくなる場合
録音方法強制・挑発・欺罔・偽計を使えば大きい(身分を隠すのは偽計)
会話の内容会話の自由が期待される状況や、プライバシーに関わる内容なら大きい
対象者の対応状況を分かったうえで自分から話しているなら小さい
  • 右の皿:犯罪の重大性・嫌疑の程度・証拠の重要性(代わりの手段の有無)など=撮影と同じ。
  • 侵害の程度に見合う必要性があれば相当=適法、見合わなければ違法。任意処分だから当然に適法、ではない。

千葉地判の事案で、警察官が身分を伏せ仲間のふりをして話させながら録音した → 録音方法(偽計)と対象者の対応が重くなり、違法の方向(判例は無く、解説書の見方)。

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#13単独ページ動画

GPS捜査とエックス線検査

問い:見るだけ・付けるだけの捜査は、どの段で違法になるのか。

骨組み

  1. 12つの問い:問1=強制処分か → 強制なら問2=三重の縛り(①法定主義 ②令状主義 ③比例原則)のどの段で崩れるか
  2. 2エックス線は強制処分(平21決定):形状や材質、ときに品目まで分かる → プライバシー等を大きく侵害 → 検証としての性質を有する強制処分
  3. 3業者の承諾(解説書):業者は占有しているだけ。中身の利益は荷送人・荷受人 → 業者の承諾で任意処分とするのは困難
  4. 4エックス線の違法(平21決定):検証許可状を取れたのに取らなかった → 令状主義の段で違法。覚醒剤の証拠能力は肯定
  5. 5GPSは強制の処分(平29大法廷):継続的、網羅的な把握+所持品に秘かに装着=私的領域への侵入 → 令状がなければ行えない
  6. 6令状で足りるか(平29大法廷):検証では捉えきれない。過剰な把握・事前の呈示不能 → 令状の発付に疑義、立法が望ましい
  7. 7別の観点(平7大法廷):刑事免責のように、強制処分かを問わず明文で定めるべき制度もある
エックス線(平21) GPS(平29) 問1 強制処分か 重要な権利・利益の侵害 ① 法定主義 許す条文があるか ② 令状主義 令状を取り、示せるか 当たる 検証の性質 ある 検証(218条) 違法 取れたのに取らず 当たる 令状が要る 違法 許す規定なし 答案での構成 進まない 判決は「疑義」 ③ 比例原則:強制で違法が決まるので、どちらも立ち入らない
2つの捜査を同じ段に当てた図(項目1・4・6)。どちらも違法だが、崩れる段が違う。GPSを法定主義の段とするのは解説書の検討による答案の構成で、判決は「令状が要る」「今の令状の発付には疑義」まで。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

12つの問い:強制処分か、強制ならどの段で崩れるか学説

  • 問1:重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかで、類型的に判断する(その事件で捜査の必要性が大きかったかは入れない)。この定式は学説のもので、2つの判例はこの言葉を使っていない。
  • 問2:強制処分には次の3つがかかる。①②は強制処分と判定されて加わるもの、③は任意処分にもかかる。
縛り問われること
① 強制処分法定主義その処分を許す条文があるか(ただし書)
② 令状主義裁判官の令状を取り、処分を受ける者に示したか
③ 比例原則必要性に見合った、相当なやり方か
  • 違法と証拠は別の問い:エックス線は違法でも覚醒剤の証拠能力を肯定。GPSも排除したのは直接得た証拠と密接に関連する証拠だけで、その余の証拠で有罪が維持された。
捜査機関の処分強制処分か重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか(類型的に)任意処分③比例原則だけがかかるいいえはい① 許す条文があるか法定主義(197条1項ただし書)違法法定主義の段いいえはい② 令状を取り、示したか令状主義違法令状主義の段いいえはい③ 相当なやり方か必要性に見合っているか(比例原則)違法比例原則の段いいえはい適法
問1と問2を順に当てる流れ(学説の整理)。強制処分なら①②③の順に、どの段で崩れるかを見る。
×にされやすい形
  • 「違法な捜査で見つかった証拠は全部使えない」

2エックス線は強制処分(平21決定)判例

  1. 覚醒剤密売の疑いで会社を内偵。宅配便の営業所に照会すると、事務所あてに荷物が多く届き、伝票に不審な記載
  2. 営業所長の承諾を得て荷物を5回借り受け、エックス線検査(荷送人・荷受人の承諾なし)。荷物は戻され通常どおり配達
  3. 射影の写真なども資料に捜索差押許可状 → 捜索で覚醒剤などが見つかる
  • その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、
    内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、
    荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。
  • 押収(物の占有を取得する処分)ではなく検証(物の性質・形状・状態を認識する処分)にあたる、というのは解説書の整理。決定は「検証としての性質を有する強制処分」と言うだけ。

「封も切らず、荷物も返したのだから任意処分」は誤り → 外から中身の形・材質、ときに品目まで分かる以上、占有を取得しなくても強制処分。決め手は「何を暴いたか」。

出題判旨がほぼそのまま出題承諾なく荷物にエックス線を照射して内容物の射影を観察するのは、任意処分として許される(×)

×にされやすい形
  • 「荷送人や荷受人の承諾を得ずにエックス線で射影を観察しても、任意処分として許される」
  • 「射影で分かるのは形状や材質にとどまるので、プライバシー等の侵害の程度は大きくない」

3業者の承諾では足りない学説

承諾荷物の占有中身のプライバシーの利益
宅配便業者ありしている(一時的に預かるだけ)持っていない
荷送人・荷受人なししていない持っている
  • 解説書の整理:中身のプライバシーを期待しているのは荷送人・荷受人 → 業者の承諾で任意処分とするのは困難。
  • 決定はこの点を独立には論じず、強制処分の判断の中で「荷送人や荷受人の承諾を得ることなく」と書いている。
  • 業者の承諾が出てくるのは証拠能力の判断:現実に占有・管理する業者の承諾を得て対象も絞っていた → 令状主義を潜脱する意図があったとはいえない(項目4)。

出題業者の了解を得たエックス線撮影は、侵害の程度が大きくなく任意捜査として許される(×)

×にされやすい形
  • 「占有者である宅配便業者の承諾を得て、不審な荷物に限って行うなら、任意捜査として許される」

4エックス線は令状主義の段で違法(平21決定)判例

  • ① 法定主義:検証は令状によりできる処分として定められている()→ クリア。
  • 本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって、
    検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法であるといわざるを得ない。
  • 示す相手:をが準用。誰に示すかを決定は述べていない(解説書は、荷送人か荷受人のどちらかに事前に、とする)。
  • 証拠能力は肯定:嫌疑が高まり実質的な必要性があった/業者の承諾を得て対象を限定(潜脱の意図があったとはいえない)/覚醒剤は、エックス線以外の資料も出して発付された令状による捜索で発見 → 重大な違法とまではいえない。

出題承諾なくエックス線で内容物の射影を観察するには、検証許可状が要る(○)

×にされやすい形
  • 「エックス線検査は違法なので、発見された覚醒剤の証拠能力は否定された」
  • 「エックス線検査を許す規定が無いので、強制処分法定主義に反して違法」(受け皿=検証がある)

5GPS捜査は強制の処分(平29大法廷)判例

  1. 複数の共犯者と犯したと疑われた窃盗事件。組織性や被告人の役割を含む全容を解明するための捜査
  2. 約6か月半、被告人・共犯者のほか知人女性も使う蓋然性があった車など合計19台に、承諾も令状もなくGPS端末を取り付け
  3. 所在を検索して、移動状況を把握し続ける
  • 個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、
    …そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、
    公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。
  • の保障対象:
  • 『住居、書類及び所持品』に限らずこれらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。
  • 合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、
    刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる
    …令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。
  • 退けた任意説:分かるのは位置だけ・尾行と似た情報にすぎない。原判決の「侵害の程度は必ずしも大きくない」という説示も是認しなかった(有罪の結論は維持)。
判決が挙げた要素GPS捜査尾行・肉眼・カメラとの関係
継続的・網羅的な把握必然的に伴う → プライバシーを侵害しうる判決は対比していない
所持品への秘かな装着私的領域への侵入を伴う判決が明示した違い

装着型GPSを2日だけ使った → 判決は「その性質上」「必然的に伴う」と手法の性質で判断し、期間の長さを理由にしていない。期間が短くても判断は動きにくい方向(短期間を判断した判例は無い)。

出題判旨がほぼそのまま出題GPS捜査は、反対意思が現実に表明されていないので意思を制圧せず、任意処分として行える(×)GPS捜査は、一定期間にわたり位置情報を取得した後に初めて強制処分になる(×)尾行するには、令状の発付を受ける必要がある(×)

×にされやすい形
  • 「処分を受ける者の反対意思が表明されていないので、意思を制圧せず、任意処分として行える」
  • 「位置情報を一定期間取得した後に初めて強制処分と評価される」
  • 「装着が無くても、長期間の監視なら強制処分だと判決は述べた」(判決は装着と継続的・網羅的把握の両方を挙げただけ)

6令状を取れば足りるか(平29大法廷)判例

  • 情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の『検証』と同様の性質を有するものの、
    対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、『検証』では捉えきれない性質を有することも否定し難い。
  • 仮に検証許可状(あるいは捜索許可状と併せて)で行うとしても、2つの問題が残る:
  • GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず、
    …GPS捜査は、被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状呈示を行うことは想定できない。
  • これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは、適正手続の保障という観点から問題が残る。
  • 解消策(期間の限定・第三者の立会い・事後の通知など)を選ぶのは、ただし書の趣旨から、第一次的には立法府。事件ごとに裁判官が条件を選ばなければ是認できない強制の処分は、同項ただし書の趣旨に沿わない。
  • 同法が規定する令状を発付することには疑義がある。
  • その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
  • 補足意見(3人):立法までの間、ごく限られた極めて重大な犯罪で高度の必要性がある場合に限り、裁判官の審査を受けて行う余地を残す。
  • 答案では「許す規定が無い=強制処分法定主義の段で違法」と構成する(解説書の検討)。判決は「法定主義違反」とは言っていない。
審級捜査の評価証拠・結論
第1審検証の性質を持つ強制の処分。検証許可状なし → 重大な違法直接得た証拠と密接に関連する証拠を排除、その余の証拠で有罪
原判決侵害の程度は必ずしも大きくない。重大な違法は無い。法定主義に反するとも解せない控訴棄却
最高裁令状が要る強制の処分。原判決の説示は是認しない第1審を正当として上告棄却

出題GPS捜査は、検証は10日を超えて実施できない規定があるので、検証許可状を取れば行える(×)GPS捜査は、令状を示せない場合に処分後に通知する手続の規定があるので、適正手続上の問題は生じない(×)

×にされやすい形
  • 「検証許可状を取得すれば、GPS捜査を行うことができる」
  • 「刑訴法には処分後に通知する手続があるので、事前に令状を示せなくても問題は生じない」
  • 「最高裁は、令状があってもGPS捜査は絶対にできないと判断した」(法廷意見は「疑義」「望ましい」まで)

7法律の根拠を要する別の処分:刑事免責(平7大法廷)判例

  • 明文の規定が無かった当時、検事総長らが起訴猶予を宣明したうえ、米国での嘱託証人尋問で得た供述の調書 → 証拠能力を否定。強制処分にあたるかには触れていない。
  • 刑事手続上重要な事項に影響する制度なので、採用するかは必要性・公正な手続としての当否・国民の法感情からみた公正感などを慎重に考えて決めるべき。採用するなら対象範囲・手続要件・効果等を明文で定めるべき。
  • いまは・が定める:証人は証言を拒めない代わりに、その供述とそこから得た証拠を、原則として自分の刑事事件で不利益な証拠として使われない。
×にされやすい形
  • 「刑事免責は、証人を訴追しない制度である」

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#14単独ページ動画

任意捜査の限界

問い:任意捜査なら、どこまでしてよいか。

骨組み

  1. 1条文:本文=任意捜査は「必要な」限度で/ただし書=強制の処分は「特別の定め」が要る
  2. 2強制手段とは(昭51前半):有形力=強制ではない。意思を制圧し身体・住居・財産等に制約を加える行為など
  3. 3許される限度(昭51後半):常に許されるのではない。必要性、緊急性などをも考慮し、相当と認められる限度で
  4. 4昭51の事案:説得のため手首をつかんだ → 強制手段でも不相当でもない → 適法(第一審は違法)
  5. 5強制か任意かの作法(学説):強制処分該当性は類型的=必要性を入れない
  6. 6相当かの測り方(学説):皿は2つ。左=侵害の程度/右=必要性。緊急性は右の中身
  7. 7実質的な逮捕へ動く要素:態様・時間・場所・退去の自由

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1条文

  • 本文:捜査の目的を達するため必要な取調べをすることができる → 任意捜査の根拠であり、限界の根拠でもある。
  • ただし書:強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければできない → 強制処分法定主義。

2強制手段とは(昭51決定の前半)判例

  • 強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、
    個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、
    右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合がある。

説得のため、さほど強くない力で手首をつかむ → 強制手段に当たらない(第4項)。

出題判旨がほぼそのまま出題

×にされやすい形
  • 「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段をいう」
  • 「有形力の行使は、任意捜査では一切許されない」

3許される限度(昭51決定の後半)判例

  • 強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、
    状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、
    必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される。
捜査機関の行為(有形力の行使)強制手段か意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加える行為など強制処分特別の定め(法律の根拠)が要るはいいいえ(有形力でも任意でありうる)相当と認められる限度か必要性・緊急性などをも考慮し、具体的状況のもとで違法いいえはい適法
昭51決定の2段。紫の枠が判例の言葉。1段目で強制手段なら天秤には進まず、条文・令状の問題になる。
×にされやすい形
  • 「強制手段に当たらない有形力の行使は、常に許容される」
  • 判例が「必要性・緊急性・相当性」を3つの要件として並べた、とする形(判例は必要性・緊急性などを考慮して相当かを判断した)

似た言葉所持品検査の判例も「相当と認められる限度」と言う=判例を取り違えない

4昭51決定の事案と結論判例

  1. 酒酔い運転で物損事故。免許証の提示と風船への呼気の吹き込みを拒む
  2. 同意を得て警察署へ任意同行。呼気検査を再三説得されても拒む
  3. 父が来署して説得。母が来れば応じると言い、父は母を呼びに戻る
  4. 「マッチを取ってくる」と急に退室しようとする → 巡査が両手で左手首をつかむ
  5. 被告人が振り払い、巡査の顔面を殴打 → 公務執行妨害罪で現行犯逮捕()
審級手首をつかんだ行為理由の要点
第一審違法任意捜査の限界を超え、実質上逮捕と同様の効果を得ようとする強制力の行使 → 正当防衛
原審適法程度はさほど強くなく、必要性・緊急性に照らし、説得手段として相当
最高裁適法強制手段に当たらず、不相当ともいえない → 公務執行妨害罪成立(上告棄却)
  • 判断:説得のためで程度もさほど強くない → 強制手段に当たらない。さらに説得するための抑制の措置で程度もさほど強くない → 不相当な行為とはいえない。
  • 結論:公務の適法性を肯定 → 公務執行妨害罪()が成立(その後、被告人が巡査を殴打していた)。

出題昭51とそっくりの事例(両肩をつかんで座らせた)で出題

×にされやすい形
  • 「最高裁は、手首をつかんだ行為を違法とした」
  • 「第一審から一貫して適法とされた」

5強制か任意かの作法学説

  • 通説的な見解:強制処分=相手方の明示・黙示の意思に反して、重要な権利・利益に実質的な侵害・制約を加えるもの。
  • 判断は類型的:法律の定める強制処分と同視しうる性質かを見る。捜査の必要性は入れない。ただし、場所・態様・継続など行為の中身は見る。
  • 実質的な侵害・制約があっても、自由な同意・承諾があれば任意処分。
強制か任意か(2の段)相当か(3の段)
作法類型的個別具体的
捜査の必要性入れない右の皿に乗せる
見る事実行為の中身(場所・態様・継続)この場面の事情すべて

殺人事件の重要な被疑者でも、自宅の中にいる姿を望遠で密かに撮れば強制処分(必要性で動かない)。公道上なら任意処分の側(場所は見る)。

6相当かの測り方学説

  • 皿は2つ:左=侵害・制約の程度/右=捜査の必要性(嫌疑の程度・犯罪の重大性・緊急性・代わりの手段の有無)。
  • 緊急性は右の皿の中身(必要性を高める事情の1つ)。相当性は比べた結論。
  • 判断は個別具体的:同じ行為でも、必要性が変われば結論が変わる。
同じ強さで腕をつかむ事例①事例②
左の皿痛みを感じるほど強く、一時の引き止め(同じ)
嫌疑・重大性自転車盗の薄い疑い強盗致傷・嫌疑も明確
緊急性証拠が消える心配は無い凶器が今まさに捨てられる
代わりの手段ある(声をかけ続ける等)見当たらない
結論違法の方向適法の方向

「権衡」「相当性あり」は学説の言葉で、決定の言葉ではない。

7実質的な逮捕へ動く要素

  • 4つの軸が逮捕寄りに積み上がると、力が強くなくても実質的な逮捕と評価されうる。
  • 任意同行では、解説書は6つの事情(時間・場所、方法・態様、取調べ時間・監視状況、逮捕の準備状況、同行拒否・退去希望、被疑者の属性)を総合する。
軸任意の側実質的な逮捕の側
態様の強さ軽く手をかける羽交い締め・押さえ込み
時間一瞬何時間も続く
場所開かれた場所密室
退去の自由帰ろうとすれば帰れる帰ろうとしても帰れない

昭51の手首つかみを、つかんだまま何時間も部屋にとどめ続けた場面に変える → 実質的な逮捕の方向。

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#15単独ページ動画

任意同行と実質的逮捕/承諾による捜索

問い:言葉と結論がずれる2つの場面は、強制処分の2段のどこで決まるか。

骨組み

  1. 12段の問い(学説):①実質的な侵害・制約か=類型的 → ②自由な意思による同意・承諾か=個別具体的
  2. 2足場:本文の出頭要求。逮捕・勾留されていなければ出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる(但書)
  3. 3物差し(解説書):6つの客観的事情を総合し、本人が抵抗なく応じていたと認められる状況か。捜査の必要性は入れない
  4. 4富山地決:「帰りたい」と言っていなくても、監視つきで深夜まで → 少なくとも夕食時の午後7時以降は実質的逮捕
  5. 5効果:時間制限の起算点が前倒し。制限時間内でも富山地決は「それ自体重大な瑕疵」として却下を支持(一般則ではない)
  6. 6承諾の3段(解説書):承諾留置=許されない/承諾家宅捜索=実施すべきでない/自動車・所持品=任意の承諾があれば可
  7. 7平7決定:黙って眺めていた運転者 → 任意の承諾はなかったとする原判断を是認・違法。尿の鑑定書の証拠能力は肯定

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1強制処分かを2段で問う学説

段問うこと判断方法
①重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか類型的:法定の強制処分と同視しうる性質か。捜査の必要性・事件の重さは持ち込まない
②自由な意思決定に基づく同意・承諾があるか個別具体的:その場の言動・状況から
その後任意処分として相当か(比例原則)個別具体的:必要性も乗せる
前半:任意同行後半:承諾による捜索
本人の言葉「帰りたい」と言わなかった「見てもらって構いません」と言った
守られるもの人身の自由私的領域に侵入されない権利
結論それでも実質的逮捕とされうる住居:同意が本物でも令状を取るべき(解説書)/自動車・所持品:承諾が任意なら適法
捜査機関の行為実質的な侵害・制約か類型的(捜査の必要性は入れない)任意処分→ 相当かなしあり自由な意思による承諾か個別具体的(その場の言動・状況)任意処分住居・留置は別ありなし強制処分令状なしなら違法
強制処分かを問う2段(解説書の整理)。任意同行は1段目(本人の応じ方も1段目の中で見る)、承諾による捜索は2段目の承諾の任意性で決まる。
×にされやすい形
  • 「強制処分かの判断は、同意・承諾の段まで含めて全部が類型的」(同意・承諾の段は個別具体的)

2任意同行の足場:条文

  • 本文:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者の出頭を求め、取り調べることができる → 任意同行の法的な足場。
  • 但書:逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去できる → 求めたのが検察官でも同じ。
  • 実質的逮捕:任意を装って同行させ、退去を許さないなど、帰る自由が事実として失われていれば、中身は逮捕。逮捕状も無く、現行犯逮捕・緊急逮捕の手続も踏んでいなければ違法な逮捕。
  • 職務質問に伴う同行(その場の質問が本人に不利・交通の妨害になるとき、付近の警察署などへ)は警察官職務執行法で、根拠が別。

「任意同行に応じたら、取調べが終わるまで帰れない」は誤り → 逮捕・勾留されていなければ、出頭後いつでも退去できる。

出題拘束されていない被疑者は、検察官等や司法警察職員の出頭要求を拒めない(×)

出題任意同行が適法なのは、任意の承諾の下、意思を制圧せずに行われたとき(○)

×にされやすい形
  • 「司法警察職員からの出頭要求は拒めるが、検察官からの出頭要求は拒めない」
  • 「逮捕・勾留されていない被疑者も、出頭を拒むことはできない(出頭後の退去はできる)」

3物差し:6つの客観的事情学説

事情強制性に傾く例
① 同行を求めた時間・場所深夜に自宅を訪ねて求める
② 同行の方法・態様大勢で取り囲む、命令口調、行き先を告げない、腕をつかむ
③ 取調べ時間・監視状況長時間に及び、トイレや休憩のときも見張る
④ 逮捕の準備状況「もう逮捕状が出ている」と告げて同行させる
⑤ 同行拒否・退去希望拒否・退去希望や、弁護人・家族への連絡の希望を聞き入れない
⑥ 被疑者の属性若年者・病気の人
  • 総合して、一般人の立場から見て、本人が抵抗なく同行に応じていたと認められる状況か(解説書の整理)。
  • 実質的逮捕かも強制処分該当性の判断=類型的:逮捕と同視できるかを見比べ、事件の重さ・嫌疑・必要性は持ち込まない。ただし⑤の説得の限界だけは事案の重大性などに応じる。
  • 宿泊を伴う取調べの事件(捜査官の手配した宿に4夜泊め、5日間取調べ・殺人事件):最高裁の多数意見は、方法として必ずしも妥当とはいい難いとしつつ、本人がその意思で容認し応じていたと認め、任意捜査として許される限界を超えた違法とまではいえないとした。

「重大事件で嫌疑も濃いから、監視つきの長時間取調べでも実質的逮捕ではない」は誤り → 事件の重さ・嫌疑は①に持ち込まない。同じ時間・同じ監視なら、万引きでも重い事件でも答えは同じ。

出題最終的に乗車に応じても、前後の状況によっては同行が違法とされうる(○)

×にされやすい形
  • 「本人が最終的に同行に応じた以上、違法とされることはない」

4富山地決:申出が無くても実質的逮捕判例

  1. 朝、自宅の前で任意同行を求められ、警察署で取調べ
  2. 事実上の監視のもとで、取調べが深夜まで続く
  3. 本人は「帰りたい」と言っていない。帰る意思の確認・退室・外への連絡の機会を与えたと認める資料が無い
  4. 翌日、逮捕状で逮捕 → 勾留請求 → 裁判官が却下 → 検察官の準抗告を退け、却下を維持
  • 判断の筋:通常なら遅くとも夕食時には帰りたいと思うはず。それなのに上の機会を与えた資料が無い → 監視つきで深夜に及ぶ長時間の取調べは、特段の事情が無い限り、任意の取調べとは認められない。
  • 少なくとも夕食時である午後7時以降の取調は実質的には逮捕状によらない違法な逮捕であったというほかはない。

同じ流れでも、夕食時に「今日は帰りますか」と確かめ、本人が「続けてください」と答え、出入りも電話も自由だった → 決定が「無い」と指摘した事情がそろい、実質的逮捕とはされにくい方向。

×にされやすい形
  • 「本人が帰りたいと申し出ていない以上、実質的逮捕にはならない」

5実質的逮捕の効果:時計の起算点が動く

  • 時間制限:司法警察員は身体を拘束された時から48時間以内に送致の手続()。検察官は受け取ってから24時間以内、かつ身体を拘束された時から72時間以内に勾留請求(・)。
  • 起算点:逮捕状で逮捕した時ではなく、実質的に逮捕された時。前倒しの時計で間に合わなければ勾留請求は却下(やむを得ない事情による遅延を除く・)。
  • 間に合っていても、実質的逮捕の違法が重大かが問われる。任意同行と言いながら実質的逮捕をした場合は、原則として重大な違法(解説書)。
実質的逮捕のあとの勾留請求制限時間内か実質的に逮捕された時から数える勾留請求を却下いいえはい実質的逮捕の違法は重大か任意同行を装った実質的逮捕は原則重大(解説書)却下富山地決はいいいえ却下するほどではない緊急逮捕の要件を事実上そなえていた等(裁判例の大勢ともいわれる考え方)
実質的逮捕があったときの勾留請求の流れ。時計は実質的逮捕の時から前倒しで数え、間に合っていても違法の重大さが問われる。

月曜9時からの取調べが実質的逮捕、逮捕状の執行は月曜23時、勾留請求は木曜10時 → 執行から数えれば59時間、実質的逮捕から数えると73時間で72時間を超える。

富山地決裁判例の大勢ともいわれる考え方(解説書)
見た点午後7時から数えても制限時間は守っていた実質的逮捕の時点で緊急逮捕の要件()を事実上そなえ、そこから制限時間も守っていた
結論それ自体重大な瑕疵 → 却下を支持却下するほど重大な違法ではない
  • 約5時間にも及ぶ逮捕状によらない逮捕という令状主義違反の違法は、それ自体重大な瑕疵
  • 学説では、緊急逮捕の要件が事実上あっても、違法な実質的逮捕が先行した以上は却下すべきとする見解も有力。

出題同行の時点を起算にしても制限時間内(時計を前倒しして数える)(○)

出題実質的逮捕と認定されれば、そのことのみで供述調書の証拠能力は当然に否定される(×)

×にされやすい形
  • 「制限時間を守っていても、実質的逮捕があれば勾留請求は必ず却下される」(富山地決の判断で、一般則ではない)
  • 「任意同行の時点で実質的逮捕があったなら、そのことのみで供述調書の証拠能力は当然に否定される」

6承諾の3段学説

対象結論理由
承諾留置(同意を得て警察の留置施設に泊まらせる)同意があっても許されないと考えられている人身の自由への侵害の程度が大きい
承諾家宅捜索(女子を裸にする承諾捜索も同じ)同意が本物でも実施すべきでない=令状を取る私的領域に侵入されない権利への侵害の程度が大きい
自動車・所持品の承諾捜索任意の承諾があれば可侵入の度合いが家宅ほど高くない
  • 犯罪捜査規範108条:住居などの捜索は、任意の承諾が得られると認められる場合においても、捜索許可状の発付を受けて行う(国家公安委員会規則で、法律ではない。解説書は「参照」として添える)。
  • 承諾家宅捜索:同意があっても許されない(類型的に強制処分)とする見解と、令状によるべき(政策的に令状主義)とする見解。最高裁の判例は無い。福岡高判平5・3・8は、それ自体は違法でないとしつつ、完全な自由意思による承諾かを慎重に判断(その事案は承諾が認められず違法)。
  • 自動車・所持品:見るのは言葉ではなく、その言葉が生まれた状況。渋々の承諾でも自由な意思決定でありうる。身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえる客観的な状況があれば、任意の承諾は否定される(大阪高判昭61・9・17)。

本人の「どこでも見てください」という言葉だけで、自宅の部屋と、本人が提げていたスポーツバッグを調べた → 部屋は同意があっても違法、バッグは承諾が任意なら任意捜査として許される方向(解説書の設例の検討)。

似た言葉捜索の話と混ぜない。住居主の承諾があっても、住居内を五官で認識する処分には必ず検証許可状が要る(×)

×にされやすい形
  • 「本人が心から納得して書面に署名したなら、令状なしで自宅を捜索できる」(解説書の立場では誤り)
  • 「本人が頼んだのなら、警察の留置施設に泊まらせてよい」

7平7決定:黙って眺めていた運転者判例

  1. 青信号で発進しない車。停止を呼びかけると走ってから止まる。免許証不携帯・覚醒剤の前歴
  2. 所持品や車内を調べたいと説得するが応じない
  3. 車内の白い粉に「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」→ 予試験で覚醒剤は出ない
  4. 巡査部長が「車を取りあえず調べるぞ」と告げ、警察官4名が座席を倒すなどして調べる → 運転席の下から覚醒剤。本人は眺めていて異議も口出しもしない
  • 警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、
    右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い
  • 「承諾がない限り限度を超える」=承諾があれば適法が前提(解説書の読み)。判文の枠組みは職務質問に付随する所持品検査で、捜索に当たるとまでは言っていない。
  • 最高裁は原判断を是認しただけ。「黙っていれば承諾ではない」という一般則を立てたのではない。
  • 証拠:調べは違法、それに基づく現行犯逮捕も違法、採尿手続も違法性を帯びる。しかし違法は重大でないとして尿の鑑定書の証拠能力を肯定(車内の覚醒剤そのものは判断していない)。本人が明示的に異議を唱えていないことは、違法が大きくないとする事情の1つに使われた。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、黙っていれば承諾にはならない、という一般的な基準を示した」
  • 「調べが違法なので、尿の鑑定書の証拠能力は否定された」
  • 「最高裁は、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定した」

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#16単独ページ動画

任意取調べの限界

問い:実質的逮捕ではない取調べは、何で違法になるか。

骨組み

  1. 12つの関門(解説書の整理):①実質的逮捕か → ②任意捜査として相当か。①を通っても②で違法になりうる
  2. 2②の物差し(昭59):事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案し、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度で許容
  3. 3天秤で読む(学説):比例原則説=左に心身の苦痛・疲労からの自由、右に必要性。行為規範説=侵害は無いが捜査機関が守るべき規範
  4. 4高輪・4泊5日(昭59):「必ずしも妥当とはいい難い」が違法とまでは断じ難い。違法とした2名は意見(反対意見ではない)
  5. 5神奈川・約22時間(平元):長時間は特段の事情がない限り容易に是認できない → 特殊な事情+事案の性質・重大性で逸脱とまでは断じられない。1名の反対意見
  6. 69泊10日(東京高判平14):事実上の身柄拘束に近い → 違法。日数より方法と応じ方の中身
  7. 7犯罪捜査規範168条3項:深夜・1日8時間超の被疑者取調べは本部長・署長の承認。内部規律=違反だけでは違法にならない
  8. 8違法と自白は別の問い:平元=任意性に疑いを生じさせる取調べなら違法とし自白を否定/東京高判=違法が重大として自白を排除

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

12つの関門学説

  • 前提:強制の処分は特別の定めがある場合だけ(ただし書)。実質的逮捕に当たらない任意同行後の取調べは、に基づく任意捜査。
  • 関門①:中身が逮捕と同じなら、令状のない違法な逮捕(6つの客観的事情を総合し、一般人の立場から見る)。
  • 関門②:①を通っても、任意捜査として相当な範囲に収まらなければ違法な取調べ。
  • この回の2つの最高裁決定は、どちらも任意捜査と認めたうえで、②の相当性を判断した。①②の2段に分けるのは解説書の整理。
任意同行後の取調べ実質的逮捕か6つの事情を総合・一般人の目で違法な逮捕令状が無いはいいいえ社会通念上相当か事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案(昭59)違法な取調べいいえはい適法
任意同行後の取調べを問う順。2段に分けるのは解説書の整理で、紫の枠が判例の物差し。自白を証拠にできるかは、これとは別に判断する。

本人が答申書を出し、帰りたいとも言わなかった → それだけで適法、ではない。同意は①では「実質的逮捕ではない」方向の事情、②では心身の負担を軽くする事情にとどまる。

×にされやすい形
  • 「本人が同意していれば、任意取調べは適法である」
  • 「実質的逮捕に当たらなければ、取調べは適法である」

2関門②の物差し(昭59決定)判例

  • 任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、
    事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである。
  • 二段構え:強制手段を使わない(取調べでは主に実質的逮捕に当たらない)ことが前提で、その先にもう1段の限界がある。
  • 平元決定もこの基準を引いて判断した。
×にされやすい形
  • 「強制手段に当たらない取調べは、任意捜査として常に許容される」

3「社会通念上相当」の読み方学説

  • 最高裁は理由づけを示しておらず、学説が分かれる。
  • 比例原則説:任意でも侵害・制約はある → 必要性との権衡(天秤で釣り合うか)。根拠は本文の「必要な」取調べ。
  • 行為規範説:任意に応じている以上、侵害は無い → 捜査機関が守るべき行為規範。
  • 天秤の左の皿(解説書の立場)=心身の苦痛・疲労からの自由(人格権の1つ)。
左の皿:心身の負担右の皿:必要性
①取調べ方法(宿泊のさせ方・監視・休憩や食事の自由)①犯罪の重大性 ②嫌疑の程度
②本人の応答状況(自発的か、渋々か)③取調べの重要性 ④緊急性

天秤・権衡は学説の言葉で、判旨の言葉ではない。

4高輪グリーンマンション事件(昭59決定・4泊5日)判例

  1. 殺人事件。被害者と同棲したことのある男性が自ら出頭しアリバイを述べるが、虚偽と分かり容疑が強まる
  2. 早朝に寮から任意同行。ポリグラフ検査の後に取り調べ、その夜に自白
  3. 「どこかの旅館に泊めてほしい」旨の答申書を出させて署の近くに宿泊。初日は捜査官が同宿し隣室で監視、2日目以降はホテルの周りで張り込み。送迎は警察の車、最初の3晩の宿泊費は警察
  4. 連日、午前中から深夜まで取調べ。4夜・前後5日間の後、母親と帰郷。2か月余り後に逮捕
  • 宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがあるものの、
    …結局、社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難い
  • 多数意見が挙げた事情:本人が容認し応じていた(答申書・拒否や帰宅の申出の証跡なし)/事案の性質上、速やかに詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があった。
多数意見2名の裁判官
取調べ違法とまでは断じ難い違法
答申書など意思により容認し応じていた自由な意思によると「速断することはできない」
主文上告棄却上告棄却に加わる=意見
  • 任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なものというべきであり、
  • 2名も、実質的に逮捕したものとは「直ちにいい難い」としたうえで違法とした(関門①を決めずに関門②で違法)。

意見=主文には加わり理由が違う。反対意見=主文に反対する。高輪の2名は違法としつつ、勾留中の自白は違法の影響下に無いとして上告棄却に加わった。

×にされやすい形
  • 「高輪の事件で、2名の裁判官は反対意見を述べた」
  • 「最高裁は、4泊5日の宿泊を伴う取調べを妥当な方法と認めた」

5神奈川の事件(平元決定・約22時間)判例

  1. 被害者の妹の訴えで殺害が発覚。1か月ほど前まで同棲していた男性を夜に任意同行
  2. 冒頭で本人が協力を約束。一睡もさせず徹夜で取調べ(承諾を得てポリグラフ検査も)
  3. 翌朝、殺害を自白。上申書が客観的事実と合わず、強盗殺人を疑ってさらに取調べ
  4. 強取の意思を認める上申書 → その夜に逮捕(同行から約22時間)
  • 一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであつても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、
  • 自白の段階で裏付け捜査をして逮捕し、取調べを中断するなど他にとりうる方途もあった → 適法と認めるには慎重を期さなければならない。
  • 特殊な事情:①参考人として始め、冒頭で進んで取調べを願う旨の承諾 ②自白の強要や逮捕の時間制限を免れる意図ではない ③帰宅しようとしたり休息させてほしいと申し出た形跡はなく、意識がもうろうともしていない。
  • 以上の事情に加え、本件事案の性質、重大性を総合勘案すると、本件取調べは、社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであつたとまでは断ずることができず、
  • 反対意見(1名):苦痛、疲労の程度は「極めて深刻、重大」→ 違法で、自白の任意性にも疑いがあり、破棄すべき。

特殊な事情は、そろえば適法になる要件ではない。事案の性質・重大性と合わせて総合した事情の1つ。本人が「休ませてほしい」と言ったのに続けた → 決定が挙げた事情が欠け、違法の方向。

×にされやすい形
  • 「長時間の任意取調べも、本人の承諾があれば当然に許容される」(判例は「容易に是認できない」から出発した)
  • 「神奈川の事件で、最高裁は徹夜の取調べを違法とした」

69泊10日の事案(東京高判平14)判例

  • 事案:殺人事件の重要参考人を任意同行し、連日取調べ。最初の2泊は娘の入院先の病室、その後の7泊は警察が用意した宿舎・ホテルで費用は警察、常時監視。
  • 理由:警察の影響下から一度も解放されず、「事実上の身柄拘束に近い状況」で「心身に多大の苦痛」。少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない。
  • 重大事件で聴取の必要性が極めて強いことも考慮したうえで、「社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎ」=違法。
4泊5日(高輪)約22時間(神奈川)9泊10日
裁判所最高裁決定最高裁決定東京高裁判決
結論違法とまでは断じ難い逸脱とまでは断じられない違法
個別意見意見2名は違法反対意見1名は違法―
応じ方答申書・拒否の証跡なし冒頭で進んで承諾・休息の申出なし3日目以降は望んでいない
自白証拠能力あり任意性に疑いなし排除

約22時間(1日足らず)でも「容易に是認できない」から始まり、9泊10日でも東京高判は「少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない」と宿泊の中身を分けて見ている → 日数だけで決まらない。

×にされやすい形
  • 「取調べの必要性が極めて強ければ、宿泊を何日伴っても適法」

7犯罪捜査規範168条3項条文

  • 前段:取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。
  • 後段:午後10時から午前5時までの間に、又は1日につき8時間を超えて被疑者を取り調べるときは、警察本部長又は警察署長の承認。
  • 犯罪捜査規範=国家公安委員会規則(法律ではない)。名宛人は警察官 → 検察官の取調べには及ばない。
  • 内部規律なので、承認を欠いただけでは取調べは違法にならない。適法かは判例の基準(社会通念上相当か)で決まる。
警察官による被疑者の取調べ深夜か、1日8時間超か深夜=午後10時〜午前5時承認は不要いいえはい本部長・署長の承認が要る欠いただけでは違法にならない(内部規律)
犯罪捜査規範168条3項後段の流れ。適法かどうかは、承認の有無ではなく判例の基準(社会通念上相当か)で決まる。
判例の基準規範168条3項
物差し社会通念上相当(事案ごと)数字(午後10時〜午前5時/8時間超)
超えると事情を総合考慮本部長・署長の承認が要る
違反の効果違法直ちに違法にはならない

警察官が被疑者を午後8時から午後11時まで聴取 → 午後10時以降に及ぶので承認が要る。ただし承認が無いことだけで違法、ではない。

×にされやすい形
  • 「承認を得ずに深夜に取り調べた以上、その取調べは違法である」

8取調べの違法と自白の証拠能力判例

  • そして、もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである。
  • 平元の入口は任意性(自白法則・)。違法が重大かは問うていない。
  • 東京高判(9泊10日):違法は重大で、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を与えるのは相当でない → 自白を排除(違法収集証拠の排除の道筋)。第一審も違法としたが、重大でないとして自白を使っていた。
  • 高輪の2名の意見:任意捜査段階の自白は証拠から外すべきだが、2か月余り後の逮捕後・勾留中の自白はその影響下に無い → 判決に影響しない。
道筋入口この回の判例
自白法則自白の任意性に疑いがあるか平元(本件は疑いなし)
違法収集証拠の排除手続の違法が重大か東京高判(排除)

出題任意同行時に実質的逮捕と認定されれば、そのことのみで供述調書の証拠能力は当然に否定される(×)

×にされやすい形
  • 「実質的な逮捕があったと認定されれば、そのことのみで供述調書の証拠能力は当然に否定される」
  • 「取調べが違法なら、その間の自白は当然に使えない」(9泊10日の第一審は違法としつつ自白を使った)

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#17単独ページ動画

おとり捜査

問い:対象者の権利を侵さない捜査が、なぜ違法になりうるのか。

骨組み

  1. 1当たるか(平16の定義):決め手は捜査側から相手への働き掛けの有無だけ(強弱は見ない)
  2. 2任意処分か(学説の一般的な理解):取引に応じるかを最後に決めるのは本人 → 任意処分。否応なく実行させた場合は別
  3. 3適法か・判例(平16):少なくとも①直接の被害者がいない薬物犯罪等 ②通常の捜査方法のみでは摘発困難 ③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者 → の任意捜査として許容(十分条件)
  4. 4大麻樹脂事件(平16):摘発困難+被告人は既に買手を求めていた → 取締官が持参を仕向けても適法
  5. 5適法か・有力説(学説):左の皿を国家の寄与度に載せ替え → 原則違法、権衡すれば例外的に適法。補充性は必須
  6. 6機会提供型・犯意誘発型(学説):型の二分だけでは決めない。判例は型の語を使っていない
  7. 7なりすまし捜査(鹿児島地加治木支判平29):働き掛けは無いが判例の物差しを借り、必要性がほとんど無い → 違法 → 証拠排除 → 無罪
  8. 8違法なら:最高裁(昭28)=誘惑者が捜査機関という一事では犯罪の成立も公訴の効力も否定しない/学説の多数=証拠排除
働き掛けがあるか強弱は見ない(平16の定義)おとり捜査でない無いある否応なく実行させたか最後に決めるのは本人=任意処分強制処分となりうるはいいいえ(任意処分)判例の3つの事情がそろうか「少なくとも」=十分条件適法197条1項の任意捜査そろうそろわない(判例は答えず)必要性と権衡するか有力説の天秤(補充性は必須)例外的に適法するしない(原則違法)違法なら学説の多数=証拠排除
おとり捜査を問う順(項目1・2・3・5・8)。紫の枠が判例、緑の枠が学説。判例の3つは十分条件なので、欠けても直ちに違法とはならない。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1おとり捜査に当たるか(平16決定の定義)判例

  • おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが、
  • 捜査官本人でなく、依頼を受けた民間の協力者が動いても当たる。
  • 1段目の分かれ目は働き掛けの有無。強弱は、2段目(否応なく実行させたか)や有力説の天秤で効く。
  • 泳がせ捜査(コントロールド・デリバリー):すでに動いている取引を監視して追う → 働き掛けが無く、おとり捜査ではない(一般の任意捜査と同様に判断)。
張り込み買手を装う
したこと取引の現場に張り込み、取引の瞬間を押さえた身分を隠して「分けてほしい」と持ちかけ、持参したところで検挙
働き掛け無いある
評価おとり捜査ではないおとり捜査

私服の警察官が寝たふりをして脇に財布を置く(仮睡盗の検挙)→ 働き掛けがあるかは見解が分かれる。広島高判は窃盗罪で有罪にしたが、おとり捜査に当たるかは判断していない。

×にされやすい形
  • 「働き掛けが弱ければ、おとり捜査に当たらない」
  • 「広島高裁は、仮睡盗の検挙をおとり捜査として適法と認めた」

2強制処分か任意処分か学説

  • 刑訴法におとり捜査を許す規定は無い → 強制処分なら許されない。
  • 物差し:相手の意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか(通説的な定式。元は、意思を制圧し身体・住居・財産等に制約を加える行為かを問うた最高裁決定)。
  • 当てはめ:取引に応じるかの最終判断は本人 → 任意処分と理解するのが一般。
  • 除かれる場合:働き掛けが強度で、否応なく犯罪を実行させられたといえれば強制処分となりうる。
  • 意思決定の自由の侵害とみる見解もあるが、最後に決めたのが本人である以上、侵害・制約は認めがたいと批判される。
  • 麻薬及び向精神薬取締法58条など(許可を受けた捜査官の譲受け)は、捜査官に犯罪が成立しないとするだけで、おとり捜査の根拠とするのは困難とされる。

出題①=意思決定の自由を実質的に侵害するとして強制処分とみる見解/②=判例の「強制の処分」の考え方を前提に、意思を制圧せず制約も加えないから任意

3適法か:判例の3つの事情(平16決定)判例

  • 少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。
  • 根拠条文は(任意捜査)。
  • 「少なくとも」=そろえば適法の十分条件。欠けた場合の結論は示していない。
  • 判文に無いもの:「機会提供型」「犯意誘発型」の語、天秤。
直接の被害者がいないか直接の被害者がいない薬物犯罪等判例は答えない違法とは限らないいいえはい摘発が困難な場合か通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難判例は答えない違法とは限らないいいえはい疑われる者が対象か機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者判例は答えない違法とは限らないいいえはい任意捜査として許容刑訴法197条1項
平16決定の3つの事情。そろえば許容(十分条件)。1つ欠けても、判例から許容の根拠が出ないだけで、違法と決まるわけではない。

売人の自宅も取引場所も分かっていて、張り込めば受け渡しを現認できるのに買手を装った → ②を満たさず、判例の3つからは許容の根拠が出ない(違法と決まるわけでもない)。

関連おとり捜査が許されるのは既に犯罪が行われている場合に限るか、をめぐる学生の議論の空欄

×にされやすい形
  • 「3つの事情の1つでも欠ければ、おとり捜査は違法である」
  • 「判例は、機会提供型のおとり捜査は適法、犯意誘発型は違法とした」

4大麻樹脂事件の事案とあてはめ(平16決定)判例

  1. 被告人は薬物の前科があり、退去強制後に偽造パスポートで再入国
  2. 刑務所で知り合った捜査協力者が、被告人を恨み、逮捕するよう麻薬取締官事務所に求めていた
  3. 被告人の側から協力者に、大麻樹脂の買手の紹介を電話で依頼(それまで協力者からの働き掛けは無い)
  4. 住居や隠し場所がつかめず、おとり捜査を決定。ホテルで取締官が「大阪に持って来れば2kg買う」と示す。交通費の申出は「ビジネスであるから」と断る
  5. 翌日、運び役に約2kgを持たせて運び入れ → 捜索を受け現行犯逮捕
  • 他の捜査手法によって証拠を収集し、被告人を検挙することが困難な状況にあり、一方、被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから、
    麻薬取締官が、取引の場所を準備し、被告人に対し大麻樹脂2㎏を買い受ける意向を示し、被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても、おとり捜査として適法というべきである。
  • 証拠の証拠能力を肯定した原判断を是認。上告趣意(執ように働き掛けられた・憲法・違反)は、原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするとして退けた。

最初の電話が協力者の側から何度も持ちかけたものだったら → 「既に買手を求めていた」が崩れる。働き掛けがゼロでなければ違法、ではない(取締官が持参を仕向けても適法)。

×にされやすい形
  • 「取締官が取引の場所を準備し持参を仕向けた以上、おとり捜査は違法」
  • 「最高裁は、働き掛けの強さを要素として適法性を判断した」

5適法か:有力説の天秤学説

  • 対象者は自分の意思で実行 → 侵害・制約が無く、比例原則が使えないのでは、という指摘。
  • 有力説:測る対象を国家の行為へ移す。国家が本来守るべき法益(薬物なら公衆の健康)を自ら害し、その危険を作り出す。
  • だから原則違法、必要性と権衡するときだけ例外的に適法。代わりの手法が無いこと(補充性)は必須。
  • 第三者の生命・身体・財産を害する犯罪(殺人・傷害・窃盗など)をさせるなら直ちに違法(有力説の言葉。判例の要件の読みではない)。
左の皿:国家の寄与度右の皿:捜査の必要性
①法益侵害の性質(直接の被害者を生むか)④重大性・密行性 ⑤組織性
②働き掛けの強度(犯罪性向も見る)⑥同種事犯の防止
③危険除去の態勢⑦補充性(必須)

「あの店の前の自転車を持ってきてくれたら買う」と持ちかけた → 第三者の財産を害する窃盗=①で直ちに違法(有力説)。

出題③=捜査の公正さ・廉潔性の観点/④=国家が法益侵害またはその危険を惹起する観点(第三者が被害者となる犯罪が原則違法の説明)

×にされやすい形
  • 「判例は、国家の寄与度と必要性の権衡でおとり捜査を適法とした」
  • 「第三者の法益を害する犯罪なら直ちに違法、というのが判例の要件だ」

6機会提供型・犯意誘発型学説

  • 機会提供型:もともとやる気のあった相手に、やる場面を差し出しただけ。
  • 犯意誘発型:やる気の無かった相手に働き掛けて、その気を起こさせ実行させた。
  • かつての二分説(機会提供型なら適法・犯意誘発型なら違法)は、区別が明確でない場合があり、型だけで決めるのは今では妥当でないとされる。有力説では、②働き掛けの強度の中で量る。
  • 判例は型を採るとも採らないとも言っていない。

薬物に興味を口にしていたが入手の当てが無い人に、入手先を紹介し代金も立て替えると申し出た → 犯意がもともとあったとも、誘発されたとも言える=型では決まらない。

×にされやすい形
  • 「判例は二分説を採った」

7なりすまし捜査(鹿児島地加治木支判平29)判例

  • 事案:車上狙いの疑いがある男のよく通る場所に、無人・無施錠で窓も少し開けた軽トラックを止め、見えやすい位置に発泡酒などを置いた → 持ち出したところで現行犯逮捕。
  • 相手方に対する犯罪実行の働き掛けを要素とするのに対し、なりすまし捜査ではそのような働き掛けは要素となっておらず、
  • それでも国家が犯罪を誘発する面が共通する → 判例の事情を、必要性・相当性の判断を具体化する物差しとして借りた。
  • 疑われる者には当たるが、実行が促進された面が多分にある → 特に慎重に判断。
  • なりすまし捜査を行うべき必要性がほとんどない以上、その捜査の態様のいかんにかかわらず、任意捜査として許容される範囲を逸脱しており、
  • 違法は重大 → 証拠を排除 → 補強証拠が無く無罪()。

被害品は警察官の物で窃盗だが、「窃盗だから直ちに違法」という運びではない。決め手は必要性の欠如(車上狙いは被害申告で発生を把握でき、住居も分かり、現認も可能だった)。

×にされやすい形
  • 「働き掛けが無い以上、判例の事情は一切参考にならない」
  • 「鹿児島の判決は、窃盗をさせた点を決め手に違法とした」

8違法だったらどうなるか判例学説

  • その他人である誘惑者が一私人でなく、捜査機関であるとの一事を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は公訴提起の手続規定に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることのできないこと多言を要しない。
  • 平16決定は適法としたうえで証拠能力を肯定しただけで、違法だった場合の扱いには触れていない。
立場中身評価
無罪説無罪にする採れない(自らの意思で犯罪に出た)
公訴棄却説起訴を公訴提起の手続の瑕疵とみる(4号)違法が極めて重大な事案に限られる(解説書)
免訴説国家は処罰適格を欠く(に準じる)同上
証拠排除説得られた証拠の証拠能力を否定多数

鹿児島の判決の無罪は、証拠を排除して補強証拠が無くなった結果 → 犯罪の成立を否定した無罪説ではない。

×にされやすい形
  • 「誘惑者が捜査機関であれば、公訴提起の手続が規定に違反し、公訴棄却となる」
  • 「違法なおとり捜査で無罪になった判決がある=無罪説が採られた」

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#18単独ページ動画

捜査の端緒①職務質問

問い:土俵が警職法に移ると、何が変わり、何が変わらないか。

骨組み

  1. 1位置:職務質問は捜査ではなく捜査の端緒=警職法の行政警察活動。分かれ目は特定の犯罪の嫌疑を前提とするか(時間の前後ではない)
  2. 2警職法:「何らかの犯罪」の疑い(特定不要)/既に行われた犯罪等を知つていると認められる者も → 停止させて質問できる
  3. 32項・3項:同行は求めることができる/拘束・意に反する連行・答弁の強要は禁止。黙秘権の告知は不要でも、答える義務は無い
  4. 44項:凶器の調べは逮捕されている者だけ。職務質問の相手の持ち物を調べる規定はに無い
  5. 5判断の2段:1階=強制処分か(基準は刑訴法と同じ・当たれば直ちに違法)/2階=警職法「必要な最小の限度」
  6. 6腕に手をかけた事件(昭29):逃げた相手を追い、背後から腕に手をかけ停止 → 正当な職務執行の範囲を超えない
  7. 7なぜ有形力を使えるか(学説):権限創設規定(多数説)/確認規定(実務家中心)
  8. 8切替点:特定の犯罪の嫌疑が明らかになり捜査に移った時点から刑訴法の物差し
嫌疑が明らかになったか特定の犯罪の嫌疑捜査刑訴法197条1項はいいいえ(行政警察活動)強制処分か基準は刑訴法と同じ直ちに違法警職法2条3項はいいいえ(有形力でも任意処分)必要な最小の限度か警職法1条2項・広い必要性違法いいえはい適法
職務質問での働きかけを測る順(項目1・5・8)。強制処分と出たら、令状で救う道は無い。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1位置:端緒であり、行政警察活動

  • 流れ:端緒(通報・新聞記事・職務質問など)→ 司法警察職員が「犯罪があると思料する」()→ 捜査が始まる。職務質問そのものは捜査ではない。
  • 分かれ目は特定の犯罪の嫌疑を前提とするか。職務質問は既に行われた犯罪についてもできる=時間の前後では分けない。
行政警察活動司法警察活動
特定の犯罪の嫌疑要らない(予防のためにも動ける)あることが前提
根拠警職法(職務質問は)刑事訴訟法(など)
処分の呼び方任意処分・強制処分任意捜査・強制捜査

出題端緒の例として警職法の職務質問を当てる空欄

×にされやすい形
  • 「端緒に制限は無いのだから、職務質問のやり方も自由」(制限が無いのは端緒の出どころ。やり方は警職法とが縛る)

2警職法:誰を止めて質問できるか条文

  • 入口:「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」=外から確認できる事情が要る。
  • 対象①:「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」→ 特定の犯罪でなくてよい。
  • 対象②:既に行われた犯罪・行われようとしている犯罪について「知つていると認められる者」→ 犯人でなくてよい(目撃者など)。
  • できること:「停止させて質問することができる」。
異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断何らかの犯罪の疑いがあるか犯し・犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由(特定不要)停止させて質問できるはいいいえ知つていると認められる者か既に行われた・行われようとしている犯罪について(目撃者など)停止させて質問できるはいいいえ2条1項の対象ではない
警職法2条1項で止めて質問できる相手。犯人と疑われる者に限らず、犯罪を知っていると認められる者も対象。

深夜、閉店した時計店のシャッター前で手袋の男が鍵穴をのぞき込む → 盗みの下見か特定できなくても、「何らかの犯罪」を犯そうとしていると疑う相当な理由があれば質問できる。

出題職務質問を行うには、対象となる犯罪の具体的な内容を特定する必要がある(×)

出題犯罪について知っていると認められる者も職務質問の対象(○)

×にされやすい形
  • 「職務質問には、対象となる犯罪の具体的な内容の特定が要る」
  • 「職務質問の相手は、犯罪を犯したと疑われる者に限られる」

32項・3項:求めることはできる、強いることはできない条文

  • 2項:その場の質問が本人に不利か交通の妨害になるとき、附近の警察署・派出所・駐在所への同行を求めることができる。応じるかは相手の自由。
  • 3項:刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄の拘束・意に反する連行・答弁の強要はされない。
  • 職務質問の間、黙秘権の告知は不要(被疑者の取調べではない)。それでも答える義務は無い(3項)。捜査に移って被疑者として取り調べるなら告げる()。
本人に不利か交通の妨害かその場で質問すること(2項)同行を求める場面ではないいいえはい(同行を求められる)相手が同行に応じたか応じるかは相手の自由3項違反連れて行けば意に反する連行いいえはい附近の警察署等へ同行
2項の同行は求めることまで。断られたのに連れて行けば、3項の意に反する連行になる。

狭い歩道で質問が長引き人の流れが止まった → 交番への同行を求めることはできる。断ったのに腕を引いて連れて行けば、意に反する連行で3項違反。

出題3回出題。職務質問のため、付近の警察署に同行することを求めることはできない(×)

×にされやすい形
  • 「停止させて質問することはできるが、付近の警察署に同行することを求めることはできない」
  • 「黙秘権を告げずに名前を聞いたから違法」(職務質問では告知は要らない)
  • 「告知が要らないのだから、答える義務がある」

44項:書いてあること・書いていないこと条文

  • 4項:刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者について、身体に凶器を所持しているかを調べられる。
  • 逮捕されていない職務質問の相手の持ち物を調べてよいという規定は、のどこにも無い → ここから所持品検査という論点が始まる。
×にされやすい形
  • 「凶器を持っていそうなら、4項で職務質問の相手の上着の中も調べられる」(4項は逮捕されている者の規定)

5判断の2段:形は捜査と同じ条文

捜査職務質問
1階:強制処分の基準意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか同じ
1階の根拠条文但書警職法
強制と出たとき令状などの手続を踏んで行える場合がある直ちに違法
2階の根拠判例が作った規範(相当と認められる限度)警職法(必要な最小の限度=明文)
右の皿捜査の必要性警察目的からの広い必要性(犯罪の予防を含む)
  • 基準が同じ理由:は「刑事訴訟に関する法律」を基準にしている。3項の拘束・連行・答弁の強要は例示と考えられている(解説書)。
  • 警職法:手段は目的のため「必要な最小の限度」で用い、濫用にわたってはならない。強制に当たらなくても、それだけで適法にはならない。

出題自動車検問の判例の空欄:任意手段も無制限でない趣旨=警職法

×にされやすい形
  • 「職務質問で強制が要るなら、令状を取ればよい」(職務質問として強制を使えば、その時点で違反)

6逃げた相手の腕に手をかけた事件(最決昭29・7・15)判例

  1. 夜、警邏中の警察官から職務質問 → 駐在所に任意同行
  2. 所持品などを質問されている途中、隙をみて逃げ出す
  3. 質問を続けるため追いかけ、背後から腕に手をかけて止めた(原審の認定:約130m先の路上)
  4. 公務執行妨害の事件=職務の適法性が問われた
  • 判例集の裁判要旨(決定文の言葉ではない):
  • 夜間道路上で警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行された所持品等につき質問中、隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない。
  • 最高裁は上告を棄却し、原判決の判示を正当とした。職務質問についての理由は書いていない。
段原審(解説書の紹介)解説書の読み
1階:強制か強制または強制的手段とは考えられない一時的な侵害=任意処分
2階:相当か止めるにはこの程度の実力はやむを得ない必要最小限だったかを検討して適法

追いついて腕に手をかける → 任意処分の側。手錠をかけて制圧する → 一時的でも強制処分の方向で、違反。

出題事案(約130m追って腕に手をかける)がそのまま出題

出題職務質問において、有形力の行使は一切許されない(×)

×にされやすい形
  • 「職務質問において、有形力を行使することは一切許されない」
  • 「最高裁は、一時的な侵害で強制でなく必要最小限だと理由を述べた」(理由づけは原審と解説書のもの)

7なぜ有形力を使えるのか学説

権限創設規定(多数説)確認規定(実務家中心)
の性質強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた警察官が当然にできる活動を確認しただけ
有形力の根拠法律の留保 → それが任意処分でも一定の有形力は使えるとした最決昭51・3・16
結びつく立場承諾のない所持品検査・一斉検問は、根拠なしなら違法に結びつきやすいの要件を満たさない職務質問も許される/一斉検問は警察法2条1項が根拠
  • 両説共通:声をかけて尋ねるだけの純粋な任意処分なら、法律の根拠は要らない。争いは有形力を使う場面の根拠。
×にされやすい形
  • 「権限創設規定説では、が無ければ警察官は人に声もかけられない」

8切替点:職務質問はいつ捜査になるか

  • 特定の犯罪の嫌疑が明らかになり、捜査に移ったと認められる時点から刑事訴訟法()。それまでは警職法(・)。
  • はっきり区別するのが難しい場合も多い。最高裁も、どの時点で移ったかを明確には示していない。
  • 先の行政警察活動に違法があれば、それを前提に接着して行われた捜査も違法になると考えられている(解説書)。後の捜査が何でも違法になるわけではない。

覚醒剤使用を疑って声をかけた → 嫌疑が不確実なまま質問していれば、なお警職法上の職務質問。相手が「駅で人を殴ってきた」と話し、けが人も確認できた → ここから捜査。

×にされやすい形
  • 「覚醒剤を使っていると疑って声をかけたのだから、最初から捜査」

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#19単独ページ動画

職務質問の「停止」と付随行為の限度

問い:「停止させて質問することができる」は、どこまでの実力を含むか。

骨組み

  1. 1出発点:警職法の言葉は「停止させて質問」だけ。物差しは二階建て=強制処分か → 比例原則()
  2. 2エンジンキーの事件(平6):取り上げ=停止させる方法として必要かつ相当であるのみならず、道交法の応急の措置にも当たる=2本の足で適法
  3. 31階:時間(学説):一時的な取り上げは任意処分。長時間なら強制処分とみる見解と任意処分とみる見解がある
  4. 4約6時間半の留め置き(平6):「任意捜査として許容される範囲を逸脱」して違法=逮捕と同視ではない。尿の鑑定書は使えた
  5. 52階:天秤:判旨は4事情で「必要かつ相当」。左2・右5の7項目は解説書の整理
  6. 6ホテルの事件(平15):意思に反する立入りは原則として許されない → もはや通常の宿泊客ではない → 疑いを深めるのも無理もない → 押し開け=付随する適法な措置
  7. 7付随行為の限度(平15):約30分全裸のまま押さえ続けた行為=付随するものとしては許容限度を超える。ただし証拠は排除しない
  8. 8答案の型4段:行政警察活動か → 強制処分か → 「停止」か付随行為か → 比例原則
エンジンキーの事件 ホテルの事件 キーの取り上げ 停止の方法として必要かつ相当 適法 約6時間半の留め置き 任意捜査の範囲を逸脱 違法 違法は重大でない 尿の鑑定書は使える 内ドアの押し開け 職務質問に付随する措置 適法 約30分全裸で押さえ続け 付随するものとしては 許容限度を超える 違法収集証拠として 排除には結び付かない
2つの事件は、どちらも同じ事件の中で前半は適法、後半は行き過ぎ(項目2・4・6・7)。どちらも証拠は使えた。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1出発点:「停止」の2文字条文

  • 警職法が与える権限:相手を「停止させて質問する」こと(と2項の同行要求)まで。3項で拘束・意に反する連行・答弁の強要はできない。
  • 1階:強制処分か(意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか)→ 当たればに反し直ちに違法。令状で許される道は無い。
  • 2階:任意処分なら比例原則(警職法「必要な最小の限度」)で相当かを測る。
エンジンキーの事件ホテルの内ドアの事件
したこと車の窓から腕を差し入れ、キーを引き抜いて取り上げた閉められかけた内ドアを押し開け、敷居に足を踏み入れた
問われたこと「停止」させる方法として、どこまで許されるか止まらせる行為ではない措置が、なぜ・どこまで許されるか

2エンジンキーの事件(最決平6・9・16)判例

  1. 意味のよく分からない電話の報告 → 整備工場で事情を聞き、覚醒剤使用の容疑があると判断
  2. 拡声器で停止を指示された車が蛇行しながら進み、ようやく止まる。道路は積雪で滑りやすい
  3. 職務質問開始。目をキョロキョロさせ落ち着きなく、エンジンを空ふかしし、ハンドルを切るような動作
  4. 窓から腕を差し入れ、キーを引き抜いて取り上げた
  • 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、
    前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、
    道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。
足①:警職法足②:道交法67条
判旨の言い方停止させる方法として必要かつ相当必要な応急の措置
条番号警職法判例は当時の67条3項。今は67条4項(今の3項は呼気検査)

乾いた昼の道路で、薬物の兆候も無い運転者が質問を嫌って車を出そうとした → 道交法の足は立たず、警職法の足だけで判断(この変形を判断した判例は無い)。「キーの取り上げはいつでも適法」とはいえない。

出題キーを引き抜いて取り上げる=停止させる行為として許される場合がある(○)

出題キーを回してスイッチを切る行為も、停止させる行為として許される場合がある(○)

出題発進しようとした運転者のキーを回してスイッチを切る行為が適法とされることはない(×)

×にされやすい形
  • 「エンジンキーを回転してスイッチを切った行為が適法とされることはない」
  • 「判例どおり道交法67条3項の応急の措置」と書く(応急の措置は今の4項)

31階:時間が性質を変えるか学説

場面奪われる自由評価
キーを取り上げ、短時間で返す車で移動する自由・一時的任意処分 → 2階の天秤へ
キーを返さず、長時間、車で移動できなくする車で移動する自由・長時間見解が分かれる:逮捕と同視=強制処分/逮捕とはなお区別できる=任意処分
外に出ようとする人のドアを押さえ、車内に閉じ込める身体の自由逮捕と同視できる強制処分として違法とされる可能性が大きい(解説書)
  • 強制処分かは制約の性質で決まり、必要性の大きさとは比べない。同じ行為でも、時間次第で判断する階が変わりうる。

4同じ事件の約6時間半の留め置き(平6)判例

  • 前科4犯の無線連絡の後、任意同行の説得が続く。本人は自分で運転することに固執。キーは以後返されず、身体の捜索が始まるまで現場に留め置かれた。
  • 約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は…任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法
  • 判旨の理由:嫌疑が濃厚になっていたことを考えても、任意同行を求める説得行為としての限度を超え、移動の自由を長時間にわたり奪った。
  • 「強制処分に当たる」「逮捕と同視する」とは言っていない=任意処分として比例原則で判断したと理解されている(実質逮捕とすべきだったという批判は学説の側)。
  • その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない
  • → 尿の鑑定書の証拠能力は肯定。

「15分しか経っていないので、制約は短時間」は不正確 → 15分は質問開始から前科連絡までの時間。キーはその後も返されていない。

×にされやすい形
  • 「6時間半の留め置きは、逮捕と同視されて強制処分とされた」
  • 「留め置きが違法なのだから、尿の鑑定書は使えない」
  • 「エンジンキーの事件は、全部適法とされた」

52階:天秤の目盛り

  • 左の皿(自由の制約の程度)と右の皿(警察目的から見た、停止を求める必要性)が見合うかで相当性を判断する(警職法)。右の皿は犯罪や危険行為の予防まで含む。
  • 判旨が挙げたのは4事情(覚醒剤使用の嫌疑・中毒をうかがわせる異常な言動・積雪の道路・発進のおそれ)。
目盛り(解説書の整理)エンジンキーの事件の当てはめ
左①権利・利益の種類車で移動する自由=軽い
左②制約された時間取り上げた時点では長時間に及んでいない=軽い
右❶不審事由覚醒剤使用をうかがわせる異常な挙動=大
右❷嫌疑覚醒剤使用の嫌疑=大
右❸犯罪の重大性覚醒剤の使用は重大な犯罪
右❹予防の必要性積雪の路上での空ふかし=交通の危険
右❺停止を求める重要性キーを取り上げるほか、発進を防ぐ手段が無い
×にされやすい形
  • 「最高裁は、左2・右5の7要素で量って適法とした」(7要素は解説書の整理で、しかも例示)

6ホテルの内ドアの事件(最決平15・5・26)判例

  1. チェックアウト時刻を過ぎても出ず、不可解な言動 → 料金不払・不退去・薬物使用の可能性で110番。責任者は退去させてほしいと要請
  2. 無施錠の外ドアから内玄関に入り支払いを促す。客は内ドアを少し開けたが、制服の警察官と目が合うや慌てて閉めた
  3. 内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居あたりに足を踏み入れ、閉められるのを防いだ
  4. 客が殴りかかるようにしてくる → ソファーに座らせて押さえ、逮捕まで約30分、全裸のまま押さえ続けた
  • ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。
  • 被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。
  • 質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。
段判旨どの事情か
①原則意思に反する立入りは原則として許されない
②もはや通常の宿泊客ではない時刻を過ぎても出ない・不可解な言動・110番・退去要請訪ねる前にそろっていた事情
③疑いを深めるのは無理もない納得できる説明をせず、制服の警察官に気付くと内ドアを急に閉めて押さえた警察官の前でとった行動
④目的質問を継続し得る状況を確保するため→ 付随する適法な措置
  • 殴りかかられた直後に内ドアの内側まで入ったことは、突然の暴行がきっかけなので押し開けの結論を左右しないとされた(その立入りを適法と判断したのではない)。

出題事案と結論(付随する行為として許される場合がある)がそのまま出題

×にされやすい形
  • 「判例は『停止』を例示にすぎないとした」(例示説は学説の言葉。判旨は「付随するもの」とだけ言う)
  • 「制服を見て慌てて閉めたから、通常の宿泊客ではなくなった」(閉めた行動は③で拾われる)

7付随行為にも限度がある(平15)判例

  • 約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、
    …許容限度を超えていたとの点は、いずれにしても、財布に係る所持品検査によって発見された証拠を違法収集証拠として排除することに結び付くものではない
  • 排除しない理由:公務執行妨害罪の疑い・警職法などによる制止とみる余地・現行犯逮捕も考えられる状況/令状主義に関する規定を潜脱する意図の証跡も無い。
  • 学説の付随行為の2段:①質問の実施・継続に必要不可欠か → ②なお比例原則で相当か。判旨はどの段で落ちたかを示していない。
「停止」に入らない措置質問の実施・継続に必要不可欠か違法根拠を欠く実力措置いいえはいなお比例原則で相当か違法相当性を欠くいいえはい付随する適法な措置
学説の付随行為の2段。平15決定は約30分押さえ続けた行為を「許容限度を超え」るとしたが、どちらの段で落ちたかは示していない。

同じ部屋の中で分かれる:内ドアを押し開けて敷居に足を入れた → 適法な付随措置。そのまま約30分、全裸の相手を衣服も着せずに押さえ続けた → 付随するものとしては許容限度を超える。

×にされやすい形
  • 「許容限度を超えた行為の下で見つかった証拠は、違法収集証拠として排除された」

8答案の型:4段

段問い落ちたら
①行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑がまだ明らかでない段階か捜査。と任意捜査の限界で判断
②強制処分に当たらないか時間の長さにも注意に反し直ちに違法
③「停止」の枠か、付随行為か「停止」に入らないなら、質問の実施・継続に必要不可欠か根拠を欠く実力措置として違法
④比例原則を満たすか天秤(警職法)相当性を欠き違法
  • ③は「根拠が無くて違法」、④は「根拠はあるが行き過ぎで違法」。キーの取り上げは③で「停止」の方法の枠、ドアの押し開けは付随行為の枠。どちらも④は残る。
  • 所持品検査は判例が別の基準(密接に関連し、必要性・有効性がある)で付随行為に入れている=「必要不可欠」の物差しでは測らない。
職務質問の場面での実力の行使①行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑がまだ明らかでない段階か捜査197条1項と任意捜査の限界で判断いいえはい②強制処分に当たるか時間の長さにも注意直ちに違法警職法2条3項に反するはいいいえ③「停止」か付随行為に当たるか付随行為なら、質問の実施・継続に必要不可欠か違法根拠を欠く実力措置いいえはい④比例原則を満たすか天秤(警職法1条2項)違法相当性を欠くいいえはい適法
答案の4段を問う順に並べた流れ。③で落ちれば「根拠が無くて違法」、④で落ちれば「根拠はあるが行き過ぎで違法」。

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#20単独ページ動画

捜査の端緒②所持品検査

問い:条文が無いのに、なぜ鞄を調べられるのか。どこまで調べてよいか。

骨組み

  1. 1根拠(昭53・6・20):所持品検査の明文の規定は無い → 職務質問に附随して行うことができる場合がある
  2. 2原則と例外(昭53・6・20):承諾を得てその限度でが原則/承諾が無くても、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り許容される場合がある
  3. 3限度(昭53・6・20):常に許容ではない。必要性、緊急性、権衡などを考慮し、相当と認められる限度においてのみ
  4. 4「捜索」と「強制」(学説):捜索=行為の中身/強制=行為に伴う圧力。拒否に反して開けた≠強制
  5. 5相当かの天秤(学説):左=踏み込みの深さ・出方/右=嫌疑・重大性・凶器の疑い・挙動・緊急性
  6. 6チャックの事件(昭53・6・20):施錠されていないチャックを開けて一べつ → 適法。アタッシュケースのこじ開けは逮捕の現場の捜索と同一視
  7. 7ポケットの事件(昭53・9・7):内ポケットに手を入れて取り出す → 必要性・緊急性は認めたが捜索に類する → 違法
  8. 8違法と証拠は別:ポケットの事件は違法でも証拠能力肯定(わずかに超えたにすぎない)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

1根拠:明文は無いが、職務質問に附随して判例

  • 警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、
    所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、
    同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合がある
  • 所持品検査を定めた条文は、対象が絞られたものしか無い:警職法=逮捕されている者の身体の凶器/銃刀法24条の2第1項=銃刀類の疑いと危害のおそれがある者。
  • 学説の批判:所持品検査は質問に不可欠とまではいえない。有力説は、凶器などを持つ蓋然性があるときに、外から触れて確かめる程度までしか認めない。

出題警職法に規定がないから、職務質問に付随して所持品検査はできない(×)

×にされやすい形
  • 「警職法に所持品検査の規定はないから、職務質問に付随して所持品検査を行うことはできない」
  • 「凶器を持っていそうなら、警職法で職務質問中に身体を調べられる」(は逮捕されている者の規定)

2原則と例外(昭53・6・20判決)判例

  • 所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。
  • 所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、
    捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。
  • 承諾がある部分は①だけで適法。承諾の外に出た部分だけを②③で問う。
所持品検査(職務質問に附随)①承諾があるか原則=承諾を得て、その限度で適法承諾の限度ではいいいえ(承諾の外に出た部分)②捜索に至るか・強制にわたるか直ちに違法警職法2条3項はいいいえ③相当と認められる限度か必要性・緊急性・権衡などを考慮し、具体的状況のもとで違法いいえはい適法
昭53・6・20判決の原則・例外・限度を、問う順に並べた流れ。紫の枠が判例の言葉。3つは並列の要件ではなく、①から順に問う。②と③の分け方は学説の分析。

運転者が黙って眺めている前で、4人で座席を動かして車内を探した → 任意の承諾は無かったとする原審を是認し、違法(最決平7・5・30)。黙って眺めていた≠承諾。

  • 右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い

出題原則・例外・限度を1文にした判旨がそのまま出題

×にされやすい形
  • 「所持人の承諾がなければ、所持品検査は一切許されない」
  • 「相手が黙って見ていたので、承諾があったことになる」

3限度:相当と認められる限度においてのみ(昭53・6・20判決)判例

  • 所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、
    …状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、
    かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。
  • 権利の根拠:(所持品について捜索・押収を受けない権利)。

出題限度の部分が判旨のまま出題

×にされやすい形
  • 「捜索に至らない程度の行為であれば、状況を問わず常に許容される」
  • 判例が「必要性・緊急性・相当性」を3つの要件として並べた、とする形(必要性・緊急性・権衡などを考慮した結論が「相当」)

4「捜索」と「強制」学説

  • 判例は2つの言葉を並べただけで、定義していない。以下は解説書の区別(両者を区別しない見解もある)。
  • どちらかに当たれば強制処分 → 直ちに違法(警職法。行政警察の場面なので令状で正当化する道は無い)。どちらにも当たらなければ③へ。
  • 「捜索」の目印(一つの見解):①探索的な行為(一つ一つ調べていく)②解錠・開封。施錠されていないチャックを開けることは②に当たらない。
「捜索」「強制」
何を問うか行為の中身行為に伴う圧力
基準刑訴法の強制処分としての捜索と同視できるか意思を制圧する強要的な言動・抵抗を排除する有形力があったか
典型施錠されたケースをこじ開ける/中を一つ一つ探る所持品には触れず、身体を押さえつけて本人に出させる

何度も開披を拒んでいた相手のバッグを承諾なく開けた(チャックの事件)→ 適法とされた。承諾が無いことだけでは「強制」に足りない。

×にされやすい形
  • 「はっきり断っているのにバッグを開ければ、強制にわたり違法」
  • 「閉じている物を開けたら捜索」(施錠なしのチャックを開けても捜索に至らないとされた)

5相当かの天秤学説

  • 判旨の「必要性、緊急性」「保護されるべき公共の利益」が右の皿、「害される個人の法益」が左の皿、「権衡」が比べる作業。皿の中身は学説の整理。
  • 凶器の疑いは、侵害の大きい検査の相当性を認める重要な要素。薬物などの疑いにとどまるときは、侵害の大きい検査は相当性を欠き違法とされることが多い、と整理されている。
左の皿:侵害・制約の程度右の皿:所持品検査の必要性
①箇所・態様:外から触れる → チャック等を開ける → バッグに手を入れる → 着衣のポケットに手を入れる(後ほど重い)①嫌疑の有無・程度 ②犯罪の重大性 ③凶器を持つ疑い
②警察官の出方:いきなり強く出た方が、説得を重ねてから強めたより重い④不審な挙動 ⑤その場で行う緊急性(代わりの手段が無いか)

6チャックの事件(最判昭53・6・20)判例

  1. 猟銃とナイフを使った銀行強盗。緊急配備の検問で、通報に合う乗用車の男2人に職務質問
  2. 2人は黙秘し、バッグとアタッシュケースの開披を拒み続ける(営業所で約30分、警察署でも)
  3. 承諾のないまま、ボーリングバッグの施錠されていないチャックを開けて一べつ → 大量の紙幣
  4. 施錠されたアタッシュケースをドライバーでこじ開ける → 帯封付きの札束 → 緊急逮捕
  • 右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、
    …所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、
    上述の経過に照らせば相当と認めうる行為である
  • アタッシュケースは所持品検査として相当とされたのではない:バッグの適法な開披で緊急逮捕の要件が整い、極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われた。
  • 逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、
  • 逮捕に伴う捜索・差押え=2号(逮捕の現場で令状なしにできる)。

出題事案の行為がそのまま「許される場合がある」で出題

×にされやすい形
  • 「アタッシュケースのこじ開けも、職務質問に附随する所持品検査として相当とされた」
  • 「開披を拒み続けた相手のバッグを承諾なく開けた以上、違法」

7ポケットの事件(最判昭53・9・7)判例

  1. 覚醒剤事犯の多い地域で職務質問。顔色などから覚醒剤の疑い。所持品の提示を拒む
  2. 外から触ると、左の内ポケットに刃物ではない固い物
  3. 「それなら出してみるぞ」と、承諾なく内ポケットに手を入れて取り出す → 覚醒剤
  • 被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、
    一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、
    …相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したもの
  • 必要性・緊急性は肯認しうるとした。違法の理由は左の皿(侵害の高さ・捜索に類する態様)。
  • 「捜索に類する」=捜索そのものではない。②でなく③の相当性で違法にした(通常の理解)。
チャックの事件ポケットの事件
疑い強盗・濃厚な容疑・凶器の疑いも覚醒剤の容疑がかなり濃厚
右の皿緊急性、必要性が強かった必要性・緊急性は肯認しうる
左の皿一べつしたにすぎない=さほど大きくないプライバシー侵害の程度が高い・捜索に類する
結論適法違法
証拠排除しない証拠能力は肯定(項目8)

出題承諾なく内ポケットに手を入れ所持品を取り出す検査が、限度を超えると評価されることはない(×)

×にされやすい形
  • 「覚醒剤の容疑がかなり濃厚なら、承諾なく内ポケットから取り出しても許容限度を超えない」
  • 「必要性・緊急性が認められれば適法」(必要性・緊急性を認めたうえで違法とした)
  • 「最高裁は、ポケットに手を入れる行為を捜索に当たるとした」

8違法と証拠は別の問い判例

  • まず検査の適否(3つの問い)、次に違法の重さと証拠を排除すべきかを問う。
  • 所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、
    …令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、
    …他に右所持品検査に際し強制等のされた事跡も認められないので、
    …本件証拠物の証拠能力はこれを肯定すべきである
  • 自動車の事件(最決平7・5・30):車内の検査は違法としつつ、違法はいまだ重大でないとして、その後の尿の鑑定書の証拠能力を肯定(車内の覚醒剤そのものは判断していない)。
×にされやすい形
  • 「所持品検査が違法とされた以上、発見された証拠物の証拠能力は否定される」

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#21単独ページ動画

捜査の端緒②自動車検問

問い:不審な点の無い車まで全部止める一斉検問は、なぜ、どこまで許されるか。

骨組み

  1. 13つの類型(目的で分ける):交通検問(交通違反)/警戒検問(不特定の一般犯罪)/緊急配備検問(特定の犯罪)。一斉検問は類型ではなく止め方=不審点の有無にかかわらず全車を止める
  2. 2職務質問の枠に乗らない:の要件を判断する前段階の行為。全車を止めることを正面から認めた明確な条文は無い
  3. 3根拠を探す2説(学説):権利・利益を制約するには法律の根拠が要る(法律の留保)→ 根拠はどこか。警察法説=根拠は警察法2条1項。批判:組織規範で根拠規範にならない/警職法説=根拠は(止めないと要件が分からない)。批判:挙動不審でない車まで止める理由に乏しい
  4. 4昭55決定の前段:警察法2条1項に照らすと(言及のみ。根拠にしたとまでは言いがたい=基本書の評価)、交通の安全等に必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り一般的に許容。ただし権利・自由の干渉にわたるおそれのある事項では無制限ではない(同条2項・などの趣旨)
  5. 5昭55決定の後段:「しかしながら」当然の負担+現時の交通違反・事故の状況 → 一斉検問も5つの要件(①場所 ②目的=交通違反の予防・検挙 ③不審点を問わず短時分の停止 ④任意の協力 ⑤方法・態様)を満たす限り適法(職権判断・上告棄却)
  6. 6有力説(学説):任意の協力を求める形=同意・承諾が前提の任意処分 → 法的根拠は不要。5要件=任意処分でも無制約ではないので適法となるための要件
  7. 7違法になりうる場合(基本書の整理=学説の一つ):強制にわたる(障害物・拒絶の押し切り)→ 直ちに違法/任意でも比例原則で不相当なら違法
  8. 8射程:決定は交通検問について判断。この考え方(任意処分+比例原則で相当か)は他の目的の一斉検問にも同様に妥当すると考えてよい(基本書の見解=学説の一つ)。ただし「当然の負担」は交通の理由づけ(推論)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。警察法・道路交通法の条文は札にしていません。

1自動車検問の3つの類型

  • 自動車検問=犯罪の予防・検挙のため、走行中の自動車を止め、車両を見分し、運転者などに必要な質問をすること。
  • 軸は「犯罪が起きたか」ではなく、狙う犯罪が特定されているか(警戒検問も「検挙」を目的に含む)。
  • 一斉検問=挙動不審を認めて止めるのではなく、不審点の有無にかかわらず通りかかる車を全部止めるもの。最高裁が判断したのは交通検問の一斉検問。
類型目的
交通検問交通違反の予防・検挙(速度超過・飲酒運転など)
警戒検問不特定の一般犯罪の予防・検挙
緊急配備検問特定の犯罪が発生したため、犯人の検挙と情報の収集

ひったくりが続く繁華街で、どの事件の犯人とも決めずに夜間に車を止めて回る → 警戒検問。特定の強盗の直後に逃走経路で止める → 緊急配備検問。

×にされやすい形
  • 「警戒検問は、まだ犯罪が起きていない段階に限って行うもの」(区別の軸は特定の犯罪かどうか)

2職務質問の枠に乗らない条文

  • :異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して疑うに足りる相当な理由のある者などを、停止させて質問できる=1人ひとりについて不審事由を判断する。
  • 一斉検問は、その判断の材料が止めてみて初めて出てくる=要件を判断する前段階の行為。
  • 付随行為(所持品検査のように、質問の相手と確定した人に、質問に付け加える形で認める行為)にも乗らない=付け加える先の「質問」がまだ始まっていない。
  • 道路交通法67条1項(停止)・3項(呼気検査)は個別の嫌疑を要件とする:1項=違反して運転していると認めるとき、3項=酒気帯び運転のおそれがあると認められるとき。不審点を問わず全車を止める規定ではない。

蛇行運転している車を止めて酒気を調べる → 道路交通法67条1項・3項の場面。蛇行も何もない車を全部止める → 一斉検問で、67条にもにも乗らない。

×にされやすい形
  • 「一斉検問は、の職務質問として当然に許される」
  • 「自動車を止める規定は法律に1つも無い」(無いのは、不審点を問わず全車を止めることを正面から認めた明確な条文)

3根拠を探す2つの説と批判学説

中身批判
警察法説警察法2条1項は警察の責務に「交通の取締」を挙げる → その責務の一環として一斉検問も認められる同項は組織規範であって、権限行使の根拠規範になりえない
警職法説自動車は止めなければ職務質問の要件があるか分からない → 要件を確かめる前提として全車を止めうる挙動不審でない車まで止めてよい理由に乏しい(「挙動不審」でないのに停止させる根拠が十分でない)
  • 組織規範=組織の役割分担・担当する仕事を定める。根拠規範=国民に対して権限を行使する根拠となる。
  • の性質:多数説=強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた権限創設規定(法律の留保)。実務家中心の見解=警察官が当然にできる活動を確認しただけの確認規定。
  • 確認規定とみる見解 → 一斉検問は警察法2条1項を根拠に許されるという立場(警察法説)に結びつく → 組織規範批判がそのまま向く。
  • 多数説でも純粋な任意処分なら法律の根拠は要らない。ただ、一斉検問を承諾の無い=権利・利益の侵害を伴うものとみれば、根拠なしでは法律の留保に反して違法、に結びつきやすい。
×にされやすい形
  • 「警察法2条1項は、個人に対して権限を行使する根拠規範である」(×:同項は組織規範とみるのが一般的=警察法説への批判)

4昭55決定の前段:交通の安全等に必要な警察の諸活動は、任意手段なら一般的に許容、ただし無制限ではない判例

  • なお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。
  • 警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、
    交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、
    それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。
  • 歯止めの条文:警察法2条2項(責務の範囲に厳格に限り、権限を濫用しない)と(2項=必要な最小の限度・濫用の禁止=比例原則)。
  • 言及と根拠は別:決定は警察法2条1項に言及するが、それを一斉検問の法的根拠にしたとまでは言いがたい(基本書の評価=学説の一つ。最高裁自身が「根拠にしない」と述べたのではない)。

出題歯止めの条文を穴埋め(正答:)

×にされやすい形
  • 司法H26-22の空欄①(歯止めの条文)を「」に差し替えた形(正=)
  • 「最高裁は、警察法2条1項が一斉検問の根拠規範であると明言した」(×:決定は「照らすと」と触れただけで、根拠かどうかを述べていない)
  • 「交通の安全に必要な警察活動は、任意手段なら無制限に許される」

5昭55決定の後段:理由づけと5つの要件判例

  • しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、
    警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、
    同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、
    それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。
  • 原判決の是認する第一審判決の認定事実によると、本件自動車検問は、右に述べた範囲を越えない方法と態様によつて実施されており、これを適法であるとした原判断は正当である。
  • 理由づけは2本:当然の負担/現時の交通違反・交通事故の状況。
  • 最高裁は要件を示したうえで、原判決の是認する第一審の認定事実によればその範囲を越えないとして、適法とした原判断を正当とした(要件を一つずつ自分で当てはめてはいない)。
  • 上告趣意は、憲法違反=原審で主張・判断を経ていない/判例違反=事案を異にし適切でない/その余=事実誤認・単なる法令違反 → いずれもの上告理由に当たらない。検問の適否は職権で判断し、・により上告棄却(第三小法廷・全員一致)。
要件キー決定の言葉
①場所交通違反の多発する地域等の適当な場所
②目的交通違反の予防、検挙のため
③停止の求め方走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止
④任意の協力相手方の任意の協力を求める形
⑤方法・態様自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様
交通取締の一環としての一斉検問(要件②目的=交通違反の予防、検挙のため)要件① 適当な場所か交通違反の多発する地域等違法と評価されうるいいえはい要件③ 短時分の停止か不審点の有無は問わない。問うのは停止が短時分かどうか違法と評価されうるいいえはい要件④ 任意の協力を求める形か相手方の任意の協力を求める形で行われ違法と評価されうるいいえはい要件⑤ 方法、態様自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様か違法と評価されうるいいえはい適法5つを全部満たす限り
紫の枠が決定の言葉。要件②(目的)は判定に入れず前提に置いた:目的が交通違反の予防・検挙でなければ、違法というより、この決定が扱った範囲の外(項目8)。決定は5つを「…限り、適法」と1文で並べただけで、番号も、欠けたときの結論も述べていない(番号は覚えるための整理。欠けたら違法と評価されうる、は基本書が挙げる違法になりうる場面(項目7)を要件に当てた整理)。

出題後段がほぼそのまま出題・穴埋め

×にされやすい形
  • 司法H26-22の空欄②(当然の負担の出どころ)を「警察が犯罪があると思料するときに、捜査するものとされていること」に差し替えた形(正=公道において自動車を利用することを許されていること)
  • 司法H26-22の空欄③(停止の求め方=要件③)を「走行の外観上の不審な点の有無及び程度等の諸般の事情を勘案した上」に差し替えた形(正=不審な点の有無にかかわりなく)
  • 「最高裁は、一斉検問が違法になる類型を示した」(違法になりうる場合は基本書の整理)
  • 「最高裁は、5つの要件を一つずつ自ら認定して適法とした」(原審の認定がその範囲内として原判断を是認)

6有力説:法的根拠はそもそも要らない学説

  • 「相手方の任意の協力を求める形」の一斉検問は、権利・利益の制約について相手方の同意・承諾が前提 → 任意処分 → 法的根拠(授権規定)は不要。
  • 分かれ目は、一斉検問に承諾があるとみるか:有力説は「任意の協力を求める形」なら同意・承諾が前提とみて任意処分とする(承諾の無い侵害とみれば、多数説からは違法に結びつきやすい=項目3)。
  • この見解では、任意処分であっても無制約に許されるわけではないから、最高裁は適法となるための要件を明らかにした、と理解される(任意処分としての適法性を測る物差し。根拠を探す立場の「権限を行使するための要件」とは見方が違う)。
  • 基本書が別の箇所で示す多数説の前提(純粋な任意処分に根拠は要らない)と並べると、それを一斉検問に当てたものと読める。の性質をめぐる対立そのものが決着したわけではない。
  • 根拠をめぐって学説が分かれ、法的根拠は不要とする見解が有力。

「止まってください」と合図されて自分で停車した → 任意の協力。停車を断って走り去ろうとする車の前にパトカーを割り込ませて止めた → 強制にわたる方向で、根拠不要という前提が崩れる。

警察法説(確認規定とみる見解から)有力説
許される理由警察法2条1項を根拠に許される同意・承諾が前提の任意処分なので根拠は要らない
5要件の意味—適法となるための要件
組織規範批判当たる当たらない

7違法になりうる場合と判断の2段学説

  • 判例の立場から、次の場合は違法と評価されうる(基本書の整理=学説の一つ。最高裁が挙げたのではない)。
場面違法になりうる場合どこが崩れるか
ア必要性の無い不適切な場所要件①
イ迅速・適切でなく不必要に長い停止要件③
ウ通行帯に障害物を置くなど物理的に行く手を阻む強制にわたる
エ明確に拒絶している相手を検問に応じさせる強制にわたる
オ承諾なくトランクの内部まで見分する捜索と同視できれば令状の無い強制処分/そうでなくても所持品検査として許される限度を超えれば違法
一斉検問での警察官の行為強制にわたるか障害物で止める・明確に拒絶する相手を応じさせる など直ちに違法根拠規定の無い強制はいいいえ(任意処分)比例原則で相当か移動の自由の制約 と 一斉検問の必要性違法いいえはい適法
基本書の判断の型(学説の一つ)。同意が前提の任意処分だから根拠不要、という前提が崩れれば1段目で直ちに違法。2段目の目印が5要件。
  • 2段目の左の皿=自動車で移動する自由の制約。軽くする事情=任意の協力・短時分・必要な質問に限ること。右の皿=違反が多発する時期・場所という適当な時間・場所、取締り目的の正当性。

障害物で止め、長時間停止させ、「応じない」と明言する運転者にもなお応じさせた → 1段目で直ちに違法(要件で見ても③④⑤が崩れる)。

承諾なくトランクの内部まで確認した → 停止・質問とは別の行為で、ここからは所持品検査の場面。違法と評価されうる:一つひとつ探る・鍵を開けるなど捜索と同視できれば令状の無い強制処分、そこまでいかなくても所持品検査として許される限度を超えれば違法。

×にされやすい形
  • 「承諾なくトランク内部を確認すれば、常に強制処分に当たる」
  • 「任意の協力を求める形なら、方法・態様を問わず適法」

8射程:決定は交通検問について判断/考え方は他の目的にも学説

  • 決定が扱ったのは、交通取締の一環として行う交通検問の一斉検問。
  • 基本書の結論(学説の一つ):自動車検問に対するこの考え方(同意・承諾が前提の任意処分→強制にわたるか→比例原則で相当か)は、交通検問以外の、他の目的での一斉検問にも同様に妥当すると考えてよい。決定の5要件・「当然の負担」がそのまま広がるという意味ではない。
  • 筋道(推論):有力説の理屈(承諾があるから任意処分)は止める目的を問わない、と考えられる。ただし「公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担」は交通の場面の理由づけ=他の目的では、必要性を比例原則で測り直すことになると考えられる。
  • 参照される下級審(交通以外の目的・徒歩の場面の例として):集会に徒歩で向かう労働組合員を、不審点なく一斉に検問したことを違法とした例(大阪高判平2・2・6・判決本文は未確認=基本書の参照による)。違法とした例として参照されるだけで、交通検問以外へ射程を広げるのは基本書の見解。
  • 要件③(不審点の有無にかかわりなく)は、短時分なら不審点が無くても停止を求めてよいというだけ。適法になるのは5つ全部を満たすとき。
×にされやすい形
  • 「判例上、一斉検問は交通検問に限って許される」(×:最高裁は交通検問について判断しただけで、限るとも広げるとも述べていない)
  • 「不審点の無い相手を止めれば、それだけで違法」

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#22単独ページ動画

捜査の端緒③告訴・告発・自首・検視

問い:市民や犯人からの申告に、法律はどんな効果を与えているか。変死体はどこまで調べてよいか。

骨組み

  1. 14つの申告の区別:被害届=申告だけ/告訴=告訴権者が申告+処罰を求める意思()/告発=犯人・告訴権者以外の者が申告+処罰を求める意思(教材の定義・の文言は「何人でも」)/自首=犯人が自分の犯罪を申告+処分に服する意思()=別物
  2. 2告訴と親告罪:告訴はどの罪でもできる。親告罪では告訴が訴訟条件=無ければ起訴できない。ただし告訴前でも捜査はできる
  3. 3主な親告罪:未成年者略取・誘拐等/名誉毀損・侮辱/過失傷害/器物損壊等。親族相盗例(親族の間の窃盗等の特例)は2段=配偶者・直系血族・同居の親族は刑の免除()、それ以外の親族は親告罪()。性犯罪は平成29年改正で非親告罪
  4. 4告訴権者:被害者/法定代理人は独立して(本人の意思に反しても)/被害者死亡なら配偶者・直系の親族・兄弟姉妹(明示した意思に反しない限り)/いなければ検察官が指定
  5. 5告訴期間:親告罪の告訴だけ、犯人を知った日から6か月()。「犯人を知つた」=何人たるかを特定し得る程度の認識(最決昭39)。期間は告訴権者ごと()
  6. 6方式:書面又は口頭で検察官又は司法警察員に()。口頭なら調書。代理人でもできる()
  7. 7取消し:公訴の提起があるまで。取り消せるのは告訴をした者(代理人可)。取り消した者は更に告訴できない()
  8. 8効果:司法警察員は速やかに検察官へ送付()/検察官は処分を告訴人に通知()。逮捕・起訴の義務は無い
  9. 9告発:何人でも(官吏・公吏は職務上義務)。期間の制限なし。告訴の(再告訴の禁止)に当たる規定が無い=取消し後の再告発は許されると解される。方式・効果は告訴と同じ
  10. 10自首:発覚する前・刑は減軽することができる(任意的)。で方式()と送付()だけ準用=期間も取消しも無い
  11. 11検視:変死体を検察官が調べる()。検察事務官又は司法警察員にさせられる()。捜査ではない(嫌疑を確かめる前段階)。令状なしで、五官の作用で死体の状況を見分できる(範囲は項目12)
  12. 12検視の限界(解釈):外から見る範囲まで(立入り・写真・指紋・開口部)。X線・切開・採血・解剖はできない=捜査のための解剖は鑑定処分許可状

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。独占禁止法・関税法の条文は札にしていません。

1つの事例で通す(司法H23第22問)

15歳の被害者Vがネット上で名誉を毀損された(名誉毀損=親告罪)。下線の各告訴が有効かを問う問題。項目4〜7をまたいで使う。

問題文は1本の流れで、各肢はその中の1場面(別々の仮定ではない):2/1 被害 → 2/2 A告訴(ア)→ 2/10 犯人が甲と判明し、A・Vとも知る → 7/20 Aが告訴を取消し → 7/31 Vが司法巡査に申告(イ)→ 8/5 Aが再び告訴状(ウ)→ 8/20 Vが告訴状(エ)→ 9/1 父Bが初めて甲による被害を知る → 9/2 Bが告訴状(オ)

肢誰が・いつ・誰に結論決め手
ア母A(法定代理人)が、Vが「処罰は求めない」と言ったのに、2/2 司法警察員に告訴有効法定代理人は独立して告訴できる(項目4)
イVが 7/31 司法巡査に口頭で処罰を求めた無効宛先は検察官・司法警察員だけ(項目6)
ウ7/20 に告訴を取り消したAが、8/5 再び告訴状無効取り消した者は更に告訴できない(項目7)
エVが 8/20 告訴状(犯人は 2/10 に知っていた)無効犯人を知った日から6か月(2/10+6か月=8/10)を過ぎた。問題文は掲載が続いていたとはしていない=犯罪は終わった前提で6か月を数える(項目5)
オ父Bが 9/1 に初めて甲による被害を知り(=犯人を知った)、9/2 告訴状有効期間は告訴権者ごと(・項目5)

14つの申告の区別条文

  • 部品は2つ:犯罪事実の申告(「こういうことがあった」)と犯人の処罰を求める意思表示(「処罰してください」)。
  • 被害届=単なる犯罪事実の申告。処罰を求める意思が無い。
  • 告訴=被害者その他の告訴権者(以下)が、犯罪事実を申告し犯人の処罰を求める意思表示。宛先は検察官又は司法警察員()。
  • 告発=犯人・告訴権者以外の第三者がする、犯罪事実の申告+処罰を求める意思表示(教材の定義。の文言は「何人でも」)。単なる申告では告発にならない。
  • 自首=捜査機関に発覚する前に、犯人が進んで自分の犯罪事実を申告し、その処分に服する意思表示()。処罰を求める意思の有無という物差しには乗らない=被害届・告訴・告発とは別物。
捜査機関への申告犯人が発覚前に自分の犯罪を申告したか処分に服する意思で(発覚後の出頭は自首ではない)自首刑法42条はいいいえ処罰を求める意思があるか「犯人を処罰してください」被害届被害届など、単なる申告いいえはい申告者は告訴権者か被害者・法定代理人など(項目4)告訴230条はいいいえ(犯人・告訴権者以外)告発239条1項
自首だけは「処罰を求めるか」ではなく「処分に服するか」の話なので、最初に分けておく。発覚後の出頭は自首に当たらない。

自転車を盗まれた人が「盗まれました」で止めれば被害届、「犯人を処罰してください」まで求めれば告訴。被害者の母(法定代理人)が処罰を求めれば告訴、通りがかった隣人が求めれば告発。

×にされやすい形
  • 「被害者でない者が処罰を求めるのは、すべて告発である」(法定代理人や被害者死亡後の親族も告訴権者=その処罰要求は告訴)
  • 「自首は、犯人自身がする告訴である」(自首は処分に服する意思表示で、処罰の要求ではない)

2告訴と親告罪:訴訟条件/告訴前の捜査条文

  • 告訴できる罪に制限は無い=親告罪でない罪(例:窃盗)でも告訴できる。
  • 親告罪=有効な告訴が無ければ公訴を提起できない罪 → 告訴が訴訟条件(中身=有罪・無罪に入ってよいかを決める入口の条件)。
  • 「起訴できない」は「捜査できない」ではない:将来告訴される見込みがあれば、告訴の前でも捜査できる(すぐ捜査しないと証拠が散逸しうる)。
  • 過去問の正答から:告発を訴訟条件とする罪(関税法違反事件)でも、告発の前に強制捜査をすることはできる(「できない」とした肢が誤り)。
  • 過去問の正答から:親告罪で告訴を欠いたまま起訴された/告訴が取り消された後に起訴された → 免訴ではない(公訴提起の手続が無効=判決で公訴棄却・)。

名誉毀損の被害者がまだ告訴するか迷っていても、投稿が消されそうなら、告訴の見込みがある限り警察は先に証拠を確保できる。

出題告訴・告発がない間は、捜査(強制捜査)をすることができない(×)

出題告訴を欠く(取り消された)起訴には、免訴を言い渡す(×)

×にされやすい形
  • 「親告罪については、告訴が訴訟条件だから、告訴がない間は捜査をすることができない」
  • 「告訴は、親告罪についてだけすることができる」
  • 「親告罪で告訴を欠く起訴には、免訴の言渡しをする」

3主な親告罪・親族相盗例の2段・非親告罪化条文

主な親告罪条文
未成年者略取・誘拐、それを幇助する目的の被略取者引渡し等、これらの未遂
名誉毀損・侮辱
過失傷害
器物損壊等(私用文書等毀棄・器物損壊等・信書隠匿)
親族相盗例(下の2段の2段目)
  • 親族相盗例は2段:配偶者・直系血族・同居の親族が犯人 → 刑の免除()=親告罪ではない。それ以外の親族が犯人 → 親告罪()。
  • 窃盗のほか、詐欺・背任・恐喝(が準用)、横領(が準用)にも及ぶ。親族でない共犯には適用しない()。
  • 性犯罪の非親告罪化:平成29年の刑法改正で非親告罪に(わいせつ・結婚目的の略取誘拐も)。告訴するかの選択を被害者に迫り、それ自体が精神的負担になっていたため。現在の罪名は令和5年改正後の不同意わいせつ()・不同意性交等()。未成年者略取・誘拐()の罪は、で今も親告罪。
  • 請求:外国国章損壊は外国政府の請求が無ければ公訴を提起できない()=親告罪の告訴と同じ性質。取消しの規定は請求に準用される()。
親族の間の窃盗・詐欺・背任・恐喝・横領犯人は配偶者・直系血族・同居の親族か刑の免除244条1項・親告罪ではないはいいいえ犯人はそれ以外の親族か例:別居のおじ親告罪244条2項はいいいえ(親族でない)ふつうの財産犯告訴なしで起訴できる
近い身内(1項)は刑の免除で、親告罪になるのは2項の遠い親族のほう。親族でない共犯には、どちらも適用しない(3項)。

同居の弟が兄の財布から現金を抜いた → 刑の免除(親告罪ではない)。別居の叔父が抜いた → 親告罪で、兄の告訴が無ければ起訴できない。別居の甥が叔父から預かった金を使い込んだ(横領)→ の準用で親告罪。

不注意でぶつかってけがをさせた(過失傷害)→ 親告罪。死なせた(過失致死=)・業務上の過失や重大な過失()→ 告訴の規定は無い(は「前項の罪」だけ)。

×にされやすい形
  • 「同居の親族の間の窃盗は親告罪である」(刑の免除=1項)
  • 「不同意わいせつ罪は、告訴がなければ公訴を提起できない」(平成29年改正で非親告罪)

4告訴権者条文

場面誰が告訴できるか条文
原則被害者(犯罪により害を被つた者)
法定代理人がいる法定代理人(親権者・後見人)が独立して
被害者が死亡配偶者・直系の親族・兄弟姉妹。ただし被害者の明示した意思に反することはできない
親告罪で告訴権者がいない検察官が、利害関係人の申立てにより指定した者
  • 「独立して」=被害者の意思と無関係に告訴できる=被害者本人が処罰を望まないと言っていてもよい。
  • 親権者が2人なら、各自が告訴権を持つと解されている。
  • 1項(本人の意思と無関係)と2項(明示の意思に反せない)は場面が違うだけ。
  • 過去問の正答から:被害者の夫は害を直接被った者ではないので、の告訴権は無い(「犯罪により害を被つた者」として告訴権を持つ、とした肢は誤り)。被害者が死亡したときは、の配偶者として告訴できる(被害者の明示した意思に反しない限り)。
  • 過去問の正答から:告訴できる者の範囲は、事件の法定刑の軽重で差が無い。

14歳の被害者が「大ごとにしたくない」と言っていても、親権者は自分の判断で告訴できる。被害者が生前「あの人を訴えないで」と書き残して亡くなったなら、配偶者はそれに反して告訴できない。

出題被害者の法定代理人は、被害者の意思に反して告訴できない(×)

出題法定代理人は被害者と独立して告訴できる/親権者2人なら各自できる(○)

出題被害者の死亡後は兄弟姉妹が告訴でき、告訴権者がいなければ検察官が利害関係人の申立てで告訴権者を指定できる(○)

出題強姦の被害者の夫も「犯罪により害を被った者」として告訴権を有する(×)

出題告訴をすることができる者の範囲は、法定刑の軽重で差異がない(○)

×にされやすい形
  • 「被害者の法定代理人は、被害者の意思に反して告訴をすることはできない」
  • 「強姦(出題当時の罪名)の被害者の夫は、犯罪により害を被った者として告訴権を有する」
  • 「被害者が死亡すれば、親族は被害者の明示した意思に関係なく告訴できる」

5告訴期間と「犯人を知つた」(最決昭39・11・10)条文判例

  • 本文:親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月を経過したらできない。親告罪でない罪の告訴には期間の制限は無い。
  • 犯人が誰か分からなくても告訴はできる(分かるまで期間が始まらない)。趣旨=犯人をいつまでも不安定な地位に置かない/犯人を知れば告訴するか決められるはず。
  • ただし書:外国の君主・大統領に対する名誉毀損・侮辱で、外国の代表者が行う告訴()、外国の使節に対する名誉毀損・侮辱でその使節が行う告訴は期間の制限なし。請求(外国国章損壊)も同じ趣旨で期間の制限に服さないと考えられている。
  • 刑訴二三五条一項にいわゆる「犯人を知つた」とは、犯人が誰であるかを知ることをいい、告訴権者において、犯人の住所氏名などの詳細を知る必要はないけれども、少くとも犯人の何人たるかを特定し得る程度に認識することを要するものと解すべきである。
  • 従つて、所論の本件各事実につきなされた告訴が、いずれも適法有効である旨の原判断は、原認定の事実関係のもとにおいては正当である。
  • 決定の形:上告趣意(の解釈の誤り)は単なる法令違反として退け、規範は「なお」で始まる括弧書きの中で述べた(第三小法廷・上告棄却)。判旨の「二三五条一項」は、当時の235条1項=現行の本文。
  • 告訴権者が数人いれば、1人の期間の徒過は他の者に及ばない()=期間は1人ごと。
  • 犯罪が続いている間に犯人を知っても、期間は犯罪が終わった後から数える(「犯人を知った日」は犯罪が終わった後の日と考えられている)。名誉を傷つける記事をネットに載せて見られる状態を続けている間は、犯罪行為が続いているとみられ、犯人を知って6か月を過ぎても告訴できるとした裁判例がある(大阪高判平16・4・22)。
告訴しようとする親告罪の告訴か期間の制限なしいいえはい235条ただし書の告訴か外国の代表者・外国の使節が行う告訴期間の制限なしはいいいえ犯人を知つた日から6か月を過ぎたか何人たるかを特定し得る程度の認識で起算。告訴権者ごと告訴できないはいいいえ告訴できる
3段目の「犯人を知つた」の中身だけが判例(紫の枠)。期間を告訴権者ごとに数えるのは236条。

「隣の部屋に住む男」と顔も部屋も分かっていれば、名前を知らなくても「犯人を知つた」に当たり6か月が動き出す。窃盗(親告罪でない)の被害者が犯人を知って1年後に告訴しても、の制限は及ばない。

未成年の被害者の父が犯人を知って7か月過ぎても、後から犯人を知った母は、自分が知った日から6か月以内なら告訴できる(冒頭の事例のオも同じ形)。

出題判旨がほぼそのまま出題

出題犯人を知った日から6か月の経過後でも、本人は告訴できる(×)

出題後から犯人を知った父は、自分が知った日から6か月以内なら告訴できる(○)

出題告訴が犯人を知った日から1年経過後でも、検察官は適法に公訴を提起できる(○)

出題告訴期間6か月の例外に性犯罪は含まれない(出題当時は性犯罪も例外。いまは非親告罪)(×)

×にされやすい形
  • 「告訴は、罪の種類を問わず、犯人を知った日から6か月を経過するとできない」(親告罪の告訴だけ)
  • 「犯人を知った」には犯人の住所・氏名まで知ることを要する
  • 「告訴権者の1人について期間が過ぎれば、他の告訴権者も告訴できない」

6告訴の方式条文

  • :書面又は口頭で、検察官又は司法警察員にしなければならない。検察事務官・司法巡査にしても告訴にならない。
  • 警察官のうち、告訴・告発を受けられるのは司法警察員で、司法巡査は受けられない(警察以外の宛先は検察官)。検察事務官(検察官の指揮を受けて捜査をする職員)も宛先にならない。
  • :口頭の告訴を受けた検察官・司法警察員は調書を作らなければならない(告訴調書)。
  • 告訴調書という名でなくても、告訴権者の供述調書に犯罪事実の申告と処罰を求める意思表示が記載されていれば、有効な告訴として扱ってよい(過去問の正答も同じ)。
  • :告訴は代理人によってもできる(例:弁護士に頼む)。

交番の巡査(司法巡査)に口頭で「処罰してください」と申し出ただけでは、有効な告訴にならない(冒頭の事例のイ)。

出題告訴は必ず書面(告訴状)でしなければならず、口頭は不可(×)

出題告訴の宛先は検察官又は司法警察員(○)

出題司法巡査への口頭の申告も告訴になる(×)

出題代理人による告訴はできない(×)

出題処罰を求める意思が表示された司法警察員に対する供述調書は、告訴調書として有効(○)

×にされやすい形
  • 「告訴は、書面でしなければならない」
  • 「告訴は、被害者本人がしなければならず、代理人によることはできない」
  • 「処罰を求める旨を録取した供述調書を作っただけでは、告訴の効力は認められない」

7告訴の取消しと再告訴の禁止条文

  • :公訴の提起があるまで取り消せる(起訴後はできない)。
  • 取り消せるのはその告訴をした者:法定代理人がした告訴を被害者本人は取り消せない。その者から委任を受けた代理人は取り消せる()。
  • :告訴の取消しをした者は、更に告訴をすることができない。
  • 請求にも準用()。

法定代理人の母がした告訴を、被害者本人の娘は取り消せない。母が委任した弁護士なら取り消せる。起訴の翌日に示談して取り消そうとしても、「公訴の提起があるまで」を過ぎている。

出題告訴は公訴の提起があるまで取り消せる(○)

出題告訴は受理後は取り消せない/第一回公判期日まで取り消せる(×)

出題告訴を一旦取り消した後でも、再度告訴できる(×)

出題告訴を取り消した者は、更に告訴できない(○)

出題法定代理人がした告訴を、被害者本人は取り消せない(○)

出題告訴の取消しは、代理人によってはできない(×)

×にされやすい形
  • 「告訴は、第一回の公判期日まで取り消すことができる」
  • 「告訴は、適法に受理された後は取り消すことができない」
  • 「告訴を取り消した後でも、再度適法に告訴をすることができる」
  • 「告訴の取消しは、代理人によりこれをすることができない」

8告訴の効果:あるもの・無いもの条文

あるもの無いもの
司法警察員は速やかに書類・証拠物を検察官に送付()逮捕の義務
検察官は起訴・不起訴の処分をしたら速やかに告訴人に通知()起訴の義務(起訴するかは検察官の判断)
不起訴のとき、告訴人の請求があれば理由を告げる()
  • 送付の趣旨:告訴事件は民事の争いが絡むなど法的判断が難しいことが多い → 早く検察官の判断に委ねる。
  • 過去問の正答から:司法警察員は、犯罪の嫌疑が無いと思っても告訴事件の書類・証拠物を送付しないことはできない。
  • の通知は起訴したときも要る(不起訴のときだけではない)。告発人・請求人にも同じ。

出題告訴事件で嫌疑がないと思料すれば、司法警察員は書類・証拠物を検察官に送付しないことができる(×)

出題検察官は起訴・不起訴を告訴人に通知し、不起訴なら請求により理由を告げる(○)

出題公訴を提起したときは、告訴人に通知する必要はない(×)

出題告訴を受けたら逮捕しなければならない/告訴があれば(嫌疑がある限り)起訴しなければならない(×)

出題告訴が取り消されなくても、起訴猶予として不起訴にできる(○)

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、告訴を受けたときは、犯人を逮捕しなければならない」
  • 「告訴事件について嫌疑がないと思料するときは、検察官に送付しないことができる」
  • 「告訴のあった事件を起訴したときは、告訴人に通知する必要はない」

9告発条文

  • :何人でも、犯罪があると思料するときは告発できる(犯人・告訴権者以外の第三者がするもの)。
  • :官吏又は公吏は、職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発しなければならない。
  • 期間の制限なし(公訴時効の完成まで)。告訴の(再告訴の禁止)に当たる規定が無いので、取り消した後の再告発も許されると解されている。
  • 方式・効果は告訴と同じ:書面又は口頭で検察官又は司法警察員に、口頭なら調書()。司法警察員は速やかに検察官へ送付()。
  • 告発が訴訟条件になる罪もある:独占禁止法89〜91条の罪は、公正取引委員会の告発を待って論ずる(同法96条1項)。

告発を取り下げた市民が後でもう一度告発するのは許されると解されている。告訴なら、取り消した者は更に告訴できない()。

出題告発も・=書面又は口頭・口頭なら調書・速やかに送付(○)

×にされやすい形
  • 「告発は、犯人を知った日から6か月以内にしなければならない」
  • 「告発は、司法警察員が受けても検察官に送付する必要はない」

10自首条文

  • :罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、刑を減軽することができる=任意的減軽(必ず軽くなるのではない)。
  • :親告罪について、告訴できる者に自分の犯罪事実を告げてその措置にゆだねたときも同じ。
  • :とだけを準用 → 書面又は口頭で検察官又は司法警察員に。口頭なら調書。司法警察員は速やかに検察官へ送付。
  • それ以外は準用されない → 期間の制限は無く、取消しも認められない。
告訴告発自首
誰が告訴権者犯人・告訴権者以外の者(何人でも)犯人本人(自分の犯罪について)
中身申告+処罰を求める意思申告+処罰を求める意思申告+処分に服する意思
期間親告罪は6か月なし告訴のような期間は無い(ただし発覚後は自首にならない)
取消し公訴の提起まで・再告訴は不可規定なし(再告発は許されると解される)認められない
方式・送付・・・を準用()

すでに指名手配されて顔写真も回っている人が出頭しても、発覚した後なので自首にならない。

出題自首した犯人は、告訴・告発と同様に自首を取り消せる(×)

出題自首は司法警察員にしなければならず、検察官にはできない(×)

出題自首は検察官又は司法警察員に。口頭による自首なら調書を作る(○)

出題司法警察員は、自首を受けたら速やかに書類・証拠物を検察官へ送付(○)

×にされやすい形
  • 「自首した犯人は、告訴又は告発と同様、自首を取り消すことができる」
  • 「自首は、司法警察員にしなければならず、検察官にすることはできない」
  • 「自首したときは、刑を減軽しなければならない」

11検視:主体と性質条文

  • :変死者又は変死の疑のある死体があるときは、所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。
  • 検視=人の死亡が犯罪によるかを判断するため、変死体(又はその疑いのある死体)の状況を五官の作用で見分すること。
  • 代行検視():検察官は検察事務官又は司法警察員にさせることができる。実務はこちらが多い。司法警察員が自分の判断だけで検視することは許されず、個別に検察官の判断を仰ぐと解されている。
  • 捜査ではない:変死体=自然死(病死・老衰死)以外で犯罪死の疑いが残る死体。嫌疑の有無を確かめる段階の処分で、嫌疑ありとなれば捜査の端緒(捜査が始まるきっかけ)になる。犯罪死が明らかなら検視をせず、すぐ捜査として検証する。
  • 過去問の正答から:刑訴法が挙げる捜査の端緒は、現行犯逮捕・検視・告訴・告発・請求・自首。

出題検視は検察官の権限で、検察事務官又は司法警察員にさせられる(○)

出題刑訴法が挙げる捜査の端緒を埋める空欄(正答:検視)

×にされやすい形
  • 「検視は、司法巡査にもさせることができる」(2項は検察事務官又は司法警察員)
  • 「検視は捜査の一つである」

12検視の限界と、検証・実況見分との区別解釈

令状なしの検視でできるできない
変死体のある住居への立入り・写真撮影・指紋採取・眼窩・口腔・肛門など開口部の検査エックス線検査・死体の損壊(切開・注射器での採血・胃の内容物の採取など)
  • この線引きは条文には無く、解釈としてそう考えられている。
  • 捜査のための死体の解剖は、鑑定の嘱託を受けた者が裁判官の鑑定処分許可状を得てする(・)。
  • 過去問の正答から:検視そのものに令状は要らない(検証許可状が要るとした肢が誤り)。

3つとも死体や現場を調べる点は同じ。違うのは嫌疑の段階と、強制か任意か(令状の要否)。検証=強制処分(原則令状が要る=)、実況見分=任意処分(相手の意思に反しない)。

対象・場面嫌疑性質令状
検視変死体まだ分からない捜査ではない不要
検証限定なしある前提強制処分原則必要(。逮捕に伴う場合は不要=)
実況見分限定なし(例:交通事故の現場)ある前提任意処分不要
死体を調べる明らかな自然死か通常の病死・老衰死検視の対象外はいいいえ犯罪死が明らかか他殺と分かる刺し傷など捜査として検証原則令状はいいいえ(どちらとも言い切れない=変死体)死体を傷つける・機械で調べるか切開・採血・解剖・エックス線検査検視ではできない捜査のための解剖は鑑定処分許可状はいいいえ令状なしの検視でできる立入り・写真撮影・指紋採取・開口部の検査
3段目の線引きは条文に無く、解釈としてそう考えられている。検視の結果で犯罪の嫌疑が出れば、そこから先は捜査になる。

刺し傷の多い遺体で他殺が明らか → 検視をせず捜査として検証へ。死因の分からない孤独死の遺体 → 検視の対象。検視で写真撮影や口の中の確認はできるが、腹部を切開して胃の内容物を採るのはできない。

出題検視では、令状なしに死体から採血・腹部を切開できる(×)

出題検視では、死体のエックス線検査はできない(○)

出題検視には令状(検証許可状)が要る(×)

出題死体の解剖には、鑑定処分許可状が要る(○)

×にされやすい形
  • 「検視では、死因の確認のために必要があれば、死体の腹部を切開することができる」
  • 「検察官が検視を実施するには、検証許可状の発付を受ける必要がある」
  • 「検証には、常に令状が必要である」(逮捕に伴う検証は令状不要)

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#23単独ページ動画

逮捕①通常逮捕

問い:逮捕状は、誰が求め、裁判官は何を見て出し、捜査機関はどう使うのか。

骨組み

  1. 1令状主義(憲):現行犯を除き、司法官憲(裁判官)が発し、理由となつてゐる犯罪を明示する令状が要る。原則=通常逮捕()/例外=現行犯逮捕・緊急逮捕()
  2. 2逮捕できる人(本文):検察官・検察事務官・司法警察職員が、相当な理由があるとき、裁判官のあらかじめ発する逮捕状で
  3. 3請求できる人():検察官・司法警察員だけ。警察官は公安委員会が指定する警部以上に限る。検察事務官・司法巡査は請求できないが執行はできる。請求は書面(刑訴規則139条1項)
  4. 4発付の要件①逮捕の理由(本文):特定の被疑者が特定の犯罪を犯したことの相当の嫌疑
  5. 5発付の要件②逮捕の必要性(ただし書):明らかに逮捕の必要がないときは発しない。考慮要素=刑訴規則143条の3(年齢・境遇・犯罪の軽重・態様 → 逃亡・罪証隠滅のおそれが無い等か)。請求側は必要性の資料も出す(規則143条)
  6. 6出頭拒否と必要性(平10):生活は安定・事実も自認でも、正当な理由のない5回の不出頭+組織的な背景がうかがわれたこと等 → 「明らかに逮捕の必要がなかったということはできず」適法(原審の違法判断を破棄)
  7. 7軽微事件(ただし書):30万円(刑法等以外は当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料の罪 → 住居不定か正当な理由のない不出頭に限る
  8. 8逮捕状の記載():罪名・被疑事実の要旨・引致すべき場所・有効期間など+裁判官が記名押印。有効期間は原則7日(刑訴規則300条)
  9. 9提示と緊急執行():原則は示して逮捕。所持せず急速を要する → 被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕し、できる限り速やかに示す(準用)。緊急逮捕とは別物
  10. 10住居に入って被疑者を捜索(1号・):通常・現行犯・緊急逮捕の場合に必要があるとき、令状なしで他人の住居にも入れる。根拠=憲「第三十三条の場合を除いては」
  11. 11実力行使の限界(昭50):明文なし。現行犯逮捕をしようとして抵抗を受けたとき、警察官・私人を問わず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当な限度内の実力なら、刑罰法令に触れても刑法で罰せられない(事案は私人の現行犯逮捕=通常逮捕についての判示ではない)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。刑事訴訟規則の条文は札にしていません。

逮捕状の請求を受けた裁判官相当な理由があるか特定の被疑者・特定の犯罪の嫌疑(199条2項本文)発しない(却下)いいえはい明らかに逮捕の必要がないか逃亡・罪証隠滅のおそれが無い等(199条2項ただし書・規則143条の3)発しない(却下)はいいいえ軽微事件に当たるか30万円(刑法等以外は2万円)以下の罰金・拘留・科料の罪逮捕状を発するいいえはい住居不定か、正当な理由のない不出頭か199条1項ただし書発しない(却下)いいえはい逮捕状を発する
裁判官が確かめる順(項目4・5・7。解説書の図の順)。軽微事件でも、理由と必要性の関門は別に通る(順序は解説書の整理。平10判決は軽微事件でないことを理由の段で確かめている)。軽微な罪では裁判官がただし書の要件も審査する(平10判決・項目7)。

1令状主義と逮捕の3類型(憲)条文

  • 憲:何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
  • なぜ裁判官か:逮捕は身体の自由を侵害する強制処分 → 捜査機関だけで判断させず、中立な裁判官が事前に審査する。
令状条文
通常逮捕(原則)裁判官が前もって発した逮捕状
現行犯逮捕(例外)令状なし
緊急逮捕(例外)先に逮捕し、直ちに逮捕状を求める

2逮捕できる人(本文)条文

  • 本文:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。
  • 1項と2項の主語の違い:1項=捜査機関が逮捕できる場合/2項=裁判官が逮捕状を発する場合(誰の請求で・何を審査して)。
  • 司法警察職員=司法警察員と司法巡査の両方。逮捕状による逮捕は、検察官も司法警察員もできる。

出題逮捕状による逮捕は、検察官・司法警察員のどちらもできる(○)

3請求できる人と請求の方式()条文

  • :裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第二百一条の二第一項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
  • 司法巡査=司法警察職員のうち司法警察員でない者(司法警察員のもとで捜査する警察官)。逮捕状は請求できない。警察官の司法警察員でも、警部未満(巡査部長など)や指定の無い者は請求できない。
  • なぜ請求だけ絞るか:人の身体を拘束する令状なので、特に慎重にしている。
  • 執行は別:司法巡査・検察事務官も、出された逮捕状で逮捕できる。司法巡査が逮捕したら、直ちに司法警察員に引致する()。
  • 方式:令状の請求は書面でしなければならない(刑訴規則139条1項)。請求書の記載事項=刑訴規則142条1項:①被疑者の氏名・年齢・職業・住居/②罪名・被疑事実の要旨/③逮捕を必要とする事由/④請求者の官公職氏名/⑤請求者が警察官たる司法警察員なら、の指定を受けた者である旨/⑥7日を超える有効期間が要るなら、その旨と事由/⑦数通要るなら、その旨と事由/⑧同一の犯罪事実か現に捜査中の他の犯罪事実で、前にその被疑者への逮捕状の請求・発付があれば、その旨とその犯罪事実。柱書は、これら「その他逮捕状に記載することを要する事項及び逮捕状発付の要件たる事項」も書くとする(引致すべき場所、軽微事件ならただし書の事由など)。
逮捕状を請求できる請求できない(執行はできる)
検察側検察官検察事務官
警察側司法警察員(警察官は、公安委員会が指定する警部以上)司法巡査/指定を受けていない司法警察員

巡査部長は司法警察員だが、警部未満なので逮捕状を請求できない。逮捕状が出ていれば執行はできる。階級が警部でも、指定を受けていなければ請求者になれない。

検察事務官は、捜索差押許可状なら請求できる(=検察官、検察事務官又は司法警察員の請求)。逮捕状は請求できない。

出題司法巡査は逮捕状を請求できないが、逮捕状で逮捕はできる(○)

出題司法巡査が、裁判官に逮捕状の発付を請求した(×)

出題検察官が逮捕状の発付を受けて逮捕(○)

関連司法巡査が逮捕したら、直ちに司法警察員に引致する(○・)

×にされやすい形
  • 「司法巡査が、裁判官に対し被疑者の逮捕状の発付を請求した」(適法とする形)
  • 「司法巡査は逮捕状を請求できないので、逮捕状による逮捕もできない」
  • 「警部以上の司法警察員なら、誰でも逮捕状を請求できる」(公安委員会の指定が要る)

4発付の要件①逮捕の理由(本文)条文

  • 2項本文は、裁判官の側から「相当な理由があると認めるときは」と書く=1項で捜査機関が逮捕できる場合と同じ語を、裁判官の審査の基準として置いたもの。
  • 「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」=特定の被疑者が特定の犯罪を犯したことについて相当の嫌疑があること。漠然と「誰かが怪しい」では足りない。
  • 嫌疑は資料で示す:請求者は逮捕の理由を認めるべき資料を出す(刑訴規則143条)。
  • 刑訴規則143条は、「逮捕の理由」を「逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件」と括弧書きで定義する。この意味の「逮捕の理由」は広く、平10判決は、軽微事件に当たらないことも確かめたうえで「逮捕の理由が存した」と述べる(ここで言う狭い意味=相当な理由とは範囲が違う)。理由と必要性が別の要件であることは、まずの本文(理由)とただし書(必要性)の書き分けに表れている。

「近所で評判が悪い」というだけでは足りない。現場の映像や被害者の供述など、この人とこの事件を結びつける資料が要る。

緊急逮捕の「十分な理由」()は、通常逮捕の「相当な理由」より高い嫌疑。

5発付の要件②逮捕の必要性(ただし書)条文判例

  • ただし書:明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない → 必要性の法律上の根拠。
  • 刑訴規則143条の3:被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、請求を却下しなければならない → 判断の中身を具体化した規則。
  • 却下の基準は「明らかに必要がない」とき=必要がないことが明らかでなければ発する。裁判官は必要の有無も審査し(平10)、請求側は、逮捕の理由だけでなく逮捕の必要があることを認めるべき資料も出さなければならない(刑訴規則143条)。裁判官は必要に応じ請求者の陳述を聴き、資料の提示を求められる(同143条の2)。
逮捕の理由逮捕の必要性
条文本文ただし書(中身は刑訴規則143条の3)
書き方相当な理由があると認めるときに発する明らかに必要がないと認めるときは発しない
見るものこの人がこの犯罪をした嫌疑逃亡・罪証隠滅のおそれ等

平10判決(最二小判平10・9・7)は、この枠組みを次のように述べる(判決原文)。

  • 逮捕状の請求を受けた裁判官は、提出された資料等を取り調べた結果(刑訴規則一四三条、一四三条の二)、逮捕の理由(逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件)が存することを認定できないにもかかわらず逮捕状を発付することは許されないし(刑訴法一九九条二項本文)、
    被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、罪証を隠滅するおそれがない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならないのである(刑訴法一九九条二項ただし書、刑訴規則一四三条の三)。
  • なお、右の罪証隠滅のおそれについては、被疑事実そのものに関する証拠に限られず、検察官の公訴を提起するかどうかの判断及び裁判官の刑の量定に際して参酌される事情に関する証拠も含めて審査されるべきものである。
  • 右の逮捕状を請求された裁判官に求められる審査、判断の義務に対応して考えると、司法警察員等においても、逮捕の理由がないか、又は明らかに逮捕の必要がないと判断しながら逮捕状を請求することは許されないというべきである。

犯行そのものの証拠が揃い、本人も認めていても、動機や背後関係など起訴・量刑に関わる事情の証拠を隠すおそれは、なお考慮できる。

実務の運用(条文・判例ではない):迷惑防止条例違反・公然わいせつ・暴行・器物損壊などの比較的軽微な事案で、①定職・家族があり生活が安定、②高齢・年少で逮捕の弊害が大きい、③発覚から相当期間が経ち、その間に逃亡・罪証隠滅が無かった、などの場合は必要性が否定されやすい。

出題相当な理由があれば、裁判官は常に逮捕状を発しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「相当な理由があると認めるときは、常に逮捕状を発しなければならない」
  • 「逮捕の必要性の法律上の根拠は、刑事訴訟規則143条の3だけである」(法律上の根拠はただし書)
  • 「罪証隠滅のおそれは、被疑事実そのものに関する証拠に限って審査する」
  • 「却下されないなら、請求者は必要性の資料を出さなくてよい」(刑訴規則143条)

6出頭拒否と逮捕の必要性(平10の判決)判例学説

  • 問題の所在:逮捕されていない被疑者は出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる(ただし書)。他方、ただし書を反対に読むと「正当な理由なく出頭しなければ逮捕できる」とも読める。
  • 反対解釈=条文が「軽微事件は、住居不定か不出頭の場合に限る」と書く → 裏返して、不出頭は逮捕を許す方向の事情だと読む一歩。権利を使っただけで捕まるなら、その権利は無いのと同じになる、というのが反対側の言い分。
見解根拠
不出頭それ自体は、必要性にあたらないそうでないと、ただし書の権利が意味を失う
不出頭も、必要性にあたるただし書の反対解釈

どちらが多数かには立ち入らない。平10判決は、どちらの見解に立つとも述べていない(不出頭の反復を、組織的な背景などと並べて、必要性を否定しきれない事情の一つとした=言い切れるのはここまで)。

実務の運用(解説の説明で、条文・判例・解釈論ではなく現場の扱い):出頭拒否が繰り返されることで、結果として逃亡のおそれが認められる、という道筋で請求されることがある。

  1. 永住許可を受け、妻と所有建物に居住する外国籍の人が、外国人登録証明書の引替交付の申請で指紋押なつを拒否
  2. 本人は押なつ制度の撤廃を求める運動に積極的に参加。同じ日に本人を含む18名が押なつを拒否した、と書いた団体(委員会)発行の冊子を警察が入手
  3. 警察は区長への照会と回答書・職員からの事情聴取で証拠を集める
  4. 任意出頭の求め(2回目まで)に、勤め先に出るなどして応じない
  5. その間に、弁護士が弁護人選任届・陳述書・逃亡のおそれがないとする保証書5通を警察署に提出(新聞で報道)
  6. その後も求めが続き、計5回とも応じない(原審も最高裁も、正当な理由なしとする)
  7. 警部が逮捕状を請求 → 裁判官が発付 → 逮捕 → 同日送致 → 同日釈放
  8. 被疑者が国と府に国家賠償を請求
審級結論理由の要点
第一審国家賠償の請求をすべて棄却最高裁の判決文には理由が書かれていない(最高裁はこの結論を正当とした)
原審請求・発付は違法 → 請求を一部認容逃亡・罪証隠滅のおそれなし。押なつ拒否への宣告刑はおおむね罰金1万〜5万円で、動機・組織的背景は量刑にほとんど影響しないと推測 → 罪証隠滅の対象にならず、その解明のための身柄の拘束は均衡を失する
最高裁請求・発付は適法罪証隠滅の対象には量刑で参酌される事情の証拠も含むという一般論(項目5の判旨)を示して原審の判断を是認できないとし、下の判旨で適法とした → 原判決のうち国・府の敗訴部分を破棄し、被疑者側の控訴を棄却(第一審の請求棄却が残る)
  • 被上告人について、逃亡のおそれ及び指紋押なつをしなかったとの事実に関する罪証隠滅のおそれが強いものであったということはできないが、
    被上告人は、L巡査部長らから五回にわたって任意出頭するように求められながら、正当な理由がなく出頭せず、また、被上告人の行動には組織的な背景が存することがうかがわれたこと等にかんがみると、本件においては、明らかに逮捕の必要がなかったということはできず、逮捕状の請求及びその発付は、刑訴法及び刑訴規則の定める要件を満たす適法なものであったということができる。
  • この罪(外国人登録法違反)は懲役もある罪で、判決自身がただし書の軽微事件ではないと確認している → 不出頭は、ただし書の要件としてではなく、必要性の判断の一事情として考慮された。
  • おそれが「強い」とはいえなくても、基準は「明らかに必要がない」か → 否定しきれなければ適法。基準の高さが違う。
  • 原審は動機・組織的背景を罪証隠滅の対象から外したが、最高裁は起訴・量刑で参酌される事情の証拠も対象に含めた(判決は、組織的な背景とこの点を明示的には結びつけていない)。
  • 「不出頭だけで」必要性を認めた判例ではない(組織的な背景なども挙げる)。

同じ事案で、出頭要請が1回だけで、組織的な背景もうかがわれなかったら、必要性を肯定する側の事情が減り「明らかに必要がない」に近づく。どちらに転ぶかは言い切れない。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、生活が安定し事実も認めている以上、逮捕の必要はなく、逮捕状の請求・発付は違法とした」(それは原審)
  • 「平10判決は、不出頭をただし書の要件として考慮した」
  • 「判例は、正当な理由のない不出頭があれば、それだけで逮捕の必要性を認める」

7軽微事件の制限(ただし書)条文

  • ただし書:三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
  • 「前条の規定による出頭の求め」=の出頭要求。
  • 拘留=1日以上30日未満(刑法)/科料=千円以上1万円未満(刑法)。
  • なぜ絞るか:罰金や科料で終わる罪のために身体を拘束するのは、釣り合いが取れない。
  • 確かめる順(解説書の図の整理):①逮捕の理由 → ②逮捕の必要性 → ③軽微事件なら住居不定か不出頭か(骨組みの下の図)。
  • 一定の軽微な犯罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく刑訴法一九八条の規定による出頭の求めに応じない場合に限って逮捕することができるとされているから(刑訴法一九九条一項ただし書)、
    裁判官は、右の軽微な犯罪については、更にこれらの要件が存するかどうかも審査しなければならない。

過失傷害罪(刑法=30万円以下の罰金又は科料)は軽微事件に当たる → 住居不定か正当な理由のない不出頭が無ければ、通常逮捕はできない。理由も必要性もあっても、住居が定まり出頭にも応じていれば、最後の関門で逮捕状は出ない。

×にされやすい形
  • 「軽微事件では、住居不定と不出頭の両方がそろわなければ逮捕できない」(どちらか)
  • 「軽微事件で不出頭があれば、逮捕の必要性は審査しなくてよい」(理由・必要性の関門は別に通る)

8逮捕状に書かれること()条文

  • :逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。
  • 有効期間:令状発付の日から7日が原則。裁判官が相当と認めるときは7日を超える期間を定められる(刑訴規則300条)。逮捕状は請求により数通発することもできる(刑訴規則146条)。
  • 引致=身体を拘束した者を、一定の場所・一定の者のところへ強制的に連れて行くこと。
記載事項なぜ書くか
罪名・被疑事実の要旨何の容疑で捕まるのかを分からせる=憲の「理由となつてゐる犯罪を明示する」
有効期間裁判官が審査したのは発付の時点の事情。時間が経てば逃亡・罪証隠滅のおそれも変わる
引致すべき場所捕まえた後の連れて行き先

被疑者が長期の海外出張中で帰国が2週間後なら、7日を超える有効期間が必要な事由を請求書に書き、裁判官が相当と認めれば延ばせる。

9提示と緊急執行(・)条文

  • :逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない → 何の容疑で、誰の判断で捕まるのかを知り、争える状態にする。
  • でを準用(要旨・逮捕状に読み替えたもの):逮捕状を所持しないためこれを示すことができない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕できる。その場合も逮捕状はできる限り速やかに示さなければならない。
  • はもとは勾引状・勾留状の規定(「被告人」→「被疑者」、「公訴事実の要旨」→「被疑事実の要旨」と読み替える)。
逮捕状が発付されている被疑者を逮捕する逮捕状を所持しているか示して逮捕201条1項はいいいえ(示すことができない)急速を要するか緊急執行はできない原則どおり示して逮捕いいえはい緊急執行被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕 → できる限り速やかに示す
逮捕状がもう出ている場合の図(201条2項・73条3項)。逮捕状がまだ出ていない被疑者には使えない(現行犯逮捕か緊急逮捕の要件を見る)。
緊急執行緊急逮捕
逮捕状もう出ている(手元に無いだけ)まだ無い
告げること被疑事実の要旨+逮捕状が発せられている旨その理由()
事後できる限り速やかに逮捕状を示す直ちに逮捕状を求める。発せられなければ直ちに釈放

逮捕状が出ている被疑者を、別の署の警察官が駅で見つけた。逮捕状は本署にある → 被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて逮捕し、できる限り早く逮捕状を示す。逮捕状をまだ請求していない事件なら、緊急執行は使えない。

出題緊急執行の要件と告げる内容(○)

出題緊急執行の後は以後も逮捕状を示す必要がない/逮捕には必ず先に逮捕状を示す(×)

出題外国人の被疑者を逮捕するとき、逮捕状を示さなくても違法ではない(×)

関連捜索差押許可状も、所持していなければ要旨と発付の旨を告げて執行できる(×)

×にされやすい形
  • 「緊急執行で逮捕した後は、被疑者に逮捕状を示す必要はない」
  • 「逮捕状により逮捕するには、逮捕の着手に先立って必ず逮捕状を示さなければならない」
  • 「日本語に通じない外国人の被疑者には、逮捕状を示さなくても違法ではない」
  • 「捜索差押許可状も、所持しないときは被疑事実の要旨と発付の旨を告げて執行できる」

10住居に入って被疑者を捜索(1号・)条文

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
    一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
  • :第一項の処分をするには、令状は、これを必要としない。
  • なぜ令状が要らないか:憲は住居への侵入・捜索に令状を求めつつ、「第三十三条の場合を除いては」と例外を置く → 逮捕する場合(の場合)は、憲法自身が令状の例外とする。はこれを受けた規定。
  • 「逮捕状の効力に含まれる」という説明では足りない:逮捕状が無い現行犯逮捕・緊急逮捕にも使える処分だから。
  • 1号で探せるのは被疑者。証拠品を探す根拠にはならない(逮捕の現場での差押え・捜索・検証は2号=別の処分)。
被疑者が人の住居にいる(入りたい)被疑者を逮捕する場合か199条の逮捕・現行犯逮捕・210条の逮捕220条は使えないいいえはい捜査機関か検察官・検察事務官・司法警察職員220条は使えないいいえはい必要があるか入れないいいえはい令状なしで入り、被疑者を捜索できる他人の住居でも(220条1項1号・3項)
220条1項1号の入口。逮捕状による逮捕だけでなく、現行犯逮捕・緊急逮捕でも使える。探せるのは被疑者で、証拠品ではない。

被疑者が知人の家に逃げ込んだ → その家に入って被疑者を探せる(令状不要・住居主の承諾も要らない)。

出題逮捕状による逮捕でも現行犯逮捕でも、令状なしで人の住居(他人方)に入り被疑者を捜索できる(○)

出題逮捕のため被疑者の知人の住居に入り被疑者を捜索するには、令状が要る(×)

出題捜索が終わった後に逮捕のため被疑者宅に立ち入るには、被疑者か家人の了解が要る(×)

見解1号で住居に入るとき、住居主に逮捕状を示すかは見解が分かれる。示す説=によるの準用(A)・妨害の弊害は無い(E)/示さない説=現行犯・緊急逮捕・緊急執行との一貫性(B)・逃亡の弊害(C)・被疑者の名誉(D)

×にされやすい形
  • 「被疑者を逮捕する場合に、被疑者の知人の住居に入り被疑者を捜索するには、令状が必要」
  • 「捜索差押許可状による捜索が済んだ後、逮捕状で被疑者を逮捕するため被疑者宅に入るには、被疑者か家族の了解が要る」
  • 「1号は、逮捕状が無い現行犯逮捕・緊急逮捕のときだけ使える」(通常逮捕でも使える)

11実力行使の限界(昭50の判決)判例

  • 逮捕のときの実力行使(有形力の行使)の限界は、条文に書かれていない。
  • 現行犯逮捕をしょうとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしょうとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、
    たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべきである。
  • 言い回しは現行犯逮捕の場面のもの(最一小判昭50・4・3)。通常逮捕の事案の判例ではない。
  • 通常逮捕での実力行使の限界も明文は無く、必要かつ相当な範囲でなら許されると解されている。昭50が判示したのは、現行犯逮捕で抵抗を受けた場面(警察官・私人を問わず)まで。
  1. 漁業監視船が、夜の海上で船を照らすと潜水服の者がいたのであわびの密漁船と判断。船は灯火を消し錨を切り捨てて逃走
  2. 船足が遅く、付近の漁船A丸に追跡を依頼。A丸が約3時間追跡
  3. 密漁船は停船に応じず、A丸に3回衝突させ、ロープをスクリューにからませて追跡を妨害しようとした
  4. A丸の船員(私人)が、逃げようとする操舵者の手足を竹竿で叩き突く → 全治約1週間の傷害
  5. 第一審・原審は有罪 → 最高裁:適法な現行犯逮捕()の行為で、必要かつ相当な限度内 → 刑法で罰せられない=無罪

結論を支えた事実:密漁船は停船の呼びかけに応じず、衝突させたりロープで追跡を妨害しようとしたりして逃走を続けた=現行犯人から抵抗を受け、これを排除しようとしてした行為だった。

例(解説の説明で、判例ではない)
許される方向逃げようとする腕をつかむ/激しく暴れる者を押さえつける
許されない方向おとなしくなった者を、なお殴り続ける
  • 警察官などが職務中に被疑者などへ暴行・陵辱・加虐の行為をすれば、特別公務員暴行陵虐罪(刑法)の問題になりうる。
  • 令状は「この処分をしてよい」という許可で、やり方までは決めていない → 逮捕状があっても限界がある。
×にされやすい形
  • 「逮捕のための実力行使が許されるのは警察官だけで、私人には許されない」(とをとわず)
  • 「実力の行使が刑罰法令に触れる以上、逮捕のためでも処罰される」
  • 「昭50判決は、逮捕状による通常逮捕の事案である」

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#24単独ページ動画

逮捕②現行犯逮捕・準現行犯逮捕

問い:令状なしで、しかも誰でも人を逮捕できるのは、どんなときか。

骨組み

  1. 1令状が要らない理由(憲):現行犯は令状主義の例外=逮捕状も裁判官の裁判(逮捕状を出すかどうかの裁判官の判断)も要らない。逮捕者にとって犯罪と犯人が明白で誤認のおそれが小さく、緊急に逮捕する必要があるから
  2. 2誰が逮捕できるか():何人でも、逮捕状なくして。私人も可。「急速を要する場合に限る」といった限定は無い
  3. 3私人逮捕の後始末(・):私人は直ちに検察官か司法警察職員(司法警察員と司法巡査)へ引渡し。受け取った司法巡査は速やかに司法警察員のもとへ連れて行く(引致)。逮捕状を求める手続は要らない
  4. 4現行犯人():現に罪を行い(最中)/現に罪を行い終つた(直後)。未遂でもよく、「行い終つた」といっても実行行為を最後までやり遂げている必要はない(全部の完了は要らない)
  5. 5「直後」の物差し:時間的・場所的接着性(目安はせいぜい30〜40分・一律ではない)+逮捕者にとっての明白性
  6. 6現認は要らない:犯行の一部でも見ていることは不要。その場の客観的な状況から明白なら足りる(私人でも同じ)
  7. 7供述だけでは足りない(京都地決昭44):逮捕者自身が客観的外部的状況等から直接明白に覚知できることが要る。被害者の供述以外に覚知できる状況がなければ現行犯逮捕はできない
  8. 8追跡を続けた場合:現行犯逮捕をするために始めた追跡を継続した行為(私人の漁船への引継ぎを含む)=に基づく適法な現行犯逮捕の行為(昭50)。解説書の整理:追跡が続く場合、数十分なら現行犯・数時間なら準現行犯(1号)
  9. 9準現行犯人():1〜4号のどれか+罪を行い終つてから間がないと明らかに認められる → 現行犯人とみなす(目安せいぜい3〜4時間)。間がないと認められなければ、充分な理由・急速でも現行犯逮捕はできない
  10. 104つの号:1号=追呼(犯行から継続)/2号=贓物・兇器等の所持(逮捕者が準現行犯人と認めた時点で持っていれば足り、逮捕時に持っていなくてよい)/3号=身体・被服の顕著な証跡/4号=誰何されて逃走(「ちょっと待って」も当たる・懐中電灯と警笛も当たる=昭42)
  11. 11号の強さと重なり(学説):目安の上限に近い数時間の隔たりがあると、4号だけでの逮捕は難しく、2号・3号と重なるときに限るべきとされる。重なるほど明白性は強まる
  12. 12和光大学内ゲバ事件(平8):約1時間〜1時間40分後・約4キロ。逃走・籠手・泥・傷 → 「二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる」=準現行犯逮捕は適法(事例判断)
  13. 13共謀共同正犯(学説):実行していない者も準現行犯逮捕の対象になりうる。ただし共謀・重大な寄与・共謀に基づく実行の全部が逮捕者に明白な場合に限るべきとされる(現行犯逮捕でも同様)
  14. 14逮捕の必要性:明文は無いが、現行犯逮捕にも解釈で要る(どの事件にもかかる)
  15. 15軽微事件():30万円(刑法等以外は当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料の罪 → 住居若しくは氏名が明らかでないか逃亡のおそれがあるときに限る=法定刑で差がある(必要性に加えて、軽微な罪にだけかかる制限)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

令状なしで逮捕したい(現行犯・準現行犯)時間・場所が近いか直後(212条1項)か、間がないと明らかで1〜4号に当たるか(2項)緊急逮捕を検討210条いいえはい逮捕者にとって犯罪と犯人が明白か逮捕者自身が覚知できるか。供述だけでは足りない緊急逮捕を検討210条いいえはい緊急に逮捕する必要があるか明文なし・解釈で要求逮捕できないいいえはい軽微事件か30万円(刑法等以外は2万円)以下の罰金・拘留・科料の罪逮捕できる何人でも・逮捕状なしいいえはい住居・氏名が明らかでないか、逃亡のおそれがあるか217条逮捕できないいいえはい逮捕できる何人でも・逮捕状なし(213条)
判断の順(解説書の図の整理。項目5・7・9・14・15)。時間・場所の近さや明白性で落ちたら、続けて緊急逮捕の要件を見る(京都の決定も、緊急逮捕の実体的要件は備わっていたと認めた)。必要性と軽微事件の制限は、準現行犯にも同じくかかる。

1令状が要らない理由(憲)条文

  • 憲:何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
  • 理由:罪がいま行われているか、行われた直後なら、逮捕者にとって犯罪と犯人が明白 → 別の人を間違えて捕まえる誤認逮捕のおそれが小さい。しかも、その場で捕まえなければ逃げられる=緊急に逮捕する必要がある。
  • 通常逮捕では裁判官が事前に審査して人違いを防ぐ。現行犯逮捕では、その場の状況そのものが審査の代わりになる → 逮捕状も、裁判官の裁判(逮捕状を出すかどうかの裁判官の判断)も要らない。
誰が逮捕できるか令状
通常逮捕(原則)検察官・検察事務官・司法警察職員裁判官があらかじめ発する逮捕状()
現行犯逮捕・準現行犯逮捕何人でも()要らない
緊急逮捕検察官・検察事務官・司法警察職員逮捕の後で直ちに求める()

出題私人の現行犯逮捕には、裁判官の裁判が要る(×)

×にされやすい形
  • 「私人が窃盗行為に及んだ者を現行犯逮捕するには、裁判官の裁判が必要」
  • 「現行犯逮捕も、逮捕状による逮捕と同じく、裁判官の令状の発付を受ける必要がある」

2何人でも・逮捕状なくして()条文判例

  • :現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。
  • 警察官に限らず、一般の人(私人)でも逮捕できる。理由は同じ=誤認逮捕のおそれが小さいので、捜査機関に限る理由が無い。
  • 条文に「急速を要するとき」の限定は無い(「急速を要し」は緊急逮捕のの要件)。
  • 私人でも、現行犯逮捕をしようとして抵抗を受けたときは、実力を使える(昭50の判決=最一小判昭50・4・3)。
  • 右のように現行犯逮捕をしょうとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしょうとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、
    たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべきである。

出題私人でも、現行犯逮捕できる(○)

出題私人は、急速を要する場合に限り、理由を告げて現行犯人を逮捕できる(×)

×にされやすい形
  • 「私人は、急速を要する場合に限り、その理由を告げた上で現行犯人を逮捕することができる」(緊急逮捕の要件を持ち込む)
  • 「逮捕のための実力行使は警察官だけに許され、私人には許されない」(とをとわず)

3私人逮捕の後始末(・)条文

  • :検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。
  • :司法巡査は、現行犯人を受け取つたときは、速やかにこれを司法警察員に引致しなければならない。
  • :司法巡査は、犯人を受け取った場合、逮捕者の氏名、住居及び逮捕の事由を聴き取る(必要なら、ともに官公署に行くことを求められる)。
  • 引渡し先は「検察官又は司法警察職員」。司法警察職員=司法警察員と司法巡査(のかっこ書き)→ 検察官も、司法警察員も、司法巡査も受け取れる。
  • 引致=司法巡査が、受け取った現行犯人を司法警察員のもとへ連れて行くこと()。
  • 現行犯逮捕には逮捕状が要らないので、引渡しを受けた後に逮捕状を求める手続は無い(それは緊急逮捕の後段)。
誰がいつまでに何をする
逮捕した私人直ちに検察官又は司法警察職員に引き渡す()
受け取った司法巡査速やかに司法警察員に引致する()。逮捕者の氏名・住居・逮捕の事由を聴き取る(2項)

出題私人は直ちに検察官又は司法警察職員に引き渡す(○)

出題私人からの引渡しは、検察官も司法警察員も受けられる(○)

出題司法巡査が、私人から現行犯人を受け取り、司法警察員に引致した(○)

関連私人から現行犯人の引渡しを受けた司法警察員は、直ちに逮捕状を求める手続をしなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、私人から現行犯人の引渡しを受けた場合、直ちに逮捕状を求める手続をしなければならず、発せられないときは直ちに釈放しなければならない」(緊急逮捕の手続を持ち込む)
  • 「私人は、逮捕した現行犯人を司法警察員にだけ引き渡せる」(検察官又は司法警察職員)

4現行犯人()条文

  • :現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。
  • 「現に罪を行い」=実行行為の最中。「現に罪を行い終つた」=実行行為を終えた直後。
  • どちらも結果の発生は要らない=未遂でも現行犯人になる。「行い終つた」といっても、実行行為を最後までやり遂げている必要はない=犯罪の実行行為の全部の完了は要らない(全部の完了を要するとする肢は×)。
  • 実行の最中の典型は、続いている犯罪(監禁・不退去・薬物や拳銃の所持)=判断しやすい。覚醒剤を所持していることが分かった者は、その場で令状なく現行犯逮捕できる。

出題未遂犯処罰のある罪は、既遂に達していなくても現行犯逮捕できる(○)

出題「現に罪を行い終つた者」には、既遂/実行行為の全部の完了が必要(×)

出題覚醒剤の所持が分かった者の逮捕に、令状の発付は要らない(○)

出題覚醒剤の所持が分かった者の逮捕に、令状の発付を受ける必要がある(×)

×にされやすい形
  • 「現行犯人である『現に罪を行い終つた者』というためには、犯罪が既遂に達していることが必要」
  • 「『現に罪を行い終つた者』というためには、犯罪の実行行為の全部を完了していることが必要」

5「直後」の物差し学説

  • 時間的接着性(犯罪の痕跡は時間とともに消える)と場所的接着性(離れるほど犯人の特定が難しい)で測る。
  • 目安は犯行後せいぜい30〜40分程度ともいわれるが、目安にすぎず、一律の基準は無い。
  • 時間・場所が離れるほど、逮捕者にとって犯罪と犯人が明白か(他の人を犯人と取り違えるおそれが無いか)も検討する。現行犯の中心はここ。
場面結論
万引きで、代金を払わず店の外に出た時点実務はこの時点で逮捕することが多い(現行犯逮捕)
店を出た後、街中に紛れたが、確実に追跡できていた解説書は「別」とする(見失っていない)
店を出た後、街中に紛れて見失った明白性が弱まり、現行犯逮捕は許されない

万引き(窃盗)は商品を取った時点で既遂。それでも逮捕は店を出た時点が多く、そこから時間が経つほど、見失っていないか(明白性)が結論を分ける。

6現認は要らない学説

  • 逮捕者が犯行の瞬間(または一部)を見ていることは要件ではない。
  • 通報を受けて駆け付けた警察官でも、現場の客観的な状況から「現に罪を行い終つた」と認められれば足りる。
  • 私人が逮捕する場合も同じ=その私人が犯行を現に目撃していなくてもよい。
  • ただし、被害者の話だけを頼りにするのでは足りない(項目7)。

店から悲鳴が聞こえて駆け付けると、倒れた店員のそばで、凶器を手に立ち尽くす男がいた。殴る瞬間は見ていなくても、その場の状況から犯罪と犯人が明白=現行犯逮捕できる。

出題現行犯逮捕には、逮捕者が少なくとも犯行の一部を現認していることが必要(×)

出題私人が現行犯逮捕するには、犯行を現に目撃していなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「現行犯逮捕が許されるためには、逮捕者が、少なくとも犯行の一部を現認していることが必要」
  • 「私人が現行犯逮捕する場合には、その私人が犯行を現に目撃していなければならない」

7供述だけでは足りない(京都地決昭44・11・5)判例学説

  • 事案:恐喝未遂の被害者から犯人の特徴を聞いた警察官が、犯行から約20分後、被害者方から約20メートルの地点で特徴の似た者を見つけた。否認されたが、被害者と対面させ「間違いない」と言われたので、現行犯逮捕した。
  • 決定の要旨:現行犯人として逮捕するには、現に特定の犯罪を行い又は行い終わった者であることが、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身においても直接明白に覚知しうる場合であることが必要。被害者の供述によること以外には逮捕者が覚知しうる状況にない場合は、現行犯逮捕はできない。
  • 結論:現行犯逮捕は違法。準現行犯逮捕の要件も満たさない(決定がそう認定し、解説書の検討も同じ)。
  • 決定は、緊急逮捕の実体的要件は備わっていたと認めた(そのうえで、緊急逮捕状を請求しなかった点を重大な違法とし、勾留請求の却下を支持した)。現行犯・準現行犯で駄目なら、緊急逮捕を検討する。
  • 覚知=逮捕者が、自分の目や耳で直接つかむこと。供述だけだと、被害者の記憶違いや人違いを逮捕者が確かめようがない → 誤認のおそれが小さいという前提が崩れる。
現行犯の明白性の判断に供述を使えるか中身
客観的状況だけで判断する見解供述は考慮できない
客観的状況を補う限りで供述も考慮できる見解実務的には多数説と思われる、とされる
どちらの見解でも供述だけで現行犯逮捕するのは許されない、と解説書は考える(京都の決定もこの場面で現行犯逮捕を否定)。現行犯逮捕は、緊急逮捕と違って後から令状の審査も受けないので、認める範囲を厳しく絞るべきだから

同じ20分・20メートルでも、現場から走り去る姿を警察官自身が見ていて、見失わずに追っていたなら、被害者の話が無くても逮捕者自身が覚知している=現行犯逮捕できる。この事案で結論を分けるのは、距離や時間ではなく、逮捕者自身が何を見たか。

被害者自身が犯人を直接覚知して逮捕しようとしているところへ、警察官や家族などが協力して取り押さえた場合は、認定は被害者がしていて逮捕者は事実行為に協力しているだけなので、解説書は適法と考える(解説書が挙げる例=東京高判平17・11・16:痴漢の被害に遭った女子高校生に代わり、駆け付けた父親が逮捕したのを、実質的な逮捕者は父親と女子高校生だとして適法とした)。京都の事案は、被害者が逮捕しようとしていた事情が無い。

×にされやすい形
  • 「犯行から約20分後・約20メートルの近さなら、被害者の供述だけを根拠に現行犯逮捕できる」
  • 「京都の決定は、緊急逮捕の要件も欠けていたとした」

8追跡を続けた場合(昭50の判決)判例学説

  1. 漁業監視船が、夜の海上で照らした船に潜水服の者がいたのであわびの密漁船と判断。船は灯火を消し錨を切り捨てて逃走
  2. 監視船は追跡したが船足が遅く、付近にいた漁船A丸(私人)に事情を告げて追跡を依頼
  3. A丸が約3時間追跡を続け、衝突させるなどして追跡を妨害しながら逃げ続ける密漁船を操舵していたCを、竹竿で叩き突いて傷害
  4. 最高裁:どちらの追跡も適法な現行犯逮捕の行為。抵抗を排除した行為は必要かつ相当な限度内=刑法で罰せられない=無罪
  • 漁業監視船しおかぜ丸は、B丸の乗組員を現に右の罪を犯した現行犯人と認めて現行犯逮捕をするため追跡し、A丸も、しおかぜ丸の依頼に応じ、これらの者を現行犯逮捕するため追跡を継続したものであるから、いずれも刑訴法二一三条に基づく適法な現行犯逮捕の行為であると認めることができる。
  • 引き継いだのは私人の漁船で、警察官ではない。誰でも逮捕できるがここでも効いている。
  • 読み方:判決が見たのは、乗組員を現行犯人と認めて現行犯逮捕をするために始めた追跡を、途切れずに続けた行為。「直後」の目安そのものが数時間に延びる、という判断ではない。
  • 解説書の整理は、犯行から逮捕するまでの隔たりで現行犯と準現行犯を分ける話(判決はこの線引きを述べていない):追跡を続けていれば数十分以内なら現行犯逮捕できる。数時間の隔たりに及べば、準現行犯(1号=追呼)として逮捕できる。
×にされやすい形
  • 「昭50の事案で追跡を引き継いだのは警察官である」(私人の漁船)
  • 「追跡が途切れなければ、何時間たっても『直後』として現行犯逮捕できる」

9準現行犯人()条文学説

  • :左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
    一 犯人として追呼されているとき。
    二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
    三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
    四 誰何されて逃走しようとするとき。
  • みなす=本当は現行犯人ではない者を、法律上、現行犯人と同じに扱う → により、準現行犯人も誰でも・逮捕状なしで逮捕できる。
  • 「直後」より緩い「間がない」(目安は犯行後せいぜい3〜4時間程度ともいわれるが、一律ではない)。その代わり、号の客観的な事由を要件にした=緩くなった制度ではなく、引き換えのある制度。
  • 適否は、①時間的・場所的接着性(間がない)②1〜4号のどれか③逮捕者にとっての犯罪と犯人の明白性④緊急な逮捕の必要性、の順に当てはめる(③④は解釈で要る)。
  • 罪を行い終わってから間がないと認められなければ、罪を犯したと疑うに足りる充分な理由があり急速を要しても、現行犯逮捕はできない(その場合に考えるのは緊急逮捕=)。
現行犯(1項)準現行犯(2項)
時間・場所の近さ直後(目安 せいぜい30〜40分)間がないと明らかに(目安 せいぜい3〜4時間)
追加の要件無い1〜4号のどれか
逮捕できる人・令状何人でも・逮捕状なし()

ひったくりの2時間後、盗まれたのと同じバッグを抱えて走る人を見つけた=2号の手がかりがある。手ぶらで歩いているだけなら、2時間後に準現行犯人として逮捕することはできない。

出題間がないと認められなくても、充分な理由があり急速を要すれば現行犯逮捕できる(×)

出題追呼されている者が間がないと明らかなら、捜査機関以外の者も逮捕状なく逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「罪を行い終わってから間がないと認められないときでも、罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があり、急速を要する場合には、現行犯逮捕することができる」(緊急逮捕の要件を持ち込む)
  • 「準現行犯人は現行犯人ではないので、私人は逮捕できない」(みなす → )

104つの号(追呼・贓物・証跡・誰何)条文判例

号中身押さえる点
1号 追呼犯人として追いかけられている犯行終了の後から追呼が継続していることが要る(一旦見失っても、間もなく見つけて再開すればよい)。黙って追われていてもよい。被害者でなく目撃者・警察官が追ってもよく、追う人が交代してもよい
2号 贓物・兇器等の所持贓物(盗品など)、犯行に使ったと明らかに思われる兇器その他の物を持っている逮捕者が準現行犯人と認める時点で所持していれば足りる=その後に捨てても、逮捕の時点の所持は要らない(警察官に見つかって投げ捨てた後に逮捕された場合も当たる)
3号 顕著な証跡身体か被服に、犯罪の顕著な証跡がある傷害の後のけが・返り血を浴びた服など。服は身につけている必要があり、自宅に隠した血の付いた服は当たらない。行動を共にしている共犯者に証跡があれば、本人も当たる
4号 誰何されて逃走相手が誰かを確かめられて逃げようとする「待て」「止まれ」と声をかけられて逃げた場合や、声をかけられなくても警察官がいると分かって逃げる場合も含む
  • 4号の誰何は、口頭で「誰か」と問うことに限られない(最三小決昭42・9・13)。
  • 警察官が犯人と思われる者達を懐中電灯で照らし、同人らに向つて警笛を鳴らしたのに対し、相手方がこれによつて警察官と知つて逃走しようとしたときは、口頭で「たれか」と問わないでも、同条項四号にいう「誰何されて逃走しようとするとき」にあたるとした判断は、相当であつて、同条項を不当に拡張解釈したものということはできない。

盗んだ財布を持っていた男が、警察官に見つかり、目の前で財布を植え込みに投げ捨て、その後に逮捕された → 認めた時点で持っていたので2号に当たる(捨てたから当たらない、ではない)。

「路上で人がバットで殴られている」との通報。約30分後・約500メートル先で、被害者の言う服装・体格と一致する男がバットを持って歩いていた。「ちょっと待って」と声を掛けると直ちに逃げ出した → 4号の「誰何されて逃走しようとするとき」に当たる。

出題「ちょっと待って」と声を掛けられて直ちに逃げた=4号に当たる(○)

×にされやすい形
  • 「2号に当たるには、逮捕の時点で贓物を所持していなければならない」
  • 「4号の誰何は、口頭で『誰か』と問うことが必要」(懐中電灯と警笛でもよい)
  • 「自宅に脱いで隠した血の付いた服も、3号の被服の証跡に当たる」

11号の強さと重なり学説

  • 条文上は、1〜4号のどれか1つに当たれば足りる。
  • 解説書の検討では、時間・場所に数時間程度の隔たり(「間がない」の目安の上限に近い)ができた場合、号によって強さが違う:
号数時間の隔たりがあるとき
1号(追跡が続いている)明白といえるので、数時間の隔たりがあっても準現行犯逮捕できる
2号・3号贓物・顕著な証跡だと明確にいえる具体的な事実(物の特徴など)が要る
4号逃げる理由はいろいろある(職務質問そのものを嫌がって逃げる人もいる)→ 明白性が最も認められにくい。4号だけで逮捕するのは困難で、2号・3号と重なるときに限ると考えた方がよい、とされる
  • 各号に重ねて当たるほど、犯罪と犯人の明白性は強まると考えられている(和光の決定が引かれる。決定自身はこの一般論を述べていない)。

犯行から3時間後、職務質問で呼び止められて逃げただけの人は、4号だけでは犯人と言いにくい。盗まれた品と特徴が一致する物も持っていれば(2号)、準現行犯逮捕に近づく。

12和光大学内ゲバ事件(平8の決定)判例学説

  1. 兇器準備集合・傷害の事件(いわゆる内ゲバ事件)が発生。警察官らは、事件発生と犯人逃走中などの無線情報を受けて警戒・検索
  2. 被告人A:犯行終了後約1時間、直線約4キロの所。小雨の中で傘もささず着衣がぬれ靴も泥で汚れていた。停止を求めると逃げ出し、約300メートル追って追い付くと腕に籠手を装着
  3. 被告人B・C:犯行終了後約1時間40分、直線約4キロの路上。着衣等が泥で汚れていた。停止を求めると小走りに逃げ出し、追い付くと髪がべっとりぬれ靴は泥まみれ、Cは顔面に新しい傷跡があり血の混じったつばを吐いていた
  4. 3人とも準現行犯人として逮捕 → 最高裁は逮捕を適法とした原判断を是認
  • 以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができるから、本件各逮捕を適法と認めた原判断は、是認することができる。
  • 決定は事例判断。被告人ごとの号の割付けはしていない(籠手は2号、泥・傷は3号、逃走は4号に当たると読める)。
  • 準現行犯は時間・場所が離れていることが前提で、逮捕の瞬間に見える状況だけで判断するのは難しい → 逮捕前に得ていた情報や被害者・被疑者などの供述も、補助的な資料として判断してよいと一般に考えられている(解説書の整理。決定はこの一般論を述べていない)。
  • 読み方:逮捕者が犯行を直接見ていない分を、無線情報と複数の号の重なりが補っていた、と読める。
京都(現行犯逮捕) 約20分後・約20メートル 頼りは被害者の供述だけ 違法 和光(準現行犯逮捕) 約1時間〜1時間40分後 号の事由が重なる(2〜4号) 適法 直後 間がない+号が要る 犯行 30〜40分 3〜4時間 犯行からの時間(目安は一律の基準ではない)
近い京都が違法で、遠い和光が適法。ただし、何の逮捕かが違う(京都=現行犯・準現行犯の要件も満たさなかった/和光=準現行犯・号の事由が重なっていた)。距離や時間だけで比べず、逮捕者が何を根拠に明白と言えたかで見る(項目5・7・9)。
京都恐喝未遂事件和光大学内ゲバ事件
何の逮捕か現行犯逮捕()準現行犯逮捕()
時間・距離約20分後・約20メートル約1時間〜1時間40分後・約4キロ
逮捕者の手がかり(事実)被害者の供述だけ(逮捕者自身が覚知できる状況が無い)無線情報(事件発生・犯人逃走中)+号の事由(逃走・籠手・泥・傷)
結論違法(緊急逮捕の実体的要件はあった)適法(事例判断)
×にされやすい形
  • 「和光の決定は、複数の号に重ねて当たれば明白性が強まる、という規範を示した」(事例判断)
  • 「和光の決定は、被告人ごとに当たる号を特定した」(3人まとめて「二号ないし四号」)
  • 「和光の事件は現行犯逮捕を適法とした」(準現行犯逮捕)

13共謀共同正犯と準現行犯逮捕学説

  • 共謀共同正犯=自分では実行しなくても、一緒にやると合意し、その合意に基づいて仲間が実行すれば正犯になる(刑法の共同正犯)。
  • 実行行為をしない共謀共同正犯なども、犯罪と犯人が明白で緊急の必要があれば、準現行犯逮捕を認めてよいと考えられる。の文言も、実行した者に限るとは読めない。
  • ただし共謀共同正犯なら、①共謀②実行行為に準ずる重大な寄与③共謀に基づく実行の全部が逮捕者に明白な場合に限るべきだ、とする解説書の見解がある(現行犯逮捕でも同様)。実行そのものを見ていない分、誤認のおそれが増えるから。

路上で仲間に「あいつを殴れ」とその場で指示し、仲間が殴った。指示した側を準現行犯逮捕するには、指示(共謀)・大きな役割・指示どおりの実行の全部が、逮捕者に明白である必要がある、という考え方。

14逮捕の必要性学説

  • 通常逮捕では、明らかに逮捕の必要が無いと認めるとき、裁判官は逮捕状を発しない(ただし書)。
  • 現行犯逮捕には、この要件を定める明文が無い。
  • それでも要る:現行犯逮捕は、その場で緊急に逮捕する必要があるからこそ認められている → 逮捕の必要性は当然に要る(解釈で補う)。準現行犯逮捕でも同じ(項目9の④)。
  • 解説書は、軽微な交通違反で被疑者の身元が明らかな事案なら、必要性に乏しい場合が多いであろうとする(大阪高判昭60・12・18を挙げる)。

一時停止違反で止められた運転者が免許証を見せ、住所も分かり、逃げる様子もない → 現行犯ではあるが、逮捕の必要性に乏しい場合が多い、と見る。

×にされやすい形
  • 「現行犯逮捕には明文が無いので、逮捕の必要性は要件ではない」

15軽微事件の制限()条文

  • :三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。
  • 読み方:(誰でも・令状なし)からの規定は、この場合に限って使える=当たらなければ現行犯逮捕はできない → 現行犯逮捕の要件には、法定刑の軽重による差がある。現行犯人とみなされる準現行犯人にも及ぶ。
  • 拘留=1日以上30日未満(刑法)/科料=千円以上1万円未満(刑法)。
  • なぜ絞るか:軽い罪のために身体を拘束するのは釣り合いが取れない(通常逮捕のただし書と同じ発想)。
通常逮捕(ただし書)現行犯逮捕()
対象の罪30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪
逮捕できる場合住居不定、または正当な理由のない不出頭住居若しくは氏名が明らかでない、または逃亡するおそれがある

科料にしか当たらない軽い罪の現行犯でも、名前を言わず住所も分からないなら逮捕できる。名前も住所も分かり、逃げるおそれも無ければ、現行犯逮捕はできない。

出題現行犯逮捕の要件に、法定刑の軽重による差異はない(×)

出題30万円以下の罰金に当たる罪は、住居又は氏名が明らかでない場合に限り現行犯逮捕できる(×)

×にされやすい形
  • 「現行犯人を逮捕することができる要件については、犯罪の法定刑の軽重による差異はない」
  • 「30万円以下の罰金に当たる罪については、犯人の住居又は氏名が明らかでない場合に限り、現行犯逮捕することができる」(逃亡のおそれを落とす)
  • 「軽微事件の現行犯逮捕も、通常逮捕と同じく、住居不定か不出頭の場合に限る」(の事由は別)

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#25単独ページ動画

逮捕③緊急逮捕

問い:逮捕状がまだ無いのに先に捕まえてよいのは、どんなときか。捕まえた後に何をしなければならないか。

骨組み

  1. 13類型の位置:裁判官の審査が 通常逮捕=事前/現行犯逮捕=無し/緊急逮捕=事後。緊急逮捕は審査を後回しにするだけ=逮捕状(裁判官の裁判)は要る
  2. 2誰が・何を():検察官・検察事務官・司法警察職員(司法巡査も)。実体=重い罪・十分な理由・急速を要し/手続=理由を告げて逮捕 → 直ちに逮捕状を求める → 発せられなければ直ちに釈放
  3. 3合憲性(最大判昭30):合憲。厳格な制約の下、重い犯罪のみ・緊急やむを得ない場合に限りと限定し、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けることを条件とすれば、憲の趣旨に反しない(判決文の末尾に「補足意見があるほか裁判官全員一致の意見」)。どういう理論構成で憲と両立するかは法廷意見に無い(補足意見が述べる)
  4. 4現行犯逮捕との違い:罪の限定(緊急=重い罪だけ/現行犯=原則無いが軽微事件はで制限)・理由の告知(現行犯は不要)・事後の逮捕状請求(現行犯は無い)
  5. 5重い罪:死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪=法定刑で測る(可否は法定刑で異なる)。従犯も正犯の法定刑で(減軽前)
  6. 6十分な理由:通常逮捕の相当な理由より濃い嫌疑。公訴提起に足りる程度までは要らない。証拠に基づき、特定の犯罪の犯人だと捜査機関が確信をもてる程度
  7. 7急速を要し:すぐ逮捕しなければ逃亡・罪証隠滅の可能性が高く、かつ逮捕状を請求する時間的余裕が無い。自首した者でも要件を満たせば緊急逮捕できる。実体の要件を欠いたら通常逮捕の可否を検討
  8. 8理由の告知:逮捕のときに、被疑事実の要旨と急速を要する事情の両方(詳細までは要らない)。逮捕状を示す際で足りる、ではない
  9. 9直ちに請求・誰が:無駄な時間が無かったといえること。請求者に制限は無い(検察事務官・司法巡査も)。警部以上の限定は通常逮捕()の警察官たる司法警察員だけ。犯罪捜査規範120条(昭和32年国家公安委員会規則第2号)は請求する者を定めるが、警察内部の分担の定めで、法律上の請求者の制限ではない
  10. 10釈放・逃走しても:被疑者を釈放したときも請求する(犯罪捜査規範120条3項)。引致の後、請求の前に逃走されても、直ちに請求する(解説書の説明。120条3項の文言は釈放だけ)
  11. 11審査の第1段:①実体の要件は逮捕時の事情で見る=逮捕後の事情(後で得た嫌疑の資料など)で補わない(後の自白で救われない)。②告知・直ちに請求の手続を守ったかも見る
  12. 12審査の第2段:発付時の事情で、通常逮捕の要件(逮捕の理由・必要性)を見る。どちらの段が崩れても逮捕状は出ない → 直ちに釈放
  13. 13緊急執行との区別(・):緊急執行=発付済みの逮捕状を前提に、その執行をする手続(手元に無く示せない+急速を要する → 被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕 → できる限り速やかに示す)。緊急逮捕=逮捕状を求めずに先に捕まえ、後で請求する手続
  14. 14逮捕状が出ている事件の緊急逮捕(見解):Ⅰ=許されない/Ⅱ=要件さえ備われば許される。Ⅱへの批判=二重逮捕の危険

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

逮捕状が無いまま、先に捕まえたい重い罪・十分な理由・急速を要するか実体の要件。逮捕時の事情で(後で得た資料で補わない)通常逮捕の可否を検討逮捕状を請求いいえはい理由を告げ、直ちに逮捕状を求めたか手続(210条1項)緊急逮捕は違法身柄は直ちに釈放いいえはい発付時、逮捕の理由・必要性があるか裁判官の第2段。通常逮捕の要件逮捕状は出ない直ちに釈放いいえはい逮捕状が発せられる
判断の順(解説書の図の整理。項目2・7・11・12)。1問目の「いいえ」は、捕まえる前の捜査官の判断=実体の要件を欠いても、それだけでその人を逮捕できないと決まるのではなく、逮捕状を請求して通常逮捕ができるかを検討する。手続を欠いた緊急逮捕は許されない。上の2問は、捕まえた後に逮捕状の請求を受けた裁判官も第1段で見る=そこで実体・手続のどちらかが欠けていれば、逮捕状は出ず直ちに釈放。

1逮捕3類型の中の位置条文

  • 3つの型は、裁判官の審査がいつあるかで分かれる:通常逮捕()=裁判官があらかじめ発する逮捕状で/現行犯逮捕・準現行犯逮捕(・)=審査しない/緊急逮捕()=逮捕の後から審査。
  • 緊急逮捕は、審査を省くのでも先に取るのでもない=後回しにするだけで、消していない。逮捕の後に直ちに逮捕状を求め、裁判官が逮捕状を出すかを判断する(裁判官の裁判が要る)。
逮捕 通常逮捕 現行犯逮捕 緊急逮捕 審査→逮捕状 審査なし 後の請求も無い 直ちに請求→審査 逮捕状を示す 時間の流れ →(縦の点線が逮捕の時点)
審査の時点で3つの型を並べた図。緊急逮捕だけ、逮捕の後に審査がある。

出題司法警察員が緊急逮捕する場合は、裁判官の裁判が要る(○)

×にされやすい形
  • 「緊急逮捕は令状なしの逮捕なので、現行犯逮捕と同じく裁判官の裁判は要らない」

2緊急逮捕の骨格:誰が・何を()条文

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
  • 司法警察職員=司法警察員と司法巡査 → 司法巡査も緊急逮捕できる。検察官も緊急逮捕できる。
  • :(逮捕状に書く事項=被疑者の氏名・住居、罪名、被疑事実の要旨など)を準用 → 緊急逮捕の後に出る逮捕状も、書く中身は通常逮捕の逮捕状と同じ。
  • 緊急逮捕された場合のその後の手続は、通常逮捕(の逮捕)の場合の規定を準用する()。
実体の要件(逮捕する時点)手続
①重い罪(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)①理由を告げて逮捕する
②罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由②直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をする
③急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができない③逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放する
  • 実体の要件は、裁判官を待たずに捕まえてよい根拠。手続は、飛ばした審査を必ず取り戻す仕掛け。実体の要件を満たしても、手続を守らなければ違法。

出題司法巡査が緊急逮捕することは許されない(×)

出題検察官は被疑者を緊急逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「司法巡査が緊急逮捕することは許されない」

3憲と合憲性(最大判昭30・12・14)条文判例

  • 憲:何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。
  • 問題の所在:令状の例外として書かれているのは現行犯だけ。緊急逮捕は文面上の例外に入っていない → 違憲とする見方もある。
  • 最高裁(大法廷):合憲。判決はの要件(重い罪・充分な理由・急速を要し令状を求められない・理由の告知・直ちに逮捕状を求める・発せられなければ釈放)を並べたうえで、こう述べた:
  • かような厳格な制約の下に、罪状の重い一定の犯罪のみについて、緊急已むを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条規定の趣旨に反するものではない
判決が挙げた限定・条件対応するの要件
罪状の重い一定の犯罪のみ重い罪の限定
緊急已むを得ない場合に限り急速を要し、逮捕状を求めることができない
逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求める直ちに逮捕状を求める手続
  • 前の2つは「のみ」「限り」の限定、3つ目(逮捕後直ちに裁判官の審査)に「条件とし」がかかる。十分な理由・理由の告知も、その前に置かれた「厳格な制約」に入っている(表の3つだけで、嫌疑や告知は関係ない、という読み方は誤り)。
  • 法廷意見(全員一致。補足意見が付いているだけ)は、厳格な制約と限定・条件を挙げて合憲としたが、どういう理論構成で憲と両立するのか(令状による逮捕の一種と見るのか、現行犯に準ずると見るのか)は述べていない。それを述べたのは補足意見:
意見中身
斎藤裁判官の補足意見憲の「現行犯として逮捕される場合を除いては」は、合理的な逮捕等を令状の保障から外す趣旨 → 除外される場合に緊急逮捕も含まれる。逮捕状が発せられなかったときでも、逮捕そのものは合憲
小谷・池田裁判官の補足意見現行犯が除外されるのは、急速を要し嫌疑が明白だから。緊急逮捕はそれに準ずる場合=憲の除外の枠内。さらに、直ちに逮捕状を求めて発せられれば、逮捕状による逮捕と見ることも妨げない。逮捕状が発せられなければ、逮捕は効力を失う
  • 斎藤裁判官の補足意見:
  • 右憲法三三条の除外の場合には、刑訴二一二条一項の現行犯逮捕の場合は勿論同条二項のいわゆる準現行犯逮捕の場合及び同法二一〇条のいわゆる緊急逮捕の場合をも包含するものと解するを相当とする。
  • 小谷・池田裁判官の補足意見:
  • 被疑者を拘束してから直ちに裁判官の逮捕状を求めて逮捕状が発せられたときは、なお且つ逮捕状による逮捕と認めることを妨げないとも解される
  • 判決が合憲としたのは、の規定(条件をそろえた緊急逮捕という仕組み)。一つひとつの緊急逮捕が要件を欠けば、その逮捕は違法になる(それを確かめる場の一つが、項目11・12の審査)。
×にされやすい形
  • 「最高裁の法廷意見は、緊急逮捕は全体として令状による逮捕に準じるから合憲である、という理論構成を示した」(法廷意見はどういう理論構成で両立するかを述べていない)
  • 「最高裁は、緊急逮捕の形をとった逮捕はすべて合憲であるとした」(合憲としたのは規定=仕組み)

4現行犯逮捕との違い条文

  • 現行犯逮捕()・準現行犯逮捕(=各号のどれかに当たり、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる者)は、目の前の状況から犯罪と犯人が明白で、人違いのおそれが小さい → 令状が要らない。
  • 緊急逮捕は犯行を見ていない分を、罪の重さ・理由の告知・事後の審査で埋め合わせている。
現行犯逮捕(準現行犯を含む)緊急逮捕
罪の限定原則無し。ただし30万円(刑法等以外の罪は当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪は、住居・氏名が明らかでないか逃亡のおそれがあるときに限る()死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪だけ
理由の告知要らない(規定が無い)要る
事後の逮捕状請求無い必ず要る(裁判官の審査)
逮捕できる人何人でも()検察官・検察事務官・司法警察職員

軽犯罪法違反(拘留・科料の罪)の現行犯でも、住所・氏名が分かっていて逃げるおそれも無ければ、現行犯逮捕はできない=現行犯にも罪の軽重による制限がある。

出題準現行犯人として逮捕するには、逮捕の理由を告げなければならない(×)

出題現行犯人として逮捕する際、あらかじめ犯罪事実の要旨を告げなければならない(×)

関連間がないと認められなくても充分な理由・急速を要すれば現行犯逮捕できる/私人は急速を要する場合に限り理由を告げて逮捕できる(×)

×にされやすい形
  • 「司法巡査は、甲を準現行犯人として逮捕するに当たり、甲に逮捕の理由を告げなければならない」(告知は緊急逮捕の要件)
  • 「私人は、急速を要する場合に限り、その理由を告げた上で現行犯人を逮捕することができる」
  • 「現行犯逮捕には、罪の重さによる制限が一切無い」()

5要件①重い罪:法定刑で測る条文

  • 重い罪かどうかは、実際に科される刑ではなく法定刑(法律がその罪に定めた刑の幅)で測る。基準は長期(上限)が3年以上か。
  • だから緊急逮捕の可否は、法定刑の軽重によって異なる。
罪長期緊急逮捕
窃盗罪(刑法)10年できる
傷害罪(刑法)15年できる
住居侵入罪(刑法)3年できる(3年以上)
死体遺棄罪(刑法)3年できる
暴行罪(刑法)2年できない

空き巣は、通常、住居侵入罪と窃盗罪の両方が成立する。どちらも対象に入る。殴ったがけがはさせなかった(暴行罪)なら、どれほど逃げそうでも緊急逮捕はできない。相手がけがをすれば傷害罪になり、対象に入る。

  • 従犯(幇助犯):刑は正犯の刑を減軽する(刑法)。有期拘禁刑の減軽は長期・短期の2分の1(刑法3号)。
  • それでも緊急逮捕の判断は、減軽前の法定刑=正犯の法定刑で行う。この判断では、従犯であることは無視してよい。
  • は「…拘禁刑に当たる罪」=罪そのものの法定刑で線を引く書き方。参考:公訴時効でもが「加重し、又は減軽しない刑に従つて」と明文で定める(同じ発想)。

空き巣に入る家が留守になる時間帯だけを教えた人(住居侵入の幇助)。減軽すれば長期1年6月だが、住居侵入罪そのものの長期3年で測るので、緊急逮捕の対象に入る。

出題緊急逮捕の対象=死刑又は無期若しくは長期□年以上の罪(正答:3)

出題緊急逮捕の可否は、法定刑の軽重によって異ならない(×)

出題死体遺棄罪の幇助は対象罪に当たらないので、緊急逮捕は許されない(×)

×にされやすい形
  • 「死体遺棄罪の幇助は、長期3年以上の罪に該当しないので、これによる緊急逮捕は許されない」
  • 「長期5年以上の拘禁刑に当たる罪」(数字のすり替え)

6要件②十分な理由:相当な理由より濃い嫌疑条文学説

通常逮捕緊急逮捕
条文の言葉相当な理由()十分な理由()
濃さこの人がこの犯罪をした、と絞られたうえで疑いに理由があるそれより濃い嫌疑
  • 要らないもの:有罪判決や公訴提起ができるほどの確実性(逮捕の時点の判断だから)。
  • 要るもの:何らかの証拠に基づいて、特定の犯罪の犯人だと捜査機関が確信をもてる程度。
  • 判決の補足意見(小谷・池田)は、嫌疑は捜査機関の主観的判断では足らず、客観的妥当性のある充分な理由が要るとする → 「確信」は捜査官の思い込みで足りるという意味ではない。
  • 犯罪の嫌疑は、当該捜査機関の主観的判断では足らず、客観的妥当性のある充分な理由の存する場合であるから、現行犯の場合に準じて考えられる明白な根拠をもち、裁判官の判断を待たないでも過誤を生ずるおそれがないものとしなければならない。
例(教材の基準に当てはめた例。どの事実で線を越えるかは事案による)十分な理由
防犯カメラに、似た服装の人が映っていただけ足りない(疑いのきっかけにはなっても、確信まではもてない)
被害届どおりの指輪を質店に持ち込み、カメラの顔とも一致した足りる方向(確信をもてる程度に近づく)

出題緊急逮捕の「充分な理由」とは、公訴を提起するに足りる程度の嫌疑をいう(×)

×にされやすい形
  • 「『充分な理由』とは、公訴を提起するに足りる程度の嫌疑があることをいう」
  • 「十分な理由と相当な理由は、同じ程度の嫌疑をいう」

7要件③急速を要し:待てない事情条文学説

  • 「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができない」=次の2つが両方そろうこと。
  • ①すぐに逮捕しなければ、被疑者が逃亡するか罪証を隠滅する可能性が高い。②逮捕状を請求する時間的な余裕が無い。
  • ①だけでは足りない:時間さえあれば通常逮捕で済むから。緊急逮捕は、通常逮捕が間に合わない場合の手段。
  • 実体の要件(重い罪・十分な理由・急速を要し)を欠いても、それだけでその人を逮捕できないと決まるわけではない → 逮捕状を請求して通常逮捕ができるかを検討する(逃げる様子が無く住所も分かっているなら、通常逮捕でも「明らかに逮捕の必要がない」かが問題になりうる)。
  • 被疑者が自分から出頭して自首しても、それだけで緊急逮捕が許されないことにはならない(要件を満たせばできる)。
盗まれた指輪を質店に持ち込んだ男急速を要するか
代金を受け取って店を出ようとしている。逮捕状を取りに行く間に行方が分からなくなる要する
勤め先にいることが分かっていて、夕方までは動かない見込み要しない(令状を取りに行く時間がある → 通常逮捕を検討)
急速を要し(逮捕時の要件)逮捕の必要性(項目12)
問うこと逃亡などのおそれが差し迫っていて、逮捕状を待つ時間が無いかそもそも身柄を押さえる意味があるか(逃亡・罪証隠滅のおそれ)

出題自首した強盗殺人の被疑者は、待たせて逮捕状を求められるので緊急逮捕は許されない(×)

×にされやすい形
  • 「強盗殺人罪の被疑者が警察署に自ら出頭して自首した場合、警察署内に待たせて逮捕状を求めることができるので、緊急逮捕が許されることはない」
  • 「逃亡のおそれが高ければ、逮捕状を取りに行く時間があっても、急速を要する」

8要件④理由の告知条文学説

  • :「その理由を告げて被疑者を逮捕することができる」=告知は逮捕のとき。後で逮捕状を示す際に告げれば足りる、ではない。
  • 告げる中身=①被疑事実の要旨と②急速を要する事情の両方。被疑事実の要旨だけでは足りない。
  • 程度:詳細な事実関係までは要らない。逮捕される人が、どんな事実で、なぜ急ぐのかを理解できる程度。
  • 現行犯逮捕では、その場で明白なので告知の規定が無い。緊急逮捕は、現場を見ていない分を告知で補う。

「窃盗の疑いで逮捕する」とだけ言い、急ぐ事情を一言も告げなかった → 告知が欠ける方向に働く(被疑者が、なぜ急ぐのかを理解できたか)。

出題緊急逮捕の理由の告知は、逮捕状を示す際にすれば足りる(×)

出題緊急逮捕で被疑者に告げなければならないのは、被疑事実の要旨だけ(×)

×にされやすい形
  • 「緊急逮捕における逮捕の理由の告知は、被疑者に逮捕状を示す際にすれば足りる」
  • 「緊急逮捕するに当たって、被疑者に対し告げなければならないのは、被疑事実の要旨だけである」

9「直ちに」逮捕状を求める:誰が請求するか条文学説

  • 「直ちに」=請求するまでに無駄な時間が無かったといえること(どこまで許されるかは事案による)。
  • 請求には、十分な理由と逮捕の必要性を示す資料を付ける(資料を付ける点は通常逮捕の請求と同じ=刑事訴訟規則143条。通常逮捕で示すのは相当な理由)。逮捕後にそれを作る時間は認められるが、必要最小限に限る。
  • は「直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない」とだけ書き、請求できる者を限っていない → 検察事務官・司法巡査でも請求できる(直ちにしなければならないので、請求できる人の到着を待たせない)。
  • 通常逮捕の逮捕状の請求は、検察官又は司法警察員。警察官たる司法警察員については、公安委員会が指定する警部以上の者に限る(のかっこ書き)=階級の限定がかかるのは警察官だけで、通常逮捕だけ。
層誰が請求するか
刑事訴訟法()制限なし:検察官・検察事務官・司法警察員・司法巡査のどれでも
犯罪捜査規範120条1項指定司法警察員(公安委員会が指定する警部以上の司法警察員)又はその逮捕に当たった警察官が行うものとする。指定司法警察員がいないときは、他の司法警察員たる警察官でもよい
  • 犯罪捜査規範は法律ではなく、国家公安委員会規則(昭和32年国家公安委員会規則第2号)=警察官が捜査で守る規則。法律は請求者を限らず、警察の中で誰が請求するかを決めている=層が違うので矛盾しない=警察内部の分担の定めで、法律上の請求者の制限ではない。

出題緊急逮捕状の請求も、警察官は指定された警部以上の司法警察員に限られる(×)

出題緊急逮捕後の逮捕状は、司法警察員も検察官も、検察事務官も司法巡査も請求できる(○)

×にされやすい形
  • 「緊急逮捕状の請求は、警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限り、これを行うことができる」
  • 「緊急逮捕後の逮捕状の請求は、司法巡査にはできない」

10釈放・逃走しても請求は要る条文学説

  • 犯罪捜査規範120条3項:被疑者を緊急逮捕した場合は、逮捕の理由となつた犯罪事実がないこと若しくはその事実が罪とならないことが明らかになり、又は身柄を留置して取り調べる必要がないと認め、被疑者を釈放したときにおいても、緊急逮捕状の請求をしなければならない。
  • 緊急逮捕された被疑者が、司法警察員に引致された後、逮捕状を請求する前に逃走してしまった場合も、司法警察員は直ちに逮捕状を求める手続をしなければならない(解説書の説明。予備H23-15イでも○。120条3項の文言は釈放だけで、逃走は書かれていない)。

緊急逮捕の直後に人違いと分かって釈放した → それでも緊急逮捕状を請求する。

出題引致後・請求前に逃走しても、直ちに逮捕状を求める(○)

×にされやすい形
  • 「緊急逮捕した被疑者を釈放したときは、逮捕状を請求する必要はない」
  • 「緊急逮捕した被疑者が逮捕状請求前に逃走したときは、逮捕状を請求する必要はない」

11裁判官の審査の第1段:逮捕時の事情で学説

  • 逮捕状の請求を受けた裁判官は、まず緊急逮捕そのものが適法かを審査する。
  • 実体の要件(特に十分な理由)は逮捕した時点の事情で判断する。逮捕後に生じた状況(後で得た嫌疑の資料など)は資料にしない → 逮捕時に十分な理由が無ければ、後の取調べで自白しても要件を満たさない。
  • 手続もここで見る:理由を告げたか、直ちに請求したか。実体の要件がそろっていても、告知を欠いたり請求が遅れたりすれば、緊急逮捕は認められない。
  • なぜ逮捕時か:は、十分な理由がある場合に、逮捕できると書く=理由が要るのは捕まえるその時。

質店の前にいたというだけで指輪の男を捕まえ、取調べで空き巣を認めた → 捕まえた瞬間に確信をもてる程度の嫌疑が無かった=第1段で否定。

要件はそろっていたが、逮捕後、別件の取調べを優先して半日請求しなかった → 第1段(手続)で否定される方向。

出題「充分な理由」の判断に、逮捕後に生じた状況を資料とすることは許されない(○)

×にされやすい形
  • 「逮捕時に充分な理由が無くても、逮捕後の取調べで自白が得られれば、緊急逮捕状は発付される」

12裁判官の審査の第2段:発付時の事情で学説

  • 第1段が適法でも、裁判官は続けて、逮捕状を発付する時点の事情で、通常逮捕の要件=逮捕の理由と逮捕の必要性があるかを審査する(事後審査の性格)。
  • 必要性の物差しは通常逮捕と同じ:明らかに逮捕の必要がないと認めるときは発しない(ただし書。刑事訴訟規則143条の3=逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれも無いなど)。
  • どちらの段が崩れても逮捕状は出ない → 直ちに釈放()。
第1段:緊急逮捕の要件 逮捕時の事情だけで 第2段:通常逮捕の要件 発付時の理由・必要性 逮捕後の事情=第1段では使わない 逮捕 請求(直ちに) 発付 どちらかが崩れれば逮捕状は出ない → 直ちに釈放
2つの段は見ている時点が違う(項目11・12)。結論は同じ「逮捕状が出ない」でも、崩れた段が違う。
設例事情結論
①逮捕時は十分な理由が無かったが、逮捕後の取調べで自白した第1段で否定
②逮捕時は適法。その後、本当の犯人が別に見つかり、男は事情を知らずに指輪を預かっていただけと分かった(理由が消えた)第2段で否定
③逮捕時は適法。その後、身元と住所が確かめられ、指輪も押収されて、逃亡・罪証隠滅のおそれが明らかに無くなった(必要性だけが消えた)第2段で否定されうる

出題発付には、直ちに請求したこと+逮捕時の緊急逮捕の要件+発付時の通常逮捕の要件の全部が要る(○)

×にされやすい形
  • 「緊急逮捕が適法であれば、発付時に逮捕の必要性が無くなっていても、逮捕状は発付される」
  • 「第2段の審査も、逮捕した時点の事情で判断する」

13緊急執行との区別(・)条文

  • :逮捕状により逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。
  • 緊急執行(がを準用):逮捕状を所持しないため示すことができない場合で、急速を要するときは、被疑者に被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕できる。ただし、逮捕状はできる限り速やかに示さなければならない。
  • 緊急執行は、発付済みの逮捕状を前提に、その執行をする手続。緊急逮捕は、逮捕状を求めずに先に捕まえ、後で逮捕状を請求する手続。
  • 典型的な分かれ目は、逮捕状の発付が終わっているか(逮捕状が出ている事件で緊急逮捕をしてよいかは、項目14)。
緊急執行緊急逮捕
逮捕状発付済みの逮捕状を前提に執行する(手元に無くて示せないだけ)逮捕状を求めずに捕まえる(典型はまだ無い事件。出ている事件で許されるかは項目14)
逮捕のときに告げること被疑事実の要旨+逮捕状が発せられている旨理由(被疑事実の要旨+急速を要する事情)
逮捕の後できる限り速やかに逮捕状を示す直ちに逮捕状を請求する(裁判官の審査)
被疑者を見つけた(逮捕状は手元に無い)発付済みの逮捕状を執行するか示せないが急速を要するとき緊急執行要旨と発付の旨を告げ、後で速やかに示すはいいいえ210条の要件がそろうか重い罪・十分な理由・急速を要し緊急逮捕理由を告げ、直ちに逮捕状を請求はいいいえ通常逮捕の可否を検討逮捕状を請求する
指名手配の被疑者を街で見つけた場面で考える。典型は、逮捕状がもう出ていれば緊急執行、まだ無い事件なら緊急逮捕の要件を見る。逮捕状が出ている事件で、緊急執行によらず緊急逮捕をしてよいかは見解が分かれる(項目14)。

出題逮捕状を所持せず示せない+急速を要する → 被疑事実の要旨と逮捕状が発せられている旨を告げて逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「緊急執行では、後で逮捕状を示すだけで、逮捕のときに告げることは無い」(要旨と発付の旨を告げる)
  • 「緊急執行の後は、あらためて逮捕状を請求する」(それは緊急逮捕)

14逮捕状が出ている事件で緊急逮捕できるか学説

  • 逮捕状が発付されている被疑事実について、緊急執行ではなく緊急逮捕をしてよいか。見解が2つある:Ⅰ=許されない/Ⅱ=緊急逮捕の要件さえ備わっていれば許される。
Ⅰ 許されないⅡ 要件があれば許される
根拠・批判—(出題の肢には挙がっていない)根拠:現行法上、逮捕状は裁判官の命令状とは解し難い/捜査官は逮捕状による逮捕の執行を義務付けられていない
批判:二重逮捕の危険を生じさせる
この見解から生じる問題逮捕後できる限り速やかに逮捕状を示せないと予想されれば、緊急執行は相当でない → 手元に逮捕状を持たない司法警察員が指名手配の被疑者を見つけても、直ちに逮捕できないこともありうる—
その問題への答え①逮捕状の呈示が遅れて制限時間内に勾留請求できなくても、で制限時間不遵守の免責を受けうる余地がある
②指名手配の被疑者については、逮捕状の発付を数通受けて要所に送付しておけば避けられる
—

出題Ⅱ(二重逮捕の危険という批判/逮捕状は命令状でない・執行義務なし)

出題Ⅰ(直ちに逮捕できないこともある/の免責/数通の発付で回避)

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#26単独ページ動画

逮捕④逮捕後の手続

問い:逮捕した後、誰が、いつまでに、何をしなければならないか。逮捕されている間、被疑者は何ができるか。

骨組み

  1. 1合流:緊急逮捕()・現行犯逮捕()も通常逮捕の規定を準用 → 逮捕の種類で逮捕後の手続は変わらない(現行犯でも弁解の機会が要る)
  2. 2引致():検察事務官→検察官/司法巡査→司法警察員へ直ちに。留置の要否を決めるのは司法警察員・検察官だけ(司法巡査は自分で釈放できない)。自ら逮捕した司法警察員・検察官に引致は無い
  3. 33点セット(・):直ちに①犯罪事実の要旨②弁護人を選任できる旨を告げ、③弁解の機会。逮捕状を示していても要旨は告げる。勾留状の執行後には3点セットの定めは無い。逮捕の時に弁護人・親族へ通知する定めは無い
  4. 4選任権の告げ方(〜):弁護人の有無を尋ね、あれば告げなくてよい/申出先の教示(3項)/引き続き勾留を請求された場合の国選の教示(4項)=国選は勾留の段階から
  5. 5憲法とのつながり:要旨の告知・弁護人依頼=憲の文言/弁解の機会はの文言に無い=の適正手続に結びつける整理。その例として引かれるのが最大判昭37=告知・弁解・防御の機会なしに奪うのは憲法の容認しないところとした(逮捕ではなく第三者所有物の没収の事件・違反とした条文は・)
  6. 6弁解録取≠取調べ:主体=検察官・司法警察員だけ(司法巡査は不可)/対象=逮捕された被疑者だけ/黙秘権の告知は条文上の定めが無い(解説書:実務では告げている)。録取書を作る規定は刑訴法には無い(警察は犯罪捜査規範130条1項4号)
  7. 7留置の要否:弁解を聞いて、必要が無ければ直ちに釈放(送致しない・緊急逮捕でも同じ)。検察官の釈放に裁判官の裁判は要らない
  8. 848時間():起算=身体を拘束された時(引致・受取・逮捕状発付の時ではない)。終点=送致する手続(届くことまでは要らない)
  9. 924時間():起算=検察官が受け取った時。送致を受けた検察官が与えるのは弁解の機会(告知の定めは無い)
  10. 1072時間():24時間の制限にかぶせる上限(身体を拘束された時から)。期限=受理+24時間と拘束+72時間の早い方。受理が48時間を越えた分だけ短くなる
  11. 11公訴提起で代える(・ただし書):制限内に起訴すれば勾留請求は要らない=逮捕中のまま起訴できる(釈放してからでなくてよい)
  12. 12検察官のもとにいる場合():検察官が自ら逮捕/検察事務官が逮捕し引致/私人から引渡し 等 → 拘束から48時間で勾留請求か起訴。送致の段も72時間も無い。勾留を請求できるのは検察官だけ
  13. 13私人の現行犯逮捕(〜):直ちに検察官か司法警察職員へ引渡し(司法巡査が受け取れば司法警察員へ引致)。逮捕状の請求は無い。48時間は私人が捕まえた時から(受け取った時からではない)
  14. 14守れなかったら(・・):直ちに釈放。例外はのやむを得ない事情だけ(疎明・裁判官が正当と認めなければ勾留状は出ない)=狭い(解説書:天変地異・事故等に限られ、ほぼ認められない)
  15. 15接見():弁護人となろうとする者とも、立会人なく接見できる。書類・物の授受もできる。逮捕の段階から
  16. 16準抗告(最一小決昭57):逮捕に関する裁判・処分はの準抗告の対象外(決定は理由を述べていない)。決定の外(解説書):勾留請求の審査で逮捕の違法も問われ、勾留の裁判には準抗告ができる

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

司法警察員が逮捕した(または引致・引渡しを受けた)留置の必要があるか3点セットを告げ・与えた後に判断(203条1項)直ちに釈放送致しないいいえはい48時間内に送致の手続をしたか身体を拘束された時から数える直ちに釈放203条5項(やむを得ない事情は206条)いいえはい検察官も留置の必要ありと見るか受け取ったら弁解の機会(205条1項)直ちに釈放いいえはい期限内に勾留請求か起訴をしたか受理から24時間と拘束から72時間の早い方(205条1〜3項)直ちに釈放205条4項(やむを得ない事情は206条)いいえはい勾留の審査へ(または起訴)
司法警察員のもとから始まる流れ(項目3・7〜11・14)。検察官が自ら逮捕したとき・検察事務官が逮捕して引致したときは、送致の段が無く、拘束から48時間で勾留請求か起訴(項目12)。

13つの入り口が1本に合流する条文

  • :前条の規定により被疑者が逮捕された場合(緊急逮捕)には、第199条の規定により被疑者が逮捕された場合に関する規定を準用する。:現行犯人が逮捕された場合には、第199条の規定により被疑者が逮捕された場合に関する規定を準用する。
  • だから、どの入り口から入っても、逮捕後の手続(〜)は同じ形になる=逮捕の種類で異なるところはない。
入り口逮捕後の手続に入る経路
通常逮捕()の逮捕そのもの
緊急逮捕()で準用
現行犯逮捕()で準用
  • この回の3つの層:①告知と弁解(項目2〜7)、②時間の制限(項目8〜13)、③時間を守れなかったときの効果(項目14)。
  • この回の行き着く先の勾留=検察官の請求を受けた裁判官が勾留状を出して続ける身体拘束()。逮捕は捜査機関の手元での短い拘束(48・24・72時間)、勾留は裁判官の判断を経た拘束で、請求の日から10日以内に起訴しなければ釈放(・延長は通じて10日まで=同2項)。

出題緊急逮捕された者には弁解の機会が要るが、現行犯逮捕された者には要らない(×)

×にされやすい形
  • 「引致を受けた司法警察員は、緊急逮捕された甲には弁解の機会を与える必要があるが、現行犯逮捕された乙には与える必要がない」

2引致:判断できる人の元へ、直ちに()条文

  • :検察事務官又は司法巡査が逮捕状により被疑者を逮捕したときは、直ちに、検察事務官はこれを検察官に、司法巡査はこれを司法警察員に引致しなければならない。
  • 引致=身体の自由を拘束した人を、決められた場所へ強制的に連れて行くこと。
  • 登場する人:司法警察職員=司法警察員と司法巡査をまとめた呼び名(のかっこ書)。警察官は司法警察職員として職務を行う()。検察事務官=検察官の指揮を受けて捜査する()。この回で留置の要否を判断するのは、司法警察職員のうち司法警察員と、検察官。
  • 弁解を聞いて留置の要否を決めるのは、・で司法警察員と検察官に割り当てられている。検察事務官・司法巡査は、その判断をする人の元へ直ちに連れて行く。
  • 引致が要るのは検察事務官・司法巡査が逮捕したときだけ。司法警察員・検察官が自ら逮捕したときは引致は無く、そのまま自分で3点セット(項目3)に進む。
  • の文言は「逮捕状により」だが、緊急逮捕・現行犯逮捕も準用(項目1)で同じ=司法巡査はどの逮捕でも直ちに司法警察員へ引致する。
  • 司法巡査は、自分で留置の要否を判断して釈放することはできない。
被疑者を逮捕した捕まえたのは司法警察員か自ら3点セット203条:48時間で送致の手続はいいいえ検察官か自ら3点セット204条:48時間で勾留請求か起訴はいいいえ検察事務官か直ちに検察官へ引致202条 → 204条はいいいえ司法巡査か直ちに司法警察員へ引致202条 → 203条はいいいえ(私人)直ちに検察官か司法警察職員へ引き渡す214条。受け取った人に応じて203条か204条(司法巡査なら215条で司法警察員へ)
誰が捕まえたかで、誰の元へ行くかが決まる(項目2・12・13)。行き着く先は、留置の要否を判断する司法警察員か検察官。

出題司法巡査は、逮捕状による逮捕に限らず、直ちに司法警察員に引致する(○)

出題司法巡査が、現行犯逮捕した被疑者を留置の必要がないと考えてすぐに釈放した(×)

×にされやすい形
  • 「司法巡査が、現行犯人として逮捕した後、留置の必要がないと考え、すぐに釈放した」(適法とする形)

33点セット:告知と弁解の機会(・)条文

  • :司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。
  • 直ちに告げる2つ:①犯罪事実の要旨(何を疑われているか)②弁護人を選任することができる旨。その上で③弁解の機会(言い分を言える場)。
  • 逮捕状により逮捕したときも、①を省けない(は「逮捕状により被疑者を逮捕したとき」に3つとも求める)。
  • 検察官が自ら逮捕したとき・逮捕された被疑者を(送致によらず)受け取ったとき()も、同じ3点。
  • 3点セットは逮捕の後の手続。勾留状を執行した後に、同じ告知と弁解の機会を求める定めは無い。
  • 逮捕したとき直ちに弁護人や親族へ逮捕を通知しなければならない、とする肢は×(〜にそうした定めは無い)。
誰が①要旨②選任権③弁解の機会
司法警察員()告げる告げる与える
検察官が自ら逮捕・受取()告げる告げる与える
送致を受けた検察官()定め無し定め無し与える

コンビニの店員から現行犯人の引渡しを受けた司法警察員も、犯罪事実の要旨と弁護人を選任できることを告げた上で、弁解の機会を与える。

出題司法警察員は直ちに犯罪事実の要旨と弁護人選任権を告げる(現行犯人の引致を受けたときも)(○)

出題逮捕状で逮捕したときは要旨を告げなくてよい/弁解の機会を与えることは規定上求められていない(×)

出題逮捕状も勾留状も、執行後に要旨と選任権を告げて弁解の機会を与えなければならない(×)

出題逮捕したら直ちに弁護人(いなければ親族等の指定する1人)に通知しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「逮捕状により被疑者を逮捕したときは、逮捕状を被疑者に示しているから犯罪事実の要旨を告げる必要はない」
  • 「刑事訴訟法の規定上、司法警察員は、被疑者に弁解の機会を与えるように求められていない」
  • 「逮捕状による逮捕も起訴前の勾留も、令状を執行した後、直ちに犯罪事実の要旨等を告げて弁解の機会を与えなければならない」
  • 「司法警察員は、被疑者を逮捕したときは、直ちに、弁護人にその旨を通知しなければならない」

4弁護人を選任できることの告げ方(〜)条文

  • :被疑者に弁護人の有無を尋ね、弁護人があるときは、選任できる旨は告げなくてよい=尋ねること自体は省けない。検察官にも準用()。
  • :弁護士、弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる旨と、その申出先を教示する(検察官は)。
  • :引き続き勾留を請求された場合に、貧困その他の事由により自ら弁護人を選任できないときは裁判官に弁護人の選任を請求できる旨、請求には資力申告書を出す旨、資力が基準額以上ならあらかじめ弁護士会に選任の申出をしていなければならない旨を教示する(検察官は)。
  • 教える時は逮捕直後(1項で選任権を告げるとき)。教える中身が「引き続き勾留を請求されたら、裁判官に国選弁護人を頼める」=被疑者の国選弁護人は勾留の段階の制度。逮捕されているだけの段階で、裁判官が国選弁護人を付けるのではない。

家族がすでに弁護士を頼んでいたと分かれば、選任できる旨は告げなくてよい。ただし、弁護人の有無を尋ねることは省けない。

出題国選の請求に関する3つの事項(4項)の教示は、規定上求められていない(×)

出題逮捕段階も含め、重い事件なら身体拘束中いつでも裁判官は国選弁護人を付せる(×)

×にされやすい形
  • 「刑事訴訟法の規定上、司法警察員は、国選弁護人の選任請求に関する事項を教示するように求められていない」
  • 「逮捕状による逮捕も起訴前の勾留も、一定の重い事件なら、裁判官は身体拘束中いつでも国選弁護人を付すことができる」

53点セットと憲法:と(最大判昭37・11・28)条文判例学説

  • 憲(前段):何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。
  • 憲:何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
の3点憲法とのつながり
犯罪事実の要旨の告知「理由を直ちに告げられ」
弁護人選任権の告知「直ちに弁護人に依頼する権利」
弁解の機会の文言には無い。告知・弁解・防御の機会を与えることをの適正手続に結びつける整理(解説書)
  • 解説書は、告知・弁解・防御の機会を与えることを憲に基づく適正手続の根幹といえるとして、次の大法廷判決を引く。「根幹」は解説書の評価で、判決の言葉ではない。
  • 判決は逮捕の場面ではなく、関税法により第三者の所有物を没収する場面の判断:
  • 第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。
  • 判決が違反するとしたのは・(ではない):
  • 前記関税法一一八条一項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない。
  • 解説書の整理では、奪われるものが持ち物でも身体の自由でも、国が一方的に奪う前に理由を知らせ、言い分を聞くという筋は同じで、逮捕については憲が告知と弁護人依頼を直接書き、弁解の機会はこのの筋で説明される(判決は没収についての判断で、身体の拘束には触れていない)。
×にされやすい形
  • 「の弁解の機会は、憲が文言で直接保障している」
  • 「最高裁大法廷は、告知・弁解・防御の機会を与えることが適正手続の根幹であると述べた」(「根幹」は判決の言葉ではない)
  • 「昭37大法廷判決は、逮捕された被疑者への告知と弁解について判断した」(第三者所有物の没収の事件)

6弁解録取と被疑者取調べは別の手続条文学説

  • 弁解録取=弁解を聞いて、その内容を書面(弁解録取書)にまとめて残すこと。刑訴法が定めるのは弁解の機会を与えることまで=書面を作る・読み聞かせる・閲覧させる規定は無い(警察では犯罪捜査規範130条1項4号が「弁解の機会を与え、その結果を弁解録取書に記載すること」と定める)。
弁解の機会(弁解録取)被疑者取調べ()
主体検察官・司法警察員だけ検察官・検察事務官・司法警察職員
対象逮捕された被疑者だけ在宅の被疑者にも
黙秘権の告知条文上の定めは無い(解説書:実務では弁解録取時にも告げている)で義務
  • :前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
  • 弁解録取は、留置の要否を判断するための手続と見れば黙秘権の告知は不要と考えられる。ただ、実際には問いかけが要り、取調べと区別しにくいので、実務上は告げている。
  • 司法巡査は弁解録取の主体ではない(取調べならできる)。

弁解を聞くうちに、司法警察員が「なぜ持ち去ろうとしたのか」と動機まで問いただし始めた → 中身は取調べで、の告知の問題になる方向(名前ではなく中身で見る)。

出題弁解録取書の作成・読み聞かせ・閲覧は、刑訴法の規定上求められている(×)

出題司法巡査が、被疑者を逮捕した後に弁解録取手続を行った(×)

×にされやすい形
  • 「刑事訴訟法の規定上、司法警察員は、弁解録取書を作成して、これを読み聞かせた上で、閲覧させることが求められている」
  • 「司法巡査が、被疑者を逮捕した後、弁解録取手続を行った」(適法とする形)
  • 「弁解の機会を与えるに当たっても、条文上、黙秘権を告げなければならない」

7弁解を聞いた後の分かれ道:留置の要否条文

判断司法警察員()検察官(・)
留置の必要なし直ちに釈放
留置の必要あり拘束から48時間以内に送致する手続時間内に裁判官へ勾留を請求(または起訴)
  • 留置の必要が無ければ、検察官に送致せずに直ちに釈放する。緊急逮捕でも同じ(で準用)。
  • 見る時点の違い:逮捕の必要性=逮捕状を出すときに、捕まえてよいかを見る/留置の必要=弁解を聞いた今も、拘束を続ける必要があるかを見直す。
  • 検察官が、受け取った被疑者を勾留請求せずに釈放するのは検察官の判断=裁判官の裁判は要らない。

出題留置の必要がないと判断したら、送致せずに直ちに釈放(○)

出題留置の必要がないと思料しても、釈放せず検察官に送致しなければならない(緊急逮捕でも)(×)

出題検察官が勾留請求せずに釈放するには、裁判官の裁判が要る(×)

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、留置の必要がないと思料するときでも、緊急逮捕した被疑者を釈放することは許されず、検察官に送致する手続をしなければならない」
  • 「検察官が、逮捕された者を受け取った後、勾留請求せずに釈放するには、裁判官の裁判が必要である」

848時間:拘束の時から、送致の手続まで()条文

  • 起算点=「被疑者が身体を拘束された時」。条文の言葉は「逮捕の時」でも「受け取つた時」でもない=実際に拘束が始まった時から数える。
  • だから、引致の時から・受け取った時から・(緊急逮捕の)逮捕状の発付を受けた時から、ではない。
  • 終点=「検察官に送致する手続」。検察官の手元に届くことまでは求められていない=48時間以内に送る手続を終えればよい。届くまでの移動・事務の時間は48時間に入らない。
  • 刑事訴訟規則148条1項1号:勾留を請求するときに出す逮捕状には、逮捕・引致の年月日時と並んで、送致する手続をした年月日時と送致を受けた年月日時が別々に書かれる=「手続」と「受理」は別の時刻。
事例(過去問)拘束送致の手続の期限
司法警察員が逮捕状で逮捕(司法H22問22)6日 午後3時45分8日 午後3時45分までに「送致する」手続(送致した上で受け取らせる、ではない)
司法巡査が現行犯逮捕し、40分後に引致(予備H25問15)1日 午後9時20分3日 午後9時20分(引致の午後10時からではない)

送致の手続が49時間目にずれ込んだ → 受理がすぐでも、72時間に余裕があっても、48時間に反する=直ちに釈放()。検察官の残り時間で埋め合わせはできない。

出題逮捕から48時間=翌々日の同じ時刻まで。「送致する」手続(○)

出題48時間は、被疑者を受け取った時・引致の時・逮捕状の発付を受けた時から数える(×)

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、司法巡査が逮捕した被疑者を受け取ったときは、被疑者を受け取った時から48時間以内に送致する手続をしなければならない」
  • 「緊急逮捕した被疑者を検察官に送致する手続は、逮捕状の発付を受けた時から48時間以内にしなければならない」
  • 「48時間以内に、送致した上で検察官に受け取らせなければならない」

924時間:検察官が受け取った時から()条文

  • :検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。
  • 起算点=検察官が受け取った時(送致の手続をした時ではない)。ここだけ起算点が違う。
  • 送致を受けた検察官に定められているのは弁解の機会だけ。・と違い、要旨と選任権を告げることは定められていない。

出題受け取った検察官は「弁解」の機会。受け取った時から「24時間」(○)

出題検察官は、送致された被疑者を受け取った時から48時間以内に勾留請求すればよい(×)

×にされやすい形
  • 「検察官は、司法警察員から送致された被疑者を受け取ったときは、受け取った時から48時間以内に勾留を請求しなければならない」
  • 「受け取った検察官は、接見の機会を与え」(弁解の機会)

1072時間:24時間の制限にかぶせる上限()条文

  • :前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。
  • 72時間は、の24時間の制限の上限。48時間・24時間と並ぶ別の3本目の時計ではない(だから検察官が自ら逮捕したのルートには72時間は無い=項目12)。
  • 48時間と24時間をそのまま足せるのは、48時間ぎりぎりで送致の手続を終え、検察官が受け取るまでの時間がゼロだったときだけ。実際には移動や事務の時間がかかる。
  • 勾留請求の期限=「受け取った時+24時間」と「拘束の時+72時間」の早い方。受理が48時間の線を越えれば、越えた分だけ検察官の時間が24時間より短くなる。越えなければ24時間まるまる使える。
  • なぜ上限を置くか:送致から受理までに手間取った分だけ、本人の拘束が延びることを止めるため。
司法警察員が逮捕:手続46時間目・受理51時間目 司法警察員の48時間 ← 移動・事務(5時間) 検察官 21時間 72時間で打ち切り (24時間なら75時間目) 拘束 0 48h 72h 手続46h 受理51h
送致の手続は48時間の内(46時間目)なので違法ではない。受理が51時間目なので、検察官に残るのは 72−51=21時間で、24時間ではない。削られるのは、受理が48時間の線を越えた3時間。
過去問の事例拘束受理受理+24時間拘束+72時間期限
予備H23問17・司法H23問251日 午前10時3日 午前10時30分4日 午前10時30分4日 午前10時4日 午前10時
予備H27問163日 午後2時10分5日 午後2時35分6日 午後2時35分6日 午後2時10分6日 午後2時10分
予備R7問1915日 午後1時15分17日 午後1時30分18日 午後1時30分18日 午後1時15分18日 午後1時15分

どれも受理が48時間の線を少し越えている(15〜30分)=その分だけ72時間の側が早く来る。「受け取った時から24時間で足りる」は全部×。

出題受け取った時から24時間以内「かつ」逮捕の時から「72時間」以内(○)

出題勾留請求の期限は、受け取った時から24時間だけで数えた時刻まででよい(×)

関連起算点を実質的な逮捕の時点(任意同行の開始)に置いて数え直しても、48・24・72時間が守られていた(○)

×にされやすい形
  • 「検察官は、甲を勾留請求する場合、受け取った時から24時間後までに行えば足りる」(72時間の上限を落とす)
  • 「72時間は、48時間・24時間とは別に、どのルートにもかかる独立の時間制限である」

11勾留請求の代わりに起訴してもよい(・ただし書)条文

  • :前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。検察官が自ら逮捕した場合も同じ(ただし書)。
  • だから、検察官は逮捕中の被疑者を、逮捕中のまま起訴できる。勾留状が出ていないからといって、釈放してから起訴する必要は無い。
  • 逮捕中に起訴された者を引き続き勾留するには、裁判官の裁判が要る(予備H25問16オ=○)。:まだ勾留されていない被疑者について、・の時間の制限内に公訴の提起があった場合には、裁判官は、速やかに、被告事件を告げ、陳述を聴き、勾留状を発しないときは、直ちにその釈放を命じなければならない。

受け取ってから10時間で起訴できる見込みが立った → 勾留請求をせず、そのまま起訴してよい(24時間・72時間の内側で)。

出題検察官は、逮捕中の被疑者について公訴を提起できない(×)

出題勾留状が無いので、逮捕中の被疑者は釈放した上で公判請求しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「検察官は、逮捕した被疑者につき、逮捕中に公訴を提起することはできず、勾留を請求するか、又は釈放しなければならない」
  • 「逮捕中の被疑者を公判請求する場合、勾留状が発付されていないので、釈放した上で公判請求しなければならない」

12検察官のもとにいる場合:48時間だけ()条文

  • :検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。但し、その時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。
  • 入るのは、検察官が自ら逮捕したときと、検察事務官が逮捕してで引致されたときなど(「逮捕された被疑者…を受け取つたとき」)。私人から現行犯人の引渡しを受けた検察官も、の準用でここに入る(項目13)。
  • 被疑者はもう検察官の手元にいるので、送致の段が無い。持ち時間は拘束から全体で48時間で、24時間も72時間も続かない。
  • 弁護人の頼み方・国選の教示はと同じ(・)。
  • 被疑者の勾留を請求できるのは検察官だけ。司法警察員は勾留を請求できない。
司法警察員が逮捕(203条・205条) 送致の手続まで48時間 受理から24時間 (72時間が上限=受理が遅れればその分短い) 検察官・検察事務官が逮捕(204条) 勾留請求か起訴まで48時間 送致の段も72時間も無い 拘束 48h 72h
どちらも起算点は身体を拘束された時。検察官のもとでは、48時間がそのまま勾留請求(または起訴)の期限になる。

検察官が自ら逮捕して、50時間目に勾留を請求した → の48時間を超えている=直ちに釈放()。「警察が逮捕していれば72時間あった」は使えない。

検察事務官が逮捕し、2時間後に検察官へ引致した → 48時間は引致の時からではなく、取り押さえた時から数える。

出題検察官が逮捕状で逮捕したら、拘束時から□時間以内に勾留請求(正答:48)

出題検察官が自ら逮捕状で逮捕したときは、拘束時から24時間以内に勾留請求する(×)

出題司法警察員も、被疑者の勾留を請求できる(×)

×にされやすい形
  • 「検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕した場合、身体を拘束された時から24時間以内に勾留を請求し、又は公訴を提起しなければならない」
  • 「被疑者の勾留を請求することは、検察官も司法警察員もできる」

13私人が現行犯人を捕まえた場合(〜)条文

  • :検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない=私人は自分で留め置かない。
  • :司法巡査が現行犯人を受け取ったときは、速やかに司法警察員に引致する。:逮捕者の氏名・住居・逮捕の事由を聴き取る。
  • 引き渡された後はの準用で、受け取った人が司法警察員なら、検察官ならのルートに乗る。
  • 現行犯逮捕なので、逮捕状を求める手続は無い(逮捕状を請求し、出なければ釈放、というのは緊急逮捕の仕組み=)。
  • 48時間の起算点=私人が捕まえた時。準用される・が「身体を拘束された時」から数えると書くので、条文の文言からはそう読める。店員が取り押さえた時点で拘束はもう始まっている。警察官が受け取った時からではない(過去問でも、受け取った時から、とする肢は×)。

店員が22時に取り押さえ、警察官が受け取ったのは23時半 → 48時間は22時から数える。受け取りが遅れた分も、警察の48時間から減っている。

出題私人は、直ちに地検・区検の検察官又は司法警察職員に引き渡す(○)

出題私人からの引渡しは検察官も司法警察員も受けられる。司法巡査が受け取って司法警察員に引致するのは適法(○)

出題私人から現行犯人の引渡しを受けた司法警察員は、直ちに逮捕状を求める手続をしなければならない(×)

出題私人から引渡しを受けた現行犯人の48時間は、受け取った時から数える(×)

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、私人から現行犯人の引渡しを受けた場合、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならず、逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放しなければならない」
  • 「司法警察員は、私人から現行犯人の引渡しを受けた場合、逮捕された時からではなく、その者を受け取った時から、48時間以内に送致する手続をしなければならない」

14時間を守れなかったら:直ちに釈放条文学説

場面守れなかったこと効果
48時間の制限内に送致の手続をしない直ちに釈放
48時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしない直ちに釈放
第1項及び第2項(24時間・72時間)の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしない直ちに釈放
  • 時間の区切りは、拘束を続けてよいかを次の判断者に確かめさせるためのもの。区切りまでに渡せなければ、拘束を続ける根拠がなくなる。
  • :検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によって前三条の時間の制限に従えなかったときは、検察官は、裁判官にその事由を疎明して、勾留を請求できる。
  • :裁判官は、その遅延がやむを得ない事由に基く正当なものと認める場合でなければ、勾留状を発することができない。認めなければ、ただし書により、勾留状を発しないで直ちに被疑者の釈放を命じる。
  • 刑事訴訟規則148条2項:この場合、やむを得ない事情を認めるべき資料も出す。
  • 解説書は、やむを得ない事情は天変地異や事故等に厳格に限定され、ほぼ認められることはないとし、実務もそれを前提に制限時間の遵守を徹底しているとする。

台風で道路が寸断され、受理が74時間目にずれた → 検察官は事由を疎明して勾留を請求できる。裁判官が正当と認めなければ、勾留状は出ず、直ちに釈放を命じる。

当直の人手が足りず、書類作りが遅れた → やむを得ない事情に当たらない方向。

×にされやすい形
  • 「24時間以内に勾留を請求しなければ釈放」だけで覚える(72時間の上限と公訴提起の道が落ちている)
  • 「やむを得ない事情があれば、司法警察員が裁判官に勾留を請求できる」(請求するのは検察官)

15接見交通権()条文

  • :身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  • 相手は、選任された弁護人に限られない=弁護人となろうとする者(まだ選任されていない弁護士)とも、立会人なしで会える。
  • 会うだけでなく、書類や物の受け渡しもできる。
  • 逮捕の段階から使える(勾留されてからではない)。

店員に取り押さえられたその夜、48時間の時計が動いている最中でも、家族に頼まれた弁護士が警察署に来れば、立会人なしで会える(捜査のための日時等の指定=は別の話)。

出題弁護人に選任される前の弁護士とは、立会人なく接見できない(×)

出題弁護人は、被疑者と物の授受をすることはできない(×)

×にされやすい形
  • 「弁護士は、被疑者の弁護人に選任されない限り、逮捕又は勾留された被疑者と立会人なくして接見することはできない」
  • 「物の授受は意思や情報の伝達とは関係ないので、弁護人は被疑者と物の授受をすることはできない」

16逮捕は準抗告の対象に含まれない(最一小決昭57・8・27)条文判例学説

  • 準抗告():裁判官がした一定の裁判に不服がある者が、裁判所にその取消し・変更を求める手続。対象は各号に並べた裁判だけ(例:2号の勾留、保釈、押収などに関する裁判)。列挙に逮捕は入っていない。
  • 最高裁(第一小法廷):
  • 逮捕に関す裁判及びこれに基づく処分は、刑訴法四二九条一項各号所定の準抗告の対象となる裁判に含まれないと解するのが相当である
  • 決定が示したのは結論だけで、理由は述べていない(実益が無い、明文が無い、などの理由づけは決定に無い)。
  • 決定が言ったのは準抗告の対象外ということまで。逮捕の違法を争う道が一切無い、とは言っていない。
  • 逮捕に続く勾留は、請求の段階で裁判官が審査し、その審査で先行する逮捕手続の重大な違法を理由に勾留請求が却下されうる(解説書)。勾留の裁判には準抗告もできる(2号)。
争いたいこと方法
逮捕状の発付そのものの取消し準抗告できない(現行法上、不服申立ては許されない)
先行する逮捕手続の違法を理由に、勾留状の発付の取消し勾留の裁判への準抗告ができる

出題逮捕状を発付した裁判に対して、準抗告できる(×)

出題先行する任意同行の違法を理由に逮捕状発付の取消しを求める → 現行法上、不服申立ては許されない

関連先行する逮捕手続の違法を理由に、勾留状発付の取消しを求める → 準抗告が可能

関連逮捕も勾留も、刑訴法上不服申立ての手段がない(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者又は弁護人は、逮捕状を発付した裁判に対して準抗告をすることができる」
  • 「逮捕状による逮捕も起訴前の勾留も、刑事訴訟法上、不服申立ての手段がない」
  • 「最高裁は、逮捕は短期間で終わり実益が無いから準抗告の対象外であると理由を述べた」(理由は述べていない)
  • 「判例によれば、逮捕の違法は、その後の手続でも一切争えない」(決定は準抗告の対象外としただけ)

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#27単独ページ動画

勾留①要件と勾留質問

問い:裁判官は、何を確かめ、どんな手続を踏んで、被疑者の勾留を決めるか。

骨組み

  1. 1勾留とは:被疑者=起訴される前の人、被告人=起訴された後の人。被疑者の勾留は、検察官の請求を受けた裁判官が勾留状を出して続ける身体拘束()。目的=逃亡・罪証隠滅の防止(被疑者勾留は捜査を前提とする拘束)
  2. 2請求と逮捕前置:勾留を請求できるのは検察官だけ(警察の司法警察員は不可)。逮捕が先=逮捕せずにいきなり被疑者を勾留することはできない
  3. 3被告人の条文を使う():請求を受けた裁判官は裁判所・裁判長と同一の権限=・・などが準用される。ただし保釈は除く=被疑者に保釈は無い
  4. 4被告人勾留との違い:被告人の勾留は裁判所の職権=検察官の勾留請求は無い。第1回公判期日までは裁判官が行う()
  5. 5勾留の理由():相当な嫌疑+1〜3号のどれか1つ(「かつ」ではない)。逃亡・罪証隠滅は逮捕では必要性の問題、勾留では理由そのもの=積極的に認められなければ勾留できない
  6. 61号 住居不定:現実にどこで起臥寝食しているか(実際にどこで寝起きし暮らしているか)で判断(住民票の住所でも、寄りつかなければ住居不定)。住居を黙秘し所持品等からも分からない場合も含む
  7. 7軽微事件():30万円(刑法等以外は当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料の事件は住居不定の場合に限る=法定刑で差がある。通常逮捕と違い出頭不応は入らない
  8. 82号① 対象:犯罪事実に限らない。違法性・責任を阻却する事実(正当防衛・心神喪失等)と重要な情状事実(刑の重さを左右する事情=動機など)も含む
  9. 92号② 方法:本人が自ら行う場合に限らず、第三者と通じて行う場合(第三者に命じ・指示してさせる場合など)も含む。共犯事件・組織的な事件は認められやすい
  10. 102号③④ 現実的・主観的可能性:どちらも要る=隠滅する意図だけでは足りない。おそれの程度は必要性の段でも効く
  11. 113号 逃亡:生活状況(勤務の安定・家族)と処罰を免れる目的(罪責の重大さ・前科)。同種前科も肯定方向に考慮できる
  12. 12勾留の必要性():必要がなくなれば取り消す=請求時にも要件と考えられている。おそれの程度が大きくないとき、被疑者の不利益等を考えて否定されうる=この段では有無だけでなく程度まで考慮する(解説書)
  13. 13最決平26・11・17:本件では(前科前歴なし・逃亡のおそれなし)、必要性を左右するのは罪証隠滅の現実的可能性の程度とされた。原々審の判断は不合理とはいえないのに、原決定は「可能性もある」と言うだけで程度について異なる判断をした理由を示さなかった → 原決定取消し・準抗告棄却
  14. 14勾留質問():被疑事件を告げ陳述を聴いた後でなければ勾留できない(逃亡した場合を除く)。非公開・検察官・弁護人に立会権なし(書記官が立ち会う)。延長には勾留質問の定めが無い。先行する逮捕手続の適法性も審理する
  15. 15告知と教示(〜):弁護人選任権と国選の選任請求権を告げる。弁護人があるときは不要(2項ただし書)。申出先・資力申告書等を教示
  16. 16勾留状か釈放命令か():速やかに勾留状(24時間などの時間制限は無い)。理由が無いとき等は裁判官が直ちに釈放を命じる
  17. 17勾留の場所:原則は刑事施設(拘置所)。代えて警察の留置施設に留置できる=実務はほとんどこちら(代用監獄問題)。勾留場所の変更を求めて準抗告できる

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

検察官の勾留請求(逮捕が先)勾留質問をしたか被疑事件を告げ陳述を聴く(61条・逃亡した場合を除く)勾留できないいいえはい相当な嫌疑があるか罪を犯したと疑うに足りる相当な理由(60条1項柱書)釈放を命じる勾留の理由が無いいいえはい1〜3号のどれか1つに当たるか住居不定・罪証隠滅・逃亡(軽微事件は1号だけ=60条3項)釈放を命じる勾留の理由が無いいいえはい勾留の必要性があるか87条1項。おそれの程度・被疑者の不利益など諸事情を総合し、実質的に相当か釈放を命じる勾留の必要が無いいいえはい速やかに勾留状207条5項本文
裁判官が勾留を決める順(項目5〜12・14・16)。理由(相当な嫌疑+各号)と必要性は別の段。解説書は、必要性の段でも、おそれの有無だけでなく程度まで考慮するとする。勾留請求を却下するときは、勾留状を発しないで釈放を命じる(207条5項ただし書・項目16)。

1勾留とは何か条文学説

  • 呼び名:起訴される前の人は被疑者、起訴された後の人は被告人。起訴された後の勾留は被告人の勾留と呼ばれる。この回で扱うのは被疑者の勾留。
  • 勾留=検察官の請求を受けた裁判官が勾留状を出して続ける身体拘束()。逮捕に引き続き、より長い期間、身体の自由を拘束する強制処分。
  • 期間:勾留の請求をした日から10日以内に公訴を提起しないときは、検察官は直ちに釈放()。延長は通じて10日まで()。
  • 目的(解説書):被疑者の勾留も被告人の勾留も、逃亡・罪証隠滅の防止を目的とする身体拘束で、基本的に同じ。ただし被疑者の勾留は捜査を前提とした拘束である。
段階誰が・何をするか
逮捕捜査機関が、短い時間(48・24・72時間)身柄を確保する
勾留請求検察官が裁判官に勾留を求める(など)
勾留質問裁判官が被疑者に直接会い、被疑事件を告げ、陳述を聴く(項目14)
勾留状/釈放命令要件がそろえば速やかに勾留状。欠ければ直ちに釈放を命じる(項目16)
×にされやすい形
  • 「被疑者の勾留は、取調べをするための身体拘束である」(目的は逃亡・罪証隠滅の防止。捜査は前提)

2勾留を請求できるのは検察官だけ・逮捕が先条文判例

  • 被疑者の勾留を裁判官に請求するのは検察官(・)。司法警察員(警察の側の捜査官)には勾留を請求する権限が無い。
  • 逮捕前置:逮捕せずに、いきなり被疑者を勾留することはできない。も「前三条の規定による勾留の請求」(逮捕に続く請求)を受けた裁判官、と書く。
  • 逮捕状の審査では、裁判官は被疑者本人に会わない。裁判官が被疑者に直接会うのは勾留が初めて(勾留質問)。
  • 逮捕そのものには不服を申し立てる手続が無い(最決昭57・8・27=逮捕に関する裁判は準抗告の対象にならない)。拘束が長くなる勾留の段階で、裁判官が審査する。

出題被疑者の勾留の請求は、司法警察員と検察官のいずれもがなし得る(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者の勾留の請求は、司法警察員も検察官もすることができる」

3被疑者の勾留に「被告人」の条文を使う()条文

  • :前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
  • ・・は、本来、裁判所が被告人を勾留する場面の条文。によって、被疑者の勾留にも準用される(解説書の言い方)。
  • ただし書:保釈は除く=被疑者の勾留には保釈が無い。保釈は起訴された後(被告人の勾留)の制度。

出題裁判官は、勾留の継続による健康上・社会生活上の不利益があれば、勾留中の被疑者を保釈できる(×)

出題保釈は、被疑者の勾留には無いが、被告人の勾留にはある(○)

出題保釈は、被疑者・被告人のどちらの勾留にもある(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官は、勾留の継続により被疑者が受ける健康上又は社会生活上の不利益がある場合、勾留中の被疑者を保釈することができる」
  • 「保釈は、被疑者の勾留と被告人の勾留のいずれについても認められる」

4被告人の勾留との違い条文

  • 被告人の勾留は、のとおり「裁判所は…これを勾留することができる」=裁判所が職権でする。検察官の勾留請求という手続は、被疑者の勾留にだけある。
  • 起訴された後、第1回の公判期日までは、勾留に関する処分は裁判官が行う()。それ以後は受訴裁判所。
  • 受訴裁判所=起訴された事件の審理(公判)を受け持つ裁判所。の「裁判所」は、起訴された事件を審理する裁判体としての裁判所。これに対し、被疑者の勾留を決めるのは、勾留の請求を受けた個々の裁判官()。
被疑者の勾留被告人の勾留
勾留状を出すか判断する裁判官受訴裁判所(第1回公判期日までは裁判官)
検察官の勾留請求ある(これが無いと始まらない)無い(職権)
保釈無いある

出題勾留状を出すか判断するのは、被疑者の勾留は裁判官、被告人の勾留は第1回公判期日までを除き受訴裁判所(○)

出題検察官による勾留請求は、被疑者・被告人のどちらの勾留にもある(×)

出題検察官は起訴の際に被告人の勾留を請求でき、裁判所は検察官の請求がなければ被告人を勾留できない(×)

×にされやすい形
  • 「検察官は、逮捕勾留されていない被疑者について公訴を提起する際、勾留請求権に基づいて、裁判官にその勾留を請求することができる」(公訴の提起=起訴。起訴すれば被告人の勾留になり、それは裁判所の職権でする=検察官の勾留請求は無い)
  • 「裁判所は、検察官の請求がなければ、被告人を勾留することができない」

5勾留の理由:相当な嫌疑+1〜3号のどれか1つ()条文

  • :裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
    一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
    二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
    三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
  • 要素①=柱書の相当な嫌疑。文言は通常逮捕()と同じ「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」。
  • 要素②=1〜3号のどれか1つ(「各号の一にあたるとき」)。住居が定まっていても、罪証隠滅か逃亡のどちらかがあれば足りる。
逮捕(通常逮捕)勾留
逃亡・罪証隠滅のおそれの位置逮捕の必要性の問題勾留の理由(1〜3号)そのもの
どこまで求めるか明らかに逮捕の必要がないときだけ却下(ただし書・刑事訴訟規則143条の3)1〜3号のどれかが積極的に認められなければ勾留できない

住居が定まり、証拠は押収済みで働きかける相手もおらず、家族と同居して定職もある → 逮捕状は出ても、勾留では1〜3号のどれも積極的に認められず、却下の方向。

出題住居の定まった被疑者は、罪証隠滅のおそれ「かつ」逃亡のおそれがあるときに限り勾留できる(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者が定まった住居を有するときには、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり、かつ、逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるときに限り、勾留することができる」

61号 住居不定条文学説

  • 「定まつた住居」は、現実にどこで起臥寝食しているか(実際にどこで寝起きし、食事をして暮らしているか)で見る。住民票の住所に居住する権原があっても、それだけでは決まらない。
  • 解説書の整理:住民票上の住居があっても、そこに寄りつかなければ住居不定。突発的な家出で転々としていても、確実な帰住先があれば、住居不定の程度は高くない(=住居不定に当たりにくい。当たらないとまでは言い切っていない)。住居を黙秘し、所持品等からも判明しない場合も含むと解される。
場面事情判断
帰る場所が実質ない住民票は実家のまま、半年以上ネットカフェや友人宅を転々とし、実家には寄りつかない住居不定に当たる
一時的な外出親と喧嘩して3日間友人宅に泊まった。戻る先は確か住居不定に当たりにくい(解説書の言い方は「程度は高くない」)
住所が不明住所を黙秘し、持ち物からも分からない住居不定に含まれる

出題居住の正当な権原があれば、現実の起臥寝食の場所にかかわらず住民票の住所が「定まつた住居」に当たる(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者が、住民票記載の住所について、所有権、賃借権などのそこに居住する正当な権原を有している場合には、現実にどこで起臥寝食しているかにかかわらず、住民票記載の住所が『定まつた住居』に当たる」

7軽微事件は住居不定の場合に限る()条文

  • :30万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪については、当分の間、2万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第1項の規定を適用する。
  • だから、勾留できる要件には事件の法定刑の軽重による差がある。軽微事件では、罪証隠滅や逃亡のおそれがあっても、住居不定でなければ勾留できない。
  • 通常逮捕の特則(ただし書)は「定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合」。勾留の特則には出頭不応が入っていない。
  • 「拘留」は罰金・科料と並ぶ刑罰の一種で、この回の「勾留」とは別物。
相当な嫌疑がある軽微事件か30万円(刑法等以外は当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料(60条3項)1〜3号のどれか1つで足りるいいえはい定まった住居を有しないか1号勾留できない罪証隠滅・逃亡のおそれがあってもいいえはい勾留の理由あり(1号)必要性の段へ
軽微事件では、2号・3号は勾留の理由にならず、1号の住居不定だけが道になる。

軽犯罪法違反(拘留又は科料)の被疑者に、定まった住居はあるが、出頭の求めに正当な理由なく応じない → 通常逮捕はできても、勾留は住居不定の場合に限られるので、この事情だけでは勾留できない。

出題30万円以下の罰金に当たる事件は、罪証隠滅・逃亡のおそれがあっても、住居不定でなければ勾留できない(○)

出題被疑者を勾留できる要件に、法定刑の軽重による差異は無い(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者を勾留することができる要件は、対象となっている事件の法定刑の軽重による差異が設けられていない」
  • 「軽微事件でも、罪証隠滅と逃亡のおそれの両方があれば、住居不定でなくても勾留できる」

82号① 隠滅の対象:犯罪事実だけではない学説

  • 罪証隠滅のおそれは、解説書の整理で①対象 ②方法 ③現実的可能性 ④主観的可能性の順に検討する(項目8〜10)。実務上、勾留の可否を決める重要な要素。
  • ①対象:構成要件に当たる事実に限らない。違法性・責任を阻却する事実(正当防衛、心神喪失・心神耗弱の主張)も、重要な情状事実(犯罪が成り立つかではなく、刑の重さを左右する事情。例:動機の主張)も含む。
  • だから、正当防衛や心神喪失を主張している、犯行自体は認めている、というだけで対象が無いことにはならない。情状事実は「重要な」ものに限る。

犯行は認めつつ「借金取りに脅されてやむなく」と動機を主張し、それが刑の重さを左右する → その動機をめぐる関係者の供述も隠滅の対象になりうる(「重要な」情状に限る)。

殴ったことは認めるが「先に刃物を向けられた」と正当防衛を主張 → 違法性を阻却する事実をめぐる証拠(目撃者の供述など)も隠滅の対象。「自白しているから2号は無い」とはならない。

出題犯罪の成立の証拠が収集済みで、動機の証拠にだけ隠滅のおそれがある場合は、2号の要件を満たさない(×)

×にされやすい形
  • 「『罪証』とは犯罪の成否に関する証拠を意味するので、犯罪の動機に関する証拠にのみ隠滅のおそれがある場合には、2号の要件を満たすことはない」
  • 「罪証隠滅の対象は、責任を軽くする事情までで、正当防衛の主張は対象外」(違法性・責任を阻却する事実も対象)

92号② 隠滅の方法:第三者を使う場合も学説

  • 罪証隠滅行為は、被疑者が自ら実行する場合に限られない。第三者と通じて行う場合(第三者に命じ・指示して、その第三者にさせる場合など)も含む。
  • 共犯事件は単独事件より一般に認められやすく、組織的な犯罪はさらに認められやすい(働きかける手段・相手が増える)。

2人組のひったくりで1人だけ逮捕、もう1人は所在不明 → 釈放すれば供述をすり合わせる余地があり、単独犯より2号は認められやすい方向。

出題罪証隠滅行為には、被疑者が第三者に命じ・指示してさせる場合も含まれる(○)

×にされやすい形
  • 「罪証隠滅行為は、被疑者が自らこれを実行する場合に限られる」

102号③④ 現実的可能性と主観的可能性学説

  • ③現実的可能性(客観面)が無ければならない。乏しい典型:被害者が警察官である、釈放後に被害者に接触するのが困難である。
  • ④主観的可能性(隠滅の意図)も無ければならない。肯定されやすいのは、重大事案で厳罰が予想される場合、否認していて被害者等に働きかけるおそれがある場合。
  • だから、隠滅しようという意図だけでは足りず、隠滅行為をしたら効果が生じうる状況が要る。逆に、否認は④の手がかりの1つにすぎず、否認だけで2号にはならない。
  • おそれがどのくらい大きいか(程度)は、必要性の段でも効く。解説書は、必要性の判断では有無だけでなく程度まで考慮するとする(項目12・13)。
①隠滅の対象となる事実があるか違法性・責任阻却事実、重要な情状事実も含む2号に当たらないいいえはい②隠滅の方法があるか第三者と通じて行う場合も含む2号に当たらないいいえはい③現実的可能性があるか被害者が警察官・釈放後の接触が困難なら乏しい2号に当たらないいいえはい④主観的可能性があるか重大事案で厳罰予想・否認して働きかけのおそれ2号に当たらない意図が無ければ足りないいいえはい2号に当たるおそれの程度は必要性の段でも効く
解説書が示す検討の順(項目8〜10)。判例・条文がこの4段を要件として並べているのではない。どれかが欠ければ2号に当たらない(③④は解説書が「無ければならない」とする)。

交番前で制止した警察官を突き飛ばした公務執行妨害 → 被害者は警察官で、口裏合わせを持ちかけるのは現実には難しい。③が乏しく、2号のおそれは認めにくい方向。

出題主観的に隠滅の意図があれば足り、罪証隠滅の効果が生じ得ることは要らない(×)

×にされやすい形
  • 「『罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある』といえるためには、被疑者において主観的に証拠を隠滅しようという意図があれば足り、罪証隠滅の効果が生じ得るものであることは必要ではない」
  • 「否認している以上、2号のおそれは当然に認められる」

113号 逃亡のおそれ学説

  • 解説書の整理:まず生活状況(単身か、無職・不安定な職か、暴力団等の不良交友)を見て、次に処罰を免れる目的をうかがわせる事情(重大事案、前科前歴で厳罰が予想される)を見る。
  • 勤務の安定は判断を左右する:同じ会社に長く勤める人と、短期間で勤務先を転々とする人とでは、判断に差が出る。
  • 罪責が重大であることは、逃亡のおそれを肯定する方向に働く。同種前科も肯定する方向に考慮できる。
高い方向低い方向
生活状況単身で、勤務先を転々としている家族と同居し、長く同じ会社に勤めている
処罰を免れる目的実刑が見込まれる重大事件・前科がある罰金で終わる見込みの軽い事件

刑の執行を終えて1か月で、同種の住居侵入・窃盗 → 前科は逃亡のおそれを肯定する方向の事情として考慮できる(結論は生活状況と合わせて)。

出題服役の前科を、逃亡のおそれを肯定する方向の事情として考慮できる(○)

出題勤務状況の違いで逃亡のおそれの判断に差は生じず、同種前科を肯定方向に考慮することは許されない(×)

×にされやすい形
  • 「相当年数同じ会社に勤務している被疑者と、日雇として短期間で勤務先を転々と変えている被疑者を比較した場合、逃亡のおそれの判断に差異は生じない」
  • 「被疑者に同種前科があることを、逃亡のおそれを肯定する方向に考慮することは許されない」
  • 「重大事件なら逃亡のおそれは当然にある」(処罰を免れる目的をうかがわせる事情の1つで、生活状況と合わせて見る)

12勾留の必要性()条文学説

  • :勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
  • 理由と必要を並べ、必要がなくなれば取り消す以上、勾留を請求した時点でも必要性が要件と考えられている。
  • 逃亡・罪証隠滅のおそれは勾留ではすでに「理由」に入っている=必要性は、逮捕の必要性とは中身が違う。
  • 理由が認められれば、必要性も多くは肯定される。ただし、罪証隠滅・逃亡のおそれの程度がそれほど大きくないとき、勾留による被疑者の不利益等を考慮して否定されうる=諸事情を総合考慮して、勾留が実質的に相当か。
  • 解説書:必要性の判断では、罪証隠滅・逃亡のおそれの「有無」だけでなく「程度」まで考慮する(程度は罪証隠滅だけでなく逃亡のおそれにもかかる)。
必要性が否定されうる例必要性が認められやすい例
事案初犯・被害額数百円の万引き・被害品は返還済み。起訴猶予か罰金の見込み同僚と共謀した伝票の書換え。事情を知る経理担当者と毎日同じ職場
おそれの程度大きくない大きい(証拠にも関係者にも手が届く)
被疑者の不利益10日の勾留で派遣契約を切られる同じく会社員としての不利益はある
必要性否定される方向認められやすい
×にされやすい形
  • 「勾留の理由があれば、勾留の必要性も当然に認められる」
  • 「勾留の必要性は、勾留の取消しの場面だけの問題で、勾留を請求した時点では問われない」

13罪証隠滅の現実的可能性の程度(最一小決平26・11・17)判例

  • 準抗告=裁判官がした勾留などの裁判に不服がある者が、その取消し・変更を求める手続()。この事件では、勾留請求の却下に不服な検察官が申し立てた。
  • 被疑事実:朝8時台、京都市営地下鉄の走行中の車両内で、13歳の女子中学生の太腿付近等をスカートの上から触った(迷惑行為防止条例違反)。
順誰が判断
原々審勾留請求を受けた裁判官勾留の必要性がないとして勾留請求を却下
原決定検察官の準抗告を受けた京都地裁罪体(犯罪事実そのもの。重要な情状事実と区別していう語)について罪証隠滅の相当な理由ありとし、必要性も肯定(却下を取り消して勾留)
最高裁被疑者側の特別抗告抗告の趣意はの抗告理由に当たらない → 職権で調査 → 原決定を取り消し、準抗告を棄却(却下が維持された)
  • 原決定の言い分(最高裁の決定が引くもの):
  • 被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立しており、被害少女の被害状況についての供述内容が極めて重要であること、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあることからすると、被疑者が被害少女に働きかけるなどして、罪体について罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められる
  • 最高裁:
  • 被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。
  • 本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ、原決定の説示をみても、被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで、その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。
  • 勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して、勾留を認めた原決定には、刑訴法60条1項、426条の解釈適用を誤った違法があり
  • 「勾留の理由があることを前提に」は、最高裁が原々審の判断をそう読んだもの(原々審自身の判示は決定に出てこない)。最高裁は2号のおそれを否定していない。
  • 審査の形:原々審の判断が不合理といえるかを問うた。原々審の判断が不合理とはいえないのに、可能性の程度について異なる判断をした理由を示さないまま取り消した点が、・の解釈適用の誤りとされた。
  • 決定は「本件において」と断った事例判断。痴漢の事件なら勾留できない、と決めたものではない。

同じ地下鉄の事件でも、被疑者と被害少女が毎朝同じ駅から同じ車両に乗り、互いの学校・勤務先を知っている → 「接触する可能性が高いことを示す具体的な事情」に当たりうる=必要性を肯定する方向に動く。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、罪証隠滅のおそれ(2号)が無いとして勾留を認めなかった」(理由ありを前提に、必要性の段で程度を見た)
  • 「最高裁は、罪証隠滅の可能性が抽象的なものでは足りないと判示した」(決定の言葉ではない。決定は事例判断+原決定の理由不提示の指摘)
  • 「最高裁は、特別抗告の理由を認めて原決定を取り消した」(抗告理由には当たらないとし、職権で判断した)
  • 「最高裁は、被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立していると認定した」(原決定の言葉)

14勾留質問()条文学説

  • :被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。但し、被告人が逃亡した場合は、この限りでない。被疑者の勾留にもで使う。
  • 勾留質問なしに勾留状は出せない。被疑者を裁判所に連れて来させ、裁判官が直接面談する。被疑者にとっては告知・弁解・防御の機会。
  • 検察官・弁護人に立会権は無く、非公開。立ち会うのは裁判所書記官(刑事訴訟規則69条)。
  • 勾留質問は勾留の裁判の手続。勾留期間の延長の裁判をするときに、被疑事件を告げ陳述を聴く手続を行わなければならない、という定めは無い。
  • 解説書:裁判官は、勾留の要件と同時に、先行する逮捕手続の適法性も審理する(刑事訴訟規則148条1項参照=勾留の請求には、逮捕・引致・送致する手続・送致を受けた各年月日時が書かれた逮捕状などを資料として出す)。逮捕の違法がすべて勾留に響くわけではない。解説書は、違法が重大であれば勾留請求は却下されうるとする(軽微な違法では却下しない)。

出題勾留の裁判をするには、逃亡した場合を除き、被疑事件を告げ陳述を聴く手続を行わなければならない(○)

出題勾留期間の延長の裁判でも、逃亡した場合を除き、被疑事件を告げ陳述を聴く手続を行わなければならない(×)

出題裁判官が勾留質問をする場合、弁護人は立会いを求めることができる(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官が、検察官からの勾留請求を受け、被疑者に対し勾留質問をする場合、弁護人は立会いを求めることができる」
  • 「裁判官は、勾留期間の延長の裁判をするに当たり、被疑者に被疑事件を告げこれに関する陳述を聴く手続を行わなければならない」

15勾留質問での告知と教示(〜)条文

  • :前項の裁判官は、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際に、被疑者に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を告げなければならない。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
  • 条件(弁護人がいないとき)がかかるのは告知そのもの。すでに弁護人を選任していれば、選任権を告げる必要は無い。
  • :選任権を告げるときは、弁護士、弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる旨とその申出先を教示。:選任の請求には資力申告書を出す旨、資力が基準額以上ならあらかじめ弁護士会に選任の申出をしていなければならない旨を教示。
  • 裁判官が、被疑者の国選弁護人を裁判官に請求できると告げるのは、勾留を請求された段階。逮捕されているだけの段階で、裁判官が国選弁護人を付けるのではない。
逮捕直後(・)勾留質問(・)
主体検察官・司法警察員裁判官が直接
告げること犯罪事実の要旨・弁護人選任権(国選は勾留請求後に頼める旨を教示=・)被疑事件・弁護人選任権・国選の選任請求権
聴くこと弁解の機会陳述を聴く
いつ逮捕の後勾留状を出す前

理由を告げられ、弁護人を頼める、という型は憲(理由を直ちに告げられ、直ちに弁護人に依頼する権利)と同じ。

出題すでに弁護人を選任している被疑者には、弁護人選任権を告げる必要はない(○)

出題弁護人を選任済みの被疑者にも、勾留の際に弁護人選任権を告げる必要がある(×)

出題弁護人がない被疑者には、弁護人選任権と国選弁護人の選任請求権を告げなければならない(○)

関連逮捕状による逮捕と勾留のどちらも、重い事件なら、裁判官は身体拘束中いつでも国選弁護人を付せる(×)

関連逮捕状による逮捕と勾留のどちらも、令状執行後直ちに犯罪事実の要旨・弁護人選任権を告げ、弁解の機会を与えなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官は、勾留の請求を受けて被疑者に被疑事件を告げる際、被疑者が既に弁護人を選任している場合でも、弁護人選任権を告げる必要がある」
  • 「弁護人がいなければ国選の手続を教える。選任権そのものは弁護人がいても告げる」(ただし書は告知そのものにかかる)

16勾留状か、直ちに釈放を命じるか()条文判例

  • :裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。
  • 勾留請求を退ける裁判を勾留請求の却下という(項目13の原々審)。却下するときは、このただし書のとおり、勾留状を発しないで直ちに釈放を命じる。
  • 期限は「速やかに」で、勾留の請求を受けた時から何時間以内に裁判する、という時間の数字は無い。
  • 条文の言葉は「勾留の理由がないと認めるとき」で「必要」の語は無いが、解説書は必要性が無いときも勾留できないとし、最決平26・11・17も、必要性が無いとして勾留請求を却下した原々審の判断を是認した(項目13)。
  • 遅れた勾留請求:遅延がやむを得ない事由に基づく正当なものと認められなければ勾留状は出せず()、このときも裁判官が釈放を命じる。
条文誰が何を
・捜査機関(司法警察員・検察官)時間の制限を守れなければ、自ら直ちに釈放
ただし書裁判官勾留状を発しないで、直ちに釈放を命じる

出題裁判官は、勾留の請求を受けた時から24時間以内に勾留の裁判をしなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官は、勾留の請求を受けた時から24時間以内に勾留の裁判をしなければならない」
  • 「勾留の理由が無いとき、裁判官は検察官に被疑者の釈放を求める」(裁判官が自ら釈放を命じる)

17勾留の場所条文学説

  • どこに勾留するかは、裁判官が勾留状に「勾留すべき刑事施設」として書く(・で準用)。代替収容のときは、勾留状に留置施設名を書く(例:「○○警察署留置施設に勾留する」)。場所も、勾留の裁判への準抗告で争える(2号=下の最後の行)。
  • 原則:刑事訴訟法の規定により勾留される者は刑事施設(拘置所)に収容する(刑事収容施設法3条3号)。
  • 例外:刑事施設に収容することに代えて、留置施設(都道府県警察に置かれる。同法14条)に留置できる(同法15条1項)。この収容のしかたを代替収容といい、その留置施設を代用刑事施設と呼ぶ。
  • 実務:拘置所が少ないこともあって、ほとんどが警察の留置施設に収容される。取調べをする側が身柄も管理すると自白の強要を招く、との批判=かつての代用監獄問題。
  • 手当ての1つ:留置担当官は、その留置施設に留置されている者の事件の捜査に従事できない(刑事収容施設法16条3項)。
  • 被疑者の弁護人は、勾留場所を警察署の留置施設から拘置所に変更することを求めて、準抗告をすることができる(2号は「勾留…に関する裁判」を挙げる)。
原則実務の多く
施設刑事施設(拘置所)警察の留置施設(代用刑事施設)
根拠刑事収容施設法3条同法15条1項(刑事施設に代えて留置)
管理法務省警察(都道府県警察に置かれる)

出題勾留場所を留置施設から拘置所に変更することを求めて準抗告ができる(○)

×にされやすい形
  • 「勾留された被疑者は、法律上、原則として警察の留置施設に収容される」(原則は刑事施設)
  • 「勾留の場所は、弁護人が不服を申し立てて争うことはできない」

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逮捕前置主義

問い:なぜ勾留の前に必ず逮捕が要るのか。その逮捕が違法だったとき、勾留はどうなるか。

骨組み

  1. 1逮捕前置主義():「前三条の規定による勾留の請求」=〜(逮捕に続く検察官の勾留請求)。だから逮捕せずにいきなり勾留はできない
  2. 2趣旨(学説):捜査の初めは嫌疑も拘束の必要も浮動的 → まず短い逮捕の間に捜査を尽くさせ、なお必要なときだけ長い勾留へ=被疑者の人身の保護。二度審査説・引致手段説は批判がある
  3. 3被疑事実で見る:逮捕と勾留の被疑事実は同一が原則。A事実で逮捕 → B事実だけで勾留は不可/A+B(逮捕していない事実を併せる)での勾留は可(A事実だけで適法に勾留できるのが前提)
  4. 4別個の手続:かつて=逮捕前置は適法な逮捕が前提 → 違法なら当然に勾留も違法。いま=捜査を尽くす要請は違法な逮捕でも一応充たされている → 直ちには勾留に影響しない
  5. 5逮捕には準抗告が無い(最決昭57・8・27):に逮捕が無い。逮捕の違法は勾留の段階で審査(勾留請求を受けた裁判官/勾留の裁判への準抗告)
  6. 6それでも響く3つの理由(学説):①準抗告が無いのは勾留段階での審査が前提 ②重大な違法なら釈放すべき=逮捕を継続する処分としての勾留も許されない ③将来の違法逮捕の抑止
  7. 7重大な違法だけが勾留に響く:令状主義の精神に反するような重大な違法がある場合に限って勾留請求を却下する、と考えるのが一般(判例として示された基準ではなく、一般的な考え方)。逮捕状のささいな誤記などは却下しない
  8. 8原則として重大な4つ:①任意同行と称した実質逮捕 ②要件を欠く現行犯逮捕 ③要件を欠く緊急逮捕 ④その他根本的な瑕疵(例:再逮捕の逮捕状請求書に必要な記載が無く、逮捕状が無効=逮捕の前置を欠く。令状を経ない型とは限らない)。一律の基準は示しにくい
  9. 9東京高判昭54・8・14:覆面パトカーに乗せてからが実質逮捕=違法。だが緊急逮捕の理由と必要性はあった+約3時間後に通常逮捕+実質逮捕の時点から数えても制限時間内 → 勾留を違法にするほど重大ではない
  10. 10却下された例:富山地決昭54・7・26(約5時間の令状なし拘束=時間を守っても治らない)・京都地決昭44・11・5(緊急逮捕の要件はあったのに緊急逮捕状を求めず拘束を続けた)
  11. 11裁判例の大勢と学説の有力説:大勢=東京高判型なら重大でない(実務は形式的な過誤と見る)。有力説=要件がそろっていても令状主義違反で重大 → 却下

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。最高裁の判断を判例、高裁・地裁の判断を裁判例と呼び分ける(この回では、札の色はどちらも「判例」)。

検察官の勾留請求逮捕が先行しているか207条1項「前三条の規定による勾留の請求」(項目1)勾留できないいきなり勾留は不可いいえはい逮捕手続に違法があるか勾留の段階で審査する(項目5)勾留の要件の判断へいいえはい重大な違法か令状主義の精神に反するような重大な違法(項目7〜9)勾留請求を却下はいいいえ(軽微な違法)勾留の要件の判断へ違法があったというだけでは却下しない
勾留請求を受けた裁判官が見る順(項目1・5・7)。2段目・3段目は条文ではなく、一般的な考え方(学説)の整理。逮捕が違法でも、重大な違法でなければ勾留は止まらない。

1逮捕前置主義(「前三条」)条文

  • :前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
  • 「前三条」は・・。どれも、逮捕された被疑者について検察官が勾留を請求するときの時間の制限と、遅れた場合の扱い。
  • だから、が前提にしているのは逮捕に続く勾留請求だけ=勾留の前に必ず逮捕を置く。これを逮捕前置主義という。逮捕せずに、いきなり被疑者を勾留することは許されない。
条文中身前三条か
司法警察員が、拘束から48時間以内に検察官へ送致する入らない
検察官が自ら逮捕した・逮捕された被疑者を受け取った(送致された者を除く)→ 拘束から48時間以内に勾留を請求入る
・送致を受けた検察官 → 受け取ってから24時間以内、かつ拘束から72時間以内に勾留を請求入る
やむを得ない事情で時間の制限に従えなかったときの勾留請求入る

警察が任意で事情を聴いていただけの人について、検察官が逮捕しないまま「10日間勾留したい」と請求した → 「前三条の規定による勾留の請求」に当たらず、勾留できない。先に逮捕が要る。

×にされやすい形
  • 「前三条」=〜(警察の送致の48時間は入らない。入るのは〜)
  • 「逮捕していない被疑者でも、検察官は勾留を請求できる」

2なぜ勾留の前に逮捕を置くのか(趣旨)学説

  • 捜査の初めは、犯罪の嫌疑も、拘束しておく必要も、まだ浮動的(定まっていない)。
  • そこで、まず短い逮捕を先にさせ、その間に捜査を尽くさせ、それでもなお長い拘束が必要なときに限って勾留へ進ませる。慎重な手続で被疑者の人身の保護を図る。
  • 解説書はこの説明をとり、ほかの2つの見解を、批判のあるものとして紹介する。
見解中身批判
捜査を尽くさせる短い逮捕の間に捜査を尽くし、なお必要なときだけ勾留—(解説書がとる説明)
二度審査説逮捕時と勾留時の2度、裁判官の審査を通して慎重を期す①現行犯逮捕には2度の審査が無い ②逮捕と勾留の期間の長短を説明できない
引致手段説逮捕は、勾留の審査のため裁判官のもとへ連れて行く手段=逮捕の間は捜査せず速やかに引致すべきそう定めた規定は無く、逮捕の間の捜査は当然予定されている

万引きをその場で店員が取り押さえて警察に引き渡し、検察官が勾留を請求した → この人が裁判官の審査を受けるのは勾留の1回だけ。「2度審査するため」という説明は当てはまらない。

3逮捕前置は被疑事実で見る学説

  • 趣旨(短い逮捕の間に捜査を尽くさせる)から、逮捕の被疑事実と勾留の被疑事実は同一が原則。
  • A事実で逮捕した被疑者を、B事実だけで勾留することは許されない。
  • B事実で勾留したいなら、被疑者を一旦釈放し、改めてB事実で逮捕してから勾留請求する。
  • A事実で逮捕した被疑者を、A事実+B事実で勾留することは許される(逮捕した事実に、逮捕していない事実を併せて勾留請求できる)。前提は、A事実について逮捕が先行し、A事実で適法に勾留できること。
  • 理由:A事実で適法に勾留できる以上、B事実を加えても被疑者に不利益は無い。逆にB事実でも改めて逮捕させると、かえって身体拘束の期間が長くなり被疑者に不利益になる。

窃盗で逮捕 → その後の捜査で、窃盗と同一性を欠く別の暴行の事実も判明 → 窃盗で適法に勾留できるなら、検察官は「窃盗+暴行」で勾留を請求できる。一方、暴行の事実だけで勾留することはできない(暴行で勾留したいなら、一旦釈放して暴行で逮捕し直す)。

出題見解「勾留の被疑事実は逮捕の被疑事実と同一でなければならない」からは、別に判明した別の強盗の事実のみで勾留請求はできない(○)

出題逮捕した事実に、逮捕していない事実を併せて勾留請求できる・両方に勾留状を出せる(○)

×にされやすい形
  • 「逮捕していない事実を併せて勾留を請求するには、その事実でも改めて逮捕しなければならない」

4逮捕と勾留は別個の手続学説

  • 逮捕と勾留は、法律上それぞれ別個の手続。逮捕が違法なら、勾留はどうなるか。
  • かつての考え方:逮捕前置主義()は適法な逮捕を前提にしている → 違法な逮捕は当然に勾留に影響する。
  • いまの考え方:趣旨を「逮捕の間に捜査を尽くさせて、長期間の勾留をできる限り避けること」と見るなら、逮捕が違法でも、逮捕の間に捜査を尽くすという要請は一応充たされている → 逮捕が違法でも、直ちに勾留に影響するとはいえない。
  • ただし、影響しないわけではない(項目5〜7)。覚える順は「自動的にはつながらない」が先。
×にされやすい形
  • 「逮捕に違法があれば、それだけで勾留も違法になる」
  • 「違法な逮捕のあとでは、捜査が進んでいたかどうかで勾留への影響が決まる」(捜査がどれだけ進んだかは問わない。捜査を尽くすという要請が一応充たされている、という評価)

5逮捕には準抗告が無い → 勾留の段階で審査判例条文

  • 準抗告=裁判官がした勾留などの裁判に不服がある者が、その取消し・変更を求める手続()。
  • 逮捕状の発付など逮捕に関する裁判は、準抗告の対象にならない(最決昭57・8・27)。2号が挙げるのは「勾留、保釈、押収…に関する裁判」で、逮捕が無い。
  • だから逮捕の違法は、勾留の段階で審査される。①勾留の請求を受けた裁判官が、勾留の要件とあわせて先行する逮捕手続を見る。②勾留状が出た後、勾留の裁判に対する準抗告でも逮捕の違法が審査される。違法が重大であれば、準抗告で勾留の裁判が取り消され、勾留請求も違法だったとして却下されることがありうる。
  • 逮捕と違い、勾留には不服申立て(準抗告)がある。
何を争うか準抗告
逮捕状の発付(任意同行の違法などを理由に)できない(現行法上、不服申立ては許されない)
勾留状の発付(先行する逮捕の違法を理由に)できる

出題任意同行の違法を理由に逮捕状発付の取消しは求められず、先行する逮捕の違法を理由に勾留状発付には準抗告できる(○)

出題逮捕状を発付した裁判に対して準抗告をすることができる(×)

出題逮捕と勾留のどちらも、刑訴法上、不服申立ての手段がない(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者又は弁護人は、逮捕状を発付した裁判に対して準抗告をすることができる」
  • 「逮捕状による逮捕も起訴前の勾留も、刑事訴訟法上、不服申立ての手段がない」
  • 「逮捕の違法は、勾留の段階でも争えない」

6それでも逮捕の違法が勾留に響く3つの理由学説

  • 別個の手続なのに、なぜ響くのか。いまの学説の説明は3つ。
理由中身
①争う場逮捕の違法を争う準抗告が認められていないのは、逮捕の違法を勾留の段階で審査することが前提だから(項目5)
②拘束の続き逮捕に重大な違法があれば被疑者は釈放されなければならない → 逮捕を継続する処分としての勾留も許されない
③抑止違法な逮捕による勾留請求を認めないことで、将来の違法逮捕を抑止する(政策的な理由)

理由②:本来ならその夜のうちに釈放されていたはずの人を、そのまま10日間勾留すれば、許されない拘束をさらに延ばすことになる。

7重大な違法だけが勾留に響く学説

  • どの理由の説明をとっても、軽微な違法まで勾留請求を一切認めないのは、捜査の必要性から見て適切でない。
  • そこで、令状主義の精神に反するような重大な違法が先行する逮捕にある場合に限って、勾留請求を却下するべきだ、と考えるのが一般。判例として示された基準ではなく、一般的な考え方。
  • 軽微な違法の例:逮捕状の記載のささいな誤記 → 却下の理由にならない。
  • 令状主義:逮捕は原則として、裁判官が理由を確かめて出す令状によらなければならない。現行犯逮捕は令状が要らない。緊急逮捕は先に逮捕し、直ちに逮捕状を求める()。

逮捕状に基づく逮捕で、時間の制限内に勾留請求されたが、逮捕状の記載にささいな誤記があった → 違法は軽微=勾留請求は却下されない。

×にされやすい形
  • 「逮捕に違法があれば、勾留請求は却下される」(重大な違法に限る)
  • 「判例は、令状主義の精神に反するような重大な違法がある場合に限り勾留請求を却下するとした」(判例として示された基準ではなく、一般的な考え方)

8原則として重大な違法とされる4つ学説

  • 前置き:どこからが重大な違法かは裁判例も分かれていて、一律の基準で示すことは困難とされる。
  • そのうえで、次の4つは原則として重大な違法と考えられている(例外は項目9・11)。
類型何が起きているか型
①任意同行と称した実質逮捕任意同行と言いながら、実質的には令状なしで逮捕していた令状なしの拘束
②要件を欠く現行犯逮捕現行犯逮捕の要件が無いのに現行犯逮捕した令状なしの拘束
③要件を欠く緊急逮捕緊急逮捕の要件が無いのに緊急逮捕した事後に逮捕状の審査はある()が、要件を欠く拘束
④その他の根本的な瑕疵逮捕手続に、根本的な瑕疵がある場合の受け皿。例=仙台地決昭49・5・16:再逮捕の逮捕状請求書に、と刑訴規則の対応する規定に基づく記載(前に逮捕状の請求・発付があったことの記載)が無かった → 逮捕状も違法無効 → 逮捕の前置を欠く → 勾留も違法無効として、勾留が取り消された令状は形のうえでは出ていた=令状を経ない型とは限らない
×にされやすい形
  • 「4つの類型は、どれも裁判官の審査を通らないまま人を拘束した場合である」(④はそれに限らない)
  • 「任意同行と称した実質逮捕があれば、必ず勾留請求は却下される」(原則として重大。例外がある)

9実質逮捕はあったが重大ではないとされた例(東京高判昭54・8・14)判例

東京高判昭54・8・14をモデルにした事案(解説書の設例)の経過

  1. 買い物袋の窃盗。犯人は盗難車で逃走。検問で手配の車を見つけて停止を合図
  2. 合図を無視して走り去り、車を捨てて山林へ逃げ込む
  3. 発見後、駅の待合室へ任意同行し、そこで職務質問を始める
  4. 駐在所へ同行し、約2時間事情を聴く(ここまで=適法な任意同行)
  5. 深夜、覆面パトカーの後部座席中央に乗せ、警察官2人が両側から挟んで警察署へ(本人は「どこにでも行ってよい」と述べていた)→ ここから実質逮捕
  6. その約3時間後、逮捕状による通常逮捕
  7. 検察官へ送致し、すぐに勾留請求
  • 1段目(逮捕は違法か):駅の待合室・駐在所への同行は警職法の任意同行で違法は無い。覆面パトカーに乗せてからの同行は、場所・方法・態様・時刻・同行後の状況からして逮捕と同一視できる強制力=令状のない実質逮捕で違法。
  • 2段目(重大か):当時の警部補は「まだ緊急逮捕はできない」と判断していたが、裁判所は、窃盗事件の2〜3時間後に、犯人の逃走車(盗難車)を運転していた・停止合図を無視して逃走・約1週間前に刑務所を出所・無免許などの事情から、実質逮捕の時点で緊急逮捕の理由と必要性はあったと認めた。
  • さらに、実質逮捕の約3時間後に通常逮捕、48時間以内に送致、勾留請求の時期にも違法は無い → 実質逮捕の違法の程度は、その後の勾留を違法にするほど重大ではない。
  • 時間は実質逮捕の時点から数えても制限内(下の図)。解説書が紹介する裁判例の大勢の条件としては、あとの通常逮捕から数えて間に合う、というだけでは足りない(項目11)。
  • 緊急逮捕の要件=(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪/疑うに足りる十分な理由/急速を要し逮捕状を求められない)。判決はこれに加えて逮捕の必要性もあったとした。
  • この判決は、被告事件(常習累犯窃盗・道路交通法違反)の控訴審で、逮捕・勾留の手続の適否を判断したもの。勾留請求そのものを審査した裁判ではない。
実質逮捕から数えても、通常逮捕から数えても枠内 実質逮捕から48h 72h 通常逮捕から48h 72h 送致・勾留請求 38h(16日 午後1時) 0h 実質逮捕(14日 午後11時) 約3h 通常逮捕(15日 午前2時18分) 実線の箱=48h=送致の期限(203条1項) 点線の箱=送致を受けた検察官の勾留請求の上限72h(205条2項)
時刻は解説書の時系列による。送致・勾留請求は実質逮捕から38時間目=実質逮捕を起点にしても48時間の枠に収まっている。これが「法定の制限時間が守られていた」の中身。

同じ事案で、勾留請求が実質逮捕から74時間後(通常逮捕からは約71時間後)だったら → 通常逮捕から数えれば72時間以内でも、実質逮捕から数えた制限時間を超える=重大な違法として却下の方向に動く。

出題設問の事例で、任意同行の開始を実質逮捕の時点と考えても、逮捕後の手続の時間的制限は守られている(○)

×にされやすい形
  • 「東京高裁は、あとの通常逮捕から数えて制限時間内なら足りるとした」(実質逮捕の時点から数えても制限時間内だった)
  • 「犯人は職務質問の途中で山林に逃げ込んだ」(解説書の設例では、検問の停止合図を無視して逃げた。職務質問は発見後、駅の待合室で始めた)
  • 「東京高裁は、駐在所への任意同行の時点から実質逮捕に当たるとした」(駅の待合室・駐在所への同行は適法。覆面パトカーに乗せてから)
  • 「東京高裁は、実質逮捕を違法ではないとした」(違法とした。そのうえで、勾留を違法にするほど重大ではないとした)

10重大な違法として勾留請求が却下された例判例

  • どちらも、勾留請求を却下した裁判官の判断に対して検察官が準抗告し、それを棄却した(却下を支持した)裁判。
裁判何があったか緊急逮捕の要件決め手勾留
富山地決昭54・7・26約5時間に及ぶ、逮捕状によらない逮捕(実質逮捕から数えても勾留請求までの制限時間は守っていた)解説書は触れていない令状主義違反はそれ自体重大な瑕疵=制限時間を守っても治らない却下を支持
京都地決昭44・11・5被害者の供述に基づいて「現行犯逮捕」。現行犯・準現行犯の要件は無いが、緊急逮捕の実体的要件はあったあった直ちに緊急逮捕状を求めて司法審査を受けるべきだったのに、そうせず漫然と拘束を続けた却下を支持
東京高判昭54・8・14覆面パトカーに乗せてからの実質逮捕。約3時間後に通常逮捕あった(実質逮捕の時点で理由と必要性)実質逮捕の時点で緊急逮捕の理由・必要性あり+実質逮捕から数えても時間内違法にするほど重大ではない

解説書の紹介では、富山について緊急逮捕の要件の有無は書かれておらず、約5時間の令状なしの拘束という令状主義違反そのものを重大な瑕疵とした点が示されている(大勢と有力説のどちらに立つ裁判例かは、解説書からは言えない)。京都の事件は、緊急逮捕の要件があっても却下された例。「緊急逮捕の要件がそろっていれば、必ず救われる」ではない。

×にされやすい形
  • 「制限時間を守っていれば、実質逮捕の違法は治る」(富山は治らないとした)
  • 「緊急逮捕の実体的要件があれば、勾留請求が却下されることはない」(京都は、緊急逮捕状を求めず拘束を続けた点を重大な違法とした)

11裁判例の大勢と学説の有力説判例学説

  • 裁判例の大勢(ともいわれている):任意同行と称した実質逮捕でも、実質逮捕の時点で緊急逮捕の要件が事実上そろい、その時点から勾留請求まで法定の制限時間が守られていれば、却下するほどの重大な違法は無い。
  • 実務の見方:要件はそろっていたのに通常逮捕をしたのは、逮捕手続の選び方を誤った形式的な過誤にすぎない。
  • 学説の有力説:違法な実質逮捕が先行した以上、緊急逮捕の要件が事実上そろっていても、重大な違法として勾留請求を却下すべき。
  • 有力説の理由:緊急逮捕には違憲の疑いもあり、手続を厳格に解すべき。緊急逮捕なら「直ちに」逮捕状を求め()、裁判官は2段階で審査する ― 逮捕した時の事情で緊急逮捕が適法だったか/逮捕状を出す時の事情で逮捕の理由と必要性があるか。あとから通常逮捕状の審査を受けただけでは、これと同じに扱えない=令状主義違反。
  • 実務上の対処:勾留請求の段階で検察官が先行する逮捕の違法に気づき、被疑者を一旦釈放して直ちに再逮捕したうえで勾留請求することがある。再逮捕がどこまで許されるかは、再逮捕の問題として別に考える(項目8④の例は、再逮捕の逮捕状請求書に必要な記載が無く、逮捕状が無効とされたもの)。
裁判例の大勢学説の有力説
重く見ること緊急逮捕の要件が事実上そろっていたこと+実質逮捕から数えた時間踏むべき手続(直ちに逮捕状・2段階の審査)を踏んでいないこと
東京高判型の結論重大な違法ではない重大な違法 → 却下
実務の見方要件はそろっていたのに通常逮捕をしたのは、逮捕手続の選び方を誤った形式的な過誤にすぎない。有力説は逆に、あとから通常逮捕状の審査を受けただけでは緊急逮捕の事後審査と同じには扱えない=令状主義違反と見る
任意同行と称した実質逮捕の後の勾留請求緊急逮捕の要件が事実上あったか実質逮捕の時点で。罪の重さ・十分な嫌疑・急速性+逮捕の必要性原則どおり重大な違法却下の方向いいえはい実質逮捕から数えて制限時間内か実質逮捕の時点から数える(裁判例の大勢の条件)原則どおり重大な違法却下の方向いいえはい裁判例の大勢:重大な違法ではない学説の有力説はなお重大な違法として却下
東京高判昭54・8・14の考え方を、解説書が裁判例の大勢として紹介する条件の形に並べたもの。判決自身が要件の形で並べたのではない。紫の枠は裁判例(大勢)の考え方。有力説は2段目まで「はい」でも却下すべきとする。

関連緊急逮捕状を出すには、直ちに請求したこと+逮捕時の緊急逮捕の要件+発付時の通常逮捕の要件の双方が要る(○)=有力説が言う「2段階の審査」

×にされやすい形
  • 「裁判例の大勢は、あとから通常逮捕の令状を取りさえすれば重大な違法ではないとする」(緊急逮捕の要件が事実上そろい、実質逮捕の時点から時間内、が条件)
  • 「有力説は、実質逮捕の時点で緊急逮捕の要件がそろっていたことを争う」(要件がそろっていても、手続を踏んでいない点を問題にする)

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勾留③期間・延長と接見等禁止

問い:被疑者の勾留は、いつから何日続き、どう延び、どこで止まるか。勾留中に止められるのは、誰との面会か。

骨組み

  1. 1期間の全体像:勾留10日()→ 延長は通じて10日(合計)まで()→ 内乱等の事件だけ、さらに通じて5日()=最大25日。ふつうの事件の上限は20日
  2. 2起算点:勾留を請求した日から(逮捕の日・身体を拘束された日・勾留の裁判の日ではない)。勾留の裁判が請求の翌日でも、請求の日から数える。条文は検察官の釈放義務の形
  3. 3数え方(実務の取扱い):初日を算入・末日が休日でも延ばさない(時効期間と同じ扱い)。期間の一般原則(=初日不算入・=末日が休日なら算入しない)は当てない=満期が日曜でもその日のまま
  4. 4延長の要件:検察官の請求で、裁判官が「やむを得ない事由」を認めるとき。最判昭37・7・3=事件の複雑困難や証拠蒐集の遅延・困難などで、延長して更に取調べなければ起訴・不起訴を決めるのが困難な場合(判例)
  5. 5延長の範囲と手続:通じて10日の範囲なら何回でも。10日の請求に5日だけ認めてもよい。請求は書面(刑事訴訟規則151条)、勾留状と資料を出す(152条)。延長には勾留質問の定めが無い(書面で審理)。延長の裁判には準抗告できる
  6. 6内乱等の特例:刑法第二編第二章〜第四章・第八章の罪(内乱・外患・国交に関する罪・騒乱)だけ。延長された期間を更に延長=最初から25日はつけられない。通常は使われない
  7. 7鑑定留置で止まる:留置されている間、勾留は執行を停止されたものとする(・)=凍結。戻ったら続きから数える。ただし未決勾留日数の算入では勾留とみなす()
  8. 8接見等禁止とは(・):原則は弁護人以外とも法令の範囲内で面会・授受できる()。例外として接見の禁止・書類等の検閲・授受の禁止・差押え。糧食は禁止も差押えもできない。検察官の請求又は職権。被疑者・被告人のどちらの勾留にもある
  9. 9弁護人は対象外:が禁じるのはの者(弁護人・弁護人となろうとする者)以外との接見等=接見禁止中も弁護人とは立会人なく接見でき、書類・物の授受もできる。起訴前の接見指定()は別の制度
  10. 10条文の要件:逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由=勾留の理由とほぼ同じ言葉。勾留の理由があるから当然に禁止できる、ではない
  11. 11最決平31・3・13(起訴後の被告人・責任能力が争点):原々裁判(=最初の接見等禁止の裁判)が終期を第1回公判期日の終了までとし、一部解除の職権も発動されず、原決定も公判前整理手続の経過等を考慮して準抗告を棄却したという本件の経緯を踏まえ、原々裁判後の事情も考慮して判断。少なくとも鑑定を頼んだA医師については、特段の事情がない限り、接見等により実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがあるとはいえず、公判準備の必要性が高い。妹らは勾留に加えて接見等を禁止すべき程度のおそれを原決定が具体的に検討した形跡が無い → 原決定取消し・差戻し(規範の文は立てていない)
  12. 12解説書の理由づけと見立て:すでに勾留されている以上、勾留では防げない程度のおそれが要る、と解説書は説明する。組織的・大規模な事件、勾留前に現実の隠滅工作がある事件は認められやすい(見立て)。面会の立会い・手紙の検査は禁止が無いときの扱い=禁止の効果ではない

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。

勾留を請求した日が1日目(初日・休日も数える) 勾留 10日 延長 通じて10日 特例 5日 請求日 10日目 20日目 25日目 208条1項 208条2項 208条の2 内乱等だけ 鑑定留置をはさむと=凍結 1〜7日目 鑑定留置の間 8日目〜 勾留は執行停止=進まない 戻った日が8日目。ゼロから数え直さない (167条の2第1項・被疑者は224条2項で準用)
期間は「起算(請求の日)→ 延長 → 停止(鑑定留置)」の3つで動く。赤い点線の特例は内乱・外患・国交に関する罪・騒乱の事件だけ(項目6)。ふつうの事件は20日が上限。

1被疑者勾留の期間の全体像条文

段階日数合計条文
勾留10日10日
延長通じて10日まで最大20日
内乱等の特例通じて5日まで最大25日
  • 期間の動き方は3つ:どこから数えるか(起算・項目2〜3)、どう延びるか(延長・項目4〜6)、いつ止まるか(停止・項目7)。
  • 特例は通常は使われない規定。ふつうの事件の上限は20日。

2起算点は「勾留を請求した日」条文

  • 言葉:被疑者=起訴前、被告人=起訴後。この回の期間・延長は起訴前の被疑者の勾留の話。
  • 流れ:逮捕 → 検察官の勾留請求 → 裁判官の勾留質問(被疑事件を告げ、陳述を聴く=・)→ 勾留状。
  • :第の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
  • 条文は「期間は10日とする」と書かず、検察官の釈放義務の形をとる。
  • 勾留質問・勾留状の発付が請求の翌日になっても、起算は請求の日のまま。ずれた1日は10日の中に食い込み、拘束が長くなって被疑者が損をすることはない。
  • 対比(過去問の正答から):被告人の勾留の期間は、公訴の提起があった日から2箇月()。1か月ではない。
候補10日の1日目になるか
逮捕された日(身体を拘束された日)ならない
勾留質問の日・勾留状が出た日(勾留の裁判の日)ならない
勾留を請求した日の翌日ならない
検察官が勾留を請求した日これが1日目

6月3日夜に逮捕、6月5日に勾留請求、勾留質問と勾留状は6月6日 → 1日目は6月5日、満期は6月14日。勾留状の日から数えて6月15日とするのは誤り。

出題勾留の裁判が請求の翌日でも、請求の日から10日以内に起訴しなければ釈放(○)

出題勾留期間は、勾留の裁判の日/身体を拘束された日/請求の翌日から数える(×)

関連被疑者の勾留は請求の日から10日、被告人の勾留は公訴提起の日から1か月(×)

関連勾留中の被疑者が起訴された場合、被告人の勾留期間は公訴の提起があった日から1か月(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官が勾留の請求の翌日に勾留の裁判をした場合、その勾留期間は、同裁判があった日から起算する」
  • 「検察官は、被疑者が身体を拘束された日から10日以内に公訴を提起しないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない」
  • 「被疑者の勾留の期間は、検察官が勾留の請求をした翌日から10日間である」

3数え方:初日を算入・末日が休日でも延ばさない(実務の取扱い)条文学説判例

  • 刑事訴訟法の期間の一般原則:日で数える期間は初日を算入しない(本文)。末日が日曜・土曜・祝日・年末年始なら、その日は期間に算入しない(本文)。時効期間はどちらも例外(初日は1日と数え、休日も算入=1項但書・3項但書)。
  • 勾留の期間は、実務の取扱いとして、被疑者の利益のため、時効期間と同じく初日も休日も算入する。に勾留の例外が書かれているのではない。
  • 短答で根拠を問われたら:勾留の初日算入は実務の取扱い(の規定ではない)。判例(最決昭26・4・27)は、被告人の勾留の期間を、公訴の提起の日を起算日として計算した。
  • 初日を入れる方が満期が1日早くなり、拘束が短くなる。休日を数えなければ満期が後ろへずれる=どちらも被疑者に不利になるので使わない。
  • 解説書は、被告人の勾留について初日が算入されることを示した判例として、最決昭26・4・27 を参照に挙げる。決定は、公訴の提起の日を起算日として計算している(「初日算入」という言葉は決定に無い。事案は被告人の勾留の月単位の期間)。
  • 本件勾留の起算日は昭和二四年四月二二日(公訴の提起があつた日)であるからそのまま勾留されていれば六月二一日が勾留期間満了の日にあたる
  • 初日(4月22日)を数えなければ4月23日から数えることになり、2箇月の満了は6月22日になる。決定の「6月21日」は、初日を数えた計算。
4月1日(土曜でも)に請求1日目満期満期が日曜なら
勾留(初日・休日も算入)4月1日4月10日その日曜のまま
一般の期間(の原則)4月2日4月11日翌日以降に延びる

過去問の数え方:10月8日に請求 → 満期は10月17日。7月18日に請求 → 7月27日。5月7日に請求 → 5月16日(どれも請求の日を1日目に数える。勾留状の日や執行の時刻は関係ない)。

出題請求の日を1日目として満期を数える(○)

×にされやすい形
  • 「勾留の期間も、刑事訴訟法の原則どおり初日を算入しない」
  • 「勾留の満期が日曜日に当たるときは、翌日が満期になる」(休日も算入する=延びない)
  • 「勾留の初日算入は、に定められた例外である」(実務の取扱い)

4延長の要件:「やむを得ない事由」()条文判例

  • :裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。
  • 10日の満期には、起訴するか釈放するかを決めるのが原則。それでも捜査が足りないときの道が延長。
  • 最判昭37・7・3(第三小法廷・国家賠償請求事件)が「やむを得ない事由」の意義を示した:
  • 右の「やむを得ない事由があると認めるとき」とは、事件の複雑困難(被疑者もしくは被疑事実多数のほか、計算複雑、被疑者関係人らの供述又はその他の証拠のくいちがいが少からず、あるいは取調を必要と見込まれる関係人、証拠物等多数の場合等)、あるいは証拠蒐集の遅延若しくは困難(重要と思料される参考人の病気、旅行、所在不明もしくは鑑定等に多くの日時を要すること)等により勾留期間を延長して更に取調をするのでなければ起訴もしくは不起訴の決定をすることが困難な場合をいうものと解するのが相当である
  • この「やむを得ない事由」の存否の判断には当該事件と牽連ある他の事件との関係も相当な限度で考慮にいれることを妨げるものではない
  • 判例は事件の複雑困難を最初に挙げる=事件が複雑で捜査に時間がかかることは延長の理由になる。要るのは、それで10日では起訴・不起訴を決められないこと。
  • 解説書は判例を引かずに次の3つで整理する:①捜査を続けなければ検察官が事件を処分できない ②10日の勾留期間内に捜査を尽くせなかった(できなかった)と認められる ③延長すれば捜査の障害が取り除かれる見込みがある。理由になる例として、事案が複雑で捜査に時間がかかる・目撃者等の都合で取調べが未了・鑑定が未了を挙げる。
  • 解説書は、逮捕・勾留の制限時間を守れなかった場合のようには厳格に解されていない、とする(判例の言葉ではない)。
  • 事案:選挙違反の被疑者の供述が変転し、重要参考人とみられる者が所在不明だった。最高裁は、国家賠償法上の過失は判断の過誤が明白な場合に限るとしたうえで、その者を取り調べる必要があると考える余地があり、そう考えたのなら延長後の取調べが少なくても延長請求そのものは失当とはいえず、認めた裁判官にも過失があったとはいい難いとして、過失を認めた原判決を審理不尽・理由不備とした(原判決中、国の敗訴部分を破棄・差戻し)。
  • 過去問の正答から:傷害で勾留した後に強盗目的の疑いが生じた場合、その点の捜査のために延長することも許されないとはいえない。

共犯者が5人いて供述が互いに食い違い、裏付けに要る関係先も多いため、10日では起訴するかどうか決めきれない → 判例が挙げる「事件の複雑困難」の典型。10日のあいだ取調べをほとんどしていなかったなら、「尽くせなかった」ではなく「尽くさなかった」と見られやすく、解説書の要素②の評価が延長に不利な方向へ動く(この評価は解説書の整理による。最判昭37・7・3は、延長後の取調べが少なかったことは延長請求そのものの当否を左右しないとした)。

出題傷害罪で勾留後に強盗目的の疑いが生じても、その捜査のために勾留期間を延長することは許されない(×)

×にされやすい形
  • 「事件が複雑で捜査に時間がかかることは、やむを得ない事由の理由にならない」(判例は事件の複雑困難を例に挙げる)
  • 「延長には、上の①〜③の3つがそろうことが判例上の要件である」(3つは解説書の整理)
  • 「傷害罪で勾留した後、強盗目的の疑いが生じても、その捜査のために勾留期間を延長することは許されない」
  • 「延長は、検察官の請求が無くても裁判官が職権でできる」(検察官の請求による)

5延長の範囲と手続条文学説

  • 回数に制限は無い。合計は通じて10日まで(例:3日+4日のあとは残り3日まで)。
  • 裁判官は、請求された日数より短く延長してよい(10日の請求に5日=過去問の正答)。
  • 手続:延長の請求は書面で、やむを得ない事由と延長を求める期間を書く(刑事訴訟規則151条)。勾留状を差し出し、事由を認めるべき資料を出す(同152条)。裁判官は延長する期間と理由を勾留状に記載して検察官に交付させ、延長の裁判は交付によって効力を生じる(同153条)。
  • 延長の裁判をするとき、被疑事件を告げ陳述を聴く手続(勾留質問)を行わなければならない、という定めは無い=書面で審理する。
  • 準抗告=裁判官がした「勾留…に関する裁判」などに不服がある者が、その裁判官の所属する裁判所(簡易裁判所の裁判官なら管轄地方裁判所)に、取消し・変更を請求すること(2号)。
  • 延長の裁判は「勾留…に関する裁判」として準抗告の対象(2号)。「やむを得ない事由」が無いことを理由に、弁護人が申し立てられる(過去問の正答)。
検察官の延長請求(書面)やむを得ない事由があるか複雑困難・証拠蒐集の困難などで起訴・不起訴を決めにくい(最判昭37・7・3)延長しないいいえはい延長の合計が通じて10日以内か何回目でも、それまでの延長と合わせて数える(208条2項)超える分は延長できないいいえはい延長の裁判請求より短い日数でもよい・準抗告できる
裁判官が延長を決める順(項目4・5)。勾留質問の定めは無く、書面で判断する。1段目の言葉は判例の定義、2段目は条文。

1回目に4日、2回目に5日延長した → 3回目に請求できるのは1日まで。2日を求めると通算11日になって許されない。

出題裁判官は、やむを得ない事由があれば、1回に限り勾留期間を延長できる(×)

出題勾留期間の延長は、通じて10日を超えることができない(○)

出題10日の延長請求に5日の延長をしてよい(○)

出題勾留期間の延長の裁判をする際も、被疑事件を告げ陳述を聴く手続を行わなければならない(×)

出題延長の裁判に、やむを得ない事由が無いことを理由として準抗告できる(○)

出題弁護人は、勾留期間の延長の裁判に準抗告できる(○)

×にされやすい形
  • 「裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、1回に限り、その期間を延長することができる」
  • 「裁判官は、被疑者の勾留期間の延長をする旨の裁判をする際、被疑者に対し被疑事件を告げこれに関する陳述を聴く手続を行わなければならない」
  • 「延長の期間は、検察官が請求した日数のとおりにしなければならない」

6内乱等の特例()条文

  • :裁判官は、刑法第二編第二章乃至第四章又は第八章の罪にあたる事件については、検察官の請求により、前条第二項の規定により延長された期間を更に延長することができる。この期間の延長は、通じて五日を超えることができない。
  • 対象は内乱の罪・外患の罪・国交に関する罪・騒乱の罪。延長の上乗せはこれだけ。通常は使われない規定。
  • 順序:で延長した期間のあとの、さらなる延長。10日+延長10日+特例5日=最大25日。

騒乱罪(刑法第二編第八章)の事件 → 20日のあと、さらに最大5日延ばせる。殺人事件にはこの特例が無く、上限は20日。

×にされやすい形
  • 「内乱等の事件では、最初から25日の勾留をつけることができる」
  • 「重大事件(殺人など)なら、さらに5日延長できる」(対象は内乱・外患・国交に関する罪・騒乱だけ)

7鑑定留置で期間が止まる条文

  • 鑑定留置=心神又は身体に関する鑑定のため、期間を定めて病院その他の相当な場所に留置する処分(。被疑者はで裁判官が処分)。
  • :勾留中の被告人に対し鑑定留置状が執行されたときは、被告人が留置されている間、勾留は、その執行を停止されたものとする。被疑者には後段で準用。
  • 止まるのは凍結で、リセットではない。使った日数は使ったまま、残りは残りのまま。鑑定留置が終われば、戻った日から続きを数える。
  • 鑑定留置には勾留の規定が準用される(・保釈は除く)。
  • 未決勾留日数の算入=「未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる」()。
  • 対比:未決勾留日数の算入では、鑑定留置は勾留とみなす()。勾留期間の計算では「進まない」のに、本刑への算入では「勾留扱い」。
時期勾留期間の進み方
1日目〜7日目7日分進む
鑑定留置の間(例:3か月)進まない
施設から戻った日8日目として続きから
×にされやすい形
  • 「鑑定留置から戻ったら、勾留期間は改めて1日目から数える」
  • 「鑑定留置の期間も勾留期間に含まれるので、3か月の留置の間に勾留期間は満了する」
  • 「鑑定留置の日数は、未決勾留日数として本刑に算入されることはない」(勾留とみなす)

8接見等禁止とは(・)条文

  • 原則:勾留されている被告人は、に規定する者以外の者とも、法令の範囲内で、接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる()。家族・友人とも会える。
  • :裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。
  • の主語は「裁判所」、対象は「被告人」。が勾留の請求を受けた裁判官に裁判所・裁判長と同一の権限を与えるので、起訴前の被疑者にも使う。被疑者の勾留なら裁判官が、検察官の請求又は職権で決める。
  • だから接見等の制限は、被疑者の勾留にも被告人の勾留にもある。
勾留中の人の接見等を禁止するか(検察官の請求又は職権)相手は弁護人・弁護人となろうとする者か39条1項に規定する者禁止できない立会人なく接見・書類や物の授受はいいいえ疑うに足りる相当な理由があるか逃亡し又は罪証を隠滅すると(81条)禁止できない80条の原則どおりいいえはい糧食の授受か81条但書禁止・差押えはできないはいいいえ接見の禁止・書類等の検閲・授受の禁止・差押えができる81条(被疑者は207条1項で)
81条の読み方(項目8〜10)。どの枠も条文の言葉。罪証隠滅について最高裁の決定が何を見たかは項目11。

接見等禁止の下でも、差し入れられた食べ物の受け渡しは禁じられず、差押えもできない。本や手紙は、授受を禁止したり検閲したりできる。

出題弁護人等以外との接見の禁止、糧食を除く物の授受の禁止・差押え(○)

出題検察官の請求がなくても、裁判官が職権でできる(○)

出題弁護人等以外の者との接見等の制限は、被疑者・被告人のどちらの勾留にもある(○)

×にされやすい形
  • 「接見等禁止は、検察官の請求がなければすることができない」
  • 「接見等禁止は、被告人の勾留にだけ認められる」
  • 「接見等禁止の下では、食べ物の差し入れも禁止し、差し押さえることができる」

9弁護人との接見等は対象外条文

  • :身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  • は「に規定する者以外の者」との接見等を禁じる規定=弁護人・弁護人となろうとする者は最初から除かれている。どんな事件でも、で弁護人との接見等を禁止することはできない。
  • 接見禁止中の弁護人の接見も立会人なし。物の授受もできる(意思や情報の伝達に限らない)。
  • この権利(接見交通権)は、憲法の保障(の弁護人依頼権)に由来する、弁護人の重要な固有権とされる(過去問の肢・判例に照らして○)。はこれを害さないよう、弁護人を対象から外している。
  • 別の制度:起訴前は、捜査のため必要があるとき、検察官・検察事務官・司法警察職員が弁護人との接見の日時・場所・時間を指定できる()。これは接見を禁じるものではなく、とは別の仕組み=「接見禁止中も弁護人と会える」と「起訴前は接見指定がありうる」は両立する。
相手の接見等禁止会うときの立会い
弁護人・弁護人となろうとする者()対象外(禁止できない)なし(物の授受もできる)
親族・友人など、それ以外の者対象(面会・授受を禁止できる)禁止が無いときは施設の職員が立ち会う(項目12)

接見等禁止中でも、家族の依頼で弁護人になろうとして来た弁護士とは立会いなしで会える。同じ日に来た父親とは会えない(一部解除が無いかぎり)。

出題罪証隠滅・逃亡のおそれがあれば、により勾留中の被告人・被疑者と弁護人との接見を禁じられる(×)

出題接見禁止の裁判があると、弁護人も被疑者と接見できない(×)

出題の接見等禁止と接見指定を受けていても、弁護人の接見には法令上の根拠がある(○)

出題接見禁止の裁判を受けた被告人と弁護人との接見には、立会人が付く(×)

出題接見交通権は憲法の保障に由来し、弁護人の重要な固有権(○)

出題弁護人は被疑者と立会人なく接見できるが、物の授受はできない(×)

×にされやすい形
  • 「裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、勾留されている被告人と弁護人との接見を禁じることができる」
  • 「接見禁止決定がされている場合は、弁護人も被疑者と接見できない」
  • 「接見禁止の裁判を受けた被告人と弁護人の接見は、立会人が付いた接見である」
  • 「弁護人は、被疑者と物の授受をすることはできない」

10条文の要件:勾留の理由と「ほぼ同じ」言葉条文

  • の要件=「逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」。
  • 勾留の理由()は、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(嫌疑)を前提に、2号「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」・3号「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由」を置く。とは構造も字句も同一ではない=ほぼ同じ言葉。
  • 被疑者はすでに逃亡・罪証隠滅のおそれで勾留されている。だから「勾留の理由(罪証隠滅のおそれ)が認められたのだから、接見等禁止も当然に認められる」とはならない(何を見るかは項目11・12)。
×にされやすい形
  • 「勾留の理由として罪証隠滅のおそれが認められた以上、接見等禁止も当然に認められる」

11最決平31・3・13(接見等禁止の当否)判例

  • 言葉:原々裁判=最初の接見等禁止の裁判(起訴の日・終期は第1回公判期日の終了まで)。原決定=それへの準抗告を棄却した決定。最高裁が審査したのは原決定(特別抗告=不服申立てのできない決定に対し、憲法違反・判例違反を理由に最高裁へする抗告=)。
  1. 原々裁判:起訴の日、検察官の請求で接見等禁止(終期=第1回公判期日が終了する日まで)
  2. 弁護人がA医師・妹について一部解除を申請 → 職権は発動されず
  3. 準抗告 → 原決定=棄却(公判前整理手続の経過等も考慮)
  4. 特別抗告
  5. 最高裁:原決定を取り消し、地方裁判所に差し戻し
  • 事案:起訴後の被告人(傷害致死・父親を包丁で刺した)。起訴の日に、検察官の請求で、第1回公判期日が終了する日までの接見等禁止。公判前整理手続で、主な争点は責任能力の有無・程度に絞られた。
  • 弁護人は、責任能力の鑑定を依頼したA医師と、情状の証人となる被告人の妹について、接見等禁止の一部解除(特定の人だけ禁止を外すこと)を申請した(その後の流れは上の図)。
  • 原決定の言い分(最高裁の決定が引くもの):
  • 被告人を勾留することのみによってはこの罪証隠滅のおそれを防止することは困難であり
  • 最高裁(抗告の趣意はの抗告理由に当たらないとし、職権で判断):
  • 原々裁判が、公判前整理手続に付される本件について、接見等禁止の終期を第1回公判期日が終了する日までの間と定めたことは、公判前整理手続における争点及び証拠の整理等により、罪証隠滅の対象や具体的なおそれの有無、程度が変動し得るにもかかわらず、接見等禁止を長期間にわたり継続させかねないものである。
  • このような原々裁判について、平成31年2月に至り、接見等禁止の一部解除の申請について職権が発動されず、原決定が公判前整理手続の経過等を考慮した上で本件準抗告を棄却したという経緯を踏まえると、当審においても、前記公判前整理手続の経過等原々裁判後の事情をも考慮して原決定の当否を判断するのが相当である。
  • 少なくとも、A医師については、特段の事情がない限り、被告人が接見等により実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがあるとはいえず、また、連日的な集中審理の公判に向けた準備を行う必要性が高いといえる。
  • さらに、被告人の妹ら他の関係者についても、勾留に加えて接見等を禁止すべき程度の罪証隠滅のおそれの有無に関し、原決定が具体的に検討した形跡は見当たらない。
  • 原決定には、刑訴法81条、426条の解釈適用を誤った違法があり
  • 結論:原決定を取り消し、地方裁判所に差し戻した。
  • 読み方:最高裁は「…の場合に限って禁止できる」という規範の文を立てていない。「実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれ」はA医師について否定した当てはめの言葉、「勾留に加えて接見等を禁止すべき程度」は妹らについて検討が欠けていると指摘した言葉。相手ごとに判断が分かれている。
  • 決定が扱ったのは罪証隠滅のおそれだけ(逃亡には触れていない)。公判準備(防御)の必要性も並べて判断している。
相手最高裁が述べたこと
A医師(鑑定を依頼した医師)少なくともA医師については、特段の事情がない限り、実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがあるとはいえない+公判準備の必要性が高い
妹ら他の関係者おそれが無いとは言っていない。勾留に加えて禁止すべき程度かを、原決定が具体的に検討した形跡が無い
×にされやすい形
  • 「最高裁は、接見等禁止は勾留によっては防止できないほど高度な逃亡・罪証隠滅のおそれがある場合に限られる、と判示した」(規範の文は無い。逃亡も扱っていない。「勾留することのみでは防止困難」は原決定の言葉)
  • 「最高裁は、妹らとの接見について罪証隠滅のおそれが無いと判断した」(検討が欠けていると指摘しただけ)
  • 「この決定は、原々裁判の時点の事情だけで原決定の当否を判断した」(本件の経緯を踏まえ、原々裁判後の事情も考慮した)
  • 「この決定は、起訴前の被疑者の接見等禁止についての判断である」(事案は起訴後の被告人)

12解説書の理由づけ・見立てと、立会い・検査学説

  • 解説書の説明:被疑者はすでに逃亡・罪証隠滅のおそれを理由に勾留されているのだから、勾留によっては防止できないほどのおそれがある場合に限って禁止できる、と考えられている。これは解説書の理由づけで、最高裁の決定の言葉ではない。
  • 解説書の見立て(「可能な場合が多いであろう」):暴力団事件のような組織的・大規模な事案や、勾留前に現実に罪証隠滅工作をしていて、接見等を許せば同様の工作を続けると認められる事案は、禁止が認められやすい。最高裁の事案(責任能力が争点の家族内の事件)とは別の話。
  • 面会の立会い・手紙の検査は、接見等禁止の効果ではない。禁止が無いときの一般の扱い(留置施設では、弁護人等以外との面会に職員が立ち会い=刑事収容施設法218条1項、信書を検査する=同222条1項)。禁止がかかれば、弁護人以外との面会そのものができない。
  • 立ち会う職員は事件をよく知らず、隠語や遠回しな言い方は見抜きにくい。だから実務は、禁止が必要かを判断するとき、立会い・検査があることを重視せず、事案の内容を重視する。
  • 実務の救済:家族との面会禁止は苦痛が大きいので、準抗告のほか、一部解除(両親との面会だけ・配偶者からの手紙だけ解除するなど)の職権発動を促す申立てが行われる。
主語言っていること
条文()逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由
最高裁(平31)本件の経緯を踏まえ、原々裁判後の事情も考慮/A医師=特段の事情がない限り、実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれがあるとはいえない/妹ら=勾留に加えて禁止すべき程度かの具体的検討が無い
原決定(取り消された)勾留することのみでは罪証隠滅のおそれを防止することは困難
解説書勾留によっては防止できないほどのおそれに限る(理由づけ)/組織的・大規模・現実の工作なら認められやすい(見立て)
  • 解説書の言葉と原決定の言葉は似ているが、切り分ける:原決定は「勾留することのみによっては…防止することは困難」と述べて禁止を維持したが、最高裁は、少なくともA医師については、特段の事情がない限り現実的なおそれがあるとはいえず公判準備の必要性が高いとし、妹らについては「勾留に加えて接見等を禁止すべき程度」のおそれを原決定が具体的に検討した形跡が無いとして、81条・426条の解釈適用の誤りを理由に原決定を取り消した。
  • まとめ(勾留の理由がある人の接見等禁止に何が要るか):
    ① 条文()=勾留の理由とほぼ同じ言葉(逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由)。
    ② 判例(平31・本件)=相手ごとに分けた。A医師は特段の事情がない限り現実的なおそれなし(公判準備の必要性も並べた)。妹らは「勾留に加えて接見等を禁止すべき程度」のおそれを具体的に検討するよう求めた。本件の経緯を踏まえ、原々裁判後の事情も見た。
    ③ 「勾留によっては防止できないほど高度なおそれに限る」という規範の形は解説書の言葉。判例は規範の文を立てず、「勾留に加えて…禁止すべき程度」を当てはめの物差しに使った。

組織的な特殊詐欺で、逮捕前から被疑者が受け子に口裏合わせを指示していた形跡がある → 禁止は認められやすい方向(解説書の見立て)。

×にされやすい形
  • 「接見等禁止になると、面会に職員が立ち会い、手紙が検査されるようになる」(立会い・検査は禁止が無いときの扱い。禁止がかかれば会えない)
  • 「面会には職員が立ち会うので、接見等禁止が必要になることはない」(実務は事案の内容を重視する)

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#30単独ページ動画

勾留④勾留理由開示・取消し・準抗告

問い:勾留された被疑者は、何を使って勾留を争い、どうすれば外へ出られるか。

骨組み

  1. 1逮捕と勾留の違い:逮捕に関する裁判は準抗告の対象外(判例=最決昭57・8・27。条文でもの列挙に逮捕が無い)=逮捕そのものを直接争う不服申立ては無い。逮捕の違法は勾留の段階で審査される(解説書:勾留請求の却下・勾留の裁判への準抗告・勾留の取消請求)。勾留には法定の手段がある
  2. 2勾留の裁判の前と後:前=法定の手段なし → 検察官・裁判官への事実上の働きかけ。後=理由開示・取消し・準抗告・執行停止。被疑者の勾留では、理由開示・取消し・執行停止をで裁判官が使う(準抗告は)。この4つは被疑者・被告人の両方にある(被告人の準抗告は第1回公判期日前まで・その後は抗告)
  3. 3勾留理由開示とは():後段の具体化=公開の法廷で理由を示す。不服申立てそのものではなく、その準備。勾留だけ(逮捕の理由開示は無い)
  4. 4開示の請求と法廷:請求=本人+弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹・その他利害関係人。被疑者と弁護人が出頭しないと開廷できない(検察官は要件でない)。裁判官が勾留の理由を告げ、検察官(勾留を請求した側)・被疑者・弁護人・請求者は意見を述べられる
  5. 5開示の限り:同じ勾留について最初の請求の1回だけ()。勾留されている間だけ=釈放後・執行停止中は請求できない。請求の後に取消し・執行停止があれば請求は効力を失う
  6. 6勾留の取消し():勾留の理由又は必要がなくなつたときは取り消さなければならない(義務)。請求=検察官・被疑者・弁護人ら(その他利害関係人は無い)+職権。不当に長い拘禁も(・請求はの者=検察官は入らない)
  7. 7準抗告の対象と申立人(2号「勾留…に関する裁判」):対象=勾留状の発付・延長・取消しを認めた裁判・これらの請求の却下。勾留場所の変更を求める場合にも使われる(解説書)。申立人=「不服がある者」=被疑者・弁護人に限らず検察官も
  8. 8準抗告の申立先と審理:簡裁の裁判官の裁判 → 管轄地方裁判所/その他 → その裁判官所属の裁判所(高裁ではない)。合議体で決定()。各号に当たる裁判官の裁判には準抗告、裁判所の決定には抗告
  9. 9嫌疑が無いことは理由にできない:「勾留に対しては」犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告できない()→ 準抗告に準用()。嫌疑は本案で審判する事項。制限は勾留を認める裁判(発付・延長・更新など)への不服だけ=勾留請求の却下への検察官の準抗告には及ばない
  10. 10取消しと準抗告の区別:解説書は、取消し=勾留の裁判の後の事情の変化(理由・必要が消えた)/準抗告=勾留の裁判の時点の判断の誤り、を根拠にすると説明する。もっとも解説書は、逮捕・勾留手続の違法を理由に取消しを請求する場合もあるとする=時点の区別は使い分けの目安で、どちらかに限られるわけではない
  11. 11勾留の執行停止():勾留の効力を残したまま、親族等への委託・住居の制限で一時的に外へ。職権のみ=申立ては職権の発動を促すだけ。検察官にはできない。刑事施設への収容に戻るのは、期間満了か執行停止の取消し()のとき()
  12. 12接見等禁止の決定への対応:決定そのものは準抗告(勾留に関する裁判として扱われる)/範囲を狭めるなら一部解除の職権発動を促す申立て
  13. 13被疑者には保釈が無い(但書):保釈は起訴後の被告人だけ。被疑者側から申し立てて外へ出る手段は、取消し・準抗告で勾留を終わらせるか、執行停止(職権の発動を促す)で一時的に出るか

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例と学説を混ぜない。・・などの主語は「被告人」「裁判所」で、被疑者の勾留ではにより裁判官が同じ権限を持つ(項目2)。

勾留された被疑者の身柄を取り戻したい勾留の裁判はまだ出ていないか勾留請求の前/請求の後・裁判の前事実上の働きかけ検察官・裁判官へはいいいえ(裁判の後)勾留の理由が分かっているか裁判官が何を理由に勾留したか理由開示を請求82条・知ってから下へいいえはい目安:裁判の時点の判断の誤りか例:出した資料が見落とされた準抗告429条1項2号はいいいえ裁判の後に理由・必要がなくなったか例:身元引受人が後から現れた勾留の取消し87条1項はいいいえ一時的に外へ出る必要があるか例:手術のための入院執行停止95条・職権を促すはいいいえ勾留は続く
弁護人が打つ手の選び方(項目2・3・6・7・10・11)。理由開示で理由を知ってから、準抗告・取消しを考える。3段目・4段目の分け方は、解説書が示す根拠の時点による使い分けの目安で、どちらかに限られるわけではない(逮捕・勾留手続の違法を理由に取消しを請求する場合もある・項目10)。被疑者には保釈が無いので、この図に保釈は出てこない(項目13)。

1逮捕には準抗告が無い・勾留にはある条文判例学説

  • の準抗告=裁判官がした裁判に不服がある者が、その取消し・変更を裁判所に求める手続()。対象は1号〜5号に並べた裁判だけ。
  • 条文:2号は「勾留、保釈、押収…に関する裁判」。列挙に逮捕が入っていない。
  • 判例(最決昭57・8・27):逮捕に関する裁判及びこれに基づく処分は、各号の準抗告の対象となる裁判に含まれないとする(結論だけを述べる)。逮捕そのものを直接争う不服申立ては無い。
  • それでも逮捕の違法が争えなくなるわけではない。逮捕の違法は勾留の段階で審査される。解説書によると、①勾留請求を受けた裁判官が、逮捕手続の違法を理由に請求を却下する(検察官はこれに準抗告できる)②勾留の裁判への準抗告で勾留の裁判が取り消され、請求が却下される ③勾留の取消請求()で争う場合もある。
  • 勾留には、準抗告をはじめ法律に用意された手段がある(項目2)。
何を争うか準抗告
逮捕状の発付(逮捕に関する裁判)できない(不服申立ての手段が無い)
勾留状の発付(先行する逮捕の違法を理由に)できる

逮捕状が出たこと自体に準抗告はできない。ただ、逮捕の手続に重大な違法があったなら、続く勾留への準抗告の中でその違法を主張し、勾留の裁判の取消し・勾留請求の却下につながることがある。

出題逮捕状発付の裁判に対する準抗告には、法令上の根拠がある(×)

出題先行する逮捕手続の違法を理由に、勾留状発付の取消しを求めて準抗告できる(○)

出題逮捕と勾留のどちらも、刑訴法上、不服申立ての手段がない(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者又は弁護人は、逮捕状を発付した裁判に対して準抗告をすることができる」
  • 「逮捕状による逮捕も起訴前の勾留も、刑事訴訟法上、不服申立ての手段がない」
  • 「逮捕には準抗告が無いので、逮捕手続の違法は勾留の段階でも争えない」

2勾留の裁判の前は働きかけ・後は4つの道具条文学説

  • 流れ:逮捕 → 検察官の勾留請求 → 裁判官の勾留の裁判。警察が逮捕した人は、留置の必要があれば48時間以内に検察官へ送られ()、検察官は受け取ってから24時間以内に勾留を請求するかを決める()。
  • 勾留の裁判の前:逮捕を争う手続も、勾留を止める手続も法律に無い。使えるのは事実上の働きかけだけ=①請求の前に検察官へ「勾留を請求しないでほしい」②請求の後・裁判の前に裁判官へ「勾留を認めないでほしい」。材料は身元を引き受ける人・定まった住居・逃げる心配が薄いこと。資料・意見書の提出や面談で伝える。法定の手段が無い段階なので、ここで勾留を防げるかが大事になる。
  • 勾留の裁判の後:不服申立ての手続(準抗告)が法定されているほか、事情の変化に応じた手続(取消し・執行停止)がある。理由開示はその準備。裁判の前より、法定の手段は多い。
  • 被疑者にも使える理由:・・の主語は「被告人」と「裁判所」。が、勾留の請求を受けた裁判官に裁判所・裁判長と同一の権限を与える。被疑者の勾留では、これらを裁判官が使う(保釈は除く=項目13)。
道具何のためか被疑者の勾留被告人の勾留
①勾留理由開示()勾留の理由を知るあるある
②勾留の取消し()勾留の理由・必要がなくなった → 勾留を終わらせるあるある
③準抗告(2号)勾留の裁判の取消し・変更を求めるある第1回公判期日前の裁判官の裁判なら(項目8)
④勾留の執行停止()効力を残したまま一時的に外へあるある
保釈—無い(項目13)ある

出題取消し・理由開示・執行停止は、被疑者・被告人のどちらの勾留にもある(○)

出題勾留の取消し請求・勾留理由開示の請求は、起訴前だけにある(×)

出題勾留理由の開示は被告人の勾留に限られる/被告人の勾留では開示を請求できない(×)

出題起訴後の勾留の取消請求には法令上の根拠がある(○)

×にされやすい形
  • 「勾留の裁判が出てしまうと、使える手段は裁判の前より限られる」(裁判の後のほうが法定の手段がある)
  • 「勾留理由開示は、勾留期間が長期に及ぶ可能性がある被告人の勾留に限って認められている」
  • 「勾留の取消しの請求は、起訴前は認められているが、起訴後は認められていない」

3勾留理由開示とは(後段)条文学説

  • :何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
  • :勾留されている被告人は、裁判所に勾留の理由の開示を請求することができる。=後段を刑事訴訟法で具体化した制度。
  • 不服申立てそのものではない:理由を知り、意見を述べる場。開示の請求は取消しを求める手続ではない(取消しはの請求・職権で別に)。勾留の裁判の取消し・変更を求めるのは準抗告。理由が分からなければ何を争うかも分からない=後の不服申立ての準備。
  • 実際の姿(解説書が述べる実務):捜査を続ける都合から、裁判官は理由の具体的な中身まで告げないのが一般。それでも法廷で意見を述べて記録に残せる(開示期日の手続は調書に残る=刑事訴訟規則86条)。接見等禁止(家族などとの面会を止める決定・項目12)中の被疑者について、解説書は、実質的には法廷で親族等に姿を見せる機会にとどまることもある、とする。
  • 開示があるのは勾留だけ。逮捕の理由の開示を請求する規定は無い。

開示の法廷で裁判官は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」とだけ述べ、どの証拠のどんな事情かまでは言わなかった → 理由の中身が全部分かるわけではない。ただ、弁護人が述べた意見は調書に残り、後の準抗告・取消しの請求を考える材料になる。

出題逮捕の理由の開示請求には、法令上の根拠がある(×)

×にされやすい形
  • 「逮捕された被疑者の弁護人は、裁判官に逮捕の理由の開示を請求できる」
  • 「勾留理由開示の請求は、勾留の取消しを求める手続である」(理由を告げ意見を聴く場。取消しはの請求・職権で別に)

4開示の請求と法廷(〜)条文

  • 請求できる人:勾留されている本人()のほか、弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人()。被疑者と弁護人に限られない。
  • :勾留の理由の開示は、公開の法廷でこれをしなければならない。:法廷は、裁判官及び裁判所書記が列席してこれを開く。
  • :被告人及びその弁護人が出頭しないときは、開廷することはできない(病気等で出頭できず本人に異議がないとき等の例外あり)。開廷の要件に検察官の出頭は入っていない。=開示の法廷は、原則として被告人(被疑者)と弁護人がそろって出頭して開く。過去問の「弁護人が立会いを求めることができる」(○)は、弁護人の出頭が開廷の要件とされていること()による。
  • :法廷では、裁判長(被疑者の勾留では裁判官)が勾留の理由を告げなければならない。告げるのは「勾留の理由」で、勾留の理由は嫌疑に加えて各号(住居不定・罪証隠滅・逃亡)の事由を含む → 「犯罪事実と嫌疑を告げれば足りる」は誤り(過去問の正答)。嫌疑は開示では告げられるが、勾留への不服の理由にはできない(項目9)。
  • :検察官又は被告人及び弁護人並びにこれらの者以外の請求者は、意見を述べることができる。裁判長は相当と認めるときは、意見を書面で差し出させることができる。検察官も、勾留を請求した側として意見を述べられる(「できる」)。
  • 刑事訴訟規則84条:勾留の理由の開示をすべき期日とその請求があつた日との間には、五日以上を置くことはできない(但書でやむを得ない事情があるときの例外)。規則85条の3第1項(要約):意見を述べる時間は、各十分を超えることができない。
段階中身条文
請求本人・弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹・その他利害関係人
公開の法廷裁判官・書記が列席。被疑者と弁護人が出頭しないと開けない(検察官は要件でない)
理由を告げる勾留の理由(嫌疑+各号の事由)
意見を述べる検察官・被疑者・弁護人・それ以外の請求者(述べることができる)

出題勾留の理由の開示は、被疑者とその弁護人に限り請求できる(×)

出題勾留されている被疑者の弁護人は、開示を請求できる(○)

出題開示は公開の法廷でしなければならない(○)

出題検察官が出頭しないときは、勾留理由開示の法廷を開くことができない(×)

出題公開の法廷での理由開示には、弁護人が立会いを求めることができる(○)

出題勾留の理由の開示は、犯罪事実と罪を犯したと疑うに足りる相当な理由を告げれば足りる(×)

出題開示の法廷に出頭した被疑者・弁護人は、意見を述べることができる(○)

出題被疑者は、開示の期日に勾留の理由について意見を述べることができない(×)

×にされやすい形
  • 「勾留の理由の開示は、被疑者及びその弁護人に限り請求することができる」
  • 「検察官が出頭しないときは、勾留理由開示の法廷を開くことはできない」
  • 「勾留の理由を開示するには、勾留の基礎となっている犯罪事実と、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由を告げれば足りる」
  • 「被疑者は、勾留の理由を開示する期日において、意見を述べることはできない」

5開示は1回だけ・勾留されている間だけ条文

  • :同一の勾留についての請求が二以上ある場合には、勾留の理由の開示は、最初の請求についてこれを行う。その他の請求は、勾留の理由の開示が終つた後、決定でこれを却下しなければならない。
  • 請求できるのは「勾留されている」人とその関係者。勾留が取り消されて釈放された後は請求できない。執行停止で外に出ている間も請求できない。
  • :請求は、保釈、勾留の執行停止若しくは勾留の取消があつたとき、又は勾留状の効力が消滅したときは、その効力を失う。
勾留理由開示の請求いま勾留されているか釈放の後・執行停止で外にいる間は当たらない請求できない請求の後なら効力を失う(82条3項)いいえはい同じ勾留について先の請求があるか開示は最初の請求についてだけ(86条)開示の後に却下はいいいえ公開の法廷で開示理由を告げ、意見を聴く(83条・84条)
開示が開かれるかの判断(項目4・5)。どの枠も条文の言葉。

家族が開示を請求して公開の法廷が開かれた後、弁護人が改めて同じ勾留について開示を求めても、却下される。勾留が取り消されて釈放された後に「なぜ勾留されたのか」を聞くために請求しても、もう勾留されていないので請求できない。

出題釈放後でも、弁護人の選任の効力が残っていれば、弁護人は勾留理由の開示を請求できる(×)

出題勾留の執行停止で釈放されている被疑者も、勾留の理由の開示を請求できる(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者の弁護人は、勾留されていた被疑者が釈放された後でも、勾留の理由の開示を請求できる」
  • 「勾留の執行停止により釈放されている被疑者であっても、勾留の理由の開示を請求することができる」
  • 「同じ勾留について、請求者ごとに何度でも開示を受けられる」(最初の請求の1回だけ)

6勾留の取消し(・)条文学説

  • 勾留の理由=罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(柱書)+同項各号(住居不定・罪証隠滅・逃亡)のどれか。勾留の必要=理由とは別に問われるもの(が「理由又は勾留の必要」と分けて書く)。解説書は、諸事情を総合的に考慮して、被疑者を勾留することが実質的に相当かを判断するもの、とする。
  • :勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
  • 解説書は、取消しは勾留された後の事情の変化で理由・必要が消えたことを根拠にする、と説明する(あわせて、逮捕・勾留手続の違法を理由に取消しを請求する場合もあるとする・項目10)。取り消せば将来に向けて勾留が終わる。
  • 要件がそろえば「取り消さなければならない」=取り消す義務。請求が無くても職権で取り消せる。
  • 請求できる人に検察官が入る。開示の請求()と違い、「その他利害関係人」は入らない。
  • :勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、裁判所は、第に規定する者の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消し、又は保釈を許さなければならない。の者=本人・弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹(検察官は入らない)。被疑者には保釈が無いので(項目13)、被疑者の勾留では取消し。
請求できる人開示()取消し()
本人・弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹できるできる
その他利害関係人できる入っていない
検察官請求者に無い(法廷で意見は述べられる)できる
職権—できる

共犯者の供述と物証が出そろい、口裏を合わせる相手も証拠ももう残っていない状態になった → 罪証隠滅のおそれ(2号=勾留の理由の中身)が消えたとして、弁護人が勾留の取消しを請求する筋になる。

出題勾留の必要がなくなったとき、検察官も取消しを請求できる(○)

×にされやすい形
  • 「勾留の取消しは、被疑者側の請求があったときに限り、することができる」(検察官の請求・職権でも)
  • 「勾留の理由がなくなっても、裁判官は勾留を取り消すかどうかを裁量で決められる」(取り消さなければならない)
  • 「勾留の理由開示と同じく、その他利害関係人も取消しを請求できる」

7準抗告の対象と申立人(2号)条文学説

  • 柱書:裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。
  • 2号:勾留、保釈、押収(…)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(…)又は…複写に関する裁判。
  • 「勾留に関する裁判」の例(解説書):勾留状を発した裁判、延長を認めた裁判、取消しを認めた裁判、これらの請求を却下した裁判。どれも対象。
  • 準抗告に理由があれば、原裁判を取り消し、必要がある場合には更に裁判をする(→)。
  • 解説書は、勾留場所の変更(警察の留置施設から拘置所へ)を求める場合、少年の被疑者の勾留を勾留に代わる観護措置へ変えるよう求める場合、接見等禁止の決定(項目12)を争う場合にも準抗告が用いられる、とする。
  • 申立人は「不服がある者」。被疑者側に限らない。勾留請求・延長請求を却下した裁判、取消しを認めた裁判には、検察官が準抗告する。
裁判官の裁判主に争うのは
勾留状の発付被疑者・弁護人
延長を認めた裁判被疑者・弁護人
勾留請求・延長請求の却下検察官
取消しを認めた裁判検察官

裁判官が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がない」として勾留請求を却下し、釈放を命じた → 検察官は、この却下の裁判に不服があるとして、その裁判官所属の地方裁判所に準抗告できる。

出題罪証隠滅のおそれが無いとして勾留請求が却下されたとき、検察官は準抗告できない(×)

出題勾留状を発した裁判に不服がある被疑者は、その裁判官所属の地方裁判所に準抗告できる(○)

出題弁護人は、勾留期間を延長する裁判に準抗告できる(○)。「やむを得ない事由」が無いことを理由にしてよい

出題勾留場所を警察署の留置施設から拘置所に変えるよう求めて準抗告できる(○)

×にされやすい形
  • 「検察官は、勾留請求を却下する裁判に不服があっても、その取消しを請求することは許されない」
  • 「準抗告は、勾留された被疑者の側だけが使える手段である」(「不服がある者」=検察官も)
  • 「勾留期間の延長の裁判は、準抗告の対象にならない」

8準抗告の申立先と審理・抗告との区別条文

  • 申立先:簡易裁判所の裁判官がした裁判 → 管轄地方裁判所/その他の裁判官がした裁判 → その裁判官所属の裁判所(柱書)。地方裁判所の裁判官の勾留の裁判なら、その地方裁判所。高等裁判所ではない。
  • :第1項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。単独の裁判官の裁判を、合議体(複数の裁判官)が見直す。改正で項が繰り下がり、合議体の定めは現行4項(古い本の「3項」)。
  • 抗告=裁判所がした決定への不服申立て。裁判官がした裁判には、抗告ではなく準抗告を使う。
  • 被告人の勾留でも、公訴の提起の後第1回の公判期日までは、勾留に関する処分を裁判官が行う()→ その裁判には準抗告。第1回公判期日の後は受訴裁判所の決定 → 抗告(どちらも過去問の正答から)。
身柄の拘束についての裁判に不服逮捕に関する裁判か逮捕状の発付など不服申立てなし429条1項に無い(項目1)はいいいえ裁判官がした裁判か被疑者の勾留・第1回公判期日前の被告人の勾留など準抗告所属の裁判所の合議体(簡裁なら管轄地裁)はいいいえ(裁判所の決定)抗告例:第1回公判期日後の保釈請求の却下・勾留の更新
不服申立ての種類の見分け方(項目1・8)。1段目は判例、2段目は条文(429条1項・280条1項)。

出題地方裁判所の裁判官がした勾留請求却下の裁判に、検察官は高等裁判所へ準抗告できる(×)

出題起訴当日に発付された勾留状(第1回公判期日前)の取消しは準抗告で求める(○)

関連第1回公判期日後の保釈請求の却下は、抗告で取消しを求める(○)

関連第1回公判期日後の保釈請求を却下する裁判に準抗告できる(×)

×にされやすい形
  • 「検察官は、地方裁判所の裁判官がした勾留請求を却下する裁判に対して、高等裁判所に準抗告をすることができる」
  • 「準抗告は、勾留の裁判をした裁判官が自ら判断し直す」(合議体で決定)
  • 「第1回公判期日後の保釈請求を却下する裁判に対して、準抗告をすることができる」

9嫌疑が無いことは理由にできない(・)条文学説

  • :勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。
  • :第第3項の規定は、前項の請求について準用する。=準抗告でも同じ。
  • 「前項」=:管轄・訴訟手続に関し判決前にした決定には原則として抗告できない(1項)が、勾留・保釈・押収等に関する決定にはこの制限を適用しない=勾留に関する決定には抗告できる。3項はそのうえで、勾留に対しては嫌疑なしを理由にできない、と絞る。
  • 制限は「勾留に対しては」に限る。抗告一般の制限ではない。制限されるのは嫌疑が無いことを理由にする場合だけ。
  • 趣旨:嫌疑の有無は本案の裁判(有罪か無罪かを決める裁判)で審判すべき事項。勾留の理由には嫌疑が含まれ、理由開示では告げられる(項目4)が、勾留への不服の理由からは外した。勾留の手続の中で、犯罪の有無まで決着させない。
  • 「勾留に対しては」=勾留を認める裁判(勾留状の発付・延長・更新など)への不服に限る。裁判官が犯罪の嫌疑が認められないとして勾留請求を却下した場合、検察官のこの却下の裁判への準抗告は、勾留に対する不服ではないので制限に当たらない(過去問の正答も同じ)。

勾留された被疑者が「自分は現場にいなかった」と言い、それだけを理由に勾留への準抗告を申し立てる → 犯罪の嫌疑がないことを理由にした準抗告はできない。

出題第1回公判期日後の勾留状発付の取消しを、犯罪の嫌疑がないことを理由に求めることは許されない(○)

出題勾留の期間を更新した決定に、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告できる(×)

出題嫌疑が認められないとして勾留請求が却下されたとき、検察官は準抗告できない(×)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、勾留の期間を更新した裁判所の決定に対して、被告人に犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることができる」
  • 「勾留請求が犯罪の嫌疑が無いとして却下された場合、検察官はこれに準抗告することは許されない」
  • 「抗告では、犯罪の嫌疑がないことを理由にすることは一切できない」(制限は勾留に対するものだけ)

10取消しと準抗告の区別:解説書の整理条文学説

  • どちらも「勾留に不服がある」ときの道具に見える。解説書は、それぞれが根拠にする時点を次のように説明する。
  • 取消し:勾留の裁判の後に事情が変わり、勾留の理由・必要が消えたことを根拠にする。
  • 準抗告:勾留の裁判をした時点の裁判官の判断に誤りがあったことを根拠にする。
  • 解説書は、開示で知った理由やその後の捜査の進み具合に照らして、取消しを考え、勾留の裁判そのものの適否は準抗告で争う、とつなぐ=開示 → 取消し/準抗告。
  • もっとも解説書は、逮捕・勾留手続の違法を理由に勾留の取消請求()がなされる場合もあるとする。時点の区別は使い分けの目安で、どちらかに限られるわけではない。
根拠にする時点(解説書の整理・目安) 開示(82条)で理由を知る → どちらを使うか考える 裁判前=働きかけ 勾留の効力が続く 勾留の裁判 事情が変わる 時間 準抗告 裁判の時点の判断の誤り 取消し 後から理由・必要が消えた 準抗告=目安は、裁判の時点の判断の誤り(429条1項2号) 取消し=目安は、裁判の後の事情の変化(87条1項)
矢印の先が、解説書の整理でそれぞれの道具が根拠にする時点(項目6・7・10)。使い分けの目安で、どちらかに限られるわけではない(逮捕・勾留手続の違法を理由に取消しを請求する場合もある)。同じ「身元引受人」でも、勾留の裁判の前からいたのか、後から現れたのかで、筋が変わる。
取消し()準抗告(2号)
根拠の目安(解説書)勾留の裁判の後に、勾留の理由・必要が消えた勾留の裁判の時点の判断の誤り(例:資料の見落とし)
請求できる人検察官・被疑者・弁護人など+職権不服がある者
判断する人裁判官()所属の裁判所の合議体
効果将来に向けて勾留を終わらせる理由があれば原裁判を取り消し、必要があれば更に裁判(→)

勾留の裁判の時点で既に身元引受人がいて、弁護人がその資料を出していたのに、裁判官が逃亡のおそれありとした → 裁判の時点の判断の誤りを言う準抗告の筋。裁判の後に初めて引受人が見つかった → 取消しの筋。

×にされやすい形
  • 「勾留の取消しを求めるには、勾留の裁判の時点で既に理由や必要が無かったことを示さなければならない」(は「なくなつたとき」=後から消えたことで足りる)

11勾留の執行停止()条文学説

  • :裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限して、勾留の執行を停止することができる。この場合においては、適当と認める条件を付することができる。
  • 勾留そのものには異議を述べず、一時的に外へ出る必要が生じたときの手段。取消しと違い、勾留の効力は失われない。執行を一時行わないだけ。
  • 職権による措置。弁護人ができるのは、職権の発動を促す申立てだけ=請求権ではない。申立てがあっても、停止するかどうかの裁判をしなければならないわけではない(過去問の正答)。
  • 停止するのは裁判官(被疑者の勾留では)。検察官が自らの裁量で停止することはできない。
  • 要件は「適当と認めるとき」。法定刑の重さで可否は変わらない(過去問の正答)。
  • 終わり方:停止の期間を指定することができ、そのときは終期の日時と出頭する場所を指定する(・)。期間が満了したとき、または執行停止が取り消されたとき()は、刑事施設に収容される()。勾留そのものは続いている。
取消し()執行停止()
勾留の効力失わせる残したまま、一時的に身柄だけ外へ
終わった後勾留そのものが終わる期間満了・執行停止の取消しで刑事施設に収容(勾留は続いている)
きっかけ請求または職権職権のみ(申立ては職権の発動を促すだけ)
要件理由又は必要がなくなった(義務)適当と認めるとき(裁量)

被疑者が手術のため入院する → 裁判官が職権で、住居を病院に制限して執行を停止し、停止の終わりの日時と出頭場所を指定した → その日時が来れば、被疑者は刑事施設に収容される。勾留そのものは一度も終わっていない。

出題検察官は、適当と認めるときは自らの裁量で勾留の執行を停止できる(×)

出題被告人から執行停止の申立てがあれば、裁判所は停止するか否かの裁判をしなければならない(×)

出題勾留の執行停止の可否は、法定刑の軽重で異ならない(○)

×にされやすい形
  • 「検察官は、適当と認めるときは、検察官自らの裁量により、勾留の執行を停止することができる」
  • 「被告人から勾留執行停止の申立てがあった場合、裁判所は、勾留の執行を停止するか否かの裁判をしなければならない」
  • 「執行停止をすると勾留の効力は失われ、停止の事由が終われば改めて勾留される」(効力は残っている=刑事施設に収容されるだけ)

12接見等禁止の決定に不服があるとき条文学説

  • 接見等禁止():逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、検察官の請求又は職権で、弁護人・弁護人となろうとする者以外の者との接見を禁じ、書類等を検閲し、授受を禁じ、差し押える決定(糧食は除く)。弁護人との接見は対象外。
  • 対応は2つ。①決定そのものを準抗告で争う(2号の「勾留に関する裁判」として扱われている)。②一部解除を求めて、裁判官の職権発動を促す申立て。
準抗告一部解除の申立て
対象決定そのもの決定の一部(例:特定の友人との面会だけ)
範囲決定を全部争う範囲を狭めてもらう
位置づけ「勾留に関する裁判」として扱われる裁判官の職権発動を促す申立て

接見等禁止中の被疑者について、弁護人が「子どもからの手紙だけは受け取らせてほしい」と、禁止の一部を解く職権の発動を促す。

×にされやすい形
  • 「接見等禁止の決定は、準抗告の対象にならない」
  • 「一部解除は、弁護人の請求によって認められる権利である」(裁判官の職権の発動を促す申立て)

13被疑者には保釈が無い(但書)条文

  • :前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
  • 但書=被疑者を勾留する裁判官には保釈を認める権限が無い。保釈が使えるのは、起訴された後の被告人だけ。
  • 被疑者側から申し立てて外へ出る手段は:取消し・準抗告で勾留を終わらせるか、執行停止(職権の発動を促す)で一時的に出るか。理由開示は理由を知る場で、それだけで外へ出られるわけではない。
  • 過去問の正答から:逮捕状による逮捕にも、起訴前の勾留にも、保釈は無い。
起訴前の被疑者起訴後の被告人
保釈が無い(請求もできない)保釈が使える

殺人の被疑事実で勾留中の被疑者が保釈を請求しても、勾留した裁判官には保釈の権限が無いので許されない。同じ事件でも、起訴されて被告人になった後は保釈が問題になる。

出題被疑者の保釈は法律上許されない・請求できない/保釈は被告人の勾留だけ(○)

出題逮捕にも起訴前の勾留にも、保釈は認められない(○)

出題保釈は、被疑者・被告人のどちらの勾留にもある/起訴前だけにある(×)

出題勾留の継続による不利益や犯罪の性質・情状により、条件を付けて被疑者を保釈でき、被疑者の弁護人も保釈を請求できる(×)

×にされやすい形
  • 「裁判官は、勾留の継続により被疑者が受ける健康上又は社会生活上の不利益がある場合、勾留中の被疑者を保釈することができる」
  • 「勾留されている被疑者の弁護人は、裁判官に保釈の請求をすることができる」
  • 「理由開示・取消し・準抗告・執行停止の4つが、そろって被疑者の保釈の代わりになる」(理由開示は外へ出る手段ではない)

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#31単独ページ動画

事件単位の原則・一罪一逮捕一勾留

問い:逮捕・勾留は、何を単位にかかり、同じ事件で何回できるか。

骨組み

  1. 1事件単位の原則(通説):逮捕・勾留の効力は、その基礎となっている被疑事実にのみ及び、それ以外の事実(余罪)には及ばない。人単位説(効力はその人の身体に及ぶ)は採られない
  2. 2根拠=令状主義:令状は犯罪を明示()・逮捕状に罪名・被疑事実の要旨()→ 裁判官は被疑事実を単位に審査する → 拘束できる範囲も事件単位
  3. 3要件の判断に余罪を入れない:勾留の理由・必要はその被疑事実についてだけ考える。余罪の捜査の必要で勾留を続けられない。ただし余罪が密接に関連する場合などは例外的に考慮できる
  4. 4二重逮捕・二重勾留:別の被疑事実なら、同時に重ねて逮捕・勾留できる(逮捕中・勾留中でも別事実で逮捕できる)。別の被疑事実で繰り返すこともできる
  5. 5逮捕前置主義×事件単位:「前三条の規定による勾留の請求」→ 勾留の前に逮捕。趣旨=短い逮捕の間に捜査を尽くさせ、なお必要なときだけ勾留。逮捕を経たかはその事件について見る(人を拘束していればよい、ではない)
  6. 6被疑事実の同一性:逮捕時と勾留時の被疑事実は同一が原則。一言一句同じでなくてよい=細部が詰まった・同じ事実の罪名の評価が変わった(傷害→強盗致傷など)だけなら、その罪名で勾留請求できる
  7. 7同一性を欠くB事実が出たとき:①B事実だけで勾留(切替)=不可 ②B事実で逮捕し直して勾留請求=可 ③A+B事実で勾留(理由の付加)=可。③の前提=A事実で適法に勾留できること。理由=被疑者に不利益がない(逮捕し直させるとかえって拘束が長い)
  8. 8一罪一逮捕一勾留の原則:同一の被疑事実につき逮捕・勾留は原則1回(一罪一勾留とも。例外として許される場合もある)。中身=再逮捕・再勾留の禁止(繰り返し)+重複逮捕・重複勾留の禁止(同時)。趣旨=期間制限()の潜脱を防ぐ
  9. 9「一罪」の単位(通説):実体法上の罪数。住居侵入+窃盗(牽連犯=科刑上一罪・後段)を分けて、住居侵入で勾留→窃盗で勾留、は許されない

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回は判例を扱わない=骨組みは条文と解説書の通説・一般的な考え方(講義用の解説の整理も一部含む)。

理由の線を分けて覚える。行1〜4と行8の定義=「裁判官は被疑事実を単位に審査する(令状主義)」から。行5・6=逮捕前置主義の趣旨「短い逮捕の間に捜査を尽くさせる」×事件単位から(行7の③だけは「被疑者に不利益がない」が理由)。行8の「1回」の趣旨=期間制限の潜脱を防ぐ。行9(一罪=実体法上の罪数)=1個の刑罰権・分割は実質的な蒸し返しのおそれ。前置主義を「審査を2回受けさせるため」と説明しない(解説書が退ける見解・項目5)。

重ねて拘束する同時に繰り返し(順に)
別の被疑事実二重逮捕・二重勾留=できる(項目4)できる(項目4)
同一の被疑事実重複逮捕・重複勾留の禁止(項目8)再逮捕・再勾留の禁止(項目8)

1事件単位の原則学説

  • 定義:逮捕・勾留の効力は、逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及び、それ以外の事実には及ばない。
  • 基礎となっている被疑事実=令状に書かれたその事件。それ以外の事実=余罪。
  • 位置づけ:現在の通説で、実務でも認められている。
事件単位の原則人単位説
効力の範囲基礎となっている被疑事実にのみその人の身体に及ぶ
余罪効力は及ばない及ぶ(どの事件でも拘束できる)
採否通説・実務採られていない

人単位説がとれない理由:裁判官が審査していない事件についてまで拘束することになる。

出題見解Ⅰ(包括一罪のb事件にも効力が及ぶ)なら、a事件に罪証隠滅のおそれが無くても、b事件にあれば権利保釈は認められない(○)

出題見解Ⅰ(包括一罪のb事件にも効力が及ぶ)なら、a事件に罪証隠滅のおそれが無くても、併合罪のc事件にあれば権利保釈は認められない(×)

出題見解Ⅱ(b事件に効力が及ばない)なら、a事件に罪証隠滅のおそれが無ければ、b事件・c事件にあっても、それを理由に権利保釈は否定されない(○)

×にされやすい形
  • 勾留の効力が及ばない併合罪の余罪の事情を、その勾留の判断(権利保釈の除外事由)の理由にする形
  • 「逮捕・勾留はその人の身体を拘束するものだから、効力は余罪にも及ぶ」(人単位説の形)

2根拠=令状主義条文

  • :「理由となつてゐる犯罪を明示する令状」によらなければ逮捕されない。
  • :逮捕状には罪名・被疑事実の要旨などを書き、裁判官が記名押印する。勾留状の記載は(被疑者の勾留にはで準用)。
  • 逮捕・勾留をするには被疑事実が必要で、裁判官は「その被疑事実について拘束する理由と必要があるか」を審査する(「この人を拘束してよいか」ではない)。
  • 審査の単位が事件 → 拘束できる範囲の単位も事件。ずれると、裁判官が審査した意味がなくなる=事件単位の原則は令状主義の趣旨からも支えられる。

3要件の判断に余罪を入れない学説

  • 事件単位の原則から、逮捕・勾留の要件を考えるときは当該被疑事実についてのみ考慮し、別の被疑事実(余罪)を考慮することは認められない。
  • もっとも、余罪が当該被疑事実と密接に関連する場合などは、例外的に考慮することも認められている。
  • 過去問の正答から:勾留の基礎の事実(窃盗・詐欺)について勾留の理由・必要がなくなったら、余罪(詐欺・窃盗)の捜査の必要を理由に勾留を続けることは許されない。
  • 区別:勾留の延長を請求するとき、別の捜査で分かった事情でも、勾留の被疑事実に関連する事情なら示すことができる。これは基礎の事実そのものの事情で(入手経路が別の捜査だっただけ)、余罪を例外的に考慮する話ではない。
勾留の理由・必要を判断する勾留の基礎の被疑事実の事情か考慮するはいいいえ(余罪の事情)当該被疑事実と密接に関連するか密接に関連する場合など考慮できない余罪の捜査の必要で勾留は続かないいいえはい例外的に考慮できる
要件の判断で何を見るか。原則は勾留の被疑事実だけ。余罪は、密接に関連する場合などに限って例外的に考慮できる(どこまでが「密接」かの基準までは示されていない)。

窃盗で勾留中、窃盗の勾留の理由・必要がなくなった。別に詐欺の疑いがあり、その捜査が終わっていない → 詐欺の捜査の必要を理由に、窃盗の勾留を続けることはできない(詐欺で身柄を拘束するなら、詐欺で逮捕から)。

出題勾留の理由・必要がなくなった後、余罪の捜査の必要を理由に勾留を続けることは許されない(○)

出題見解Ⅲ(理由とされた被疑事実以外の事実のみに基づいてはならない)では、強盗の勾留延長請求に、別の捜査で分かった事情は強盗に関連するとしても示せない(×)

×にされやすい形
  • 勾留の被疑事実に関連する事情でも、別の被疑事実の捜査から判明したものは「示すことはできない」とする形(基礎の事実に関する事情なら、どの捜査で分かったものでも示せる=余罪の考慮ではない)
  • 余罪の捜査が必要なら、勾留の基礎の事実で理由・必要が消えても勾留を続けられる、とする形

4二重逮捕・二重勾留学説

  • 事件単位の原則からの帰結:同じ人を別の被疑事実で同時に逮捕・勾留すること(二重逮捕・勾留)も、別の被疑事実で繰り返すことも認められる。
  • 理由:A事件の拘束とB事件の拘束は令状ごとに分かれて、独立に効力を持つ。A事件の審査とB事件の審査は別の手続=同じ人に2つの拘束が重なっても矛盾しない。
令状裁判官が審査した事件
A事件の拘束令状①A事件
B事件の拘束令状②(①と独立)B事件

覚醒剤の譲渡で逮捕されている間に、別の日の宝石の窃盗が分かった → 逮捕中でも、窃盗の事実で逮捕できる。

出題逮捕されている間でも、別の事実で逮捕できる(○)

×にされやすい形
  • 「別の被疑事実で勾留中の人を、さらに別の事実で勾留することは禁止される」(禁止されるのは同一の被疑事実で重ねる場合=項目8。この回の用語(解説書)では別事実=二重勾留、同一事実=重複勾留。名前ではなく、別の事実か同一の事実かで見る)
  • 「ある事実で逮捕・勾留中の被疑者は、その拘束が終わるまで別の事実で逮捕できない」

5逮捕前置主義×事件単位条文学説

  • 条文:の「前三条の規定による勾留の請求」=〜(逮捕後の手続)→ 被疑者を勾留するには、先に必ず逮捕がなされていなければならない=逮捕前置主義。
  • 趣旨(解説書の採る考え方):捜査の初めは嫌疑も拘束の必要も浮動的 → いきなり長い勾留を認めず、まず短い逮捕を先行させ、その期間内に捜査を尽くしたうえで、なお長い拘束が必要なときに限り勾留=被疑者の人身の保護。
  • 事件単位と組み合わせる:逮捕を経たかは今回勾留したいその事件について見る。別の事件で身柄を拘束されていても、その事件で逮捕を経ていなければ前置主義を満たさない(その事件について、短い逮捕の間に捜査を尽くす段階を踏んでいない)。
前置主義の趣旨の説明解説書の評価
短い逮捕の間に捜査を尽くさせ、なお必要なときだけ勾留採る
逮捕時・勾留時の2度の司法審査で慎重を期す退ける:現行犯逮捕では2度の司法審査を欠く/逮捕と勾留の期間の長短を説明できない
逮捕は勾留審査のため裁判官に引致する手段(逮捕中は捜査せず速やかに引致)退ける:速やかな引致を求める規定は無い/逮捕の期間の捜査は当然予定されている

窃盗で逮捕中の被疑者について、別の傷害だけでいきなり勾留請求はできない。身柄がすでに警察にあっても、傷害については逮捕を経ていない。

×にされやすい形
  • 「被疑者の身柄が別の事件で拘束されていれば、どの事件でも逮捕を経ずに勾留請求できる」(基準は人ではなく事件)
  • 前置主義の趣旨を「逮捕と勾留で2度の司法審査を受けさせること」とする形(解説書が退ける見解)

6被疑事実の同一性学説

  • 原則:逮捕時の被疑事実と勾留時の被疑事実は同一でなければならない(前置主義の趣旨から)。理由=別の事実で逮捕していたのでは、長い拘束である勾留が必要かを判断しかねる。
  • 一言一句同じでなくてよい:捜査が進んで事実の細部がはっきりしただけなら同じ事件(講義用の解説の一つは、公訴事実の同一性の判断に準じ、基本的事実関係が同一ならよいと整理する)。
  • 過去問の正答から:逮捕中に、同一の事実が別の罪に当たると分かったときは、改めた罪名で勾留を請求できる=傷害で逮捕 → 強盗目的と分かり強盗致傷で勾留請求/恐喝・傷害で逮捕 → 強盗致傷で勾留請求/強盗で逮捕 → 恐喝に評価を改めて勾留請求。

駅前のひったくりの犯行時刻が、逮捕のときは「19時ごろ」、後で「19時5分」と分かった → 同じ事件のまま勾留請求できる。同じ行為が「殴った(傷害)」から「奪うために殴った(強盗致傷)」に評価が変わっても同じ。

出題同一の事実の罪名が変わっただけなら、新しい罪名(強盗致傷)で勾留請求できる(○)

出題見解Ⅰ(逮捕と勾留の被疑事実は同一)では、強盗で逮捕し恐喝に評価を改めても、恐喝の事実で勾留請求はできない(×)

×にされやすい形
  • 「逮捕の罪名と違う罪名では、同一の事実でも勾留請求できない」(評価替えは同一性を失わない)

7同一性を欠くB事実が出たとき学説

  • 例:A事実=駅前のひったくりで逮捕。その後、同一性を欠くB事実=別の日に別の店でした万引きが分かった。
やり方中身可否と理由
①勾留の切替A事実の逮捕 → B事実だけで勾留請求不可:B事実について逮捕が先行していない(A事実の逮捕の効力はBに及ばない)=逮捕時と勾留時の被疑事実が同一でない
②再逮捕による勾留B事実で逮捕し直し → B事実で勾留請求(A事実で勾留できないなら、いったん釈放して)可:B事実についても逮捕が先に置かれる
③理由の付加A事実の逮捕のまま、A+B事実で勾留請求可(一般的な考え方):前提=A事実で逮捕が先行し適法に勾留できること
  • ①が不可なのは、B事実を誰も審査しないからではない。B事実で勾留を請求すれば、勾留の段階で裁判官はB事実も審査する。欠けているのはB事実についての逮捕の先行。
  • ③の理由:A事実で適法に勾留できるなら、B事実を足しても被疑者に不利益はない。逆にB事実でも逮捕し直せと求めると、かえって拘束期間が長くなり不利益。=B事実について前置主義を満たすからではなく、不利益がないから許される。
  • ②より③が有利な中身(解説書は「かえって拘束期間が長くなる」と言うだけ。たとえば):B事実で逮捕し直すと、B事実の逮捕について時間制限が新たに進む(司法警察員の逮捕なら、身体を拘束された時から72時間以内に勾留請求=・)。③はA事実の逮捕のまま勾留に進むので、その上乗せが無い。
  • A事実の疑いが消えてA事実では勾留できないとき:③は使えない(A+Bの形をとっても実質はBへの切替)→ ②に戻る。
A事実で逮捕後、同一性を欠くB事実が出たB事実だけで勾留請求するか勾留の切替許されないBは逮捕が先行していないはいいいえ(A事実も理由にする)A事実で適法に勾留できるかA事実それ自体で勾留の要件を満たすか付加も使えない釈放→Bで逮捕し直すいいえはいA+B事実で勾留できる理由の付加(被疑者に不利益がない)
③(理由の付加)を使えるのは、A事実で適法に勾留できる場合だけ。できなければ③は使えず、②(釈放→B事実で逮捕し直す)による。①(B事実だけで勾留)はどの場合も許されない。

出題逮捕していない事実を、逮捕した事実に併せて勾留請求できる=両方について理由・必要があれば両罪で勾留状を発付できる(○)

出題見解Ⅰ(逮捕と勾留の被疑事実は同一)では、逮捕の後、別に判明した別の事実のみを理由に勾留請求はできない(○)

×にされやすい形
  • 「A事実の逮捕が先行していれば、A+B事実で勾留できる」(前提は、A事実で適法に勾留できること)
  • 「理由の付加が許されるのは、A事実の逮捕でB事実についても逮捕前置主義が満たされるから」
  • ①が不可の理由を「B事実は誰も審査していないから」とする形
  • 見分け方を「逮捕と勾留のどこかで審査を経ているか」とする形(①も勾留段階でB事実が審査される=①と③を区別できない)

8一罪一逮捕一勾留の原則学説

  • 定義:逮捕状・勾留状の請求には被疑事実が必要で、裁判官は被疑事実を単位に審査する(令状主義・事件単位の原則)→ 同一の被疑事実につき逮捕・勾留は1回しか認められない。
  • なぜ「1回」までか(同じ事実でもう一度審査を受ければよい、とならない理由)は、次の趣旨=期間制限から。
  • 原則であって例外がある:同一の事実で再び逮捕することが許される場合もある(は、同一の犯罪事実で前に逮捕状の請求・発付があったときの通知を定める)。重複逮捕・重複勾留の禁止にも例外が認められると考えられている。
  • 別名:実際には逮捕ではなく勾留が問題になることが多いので「一罪一勾留の原則」ともいう。
  • 趣旨(講義用の解説の説明):勾留は請求の日から10日()、延長は通じて10日まで()。1個の犯罪を分けて繰り返し逮捕・勾留すれば、この上限を実質的に無視できる=期間制限の潜脱を防ぐ。
中身場面目印
再逮捕・再勾留の禁止同一の被疑事実で、逮捕・勾留を繰り返す蒸し返し
重複逮捕・重複勾留の禁止同一の被疑事実で、同時に複数の逮捕・勾留同時の重複

傷害で勾留中に、同じ行為が強盗目的だったと分かった → 同じ行為の強盗致傷で、別に逮捕を重ねることはできない(同一の事実=重複逮捕)。

出題同一の窃盗の事実で、釈放後に再び逮捕することが許される場合もある=原則には例外がある(○)

出題傷害で勾留した後に強盗目的の供述が出れば、傷害の勾留中に同一事実の強盗致傷で逮捕しても適法(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者が強盗目的を供述したなら、傷害の勾留中に強盗致傷で逮捕しても適法」(罪名が変わっても同一の事実)
  • 同一の事実で重ねる場合と別の事実で重ねる場合の取り違え(同一の事実=禁止/別の事実=できる。解説書の用語では前者が重複勾留、後者が二重勾留)

9「一罪」の単位と住居侵入+窃盗条文学説

  • 「一罪」は実体法上の罪数(刑法上1個の犯罪として扱われる単位)で考えるのが通説。
  • 住居侵入と窃盗:侵入は盗むための手段、盗みが目的 → 牽連犯=科刑上一罪(後段)。
  • 住居侵入だけで逮捕・勾留し、終わった直後に窃盗で改めて逮捕・勾留する=1個の罪の分割=許されない。住居侵入と窃盗は、まとめて1回の逮捕・勾留で扱う。
  • 過去問の正答から:住居侵入で現行犯逮捕した被疑者について、検察官は住居侵入・窃盗の被疑事実で勾留を請求できる=1個の罪を1回の勾留でまとめて扱う。講義用の解説はこれを「理由の付加など」で対応すると書くが、解説書のいう理由の付加(項目7=同一性を欠くB事実を足す場面)に当たるかは、教材に直接の記述が無い。
  • 対比:科刑上一罪(牽連犯など=刑のうえで1個として扱う)は1個として数える/併合罪は別々の罪=別の事件(項目1の出題)。
分けた場合(許されない) 住居侵入で勾留20日 窃盗で勾留20日 合わせて40日=上限をすり抜ける まとめた場合 住居侵入・窃盗で1回 20日以内に収まる 勾留の上限は延長込み 20日(208条1項・2項)
刑のうえで1個として扱う罪(科刑上一罪)を分けると、勾留だけで20日+20日=40日になり、勾留の期間制限をすり抜ける。だから一罪は1回。

出題見解Ⅱ(一罪は1回)からは、1個の強盗を暴行と窃盗に分け、暴行で逮捕・勾留した後に窃盗で逮捕状を請求することはできない(○)

出題住居侵入で逮捕 → 一罪の関係にある窃盗を併せ、住居侵入・窃盗で勾留請求できる(○)

出題見解Ⅱ(一罪は1回)からは、強盗の勾留請求が却下された後に、牽連犯の住居侵入で逮捕状を請求できる(×)

×にされやすい形
  • 牽連犯の一部(住居侵入)なら、残りの部分で逮捕・勾留した後でも改めて逮捕状を請求できる、とする形
  • 「住居侵入と窃盗は別の罪名だから、別々に逮捕・勾留してよい」(罪名ではなく実体法上の罪数で数える)

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#32単独ページ動画

再逮捕・再勾留①禁止の原則と例外

問い:一度釈放した被疑者を、同じ被疑事実でもう一度逮捕・勾留できるか。できるなら、どんなときか。

骨組み

  1. 1再逮捕・再勾留禁止の原則:同一の被疑事実で、釈放した後に改めて逮捕・勾留する=原則として許されない。理由=無制限に許すと拘束期間の制限(〜)が無意味になる
  2. 2再逮捕の例外の根拠(通説):(前に同一の犯罪事実で逮捕状の請求・発付があれば裁判所に通知)・刑訴規則142条1項8号(請求書に記載)=再逮捕を前提にした条文 → 例外的に再逮捕できる
  3. 3再勾留:明文は無い。だが再逮捕を認めて再勾留を認めない合理的な理由が無い → 再勾留も例外的に認められる
  4. 4例外の物差し(解説書が紹介する見解・通説とは書かれていない):入口=事情変更があり単なる蒸し返しでない。そのうえで必要性の程度と不利益の程度を比較衡量(不利益=先行した勾留期間/必要性=犯罪の重大性・新証拠の重要性・逃亡・罪証隠滅のおそれ)
  5. 5東京地決昭47・4・4の基準:単なる事情変更だけでは許されない。諸般の事情を考慮し、強制捜査を断念させることが首肯し難く、かつ不当なむしかえしでない場合に限る
  6. 6東京地決の事案と結論:5件(併合罪)で勾留 → 期間満了で釈放 → 共犯者の供述 → 1件で再逮捕・再勾留請求 → 却下 → 準抗告で取消し=再勾留を認めた(重大事犯・前の勾留は5件全体のため)
  7. 7再勾留の期間:「同一事実の勾留は通じて20日まで」=却下した原裁判官の立場。東京地決=期間は当初の勾留と同様、先の期間は延長・取消しの判断で重く見る。解説書は東京地決を妥当とする
  8. 8先行する逮捕が違法だった場合:一切不可とはしない=通説/物差しは行4と同じ比較衡量=解説書。違法が極めて重大(嫌疑が極めて薄い・送致までの制限時間を守らない)→ 不可/手続の種類の選択を誤ったにすぎない(緊急逮捕すべきところを現行犯逮捕)→ 必要性に照らし例外的に可
  9. 9京都地決昭44・11・5:恐喝未遂の現行犯逮捕。緊急逮捕の要件はあったのに緊急逮捕状を請求せず拘束を続けた点が重大な違法 → 勾留請求却下(準抗告棄却)。勾留請求の却下の後、検察事務官が緊急逮捕し、当初の逮捕から72時間以内の再度の勾留請求が認められたとされる(その裁判の理由は不明)
  10. 10逮捕し直したときの時間:法文上は=逮捕し直した拘束から48時間以内に請求すればよいことになる(緊急逮捕し直したときもで同じ)。解説書は、検察官が当初の違法逮捕時から72時間(・)以内に請求していることを、検察官の「配慮」として書く

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回の裁判例(東京地決・京都地決)は、どちらも地方裁判所の決定。

主語を分けて覚える。例外がある(行2・3)=通説。どの範囲で認めるかの比較衡量(行4・8)=解説書が紹介する見解(通説とは書かれていない)。行5・6=東京地決の言葉(決定は「比較衡量」という言い方をしていない)。

重ねて拘束する同時に釈放した後に改めて
別の被疑事実二重逮捕・二重勾留=できるできる(この回の原則の問題ではない)
同一の被疑事実重複逮捕・重複勾留=原則禁止再逮捕・再勾留=原則禁止(この回)

下の段の2つ(同一の被疑事実で重ねる)が、一罪一逮捕一勾留の原則(一罪一勾留の原則)の中身。名前ではなく「別の事実か同一の事実か」「同時か、釈放後か」で見分ける。

1再逮捕・再勾留禁止の原則学説

  • 再逮捕・再勾留=一度釈放した被疑者を、同一の被疑事実について、もう一度逮捕・勾留すること。
  • 原則:許されない(再逮捕・再勾留禁止の原則)。ただし例外が全く無いわけではない(項目2・3)。
  • 理由(解説書):同一の被疑事実で再逮捕・再勾留を無制限に許すと、身体拘束の期間の制限(〜)が無意味になる。勾留は請求の日から10日()、延長は通じて10日まで()でも、満了ごとに釈放してまた逮捕すれば、拘束に終わりが無くなる。
  • 位置づけ:一罪一逮捕一勾留の原則の中身は ①再逮捕・再勾留の禁止(同一の被疑事実で、釈放後に繰り返す)②重複逮捕・重複勾留の禁止(同一の被疑事実で、同時に複数)。どちらも原則であり、例外がある。

窃盗で20日勾留し、不起訴で釈放した。新しい証拠も事情の変化も無いまま、翌週に同じ窃盗で逮捕し直す → 期間制限をすり抜けるだけ=許されない。釈放後に分かった別の日の放火で逮捕するのは、同一の被疑事実ではないので、この原則の問題ではない。

×にされやすい形
  • 「同一の被疑事実で再逮捕することは、いかなる場合も許されない」(原則であって、例外がある)
  • 釈放後に別の被疑事実で逮捕することまで、再逮捕・再勾留の禁止に当たるとする形

2再逮捕の例外の根拠=・刑訴規則142条1項8号条文学説

  • :検察官又は司法警察員は、逮捕状を請求する場合に、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。
  • 刑訴規則142条1項8号:逮捕状請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中である他の犯罪事実)について前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実を記載する。
  • 通説:どちらも、同一の被疑事実でもう一度逮捕状を請求する場面がありうることを前提にしている → 例外的に再逮捕を認める。
  • 過去問の正答から:窃盗で逮捕した後に釈放した被疑者を、同一の窃盗の事実で再び逮捕することが許される場合もある(○)。

出題同一の事実で、釈放後に再び逮捕することが許される場合もある=原則に例外がある(○)

×にされやすい形
  • を「同一の犯罪事実での再度の逮捕状請求を禁止する規定」と読む形(通知を求める規定=再逮捕を前提にしている)

3再勾留には明文が無い学説判例

  • 勾留については、のような規定が無い。
  • 解説書(通説):再逮捕を認めながら再勾留を認めない合理的な理由が無い → 再勾留も例外的に認められる。
  • 東京地決昭47・4・4の理由づけ:は再度の逮捕を前提にしている/現行法上、再度の勾留を禁止した規定は無い/逮捕と勾留は相互に密接不可分 → 法は例外的に再度の勾留も許している。
×にされやすい形
  • 「再逮捕にはの手がかりがあるが、再勾留には規定が無いので一切許されない」

4例外の物差し=比較衡量(見解)学説

  • 入口:釈放後に事情変更(釈放した後に事情が変わること。典型は新しい証拠が見つかったこと)があり、再逮捕・再勾留しても単なる蒸し返しとはいえないこと。
  • そのうえで、再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度とを比較衡量して相当かを判断する=解説書は「これを基準に考える見解がある」と紹介する(通説とは書いていない)。必要性と不利益を量るので、比例原則と同じ型の検討になる。
天秤の側見るもの
被疑者の不利益①先行した勾留の期間(長く拘束されていたほど重い)
再逮捕・再勾留の必要性❶犯罪の重大性 ❷新しく発見された証拠の重要性 ❸逃亡・罪証隠滅のおそれの程度
  • 不利益が小さい場合(解説書):被疑者が逃亡した場合/20日の満了前に勾留の理由が無くなって釈放し、その後に新証拠が出た場合 → 必要性がある限り認められるであろう。
  • 読み分け:ここでの「逃亡した場合」は、解説書が不利益の側(①先行した勾留期間)を説明する中で挙げた例。表の必要性の側にある❸「逃亡・罪証隠滅のおそれの程度」とは置き場所が違う。
  • 不利益が大きい場合(解説書):20日勾留して釈放した後に新証拠 → ❶〜❸を考慮し、必要性の程度と権衡する(釣り合う)場合にのみ認められることになろう。
同一の被疑事実で、釈放した被疑者を再逮捕・再勾留したい事情変更があるか単なる蒸し返しとはいえないか許されない原則どおりいいえはい必要性が不利益と釣り合うか不利益=先行勾留の期間/必要性=重大性・新証拠・逃亡等のおそれ許されないいいえはい例外的に認められる
解説書が紹介する見解の整理(通説とは書かれていない)。どこで釣り合うかの数値の線は無い。先行勾留が短ければ不利益側は軽く、20日いっぱいなら重い。

逮捕して2時間後に被疑者が逃走し、1か月後に見つかった → 先の拘束は2時間で終わっている=天秤の不利益の側が軽い(解説書が「被疑者が逃亡した場合」として挙げる、不利益が大きくない例)→ 必要性がある限り認められる方向。
20日満了で釈放した後、軽い罪について補強程度の証拠が出ただけ → 新しい証拠という事情変更はある(入口を通るとしても)。だが天秤で、不利益(20日いっぱいの拘束)は大きく、必要性(重大性・新証拠の重要性)は軽い=釣り合わず、認められにくい方向。

×にされやすい形
  • 「釈放後に事情が変われば、それだけで再逮捕・再勾留できる」(入口にすぎない。そのうえで必要性と不利益を量る)
  • 比較衡量の枠組みを「通説」「判例の基準」とする形(解説書が紹介する見解。東京地決の言葉は項目5)

5東京地決昭47・4・4の基準判例

  • 出発点:単なる事情変更を理由に再び逮捕・勾留するのは、以下の期間の制約の趣旨を無視するもので、許されない。
  • どんな場合に再勾留が許されるか(決定):
  • いかなる場合に再勾留が許されるかについては、前記の原則との関係上、先行の勾留期間の長短、その期間中の捜査経過、身柄釈放後の事情変更の内容、事案の軽重、検察官の意図その他の諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる。
  • 形:「…場合に限る」=2つの条件(①強制捜査を断念させることが首肯し難い=納得しがたい ②身柄拘束の不当なむしかえしでない)がそろわなければ許されない、という必要条件の形。
  • ①の向き:ここで再勾留を認めないと、捜査機関は身柄を拘束しての捜査(逮捕・勾留という強制捜査)をあきらめるしかない。それをさせるのが社会通念上納得しがたいほど捜査の必要が高い、という再勾留を認める側の条件。
  • 考慮する事情:先行の勾留期間の長短/その期間中の捜査経過/釈放後の事情変更の内容/事案の軽重/検察官の意図/その他の諸般の事情。
  • 項目4との違い:「事情変更があるだけでは足りない」ところから出発する点は同じ。項目4(解説書が紹介する見解)は必要性と不利益を天秤で量る形、東京地決は諸般の事情を考慮して2つの条件がそろうかを見る形で、決定は「比較衡量」という言い方をしていない。短答では、どちらの言葉を誰の言葉として書いているかで○×が分かれうる。
×にされやすい形
  • 「東京地決は、釈放後に事情が変われば再勾留できるとした」(単なる事情変更では許されないところから出発し、2つの条件がそろう場合に限るとした)
  • 東京地決の基準を「必要性の程度と不利益の程度の比較衡量」とする形(決定はその言い方をしていない)

6東京地決の事案と結論判例

  1. 爆発物取締罰則違反5件(相互に併合罪=:確定裁判を経ていない2個以上の罪。5つの事件がそれぞれ別の罪)の事実で逮捕・勾留。延長のうえ、勾留期間の満了日まで拘束して釈放。
  2. その後、共犯者の供述が得られ、5件のうち1件の事実で再逮捕。検察官が再勾留を請求。
  3. 原裁判官(今回の再勾留請求を審査して却下した裁判官)が却下:同一の被疑事実の勾留は、回数を問わず通じて20日を超えられない(新証拠が出ても同じ)。
  4. 検察官の準抗告(裁判官の勾留に関する裁判に不服があるとき、裁判所にその取消し・変更を求める手続=2号)→ 東京地裁が原裁判を取り消した=再勾留を認めた。
  • 決定が挙げたこと:事案の重大さ・捜査の経緯・再勾留の必要性は検察官の申立ての理由(黙秘・組織性による通謀のおそれ・逃走のおそれ)のとおり/前の勾留が延長のうえ満了まで行われた点については、それが本件1件だけでなく、併合罪の関係にある5件の同種事実についての勾留だったことなども考慮する。
  • 結論(決定の言葉の要旨):このような重大事犯を十分に捜査させずに放置するのは社会通念上首肯できず、再勾留は不当なむしかえしにならない=極めて例外的な場合に当たる。

前の20日は5件まとめての勾留で、今回の再勾留はそのうち1件だけ。決定は、前回の勾留が延長のうえ満了まで行われた点について、それがこの1件だけでなく5件についての勾留だったことを挙げて考慮した(先行勾留の重みを減らす向き)。それ以上の説明はしていない。もし前の20日がはじめからその1件だけの勾留だったら、この事情は使えない。

×にされやすい形
  • この事件の再勾留を「必要性が不利益を上回ると比較衡量して認めた」とする形(決定の言葉は「社会通念上到底首肯できず」「身柄拘束の不当なむしかえしにはならない」)

7再勾留の期間(通じて20日を超えてよいか)判例学説

  • 問題:先に20日勾留した事件で再勾留を認めると、同一の被疑事実で見て通じて20日を超える拘束になる。
原裁判官(却下)東京地決(取消し)
結論同一の被疑事実の勾留は、回数を問わず通じて20日を超えられない先に20日勾留した事件でも、再勾留の例外(項目5の基準)は当てはまる。ただし例外はより一層限定的に解する
再勾留の期間先の期間を通算する当初の勾留と同様(10日・延長は通じて10日)
先の拘束期間上限に数える後の延長・取消しの判断で重く見るにとどまる
  • 解説書:通算20日の考え方は「結局のところ法定の身体拘束期間の超過を認めないものであって、例外的に再勾留を認める意味に乏しい」と批判されている → 東京地決の考え方が妥当であろう(解説書の評価)。
  • 批判の中身:通算すると、20日勾留しきった事件では再勾留に使える日が残らず、請求は却下するしかない(この事件の原裁判官がそうした)。再勾留の例外を認めても、まさに問題になる「20日勾留した後」の場面で使えない。
×にされやすい形
  • 「再勾留が認められても、先の勾留と通算して20日を超えることはできない、とするのが東京地決」(それは却下した原裁判官の立場。東京地決は取り消した)

8先行する逮捕が違法だった場合学説

  • 前提:逮捕に重大な違法があれば、勾留請求は却下される(任意同行と称する実質的逮捕・要件を欠く現行犯逮捕・要件を欠く緊急逮捕・その他根本的な瑕疵は、原則として重大な違法)。では釈放後、同一の被疑事実で再逮捕できるか。
  • 「重大」と「極めて重大」(このページの読み方):勾留請求が却下されるのは逮捕に重大な違法があるとき。解説書が再逮捕を認めない例に挙げるのは、違法の程度が極めて重大な場合。勾留請求の却下と再逮捕の可否とで違法を別々に量るのかどうかは、解説書は明言していない(項目9の京都地決と設問の検討の食い違いも参照)。
  • 2つの逮捕の違い:現行犯逮捕=現に罪を行い、又は行い終わった者(現行犯人・)は、何人でも逮捕状なく逮捕できる()。緊急逮捕=一定の重い罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき、理由を告げて逮捕できるが、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない()。
  • 学説:先行する逮捕が違法なら、再逮捕は一切認められない、とする見解がある。
  • 通説:違法の程度を問わず一切不可とするのは妥当でない → 例外的に再逮捕を認める。
  • 物差し(解説書):前の項目と同じ比較衡量で決することができる。違法の程度が、被疑者の不利益の重さに効く。
手続の種類の選択を誤ったにすぎない違法が極めて重大
例緊急逮捕すべきところを、誤って現行犯逮捕した嫌疑が極めて薄いのに逮捕した/検察官送致までの制限時間を守らない
不利益大きくない側(設問の検討では、72時間以内であることと合わせて「大きいとまではいえず」)非常に大きい
再逮捕必要性の程度に照らし、例外的に認められることになろう認められない
違法な逮捕のため釈放した被疑者を、同一の被疑事実で再逮捕したい違法が極めて重大か例:嫌疑が極めて薄い・送致までの制限時間を守らない再逮捕できない不利益が非常に大きいはいいいえ必要性が不利益と釣り合うか選択の誤りにすぎないなら不利益は大きくない側再逮捕できないいいえはい例外的に認められる
解説書は2つの例を挙げて「比較衡量で決することができる」と書くだけで、要件の形で並べてはいない。2つの例の中間の違法も、同じ天秤で量る。勾留請求を却下する「重大な違法」との関係は、解説書は説明していない(項目9)。

犯行を見ていない警察官が、被害者の「この人です」だけで現行犯逮捕した。嫌疑も緊急性も十分で、緊急逮捕なら要件を満たしていた → 手続の種類の選択を誤った側。嫌疑がほとんど無いのに逮捕した → 極めて重大な側。

×にされやすい形
  • 「先行する逮捕が違法なら、同一の被疑事実での再逮捕は一切許されない」(そういう学説もある。通説は例外を認める)
  • 選択の誤りの例を逆向き(現行犯逮捕すべきところを緊急逮捕した)にする形(解説書の例は「緊急逮捕すべきところを誤って現行犯逮捕」)
  • 検察官送致までの制限時間を守らなかった場合を、選択の誤りと同じ軽い側に置く形(解説書は極めて重大の側の例に挙げる)

9京都地決昭44・11・5とその後判例

  1. 司法巡査が、恐喝未遂の現行犯人として逮捕(犯行の20数分後・20数m離れた所・被害者の供述で特定)。
  2. 検察官の勾留請求 → 却下。
  3. 勾留請求が却下されたので、被疑者は釈放された。
  4. 却下の後(解説書が伝える経過):検察事務官が同一の事実で緊急逮捕し、当初の現行犯逮捕から72時間以内に再度の勾留請求 → 認められた(72時間以内なので、下の準抗告の決定より前の出来事)。
  5. 最初の却下に対する検察官の準抗告 → 棄却(京都地決)。
  6. 決定の理由:緊急逮捕の実体的要件はあったが、現行犯・準現行犯の要件は無い。逮捕したこと自体に違法は無いとしても、直ちに緊急逮捕状を請求して司法審査を受けるべきだったのに、そうせずに逮捕を継続した点に重大な違法(緊急逮捕なら、逮捕の後に直ちに逮捕状を求める手続が要る=。決定は、その手続をとらずに拘束を続けた点をとがめた)。
  7. 決定は、将来同一の事実で再度の逮捕・勾留請求が予想される場合でも、違法を明確にするため勾留請求は却下するほかない、とも述べた。
  • 再度の勾留請求を認めた裁判がどんな理由を示したかは、解説書にも書かれていない。
  • 解説書の設問の検討(著者の当てはめ=裁判所の理由ではない):逮捕手続の種類の選択を誤ったにすぎず、違法の程度が重大とまではいえない場合である上、当初の違法逮捕時から72時間以内に勾留請求=不利益の程度は大きいとまではいえない/恐喝未遂という重大な犯罪・否認・逃亡や罪証隠滅のおそれ=必要性の程度は大きい → 例外的に認めてよい。
  • 食い違いに注意:京都地決は勾留請求の段階で、この逮捕に「重大な違法」があるとした。解説書は設問の検討で、同じ違法を「重大とまではいえない」とし、再逮捕・再勾留を認めてよいとする。両者の関係を、解説書は説明していない。
  • 「当初の逮捕から72時間以内」が法律の定めか、実務の配慮かは次の項目10。
×にされやすい形
  • 京都地決の重大な違法を「要件を満たさない現行犯逮捕をしたこと、それだけ」とする形(決定は、逮捕に踏み切ったこと自体ではなく、緊急逮捕状を請求せず拘束を続けた点を重大とした)
  • 「裁判所は、選択の誤りにすぎず72時間以内だから再勾留を認めた」と、裁判所の理由として言い切る形(その理由づけは解説書の当てはめ)

10逮捕し直したときの時間制限と実務の配慮条文

  • :司法警察員は、逮捕状により逮捕したとき、または逮捕状により逮捕された被疑者を受け取ったときは、身体を拘束された時から48時間以内に検察官に送致する。
  • ・:送致を受けた検察官は、受け取った時から24時間以内に勾留を請求。この制限は、身体を拘束された時から72時間を超えられない。
  • :検察官が逮捕状により逮捕したとき(または逮捕された被疑者を受け取ったとき・送致された被疑者を除く)は、身体を拘束された時から48時間以内に勾留を請求。逮捕し直しが緊急逮捕なら、で同じ(逮捕状による逮捕の規定を準用)。
  • 実務:送致を受けた検察官・検察事務官が逮捕の違法を見つけると、勾留請求の前に一旦釈放し、検察官・検察事務官が改めて通常逮捕・緊急逮捕して勾留請求する例がある。
  • 問題:これを認めると、により、逮捕し直した時から48時間以内に請求すればよいことになり、拘束が長くなる。
  • 実務の配慮(解説書):検察官は逮捕し直した後直ちに請求し、当初の違法な逮捕の時から・の72時間以内に請求して、不利益の程度が大きくならないように配慮している(図では、再逮捕からの48時間を「制限時間として考慮しない」とする)。解説書はこれを検察官の「配慮」として書く。法文()だけなら、再逮捕から48時間。
当初の逮捕 釈放→逮捕し直し 0 40時間 72時間 88時間 204条だけなら:48時間 実務の配慮:当初から72時間以内 上乗せしない
時刻は説明用の例。逮捕し直した時からの48時間を数えると、当初の逮捕から88時間まで延びうる。解説書は、検察官が当初の逮捕から72時間(・)の中に収めるよう配慮している、と書く。
×にされやすい形
  • 「逮捕し直したときのの48時間は、当初の逮捕の時から数える」(法文の48時間は逮捕し直した拘束の時から。当初から72時間内に収めるのは、解説書が検察官の「配慮」として書くもの)

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#33単独ページ動画

再逮捕・再勾留②常習一罪と同時処理・重複勾留

問い:常習として何度も繰り返した犯罪(実体法上は一罪)で、行為ごとに逮捕・勾留し直せるか。保釈された後の新しい行為、前の行為が後で分かった場合はどうか。

骨組み

  1. 1一罪一逮捕一勾留の原則(一罪一勾留の原則):同一の被疑事実につき逮捕・勾留は原則1回。根拠=令状主義・事件単位の原則。中身=再逮捕・再勾留の禁止(繰り返し)+重複逮捕・重複勾留の禁止(同時に複数)
  2. 2「一罪」の基準(通説):実体法上の罪数。根拠=①実体法上の一罪には1個の刑罰権しか生じない ②一罪の分割は実質的な蒸し返しのおそれが高い=その予防。対立=令状に記載された被疑事実を基準とし、常習犯なら行為ごとに何度でもできるとする見解
  3. 3通説の帰結:常習犯(常習賭博=・包括して一罪)も、科刑上一罪(住居侵入・窃盗=)も、分割して逮捕・勾留できない
  4. 4通説を徹底したときの不都合:保釈後の新たな賭博も実体法上の一罪の一部。保釈中も勾留の効力は継続 → 重複逮捕・重複勾留になり逮捕・勾留できない=捜査の不当な制限
  5. 5同時処理の可能性(多数説・仙台地決もこの立場):同時処理が可能だった被疑事実には同時処理義務。可能性が無ければ義務は無く蒸し返しともいえない → 原則は適用されず、新たな事実で逮捕・勾留できる(保釈後の新たな行為はこちら)
  6. 6前の行為が後で判明したとき:仙台地決=捜査機関に犯罪自体が発覚していれば可能性あり/有力説=当初の逮捕・勾留の前の犯罪なら直ちに可能性あり(基準の明確化)→ 原則が適用される
  7. 7重複禁止の例外:再逮捕・再勾留の禁止と同様、例外が認められると考えられている。被疑者の不利益の程度と必要性の程度の比較衡量。解説書の検討(有力説で原則が適用されるとしたうえで)=先行20日・単純賭博なら、逃亡・罪証隠滅のおそれが相当に大きい場合でない限り認められない
  8. 8仙台地決の結末:逮捕状請求書に・刑訴規則142条1項8号の記載が無い → 逮捕状も違法無効 → 逮捕の前置を欠く → 勾留も違法無効 → 勾留取消し。これを逮捕手続の根本的な瑕疵(重大な違法の一類型)に当たるとするのは解説書の位置づけ
  9. 9併合罪なら():解説書=通説の基準では「一罪」でない → 原則として同時処理義務は無いと考えられる。ただし同時処理が可能だったのに実質的に蒸し返していれば、後の勾留請求が制限されることもありうる
  10. 10最決平30・10・31(法廷意見):特別抗告はの抗告理由に当たらない=棄却。職権で:原決定が実質的同一性・一罪関係に立つ場合との均衡等「のみから」同時処理義務を説示した点は是認できない。の準用まではしない
  11. 11同決定の補足意見(三浦守裁判官):両事実は社会通念上別個独立の行為で併合罪の関係と解されるところ、後の事実は相当幅広い捜査が必要 → したがって原決定が実質的同一性・一罪関係に立つ場合との均衡等「のみから」同時処理義務を説示した点は・の解釈適用を誤った

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。仙台地決=仙台地決昭49・5・16(地方裁判所の決定。裁判所サイトに全文は無く、内容は解説書の要約による)。

主語を分けて覚える。項目2・3=通説。項目5=多数説(仙台地決も同じ立場)。項目6の「前なら直ちに」=有力説、「発覚していれば」=仙台地決。項目7の結論の方向・項目8の「根本的な瑕疵」・項目9=解説書。項目10=法廷意見、項目11=補足意見(「併合罪」と言ったのは補足意見)。

重ねて拘束する同時に釈放した後に改めて
別の被疑事実二重逮捕・二重勾留=できるできる
同一の被疑事実重複逮捕・重複勾留=原則禁止(この回の中心)再逮捕・再勾留=原則禁止

下の段の2つが一罪一逮捕一勾留の原則の中身。この回は「同一」の中身=一罪をどこで数えるか、と、保釈中(勾留の効力が続いている)に同じ一罪の別の行為が出たときの重複の扱い。

前の行為 逮捕・勾留 起訴 保釈 新たな行為 勾留の効力(保釈中も続く) 全体で包括して一罪(常習犯・通説) 前の行為が後で判明 有力説:前なら直ちに 可能性あり→原則適用 仙台地決:発覚の有無 保釈後の新たな行為 同時処理の可能性なし →原則は及ばない 新たな事実で逮捕・勾留可
左右の分かれ目は「当初の逮捕・勾留の時点で、まとめて処理できたか」(同時処理の可能性)。原則が適用される場合も、重複禁止の例外(項目7)が残る。

1一罪一逮捕一勾留の原則学説

  • 定義:同一の被疑事実につき、逮捕・勾留は1回しか認められないという原則。実際には勾留が問題になることが多いので「一罪一勾留の原則」ともいう。
  • 根拠:逮捕状・勾留状の請求には被疑事実が要り、裁判官は被疑事実を単位として逮捕・勾留の可否を審査する(令状主義・事件単位の原則)。
  • 中身は2つ:①再逮捕・再勾留の禁止=同一の被疑事実での逮捕・勾留の繰り返しを許さない ②重複逮捕・重複勾留の禁止=同一の被疑事実について同時に複数の逮捕・勾留を許さない。
  • 一罪の関係の例(解説書):傷害の事実で逮捕・勾留中に、強盗目的だったと分かった → 傷害と一罪の関係にある強盗致傷の事実で、再逮捕・再勾留も、重複逮捕・重複勾留もできない。
×にされやすい形
  • 「重複逮捕・重複勾留」を、別の被疑事実で同時に逮捕・勾留すること(=二重逮捕・二重勾留)と取り違える形
  • 罪名が傷害から強盗致傷に変われば「別の事件」として重ねて逮捕・勾留できる、とする形(一罪の関係なら同一の被疑事実の扱い)

2「一罪」の基準学説

令状に記載された被疑事実で数える見解実体法上の罪数で数える見解(通説)
単位令状に書かれた被疑事実実体法(刑法)上の罪数
常習犯行為1つにつき逮捕・勾留できる(行為の数だけ、何度でも)一罪=行為ごとに逮捕・勾留することは許されない
  • 通説の根拠①:実体法上の一罪には1個の刑罰権しか発生しない → それを実現するための逮捕・勾留も1回しか許されない。
  • 通説の根拠②:実体法上の一罪を分割して逮捕・勾留することを認めると、実質的に逮捕・勾留の蒸し返しになるおそれが高い → それを予防するため。
  • 過去問の正答から:「個々の可罰的行為ごとに1回の逮捕勾留が許される」という見解に立てば、当初の逮捕・勾留の前の行為(①)でも、保釈中の新たな行為(③)でも、その行為での逮捕勾留は常に許される(オ○。カ×=「許されないことがある」は誤り=常に許される)。この見解Ⅲは、表の左の列(令状に記載された被疑事実で数える見解)に近い。

最初の逮捕状に「ある日の賭博」、次の逮捕状に「別の日の賭博」と書き分けても、常習賭博として一罪なら、通説では同じ「一罪」の中の話になる。

出題見解Ⅲ(行為ごとに1回)に立つと、①での逮捕勾留は常に許される(○)

出題見解Ⅲ(行為ごとに1回)に立つと、③での逮捕勾留は許されないことがある(×)

×にされやすい形
  • 行為ごとに1回とする見解に立ちながら、保釈中の新たな行為での逮捕勾留が「許されないことがある」とする形(司法H19-24-カ)
  • 通説の基準を「令状に記載された被疑事実」とする形(通説は実体法上の罪数)

3通説の帰結=分割できない学説条文

  • 常習犯:実際には数個の行為があるのに、実体法上は包括して一罪。=常習として賭博をした者は、3年以下の拘禁刑 → 賭博行為ごとに逮捕・勾留することは許されない。
  • 科刑上一罪:住居侵入・窃盗の事案で、住居侵入で逮捕・勾留し、さらに窃盗で逮捕・勾留することも許されない(科刑上一罪=1個の行為が2個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断=)。
  • 過去問の正答から:事案は常習特殊窃盗(盗犯等防止法2条)。「一罪の範囲では1回の逮捕勾留しか許されない」という見解に立てば、すでに起訴された常習特殊窃盗と一罪の関係にある前の窃盗(①)で逮捕勾留することは許されることがある、とはいえない(ア×)。
  • 見解Ⅰは例外を言わない言い切り。解説書の「原則(一罪一勾留)+例外(比較衡量・項目7)」とは同じでない。アが×なのは、この言い切りのため。

出題見解Ⅰ(一罪の範囲で1回)でも、一罪の一部の①での逮捕勾留は許されることがある(×)

4通説を徹底したときの不都合学説

  • 保釈後に新たな賭博をした → その行為も実体法上の一罪(同じ常習賭博)の一部。
  • 保釈中も勾留の効力は継続している → 新たな行為で逮捕・勾留すると重複逮捕・重複勾留になる → 一罪一勾留の原則から逮捕・勾留できない。
  • これでは捜査の不当な制限となりかねない → 項目5の考え方へ。
  • 保釈=勾留の効力を残したまま身柄を外に出す制度。起訴後の被告人の話で、被疑者の勾留には保釈が無い(ただし書)。
  • 過去問の正答から:「一罪の範囲では1回」という見解に立てば、保釈中の新たな窃盗(③)での逮捕勾留が「常に許される」とはいえない(イ×)。

出題見解Ⅰ(一罪の範囲で1回)でも、保釈中の新たな行為③での逮捕勾留は常に許される(×)

×にされやすい形
  • 「保釈されて身柄が外にあるのだから、もう勾留されていない」→ だから重複にならない、とする形(保釈中も勾留の効力は続く)

5同時処理の可能性(多数説)学説判例

  • 同時処理義務=当初の逮捕・勾留の時点でまとめて処理できたはずの被疑事実は、検察官がまとめて処理しなければならない、という義務。
  • 位置づけ:解説書は、通説(実体法上の罪数)を徹底したときの不都合(項目4)を受けて「そこで」この見解を挙げる。設問の検討も、通説の立場で常習賭博を包括一罪とした後に、同時処理の可能性で保釈後の行為を分けている。
  • 検察官は、同時処理が可能であった被疑事実について同時処理義務を負う。
  • 同時処理の可能性が無い場合には、このような義務を負わせることはできないし、実質的に逮捕・勾留の蒸し返しともいえない。
  • → そうした場合には一罪一勾留の原則は適用されず、新たな事実で逮捕・勾留することも許される。これが多数説で、仙台地決もこの立場に立つ。
  • 保釈後の新たな行為:当初の逮捕・勾留の時点ではまだ存在しない=同時処理の可能性が無い → 原則は適用されず、その新たな事実で逮捕・勾留できる。
過去問(司法H19-24)の見解①当初の逮捕勾留の前の行為③保釈中の新たな行為
Ⅰ 一罪の範囲で1回許されることがある、とはいえない(ア×)常に許される、とはいえない(イ×)
Ⅱ 勾留の裁判の時点で同時に裁判できた一罪の範囲で1回常に許される、とはいえない(ウ×)常に許される(エ○)
Ⅲ 行為ごとに1回常に許される(オ○)許されないことがある、とはいえない=常に許される(カ×)

過去問の正答から。見解Ⅱは「同時処理の可能性」の考え方に近い。③は勾留の裁判の後に生じた行為なので、同時に裁判することはできなかった。見解Ⅰは例外を言わない言い切りで、解説書の「原則+例外(項目7)」とは同じでない=アが×なのはこの言い切りのため。

出題見解Ⅱなら、保釈中の新たな行為での逮捕勾留は常に許される(○)

×にされやすい形
  • 保釈後の新たな行為も一罪の一部だから、どの見解でも逮捕・勾留できない、とする形(同時処理の可能性が無い=原則は適用されない)

6前の行為が後で判明したとき判例学説

  • 保釈後の新たな行為と違い、当初の逮捕・勾留の前の行為が後で発覚した場合は、同時処理が可能だったかの判断が容易でない。
  • 仙台地決(解説書の要約):捜査機関に犯罪自体が発覚していれば、同時処理の可能性があった、と判断した。
  • 有力説:判断基準を明確にするため、当初の逮捕・勾留の前の犯罪であれば直ちに同時処理の可能性があった → 一罪一勾留の原則が適用される。
  • 分かれ目:仙台地決=発覚していたか(捜査機関の認識)/有力説=前か後か(時点だけ。発覚していたかを問わない)。
保釈後、同じ一罪(常習犯)の別の行為で逮捕・勾留したい当初の逮捕・勾留の後に生じた行為か保釈後の新たな行為など原則は及ばない新たな事実で逮捕・勾留できるはいいいえ(前の行為)同時処理の可能性があったか有力説=前なら直ちにあり/仙台地決=発覚していたか原則は及ばないいいえはい(原則が適用)例外:必要性が不利益と釣り合うか不利益=先行した勾留期間/必要性=重大性・逃亡等のおそれ逮捕・勾留できない重複の禁止いいえはい例外的に認められる
多数説(同時処理の可能性)と、重複禁止の例外の比較衡量をつないだ整理。有力説なら2段目は前の行為である限り「はい」。仙台地決が自身の事案で可能性ありとしたか無しとしたかまでは、解説書は書いていない。

最初の逮捕より前の賭博が、保釈後に関係者の供述で初めて分かった → 有力説なら「前の行為」なので可能性あり → 原則適用。仙台地決の基準では、当初の時点で捜査機関に発覚していたかが問われる(有力説と違い、前の行為というだけでは決まらない)。

出題見解Ⅱなら、前の行為①での逮捕勾留は常に許される(×)

×にされやすい形
  • 同時処理の可能性を問う見解に立てば、前の行為でも「常に」逮捕勾留できる、とする形(司法H19-24-ウ)
  • 仙台地決の基準を「前か後か」とする形(それは有力説。仙台地決は発覚の有無)

7重複逮捕・重複勾留の禁止の例外学説

  • 一罪一勾留の原則に該当するとしても、再逮捕・再勾留の禁止に例外が認められたのと同様(解説書は、再逮捕・再勾留の例外と同じ比較衡量で決めるとする)、重複逮捕・重複勾留の禁止にも例外が認められると考えられている。
  • 当たるかどうかは、被疑者が被る不利益の程度と、再逮捕・再勾留の必要性の程度との比較衡量により決することになろう(解説書)。「再逮捕・再勾留」は解説書の言葉どおり=ここでは、重複の場面で同じ一罪の別の行為により改めて逮捕・勾留する必要性の意味。

解説書の設問:常習賭博で逮捕され20日間勾留・起訴・保釈された後に、逮捕より前にしていた別の日の賭博が判明した場面。解説書は、有力説に立って一罪一勾留の原則が適用されるとしたうえで、例外を検討し、この行為の重大性を単純賭博の法定刑で見ている。

見るもの解説書の設問の検討(前の行為が後で判明し、有力説で原則が適用される場合)
先行した勾留の期間先行の勾留で20日間勾留されている → 被疑者の不利益は大きい
犯罪の重大性単純賭博の法定刑は50万円以下の罰金または科料()→ 重大な犯罪とは言いがたい
逃亡・罪証隠滅のおそれおそれが相当に大きいといえるか。実際に罪証隠滅を図った・逃亡を企てた、といった事実はその例
結論の方向おそれが相当に大きいといえる場合でない限り、認められない

保釈中に共犯者へ「何も話すな」と連絡していたと分かった → 罪証隠滅のおそれが相当に大きいといえ、必要性の側に傾く(ただし先行20日という不利益と比べて決まる)。

×にされやすい形
  • 「実際に証拠を隠した事実が無ければ、例外は認められない」(見るのはおそれの程度。実際の行為は例示。ただし、おそれが相当に大きいことを示す具体的な事実は要る)
  • 一罪一勾留の原則に当たれば、重複逮捕・重複勾留は一切許されない、とする形
  • この比較衡量の結論を「判例の判断」とする形(解説書の設問の検討)

8仙台地決の結末(勾留取消しの理由)判例条文

  1. 再逮捕の際の逮捕状請求書に、・刑訴規則142条1項8号に基づく記載が無かった
  2. → 逮捕状も違法無効
  3. → 逮捕の前置を欠くことになる(逮捕前置=勾留するには、その前に有効な逮捕を経ていなければならない)
  4. → 勾留も違法無効 → 勾留取消し
  • ここまでが、解説書が要約する決定の理由。
  • 解説書の位置づけ:逮捕に重大な違法がある場合のうち「その他逮捕手続に根本的な瑕疵がある場合」に当たる(決定の言葉ではなく、解説書の分類)。
  • :検察官又は司法警察員は、逮捕状を請求する場合に、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。
  • 刑訴規則142条1項8号:逮捕状請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中である他の犯罪事実)について前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実を記載する。どちらも、同一の被疑事実で前に逮捕状の請求・発付があったことを裁判官に知らせるための規定(解説書)。
  • つなぎ:解説書はこの逮捕を「再逮捕」と呼ぶ=前の逮捕と同じ常習賭博一罪の中の行為での逮捕。
  • 仙台地決では、一罪の基準とは別に、請求書の記載の欠けが取消しの直接の理由になった(解説書の要約)。
×にされやすい形
  • 仙台地決は一罪の基準の話に入らず、手続の違法だけで決着した、とする形(解説書によれば多数説の立場に立ち、発覚の有無で同時処理の可能性を判断している。取消しの直接の理由が手続の違法)
  • 「根本的な瑕疵=重大な違法」を決定自身の言葉とする形(解説書の位置づけ)

9併合罪なら同時処理義務は?学説条文

  • 併合罪=確定裁判を経ていない2個以上の罪(前段)。実体法上は数罪。
  • 通説の基準(実体法上の罪数)からは、併合罪の関係にあれば「一罪」とはいえない → 原則として同時処理義務は無いと考えられる(解説書)。
  • 解説書の見解:併合罪の関係にある複数の被疑事実でも、同時処理の可能性があったのに実質的に逮捕・勾留を蒸し返していると認められれば、後の勾留請求が制限されることもありうる。
  • 解説書は、最決平30・10・31が準抗告審が考慮した理由「のみ」では同時処理義務が認められないとしたのは、この趣旨を含むと理解することもできる、とする(最高裁がそう述べたのではない)。
実体法上一罪(常習犯など)併合罪
「一罪」の枠中外
原則同時処理の可能性があれば、一罪一勾留の原則が及ぶ(例外は比較衡量)原則として同時処理義務は無い
ただし可能性が無ければ原則は適用されない同時処理が可能だったのに実質的な蒸し返しなら制限されることもありうる(解説書)
×にされやすい形
  • 「併合罪でも実質的に蒸し返していれば後の勾留請求は制限される、と最高裁が判示した」(解説書の見解。最高裁はそう述べていない)

10最決平30・10・31(法廷意見)判例

  1. 大麻の密輸入についてクリーン・コントロールド・デリバリーによる捜査が行われ、大麻が代替物に差し替えられた → 被疑者は、規制薬物として取得した大麻の代替物の所持の被疑事実で勾留
  2. その後、元の大麻の営利目的輸入の被疑事実で勾留請求 → 勾留を認めた裁判に弁護人が準抗告(この段は解説書の要約)
  3. 準抗告審(原決定):両事実の実質的同一性や一罪関係に立つ場合との均衡等から、前の勾留中に同時処理が義務付けられていたとして、勾留請求を却下
  4. 検察官(解説書)の特別抗告 → 棄却(裁判官全員一致)→ 勾留請求の却下(原決定)が残る
  • 本件抗告の趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
  • なお、所論に鑑み職権により調査すると、原決定が、本件勾留の被疑事実である大麻の営利目的輸入と、本件勾留請求に先立つ勾留の被疑事実である規制薬物として取得した大麻の代替物の所持との実質的同一性や、両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等のみから、前件の勾留中に本件勾留の被疑事実に関する捜査の同時処理が義務付けられていた旨説示した点は是認できないが、いまだ同法411条を準用すべきものとまでは認められない。
  • 否定したのは、その理由「のみから」義務を導いた点。「併合罪なら同時処理義務は無い」とは述べていない。法廷意見は「併合罪」という言葉を使っていない。
  • :本来は上告審の条文。各号の事由が無くても、411条各号の事由(判決に影響を及ぼすべき法令の違反 等)があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、破棄することができる。準用しない=説示に誤りはあっても、原決定を取り消すまではしない。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、併合罪の関係にあるから同時処理義務は認められないとして、原決定を取り消した」(抗告は棄却。否定したのは「のみから」義務を導いた説示)
  • 事案を「麻薬」の所持・輸入とする形(大麻とその代替物)

11同決定の補足意見(三浦守裁判官)判例

  • 本件の被疑事実と前件の被疑事実とは、一連のものであって密接に関連するが、社会通念上別個独立の行為であるから、併合罪の関係にあるものと解されるところ、両事実の捜査に重なり合う部分があるといっても、本件の被疑事実の罪体や重要な情状事実については、前件の被疑事実の場合より相当幅広い捜査を行う必要があるものと考えられる。
  • したがって、原決定が、両事実の実質的同一性や、両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等のみから、捜査機関が、前件の被疑事実による勾留の期間中に、本件の被疑事実の捜査についても、同時に処理することが義務付けられていた旨の説示をした点は、刑訴法60条1項、426条の解釈適用を誤ったものというほかない。
  • 取り消さない理由(補足意見):証拠関係・捜査状況のほか、被疑者が原決定により釈放され、既に相当の日数が経過していること等も考え合わせると、取り消さなければ著しく正義に反するとすることには「わずかながら躊躇を覚える」→ 準用せず。
だれの言葉か中身
法廷意見の抗告理由に当たらず棄却/「のみから」義務を説示した点は是認できない/準用せず
補足意見併合罪の関係と解される/後の事実は相当幅広い捜査が必要/原決定が実質的同一性・一罪関係に立つ場合との均衡等「のみから」同時処理義務を説示した点は・の解釈適用を誤った
解説書併合罪でも、同時処理が可能だったのに実質的な蒸し返しなら制限されうる/「のみ」はその趣旨を含むと理解することもできる
×にされやすい形
  • 「併合罪の関係にあるからこそ幅広い捜査が必要」と、併合罪であることを捜査の幅の原因とする形(原文は「併合罪の関係にあるものと解されるところ、…重なり合う部分があるといっても、…相当幅広い捜査を行う必要がある」)
  • 「・の解釈適用を誤った」を法廷意見の言葉とする形(補足意見)

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#34単独ページ動画

別件逮捕・勾留①別件基準説と本件基準説

問い:本件で逮捕できるだけの証拠が無いので、証拠の揃った別件で逮捕・勾留し、その間に本件を取り調べた。別件での第一次逮捕・勾留そのものは適法か。

骨組み

  1. 1別件逮捕・勾留とは:本件で逮捕できる証拠が無い → 本件を取り調べる目的で、証拠の揃った別件で逮捕・勾留 → その拘束期間を利用して本件を捜査。検討は3段=①第一次逮捕・勾留の適法性(この回)②余罪取調べの限界 ③第二次逮捕・勾留の可否
  2. 2入口:別件そのものに理由・必要性が無ければ、どの説でも違法=別件逮捕として論じるまでもない。逮捕=理由(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由・)+必要性(ただし書・刑訴規則143条の3)/勾留=理由(相当な理由+各号)+必要性(の「勾留の必要」)
  3. 3別件基準説(実務の大勢):別件に理由と必要性があれば第一次は適法。本件に使う意図は令状審査に直接影響しない。批判=身体拘束の濫用という脱法的本質を無視
  4. 4本件基準説(学説の多数):別件に理由・必要性があっても、拘束を本件の捜査のために利用する意図があれば違法(予備R7の見解文は「専ら又は主として」と限定)。予備R7の定式なら、並行して聞いただけでは違法にならないことがある/本件に理由・必要性があっても別件で逮捕すれば違法
  5. 5本件基準説の根拠:①令状主義の潜脱(審査は別件だけ)②身体拘束期間の潜脱(第一次で本件を捜査し、さらに本件で第二次まで)。性格=請求の時点で却下する事前抑制
  6. 6本件基準説への批判:①裁判官が意図を見抜くのは容易でない ②客観的に理由・必要性があるのに主観で違法とする根拠が明らかでない
  7. 7最決昭52・8・9:別件に理由と必要性があったことは明らか。別件と本件は一連の密接な関連 → 本件も聞いたのは別件について当然しなければならない取調 → 専ら本件目的で別件に名を借りたとはいえない → 第一次・第二次とも適法とした原判決を是認
  8. 8実体喪失説(実務でも有力):拘束期間が専ら本件の捜査(過去問の見解文は「主として」)に使われると、別件の勾留としての実体を失う → 実質は本件の拘束=令状主義違反で違法。並行して聞いただけでは足りない。5つの事情を総合
  9. 9実体喪失説の効果:喪失の時点から違法(一部違法)。事後抑制=勾留取消し(・=条文の割り当ては教材に記述なし)・延長しない・第二次の請求を却下・自白調書の証拠能力を否定
  10. 10新しい本件基準説・新しい別件基準説:実体喪失の考え方を両側から主張するもの。前者=本件基準説の立場から主張される実体喪失説(勾留期間=起訴・不起訴の決定に向けた捜査の期間)。後者=別件基準説に立ちつつ、実体喪失で別件の理由・必要性が失われるとする(東京地決平12・11・13=内容は解説書の紹介による・全文未確認)。結論に大差は無いとされる

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。別件基準説=実務の大勢。本件基準説=学説の多数。実体喪失説=実務でも有力。最決昭52・8・9 は学説の名前を使っていない。

別件基準説本件基準説実体喪失説
見るもの別件の理由・必要性拘束を本件の捜査のために利用する意図(予備R7の見解文は「専ら又は主として」と限定)実際の客観的な捜査状況(意図も総合する事情の1つ)
いつ判断請求の時点請求の時点=事前抑制後から=事後抑制
違法になる範囲別件の要件を欠くときだけ(新しい別件基準説は項目10)第一次逮捕・勾留が違法喪失の時点から先
向けられる批判・弱み濫用の脱法的本質を無視意図を見抜くのは容易でない/主観で違法とする根拠が不明請求の時点では止められない
過去問の見解文の目印「要件が備わっている限り適法」「意図は直接には影響しない」「意図があれば違法・請求を却下」「名を借りて」「利用されるに至った場合には、それ以降」

「名を借りて」は過去問の見解文での目印。最決昭52・8・9 も判断の部分で「名を借り」の語を使う(最高裁自身の言葉。決定が要約した弁護人の主張には、この語は無い)。決定は学説の名前は使っていない。この決定をどの説に位置づけるかは、教材に記述なし(項目7)。

過去問では、見解Ⅰ・Ⅱの割り当てが年度で入れ替わる(予備R2=Ⅰ別件基準説・Ⅱ本件基準説、予備R7=Ⅰ本件基準説・Ⅱ別件基準説。Ⅲはどちらも実体喪失説)。番号ではなく文言で見分ける。過去問では、要件が備わらない本件をA事実、要件が備わっている別件をB事実と呼ぶ。

①第一次の適法性(この回) ③第二次の可否 第一次逮捕・勾留(名目=別件) 第二次(本件) 3段:①第一次の適法性 ②余罪取調べの限界 ③第二次の可否 請求の時点 実体を失った時点 別件基準説:別件の理由・必要性があれば適法 本件基準説:利用する意図なら請求を却下 (事前抑制) 実体喪失説: ここから先が違法(事後抑制)
第一次の適法性を、別件基準説・本件基準説は請求の時点で決める。実体喪失説は、実際に拘束がどう使われたかを見て、実体を失った時点から先を違法とする。②余罪取調べの限界は、第一次の拘束の間の本件の取調べがどこまで許されるかの問題で、図の区間の上では①と重なる(実体喪失説は、その取調べを含む捜査状況から勾留の違法を後から判断する)。
別件で逮捕・勾留を請求(その間に本件も取り調べたい)別件に理由・必要性があるか逮捕=199条・規則143条の3/勾留=60条1項・87条1項違法どの説でも。別件逮捕の論点以前いいえはい本件の捜査に利用する意図か本件基準説だけが問う(予備R7の見解文は「専ら又は主として」と限定)違法請求を却下(事前抑制)はいいいえ(別件基準説はここを問わない)第一次逮捕・勾留は適法その後の使われ方は実体喪失説・余罪取調べの限界で
請求の時点での判断。別件基準説は1段目だけで決める。本件基準説は2段目で意図を問う。実体喪失説は請求の時点では判断せず、適法に始まった拘束が途中で実体を失ったかを後から見る(項目8)。

1別件逮捕・勾留とは

  • 定義の要素:①本件で逮捕できるだけの証拠が無い ②本件を取り調べる目的 ③証拠の揃った別件で逮捕・勾留 ④その身体拘束期間を利用して本件を捜査(主に取調べ)。
  • 定義の「目的」は手法を説明する言葉で、目的の程度(専ら・主として)までは言っていない。その目的をどう扱うか(見ない/意図で決める/実際の使われ方で決める)で、項目3以下の説が分かれる(本件基準説=本件の捜査に利用する意図なら違法。予備R7の見解文は「専ら又は主として」と限定)。
  • 典型の経過=別件での第一次逮捕・勾留 → その間の本件の取調べと自白 → 自白を資料にした本件での第二次逮捕・勾留。検討もこの順の3段。
  • 1段目が適法でも、2段目の取調べが行き過ぎれば、そこが違法になりうる=3段は別々の問題として順に検討する(ただし実体喪失説は、取調べを含む捜査の実態から1段目の勾留の違法を判断する=項目8)。
呼び方何か余罪取調べの文脈では過去問では
別件拘束の名目(証拠が揃っている)本罪B事実
本件実際に調べたい事件(証拠が足りない)余罪A事実

第一次の被疑事実は別件なので、余罪取調べの文脈では「別件=本罪」「本件=余罪」と呼び名が入れ替わる。

2入口:別件そのものの理由・必要性条文

  • 別件そのものに逮捕・勾留の理由・必要性が無ければ、どの説から見ても違法。ただの要件を欠く事案で、別件逮捕・勾留として論じる必要は無い。
  • 学説が対立するのは、別件自体は要件を満たして適法に見える場合。
  • 逮捕の理由=被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由()。逮捕の必要性=裁判官は「明らかに逮捕の必要がない」と認めるときは逮捕状を発しない(ただし書)。
  • 勾留の理由=罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由+各号のどれか。勾留の必要性=が「勾留の必要がなくなつたとき」の取消しを定める(必要性の中身はこの回の教材に記述なし)。被疑者の勾留では、請求を受けた裁判官がにより裁判所と同じ権限で判断する。
  • 逃亡・罪証隠滅のおそれの置き場所:逮捕では刑訴規則143条の3が必要性の判断材料に挙げる。勾留では各号(住居不定・罪証隠滅・逃亡)=勾留の理由の側に入る。

別件の窃盗が単純な事案で罪証隠滅のおそれも無く、被疑者に定まった住居と職業があり、任意出頭にも応じている → 本件目的かどうか以前に、明らかに逮捕の必要がないとされ、逮捕状は出ない(刑訴規則143条の3)。「別件逮捕だから違法」と書く必要は無い。

×にされやすい形
  • 逃亡・罪証隠滅のおそれを、勾留でも「必要性」の中身とする形(勾留では各号=理由の側)

3別件基準説学説

  • 主語=実務の大勢。別件に逮捕・勾留の理由と必要性があれば、第一次逮捕・勾留は適法。
  • 見るのは令状審査の段階の話:本件の取調べに使う意図は、別件による逮捕・勾留の適法性に直接には影響しない。
  • ただし、拘束中の本件の取調べがどう扱われるか(余罪取調べの限界)は別の問題=この説でも、専ら本件ばかり取り調べれば、本件の取調べが違法となりうる。
  • 批判:捜査機関による身体拘束の濫用という脱法的本質(問題の本質)を無視する考えだ。

出題別件基準説には「身体拘束の濫用という(脱法的)本質を無視する」との批判がある(○)

出題別件基準説では、拘束が適法なら、専ら本件を取り調べ別件を全く取り調べなくても、本件の取調べが違法となることはない(×)

×にされやすい形
  • 別件基準説では、拘束が適法である以上、専ら本件の取調べが行われ別件の取調べが全く行われなくても、本件の取調べが違法となることはない、とする形(予備R7-16-イ)
  • 「濫用の本質を無視」という批判を本件基準説・実体喪失説に向ける形

4本件基準説(定式とその帰結)学説

  • 主語=学説の多数。別件に理由・必要性があっても、捜査機関が拘束を本件の捜査のために利用する意図があれば違法(解説書の定式・程度の語なし)。予備R7の見解文は、これを「専ら又は主として本件の捜査に利用する意図」と限定した形で出す。
  • 教材ごとの言い方:解説書「本件の捜査のために利用する意図」(程度の語なし)/講義解説「専ら本件について取り調べる目的」/予備R2の見解文「別件に名を借りて実質的には本件の取調べを行う意図」。どれも、請求の時点で見た拘束のねらいを問う。予備R7は「専ら又は主として」の限定つきの形で出し、下の帰結(並行なら違法にならないことがある)を○にしている。
  • 予備R7の見解文の「専ら又は主として」の限定のもとでは、別件の取調べと並行して本件も取り調べた、というだけなら違法にならないことがある。
  • 本件に逮捕・勾留の理由と必要性が備わっていても、本件を取り調べる意図で別件で逮捕・勾留すれば違法のまま(本件の証拠があるなら、本件で令状を取るべき)。

別件の取調べを毎日きちんと行い、合間に本件も少し聞いた → 予備R7の見解文の定式(専ら又は主として利用する意図)なら、主として本件に利用する意図とはいえない方向に働き、違法とはいえない余地がある(解説書の定式=程度の語なし、では、本件の捜査に利用する意図があると認められる以上、違法となる方向)。

出題本件基準説でも、別件と並行して本件を取り調べた場合、拘束が違法にならないことがある(○)

出題本件基準説からは、本件に理由・必要性が備わっていれば、本件を取り調べる意図で別件により逮捕・勾留しても適法(×)

×にされやすい形
  • 本件について逮捕・勾留の理由と必要性が備わっていれば、本件を取り調べる意図で別件により逮捕・勾留しても適法、とする形(予備R2-19-ウ)
  • 本件基準説なら、拘束中に本件を少しでも聞けば違法、とする形

5本件基準説の根拠と事前抑制学説

根拠中身
①令状主義の潜脱実質は本件での逮捕・勾留なのに、裁判官が審査したのは別件だけ
②身体拘束期間の潜脱第一次の期間中に本件を捜査し、さらに本件で第二次逮捕・勾留を認めれば、本件について以下の厳格な期間制限をすり抜ける
  • 性格:第一次の請求の時点で、裁判官が意図を見抜いて請求を却下する=事前抑制(潜脱の事前防止)を重視する立場。

出題本件基準説は、身体拘束期間の潜脱に対する事前防止を重視する立場(○)

×にされやすい形
  • 期間の潜脱を、第一次の時点で本件に期間制限が及ばないこと自体とする形(筋は「第一次で本件を捜査し、さらに本件で第二次」の2段)
  • 事前抑制を実体喪失説の性格とする形(実体喪失説は事後抑制)

6本件基準説への批判学説

  • ①逮捕・勾留の請求を審査する裁判官が、捜査機関の意図を見抜くのは容易でない(意図・目的をまず調べるのは実際的でない)。
  • ②別件に客観的には理由・必要性が十分あるのに、意図という主観的な事情で違法とする根拠が明らかでない。
  • 本件基準説に立つと、意図は、本件の捜査状況・別件で逮捕する必要性・取調べの状況など、客観的な事情から推知することになる(講義解説)。
  • 判断の場面:本件基準説がねらうのは請求の時点での却下(事前抑制)。ただ、拘束が始まった後に第一次の適法性を判断する場面でも、意図があったと認められれば第一次の逮捕は違法とされる(解説書の事例検討)。意図を推知する材料に取調べの状況を挙げるのは講義解説(上の項目)。

出題本件基準説には、裁判官が捜査機関の意図・目的を審査するのは容易でないとの批判がある(○)

出題実体喪失説には、裁判官がまず捜査機関の意図を調べるのは実際的でないとの批判がある(×)

×にされやすい形
  • 「意図を審査するのは実際的でない」という批判を実体喪失説に向ける形(予備R2-19-オ)。実体喪失説は請求の時点で意図を審査しない(後から客観的な捜査状況を見る)

7最決昭52・8・9(別件と本件が密接に関連した事案)判例

  1. 窃盗・暴行・恐喝未遂(別件)で逮捕・勾留。勾留は延長(第一次)
  2. 第一次の間、強盗強姦殺人・死体遺棄(本件)についても取り調べたことがうかがわれる。その間、別件の捜査と並行して本件の客観的な証拠を集める
  3. 満了の日に窃盗・暴行と、勾留中に判明した余罪を起訴(起訴後の勾留が続く)。恐喝未遂は処分留保=起訴も不起訴もしないまま勾留期間が満了(のちに第二次の満了の日に本件と一緒に起訴)
  4. 起訴後の勾留について保釈が許可され、釈放された直後、本件で逮捕・勾留(第二次)
  • 弁護人の主張(決定の要約):第一次は専ら、逮捕状を請求するだけの証拠の揃っていない本件について取調をする目的で、証拠の揃っている軽微な犯罪である別件の罪名で逮捕、勾留したもの。
  • 最高裁は、第一次逮捕の時点でも捜査官が本件の嫌疑を抱いて捜査を進めていたことは否定しえないとしたうえで、それでも第一次の適法を認めた(原判決を是認)。理由は次の2つ=①別件に理由と必要性があったことは明らか ②別件(恐喝未遂)と本件は一連の密接な関連があり、本件にも関わる取調べは別件について当然しなければならない取調だった。
  • 第一次逮捕・勾留は、その基礎となつた被疑事実について逮捕・勾留の理由と必要性があつたことは明らかである。
  • そして、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。
  • それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃つていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない。
  • 第二次について:
  • …両者は併合罪の関係にあり、各事件ごとに身柄拘束の理由と必要性について司法審査を受けるべきものであるから、一般に各別の事件として逮捕・勾留の請求が許されるのである。
  • …専ら、逮捕・勾留の期間の制限を免れるため罪名を小出しにして逮捕・勾留を繰り返す意図のもとに、各別に請求したものとすることはできない。
  • …第二次逮捕・勾留が第一次逮捕・勾留の被疑事実と実質的に同一の被疑事実について再逮捕・再勾留をしたものではないことは明らかである。
  • 結論:第一次・起訴後の勾留・第二次はいずれも適法で、その間の取調べにも違法は無いとした原判決の判断を是認(上告棄却)。
  • 決定は「別件基準説」「本件基準説」という学説の名前を使っていない。「名を借り」は本件基準説の見解文(予備R2)と同じ語だが、弁護人の主張(決定の要約)には無く、判断の部分で最高裁自身が使った言葉。この決定をどの説に位置づけるかは、教材に記述なし。

別件が本件と無関係な万引きで、勾留中の取調べの大半が本件だったら → 「別件について当然しなければならない取調」という評価の土台(密接な関連)が崩れ、専ら本件のための取調べと見られる方向に動く(結論は事案全体による)。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、第一次逮捕・勾留中に本件を取り調べたことを理由に、違法とした」
  • 「最高裁は、本件基準説を採ると明示した」(学説の名前は使っていない)
  • 第二次を、第一次と実質的に同一の被疑事実での再逮捕・再勾留とする形(決定の理由=第一次中の捜査が専ら本件に利用されたものでないことは既に述べたとおり。併合罪=一般に各別に請求できる。小出しの意図が無いとした理由=本件の証拠は第一次の後に初めて揃った)

8実体喪失説学説

  • 解説書はこの説を②余罪取調べの限界の見出しの下で扱う(余罪取調べの実態から勾留の違法を判断する説だから)。
  • 主語=実務でも有力。出発点=勾留期間の定めは、身体拘束を不必要に長くしないための期間制限 → 第一次勾留中は、別件(本罪)について適正な処分をするための捜査をすべき。
  • 拘束期間が専ら本件(余罪)の捜査(過去問の見解文は「主として」)に使われるに至ったら、別件の勾留としての実体を失い、実質は本件のための拘束。
  • 本件は司法審査を受けていない → 令状主義に反して違法。その間の本件の取調べも、違法な拘束を利用したものとして違法。
  • 別件の取調べと並行して本件も取り調べた、というだけで常に違法になるのではない。
  • 実体を失ったかは、次の5つを総合して決める(解説書が実体喪失説の判断方法として挙げるもの):①捜査機関の意図 ②本罪・余罪それぞれの取調べの程度 ③余罪と本罪の関係(法定刑の軽重・密接な関連性の有無など)④取調べの態様・供述の自発性 ⑤捜査全般の進行状況。
  • 意図も5つの1つとして見るが、意図だけで決めない(意図で決める本件基準説との違い)。
別件で適法に勾留。その間に本件も取り調べた専ら(主として)本件捜査に使われたか5つの事情を総合(意図・取調べの程度・罪の関係・態様と自発性・進行状況)勾留は違法でない並行して聞いただけでは足りないいいえはい(実体を失った)その時点から先の拘束が違法令状主義違反。その間の本件の取調べも違法
実体喪失説の判断。別件として適法に始まった勾留を、実際の使われ方から後で評価する。「いいえ」でも、本件の取調べそのものが許されるかは余罪取調べの限界として別に問題になる。
勾留中の取調べ別件の取調べ本件の取調べ評価
例①(10日間)毎日2時間最終日に30分並行して聞いただけ=実体を失ったとはいえない
例②(4日目〜9日目)1日15分程度連日2〜3時間実体を失った可能性=認められればその時点から先が違法

出題実体喪失説では、別件と並行して本件を取り調べれば、別件による逮捕・勾留は常に違法となる(×)

×にされやすい形
  • 実体喪失説では、別件と並行して本件を取り調べれば、別件による逮捕・勾留は常に違法となる、とする形(予備R2-19-エ)
  • 5つの事情を、判例が示した要件として覚える形

9実体喪失説の効果:時点から違法・事後抑制学説条文

  • 実体を失ったと認められる時点から違法=第一次勾留は全部ではなく一部が違法。
  • 現実の客観的な捜査状況を踏まえて後から違法と判断する=事後抑制を重視。請求の時点で止める事前抑制はできない。
いつならどう抑えるか
第一次勾留の執行中勾留を取り消して釈放(教材は「勾留取消しにより釈放する」とだけ書き、条文の割り当ては教材に記述なし。手がかりの条文=・)
延長の前延長を認めず釈放
本件で第二次の請求第二次逮捕・勾留の請求を却下
起訴された後の公判自白調書の証拠能力を否定
  • :勾留の理由又は勾留の必要がなくなったときは、裁判所は、請求により又は職権で、決定で勾留を取り消さなければならない。主語は裁判所・対象は被告人 → (勾留の請求を受けた裁判官は、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。保釈は除く)で被疑者の勾留にも使う、と読める(条文の文言から。教材はこの割り当てを書いていない)。
  • 別件の勾留の満期に、別件を嫌疑不十分・起訴猶予として起訴しなかった場合:起訴できなかった、というだけで、あとから勾留が違法になることは無い(どの見解でも)。
×にされやすい形
  • 実体喪失説では、第一次勾留が最初から全部違法になる、とする形
  • 「別件で起訴できなかった以上、勾留は違法だった」とする形

10新しい本件基準説・新しい別件基準説学説判例

  • 位置づけ:実体喪失説を本件基準説の立場から主張するものが「新しい本件基準説」。別件基準説に立ちつつ、実体喪失による勾留の違法を認める見解が「新しい別件基準説」。どちらも、請求の時点ではなく、拘束の実際の使われ方から勾留の違法を判断する点で実体喪失の考え方をとる。
新しい本件基準説新しい別件基準説
何か本件基準説の立場から主張される実体喪失説。本件基準説の立場ではあるが、意図を重視して請求の時点で止める(事前抑制)元の本件基準説とは一線を画す(意図だけでなく実際の使われ方を見る)別件基準説に立ちつつ、実体喪失で勾留の違法まで認める
勾留期間の理解逃亡・罪証隠滅を防いだ状態で、拘束の理由とされた被疑事実について起訴・不起訴の決定に向けた捜査をする期間―
何が違法か捜査機関が、別件(拘束の理由とされた被疑事実)について起訴・不起訴の決定に向けた捜査を続ける必要が無いのに、本件のために別件の勾留を続けること=実質は本件による勾留で違法余罪取調べが違法になるだけでなく、実体喪失で別件の理由と必要性が失われる → 勾留が違法
裁判例―東京地決平12・11・13(判タ1067号283頁。内容は解説書の紹介による・全文未確認)
  • 新しい本件基準説は、勾留の違法と余罪取調べだけの違法を分ける:実体を失ったとまではいえない、比較的短時間の本件の取調べを繰り返した場合 → 勾留は違法でなくても、起訴・不起訴の決定に向けた捜査として必要性を欠く余罪取調べは違法と評価される余地がある。
  • 前者はあくまで本件を基準に(実質は本件による勾留になっていないか)、後者はあくまで別件を基準に(別件の理由・必要性がまだ残っているか)勾留の違法を判断する。この違いはあるが、結論に大差は無いとされている。
  • 実体喪失説は、勾留期間を「その被疑事実について起訴・不起訴の決定に向けた捜査をする期間」と捉える考えと整合する。

別件の捜査は順調に進んでいるが、毎日20分ずつ本件の取調べを続けた → 拘束の中身はなお別件なので勾留は違法とまではいえない。それでも、本件の取調べが必要性を欠けば、取調べだけが違法とされる余地がある。

出題実体喪失説は、勾留期間を起訴・不起訴の決定に向けた捜査期間と捉える考えと整合しない(×)

×にされやすい形
  • 実体喪失説は、勾留期間を起訴・不起訴の決定に向けた捜査期間と捉える考えと整合しない、とする形(予備R7-16-ウ)
  • 新しい本件基準説では、必要性を欠く本件の取調べがあれば、それだけで勾留も違法になる、とする形(勾留の違法と取調べの違法は分かれる)

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#35単独ページ動画

別件逮捕・勾留②余罪の取調べと第二次逮捕

問い:別件で適法に勾留している被疑者に、本件(余罪)をどこまで取り調べてよいか。その取調べで得た自白は、本件での第二次逮捕・勾留にどう響くか。

骨組み

  1. 1位置と呼び名:別件逮捕・勾留の3段=①第一次の適法性 ②余罪取調べの限界 ③第二次逮捕・勾留の可否(②③がこの回)。拘束の理由の事件=本罪、それ以外=余罪(別件=本罪・本件=余罪)
  2. 2拘束は適法・取調べは別:従来の別件基準説は、第一次勾留は適法としつつ余罪取調べだけを違法として事後抑制を図ってきた → 拘束が適法でも、専ら本件ばかり聞けば取調べが違法になりうる。この議論が取調べ受忍義務と結びつく
  3. 3取調べ受忍義務:取調室への出頭と、出頭後に自由に退去できない義務。実務=肯定(ただし書の反対解釈)/学説の通説=否定(黙秘権の侵害につながる)。反論(解説書が紹介)=受忍義務を認めても直ちに黙秘権の侵害にはならない
  4. 4論拠の振り分け(過去問の見解文):肯定=反対解釈・出頭滞留の義務≠供述の義務/否定=実質的に供述を強いる・当事者主義(被疑者は主体)・逮捕勾留は公判への出頭確保のため(取調べは目的外)・ただし書は注意規定
  5. 5限定説:受忍義務は本罪だけ → 受忍義務を負わせた余罪取調べは違法。適法になるのは①余罪の被疑事実②余罪にも供述拒否権・弁護人選任権③余罪は受忍義務がないことを告げた上で④任意に供述した場合
  6. 6密接関連の例外(限定説の中):余罪が本罪と密接な関連+本罪の捜査に重要な意味 → 本罪の取調べの一環=受忍義務を負わせても許される。例=死体遺棄と殺人・覚醒剤の使用と所持・多数にわたる窃盗
  7. 7非限定説:受忍義務は余罪にも → 受忍義務を課した余罪取調べも適法。根拠=ただし書から限定説の制限を読み取れない。捜査実務の立場とされる。批判=嫌疑が極めて薄い余罪まで
  8. 8実体喪失と「取調べだけ違法」:実体喪失説では、拘束期間が専ら本件に使われれば実体喪失=勾留が違法。実体喪失までいかない比較的短時間の本件の取調べの繰り返しでも、新しい本件基準説からは余罪取調べだけ違法の余地(起訴・不起訴の決定に向けた捜査として必要性を欠く)。理由は別:従来の別件基準説の「取調べだけ違法」(項目2・5)のほうは受忍義務の範囲、新しい本件基準説のほうは起訴・不起訴に向けた捜査の必要性
  9. 9第一次が適法なら:第二次は逮捕・勾留の理由と必要性がある限り適法
  10. 10第一次が違法なら(本件基準説で違法/実体喪失説で喪失時点から違法):第二次は蒸し返し → 再逮捕・再勾留の禁止から原則違法。例外は犯罪が極めて重大で、それまでの捜査と無関係に客観的証拠が新たに発見されたような場合に限られる、と解説書はみる
  11. 11第一次は適法・余罪取調べだけ違法なら:その自白調書の証拠能力は否定(解説書。どの根拠で否定するかは自白法則の趣旨のとり方で動く)→ 第二次の理由を認めた証拠が自白調書のみなら違法/自白調書以外の証拠でも理由が認められれば適法
  12. 12別件の処分結果:満期日に起訴できなかった(嫌疑不十分・起訴猶予)というだけで、事後的に勾留が違法になることはどの見解でもない

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。受忍義務=実務は肯定・学説の通説は否定。その義務の範囲の争い=限定説(本罪だけ)/非限定説(余罪にも・捜査実務の立場とされる)。限定説・非限定説は、受忍義務を認める立場に立ったうえでの範囲の争い。受忍義務を否定する立場について、講義解説は、取調べは任意処分の性質を帯びるので余罪も聞けるが、微罪で拘束して本命の罪を攻め立てるような令状主義の潜脱は違法(令状主義潜脱説)、と整理する。

説の名前の対応(解説書)。解説書は、実体喪失説と、それを本件基準説・別件基準説の両側から主張する新しい本件基準説・新しい別件基準説を、②余罪取調べの限界の見出しの下で扱う(余罪取調べの実態から勾留の違法を判断する説だから)。項目8・10で単に「実体喪失説」というときは、どちらの側からでも共通する「実体を失った時点から勾留が違法」の部分を指す。

説第一次の勾留が違法になるのは勾留は適法のまま、余罪取調べだけ違法になるか
本件基準説本件の捜査のために利用する意図があれば(請求の時点で)—
実体喪失説拘束期間が専ら本件の捜査に使われ、実体を失った時点から—(下の2行を見る)
新しい本件基準説
(本件基準説の立場からの実体喪失説)
別件の起訴・不起訴の決定に向けた捜査を続ける必要が無いのに、本件のために勾留を続ける余地あり:実体喪失に至らない比較的短時間の本件の取調べの繰り返しでも、起訴・不起訴の決定に向けた捜査として必要性を欠けば(項目8)
新しい別件基準説
(別件基準説に立ちつつ実体喪失を認める)
実体喪失で別件の理由と必要性が失われる解説書は「余罪取調べが違法になるにとどまらず」勾留も違法、と書く
従来の別件基準説別件の理由・必要性を欠くときだけあり:受忍義務の範囲で決まる(限定説=告知なしは違法/非限定説=適法。項目5〜7)
本件で第二次逮捕・勾留を請求第一次逮捕・勾留は違法か本件基準説で違法/実体喪失説で喪失の時点から違法原則違法蒸し返し=再逮捕・再勾留の禁止はいいいえ(第一次は適法)余罪取調べは違法か限定説で告知が無い/新しい本件基準説で必要性を欠く理由・必要性があれば適法いいえはい(自白調書の証拠能力は否定)理由の証拠は自白調書のみか第二次逮捕・勾留の理由を認めた証拠違法理由が無くなるはいいいえ適法自白調書以外の証拠で理由が認められる(必要性も要る)
解説書の整理(第一次の3説 → 余罪取調べ → 第二次)を、第二次を判断する順に並べたもの。2段目の「違法」は、別件基準説に立って限定説をとる場合と、新しい本件基準説の場合。非限定説では受忍義務を課した余罪取調べも適法なので、2段目は「いいえ」に進む。1段目の例外(極めて重大な犯罪で、無関係に新しい客観的証拠が出た場合など)は項目10。別件そのものに理由・必要性が無い場合も第一次は違法だが、解説書は当然のこととして別件逮捕・勾留の問題としては扱わない。

1位置と呼び名学説

  • 別件逮捕・勾留は3段で検討する:①別件での第一次逮捕・勾留の適法性 ②その拘束の間に本件(余罪)を取り調べることがどこまで許されるか ③その後、本件で第二次逮捕・勾留ができるか。
  • 本罪=逮捕・勾留の理由になっている事件。余罪=それ以外の事件。別件逮捕・勾留では、拘束の名目の別件が本罪、実際に調べたい本件が余罪。
  • ②と③はつながる:②で取調べが違法とされると、そこで得た自白が③の第二次を支えられなくなることがある(項目11)。

以下の例で使う2人(例のための設定)。

甲乙
第一次(別件=本罪)無免許運転で逮捕・勾留置き引きで逮捕・勾留
本件(余罪)倉庫放火同じ倉庫放火
拘束中の取調べ3日目に放火の話になり言葉に詰まる。4日目〜9日目:無免許運転は1日15分程度、放火は連日2〜3時間。限定説の①〜③の告知は無い2日目に放火への関与を一度だけ確かめられ、否認。以後、放火は聞いていない
自白9日目に放火の自白調書無い
満期日の別件の処分略式命令の請求(略式起訴=検察官の請求で、簡易裁判所が公判前に罰金・科料を科す・)起訴猶予

2拘束は適法・取調べは別(従来の別件基準説)学説

  • 別件基準説=別件に理由と必要性があれば第一次は適法。従来の別件基準説は、第一次勾留は適法としつつ、余罪取調べを違法とすることで事後抑制を図ってきた(解説書)。
  • だから、拘束の適法性と、その間の取調べの適法性は別の問題。拘束が適法でも、専ら本件ばかり取り調べれば、本件の取調べが違法となりうる。
  • その議論は、拘束中の被疑者に取調べ受忍義務があるかという問題と結びつけて論じられてきた(項目3以下)。
  • さらに進んで、別件基準説に立ちつつ、余罪取調べが違法になるにとどまらず、実体喪失によって別件の理由と必要性が失われ勾留も違法になるとする見解がある(新しい別件基準説・東京地決平12・11・13=内容は解説書の紹介による)。

出題別件基準説では、拘束が適法なら、専ら本件を取り調べ別件を全く取り調べなくても、本件の取調べが違法となることはない(×)

この肢は、別件基準説の説明の形をとりながら、拘束中の取調べの評価(余罪取調べの限界)を問うもの。×の理由は、拘束の適法性とは別に取調べが違法になりうること。

×にされやすい形
  • 別件基準説では、拘束が適法である以上、専ら本件を取り調べても本件の取調べが違法となることはない、とする形(予備R7-16-イ)

3取調べ受忍義務(実務と通説)条文学説

  • ただし書:被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
  • 実務:この反対解釈から、逮捕・勾留されている被疑者には出頭義務および取調べ受忍義務(取調べ室への出頭と、出頭後に自由に退去できない義務)があると考えられている。
  • 学説の通説:そうした扱いは黙秘権の侵害につながる → 逮捕・勾留されている被疑者も出頭を拒め、出頭後に自由に退去できる。
  • 通説への反論:受忍義務を認めることが直ちに黙秘権の侵害につながるわけではない。実務では今後も受忍義務が否定されることはないだろうとの予想もある(解説書)。
  • 受忍義務は話す義務ではない。受忍義務を認める立場でも、取調べの前には「自己の意思に反して供述をする必要がない」旨を告げる()。
  • 過去問は、「身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し滞留する義務があると解することは、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものではない」を○としている(予備H30 は、だからに違反しない、と続けて○)。どちらの問題も、問題文に「判例がある場合には、それに照らして考える」とある。この文は、接見指定()についての最大判平11・3・24の一節とほぼ同じ文言。
  • しかし、身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから、この点についての所論は、前提を欠き、採用することができない。
  • 上告理由は、を根拠に受忍義務は無く、ただし書が受忍義務を定めているとすると違憲だ(だから取調べは接見を制限する理由にならない)、と主張した。同判決は、出頭・滞留の義務を認めることが直ちに供述拒否の自由を奪うことにはならないとして、そのつながりを退けたもの。受忍義務があると判断したのではない。講義解説が、最高裁の明確なリーディングケースは無く、下級審の判例や実務の運用はおおむね肯定説で動いているとするのは、受忍義務そのものの有無についての記述で、この判決とは食い違わない。
  • 同じ中身が3か所に出る:解説書=通説への反論(直ちに黙秘権の侵害にはならない)/予備R3・R8=義務あり(肯定)の論拠(項目4)/予備H30・R4=○の肢。どれも「受忍義務を認めても、供述を拒む自由は奪わない」という同じ向き。
実務学説の通説
受忍義務肯定否定
根拠ただし書の反対解釈黙秘権の侵害につながる
拘束中の被疑者は出頭を拒めず、出頭後も自由に退去できない出頭を拒め、出頭後も自由に退去できる

出題拘束中の被疑者に出頭・滞留義務があると解しても、直ちに供述拒否の自由を奪うことにはならない(○)

×にされやすい形
  • 実務と学説の通説を入れ替える形(受忍義務を肯定するのは実務、否定するのが学説の通説)
  • 受忍義務を、質問に答える義務(供述の義務)と同じものとする形

4論拠の振り分け(肯定・否定)学説

  • 過去問は、Ⅰ=義務あり(肯定)・Ⅱ=義務なし(否定)の見解に、論拠を振り分けさせる形で出る(予備R3-17=学生の発言をⅠ・Ⅱに振り分ける組合せ問題、予備R8-25=「Ⅰ(4)」のような組合せの正誤を数える問題)。正答と肢の中身から確定する振り分けは次のとおり(予備R8-25 の正答は「4個正しい」だけで、どれが誤りかは肢の中身で決まる)。下の札の(○)は、その振り分けが正答どおりであること。
肯定(義務あり)の論拠否定(義務なし)の論拠
ただし書を反対解釈すべきただし書は、出頭拒否・退去を認めることが逮捕・勾留の効力自体を失わせないことを注意的に定めたもの
出頭・滞留を義務付けることは、直ちに供述を義務付けることを意味しない/直ちに供述拒否の自由を奪わない供述の義務は無いといっても、実質的には供述を強いるのと異ならない=黙秘権を侵す
当事者主義:被疑者は捜査の客体ではなく、捜査機関と相対立する一方当事者・主体的な存在
逮捕・勾留は将来の公判への出頭を確保するため=取調べは逮捕・勾留の目的に含まれない
  • 見分け方:条文の文言から義務を引き出す(反対解釈)か、義務と供述を切り離すなら肯定。被疑者の地位・拘束の目的・黙秘権から義務を否定し、ただし書を注意規定と読むなら否定。講義解説は否定説の条文の読み方として、はもともと在宅の被疑者への出頭要求の規定で、「除いては」は注意書きにすぎない、と説明する(ただし書を注意的な規定と読む点で、表の右上の論拠と同じ向き)。

出題出頭拒否・退去を定めたただし書を反対解釈すべき → 義務あり(Ⅰ)の論拠(○)

出題出頭・滞留の義務付けは直ちに供述の義務付け(供述拒否の自由を奪うこと)ではない → 義務あり(Ⅰ)の論拠(○)

出題供述の義務は無いといっても実質的に供述を強いる=黙秘権を侵す → 義務なし(Ⅱ)の論拠

出題当事者主義(被疑者は一方当事者・主体的な存在)と整合 → 義務なし(Ⅱ)の論拠(○)

出題逮捕・勾留は将来の公判への出頭を確保するため → 義務なし(Ⅱ)の論拠

出題「取調べは逮捕・勾留の目的に含まれない」を義務あり(Ⅰ)の論拠とする(×)

出題ただし書は逮捕・勾留の効力を失わせないことの注意規定 → 義務なし(Ⅱ)の論拠(○)

×にされやすい形
  • 「取調べは逮捕・勾留の目的に含まれない」を、義務を認める見解の論拠とする形(予備R8-25-ア。否定の論拠)
  • 「出頭・滞留の義務付けは供述の義務付けではない」を否定の論拠とする形(肯定の論拠=通説への反論)

5限定説(受忍義務は本罪だけ)学説

  • 受忍義務を認める立場に立ったうえで、その義務は本罪についてのみ認められるとする見解。余罪には受忍義務が無い → 受忍義務を負わせたような余罪の取調べは許されず、違法。
  • 余罪の取調べが適法になるのは、被疑者に①余罪の被疑事実、②余罪についても供述拒否権および弁護人選任権があること、③余罪の取調べについては受忍義務がないこと(いつでも退去してよい)を告げた上で、④それでもなお被疑者が任意に供述した場合。さもなくば違法。
  • ②は、取調べ前の供述拒否権の告知()と、被疑者がいつでも弁護人を選任できること()を、余罪についても知らせるもの。
  • 解説書は限定説の理由づけを書いていない。講義解説は、ほぼ対応する立場を「事件単位説」と呼び(例外は任意処分として行う場合・軽微な余罪・密接な関連・拘束中に発覚した場合など、解説書より広い)、逮捕・勾留の効力は令状記載の事件に限られ、余罪にまで義務を認めると令状の無い事件で強制的に取り調べることになる、と説明する。
拘束中の被疑者に余罪を取り調べた(限定説で判断)密接関連の例外にあたるか本罪と密接な関連+本罪の捜査に重要な意味(項目6)適法本罪の取調べの一環はいいいえ①〜③を告げたか①余罪の被疑事実 ②余罪にも供述拒否権・弁護人選任権 ③余罪は受忍義務なし違法受忍義務を負わせた余罪取調べいいえはいそれでも任意に供述したか違法いいえはい適法
限定説での余罪取調べの判断(解説書の要件を判断の順に並べたもの)。非限定説ではこれらの問いを置かず、受忍義務を課した余罪取調べも適法(項目7)。

甲:4日目からの放火の取調べで①〜③はどれも告げていない → 甲が実際に話していても、④「告げた上で任意に供述した」の前提が欠ける → 限定説では4日目以降の余罪取調べは違法(無免許運転と放火に密接な関連も無い=項目6)。

×にされやすい形
  • 限定説では、余罪の取調べは一切できない、とする形(告げた上での任意の供述なら適法・密接関連の例外もある)
  • 告知が無くても、被疑者が自分から話したのなら限定説でも適法、とする形

6密接関連の例外学説判例

  • 限定説でも、余罪が本罪と密接な関連を有し、かつ余罪の取調べが本罪の捜査を進めていく上で重要な意味をもつ場合は、本罪についての取調べの一環と考えられる → 受忍義務を負わせた余罪取調べも許される(解説書)。
  • 解説書の例=死体遺棄と殺人、覚醒剤の使用と所持、多数にわたる窃盗(余罪を解明することで、本罪の全体的な犯罪計画や意図が明らかになる場合)。
  • 最決昭52・8・9 も「一連の密接な関連」という語を使うが、判断したのは、第一次逮捕・勾留が専ら本件を取り調べる目的で別件に名を借りたものか(と、罪名を小出しにして各別に請求したものか、第二次が実質的に同一の被疑事実での再逮捕・再勾留か)。「本件」「別件」の取調べに違法の点はないとした原判決も是認した。受忍義務の範囲や、限定説の例外を判断したものではない。
  • 「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本件」の捜査ともなるのであるから、…それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。

覚醒剤の所持で勾留中に、その覚醒剤を使ったかを聞く → 使用の解明は所持の入手の経緯や目的の解明に直結 → 本罪の取調べの一環として、受忍義務を負わせても許される。
甲(無免許運転で勾留中に倉庫放火)→ 一方を調べても他方の計画や意図は見えない → 例外にあたらない。

×にされやすい形
  • 「最決昭52・8・9 は、限定説の密接関連の例外を認めた」とする形(判断したのは第一次が別件に名を借りたものか)
  • 密接な関連さえあれば足りる、とする形(本罪の捜査を進める上で重要な意味も要る)

7非限定説(受忍義務は余罪にも)学説

  • 受忍義務は本罪のみならず余罪についても認められるとする見解 → 余罪について受忍義務を課した取調べをしても適法。
  • 根拠:ただし書から、限定説がいうような制限を読み取ることができない。
  • 位置づけ:捜査実務の立場とされる。
  • 批判:嫌疑が極めて薄い余罪についてまで受忍義務を課して取調べを認めるのは妥当でない。
  • 非限定説で不要になるのは限定説の①〜③の告知。取調べ前の供述拒否権の告知()は、どの取調べでも要る。
限定説非限定説
受忍義務の範囲本罪だけ本罪も余罪も
余罪の取調べ①〜③を告げた上の任意の供述なら適法(密接関連なら受忍義務を負わせても可)受忍義務を課しても適法
甲の4日目以降違法適法
向けられる批判(解説書に記述なし)嫌疑が極めて薄い余罪にまで及ぶ
×にされやすい形
  • 非限定説を「学説の通説」とする形(捜査実務の立場とされる。学説の通説は受忍義務そのものを否定する)
  • 非限定説なら供述拒否権の告知も要らない、とする形

8実体喪失と「取調べだけ違法」学説

  • 解説書は、実体喪失説と、それを両側から主張する新しい本件基準説・新しい別件基準説を、②余罪取調べの限界の見出しの下で扱う(余罪取調べの実態から勾留の違法を判断する説だから)。説の対応は骨組みの下の表。
  • 実体喪失:拘束期間が専ら本件(余罪)の捜査に使われるに至れば、別件の勾留としての実体を失い、その時点から勾留が違法(5つの事情を総合=意図・本罪と余罪それぞれの取調べの程度・両罪の関係・取調べの態様と供述の自発性・捜査全般の進行状況)。
  • 取調べだけ違法:実体喪失説の中では、本件基準説の立場から主張される実体喪失説(新しい本件基準説)からは、実体を喪失しているとまではいえない比較的短時間の本件の取調べを繰り返したような場合でも、勾留は違法といえなくても、違法な余罪取調べと評価する余地がある。
  • その理由(従来の別件基準説の「取調べだけ違法」=受忍義務の範囲〔項目5〕とは別の理由):この見解は勾留期間を、逃亡・罪証隠滅を防いだ状態で、拘束の理由とされた被疑事実について起訴・不起訴の決定に向けた捜査をする期間と捉える → その捜査として必要性を欠く余罪取調べも違法と評価される。
  • 勾留が実体を失っていない(適法)としても、別件基準説からは、余罪取調べの適否を別途検討する(限定説・非限定説)。実体喪失の検討と余罪取調べの検討は、1つの事案で続けて論じられる。
1日の取調べの配分(長さは目安) 別件(本罪) 本件(余罪) 例A:甲の4日目〜9日目 別件15分程度 → 実体喪失説では、実体を失ったと評価されうる → そう評価すればその時点から勾留が違法・第二次は原則違法 例B:別件の取調べを毎日続け、本件は20分ほど → 実体は失わない=勾留は違法とまではいえない → 新しい本件基準説:必要性を欠く本件の取調べ だけが違法と評価される余地 取調べの時間 → 本件 連日2〜3時間 別件の取調べ
甲のように拘束期間の大半を本件に使えば、実体喪失説では、「取調べだけ違法」ではなく、実体喪失そのもの(勾留が違法)を問う事情になる。実体喪失を問わない従来の別件基準説では、勾留は適法のまま余罪取調べの適否を見る(項目5〜7)。「取調べだけ違法」の余地は、実体喪失までいかない短時間の取調べの繰り返し(例B)の場面。

乙:放火に触れたのは2日目の一度の確認だけで、否認の後は聞いていない → 勾留は実体を失っていない。

×にされやすい形
  • 実体喪失説に立ちながら、本件の取調べに拘束期間の大半を使った事案を、「勾留は適法・取調べだけ違法の余地」(新しい本件基準説の短時間型)で止める形(実体喪失説では、実体喪失=勾留の違法を正面から問う事情)
  • 実体喪失説の中で、「実体喪失に至らない短時間の取調べの繰り返しでも、取調べだけ違法の余地」を実体喪失説一般(新しい別件基準説を含む)の主張とする形(解説書が挙げるのは、本件基準説の立場から主張される実体喪失説=新しい本件基準説)。なお、従来の別件基準説でも、限定説なら勾留は適法のまま余罪取調べが違法になる(項目2・5)=これは別の理由

9第一次が適法なら:理由と必要性があれば第二次も適法条文判例

  • 第一次逮捕・勾留が適法なら、逮捕・勾留の理由と必要性がある限り、本件での第二次逮捕・勾留も適法(解説書)。本件についての新しい拘束として、通常の要件を改めて満たせばよい。
  • 逮捕=理由(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由・)+必要性(明らかに逮捕の必要がないときは逮捕状を発しない・ただし書)。勾留=理由(相当な理由+各号)+必要性(の「勾留の必要」)。被疑者の勾留にはで使う。
  • 最決昭52・8・9 は、第一次が適法とされた事案で、本件での第二次逮捕・勾留も適法とした原判決を是認した(1つ目は、罪名を小出しにして各別に請求したものかを判断した部分):
  • …両者は併合罪の関係にあり、各事件ごとに身柄拘束の理由と必要性について司法審査を受けるべきものであるから、一般に各別の事件として逮捕・勾留の請求が許されるのである。
  • また、「別件」についての第一次逮捕・勾留中の捜査が、専ら「本件」の被疑事実に利用されたものでないことはすでに述べたとおりであるから、第二次逮捕・勾留が第一次逮捕・勾留の被疑事実と実質的に同一の被疑事実について再逮捕・再勾留をしたものではないことは明らかである。
×にされやすい形
  • 別件で一度拘束した以上、本件での第二次はつねに再逮捕・再勾留として原則違法、とする形(第一次が適法なら、本件についての新しい拘束)

10第一次が違法なら:蒸し返し=原則違法学説

  • 第一次が違法=別件を名目に、実質は本件で拘束していた → 本件ではすでに一度拘束が行われた → 本件での第二次は逮捕・勾留の蒸し返し → 再逮捕・再勾留の禁止から原則として違法。
  • 第一次が違法になる道(解説書の整理):本件基準説=本件の捜査に利用する意図があれば第一次が違法/実体喪失説(新しい本件基準説・新しい別件基準説のどちらの側からでも)=実体を喪失した時点から違法 → どちらも第二次は再逮捕・再勾留の禁止の枝へ。別件そのものに逮捕・勾留の理由・必要性が無ければ第一次はどの説でも違法だが、解説書はそれを当然のこととして、わざわざ別件逮捕・勾留の問題としては論じない。
  • 例外を認める余地はあるが、違法な第一次による被疑者側の不利益の程度は大きいので、犯罪が極めて重大で、それまでの捜査と無関係に客観的な証拠が新たに発見されたような、再逮捕・再勾留の必要性の程度が極めて大きい場合に限られるのではないか、と解説書はみる(著者の見込みの書き方)。

甲で、実体喪失説に立ち、6日間の配分から4日目以降の勾留が実体を失ったと評価する → 放火での第二次は原則違法。例外に向かうのは、放火が極めて重大で、取調べと無関係に第三者から現場の映像が出てきたような場合。自白をもとに集めた証拠しか無ければ、例外には向かわない。

乙で、本件基準説に立ち、置き引きでの拘束を放火の捜査に利用する意図があったと評価する → 第一次は違法=名目は置き引き、実質は放火で拘束していた(この説は捜査機関の意図で判断するので、拘束中に放火を聞いた回数そのものは要件ではない)→ 放火での第二次は蒸し返しとして原則違法。「乙には自白が無いから、客観的な証拠さえあれば第二次は適法」と言えるのは、第一次が適法だった場合だけ。

×にされやすい形
  • 第一次が違法でも、本件の客観的な証拠があれば第二次は適法、とする形(原則違法・例外は極めて限られる)
  • 例外を「重大な犯罪」でありさえすれば認める形(解説書が挙げる例は、犯罪が「極めて重大」で、それまでの捜査と無関係に新たな客観的証拠が発見されたような場合)

11余罪取調べだけ違法なら:自白調書と第二次学説

  • 第一次勾留は適法だが、余罪取調べのみ違法と考える場合 → それで得られた自白調書の証拠能力は否定される(解説書。どの根拠で否定するかは自白法則の趣旨のとり方で動く=証拠法の問題)。
  • 第二次逮捕・勾留の理由を認めた証拠が自白調書のみ → 第二次は理由のないものとなる → 違法。
  • 当該自白調書以外の証拠でも逮捕・勾留の理由が認められる → 適法(必要性は別に要る)。
  • 新しい本件基準説で余罪取調べを違法と考える場合も同じ:第二次を認めた証拠が自白調書のみなら第二次も違法、自白調書の証拠能力も否定(解説書)。
余罪取調べ \ 第二次の理由を認めた証拠自白調書のみ自白調書以外でも理由あり
違法(限定説で告知なし/新しい本件基準説で必要性を欠く)違法適法
適法(非限定説/密接関連の例外/限定説で告知の上の任意供述)適法適法

甲(実体喪失を問わず第一次は適法と見る従来の別件基準説に立ち、限定説をとった場合):9日目の自白調書は使えない。放火現場のライターから、自白と無関係に先に甲の指紋が出ていれば → 自白調書を除いても理由が認められ、第二次は適法(必要性もあれば)。理由が自白調書だけなら違法。
乙:自白調書がそもそも無い → 第二次は防犯カメラ映像のような自白に由来しない証拠で決まる(第一次が適法だった場合。違法なら項目10)。

×にされやすい形
  • 余罪取調べが違法なら、第二次はつねに違法、とする形(自白調書以外の証拠で理由が認められれば適法)
  • 従来の別件基準説で、限定説の告知が無かったこと(余罪取調べの違法)だけを理由に、第一次の勾留まで遡って違法になる、とする形(この説では勾留は適法のまま、取調べだけが違法。勾留の違法は、実体喪失を認める立場で実体を失ったかとして別に問う=項目8)

12別件の処分結果は響かない学説条文

  • 第一次勾留の満期日に別件を起訴できなかった(嫌疑不十分・起訴猶予)というだけの理由で、事後的に勾留が違法になることはない。いずれの見解でも同じ(解説書)。
  • 起訴猶予=犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状・犯罪後の情況により訴追を必要としないとき、公訴を提起しないこと()。
  • 実体喪失説は事後の捜査状況から勾留の違法を判断するが、そこで見るのは拘束の使われ方であって、別件の処分結果そのものではない。

乙の置き引きが満期日に起訴猶予になった → それだけで第一次勾留が遡って違法になることはない。

×にされやすい形
  • 「別件で起訴できなかった以上、第一次勾留は違法だった」とする形

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#36単独ページ動画

捜索・差押え①令状の請求と領置

問い:物を集める捜査で、令状が要らないのはどんなときか。令状が要るとき、誰が、何を出して請求するか。

骨組み

  1. 1言葉:捜索=物・人を探す/差押え=意思に反して占有を強制的に取得(=令状)/領置=遺留物・任意提出物の占有の取得(=令状不要)。捜査機関の押収=差押えと領置
  2. 2遺留した物():落とし物(遺失物)も、占有を放棄した物も入ると解されている。公道上の集積所に不要物として出した(占有を放棄した)ごみ袋=捜査の必要があれば遺留物として領置できる(最二小決平20・4・15)
  3. 3任意提出できる者():所有者・所持者・保管者。所持者=自己のために占有(質屋の店主)/保管者=他人のために占有(同居人・管理人)
  4. 4還付と領置の性質:留置の必要がなければ還付(・)。必要がある限り、返還を求められても返さなくてよい → 取得までは任意、取得後は強制処分の性質
  5. 5令状主義():①「正当な理由」の事前審査 ②場所・物の明示(1項)③各別の令状(2項)
  6. 6「正当な理由」の4つ(解説書):嫌疑・目的物がある蓋然性・関連性・必要性。全部そろえば発付、1つでも欠ければ却下
  7. 7請求権者():検察官・検察事務官・司法警察員。司法巡査は請求できない(令状による捜索には加われる)
  8. 8請求書と令状:請求書(規則155条1項)に罪名及び犯罪事実の要旨+罪を犯したと思料されるべき資料(規則156条1項)。令状()は罪名で、犯罪事実の要旨は書かない。有効期間=発付の日から七日(規則300条)
  9. 9被疑者以外の捜索:被疑者=「必要があるとき」(・存在は推定)/被疑者以外=「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」()+その資料(規則156条3項)
  10. 10電子データ:電磁的記録提供命令(・)=旧99条の2の記録命令付差押えに代わる処分。電子データの差押え(・)は今もある

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。「規則」は刑事訴訟規則(札にしていない)。

捜査機関が物の占有を取得する遺留した物か落とし物も、占有を放棄した物(集積所に出したごみ袋)も入る領置令状は不要(221条)はいいいえ所有者・所持者・保管者が任意に提出した物か領置令状は不要(221条)はいいいえ(意思に反して取る)差押え裁判官の令状が要る(218条1項)
領置と差押えの分かれ目(項目1〜3)。相手が手放した物・差し出した物を受け取るだけなら令状は要らない。令状によらない差押えの例外は、この図には入れていない。

1捜索・差押え・領置・押収条文

  • 捜索=物または人の発見を目的とする強制処分(見つけるだけで、占有は取らない)。
  • 差押え=見つけた物の占有を、占有者の意思に反して強制的に取得する処分。捜査機関は「裁判官の発する令状により」差押え・捜索をする()=差押えの根拠は。
  • 領置=遺留物・任意提出物の占有を取得する処分()。占有の取得に強制を伴わないので令状は要らない。裁判所の領置は。
  • 押収:捜査機関がする押収は差押えと領置。刑訴法上の押収には、ほかに裁判所の提出命令()も入る。これに対しの「押収」は差押えだけを指し、領置は入らない、と講義解説は説明する=同じ「押収」でも範囲が違う。
  • 本人の体から出た物も任意提出物になりうる:被疑者に尿を任意に提出するよう求め、応じれば領置する(解説書の例)。
処分中身根拠令状
捜索探す要る
差押え意思に反して奪う要る
領置手放した物・差し出された物を受け取る要らない

出題被疑者が任意提出を承諾しても、唾液は身体検査令状なしに採取できない(×)

×にされやすい形
  • 「捜査機関の差押えの根拠はである」(は領置。差押えは)
  • 「押収とは、差押えと領置の総称に限られる」(刑訴法上は裁判所の提出命令も入る。捜査機関の押収なら差押え・領置)

2遺留した物条文判例

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。
  • 「遺留した物」には、落とし物(遺失物)のほか、自分の意思で占有を放棄して手放した物も入る、と解されている。令状なしの領置が認められるのは占有の取得に強制を伴わないから、という理由づけ。
  • 最二小決平20・4・15(強盗殺人等の事件で、警察官が、被告人とその妻が公道上のごみ集積所に出したごみ袋を回収し、中のダウンベスト・腕時計等を領置した):
  • 被告人及びその妻は,これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって,排出されたごみについては,通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条により,これを遺留物として領置することができるというべきである。
    また,市区町村がその処理のためにこれを収集することが予定されているからといっても,それは廃棄物の適正な処理のためのものであるから,これを遺留物として領置することが妨げられるものではない。
  • この決定は、占有を放棄した物が遺留物に当たる例を示したもの。「遺留物は放棄した物に限る」とは言っていない。

犯人が逃げる途中、気づかずに落とした手袋が道に残っていた → 手放すつもりはなかったが、占有はもう離れている → 遺留物として令状なしで領置できる。

出題公道上のごみ集積所に排出されたごみ袋は、令状なしで領置しても違法ではない(○)

出題公園の草むらで見つけた血痕の付いたナイフを領置するのに、差押許可状は要らない(○)

出題公道上の犯行現場に遺留された凶器を押収するには、差押許可状が必要(×)

出題公園の草むらで見つけた血痕の付いた金属バットを押収するには、令状が必要(×)

出題被疑者が公道上に投棄した注射器の領置は、令状を必要とするものに入る(×)

出題司法警察職員が領置できるのは、所有者・所持者・保管者が任意に提出した物に限られる(×)

×にされやすい形
  • 「領置できるのは任意に提出された物に限られる」(遺留物も領置できる・予備R2-16-オ)
  • 遺留された凶器・投棄された物の押収に「令状が必要」とする形
  • 「落とし物は遺留物に当たらない」(遺失物も入る)
  • 「持ち主に取りに戻るつもりがあれば遺留物ではない」(遺失物も入るので、取りに戻る気持ちの有無は決め手にならない)

3任意提出できる者条文

  • :任意に提出できるのは、所有者・所持者・保管者の3者。所有者に限られない。
  • 所持者=自己のために物を占有する者。保管者=他人のために物を占有する者(解説書)。
  • 解説書が紹介する裁判例:治療のために尿を採った医師は所持者として提出できる。同居の家族や場所の管理人は、一般に保管者として、その場所にある物を提出できると考えられる。
誰のために占有するか例
所有者(所有権を持つ)被害者が自分の撮った写真データのSDカードを差し出す
所持者自己のため質に取った指輪を出す質屋の店主/尿を採った医師
保管者他人のため同居の家族・場所の管理人/「しばらく預かって」と鞄を渡された知人

質屋は、質に取った指輪を自分のために持っている → 所持者。他人の物を預かっているから「保管者」とするのは誤り(どちらでも任意提出はできる)。

出題捜査機関に証拠物を任意に提出できるのは、その所有者に限られる(×)

出題任意提出できるのは所有者・所持者に限られるので、夫の所有するノートを妻から領置したのは違法(×)

×にされやすい形
  • 任意提出できる者を「所有者に限る」「所有者又は所持者に限る」とする形(保管者も入る)
  • 所持者と保管者の定義を入れ替える形(自己のため=所持者/他人のため=保管者)

4還付と領置の性質条文

  • :押収物で留置の必要がないものは、還付しなければならない。捜査機関の押収にはが準用する。還付=押収した物を所有者等に返すこと(解説書)。
  • 逆に、捜査機関が留置の必要があると判断する限り、提出者から返還を求められても返さなくてよい(解説書)。
  • だから領置は、占有を取得するまでは任意処分、取得した後は強制処分の性質を持つ。
  • 令状が要らないのは、取得の段階で強制的に奪う面がないから。取得後に「返して」と言われても返さない効力が生じる(だから強制処分の一種とされる)のは、その後の話(講義解説)。

被害者が出した衣類を、まだ鑑定に使う必要がある間に「やっぱり返して」と言われても返さなくてよい。必要がなくなれば、返さなければならない。

出題任意提出物を領置したときは、提出者から還付を請求されたら直ちに還付しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「領置した物は、提出者が返還を求めればいつでも返さなければならない」(還付は留置の必要がないものだけ)
  • 「領置は令状が要らないので、取得後も任意処分である」(取得後は強制処分の性質)

5令状主義()条文

  • 捜索・差押えは、財産権だけでなく、住居や所持品という私的領域に侵入されない権利(プライバシー)も侵す強制処分 → 捜査機関の判断だけに委ねず、中立の裁判官が事前に審査する。
  • :何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。
  • 「第三十三条の場合を除いては」=令状によらない捜索・差押えの例外がある(例:逮捕の現場での差押え・捜索=2号・)。令状なしで取れるのは領置だけ、ではない。
  • :捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
  • 場所・物の明示と各別の令状は、執行の範囲を限る → 権限の濫用を防ぎ、受ける側の受忍の範囲をはっきりさせ、範囲を外れれば不服を申し立てられるようにする(解説書)。
  • 各別の令状について、解説書は、捜索を受ける場所の管理権ごとに令状が要る、と説明する。これは捜索すべき場所の数え方の話で、捜索と差押えを1通の捜索差押許可状で受けること(項目8)とは別。
柱要素どこに
事前審査①「正当な理由」
範囲の制限②捜索する場所・押収する物の明示
③各別の令状

「B方で、盗まれた指輪類を差し押さえてよい」と書く=場所・物の明示(1項)。同じマンションのB方とC方を1通で済ませず、部屋ごとに令状を取る=各別の令状(2項)。

×にされやすい形
  • 「各別の令状とは、捜索する場所と押収する物を明示した令状をいう」(明示は1項、各別の令状は2項=別の要素)
  • 「場所・物の明示は、の要請である」(1項)

6「正当な理由」の4つ学説

  • 解説書は、の「正当な理由」の中身を4つに分け、全部そろえば発付、欠ければ却下と説明する。
要素なぜ要るか欠ける例
(a) 嫌疑捜査は特定の犯罪の嫌疑が前提—
(b) 目的物がその場所にある蓋然性無い場所を捜索させても意味がなく、相当でもない指輪がすでに質屋に売られていた → 被疑者宅にあるという見込みが崩れる
(c) 目的物と被疑事実の関連性特定の犯罪事実について審査した令状で他の犯罪の証拠まで取れれば、令状主義が骨抜きになる窃盗の令状で、被疑者宅の無関係な脱税の帳簿は差し押さえられない
(d) 必要性(a)〜(c)がそろっても、諸事情から必要がなければ発付すべきでない証拠がすでに十分にそろい、重ねて捜索する必要がない

(b) は、被疑者の住居等では存在が推定される(項目9)。推定が破れる場面が、上の質屋の例。

×にされやすい形
  • 嫌疑・蓋然性・関連性があれば、必要性を問わず令状を発付しなければならない、とする形

7請求権者条文

  • :第1項の令状は、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により、これを発する。
  • 司法巡査には請求権限がない。司法警察員・司法巡査の区分は公安委員会の定めによる:国家公安委員会は、警察庁の警察官のうち巡査部長以上を司法警察員、巡査を司法巡査とし、特に必要があれば警察庁長官または管区警察局長が巡査を司法警察員に指定できるとしている(都道府県公安委員会も概ね同様・解説書)。
  • 令状が出た後の捜索・差押えには、司法巡査も加われる(の主語は「司法警察職員」=司法警察員と司法巡査。ただし書が司法巡査を外すのは、からまでの処分だけ)。
  • 検察官は、司法警察員から送致を受けた事件でも、自ら令状の発付を受けて捜索・差押えができる。
令状の請求令状による捜索・差押え
検察官できるできる
検察事務官できるできる
司法警察員できるできる
司法巡査できないできる

出題捜索差押許可状の請求は、司法警察員と検察官のどちらもできる(○)

出題検察事務官が、捜索差押許可状を請求した=適法となりうる(○)

出題検察官は、司法警察員から送致を受けた事件でも、自ら捜索差押許可状の発付を受けて捜索差押えができる(○)

出題捜索差押許可状による捜索は、検察官と司法警察員のどちらもできる(○)

出題検察事務官が、捜索差押許可状により被疑者の居宅を捜索した=違法ではない(○)

×にされやすい形
  • 検察事務官は令状を請求できない、とする形(請求できる)
  • 司法巡査も令状を請求できる、とする形
  • 司法巡査は令状による捜索に加われない、とする形(加われる。外れているのは請求だけ)

8請求書と令状条文

  • 捜索の必要があれば捜索差押許可状1通が通例。物の所在が明らかで捜索が要らなければ差押許可状(解説書)。
  • 請求は書面で(規則139条1項)。請求書の記載事項は規則155条1項。あわせて「被疑者又は被告人が罪を犯したと思料されるべき資料」を出す(規則156条1項)。実務ではこれを疎明資料と呼ぶ(例:元同僚の供述、防犯カメラの記録)。
  • 請求書は、裁判官に「正当な理由」を判断してもらうための書類 → 何の事件で、どこまでの嫌疑かを書く。令状は、執行のときに処分を受ける者に示す紙。
  • 被疑者・被告人の氏名が明らかでないときは、請求書にその旨を書けば足りる(規則155条3項)。令状のほうも、氏名が明らかでなければ、人相・体格その他本人を特定するに足りる事項で指示できる(がを準用)。
  • 有効期間:規則300条「令状の有効期間は、令状発付の日から七日とする。但し、裁判所又は裁判官は、相当と認めるときは、七日を超える期間を定めることができる。」 7日を超える期間が要るときは、請求書にその旨と事由を書く(規則155条1項5号)。
  • は今も「裁判官が、これに記名押印しなければならない」。令状のオンライン請求・発付を定める改正法は成立しているが、その部分は施行日が政令に委ねられ、現行の条文はまだ変わっていない。
書くこと請求書(規則155条1項)令状()
差し押さえるべき物・捜索すべき場所等1号書く
被疑者・被告人の氏名3号書く
罪名4号書く
犯罪事実の要旨4号(書く)書かない
請求者の官公職氏名2号—
7日を超える有効期間5号(その旨・事由)有効期間を書く
日出前・日没後に行う必要7号(その旨・事由)許すときは、夜間でも執行できる旨(・)
裁判官の記名押印—書く

規則155条1項はほかに、6号(つながった記録媒体から複写する範囲)、8号(秘密保持命令の許可の請求)、9号・10号(電磁的記録提供命令のための立入りの許可と夜間)を置く。全10号。

B方の捜索差押許可状の請求書:罪名は住居侵入・窃盗、差し押さえるべき物は指輪類、捜索すべき場所はB方、犯罪事実の要旨は「A方に侵入し、指輪等を窃取した」。出された令状には、罪名・物・場所・有効期間などが書かれ、犯罪事実の要旨は書かれない。

出題捜索差押許可状には、犯罪事実の要旨を記載しなければならない(×)

出題被疑者が特定できていない段階でも、必要があれば捜索差押許可状を発付できる(○)

×にされやすい形
  • 「捜索差押許可状には犯罪事実の要旨を記載しなければならない」(令状は罪名。要旨は請求書)
  • 7日を超える期間は定められない、とする形(発付の日から七日・相当なら7日超も定められる)

9被疑者以外の捜索条文

  • 捜査機関の捜索にはがを準用する。
  • :被告人(被疑者)の身体、物又は住居その他の場所は、「必要があるとき」に捜索できる → 被疑者のもとには押収すべき物があると推定されるだけ。推定が破れれば発付すべきでない(解説書)。
  • :被告人(被疑者)以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。
  • 解説書は、2項の「状況」を、「正当な理由」の(b) 目的物がある蓋然性(項目6)をはっきり求めたもの、1項はその(b)を求めず、あると推定してよいとする趣旨、と説明する。
  • 被疑者以外の者についての捜索の令状を請求するには、差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を出す(規則156条3項)。
捜索の令状を請求する捜索するのは被疑者の身体・物・住居等か必要があれば捜索できる物の存在は推定(102条1項)はいいいえ(被疑者以外)押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があるか102条2項。請求時にその資料も出す(規則156条3項)捜索できないいいえはい捜索できる
被疑者のもとでは物の存在が推定されるだけなので、推定が破れれば(例:盗品がすでに質屋に渡っていた)被疑者宅への令状も発付すべきでない。

被疑者Bの自宅は「必要があるとき」に捜索できる。Bの友人宅は、そこに指輪類があると認めるに足りる状況が要り、請求のときにその資料も出す。

出題被疑者以外の者の身体・物・住居等は、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り捜索できる(○)

×にされやすい形
  • 被疑者の住居でも「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」が要る、とする形(被疑者は「必要があるとき」)
  • 被疑者の住居なら、物が無いことが明らかでも必ず捜索できる、とする形(推定は破れる)

10電子データ:差押えと電磁的記録提供命令条文

  • 電磁的記録提供命令()=電磁的記録を保管する者や利用する権限を有する者に、指定した電磁的記録を、指定した方法で提供させる命令。捜査機関は令状によりこれをする()。秘密保持命令()、立入りの許可()も新しく置かれた。
  • これは、改正で削られた旧99条の2の記録命令付差押えに代わる処分(令和7年法律39号・2026-05-21施行)。令状の名前が変わっただけではない。
  • 旧制度は、保管者などに命じて必要な電磁的記録を記録媒体に記録・印刷させ、その記録媒体を差し押さえる処分だった(解説書・改正前)。現行の提供命令は、記録媒体に記録・移転させて提出させる方法のほか、電気通信回線を通じて捜査機関側の記録媒体に記録・移転させる方法も定める(1号)。
  • 電子データの差押えは今もある:記録媒体の差押えに代えて、他の記録媒体に複写・印刷・移転して差し押さえる()/電子計算機につながった記録媒体から複写して差し押さえる()。
  • 令状()には、提供命令のときは「提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法」を書く。
電子データの取り方中身条文
差押え記録媒体を差し押さえる/それに代えて複写等をした媒体を差し押さえる
つながった記録媒体から複写して差し押さえる
電磁的記録提供命令保管する者・利用権限を有する者に提供させる・
×にされやすい形
  • 「電子データを取得する処分は、電磁的記録提供命令だけになった」(差押えも残る)
  • 電磁的記録提供命令を、記録命令付差押えの呼び名を変えただけ、とする形(代わりに置かれた別の処分)

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#37単独ページ動画

捜索・差押え②令状の記載と裁判官の審査

問い:裁判官は捜索差押許可状を出すとき何を審査し、令状に何をどこまで書かせるか。被疑者以外の者の場所や集合住宅では何が変わるか。

骨組み

  1. 1必要性も審査する(昭44決定):「必要があるとき」→ 準抗告(捜査機関の差押処分に対する不服申立て)を受けた裁判所は差押えの必要性も審査できる。犯罪の態様・軽重、証拠としての価値・重要性、隠滅毀損のおそれ、被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに必要がないときにまで是認する理由はない。令状請求の段階でも裁判官は必要性を審査する(解説書)
  2. 2令状は罪名だけ():令状に書くのは罪名・差し押さえるべき物・捜索すべき場所など。犯罪事実の要旨は記載事項でない=書かなくてよい(請求書と逮捕状には書く)。理由=捜査の秘密・被疑者等の名誉の保護
  3. 3罪名の記載の程度(昭33決定):は場所と物の明示まで(正当な理由の明示までは求めない)→ 罪名に適用法条(=罰条)は不要(の解釈)。罪名「地方公務員法違反」の令状を適法とした(講義解説はここから、特別法犯は法令名で足りるとする)
  4. 4物の明示と概括的な記載(昭33決定):「本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件」も、具体的な例示に附加され、被疑事件に関係があり例示の物件に準じる物を指すことが明らかなら明示に欠けない。本件の場所の記載も明示に欠けない
  5. 5令状主義からの限定と実務(解説書):概括的な記載をするにしても、記載は可能な限り特定すべき。実務は、弊害がなければ罰条・被疑事実を記載する(令状に「請求書記載のとおり」と書き請求書を添付)
  6. 6被疑者以外の者への捜索(・・):被疑者本人は「必要があるとき」/被疑者以外の者は「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」のある場合に限る
  7. 7集合住宅(「各別の令状」):令状は管理権ごとに要る(解説書) → 部屋ごとに令状

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。昭33決定=最大決昭33・7・29、昭44決定=最決昭44・3・18。

昭33決定は1つの決定で3点を判断した:①罪名に適用法条は要らない(項目3)②捜索すべき場所の記載は明示に欠けない ③例示に附加された概括的な記載も物の明示に欠けない(項目4)。

1必要性の審査(昭44決定)判例学説

  • 刑訴法二一八条一項によると、検察官もしくは検察事務官または司法警察職員は「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」に差押をすることができるのであるから、検察官等のした差押に関する処分に対して、同法四三〇条の規定により不服の申立を受けた裁判所は、差押の必要性の有無についても審査することができるものと解するのが相当である。
    …差押物が証拠物または没収すべき物と思料されるものである場合においては、差押の必要性が認められることが多いであろう。
    しかし、差押物が右のようなものである場合であつても、犯罪の態様、軽重、差押物の証拠としての価値、重要性、差押物が隠滅毀損されるおそれの有無、差押によつて受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情に照らし明らかに差押の必要がないと認められるときにまで、差押を是認しなければならない理由はない。
  • 判例の場面は準抗告():準抗告を受けた原裁判所が差押処分を取り消し、検察官が最高裁に抗告した。最高裁は抗告を抗告理由に当たらないとして棄却し、必要性の判示はその理由の括弧書きの中で述べた。述べたのは差押えの必要性。
  • 解説書:裁判官は令状請求の段階でも「正当な理由」の1つとして必要性を審査する。必要性=捜査の必要だけでなく、比例原則に基づき被処分者の不利益と権衡していること。対象が被疑者以外の者なら特に注意が要る。
  • 令状裁判官が発付しないのは明白に必要性がない場合に限られる、というのは解説書の推論(判例が「明らかに」と限定したこと・必要性の判断が流動的で難しいことから)。判例が令状発付の基準として示したものではない。

事件に関係する帳簿でも、写しが十分に取られていて、原本を持ち去ると相手の営業が止まるような場合 → 不利益の程度・証拠価値の要素が「明らかに必要がない」側に動く。

×にされやすい形
  • 「差押物が証拠物と思料される以上、裁判所は差押えの必要性を審査できない」
  • 「判例は、令状を出す裁判官は明らかに必要がないときに限り請求を却下できる、と判示した」(判例は準抗告を受けた裁判所の審査について述べた)
  • 「令状審査での必要性の判断は、比例原則とは関係がない」(解説書は比例原則に基づく権衡と説明する)

2令状の記載事項と「罪名だけ」の理由条文学説

  • :令状には被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、有効期間、発付の年月日などを書き、裁判官が記名押印する。有効期間は原則7日(刑訴規則300条。相当と認めるときは7日を超える期間も定められる)。
  • 請求書(捜査機関が裁判官に出す・刑訴規則155条1項4号)には「罪名及び犯罪事実の要旨」を書く。犯罪について令状に書くのは罪名だけで、犯罪事実の要旨は記載事項でない(書くことが禁じられているのではない=項目5の実務)。
  • 理由(解説書):捜索・差押えは捜査の初期段階に多く、被疑者以外の者に対して行われることもある → 捜査の秘密と被疑者等の名誉を守るため。ただし常に不要と考えてよいかは議論がある(項目5)。
  • 令状は処分を受ける者に示す(・で準用)。第三者の家を捜索するなら、その第三者に令状が示される。
  • 逮捕状との違いは条文がそう分けている:逮捕状は「被疑事実の要旨」を書く()。憲法も、逮捕の令状には「理由となつてゐる犯罪を明示」を求め()、捜索・押収の令状には場所と物の明示を求める()。
罪名犯罪(被疑)事実の要旨根拠
捜索差押許可状の請求書書く書く刑訴規則155条1項4号
捜索差押許可状書く記載事項でない
逮捕状書く書く

被疑者Bの友人C宅を捜索する令状に「Bが他人の家から指輪を盗んだ」と書けば、令状を示されるCに、捜査の中身とBの容疑が知られる → だから令状には、犯罪については罪名だけを書くことにしてある。

出題捜索差押許可状には、犯罪事実の要旨を記載しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「捜索差押許可状には、犯罪事実の要旨を記載しなければならない」(司法H20-28-ウ)
  • 「逮捕状も捜索差押許可状も、罪名と被疑事実の要旨の両方を記載する」
  • 「請求書も罪名だけを記載すれば足りる」

3罪名の記載の程度(昭33決定①)判例学説

  • 憲法三五条は、捜索、押収については、その令状に、捜索する場所及び押収する物を明示することを要求しているにとどまり、その令状が正当な理由に基いて発せられたことを明示することまでは要求していないものと解すべきである。
    されば、捜索差押許可状に被疑事件の罪名を、適用法条を示して記載することは憲法の要求するところでなく、搜索する場所及び押収する物以外の記載事項はすべて刑訴法の規定するところに委ねられており、刑訴二一九条一項により右許可状に罪名を記載するに当つては、適用法条まで示す必要はないものと解する。
  • 事案の令状の罪名欄は「地方公務員法違反」だけで、適用法条は書かれていなかった → 適法。講義解説はここから、特別法犯は法令名で足りる、とする(決定自体は「適用法条まで示す必要はない」まで)。
  • 適用法条(=罰条)が要らない理由は2段:の要求ではない/の「罪名」も適用法条まで示す必要はない(219条1項の解釈)。
  • 講義解説は、刑法犯なら「殺人罪」「窃盗罪」のような構成要件ごとの一般的な名前で足りる、とする。

「覚醒剤取締法違反」とだけ書き、所持・使用・譲渡のどの条文かを書かない令状でも、罪名の記載として足りる。

出題特別法違反の罪については、被疑事件を特定するため、罪名のほか罰条又は犯罪事実を記載しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「特別法違反の罪は、罪名のほか、罰条又は犯罪事実を記載しなければならない」(司法H23-24-エ)
  • 「令状に罰条を書かないとに反する」

4物の明示と概括的な記載(昭33決定②③)判例

  • そして本件許可状における捜索すべき場所の記載は、憲法三五条の要求する捜索する場所の明示として欠くるところはないと認められ、また、本件許可状に記載された「本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件」とは、「会議議事録、斗争日誌、指令、通達類、連絡文書、報告書、メモ」と記載された具体的な例示に附加されたものであつて、同許可状に記載された地方公務員法違反被疑事件に関係があり、且つ右例示の物件に準じられるような闘争関係の文書、物件を指すことが明らかであるから、同許可状が物の明示に欠くるところがあるということもできない。
  • 概括的な部分は独立した白紙の指示ではなく、例示に付け加えられたものと読む → 被疑事件との関係と、例示の種類の両方で絞られる。
  • 解説書:「犯罪事実を証すべき物一切」のような記載は極めて包括的で許されない。一方、あまり厳密な特定を求めると捜索・差押えの実施に支障が出る。
  • この決定は記載の明示を判断したもの。令状を持って現場に入り、実際にどこまで持ち去ってよいか(執行の範囲)は判断していない。
概括的な記載の読み方(判例の要件ではない)具体的な例示に附加されたものか例示を並べたあとに続く記載か明示を欠く「犯罪事実を証すべき物一切」型いいえはい例示の物件に準じる物を指すと明らかか令状記載の被疑事件に関係があり、かつ例示に準じる明示を欠く方向いいえはい物の明示に欠けない昭33決定の結論
紫の枠は昭33決定の言葉。決定はこれを2段の要件として並べたのではなく、本件の記載をこう読んで明示に欠けないとした。右上は解説書の例、右下は判例・解説書の言葉ではなく、決定の読み方から引いた整理(例示から何に準じるかが読み取れなければ、明示を欠く方向に動く)。

例示を全部消して「差し押さえるべき物:本件犯罪事実を証明する物一切」とだけ書く → 物の明示を欠く。例示があっても、1つだけで何に準じるかが読み取れなければ、明示を欠く方向に動く(判例・解説書の言葉ではなく、決定の読み方からの整理)。

×にされやすい形
  • 「『本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件』という記載は、例示の有無にかかわらず物の明示を欠く」
  • 「昭33決定が判断したのは、概括的な記載の点だけである」(罰条・場所の記載も判断した)

5令状主義からの限定と実務の手当て学説

  • 一般的な理解(解説書):罰条・被疑事実を必ず書かせると捜査の秘密・名誉を損なうおそれがあり、捜査の初期段階で厳格な特定を求めると証拠の確保が難しい → 概括的な記載もやむをえない。
  • もっとも(令状主義の趣旨から):記載は可能な限り特定すべき。「本件」が何かが令状から分からなければ、目的物と被疑事実との関連性も不明確になる。書かない理由が秘密・名誉への配慮なら、配慮が要らない場合は書いてよいはず。
  • 実務:概括的な記載をするときは、弊害がなければ罰条・被疑事実を記載して「本件」を特定する。例=令状に「請求書記載のとおり」と書き、犯罪事実の要旨の入った請求書を添付する。
  • 解説書の見解:第三者への捜索では書くことの弊害が大きい。被疑者への捜索なら罰条・被疑事実を書いても差し支えない場合が多い。

これは判例の結論への反対説ではない。判例の結論(概括的な記載も明示に欠けない・罰条は要らない)を前提に、令状主義の趣旨からどこまで特定するかの運用の話。

6被疑者以外の者への捜索条文

  • :裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。
  • :被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。
  • がを捜査機関の捜索に準用する。222条1項に読み替えの明文は無く、準用先の「被告人」を捜査段階では「被疑者」と読む。
  • 差の理由(解説書):被疑者本人の場所には押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があると推定してよい、という趣旨。推定にすぎないので、審査でそれが破れれば発付すべきでない。被疑者以外の者には推定が働かない → 存在を認めるに足りる状況を積極的に疎明させる。
  • 請求の段階:被疑者以外の者の身体・物・住居等の捜索令状を請求するには、差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければならない(刑訴規則156条3項)。疎明は一応確からしいという心証を持たせる程度で足り、確信までは要らない。
被疑者本人の場所被疑者以外の者の場所
要件必要があるとき押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限る
根拠(で準用)(で準用)
物がある見込みあると推定してよい(破れれば発付すべきでない)推定が働かない
求められる疎明刑訴規則156条3項の資料提供の定めは無い存在を認めるに足りる状況を示す資料の提供(刑訴規則156条3項)

B(被疑者)の友人C宅:CがBから荷物を預かったところを見たという供述など、盗品がC宅に持ち込まれたことをうかがわせる具体的な事情 → 状況が認められやすい方向。「BとCが親しい」というだけ → 足りない。

出題被疑者以外の者の身体・物・住居その他の場所は、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索できる(○)

×にされやすい形
  • 「被疑者以外の者の住居も、必要があるときは捜索できる」(要件を1項の「必要があるとき」にすり替える)
  • 「被疑者本人の住居の捜索にも、被疑者以外の者の場合と同じく、差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況を示す資料の提供が要る」

7集合住宅と各別の令状条文学説

  • :捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。
  • 解説書:捜索を受ける場所の管理権ごとに令状が要ると考えられている。理由=捜索は財産的権利・私的領域に侵入されない権利を侵害し、その侵害は管理権ごとに生じる。
  • 集合住宅は部屋ごとに令状が要る。同じ管理権の範囲なら1通の令状で足りる。

アパート301号室の令状で、隣の302号室や下の203号室に「ついでに」入ることはできない → 別の人の管理権だから、別の令状が要る。

×にされやすい形
  • 「同じ建物の中なら、1通の令状で他の部屋も捜索できる」

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#38単独ページ動画

捜索・差押え③「場所」の令状が及ぶ範囲

問い:「場所」の捜索差押許可状で、そこにある物、居合わせた人の持ち物や身体、捜索の途中で届いた荷物まで捜索できるか。

骨組み

  1. 1場所の特定の基準(講義解説):の明示 → 住居権・管理権の個数で特定(1つの管理権=1つの場所)。集合住宅は号室まで/一軒家の家族は世帯主方で1つ/独立して暮らす下宿人の鍵付き個室は別
  2. 2場所の令状で物も(解説書=一般的な理解):条文は身体・物・場所を書き分けるが、裁判官が1つの管理権の範囲で事前に審査したと認められるなら → 同一の管理権が及ぶ範囲(敷地・付属建物・そこにある物)に及ぶ。タンス・机・金庫も捜索できる
  3. 3敷地の中と外:被疑者方の敷地内の自動車=その令状で捜索できる/敷地外に停めた自動車=別に令状が要る
  4. 4同居人が携帯していたバッグ(平6決定):被疑者(内妻A)と同居する被告人が携帯するボストンバッグ → 場所の令状で捜索できる(「右のような事実関係の下においては」・理由は示さない)
  5. 5所持品の学説:同一の管理権が及ぶ限り、居合わせた者が携帯・所持していても捜索できる。(解説書が同居人の事案に当てはめた検討)同居人の物は、その人個人の物と一見して明らかでない限り管理権が及ぶ
  6. 6居合わせた者の身体:場所の令状では当然には許されない。有力説=捜索場所にあった差押目的物を所持していると認めるに足りる状況があれば「必要な処分」(→前段)として必要かつ相当な範囲で
  7. 7執行中に配達された物(平19決定):令状呈示後に配達され被疑者が受領した荷物も捜索できる(理由は示さない)。学説=裁判官は有効期間中の正当な理由を判断したと考えられる(有効期間は原則7日)→ 呈示時に対象は固定されない
場所の令状で捜索中に出会った対象居合わせた人の身体か所持品(物)と身体は分けて考える当然には不可有力説=必要な処分として(項目6)はいいいえ(物)令状の場所と同じ管理権が及ぶか敷地・付属建物・そこにある物。携帯・所持されていても別に令状が要る敷地外の自動車などいいえはいその令状で捜索できる金庫・敷地内の自動車・同居人のバッグ・受領した荷物
緑の枠は学説(解説書)の整理。判例(平6・平19)は結論だけを示し、この図のような理由は述べていない。来客の持ち物について、判例も解説書も結論を書いていない。

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。平6決定=最決平6・9・8、平19決定=最決平19・2・8。

学説(解説書)の整理では、決め手が管理権(同一の管理権が及ぶか)になるのは「物」まで(項目2・3・5、項目7の学説)。身体(項目6)は別の基準。判例(項目4・7)は結論だけで理由を示していない。

判決文の「被告人」は、のちに起訴された人。平6決定では被疑者Aとは別の同居人、平19決定では捜索された本人(被疑者)。

1場所の特定の基準学説

  • :令状は「捜索する場所及び押収する物を明示する」もの。
  • 講義解説:明示を求めるのは、無関係な場所にまで捜索が広がるのを防ぎ、住居権(プライバシー)・管理権を守るため → 特定の基準は住居権・管理権の個数(1つの管理権が及ぶ範囲ごとに1つの場所)。
  • 集合住宅:建物名だけでは全部の部屋の管理権を巻き込み、特定として足りない → 号室まで書く。
  • 一軒家に家族が同居 → 世帯主方として1つの令状で足りる。鍵付きの個室で独立して暮らす下宿人がいれば、その個室は別の管理権 → 原則として別に特定する。
  • この基準の出どころは講義解説(解説書の結論とは矛盾しない)。
×にされやすい形
  • 「アパートの建物名だけを書いた令状で、全部の部屋を捜索できる」

2「場所」の令状は、そこにある「物」にも及ぶ条文学説

  • 条文は対象を書き分ける:「被告人の身体、物又は住居その他の場所」(で捜査機関に準用)。令状にも「捜索すべき場所、身体若しくは物」を書く()。
  • 問題:それなら「場所」の令状で、そこにある「物」は捜索できないのでは。
  • 解説書(一般に考えられている理解):裁判官が1つの管理権の範囲で捜索・差押えをしてよいと事前に審査したと認められるのであれば、その同一の管理権が及ぶ敷地内・付属建物・そこにある物も捜索できる。
  • 例:洋服タンス・机・金庫は、場所の令状で捜索できる。

被疑者の一軒家の令状で、寝室の鍵の掛かった机の引き出しを開ける → 机は家の管理権の中にある物なので、別の令状は要らない。

出題会社事務所を捜索すべき場所とする令状では、事務所にある金庫内は捜索できない(×)

×にされやすい形
  • 「事務所を捜索すべき場所とする令状では、事務所内の金庫の中は捜索できない」(予備H23-16-オ)
  • 「場所の中にある物を捜索するには、物を対象とする令状が別に要る」

3敷地の中と外学説

  • 被疑者方の敷地内に停めた自動車は、同じ管理権の中の「物」→ 被疑者方の令状で車内まで捜索できる。
  • 敷地外に停めた自動車は、被疑者方の管理権の外 → 自動車を対象とする令状が別に要る。
  • 決め手は持ち主ではなく、令状の場所と同じ管理権の中にあるか。
被疑者方(一戸建て)の令状その令状で捜索
門の内側の駐車スペースの自動車できる
同じ自動車を家の前の道路に停めた別に令状が要る

出題甲方の捜索中、甲方の敷地内にある甲所有の自動車の車内を捜索すること(正答:1=許される)

×にされやすい形
  • 「敷地内の自動車は『物』なので、被疑者方の令状では捜索できない」
  • 「被疑者の所有物なら、どこにあっても被疑者方の令状で捜索できる」

4同居人が携帯していたバッグ(平6決定)判例

  1. 被疑者は被告人の内妻A(内縁の妻)(覚せい剤取締法違反)
  2. 捜索場所=A及び被告人が居住するマンションの居室とする令状
  3. 執行の際、同室に居た被告人(被疑者でない同居人)が携帯するボストンバッグの中を捜索
  • …被告人の内妻であったAに対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき、同女及び被告人が居住するマンションの居室を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受け
    …同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって、右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人が携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当である
    …
  • 結論だけで、理由は示していない。
  • 判断したのは、被疑者と同居する者が携帯していた物について。来客・無関係の第三者の持ち物については何も述べていない。
×にされやすい形
  • 「判例は、居合わせた者の所持品には部屋の管理権が及ぶから捜索できる、と理由を示した」
  • 「判例は、居合わせた者であれば来客の持ち物も捜索できるとした」/「来客の持ち物は捜索できないとした」(どちらも判断していない)
  • 「判例は、バッグを携帯していた被疑者本人について判断した」(携帯していたのは被疑者でない同居人)

5所持品の学説と同居人の物学説

  • 問題の所在:居合わせた者の所持品・身体を捜索するなら、各別の令状(対象ごとに別の令状=。刑訴法はこれを受けて身体・物・場所を書き分ける)が要るのではないか。
  • 学説は所持品(物)と身体を分ける。所持品=床に置かれている物と同じく、同一の管理権が及ぶ限り、居合わせた者が携帯・所持していても捜索できる(身体は項目6)。
  • 解説書の検討(同居人の事案への当てはめ):同居人の物は、その人個人の物と一見して明らかでない限り、被疑者の管理権も及ぶ → 捜索できる。
  • 「一見して明らかでない限り」は、同居人の事案に当てはめた検討の言葉で、学説の一般論の言葉ではない。
  • 来客・通りがかりの人の持ち物に部屋の管理権が及ぶかは、判例も解説書も結論を書いていない(学説が示すのは「管理権が及ぶ限り」という基準まで)。

同居の家族が床に置いていたリュック → その人だけの物と一目で分からなければ、部屋の管理権の中の物として捜索できる(解説書の検討の基準)。

×にされやすい形
  • 「居合わせた者が手に持っている物は、場所の令状では捜索できない」(学説は、管理権が及ぶ限り携帯していても可とする)

6居合わせた者の身体条文学説

  • 身体は、場所の令状では当然には許されない(物と違い、人身の自由が別にかかる)。
  • ただ、一切許されないとすると、目的物を身体に隠されたときに対処できない。
  • 有力な見解:居合わせた者が捜索場所にあった差押目的物を所持していると認めるに足りる状況があれば、捜索・差押えの「必要な処分」(前段・で準用)として、妨害を排除し原状を回復して捜索・差押えを完遂するため必要かつ相当な範囲で身体を捜索できる。
  • 前段:差押状又は捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる。
所持品(物)身体
場所の令状で同一の管理権が及ぶ限り捜索できる当然には許されない
許される道管理権の範囲の物として所持と認めるに足りる状況 → 必要な処分(必要かつ相当な範囲)=有力説

差し押さえるべき物を覚醒剤・注射器等とする令状で捜索中、居合わせた人が捜索場所にあった注射器をとっさに上着の内側へ入れたのを捜査員が見た → 所持していると認めるに足りる状況あり → 必要かつ相当な範囲で身体を捜索できる(有力説)。隠す様子もなく居合わせただけの人のポケットを探る → 有力説の要件を欠き、場所の令状では許されない。

×にされやすい形
  • 「場所の令状があれば、居合わせた者の身体も当然に捜索できる」
  • 「居合わせた者の身体は、どんな場合でも場所の令状では捜索できない」(有力説からは誤り=必要な処分としての道を認める)

7執行中に配達された物(平19決定)判例学説

  1. 捜索場所=被告人方居室等、差し押さえるべき物=覚せい剤等とする令状
  2. 被告人立会いの下で居室を捜索中、宅配便の配達員が被告人あての荷物を配達
  3. 被告人が受領した荷物を警察官が開封 → 覚せい剤
  4. 覚せい剤所持罪で現行犯逮捕、逮捕の現場で差押え(争点は令状による開封=捜索の部分)
  • 所論は,上記許可状の効力は令状呈示後に搬入された物品には及ばない旨主張するが,警察官は,このような荷物についても上記許可状に基づき捜索できるものと解するのが相当であるから,この点に関する原判断は結論において正当である。
  • 争点は、令状を呈示した時点(処分を受ける者に令状を示した時点=・で準用)で捜索の対象が固まるか。判例は結論だけで、理由は示していない。
  • 学説は一般に判例の結論を支持:あとから搬入された物でも、管理権が及ぶ物と認められる限り、新たな管理権の侵害はない。裁判官は有効期間中の「正当な理由」を判断したものと考えられ、有効期間は原則7日(刑訴規則300条。相当と認めるときは7日を超える期間も定められる)→ 呈示した時点で目的物が固定されるとみる理由はない。
  • 解説書の検討:受領すれば管理権が及ぶ。受け取りを拒むなどで管理権が及ばなければ、新たな令状で宅配業者等から押収する必要があろう(判例の判断ではない)。
捜索中に届いた被疑者あての荷物その令状で捜索出どころ
被疑者が受領したできる平19決定
受け取りを拒み、配達員が持ち帰った新たな令状で宅配業者等から押収することになろう解説書の検討(判例は判断していない)

出題甲方の捜索中、甲あてに配達され立会人の甲が受領した荷物を捜索すること(正答:1=許される)

出題令状の効力は呈示後に搬入された物品には及ばないから、甲が受領した宅配便の荷物は甲の承諾なく開封できない(×)

出題許可状の効力は呈示後に甲宅に搬入された物品には及ばないから、小包の開封は違法である(×)

出題令状で差し押さえられる物は、令状審査の時点で捜索場所に存在していた物に限られる(×)

×にされやすい形
  • 「令状の効力は呈示後に搬入された物品には及ばない」(司法H23-24-ア・予備R6-22-オ)
  • 「差し押さえられるのは、令状審査の時点で捜索場所にあった物に限られる」(予備R2-16-エ)
  • 「受け取りを拒んだ荷物には新たな令状が要る、と判例が判断した」(判例は受領した荷物の場面だけ)

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#39単独ページ動画

捜索・差押え③執行の方法と必要な処分

問い:捜索差押許可状は、誰に・いつ示し、どこまでの実力で開け、誰を立ち会わせ、何時に執行できるか。

骨組み

  1. 1提示(・):令状は処分を受ける者に示す。閲読を拒まれたらそのまま着手してよい(解説書)。不在なら示さずに着手できる(多数説)
  2. 2呈示の時期(平14決定):条文に時期の定めは無い。着手前の呈示が原則。短時間で破棄隠匿されるおそれがあった「前記事情の下」で、入室直後の呈示を適法とした
  3. 3必要な処分(前段・):「錠を外し、封を開き」は例示(合鍵・錠前屋・車を止める等も)。押収物にもできる=新たな令状は要らない
  4. 4マスターキーで入室(平14決定):実効性の確保に必要で社会通念上相当な態様 → 必要な処分として許容。これを比例原則(侵害の程度と必要性の権衡)と読むのは学説
  5. 5破壊と偽計(解説書):鍵・ガラス戸の破壊も許される場合があるが、必要性が特に大きいときに限る。偽計は一般に、強制力の行使より侵害が小さい
  6. 6立会人(・):住居等=住居主・看守者・代わるべき者 → できなければ隣人・地方公共団体の職員。立会人なしは違法。女子の身体の捜索=成年の女子(急速なら不要)
  7. 7被疑者・弁護人(・):捜査機関の捜索では、被疑者は立ち会わせることができるだけ。は準用されない → どちらも立会権なし
  8. 8出入禁止():執行中は何人に対しても(居住者・家族も)許可なく出入りすることを禁止できる
  9. 9夜間(・・):夜間執行の記載が無ければ日出前・日没後に住居等へ入れない。日没前に着手すれば継続できる。の場所は制限なし

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。平14決定=最一小決平14・10・4。令状を見せることを、条文は「示す」、解説書は「提示」、平14決定は「呈示」と書く(同じこと)。1〜5は解釈で決まる所(判例・学説)、6〜9は条文で決まる作法。

捜査機関の捜索・差押えには、裁判所の条文がの項ごとに振り分けて準用される(短答はこの振り分けを問う)。

の項中身(この回に関わる所の抜粋)
(提示)・前段及び2項(必要な処分)・(出入禁止)・(立会人)・(女子の身体)などを準用
・(夜間)を準用(1項ではない)
必要があるときは被疑者を立ち会わせることができる
(逮捕する場合に、令状なしで住居等に入って被疑者を捜索する等)で被疑者を捜索する場合に急速を要するときは、(住居等の立会人)によらなくてよい
どこにも無い(検察官・被告人・弁護人の立会い、執行日時の事前通知)

1令状の提示条文学説

  • :差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない。捜査機関の捜索・差押えにはで準用。執行するのは検察官・検察事務官・司法警察職員()。
  • 趣旨:平14決定は、呈示は「手続の公正を担保するとともに、処分を受ける者の人権に配慮する趣旨」に出たものと述べた(項目2の引用)。
  • 示す相手:講義解説は、その場所を直接支配する者(住居なら住人、会社なら責任者)と説明する。所有者本人でなくてもよい(下の出題)。
  • 閲読の拒絶(解説書):相手方が令状を見るのを拒んだら、そのまま執行に着手してよい。
  • 不在のとき(学説):は立ち会わせる者の条文で、令状を示す相手を定めていない。提示は憲法上の令状主義そのものの要請ではなく、対象者が不在なら提示しないで着手できる、とするのが多数説(解説書の紹介)。「代わるべき者」や立会人がいれば、その者に提示する(同)。
  • 立会人とのつながり:住居等で執行するときは、不在でも立会人はで必ず置く(項目6)。多数説は、その場にいる「代わるべき者」や立会人に令状を提示するとする。示す相手を決めているのはではなく、この解釈。
  • どの場面も、令状を持っていることが前提(不在・閲読拒絶のほか、項目2の入室直後の呈示も、持っている令状を示す時期の問題)。令状を所持しないため示せない場合に、急速を要すれば要旨と令状が発せられている旨を告げて執行できる規定は、勾引状・勾留状()と、それを準用する逮捕状()にあるが、捜索差押許可状には無い(の準用にも入っていない)。

住人が旅行中の家を捜索する → 示す相手がいなくても着手でき(多数説)、管理人など立会人がいればその人に示す。住人が「見ない」と顔を背けた → 示そうとして拒まれたら、そのまま捜索に入ってよい(解説書)。

出題在宅の妻に令状を呈示して差し押さえたが、物の所有者である甲に呈示していない以上、差押えは違法(×)

出題令状を所持せず示せないとき、急速を要すれば被疑事実の要旨と令状発付の旨を告げて捜索差押えができる(×)

×にされやすい形
  • 「物の所有者本人に令状を示していない以上、差押えは違法」(司法H25-24-ア)
  • 「令状を所持していなくても、急速を要するときは、発付されている旨などを告げて捜索差押えができる」(予備H27-17-オ)
  • 「不在のときは令状を示せないので、捜索に着手できない」(多数説は着手できる)
  • 「が、不在のとき令状を示す相手(代わるべき者)を定めている」(は立会人の条文)

2呈示の時期(平14決定)判例

  • にも、それを準用するにも、時期の定めは無い。
  1. 覚せい剤取締法違反被疑事件。被疑者が宿泊するホテル客室の捜索差押許可状を、在室時に執行することにした
  2. 執行の動きを察知されれば、覚せい剤事犯の前科もある被疑者が、覚せい剤を洗面所に流すなど短時間のうちに破棄隠匿するおそれ
  3. ホテルの支配人からマスターキーを借り受ける
  4. 来意を告げることなく、施錠されたドアをマスターキーで開けて入室
  5. その後直ちに令状を呈示し、捜索・差押えを実施
  • また,同法222条1項,110条による捜索差押許可状の呈示は,手続の公正を担保するとともに,処分を受ける者の人権に配慮する趣旨に出たものであるから,令状の執行に着手する前の呈示を原則とすべきであるが,前記事情の下においては,警察官らが令状の執行に着手して入室した上その直後に呈示を行うことは,法意にもとるものではなく,捜索差押えの実効性を確保するためにやむを得ないところであって,適法というべきである。
  • 判例は「前記事情の下においては」と述べた=この事案についての判断で、直後の呈示が許される一般の要件を立てた形ではない。例外を「証拠隠滅のおそれがあり、実効性の確保のためやむを得ないとき」と一般化するのは講義解説・学説の整理。
  • 過去問は、この事情(短時間で破棄隠匿されるおそれ・実効性の確保のためやむを得ない)を一般的な形にした肢を、判例に照らして○としている(予備R1-15-イ)。
捜索差押許可状の執行(110条・222条1項)処分を受ける者がその場にいるか不在のときは提示の相手がいない示さずに着手できる多数説。代わるべき者・立会人がいればその者に示すいいえはい示そうとしたが閲読を拒んだかそのまま着手してよい解説書はいいいえ前記事情があるか察知されれば短時間で破棄隠匿されるおそれ(平14決定の事案)入室直後の呈示も適法平14決定(事例の判断)はいいいえ着手前に呈示する(原則)平14決定「原則とすべき」
紫の枠は平14決定、緑の枠は学説・解説書。判例は直後の呈示を「前記事情の下においては」と事例として認めたもので、要件の形で並べたのではない。3つの問いは時間の順ではなく、別々の場面(不在/閲読を拒まれた/破棄隠匿のおそれがある)を並べたもの。

盗品の家電を探す捜索で、隠滅の心配が特に無い → 呼び鈴を押して令状を示してから入る(原則どおり)。

出題短時間で破棄隠匿されるおそれがあり実効性の確保にやむを得ないときは、呈示せずに入った後直ちに呈示して捜索できる(○)

出題破棄隠匿のおそれがあっても、合い鍵で入室した後に初めて呈示するのは違法(×)

×にされやすい形
  • 「着手前に示さなければ、破棄隠匿のおそれがあっても違法」(司法H23-24-ウ)
  • 「判例は、着手後の呈示を原則とした」(原則は着手前のまま)

3「必要な処分」は例示から広がる条文学説

  • :差押状又は捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる。公判廷で差押え又は捜索をする場合も、同様とする。
  • が準用するのは前段及び2項(後段の公判廷の場面は捜査機関の執行に当たらない)。
  • 「錠を外し、封を開き」は例示(解説書):金庫を開ける、施錠された扉を開ける、信書を開封する、捜索のため走行中の車を止める、パソコン内のデータを表示・印刷する、合鍵で開ける、錠前屋を呼ぶ。
  • :前項の処分は、押収物についても、これをすることができる → 未現像フィルムの現像、記録媒体からデータを読み出す。新たな令状は要らない(解説書)。
  • 条文の文言は「錠を外し」。鍵を壊すことは書いていない(破壊は項目5)。

押収した USB メモリを署で開いて中身を読み出して確認する → 押収物についての必要な処分で、別の令状は要らない。

×にされやすい形
  • 「は、錠を壊すことを明文で認めている」(文言は「錠を外し」)
  • 「はをそのまま全部準用する」(前段だけ)
  • 「押収した記録媒体の中身を見るには、新たな令状が要る」

4マスターキーでの入室(平14決定)判例学説

  • 以上のような事実関係の下においては,捜索差押許可状の呈示に先立って警察官らがホテル客室のドアをマスターキーで開けて入室した措置は,捜索差押えの実効性を確保するために必要であり,社会通念上相当な態様で行われていると認められるから,刑訴法222条1項,111条1項に基づく処分として許容される。
  • 判決が挙げた事情(「以上のような事実関係」):覚せい剤取締法違反被疑事件/被疑者が宿泊するホテル客室を在室時に執行/察知されれば、前科もある被疑者が覚せい剤を洗面所に流すなど短時間で破棄隠匿するおそれ/支配人からマスターキーを借り受けた/来意を告げずに施錠ドアを開けて入室/直ちに呈示。どの事情を相当の理由としたかを、判決は個別に述べていない。
  • 決定が言ったのは「必要」と「社会通念上相当な態様」まで。「比例原則」「他に手段がない」「より穏当な手段だから」とは言っていない。
  • 1つの決定で2つを判断した:①呈示の前にマスターキーで入室したことは必要な処分として許される(この項目)②呈示は入室直後でも適法(項目2)。
誰が何と言ったか
判例(平14決定)実効性を確保するために必要で、社会通念上相当な態様 → ・の処分として許容
学説(解説書が紹介)「社会通念上相当な態様」は、必要な処分の適否を比例原則で判断していることを示す → 適法には、対象者の権利・利益の侵害・制約の程度と処分の必要性が権衡していることが要る
解説書の著者の検討本件は適法(マスターキーで開ける行為は、侵害・制約の程度と必要性が権衡している)。他方で、いきなりドアを破壊して入室したような場合は、違法と判断される可能性が大きいだろう(破壊が違法に傾く理由は書かれていない)

同じホテルで、マスターキーを借りずにドアを破壊して入っていたら → 最高裁はこの場合について何も言っていない。違法とされる可能性が大きいと見ているのは解説書の著者。

×にされやすい形
  • 「最決平14は、比例原則によることを明示した」(判示は「必要」「社会通念上相当な態様」)
  • 「最決平14は、他に手段がないことを要件とした」
  • 「最決平14は、ドアを破壊して入っていれば違法だと述べた」(解説書の著者の検討)

5破壊と偽計学説

  • 破壊(解説書):鍵やガラス戸の破壊も「必要な処分」として許される場合がある。ただし比例原則に従い、捜査の必要性が特に大きいときに限る=例として、薬物など短時間で破棄隠匿されるおそれが大きく緊急で、破壊以外に方法が無い場合。
  • 破壊が許されうるのは「その他必要な処分」の解釈と比例原則からで、「錠を外し」の文言からではない。
  • 偽計(宅配便を装ってドアを開けさせる):解説書が紹介する裁判例(大阪高判平6・4・20)は、薬物犯罪のように容易に証拠隠滅の危険がある場合、隠滅工作の余地を与えず、できるだけ妨害を受けずに入って着手でき、処分を受ける者の権利を損なうことがなるべく少ない「社会的に相当な手段方法」をとることが要請されるとして、「必要な処分」として許容した。
  • 大阪高判の語は「社会的に相当な手段方法」。これを比例原則による判断と見るのは解説書。解説書は、一般的には、欺罔は強制力を行使するよりも権利・利益の侵害・制約の程度は小さいとする。
  • 項目4の「いきなり破壊なら違法の可能性大」は、平14決定の事案についての解説書の著者の検討。この項目の破壊の条件は、破壊一般が許される場合(必要性が特に大きく、破壊以外に方法が無い場合など)を述べたもので、別の文脈。
勝手口の錠を壊して入る許される方向違法に傾く方向
事件・差し押さえる物自宅で小分けしている大麻(薬物)脱税の帳簿
破棄隠匿のおそれ・緊急性短時間で捨てられるおそれが大きい急いで壊す必要が無い
ほかの方法入る方法がほかに無い立会いの管理人が合鍵で開けられる

表は解説書の破壊の条件(必要性が特に大きい・ほかに方法が無い)を当てはめた例。

×にされやすい形
  • 「鍵の破壊は『錠を外し』に当たるので、必要があればいつでも許される」
  • 「偽計で開けさせるのは、強制力を行使するよりも侵害が大きい」

6立会人と女子の身体条文

  • :公務所内で差押状又は捜索状の執行をするときは、その長又はこれに代わるべき者に通知してその処分に立ち会わせなければならない。
  • :前項の規定による場合を除き、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内で差押状又は捜索状の執行をするときは、住居主若しくは看守者又はこれらの者に代わるべき者をこれに立ち会わせなければならない。これらの者を立ち会わせることができないときは、隣人又は地方公共団体の職員を立ち会わせなければならない。
  • 「代わるべき者」=住居主等が不在・立会いを拒んだときの、その同居人や管理人等(解説書)。それもできなければ隣人や地方公共団体の職員(消防署員など)。
  • 立会人なしで執行すれば違法(解説書)。趣旨=執行を受ける者の権利の保護と執行の公正。
  • の例外(急速ならによらない)は、により令状なしに被疑者を捜索する場面(1号。令状不要は同条3項)だけ。捜索差押許可状による捜索では、の住居等の立会人を省く例外は無い。
  • :女子の身体について捜索状の執行をする場合には、成年の女子をこれに立ち会わせなければならない。但し、急速を要する場合は、この限りでない。趣旨(解説書)=捜索に乗じた不当な性的行為の防止と、羞恥心・不快感の軽減。
  • 解説書が紹介する裁判例(東京高判平30・2・23):女性警察官が捜索するなら、別に成年の女子を立ち会わせなくてよい。
場所・対象立ち会わせる者根拠
公務所長又は代わるべき者(通知して)
住居・看守する邸宅等住居主・看守者・代わるべき者 → できなければ隣人・地方公共団体の職員
女子の身体成年の女子(急速を要する場合は除く)

単身者の部屋で本人が入院中 → 代わるべき者がいればその人を立ち会わせ、それもできなければ隣の住人か市の職員を立ち会わせる。誰も立ち会わないまま捜索 → 違法。

出題被疑者以外の者が一人で住むアパートの居室で、その者を立ち会わせられなければ、管理人を立ち会わせて捜索できる(○)

出題甲宅に誰も在宅していなくても、隣人を立会人として捜索できる(○)

出題甲宅に誰も在宅していなくても、立会人なくして捜索するのは違法(○)

×にされやすい形
  • 「誰も在宅していなければ、立会人なしで捜索してよい」
  • 「女子の身体の捜索には、急速を要する場合でも必ず成年の女子を立ち会わせる」

7被疑者・弁護人に立会権は無い条文

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、の規定により差押え、捜索又は検証をするについて必要があるときは、被疑者をこれに立ち会わせることができる → 捜査機関の判断。被疑者に立会権はない(解説書)。
  • :検察官、被告人又は弁護人は、差押状又は捜索状の執行に立ち会うことができる。ただし、身体の拘束を受けている被告人は、この限りでない。
  • :差押状又は捜索状の執行をする者は、あらかじめ、執行の日時及び場所を前項の規定により立ち会うことができる者に通知しなければならない。ただし、これらの者があらかじめ裁判所に立ち会わない意思を明示した場合及び急速を要する場合は、この限りでない。→ 通知の相手は検察官・被告人・弁護人。
  • はの準用の列挙に入っていない → 捜査機関の捜索では弁護人に立会権はない。求められても、必ず立ち会わせなければならないわけではない(解説書)。条文が無いのではなく、準用されていない。
  • 裁判所が行う捜索・差押え(起訴後)では、どおり弁護人は立ち会うことができる。
  • 講義解説は、弁護人の立会いを認めない理由として捜査の密行性を挙げる。
裁判所の捜索・差押え捜査機関の捜索・差押え
弁護人立ち会うことができる()立会権なし(は準用されない)
被告人/被疑者被告人は立ち会うことができる(身体拘束中を除く・)被疑者は、必要なとき立ち会わせることができるだけ()
執行日時の事前通知要る(・例外あり)準用されない

出題被疑者の住居の捜索では、同居の妻が立ち会っても、被疑者を立ち会わせなければならない(×)

出題被疑者以外の者の住居の捜索では、あらかじめその者に執行の日時を通知しなければならない(×)

出題捜査機関が令状で被疑者方を捜索するとき、弁護人は執行に立ち会う権利がある(×)

出題警察官が捜索許可状で被疑者方を捜索する場合、弁護人は立会いを求めることができる(×)

出題公訴提起後に捜査機関が捜索差押えを行う場合、必ず弁護人を立ち会わせなければならない(×)

出題弁護人は、起訴後、裁判所が行う捜索差押えに立ち会うことができる(○)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、捜査機関の捜索差押えに立ち会う権利がある」(予備R1-18-ア・予備R5-19-イ・予備R6-16-オ)
  • 「被疑者の住居を捜索するときは、被疑者を必ず立ち会わせる」(予備H23-16-ア)
  • 「捜査機関は、あらかじめ執行の日時を通知しなければならない」(予備H23-16-イ)
  • 「弁護人は、裁判所の捜索差押えにも立ち会えない」(で立ち会える=予備H30-18-イ)

8出入禁止条文

  • :差押状又は捜索状の執行中は、何人に対しても、許可を得ないでその場所に出入りすることを禁止することができる。居住者であってもよい(解説書)。
  • :前項の禁止に従わない者は、これを退去させ、又は執行が終わるまでこれに看守者を付することができる。

捜索中に家主の妻が買い物から帰ってきた → 家族でも、許可なく入るのを止められる。

出題捜索の実施中、被疑者の家族(同居の親族)に対し、許可なく出入りすることを禁止できる(○)

出題居住者であっても、許可を得ないで住居に立ち入ろうとしたら制止できる(○)

出題同居の母は居住者だから、許可なく立ち入るのを禁止するのは違法(×)

×にされやすい形
  • 「居住者や家族の立入りを禁止するのは違法」(予備R6-22-イ)

9夜間の執行条文

  • :日出前、日没後には、令状に夜間でも執行することができる旨の記載がなければ、差押状又は捜索状の執行のため、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入ることはできない。
  • :日没前に差押状又は捜索状の執行に着手したときは、日没後でも、その処分を継続することができる。
  • (要約):①賭博、富くじ又は風俗を害する行為に常用されるものと認められる場所 ②旅館、飲食店その他夜間でも公衆が出入りすることができる場所(公開した時間内に限る)では、の制限によらなくてよい。
  • 捜査機関の執行にはで準用(1項ではない)。急速を要する場合の例外は無い。
日出前・日没後に住居等へ入れるか結論
令状に夜間執行の記載あり入れる
記載なし・日没前に着手済み継続できる()
記載なし・の場所(旅館・飲食店は公開時間内)入れる
記載なし・急速を要する入れない

午後4時に着手した捜索が日没後まで続いた → 夜間の記載が無くても続けてよい。営業中の深夜のバーなら、着手そのものも夜にできる。

出題夜間執行の記載が無くても、日没前に着手したときは日没後も処分を継続できる(○)

出題夜間執行の記載が無いので、日没前に始めた捜索を日没後に継続するのは違法(×)

出題急速を要するときは、夜間執行の記載が無くても日没後に住居に入り捜索できる(×)

×にされやすい形
  • 「急速を要するときは、夜間執行の記載が無くても日没後に住居に入れる」(予備R1-15-ウ)
  • 「記載が無ければ、日没前に始めた捜索も日没で打ち切る」(予備R6-22-エ)
  • 「・はで準用される」(3項)

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#40単独ページ動画

捜索・差押え④関連性と報道機関の取材資料

問い:令状で捜索中に見つけた物を、差し押さえてよいか。別の罪の証拠にもなる物、軽い別件の令状で見つけた物、報道機関の取材テープではどうか。

骨組み

  1. 1物差しの位置:の「正当な理由」の中に、差押目的物と被疑事実の関連性と、差押えの必要性(解釈の物差し=条文の文言ではない)。の「差し押さえるべき物」は令状の記載事項
  2. 22つの禁止(最判昭51・11・18):①令状に明示されていない物の差押えは禁止 ②明示された物でも、専ら別罪の証拠に利用する目的での差押えは禁止。関連性は①の代わりにならない(まず記載の範囲内かを見る)
  3. 3昭51の1段目:恐喝の令状の「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」に、組の賭博を記録したメモが当たる=組の性格・組織的背景を示し、恐喝の証拠になる(原審=当たらない・違法・無罪)
  4. 4昭51の2段目:腕章・ハッピ・組員名簿等と一緒に押収 → 記載物の一部として差し押さえたと推認・専ら別罪目的の証跡なし → 適法(原判決破棄)
  5. 5関連性の範囲(解説書):罪体(間接事実を含む)か量刑上重要な情状に関連すれば足りる。別罪にだけ関連する物なら → 専ら別罪目的があったとして違法となろう。判例の結論には反対の学説も少なくない
  6. 6別件捜索・差押え(裁判例=広島高判昭56・11・26):軽微な別件の令状で捜索 → 通帳は任意提出 →「違法の疑いが強い」が重大な違法とまではいえない。必要性に乏しい捜索なら専ら別罪目的が肯定されうる、は解説書の評価
  7. 7報道機関・博多駅(最大決昭44・11・26=裁判所の提出命令):の押収拒絶権に報道機関は無い。報道の自由=の保障/取材の自由=21条の精神に照らし十分尊重に値いする → 比較衡量+不利益が必要な限度をこえない配慮
  8. 8捜査機関の差押え:最決平元・1・30(検察事務官)→ 最決平2・7・9(TBS・司法警察員)。「適正迅速な捜査」の必要性と報道機関の不利益を比較衡量 → どちらも編集・放映を終えた後の差押え(TBSはすべてマザーテープ・日本テレビも「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)=報道の機会は奪われない → 適法。TBSはさらに、協力者が放映を了承・犯行を撮り続けた取材
  9. 9学説の位置づけ:学説=比較衡量は「正当な理由」のうち差押えの必要性の審査。有力説=原則として証拠にしない。解説書=報道の機会そのものを奪えば違法の可能性が大きいであろう。判例=捜査機関の差押えの判例はいずれも放映を終えた後の差押えの事案

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文が出ます。短答は「判例の立場」を問うので、判例の言葉と解説書・学説の整理を混ぜない。「解説書」=このページが拠った基本書の著者の見解(学説一般をいう「学説」「有力説」とは分けて書く)。

令状で捜索中に見つけた物令状に明示された物に当たるか記載の趣旨と物の中身で判断。関連性は代わりにならない差し押さえられない新しい令状・任意提出いいえはい専ら別罪の証拠に利用する目的か一緒に押収した物などから推認違法はいいいえ適法
最判昭51の判断の順(1段目=令状の目的物に当たるか[項目3]→ 2段目=専ら別罪目的か[項目4])。この判断を「罪体か量刑上重要な情状に関連するか」で測るのは解説書の整理で、判決の言葉ではない(項目5)。

1物差しの位置:「正当な理由」と令状の記載条文学説

  • :押収は、の場合を除き、「正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状」がなければ許されない。
  • 「正当な理由」の中身=特定の犯罪の嫌疑/目的物が捜索場所にある蓋然性/目的物と被疑事実の関連性/捜索・差押えの必要性の4つ(解説書)。関連性・必要性は条文の文言ではなく、「正当な理由」を具体化する解釈の物差し。「正当な理由」は、裁判官が令状を出す段階で審査するもの。
  • :令状には、被疑者の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所などを記載する=令状の記載事項。
  • 令状を持って現場で目の前の物を差し押さえてよいかは、2つの別の問い:①令状に記載された物に当たるか ②(当たるとして)専ら別罪の証拠に利用する目的ではないか(最判昭51=項目2〜4)。関連性で①を置き換えることはできない。
×にされやすい形
  • 令状に記載されていない種類の物でも、被疑事実との関連性・必要性があれば「差し押さえるべき物」に当たる、とする形(記載の範囲内か〔「本件に関係ある…メモ等」なら被疑事件の証拠になるか〕をまず見る。関連性は記載の代わりにならない)

22つの禁止(最判昭51・11・18の一般論)判例条文

  • 憲法三五条一項及びこれを受けた刑訴法二一八条一項二一九条一項は、差押は差し押えるべき物を明示した令状によらなければすることができない旨を定めているが、その趣旨からすると、令状に明示されていない物の差押が禁止されるばかりでなく、捜査機関が専ら別罪の証拠に利用する目的で差押許可状に明示された物を差し押えることも禁止されるものというべきである。
  • 根拠条文:と、これを受けた・。
  • 順番は①が先:令状に明示されていない物は、被疑事実とどれだけ関連していても差し押さえられない。②は、①を通った物(明示された物)にさらにかかる禁止。
  • ①の中で被疑事件とのつながりを見ることはある:令状の記載が「本件に関係ある…メモ等」のように被疑事件との関係を含む書き方なら、記載に当たるかを決めるのに、その物が被疑事件の証拠になるかを見る(項目3)。これは記載の文言を読んでいるのであって、記載に無い種類の物を関連性で取り込むのではない。
  • 禁止の理由(令状主義):捜索・差押えの範囲を事前に限り、捜査機関の権限の逸脱・濫用を防ぐ(解説書)。

窃盗の令状に「指輪類」とだけ書いてある。机から、盗んだ指輪の売却先を書いたメモが出てきた → メモは「指輪類」ではない → この令状では差し押さえられない(窃盗との関連が強くても同じ)。新しい令状を取るか、任意提出(持ち主が自分から差し出した物を受け取ること)を求める。

×にされやすい形
  • 「令状に記載されていない物でも、被疑事実との関連性があれば差し押さえることができる」
  • 「令状に明示された物であれば、どのような目的で差し押さえても適法」

3昭51の1段目:メモは令状の目的物に当たるか判例学説

  1. 暴力団(判決では伏せ字のG)の若者頭補佐Eらが、拳銃を突きつけて県会議員から現金1,000万円を喝取した、という恐喝の被疑事件
  2. 令状の差し押さえるべき物=「本件に関係ある、一、暴力団を標章する状、バツチ、メモ等、二、拳銃、ハトロン紙包みの現金、三、銃砲刀剣類等」
  3. 組の事務所を捜索し、F名入りの腕章・ハッピ・組員名簿等と一緒に、メモ196枚を差し押さえた
  4. メモの写しが大阪府警に送られ、うち8枚に記録された賭博場開張・賭博で、被告人(Eとは別人)が起訴された
審級メモの差押え理由の要点
第一審—メモ写しなどを証拠に挙げ、賭博場開張・賭博で有罪
原審(大阪高裁)違法賭博特有のメモで恐喝との関係は認められず、「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」にも当たらない=令状に記載の無い物の差押え → 証拠から外し、無罪
最高裁適法令状の目的物に当たる(下の引用)。専ら別罪目的でもない(項目4)→ 原判決を破棄、控訴棄却(第一審の有罪が残る)
  • 右捜索差押許可状には、前記恐喝被疑事件に関係のある「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」が、差し押えるべき物のひとつとして記載されている。この記載物件は、右恐喝被疑事件が暴力団であるGに所属し又はこれと親交のある被疑者らによりその事実を背景として行われたというものであることを考慮するときは、Gの性格、被疑者らと同組との関係、事件の組織的背景などを解明するために必要な証拠として掲げられたものであることが、十分に認められる。
  • そして、本件メモ写しの原物であるメモには、Gの組員らによる常習的な賭博場開張の模様が克明に記録されており、これにより被疑者であるEと同組との関係を知りうるばかりでなく、Gの組織内容と暴力団的性格を知ることができ、右被疑事件の証拠となるものであると認められる。してみれば、右メモは前記許可状記載の差押の目的物にあたると解するのが、相当である。
  • つまり、メモ自体が組の性格・組織的背景を示す=恐喝の証拠になるから目的物に当たる。他のメモに紛れていたから、ではない。
  • 最高裁が「恐喝の証拠になるか」を見たのは、令状の記載自体が「本件に関係ある」(判決の言葉では「恐喝被疑事件に関係のある」)メモ等だから=記載の文言の読み方。記載に無い種類の物を関連性で足したのではない(項目2の①の中の判断)。
  • 解説書の当てはめ:組の組織的背景は恐喝の動機を立証する間接事実になりうるし、組織的な恐喝は情状も悪質。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、賭博のメモは恐喝と関係がなく令状の目的物に当たらないとした」(それは原審。最高裁は当たるとして破棄)
  • 暴力団関係のメモの中に賭博のメモが紛れていたから適法、とする形(メモ自体が組の性格・組織的背景を示し、恐喝の証拠になるから目的物に当たる)

4昭51の2段目:専ら別罪目的か判例

  • それは、別罪である賭博被疑事件の直接の証拠となるものではあるが、前記のとおり、同時に恐喝被疑事件の証拠となりうるものであり、F名入りの腕章・ハツピ、組員名簿等とともに差し押えられているから、同被疑事件に関係のある「暴力団を標章する状、バツチ、メモ等」の一部として差し押えられたものと推認することができ、記録を調査しても、捜査機関が専ら別罪である賭博被疑事件の証拠に利用する目的でこれを差し押えたとみるべき証跡は、存在しない。
  • 「推認」したのは差し押さえた目的(記載物の一部として押収したこと)。推認の土台は、組を示す物と一緒に押収されたこと。
  • 目的物に当たるかは推認ではない:記載の趣旨とメモの中身から「当たると解するのが、相当」と判断した(項目3)。
  • 一緒に押収されたのは腕章・ハッピ・組員名簿等。「バツチ」は令状の記載にある語。

もし組を示す物には手を付けず、賭博のメモだけを選んで持ち出していたら → 推認の土台が弱くなり、専ら別罪目的が疑われる方向に動く(どちらに転ぶかは言い切れない)。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、メモが令状の目的物に当たることを、腕章などと一緒に押収されたことから推認した」(推認したのは差し押さえた目的。目的物に当たるかは記載の趣旨とメモの中身で判断)
  • 別罪の直接の証拠になる物は、それだけで差し押さえられない、とする形(同時に被疑事件の証拠になりうれば、専ら別罪目的でない限り適法)

5関連性の範囲(解説書の整理)と評価学説

  • 判例の結論に反対する学説も少なくない:令状の範囲内でも、捜査機関が恣意的に関連性を判断して差し押さえることを許せば、捜索・差押えの範囲を制限して権限の逸脱・濫用を防ぐという令状主義の趣旨が損なわれる。
  • 判例を支える方向の理由:捜索・差押えは捜査の初期段階で行われることが多く、その時点で関連性の明確な物しか押収できないとすると、客観的証拠が集まらない(関連性は捜査の進展で変わる)。
  • 解説書の見解:関連性は、罪体(犯罪事実そのもの・間接事実を含む)か、量刑上重要な情状のどちらかに関連すれば肯定される、と考えれば、別罪の証拠になりうる物も適法に押収でき、実務もそう運用されている。
  • 逆に、どちらにも関連せず別罪にだけ関連する物なら、「専ら別罪の証拠に利用する目的」があったとして違法になろう(解説書)。
  • 物のつながりと「専ら別罪目的」の関係:被疑事件と関連があれば、後で別罪の証拠に使われても、専ら別罪目的とはいえず差押え自体は適法(解説書)。関連が無く別罪にだけ関連する物なら、上のとおり違法となろう(解説書)。
  • 罪体・情状の整理は解説書の見解で、判決の言葉ではない(判決に罪体・情状の語は無い)。また、これは令状に「メモ等」のように記載された物に当たる場面の話(項目2の①が先)。
窃盗の令状「本件に関係ある指輪類、メモ、帳簿等」で見つけたメモ関連する事実解説書の整理での結論
盗んだ指輪の売却先のメモ罪体差し押さえられる
盗品の転売で生計を立てていたと分かるメモ量刑上重要な情状差し押さえられる
記載の「メモ」には形の上で当たるが、窃盗とつながりが無いメモ(第三者どうしの薬物取引の記録)どちらにも関連しない(別罪だけ)専ら別罪目的=違法

令状が「指輪類」だけなら、3つとも記載された物に当たらず、この令状では差し押さえられない(項目2の例)。

×にされやすい形
  • 「最判昭51は、関連性は罪体または量刑上重要な情状に関する事実に関連すれば足りると判示した」(解説書の見解)
  • 関連性は罪体(犯罪事実そのもの)に関連する場合に限られる、とする形(解説書は量刑上重要な情状でもよいとする)

6別件捜索・差押え(裁判例:広島高判昭56・11・26)判例学説

  • 別件捜索・差押え=本当の狙いは別罪の証拠なのに、軽い別件で令状を取って捜索すること。
  • 事案(解説書の紹介による):捜索の必要性に乏しい軽微なモーターボート競走法違反事件を利用して令状を得て捜索 → 預金通帳を発見 → 任意提出を受けた → 業務上横領の証拠になり起訴。
  • 結論(同じく解説書の紹介):「違法の疑いが強い」としつつ、通帳は任意に提出されているので、重大な違法があるとまではいえない、とした。判決の言葉として確かなのは「違法の疑いが強い」だけ。
  • 「重大な違法」=違法な捜査で得た証拠を裁判から外すかどうかの物差し。違法があっても、重大な違法でなければ証拠から外されない(この事案は「違法の疑いが強い」が重大な違法ではない、の形)。
  • 解説書の評価:軽微な被疑事実による必要性に乏しい捜索・差押えで別罪の証拠を押収した場合には、「専ら別罪の証拠に利用する目的」が肯定されうることを示した事案と考えられる(裁判所がそう述べたとは書いていない)。
  • 学説:別件捜索・差押えとして独立に論じる必要はなく、被疑事実と差押目的物の関連性を判断すれば解決できる、とする見解もある。
  • 「必要性に乏しい」の意味:必要性は、犯罪の重さ・証拠の価値・隠滅のおそれと、捜索される側の不利益との釣り合いで見る。軽い事件のために家の中まで捜すのは、得られるものに比べて侵害が大きすぎる=釣り合わない、ということ。事件が軽いことは釣り合いを崩す事情の1つで、「軽い事件だから証拠の価値も小さい」という意味ではない(軽い事件でも決定的な証拠はありうる)。

もし令状の差し押さえるべき物に預金通帳も書かれていて、任意提出ではなくその令状で通帳を差し押さえていたら → 重大な違法を否定した事情(任意提出)が無くなり、証拠から外す方向に動く(結論は言い切れない)。令状に通帳の記載が無ければ、そもそも項目2の①でこの令状では差し押さえられない。

×にされやすい形
  • 広島高判の通帳を、令状の記載物の一部として差し押さえた物とする形(任意提出を受けた物)
  • 「広島高判は、必要性が乏しいので専ら別罪の証拠に利用する目的が推認されると判示した」(解説書の評価)

7報道機関と博多駅事件(最大決昭44・11・26)判例条文

  • :押収を拒めるのは、医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者(いずれも、その職に在った者を含む)が、業務上委託を受けて保管・所持する他人の秘密に関する物。報道機関は列挙に無い → だから報道の自由と公正な刑事裁判の調整の仕方が問題になる。
  • 対立する2つ:報道の自由・取材の自由()⇔ 公正な刑事裁判の実現(・=解説書)。
  • …事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない。
  • …報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない。
  • しかしながら、このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによつて受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない。
  • 事案:博多駅での機動隊等と学生の衝突の際の、機動隊員等の公務員職権乱用罪・特別公務員暴行陵虐罪をめぐる付審判請求事件。福岡地裁が、放映済みのものを含むテレビ局の取材フィルムに提出命令を出した(裁判所の処分。現行法で裁判所の提出命令を定めるのは)。
  • 提出命令と差押えの違い:提出命令=裁判所が、物の所有者・所持者・保管者に、その物の提出を命じる()。差押え=捜査機関が、令状に基づいて物を取り上げる(項目8)。
  • 当てはめ:事件から2年近くたち被疑者・被害者の特定すら困難、第三者の新たな証言は期待できない=中立的な立場で撮ったフィルムはほとんど必須。他方、すでに放映されたものを含む放映のために準備されたフィルムで、不利益は報道の自由そのものではなく将来の取材の自由が妨げられるおそれにとどまる。地裁は仮還付などで使用に支障が出ないよう配慮すると表明 → 提出命令はに違反しない(抗告棄却)。
×にされやすい形
  • 「博多駅事件は、捜査機関が取材フィルムを差し押さえた事件」(裁判所の提出命令・付審判請求事件)
  • 「報道機関は、取材源の秘密を理由に押収を拒むことができる」(の列挙に報道機関は無い)
  • 取材の自由も報道の自由と同じく「21条の保障のもと」にあるとした、とする形(取材の自由は「21条の精神に照らし、十分尊重に値いする」)

8捜査機関の差押え:日本テレビ(平元)とTBS(平2)判例

  • 最決平元・1・30(日本テレビ):検察官の請求で出た令状に基づき検察事務官が差し押さえた事案(検察事務官も、TBSの司法警察員も捜査機関。ポイントは裁判所ではないこと)。博多駅は裁判所の提出命令の事案だが、次のとおり両者に本質的な差は無いとした。
  • …国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するためには、適正迅速な捜査が不可欠の前提であり、報道の自由ないし取材の自由に対する制約の許否に関しては両者の間に本質的な差異がないことは多言を要しないところである。
  • 最決平2・7・9(TBS):司法警察員による差押え。博多駅の判示を引き、日本テレビ決定を参照として、比較衡量の基準を述べた(捜査機関の差押えに広げたのは日本テレビ決定が先)。
  • 公正な刑事裁判を実現するために不可欠である適正迅速な捜査の遂行という要請がある場合にも、同様に、取材の自由がある程度の制約を受ける場合があること、また、このような要請から報道機関の取材結果に対して差押をする場合において、差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである。
  • 言い回しの違い:博多駅=「性質、態様、軽重」「取材の自由が妨げられる程度」「報道の自由に及ぼす影響の度合」/日本テレビ・TBS=「性質、内容、軽重等」「報道の自由が妨げられる程度」「将来の取材の自由が受ける影響」。
博多駅(最大決昭44)日本テレビ(最決平元)TBS(最決平2)
誰の処分裁判所の提出命令検察事務官の差押え司法警察員の差押え
天秤の片側の要請公正な刑事裁判の実現適正迅速な捜査(公正な刑事裁判に不可欠の前提)
事件機動隊員等の職権乱用等(付審判請求事件)リクルート関連の贈賄(国民が関心を寄せた重大な事犯)暴力団組長らの傷害・暴力行為等処罰法違反(軽視できない悪質な事犯)
証拠としての価値特定すら困難で、ほとんど必須否認・記憶が曖昧。被疑者が未放映部分に弁明の裏付けがあると主張 → ほとんど不可欠供述が一致せず重要部分を確定し難い → 重要な証拠価値
報道機関の不利益すでに放映されたものを含む=報道の自由そのものではなく将来の取材の自由にとどまる編集を終え放映済み(「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)=将来の取材の自由にとどまる。取材経緯が証拠保全の依頼に基づく特殊なもの・検察官が事前に折衝下の3事情で小さい
結論提出命令はに違反しない(全員一致)適法(島谷反対意見)適法(奥野反対意見)
  • TBSで不利益が小さいとされた3事情:①すべてマザーテープだが、編集も放映も済み=報道の機会が奪われるのではない ②取材協力者(組長・組員)が放映を了承=身元を秘匿するなど守るべき利益はほとんど無い ③暴行が繰り返されるのを現認しながら撮影を続けた=その取材を保護する必要は「疑わしい」→ 将来同じ方法の取材が難しくなっても、さして考慮に値しない。
  • …本件差押により申立人の受ける不利益は、本件ビデオテープの放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなかった。
  • 奥野反対意見:日本テレビでは多数意見に加わったが、TBSでは違法とした(日本テレビほど重大でなく、供述も一部あり証拠の必要性が弱い。報道目的の取材で、保護すべき利益は格段に大きい)。

もし協力者が「顔と名前を出さない」約束で撮影に応じていたら → ②が逆になり、報道機関の側が重くなる(結論は言い切れない)。

×にされやすい形
  • 「TBS決定が初めて、比較衡量の枠組みを捜査機関による差押えに及ぼした」(先に日本テレビ決定=検察事務官による差押え)
  • 捜査機関による差押えは裁判所の提出命令と本質的に異なるので、博多駅の枠組みは使えない、とする形(日本テレビ決定は本質的な差異がないとした)

9比較衡量の位置づけと放映前の差押え判例学説

  • 学説は、この比較衡量を「正当な理由」のうち差押えの必要性として審査すべきものと考える。判決文はこの位置づけを述べていない(日本テレビ・TBSの「適正迅速な捜査を遂げるための必要性」は、天秤の片側の要素の言葉)。
  • さらに、報道機関の取材結果は原則として証拠とせず、公正な裁判・捜査の必要が報道機関の不利益を明らかに上回る場合に限って例外的に証拠にできる、とする立場が有力(判例の出発点ではない=判例は比較衡量)。
  • 解説書(有力説に続けて):特に報道の機会そのものを奪って報道の自由を害するような場合は、違法とされる可能性が大きいであろう(推測の形)。
  • 捜査機関の差押えの判例(日本テレビ・TBS)は、いずれも番組の放映を終えた後の差押えの事案(TBSはすべてマザーテープ・日本テレビも「すべて…マザーテープであるとしても」として判断・未放映部分を含む)で、「報道の機会は奪われない」を柱にした。博多駅も、すでに放映されたものを含む取材フィルムへの提出命令で、不利益は「将来の取材の自由にとどまる」とした。放映前に差し押さえて報道の機会そのものを奪う場合は判断していない。
  • …それが証拠として使用されることによつて報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまるものと解される

窃盗の一部始終を撮ったテレビ局の映像を、放映前に差し押さえる → 将来の取材だけでなく報道の機会そのものが奪われる → 判例の「不利益が小さい」理由の柱が欠け、解説書によれば違法とされる可能性が大きいであろう(報道の自由そのものへの不利益が加わる)。

×にされやすい形
  • 「判例は、報道機関への差押えの比較衡量を『正当な理由』のうち必要性の問題だと述べた」(そう位置づけるのは学説)
  • 「判例は、報道機関の取材結果は原則として証拠にできないとした」(有力説。判例は比較衡量)
  • 判例は、放映前で報道の機会そのものを奪う差押えも許されるとした、とする形(捜査機関の差押えの判例はいずれも放映を終えた後の差押えの事案)

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#41単独ページ動画

捜索・差押え⑤令状外の写真撮影と押収物の処分・押収拒絶権

問い:捜索差押許可状だけで、現場の写真をどこまで撮れるか。範囲を超えた撮影は争えるか。押収した物はその後どう扱われ、そもそも押収を拒めるのは誰か。

骨組み

  1. 1撮影の正体:写真撮影は検証としての性質(最決平2・6・27)→ 原則は検証許可状が要る(・補足意見)
  2. 2付随して撮れる2つの目的:①執行の適法性の担保(令状の呈示・実施状況・立会い)②証拠価値の保存(発見した場所・状態)→ 捜索差押許可状で撮れる(補足意見・学説)
  3. 3範囲を超えた撮影:令状に明記された物以外を撮る → 付随の検証ではない → 違法(補足意見・学説)。法廷意見は違法かどうかに触れていない
  4. 4準抗告できない(最決平2・6・27):撮影は検証の性質 → 「押収に関する処分」に当たらない → ネガ・写真の廃棄・引渡しを求める準抗告は不適法。違法かと争えるかは別の軸
  5. 5内容を撮る撮影:日記帳の内容を逐一撮るなど=実質的な押収として準抗告の対象とする考え方。補足意見 三が「考え方もあり得よう」と示し、学説ではそれが有力(解説書)。判例の事案は物の外形だけの撮影で、実質上の押収かを論じるまでもない(補足意見 四)
  6. 6押収物への必要な処分: → 未現像フィルムの現像・記録媒体の読み出しに新たな令状は要らない
  7. 7保管と処分:目録の交付()/運搬・保管に不便なら看守者を置くか、所有者等の承諾を得て代保管()/危険なら廃棄()/没収できる物で滅失・破損のおそれか保管に不便なら換価()
  8. 8還付:留置の必要がない → 還付しなければならない()=原則被押収者に(最決平2・4・20)/請求により仮還付できる()/贓物で被害者に還付すべき理由が明らか → 被害者還付()
  9. 9押収拒絶権():医師・弁護士・宗教の職に在る者など列挙の職業が、業務上委託を受けて持つ他人の秘密に関する物。ただし書=本人の承諾・権利の濫用・規則の事由
  10. 10捜査機関への準用():上の条文は捜査機関の押収にも準用。ただし司法巡査は〜の処分(換価・還付・仮還付・被害者還付)ができない

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。補足意見は判例の本体(法廷意見)と分けるため、学説の色で示します。

主語を分けて覚える。法廷意見=決定の理由として、裁判官全員一致の意見で主文(結論)を決めた部分。補足意見=それとは別に、個々の裁判官(ここでは藤島昭裁判官)が付け加えた意見で、決定の理由そのものではない。最決平2・6・27 の法廷意見が言ったのは「撮影は検証の性質 → 押収に関する処分でない → 準抗告は不適法」だけ。補足意見は一〜四に分かれ、原則の検証許可状・2つの目的(一)、範囲外は違法(二)、実質的な押収の考え方(三)、本件は外形だけの撮影(四)を述べる。これらは補足意見か学説で、法廷意見ではない。

1撮影の正体=検証判例条文

  • 事案(最決平2・6・27):捜索差押許可状に基づき司法警察員が申立人方の居室で捜索差押えをする際、許可状の「差し押えるべき物」に当たらない印鑑、ポケット・ティッシュペーパー、電動ひげそり機、洋服ダンス内の背広を撮影した。申立人がネガと写真の廃棄又は自分への引渡しを求めて準抗告をした。
  • 法廷意見:撮影は「それ自体としては検証としての性質を有する」(理由づけの続きは項目4)。
  • 補足意見 一:検証=五感の働きで物・場所・人等の存在・形状・作用等を認識する作用。写真撮影はその結果をフィルムに収録する行為。だから原則として令状が要る。
  • このような行為を捜査機関が行う場合には原則として令状を必要とする(刑訴法二一八条一項)。したがって、人の住居に立ち入って捜索差押許可状を執行するに際し、あわせてその現場において写真撮影を行うためには、原則として検証許可状が必要となる。
  • 捜索差押許可状は「捜索して差し押さえる」ための令状 → 見て記録する処分の権限は当然には入っていない。
  • 任意処分として許される撮影(公道で人の姿を撮る場合など)は別の問題(解説書は「任意処分として許容される場合を除き」と断る)。
×にされやすい形
  • 最高裁の法廷意見が「現場で写真を撮るには原則として検証許可状が要る」と述べた、とする形(それを書いたのは補足意見 一)

2付随して撮れる2つの目的(補足意見・学説)学説

  • 補足意見 一(後半):
  • 検証許可状を請求することなく、捜索差押手続の適法性を担保するためその執行状況を写真に撮影し、あるいは、差押物件の証拠価値を保存するため発見された場所、状態においてその物を写真に撮影することが、捜査の実務上一般的に行われている。このような撮影もまた検証と解されるべきものであるが、捜索差押に付随するため、捜索差押許可状により許容されている行為であると考えられる。
  • ①執行の適法性の担保=令状の呈示・捜索の実施状況・立会いの状況を撮る。②証拠価値の保存=証拠物を発見した時の状況・位置関係を撮る。解説書は、この2つは捜索・差押えに随伴するものとして捜索差押許可状で撮れると「一般に認められている」と書く。
  • 講義解説は、許される理由にもう1つ、住居内のプライバシーは令状で既に適法に制約されており、2つの目的の範囲の撮影はその程度を超えない(受忍限度の内)ことを挙げる。

押入れの奥の段ボールから覚醒剤の袋が出てきた → 動かす前に、袋がどう置かれていたかを撮る(②)。玄関で令状を示している場面・立会人がそばにいる場面を撮る(①)。どちらも捜索差押許可状だけで撮れる。

出題捜索差押えに付随する処分として、令状を立会人に示す状況・差し押さえるべき物の発見状況を撮影できる(○)

×にされやすい形
  • 「令状を立会人に示している状況を撮影するには、別に検証許可状が要る」
  • 「捜索差押許可状があれば、捜索の現場にある物は何でも撮影できる」
  • 2つの目的を、法廷意見(判例の本体)が示した、とする形

3範囲を超えた撮影は違法(補足意見・学説)学説

  • 補足意見 二:
  • これに対して、本件のように、捜索差押許可状に明記されている物件以外の物を撮影した場合には、捜索差押手続に付随した検証行為とはいえないので、本来は検証許可状を必要とするものであり、その令状なしに写真撮影したことは違法な検証行為といわざるを得ない
  • 解説書も、差し押さえるべき物に当たらない物の撮影は随伴とはいえず「違法と考えるのが一般」と書く。講義解説は、証拠と無関係に捜索場所をくまなく撮る・令状にない物をことさらに撮る、を違法の例に挙げる。
  • 法廷意見は、撮影が違法かどうかを判断していない(準抗告が不適法、とだけ言った)。
捜索差押えの現場での写真撮影2つの目的の範囲の撮影か執行の適法性の担保/発見した場所・状態の記録捜索差押許可状で撮れる付随する検証はいいいえ(令状にない物を撮る等)検証許可状があるか撮影は検証の性質=原則は令状が要る検証として撮れるはいいいえ違法な検証補足意見 二・解説書
撮影が適法か違法かの流れ(補足意見と学説の整理)。任意処分として許される撮影はこの図の外。違法と評価されても準抗告で争えるかは別の軸で、判例は準抗告を不適法とした(項目4)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、令状にない物の撮影を違法と判断した」(違法と明言したのは補足意見)

4準抗告はできない(最決平2・6・27)判例条文

  • の準抗告は、司法警察職員(司法警察員と司法巡査をまとめた呼び名・)がした押収などの処分に不服がある者が、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所に、その取消し・変更を求めるもの。
  • 右の写真撮影は、それ自体としては検証としての性質を有すると解されるから、刑訴法四三〇条二項の準抗告の対象となる「押収に関する処分」には当たらないというべきである。したがって、その撮影によって得られたネガ及び写真の廃棄又は申立人への引渡を求める準抗告を申し立てることは不適法であるとするのが相当であるから、これと同旨の原判断は正当である。
  • 補足意見 二も、検証にの準抗告の規定の適用が無いことは条文上明らかとする。違法な撮影でも、この点の準抗告は認められない。
  • 経緯:申立人の準抗告を東京地裁が棄却 → その決定に対する特別抗告()を最高裁が棄却(抗告の趣意は同条の抗告理由に当たらないとしたうえで、職権で、準抗告を不適法とした原判断を正当とした)。
  • 解説書は、判例の立場からは準抗告を(適法か違法かを判断する前に)「却下」するほかない、と理論上の扱いを書く。実際の東京地裁の決定は「準抗告棄却決定」で、最高裁の主文はその特別抗告を「棄却」した。
  • 公判でその写真が証拠として出されれば、違法収集証拠として排除される可能性がある(解説書)。解説書が書くのは「可能性」までで、排除が唯一の救済だとは書いていない。
軸令状にない物の撮影出どころ
撮影の評価違法補足意見 二・解説書(法廷意見は判断せず)
準抗告できない(不適法)法廷意見=検証の性質で「押収に関する処分」でない
公判で写真が出されたら排除される可能性解説書

出題令状の「差し押さえるべき物」に当たらない印鑑を撮影した場合、ネガ・写真の廃棄・引渡しを求める準抗告はできない(○)

×にされやすい形
  • 「違法な撮影なので、ネガ・写真の廃棄を求めて準抗告できる」
  • 「最高裁が準抗告を退けたのは、撮影が適法だったからである」(違法かどうかと争えるかは別)
  • 違法な撮影を争う道は公判での証拠排除だけ、と断定する形(解説書は排除の可能性までを書く)

5内容を撮る撮影(補足意見・有力説)学説

  • 補足意見 三:物の外形だけでなく、令状にない日記帳の内容を逐一撮影し、収賄先・献金先等を記したメモを撮影するなど、捜査の帰すうに重大な影響を及ぼしうる文書の内容等を検証許可状なしに撮った場合を考えると、準抗告の規定が無いからと容認するのは問題がある。
  • このような場合、実質的にみれば、捜査機関が日記帳又はメモを差し押さえてその内容を自由に検討できる状態に置いているのと同じであるから、写真撮影という手段によって実質的に日記帳又はメモが差し押さえられたものと観念し、これを「押収に関する処分」として刑訴法四三〇条の準抗告の対象とし、同法四二六条二項によりネガ及び写真の廃棄又は引渡を命ずることができるとする考え方もあり得よう。
  • 補足意見 四:
  • しかしながら、本件の写真撮影は、印鑑等四点の物の外形のみを撮影したものであって、右のような実質上の押収があったか否かを議論するまでもない事案であるから、刑訴法四三〇条の準抗告の対象とならないとした原決定の結論は相当である。
  • 補足意見 三は「考え方もあり得よう」と示しただけで、本件については四で「議論するまでもない」とした=補足意見もこの考え方を本件に当てはめてはいない。
  • 学説:撮影が実質的・価値的に見て差押えに等しい場合(対象外の日記帳・メモなど記載内容が重要な文書を逐一撮影したとき)は「押収に関する処分」に当たるとして準抗告を認める見解が有力(解説書)。
  • 批判は2つ:①どこからが実質的な押収かの線引きが難しい ②の趣旨は物の占有を奪われる財産上の不利益の保護で、占有を奪わない撮影は同視しにくい。

判例の事案で、撮ったのが背広ではなく、令状にない手帳のページを1枚ずつだったら → 違法という評価は変わらない(補足意見 二・解説書の見方)。準抗告は、法廷意見の文言では不適法の方向、補足意見 三が示した考え方・有力説では「押収に関する処分」として認める余地が出る方向(どちらとも言い切れない)。

過去問の肢(項目4の札)は「印鑑を写真撮影した」=物の外形の撮影。判例どおり準抗告はできない(○)。

×にされやすい形
  • 実質的な押収として準抗告を認める考え方を、法廷意見の立場とする形(法廷意見は触れていない。補足意見 三が「考え方もあり得よう」と示し、有力なのは学説)
  • 補足意見がこの考え方を採って本件の準抗告を認めた、とする形(四で、本件は外形だけの撮影なので論じるまでもないとした)

6押収物への必要な処分条文

  • :差押状・捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分ができる。
  • :前項の処分は、押収物についてもすることができる。
  • 押収してきた未現像フィルムの現像、記録媒体からのデータの読み出しなどは、押収物についての必要な処分(・)→ 新たな令状は要らない(解説書)。
  • 理由(解説書):押収物についての必要な処分としてが許している(捜査機関にはで準用)。
いつ・何に差押え・捜索の執行中に押収し終わった押収物に
例錠を外す・封を開く・現場でコンピュータのデータを画面に表示する・プリントアウトする未現像フィルムの現像・記録媒体からのデータ読み出し

出題写真フィルムを差し押さえるべき物とする令状で差し押さえた未現像フィルムを、警察署で現像することは許される(○)

×にされやすい形
  • 「差し押さえた未現像フィルムを現像するには、改めて令状(検証許可状など)が要る」

7押収物の保管と処分条文

  • :押収をしたら目録を作り、所有者・所持者・保管者又はこれらの者に代わるべき者に交付しなければならない。講義解説は、何を持っていかれたかを明らかにし、返還を求めやすくするため、と説明する。
  • :運搬又は保管に不便な押収物は、看守者を置くか、所有者その他の者に、その承諾を得て保管させることができる(代保管)。
  • :危険を生ずる虞がある押収物は廃棄できる。
  • :没収することができる押収物で、滅失若しくは破損の虞があるもの又は保管に不便なものは、売却して代価を保管できる(換価)。
  • 換価の要件は「滅失若しくは破損の虞」か「保管に不便」で、値下がりは条文の文言に出てこない。
処分条文要件決め手の語
目録の交付押収をした場合しなければならない
看守者・代保管運搬又は保管に不便代保管は承諾を得て
廃棄危険を生ずる虞できる
換価没収できる物で、滅失・破損の虞 又は 保管に不便売却して代価を保管

密漁で獲ったアワビ(犯罪で得た物=没収できる)が腐りそう → 売って代金を保管できる。押収したスマートフォンの新機種が出て値下がりしそう、という事情は、条文の挙げる「滅失・破損の虞」「保管に不便」のどちらの言葉にも出てこない。

×にされやすい形
  • 「運搬に不便な押収物は、所有者の承諾が無くても所有者に保管させることができる」
  • 「押収物は、没収できる物でなくても、滅失のおそれがあれば売却できる」

8還付・仮還付・被害者還付条文判例

  • 誰が返すか:・は「決定で」とあるとおり裁判所の押収の規定。で捜査機関の押収に準用され、捜査段階では検察官・検察事務官・司法警察員が還付する(司法巡査はできない=項目10)。
  • :押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない(義務)。「留置の必要がない」=もう証拠として使う予定も没収する予定もない状態。
  • :押収物は、所有者・所持者・保管者又は差出人の請求により、決定で仮に還付することができる(裁量)。
  • :押収した贓物で留置の必要がないものは、被害者に還付すべき理由が明らかなときに限り、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、決定で被害者に還付しなければならない。
  • 還付の相手(最決平2・4・20):還付は押収を解いて原状を回復すること → 原則として被押収者に返す(所有者とは限らない)。
  • 刑訴法二二二条の準用する同法一二三条一項にいう還付は、押収物について留置の必要がなくなった場合に、押収を解いて原状を回復することをいうから、被押収者が還付請求権を放棄するなどして原状を回復する必要がない場合又は被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に対してすべきであると解するのが相当である。
  • その事案:美術館長が保管していた国宝の梵鐘を司法警察員が差し押さえ、管理団体の京都府に仮還付。検察官は不起訴処分とともに、京都府に仮還付のまま本還付(仮でない、本来の還付)した → 被押収者でない京都府への還付は違法として取り消した。
  • 押収した物の還付に関する処分も準抗告の対象に挙がっている()。
還付仮還付被害者還付
条文
きっかけ留置の必要がない所有者等の請求(押収は続いたまま)贓物で留置の必要がない+被害者に還付すべき理由が明らか
義務かしなければならないできるしなければならない
相手原則被押収者(最決平2・4・20)条文は相手を書かず、請求できる者(所有者・所持者・保管者・差出人)を挙げる被害者

知人宅で押収した被疑者名義の通帳が不要になった → 原則として押収された知人に返す。押収した盗品の指輪が不要になり、被害者に返すべき理由が明らか → で被害者に返す。

出題任意提出物を領置した場合、提出者から還付を請求されると直ちに還付する必要がある(×)

領置()もの「押収」に入り、が準用される。還付の義務が生じるのは留置の必要がないとき。請求で動くのは仮還付で、それも「できる」。

×にされやすい形
  • 還付の義務を「請求されたら直ちに」に変える形(司法H25-24-オ)
  • 「押収物の還付は、押収物の所有者に対してする」(原則は被押収者)
  • 「仮還付は、請求があれば、しなければならない」

9押収拒絶権条文

  • 本文:医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため保管・所持する物で他人の秘密に関するものは、押収を拒むことができる。
  • ただし書(拒めない場合):①本人が承諾した場合 ②押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く) ③その他裁判所の規則で定める事由がある場合。
  • 報道機関(新聞記者など)は列挙に入っていない → 業務上の秘密を理由とする押収拒絶権は無い。
  • 公務員(又は公務員であった者)が保管・所持する物について、本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものだと申し立てたときは、監督官庁の承諾が無ければ押収できない()。衆参の議員(元議員を含む)はその院、国務大臣(元大臣を含む)は内閣の承諾()。承諾する側は、国の重大な利益を害する場合を除いて承諾を拒めない(ただし書・)。

弁護士が依頼者から預かった依頼者の日記 → 押収を拒める。依頼者本人が出してよいと承諾すれば拒めない。被告人自身のカルテを主治医が持っている → 被告人が本人なので、「被告人のためのみにする権利の濫用」を理由に拒絶を否定することはできない(ただし書の括弧書)→ 主治医は拒める。被告人本人が承諾すれば拒めない。

×にされやすい形
  • 「報道機関は、業務上の秘密に関する物について、により押収を拒むことができる」
  • 「秘密の本人が承諾しても、医師は押収を拒むことができる」

10捜査機関への準用条文

  • :からまで、前段及び2項、、及び2項、、から3項まで、などは、検察官・検察事務官・司法警察職員が・・によってする押収又は捜索に準用される → この回の条文は捜査機関の押収にも及ぶ。
  • (差押状を執行した者も代保管・廃棄ができる)は準用されていない。
  • ただし書:司法警察職員(司法警察員+司法巡査・)のうち司法巡査は、からまでに規定する処分(換価・還付・仮還付・被害者還付)をすることができない。
×にされやすい形
  • 「司法巡査も、留置の必要がない押収物を還付することができる」
  • 「の押収拒絶権は、裁判所の押収にだけ働き、捜査機関の押収には及ばない」

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#42単独ページ動画

捜索・差押え⑥データを差し押さえる4つの方法

問い:データ(電磁的記録)は有体物ではない。捜査機関は、どの条文のどの道具でデータを押さえるのか。

骨組み

題の「4つの方法」=平成23年改正で入った、リモートアクセス(2・3)・差押えに代わる処分(4)・協力要請(5)・通信履歴の保全要請(8)。このうち保全要請は押さえる道具ではなく、消させないための道具。残る電磁的記録提供命令(6)と秘密保持命令(7)は、令和7年改正で入った「相手に命じる」制度。

  1. 1前提():差押えの対象は有体物 → データそのものではなく記録媒体を差し押さえる。中身が外から見えない・目の前のPCに無い(クラウド)→ 平成23年改正で新しい処分
  2. 2リモートアクセス():差し押さえるPCに回線で接続した記録媒体から、①そのPCで作成・変更した記録 ②そのPCで変更・消去できることとされている記録を複写して、PCか他の媒体を差し押さえる。捜査機関の根拠はそのもの(裁判所は)
  3. 3リモートアクセスの令状と時期:令状に複写すべきものの範囲を記載()。差押えが終わった後のリモートアクセスは許されない、と解説書は説明する(横浜地判平28・3・17 を挙げる)
  4. 4差押えに代わる処分():媒体の差押えに代えて、複写・印刷・移転した他の媒体を差し押さえる。1号=自分で/2号=差押えを受ける者にさせて。前段が準用=捜査機関はどちらも使える
  5. 5協力要請():差押状・捜索状の執行者は、処分を受ける者に電子計算機の操作その他の必要な協力を求められる。法的義務はあるが罰則はない
  6. 6電磁的記録提供命令(・捜査機関はの令状):保管者・利用権限者に提供を命じる(回線経由も可)。違反には罰則()。令和7年改正前の記録命令付差押え(罰則なし)に代わる
  7. 7秘密保持命令():提供命令をするとき、裁判官の許可を受けて、1年を超えない期間、命令を受けたこと・提供したこと(しなかったこと)を漏らさないよう命じる。違反には罰則
  8. 8通信履歴の保全要請(〜5項):検察官・検察事務官・司法警察員が、事業者に通信履歴を消さないよう書面又は電磁的記録で求める。30日以内・延長しても通じて60日まで。条文に令状の定めは無い

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回はほぼ条文に書かれた要件の話。差押え後のリモートアクセスの可否(3)は解説書が裁判例を挙げて書く整理で、移転の意味(4)・協力要請の法的義務(5)・延長の回数(8)も解説書の説明です。

道具捜査機関の条文何をする令状・許可違反への罰則
リモートアクセス(4つの方法)接続先から複写して、PCか他の媒体を差し押さえる差押えの令状+複写すべき範囲の記載—
差押えに代わる処分(4つの方法)前段(で準用)複写・印刷・移転した他の媒体を差し押さえる(自分で/させて)差押状—
協力要請(4つの方法)前段(で準用)操作その他の必要な協力を求める差押状・捜索状の執行の場でなし(義務はある)
電磁的記録提供命令保管者・利用権限者に提供を命じる令状()あり()
秘密保持命令命令を受けたこと等を漏らさないよう命じる裁判官の許可あり()
通信履歴の保全要請(4つの方法)〜5項通信履歴を消さないよう求める条文に令状の定め無し規定なし

1前提:差押えの対象は有体物条文

  • (捜査機関にはで準用):差し押さえるのは「証拠物又は没収すべき物と思料するもの」=有体物。
  • データそのものは有体物ではないので差し押さえられない。USBメモリ・ハードディスクなどの記録媒体は有体物なので差し押さえられる。
  • それでも現場では困る:①外から見ても中身が分からず、「差し押さえるべき物」か判定できない ②クラウドの普及で、目の前のPCにデータが無いことがある。データは量も多い。
  • これに対応するため、平成23年改正で新しい処分が認められた(リモートアクセス・差押えに代わる処分・協力要請・保全要請。もう1つの記録命令付差押えは、現在は電磁的記録提供命令に置き換わっている)。
  • 条文は二本立て:裁判所がする押収・捜索のルールは以下(法律の前のほう)にまとめて書かれ、捜査機関の令状による処分は以下に置かれる。その裁判所向けのルールのうち捜査機関も使うものは、書き直さずにで借りてくる(=準用)。何が使えるかは、の一覧で確かめる。

2リモートアクセス条文

  • 差し押さえるべき物が電子計算機のとき、その電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体から、データをその電子計算機か他の記録媒体に複写した上、その電子計算機か他の記録媒体を差し押さえることができる。
  • 手を伸ばせる記録媒体は、次のどちらかの記録を保管するのに使われていると認めるに足りる状況にあるものだけ:①その電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録 ②その電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録。
  • ②は実際に使ったかではなく、できることになっているかで決まる。ネットワーク上の全データに無制約に及ぶのではない。
  • 趣旨(解説書):サーバごとに別々に差し押さえるのは煩雑で、データはすぐ移されて隠される → PCの差押えの範囲を、一体として使われている記録媒体まで広げた。
  • 捜査機関の根拠はそのもの。同じ内容の規定が、裁判所の差押えについてにも置かれている(主体が違うだけ)。がから準用するのはだけ=の準用ではない。

被疑者が自宅のPCからウェブメールにログインして送った勧誘メール(サーバにしか無い)→ ①そのPCで作成した記録=含まれる。被疑者のアカウントで書き換えられる共有フォルダ → 一度も開いていなくても②に当たりうる。同じクラウド上の、そのPCで作っておらず書き換える権限も無い他人のアルバム → 含まれない。

×にされやすい形
  • 捜査機関のリモートアクセスは、がを準用して認められる、とする形
  • ②を「そのPCで実際に使ったことのある記録」に限る形
  • 接続しているネットワーク上のデータなら全部複写できる、とする形

3リモートアクセスの令状と時期条文裁判例

  • の場合、令状には、通常の記載事項()のほか、差し押さえるべき電子計算機に回線で接続している記録媒体であって、その電磁的記録を複写すべきものの範囲を記載しなければならない。差し押さえるべき物の記載とは別に書く(例:アカウントで特定する=解説書)。
  • 時期(解説書):は、差押えに伴ってリモートアクセスし、複写してから差し押さえる処分と考えられる → 差押えが終わった後のリモートアクセスは許されないと考えられる、と解説書は説明する。差押え終了後は許されない、という点で、解説書は横浜地判平28・3・17 を挙げる(判決の内容は解説書の紹介による)。
  • 解説書はあわせて、検証として行う余地はある、と補っている。
差し押さえるPCに接続したサーバのデータ令状に複写すべき範囲の記載があるか219条2項複写できないいいえはい差押えが終わる前か解説書が紹介する裁判例218条2項ではできないいいえはいそのPCで作成・変更した記録か複写して差し押さえるはいいいえそのPCで変更・消去できることとされている記録か複写して差し押さえるはいいいえ対象外
上の2段が令状と時期、下の2段が218条2項の2つの類型。差押えの後の段は条文ではなく、解説書が裁判例を挙げて書く整理。検証として行う余地があることは解説書の補足。

差押許可状に「被疑者が使用するパソコン一式」とだけあり、複写すべき範囲の記載が無い → 現場でクラウドにメールがあると分かっても、の複写はできない。

出題リモートアクセスで複写して差し押さえるときは、令状に差し押さえるべき物とは別に複写すべきものの範囲を記載する必要はない(×)

×にされやすい形
  • リモートアクセスでは、令状に複写すべきものの範囲を記載する必要はない、とする形(司法H26-25-イ)
  • PCを押収した後、署に戻ってからでクラウドに接続して複写できる、とする形

4差押えに代わる処分条文

  • 差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体のとき、差押状の執行をする者は、その差押えに代えて次の処分をすることができる。
  • 1号:差し押さえるべき記録媒体のデータを他の記録媒体に複写し、印刷し、又は移転した上、当該他の記録媒体(移した先の媒体)を差し押さえる(自分で)。
  • 2号:差押えを受ける者に複写させ、印刷させ、又は移転させた上、当該他の記録媒体を差し押さえる(させて)。
  • 移転=複写して元のデータを消すこと(解説書)。
  • は「第前段」を準用。前段に1号も2号も含まれる=捜査機関はどちらも使える。外れる後段は「公判廷で差押えをする場合も、同様である」の一文だけ。
  • 条文は「することができる」。複写を先にする義務や「原則」は書かれていない。相手の協力が得られない場面との関係では、解説書は、協力が得られない場合でも、いきなり媒体を差し押さえるのではなく、関連データを特定して複写等をし、その媒体を差し押さえることができる、と説明する。

会社の業務用サーバ:丸ごと持っていけば業務が止まる → 関連フォルダだけを捜査官がUSBに複写して差し押さえる(1号)。社員に操作させて書き出させてもよい(2号)。サーバ自体は現場に残せる。

出題差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるとき、令状により差押えを実施する者は、差押えに代えて、差押えを受ける者に複写・印刷・移転させた上、当該他の記録媒体を差し押さえる権限がある(○)

×にされやすい形
  • 捜査機関が使えるのは自分で複写する1号だけで、相手にさせる2号は使えない、とする形
  • は複写を原則とし、記録媒体そのものの差押えは許されない、とする形(条文にそうは書かれていない)

5協力要請条文

  • 差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体のとき、差押状又は捜索状の執行をする者は、処分を受ける者に対し、電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる。
  • が「第前段」を準用=捜査機関も使える。
  • 技術や専門知識のある者の協力を求める制度。応じる法的義務はあるが、罰則はない(解説書)。現行法にも、の違反を罰する規定は無い。
  • 「義務はあるが罰則はない」の意味:パスワードを頑として教えなくても、それ自体を処罰する規定は無い。罰で応じさせる手段が無いので、相手が拒めば協力は得られない(解説書は、同じく罰則の無かった記録命令付差押えを「協力が得られない場合には、とることができない方法」と説明していた)。

差し押さえようとするパソコンにパスワード。協力を求められた者が操作を拒んだ → 協力すべき法的義務はある(解説書)が、拒んだこと自体を処罰する規定は無い。

出題差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるとき、令状により捜索又は差押えを実施する者は、処分を受ける者に電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる(○)

×にされやすい形
  • 協力要請に応じる法的義務はない(任意のお願い)、とする形
  • 協力を拒むと罰則がある、とする形(罰則があるのは提供命令・秘密保持命令の違反)

6電磁的記録提供命令条文

  • (裁判所):必要があるときは、電磁的記録提供命令=次の者に、次の方法で必要な電磁的記録を提供することを命ずる命令をすることができる。
  • 1号 保管する者:イ 記録媒体に記録させ又は移転させてその媒体を提出させる/ロ 電気通信回線を通じて、命令をする者の管理する記録媒体に記録させ又は移転させる。
  • 2号 利用する権限を有する者(保管者を除く):イ・ロの方法のうち、記録させるものに限る(移転はさせられない)。
  • 同条2項:提供させるべき電磁的記録と提供の方法を指定してする。
  • 捜査機関:=裁判官の発する令状により、差押え・捜索・電磁的記録提供命令・検証をすることができる。令状には「提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法」を書く()。
  • 罰則:正当な理由がなくの提供命令に違反した者は、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金(。法人等も罰金=同条2項)。裁判所の命令の違反も同じ刑()。
  • 差押えとの違い:は「自分で複写して差し押さえる」、提供命令は「相手に命じて提供させる」。協力要請とも違う=協力要請は差押え・捜索の現場での手助け(罰則なし)、提供命令はデータを出すこと自体を命じる(罰則あり)。
  • 第2号(相手に「させて」)とも違う:2号は、差押状の執行の場で、差押えを受ける者に複写等をさせ、移した先の記録媒体を捜査機関が差し押さえる(従わないことを罰する規定は無い)。提供命令は、令状により保管者・利用権限者に提供を命じる処分で、違反には罰則()。

クラウド事業者(保管する者)に、特定のアカウントのデータを回線を通じて提供するよう命じる(1号ロ)。正当な理由なく従わなければ、1年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金。一方、そのアカウントを利用する権限があるだけの者(2号)に命じられるのは「記録させる」方法だけで、移転はさせられない。

時系列:記録命令付差押え(旧制度)は平成23年改正で新設 → 令和7年改正(令和7年法律第39号・令和8年5月21日施行)で廃止され、電磁的記録提供命令()に置き換わった。

令和7年改正前:記録命令付差押え現行:電磁的記録提供命令
させること記録媒体に記録・印刷させる記録・移転させる(印刷は無い)
受け取り方その媒体を差し押さえる媒体を提出させる(イ)/回線を通じて受け取る(ロ)
違反への罰則なし → 協力が得られなければ使えない(解説書)あり()

平成の過去問には、改正前の記録命令付差押え(命じて記録・印刷させ、その媒体を差し押さえる)を前提にした肢がある(例:司法H26-25 のア・オ)。現行法では制度そのものが電磁的記録提供命令に置き換わっているので、その肢の文をそのまま現行法の知識として覚えない。なお、オの芯(その実施に被疑者・弁護人が立ち会う権利がある、とする点)は、現行法でも同じく誤り:は、立会いの規定()を準用していない。

×にされやすい形
  • 提供命令は罰則が無いので、協力的な相手にしか使えない、とする形(現行法では罰則がある)
  • 提供命令も協力要請と同じく、拒んでも罰則はない、とする形
  • 利用する権限を有するだけの者にも、データを移転させることを命じられる、とする形(記録させる方法に限る)

7秘密保持命令条文

  • 検察官・検察事務官・司法警察職員は、電磁的記録提供命令をする場合に、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、命令を受ける者に、1年を超えない期間を定めて、みだりに①提供命令を受けたこと ②提供を命じられた記録を提供し又は提供しなかつたことを漏らしてはならない旨を命ずることができる。
  • 司法警察職員=司法警察員と司法巡査()。命令は司法警察職員ができるが、許可の請求は司法警察員まで()。
  • 許可の請求は、令状の請求をする際に、検察官・検察事務官・司法警察員からする()。裁判官は令状にその旨と期間を書く()。必要がなくなれば取り消す()。
  • 違反には提供命令と同じ罰則()。
  • 条文は目的を書いていない。考えられるねらい:命令が来たことが被疑者側に漏れれば、証拠を隠されたり逃げられたりするおそれがある=気づかれずに進める必要(捜査の密行性)がある。
×にされやすい形
  • 秘密保持命令は捜査機関だけの判断で(裁判官の許可なく)できる、とする形
  • 期間を定めずに命じられる、とする形(1年を超えない期間を定める)

8通信履歴の保全要請〜5項条文

  • 主体:検察官、検察事務官又は司法警察員(司法巡査は入っていない)。
  • 目的:差押えをし、又は電磁的記録提供命令により提供させるため必要があるとき。
  • 相手:電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者、又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者(例:電話会社・プロバイダ、LANを設置している会社・大学=解説書)。
  • 対象:業務上記録している送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴のうち必要なものを特定して。通信の中身ではない。
  • 期間と方式:30日を超えない期間を定めて、消去しないよう、書面又は電磁的記録により求める。差押え等の必要がないと認めるに至ったら取り消さなければならない。
  • 延長():特に必要があるときは30日を超えない範囲で延長できる。ただし通じて60日を超えられない。延長の回数に制限は無い(解説書)。
  • :必要があるときは、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができる。
  • データを差し押さえる制度ではなく、消させない(時間を止める)だけ。条文に令状の定めは無い。実際に取るのは、後の差押えや提供命令。

30日で求め、20日延長、さらに10日延長 → 通じて60日でちょうど上限。それ以上は延ばせない。プロバイダに接続ログ(日時・接続元)の保全は求められるが、メールの本文は対象外(本文が要るなら差押え・提供命令で取りに行く)。

×にされやすい形
  • 司法巡査も保全要請ができる、とする形
  • メールの本文など通信の内容も保全させられる、とする形
  • 延長を含めて最長90日、とする形/延長は1回に限る、とする形
  • 保全要請は裁判官の令状が要る、とする形

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#43単独ページ動画

捜索・差押え⑦パソコンの中身を確認せず押収する要件

問い:パソコンや記録媒体を、中身を確認しないまま差し押さえてよいのはどんなときか。

骨組み

  1. 1出発点():差し押さえてよいのは被疑事実と関連する物だけ(「正当な理由」)。記録媒体は中身が見えず、現場で関連性をすぐ判断できない
  2. 2判例(最決平10・5・1):関連情報が記録されている蓋然性+その場で確認していたのでは情報を損壊される危険 → 内容を確認することなしに差し押さえることが許される
  3. 3判例の事案:パソコン1台・フロッピーディスク合計108枚。組織的関与の情報の蓋然性が高い+情報を瞬時に消去するソフトを開発しているとの情報 → 差押えを是認
  4. 4判例が言っていないこと:損壊の危険が無い場合は判断していない(2つがそろえば許される、とだけ言った)。「包括的差押え」(中身を確かめず媒体ごと差し押さえること)は判文に無い呼び名
  5. 5蓋然性で足りる見解(学説):関連性は蓋然性で足りる → ①損壊の危険 のほか ②確認に長時間 ③確認が技術的に困難 等でも包括的差押えを認める
  6. 6一時持ち出し説(学説):損壊の危険がある場面(判例の場面)も含めて①〜③では、「必要な処分」として一時的に持ち出し、確認してから関連する物だけ差し押さえ、他は返す=判例の「現場で確認せず差し押さえる」とは手順が違う。批判=持ち出した後は押収品目録の交付が無く(目録は「押収をした場合」)、持ち出した後の確認には立会いが確保されない
  7. 7蓋然性の手がかり(解説書の検討・判例ではない):ア 被疑事実の内容 イ 目的物の種類・形態 ウ 管理者と被疑事実のつながりの強さ 等=外から見える事情
  8. 8デジタル・フォレンジック(解説書):消したデータの復元/現場で開くと最終アクセス日時等が更新=損壊の危険に類する → 早急なコピー作成と還付の配慮
  9. 9立法課題:電磁的記録の措置が設けられても、膨大なデータから関連情報だけを分けて取り出すことは必ずしも十分にはできない、と解説書(令和7年改正前)はみる。GPS判決(最大判平29・3・15)が立法的な措置を望ましいとしたのはGPS捜査について

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の検討)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。判例が言ったのは「蓋然性+損壊の危険がそろえば、内容を確認せずに差し押さえてよい」の1文だけ。判例の2条件の外の扱いと、判例と違う手順をとる見解(項目5・6)は解説書が紹介する学説、蓋然性の3つの手がかり(項目7)とデジタル・フォレンジックの見方(項目8)は解説書の著者の検討で、どれも判例の言葉ではない。

1出発点:差し押さえてよいのは関連する物だけ条文

  • :令状は「正当な理由」に基づいて発せられる。その中身の1つが、差押目的物と被疑事実との関連性=差し押さえてよいのは被疑事実と関連する物だけ。
  • 紙の書類なら、現場でめくって読めば関連するかをその場で判定できる。
  • パソコン・フロッピーディスク等の電磁的記録媒体は、人の目でそのまま読めない(可読性・可視性が無い)。中身を見るには起動し、パスワードを外し、ファイルを1つずつ開く必要があり、時間がかかる → 現場で関連性をすぐに判断できない。
  • そこで問題:関連性を確かめないまま、媒体ごと差し押さえてよいか。

2判例の判示(最決平10・5・1)判例

  • 令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、
    そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、
    内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。
  • 「右」=今言った(前に出た)という意味。
  • 2つの条件:被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性(関係がありそうだという見込み)と、その場で確認していたのでは情報を損壊される危険。2つがそろえば、現場で中身を確認せずに媒体ごと差し押さえてよい。
  • 判例の結論は、関連性を確認しないまま、蓋然性の段階でその場で差し押さえるもの(持ち出して確認してから差し押さえる一時持ち出し説=項目6との違い)。

出題パソコンを差し押さえる際は、記録された電磁的記録の内容を必ず確認しなければならない(×)

出題パソコンに被疑事実に関する情報の蓋然性があり、その場で確認していたのでは情報を損壊される危険があるときは、内容を確認せずにパソコン自体を差し押さえることができる(○)

出題顧客リストが記録されている蓋然性があり、その場で確認していたのでは損壊の危険があると認められる場合は、内容を確認せずにパソコンを差し押さえることも許される(○)

×にされやすい形
  • 「パソコンを差し押さえる際は、内容を必ず確認しなければならない」(予備H27-17-イ)=判例は、2つの条件があれば確認なしで差し押さえてよいとした
  • 条件を1つにした形:「蓋然性があれば(損壊の危険が無くても)許されるとした」「損壊の危険があれば(蓋然性が無くても)許されるとした」

3判例の事案と結論判例

  • 被疑事実:自動車登録ファイルに自動車の使用の本拠地について不実の記録をさせ、備え付けさせた=電磁的公正証書原本不実記録・同供用。
  • 捜索差押許可状の差し押さえるべき物:「組織的犯行であることを明らかにするための磁気記録テープ、光磁気ディスク、フロッピーディスク、パソコン一式」等。
  • 司法警察職員がパソコン1台、フロッピーディスク合計108枚等を差し押さえた → その取消しを求めた準抗告が退けられ、特別抗告。
  • 差し押さえられたパソコン、フロッピーディスク等は、本件の組織的背景及び組織的関与を裏付ける情報が記録されている蓋然性が高いと認められた上、
    申立人らが記録された情報を瞬時に消去するコンピュータソフトを開発しているとの情報もあったことから、捜索差押えの現場で内容を確認することなく差し押さえられたものである。
  • 上は最高裁が引いた原決定の認定。前半が蓋然性、後半が損壊の危険の条件に当たる。判示の条件は「蓋然性」で、「蓋然性が高い」はこの事案の認定(条件として「高い」ことまで求めたのではない)。
  • したがって、前記のような事実関係の認められる本件において、差押え処分を是認した原決定は正当である。
  • 手続:抗告の趣意(憲法違反)は実質単なる法令違反で抗告理由に当たらないとしたうえで、「なお、所論にかんがみ、職権により判断する」として項目2の判断を示した。抗告棄却・裁判官全員一致。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、内容を確認せずに差し押さえた処分を違法とした」(差押え処分を是認した原決定を正当とした)

4判例が言っていないこと判例

  • 判示は「損壊される危険があるときは…許される」という形。2つがそろえば許される、と言っただけで、損壊の危険が無い場合にどうなるかは判断していない。
  • だから「危険が無ければ、その場で中身を確かめ、関係するデータだけを写し取る(・)ことになる」は判例の答えではない。は差押えに代えて写し取り等の処分を「することができる」という規定で、写し取りによらなければならないとは定めていない=「危険が無ければ写し取りによる」とは、条文からも判例からも言えない。
  • 危険が無い場面(確認に長時間かかる・技術的に確認が難しい等)をどう扱うかは、学説で分かれる(項目5・6)。なお一時持ち出し説は、危険がある判例の場面でも、持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえるという手順をとる(項目6)。
  • 「包括的差押え」(中身を確かめずに媒体ごとまとめて差し押さえること)は、判文に無い呼び名(学説などが使う)。
  • 蓋然性をどんな事情で判断するかも、判例は列挙していない(3つの手がかりは解説書の検討=項目7)。
中身を確認していないパソコン・記録媒体関連情報が記録されている蓋然性があるか被疑事実に関する情報判例の枠に入らないいいえはいその場で確認していたのでは情報を損壊される危険があるか内容を確認せず差し押さえてよい最決平10・5・1はいいいえ(判例は判断していない)見解で分かれる蓋然性で足りる見解=長時間・技術的困難等でも可/一時持ち出し説=持ち出して確認
紫の枠が判例の言葉。判例は2つがそろう場合に許されるとしただけで、下の「見解で分かれる」は判例の答えではない(項目5・6)。一時持ち出し説はこの下の場面だけの説ではなく、右の「差し押さえてよい」の場面(損壊の危険あり)でも、持ち出して確認してから関連する物だけ差し押さえるという手順をとる=判例とは手順が違う(項目6)。

消去ソフトの情報は無く、データは膨大で、現場で全部を見るには長い時間がかかる → 判例は直接答えていない。蓋然性で足りる見解(②長時間)なら蓋然性があれば差押え可、一時持ち出し説なら持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえる。ただし解説書は、現場でファイルを開くと最終アクセス日時等が更新されるおそれがあれば、それも損壊の危険に類するとみる(項目8)=事案によっては、判例と同じく内容を確認せずに差し押さえるべき場合がありうる(解説書)。

×にされやすい形
  • 「判例は、情報を損壊される危険が認められない場合には、内容を確認しない差押えは許されないとした」
  • 「判例は、危険が無い場合は、その場で確認して関係するデータだけを写し取る方法によらなければならないとした」

5蓋然性で足りる見解(判例を支持して広げる)学説

  • 関連性は、差押えの時点で客観的に確実である必要は無く、蓋然性があれば足りる → 判例の結論を支持する。
  • さらに、①情報を損壊される危険 のほか、②現場での確認に長時間を要する場合 ③確認が技術的に困難な場合 などでも、蓋然性がある限り包括的差押えを認めてよいとする。
  • 理由:捜索・差押えは捜査の初期に行われることが多い/関連性はその後の捜査の進展で変わりうる/確実な物しか押収できないと、客観的な証拠を確保しにくい。
  • 解説書は「学説には…見解がある」と紹介する(通説とは書いていない)。

6一時持ち出し説とその批判学説

  • 立場:損壊の危険がある場面(①=判例の場面)も含めて①〜③では、「必要な処分」として一時的に持ち出して確認し、関連する物だけを差し押さえ、そうでない物は返却すべきとする=判例が認めた「現場で確認せずに差し押さえる」とは手順が違う(判例の差押えを違法とするかまでは解説書は書いていない)。
  • 出発点:関連性をあまりに緩やかに認めると、差し押さえる範囲を絞って捜査機関の権限の逸脱・濫用を防ぐという令状主義の趣旨が失われかねない。
  • 中身:①〜③の場面では、「必要な処分」(・)として現場から一時的に持ち出し、早急に関連性を確認した上で、関連する物だけ差し押さえ、そうでない物は返す。
  • 「必要な処分」=差押状・捜索状の執行について「錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる」とする規定(。捜査機関にはで準用)。一時持ち出し説は、確認のための持ち出しをこの「必要な処分」として認める。
  • 長所:確認した上で差し押さえられる=関連性の確認を放棄しない。
  • 2つの手続の中身(条文):立会い=人の住居等で差押状・捜索状を執行するときは、住居主・看守者等を立ち会わせなければならない(・)。押収品目録=「押収をした場合」には目録を作り、所有者・所持者・保管者等に交付しなければならない(・)。どちらも手続的保障(解説書)。
  • 批判:持ち出した後には押収品目録の交付がされない(は「押収をした場合」に交付を求める)。持ち出した後の確認には立会いが確保されない。
判例蓋然性で足りる見解(学説)一時持ち出し説(学説)
使う場面蓋然性+損壊の危険(それ以外は判断していない)①損壊の危険 ②長時間 ③技術的困難 等①〜③(①=判例の場面も含む)
関連性蓋然性が認められれば、内容を確認せずに差し押さえてよい蓋然性で足りる確認してから
差し押さえる時点現場で(中身は未確認)現場で(中身は未確認)持ち出して確認した後、関連する物だけ
現場から運び出す根拠差押え差押え「必要な処分」
押収品目録差し押さえた=「押収をした場合」に当たる同左持ち出しの段階は押収でないので交付されない(批判)
立会い現場での差押えの執行に付く同左持ち出した後の確認には確保されない(批判)

同じパソコンを、判例の立場では現場で差し押さえる(その時点で押収)。一時持ち出し説では、まず「必要な処分」として持ち出し、確認後に関連する物だけを差し押さえる=持ち出しの段階では目録が出ない。

×にされやすい形
  • 判例を「持ち出して後で確認し、関連する物だけを差し押さえることを認めた」とする形(それは一時持ち出し説)
  • 「一時持ち出し説は、立会い・押収品目録の交付という手続保障を確保できる点に長所がある」(長所は確認した上で差し押さえられること。手続保障が無いことは批判の側)

7蓋然性の手がかり(解説書の検討)解説書

  • 判例の立場に立つと、蓋然性の有無をどう判断するかが問題になる。中身をまだ見ていないので、外から見える事情で判断するほかない、と解説書はみる。
  • 手がかり:ア 捜索・差押えの理由となっている被疑事実の内容 イ 差押目的物の種類・形態 ウ それを管理する者と被疑事実とのつながりの強さ 等(限定列挙ではない)。
  • 組織的犯行が疑われる事件では、組織の事務所に置かれた機器・記録媒体には組織的背景を明らかにする証拠があるのが通常 → 管理者の私物など明らかに関連性が無い物を除き、蓋然性を認めやすい。
  • 解説書は、自身の設問(最決平10・5・1をモデルにした、教団施設でパソコン1台とフロッピーディスク約100枚を内容を確認せずに差し押さえた事例。瞬時に消去するソフトを開発しているとの情報を得ていた)について、データが大量で確認に時間がかかる一方、消去が容易で隠滅のおそれも大きいことも挙げて、その差押えを適法と考える。

詐欺グループのアジトのサーバ・パソコン(被疑事実=組織的詐欺/組織の業務用の機器/管理者=グループ自身)→ 蓋然性を認めやすい。たまたま出入りしていた清掃業者が充電のために置いた私用のタブレットで、事件とも組織とも無関係と明らかなもの → 蓋然性は認められず、差押えの対象外。

×にされやすい形
  • 「判例は、蓋然性をア 被疑事実の内容 イ 目的物の種類・形態 ウ 管理者とのつながりの3点で判断すると判示した」(判例は2つの条件を述べただけ)

8デジタル・フォレンジック(解説書の検討)解説書

  • デジタル・フォレンジック=電子機器からデータを抜き出し・コピーし、人が読める形に変換し、その手順を正確に記録して後から検証できるようにする、データ解析の技術と手続(証拠能力・証明力を確保するため)。
  • 消去されたデータの復元ができる場合がある → 一見データが残っていない機器でも、差し押さえるべき場合がある。
  • 現場で中身を確認しようとファイルを開くと、最終アクセス日時等が自動的に更新され、元の状態が損なわれて証拠としての信用性が争われるおそれ → 解説書は、これも判例と類似の「情報を損壊される危険」とみる。
  • そのため、内容を確認せずに外から見える事情で蓋然性を認めて差し押さえる場面は増えると解説書は予想し、処分を受ける者の不利益が大きくならないよう、できる限り早急にデータのコピーを作成し、現物を早く還付する配慮が必要とする。
  • 条文の還付義務は、押収物で留置の必要がないものは還付しなければならない、というもの(・)。早く返す「配慮」は、この運用を急げという解説書の見方。
×にされやすい形
  • 「中身が空に見える記録媒体は、差し押さえる必要がない」(消去データを復元できる場合がある)

9立法課題条文判例

  • 電磁的記録の証拠収集のための措置(当時の記録命令付差押え(旧99条の2)・・・・・・の保全要請)が設けられたが、解説書(令和7年改正前)は、これらの措置でも膨大なデータから関連する情報だけを分けて取り出すことは必ずしも十分にはできない、とみる。
  • 令和7年の改正で、記録命令付差押え(旧99条の2)は電磁的記録提供命令(・)に替わった。
  • GPS捜査の大法廷判決(最大判平29・3・15)は、車両にGPS端末を取り付けてその所在を検索するGPS捜査について、ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義があるとし、次のように述べた。
  • GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
  • これはGPS捜査についての指摘で、電磁的記録の差押えやデータの分け方について述べたものではない。共通するのは、新しい捜査手法に法律が追いついていないという点。
×にされやすい形
  • 「GPS判決は、電磁的記録の差押え一般について立法的な措置を求めた」
  • 記録命令付差押えを現行の99条の2として覚える形(現行はの電磁的記録提供命令)

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#44単独ページ動画

捜索・差押え⑧逮捕に伴う捜索が令状なしで許される理由

問い:逮捕の場面では、なぜ令状なしで捜索・差押えができるのか。被疑者がまだいないうちに始めた捜索も許されるのか。

骨組み

  1. 1憲法上の例外と:憲「第三十三条の場合を除いては」→ 。逮捕は通常・現行犯・緊急のどれでもよい。主体は検察官・検察事務官・司法警察職員(私人は入らない)。令状は不要()。緊急逮捕で逮捕状が得られなければ差押物は直ちに還付(返す・)。=検察事務官・司法警察職員が勾引状・勾留状を執行する場合に2号・3項を準用(被疑者に対するものなら1号も)
  2. 21号と2号:1号=住居等に入り被疑者(人)を捜索(第三者の家でもよい)/2号=逮捕の現場で差押・捜索・検証(物)
  3. 3令状なしで許される根拠(学説):緊急処分説=抵抗・逃亡・証拠隠滅を防ぎ証拠を保全する緊急の必要/相当説=逮捕の現場には証拠が存在する蓋然性が高く、令状を請求すれば発付される。判例は相当説に基づくと説明される
  4. 4両説共通の限定:差し押さえられるのは逮捕の理由となった被疑事実に関する物だけ
  5. 5「逮捕する場合」(最大判昭36・6・7):単なる時点よりも幅のある逮捕する際。時間的接着は要るが、逮捕着手時の前後は問わない → 不在中に始めた捜索も、接着して逮捕がなされれば適法(原審の「着手後に限る」を破棄)
  6. 6判例への批判と限定:判例の事案で被疑者が帰宅せず逮捕できなかったなら相当説からも違法とするほかない → 判例の基準は緩やかすぎるとの批判(解説書)。限定=逮捕すべき者が現在し確実に逮捕できる可能性を要する(解説書の著者が妥当とする)
  7. 7被逮捕者が現場からいなくなった後の捜索:相当説なら、被逮捕者が逃走しても現場の捜索を続けられると考えうる/緊急処分説なら、警察署へ連行した後に住居を捜索することはできない
  8. 82号の限界:できるのは差押・捜索・検証だけ。リモートアクセス・電磁的記録提供命令は令状による処分()→ スマホ本体は(被疑事実に関係する限り)無令状で差し押さえられるが、操作してサーバから複写はできない

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回の出題で【見解】が2つ並ぶとき(予備R3-16・R5-17・R8-24・司法H22-24)は、どれもⅠ=証拠存在の蓋然性(相当説)・Ⅱ=隠滅防止の緊急の必要(緊急処分説)の順(予備R3-16のⅡは「逮捕者の身体の安全を図る必要」も含む)。

1憲法上の例外と条文

  • 憲:住居・書類・所持品について侵入・捜索・押収を受けない権利は、「第三十三条の場合を除いては」、正当な理由に基いて発せられ、捜索する場所・押収する物を明示する令状がなければ侵されない → 例外を条文自身が置いている。
  • 外れるのは捜索・押収の令状の要求だけ。逮捕そのものには、現行犯を除き逮捕状が要る(憲)。
  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、により被疑者を逮捕する場合(通常逮捕)、現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、1号・2号の処分ができる。により逮捕する場合(緊急逮捕)も同様(1項後段)。
  • :第1項の処分をするには、令状は、これを必要としない。
  • :1項後段(緊急逮捕)の場合に逮捕状が得られなかつたときは、差押物は、直ちにこれを還付(返すこと)しなければならない。後段:(電磁的記録を移した記録媒体などで留置の必要がないものを、差押えを受けた者などに交付し、又は複写を許す規定)を、この場合に準用。通常逮捕・現行犯逮捕にはこの規定は無い。
  • :検察事務官又は司法警察職員(検察官は入っていない)が勾引状・勾留状を執行する場合に、1項2号と3項を準用。被疑者に対して発せられた勾引状・勾留状なら1号も準用。
  • 判例(最大判昭36・6・7)は、憲の例外の理由をこう述べる(項目3)。

出題捜索差押えを行うには、必ず捜索差押許可状が発付されていなければならない(×)

出題逮捕状により逮捕する場合には、逮捕に伴う令状によらない捜索差押えはできない(×)

出題現行犯人を逮捕した私人は、逮捕の現場で令状によらずに捜索差押え(差押え)ができる(×)

出題緊急逮捕に伴い無令状で差し押さえたが逮捕状が発付されなかったときは、差押物を直ちに還付しなければならない(○)

×にされやすい形
  • 捜索差押えには必ず令状が要る、とする形(予備H27-17-ア)
  • 逮捕状による逮捕(通常逮捕)では、逮捕に伴う無令状の捜索差押えはできない、とする形(予備H30-17-ア)
  • 現行犯人を逮捕した私人も、逮捕の現場で無令状の捜索差押えができる、とする形(予備R1-16-オ・予備R6-19-オ・司法H18-23-5)
  • 逮捕の場面は令状主義の外にある、とする形(外れるのは捜索・押収の令状だけ。逮捕自体には逮捕状が要る=現行犯を除く)

21号と2号条文

  • 1号:人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること → 捜す対象は人。被疑者本人の家に限らず、被疑者が逃げ込んだ第三者の家でもよい。
  • 2号:逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること → 捜す対象は物(検証も入る)。実務での活用が多く、論点も多いのはこちら。
  • 違いは対象だけではない:1号は「住居・邸宅・建造物・船舶内に入り」、2号は「逮捕の現場で」と場所の書き方も違う。4項での準用も、1号は被疑者に対する勾引状・勾留状のときだけ。
  • 1号で入った家で証拠品を探す根拠は1号には無い(物の差押え・捜索は2号)。

通常逮捕しようとしたら、被疑者が隣のマンションの知人宅に駆け込んだ → 警察官はその部屋に入って被疑者を捜せる(1号)。捜せるのは被疑者という人で、その部屋の物を差し押さえる根拠にはならない。

逮捕状を示して被疑者を自宅前の路上で逮捕し、その場で持っていたバッグを開けて血の付いたシャツを差し押さえる → 2号・3項で、捜索差押許可状は要らない(予備H28-16-エ)。

出題逮捕の際に被疑者のバッグを開けて中のシャツを差し押さえるには、捜索差押許可状の発付を受ける必要がない(○)

出題現行犯逮捕した乙が所持していた覚せい剤を押収するには、差押許可状の発付を受ける必要がある(×)

出題所持品検査で覚醒剤を発見したが任意提出を拒まれた場合、差押許可状を取得しない限り差し押さえることはできない(×)

出題覚醒剤所持で逮捕した際に押収したポリ袋と財布は、いずれも押収に令状の発付を受ける必要がある(×)

×にされやすい形
  • 覚醒剤所持で現行犯逮捕した被疑者の覚醒剤でも、押収には差押許可状が要る、とする形(予備H25-15-ア:逮捕の理由になった事実の証拠物なので2号で令状なしに押収できる。乙から任意提出を受ければ、の「任意に提出した物」として領置する道もある)
  • ポリ袋も財布も、どちらも押収に令状が要る、とする形(予備R7-20-オ:×になるのはポリ袋の側=逮捕の理由になった覚醒剤所持の証拠物なので2号で令状なしに押収できる。財布は逮捕の理由と別の強盗傷人の証拠で、2号で取れるかは項目4の限定にかかる=この肢は財布の扱いを決めなくても×になる)
  • 任意提出を拒まれたら令状を取るしかない、とする形(予備R2-14-オ:令状なしで差し押さえる道は逮捕に伴う2号。覚醒剤と確認でき現行犯逮捕の要件を満たせば所持の事実で現行犯逮捕でき、逮捕すればその現場で令状なしに差し押さえられる。逮捕しないまま令状なしで差し押さえることはできない)

3令状なしで許される根拠:緊急処分説と相当説学説判例

  • 緊急処分説:逮捕の際は、被疑者の抵抗・逃亡・証拠隠滅のおそれが大きい → それを防いで証拠を保全する緊急の必要があるから許される。
  • 相当説:逮捕の現場には証拠の存在する蓋然性が高い → 令状を請求すれば「正当な理由」ありとして通常発付される → 裁判官の事前審査を経るまでの必要がないから許される。
  • 判例の言葉:
  • 同三五条が右の如く捜索、押収につき令状主義の例外を認めているのは、この場合には、令状によることなくその逮捕に関連して必要な捜索、押収等の強制処分を行なうことを認めても、人権の保障上格別の弊害もなく、且つ、捜査上の便益にも適なうことが考慮されたによるものと解されるのであつて
  • 判例は相当説に基づくと説明される(解説書。誰の説明かは書かれていない)。解説書の流れでは、相当説なら「逮捕する場合」を逮捕の前後を問わず緩やかに考えてよい → 着手の前後を問わないとした判例(項目5)は相当説に基づく、とつながる。判旨の「格別の弊害もなく」「便益にも適なう」と相当説を結ぶ説明は、解説書には無い。判決自身は「相当説」という語は使っていない。
  • 緊急処分説に立っても、逮捕の現場に証拠が存在する蓋然性が高いという前提まで否定することにはならない(予備R3-16-D が誤りの発言)。
  • 緊急処分説の根拠は、逮捕の際一般に隠滅のおそれが大きいこと。緊急処分説に立つと、被逮捕者が証拠を隠滅する具体的な危険が要件になる、とはいえない(予備R5-17-オ が誤り)。これは2号一般の要件の話。逮捕に着手する前に始める捜索に限っては、解説書の著者は、緊急処分説からも「証拠を保全する緊急の必要性が具体的に認められる場合に限られるであろうが」、着手前の捜索を認める結論を導くことは可能と思われる、とする(項目5)。
  • どちらの説でも、が通常逮捕にも使えることは変わらない(予備R8-24-ウ が誤り)。
相当説(過去問のⅠ)緊急処分説(過去問のⅡ)
根拠証拠存在の蓋然性が高く、令状を請求すれば発付される抵抗・逃亡・証拠隠滅を防ぎ、証拠を保全する緊急の必要
差し押さえられる物逮捕の理由となった被疑事実に関する物だけ(両説同じ・項目4)
「逮捕する場合」時間的接着を厳しく求めず、逮捕の前後を問わずより緩やかに考えてよい逮捕との厳格な時間的接着が要る。着手前の捜索も「証拠を保全する緊急の必要性が具体的に認められる場合に限られるであろうが」認める結論を導くことは可能と思われる(解説書の著者)
判例の事案で、もし被疑者が帰宅せず逮捕できなかったら(仮定・被疑者が現れないまま先に始めた捜索)相当説からも違法とするほかない(解説書・項目6)
被逮捕者が現場からいなくなった後逃走した場合でも、引き続き現場を捜索できると考えることができる(項目7)警察署へ連行した後に、逮捕の現場として住居を捜索することはできない(項目7)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、逮捕の現場に証拠の存在する蓋然性が一般的に高いという前提は否定せざるを得ない(×)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、被逮捕者が証拠を隠滅する具体的な危険が要件として要求される(×)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、無令状の捜索差押えは現行犯逮捕・緊急逮捕に限られ、通常逮捕では認められない(×)

×にされやすい形
  • 緊急処分説なら、逮捕の現場に証拠がある蓋然性という前提は否定される、とする形(予備R3-16-D)
  • 緊急処分説なら、具体的な隠滅の危険が要件になる、とする形(予備R5-17-オ)
  • 緊急処分説なら、通常逮捕には使えない、とする形(予備R8-24-ウ)

4両説共通の限定:逮捕の理由となった被疑事実学説判例

  • どちらの説でも、差し押さえられるのは逮捕の理由となった被疑事実に関する物に限られる(解説書)。
  • 解説書は、暴行で通常逮捕した現場の覚醒剤を差し押さえた例を、どちらの説でも違法になるとして挙げる(札幌高判昭58・12・26 を紹介。判決の内容は解説書の紹介による)。
  • 判例(最大判昭36・6・7)は、緊急逮捕の現場での捜索・差押えは、逮捕の原由(もとになった理由)である被疑事実に関する証拠物件を集め、保全するためで、その目的の範囲内なら「必要があるとき」に当たる、と述べる(本件の麻薬の捜索・差押えも「緊急逮捕する場合の必要の限度内」とし、余罪の証拠保全のためで違法だとした原審を退けた):
  • 緊急逮捕の現場での捜索、差押は、当該逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠物件を収集保全するためになされ、且つ、その目的の範囲内と認められるものである以上、同条一項後段のいわゆる「被疑者を逮捕する場合において必要があるとき」の要件に適合するものと解すべきである。

傷害で現行犯逮捕した現場の机の上に、無関係の詐欺の名簿があった → 逮捕の理由になった傷害と関わらない以上、2号では差し押さえられない(必要なら別に令状を取る)。

出題Ⅰ・Ⅱのどちらに立っても、捜索差押えの対象は逮捕の理由とされた被疑事実と関連する物に限られる(○)

出題Ⅰ・Ⅱのどちらに立っても、差押えの対象は逮捕の理由とされた被疑事実に関する証拠物に限られず、他の事件の証拠物も差し押さえられる(×)

×にされやすい形
  • 逮捕の現場で偶然見つけた他の事件の証拠物も、2号で差し押さえられる、とする形(予備R3-16-B・予備R8-24-エ)

5「逮捕する場合」の時間的範囲(最大判昭36・6・7)判例

  1. 午後8時30分頃、麻薬取締官らが路上の職務質問で麻薬を所持していたAを現行犯逮捕
  2. Aを連れて、麻薬の入手先である被疑者B宅へ、Bを緊急逮捕するため午後9時30分頃到着 → Bは外出中
  3. 帰宅次第逮捕する態勢のまま、逮捕に着手する前にB宅の捜索を開始し、麻薬などを押収
  4. 捜索がほとんど終わる頃Bが帰宅 → 午後9時50分頃に緊急逮捕、直ちに逮捕状を請求し発付
  • 問題の所在:「逮捕する場合」を「現実に逮捕した場合」に限って読むと、逮捕前のこの捜索は違法になる。
  • 原審(大阪高裁):後段の捜索・差押えは、緊急逮捕に着手した後に開始することを要する → 違法。
  • 「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、
    …前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべきであつて、このことは、同条一項一号の規定の趣旨からも窺うことができるのである。
  • 例えば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であつても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない。
  • 捜索、差押は、緊急逮捕に先行したとはいえ、時間的にはこれに接着し、場所的にも逮捕の現場と同一であるから、逮捕する際に逮捕の現場でなされたものというに妨げなく
  • 結論:違憲違法ではない → 原判決を破棄し、大阪高裁に差し戻した。
  • 判例の言い方は「逮捕がなされる限り」=逮捕が実際になされることが前提。
  • 着手前でもよいのは、両説どちらの読みでも認めうる:相当説に立てば、捜索の開始時に逮捕行為に着手している必要はないと考えることができる(予備R8-24-イ)。緊急処分説からも、「証拠を保全する緊急の必要性が具体的に認められる場合に限られるであろうが」、着手前の捜索を認める結論を導くことは可能と思われる、と解説書の著者は書く。

到着から逮捕まで約20分。この先行捜索が「時間的に接着」とされた。被疑者が帰らないまま捜索を終えて引き揚げ、翌日別の場所で逮捕した → 接着していないので「逮捕する場合」に当たらない。

出題逮捕に伴う令状によらない捜索差押えを行い得るのは、逮捕の着手後に限られる(×)

出題Ⅰ(相当説)に立つと、無令状の捜索が開始された時点で逮捕行為に着手している必要はないと考えることができる(○)

見解「逮捕する場合」の5つの見解の振り分け(数字は問題の【見解】1〜5の番号。正答:A=3 被疑者が現場にいて直ちに着手しうる/B=2 着手は要るが成功は問わない/C=4 不在でも時間的に接着して逮捕されれば足りる=判例/D=1 現実の逮捕を要する/E=5 逮捕が見込まれれば足りる)

×にされやすい形
  • 逮捕に伴う捜索差押えは、逮捕の着手後に限られる、とする形(予備H30-17-イ=原審の立場)

6判例への批判と限定学説

  • 「逮捕した場合」でなく「逮捕する場合」なので、現実に逮捕した場合に限らず、着手前でも認めるのが学説でも一般(解説書)。問題は逮捕の可能性。
  • 批判(解説書):判例の事案は被疑者不在のまま捜索を始めている。被疑者が帰宅せず逮捕できなかった場合には、相当説の立場からも違法と判断するほかない → 判例の基準は緩やかすぎる、との批判が強い。
  • 横田裁判官の意見(判例ではない):被疑者が間もなく帰宅して逮捕できたのは「予期しない偶然の事実」にすぎず、偶然の事実が起こるかどうかで適法・違法が分かれるのは不合理だ、とした。
  • 限定:着手の前後は問わないが、逮捕するべき者が現在していて確実に逮捕できる可能性を要する、と解するのが妥当(解説書の著者。現在の実務もそう運用されているといわれる)。解説書が書く理由は「『逮捕する場合』とされている以上」(解説書の理由はここまで)。この限定の側から見れば、令状なしで許されるのはあくまで逮捕に伴うからで、逮捕できるかどうか分からないうちに捜索を始めれば、逮捕に伴うという前提が確保されないまま、無令状で捜索を始めていることになる。
  • 解説書の著者のあてはめ:判例の事案は、被疑者が現在せず逮捕の可能性が確実でない状況で捜索を始めている → 相当説からも緊急処分説からも違法になろう。
  • 項目3の「判例は相当説に基づく」と食い違うわけではない:解説書の著者は相当説にもこの限定(確実に逮捕できる可能性)を加えて読むので、同じ相当説から、限定を置かない判例とは逆の結論(違法)になる。
  • 大法廷の中でも割れた:小谷・河村裁判官の少数意見=前後は問わないが、時間的・場所的接着に加え被疑者が逮捕の現場に現在することを要する。藤田・奥野裁判官の意見・横田裁判官の意見=被疑者が不在なら適用がない。多数意見に加わった垂水裁判官の補足意見も、逮捕の着手行為か少なくとも身柄の捜索行為がなければ「逮捕する場合」は考えられないのではないかとし、本件の捜索は私見では違法とした(証拠能力はあるとする)。どれも判例(多数意見)ではない。
  • 緊急処分説・相当説のどちらに立っても、「逮捕する場合」に現実に被疑者を逮捕できる状況が必要と考えることができる(予備R3-16-E=正しい発言)。
逮捕の現場での無令状の捜索(被疑者の到着前に開始)時間的に接着して逮捕がなされたか最大判昭36・6・7「逮捕がなされる限り」違法相当説からも(解説書)いいえはい被疑者が現在し確実に逮捕できる状況で始めたか解説書の著者が妥当とする限定判例は適法/限定に立てば違法いいえはい適法判例・限定のどちらからも
1段目は判例の言葉(逮捕の実現が前提)。2段目は判例の基準への批判を受けた限定で、判例の要件ではない。判例の事案(被疑者不在のまま開始。少数意見などは「行先も帰宅時刻も判明しない」状態と書く)は2段目で分かれる。

出題Ⅱに立つと「逮捕する場合」には現実に被疑者を逮捕できる状況が必要と考えることができ、Ⅰに立って同様に考えることもできる(○)

×にされやすい形
  • 相当説なら、被疑者が現れないまま先に始めた捜索は、判例の事案で、もし被疑者が帰宅せず逮捕できなかったら(仮定)、それでも適法になる、とする形(相当説からも違法=解説書)
  • 緊急処分説からは、逮捕着手前の捜索は一切認められない、とする形(解説書の著者は、緊急の必要性が具体的に認められる場合なら認める結論を導くことは可能と思われるとする)

7被逮捕者が現場からいなくなった後の捜索学説

  • 相当説(Ⅰ):被逮捕者が逮捕の現場から逃走した場合でも、引き続きその現場を捜索できると考えることができる(予備R3-16-A=正しい発言)。相当説の根拠(現場に証拠が存在する蓋然性)からは、被逮捕者がいなくなっても捜索を続けられると考えうる。
  • 緊急処分説(Ⅱ):被逮捕者を住居で逮捕して警察署まで連行した後に、逮捕の現場としてその住居を捜索することはできない(司法H22-24-オ が誤り)。根拠が隠滅防止の緊急の必要なので、被逮捕者が連れ去られた後には及ばない。
  • 項目6の場面とは別:ここは一度逮捕がなされている(「被逮捕者」)。項目6は、判例の事案で、もし被疑者が帰宅せず最後まで逮捕できなかったら(仮定・被疑者が現れないまま先に始めた捜索)=相当説からも違法(解説書)。
場面扱い
判例の事案で、もし被疑者が帰宅せず逮捕できなかったら(仮定・項目6)相当説からも違法(解説書)。判例の言い方(「逮捕がなされる限り」)からは外れる=判例が判断した場面ではない
被逮捕者が現場から逃走した相当説なら現場の捜索を続けられると考えうる(予備R3-16-A)
警察署へ連行した後に住居を捜索緊急処分説ならできない(司法H22-24-オ)

出題Ⅰ(相当説)に立つと、被逮捕者が逮捕の現場から逃走した場合でも、引き続きその現場の捜索が可能と考えることができる(○)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立っても、被逮捕者を住居で逮捕して警察署まで連行した後に、逮捕の現場として同住居を捜索できる(×)

×にされやすい形
  • 緊急処分説でも、連行後に逮捕の現場として住居を捜索できる、とする形(司法H22-24-オ)

82号でできることの限界条文

  • 2号が認めるのは「差押、捜索又は検証」だけ。
  • リモートアクセス()と電磁的記録提供命令()は、令状による処分の側にだけ書かれている。リモートアクセスは、令状に複写すべきものの範囲を記載する仕組み()。
  • → 逮捕に伴って、被疑者のスマートフォン本体を(被疑事実に関係する限り)無令状で差し押さえることはできる。それを操作して、接続先のメールサーバからデータを複写する(ダウンロードする)のは、無令状のリモートアクセスになり許されない(解説書。検証としてできるかは別の問題)。
  • 令状なしで物を取れるもう1つの場面:遺留物・任意に提出された物の領置(占有者が自分から手放した物を受け取る処分・)。とは別の処分。

逮捕の現場で、被疑者の勤務先の担当者に「データを出せ」と電磁的記録提供命令を出す → 令状が要る()。には無い。

×にされやすい形
  • 逮捕の現場なら、電磁的記録提供命令も令状なしでできる、とする形

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#45単独ページ動画

捜索・差押え⑨「逮捕の現場」の範囲

問い:逮捕に伴う令状なしの捜索・差押えは、場所としてどこまで、物としてどこまで及ぶか。

骨組み

  1. 1条文と2つの根拠(・):逮捕の現場で令状なしに差押え・捜索。根拠=緊急処分説(隠滅等を防ぐ緊急の必要)/相当説(証拠がある蓋然性が高い)。両説の違いがいちばん出るのが「逮捕の現場」
  2. 2差し押さえてよい物(両説共通):逮捕の理由とされた被疑事実に関する物に限る。別の事件の証拠物は含まれない
  3. 3相当説の場所(学説):逮捕した場所と同一の管理権が及ぶ範囲(被疑者の管理権ではない)。追跡して逮捕したら追跡した場所すべて。被疑者以外の者の場所は「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」が要る(の準用)
  4. 4緊急処分説の場所(学説):伝統的には身体および手の届く範囲(直接の支配下)。近時は、緊急性があれば同一管理権の範囲まで認める見解も有力 → 「一室全体は捜せない」とは言い切れない
  5. 5東京高判昭44・6・20(裁判例):ホテルの待合所(解説書の言い方ではロビー)で逮捕 → 別の階の相部屋の洗面所を捜索(Bは見つかった物を同室者の物と述べた)。「時間的・場所的且つ合理的な範囲」を超えた違法なものと断定し去ることはできない。「管理権」の語は使っていない。原判決(無罪)を破棄して有罪
  6. 6東京高判への評価:緊急処分説はもちろん相当説からも批判が多数(待合所と客室は同一の管理権にあるとはいえない/同室者は不在で確実に逮捕できる状況でなかった)。解説書はどちらの説からも違法とみる
  7. 7福岡高判平5・3・8(裁判例):職務質問を続けるため第三者B方へ場所を移して逮捕 → 捜索できる場所もおのずと限定 → B方の捜索は違法(重大な違法ではなく証拠能力は肯定)。批判=論拠が明確でない。解説書=相当説からは違法とすべき理由はなかった
  8. 8折衷的見解(学説・有力):被疑者の居宅で逮捕=相当説/第三者の居宅で逮捕=原則として緊急処分説。この見解で説明されているのは福岡高判
  9. 9別の事件の証拠を見つけたら:では差し押さえられない → 任意提出・領置()/新たな令状/その物で新たに逮捕し、その逮捕に伴って差押え

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 裁判例 は高裁の判決、解説書 は学説の紹介ではなく解説書の著者自身の検討)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。「同一の管理権」「手の届く範囲」は学説の物差しで、2つの裁判例の言葉ではない。東京高判は「時間的・場所的且つ合理的な範囲」、福岡高判は「逮捕した場所との同一性」という言葉を使った。2つの裁判例を1本の軸(たとえば「誰の家か」)で分けた判断はどこにも無く、どちらも学説から批判されている。

1条文と2つの根拠条文学説

  • 柱書:検察官・検察事務官・司法警察職員は、被疑者を逮捕する場合(通常逮捕・現行犯逮捕。緊急逮捕も同様)において必要があるときは、次の処分ができる。2号=「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること」。
  • :1項の処分には令状は必要としない。
  • 緊急処分説:逮捕の場面では抵抗・逃亡・証拠隠滅のおそれがあり、それを防ぐ緊急の必要があるから令状なしで許される。
  • 相当説:逮捕の現場には証拠がある蓋然性が高いから、裁判官による令状審査までは要らない。講義解説は、逮捕に着手した後に被逮捕者が逃走しても、証拠は現場に残っている以上、相当説なら(逮捕と時間的に接着していれば)その現場を捜索できうるとする(緊急処分説では緊急性がなくなり違法)。
  • 2説の違いは「逮捕する場合」(いつ)と「逮捕の現場」(どこ)の解釈に出る。場所の範囲=「逮捕の現場」で違いがいちばんはっきり出る(項目3・4)。
  • 「逮捕する場合」の時間の幅:判例(最大判昭36・6・7)は逮捕との時間的接着を要するが逮捕の着手の前後は問わないとし、学説も着手前の捜索を認めるのが一般(解説書)。この基準は緩やかすぎるとの批判が強く、解説書は、着手前の捜索については逮捕すべき者が現在していて確実に逮捕できる可能性が要るとする(項目6の批判②・項目7の福岡高判で使う)。

2差し押さえてよい物(両説共通)学説裁判例

  • どちらの説でも、差し押さえてよいのは逮捕の理由とされた被疑事実に関する物に限られる。
  • 講義解説:に「被疑事実に関する物に限る」という明文は無い。無制限に認めると、軽い罪での逮捕を口実にした別件の家探しができてしまう → 根拠づけは違っても結論は一致する。
  • 裁判例:解説書 p.87 は、暴行の事実で通常逮捕し、現場で捜索して覚醒剤を差し押さえたような場合はどちらの説からも違法、という例を挙げて札幌高判昭58・12・26を引く(判決の全文は裁判所サイトに無い)。
  • 凶器の扱いは教材で分かれる:論文対策の問題集は、逮捕への妨害を排除する措置として取り上げ・保管できるが差押えではない、と整理する。講義解説は、差し押さえてよい物に凶器を含める(解説書には記述が無い)。

傷害で逮捕し、その場で捜索したら大麻が出てきた → 逮捕の理由(傷害)に関する物ではないので、どちらの説でもでは差し押さえられない(扱いは項目9)。

出題Ⅰ(相当説)に立っても、捜索・差押えの対象は逮捕の理由とされた被疑事実に関する証拠物に限られる(○)

×にされやすい形
  • 「差押えの対象は、逮捕の理由とされた被疑事実に関する証拠物に限られない」「被疑事実以外の事実に関する証拠物も含まれる」
  • 「相当説なら被疑事実に限られないが、緊急処分説なら限られる」のように、説で結論を分ける形(両説共通で限られる)

3相当説の場所:逮捕した場所と同一の管理権学説条文

  • 通常の捜索と同じく、被疑者の身体・携帯品に加え、逮捕した場所と同一の管理権が及ぶ範囲。令状が出たとしたら捜索できる範囲と考える。
  • 基準は逮捕した場所の管理権であって、被疑者が管理する場所ではない。被疑者の自宅で逮捕すれば家全体が範囲に入りうるが、隣家で逮捕したら範囲は隣家(被疑者の家は入らない)。
  • 逮捕に着手してから追跡して逮捕したときは、その場所すべてが「逮捕の現場」。
  • は裁判所がする捜索の規定で、が捜査機関の押収・捜索(・・)に準用している。だから逮捕の現場の捜索にもがかかる(準用なので、の「被告人」は被疑者と読む):被疑者の身体・物・場所=必要があるとき()/被疑者以外の者の身体・物・場所=「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り」()。
  • 第三者の住居で逮捕したら、相当説ではその住居が「逮捕の現場」になるが、の状況がなければ捜索できない。
相当説で、ある場所を令状なしに捜索できるか逮捕した場所と同一の管理権が及ぶ範囲か追跡して逮捕したら追跡した場所すべて逮捕の現場に当たらない令状が要るいいえはい被疑者以外の者の身体・物・場所か222条1項で102条を準用必要があれば捜索できる102条1項いいえはい押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があるか102条2項捜索できないいいえはい捜索できる差し押さえてよいのは被疑事実に関する物だけ(項目2)
緑の枠が学説(相当説)の物差し、青の枠が条文。1段目の基準は逮捕した場所の管理権で、被疑者が管理する場所ではない。

被疑者を隣家の居間で逮捕した。相当説でも、捜せるのは隣家(逮捕した場所)と同じ管理権の範囲で、被疑者自身の家は「逮捕の現場」に入らない。被疑者の家を捜すなら令状が要る。隣家も被疑者以外の者の住居なので、隣家を捜すにもの状況が要る(図の3段目)。

友人のアパートで逮捕した。相当説ならその部屋は「逮捕の現場」だが、友人(被疑者以外の者)の住居なので、証拠がそこにあると認めるに足りる具体的な状況がなければ捜索できない。

出題Ⅰ(相当説)では、逮捕の現場は令状が出たら捜索できる範囲=逮捕の場所と同一の管理権が及ぶ範囲内の場所と考えられる(○)

出題Ⅰ(相当説)でも、第三者の住居で逮捕したとき、被疑事実に関する証拠の存在を認めるに足りる状況がなければ、その住居での捜索差押えは違法(○)

出題Ⅰ(相当説)に立つと、被疑者の隣人方で逮捕したとき、隣人方のほか被疑者方でも捜索差押えができる(×)

出題Ⅰ(相当説)に立つと、令状によらない捜索の範囲は被逮捕者の身体と直接の支配下にある場所・物件に限られる(×)

×にされやすい形
  • 「相当説では、被疑者の隣人方で逮捕しても、被疑者方まで捜索できる」(予備R5-17-イ)=基準は逮捕した場所の管理権
  • 「相当説では、範囲は被逮捕者の身体と直接の支配下に限られる」(予備R8-24-ア)=それは緊急処分説の範囲
  • 「相当説なら、第三者の住居で逮捕しても、その住居は証拠の状況を問わず捜索できる」(の状況が要る)

4緊急処分説の場所:身体と手の届く範囲(+有力説)学説

  • 伝統的な理解:身体および手の届く範囲。過去問の言い方では「被逮捕者の身体及びその直接の支配下にある範囲」「手が届くなどの事実的支配が及ぶ範囲」。
  • 近時の有力説:第三者による証拠隠滅のおそれも考え、緊急性が認められれば同一管理権の範囲内まで認める。
  • 有力説と相当説の違い=個別に正当化できる事由(緊急性)があるときだけ広げるか、一律に同一管理権の範囲まで認めるか。
  • だから緊急処分説でも、被疑者方の一室で逮捕したとき「手の届く場所だけで、一室全体は捜せない」とは言い切れない。
  • 根拠がその場の隠滅・抵抗の防止なので、住居で逮捕して警察署へ連行した後に「逮捕の現場」として住居を捜索することは、緊急処分説からは根拠を欠く。
相当説緊急処分説
根拠証拠がある蓋然性が高い隠滅・抵抗等を防ぐ緊急の必要
場所の物差し逮捕した場所と同一の管理権が及ぶ範囲伝統=身体および手の届く範囲/有力説=緊急性があれば同一管理権の範囲まで
被疑者方の一室で逮捕被疑者方(同一の管理権)が範囲に入りうる伝統=身体および手の届く範囲に限られる/有力説=緊急性があれば一室全体以上(同一管理権の範囲内)に及ぶ余地
隣人方で逮捕範囲は隣人方。被疑者方は入らない伝統=身体および手の届く範囲/有力説=第三者による証拠隠滅等のおそれも考え、緊急性が認められれば隣人方の同一管理権の範囲内まで。どちらも被疑者方は入らない
第三者の住居で逮捕その住居が逮捕の現場。の状況が要る伝統=身体および手の届く範囲/有力説=第三者による証拠隠滅等のおそれも考え、緊急性が認められればその住居の同一管理権の範囲内まで。どちらも被疑者方は入らない
差し押さえてよい物両説共通:逮捕の理由とされた被疑事実に関する物だけ(項目2)

被疑者を自宅の一室で逮捕した。伝統的な緊急処分説なら身体と手の届く範囲が出発点だが、共犯者がすぐ戻って証拠を処分しそうだなど緊急性が具体的にあれば、同一管理権の範囲まで広げる見解が有力 → 「その部屋の中は捜せない」とは言い切れない。

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、差押えの対象は被逮捕者の身体及びその直接の支配下にある範囲の証拠物に限られると考えることができる(○)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、逮捕の現場は被逮捕者の手が届くなどの事実的支配が及ぶ範囲内の場所と考えられる(○)

出題Ⅱ(緊急処分説)に立つと、被疑者方の一室で逮捕したとき、捜索差押えは逮捕時に手が届く場所に限られ、一室全体で実施できるとは考えられない(×)

×にされやすい形
  • 「緊急処分説なら、被疑者方の一室で逮捕しても、手の届く場所に限られ、一室全体で実施できるとは考えられない」(予備R5-17-エ)=一室全体に及ぶと考える余地がある
  • 分かれ目は言い切りかどうか:伝統的な理解の帰結として「身体及びその直接の支配下にある範囲の証拠物に限られると考えることができる」は○(予備R3-16-C)。有力説があるのに「一室全体において実施することができるとは考えられない」と可能性まで否定すると×(予備R5-17-エ)
  • 「緊急処分説に立っても、連行した後に逮捕の現場として住居を捜索できる」

5東京高判昭44・6・20(ホテルの事件)裁判例

  1. 「ホテルから出て来た外人二人が大麻らしいものを喫つていた」との通報 → 警察官がホテルで張込み
  2. 外出先から戻った米兵Bを、ホテルの待合所で職務質問・任意の所持品検査 → 大麻たばこ1本 → 現行犯逮捕
  3. Bが別の階の客室にある自分の所持品を持って行きたいと申し出る。警察官は、逮捕の現場では令状なしで捜索差押えができるとして同室を捜索すると告げ、Bを客室へ連行
  4. 逮捕の約35分後から捜索。同室者(被告人)は外出して不在。居間・寝室はBに自分の物を区別させ、Bの物だけを捜索
  5. 洗面所は区別させずに捜索。洗面用具入れバッグについてBは「自分の物ではなく被告人の物」と申し出たが、中を捜索して大麻たばこ7本を発見・差押え
  6. 捜索差押えから1時間20分ないし1時間45分位のうちに被告人が戻り、緊急逮捕
  • 裁かれたのは、捜索のとき不在だった同室者(被告人)。原審は捜索差押えを違法として無罪、東京高裁は原判決を破棄して有罪(懲役1年・執行猶予3年)。
  • 判決が立てた物差し:
  • 刑事訴訟法第二二〇条第一項第二号が、被疑者を逮捕する場合、その現場でなら、令状によらないで、捜索差押をすることができるとしているのは、逮捕の場所には、被疑事実と関連する証拠物が存在する蓋然性が極めて強く、その捜索差押が適法な逮捕に随伴するものである限り、捜索押収令状が発付される要件を殆んど充足しているばかりでなく、逮捕者らの身体の安全を図り、証拠の散逸や破壊を防ぐ急速の必要があるからである。
    従つて、同号にいう「逮捕の現場」の意味は、
    …右の如き理由の認められる時間的・場所的且つ合理的な範囲に限られるものと解するのが相当である。
  • 理由に蓋然性(相当説の根拠)と急速の必要(緊急処分説の根拠)の両方を挙げている。どちらか一方の説を採るとは書いておらず、「管理権」の語も無い。
  • 判決自身が認めた疑問点:逮捕と捜索の間に約35分ないし60分の間隔/場所の違い(下の引用)/Bが自分から部屋へ案内したことには種々の見方がありうる/Bが「被告人のもの」と述べていた → 適法か「疑いの余地が全くないわけではない」。
  • なかば公開的な待合所と同ホテルf階の、宿泊客にとつては個人の城塞ともいうべきg号室との差異のほかに若干の隔りもあり
  • それでも違法と断定しなかった事情:捜査の端緒/被告人とBの関係(飛行機の中で知り合い、行動を共にし、同室もしていた)→ 共同所持の疑いもないわけではない/時間的・場所的な距りは「さしたるものではな」い/逮捕後Bが自ら相部屋へ案内した/捜索差押え後、被告人が戻って緊急逮捕された/検挙が困難で、罪質もよくない大麻事案。
  • Bの逮捕と同たばこの捜索差押との間には時間的、場所的な距りがあるといつてもそれはさしたるものではなく、
  • この大麻たばこ七本の捜索差押をもつて、直ちに刑事訴訟法第二二〇条第一項第二号にいう「逮捕の現場」から時間的・場所的且つ合理的な範囲を超えた違法なものであると断定し去ることはできない。
×にされやすい形
  • 「東京高判は、待合所と客室が同一の管理権の範囲にあるとして適法とした」(判決は管理権の語を使っていない)
  • 「東京高判は、時間的・場所的な隔たりは問題にならないとした」(隔たりが「さしたるものではな」いことを、違法と断定しない事情に挙げた)
  • 「東京高判は、相当説(蓋然性)だけを根拠に逮捕の現場の範囲を定めた」(蓋然性と急速の必要の両方を挙げた)

6東京高判への評価学説解説書

  • 学説:緊急処分説からはもちろん、相当説からも批判的なものが多数。
  • 批判①(場所):集合住宅は部屋ごとに管理権がある。ホテルの客室も同じで、待合所(ロビー)と客室は同一の管理権にあるとはいえない。
  • 捜索は、Bの逮捕の後、同室者(被告人)の緊急逮捕の前(判決)。差し押さえたのは、Bが同室者(被告人)の物と述べた物(判決は二人の共同所持の疑いも挙げる)なので、同室者を「逮捕する場合」の捜索として説明できるかも問題になる。
  • 批判②(「逮捕する場合」):同室者は捜索のとき部屋におらず、確実に逮捕できる可能性が無かった → 同室者を「逮捕する場合」の捜索と見るのも無理。
  • 判決を正当化するには、「逮捕の現場」を諸事情・時間・罪質で変わる相対的な概念と見るしかないが、それでは令状主義の例外の範囲が不明確になり妥当でない、と批判される。
  • 解説書の検討:どちらの説からも違法とすべき。Bはすでに逮捕済みで証拠隠滅のおそれは無く、同室者も不在 → 早急に令状を請求すべきだった。
  • 緊急処分説の有力説との関係:解説書は有力説を東京高判に当てはめていないが、有力説が広げる上限も同一管理権の範囲内なので、待合所と客室の管理権の批判(批判①)はそのまま残る(解説書の有力説の定義からの帰結)。

同室者が捜索のとき部屋にいて、すぐ逮捕できる状況だったなら、批判②(確実に逮捕できる可能性が無い)は当たらなくなる。ただし、待合所で逮捕して別の階の客室を捜すという管理権の問題(批判①)は残る。

×にされやすい形
  • 「学説の多くは、相当説の立場から東京高判の結論を支持する」(相当説からも批判が多数)
  • 「緊急処分説の有力説に立てば、同室者が戻って証拠を隠すおそれが緊急性になるので、東京高判は説明できる」(有力説が広げる上限も同一管理権の範囲内で、待合所と客室は同一の管理権にあるとはいえない)

7福岡高判平5・3・8(第三者の家へ移動して逮捕)裁判例

全文は裁判所サイトに無い。事案と判断は解説書 p.91(承諾の点は p.26)の紹介による。

  1. 暴力団組長Aが車のトランクに大量の覚醒剤を隠しているとの情報
  2. AがBを助手席に乗せてB方へ行き、荷物をB方に運び入れるのを確認
  3. 再び車に乗ろうとしたAに職務質問 → Aは全力で逃走し、荷物を放り投げる
  4. 追いついた警察官がAと共にB方へ戻り、Bの承諾で入室。Aの「勝手にしろ」を承諾と判断して荷物の中身を確認=覚醒剤1kg
  5. 「他に覚醒剤を隠していないか。あったら出しなさい」→ Aは「見せんでいいぞ」と怒鳴ったが、Bが「いいですよ」→ B方を捜索し、台所で覚醒剤2kg
  6. その後、AとBを現行犯逮捕(捜索は逮捕より前)
  • 判断(解説書の紹介):「逮捕の現場」は逮捕した場所との同一性を意味する概念ではあるが、被疑者を逮捕した場所でありさえすれば常に逮捕に伴う捜索等が許されるとは解せない。
  • 職務質問を続ける必要から、A以外の者であるBの住居内(被疑者A以外の者の住居=第三者の住居)に、Bの承諾を得て場所を移し、そこでAを逮捕したような場合は、逮捕に基づいて捜索できる場所もおのずと限定される → B方の捜索は逮捕に基づくものとして正当化できず違法。
  • ただし重大な違法ではないとして、証拠能力は肯定(解説書の紹介)。
  • 同じ判決は、承諾家宅捜索も違法ではないとしつつ、本件では完全な自由意思による承諾があったとは認められないとして違法とした(解説書 p.26)。
  • 批判(学説):捜査機関が令状主義を潜脱する目的で、わざと被疑者を移動させて逮捕したのならともかく、そうした事実は無く、論拠が明確でない。
  • 解説書の検討:相当説からは、B方は逮捕した場所と同一の管理権が及ぶので「逮捕の現場」であり、本件の事実からはの状況もあり、捜索は逮捕より前だがAの逮捕は確実で「逮捕する場合」にも当たる(項目1) → 違法とすべき理由はなかったように思われる(判決の判断ではなく解説書の見方)。
×にされやすい形
  • 「福岡高判は、逮捕した場所でありさえすれば、逮捕に伴う捜索は常に許されるとした」(常に許されるとは解せないとした)
  • 「福岡高判は、B方の捜索を違法としたので、証拠能力を否定した」(重大な違法ではないとして肯定)
  • 「福岡高判は、B方がAの管理する場所でないことを理由に違法とした」(理由は職務質問を続けるため第三者の住居に場所を移して逮捕したこと)

8折衷的見解(有力)学説

  • 被疑者の居宅で逮捕=居宅全体に証拠物が存在する蓋然性が認められる限りで相当説(同一の管理権が及ぶ範囲)。
  • 第三者の居宅で逮捕=原則として被疑者の手の届く範囲に蓋然性が認められるので緊急処分説(身体および手の届く範囲)。
  • 位置づけは「有力」な見解。通説とも、判例の立場とも書かれていない。
  • この見解からは、福岡高判は「第三者宅での逮捕として捜索範囲を制限したもの」と説明できる。
  • 東京高判は、逮捕した場所が待合所で、被疑者の居宅でも第三者の居宅でもない → この見解で説明されているのは福岡高判だけ。

知人の家の居間で逮捕した → この見解なら、原則として被疑者の身体とすぐ手元にある物は捜せるが、同じ家の台所の戸棚や2階の寝室は手の届く範囲の外。相当説なら、その家が「逮捕の現場」で、の状況があれば捜索できる(項目3)=どの説に立つかで答えが変わり、一つに断定はできない。

×にされやすい形
  • 「被疑者の居宅なら相当説、第三者の居宅なら緊急処分説、というのが通説である」(有力な見解の一つ)
  • 「ホテルの事件は、被疑者の居宅での逮捕として相当説の枠組みで説明される」(逮捕した場所は待合所。この見解で説明されているのは福岡高判)
  • 「2つの裁判例は、距離ではなく誰の家かで結論が分かれた」(そう判断した裁判例は無い。東京高判は時間的・場所的な距りが「さしたるものではな」いことを事情に挙げた)

9捜索中に別の事件の証拠を見つけたら条文

  • 逮捕の理由とされた被疑事実に関する物でなければ、では差し押さえられない(項目2)。見逃すしかないわけではなく、講義解説は3つの適法な処理を挙げる。
  • ①任意提出と領置:所有者・所持者・保管者が任意に提出した物は、令状なしに領置できる()。
  • ②新たな令状:見つけた物について、別の事件の令状の発付を受けて差し押さえる()。
  • ③新たな逮捕:見つけた物を理由に現行犯逮捕・緊急逮捕し、その新しい逮捕に伴ってで差し押さえる。
  • 過去問で確かめられるのは③:令状で大麻を捜していて覚醒剤らしい結晶と注射器を見つけ、予試験で覚醒剤と出たので覚醒剤取締法違反で逮捕 → 結晶も、ポーチ(結晶が入っていた)・注射器(血液の混じったような液体入り)も、新しい逮捕の被疑事実(覚醒剤取締法違反)に関する物として、その逮捕に伴って令状なしで押収できる。
捜索中に見つけた物逮捕の理由とされた被疑事実に関する物か220条で差し押さえられる令状不要はいいいえ220条では差し押さえられない①任意提出・領置(221条)②新たな令状 ③新たな逮捕に伴う差押え
①〜③は並んだ選択肢で、上から順に試す手順ではない。③は新しい逮捕の被疑事実に関する物として、改めて220条を使う。

出題令状による捜索中に見つけた白色結晶が予試験で覚醒剤と出て、覚醒剤で逮捕した後、白色結晶の押収に令状の発付を受ける必要はない(○)

出題同じ場面で、ポーチと注射器の押収には令状の発付を受ける必要がある(×)

×にされやすい形
  • 「覚醒剤で新たに逮捕した後も、ポーチ・注射器を押収するには令状が必要」(司法H22-23-エ)=新しい逮捕に伴って令状なしで押収できる
  • 「別の事件の証拠を見つけたら、その場で無条件に差し押さえてよい」(の対象は逮捕の理由とされた被疑事実に関する物だけ)

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#46単独ページ動画

捜索・差押え⑩移動先での身体捜索とごみの領置

問い:逮捕した被疑者を連れて行った先で身体・所持品を調べてよいか。捨てたごみを令状なしで持ち帰ってよいか。

骨組み

  1. 1移動先での身体捜索(最決平8・1・29):対象が逮捕した被疑者の身体又は所持品なら、名誉等を害する・抵抗による混乱・交通の妨げのおそれといった事情(例示)でその場で直ちに実施することが適当でないとき、速やかに、実施に適する最寄りの場所まで連行して行う → 「逮捕の現場」と同視でき適法
  2. 2判例の事案:腕に籠手(こて)を着けていたA=約500m・約5分で警察署へ/所持品のB・C=まず近くの駐在所で着手したが抵抗で中止。そのうえで約3km先の警察署へ連行し、逮捕から約1時間後に差押え → どれも同視でき適法。判例は理由を述べていない
  3. 3学説の説明:相当説・緊急処分説は、逮捕に伴う令状なしの捜索がなぜ許されるかの根拠の説。相当説(根拠=その場に証拠が存在する蓋然性)=身体・所持品は動かしても、証拠がある蓋然性は変わらない/緊急処分説(根拠=証拠隠滅を防ぐ緊急の必要性)=緊急性が変わらない場合がある。そのうえで学説多数は必要最小限度の移動を認めるが、「同視」ではなく捜索に「必要な処分」として説明する=判例と説明が違う
  4. 4居合わせた第三者の身体(・):押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があるときに限る。たまたま居合わせただけでは調べられない
  5. 5捨てたごみの領置(最決平20・4・15):「遺留した物」には落とし物も、占有を放棄した物も入ると解されている。最決平20は、不要物として公道上のごみ集積所に排出したごみ(占有を放棄した物)が当たるとし、見られない期待があっても、捜査の必要がある場合には遺留物として令状なしで領置できるとした
  6. 6判例の外側(解説書の検討):捜査の必要が無ければ違法の余地。マンション・個人の敷地内のごみは無断立入りが違法となりうる → 管理会社・清掃会社等から任意提出、難しければ令状
  7. 7マンションのごみ(東京高判平30・9・5):遅くとも清掃会社が回収した時点で占有は管理組合・管理会社・清掃会社に移る → 所持者から任意提出を受けて領置。開封は押収物への必要な処分。ごみの捜査の必要性・相当性(相当説とは別の話)もあり → 適法。最決平20とは事案を異にする(遺留物/任意提出)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の検討。最高裁の判断を判例、高裁の判断を 裁判例 と呼び分け、札の色はどちらも判例)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。最決平8・1・29 が言ったのは規範と当てはめだけで、「なぜ同視できるか」の理由(蓋然性・緊急性が変わらない)は学説の分析(項目3)。ごみの側では、判例・裁判例が言ったのは公道上の集積所(最決平20)とマンション(東京高判)の事例判断で、敷地内は無断立入りの問題になるという見方(項目6)は解説書の著者の検討。

1移動先での身体捜索(最決平8・1・29)条文判例

  • :被疑者を逮捕する場合において必要があるときは、2号「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること」ができる(令状は要らない=)。
  • 問題:逮捕した場所で調べるのが不適当なとき、被疑者を別の場所へ連れて行ってから身体・所持品を調べても「逮捕の現場」での捜索・差押えといえるか。
  • 右の処分が逮捕した被疑者の身体又は所持品に対する捜索、差押えである場合においては、
    逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、
    速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、
    同号にいう「逮捕の現場」における捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と解するのが相当である。
  • 「右の処分」=2号の逮捕の現場での捜索・差押え等。
  • 限定は3つ:①対象が逮捕した被疑者の身体又は所持品であること(判例の規範は身体又は所持品の場合のもの。場所には及ばない) ②その場で直ちに実施することが適当でないこと(名誉・混乱・交通は「といった事情」=例示で、3つに限られない) ③速やかに、実施に適する最寄りの場所まで連行すること。
  • 判例は、なぜ同視できるかの理由を述べていない(理由づけは学説の分析=項目3)。
逮捕した場所では捜索・差押えをしなかった対象は逮捕した被疑者の身体・所持品かこの規範は及ばない場所の捜索は、「逮捕の現場」がどこまで広がるか(場所的範囲)の問題いいえはいその場で直ちに実施することが適当でないか名誉等を害する・抵抗による混乱・交通の妨げのおそれといった事情判例の枠に入らないいいえはい速やかに、実施に適する最寄りの場所まで連行したか判例の枠に入らないいいえはい「逮捕の現場」と同視=適法最決平8・1・29
紫の枠が判例の言葉。2段目の名誉・混乱・交通は「といった事情」=例示で、問われるのは「その場で直ちに実施することが適当でない」かどうか。判例は理由を述べていない(理由づけは項目3の学説)。

人だかりのできた歩道で準現行犯人を取り押さえた。その場で上着の内ポケットを探れば見せ物になる → すぐ近くの交番へ連れて行き、着いてすぐ所持品を差し押さえた=名誉を害するおそれがあり、速やかに最寄りの適する場所へ移っている → 同視できる側。同じ場面で交番を素通りし、取調べに都合がいいからと遠くの本署へ連れて行って長く待たせてから調べた → 「速やかに」「最寄り」が問題になり、同視できない方向へ動く。

出題逮捕現場付近で捜索差押えをすると被疑者の抵抗による混乱等が生じる事情があるときは、捜索の実施に適する最寄りの場所に連行した上で、逮捕に伴う令状によらない捜索差押えをすることができる(○)

×にされやすい形
  • 「逮捕現場で直ちに捜索するのが適当でないときでも、最寄りの場所まで連行して身体を捜索することはできない」(判例は同視できるとした)
  • 「移動が許されるのは、名誉・混乱・交通の3つの事情のどれかに当たる場合に限られる」(3つは「といった事情」=例示)
  • 「速やかに」「最寄りの」を落として、不適当な事情があればどこへでも連れて行けるとする形
  • 路上で逮捕した被疑者を離れた被疑者の自宅まで連れて行き、その自宅(場所)を、この規範で「逮捕の現場」と同視して捜索できるとする形(判例の規範は身体又は所持品の場合のもので、場所には及ばない)

2判例の事案と結論判例

  • 兇器準備集合・傷害の事件(いわゆる内ゲバ事件。和光大学内ゲバ事件と呼ばれる)。被告人3名を準現行犯人として逮捕したが、籠手(こて)・所持品は逮捕の時に警察官が現認したものの、逮捕後直ちには差し押さえず、警視庁町田警察署へ連行した後に差し押さえた。
被告人A(籠手)被告人B・C(所持品=バッグ等)
逮捕犯行終了後約1時間、犯行現場から直線約4km離れた派出所の警察官が見付け、職務質問から逃げ出したので約300m追跡。腕に籠手 → 準現行犯逮捕犯行終了後約1時間40分、直線約4kmの路上で職務質問から逃げ出し、数十m追跡 → 準現行犯逮捕
その場で差し押さえなかった事情店舗裏搬入口付近で、興奮さめやらぬAの抵抗を抑えて籠手を取り上げるのに適当な場所でない。逃走防止のため至急車に乗せる必要。車内で実力で取ろうとすると更に混乱のおそれ道幅の狭い道路上で、車両が通る危険性等。近くの駐在所でいったん差押えに着手したが抵抗を受け、混乱を招くおそれからやむなく中止
差し押さえた所逮捕場所から直線約500mの警察署。約5分で到着し、間もなく差押え逮捕場所から直線約3kmの警察署。逮捕の時点から約1時間後に差押え
結論いずれも「逮捕の現場」における差押えと同視でき、適法
  • 以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する各差押えの手続は、いずれも、逮捕の場で直ちにその実施をすることが適当でなかったため、できる限り速やかに各被告人をその差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われたものということができ、刑訴法二二〇条一項二号にいう「逮捕の現場」における差押えと同視することができる
  • B・Cは、逮捕場所が道幅の狭い道路上で車両が通る危険性等もあったうえ、まず逮捕場所近くの駐在所でいったん差押えに着手し、抵抗を受けて中止した。これらの事情があって、約3km・約1時間でも同視された。
  • 同じ決定は、3名の準現行犯逮捕も適法とした(2号ないし4号)。上告棄却・裁判官全員一致。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、警察署へ連行した後の差押えを違法とした」(同視でき適法とした)
  • 「判例は、対象が本人の身体・所持品なら場所を移しても証拠の蓋然性・緊急性は変わらないから同視できる、と理由を述べた」(判例は理由を述べていない。蓋然性・緊急性の分析は学説)

3学説の説明(同視か、必要な処分か)学説解説書

  • 前提:相当説・緊急処分説は、逮捕に伴う令状なしの捜索・差押え(2号)がなぜ許されるかの根拠の説。そのうえで学説多数は、必要最小限度の移動を、捜索に「必要な処分」(付随措置)として認める(下)。
  • 鍵は、対象が身体・所持品であること。
  • 相当説(令状なしの捜索が許される根拠を、その場に証拠が存在する蓋然性に求める説):身体・所持品は移動しても、証拠がある蓋然性は変わらない。
  • 緊急処分説(令状なしの捜索が許される根拠を、証拠隠滅を防ぐ緊急の必要性に求める説):具体的な事実関係によるが、緊急の必要性が変わらない場合がある(言い切らない)。
  • そのうえで、現場での実施が名誉の保護・混乱の防止などの点で不適当なら、必要最小限度の移動は許される=学説多数。
  • ただし多数説は、「逮捕の現場と同視できる」からではなく、捜索の実効性を確保するための付随措置=捜索に「必要な処分」として説明する(「必要な処分」はの文言=捜索状などの執行に付随する処分。捜査機関にはで準用)。
  • 解説書の設問の検討:相当説なら適法。緊急処分説でも、証拠保全の緊急の必要性を指摘できれば同様。判例からは「同視できる」、反対説(上の学説多数)からは「必要な処分」と説明できる=結論は同じでも、法的な説明は違う。
判例(最決平8・1・29)学説多数
移動先での捜索許される必要最小限度の移動は許される
説明「逮捕の現場」と同視できる捜索に必要な処分(付随措置)
理由述べていない相当説=蓋然性は変わらない/緊急処分説=緊急性が変わらない場合がある

被疑者を手錠で拘束して車に乗せ、所持品も袋に入れて封をした状態で警察署へ向かった → 相当説なら蓋然性は変わらない。緊急処分説からは、隠滅の緊急性がまだ残っているかを個別に問われうる。

出題証拠存在の蓋然性を根拠とする考え方に立つと、逮捕した現場で直ちに捜索するのが適当でないときでも、最寄りの場所まで連行して被逮捕者の身体を捜索することはできない(×)

×にされやすい形
  • 「相当説(蓋然性の考え方)に立つと、最寄りの場所まで連行して身体を捜索することはできない」(司法H22-24-ウ)=身体・所持品は動かしても蓋然性は変わらない
  • 「学説の多数も、判例と同じく、移動先の捜索は逮捕の現場と同視できると説明する」(多数説は必要な処分として説明)
  • 「緊急処分説からも、移動しても緊急性は常に変わらない」(変わらない場合がある、にとどまる)

4居合わせた第三者の身体条文学説

  • 逮捕に伴う捜索にもが準用される()。
  • :被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる → 被疑者以外の人の身体は、この状況がその場であるときに限って調べられる。
  • 講義解説の整理(解説書には無い):の状況が要ることを前提に、対象になる第三者の範囲が説で違う。緊急処分説なら被疑者の身体および直接支配下にある場所にいる第三者に限り、さらにその第三者が証拠隠滅をするおそれ等が要る。相当説なら同一管理権の及ぶ場所にいる第三者まで。どちらでも、この状況がなくたまたま居合わせただけでは調べられない。

逮捕の直前に、同行者が被疑者から紙袋を受け取って自分のかばんに入れた → 押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がある。隣に座っていただけなら足りない。

×にされやすい形
  • 「逮捕の現場に居合わせた者の身体は、それだけで令状なしに捜索できる」(の状況が要る)

5捨てたごみの領置(最決平20・4・15)条文判例

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。
  • 領置=遺留物・任意提出物の占有を取得する処分。占有の取得に強制を伴わないので令状は要らない。
  • 「遺留した物」には、落とし物(遺失物)のほか、自分の意思で占有を放棄して手放した物も入る、と解されている。取りに戻るつもりの有無は決め手にならない。
  • 事案:強盗殺人等の事件。警察官が、被告人とその妻が自宅付近の公道上にあるごみ集積所に出したごみ袋を回収し、警察署内で中身を確認して、現金自動預払機の防犯ビデオに写っていた人物が着用していたものと類似するダウンベスト・腕時計等を発見し、領置した。
  • 被告人及びその妻は,これらを入れたごみ袋を不要物として公道上のごみ集積所に排出し,その占有を放棄していたものであって,排出されたごみについては,通常,そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても,捜査の必要がある場合には,刑訴法221条により,これを遺留物として領置することができるというべきである。
    また,市区町村がその処理のためにこれを収集することが予定されているからといっても,それは廃棄物の適正な処理のためのものであるから,これを遺留物として領置することが妨げられるものではない。
  • 決め手は2つ:「不要物として排出し、占有を放棄していた」ことと、「捜査の必要がある場合」であること。
  • 見られないという期待があることと、占有を放棄した物であることは別の話=判例は期待の存在を否定せず、それでも領置できるとした。
  • 市区町村が収集する予定でも、それは廃棄物の適正な処理のため → 領置は妨げられない。
  • この決定は、占有を放棄した物が遺留物に当たる例を示したもの。「遺留物は放棄した物に限る」とは言っていない。

出題強盗殺人事件の捜査で、被疑者が不要物として公道上のごみ集積所に排出したごみ袋を、令状なしで領置しても違法ではない(○)

出題公道上の集積所に排出されたごみ袋の領置は、令状がなくても適法と評価される余地がある(○)

判例の規範には「捜査の必要がある場合には」が付く。予備R4-16-エは強盗殺人事件の捜査という場面での肢、予備R8-18-イは「余地がある」と言うだけの肢なので、どちらも判例と食い違わず○。どちらの肢も、捜査の必要を問わず領置できるとは言っていない(必要が無い場合は項目6)。

出題本人に知られずに、自宅から公道上のごみ集積所に排出されたごみ袋を持ち帰ることは、令状がなくても適法と評価される余地がある(○)

出題本人に知られずに、自宅から公道上のごみ集積所に排出されたごみ袋を持ち帰ることは、あらかじめ令状を得ていなければ適法と評価される余地がない(×)

×にされやすい形
  • 公道上の集積所に排出されたごみ袋の持ち帰りを「令状がなければ適法の余地がない」側に入れる形(予備H26-14-イ)=遺留物として令状なしで領置できる
  • 「中身を他人に見られないという期待があるから、令状が必要」(期待があっても領置できる)
  • 「市区町村が収集する予定のごみだから、遺留物として領置できない」(妨げられない)
  • 「落とし物は遺留物に当たらない」「持ち主に取りに戻るつもりがあれば遺留物ではない」(遺失物も入る)

6判例の外側(解説書の検討)解説書

  • 問題:集積所のごみなら、無制約に遺留物として領置できるのか。
  • 解説書は、重大事件で捜査の必要性がある以上、期待があっても領置は適法とみる。逆に、捜査の必要性がないのにごみを領置すれば、違法となる余地がある(判例の規範に「捜査の必要がある場合には」とある)。
  • 集積所のごみなら全部領置できると考えるべきではない。マンションや個人の敷地内にあるごみは、敷地内への無断立入りが違法となりうる → 所有者・所持者・保管者にあたる管理会社・清掃会社・自治体の清掃事務所等の協力を得て任意提出を受けて領置するか、それが難しければ令状で捜索・差押えをすべき。
  • どれも解説書の著者の見解で、判例の判示ではない(東京高判平30・9・5 も無断立入りの可否は判断していない)。

一戸建ての門の内側に置かれたごみ箱から、警察が家人に断らずに袋を持ち出した → 公道上の集積所の判例はそのまま使えない。解説書は、敷地内への無断立入りが違法となりうるとして、任意提出か令状によるべきとする。

×にされやすい形
  • 「判例は、集積所のごみであれば、捜査の必要の有無を問わず領置できるとした」(判例は「捜査の必要がある場合には」とした)
  • 「判例は、敷地内のごみは無断立入りになるので令状が必要だとした」(解説書の見解)

7マンションのごみ(東京高判平30・9・5)裁判例

  • 事案:会社事務所等を狙った侵入窃盗事件の容疑者として被告人が浮上。マンションの各階にゴミステーションがあり、ごみ処理は管理組合の業務で、管理組合→マンション管理会社→清掃会社と委託して清掃員が各階から回収していた。
  • 居住者等は,回収・搬出してもらうために不要物としてごみを各階のゴミステーションに捨てているのであり,当該ごみの占有は,遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で,ごみを捨てた者から,本件マンションのごみ処理を業務内容としている管理組合,その委託を受けたマンション管理会社及び更にその委託を受けた清掃会社に移転し,重畳的に占有しているものと解される。
  • 「重畳的に」=重なり合って。3者が同時に占有している。
  • 捜査の流れ(判決が認めた事実の順):
  1. 警察が、マンション管理会社の指示を受けて、同社の管理責任者・清掃会社のごみ回収責任者とやり方を協議。被告人の住戸のある階のごみを専用の容器で分けて地下1階のごみ置場に下ろし、立会いのもとで確認する方法で、平成28年4月8日頃からごみの捜査
  2. 5月16日、警備室で管理員の了解を得てごみ置場へ。外観から被告人の出したごみの可能性のある4袋を、管理会社の管理員の立会いで1袋ずつ開封
  3. そのうち1袋から紙片等が出た → 立ち会っていた管理員からその1袋の任意提出を受けて領置
  4. その1袋を管理員にいったん還付し、改めて管理員から紙片等のみの任意提出を受けて領置
  • 判決は、紙片の出た1袋を含む4袋を、管理会社・清掃会社が占有するに至っていた物とし、その所持者が任意に提出した物を警察が領置したものと評価した(判決の法的な評価。事実としては、上のとおり開封が任意提出より先)。
  • 本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋は,その所持者が任意に提出した物を警察が領置したものであり,警察がそのごみ4袋を開封しその内容物を確認した行為は,領置した物の占有の継続の要否を判断するために必要な処分として行われたものであるといえる。
  • =判決は、ごみを占有する管理会社・清掃会社の側を所持者とし、立ち会った管理員から任意提出を受けた形を適法とした。開封・確認は、押収物(領置した物)についての「必要な処分」(原審は・を挙げた。=前項の処分は押収物についてもできる)。項目3の、捜索に付随するの「必要な処分」とは場面が違う。
  • ごみの捜査の必要性・相当性(このごみの捜査=領置・開封の当否として判決が見た事情。項目3の「相当説」とは別の話):
  • 必要性:侵入窃盗事件の嫌疑が高まっていて、ごみの捜査の必要性は高かった。相当性:平成28年4月8日頃から逮捕の前日の8月1日頃まで続いたが、被告人が検挙を避ける行動をとっていると推測される状況からやむを得ない。しかも袋を絞り込んでいた。
  • 警察は,被告人の住戸のあるE階のごみの中から,外観から被告人が出したごみの可能性のあるごみ袋に絞り込んでおり,領置して開封するごみ袋を極力少なくする配慮をしていたのである。
  • 本件マンションの居住者等は,ゴミステーションに捨てたごみが清掃会社によりそのまま回収・搬出され,みだりに他人にその内容を見られることはないという期待を有しているものといえるが,このことを踏まえても,本件紙片を領置するに至った捜査は,上記のような必要性があり,その方法も相当なものであったのであるから,
    …捜査手続は適法なものといえる。
  • 弁護人は、最決平20は公道上の集積所への排出を占有放棄の重要な要件としていると主張した。高裁の答え:
  • しかし,上記最高裁決定は,遺留物に関するものであり,所持者が任意に提出した物に関する本件とは事案を異にするものである。
  • =高裁は「公道か否か」を占有放棄の線として採ったのでも、退けたのでもない。結論は最決平20と同じく適法で、変わったのは法律構成(遺留物の領置 → 所持者からの任意提出による領置)。
  • オートロックで部外者の立入りが制限されプライバシー保護の程度が高い、という弁護人の主張にも、必要性の高さ・方法の相当性に照らし適法と答えた。
  • 所有権:高裁は判断していない(原審は、ゴミステーションに捨てた時点で所有権を放棄したと構成した)。任意提出によらなければならない(令状による差押えは許されない)とも言っていない=本件の任意提出・領置を適法とした事例判断。
最決平20・4・15東京高判平30・9・5
出した場所自宅付近の公道上のごみ集積所マンション各階のゴミステーション
占有排出者が放棄遅くとも回収時に管理組合・管理会社・清掃会社へ移転(重畳的)
法律構成遺留物の領置所持者が任意に提出した物の領置
見た事情捜査の必要がある場合ごみの捜査の必要性が高い・方法が相当(絞り込み)
見られない期待あっても領置できるあるが、ごみの捜査の必要性・相当性があり適法
結論適法適法
捨てられたごみを捜査機関が手に入れる遺留した物か落とし物も入ると解されている。例:占有を放棄した物=不要物として公道上の集積所に排出(最決平20・4・15)遺留物として領置捜査の必要がある場合(最決平20・4・15)はいいいえ所有者・所持者・保管者が任意に提出したか例:占有が管理側へ移っている(マンション)=回収して占有する管理会社・清掃会社任意提出物として領置東京高判平30・9・5はごみの捜査の必要性・相当性も見て適法はいいいえ令状による捜索・差押え敷地内への無断立入りは違法となりうる(解説書)
1段目は221条の遺留物で、例が最決平20(公道上の集積所に排出したごみは占有を放棄した物)。2段目は221条と東京高判。東京高判は「公道か否か」を線にしたのではなく、遺留物の事案(最決平20)と任意提出の事案(本件)は事案を異にするとした。最後の箱と敷地内の話は解説書の検討で、判例・裁判例の判示ではない。

同じマンションで、警察が階を区別せず、全住戸のごみ袋を数か月にわたって毎回すべて開けていた → 東京高判が相当性を認めた事情(被告人の階に限り、外観で絞り込み、開封する袋を極力少なくした)が欠ける → 適法とは言いにくくなる方向。

×にされやすい形
  • 「マンションの共用ごみ置き場に出したごみは領置できないとされた」(結論は適法。法律構成が任意提出による領置に変わった)
  • 「東京高判は、公道上への排出を占有放棄の要件とし、公道以外に出したごみは遺留物にならないとした」(最決平20とは事案を異にするとしただけ)
  • 「東京高判は、ごみ袋の中身はまだ住人の所有物だとした」(所有権は判断していない)
  • 「マンションのごみは、所持者からの任意提出によらなければ取得できないとされた」(任意提出に限るとは言っていない)

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検証・身体検査と強制採尿

問い:人の体を調べるには、どの令状が要るか。尿を強制的に採るには、どの令状で、どんな条件のもとでなら許されるか。

骨組み

  1. 1検証と実況見分:検証=五官の作用で場所・物・人の状態を認識する強制処分(=令状)。公道など第三者の権利を害するおそれのない場所、または相手方の承諾があれば、同じ中身を実況見分(任意処分)として令状なしで
  2. 2検証の令状:手続は捜索・差押えとほぼ同じ。違いは 検証許可状/検証許可状請求書/被疑者以外が対象でも制限なく必要性で足りる。必要な処分()は専門知識の要らない範囲
  3. 3身体検査の3つ:衣服・頭髪・口腔などに差し押さえるべき物がないかを探す(ポケット・下着の中など)=捜索差押許可状/身体の状態を見る(外表部と体腔の入口付近まで)=身体検査令状/それより内部・専門知識=鑑定処分許可状
  4. 4身体検査令状の規律:請求時に理由・性別・健康状態()/裁判官は条件を付けられる()/女子は医師又は成年の女子の立会いが必須()/拒めば過料・刑(・)→ 効果がなければ直接強制()
  5. 5鑑定受託者:許可状で身体の検査はできる()が、拒まれても直接強制はできない(に届く道が無い)
  6. 6令状の要らない検証:逮捕の現場(・身体検査も可・の配慮あり)/身体拘束中の被疑者の指紋・写真等は裸にしない限り令状不要()
  7. 7強制採尿は許されるか(最決昭55・10・23):絶対に許されないとすべき理由はない。重大性・嫌疑・証拠の重要性と取得の必要性・代替手段の不存在等の事情に照らし真にやむをえないとき、最終的手段として。錯乱で任意提出が期待できない事案も是認(最決平3・7・16)
  8. 8どの令状か(同昭55決定):捜索差押令状+身体検査の条件の規定(現)を準用=医師をして医学的に相当な方法で行わせる条件の記載が不可欠。併用令状で採った事案は「適法性をそこなうものではない」
  9. 9学説と批判(解説書):身体検査令状+鑑定処分許可状の併用説は学説で今も有力。判例には強制処分法定主義に反するとの強い批判。「尿はやがて排出される物だから」は判例が明言していない
  10. 10令状の後の「自分で出す」(解説書):出させるべきだが、捜索・差押えとして押収した扱い(任意提出・領置ではない)。時間稼ぎの申出なら機会を与え続けなくてよい(東京高判平24・12・11)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

主語を分けて覚える。最高裁が強制採尿について示した規範は「強制採尿は一定の事情のもとで最終的手段として許される」「令状は捜索差押令状で、医師による旨の条件の記載が不可欠」の2つ。なぜ捜索・差押えの性質なのかの理由(尿はやがて排出される物)、捜索・差押えだから拒否されても直接強制できること、併用説が今も有力なこと、判例への強制処分法定主義からの批判、令状の後の任意提出の扱い(項目8〜10)は解説書の説明で、判例の言葉ではない。

1検証と実況見分条文解説書

  • 検証=五官の作用で、場所・物・人の形状・性質を認識する強制処分。強制処分なので令状が要る()。差押えと違い、物の占有は取らない。
  • 公道上など第三者の権利を害するおそれのない場所や、相手方の承諾がある場合は、検証と同じ中身の処分を任意処分=実況見分として、令状なしで行える。2つはどちらか一方があれば足りる(両方そろう必要はない)。
  • 実況見分で足りるなら実況見分、足りないとき(たとえば公道などでもなく、承諾も得られないとき)は検証(任意捜査の原則)。交通事故の現場はほとんど実況見分で処理され、令状を取って検証するのは被疑者の関係先や承諾が得られない場合などで、実務ではむしろ少ない。
  • 実況見分は犯罪捜査規範104条に定めがあるが、同条が書くのは、事実発見のため必要があるときは実況見分を行わなければならないこと(1項)・関係者の立会いを得て行い調書に記載すること(2項)等で、「公道」「承諾」という要件は同条には書かれていない(要件は解説書の説明)。
場所・物・人の状態を五官で認識したい公道など、第三者の権利を害するおそれのない場所か実況見分任意処分・令状は要らないはいいいえ相手方の承諾があるか実況見分任意処分・令状は要らないはいいいえ検証強制処分・令状(218条1項)
場所と承諾のどちらか一方で実況見分になる。両方そろわなくてよい。

深夜の国道の追突事故。運転者が立会いを拒んでも、公道上なので令状なしでスリップ痕を測り図面にできる(実況見分)。事件のあった民家の室内は、家主が承諾すれば実況見分、断られたら検証許可状。

出題住居主の承諾があっても、住居の内部を五官で認識する処分は令状なしには許されず、検証許可状が要る(×)

×にされやすい形
  • 「住居主の承諾があっても、住居の内部を見分するには検証許可状が要る」(予備R1-15-オ)=承諾があれば実況見分
  • 「公道上で、しかも相手方の承諾がある場合に限り、実況見分ができる」=どちらか一方で足りる(公道なら承諾が無くてもよい)
  • 「実務では、令状による検証がむしろ多い」=むしろ少ない

2検証の令状と、必要な処分条文

  • 検証も捜索・差押えと同じに定めがあり、令状請求の手続・記載事項・実施・立会いは基本的に同じ規律()。令状の記載事項には「検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件」が並ぶ()。
  • 違いは3つ:①検証許可状が発付される ②検証許可状請求書という書式を使う ③被疑者以外の者を対象にする場合でも制限がなく、必要性があれば足りる。
  • ③の対照:被疑者以外の身体・物・住居の捜索は「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り」できる()。が検証に準用する(準用=ある場面について定めた規定を、必要な読み替えをして、似た別の場面にも当てはめること)条文の並びには入っていない=被疑者以外を検証するのに、押収すべき物の存在は要らない。
  • 必要な処分:検証については「身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分」ができる()。比例原則がかかる。
  • 検証は捜査機関が自分で行うので、ここでの身体の検査・解剖は、医学などの専門知識を要しない事実の認識に限られる。専門知識が要れば鑑定の嘱託による。

被害者の腕に残る噛み跡を記録するため、被害者を対象に身体検査令状を請求する。被害者は被疑者ではないが、押収すべき物があるかは問われず、捜査の必要があれば足りる。

出題身体検査令状で身体を検査できるのは被疑者に限られ、被疑者以外の者の身体は検査できない(×)

×にされやすい形
  • 「身体検査令状により検査できるのは被疑者に限られる」(司法H20-27-ア)=被疑者以外も対象にでき、必要性で足りる
  • 「被疑者以外の者の身体検査は、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がある場合に限られる」=それは被疑者以外の捜索の限定()

3身体検査の3つ:何を探す・見るかで令状が分かれる条文判例解説書

身体の捜索検証としての身体検査鑑定処分としての身体検査
何をする衣服のポケット・頭髪・口腔などに差し押さえるべき物がないかを探す身体の状態そのものを認識する(物を見つけるためではない)専門知識で身体の内部・試料を調べる
範囲の例衣服のポケット・頭髪・口腔・下着の中など外表部と体腔の入口付近まで(入れ墨・傷の位置など)それより内部(血液の採取など)
令状捜索差押許可状身体検査令状(後段)鑑定処分許可状
行う人捜査機関捜査機関医師など専門家
  • 身体の捜索は、人の身体を捜す場所として、衣服のポケット・頭髪・口腔などに差し押さえるべき物がないかを調べる。下着の中を捜して物を差し押さえるのも捜索で、捜索差押許可状で足りる(身体検査令状を併せて取る必要はない)。
  • 身体検査令状=人の身体を対象にする検証(身体の検査)の令状。身体検査は検証の一種だが、生命・身体の安全や名誉にも関わるので「身体の検査は、身体検査令状によらなければならない」(後段)。
  • 検証としての身体検査で許されるのは、身体の外表部と体腔の入口付近を認識するところまで。それより内部は、医師など専門家が鑑定処分として行う。
  • 尿の強制採取は例外的な扱い:身体の内部への侵襲を伴うので、本来は専門家の鑑定処分の側に見えるが、判例は捜索・差押えの性質を有するとして捜索差押令状によるとした(項目8)。
人の体を調べたい衣服・頭髪・口腔などで差し押さえるべき物を探すかポケット・頭髪・口腔・下着の中など捜索差押許可状身体検査令状は要らないはいいいえ(体の状態・体の内部を調べる)外表部・体腔の入口付近までか専門知識の要らない認識身体検査令状検証としての身体検査はいいいえ(それより内部)鑑定処分許可状医師など専門家による
軸は「衣服・頭髪・口腔などで物を探すか、体の状態を見るか」と「体腔の入口より内側か」。尿の強制採取だけは判例が別扱い(項目8)。

ズボンのポケットや下着の中に隠した覚醒剤の包みを探す → 捜索差押許可状だけで足りる。口を開けさせて口の中の傷を目で確かめる → 身体検査令状。体の内部を医師など専門家が調べる → 鑑定処分許可状(採血は、身体検査令状と鑑定処分許可状の併用が有力説・実務)。

出題下着の中を捜索して物を差し押さえるには捜索差押許可状で足り、身体検査令状は要らない(○)

出題着用しているズボンのポケットの中を捜索して物を差し押さえるには、捜索差押許可状のほかに身体検査令状が要る(×)

×にされやすい形
  • 「ポケットの中の捜索には、捜索差押許可状のほかに身体検査令状も要る」(予備R5-18-ウ)=身体の捜索は捜索差押許可状で足りる
  • 「検証としての身体検査なら、体の内部まで調べられる」=外表部と体腔の入口付近まで

4身体検査令状の特別な規律条文

  • 身体の検査は、身体検査令状によらなければならない(後段)。
  • 請求のとき:身体の検査を必要とする理由、受ける者の性別・健康状態その他規則の事項を示す()。
  • 条件:「裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を付することができる」()。例=医師を立ち会わせる。この規定は、強制採尿の令状の部品として使われる(項目8)。身体検査令状以外の検証許可状にもこの規定を準用できる(条件の付加は強制処分の範囲・程度を減縮させる方向に作用するから)、とする肢が判例に照らして○とされている(司法H25-25-ウ)。
  • 実施の配慮(・で準用):性別・健康状態その他の事情を考慮し、方法に注意し、名誉を害しないように(1項)。女子の身体を検査するときは、医師又は成年の女子を立ち会わせなければならない()=法律が直接求める立会いで、令状に条件が付いているかどうかと関係ない。
  • はもともと裁判所の検証の規定(捜査機関にはで準用)=裁判所が女子の身体を検査するときも立会いが要る。
  • 拒まれたとき:まず間接強制=決定で10万円以下の過料・費用の賠償()、10万円以下の罰金又は拘留()。捜査機関が過料・賠償を求めるときは裁判所に請求する()。
  • それでも効果がないと認めるときは「そのまま、身体の検査を行うことができる」=直接強制(。捜査機関にはで準用)。比例原則に従う。

女性の被疑者の背中のあざを確かめる身体検査令状に、立会いの条件が何も書かれていない → それでも医師か成年の女子を立ち会わせなければならない。

出題捜査機関が女子の身体を検査する場合、令状に立会いの条件が付されていない限り、医師又は成年の女子を立ち会わせる必要はない(×)

出題身体検査令状で女子の身体を検査する場合、医師又は成年の女子を立ち会わせなければならない(○)

出題裁判所が女子の身体を検査する場合も、医師又は成年の女子を立ち会わせる必要がある(○)

出題身体検査の条件を付ける規定は、強制処分の範囲・程度を減縮させる方向に働くので、身体検査令状以外の検証許可状にも準用できる(○)

×にされやすい形
  • 「女子の身体検査の立会いは、令状に条件が付されたときだけ要る」(予備H29-17-ウ)=が直接求める
  • 「条件を付けるのは裁判所」=条文は「裁判官は」
  • 「身体検査を拒まれたら、過料・刑の効果を問わずに直接強制できる」=過料・刑を科しても効果がないと認めるとき()

5鑑定受託者は直接強制できない条文

  • 鑑定人=裁判所が命じる()。鑑定受託者=捜査機関が鑑定を嘱託した者()。
  • 鑑定受託者も、裁判官の許可を受けて、の処分(住居への立入り・身体の検査・死体の解剖・墳墓の発掘・物の破壊)ができる()=鑑定処分許可状で身体の検査はできる。
  • 拒まれたとき:鑑定人の身体の検査に準用されるのは・・・で、は入っていない()。
  • 鑑定人には別の道がある:拒まれたら裁判官に身体の検査を請求でき、裁判官は第十章(検証)の規定に準じて検査する()=ここでに届く。
  • 鑑定受託者の許可状に準用されるのは〜4項と6項だけ()。は準用されない → に届かない → 直接強制はできない。
  • だから鑑定処分許可状だけでは、抵抗されると強制採尿を実施できない(項目8の併用令状が使われた理由)。
鑑定人鑑定受託者
誰が選ぶ裁判所捜査機関(嘱託)
身体の検査裁判所の許可()裁判官の許可()
拒まれたら裁判官に検査を請求()→ に届くの準用なし → 直接強制できない

警察から嘱託された医師は、鑑定処分許可状があれば被疑者の採血ができる。しかし被疑者が腕を引っ込めて拒んだら、その許可状で押さえつけて採ることはできない。

出題鑑定の嘱託を受けた者は、鑑定処分許可状に基づき、身体検査を拒否する者に直接強制として身体検査を行うことができる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定受託者は、鑑定処分許可状に基づき、直接強制として身体検査ができる」(予備H29-17-ア・R5-18-エ)
  • 「鑑定受託者は、身体の検査そのものができない」=裁判官の許可を受けてできる()。できないのは直接強制

6令状の要らない検証条文

  • 逮捕の現場では、差押え・捜索だけでなく検証も令状なしでできる(・)。典型は写真撮影。
  • 逮捕の現場の検証として身体検査もできる。ただしはの検証にもを準用している=性別・健康状態・名誉への配慮が要る。
  • 別の場面:身体の拘束を受けている被疑者の指紋・足型の採取、身長・体重の測定、写真の撮影は、被疑者を裸にしない限り、令状によることを要しない()。逮捕の現場に限らない。古い問題では3項。

勾留中の被疑者の顔写真・指紋 → 令状なしで取れる。シャツを脱がせて胸の手術痕を撮る → 裸にする検査なので身体検査令状が要る。

出題身体の拘束を受けている被疑者の顔写真を撮影するには、身体検査令状による必要はない(○)

出題身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影・指紋採取には身体検査令状が要る(×)

出題身体の拘束を受けている被疑者の指紋採取には、裸にしなくても令状が要る(×)

出題身体の拘束を受けている被疑者なら、身体検査令状なしに全裸にして写真撮影できる(×)

×にされやすい形
  • 「身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影・指紋採取には、必ず身体検査令状が要る」(予備R5-18-イ・H28-16-オ・司法H20-27-イ)
  • 「身体の拘束を受けている以上、全裸にして撮影することも令状なしでできる」(司法H24-23-イ)=裸にしない限り

7強制採尿は許されるか(最決昭55・10・23)判例

  • 学説には、強制採尿は高度の精神的苦痛を与え人格の尊厳を害するので、およそ許されないとする見解も有力。最高裁はこれを採らなかった。
  • 右採尿につき通常用いられるカテーテルを尿道に挿入して尿を採取する方法は、被採取者に対しある程度の肉体的不快感ないし抵抗感を与えるとはいえ、医師等これに習熟した技能者によつて適切に行われる限り、身体上ないし健康上格別の障害をもたらす危険性は比較的乏しく、
    …右強制採尿が被疑者に与える屈辱感等の精神的打撃は、検証の方法としての身体検査においても同程度の場合がありうるのであるから、被疑者に対する右のような方法による強制採尿が捜査手続上の強制処分として絶対に許されないとすべき理由はなく、
  • 被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許されてしかるべきであり、ただ、その実施にあたつては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきものと解するのが相当である。
  • 比べている相手は、法律が強制処分として認めている検証の方法としての身体検査(後段)。それでも同程度の屈辱感等の精神的打撃がありうる以上、精神的打撃を理由に強制採尿を絶対に許されないとはいえない、という比較。
  • 挙がっている4事情は「等の事情」=「等」つきの例示で、4つに限った列挙ではない。
  • 事案:覚せい剤の譲渡しで逮捕した被疑者の両腕に静脈注射痕様のものがあり、言語・態度から自己使用の嫌疑。尿の任意提出を再三求めたが拒絶 → 翌日、身体検査令状と鑑定処分許可状 → 鑑定受託者である医師が自然排尿の機会を与えたのち、警察官数人に押さえつけられた被疑者からカテーテルで約100cc採取。
  • 決定が要件を満たすとして挙げた事情:自己使用罪は10年以下の懲役の相当重大な犯罪/嫌疑あり/犯行を徹底的に否認していたので尿を取得する必要性/逮捕後33時間たっても任意提出を拒み、他に代わる適当な手段なし/医師が適切な医学上の配慮の下に合理的かつ安全な方法で実施/押さえつけは採尿を安全に実施するのに必要最小限度。
  • 解説書の整理(判示ではない):覚醒剤事犯は一般に重大性を満たし、尿以外に適切な客観証拠が無いので必要性・代替手段の不存在も一般に認められる。最終的手段といえるには、説得を尽くしたことも必要。実力の行使は比例原則による。
  • 錯乱状態の事案(最決平3・7・16):
  • 被告人は、錯乱状態に陥っていて任意の尿の提出が期待できない状況にあったものと認められるのであって、本件被疑事実の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らせば、本件強制採尿は、犯罪の捜査上真にやむを得ない場合に実施されたものということができるから、右手続に違法はないとした原判断は正当である
  • 平3決定は、昭55と同じ事情に当てはめて「真にやむを得ない」とした。「錯乱状態で任意提出が期待できないときは、任意提出の機会を与えずに令状で強制採尿できる」という形で出題され、○とされている(予備R6-26-エ)。
  • 錯乱していても令状は要る(令状なしで採尿してよいとは言っていない)。
  • どの令状で行うかは項目8。

出題重大性・嫌疑・証拠の重要性と取得の必要性・代替手段の不存在等の事情に照らし真にやむを得ない場合には、最終的手段として適切な法律上の手続を経て強制採尿できる(○)

出題強制採尿は強制処分として認められる以上、最終的手段でなくとも裁判官は令状を発付できる(×)

出題被疑者が錯乱状態で任意提出が期待できないときは、任意提出の機会を提供せずに、令状によって強制採尿できる(○)

出題錯乱状態で任意に尿を提出することが期待できない状態なら、医師に強制採尿させるのに令状は要らない(×)

×にされやすい形
  • 「最終的手段でなくとも、令状を発付できる」(予備R6-26-ウ)
  • 「錯乱状態なら、令状なしで強制採尿できる」(予備R8-18-エ)=錯乱でも令状は要る(平3決定は令状なしの採尿を認めていない)
  • 「強制採尿は人格の尊厳を害するので、およそ許されないとした」=判例は採らなかった(学説の一つ)
  • 「判例は、考慮する事情を4つに限った」=「…適当な代替手段の不存在等の事情に照らし」で、4事情は例示

8どの令状で行うか:条件付捜索差押許可状(同昭55決定)判例解説書

  • 体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押令状を必要とすると解すべきである。
  • ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法二一八条五項が右捜索差押令状に準用されるべきであつて、令状の記載要件として強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠であると解さなければならない。
  • 「二一八条五項」=今の(裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を付することができる)。
  • 令状の種類は捜索差押令状のまま、条件の規定だけを準用する=「強制採尿令状」とも呼ばれる。捜索・差押えなので、拒否されても直接強制できる(解説書)。
  • 判例が述べた理由は、条件を準用する理由(人権の侵害のおそれで身体検査と共通)まで。なぜ捜索・差押えの性質なのかは、決定に書かれていない(項目9)。
  • この事案の令状(身体検査令状+鑑定処分許可状)について:
  • 令状の種類及び形式の点では、本来は前記の適切な条件を付した捜索差押令状が用いられるべきであるが、本件のように従来の実務の大勢に従い、身体検査令状と鑑定処分許可状の両者を取得している場合には、医師により適当な方法で採尿が実施されている以上、法の実質的な要請は十分充たされており、この点の不一致は技術的な形式的不備であつて、本件採尿検査の適法性をそこなうものではない。
  • 審級:原審は本件採尿検査を違法視した(ただし鑑定書の証拠能力は肯定)。最高裁は、その原判断は法令に違反するが判決に影響しないとして上告を棄却した。
鑑定処分許可状だけ身体検査令状+鑑定処分許可状(併用)条件付捜索差押令状(判例)
何の処分とみるか身体の内部への侵襲を伴うので、専門家の鑑定処分鑑定処分(直接強制のために身体検査令状を足す=2枚組み)捜索・差押えの性質。人権侵害のおそれの点で身体検査と共通なので、条件の規定だけ準用(1枚)
医師に行わせる縛りあり(専門家の鑑定処分)あり条件の記載が不可欠
拒まれたら直接強制できない(項目5)身体検査令状にが及ぶ捜索・差押えとして直接強制できる
位置づけだから併用された判例以前の実務の大勢・学説では今も有力実務は判例どおりに定着。強制処分法定主義に反するとの強い批判

表の第1・2列と、第3列の「拒まれたら」「位置づけ」の欄は解説書の説明(判例の判示は第3列の「何の処分とみるか」「医師に行わせる縛り」まで)。

出題強制採尿のための令状には、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠(○)

出題裁判官は、強制採尿の令状の発付に当たり、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせる旨の条件を付さなければならない(○)

出題強制採尿の捜索差押許可状に医師による旨の条件を記載することは望ましいが、不可欠ではない(×)

出題尿の強制採取には捜索差押令状が要るが、人権侵害のおそれの点で検証としての身体検査と共通するので、身体検査の条件の規定が準用される(○)

出題被疑者が任意に尿を提出しなくても、捜索差押許可状の発付を受けて医師に強制採尿させることができる(○)

出題膀胱の尿は物ではなく身体の一部だから、捜索差押許可状で強制採尿はできない(×)

出題強制採尿は身体への侵襲を伴うから、鑑定処分許可状が必要(×)

出題人の身体から直接強制として尿を採取するには、身体検査令状による必要がある(×)

×にされやすい形
  • 「条件の記載は望ましいが、不可欠ではない」(予備R4-16-ア)
  • 令状の種類のすり替え:「身体検査令状による必要がある」(予備H29-17-オ)/「鑑定処分許可状が必要」(予備R6-26-イ)/「尿は身体の一部だから捜索差押許可状ではできない」(予備R6-26-ア)
  • 「昭55の事案の併用令状による採尿は違法とされた」=形式的不備にとどまり、適法性をそこなわない(違法視したのは原審)
  • 「判例は鑑定処分許可状に条件を付けて行うとした」=捜索差押令状

9学説の状況と判例への批判条文学説解説書

  • 判例以前の実務の大勢は、身体検査令状と鑑定処分許可状の併用(専門家の鑑定処分として行うべきだが、鑑定受託者は直接強制できないので身体検査令状を併せて取った)。学説では、今も併用説が有力。
  • 強制処分法定主義=強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、することができない(ただし書)。
  • 判例(条件付捜索差押令状)には、立法によらず判例が強制採尿のための令状を作り出したもので、強制処分法定主義に反するとの強い批判がある。ただ実務は判例どおりに定着している。
  • 「尿は血液などと違い、やがて体外に排出される無価値な物だから捜索・差押えの性質」という説明は、最高裁は明言していない=解説書の推測。判例の理由として覚えない。
  • 併用説には「令状を2枚組み合わせるのは便宜的」との批判を講義解説が挙げる(解説書には無い)。
×にされやすい形
  • 「判例は、尿がやがて体外に排出される無価値な物であることを理由に、捜索・差押えの性質を認めた」=決定に無い
  • 「強制処分法定主義に反するとの批判は、併用説に向けられている」=批判されているのは判例の立場
  • 「判例が出て、併用説は学説上も支持を失った」=学説では今も有力

10令状が出た後で「自分で出す」と言ったら条文解説書

  • 強制採尿は最終的手段なので、令状を知った被疑者が翻意して自分から提出すると申し出たら、強制採尿をせずに提出させるべき。
  • 任意提出・領置=所有者・所持者・保管者が任意に提出した物を、捜査機関が受け取って保管すること()。
  • ただしこの場合も、任意提出・領置ではなく、捜索・差押えとして押収したものと扱う必要がある(解説書の説明・判例の引用は無い)。
  • 時間稼ぎのために申し出ているような場合まで、強制採尿を控えて提出の機会を与え続ける必要はない(東京高判平24・12・11 判タ1400号367頁。解説書の紹介による)。

令状を見せられた被疑者が「自分でトイレで出す」と言い出した → 出させるべきだが、その尿は令状による捜索・差押えで押収した物の扱い。「出す」と言いながら何時間も出さない → 機会を与え続けなくてよい。

×にされやすい形
  • 「令状の発付後に被疑者が自ら提出した尿は、任意提出物として領置する」=捜索・差押えとして押収した扱い

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#48単独ページ動画

採尿のための連行・強制採血・体内の証拠物

問い:強制採尿令状だけで、抵抗する被疑者を病院まで連れて行けるか。血液や飲み込んだ物は、どの令状で体から取るか。

骨組み

  1. 1留め置き(最決平6・9・16):エンジンキーを取り上げた後、約6時間半以上の留め置き=「任意捜査として許容される範囲を逸脱」して違法。違法の理由=説得行為の限度を超え、移動の自由を長時間奪った。決定は後で「早期に令状を請求することなく長時間」と言い直し、解説書はこの点を重く見る。逮捕と同視するとは言っていない(任意処分として比例原則で判断したと理解されている=解説書)
  2. 2違法だが重大でない(同):有形力はさほど強くない/運転を阻止する必要性が高い/本人がかたくなに拒否/当初から違法な留め置きの意図なし → 「令状主義の精神を没却するような重大なもの」ではない。令状は違法になる前の疎明資料で発付=適法、採尿手続にも違法なし → 尿の鑑定書の証拠能力を肯定
  3. 3二分論(裁判例):令状請求の準備に入った後は、請求していると伝えることを条件に所在確保のため必要最小限度なら強めにとどまるよう求めてよい(東京高判平21・7・1、東京高判平22・11・8)。否定した裁判例もあり定着していない。決定は約6時間半以上の全体を違法とした。言い直しの「早期に令状を請求することなく」と解説書の当てはめ(準備まで約4時間30分)からすると、重いのは準備に入る前の部分と読める
  4. 4連行(最決平6・9・16):強制採尿令状=尿を医師に強制採取させるための捜索差押許可状(医師に医学的に相当な方法で行わせる条件付き)。任意に同行することが事実上不可能なら、強制採尿令状の効力として採尿に適する最寄りの場所まで連行でき、必要最小限度の有形力も使える。理由=令状の目的を達せない/裁判官は連行の当否を含めて審査している。勾引状は要らない
  5. 5必要な処分説(学説):根拠規定の無い連行を令状の効力とするのは無理との批判から、・の「必要な処分」として連行を認める。差は事前審査の範囲に出るとする見解と、差は無いとする見解がある
  6. 6強制採血:わずかでも承諾なしなら令状が要る。身体検査令状+鑑定処分許可状の併用(有力説・実務)。血液は人体の一部で「物」とは言いがたい。直接強制は身体検査令状の側(→)
  7. 7採血の令状4説への批判(過去問):Ⅰ身体検査令状=捜査機関が採るのではない/Ⅱ鑑定処分許可状=直接強制の明文が無い/Ⅲ併用=検証としての身体検査の域を超えるなら併用しても意味が無い/Ⅳ捜索差押許可状=尿と血液は違う
  8. 8飲み込んだ物(解説書):原則=自然排出を待って差押許可状。排出が難しい・必要性緊急性が高い → 捜索差押許可状+鑑定処分許可状で医療措置。条件付きの捜索差押許可状で足りるとする見解は相当でないとされる

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の整理)。最高裁=判例、高裁・地裁=裁判例。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

項目1・2・4は1つの決定(エンジンキーの事件の続き)、項目3はその後の裁判例。決定の問いは「尿の鑑定書を証拠に使えるか」で、その下に留め置き(違法・重大でない)、令状の発付(適法)、連行と採尿(適法)が並ぶ。項目6〜8は「取る対象が物か人体の一部か」で本体の令状を選ぶ。鑑定処分許可状を重ねるのは、血液(併用が有力説・実務)と、医療措置で飲み込んだ物を出させるとき(医師などの専門家が行う必要があるため=解説書)。

1約6時間半以上の留め置き=違法(最決平6・9・16)判例

  1. 覚醒剤使用の疑い。積雪で滑りやすい国道で停止させ、職務質問を開始。空ふかしなどをしたのでエンジンキーを取り上げた(この取り上げは適法)
  2. 覚醒剤取締法違反の前科4犯との無線連絡。以後、数名の警察官が職務質問と警察署への任意同行の説得を続けるが、本人は自ら運転することに固執し、他の方法による同行をかたくなに拒否
  3. 車に乗り込もうとしたので両脇から抱えて阻止。以後エンジンキーは返さない。本人は異常な言動を繰り返す
  4. ようやく令状請求のため指揮官が現場を離れ、車両・身体の各捜索差押許可状と強制採尿令状を請求
  5. 令状が発付され、身体の捜索を抵抗を排除して執行=ここまでが約6時間半以上の留め置き
  6. 強制採尿令状を呈示すると激しく抵抗 → 両腕を制圧したまま警察車両で病院へ連行
  7. 病院で医師がカテーテルで採尿 → 尿の鑑定書
  • その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、
    被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。
  • 同じ決定は、重大性を判断した段落の末尾で、違法とした措置を次のように言い直している。
  • 警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ない
  • 違法とした段落の理由は、説得行為の限度を超え、移動の自由を長時間奪ったこと。「早期に令状を請求することなく」は、重大性を判断した段落でその措置を言い直した言葉。この点を重く見るのは解説書の当てはめで、前科4犯と分かった職務質問開始の約20分後(解説書の設問。決定の認定では約15分後の午前11時25分頃)には令状を請求できる資料がそろっていたのに、職務質問の開始から請求の準備に入るまで約4時間30分(解説書の設問)かかった点を挙げて、釣り合わないとみる。
  • 時間の区切り(決定の認定):職務質問の開始から、指揮官が令状請求のため現場を離れるまで約4時間15分。そこから令状の発付を経て身体の捜索が始まるまで約2時間15分。合わせて約6時間半以上。
  • 解説書は、令状の効力で病院まで連行できる(項目4)以上、早く適切に令状を請求せずに説得を続けるのは令状主義の軽視と見られかねない、と2つの論点をつなぐ。
  • 「強制処分に当たる」「逮捕と同視する」とは言っていない=最高裁は実質的な逮捕に至らない任意処分として比例原則で判断したと考えられている(解説書)。実質的な逮捕だとする批判は学説の側。
  • どちらとみるかで何が変わるか(解説書の設問の検討):無令状の逮捕と同視できるとみれば、違法の程度は重大で、その後に集めた証拠も排除されるべきという結論もありうる。任意捜査の枠内とみれば、比例原則(自由の侵害・制約の程度と捜査の必要性が釣り合うか)で判断する。

同じ約6時間半でも、前科が分かった直後に令状を請求し、その発付を待つための時間だったなら、決定の言い直しの要素「早期に令状を請求することなく」は当てはまらなくなる=適法の方へ動く要素(結論までは言い切れない)。

×にされやすい形
  • 「約6時間半の留め置きは、逮捕と同視されて強制処分とされた」(任意捜査として許容される範囲を逸脱して違法、という判断)
  • 「留め置きは最後まで適法とされた」(エンジンキーの取り上げは適法、その後の留め置きは違法)

2違法だが重大でない → 尿の鑑定書は使える判例

  • なぜ留め置きの違法が尿の鑑定書に関係するか:強制採尿は、現場に6時間半以上留め置いて職務質問を続けた上で行われた。そこで決定は、強制採尿手続の適法性を、それに先行する一連の手続の違法の有無・程度も十分考慮して判断するとした(最判昭61・4・25を参照)。
  • 重大でないとした事情(決定が挙げた4つを総合):
  • ① 警察官が使った有形力は、エンジンキーを取り上げて返さない、キーを持った本人が車に乗り込むのを阻止した程度で、さほど強くなく、運転させないための必要最小限度。
  • ② 積雪で滑りやすい路面、覚醒剤中毒をうかがわせる異常な言動、それでも高速道路へ向かおうとしていた → 任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、運転を阻止する必要性が高かった。
  • ③ 本人が自ら運転することに固執し、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた → 説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面がある。
  • ④ そうした状況から、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったとは認められない。
  • 警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、
    その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。
  • 次に、令状の発付手続について:
  • 本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない。
  • 疎明資料(令状請求のときに出した資料)は、職務質問の開始から午後1時すぎ頃までの本人の動静を示すものと推認された。
  • 連行と病院での採尿にも違法は無い(項目4)。最後に一連の手続を全体として評価した:
  • 職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。
  • → 尿の鑑定書の証拠能力を肯定。理由は「留め置きの違法が重大でない」だけでなく、令状の発付は適法・強制採尿手続そのものに違法なし・全体として見ても証拠にするのが相当でないとはいえない、の積み重ね。

「違法か」と「証拠を排除するほど重大か」は別の物差し。本件の留め置きは違法と判断されたが、それでも鑑定書は証拠として使えた。

×にされやすい形
  • 「留め置きが違法なのだから、尿の鑑定書は証拠として使えない」
  • 「留め置きの違法は令状主義の精神を没却する重大なものとされた」
  • 「強制採尿令状は、違法な留め置きの間に集めた資料で発付されたので、発付手続も違法とされた」(違法になるほど長引く前の資料による発付で、適法)

3二分論(裁判例の立場・定着していない)裁判例

  • 二分論:留め置きを、純粋に任意の段階と、令状請求の準備に入った後の強制へ移る段階に分ける。後の段階では、令状を請求していることを対象者に伝えることを条件に、所在の確保に必要最小限度なら、意に反しても相当程度強くとどまるよう求めてよいとする。
  • 採った裁判例(適法とした例):東京高判平21・7・1(約3時間)、東京高判平22・11・8(約3時間20分)。正面から否定した裁判例:札幌高判平26・12・18。→ 実務上定着しているとは言いがたい(いずれも解説書の紹介による)。
  • 最決平6・9・16は二分論に触れていない(二分論を採った裁判例は、どれもこの決定より後のもの)。
  • 決定が違法としたのは、身体の捜索が始まるまでの約6時間半以上の全体(請求後の約2時間15分も含む)。ただ、言い直しの「早期に令状を請求することなく」と、解説書の当てはめ(準備に入るまで約4時間30分)からすると、重いのは令状請求の準備に入る前の部分と読める。二分論に立っても、強めの留め置きが認められうるのは準備に入った後の時間帯だけ。
  • 解説書の著者は、強制へ移る段階でも任意捜査であることに変わりはなく、捜査の必要性を高める事情にとどまる=強制と同視できる有形力は適法としがたい、とみる。留め置きを認める立法で解決すべきとの見解もある。
×にされやすい形
  • 「二分論は最高裁の判例の立場である」(高裁の裁判例が採った立場で、否定した裁判例もある)
  • 「本件の約6時間半は令状請求の準備に入った後の留め置きなので、二分論により適法とされた」

4強制採尿令状の効力としての連行(最決平6・9・16)判例

  • 強制採尿令状とは:決定の言葉では「被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状」。体内の尿を証拠物として強制的に取るのは捜索・差押えの性質を持つので捜索差押許可状によるが、医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が要る、とした最決昭55・10・23 の令状(条件付捜索差押許可状)。住居の捜索差押許可状とは、対象が場所でなく被疑者の身体(尿)で、この条件が付く点が違う。
  • 医師に行わせる点は、鑑定処分許可状を重ねるのではなく、令状の条件で手当てしている(かつての実務は身体検査令状+鑑定処分許可状の併用だった=解説書)。条件では足りないとされる場面は項目8。
  • 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。
  • けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。
  • 「右令状」=今言った強制採尿令状。連行は採尿とは別の新しい処分ではなく、同じ令状の効力の一部(令状効力説)。だから勾引状などの別の令状は要らない。
  • 解説書の理解:強制採尿令状には医師に医学的に相当な方法で行わせる条件が付いているので、それに適した場所へ連れて行くことも強制採尿の本来の内容に含まれる、と判例はしたもの。
  • 右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。
  • 令状に連行の許可を書けるとしたのは決定自身。それ以降の実務では書くのが通例(解説書)。記載が連行の要件だとは言っていない。
  • 本件の当てはめ:任意に同行させることは事実上不可能だった。両腕を制圧して車で病院へ運んだことも、連行のために必要限度を超えて拘束したり有形力を加えたものとはみられない。病院での強制採尿にも違法と目すべき点は無い → 強制採尿手続自体に違法なし。
  • 連行できるのは強制採尿令状の効力があるとき。覚醒剤を差し押さえるべき物とする住居の捜索差押許可状の執行中に使用の疑いが出ても、その令状で採尿のために病院へ連れて行くことはできない(司法H21-26エ)。
強制採尿令状が出ている・身柄の拘束なし採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能か連行の根拠にならない任意に同行するいいえはい行き先は採尿に適する最寄りの場所か令状で特定の採尿場所を指定することもできる令状の効力の外いいえはい有形力は必要最小限度か令状の効力の外いいえはい強制採尿令状の効力として連行できる別の令状(勾引状など)は要らない
紫の枠が判例の言葉(最決平6・9・16)。判例は3つの枠の中なら令状の効力で連行できるとしただけで、右の「令状の効力の外」は判例の言葉の裏から読んだもの(判例が違法とした場面ではない)。

令状を示すと、被疑者が「自分で病院に行く」と言って実際に車に乗った → 「任意に同行することが事実上不可能」に当たらないので、腕をつかんで連れて行く根拠にはならない。

出題任意に同行することが事実上不可能なら、強制採尿のための令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで連行できる(○)

出題任意同行が事実上不可能なら、採尿を許可する令状の効力として最寄りの場所まで連行でき、その際、必要最小限度の有形力を行使できる(○)

出題任意に同行することが事実上不可能な場合でも、採尿場所へ連行する際に有形力を行使することは許されない(×)

  • 採尿を実施する場面でも、安全に行うための必要最小限度の有形力は許される(予備H25-17オ○)。最決平6・9・16 は病院での強制採尿に「違法と目すべき点は見当たらない」としただけで、この言い回しは判旨に無い。

出題病室で激しく抵抗する被疑者をベッドに押さえ付けて医師が採尿=採尿を安全に実施するのに必要最小限度の有形力の行使は許される(○)

出題身体を拘束されていない被疑者を採尿のため最寄りの病院に連行するには、捜索差押許可状に加え勾引状が要る(×)

出題覚醒剤を差し押さえるべき物とする住居の捜索差押許可状で、使用の疑いが生じた被疑者を採尿のため最寄りの病院へ連れて行くことが許される(×)

×にされやすい形
  • 「採尿のための連行には、強制採尿令状とは別に勾引状が要る」(予備H27-17-ウ)
  • 「任意同行が事実上不可能でも、連行の際に有形力を使うことは許されない」(予備H25-17-エ)=必要最小限度なら許される
  • 「覚醒剤の住居の捜索差押許可状の効力で、採尿のために病院へ連れて行ける」(司法H21-26-エ)
  • 「本人が自分で行くと言っていても、強制採尿令状があれば腕をつかんで連行できる」(要件は任意の同行が事実上不可能なこと)

5必要な処分説と令状効力説学説条文

  • 学説の批判:強制採尿と強制連行は別の強制処分。連行を認める根拠規定が無いのに、令状の効力として連行を認めることはできない。
  • 必要な処分説:強制採尿令状の執行のために「その他必要な処分」として連行を認める。根拠=が準用する前段(差押状・捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる)。
  • 両説の差:実質的な差は無いとする見解と、事前審査の範囲に差が出るとする見解がある(下の表)。
  • 実務は、連行の当否まで含めて事前に審査するのが通常。これには、連行を別個の強制処分として裁判官が審査し捜査官に授権していることになりかねず、刑訴法が明文で認めていない以上、強制処分法定主義との関係で疑問だ、という批判もある。
  • どちらの説が優れているかの決着は解説書に無い。短答・答案は判例(令状効力説)で書く。
令状効力説(判例)必要な処分説(学説)
連行の根拠強制採尿令状の効力そのもの・の「必要な処分」
裁判官の事前審査(差が出るとする見解)連行の当否まで含めて審査強制採尿の当否だけ。連行の必要性は現場の捜査官の判断
向けられる批判根拠規定が無い連行を令状の効力とするのは無理(学説)/連行の事前審査は強制処分法定主義から疑問(実務の運用への批判)解説書の範囲では、この説への批判の紹介は無い
×にされやすい形
  • 「判例は、連行を・の『必要な処分』として認めた」(判例は強制採尿令状の効力として認めた。必要な処分は学説)

6強制採血=身体検査令状+鑑定処分許可状条文学説

  • 強制採血は、強制採尿より屈辱感などの精神的打撃を与える程度が低く、許されると一般に考えられている。
  • ただし、わずかな採血でも、対象者の承諾を得て提出を受けられない以上は、強制処分として令状が必要。失神状態の被疑者から鑑定処分許可状なしに採血したことを違法とした裁判例がある(仙台高判昭47・1・25・解説書の紹介)。
  • 鑑定嘱託=検察官・検察事務官・司法警察職員が、捜査に必要なとき、被疑者以外の者(医師など)に鑑定を頼むこと()。
  • 鑑定を嘱託された者が身体を検査するなどの処分()をするには、裁判官の許可を受ける(・の許可状=鑑定処分許可状)→ 鑑定嘱託だけで医師に採血させることはできない。
  • どの令状か:捜索差押許可状(条件付き)によるべきとする学説もある(血液ができる過程も尿と変わらない)。しかし有力説・実務は身体検査令状と鑑定処分許可状の併用。
  • 理由(解説書):尿はやがて体外に排出される無価値な「物」→ 捜索差押えの令状になじむ。血液は人体の一部で「物」とは言いがたい → 体そのものを調べる身体検査令状(後段)。
  • 鑑定処分許可状を重ねる理由:強制採尿について解説書は、身体の内部への侵襲を伴うから医師などの専門家による鑑定処分として行うべき、とかつての併用の理由を述べる。飲み込んだ物の医療措置〔項目8〕も、医師などの専門家が行う必要があるとして併用する。強制採血の箇所では、併用という結論だけが示されている。
  • 直接強制:鑑定処分許可状には直接強制の明文が無い(は2〜4項・6項だけを準用し、を準用しない)。身体検査令状には、が準用する(過料や刑を科しても効果が無いときは、そのまま身体の検査を行える)がある → 併用すれば拒む相手からも採血できる。
  • 毛髪・唾液の成分を鑑定するために強制的に採取するときも、同じ扱い(身体検査令状+鑑定処分許可状)。どれも「強制的に採る」場面の話。

出題被疑者に対する鑑定・身体検査は直接強制を許す規定を欠くので、身体に直接強制を加えて血液を採取することは許されない(×)

出題採血を拒む被疑者について、令状の発付を受けなくても、医師に鑑定嘱託をして採血させることができる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定も身体検査も直接強制の規定を欠くので、強制採血はできない」(司法H18-25-ウ)=身体検査令状には→がある
  • 「令状なしで、鑑定嘱託だけで医師に採血させられる」(司法H22-23-カ)
  • 「強制採血は、強制採尿と同じく条件付捜索差押許可状による(実務)」(実務は身体検査令状+鑑定処分許可状)

7採血の令状をめぐる4つの見解とその批判学説

  • 過去問は、医師が捜査機関の依頼で注射器を使い、拒む相手から直接強制して採血するのに要る令状について、4つの見解と批判を組み合わせて問う。下の表の批判は、過去問で正しいとされた形。
見解令状向けられる批判
Ⅰ身体検査令状捜査機関が血液を採取するわけではない。身体検査令状が想定するのは身体の外表か、せいぜい体腔を外から確かめる程度で、身体の損傷を伴う採血まで行えるのは行き過ぎ
Ⅱ鑑定処分許可状拒んだときに直接強制する明文の規定が無い(これに対しⅡの側はの類推適用で対応できるとする)
Ⅲ身体検査令状+鑑定処分許可状(有力説・実務)採血が検証としての身体検査の域を超える以上、併用しても意味が無い。単独ではできないことを併用すればできるとするのは便宜に過ぎる
Ⅳ捜索差押許可状(強制採尿の判例と同じ考え方)尿と血液は性質が違う(老廃物の尿と、人体の一部の血液を同じには扱えない)
  • Ⅳへの批判の向きに注意:「尿と血液を区別して考える必要はない」は、Ⅳの側の考え方(同じ体液として強制採尿と同じ令状でよい)。批判はその逆で「区別すべき」。
  • 「身体検査の域を超える」という批判は、検証としての身体検査(身体検査令状)に向けられるもの(Ⅰ・Ⅲ)。Ⅱ(鑑定処分許可状)への批判は直接強制の明文が無いこと。

出題Ⅰ(身体検査令状)には、捜査機関が血液を採取するわけではないとの批判がある(○)

出題Ⅱ(鑑定処分許可状)には、鑑定処分としての身体検査の域を超えるから許されないとの批判がある(×)

出題Ⅱ(鑑定処分許可状)には、直接強制するための明文の規定が無いとの批判がある(○)

出題Ⅲ(併用)には、採血が検証としての身体検査の域を超える以上、併用することに意味がないとの批判がある(○)

出題Ⅳ(捜索差押許可状)には、老廃物である尿と血液とを区別して考える必要はないとの批判がある(×)

出題学生の会話から各自の令状を選ぶ(正答:A捜索差押許可状/B鑑定処分許可状/C身体検査令状/D鑑定処分許可状及び身体検査令状)

×にされやすい形
  • 「Ⅳの見解には、尿と血液を区別して考える必要はないとの批判がある」(予備H26-17-オ・司法H26-26-オ)=向きが逆
  • 「Ⅱの見解には、鑑定処分としての身体検査の域を超えるとの批判がある」(予備H26-17-イ・司法H26-26-イ)=Ⅱへの批判は直接強制の明文が無いこと

8飲み込んだ物(体内の証拠物)解説書

  • 原則:普通は自然に排出されるのを待って差し押さえれば足りる → 差押許可状でよい。
  • 例外:自然排出が困難、または証拠保全の必要性・緊急性が高く、医療措置(レントゲン照射などで場所を確かめ、下剤・吐剤を使う)で早く排出させる必要があるとき。
  • 飲み込まれた証拠物は「物」→ 捜索差押許可状による。医療措置は医師などの専門家が行う必要がある → 鑑定処分許可状を併用すべきと考えられる。本人が拒んでも、捜索差押許可状で直接強制できる。
  • 強制採尿と同じ条件(医師をして医学的に相当と認められる方法で行わせる)を付けた条件付捜索差押許可状でよいとする見解もある。しかし医療措置は強制採尿以上に身体への侵襲が強いので、相当でないとされている(解説書の整理・判例ではない)。
取る物対象の性質本体の令状専門家の処分
尿やがて排出される「物」条件付捜索差押許可状(医師をして医学的に相当な方法で)1枚
血液(毛髪・唾液も)人体の一部身体検査令状+鑑定処分許可状
飲み込んだ物・自然排出を待つ「物」差押許可状—
飲み込んだ物・医療措置で出させる「物」捜索差押許可状+鑑定処分許可状

飲み込んだ袋が自然に出てくると見込めるなら、差押許可状で待てばよい。早く出させる必要性・緊急性が高いなら、捜索差押許可状と鑑定処分許可状をそろえて医療措置に進む。

×にされやすい形
  • 「医療措置で飲み込んだ物を出させるには、強制採尿と同じ条件を付けた捜索差押許可状1枚で足りるとされている」
  • 「飲み込んだ物は人体の一部なので、身体検査令状による」(飲み込まれた証拠物は「物」=捜索差押許可状)

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#49単独ページ動画

通信傍受①傍受令状の要件と通信傍受法

問い:電話の傍受には、どんな令状が、どんな条件で出るのか。捜索差押許可状・検証許可状と何が違うのか。

骨組み

  1. 1入口():当事者のいずれの同意も得ない電気通信の傍受=強制の処分 → 中身は通信傍受法。傍受=現に行われている他人間の通信を受けること(通信傍受法2条2項)
  2. 2傍受に当たらない:当事者の一方の同意あり=任意捜査/終わった通話の録音体・送信済みメール=捜索・差押え/任意提出の録音の再生=傍受でない
  3. 3口頭の会話:通信傍受法の「通信」(電話その他の電気通信)でない=傍受令状ではできない。検証許可状でできるかは最高裁の判断なし(解説書は否定)
  4. 4制定の経緯(最決平11・12・16):重大な犯罪・十分な理由などの一定の要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状によるなら、電話傍受は当時も法律上許されていた。選別の傍受はの「必要な処分」に含まれうるとし、立会いは条件の付加で埋めた。事後通知・不服申立てが無い点は「問題があることは否定し難い」が、それを理由に許されなかったとまで解するのは相当でない → 平成11年に通信傍受法
  5. 5対象犯罪:別表第一(薬物・銃器・集団密航・組織的殺人)+別表第二(平成28年改正で追加)。別表第二の罪は、②数人共謀が役割の分担に従って行動する人の結合体によるものに限られる(項目6)→ 単なる殺人は不可
  6. 6発付の4要件(通信傍受法3条1項):①十分な理由(嫌疑・3つの型)②数人の共謀(別表第二は役割分担の結合体に限る・別表第一の譲渡し等は不要)③犯罪関連通信が行われる状況 ④補充性(他の方法では著しく困難)。捜索・差押え・検証は「必要があるとき」
  7. 7請求・発付(通信傍受法4条・7条):請求は検事総長が指定する検事・警視以上の指定された警察官等だけ。発付は地方裁判所の裁判官だけ(延長も)
  8. 8記載事項(通信傍受法6条1項):被疑事実の要旨・罪名・罰条をすべて書く(捜索差押許可状等は罪名だけ)
  9. 9期間(通信傍受法5条1項・7条1項):10日以内 → 延長も10日以内ずつ → 通じて30日まで。着手の期限=有効期間は別
捜索差押許可状・検証許可状傍受令状(通信傍受法)
対象犯罪限定なし別表第一・第二の罪だけ(項目5)
要件犯罪の捜査をするについて必要があるとき()十分な理由・数人共謀・犯罪関連通信・補充性(項目6)
請求できる者検察官・検察事務官・司法警察員()指定された検事・警視以上の指定された警察官等(項目7)
発付する裁判官簡易裁判所の裁判官も出せる(最決平11・12・16の事案は旭川簡易裁判所の裁判官の検証許可状)地方裁判所の裁判官(項目7)
記載事項(罪について)罪名だけ()被疑事実の要旨・罪名・罰条(項目8)
期間有効期間=着手できる期限(原則7日・刑訴規則300条)有効期間とは別に、傍受ができる期間=10日以内・通じて30日まで(項目9)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の検討)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。通信傍受法の条文番号は札にしていません(文字のまま)。

重さの理由:傍受令状は、発付の時点では「これから話される内容」しか分からず、発付後もしばらく回線を開けたまま待ち受け、無関係な通信まで一緒に聞いてしまう処分であること。ここから出る対象の特定不能性・継続性・無関係な通信への広がり、この3つが、傍受令状の要件を捜索差押許可状や検証許可状より重くしている。

1入口:と通信傍受法条文

  • :通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる → その法律が通信傍受法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律・平成11年)。
  • 通信の秘密は憲法が保障する(「通信の秘密は、これを侵してはならない」)。電気通信の傍受はこれを実質的に侵害する処分なので、厳格な統制が要る。
  • 通信傍受法の定義:「通信」=電話その他の電気通信で、伝送路の全部か一部が有線であるもの、または伝送路に交換設備があるもの(2条1項)。「傍受」=現に行われている他人間の通信について、内容を知るため、当事者のいずれの同意も得ないで、これを受けること(2条2項)。電気通信には固定電話・携帯電話・電子メールなどが入る。
  • 古い教科書の「222条の2」は番号が変わる前の表記。今のは電磁的記録提供命令違反などの罰則で、傍受とは関係ない。
×にされやすい形
  • 「電気通信の傍受は、当事者の一方の同意が無ければ強制の処分になる」(強制の処分になるのは、当事者のいずれの同意も得ない場合)
  • 「傍受を別の法律に任せる規定は222条の2」

2傍受に当たらない3つの場面条文

場面傍受かどう扱うか外れる理由
当事者の一方の同意を得て聞く・録る(誘拐事件で被害者側の同意を得る等)当たらない任意捜査「いずれの同意も得ないで」に当たらない
終わった通話の録音体・送信済みの電子メール当たらない捜索・差押え「現に行われている」通信でない
被害者から任意提出を受けた録音の再生当たらない領置(任意に提出された物を受け取る・)した物の内容の確認手元にある物の中身を確かめるだけ
捜査機関が通信の中身を聞く・見る電話その他の電気通信か通信傍受法2条1項通信傍受法の外口頭の会話(項目3)いいえはい現に行われている通信か通信傍受法2条2項捜索・差押え録音体・メール(任意提出なら領置)いいえはい当事者の一方の同意があるかいずれの同意も得ないか任意捜査はいいいえ傍受=傍受令状が要る通信傍受法3条
緑の枠が条文の言葉。任意提出を受けた録音の再生は、2段目(現に行われている通信ではない)で外れ、領置した物の確認になる。

押収した携帯電話に保存された過去の通話録音を聞く → 終わった通話の記録で傍受ではない(捜索・差押えで足りる)。同じ携帯電話に、これから1週間かかってくる通話を回線上で聞く → 現に行われる通話を受けるので傍受=傍受令状が要る。

出題恐喝されていた被害者の同意を得て、被害者と被疑者の通話を録音するには、傍受令状は要らない(○)

出題身の代金目的誘拐の被害者の親の同意を得て、親と被疑者の通話を録音するには、令状が必要(×)

×にされやすい形
  • 「被害者の同意を得て、被害者と犯人の通話を録音するにも、傍受令状が要る」(一方の同意があれば任意捜査)
  • 「送信済みの電子メールを捜査機関が取得するには、傍受令状が要る」(現に行われている通信でない=捜索・差押え)

3口頭の会話は通信傍受法の外条文解説書

  • 検証=五官の作用によって対象の存否・性質・状態・内容等を認識・保全する処分(最決平11・12・16の言い方)。
  • 通信傍受法の「通信」は電話その他の電気通信(2条1項)。室内の肉声の会話は入らない → 通信傍受法の傍受令状では行えない。
  • 項目2の3つ(同意がある・終わった通信の記録・手元の物)とは外れる理由が違う。口頭の会話は「傍受に当たらないから自由にできる」のではない。強制の処分は、この法律(刑訴法)に特別の定めのある場合でなければできない(ただし書)=だから既存の検証でできるかが争点になる。
  • 口頭の会話の傍受を認める規定は無い。既存の検証許可状で行えるかは、最高裁の判断が無い。解説書は、検証としても行うことができないと考えるべきとする(解説書の著者の検討)。

室内に盗聴器を置いて肉声の会話を聞く → 電気通信でないので傍受令状では行えない。検証許可状で行えるかは判例が無く、解説書は否定に考える。

×にされやすい形
  • 「判例は、口頭の会話の傍受は検証許可状によってもできないとした」(最高裁の判断は無い。否定は解説書の見方)
  • 「室内の会話も、通信傍受法の傍受令状を取れば傍受できる」

4制定の経緯:最決平11・12・16が埋めたもの、埋められなかったもの判例学説

  1. 暴力団の組織的・継続的な覚醒剤密売。組事務所のあるマンションの居室の電話で注文を受け、受付担当と譲渡し担当は別人で特定できない
  2. 警察官が旭川簡易裁判所の裁判官に検証許可状を請求
  3. 裁判官が、電話2台・覚醒剤取引の通話に限り、2日間(平成6年)・各日午後5時〜11時に区切り、地方公務員2名を立ち会わせ、対象外と思われる通話は立会人に分配器の電源を切らせる方法を記載した検証許可状を発付
  4. 警察官は記載の制限を守って傍受を実施
  • 電話傍受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる。
  • 「検証と同じ」とは言っていない(「をも有する」)。決定はこの性質を含めて5点を挙げた(ほかに、裁判官が事前に要件を審査できること、傍受すべき通話・回線・方法・場所・期間を限ることで特定の要請を相当程度満たせること、条件の付加、「必要な処分」)。
  • 裁判官は、電話傍受の実施に関し適当と認める条件、例えば、捜査機関以外の第三者を立ち会わせて、対象外と思料される通話内容の傍受を速やかに遮断する措置を採らせなければならない旨を検証の条件として付することができる。
  • 根拠は身体検査令状の条件の規定(決定当時は218条5項・現行)。条件の付加は強制処分の範囲・程度を狭める方向に働くので、身体検査令状以外の検証許可状にも準用できる、とした。
  • 捜査機関において、電話傍受の実施中、傍受すべき通話に該当するかどうかが明らかでない通話について、その判断に必要な限度で、当該通話の傍受をすることは、同法一二九条所定の「必要な処分」に含まれると解し得る。
  • :検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。
  • 重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。
  • 決定は、この「一定の要件」を満たす場合に限って、検証許可状による傍受を認めた。
  • 前記の一定の要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。
  • もっとも、検証許可状による場合、法律や規則上、通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、
    …右の点を理由に検証許可状による電話傍受が許されなかったとまで解するのは相当でない。
  • 元原裁判官の反対意見:選別のための聴取は「必要な処分」の範囲を超え、事後の告知・不服申立ての規定も欠くので、検証としては許されず違法。
  • 電話傍受に不可避的に伴う選別的な聴取は、検証のための「必要な処分」の範囲を超えるものであり、この点で、電話傍受を刑訴法上の検証として行うことには無理があるといわなければならない。
  • 解説書は、検証許可状による傍受の問題点として①分別のために無関係な通話まで傍受せざるを得ず、検証の「必要な処分」の限界を超えるとの批判 ②立会人の要否などの手続規定が無い ③検証には不服申立ての手段が無い、を挙げる。①の「限界を超える」は学説の批判で、元原裁判官の反対意見も同じ立場。多数意見の判断ではない。
  • 組織犯罪対策が課題になり(地下鉄サリン事件など)、平成11年に通信傍受法を制定。傍受令状の創設、犯罪関連通話を分別する措置、通信事業者の立会い、事後通知、不服申立ての手段を整えた。
検証許可状での弱点最決平11・12・16の扱い通信傍受法
①無関係な通話も選別のために聞く判断に必要な限度ならの「必要な処分」に含まれうる(学説の批判・反対意見=限界を超える)犯罪関連通話の分別の措置
②立会いなどの手続規定が無い条件の付加で第三者の立会いと遮断を命じうる(本件も地方公務員2名が立会い)通信事業者の立会い
③事後通知・不服申立てが無い問題があることは否定し難い。ただし許されなかったとまで解するのは相当でない事後通知・不服申立ての手段

決定の事案では簡易裁判所の裁判官が検証許可状を出した。今の傍受令状なら、地方裁判所の裁判官でなければ出せない(項目7)。

×にされやすい形
  • 「事後通知・不服申立ての規定が無いので、検証許可状による電話傍受は許されなかったとした」
  • 「最高裁は、選別のための傍受は検証の『必要な処分』の範囲を超えるとした」(それは反対意見・学説の批判。多数意見は含まれうるとした)
  • 「最高裁は、電話傍受は検証と同じだから検証許可状で行えるとした」(検証としての性質「をも」有する+特定・条件の付加・事前審査・必要な処分を合わせて根拠にした)

5対象犯罪:別表第一と別表第二条文

  • 傍受令状を出せるのは、通信傍受法の別表に掲げる罪だけ(3条1項各号)。刑法犯の法定刑で決まるのではない。
  • 別表第一(平成11年の制定当初の4類型):薬物犯罪・銃器犯罪・集団密航・組織的殺人。
  • 別表第二(平成28年改正で追加):殺傷犯(現住建造物等放火・殺人・傷害・傷害致死・爆発物の使用)、逮捕・監禁、略取・誘拐、窃盗・強盗、詐欺・恐喝、児童ポルノ。
  • 別表第二の罪は、要件②数人の共謀が、その罪に当たる行為が「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われるもの」に限られる(3条1項1号の「数人の共謀によるもの」の括弧書き=2号・3号にも及ぶ・項目6)→ 殺人は別表第二に入るが、単なる殺人事件では傍受できない。
  • 「死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑(と別表の罪)」は、傍受の実施中に令状の被疑事実以外の犯罪の実行を内容とすると明らかに認められる通信が出たときに傍受できる線(通信傍受法15条)。対象犯罪の線ではない。

1人で計画した殺人事件の被疑者の電話 → 殺人は別表第二だが、役割分担に従って動く結合体による犯行と疑う状況が無い(②を欠く)ので傍受できない。指示役・受け子・出し子が役割を分けて動く特殊詐欺グループ → 詐欺は別表第二で、組織性の状況があれば対象になる(他の要件を満たすことが前提)。

出題傍受の対象犯罪は、死刑・無期・短期1年以上の懲役に当たる刑法犯に限られる(×)

出題傍受の対象犯罪に、組織的な賭博場開張等図利の罪が含まれる(×)

×にされやすい形
  • 「対象犯罪は、死刑・無期・短期1年以上の刑に当たる刑法犯」(司法H19-39-1)=対象犯罪は別表で列挙。「短期1年以上」は15条の線
  • 「組織的な賭博場開張等図利の罪も対象犯罪」(司法H23-26-ア)=別表第一・第二に無い
  • 「殺人は対象犯罪なので、殺人事件なら傍受できる」(別表第二には組織性の絞りがある)

6発付の4要件(通信傍受法3条1項)条文

  • ①嫌疑:どの型も「疑うに足りる十分な理由」(通常逮捕の「相当な理由」=より濃い)。型は3つ。
    1号=対象犯罪が犯された。
    2号=対象犯罪が犯され、かつ引き続き、同様の態様で同一・同種の対象犯罪が犯される、または一連の犯行計画に基づいて対象犯罪が犯される。
    3号=死刑・無期・長期2年以上の拘禁刑に当たる罪が、対象犯罪と一体のものとしてその実行に必要な準備のために犯され、かつ引き続きその対象犯罪が犯される。
  • ②数人の共謀によると疑うに足りる状況。別表第二の罪は、この共謀が役割の分担に従って行動する人の結合体によるものに限られる(1号の括弧書き・2号3号も同じ)=組織性の絞りは②の中にある。例外(3条2項):別表第一の罪で、譲渡し・譲受け・貸付け・借受け・交付を罰するものは、数人共謀の状況が要らない(別表第二には例外が無い)。
  • ③犯罪関連通信(犯罪の実行・準備・証拠隠滅等の事後措置に関する謀議・指示その他の相互連絡など)が行われると疑うに足りる状況。
  • ④補充性:他の方法によっては、犯人を特定し、または犯行の状況・内容を明らかにすることが著しく困難であること。
  • 比べる相手:捜索・差押え・検証は「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」()。傍受令状の要件は大幅に重い。
  • 傍受できる通信手段も限られる(3条1項柱書):電話番号等で特定され、被疑者が通信事業者等との契約に基づいて使っているもの(犯罪関連通信に使われる疑いが無いものを除く)か、犯人の犯罪関連通信に使われると疑うに足りるもの。
傍受令状の請求別表第一・第二の罪か発付できないいいえはい疑うに足りる十分な理由があるか1号・2号・3号のいずれかの型発付できないいいえはい数人の共謀と疑う状況があるか別表第二は役割分担の結合体/別表第一の譲渡し等は不要発付できないいいえはい犯罪関連通信が行われる状況か発付できないいいえはい他の方法では著しく困難か犯人の特定・犯行の状況や内容の解明発付できないいいえはい傍受令状を発付傍受ができる期間は10日以内
緑の枠が条文の言葉。対象犯罪の限定(別表)と4要件は別の段=対象犯罪は補充性で選ばれたのではない。

覚醒剤の密売グループで、表に出ない元締めが携帯電話で売人に取引を指示している。取引が続いている疑いが濃い(嫌疑)(2号の型=犯され、引き続き犯される)・元締めと売人(数人共謀。譲渡しなら②は要らないが、ここではそろっている)・指示の電話(犯罪関連通信)・尾行や張り込みでは元締めまでたどれない(補充性)→ 4要件がそろう。受け渡しの日時と場所がもう分かっていて、張り込みと捜索・差押えで足りる → 補充性を欠く。

覚醒剤を1人で売っている売人の譲渡し → 別表第一の譲渡しの罪なので、数人共謀の状況が無くても②は要らない(他の要件は要る)。1人で行った窃盗 → 別表第二には3条2項の例外が無く、組織性の状況も無いので傍受できない。

出題刑訴法の差押え・捜索・検証の要件は「犯罪の捜査をするについて必要があるとき」だが、傍受令状の要件の一つは「他の方法によっては…著しく困難であるとき」(○)

×にされやすい形
  • 「傍受令状の要件は、捜索差押許可状と同じく、犯罪の捜査をするについて必要があるときである」
  • 「嫌疑は、通常逮捕と同じく相当な理由で足りる」(十分な理由)
  • 「数人共謀の要件は、薬物の罪を含め、すべての対象犯罪に必要」(別表第一の譲渡し等は不要)/「別表第二の罪でも、譲渡し等の行為なら数人共謀は不要」(例外は別表第一だけ)

7請求する者・発付する裁判官(通信傍受法4条・7条)条文

  • 請求できる者(4条1項):検察官は検事総長が指定する検事、司法警察員は国家公安委員会・都道府県公安委員会が指定する警視以上の警察官、厚生労働大臣が指定する麻薬取締官、海上保安庁長官が指定する海上保安官に限る。
  • 比べる相手:通常逮捕状の請求は、警察官なら指定された警部以上の司法警察員()。捜索差押許可状等は検察官・検察事務官・司法警察員()。
  • 発付する裁判官:地方裁判所の裁判官に限る(4条1項)。期間の延長も、地方裁判所の裁判官が、同じく限られた検察官・司法警察員の請求で行う(7条1項)。
  • 同じ被疑事実で前に同じ通信手段への傍受令状の請求・発付があったときは、その旨を裁判官に通知する(4条2項)。

警部の司法警察員:通常逮捕状は指定を受けていれば請求できる()。傍受令状は、警視以上で指定を受けた者でなければ請求できない。

×にされやすい形
  • 「傍受令状は、指定された警部以上の司法警察員が請求できる」(警視以上)
  • 「傍受令状は、簡易裁判所の裁判官も発付できる」(地方裁判所の裁判官だけ)
  • 「傍受ができる期間の延長は、司法警察員なら誰でも請求できる」(延長も限られた請求権者)

8記載事項:被疑事実の要旨・罪名・罰条(通信傍受法6条1項)条文

  • 傍受令状の記載事項:被疑者の氏名、被疑事実の要旨、罪名、罰条、傍受すべき通信、傍受の実施の対象とすべき通信手段、傍受の実施の方法・場所、傍受ができる期間、傍受の実施に関する条件、有効期間(とその経過後は着手できず返還する旨)、発付の年月日など。被疑者の氏名が明らかでないときは、その旨を書けば足りる。
  • 比べる相手:捜索差押許可状・検証許可状()は罪名を書くが、被疑事実の要旨・罰条は記載事項に無い。傍受令状は3つとも書く=ここが違い。

捜索差押許可状に罰条が書かれていなくても記載事項の欠けにはならない。傍受令状に罰条が無ければ記載事項の欠け。

出題差押え・捜索・検証の令状には犯罪事実の要旨・罰条の記載は要らないが、傍受令状には被疑事実の要旨・罰条を記載しなければならない(○)

×にされやすい形
  • 「傍受令状も捜索差押許可状と同じく、罪名を書けば罰条は要らない」
  • 「捜索差押許可状にも、被疑事実の要旨と罰条を書かなければならない」

9期間:10日・延長10日・通じて30日(通信傍受法5条1項・7条1項)条文

  • 発付する裁判官は、傍受ができる期間として10日以内の期間を定める(5条1項)。
  • 必要があれば、10日以内の期間を定めて延長できる。ただし傍受ができる期間は、通じて30日を超えられない(7条1項)。
  • 傍受令状には、これとは別に有効期間(その経過後は傍受の処分に着手できない期限)も書く(6条1項)。捜索差押許可状の有効期間(原則7日)と並べるべきは、傍受令状の有効期間のほう。「傍受ができる期間」は、処分を続けてよい長さ。
  • 10日・30日は条文の数字(解釈で立てる規範ではない)。

最初に10日 → 10日延長 → さらに10日延長で通じて30日。そこからもう一度延長することはできない。

×にされやすい形
  • 「傍受ができる期間は7日以内」(捜索差押許可状の有効期間の原則と混ぜた形)
  • 「延長は1回に限り、最長20日」「延長を重ねれば30日を超えてもよい」(10日以内ずつ、通じて30日まで)
  • 「傍受令状には有効期間が無い」(傍受ができる期間とは別に有効期間を書く)

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#50単独ページ動画

通信傍受②立会いとスポットモニタリング

問い:傍受令状が出たあと、実施の最中と終わったあとに、どんな歯止めがあるか。

骨組み

  1. 1令状の提示(10条1項):傍受令状は通信管理者等に示す。ただし被疑事実の要旨は示さなくてよい
  2. 2立会い(13条):通信管理者等を立ち会わせる。できないときは地方公共団体の職員。立会人は意見を述べることができる
  3. 3スポットモニタリング(14条1項):傍受すべき通信か明らかでない通信は、判断のため必要な最小限度の範囲に限り傍受できる(直ちに止める、ではない)
  4. 4他犯罪傍受(15条):令状記載以外の犯罪で、別表第一・第二の罪か死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる罪の通信と明らかに認められるとき → 傍受できる。裁判官が事後に審査(27条3項)
  5. 5一時的保存命令方式(20条・21条):裁判官の許可。暗号化して一時保存する段階は立会い不要/復号して再生する段階で立会いが戻る。鍵は裁判所の職員が作る
  6. 6特定電子計算機方式(23条):裁判官の許可。傍受の実施の場所に設置された特定電子計算機へ伝送 → 立会い不要(後で再生するときも)。全部を自動で記録
  7. 7記録(24〜26条・29条):傍受した通信は全部記録 → 立会人が封印 → 裁判官に提出(特定電子計算機方式は封印の手続なし)。複製から無関係な通信を消して傍受記録
  8. 8通知と聴取等(30〜32条):傍受記録の通信の当事者に通知=原則30日以内。捜査が妨げられるおそれ → 請求により地方裁判所の裁判官が60日以内の期間を定めて延長(捜査の支障を理由に通知を省くことはできない)
  9. 9不服申立て(33条):裁判官の裁判→その裁判官が所属する裁判所/検察官・検察事務官・司法警察職員の処分→地方裁判所。取消し・変更を請求できる

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。この回の条文は、断りの無いかぎり通信傍受法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)のもの=番号は文字のままで、押しても開きません。丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回に判例はありません。

3段で覚える。実施中=立会い(2)・聞く範囲の限定(3)・他犯罪傍受の事後審査(4)/立会いを外す・減らす2つの新方式(5・6)/実施後=記録(7)・通知と聴取等(8)・不服申立て(9)。

1傍受令状の提示(通信傍受法10条1項)条文

  • 10条1項:傍受令状は、通信管理者等に示さなければならない。ただし、被疑事実の要旨については、この限りでない。
  • 傍受ができる期間が延長されたときも同じ(10条2項)。
  • 令状に被疑事実の要旨を書くこと(6条1項)と、通信管理者等に示すときに要旨を除くことは別の話。

傍受令状には被疑事実の要旨が書いてある。それでも、通信会社の担当者に令状を見せるときは、その部分は見せなくてよい。

×にされやすい形
  • 「傍受令状は、被疑事実の要旨を含めて、通信管理者等に示さなければならない」
  • 「通信管理者等に示さなくてよいのだから、傍受令状には被疑事実の要旨を書かなくてよい」(書くことと示すことは別)

2立会い(通信傍受法13条)条文

  • 13条1項:傍受の実施をするときは、通信管理者等を立ち会わせなければならない。通信管理者等を立ち会わせることができないときは、地方公共団体の職員を立ち会わせなければならない。
  • 通信管理者等=通信手段の傍受の実施をする部分を管理する者(会社その他の法人・団体ならその役職員)またはこれに代わるべき者(5条4項)。
  • 13条2項:立会人は、検察官・司法警察員に対し、その傍受の実施に関し意見を述べることができる。
  • 捜査機関以外の者が立ち会い、手続の適正を外から確かめる。解説書は立会人の役割を「チェック機能」と呼ぶ。特定電子計算機方式ではこれを機械の記録で代える(6)。一時的保存命令方式は一時保存の段階だけ立会いを外し、再生で戻る(5)。

携帯電話会社の設備で傍受する。会社の担当者が立ち会えないとき、警察署の別の課の警察官を立会人にすることはできない。代わりは地方公共団体の職員。

×にされやすい形
  • 「通信管理者等を立ち会わせることができないときは、立会人なしで傍受の実施ができる」
  • 「通信管理者等が立ち会えないときは、傍受に関わらない他の警察官を立ち会わせればよい」(代わりは地方公共団体の職員)

3スポットモニタリング(通信傍受法14条)条文

  • 14条1項:傍受の実施をしている間に行われた通信で、傍受令状に記載された傍受すべき通信に該当するかどうか明らかでないものは、該当するかどうかを判断するため、これに必要な最小限度の範囲に限り、傍受をすることができる。
  • 判断するのは、令状記載の傍受すべき通信に当たるかどうか。当たらないと分かれば(15条の通信と明らかに認められないかぎり)そこで止める。他の犯罪かどうかを確かめるための傍受を許す規定ではない。確かめている最中に15条の通信と明らかに認められれば、15条で傍受できる(項目4)。
  • 14条2項:外国語の通信や暗号など、傍受の時に内容を知ることが困難で判断できない通信は、全部を傍受できる。この場合は、速やかに該当するかを判断しなければならない。

薬物取引の令状で傍受中、誰と何の話か分からない通話が始まった。すぐ切る必要はなく、判断に要る最小限だけ聞き、家族の雑談と分かった時点でやめる。

出題傍受すべき通信か明らかでない通信は、直ちに傍受を停止しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「傍受すべき通信に該当するかどうか明らかでない通信は、直ちに傍受を停止しなければならない」(司法H23-26-ウ)=判断に必要な最小限度なら傍受できる
  • 「外国語でも暗号でもない、ふつうの日本語の通話で、該当するかどうか明らかでないものは、全部を傍受してよい」(全部を傍受できるのは外国語・暗号などで判断できない通信=14条2項。それ以外は必要な最小限度)

4他犯罪傍受と事後審査(通信傍受法15条・27条)条文

  • 15条:傍受の実施をしている間に、傍受令状に被疑事実として記載されている犯罪以外の犯罪であって、①別表第一・別表第二に掲げるもの、または②死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たるものを、実行したこと・実行していること・実行することを内容とするものと明らかに認められる通信が行われたときは、その通信の傍受をすることができる。
  • 数字の向きに注意:令状の段階で問題になる準備の罪(別表の罪と一体のものとして、その実行に必要な準備のために犯される罪)は「死刑又は無期若しくは長期2年以上の拘禁刑」(3条1項3号)。他犯罪傍受は「短期1年以上」(短期=刑の下限、長期=刑の上限)。
  • 事後審査:傍受の実施の終了後、遅滞なく、令状を発付した裁判官が所属する裁判所の裁判官(25条4項の裁判官)に出す書面に、15条の通信について罪名・罰条と、15条の通信に当たると認めた理由を書く(27条1項6号)。裁判官は15条の通信に当たるかを審査し、当たらないと認めるときは傍受の処分を取り消す(27条3項)。取り消すときは33条3項・5項・6項を準用=一定の場合、その通信の記録の消去を命じる。特定電子計算機方式(23条1項1号)の書面では27条2項4号が同じ役。
傍受の実施中に行われた通信傍受すべき通信と明らかか傍受令状に記載された通信傍受できる令状どおりはいいいえ他の重い犯罪の通信と明らかに認められるか令状記載以外の、別表第一・第二の罪/死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑他犯罪傍受15条。裁判官の事後審査(27条3項)はいいいえ傍受すべき通信か明らかでないか最小限度だけ傍受14条1項。外国語・暗号などは全部(14条2項)はいいいえ(当たらないと分かった)傍受をやめる
枠はすべて条文(通信傍受法)の言葉。14条1項で判断するのは、令状記載の傍受すべき通信に当たるかどうか。重い他の犯罪の話だと「明らかに認められる」段階になって、はじめて15条で傍受できる。

覚醒剤の譲渡しを被疑事実とする令状で傍受中、仲間が「来週、あいつを殺す」と段取りを話し合っている。殺人は死刑・無期を含む罪なので、令状に書いていなくても傍受できる。ただし、まだ何の話かはっきりしない段階で許されるのは、令状記載の通信かどうかを確かめるスポットモニタリングまで。

出題覚せい剤取締法違反の傍受令状で実施中、無関係の殺人の計画と明らかに認められる通信は傍受できる(○)

×にされやすい形
  • 「傍受令状に記載されていない犯罪の通信は、どれほど重い犯罪でも傍受できない」
  • 「令状記載以外の犯罪なら、罪の重さを問わず、明らかに認められれば傍受できる」(別表第一・第二か、死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる罪に限る)
  • 「他犯罪傍受は、短期1年以上ではなく長期2年以上の拘禁刑に当たる罪」(長期2年以上は令状の段階の準備の罪)
  • 「他犯罪傍受は、傍受した捜査機関の判断で終わり、裁判官の審査は無い」(27条3項の事後審査)

5一時的保存命令方式(通信傍受法20条・21条)条文解説書

  • 背景(解説書):従来の方式は、実施中ずっと立会いが要る → ①立会人の確保が難しい ②実施場所が通信管理者等の施設に限られる ③リアルタイムの聴取が前提で、捜査機関と立会人が長時間待つ。それでも、捜査機関が知りうる範囲を必要最小限度にする措置は要る → 平成28年改正で、従来の方式に加えて2つの方式を入れた(従来の方式は残る)。
  • 20条1項:裁判官の許可を受けて、通信管理者等に命じて、指定期間に行われる全ての通信を、変換符号で暗号化させ、一時的保存をさせる。この傍受の実施には13条(立会い)を適用しない(20条1項後段)。
  • 許可の請求は傍受令状の請求の際にし、裁判官は許可をするとき傍受令状にその旨を記載する(4条3項・5条3項・6条2項)。この方式の実施の場所は、裁判官が許可のときに通信管理者等の管理する場所として定める(5条4項)。
  • 指定期間内は、検察官・司法警察員は傍受の実施の場所に立ち入ってはならない(20条5項)。
  • 21条1項:後で、傍受の実施の場所で、通信管理者等に命じて対応変換符号で復号させ、通信を復元させて再生する。再生の実施には11条〜13条を準用=立会いが戻る。
  • 鍵(変換符号・対応変換符号)は、裁判官の命を受けて裁判所書記官その他の裁判所の職員が作り、通信管理者等に提供する(9条1号)。解説書:暗号化と、鍵を裁判所の職員が作ることで、リアルタイムで立ち会わせる必要がなくなった。
  • 復号が終わったら、一時保存した暗号化信号は通信管理者等が直ちに全部消去する(22条1項)。

一時保存の間は立会人がいなくてよく、捜査官は実施の場所に入れない。保存した通信を開けて聞くときは、通信会社の担当者が立ち会う。

×にされやすい形
  • 「一時的保存命令方式では、立会いは一切要らない」(再生の段階で13条が準用される)
  • 「一時的保存命令方式では、改変できない自動記録の機械が無いので、一時保存の段階でも立会いが要る」(一時保存の段階は13条を適用しない=20条1項後段)
  • 「変換符号・対応変換符号は、捜査機関が作る」(裁判所の職員が作る)
  • 「平成28年改正で、従来の方式は新方式に置き換えられた」(従来の方式に加えた)

6特定電子計算機方式(通信傍受法23条)条文解説書

  • 23条1項:裁判官の許可を受けて、通信管理者等に命じて、全ての通信を変換符号で暗号化させ、傍受の実施の場所に設置された特定電子計算機に伝送させる。この傍受の実施には13条(立会い)を適用しない。
  • やり方は2つ:①受信と同時に復号して傍受(23条1項1号) ②受信と同時に一時的保存をし(同項2号)、後で特定電子計算機で復号して再生(23条4項)。
  • ②の再生の実施に準用されるのは11条・12条・21条7項〜9項=13条は準用されない → 再生でも立会いは戻らない(一時的保存命令方式との違い)。
  • 特定電子計算機は、傍受・再生した通信を、全て、自動的に暗号化して記録する機能などを持つもの(23条2項)。鍵はこの方式でも裁判所の職員が作る(9条2号)。
  • 解説書:立会人のチェック機能を機械の記録で代え、事後に検証できる → 立会人なしで、捜査機関の施設で傍受を実施することが可能になった(条文は「傍受の実施の場所に設置された」で、捜査機関の施設に限ってはいない。傍受の実施の場所は傍受令状に記載される=6条1項)。
従来の方式一時的保存命令方式特定電子計算機方式
新方式の許可(傍受令状だけ)裁判官の許可(20条1項)裁判官の許可(23条1項)
聞くとき実施中にその場で一時保存 → 後で復号・再生受信と同時に復号/同時に一時保存 → 後で再生
立会い要る(13条1項)一時保存の段階は要らない/再生で要る(21条1項後段)要らない(後で再生するときも)
鍵—裁判所の職員が作る(9条1号・2号)
立会いの代わり—暗号化・指定期間中の立入禁止(再生では立会い)暗号化・全部を自動で記録

特定電子計算機方式でも、いったん保存しておいて後で再生できる。その再生のときも立会人は要らない。一時的保存命令方式なら、再生のときに通信会社の担当者が立ち会う。

×にされやすい形
  • 「特定電子計算機方式でも、保存した通信を後で再生するときは立会いが要る」(23条4項は13条を準用しない)
  • 「特定電子計算機方式は、受信と同時にしか聞けない」(同時に一時保存して後で再生するやり方もある)
  • 「新しい2つの方式は、捜査機関が自分の判断で選べる」(どちらも裁判官の許可が要る)
  • 「特定電子計算機方式は、捜査機関の施設でしか実施できない」(条文は「傍受の実施の場所に設置された」)

7記録と傍受記録(通信傍受法24条〜26条・29条)条文

  • 24条1項:傍受をした通信は、全て記録媒体に記録する(一時的保存命令方式では、再生をした通信)。無関係な通信も入る。回線を流れた全ての通信ではない。
  • 傍受の実施(一時的保存命令方式なら再生の実施)を中断・終了したら、速やかに立会人に封印を求める(25条1項・2項)→ 遅滞なく、傍受令状を発付した裁判官が所属する裁判所の裁判官に提出(25条4項)。
  • 特定電子計算機方式:24条・25条にかかわらず暗号化して記録し(26条1項)、封印の手続なく、実施の終了後遅滞なく同じ裁判官に提出(26条4項)。
  • 裁判官に提出した記録媒体=傍受の原記録(29条6項の呼び名)。
  • 傍受記録=刑事手続で使うための記録。同時に作った記録媒体や複製から、①傍受すべき通信 ②14条2項で傍受した通信で、なお内容を復元する措置を要するもの ③15条の通信 ④それらと同一の通話の機会の通信 以外の記録を消して作る(29条3項。再生した通信の記録も同じ形で作る=4項。両方をまとめて傍受記録と呼ぶ=5項)。
  • 傍受記録に記録されたもの以外の傍受した通信は、内容を他人に知らせ、使用してはならない(29条7項)。

傍受中に家族の雑談をスポットモニタリングで少し聞いた。その部分は裁判官に出す記録媒体には残るが、捜査で使う傍受記録からは消される(同じ通話の中に傍受すべき通信があれば残る)。

×にされやすい形
  • 「記録媒体には、傍受すべき通信だけを記録する」(傍受をした通信は全て記録する)
  • 「特定電子計算機方式の記録媒体も、立会人の封印を受けてから提出する」(封印の手続なく提出)

8通知と聴取等(通信傍受法30条〜32条)条文

  • 30条1項:検察官・司法警察員は、傍受記録に記録されている通信の当事者に、傍受記録を作った旨などを書面で通知しなければならない。通知には、傍受記録の聴取等・原記録の聴取等の許可の請求・不服申立てができる旨も書く(30条1項7号)。
  • 30条2項:通知は、当事者が特定できない・所在が明らかでない場合を除き、傍受の実施が終了した後30日以内に発する。ただし、地方裁判所の裁判官は、捜査が妨げられるおそれがあると認めるときは、検察官・司法警察員の請求により、60日以内の期間を定めて延長できる。
  • 捜査に支障があっても延ばせるだけで、通知を省くことはできない。当事者が特定できない・所在が明らかでないため期間内に出せなかったときも、特定・判明したら速やかに通知する(30条3項)。
  • 31条:通知を受けた当事者は、傍受記録のうち自分の通信の部分を聴取・閲覧・複製できる(裁判官の許可は要らない)。
  • 32条1項:31条で聴取等をした当事者が、傍受記録の正確性の確認のために必要その他正当な理由があるときは、請求により、原記録保管裁判官が傍受の原記録の相当部分の聴取等を許可しなければならない。

捜査に差し支えるからといって通知をやめることはできない。地方裁判所の裁判官に請求して、60日以内の期間を定めて期限を延ばしてもらえるだけ。

出題傍受の事後の通知は、捜査が妨げられるおそれがあれば通知しないことができる(×)

×にされやすい形
  • 「通知により捜査が妨げられるおそれがあると認めるときは、通知をしないことができる」(司法H23-26-オ)=延長できるだけ
  • 「通知の期間は、捜査機関が自ら延長できる」(請求を受けた地方裁判所の裁判官が延長する)
  • 「傍受の原記録も、通知を受けた当事者は許可なく聴取できる」(許可なくできるのは傍受記録。原記録は裁判官の許可)

9不服申立て(通信傍受法33条)条文

  • 33条1項:裁判官がした通信の傍受に関する裁判に不服がある者は、その裁判官が所属する裁判所に、その裁判の取消し又は変更を請求することができる。
  • 33条2項:検察官・検察事務官がした傍受・再生に関する処分→その検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に、司法警察職員がした処分→その職務執行地を管轄する地方裁判所に、処分の取消し又は変更(傍受の実施・再生の実施の終了を含む)を請求できる。
  • 不服申立ては、通知の後に限られない(2項は実施の終了を求めることも含む)。
  • 刑事訴訟法では、裁判官がした検証に関する裁判の取消し・変更は請求できない(準抗告の対象を定める刑事訴訟法に検証は無い。司法H19-39-4 が正しい肢)=傍受は違う。
不服の対象どこに条文
裁判官の裁判その裁判官が所属する裁判所33条1項
検察官・検察事務官の処分その検察庁の所在地を管轄する地方裁判所33条2項
司法警察職員の処分その職務執行地を管轄する地方裁判所33条2項

出題刑訴法では裁判官がした検証に関する裁判の取消し・変更を請求できないが、通信傍受法では傍受に関する裁判の取消し・変更を請求できる(○)

×にされやすい形
  • 「刑事訴訟法の検証と同じく、裁判官がした通信の傍受に関する裁判の取消し・変更は請求できない」
  • 「不服申立ての対象は、検察官・検察事務官の処分に限られ、司法警察職員の処分は含まれない」(33条2項は司法警察職員の処分も明記)

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#51単独ページ動画

鑑定嘱託と期日前証人尋問

問い:捜査機関だけでは足りないとき(専門知識が要る・相手が協力しない)、誰に何を頼めて、相手にどこまでの義務を負わせられるか。

骨組み

  1. 1鑑定の嘱託():検察官・検察事務官・司法警察職員が被疑者以外の者に嘱託=鑑定受託者。裁判所が命じる()=鑑定人。嘱託だけなら令状は要らない
  2. 2宣誓と虚偽鑑定罪:鑑定人=宣誓させる()→ 虚偽鑑定罪()/鑑定受託者=宣誓なし → 虚偽鑑定罪にならない
  3. 3鑑定留置(・):鑑定人の鑑定でも鑑定受託者の鑑定でもできる・鑑定留置状。期間は延長・短縮できる/保釈なし/未決勾留日数の算入では勾留とみなす/留置状だけでは採血等はできない
  4. 4鑑定処分(・):住居立入り・身体検査・死体解剖・墳墓発掘・物の破壊。鑑定人も許可状が要る(鑑定許可状)/受託者=鑑定処分許可状。請求は検察官・検察事務官・司法警察員()=受託者自身ではない
  5. 5身体検査を拒まれたら:鑑定人=裁判官に請求()→ 直接強制まで/鑑定受託者=の準用なし → 間接強制まで
  6. 6公務所等への照会():主体の制限なし・報告義務あり(応じても守秘義務違反にならない)・しかし強制の方法なし → 任意捜査
  7. 7期日前の証人尋問の請求:検察官だけが裁判官に・第1回公判期日前に限り。=出頭・供述を拒んだ/=任意に供述したが異なる供述のおそれ+証明に不可欠(理由・不可欠性の疎明が要る/「圧迫」は要らない)
  8. 8尋問の効果():裁判官は裁判所・裁判長と同一の権限 → 出頭・宣誓・証言の義務(勾引も)=強制捜査。被疑者(起訴後は被告人)・弁護人に立会権なし(立ち会わせることができる)
鑑定人鑑定受託者
誰が頼むか裁判所が命じる()捜査機関が嘱託()
宣誓させなければならない()なし
虚偽鑑定罪成立しうる()成立しない
鑑定留置できる()できる()
鑑定処分の許可状鑑定許可状(・裁判所が発する)鑑定処分許可状(・裁判官が発する)
身体検査を拒まれたら裁判官に請求 → 直接強制まで(項目5)間接強制まで(項目5)
手続請求・照会する者相手
被疑者の鑑定留置検察官・検察事務官・司法警察員()裁判官
鑑定処分の許可検察官・検察事務官・司法警察員()=鑑定受託者自身は請求しない裁判官
期日前の証人尋問検察官だけ(・)裁判官(起訴後も裁判所ではない)
照会法律上の制限なし(検察事務官・司法巡査もできる)公務所・公私の団体

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。この回に判例は出てきません。条文に「司法警察員」とあるときは司法巡査は入りません(「司法警察職員」なら両方)。

1鑑定の嘱託:鑑定受託者と鑑定人条文解説書

  • 鑑定=特別の知識経験に基づく意見・判断の報告。通訳・翻訳は鑑定の一種で、鑑定の章が通訳・翻訳に準用される()。
  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者に鑑定・通訳・翻訳を嘱託できる → 嘱託を受けた者=鑑定受託者(捜査機関の補助者)。「被疑者以外」は頼む相手のこと=鑑定される対象は被疑者でもよい(項目3・5)。
  • :裁判所は、学識経験のある者に鑑定を命ずることができる → 鑑定人(裁判所の補助者)。
  • 嘱託そのものは相手に頼むだけ。鑑定のために要る強制処分(住居への立入り・解剖など)が鑑定処分で、そちらに許可状が要る(項目4)。だから、処分を伴わない鑑定の嘱託には令状は要らない。

私文書偽造事件で、偽造文書の筆跡と被疑者の筆跡が同じかを科学捜査研究所に鑑定してもらう → 嘱託だけ=令状は要らない。被疑者から血を採る鑑定なら、採血(身体検査)は鑑定処分=鑑定処分許可状が要る(項目4)。

出題筆跡の同一性の鑑定を科学捜査研究所に嘱託するには、裁判官の令状が要る(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定を嘱託するには、裁判官の令状が要る」(要るのは鑑定処分をするとき)

2宣誓と虚偽鑑定罪条文解説書

  • :鑑定人には、宣誓をさせなければならない。
  • :法律により宣誓した鑑定人・通訳人・翻訳人が虚偽の鑑定・通訳・翻訳をしたときは、前2条の例による(偽証罪の=3月以上10年以下の拘禁刑)。
  • 鑑定受託者には宣誓の義務がない → 虚偽の鑑定をしても虚偽鑑定罪は成立しない。
  • 差の理由(解説書の説明):鑑定人は裁判所の補助者として中立公正さが強く求められる/鑑定受託者は捜査機関の補助者だから。
  • 辞任:「鑑定人も鑑定受託者も、自らの意思で辞任できる」は誤り(司法H18-26の正答)。
  • 鑑定人は勾引されない:は証人尋問の章を「勾引に関する規定を除き」鑑定に準用する。

警察の依頼で血液型を調べた研究者が、わざと違う結果を報告した → 宣誓していないので虚偽鑑定罪にならない。公判で裁判所に命じられ宣誓した鑑定人が同じことをすれば、の罪になる。

出題鑑定人には、鑑定をする前に宣誓をさせなければならない(○)

出題鑑定人も鑑定受託者も、故意に虚偽の鑑定をしたら虚偽鑑定罪で処罰されることがある(×)

出題鑑定人も鑑定受託者も、自らの意思により辞任できる(×)

出題召喚に応じない鑑定人を勾引できる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定人も鑑定受託者も、虚偽鑑定罪で処罰されることがある」(司法H18-26-1)
  • 「鑑定人も鑑定受託者も、自らの意思で辞任できる」(司法H18-26-2)
  • 「正当な理由なく召喚に応じない鑑定人は勾引できる」(予備R4-17エ)

3鑑定留置条文

  • :被告人の心神又は身体に関する鑑定に必要があるとき、裁判所は、期間を定め、病院その他の相当な場所に被告人を留置できる。:鑑定留置状を発してする。
  • 被疑者(鑑定受託者の側):=嘱託する場合に留置を必要とするときは、検察官・検察事務官・司法警察員が裁判官に請求する → =裁判官がの場合に準じて処分する。嘱託すれば必ず請求する、のではない。
  • 期間は延長・短縮できる()。被疑者はでに準じる。
  • 保釈は無い:勾留の規定を準用するが、保釈に関する規定は除く()。
  • 勾留との関係は2つに分ける:①勾留中に鑑定留置状が執行されると、留置の間、勾留はその執行を停止されたものとする(・被疑者は後段で準用)。②未決勾留日数の算入については、留置を勾留とみなす()=判決で刑に勾留の日数を差し引くとき(=未決勾留の日数は本刑に算入できる)、留置の日数も勾留と同じに数える。①は勾留の手続の進み方、②は判決での刑の数え方=別の場面の話。
  • 留置と鑑定処分は別の処分:鑑定留置状は留めておく許可にとどまり、留置中でも採血などの身体検査には別に鑑定処分許可状が要る(項目4)。

殺人の被疑者に心神喪失の疑いがあり、検察官が精神科医に鑑定を嘱託した。2か月病院に留めて診るなら、検察官(または検察事務官・司法警察員)が裁判官に鑑定留置を請求する。予定の期間で終わらなければ延長できる。留置中に血液検査もしたくなったら、病院の中でも鑑定処分許可状が要る。

出題鑑定人の鑑定で被告人を鑑定留置できるのと同様に、鑑定受託者の鑑定でも被疑者を鑑定留置できる(○)

出題裁判所は被告人を鑑定のため病院に留置できるが、その期間を延長することはできない(×)

出題医師に精神鑑定を嘱託した検察官は、鑑定留置を請求しなければならない(×)

出題鑑定留置中の被告人も、職権で保釈を許すことができる(×)

出題鑑定留置状で留置された被疑者なら、病院で、裁判官の許可なく強制的に採血等の身体検査ができる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定留置の期間は延長できない」(予備R4-17ウ)
  • 「鑑定を嘱託したら、鑑定留置を請求しなければならない」(司法H25-26-1=必要とするときだけ)
  • 「鑑定留置中の被告人も保釈できる」(司法H25-26-4)
  • 「鑑定留置中なら、裁判官の許可なく採血できる」(司法H25-26-2)
  • 「鑑定留置の期間は、未決勾留日数に算入されない」(算入では勾留とみなす=)

4鑑定処分と許可状条文解説書

  • :鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、①人の住居等に入り ②身体を検査し ③死体を解剖し ④墳墓を発掘し ⑤物を破壊することができる。
  • :鑑定受託者も、裁判官の許可を受けて、同じ5つの処分ができる。
  • 鑑定人も許可状が要る:裁判所は許可状を発して許可する()・処分を受ける者に示す()。公判廷でする処分には適用しない()。
  • 許可の請求:=検察官・検察事務官・司法警察員からしなければならない → 鑑定受託者は自分で請求しない(司法巡査も請求できない)。裁判官は相当と認めるとき許可状を発する()。
  • 許可状の呼び方:鑑定人=鑑定許可状(の文言は「裁判所」。解説書は「裁判所または裁判官」が発すると書く)/鑑定受託者=鑑定処分許可状(裁判官が発する)。条文はどちらも「許可状」とだけ書く。

警察から死因の鑑定を頼まれた法医学者が死体を解剖する → 鑑定処分許可状が要る。裁判官に請求するのは法医学者ではなく、司法警察員(または検察官・検察事務官)。

出題捜査機関の嘱託で鑑定する者は、住居に入る必要があれば、自ら裁判官に令状を請求できる(×)

出題鑑定処分許可の請求は、司法警察員と検察官のいずれもできる(○)

出題鑑定人は、必要があれば、裁判所の許可を受けずに死体を解剖できる(×)

出題鑑定人は特別の許可状なく墳墓の発掘・物の破壊等ができ、鑑定受託者は鑑定処分許可状が要る(×)

出題捜査の必要から医師が死体を解剖するには、鑑定処分許可状が要る(○)

出題令状が無くても、医師に鑑定を嘱託すれば、採血を拒否した被疑者から採血させられる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定受託者が自ら裁判官に令状を請求する」(予備R1-15エ=請求は検察官・検察事務官・司法警察員)
  • 「鑑定人は、裁判所の許可(許可状)なく解剖・墳墓の発掘等ができる」(予備R4-17イ・司法H18-26-4)
  • 「鑑定嘱託だけで採血できる」(司法H22-23カ)

5身体検査を拒まれたら:直接強制か間接強制か条文解説書

  • 直接強制=拒んでもそのまま検査する()/間接強制=過料・刑罰で心理的に強いる(・)。鑑定処分許可状があれば5つの処分が許される(項目4)が、拒まれたときに使える手段は次のとおり分かれる。
  • 鑑定人:=拒まれたら裁判官にその者の身体の検査を請求できる → =裁判官は第10章(検証)に準じて検査できる → 過料()・罰金・拘留()に加え、効果がなければそのまま検査(=直接強制)。
  • 鑑定受託者:は〜・だけを準用し、を準用しない → の準用先は・・・(が無い)→ 間接強制はできるが、直接強制はできないと考えられている。
  • 過料()は裁判官の決定で科し、罰金・拘留()は刑罰=どちらも鑑定受託者が自分で科すものではない。
  • 捜査機関の身体検査令状(の検証としての身体検査)にはが準用される()=直接強制できる。かつての強制採尿の実務で、身体検査令状と鑑定処分許可状を併用していたのは、この直接強制の届かなさを補うためと解説書は説明する。

警察の嘱託で医師が鑑定処分許可状を示して採血しようとしたが、被疑者が腕を引いて拒んだ → この許可状だけでは押さえつけて採れない(過料・刑罰による間接強制にとどまる)。同じ場面を、裁判所が命じた鑑定人に変える → で裁判官に請求でき、制裁が効かなければそのまま検査できる。

出題身体検査を拒まれた鑑定人は裁判官に身体検査を請求できるが、鑑定受託者はできない(○)

出題鑑定受託者は、鑑定処分許可状に基づき、拒否する者に直接強制として身体検査ができる(×)

×にされやすい形
  • 「鑑定受託者は、鑑定処分許可状に基づき、直接強制として身体検査ができる」(予備H29-17ア・R5-18エ)=裁判官の許可状があっても、にはつながらない
  • 「鑑定受託者も、拒まれたら裁判官に身体検査を請求できる」(は準用されない)

6公務所等への照会条文解説書学説

  • :捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
  • 照会する者に法律上の制限は無い → 検察事務官・司法巡査でもできる。実務は「捜査関係事項照会書」で、検察官か司法警察員である警察署長の名で行う。例:市役所に戸籍謄本の送付、銀行に口座の取引記録の提出を求める。
  • 照会を受けた側は報告する義務を負う → だから、応じて報告しても守秘義務違反の責任を問われない。
  • しかし義務の履行を強制する方法が無い(過料も罰則も無い)→ 任意捜査の1つと考えられている。拒まれたら、関係者の取調べか、令状による捜索・差押えに切り替える。
  • 学説の整理:「人に義務を負わせるものも強制」とする説のうち、間接強制を伴う場合に限る考え方なら照会は任意(の証人尋問は強制)。ここまでが司法H20-22の問題文の整理。照会が任意か強制かは、強制処分の定義のとり方で動く。

被疑者に知られずに、取引のある金融機関へ負債の内容の報告を求め、書面を受け取る → の照会=令状なしでも適法でありうる。銀行が回答を断っても制裁は無く、必要なら差押許可状を得て記録を押さえる。

出題知られずに金融機関へ負債内容の報告を求め書面の交付を受けるのは、令状なしでは適法の余地がない(×)

出題知られずに金融機関へ負債内容の報告を求め書面の交付を受けるのは、令状が無くても適法でありうる(○)

出題間接強制を伴う場合に限る考え方なら、197条2項の照会は任意捜査(○)

×にされやすい形
  • 「金融機関への照会は、令状がなければ適法の余地がない」(予備H26-14ウ)
  • 「報告義務があるから、照会は強制処分であり、拒めば制裁がある」(強制の方法は無い)
  • 「照会できるのは検察官・司法警察員に限られる」(主体の制限なし)

7第1回公判期日前の証人尋問:請求の要件条文解説書

  • なぜ要るか:被疑者以外の者は、取調べへの出頭を拒め、出頭後もいつでも退去でき、調書への署名押印も拒める(→ただし書・3〜5項)。署名押印の無い調書は原則として証拠にならない。取調べで話した者が公判で翻すおそれもある。
  • 共通:請求できるのは検察官だけ(司法警察員はできない)、請求先は裁判官、時期は第1回の公判期日前に限る(起訴後でも期日前なら可・そのときも請求先は裁判官)。法定刑の軽重で可否は変わらない。
  • :犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、の取調べに対して、出頭又は供述を拒んだ場合。
  • :取調べに際して任意の供述をした者が、公判期日では前と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができない場合。:検察官は、必要とする理由と不可欠であることを疎明する。
  • には平成16年改正の前は「圧迫を受け」という文言があった → 削られて要件が緩んだ(圧迫が無くても、翻すおそれがあれば足りる)。
  • 「異なる供述」は、被疑者・被告人に有利な変更だけでなく、不利な変更も含む(予備R5-23ウの正答)。
  • 対象:被害者でも要件に当たれば対象になる。被疑者の共犯者も対象になる(予備R5-23アの正答)。被疑者・被告人は自分の事件では証人にならないと解されている → この制度の対象にもならない。
被疑者以外の者(223条1項の取調べ)第1回公判期日前か起訴後でも期日前なら可請求できない公判で証人尋問をするいいえはい出頭又は供述を拒んだか欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者に限る226条検察官が裁判官に請求はいいいえ(任意に供述した)異なる供述のおそれ+証明に不可欠か両方そろって請求できないいいえはい227条理由と不可欠性を疎明(2項)・「圧迫」は要らない
どちらも請求できるのは検察官だけ、請求先は裁判官。「いま拒んでいる」なら226条、「いまは話しているが、あとで翻すおそれ」なら227条。

ひき逃げの唯一の目撃者が、警察の呼出しに3度応じない → 。請求するのは検察官で、担当の警部(司法警察員)が自分で請求することはできない。取調べでは話したが、顔見知りの被疑者の前では「よく見ていなかった」と言い出しそうで、その証言が決め手 → 。

出題第1回公判期日前に裁判官へ証人尋問を請求することは、検察官と司法警察員のいずれもできる(×)

出題第1回公判期日前の証人尋問の請求は、司法警察員と検察官のいずれもできる(×)

出題司法警察員が第1回公判期日前に証人尋問を請求した=適法となる余地がある(×)

出題検察官による第1回公判期日前の証人尋問請求の可否は、法定刑の軽重で異ならない(○)

出題第1回公判期日後には証人尋問を請求できない(○)

出題起訴後に請求する場合でも、請求先は裁判所ではなく裁判官(○)

出題公訴提起後に請求する場合は、請求先は裁判官ではなく裁判所(×)

出題欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が出頭・供述を拒めば、検察官は期日前に限り裁判官に証人尋問を請求できる(○)

出題出頭・供述を拒んだ者が被害者であっても、226条の証人尋問を請求できる(○)

出題出頭を拒否した者が捜査にどの程度関連した知識を持つか明らかでなくとも、期日前なら証人尋問を請求できる(×)

出題任意に供述した者が公判で異なる供述をするおそれがあり、かつ証明に不可欠なら、検察官は期日前に限り裁判官に証人尋問を請求できる(○)

出題目撃者が圧迫を受けて異なる供述をするおそれがある場合に限り、227条の請求ができる(×)

出題被疑者の共犯者についても、227条の証人尋問を請求できる(○)

出題「異なる供述」には、被疑者・被告人に不利に変更される場合も含む(○)

×にされやすい形
  • 「司法警察員も、第1回公判期日前の証人尋問を請求できる」(予備H27-14オ・R4-14ウ・R7-24オ)
  • 「起訴後の請求先は裁判所」(予備R5-23オ)
  • 「の請求は、圧迫を受けて異なる供述をするおそれがある場合に限る」(予備H23-24ウ=改正で削られた文言)
  • 「知識の程度が明らかでなくても、出頭を拒めばの請求ができる」(予備R6-23イ)

8尋問の効果:強制捜査・立会権なし条文解説書

  • :請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。
  • それまで参考人だった者が、証人として出頭・宣誓・証言する義務を負う:召喚に応じなければ過料()・刑罰()、勾引もできる()。だから強制捜査とされる。
  • :裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人・被疑者・弁護人を立ち会わせることができる → 捜査の一環なので立会権は無い(裁判官の裁量)。起訴後に実施されるときも、被告人・弁護人に立会権は無い。
  • 作られた証人尋問調書は、裁判官の面前における供述を録取した書面(1号)にあたる → 証人が公判準備・公判期日で前の供述と異なる供述をしたときや、死亡・所在不明などで公判準備・公判期日に供述できないときに、この調書を証拠にできる(同号)。

の目撃者が、裁判官の召喚にも応じない → 過料・刑罰の対象になり、裁判官は勾引できる。参考人のときには無かった義務。

出題召喚に応じない証人は、更に召喚し、又は勾引できる(○)

出題226条の証人は、召喚に応じなくとも勾引されることがない(×)

出題被疑者の弁護人は、検察官の請求による期日前の証人尋問に立ち会う権利を有しない(○)

出題裁判官は、期日前の証人尋問に、被告人・被疑者又は弁護人を立ち会わせなければならない(×)

出題226条の証人尋問では、弁護人が選任されていれば、裁判官は弁護人を立ち会わせなければならない(×)

出題弁護人(被告人・被疑者)は、期日前の証人尋問に立ち会う権利を有する(×)

出題226条の証人尋問は、弁護人が規定上立会いを求めることができる場合に当たる(×)

出題期日前の証人尋問の調書は、321条1項1号の裁判官の面前における供述を録取した書面に当たる(○)

×にされやすい形
  • 「被告人・被疑者・弁護人を立ち会わせなければならない」「弁護人には立会権がある」(は「できる」)
  • 「期日前の証人尋問の証人は勾引されない」(司法H26-27オ=裁判所・裁判長と同一の権限)

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#52単独ページ動画

合意制度と刑事免責

問い:話すと自分が損をする人から、どうやって供述を得るのか。合意制度と刑事免責は、何が違うのか。

骨組み

  1. 1導入の理由(解説書):組織犯罪の上位者の関与には内部者の供述が要るのに、手段は取調べだけ。録音・録画と被疑者国選の拡大で供述が得にくくなることを見越して、平成28年改正で2つの制度。取調べで被疑者は供述を拒める()
  2. 2合意の中身():被疑者・被告人が他人の刑事事件について真実の供述・証拠の提出などで協力 ⇔ 検察官が不起訴・特定の訴因罰条・求刑の意見など。捜査・公判協力型(自己負罪型ではない)。根拠=協力を「犯罪後の情況」()として訴追裁量で考える(解説書)
  3. 3対象犯罪():特定犯罪=一定の財政経済犯罪・薬物銃器犯罪(+それに係る犯人蔵匿・証拠隠滅・証人等威迫)。死刑・無期拘禁刑に当たる罪は除く。自分の事件も他人の事件も特定犯罪
  4. 4合意・協議の手続(〜):合意には弁護人の同意・3者連署の合意内容書面。協議は3者が原則(異議が無ければ一部を弁護人のみと)=検察官と本人だけの協議は不可。不成立なら協議での「供述」は証拠にできない
  5. 5履行の確保:検察官が不起訴の合意等に反して起訴 → 公訴棄却の判決()/検察官の違反 → 協議の供述・合意に基づく証拠は使えない。ただし、その被告人の事件はその被告人、それ以外の者の事件はその者に異議が無ければ使える()/本人の虚偽供述等 → 5年以下の拘禁刑()
  6. 6巻き込みの危険と3つの歯止め:虚偽の供述で無関係の第三者を巻き込むおそれ → ①弁護人の関与 ②虚偽供述等の罪(両方の裁判確定前の自白で減免)③合意内容書面の取調べ請求義務(他人の公判でも)
  7. 7刑事免責の手続(・):請求は検察官だけ(尋問前にあらかじめ/証言を拒んだ後)。裁判所は除外事由(尋問事項に自己負罪の事項が含まれないことが明らか等)に当たる場合を除き決定を「するものとする」。対象犯罪の限定なし・交渉の要素なし
  8. 8刑事免責の効果:証人はにかかわらず証言を拒めない/供述とそれに基づいて得られた証拠は、証人の刑事事件で不利益な証拠にできない(証言拒絶罪・偽証罪の事件を除く)=罪そのものは消えない。典型は共犯者を証人にする場面(解説書。判旨も「共犯等の関係にある者のうちの一部の者」に付与する制度と定義)
  9. 9明文の無い刑事免責(最大判平7・2・22):憲法が導入を否定しているとまでは解されない。採用するなら対象範囲・手続要件・効果等を明文で。刑訴法に規定が無い → 免責を付与して得た供述は事実認定の証拠にできない(嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定・上告は棄却)
合意制度刑事免責
仕組み検察官と被疑者・被告人の合意(交渉・取引)検察官の請求で裁判所が決定(一方的に付与・交渉の要素なし)
供述は合意に基づく協力の証言拒絶権を失わせて強制
得るもの処分の軽減(不起訴・求刑の意見など)供述と派生証拠を自分の事件で不利益に使われない
対象犯罪特定犯罪だけ(死刑・無期拘禁刑に当たる罪を除く)限定なし
弁護人合意に同意が要る・協議に加わる—
嘘をついたら捜査機関への虚偽供述等=(法廷での偽証は)その尋問での偽証=(免責の外)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、学説の紹介ではなく解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

2つの制度は、条文の主体の書き方は違う(合意=被疑者・被告人/免責=証人)が、両方に当たる人(自分も被告人で、分離された共犯者の公判に証人として呼ばれる人)がいるので、見分ける軸にはならない。証言を拒める人は、自分が訴追・有罪になるおそれのある人=自分の処分を恐れる人。同じ共犯者に、合意制度も刑事免責も問題になりうる(項目8)。違いは、交渉・取引か裁判所が一方的に与えて強制するか、対象犯罪の限定があるか。

1導入の理由:取調べ頼みの限界解説書条文

  • 組織的な犯罪で上位者(首謀者)の関与を明らかにするには、組織の内部者の供述が欠かせない。ところが、供述を得る手段は取調べしか無かった。
  • 取調べで強いられる範囲は限られる:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる(ただし書)。逮捕・勾留されている被疑者に出頭・滞留の義務があるかは争いがある(実務はただし書の反対解釈で肯定)。いずれにせよ供述は拒める(取調べの前に、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げる=)。
  • 平成28年改正は、取調べの録音・録画と、被疑者国選弁護の勾留事件全部への拡大を入れた。解説書は、これで捜査機関が被疑者から供述を得にくくなることを見越して、合意制度と刑事免責が導入されたと説明する(取調べに過度に頼る捜査から、適正で多様な証拠収集の方法へ)。
×にされやすい形
  • 「出頭する義務があるので、逮捕・勾留中の被疑者は供述も拒めない」(出頭と供述は別。出頭の義務を認める実務の立場でも供述は拒める)

2合意の中身:他人の事件への協力と、検察官の処分条文解説書

  • 柱書:検察官は、特定犯罪に係る事件の被疑者・被告人が、特定犯罪に係る他人の刑事事件について1号の行為をすることで得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重・情状、関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考えて必要と認めるときは、被疑者・被告人との間で合意ができる。
  • 被疑者・被告人がすること(1号):他人の刑事事件について イ 取調べで真実の供述 ロ 証人として尋問を受けるときに真実の供述 ハ 証拠の提出その他の必要な協力。
  • 検察官がすること(2号):イ 公訴を提起しない ロ 公訴を取り消す ハ 特定の訴因・罰条で起訴・維持 ニ 訴因・罰条の追加・撤回・変更の請求 ホ 論告で特定の刑を科すべき旨の意見 ヘ 即決裁判手続の申立て ト 略式命令の請求。
  • 合意の主体=検察官と被疑者・被告人。法人も、両罰規定で被疑者・被告人になれば主体になれる(解説書)。
  • 捜査・公判協力型:条文のどこにも「自分の罪を認めれば」とは無い。自分の罪を認めることを合意する自己負罪型は採らなかった。理由(解説書の紹介)=上位者の検挙に役立たず、いわゆる「ごね得」を招いて真相解明をかえって難しくするおそれ。
  • 関係する犯罪の関連性は考慮要素。関連が無ければ合意できないわけではないが、全く関連の無い事件は趣旨から考えにくく、通常は共犯事件などを想定(解説書)。
  • 理論的根拠(解説書):検察官は「犯罪後の情況」も考えて起訴しないことができる()。他人の事件の解明への協力をこれとして有利に考えるのも訴追裁量の範囲内。

被疑者が「自分の横領を全部認めるから起訴を見送ってほしい」と申し出ても、他人の事件への協力が無ければ合意制度は使えない(起訴猶予にするかは通常の訴追裁量の問題)。

×にされやすい形
  • 「被疑者が自分の罪を認めれば、検察官はその見返りに不起訴の合意ができる」(他人の刑事事件への協力が中身)
  • 「合意の内容は、不起訴にすることに限られる」(求刑の意見・即決裁判・略式命令なども)

3対象犯罪:特定犯罪条文解説書

  • :「特定犯罪」=次の罪(死刑又は無期拘禁刑に当たるものを除く)。
    財政経済犯罪=刑法の詐欺・恐喝・横領・背任、文書偽造、贈収賄など(1号)、組織的犯罪処罰法の一部の罪(2号)、租税・独占禁止法・金融商品取引法の罪その他政令で定める財政経済関係犯罪(3号)。
    薬物銃器犯罪=爆発物取締罰則・覚醒剤取締法・麻薬及び向精神薬取締法・銃砲刀剣類所持等取締法などの罪(4号)。
    これらを本犯とする犯人蔵匿・証拠隠滅・証人等威迫など(5号)。
  • 死刑・無期拘禁刑に当たる罪を除く理由(解説書):生命・身体に対する罪や極めて重大な罪を対象にすることは、まだ国民の納得が得られないと考えられたため。
  • 柱書は「特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人」が「特定犯罪に係る他人の刑事事件」について協力する形=他人の事件も特定犯罪でなければならない。
検察官が合意を考える自分の事件は特定犯罪か死刑・無期拘禁刑に当たる罪は除く合意できないいいえはい他人の事件も特定犯罪か特定犯罪に係る他人の刑事事件合意できないいいえはい他人の事件への協力か真実の供述・証拠の提出など(1号)合意制度の外自分の罪を認めるだけいいえはい弁護人の同意があるか350条の3第1項合意できないいいえはい必要と認めるとき合意できる3者が連署した合意内容書面で
緑の枠が条文の言葉。最後は、証拠の重要性・犯罪の軽重と情状・関連性の程度などを考えて検察官が「必要と認める」か。

覚醒剤を営利目的で輸入した者は、法定刑に無期拘禁刑を含むので、同じ薬物犯罪でも合意の対象から外れる。営利目的の無い単純輸入(1年以上の有期拘禁刑)なら対象になる。

×にされやすい形
  • 「合意制度は、すべての犯罪について利用できる」(特定犯罪だけ)
  • 「重大な犯罪ほど解明の必要が大きいので、死刑・無期に当たる罪も対象になる」(除かれる)
  • 除外の理由を「処分の軽減では釣り合わないから」とする形(解説書の理由は国民の納得)

4合意・協議の手続:弁護人が必ず入る条文解説書

  • 合意には弁護人の同意が要る()。合意は検察官・被疑者または被告人・弁護人が連署した書面で内容を明らかにしてする(同条2項)=合意内容書面(要式行為)。
  • 協議は検察官と被疑者・被告人及び弁護人との間で行う(本文)。被疑者・被告人と弁護人に異議がないときは、協議の一部を弁護人のみとの間で行える(ただし書)。検察官と被疑者・被告人の2者だけの協議は一切できない(解説書)。
  • 検察官は協議で、被疑者・被告人に他人の刑事事件について供述を求めることができる。その際、供述をする必要がない旨を告げる(がを準用)。取調べと違い、弁護人が同席する。
  • 合意が成立しなかったときは、協議でした供述を証拠にできない()。ただし協議での行為が犯人蔵匿・証拠隠滅・虚偽告訴等の罪に当たるとき、その罪の事件では使える(同条3項)。
  • 条文は「供述」とだけ書く。派生証拠を明記した(「並びにこれらに基づいて得られた証拠」)や1号(「これに基づいて得られた証拠」)とは書き分けられている。この書き分けから、協議の供述をきっかけに得た証拠まで使えなくなるとは当然には言えない。

検察官が弁護人を外して被疑者と2人だけで条件を話し合うことはできない。逆に、被疑者と弁護人が異議を述べなければ、細かい条件の詰めを検察官と弁護人だけで行える。

×にされやすい形
  • 「被疑者に異議がなければ、検察官は弁護人を交えずに被疑者と協議できる」(弁護人のみとの一部協議ができるだけ)
  • 「合意は口頭でも成立する」(3者連署の書面)
  • 「協議が不成立に終わったら、協議での供述は一切証拠にできない」(の例外がある:協議での行為が犯人蔵匿・証拠隠滅・虚偽告訴等の罪に当たるとき、その罪の事件では使える)

5履行の確保:違反した側ごとの効果条文

違反効果条文
検察官が不起訴などの合意に反して起訴した判決で公訴棄却(中身を審理しない)。訴因・罰条を維持する合意に反した訴因・罰条の追加・変更の請求は、裁判所が許してはならない・
検察官が合意に違反した協議での供述と、合意に基づく行為で得られた証拠は証拠にできない。ただし、当該被告人の刑事事件では当該被告人に、当該被告人以外の者の刑事事件ではその者に異議が無ければ使える。1項の文言は「検察官が…合意に違反したとき」全般なので、1行目(合意に反する起訴)の場面とも重なりうる・
被疑者・被告人が合意に反して捜査機関に虚偽の供述・偽造変造の証拠5年以下の拘禁刑。他人の事件と自分の事件の両方の裁判が確定する前に自白すれば、減軽・免除できる・
相手方の違反(どちらでも)合意から離脱できる。理由を書いた書面で告知(違反のほかにも離脱の事由がある)・

検察官が合意に違反した後でも、協力した被告人自身が自分の裁判でその証拠を使うことに異議を述べなければ、その裁判では使える。

×にされやすい形
  • 「検察官が合意に違反したら、協力で得られた証拠は、被告人に異議が無くても証拠にできない」
  • 「不起訴の合意に反して起訴されても、裁判所は実体の審理を進め、量刑で考慮すれば足りる」(公訴棄却の判決)
  • 「虚偽供述等の罪は、自分の事件の裁判が確定する前に自白すれば減免される」(他人の事件の裁判の確定前でもあることが要る)

6巻き込みの危険と3つの歯止め条文解説書

  • 懸念:処分を軽くしてほしい被疑者・被告人が、虚偽の供述で無関係の第三者を巻き込むおそれ(巻き込みの危険)。
  • ①弁護人の関与:合意への同意()・協議への参加()。
  • ②虚偽供述等の罪():自白による減免は、一度嘘をついた後でも真実を話す方向に動機づける政策的な規定(解説書)。対象は検察官・検察事務官・司法警察職員に対する虚偽供述等=宣誓した証人として法廷で嘘を言えばの偽証罪。
  • ③公判手続の特例:検察官は、合意した本人の公判で()、合意に基づく供述録取書等が使われる他人の公判で()、合意した者が証人になる尋問で()、合意内容書面の取調べを請求しなければならない(公判で証拠として取り調べるよう請求する=「証拠として…取調べを請求」)。離脱があれば離脱の書面も。
  • ③の意味(解説書):他人の公判では、その他人と弁護人が合意を踏まえて反対尋問するなど防御でき、裁判所も供述の信用性を慎重に吟味できる。
×にされやすい形
  • 「合意内容書面は、合意した本人の公判でだけ取調べを請求すればよい」(他人の公判でも)
  • 「合意内容書面を証拠に出すかどうかは、検察官の裁量に任されている」(取調べの請求は義務)
  • ③を「合意内容書面の開示義務」と呼ぶ形(条文は「取調べを請求しなければならない」=証拠開示とは別の制度)

7刑事免責の手続:請求は検察官、裁判所は原則として決定条文解説書

  • 原則:証人は、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができる()。この146条の証言拒否権が、判旨の刑事免責の定義にいう「自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権」にあたる(判旨は条文を挙げていない)。
  • 定義(解説書):の証言拒絶で必要な証言が得られない事態に対処するため、裁判所が検察官の請求に基づき、証人に一方的な免責を与え、自己負罪拒否特権を失わせて証言を義務づける制度。合意制度と違い、証人との交渉・取引の要素は無い。
  • 尋問の前():検察官は、証人が訴追・有罪のおそれのある事項の尋問を予定している場合に、証言の重要性、関係する犯罪の軽重・情状その他を考えて必要と認めるとき、あらかじめ、条件(項目8で見る1号・2号)付きの尋問を請求できる。
  • 拒んだ後():証人がその事項について証言を拒んだと認める場合に、それ以後の尋問について請求できる。
  • 裁判所(・):尋問すべき事項に訴追・有罪のおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合(では、証言を拒んでいないと認められる場合も)を除き、条件付きで尋問する旨の決定を「するものとする」=必要性の判断は検察官、裁判所が見るのは除外事由の有無。
  • 合意制度と違い、対象犯罪の限定は無い。
  • 第1回公判期日前の証人尋問(・)にも及ぶ:請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し裁判所・裁判長と同一の権限を持つ()。
検察官が条件付きの証人尋問を請求自己負罪の事項が無いと明らかか尋問事項に訴追・有罪のおそれのある事項が含まれない決定しないはいいいえ証言を拒んでいないと認められるか157条の3の請求のときだけ決定しないはいいいえ決定をするものとする証言の重要性など必要性の判断は検察官
緑の枠が条文の言葉。裁判所が見るのは除外事由だけで、証言がそれほど重要でないことは退ける理由にならない。

被告人側が、自分に有利な証人に免責を与えて話させたいと思っても、請求できるのは「検察官」だけ(・)。

×にされやすい形
  • 「裁判所は、証言の必要性が乏しいと認めるときは、検察官の請求を却下できる」=実際は、尋問事項に自己負罪の事項が含まれないことが明らか等の除外事由に当たる場合を除き、決定をするものとする
  • 「刑事免責の請求は、証人が証言を拒んだ後でなければできない」(尋問前にあらかじめもできる)
  • 「刑事免責も、合意制度と同じく特定犯罪に限られる」(限定なし)
  • 「被告人・弁護人も刑事免責を請求できる」

8刑事免責の効果:拒めない、ただし自分には使われない条文解説書

  • 決定があると(各号の条件):
    1号=尋問に応じてした供述とこれに基づいて得られた証拠は、証人の刑事事件で、証人に不利益な証拠とすることができない。ただし、その尋問での行為が証言拒絶罪()・偽証罪()に当たるとき、その罪の事件では使える。
    2号=の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができない。
  • 決定後に拒めば、過料・費用の賠償()、刑罰()の対象(解説書)。
  • 免除されるのは刑罰ではなく、その証言と派生証拠を証人に不利益に使うこと。罪そのものは消えない=別の証拠があれば処罰できる。
  • 決定が無ければ、宣誓した証人でも、自己が訴追・有罪になるおそれのある証言は拒める()。
  • 典型の場面(解説書):合意制度では、報復を恐れて協力しない者(自分も被告人=下の例の乙)がいる → 検察官が標的にする共犯者(甲)の事件で、その協力しない被告人(乙)を証人として出廷させて証言を強制し、その証言は乙の罪責を問う証拠にしない。自分も被疑者・被告人である証人に使える。

共謀して放火したとして起訴された乙が、分離された共犯者甲の公判に証人として呼ばれ、「自分が有罪になるおそれがある」と答えを拒む → で拒めるのが原則。検察官がで請求し、決定があれば拒めない(その証言は乙自身の事件で乙に不利益に使えない)。

出題共犯者として起訴された証人が、自己が訴追・有罪になるおそれを理由に答えたくないとしても、証言を拒めない場合がある(○)

出題宣誓した証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒めないが、その証言が自己の刑事裁判で証拠とされることはない(×)

×にされやすい形
  • 「宣誓した証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒めないが、その証言は自己の刑事裁判で証拠とされない」(司法H20-35-5):出題は平成28年改正の前=刑事免責の制度が無く、で拒めるので×。現行法でも×:拒めないのは免責の決定があるときだけ。決定があっても、証言を証人に不利益な証拠にできないだけで、その尋問での証言拒絶罪・偽証罪の事件では使える(1号)。
  • 「自己が訴追されるおそれがあれば、証人は常に証言を拒める」(免責の決定があれば拒めない)
  • 「刑事免責を受けた証人は、その事件で処罰されなくなる」(使えないのは証言と派生証拠だけ)
  • 「免責を受けた証言なら、偽証しても処罰されない」(偽証罪の事件では使える)
  • 「刑事免責は、自分は起訴の対象でない証人のための制度で、共犯者には使えない」(典型は共犯者)

9明文の無い刑事免責(最大判平7・2・22)判例解説書

  1. 検察官が、贈賄・収賄等の被疑事実で、に基づき、米国在住のC・Dらの証人尋問を米国の司法機関に嘱託するよう裁判官に請求
  2. 検事総長が、証言した事項について証人らをにより起訴を猶予するよう東京地検検事正に指示した旨の宣明書/検事正も同旨の宣明書
  3. Cが、日本で刑事訴追を受けるおそれを理由に証言を拒否。米国の連邦地裁の判事は、公訴を提起されないことを明確にした最高裁のオーダー等が出るまで調書を伝達しないと裁定
  4. 検事総長が、将来にわたり公訴を提起しないと確約する宣明。最高裁が、その確約が将来にわたり遵守される旨を宣明 → 尋問が行われ、調書が送付される
  • 刑事免責の制度は、自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度
  • 我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。
  • 判旨が明文を求めた前提は、この制度が「犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度である」こと。
  • この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。
  • しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない。
  • この事案で与えられた免責=検事総長・東京地検検事正の各宣明=証人らに将来にわたり公訴を提起しない旨の確約(判旨)。現行法の刑事免責の効果=証言と派生証拠を証人に不利益な証拠にできない(1号)=罪そのものは消えない(項目8)。
  • 国際司法共助で得た証拠でも同じ → 本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定。
  • 結論は上告棄却:調書を除いても、その余の証拠で犯罪事実を優に認定できる(原判決の結論に影響しない)としたうえで、「所論の重要性にかんがみ」証拠能力の判断を示した。
  • 最高裁が否定したのは、法律の根拠が無いまま免責を与えて得た供述を使うこと。刑事免責そのものを許されないとしたのではない。その後、平成28年改正で・が置かれた。
  • 解説書の位置づけ:明文の要件が無い場合に、証拠禁止の観点から証拠能力が否定されうることを示した判例。強制処分法定主義とは別の観点から法定が求められる処分がありうることも示した。

出題証言を拒否する証人に刑事免責を付与して供述を強制することは憲法38条1項に違反するから、その供述を有罪認定の証拠にできない(×)

×にされやすい形
  • 「刑事免責を付与して供述を強制することは、に違反する」(予備R2-24-ウ。判例は憲法が導入を否定しているとまでは解されないとした)
  • 「最高裁は、嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定し、被告人を無罪とした」(上告棄却)
  • 「最高裁は、検事総長と最高裁の宣明により適法に刑事免責が付与されたとして、調書の証拠能力を認めた」

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#53単独ページ動画

取調べの録音録画義務と供述調書

問い:被疑者・参考人の取調べは、どんな手順で進み、どこで録音・録画が義務になるか。

骨組み

  1. 1出頭要求():在宅の被疑者は出頭を拒み、出頭後何時でも退去できる。呼び出したのが警察でも検察でも同じ
  2. 2取調べ受忍義務:実務=但書の反対解釈で肯定/学説=否定が通説。判例(最大判平11・3・24)は、出頭・滞留の義務があると解しても直ちに供述拒否の自由を奪わない、と述べるにとどまる
  3. 3黙秘権の告知():取調べに際しあらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げる
  4. 4供述調書(3〜5項):録取 → 閲覧・読み聞かせ → 増減変更の申立ては記載しなければならない → 署名押印は求めることができるだけ(拒絶できる)
  5. 5被疑者以外の者():但書・3〜5項を準用し、2項の告知だけ準用しない。参考人は出頭も供述も任意(だからの証人尋問がある)
  6. 6録音・録画の記録義務():対象事件で逮捕・勾留中の被疑者の取調べ・弁解の機会。検察官・検察事務官=1項1号〜3号の事件/司法警察職員も1項1号・2号の事件
  7. 7除外事由(4項各号):機器の故障・被疑者の拒否等・指定暴力団・加害のおそれ → 記録しなくてよい → 記録が無ければ1項但書で請求義務も外れる
  8. 8公判での請求義務(・2項):自白等の調書に任意性の疑いを理由に異議 → 開始から終了までの記録媒体を請求。請求しないと調書の請求は却下しなければならない

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。犯罪捜査規範・刑訴規則の番号は文字のままで、押しても開きません。

2つの「近いけれど別の義務」で覚える。出頭・滞留の義務と供述の義務(1〜3)/現場で記録しておく義務と公判で記録媒体を出す義務(6〜8)。

1出頭要求()条文

  • 本文:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。
  • 但書:被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
  • 逮捕・勾留されていない被疑者の事件を、実務では在宅事件と呼ぶ。在宅の被疑者の取調べは、相手の同意に頼る任意捜査。
  • 但書は、呼び出したのが警察か検察かで区別しない。出頭の拒否と退去の両方を認める。

在宅の被疑者が、警察ではなく検察官から呼び出された。それでも出頭を断ってよいし、出頭した後に途中で帰ってもよい。

×にされやすい形
  • 「在宅の被疑者は、司法警察職員からの出頭要求は拒めるが、検察官・検察事務官からの出頭要求は拒めない」
  • 「在宅の被疑者は、出頭は拒めないが、出頭後は何時でも退去できる」(但書は出頭の拒否も退去も認める)

2取調べ受忍義務(実務・学説と最大判平11・3・24)判例学説

  • 反対解釈(実務の読み):但書は「逮捕又は勾留されている場合を除いては」出頭を拒め、退去できると言う → 裏返して、逮捕・勾留中は出頭を拒めず、退去もできない、と読む。
  • 実務:但書の反対解釈から、逮捕・勾留中の被疑者には出頭義務と受忍義務(取調室に出頭し、出頭後に自由に退去できない義務)があるとする。供述する義務までは認めない。
  • 学説:受忍義務を認める扱いは黙秘権の侵害につながるとして、拘束中の被疑者も出頭を拒め、自由に退去できるとする見解が通説。
  • 実務側の反論:受忍義務を認めることが、直ちに黙秘権の侵害につながるわけではない。
  • 判例:接見指定の合憲性が主題の判決。上告理由(所論)は、を根拠に、拘束中の被疑者に受忍義務は無く、但書が受忍義務を定めるなら違憲で、被疑者が望めばいつでも取調べを中断しなければならないから、取調べは接見を制限する理由にならない、と主張した。判例は次のように述べて所論を退けた。
  • 身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから、この点についての所論は、前提を欠き、採用することができない
  • 判例が言ったのはここまで。否定したのは所論の前提(出頭・滞留の義務を認めると黙秘権が奪われる)だけで、受忍義務が「ある」か「ない」かは正面から判断していない。
  • 捜査構造論(平野龍一博士の整理・解説書の紹介):捜査段階の被疑者側と捜査機関を「公判準備を行う対等な主体」として扱う弾劾的捜査観は受忍義務の否定に、捜査を「捜査機関による被疑者取調べを中心として事実を解明する手続」と考える糺問的捜査観は肯定に、馴染むとされた。
実務(肯定)学説(否定が通説)
拘束中の出頭・在室義務あり(但書の反対解釈)拒め、自由に退去できる
供述義務なし義務なし
黙秘権との関係受忍義務を認めても直ちに黙秘権侵害にならない受忍義務を認める扱いは黙秘権の侵害につながる
×にされやすい形
  • 「出頭・在室の義務は認めるが供述の義務は認めない運用は、肯定説と否定説の折衷である」(それは実務=肯定説そのものの中身。否定説はまさにその運用を批判する)
  • 「最高裁は、拘束中の被疑者に取調べ受忍義務があると正面から判断した」(出頭・滞留の義務があると解しても直ちに黙秘権を奪わない、と述べたまで)
  • 「学説も、拘束中の被疑者の受忍義務を肯定するのが通説である」

3黙秘権の告知()条文

  • :前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
  • 取調べを始める前に告げる。知らない権利は使えない=入口で告げて、話すかどうかを自分で選べる状態にしてから始める。
  • 被疑者の黙秘権は、利益・不利益を問わず一切の事柄について沈黙できる包括的な権利(解説書)。

被疑者が「名前は言うが、アリバイについては何も言わない」と決めるのは自由。被疑者が供述を拒める事項に限定は無い。

4供述調書の作成(〜5項)条文

  • :被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。
  • :調書は被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。増=書き足してほしい、減=書かないでほしい、変更=こう変えてほしい(解説書)。
  • :誤のないことを申し立てたときは、署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。
  • 押印できないときは指印で代える(刑訴規則61条1項)。
  • 署名押印は、取調官が書いた書面を本人が「自分の言葉だ」と認める印。被疑者は起訴されると被告人と呼ばれ、捜査で作った被疑者の調書を公判で証拠にするときは、被告人の供述を録取した書面として見る。被告人の供述を録取した書面を証拠にするは「被告人の署名若しくは押印のあるもの」を求める(参考人ならが同じ要件)=どちらか一方で足りる。署名押印を拒まれた調書は原則として証拠にならない。
  • 例外:の同意(検察官及び被告人が証拠とすることに同意)があれば、〜の要件によらず証拠にできる(相当と認めるときに限る)。
  • 通訳を介した取調べ:捜査書類も日本語で作るのが通常(犯罪捜査規範235条)。日本語に通じない被疑者を通訳人を介して取り調べ、供述録取書を日本語で作っても違法ではない(解説書の説明は犯罪捜査規範による)。
  1. 供述を調書に録取(3項・できる)
  2. 閲覧させ、又は読み聞かせて、誤りがないかを問う(4項)
  3. 増減変更の申立て → その供述を記載しなければならない(4項)
  4. 誤りのない旨の申立て → 署名押印を求めることができる/拒絶できる(5項)

被疑者が署名はしたが押印は拒んだ。は「署名若しくは押印」なので、署名だけで要件は満たす。

出題司法警察職員は、閲覧・読み聞かせで誤りを問い、増減変更の申立ては調書に記載しなければならず、誤りのない旨の申立てがあれば署名押印を求めることができる(○)

出題被疑者は、調書に誤りのないことを申し立てたときは、署名押印しなければならない(×)

出題日本語に通じない被疑者を通訳を介して取り調べる場合、供述録取書を日本語で作成しても違法ではない(○)

×にされやすい形
  • 「被疑者は、調書に誤りのないことを申し立てたときは、署名押印しなければならない」(求めることができるだけ。拒絶できる=5項但書)
  • 「増減変更の申立てがあっても、調書に記載するかは取調官の裁量」(記載しなければならない=4項)
  • 「署名と押印の両方がなければ、の書面に当たらない」(署名若しくは押印)

5被疑者以外の者の取調べ()条文解説書

  • :検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べることができる(鑑定・通訳・翻訳の嘱託も同じ項)。注:「被疑者以外の者」に入るのは被害者・目撃者などの事件関係者(条文の語ではない)。
  • :但書及び3項乃至5項を準用する=2項(告知)は準用しない。告知をしないこと以外は、被疑者の取調べと同じ。
  • 参考人は、出頭を拒め、出頭してもいつでも退去でき、供述しなくてもよく(供述を義務づける規定は無い)、調書への署名押印も拒める(解説書)。自己負罪の事柄に限らず、何も話さなくてよい。
  • だから、捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が出頭又は供述を拒んだときのために、第1回公判期日前の証人尋問()がある。証人尋問では裁判官が裁判所又は裁判長と同一の権限を持ち()、証人は出頭・宣誓・証言の義務を負い、正当な理由なく拒めば過料や刑罰がある(・・・。解説書)。
  • 告知が要らないのは、が被疑者に対し告げる規定で、がそれを準用していないから。そもそも参考人は出頭も供述も任意(解説書 p.73)。
  • 証人との取り違えに注意:証人は、自己や配偶者等の近親者が刑事訴追・有罪判決を受けるおそれのある証言を拒める(・)=拒める範囲が限られる。この範囲を任意の取調べを受ける参考人に当てはめたのが「自己負罪の事柄だけ拒める」形の×肢。
在宅の被疑者拘束中の被疑者参考人
出頭の拒否・退去できる(但書)但書の外(実務=できない)できる(で準用)
黙秘権の告知要る()要る()要らない(準用しない)
供述しなくてよい
閲覧・読み聞かせ・増減変更同じ(/で準用)
署名押印の拒絶できる(/で準用)

ひったくりの被害者を参考人として呼んだ警察官が、黙秘権の告知をしなかった → 違法ではない。被害者が出頭はしたが「何も話したくない」と言った → 供述を強いることはできない。どうしても供述が要るなら、その被害者が「犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者」に当たるときに、検察官がの証人尋問を裁判官に請求する。

出題被害者・目撃者など被疑者以外の者の取調べにも、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない(×)

出題被疑者以外の者の取調べでは、あらかじめ、自己又は配偶者等が刑事訴追を受けるおそれのある供述を拒める旨を告げなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「参考人(被害者・目撃者)の取調べにも、の告知が要る」(は2項を準用しない)
  • 「参考人に供述拒否の告知をしなければならない」(どんな形の告知も条文に無い)
  • 「参考人が供述を拒めるのは、自分が罪に問われかねない事柄だけ」(参考人は出頭も供述も任意=何も話さなくてよい)
  • 「参考人は、自己負罪の事柄以外の質問には答えなければならない」

6録音・録画の記録義務()条文

  • 対象事件(各号):①死刑又は無期拘禁刑に当たる罪 ②短期1年以上の拘禁刑に当たる罪であって故意の犯罪行為により被害者を死亡させたもの ③司法警察員が送致し又は送付した事件以外の事件(①②を除く)。
  • 1項1号・2号はおおむね裁判員裁判の対象事件と重なる。1項3号は検察官が自ら捜査する事件(検察官独自捜査事件)。短期=刑の下限。
  • 前段:検察官又は検察事務官は、1項1号〜3号の事件(1項3号のうち、関連する事件が送致・送付され、司法警察員が現に捜査しているなど警察からの送致・送付が見込まれるものを除く)について、逮捕若しくは勾留されている被疑者をで取り調べるとき、又は・の弁解の機会を与えるときは、被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録しておかなければならない。
  • 4項後段:司法警察職員も、1項1号又は2号の事件について、逮捕・勾留中の被疑者をで取り調べるとき、又はの弁解の機会を与えるときは、同様とする。
  • 弁解の機会=逮捕された被疑者に弁解(言い分)を述べさせる手続(・は犯罪事実の要旨等を告げた上で。は送致を受けた検察官)。
  • 在宅の被疑者の取調べ・参考人の取調べは対象外(「逮捕若しくは勾留されている被疑者」に限る)。
  • 平成28年改正で新設、令和元年6月1日施行。
対象事件検察官・検察事務官司法警察職員
1項1号 死刑・無期拘禁刑記録義務あり記録義務あり(後段)
1項2号 短期1年以上・故意で死亡記録義務あり記録義務あり(後段)
1項3号 検察官独自捜査事件記録義務あり(警察からの送致が見込まれるものを除く)記録義務なし
上のどれでもない(例:窃盗)記録義務なし

殺人の疑いで逮捕した被疑者を警察官が取り調べる → 警察官も録音・録画しなければならない(1項1号・4項後段)。強盗致傷で逮捕した被疑者 → 法定刑に無期拘禁刑を含むので1項1号(1項2号の死亡は要らない)。過失で人を死なせた事件 → 1項2号に当たらない(傷害致死は傷害が故意なので当たる)。殺人の疑いでも逮捕していない人物を任意で取り調べる → 記録義務はかからない。

×にされやすい形
  • 「録音・録画の記録義務を負うのは検察官・検察事務官だけで、司法警察職員は負わない」(4項後段=1項1号・2号の事件では司法警察職員も負う)
  • 「逮捕・勾留中の被疑者の取調べは、事件を問わずすべて録音・録画しなければならない」(1項各号の対象事件に限る)
  • 「対象事件なら、在宅の被疑者や参考人の取調べも録音・録画しなければならない」

7記録しなくてよい場合(各号)条文

  • 4項1号:記録に必要な機器の故障その他のやむを得ない事情により、記録をすることができないとき。
  • 4項2号:被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。
  • 4項3号:都道府県公安委員会の指定を受けた暴力団の構成員による犯罪に係る事件と認めるとき。
  • 4項4号:4項2号・3号のほか、犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員である団体の性格その他の事情に照らし、供述・状況が明らかにされると被疑者若しくはその親族の身体・財産への加害や畏怖・困惑させる行為のおそれがあり、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。
  • 二段の効き方:4項各号は記録義務の除外事由。これに当たって記録しなかったため記録媒体が無いときは、1項但書で公判での請求義務も外れる(解説書はこの4つを「記録媒体の証拠調べ請求義務の例外」として並べる)。
被疑者の取調べ・弁解の機会1項各号の対象事件か死刑・無期/短期1年以上で故意に死亡させた/検察官独自捜査記録義務なしいいえはい逮捕・勾留されている被疑者か記録義務なし在宅の被疑者・参考人いいえはい司法警察職員が1項3号の事件で取り調べるか司法警察職員の義務は1項1号・2号だけ(4項後段)記録義務なしはいいいえ4項各号の除外事由に当たるか故障/被疑者の拒否等/指定暴力団/被疑者・親族への加害のおそれ記録しなくてよい媒体が無ければ1項但書で請求義務も外れるはいいいえ録音・録画して記録しておく義務
枠は条文(301条の2)の要件(1項3号は通称「検察官独自捜査」で表示)。検察官・検察事務官の1項3号の事件では、警察からの送致が見込まれるものは除かれる(4項柱書の括弧)。

裁判員裁判の対象事件でも、被疑者が撮影を拒み、撮ると十分に話せないと認められれば記録しなくてよい(4項2号)。そのとき記録媒体が無くても、1項但書で請求義務は外れる。

出題検察官・検察事務官は、裁判員裁判の対象事件で逮捕・勾留中の被疑者を取り調べるときは、必ず録音・録画しなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「裁判員裁判の対象事件の逮捕・勾留中の取調べは、必ず録音・録画しなければならない」(4項各号の除外事由がある)
  • 「4項4号は、参考人など関係者への報復のおそれがある場合」(加害・畏怖のおそれの対象は被疑者若しくはその親族。関係者の言動は判断材料の1つ)
  • 「除外事由で記録しなかった場合でも、公判では記録媒体の取調べを請求しなければならない」(1項但書で外れる)

8公判での請求義務と却下(〜3項)条文解説書

  • 任意性=自白などが強制・拷問・脅迫などによらず任意にされたこと。任意にされたものでない疑いのある自白は証拠にできず(・不利益な事実の承認は但書)、任意性の証明責任は検察官にある(解説書 p.274)。
  • :対象事件で、検察官がの書面(逮捕・勾留中の被疑者の取調べ又は〜の弁解の機会に作られ、被告人に不利益な事実の承認を内容とするもの)の取調べを請求し、被告人又は弁護人が任意にされたものでない疑いを理由に異議を述べたとき → 任意性を証明するため、その取調べ・弁解の機会の開始から終了に至るまでを4項で記録した記録媒体の取調べを請求しなければならない。
  • 1項但書:4項各号に当たって記録しなかったことその他やむを得ない事情で記録媒体が存在しないときは、この限りでない。
  • :検察官が記録媒体の取調べを請求しないときは、裁判所は、決定で、書面の取調べの請求を却下しなければならない。
  • :取調官など被告人以外の者が、公判で「被告人がこう供述した」と述べる場合(が準用する)にも、1項・2項を準用する。
  • 引き金は異議。被告人側が同意()すれば任意性に疑いのない状況が推認され、原則として任意性の立証は要らない(解説書)。
  • 違反の連鎖:4項各号の除外事由が無いのに記録しなかった → 記録媒体が無い →(被告人側が異議を述べれば)1項但書(除外事由その他やむを得ない事情)に当たらず請求義務は残る → 請求できない → 2項で検察官の請求は却下される。
  • 2項で却下されるのは検察官の請求。裁判所が職権で(=自分の判断で)その調書を証拠に採ることまでは、条文は禁じていない(解説書)。
  • 職権で採られた調書の扱い:多数説は違法収集証拠排除法則の問題として判断し、録音・録画義務違反だけで一律に証拠能力を否定するとまでは考えていないようだ(解説書)。
記録しておく義務記録媒体を請求する義務
場面取調べの現場公判
条文4項1項(3項で準用あり)
誰が検察官・検察事務官(1項1号〜3号)/司法警察職員(1項1号・2号)検察官
いつ生じる逮捕・勾留中の被疑者の取調べ・弁解の機会任意性の疑いを理由に異議が述べられたとき
外れる場合4項各号1項但書(4項各号で記録が無い等)
守らないと除外事由が無いのに記録しないと、(異議が出れば)1項但書に当たらず請求義務は残るが請求できない → 2項で却下記録媒体を請求しない → 書面の取調べ請求を却下しなければならない(2項)。裁判所が職権で採る余地は残る(解説書)
×にされやすい形
  • 「記録媒体の取調べを請求しなくても、任意性の立証で不利になるだけ」(裁判所は書面の取調べ請求を却下しなければならない)
  • 「被告人側が任意性を争わなくても、検察官は常に記録媒体の取調べを請求しなければならない」(異議が引き金)
  • 「記録媒体の取調べ請求は、問題の部分の録画だけでよい」(取調べ・弁解の機会の開始から終了に至るまで)
  • 「4項は公判での請求義務の条文」(4項は記録義務。請求義務は1項)

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#54単独ページ動画

黙秘権の範囲と効果

問い:黙秘権は誰の、どこまでの権利で、使うとどうなるか。

骨組み

  1. 1自己負罪拒否特権():何人も(証人も)持つ。拒めるのは不利益な供述だけ。証人尋問では(を証人について具体化)。参考人の取調べは別=出頭も供述も拒める
  2. 2黙秘権(・):被疑者・被告人は、利益不利益を問わず一切の事柄について沈黙できる(拒める事項に限定なし)
  3. 3保障の理由(解説書):人格の尊厳/虚偽自白の防止/証明責任が検察側にあること/自己情報のコントロール、の4つの説明
  4. 4氏名(解説書/昭32):刑訴法の黙秘権の対象にはなる(解説書)。しかしでは原則として不利益な事項に当たらない+開示が強要された証跡もない → 氏名を伏せた弁護人選任届を却下してもに違反しない(昭32)
  5. 5氏名の例外(解説書の著者の見方):犯人との同一性/前科が分かり累犯加重・常習犯が成立/共犯者の存在 → 不利益な事項に当たり、黙秘の対象になりうる
  6. 6供述以外の証拠(通説・平9):指紋・血液・写真撮影・呼気検査には及ばない → 呼気検査の拒否を処罰しても合憲
  7. 7刑事手続以外の手続(昭47 川崎民商):実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶ。税務の帳簿検査は当たらない → 合憲
  8. 8報告・届出の義務(昭37・平16):解説書のまとめ=判例はおおむね、義務に必要性・合理性があり、範囲に刑事責任を問われるおそれのある事項まで含まれない → 合憲。平16は、犯罪行為を構成する事項の供述までは強制しないとしたうえで、医師は自分の罪責を問われるおそれがあっても届出義務を負う(医師免許に付随する負担)
  9. 9不利益事実推認の禁止(解説書・札幌高判平14):黙秘した事実それ自体から不利益な事実を推認することは原則として許されない(解説書)。犯罪事実の認定では、黙秘の態度をどの段階・どの状況でも不利益に考慮できない(札幌高判平14)。行使への制裁も許されない(講義解説)
  10. 10遮断効(学説):行使で取調べの継続を禁じる、という主張。捜査実務は逮捕・勾留中の被疑者に遮断効を観念しない/公判で延々と質問=「黙秘権の行使を危うくする」(札幌高判平14)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。最高裁は判例、高裁は裁判例と呼ぶ。条文番号は押すと条文(道路交通法・医師法・所得税法は文字のまま)、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

3段で覚える。誰の権利か(1・2)→ どこまで及ぶか(4〜8)→ 使うとどうなるか(9・10)。4〜8は、が守るのは「刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないこと」という1つの言葉から出てくる。

1自己負罪拒否特権(・)条文解説書

  • :何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
  • 判例は、その法意を「何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したもの」と読む(昭32。項目4)。これを自己負罪拒否特権と呼ぶ。
  • 主語は「何人も」→ 被疑者・被告人に限らず、証人にも及ぶ。
  • 証人について:=何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。解説書はを、を証人について具体化したものとして扱う。昭37判決の補足意見も、はの趣旨に則ったもの、と書く。
  • 参考人の取調べは証人尋問と違う:被疑者以外の者の取調べ()では、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる(がただし書を準用)。供述も拒める(は、取調べに対して「出頭又は供述を拒んだ場合」を予定している)。
  • 拒まれたとき、捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者なら、検察官は第1回の公判期日前に限り、裁判官に証人尋問を請求できる()。その尋問では証言の義務があり、自分のことを理由に拒めるのはの範囲(自分が訴追・有罪判決を受けるおそれのある証言)に限られる(近親者・業務上の秘密は・に別の定め。で裁判官は裁判所と同じ権限を持つ)。
  • 証言を拒む者は、拒む事由を示さなければならない(刑事訴訟規則122条1項)。被告人が理由を示さずに黙っていられる(項目2)のと逆。

警察に呼ばれた目撃者は、出頭を断れ、来ても話したくないことは話さなくてよい。裁判官の証人尋問に呼ばれたら、見たことには答える義務があり、自分のことを理由に拒めるのは「あなたも加担したのでは」のような、自分が罪に問われかねない事柄だけ(拒むなら、その事由を示す)。

出題証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒むに当たり、その事由を示す必要はない(×)

×にされやすい形
  • 「参考人は、捜査機関の取調べにおいて、自己に不利益な事項以外の供述を拒むことができない」(取調べでは出頭も供述も拒める。の範囲に狭まるのは証人尋問)
  • 「自己負罪拒否特権は、被疑者・被告人だけの権利で、証人には及ばない」(主語は「何人も」)
  • 「証人は、自己が刑事訴追を受けるおそれのある証言を拒むとき、その事由を示す必要はない」(刑事訴訟規則122条1項=示さなければならない)

2被疑者・被告人の黙秘権(・)条文解説書

  • :取調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
  • :被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。
  • 解説書は、とを並べて根拠にし、被疑者・被告人は利益不利益を問わず一切の事柄について包括的に沈黙できる、とする=黙秘権(供述拒否権)。被疑者の黙秘権もという条文に根拠がある。
  • 黙秘権は、の自己負罪拒否特権を、被疑者・被告人の防御のために法律で拡げたもの(解説書)。
  • 被告人は、供述を拒むとき、その理由を明らかにする必要はない(予備R2-21-エ が正しい肢)。
自己負罪拒否特権黙秘権
条文(証人は)・
誰が何人も(証人も)被疑者・被告人
拒める範囲刑事上の責任を問われるおそれのある不利益な事項だけ利益不利益を問わず一切の事柄

法廷の目撃証人は「その夜、何を見たか」に答えなければならない。被告人は「その夜、どこにいたか」というアリバイの質問にも、答えずに黙っていられる。

出題刑訴法上、取調べで被疑者が供述を拒むことができる事項に限定はない(○)

出題被告人は、供述を拒む場合に、その理由を明らかにする必要はない(○)

×にされやすい形
  • 「取調べで被疑者が供述を拒めるのは、自己に不利益な事項に限られる」(は「自己の意思に反して」で、不利益な事項に限っていない)
  • 「被告人が個々の質問に対して供述を拒むには、その理由を明らかにしなければならない」

3なぜ黙秘権を保障するか解説書

  • 解説書は、保障の理由には「議論がある」として4つの説明を並べる。どれが通説とは書いていない。
    1. 供述の強制は個人の人格の尊厳を傷つける(裁判例の説示として紹介。大阪高判昭40・8・26=判決の全文は裁判所サイトに無く、解説書の紹介による)
    2. 供述の強制は虚偽の自白を誘発する
    3. 犯罪事実の証明責任が検察側にあることの裏返し
    4. 被疑者・被告人が自分の情報をコントロールする権利(プライバシー)を、刑事手続で特に保障した

4氏名は黙っていられるか(最大判昭32・2・20)判例

  • 2段に分ける。刑訴法の黙秘権は一切の事柄が対象=氏名も黙秘の対象で、黙っていること自体は許される(解説書)。他方、昭32判決が判断したのはのほう。判決の筋は、①氏名は原則として不利益な事項でない、②本件は届が却下されて選任の必要から名乗ったにとどまり、開示が強要された証跡はない、の2本(届が不適法とされた根拠の条文は判決に書かれていない)。
  1. 会社の人員整理に反対する集団の中で、新聞記者・警察職員に暴行を加え傷害したとして起訴(判決の言及は「暴行罪、傷害罪等」)
  2. 被告人らは氏名を明かさず、監房番号の自署・拇印などで自分を示し、弁護人が署名押印した弁護人選任届を出す
  3. 選任届は不適法として却下 → 国選弁護人が選任される
  4. 被告人らは氏名を明かして、私選弁護人の選任を届け出る
  • その法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは、この制度発達の沿革に徴して明らかである。
  • されば、氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。
  • そして、本件では、論旨主張にかかる事実関係によつてもただその氏名を黙秘してなされた弁護人選任届が却下せられたためその選任の必要上その氏名を開示するに至つたというに止まり、その開示が強要されたものであることを認むべき証跡は記録上存在しない。
  • 理由は2本立て:①氏名は原則として不利益な事項でない ②本件で開示が強要された証跡はない → 違反なし。「開示を強要しても合憲」とまでは言っていない。
  • 弁護人依頼権()も違反なし:私選弁護人の立会いのもとで審理が行われ(被告人の1人は第1回公判期日が国選弁護人の立会いで、第2回以降が私選弁護人)、被告人の一部がした却下決定への特別抗告も取り下げられた=弁護権の行使を妨げられたとは認められない。
  • 解説書:氏名を言うことが、すぐに刑事責任にかかわる供述になることは通常ない。

出題氏名を明らかにせず居室番号の自署・拇印等で自己を表示した選任届も、氏名を開示する義務はないので、不適法として却下されることはない(×)

×にされやすい形
  • 「被告人には氏名を開示する義務はないので、氏名を書かず居室番号の自署・拇印等で自己を表示した弁護人選任届も、不適法として却下されることはない」(予備R4-18-イ)=判例は、却下してもに違反しないとした
  • 「氏名は、刑事訴訟法の黙秘権の対象にならない」(刑訴法の黙秘権は一切の事柄が対象。原則として不利益な事項でないとされたのはのほう)
  • 「判例は、氏名の開示を強要してもに違反しないとした」(開示が強要された証跡はない、とも述べた)

5氏名が不利益な事項になりうる場合解説書

  • 解説書の著者の見方(「黙秘の対象となりうるだろう」):氏名を明らかにすることで、①犯人との同一性が認められる場合 ②前科が判明して累犯加重・常習犯が成立する場合 ③共犯者の存在が明らかになる場合。
  • 判例が示した例外ではない(昭32判決の全文に、前科・累犯・同一性・共犯の語は出ない)。
  • ②は一続き:前科が分かるだけではなく、それで累犯加重・常習犯の成立につながる場合。どれも、名乗ることが罪や刑の重さの手がかりに直結する場面。

現場に残った配送伝票の宛名と被告人の名前が同じなら、名乗ることが犯人と結びつく材料になる → 黙秘の対象になりうる。名乗ると同種の罪の前科が分かり累犯加重の対象になる人も同じ。

×にされやすい形
  • 「氏名を名乗ると前科が分かる場合は、それだけで常に不利益な事項に当たる」(著者の見方は、前科が判明して累犯加重・常習犯が成立する場合)
  • 「昭32判決は、前科・共犯者が明らかになる場合を例外として示した」(例外は解説書の著者の見方)

6供述以外の証拠(最判平9・1・30)学説判例

  • 解説書:黙秘権は自己負罪拒否特権に由来する → 供述以外の物的・非供述証拠(指紋・血液の採取・身体検査・写真撮影など)には及ばない=通説。
  • 事案:道路交通法の呼気検査(判決当時67条2項・現行67条3項)を拒んだ者を処罰する規定(判決当時120条1項11号)がに違反するか。
  • 右検査は、酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法三八条一項に違反するものではない。
  • 判決は、昭32判決と昭47判決(項目7)の趣旨に徴して明らか、とする。
  • 体から取る証拠の歯止めは、黙秘権ではなく令状のルール:身体の検査は身体検査令状による(後段)。身体の拘束を受けている被疑者の指紋・足型の採取、写真撮影などは、裸にしない限り令状は要らない()。

同じ検問でも、「何杯飲みましたか」と聞いて答えさせるのは、言葉による申告を求めるもの=供述の側(判例がこの場面を判断したのではなく、「供述を得ようとするものではない」という理由づけからの当てはめ)。

出題呼気検査は供述を得ようとするものではないから、拒んだ者を処罰する道交法の規定はに違反しない(○)

×にされやすい形
  • 「呼気検査の拒否を処罰するのは、自己に不利益な供述の強要に当たり、に違反する」
  • 「逮捕された被疑者が指紋の採取を拒むのは、黙秘権の行使として許される」(供述以外の証拠には及ばない。歯止めは令状のルール)

7刑事手続以外の手続(最大判昭47・11・22 川崎民商事件)判例

  • 事案:所得税の過少申告の疑いで、税務署職員が売上帳・仕入帳などの呈示を求めたのを拒み、旧所得税法70条10号・63条違反で処罰された。
  • 右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。
  • 同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存すること
    …
  • 結論:検査・質問の規定はにいう「自己に不利益な供述」を強要するものではない → 合憲。
  • あわせて、・は刑事手続の規定で直ちに行政手続に適用されない、とした原判断は解釈の誤りと述べた(違憲でないという結論は正当)。(言い換えると、及ぶかどうかは手続の名前ではなく働きで決まる。)
供述を強制する手続純然たる刑事手続か38条1項が及ぶはいいいえ(行政手続など)資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するか実質上、刑事責任追及のためのひとしく及ぶはいいいえ38条1項の供述強要に当たらない川崎民商事件の帳簿検査(公平確実な賦課徴収が目的)
紫の枠は昭47判決の言葉。判決は、税務の検査がもっぱら公平確実な賦課徴収を目的とし、資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもなく、公益上の必要性と合理性もある、として合憲とした。
×にされやすい形
  • 「は刑事手続の規定なので、行政手続には及ばない」(判例は原判断のこの解釈を誤りとした)
  • 「川崎民商事件で、最高裁は帳簿検査を拒んだ者を処罰する規定を違憲とした」(合憲)

8報告・届出の義務(最大判昭37・5・2・最判平16・4・13)判例

  • 昭37(交通事故の報告義務):事故を起こした運転者が警察官に報告せず、指示も受けなかったとして処罰された(道路交通取締法施行令67条2項)。報告義務は交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定とした上で:
  • 同条二項掲記の「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等、交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。
  • 刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは、解せられない。
  • → 報告を命じても、にいう自己に不利益な供述の強要に当たらない。
  • 平16(医師法21条の異状死体の届出義務):届出義務は犯罪捜査の端緒を得やすくし、社会防衛を図る役割も担う行政手続上の義務で、公益上の必要性は高い。
  • 本件届出義務は,医師が,死体を検案して死因等に異状があると認めたときは,そのことを警察署に届け出るものであって,これにより,届出人と死体とのかかわり等,犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない。
  • 死体を検案して異状を認めた医師は,自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合にも,本件届出義務を負うとすることは,憲法38条1項に違反するものではないと解するのが相当である。
  • 平16の理由:届出義務の性質・内容・程度、医師免許に伴う社会的責務、公益上の高度の必要性 → 自己の犯罪が発覚する端緒を与えうる一定の不利益があっても、医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容される。
  • 解説書のまとめ:判例はおおむね、届出・報告義務に必要性・合理性があること、届出・報告の範囲に自分が刑事責任を問われるおそれのある事項まで含まれないこと、を理由に違反しないとしてきた。
判決義務理由の軸結論
昭37・5・2交通事故の報告必要かつ合理的/報告するのは事故の態様だけ(原因は含まない)合憲
昭47・11・22税務の帳簿検査及ぶ手続の基準を立てた/本件の検査は当たらない・公益上の必要性と合理性合憲
平16・4・13医師の異状死体の届出公益上の必要性が高い/犯罪行為を構成する事項の供述までは強制しない/医師免許に付随する負担合憲

手術後に患者が亡くなり、執刀医が自分のミスを疑われうる場合でも、死体を検案して異状を認めたら警察署に届け出る義務がある。届けるのは異状があることで、自分と死体のかかわりなど犯罪を構成する事項まで話す必要はない。

×にされやすい形
  • 「医師は、自己が業務上過失致死の罪責を問われるおそれがある場合には、異状死体の届出義務を負わない」(おそれがある場合にも負う)
  • 「交通事故の報告義務には、事故の原因など刑事責任を問われるおそれのある事項も含まれる」(事故の態様に関する事項だけ)

9黙秘したことを不利益に扱えるか解説書裁判例

  • 黙秘権を行使したこと自体に、制裁を科すことは許されない(講義解説)。
  • 解説書:黙秘した事実それ自体から、裁判所が被告人に不利益な事実を推認することは、原則として許されない(不利益事実推認の禁止。現行法の解釈として)。理由=①黙秘の動機はさまざまで、推認に合理性がない ②許すと供述の強要につながり、黙秘権の保障を掘り崩す。
  • 札幌高判平14・3・19(殺人被告事件):黙秘・供述拒否の態度を1個の情況証拠として扱うことは、黙秘権・供述拒否権が与えられている趣旨を実質的に没却する。
  • その黙秘の態度をもって犯罪事実の認定において被告人に不利益に考慮することは,それがいかなる段階のものであっても,またいかなる状況下のものであっても許されない
  • 被告人が事実関係について一切黙秘し何の説明も弁明もしなかったため,検察官側の立証により形成された被告人に不利な心証を崩すことができず,それが事実上被告人に不利益に働いてしまうということがあることは否定できない。
  • 被告人の黙秘の態度を情況証拠として取り扱うこととは次元を異にする問題である。
  • 量刑:講義解説は、量刑で不利益に考慮できる場合があるとする。解説書は量刑に触れず、札幌高判の判示も「犯罪事実の認定において」に限る=量刑の扱いは別の議論。

殺意が争われる事件で、被告人が検察官の質問に一つも答えなかったことを「殺意を隠しているから」と殺意の認定の材料にすることはできない。ただ、検察官の証拠で有罪の心証ができているのに何も説明しなければ、その心証が崩れないまま判決に至ることはある(黙秘を証拠に使うこととは別の話)。

×にされやすい形
  • 「被告人が捜査・公判を通じて黙秘を続けたことは、殺意を推認させる1個の情況証拠にできる」
  • 「黙秘したため検察官の立証による不利な心証が崩れないことも、黙秘を不利益に扱うことになるので許されない」(裁判例は、情況証拠として扱うこととは次元が違うとした)

10黙秘権を行使した後も取調べは続くか(遮断効)学説裁判例

  • 実情(解説書):黙秘権が行使されても、直ちに取調べをやめることは稀で、供述するよう説得を続けることが多い。
  • 学説:黙秘権の行使は、取調べの継続を禁じる効果を生む=遮断効を主張するものがある。その説得が黙秘権の保障を危うくする、という問題意識による。
  • 捜査実務は、逮捕・勾留中の被疑者に取調べ受忍義務(出頭・滞留の義務)を肯定している → 捜査実務では、逮捕・勾留中の被疑者について遮断効は観念されていない(解説書)。取調室に出頭し留まる義務がある以上、取調べを続けられる、という筋。この範囲の解説書は捜査実務の肯定だけを書いて19講5へ送る。受忍義務そのものは、実務=肯定/学説=否定が通説、の対立(解説書・論点理解編19講5)。
  • 公判(札幌高判平14・3・19):検察官が被告人質問で約400回質問し、被告人はことごとく黙秘。弁護人は、被告人に黙秘権を行使する意思があるとして被告人質問の実施に反対していた。
  • もとより,そのような状況の下であっても,被告人質問を実施すること自体を不当ということはできないけれども,実際に被告人質問を実施してみて被告人が明確に黙秘権を行使する意思を示しているにもかかわらず,延々と質問を続けるなどということはそれ自体被告人の黙秘権の行使を危うくするものであり疑問を感じざるを得ない。
  • 違法と判断したのではなく「疑問」の説示。判決は、検察官の狙いは黙秘の態度を不利益な事実認定に使うことにあったと見て、そのような扱いはできないとした(項目9)。
場面立場中身
被疑者の取調べ学説の一部遮断効=行使で取調べの継続を禁じる
逮捕・勾留中の被疑者の取調べ捜査実務受忍義務を肯定 → 遮断効は観念しない
公判の被告人質問札幌高判平14実施自体は不当でない/明確な黙秘の意思に延々と質問=黙秘権の行使を危うくし疑問
×にされやすい形
  • 「捜査実務では、被疑者が黙秘権を行使すれば、直ちに取調べを打ち切る」(説得を続けることが多い)
  • 「札幌高判平14は、黙秘の意思を示した被告人への質問の継続を違法とした」(「疑問を感じざるを得ない」という説示)
  • 「被告人に黙秘権を行使する意思があるときは、被告人質問を実施すること自体が不当である」(実施自体は不当ではない)

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#55単独ページ動画

弁護人選任権と私選弁護人の選び方

問い:弁護人は、いつ・誰を・誰が・どうやって・何人まで選べるか。

骨組み

私選弁護人=本人やの者が自分で選ぶ弁護人。国選弁護人=裁判所(起訴前は裁判官)が付ける弁護人。この回は私選の選び方。

  1. 1根拠と時期:憲前段=抑留・拘禁の場面/憲=被告人。刑訴=被告人・被疑者は何時でも選任できる=身体拘束は要件でない
  2. 2捜査段階の弁護人の役割(解説書):①適正手続の監視・権利行使の支援 ②事実・法律上の主張と証拠収集(②の必要が高まった)
  3. 3誰を():弁護士に限るのが原則/簡裁・地裁は裁判所の許可で弁護士でない者(特別弁護人)。地裁は他に弁護士の弁護人がいる場合だけ
  4. 4起訴前の特別弁護人(最決平5・10・19):特別弁護人の選任が許可されるのは公訴が提起された後に限られる
  5. 5選ぶ入口:①委任契約+選任届 ②弁護士会に申出() ③逮捕・勾留中は弁護士・弁護士法人・弁護士会を指定して申出(の準用)
  6. 6選任の方式と効力:起訴前=方式の明文なし。弁護人と連署した書面を検察官・司法警察員に出せば第一審でも効力(規則17条・法)/起訴後=連署した書面で選任(規則18条)
  7. 7人数:被疑者=原則3人まで・裁判所が必要があり支障がないと認めて許可すれば超えられる(規則27条)/被告人=原則の上限なし・特別の事情があれば裁判所が3人までに制限できる(ただし書・規則26条)
  8. 83人を超える許可(最決平24・5・10):事案が複雑・頻繁な接見の必要など → 3人を超える必要があり、かつ支障が想定されないなら特別の事情あり → 原決定を取り消して差戻し(何人かは改めて検討)
  9. 9本人以外の選任権者():法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹は独立して選任できる。本人が後で選んでも先の弁護人は残る。解任は本人ができる(明文なし・解されている)。選んだ者は本人の意思に反しては解任できない(解説書。第三者のためにする法律行為と考える=民法537条参照)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。刑事訴訟規則(規則)の番号は文字のままで、押しても開きません。規則27条は2026年10月20日施行の改正後の文言で書いています。

「選ぶ」の中身は4つに分けて覚える。いつ(1)・誰を(3・4)・どうやって(5・6)・何人まで(7・8)。そして本人以外の誰が選べるか(9)。

1根拠と時期条文

  • 憲前段:何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない=身体拘束の場面の権利。
  • 憲:刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。
  • 被疑者=起訴前(被疑者段階)、被告人=起訴後(被告人段階)。
  • 刑訴:被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。
  • 「何時でも」=身体拘束を要件としない。解説書の例:①捜査機関から呼出しを受けた時点 ②周囲の者の事情聴取の内容から、自分に嫌疑がかかっていると判断できる時点 ③近い将来、被疑者として捜査の対象になると予想される時点。

任意の取調べに応じている在宅の被疑者も、で弁護人を選任できる(拘束を条件とする憲前段の文言には当たらない場面)。逮捕状が出るのを待つ必要は無い。

×にされやすい形
  • 「被疑者が弁護人を選任できるのは、逮捕・勾留されてからである」
  • 「まだ呼出しも受けていない者は、捜査の対象になると予想していても弁護人を選任できない」

2弁護人選任権が支えるもの・捜査段階の役割解説書

  • 弁護人の援助で期待できること(解説書が挙げる要素):無実の者が有罪とされないこと・不当な手続を法的に争えること・社会とのつなぎ(再犯の防止・被害の回復)・身体の自由その他の最小限の保障。
  • 捜査段階の役割は2つ:①適正手続の監視・権利行使の支援 ②被疑者の主張・弁解を踏まえた事実・法律上の主張と証拠収集。
  • 従来は①が中心。裁判員制度・公判前整理手続・被疑者国選弁護の導入に伴い、捜査段階から②の必要が高まった。
  • 具体的な活動(解説書):無実の者が処罰されないこと(最も重要=有利な証拠の収集、黙秘権の行使を含む取調べへの助言)/違法捜査の是正の働きかけ/示談(処分の軽減と被害者の救済)。解説書はこれらを①②に振り分けていない。

3誰を弁護人に選べるか条文

  • :弁護人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない。解説書:弁護人の機能を期待されるから弁護士に限る。
  • :簡易裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは、弁護士でない者を弁護人に選任することができる(特別弁護人)。ただし、地方裁判所においては、他に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限る。
場面弁護士でない者(特別弁護人)
簡易裁判所に起訴された後裁判所の許可があれば選べる
地方裁判所に起訴された後許可+他に弁護士の弁護人がいる場合だけ
起訴前(捜査段階)選べない(項目4)

地裁に起訴された被告人が、弁護士でない者だけを弁護人にしたい → 地裁の許可があっても足りず、他に弁護士の弁護人がいることが要る。簡裁ならこの条件は無い。

×にされやすい形
  • 「地方裁判所でも、裁判所の許可があれば、弁護士でない者だけを弁護人に選任できる」(他に弁護士の弁護人が要る)
  • 「弁護士でない者を弁護人にするのに、裁判所の許可は要らない」

4起訴前の特別弁護人(最決平5・10・19)判例

  • 決定当時は、特別弁護人を選べる裁判所に家庭裁判所も入っていた(現行のに家裁の語は無い)。下の引用の「右いずれの裁判所」=地方裁判所と、簡易裁判所・家庭裁判所(判旨はこの間で選任の要件に区別がある、と述べた後に続く)。
  • 同法三一条一項は、弁護人は弁護士の中から選任しなければならないと規定し、弁護士でない者を弁護人に選任することを一般的に禁止しており、同条二項は、同条一項の一般的禁止の例外として、弁護士でない者を弁護人に選任するいわゆる特別弁護人を選任することができる場合を認めている。
  • …捜査中の事件については、右いずれの裁判所に公訴が提起されるかいまだ確定しているとはいえないから、簡易裁判所又は家庭裁判所が特別弁護人の選任を許可した後、地方裁判所に公訴が提起された場合を考えると、他に弁護士の中から選任された弁護人がいない限り、同項ただし書に抵触する事態を招く結果となることなどにかんがみると、
    特別弁護人の選任が許可されるのは、右各裁判所に公訴が提起された後に限られるものと解するのが相当である。
  • 理由として挙がる要素は3つ:①2項は例外規定 ②2項が「裁判所の許可を得たときは」と定める趣旨(判旨は趣旨の中身を述べていない) ③ただし書が地裁と簡裁(当時は家裁も)で要件を区別し、捜査中は起訴先が決まっていない。これらを「などにかんがみると」でまとめている。
  • 申立人は身柄を拘束されていない被疑者。特別抗告は棄却。
  • 弁護士でない者による被疑者弁護を認めるべきでない実質的理由(身柄拘束中の被疑者の弁護は弁護士固有の職務 など)を述べたのは大野正男裁判官の補足意見=法廷意見ではない。

在宅で捜査中の被疑者が、法律に詳しい知人を弁護人にしたいと簡裁に許可を求めても、起訴前なので許可されない。起訴されて簡裁に係属した後なら、許可を得て選任できる。

×にされやすい形
  • 「裁判所の許可があれば、起訴前の被疑者も特別弁護人を選任できる」
  • 「被疑者が身柄を拘束されていなければ、起訴前でも特別弁護人を選任できる」(判例の申立人は身柄不拘束の被疑者)

5私選弁護人を選ぶ3つの入口条文

  • ①頼む弁護士が決まっている:本人と弁護士が委任契約を結び、弁護人選任届を作って出す。
  • ②決まっていない:=被告人・被疑者は弁護士会に弁護人の選任の申出ができる → 弁護士会は速やかに弁護人となろうとする者を紹介しなければならない()→ そうした者がいないとき、紹介した弁護士が選任の申込みを拒んだときは、申出をした者に速やかに通知()。
  • ③逮捕・勾留中:=勾引・勾留された被告人は、裁判所又は刑事施設の長・その代理者に、弁護士、弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる。ただし、弁護人があるときはできない。
  • 被疑者には準用:逮捕=(・)/勾留=(勾留の請求を受けた裁判官は裁判所と同一の権限)。申出を受けた側は、直ちに指定された弁護士等に通知する()。
②弁護士会への申出()③指定しての申出(。被疑者は・で同様)
使える人弁護人を選任しようとする被告人・被疑者勾引・勾留された被告人/逮捕・勾留された被疑者(弁護人がいないとき)
申し出る先弁護士会裁判所(被疑者は裁判官)・刑事施設の長・その代理者
その後弁護士会が弁護人となろうとする者を紹介(いないとき・紹介した弁護士が拒んだときは通知)申出を受けた側が、指定された弁護士等に通知

勾留中で知り合いの弁護士がいない被疑者は、裁判官または刑事施設の長・その代理者に「〇〇弁護士会」と指定して選任を申し出られる。すでに弁護人がいれば、この申出の仕組みは使えない。

×にされやすい形
  • 「紹介した弁護士が選任の申込みを拒んでも、弁護士会は申出をした者に通知しなくてよい」
  • 「選任の申出は、弁護士個人を指定してしかできない」(弁護士法人・弁護士会も指定できる)

6選任の方式と効力条文解説書

  • 解説書:選任は私法上の委任契約であると同時に、選任権者と弁護人が共同して捜査機関・裁判所に対してする訴訟行為でもある → だから選任権者・方式・効力に法律・規則の定めがある。
  • 起訴前:選任の方式に明文の定めは無い → 選任権者だけが署名押印した届も、起訴前の選任として有効(解説書)。
  • 規則17条:公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第一審においてもその効力を有する。提出先は、送致前=事件を立件した警察署、送致後=送致先の検察庁(解説書)。
  • :公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する。:公訴の提起後の選任は審級ごと。
  • 2つの関係:法は「第一審でも効力を有する」と効力を定める。規則17条は、その効力が第一審に及ぶのを連署の書面を検察官・司法警察員に出した場合に限る=条件(方式)を決めている。だから2つを合わせて読む(解説書もと規則17条を並べて挙げる)。
  • 規則18条:公訴の提起後における弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を差し出してこれをしなければならない(条文に提出先の語は無い。裁判所に出す=解説書の説明)。連署するのは選任権者と弁護人(解説書)。下の出題は、被告人の署名のない弁護人選任届についての肢。
  • 起訴前に連署なしの届を出していたら、起訴後に連署の届を裁判所に出し直す → その手間を避けるため、起訴前から連署にするのが一般(解説書)。
  • 選任届をまだ出していない段階で、被疑者側が裁判所に訴訟上の権利を行使する(勾留理由開示の請求など)ときも、連署の方式の届が要る(解説書)。
弁護人を選任して届を出した公訴の提起前の選任か連署の書面で選任規則18条。起訴後は審級ごと(32条2項)いいえはい弁護人と連署した書面を差し出したか当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に第一審には引き継がれない起訴前の選任としては有効。起訴後に連署の届を裁判所に出し直すいいえはい第一審でも効力32条1項・規則17条
枠はすべて条文・規則の言葉。起訴前の選任そのものは、選任権者だけの署名押印の届でも成り立つ(方式の明文が無い)。第一審まで引き継ぐ条件が規則17条。

送致前に、被疑者の署名押印だけの選任届を警察署に出した → 起訴前の選任としては有効。しかし弁護人と連署していないので、起訴後は第一審に引き継がれない。最初から連署の届を出していれば、第一審では選び直さなくてよい(控訴審では改めて選任が要る)。

出題氏名を記載できない合理的な理由がないのに、被告人の署名のない弁護人選任届でした選任は無効(○)

出題被告人の私選弁護人の選任は、弁護士が裁判所に直接申し出る限り、書面による必要はない(×)

出題公訴の提起前にした弁護人の選任は第一審で効力を有しないので、起訴後に改めて選任が要る(×)

×にされやすい形
  • 「公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においては効力を有しない」(=第一審でも効力を有する。ただし規則17条で、連署の書面を検察官・司法警察員に出していることが条件)
  • 「起訴後の私選弁護人の選任は、弁護士が口頭で申し出れば足りる」(規則18条=連署した書面)
  • 「起訴前の選任は、弁護人と連署した書面でなければ無効」(起訴前の選任そのものに方式の明文は無い。連署は第一審に引き継ぐ条件)

7弁護人の数条文

  • :裁判所は、裁判所の規則の定めるところにより、被告人又は被疑者の弁護人の数を制限することができる。但し、被告人の弁護人については、特別の事情のあるときに限る。
  • 規則27条1項(被疑者):被疑者の弁護人の数は、各被疑者について三人を超えることができない。ただし、当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員の所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所が、三人を超える数の弁護人を選任する必要があり、かつ、それに伴う支障がないものと認めて許可をした場合は、この限りでない。
  • 規則27条2項:許可は、弁護人を選任することができる者またはその依頼により弁護人となろうとする者の請求による。3項:許可は、許可すべき弁護人の数を指定してする。
  • 規則26条1項(被告人):裁判所は、特別の事情があるときは、弁護人の数を各被告人について三人までに制限することができる。=被告人には「原則3人」の上限は無い。
  • 改正前(2026年10月20日施行の改正より前)の規則27条1項ただし書は「特別の事情があるものと認めて許可をした場合」だった(項目8の判例はこの文言の解釈)。
被疑者の弁護人被告人の弁護人
原則3人まで(規則27条1項本文)上限なし
例外・制限3人を超える必要があり、かつ支障がないと認めて許可 → 超えられる(数を指定)特別の事情があるとき → 3人までに制限できる(規則26条1項)
判断する所事件を扱う検察官・司法警察員の所属官公署の所在地を管轄する地裁・簡裁裁判所
刑訴法本文ただし書
被疑者の弁護人を3人を超えて選任したい3人を超える必要があるか三人を超える数の弁護人を選任する必要許可されない3人までいいえはいそれに伴う支障がないか許可されない3人までいいえはい許可(数を指定)規則27条1項ただし書・3項
枠は現行の規則27条1項ただし書の言葉。現行の規則では2つとも要る。最決平24・5・10は、改正前の「特別の事情」について、必要(事案の複雑さ・頻繁な接見の必要など)と、支障が想定されないことがそろえば特別の事情あり、とした。

被疑者の弁護人は原則3人までで、超えるには裁判所の許可(数を指定)が要る。これに対し、起訴された後の被告人には原則の上限が無く、特別の事情があるときに裁判所が3人までに制限できるだけ。

出題裁判所は、被告人の私選弁護人の数を制限することはできない(×)

×にされやすい形
  • 「裁判所は、被告人の私選弁護人の数を制限することはできない」(予備R7-21-ア)=特別の事情があれば3人までに制限できる
  • 「被告人の私選弁護人も、被疑者と同じく原則3人まで」(3人の上限は被疑者の弁護人だけ)
  • 「被疑者の弁護人は、どんな事情があっても3人を超えられない」(許可で超えられる)
  • 「現行の規則27条1項ただし書は『特別の事情』があることを許可の要件とする」(現行は「三人を超える数の弁護人を選任する必要があり、かつ、それに伴う支障がない」)

83人を超える許可(最決平24・5・10)判例

  1. 会社の代表取締役が、共犯者らと共謀し、同社の業務に関し法人税合計3600万円余りを免れたとされる被疑事実
  2. 刑訴規則27条に基づき、弁護人の数を3人を超えて6人とする許可を請求
  3. 原々審:却下 → 原審(高松高裁):抗告棄却 → 特別抗告
  4. 最高裁:特別の事情がある → 原決定を取り消し、高松高裁に差し戻す
  • 刑訴規則27条1項ただし書に定める特別の事情については、被疑者弁護の意義を踏まえると、事案が複雑で、頻繁な接見の必要性が認められるなど、広範な弁護活動が求められ、3人を超える数の弁護人を選任する必要があり、かつ、それに伴う支障が想定されない場合には、これがあるものと解される
  • 当てはめ:架空の減価償却費用を計上するなどして多額の所得を秘匿した事件で、犯意・共謀等を争う複雑な事案/申立人は接見禁止中で、弁護人による頻繁な接見の必要/会社の従業員・税理士事務所職員ら多数の関係者と弁護人が接触する活動も必要/支障も想定されない → 特別の事情あり。
  • 原決定は、特別の事情があるとは認められないとして上記請求を却下した原々決定を是認したものであるから、刑訴規則27条1項ただし書の解釈適用を誤った違法があると言わざるを得ない。そして、3人を超えて何人の弁護人を許可するのが相当であるか改めて検討する必要がある。
  • 接見=身体を拘束されている被疑者・被告人と会うこと(弁護人とは立会人なしで会える=)。接見禁止(。被疑者にはを通じて)が禁じるのはの者(弁護人など)以外との接見=接見禁止中でも弁護人とは会える。
  • 最高裁が取り消したのは原決定(高松高裁の抗告棄却決定)。6人を認めたのではない=何人を許可するかは差戻し後に改めて検討。
  • この判例は改正前の規則27条1項ただし書(「特別の事情」)の解釈。現行のただし書は「三人を超える数の弁護人を選任する必要があり、かつ、それに伴う支障がない」と定める(判示の後半とほぼ同じ語)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、6人の弁護人の選任を許可した」(原決定を取り消して差し戻した)
  • 「最高裁は、却下した原々決定と、これを是認した原決定を、どちらも取り消した」(取り消したのは原決定)
  • 「事案が複雑なら、それに伴う支障があっても3人を超えてよい」(現行の規則27条1項ただし書は、必要があることに加えて支障がないことも許可の要件にしている)

9本人以外の選任権者条文解説書

  • :被告人又は被疑者の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる。
  • 「独立して」=本人の意思にかかわりなく選任できる。本人が後で別に弁護人を選任しても、先に配偶者などが選任した弁護人は、解任されない限り地位を失わない(解説書)。
  • 国選弁護人とは対照:私選弁護人が選任されたことなどで弁護人を付する必要がなくなったときは、裁判所(起訴前は裁判官=同条)は国選弁護人を解任できる(1号)。
  • 解任(解説書):の者の選任は、被疑者・被告人のためにする法律行為(民法537条)と考えられる → 選任した者は、本人の意思に反して解任できない。私選弁護人の解任について法に明文は無いが、選任は本人の防御の利益のための行為 → 本人はの者が選んだ弁護人を解任できると解されている。
  • に挙がっていない親族(例:おじ・おば)は、独立した選任権者ではない。
場面妻が選んだ弁護人X
選任本人に確認しないまま選べる()
本人が後で弁護人Yを選任Xも弁護人のまま(解任されない限り)
本人がXを解任できる(と解されている)
妻が本人の意思に反してXを解任できない

勾留中の被疑者の母(直系の親族)は、被疑者に確認しないまま弁護人を選任できる。被疑者のおじはに挙がっていないので、独立して選任することはできない。

出題兄弟姉妹など30条2項の者は、本人の意思にかかわらず独立して弁護人を選任できる(○)

出題配偶者が弁護人を選任した場合、被疑者は自ら弁護人を選任できない(×)

出題妻が選任したA弁護士は、その後に被疑者本人がB弁護士を選任すると、直ちに私選弁護人の地位を失う(×)

×にされやすい形
  • 「配偶者が弁護人を選任した場合には、被疑者は自ら弁護人を選任することはできない」(予備H26-25-ア)
  • 「本人が別に弁護人を選任すると、家族が選んだ弁護人は直ちに地位を失う」(司法H18-29-2)=解任されない限り残る
  • 「家族が選んだ弁護人は、選んだ家族だけが解任でき、本人は解任できない」(本人が解任でき、選任した家族は本人の意思に反して解任できない)

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#56単独ページ動画

被疑者国選弁護の要件と解任

問い:お金が無くて弁護人を頼めない被疑者に、国選弁護人はいつ・どう付き、どう終わるか。

骨組み

  1. 1根拠:憲は文言上「被告人」だけ → 被疑者国選は法律()の制度。平成28年改正で勾留事件すべてへ
  2. 2請求():勾留を請求された段階から請求できる(逮捕だけ・在宅は不可)。貧困その他の事由 → 裁判官は「付さなければならない」
  3. 3資力():請求には資力申告書。資力(現金・預金などの合計額)が基準額50万円以上なら、先に弁護士会への申出
  4. 4職権・複数(・):勾留状の後、判断が困難な疑い → 職権で付すことができる。死刑又は無期拘禁刑の事件はもう1人
  5. 5効力を失う():その事件について釈放されたとき。ただし勾留の執行停止は例外
  6. 6起訴されたら():起訴前の選任は第一審の終わりまで効力をもつ=改めて選任しなくてよい(起訴後の選任は審級ごと=)
  7. 7解任():5つの事由で裁判所(起訴前は裁判官)が解任。あらかじめ弁護人の意見を聴く。私選が付いても自動では終わらない
  8. 8辞任(最判昭54):辞任の申出だけでは地位を失わない=裁判所が解任しない限り
  9. 9私選との違い:誰が付ける・いつから・人数・終わり方。国選の報酬も訴訟費用=刑の言渡しをしたら原則本人負担()

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。根拠(1)→ 始まり=請求の起点と要件(2・3)/職権と人数(4)→ 終わり=釈放(5)・第一審の終わりまで続く(6)・解任(7)・辞任の申出だけでは終わらない(8)→ 私選との違い(9)。

1国選の意義と被疑者への拡大条文解説書

  • 条文の用語:起訴される前の者=被疑者、起訴された者=被告人。
  • 弁護人の選任は本来、選ぶ側と弁護士との私的な契約。資力が無くて選べなければ、弁護人選任権を保障した趣旨が果たせない → 公費で付けるのが国選弁護制度(解説書)。
  • 憲:「被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」=文言上、国選を約束されているのは被告人だけ。刑訴法も平成16年改正までは被告人だけ()。
  • 沿革(解説書):平成16年改正で導入=死刑・無期・短期1年以上の事件 → 平成21年から死刑・無期・長期3年を超える事件 → 平成28年改正で勾留事件すべて(に法定刑の限定は無い)。
  • 身体を拘束された被疑者の国選は憲法上の要請ではなく立法の問題とするのが多数説(解説書)。他方、憲前段と、拘束は逮捕から始まることを根拠に、逮捕段階まで広げよという主張もある。
  • 逮捕段階は今も対象外 → 弁護士会の当番弁護士制度が使われている(初回の接見は無料。引き続き受任するときは、一般に私選になる=解説書)。

暴行罪()のような軽い罪で勾留された被疑者も、今は国選を請求できる。古い年度の過去問は、出題当時の法定刑の限定で答えが決まっている。現行法ではに法定刑の限定が無いので、下の肢(請求権の有無)は「法定刑によって当然には異ならない」側に入る(条文の文言からの読み)。

出題出題当時の規定で、被疑者の国選弁護人選任請求権の有無は法定刑によって当然には異ならない(×)

×にされやすい形
  • 「被疑者にも、憲法により国選弁護人が付される」(文言は「被告人」。被疑者国選は法律の制度)
  • 「被疑者国選は、今も一定の重い事件に限られる」(平成28年改正で勾留事件すべて)

2請求の起点と要件()条文

  • 流れ:逮捕 →(検察官が)勾留を請求 →(裁判官が)勾留状を発する()。国選を請求できるのは、このうち勾留の請求の時点から。
  • :被疑者に対して勾留状が発せられている場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため弁護人を付さなければならない(拒む裁量は無い)。
  • :前項の請求は、勾留を請求された被疑者もできる=勾留状が出る前、勾留の請求の時点から。
  • ただし書:「被疑者以外の者が選任した弁護人がある場合」「被疑者が釈放された場合」は付さない。本人が自分で私選を付けていれば、そもそも「選任することができない」に当たらない(条文の作りからの読み)。
  • 逮捕されただけの段階・在宅の被疑者(逮捕も勾留もされていない)は、どちらにも当たらない → 請求できない。
  • 勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際、裁判官は、弁護人がなければ、弁護人選任権と、貧困その他の事由で選任できないときは弁護人の選任を請求できる旨を告げる()。資力申告書と弁護士会への申出の要否も教示する()。

月曜の夜に逮捕され、水曜に検察官が勾留を請求した被疑者 → 水曜から請求できる。月曜・火曜は、勾留の請求も勾留状も無いので、まだ請求できない。

勾留された被疑者の妻が私選弁護人を選任している → 国選は請求できない(被疑者以外の者が選任した弁護人がある)。

出題逮捕・勾留のどちらでも、重い事件なら、身体拘束中いつでも裁判官は国選弁護人を付すことができる(×)

出題身体を拘束されず在宅で取調べを受けている被疑者の請求でも、裁判官は国選弁護人を付さなければならない(×)

出題勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際、弁護人がなければ、弁護人選任権と国選の選任を請求できる旨を告げなければならない(○)

×にされやすい形
  • 「逮捕状による逮捕の段階でも、重い事件なら裁判官は国選弁護人を付すことができる」(勾留の請求から)
  • 「在宅のまま取調べを受けている被疑者の請求でも、国選弁護人を付さなければならない」(勾留状か勾留の請求が要る)
  • 「勾留状が発せられるまでは請求できない」(勾留を請求された段階から=2項)
  • 「ただし書は『被疑者が選任した弁護人がある場合』には付さないと定める」(ただし書は「被疑者以外の者が」選任した弁護人。本人が自分で私選を付けたときは、ただし書ではなく本文の「選任することができない」に当たらないので付かない)

3資力申告と基準額()条文

  • :の請求をするには、資力申告書を提出しなければならない=貧困を理由とする請求に限らず、請求すべてに要る。
  • 資力=その者に属する現金、預金その他政令で定めるこれらに準ずる資産の合計額()。
  • 基準額=「標準的な必要生計費を勘案して一般に弁護人の報酬及び費用を賄うに足りる額として政令で定める額」()=政令で50万円。生計費は50万円という額を決めるときに織り込み済み → 資力(合計額)をそのまま50万円と比べる(条文の文言からの読み)。
  • :資力が基準額以上の被疑者は、あらかじめ、勾留の請求を受けた裁判官の所属する裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内に在る弁護士会に、の申出(弁護人の選任の申出)をしていなければならない。
  • 弁護士会は、弁護人となろうとする者がないとき、または紹介した弁護士が選任の申込みを拒んだときに本人へ通知し()、地方裁判所にも通知する()。解説書:まず私選を試み、弁護人となろうとする者がないときに請求できる。紹介された弁護士が引き受ければ、国選ではなく私選として付く(の紹介・解説書の「まず私選を試み」)。
  • 虚偽の資力申告書=10万円以下の過料()。刑罰ではない。
国選を求める被疑者勾留を請求されたか勾留状が出ていれば当然。逮捕だけ・在宅は当たらない請求できない37条の2いいえはい既に私選弁護人がいるか本人が付けた=本文の「選任できない」に当たらない/家族などが付けた=ただし書付かない37条の2本文・ただし書はいいいえ資力が基準額以上か資力=現金・預金などの合計額/基準額=50万円そのまま請求資力申告書を出す→付さなければならないいいえはい(50万円以上)弁護士会に申し出て、引き受ける弁護士がいたか申出は先に要る(37条の3第2項)私選として付く31条の2第2項・解説書はいいいえ(ない・拒まれた)資力申告書を出して請求裁判官は付さなければならない(37条の2・37条の3第1項)
問いと行き先は条文の言葉。ただし、申出の後に通知(31条の2第3項)を受けてから請求する流れ・見つかれば私選として付く、は解説書の説明(37条の3第2項が求めるのは、あらかじめ申出をしていることだけ)。資力申告書は基準額の上下を問わず要る。

預金30万円のA → 資力申告書を出して直ちに請求できる。預金80万円のB → まず弁護士会に申し出ていなければならない()。なろうとする者がいない・紹介された弁護士に断られたとの通知()を受けてから請求する流れになる(この流れは解説書の説明)。

預金60万円のCが「家賃や生活費を引けば50万円を切る」と考えても、比べるのは合計額60万円と50万円 → 先に弁護士会への申出が要る(条文の文言からの読み)。

出題勾留を請求された被疑者は、資力のいかんを問わず、あらかじめ弁護士会に私選弁護人の選任の申出をしていなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「資力のいかんを問わず、あらかじめ弁護士会に私選弁護人の選任の申出をしていなければならない」(予備R7-21-イ)=基準額以上の被疑者だけ
  • 「資力申告書は、貧困を理由に請求するときだけ出せばよい」(の請求すべてに要る)
  • 「預金から生活費を差し引いた残りが50万円未満なら、弁護士会への申出は要らない」(資力は合計額。生計費は基準額の側で勘案済み=条文の文言からの読み)
  • 「虚偽の資力申告書には刑罰が科される」(10万円以下の過料)

4職権による選任と、もう1人(・)条文

  • :裁判官は、被疑者に対して勾留状が発せられ、かつ、弁護人がない場合において、精神上の障害その他の事由により弁護人を必要とするかどうかを判断することが困難である疑いがある被疑者について必要があると認めるときは、職権で弁護人を付することができる。釈放されたら付さない。
  • 勾留の請求の段階ではまだ使えない(のような規定が無い)。比べる相手:は「貧困その他の事由により弁護人を選任することができない」、は「精神上の障害その他の事由により弁護人を必要とするかどうかを判断することが困難である疑い」=お金の話ではなく、要否の判断の話。
  • :死刑又は無期拘禁刑に当たる事件で、かにより弁護人を付する(付した)場合、特に必要があれば、職権で更に1人付することができる=被疑者の国選は原則1人、最大2人。
動かす人被疑者の請求裁判官の職権
効果付さなければならない(義務)付することができる(裁量)
起点勾留の請求から(2項)勾留状が発せられてから
中心の要件貧困その他の事由で選任できない弁護人の要否の判断が困難である疑い

知的障害の疑いがあり、弁護人の要否を自分で判断できそうにない勾留中のF → 本人が請求しなくても、裁判官は職権で付けることができる(義務ではない)。

強盗致傷(=無期又は6年以上の拘禁刑)で勾留された被疑者には、特に必要があれば国選をもう1人付けられる。窃盗で勾留された被疑者には付けられない(死刑・無期拘禁刑に当たらない)。

×にされやすい形
  • 「判断が困難である疑いがあるときは、裁判官は職権で弁護人を付さなければならない」(「できる」=裁量)
  • 「職権による選任は、勾留を請求された段階からできる」(勾留状が発せられてから)
  • 「長期3年を超える事件なら、国選弁護人をもう1人付けられる」(死刑又は無期拘禁刑に当たる事件)

5釈放で効力を失う()条文

  • :裁判官による弁護人の選任は、被疑者が「その選任に係る事件について」釈放されたときは、その効力を失う。ただし、その釈放が勾留の執行停止によるときは、この限りでない。
  • 勾留の取消しで釈放 → その時点で効力を失う。検察官の処分が決まるまで続く、ではない。
  • 執行停止だけが例外になるのは、勾留の執行を止めるだけで勾留そのものは残り()、取り消されれば収容される(・)から。取消しは勾留そのものをなくす()(条文の作りからの読み。被疑者の勾留では裁判官が同じ権限をもつ=)。
  • 「その選任に係る事件について」:別の事件の勾留だけが解けても、選任された事件で勾留が続く限り効力は残る(条文の文言からの読み)。

親の葬儀のため勾留の執行停止で数日外に出た被疑者 → 国選弁護人は地位を失わない。勾留が取り消されて釈放された被疑者 → 選任はその時点で効力を失う。

出題被疑者の国選弁護人の選任は、勾留の執行停止により釈放されると効力を失う(×)

出題勾留が取り消されて釈放されても、その被疑事実について検察官の終局処分がされるまでは国選弁護人の地位を失わない(×)

×にされやすい形
  • 「勾留の執行停止で釈放されたときも、選任は効力を失う」(ただし書で除かれる)
  • 「釈放されても、検察官の終局処分までは国選弁護人の地位を失わない」(釈放で効力を失う)

6起訴されたら()条文

  • :公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する=私選・国選を問わない(解説書)。
  • 勾留されたまま起訴されても、被疑者段階の国選弁護人は改めて選任されずに第一審の弁護人を続け、起訴後すぐに保釈も請求できる。
  • 起訴された後に保釈などで釈放されても、では失効しない。同条が失効させるのは「被疑者が」釈放されたときだけ(条文の文言からの読み)。が「裁判官が付した弁護人」を「裁判所」が解任する場面を定めているのも、裁判官が付けた弁護人が起訴後も続くことを前提にした作り(条文の作りからの読み)。
  • 続くのは第一審の終わりまで。公訴の提起後の選任は審級ごとにしなければならない()=国選も、控訴審では改めて選任される。
被疑者国選の弁護人が付いた起訴前に、その事件で釈放されたか勾留の執行停止による釈放は除く(38条の2ただし書)効力を失う38条の2はいいいえ起訴されたか被疑者のうちは続く解任されない限り(38条の3)いいえはい第一審の終わりまで弁護人32条1項。改めて選任は要らない。起訴後の保釈でも失効しない。控訴審からは審級ごと(32条2項)
問いは条文の言葉。終わり方は3つ=起訴前の釈放による失効(38条の2)・解任(38条の3=起訴の前後を問わない)・第一審の終わり(32条1項の範囲が尽きる)。

強盗致傷で勾留中に国選弁護人が付いた被疑者が、勾留されたまま起訴された → その弁護人が改めて選任されずに第一審を続け、すぐに保釈を請求できる。

出題起訴前の(国選)弁護人は、起訴後に改めて第一審の弁護人として選任されないと、地位にとどまれず保釈も請求できない(×)

出題被告人の国選弁護人の選任は、審級ごとにしなければならない(○)

×にされやすい形
  • 「起訴後も国選弁護人の地位にあるためには、改めて第一審の国選弁護人として選任される必要がある」(予備R5-25-ア)
  • 「被疑者の国選弁護人は、公訴の提起後に改めて選任されない限り、保釈の請求をすることができない」(予備H26-24-イ・司法H26-38-イ)
  • 「被疑者国選は起訴で役目を終える」(で第一審でも効力をもつ)

7解任()条文解説書

  • :裁判所は、次のどれかに当たると認めるとき、裁判所若しくは裁判長又は裁判官が付した弁護人を解任することができる。
    ①の規定により弁護人が選任されたことその他の事由で付する必要がなくなった ②被告人と弁護人の利益が相反し継続が相当でない ③心身の故障などで職務を行うことができない・困難 ④弁護人が任務に著しく反したことで継続が相当でない ⑤弁護人に対する暴行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由で継続が相当でない。
  • :解任するには、あらかじめ、その(弁護人の)意見を聴かなければならない。:被告人の権利を不当に制限しないようにする。
  • :公訴の提起前は、裁判官が付した弁護人の解任は裁判官が行い、1〜3項を準用=起訴前は、2号・5号と3項の「被告人」を被疑者に置き換えて読む(準用からの読み)。
  • 私選の選任は解任事由(1号)=私選が付いても国選が自動で終わるのではなく、解任を経る(解説書)。
  • 解任するのは裁判所・裁判官 → 被疑者が自分で国選弁護人を解任することはできない(私選なら本人が解任できる)。

国選弁護人が付いた後、被疑者の父が私選弁護人を選任した → 国選がそのとき自動で終わるのではない。必要がなくなったとして裁判官が解任する(1号)。その前に国選弁護人の意見を聴く。

×にされやすい形
  • 「私選弁護人が選任されると、国選弁護人の選任は当然に効力を失う」(解任事由になる=1号)
  • 「起訴前の国選弁護人の解任では、弁護人の意見を聴く必要はない」(4項で2項を準用)
  • 「被疑者は、国選弁護人が気に入らなければ自ら解任できる」(解任するのは裁判官・裁判所)

8辞任の申出(最判昭54・7・24)判例

  • 国選弁護人は、裁判所が解任しない限りその地位を失うものではなく、
    したがつて、国選弁護人が辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、弁護人の地位を失うものではないというべきであるから、
    辞任の申出を受けた裁判所は、国選弁護人を解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができるもの、と解するのが相当である。
  • 判決は「なお」書きで2つを述べた=辞任の申出だけでは地位を失わない/裁判所は解任すべき事由の有無を判断するため事実の取調べができる。なぜ辞任できないかの理由は述べていない。
  • 判決の本体は別の判断(下の時系列と引用):解任の後の再選任請求を却下しても憲に違反しない。平たく言えば、弁護人への罵倒と暴行で全員の解任を招いた被告人らが、同じことをしないと確約もせずに再選任を求めても、裁判所は応じなくてよい(誠実に求め直せば選任される)。
  • 事案は被告人段階(起訴後の第一審)で、(平成16年改正で新設)より前の判断。今は、弁護人の側から降りたいときもの解任(起訴前は裁判官・弁護人の意見を聴く)を経る(条文の作りからの読み)。国選弁護人から辞任できる規定は無い(解説書)。
  1. 私選弁護人が全員辞任 → 被告人らの請求で、2つのグループに国選弁護人を3名ずつ計6名選任
  2. 打合せの席で被告人らが弁護人を罵倒し、退席しようとした弁護人の服をつかんで引き戻す
  3. 6名が書面で辞意を表明 → 第一審が事実を取り調べ、辞意を容れ全員を解任
  4. 被告人らが再選任を請求。同じ行為をしないと確約できるかの問いに答えない → 請求を却下
  • …被告人らの本件各国選弁護人の再選任請求は、誠実な権利の行使とはほど遠いものというべきであり、
    このような場合には、形式的な国選弁護人選任請求があつても、裁判所としてはこれに応ずる義務を負わないものと、解するのが相当である。
  • このように解釈しても、被告人が改めて誠実に国選弁護人の選任を請求すれば裁判所はその選任をすることになるのであり、なんら被告人の国選弁護人選任請求権の正当な行使を実質的に制限するものではない。
  • 再選任請求の却下は憲に違反しない(刑訴規則1条2項の権利濫用の禁止と最高裁の判例を引く)。

出題国選弁護人は、選任した裁判所・裁判官に辞任を申し出ることにより、自らその地位を離れることができる(×)

出題国選弁護人は、辞任を申し出ても、解任されない限り弁護人の地位を失わない(○)

×にされやすい形
  • 「国選弁護人は、辞任を申し出ることにより、自らその地位を離れることができる」(予備R5-19-オ)=裁判所が解任しない限り地位は続く
  • 「判例は、国が費用を負担する制度であることを理由に、国選弁護人の辞任を否定した」(判決は理由を述べていない)
  • 「最判昭54は、被疑者国選の解任事由()を解釈した判例である」(被告人段階・より前)

9私選と国選の違い条文解説書

私選被疑者の国選
付ける人本人・の者(法定代理人・配偶者・兄弟姉妹など)裁判官(被告人の国選は裁判所)
いつからいつでも()勾留の請求から()/職権は勾留状から()
人数被疑者は原則3人まで・裁判所が必要があり支障がないと認めて許可すれば超えられる(刑訴規則27条)原則1人、死刑・無期拘禁刑の事件は2人まで()
終わり方本人が解任できる/弁護人が辞任できる起訴前の釈放で失効(執行停止を除く)・解任・第一審の終わり/辞任の申出だけでは終わらない
費用を払う人依頼者国が支給(=旅費・日当・宿泊料・報酬)
最後に負担する人依頼者訴訟費用に入る → 刑の言渡しをしたら原則被告人()
  • 国選弁護人の旅費・日当・宿泊料・報酬は訴訟費用に入る(刑事訴訟費用等に関する法律2条3号)。:刑の言渡しをしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。ただし、貧困のため納付できないことが明らかなときは除く。
  • 公訴が提起されなかった場合でも、被疑者の責めに帰すべき事由で生じた費用は、被疑者に負担させることができる()。
  • 国選と私選で、弁護人の権限・誠実義務に違いは無い(解説書)。

国選弁護人が付いた被告人に刑の言渡しがされた → 国選弁護人の報酬も訴訟費用として、貧困で納められないことが明らかでなければ本人の負担になる。

×にされやすい形
  • 「国選弁護人の報酬は国が負担するので、被告人に負担させることはできない」(訴訟費用=刑の言渡しをしたら原則被告人の負担)
  • 「国選弁護人は、私選弁護人より権限が狭い」(権限に差は無い)

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#57単独ページ動画

弁護人の固有権・独立代理権と誠実義務

問い:弁護人は、どこまで本人の意思を超えて動けるか。

骨組み

  1. 12つの顔(解説書):本人の代理人であると同時に司法制度の担い手(真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う=弁護士職務基本規程5条) →本人の「正当な利益」を判断し、本人の意思から独立して動くことがある。権限は私選も国選も同じ
  2. 2入口():独立して訴訟行為ができるのは「特別の定のある場合に限り」→ 範囲は個別の条文が決める。型は3つ(解説書:固有権・独立代理権・包括代理権)
  3. 3固有権とは(解説書):本人の権利の有無・意思にかかわらず行使できる。本人の代理として行使するのになじまない性質のもの。解説書は「弁護人は……できる」の書き方を目印にするが、本人と併記の157条1項も例に挙げる → 性質で見るのが確実(ノートの整理)
  4. 4固有権の例(解説書):弁護人だけが持つ=接見交通()・閲覧謄写()・上訴審の弁論()/本人も関わるが固有権=裁判所による捜索・差押え・検証の立会い()・証人尋問の立会い()。捜査機関の行う捜索・差押え・検証には立会権なし(はを準用しない)
  5. 5独立代理権①(通説的な理解):本人の権利が前提(消えれば一緒に消える)。本人の明示・黙示の意思に反してもできる=勾留理由開示・勾留取消し・保釈・証拠調べ請求・異議・証拠保全。保釈は被告人だけ(ただし書)
  6. 6独立代理権②(・・):忌避・上訴は、本人の明示した意思に反してできない(黙示では止まらない)。原審の弁護人のまま上訴できる(の文言)
  7. 7包括代理権(解説書):明文なし。代理になじむ行為を、本人の明示・黙示の意思に反しない限り個別の同意なしに代わって行う(独立代理権②は明示の意思だけで止まる)。例=証拠の同意・不同意(同意するのはの「被告人」)。別名従属代理権。判例(最大決昭63)の場面は上訴=原判決後に、上訴権の無い選任権者(被告人以外)が選任した弁護人も、被告人の控訴申立てを代理できるとした(判決の語は「被告人の意思に反しない限り」・「包括代理権」の語は使わない)
  8. 8固有権と独立代理権の違い(解説書):独立代理権だと、本人が訴訟上失敗したとき弁護人が取り戻せない → 独立代理権もすべて固有権として扱うべきとの主張
  9. 9誠実義務と真実義務:誠実義務=規程21条・46条。真実義務はあるのかから議論(解説書は結論を示さない)。消極的義務にとどまる、は講義解説の説明。ぶつかる場面=有利な偽証・身代わり犯人
  10. 10有罪基調の最終弁論(最決平17):被告人が終盤で全面否認 → 弁護人は有罪を前提に最大限有利な認定を求めた → 第1審の訴訟手続に法令違反なし。「誠実義務」は補足意見の語

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は解説書の著者の説明、講義解説 は講義用の解説)。条文番号は押すと条文(弁護士職務基本規程は文字のまま)、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

3つの型は「明文があるか → 代理になじむ性質か → 本人の明示の反対で止まる定めがあるか」の順で見分ける(下の図)。条文で本人と弁護人が並べて書かれているかは決め手にならない(固有権のも並べて書く)。よく問われるのは、本人の意思に反してもできるか/弁護人だけの権利か/第1審の弁護人のまま控訴できるか。

弁護人の権限明文の規定があるか包括代理権本人の明示・黙示の意思に反しない限りいいえはい本人の代理になじまない性質か条文の書き方より性質で見る(ノートの整理)固有権本人の権利・意思と無関係はいいいえ(本人の権利が前提)明示の意思に反してできない定めがあるか明示の反対で止まる忌避・上訴はいいいえ本人の明示・黙示の意思に反してもできる勾留理由開示・保釈・証拠調べ請求など
2段目は解説書の説明(固有権は本人の代理として行使するのになじまない性質のもの)、1段目と3段目は条文の書き方で決まる。2段目より下が独立代理権。本人と弁護人が並べて書かれているかは決め手にしない(固有権の157条1項も並べて書く)。

1なぜ代理人で終わらないか解説書

  • 弁護人は、被疑者・被告人の代理人として、その権利と正当な利益を実現する。同時に、司法制度の担い手として、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行わなければならない(解説書。弁護士職務基本規程5条が定めるのは、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う、の部分)。
  • だから弁護人は単なる代理人にとどまらず、本人の「正当な利益」は何かを判断し、必要があれば本人の意思から独立した活動が求められることがある(解説書)。
  • 私選弁護人と国選弁護人で、権限に違いはない(解説書)。
×にされやすい形
  • 「国選弁護人は、私選弁護人と違い、本人の意思に反して権限を行使することはできない」(権限に私選・国選の差はない)

2権限の入口()条文

  • :弁護人は、この法律に特別の定のある場合に限り、独立して訴訟行為をすることができる。
  • だけで何でもできるのではない。独立してできる範囲は、個別の条文(特別の定め)が決める。
  • 解説書は弁護人の権限を3つの型に分ける:固有権(項目3・4)・独立代理権(項目5・6)・包括代理権(項目7)。
×にされやすい形
  • 「弁護人は独立して訴訟行為をすることができるので、被告人のためのどんな訴訟行為も、被告人の意思に反してできる」(は「特別の定のある場合に限り」。司法H20-38-ア はこの前提に立った×の肢=項目7)

3固有権とは解説書

  • 本人の権利の有無や、明示的・黙示的な意思にかかわらず、弁護人が独立して行使できる権限()。本人の権利が消えていても、本人の意思に反していても行使できる。
  • なぜ独立して行使できるか:本人の代理として行使するのになじまない性質の権限だから(解説書)。
  • 解説書は、法令が「弁護人は……することができる」と定めていることを固有権の目印にする。ただ、自分で挙げる例の条文の書き方はさまざま:の主語は「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者」、・は「検察官、被告人又は弁護人は」。→ 書き方は手がかりで、決め手は性質。
  • 本人が関われない場面でも弁護人は行使できる、が条文で見える所:ただし書は「身体の拘束を受けている被告人」を立会いから外すが、弁護人は外していない(条文の文言)。
×にされやすい形
  • 「条文に被告人も並んで書かれている権限は、固有権ではない」(の証人尋問の立会いは「検察官、被告人又は弁護人は」でも固有権)

4固有権の例条文解説書

群権限条文
弁護人だけが持つ接見交通
書類・証拠物の閲覧・謄写・
上訴審の弁論・
本人も関わることがあるが、弁護人の固有権裁判所による捜索・差押えの執行・検証への立会い・
証人尋問の立会い・
証人等への尋問・
  • :弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(…)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。
  • :控訴審では、被告人のためにする弁論は、弁護人でなければ、これをすることができない(上告審もで準用)。
  • 立会いは「裁判所による」捜索・差押えの執行や検証のもの(解説書)。:検察官、被告人又は弁護人は、差押状又は捜索状の執行に立ち会うことができる。ただし、身体の拘束を受けている被告人は、この限りでない。
  • 捜査機関の押収・捜索・検証には、がを準用していない → 捜査機関の行う捜索・差押え・検証には、弁護人の立会権はない。
  • 捜査段階の証人尋問(第1回公判期日前の裁判官による尋問)の立会いは:裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる(裁判官の裁量)。

起訴後に裁判所が被告人の自宅を捜索するなら、弁護人は立ち会える()。同じ事件でも、起訴前に警察が令状で捜索する場面では、弁護人に立ち会う権利はない(がを準用していない)。

出題控訴審では被告人自身は弁論できず、被告人が差し出した控訴趣意書に基づく弁論も弁護人が行う(○)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、捜査機関が令状の発付を受けて行う捜索差押えに立ち会う権利を有する」(予備R6-16-オ が×=立会いは裁判所による捜索・差押えのもの。はを準用しない)
  • 「被告人が自分で弁論したいと言えば、控訴審でも被告人が弁論できる」(=弁護人でなければできない)

5独立代理権①:本人の意思に反してもできる条文解説書

  • 独立代理権は、通説的な理解によれば、本人の権利が消滅すると同時に弁護人の権限も消滅する権限(解説書)。固有権との違いは、本人に権限があることが前提で弁護人が行使する点。
  • 解説書は、独立代理権の条文では本人と弁護人が併記される、とも書く。ただ、並べて書くのは固有権でも同じ(「検察官、被告人又は弁護人は」)=並べ方では見分けられない。決め手は性質(本人に権限があることが前提か)。
  • 本人の明示的・黙示的な意思に反して行使できるもの(解説書):
    1. 勾留理由開示請求()
    2. 勾留取消し・保釈の請求(・・)
    3. 証拠調べ請求(・)
    4. 異議申立て()
    5. 証拠保全請求()
  • 本人に権限があるのに、その意思に反してでも行使できる理由=弁護人の専門職としての性質(解説書)。
  • 条文の書き方:「勾留されている被告人の弁護人…も、前項の請求をすることができる」、「勾留されている被告人又はその弁護人…は、保釈の請求をすることができる」、「検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる」。どれにも、本人の反対で止まる文言はない。
  • 被疑者の段階:勾留理由開示()と勾留取消し()はで被疑者の勾留にも及ぶ。しかし同項ただし書「保釈については、この限りでない」→ 被疑者には保釈が無い。保釈の請求は起訴後の被告人の段階だけ。

勾留中の被疑者Aが「勾留の理由なんて聞かなくていい」と言っていても、弁護人は勾留理由の開示を請求できる(・)。国選弁護人でも同じ。同じAのために弁護人が保釈を請求しようとしても、被疑者の段階ではできない(ただし書)。Aが起訴された後なら、本人が「保釈は要らない」と言っていても、弁護人は保釈を請求できる()。

出題弁護人は、被告人の明示の意思に反しても保釈の請求をすることができる(○)

出題弁護人は、公判期日に、被告人が請求する意思のない証拠についても証拠調べを請求できる(○)

出題弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない(×)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、被告人の明示の同意がなければ証拠調べを請求できない」(予備H30-18-ウ。は本人の意思に反してもできる側)
  • 「勾留されている被疑者の弁護人は、裁判官に保釈を請求できる」(ただし書=被疑者に保釈は無い)
  • 「被告人が勾留理由の開示を望まないと言っているときは、弁護人も請求できない」(本人の意思に反してもできる側)

6独立代理権②:明示の反対で止まる(・・)条文解説書

  • 被告人の明示の反対意思がない限り、弁護人が被告人の同意を求めずに行使できるもの=忌避申立て・上訴申立て(解説書)。
  • :弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。但し、被告人の明示した意思に反することはできない。
  • :原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。
    :前三条の上訴は、被告人の明示した意思に反してこれをすることができない。
  • は「原審における弁護人」に上訴を認めている → 第1審の弁護人は、改めて選任されなくても、被告人のため控訴を申し立てられる(の文言。司法H18-29-3 が正しい肢)。ただし控訴審の手続を進めるには、改めて選任が要る(:公訴の提起後の選任は審級ごと)。
  • 止めるのは「明示した」意思だけ。本人が何も言っていなければ、同意を求めずに申し立てられる。
  • 項目5との違いは、本人の明示の反対で止まる定め(ただし書・)があるかどうか、の一点。
  • 包括代理権(項目7)との違い:独立代理権②を止めるのは明示の意思だけ。包括代理権は明示・黙示どちらの意思に反してもできない。

第1審で有罪となった被告人が「控訴はしない」と弁護人にはっきり告げた → 第1審の弁護人は控訴できない()。被告人が控訴するかどうか何も言わないまま期間が進んでいる → 第1審の弁護人は、そのまま控訴を申し立てられる。

出題弁護人は、被告人の明示した意思に反しても、被告人のために上訴をすることができる(×)

出題原審における弁護人は、被告人の明示した意思に反して、被告人のため上訴をすることができない(○)

出題原審で適法に選任された弁護人は、被告人の明示した意思に反しなければ、被告人のため上訴をすることができる(○)

出題第1審で有罪判決を受けた被告人の私選弁護人は、改めて選任されなくても控訴できる(○)

出題第1審の弁護人は、判決の宣告で選任の効力を失うので控訴できず、控訴するには改めて弁護人に選任される必要がある(×)

出題第1審で有罪判決を受けた被告人の弁護人は、改めて弁護人に選任されなければ控訴できない(×)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、被告人の明示した意思に反しても、被告人のために上訴できる」()
  • 「第1審の弁護人は、改めて弁護人に選任されなければ控訴できない」(=原審における弁護人が上訴できる)
  • 「上訴は、被告人の黙示の意思に反してもできない」(止めるのは明示した意思)

7包括代理権(最大決昭63・2・17)解説書判例

  • 明文の権限のほかに、本人が行いうる行為のうち代理になじむものは、本人の明示・黙示の意思に反しない限り、個別に同意を得ず、本人に代理して訴訟行為ができる(解説書)。
  • 例:証拠に対する同意・不同意の意見。の主語は「検察官及び被告人」で、弁護人は書かれていない → 同意は本人の権利で、弁護人はそれを代わって行う。
  • 本人の明示・黙示の授権(事前の許し)・追認(後からの承認)によって行使できる性質から、従属代理権とも呼ばれる。独立代理権との違い=具体的な明文規定がなく、本人からの授権・追認がなければ行使できない(解説書)。
  • 「個別に同意を得ず」と「授権・追認がなければ行使できない」は、解説書の同じ段落に並ぶ。解説書は授権・追認を「明示・黙示の」ものとしている。黙示の授権で足りるなら、行為ごとの個別の同意は要らないことと両立する(この結びつけは解釈)。判例も「個別的な特別の授権がなくても」代理できるとする(昭63・下の引用)。
  • 最高裁大法廷の一般論(昭63)。判決は「包括代理権」の語を使っていないが、述べている一般論は解説書の包括代理権の説明と重なる(判決の語は「被告人の意思に反しない限り」で、明示・黙示は分けていない。解説書の包括代理権の説明はこの判例を引いていない):
  • およそ弁護人は、被告人のなし得る訴訟行為について、その性質上許されないものを除いては、個別的な特別の授権がなくても、被告人の意思に反しない限り、これを代理して行うことができるのであり、
    …
    原判決後被告人のために上訴をする権限を有しない選任権者によつて選任された弁護人も、同法三五一条一項による被告人の上訴申立を代理して行うことができると解するのが相当である。
  • 事案:第1審判決の翌日、被告人の母が法定代理人として選んだ弁護人が控訴を申し立てた。しかし被告人は婚姻で成年に達したものとみなされ、母はすでに法定代理人の地位を失っていた(の選任権者(直系の親族に当たる=条文からの当てはめ)としては弁護人を選任できたが、法定代理人として被告人のために上訴をする権限は無かった)。高裁は控訴申立てを法令上の方式に違反するとして決定で棄却し()、異議審も支持した。大法廷は上の一般論により、原決定・原原決定には刑訴法の解釈を誤った違法があり、他に控訴申立てを不適法とすべき理由も無いとして取り消し、高裁に差し戻した。これと異なる従来の判例は変更した。
  • この弁護人は原判決後に選任された=の「原審における弁護人」ではない(の文言)。そこで判例は、被告人本人の上訴権()の申立てを代理した、と構成した。「選任権者」=弁護人を選任できる者。判決は、選任したのが被告人本人でもの選任権者(法定代理人など)でも変わりはない、とする。

被告人が特に意見を言っていない書証に、弁護人が被告人に代わって同意の意見を述べることはできる。被告人が「その調書には同意しない」と明言していたら、弁護人は同意できない。

出題検察官が取調べを請求した証拠を証拠とすることに同意するのは、弁護人のみが有する権利である(×)

出題検察官請求証拠に同意又は不同意の意見を述べるのは、弁護人のみが有する権利である(×)

出題弁護人は独立して訴訟行為ができるので、被告人の明示の意思に反しても証拠とすることに同意できる(×)

出題弁護人は、検察官請求の書証について、被告人の明示した意思に反して、証拠とすることに同意できる(×)

×にされやすい形
  • 「証拠とすることへの同意は、弁護人のみが有する権利である」(の主語は検察官及び被告人。弁護人は代わって行う)
  • 「弁護人は独立して訴訟行為ができるので、被告人の明示の意思に反しても証拠に同意できる」(包括代理権は本人の意思に反しない限り)
  • 「包括代理権は、行為ごとに本人の個別の同意を得なければ行使できない」(個別の同意は要らない。本人の意思に反しない限り)

8固有権と独立代理権の違いが効く場面解説書

  • 独立代理権には、本人の権利が消滅すると弁護人の権限も消滅する、という制約がある。そのため、本人が訴訟上失敗した場合に、独立代理権では弁護人が取り戻せないという問題が指摘されている(解説書は具体例を挙げていない)。
  • そこで、独立代理権はすべて固有権として扱った上で、本人の意思の尊重の程度がもともとの固有権と違うにとどまる、と解すべきだと主張されている(解説書)。
  • 押さえる範囲:通説的な理解では、本人の権利が消えれば独立代理権も一緒に消える。どの場面で違いが出るかの具体例は、解説書に無い。
通説的な理解全部固有権とする主張
独立代理権観念する(本人の権利が前提)すべて固有権として扱う
本人の権利が消えたら弁護人の権限も消える権限は残り、本人の意思をどこまで尊重するかの違いだけ
×にされやすい形
  • 「独立代理権は、本人の権利が消滅しても、弁護人の権限として残る」(通説的な理解では一緒に消える。残るとするのは全部固有権とする主張)

9誠実義務と真実義務解説書講義解説

  • 弁護士職務基本規程=弁護士の自治に伴う自律規定として策定されたもの(解説書)。
  • 誠実義務:依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める(弁護士職務基本規程21条)・被疑者及び被告人の権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める(同46条)。
  • 真実義務:解説書は、弁護人に真相を究明するために行動する義務はあるのか、あるとしても誠実義務とぶつかったらどうするか、と問いの形で出し、「議論がある」で終える(結論を示さない)。
  • 講義解説の説明:真実義務は、嘘をついたり証拠を隠滅したりしてはいけない、という消極的義務(〜してはいけない)。積極的に真実を暴いて被告人を刑務所送りにする義務はない。
  • ぶつかる場面(解説書):①被告人側の証人が、被告人に有利だが虚偽の証言をしていて、弁護人が虚偽に気づいた ②被告人が身代わり犯人だと弁護人が気づいた。解説書はこの2つをまとめて、被告人の意向に反してでも無罪を主張・立証すべきか、誠実義務を重視して有罪の主張・立証をすべきか、といった場面で議論がある、と書く。①と②で対立の向きを分けた説明は、解説書に無い。

被告人が知人をかばって身代わりで自白していると、弁護人が気づいた。本人は有罪判決を望んでいる。本人の意向に沿えば有罪を前提にした弁護、真相に沿えば無罪の主張になる(誠実義務の側が「有罪」になる向きに注意)。

×にされやすい形
  • 「弁護人は真実義務を負うので、被告人に不利な事実も積極的に明らかにしなければならない」(講義解説=積極的に真実を暴く義務はない)

10有罪基調の最終弁論(最決平17・11・29)判例

  1. 営利略取・逮捕・監禁、殺人、死体遺棄の公訴事実(共謀・ロープで頸部を絞め付け、けん銃も発射)
  2. 第1〜5回公判:被告人は、ロープの一端を引っ張った事実は認めつつ、殺意と共謀を否認
  3. 論告・弁論が予定された第6回公判の冒頭で供述を翻し、殺人・死体遺棄を全面否認
  4. 国選弁護人の申出で、第7回公判に被告人質問(否認に沿う供述)
  5. 第8回公判の最終弁論:捜査段階の供述の信用性を前提に、殺意はロープを引く直前まで無く、殺害行為はけん銃を持つ共謀相手Aに強要されたもの、と有罪を基調に主張。第7回の供述の検討も求め、死体が見つかっていないことによる問題点も指摘
  6. 最終意見陳述:被告人は否認を明確には述べず、弁論への不服も述べない
  • 争点(所論=上告した側の主張):弁論は第5回までの供述を前提にした有罪の主張なのに、裁判所が弁護人に更に弁論を尽くさせず、この主張を放置して結審した → 第1審の訴訟手続は防御権・弁護人選任権を侵害して違法か。
  • 法廷意見(裁判官全員一致の決定の理由。補足意見は上田豊三裁判官が個人として付け加えた意見):
  • しかし,弁護人は,被告人が捜査段階から被害者の頸部に巻かれたロープの一端を引っ張った旨を具体的,詳細に述べ,第1審公判の終盤に至るまでその供述を維持していたことなどの証拠関係,審理経過を踏まえた上で,その中で被告人に最大限有利な認定がなされることを企図した主張をしたものとみることができる。
  • 以上によれば,第1審の訴訟手続に法令違反があるとは認められない。
  • 法廷意見が挙げた事情は4つ:①証拠関係・審理経過を踏まえ最大限有利な認定を企図した主張 ②翻した後の第7回の供述も十分検討してほしいと述べた ③死体が発見されていないことに由来する事実認定上の問題点を指摘した ④被告人も最終意見陳述で否認を明確に述べず、弁論への不服を述べていない。
  • 法廷意見に「誠実義務」の語は出てこない。誠実義務を語るのは上田豊三裁判官の補足意見。
  • 補足意見(法廷意見ではない):
  • 刑事訴訟法が規定する弁護人の個々の訴訟行為の内容や,そこから導かれる訴訟上の役割,立場等からすれば,弁護人は,被告人の利益のために訴訟活動を行うべき誠実義務を負うと解される。
  • したがって,弁護人が,最終弁論において,被告人が無罪を主張するのに対して有罪の主張をしたり,被告人の主張に比してその刑事責任を重くする方向の主張をした場合には,前記義務に違反し,被告人の防御権ないし実質的な意味での弁護人選任権を侵害するものとして,それ自体が違法とされ,あるいは,それ自体は違法とされなくともそのような主張を放置して結審した裁判所の訴訟手続が違法とされることがあり得ることは否定し難いと思われる。
  • このような点を考慮すると,前記のような違法があるとされるのは,当該主張が,専ら被告人を糾弾する目的でされたとみられるなど,当事者主義の訴訟構造の下において検察官と対峙し被告人を防御すべき弁護人の基本的立場と相いれないような場合に限られると解するのが相当である。
  • 「このような点」=弁護人は真実発見を使命とする刑事裁判制度の一翼を担う立場も持つ/何を被告人の利益とみなすかの判断は第一次的に弁護人にゆだねられる/最終弁論は意見表明で裁判所を拘束しない。
法廷意見補足意見
判断したこと第1審の訴訟手続に法令違反はない(事情の列挙+「以上によれば」)弁護人は誠実義務を負う/有罪の主張は違法とされうる。ただし違法は弁護人の基本的立場と相いれない場合に限る
「誠実義務」の語無いある
×にされやすい形
  • 「最高裁(法廷意見)は、本件の弁論が弁護人の誠実義務に違反しないと判断した」(法廷意見が判断したのは第1審の訴訟手続に法令違反がないこと。誠実義務は補足意見)
  • 「補足意見は、無罪を主張する被告人に対して有罪の主張をしても、違法となることはないとした」(違法とされることがあり得るとしたうえで、違法を基本的立場と相いれない場合に限った)
  • 「この決定は、弁護人が被告人の言い分と違う主張をすることは常に許される、という一般論を立てた」(この事案の事情を挙げて法令違反なしとした判断)

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#58単独ページ動画

捜査段階の弁護活動と証拠保全請求

問い:起訴されるまでの間に、弁護人は何をするか。被疑者・被告人の側が自分で証拠を残したいとき、どんな道具があり、どこまで使えるか。

骨組み

  1. 1捜査弁護の地図(解説書):①身体拘束からの解放 ②不起訴処分の獲得 ③起訴後の公判準備(起訴された場合に備えて捜査段階のうちにすること)+(4)違法捜査への対応。この回は②〜(4)
  2. 2起訴猶予をめざす():嫌疑はある前提で「訴追を必要としない」と示す。被害弁償・示談、環境整備。勾留中なら満期の前に示す
  3. 3嫌疑なし・嫌疑不十分をめざす:被疑事実そのものを争う。アリバイ・正当防衛を支える証言を集めて示す
  4. 4公判準備と取調べへの対応:証人の確保・有利な証拠の収集。拘束中の被疑者は取調べ自体を拒めない(実務。学説は受忍義務を否定する=拒めるとするのが通説)が、話す義務は無い → 有効かつ容易な手段=黙秘権の行使
  5. 5黙秘か積極供述か:一律には決まらない。話す利益(不起訴・起訴猶予に効く)と危険(供述の変遷・誘導や誇張・方針前の足かせ)を、弁解の状況・事件の性質・捜査の状況で個別に判断
  6. 6保釈の準備:保釈は起訴後の被告人だけ(ただし書)→ 勾留のまま起訴されそうなら、身元保証人の確保などを並行して進める
  7. 7違法捜査への対応:2つ=その場で異議を述べて是正/違法の事実を後で立証できるよう準備。2つ合わせて、権利を守ることと、公判で証拠能力を争う準備につながる(解説書)
  8. 8証拠保全請求():被告人・被疑者・弁護人が、第1回の公判期日前に限り(起訴後も可)、裁判官に押収・捜索・検証・証人尋問・鑑定などを請求。要件=保全しなければ使用が困難な事情
  9. 9対象外(最決平17・11・25):捜査機関が収集し保管している証拠は、特段の事情が無い限り対象にならない。判例は結論だけ(理由は述べていない)

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書・講義解説 は、それぞれの著者の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

出題が集まるのは8(誰が・いつまで・誰に)と6(保釈は起訴後だけ)。「捜査段階」の回でも、証拠保全は起訴後の第1回公判期日前まで使える。

1捜査弁護の地図解説書

  • 解説書は、捜査段階の弁護人の活動を3つに分ける:①身体拘束からの解放 ②不起訴処分の獲得 ③起訴後の公判準備のための活動。そのうえで(4)違法捜査への対応を別の項として立てる。
  • ③は起訴された後の活動ではなく、起訴された場合に備えて捜査段階のうちにすること(公判請求される可能性も念頭に置いて動く=解説書)。
  • ①身体拘束からの解放には、勾留理由開示・勾留の取消し・準抗告・勾留の執行停止・接見禁止の一部解除などの手段がある(解説書)。この回は②〜(4)と、それらを支える道具としての証拠保全請求(公判準備・不起訴に向けた証拠集めにも、違法捜査の立証にも使う=解説書)。
  • この回の見方:どの活動も、今の材料が後の場面(起訴するかの判断・公判)でどう使われるかを先に読んで動く。
解説書の分け方中身この回の項目
①身体拘束からの解放勾留理由開示・取消し・準抗告・執行停止・接見禁止の一部解除など(扱わない)
②不起訴処分の獲得起訴猶予をめざす/嫌疑なし・嫌疑不十分をめざす2・3
③起訴後の公判準備(のために捜査段階ですること)証人・証拠の確保、取調べへの対応、保釈の準備4・5・6
(4)違法捜査への対応異議・是正/立証の準備(その道具の一つが証拠保全請求)7・8・9
×にされやすい形
  • 「捜査段階の弁護活動は、起訴させない・起訴に備える・違法を正すの3つに尽きる」(身体拘束からの解放が抜けている)

2起訴猶予をめざす()条文解説書

  • :犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
  • 起訴猶予=有罪にできる証拠があっても、検察官があえて起訴しない判断。嫌疑そのものは争わない。
  • 弁護人は、のどの事情について、どんな事実を示せば「訴追を必要としない」と判断されるかを考えて資料を集める。検察官はの事情等を総合して判断する(解説書)。
  • 比重が大きいのは被害弁償・示談(犯罪後の情況)。被害者のいない犯罪(薬物事犯など)では、立ち直り(リハビリ)のための環境整備などが有益であることもある(解説書)。
  • 締切:勾留が続いていれば、その満期の前に検察官に示す(解説書)。満期までに公訴を提起しなければ、検察官は被疑者を釈放しなければならない(。延長されたときは延長後の期間=同条)。
の事情効く材料の例
犯人の境遇/犯罪後の情況通院先・家族と暮らす住まいの用意(薬物事犯などの環境整備=有益なこともある)
犯罪後の情況被害弁償・示談(「処罰は求めない」という被害者の書面)

店で客ともめて殴ってしまった被疑者が、勾留中に弁護人を通じて治療費と見舞金を払い、被害者から「処罰は求めない」という書面をもらった → 弁護人は満期の前にこれを検察官に出す。同じ書面が起訴された翌日に届いたら、起訴猶予の材料としてはもう間に合わない。

×にされやすい形
  • 「起訴猶予は、犯罪の嫌疑が不十分なときにする不起訴である」(起訴猶予は嫌疑がある前提で、訴追を必要としないときの不起訴=)

3嫌疑なし・嫌疑不十分をめざす解説書

  • 嫌疑なし=被疑事実を被疑者がやったという証拠が無い場合。嫌疑不十分=その証拠が不十分な場合。どちらも起訴されない(解説書)。
  • 被疑事実と本人の言い分を十分に吟味し、どんな事実を示せば嫌疑が弱まる・消えるかを検討する(解説書)。
  • 典型:アリバイや正当防衛を支える証言を集めて、検察官に示す(解説書)。
  • 起訴猶予(嫌疑は前提)と、こちら(嫌疑そのものを争う)とでは、検察官に示すものの向きが違う(勾留中なら、どちらも満期までに示す必要がある)。

「その時刻は職場の夜勤だった」という被疑者のために、弁護人が勤務記録の写しと同僚の陳述書を集めて検察官に示す。

4公判準備と取調べへの対応条文学説解説書

  • 起訴される可能性も念頭に置き、弁護側の証人を確保し、有利な証拠を集める(解説書)。例:事件の夜に被疑者と一緒にいた知人から、記憶が新しいうちに話を聞いて書面に残してもらう。
  • どの事件でも課題になるのが被疑者取調べへの対応(解説書)。
  • 但書:「被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」→ 在宅の被疑者は、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる。
  • 拘束中の被疑者は、この「できる」から外されている → だから拘束中は出頭を拒めず退去もできない、と読むのが反対解釈。実務はこの反対解釈から、取調べのために出頭し滞留する義務(取調べ受忍義務)を肯定し、取調べそのものは拒めないとする。学説は受忍義務を否定するのが通説。
  • どちらの立場でも、供述する義務は無い。だから取調べの場で被疑者にできる有効かつ容易な手段は黙秘権の行使(解説書)。
  • 自分に不利益な供述を強要されないことはが保障する(自己負罪拒否特権)。刑訴法は、利益・不利益を問わずさらに広く、自己の意思に反して供述する必要がないとし、取調べの前にその旨を告げなければならないとする()。黙っていたことを理由に不利益な推認をすることも、原則として許されない。
  • ただし黙秘しても、それだけで取調べが直ちに終わるとは限らない。実務では、供述するよう説得が続くことが多い。
在宅の被疑者拘束中の被疑者
出頭の拒否・退去できる(但書)実務=できない(受忍義務を肯定)/学説=できる(否定が通説)
供述しなくてよい(黙秘権)

「拘束されている被疑者は取調べを拒めないのだから、黙秘もできない」は誤り。取調べに来る・とどまること(実務の立場)と、話すことは別で、話さない自由は拘束されていても残る。

×にされやすい形
  • 「身体拘束中の被疑者は取調べを拒めないので、供述も拒めない」
  • 「拘束中の被疑者の取調べ受忍義務は、学説でも肯定するのが通説である」(肯定は実務。学説は否定が通説)
  • 「黙秘権を行使すれば、取調べは直ちに終わる」

5黙秘か積極供述か解説書

  • 話す利益:黙秘にとどまらない積極的な否認や説得的な弁解が、不起訴・起訴猶予の獲得に重要な場合がある(解説書)。
  • 話す危険①供述の変遷:捜査段階で犯人性を認め、公判で否認すると、公判の供述の信用性を下げるために捜査段階の供述が使われうる(解説書が挙げる典型)。
  • 話す危険②歪曲・誇張:取調べでの質問の仕方・誘導・示唆によって、事実と違う供述ができあがる。本人が信じてもらいたい一心で自分から誇張したり嘘をついたりする危険もある(解説書)。
  • 話す危険③方針前の足かせ:防御の方向が定まる前に話すと、その供述が後で足かせになりうる(解説書)。
  • 弁護人は黙秘権の保障の意味を十分に説明したうえで、被疑者の弁解の状況・事件の性質・捜査の状況から個別に判断する(解説書)。
  • アリバイのような言い分は、まず弁護人が被疑者の弁解を十分に聴き取り、裏付けとなる証言を集めて検察官に示す道がある(項目3)。防御の方向が定まる前に取調べで話すと、後で足かせになりうる(解説書)。
場面の例(自作)傾く方向理由
けがをさせたこと自体は認め、示談も進んでいる話す価値がある経緯と反省を話すこと自体が起訴猶予の材料になる
逮捕の直後で、弁護人がまだ言い分を十分に聴けていない(防御の方向が定まる前)。本人は「その時刻は別の場所にいた」と言う黙秘に傾く方向が定まる前の供述は、後で足かせになりうる(危険③)

逮捕直後に「自分がやった」と話した被疑者が、公判で「やっていない」と言い出す → 検察官は捜査段階の供述を出して、公判の供述は信用できないと主張する(危険①)。

×にされやすい形
  • 「被疑者は、どの事件でも黙秘するのが正解である」(一律には決まらない=個別に判断)
  • 「誘導が無ければ、捜査段階で話すことに危険は無い」(本人の誇張・嘘、変遷、方針前の足かせの危険がある)

6保釈の準備(ただし書)条文解説書

  • :前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
  • 保釈を許すのは、勾留されている被告人についての裁判所の権限(・)。本文は勾留の請求を受けた裁判官に裁判所・裁判長と同じ権限を与えるが、ただし書が保釈だけをそこから外している → 被疑者の勾留には保釈が無い。
  • 被疑者=犯罪の嫌疑をかけられ捜査の対象となっている者。被告人=公訴を提起された者(解説書)。同じ人でも、起訴の前は被疑者、起訴の後は被告人と呼ぶ。
  • 保釈を請求できるのは勾留されている被告人又はその弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹()。
  • 理由(解説書):被疑者勾留は捜査の必要があるから保釈を認めない。被告人勾留では、無罪推定を受ける当事者として、出頭の確保に支障が無ければ拘束しないことが重要になる。
  • だから、勾留されたまま起訴される見通しになったら、起訴後すぐ保釈を請求できるよう、身元保証人の確保などを公判の準備と並行して進める(解説書)。

勾留中の被疑者の家族が「保釈金を用意するので今すぐ出してほしい」と頼んでくる → 起訴前は保釈を請求できない。弁護人は起訴後すぐ請求できるよう、身元引受けの準備を進める。

出題勾留されている被疑者の弁護人は、裁判官に保釈を請求できる(×)

出題裁判官は、勾留中の被疑者でも、犯罪の性質や情状によっては保釈を許せる(×)

出題保釈は、被疑者の勾留には無いが、被告人の勾留にはある(○)

×にされやすい形
  • 「勾留中の被疑者の弁護人は、保釈を請求できる」
  • 「勾留中の被疑者でも、事情によっては保釈を許せる」

7違法捜査への対応解説書

  • 必要なのは2つ(解説書):①適時適切に異議を述べて是正を図る ②違法な捜査が行われた事実の立証を準備する。
  • この2つの対応は合わせて、手続の各段階で進行している違法な状態を是正して被疑者の権利を守ることにつながるとともに、公判で違法捜査によって得られた証拠の証拠能力を争う準備となる(解説書)。
  • 違法の例:違法な身体拘束・違法な取調べ・令状の範囲を逸脱した捜索差押えなど(解説書)。
  • 違法に気づく経路:起訴後の証拠開示/接見や関係者からの聞き取り(解説書)。
  • 逮捕の手続に違法があれば、続く勾留の効力を争う余地がある。違法な取調べには、即時の是正と、得られた供述の証拠能力を争う準備(解説書)。
  • 暴行を伴う取調べを後で立証するための身体の検証=証拠保全請求(項目8)。
①その場で是正②後で立証できるよう準備
何をする適時適切に異議を述べる違法な捜査の事実を証明できる材料を残す
何につながる2つ合わせて:進行中の違法を正して権利を守る/公判で証拠能力を争う準備(解説書)

接見で「取調べ中に机を蹴られ、肩を押された」と聞いた弁護人 → すぐ抗議して是正を求める(①)と同時に、あざの記録を残す手配をする(②)。

×にされやすい形
  • 「違法捜査への対応は、公判で証拠能力を争うことに尽きる」(その場の異議・是正も要る)

8証拠保全請求()条文

  • :被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第1回の公判期日前に限り、裁判官に押収(電磁的記録提供命令(第第1号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、捜索、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。
  • :前項の請求を受けた裁判官は、その処分に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する(勾留の裁判官についての本文と同じ形)。
  • 趣旨:被疑者・被告人は捜査機関のような強制捜査の権限を持たず、公判準備としての証拠収集が難しい → 裁判所を介して証拠を収集・保全できるようにした(解説書の言い方)。条文上、請求する相手は裁判官。
  • 短答で問われる3点:誰が=被告人・被疑者・弁護人。弁護人は自分の名で請求でき、被疑者本人が反対していても請求できる(解説書が、本人の明示・黙示の意思に反しても弁護人が行使できる権限の例にを挙げる)/いつまで=第1回の公判期日前(起訴前でも、起訴後でも期日前ならよい。起訴前は被疑者が、起訴後は被告人が請求できる=解説書)/誰に=裁判官。
  • 第1回の公判期日=起訴の後、裁判長が定める最初の公判の日()。解説書は、公判前整理手続に付されない事件では起訴から約1か月後に指定されることが多いとする。
  • 検察官はの主語に無い。
  • 対象の広さ:犯人性や犯罪の存在を否定する証拠に限らず、自白の任意性を疑わせる資料にも及ぶとされる(解説書が千葉地決昭57・8・4 を挙げて紹介。下級審の裁判例)。
  • 集めた書類・証拠物:検察官と弁護人は、裁判所で閲覧・謄写できる(弁護人が証拠物を謄写するときだけ裁判官の許可が要る=)。ただしの記録媒体は謄写できない()。被告人・被疑者本人は、裁判官の許可を受けて閲覧できる。ただし弁護人がいるときは、本人はこの方法で閲覧できない(ただし書)。
  • 解説書の著者の評価:申立ての例も認容の例も多くない。
被疑者・被告人の側が証拠を残したい請求するのは被告人・被疑者・弁護人か弁護人は自分の名で請求できる179条は使えない検察官は主語に無いいいえはい第1回の公判期日前か起訴前でも起訴後でもよい179条は使えないいいえはい保全しなければ使用が困難な事情があるか例:あざが数日で消える・証人が海外へ請求の要件を欠くいいえはい捜査機関が収集し保管している証拠か特段の事情があれば別対象にならない最決平17・11・25はいいいえ裁判官に押収・捜索・検証・証人尋問・鑑定などを請求できる
上の3段は179条1項の文言、最後の段(紫の枠)は最決平17・11・25の結論。判例はこの結論の理由を述べていない(項目9)。

取調べで暴行を受けた被疑者のあざ → 数日で消えるので「使用することが困難な事情」に当たる → 弁護人が裁判官に身体の検証を請求する。

起訴された後、第1回公判期日の前に、アリバイ証人が海外に転勤すると分かった → 被告人の弁護人はで証人尋問を請求できる(「捜査段階だけの制度」ではない)。

出題被疑者・被告人・弁護人は、保全しなければ使用が困難な事情があるとき、第1回の公判期日前に限り、裁判官に押収・捜索・検証・証人尋問・鑑定(司法H20は証人尋問)を請求できる(○)

出題弁護人は、第1回の公判期日前に限り、裁判官に証人の尋問を請求できる(○)

出題弁護人は、第1回の公判期日前に限り、裁判官に押収の処分を請求できる(○)

出題弁護人は、起訴前であっても、裁判官に証人の尋問を請求できる(○)

出題弁護人は、公訴の提起前に限り、裁判官に押収・捜索・検証・証人尋問・鑑定を請求できる(×)

出題弁護人は、被告人のアリバイ証人に海外赴任の予定があっても、第1回の公判期日前に裁判官に証人尋問を請求できない(×)

×にされやすい形
  • 「弁護人は、証拠保全を請求できない」「被告人のアリバイ証人について、弁護人は第1回公判期日前の証人尋問を請求できない」(弁護人もの主語)
  • 「証拠保全の請求は、公訴の提起前に限られる」(第1回の公判期日前まで=起訴後も可)
  • 「証拠保全は、被疑者の無実を示す証拠に限られる」(自白の任意性を疑わせる資料にも及ぶとされる)
  • 「検察官も、で証拠保全を請求できる」

9捜査機関が保管する証拠は対象外(最決平17・11・25)判例講義解説

  1. 裁判官がした証拠保全における押収の裁判
  2. 準抗告 → 京都地裁の決定(原審)
  3. 特別抗告 → 最高裁第二小法廷が棄却
  • 事案:上の流れ(裁判所サイトの書誌から分かる範囲)まで。誰が何の押収を求め、裁判官が認めたのか退けたのか、誰が抗告したのかは、決定の全文に書かれていない。
  • 判断:抗告の趣意は違憲をいうが実質は単なる法令違反の主張で、抗告理由に当たらない。そのうえで「なお」として次のように述べた。
  • 捜査機関が収集し保管している証拠については,特段の事情が存しない限り,刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解すべきであるから,これと同旨の原判断は相当である。
  • 判例が述べたのは結論だけ。なぜ対象外かの理由は書いていない。どんな場合が「特段の事情」に当たるかも、決定は示していない。
  • なぜ対象外か(講義解説の説明。判例の判示ではない):捜査機関の手元にある証拠は、すでに押さえられていて、ふつうは消えるおそれが無い → の「保全しておかなければ使用が困難な事情」を通常欠く。
  • 証拠保全は、消えそうな証拠を消える前に押さえる道具。捜査機関の持つ証拠を見る道は、起訴後の証拠開示など別の制度。

警察署にある実況見分調書をで押収してほしいと弁護人が請求 → 捜査機関が収集し保管している証拠なので、特段の事情が無い限り対象にならない(自作の設例。判例の事案として書いたものではない)。これに対し、店の防犯カメラの映像がまだ捜査機関の手に渡っておらず、数日で上書きされて消える予定なら、対象になりうる。

×にされやすい形
  • 「捜査機関が収集し保管している証拠も、証拠保全の対象になる」(特段の事情が無い限り対象にならない)
  • 「捜査機関が保管する証拠は、どんな場合でも証拠保全の対象にならない」(「特段の事情が存しない限り」)
  • 「最高裁は、すでに捜査機関の手元にあって消えるおそれが無いからだ、と理由を示した」(決定は結論だけ。理由づけは講義解説の説明)

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#59単独ページ動画

接見交通権と接見指定の合憲性

問い:弁護人との接見は何が守られ、捜査機関はどこまで制限でき、それはなぜ合憲か。

骨組み

  1. 1接見交通権の中身():身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なくして接見し、書類・物の授受もできる(秘密交通権)。接見禁止()は弁護人以外の者に向く
  2. 2なぜ秘密か(解説書):実質的な援助には信頼関係が要る/捜査段階の弁護人は証拠にアクセスできない/聞かれると話せない=萎縮的効果を防ぐ。弁護活動に不可欠で専門的判断が要る → 弁護人の固有権の1つ
  3. 3憲法との関係(最大判平11・3・24):前段は援助を受ける機会を実質的に保障。はその趣旨にのっとる=憲法の保障に由来する。は被疑者に適用されず、からは当然に導かれない
  4. 4最も重要な権利(杉山事件(最判昭53・7・10)):被疑者には刑事手続上最も重要な基本的権利、弁護人には固有権の最も重要なものの一つ
  5. 5接見指定(・最大判平11・3・24):捜査のため必要があるとき、公訴の提起前に限り、日時・場所・時間を指定できる(拒否はできない)。必要があるとき=取調べの中断等で捜査に顕著な支障が生ずる場合に限る。指定は協議してできる限り速やかな日時で
  6. 6合憲の理由(最大判平11・3・24):接見交通権も捜査権に絶対的に優先しない → 合理的な調整が要る。①全面的に拒むことは許さない(制約の程度は低い)②顕著な支障の場合に限る ③協議して速やかに指定 → 趣旨を実質的に損なわない。なお、対立する捜査機関に指定権を与えた点は、の簡易迅速な司法審査があるから違憲でない → 前段に違反しない
  7. 7指定の方法(浅井事件(最判平3・5・10)):捜査機関の合理的裁量=口頭でも指定書の交付でもよい。著しく合理性を欠けば違法
  8. 8待機と運用(若松事件(最判平3・5・31)・最判平16・9・7):権限ある捜査官への連絡を待つ間の待機は合理的な範囲内なら許容。面会切符の運用は昭和63年に廃止 → 通知事件(検察官は合理的な時間内に回答する義務)
  9. 9不服申立て(・・):裁判所に処分の取消し又は変更を請求(準抗告)。実益が限られ、国家賠償訴訟で争われることが多い

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

3段で覚える。何が守られるか(1・2)→ どれほど重いか(3・4)→ どこまで制限できるか(5〜9)。判決が使う言葉は「憲法の保障に由来する」まで。

1接見交通権の中身()条文

  • :身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(…)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  • 相手は選任された弁護人に限らない:選任前の「弁護人となろうとする者」とも立会人なしで会える。
  • 捜査機関の立会いを排除できるのが最大の特徴=秘密交通権とも呼ぶ。
  • 授受も無制限ではない:法令で、逃亡・罪証の隠滅・戒護に支障のある物の授受を防ぐ措置を定められる()。
  • 対象は「身体の拘束を受けている」者一般:鑑定留置も身体の拘束に当たる(被疑者の鑑定留置はでに準じ、勾留の規定も準用される=)→ 鑑定留置中も立会人なしで接見できる。
  • 接見禁止():裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と「第三十九条第一項に規定する者以外の者」との接見を禁じ、授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、又は差し押さえることができる(糧食は除く)。→ 弁護人との接見は禁止できない(被疑者はで準用)。
  • 一般の面会(家族など)も、勾留中の被告人は法令の範囲内で接見し、書類・物の授受ができる()。弁護人との違いは授受の可否ではなく、立会いが付くか、接見禁止・検閲()の対象になるか。
弁護人・弁護人となろうとする者それ以外の者(家族など)
条文(法令の範囲内で)
立会いなし(「立会人なくして」)一般の面会には付く(立会いは刑訴法ではなく、の「法令の範囲内で」が指す別の法令による)
書類・物の授受できるできる
接見禁止()対象外対象になりうる

家族から依頼を受けたばかりで、まだ弁護人選任届を出していない弁護士が留置施設に来た → 「弁護人となろうとする者」なので、選任前でも立会人なしで接見できる。接見禁止決定が出ていても同じ。

出題鑑定留置されている被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なくして接見できる(○)

出題立会人なく接見できるのは選任された弁護人に限られ、選任前の弁護士とはできない(×)

出題弁護人は立会人なく接見できるが、物の授受は意思や情報の伝達と関係ないのでできない(×)

出題接見禁止決定(裁判官による接見の禁止)があると、弁護人は被疑者と接見できない(×)

出題逃亡・罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由があれば、勾留されている被告人(被疑者)と弁護人との接見を禁じることができる(×)

出題81条で接見等を禁じられ勾留されている被疑者と、弁護人が接見することには法令上の根拠がある(○)

出題接見禁止の裁判を受けた被告人と弁護人の接見は、立会人が付いた接見である(×)

×にされやすい形
  • 「立会人なくして接見できる相手は選任された弁護人に限られる」(弁護人となろうとする者も入る)
  • 「弁護人は、被疑者と物の授受をすることはできない」(書類・物の授受もの中身)
  • 「接見禁止決定がされていると、弁護人も接見できない/立会人が付く」(は弁護人以外の者に向く)
  • 「弁護人以外の者との面会では、書類・物の授受はできない」(=法令の範囲内でできる)

2なぜ秘密が保障されるか解説書

  • 弁護人選任権は、選任することだけでなく、弁護人の実質的な援助を受ける権利を伴う。
  • 実質的な弁護には、被疑者との十分な意思疎通・信頼関係・防御方針が要る。しかも捜査段階の弁護人は、捜査機関の集めた証拠にアクセスできない → 接見は情報を得る貴重な機会。
  • 接見の内容が捜査機関に知られると、自由な情報・意見の交換ができなくなる(萎縮的効果)→ これを防ぐため、立会いを排除した秘密交通権を保障する。
  • 接見交通権は弁護活動に必要不可欠で、その行使に弁護人の専門的な判断が要る → 弁護人の固有権の1つとされる。被疑者・被告人にとっても基本的かつ重要な権利。
  • 固有権=弁護人自身が主体となって、本人の意思にかかわらず行使できる権利。本人が「誰にも会いたくない」と言っても、弁護人は自分の判断で接見を申し出られる。

警察官が同席していれば、被疑者は「実は現場近くにいた」という不利になりうる事情を弁護人にも言い出せず、弁護人は防御方針を誤る。これを防ぐのが立会いの排除。

3憲法との関係(最大判平11・3・24)判例

  • 前段:何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。
  • したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。
  • 被疑者と弁護人等との接見交通権を規定しているのは、憲法三四条の右の趣旨にのっとり、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑訴法の右規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる
  • 判決の言葉は「由来する」まで。接見交通権をの権利そのものとは言っていない。解説書は、由来する権利での権利そのものではないから、刑罰権・捜査権と比べて調整できる枠組みになる、と読む(解説書の整理。判決自身の理由は項目6)。
  • 同じ判決は、ほかの条文を根拠にする違憲の主張も退けた:
  • 憲法三七条は全体として公訴提起後の被告人の権利について規定していると解されることなどからみて、同条三項も公訴提起後の被告人に関する規定であって、これが公訴提起前の被疑者についても適用されるものと解する余地はない。
  • 憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁止の定めから身体の拘束を受けている被疑者と弁護人等との接見交通権の保障が当然に導き出されるとはいえない。
  • → 身体の拘束を受けている被疑者が弁護人から援助を受ける機会の根拠は前段(は公訴提起後の被告人に関する規定)。

出題接見交通権は、弁護人から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたもので、憲法の保障に由来する(○)

出題接見交通権は、援助を受ける機会を確保する目的で設けられ、憲法の保障に由来し、弁護人の重要な固有権である(○)

×にされやすい形
  • 「判例は、接見交通権をが直接保障する権利そのものとした」(判決は「憲法の保障に由来する」)
  • 「前段は、官憲が弁護人の選任を妨害しないことを保障するにとどまる」(援助を受ける機会を実質的に保障する)
  • 「は公訴提起前の被疑者にも適用される」(公訴提起後の被告人に関する規定)
  • 「から接見交通権の保障が当然に導かれる」

4最も重要な権利(杉山事件(最判昭53・7・10))判例

  • この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない。
  • 2つの面:被疑者から見て=最も重要な基本的権利/弁護人から見て=固有権の最も重要なものの「一つ」。
  • 判決はここで理由を述べていない。弁護活動に不可欠・専門的判断が要る、は解説書が固有権である理由として挙げるもの(項目2)。

出題接見交通権は、刑事手続上最も重要な基本的権利であるとともに、弁護人の固有権の最も重要なものの一つである(○)

出題接見交通権は、憲法の保障に由来し、弁護人の重要な固有権である(○)

×にされやすい形
  • 「接見交通権は弁護人の固有権であって、被疑者の権利ではない」(被疑者にとっても最も重要な基本的権利)

5接見指定()条文判例

  • 本文:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。
  • ただし書:その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
  • 与えられているのは指定の権限だけ=接見を拒否する権限ではない。
  • 公訴の提起=起訴。起訴前の者が被疑者、起訴後は被告人(判決の言葉で「公訴提起前の被疑者」「公訴提起後の被告人」)。「公訴の提起前に限り」→ この条文の指定は被疑者に対するもので、起訴された被告事件だけで勾留されている被告人には、この条文による指定はできない。「第1回公判期日まで」「逃亡・罪証隠滅のおそれ」は条文に無い。
  • 最大判平11・3・24 は、ただし書を、指定は「飽くまで必要やむを得ない例外的措置」であることを明らかにしたもの、と読む。そのうえで:
  • 捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、同条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。
  • 顕著な支障に原則として当たる場合:申出の時に現に取調べ中、実況見分・検証等に立ち会わせている、間近い時に取調べ等をする確実な予定があり申出どおりでは予定どおり始められなくなるおそれがある、など(最後の場合は浅井事件(最判平3・5・10)が示し、最大判平11・3・24 も挙げる)。
弁護人等から接見の申出公訴の提起前か39条3項の指定はできないいいえはい(被疑者)捜査に顕著な支障が生ずるか接見を認めると取調べの中断等により接見させる原則としていつでもいいえはい(現に取調べ中など)協議して、できる限り速やかな日時等を指定申出を全面的に拒むことはできない
1段目は条文(緑の枠)、2段目は最大判平11・3・24 の言葉(紫の枠)。「捜査のため必要があるとき」を、判決は捜査に顕著な支障が生ずる場合に限った。判決によれば、この制限は申出を全面的に拒むことを許すものではなく、申出と別の日時とするか、時間を申出より短縮させることができるものにすぎない。

取調べ中に弁護人が来たとき、検察官ができるのは「取調べが終わる午後3時から30分」のように別の日時を示すこと。「今回は会わせない」で終わらせることは、本文の予定する制限に入らない。指定はしたが、区切りがつくのは夕方なのに3日後の5分間とする、のような指定は、ただし書(不当な制限)の方向に働く。

出題検察官が弁護人に対して行う接見の日時の指定は、起訴前は認められ、起訴後は認められない(○)

出題起訴された被告事件のみで勾留されている被告人と弁護人の接見の日時等を指定することは、検察官の権限として認められる(×)

出題罪証隠滅・逃亡のおそれがあるから、捜査のため必要がなくとも、公訴提起の前まで接見を指定できる(×)

出題逃亡・罪証隠滅のおそれがあるから、検察官は第1回の公判期日まで接見を指定できる(×)

×にされやすい形
  • 「捜査のため必要がなくとも、逃亡・罪証隠滅のおそれがあれば指定できる」(要件は「捜査のため必要があるとき」)
  • 「第1回の公判期日まで指定できる」「起訴後の被告人との接見も指定できる」(「公訴の提起前に限り」)
  • 「捜査のため必要があれば、接見を拒否することもできる」(日時・場所・時間の指定まで)

6本文はなぜ合憲か(最大判平11・3・24)判例

  • 前提(憲法は捜査権も前提にしている):
  • もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人等との接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。
  • 接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。
  • 憲法三四条は、身体の拘束を受けている被疑者に対して弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に右の調整の規定を設けることを否定するものではないというべきである。
  • 合憲とした理由(判決の(一)〜(三)):
  • 刑訴法三九条三項本文の予定している接見等の制限は、弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、単に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、接見等の時間を申出より短縮させることができるものにすぎず、同項が接見交通権を制約する程度は低いというべきである。
  • (二)指定できるのは、取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。(三)その場合も、弁護人等と協議してできる限り速やかな日時等を指定し、防御の準備ができる措置を採らなければならない。
  • このような点からみれば、刑訴法三九条三項本文の規定は、憲法三四条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではないというべきである。
  • 判決は(一)〜(三)とは別に、「なお」として、被疑者側と対立する関係にある捜査機関に指定の権限を与えた点の主張に答えた:
  • 刑訴法四三〇条一項及び二項が、捜査機関のした三九条三項の処分に不服がある者は、裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる旨を定め、捜査機関のする接見等の制限に対し、簡易迅速な司法審査の道を開いていることを考慮すると、そのことによって三九条三項本文が違憲であるということはできない。
  • 結論:本文は前段に違反しない(・にも違反しないとした原審の判断も正当)。最判平16・9・7 は、この大法廷判決を引いて「当裁判所の判例とするところ」とした。
  • 大法廷が判断したのは上告理由のうち憲法問題(第二点)だけ。事件は国家賠償(損害賠償)請求訴訟。
判決何を判断したか要点
杉山事件(最判昭53・7・10)指定をめぐる措置の適法性(国賠)憲法の保障に由来/必要やむをえない例外的措置/原則いつでも接見/支障が顕著なら協議して速やかに指定
浅井事件(最判平3・5・10)指定の方法の適法性(国賠)間近い確実な取調べ予定も顕著な支障/方法は合理的裁量(項目7)
若松事件(最判平3・5・31)待機・一般的指定の適法性(国賠)合理的な範囲内の待機は許容(項目8)
最大判平11・3・24本文の合憲性絶対的に優先しない→合理的な調整/(一)〜(三)で趣旨を実質的に損なわない/捜査機関に指定権を与えた点はの司法審査

「絶対的に優先するような性質のものということはできない」は平成11年の大法廷判決の言葉。それより前の3判決は、指定をめぐる措置が違法かを判断したもので、の合憲性は判断していない(若松事件は、違法を前提とする違憲の主張を失当としただけ)。「憲法の保障に由来する」「必要やむをえない例外的措置」「原則として何時でも接見の機会を与えなければならない」は杉山事件が先に用い、最大判平11・3・24 も同じ趣旨を述べた。ただしの合憲性を判断したのは平11だけ。

×にされやすい形
  • 「接見交通権は憲法の保障に由来するから、捜査権に優先する」(絶対的に優先する性質のものではない)
  • 「判例は、ただし書の歯止めがあることだけを理由に合憲とした」(趣旨を損なわない理由は(一)全面拒否を許さない・(二)顕著な支障の場合に限る・(三)協議して速やかに指定。の司法審査は、対立する捜査機関に指定権を与えた点への答え)
  • 「捜査機関という対立当事者に指定権を与えたこと自体が違憲」(の簡易迅速な司法審査の道がある)
  • 「杉山事件(最判昭53・7・10)が初めてを合憲と判断した」(合憲性を判断したのは最大判平11・3・24)

7指定の方法(浅井事件(最判平3・5・10))判例

  • 捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(いわゆる接見指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されないことはいうまでもない。
  • 事案:弁護士が警察署で勾留中の被疑者との接見と物(小六法・週刊誌)の授受を申し出た。検察官は協議の姿勢を示さず、往復約2時間かかる地方検察庁まで接見指定書を取りに来させようとし、物の授受には接見禁止決定の解除決定が要るとした。
  • 判断:間近い時に取調べが確実に予定されていた=指定の要件があるとして指定しようとしたこと自体は違法と断定できない。しかし指定の方法等が著しく合理性を欠き違法(物の授受はで弁護人等に認められている)→ 国の賠償責任を肯定。
  • 同じ判決は、顕著な支障には、現に取調べ中・実況見分や検証に立ち会わせている場合だけでなく、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、申出どおりの接見を認めたのでは取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含む、とした(予定があるだけでは足りない)。

出題指定の方法は合理的裁量にゆだねられるが、弁護人に書面を交付する方法は許されない(×)

×にされやすい形
  • 「接見指定は、書面(接見指定書)の交付によってすることは許されない」(口頭でも書面でもよい。違法になるのは著しく合理性を欠く方法)
  • 「弁護人との物の授受には、接見禁止決定の解除が必要」

8待機と運用(若松事件(最判平3・5・31)・最判平16・9・7)判例解説書

  • 申出を受けた者が「接見等の日時等の指定につき権限のある捜査官」でないとき(若松事件(最判平3・5・31))。申出の窓口(警察署の留置係官など)が指定の権限を持たない場合で、最判平16・9・7 の事案では、検察官から通知書を受けていた留置係官が、検察庁に電話し、検察官が接見指定をするかを照会した:
  • 権限のある捜査官に対し右の申出のあったことを連絡し、その具体的措置について指示を受ける等の手続を採る必要があり、こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されているものと解するのが相当である。
  • 若松事件では、事前連絡なしに警察署へ来た弁護人への回答までの約28分は合理的な範囲内とされた。
  • 運用の変遷(解説書):かつては、検察官が必要と認めた事件で「一般的指定書」を発し、申出ごとに具体的な日時を指定した「具体的指定書」(面会切符)を交付し、持参しなければ接見させなかった → 昭和63年に廃止。以後は、刑事施設の長に「捜査のため必要があるときは接見の日時等を指定することがある」旨の通知書を発し、申出のつど留置担当官が検察官に問い合わせる(通知事件)。
  • 解説書の著者は、一般的指定書は接見を原則として検察官等の許可にかからせるもので、廃止は当然とも言える、と評価する。判例は、一般的指定そのものは捜査機関の内部的な事務連絡文書で、弁護人・被疑者に法的な効力を与えず違法ではないとした原審を是認した(若松事件)。他方、接見をあらかじめ一般的に禁止して許可にかからせ、しかも申出に速やかに日時等を指定しなかった捜査本部の補佐官(判決ではH)の具体的な措置は違法と述べた(杉山事件)。=2判決を合わせると、一般的指定(書)を発すること自体(内部の連絡)と、実際に接見を一般的に禁止して許可制にし、速やかに指定しない措置とを分けて見ることになる。
  • 通知事件(最判平16・9・7):通知書の発出自体は違法でない。照会を受けた検察官には回答の義務がある:
  • 上記通知書を発出した検察官は,上記の手続を要することにより接見等が不当に遅延することがないようにするため,留置係官から接見等の申出があったことの連絡を受けたときは,合理的な時間内に回答すべき義務があるものというべきであり,これを怠ったときは,弁護人等の接見交通権を違法に侵害したものと解するのが相当である。
  • 本件の約40〜45分・約34分は、閉庁日や登庁前に事前連絡なく来た事情などから、合理的な時間内とされた。
  • 同じ判決は、留置係官が照会を失念して接見を始めさせ、気付いて開始直後に照会の手続のため中断させた措置を、社会通念上相当として違法でないとした(原審は違法とし、反対意見もある)。

事前連絡なしに土曜日の警察署へ行った弁護人が、留置係官から「検察官に確認するので待ってほしい」と言われた。確認の手続を経る間の待機は、合理的な範囲内にとどまる限り違法ではない。

出題権限のある検察官に連絡し指示を受ける間、弁護人を待機させることは、合理的な範囲内にとどまる限り許される(○)

×にされやすい形
  • 「権限のある捜査官に連絡する間、弁護人を待たせることは許されない」(合理的な範囲内なら許容)
  • 「判例は、一般的指定(書)を発すること自体を違法とした」(若松事件は内部的な事務連絡文書で法的効力が無いとして違法でないとした原審を是認。杉山事件が違法としたのは、一般的に禁止して許可にかからせ、速やかに指定しなかった具体的な措置。廃止を当然とするのは解説書の評価)
  • 「最判平16・9・7 は、始まった接見を照会のために中断させた措置を違法とした」(開始直後で社会通念上相当なら違法でないとした)

9指定に不服があるとき(・)条文

  • :検察官又は検察事務官のしたの処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所に、処分の取消し又は変更を請求できる。
  • :司法警察職員のした処分なら、職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所に請求する。
  • 請求は請求書を管轄裁判所に差し出してする()=指定した捜査官にその場で異議を述べる手続ではない。
  • もも準抗告と呼ぶ。は裁判官の裁判、は捜査機関(検察官・検察事務官・司法警察職員)の処分を争う。接見指定は捜査機関の処分なので。
  • 実益の限界(解説書):判断を待つ間に指定の日時が来てしまう → 弁護人を原告とする国家賠償訴訟で争う例が多い。指定をめぐる最高裁の判断も、その国賠訴訟の中で積み重なった。

出題検察官がした、被疑者と弁護人との接見の日時の指定は、準抗告の対象となる(○)

出題検察官の接見指定に対する準抗告には、法令上の根拠がある(○)

出題弁護人は、検察官のした接見指定について、裁判所に取消し又は変更を請求できる(○)

出題弁護人は、検察官のした接見指定について、裁判所に取消し又は変更を請求することはできない(×)

×にされやすい形
  • 「検察官のした接見指定について、裁判所に取消し・変更を請求することはできない」(でできる)
  • 「準抗告は、指定をした検察官に対して申し立てる」(請求先は裁判所・請求書で=)
  • 「接見指定に対する準抗告はによる」(捜査機関の処分は)

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#60単独ページ動画

「捜査のため必要があるとき」の意味

問い:取調べの予定があれば、弁護人の接見を後回しにしてよいか。

骨組み

  1. 12つの学説:捜査全般説=罪証隠滅の防止を含め捜査の支障一般/物理的限定説=身体を現に使う捜査の最中に限る
  2. 2判例の流れ:杉山事件(最判昭53)=原則として何時でも接見・捜査の中断による支障が顕著なら協議して指定 → 浅井・若松事件(最判平3)=間近い確実な予定も含む → 最大判平11 が3判決を参照として引く
  3. 3基準(最大判平11・本文):接見を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる=捜査の役に立つというだけでは足りない
  4. 4当たる場面(最大判平11):①現に取調べ中 ②実況見分、検証等に立会い中 ③間近い確実な予定があり、申出どおり会わせると予定どおり開始できなくなるおそれ → 原則として当たる
  5. 5学説との位置(解説書の読み):身体の利用と関係しない事由は含まない=捜査全般説ではない/③を含む=厳格な物理的限定説でもない
  6. 6「原則として」の例外(解説書・浅井の補足意見):一時中断・開始を少し遅らせても顕著な支障が生じないなら、要件を欠くと理解しうる=判旨は「原則として」まで
  7. 7要件を満たしても(最大判平11/との関係は解説書):協議してできる限り速やかな日時等を指定する。方法が著しく合理性を欠けば違法(浅井)=2段階
  8. 83事件の結論:杉山=補佐官の一般禁止+速やかに指定しない措置は違法・指定権の無い取調べ担当の警察官の拒否は違法と評価せず(破棄差戻し)/浅井=指定書を取りに来させた方法が違法/若松=連絡待ち約28分は許容

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。学説の両極(1)→ 判例の積み上げ(2)→ 最大判平11の基準(3)と当たる場面(4)→ その位置(5)と例外の余地(6)→ 要件の後の配慮義務(7)→ 判例の事件はどう決着したか(8)。

弁護人等から接見の申出(公訴の提起前)接見を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずるか原則として当たる=①取調べ中②立会い中③間近い確実な予定で開始が遅れるおそれ指定できない原則どおり会わせるいいえはい(要件あり)協議してできる限り速やかな日時等を指定したか指定の方法が著しく合理性を欠くときも違法(浅井)違法但書による(解説書)いいえはい適法な指定
紫の枠は判例の言葉(最大判平11・3・24、2段目の方法の点は最判平3・5・10。配慮義務を但書に結びつけるのは解説書)。1段目の①〜③は「原則として」当たるにとどまる。一時中断や開始を少し遅らせても顕著な支障が生じない事情があれば要件を欠くと理解しうる、というのは解説書の読みと浅井事件の補足意見(判旨は例外の中身を述べていない)。

1「捜査のため必要があるとき」をめぐる2つの学説学説

  • 原則:身体拘束中の被疑者は、弁護人等(弁護人と、弁護人となろうとする者)と立会人なくして接見し、書類・物の授受(=授受)ができる()。
  • 本文:「検察官、検察事務官又は司法警察職員(…)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。」=指定は、接見の日時・場所・時間を捜査機関が決めること(その時の接見を後に回させたり、場所を指定したり、時間を区切ったりすることになる)。この「必要」の中身が争われた。
  • 捜査全般説:罪証隠滅の防止を含め、広く捜査の遂行に支障が出るおそれがあれば当たる。主に捜査機関の側の主張。根底=身体拘束中の被疑者を捜査機関が優先して利用できる(被疑者を証拠方法とみる)。
  • 物理的限定説:取調べ中・実況見分への立会い中など、被疑者の身体を現に利用する捜査が行われている場合に限る。根底=捜査段階の被疑者にも防御の必要は高く、弁護人による防御の保障を重く見る。

共犯者と口裏を合わせるおそれがあるから今日は会わせない → 捜査全般説なら理由になりうる。30分後に取調べを始める予定がある → 物理的限定説なら、まだ始まっていない以上、会わせなければならない。

2判例の流れ(杉山事件 → 浅井・若松事件 → 最大判平11)判例

  • 出発点=杉山事件(最判昭53・7・10・国家賠償請求事件)。後の判例の土台になる定式を示した。
  • 捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合せることのできるような措置をとるべきである。
  • 浅井事件(最判平3・5・10)・若松事件(最判平3・5・31):杉山事件の定式を引いたうえで、「捜査の中断による支障が顕著な場合」には、現に取調べ中・立会い中の場合だけでなく、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むとした。
  • 最大判平11・3・24 は、当たる場面(4)を述べた箇所で、この3つの判決を参照として引いている。
  • 判決は学説の名に触れていない。どちらの学説でもない、という整理は解説書の読み(5)。
判決当たる場面として挙げたもの
杉山(昭53)現に取調中/実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等
浅井・若松(平3)上の場合だけでなく、間近い確実な予定があり予定どおり開始できなくなるおそれ
最大判平11①取調べ中 ②立会い中 ③間近い確実な予定+開始できなくなるおそれ「など」=原則として当たる
×にされやすい形
  • 「間近い確実な予定を含めたのは、最大判平11が初めてである」(浅井・若松事件が先に含めた)
  • 「判例は、学説の対立に応えて捜査全般説を退けると明言した」(判決は学説の名に触れていない)

3基準=顕著な支障が生ずる場合に限られる(最大判平11・3・24)判例条文

  • このような刑訴法三九条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、
    同条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、
  • なぜ絞るか(判決の言葉):但書は、捜査機関のする指定が「飽くまで必要やむを得ない例外的措置」であることを明らかにしている。指定の規定そのものは、取調べが認められていることと、身体拘束に最大でも二三日間(内乱罪等では二八日間)という厳格な時間的制約があることから、捜査の必要と接見交通権の調整を図る趣旨で置かれた。
  • 「限られ」=捜査の役に立つ・捜査に何らかの支障が出る、というだけでは足りない。会わせると取調べの中断等(開始が遅れることも含む)により捜査に顕著な支障が出る場合だけが「捜査のため必要があるとき」に当たる。当たらなければ指定はできず、原則どおり会わせる。
  • 指定できるのは検察官・検察事務官・司法警察職員、時期は公訴の提起前に限る()。

出題被疑者には罪証隠滅・逃亡のおそれがあるから、検察官は、捜査のため必要がなくとも、公訴提起の前まで接見の日時等を指定できる(×)

×にされやすい形
  • 「身体拘束中の被疑者には罪証隠滅のおそれがあるから、捜査のため必要がなくとも指定できる」(予備R8-17-エ)=捜査のため必要があるときに限る
  • 「捜査官が捜査に必要と判断すれば、それだけで指定できる」(取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる)

4当たる場面=3類型(最大判平11・3・24)判例

  • そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである
  • ①②=申出を受けた時に身体を今まさに使っている場面。③=まだ始まっていない。
  • ③は2つの要素からなる:(a) 間近い時の確実な予定 + (b) 申出に沿った接見を認めると予定どおり開始できなくなるおそれ。予定があるだけでは足りない。
  • ①〜③は「など」=例示。しかも「原則として」当たる(例外の余地=6)。
  • ①②の「取調べ等」には実況見分・検証等が入る=③の予定も、取調べに限らず実況見分の予定でよい。
場面③に当たるか
30分後に取調べを始める段取りで、申出どおりの接見だと開始が遅れる当たる(原則)
「そのうち取調べる予定」「今週中のどこかで」当たらない(間近・確実といえない)
開始まで40分あり、弁護人は「選任届を書いてもらうだけで10分」(b) が欠ける方向(申出どおり会わせても予定どおり始められる)

出題「捜査のため必要があるとき」は顕著な支障が生ずる場合に限られ、取調べ中・立会い中、間近い確実な予定があり申出に沿った接見では予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則としてこれに当たる(○)

出題現に身柄を用いていなければ、間近い確実な実況見分の予定があり申出に沿った接見では予定どおり開始できなくなるおそれがあっても、「捜査のため必要があるとき」に当たることはない(×)

×にされやすい形
  • 「現に被疑者の身柄を用いていない場合は、間近い確実な実況見分の予定があり、申出に沿った接見では予定どおり開始できなくなるおそれがあっても『捜査のため必要があるとき』に当たらない」(司法H19-25-イ)=③で原則として当たる
  • 「間近い確実な予定がありさえすれば当たる」(申出に沿った接見で予定どおり開始できなくなるおそれまで要る)
  • 「当たるのは、取調べ中・立会い中・間近い確実な予定の3つの場合に限られる」(「など」=例示)

5判例はどちらの学説でもない解説書

  • 罪証隠滅の防止など身体の利用と関係しない事由を基準に含めていない → 捜査全般説ではない。
  • まだ始まっていない③を原則として含める → 身体を現に使っている最中に限る厳格な物理的限定説でもない。
  • 「どちらでもない」という位置づけは解説書の読みで、判決自身は学説に触れていない。
場面捜査全般説判例(最大判平11)物理的限定説
現に取調べ中当たる当たる(原則)当たる
30分後に取調べの確実な予定+申出どおりだと開始が遅れる当たる当たる(原則・③)当たらない
共犯者と口裏を合わせるおそれ当たりうる含まれない当たらない
×にされやすい形
  • 「判例は物理的限定説をとり、取調べがまだ始まっていない以上、どれほど直前でも指定できないとした」(③を原則として含める)
  • 「判例は捜査全般説をとり、罪証隠滅のおそれも指定の理由になる」(身体の利用と関係しない事由は含めていない)

6「原則として」の例外の余地解説書補足意見

  • 解説書:①(取調べ中)と③(間近い予定)が「原則として」とされている以上、例外がありうる。現に行われている取調べを一時中断し、または開始を遅らせて接見させても顕著な支障が生じない事情があれば、要件がないとする趣旨と理解しうる。実務でも、中断できるなら中断して接見を認めるなど柔軟に対応しているという。
  • 浅井事件(平3。最大判平11が参照として引く判決)の坂上補足意見(多数意見ではなく、1人の裁判官の意見)が、先に同じ考え方を述べていた(解説書もこの補足意見を参照として挙げる):
  • 捜査機関が、弁護人等の接見申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であつても、その日の取調べを終了するまで続けることなく一段落した時点で右接見を認めても、捜査の中断による支障が顕著なものにならない場合がないとはいえないと思われるし、
    また、間近い時に取調べをする確実な予定をしているときであっても、その予定開始時刻を若干遅らせることが常に捜査の中断による支障が顕著な場合に結びつくとは限らないものと考える。
    したがって、捜査機関は、接見等の日時等を指定する要件の存否を判断する際には、単に被疑者の取調状況から形式的に即断することなく、右のような措置が可能かどうかについて十分検討を加える必要があり、
  • 最大判平11の判旨が言うのは「原則として」当たる、まで。例外の中身は判旨には書かれていない=「要件を欠く」は解説書の読み・補足意見の考え方として覚える。
  • 解説書:取調べ予定を理由に指定された場面で、弁護人が開始前のごく短時間の接見を求めたなら、開始を若干遅らせても顕著な支障が生じることは通常まれ。

取調べ中に弁護人が来たが、ちょうど供述調書の読み聞かせを終えたところで、ここで区切っても捜査に響かない → 補足意見の考え方では顕著な支障なし=要件を欠く方向。

×にされやすい形
  • 「最大判平11は、一時中断しても支障が生じない事情があれば要件を欠くと判示した」(判旨は「原則として」まで。例外の中身は解説書の読み・浅井の補足意見)
  • 「①〜③に形式的に当たれば、常に指定できる」(「原則として」)

7要件を満たしても=配慮義務(最大判平11・3・24、最判平3・5・10)判例条文

  • 但書:「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」
  • 右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。
  • 解説書:要件(本文)を満たしても、指定した日時・場所が合理性を欠き防御権を不当に制限すれば、但書により違法。上の「協議してできる限り速やかに」は但書による配慮義務=2段階(要件充足 → 但書適合)。
  • 浅井事件(多数意見):申出を受けた捜査機関は、直ちに取調べの状況・間近い予定の有無を確認して要件を判断し、申出の日時等を認められないときは改めて日時等を指定して告知する義務がある。指定の方法は:
  • 捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量にゆだねられているものと解すべきであるから、電話などの口頭による指定をすることはもちろん、弁護人等に対する書面(いわゆる接見指定書)の交付による方法も許されるものというべきであるが、
    その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されないことはいうまでもない。
  • 指定に不服がある者は、裁判所にその処分の取消し・変更を請求できる(=検察官・検察事務官の指定は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所/=司法警察職員の指定は職務執行地の地方裁判所・簡易裁判所)。捜査機関の処分なので、裁判官の裁判に対するではない。

午後1時、弁護人Bが接見を申し出た。担当官は「1時半から4時まで取調べの予定」と断り、Bが「今日の夕方にまた来る」と言ったのに、協議せず一方的に「3日後の午前10時」と指定した。
ステップ1(要件):③に当たるかは、Bが求める接見で1時半の開始が遅れるかによる(ごく短時間なら、開始を少し遅らせても顕著な支障は通常まれ=解説書)。
ステップ2(但書):要件を満たすとしても、取調べ後の同じ日の夕方という選択肢があるのに協議もせず3日後とした → できる限り速やかな指定とはいえず、違法になりうる。

×にされやすい形
  • 「『捜査のため必要があるとき』に当たれば、指定した日時がいつでも適法」(協議してできる限り速やかに=但書)
  • 「接見の指定は、接見指定書の交付によらなければならない」(電話などの口頭も書面も許される=合理的裁量。ただし著しく不合理なら違法)
  • 「接見指定への不服は、裁判官の裁判に対するの準抗告による」(捜査機関の処分=)

83つの事件はどう決着したか判例

事件場面最高裁の結論
杉山(最判昭53・7・10)取調べ中の被疑者。指定権の無い取調べ担当の警察官が「捜査主任官の指定を受けるか指定書を持ってきて」と接見を拒むその警察官の拒否は違法と評価しない(賠償を命じた原判決の部分を破棄差戻し)。違法としたのは、接見を一般的に禁止して許可制にし、速やかに指定しなかった捜査本部の補佐官の措置
浅井(最判平3・5・10)午後零時40分ころ申出・午後1時すぎから取調べの予定(現に取調べ中ではない)。検察官が往復約2時間の検察庁へ指定書を取りに来るよう伝言、物の授受も拒む要件があるとして指定しようとした点は違法と断定できない。しかし指定の方法等が著しく合理性を欠き違法 → 国家賠償責任を認めた原審の判断を結論において是認
若松(最判平3・5・31)事前連絡なく来署。指定権の無い留置主任官が権限ある検察官に連絡、指示が届くまで約28分(弁護人は回答の約3分前に退去)連絡・指示待ちによる待機は合理的な範囲内なら許容=申出から回答までの約28分は許容・違法でない
  • 杉山事件:Dの拒否を違法としなかった理由=Dには指定権が無く、権限ある補佐官Hと電話で直接協議できた(判決は弁護人の負担を「一挙手一投足の労」とする)。Dは再三Hに電話で連絡していた。
  • 被疑者と弁護人等との接見をあらかじめ一般的に禁止して許可にかからしめ、しかも被上告人の接見要求に対して速やかに日時等の指定をしなかつた捜査本部のHの措置は違法といわざるをえないが、
    …Dが捜査主任官の指定のないことを理由に接見を拒んだとしても、このDの行為を違法と評価することは相当でなく
  • 浅井事件(2段階の実例):問われたのは指定の権限をもつ検察官自身の措置=協議する姿勢を示さず、一方的に往復約2時間かかる検察庁へ指定書を取りに来させようとし、物の授受は接見禁止の解除決定を得ない限り認められないとした。杉山で違法でないとされたのは権限の無いDの拒否で、権限者Hの措置は違法とされている(判決は杉山との違いを述べていない)。
  • 被上告人の接見等を認めると右の取調べに影響し、捜査の中断による支障が顕著な場合に当たるといえないわけでなく、
    …被上告人に対し右の日時等を指定しようとした点はそれ自体違法と断定することができない。
  • 同検察官の措置は、その指定の方法等において著しく合理性を欠く違法なものであり、
  • 若松事件:
  • こうした手続を要することにより弁護人等が待機することになり又はそれだけ接見が遅れることがあったとしても、それが合理的な範囲内にとどまる限り、許容されているものと解するのが相当である。
×にされやすい形
  • 「杉山事件は、指定書の持参を求めて接見を拒んだ警察官の行為を違法とした」(その警察官の行為は違法と評価せず破棄差戻し。指定書を取りに来させるやり方を違法としたのは浅井事件)
  • 「浅井事件は、取調べ予定は間近い確実な予定に当たらないとして、指定の要件を否定した」(要件の点は違法と断定できない。違法としたのは指定の方法)
  • 「権限ある捜査官への連絡のために弁護人を待たせることは、一切許されない」(合理的な範囲内なら許容=若松事件)

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#61単独ページ動画

初回接見の特別な重要性

問い:逮捕直後の初回接見の申出に、捜査機関は接見指定をしてよいか。してよいなら、どこまでか。

骨組み

  1. 12段階():本文=「捜査のため必要があるとき」=取調べの中断等で捜査に顕著な支障(現に取調べ中・実況見分等に立会い中・間近い確実な予定があって申出どおりでは予定どおり始められないおそれ → 原則として当たる)/但書=不当に制限しない=協議してできる限り速やかな日時等を指定
  2. 2初回接見が特に重要な理由(最判平12・6・13):弁護人の選任と取調べへの助言を得る最初の機会・弁護人依頼権の憲法上の保障(憲前段)の出発点
  3. 3初回接見でも指定はできる(平12):要件が具備されれば指定は許される。ただし協議して、接見の時間(長さ)を区切れば即時又は近接した時点で会わせても顕著な支障を避けられるかを検討
  4. 4可能なときは(平12):特段の事情が無い限り、引致後の手続・指紋採取・写真撮影等の後に、比較的短時間でも時間を区切って即時又は近接した時点で接見。取調べを理由に拒んで遅らせる=不当な制限(直ちに取調べを中断する義務までは述べていない)
  5. 5本件の事案と要件:現行犯逮捕の直後に即時の接見の申出 →「取調べ中」で待たせ、夕食中に翌日を指定。要件は否定されず(「当たるといえないわけではなく」)=指定しようとしたこと自体は直ちに違法と断定できない
  6. 6本件の結論:時間をやり繰りすれば支障は顕著にならなかった(会わせられた)のに、協議の姿勢を示さず一方的に翌日 →「他に特段の事情のうかがわれない本件においては」違反・国家賠償法上も違法
  7. 7分かれ目と射程:違法とされたのは、会わせられたのに協議の姿勢も示さず遅らせた措置(協議しなかったことだけで違法とは述べていない)。判決は逮捕直後・引致当日の事案

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。指定の2段階(1)→ 初回接見はなぜ重いか(2)→ 指定はできるが、協議して時間を区切れば会わせられないかを検討(3)→ 可能なら短時間でも会わせる・拒んで遅らせれば不当(4)→ 本件=要件は否定されず(5)、会わせられたのに翌日指定で違法(6)→ 分かれ目と射程(7)。

1指定の2段階()条文判例

  • :身体の拘束を受けている被疑者は、弁護人(弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者を含む)と立会人なくして接見できる=接見は原則として自由。3項はその例外。
  • 本文:捜査機関は、「捜査のため必要があるとき」は、公訴の提起前に限り、接見に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但書:その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
  • 平12は、最大判平11・3・24 を引いて、まず一般論を述べる。弁護人等から接見の申出があれば原則としていつでも機会を与えなければならず、「捜査のため必要があるとき」は捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。
  • …刑訴法三九条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。
    そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである
  • 右のように、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは捜査に顕著な支障が生じるときは、捜査機関は、弁護人等と協議の上、接見指定をすることができるのであるが、
    その場合でも、その指定は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならないのであって(刑訴法三九条三項ただし書)、
    捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。
  • 類型は「場合など」「原則として」の言い方=3つに限ったものでも、当たれば必ず要件を満たすというものでもない。
  • 要件を満たす場合でも、指定の中身が但書に反すれば違法になる(解説書は、2段目の判断を要する場合がある、と整理)。判決は一般論のあと「とりわけ」初回接見について、とつなぐ=下の2〜4は、この配慮をさらに重くした場面。
  • 指定に不服があれば、取消し・変更を裁判所に請求できる(準抗告)。検察官・検察事務官の指定は所属する検察庁の対応する裁判所()、司法警察職員の指定は職務執行地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所()。
見ること欠けたら
1段目(本文)「捜査のため必要があるとき」=取調べの中断等で捜査に顕著な支障が生ずるかそもそも指定できない=原則としていつでも接見
2段目(但書)指定の中身が防御の準備をする権利を不当に制限しないか(できる限り速やかな日時等か)要件があっても、その指定は但書に反して違法
×にされやすい形
  • 「要件(捜査のため必要があるとき)を満たせば、どのような日時を指定しても適法である」(但書の判断が別にある)
  • 「取調べ中などの類型に当たれば、例外なく指定の要件を満たす」(判決は「原則として」)

2初回接見が特に重要な理由(最判平12・6・13)判例

  • とりわけ、弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、
    直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、
    これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。
  • 理由は2つ:①選任と、これからの取調べに向けた助言を得る「最初の機会」 ②憲法上の保障の「出発点」。
  • 初回接見の説示には憲法の条番号が無いが(判決の冒頭では、39条3項が憲法34条に反しないとする最大判平11・3・24 を引いている)、文言は憲前段(「直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」)と一致する。
  • 主体は「弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者」。本件は、被疑者本人が救援連絡センターの弁護士を選ぶと述べていた。

3初回接見でも指定はできる・協議して検討する(要旨1の前半)判例

  • 右のような接見の申出を受けた捜査機関としては、前記の接見指定の要件が具備された場合でも、その指定に当たっては、弁護人となろうとする者と協議して、
    即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し、…
  • 「要件が具備された場合でも、その指定に当たっては」=初回接見でも指定そのものは許される。求められるのは、指定のしかたの検討。
  • 工夫するのは「時間」(接見の長さ)。は日時・場所・時間の指定を認めている=時間を区切ることもそれ自体が指定。日時を先へ送るのではなく、時間を区切って即時か近い時点で会わせられないかを考える。

「初回接見だから、捜査機関は接見の日時を指定できない」は誤り。要件があれば指定できる。初回接見で求められるのは、時間を区切ってでも即時か近い時点で会わせられないかを、協議して確かめること。

出題逮捕直後の初回接見は防御の準備のため特に重要だから、(捜査のため必要があるときでも)日時等の指定は許されない(×)

出題逮捕当日に妻が選任した弁護人の初回の接見について、指定権を行使することはできない(×)

×にされやすい形
  • 「初回の接見は特に重要であるから、捜査機関による接見の日時、場所及び時間の指定が許されることはない」(予備R3-18-イ・司法H19-25-オ)=要件が具備されれば指定はできる
  • 「初回接見では、但書により、接見指定は一切できない」(但書は指定の中身を縛るもの)

4可能なときは短時間でも会わせる(要旨1の後半)判例

  • …これが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、犯罪事実の要旨の告知等被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後において、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、
    このような場合に、被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし、被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。
  • 不当とされるのは「これが可能なとき」=時間を区切れば支障を避けられるのに、「このような場合に」取調べを理由に拒んで遅らせたとき。
  • 求められるのは「直ちに取調べを中断して会わせる」ことではない。検討と、可能なときに短時間でも会わせること。時間を区切っても支障を避けられないなら、遅らせる指定もありうる(判決は可能でない場合を述べていない=「これが可能なときは」という条件からの読み)。その場合も、但書の配慮(できる限り速やかな日時等)は働く。
  • 時間を区切れば会わせられる(可能な)ときでも、待たせてよいのは、引致(警察署に連れて来ること)後すぐ行う手続(犯罪事実の要旨と弁護人選任権の告知・弁解の機会=)とそれに続く指紋採取・写真撮影等が終わるまで。本件は現行犯逮捕=で準用(判決は条番号を挙げていない=条文からの読み)。
  • 例外は「特段の事情」(留置施設の管理運営上の支障など)。
逮捕直後の初回接見の申出捜査に顕著な支障が生ずるか現に取調べ中・間近い確実な予定(予定どおり始められないおそれ)など=原則として当たる指定できない原則としていつでも接見いいえはい(要件あり=指定はできる)時間を区切れば支障を避けられるか即時又は近接した時点の接見を、協議して検討(接見の時間を指定)遅らせる指定もありうるそれでも但書の配慮は働くいいえはい(可能)特段の事情があるか留置施設の管理運営上の支障など短時間でも会わせる義務の例外判決「特段の事情のない限り」はいいいえ短時間でも時間を指定して即時か近接した時点で接見させる引致後の手続・指紋採取・写真撮影等の後。取調べを理由に拒んで遅らせれば不当な制限
判決は要件の形で並べていない=要旨1の文の順に問いを置いた(紫の枠は判例の言葉。2つ目の「いいえ」の側は、判決の条件「これが可能なときは」からの読み)。1つ目は一般論(最大判平11・3・24 の枠組み)。2つ目で「いいえ」でも、遅らせる指定が直ちに不当になるわけではない。初回接見でも指定そのものは許され、直ちに取調べを中断する義務まではない。

取調べ中でも「すぐに取調べをやめて会わせなければならない」は誤り。判決が求めるのは、時間を区切れば支障を避けられるかの検討と、可能な場合に短時間でも会わせることまで。判決の枠組みから出てこないのは「申出があれば、どんな場合も即座に取調べを打ち切る義務」(判決が明示に否定したのではなく、「これが可能なときは」という条件からの読み)。本件で判決が挙げた「比較的短時間取調べを中断し」(6)は、時間を区切れば支障を避けられる場面での、やり繰りの手段の1つ。

出題初回接見は特に重要なので、現に取調べ中で(即時の接見で顕著な支障が生じる場合でも)、直ちに(即座に)取調べを中断して接見させなければならない(×)

×にされやすい形
  • 「初回接見なら、現に取調べ中で即時の接見を認めると捜査に顕著な支障が生じる場合でも、直ちに取調べを中断して接見させなければならない」(予備R6-18-ウ・司法H22-26-イ)=検討して、可能なときに短時間でも会わせる
  • 「初回接見は、引致直後の告知・弁解の手続の途中でも会わせなければならない」(その手続と指紋採取・写真撮影等が終わった後)

5本件の事案と要件(最判平12・6・13)判例

  1. 東京都公安条例違反(デモ行進の許可条件違反)で現行犯逮捕 → 警察署に引致。犯罪事実の要旨と弁護人選任権の告知・弁解の機会 → 救援連絡センターの弁護士を選任すると述べる
  2. センターの弁護士が即時の接見を申し出る(本件申出)。捜査主任官の課長は「取調べ中なので待ってほしい」を繰り返す
  3. 写真撮影に続いて取調べ開始。課長は、食事時間の前後は戒護が手薄なので接見させない、と留置主任官と確認
  4. 取調べを一時中断して夕食(夕食後に取調べの予定)
  5. 夕食の間に、課長が接見の日時を翌日午前10時以降に指定(申出から約1時間10分後)
  6. 取調べ担当の巡査部長が手当てもせず実況見分の応援へ → 夕食後も取調べは行われず、その日は中止
  • 判決の中の呼び名:上告人A1=逮捕された被疑者/上告人A2=弁護人となろうとする弁護士/D課長=捜査主任官。2人がそれぞれ東京都を訴え、原審で敗れて上告したので、2人とも上告人。
  • …本件申出時において、現に取調べ中か又は間近い時に取調べが確実に予定されていたものと評価することができ、したがって、上告人A2と上告人A1との自由な接見を認めると、右の取調べに影響し、捜査の中断等による支障が顕著な場合に当たるといえないわけではなく、
    D課長が接見指定をしようとしたこと自体は、直ちに違法と断定することはできない。
  • 要件は否定されなかったが、言い方は控えめ。類型は「現に取調べ中か又は間近い時に取調べが確実に予定」と、2つを「か又は」でつないで評価=申出は夕食の開始のあとまで続き、夕食の開始まで取調べがされ、夕食後も取調べが予定されていた。
  • 違法の決め手は1段目ではなく2段目(の但書の判断)。判決の結論は「刑訴法三九条三項に違反」で、条番号は但書まで書いていないが、「不当に制限した」は但書の言葉で、一般論でも但書を引いている(解説書も但書の配慮義務の違反と整理)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、取調べ中とはいえないとして、指定の要件を否定した」(要件は「当たるといえないわけではな」いとした)
  • 「本件の要件は、現に取調べ中であることだけで認められた」(現に取調べ中か又は間近い時に取調べが確実に予定)

6本件の結論(要旨2)判例

  • しかも、上告人A1は、救援連絡センターの弁護士を選任する意思を明らかにし、同センターの弁護士である上告人A2が現に築地署に赴いて接見の申出をしていたのであるから、
    比較的短時間取調べを中断し、又は夕食前の取調べの終了を少し早め、若しくは夕食後の取調べの開始を少し遅らせることによって、右目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができたものと考えられる。
  • さらに、取調べ担当の巡査部長は手当てもせず実況見分の応援に出て、夕食後の取調べは実際には行われなかった → 時間をやり繰りしても、捜査への支障が顕著になったとはいえない。原審が挙げた、夕食後の実況見分への立会い・就寝時間に食い込むおそれは「可能性」にとどまり、当日の接見を全面的に拒否しなければならないような顕著な支障があったとはいえない。
  • そうすると、D課長は、上告人A2が午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまでの間継続して接見の申出をしていたのであるから、午後五時ころ以降、同上告人と協議して希望する接見の時間を聴取するなどし、必要に応じて時間を指定した上、即時に上告人A2を上告人A1に接見させるか、又は、取調べが事実上中断する夕食時間の開始と終了の時刻を見計らい
    …夕食前若しくは遅くとも夕食後に接見させるべき義務があったというのが相当である。
  • 「午後五時ころ以降」の理由(判決):午後四時四五分ころには写真撮影等の手続が終わって取調べが始まり、課長は午後五時ころまでに、被疑者がセンターの弁護士を選任する意向であることを知り、申出の弁護士がセンターの弁護士であることも容易に確認できた。夕食のための中断もそのころには予定していた。
  • ところが、D課長は、上告人A2と協議する姿勢を示すことなく、午後五時ころ以降も接見指定をしないまま同上告人を待機させた上、午後五時四五分ころに至って一方的に接見の日時を翌日に指定したものであり、
    他に特段の事情のうかがわれない本件においては、右の措置は、上告人A1が防御の準備をする権利を不当に制限したものであって、刑訴法三九条三項に違反するものというべきである。
  • さらに国家賠償法上も違法で、課長に過失がある → 請求を認めた第一審の判断を維持した(原判決の該当部分を破棄し、東京都の控訴を棄却)。
原審(請求棄却)最高裁(違法)
要件あった当たるといえないわけではない(直ちに違法と断定できない)
夕食の時間帯夕食に警察官の立会いが要り、戒護が手薄になる → 会わせなくても違法でない夕食の開始と終了を見計らい、夕食前か遅くとも夕食後に会わせるべきだった
翌日の指定夕食後に相当時間の取調べの予定(実況見分への立会いを求めることも考えられた)・取調べが就寝時間に食い込むおそれ・取調べの必要性の正確な判断が困難・既に夜間 → 違法でないそうした可能性(立会い・就寝時間)だけでは当日の接見を全面的に拒む支障ではない → 違反

判決は、夕食のさなかに会わせよとは言っていない。夕食の前か、遅くとも夕食後。判決は夕食中に会わせるべきかを判断していない=「食事中なのに会わせなかったから違法」とまとめると判決とずれる。

×にされやすい形
  • 「最高裁は、夕食中に接見させなかったことを違法とした」(夕食前か遅くとも夕食後に会わせるべきだった)
  • 「最高裁は原審と同じく、夜間であることなどを理由に翌日の指定を適法とした」(可能性だけでは足りないとして違法)

7分かれ目と射程判例解説書

  • 判決は、協議しなかったことだけで違法とは述べていない。違法としたのは、会わせられた(時間をやり繰りすれば支障を避けられた)のに、協議の姿勢も示さず一方的に翌日へ遅らせた措置。判決も「他に特段の事情のうかがわれない本件においては」と限っている。
  • 本件で判決は、短時間の中断などで「右目的に応じた合理的な範囲内の時間」(右目的=弁護人の選任)を確保できたとした=区切る時間は、少なくとも選任の目的を果たせる長さが前提になる(当てはめからの読み)。
  • 判決が扱ったのは、警察署に引致された当日、逮捕直後に申し出られた初回接見。2回目以降の接見について判決は何も述べていない(但書の配慮はどの接見にも働く)。
  • 解説書:平12は、引致のあとすぐ行う諸手続を終えた、調整しやすい時間の事案。送致後、検察官のもとで弁解を聴いてそのまま取調べに移る場面での初回接見では、捜査の必要性は平12より高い一方、初めて助言を得る機会として防御の必要性も平12以上に高い。解説書はこの場面で結論を出さず、弁護人側と検察官側の主張を並べている。
  • 2段目を見るときの目安(解説書の整理・判決の言葉ではない):調整を試みたか/調整できたか/指定の内容が合理的か。

設例:被疑者Aが午前10時に万引きで現行犯逮捕、10時20分に引致。弁護人となろうとするBが10時35分に即時の接見を申し出た。指紋採取・写真撮影は10時50分ごろ終わり、11時15分から正午ごろまで実況見分にAを立ち会わせる確実な予定。担当官は協議を一切せず「接見は本日午後3時から」と指定した。
→ 1段目:間近い確実な予定があり、申出どおり会わせると11時15分に始められないおそれがあるなら当たりうる(空き時間があるので争う余地もある)。2段目:10時50分〜11時15分の間、または実況見分が終わる正午過ぎに、時間を区切って会わせる余地があった=会わせられたのに遅らせたとして、不当な制限と評価される方向。

同じ設例で、担当官がBと話はしたが「空きはあるが会わせない、午後3時」と押し切った → 協議の形があっても、短時間なら会わせられたのに遅らせた以上、不当な制限と評価される方向に動く。逆に、協議して10時50分から時間を区切って会わせ、その長さが選任という目的に応じた合理的な範囲内といえるなら、不当な制限には当たらない方向。

×にされやすい形
  • 「判例は、協議をしなかったこと自体を理由に、会わせられたかどうかを問わず不当な制限とした」(可能なのに遅らせたことが不当・「他に特段の事情のうかがわれない本件においては」)
  • 「協議さえすれば、どの時点を指定しても不当な制限には当たらない」(会わせられたのに遅らせれば不当)

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起訴後の接見指定と余罪捜査

問い:起訴された被告人について、余罪の捜査を理由に弁護人との接見を指定できるか。

骨組み

  1. 1条文(本文):指定は公訴の提起前に限り=被告人には原則できない。ただし被告人が余罪の被疑者として逮捕・勾留されると、被告人と被疑者の2つの身分をあわせもつ
  2. 2被告事件の弁護人にも(最決昭55):被告事件の勾留と余罪の逮捕、勾留が競合 → 被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り指定できる=余罪の捜査のため必要があるとき(本文)であることは要る
  3. 3被告事件だけの弁護人でも(最決平13):被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても同じ=弁護人の選任の範囲で結論は変わらない
  4. 4余罪で身体拘束されていなければ(最決昭41):公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても指定できない(余罪で逮捕、勾留されていなかった事案=最決昭55 が区別)/誤解して接見を拒めばの準抗告
  5. 5余罪の弁護人でも(過去問の正答と解説書の理由):余罪で身体拘束される前は指定できない/余罪で勾留された後は、余罪は起訴前の被疑事件=通常どおりの指定が問題になる
  6. 6歯止めの中身(解説書):被告事件の公判期日が近い・裁判員裁判の対象事件で公判前(整理手続)の打合せを急ぐ → 不当な制限になる可能性がある
  7. 7任意同行中の面会(福岡高判平5・裁判例):特段の事情がない限り、取調べを中断して被疑者に伝え、希望すれば面会を実現する措置を執るべき

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。起訴後は原則できない(1)→ 余罪の逮捕・勾留と競合すれば指定できる(2)・弁護人の選任の範囲は問わない(3)→ 余罪で身体拘束が無ければできない(4)→ 余罪の弁護人と時期の組合せ(5)→ 歯止めの中身(6)→ の外の任意同行の場面(7)。

起訴後・勾留中の被告人との接見の申出余罪で現に逮捕・勾留されているかされていなければ、余罪の捜査の必要があっても指定できない(最決昭41・最決昭55の区別)指定できないいいえはい余罪の捜査のため必要があるか39条3項本文「捜査のため必要があるとき」指定できないいいえはい被告事件について防禦権の不当な制限にわたるか公判期日が近い等は不当になる可能性(解説書)違法な指定はいいいえ指定できる被告事件だけの弁護人にも(最決平13)
紫の枠は判例の言葉(最決昭55・4・28、最決平13・2・7)、青は条文。判例はこれを3段の順序として並べてはいない。余罪での身体拘束を前提、余罪の捜査の必要を要件、被告事件の防禦権を歯止めとして3段に並べたのは、解説書の検討(余罪の捜査上の必要/被告事件の防御権/身体拘束が無ければ不可)をもとにしたノートの整理。弁護人が両事件の弁護人か、被告事件だけの弁護人かは結論を分けない。

1起訴後は原則として指定できない=問題の所在条文

  • 「被告事件」=すでに起訴された事件。「余罪」=まだ起訴されていない別の事件(被疑事件)。
  • 身体の拘束を受けている被告人・被疑者は、弁護人等と立会人なくして接見できる()。
  • 本文:「検察官、検察事務官又は司法警察職員(…)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。」=起訴された被告人についての指定は原則としてできない。
  • 「指定」=捜査機関が、弁護人等との接見の日時・場所・時間を決めること(条文の文言)。日時等を決めるのではなく、接見そのものをさせないのが「拒否」。最決昭41 は、指定権が無いのにあると誤解して拒否した場合を扱った(4)。
  • ところが、起訴された被告人が、同時に別の事件(余罪)の被疑者として勾留されることがある=被告人と被疑者の2つの身分をあわせもつ。このとき、起訴前の余罪の捜査の必要を理由に指定できるか。
  • 解説書:とりわけ被告事件についてだけ選任された弁護人からすれば、指定は不当に見える → 起訴後は一切指定できないのか、が問われる。

余罪の無い被告人について、検察官が被告事件の補充捜査を理由に接見を指定する → できない(公訴の提起前に限る)。

×にされやすい形
  • 「被告人にはは適用されないから、余罪で勾留されていても、余罪の捜査を理由に指定することは一切できない」(余罪の逮捕・勾留と競合すれば、被告事件の防禦権の不当な制限にわたらない限りできる=2)

2余罪の逮捕・勾留と競合すれば被告事件の弁護人にも指定できる(最決昭55・4・28)判例

  • 特別抗告を棄却した決定の「なお」書きで示した判断:
  • 同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合、検察官等は、被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り、刑訴法三九条三項の接見等の指定権を行使することができるものと解すべきであつて、これと同旨の原判断は相当である。
  • 指定権はのもの=余罪について「捜査のため必要があるとき」であることは要る(解説書:余罪の捜査上の必要があり、被告事件の防御権を不当に侵害しない限り適法)。「余罪で勾留されていれば、捜査の必要が無くても指定できる」という意味ではない=余罪の逮捕・勾留はを使える場面に入るための前提、捜査の必要はそのうえで別に満たすべき要件。
  • 「被告事件について防禦権」=起訴された事件の裁判に向けて防御の準備をする被告人の権利。最決昭55 は「防禦」、最決平13 は「防御」と書く=表記の違いで、同じ意味。
  • 解説書はこの決定を、両事件を同一の弁護人が担当していた事案として紹介する(決定の全文からは、弁護人の選任関係は読めない)。
中身出どころ
前提被告事件の勾留と、余罪の逮捕・勾留が競合している判旨
要件余罪の捜査のため必要があるとき本文
歯止め被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない判旨
否定説(反対の考え)判例の前提にある価値判断(解説書の推測)
公訴提起後の接見交通権には明文の制限規定が無い。当事者としての被告人の地位に抵触する指定は許すべきでない(起訴後は訴訟準備の必要が高まり、接見交通権をより保障すべき)被告人になったことだけで一切指定を認めないのは、余罪の捜査への弊害が大きい。「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り」の留保を付けて調整すれば、実質的な不利益は避けられる

事件Xで起訴・勾留中の人が余罪Yで逮捕・勾留された。Yの取調べの予定が詰まっていて、今すぐ接見を認めると取調べを中断せざるを得ない → Yの捜査を理由に日時を指定できる(Xの防御の準備を不当に妨げない範囲で)。
同じ状況でも、その日はYの取調べの予定が無く、会わせても捜査に支障が無い → そもそも「捜査のため必要があるとき」に当たらず、指定できない。

出題勾留中の被告人が同時に余罪の被疑者として勾留されている場合、検察官は、余罪の捜査のため必要があるときは、被告事件の防御権の不当な制限にわたらない限り、被告事件の弁護人との接見を指定できる(○)

出題起訴後勾留中の被告人が余罪で逮捕又は勾留中で、余罪について「捜査のため必要があるとき」に当たれば、被告事件の防御権の不当な制限にわたらない限り、被告事件の弁護人との接見を指定できる(○)

×にされやすい形
  • 「余罪で勾留されていれば、捜査の必要を問わず、被告事件の弁護人との接見を指定できる」(余罪について捜査のため必要があるときに限る)
  • 「判例は、起訴後は当事者としての被告人の地位を重視し、余罪の捜査を理由とする指定を否定した」(否定説の考え。判例は防禦権の不当な制限にわたらない限り指定できるとした)

3被告事件だけの弁護人でも同じ(最決平13・2・7)判例

  • 同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の勾留が競合している場合,検察官は,被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り,被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても,同法39条3項の接見等の指定権を行使することができるのであるから(最高裁昭和55年(し)第39号同年4月28日第一小法廷決定・刑集34巻3号178頁参照),これと同旨の原判断は相当である。
  • 決定は独自の理由を述べず、最決昭55 を参照として引くだけ。弁護人が余罪の弁護人を兼ねているかどうかで、結論は変わらない。
  • 決定の言葉は「被告事件についてだけ弁護人に選任された者」。余罪に別の弁護人がいたかどうかは判文から読めない(解説書は「弁護人を異にする場合」と整理する)。
  • 競合の形:最決平13 は勾留と勾留、最決昭55 は勾留と逮捕、勾留。どちらの形でも、指定できるという判断は同じ。

弁護士Pは事件Xについてだけ弁護人に選任され、余罪Yの弁護人ではない。X・Yの勾留が競合しているなら、Pとの接見も、Yの捜査を理由に(Xの防御権を不当に制限しない限り)指定されうる。

出題【事例】5月14日(②事件で勾留中・①事件は起訴後)の、①事件の弁護人Aによる接見について、指定権を行使することはできない(×)

×にされやすい形
  • 「余罪で勾留されていても、被告事件についてだけ選任された弁護人との接見は指定できない」(司法H21-27-エ)=余罪で勾留中なら、被告事件の弁護人との接見も指定できる場合がある

4余罪で身体拘束されていなければ指定できない(最決昭41・7・26)判例条文

  • 事案(判文):被告人に余罪が多数あることから、検察官は「被告事件としてよりも被疑事件としての重要な特色をもち、被告事件の弁護人は事実上被疑事件の弁護人でもある」として、別の弁護士2名の接見を拒否した(記録で認められた事実)。申立人4名(弁護人または弁護人となろうとする者)の接見も、同じ解釈のもとで拒否された疑いが濃厚だとされた。原決定は準抗告を不適法としたが、最高裁は原決定を取り消して差し戻した。
  • およそ、公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官等は、被告事件の弁護人または弁護人となろうとする者に対し、同三九条三項の指定権を行使しえないものと解すべきであり、検察官等がそのような権限があるものと誤解して、同条一項の接見等を拒否した場合、その処分に不服がある者は、同四三〇条により準抗告を申し立てうるものと解するのを相当とする。
  • 判文の言い回しは「公訴の提起後は」と一般的。余罪で逮捕・勾留されていなかった事案だという位置づけは、最決昭55 が自ら示した(弁護人が最決昭41 との判例違反を主張したのに対して):
  • 被告人が余罪である被疑事件について逮捕、勾留されていなかつた場合に関するもので、余罪である被疑事件について現に勾留されている本件とは事案を異にし適切でなく、
  • 判文から言えるのは、余罪について逮捕・勾留されていなかったところまで。余罪の捜査がどう進められていたかの事実は判文に無い。
  • 理由(解説書):・は身体を拘束された者を想定している → 余罪で身体拘束を受けていない以上、は適用できない(決定が述べた理由ではない)。
  • 解説書:起訴後も本罪の勾留が続き保釈の見込みが低い被告人について、余罪を逮捕・勾留せずに捜査を進めることは少なくない → その間は指定は一切できない。
  • 指定権が無いのにあると誤解して接見を拒否した処分も、準抗告(39条3項の処分など、捜査機関の一定の処分の取消し・変更を裁判所に請求する手続)=の準抗告で争える(第2の判示)。

事件Xで起訴・勾留中の人に余罪Yの嫌疑が生じたが、Yでは逮捕せずに捜査を進めている → この間、Xの弁護人との接見をYの捜査を理由に指定することはできない。
後日Yで逮捕・勾留されたら → その時からは、Xの防御権を不当に制限しない限り指定されうる(2・3)。

出題【事例】5月5日(②事件では逮捕前で任意の取調べ中・①事件は起訴後で勾留中)の、①事件の弁護人Aによる接見について、指定権を行使することができる場合がある(×)

×にされやすい形
  • 「余罪で身体拘束されていない時期でも、余罪の捜査の必要があれば、被告事件の弁護人との接見を指定できる場合がある」(司法H21-27-イ)=余罪で身体拘束されていなければ指定できない
  • 「最決昭41 は、その判文で、余罪について身体拘束を受けていない場合に限って指定できないとした」(判文は「公訴の提起後は」と一般的。逮捕、勾留されていなかった事案との区別は最決昭55)
  • 「指定権が無いのに接見を拒否された場合は、準抗告では争えない」(の準抗告を申し立てうる)

5余罪の弁護人でも=事例で時期を追う解説書

  • 判例そのものではなく、過去問の正答と解説書の理由(は身体を拘束された被疑者を想定)から言えること。
  • 余罪の弁護人でも、余罪で身体拘束される前は、余罪の捜査を理由に指定できない。
  • 余罪で勾留された後は、余罪はまだ起訴前の被疑事件 → 余罪の弁護人との接見は、通常どおりの指定が問題になる=起訴前の被疑者と同じく、余罪の「捜査のため必要があるとき」に指定でき、ただし書(被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない)がかかる。
  1. 4月10日 ①事件(窃盗)で逮捕。同日、妻が弁護士Aを①事件の弁護人に選任
  2. 4月13日 ①事件で勾留
  3. 5月2日 ①事件で起訴(起訴後も勾留)
  4. 5月3日以降 ②事件(殺人)について任意で取調べ。5月4日、弁護士Bを②事件の弁護人に選任
  5. 5月10日 ②事件で逮捕・5月13日勾留
時期A(①=被告事件の弁護人)B(②=余罪の弁護人)
5月5日(②は身体拘束前)指定できない(最決昭41)指定できない
5月14日・20日(②で勾留中・②は起訴前)指定できる場合がある(最決平13)指定できる場合がある(通常の)

表の欄は、問われた肢(5月5日のA・B、5月14日のA、5月20日のB)の正答による。分かれ目は弁護人がどの事件の弁護人かではなく、余罪で身体拘束されているか。

出題【事例】5月5日(②事件では逮捕前で任意の取調べ中)の、②事件の弁護人Bによる接見について、指定権を行使することはできない(○)

出題【事例】5月20日(②事件で勾留中・②事件は起訴前)の、②事件の弁護人Bによる接見について、指定権を行使することができる場合がある(○)

×にされやすい形
  • 「余罪の弁護人なら、余罪で逮捕される前でも、余罪の捜査を理由に指定できる」(余罪で身体拘束される前は指定できない)
  • 「被告人の余罪の弁護人との接見は、被告人である以上、起訴後として指定できない」(余罪で勾留中・余罪が起訴前ならの指定が問題になる)

6歯止め=被告事件の防禦権の不当な制限になりうる例解説書

  • 解説書の挙げる例:①被告事件の公判期日が近く、その準備に支障が出る場合 ②裁判員裁判の対象事件で、公判前(整理手続)の期日に向けた打合せを早急に行う必要がある場合。
  • 言い方は不当な制限に「なる可能性がある」まで。どの指定なら許される・許されないと言い切ってはいない。

事件Xの公判が数日後に迫り、弁護人が尋問の打合せのため接見を求めている。余罪Yの取調べを理由に公判前日まで会わせない指定 → Xの防御権の不当な制限に当たる方向に傾く(公判の近さ・打合せの必要が不当な制限の側へ)。

×にされやすい形
  • 「被告事件の公判期日が近ければ、余罪を理由とする指定は必ず違法になる」(解説書は不当な制限になる可能性があるとするまで)

7任意同行中の被疑者と弁護人の面会(福岡高判平5・11・16)裁判例

  • ここまでの起訴後の指定とは別の場面=どの事件でも身体拘束されていない被疑者の話。
  • 解説書の整理:・はいずれも身体を拘束された者を想定している。ただ、任意同行でも出頭後は事実上捜査機関の管理下に置かれ、弁護人の助言を受ける必要がある。
  • 裁判例(解説書 p.139 の紹介による。判決全文は未入手):弁護人等は、弁護活動の一環として、何時でも自由に被疑者に面会できる。被疑者が任意同行に引き続いて取調べを受けている場合も基本的に変わらない。
  • そのうえで、弁護人等と面会時間の調整が整うなど「特段の事情がない限り」、取調べを中断してその旨を被疑者に伝え、被疑者が面会を希望するときは、その実現のための措置を執るべきとした(解説書の評価=少なくとも任意同行中の面会の場合には、伝達する義務・措置を執る義務を課したものといえる)。
  • の指定が問題にならない場面(身体拘束の無い被疑者)でも、捜査機関が面会を妨げてよいわけではない。

任意同行に応じて警察署で取調べ中の人に弁護士が面会を求めた → 面会時間の調整がついているなどの事情が無い限り、取調べを止めて本人に伝え、本人が望めば会わせる措置を執るべき。
弁護士と警察の間で「取調べが一段落する午後3時に面会」と時間の調整が整っていた → 判旨の挙げる「特段の事情」(面会時間の調整が整う)の例に当たる=その時まで取調べを続けても判旨に反しない方向。

×にされやすい形
  • 「任意同行中の被疑者にはが適用されないから、弁護人の面会の申出を被疑者に伝える必要は無い」(特段の事情がない限り、取調べを中断して伝える)
  • 「弁護人が面会を申し出れば、いかなる場合も直ちに取調べを中断しなければならない」(面会時間の調整が整うなど特段の事情があれば別)

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#63単独ページ動画

秘密交通権の保障範囲と面会接見

問い:秘密交通権はどこまで及ぶか。接見のための設備が無い検察庁で弁護人が今すぐの接見を求めたら、検察官は何をしなければならないか。

骨組み

  1. 1秘密交通権():身体の拘束を受けている被疑者・被告人が、弁護人等と立会人なくして接見し、書類・物の授受ができる権利
  2. 2保障の拡がり(解説書):その場で見聞きされないことに加え、接見内容を事後的にも把握されない利益・授受した書類や物を差し押さえられ検閲されない利益も保障されるべきと理解されている
  3. 3理由(解説書):内容が知られうるなら情報の伝達を差し控える=萎縮的効果 → 実質的かつ効果的な援助を受けられない
  4. 4制約は許されるか(学説):一切許されないとする見解 ⇔ 秘密の保護の必要と聴取の必要を衡量する見解。「特段の事情」を考える理解は衡量する見解の一例
  5. 5設備が無いときの拒否(最判平17・4・19):顕著な支障が無ければ本来は申出に応ずべき。ただし立会人なしでも支障の無い設備のある部屋等が無ければ、拒否は違法でない(専用の接見室に限らない)
  6. 6面会接見への特別の配慮義務(同):なお即時の接見を求め即時に接見をする必要性があれば、面会接見でもよいか弁護人等の意向を確かめ、差し支えなければ特別の配慮をすべき義務。ただし捜査に顕著な支障が生ずる場合は格別。根拠=の趣旨(合理的な調整)
  7. 7本件の結論(同):意向も確かめず何の配慮もしなかった=違法。しかし当時は基準が確立しておらず過失なし → 国家賠償の請求を棄却
  8. 8面会接見の実施方法(裁判例):名古屋高判平19・7・12=検察官の合理的な裁量(逸脱・濫用に限り違法)/広島高判平24・2・22=秘密交通権に近づくように努める配慮

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。

前半(1〜4)は秘密交通権がどこまで及ぶか、後半(5〜8)は接見の設備が無い検察庁という1つの場面。後半は「原則=応ずべき → 例外=拒否は違法でない → それでも面会接見への配慮義務 → ただし顕著な支障なら格別」の入れ子で覚える。

1秘密交通権()条文

  • :身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(…)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  • 「立会人なくして」=誰にも聞かれずに弁護人と話せる → 秘密交通権とも呼ぶ。
  • 言葉の関係:が定める弁護人等との接見・授受の権利は、一般に「接見交通権」と呼ばれ、判決もこの語を使う。解説書は、立会人なくして接見し、書類・物の授受をする権利を「秘密交通権」と定義し、接見交通権の講の中の一節として扱う(判決も「いわゆる秘密交通権」と言う)。
  • 「前項の接見又は授受については」、法令で、逃亡・罪証の隠滅・戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定できる()。後半の判例が言う「逃亡、罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの制約」も同じ方向の考え方。

2保障の拡がり解説書

  • 秘密交通権から、さらに2つの利益が派生する、と解説書は書く:①接見内容を把握されない利益 ②授受した書類や物を差し押さえられ検閲されない利益。
  • まとめると、現在の接見を見聞きされないことに加え、事後的にも接見内容を知られないことまで保障される。
  • 書きぶりは「保障されるべきだと理解されている」=判例の判示としてではなく、一般的な理解として書かれている。
保障の顔問題になる場面の例どう扱われるか
その場で見聞きされない取調官が接見室に同席して会話を聞くの「立会人なくして」に正面から反する
事後的に把握されない接見の後、取調官が被疑者に「弁護人と何を話したか」を聞き出す許されるかは見解が分かれる(項目4)
授受した物を差し押さえられ検閲されない弁護人が渡した書面を捜査機関が差し押さえて読むこの利益との関係で問題になる
×にされやすい形
  • 「秘密交通権の保障は、接見している最中に立会人を置かないことに尽きる」(事後的に内容を知られないことまで保障されると理解されている)

3なぜそこまで保障するか解説書

  • 接見内容が捜査機関に知られうる → 被疑者・被告人と弁護人との間で情報の伝達が差し控えられる(萎縮的効果)→ 弁護人から実質的かつ効果的な援助を受けられない → これを避けるため、事後的な利益まで保障すべき。
  • 後から知られる可能性があるだけで、萎縮はその場で起きる。だから「その場で聞かれない」だけでは足りない。
  • 書きぶりは「保障されるべきだと考えられている」=項目2と同じく、判例の判示としてではなく、一般的な理解として書かれている。
  • 解説書は、この理由づけに鹿児島地判平20・3・24(判時2008号3頁)を「参照」として添える(事案・結論は解説書に書かれていない)。

被疑者が「後で取調べで聞かれるかもしれない」と思い、自分に不利な事情を弁護人に伏せる → 弁護人は事実を前提にした助言ができず、援助が実質を失う。

4制約は一切許されないか学説

  • 項目2は「保障がどこまで及ぶか」(範囲)。ここは「その保障を制約してよいか」という別の問題。解説書も、範囲を述べた後に「もっとも」と区切って、制約が一切許されないのかを論じる。保障の範囲に入ることと、制約が一切許されないことは同じではない。
  • 解説書が対置する見解は2つ:
  • ①一切許されないとする見解:秘密交通権の性質上、接見内容を聴取するような行為は一切許されない。
  • ②衡量する見解:接見の秘密を保護する必要性と、捜査機関が接見内容を聴取する必要性とを衡量する。
  • ②の一例として、「捜査妨害的行為等接見交通権の保護に値しない事情等特段の事情」があるかを考える理解がある。解説書はこれを②の「例」として挙げ、一律に許さない①の側には置いていない。①との違いは、保護に値しない事情があれば聴取が許される余地を認める点(表の3行目)。
  • 解説書はこれに対し、制約が許されるのがそのような極限的な場合に限定されるのかが問題だ、と問いを立てる。この範囲では答えを書いていない。
  • ①と②は判断の仕方そのものが違う(一律に許さない/2つの必要を比べる)。どれが通説・判例かは、解説書は書いていない。
見解取調官が接見内容を聞き出したら
①一切許されないそれだけで許されない
②衡量する秘密を守る必要と聞き出す必要を比べて決める
②の一例:特段の事情捜査妨害的な行為など、保護に値しない事情があるときに限って許される
×にされやすい形
  • 「特段の事情を考える理解は、一切許されないとする見解・衡量する見解と並ぶ第3の見解である」(衡量する見解の一例)
  • 「3つの見解は、どこまで踏み込めるかの程度が違うだけである」(一切許さない見解と衡量する見解は、判断の枠組みが違う)

5設備が無いことを理由とする拒否(最判平17・4・19)判例

  • 事件:取調べのため検察庁に押送されて待機中の被疑者(当時17歳)との庁舎内での接見を弁護人が申し出たが、検察官が「庁舎内には接見のための設備が無い」として拒否した。拒否があったのは平成4年3月5日と3月18日の2日で、どちらの日も申出を重ねたが、いずれも拒否された(3月5日は電話のあと直接、3月18日は係長を通じたあと直接)(判決はそれぞれを「本件接見の拒否(1)」「(2)」とまとめて呼ぶ)。弁護人(判決では「被上告人」)が国に慰謝料を求めた国家賠償訴訟。
  • 原則:申出に応じても捜査に顕著な支障が生ずるおそれが無ければ、本来は応ずべき(判決は例として、取調べ開始まで相当の時間があるとき、当日の取調べが終わり押送まで相当の時間があるときを挙げる):
  • これに応じても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがない場合には,本来,検察官は,上記の申出に応ずべきものである。
  • ただし、捜査に顕著な支障が生ずる場合は、直ちに応じなくても違法でない。判決の例=現に取調べ中の場合や、間近い時に確実な取調べ予定があって、申出に沿った接見を認めたのではその取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合(予定があるだけでなく、2つ目の要素まで要る)。この部分に判決は最大判平11・3・24 を参照として引く。
  • 例外(【要旨1】):
  • 被疑者と弁護人等との接見には,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの制約があるから,
    …検察庁の庁舎内において,弁護人等と被疑者との立会人なしの接見を認めても,被疑者の逃亡や罪証の隠滅を防止することができ,戒護上の支障が生じないような設備のある部屋等が存在しない場合には,上記の申出を拒否したとしても,これを違法ということはできない。
  • 上記の設備のある部屋等とは,接見室等の接見のための専用の設備がある部屋に限られるものではないが,その本来の用途,設備内容等からみて,接見の申出を受けた検察官が,その部屋等を接見のためにも用い得ることを容易に想到することができ,また,その部屋等を接見のために用いても,被疑者の逃亡,罪証の隠滅及び戒護上の支障の発生の防止の観点からの問題が生じないことを容易に判断し得るような部屋等でなければならないものというべきである。
  • 本件:庁舎内に接見のための設備を備えた部屋は無く、地下の同行室(押送されてきた被疑者を留置する施設)も、ここでいう部屋等に当たらない → 拒否は違法でない(判決は本件への当てはめで「直ちに違法ということはできない」と言う)。拒否そのものは違法でない。違法になるのは、その後に面会接見への配慮をしなかったこと(項目6・7)。原審は「同行室を使って接見させるべきだった」として拒否を違法としていた=ここで分かれた。
  • これはの指定(捜査の必要による日時等の指定)の場面ではない。判決の言葉では「刑訴法39条所定の接見を認める余地がなく」=立会人なしの接見そのものを用意できない場面。
×にされやすい形
  • 「接見室の無い検察庁で接見の申出を拒否すれば、それだけで違法になる」(立会人なしでも支障の無い設備のある部屋等が無ければ、拒否は違法でない)
  • 「設備のある部屋等とは、専用の接見室をいう」(専用の部屋に限らないが、容易に想到でき、問題ないと容易に判断できる部屋)

6面会接見への特別の配慮義務(最判平17・4・19)判例

  • 拒否が違法でなくても、それで終わりではない(【要旨2】):
  • 刑訴法39条所定の接見を認める余地がなく,その拒否が違法でないとしても,同条の趣旨が,接見交通権の行使と被疑者の取調べ等の捜査の必要との合理的な調整を図ろうとするものであること(前記大法廷判決参照)にかんがみると,
    …検察官が上記の設備のある部屋等が存在しないことを理由として接見の申出を拒否したにもかかわらず,弁護人等がなお検察庁の庁舎内における即時の接見を求め,即時に接見をする必要性が認められる場合には,検察官は,例えば立会人の居る部屋での短時間の「接見」などのように,いわゆる秘密交通権が十分に保障されないような態様の短時間の「接見」(以下,便宜「面会接見」という。)であってもよいかどうかという点につき,弁護人等の意向を確かめ,弁護人等がそのような面会接見であっても差し支えないとの意向を示したときは,面会接見ができるように特別の配慮をすべき義務があると解するのが相当である。
  • 検察官が現に被疑者を取調べ中である場合や,間近い時に取調べをする確実な予定があって弁護人等の申出に沿った接見を認めたのでは取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがある場合など,捜査に顕著な支障が生ずる場合は格別,そのような場合ではないのに,検察官が,上記のような即時に接見をする必要性の認められる接見の申出に対し,上記のような特別の配慮をすることを怠り,何らの措置を執らなかったときは,検察官の当該不作為は違法になると解すべきである。
  • 面会接見の定義=秘密交通権が十分に保障されないような態様の短時間の接見。立会人の居る部屋での短時間の接見は、その例。
  • 確かめるのは弁護人等の意向(被疑者本人の意向ではない)。弁護人の意向で面会接見になっても、秘密交通権が十分に保障されない態様であることは変わらない(勝手に破られたのではない、というだけ)。
  • 義務の根拠として判決が挙げるのはの趣旨=接見交通権の行使と捜査の必要との合理的な調整。解説書は、弁護人の承諾に基づく秘密交通権の放棄と引き換えに、設備が無い場所での即時の接見を実現するよう求めたといえる、と評価する(解説書の評価で、判決の理由ではない)。
検察庁の庁舎内での接見の申出捜査に顕著な支障が生ずるか取調べ中・確実な予定があり申出に沿うと予定どおり開始できないおそれ等直ちに応じなくても違法でない配慮義務も格別はいいいえ設備のある部屋等があるか立会人なしの接見でも逃亡・罪証隠滅を防げ、戒護上の支障が無い本来、申出に応ずべきはいいいえ(拒否は違法でない)即時に接見をする必要性があるか拒否されても弁護人等がなお庁舎内での即時の接見を求めて拒否は違法でないいいえはい(弁護人等の意向を確かめる)差し支えないとの意向か面会接見であってもよいか(弁護人等の意向)特別の配慮義務は生じない拒否は違法でないいいえはい面会接見ができるよう特別の配慮をすべき義務怠り何らの措置も執らなければ不作為が違法
最判平17・4・19 の段を上から並べた(紫の枠が判決の言葉)。判決は、顕著な支障の場合を、拒否の場面でも配慮義務の場面でも外している。顕著な支障は、取調べの予定があるだけでは足りず、申出に沿った接見を認めたのでは取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれまで要る。意向を確かめること自体も検察官の側の務めで、本件では確かめもしなかったことが違法とされた。

本件の拒否(1)(3月5日):①弁護人は電話で申し出て設備が無いと拒否されると、すぐ検察庁に出向いて直接申し出たが、同じ理由で拒否された ②その際、事務官に「取調べまで時間があるはずなので今すぐ会わせてほしい。場所は待機中の部屋でも執務室でもよい」などと申し入れた ③勾留場所が少年鑑別所に変わったことをできるだけ早く伝えて元気づけようと、接見を急いでいた ④取調べ開始まで約40分あり、ごく短時間の接見なら、認めても捜査に顕著な支障が生ずるおそれがあったとまではいえない。→ 判決は「以上の諸点に照らすと」即時に接見をする必要性ありとした(④は、顕著な支障の「格別」に当たらないことを示す事情)。そう申し出ているのに、立会人の居る部屋でのごく短時間の面会接見でも差し支えないかの意向を確かめず、何の配慮もしなかった → 違法。場所の希望を述べた申入れがあっても、面会接見でも差し支えないかは、判決では検察官が確かめるべき点として扱われている。
同じ申出でも、検察官がまさに取調べ中で、捜査に顕著な支障が生ずる場合 → 「格別」=配慮しなくても違法にならない。

出題設備が無いと拒否されても弁護人がなお即時の接見を求め、その必要性があれば、検察官は面会接見でもよいか弁護人の意向を確かめ、差し支えなければそれができるよう特別の配慮をすべき義務がある(○)

×にされやすい形
  • 「検察官は、面会接見でもよいかを被疑者に確かめなければならない」(確かめるのは弁護人等の意向)
  • 「検察官が現に取調べ中で、捜査に顕著な支障が生ずる場合でも、面会接見への特別の配慮義務を負う」(顕著な支障が生ずる場合は格別)
  • 「設備のある部屋等が無ければ、接見を拒否すれば足り、検察官にそれ以上の義務はない」(なお即時の接見を求め必要性があれば、特別の配慮義務)
  • 「面会接見とは、立会人の居る部屋での接見をいう」(立会人の居る部屋は例。秘密交通権が十分に保障されない態様の短時間の接見)

7本件の結論(違法だが過失なし)判例

  • 国家賠償法1条1項に基づく請求。判決は、検察官の対応が違法かを判断した後、別に検察官に過失があったかを検討し、過失が無いとして請求を理由が無いとした=違法と認められても、過失が無ければ請求は認められない。
  • 当てはめ(拒否(1)は【要旨3】・(2)も同じ枠組み):3月5日・3月18日のいずれについても、即時に接見をする必要性があったのに、検察官は意向を確かめず、何の配慮もしなかった → 違法(どちらも拒否そのものではなく、配慮しなかった不作為が違法)。
  • D検事が,被上告人の上記各接見の申出に対し,面会接見に関する配慮義務を怠ったことは違法というべきであるが,
    …結局,同検事に過失があったとまではいえないというべきである。
  • 過失を否定した理由:拒否そのものは違法でない(判決は「それ自体直ちに違法とはいえない」)/当時(平成4年)は参考となる裁判例・学説が乏しく、職務行為の基準として確立していなかった/広島地検は、専用の設備の無い庁舎内では接見できないとの立場を採り、第1審強化方策広島地方協議会等で説明してきていた → 無理からぬ面がある。
  • 主文:原判決のうち国が負けた部分を破棄し、第1審判決の同部分も取り消して、弁護人の請求を棄却。
原審最高裁
同行室使えば立会人なしで接見させられた設備のある部屋等に当たらない
違法とした点拒否そのもの面会接見の配慮を怠った不作為(拒否そのものは違法でない)
過失ありなし
結論慰謝料10万円の限度で認容請求棄却
×にされやすい形
  • 「最高裁は、検察官の対応を違法として、国に賠償を命じた」(違法としたが、過失がないとして請求を退けた)
  • 「最高裁は、同行室で接見させるべきだったとして拒否を違法とした」(それは原審。最高裁は同行室を部屋等と認めなかった)

8面会接見の実施方法(裁判例)裁判例

  • 面会接見をするとして、どこで、誰を何人立ち会わせ、どんな方法でするか(腰縄を付けたままでよいか等)について、解説書は「争いがある」とし、2つの裁判例を挙げる。違いは、名古屋高判が立会人の人選・人数・方法を検察官の裁量とし、裁量の逸脱・濫用に当たる場合に限って違法とするのに対し、広島高判は検察官に「秘密交通権に近づくように努め」る配慮を求める点(実施方法の審査の仕方の違い)。どちらも最判平17・4・19 の特別の配慮義務を前提にする(名古屋高判は全文で確認。広島高判は解説書の引用から読める範囲)。
  • 名古屋高判平19・7・12:面会接見は、設備が無いのに弁護人等の要望があり客観的に必要な場合に限って行う特別のもの → 短時間で準備し、罪証隠滅・逃亡・戒護上の支障を防ぐ方法を確保する必要がある。しかも秘密交通権が十分に保障されないことにつき弁護人の了承を得て行う → 検察官に合理的な範囲で裁量がある:
  • 検察官において,面会接見ができるように特別な配慮をすべき義務があり,それに基づき面会接見を実施する場合には,その実施場所,立会人の人選,人数及び方法等が,即時実施の必要や被疑者の罪証隠滅,逃亡及び戒護上の支障の発生を防止する観点に照らしてその必要性又は合理性を欠き,裁量権の逸脱又は濫用にあたるような事情がある場合に限り,上記特別の配慮を怠ったものとして違法となるというべきである。
  • 広島高判平24・2・22:検察官に「秘密交通権に近づくように努め、そのような配慮の下で、面会接見の実現に配慮する義務」を求めた(解説書 p.141 の引用による。事案と結論は解説書に無い)。
名古屋高判平19・7・12広島高判平24・2・22
実施方法検察官の合理的な裁量秘密交通権に近づくように努める
違法になるのは必要性・合理性を欠き、裁量の逸脱・濫用に当たる場合に限る(解説書は引用のみ)
事案検察官の執務室で、検察官・検察事務官・刑務官が立ち会い、被疑者は腰縄のまま(手錠は外す)。弁護人は場所と立会人は構わないと述べたが、手錠・腰縄付きには抵抗し、開始前に刑務官に退去と腰縄を外すことを、検事に部屋の隅に移ることを求めたが、応じられなかった → 違法でない(原審の名古屋地裁は、検察官らの立会いを配慮義務違反として10万円の限度で認容していた)—
×にされやすい形
  • 「面会接見の実施方法は、判例で検察官の裁量と確定している」(解説書は「争いがある」として2つの高裁の裁判例を挙げる。最高裁の判断ではない)

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#64単独ページ動画

取調べでの接見内容の聴取と秘密交通権

問い:取調べで捜査機関は、被疑者から接見の内容を聴いてよいか。本人が自分から話した場合、聴いた内容を調書にして公判に出す場合はどうか。

骨組み

  1. 1秘密交通権():身体の拘束を受けている被疑者・被告人は、弁護人と「立会人なくして」接見(=面会)できる=その場で聞かれないだけでなく、接見の内容を後から知られない利益も含む(解説書)。理由は萎縮的効果を防ぐこと
  2. 2原則は聴取禁止(裁判例=福岡高判平23・7・1):萎縮的効果を及ぼさないよう留意 →「原則として」接見での供述の聴取は禁止。ただし捜査の必要性から制約が許される場合があることは認めた(解説書の要約)=だから実際に聴いた聴取の適否は、4の衡量で決まる
  3. 3本人が自分から話しても(同):被疑者が自発的に接見内容を話しても、弁護人固有の秘密交通権を保護する必要性は低減しない
  4. 4捜査機関の義務と判断方法(同):話し始めたら聴取を原則としてさし控え、話す必要がないことを告知するなどして配慮すべき法的義務/適否は聴取した内容ごとに、保護の必要性と聴取の必要性を衡量(解説書のまとめ)
  5. 5一部公表と聴き方(解説書の設問の検討):一部が公表されても全体の保護は下がらない=公表された点ごと。公表された点の確認・変遷の理由を接見内容に触れずに尋ねる → 直ちに違法・不適切とまではいえない/接見内容に絡めて聴き出す → 違法
  6. 6調書化と証拠調べ請求(解説書):もう1つの問題=弁護人の固有権・弁護人選任権の侵害。調書化=聴取と一体/証拠調べ請求=信頼関係を破壊するおそれ → 聴取とは別の違法と考えることができる
  7. 7公判での補足(解説書):公判前整理手続の類型証拠開示(7号)で調書が開示されうる → 調書化そのものも別の違法と考える余地/被告人質問で接見内容を聞く → 異議・黙秘権で防げるので違法とまではいえないとの理解が多数と考えられる(解説書)
  8. 8再審請求弁護人との秘密面会(最判平25・12・10):死刑確定者にはは直接当たらない → 刑事収容施設法121条ただし書の「正当な利益」として秘密面会の利益を持つ(+実質的な援助の保障)。再審請求前の打合せの段階でも
  9. 9弁護人の固有の利益と違法(平25):の秘密交通権が弁護人の固有権の重要なものの一つとされることに鑑み、の趣旨に照らし再審請求弁護人の固有の利益でもある。特段の事情が無い限り、許さない措置は裁量権の逸脱・濫用=双方の利益を侵害し国家賠償法上違法

色の札は出どころ:条文 判例 学説(同じ色の 解説書 は、解説書の著者自身の説明)。最高裁=判例、高裁・地裁=裁判例。条文番号は押すと条文が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。秘密交通権は後から知られない利益まで含む(1)→ 裁判例:聴取は原則禁止(2)・本人が話しても弁護人の側の保護は下がらない(3)・話し始めたら告知などで配慮する義務、内容ごとに衡量(4)→ 解説書の当てはめ:公表された点と聴き方で分かれる(5)・調書化は一体、証拠調べ請求は別の違法(6)・公判の開示と被告人質問(7)→ 別の場面:死刑確定者と再審請求弁護人の秘密面会(8・9)。

1秘密交通権()条文解説書

  • :身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(…)と「立会人なくして」接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
  • ここでの接見=身体の拘束を受けている被疑者・被告人が、弁護人(弁護人となろうとする者を含む)と会うこと。
  • 秘密交通権には、立会人なく会う権利に加えて、接見の内容を後から知られない利益も含まれる(解説書)。取調べで接見の内容を聴けば、その場に立ち会っていなくても、この利益に触れる。
  • 保障の理由は萎縮的効果の回避:弁護人に話した内容が捜査機関に知られうるなら、被疑者は弁護人に自由に話せなくなる。
×にされやすい形
  • 「接見に立ち会わなければ、後から取調べで接見の内容を聴いても秘密交通権の問題は生じない」(後から知られない利益も含む)

2原則は聴取禁止(福岡高判平23・7・1)裁判例解説書

  • 佐賀の接見内容聴取の事件の控訴審。以下は解説書の紹介による(「」は解説書が引く判決の語)。
  • 解説書は、この事件を単純化した設問を置く:殺人未遂で逮捕された被疑者から、検察官が取調べで弁護人との接見の内容を聴き出して供述調書にし、公判でその調書の取調べを請求した。判決そのものの事実関係(誰が何を求めた訴えか)と請求の認否は、解説書には書かれていない(調書化・証拠調べ請求の評価には、解説書が「」で引く語を使っている=項目6)。
  • 捜査機関は「被疑者等と弁護人等との自由な意思疎通ないし情報伝達に萎縮的効果を及ぼすことのないよう留意することが肝要」。
  • そこから「原則として、弁護人等との接見における供述について聴取することは禁止されているというべきである」。
  • 前提として、判決は、捜査の必要性に照らし、捜査権の行使が秘密交通権を制約することが許される場合があることを認めた(解説書の要約)=「一切聴取できない」ではなく「原則として」。
  • 「原則禁止」と「衡量」の関係(解説書の整理):判決は、制約が許される場合があることを認めたうえで、聴取を原則として禁止し、そのうえで、実際に聴いた聴取の適否は、聴いた具体的な内容ごとに保護の必要性と聴取の必要性を衡量して判断した(項目4)。
  • 解説書は、聴取が一切許されないとする見解と、保護の必要性と聴取の必要性を衡量する見解を挙げる。この判決については、制約が許される場合を認めて衡量の枠組みで判断した、と紹介するだけで、どちらの見解に立つとは書いていない。
×にされやすい形
  • 「裁判例は、捜査の必要性があっても接見内容の聴取は例外なく許されないとした」(原則として禁止・制約が許される場合を認めた)
  • 「接見内容の聴取は、捜査の必要性があれば原則として許される」(原則は禁止)

3本人が自分から話しても(福岡高判平23・7・1)裁判例解説書

  • 判決の語(解説書が引く):「取調べの際に被疑者等が自発的に接見内容を供述したとしても、そのことをもって、弁護人固有の秘密交通権を保護する必要性が低減したということはできない」。
  • 解説書のまとめ:被疑者が秘密性を放棄しても、弁護人の固有権としての秘密交通権を侵害しうることを認めた。
  • 判決は秘密交通権を弁護人の固有権と位置づけた(解説書 p.143 の紹介)→ 本人の任意の供述だけでは、弁護人の側の利益は消えない。
  • 固有権とは、本人の意思にかかわらず弁護人自身が持つ権利のこと(このノートの説明)。

取調べで被疑者が、公表されていない接見でのやり取りについて「先生にも同じことを言いました」と自分から言い出した。本人が話したのだから聴いてよい、とはならない(弁護人の側の利益は本人の放棄では消えない)。

×にされやすい形
  • 「被疑者が自分から接見内容を供述した場合には、秘密は放棄されたから、捜査機関はこれを聴取してよい」(弁護人固有の秘密交通権の保護の必要性は低減しない)

4捜査機関の義務と判断方法(福岡高判平23・7・1)裁判例解説書

  • 判決の語(解説書が引く):被疑者が接見内容を話し始めたら、聴取を「原則としてさし控えるべき」。「弁護人との接見内容については話す必要がないことを告知するなどして、被疑者等と弁護人等との秘密交通権に配慮すべき法的義務を負っている」。
  • 解説書が引く判決の語では、「法的義務」の語は「配慮すべき」(告知など)の側に付いている。「さし控えるべき」には付いていない。
  • 解説書の読み:積極的に聴取することを禁止されているだけでなく、被疑者が話し始めたらそれを制止するなどして配慮する義務を負う、という意味。
  • 判断方法:聴取した具体的な内容に即して、「保護の必要性」と「聴取の必要性」を衡量する枠組み(判決の判断方法を解説書がまとめたもの)。
判決の語(解説書が引く)解説書の読み・まとめ
聴取原則として禁止/話し始めたら原則としてさし控えるべき積極的に聴取することの禁止
話し始めたら話す必要がないことを告知するなどして配慮すべき法的義務制止するなどして配慮する義務
適否の決め方—聴取した内容ごとに保護の必要性と聴取の必要性を衡量

被疑者が、公表されていない打合せについて「弁護人の先生にも同じことを言ったんですが」と言いかけた → 捜査官は「接見で話したことは言わなくていい」と告げる。告知などの配慮をせずに聴き続ければ、配慮すべき法的義務に反しうる(適否は聴いた内容ごとの衡量)。

×にされやすい形
  • 「捜査機関は自分から積極的に聴き出さなければ足り、被疑者が話し始めた接見内容はそのまま聴いてよい」(話す必要がないことを告知するなどして配慮すべき法的義務)
  • 「聴取の適否は、接見内容の全体について一律に判断する」(聴取した具体的な内容ごとに衡量)

5一部公表と聴き方(解説書の設問の検討)解説書

  • 事実関係(設例):被疑者Xは最初の取調べで「よく覚えていない」と述べ、その後の取調べで「反撃されたので身を守るためだった」と供述を変えた。逮捕直後の接見でXは弁護人Yに「正当防衛だった」と説明しており、YはXの同意を得て、その説明をした事実を報道機関に公表していた。検察官は ①「弁護人にも同じ説明をしたか」と尋ね、②「弁護人にどう相談し、どう供述するよう助言されたか」まで聴き出して調書にし、③公判でその調書の取調べを請求した。
  • 以下は、解説書の著者が判決を参考にして設問を検討した部分(判決の判示そのものではない)。解説書の設問も、弁護人が被疑者の同意を得て接見で聞いた説明を公表し、検察官が①確認(解説書の設問では変遷の理由も尋ねる)②接見内容の聴き出しと調書化③調書の証拠調べ請求をした事案。この項目は①②(聴取)、③は項目6。
  • 接見内容の一部が公表されても、秘密交通権の全体の保護の必要性が類型的に下がるわけではない=内容ごとに具体的に判断する。
  • 公表された事実(接見で弁護人に同じ話をしたこと)は、弁護人による公表で保護の必要性が下がった。供述が変わった理由を尋ねるのは変遷の理由の確認=聴取の必要性がある。→「同様の供述を弁護人にしたか」の確認と、変遷の理由を接見内容に触れずに尋ねることは、直ちに違法・不適切とまではいえない。
  • 変遷の理由を接見内容に絡めて聴き出す → 単なる事実の確認を超えて、弁護人との打合せの詳細に至る → 萎縮的効果のおそれ → 違法。
  • 被疑者が自分から詳しく話し始めた場合も、弁護人との意思疎通の詳細に及ぶと分かった時点で、告知などの配慮をすべき。
取調べで、公表された接見の説明や供述の変遷について尋ねる弁護人側が公表した点の確認か一部公表でも全体の保護は下がらない=公表された点ごとに見る直ちに違法・不適切とまではいえないはいいいえ変遷の理由を接見内容に触れずに尋ねるか「供述が変わったのはなぜか」とだけ聞く直ちに違法・不適切とまではいえないはいいいえ(接見内容に絡めて聴き出す)違法打合せの詳細に至る=萎縮的効果のおそれ
解説書の設問の検討を、問いの形に並べた(判決が要件として並べたものではない)。図が扱うのは、公表された点の確認と変遷の理由の聴き方だけ。それ以外の接見内容の聴取は原則禁止で、聴いた内容ごとの衡量による(項目2・4)。緑の枠は解説書の著者の検討。被疑者が自分から詳細を話し始めたときは、詳細に及ぶと分かった時点で告知などの配慮が要る。

弁護人が同意を得て「接見で本人は正当防衛と言っていた」と公表した。その点を本人に確かめるのは直ちに違法とまではいえない。「供述が変わったのはなぜか」とだけ聞くのも同じ。「弁護人に何と言われて変えたのか」と接見に絡めて聞くと、打合せの詳細に踏み込み違法の方向へ。公表されていない打合せの中身は、保護の必要性がそのまま残る。

×にされやすい形
  • 「接見内容の一部が公表されれば、その接見のやり取り全体について秘密として保護する必要性が下がる」(公表された点ごとに判断)
  • 「供述の変遷の理由を確かめる必要があれば、弁護人から何を助言されたかまで聴いてよい」(接見内容に絡めて聴き出すのは違法)

6調書化と証拠調べ請求解説書

  • 以下は解説書の設問の検討(項目5と同じ設問の③=調書の証拠調べ請求)。かぎかっこ内は解説書が引用している語。
  • 問題は2つ(解説書):①聴取が(秘密交通権)に反するか。②聴取した結果を調書にして証拠調べ請求することが、被告人と弁護人の信頼関係を損なう点で、弁護人の固有権や弁護人選任権の侵害にならないか。
  • 聴取の目的は、公判で予想される被告人の供述の信用性を下げること(解説書の設問)。
  • 調書化:「聴取行為によっていったん侵害された接見内容の秘密」が、調書化で「新たに侵害されたと解することは困難」 → 聴取と一体の違法。
  • 証拠調べ請求:弁護人と被告人の「信頼関係を破壊するおそれのある行為」。弁護人の今後の弁護活動にも「心理的な萎縮効果を生じさせた」 → 聴取とは別の違法と考えることができる。
  • 「一体」と「別」の差:調書化は聴取の違法の一部として評価され、それ以上の違法は加わらない。証拠調べ請求は、聴取とは別に、それ自体で違法と評価されうる。
  • ただし解説書は、調書が類型証拠開示で弁護人に開示されうることから、調書化そのものも別の違法と考える余地がある、とも書く(項目7)。
行為評価(解説書)理由
聴取原則禁止。実際に聴いた聴取の適否は内容ごとの衡量(接見内容に絡めれば違法)項目2・4・5
調書化聴取と一体(別の違法と考える余地も・項目7)いったん侵害された秘密が新たに侵害されたとは言いにくい
証拠調べ請求聴取とは別の違法と考えることができる信頼関係を破壊するおそれ・今後の弁護活動の萎縮
×にされやすい形
  • 「証拠調べ請求は聴取の結果を使うだけなので、聴取と別に違法と評価されることはない」(信頼関係を破壊するおそれから別の違法と考えることができる)
  • 「聴取した内容を調書にすると、聴取とは別の新たな侵害として必ず独立の違法になる」(解説書は聴取と一体と整理・別の違法と考える余地は項目7)

7公判での補足(類型証拠開示・被告人質問)解説書

  • 類型証拠開示=公判前整理手続に付された事件で、検察官の手持ち証拠のうち一定の類型のものを、弁護側の請求で見せる手続()。被告人の供述録取書等は類型の1つ(同項7号)。
  • 萎縮の筋道:検察官が証拠調べ請求をしなくても、調書が開示されうる → 開示された調書から、接見の内容を聴取された事実が明らかになる → 被疑者と弁護人の信頼関係が壊れ、その後の防御活動が萎縮しうる → 調書化そのものを別の違法と考える余地もある(解説書の著者の見方)。
  • 開示には、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要で、相当と認めるとき、という条件がある()=条文は重要性・相当性を要件にしている。
  • 被告人質問で検察官が接見内容を聞くこと:違法と考える余地もあるが、弁護人の異議()や黙秘権で防げることなどから、違法とまではいえないという理解が多数と考えられる(解説書の見立て)。
取調べでの聴取公判の被告人質問
防ぐ手段捜査機関の配慮義務(告知など・項目4)弁護人の異議()・黙秘権
評価原則禁止。実際に聴いた聴取の適否は内容ごとの衡量(項目2〜5)違法とまではいえないとの理解が多数と考えられる(解説書・違法と考える余地も)
×にされやすい形
  • 「被告人の供述調書は、類型証拠開示の請求があれば必ず開示される」(重要性・相当性の要件がある)
  • 「公判の被告人質問で接見内容を尋ねることも、取調べでの聴取と同じく原則として違法とされている」(違法とまではいえないとの理解が多数と考えられる)

8再審請求弁護人との秘密面会(最判平25・12・10)判例

  • 言葉:死刑確定者=死刑判決が確定し、もう被告人・被疑者ではない人。再審=確定した判決のやり直しを求める手続。
  • 事案:広島拘置所に収容されている死刑確定者と、その再審請求のために選任された弁護人2人が、再審請求に向けた打合せのため立会いのない面会(秘密面会)を3回申し出たが、拘置所長が許さなかった → 国家賠償を求めた。原審は一部認容 → 上告棄却。
  • は身体の拘束を受けている被告人・被疑者の規定=確定者には直接当たらない。も弁護人を選任できると定めるだけ(解説書)。
  • 刑事収容施設法121条(死刑確定者の面会):本文=職員の立会い又は録音・録画が原則。ただし書=訴訟の準備その他の正当な利益の保護のため立会い等をさせないことを適当とする事情があり、相当と認めるときは、この限りでない。
  • 死刑確定者については、同法121条本文において、その指名する職員が面会に立ち会うか、又はその面会の状況の録音若しくは録画をすることを原則としつつ、
    同条ただし書は、死刑確定者の訴訟の準備その他の正当な利益の保護のため秘密面会を許すか否かの措置を刑事施設の長の裁量に委ね、当該正当な利益を一定の範囲で尊重するよう刑事施設の長に職務上義務付けている。
  • 刑訴法440条1項は、検察官以外の者が再審請求をする場合には、弁護人を選任することができる旨規定しているところ、
    死刑確定者が再審請求をするためには、再審請求弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障する必要があるから、
    死刑確定者は、再審請求前の打合せの段階にあっても、刑事収容施設法121条ただし書にいう「正当な利益」として、再審請求弁護人と秘密面会をする利益を有する。
  • 判決に「準用」の語は無い=を準用したのではなく、刑事収容施設法121条ただし書の「正当な利益」の中で保護した(「の準用によらず」は解説書の整理)。
  • 射程:刑事収容施設法121条は死刑確定者の面会の規定。受刑者の面会は別の条文(刑事収容施設法112条=立会い等は必要があると認める場合にさせる形)=この判決を有罪確定者一般・受刑者に広げて読まない(受刑者の場合の結論は判決に無い)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、を準用して、死刑確定者と再審請求弁護人の秘密面会を認めた」(刑事収容施設法121条ただし書の「正当な利益」)
  • 「最高裁は、受刑者を含む有罪確定者一般について、再審請求弁護人との秘密面会の利益を認めた」(死刑確定者の事案・刑事収容施設法121条の解釈)
  • 「秘密面会の利益は、再審請求をした後でなければ認められない」(再審請求前の打合せの段階でも)

9弁護人の固有の利益と違法(最判平25・12・10)判例

  • 秘密面会の利益は、再審請求弁護人にとってもその十分な活動を保障するために不可欠。
  • 刑訴法39条1項によって被告人又は被疑者に保障される秘密交通権が、弁護人にとってはその固有権の重要なものの一つであるとされていることに鑑みれば
    …秘密面会の利益も、上記のような刑訴法440条1項の趣旨に照らし、再審請求弁護人からいえばその固有の利益であると解するのが相当である。
  • 判決の文言で「趣旨に照らし」が掛かるのは。は「鑑みれば」の側(の秘密交通権が弁護人の固有権とされること=杉山事件(最判昭53・7・10)を引く)。
  • 解説書(p.145-146)は、で秘密交通権が保障されていることに鑑みて、の趣旨に照らし再審請求弁護人の固有の利益とした、と紹介したうえで、「の準用によらず、その趣旨に照らして」措置を違法とした、とまとめる。
  • 解説書の「その趣旨」は39条1項の趣旨とも読めるが、判決の文言で「趣旨に照らし」が掛かるのは440条1項。判決の文言どおりに覚える。
  • 死刑確定者又は再審請求弁護人が再審請求に向けた打合せをするために秘密面会の申出をした場合に、これを許さない刑事施設の長の措置は、
    秘密面会により刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると認められ、又は死刑確定者の面会についての意向を踏まえその心情の安定を把握する必要性が高いと認められるなど特段の事情がない限り、
    裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して死刑確定者の秘密面会をする利益を侵害するだけではなく、再審請求弁護人の固有の秘密面会をする利益も侵害するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
  • 当てはめ:本人は面会に先立つ拘置所の職員との面接で、再審請求の準備をすると伝えられたが心情面での不安要素は無いなどと述べていた。その他の事情を考えても特段の事情はうかがえない → 3回の措置はいずれも違法(原審の判断を是認)。
被疑者・被告人の接見()死刑確定者の秘密面会(平25)
根拠「立会人なくして」刑事収容施設法121条ただし書「正当な利益」(+実質的な援助の保障)
弁護人の側弁護人の固有権の重要なものの一つの趣旨に照らし、再審請求弁護人の固有の利益
許さない措置—特段の事情が無い限り裁量権の逸脱・濫用=双方の利益を侵害し国家賠償法上違法
×にされやすい形
  • 「秘密面会を許すかは施設の長の裁量に委ねられるから、許さない措置が違法となることはない」(特段の事情が無い限り裁量権の逸脱・濫用)
  • 「秘密面会を許さない措置が侵害するのは死刑確定者の利益だけで、再審請求弁護人の利益は侵害しない」(再審請求弁護人の固有の利益も侵害)
  • 「最高裁は、を直接適用して、再審請求弁護人の固有の利益を認めた」(は確定者に直接当たらない。の秘密交通権が弁護人の固有権とされることに鑑み、の趣旨に照らして導いた)

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#65単独ページ動画

弁護人との信書の押収・検閲と秘密交通権

問い:弁護人とやり取りした信書や書類、接見で見せる媒体の中身を、捜査機関や施設はどこまで取り上げ・見てよいか。

骨組み

  1. 1令状による居室の捜索差押え(大阪高判平28・4・22):防御方法の内容は基本的に秘匿 → ただし絶対ではなく、差押えの必要性と被告人の不利益を考えて必要かつ合理的な範囲の制約に服する → 期日間整理手続後の居室の差押え=必要性を欠き違法(令状があっても違法になりうる)
  2. 2任意提出・領置(東京高判平28・7・14):合理的な制約の枠組みを維持したうえで、真摯な同意と社会通念上の相当性を事例ごとに → 弁護人宛て信書の草稿の便箋を任意提出させた行為=国賠法上違法
  3. 3施設の信書の検査(現行)(刑事収容施設法135条):未決拘禁者の発受する信書は検査するものとする/弁護人等から受ける信書(2項1号)=該当を確かめる限度だけ・例外なし(ただし書は3号だけ)/弁護人に出す信書は2項の号に無い=1項の検査(3項で検査させない余地)
  4. 4旧監獄法下の検閲(最判平15・9・5):多数意見=監獄法50条・同施行規則130条は合憲、「必要かつ合理的な制限の範囲にとどまる」とした原判決の判断を是認 → 検閲に違法なし(3対2・当事者は反対意見の言う「被勾留者」=身体の拘束を受けている被告人)
  5. 5反対意見(梶谷・滝井):特段の事情なく一般的、抽象的なおそれだけで一律に検閲=必要かつ合理的制限の範囲を超える/弁護人等の信書か・物の混入かの範囲を超える検閲は(特段の事情のない限り)違法/出す信書も同じ
  6. 6媒体の中身の事前検査(大阪高判平17・1・25):証拠物のビデオテープを再生しながらの接見を、内容を検査しなければ認めないと拒否 → 違憲・違法(上告不受理で確定=広島高判の認定する第1審・控訴審の判断。事案の一致から大阪高判平17・1・25 とみられる。解説書の紹介は「違法」)=解説書は信書の検閲と同じ流れに置く
  7. 7再生しながらの打合せと申告(広島高判平31・3・28):パソコン等で再生しながらの打合せ=秘密交通権として保障/中身(証拠物か等)の申告=憲前段・違反/録画機能の有無・録画するかの申告=侵害でない/証拠と分かった後の中断要求=違法

色の札は出どころ:条文 判例。条文番号は押すと条文が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。刑事収容施設法の条文は文字のまま。

流れで覚える。捜査機関が取り上げる場面(1 令状・2 任意提出)→ 施設が事前に確かめる場面(3 現行の信書の検査・4〜5 旧法の判例と反対意見・6〜7 接見で見せる媒体)。

場面見ること裁判例・条文の結論
捜査機関が取り上げる令状による居室の差押え(1)差押えの必要性と被告人の不利益 → 必要かつ合理的な範囲か期日間整理手続後の差押え=違法(大阪高判平28)
任意提出・領置(2)枠組みを維持したうえで、真摯な同意・社会通念上の相当性信書の草稿の便箋の任意提出=国賠法上違法(東京高判平28)
施設が事前に確かめる信書の検査(3〜5)現行:弁護人等から受ける信書は該当確認の限度(2項1号・例外なし)旧法の一律検閲=違法なし(最判平15・多数意見)。反対意見は特段の事情のない限り違法
接見で見せる媒体(6〜7)中身の検査・申告か、機能の確認か中身の事前検査・中身の申告=違憲・違法(大阪高判平17・広島高判平31)

1令状による居室の捜索差押え(大阪高判平28・4・22)裁判例

  • 土台:=身体の拘束を受けている被告人・被疑者は、弁護人等と「立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる」=接見・授受の権利(接見交通権)。
  • 秘密交通権:の「立会人なくして」が保障するもの=接見の内容を捜査機関や刑事収容施設などの第三者が知ることができない状態とすること(接見内容についての秘密)(広島高判平31・3・28。最判平15・9・5 の反対意見も「接見の内容についての秘密を保障するもの」とする)。接見交通権のうち、中身の秘密が保たれる面。
  • 信書へ:最判平15 の反対意見は、弁護人等との信書は口頭の接見を補い、一体となって秘密交通権の保護の対象になるとする。解説書も、意思の疎通は接見だけでなく信書でも行われる → 捜査機関による押収が秘密交通権の侵害にならないか、と問いを立てる。
  • 事案:弁護人が差し入れた書面等を、期日間整理手続後に、検察官が捜索差押許可状によって拘置所の被告人の居室から差し押さえた。
  • 判断の枠組み(解説書が引く判決の言葉による):①防御方法の内容は基本的には捜査機関に対して秘匿されるべき ②ただし防御方法の秘密も絶対的に保障されるものではなく、捜査権との合理的な調整が要る ③捜索差押えの必要性と、差し押さえられる被告人の不利益を考えて、必要かつ合理的な範囲の制約に服する。
  • 防御方法=防御のために弁護人とやり取りした中身(この事案では弁護人が差し入れた書面等)。差し押さえられれば、捜査機関に秘匿されるべきその内容が捜査機関の手に渡る。
  • 当てはめ:期日間整理手続後は、居室内には防御の準備が相当程度集積していることが容易に想定できる → 被告人の不利益が大きく、差押えの必要性を欠く → 違法。必要性を欠くとした理由として解説書の紹介が書くのは、この不利益の大きさだけ。
  • 期日間整理手続=第一回公判期日後に、決定で付す争点・証拠の整理の手続()。判決の言う時期は「期日間整理手続後」とだけ書いておく(手続が終わった後かどうかは、解説書の紹介からは決まらない)。
  • 判決の全文は裁判所サイトに無く、解説書の紹介による。
×にされやすい形
  • 「裁判官の発付した令状による差押えである以上、弁護人との書面を差し押さえても違法にはならない」(令状による差押えを違法とした)
  • 「防御方法の秘密は絶対的に保障され、差押えは一切許されない」(必要かつ合理的な範囲の制約に服する)
  • 「期日間整理手続の前の差押えなら適法と判断した」(判決が判断したのは手続後の差押えだけ)

2任意提出・領置(東京高判平28・7・14)裁判例

  • 場面:弁護人との接見の内容が書かれている可能性のある文書(日記・信書・メモ等)について、捜査機関が任意提出を求めて領置する()。対象は信書に限らない。
  • 枠組み:秘密交通権も捜査の必要性に基づく合理的な制約に服する、という枠組みを維持したうえで、(i) 被疑者等の自由な意思に基づく真摯な同意があるか、(ii) 捜査機関が任意提出を受ける行為が社会通念上相当か、を事例ごとに判断する。維持したのは「合理的な制約に服する」という一般論で、1の判決の枠組みとの関係は解説書の紹介には無い。
  • 結論:弁護人宛て信書の草稿を書いた便箋を、検察官が被告人に任意提出させた行為を国家賠償法上違法とした=国に損害の賠償を求める国家賠償請求の裁判の中で、違法と判断された。同意と相当性のどちらを欠いたのかは、解説書の紹介は書かない。
  • 任意提出なら必ず違法、とはしていない(事例ごとの判断)。判決(判例集未登載)の全文は無く、解説書の紹介による。理由づけ(なぜ同意と相当性を見るのか)は紹介に無い。
令状による差押え(1)任意提出・領置(2)
手段捜索差押許可状本人の任意提出を受けて領置
見ること必要性と被告人の不利益 → 必要かつ合理的な範囲か同じ枠組みを維持したうえで、真摯な同意・社会通念上の相当性
裁判例の結論期日間整理手続後の居室の差押え=違法信書の草稿の便箋の任意提出=国賠法上違法
×にされやすい形
  • 「本人が任意に提出した以上、弁護人宛ての信書の草稿を領置しても違法になることはない」(真摯な同意・相当性を見て、国賠法上違法とした)
  • 「任意提出の場合は、捜査の必要性に基づく合理的な制約という枠組みをとらない」(枠組みを維持したうえで同意・相当性を見る)

3施設による信書の検査(刑事収容施設法135条)条文

  • 1項:刑事施設の長は、その指名する職員に、未決拘禁者が発受する信書について、検査を行わせるものとする(発受=出す信書と受ける信書の両方)。
  • 2項本文:次の信書は、「これらの信書に該当することを確認するために必要な限度において」検査する。1号=未決拘禁者が弁護人等から受ける信書/2号=国又は地方公共団体の機関から受ける信書/3号=自己が受けた処遇に関し、弁護士法3条1項の職務を遂行する弁護士から受ける信書。
  • 2項ただし書:「第三号に掲げる信書について」、刑事施設の規律及び秩序を害する結果又は罪証の隠滅の結果を生ずるおそれがあると認めるべき特別の事情がある場合は、この限りでない=ただし書は3号だけ。1号(弁護人等から受ける信書)は特別の事情があっても限度を超えられない。
  • 3項:規律・秩序を害する結果並びに罪証の隠滅の結果を生ずるおそれがないと認める場合には、1項の検査を行わせないことができる。
  • 2項の号はどれも「受ける」信書。未決拘禁者が弁護人に出す信書は2項に挙がっていない。条文の上では、2項の限度が掛かるのは2項に挙がった信書だけなので、出す信書は1項の検査(行わせるものとする)の対象になる。ただし3項で検査させない余地はある。
  • 未決拘禁者=被逮捕者、被勾留者その他未決の者として拘禁されている者(同法2条7号)=勾留中の人だけではない。受刑者の信書の検査は127条(「必要があると認める場合には…できる」)で、未決拘禁者の135条とは別の規定。警察の留置施設では同法222条が同じ形(未決拘禁者の信書は検査させるものとする/弁護人等から受ける信書は該当確認の限度)。
未決拘禁者が発受する信書(1項=検査を行わせるものとする)弁護人等から受ける信書か2項1号該当確認の限度例外なし(ただし書は掛からない)はいいいえ国・地方公共団体の機関から受ける信書か2項2号該当確認の限度例外なしはいいいえ処遇に関し弁護士から受ける信書か2項3号原則は該当確認の限度特別の事情があれば限度が外れる(ただし書)はいいいえ1項の検査(限度の絞りなし)弁護人に出す信書はここ。3項:おそれが無いと認めれば検査させないこともできる
刑事収容施設法135条の形(緑の枠は条文)。2項の号はどれも「受ける」信書で、ただし書は3号だけに掛かる。

弁護人から届いた封筒に、罪証隠滅をうかがわせる事情があっても、1号の信書には例外が無い。弁護人等から受ける信書に該当することを確かめるのに必要な限度を超えて、便箋の中身を読むことはできない。

×にされやすい形
  • 「弁護人等から受ける信書でも、罪証の隠滅の結果を生ずるおそれを認めるべき特別の事情があれば、内容まで検査できる」(ただし書は3号だけ)
  • 「未決拘禁者が弁護人に出す信書も、2項により該当確認の限度でしか検査できない」(2項の号はどれも受ける信書)
  • 「未決拘禁者の信書の検査は、必要があると認める場合に行わせることができるにとどまる」(未決拘禁者は135条1項=行わせるものとする)

4旧監獄法下の信書の検閲(最判平15・9・5)判例

  • 事案:身体の拘束を受けている被告人と弁護人との間の信書を、拘置所長が監獄法50条・監獄法施行規則130条(在監者の発受する信書は所長が検閲する)に基づいて検閲した。多数意見は当事者に触れていない。判決書(反対意見)は「身体の拘束を受けている被告人(以下「被勾留者」という。)」と書く。
  • 語:旧監獄法50条・同施行規則130条と判決は「検閲」と書き、現行の刑事収容施設法135条は「検査」と書く。
  • 在監者の信書の発受に関する制限を定めた監獄法50条及び監獄法施行規則130条の規定が憲法21条,34条,37条3項に違反するものでないことは,当裁判所大法廷判決
    …の趣旨に徴して明らかである。
  • 所論の点に関する原審の認定判断は,原判決挙示の証拠関係に照らし,正当として是認することができ,原判決に所論の違法はない。
  • 多数意見が述べたのは、規定の合憲(大法廷判決の趣旨に照らして)、国際人権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)14条3項・17条にも違反しないこと、原判決の是認。自分の言葉で理由は述べていない。結論は、検閲に違法はない(上告棄却)。裁判官5人のうち2人が反対=3対2。
  • 是認された原判決の理由は、反対意見がこうまとめている(多数意見の言葉ではない):
  • 原判決は,被勾留者と弁護人との間で発受する信書を拘置所長が検閲することは,それが逃亡又は罪証隠滅の防止並びに監獄内の規律及び秩序の維持を目的とするものであり,弁護人とのコミュニケーションそのものの制約を目的とするものではなく,かつ,刑訴法39条1項により,拘置所等において立会人なしに口頭により自由に弁護人と接見することが保障されている以上,必要かつ合理的な制限の範囲にとどまるというのである。
  • 解説書はこの場面を「施設法で訴訟法上の権利を制約できるか」という問題として立てるが、多数意見はこの問いには答えていない(合憲性と原判決の是認だけ)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、被勾留者と弁護人との間の信書の検閲を違法とした」(違法はないとした。違法としたのは2人の反対意見)
  • 「多数意見は、口頭の接見が立会人なしで保障されている以上、信書の検閲は必要かつ合理的な制限の範囲にとどまると判示した」(それは原判決の理由。多数意見は是認しただけ)
  • 「事案は、弁護人と被疑者との間の信書の検閲である」(判決書(反対意見)は、身体の拘束を受けている被告人=「被勾留者」と書く)

5反対意見(梶谷玄・滝井繁男)と現行法反対意見

  • 拘置所長が監獄法50条及び監獄法施行規則130条に基づいてした検閲に違法はないとする多数意見には,賛同することができない。
  • 文理:は、法令で「被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置」を規定できるとする。反対意見の流れ:監獄法令による制限も、憲法に由来すると整合する範囲で定めるべき=弁護人等との接見・授受に許される措置は2項の「必要な措置」の範囲 → 2項は戒護に支障のある「物」だけを挙げ「書類」に触れない=信書は「戒護に支障のある物」に当たらない → 逃亡・罪証隠滅に関わる中身がありうるとしても、特段の事情なく一律に検閲することは2項の「必要な措置」として想定されていない → 監獄法施行規則130条の「信書」に、被勾留者と弁護人等との信書は含まれないと読むべき。
  • …それが「戒護に支障のある物」に当たらないことは,同条1項が「書類又は物」について規定しているのに対し,同条2項が戒護に支障のある「物」についてのみ規定し,戒護に支障のある「書類」(信書もこれに含まれる。)に言及していない文理に照らして,明らかである。
  • …そのような具体的危険性がうかがわれる等の特段の事情がないにもかかわらず,一般的,抽象的なおそれがあるというだけの理由で,拘置所長が一律に信書を検閲することは,障害防止のために必要かつ合理的制限の範囲を超えるものというべきであって
  • …弁護人等からの信書であることが明らかである以上,その内容の閲読は許されないというべきである。
    そして,そのことを担保するためには,開披が必要な場合であっても,それを被勾留者の面前で行うなどの適切な方法が講じられるべきである。
  • また,被勾留者が弁護人等に発信する信書についても,弁護人等への信書であるか否か,その中に信書以外の物が含まれていないかどうかの確認以上に,その内容を閲読することは許されないというべきである。
  • 理由の支え:信書は接見を補う(接見の時間・待ち時間の制約、正確さ・残ること)=口頭の接見と一体として保護される。反対意見の結論=原判決を破棄して差し戻すべき。は「憲法34条の弁護人依頼権の保障に由来する」(最大判平11・3・24 を引く)。
多数意見(旧法)反対意見(旧法)現行の135条
弁護人から受ける信書検閲に違法なし(発受とも・原判決を是認)弁護人等の信書か・物の混入かの確認を超える検閲は(特段の事情のない限り)違法(開披は面前で行うなど)該当確認の限度だけ・例外なし(2項1号)
弁護人に出す信書同じく確認を超えて読めない(特段の事情のない限り)2項の号に無い=1項の検査

現行法の下で、弁護人等から受ける信書は、135条2項1号により、該当することを確かめるのに必要な限度を超えて中身を読むことはできない(特別の事情があっても)。旧法の規定を合憲とした平15の判断が変更されたわけではないが、それを「今も弁護人からの信書を検閲してよい」と読むのは誤り。受ける信書でも、反対意見は「特段の事情のない限り」違法として特段の事情がある場合の例外を残すが、135条2項1号には例外が無い。一方、弁護人に出す信書は2項に無く、反対意見の考え方とはここで食い違う。

×にされやすい形
  • 「反対意見は、弁護人から受ける信書についてだけ、内容の閲読を許されないとした」(弁護人等に発信する信書も同じとした)
  • 「現行法の下でも、刑事施設の長は、未決拘禁者が弁護人から受けた信書の内容を検閲できる」(135条2項1号=該当確認の限度・例外なし)

6媒体の中身の事前検査(大阪高判平17・1・25)裁判例

  • 事案:大阪拘置所に勾留されていた被告人の弁護人が、その刑事事件で証拠物として採用されたビデオテープを再生しながら接見したいと申し入れた。職員らは、内容を検査する必要があり、その検査をしなければ再生しながらの接見は認められないとして、申入れを拒否した。
  • 弁護人が国を訴えた民事訴訟で、第1審・控訴審とも、内容の検査が必要だとして申入れを拒否した職員らの行為を違憲、違法とした。最高裁は国の上告受理申立てを受理しない決定をし(平成19年4月13日)、確定した。その後、法務省矯正局成人矯正課長が通知を出した(7の申告書はこの通知に基づく)。以上は広島高判平31・3・28 の認定事実による。広島高判は控訴審判決の日付を書いていない。事案の一致から、大阪高判平17・1・25 の事件とみられる。
  • 大阪高判平17 の全文は裁判所サイトに無い。解説書は、ビデオテープの内容確認を違法とした裁判例として、信書の検閲の流れの中で紹介する。刑事施設職員による事前のチェックを差入れ・持込みの条件にすると、弁護人が差し入れる信書の検閲と同様、秘密交通権侵害の問題が起こりうる(解説書)。
  • すでに証拠として採用された物(大阪の事案)や証拠調べの請求をした物でも、中身を確かめられれば、弁護人が被告人とどの場面を見て何を打ち合わせようとしているのか(防御の手の内)が施設に知られる。広島高判も、証拠資料の電磁的記録の内容や、それを再生して打ち合わせたこと自体の秘密性も保障されるとする(7)。
×にされやすい形
  • 「すでに証拠として採用された物であれば、施設職員が内容を検査したうえで再生を認めることは許される」(内容の検査を条件に拒否した行為を違憲・違法とした)
  • 「媒体の事前の内容確認は、信書の検閲とは別の問題で、秘密交通権の問題にはならない」(解説書は、信書の検閲と同様、秘密交通権侵害の問題が起こりうるとする)

7再生しながらの打合せと申告・中断要求(広島高判平31・3・28)裁判例

  • 事案:広島拘置所で、国選弁護人が、被告事件で証拠調べの請求がされたDVDの複製(音声のデータ)を、事前に職員に申し出ないままパソコンと一緒に持ち込み、再生しながら接見した。副看守長Bが申告書への記入を求め、統括Cが音声の再生の中断を求めた。弁護人が国を訴えた(国家賠償)。
  • 刑訴法39条1項の「立会人なくして」とは,接見に際して捜査機関や刑事収容施設等の第三者が立ち会わないことのみを意味するものではなく,接見内容を上記第三者が知ることができない状態とすること(接見内容についての秘密)を保障するものであり,上記第三者において,接見内容を事前に告知させ,あるいは検査すること,接見内容を事後に報告させることはいずれも許されないと解される。
  • 判決は、証拠資料等の電磁的記録をパソコン等で再生しながらの打合せを、書類等を閲覧しながらの打合せと「区別すべき理由はなく」、秘密交通権として保障される行為に含まれるとした。中断要求の判断では、同じ打合せを「接見交通権として保障される行為」と呼んで、こう繰り返す:
  • 弁護人等がその担当する弁護事件について被告人と接見するに当たり,当該事件に関する証拠資料等の情報が電磁的記録として保存されている場合に,上記電磁的記録を,これを再生するパソコン等の電子機器とともに持ち込み,これを再生しながら打ち合わせることは必要不可欠であって,これは接見交通権として保障される行為に含まれると解される
  • …本件申告項目1の記載を求める行為は,その実効性とこれによって損なわれる利益とが,著しく不合理な程度に均衡を欠くものといわなければならないから,秘密交通権が保障された趣旨を没却するような不合理な制約として許されず,憲法34条前段,刑訴法39条1項に違反するというべきである。
  • …弁護人等が被告人等の身体をカメラやビデオカメラで撮影したり,録音機を用いて被告人等との間の会話を録音したりすることは,刑訴法39条1項の「接見」に含まれないと解されるし,この記載を求めたからといって,弁護人等と被告人等との意思疎通に萎縮的効果があるとも認められないから,この点についての記載を求める措置は,接見交通権を侵害するものとは認められない。
  • 申告項目1=再生する情報が弁護事件の証拠物(提出を検討しているものを含む)かどうか、そうでなければその内容を簡単に記載させるもの=秘密交通権で守られる秘密の一部を書かせる。申告項目2=機器が再生機能だけか録画機能付きか/申告項目3=録画機能付きなら接見内容を録画するか。
  • 申告の目的(判決の認定):申告項目1=第三者の話が録音等されたビデオテープ等の再生で未決拘禁者と第三者との連絡に用いられ、未決勾留の目的に反する行為がされる可能性等を配慮したもの。申告項目2・3=接見内容が録画されて外部に持ち出され、第三者との連絡に用いられる危険を考え、録画機能が使用されないことを確認するためのもの。
  • 物差しの語:判決は、中身の申告(項目1)は秘密交通権(接見内容の秘密)が保障された趣旨を没却するか、録画機能の申告(項目2・3)と中断要求は接見交通権を侵害するか、の語で判断している(下の表の語は判決のまま)。
  • 憲前段(「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」)について、判決は、はその趣旨にのっとって設けられ「憲法の保障に由来するものであるということができる」とした(最大判平11・3・24 等を参照)。
職員の行為判断賠償
申告項目1(中身=証拠物か等)の記入を求めた(副看守長B)憲前段・に違反=違憲、違法否定(通知に依拠したBに過失なし)
申告項目2・3(録画機能の有無・録画するか)接見交通権を侵害しない―
証拠の音声だと分かった後も再生の中断を求めた(統括C)違法に行為を制止し、接見交通権を侵害肯定(過失あり)=国に22万円の支払を命じた(原判決を変更)
  • 中断要求の物差し:面会の場での行為を「刑事施設の規律及び秩序を害する行為」として制止できるのは、施設の遵守事項に違反したというだけでは足りず、規律・秩序の維持上放置できない程度の障害が生ずる相当の蓋然性がある場合に限られる。扉を開けた時点ではどのようなDVDが再生されているのか明らかでなく、その時点で相当の蓋然性があると認識したとしても「理由がないことではない」。しかし「裁判資料」と言われて証拠と明らかになった後も中断を求めた点が違法。
  • 解説書のコラムは、取調べの録音・録画()の記録が開示され、被告人も接見で見る必要がある、という場面から話を起こす。広島の事件で再生されたものについて、判決は「証拠調べの請求がされたDVDの複製」の音声とだけ認定している。
×にされやすい形
  • 「弁護人に、持ち込む媒体の中身が弁護事件の証拠物かどうかを申告させることは許される」(申告項目1は憲前段・に違反)
  • 「機器に録画機能があるかどうかを申告させることも、秘密交通権の侵害である」(接見交通権を侵害しない)
  • 「接見中に弁護人が被告人を撮影し、会話を録音することも、の接見として保障される」(「接見」に含まれない)
  • 「事前に申し出ずにパソコンを使ったのだから、遵守事項違反として再生の中断を求めても違法ではない」(遵守事項違反だけでは足りない。証拠と分かった後の中断要求は違法)

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第3章公訴

#66単独ページ動画

公訴の提起と国家訴追主義・起訴独占主義

問い:捜査をした事件は誰のもとへ送られ、裁判にかけるかどうかは誰が決めるのか。

骨組み

  1. 1全件送致主義(本文):司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは(完了は要しない)、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。送致できるのは司法警察員(理由=7)
  2. 2特別の定め①逮捕():留置の必要があると思料するとき=身体拘束時から48時間以内に送致の手続/必要がないと思料するとき=直ちに釈放
  3. 3特別の定め②告訴・告発・自首(・):受けたら速やかに書類及び証拠物を検察官に送付(嫌疑がないと思料しても送付しないことはできない)
  4. 4微罪処分(但書):検察官が指定した事件は送致しない=送ること自体をしない例外。基準は検察官の一般的指示()=司法警察員の判断ではない
  5. 5公訴の提起:起訴状を提出して行う()→ 事件が裁判所に係属し公判が始まる。起訴後も検察官は当事者として公訴を維持(取消し=・自ら捜査も可)
  6. 6起訴までの4段(解説書):おおむね ①訴訟条件 → ②犯罪の成否 → ③嫌疑 → ④起訴猶予すべきか。証拠が揃っても起訴しないのは起訴猶予だけではない
  7. 7国家訴追主義・起訴独占主義():私人(被害者も)は公訴を提起できない=国家訴追/国家機関の中でも検察官だけ(警察官も不可)=起訴独占 → だから事件が検察官のもとに集まる
  8. 8起訴独占主義の例外:付審判決定(=公訴の提起があったものとみなす)・検察審査会の起訴議決(指定弁護士が起訴)。どちらも検察官の不起訴処分の後の制度

色の札は出どころ:条文 解説書。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。この回に判例は出てきません。

中身検察官に送るか
原則(1)捜査をしたら速やかに書類及び証拠物とともに送致(本文)送る
特別の定め(2・3)逮捕=留置の必要があれば48時間以内に送致の手続・無ければ直ちに釈放()/告訴・告発・自首=速やかに送付(・)送る(逮捕は留置の必要があるときだけ・48時間の制限。告訴等は「送付」)
検察官が指定した事件(4)微罪処分(但書)送らない(送ること自体をしない)

1全件送致主義(本文)条文

  • 条文:司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。
  • 理由:起訴・不起訴を最終的に決める権限は検察官にしかない → 司法警察員が自分で事件を処理することは許されない。
  • 「捜査をしたとき」=捜査が完了していなくても、警察として与えられた条件の下で相当期間内にできる捜査をしたとき(解説書の解釈)。「捜査を終えたら」ではない。
  • 送致できるのは司法警察員だけ(司法巡査はできない)。実務では警察署長名義が通例。
  • 警察が「嫌疑なし」「犯罪不成立」と考えた事件でも送致が要る(講義解説が明言。解説書の「自ら事件を処理することは許されず」からも導ける)。

被疑者不詳のまま聞き込みを続け、手がかりが尽きた事件 → 捜査が「完了」していなくても、相当期間内にできる捜査をしたなら送致する。

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、捜査を完了するまでは事件を送致しなくてよい」(「捜査をしたとき」=完了は要しない)
  • 「司法巡査も、自らの名で事件を検察官に送致できる」(送致できるのは司法警察員)

2特別の定め①逮捕した被疑者()条文

  • 逮捕状により逮捕したとき:犯罪事実の要旨と弁護人選任権を告げ、弁解の機会を与えたうえで、
    ・留置の必要がないと思料するとき → 直ちに釈放
    ・留置の必要があると思料するとき → 被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に、書類及び証拠物とともに検察官に送致する手続
  • 時間の制限内に送致の手続をしないとき → 直ちに釈放()。
  • 緊急逮捕・現行犯逮捕にも準用される(・)。
  • 1の「犯罪の捜査をしたとき」に当たるのを待たず、留置の必要があると思料すれば、この時間内に送致の手続をとる(必要が無ければ直ちに釈放)=送る時点が条文で別に決まっている特別の定め。
逮捕 → 弁解の機会留置の必要があると思料するか直ちに釈放いいえはい48時間以内に送致の手続をしたか身体を拘束された時から直ちに釈放203条5項いいえはい検察官に送致書類及び証拠物とともに
203条1項・5項。留置の必要が無ければ、48時間を待たずに直ちに釈放する。

逮捕して弁解を聞いたら、身元が確かで逃げるおそれも無いと判断した → 48時間以内に送致するのではなく、直ちに釈放する。

×にされやすい形
  • 「留置の必要がないと思料するときでも、釈放することなく、48時間以内に検察官に送致しなければならない」(必要がなければ直ちに釈放)
  • 「逮捕した被疑者は、必ず48時間以内に送致する」(送致は留置の必要があると思料するとき)

出題逮捕状で逮捕し弁解の機会を与えた後、留置の必要がないと判断したら、送致せずに直ちに釈放しなければならない(○)

出題逮捕(緊急逮捕)した被疑者は、留置の必要がないと思料するときでも釈放せず検察官に送致しなければならない(×)

3特別の定め②告訴・告発・自首(・)条文

  • :司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
  • 自首はでを準用(そのものには自首の語は無い)。
  • 条文に但書が無い → 嫌疑がないと思料しても、送付しないことはできない。
  • 微罪処分の基準③(告訴・告発・自首がない)を満たさないので、微罪処分にもならない。
  • 1との違い:名前が「送致」ではなく「送付」。検察官に送るという結論は変わらない=特別の定め。
×にされやすい形
  • 「司法警察員は、告訴を受けた事件について嫌疑がないと思料するときは、書類及び証拠物を検察官に送付しないことができる」
  • 「告訴・告発を受けたときは、書類だけを送付すればよい」(書類及び証拠物)

出題告訴事件で嫌疑がないと思料すれば、司法警察員は書類・証拠物を検察官に送付しないことができる(×)

出題司法警察員は、告発を受けたときは速やかに書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない(○)

出題司法警察員は、自首を受けたときは速やかに書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない(○)

4微罪処分(但書)条文

  • 但書:検察官が指定した事件については、この限りでない → 送致せず、警察限りで訓戒などをして終える処理=微罪処分。
  • 対象の基準(解説書):①成人による軽微な窃盗・詐欺・横領・賭博等 ②被疑者が逮捕されていない ③告訴・告発・自首がない、といった基準を満たす事件。
  • この基準は、の一般的指示として各地の検察庁から指定されている → 司法警察員の判断で最終処分をしているのではない。
  • 犯罪捜査規範:極めて軽微で、検察官から送致の手続をとる必要がないとあらかじめ指定されたもの(198条)/処理は1か月ごとにまとめて検察官に報告(199条)/厳重な訓戒、監督者への注意と請書、被害回復・謝罪の諭し(200条)。
  • 特別の定め(2・3)が「送り方が変わる例外」なのに対し、微罪処分は「送ること自体をしない例外」。

成人がスーパーで菓子1点を万引きし、その場で返して謝った。逮捕されず告訴もない → 指定の範囲なら微罪処分で終えうる。その場で逮捕されていた(基準②)・万引きしたのが17歳だった(基準①の成人でない)→ 基準から外れ、送致する。

×にされやすい形
  • 「司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、例外なく速やかに事件を検察官に送致しなければならない」(本文の「特別の定」と但書がある。とくに但書=検察官が指定した事件は送ること自体をしない)
  • 「微罪処分の対象は、現場の司法警察員が事件ごとに判断して決める」(検察官の一般的指示で指定)

出題司法警察員は、捜査をしたときは例外なく速やかに書類・証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない(×)

5公訴の提起とは条文解説書

  • 公訴=私人の訴えに対する概念。国家等の公権力の立場でなされる刑事の訴え。公訴を提起すること=起訴。
  • 方式:起訴状を提出してしなければならない()。
  • 効果:事件が裁判所に係属し、公判が始まる(捜査と公判をつなぐ。略式命令の請求なら公判は開かれず書面審理で終わる)。起訴状には「被告人」の氏名等を書く(1号)=起訴前は被疑者、起訴後は被告人。公訴時効もその進行を停止する()。
  • 起訴後も検察官は当事者として公訴を維持する(「訴追」は起訴後に公訴を維持・遂行する意味合いを含むことがある)。公訴は第一審の判決があるまで取り消せる()。必要と認めるときは自ら捜査もできる()。

起訴の後、検察官が新しい証人を探して話を聞く → 許される(起訴しても事件が検察官の手を離れるわけではない)。

×にされやすい形
  • 「公訴を提起した後は、検察官はその事件について自ら捜査することはできない」

出題検察官は、公訴を提起した後も、必要と認めるときは自らその犯罪を捜査できる(○)

6検察官が起訴を決めるまでの4段解説書

  • 解説書は、検察官が「概ね」①から④の検討を経て起訴するかを判断する、と書く(厳密な順序のきまりとしてではない)。4つとも通過して初めて起訴に至る。
  • ①訴訟条件:無ければ不起訴(例:被疑者死亡、親告罪の告訴の欠如・無効・取消し、確定判決がある、起訴済み、時効完成)。中身=管轄・公訴棄却事由・免訴事由。
  • ②犯罪の成否:被疑事実そのものが一見して構成要件に当たらないことが明らか → 「罪とならず」(解説書は、これも訴訟条件がない場合の一つとしつつ、不起訴の名前は①と分けて「罪とならず」とする)。
  • ③嫌疑:構成要件には当たるが、被疑者がやった証拠がない・不十分 → 「嫌疑なし」「嫌疑不十分」。②は被疑事実だけで、③は集めた証拠で判断する。
  • ④起訴猶予:起訴便宜主義により、犯罪の成立を認める証拠があっても諸事情を考えて起訴しない。少年事件は例外(全件を家庭裁判所へ送致)。
  • 証拠が十分でも起訴しないのは④だけではない:訴訟条件が欠ければ(①)起訴できない。④は起訴できる事件をあえて起訴しない判断。
  • 不起訴への救済として、検察審査会・付審判請求がある(8)。
検察官のもとに来た事件訴訟条件はあるか管轄・公訴棄却事由・免訴事由など不起訴訴訟条件なしないある被疑事実は犯罪に当たりうるか一見して構成要件に当たらないことが明らかなら外れる不起訴罪とならずいいえはい嫌疑はあるか集めた証拠で判断不起訴嫌疑なし・嫌疑不十分ないある起訴を猶予すべきか諸事情を考える(起訴便宜主義)不起訴起訴猶予すべきすべきでない起訴
解説書の処分決定の流れを要約。解説書は「概ね」この順で検討を経るとする。右に外れたときの不起訴の名前を一緒に覚える。

親告罪の器物損壊で、被害者が告訴を取り消した → 証拠は十分でも訴訟条件を欠くので起訴できない=起訴猶予ではない。

×にされやすい形
  • 「証拠が揃っているのに起訴しない場合は、すべて起訴猶予である」(訴訟条件の欠如による不起訴もある)

7国家訴追主義・起訴独占主義()条文解説書

  • 条文:公訴は、検察官がこれを行う。この1文に2つの原則がある。
  • 国家訴追主義:私人による訴えの提起は認められず、国家機関である検察官が公訴を提起する → 被害者も自分で刑事裁判を起こせない。
  • 起訴独占主義:国家機関の中でも検察官のみが公訴を提起できる → 警察官は捜査の権限はあるが、起訴の権限は無い。
  • とのつながり:起訴独占主義だから、事件は原則として全件が検察官のもとに集まる(例外=4の微罪処分)。1のの理由「起訴・不起訴を最終的に決める権限は検察官にしかない」は、この原則から来ている。
  • 私人訴追主義との比較(解説書の整理):私人訴追=市民感覚を反映しやすいが、地域差・個人差で不安定。国家訴追主義は起訴独占主義と結びついて、法律の専門家である検察官が統一的に起訴するので適正化・公平化が図れる。ただし官僚的・形式的な判断に陥るおそれ → 市民感覚を反映させる制度が要る。
締め出すものできない人の例
国家訴追主義私人による訴えひったくりの被害者
起訴独占主義検察官以外の国家機関事件を捜査した警察官

ひったくりの被害者が、自分の名前で起訴状を裁判所に出しても刑事裁判は始まらない。被害者にできるのは告訴や、不起訴の後の検察審査会への申立てなど。

×にされやすい形
  • 「犯罪の被害者は、自ら公訴を提起することができる」
  • 「事件を捜査した司法警察員は、自ら公訴を提起することができる」

8起訴独占主義の例外(付審判・起訴議決)条文解説書

  • 付審判:刑法〜(公務員職権濫用など)等の罪について告訴又は告発をした者が、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるとき、地方裁判所に請求できる()→ 審判に付する決定(2号)があれば、公訴の提起があったものとみなす()→ 裁判所が指定した弁護士が公訴を維持(・2項)。
  • 検察審査会:検察官の公訴を提起しない処分の当否を審査する機関(検察審査会法2条1項1号)。その検察審査会の管轄区域内で衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選ばれた11人の検察審査員で組織する(同4条)。告訴・告発をした者、被害者等の申立てがあれば審査しなければならず、職権でも審査できる(同2条2項・3項)。
  • 起訴議決:起訴を相当とする議決(検察審査会法39条の5第1項1号)の後も検察官が起訴しないとき、検察審査会が再審査(同41条の2)をして8人以上の多数により起訴をすべき旨の議決(同41条の6)→ 指定弁護士が公訴を提起(同41条の9・41条の10)。
  • 解説書はどちらも「起訴独占主義に対する例外」とする。
  • どちらも検察官の不起訴処分の後の制度 → 例外があっても、検察官の判断を一切経ずに公訴が提起されることはない。
  • 起訴・公訴の維持をするのは被害者ではなく指定弁護士=公の訴追のまま(私人訴追になるわけではない=条文からの帰結)。
×にされやすい形
  • 「起訴独占主義には例外が無い」(付審判決定・起訴議決は例外)
  • 「付審判・起訴議決は、被害者が自ら公訴を提起する制度である」(指定弁護士が担う)

出題付審判決定があったときは公訴の提起があったものとみなされ、これは起訴独占主義の例外の一つ(○)

出題起訴独占主義なので、検察官の判断を一切経ることなく事件が公訴提起されることはない(○)

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#67単独ページ動画

起訴便宜主義と不起訴処分・検察審査会・付審判

問い:嫌疑が十分でも検察官は起訴しないでよいか。その裁量が封じられる場面と、「起訴しない」を外から点検する仕組みは何か。

骨組み

  1. 1起訴便宜主義():嫌疑が十分でも、性格・年齢・境遇/軽重・情状/犯罪後の情況で訴追不要なら起訴しないことができる=起訴猶予。罪の重さ・告訴の有無で限定なし(↔ 起訴法定主義)
  2. 2公訴の取消し():第一審の判決があるまで取り消せる(起訴変更主義)。裁判所の許可も被告人の同意も要らない
  3. 3少年①全件送致(少年法42条1項):検察官は嫌疑があれば家庭裁判所に送致しなければならない=起訴猶予の裁量なし/罰金以下の罪は司法警察員が家裁へ直送(少年法41条)
  4. 4少年②逆送と起訴強制(少年法20条・45条5号):家裁が刑事処分相当→検察官へ送致(逆送)→嫌疑があれば起訴しなければならない。嫌疑なし→起訴しない/ただし書→起訴せず家裁へ再送致
  5. 5事件処理の種類:起訴=公判請求・略式命令請求・即決裁判手続の申立て/不起訴=訴訟条件の欠如・罪とならず・嫌疑なし・嫌疑不十分・起訴猶予
  6. 6通知と理由の告知:=起訴でも不起訴でも(取消し・他庁送致も)告訴人等に通知/=不起訴のときだけ、請求があれば理由を告げる
  7. 7検察審査会(1回目):くじで選んだ11人。議決=起訴相当(8人以上)・不起訴不当(過半数)・不起訴相当(過半数)。起訴相当・不起訴不当なら → 検察官は議決を参考に再考するだけ(拘束されない)
  8. 8再審査と起訴議決:起訴相当の後に再び不起訴(3か月内に通知なしも)→ 再審査 → 8人以上で起訴議決 → 指定弁護士が公訴の提起・維持
  9. 9付審判請求():対象は公務員の職権濫用の罪など(〜等)に限る。告訴・告発をした者が、7日以内に請求書を不起訴にした検察官に出す
  10. 10付審判の審理と効果(最決昭49・3・13・):合議体・対審構造を有しない職権手続(裁判所の裁量)→ 審判に付する決定=公訴の提起があったものとみなす(準起訴手続)→ 指定弁護士が公訴の維持

色の札は出どころ:条文 判例 解説書。条文番号は押すと条文が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。少年法・検察審査会法(検審法)・刑事訴訟規則の条文は文字のまま。

流れで覚える。検察官が自由に選べる場面(1 起訴猶予・2 取消し)→ 裁量が封じられる場面(3〜4 少年)→ 検察官が出す結論(5)→ 結論を知らせる(6)→ 「起訴しない」を外から点検する2つの歯止め(7〜8 検察審査会・9〜10 付審判)。このうち起訴議決(8)と付審判決定(10)が、検察官だけが起訴するという起訴独占主義の例外(1回目の議決は検察官を拘束しない)。

検察審査会(7〜8)付審判請求(9〜10)
対象ほぼ全部の不起訴(除外は裁判所法16条4号の事件・独禁法違反の罪だけ=検審法30条ただし書)刑法〜・破防法45条・団体規制法42条・43条の罪だけ(収賄は対象外)
申し立てる人告訴人・告発人・請求人・被害者(死亡なら配偶者・直系の親族・兄弟姉妹)告訴・告発をした者だけ(告訴していない被害者は不可)
出し先検察庁の所在地を管轄する検察審査会不起訴にした検察官に請求書(通知から7日以内)
判断する者くじで選んだ市民11人地方裁判所(合議体)
起訴になる仕組み起訴相当 → 再不起訴 → 再審査で起訴議決 → 指定弁護士が起訴する審判に付する決定 → 公訴の提起があったものとみなす
指定弁護士の仕事公訴の提起と維持(検審法41条の9第3項)公訴の維持()

1起訴便宜主義()条文

  • 条文:「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」
  • 起訴便宜主義=嫌疑が十分で訴訟条件も備わっていても、訴追の必要がなければ起訴しなくてよい(起訴するかどうかに検察官の裁量を認める)。を根拠に起訴しない処分=起訴猶予。
  • 3つのまとまり(解説書の割り振り):①性格・年齢・境遇=被疑者に関する事情 ②犯罪の軽重・情状=犯罪事実に関する事情 ③犯罪後の情況=弁償など事後の事情。
  • 限定なし:条文に罪の種類・法定刑の限定は無い=殺人でも起訴猶予にできる。告訴があっても起訴の義務は生じない。執行猶予中の同種の再犯でも起訴しないことができる。
  • 反対の制度=起訴法定主義(嫌疑が十分で条件がそろえば起訴を義務づける)。利点=画一的な処理・法的安定性/弱点=個別の事案に応じた妥当な解決が難しい。
  • 起訴便宜主義の利点=事案に応じた妥当な解決/無用な起訴による被疑者・被告人の負担を減らす/裁判所など関係者の負担が軽くなる/刑法の謙抑性に合う。弱点=国家訴追主義(国家機関が訴追する)・起訴独占主義(その中で検察官だけが起訴する・)の下で裁量の使い方が適正でないと、起訴・不起訴が不公平になり信頼を失う → だから裁量を点検する仕組み(6〜10)が要る。
  • 実務で重く見られる事情(解説書のコラム):まず犯罪の軽重・情状と、似た事案との公平。被害弁償・宥恕(被害者が処罰を望まない)は起訴猶予に傾き、前科があると起訴猶予になりにくい。

万引きで嫌疑は十分。初犯で深く反省し弁償も済んだA → 起訴猶予が見込める。同種前科を重ね反省もないB → 起訴される可能性が高い。どちらも「やったか」ではなく「起訴してまで裁判にかける必要があるか」の判断。

×にされやすい形
  • 「検察官は、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑が十分にあると思料するときは、必ず公訴を提起しなければならない」(で起訴しないことができる)
  • 「告訴・告発のあった事件は、取り消されない限り、嫌疑が無い場合を除いて起訴しなければならない」(告訴があっても起訴猶予にできる)
  • 「殺人などの重い罪は起訴猶予にできない」(法定刑による限定は無い)

出題嫌疑が十分にあれば、検察官は必ず起訴しなければならない(×)

出題有罪判決を得られる高度の見込みがあれば、起訴しなければならないと定められている(×)

出題告訴・告発のあった事件は、取り消されない限り、嫌疑が無い場合を除き起訴しなければならない(×)

出題性格・年齢・境遇、軽重・情状、犯罪後の情況により訴追を必要としないときは起訴しないことができる(○)

出題殺人でも・執行猶予中の同種の再犯でも・告訴が取り消されなくても、起訴しないことができる(○)

出題起訴猶予の可否は、法定刑によって法律上当然に結論が異なることにはならない(○)

2公訴の取消し()条文

  • 条文:「公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる。」=起訴変更主義。起訴便宜主義をとる以上、起訴した後に取り消せるのは当然の帰結とされる(解説書)。
  • 時期:第一審の判決があるまで。冒頭手続の後でも、証人尋問まで進んでいても、判決の前なら取り消せる。判決が出た後はできない。
  • 要件:条文に裁判所の許可・被告人の同意は無い。方式は理由を記載した書面(刑事訴訟規則168条)。
  • 取り消したときも、告訴人等への通知が要る(後段)。
×にされやすい形
  • 「検察官が公訴を取り消すには、裁判所の許可が必要である」
  • 「公訴の取消しは、冒頭手続終了後は、被告人の同意を得なければ効力を生じない」

出題検察官は、第一審の判決があるまで、公訴を取り消すことができる(○)

出題公訴を取り消すには、裁判所の許可が必要(×)

出題冒頭手続終了後の公訴の取消しは、被告人の同意がなければ効力を生じない(×)

3少年①全件送致と直送(少年法42条1項・41条)条文

  • 少年法42条1項:検察官は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があると思料するときは、45条5号本文の場合(逆送を受けた事件)を除いて、家庭裁判所に送致しなければならない。嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは同じ。
  • =全件送致主義。嫌疑があれば、検察官は少年の事件を自分で起訴猶予にして終えられない=の起訴猶予の裁量は無い。
  • 少年法41条:司法警察員は、罰金以下の刑に当たる罪の嫌疑があると思料するときは、検察官ではなく家庭裁判所に送致しなければならない(直送)。解説書:この場合は勾留できず、微罪処分もない。特定少年(18・19歳)には41条は適用されない(少年法67条1項)。
  • 送る主体と向きを分ける:=司法警察員 → 検察官/少年法42条1項=検察官 → 家庭裁判所/少年法41条=司法警察員 → 家庭裁判所。

17歳が初めて万引きし、弁償も済んでいる。成人なら起訴猶予が見込める事案でも、検察官は家庭裁判所に送致しなければならない。

×にされやすい形
  • 「検察官は、少年の事件でも、と同じ事情で処分を必要としないときは、家庭裁判所に送致しないことができる」

出題検察官は、少年被疑事件で嫌疑があれば、逆送を受けた場合を除いて、全件を家庭裁判所に送致しなければならない(○)

出題少年の窃盗事件でも、性格・年齢・境遇などから処分を必要としないときは、家庭裁判所に送致しないことができる(×)

出題司法警察員は、少年の罰金以下の罪の嫌疑があれば、検察官ではなく家庭裁判所に送致しなければならない(○)

4少年②逆送と起訴強制(少年法20条・45条5号)条文

  • 少年法20条1項:家庭裁判所は、拘禁刑以上の刑に当たる罪の事件について、調査の結果、罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもって検察官に送致しなければならない=逆送。
  • 少年法20条2項:故意の犯罪行為で被害者を死亡させた罪の事件で、犯行時16歳以上の少年は、原則として逆送の決定をしなければならない(ただし書で刑事処分以外の措置が相当なら別)。
  • 少年法45条5号本文:逆送を受けた検察官は、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するときは、公訴を提起しなければならない=起訴強制。ここでも起訴猶予の裁量は無い。
  • 起訴しなくてよい場面は2つに分かれる(解説書):①再捜査で嫌疑がないことが明らかになった → 公訴を提起しなくてよい(解説書。45条5号本文は「嫌疑があると思料するとき」の定め) ②ただし書(事件の一部に嫌疑がない/情状等に影響する新たな事情の発見/送致後の情況)で訴追が相当でない → 起訴しなくてよいが、嫌疑がある以上、自分で終わらせず家庭裁判所に再送致しなければならない(少年法45条5号ただし書・42条1項)。例(解説書):逆送後の新たな証拠で情状に影響する事情が見つかった/被害者と示談が成立した。
  • 罪名が縮んだとき(解説書の著者の説明):殺人で逆送された事件で殺意が否定され傷害致死にとどまる場合、傷害致死も原則逆送の類型(20条2項・犯行時16歳以上)であり、当初から傷害致死で送致したとしても逆送されたであろうことが明らかであれば、同一の事実関係に基づく事件である限り傷害致死で起訴してよい。再送致が要る場合(新たな事情の発見など)との違いは「改めて家庭裁判所の判断を仰ぐほど事実関係に変化があるか」が基準になると考えられる(著者の見方)。
家庭裁判所から逆送を受けた事件公訴を提起するに足りる嫌疑があるか少年法45条5号本文起訴しなくてよい再捜査で嫌疑なしが明らか(解説書)いいえはいただし書に当たるか一部に嫌疑なし・新たな事情の発見・送致後の情況で訴追が相当でない起訴せず家裁へ再送致少年法42条1項はいいいえ起訴しなければならない(起訴強制)起訴猶予の裁量は無い
逆送後の検察官。嫌疑がないことが明らかになれば起訴しなくてよい(解説書)。
×にされやすい形
  • 「逆送後に嫌疑がないと分かっても、ただし書に当たらない限り起訴しなければならない」(嫌疑がなければ本文の要件を欠く)
  • 「逆送後、ただし書に当たれば、検察官は起訴猶予にして事件を終えられる」(家庭裁判所に再送致する)
  • 「逆送された罪名と違う罪名で起訴することは許されない」(殺人で逆送→傷害致死で起訴してよい(解説書)。当初から傷害致死で送致しても逆送されたであろうことが明らかで、同一の事実関係に基づく事件である限り)

出題家庭裁判所は、(当時の)死刑・懲役・禁錮に当たる罪の事件で刑事処分を相当と認めるときは、決定で検察官に送致しなければならない(○)

出題殺人で逆送された事件を、検察官が傷害致死と判断して傷害致死の罪名で起訴しても違法とならない(○)

5検察官の事件処理の種類解説書

  • 起訴処分:正式の裁判を求める公判請求のほか、略式命令請求(簡易裁判所が公判前に100万円以下の罰金又は科料を科す・)・即決裁判手続の申立ても、どれも公訴の提起。
  • 不起訴処分は、どこで止まったかで5つに分かれる(下の表)。
不起訴の理由中身例
訴訟条件の欠如被疑者の死亡・親告罪で告訴が無い(無効・取消し)・確定判決がある・起訴済み・時効の完成など取り押さえた後で本人が死亡
罪とならず被疑事実が一見して構成要件に当たらない持ち出したのが店が自由に持ち帰ってよいと置いた試供品
嫌疑なし被疑者が犯人でない、または犯罪の成立を認めるべき証拠がない防犯カメラを確かめたら別人
嫌疑不十分犯罪の成立を認めるべき証拠が十分でない映像が不鮮明で本人とも別人とも決めきれない
起訴猶予犯罪の成立は認められるが、により訴追の必要がない初犯・弁償済みのA
×にされやすい形
  • 「起訴処分=公判請求」(略式命令請求・即決裁判手続の申立ても公訴の提起)
  • 嫌疑なしと嫌疑不十分の取り違え(証拠がない/証拠が足りない)

6通知と理由の告知(・)条文

  • :告訴・告発・請求のあった事件で、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人・告発人・請求人に通知しなければならない。後段=公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも同様。
  • :公訴を提起しない処分をした場合に、告訴人・告発人・請求人の請求があるときは、速やかに理由を告げなければならない。
  • 「請求人」=請求を待って受理すべき事件の請求をした者。
  • 目的(解説書):不起訴を知らせ、検察審査会・付審判による救済を受けられるようにする=不当な不起訴の規制の入口。
(通知)(理由の告知)
いつ起訴・不起訴・公訴の取消し・他庁への送致不起訴のときだけ
請求が要るか要らない(速やかに通知)告訴人等の請求があるとき
伝える中身処分をした旨不起訴の理由

告発状を出した市民の事件が起訴された → 検察官は告発人に起訴した旨を速やかに通知する。理由を告げる義務()は不起訴のときだけ。

×にされやすい形
  • 「告訴のあった事件について公訴を提起したときは、その旨を告訴人に通知する必要はない」(起訴のときも通知)
  • 「起訴したときも、請求があれば理由を告げなければならない」(理由の告知は不起訴のときだけ)

出題告訴のあった事件で公訴を提起したときは、告訴人に通知する必要はない(×)

出題起訴・不起訴の処分は告訴人に速やかに通知し、不起訴なら請求があれば理由を告げなければならない(○)

7検察審査会(1回目の審査)条文

  • 申し立てる人(検審法2条2項・30条):告訴・告発をした者、請求をした者、犯罪により害を被った者(死亡なら配偶者・直系の親族・兄弟姉妹)=告訴していない被害者も申し立てられる。対象から除かれるのは裁判所法16条4号の事件と独禁法違反の罪だけ(30条ただし書)。
  • 組織(検審法4条):衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選んだ11人の検察審査員=専門家の判断に市民の感覚を反映させる。
  • 議決(検審法39条の5第1項):①起訴相当 ②不起訴不当(起訴相当には当たらないが、不起訴の処分は不当と認める=「起訴すべき」とまでは議決しない)③不起訴相当。
  • 議決の数:起訴相当は1回目から8人以上の多数が要る(39条の5第2項)。不起訴不当・不起訴相当は過半数(27条)。
  • 検察官の再考(検審法41条1項・2項):起訴相当でも不起訴不当でも、検察官は議決を参考にして検討し、起訴するか不起訴にする=議決に拘束されない。
  • 審査補助員(弁護士):通常の審査では委嘱できる(39条の2)。

11人中7人が「起訴すべき」と考えても、起訴相当の議決はできない(8人以上が要る)。過半数で出せるのは不起訴不当まで。

×にされやすい形
  • 「検察審査会が起訴相当の議決をしたときは、検察官は議決に従って起訴しなければならない」(参考にして再考するだけ)
  • 「1回目の起訴相当の議決は過半数で足り、8人以上が要るのは起訴議決だけ」(起訴相当も8人以上)
  • 「申し立てられるのは告訴・告発をした者だけ」(被害者も申し立てられる)

出題起訴相当の議決があれば、検察官は議決に従って起訴しなければならない(×)

出題不起訴不当の議決の後、起訴を猶予すべき事情があると判断して、再度不起訴にしても違法とならない(○)

8再審査と起訴議決条文

  • 再審査に進むのは起訴相当の議決をした場合だけ(検審法41条の2):検察官が再び不起訴にした旨を通知したとき(1項)、または3か月(延長あり)以内に通知が無いとき(2項=同じ不起訴処分があったものとみなす)。
  • 不起訴不当の後に検察官が再び不起訴にしても、再審査・起訴議決には進まない。前と同一の理由による再不起訴なら、改めて審査を申し立てることはできない(41条の8)。
  • 再審査では審査補助員の委嘱が必要(41条の4)。
  • 起訴議決(41条の6):再審査で起訴を相当と認めるとき=8人以上。議決の前に検察官に意見を述べる機会を与える(同条2項)。
  • 起訴議決の後:議決書の謄本を地方裁判所に送付(41条の7)→ 裁判所が弁護士を指定(41条の9第1項)→ 指定弁護士が公訴を提起し、その維持をするため検察官の職務を行う(同条3項)→ 速やかに起訴(41条の10)。
  • 平成16年の検察審査会法改正で、起訴議決に拘束力が生じた(施行は2009年5月)。それまでは起訴相当の議決にも拘束力が無かった。
  • 指定弁護士による起訴=検察官だけが起訴するという起訴独占主義の例外。
不起訴処分 → 申立て → 検察審査会(11人)1回目:起訴相当の議決か8人以上(39条の5第2項)再審査なし不起訴不当なら検察官が参考に再考して終わりいいえはい検察官が再び不起訴にしたか議決は参考。3か月内に通知が無いときも同じ処分とみなす検察官が起訴いいえはい再審査:起訴を相当と認めるか審査補助員は必ず委嘱起訴議決に至らずいいえはい(8人以上)起訴議決 → 指定弁護士が起訴公訴の提起と維持(検審法41条の9・41条の10)
8人以上が要る議決は2か所=1回目の起訴相当と、再審査の起訴議決。再審査に進む入口は起訴相当の後の再不起訴だけ。
×にされやすい形
  • 「不起訴不当の議決の後に検察官が再び不起訴にすれば、検察審査会は再審査して起訴議決ができる」(再審査は起訴相当の後だけ)
  • 「起訴議決の後は、検察官が公訴を提起する」(指定弁護士が提起する)

9付審判請求の対象と請求()条文

  • 付審判請求=検察官の不起訴に不服な告訴人・告発人が、裁判所に、その事件を裁判所の審判に付する(裁判にかける)よう請求する手続。
  • 対象():(公務員職権濫用)〜(特別公務員職権濫用・特別公務員暴行陵虐・同致死傷)、破壊活動防止法45条、団体規制法42条・43条の罪だけ。公務員の罪でも収賄()は対象外。
  • 請求できる人:その罪について告訴又は告発をした者だけ。告訴していない被害者は請求できない(検察審査会には被害者として申し立てられる)。
  • 趣旨(解説書):公務員同士の馴れ合いを防ぐ。講義解説の説明=警察官などが被疑者のとき、検察官が手心を加えるおそれがあるため。
  • 手続:の通知を受けた日から7日以内に、請求書を公訴を提起しない処分をした検察官に差し出す()=裁判所に直接出すのではない。宛て先の裁判所は、その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所。
  • 検察官が請求に理由があると認めるときは、自ら公訴を提起しなければならない()。理由がないと認めれば、7日以内に意見書を添えて裁判所に送付する(刑事訴訟規則171条)。
  • 取下げ:審判に付するかの決定があるまで取り下げられる。取り下げた者は同じ事件で再び請求できない()。

警察官が取調べ中に被疑者を殴った()→ 付審判の対象。市役所職員が賄賂を受け取った()→ 公務員の犯罪でも対象外=検察審査会だけ。

×にされやすい形
  • 「付審判請求の対象事件には限定がない」(の罪だけ)
  • 「付審判の請求書は、地方裁判所に直接差し出す」(不起訴にした検察官に差し出す)
  • 「被害者であれば、告訴していなくても付審判請求ができる」(告訴・告発をした者だけ)
  • 「不起訴に不服な告訴人は、刑訴法に基づき検事正に不起訴処分の見直しを請求できる」(刑訴法にその定めは無い。刑訴法の道は付審判請求で、対象の罪は限られる)

出題告訴・告発をした者は付審判請求ができ、その対象事件には限定がない(×)

出題刑法177条の罪の告訴人は、刑訴法に基づき、検事正に不起訴処分の見直しを請求できる(×)

10付審判の審理と効果(最決昭49・3・13・〜)判例

  • 審理と裁判は合議体で行う()。
  • 付審判請求事件における審理手続は、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であり、本質的には対立当事者の存在を前提とする対審構造を有しないのであつて、このような手続の基本的性格・構造に反しないかぎり、裁判所の適切な裁量により、必要とする審理方式を採りうるものと解すべき
  • 検察官から送付された捜査記録等の閲覧謄写を請求人代理人に許可することは、
    …このような密行性の解除によつてもたらされる弊害に優越すべき特段の必要性のないかぎり、裁判所に許される裁量の範囲を逸脱し、違法となると解するのを相当とする。
  • つながり:審理は捜査に似た職権手続 → 捜査記録を請求人代理人に見せる(閲覧謄写)ことを、決定は「密行性の解除」と呼ぶ → 一般論として、被疑者・捜査協力者の名誉やプライバシーを不当に侵害する可能性や真実歪曲の危険性を否定しきれない → だから弊害に優越する特段の必要性がなければ違法。
  • 事案と結論(当てはめ):原裁判所(大阪地裁)が、捜査記録等を具体的に吟味せず無制限かつ全面的に請求人代理人の閲覧謄写に供した → 原決定の挙げる事情は特段の必要性に当たらず、弁護士に限定し守秘義務を課していても正当化できない → 閲覧謄写の許可は違法(その部分を取り消した)。
  • 決定():請求が方式違反・請求権の消滅後・理由がない → 棄却/理由がある → 事件を管轄地方裁判所の審判に付する。
  • 効果():審判に付する決定があったときは、その事件について公訴の提起があったものとみなす=検察官が起訴していないのに起訴と同じ効果=準起訴手続。解説書は、決定書の謄本が請求人に送達されることで起訴の効果が生じると説明する(刑事訴訟規則34条)。
  • 指定弁護士():裁判所が弁護士の中から公訴の維持に当たる者を指定し、裁判の確定まで検察官の職務を行う=起訴はみなし規定で済んでいる(検察審査会の指定弁護士は提起もする)。
  • 付審判決定も起訴独占主義の例外。ただし検察官の不起訴処分があって初めて請求できる=検察官の判断を一切経ずに公訴が提起されることはない。
×にされやすい形
  • 「付審判請求の審理は、請求人と被疑者が対立する当事者として争う対審構造である」(対審構造を有しない職権手続)
  • 「付審判決定の後、検察官が改めて公訴を提起する」(公訴の提起があったものとみなす)

出題付審判決定があったときは公訴の提起があったものとみなされ、これは起訴独占主義の例外の一つ(○)

出題起訴独占主義のため、検察官の判断を一切経ることなく事件が公訴提起されることはない(○)

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公訴権濫用論と起訴後の捜査

問い:行き過ぎた起訴を、裁判所は中身に入らずに打ち切れるか。起訴した後も、捜査官は起訴事実について捜査し、被告人を取り調べてよいか。

骨組み

  1. 1公訴権濫用論(学説・弁護人の主張):濫用といえる公訴は無効 → 実体審理に入らず公訴棄却(形式裁判)で打ち切るべき。主張される場面は3つ=①嫌疑なき起訴 ②訴追裁量の逸脱(起訴猶予相当なのに起訴) ③違法捜査に基づく起訴
  2. 2類型1 嫌疑なき起訴(解説書):学説の支持も少ない=無罪判決で足りる・審理の重複と遅延・公訴棄却には一事不再理効が無い → 実務は実体審理に入る。嫌疑は訴訟条件(欠ければ中身に入らず形式裁判で打ち切る要件)ではない(解説書の著者)。無罪判決の後は起訴の違法を理由に国賠を求める道があるが、無罪が確定しても起訴は直ちに国賠法上違法にならない(最判昭53・10・20)
  3. 3類型2の規範(最決昭55・12・17):広範な裁量権 → 逸脱でも直ちに無効ではない。ただし・検察庁法4条・・刑訴規則1条2項を総合して、無効になる場合がありうる → それは公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限る
  4. 4昭55の事案と結論(チッソ川本事件):他の事件との不公平を理由にした原審の公訴棄却 → 審判の対象でない他の被疑事件の当否は軽々に論定できない=原審は失当。ただしは適用せず上告棄却 → 公訴棄却が残った(濫用を認めたのではない)
  5. 5類型3 違法捜査に基づく起訴(最判昭44・12・5・最判昭41・7・21):捜査が違法か=極めて重大な職務違反の基準(本件は否定)/起訴の効力=昭44は仮に違法でも必ずしも当然には失わない(理由=検察官の極めて広範な裁量)。昭41は逮捕の違法があっても公訴提起は憲法違反で無効とはいえない(理由=大法廷判例の趣旨)
  6. 6起訴後の捜査(解説書):余罪は別途捜査してよい。起訴事実について=被告人以外の者の取調べ等の任意捜査は必要性があれば可/第1回公判期日前なら証人尋問請求(・)/捜索・差押えは期日の前後で分かれる、と考えられる
  7. 7被告人の取調べはなぜ問題か(解説書):は「被疑者」・当事者主義・公判中心主義 → 学説は許されないとする見解が多数とされる(申出・弁護人の立会いがある場合に限り認める見解も)
  8. 8判例と実務(最決昭36・11・21):判例=を根拠に起訴後もできる+なるべく避けなければならない(直ちに違法ではない)/実務=被告人の意思に反しない限り・弁護人の立会いは認めない/解説書の著者の検討=冒頭で黙秘権と取調べに応じる必要がない旨を告げ、取調べへの同意を得た場合にのみ行う(任意捜査であることを明らかにするため)。記録=事後の立証の備え

色の札は出どころ:条文 判例 学説・解説書。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。検察庁法・刑訴規則の条文は文字のまま。

3つの類型の扱い(2〜5)。退ける理由は類型ごとに違う=「3つとも理由は同じ」と覚えない。

類型学説の支持判例・実務の扱い理由
① 嫌疑なき起訴(2)少ない実務は実体審理に入る。嫌疑は訴訟条件ではない(解説書の著者)無罪判決で足りる/審理の重複と遅延/公訴棄却には一事不再理効が無い
② 訴追裁量の逸脱(3・4)多い最決昭55=無効になる場合はありうるが、極限的な場合に限る。認められた事案は無い(解説書)判例=検察官の広範な裁量権。起訴・不起訴の当否は犯罪事実の外面だけでは決まらない
③ 違法捜査に基づく起訴(5)―(解説書は書いていない)最判昭44=起訴の効力は必ずしも当然には失われない/最判昭41=憲法違反で無効とはいえない。判例・実務は証拠排除(手続は打ち切らず、実体審理の中で違法捜査を理由に証拠能力を否定する)で対処するのが一般(解説書)昭44=検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質/昭41=大法廷判例(昭23・6・9、昭23・12・1)の趣旨

1公訴権濫用論とは学説・実務

  • 公訴権=裁判所に公訴を提起する権限。持つのは検察官(「公訴は、検察官がこれを行う。」)。起訴便宜主義()の下で、使い方に裁量がある。
  • 公訴権濫用論=検察官の公訴権の行使が濫用といえるときは、その公訴は無効 → 有罪・無罪の中身の審理に入らず、公訴棄却の判決(形式裁判)で手続を打ち切るべき、という主張。実務で弁護人が主張してきたもので、学説にも支持がある(解説書)。
  • 公訴棄却は無罪判決とは別物:無罪判決=中身を審理した結論/公訴棄却=中身に入らず手続で終わらせる。
  • 出口の条番号:解説書は「公訴棄却の判決」とだけ書き、条番号を挙げない。別の教材の講義解説は(「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」)の類推適用とする。

2類型1 嫌疑なき起訴解説書

  • 嫌疑が不十分なのに起訴された、という主張。学説の支持も少ない。批判は3つ(解説書は並べているだけで、順位は付けていない):
  • ① 実体審理をして無罪判決を出せば足りる ② 嫌疑の有無を先に審理すると、審理が重複して遅延する ③ 公訴棄却には一事不再理効が無い → 再び起訴されうる=無罪判決より被告人に不利。
  • 実務:主張が出ても、実体審理を始めるのが通常。解説書の著者の検討=嫌疑は訴訟条件ではない(訴訟条件=有罪・無罪の審理に入るための要件。欠ければ中身に入らず形式裁判で打ち切る) → 実体審理に入り、嫌疑不十分が明らかなら早期に無罪判決。
  • 国家賠償(解説書のコラム):無罪判決が出れば、捜査や公訴提起が違法だったとして国賠を請求する道がある。ただし、無罪が確定しても、起訴が直ちに違法になるわけではない(最判昭53・10・20)。
  • 刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるということはない。
  • …起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当である

嫌疑不十分を理由に公訴棄却で終われば、検察官は証拠を集め直して同じ事件を再び起訴できる。無罪判決なら、同じ事件で再び起訴されない。

×にされやすい形
  • 「嫌疑なき起訴も、理論上は公訴棄却の対象として広く認められている」(学説の支持も少ない。嫌疑は訴訟条件ではない)
  • 「無罪判決が確定すれば、その起訴は国家賠償法上違法となる」(有罪と認められる嫌疑があれば足りる)

3類型2 訴追裁量の逸脱(最決昭55・12・17)判例

  • 起訴猶予=犯罪事実はあっても、の事情(犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状、犯罪後の情況)から訴追を必要としないとして起訴しないこと。
  • 起訴猶予が相当なのに起訴された、という主張。学説の支持は多い。理由:不当な不起訴には検察審査会・付審判の歯止めがあるのに、不当な起訴には現行法上の救済制度が無い。起訴猶予相当の事件は犯罪事実自体はある → 有罪は避けられない(無罪判決では救えない)(解説書)。
  • 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。
  • たしかに、右裁量権の行使については種々の考慮事項が刑訴法に列挙されていること(刑訴法二四八条)、検察官は公益の代表者として公訴権を行使すべきものとされていること(検察庁法四条)、さらに、刑訴法上の権限は公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ誠実にこれを行使すべく濫用にわたつてはならないものとされていること(刑訴法一条、刑訴規則一条二項)などを総合して考えると、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。
  • ・検察庁法4条・刑訴法・刑訴規則1条2項は、判決では「無効になる場合がありうる」側の根拠として挙がっている。
  • 公訴権濫用の法理そのものを否定したのは本山裁判官の反対意見(裁判所が訴追裁量の当否を審査して公訴を棄却することを予定した法規は無い。著しく不当な起訴は公訴の取消し=で検察官自身に是正させるのが現行法の建前)。法廷意見は否定していない。
  • その後、弁護人の主張は容易に退けられ、極限的な場合に当たるとして認められた事案は無い(解説書)。
検察官の裁量権の逸脱による起訴極限的な場合かたとえば、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような公訴は無効になりうる公訴棄却はいいいえ直ちに無効ではない実体審理へ
最決昭55の形(紫の枠が判例の言葉)。職務犯罪は「たとえば」として挙げた例。「実体審理へ」は解説書の著者の検討。

検察官が、ある人を陥れたい者から賄賂を受け取り、起訴猶予が相当な人を起訴した → 起訴そのものが職務犯罪に当たる形=極限的な場合の例(判例の挙げた例ではなく、解説書の著者が挙げる例。判例が当てはめて無効とした先例は無い)。

×にされやすい形
  • 「最決昭55は、で検察官に広い裁量を与えた以上、裁判所は裁量の当否に踏み込めないとして、公訴権濫用論を否定した」(等を総合して、無効になる場合がありうることを否定できないとした)
  • 「裁量権の逸脱による公訴の提起は、直ちに無効となる」(直ちに無効となるものでない)
  • 「極限的な場合の例として、判例は検察官が賄賂を受けて起訴した場合を挙げた」(判例の例示は「公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような」まで)

4最決昭55の事案と結論(チッソ川本事件)判例

  1. 水俣病公害をめぐり、患者側の被告人が起訴された
  2. 第一審=罰金5万円・執行猶予1年。検察官は控訴せず、被告人だけが控訴
  3. 原審=公訴棄却。会社側と患者側の違法行為について、捜査権・公訴権の発動に不公平があった点を重視
  4. 検察官が上告 → 最高裁=原審の判断は失当。しかし上告棄却
  • しかし、すくなくとも公訴権の発動については、犯罪の軽重のみならず、犯人の一身上の事情、犯罪の情状及び犯罪後の情況等をも考慮しなければならないことは刑訴法二四八条の規定の示すとおりであつて、起訴又は不起訴処分の当不当は、犯罪事実の外面だけによつては断定することができないのである。
  • このような見地からするとき、審判の対象とされていない他の被疑事件についての公訴権の発動の当否を軽々に論定することは許されないのであり、他の被疑事件についての公訴権の発動の状況との対比などを理由にして本件公訴提起が著しく不当であつたとする原審の認定判断は、ただちに肯認することができない。
  • まして、本件の事態が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものとは、原審の認定及び記録に照らしても、とうてい考えられないのである。
  • =上告理由()に当たる事由が無くても、判決に影響を及ぼす法令違反・刑の量定の甚しい不当・重大な事実誤認などの事由(同条各号)があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、上告裁判所が原判決を破棄できる。本件は上告趣意が適法な上告理由に当たらないとされ、を適用すべきかが判断された。
  • それでも上告を棄却した理由:特異な背景事情・長期間の経過・会社と患者らの補償協定の成立で紛争が終了・被害者らに処罰を求める意思が無いとみられること・被告人が公害で父を失い自らも健康を損なったこと → 原判決を破棄して第一審の刑を復活させなければ著しく正義に反するとはいえない=を適用しない。
  • 結果:公訴棄却が確定。ただし最高裁は、公訴権濫用を認めたのではない(原審の公訴棄却を「失当」とした)。藤崎裁判官の反対意見=原判断が失当なのだから破棄すべき。
審級判断
第一審有罪(罰金5万円・執行猶予1年)
原審公訴棄却(他の事件との不公平を重視)
最高裁原審の判断は失当。ただしは適用せず上告棄却 → 公訴棄却が確定

同じ店で同じ額を盗んだ2人のうち、1人は弁償して店主も許しているので起訴猶予、もう1人は弁償も謝罪も無く起訴された → は犯罪後の情況も考えるとしている=扱いの差は裁量の範囲内。起訴は無効にならない。

×にされやすい形
  • 「最高裁はチッソ川本事件で公訴権濫用を認め、公訴を棄却した」(原審の公訴棄却を失当としたうえで、を適用せず上告を棄却した)
  • 「他の被疑者が起訴されていないことと対比して、起訴が著しく不当なら公訴棄却できる」(審判の対象でない他の被疑事件の当否は軽々に論定できない)

5類型3 違法捜査に基づく起訴(最判昭44・12・5・最判昭41・7・21)判例解説書

  1. 19歳3か月の被告人が自動二輪車で幼児に接触し、全治2か月の傷害(業務上過失傷害)
  2. 派出所から本署へ進達 → 実況見分調書等の不備で2回返戻 → 地検へ郵送送致 → 年末事務処理で受理が翌年1月5日
  3. 被告人が成年に達した後、支部・区検へ移送 → 実況見分をやり直して略式命令の請求(家庭裁判所の審判を受ける機会が失われた)
  4. 第一審・原審=公訴棄却 → 最高裁=破棄し、簡易裁判所へ差戻し
  • 少年の被疑事件は、捜査を遂げて家庭裁判所に送致し、家庭裁判所の審判を受ける(少年法41条・少年法42条)。本件は捜査が長引いて被告人が成年に達し、その機会が失われた。
  • もつとも、捜査官において、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもつてことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延をみる等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。
  • しかし、本件において、原判決の確定した事実関係のもとにおいては、捜査に従事した警察官には、いまだ、前示のごとき極めて重大な職務違反があるとは認めがたいから、その捜査手続は、これを違法とすることはできない。
  • …仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて
  • 原審の言い方:「捜査手続の違法が重大であり、かつ、これを前提としてはじめて公訴提起が可能である場合には」公訴提起は無効になる。最高裁はこれを首肯できないとした。
  • 逮捕手続の違法(最判昭41・7・21):
  • 本件逮捕の手続に所論の違法があつたとしても本件公訴提起の手続が憲法三一条に違反し無効となるものとはいえない
  • 昭41が理由に挙げるのは大法廷判例(昭23・6・9、昭23・12・1)の趣旨で、検察官の裁量には触れていない。
昭44の判断何についてか中身
前半捜査そのものが違法か極めて重大な職務違反があれば違法となることがある → 本件は否定
後半起訴の効力「仮りに」違法でも当然には失わせない(理由=検察官の極めて広範な裁量)。どんな場合に失わせるかの基準は示していない
  • 昭44の判決が挙げる理由は検察官の裁量だけ(証拠排除には触れていない)。
  • 解説書:先行手続の違法は当然には後行手続を違法にしない → 判例・実務は、公訴棄却ではなく証拠排除(手続は打ち切らずに実体審理に入り、違法捜査を理由に証拠能力を否定する)で対処するのが一般。ただ、昭44が「極めて重大な職務違反」に言及しているので、そういう場合には公訴棄却も「考えられる」(解説書の見方=判決の判示ではない)。確定した事案は無い。

捜査官が家庭裁判所に送らせないために、わざと処理を遅らせて成人になってから起訴した → 極めて重大な職務違反として捜査は違法となりうる。それで起訴まで無効になるかは、判例は述べていない(解説書は公訴棄却も考えられるとする)。

×にされやすい形
  • 「最判昭44・12・5は、捜査の遅延を違法としたうえで、公訴提起を有効とした」(極めて重大な職務違反は無いとして捜査の違法そのものを否定。起訴の効力は「仮りに」の仮定で述べた)
  • 「最判昭44・12・5は、極めて重大な職務違反があれば公訴提起が無効になると判示した」(その基準は捜査が違法かの基準。起訴の効力は当然には失わせないとしただけ)
  • 「昭44は、捜査の違法には証拠排除という別の対処があることを理由に、起訴を無効にしなかった」(判決の理由は検察官の極めて広範な裁量)

6起訴後の捜査(被告人の取調べ以外)解説書

  • 問題になるのは起訴した事実についての捜査。余罪は別途捜査してよい。
  • ① 任意捜査(強制処分を用いない捜査)(被告人以外の者の出頭要求・取調べ、任意提出・遺留物の領置、実況見分、公務所等への照会、鑑定等の嘱託)=必要性が認められれば実施できる。
  • ② 証人尋問の請求:「第1回の公判期日前に限り」、検察官は裁判官に証人尋問を請求できる。=犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、の取調べに対して出頭又は供述を拒んだ場合/=任意に供述した者が公判期日で異なる供述をするおそれがあり、かつ、その供述が犯罪の証明に欠くことができない場合。
  • ③ 捜索・差押え:裁判所も捜索・差押えができる(・)。予断排除の原則=裁判官が公判の前に事件について先入観を持たないようにする原則(講義解説)。期日の前に裁判所が自分で証拠を集めると、法廷で証拠を調べる前から予断を持ってしまう。そこで、第1回公判期日前=裁判所は行えない → 捜査官が起訴前と同じ要件で令状を得て行う、と「考えられる」/期日後=裁判所自身の捜索・差押えが使えるので、捜査官が行えるのは「裁判所による捜索・差押えではその目的を達することができない」例外的な場合だけ、と「考えられる」(どちらも解説書)。・自体に時期の限定は無い=期日の前後の振り分けは解釈。
  • 検察官の捜査権限:「検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる。」
起訴後の捜査起訴事実についての捜査か余罪の捜査別途捜査してよいいいえはい被告人本人の取調べか7・8へ198条1項・当事者主義・公判中心主義はいいいえ捜索・差押えか期日の前後で分かれる前=起訴前と同じ要件で令状/後=例外だけはいいいえ任意捜査は必要性があれば可第1回公判期日前なら証人尋問請求も(226・227条)
解説書の整理(緑の枠)。捜索・差押えの振り分けは、期日の前も後も、解説書が「考えられる」とする解釈。

起訴後、第1回公判期日の前に、検察官の取調べで目撃を話した人が公判では違うことを言いそうで、その供述が証明に欠かせない → 検察官は裁判官に証人尋問を請求できる()。第1回公判期日が過ぎると、この請求はできない。

出題検察官は、公訴を提起した後も、必要と認めるときは、自らその犯罪を捜査できる(○)

×にされやすい形
  • 「公訴を提起した後は、検察官は、起訴した事実について捜査することができない」(必要性があれば任意捜査ができる。判例も起訴後の取調べを「できる」とする)
  • 「第1回公判期日の後でも、検察官は・の証人尋問を請求できる」(第1回の公判期日前に限る)

7起訴後の被告人の取調べはなぜ問題か解説書

  • 問題の理由は3つ:① は「被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる」と書く(起訴されれば被告人) ② 被告人は法廷で検察官と向き合って争う当事者 → それを検察官の側が取り調べると、対等な当事者どうしという建前=当事者主義に反する ③ 事件はすでに裁判所に係属している=真相解明は公判で=公判中心主義。
  • 学説:①〜③を理由に許されないとする見解が多数とされる。被告人の申出がある場合・弁護人の立会いがある場合に限って認める見解もある。
  • 対象は被告人本人を起訴した事実について取り調べる場面。被告人以外の者の取調べ・余罪についての取調べは、この問題とは別(6)。
×にされやすい形
  • 「学説の多数は、起訴後の被告人の取調べを任意捜査として許されるとする」(許されないとする見解が多数とされる。許されるとするのは判例)

8判例と実務(最決昭36・11・21)判例解説書

  • 刑訴一九七条は、捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる旨を規定しており、同条は捜査官の任意捜査について何ら制限をしていないから、同法一九八条の「被疑者」という文字にかかわりなく、起訴後においても、捜査官はその公訴を維持するために必要な取調を行うことができるものといわなければならない。
  • なるほど起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないところであるが、これによつて直ちにその取調を違法とし、その取調の上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきいわれはなく、また、勾留中の取調であるのゆえをもつて、直ちにその供述が強制されたものであるということもできない。
  • 位置:上告趣意を「単なる訴訟法違反の主張」で上告理由に当たらないとして退けた後、括弧書きで「なお、…」と付け加えた中の判示。
  • 事案:起訴後、第1回公判期日の前日に検察官が被告人を取り調べて供述調書を作った。第一審で被告人と弁護人はその調書を証拠とすることに同意していた(取調べに応じる同意とは別物。決定はこの事情も挙げたうえで「したがつて」原判決に違法は無いとした)。
  • 根拠は(「捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。」)で、ではない。「できる」と「なるべく避けなければならない」は矛盾しない。
  • 判例は、告知・同意・記録のどれにも触れていない。
主語起訴後の被告人の取調べ
学説(多数とされる)許されない
限定的に許容する見解申出がある場合・弁護人の立会いがある場合に限り認める
判例(最決昭36)を根拠にできる。当事者たる地位にかんがみなるべく避けなければならないが、直ちに違法とし、調書の証拠能力を否定すべきいわれはない
実務の任意捜査として、被告人の意思に反しない限りで行う。弁護人の立会いは認めない
解説書の著者の検討任意捜査であることを明らかにするため、冒頭で黙秘権と、意思に反して取調べに応じる必要はない旨を告げ、取調べへの同意を得た場合にのみ実施する「必要がある」。応じた状況の録音録画・調書への記載は「事後の立証に備えておく」もの(適法の要件ではない)

勾留中の被告人が、起訴事実についての取調べに応じたくないと言ったのに、検察官が取調べを続けた → 被告人の意思に反しない限りで行う、という実務の枠(意思に反しない限り)から外れる(判例は告知・同意を要件として述べていない)。

×にされやすい形
  • 「は被疑者と書いているので、判例は起訴後の被告人の取調べを許さない」(を根拠に「被疑者」の文字にかかわりなくできるとした)
  • 「起訴後に被告人を取り調べて作成した供述調書は、証拠能力が否定される」(直ちに否定すべきいわれはない)
  • 「起訴後の取調べは、同意の経緯を録音録画しなければ違法になる」(記録は事後の立証の備え。判例が求めた要件ではない)
  • 「判例は、黙秘権と応じる必要がない旨の告知・同意を起訴後の取調べの要件とした」(告知・同意は解説書の著者の検討)
  • 「実務では、起訴後の被告人の取調べに弁護人の立会いを認めている」(認めていない)

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#69単独ページ動画

一罪の一部起訴

問い:一罪の全部を起訴できるのに、検察官はその一部だけを起訴できるか。

骨組み

  1. 1定義と境界(解説書):実体法上一罪・科刑上一罪の全部を起訴できるのに一部だけ起訴すること/嫌疑が十分でなく全部を起訴できないから軽く起訴する場合は当たらない
  2. 2原則として許される(解説書):起訴便宜主義()の広い訴追裁量を根拠に許す=判例・通説/当事者主義・訴因制度も肯定の論拠となり得る(予備H29-18) → 許された効果として、適法な一部起訴なら審判の範囲は訴因に限られる(訴因外を審判する義務も権限もない)/実体的真実主義とは緊張する(否定の側の論拠)
  3. 3横領後の横領(最大判平15・4・23):抵当権設定の後の売却にも横領罪が成立しうる → 罪数評価のいかんにかかわらず、検察官は後行の売却だけを起訴できる → 裁判所は先行の抵当権設定という訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきでない(昭31を変更)
  4. 4交付罪のみの起訴(最決昭59・1・27):供与の共謀・供与の疑いがあっても、立証の難易等諸般の事情を考慮して交付罪のみで起訴できる → 裁判所は供与罪を審理したり、訴因の追加・変更を促したりする義務はない
  5. 5限界=合理的な理由(解説書):裁量は無制約でない → ①立証上・法律上の難点の回避 ②特別予防(過重な刑を避ける) ③迅速な裁判・争点の解消/補強=最判平4・9・18「検察官の合理的裁量」(事案は告発の効力・親告罪の一部起訴の判例ではない)
  6. 6親告罪の一部起訴(学説):告訴が得られない親告罪の手段の罪だけを起訴 → 違法・無効説(多数と思われる)=公訴棄却()/有効説(有力)=起訴は有効・審判の範囲を手段の罪に限定(検察官はそうした起訴をすべきでないが前提)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法。

一罪の一部だけを起訴した残りの部分も起訴できるだけの嫌疑があるか全部を起訴できるのに一部だけか一部起訴に当たらない嫌疑不十分で軽く起訴いいえはい告訴が得られない親告罪の、手段の罪だけを起訴したか学説が対立違法・無効説=公訴棄却/有効説=手段の罪の限度で審理はいいいえ原則として許される合理的な理由が要る(解説書)。審判の範囲は訴因に限られる
回の全体の流れ(緑の枠は解説書の整理)。合理的な理由を欠いた一部起訴がどうなるかは、解説書に書かれていない。親告罪の一部起訴について、解説書は判例を挙げていない。

1一罪の一部起訴とは・当たらない場合解説書

  • 前提の「一罪」:刑法上、1つの犯罪として扱われる事実のまとまり=本来はまとめて1つの犯罪として起訴できる事実。1個の行為が複数の罪名に触れる場合や、手段・結果の関係にある場合も、科刑上一罪としてここに入る(=一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する)。例:住居侵入と窃盗。
  • 一罪だと何が問題か:1つの犯罪なのに一部だけを起訴すると、分かっている事実の残りが裁判の外に置かれる → 事案の真相を明らかにする実体的真実主義と緊張する(2)。
  • 定義:実体法上一罪または科刑上一罪について、全部を起訴できるのに、検察官があえてその一部だけを起訴すること。
  • 境界:一部起訴に当たらないのは、残りの部分に疑いが全く無い場合だけでなく、疑いはあっても起訴できるほど十分でない場合も含む=全部について起訴できるだけの嫌疑が十分でないため一部(軽い罪)で起訴する場合は、ここでいう一部起訴に当たらない。基準は「残りの部分にも起訴できるだけの嫌疑があるか」。
切り取り方(解説書の挙げる例)例
① 行為・結果の一部を除く多数回の暴行のうち一部だけ/多数の被害品のうち一部だけ
② 法条競合で軽い罪にする強盗にあたるのに恐喝で
③ 既遂を未遂にする窃盗既遂を窃盗未遂で
④ 結合犯の一部にする強盗致傷を強盗だけで

分かれ目は「残りの嫌疑が十分か」。被害者は死亡したが、殺意や因果関係の立証が難しいので傷害罪で起訴した → 残りの嫌疑が十分でない=全部を起訴できない=一部起訴ではない。これに対し解説書は、被害者が死亡し、裁判所が因果関係も認められると判断した(=残りの嫌疑も十分)のに、検察官が自動車運転過失致傷の訴因を維持した例(名古屋高判昭62・9・7)を、一部起訴に関する裁判例として挙げる。この裁判例の結論は解説書の紹介に無い(全文は裁判所サイトに無い)。

×にされやすい形
  • 「殺意の立証が困難であるため傷害罪で起訴するのは、一罪の一部起訴に当たる」(全部を起訴できるだけの嫌疑が無い=当たらない)
  • 「一部起訴の問題にならないのは、残りの部分に犯罪の疑いが全く無い場合に限られる」(嫌疑が十分でない場合も当たらない)
  • 「一罪の一部起訴は実体法上一罪に限られ、科刑上一罪は含まない」(科刑上一罪も含む)

2原則として許される理由と効果条文解説書

  • 問題の所在:事案の真相を明らかにする実体的真実主義からは、分かっている事実を検察官が一部だけ選ぶことは緊張をはらむ。
  • 根拠(解説書が判例・通説とする部分):=犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(起訴便宜主義)。現行法がこれで検察官に広い訴追裁量を認めている以上、一罪の一部起訴も許される。
  • ほかに肯定の論拠に挙げられるもの:当事者である検察官が、起訴状に書く訴因(審判してほしい具体的な犯罪事実の主張)で審判の対象を設定する=当事者主義・訴因制度(予備H29-18エ=肯定説の論拠となり得る○)。
  • 効果:合理的な理由がある適法な一部起訴なら、その法的効果として、審判の範囲は訴因に限られ、裁判所は訴因外の事実を審判する義務も権限もない(解説書。判例は3・4)。
  • 訴因変更命令との関係:は、裁判所が訴因の追加・変更を「命ずることができる」と定める。しかし命令には形成力はないとされている(予備H29-18ウ=肯定説の論拠となり得る○)=命じても、検察官が変えない限り訴因は変わらない(変更は検察官の請求による=)。だから審判の対象を決めるのは検察官で、最決昭59・1・27も、裁判所に訴因の追加・変更を促す義務はないとした(4)。上の「権限もない」は訴因外の事実を審判する権限のことで、命ずる権限()とは別の話。
  • この項目の帰結は適法な一部起訴が前提。違法かが争われる場面は6(親告罪)、合理的な理由を欠く場合の扱いは5で書いたとおり解説書に無い。
  • 過去問の仕分け(予備H29-18):肯定説の論拠となり得る=起訴・不起訴の裁量権/裁判所の訴因変更命令に形成力はないとされていること(=裁判所は訴因の追加・変更を「命ずることができる」)/当事者主義・訴因制度/被告人に利益になる場合も多いこと。なり得ない=実体的真実の発見という趣旨に反すること。
肯定説の論拠となり得るなり得ない(否定の側)
起訴・不起訴の裁量権()
当事者主義・訴因制度
訴因変更命令に形成力なし
被告人に利益になる場合も多い
実体的真実の発見という趣旨に反する

出題「実体的真実の発見の趣旨に反する」は肯定説の論拠となり得る(×)

出題起訴裁量・訴因変更命令に形成力なし・当事者主義と訴因制度・被告人の利益は肯定説の論拠となり得る(○)

出題空欄補充:住居侵入・窃盗の住居侵入の部分を「呑んで」(=訴因に入れずに)窃盗だけ、強盗致傷を強盗として起訴する実務=(⑤)主義を徹底した現行法では、認定が訴因に拘束され実体的真実と乖離しうる(⑤は正答の組合せに含まれないが、③⑦と同じく文脈から当事者)

出題検察官は立証の難易等諸般の事情を考慮し、一罪を構成する行為の一部を起訴できる(○)

×にされやすい形
  • 「実体的真実の発見という刑事訴訟法の趣旨は、一部起訴を肯定する論拠となる」(否定の側の論拠)
  • 「一部起訴の場合でも、裁判所は必要と考えれば訴因外の事実を審理判断することができる」(義務も権限もない)

3横領後の横領(最大判平15・4・23)判例

  • なぜ一部起訴の問題か(解説書の整理):抵当権設定と売却のそれぞれに横領罪が成立し、両者を一罪(包括一罪)とみると、二罪として処罰できないから、検察官はどちらかを選んで起訴するしかない → 売却だけの起訴は、一罪の一部を切り取ったことになる。
  1. 宗教法人の責任役員が、業務上占有する法人の土地2筆に、自分の経営する会社を債務者とする抵当権を設定・登記(土地1に①昭55の根抵当権・②平4の抵当権、土地2に③平元の抵当権)
  2. その後、土地2筆を売却し所有権移転登記 → この売却だけが業務上横領として起訴された
  3. 原審:抵当権①③は設定の経緯・借入金の使途が不明で横領か明瞭でなく、仮に横領でも公訴時効が完成/抵当権②は横領だが売却のほうがはるかに重要 → 売却が不可罰的事後行為に当たることを否定。上告で弁護人は、原判決が昭31判決に違反すると主張
  • 委託を受けて他人の不動産を占有する者が,これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても,その不動産は他人の物であり,受託者がこれを占有していることに変わりはなく,
    …売却等による所有権移転行為について,横領罪の成立自体は,これを肯定することができるというべきであり,先行の抵当権設定行為が存在することは,後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。
  • このように,所有権移転行為について横領罪が成立する以上,先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における同罪と後行の所有権移転による横領罪との罪数評価のいかんにかかわらず,検察官は,事案の軽重,立証の難易等諸般の事情を考慮し,先行の抵当権設定行為ではなく,後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される。
  • そのような公訴の提起を受けた裁判所は,所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり,犯罪の成否を決するに当たり,売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。
    このような場合に,被告人に対し,訴因外の犯罪事実を主張立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは,訴因外の犯罪事実をめぐって,被告人が犯罪成立の証明を,検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど,当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず,訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである。
  • 業務上横領罪でも同じ。結論:上告棄却。により、昭31判決を「上記見解に反する限度で」変更(裁判官全員一致)。
  • 罪数:判決は判断していない(「罪数評価のいかんにかかわらず」)。以下は解説書(学説)の整理。旧判例(昭31)の下では後の処分は不可罰的事後行為とされ、抵当権設定が横領罪となれば、その後の所有権移転は処罰できなかった。今は両方に横領罪が成立し包括一罪で、一方を処罰すれば他方も共に処罰される(共罰的事後行為)と「考えられている」→ 二罪として処罰できず、どちらかを選んで起訴する=一部起訴の問題になる。
最判昭31・6・26(旧判例)最大判平15・4・23
先行の抵当権設定それだけで横領罪が成立横領罪が成立しうる(罪数の評価は留保)
後の所有権移転別に横領罪を構成しない(平15による要約)横領罪の成立自体を肯定できる
訴因外の先行行為その成立の可能性を理由に、訴因の横領罪の成立に疑問を呈し破棄差戻し立ち入って審理判断すべきでない

旧判例の考え方なら、先行の抵当権設定が横領になれば後の処分は別に罰されない → 被告人は自分の先の横領をわざわざ主張し、検察官は逆にそれを否定する、という逆転が起きる。平15はこれを「不自然な訴訟活動」として断った(解説書の説明)。

×にされやすい形
  • 「最大判平15・4・23は、抵当権設定による横領と売却による横領が包括一罪(共罰的事後行為)の関係に立つと判示した」(罪数評価のいかんにかかわらず=罪数は判断していない)
  • 「先に抵当権を設定して横領罪が成立している以上、後の売却について横領罪は成立しない」(昭31の立場。平15が変更した)
  • 「被告人は、訴因外の先行する抵当権設定による横領を主張立証して、売却の横領罪の成否を争うことができる」(訴因外の事情に立ち入らない)

4交付罪のみの起訴(最決昭59・1・27)判例

  • 選挙運動者たる乙に対し、甲が公職選挙法二二一条一項一号所定の目的をもつて金銭等を交付したと認められるときは、たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許されるのであつて、このような場合、裁判所としては、訴因の制約のもとにおいて、甲についての交付罪の成否を判断すれば足り、訴因として掲げられていない乙との共謀による供与罪の成否につき審理したり、検察官に対し、右供与罪の訴因の追加・変更を促したりする義務はないというべきである。
  • 2つの罪(公職選挙法221条1項):供与罪=1号「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与……をしたとき」。交付罪=5号「第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭若しくは物品の交付……をしたとき」=買収させるために運動者へ金を渡す罪。
  • なぜ「一罪」の一部か:判例上、買収を共謀した者の間の交付罪(5号)は、共謀どおり供与が行われると後の供与罪に吸収される(決定が退けた弁護人の引用判例・谷口補足意見の説明。「吸収」を補足意見は、一つの罪の可罰性が他の罪のそれを評価し尽している関係と理解する)→ 交付だけの起訴は、供与までを含む一罪の一部を切り取った起訴になる。
  • 弁護人の判例違反の主張:引用判例は交付罪のほかに供与罪の訴因も掲げられていた事案=本件は交付罪のみで起訴され供与罪について判断の機会がない=事案を異にするとして退けた。結論:上告棄却(谷口補足意見のほか全員一致)。
  • 「立証の難易等諸般の事情を考慮して」は一般論。決定は、本件で供与の立証が実際に難しかったかどうかを認定していない。
×にされやすい形
  • 「最決昭59・1・27は、供与の立証が困難であったと認定したうえで、交付罪のみの起訴を許した」(立証の難易等は一般論。本件の立証の難しさは認定していない)
  • 「供与の疑いがある以上、裁判所は検察官に供与罪への訴因の追加・変更を促す義務を負う」(促す義務はない)

5限界=合理的な理由・最判平4・9・18解説書判例

  • 解説書の考え:訴追裁量も無制約ではなく、一部起訴には合理的な理由が必要と考えられる。理由の例=①公判立証を見据え立証上の難点や法律上の問題点を避ける ②被告人への特別予防上、過重な刑を避ける ③特に公職選挙法違反の百日裁判事件(同法253条の2=判決は受理から100日以内に努めなければならない)などで迅速な裁判・争点の解消。
  • 合理的な理由を欠く一部起訴がどうなるか(無効か等)は解説書に書かれていない。「合理的な理由が無ければ違法」と判示した判例も挙げられていない。
  • 最判平4・9・18 を置く理由:解説書がこの判例を引くのは、一罪のどの範囲を起訴するかが検察官の「合理的裁量」に委ねられる(=裁量に「合理的」という枠がある)という言い回しのため。事案の結論(告発の効力が他の陳述にも及ぶ)は別の話。補強として解説書が引く一節:
  • 偽証罪として一罪を構成すべき事実の一部について告発を受けた場合にも、右一罪を構成すべき事実のうちどの範囲の事実について公訴を提起するかは、検察官の合理的裁量に委ねられ、議院等の告発意思は、その裁量権行使に当たって考慮されるべきものである。
  • 事案:A株式会社(判決の略称は「B」)の代表取締役であった被告人が、衆議院予算委員会で「Bにおける航空機採用の経緯等」に関して証人として証言 → 委員会が偽証で告発。告発状は一方の陳述だけを摘示したが、検察官は摘示されていない陳述も含めて起訴(告発より広く起訴した)。
  • 告訴と告発:告訴は犯罪により害を被った者がする()。告発は何人でも、犯罪があると思料するときにできる()。告発はふつう訴訟条件(欠けると公訴棄却・免訴などで手続が打ち切られるもの)ではないが、議院証言法の偽証罪では議院等の告発(同法8条)が訴訟条件=弁護人は、告発の無い陳述部分は訴訟条件を欠くとして公訴棄却を求めた。
  • 右の数個の陳述の一部分について議院等の告発がされた場合、一罪を構成する他の陳述部分についても当然に告発の効力が及ぶものと解するのが相当である。
  • 結論:告発の効力は摘示されなかった陳述にも及ぶ=原判断は結論において正当(上告棄却)。一部だけを起訴した事案とは向きが逆で、親告罪の一部起訴を判断した判例でもない。
×にされやすい形
  • 「最判平4・9・18は、親告罪について告訴が得られない場合に、手段の罪だけを起訴することを許した」(事案は議院証言法の偽証罪の告発の効力)
  • 「議院等の告発状に摘示されなかった陳述については、告発が無いので起訴できない」(一罪を構成する他の陳述部分にも当然に告発の効力が及ぶ)

6親告罪の一部起訴学説

  • 場面(解説書の設問の型):未成年者略取(刑法)で起訴できる嫌疑があるが、告訴権者から告訴が得られない(=告訴がなければ公訴を提起することができない)→ 略取の手段として行われた暴行(・親告罪ではない)だけで起訴できるか。
  • 単なる合理性の話では済まない:こうした一部起訴を認めると、未成年者略取を親告罪とした趣旨が損なわれ、被害者の利益を害する(解説書)。告訴が無いのに、親告罪でない部分を切り取って実質的に同じ事実を処罰できてしまう。解説書はこの論点に判例を挙げていない。
違法・無効説(学説で多数と思われる)有効説(有力)
理由親告罪とした趣旨が損なわれ、被害者の利益を害する公訴棄却を得るために被告人が公判で略取を主張・立証することになり、かえって被害者の不利益になって不合理
前提―検察官はこうした一部起訴をすべきでない(起訴されてしまった後の処理)
起訴の効力不適法・無効 → 公訴棄却()有効
審判の範囲暴行に限られない(略取があったかを確かめないと、違法な一部起訴として公訴棄却すべきかを判断できない → 公訴棄却の判決をするために必要不可欠な限度で、略取であったことを確認する)暴行に限定(被告人の略取の主張・立証を認めない)

審判の範囲の行のうち、違法・無効説の欄は解説書が設問に当てはめた帰結(「〜ことになろう」)。有効説の「審理の範囲を暴行に限定」は説そのものの内容(解説書)。=公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

16歳の被害者本人は告訴しないと言っているが、親が告訴した → 被害者の法定代理人は独立して告訴できる()=告訴はあり、未成年者略取そのもので起訴できる=この問題にならない。

×にされやすい形
  • 「有効説は、告訴が得られないときに手段の罪で起訴することを積極的に認める」(すべきでないとしつつ、起訴された後の処理として有効と扱う)
  • 「どちらの説に立っても、審判の範囲は暴行に限られる」(違法・無効説の当てはめでは限られない)

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告訴の不可分と追完

問い:親告罪の1つの告訴(とその取消し)は、どの共犯者に、どの事実にまで効くか。起訴の後に告訴を得たら足りるか。

骨組み

  1. 1主観的不可分():共犯の1人への告訴又はその取消しは、他の共犯にも効力を生ずる → 取り消した後は他の共犯者を告訴し直せない()
  2. 2理由と帰結(解説書):告訴は犯罪事実に対するもの=犯人の特定に意味はない → 名指しした者が犯人でなくても、真犯人に及ぶ
  3. 3主観的不可分の例外:非親族と別居の親族の共犯 → 親告罪になるのは親族の分だけ(・)→ 非親族への告訴は、親族に当然には及ばない(解説書。親族の分は改めて告訴が要る)
  4. 4客観的不可分(明文なし):1個の犯罪事実(単純一罪・包括一罪・科刑上一罪)の一部への告訴(東京高判昭33・5・31)も、取消し(解説書)も、全体に及ぶ。重い罪の告訴は、それに含まれる軽い罪の事実も含む(高松高判昭27・4・24)
  5. 5別の罪には当然には及ばない(告訴の意思を別に見る=ノートの整理。例:名古屋高金沢支判平24・7・3):併合罪の別の日の2回のうち、告訴状があえて一方の日の被害に限って書かれていた → 他方の日の事実まで告訴の意思を表示したとはみられない
  6. 6例外①牽連犯(解説書):被害者がことさら非親告罪の部分(住居侵入)に限って告訴 → 親告罪の部分(窃盗)に及ばない(親族相盗例の趣旨)
  7. 7例外②③被害者が別(解説書):被害者の異なる包括一罪・観念的競合 → 告訴も取消しも被害者ごと(自己の被害について処罰を求めるもの)
  8. 8告訴の追完:起訴の時点で有効な告訴が無ければ原則は公訴棄却(4号)/被告人の同意があれば追完を認めてよい=解説書の著者の見解

色の札は出どころ:条文 裁判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。

流れで覚える。告訴は犯罪事実に向けたもの → だから「人」の面でも(1〜2)「事実」の面でも(4)全体に及ぶ。例外は3つの場面だけ(3=親族相盗例の趣旨、6=被害者がことさら非親告罪の部分に限った告訴、7=被害者が別)。

犯罪事実の一部への告訴・取消し告訴の事実と合わせて1個の犯罪か単純一罪・包括一罪・科刑上一罪。罪数論で決める当然には及ばない告訴の意思を別に見る(ノートの整理・例は5の裁判例)いいえはい被害者が別の人の被害か被害者の異なる包括一罪・観念的競合(7)及ばないその被害者の告訴が要るはいいいえ牽連犯で、ことさら非親告罪の部分に限ったか親族相盗例の趣旨(6)親告罪の部分に及ばないはいいいえ一罪の全体に及ぶ(4)取消しも全体に及び、取り消した者は更に告訴できない(237条2項)
客観的不可分の流れ(明文が無い解釈なので学説の枠)。告訴の効力を問うのは親告罪のときだけ。

1主観的不可分()条文

  • 前提:告訴=被害者などが、犯罪の被害にあった事実を捜査機関に申告して、犯人の処罰を求める意思表示(被害者は告訴できる=)。告訴の取消し=処罰を望まないとして、その告訴を撤回すること(公訴の提起まで=)。
  • 前提:親告罪=告訴がなければ公訴を提起できない罪(例:=器物損壊()など、=名誉毀損など、=配偶者・直系血族以外で、同居していない親族(例:別居の兄弟姉妹・おじ)との間の窃盗など)。
  • 条文:親告罪について共犯の一人又は数人に対してした告訴又はその取消は、他の共犯に対しても、その効力を生ずる。
  • 告訴:1人だけを名指しした告訴で、他の共犯者も起訴できる。
  • 取消し:1人への告訴を取り消せば、他の共犯者に対する分も取り消したことになる。取消しをした者は更に告訴をすることができない()→ 同じ事実で他の共犯者を告訴し直すことはできない。
  • 告発・請求を待って受理すべき事件の告発・請求とその取消しにも準用()。
  • 解説書の付言:他の共犯者を起訴するときも、被害者の意思を確かめて告訴を受理してから起訴するのが実務上望ましい(法的な要件ではない)。

3人で塀を壊された被害者が、1人から弁償を受けてその者への告訴を取り消した。後で残り2人を告訴しても、その告訴は無効で、2人とも起訴できない。

×にされやすい形
  • 「共犯者のうち甲だけを名指しした告訴の効力は、乙・丙には及ばない」
  • 「甲への告訴を取り消しても、乙・丙については改めて告訴できる」(取消しも全員に及び、取り消した者は更に告訴できない)

2なぜ名指しが効かないか・その帰結学説

  • 理由(解説書):告訴は犯罪事実に対して行うもので、特定の犯人に対して行うものではない → 告訴での犯人の特定には意味がない。
  • 告訴は、犯人が誰か分からなくてもできる(朝起きたら車が壊されていた、という場合でも告訴できる)。
  • 帰結(解説書):名指しした者が実は犯人でなく、他の者だけが犯人だった場合も、告訴(と取消し)の効力は真犯人に当然に及ぶ。
  • 講義解説は、被害者の好き嫌いで共犯者の処罰が分かれるのを防ぐ(共犯者どうしの公平)という説明も添える。解説書の理由は「犯罪事実に対するもの」だけ=主たる理由は「犯罪事実に対するもの」の方。

「隣人Xに車を傷つけられた」と告訴したが、捜査で犯人はXではなくYだと分かった → Yについて有効な告訴がある。

出題犯人をXと指定した告訴は、真犯人Yに対して有効(○)

出題甲を告訴、真犯人は乙で甲は無関係 → 告訴の効力は乙に及ぶ(○)

×にされやすい形
  • 「名指しした者が犯人でなかった以上、真犯人を起訴するには改めて告訴が要る」

3主観的不可分の例外:親族相盗例()条文学説

  • 1項:配偶者・直系血族・同居の親族との間の窃盗等 → 刑を免除。
  • 2項:1項の親族以外の親族(配偶者・直系血族以外で、同居していない親族。例:別居の兄弟姉妹・おじ・甥)との間の窃盗等 → 告訴がなければ公訴を提起することができない(親告罪)。以下「別居の親族」はこの2項の親族を指す。
  • 3項:前二項は親族でない共犯には適用しない。
  • 条文が決めているのはここまで(親族の分だけ親告罪・非親族の共犯には特例を当てない)。告訴の効力が親族に及ぶかは条文に書かれていない=解釈。
  • 解釈(解説書):非親族の共犯者への告訴の効力は、別居の親族である共犯者には当然には及ばないと考えられている(解説書)。親族の分は、改めて告訴を受理すれば起訴できる。
  • 理由:及ぶとすると、親族間の犯罪を処罰するか否かを被害者の意思に委ねた親族相盗例の趣旨が失われる。
共犯の1人への告訴・取消しその共犯者は非親族で、他の共犯者が被害者の別居の親族か親告罪は親族の分だけ(刑法244条2項・3項)。及ばないとするのは解釈親族には当然には及ばない改めて告訴が要るはいいいえ他の共犯全員に及ぶ(238条1項)名指しが誤りでも真犯人に及ぶ
主観的不可分と例外。当然には及ばない、なので、親族について改めて告訴があれば起訴できる。

友人Aと別居の甥Bが共謀して叔母の時計を盗んだ。叔母がAを告訴しても、Bを起訴するにはBについて改めて告訴が要る。甥が叔母と同居していたなら、甥はで刑が免除され、告訴の有無は問題にならない。

なぜ分けるか:Aの窃盗はもともと親告罪ではなく、告訴が問題になるのはBの分だけ。Aを処罰してほしいという意思が、そのまま身内のBも処罰してほしいという意思とは限らない(「友人は処罰を、身内とは家の中で片を付けたい」ということがある)。

出題親族でない甲への告訴の効力は、共犯の別居中の弟乙にも及ぶ(×)

×にされやすい形
  • 「非親族の甲を告訴すれば、その効力は共犯である被害者の別居の弟乙にも及ぶ」
  • 「親族である共犯者は、改めて告訴があっても起訴できない」(当然には及ばない、というだけ)

4客観的不可分(明文なし)学説裁判例

  • 1個の犯罪事実に対する告訴又は告訴の取消しは、その全部に効力が及ぶ。のような明文は無い=解釈。
  • 理由は主観的不可分と同じ:告訴は犯罪事実に対するもの。
  • 1個かどうかは刑法の罪数論で決める。単純一罪・包括一罪・科刑上一罪(観念的競合・牽連犯)とも原則として適用。
  • 取消しが全体に及ぶことは解説書(「告訴または告訴の取消し」)による。下の2つの裁判例は告訴の効力の範囲を判断したもの。
  • 取消しも一罪の全体に及ぶ → 一部の告訴を取り消した後に、同じ一罪の別の部分を告訴し直しても無効()。
  • 告訴の効力を問うのは親告罪のときだけ。他人の家からの窃盗は親告罪ではないので、告訴がどこまで及ぶかを問う場面にならない → 原則の例も別居の親族による窃盗で考える。
罪数どんな場合かこの回の例告訴の効力
包括一罪同じ機会の窃盗など=1個の犯罪同じ機会に兄の部屋から現金と腕時計(4)1個=全体に及ぶ(被害者が別なら被害者ごと=7)
牽連犯(科刑上一罪)手段と結果の関係にある2つの罪を、刑を決めるときだけ1つにまとめる家に入り込んで(住居侵入)盗む(窃盗)(6)原則は全体に及ぶ(例外=6)
観念的競合(科刑上一罪)1つの行為が2つ以上の罪にあたる1本の記事で2人の名誉を毀損(7)被害者が別なら被害者ごと(7)
併合罪別々の行為による別々の罪(数罪)別の日の2回の強制わいせつ(5)当然には及ばない(5)

別居の弟が実家に来たとき、兄の部屋から現金と腕時計を同じ機会に盗んだ(包括一罪)。兄が現金のことだけ告訴しても、腕時計の分も含めて起訴できる。兄が現金の告訴を取り消した後に、腕時計の分だけ改めて告訴しても無効。

  • 東京高判昭33・5・31:畑の土と玉蜀黍(とうもろこし)を損壊したという器物毀棄(親告罪)の事件。被害者は、土を掘り取られたことを告訴していたが、玉蜀黍を抜かれたことは後になって申述した。弁護人は、玉蜀黍の損壊には告訴が無いと主張した。判決は、
  • 告訴不可分の原則により右司法警察員に対する土壌窃盗の告訴の効力は之と一罪の関係にある玉蜀黍の損壊にも及ぶものと認むべきである
  • 判決は、玉蜀黍についても一応被害を告訴し、後日詳細を申述したと見られないこともない、という理由も並べている。こうして告訴はあるとしたうえで、判決は、土と玉蜀黍を損壊したという事実そのものは証明が不十分として無罪とした(告訴の判断とは別の理由)。
  • 高松高判昭27・4・24(重い罪の告訴は、それに含まれる軽い罪の事実を含む):
  • 強姦未遂の告訴中には之より軽い強制猥褻の事実は当然包含せられている。
  • 当時は強姦・強制わいせつとも親告罪。平成29年の改正(法律72号)で性犯罪の親告罪の規定は削除=現行法ではこの場面は生じない(出題は改正前)。

出題別居の姉が宝石の窃盗を告訴 → 一緒に盗んだ現金も含めて起訴しても、告訴を欠く起訴ではない(○)

出題宝石の告訴を取り消した後に現金の窃取を告訴 → 現金の窃取での起訴は、告訴を欠く起訴ではない(×)

出題強姦未遂の告訴は軽い強制わいせつの事実を当然包含 → 強制わいせつで起訴できる(○)

出題強姦未遂の告訴があれば、観念的競合又は牽連犯のわいせつ目的略取未遂だけで起訴しても、告訴を欠く起訴ではない(○)

×にされやすい形
  • 「告訴を取り消した後でも、同じ一罪の別の部分(現金)を告訴し直せば、その部分は起訴できる」(取消しも全体に及び、更に告訴できない)
  • 「一罪の一部に限って告訴すれば、効力はその部分にとどまる」(原則は全体に及ぶ。限定が効くのは6の場面)

5別の罪には、告訴の意思があるかを別に見る(例:名古屋高金沢支判平24・7・3)裁判例

  • 事案:6月24日と25日の2回の強制わいせつ(当時は親告罪)。原判決はこれを連続した2回の併合罪の関係にあるとし、判決はその判示を引く。被害者の祖母の告訴状(7月18日・起訴前)は、25日ころの被害に限って書かれていた。24日の事実は8月10日に起訴された。
  • …実際にはあえて同年6月25日ころにわいせつ行為を受けたという被害事実に限定して記載がされていることに照らすと,本件告訴状による告訴は,前記起訴状記載第1の2の事実についてのものと解するのが相当であって,本件公訴棄却事実についてまで告訴意思を表示しているとみることはできない。
  • 判決は、両日の被害を念頭に置いていたなら両日を書くのが自然なのに、あえて25日に限って書いているという事情から、祖母の告訴の意思の範囲を個別に解釈し、24日の分には及ばないとした原判決の判断を是認した(「客観的不可分」「一罪」の語は使っていない)。
  • 整理(ノート):客観的不可分が働くのは1個の犯罪事実の中だけ。別の罪は、告訴の意思がそこまで向いているかを個別に見る(この判決もその判断)。
×にされやすい形
  • 「同じ被害者・同じ犯人なら、別の日の犯行(併合罪)にも告訴の効力が及ぶ」

6例外①牽連犯でことさら非親告罪に限った告訴学説

  • 場面(解説書):別居の親族の家に入り込んで窃盗(住居侵入と窃盗=牽連犯=科刑上一罪)。住居侵入は親告罪ではない/別居の親族からの窃盗は親告罪()。
  • 被害者が窃盗は処罰を求めないと明らかにして、ことさら非親告罪の住居侵入だけを告訴 → 告訴の効力は窃盗に及ばない。
  • 理由(解説書):親族間の犯罪を処罰するか否かを被害者の意思に委ねた親族相盗例の趣旨。
  • 帰結:検察官は住居侵入だけなら起訴できるが、住居侵入・窃盗では起訴できない。
  • 過去問では、親族相盗例でない場面(住居侵入と、科刑上一罪の強制わいせつ〔当時は親告罪〕)でも、住居侵入に限った告訴は強制わいせつに及ばないとして出題された(司法H20-23-ウ・○)。
  • ことさら限定していなければ原則に戻り、窃盗にも及ぶ → 告訴の受理・起訴のときに被害者の意思を十分に確かめるべき(解説書の実務上の注意)。

別居の叔父の家に入り込んで金を盗んだ甥について、叔父が「家に入ったことだけ処罰を、お金のことは身内で片を付けたい」と限って告訴した → 住居侵入だけなら起訴できる。叔父が「家に入られた」とだけ告訴し、盗みを許すつもりは示していなかった → 原則どおり窃盗にも及ぶ。

出題親族相盗例でない場面:住居侵入に限定した告訴の効力は、科刑上一罪の強制わいせつ(当時は親告罪)に及ばない(○)

×にされやすい形
  • 「牽連犯は科刑上一罪なので、被害者がことさら住居侵入に限って告訴しても、窃盗にも効力が及ぶ」
  • 「住居侵入の告訴は、限定の意思が示されていなくても窃盗には及ばない」(限定が無ければ原則どおり及ぶ)

7例外②③被害者が別(被害者の異なる包括一罪・観念的競合)学説

  • 理由(解説書):告訴は、被害者が自己の被害について処罰を求めるもの → 1人の被害者の告訴は、他の被害者の被害に及ばない。
  • ②被害者の異なる包括一罪:同じ機会に別居の親族V1・V2から盗んだ。包括一罪と考えれば及びそうだが、V1の告訴はV2の被害に及ばない → V2の告訴を受理しない限り、V2の被害は起訴できない。
  • ③観念的競合:1つの記事で2人の名誉を毀損(名誉毀損は親告罪=)。V1が告訴を取り消しても、取消しの効力はV2の被害に及ばない → V2の告訴は有効で起訴できる。
例外罪数上の扱い及ばない理由(解説書)
①ことさら非親告罪に限定(6)牽連犯(科刑上一罪)親族相盗例の趣旨(処罰を被害者の意思に委ねた)
②被害者の異なる包括一罪包括一罪と考えても告訴は自己の被害について処罰を求めるもの
③観念的競合科刑上一罪同上(取消しも被害者ごと)

別居の弟が、実家で兄の財布と、兄と暮らす姉の指輪を同じ機会に盗んだ → 兄の告訴では、姉の被害は起訴できない。1本の記事で2人の名誉を傷つけ、1人目が和解して告訴を取り消した → 2人目が告訴すれば起訴できる。

出題弟甲が、同居していない姉Aの宝石と、Aと同居する妹Bの現金を盗んだ。Aの告訴だけで両方を起訴しても、告訴を欠く起訴ではない(×)

出題V1の告訴の効力は、同じ記事による甲のV2への名誉毀損にも及ぶ(×)

出題一通の文書でA・Bの名誉毀損 → Aの告訴の効力はBに対する名誉毀損に及ばない(○)

×にされやすい形
  • 「1つの記事による名誉毀損は観念的競合で一罪なので、V1の告訴の効力はV2への名誉毀損にも及ぶ」
  • 「同じ機会の窃盗は包括一罪なので、1人の被害者の告訴で、別の被害者の被害も起訴できる」
  • 「V1が告訴を取り消せば、V2の告訴も効力を失う」(取消しも被害者ごと)

8告訴の追完条文学説

  • 告訴の追完=起訴の時に欠けていた告訴を起訴の後に得て、それで欠けが補われたものとして手続を続けること。
  • 場面(解説書):器物損壊で起訴した後、告訴が無いと気づき、告訴状を得て証拠調べを請求した。
  • 原則:公訴提起の時に有効な告訴が無ければ、「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」(4号)=公訴棄却の判決。
  • 追完を認める方向の事情:公訴棄却の判決には一事不再理効が無く、再起訴できる → 訴訟経済。
  • 反対の事情(解説書が挙げる2つ):①起訴後に示談の成立などの事情の変化があれば、再起訴されるとは限らない ②被告人が公訴棄却を望んでいるのに、追完を待って続行させるのは公正とは言いがたい。
  • 解説書の著者の結論:被告人の同意が得られるなら追完を認めてよい/同意しないなら公訴棄却の判決を言い渡すべき。解説書は、これを判例・通説の立場としては書いていない。
  • 起訴後の処罰の意思表示では起訴時の告訴は作れない、とした例(名古屋高金沢支判平24・7・3・追完を正面から論じたものではない)。24日の事実(8月10日起訴)について出てきた3つの書面の扱い:
書面作成24日の事実についての扱い
祖母の告訴状7月18日(起訴前)25日の被害に限って書かれている → 24日の告訴にならない(5)
祖母の検察官調書12月14日(起訴後)24日も処罰を求める記載があるが、起訴時の告訴にならない(下の引用)
被害者自身の検察官調書8月1日(起訴前・当時10歳11か月)告訴能力があり有効な告訴 → 公訴棄却した原判決を破棄・差戻し
  • 同調書が作成されたのは同事実が起訴された同年8月10日より後であることが明らかであって,同調書の記載によって本件公訴棄却事実について公訴提起時に有効な告訴があったとすることはできない。
  • 区別:起訴の時は非親告罪の訴因だったのに、審理で親告罪と分かった場合は、訴訟条件の基準時と訴因変更の問題(追完とは別の論点)。
告訴の要る罪で起訴起訴の時点で有効な告訴があったかそのまま審理はいいいえ(起訴後に告訴を得た)被告人が追完に同意するか解説書の著者の見解追完を認めてよいはいいいえ公訴棄却の判決338条4号
原則は公訴棄却。2段目(同意で分ける)は解説書の著者の見解で、判例・通説としては書かれていない。

器物損壊で起訴した後に告訴状を得た。被告人が「このまま審理してよい」と言えば追完を認めてよく、「打ち切ってほしい」と言えば公訴棄却、というのが解説書の著者の考え方。解説書の理由は2つ。①起訴後に示談がまとまるなどすれば、打ち切られた後に再起訴されるとは限らない。②被告人が公訴棄却を望んでいるのに、追完を待って手続を続けるのは公正とは言いがたい。

×にされやすい形
  • 「起訴後に告訴状が提出されれば、起訴の時に告訴を欠いた瑕疵は当然に治癒される」(原則は公訴棄却)
  • 「判例は、被告人の同意があれば告訴の追完を認める」(同意で分けるのは解説書の著者の見解)

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#71単独ページ動画

起訴状の記載と起訴状一本主義

問い:起訴状には何を書かなければならず、何を書いてはいけないか。前科や証拠の文面は、どこまで書けるか。

骨組み

  1. 1起訴状の提出():公訴の提起は起訴状を提出してする=口頭・電話・電磁的記録の送信では起訴できない(緊急でも)
  2. 2記載事項と被告人の特定(・):①被告人を特定するに足りる事項 ②公訴事実 ③罪名の3つ → 氏名が分からなくても氏名不詳で起訴できる/効力は検察官の指定した被告人だけ
  3. 3訴因と罰条(・):公訴事実は訴因を明示(できる限り日時・場所・方法で特定)/罰条の記載の誤は、防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り効力に影響しない
  4. 4起訴状一本主義():予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の添附も、その内容の引用も禁止 → 趣旨=裁判官は白紙の状態で第1回公判期日に臨む(最大判昭27・3・5)・当事者主義とも結びつく
  5. 5起訴状のほかに出すもの(刑訴規則289条・167条・165条):略式命令の請求と同時に書類・証拠物を裁判所に差し出す/逮捕・勾留中の被告人を起訴したら逮捕状・勾留状を速やかに裁判官に差し出す(ほか弁護人選任書=規則165条)=どれもに反しない
  6. 6書いてよい記載の物差し(最判昭26・4・10・最判昭33・5・20):訴因明示のため構成要件にあたる事実か密接不可分の事実で、罰条にあたる所以を明らかにするのに必要 → 6項違反でない/学歴・経歴・定業なしの記載=予断の事項に足りない
  7. 7前科の記載(原則)(最大判昭27・3・5):詐欺の公訴に詐欺の前科=予断を生ぜしめるおそれのある事項 → 累犯加重の原由でも書かない(量刑事項=証拠調べの段階で出せば足りる)
  8. 8前科の記載(例外)(最大判昭27・3・5・最判昭26・12・18):前科が構成要件(常習累犯窃盗)・公訴事実の内容(前科を手段方法とする恐喝)なら適法=被告人自身の経歴・素行に乗じた恐喝
  9. 9脅迫文書の文面(最判昭33・5・20):原則は要約して摘記 → 趣旨が婉曲暗示的で相当詳細でなければ判明し難い場合は、全文とほとんど同様の記載でも6項違反でない
  10. 10文章の抽出記載(最決昭44・10・2):名誉毀損の文章のうち、検察官が構成要件に該当すると思料する部分を抽出して記載=訴因を明示するための方法として不当でなく、6項の引用にあたらない(括弧書きで原判示を是認。昭27・昭33とは事案を異にすると区別)
  11. 11違反の効果(・最大判昭27・3・5):判決で公訴棄却/すでに生じた違法性は治癒することができない(後から削っても治らない)

色の札は出どころ:条文 判例 解説書。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。刑訴規則・盗犯等防止法の条文は文字のまま。

流れで覚える。書くもの(1〜3)→ 書いてはいけないもの(4)とその外側(5)→ 書いてよいかの線引き(6〜10)→ 違反したら(11)。

1起訴状の提出()条文

  • 条文:公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
  • 口頭・電話・電報・電磁的記録の送信による起訴は認められない(解説書)。「緊急やむを得ない場合」の例外も無い。
  • 書面に限る理由(講義解説):起訴によって訴訟係属という重大な効果が生じる → いつ・どの範囲で起訴されたかの形式的確実性が要る。
×にされやすい形
  • 「公訴の提起は、緊急やむを得ない場合には、起訴状の提出によらず、口頭によることもできる」

出題緊急やむを得ない場合には口頭で公訴を提起できる(×)

2記載事項と被告人の特定(・)条文

  • :起訴状に記載しなければならないのは、1号=被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項/2号=公訴事実/3号=罪名。
  • 刑訴規則164条1項:このほか、被告人の年齢、職業、住居及び本籍(1号)、逮捕又は勾留されているときはその旨(2号)なども書く。2項:1号の事項が明らかでないときは、その旨を記載すれば足りる。
  • 条文が求めるのは氏名そのものではなく「特定するに足りる事項」→ 氏名が分からなくても起訴できる。実務は「氏名不詳」とし、勾留中なら留置番号を付記し、写真を添付して特定する(解説書)。
  • :公訴は、検察官の指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない。Aを起訴した後に真犯人がBと分かっても、Aの起訴でBは裁けない → Aは無罪、Bは改めて起訴する(解説書)。
  • 名を偽った・身代わりのように、誰が被告人かが争われる場面の見解の1つ(司法H26-29 の【見解】):起訴状あるいは判決書の表示のみによってではなく、公訴を提起した検察官の意思や、現実に審理の過程において被告人として行動し、取り扱われた者が誰であるかも併せ考えて判定する。
事例(甲の立場)検察官が取り調べ・起訴した者(検察官の意思)審理の過程で被告人として行動し、取り扱われた者甲を被告人として扱えるか
真犯人の甲が乙と名のり、乙名の勾留状で勾留され、勾留中のまま乙名の起訴状で起訴された勾留中の甲―(第1回公判期日の前に発覚=まだ審理に入っていない)扱える
真犯人の甲が在宅の取調べで乙と名のり、乙名の起訴状で起訴された取調べを受けた甲起訴状謄本を受け取って第1回公判期日に出頭した甲(冒頭手続の後に発覚)扱える
真犯人は乙。乙名で起訴された乙に頼まれ、甲が身代わりとして出頭した取調べを受けた乙出頭した甲は、人定質問の段階で身代わりと発覚扱えない
真犯人の甲が乙に身代わりを頼み、取調べ・起訴・出頭まで乙。甲は手続に出てこない取調べを受けた乙出頭した乙(期日の審理が終わった段階で発覚)扱えない

中の2列の振り分けと、どの2個が扱えるか(右の列)はこのノートの当てはめ(問題が示すのは【見解】と、扱える事例の数=2個という正答だけ)。

×にされやすい形
  • 「起訴状には被告人の氏名を記載しなければならないので、氏名が判明しない場合には公訴を提起できない」

出題被告人の氏名が判明しない場合には公訴を提起できない(×)

出題乙と名のり勾留中のまま乙名で起訴された甲を、この見解で被告人として扱える(○)

出題在宅で乙名で起訴され、起訴状謄本を受け取って出頭した甲を、この見解で被告人として扱える(○)

出題人定質問で発覚した身代わり出頭者の甲を、この見解で被告人として扱える(×)

出題乙に身代わりをさせ手続に関与していない真犯人甲を、この見解で被告人として扱える(×)

3訴因と罰条(・)条文

  • 3項:公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
  • 4項本文:罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。
  • 4項但書:罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。救われるのは「罰条の記載の誤」(条文の文言)。罰条の誤りの例(講義解説):窃盗と書くべきところを横領と書いた。
  • 条文は「公訴事実は、訴因を明示して」と書くが、現在では起訴状の「公訴事実」=「訴因」であり、審判の対象は訴因と考えるのが一般(解説書)。
  • 訴因=審判の対象そのもの(中身)→ 厳格に特定する。罪名・罰条=訴因とあいまって公訴事実を特定させるが、付随的なもの(解説書)。
公訴事実(訴因)罪名・罰条
役割何を審理するか(審判の対象)その事実を法的にどう呼ぶか(付随的)
条文の求めできる限り日時・場所・方法で特定適用すべき罰条を示す
誤り―罰条の誤りは、防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り効力に影響しない
×にされやすい形
  • 「起訴状の罰条の記載に誤りがあれば、公訴提起は無効となる」(防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り影響しない)

4起訴状一本主義()条文

  • 予断=証拠を調べる前に、裁判官が事件について抱いてしまう先入観(判例は、裁判官が「先入的心証を抱くことなく」白紙の状態で第1回公判期日に臨むと言う)。
  • 条文:起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。
  • 添附の禁止だけでは、書類の中身を起訴状の文章に書き写せば同じことになる → 内容の引用も禁止(添附禁止の潜脱を防ぐ・解説書)。
  • 根拠(解説書):予断排除の原則と当事者主義=裁判所は中立公平な審判者として、当事者である検察官と被告人・弁護人の主張・立証に基づいて判断する。
  • 判例の言う趣旨(最大判昭27・3・5):
  • …裁判官が、あらかじめ事件についてなんらの先入的心証を抱くことなく、白紙の状態において、第一回の公判期日に臨み、その後の審理の進行に従い、証拠によつて事案の真相を明らかにし、もつて公正な判決に到達するという手続の段階を示したものであつて、直接審理主義及び公判中心主義の精神を実現するとともに、裁判官の公正を訴訟手続上より確保し、よつて公平な裁判所の性格を客観的にも保障しようとする重要な目的をもつているのである。
  • 公判請求なら、裁判所に渡るのは原則として起訴状だけ。証拠書類・証拠物は、原則として法廷での証拠調べで初めて出る。ただし起訴状のほかに出すものがある(5)。
  • 第1回公判期日の前でも、公判前整理手続で証拠開示に関する裁定の請求について決定するのに必要なら、裁判所は証拠の提示を命ずることができる()。この場合、裁判所は何人にもその証拠の閲覧・謄写をさせることができない。
  • 即決裁判手続は、公訴の提起と同時に申し立て、証拠調べを簡略にして即日判決をめざす手続。法廷を開かず書類審査だけで罰金などを命じる略式手続(5)とは別物(講義解説)。
×にされやすい形
  • 「起訴状一本主義は『公平な裁判所』の理念に基づくものであるから、当事者主義とは無関係である」
  • 「即決裁判手続においては、の適用はない」
  • 「公判審理を担当する裁判所は、証拠開示に関する裁定のためであっても、第1回公判期日前には証拠の提示を求めることはできない」

出題起訴状一本主義は公平な裁判所の理念に基づくので当事者主義とは無関係である(×)

出題即決裁判手続においては256条6項の適用はない(×)

出題証拠開示に関する裁定のためでも、第1回公判期日前には証拠の提示を求められない(×)

5起訴状のほかに出すもの(刑訴規則289条・167条・165条)条文

  • 刑訴規則289条1項:検察官は、略式命令の請求と同時に、略式命令をするために必要があると思料する書類及び証拠物を裁判所に差し出さなければならない=起訴状1枚の原則の例外。
  • 略式手続は、公開の法廷を開かず、書類審査だけで罰金などを命じる手続=最初から証拠書類も一緒に提出して審査してもらう(講義解説)。
  • 刑訴規則167条1項:検察官は、逮捕又は勾留されている被告人について公訴を提起したときは、速やかにその裁判所の裁判官に逮捕状・勾留状等を差し出さなければならない。
  • 受け取るのは「裁判官」:公訴の提起後第1回の公判期日までの勾留に関する処分は裁判官が行い()、事件の審判に関与すべき裁判官は原則としてその処分をすることができない(刑訴規則187条1項但書)=予断排除の担保。ただし、急速を要する場合又は同一の地に処分を請求すべき他の裁判所の裁判官がない場合は、自らその処分をすることができる(同条2項但書)。
  • 刑訴規則165条:検察官は、公訴の提起と同時に、検察官又は司法警察員に差し出された弁護人選任書を裁判所に差し出さなければならない(同時に出せないときは、起訴状にその旨を記載し、起訴後速やかに差し出す)。
起訴の場面起訴状のほかに出すもの出す先
公判請求証拠書類・証拠物は出さない(証拠調べの段階で)―
略式命令の請求略式命令をするのに必要な書類・証拠物(請求と同時に・規則289条)裁判所
逮捕・勾留中の被告人の起訴逮捕状・勾留状等(速やかに・規則167条)その裁判所の裁判官(第1回公判期日までの勾留の処分をする。審判に関与すべき裁判官は原則として不可=規則187条1項但書。急速を要する場合等は自らできる=2項但書)
起訴一般(選任書が出ているとき)検察官・司法警察員に差し出された弁護人選任書(公訴の提起と同時に・規則165条)裁判所
×にされやすい形
  • 「により書類等の添付が禁止されているので、略式命令の請求と同時に書類・証拠物を裁判所に差し出すことは許されない」
  • 「により、勾留中の被告人を起訴する際、起訴状の提出と同時に逮捕状や勾留状をその裁判所の裁判官に差し出すことは許されない」

出題略式命令の請求と同時に書類・証拠物を裁判所に差し出しても256条6項に反しない(○)

出題起訴状一本主義により略式命令の請求と同時に書類・証拠物を差し出すことは許されない(×)

出題勾留中の被告人の起訴と同時に逮捕状・勾留状を裁判官に差し出すことは許されない(×)

6書いてよい記載の物差し(最判昭26・4・10・最判昭33・5・20)判例

  • 最判昭26・4・10(公職追放令違反の事件)が示し、最判昭33・5・20 が「当裁判所の判例」として述べ直した規範:
  • 起訴状に記載された事実がその訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実若くはこれと密接不可分の事実であつて被告人の行為が罪名として記載された罰条にあたる所以を明らかにするため必要であるときはその記載は刑訴二五六条六項に違反しないこと当裁判所の判例とするところである
  • 物差しにあたる例(解説書):前科・暴力団員であること等を誇示した恐喝で、その記載が無いと被害者が畏怖したことが理解できない場合など、訴因の明示に必要なら記載が許される場合もある(8)。
  • 3項(訴因の明示=特定の要請)と6項(予断排除)がぶつかる所を、この物差しで分ける。前科・余罪・暴力団員であること・性癖は、通常は構成要件にあたる事実でも密接不可分の事実でもない → 6項違反(解説書の整理)。
  • ただし、書く必要の無い記載がすべて6項違反になるのではない。予断を生ぜしめる虞のある事項かどうかを見る(最判昭33・5・20 の別の判示):
  • 右は、要するに被告人の学歴、経歴、住居及び終戦引揚後定業に就いていなかつた事実の記載に過ぎず、公訴犯罪事実について裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない。
  • 同じ判決は、犯罪の経緯、動機を記載した起訴状もに違反しないことを「当裁判所の判例とするところ」としている(最決昭27・6・12 を引く)。経緯・動機の記載が1段目の物差しで通るのか、予断の事項でないから通るのかは、この判決は述べていない。
  • 学歴・経歴と前科の違い:判例が示すのは結論だけ。詐欺の公訴に詐欺の前科は「両者の関係からいつて」予断を生ぜしめるおそれのある事項(最大判昭27・3・5)、学歴・経歴・定業なしは予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない(最判昭33・5・20)。一般的な線の引き方は述べていない。
起訴状の公訴事実の記載構成要件にあたる事実か、これと密接不可分の事実か訴因を明示し、罰条にあたる所以を明らかにするため必要書いてよい6項違反でないはいいいえ予断を生ぜしめる虞のある事項か例:詐欺の公訴に詐欺の前科(最大判昭27・3・5)6項違反でない学歴・経歴・定業なし等いいえはい256条6項違反判決で公訴棄却(338条4号)・治癒しない
紫の枠が判例の言葉。1段目の物差しは最判昭26・4・10(最判昭33・5・20 が述べ直す)、2段目の「予断の事項に足りない」は最判昭33・5・20。判例はこの2つを順に当てる要件の形では並べていない。余罪・暴力団員・性癖が通常6項違反とされるのは解説書の整理。
×にされやすい形
  • 「公訴事実の冒頭に被告人の学歴・経歴や、定職に就いていないことを記載すれば、に違反する」(予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない)

7前科の記載・原則(最大判昭27・3・5)判例

  • 事案:詐欺罪の公訴事実の冒頭に「被告人は詐欺罪により既に二度処罰を受けたものであるが」と記載した。
  • このように詐欺の公訴について、詐欺の前科を記載することは、両者の関係からいつて、公訴犯罪事実につき、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項にあたると解しなければならない。
  • 検察官は、前科は累犯加重の原由で、罰条の摘示と同じ趣旨で書いたと主張した。判決はこれを退けた:
  • 前科が、累犯加重の原由たる事実である場合は、量刑に関係のある事項でもあるから、正規の手続に従い(刑訴二九六条参照)、証拠調の段階においてこれを明らかにすれば足りるのであつて、特にこれを起訴状に記載しなければ、論旨のいう目的を達することができないという理由はなく

前科による刑の執行猶予中に同じ詐欺をした場合でも、執行猶予中であることは起訴状に書く必要のある事実ではない。量刑に関わる前科は、証拠調べの段階で明らかにすれば足りる。

×にされやすい形
  • 「詐欺の前科の記載は原則として許されないが、被告人がその前科による刑の執行猶予中であれば、公訴事実中に記載する必要がある」
  • 「累犯加重の原由となる前科は、罰条の摘示と同じく起訴状に記載してよい」

出題詐欺の前科は原則記載できないが、その刑の執行猶予中なら公訴事実に記載する必要がある(×)

8前科の記載・例外(最大判昭27・3・5・最判昭26・12・18)判例

  • もつとも被告人の前科であつても、それが、公訴犯罪事実の構成要件となつている場合(例えば常習累犯窃盗)又は公訴犯罪事実の内容となつている場合(例えば前科の事実を手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であつて、これを一般の前科と同様に解することはできないから、これを記載することはもとより適法である。
  • 構成要件の例:常習累犯窃盗(盗犯等防止法3条)=常習として窃盗等をした者で、その行為前10年内に窃盗・強盗等の罪(又はそれと他の罪との併合罪)で3回以上、6月の拘禁刑以上の刑の執行を受け(又はその執行の免除を得)たもの → 前科を書かないと、その罪にあたることを示せない。
  • 手段方法の例(最判昭26・12・18):一般人を恐れさせるような被告人の経歴、素行、性格等を相手方が知っているのに乗じた恐喝。
  • 一般の犯罪事実を起訴状に記載するに当り、犯罪事実と何ら関係がないのに拘らず被告人の悪性を強調する趣旨で被告人に前科数犯あることを掲げるごときは、前記規定の趣旨から避くべきであることも論がないところである。
  • 本件で起訴された恐喝罪の公訴事実のように、一般人を恐れさせるような被告人の経歴、素行、性格等に関する事実を相手方が知つているのに乗じて恐喝の罪を犯した場合には、これら経歴等に関する事実を相手方が知つていたことは恐喝の手段方法を明らかならしめるに必要な事実である。
  • 最判昭27・4・8 も、「被告人は賭博恐喝等の前科数犯あり、その乾分数名と無為徒食し常に粗暴なる言動ある為世人の嫌忌畏怖して居るに乗じ恐喝せんことを企て」という記載(裁判要旨による)を、恐喝罪の構成要件たる事実だから違法ではないとした。
  • どの判例も、畏怖の原因になっているのは被告人自身の前科・経歴。被害者の前科をネタに脅した場合は、被告人の前科を書く話ではない。
  • 解説書の著者の意見:こうした事実は冒頭陳述でも明らかにできるので、起訴状に書くかは慎重に検討し、できるだけ避けるのが望ましい(判例の判示ではない)。
前科の記載例結論
構成要件となっている常習累犯窃盗適法
公訴事実の内容(手段方法)となっている被告人の前科・評判を相手が知っているのに乗じた恐喝適法
構成要件でも公訴事実の内容でもない(一般の前科)詐欺の公訴に詐欺の前科予断を生ぜしめるおそれのある事項

同じ被告人でも、刃物を見せて脅しただけで前科や評判を持ち出していなければ、前科は畏怖の原因と関係しない → 書けば原則どおり違反の方向。

×にされやすい形
  • 「前科を誇示してした恐喝のように前科が実行行為の一部となっている場合でも、公訴事実中に前科を記載することは許されない」
  • 「常習累犯窃盗罪のように前科が構成要件の一部を構成している場合でなければ、起訴状に前科を記載することは許されない」(手段方法となっている場合も許される)

出題前科の事実を手段・方法とした恐喝の起訴なら、公訴事実に前科を記載することも許される(○)

出題前科を誇示した恐喝のように前科が実行行為の一部でも、前科の記載は許されない(×)

出題前科が構成要件の一部となる常習累犯窃盗のような場合でなければ、起訴状に前科を記載できない(×)

9脅迫文書の文面(最判昭33・5・20)判例

  • 事案:恐喝の公訴事実に、脅迫文の文面がほぼそのまま記載され(和罫紙3枚に複写して脅迫文3通を作り、うち1通を書留内容証明郵便で郵送した、という記載)、後に証拠として出された書簡とほとんど同様だった。文面は、取引の脱税が第三者申告の対象となり、新聞の創刊号に特種として載る予定だとして、釈明を求めるもの。
  • 一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。
  • 他方で、訴因の明示には犯罪の方法もできる限り特定しなければならず、恐喝では害を加えるべきことの通告をした事実は犯罪構成事実に属するから、具体的に記載しなければならない(同判決)。
  • 本件公訴事実によればいわゆる郵送脅迫文書は加害の通告の主要な方法であるとみられるのに、その趣旨は婉曲暗示的であつて、被告人の右書状郵送が財産的利得の意図からの加害の通告に当るか或は単に平穏な社交的質問書に過ぎないかは主としてその書翰の記載内容の解釈によつて判定されるという微妙な関係のあることを窺うことができる。
  • かような関係があつて、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、
    …全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。
  • 決め手は、要約すると脅しなのか単なる問い合わせなのか(加害の通告に当たるか)自体が分からなくなること。脅しであることが明らかで程度だけの問題の場面で全文に近い記載が許されるかは、この判決からは言えない。
  • 垂水補足意見=短い書簡が犯罪成否の分かれ目となる特殊な場合に限る。小林少数意見=明らかに6項違反(判示の趣旨の書面を郵送した、と書けば足りる)。判例に批判的な学説も少なくない(解説書)。

「金を払わなければ家に火をつける」と一文で言い切った手紙なら、要約しても加害の通告だと分かる → 全文を写す必要は無く、要約して摘記すべき場面。

×にされやすい形
  • 「恐喝の手段として送付された脅迫状の全文を公訴事実に引用するのは、証拠の引用に当たるので許されることはない」
  • 「脅迫文書の内容は、常に全文をそのまま記載するのが原則である」(一般には要約して摘記すべき)

出題脅迫文書の趣旨が相当詳細に摘示しなければ判明し難い場合、全文とほとんど同様の記載でも256条6項に違反しない(○)

出題恐喝の手段の脅迫状の全文を公訴事実に引用するのは許されることはない(×)

10文章の抽出記載(最決昭44・10・2)判例

  • 事案:名誉毀損の事件で、起訴状に「外遊はもうかりまつせ、大阪府会滑稽譚」と題する文章の原文を書き写した(解説書によれば原文の約3分の1・約3500字。字数は決定文には無い)。決定はこれを「原文の引用」と呼びつつ、6項にいう内容の「引用」にはあたらないとした。
  • 本件起訴状における「外遊はもうかりまつせ、大阪府会滑稽譚」と題する文章原文の引用は、検察官が同文章のうち犯罪構成要件に該当すると思料する部分を抽出して記載し、もつて罪となるべき事実のうち犯罪の方法に関する部分をできるかぎり具体的に特定しようとしたものであつて、刑訴法二五六条三項に従つて本件訴因を明示するための方法として不当とは認められず、また、これをもつて同条六項にいう裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用したものというにはあたらない。
  • この判示は、上告理由にあたらないとした後の括弧書きで、「この点に関する原判示は、是認することができる」と原判決の判断を是認したもの。
  • 弁護人は最大判昭27・3・5 と最判昭33・5・20 を判例違反の根拠に挙げたが、決定はどちらも別の事案として退けた:
  • 昭和二七年三月五日当裁判所大法廷判決(刑集六巻三号三五一頁)は、起訴状の公訴事実の冒頭に犯罪事実と関係のない被告人の前科が記載された事案に関するものであり、また、昭和三三年五月二〇日当裁判所第三小法廷判決(刑集一二巻七号一三九八頁)は、起訴状の公訴事実中に、恐喝の手段として被害者に郵送された脅迫文書の全文とほとんど同じ記載がなされた事案に関するものであつて、いずれも本件と事案を異にし、適切ではない
  • 昭33と昭44の関係:どちらも、訴因の明示(3項)の要請から文書の文言を書くことを許した点では共通する。ただし昭44は昭33を根拠に引いて確認したのではなく、事案が違うとして区別した。
  • 条件の違い:昭33は、6の物差し(最判昭26・4・10)を引いたうえで、全文に近い記載を「婉曲暗示的」で要約では「相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合」に許した。昭44は物差しの判例も婉曲暗示的という条件も挙げず、検察官が構成要件に該当すると思料する部分の抽出記載を、3項に従った訴因明示の方法として不当でないとした。
最判昭33・5・20最決昭44・10・2
罪名恐喝名誉毀損
記載脅迫文書の全文とほとんど同様検察官が文章のうち構成要件に該当すると思料する部分を抽出
理由婉曲暗示的で、相当詳細でなければ趣旨が判明し難い → 要約摘示と大差なし犯罪の方法をできるかぎり具体的に特定する=訴因明示の方法
結論起訴は無効でない6項の引用にあたらない
×にされやすい形
  • 「昭44決定は、昭33判決を引用してその判断を確認した」(どちらも事案を異にするとして区別した)
  • 「文章の原文を起訴状に引用すれば、抽出した部分であってもの引用にあたる」

11違反の効果(・最大判昭27・3・5)判例

  • 違反 → 「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」()→ 判決で公訴を棄却しなければならない。
  • すなわち、公訴犯罪事実について、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項は、起訴状に記載することは許されないのであつて、かかる事項を起訴状に記載したときは、これによつてすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする。
  • 反対意見(斎藤・沢田・谷村):6項は添附書類の規定で起訴状の記載事項の規定ではなく、訓示的規定にすぎない → 記載を訂正・削除させれば足りる。多数意見はこれを採らなかった。
  • 起訴し直すことはできる:再起訴を制限するは「公訴の取消による公訴棄却の決定が確定したとき」の規定 → の判決による公訴棄却には及ばない。
  1. 詐欺の公訴事実の冒頭に「詐欺罪により既に二度処罰を受けた」と記載して起訴
  2. 第一審:被告人・弁護人は起訴状に異議を述べず事実を認め、有罪(斎藤反対意見の指摘)
  3. 控訴審:起訴状の記載の違法を理由に公訴棄却
  4. 大法廷:検察官の上告を棄却(違法性は治癒できない)
×にされやすい形
  • 「予断を生じさせる記載があっても、第1回公判期日前にその記載を削除すれば、違法は治癒される」
  • 「起訴状一本主義に違反した場合、裁判所は決定で公訴を棄却する」(判決で公訴を棄却)

出題予断を生じさせる事項を記載した違法は治癒できず、判決で公訴を棄却しなければならない(○)

出題起訴状一本主義に違反した公訴提起の手続は無効で、判決で公訴を棄却しなければならない(○)

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#72単独ページ動画

訴因の明示と256条3項の趣旨

問い:起訴状の公訴事実(訴因)には、何を、どこまで書けばよいか。日時・場所・方法を詳しく書けないときはどうなるか。

骨組み

  1. 1条文():公訴事実は訴因を明示して記載/訴因の明示は、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して(2文目は1文目の明示のやり方)。罪名は罰条を示して(4項)・数個の訴因は予備的に又は択一的に(5項)
  2. 2訴因とは(解説書):公訴事実=訴因=審判の対象。社会的事実を構成要件に当てはめて法律的に構成した具体的事実=検察官の主張にすぎない
  3. 3罪となるべき事実(解説書):特定の構成要件に該当する事実 → 構成要件要素はもれなく(欠ければ4号で公訴棄却)。動機・経緯・量刑資料としての前科は記載不要(書いてはならないかはの別の問題)
  4. 4どこまで書くか(解説書):六何の原則。物差し=構成要件該当性が裁判所に明らかになる程度
  5. 5訴因の拘束力(解説書):裁判所が審判できるのは訴因の範囲内だけ(傷害の訴因なら死亡の結果は審判できない)← 検察官に起訴裁量・訴因設定・訴因変更請求の権限
  6. 6特定の趣旨(最大判昭37・11・28=白山丸事件):裁判所に審判の対象を限定し、被告人に防禦の範囲を示す
  7. 7日時・場所・方法(同):構成要素の場合を除き、罪となるべき事実そのものではなく訴因を特定する一手段 → 詳らかにできない特殊事情があれば、法の目的を害さない限りの幅のある表示も、その一事のみで違法ではない
  8. 8白山丸事件の当てはめ:起訴状は「6年余の期間内・本邦より・方法の具体的表示なし」→ 第1回公判の冒頭陳述(帰国の事実)から、その不法出国を起訴したものとみる → 国交の無い国への密出国=特殊事情 → 起訴状及び冒頭陳述で審判の対象は明らか・防禦に実質的な障碍なし

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法。

流れで覚える。土台の条文(1)→ 何を書くか(3=構成要件該当事実)→ それは法律構成した事実で検察官の主張(2)→ どこまで細かく書くか(4)→ 書いた範囲が審判の枠(5)→ 「できる限り」の限界(6〜8=白山丸事件の趣旨・位置づけ・当てはめ)。

1(と2項・4項・5項)条文

  • 2項:起訴状に記載するもの=①被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項 ②公訴事実 ③罪名()。
  • 3項1文目:公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。
  • 3項2文目:訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
  • 読み方(解説書):2文目は、1文目の「訴因を明示する」やり方を定めたもの。罪となるべき事実の「特定」には、構成要件要素をもれなく書くこと(3)と、日時・場所・方法で具体的にすること(4)の両方が入る。解説書はまとめて「訴因の明示・特定」と呼ぶ。
  • 4項:罪名は、適用すべき罰条を示して記載。ただし、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない()。
  • 5項:数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的に記載できる()。

殺意の立証に自信が無ければ、殺人を本位的訴因、傷害致死を予備的訴因として、1通の起訴状に並べて書ける(5項)。

出題公訴事実は訴因を明示して、罪名は罰条を示して記載し、数個の訴因及び罰条は予備的に又は択一的に記載できる(○)

出題控訴審の権限に関する最高裁決定の要旨の穴埋め:「(⑤)は(④)を明示してこれを記載」=⑤公訴事実・④訴因(3項の文言どおり。設問の正答は2)

×にされやすい形
  • 「数個の訴因は予備的には記載できるが、択一的に記載することは許されない」(5項は「予備的に又は択一的に」)
  • 「罰条の記載に誤りがあれば、公訴提起は無効になる」(防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、効力に影響しない=4項ただし書)

2訴因とは——審判の対象・法律構成した具体的事実学説

  • 現在は、起訴状の「公訴事実」=「訴因」と考え、審判の対象は訴因というのが一般的な理解(解説書)。書かれた公訴事実をめぐって両当事者が主張・立証し、中立・公平な裁判所が判断する。
  • 訴因=社会的事実を特定の構成要件に当てはめて、法律的に構成した具体的事実。同じ1つの出来事からでも、証拠しだいで立つ訴因が変わる。
  • 訴因は、一方当事者である検察官の主張にすぎない → 書いてあっても直ちに有罪になるわけではない(解説書)。
  • 注意:の「公訴事実の同一性」の「公訴事実」は、訴因と同じ意味ではない(訴因変更の限界を画す概念)。
Aが1回Vの頭を叩き、Vが死亡一撃と死亡に因果関係あり因果関係なし
殺意あり殺人殺人未遂
殺意なし傷害致死傷害(死亡の結果は負わせられず、殺人未遂にもならない)

殺人の訴因で起訴されても、公判で殺意が立証できなければ殺人の有罪にはならない。訴因は「検察官はこう主張する」という枠で、事実が確定したわけではない。

×にされやすい形
  • 「訴因とは、起きた社会的事実そのものをいう」(構成要件に当てはめて法律的に構成した具体的事実)
  • 「起訴状の公訴事実と、の『公訴事実の同一性』の公訴事実は、同じく訴因を指す」

3罪となるべき事実——書くもの・書かなくてよいもの条文学説

  • 罪となるべき事実=特定の犯罪構成要件に該当する事実(解説書)。
  • 構成要件要素はもれなく書き、公訴事実を見れば構成要件に当たることが裁判所に分かるように書く。殺人なら、殺意・行為・結果(死亡)・因果関係。
  • 構成要件要素が欠け、殺人か傷害致死か分からない訴因 → 罪となるべき事実を特定していない(3項の「特定」の問題)→ 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効 → 4号で公訴棄却の判決(解説書)。
  • 訴因の特定に重大な瑕疵があってそのままでは無効な場合に、瑕疵を除いて完全にすることを「補正」という(解説書)。裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に釈明を求めることができる(刑訴規則208条1項)。
  • 動機・犯行に至る経緯・量刑資料としての前科は、構成要件該当事実ではないので「記載は不要」(解説書)。理由は「構成要件要素そのものではない」から(動機・経緯が殺意を認める事情になることはある)。
  • 「不要」は「書いてはならない」ではない。書いてはならないかは(予断を生ぜしめる虞のある書類等の添附・内容の引用の禁止)の別の問題。解説書の基準=構成要件該当性を明らかにする事実又はそれと密接不可分の事実か。前科・余罪・暴力団員であること・性癖は、通常この基準を満たさないので許されない。

下の表の上2段は3項の問い(書く必要があるか)、3段目は6項の問い(書いてよいか)。同じ事実が両方に当たることがある(前科は3項では不要で、6項で通常は書いてはならない)。

段中身決める条文・基準
書かなければならない構成要件要素(殺意・行為・結果・因果関係など)+できる限りの日時・場所・方法
書かなくてよい動機・経緯・量刑資料としての前科構成要件要素ではない=3項は求めない
書いてはならない予断を生じさせるもの(前科・余罪・暴力団員であること・性癖は通常これ)(密接不可分か)

殺人の公訴事実の冒頭に「被告人は、借金の返済を迫られて恨みを抱き」と書いた → 3項では書く必要の無い事実。それで6項違反になるかは、6項の基準で別に見る(3項の「不要」から「違法」は出てこない)。

×にされやすい形
  • 「動機・経緯は構成要件要素でない以上、公訴事実に記載すれば違反になる」(3項は「不要」と言うだけ。6項は別の基準)
  • 「日時・場所・方法が具体的に書かれていれば、殺意の記載が無くても罪となるべき事実は特定されている」(構成要件要素はもれなく)

4どこまで書くか——六何の原則と物差し学説

  • 通常、公訴事実は六何の原則で書かれる(解説書の並べ方):①誰が(主体)②いつ(日時)③どこで(場所)④何をまたは誰に対して(客体)⑤どのように(方法)⑥何をした(行為と結果)。
  • 物差し:特定の構成要件に該当することが裁判所に明らかになる程度に書く(解説書)。
  • 日時・場所・方法は「できる限り」。起訴の段階で詳しく特定できない事案で、どこまで満たせばよいか → 6〜8。

殺人で書くなら:Aは、何年何月何日の午後何時ころ、何市何丁目のV方で、殺意をもって、Vの頭を棒で1回強く叩いて頭の骨を折るけがを負わせ、そのけがにより、そのころ同所で死亡させて殺害した。

5訴因の拘束力と当事者主義学説

  • 審判の対象が訴因なら、裁判所が審判できるのは訴因の範囲内だけ。その背後にある社会的事実全体には及ばない(解説書)。
  • 例:傷害の訴因で起訴 → Vが実際には亡くなっていても、裁判所は死亡の結果を審判できない。死亡まで審判させたいなら、検察官が訴因の変更を請求する()。
  • 解説書の流れ:旧刑訴は職権審理主義=裁判所は起訴状の記載に縛られず、罪となるべき事実を職権で探知できた → 現行法は検察官に起訴裁量()・訴因設定権()・訴因変更請求権()を与えた → 裁判所は検察官の設定した訴因に拘束されると理解するのが一般的になった → これが現行法の公判審理を当事者追行主義と評価する理由にもなっている。
×にされやすい形
  • 「傷害の訴因で起訴されても、審理で被害者の死亡が分かれば、裁判所は訴因変更なしに傷害致死で有罪にできる」

6特定の趣旨(最大判昭37・11・28=白山丸事件)判例

  • 刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、…
  • 趣旨は2つ:裁判所の側(何を審判するか)と、被告人の側(何について防禦するか)。(解説書)どちらを重視するかで、識別説と防御権説が分かれる。

「AはVを殴った」とだけ書き、AがVを1月にも8月にも殴っていた → 裁判所はどちらを審判するか決められず、Aもどちらのアリバイを出せばよいか分からない。

出題訴因は、裁判所に審判の対象を限定し、被告人に防御の範囲を示す機能を有する(○。設問は最決平13・4・11 と明らかに矛盾する記述を選ぶ形で、この記述は矛盾しない)

×にされやすい形
  • 「訴因の特定が求められるのは、裁判所に審判の対象を限定するためだけである」(被告人に防禦の範囲を示すことも目的)

7日時・場所・方法は特定の一手段・幅のある表示判例

  • 犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。
  • 判旨の条件を落とさない:①日時・場所・方法が犯罪の構成要素になっていない ②詳らかにできない特殊事情がある ③法の目的(6の2つ)を害さない限りの幅。
  • 判決が言うのは「その一事のみを以て…違法があるということはできない」まで。
日時・場所・方法の表示に幅があるその事項が犯罪の構成要素か構成要素なら罪となるべき事実そのもの一手段の扱いの外判旨は「場合を除き」はいいいえ(特定の一手段)詳らかにできない特殊事情があるか犯罪の種類、性質等の如何により幅を許す判示に当たらないできる限り具体的に表示いいえはい法の目的を害さない限りの幅か審判の対象の限定・防禦の範囲の明示判示の範囲外判決は述べていないいいえはいその一事のみで違法とはいえない
白山丸事件の判旨の条件を上から並べたもの(紫の枠が判例の言葉)。右の行き先は判旨の外で、判決はその場合の結論を述べていない。
×にされやすい形
  • 「日時・場所・方法が、罪となるべき事実に含まれることはない」(犯罪の構成要素になっている場合を除き)
  • 「審判の対象の限定と防禦の範囲の明示が果たされれば、特殊事情がなくても幅のある表示が許される」(白山丸事件の判決は特殊事情がある場合について述べたもの=特殊事情が無くても足りるとは言っていない)

8白山丸事件の当てはめ判例

  • 位置づけ:判決はまず(外国旅行の自由)を判断し、訴因の点の上告趣意は、判例違反をいう点は引用の判例が事案を異にして適切でなく、その余は「単なる訴訟法違反の主張」で上告理由に当たらないとしたうえで、「なお」としてについて判断した。
  • 起訴状の公訴事実:
  • 被告人は、昭和二七年四月頃より同三三年六月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、本邦より本邦外の地域たる中国に出国したものである
  • 判決のまとめ:日時は6年余の期間内、場所は単に本邦より、方法は具体的な表示なし。
  • 冒頭陳述=証拠調べのはじめに、検察官が証拠により証明すべき事実を明らかにするもの()。
  1. 起訴状:6年余の期間内に、本邦から中国へ出国(日時・場所・方法に幅)
  2. 第1審第1回公判の冒頭陳述:(一)昭和33年7月8日に中国から船に乗り、同月13日に帰国した(二)昭和27年4月頃まで水俣市に住み、その後所在不明(三)出国の証印を受けていない
  3. → 所在不明になってから中国へ不法に出国し、国外にいて、33年7月8日に乗船して帰国した、その不法出国を起訴したものとみるべき
  4. 国交の無い国への密出国=出国の具体的顛末の確認が極めて困難=特殊事情
  5. 起訴状及び冒頭陳述によって審判対象は明らか・防禦の範囲も限定 → 違反の主張は採れない
  • これによれば検察官は、被告人が昭和二七年四月頃までは本邦に在住していたが、その後所在不明となつてから、日時は詳らかでないが中国に向けて不法に出国し、引き続いて本邦外にあり、同三三年七月八日A丸に乗船して帰国したものであるとして、右不法出国の事実を起訴したものとみるべきである。
  • 本件密出国のように、本邦をひそかに出国してわが国と未だ国交を回復せず、外交関係を維持していない国に赴いた場合は、その出国の具体的顛末についてこれを確認することが極めて困難であつて、まさに上述の特殊事情のある場合に当るものというべく、たとえその出国の日時、場所及び方法を詳しく具体的に表示しなくても、起訴状及び右第一審第一回公判の冒頭陳述によつて本件公訴が裁判所に対し審判を求めようとする対象は、おのずから明らかであり、被告人の防禦の範囲もおのずから限定されているというべきであるから、被告人の防禦に実質的の障碍を与えるおそれはない。
  • 奥野裁判官の補足意見:起訴状の記載と検察官の冒頭陳述による釈明とを綜合すれば、帰国に最も接着・直結する出国を起訴したもの → 帰国に対応する出国は理論上1回だけなので特定されている。
  • 右帰国に対応する出国の事実は理論上ただ一回あるのみであつて、二回以上あることは許されないのであるから、本件公訴事実たる出国の行為は特定されており
  • 同じ補足意見:もし起訴の事実が起訴状の記載どおり「期間内の中国への出国」というだけなら、期間内の出国が1回とは限らず(2回以上なら併合罪)、どれを起訴したのか、判決の確定力・防禦の範囲も不明確 → 違反の不適法な起訴を免れない。

同じ「6年余の期間内の出国」という記載でも、被告人がその期間に何度も出入国していて、どの出国かを検察官が明らかにしないなら、どれを起訴したのか分からない(補足意見はこの場合を不適法とする。法廷意見はこの場合を判断していない)。

×にされやすい形
  • 「白山丸事件判決は、起訴状の記載自体から審判の対象が明らかであるとして、訴因の特定を認めた」(起訴状及び第1回公判の冒頭陳述によって)
  • 「日時を6年余りの幅で記載した公訴事実も、特殊事情があれば、起訴状の記載だけで常に特定として足りる」

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#73単独ページ動画

訴因の特定と識別説・防御権説

問い:訴因は、どこまで具体的に書けば足りるか。「共謀の上」、包括一罪のまとめ書き、覚醒剤使用の幅のある記載は、なぜ許されるか。

骨組み

  1. 1条文:=公訴事実は訴因を明示して記載/明示するには「できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して」→ どこまで特定すれば足りるかが問題
  2. 2物差し(学説):識別説=他の犯罪事実と区別できる程度で足りる/防御権説=防御権の行使に支障がない程度まで要る → 実務は識別説。判例は識別説(ないし「罪となるべき事実」説)と解されている
  3. 3「共謀の上」(実務):実行共同正犯でも共謀共同正犯でも「共謀の上」とだけ書く → 識別説の理由=特定された実行行為と結びついた共謀だから区別できる
  4. 4防御権説の批判と答え(解説書):批判=共謀の日時等が無ければ反証できない/答え=①共謀は密か(黙秘・否認で明確にならない事案が多い)②謀議行為は不可欠でない ③防御は手続全体で図る
  5. 5求釈明(実務で多数の見解):区別できる程度に達していない → 義務的釈明(補正されなければ公訴棄却=4号・講義解説)/それ以外 → 裁判長の自由裁量(任意的釈明)=共謀の日時等もこちら
  6. 6包括一罪(最決平26・3・17):一定期間・ある程度限定された場所・共通の動機で、主として同態様の暴行を反復(対応関係は個々に特定できない)→ 包括して一罪 → 全体で他の犯罪事実と区別でき、構成要件該当性を判定できる程度に具体的なら特定に欠けない
  7. 7「罪となるべき事実」説(学説):合理的な疑いを超える心証を抱かせうる程度の具体性を求める(訴因=・有罪判決=、どちらも「罪となるべき事実」)→ 幅のある殺人の訴因(東京高判平20・9・25型)は、裁判例(識別説)では特定を欠くとまではいえない/この説では求釈明の結果しだい
  8. 8覚醒剤使用(最決昭56・4・25):日時・場所に幅、使用量・方法が明確を欠いても、起訴当時の証拠に基づきできる限り特定した以上特定に欠けない
  9. 9実務の記載(解説書):採尿日から最長2週間・立ち寄った場所・「摂取」+冒頭陳述で最終使用行為を起訴した趣旨と釈明(最終行為説)→ 他の使用と識別

色の札は出どころ:条文 判例・裁判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法。最高裁=判例、高裁=裁判例。

流れで覚える。条文の「できる限り」をどこまでと読むか → 物差しは「区別できるか」(2)。3つの場面は、どれも書かれていない所があっても区別できるから足りる、と説明される(3・6・9)。6の判例は、区別できることに加え、傷害罪の構成要件に当たるかを判定できる程度に具体的なことも挙げた。ただし昭56の判例自身が述べたのは「できる限り特定した以上」だけ(8)。

場面書かれていないものそれでも足りるとされる理由
「共謀の上」(3)共謀の日時・場所・方法共犯者の実行行為が特定され、それと結びついた共謀だから区別できる(識別説)
包括一罪(6)個々の暴行の日時・場所共犯者・被害者・期間・場所・暴行の態様・傷害結果で全体として区別でき、構成要件該当性を判定できる(判例)
覚醒剤使用(8・9)使用の正確な日時・場所・方法判例=起訴当時の証拠に基づきできる限り特定した以上。実務=最終使用行為と釈明して他の使用と識別(解説書)

1条文

  • 用語(解説書):公訴事実=検察官が起訴状に記載し、審判の対象となる事実(誰が・いつ・どこで・何を・どのように・何をしたかで書く)。今は起訴状の「公訴事実」=「訴因」で、審判の対象は訴因と考えるのが一般。訴因=社会的事実を特定の犯罪構成要件に当てはめて法律的に構成した具体的事実。罪となるべき事実=特定の犯罪構成要件に該当する事実(構成要件要素はもれなく書く)。
  • 前段:公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。
  • 後段:訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない → 訴因の「明示」は、罪となるべき事実を「特定」してする。
  • 問題の所在:「できる限り」とある以上、日時・場所・方法を常に細かく書けるとは限らない → どこまで特定すれば足りるか。
  • 前提(判例・白山丸事件):訴因の明示・特定の趣旨は2つ=裁判所に対し審判の対象を限定する/被告人に対し防禦の範囲を示す。日時・場所・方法は、それ自体が犯罪を構成する要素である場合を除き、罪となるべき事実そのものではなく訴因を特定する一手段。
  • 白山丸事件(最大判昭37・11・28・解説書の紹介)の帰結:一手段だから、犯罪の種類・性質等によりつまびらかにできない特殊事情があれば、上の2つの目的を害さない限りの幅のある表示も直ちに違法とはいえない。覚醒剤(9)では解説書が、東京高判平20(7)では判決自身が「特殊(な)事情」を挙げる。白山丸の「特殊事情」と同じ発想と読める。
  • 欠けたとき:求釈明でも補正されなければ、「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」(4号)で公訴棄却の判決(有罪・無罪の判断に入らず裁判を打ち切る)。訴因の特定違反が4号に当たることは解説書、求釈明→補正されなければ棄却の流れは講義解説(5)。

2識別説と防御権説学説

  • 識別説:2つの趣旨のうち審判対象の限定を重視 → 他の犯罪事実と区別できる程度に明示・特定されていればよい。その程度に特定されていれば、被告人が防御活動をすることも可能と考えられる、という見方を含む。
  • 構成要件該当性(書かれた事実がその罪に当たるか)との関係:解説書は、識別説から「共謀の上」を説明するときにも、実行行為に構成要件要素がもれなく書かれていることを挙げ(3)、区別できることと構成要件該当性を判定できる具体性の両方を挙げた平26を、識別説の立場に立つものと考えられている、と紹介する(6)。
  • 防御権説:防御範囲の明示を重視 → 区別できるだけでは足りず、防御権の行使に支障がない程度まで具体的に書かれていなければならない。
  • 実務:識別説の立場(「共謀の上」の運用は識別説の立場から定着=3)。
  • 判例の位置づけ(解説書):判例は識別説(ないし「罪となるべき事実」説)を採用していると解されている。判決が学説の名を挙げているわけではない。
  • 第3の立場=「罪となるべき事実」説(識別説より具体的な記載を求める=7)。
重視する趣旨必要な特定の程度「共謀の上」
識別説審判対象の限定他の犯罪事実と区別できる程度足りる(3)
防御権説防御範囲の明示防御権の行使に支障がない程度日時等が無ければ反証できないと批判(4)
「罪となるべき事実」説(防御権説とは異なる立場から)合理的な疑いを超える心証を抱かせうる程度共謀を実行時の合意とみれば足りる(7)

迷子の館内放送「水色のTシャツの、5歳くらいの女の子をお預かりしています」。ほかの迷子と区別して親に届けるのが目的なら足りる(識別説の発想)。人違いのときに親がその場で「うちの子じゃない」と言い返せる材料まで要ると考えるなら、もっと細かい情報が要る(防御権説の発想)。区別して届ける=審判対象の限定、言い返す材料=被告人の防御、に当たる。

×にされやすい形
  • 「識別説は、区別できるだけでは足りず、防御に支障がない程度まで具体的な記載を求める」(それは防御権説)
  • 「最高裁は、識別説を採ると明言した」(判例は識別説(ないし=または「罪となるべき事実」説)と解されている、まで)

3「共謀の上」で足りる理由(識別説)学説

  • 用語:共謀共同正犯=共謀者のうち誰かが共謀に基づいて実行すれば、自分は実行行為をしていなくても共同正犯になる型/実行共同正犯=被告人も含め各人が実行行為を分担した型(例:2人ともその場で殴った)。
  • 実務:実行共同正犯でも共謀共同正犯でも、公訴事実には「共謀の上」とだけ書く運用が定着している(共謀の日時・場所・方法は書かない)。
  • 識別説の理由(解説書):共犯者の実行行為は日時・場所・方法が特定され、構成要件要素がもれなく書かれている。検察官は、その実行行為と結びついた共謀を罪となるべき事実として起訴した → どの事件の共謀かは区別できる → 足りる。
  • 解説書の識別説の説明は、密行性などの特殊事情を理由に使わない(共謀の日時等が書かれていなくても区別できるから足りる)。密行性は、防御権説の批判への答えで使う(4)。
  • 共謀の存在そのものは「共謀の上」として訴因に書かれている(書かなくてよいのは共謀の日時・場所・方法)。

起訴状「被告人は、Xと共謀の上、令和○年○月○日、○○市の路上で、XがバットでYの頭を殴り…」(被告人自身は殴っていない=共謀共同正犯の型)。共謀の日時・場所が無くても、殴った日・場所が書いてあるので、どの事件の共謀かは取り違えない → 識別説では足りる。2人ともその場で殴った実行共同正犯でも、起訴状は「共謀の上」と書く。

支えは実行行為の特定:Xの実行行為まで「令和○年頃、日本国内で」としか書かれていなければ、共謀を結びつける先が特定されず、識別説でも足りない方向に動く。

出題「共謀」は罪となるべき事実にほかならないから、訴因でその存在を明示し、認定は厳格な証明による(○)

出題共謀の日時・場所・内容等は訴因の明示に不可欠 → 記載のない公訴事実は特定を欠き、釈明を求めるまでもなく公訴棄却できる(×)

×にされやすい形
  • 「共謀共同正犯の訴因には、共謀の日時・場所・内容の記載が不可欠である」
  • 「識別説の立場から『共謀の上』で足りるのは、共謀が密かに行われ日時を明らかにできない特殊事情があるからである」(識別説の理由は区別できること。密行性は防御権説への答えで使う理由=4)
  • 「『共謀の上』と書くのは共謀共同正犯の場合だけである」(実行共同正犯でも同じ)

4防御権説の批判と、それへの答え学説

  • 批判(防御権説):共謀の日時・場所・方法が明示されなければ、被告人は共謀の事実を争う反証ができない。
  • 答え①:共謀は密かに行われるのが通常で、被告人らが黙秘・否認すれば明確にならない事案も多い。→ 共謀の日時等は、そもそも明らかにできない事案が多い、という答え。
  • 答え②:明確な謀議行為があるとは限らず、共謀が徐々に醸成される事案もある → 共謀は実行時点での共同遂行の合意であって、謀議行為(事前の打ち合わせのような、共謀のための客観的な行為)は不可欠でない。→ 批判が求める「共謀の日時等」は、共謀に欠かせない要素ではない、という答え。
  • 答え③:防御は起訴状だけでなく手続全体で図るのが実際的 → 公判前整理手続の証明予定事実(公判期日に証拠により証明しようとする事実・)や冒頭陳述(証拠調べの初めに、証拠により証明すべき事実を明らかにすること・)等に対し、裁判長から検察官に求釈明を行う。実務でもそのように取り扱われている。
  • 求釈明は、証明予定事実・冒頭陳述と並ぶ3つ目の手段ではなく、それらに対して行うもの。
×にされやすい形
  • 「共謀の日時等が訴因に無い以上、被告人には共謀の具体的な中身を知る手段が無い」(証明予定事実・冒頭陳述等に対する求釈明で図る)

5義務的釈明と任意的釈明(実務で多数の見解・解説書)学説

  • 用語:求釈明=裁判長が検察官に、記載の趣旨を説明させること(刑訴規則208条1項)。補正=訴因の特定に相当重大な瑕疵があって起訴状がそのままでは無効な場合に、瑕疵を除いて完全なものにすること(解説書)。
  • 釈明の根拠(刑訴規則208条):1項=裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる/3項=訴訟関係人は、裁判長に対し、釈明のための発問を求めることができる。
  • 実務で多数の見解(解説書):求釈明が義務になる(義務的釈明)のは、識別説の立場からも特定されていない=他の犯罪事実と区別できる程度に達していない場合に限る。それ以外は裁判長の自由裁量(任意的釈明)。
  • 帰結:「共謀の上」の訴因で共謀の日時・場所・方法を求釈明するかは、裁判長の自由裁量。
  • 義務的釈明をしても補正されなければ、4号で公訴棄却の判決(求釈明→補正されなければ棄却の流れは講義解説、訴因の特定違反が4号に当たることは解説書)。
起訴状の訴因他の犯罪事実と区別できる程度に特定されているか識別説の立場からも特定されているか求釈明は義務補正されなければ公訴棄却(338条4号)いいえはい特定に欠けないさらに詳しく(例:共謀の日時)求釈明するかは裁判長の自由裁量
実務で多数の見解(解説書)。義務か任意かを分けるのは、区別できる程度に達しているかだけ。

弁護人が「共謀の日時と場所を明らかにさせてほしい」と求めても、実行行為で区別できている訴因なら、検察官に求釈明するかは裁判長の裁量。被告人が同じ相手に2回の傷害事件を起こしているのに、起訴状に日時も場所も無く「傷害を負わせた」とだけある → どちらの事件か区別できない → 釈明は義務、補正されなければ公訴棄却。

下の5つの肢は、「裁判所が求釈明する義務を負うのは、訴因の明示に必要な範囲に限られる」という見解と矛盾するかを問う(正答=矛盾するのはイ・ウ)。この見解は、上の「実務で多数の見解」(義務になるのは区別できる程度に達していない場合だけ)と同じ向き。各肢の(○)=見解と矛盾しない、(×)=見解と矛盾する。ウが矛盾するとされるので、この見解では、明示に必要な範囲で検察官が釈明した内容は訴因の内容になる。出題は「裁判所」と書くが、規則208条1項で求釈明するのは裁判長。

出題訴因の明示に欠けない事項でも、防御の観点から重要と考える事項について、裁判所は検察官に求釈明することができる(○)

出題訴因の明示に補正が必要な事項は、弁護人からの求釈明要求がなくても、裁判所が自ら求釈明しなければならない(○)

出題求釈明の必要がないと考える事項でも、弁護人の要求があれば、検察官に任意に応じるか打診し、応ずれば釈明を許すことができる(○)

出題求釈明義務に基づく求釈明に検察官が応じなくても、公訴棄却の判決をせず、そのまま次の手続に進むしかない(×)

出題求釈明義務に基づく求釈明に応じて検察官が釈明した内容は、当然に訴因の内容となるとは限らない(×)

×にされやすい形
  • 「義務的釈明に検察官が応じなくても、当事者主義の下では公訴棄却せずに次の手続に進む」(補正されなければ公訴棄却)
  • 「訴因の明示に必要な範囲で釈明した内容でも、当然に訴因の内容となるとは限らない」(この見解では、明示に必要な範囲の釈明は訴因の内容になる)
  • 「共謀の日時・場所の求釈明は、弁護人が求めれば裁判長は必ず行わなければならない」(裁判長の自由裁量)

6包括一罪の包括的記載(最決平26・3・17)判例

  • 事案(A事件):被告人が、威迫して指示に従わせていた知人Aに対し、約4か月の間、A方等で、多数回にわたり、両手を点火した石油ストーブの上に押し付ける、Dと共謀の上下半身を金属製バットで殴打する(被告人又は被告人から命じられた共犯者が殴打)などの暴行を加え、傷害を負わせた。動機は憂さ晴らしや面白半分(検察官の主張)。もう1件(E事件)は約1か月。訴因は、第1審の公判前整理手続で検察官が変更請求して許可されたもの。
  • 裁判所は、訴因に加え、検察官が提出した証明予定事実記載書面の内容と検察官による釈明内容も踏まえて、検察官の主張を整理した。
  • 包括一罪とした理由(判決):
  • 約4か月間又は約1か月間という一定の期間内に,被告人が,被害者との上記のような人間関係を背景として,ある程度限定された場所で,共通の動機から繰り返し犯意を生じ,主として同態様の暴行を反復累行し,その結果,個別の機会の暴行と傷害の発生,拡大ないし悪化との対応関係を個々に特定することはできないものの,結局は一人の被害者の身体に一定の傷害を負わせたというものであり,そのような事情に鑑みると,それぞれ,その全体を一体のものと評価し,包括して一罪と解することができる。
  • 特定の判断(判決):
  • いずれの事件も,上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
  • 判決の筋:どの暴行がどの傷害を生じさせ、拡大・悪化させたかを個々に特定できないことは、包括一罪と評価する事情の1つ(上の引用)。特定に欠けないとした理由は、共犯者・被害者・期間・場所・暴行の態様・傷害結果の記載で他と区別でき、構成要件該当性を判定できる程度に具体的なこと(下の引用)。「包括一罪なら全体として書けば足りる」は解説書の説明(次の行)。被告人や被害者が覚えているかどうかの問題ではない。
  • 解説書:識別説からは、併合罪の行為は互いに区別できる程度の特定が要るが、包括一罪を構成する個々の行為を区別できるように特定する必要まではなく、全体として特定する包括的記載で足りる。平26は識別説の立場に立つことを明らかにしたものと考えられている(判決は「識別説」の語を使っていない)。
  • 解説書の著者の見解:包括一罪でも常に包括的記載で足りるとまではいえず、特定できる証拠があれば「できる限り」特定して記載すべき(判例の判示ではない)。
同じ被害者への多数回の暴行と傷害全体を一体のものとして包括して一罪と評価できるか一定の期間・人間関係・ある程度限定された場所・共通の動機・主として同態様の反復、対応関係を個々に特定できない1つずつ区別併合罪。個々の行為ごとに区別できる特定(解説書)いいえはい全体として書けば足りる他の犯罪事実と区別でき、構成要件該当性を判定できる程度に具体的なら特定に欠けない
最決平26・3・17 は、まず包括一罪と評価し、そのうえで特定を判断した。併合罪の側は解説書の説明。

同じ相手でも、3月に殴った件と9月に別の動機で刺した件は、反復の一体性が無く別々の罪になりうる → それぞれを区別できるように書く方向に動く(どちらになるかは事情しだい)。

×にされやすい形
  • 「包括一罪であっても、個々の暴行ごとに日時・場所を特定しなければ訴因の特定に欠ける」
  • 「最高裁は、他の犯罪事実と区別できれば足り、構成要件該当性の判定に足りる具体性までは要らないとした」(判決は両方を挙げた)
  • 「包括一罪なら、個々の行為を特定できる証拠があっても、常にまとめて書けばよい」(解説書の著者は、できる限り特定すべきとする)

7「罪となるべき事実」説と東京高判平20・9・25学説裁判例

  • 内容:構成要件該当事実がもれなく書かれていることに加え、裁判所に合理的な疑いを超える心証を抱かせうる程度に具体的でなければならない(=有罪判決で示す「罪となるべき事実」と同じ程度の具体性)。名称は解説書の呼び方。
  • 手がかり:訴因で特定するのは「罪となるべき事実」()、有罪の言渡しで示すのも「罪となるべき事実」()→ 同じ程度の具体性を訴因にも求める。
  • 位置:防御権説とは異なる立場から、識別説より具体的な記載を求める。
  • 例(解説書):「不詳の日時・場所において、不詳の方法により」殺害した、という訴因 → 他の事件と区別はできても、合理的な疑いを超える心証を抱かせうるのは通常困難 → この説では特定に欠ける。
  • 「共謀の上」:共謀を客観的な謀議行為(事前の打ち合わせなど)ではなく実行時の合意と考えれば、この説でも「共謀の上」で足りる(識別説と同じ結論)。(解説書は結論だけ。理由は、共謀が実行時の合意なら、その中身は特定された実行行為の記載で具体的に示されるから、と読める。)
  • 東京高判平20・9・25(判例集未登載・解説書の紹介):殺人の訴因で、日時=ある日の午前3時30分頃から9時30分頃まで、場所=岐阜県・愛知県ないしその周辺、方法=不詳。被害者が死亡し遺体が損傷、目撃者がなく、被告人が一貫して否認・黙秘して、日時・場所・方法・死因をつまびらかにできない特殊な事情/検察官が当時の証拠に基づきできる限り特定/他の犯罪と十分に識別され、被告人の防御の範囲も示している → 特定を欠くとまではいえない。解説書は識別説の立場からの判断と位置づける。
  • 同じ訴因を「罪となるべき事実」説で見ると:裁判所が求釈明をし、その結果により、合理的な疑いを超える心証を抱かせうる程度に具体的といえないと判断すれば、特定されていない(必ず特定なしとはいわない)。
訴因識別説「罪となるべき事実」説
「共謀の上」足りる共謀を実行時の合意とみれば足りる
幅のある殺人(東京高判平20型)特定を欠くとまではいえない(裁判例)求釈明の結果、具体的といえないと判断すれば特定なし
日時・場所・方法とも「不詳」の殺人区別はできる(解説書。識別説での結論までは書いていない)心証は通常困難 → 特定に欠ける

出題日時「3月15日ころから同月18日ころまでの間」・場所「H市内又はその周辺」・「何らかの方法で」頸部を圧迫した殺人の訴因も、検察官が起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものと認められるから、特定に欠けない(○)

×にされやすい形
  • 「『罪となるべき事実』説は、被告人の防御を重視する立場である」(防御権説とは異なる立場から、識別説より具体的な記載を求める)
  • 「『罪となるべき事実』説によれば、『共謀の上』では常に足りない」(共謀を実行時の合意とみれば足りる)
  • 「『罪となるべき事実』説によれば、東京高判平20の訴因は必ず特定を欠く」(求釈明の結果しだい)

8覚醒剤使用の訴因(最決昭56・4・25)判例

  • 本件の公訴事実(判決が引く):
  • 被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五四年九月二六日ころから同年一〇月三日までの間、広島県a郡b町内及びその周辺において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩類を含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用して施用し、もつて覚せい剤を使用したものである。
  • 判断(上告を棄却し、「なお、職権により判断すると」として述べた):
  • 本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。
  • 判決が述べたのはここまで。密行性・2週間の推認・防御に重要でないこと・最終使用行為の釈明(9)は、判決に書かれていない(解説書が説明する実務の記載と理由)。
  • 本件の幅は約1週間・方法は「注射又は服用」。解説書は、決定当時から記載方法は若干変遷していると注記する(今の実務の記載=9)。
  • 識別説との関係:判決は「できる限り特定した以上」と述べるだけで、他の使用と区別できるかには触れていない。区別の点は、解説書が実務の最終行為の釈明で説明する(9)。

出題(昭56とは別の、傷害致死の事案)暴行態様・傷害の内容・死因の表示が概括的な傷害致死の訴因は、検察官が当時の証拠に基づきできる限り特定したものでも、訴因の特定に欠ける(×)

×にされやすい形
  • 「日時・場所に幅があり、使用量・使用方法が明確でない以上、検察官ができる限り特定していても訴因の特定に欠ける」
  • 「最決昭56は、検察官が最終使用行為を起訴した趣旨と釈明したことを理由に、特定を認めた」(判決は最終行為説に触れていない)

9覚醒剤使用の実務の記載と最終行為説(実務・解説書)学説

  • 前提(講義解説):覚醒剤は使うたびに1つの罪(併合罪)になる → 期間内に複数回使っていれば、どの回の使用を起訴したのかが区別できなくなるおそれがある。
  • 特殊事情(解説書):自己使用は単独で密かに行われるのが通常 → 被告人が黙秘・否認や不合理な供述に終始すれば、日時・場所・方法の特定はほぼ不可能。
  • 手がかり:尿から覚醒剤の反応が出れば、体内残留期間に関する科学的経験則から、採尿日から最長2週間以内に少なくとも1回摂取したと合理的に推認できる。
  • そのため争点は「その期間内に1回摂取したか」になる → 日時・場所・方法の特定が防御に重要な意味をもつとは考えられない(解説書)。
  • 実務の記載:日時=採尿日から最長2週間遡らせた期間/場所=被告人の供述等から、その期間内に立ち寄った場所(被告人はこの点は供述することが多い → アリバイの主張等は重要な意味をもたない)/方法=注射・飲用・吸引・塗布を含む「摂取」。
  • 最終行為説:検察官が冒頭陳述で「尿から検出された覚醒剤の最終使用行為を起訴した趣旨」と釈明 → 複数回の使用があっても、他の使用事実と識別できる。
  • 以上は解説書が説明する実務の運用(判例の判示ではない=8)。

10月10日に採尿し陽性 → 起訴状「9月下旬頃から10月10日までの間、○○県内またはその周辺で、覚醒剤若干量を自己の身体に摂取し」。冒頭陳述で「尿から出た覚醒剤の最後の使用を起訴した」と釈明 → その前の使用とは区別できる。

被告人が「10月1日に自宅で注射した」と具体的で信用できる供述をしているなら、「できる限り」特定する要請から、幅を持たせる理由(特定がほぼ不可能という特殊事情)は弱まる方向に動く。

×にされやすい形
  • 「尿から反応が出れば、採尿日から最長2週間以内の、特定の1回の使用日時まで推認できる」(推認できるのは、その期間内に少なくとも1回摂取したこと)
  • 「最終行為説は、最決昭56が採用した判例の立場である」(解説書が説明する実務の運用)

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#74単独ページ動画

審判の対象と公訴事実の同一性

問い:裁判所が裁くのは何か。法廷で訴因と違う事実が見えたとき、誰が・どこまで訴因を変えられ、その範囲は他のどこで効くか。

骨組み

  1. 1審判の対象=訴因(訴因対象説=通説・実務):理由は当事者主義(・・)。判例は「少なくとも第一次的には訴因が審判の対象」(最判平15・10・7)
  2. 2訴因変更():変えるのは検察官の請求、裁判所は許可する(同一性を害しない限度で原則として許さなければならない)。変更命令に形成力なし=命令だけでは訴因は変わらない(最大判昭40・4・28)
  3. 3変更・追加・撤回:変更=別の罪となるべき事実の主張に交換的に変える(定義に罪名の変化は入っていない=窃盗のまま被害品を差し替えるのも変更の形)。補正・訂正は別物。数個の訴因は予備的・択一的に記載できる()
  4. 4手続(〜):書面・謄本・送達/在廷の公判廷なら口頭可/防御に実質的な不利益のおそれ → 被告人又は弁護人の請求により、決定で公判手続を停止
  5. 53つの問い:要否=検察官の請求が無いまま裁判所が訴因と違う事実を認定した場面、可否・許否=請求を受けた場面(許否は可否を満たした後)(解説書)=3つを一本の順序で覚えない
  6. 6公訴事実の同一性(解説書):社会的事実ではなく、訴因変更の限界を画する機能概念 → 旧訴因と新訴因を比べる
  7. 72つの類型(講学上):単一性=実体法上一罪/狭義の同一性=両立せず一方でしか処罰できない
  8. 8同じ範囲が効く場面:一事不再理効の客観的範囲(1号)・二重起訴の禁止(同一裁判所=3号判決/別の裁判所=5号決定)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法、「規則」は刑事訴訟規則。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。

流れで覚える。審判の対象は訴因(1)→ だから訴因と違う事実が見えたら、検察官が請求して書き換える(2〜4。少し違うだけなら書き換えずに認定してよい場合もある=5の要否)→ 書き換えられる限界が公訴事実の同一性(6・7)→ その同じ範囲が、一事不再理と二重起訴の範囲にもなる(8)。

1審判の対象は訴因学説判例

  • 問題の所在:起訴状には「公訴事実」(2号)と「訴因」()の両方が出てくる → 裁判所が裁くのはどちらか。
  • 公訴事実対象説:審判の対象=公訴事実(実際の素朴な事実)。訴因は検察官の法的評価・法律構成にすぎない → 裁判所は検察官の主張に縛られず、事件そのものを審判する(職権主義的な傾向)。
  • 訴因対象説(通説・実務):審判の対象=訴因=検察官の主張する具体的犯罪事実。
  • 理由(講義解説):現行法は当事者主義(=起訴状一本主義・=検察官、被告人又は弁護人の証拠調べ請求・=訴因変更は検察官の請求から)→ 訴追の対象の設定は訴追者に委ねる/裁判所が訴因と違う事実を認定すれば被告人への不意打ちになる。
  • かつての理解(解説書):公訴事実=法律評価前の社会的事実、訴因=その法律構成。この理解は、審判対象は「公訴事実」で、裁判所が訴因の背景にある社会的事実を解明する役割を担う、という理解を前提としていた(=公訴事実対象説の側)。これだと訴因を変更できるか(可否=5)も裁判所の心証にある社会的事実で決まり、訴因の拘束力が無くなって、訴因の外の事実まで裁判所が探知・審判できてしまう → 現在は、訴因に書かれた事実の存否を裁判所が審理・判断するという理解。
  • 「学説・判例ともに、審判対象を訴因とする点では異論はない」は解説書の整理。判例自身の言い方は限定つき:
  • 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては,少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解される
  • (最判平15・10・7。一事不再理の範囲を判断した中の一節=8)。「少なくとも第一次的には」で何を残すのかを、判決は説明していない。
  • 今の理解では、起訴状の「公訴事実」(2号)は、訴因を明示して記載するもの()=訴因とほぼ同じ意味(講義解説)。の「公訴事実の同一性」の公訴事実は別の意味(→6)。

起訴状は「店員をだまして上着を渡させた」(詐欺)。法廷の証言では「店員は渡す気はなく、隙を見て持ち去られた」(窃盗)。裁判所が裁くのは訴因(詐欺)→ 詐欺の訴因のまま窃盗を認定してよいかは、要否の問題(5)。訴因と少し違うだけの事実なら、変更しなくても認定してよい場合もある。この例では、検察官が窃盗への変更を請求し、それが許されるかを問う=可否(5)。

出題刑訴法は、審判の対象を訴因に限らず、公訴事実の同一性が認められる事実にまで及ぼすことで、当事者主義を採用した(×)

出題一つの見解の文章の空欄補充:旧法は起訴状の事実と(②)の同一性のある事実まで審理・判決できた/現行法は(④)の同一性のある事実でも、検察官が訴因を変更しない限り審理・判決できない。正答(1=①職権・③当事者)で決まるのは①③だけで、②④の語は正答からは決まらない(312条1項の語は「公訴事実の同一性」)

×にされやすい形
  • 「裁判所の審判の対象は、訴因と公訴事実の同一性が認められる事実にまで及ぶ」
  • 「判例は、審判の対象は訴因に限られると明言している」(判例の語は「少なくとも第一次的には」)

2訴因変更()条文判例

  • なぜ要るか(解説書):訴因の拘束力 → 起訴状の訴因のままでは有罪にできず、無罪しかない → 無罪の後に別の訴因で起訴し直すと、被告人は再び応訴の負担を負い、裁判所・検察官にも労力・費用がかかる(訴訟経済に反する)→ 訴因を書き換える制度。
  • 条文:裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
  • 主語:訴因変更は、裁判所の許可を得て、検察官が行う(解説書)。裁判所が自分で訴因を書き換えることはない。
  • 「許さなければならない」は原則。同一性の範囲内でも、時機などから許されるかが問われうる(許否=5)。
  • 訴因変更命令():審理の経過に鑑み適当と認めるときは命ずることができる。命令を受けた検察官は訴因を変更すべきだが、検察官が応じない限り訴因は変わらない=命令だけで訴因を変える効力(形成力)は無い(最大判昭40・4・28):
  • 検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない。
  • 事案(最大判昭40・4・28):幇助の訴因で起訴。第一審は共同正犯に訴因を変更すべきことを命じ、検察官の請求が無いのに変更されたものとして手続を進め、共同正犯を認定 → 最高裁は、検察官が応じないのに共同正犯を認定した第一審判決は違法として、破棄・差戻し。
法廷で訴因と違う事実が見えてきた検察官の請求があるか変更命令だけでは訴因は変わらない(昭40)訴因はそのまま違う事実は、変更が要らない差に限り認定できる(要否=5)いいえはい公訴事実の同一性を害しないか312条1項許されない別に起訴するほかないいいえはい許さなければならない原則。時機などから許否が問われうる
訴因を動かすのは検察官の請求。裁判所は同一性の範囲なら原則として許可する。

冒頭の上着の件:検察官が窃盗への変更を請求する → 詐欺と窃盗は同一性の範囲内(7)なので、裁判所は原則として許可しなければならない。裁判所が窃盗への変更を命じても、検察官が請求しなければ訴因は詐欺のまま → 窃盗で有罪にすれば違法。

×にされやすい形
  • 「裁判所は、公訴事実の同一性があれば、詐欺の訴因を窃盗の訴因に変更することができる」(変えるのは検察官の請求。裁判所は許可する)
  • 「裁判所が訴因変更を命じれば、検察官が従わなくても訴因は変更される」
  • 「同一性の範囲内なら、裁判所はどんな時期の請求でも必ず許可しなければならない」(許否が問われうる)

3変更・追加・撤回/補正・訂正条文学説

用語中身(解説書)
変更起訴状の訴因を、別の罪となるべき事実の主張に交換的に変える
追加起訴状の訴因と予備的・択一的な関係にある訴因を付け加える
撤回予備的・択一的な事実を除く/一罪の関係にある事実を除く
補正訴因の特定に相当重大な瑕疵があり起訴状がそのままでは無効な場合に、瑕疵を除いて完全にする
訂正瑕疵がそこまで重大でない場合の手当て
  • 変更・追加・撤回は訴因の書換え()。補正・訂正は起訴状の瑕疵の手当てで、訴因の変更とは区別される。
  • 解説書の「変更」の定義(別の罪となるべき事実の主張に交換的に変える)には、罪名・罪質が変わることが入っていない → 定義から読めば、同じ窃盗のまま被害品を差し替えるのも変更の形(下の財布→腕時計の例)。
  • 実務(解説書):交換的な変更は稀。起訴時の訴因(本位的訴因)を維持しつつ、予備的訴因を追加するのが一般的。
  • 条文:数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる()。
  • 講義解説:予備的=「AがダメならB」、択一的=「AまたはB」(「数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。」)。

窃盗の訴因で、被害品を「財布」から「腕時計」に差し替える(日時・場所・相手は同じ)→ 罪名は窃盗のままでも、別の罪となるべき事実の主張に交換的に変えるので「変更」の形(変更が必要かは別の問い=5の要否)。

詐欺の訴因を残し、窃盗を予備的訴因として加える=追加。裁判所はまず詐欺を判断し、認められないときに窃盗を判断する。住居侵入・窃盗の起訴から住居侵入の部分を外す=一罪の関係にある事実の撤回。

出題審理の途中で予備的訴因を追加することも許される(○)

出題数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的に記載できる(○)

出題公訴事実として、数個の訴因を予備的に記載することは許されない(×)

出題公訴事実は、数個の訴因を択一的に記載することは許されない(×)

×にされやすい形
  • 「数個の訴因を予備的又は択一的に記載することは許されない」
  • 「変更とは、性質の異なる別の罪に入れ替えることをいい、罪名が同じなら変更に当たらない」
  • 「訴因の補正・訂正は、訴因の変更と同じものである」(補正・訂正は起訴状の瑕疵の手当てで、変更とは区別される)

4訴因変更の手続(〜)条文

  • 請求は書面を提出して(3項)。検察官は請求と同時に、被告人に送達するための書面の謄本を裁判所に提出(4項)→ 裁判所は遅滞なく被告人に送達(5項)。
  • 被告人が在廷する公判廷では口頭で請求できる。この場合、謄本の提出は要らない(6項)。口頭の請求は実務上稀(解説書)。
  • 送達の後、検察官は遅滞なく公判期日に書面を朗読(規則209条1項)。原則として被告人側の意見の陳述が聴かれる(規則33条1項・解説書)。
  • 公判手続の停止(7項):訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間、公判手続を停止しなければならない。
  • 請求の時期:に請求の時期を限る文言は無い。解説書も、起訴後の公判前整理手続(第1回公判期日前に争点と証拠を整理する手続=)の段階で、訴因変更を請求する例を挙げる。
  • 解説書が書面・口頭・許可の決定・停止の根拠に挙げる番号(規則209条1項・4項・7項、法312条4項)は改正前のもの=現行は上のとおり。現行の規則209条1項は朗読の規定。

被告人在廷の公判期日に、検察官が口頭で予備的訴因の追加を請求 → 適法。謄本の提出は要らない。

出題検察官は、第1回公判期日の前でも、公訴事実の同一性を害しない限度で訴因の追加・撤回・変更を請求できる(○)

出題防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、必要な期間公判手続を停止しなければならない(○)

×にされやすい形
  • 「防御に実質的な不利益のおそれがあれば、裁判所は職権で公判手続を停止しなければならない」(被告人又は弁護人の請求により)
  • 「口頭で請求するときも、被告人に送達する謄本の提出が要る」
  • 「訴因変更の請求は、第1回公判期日の後でなければできない」

53つの問い(要否・可否・許否)学説

  • 場面(解説書):要否は、検察官が請求しないまま裁判所が判決で訴因と違う事実を認定した場面。可否は、検察官の請求を受けた裁判所が判断する場面。許否は、同じく請求を受けた場面で、訴因変更が可能だと判断された場合であっても、なお許容されるかを問う=可否の後の問い。
  • → 3つを「要否→可否→許否」の一本の順序で覚えない。
問い場面中身争い方(解説書)
可否検察官の請求を受けた裁判所が判断新訴因が「公訴事実の同一性を害しない限度」()にあるか違反して許可 → 控訴審で、または不告不理違反(3号)
要否検察官が請求しないまま、裁判所が判決で訴因と違う事実を認定訴因変更をしないで、その事実を認定してよかったか典型は上訴審で争われる
許否請求を受けた裁判所が、変更が可能と判断した後時機(証拠調べがほぼ終わった段階)・公判前整理手続の審理計画・かえって無罪になる場合などから、許容されるか控訴理由は
  • 上着の件は、検察官が窃盗への変更を請求する前提 → 請求を受けた裁判所が「同一性の範囲内か」を判断する可否の場面。
  • 要否は、訴因と違う事実を認定するには必ず変更が要る、という意味ではない。多少の食い違いなら、変更せずそのまま認定してよい場合もある。どこまでが「要らない差」かの基準は別の論点。
  • 「要る」とされた例(最大判昭40・4・28):幇助の訴因で、検察官の訴因変更が無いのに共同正犯を認定した第一審を、原審は「訴因変更の手続を要しない」として是認した。最高裁は、
  • 右のように共同正犯を認めるためには、幇助の訴因には含まれていない共謀の事実を新たに認定しなければならず、また法定刑も重くなる場合であるから、被告人の防禦権に影響を及ぼすことは明らかであつて、当然訴因変更を要するものといわなければならない。
  • 要否・可否・許否それぞれの判断基準の中身は別の論点。ここでは3つの場面の区別だけを持つ。
×にされやすい形
  • 「訴因変更は、要否 → 可否 → 許否の順に必ず検討する」(要否は請求の無い場面、可否と許否は請求を受けた場面)
  • 「公訴事実の同一性の範囲内なら、許否が問題になることはない」

6公訴事実の同一性=機能概念学説

条文「公訴事実」の意味出どころ
訴因を明示して記載するもの=訴因とほぼ同じ意味講義解説
「公訴事実の同一性」=訴因変更の限界を画する概念講義解説・解説書
  • 解説書:公訴事実の同一性は、事件の背景に存在する社会的事実ではなく、訴因変更の限界を画するための機能概念にすぎないという理解が一般的。
  • 概念そのものは具体的な基準を与えない → 旧訴因と新訴因を対比し、「新旧両訴因が類似しているか」というアプローチで判断するのが基本(解説書)。同一性があると評価される新旧両訴因の関係は、講学上は2つの類型に分けて論じられてきた(7)。
  • 理由:社会的事実が同一かで測ると、可否が裁判所の心証にある事実で決まり、訴因の外の事実まで裁判所が探知・審判することになる(審判の対象を訴因とした1と合わない)。

上着の件で比べるのは、法廷で本当は何があったかではなく、「だまして渡させた」(詐欺の訴因)と「隙を見て持ち去った」(窃盗の訴因)の2つ。

×にされやすい形
  • 「公訴事実の同一性は、裁判所が心証として抱いた社会的事実が同一かで判断する」
  • 「の公訴事実との公訴事実の同一性の公訴事実は、同じ意味である」

7単一性と狭義の同一性学説

  • 同一性があると評価される新旧両訴因の関係を、講学上は2つに分けて論じてきた(解説書)。どちらも旧訴因と新訴因を比べて見るが、問うことは類型ごとに違う:単一性=一罪の関係か/狭義の同一性=両立せず一方でしか処罰できないか(下の図)。
  • 単一性:新旧の訴因が実体法上一罪の関係(例:旧訴因が窃盗・新訴因がその家への住居侵入=科刑上一罪)。
  • 実体法上一罪=刑法の罪数論で一つの犯罪として扱われる関係。科刑上一罪はその一つで、本来は二つの罪でも、刑を決めるときは一つにまとめて扱う(住居侵入と窃盗=手段と結果の関係=後段)。一罪には刑が一つしか科されないので、同じ手続の中で書き換えてまとめて裁けばよい。
  • 狭義の同一性:実体法上一罪ではなくても、新旧の訴因が実体法上両立せず、どちらか一方でしか処罰できない関係(例:詐欺と恐喝)=解説書の説明(判例の語ではない)。
旧訴因と新訴因を比べる実体法上一罪の関係か例:窃盗と、その家への住居侵入(科刑上一罪)単一性あり変更できるはいいいえ両立せず、一方でしか処罰できないか例:詐欺と恐喝/上着の詐欺と窃盗狭義の同一性あり変更できるはいいいえ(両立する別の出来事)同一性なし訴因変更はできない=別に起訴する
講学上の2類型。どんな関係なら一罪か・両立しないかの判断基準の中身は別の論点(概念そのものは基準を与えない)。

同じ上着を「だまして渡させた」(詐欺)か「隙を見て持ち去った」(窃盗)か → どちらか一方でしか処罰できない=狭義の同一性 → 検察官の請求により窃盗への変更が許される。同じ被告人が先月別の店で財布を盗んでいた → 上着の件と両立する別の出来事(併合罪)=同一性なし → 訴因変更ではなく別に起訴する。

×にされやすい形
  • 「狭義の同一性とは、新旧の訴因が実体法上一罪の関係にあることをいう」(それは単一性)
  • 「同じ被告人の犯行なら、別の機会の窃盗にも訴因を変更できる」

8同じ範囲が効く場面:一事不再理と二重起訴条文判例

  • 橋渡し:訴因変更制度が認められているため、被告人は、検察官が訴因変更を行いうる範囲では防御上の負担を負う可能性がある(解説書)→ 1つの裁判の中で書き換えられた範囲は、1回の裁判で決着させるべき → 同じ範囲で次の2つが効く。
  • 一事不再理効=確定裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴提起や審理をすることは許されないという効力(解説書)。免訴=訴訟条件が欠けているので有罪・無罪の判断をせずに手続を打ち切る判決で、再訴は禁じられる(解説書)。
  • 一事不再理効の客観的範囲:確定判決を経たとき → 判決で免訴(1号)。その客観的範囲は、訴因変更が可能となる公訴事実の同一性が及ぶ範囲だと理解されている(解説書)。
  • 二重起訴の禁止:訴因変更が可能な範囲の事実を、別の訴えで処罰を求めることはできない。 同一裁判所に更に公訴 → 判決で公訴棄却(3号)。 別の裁判所に係属 → 事物管轄が違えば上級の裁判所()、同じなら最初に公訴を受けた裁判所()が審判し、審判してはならない側は決定で公訴棄却(5号)。
同じ事件が重ねて起訴された同一裁判所か判決で公訴棄却338条3号はいいいえ(別の裁判所に係属)その裁判所が審判する側か10条=上級の裁判所/11条=最初に公訴を受けた裁判所審判するはいいいえ決定で公訴棄却339条1項5号
二重起訴の打ち切り方。同一裁判所なら判決、別の裁判所で審判してはならない側は決定。
  • 判例(最判平15・10・7):常習特殊窃盗罪(盗犯等の防止及び処分に関する法律2条)は、異なる機会に犯された別個の各窃盗行為を、常習性の発露という面に着目して一罪としてとらえ、刑罰を加重する罪。常習性の発露という面を除けば、各窃盗行為の間に本来的な結び付きはない → 検察官は、常習性の面を捨象して単純窃盗罪として起訴できる。
  • 判決が立てた問題(本件の訴因は建造物侵入・窃盗。科刑上一罪の建造物侵入が併せて起訴されていても結論は異ならない、と判決):実体的には常習特殊窃盗の一罪を構成するとみられる窃盗が単純窃盗として起訴・確定した後、確定判決前の別の機会の窃盗(余罪)が単純窃盗として起訴された。問題は、①両訴因に書かれた事実だけを基礎に、別の機会の単純窃盗2つ=併合罪関係で単一性なしとするか、②訴因に無い常習性について証拠で心証形成し、常習特殊窃盗の包括的一罪として単一性を認めるか。
  • 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては,少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること,犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有することに加え,前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ることなどにかんがみると,前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である。
  • 結論(①の側):両訴因とも単純窃盗で、常習性の発露という面は訴因に上程されていない → 常習特殊窃盗の一罪という観点を持ち込まない → 訴因だけを比べると、別個の機会に犯された単純窃盗2つ → 単一性を欠き、一事不再理効は及ばない。
  • なお書き:一方の訴因が常習窃盗罪(常習特殊窃盗罪又は常習累犯窃盗罪)、他方が単純窃盗罪なら(前訴が常習窃盗罪で後訴が余罪の単純窃盗罪の場合も、その逆の場合も)、訴因の比較だけからでも実体的に常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれる → 単純窃盗が常習性の発露として行われたかについて付随的に心証形成をして、単一性を判断する。

上着の件が窃盗として有罪で確定した後、同じ上着の件を詐欺として起訴 → 1号で免訴(無罪で確定した場合も同じ)。詐欺で地裁に係属中、同じ上着の件を窃盗として同じ地裁に起訴 → 後の起訴は3号で判決により公訴棄却。同じ事件が簡裁と地裁に係属 → 地裁が審判し、簡裁は5号で決定により公訴棄却。

出題公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたときは、公訴を棄却しなければならない(○)

出題殺人の訴因で無罪が確定した後、新証拠が見つかれば、同一事実で再び起訴して有罪にできる(×)

出題有罪判決が確定した詐欺と牽連犯の関係にある私文書偽造を、処罰の必要があるとして起訴できる(×)

出題平15の見解と同じ立場:単純窃盗として起訴された以上、訴因を動かす権限のない裁判所は訴因の範囲で審判すべき(○)

出題形式裁判なら訴因に拘束されない/訴因に無い常習性を心証形成して単一性を肯定する/検察官の選択で両極端は不合理/訴訟条件の判断に訴因の拘束はない=いずれも平15の見解と同じ立場(×)

×にされやすい形
  • 「二重起訴は、どの裁判所に係属した場合でも、判決で公訴を棄却する」(別の裁判所で審判してはならない側は決定)
  • 「前訴・後訴とも単純窃盗の訴因でも、実体が常習特殊窃盗の一罪なら、前訴の確定判決の一事不再理効が後訴に及ぶ」
  • 「無罪の確定判決には一事不再理効は無い」

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#75単独ページ動画

訴因変更の可否と公訴事実の単一性

問い:訴因変更の可否・要否・許否はどう違うか。新旧の訴因が「一罪」の関係にあるかで、変更できるかがどう決まるか。

骨組み

  1. 13つの問い(解説書):可否=検察官の請求を受け、の限度内か/要否=請求が無いまま訴因と違う事実を認定してよかったか/許否=可否は通っても、時機の点や、変更でかえって無罪になる場合など、なお許すか
  2. 2誤りの争い方:変更の許可を控訴審で争う=訴訟手続の法令違反(=判決への影響が明らか)か、審判対象になりえない訴因で審判した点を重くみて不告不理原則違反(=判決への影響を示さなくてよい)(解説書。解説書は絶対的控訴事由と呼ぶ。最判平16・2・16 も訴因変更の無い事案で同号の違法を絶対的控訴理由と呼ぶ)/変更を許可する決定には抗告できない()→ 判決の後の控訴で争う
  3. 3可否の枠():公訴事実の同一性=単一性か狭義の同一性のどちらか一方があれば足りる(講義解説)。検討の順番は講義解説に2通りの書き方がある
  4. 4単一性(解説書):新旧両訴因が実体法上一罪を構成するか=罪数論と連動。一罪=単純一罪・法条競合・包括一罪・観念的競合・牽連犯/一事不再理効の範囲とも原則としてそろう
  5. 5牽連犯(後段・最大判昭44・6・18):罪質上通例手段・結果となる関係+具体的にその関係で実行 → 住居侵入と窃盗=科刑上一罪 → 住居侵入の訴因を追加できる(解説書)
  6. 6観念的競合(前段):1個の行為が傷害と器物損壊に触れる → 一方の訴因から他方へ変更できる
  7. 7集合犯(常習犯・営業犯):訴因が常習窃盗の一罪として組まれていれば、別の1回(それも常習性の発露なら)へ入れ替えられる/単純窃盗の訴因どうしなら、実体が常習一罪でも単一性なし(最判平15・10・7=一事不再理効の場面で、両訴因とも単純窃盗なら基本的に訴因どうしで比べる)
  8. 8併合罪=単一性なし(最判昭33・2・21):窃盗幇助と盗品等有償譲受け=併合罪 → 予備的訴因としても追加できない・同意があっても違法 → 判決すれば/別罪になる分かれ目は本犯かどうか

色の札は出どころ:条文 判例 解説書。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。どの問いか(1)とその争い方(2)→ 可否の枠(3)→ 単一性の物差し(4)→ 認められる型(5〜7)→ 認められない型(8)。

1訴因変更の3つの問い解説書

  • 前提の2語:訴因=検察官が社会的事実を特定の犯罪構成要件に当てはめて法律的に構成した具体的事実(起訴状に書く審判の対象)。公訴事実の同一性=が訴因の変更を許す限度。旧訴因と新訴因を比べ、変更の結果、起訴した当初の事件と全く別の事件の審理にならないかを見る。
  • 可否:検察官が訴因変更を請求し、裁判所がの「公訴事実の同一性を害しない限度」に収まるかを判断する。
  • 要否:検察官の請求が無いまま、裁判所が訴因と違う事実を認定した → 訴因変更を経ずに認定してよかったか。典型的には上訴審で、原審の認定の適否として争われる。
  • 許否:可否は認められる(同一性を害しない)としても、なお変更を許してよいか。時機の点(例:証拠調べがほぼ終わってからの請求)のほか、変更を認めるとかえって無罪判決になってしまう場合のように、実体的真実の究明のために変更を認めるべきでない場合もありうる。
誰が動くか何を判断するか守るもの(解説書)
可否検察官が請求同一性の限度内か起訴した事件と全く別の事件を審理しない
要否裁判所が請求なく認定変更を経ずに認定してよいか訴因の機能(審判対象を決める・防御の範囲を示す)
許否検察官が請求(遅れた請求など)同一性の限度内でも、なお許すか当事者と裁判所の負担・公判前整理手続の趣旨/実体的真実の究明(変更でかえって無罪になる場合)

二人組の強盗致傷。訴因は「Yと共謀の上、Xが自ら被害者を殴って金品を奪った」。審理で、殴って奪ったのはYではないかとの疑いが出る → ①検察官が「XまたはYが実行」への変更を請求=可否/②請求が無いまま裁判所が「XまたはY」と認定=要否/③証拠調べがほぼ終わってから請求=許否。

2誤りの争い方(・・)条文判例解説書

  • :訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由とする控訴 → 訴因変更の許可を控訴審で争う型の1つ(解説書)。この型では影響が明らかなことまで示す。
  • :審判の請求を受けた事件について判決をせず(前段)、又は審判の請求を受けない事件について判決をした(後段)こと → 判決への影響を示すまでもなく控訴の理由になる(解説書は「絶対的控訴事由」と呼ぶ)。
  • 不告不理原則=裁判所は、検察官が審判を請求した事件(訴因)の範囲でしか判決できない、という原則(講義解説)。はその違反を控訴の理由にする。
  • 不告不理原則違反に当たると理解されている2つの型(解説書):①同一性を欠く訴因変更を許し、その訴因で判決した/②検察官が設定した審判対象の枠を超えた認定。
  • 要否の誤り(変更を経ずに訴因と違う事実を認定した)をどの控訴理由で争うかは、要否の判断基準の理解と結びつくので、解説書は後に回す(ここでは②の枠を超えた認定がに当たる、というところまで)。
  • 許否の誤り(時機に遅れた変更を許した):の訴訟手続の法令違反に「なるだろう」と、解説書は控えめに書く。
  • :訴訟手続に関し判決前にした決定には、即時抗告ができる旨の特別の規定が無い限り、抗告できない → 訴因変更を許可する決定に、弁護人は即時抗告できない。許可の誤りは、判決の後の控訴で争う(・=解説書)。
  • 第1審判決は,罪数に関する法解釈を誤ったことが原因であるとはいえ,絶対的控訴理由である同号前段及び後段の違法を犯していた

最判平16・2・16(訴因変更の無い事案):この件で起訴されたのは、ナイフを示して店の従業員を脅迫した事実(別の時刻・路上でのナイフ携帯の起訴は別にあり、その無罪は確定)。第一審は、この公訴事実にナイフ携帯の主張も含まれているので訴因変更は不要と考え、①脅迫は判決の理由の中で無罪と説示しただけで、判決の結論を言い渡す主文では無罪を言わず(=起訴された事件に判決しなかった・前段)、②起訴されていない、脅迫と併合罪の関係にあるナイフ携帯の事実を認定して主文で罰金に処した(=請求を受けない事件に判決した・後段)。判決は、第一審が「罪数に関する法解釈を誤ったことが原因」と述べ、の前段・後段の両方の違法とする。

×にされやすい形
  • 「弁護人は、訴因変更を許可する裁判所の決定に対し、即時抗告をすることができる」
  • 「同一性を欠く訴因変更を許し、その訴因で判決した誤りも、判決に影響を及ぼすことが明らかでなければ控訴の理由にならない」

出題弁護人は、訴因変更を許可する決定に対し、適法に即時抗告をすることができる(×)

出題平16・2・16 の判旨の空欄①=378条3号前段・後段の違法は、絶対的控訴理由か相対的控訴理由か(正答:l=絶対的控訴理由)

3可否の枠()条文解説書

  • :裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
  • 公訴事実の同一性は、講学上、単一性が認められる場合と狭義の同一性が認められる場合に分けて論じられてきた(解説書)。講義解説は、どちらか一方が認められれば足りると書く。
  • 2つの定義(解説書):単一性=新旧両訴因が実体法上一罪を構成するか(別々の事実が1つの罪にまとまるか)。狭義の同一性=新旧両訴因が実体法上一罪を構成するわけではないが、同一事件を訴追・審理しているといえるか。
  • 検討の順番:解説書は述べていない。講義解説は「一般的には、単一性が認められない場合に、狭義の同一性を検討するという手順」と書く一方、論文では狭義の同一性から検討した方が書きやすいとも書く=順番に正解は無い。
旧訴因から新訴因へ(検察官の請求)単一性があるか新旧両訴因が実体法上一罪を構成するか変更できる312条1項の限度内はいいいえ狭義の同一性があるか一罪にまとまらない新旧の訴因が、同じ事件といえるか変更できない裁くなら別に起訴いいえはい変更できる312条1項の限度内
どちらか一方が認められれば足りる。この図は単一性から見る順に並べたが、順番は決まっていない(狭義の同一性から見てもよい)。

冒頭の強盗致傷で「Xが実行」を「XまたはYが実行」に変える場合。単一性は、新旧の訴因の事実がどちらも起きた別々の事実だとして、それが1つの罪にまとまるかを問う。冒頭の事件は、実行者がXかYかで、同じ1つの強盗致傷を両立しない形で書き分けただけ(どちらか一方しか起きていない)→ この問いが立たず、単一性の場面ではない(共同正犯で罪数が1つだから単一性、とはならない)。一罪にまとまる関係に立たない新旧の訴因が同じ事件かを問う狭義の同一性の側で、被害者・日時・場所・共謀が共通するので認められる方向(このノートの整理=2つの定義からの読み。講義解説は非両立性を狭義の同一性の判断の基準に挙げる。解説書は、非両立であるだけで基本的事実関係が同一と評価されるわけではないとする)。

×にされやすい形
  • 「公訴事実の同一性が認められるには、単一性と狭義の同一性の両方が必要である」
  • 「共同正犯として罪数がもともと一つだから、実行者の入れ替えは単一性の問題として変更が認められる」

4単一性=実体法上一罪か解説書

  • 定義:新旧両訴因が実体法上一罪を構成する事実かどうか → 刑法の罪数論と実質的に連動する。
  • 一罪の範囲=①単純一罪 ②法条競合 ③包括一罪(以上、本来的一罪)④観念的競合 ⑤牽連犯(以上、科刑上一罪)→ どれでも単一性あり。併合罪(前段=確定裁判を経ていない2個以上の罪)は数罪 → 単一性なし。
  • 理由:一罪なら1個の刑罰権の下でまとめて処理するのが実体法の前提 → 訴訟でも1個の公訴事実として、1つの手続でまとめて審理する。
  • 一事不再理効=判決が確定した事件について、同じ事件で二度と起訴・処罰されない効力。その及ぶ事実の範囲(客観的範囲)も、原則として公訴事実の同一性(単一性+狭義の同一性)の範囲(通説・判例)=検察官が訴因の変更・追加をできた範囲で、被告人は手続の危険を負ったから。
  • ただし、実体法上一罪でも一事不再理効が及ばない場合がある(解説書):第一審の判決の宣告の後の行為(時間的範囲)/常習一罪の各回を単純窃盗の訴因どうしで起訴した場合(7)→「必ずそろう」とは言い切らない。
×にされやすい形
  • 「単一性が認められるのは、牽連犯・観念的競合・集合犯の3つの型に限られる」(単純一罪・法条競合・包括一罪一般も一罪)
  • 「法条競合の関係にある新旧両訴因の間には、単一性が認められない」
  • 「実体法上一罪であれば、一事不再理効は必ずその全体に及ぶ」

5牽連犯(後段・最大判昭44・6・18)条文判例

  • 後段:犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
  • 牽連犯はその数罪間に罪質上通例その一方が他方の手段または結果となる関係があり、しかも具体的に犯人がかかる関係においてその数罪を実行した場合
    …に科刑上とくに一罪として取り扱うこととしたものである
  • 要件は2つ(罪質上通例の関係+具体的にその関係で実行。判決が最大判昭24・12・21 を参照して述べる)=犯人が「手段のつもりだった」という主観だけでは足りない。
  • 住居侵入と窃盗:住居に立ち入る行為と金品を持ち去る行為は別、侵される利益も別。それでも窃盗の手段である住居侵入とは牽連犯=科刑上一罪 → 単一性あり → 窃盗の訴因に住居侵入の訴因を追加できる(解説書)。
  • 一罪だから一事不再理効も原則として全体に及ぶ → 詐欺で有罪が確定した後、それと牽連犯の関係にある私文書偽造を起訴するのは違法(過去問の正答)。
×にされやすい形
  • 「犯人が主観的に一方を他方の手段として行えば、それだけで牽連犯となる」

出題有罪判決が確定した詐欺と牽連犯の関係にある私文書偽造を、後から起訴することは違法とならない(×)

6観念的競合(前段)条文解説書

  • 前段:1個の行為が2個以上の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する → 科刑上一罪 → 単一性あり。
  • 1個の行為から生じた2つの罪なら、一方の訴因の立証が難しくなったとき、他方の訴因へ変更できる。
  • 注意:器物損壊は親告罪()→ 変更後の訴因で裁くには告訴の有無が別に問題になる(訴因変更と訴訟条件の問題)。

酔って振り回した椅子で、店の窓ガラスを割ると同時に居合わせた客にけがをさせた → 器物損壊と傷害の観念的競合。傷害の訴因で起訴したが傷害の立証が難しくなった → 同じ1個の行為から生じた器物損壊の訴因へ変更できる。

7集合犯——訴因の組み方が前提(最判平15・10・7=一事不再理効の場面)解説書判例

  • 集合犯(解説書):常習犯(常習性のある者の反復を予定)・営業犯(業としての反復を予定)など、はじめから同種の行為の反復を予定した構成要件 → 各行為は包括して一罪。
  • 集合犯でも、検察官は特定できる限り、各行為の日時・場所・方法を特定して起訴する。
  • 呼び名:常習特殊窃盗と常習累犯窃盗は、要件は違うが、どちらも盗犯等防止法の常習の窃盗の罪(「常習として」行われた複数の窃盗を包括して一罪とする)。解説書は両者をあわせて「常習窃盗」、平15 は「常習窃盗罪」と呼ぶ=以下この呼び名で揃える。
  • 解説書の例の骨格:常習累犯窃盗一罪の訴因で数回分を起訴 → 1回分の立証が難しくなる → 別の1回が判明し、それも常習性の発露(常習性の現れ) → 包括一罪の中の入れ替えとして訴因変更できる。
  • 前提は、訴因が常習窃盗の一罪として組まれていること。単純な住居侵入・窃盗の訴因から、別の日の別の家の住居侵入・窃盗の訴因へは、実体法上は両方で常習特殊窃盗罪の一罪になるとしても、同一性を欠き変更できない(過去問の正答)。

最判平15・10・7(一事不再理効の場面・訴因変更の可否は判断していない):前訴も後訴も単純窃盗罪の訴因。実体的には両方で常習特殊窃盗罪の一罪を構成するとみられる事案。一事不再理効の客観的範囲は訴因の変更・追加ができた範囲(公訴事実の同一性)と同じとされる(解説書)ので、この単一性の判断は訴因変更の場面にもつながる(このノートの整理。訴因変更の場面の結論は上の過去問の正答で確かめられる)。

  • 前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である。
  • 別個の機会に犯された単純窃盗罪に係る両訴因が公訴事実の単一性を欠くことは明らかであるから,前訴の確定判決による一事不再理効は,後訴には及ばないものといわざるを得ない。
前訴・後訴の訴因常習性を見るか単一性・一事不再理効
どちらも単純窃盗罪持ち込まない(基本的に、各訴因どうしを比べる)単一性なし → 及ばない
一方が常習窃盗罪・他方が単純窃盗罪単純窃盗が常習性の発露かを付随的に心証形成発露と認められれば単一性あり
  • 2行目で常習性を見るのは、一方の訴因に常習窃盗罪が書かれているから=訴因の記載を比べるだけで、実体は常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれ、検討すべき契機がある(平15)。1行目は、どちらの訴因にも常習性が書かれておらず、その契機が無い。
  • 心証形成=裁判所が証拠を調べて事実の有無について判断を固めること(解説書は「実体的な審理を実施して心証形成」と書く)。
  • 単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし,両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきである
×にされやすい形
  • 「住居侵入・窃盗の訴因を、別の日時の別の家の住居侵入・窃盗の訴因に変更することは、実体法上常習特殊窃盗罪を構成するなら許される」
  • 「前訴・後訴とも単純窃盗の訴因でも、証拠で常習性を認定できれば、一事不再理効が後訴に及ぶ」

出題住居侵入・窃盗の訴因を、別の日時の別の家の住居侵入・窃盗の訴因に変更することは、実体法上は常習特殊窃盗罪でも、同一性を欠き許されない(○)

出題単純窃盗として起訴された以上、裁判所は訴因の範囲で審判すべき=平15の見解と同じ立場(○)

出題訴因に無い常習性を証拠で心証形成し、包括一罪として単一性を肯定して一事不再理効を及ぼす=平15の見解と同じ立場(×)

8併合罪=単一性なし(最判昭33・2・21)判例解説書

  • 用語:本位的訴因=検察官がまず認定を求める訴因/予備的訴因=本位的訴因が認められないときに備えて認定を求める訴因(講義解説は「AがダメならB」と書く・)。原審=ここでは控訴審。
  1. 本位的訴因:正犯Aが会社の工場から銅板32枚を盗む際、頼まれてリヤカーを貸した=窃盗幇助
  2. 第一審の第2回公判で、検察官が「翌日ごろ、盗品と知りながら同じ銅板を3万円で買い受けた」=賍物故買(今の盗品等有償譲受け)を予備的訴因として追加請求
  3. 第一審は被告人・弁護人の同意を得て追加を許可 → 本位的訴因(窃盗幇助)で有罪
  4. 原審(控訴審):本位的訴因の認定は事実誤認として破棄自判 → 予備的訴因(賍物故買)で有罪
  5. 最高裁:原判決を破棄して自判(1号)→ 本位的訴因は証拠不十分で無罪
  • 窃盗の幇助をした者が、正犯の盗取した財物を、その賍物たるの情を知りながら買受けた場合においては、窃盗幇助罪の外賍物罪が別個に成立し両者は併合罪の関係にあるものと解すべきである
    …から、右窃盗幇助と賍物故買の各事実はその間に公訴事実の同一性を欠くものといわねばならない。
  • 第一審裁判所が検察官の前記追加請求を許可したのは刑訴三一二条一項違背の違法があり、この違法は相手方当事者の同意によつてなんらの影響をも受けるものではない。
  • 本件公訴事実と同一性を欠く前記予備的訴因の事実について審理判決をしたのは、刑訴三七八条三号にいわゆる「審判の請求を受けない事件」について判決をした違法があるものといわねばならない。
  • 違法は2段:①第一審が追加を許可したこと=違反/②原審がその訴因について判決したこと=。
  • 帰結:買い受けの事実を裁くには、別に起訴する(追起訴)しかない=解説書の帰結(判決は追起訴に触れていない)。
  • 解説書は「最決」と書くが、全文は第二小法廷が「判決する」と結ぶ=最判。

なぜ別罪が立つか(判決が参照する先例):分かれ目は時間の前後ではなく、本犯(自ら盗んだ者)かどうか。下は最判昭24・10・1 の言葉。

  • 自ら強窃盗を実行するものについては、その窃取した財物に関して、重ねて賍物罪の成立を認めることのできないことは疑のないところであるけれども、従犯は前に述べたごとく、自ら強窃盗の行為を実行するものではないのであるから
    …教唆の場合と同じく従犯について賍物故買の罪は成立するものとみとめなければならない。
  • 最判昭24・7・30:窃盗教唆と賍物牙保(今の盗品の有償処分のあっせん)は別個独立の犯罪で、後者が前者に吸収されることはない。
後で盗品を買い受け・あっせんした者盗品等の罪前の罪との関係
自ら盗んだ正犯重ねて成立しない窃盗の1罪だけ
幇助した者(昭24・10・1・昭33)別個に成立併合罪(昭33)→ 単一性なし
教唆した者(昭24・7・30)別個に成立(二罪が成立・吸収されない)昭33 が併合罪とする根拠に、この判決も参照として引く
×にされやすい形
  • 「被告人・弁護人が同意すれば、併合罪の関係にある事実も予備的訴因として追加できる」
  • 「窃盗の正犯が盗品を後で売りさばけば、窃盗の後の別の行為だから、窃盗と盗品等の罪の併合罪になる」
  • 判決が「追起訴によるべき」と判示した、とする形(判決は無罪の自判まで)

出題窃盗幇助の訴因を、併合罪関係にある盗品等有償譲受けの訴因に変更することは、同一性を欠き許されない(○)

出題本位的訴因と併合罪の関係にある事実を予備的訴因とすることは許されない(○)

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#76単独ページ動画

訴因変更の可否と狭義の同一性

問い:一罪にまとまらない新旧の訴因でも、同じ事件として訴因を変えられるのはどんなときか。事実として両立しなければ、それで同じ事件と言えるか。

骨組み

  1. 1狭義の同一性():訴因の追加・撤回・変更は「公訴事実の同一性を害しない限度」で/新旧両訴因が実体法上一罪でない(単一性が使えない)とき、なお同一事件の審理と言えるか
  2. 2基本的事実関係の同一性(判例の伝統的な物差し):新旧両訴因の犯罪の日時・場所の同一性や近さ、行為、客体・被害者などの共通性
  3. 3非両立性で補う(判例の言葉):共通性だけで評価しにくいとき、昭53「事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり」/昭63「事実上の共通性があり、両立しない関係にある」=基本的事実関係は同一/「両立しない」の読み方=事実として両方は起こりえない(それだけでは足りない=7)/実体法上一方でしか処罰できない(有力説=8。この語は判決に無い)/背後の社会的事実が両立しない(別の有力な見解=9)
  4. 4収賄→贈賄(最決昭53・3・6):同じ賄賂なら「一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎない」→同一性あり/別の機会の別の賄賂なら両立する(解説書)
  5. 5窃盗→賍物牙保(最判昭29・5・14):同じ背広・日時の先後と場所の近接性から両立しない→同一性あり/同一性は個別的判断(常にあり・常になしではない)
  6. 6覚醒剤使用の日時・場所(最決昭63・10・25):使用の時間・場所・方法に「多少の差異」があっても、尿中から検出された同一覚せい剤の使用行為なら同一性あり
  7. 7身代わり運転(東京高判昭40・7・8・解説書の紹介):罪質・被害法益・行為客体や行為態様が全く異なる→事実上非両立であるとしても同一性なし
  8. 8非両立性の意味(有力説):実体法上両立せず一方でしか処罰できないこと/確かめ方=別々に起訴して両方とも有罪になるか:なる(別訴が二重起訴にならない)→別事件/ならない(別訴が二重起訴になる)→同一事件/身代わり運転は事実としては両立しないが、併合罪=実体法上は両立→変更を許さない
  9. 9見方の対立(解説書):単一性と1本にまとめるか分けるか/法的に非両立かを見るか、背後の社会的事実を見るか(身代わり運転の結論は同じで、理由づけが違う)

色の札は出どころ:条文 判例・裁判例 解説書・学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。問い(1)→ 判例の物差し(2・3)→ 同一性ありの3判例(4〜6)→ 事実が両立しなくても同一でない例(7)→ 非両立性の意味づけ(8)→ 見方の対立(9)。

新旧両訴因(訴因の追加・変更の請求)実体法上一罪か単一性同一性ありはいいいえ共通性で同一と言えるか日時・場所の近さ、行為、客体・被害者など(基本的事実関係)同一性ありはいいいえ(評価しにくい)事実上の共通性があり、両立しない関係か昭63の言葉。共通性の手がかり=同じ賄賂・同じ尿など同一性あり訴因変更できるはいいいえ同一性なし訴因変更は許されない
検討の順は解説書の設問の検討順に基づく整理で、判例がこの3段を要件の形で並べたのではない。紫の枠が判例の言葉。3段目で「いいえ」となる例は、別の機会の別の賄賂(4・解説書=両立する)。身代わり運転は、「両立しない」と言えるかが読み方で分かれるが、同一性なしの結論は同じ。事実としては両立しない(解説書)が、高裁は罪質・被害法益・行為客体や行為態様が全く異なるとして同一性を否定した(7)=事実として両立しないだけでは「はい」にならない。有力説は「両立しない」を実体法上一方でしか処罰できないことと読み、身代わり運転は併合罪で実体法上は両立する=「いいえ」とする(8)。

1狭義の同一性()条文

  • 条文:裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない=変更だけでなく追加も、この限度の中でしかできない。
  • 公訴事実の同一性には2つの中身がある(解説書):単一性=新旧両訴因が実体法上一罪になるか/狭義の同一性=実体法上一罪でない新旧両訴因を、それでも同一事件を訴追・審理していると言えるか。
  • 公訴事実の同一性が問題になるのは訴因変更だけではない=二重起訴の禁止の範囲・一事不再理の範囲も同じ物差しで決まる(解説書)。

2基本的事実関係の同一性判例

  • 判例が伝統的に用いる物差し:新旧両訴因に書かれた犯罪の日時・場所の同一性や近さ、行為、客体・被害者などの共通性を考え、同一事件の審理と言えるかを見る(解説書の整理)。
  • 日時・場所が違うだけで同一性が無くなるのではない(5・6)。ただし、被告人の立場が入れ替わる場面(賄賂を受け取る側から贈る側へ=4。解説書は「行為態様に対照的な違いがあるように感じられる」と言う)や、罪名が変わり日時・場所もずれる場面(5)、同じ罪で日時・場所・方法がずれる場面(6)など、共通性だけでは評価しにくいとき → 3へ(昭63は「両立しない関係」と言い、昭29も「一方の犯罪が認められるときは他方の犯罪の成立を認め得ない関係」と言う)。
×にされやすい形
  • 「犯罪の日時・場所が異なる訴因の間には、公訴事実の同一性は認められない」(昭29・昭63は日時・場所が違っても同一性を認めた)

3非両立性で補う判例

  • 事実の共通性だけでは同一と評価しにくいとき、判例は新旧両訴因の両立しない関係にしばしば触れる(解説書)。
  • 判決の言葉は、昭53「収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり」、昭63「いずれも被告人の尿中から検出された同一覚せい剤の使用行為に関するものであつて、事実上の共通性があり、両立しない関係にある」、昭29「一方の犯罪が認められるときは他方の犯罪の成立を認め得ない関係」まで。「実体法上」「一方でしか処罰できない」という言い回しは3つの判決のどれにも無い=有力説の意味づけ(8)。
  • ここでの「事実上の共通性」は、判決では同じ賄賂(昭53)・同じ尿から検出された同一の覚醒剤の使用(昭63)を指す。昭29は、二つの訴因が同じ背広に関するもの、と言う。日時・場所・行為の共通性(2)とは別の、新旧の訴因をつなぐ手がかり。
  • 「両立しない」の読み方:事実として両方は起こりえない(高裁はこれだけでは足りないとした=7)/実体法上両立せず一方でしか処罰できない(法的な非両立=有力説・8)/背後の社会的事実が両立しない(別の有力な見解=9)。身代わり運転(7)は、事実としては両立しないが、法的には併合罪で両立する=読み方で「両立しないか」への答えが逆になる。
判例新旧の訴因共通するもの結論
最決昭53・3・6枉法収賄の共同正犯(本位的訴因)/贈賄の共同正犯(予備的訴因)同じ賄賂同一性あり
最判昭29・5・14窃盗(起訴状)/賍物牙保(予備的に追加)同じ背広(日時の先後・場所の近さ)同一性あり
最決昭63・10・25覚醒剤使用(栃木・共謀して注射させた)/覚醒剤使用(茨城・自分で注射)=変更尿中から検出された同一の覚醒剤同一性あり

同じ1つの財布について「深夜、Vの自宅前で盗んだ」を「翌朝、電車内で盗んだ」に変える → ごく短期間に同じ人が同じ物を2度盗んだとは考えられない → 両立しない(解説書の設問の筋。解説書は「ごく短期間に」2回にわたり窃取されたとは考えられない、と短い間であることを前提にしている)。

4収賄から贈賄へ(最決昭53・3・6)判例

  • 事案:被告人が、自動車運転免許証の取得者と運転免許試験の試験官(公務員)のあいだに入って賄賂の授受に関わった。第一審の本位的訴因=公務員と共謀して取得者から賄賂を受け取った枉法収賄(職務上の不正行為への謝礼)/予備的訴因=取得者と共謀して公務員に賄賂を渡した贈賄。原審が同一性を認め、最高裁は職権で判断して原判断を正当とした(上告棄却)。
  • 「被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の職務上の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した」という枉法収賄の訴因と、「被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した」という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであつて、基本的事実関係においては同一であるということができる。
  • なぜ両立しないか(解説書):同じ賄賂なら、受け取る側と渡す側は対向する関係にあり、被告人はどちらか片方の側にしか立てない=収賄が成り立てば贈賄は成り立たない。「対向犯」は解説書の語で、判決には無い。
  • 団藤補足意見:本位的訴因は被告人を収賄側の共犯者、予備的訴因は贈賄側の共犯者とみたもので、基本的事実関係の同一性があるのはもちろん、両構成要件に当たる事実が重要な部分で重なるので「構成要件的共通性」もある(多数意見と基本的に異ならない)。

渡したのが別の機会の別の賄賂なら、収賄も贈賄も両方成り立ちうる(対向する関係にない)→ 両立する → 訴因変更は「許されないであろう」(解説書)。

×にされやすい形
  • 「収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂が同一でも、収賄の訴因を贈賄の訴因に変更することは、公訴事実の同一性を欠き許されない」
  • 「最高裁は、収賄と贈賄は対向犯だから同一であると判示した」(判決の言葉は「事実上の共通性」「両立しない関係」「法的評価を異にするに過ぎない」)

出題収受と供与の賄賂が同一でも、収賄の訴因を贈賄の訴因に変更するのは公訴事実の同一性を欠き許されない(×)

5窃盗から賍物牙保へ(最判昭29・5・14)判例

  • 事案:起訴状の訴因=昭和25年10月14日頃、静岡県の温泉ホテルで宿泊客の背広上下等を盗んだ窃盗()。第一審の第8回公判で予備的に追加された訴因=同月19日頃、東京都内で、被害者Bを名乗る者(判決の語は「自称B」)から背広の処分を頼まれ、盗品と知りながら、4千円を借りる担保に質入れした賍物牙保(現在の盗品等の有償処分のあっせん=)。
  • 前提:自分で盗んだのなら窃盗が成立し、盗品の処分あっせんは成立しない。自分で盗んでいないなら窃盗は成立せず、処分あっせんだけが成立しうる(刑法の一般的な理解=盗んだ本人には盗品等の罪は成立しない。判決はこの理屈を述べておらず、言うのは「被告人の所為が窃盗であるか、それとも事後における賍物牙保であるかという点に差異があるにすぎない」まで)。
  • 二つの訴因の間に、基本的事実関係の同一性が認められるかどうかは、各具体的場合に於ける個別的判断によるべきものである。
  • 右二訴因はともにBの窃取された同人所有の背広一着に関するものであつて、たゞこれに関する被告人の所為が窃盗であるか、それとも事後における賍物牙保であるかという点に差異があるにすぎない。
    そして、両者は罪質上密接な関係があるばかりでなく、本件においては事柄の性質上両者間に犯罪の日時場所等について相異の生ずべきことは免れないけれども、その日時の先後及び場所の地理的関係とその双方の近接性に鑑みれば、一方の犯罪が認められるときは他方の犯罪の成立を認め得ない関係にあると認めざるを得ないから、かような場合には両訴因は基本的事実関係を同じくするものと解するを相当とすべく、従つて公訴事実の同一性の範囲内に属するものといわなければならない。
  • 両立しない根拠として判決が挙げたのは、日時の先後・場所の地理的関係とその近さ(5日後・静岡→東京)。これと並んで罪質上の密接な関係も挙げ、基本的事実関係が同じだとした。上の前提の理屈だけで、どの窃盗と盗品等の罪にも同一性があると言ったのではない。
  • 上告趣意への応答:上告趣意(第一点)は札幌高裁の判決を引いていた。その札幌高裁の判決は、検事上告を棄却した第三小法廷判決(昭26・2・6)の説示のとおり、次のように判断したにとどまる、と最高裁は述べた。第二点への応答では、本件の原判決も日時場所の相異を無制限に認める趣旨ではないとした。
  • 窃盗と賍物牙保とは常に公訴事実の同一性がないとか或は犯罪の日時場所が隔つている場合には公訴事実の同一性がないとか判断したのではなく、基本的事実関係が同一でないから、公訴事実の同一性がないと判断したに止まる
  • 同一性を否定したときの不都合(判決):
  • 本件の如き場合において、公訴事実の同一性なしとするにおいては、一方につき既に確定判決があつても、その既判力は他に及ばないと解せざるを得ないから、被告人の法的地位の安定性は、そのため却つて脅されるに至ることなきを保し難い。

盗まれてから何年も後に、遠く離れた場所で同じ種類の品を処分したという訴因なら、同じ物かも近さも怪しくなる → 判決は「窃盗と牙保は常に同一性あり」とは言っていない(個別的判断)。

×にされやすい形
  • 「窃盗の訴因と盗品等の罪の訴因との間には、常に公訴事実の同一性がある」
  • 「窃盗と盗品等の罪とは、犯罪の日時・場所が隔たっていれば、公訴事実の同一性がない」

6覚醒剤使用の日時・場所のずれ(最決昭63・10・25)判例

  1. 起訴状の訴因:昭和60年10月26日午後5時30分頃、栃木県の被告人方で、知人と共謀のうえ、その知人に自分の左腕へ覚醒剤を注射させた
  2. 10月28日に任意提出された尿から覚醒剤が出たことと、捜査段階の供述で、検察官は日時・場所・方法を特定していた
  3. その後、被告人が使用の時間・場所・方法の供述を変え、検察官はこれを信用できると考えた
  4. 変更を請求した訴因:同じ日の午後6時30分頃、茨城県のスナックで、自分で左腕に注射した(量・濃度は同じ)
  • 両訴因は、その間に覚せい剤の使用時間、場所、方法において多少の差異があるものの、いずれも被告人の尿中から検出された同一覚せい剤の使用行為に関するものであつて、事実上の共通性があり、両立しない関係にあると認められるから、基本的事実関係において同一であるということができる。
  • 決め手は、どちらの訴因も同じ尿の検出結果に結びつく使用を言っていること(判決の語は「同一覚せい剤の使用行為」。栃木で注射したか茨城で注射したか、どちらか一方しかない)。この事案のずれは同じ日の1時間で、判決自身「多少の差異」と言う=「日にちも違った」事案ではない。
  • 出題(予備R5-21エ)の肢は、日時・場所・方法を「別の日時、場所、方法」に変える場合でも、いずれの訴因も尿中から検出された同一の覚醒剤の使用行為に関するものなら許される、と言う(○)。肢はずれの幅を問うていない=決め手は日にちの違いではなく、判決の語「同一覚せい剤の使用行為」に当たるかどうか。

検察官が、尿の採取より前の別々の日に2回使ったと主張するなら、2回とも犯罪として成り立ちうる → 「両立しない」とは言えなくなる方向に働く。分かれ目は、新旧の訴因がどちらも同じ尿の検出結果に結びつく使用行為を言っているかどうか(2回使用の扱いは判決の外で、言い切れない)。

×にされやすい形
  • 「覚醒剤使用の訴因の日時・場所・方法を変えれば、いずれも被告人の尿中から検出された同一の覚醒剤の使用行為に関するものであっても、公訴事実の同一性を欠く」

出題覚醒剤使用の訴因を別の日時・場所・方法の使用に変えても、いずれも尿中から検出された同一の覚醒剤の使用行為に関するものなら、同一性を欠かず許される(○)

7身代わり運転(東京高判昭40・7・8)裁判例

  • 解説書の設例:Aが、自分の運転する車でVをはねて死亡させたという過失運転致死の訴因で起訴された。審理で、実際に運転していたのはBで、Aは事故の後、Bの身代わりとして自分が運転していたと名乗り出ていたと分かった。検察官は犯人隠避の訴因への変更を請求した。
  • 名乗り出て捜査を誤らせるのは「隠避」(かくまう=蔵匿とは別。は「蔵匿し、又は隠避させた」と分ける)。
  • 東京高判昭40・7・8(高刑集18巻5号491頁):解説書(p.177)の紹介によれば、罪質、被害法益、行為客体や行為態様等の主要な構成要件要素が全く異なることを指摘し、事実上非両立であるとしても公訴事実の同一性が認められない旨を述べた。判決全文は裁判所サイトに無く、事実関係(誰が誰の身代わりか・どちらの訴因からどちらへ変えたか)は確かめられない=上の設例は解説書の設例で、判決の事実ではない。
  • 当時の罪名は業務上過失致死(過失運転致死は2013年制定の自動車運転死傷処罰法の罪)=この判決が過失運転致死を判断したのではない。
  • 押さえる点:設例では、Aが自分で運転したか、Bの身代わりだったかは事実として両立しない(解説書「事実は非両立だといえる」)。高裁も「事実上非両立であるとしても」同一性を否定した(解説書の紹介)=事実が両立しなければ同一、とは限らない。
×にされやすい形
  • 「新旧両訴因が事実として両立しない関係にあれば、公訴事実の同一性は常に認められる」
  • 「身代わり運転は、事実としても両立しうるから同一性がない」(事実上は非両立であるとしても、が裁判例の言い方)

8非両立性の意味(有力説)有力説

  • 非両立性とは、新旧両訴因が実体法上両立せず、いずれか一方でしか処罰できないことを指すという理解が「有力に主張されている」(解説書)。解説書のコラムはこれを判例の下でのありうる理解と位置づける=判例の定式ではない。
  • 理由:一方でしか処罰できないなら刑罰権は1個 → 1回の手続で処理すべき。訴因変更を認めずに別訴され、実質的に二重処罰になる事態を避けられる。
  • 確かめ方:新旧両訴因を別々に起訴し、十分な証拠で立証できたら、両方とも有罪になるか。なる(別訴が二重起訴にならない)なら別事件。ならない(別訴が二重起訴の関係になる)なら同一事件で、一事不再理効も及ぶ。
  • 財布の例(3)に当てはめると(解説書はこの見解で設問を当てはめていない):深夜の窃盗も翌朝の窃盗も、罰する対象はVが1つの財布を奪われた同じ被害(ごく短期間に同じ人が同じ財布を2度盗んだとは考えられない=奪われたのは1回、が前提。3) → 両方で有罪にすると同じ被害を二度罰する=両方とも有罪にはできない → 別に起訴すれば二重起訴の関係 → 同一事件。
  • 身代わり運転に当てはめると:過失運転致死と犯人隠避は併合罪で両方とも有罪になりうる → 別訴は二重起訴にならない → 別事件(下の当てはめ)。
  • この見解は、法的に両立しないかを行為や結果その他の事実の共通性を通じて判定する=事実の比較をやめるのではない(同じ物・同じ尿の検出結果、が手がかり)。
  • 身代わり運転への当てはめ(解説書):過失運転致死と犯人隠避は併合罪(「確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする」=別々に成り立つ2個以上の罪で、実体法上一罪ではない=単一性も認められない)=実体法上両立する → 別訴にしても二重起訴にならず、過失運転致死の無罪が確定しても一事不再理効は犯人隠避に及ばない → 訴因変更を許すべきでない。解説書は併合罪の理由を書いていない。事故と事後の名乗り出は別の行為。
  • 「法益(被害)が別だから併合罪」ではない:法益が別でも1個の行為なら観念的競合()=科刑上一罪で、単一性の側に入る。
  • 変更が許されないときの処理:検察官が過失運転致死の訴因について公訴を取り消す()か、裁判所がその訴因について無罪判決を言い渡したうえで、犯人隠避の訴因で改めて起訴する「ことになろう」(解説書の見通し)。
  • 方向の近い理由を、最高裁も昭29で述べている:同一性を否定すると確定判決の既判力が他方に及ばず、被告人の地位がかえって脅かされうる(5)。昭29がこの有力説を採ったのではない。
例別々に起訴して両方とも有罪にできるか結論
同じ財布の深夜の窃盗/翌朝の窃盗(ごく短期間)できない=別訴は二重起訴になる同一事件
同じ賄賂の収賄/贈賄できない(被告人は片方の側にしか立てない)同一事件
身代わり運転:過失運転致死/犯人隠避できる(併合罪)=二重起訴にならない別事件=変更を許さない
×にされやすい形
  • 「判例は、非両立性を『実体法上いずれか一方でしか処罰できない関係』と定式化している」(判決の言葉は「両立しない関係」まで。この意味づけは有力説)
  • 「有力説は、事実の比較ではなく罪数論だけで非両立かを判定する」(事実の共通性を通じて判定する)
  • 「保護法益が異なる2つの罪は、それだけで併合罪となり両立する」(1個の行為なら観念的競合)

9見方の対立(解説書)解説書

  • 単一性と狭義の同一性の関係:二重起訴の観点からは、どちらも「1個の刑罰権の対象か」という1つの枠組みにまとまるとする見解/両訴因が択一の関係か(狭義の同一性)、併存する関係か(単一性)で問題状況が違うので分けて分析すべきとする批判。解説書はどちらとも決めていない。
  • 非両立性の判断方法:新旧両訴因が法的に両立しないかを見る見解(8)/訴因の背後にある社会的事実が両立しないかを見る見解(これも有力)。
  • 社会的事実の見解では:収賄・贈賄=賄賂が渡る1つの出来事のなかで、被告人がどちらの側だったかの違いにすぎない。身代わり運転=事故と事後の名乗り出は背後の社会的事実が同一でない → 同一性なし。非両立は判断要素の1つで、本質的な基準ではない。
  • 2つの見方は、収賄→贈賄(同じ賄賂)・身代わり運転のどちらでも結論は同じで、理由づけが違う:身代わり運転なら、法的に見る見解は「併合罪で実体法上両立する」から、社会的事実を見る見解は「訴因だけを比べれば非両立だが、背後の社会的事実が同一でない」から、同一性なしとする。
法的に非両立かを見る背後の社会的事実を見る
非両立の位置実体法上一方でしか処罰できないか(中心)判断要素の1つ
収賄→贈賄(同じ賄賂)同一性あり同一性あり
身代わり運転同一性なし(併合罪=両立)同一性なし(出来事が別)

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#77単独ページ動画

訴因変更の許否と時機的限界

問い:公訴事実の同一性の枠に入っている訴因変更の請求でも、裁判所が許さないことはあるか。公判前整理手続の中と後では、訴因変更はどう扱われるか。

骨組み

  1. 1可否と許否():同一性の枠内なら「許さなければならない」(可否)。それでも、なお請求を許さない場合がある(許否)=裁判例の解釈。控訴審では訴訟手続の法令違反として争う
  2. 2公判手続の停止():防御に実質的な不利益を生ずるおそれ → 被告人又は弁護人の請求により、決定で、必要な期間公判手続を停止しなければならない
  3. 3時機的限界の一般論(福岡高那覇支判昭51・4・5):不利益のおそれが著しく、公平を損うおそれが顕著な場合は、停止にとどまらず請求そのものを許さないことが例外として認められる
  4. 4福岡の事案と結論:求釈明で自ら明瞭に訴因から除外することを確認した事実を、約2年6か月後の結審段階で復活させる請求 → 原審が不許可、高裁はそれを相当とした(誠実な訴訟上の権利の行使と言い難い=規則1条2項・迅速=1条1項)
  5. 5時機的限界の見方(解説書):審理期間の長さだけでなく、具体的な審理経過・被告人の不利益の程度・新旧両訴因の関係を考慮する
  6. 6公判前整理手続に付する():充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため → 請求又は職権で、第1回公判期日前に、決定で付する。あらかじめ意見を聴く(同意・異議なしは要件でない)
  7. 7整理手続の中の訴因変更():公判前整理手続においても、訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許すことができる
  8. 8整理手続後の訴因変更(東京高判平20・11・18):制度趣旨に照らし、充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されない
  9. 9東京の当てはめと結論:争点とされていなかった事項・公判の証拠調べで明らかになった事実・追加の証拠調べは1期日程度 → 趣旨を没却せず、権利濫用にも当たらない → 原審の許可に法令違反なし

色の札は出どころ:条文 裁判例 解説書。この回の2つは高等裁判所の判決(裁判例)。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。刑訴規則の条文は文字のまま。

流れで覚える。可否のあとに許否がある(1)→ 不利益への手当ては、まず停止(2)、それで足りなければ不許可(3〜5)→ 公判前整理手続の中では許せる(6・7)、後では趣旨を没却するかで見る(8・9)。

1可否と許否()条文

  • 条文:裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。
  • 言葉:訴因=起訴状の公訴事実として明示する、できる限り日時・場所・方法で特定した罪となるべき事実()。公訴事実の同一性=訴因を変えてよい範囲の枠(罪数で一つにまとまるか=単一性/日時・場所がずれても同じ事実か=狭義の同一性)。可否=その枠に入るか。許否=枠に入っていても、なお許してよいか。
  • 文言だけ見れば無条件の許可義務に読める。しかし裁判例は、同一性の枠内(可否はクリア)でも、なお請求を許さない場合がありうるとした(3・8)。可否と許否は別の判断。
  • 許否の判断を控訴審で争う形:許したこと・許さなかったことを訴訟手続の法令違反()として主張する。この回の2つの裁判例も、この形で高裁に来た(原審=最初に判断した第一審の裁判所。福岡=検察官が「不許可は違反」と控訴/東京=弁護人が「検察官の請求は権利の濫用で許されないのに、許可した原審には訴訟手続の法令違反がある」と控訴)。
可否許否
問い公訴事実の同一性を害しない限度か枠内でも、なお請求を許してよいか
根拠の文言裁判例の解釈(時機的限界・公判前整理手続の趣旨)。解説書は、ほかに裁判所の心証の場面も許否の類型に挙げる
×にされやすい形
  • 「公訴事実の同一性を害しない限度の請求であれば、裁判所はどのような時期・経緯であっても必ず許可しなければならない」(裁判例は例外を認める)

2公判手続の停止()条文

  • 条文:裁判所は、訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。
  • 訴因変更は被告人の防御に負荷をかける → 条文が用意する手当ては、変更を許したうえで準備の時間を与えること。
  • 判決(昭51)の「同条四項」や解説書の「312条4項」は当時の番号。現在は7項(1項 許可・2項 変更命令・3項 書面・4項 謄本・5項 送達・6項 口頭・7項 停止)。
×にされやすい形
  • 「防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあっても、公判手続を停止するかどうかは裁判所の裁量に委ねられている」(停止しなければならない)

出題訴因の追加・変更で防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあれば、請求により、決定で必要な期間公判手続を停止しなければならない(○)

3時機的限界の一般論(福岡高那覇支判昭51・4・5)裁判例

  • 時機的限界=請求の時期と、それまでの手続の経過を理由に、同一性の枠内の請求でも許さないという限界(解説書の呼び方)。判決はこれを、防御の不利益と公平の言葉で絞った。
  • 出どころ:福岡高那覇支判昭51・4・5 判タ345号321頁。裁判所サイトに全文が無い=以下の「」は解説書(p.179〜180)が引く判決の言葉。
  • 足がかりは停止の規定(当時の4項=現7項):検察官の訴因変更の権限は「被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしめないこととの適正な釣合いの上に成り立っていることが明らか」。
  • そのうえで:被告人の防御上の不利益を生ずるおそれが著しく、「延いて当事者主義の基本原理であり、かつ、裁判の生命ともいうべき公平を損うおそれが顕著な場合」には、裁判所は、公判手続の停止措置にとどまらず、「検察官の請求そのものを許さないことが、例外として認められると解するのが相当」。
  • 例外は2段で絞られている:不利益のおそれが著しいこと、そして公平を損うおそれが顕著であること。不利益があるだけなら、まず停止(2)。
検察官の訴因変更の請求公訴事実の同一性を害しない限度か312条1項許可しない枠の外(可否)いいえはい防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるか312条7項許可するいいえはい不利益のおそれが著しく、公平を損うおそれが顕著か当事者主義の基本原理・裁判の生命ともいうべき公平請求そのものを許さない例外はいいいえ許可して、公判手続を停止被告人又は弁護人の請求により(312条7項)
時機の点だけの図(公判前整理手続を経た後の請求は 8・9 の物差しで見る。この図と両方当てるかは判決からは読めない)。緑の枠が条文、紫の枠が裁判例の言葉(福岡高那覇支判昭51・4・5・解説書の引用による)。3段目は例外=停止では足りない場合だけ。停止は被告人又は弁護人の請求によるもの。
×にされやすい形
  • 「防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある訴因変更請求は、許してはならない」(まず停止。不許可は著しく、公平を損うおそれが顕著な場合の例外)
  • 「公判手続を停止しても不利益が埋まらない場合でも、公訴事実の同一性があれば請求を許さなければならない」(不利益のおそれが著しく、公平を損うおそれが顕著なら、例外として請求そのものを許さないことが認められる)

4福岡の事案と結論裁判例

  1. 殺人(共謀)の訴因で起訴。起訴状の暴行の態様はあいまい
  2. 弁護人の求釈明 → 検察官は被告人の具体的行為を特定して釈明(炎の中から引きずり出して顔を2回踏みつけ、脇腹を1回蹴るなど)
  3. 被告人側:救助のための消火行為だったと一貫して主張
  4. 約2年6か月後、結審間近の第18回公判期日:検察官が、釈明で特定した行為の前に、腰のあたりを足蹴にして路上に転倒させた行為を加える、訴因の追加的変更を請求
  5. 原審:結審段階にあるとして許可しない
  6. 高裁:検察官の控訴趣意(不許可は違反)を退け、原審の不許可を、例外的な場合に当たり結局相当とした
  • 検察官が「外す」と述べたのではない。求釈明に対して行為を特定して釈明した結果、腰の足蹴りは訴因の外に置かれた。判決はこれを「求釈明によって自ら明瞭に訴因から除外することを確認した事実」と評価した。
  • 判決が挙げた事情(解説書は (a)〜(e) の5つに分ける・p.180):(a) 自ら明瞭に訴因から除外することを確認した事実を、改めて復活させるに等しい請求 (b) 被告人は防御範囲の拡大を強いられ、暴行・傷害・傷害致死等の実行行為として独立に処断される危険にさらされる (c) 約2年6か月、一貫して維持してきた訴因の証明が成り立ちがたい情勢となった結審段階 (d) 被告人側は審判の対象から外されたため、何ら防御活動をしてこなかった (e) 救助の消火行為だという被告人側の一貫した主張が成功したかにみえる段階。
  • 評価:不意打ちであり、誠実な訴訟上の権利の行使(刑訴規則1条2項=訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない)とは言いがたい。
  • さらに:追加する事実を新たに争点にすれば、新たな証拠調べと防御活動が要り訴訟が相当期間続く → 迅速な裁判の趣旨(刑訴規則1条1項)に反し、公平な裁判の保障を損なうおそれが顕著。
  • 原審が理由にしたのは結審段階という時期。高裁は (a)〜(e) の事情を挙げて、例外の一般論(3)に当てはめた。
×にされやすい形
  • 「福岡高裁那覇支部は、自ら訴因変更請求を許さない決定をした」(不許可は原審。高裁はそれを相当とした)
  • 「この裁判例は、審理期間が2年6か月と長いことだけを理由に、請求を許さないことを相当とした」

5時機的限界の見方解説書

  • 解説書のまとめ(p.180):単に審理期間が長いだけでなく、具体的な審理経過・被告人の不利益の程度・新旧両訴因の関係を考慮して、時機的限界を超えた請求かを判断する枠組み。
  • これは解説書が判決を読んだ枠組み。判決自身が一般論として示したのは「著しい不利益→公平を損うおそれが顕著→例外として不許可」(3)。
  • 福岡の事案では、検察官自身の釈明による除外・それを前提にした長い防御・結審間近の追加が重なって不意打ちになった。どれか1つがあれば不許可、という形では示されていない。

同じ足蹴りの追加でも、釈明の直後、証拠調べが始まる前に請求したなら、(c)(e)(結審段階・主張が通りかけた段階)が欠ける → 停止で足りる側に傾く(結論は他の事情との総合)。

6公判前整理手続に付する()条文

  • 1項:裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第1回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。
  • :前項の決定又は同項の請求を却下する決定をするには、裁判所の規則の定めるところにより、あらかじめ、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。
  • 付するかを決めるのは裁判所。当事者の同意や「異議がないこと」は要件ではない=異議があっても付することができる。付することができる事件を、死刑・無期などの重い罪に限る定めは無い(「必要があると認めるとき」)。ただし裁判員の参加する合議体で取り扱うべき事件は、必ず公判前整理手続に付さなければならない(裁判員法)。
  • 争点が何か、どの証拠を調べるかを先に決めて審理計画を立てる → 公判を継続的・計画的・迅速に進める。
×にされやすい形
  • 「検察官が公判前整理手続を求めるには、被疑者に異議がないことを書面で明らかにしたうえで、公訴の提起と同時に申し立てなければならない」
  • 「検察官又は被告人若しくは弁護人に異議があるときは、公判前整理手続に付することができない」

出題公判前整理手続は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことを目的とした、争点及び証拠を整理するための公判準備である(○)

出題裁判所は、必要と認めるときは、意見を聴いて、第1回公判期日前に、決定で公判前整理手続に付することができる(○)

出題公判前整理手続に付する決定の可否は、法定刑によって法律上当然に結論が異なることにはならない(○)

出題公判前整理手続の規定は、死刑・無期・短期1年以上の懲役禁錮に当たる罪の事件にだけ適用される(×)

出題公判前整理手続を求めるには、被疑者の異議がないことを書面で明らかにし、公訴の提起と同時に申し立てなければならない(×)

出題当事者に異議があるときは、公判前整理手続に付することができない(×)

7整理手続の中の訴因変更()条文

  • 条文:公判前整理手続においては、次に掲げる事項を行うことができる。1号=訴因又は罰条を明確にさせること/2号=訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許すこと。
  • 整理手続の中では、検察官は訴因変更を請求でき、裁判所はそれを許すことができる。問題になるのは、整理手続が終わった後の公判での訴因変更(8・9)。
いつ訴因変更根拠
公判前整理手続の中許すことができる
公判前整理手続の後の公判趣旨を没却するような請求は許されない東京高判平20・11・18(制度趣旨から)
×にされやすい形
  • 「検察官は、公判前整理手続においては、訴因の変更を請求することはできない」
  • 「裁判所は、公判前整理手続において、訴因の変更を許すことができない」

出題検察官は、公判前整理手続においては、訴因の変更を請求することはできない(×)

出題裁判所は、公判前整理手続において、訴因の変更を許すことができない(×)

8整理手続後の訴因変更(東京高判平20・11・18)裁判例

  • 判決はまず制度の趣旨を確かめ、そこから限界を引いた:
  • 公判前整理手続は、当事者双方が公判においてする予定の主張を明らかにし、その証明に用いる証拠の取調べを請求し、証拠を開示し、必要に応じて主張を追加、変更するなどして、事件の争点を明らかにし、証拠を整理することによって、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるようにするための制度である。
  • このような公判前整理手続の制度趣旨に照らすと、公判前整理手続を経た後の公判においては、充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されないものと解される。
  • 公判前整理手続を経た後でも、訴因変更が一律に許されなくなるのではない。許されないのは、趣旨を没却するような請求。
×にされやすい形
  • 「公判前整理手続を経た事件では、その後の公判で訴因変更を請求することは許されない」(趣旨を没却するような請求が許されない)

9東京の当てはめと結論裁判例

  1. タクシー運転手のひき逃げ:業務上過失致死と道路交通法違反で起訴
  2. 9回の公判前整理手続:争点=「被告人が、本件交通事故を引き起こして逃走した犯人であるかどうか」。弁護人は過失について何も主張せず。予定=第1〜3回 検察官立証/第4回 弁護側立証/第5回 被告人質問/第6回 論告弁論
  3. 第4回期日:原審が、犯人に過失が認められるかどうかも意識して立証するよう促す(高裁は、目撃証人の供述等から事故の態様が訴因の前提と違うとの心証によるものと推測している)
  4. 第5回期日の前:検察官が過失の内容(注意義務)を変える訴因変更を請求
  5. 第5回期日:弁護人は、公判前整理手続を経たこの段階での訴因変更請求は攻撃防御の点から認められるべきでないとして異議を述べた
  6. 第6回期日:原審が許可の決定
  7. 第7回・第8回期日:追加の証拠調べ(第8回は証人の不出頭による)
  8. 控訴審:弁護人の主張(検察官の請求は権利の濫用で許されない → 許可した原審に訴訟手続の法令違反)を退ける
  • 判決が述べた本件の事情:
  • 本件は、公判前整理手続では争点とされていなかった事項に関し、公判で証人尋問等を行った結果明らかとなった事実関係に基づいて、訴因を変更する必要が生じたものであり、仮に検察官の訴因変更請求を許可したとしても、必要となる追加的証拠調べはかなり限定されていて、審理計画を大幅に変更しなければならなくなるようなものではなかったということができる。
  • 訴因変更に伴って追加的に必要とされる証拠調べは、検察官立証については前記のとおり極めて限られており、被告人の防御権を考慮して認められた弁護側立証を含めても、1期日で終了し得る程度であった。
  • そうすると、本件の訴因変更請求は、公判前整理手続における充実した争点整理や審理計画の策定という趣旨を没却するようなものとはいえないし、権利濫用にも当たらないというべきである。
  • 検察官の本件の訴因変更請求を許可した原審には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は認められない。
  • 許可したのは原審。高裁は、その許可に訴訟手続の法令違反は無いとした。
  • 解説書のまとめ(p.182):整理された争点を変えるものではないこと・策定された審理計画を大きく変えるものではないこと、の2点が考慮されている。
  • 2つの判断の関係:弁護人は「請求は権利濫用」と主張した → 判決は整理手続の制度趣旨の物差しで判断し、同じ事情(争点外・追加の証拠調べは限定的)から、権利濫用にも当たらないと答えた。弁護側立証(被告人の防御権を考慮)も追加の証拠調べに数えている。
  • 許否と有罪は別:高裁は別の控訴趣意(過失)を容れて原判決を破棄し、変更後の業務上過失致死は注意義務違反が認められないとして無罪(道路交通法違反だけで懲役8月)。
公判前整理手続を経た後の訴因変更請求整理手続では争点とされていなかった事項か公判の証拠調べで明らかとなった事実関係に基づく変更の必要没却の方向整理した争点を動かすいいえはい追加的証拠調べはかなり限定されているか審理計画を大幅に変更しなければならなくなるものではない没却の方向審理計画を組み直すいいえはい趣旨を没却しない権利濫用にも当たらない → 許可は適法
紫の枠が判決の言葉(東京高判平20・11・18)。判決は本件の事情としてこの2つを挙げたもので、順に当てる要件とは述べていない。右の「没却の方向」は判決の事案に無い側=傾く向きだけ。
福岡高那覇支判昭51・4・5東京高判平20・11・18
場面長い審理の後の結審段階公判前整理手続を経た後の公判
原審の判断許可しない許可
控訴した側検察官(不許可は違反)弁護人(請求は権利の濫用=許可は違法)
高裁不許可は結局相当許可に法令違反なし(別の理由で破棄・業務上過失致死は無罪)
正面の物差し著しい不利益・公平を損うおそれが顕著(誠実な権利行使・迅速)争点整理・審理計画の趣旨を没却するか(権利濫用にも当たらないか)

東京の判決は、停止の規定や福岡の物差し(不利益の著しさ・公平)には触れず、公判前整理手続の制度趣旨から判断した。2つの物差しを両方当てるのか、どちらかなのかは、判決からは読めない。

弁護人が整理手続で「運転者に過失は無い」と具体的に主張し、過失の有無が争点として整理されていたのに、公判の終盤で注意義務の中身を別物に替える請求なら、「争点とされていなかった事項」が欠ける → 整理された争点を動かす変更として、不許可の側に傾く。

×にされやすい形
  • 「東京高判平20・11・18 は、公判前整理手続後の訴因変更請求を許可した原審を違法とした」
  • 「論告弁論の予定が近い終盤の請求なので、公判前整理手続の趣旨を没却するとされた」(終盤でも許可は適法とされた)
  • 「訴因変更が許された以上、変更後の業務上過失致死で有罪となった」(変更後の訴因は無罪)

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#78単独ページ動画

訴因変更と訴訟条件の基準時

問い:訴因が変わるとき、または心証が訴因とずれるとき、訴訟条件(告訴・反則金の手続・公訴時効)は、どの訴因を基準に、どの時点で見るか。

骨組み

  1. 1物差し:訴訟条件=有罪・無罪の前に満たすべき条件(欠ければ公訴棄却・免訴などで打ち切り)。基準は心証か訴因か → 審判対象は訴因だから訴因を基準に、と読むのが解説書(判例が言い切ったものではない)
  2. 2親告罪の事実へ変わるとき(東京地判昭58・9・30):訴因変更の手続等で初めて親告罪として審判すべき事態に至ったなら、告訴はその時点で初めて必要 → その時点で有効な告訴があれば実体裁判ができる
  3. 3心証が反則行為に縮む(最判昭48・3・15):100km/h(40km/h 超過)で起訴 → 原審が20km/h 超過(反則行為)と認定 → 反則金の手続(道交法130条)を経ていない → 公訴棄却(4号)
  4. 4名誉毀損の訴因・侮辱の認定(最判昭31・4・12):侮辱なら起訴の当時すでに時効完成 → 免訴(4号)。時効1年は判決当時の侮辱罪(拘留又は科料)の話=今は3年
  5. 52判例の読み方:昭48は心証基準をとったようにも読める(解説書)。通説的な見解は、大きい事実の訴因に小さい事実を訴追する意思も黙示的に包含とする → それなら縮小認定のうえ訴因基準でも説明できる(解説書。昭31も同じ形で説明でき、心証基準と評価する見解もある)。判決に「縮小認定」の語は無い
  6. 6告訴を得られなかったら(解説書):窃盗の訴因のまま=窃盗は器物損壊の事実を包含していないので縮小認定は困難 → 無罪/告訴なしで器物損壊へ変更 → 公訴棄却/告訴ありで変更 → 実体裁判
  7. 7逆向き:当初の訴因が条件を欠く(解説書の検討):告訴の無い親告罪(親族間の恐喝)で起訴・心証は脅迫 → 維持なら公訴棄却。変更は本来無効な当初の訴因を有効にしようとするものなので許されるかが問題 → 最判平21・7・16(訴因の特定の瑕疵を訴因変更と同様の手続で補正)と同じく考えれば許可、と解説書の著者
  8. 8時効の停止は起訴の時(・最決昭29・7・14):詐欺→横領へ訴因罰条を変更しても、公訴事実の同一性に消長が無ければ起訴の時を基準(変更の時ではない)。理由は述べていない
  9. 9同一性の外の訴因変更請求(最決平18・11・20):併合罪=本来は追起訴。それでも訴因変更請求書の提出で訴追意思を表明したものとみられるから、その時点でに準じて停止(許可がのちに取り消された事案)

色の札は出どころ:条文 判例・裁判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。道路交通法の条文は文字のまま。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。最高裁=判例・地裁=裁判例。

流れで覚える。物差し(1)→ 訴因が親告罪に変わる(2)→ 訴因はそのまま心証が縮む(3・4=公訴棄却と免訴、5=その読み方)→ 告訴が取れない場合の出口(6)と逆向きの型(7)→ 公訴時効は別の時点で見る(8=原則・9=同一性の外)。

訴訟条件何を基準に・いつ見るか出どころ
告訴(訴因変更で親告罪に)変更後の訴因・変更の時点(その時点で告訴があれば足りる)東京地判昭58・9・30(2)
反則金の手続・公訴時効の完成(心証が縮む)心証の事実で欠ければ公訴棄却・免訴(縮小認定と読めば訴因基準でも説明できる)最判昭48・最判昭31(3〜5)
公訴時効の停止(訴因変更)同一性に消長が無ければ起訴の時/同一性の外でも請求書の提出時に準じて停止最決昭29(8)・最決平18(9)

1物差し——心証か訴因か学説

  • 訴訟条件=事件の中身(有罪か無罪か)を裁く前に満たしていなければならない条件。欠けると有罪・無罪の判断に進まず、手続を打ち切る(講義解説の説明)。この回で使うのは3つ:告訴(親告罪)・反則金の手続(道路交通法130条)・公訴時効が完成していないこと。
  • 打ち切りの出口:手続を経ずにした起訴などは公訴棄却(4号=公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき)/時効の完成は免訴(4号=時効が完成したとき)。
  • 訴因=検察官が構成した具体的な犯罪事実で、裁判所が現に裁いている対象(講義解説の説明。起訴状の公訴事実は訴因を明示して記載する=)。
  • 告訴:犯罪により害を被った者は告訴をすることができる()。親告罪=告訴がなければ公訴を提起することができない罪(器物損壊など=)。
  • 公訴時効:犯罪行為が終わった時から進行し()、罪ごとに定めた期間を経過すると完成する()。公訴の提起で進行が止まる(=8)。
  • 何を基準に見るかで2つの考え方:裁判所が胸の内で抱いた事実(心証)か、審判の対象である訴因か。
  • 解説書:審判対象は訴因である → 訴訟条件の具備も訴因を基準に判断する、と2の裁判例を「読める」とする。判例・裁判例がこの言葉で言い切ったのではない(3の最高裁判決は心証基準をとったようにも読める、と解説書自身が書き、4は心証基準と評価する見解があると紹介する=5)。

同じ「訴因か心証か」の対立は、訴訟条件の1つである管轄でも出題されている(傷害致死で地裁に起訴→心証は過失致死。過失致死の管轄は簡裁だけ)。

傷害致死で地裁に起訴→心証は過失致死(簡裁のみ)訴因変更なし過失致死へ変更
見解Ⅰ:訴因・罪名・罰条で管轄を判断無罪管轄違い
見解Ⅱ:心証の事実で管轄を判断管轄違い管轄違い

出題Ⅰ(訴因基準)で訴因変更なしなら傷害致死につき無罪、Ⅰで過失致死への変更を許可したら管轄違い、Ⅱ(心証基準)で変更なしなら管轄違い(○)

出題Ⅰで訴因変更なしなら管轄違い、Ⅱで過失致死への変更を許可したら過失致死につき有罪、Ⅱで変更なしなら傷害致死につき無罪(×)

×にされやすい形
  • 「訴因を基準にする見解では、心証が簡裁専属の罪になれば、訴因を変更しなくても管轄違いになる」(訴因を変えなければ訴因の罪で判断=無罪)
  • 「判例は、訴訟条件は訴因を基準に判断すると明言している」(訴因基準は解説書の読み。最判昭48は心証基準をとったようにも読める=解説書、最判昭31は心証基準と評価する見解がある)

2親告罪の事実へ変わるとき(東京地判昭58・9・30)裁判例

  • 裁判例(地裁)。裁判所サイトに全文が無く、解説書の紹介の範囲で書く(事案の細部は確かめられない)。
  • 解説書が引く説示:「訴訟の進展に伴ない訴因変更の手続等によって親告罪として審判すべき事態に至ったとき」は、「その時点で初めて告訴が必要となったにすぎない」。「現行法下の訴因制度のもと」では、その「時点において有効な告訴があれば訴訟条件の具備につきなんら問題はなく実体裁判をすることができる」。
  • 解説書の読み:訴訟条件は訴因を基準に判断すべきだということを明らかにしたものと「読める」。
  • 最初から親告罪で起訴し、起訴の時点で告訴が無かった場合(告訴の追完の問題・原則は公訴棄却)とは出発点が違う:起訴の時の訴因は告訴の要らない罪で、告訴が要るようになったのは変更の時から。
窃盗で起訴→審理で器物損壊(親告罪=)の心証→器物損壊の訴因を求める請求(その時点で告訴あり・起訴の時は告訴なし)告訴が要るのはいつから結果
心証を基準器物損壊の心証を抱いた時点その時点では告訴がまだ無い → 訴訟条件が欠けていると評価しうる
訴因を基準器物損壊の訴因を求めた(変更・追加の請求の)時点告訴あり → 実体裁判

心証を基準にすると、器物損壊の心証を抱いた時点では器物損壊の告訴を欠いており、訴訟条件が欠けていると評価しうる(告訴が出たのは、その後の請求の時)。訴因を基準にすると、検察官が現に器物損壊の訴因を請求した時点では告訴がある以上、欠けるところはない(解説書の問題の立て方)。

Aが窃盗(Bの車の鍵)で起訴されたが、審理で、不法領得の意思はなく嫌がらせで持ち去って捨てただけという心証になった。検察官が器物損壊の訴因を求めた日にBの告訴状が出ていれば、起訴の日に告訴が無くても足りる(解説書の設問は、器物損壊を予備的に追加する形)。

  • 解説書の検討:訴因を基準とする限り、変更前の訴因も変更後の訴因も一貫して訴訟条件を具備している → 裁判所は検察官の訴因変更請求を許可すべき。
×にされやすい形
  • 「非親告罪の訴因で起訴した後に親告罪の事実と判明した場合、起訴の時点で告訴が無かった以上、訴因変更をしても公訴棄却しかない」
  • 「最高裁は、訴因変更の時点で告訴があれば足りると判示した」(地裁の裁判例)

3心証が反則行為に縮む(最判昭48・3・15)判例

  1. 起訴:法定の最高速度60km/h の道路を100km/hで運転(40km/h 超過)
  2. 第一審:公訴事実のとおり認定
  3. 原審:超過速度の点の事実誤認の主張を容れ80km/h(20km/h 超過)と認定 → 罰金2万円
  4. 最高裁:当時の法で20km/h 超過は「反則行為」・被告人は「反則者」。反則金の手続は行われていない → 原判決・第一審判決を破棄し、公訴棄却
  • 道路交通法130条:反則者は、反則金の納付の通告を受け、かつ、道路交通法128条1項の期間が経過した後でなければ、公訴を提起されない(ただし書の例外あり)。
  • もしかかる手続を経ないで公訴が提起されたときは、裁判所は、公訴提起の手続がその規定に違反したものとして、刑訴法三三八条四号により、判決で公訴を棄却しなければならないものである。
    そして、このことは、反則金を納付した者は、当該通告の理由となつた行為について、公訴を提起されないと定めている道路交通法一二八条二項の趣旨を考慮にいれるときは、本件のように、起訴状の公訴事実によれば反則行為に該当しないが、公判審理の結果反則行為に該当することが判明した場合についても同様であると解すべきである。
  • 原審が、被告人は法定の最高速度を二〇キロメートル毎時こえる速度で運転したものと認定した以上は、第一審判決を破棄して、公訴を棄却すべきであつた
  • 20km/h 超過と認定したのは原審(最高裁が自ら認定したのではない)。
  • なぜ公訴棄却か:判決は、反則金を納付した者は通告の理由となった行為について公訴を提起されない(道路交通法128条2項)という趣旨を考慮に入れて、審理の結果反則行為と判明した場合も手続を経ない起訴と同様に扱う(上の引用)。
  • 無罪か公訴棄却かの違い(解説書):無罪判決なら一事不再理効が発生し、公訴棄却判決なら発生しない(ここに議論の実益がある)。
  • 起訴できる順序(解説書の設問の前提):20km/h 超過なら交通反則通告制度が適用され、反則金納付の通告を受けたうえで一定期間反則金を支払わない場合に、初めて公訴を提起できる。
出口どんなとき一事不再理効
無罪訴因の事実が証明されない生じる
公訴棄却(4号)反則金の手続・告訴を欠いた起訴(3・6)生じない
×にされやすい形
  • 「起訴状の公訴事実が反則行為に当たらない以上、審理の結果反則行為と判明しても、裁判所は反則行為の限度で有罪にできる」(公訴棄却)
  • 「反則行為と判明したときは、訴因の事実が証明されていないので無罪を言い渡す」

4名誉毀損の訴因・侮辱の認定(最判昭31・4・12)判例

  • 事案:起訴状の訴因・罪名は名誉毀損。原判決は名誉毀損を認めず、侮辱()を認定して有罪。起訴は行為から1年1月余りの後。
  • 判決当時の侮辱罪は拘留又は科料に当たる罪=時効期間1年(判決の言葉)→ 侮辱なら起訴の当時すでに時効完成。
  • たとえ、起訴状記載の訴因及び罪名が名誉毀損であるにしても、原判決は名誉毀損の事実を認めなかつたこと前示のとおりであるから、右起訴の当時すでに本件所為につき公訴の時効は完成したものというべきである。
    されば本件の場合においては、刑訴四〇四条、三三七条四号により、被告人に対し免訴の言渡をなすべきものである
  • 結論:原判決(有罪)を破棄し、免訴。
  • 対比:時効を名誉毀損の時効期間で見るか、心証(侮辱)で見るかで結論が分かれうる事案(縮小認定による説明は5)。解説書の紹介は「侮辱罪で認定する場合には公訴提起時に既に公訴時効が完成していた」場合。判決は、訴因・罪名が名誉毀損であっても、名誉毀損の事実を認めなかった以上、起訴の当時すでに完成とした(判決は当時の名誉毀損の時効期間を述べていない)。
  • 今の法律:侮辱罪は「1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」()→ 時効は長期5年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪として3年(6号)。名誉毀損(・3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)も同じ6号で3年。
×にされやすい形
  • 「侮辱罪の公訴時効期間は1年である」(1年は判決当時。今は3年)
  • 「起訴状の訴因が名誉毀損である以上、名誉毀損の時効期間で時効の完成を判断する」(判決は、名誉毀損の事実を認めなかった以上、起訴の当時すでに時効完成とした)

52判例の読み方——縮小認定学説

  • 昭48(解説書):裁判所が心証として抱いている社会的事実を基準に、20km/h 超過の事実をもとに公訴棄却をしたようにも読める。
  • 昭48(通説的な見解):40km/h 超過の訴因には、20km/h 超過の事実を訴追する意思も黙示的に包含されていた。
  • 昭48(解説書):そうだとすれば、訴因を基準とする考え方の下で、20km/h 超過の事実をもとに公訴棄却したと解することが可能だとされている=いわば縮小認定をしたうえでの公訴棄却。
  • 昭31:心証として抱かれている社会的事実を基準にしたと評価する見解がある(解説書の紹介)。
  • 昭31(解説書):名誉毀損の訴因に侮辱の事実は包含されており、縮小認定を前提として免訴としたのだとすれば、訴因を基準とした判断として説明することも可能。
  • どこで分かれるか(解説書):縮小認定で説明できるのは、訴因の事実が心証の事実を包含しているとき(3・4)。包含していなければ縮小認定は困難で、訴因の事実が認められないとして無罪になる(6)。
  • 縮小認定=大きな事実の訴因の中に包み込まれている小さな事実を、訴因変更なしに認定すること。
  • 判決文には「縮小認定」「黙示」「訴追意思」の語は無い(説明は学説の側)。
×にされやすい形
  • 「最判昭48は、40km/h 超過の訴因に20km/h 超過の事実が黙示的に含まれるとして縮小認定したと判示した」(判決の言葉ではなく、通説的な見解の読み)

6告訴を得られなかった場合の出口学説

  • 2の事件で、検察官が告訴を得られなかったら(解説書の検討):
  • 窃盗の訴因を維持:窃盗が器物損壊の事実を包含しているわけではない → 縮小認定は困難 → 窃盗について無罪。
  • 対比(解説書):速度違反の設問では、40km/h 超過の訴因に20km/h 超過の事実を訴追する意思も黙示的に包含されていたとする通説的な見解により、縮小認定のうえ公訴棄却と説明できた。窃盗の訴因は器物損壊の事実を包含しているわけではないので、同じ道はとれない。
  • 告訴なしで器物損壊へ変更:器物損壊の訴因を基準に告訴を欠く → 公訴棄却。
  • 「包含していない」は、縮小認定(訴因変更なしに小さい事実を認定)ができないというだけ。請求の時点で告訴があれば、器物損壊への訴因の追加・変更の請求は、2のとおり許可すべき(解説書の検討)。
窃盗の訴因・心証は器物損壊(親告罪)器物損壊の訴因に変えるか窃盗につき無罪縮小認定は困難いいえはい変更(追加)の請求の時点で告訴があるか公訴棄却338条4号いいえはい器物損壊で実体裁判
解説書の検討を並べたもの。2段目の、請求の時点で告訴があれば足りるという点は東京地判昭58・9・30(紫の枠)。
×にされやすい形
  • 「告訴が得られなくても、窃盗の訴因のまま器物損壊を縮小認定して有罪にできる」(窃盗は器物損壊の事実を包含していない)
  • 「告訴なしで器物損壊へ訴因を変更すれば、窃盗が証明されない以上、無罪を言い渡す」(変更後の訴因を基準に公訴棄却)

7逆向き:当初の訴因が条件を欠く学説判例

  • 解説書の設例:配偶者・直系血族以外の、同居していない親族との間の恐喝(。がを準用=告訴がなければ公訴を提起できない)を、告訴なしで起訴。心証は脅迫(・親告罪でない)。
  • 恐喝の訴因を維持 → 告訴を欠くので公訴棄却。
  • 脅迫への変更の請求 → 「本来は無効・違法な当初の訴因を訴因変更によって有効にしようとするもの」であり、許容されるかが問題になる(解説書)。
  • 最判平21・7・16(労働基準法32条1項違反で、週の特定を欠いた訴因):
  • 本件は,訴因の特定が不十分でその記載に瑕疵がある場合に当たり,その瑕疵の内容にかんがみると,訴因変更と同様の手続を採って訴因を補正すべき場合である。
  • 平21は、予備的訴因変更を許さず無罪とした原判決を破棄し、差し戻した。訴訟条件の事案ではない。
  • つなぎ方(解説書の著者):平21は、記載に瑕疵のある訴因を、訴因変更と同様の手続で補正することを認め、瑕疵を補正しようとした訴因変更請求は許可すべきとした。この判例と同じく理解するなら、訴訟条件を欠く当初の訴因から、訴訟条件を具備する訴因への変更も許可すべきことになろう(推論の形。判例の判示ではない)。
どちらの訴因が条件を欠くか例出口
変更後の訴因が欠く窃盗→器物損壊・告訴なし(6)維持=無罪/変更=公訴棄却
心証の事実で見ると欠く40km/h→20km/h 超過(3)・名誉毀損→侮辱(4)公訴棄却・免訴
当初の訴因が欠く親族間の恐喝・告訴なし→脅迫(7)維持=公訴棄却/変更は許可すべきとの見解
×にされやすい形
  • 「最判平21・7・16は、告訴を欠く親告罪の訴因から非親告罪の訴因への変更を許すべきとした」(平21は訴因の特定の瑕疵の事案。訴訟条件への当てはめは解説書の著者の推論)

8時効の停止は起訴の時(最決昭29・7・14)条文判例

  • :時効は、当該事件についてした公訴の提起によってその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
  • 公訴事実の同一性=訴因の追加・撤回・変更が許される枠(:公訴事実の同一性を害しない限度において…許さなければならない)。8は同一性の内側の変更、9は同一性の外側の請求。
  • 事案(決定が括弧書きでまとめた弁護人の主張による):詐欺で起訴 → 昭和27年3月24日に検察官が訴因・罰条を横領へ変更する請求(裁判所はこれを許可)。弁護人の主張によれば、犯行は昭和22年3月18日に終わっており、変更の時には横領の5年の時効期間が経過していた。
  • 前記訴因罰条の変更によつて起訴状記載の公訴事実の同一性に何等消長を来たすことのない本件においては、本件起訴の時を基準として公訴時効完成の有無を判断すべきであつて、所論の如く訴因罰条の変更の時を基準とすべきでないと解するのが相当である
  • 上告棄却の決定で、この判断は括弧書きの中。理由(訴追意思など)は述べていない。
  • 解説書の読み:時効は公訴事実の同一性の範囲で停止する、という考え方が前提と解することができる。二重起訴の禁止・一事不再理効は同一性の範囲に及ぶと解されている → 検察官の訴追意思も同一性の範囲に及ぶと解するべきだ、というのは解説書の著者の推論。
  • 今の時効期間:詐欺(・10年以下の拘禁刑)=7年(4号)/横領(・5年以下の拘禁刑)=5年(同5号)。

犯行から4年で詐欺として起訴し、6年目に横領へ変更 → 変更の時を基準にすると横領の5年を過ぎているが、同一性がある以上、起訴の時を基準に見る → 時効は完成していない。

×にされやすい形
  • 「訴因・罰条を変更した場合、変更後の訴因の公訴時効は、変更の時を基準に判断する」(同一性に消長が無ければ起訴の時)
  • 「最決昭29は、検察官の訴追意思が同一性の範囲全体に及ぶことを理由に、起訴時基準とした」(理由は述べていない)

9同一性の外の訴因変更請求(最決平18・11・20)判例

  1. 平成10年11月13日:出資法違反1件を起訴
  2. 同年12月10日:反復すれば包括一罪との見解で、20件を追加する訴因変更請求書を出す
  3. 平成11年2月19日:第1審が(弁護人の異議なしを確かめて)訴因変更を許可
  4. 平成15年9月16日:第1審が「公訴事実の同一性が無い」として職権で許可を取り消す
  5. 同年10月9日:検察官が排除された事実を改めて起訴 → その事実の時効が完成しているかが争点
審級訴因変更請求に停止の効力は結論
第1審無い(前段の類推は相当でない)免訴
原審許可決定の段階で前段の準用で停止 → 取消決定から再び進行破棄・有罪
最高裁請求書の提出時にに準じて停止原判断は結論において正当(上告棄却)
  • 対立の軸:検察官は、行為が反復累行されれば包括一罪になる(解説書の紹介では、20件は当初の訴因と実体法上一罪の関係に立つとの理解)との見解で、1件の起訴に20件を訴因変更で追加した。最高裁は、個々の行為ごとに一罪が成立し併合罪として処断すべきもの(確定裁判を経ていない2個以上の罪=)とした。第1審の取消しの理由は、当初の訴因と追加分の間に公訴事実の同一性が無いこと。
  • だから本来は訴因変更請求ではなく追起訴(その事実を別に起訴する手続)によるべきだった(最高裁)。
  • 検察官としては,前記訴因変更請求に係る事実を訴追するには,訴因変更請求ではなく追起訴の手続によるべきであった。しかし,検察官において,訴因変更請求書を裁判所に提出することにより,その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから,その時点で刑訴法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止すると解するのが相当である。
  • 請求書の提出そのものを訴追意思の表明とみる(提出のほかに、表明があったかを別に調べる形ではない)。
  • 裁判所は、いったん許可した訴因変更を後に取り消した(請求が却下されたのではない)。

出題A事実の起訴後、一罪と判断してB事実を追加する訴因変更請求→許可→審理で併合罪と判明し許可を取消し。この場合でも、B事実について訴因変更請求によって公訴時効の進行は停止する(○)

×にされやすい形
  • 「訴因変更の許可が取り消された以上、その請求による公訴時効の停止の効力は生じない」
  • 「公訴時効は、訴因変更を許可する決定の時点で停止する」(原審の考え。最高裁は請求書の提出時)

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#79単独ページ動画

訴因変更の要否と判断枠組み

問い:検察官が訴因を変えないまま、裁判所が訴因と違う事実を認定してよいのはどんなときか。訴因に明示された実行行為者と違う認定をするには、必ず訴因変更が要るか。

骨組み

  1. 1要否の問い(事実記載説=通説):法律構成が変わる場合に限らず、訴因の事実と認定事実の実質的な違いで訴因変更の要否を考える/どの程度の違いで要るかを具体化したのが2〜4の枠組み=実質的に違っても要らない場合がある(平13の例外)/微細な食い違い(犯行時刻が10分ずれた等)のたびに変更を求めるのは現実的でない(講義解説)
  2. 2審判対象の画定(最決平13・4・11):殺人罪の共同正犯の訴因は、実行行為者が明示されていないからといって、それだけで直ちに特定に欠けるとはいえない → 異なる認定をしても「審判対象の画定という見地」からは訴因変更が必要とはいえない/(解説書の整理)画定に必要な事項(構成要件該当事実など)が動けば一律に必要=例外なし
  3. 3原則(同):実行行為者は「一般的に、被告人の防御にとって重要な事項」 → 争いがある場合等は「争点の明確化などのため」明示が望ましい(義務ではない)/明示をした以上、実質的に異なる認定には原則として訴因変更が要る
  4. 4例外の2つの条件(同):明示は訴因の記載として不可欠でないから、少なくとも ①審理の経過に照らし不意打ちでない、かつ ②認定事実が訴因に記載された事実と比べて被告人により不利益とはいえない → 訴因変更を経ずに異なる実行行為者を認定しても違法でない(判決は、2つがそろえば足りるとした。そろわない場合は述べていない=原則に戻して必要とするのは解説書の整理)
  5. 5平13の事案と結論:共同正犯の訴因(「Aと共謀の上」)で実行行為者を被告人と明示 → 認定は「A又は被告人あるいはその両名」/当初から主要な争点・被告人の主張を一部容れた認定 → 2つの条件とも満たし違法でない/被告人とAの2名の共謀による犯行なので、択一的・概括的な判示も罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない
  6. 6訴因の2機能との対応(解説書):「審判の対象を限定」→ 画定の見地/「防禦の範囲を示す」→ 防御上重要な事項(平13 がそう述べたのではなく解説書の評価)/判例は識別説(ないし「罪となるべき事実」説)と解されている

色の札は出どころ:条文 判例 解説書・学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。何がずれたら要るか(1)→ 審判対象の画定(2)→ 防御上重要な事項の原則(3)と例外(4)→ 平13の事案(5)→ 訴因の2機能との対応(6)。

訴因と異なる事実を認定したい(訴因変更の請求なし)審判対象の画定に必要な事項か特定に不可欠な事項(構成要件該当事実など)訴因変更が必要例外なしはいいいえ防御に重要な事項で、検察官が訴因に明示したか実行行為者は「一般的に」防御に重要訴因変更は不要いいえはい(原則として必要)不意打ちでなく、かつ訴因と比べてより不利益でないか被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし変更なしでも違法でない例外はいいいえ訴因変更が必要原則どおり
解説書のフロー図に基づく整理で、判決は「一律に」や段階の語を使っていない(判決は実行行為者について判断した)。紫の枠が判例の言葉。3段目は2つの条件の両方が要る=争点になっていた(不意打ちでない)だけでは足りない。判決は2つの条件がそろう場合を「少なくとも」違法でないとした(そろえば足りる)。そろわない場合について判決は述べていない。3段目の「いいえ→必要」は、原則(判旨「原則として」訴因変更を要する)に戻す解説書のフロー図の整理。

1要否の問い(事実記載説)通説

  • 訴因=検察官が起訴状に書く、審判を求める具体的な犯罪事実。は「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない」とし、講義解説は訴因を検察官が主張する「具体的犯罪事実」とする。
  • 訴因と、検察官が立証しようとする事実/裁判所が認定しようとする事実との間には、ずれが生じうる。審判対象は訴因なので、訴因と実質的に違う事実を無断で認定すれば、検察官が訴追していない事実で有罪にすることになりかねず、被告人には不意打ちになる。逆に、どんな小さなずれにも変更を求めれば手続が進まない。
  • 通説=事実記載説:法律構成(罰条等)が変わった場合に限らず、訴因の事実と認定事実に実質的な違いが生じれば訴因変更が必要(解説書)。講義解説は法律説(公訴事実対象説)を「現在では採用されていません」とする。
  • ただし「実質的な違い」がどの程度の相違を意味するのかは、明らかにする必要がある(解説書)。それを具体化したのが2〜4の枠組みで、実質的に違う認定でも訴因変更が要らない場合がある(平13の例外=4)。
  • 要否は、可否・許否(検察官が変更を請求する場面・)と違い、検察官が請求しないまま裁判所が訴因と違う事実を認定してよいかを問う。
訴因証拠上の事実訴因変更
犯行時刻(講義解説の例)訴因の時刻と10分ずれた不要の方向(微細な食い違いのたびに変更を求めるのは現実的でない)
窃盗だまして交付させた(詐欺)必要(別の犯罪類型に入れ替わる)
殺人の共同正犯で、実行行為者を「被告人」と明示(平13)「A又は被告人あるいはその両名」(罰条は同じ殺人の共同正犯)罰条が同じでも原則必要・2つの条件がそろえば例外(3・4)
×にされやすい形
  • 「罰条(法律構成)が変わらない限り、訴因と異なる事実を認定するのに訴因変更は要らない」(事実の実質的な違いで決まる)

2審判対象の画定(最決平13・4・11)判例

  • そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。
  • なぜ特定に欠けないか(解説書):共謀に関与していれば、被告人が実行しようが共犯者が実行しようが、殺人罪の共同正犯は成立するから。
  • 画定に必要な事項=起訴状への記載が必要で、他の犯罪事実と識別する性質の事項(構成要件該当事実や、他の事件との識別に関わる事実「と指摘されている」)。これが動けば一律に訴因変更が必要=変更せずに認定すると、審判の請求を受けない事件について判決をしたに等しく、不告不理の原則に反しうる(解説書)。ここに不意打ちかどうかの例外は無い。変更を経ずに認定すれば、控訴理由は絶対的控訴理由(=審判の請求を受けない事件について判決をしたこと)(解説書)。
  • 呼び名の対応:判旨の「訴因の記載として不可欠な事項」(特定に欠けるかどうか)、解説書の「審判対象の画定に必要な事項」(訴因として起訴状への記載が必要な事項)、識別説(ないし「罪となるべき事実」説)にいう「特定に不可欠な事実」の関係について、解説書は、画定に必要な事項は識別説にいう特定に不可欠な事実と「対応すると考えられている」とする。(ノートのまとめ)判決は、特定に欠けない(記載が不可欠でない)ことから「審判対象の画定という見地」からは訴因変更が要らないと導いているので、画定に必要な事項は判旨のいう「訴因の記載として不可欠な事項」にあたると読める。
  • 収賄と贈賄は構成要件が違う=同じ現金の授受でも、構成要件該当事実が入れ替わり、画定に必要な事項が動く(解説書の挙げる「構成要件該当事実」に当てはめると)。「法的評価を異にするにすぎない」とは言えない。
  • 「一律に」とその例は解説書の整理で、判決は述べていない(判決が判断したのは実行行為者の点)。

詐欺(欺いて交付させた)の訴因で、証拠上は預かっていた金を使い込んだ(横領)事実しか出てこない → 構成要件該当事実そのものが入れ替わる → 公判で争っていて不意打ちでなくても、訴因変更が要る(不意打ちの検討に進まない)。

×にされやすい形
  • 「殺人罪の共同正犯の訴因は、実行行為者を明示しなければ特定に欠ける」(明示されていなくても、それだけで直ちに特定に欠けるとはいえない)
  • 「訴因の特定に不可欠な事項でも、審理の経過から不意打ちでなければ、訴因変更なしに異なる認定ができる」(画定に必要な事項なら一律に必要)

出題平13の穴埋め:実行行為者と異なる認定でも、①「審判対象の画定」という見地からは訴因変更が必要とはいえない(○)

出題訴因の特定に不可欠な事項について訴因と実質的に異なる事実を認定するには、常に訴因変更が必要(○。設問は最決平13・4・11 と明らかに矛盾する記述を選ぶ形で、この記述は矛盾しない)

出題検察官は殺人罪の共同正犯の実行行為者を明示しなければならないので、その記載が無い訴因は特定に欠ける(×)

出題収賄の共同正犯の訴因で、同じ現金を贈賄の共同正犯と認める心証なら、一連の同一の行為の法的評価を異にするにすぎないので、訴因変更の手続を経ずに贈賄を認定して有罪にできる(×)

3原則:明示した以上は訴因変更(最決平13・4・11)判例

  • 実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。
  • 流れ:明示は特定に不可欠でない(2)→ でも防御上重要なので、争いがある場合等は明示が「望ましい」(明示しなければならない、ではない)→ 明示した以上は原則として拘束。だから原則の場面は「訴因に明示されていた」防御上重要な事項が動いたときに限られる=明示されていない事項が動いても原則必要には入らない(解説書のフロー図)。
  • 実行行為者が防御上重要な理由(解説書):誰が実行したかは犯情として量刑に影響するなど。「一般的に」を事件ごとでなく類型的(抽象的)な判断と読むのは講義解説(解説書は意味を説明していない)。
  • この段階の発想(解説書):不利益な形で認定するなら、争点にして争う機会を与えるべき。
  • 原則どおり訴因変更が要るのに経ずに認定すれば、控訴理由は相対的控訴理由である訴訟手続の法令違反()(解説書)。

訴因が「被告人は、Aと共謀の上、…殺害した」で、誰が手を下したかを書いていない → 裁判所が「Aが手を下した」と認定しても、訴因に明示されていない事項 → 原則必要には入らない(解説書のフロー図で「不要」の枝)。

×にされやすい形
  • 「実行行為者は防御上重要だから、検察官は訴因に実行行為者を明示しなければならない」(判旨は「望ましい」)
  • 「防御上重要な事項なら、訴因に明示されていなくても、異なる認定には原則として訴因変更が要る」(判旨は「明示をした以上」)

出題平13の穴埋め:実行行為者は一般的に②「被告人の防御」にとって重要な事項(○)

出題平13の穴埋め:争いがある場合等は③「争点の明確化」などのため明示が望ましい(○)

出題実行行為者は特定に不可欠でないが一般的に防御に重要なので、検察官は訴因に実行行為者を明示しなければならない(×)

4例外の2つの条件(最決平13・4・11)判例

  • しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
  • 例外の理由は、実行行為者の明示は「訴因の記載として不可欠な事項ではない」(2)こと=2つの条件の前に置かれた、例外全体の理由。画定に必要な事項(2)に例外が無いのと、ここが違う。
  • 判決は2つの条件がそろう場合を「少なくとも」違法でないとした(そろえば足りる)。そろわない場合について判決は述べていない。原則(判旨「原則として」訴因変更を要する)に戻して必要とするのは、解説書のフロー図の整理(条件を満たさない枝は「訴因変更は必要」)。
  • 判決が判断したのは実行行為者について。解説書はこれを、訴因に記載された事実一般の枠組み(画定に必要な事項/記載は不可欠でないが防御上重要な事項で、検察官が訴因に明示したもの)として説明している。
  • 条件①は審理の経過に照らした不意打ちの有無。争点になっていたことは、防御の機会があった(不意打ちでない)と考える事情の1つ(解説書)で、それだけで例外になるのではない。
  • 条件②は訴因との比較:認定事実そのものが不利益でないか、ではない(有罪の認定は常に不利益)。

訴因が「共謀の上、Aが手を下した」で、認定が「被告人が手を下した」 → 実行した者の犯情は重く見られやすい → 訴因と比べてより不利益の方向に動く → 争点になっていても条件②を欠く方向に動く(必ず欠けるとまでは言えない。理由づけは解説書の「誰が実行したかは犯情として量刑に影響する」)。

×にされやすい形
  • 「実行行為者は、いったん訴因に明示されると、常に訴因としての拘束力を有する」(2つの条件を満たせば例外)
  • 「実行行為者が争点として争われていれば、訴因より不利益な認定でも訴因変更は要らない」(不意打ちでないかつより不利益でない、の両方)
  • 「認定事実が被告人にとって不利益でなければ」(判旨は「訴因に記載された事実と比べて」「より」不利益でない)

出題平13の穴埋め:審理の経過に照らし④「被告人に不意打ちを与えるものではない」と認められ、かつ…(○)

出題殺人の共同正犯の実行行為者の記載は特定に不可欠でないが、いったん明示されると常に訴因としての拘束力を有する(×)

出題共謀の日時・場所の明示が特定に不可欠でない立場で平13の論理に従えば、明示した共謀の日時・場所と実質的に異なる認定にも、必ずしも訴因変更は要らない(○。設問は最決平13・4・11 と明らかに矛盾する記述を選ぶ形で、この記述は矛盾しない)

出題収賄の共同正犯の訴因に日時・場所(3月1日・甲方)が明示されていて、裁判所が3月10日・丙方との心証を得た場面で、審理の経過から訴因と異なる日時場所の認定が被告人に不意打ちを与える場合は、訴因変更の手続を経ずにその事実を認定できない(○。日時・場所を防御上重要な事項として明示したものとみても、不意打ちなら例外に当たらず原則どおり訴因変更が要る=解説書のフロー図の整理。画定に必要な事項なら一律に必要なので、どちらでも○)

5平13の事案と結論(最決平13・4・11)判例

  1. 当初の公訴事実:「被告人は、Aと共謀の上、…Bに対し、殺意をもってその頸部をベルト様のもので絞めつけ…殺害した」。被告人は共謀と実行行為への関与を否定して無罪を主張
  2. 検察官が第1審係属中に訴因変更を請求:「被告人は、Aと共謀の上、…殺意をもって、被告人が、Bの頸部を絞めつけるなどし…殺害した」=共同正犯の訴因で、実行行為者を被告人と明示
  3. 当初から、事前の共謀の成否と実行者が誰かが主要な争点。多数回の公判で証拠調べ(Aは被告人が実行したと証言・弁護人はAの証言の信用性を争った)
  4. 第1審の認定:共謀は認めたが、実行行為者は被告人の主張を一部容れ、「A又は被告人あるいはその両名において、扼殺、絞殺又はこれに類する方法で」殺害(日時・場所も概括的)
  • 訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。
  • 以上によれば、第1審判決の認定は、被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえないから、実行行為者につき変更後の訴因で特定された者と異なる認定をするに当たって、更に訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。
  • 当てはめ(解説書):実行行為者が争点になり、その争点で争われた範囲内での認定=防御の機会があった → 不意打ちでない。訴因は「被告人が実行」。認定は「Aだけが実行した」可能性も含む=Aだけが実行し、被告人よりAの犯情が重い可能性を認める認定なので、犯情等の観点から被告人に不利益な認定とはいえない → 訴因と比べてより不利益でない。
  • 訴因の特定(起訴状の書き方=2)と、罪となるべき事実の判示(判決の書き方)は別の判断。平13は後者についても判断した:被告人とAの2名の共謀による犯行なので、日時・場所・方法が概括的で、実行行為者が択一的でも、判示として不十分とはいえないとした。
  • 上記判示は、殺害の日時・場所・方法が概括的なものであるほか、実行行為者が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであるにとどまるが、その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。
  • 判決は、死体遺棄事件・C方放火事件で実行行為者の認定が択一的であることなども、殺人事件と同様に考えられるとした。
×にされやすい形
  • 「実行行為者を被告人と明示した訴因の後に、『被告人又はAあるいはその両名』と択一的に認定するには、必ず訴因変更の手続を要する」(平13は2つの条件を満たすとして違法でないとした)
  • 「平13の訴因は被告人の単独犯の訴因だった」(「Aと共謀の上」の共同正犯の訴因で、実行行為者を被告人と明示したもの)
  • 「実行行為者を択一的に判示するのは、罪となるべき事実の判示として許されない」(2名の共謀による犯行なら不十分とはいえない)

出題「乙と共謀の上…甲が」の殺人の共同正犯の訴因で「甲又は乙あるいはその両名において」と認定するには、甲乙のいずれが殺害行為を行ったかが争点となっていても、訴因変更の手続を要する(×)

出題実行行為者を甲と特定する訴因変更の後に「甲又は乙あるいはその両名」と択一的に認定するには、必ず訴因変更を経なければならず、経なければ訴訟手続の法令違反(×)

出題被告人とAの共同正犯の殺人事件で、審理を尽くしても実行行為者を特定できなければ、「被告人若しくはA又はその両名」と罪となるべき事実として判示することが許されることがある(○)

6訴因の2機能との対応解説書

  • 訴因の明示・特定()の趣旨(最大判昭37・11・28=白山丸事件)=「裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示す」こと。
  • 平13は、この2機能に即して要否の枠組みを説示した「といえる」(解説書の評価):審判の対象を限定する機能 → 画定の見地(2)/防禦の範囲を示す機能 → 防御上重要な事項(3・4)。平13自身が2機能との対応を述べたのではない。
  • 判例は識別説(ないし「罪となるべき事実」説)と解されている=画定に必要な事項(2)は、識別説(ないし「罪となるべき事実」説)にいう特定に不可欠な事実と対応すると考えられている(解説書)。「判例は識別説を明示」とは書かない。
  • 防御上重要な事項の段階の根拠には、争点の明確化・不意打ち防止に求める見解と、訴因の防御機能に求める見解があり、帰結は同じ(解説書は後者で説明する)。
×にされやすい形
  • 「訴因の機能は、裁判所に審判の対象を限定することだけである」(被告人に防禦の範囲を示すことも)
  • 「平13は、判断枠組みが訴因の2つの機能に対応すると明示した」(対応は解説書の評価)

出題訴因は、裁判所に審判の対象を限定する機能と、被告人に防御の範囲を示す機能を有する(○。設問は最決平13・4・11 と明らかに矛盾する記述を選ぶ形で、この記述は矛盾しない)

出題刑訴法は訴因変更の要否の基準を直接に定めていないので、訴因制度の趣旨を踏まえ、訴因の果たすべき機能から基準を導き出すべき(○。設問は最決平13・4・11 と明らかに矛盾する記述を選ぶ形で、この記述は矛盾しない)

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#80単独ページ動画

訴因変更の要否と過失犯・争点顕在化

問い:訴因と違う放火の方法・過失の態様を、訴因変更なしに認定してよいか。訴因に書かれていない事実なら、争点にしないまま認定してよいか。

骨組み

  1. 1平13の枠組み(最決平13・4・11):①審判対象の画定という見地から訴因変更が必要か/②一般的に、被告人の防御にとって重要な事項を訴因に明示した以上、それと実質的に異なる認定には原則として訴因変更手続を要する。例外=審理の経過に照らし不意打ちでなく、かつ、より不利益でない
  2. 2放火の方法(最決平24・2・29):方法は「実行行為の内容をなすもの」で「一般的に被告人の防御にとって重要な事項」→ 判決自身が平13を引いて②の原則・例外で判断/「①に当たらない」は解説書の読み
  3. 3平24の結論:求釈明・発問なしに「何らかの方法により」と認定=攻防の範囲を越えて無限定な認定で不意打ち → 訴因変更を経ない認定に違法がある(ただし破棄はせず上告棄却)
  4. 4過失犯の訴因の3つの層(解説書):過失の中身は条文に無く訴因で書く=前提事実(注意義務を課す根拠)/注意義務の内容/過失の態様(注意義務違反の行為)
  5. 5態様が入れ替わる(最判昭46・6・22):発進時にクラッチペダルを踏み外した過失 → 接近時にブレーキをかけるのが遅れた過失=「明らかに過失の態様を異にして」いる → 別の態様の過失を認定するには訴因変更を要する
  6. 6態様の補充訂正(最決平15・2・20):共通する「進路前方を注視せず」はそのままで、後半を「進路の安全を確認しなかった」から具体的な動き(ハンドルを右方向に転把)に改めた=「補充訂正したにとどまる」→ 必ずしも訴因変更を要しない
  7. 7平13での読み直し(学説):態様の変動=①とみる理解が主張されている/前提事実・注意義務の内容だけの変動=②にとどまる見解が有力(昭63=前提事実に訴因としての拘束力なし)
  8. 8争点顕在化措置(解説書):例外を個別に判断できる背景=公判前整理手続・冒頭陳述等・訴訟指揮権に基づく求釈明・発問/実務の任意的訴因変更
  9. 9訴因に無い謀議の日(最判昭58・12・13):冒頭陳述で謀議は12〜14日に絞られたが、審理の最大の争点は13日夜の協議で、12日の謀議は、検察官が最終的に主張せず(第1審の論告で明示的に主張せず、原審でも主張・立証せず)、そのため原審では被告人側も防御活動をしていなかった。その12日夜の謀議を、争点として顕在化させる措置なしに認定=不意打ちで防禦権を不当に侵害し違法(訴因変更の要否の判例ではない)
  10. 10平13以前の学説:具体的防御説(現に防御の機会があったか)/抽象的防御説(一般的・類型的に不利益が生じうるか)→ 両説とも識別機能を意識していないとの批判 → 平13

色の札は出どころ:条文 判例・裁判例 解説書・学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。

①②は平13決定の枠組み(①審判対象の画定・②防御にとって重要な事項)だけに使う。過失の3つの層は番号でなく名前(前提事実・注意義務の内容・過失の態様)で呼ぶ。流れ:枠組み(1)→ 放火の方法(2・3)→ 過失犯(4〜7)→ 不意打ちを避ける手段(8・9)→ 枠組み以前の学説(10)。

訴因と異なる事実を、訴因変更なしに認定する審判対象の画定という見地から訴因変更が必要か訴因の記載として不可欠な事項か(①=平13の裏返しの読み)訴因変更が要るはいいいえ(実行行為者=平13。放火の方法=解説書の読み)一般的に被告人の防御にとって重要な事項で、訴因に明示されていたか②。放火の方法は実行行為の内容をなすもの(平24)訴因変更は要らないいいえはい(原則として訴因変更手続を要する)審理の経過に照らし、不意打ちでないか被告人の防御の具体的な状況等訴因変更が要る経ずに認定=違法(平24「何らかの方法」)いいえはい認定事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないか訴因変更が要る経ずに認定すれば違法いいえはい例外的に訴因変更不要平13の実行行為者の択一的認定
紫の枠が判決の言葉。図の流れは解説書のフロー図に基づく整理で、判決は段階の語を使っていない。例外の2つ(かつ)は平13決定。平13は2つがそろう場合を『少なくとも』違法でないとしただけで、そろわない場合は述べていない。『いいえ→訴因変更が要る(経ずに認定すれば違法)』は、原則(『原則として』訴因変更を要する)に戻す解説書のフロー図の整理で、不意打ちを理由に違法としたのは平24。平24は平13を引いて放火の方法を②で判断した。過失の態様の変動を①とみる理解が学説で主張されている(7)。

1平13の枠組み(最決平13・4・11)判例

  • ①の意味:平13は、殺人罪の共同正犯の訴因としては、実行行為者が明示されていないからといって、それだけで直ちに「訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠ける」とはいえない(=「訴因の記載として不可欠な事項ではない」)から、審判対象の画定という見地からは訴因変更が必要とはいえない、と言う。裏返して読むと(判決が直接言うのではない)、①に当たるのは訴因の記載として不可欠な事項、ということになる。実行行為者は①に当たらず、②に回った。解説書は、①の事項が動けば一律に訴因変更が要る、と読む=以下はこの読み方で整理する。
  • ①は整理の言い方では訴因の識別機能(他の犯罪事実と区別して審判対象を限定する働き)に、②は防御機能に対応する(判決の言葉ではない=10)。
  • 事案の要点:殺人の共同正犯の訴因で実行行為者を「被告人」と明示していたのに、第1審が訴因変更を経ずに「A又は被告人あるいはその両名」と択一的に認定した。
  • 訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。
  • 実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、
    …検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。
  • しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、
    少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、
    例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。
  • 例外は2つとも要る:不意打ちでないこと+認定事実がより不利益でないこと。
  • 本件の当てはめ:第1審では当初から共謀の成否と実行行為者がだれかが主要な争点で、多数回の公判で証拠調べがされた。第1審は被告人の主張を一部容れ、被告人だけが実行行為者とは認定できないとして択一的認定にとどめた → 「被告人に不意打ちを与えるものとはいえず、かつ、訴因に比べて被告人にとってより不利益なものとはいえない」から、訴因変更手続を経なかったことは違法ではない(上告棄却)。
×にされやすい形
  • 「審理の経過に照らし不意打ちでなければ、認定事実が訴因より不利益でも、訴因変更を要しない」(不利益でないことも要る)

2放火の方法の位置づけ(最決平24・2・29)判例

  • 罪名:現住建造物等放火罪()。条文は「放火して」「焼損した」とだけ言い、火をつけた方法は書かれていない。
  • 訴因:ガスを充満させた台所で、ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し、ガスに引火、爆発させて火を放ち焼損させた。
  • 第1審:訴因の範囲内で、点火スイッチを頭部で押し込み、作動させて点火したと認定。
  • 原審(控訴審):その行為は認定できないとして第1審判決を破棄し、訴因変更手続を経ずに、方法を特定しないまま「何らかの方法により」引火、爆発させたと認定(「何らかの方法」と認定したのは原審だけ)。
  • 被告人が上記ガスに引火、爆発させた方法は、本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、
    判決において訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するが、
    例外的に、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えず、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為を認定することも違法ではないと解される
  • この原則・例外の定式は、判決自身が平13決定を「参照」として引いて述べている=実行行為者以外の事実に平13の枠組み(②)を当てはめた最高裁の判断。
  • 判決が言っていないのは「①に当たらない」の部分だけ。解説書は、方法を防御上重要な事項としたことから、方法は審判対象の画定事項ではないと評価したことになると読む。ガスを利用して放火したという限りでは事実に変動がなく、ガスをどのように引火させたかという、より具体的なレベルの方法の変動だったので、防御上重要な事項にとどまると判断されたのだろう、とも書く(解説書の分析)。
  • 方法も「実行行為の内容をなすもの」(判決の語)=実行行為の中身だが、ほかの事件と区別するための核ではない、という整理になる。
×にされやすい形
  • 「平24は、放火の方法を、審判対象の画定に必要な事項であるとした」
  • 「平24は、第1審・原審とも『何らかの方法により』と認定した事案である」(第1審は頭部で押し込んだと特定して認定)

3平24の当てはめと結論判例

第1審・原審での攻防中身
検察官点火スイッチを作動させて点火したと主張。それ以外の行為が原因とした場合の予備的な主張はなし
被告人故意に作動させていない。引火の原因は台所の冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源の可能性
裁判所スイッチ以外の行為の具体的可能性などについて、求釈明・証拠調べにおける発問をしていない
  • このような審理の経過に照らせば、原判決が、同スイッチを作動させた行為以外の行為により引火、爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火、爆発させたと認定したことは、
    引火、爆発させた行為についての本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。
  • そうすると、原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるものといわざるを得ない。
  • 争点は「スイッチを作動させたか、別の火源か」だった。そこへ、審理で一度も問われていない「スイッチ以外の何らかの行為」まで含む認定をした=攻防の範囲を越えた。
  • 違法があっても破棄するとは限らない:上告審が職権で原判決を破棄できるのは、法令違反などがあって「原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき」()。
  • ただし破棄はしなかった(上告棄却):日時・場所・目的物・焼損の結果は同一、ガスに引火、爆発させて火を放った点も同一で方法が異なるにすぎず、被告人が1人で台所にいた → 防御は相当程度共通し、「防御上の不利益の程度は大きいとまではいえない」/スイッチの作動以外の着火原因をうかがわせる証拠も無く、訴因の範囲内で認定することも可能だった → 「原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない」。上告趣意はの上告理由に当たらないので、決定で上告棄却(が準用する3号)。
  • ここでの「防御上の不利益の程度」は、違法と判断した後に、破棄するかどうかを決める理由の中の語。例外の要件「より不利益であるとはいえない」(1)とは別の場面で、平24は例外に当たらない(不意打ち)として違法を先に認めている。
  • 千葉勝美裁判官の反対意見:違法の点は多数意見と同じ。破棄しないという結論に反対=原審は求釈明や発問で検察官に主張の追加・変更があるかを確かめ、争点を設定してから審理すべきだった。
×にされやすい形
  • 「平24は、訴因変更を経ない認定を不意打ちとしつつ、違法とまではいえないとした」(違法と明言)
  • 「平24は、訴因変更を経ない認定に違法があるとして、原判決を破棄した」(違法でも破棄はせず上告棄却)

4過失犯の訴因の3つの層解説書

  • 過失犯の条文は、過失の中身を書かない(自動車運転死傷処罰法5条は「自動車の運転上必要な注意を怠り」とだけ言う)→ 過失の中身は、事件ごとに訴因の中で具体的に書き込まれる。
  • 訴因の過失の記載は3つの層でできている:前提事実=注意義務を課す根拠となる事実/注意義務の内容=何をすべきだったか/過失の態様=注意義務に違反した行為そのもの。
層昭46の起訴状の過失(要約)
前提事実停止信号で一時停止中の前車の後方約0.75メートルに一時停止中、前車の先行車が発進するのを見て自車も発進しようとした
注意義務の内容前車の動静に十分注意し、発進に当たってはハンドル、ブレーキ等を確実に操作して事故を防止すべき業務上の注意義務
過失の態様アクセルとクラッチペダルを踏んだ際、雨で濡れた靴をよく拭かずに履いていたため足を滑らせて、クラッチペダルから左足を踏み外した

昭46の公訴事実第一(表の過失)の罪名は当時の業務上過失傷害(。今なら自動車運転死傷処罰法5条の過失運転致傷に当たる)。

5過失の態様が入れ替わる(最判昭46・6・22)判例

  1. 起訴状:一時停止の状態から発進するとき、濡れた靴で足を滑らせてクラッチペダルから左足を踏み外した過失
  2. 第一審:訴因変更の手続を経ないで、一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失を認定
  3. 原判決(控訴審):同一の社会的事実につき同一の業務上注意義務のある場合の、過失の具体的行為の差異に過ぎず、防禦に実質的不利益もない → 第一審を維持
  4. 最高裁:第一審の手続は違法、是認した原判決は法令の解釈の誤り → 両判決を破棄し千葉地裁へ差戻し(1号・本文)
  • 本件起訴状に訴因として明示された被告人の過失は、濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラツチペダルを踏んだ際足を滑らせてクラツチペダルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、
    第一審判決に判示された被告人の過失は、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失であるとされているのであつて、
    両者は明らかに過失の態様を異にしており、このように、起訴状に訴因として明示された態様の過失を認めず、それとは別の態様の過失を認定するには、被告人に防禦の機会を与えるため訴因の変更手続を要するものといわなければならない。
  • 最高裁は原判決の理屈(同じ注意義務の下での具体的行為の差にすぎず、実質的不利益もない)を退けた。審理の経過で具体的に防御できたかではなく、態様が違うこと自体から訴因変更を要求している=態様を類型的に防御上重要と見ていた可能性がある(解説書の分析)。
  • 平13決定より前の判決。
  • 下の出題の肢の訴因は「ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んだ」過失で、昭46の事案(クラッチペダルの踏み外し)とは違う。訴因と別の態様(接近時のブレーキの遅れ)を認定する、という点が同じ。

場面(止まった状態からの発進/走って近づくとき)も動作(足の踏み外し/ブレーキの遅れ)も違う → 被告人の反論(靴は乾いていた/十分手前でブレーキを踏んだ)が別物になる。

出題ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏んだ過失の訴因で、前車の後ろに進行接近する際ブレーキをかけるのが遅れた過失を認定するには、訴因変更の手続を要する(○)

×にされやすい形
  • 「ペダルの踏み間違いの過失の訴因で、ブレーキをかけるのが遅れた過失を認定するのに、訴因変更の手続を要しない」
  • 「同一の注意義務の下での具体的行為の差異にすぎず、防御に実質的不利益がなければ、訴因と別の態様の過失を訴因変更なしに認定できる」(原判決の理屈=最高裁が退けた)
  • 「第一審がクラッチペダルの踏み外しを認定し、控訴審がブレーキの遅れを認定した」(クラッチは起訴状、ブレーキの遅れは第一審)

6態様の補充訂正(最決平15・2・20)判例

  • なお、原判決が認定した過失は、被告人が「進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した」というものであるが、
    これは、被告人が「進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった」という検察官の当初の訴因における過失の態様を補充訂正したにとどまるものであって、
    これを認定するためには、必ずしも訴因変更の手続を経ることを要するものではないというべきである。
  • 第1審は、訴因変更を促すことなく直ちに無罪の判決をした。原判決は「訴因変更が要る」という前提で、第1審には検察官に訴因変更を促し又は命ずる義務があったとした → 最高裁はその前提を法令の解釈の誤りとした(ただし事実誤認で第1審を破棄した結論は正当=上告棄却)。
  • 共通する「進路前方を注視せず」はそのままで、後半を「進路の安全を確認しなかった」から具体的な動き(ハンドルを右方向に転把して進行した)に改めた=判決の語では「補充訂正したにとどまる」。昭46のように場面も動作も違う別の態様に入れ替わったのではない。
  • 「必ずしも…要するものではない」=この過失を認定するのに、訴因変更が当然に必要とはいえない、という意味。だから「訴因変更が要るのに第1審が促さなかった」という原判決の前提が誤りとされた。
  • 平15は平13を引いておらず、①②のどちらに当たるとも言っていない。解説書は、前提事実・注意義務の内容の変動は②にとどまるとする有力な見解の参照に、昭63と並べて平15を挙げる(7)。
  • 講義解説は、態様の食い違いが「基本的な差異をもたらす」なら必要、補充・訂正にとどまるなら不要、と整理する(「基本的な差異」は昭46・平15の判決の語ではない)。
昭46(判決)平15(決定)
訴因の態様発進時、クラッチペダルから左足を踏み外した進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった
認定の態様進行接近の際、ブレーキをかけるのを遅れた進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した
判決の言葉明らかに過失の態様を異にして過失の態様を補充訂正したにとどまる
訴因変更要する必ずしも要しない
×にされやすい形
  • 「『進路前方を注視せず、進路の安全を確認しなかった』という訴因に対し、『進路前方を注視せず、ハンドルを右方向に転把して進行した』と認定するには、訴因変更の手続が必要である」

7平13の枠組みでの読み直し学説

  • 過失の態様の変動は、過失犯の構成要件要素の変動として①(審判対象の画定)に当たり、一律に訴因変更が必要、という理解が主張されている(解説書。昭46も平13の下なら①とされる可能性がある、というのは解説書の推測)。
  • 前提事実・注意義務の内容の変動は、態様の変動を伴わない限り②にとどまり、不意打ちでなく、かつ、より不利益でもなければ訴因変更は不要、という見解が有力(解説書は昭63・平15を参照に挙げる)。
  • 過失犯に関し、一定の注意義務を課す根拠となる具体的事実については、たとえそれが公訴事実中に記載されたとしても、訴因としての拘束力が認められるものではないから、
    右事実が公訴事実中に一旦は記載されながらその後訴因変更の手続を経て撤回されたとしても、被告人の防禦権を不当に侵害するものでない限り、右事実を認定することに違法はないものと解される。
  • 「訴因としての拘束力」が無い=前提事実は、公訴事実に書かれても訴因として裁判所を縛らない。だから、訴因変更で一度撤回された前提事実でも、防禦権を不当に侵害しない限り認定してよい、と判決はつなぐ。
  • 昭63(最決昭63・10・24)の事案:路面が滑りやすかった原因として起訴状に書かれた、付近の石灰工場の粉塵等が路面に凝固していた事実を、訴因変更で降雨による道路の湿潤に変えて撤回 → 第1審は、変更後の訴因では減速すべき注意義務があったとは認められないとして無罪 → 検察官が控訴し、原審で当初と同じ内容を予備的訴因として追加し証拠調べ → 原判決は石灰の粉塵の堆積凝固も併せて考慮し、第1審を破棄して有罪 → 最高裁:違法はない(予備的訴因の追加と証拠調べがあり、防禦権が侵害されたとは認められない)。
  • 昭63は平13より前の決定で、基準は「被告人の防禦権を不当に侵害するものでない限り」。平13の例外(不意打ちでなく、かつ、より不利益でない)と同じ言葉ではない。解説書は、②にとどまるとする有力な見解の参照に昭63を挙げるだけ。
訴因の過失と認定の過失が違う過失の態様が別の態様に入れ替わったか場面も動作も違う(昭46)訴因変更が要る昭46。平13の下では①とみる理解はいいいえ同じ態様の補充訂正にとどまるか後半を具体的な動きに改めた(平15)必ずしも要しない平15はいいいえ(前提事実・注意義務の内容が動いた)不意打ちでなく、かつ、より不利益でないか②にとどまるとする有力な見解。平13の例外訴因変更が要るいいえはい訴因変更なしで認定できる前提事実に訴因としての拘束力なし(昭63)
判例と学説を並べた整理で、判例がこの順で要件を並べたのではない。枠の色は出どころ(判例・学説)。平15は平13の①②のどちらとも言っていない(解説書は②にとどまるとする見解の参照に挙げる)。昭63の言葉は「被告人の防禦権を不当に侵害するものでない限り」。

注意義務の内容が動く例:訴因「交差点の手前で徐行すべき義務」→ 認定「一時停止すべき義務」。どちらでも「減速せず進入した」という態様は同じとみれば、有力な見解では②の側(徐行義務の違反と一時停止義務の違反を、同じ態様とみる前提に立った例)。ただし一時停止義務のほうが重いなら「より不利益でない」の要件で引っかかる余地がある。

×にされやすい形
  • 「注意義務を課す根拠となる具体的事実は、公訴事実に記載された以上、訴因として裁判所を拘束し、訴因変更で撤回された後は認定できない」
  • 「過失の態様の変動は審判対象の画定事項の変動である、と判例が判示した」(学説で主張されている理解)

8争点顕在化措置解説書

  • 平13の例外(不意打ちでなく、かつ、より不利益でもなければ不要)を個別の事件で判断できる背景:訴因制度のほかにも、争点を顕在化させ不意打ちを避ける手段がある、と考えられている。
  • 公判前整理手続:公判期日でする予定の主張を明らかにさせて事件の争点を整理する(第4号)/その結果を公判期日で明らかにする()。
  • 冒頭陳述等:検察官は証拠調べのはじめに証明すべき事実を明らかにしなければならない()。被告人側は、公判前整理手続に付された事件なら、証明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、検察官の冒頭陳述に引き続きこれを明らかにしなければならない()。
  • 審理の経過で争点が変わっていく場合:裁判所の訴訟指揮権(公判期日における訴訟の指揮は裁判長が行う=)に基づき、裁判長が検察官に求釈明(主張の中身の説明を求める。規則208条1項)や発問をして、争点に関する主張を確かめる。
  • 措置があれば足りるのではない:平24は、審理における「攻防の範囲を越えて無限定な認定」を不意打ちとし(3)、昭58は、冒頭陳述で謀議が12〜14日に絞られ、最大の争点が13日夜の協議だった事件で、検察官が最終的に主張せず(原審では主張・立証もせず)、原審で被告人側も防御活動をしていなかった12日夜の謀議の認定を不意打ちとした(9)。この2つから引くと、措置などで示された争点・攻防の範囲の内の認定か外の認定か、という見方になる(判決の語から引いた整理で、解説書の言葉ではない)。不意打ちでないことに加えて、より不利益でないことも要る(1)。
  • 任意的訴因変更:実務上、争点を顕在化・明確化させるために訴因変更が行われることがあり、こう呼ばれる(訴因変更が要る場面だから行うのではなく、争点を示すために使う)。
×にされやすい形
  • 「公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明のいずれかが行われていれば、訴因と異なる事実を認定しても不意打ちにはならない」

9訴因に無い謀議の日(最判昭58・12・13)判例

  • 公訴事実は「…十数名と共謀のうえ」とだけ書き、謀議の日は訴因に無い。被告人は実行時に別件で身柄拘束中=中心的な争点は謀議を遂げたかどうか。
  1. 第1回公判:検察官は共謀の日時を「一月七日ころから犯行時まで」と幅広く釈明
  2. 冒頭陳述(第2回公判):謀議を3月12日〜14日に限局して主張=判決は「争点の明確化を図つた」と見る
  3. 第1審:最大の争点は13日夜の喫茶店での協議(第一次協議)。被告人側は13日夜のアリバイに力点。判決はアリバイを排斥し13・14日の謀議を認定(論告でも12日の謀議は明示的に主張されていない)
  4. 原審:13日夜のアリバイ成立を認めながら、第一次協議は実は12日夜で被告人も加わったと認定。検察官は12日の主張を一切せず、原審も当事者の注意を喚起する訴訟指揮をしていない
  5. 最高裁:原審の訴訟手続は違法。ただし他の事実から謀議への関与を推認でき、破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない → 判決で上告棄却(が準用する)
  • 右一二日の謀議が存在したか否かについては、前述のとおり、原審においても検察官が特段の主張・立証を行わず、その結果として被告人・弁護人も何らの防禦活動を行つていないのである。
  • 少なくとも、一二日夜の謀議の存否の点を控訴審における争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要があると解される
    …このような措置をとることなく、一三日夜の第一次協議に関する被告人のアリバイの成立を認めながら、率然として、右第一次協議の日を一二日夜であると認めてこれに対する被告人の関与を肯定した原審の訴訟手続は、本件事案の性質、審理の経過等にかんがみると、被告人に対し不意打ちを与え、その防禦権を不当に侵害するものであつて違法であるといわなければならない。
  • 冒頭陳述で争点は12〜14日に絞られ、審理の最大の争点は13日夜の協議だった。問題は、冒頭陳述の範囲(12〜14日)の中ではあっても、検察官が最終的に主張せず、原審で被告人側も防御活動をしていなかった12日夜の謀議を、原審が争点として顕在化させず(当事者の注意を喚起せず)に認定したこと。
  • 謀議の日は訴因外=訴因変更の要否の判例ではない。訴因に書かれていない事実でも、争点として審理されていないものを突然認定すれば不意打ちで違法になりうる(解説書は争点顕在化措置に「関連して」挙げる)。平13決定より前の判決。

出題検察官が主張せず被告人側も防御活動をしていない日時の謀議を、争点として顕在化させる措置を採らずに認定しても、取り調べた証拠から認定した限り違法とならない(×)

×にされやすい形
  • 「争点として顕在化させる措置を採らずに認定しても、取り調べた証拠から認定したものである限り、不意打ちとして違法となることはない」(判例は不意打ちで違法とした)
  • 「昭58は、謀議の日を変えて認定するには訴因変更の手続が必要であるとした」(謀議の日は訴因に無い)
  • 「昭58は、冒頭陳述も訴訟指揮も働かなかった事件である」(冒頭陳述で争点は絞られていた)

10具体的防御説と抽象的防御説学説

  • 平13決定より前の、訴因変更の要否の場面の対立。訴因の特定の場面の識別説・防御権説とは別の対立(対応させない)。
  • 具体的防御説:その訴訟の具体的な経過に即して、被告人に防御の機会が現に与えられていたかで判断。
  • 抽象的防御説:具体的な防御の状況は考慮せず、訴因と認定事実を比べて一般的・類型的に防御上の不利益が生じうるかで判断。
  • 具体的防御説だと訴因変更が不要とされる事案が多くなる → 抽象的防御説のほうが防御の保障に手厚い、と主張された。
  • 批判:両説とも訴因の識別機能を意識していない → 平13決定の枠組みへ。平13以前の判例は両説のどちらかの観点から分析されてきたが、今は平13の枠組みで位置づけ直すことが課題とされる。
  • 「①=識別機能・②=防御機能」という対応は整理の言い方で、平13決定の言葉は「審判対象の画定という見地」「被告人の防御にとって重要な事項」。
審理で別の過失の態様についても十分やり取りがあった事件結論の向き
具体的防御説現に防御できた → 訴因変更不要に傾く
抽象的防御説態様が違えば一般に防御の対象が変わる → 必要に傾く
×にされやすい形
  • 「抽象的防御説は、具体的防御説よりも訴因変更が不要とされる場合が多い」(逆)

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#81単独ページ動画

縮小認定と訴因逸脱認定の効果

問い:訴因より小さい事実なら、訴因変更なしに認定できるか。訴因変更を経ずに訴因と違う事実を認定した判決は、どう扱われるか。

骨組み

  1. 1縮小認定:訴因の事実の中に論理的・実質的に含まれる、より軽い事実は、訴因変更なしに認定してよい(昭26 は不意打ちの虞れの無い場合の例として挙げる)。理由(解説書)=審判対象の画定に関わる事実の変動はあるが、検察官が黙示的に主張している+不意打ちにもならない
  2. 2強盗→恐喝(最判昭26・6・15):手続の趣旨=不意打ち・防御の徒労の防止 → その虞れのない場合、態様及び限度において縮少された事実の認定は変更手続不要(上告棄却)
  3. 3酒酔い→酒気帯び(最決昭55・3・4):防御は通常の場合包含・法定刑も軽い・しかも本件では防御が尽くされていた → 実質的防御権を不当に制限しない(上告棄却)。体質による限界は解説書の分析
  4. 4訴因と違う認定の瑕疵(解説書の整理):①審判対象の画定に必要な事項 → (判決への影響を問わない)/②防御上重要な事項 → (影響が明らかなこと)。判例の判示ではない
  5. 5過失の態様(最判昭46・6・22):第一審が訴因と別の態様の過失を認定・控訴審が是認 → 防御の機会を与えるため訴因変更を要する → 1号で破棄・差戻し
  6. 6放火の方法(最決平24・2・29):方法は防御上重要 → 原則変更要・例外に当たらない → 訴因変更手続を経ずに認定したことが違法。ただし著しく正義に反するとはいえず上告棄却
  7. 7謀議の日(最判昭58・12・13):12日夜の謀議を争点として顕在化させずに認定 → 不意打ち・違法(訴因変更の問題ではない)。ただし謀議関与は肯定できるとして上告棄却
  8. 8上告審での処理:5〜7はどれもの基準(破棄しなければ著しく正義に反するか)で判断した(条番号まで挙げたのは昭46 だけ)。・は名指ししていない。上告審でもを名指しした例=最判昭33・2・21

前提=最決平13・4・11 の枠組み(この回の①②はこれを指す。訴因変更の要否=請求の無いまま訴因と違う事実を認定してよいか、の物差し)。①審判対象の画定の見地:訴因の記載として不可欠な事項か。決定は、実行行為者はこれに当たらないので「審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえない」とした(①が動けば一律に訴因変更が要る、という言い方は解説書の整理)。②被告人の防御にとって重要な事項(決定の例=実行行為者):①でなくても、検察官が訴因に明示した以上、「判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要する」。ただし審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではなく、かつ、認定事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益とはいえない場合(2つがそろう場合)は、例外的に、訴因変更手続を経ずに認定しても違法ではない(決定は「少なくとも」違法でないとした。そろわなければ原則どおり訴因変更が要る、という言い方は解説書の整理)。

色の札は出どころ:条文 判例 解説書・講義解説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。道路交通法・暴力行為等処罰に関する法律・裁判所法の条文は文字のまま。

訴因変更を経ずに、訴因と違う事実を認定訴因に含まれる、より軽い事実か態様及び限度において縮少された事実(縮小認定)訴因変更は要らない不意打ちの虞れの無い場合の例(昭26)はいいいえ審判対象の画定に必要な事項が動いたか平13決定の①378条3号解説書の整理はいいいえ訴因に明示した防御上重要な事項が動いたか平13決定の②(例:放火の方法=平24)訴因変更は要らない争点として顕在化させずに認定すれば、なお違法になりうる(昭58)いいえはい不意打ちでなく、より不利益でもないか審理の経過に照らして(平13決定の例外)違法ではないはいいいえ訴因変更が必要だったのに経ていない → 379条解説書の整理。判決への影響が明らかかを見る
紫の枠の問いは判例の言葉(最判昭26・6・15、最決平13・4・11)。緑の行き先(378条3号・379条)は解説書の整理で、判例はこの2つの条文を名指ししていない。判例はこの4つを順に当てる要件として並べてはいない。2〜4段目は解説書の説明(平13決定の①→②→例外)の順。縮小認定でも①の事実は動くが、黙示的に主張されているので不要、というのが解説書の説明=1段目に置いた。

1縮小認定解説書・講義解説

  • 定義(講義解説):訴因に書かれた事実の中に論理的・実質的に含まれている、より軽い事実を、訴因変更なしにそのまま認定すること(「大は小を兼ねる」)。
  • 解説書の説明(殺人未遂の訴因で、殺意を外して傷害を認定する設問の検討):殺意は訴因に欠かせない事項 → 審判対象の画定に関わる事実の変動は「ある」。しかし殺人未遂の中に傷害が含まれている以上、検察官は傷害も黙示的に主張している → 傷害を認定しても求められていない事実を裁いたことにならない(不告不理違反にならない)→ ①の観点から不要。
  • さらに、被告人の防御の結果として殺意が否定されたのなら、不意打ちも防御上の不利益もない → ②の観点からも不要(解説書)。
  • この①②の説明は解説書の設問の検討で、判例が述べたものではない(判例=2・3)。
  • 解説書の留保:縮小認定される行為がごく軽微で、公訴権濫用などの主張が考えられる事案では、なお②の観点から訴因変更が要るかを問題にする余地がある。
  • 講義解説が挙げる組み合わせ(判例名は付いていない):殺人未遂→傷害、殺人既遂→傷害致死、強盗致死→傷害致死、殺人既遂→同意殺人、窃盗既遂→窃盗未遂、酒酔い運転→酒気帯び運転。

殺人未遂の訴因 → 審理で殺意が認められず、首を絞めてけがをさせたことは明らか → 傷害を訴因変更なしに認定できる。逆向き(傷害の訴因 → 殺人未遂を認定)は、殺意という訴因に欠かせない事項が新たに加わる=検察官が求めていない事実になり、縮小認定ではない。

×にされやすい形
  • 「殺人の訴因で殺意が認定できない場合、傷害致死の事実が訴因中に含まれていて黙示的に主張されていると解されるときでも、訴因変更なしに傷害致死を認定することはできない」
  • 「強盗の訴因で、強盗の共謀は認められず手段の暴行の共同暴行にとどまる心証のときは、訴因変更の手続を採っていない以上、有罪の言渡しをする余地はない」
  • 「縮小認定では、審判対象の画定に必要な事項は動かない」(解説書は、動くが黙示的に主張されているので不要とする)

出題殺意が認定できないとき、傷害致死の事実が訴因中に含まれ黙示的に主張されていても、訴因変更なしに傷害致死を認定できない(×)

出題強盗の訴因で共同暴行(暴力行為等処罰に関する法律1条違反)の心証にとどまる丁は、訴因変更の手続を採っていないので有罪の言渡しをする余地はない(×)

2強盗の訴因で恐喝(最判昭26・6・15)判例

  • 事案:控訴審(原判決)が第一審判決を破棄して自判する際、強盗の公訴事実について、訴因・罰条の変更手続を経ずに恐喝を認定した → 弁護人が上告。
  • 元来、訴因又は罰条の変更につき、一定の手続が要請される所以は、裁判所が勝手に、訴因又は罰条を異にした事実を認定することに因つて、被告人に不当な不意打を加え、その防禦権の行使を徒労に終らしめることを防止するに在るから、
    かかる虞れのない場合、例えば、強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮少された事実を認定するについては、敢えて訴因罰条の変更手続を経る必要がないものと解するのが相当である。
  • あわせて、強姦致傷の起訴に対し強姦を認定した札幌高裁の判決も、この理を明らかにしたものとした。結論=上告棄却(判決)。
  • 解説書:平13決定より前の判例で、もっぱら被告人の防御の観点から説明している(①②の両面からの説明は解説書のもの=1)。

「Aを脅迫して現金を強取した」の訴因で、脅迫が反抗を抑圧するほど強度でなかった → 「Aを脅迫して現金を交付させた」恐喝を認定:手段(脅迫)は同じで程度だけが下がる → 訴因変更は要しない。
同じ訴因で「Aに暴行を加えて現金を交付させた」恐喝を認定:手段が入れ替わる(脅迫→暴行)=訴因に含まれる軽い事実ではない → 訴因変更を要する(予備R5-21アの正答から)。

×にされやすい形
  • 「強盗の訴因で起訴された者について、脅迫が反抗を抑圧するほど強度でなかったとして恐喝の事実を認定するには、訴因変更の手続を経なければならない」
  • 「『Aを脅迫して現金を強取した』という強盗の訴因で、『Aに暴行を加えて現金を交付させた』という恐喝を認定するには、訴因変更の手続を要しない」

出題脅迫して強取した強盗の訴因で、脅迫が反抗を抑圧するほど強度でなかったとして、脅迫して交付させた恐喝を認定するには訴因変更を経なければならない(×)

出題脅迫して強取した強盗の訴因で、暴行を加えて交付させた恐喝を認定するには訴因変更を要しない(×)

3酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転(最決昭55・3・4)判例解説書

  • 上告趣意はの上告理由(項目8)に当たらないとしたうえで、「なお」として判断した。
  • 道路交通法一一七条の二第一号の酒酔い運転も同法一一九条一項七号の二の酒気帯び運転も基本的には同法六五条一項違反の行為である点で共通し、前者に対する被告人の防禦は通常の場合後者のそれを包含し、もとよりその法定刑も後者は前者より軽く、しかも本件においては運転開始前の飲酒量、飲酒の状況等ひいて運転当時の身体内のアルコール保有量の点につき被告人の防禦は尽されていることが記録上明らかであるから、前者の訴因に対し原判決が訴因変更の手続を経ずに後者の罪を認定したからといつて、これにより被告人の実質的防禦権を不当に制限したものとは認められず、原判決には所論のような違法はない。
  • 結論=上告棄却(決定)。決定は「縮小認定」という言葉を使っていない。包含は「通常の場合」で、そのうえ「本件においては」防御が尽くされていたことを挙げた。
  • 解説書の分析(判例ではない):アルコールに極度に弱い人なら、酒気帯びの基準に届かない量でも酒酔いが成立しうる → 酒酔いへの防御が酒気帯びへの防御を常に含むとは限らない → 判例は当該事案の具体的な防御状況を勘案して縮小認定に当たるとしたのだろう、とする。別の理解として、酒酔いの訴因の中に酒気帯びの主張が黙示的に含まれている、という見方も紹介する。
  • 決定の条番号は当時のもの。現行は、酒酔い運転=道路交通法117条の2第1項1号(5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)、酒気帯び運転=117条の2の2第1項3号(3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)。現行の酒気帯びは、血液1mlにつき1.0mg未満の範囲内又は呼気1Lにつき0.5mg未満の範囲内で政令で定める程度以上、という上限つきの帯になった。現行法の下で包含関係がそのまま成り立つかは、この決定は答えていない(決定は改正前の規定についての判断)。
×にされやすい形
  • 「最決昭55・3・4 は、体質によっては酒酔い運転が酒気帯び運転を包含しないことがあると指摘した」(それは解説書の分析)
  • 「最決昭55・3・4 は、包含関係がある以上、常に訴因変更は不要であると述べた」(通常の場合包含+本件で防御が尽くされていた)

4訴因と違う事実を認定した判決の瑕疵条文解説書・講義解説

  • 控訴と上告:控訴=地方裁判所・簡易裁判所がした第一審の判決に対する不服申立て(。控訴審は高等裁判所=裁判所法16条1号)。控訴の理由は〜の事由に限られる()。上告=高等裁判所がした判決(控訴審の判決など)に対する不服申立て(上告審は最高裁判所=裁判所法7条1号)。上告の理由はの事由(憲法違反・判例違反)に限られ、405条の事由が無くても、各号の事由(判決に影響を及ぼすべき法令違反・甚しい量刑不当・重大な事実誤認など)があって破棄しなければ著しく正義に反するときは破棄できる(項目8。5〜7の判例は、どれも上告趣意を上告理由に当たらないとしたうえで職権で判断した)。
  • 冒頭の問いへの答え:控訴審で争うならか(解説書の整理)。上告審ではで「破棄しなければ著しく正義に反する」かを見る(5〜7)。
  • :審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと → 判決への影響を示すまでもなく控訴の理由になる(絶対的控訴理由)。
  • :訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由とする控訴(相対的控訴理由)。
  • どちらも「控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に…援用しなければならない」という形の規定。破棄を命じるのは(これらの事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない)。
  • 解説書の整理(平13決定の枠組みの解説の中で1文ずつ):①審判対象の画定に必要な事項で訴因変更が必要なのに、経ずに訴因に記載されていない事実を認定 → 不告不理違反=/②防御上重要な事項(訴因に明示されていた事項)で訴因変更が必要なのに、経ずに訴因に記載されていない事実を認定 → 訴訟手続の法令違反=。解説書は②の違反も①と同じく「訴因に記載されていない事実を認定した場合」と書く。講義解説の争点逸脱認定(訴因の枠内の認定)とは別の場面。
  • 講義解説の整理は別の軸:訴因変更が必要なほどの食い違いを変更なしに認定(訴因逸脱認定)=違法。その扱いは審判対象の見方で分かれる:公訴事実対象説(少数説)は、裁判所が審理しているのは生の事実そのもの → 事実認定自体は誤っておらず、訴因変更の手続を怠っただけ=訴訟手続の法令違反()/訴因対象説(通説)は、審判の対象は検察官が設定した訴因に限られる → 訴因の外の事実の認定は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと=不告不理違反()。訴因の枠内だが当事者が争点から外していた事実の認定(争点逸脱認定)=不意打ち → (例=7の昭58)。
  • どちらも解説書・講義解説の整理で、判例の判示ではない。この回の判例(5〜7)は、どれも・を名指ししていない。
解説書講義解説
分ける軸平13決定の①か②か審判対象についての説(訴因逸脱認定)/争点逸脱認定
①の違反訴因対象説から見た訴因逸脱認定
②の違反公訴事実対象説から見た訴因逸脱認定・争点逸脱認定

同じの行でも、解説書の②の違反(訴因に記載されていない事実の認定)と講義解説の争点逸脱認定(訴因の枠内の認定)は別の場面。

×にされやすい形
  • 「判例は、訴因逸脱認定は、争点逸脱認定はに当たると判示した」(どちらも解説書・講義解説の整理)
  • 「の控訴理由は、判決への影響の有無を問わない」(影響が明らかなことを要する。問わないのは)

5過失の態様(最判昭46・6・22)判例

  1. 訴因:雨天で濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、発進の際に足を滑らせてクラッチペダルから左足を踏みはずした過失 → 前車に追突
  2. 第一審:訴因変更の手続を経ないで、一時停止中の前車の後ろに接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失を認定
  3. 控訴審:同一の社会的事実・同一の注意義務の下での具体的行為の差にすぎず、防御に実質的不利益は無い → 第一審を是認
  4. 最高裁:上告趣意は適法な上告理由に当たらないが、職権で調査 → 原判決と第一審判決を破棄し、千葉地裁へ差戻し
  • 両者は明らかに過失の態様を異にしており、このように、起訴状に訴因として明示された態様の過失を認めず、それとは別の態様の過失を認定するには、被告人に防禦の機会を与えるため訴因の変更手続を要するものといわなければならない。
  • 第一審がこの手続をとらないで判決したことは違法であり、これを是認した原判決には法令の解釈を誤つた違法がある。そして、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものといわなければならない。
  • 使われた条文=1号(項目8)で破棄、本文で差戻し。判決はともとも言っていない。「判決に影響を及ぼすことが明らか」は文言がと似るが、根拠条文は。
×にされやすい形
  • 「訴因と違う態様の過失を認定したのは控訴審である」(第一審。控訴審はそれを是認した)
  • 「最高裁は、同一の社会的事実の中の具体的行為の差にすぎないとして、訴因変更は不要とした」(それは控訴審の判断)

出題設例:ブレーキと間違えてアクセルを踏んだ過失の訴因で、ブレーキをかけるのが遅れた過失を認定するには訴因変更の手続を要する(○)

6放火の方法(最決平24・2・29)判例

  1. 訴因:台所に充満させた都市ガスに、ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し、引火・爆発させて放火(現住建造物等放火)
  2. 第一審:訴因の範囲内で、点火スイッチを頭部で押し込み作動させて点火したと認定
  3. 控訴審:その行為は認定できないとして第一審判決を破棄し、訴因変更手続を経ずに、方法を特定せず「何らかの方法により」引火・爆発させたと認定
  4. 最高裁:上告趣意はの上告理由に当たらない → 職権で判断 → 違法はあるが上告棄却(決定・裁判官1名の反対意見つき)
  • 被告人が上記ガスに引火、爆発させた方法は、本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、判決において訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するが、例外的に、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えず、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為を認定することも違法ではないと解される
  • 当てはめ:検察官は点火スイッチの作動だけを主張し、それ以外の行為についての予備的な主張は無く、裁判所も求釈明や発問をしていなかった。
  • 引火、爆発させた行為についての本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。そうすると、原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるものといわざるを得ない。
  • 違法とされたのは、②(防御上重要な事項)で例外に当たらないのに訴因変更手続を経なかったこと。認定(何らかの方法)は訴因(点火スイッチの作動)と異なる事実で、訴因の枠内の認定として扱われてはいない。
  • 破棄しなかった理由:日時・場所・目的物・焼損の結果が同一で、方法が違うだけ=防御は相当程度共通し、不利益の程度は大きいとまではいえない/訴因の範囲内で実行行為を認定することも可能だった=更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえない/量刑も是認できる。
  • 上記の違法をもって、いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
  • 反対意見(千葉勝美裁判官):違法とする点は多数意見と同じだが、破棄すべきとする。

控訴審が「点火スイッチを作動させて点火した」と、訴因の範囲内で認定していたら → 訴因と異なる認定にはならない(決定は、破棄しない理由の一つとして「訴因の範囲内で実行行為を認定することも可能であった」と述べ、更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえないとした)。

×にされやすい形
  • 「最決平24・2・29 は、訴因の枠内の事実について、争点として顕在化させる措置を欠いたことを違法とした」(訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことを違法とした)
  • 「最決平24・2・29 は、違法を認めたので原判決を破棄した」(著しく正義に反するとはいえないとして上告棄却)

7謀議の日(最判昭58・12・13)判例

  1. 訴因:十数名と「共謀のうえ」ハイジャック(訴因に謀議の日時は書かれていない)
  2. 検察官:冒頭陳述で謀議を3月12日〜14日に限って主張 → 論告では13日・14日に絞り、12日の謀議を明示的に主張しなくなった
  3. 被告人側:13日夜の協議についてアリバイを主張・立証
  4. 第一審:アリバイを排斥し、13日・14日の謀議を認定
  5. 控訴審:13日夜のアリバイを認めながら、その協議は実は12日夜に行われ、被告人も加わっていたと認定
  6. 最高裁:控訴審の訴訟手続は違法 → ただし上告棄却(判決)
  • 12日の謀議は、第一審の検察官も最終的には主張せず、第一審判決も認定しておらず、控訴審でも検察官は特段の主張・立証をしなかった → 被告人・弁護人も何らの防御活動をしていない。
  • 少なくとも、一二日夜の謀議の存否の点を控訴審における争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要
    …このような措置をとることなく、一三日夜の第一次協議に関する被告人のアリバイの成立を認めながら、率然として、右第一次協議の日を一二日夜であると認めてこれに対する被告人の関与を肯定した原審の訴訟手続は、本件事案の性質、審理の経過等にかんがみると、被告人に対し不意打ちを与え、その防禦権を不当に侵害するものであつて違法であるといわなければならない。
  • これは訴因変更の要否の判断ではない(謀議の日は訴因に書かれていない)。争点として顕在化させる措置を欠いた違法。解説書は、平13決定が②を審理経過で個別に判断するのは、訴因制度のほかに争点顕在化の措置(公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明や発問)があるからだとし、その例としてこの判決を挙げる。
  • 破棄しなかった理由:記録上明らかな諸般の事実を総合すると、12日に上京してきた被告人も、14日までの間に、すでに具体的な謀議を遂げていたH・Cらのいずれかから計画の具体的方法等を聞かされて賛同し、その実現に向けて自己の役割を遂行していたと推認できる → 第一次協議の存否・出席の有無にかかわりなく、ほぼ検察官の主張及び一、二審判決認定の事実の範囲内で謀議への関与を肯定できる。
  • 原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない。

控訴審が、12日夜の協議の有無について検察官に釈明を求め、当事者に主張・立証の機会を与えていたら → 争点として顕在化させたうえでの審理になり、違法とされた理由(不意打ち)が欠ける方向に動く。

×にされやすい形
  • 「検察官が主張せず被告人側も防御していない日時の謀議を、争点として顕在化させる措置を採らずに認定しても、取り調べた証拠から認定したものである限り、違法とならない」
  • 「最判昭58・12・13 は、訴因変更の手続を経ずに謀議の日を変えて認定したことを違法とした」(訴因変更の問題ではなく、争点顕在化の措置を欠いた違法)

出題検察官が主張せず被告人側も防御していない日時の謀議を、争点として顕在化させずに認定しても、取り調べた証拠から認定したものである限り違法とならない(×)

8上告審での処理()条文判例

  • の上告理由(憲法違反・判例違反)が無くても、の事由があつて「原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき」は、判決で原判決を破棄できる。1号=判決に影響を及ぼすべき法令の違反。
  • 「判決に影響を及ぼすことが明らか」はの文言。平24・昭58 が否定したのは、の「著しく正義に反する」の部分(両判決とも条番号は挙げず、その文言で判断した)。
  • ・は控訴の理由の規定。だが上告審だから名指しできない、ということではない:最判昭33・2・21 は、上告審で原審の違法をと名指ししたうえで、1号で破棄し、無罪を自判した。
  • 刑訴三七八条三号にいわゆる「審判の請求を受けない事件」について判決をした違法があるものといわねばならない。
  • 5〜7の結論の違い(破棄か上告棄却か)は、判決がそれぞれ事案の事情から判断したもの(下の表)。判決は①②の段階で結論を分けるとは述べていない=「②の違反なら破棄されない」とは一般化できない。
上告審:原審の訴訟手続に違法がある破棄しなければ著しく正義に反するか411条(1号=判決に影響を及ぼすべき法令の違反)上告棄却平24・昭58(違法は認めた)いいえはい原判決を破棄昭46=第一審判決も破棄して差戻し/昭33=無罪の自判
緑の枠が条文(411条)。違法があることと、破棄されることは別の段。どちらに傾くかを決めたのは、それぞれの事案の事情(下の表)。
判例違法とされた点結論決め手の事情
最判昭46・6・22訴因と明らかに態様の違う過失を、訴因変更なしに認定(第一審)・是認(控訴審)1号で破棄・差戻し違法は判決に影響を及ぼすことが明らかで、破棄しなければ著しく正義に反する
最決平24・2・29訴因変更手続を経ずに「何らかの方法により」と認定上告棄却防御は相当程度共通・訴因の範囲内でも認定できた・量刑も是認(反対意見は破棄差戻し)
最判昭58・12・1312日夜の謀議を争点として顕在化させずに認定上告棄却他の事実から、ほぼ検察官の主張と一・二審の認定の範囲内で謀議関与を肯定できる
×にされやすい形
  • 「上告審は、に当たる違法を指摘することはできない」(昭33 は名指しした)
  • 「1号は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反を要件とする」(「影響を及ぼすべき」。「明らか」は)
  • 「訴因の枠内の不意打ちにとどまる違法は、上告審で破棄されない」(判例は事案ごとの事情で判断した)

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#82単独ページ動画

訴因変更命令と形成力

問い:今の訴因のままで有罪にできると裁判所が考えていても、検察官の訴因変更の請求を断れるか。検察官が訴因を変えないとき、裁判所は命令で訴因を変えられるか。

骨組み

  1. 1心証と変更請求(最判昭42・8・31):旧訴因で有罪の判決が得られる場合であっても、第一審で検察官の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り許可しなければならない=心証を理由には断れない(時機などから許否が問われうる場面は別)
  2. 2昭42の根拠と事案:の文言(「許さなければならない」)に加え、起訴便宜主義()・公訴の取消し()にかんがみ。原審は「実体的真実の発見を旨とする裁判所の職責」から許可を違法とした → 最高裁が破棄
  3. 3新訴因だと無罪になる場合(解説書):許可しなければならないかは判例上明らかでない(昭42は新訴因で有罪になるかに触れていない)
  4. 4訴因変更命令():裁判所は「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる(撤回は無い)
  5. 5命令の前の求釈明(実務の運用):先に求釈明・発問などで変更の必要に気づかせることもある=事実上の促し。命令の要件ではない
  6. 6昭40の判断①(最大判昭40・4・28):幇助の訴因で共同正犯を認定するには共謀の新たな認定・法定刑も重くなる → 当然訴因変更を要する(原審は不要とした → 最高裁が誤りとした)
  7. 7昭40の判断②:命令を受けた検察官は変更すべきだが、応じない限り訴因は変わらない(命令に形成力なし)→ 応じないのに共同正犯を認定した一審判決は違法
  8. 8形成力否定の意味:訴因の変更は検察官の権限(刑訴法の基本的構造)。裁判所の関与は補充的(解説書の評価)。一罪の一部起訴肯定説の論拠となり得る

色の札は出どころ:条文 判例 解説書。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。刑訴規則の条文は文字のまま。

請求があった場面(1〜3)請求が無い場面(4〜8)
誰が動く検察官が請求 → 裁判所が許可するか裁判所が命ずる → 変えるかは検察官
条文「許さなければならない」「命ずることができる」
判例心証を理由に断れない(最判昭42・8・31)命令だけでは訴因は変わらない(最大判昭40・4・28)

2つは別の場面。許否を確かめた先に命令がある、という一本の手順ではない。どちらの場面でも、訴因を変えるのは検察官(命令に応じて検察官が請求すれば、そこから先は1項の許可の場面になる)。

1心証と変更請求(最判昭42・8・31)判例

  • 場面:検察官から訴因変更の請求があった(許否の場面)。裁判所は、起訴状の訴因のままでも有罪にできるという心証を持っている。
  • 仮に起訴状記載の訴因について有罪の判決が得られる場合であつても、第一審において検察官から、訴因、罰条の追加、撤回または変更の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り、これを許可しなければならないものと解すべきである。
  • 判決が述べているのは第一審において請求があった場合。

業務上横領の訴因で、裁判所は業務上横領を認定できる心証。検察官が「業務上」の占有の立証に不安を持ち、単純横領への変更を請求 → 同一性の枠内なら、裁判所は「今の訴因で有罪にできる」という見立てで断れない。

×にされやすい形
  • 「起訴状記載の訴因で有罪の判決が得られるとの心証があるときは、裁判所は訴因変更の請求を許可しなくてよい」
  • 「公訴事実の同一性を害しない請求でも、実体的真実の発見を旨とする裁判所の職責上、許可すべきでない」(原審の理由。最高裁が退けた)
  • 「同一性の範囲内なら、裁判所はどんな時期の請求でも必ず許可しなければならない」(時機などから許否が問われうる)

2昭42の根拠と事案判例

  • 根拠は3つを並べて挙げる:の文言(「許さなければならない」)、起訴便宜主義(=訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができる)、公訴の取消し(=第一審の判決があるまで取り消すことができる)。
  • わが刑訴法が起訴便宜主義を採用し(刑訴法二四八条)、検察官に公訴の取消を認めている(同二五七条)ことにかんがみれば、
  • つながり(判決自身は3つを並べて挙げるだけで、互いのつながりは述べていない):起訴するか・公訴を取り消すかまで検察官に委ねられている=事件をどう訴追するかを決めるのは検察官、という構造 → 訴因の変更請求も、裁判所の心証では止められない。
審級判断
起訴売春防止法12条(管理売春)
第一審第5回公判期日に検察官が、罰条を売春防止法6条1項・事実を売春周旋とする変更を請求 → 許可
原審(札幌高裁)証拠からはむしろ起訴状の事実がうかがわれる → 同一性を害さない場合でも「実体的真実の発見を旨とする裁判所の職責上」許可すべきでない → 許可は違法として第一審判決を破棄
最高裁許可は正当。原判決はの解釈を誤った → 原判決を破棄し、差戻し
  • 起訴状記載の事実が認められるか、それが管理売春の罪になるかは、結論を左右しないとした。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、真実発見の職責から、第一審が変更を許可したのは違法であるとした」(違法としたのは原審。最高裁はそれを誤りとした)

3新訴因だと無罪になる場合解説書

  • 昭42の判決は「旧訴因で有罪の判決が得られる場合であっても」許可しなければならない、まで。新訴因で有罪にできるかには触れていない。
  • 解説書は、判例を新旧いずれの訴因でも有罪になる場面の判断と位置づけ、その理由を、新旧いずれでも有罪という点は変わらないので、裁判所が心証で許否を決めて当事者追行主義を損なうまでの必要はないと考えているのだろう、と推測している(解説書の読み)。
  • 新訴因では無罪になってしまう場合にも許可しなければならないかは、判例上明らかでない。
新訴因でも有罪新訴因だと無罪
例業務上横領 → 単純横領裁判所はA自身が盗んだと考えているのに、窃盗 → 「Cが盗んだ物を買い受けた」盗品等有償譲受け
新訴因での帰結有罪心証(A自身が盗んだ)と合わず、新訴因の事実が認められない → 無罪
許可しなければならないか許可しなければならない(昭42)判例上明らかでない
×にされやすい形
  • 「判例は、新旧いずれの訴因でも有罪となる場合に限って、許可しなければならないとした」(判決はそうした条件を立てていない)
  • 「判例によれば、新訴因では無罪となる場合にも許可しなければならない」(判例上明らかでない)

4訴因変更命令()条文

  • 条文:裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。
  • 対象:訴因も罰条も。1項は「追加、撤回又は変更」、2項は「追加又は変更」=撤回を命ずる定めは無い。
  • 使われる事案(解説書):旧訴因では有罪が難しいが、訴因を変えれば有罪にできる事案で、裁判所が自分の心証に合う訴因の設定を求める。
  • 位置づけ:訴因を設定し変えるのは検察官(請求)で、裁判所は許可するだけが原則。命令は裁判所の職権による例外(講義解説は、職権主義的な規定・当事者主義の例外と説明する)。
×にされやすい形
  • 「審判対象の設定については検察官に裁量権があるので、裁判所は訴因を変更すべきことを命ずることはできない」
  • 「裁判所は、訴因を撤回すべきことを命ずることができる」

出題審判対象の設定は検察官の裁量なので、裁判所は訴因の変更を命ずることはできない(×)

5命令の前の求釈明(実務の運用)解説書

  • 実務では、命令の前に、求釈明・発問・補充尋問・被告人質問で、検察官に訴因変更の必要に気づかせることもある(解説書)。それでも請求しないときの手段が命令。
  • 求釈明の根拠=刑訴規則208条1項:裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。主体は裁判長(命令の主体は裁判所)。
  • 命令の条文上の要件は「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」だけ。先に求釈明を経ることは条文・規則の要件ではない。
求釈明訴因変更命令
根拠刑訴規則208条1項
主体裁判長裁判所
働き釈明を求める=変更を事実上促す変更すべきことを命ずる
検察官は応じるかは検察官の判断変更すべき(昭40)。ただし応じない限り訴因は変わらない(7)
×にされやすい形
  • 「裁判所は、先に求釈明をしなければ、訴因変更命令を出すことができない」(条文の要件は「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」。先に求釈明は実務の運用)

出題裁判所は、心証に沿った訴因への変更を検察官に促し、応じない場合には訴因の変更を命ずることが考えられる(○)

6昭40の判断①:訴因変更が要るか(最大判昭40・4・28)判例

  • 判決の順:まず訴因変更が要るかを判断し(要るなら、変更の無いまま認定できない)、そのうえで命令で訴因が変わったか(7)を判断した。変更が要らない差なら、命令の効力を論じるまでもない。
  1. 選挙の立候補予定者に当選を得させる目的でGが現金を供与した際、被告人Aは情を知りながらGを案内・紹介し、受供与を勧めた → 供与罪の幇助で起訴
  2. 第一審:第5回公判期日に、共同正犯に訴因を変更すべきことを命じた。検察官は変更を請求しない
  3. 第一審:命令で訴因が変更されたものとして手続を進め、Gと共謀して供与した共同正犯を認定
  4. 原審:共同正犯と認定しても防禦権の行使に実質的な不利益を与えない → 訴因変更の手続を要しないとして是認
  5. 最高裁:訴因変更を要する(原審の法律判断は誤り)。命令にも訴因を変える効力は無い(7)→ 原判決と第一審判決(Aの部分)を破棄・差戻し
  • 右のように共同正犯を認めるためには、幇助の訴因には含まれていない共謀の事実を新たに認定しなければならず、また法定刑も重くなる場合であるから、被告人の防禦権に影響を及ぼすことは明らかであつて、当然訴因変更を要するものといわなければならない。この点に関する原審の法律判断は誤まりであるといわざるを得ない。
  • 「変更不要」は原審の判断で、最高裁がそれを誤りとした。
×にされやすい形
  • 「幇助の訴因で起訴された者について、共同正犯の事実を認定するには、訴因変更の手続を要しない」

出題贈賄幇助の訴因で起訴された者について、贈賄の共同正犯の事実を認定するには、訴因変更の手続を要しない(×)

7昭40の判断②:命令に形成力はあるか判例

  • しかし検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない。
  • そうすると、裁判所から右命令を受けた検察官は訴因を変更すべきであるけれども、検察官がこれに応じないのに、共同正犯の事実を認定した一審判決は違法であつて、
  • 形成力=命令だけで訴因が変わる効力(学習上の呼び名)。多数意見の語は「右のような効力」。「形成的効力」「形成力」は反対意見(石坂裁判官)の語で、反対意見は命令を訴訟指揮とみて形成的効力を認めるべきとした。
  • 「変更すべき」と「訴因が変わるか」は別:命令を受けた検察官は変更すべきだが、応じない限り訴因は変わらない → 裁判所は元の訴因(幇助)のままで判断するしかない。
  • 命令に応じて検察官が請求すれば、裁判所はそれを許可すれば足りる(解説書)。
裁判所が訴因変更命令(312条2項)検察官が命令に応じて変更を請求したか請求を許可新訴因で審理はいいいえ(訴因は変わらない)変更を要する事実を変更なしに認定するか例:幇助の訴因のまま共同正犯を認定違法命令に形成力なしはいいいえ元の訴因のまま判断
緑の枠が条文、紫の枠が判例(最大判昭40・4・28)。命令を受けた検察官は変更すべきだが、応じない限り訴因は変わらない。
×にされやすい形
  • 「検察官が訴因変更命令に応じなくても、命令により訴因が変更されたものとして、心証どおりの事実を認定し有罪とできる」
  • 「命令を受けた検察官は変更すべき立場にあるから、応じなければ訴因は命令どおりに変わる」(変更すべきだが、応じない限り変わらない)

出題検察官が訴因変更命令に応じなくても、命令により訴因が変更されたものとして心証どおりの事実を認定し、有罪判決を言い渡すことができる(×)

8形成力否定の意味解説書

  • 判決の理由:訴因の変更は検察官の権限=刑訴法の基本的構造。裁判所が直接訴因を動かすことはできない。
  • 解説書の評価:検察官の訴因設定の権限を重視し、裁判所の審判対象への関与は補充的にとどまるべきだという考え方の表れ。
  • 一罪の一部起訴=一罪について、全部を起訴できるのに、検察官があえてその一部だけを訴因にして起訴すること(例:強盗致傷を、傷害が軽微なので単に強盗として起訴)。肯定説=それも許される。
  • 過去問(予備H29-18ウ=○):命令に形成力が無いことは、一部起訴を肯定する説の論拠となり得る。つながりの読み(過去問の問題文には無い):裁判所は検察官の設定した訴因を自分で動かせない=審判対象の設定は検察官に委ねられている。

出題裁判所の訴因変更命令には形成力はないとされていることは、一罪の一部起訴の肯定説の論拠となり得る(○)

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#83単独ページ動画

訴因変更命令の義務と罰条変更

問い:裁判所は、検察官に訴因変更を促したり命じたりしなければならない場合があるか。訴因の事実はそのままで罰条だけが違うとき、罰条変更の手続は要るか。

骨組み

  1. 1命令義務の問題():命ずることが「できる」。訴因を変えるのは検察官(請求)・命令に形成力なし。問題は、命令・促しをしなかったことが違法になるか。訴因どおり有罪にできるなら、変更を促す必要はそもそも生じない(予備H30-21ウ は×)
  2. 2原則と例外(最決昭43・11・26):原則として促し・命ずる義務はない。変えれば有罪が証拠上明らかで、罪が人命を奪う相当重大なもの → 例外的に義務あり
  3. 3昭43の事案と審級:殺人では無罪とするほかない → 第一審は意向を単に打診しただけで無罪 → 控訴審が審理不尽で破棄し、控訴審で追加した予備的訴因の重過失致死で有罪 → 最高裁は上告棄却(違法とはいえない)
  4. 4求釈明で足りた例(最判昭58・9・6):約8年半一貫した主張・最終段階の求釈明に明確かつ断定的な拒否・防御はその前提・著しい処分上の不均衡など諸般の事情 → 求釈明で義務を尽くした(命令義務を認めた原判決を破棄)
  5. 5公判前整理手続を経た例(最判平30・3・19):整理手続の途中(第2回・第7回期日)の釈明と、証拠調べ後の確認 → 同じく求釈明で義務を尽くした。控訴審で足した予備的訴因は審理できず → 控訴棄却=第一審の無罪が残る
  6. 6罰条変更の要否(最決昭53・2・16):罰条の記載は訴因を一層特定させるため=法令の適用を拘束しない → 訴因で公訴事実が十分明確・防禦に実質的な不利益なしなら、罰条変更の手続なしで起訴状に無い罰条を適用できる
  7. 7昭53の事案:起訴状の罰条は・・。けがの無い1人への部分を、記載されたの罰条を変更させる手続を経ずに、より重い暴力行為等処罰に関する法律1条で処断 → 不利益なし=適法(罰条変更の解釈に反対する裁判官の意見あり・結論は同調)。訴因に無い事実が要るなら罰条だけの話ではない
  8. 8罪数が変わるとき:事実が動かず評価だけ変わる → 訴因変更は原則不要(一罪→数罪=最判昭29・3・2 参照/数罪→一罪=最決昭35・11・15)。事実も動く → 求釈明などで防御の機会を与える義務(東京高判昭52・12・20=裁判例)

色の札は出どころ:条文 判例・裁判例 解説書。最高裁=判例、高裁=裁判例。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。

流れで覚える。命じることは「できる」だけ(1)→ 原則は義務なし、例外の事情があれば義務あり(2・3)→ 求釈明で事実上促したことで義務を尽くしたとされた事件が2つ(4・5)。罰条は事実と違い、法令の適用は裁判所が決める → 変更手続は原則不要(6・7)。罪数は、事実が動くかで分ける(8)。

訴因変更を促す・命ずる義務があるか訴因どおり有罪にできるか例:単独犯の訴因で、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされる変更を促す必要はそもそも生じない訴因どおり認定(予備H30-21ウ は×)はいいいえ(訴因のままでは無罪)変えれば有罪が証拠上明らかで、相当重大な罪か昭43が例外とした事情(重過失で人命を奪う)原則(義務なし)の側判例は例外の線を一般化していないいいえはい求釈明で事実上促し、諸般の事情から足りるか検察官の明確な拒否・防御の前提・事案の性質など(昭58・平30)義務を尽くしたはいいいえ促し又は命ずる義務怠れば審理不尽の違法
紫の枠が判例の言葉。判例は、これを順に当てる要件として述べてはいない(どれも事案に即した判断)。3段目も、求釈明さえすれば必ず足りるという形ではなく、昭58・平30は審理の経過や事案の性質などの諸般の事情に照らして足りるとした。

1命令義務の問題()条文

  • 条文:裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。文言は権限(「できる」)。
  • 訴因を変えるのは検察官(請求=)、裁判所は公訴事実の同一性を害しない限り許可する(同項)。変更命令に形成力なし(最大判昭40・4・28=命令を受けた検察官は変更すべきだが、応じない限り訴因は変わらない)。
  • 問題:求釈明(裁判長が検察官に釈明を求め、その主張を明確にさせること)をするだけで、裁判所が命令や積極的に促す措置をしなかったこと自体が違法になるか=訴因変更命令義務(促す義務は「訴因変更勧告義務」とも・解説書)。
  • 解説書の整理:否定の側=訴因の設定・変更は検察官の権限で、裁判所の中立・公平を重く見る(形成力を否定したのと同じ考え方)。肯定の側=心証と訴因のずれを知りながら手当てせず無罪にするのは不当。義務を認めると、怠ったことは審理不尽の違法(訴訟手続の法令違反)になる。
  • 前提:問題になるのは「訴因のままでは無罪、変えれば有罪」の場面。訴因どおり有罪にできるなら、変更を促す必要はそもそも生じない(予備H30-21ウ は×)。
  • 向きが逆の場面(検察官が、裁判所の心証では無罪になる訴因への変更を請求してきた):解説書の著者は、釈明で請求の再考を促し、それでも強行されたら許可したうえで無罪とするほかない、と整理する(判例ではない)。

単独犯の窃盗の訴因で、裁判所が「実行していない共謀者が背後にいる」との心証を得ても、被告人1人の行為で窃盗の構成要件が全部満たされるなら、訴因どおり有罪にできる → 訴因変更を促す・命ずる義務は生じない。

×にされやすい形
  • 「単独犯の訴因で共謀共同正犯者がいるとの心証を得たときは、被告人1人の行為で構成要件の全部が満たされると認めるときでも、訴因の変更を積極的に促し又は命じなければならない」
  • 「裁判所は、訴因変更命令を出せば、検察官の請求が無くても訴因を変更したものとして審理できる」(形成力なし)

出題単独犯の訴因で共謀共同正犯者がいるとの心証を得たときは、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされると認めるときでも、訴因の変更を積極的に促し又は命じなければならない(×)

出題一つの見解の文章の空欄補充:訴因変更命令の(⑥)を認めるべき場合があるかが論じられている/命令は検察官の設定した審判の対象を修正しようとするもので、(⑦)主義との間に鋭い緊張関係がある → 命令の(⑧)まで認めるのは適当でない。正答(1=①職権・③当事者)で決まるのは①③だけで、⑥⑦⑧の語は正答からは決まらない

2原則と例外(最決昭43・11・26)判例

  • 裁判所は、原則として、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はないのである
    …が、本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によつて人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務がある
    …
  • 判例が挙げた事情は2つ:変えれば有罪が証拠上明らか/その罪が人命を奪う相当重大なもの。義務の中身は「促しまたは命ずる」。
  • 判旨は「本件のように…ような場合には」と事案に即して書いている。罪が軽ければ必ず義務なし、証拠が微妙なら必ず義務なし、とまでは述べていない。解説書の著者は、この説示から、証拠関係や事案の重大性を勘案して義務が生じる場合が「ありうるように読める」としている。

殺人の訴因で殺意は証明できないが、刃物の扱いの著しい不注意で死なせたことは証拠からはっきりしている → 2つの事情がそろう典型。傷害の訴因で故意が証明できず重過失傷害なら有罪、という場面だと「人命を奪う相当重大な罪」という事情が弱まる(義務を認める方向の材料が減る)。

×にされやすい形
  • 「裁判所は、原則として、訴因変更を促し又は命ずる義務を負う」(原則は義務なし)
  • 「訴因変更命令は裁判所の権限にすぎないから、変えれば重過失致死で有罪が明らかな場合でも、促し又は命ずる義務が生じることはない」

出題殺人の訴因では無罪とするほかなくとも、重過失致死という相当重大な罪の訴因に変えれば有罪が明らかな場合、裁判所は例外的に訴因変更を促し又は命ずる義務がある(○)

3昭43の事案と審級判例

  1. 殺人の訴因で起訴
  2. 犯意の証明が充分でない → 殺人の訴因のままでは無罪とするほかない
  3. 第一審:検察官の意向を単に打診しただけで、促しも命令もせず、殺人の訴因だけ審理して無罪
  4. 控訴審(原審):第一審判決に審理不尽の違法があるとして破棄。控訴審で予備的に追加された重過失致死の訴因で自判し有罪
  5. 最高裁:上告棄却の決定。控訴審の判断は「違法とはいえない」(義務の説示は、上告趣意を退けた後の「なお」で始まる部分)
  • したがつて原判決が、本件のような事案のもとで、裁判所が検察官の意向を単に打診したにとどまり、積極的に訴因変更手続を促しまたはこれを命ずることなく、殺人の訴因のみについて審理し、ただちに被告人を無罪とした第一審判決には審理不尽の違法があるとしてこれを破棄し、あらためて、原審で予備的に追加された重過失致死の訴因について自判し、被告人を有罪としたことは、違法とはいえない。
  • 破棄・自判したのは控訴審。最高裁は自分で破棄したのではなく、控訴審の判断を違法でないとした。
  • 予備的訴因=元の(主位的な)訴因が認定されない場合に備えて追加する訴因(大阪高判平29・12・14 の言い方)。昭43 では、控訴審で重過失致死が予備的訴因として追加された。
  • 義務違反の争い方:訴訟手続の法令違反として、判決への影響が明らかなら控訴理由()にする(講義解説の説明。昭43 の決定自身は「審理不尽の違法」と言うだけ)。
×にされやすい形
  • 「最高裁は、第一審判決を破棄し、重過失致死の訴因で被告人を有罪とした」(破棄・自判は控訴審。最高裁は上告棄却)
  • 「重過失致死の訴因は、第一審のうちに予備的に追加されていた」(追加は控訴審で)

4求釈明で足りた例(最判昭58・9・6)判例

  1. 大学の建物の仮処分の執行の際、5階から警察官めがけてコンクリート塊等を投下 → 警察官多数が負傷し、1名が死亡(乙事実=傷害致死を含む)。訴因は現場共謀(犯行の現場で共謀した形。判決は、事前共謀を「現場共謀に先立つ事前共謀」と言う)
  2. 検察官:審理の冒頭で現場共謀による実行正犯の趣旨と釈明し、約8年半の審理の全過程で維持 → 攻撃防禦は、被告人らが現場にいたかを中心に
  3. 第一審の心証:2人の被告人は警察官が負傷した時間帯(午前5時30分ころ〜5時45分ころ)に、その余の被告人は午前5時40分以前に、犯行現場の5階エレベーターホールにいて犯行に加担したと認めるに足る証拠がない → 現場共謀の訴因のままでは無罪又は一部無罪、事前共謀の訴因に変えれば犯罪の成立を肯定する余地がありうる
  4. 第一審の第54回公判(最終段階):裁判長が、甲・乙両事実の関係と乙事実の共謀の時期・場所について従前の主張を変える意思はないかと求釈明 → 検察官は意思はないと明確かつ断定的に釈明
  5. 第一審:それ以上促さず、現場共謀の訴因の範囲で判断 → 一部の被告人は乙事実無罪、他は一部無罪
  6. 原判決(東京高裁):事前共謀に変えれば罪責を問いうることが証拠上明らか+傷害致死を含む重大な犯罪 → 命令し、少なくとも積極的に促す義務があった → 審理不尽で第一審判決を破棄・差戻し
  7. 最高裁:求釈明で義務を尽くした → 原判決を破棄し、東京高裁に差戻し
  • 最高裁は、重大な罪であること・訴因を変えれば罪責を問いうる「余地」があることは原判示のとおりとしたうえで(「証拠上明らか」と言ったのは原判決)、次の事情を挙げた(番号は判決に無い):
  • ①検察官は約8年半の審理の全過程を通じ一貫して現場共謀を主張 ②最終段階の求釈明にも、変更の意思はないと明確かつ断定的に釈明 ③被告人らの防禦活動は検察官の主張を前提としていた ④現場にいた証拠の無い者(主謀者と目される者を含む)は乙事実で公訴を提起されておらず、被告人らにだけ責任を問えば著しい処分上の不均衡 ⑤事案の性質・内容及び被告人らの関与の程度など。判決は、各事情がどちら向きにどれだけ効くかを個別には述べていない(並べたうえで「諸般の事情に照らして」とした)。
  • 記録上明らかな諸般の事情に照らして考察すると、第一審裁判所としては、検察官に対し前記のような求釈明によつて事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、さらに進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。
  • 「事実上」促した=求釈明は命令でも勧告でもないが、それで促したことになる。判決は「〜など」「諸般の事情」と総合して判断した=検察官が明確に断ればどんな事件でも必ず義務が尽きる、という一般論は述べていない。
  • 解説書の著者の見方:少なくとも現在は、必ずしも、証拠関係や事案の重大性だけで義務が決まるわけではないのが実際だと「思われる」。
最決昭43・11・26最判昭58・9・6
第一審がしたこと意向を単に打診しただけ共謀の時期・場所について主張を変えるかを求釈明
検察官判旨は触れていない変えないと明確かつ断定的に釈明
判例の評価例外的に義務あり(第一審を審理不尽とした控訴審の判断を、最高裁は違法とはいえないとした)求釈明で義務を尽くした
最高裁の結論上告棄却(控訴審の破棄・自判を是認)原判決を破棄・差戻し

判決が挙げた事情:昭43 は「証拠上明らか」「相当重大」と、第一審が意向を「単に打診したにとどまり」促しも命令もしなかったこと。昭58 は、罪の重大性と罪責を問いうる「余地」を認めつつ、①〜⑤を合わせて「諸般の事情に照らして」判断した。どちらの判決も分かれ目を述べていない。昭58 の原判決は第一審の求釈明を「意向を打診するにとどまらず」進むべきだったと評しており、「打診か求釈明か」の言葉の差だけで分かれたとは読めない。昭58 は、昭43 を引いた上告趣意に「原判決はなんら所論引用の各判例と相反するものではない」と答えただけで(相反しないとされたのは原判決)、昭43 と自らの判断の違いは説明していない。

検察官が求釈明に「変えません」と答えたが、審理は短く、弁護側は元の訴因の筋だけでなく変更後の訴因の筋まで見越して争っていた(③=防御活動が検察官の主張を前提にしていた、が当てはまらない)。処分の不均衡のような事情も無い → 昭58 が挙げた事情の一部しかそろわない。求釈明で足りるかは、判例からは言い切れない。

×にされやすい形
  • 「裁判所が求釈明をし、検察官が変更の意思はないと明確に答えれば、事件の事情にかかわらず、裁判所の義務は常に尽きる」(判例は諸般の事情に照らした判断)
  • 「最高裁は、第一審に訴因変更命令義務違反があるとして第一審判決を破棄した」(それは原判決。最高裁は原判決を破棄した)

5公判前整理手続を経た例(最判平30・3・19)判例

  1. 保護責任者遺棄致死で起訴 → 公判前整理手続に付す
  2. 第2回公判前整理手続期日(整理手続の途中):検察官「本件について、重過失致死として処罰を求める予定はない。」と釈明
  3. 第7回期日:検察官「場合によっては予備的訴因として過失致死、重過失致死の追加を検討する可能性があり、その旨は弁護人にも既に伝えている。なお、裁判所に対して必要があれば勧告するよう求めるものではない。」と釈明 → 第8回期日で整理手続を終結
  4. 証拠調べの終了後:裁判長「念のため確認しますが、特に訴因について何か手当をする予定はないということでよろしいんですか。」→ 検察官「今のところございません。」
  5. 第一審(裁判員裁判):無罪
  6. 控訴審:事実誤認で破棄・差戻し(命令義務の主張は判断せず)。控訴審で重過失致死の予備的訴因・罰条の追加を許可
  7. 最高裁:事実誤認も訴訟手続の法令違反も無い → 原判決を破棄し、検察官の控訴を棄却(第一審の無罪が残る)
  • 以上のような訴訟経緯,本件事案の性質・内容等の記録上明らかな諸般の事情に照らしてみると,第1審裁判所としては,検察官に対して,上記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり,更に進んで,検察官に対し,訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。
  • 結論の言い回しは昭58 と同じ。判決が挙げたのは訴訟経緯と事案の性質・内容等=釈明の回数を決め手とは言っていない。
  • 訴訟経緯のうち第7回期日では、検察官は、場合によっては予備的訴因として過失致死・重過失致死の「追加を検討する可能性」があり弁護人にも伝えていると自ら挙げたうえで、「裁判所に対して必要があれば勧告するよう求めるものではない」と釈明していた。
  • 公判前整理手続=第1回公判期日の前に、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備()。判決は、この手続の中の釈明(第2回・第7回期日)を、証拠調べ後の確認と並べて訴訟経緯として挙げただけで、この手続を経たこと自体に特別の意味を与える説示はしていない。
  • 事後審である控訴審で追加変更された訴因,罰条についての審理,判断は,第1審判決に事実誤認又は法令違反があることを理由に第1審判決が破棄されることを前提として行うべきものであるから,第1審判決に誤りを見いだすことができない本件において,重過失致死罪の予備的訴因を審理,判断することはできない
  • 判決の理屈からすると、事実誤認が無いとされた以上、第一審の義務違反の有無が結論を左右した:義務違反(訴訟手続の法令違反)を理由に第一審判決が破棄されていれば、追加した訴因を審理する前提が整ったが、第一審は義務を尽くしていたので、控訴審で訴因を足しても救えない。
  • 昭43 とのつながり(平30 の言い方に当てはめると):昭43 の控訴審は、第一審判決に審理不尽の違法があるとして破棄し、そのうえで控訴審で追加された予備的訴因について自判した=破棄が前提にあった。平30 では第一審判決に誤りが無く、この前提が欠けたので、追加した訴因を審理できなかった。
  • 同じ方向の裁判例(大阪高判平29・12・14・解説書の注):危険運転致傷・過失運転致傷の訴因で無罪。裁判長の釈明の趣旨に沿った訴因を検察官が設定しなかったことも結論の原因で、「事後審である控訴審において、これを是正することはできない」と付言した(控訴棄却)。
第一審控訴審最高裁
昭43打診だけで無罪審理不尽で破棄・重過失致死で有罪上告棄却(決定)
昭58求釈明・無罪/一部無罪命令義務違反で破棄・差戻し原判決破棄・差戻し(義務は尽くした)
平30釈明・確認の後に無罪事実誤認で破棄・差戻し原判決破棄・控訴棄却(義務は尽くした)
×にされやすい形
  • 「控訴審で予備的訴因を追加すれば、第一審判決に誤りがなくても、控訴審はその訴因で有罪とすることができる」
  • 「平30 で最初に重過失致死を求めない旨が述べられたのは、公判前整理手続が終わった後である」(整理手続の途中=第2回期日)

6罰条変更の要否(最決昭53・2・16)判例

  • 場面:訴因に書かれた事実は動かず、当てはめる罰条だけが起訴状と違う。検察官が罰条の変更を請求すれば訴因と同じくの扱い。問題は、請求が無いまま裁判所が起訴状に無い罰条を適用してよいか。
  • 起訴状における罰条の記載は、訴因をより一層特定させて被告人の防禦に遺憾のないようにするため法律上要請されているものであり、裁判所による法令の適用をその範囲内に拘束するためのものではないと解すべきである。
    それ故、裁判所は、訴因により公訴事実が十分に明確にされていて被告人の防禦に実質的な不利益が生じない限りは、罰条変更の手続を経ないで、起訴状に記載されていない罰条であつてもこれを適用することができるものというべきである。
  • 判旨の条件は2つ:訴因により公訴事実が十分に明確にされている/防禦に実質的な不利益が生じない → その限りで変更手続は不要。条件が欠ければ手続なしでは適用できない。判例は、条件が欠ける具体例を示していない。
  • 解説書の理由づけ:罰条の記載は訴因の特定を補うもので、法令の適用は裁判所の職責。防御への実質的な不利益を避けるべき点はただし書(罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない)からも読み取れる。
×にされやすい形
  • 罰条の記載の目的(訴因を一層特定させて防禦に遺憾のないようにする)までは判旨どおりに書き、「だから、防禦に実質的な不利益が生じない場合でも、罰条変更の手続を経なければならない」と結論だけ逆にする形
  • 「起訴状に記載されていない罰条を適用するには、常に罰条変更の手続が必要である」

出題罰条の記載は訴因を一層特定させ防御に遺憾のないようにするためのものだから、公訴事実が十分明確で防御に実質的な不利益が生じない場合でも、起訴状に無い罰条を適用するには罰条変更の手続を経なければならない(×)

7昭53の事案と境目判例

中身
訴因共謀のうえ、4人にこもごも殴る蹴るの暴行を加え、うち3人にけが。罪名・罰条=「傷害、暴行 刑法204条、208条、60条」
第一審ほぼ訴因どおり認定し、・等を適用(暴力行為等処罰に関する法律1条は適用せず)
原判決けがの無い1人に対する部分は暴力行為等処罰に関する法律1条の罪 → 適用すべきだった(遺脱は違法だが判決に影響しない)。量刑不当で破棄・自判し同法1条を適用、罰条変更は要しないと付け加えた
最高裁原判決は正当(上告棄却の決定)
  • 本件の場合、暴力行為等処罰に関する法律一条の罪にあたる事実が訴因によつて十分に明示されているから、原審が、起訴状に記載された刑法二〇八条の罰条を変更させる手続を経ないで、右法律一条を適用したからといつて、被告人の防禦に実質的な不利益が生じたものとはいえない。
  • 適用されたのは、起訴状の罰条()より重い罰条(重いことは、裁判官1人の意見が指摘する)。多数意見は罰条の重さには触れず、事実が訴因によって十分に明示されているから防御に実質的な不利益が生じたとはいえないとして、変更手続なしの適用を正当とした(重い罰条を適用した事案でも、6の判旨の一般論が当てはめられた)。
  • 暴力行為等処罰に関する法律1条の罪:判決は、数人共同して2人以上に暴行を加え一部の者にけがを負わせた場合、暴行を受けるにとどまった者の数だけ同法1条の罪が成立するとした。訴因には「Aらと共謀のうえ」「こもごも…殴る蹴るなどの暴行を加え」とある。判決は、同条の罪にあたる事実が訴因によって十分に明示されているとした(どの文言によるかは示していない)。
  • 罰条変更の解釈に反対する裁判官1人の意見(結論は多数意見に同調):法令の適用は裁判所の専権だが被告人に本質的に重要 →起訴状の罰条に包含される軽い罰条を適用する場合を除き、罰条の追加・撤回・変更を命じるか釈明をして意見を述べる機会を与えない限り、新たな罰条は適用できない。本件は違法で判決に影響もするが、処断刑に変わりがないので、破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえない。
  • 境目:罰条だけの話か、事実の話か。罰条を当てはめるのに訴因に無い事実が要るなら、もはや罰条だけの問題ではなく訴因変更の要否の問題になる。

窃盗()の訴因に「Vの山林で立木を伐採して持ち去った」と書かれていれば、森林法197条(森林においてその産物を窃取した者=森林窃盗)への当てはめ替えは罰条だけの問題 → 防御に実質的な不利益が無ければ手続なしで適用できる。訴因に「Vの木材を持ち去った」としか無ければ、森林で窃取したという事実を新たに認定することになる → 訴因変更の要否の問題。

×にされやすい形
  • 「判例は、起訴状記載の罰条に包含される軽い罰条を適用する場合を除き、罰条の追加・撤回・変更を命じるか釈明をして、罰条の適用について意見を述べる機会を被告人に与えなければ、新たな罰条は適用できないとした」(それは裁判官1人の意見〔結論は同調〕。多数意見は、訴因により公訴事実が十分に明確にされていて、被告人の防御に実質的な不利益が生じない限り、罰条変更の手続を経ずに起訴状に無い罰条を適用できるとした)

8罪数が変わるとき判例・裁判例

  • 出発点(解説書):一罪一訴因=実体法上一罪(単一性がある事実)は1つの訴因で書く。訴因は刑罰権の行使を求める主張なので、刑罰権の個数に合わせる。審理の結果、罪数の評価が変わったら訴因変更は要るか。
  • 用語(出どころの語の範囲で):一罪の例=包括一罪(東京高判昭52 では、当初のけん銃1丁の所持に、所持の終わりの日や場所が一部異なる別のけん銃等の所持を訴因変更で追加し、全体が包括一罪として審判の対象とされた)。数罪の例=併合罪(昭53 の判決は、傷害罪と暴力行為等処罰に関する法律1条の罪を「併合罪として処断すべき」とした)。常習性の発露(解説書は語だけ挙げる。意味は、各回の犯行が、繰り返し犯す習癖(常習性)の現れであるということ)。解説書は、数罪を常習一罪などの一罪にまとめると、常習性の発露などを罪となるべき事実として書く必要が生じ、訴因変更が必要になる場合もあるとする。
  • 分ける軸は、訴因の事実そのものが動くか、評価だけが動くか。訴因変更は訴因に無い事実での不意打ちを防ぐための手続 → 事実が動かなければ原則不要。
事実関係に変動なし(評価だけ)事実関係にも変動あり
一罪→数罪訴因変更は不要(解説書は最判昭29・3・2 を参照に挙げる)。ただし各罪の事実を識別・特定できないときは、できる程度まで訴因を補正すべき(解説書)求釈明で主張を明確にさせ、場合により罪数補正を伴う訴因変更を促すなどして防御の機会を与える義務(東京高判昭52・12・20=高裁の裁判例)
数罪→一罪解説書:起訴状の複数の訴因を1個の訴因と解釈すれば足り、原則として訴因変更も不要。最決昭35・11・15 は、併合罪として追起訴された事実を前の起訴と併合審理して単純一罪と認定するのに、公訴棄却も訴因変更の手続も要しないとした。ただし常習性の発露など、記載が要る事実があれば訴因変更が要る場合もある(解説書の著者)一罪→数罪と同じ枠組みで訴因変更が要りうる(解説書)
  • 最判昭29・3・2(物品税):
  • 起訴状には、別表として犯罪一覧表が添付され、これによつて、物品の各移出毎に日時、数量、価格等が明確となつており、原判決は、そのとおりの事実関係(ただし各月にまとめて)を認定したうえで、各月分毎に一罪が成立するものとしただけであるから、訴因変更がなくても、違法とはいえない。
  • 最決昭35・11・15(上告趣意への判断の括弧書き):
  • 併合罪として追起訴された事実を前に起訴された事実と併合審理した結果、両者を単純一罪と認定して処断するには、公訴棄却の言渡や、訴因変更の手続を要しない
  • 東京高判昭52・12・20(けん銃・実包の不法所持を包括一罪として起訴 → 証拠調べで、所持の途中にけん銃等をいったん相手に返していたと判明 → 原審はそのまま併合罪と認定):
  • …証拠調べの結果、単に事実に対する法的評価の範囲を超えて訴因事実そのものに変動が生じ、そのため数個の併合罪と認定するのが相当であると判断されるにいたつたのであるから、原裁判所としてはその段階で検察官に釈明を求めて、所持に中断があつたことのもつ意味や罪数の関係等について検察官の主張を明確にし、場合により罪数補正を伴う訴因変更手続をうながすなどして、もつて被告人・弁護人にそれに対応する防禦の機会を与えるべき訴訟法上の義務があるものというべきである。
  • 原審はこの手続を経ずに判決した → 訴訟手続の法令違反()で破棄・差戻し。

同じ店で3か月にわたり毎月商品を横流しした、という1個の業務上横領(包括一罪)で起訴。別表に各回の日時・品目・金額が書いてあり、裁判所は3つの横領(併合罪)と評価した → 認定する事実は別表どおり=評価だけが変わった → 訴因変更は要らない。これに対し、途中で所持が途切れていたという新しい事実が出たけん銃の例では、事実が動いている → 求釈明などで防御の機会を与える。

×にされやすい形
  • 「事実関係に変動がなく罪数の評価だけが変わる場合でも、訴因変更の手続を経なければならない」
  • 「事実の変動に伴い罪数が変わる場合に、求釈明で防御の機会を与える義務があるとしたのは最高裁判例である」(高裁の裁判例)

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#84単独ページ動画

訴訟条件と3つの出口

問い:訴訟条件が欠けたとき、裁判所はどの出口(管轄違い・公訴棄却・免訴)で手続を終えるか。どれなら起訴し直せるか。欠けているかどうかは何を基準に見るか。

骨組み

  1. 1訴訟条件:有罪・無罪(実体裁判)の判断に入る前の条件。欠ければ中身に入らず形式裁判で打ち切り。出口は3つ=管轄違い・公訴棄却(判決/決定)・免訴。無罪は実体裁判
  2. 2管轄違い():管轄の無い裁判所への起訴 → 判決で管轄違い
  3. 3公訴棄却の判決():1号 裁判権なし(外交官など)/2号 違反の再起訴/3号 同一裁判所への二重起訴/4号 手続違反で無効=包括的条項(告訴なしの親告罪など)
  4. 4公訴棄却の決定():1号 謄本が2か月以内に届かない/2号 記載事実が真実でも罪とならない/3号 公訴の取消し/4号 被告人の死亡・法人の不存続/5号 数個の裁判所への二重起訴。即時抗告できる(2項)
  5. 5判決か決定か(解説書):欠如が比較的重大で一見して明らかでない → 判決=口頭弁論が要る/容易に発見できる → 決定=口頭弁論は要らない
  6. 6免訴(・判決):確定判決・刑の廃止・大赦・時効完成の4つだけ(包括的条項は無い)。条文に無い打ち切り=高田事件(最大判昭47・12・20)
  7. 7起訴し直せるか:管轄違い・公訴棄却=できる(公訴取消し後は新たに重要な証拠が要る=)/免訴=できない
  8. 8何を基準に見るか:裁判所の心証ではなく、審判の対象である訴因(通説とされる・講義解説。判例の判示ではない)
  9. 9告訴の追完:告訴なしで親告罪を起訴 → 後から告訴を得ても原則として足りない(公訴棄却)。被告人の同意があれば認めてよい、は解説書の著者の見解
  10. 10訴因を入れ替えた場合(最決昭29・9・8):訴因が条件を欠くだけで訴因変更を絶対に許さない理由は無い → 親族相盗の特例の当たらない新しい訴因事実の部分は、起訴がもともと有効(後から治ったのではない)

色の札は出どころ:条文 判例 学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。恩赦法・少年法・道路交通法の条文は文字のまま。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。最高裁=判例・地裁=裁判例。

流れで覚える。門(1)→ 出口を条文ごとに(2=管轄違い・3と4=公訴棄却・6=免訴)→ 判決と決定の分かれ目(5)→ 出口のあと起訴し直せるか(7)→ 欠けているかの物差し(8)→ 欠けていた条件を後から何とかできるか(9=告訴の追完・10=訴因の入れ替え)。

出口条文裁判の形口頭弁論起訴し直せるか
管轄違い判決要るできる
公訴棄却判決要るできる
公訴棄却決定(即時抗告できる)要らないできる(取消しの後は)
免訴判決要るできない
訴訟条件が欠けている管轄の無い裁判所への起訴か管轄違いの判決329条はいいいえ337条の4事由か確定判決・刑の廃止・大赦・時効完成免訴の判決起訴し直せないはいいいえ339条1項の5事由か謄本不送達・罪とならない記載・取消し・死亡等・数個の裁判所公訴棄却の決定339条1項はいいいえ公訴棄却の判決338条(4号は手続違反の受け皿)
条文の振り分けを上から並べたもの。338条4号は包括的条項(解説書)なので最後に置いた。条文に無い打ち切り(高田事件)はこの図の外(6)。

1訴訟条件と3つの出口学説

  • 解説書:訴訟条件=公訴を提起して公判を維持するための条件。欠ければ有罪・無罪を判断せず、形式的に打ち切る → だから欠けていれば検察官は不起訴にすべき。
  • 講義解説:訴訟条件=実体審理・実体判決の適法要件。欠ければ打ち切り、揃っていれば審理を続ける。
  • 実体裁判=有罪・無罪(無罪も中身を判断した結果=実体裁判)。形式裁判=中身を判断せずに打ち切る裁判=管轄違い・公訴棄却・免訴。
  • 「公訴棄却」は「棄却」の語でも、民事でいう却下に当たる門前払い(講義解説)。
  • 条文に無いのに打ち切るべきとされる場合を、講義解説は非類型的訴訟条件と呼ぶ(迅速な裁判の違反=6)。解説書はこの呼び名を使わない。
×にされやすい形
  • 「無罪判決は、有罪の判断に入らない形式裁判である」(無罪は実体裁判)

2管轄違い()条文

  • 本文:被告事件が裁判所の管轄に属しないときは、判決で管轄違の言渡をしなければならない。
  • 民事訴訟のような移送はしない。管轄のある裁判所に起訴し直すことは禁じられない(解説書)。
  • 例外(条文):付審判決定で地裁の審判に付された事件は管轄違いにできない(但書)/高裁の特別権限の事件として起訴されたが下級の裁判所の管轄と認めるとき=決定で管轄裁判所に移送()/土地管轄は被告人の申立てがなければ管轄違いにできず()、申立ては証拠調べを開始した後はできない()。

3公訴棄却の判決()条文

  • 1号 被告人に対して裁判権を有しないとき:外国の元首・外交官、天皇には刑事裁判権が及ばない(解説書)→ 起訴されれば公訴棄却の判決(免訴ではない)。
  • 2号 の規定に違反して公訴が提起されたとき:公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定した後は、あらたに重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる()→ 新証拠が無いのに再起訴すれば2号。新証拠があるかは口頭弁論のうえで判断する(解説書)。
  • 3号 公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき:棄却されるのは後の起訴。「同一の事件」かは公訴事実の同一性で判断(解説書)。
  • 4号 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき=包括的条項(解説書)。解説書の例:訴因の特定()・予断排除の違反/親告罪で告訴が無い(告訴=被害者などが捜査機関に犯罪事実を申告して処罰を求めること。親告罪=告訴がなければ公訴を提起できない罪。例:器物損壊・名誉毀損)/少年事件で家庭裁判所からの逆送が無い/交通反則者への告知・通告が無い。
  • 予断排除:起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない()。

在日大使館の外交官(公使)が起訴された → 1号の公訴棄却の判決。器物損壊(親告罪)を告訴なしで起訴した → 4号の公訴棄却の判決。どちらも免訴ではない。

出題公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたときは、公訴を棄却しなければならない(○)

出題在日外国大使館の公使が起訴されたら、裁判権が無いので免訴を言い渡す(×)

出題告訴を欠く(告訴が取り消された後の)起訴には、免訴を言い渡す(×)(強姦・強制わいせつは出題当時は親告罪)

出題家庭裁判所の刑事処分相当の決定を経ないで少年の事件を起訴したら、免訴を言い渡す(×)

出題家裁に送致されず成人として起訴された後、18歳と判明した被告人は、決定で家庭裁判所に移送しなければならない(×)

出題公訴取消しによる公訴棄却決定の確定後、新たに重要な証拠が無いのに同一事実を起訴したら、免訴を言い渡す(×)

×にされやすい形
  • 「告訴を欠く起訴・裁判権の無い者の起訴・逆送を経ない少年の起訴には、免訴を言い渡す」(どれもの公訴棄却の判決=1号・4号)
  • 「に違反する再起訴は免訴」(2号の公訴棄却の判決)
  • 「が禁じるのは、事件と関係のない書類の添付」(禁じるのは予断を生じさせるおそれのある書類その他の物の添付・内容の引用)

4公訴棄却の決定()条文判例

  • 1号 により公訴の提起が効力を失ったとき:起訴状の謄本を送達するのは裁判所()。公訴の提起があった日から2箇月以内に送達されないときは、公訴の提起はさかのぼって効力を失う。
  • 2号 起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。被告事件が罪とならないとき・犯罪の証明がないとき=判決で無罪()とは別。
  • 分かれ目:2号=起訴状の記載そのものが、全部本当でも罪にならない(下の後写鏡の例)/=審理して、認められる事実が罪とならない・証明が無い。
  • 本件公訴事実として起訴状に記載されている、被告人が後写鏡の装置のない第二種原動機付自転車を運転したということは、道路交通法六二条に違反するものではなく、同一一九条一項五号に該当せず、何ら罪とならないこと明らかであり、水戸簡易裁判所は刑訴三三九条二号により本件公訴を棄却すべきであつたといわねばならない。
  • ↑最判昭37・6・14(非常上告):原付の保安基準には後写鏡の定めが無いのに、後写鏡なしの運転で罰金の略式命令が確定 → 略式命令を破棄し、公訴棄却。
  • 3号 公訴が取り消されたとき(=検察官は第一審の判決があるまで公訴を取り消せる):取り消しただけでは終わらず、棄却の決定が要る(解説書)。
  • 4号 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなったとき=起訴の後の死亡。起訴の前に死亡していれば謄本が届かず1号で棄却(解説書)。
  • 5号 ・により審判してはならないとき=同一事件が数個の裁判所に係属:事物管轄が違えば上級が審判し下級が棄却/同じなら最初に公訴を受けた裁判所が審判し後の裁判所が棄却。
  • 決定に対しては即時抗告ができる()。
同じ事件の二重起訴出口棄却されるのは
同一裁判所に重ねて3号=判決後の起訴
数個の裁判所に5号=決定事物管轄が違う=下級/同じ=後に公訴を受けた裁判所

同じ傷害事件を地裁と簡裁に1件ずつ起訴 → 上級の地裁が審判し、簡裁が5号の決定で棄却。

出題公訴を提起したときは、検察官が遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない(×)

出題法人税法違反で起訴された法人が公判中に合併で解散したら、決定で公訴を棄却する(○)

出題公判係属中に被告人が死亡したときは、免訴を言い渡す(×)

出題犯罪の証明がないときは判決で無罪、被告事件が罪とならないときは判決で公訴棄却(×)

×にされやすい形
  • 「被告人が死亡したら免訴」(死亡・法人の不存続は4号の公訴棄却の決定)
  • 「3号(公訴の取消し)は、数個の裁判所に起訴した場合」(数個の裁判所は5号。3号は公訴の取消し)
  • 「数個の裁判所に起訴されたら、どちらの起訴も棄却される」(審判する裁判所は残る)

5判決か決定か——口頭弁論の要否学説条文

  • 判決は、特別の定のある場合を除いて口頭弁論に基いてしなければならない()。決定は口頭弁論に基いてすることを要しない()。
  • 解説書:の事由=欠如が比較的重大で一見して明らかでない → 口頭弁論が必要 → 判決。の事由=欠如を容易に発見でき、調査の資料も容易に入る → 口頭弁論は不要 → 決定。
  • 免訴も判決=口頭弁論を要する(解説書)。
  • 同じ二重起訴でも、同一裁判所=判決(3号)、数個の裁判所=決定(5号)に分かれる=重さの説明だけでは決まらず、条文の振り分けで覚える(4の表)。

出題決定で公訴を棄却する場合、口頭弁論に基づく必要はない(○)

×にされやすい形
  • 「公訴棄却は、判決・決定のどちらでも口頭弁論を経なければならない」(決定は要しない)

6免訴()と条文に無い打ち切り条文判例

  • :判決で免訴の言渡をしなければならない。1号 確定判決を経たとき(一事不再理)/2号 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき/3号 大赦があったとき/4号 時効が完成したとき。
  • 大赦:まだ有罪の言渡を受けない者については、公訴権は消滅する(恩赦法3条2号)。有罪の言渡を受けた者については、その言渡が効力を失う(同1号)。
  • 免訴には4号のような包括的条項は無い(解説書)。講義解説:免訴=公訴権の消滅を理由とする打ち切り。
  • 刑の廃止(2号)は、行為の時は罪だったのが後の法令で罰則が無くなった場合。行為の時から罪とならない記載なら2号の公訴棄却(4の最判昭37)。

殺人で無罪が確定した後、有罪を立証できる新証拠が見つかり同じ事実で起訴した → 1号で免訴(有罪にはできない)。

出題無罪判決の確定後、新たな証拠が見つかり同一事実で再度起訴したときは、免訴を言い渡す(○)

出題起訴より前に公訴時効が完成していたと判明したときは、免訴を言い渡す(○)

出題起訴の時点で時効が完成していたら、決定で公訴を棄却する(×)(25年は出題当時の時効期間。今は殺人など死刑に当たる人を死亡させた罪に公訴時効は無い=・のどちらにも当たらない)

条文に無い打ち切り:高田事件(最大判昭47・12・20)

  • 事案:第一審(名古屋地裁)で、検察官の立証段階のまま15年余り審理が事実上中断(当初は弁護人側が別の事件との併合を望んだことによる)。
  • 審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。
  • 刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。
  • ↑「趣旨の規定」は。打ち切りは「憲法上要請される」とも述べる(許してよい、より強い)。
  • 経過:第一審=公訴時効が完成した場合に準じ4号で免訴 → 原審(控訴審)=救済の規定が無いとして破棄・差戻し → 最高裁=原判決を破棄し、差し戻さずに自ら判断()。第一審の免訴は結論において正当として検察官の控訴を棄却。4号に準じるという理屈は第一審のもの。
×にされやすい形
  • 「時効が完成していたら、決定で公訴を棄却する」(免訴の判決)
  • 「免訴にも4号のような包括的条項がある」(4つの事由だけ)
  • 「最高裁は、遅延を4号に当てはめて免訴とした」(よるべき明文の規定は無いとした。4号に準じたのは第一審)

7起訴し直せるか条文学説

  • 管轄違い・公訴棄却(判決・決定とも):再起訴は禁じられない=欠けていた条件を備えればやり直せる(解説書)。公訴棄却の判決には一事不再理効が無い(解説書)。
  • 例外の形:公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定した後は、あらたに重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる()=新証拠があればできる。
  • 免訴:再訴は禁じられる(解説書)。講義解説は免訴を公訴権の消滅を理由とする打ち切りと説明する(6)。
  • 公訴の提起で止まっていた時効は、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時から再び進む()。

起訴状の謄本が2か月届かず公訴棄却の決定が確定 → 起訴し直して謄本を届ければ足りる。告訴なしの器物損壊が公訴棄却で確定 → その後に告訴を得れば同じ事実で起訴し直せる。

出題謄本が2か月以内に送達されず公訴棄却の裁判が確定しても、検察官は同一事件を更に起訴できる(○)

出題告訴なしで起訴された器物損壊が公訴棄却で確定したら、その後に告訴を得ても同一事実で再度起訴できない(×)

出題公訴取消しによる公訴棄却決定の確定後は、新たに重要な証拠を発見しても同一事件を更に起訴できない(×)

×にされやすい形
  • 「公訴棄却の判決が確定したら、欠けていた条件を備えても再起訴できない」(再起訴できないのは免訴)
  • 「公訴の取消しの後は、どんな場合も再起訴できない」(新たに重要な証拠を発見すればできる)

8何を基準に見るか——訴因基準学説

  • 用語:訴因=検察官が起訴状に明示する、処罰を求める具体的な事実()。変えるのも検察官(請求して裁判所の許可を得る)。心証=裁判所が審理で証拠から得ている事実の見立て。
  • 講義解説:訴訟条件を具備しているかは、裁判所の実体審理の対象である訴因を基準に判断する=通説とする。理由=訴訟条件は実体的な審判の要件で、審判の対象は訴因だから。
  • 解説書は「通説」の語を使わず、東京地判昭58・9・30(訴因変更で初めて親告罪として審判すべき事態に至った事件)の説示から、訴因を基準に判断すべきことを明らかにしたものと「読める」とする。判例が訴因基準と判示したのではない。
  • 講義解説の例:訴因は脅迫(親告罪でない)・裁判所の心証は名誉毀損(親告罪=)・告訴なし。
訴因=脅迫・心証=名誉毀損・告訴なしこの時点で
心証を基準告訴の無い名誉毀損として直ちに公訴棄却
訴因を基準脅迫に告訴は要らない → 訴訟条件はあり、実体審理を続ける
訴因=脅迫・心証=名誉毀損・告訴なし名誉毀損の訴因に変えるか裁判所は求釈明などで変更を促す脅迫につき無罪いいえはい変更の時点で告訴があるか公訴棄却338条4号いいえはい名誉毀損で実体裁判
講義解説の説明を並べたもの(訴因基準のもとでの流れ)。訴因を変えるかを決めるのは検察官。

同じ「訴因か心証か」の対立は、訴訟条件の1つである管轄でも出題されている(傷害致死で地裁に起訴→心証は過失致死。過失致死の管轄は簡裁だけ)。

傷害致死で地裁に起訴→心証は過失致死(簡裁のみ)訴因変更なし過失致死へ変更
見解Ⅰ:訴因・罪名・罰条で管轄を判断無罪管轄違い
見解Ⅱ:心証の事実で管轄を判断管轄違い管轄違い

見解Ⅰで訴因変更なしなら、傷害致死につき無罪(記述ア=正しい)。過失致死に変更すれば、地裁に管轄の無い罪が審判の対象になるので管轄違い(記述ウ=正しい)。

出題Ⅰ(訴因基準)で訴因変更なしなら傷害致死につき無罪、Ⅰで過失致死への変更を許可したら管轄違い、Ⅱ(心証基準)で変更なしなら管轄違い(○)

出題Ⅰで訴因変更なしなら管轄違い、Ⅱで過失致死への変更を許可したら過失致死につき有罪、Ⅱで変更なしなら傷害致死につき無罪(×)

×にされやすい形
  • 「訴因を基準にする見解では、心証が親告罪になって告訴が無ければ、訴因を変えなくても直ちに公訴棄却」(それは心証基準。訴因基準なら審理を続ける)
  • 「判例は、訴訟条件は訴因を基準に判断すると判示している」(通説とするのは講義解説、裁判例から「読める」とするのが解説書)

9告訴の追完学説

  • 場面:親告罪なのに告訴が無いまま起訴し、後から告訴を得た。
  • 解説書:起訴の時に有効な告訴が無ければ、原則は公訴棄却の判決。
  • 追完を認めたくなる理由:公訴棄却の判決には一事不再理効が無く再起訴できるので、訴訟経済からは手続を続けてもよいようにも思える。
  • それでも原則どおりにする理由:①起訴後に示談成立などがあれば、再起訴されるとは限らない(公訴棄却で終われば、そのまま終わる余地がある) ②被告人が公訴棄却の判決を望んでいるのに、追完を待って続けさせるのは公正とは言いがたい。
  • そこで:被告人の同意が得られるなら追完を認めても差し支えない/同意しないなら公訴棄却の判決、と著者は考える(「考えられる」「であろう」の形)。
  • 「後から埋めても原則足りない」は告訴の追完の話。訴訟条件一般にしない(土地管轄は被告人が証拠調べ開始前に申し立てなければ管轄違いにならない=/訴因を入れ替えた場合は10)。
原則例外(解説書の著者の見解)
起訴の時に告訴が無ければ、後から得ても足りない → 公訴棄却被告人が同意するなら追完を認めてよい
×にされやすい形
  • 「判例は、被告人の同意があれば告訴の追完を認める」(同意で分けるのは解説書の著者の見解)
  • 「欠けていた訴訟条件は、どれも後から補っても原則として足りない」(解説書がそう言うのは告訴の追完)

10訴因を入れ替えた場合(最決昭29・9・8)判例条文

  • 形式:第二小法廷の決定(上告棄却)。判断は「なお」で始まる括弧書きの中。
  • 前提(親族相盗の特例):決定当時の「244条1項後段」は今の。今の条文:配偶者・直系血族・同居の親族との間の窃盗等は刑を免除()/それ以外の親族との間は告訴がなければ公訴を提起できない(2項)/親族でない共犯には適用しない()。
  • 経過:窃盗の訴因で起訴 → 審理の過程で、訴因事実が親族相盗の特例で親告罪に当たると明らかに(告訴なし)→ 訴因事実の一部について訴因変更 → 特例の適用の無い新しい訴因事実を認定。
  • 本件公訴にかかる窃盗の事実が、刑法二四四条一項後段の親告罪であるか否かは、最終的には、裁判所により事実審理の結果をまつて、判定さるべきものであり、必ずしも起訴状記載の訴因に拘束されるものではない。
  • かように訴因について訴訟条件を欠くことが明らかとなつたときは、裁判所は、もはや、この訴因について実体的訴訟関係を進展させることを得ないから、訴訟条件の欠缺が治癒または補正されない以上、その起訴手続は不適法、無効なものとして、公訴棄却の形式的裁判を以つて、その訴訟手続を終結せざるを得ないことはいうまでもない
  • 本来の訴因が右の如く訴訟条件を欠くからといつて、現行法上、それだけで訴因の変更、追加を絶対に許さないとする理由は何ら存しない
  • 本件においては、本来の訴因事実の一部について、訴因変更の手続が適法になされているのであつて、刑法二四四条の適用のない新しい訴因事実が裁判所により認定され、確定されたのであるから、その部分に関する限り本件被告事件は、本来、親告罪でなかつた訳であり、従つてこの点に関する本件起訴手続は、告訴がなくても、もともと、有効であつて無効でなかつたことに帰するのである。
  • 結論の理屈:欠けていたものを後から埋めたのではなく、認定された部分はもともと親告罪でなかった → 起訴は初めから有効。ただし一般論として「治癒または補正されない以上」公訴棄却と述べ、補正の余地は前提にしている。
  • 告訴の追完(9)との違い:追完は親告罪の訴因のまま後から告訴を得る場面(原則足りない)。この決定は、訴因を変えて認定された部分がそもそも告訴の要らない罪だった場面。
  • 決定は、条件を欠くことが訴因変更を「絶対に許さない」理由にならない、と言うまで(変更をいつでも許すと言ったのではない)。
  • 訴因基準説とのつながり:変更後の訴因(特例の適用の無い窃盗)を基準にすれば告訴は要らない。ただ決定は冒頭で、親告罪かは事実審理の結果で判定し訴因に拘束されないとも述べる=この決定が訴因基準説を採ったとは言えない(教材に無い、決定の文言からの読み)。

同居の兄の財布を盗んだ → 刑の免除(親告罪ではない)。同居していない叔父の財布 → 告訴がなければ起訴できない。

告訴の追完(9)訴因の入れ替え(10)
起訴の時親告罪の訴因・告訴なし窃盗の訴因(審理で親族相盗の特例に当たると判明)・告訴なし
その後告訴を得る特例の適用の無い訴因事実へ変更・認定
結論原則足りない → 公訴棄却その部分の起訴はもともと有効
×にされやすい形
  • 「親族との間の窃盗は、告訴がなければ公訴を提起できない」(配偶者・直系血族・同居の親族は刑の免除。告訴が要るのはそれ以外の親族)
  • 「訴因が訴訟条件を欠くと分かった以上、訴因変更は許されず、公訴棄却しかない」(それだけで変更を絶対に許さない理由は無い)
  • 「最決昭29・9・8は、欠けていた告訴が後から埋まって起訴が有効になったとした」(理屈は、認定された部分はもともと親告罪でなかった=起訴は初めから有効。一般論としては「治癒または補正」の余地を前提にしている)

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#85単独ページ動画

公訴時効の起算点と停止

問い:公訴時効は何年で完成し、いつから数え始め、何があれば止まるか。

骨組み

  1. 1公訴時効とは():一定期間の経過で公訴権を消滅させる → 完成後に起訴しても免訴(有罪・無罪を判断しない)/刑の時効=有罪確定後に刑の執行権を消す
  2. 2趣旨の見解(解説書):実体法説(可罰性の消滅)・訴訟法説(証拠の散逸)・新訴訟法説(訴追されていない事実状態の尊重)・立法政策(負担の軽減)→ 総合したものが趣旨/批判(講義解説):実体法説→なぜ無罪でなく免訴か、訴訟法説→期間が法定刑で決まる/過去問で○の批判:証拠の散逸の見解→犯人が国外にいると停止することを説明できない
  3. 3期間(1項・2項・):人を死亡させた罪で拘禁刑に当たる → 1項(30・20・10年)/それ以外 → 2項(死刑25年〜拘留・科料1年)/人を死亡させた罪で死刑に当たる → どちらにも入らず時効なし(刑の重さはで最も重い刑)
  4. 4性犯罪の特則(・):3項の罪は2項に代えて20・15・12年/被害者が犯罪行為の終了時に18歳未満なら、18歳に達する日までの期間を加算
  5. 5時効廃止の遡及と(最判平27・12・3):趣旨=「処罰の必要性と法的安定性の調和」(学説名には触れない)/施行の際未完成の罪に新法を適用しても、①行為時点の違法性の評価・責任の重さを遡って変更しない ②既に生じた法律上の地位を著しく不安定にしない → ・に違反しない
  6. 6起算点(・最決昭63・2・29・):犯罪行為が終わった時から=「犯罪行為」は結果を含む(結果犯は結果発生時から)/共犯は最終の行為が終わった時から全員/時効期間は初日を1日と数え、末日が休日でも延びない
  7. 7一体として観察(最判昭41・4・21・最決昭63・2・29):観念的競合は各別に論ぜず一体として観察し、最も重い罪の刑の時効期間による/各罪の時効完成も全部を一体として見る(最後の結果から数えて未完成なら全体が未完成)/牽連犯:解説書は科刑上一罪一般として一体に説明・講義解説はケースバイケース(判旨は観念的競合だけ)
  8. 8起訴で止まる(・最決平18・11・20):公訴の提起で停止(逮捕では止まらない)/管轄違い・公訴棄却の裁判の確定で再び進行/範囲=公訴事実の同一性の範囲(通説)/同一性の外でも訴因変更請求書の提出時に準じて停止
  9. 9共犯():1人への起訴で他の共犯も停止 → その事件の裁判が確定した時から再び進行
  10. 10効力を失う起訴・不備のある起訴(最決昭55・5・12・最決昭56・7・14):謄本不送達で公訴棄却()でも停止 → 棄却決定の確定から再び進行/訴因不特定でも、特定の事実について訴追意思を表明したと認められるときは、その事実と公訴事実を同一にする範囲で停止
  11. 11国外・逃げ隠れ(・最判昭37・9・18・最決平21・10・20):国外=送達不能を要件としない・捜査官が知らなくても停止・一時的な海外渡航でも停止/逃げ隠れ=そのため送達・告知が有効にできなかったことが要件

色の札は出どころ:条文 判例 解説書・学説。条文番号は押すと条文、丸い札(出題)は押すと過去問の肢と正答が出ます。断りの無い条文番号は刑事訴訟法。「解説書」は基本刑事訴訟法、「講義解説」は講義用の解説。刑訴規則の条文は文字のまま。

流れで覚える。何が消えるか(1)→ なぜ消えるか(2)→ 何年か(3・4)と、延ばした法律を前の事件に使えるか(5)→ いつから数えるか(6・7)→ 何で止まるか:起訴(8・9・10)/国外・逃げ隠れ(11)。

1公訴時効とは()条文

  • 公訴時効=一定期間の経過によって公訴権を消滅させる制度(解説書)。
  • 完成後に公訴を提起すると、裁判所は免訴の判決をする(「時効が完成したとき」)。有罪・無罪を判断しない形式裁判。
  • 完成したかは公訴提起の時点で見る:起訴されれば時効は止まる(=8)ので、起訴の後に期間が過ぎても完成しない。
公訴時効刑の時効(以下)
消えるもの公訴権(起訴する権利)刑の執行権
いつの話か起訴の前(起訴で止まる)有罪の判決が確定した後
完成すると起訴しても免訴執行の免除
×にされやすい形
  • 「公訴時効が完成した後に起訴された場合、裁判所は無罪の判決をする」(免訴)
  • 「起訴の後、判決が確定するまでに公訴時効期間が経過すれば、免訴となる」(起訴で停止している)

2趣旨の見解と批判解説書・学説

  • 解説書:時間の経過によって ①犯罪行為の可罰性が消滅する(実体法説) ②証拠が散逸して公正な審理が困難になる(訴訟法説) ③一定期間訴追されていないという事実状態を尊重して国家の訴追権を抑制する(新訴訟法説) ④捜査機関や裁判所の負担を軽減する立法政策上の理由 → 「これらを総合したもの」が趣旨と考えられている。
  • 講義解説:実体法説・訴訟法説・競合説(実体法説と訴訟法説の2つを組み合わせた説)・新訴訟法説を挙げ、決定打となる説はないとする。
  • 講義解説の批判:実体法説 → 可罰性がなくなるなら、判決は免訴ではなく無罪であるべきではないか/訴訟法説 → 証拠がなくなる速さは事件によるのに、時効期間は法定刑で決まっている/競合説 → 2つの批判の両方を受ける。
  • 判例(最判平27・12・3=5)は趣旨を「処罰の必要性と法的安定性の調和」と述べたが、学説名には触れていない=どの説を採ったとは言えない。
過去問の見解当たる批判(○)当たらない批判(×)
Ⅰ 可罰性が消滅する(実体法説)判決が免訴という形式裁判であることを説明できない(可罰性が無くなるなら無罪のはず=講義解説)刑の軽重で時効期間が異なることを説明できない
Ⅱ 証拠が散逸する(訴訟法説)犯人が国外にいると時効が停止することを説明できない延長した期間を、特別の定めなく既に行われた犯罪に適用できない
Ⅲ 長く訴追されなかった被告人の法的地位の安定法的地位の安定は正当な利益・権利でなく、時効制度の反射的利益にすぎない—

表の○×は過去問(予備H25-19・司法H25-28=同じ問題・正答はア・エが誤り)の正答による。講義解説は「時効期間が法定刑で決まる」ことを、Ⅰではなく訴訟法説への批判に置いている。

×にされやすい形
  • 「実体法説に対しては、刑の軽重により公訴時効の期間が異なることを説明できないとの批判がある」
  • 「訴訟法説に対しては、法改正で延長した時効期間を、既に行われた犯罪に適用できないとの批判がある」(Ⅱの見解への批判としては誤り=予備H25-19-エ・司法H25-28-エ の正答)
  • 「最判平27・12・3 は訴訟法説を採った」(判決は学説に触れていない)

出題Ⅰ(可罰性の消滅)の見解には、刑の軽重により公訴時効が異なることを説明できないとの批判がある(×)

出題Ⅰ(可罰性の消滅)の見解には、刑の軽重により公訴時効が異なることを説明できないとの批判がある(×)

出題Ⅰの見解には、時効完成後の起訴に対する判決が免訴という形式裁判であることを説明できないとの批判がある(○)

出題Ⅰの見解には、時効完成後の起訴に対する判決が免訴という形式裁判であることを説明できないとの批判がある(○)

出題Ⅱ(証拠の散逸)の見解には、犯人が国外にいる場合に時効が停止することを説明できないとの批判がある(○)

出題Ⅱ(証拠の散逸)の見解には、犯人が国外にいる場合に時効が停止することを説明できないとの批判がある(○)

出題Ⅱの見解には、法改正で時効期間が延長されても、特別の定めが無ければ既に行われた犯罪に新法を適用できないとの批判がある(×)

出題Ⅱの見解には、法改正で時効期間が延長されても、特別の定めが無ければ既に行われた犯罪に新法を適用できないとの批判がある(×)

出題Ⅲ(被告人の法的地位の安定)の見解には、法的地位の安定は正当な利益・権利でなく時効制度による反射的利益にすぎないとの批判がある(○)

出題Ⅲ(被告人の法的地位の安定)の見解には、法的地位の安定は正当な利益・権利でなく時効制度による反射的利益にすぎないとの批判がある(○)

3期間(・・)条文

  • 期間は罪の法定刑で決まる。「長期」=法定刑の上限(講義解説の例は「懲役10年以下の罪なら懲役10年」。今の法定刑の言い方では、10年以下の拘禁刑なら長期10年)。刑を併科し、または複数の刑から1つを科す罪は、重い刑に従ってを当てる()。
  • 1項=人を死亡させた罪であつて拘禁刑に当たるもの:無期拘禁刑=30年(1号)/長期20年の拘禁刑=20年(2号)/それ以外=10年(3号)。
  • 2項=人を死亡させた罪であつて拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪:死刑=25年(1号)/無期拘禁刑=15年(2号)/長期15年以上=10年(3号)/長期15年未満=7年(4号)/長期10年未満=5年(5号)/長期5年未満の拘禁刑又は罰金=3年(6号)/拘留又は科料=1年(7号)。
  • 4号〜6号は「未満」が重なって見えるが、解説書の表の例は、窃盗(=長期10年)=7年/横領(=長期5年)=5年/住居侵入(長期3年)=3年 → 長期がより短い号に当たれば、その号の期間になる。
  • 人を死亡させた罪で死刑に当たる罪は、1項(拘禁刑に当たるもの)にも2項(拘禁刑以上の刑に当たるもの以外)にも入らない → 期間の定めが無い=時効なし。平成22年改正で導入(背景=被害者・遺族の見直しを求める声の高まり、DNA型情報など科学捜査の進歩(解説書))。
  • 殺人(=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)は拘禁刑も選べるが、で死刑を基準にする → 時効なし。強盗致死(=死刑又は無期拘禁刑)も同じ。
  • 解説書の期間表は「懲役・禁錮」の表記で3項・4項の無い版(拘禁刑への一本化・令和5年改正の前)=今の条文の文言で覚える。
罪の法定刑(251条:最も重い刑で見る)人を死亡させた罪で拘禁刑以上に当たるか死亡させても罰金だけの罪はいいえ死刑あり→時効なし拘禁刑→1項 30・20・10年はいいいえ3項の罪か不同意性交等・不同意わいせつ等3項 20・15・12年被害者18歳未満なら加算(4項)はいいいえ2項:死刑25年〜拘留・科料1年
どの項に入るかの判定。1段目の「はい」のうち、死刑に当たる罪は1項にも2項にも入らないので時効なし。死刑が無ければ1項。3項は「前項の規定にかかわらず」=2項の期間に代わる。
罪(今の法定刑)当てはまる所期間
殺人・強盗致死死亡+死刑なし
傷害致死(=3年以上の有期拘禁刑=長期20年())1項2号20年
業務上過失致死(=5年以下の拘禁刑又は罰金)1項3号10年
過失致死(=罰金だけ)死亡させたが拘禁刑以上に当たらない → 2項6号3年
殺人未遂()・現住建造物等放火()死亡させていない+死刑 → 2項1号25年
窃盗(=10年以下)2項4号(長期15年未満)7年
住居侵入(=3年以下の拘禁刑又は罰金)2項6号3年
侮辱(=1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)で拘禁刑を基準 → 2項6号3年

人を殺そうとして刺したが、一命を取り留めた(殺人未遂)。死刑もありうる罪だが、人を死亡させていないので2項1号=25年。刺された人が後に死亡すれば殺人=時効なし。

×にされやすい形
  • 「公訴時効の期間は、法定刑の軽重による差異が設けられていない」
  • 「殺人は拘禁刑も選べるので、1項の期間(30年)で時効が完成する」(で死刑を基準=時効なし)
  • 「人を死亡させた罪には、公訴時効が無い」(無いのは死刑に当たる罪だけ。傷害致死・保護責任者遺棄致死は完成する)
  • 「死刑に当たる罪には、公訴時効が無い」(人を死亡させていなければ2項1号の25年)
  • 「侮辱罪の公訴時効は1年」(1年は、令和4年改正で懲役・禁錮(今は拘禁刑)と罰金が加わる前の扱い。今は=1年以下の拘禁刑を含むので3年)

出題公訴時効が完成する期間は、刑訴法の規定上、法定刑の軽重による差異が設けられていない(×)

出題殺人は、一定の期間を経過すれば公訴時効が完成する(×)

出題強盗致死は、一定の期間を経過すれば公訴時効が完成する(×)

出題殺人未遂は、一定の期間を経過すれば公訴時効が完成する(○)

出題保護責任者遺棄致死は、一定の期間を経過すれば公訴時効が完成する(○)

出題傷害致死は、一定の期間を経過すれば公訴時効が完成する(○)

4性犯罪の特則(・)条文

  • 3項(令和5年改正)は「前項の規定にかかわらず」=2項の期間に代わる:1号=不同意わいせつ等致傷(の罪で人を負傷させたとき)・強盗・不同意性交等罪(=強盗と不同意性交等をともに犯したときの1つの罪)など=20年/2号=不同意性交等()・監護者性交等とその未遂=15年/3号=不同意わいせつ()・監護者わいせつとその未遂など=12年。
  • 4項:3項の罪で、被害者が犯罪行為が終わった時に18歳未満なら、その号の期間に、犯罪行為が終わった時から被害者が18歳に達する日までの期間を加算する。
  • 人を死亡させた場合(不同意性交等致死など)は3項ではなく1項(=無期又は6年以上 → 1項1号=30年)。

15歳になったその日に被害を受けた不同意性交等(長期20年)。2項なら3号の10年のはずが、3項2号で15年。さらに4項で、犯罪行為が終わった時から18歳に達する日までの期間(約3年)を足して、約18年。

×にされやすい形
  • 「不同意性交等罪の公訴時効は、2項3号により10年」(3項2号で15年)
  • 「被害者が18歳未満なら、18歳に達するまで時効は進行しない」(期間の進行を止めるのではなく、その期間に相当する期間を加算する)

5時効廃止の遡及と(最判平27・12・3)判例

  1. 平成9年4月13日:強盗殺人
  2. 行為が平成16年改正法の施行(平成17年1月1日)前なので、同法附則3条2項により改正前の250条が当てはまり、時効期間は15年(判決の理由)。平成16年改正は重大な罪の期間を延長した改正(解説書)
  3. 平成22年4月27日:時効を廃止した改正法の施行。その際15年はまだ経過していない → 改正法附則3条2項で改正後の250条1項を適用=時効の対象とならない罪
  4. 平成25年2月22日:行為から15年以上たって起訴 → 附則3条2項は遡及処罰の禁止()・適正手続()に違反すると主張
  • 公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。
  • 本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものであるから,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。
  • 結論:附則3条2項は・に違反せず、それらの趣旨に反するとも認められない(上告棄却)。
  • 理由は2本:①評価・責任を遡って変えない ②未完成の罪に限って適用するので、既に生じた地位を著しく不安定にしない。「懲役又は禁錮」は判決当時の刑名(今は拘禁刑)。
  • 施行の際に時効が既に完成していた事件は、改正後も起訴できない(新しい250条を当てるのは未完成の罪だけ)。
  • 平成22年改正は、死刑に当たる罪の時効廃止のほか、人を死亡させた罪で懲役・禁錮に当たるものの期間も延長した(判決)。
  • 解説書の説明:は、適法行為を事後に違法として処罰すること、事後に責任を加重して重く処罰することを禁じており、時効の廃止・延長はそのいずれにも当たらないと考えられた。
×にされやすい形
  • 「公訴時効を廃止した改正法を、施行前に行われた罪に適用することは、に違反する」
  • 「時効の廃止は、施行の際に既に時効が完成していた罪にも及ぶ」(未完成の罪に限る)
  • 「平27は、趣旨について訴訟法説を採ると述べた」(学説名には触れていない)

6起算点(・・最決昭63・2・29)条文判例

  • :時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。
  • 結果犯について、実行行為の終了時から進行するという見解(行為終了時説)もあるが、結果が発生して初めて処罰できるから結果の発生時から進行するのが通説(結果発生時説)(解説書)。例えば殺人なら、刺す行為が実行行為、被害者の死亡が結果(講義解説)。
  • 公訴時効の起算点に関する刑訴法二五三条一項にいう「犯罪行為」とは、刑法各本条所定の結果をも含む趣旨と解するのが相当であるから、Aを被害者とする業務上過失致死罪の公訴時効は、当該犯罪の終了時である同人死亡の時点から進行を開始するのであつて、出生時に同人を被害者とする業務上過失傷害罪が成立したか否か、そして、その後同罪の公訴時効期間が経過したか否かは、前記業務上過失致死罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、格別の意義を有しないものというべきである。
  • 事案(熊本水俣病):工場廃水のメチル水銀で汚染された魚介類を母親が摂食し、Aは出生前の胎児段階で脳の形成に異常を来した。昭和35年8月28日に出生し、12歳9か月の昭和48年6月10日に死亡。出生時に業務上過失傷害が成立し、その時効が過ぎていると争われた。
  • :共犯の場合は、最終の行為が終わった時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。
  • 数え方:期間は初日を算入しないのが原則だが、時効期間の初日は時間を論じないで1日として計算する(ただし書)。期間の末日が日曜日・土曜日・休日等に当たるときは期間に算入しない(=期間が延びる)のが原則だが、時効期間は例外で、末日が休日でも延びない(ただし書)。解説書は「被疑者の利益のため」とする。

工場の安全管理の手落ちで有毒ガスを吸った作業員が、長く療養した末に数年後に死亡した。業務上過失致死の時効は死亡の時から数える。受傷の時に業務上過失傷害が成立し、その時効期間が過ぎていても関係ない。

×にされやすい形
  • 「結果犯で実行行為の終了日と結果の発生日が異なるときは、実行行為の終了時から進行する」
  • 「受傷から死亡までの間に業務上過失傷害罪の時効期間が過ぎていれば、業務上過失致死罪の時効も完成する」
  • 「共犯の時効は、共犯者ごとに、その者の行為が終わった時から進行する」
  • 「時効期間の満了日が休日に当たるときは、期間に算入しない」(時効期間は休日も算入)

出題結果犯で実行行為の終了日と結果の発生日が異なるとき、公訴時効は実行行為の終了時から進行する(×)

出題業務上過失致死罪の公訴時効は、受傷から死亡までの間に業務上過失傷害罪の時効期間が経過したかにかかわらず、死亡の時点から進行する(○)

出題時効は犯罪行為が終わった時から進行し、共犯の場合は最終の行為が終わった時から、すべての共犯に対して起算する(○)

出題公訴時効期間の満了日が日曜日・土曜日・休日に当たるときは、これを期間に算入しない(×)

7一体として観察(最判昭41・4・21・最決昭63・2・29)判例

  • 科刑上一罪=数個の罪名に触れるが、その最も重い刑により処断するもの(=観念的競合と牽連犯)。最決昭63・2・29 は6の熊本水俣病と同じ決定。
  • 刑法五四条一項前段のいわゆる観念的競合は、一個の行為が数個の罪名に触れる場合に、科刑上一罪として取り扱うものであるから、公訴の時効期間算定については、各別に論ずることなく、これを一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間によるを相当とする。
  • 昭41は公職選挙法違反の事件で、事前運動の罪の時効は完成していないとした原判決を正当とした(括弧書きの判示)。
  • 判示の主語は観念的競合(前段=1個の行為が2個以上の罪名に触れる)。牽連犯(同項後段=犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れる)は数個の行為で、1個の行為ではない。
  • 解説書は「科刑上一罪を構成する各罪」の時効期間が異なる場合として説明し、最も重い罪の刑を基準に全体の期間を算定するとする。講義解説は、牽連犯は基本は観念的競合と同様に扱われるが、時間的な隔たりがある場合(文書を偽造して数年後に行使)は前の行為を個別に処理することがある(ケースバイケース)とする。
  1. 昭和33年9月初旬〜昭和35年6月末ころ:継続的な一個の過失行為(工場廃水の排出)
  2. 昭和34年7月〜12月:5名に死傷の結果(死亡4名・傷害1名)
  3. 昭和46年12月:1名死亡
  4. 昭和48年6月:A死亡(最後の結果)→ 昭和51年5月4日に起訴
考え方最初の5名の分
原審1つの罪の時効期間内に次の結果が出たときだけ一体に見る(時効的連鎖)。連鎖が無ければ分けて判定時効完成
最高裁観念的競合の各罪は全部を一体として観察 → Aの死亡時から起算して期間が過ぎていない以上、全体が未完成未完成(原審は法令の解釈適用を誤った)
  • 観念的競合の関係にある各罪の公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、その全部を一体として観察すべきものと解するのが相当であるから(…)、Aの死亡時から起算して業務上過失致死罪の公訴時効期間が経過していない以上、本件各業務上過失致死傷罪の全体について、その公訴時効はいまだ完成していないものというべきである。
  • ただし最初の5名の分は、第一審が免訴とし検察官が控訴しなかったので、原審の誤りは判決に影響しないとされた。

殺害の目的で人の住む家に放火し、家人を殺した。殺人と現住建造物等放火の観念的競合 → 最も重い殺人を基準にする → 時効は完成しない(解説書の設問)。放火だけなら2項1号の25年。

×にされやすい形
  • 「観念的競合の時効期間は、各罪ごとに別々に算定する」
  • 「牽連犯は、1個の行為が数個の罪名に触れる場合である」(数個の行為が手段・結果の関係にある場合)
  • 「昭41は、牽連犯を含む科刑上一罪一般について判示した」(判示は観念的競合について)

出題観念的競合の公訴時効期間は、各罪名を各別に論ぜず一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間による(○)

出題甲乙が1月5日夜にV方に侵入し、6日未明にVに暴行を加えて傷害を負わせた事例で、住居侵入罪の公訴時効は1月5日から進行する(×)

予備R4-20 の正答(ウ・オが正しい)から、この事例で住居侵入罪の時効を侵入の日(1月5日)から単独で数えることはしない、とまでが言える。問題文は住居侵入(5日夜)と傷害(6日未明)がどういう罪数の関係かを書いていないが、別々に数えない点でこの項目に置いた。住居侵入と傷害の起算点を判示した判例は、このページで確かめた判決の中には無い。

8起訴で止まる(・最決平18・11・20)条文判例

  • :時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。
  • 逮捕しただけでは止まらない=起訴が必要(講義解説)。逃亡して所在が分からない被疑者でも、公訴を提起できるなら、提起して時効を止められる(解説書の設問)。
  • 停止は一時ストップ(講義解説)。再び進行すれば、止まる前に進んだ期間に続けて数える(は「進行を停止し」と定める=止まる前の期間は消えない)。
  • 停止の趣旨:起訴によって検察官が訴追意思を表明したこと(講義解説)。判例は、の趣旨を「特定の罪となるべき事実に関する検察官の訴追意思が裁判所に明示されるのを重視した点」とする(最決昭56・7・14=10)。
  • 訴因=起訴状で、できる限り日時・場所・方法によって特定して示す罪となるべき事実()。訴因の変更は公訴事実の同一性を害しない限度でしか許されない()=同一性の外の事実は追起訴による(312条1項から。最決平18・11・20 は、本件の各行為は併合罪だから、訴因変更請求ではなく追起訴の手続によるべきであったとした)。
  • 止まる範囲(客観的範囲):起訴された事実だけでなく、それと公訴事実の同一性が認められる範囲の事実すべて(講義解説は通説とする。例:窃盗で起訴すれば、実は盗品等有償譲受けだった場合のその罪の時効も止まる=講義解説)。
  • 予備R4-20-イ の正答(×)から:住居侵入と傷害の事例で、甲乙を傷害の事実で起訴すれば、起訴していない住居侵入罪の時効も停止する。
  1. 出資法違反1件を起訴 → 反復すれば包括一罪との見解で、20件を追加する訴因変更請求書を出す
  2. 第1審が訴因変更を許可
  3. 第1審が「公訴事実の同一性が無い」として職権で許可を取り消す
  4. 検察官が排除された事実を改めて起訴 → その事実の時効が完成しているかが争点
  • 最高裁:個々の行為ごとに一罪が成立し併合罪=本来は訴因変更請求ではなく追起訴によるべきだった。
  • しかし,検察官において,訴因変更請求書を裁判所に提出することにより,その請求に係る特定の事実に対する訴追意思を表明したものとみられるから,その時点で刑訴法254条1項に準じて公訴時効の進行が停止すると解するのが相当である。
  • 停止の時点は請求書の提出時(許可の時ではない)。裁判所は、いったん許可した訴因変更を後に取り消した(請求が却下されたのではない)。
×にされやすい形
  • 「被疑者を逮捕すれば、公訴時効は停止する」
  • 「住居に侵入して傷害を負わせた事例で、傷害の事実だけで起訴すれば、住居侵入罪の時効は停止しない」
  • 「訴因変更の許可が取り消された以上、その請求による公訴時効の停止の効力は生じない」
  • 「公訴時効は、訴因変更を許可する決定の時点で停止する」(原審の考え。最高裁は請求書の提出時)

出題甲乙がV方に侵入してVに傷害を負わせた事例で、検察官が甲乙を傷害の事実で起訴した場合、住居侵入罪の公訴時効は停止しない(×)

出題A事実の起訴後、一罪と判断してB事実を追加する訴因変更請求→許可→審理で併合罪と判明し許可を取消し。この場合でも、B事実について訴因変更請求によって公訴時効の進行は停止する(○)

9共犯()条文

  • 前段:共犯の1人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。
  • 後段:この場合、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時から進行を始める(第一審判決の言渡し時ではない)。
  • 起算点(=最終の行為の時から全員)と停止(=1人への起訴で全員)で、どちらも共犯者をまとめて扱う。

共犯者Bだけを起訴した → 逃走中のAの時効も止まる。Bの裁判が確定すると、その時からAの時効が再び進む(解説書の設問)。

×にされやすい形
  • 「公訴は検察官の指定した被告人以外の者に効力を及ぼさないから、共犯の1人への起訴による時効の停止は、他の共犯に及ばない」(前半はのとおりだが、時効の停止はが他の共犯にも及ぼすと定めている)
  • 「共犯の1人への起訴で停止した他の共犯の時効は、第一審判決の言渡し時から進行を始める」(裁判の確定時)

出題共犯の1人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する(○)

出題共犯の1人への公訴の提起による時効の停止は他の共犯にも効力を有し、停止した時効はその事件の裁判が確定した時から進行を始める(○)

出題乙との共謀による住居侵入・傷害の事実で甲を起訴した場合、乙についても公訴時効が停止する(○)

出題公訴は検察官の指定した被告人以外の者に効力を及ぼさないから、共犯の1人への公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に効力を及ぼさない(×)

出題共犯の1人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有しない(×)

出題共犯者の1人への公訴の提起による時効の停止は他の共犯者にも効力を有し、停止した時効はその事件の第一審判決の言渡し時から進行を始める(×)

10効力を失う起訴・不備のある起訴(最決昭55・5・12・最決昭56・7・14)判例

  • 起訴から2か月以内に起訴状の謄本が送達されないと、公訴の提起はさかのぼって効力を失い()、決定で公訴を棄却する()。
  • 刑訴法二五四条一項の規定は、起訴状の謄本が同法二七一条二項所定の期間内に被告人に送達されなかつたため、同法三三九条一項一号の規定に従い決定で公訴が棄却される場合にも適用があり、公訴の提起により進行を停止していた公訴時効は、右公訴棄却決定の確定したときから再びその進行を始めると解するのが相当であり、これと同趣旨の原判断は相当である。
  • さかのぼって効力を失っても、「停止しなかったこと」にはならない。理由(講義解説):は「公訴棄却の裁判が確定した時」から再び進むと定め、棄却の理由を区別していない(昭55の決定自体は理由を述べていない)。棄却決定が確定すれば、同じ事件をもう一度起訴できる。
  • 刑訴法二五四条が、公訴時効の停止を検察官の公訴提起にかからしめている趣旨は、これによつて、特定の罪となるべき事実に関する検察官の訴追意思が裁判所に明示されるのを重視した点にあると解されるから、起訴状の公訴事実の記載に不備があつて、実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定していない場合であつても、それが特定の事実について検察官が訴追意思を表明したものと認められるときは、右事実と公訴事実を同一にする範囲において、公訴時効の進行を停止する効力を有すると解するのが相当である。
  • 「訴因が特定していない」=起訴状の記載では、日時・場所・方法などで罪となるべき事実が十分に特定されていない()。昭56は「実体審理を継続するのに十分な程度に」特定していない場合と言う。
  • 昭56の事案:旧起訴は「訴因が不特定」として公訴棄却の判決が確定。旧起訴状は、併合罪の関係に立つ2つの不実記載(表示登記=第一/保存登記=第二)のどちらとも取れる記載だった。
改めて起訴した事実旧起訴との関係旧起訴で停止したか
第一(表示登記の不実記載)日時・場所・方法・建物がすべて同一、所有名義を偽る点も共通、検察官が「保存登記」は「表示登記」の誤記と釈明し補正を申し立てた停止した(原審の判断を正当とした)
第二(保存登記の不実記載)第一と併合罪の関係に立つ別の事実。旧起訴は第一と同一性のある事実を起訴する趣旨と認められた停止しない(原審の判断)

起訴状の記載が2つの別の事実のどちらとも読める。日時・場所などが一方の事実とだけ一致し、検察官がそれを前提に釈明していれば、その一方の事実(と同一性のある範囲)についてだけ止まる。

×にされやすい形
  • 「起訴状謄本が所定の期間内に送達されず公訴が棄却された場合、公訴提起の効力が遡って失われるので、公訴時効は停止しなかったことになる」
  • 「訴因が特定されていない起訴は、どの事実についても常に公訴時効を停止させる」(特定の事実について訴追意思を表明したと認められるときは、その事実と同一性の範囲で)
  • 「訴因が特定されていない起訴には、公訴時効を停止させる効力は一切無い」

出題起訴状の謄本が起訴から2か月以内に送達されず公訴が棄却された場合、停止していた公訴時効は、公訴棄却の裁判が確定した時から再び進行を始める(○)

出題所定の期間内に起訴状の謄本が送達されず公訴が棄却された場合、公訴提起の効力が遡って失われるから、公訴時効は停止しなかったことになる(×)

11国外・逃げ隠れ(・最判昭37・9・18・最決平21・10・20)条文判例

  • :犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間、時効は進行を停止する。
  • 理由(解説書):国外=実際上わが国の捜査権が及ばない/逃げ隠れ=そういう者に時効の利益を与えるのは不合理。
  • 後段が働く場面(解説書の設問):逃亡して所在が分からない被疑者は、起訴すれば時効が止まるが、2か月以内に起訴状謄本が届かないと公訴棄却決定の確定から再び進む。逃げ隠れていて、そのために送達・告知ができないことを立証すれば、逃げ隠れている期間は止まる。
  • 証明():国外にいたこと・逃げ隠れのため送達等ができなかったことの証明に必要な事項は裁判所の規則で定める → 刑訴規則166条(検察官は公訴の提起後、速やかに証明資料を裁判所に差し出す。予断を生じさせるおそれのある書類は差し出せない)。
前段:国外にいる後段:逃げ隠れている
送達・告知ができなかったこと要件でない(昭37)要件(そのため有効にできなかった)
捜査官が犯罪・犯人を知っていたか問わない(昭37)—
止まる期間国外にいる期間(一時的な渡航でも=平21)逃げ隠れている期間
  • 同項前段の「犯人が国外にいる場合」は、同項後段の「犯人が逃げ隠れている」場合と異なり、公訴時効の進行停止につき、起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことを前提要件とするものでないことは、規定の明文上疑いを容れないところであり、また、犯人が国外にいる場合は、実際上わが国の捜査権がこれに及ばないことにかんがみると、犯人が国内において逃げ隠れている場合とは大いに事情を異にするのであつて、捜査官において犯罪の発生またはその犯人を知ると否とを問わず、犯人の国外にいる期間、公訴時効の進行を停止すると解することには、十分な合理的根拠があるというべきである。
  • 昭37は出入国管理令違反の事件。上告趣意を退けたうえで「なお」の括弧書きで述べた判断。
  • 犯人が国外にいる間は,それが一時的な海外渡航による場合であっても,刑訴法255条1項により公訴時効はその進行を停止すると解されるから,被告人につき公訴時効は完成しておらず
  • 平21の全文は短く、渡航の回数・期間は書かれていない。
犯人について時効が進むか犯人が国外にいるか捜査官が知らなくても・一時的な渡航でも(判例)その期間は停止送達不能は要件でないはいいいえ逃げ隠れて送達・告知が有効にできなかったかその期間は停止はいいいえ255条では止まらない起訴があれば254条で停止
255条の前段と後段。1段目の枠の色は、判例が条文の読み方を示した所。後段は、逃げ隠れていることに加えて、そのために送達・告知が有効にできなかったことが要る。

犯人が出張で数日ずつ何度も海外に出ていた。その日数の分だけ時効の完成は遅れる(一時的な渡航でも停止)。一方、国内で転居を繰り返していても、そのために起訴状の謄本の送達ができなかったのでなければ、逃げ隠れによる停止は無い。

×にされやすい形
  • 「捜査機関が犯罪の発生又は犯人を知らない場合には、犯人が国外にいるだけでは時効は停止しない」
  • 「犯人が国外にいる場合も、起訴状の謄本の送達ができなかったことが停止の要件である」
  • 「観光など一時的な海外渡航の期間は、時効の停止期間に含まれない」

出題甲乙が犯行後に海外に渡航していた場合、一時的な渡航であっても、その間、公訴時効は停止する(○)

出題犯人が国外にいる期間は時効が停止するが、捜査機関が犯罪の発生又は犯人を知らない場合は、国外にいることだけでは停止しない(×)

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第4章公判手続

#86単独ページ動画

起訴後、裁判所がすること

第4章 公判手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴されたら、もう裁判は始まっている?

起訴状提出から第1回公判期日までの間に裁判所が必ず行う知らせる呼び出すの二段階を示す板

ここまで、起訴するかどうか、そして起訴が訴訟条件を満たすかどうかを見てきました。今日から、起訴された事件がどう裁判にかけられるかという章に入ります。実は、起訴から最初の法廷までの間には、欠かせない作業が挟まっています。起訴状が裁判所に届いてから、最初の公判の日を迎えるまでの間に、被告人が何もしなくても、裁判所が必ずやらなければならないことが3つあります。何を訴えられているかを知らせること、どんな権利があるかを知らせること、そしていつ来るべきかを呼び出すことです。今日は、この3つを見ていきます。

公判手続とは——広い意味と狭い意味

起訴から確定までを含む広義の公判手続と公判期日公判廷での手続だけを指す狭義の公判手続を包含関係で示す板

「公判手続」という言葉は、実は2つの広さで使われます。広い意味では、起訴で事件が裁判所に係属した時点に始まり、判決などの裁判が確定するまでに行われる手続のすべてを指します。今日これから見る準備段階や、判決の後の上訴まで含みます。だから、狭い意味の使い方も区別しておく必要があります。狭い意味では、裁判長が定めた公判期日に、公開された法廷である公判廷で行われる手続だけを指します。この章では、主に狭い意味の公判手続に向けて、裁判所が何を準備するかを見ていきます。公判期日に行われる証拠調べなどの取調は、公判廷で行うと条文で定められています。

条文刑事訴訟法第282条第1項

刑事訴訟法第282条第1項 公判期日における取調は、公判廷でこれを行う。

判決の言渡しは取調そのものには含まれませんが、別の規定によって、やはり公判廷で行うと定められています。法廷という公開された場所で行うという点は共通しています。

公判準備の地図——事前準備と公判前整理手続

すべての事件で行う事前準備と充実した計画審理のための公判前整理手続という公判準備の二本立てと公判中心主義の関係を示す板

公判期日を開く前には、公判準備という段階があります。公判期日の審理をきちんと進めるために、裁判所や検察官・弁護人が行う準備のことです。大きく2種類あります。1つは、すべての事件で行われる事前準備です。もう1つは、争点が複雑な事件などで、充実した、継続的で計画的な審理のために行われる公判前整理手続です。この章では、まず事前準備の側、それも裁判所が主体になる部分を見ます。この準備を手厚くする流れは、シリーズの最初の回で名前を出した公判中心主義とつながっています。捜査段階で作られた調書に頼るのではなく、公判の証拠調べそのもので心証を形成しようという考え方です。審理に2日以上かかる事件については、できる限り連日開廷して続けて審理する、と281条の6が定めています。

起訴状が裁判所に届くと——受訴裁判所への係属

検察官が起訴状を提出し書記官が受領すると事件が係属し事務分配規程で機械的に受訴裁判所へ配分される流れ板

検察官が起訴状を裁判所に提出すると、裁判所書記官がこれを受け取ります。受け取った時点で起訴状は受理され、事件は裁判所に係属した、と言います。その事件が、この裁判所で扱われる状態になった、という意味です。あらかじめ定められた事務分配の規程に従って、機械的に各部・各係へ配分されます。その事件を担当することになった単独の裁判官、あるいは合議体を、受訴裁判所と呼びます。もし担当を誰かが自由に選べるとしたら、都合のいい裁判官に事件を割り振ることもできてしまいます。誰が裁判をするかをあらかじめ決まった規程だけで決めておくことで、そうした操作を防いでいます。

起訴状謄本の送達——裁判所の最初の仕事

起訴状謄本の送達が適正手続の告知にあたり被告人が防御の準備に取りかかる出発点になるという図

思い出してください。3章の訴訟条件の回で、271条2項が定める、起訴状の謄本が2か月以内に届かないと起訴が遡って効力を失うという出口を見ましたね。では、その謄本を届けるのは、誰の仕事でしょうか?事件が係属したら、裁判所がまず行うのが、起訴状の謄本を被告人に送り届けることです。今日は、同じ条文を、届ける裁判所の仕事という角度から見ていきます。例えば、Aさんがコンビニで商品を万引きし、窃盗罪で地方裁判所に起訴されたとします。逮捕はされず、自宅で普段どおり暮らしているAさんのもとに、ある日、裁判所から封書が届きます。中身は起訴状の写し、つまり起訴状の謄本です。法律で決まった方式で書類を相手に確実に届けることを、送達と呼びます。

ただの事務連絡ではありません。被告人は、起訴状の謄本を受け取って初めて、自分が何を訴えられているのかを正確に知ります。何を訴えられているか分からなければ、弁護士に相談することも、証拠を集めることも、防御の準備を何一つ始められません。届けるという行為そのものが、適正な手続で言うところの「告知」にあたり、被告人の防御が始まる出発点になっています。だからこそ、裁判所の義務の中でも、最初に位置づけられています。この送達が期限内にできなかった場合、公訴の時効がどう扱われるかは、直前の回で見たとおりです。期限切れで公訴棄却の決定を受けても、その決定が確定するまでの間、時効はいったん停止していたものとして扱われます。

弁護人選任権等の告知と必要的弁護事件

弁護人選任権と国選弁護人選任請求権の告知内容と既に弁護人がいれば告知不要になる但書の図

起訴状謄本の送達と同時に、裁判所はもう1つ、被告人に知らせなければならないことがあります。弁護人を選任できる権利があること、それに、貧困などの理由で弁護人を選べないときは国選弁護人の選任を請求できる権利があることです。頼めることは知っていても、お金が無いから無理だと思い込んで、弁護人なしで法廷に来てしまう人がいます。さっきのAさんのように逮捕されずに起訴された人は、それまで弁護人と話したことがないことも少なくありません。国の費用で弁護人を付けるよう請求できると知らなければ、その権利は無いのと同じです。だから、知らせることを裁判所の義務にしてあります。

条文刑事訴訟法第272条第1項

刑事訴訟法第272条第1項 裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければならない。但し、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。

多くの事件では、被疑者段階からすでに国選弁護人が付いていることがあります。その場合は、あらためて告知する必要がありません。実務では、この告知は起訴状謄本の送達と同じ書面で、同時に行われます。もう1つ、死刑や無期、あるいは長期3年を超える拘禁刑にあたる重い事件では、弁護人がいなければ開廷そのものができません。拘禁刑というのは、懲役と禁錮が一本化されて、令和7年6月から使われている刑罰の名称です。これを必要的弁護事件と呼びます。

条文刑事訴訟法第289条第1項

刑事訴訟法第289条第1項 死刑又は無期若しくは長期三年を超える拘禁刑に当たる事件を審理する場合には、弁護人がなければ開廷することはできない。

長期というのは、法定刑の上限のことです。窃盗罪の法定刑は、刑法235条により10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。Aさんの窃盗罪は、上限が10年の拘禁刑なので、3年を超え、必要的弁護事件にあたります。これに対して、他人の家に無断で入る住居侵入罪は、刑法130条により3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金で、上限がちょうど3年です。3年を「超える」わけではないので、必要的弁護事件にはあたりません。こうした事件に該当する場合は、開廷できないことも、あわせて告知します。

条文刑事訴訟規則第177条

刑事訴訟規則第177条 裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく、被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨のほか、死刑又は無期若しくは長期三年を超える拘禁刑に当たる事件については、弁護人がなければ開廷することができない旨をも知らせなければならない。ただし、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。

289条1項のほかにも、公判前整理手続に付された事件や、即決裁判手続の事件も、必要的弁護事件にあたります。それぞれの中身は、また別の回で見ていきます。今日は、開廷できるかどうかを左右する事件がある、という位置づけだけつかんでおいてください。なお、選任された弁護人の権限は、第一審が終わるまで続きます。被疑者段階から関わっている弁護人は、起訴の直後から、保釈の請求など次の手続に着手できます。保釈そのものは、また別の回で扱います。

第1回公判期日の指定と召喚

裁判長が第1回公判期日を指定し被告人を召喚するまでの流れと召喚状送達の猶予期間5日簡裁3日の図

送達と告知が終わると、次に裁判長がやることは、最初の公判の日を決めて、被告人を呼び出すことです。第1章で見たとおり、この期日を定めるのは裁判所ではなく裁判長でした。

条文刑事訴訟法第273条

刑事訴訟法第273条 裁判長は、公判期日を定めなければならない。 公判期日には、被告人を召喚しなければならない。 公判期日は、これを検察官、弁護人及び補佐人に通知しなければならない。

特定の日時・場所に出頭するよう命じることを召喚と呼びます。被告人だけでなく、証人などを呼び出すときにも、同じ考え方が準用されます。なお、一度決まった期日を動かすには、やむを得ない事由が必要だと条文で定められています。理由もなく期日が動けば、証人や関係者の予定にも影響するためです。ただ、呼び出す日を伝えるだけでは足りません。被告人が防御の準備をする時間を確保するため、召喚状の送達と公判期日の間には、一定の猶予期間を置かなければなりません。

条文刑事訴訟法第275条第1項

刑事訴訟法第275条第1項 第一回の公判期日と被告人に対する召喚状の送達との間には、裁判所の規則で定める猶予期間を置かなければならない。

条文刑事訴訟規則第179条

刑事訴訟規則第179条 被告人に対する第一回の公判期日の召喚状の送達は、起訴状の謄本又は起訴状抄本等の被告人に対する送達の前には、これをすることができない。 第一回の公判期日と被告人に対する召喚状の送達との間には、少なくとも五日の猶予期間を置かなければならない。ただし、簡易裁判所においては、三日の猶予期間を置けば足りる。 被告人に異議がないときは、前項の猶予期間を置かないことができる。

Aさんで言えば、召喚状が月曜日に届いたのに、その週の水曜日を第1回の公判期日にすることはできません。間に5日を置けないからです。簡易裁判所が扱うのは、比較的軽い事件が中心です。争点も比較的単純なことが多く、防御の準備にかかる時間も短くて済むと考えられているためです。逆に、被告人の側が猶予期間を置かなくてよいと言うのであれば、置かないこともできます。防御のための期間なので、本人が要らないと言うなら、無理に置く必要はない、という発想です。起訴状謄本の送達より先に、召喚状だけ先に届く、ということはないんですか。それはできません。何を訴えられているかも分からないうちに、出頭の日だけ知らされても、防御の準備のしようがないからです。だから、召喚状の送達は、起訴状謄本の送達より前には行えません。知らせてから、呼び出す。今日の3つの仕事の順番そのものが、条文になっているわけです。

公判廷の構成——誰がいなければ開廷できないか

公判廷を開くために必ず必要な裁判官書記官検察官の三者と被告人弁護人は別条文で必須化される構造の図

ここまでで、被告人には知らせと呼び出しが済みました。最後に、公判廷そのものについて、少し補っておきます。第1章で、法廷に誰がいるかを見ましたが、公判廷を開くために、必ずそこにいなければならない人が決まっています。条文上、必ずいなければならないと定められているのは、裁判官、裁判所書記官、検察官の3者です。この3者が揃わなければ、開廷そのものができません。

条文刑事訴訟法第282条第2項

刑事訴訟法第282条第2項 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

条文の言葉は今も「裁判所書記」ですが、これは裁判所書記官を指す古い呼び方です。書記官と検察官がいないと開廷できない理由は、第1章で見たとおりです。条文上の必須の構成員としては、被告人・弁護人は別の扱いです。被告人の出頭は286条が定めており、出頭しなければ原則として開廷できません。さっき見た必要的弁護事件で弁護人が必要になるのも、289条という別の条文によるもので、いま見た282条2項とは別枠になっています。

今日の地図(保存版)

送達告知期日指定召喚という起訴後に裁判所が必ず行う三つの仕事を一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。起訴されてから最初の公判期日までの間、裁判所は、被告人が望むかどうかに関わらず、必ず3つの仕事をこなします。何を訴えられているかを知らせる起訴状謄本の送達、どんな権利があるかを知らせる弁護人選任権等の告知、そして、いつ来るべきかを呼び出す第1回公判期日の指定と召喚です。この3つは、知らせなければ被告人は防御を始められない、という一本の考え方でつながっています。送達が遅れれば起訴そのものが失効し、召喚状の送達には猶予期間が要る。どれも、被告人に十分な準備の機会を与えるための仕組みです。

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#87単独ページ動画

検察官・弁護人の事前準備

第4章 公判手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判官は白紙でも、当事者は白紙ではいられない

前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図 図:前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図

前回は、起訴されてから第1回公判期日までの間に、裁判所が必ずやる3つの仕事を見ました。今日は、同じ期間に、当事者である検察官と弁護人がそれぞれ何を準備しているかを見ていきます。起訴状一本主義のもとで白紙でいいのは、裁判官だけです。検察官と弁護人がお互いに白紙のまま法廷に立ったら、相手がどんな証拠を出してくるか分からないまま戦うことになってしまいます。今日は、この白紙の裁判官のまわりで、検察官と弁護人がどうやって準備を進め、裁判所がその準備にどこまで関わってよいかを見ていきます。先に答えを言っておくと、検察官と弁護人は証拠を見せ合って不意打ちを防ぎ、裁判所は準備の進行は手伝っても、事件の中身には立ち入りません。

検察官の準備——証拠を厳選する

捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板 図:捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板

起訴後、検察官がまずやるのは、捜査段階で集めた証拠を整理することです。実務ではこれを証拠分けと呼びます。集めた証拠を全部法廷に出せば有利になる、というわけではありません。証明すべき事実、つまり、起訴状一本主義の回で見た起訴状の2本目の柱である公訴事実や、量刑に関わる重要な事実を立証するために必要な証拠だけを厳選して請求するのが原則です。このことは刑事訴訟規則189条の2に書かれています。かつては幅広い証拠調べ請求が認められていて、それが裁判の遅延を招いていました。争いのない事実にまで大量の証拠を調べていては、審理がいつまでも終わりません。だから、必要十分な証拠に絞ることが求められています。

条文刑事訴訟規則第189条の2

刑事訴訟規則第189条の2 証拠調べの請求は、証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して、これをしなければならない。

条文でも、厳選という言葉がそのまま使われています。前回のAさんの万引き事件で言えば、店の防犯カメラの映像と店員の話で、Aさんが商品を持ち出したことが示せるなら、同じ場面を見ていた別の客の話まで何人分も重ねて調べる必要はありません。この厳選の結果、証拠は、取調べを請求する予定の証拠と、請求しない証拠に分かれます。そして請求予定証拠は、さらに2種類に分けられます。

甲号証・乙号証と301条——自白を後回しにする理由

請求予定証拠が甲号証と乙号証に分かれ乙号証である自白は甲号証の後でなければ取調べを請求できないという301条の図

請求予定証拠のうち、被告人の供述調書や身上前科に関する証拠を乙号証、それ以外の証拠を甲号証と呼びます。この2つに分けるのは、単なる整理番号の問題ではありません。自白の調書、つまり公判期日の外で捜査機関に対してした供述を記録した調書を先に調べてはいけないのは、なぜでしょう。少し考えてみてください。答えは、301条にあります。乙号証に含まれる被告人の自白は、犯罪事実に関する他の証拠、つまり甲号証が取り調べられた後でなければ、取調べを請求できません。

条文刑事訴訟法第301条

刑事訴訟法第301条 第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない。

理由は2つあります。1つは、起訴状一本主義の回で見た予断排除です。予断とは、証拠を調べる前に裁判官が抱いてしまう先入観のことでした。自白から先に見てしまうと、裁判官は、被告人が罪を認めているという印象を先に持ってしまい、その後の証拠を色眼鏡で見てしまいかねません。もう1つは、自白の補強法則です。自白だけで有罪にしてはいけない、という建前があります。自白より先に他の証拠で犯罪事実の骨格を固めておけば、自白は、先に調べた他の証拠によって裏付けられる側に置かれることになります。自白の補強法則そのものの中身は、また別の回で扱います。Aさんの事件なら、まず防犯カメラの映像や店員の話を調べ、Aさんが私が盗りましたと認めた調書は、その後に回されます。

証拠等関係カードと還付

証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板 図:証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板

実務では、証拠の取調べを請求するとき、証拠の標目や立証しようとする事実を一覧にした証拠等関係カードという書式を作成して提出します。証拠の内容や順序を、書面で正確に確認できるようにするためです。証拠等関係カードの書き方の中身までは、今日は踏み込みません。こういう書式があるという地図だけで十分です。もう1つ、証拠の整理と並行して、押収した物のうち、明らかに事件に不要だと分かったものについては、被告人側が訴訟の準備に使えるよう、なるべく早く還付などの処置を考えることが規則で定められています。押収と還付そのものの中身は、別の回で扱っています。

請求予定証拠の開示——弁護人が初めて証拠に触れる機会

検察官が請求予定証拠を弁護人に開示し人証は氏名住居物証は閲覧という二通りの開示方法を示す板

検察官は、請求予定証拠が固まったら、起訴後できるだけ早い段階で、弁護人がその証拠を閲覧できるようにしなければなりません。

条文刑事訴訟法第299条第1項

刑事訴訟法第299条第1項 検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し、相手方に異議のないときは、この限りでない。

開示の方法は、証拠の種類によって2通りに分かれます。証人など、人を尋問する場合は、氏名と住居を知らせるだけです。実際に会って話を聞くかどうかは弁護人の仕事です。これに対して、証拠書類や証拠物は、閲覧する機会を与えます。条文の文言は閲覧までですが、実務では謄写、つまり写しを取ることまで認められています。Aさんの事件で言えば、店員を証人として呼ぶなら、その氏名と住居を知らせます。防犯カメラの映像を請求するなら、弁護人に実際に見る機会を与えます。逆に、さっきの別の客の話のように、検察官が請求しないと決めた証拠は、この条文が見せる機会を求める対象には入りません。

請求予定の証拠を公判の前に相手に見せる仕組みの狙いは、不意打ちを防ぐことにあります。ここがこの回のいちばん大事なところです。もし法廷でいきなりお互いの証拠を出し合ったら、不意打ちだらけになってしまいます。準備していなかった証拠を突きつけられた側は、その場で有効な反論も防御もできません。あらかじめ手持ちの証拠を見せ合っておくことで、争点を絞り込み、法廷では準備した上で正々堂々と主張をぶつけ合えるようにする。これが証拠開示の趣旨です。弁護人にとっては、この開示こそが、起訴後はじめて捜査側の証拠に触れる機会になります。

弁護人の準備——閲覧謄写と事実確認

弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図 図:弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図

弁護人には、公訴の提起後、裁判所において訴訟に関する書類や証拠物を閲覧・謄写する権利があります。

条文刑事訴訟法第40条第1項

刑事訴訟法第40条第1項 弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(刑事確定訴訟記録法(昭和六十二年法律第六十四号)第二条第一項に規定する訴訟の記録(訴訟終結後のものに限る。)を含む。第四十七条を除き、以下同じ。)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。

ですが、捜査段階では、弁護人は捜査機関が集めた証拠そのものを見ることができません。だからこそ、検察官が開示する請求予定証拠を閲覧謄写することが、弁護人が最初に捜査側の証拠と向き合う場面になります。被告人本人やその他の関係者と面接するなどして、実際に何が起きたのかという事実関係を自分の目で確認します。検察官の証拠だけを鵜呑みにするのではなく、被告人の言い分と照らし合わせるわけです。

ケース・セオリーと公訴事実に対する意見

すべての証拠と矛盾しない被告人に最も有利な筋書きとしてのケースセオリーと公訴事実に対する意見決定の図

弁護人の最終的なゴールは、公判での弁論で裁判所を説得することです。そのために、事前準備の段階で、すべての証拠と矛盾なく説明できる範囲で、被告人にとっていちばん有利な結論に至る筋書きを組み立てます。これをケース・セオリーと呼びます。まず決めるのは、公訴事実を認めるかどうかという意見です。認める場合でも、それで終わりではありません。正当防衛のような違法性阻却事由、責任能力が争える事情のような責任阻却事由がないか、あるいは自首のように刑を軽くする事情がないかを検討します。例えば、Aさんの窃盗事件で考えてみましょう。Aさんが本当に商品を持ち去ったのは事実だとしても、弁護人は、それだけで結論を決めません。犯行時の状況、動機、反省の程度、被害弁償の可能性まで含めて、Aさんに最も有利な筋書きを組み立てます。この筋書きが、すべての証拠と矛盾しないかどうかを、繰り返し検証するのがケース・セオリーの作業です。

意見の通知と証拠意見

弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図 図:弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図

弁護方針が固まってくると、弁護人は、開示された証拠の一つひとつについて、同意するのか争うのかという証拠意見の見込みを、早めに検察官へ知らせなければなりません。これは第1回公判期日の前に弁護人がすべきこととして、規則が定めています。なぜ早めに知らせるのか。相手がどの証拠を争うつもりなのかが前もって分かれば、検察官もそれに備えた準備ができ、法廷での不意打ちを防げるからです。証拠意見とは、開示された証拠を法廷で使うことに同意するかしないか、という意見です。同意・不同意と呼ばれます。同意・不同意が持つ意味そのものは、証拠法の回で扱います。今日は、こうしたやり取りが起訴後の準備の中で行われる、という流れだけつかんでおいてください。なお、弁護人の側に請求予定証拠があれば、弁護人からも検察官へ閲覧などの機会をなるべく速やかに与えます。検察官からの開示と、対称の構造になっています。

開示証拠の目的外使用の禁止

弁護人が開示証拠を適正に管理し審理の準備以外の目的で第三者に交付提示提供することを禁じる281条の3から5の図

ここまでで、検察官の証拠が弁護人に渡りました。ですが、渡された証拠は、何にでも自由に使っていいわけではありません。

条文刑事訴訟法第281条の3

刑事訴訟法第281条の3 弁護人は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等(複製その他証拠の全部又は一部をそのまま記録した物及び書面をいう。以下同じ。)を適正に管理し、その保管をみだりに他人にゆだねてはならない。

さらに、使い道そのものにも制限があります。

条文刑事訴訟法第281条の4第1項柱書

刑事訴訟法第281条の4第1項柱書 被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供してはならない。

各号には、当該被告事件の審理そのもののほか、上訴権回復の請求や再審、刑事補償請求などの関連手続が列挙されています。要するに、この事件の裁判とその周辺の手続の準備以外の目的では、証拠のコピーを人に渡したり、見せたり、ネット経由で送ったりしてはいけない、ということです。罰則があります。

条文刑事訴訟法第281条の5第1項

刑事訴訟法第281条の5第1項 被告人又は被告人であつた者が、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、前条第一項各号に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供したときは、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

被告人や被告人であった者が目的外に使えば、この条文で処罰されます。弁護人や弁護人であった者については、同じ条文の第2項が、対価として財産上の利益その他の利益を得る目的で証拠のコピーを渡したり見せたりしたときに限って、同じ刑で処罰すると定めています。被告人とは処罰される場面が違う、というところを押さえてください。開示された証拠には、証人の住所や被害者の私生活に関わる情報が含まれていることがあります。それが自由に出回ってしまえば、関係者のプライバシーや名誉が害されます。それに、検察官が安心して証拠を見せられなくなれば、証拠開示という仕組み自体が機能しなくなってしまいます。だからこそ、渡した後の使い道にも歯止めをかけているんです。

打合せと裁判所の関与の限界

検察官と弁護人の打合せ義務と裁判所が進行を問い合わせ三者打合せを行える範囲予断を生じさせる事項には踏み込めない境界の図

ここまで見た証拠の整理・開示・弁護人の準備は、検察官と弁護人が2人だけで進めるわけではありません。まず、当事者どうしにも、第1回公判期日の前に相手方と連絡して行わなければならないことがあります。訴因や罰条をはっきりさせたり、争点を整理したりするために、相手方とできる限り打ち合わせておくこと、そして証拠調べなどにどれくらいの時間がかかりそうか、裁判所に申し出ることです。裁判所は、この準備に、まったく関われないんですか。違います。関われます。ただし、関われる範囲には線が引かれています。まず、裁判所は、裁判所書記官を通じて、準備がどれくらい進んでいるか問い合わせたり、準備を促す措置を取らせたりできます。

条文刑事訴訟規則第178条の15

刑事訴訟規則第178条の15 裁判所は、裁判所書記官に命じて、検察官又は弁護人に訴訟の準備の進行に関し問い合わせ又はその準備を促す処置をとらせることができる。

さらに、裁判所が適当だと認めれば、第1回公判期日の前に、検察官と弁護人を出頭させて、期日の指定など訴訟の進行に必要な事項について、三者で打合せをすることもできます。

条文刑事訴訟規則第178条の16

刑事訴訟規則第178条の16 裁判所は、適当と認めるときは、第一回の公判期日前に、検察官及び弁護人を出頭させた上、公判期日の指定その他訴訟の進行に関し必要な事項について打合せを行うことができる。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない。

三者打合せと予断排除の関係を決めているのは、規則の但書です。この打合せでは、事件について予断を生じさせるおそれのある事項に踏み込むことはできません。期日をいつにするか、争点をどう整理するかという進行管理の話はできても、被告人が本当に罪を犯したのかといった事件の中身に、裁判所が首を突っ込むことはできないんです。Aさんの事件で言えば、証人を何人呼び、調べるのに何時間かかりそうかを伝えるのは、進行の話なので構いません。でも、その店員がAさんが商品をかばんに入れるのを見たと話している、という中身まで伝えれば、予断を生じさせるおそれのある事項にあたり、許されません。

もし裁判所が事件の中身まで打合せで聞いてしまえば、証拠調べが始まる前から心証を固めてしまい、起訴状一本主義が形だけのものになってしまいます。進行は手伝うが、中身には立ち入らない。この線引きが、今日見てきた検察官と弁護人の準備を、裁判所が壊さないための歯止めになっています。

今日の地図(保存版)

証拠の厳選開示弁護人の準備目的外使用の禁止裁判所の関与の限界という今日見た仕組み全体を不意打ち防止と白紙の維持という一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。検察官は、集めた証拠を厳選し、甲号証と乙号証に分け、自白は後回しにして請求します。厳選した証拠は、起訴後なるべく速やかに弁護人へ開示します。弁護人は、開示された証拠を閲覧謄写し、被告人らと事実を確認しながら、ケース・セオリーを組み立て、証拠意見の見込みを検察官に通知します。開示された証拠は、審理の準備以外の目的で使うことを禁じられています。そして裁判所は、この準備の進行を問い合わせたり促したりはできますが、事件の中身に踏み込む打合せはできません。バラバラに見えるかもしれませんが、全部つながっています。白紙のままの裁判官の前で、検察官と弁護人がお互いの手持ち証拠を見せ合い、不意打ちを防ぎながら争点を絞る。裁判所はその準備を後押ししても、中身には立ち入らない。これが、今日見てきた事前準備という段階の一本の軸です。

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#88単独ページ動画

公判の諸原則と迅速な裁判

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:法廷そのものを支配するルール

公開口頭直接迅速という公判を貫く4原則と高田事件を並べる導入板 図:公開口頭直接迅速という公判を貫く4原則と高田事件を並べる導入板

前回まで、起訴された後、法廷を開くまでに裁判所・検察官・弁護人がそれぞれ何を準備するかを見てきました。今日から、いよいよ法廷そのものを支配するルールに入ります。実は、法廷という場そのものにも、絶対に外せない形のルールがあります。誰でも見られる場で行うこと、書面ではなく口頭で行うこと、判断する裁判官自身がその場で証拠に触れること、そして遅れずに進めること。この4つです。今日はこの4つがなぜ必要かを見たうえで、最後の「遅れずに」が実際に破られた事件を取り上げます。15年以上、審理が止まったままになった事件があります。最高裁は、有罪か無罪かを判断しないまま、その裁判を打ち切りました。今日の後半で、その中身をじっくり見ていきます。

公判中心主義——4原則が支える土台

捜査記録ではなく公判廷の証拠調べで心証を作る公判中心主義を4原則の土台として示す板

今日見ていく4つの原則の前に、その土台になっている考え方を思い出しておきます。捜査段階で作られた供述調書に頼るのではなく、法廷でその場で行われた証拠調べそのもので、有罪か無罪かの心証を作っていくという考え方でした。公開・口頭・直接・迅速という今日の4原則は、すべてこの公判中心主義を支える柱です。法廷でのやり取りが本当に信頼できるものであるために、どんな条件が必要かを、これから一つずつ見ていきます。

公開主義——誰の前で行うか

対審と判決の公開原則および82条2項の例外の要件と常に公開される事件類型を示す板 図:対審と判決の公開原則および82条2項の例外の要件と常に公開される事件類型を示す板

まず公開主義です。裁判を、当事者や関係者だけの部屋で進めるのではなく、誰でも見に来られる公開の法廷で行うという原則です。密室で進めば、証拠を都合よく扱ったり、裁判官が横暴な判断をしても、外からは誰も気づけません。歌のコンテストで、審査員が楽屋裏だけで点数をつけて結果だけ貼り出したら、本当に歌を聞いて決めたのか誰にも確かめられないのと同じです。国民の目にさらすことで、その裁判が公正に行われているかを外から監視できるようにする。これが公開主義の趣旨です。この原則は、憲法に直接書かれています。条文に出てくる対審とは、当事者どうしが主張をぶつけ合う審理の部分のことです。

条文日本国憲法第82条第1項・第2項

憲法第82条第1項・第2項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

対審の部分だけは、条件付きで非公開にできます。ただし但書に注目してください。政治犯罪や出版に関する犯罪、それに憲法第三章が保障する国民の権利が問題になる事件では、対審であっても常に公開しなければなりません。そして判決の言渡しは、この例外の対象にすら入っていません。判決だけは、どんな事件でも必ず公開です。被告人にとっても、公開の裁判を受けることは権利として保障されています。

条文日本国憲法第37条第1項

憲法第37条第1項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

この条文には、公平・迅速・公開という3つの言葉が並んでいます。公開の部分は今見た82条と重なりますが、迅速という言葉は、今日の後半で扱う4つ目の原則の根拠にもなります。傍聴席が用意され、一般の人が自由に傍聴できる状態にしておく、という意味です。ただし、この原則が保障しているのは、あくまで裁判を密室にしないという制度そのものです。狙いは裁判の公正を外から見張れるようにすることなので、傍聴席が開かれていれば足り、個々の傍聴人に特別な権利まで与えているわけではありません。

直接主義——誰が受け取るか

形式的直接主義と実質的直接主義の区別を示す板 図:形式的直接主義と実質的直接主義の区別を示す板

次は直接主義です。判決を下す裁判官自身が、直接に取り調べた証拠だけを判断の基礎にできる、という原則です。さっきの歌のコンテストで言えば、点数をつける審査員自身がその場で歌を聞かなければならず、別の人が聞いてきたメモを見て採点することはできません。裁判でも、別の誰かが代わりに調べた証拠を、また聞きのような形でそのまま判断の基礎にすることは許されません。証人がどう答え、どこで言いよどんだかに自分で触れなければ、その証言を信じてよいかを見極められないからです。これを形式的直接主義と呼びます。「直接主義」という言葉は、通常こちらの意味で使われます。

もう1つ、実質的直接主義と呼ばれる考え方があります。書面ではなく、証人の証言のような直接的な証拠によるべきだ、という発想です。たとえば事件を目撃した人がいるなら、その人から話を聞いた知人の報告書ではなく、目撃した本人に法廷で話してもらう、ということです。これは、人づてに聞いた話をそのまま証拠にすることを禁じる伝聞法則の土台になっています。ただし例外も多く、この中身は別の回でじっくり扱います。今日は、こういう考え方があるという地図だけ押さえておいてください。

口頭主義——どんな形で行うか

口頭主義が公開主義を実質的に支える機能と書面主義との対比を示す板 図:口頭主義が公開主義を実質的に支える機能と書面主義との対比を示す板

3つ目は口頭主義です。当事者の主張や証拠の取調べといった公判期日の手続を、書面ではなく口頭で行うべきだという原則です。起訴を書面に限ったのは、事件がいつ裁判所に移ったかを後から確かめられるようにするためでした。ここで扱うのは、その後の法廷で進む手続のほうです。あのコンテストで、出場者が歌詞カードを提出するだけで舞台では歌わなかったら、観客の前には何も出てきません。書面だけで済ませてしまうと、法廷で何が起きているのか、その場にいる人にしか分からなくなります。口頭で行うことで、さっきの公開主義が名前だけの原則にならず、実際に機能します。当事者も裁判所も、その場で同時に情報を共有できますし、話し方や間合いといった、書かれた言葉だけでは伝わらない情報も伝わります。

条文刑事訴訟法第43条第1項

刑事訴訟法第43条第1項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。

口頭主義が問題にしているのは、その場のやり取りが書面か口頭かという形式です。直接主義が問題にしているのは、判断する人自身がその証拠に触れたかどうかという中身です。書面か口頭かという入口の話と、誰が受け取ったかという中身の話。この2つは別の軸だと考えてください。

迅速な裁判①——重ねられた根拠

憲法37条1項刑訴1条刑訴規則1条1項という迅速性の三層の重ね掛けと継続審理の原則を示す板

ここからは4つ目の原則、迅速な裁判です。まず、この原則がどれだけ重ねて規定されているかを見ておきます。実は3つの層で宣言されています。1つ目は、さっき見た憲法37条1項です。被告人の権利として、迅速な裁判が保障されています。2つ目は、刑事訴訟法1条です。あの条文は、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的として掲げていました。「迅速」という言葉は、あそこにも出ていたんです。最後の3つ目は、刑事訴訟規則1条1項です。

条文刑事訴訟規則第1条第1項

刑事訴訟規則第1条第1項 この規則は、憲法の所期する裁判の迅速と公正とを図るようにこれを解釈し、運用しなければならない。

規則をどう解釈し運用するかという、いちばん根っこの指針の部分にまで、迅速という言葉が入っています。憲法・法律・規則という3つの層すべてが、迅速さを求めているわけです。この要請を具体的な手続に落とし込んだ条文もあります。前々回にも出てきましたが、審理に2日以上かかる事件については、できる限り連日開廷して続けて審理を行うという継続審理の原則です。裁判を間隔を空けてだらだらと進めず、集中して速やかに終わらせようという発想が、条文レベルでも徹底されています。

迅速な裁判②——誰のための速さか

迅速な裁判の趣旨である真実発見と人権保障の2本柱を示す板 図:迅速な裁判の趣旨である真実発見と人権保障の2本柱を示す板

では、なぜここまで迅速さにこだわるのでしょうか。趣旨は大きく2つあります。1つ目は真実発見のためです。時間が経てば経つほど、証人の記憶はあいまいになり、証拠も散逸していきます。事件の直後であれば見えていたはずの真実が、10年も経てば見えなくなってしまいます。2つ目は、被告人の人権保障のためです。起訴されてから判決が出るまで、被告人は有罪でも無罪でもない、宙ぶらりんの不安定な立場に置かれ続けます。身柄を拘束されていれば、なおさらです。この負担から早く解放してあげる必要がある、という考え方です。シリーズの最初の回でも、迅速性が守られなかった場合の重さとして同じ2点に触れましたが、その中身がまさにこの2つ、真実発見と人権保障です。

高田事件——遅れが破られたとき

高田事件の起訴から審理中断15年余の空白第一審免訴控訴審破棄差戻し最高裁破棄控訴棄却という経過を示す時系列板

では、この迅速な裁判という要請が実際に破られたとき、裁判所はどうするのか。それを正面から扱った事件があります。実はこの事件、シリーズの最初の回で一度だけ名前が出ていて、詳しくは別の回で扱うと約束していました。覚えていますか。事案はこうです。住居侵入や暴力行為等処罰に関する法律違反などに問われた被告人たちが、名古屋地方裁判所で審理を受けていました。ところが、弁護人側の希望で、関連する別の事件の審理が終わるのを待つ形になり、本件の審理は事実上止まってしまいます。そのまま15年以上、まったく審理が行われませんでした。

審理が再開されたのは、中断からずいぶん経ってからのことでした。公訴時効は、一定の期間が過ぎると起訴する権利そのものが消える制度でしたね。第一審の裁判所は、これほどの遅延は迅速な裁判を受ける権利を著しく侵害していると判断し、時効が完成した場合に準じる形で、免訴という判決を言い渡しました。有罪か無罪かの中身には立ち入らず、手続を打ち切る判決です。ところが控訴審は、これを覆します。手続を打ち切るための明文の規定が法律に無い以上、救済のしようがないとして、第一審の判決を破棄し、審理をやり直すよう命じました。

そこで最高裁が、この事件をどう決着させたかが、今日の核心です。

高田事件判旨の法的性質打切りの方法という骨格を示す板 図:高田事件判旨の法的性質打切りの方法という骨格を示す板

最高裁の判断は、大きく4つに分かれます。この権利の性質、打ち切り方、どこからが異常な遅れか、そして被告人が黙っていたことの扱いです。まず、迅速な裁判を受ける権利がどういう性質のものかから見ます。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(法的性質・救済の趣旨) 「憲法三七条一項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。」

迅速な裁判を受ける権利は基本的人権の一つであり、手続を打ち切るための条文が個別に存在しなくても、この権利そのものが打ち切りの根拠になる。控訴審の理屈をひっくり返しています。条文がなければ動けないのは、国が新しく人を処罰しようとする場面です。ここは逆に、遅れで権利を傷つけられた被告人を救う場面なので、条文が無いことは救済を止める理由になりません。手続を打ち切る具体的な方法についても、最高裁は述べています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(打切りの方法) 「刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。」

免訴を言い渡す明文の根拠は無いけれど、免訴という形で終わらせるのが相当だと判断しました。以前、訴訟条件の回で、非類型的訴訟条件という言葉に触れたのを覚えていますか。あのとき例として触れていたのが、まさにこの事件です。訴訟条件は、有罪か無罪かの中身に入る前にそろっていなければならない前提条件で、欠ければ中身に入らずに手続を打ち切ります。免訴は、その打ち切り方の一つです。条文に列挙された訴訟条件のほかにも、権利の著しい侵害という実質的な理由から手続を打ち切る場合がある、という考え方です。

高田事件判旨の判断基準要求法理の否定という骨格を示す板 図:高田事件判旨の判断基準要求法理の否定という骨格を示す板

では、どのくらい遅れれば「異常な事態」と言えるのでしょうか。最高裁は、遅れの長さだけでは決めないとしています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(判断基準) 「具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならない」

遅れた期間そのものだけでなく、なぜ遅れたのか、その遅れがやむを得ないものだったのか、そして被告人が実際にどれだけの不利益を被ったのかまで、総合的に考えるということです。被告人の側に主な原因がある遅れであれば、話は別になります。被告人が自分から審理を促さなかったことをもって権利を放棄したとみなすことも、最高裁ははっきり否定しています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(要求法理の否定) 「少なくとも検察官の立証がおわるまでの間に訴訟進行の措置が採られなかつた場合において、被告人側が積極的に期日指定の申立をするなど審理を促す挙に出なかつたとしても、その一事をもつて、被告人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのである。」

高田事件でも、止まったきっかけは弁護人側の希望でした。それでも最高裁は、その後の長い空白を、被告人側が審理を促さなかったことを理由に被告人の責任とはしませんでした。そして控訴審の判断を破棄し、検察官の控訴を退けました。結果として、第一審が下した免訴の判決が確定しています。この判断基準は、論文でも論点になりうるところです。なお、こうした形で審理の打ち切りが認められた例は、この事件のあと、ほとんど無いとされています。異常な遅延というハードルは、それだけ高いということです。

今日の地図(保存版)

公開口頭直接迅速の4原則が公判中心主義を支えるというまとめの一本の軸を示す板 図:公開口頭直接迅速の4原則が公判中心主義を支えるというまとめの一本の軸を示す板

今日のまとめです。公判を貫く、4つの原則を見てきました。誰でも見られる公開の法廷で、書面でなく口頭で、判断する裁判官自身が直接に証拠を見て、そして遅れずに進める。この4つがそろって初めて、法廷での証拠調べそのもので心証を作るという公判中心主義が、実際に機能します。4つ目の「遅れずに」だけ、ほかの3つと少し違う顔をしていましたね。破られたときにどうするか、という話まで出てきました。公開・口頭・直接は、法廷という場のあり方を定めるルールでしたが、迅速な裁判は、その場そのものを機能させ続けるための鮮度の要請です。高田事件は、その鮮度が保てなくなったとき、条文が無くても手続を終わらせるという判断が下せることを示しました。

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#89単独ページ動画

公判廷の出席者と訴訟指揮

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:この法廷に誰がいるのか

弁護人不在のまま進む法廷という問いを立てる導入板 図:弁護人不在のまま進む法廷という問いを立てる導入板

前回、公判を貫く4つの原則を見ました。今日はその続きで、実際にこの公判廷に誰がいなければならないか、そして裁判所がどうやってその場を取り仕切るかに入っていきます。結論から言うと、極めて限られた場面でだけ、そうなることがあります。今日はまず、公判廷にいなければならない人が欠けたときに何が起きるかを整理し、そのうえでその極端な例を見ていきます。

開廷に必須の3人——欠けたときの効果は一律ではない

裁判官書記官検察官という開廷必須構成員と欠けた場合の効果の違いを示す板 図:裁判官書記官検察官という開廷必須構成員と欠けた場合の効果の違いを示す板

以前、公判廷を開くには裁判官・裁判所書記官が列席し、検察官が出席していなければならないという条文を見ました。今日はその先、それぞれが欠けたときに何が起きるかを見ます。裁判官は、判断をする本人です。裁判官が欠ければ、裁判という判断そのものが成り立ちません。裁判官を欠いて開廷した場合、これは絶対的控訴理由になります。合議体なら3名、単独体なら1名、その数を欠けば、それだけで控訴審が原判決を破棄すべき理由になるということです。検察官が欠けた場合は、同じ扱いになるんですか。違います。検察官は、対立する一方の当事者です。欠けても判断そのものは成り立つので、それだけでは絶対的控訴理由にはなりません。ただし、判決の宣告をするその瞬間に検察官が不在だった場合は、話が変わります。ここで実際にあった事件を見てみましょう。ある地方裁判所の単独審理で、判決宣告の期日に検察官が不在のまま、裁判官が判決の主文を朗読し、理由の要旨を告げ、上訴期間などを告知して、被告人を退廷させました。その約30分後、検察官を呼び戻して、同じ内容の判決をもう一度宣告した、という経過です。

条文刑事訴訟法第282条第2項

刑事訴訟法第282条第2項 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

最高裁の判断は、2段に分かれます。まず、この手続に違反があるか。次に、その違反で判決を覆すか、です。

判例最決平19・6・19刑集61巻4号369頁

検察官不在のままの判決宣告 「……判決の主文を朗読し、理由の要旨を告げ、上訴期間等を告知した上、被告人の退廷を許し、被告人は法廷外に出たものであるから、この時点で、判決宣告のための公判期日は終了したものというべきである。その後、……検察官出席の上で再度行われた判決の宣告は、事実上の措置にすぎず、法的な効果を有しないものというほかはない。そうすると、……本件第1審の判決宣告手続には、刑訴法282条2項違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかというべきである……」

一度目の宣告で被告人が退廷した時点で、その期日はもう終わっています。あとから検察官を呼び戻してもう一度読み上げても、それは法的には何の意味も持たない、ただの事実上の行為にすぎません。だから一度目の宣告に282条2項違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかだ、というのがここまでの判断です。この判決は取り消されたんですか。そこが今回の事件の面白いところです。最高裁は、法令違反はあると認めながら、被告人に実質的な不利益がなく検察官も直ちに判決の内容を知ったことから、判決を破棄するには至らないとして、上告を棄却しました。法令違反があることと、それを理由に判決が覆ることは、別の話だということです。

被告人の出頭——なぜ本人がそこにいなければならないか

被告人の出頭原則と免除される軽微事件3類型不出頭のまま開廷できる5類型を対比する板

次は被告人本人の出頭です。まず原則を確認します。

条文刑事訴訟法第286条

刑事訴訟法第286条 前三条に規定する場合の外、被告人が公判期日に出頭しないときは、開廷することはできない。

被告人が出頭しなければ、原則として公判は開けません。ここで「なぜ被告人本人がそこにいなければならないか」を考えてみてください。自分の運命が決まる裁判で、自分の言い分を自分で述べ、証拠に対して自分で反論する。これが防御権の中身です。他人任せにできない権利だからこそ、本人の出頭が原則になります。ただし出頭は義務であると同時に権利でもあるので、身柄の扱いにも歯止めがあります。

条文刑事訴訟法第287条第1項

刑事訴訟法第287条第1項 公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。但し、被告人が暴力を振い又は逃亡を企てた場合は、この限りでない。

法廷では原則として手錠などで拘束してはいけません。暴力を振るったり逃亡を企てたりした場合だけ例外です。防御活動を自由に行わせるためです。軽微な事件では、免除される類型があります。50万円以下の罰金や科料にあたる事件では、被告人は出頭しなくてよく、代理人を出頭させることもできます。

条文刑事訴訟法第284条

刑事訴訟法第284条 五十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、五万円)以下の罰金又は科料に当たる事件については、被告人は、公判期日に出頭することを要しない。ただし、被告人は、代理人を出頭させることができる。

例えば、うっかり人にけがをさせた過失傷害罪は、30万円以下の罰金または科料なので、この284条に当たり、本人が来なくても審理できます。これに対して、以前見たAさんのコンビニでの万引き、つまり窃盗罪は、上限が10年の拘禁刑なので、このあと見る285条にも当たらず、原則どおり毎回本人が出頭しなければなりません。拘留にあたる事件では判決を宣告する期日を除いて、長期3年以下の拘禁刑・50万円を超える罰金にあたる事件では、それに加えて起訴状の朗読から始まる冒頭手続の期日も除いて、裁判所の許可があれば出頭しなくてよいとされています。

条文刑事訴訟法第285条第1項・第2項

刑事訴訟法第285条第1項・第2項 拘留に当たる事件の被告人は、判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない。その他の場合には、裁判所は、被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めるときは、被告人に対し公判期日に出頭しないことを許すことができる。 長期三年以下の拘禁刑又は五十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、五万円)を超える罰金に当たる事件の被告人は、第二百九十一条の手続をする場合及び判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない。その他の場合には、前項後段の例による。

ここまでは「そもそも出頭義務がない」場面でした。もう一つ別に、出頭義務はあるのに、本人が欠けたまま開廷できる場面があります。5つ挙げます。被告人が法人で、代理人が出頭する場合。心神喪失の状態で、無罪や免訴、刑の免除、公訴棄却になることが明らかな場合。これは以前見た、心神喪失なら手続を止めるという314条1項の、ただし書の場面です。勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒否したり、連れてくることを著しく困難にした場合。裁判所の許可なく退廷したり、秩序を乱して退廷を命じられた場合。そして、証人が被告人の前では十分に話せないために、一時的に被告人を退廷させる場合です。

5つの理由はばらばらですが、共通するのは「本人がその場にいなくても、防御の利益が損なわれない、あるいは損なわれてもやむを得ない」と判断できる場面だということです。なお控訴審では扱いが逆転していて、被告人は原則として出頭しなくてよく、裁判所が出頭を命じたときだけ出頭が必要になります。第一審の原則の裏返しですが、控訴審の手続そのものは別の回で扱います。

弁護人と必要的弁護——防御の実質をどう守るか

必要的弁護事件の範囲(289条1項・316条の29・350条の23)と職権付添いによる手当てを示す板 図:必要的弁護事件の範囲と職権付添いによる手当てを示す板

以前、死刑・無期・長期3年を超える拘禁刑にあたる事件では、弁護人がいなければ開廷できないという条文を見ました。以前、公判前整理手続と即決裁判手続の事件もこれにあたると少し触れました。正確には、第1回の公判のあとで同じように争点を整理する、期日間整理手続に付された事件も含まれます。重い事件だけでなく、争点を絞り込む特別な手続に乗った事件や、スピード審理の事件も、弁護人なしでは開廷できません。まず制度がどう手当てしているかを見ましょう。弁護人がいない、あるいは出頭しない・在廷しなくなったときは、裁判長が職権で弁護人を付けなければなりません。出頭しないおそれがあるだけの段階でも、裁判所は職権で弁護人を付けることができます。

条文刑事訴訟法第289条第2項・第3項

刑事訴訟法第289条第2項・第3項 弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないとき若しくは在廷しなくなつたとき、又は弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。 弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないおそれがあるときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる。

例えば、Aさんの窃盗事件も必要的弁護事件です。公判の当日にAさんの弁護人が急病で来られなければ、裁判長は職権で別の弁護人を付けなければならず、弁護人がいないまま進めることはできません。この平成16年改正の手当てに加えて、裁判所は必要と認めれば検察官や弁護人に、公判準備や公判期日への出頭・在廷を命じることができます。

条文刑事訴訟法第278条の3第1項

刑事訴訟法第278条の3第1項 裁判所は、必要と認めるときは、検察官又は弁護人に対し、公判準備又は公判期日に出頭し、かつ、これらの手続が行われている間在席し又は在廷することを命ずることができる。

制度上はそう手当てされています。ところが、それでもどうにもならなかった事件があります。被告人自身が公判期日への不出頭を繰り返し、自分の弁護人にも出頭しないよう要求して、それを飲ませるために弁護人やその家族を脅すなどした事案です。10年に及ぶ審理の末、最高裁はこう判断しました。

判例最決平7・3・27刑集49巻3号525頁〈百選52〉

必要的弁護事件で弁護人なしの開廷 「裁判所が弁護人出頭確保のための方策を尽したにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その事態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、刑訴法二八九条一項の適用がないものと解するのが相当である。」

理由も見ておきましょう。被告人はもはや必要的弁護制度による保護を受けられる立場ではなく、実効ある弁護活動も期待できません。それに、必要的弁護の制度は被告人の防御の利益だけでなく、適正かつ迅速な審理を実現することも目的にしているので、被告人が自分でその目的を壊してしまう事態は、法がそもそも想定していない、という理屈です。裁判所が尽くせる手を尽くし、それでも解消できないという極めて限定された場合だけ、この例外が働きます。

第1審公判手続の全体像——地図をひとつ持っておく

冒頭手続証拠調べ手続弁論手続判決宣告という第1審公判手続の全体の流れを示すフロー板

ここで一度、第1審の公判手続全体がどう流れるかを、地図として渡しておきます。中身は今日は扱いません。順番だけつかんでください。大きく3つの手続に分かれ、そのあとに判決の宣告が続きます。まず冒頭手続。人定質問、起訴状の朗読、黙秘権などの告知、罪状認否と進みます。次に証拠調べ手続。検察官の冒頭陳述から始まり、証拠調べの請求・証拠に対する意見・証拠採否の決定・実際の証拠調べという流れが、まず検察官側の立証で、続いて被告人・弁護人側の立証で繰り返されます。最後に弁論手続。検察官の論告・求刑、弁護人の弁論、被告人の最終陳述で結審し、判決の宣告に至ります。

訴訟指揮権——当事者主義の下で誰が場を仕切るか

訴訟指揮権の主体である裁判長と尋問の制限求釈明という典型例を示す板 図:訴訟指揮権の主体である裁判長と尋問の制限求釈明という典型例を示す板

以前、訴因変更を経ずに事実認定してよいかを検討する場面で、求釈明という言葉に触れたのを覚えていますか。今日出てくる求釈明も同じ条文にもとづくものですが、働く場面が違います。今日のものは、訴訟活動全般を明確にするための、裁判長の一般的な権限そのものです。まずその土台である訴訟指揮権から見ていきます。刑事訴訟では、検察官と被告人という当事者が主張と立証の主役になります。とはいえ、誰かが進行を管理しなければ、審理は前に進みません。当事者主義のもとでも、裁判所は当事者の活動が適正に進むよう、後見的に整理する役目を持ちます。これが訴訟指揮権です。公判期日の内外を問わず、明文の規定があるかどうかも問わず、裁判所がその地位にもとづき当然に持っている権能だと解されています。公判期日中の具体的な指揮は、裁判長が行います。

条文刑事訴訟法第294条

刑事訴訟法第294条 公判期日における訴訟の指揮は、裁判長がこれを行う。

合議体全員でいちいち相談していては、審理が止まってしまいます。迅速に、機動的に場を動かすために、裁判長ひとりに委ねられています。典型例を2つ見ましょう。1つは、尋問や陳述を制限する権限です。

条文刑事訴訟法第295条第1項前段

刑事訴訟法第295条第1項前段 裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。

同じ質問の繰り返しや、事件と関係のないやり取りを止める権限です。例えば、証人がもう答えた同じ質問を、三度目に繰り返されたら、裁判長は「その点は既に答えています」と止めることができます。もう1つが、主張が不明確・矛盾しているときに、その趣旨をはっきりさせるよう求める求釈明です。

条文刑事訴訟規則第208条第1項・第3項

刑事訴訟規則第208条第1項・第3項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。 訴訟関係人は、裁判長に対し、釈明のための発問を求めることができる。

あちらは訴因変更を経ずに事実認定してよいかという特定の局面で問題になる求釈明で、こちらは訴訟活動全般を対象にした、裁判長の一般的な権限です。訴訟指揮権にはこのほか、証拠調べの順序や範囲、方法を定めたり変更したりする権限も含まれます。こちらは今日は、名前だけ押さえておいてください。なお、以前見た訴因変更命令は、312条2項という別の条文にもとづく権限です。

法廷警察権——対象は法廷にいる全員

訴訟指揮権と法廷警察権の対象範囲主体根拠条文の違いを対比する板 図:訴訟指揮権と法廷警察権の対象範囲主体根拠条文の違いを対比する板

訴訟指揮権のもう1つの側面が、法廷警察権です。同じ裁判長の権限の系列ですが、対象が大きく違います。法廷警察権は、訴訟関係人に限られません。傍聴人を含めて、法廷にいる者すべてに及びます。秩序を乱す行為があれば、傍聴人であっても対象になります。

条文刑事訴訟法第288条第2項

刑事訴訟法第288条第2項 裁判長は、被告人を在廷させるため、又は法廷の秩序を維持するため相当な処分をすることができる。

条文裁判所法第71条第1項・第2項

裁判所法第71条第1項・第2項 法廷における秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官がこれを行う。 裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる。

例えば、傍聴席で大声を出し続けて審理を妨げる人には、裁判長が退廷を命じることができます。行使する主体も、裁判長、または合議体でなく一人で開廷した裁判官です。もう1つ、写真撮影や録音、放送についても許可制になっています。

条文刑事訴訟規則第215条

刑事訴訟規則第215条 公判廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければ、これをすることができない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。

この点が実際に争われた有名な事件があります。傍聴人が法廷でメモを取ることが、この法廷警察権との関係でどこまで許されるかが問題になりました。

判例最大判平元・3・8民集43巻2号89頁

レペタ事件(法廷でのメモ) 「公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べれば、はるかに優越する法益であることは多言を要しないところである……しかしながら、それにもかかわらず、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものということができる。」

訴訟の公正な運営がメモの自由より重い利益だと認めたうえで、実際にメモを取る行為がその運営を妨げることは通常考えにくいから、特段の事情がない限りメモは自由にしてよい、という組み立てです。原則は自由、制限は例外です。写真や録音は許可がなければできないのに対して、メモは特段の事情がない限り自由。この対比で押さえてください。

今日の地図(保存版)

開廷に必須の人被告人の出頭必要的弁護手続の地図訴訟指揮権法廷警察権という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。開廷に欠かせない人が欠けたときの効果は一律ではなく、裁判官を欠けば絶対的控訴理由、検察官を判決宣告の場で欠けば法令違反になり得る、という違いを見ました。被告人本人の出頭は防御権の保障が理由で原則必須ですが、軽微な事件や本人不在でも防御の利益が損なわれない場面では例外があります。必要的弁護は、防御の実質を守るための制度なので、その保護に値しない極限状況だけ例外が働きます。そのうえで、第1審手続全体の地図と、当事者主義を後見する訴訟指揮権、法廷にいる全員に及ぶ法廷警察権を見ました。

今日出てきた権限は、どれも「誰の・何を守るためか」で考えると整理しやすいですね。

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#90単独ページ動画

弁論の分離・併合と公判手続の停止・更新

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:まとめて裁くか分けて裁くか

共犯とされる二人が同じ被告人席にいる状況から今日の問いを立てる導入板 図:共犯とされる二人が同じ被告人席にいる状況から今日の問いを立てる導入板

前回は、公判廷の中を裁判所がどう仕切るかを見ました。今日は視点を変えて、事件そのものの扱い方に入っていきます。共犯者の一人に、もう一人についての話を証言としてさせたいときにどうするかは、今日のテーマの一つである、事件をまとめて裁くか分けて裁くかという問題につながります。複数の事件をまとめて審理するのか分けて審理するのか、そしてもう一つ、審理が途中で止まったり、裁判官が入れ替わったりしたときに何が起きるのかを見ていきます。先に答えの方向だけ言っておくと、まとめる・分ける・止める・引き継ぐは、どれも被告人がきちんと自分を守れる状態を保ったまま審理を進めるための仕組みです。

「弁論」とは何か——分離・併合の2種類

弁論=審理全体であること主観的併合分離と客観的併合分離の違いを示す板 図:弁論=審理全体であること主観的併合分離と客観的併合分離の違いを示す板

まず言葉の確認からです。ここで言う「弁論」は、最終弁論のような一場面の意見陳述ではなく、公判の審理全体を指す広い意味で使われています。この広い意味の弁論を前提に、複数の事件の審理を一つにまとめることを弁論の併合、逆に一つにまとまっていた審理を分けることを弁論の分離といいます。まとめ方には2種類あります。複数の被告人の事件を一緒にしたり分けたりするのが主観的併合・分離、一人の被告人が抱える複数の訴因を一緒にしたり分けたりするのが客観的併合・分離です。

313条1項の裁量と313条2項・規則210条の義務

313条1項の裁量的併合分離と313条2項規則210条の義務的分離を利益と必要で対比する板

弁論の分離・併合を決めるのが、313条1項です。

条文刑事訴訟法第313条第1項

刑事訴訟法第313条第1項 裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。

「適当と認めるとき」に、請求または職権で、裁判所が決定で分離・併合・再開を決められます。以前見た訴訟指揮権の一場面と考えてください。訴訟指揮権はもともと裁判所の権能で、公判期日の中での具体的な指揮を裁判長が担う、という話でした。分離・併合は、条文のとおり裁判長ひとりではなく、裁判所が決定の形で決めます。この裁量を後押しする理由が、併合の利益です。たとえば一人の被告人が窃盗の事件を二つ抱えているとします。二つをまとめて審理すれば、証人を呼ぶのも一度で済みますし、量刑もまとめて考えられるので、本人にとって有利になりやすいんです。共犯事件でも同じで、同じ証人を一度尋問すれば足り、一つの事実関係を矛盾なく確定できます。

併合にも例外があります。まとめたせいで、かえって被告人が自分を守れなくなる場合です。そのための規定が313条2項です。

条文刑事訴訟法第313条第2項

刑事訴訟法第313条第2項 裁判所は、被告人の権利を保護するため必要があるときは、裁判所の規則の定めるところにより、決定を以て弁論を分離しなければならない。

条文刑事訴訟規則第210条

刑事訴訟規則第210条 裁判所は、被告人の防禦が互に相反する等の事由があつて被告人の権利を保護するため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離しなければならない。

1項が「適当と認めるとき」の裁量だったのに対して、2項は「必要があるとき」の義務です。規則210条がその中身を具体化していて、被告人どうしの防御が互いに相反するときが典型として挙げられています。同じ弁論の場で、共同被告人が互いに罪をなすりつけ合っていたら、それぞれの弁護人は、検察官への反論よりも相手の主張を崩すことに力を割かれてしまい、公正な防御ができなくなります。併合の利益と比べるなら、必ず被告人の権利保護が勝ちます。証人を何度も呼ぶ手間が増えても、防御が正面からぶつかり合っている以上、まとめる利益より守るべき権利のほうが重いからです。裁量と義務、この対比で押さえてください。

法律関係の個別性——一緒に裁かれていても別々

併合されていても証拠の請求と同意の効果は被告人ごとに別個であることを示す対比表 図:併合されていても証拠の請求と同意の効果は被告人ごとに別個であることを示す対比表

併合されて共同被告人になっても、押さえておくべき原則があります。それぞれの法律関係は、被告人ごとに別個だということです。検察官は被告人ごとに違う証拠の取調べを請求できますし、被告人・弁護人も、被告人ごとに証拠に同意するか不同意にするか、別々に意見を述べます。同意するかどうかは、それぞれの被告人が自分の防御として決めることだからです。たとえば、検察官が共犯とされる二人のうち一人については、目撃証人の供述調書を証拠として請求したとします。その被告人が同意すれば、調書はそのまま証拠になります。でも、もう一人の被告人がその証人を知らず、同意していなければ、その調書はもう一人の事件については証拠になりません。検察官は、もう一人に対しては、証人を法廷に呼んで直接尋問するなど、別の立証方法を用意しなければならないんです。一方のためだけに出された証拠を、もう一方のために流用することも許されません。

さっきの、冒頭の共犯の二人の話に戻ってもいいですか。一人がもう一人に不利な話をしたいとき、同じ被告人席にいる間はどうなるんでしたか。ここがつながります。法律関係が被告人ごとに別個だとしても、同じ弁論の中で共同被告人どうしである限り、互いを証人として尋問することはできません。被告人には黙秘権があり、終始黙っていてよい立場です。ところが証人は、宣誓したうえで、聞かれたことに答える義務を負います。同じ人物を被告人のまま証人にすると、この二つがぶつかってしまうんです。だから証人になるには、いったんその弁論から抜けて、被告人という立場を離れる必要があります。つまり、弁論を分離すれば、相手を証人として尋問できる可能性が生まれます。ただし、実際にどこまで証人として扱えるか、その中身は証拠法の論点になるので、別の回で扱います。

公判手続の停止——防御できない状態で進めない

314条各項の停止事由と312条7項の停止を被告人が防御できないときは進めないという趣旨で束ねる比較表

次は、審理の進め方そのものではなく、審理を止めるかどうかの話です。以前、314条1項を見たときに、被告人としての重要な利害を弁別してそれに従って相当な防御をする力、つまり訴訟能力の話をしました。覚えていますか。訴訟能力を欠いていて、回復の見込みがないときは、公訴棄却で終わらせる、という出口の話でした。314条1項は、この停止の制度全体の中でどう位置づけられるかを、今日はあらためて見ていきます。314条には、審理を進めると被告人が困ってしまう場面がいくつか並んでいます。まず1項、被告人の心神喪失です。

2項は、被告人が病気のために出頭できないとき、3項は、事件の証明に欠かせない重要な証人が病気で出頭できないときです。

条文刑事訴訟法第314条第2項

刑事訴訟法第314条第2項 被告人が病気のため出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。但し、第二百八十四条及び第二百八十五条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない。

条文刑事訴訟法第314条第3項

刑事訴訟法第314条第3項 犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調をするのを適当と認める場合の外、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。

1項は、被告人自身が、審理の内容を理解して自分の身を守るための判断そのものができない状態です。2項は、判断はできても体調のせいで法廷に来られない状態、たとえば入院中で出てこられない場合です。3項は、被告人ではなく重要な証人の側が病気で来られない状態です。誰の、どんな事情で審理を止めるのかが、項ごとに違うわけです。2項には、その但書があります。284条や285条で代理人を出頭させている場合は、この限りではありません。もともと本人の出頭が要らない事件では、病気で停止する必要もないということです。3項にも但書があり、公判期日の外で証人を取り調べるほうが適当なら、止めずにそちらで進めます。そして、この3つのどれで止めるときも、必ず医師の意見を聴かなければなりません。

条文刑事訴訟法第314条第4項

刑事訴訟法第314条第4項 前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。

もう一つ、以前見た停止を思い出せますか?訴因や罰条が追加・変更されて、被告人の防御に実質的な不利益が生じるおそれがあるときの停止です。314条の停止は原因が被告人や証人の健康状態、312条7項の停止は原因が訴因の変更と、きっかけは違います。ですが、どちらも、被告人がきちんと自分を守れない状態のまま審理を進めてはいけない、という共通の理由から来ています。原因は違っても、目的は同じだと押さえてください。

公判手続の更新——裁判官が替わったとき

315条の更新と規則213条の更新原因を直接主義口頭主義の要請として並べる一覧板 図:315条の更新と規則213条の更新原因を直接主義口頭主義の要請として並べる一覧板

最後に、更新です。以前、直接主義と口頭主義を見ました。証拠に自分自身で触れた裁判官が判断するのが直接主義でしたね。この直接主義があるので、開廷後に裁判官が交替すると問題が起きます。交替前の証人尋問や証拠調べの様子を、交替後の裁判官はその場で見ていないので、そのままでは立ち会っていない裁判官が判決を書くことになってしまうからです。前に出てきた歌のコンテストで言えば、前半の歌を聞いていない審査員が、途中から入って点数をつけるようなものです。

条文刑事訴訟法第315条

刑事訴訟法第315条 開廷後裁判官がかわつたときは、公判手続を更新しなければならない。但し、判決の宣告をする場合は、この限りでない。

そこで、それまでの審理の効力は保ちながら、直接主義・口頭主義の要請を満たすために必要な手当てをすることを、公判手続の更新といいます。ただし但書があって、審理はもう終わっていて、交替した裁判官が判決を宣告するだけなら、更新は要りません。判決を読み上げるだけなら、証拠に自分で触れているかどうかは問題にならないからです。裁判官が替わる場面以外にも、更新が必要な場合はあるんですか。あります。開廷後、被告人の心神喪失で公判手続を止めていて、また審理を再開するときです。

条文刑事訴訟規則第213条第1項・第2項

刑事訴訟規則第213条第1項・第2項 開廷後被告人の心神喪失により公判手続を停止した場合には、公判手続を更新しなければならない。 開廷後長期間にわたり開廷しなかつた場合において必要があると認めるときは、公判手続を更新することができる。

停止していた間に、それまでの審理の内容の記憶や理解が薄れてしまうおそれがあるので、再開するときは更新が義務になります。2項は、長期間開廷しなかった場合に、裁判所が必要と認めれば更新できるという裁量的な規定です。このほか、簡易公判手続や即決裁判手続の決定が取り消されたときにも、更新が必要になる場面があります。簡易公判手続は、被告人が法廷で罪を認めた事件で、重い罪を除き、証拠調べを簡単な方法で進める手続です。即決裁判手続は、以前見た、争いの無い軽い事件をできる限りその日のうちに終える手続でした。いずれも、審理の実質を裁判所自身がもう一度きちんと把握し直すための手当てだと考えてください。

更新は、それまでの審理を捨てて一からやり直す手続ではありません。そこが誤解しやすいところです。規則213条の2を見てください。

条文刑事訴訟規則第213条の2

刑事訴訟規則第213条の2(三号・四号) 更新前の公判期日における被告人若しくは被告人以外の者の供述を録取した書面又は更新前の公判期日における裁判所の検証の結果を記載した書面並びに更新前の公判期日において取り調べた書面又は物については、職権で証拠書類又は証拠物として取り調べなければならない。ただし、裁判所は、証拠とすることができないと認める書面又は物及び証拠とするのを相当でないと認めかつ訴訟関係人が取り調べないことに異議のない書面又は物については、これを取り調べない旨の決定をしなければならない。(三号) 裁判長は、前号本文に掲げる書面又は物を取り調べる場合において訴訟関係人が同意したときは、その全部若しくは一部を朗読し又は示すことに代えて、相当と認める方法でこれを取り調べることができる。(四号)

更新の中身は、順番で考えると分かりやすいです。まず原則として、三号にあるとおり、更新前の期日で取り調べた証拠を、裁判所が職権でもう一度、証拠書類・証拠物として取り調べ直します。ですが、これをいちいち朗読していては時間がかかります。そこで次に四号があって、訴訟関係人が同意すれば、朗読などをせずに「相当と認める方法」で取り調べることができるとされています。この四号があるので、実務では検察官・弁護人が「従前のとおり」と一言述べるだけで更新が終わることが多いんです。

今日の地図(保存版)

分離併合の裁量と義務法律関係の個別性停止更新という今日の道筋を一本にまとめる板 図:分離併合の裁量と義務法律関係の個別性停止更新という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。弁論の分離・併合は313条1項の裁量が原則ですが、共同被告人の防御が相反するときは313条2項・規則210条で分離が義務になります。併合されていても法律関係は被告人ごとに別個で、この個別性が、分離すれば共同被告人を証人として尋問できるかという問いにつながっていました。公判手続の停止は、314条の各事由も312条7項の訴因変更も、被告人がきちんと自分を守れない状態のまま審理を進めないという共通の理由で束ねられます。そして公判手続の更新は、裁判官の交替という場面で直接主義・口頭主義を保つための手当てで、判決の宣告だけなら不要でした。

分ける・止める・引き継ぐ、どれも被告人がきちんと防御できる状態を保つための仕組みなんですね。

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#91単独ページ動画

被告人勾留と保釈

第4章 公判手続 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:起訴されたあとも拘置所にいるのか

起訴後も拘置所に留まる被告人と保証金を挟んで外に出る被告人を並べた導入板 図:起訴後も拘置所に留まる被告人と保証金を挟んで外に出る被告人を並べた導入板

前回は、事件をまとめて裁くか分けて裁くか、そして審理が止まったり引き継がれたりする場面を見ました。今日は視点を変えて、被告人自身の身柄がどう扱われるかに入っていきます。起訴された。裁判は何か月も続くこともありますよね。そのあいだずっと拘置所にいるんですか。それとも、保証金を払えば出られるんですか。両方あり得ます。起訴されたあとも身柄の拘束、つまり勾留は続きます。ただし、起訴されたあとだけに使える保釈という制度があって、条件を満たせば外に出られます。ただ、払えば必ず出られるわけではありません。今日は、起訴されたあとの勾留がそれ以前とどう違うのか、そして保釈がいつ認められ、いつ取り消されるのかを見ていきます。

被告人勾留とは何か——同じ勾留のバトンが渡る

被疑者勾留から被告人勾留へバトンが渡るイメージを示す板 図:被疑者勾留から被告人勾留へバトンが渡るイメージを示す板

まず復習です。前の章で見た被疑者勾留の要件を、思い出せますか?罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があって、住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれかがあるとき、でした。実は、この60条1項は被告人勾留の条文そのもので、被疑者勾留の場面では、前の章で見た207条1項の授権で、これを被疑者にも読み替えて使っています。つまり、勾留の目的と要件そのものは、被疑者段階でも被告人段階でも変わりません。逃亡と罪証隠滅を防ぐための身体拘束という点で、同じ制度が続いているんです。イメージとしては、同じバトンが渡されると考えてください。捜査段階では、検察官が請求して初めて、裁判官がこのバトンを動かします。起訴という合図で、バトンは裁判所の側に渡り、そこから先は、請求がなくても裁判所が自分の判断で、より長い区間を走ります。バトンは1本のまま、何が動かすきっかけになるかと、走る区間の長さだけが変わるんです。周りの仕組みも、前の章で見たものがほとんど同じ規定で働きます。弁護人以外との面会を止める接見等禁止、勾留の理由を公開の法廷で示させる勾留理由の開示、理由や必要が無くなった勾留を終わらせる取消し、勾留を残したまま親族に預けるなどして一時的に外へ出す執行停止です。

被告人勾留と被疑者勾留の5つの違い

逮捕前置検察官の請求期間接見指定保釈の可否の5項目で被告人勾留と被疑者勾留を対比する表

目的と要件が同じ一方で、走者が変わることで変わる部分があります。5つに整理します。1つ目、逮捕前置。被疑者勾留は逮捕が前提として必要ですが、被告人勾留は起訴の時点ですでに慎重な手続を経ているので、逮捕前置は要りません。2つ目、検察官からの請求。被疑者勾留は検察官の請求が必要ですが、被告人勾留は裁判所が職権で判断できるので、請求は要りません。3つ目、期間です。被疑者勾留は原則10日、延長してもさらに10日まで、あわせて最長20日ですが、被告人勾留は起訴の日から2か月プラス1か月ごとの更新と、走る区間がぐっと長くなります。ここは次で深掘りします。4つ目、接見指定です。捜査機関は、公訴提起前に限り、弁護人等との接見の日時や場所、時間を、捜査の必要から指定できます。起訴されたあとは、起訴された事件については、この接見指定はもう使えません。接見交通権の回で見たとおり、未起訴の余罪で身柄を拘束されているときだけは別です。ちなみに、さっきの接見等禁止は、これとは別の制度で、被疑者・被告人どちらの段階でも働きます。

被疑者勾留には保釈という弁が付いていませんが、被告人勾留には付きます。この最後の違いが、今日の後半のテーマにそのままつながります。

勾留期間と更新——60条2項の深掘り

60条2項の原則2か月と更新1回の枠を89条1号3号4号6号だけ枠が外れる形で示す板

条文刑事訴訟法第60条第1項

刑事訴訟法第60条第1項 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

条文刑事訴訟法第60条第2項

刑事訴訟法第60条第2項 勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。

2項をよく見てください。原則は、起訴の日から2か月、そして継続の必要があれば1か月ごとに更新できます。ただし更新は原則1回だけ。つまり通じて3か月が枠です。裁判の審理には時間がかかるので、区間が長くなるのは自然な話です。ただ、但書があります。89条1号、3号、4号、6号のどれかに当たる場合は、更新回数の制限が外れます。この4つの号は、あとで権利保釈の除外事由として同じ番号で出てきます。重い罪、常習犯、罪証隠滅のおそれ、氏名住居不明といった事情がある被告人については、更新に上限を設けず、判決が出るまで拘束を続けられるということです。

更新の制限が外れる号と、保釈が拒まれる号が、同じ番号なんです。そこは条文の作り方として覚えておくと、あとの権利保釈のところが楽になります。同じ事情が「長く拘束してよい理由」にも「保釈を拒む理由」にもなっている、という関係です。

起訴での自動切替えと判断主体

同一事実での起訴なら勾留質問なしで切替えその他の起訴なら職権判断と勾留質問ありに分かれるフロー

バトンが渡るとき、いつも同じようにスムーズに渡るわけではありません。被疑者勾留の基礎になっていた事実と同じ事実で起訴された場合は、特段の手続なしで、公訴提起と同時に被告人勾留に切り替わります。理由は2つの条文の組合せです。208条1項は、勾留の請求から10日以内に起訴しないなら直ちに釈放せよ、と定めています。裏を返せば、期間内に起訴すれば釈放しなくてよい。そして60条2項は、被告人勾留の期間を公訴提起の日から数えます。だから、起訴の日からそのまま被告人勾留として続く、と読めるんです。だから、この場合は61条の勾留質問、つまり裁判官が本人に会って疑いの中身を告げ、言い分を聴く手続を、やり直しません。前の章で見たとおり、被疑者勾留のときに一度済ませているからです。ただし、自動でパスされない場面もあります。①被疑事実と別の事実で起訴する場合、②在宅のまま起訴する場合、③逮捕後に被疑者勾留をせず直ちに起訴する場合、④すでに別件で被告人勾留されている人について、その余罪の方は逮捕・勾留の手続を経ないまま起訴する場合です。この4つでは、裁判所・裁判官が職権で勾留するかを判断し、そのときに勾留質問を行います。

たとえばCさんが、知人を殴ってけがをさせた傷害の疑いで逮捕・勾留され、その傷害で起訴されたとします。同じ事実なので、バトンは自動でパスされます。これに対して、第4章の最初の回で見た、コンビニで万引きをして、逮捕されないまま窃盗で起訴されたAさんのような人を裁判所が勾留するなら、渡すバトンがそもそもありません。②の在宅起訴にあたり、勾留質問から始めることになります。誰が勾留に関する処分を判断するかも、被疑者段階とは違います。そこも押さえておきましょう。

条文刑事訴訟法第280条

刑事訴訟法第280条 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

第1回公判期日より前は、これから審理を担当する裁判体には入っていない別の裁判官が、職権で勾留に関する処分を行います。これは予断排除の原則、つまり事件の中身を先に知ってしまった裁判官が審理そのものを担当しないための仕組みです。第1回公判期日のあとは、実際に審理する裁判所自身が判断します。この主体の切り替わりは、これから見る保釈でも共通のルールです。

保釈とは何か——重しを預けて陸に上がる

港に停泊したままの勾留という船と保証金という重しを預けて上陸する被告人のイメージ板

ここから保釈です。保釈は、被疑者段階には無い制度で、起訴されたあとの被告人勾留だけに認められます。保釈を、こう考えてください。勾留という船は、ずっと港に停泊したままです。保釈は、その船を出港させる、つまり勾留そのものをやめる制度ではありません。保証金という重しを港に置いていけば、しばらく陸に上がってよい、という許可です。約束を破れば重しは取り上げられ、また船に戻されます。条文上は、保釈は勾留の執行を一時停止する制度と位置づけられます。勾留という裁判そのものは形の上では残ったままなので、保釈中も勾留の効力は続いていますし、実刑判決が宣告された瞬間には、この「陸に上がる許可」自体が当然に切れます。ここはあとで、取消しとの対比で詳しく見ます。では、その許可の出し方に3つの段階があります。

権利保釈——原則、請求があれば許す

権利保釈の原則と89条各号の除外事由という6枚の踏み板を示す板 図:権利保釈の原則と89条各号の除外事由という6枚の踏み板を示す板

権利保釈で保釈を拒める理由の中に「逃亡のおそれ」が入っているかどうか、このあとの条文を一緒に読んで確認しましょう。その前に、なぜ保釈が原則なのかを押さえておきます。被告人は、まだ有罪と決まっていない人です。無罪推定の原則が働いていますし、自分の裁判に備えて弁護人と打ち合わせるにも、外にいるほうがずっと動きやすい。だから、拘束を続ける特別な理由が無い限り、請求があれば出す。これが89条の出発点です。

条文刑事訴訟法第89条

刑事訴訟法第89条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える拘禁刑に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。三 被告人が常習として長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。

これが権利保釈です。原則、請求があれば必ず許さなければなりません。ただし6つの除外事由があります。踏み板のようなものだと考えてください。原則としては誰でも上がれる階段ですが、6枚のうちどれかを踏んでしまうと、その踏み板からは上がれなくなります。1号は重い罪、2号は前科、3号は常習犯、4号は罪証隠滅のおそれ、5号は被害者への加害・畏怖、6号は氏名住居不明です。「逃亡のおそれ」は、この6つのどこにも入っていません。これが89条の引っかけです。保釈と聞くと逃亡のおそれをまず思い浮かべますが、権利保釈の除外事由には無いんです。なぜ入っていないのか。逃亡は、保証金という重しで防ぐ仕組みになっているからです。逃げれば重しを取り上げられる、その圧力で出頭を確保する。だから逃亡のおそれは除外事由にせず、保証金の額や、次に見る裁量保釈の判断の中で考えるんです。

勾留の基礎になっている事実を基準に判断します。たとえば4号の罪証隠滅のおそれなら、起訴された事件について証拠を隠す可能性があるかどうかで見るということです。さっきのCさんで考えます。傷害の罪は、法定刑の下限が1年より軽いので、1号の重い罪には当たりません。前科も無く、住まいも決まっていて、証拠もそろっているなら、6枚のどれも踏みません。多少逃げそうな気配があっても、裁判所は保釈を許さなければなりません。ところが、Cさんが逮捕される前に、殴った場面を見ていた友人に、警察には何も見ていないと言え、と繰り返し電話していたらどうでしょう。これは4号の罪証隠滅のおそれに当たりえます。そうなると、権利保釈の階段からは上がれません。

裁量保釈——それでも裁判所が出してよいと判断する

除外事由に当たった被告人にも90条の考慮事情を通じて裁判所が手を差し伸べる図 図:除外事由に当たった被告人にも90条の考慮事情を通じて裁判所が手を差し伸べる図

条文刑事訴訟法第90条

刑事訴訟法第90条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

89条の除外事由に当たって権利保釈が使えない場合でも、これで終わりではありません。裁判所は、逃亡や罪証隠滅のおそれの程度に加えて、拘束が続くことで被告人が受ける健康上・経済上・社会生活上・防御準備上の不利益の程度、その他の事情を考慮して、適当と認めれば、職権で保釈を許すことができます。ここが裁量保釈です。職権保釈とも呼ばれます。さっき出てきた「逃亡のおそれ」は、ここで初めて条文上の考慮要素として登場します。除外事由に当たった被告人にも、裁判所がこの物差しで判断して、手を差し伸べる余地がある段階だとイメージしてください。さっきのCさんで言えば、口止めの電話で4号に当たっても、それで終わりではありません。たとえば、持病の治療を続けなければならない、一人で親の介護を担っている、といった事情があれば、口止めのおそれがどの程度かと、拘束が続く不利益とを比べたうえで、裁判所が職権で保釈を許すことがあり得ます。

義務的保釈——拘禁が不当に長引いたときの義務

権利保釈除外事由裁量保釈義務的保釈を一本の階段として重ねる保釈の全体構造板 図:権利保釈除外事由裁量保釈義務的保釈を一本の階段として重ねる保釈の全体構造板

条文刑事訴訟法第91条第1項

刑事訴訟法第91条第1項 勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、裁判所は、第八十八条に規定する者の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消し、又は保釈を許さなければならない。

裁量保釈が「出してもよい」だったのに対して、91条は「出さなければならない」です。勾留による拘禁が不当に長くなったときは、裁判所は、請求または職権で、勾留を取り消すか、保釈を許すか、どちらかをしなければなりません。有罪と決まっていない人を、裁判が長引いたからといっていつまでも閉じ込めておけば、刑罰を先に科しているのと変わらなくなるからです。このうち保釈を許すほうが義務的保釈です。一本の階段として整理できます。1段目、原則として誰でも上がれる階段が権利保釈です。ただし6枚の踏み板があって、踏むと上がれなくなります。それでも、裁判所が事情を見て手を差し伸べれば上がれるのが裁量保釈です。そして、長く足止めされ過ぎた人には、裁判所が手を差し伸べる義務がある、それが義務的保釈です。原則、例外、例外への手当て、そのさらに手当て、という一本の流れで押さえてください。冒頭の問いに戻ると、保証金を払えば必ず出られるわけではなく、この階段のどこで止まるかで決まります。そして、出られたとしても、勾留そのものは続いています。

保釈における余罪の考慮

起訴されていない余罪を理由に不許可にはできないが一資料としてなら考慮できるという線引きの板

もう一つ、細かい実務の論点があります。起訴されていない余罪そのものを、勾留の理由と同じように扱って保釈を拒むことは許されません。それをすると、起訴もしていない事件について実質的に別件で勾留しているのと同じことになってしまうからです。余罪がまったく考慮されないわけではありません。余罪を、89条4号の罪証隠滅のおそれを推測するための一つの資料として考慮することは許されます。裁量保釈のほうでも、諸般の事情の一つとして余罪を考慮することが認められています。理由そのものにはできないけれど、判断材料の一つにはなる、という線引きです。この当てはめの細かさは、論文で問われる典型論点でもあります。

Cさんに、起訴されていない別の暴行の疑いもあったとします。その暴行を罰するために閉じ込めておく、という理由で保釈を拒むことはできません。でも、その別の件でも目撃者に口止めをしていた形跡があれば、今回の傷害でも証拠を隠しそうだと推し量る材料にはなります。余罪は拒む理由ではなく、4号を判断する材料として使う、ということです。

保釈の手続——請求から釈放まで

請求検察官の意見聴取保証金額の決定納付執行という保釈手続の時系列フロー 図:請求検察官の意見聴取保証金額の決定納付執行という保釈手続の時系列フロー

保釈が許されるまでの手続を、時系列で見ていきます。まず請求権者です。

条文刑事訴訟法第88条第1項

刑事訴訟法第88条第1項 勾留されている被告人又はその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、保釈の請求をすることができる。

被告人本人のほか、弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系親族・兄弟姉妹が請求できます。弁護人などは、被告人本人の意思に反してでも、独立して請求できます。請求を受けた裁判所は、許可・却下のどちらの決定をするときも、必ず検察官の意見を聴きます。

条文刑事訴訟法第92条第1項

刑事訴訟法第92条第1項 裁判所は、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定をするには、検察官の意見を聴かなければならない。

どちらの結論であっても、必ず聴かなければなりません。保釈を許す決定をする場合には、保証金の額を必ず定めます。

条文刑事訴訟法第93条第1項

刑事訴訟法第93条第1項 保釈を許す場合には、保証金額を定めなければならない。

条文刑事訴訟法第93条第2項

刑事訴訟法第93条第2項 保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。

条文刑事訴訟法第93条第3項

刑事訴訟法第93条第3項 保釈を許す場合には、被告人の住居を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。

保証金額は、犯罪の性質や情状、証拠の証明力、被告人の性格や資産を考慮して、出頭を保証するに足りる金額でなければなりません。金額に加えて、住居の制限などの条件を付けることもできます。そして、決定が出ても、すぐに釈放されるわけではありません。

条文刑事訴訟法第94条第1項

刑事訴訟法第94条第1項 保釈を許す決定は、保証金の納付があつた後でなければ、これを執行することができない。

保証金を実際に納付したあとでなければ、決定を執行できません。つまり、お金を用意して初めて、陸に上がる許可が実行されるということです。

保釈の取消しと没取・失効との対比

96条の裁判所の判断を要する取消しと343条の判決宣告で当然に生じる失効を対比する板

保釈が始まったあと、それが終わる場面が2つあります。1つは取消しです。

条文刑事訴訟法第96条第1項

刑事訴訟法第96条第1項 裁判所は、次の各号のいずれかに該当する場合には、検察官の請求により、又は職権で、決定で、保釈又は勾留の執行停止を取り消すことができる。一 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。二 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。四 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。五 被告人が、正当な理由がなく前条第一項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をしたとき。六 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。

条文刑事訴訟法第96条第2項

刑事訴訟法第96条第2項 前項の規定により保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で、保証金の全部又は一部を没取することができる。

召喚を受けて正当な理由なく出頭しない、逃亡またはそのおそれ、罪証隠滅またはそのおそれ、加害・畏怖行為、条件違反などがあると、検察官の請求または職権で、裁判所が決定で保釈を取り消せます。前の章で見た87条の取消しは勾留そのものを終わらせましたが、ここで消えるのは保釈だけで、勾留は残ります。取り消す場合には、保証金の全部または一部を没取、つまり取り上げて国のものにすることもできます。約束を破れば、重しは取り上げられ、また船に戻される、というさっきの話がここに当たります。判決の宣告があれば、裁判所の判断を挟まず、保釈が当然に切れる場面もあります。それが失効です。

条文刑事訴訟法第343条第1項

刑事訴訟法第343条第1項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつたときは、保釈又は勾留の執行停止は、その効力を失う。

拘禁刑以上の実刑判決の宣告があったときは、保釈は当然に効力を失います。取消しとの違いは、ここです。取消しは、裁判所が事由の有無を判断して、決定という形で行う処分です。失効は、判決の宣告という事実さえあれば、裁判所の判断を挟まず当然に生じます。さらに343条は、89条の権利保釈の適用そのものも排除します。実刑判決が出たあとは、権利として保釈を求めることはできなくなるということです。

令和5年改正の逃亡防止措置——保証金だけでは防げなかった逃亡

監督者制度報告命令不出頭罪位置測定端末を施行済みと未施行に分けて示す板 図:監督者制度報告命令不出頭罪位置測定端末を施行済みと未施行に分けて示す板

最後に、比較的新しい改正の話です。保証金を積んでいても、実際に逃げられてしまう保釈中の逃亡事案が相次いだことを受けて、令和5年に法律が改正されました。改正で導入された仕組みをいくつか見ます。1つ目は監督者制度です。

条文刑事訴訟法第98条の4第1項

刑事訴訟法第98条の4第1項 裁判所は、保釈を許し、又は勾留の執行停止をする場合において、必要と認めるときは、適当と認める者を、その同意を得て監督者として選任することができる。

条文刑事訴訟法第98条の4第3項

刑事訴訟法第98条の4第3項 監督者は、被告人の逃亡を防止し、及び公判期日への出頭を確保するために必要な監督をするものとする。

裁判所は、保釈や勾留執行停止をする際に、必要と認めれば、適当な人をその同意を得て監督者として選任できます。監督者は、被告人が逃げないよう、そして公判期日にきちんと出頭できるよう、必要な監督をします。2つ目は、生活状況の報告義務です。裁判所は、保釈中や勾留執行停止中の被告人に、住居や仕事、通学の状況など、逃亡の判断に関わる生活上の事項を報告するよう命じることができます。正当な理由なく報告しない、または虚偽の報告をすると、保釈の取消し事由になります。続いて、3つ目は出頭命令です。保釈や勾留執行停止が取り消されたのに、まだ刑事施設に収容されていない被告人に対して、検察官が出頭すべき日時・場所を指定して命じることができ、正当な理由なく応じないと2年以下の拘禁刑に処せられます。4つ目は、不出頭そのものを罰する規定です。

条文刑事訴訟法第278条の2

刑事訴訟法第278条の2 保釈又は勾留の執行停止をされた被告人が、召喚を受け正当な理由がなく公判期日に出頭しないときは、二年以下の拘禁刑に処する。

保釈や勾留執行停止をされている被告人が、召喚を受けたのに正当な理由なく公判期日に出頭しないと、2年以下の拘禁刑に処せられます。ここまでは、すでに施行されています。もう一つ、位置測定端末、いわゆるGPSによる位置情報の取得も改正に盛り込まれています。ただし、これは新しい機器やシステムの整備が必要なため、他の制度より遅れていて、今の時点ではまだ施行されていません。

今日の地図(保存版)

バトンが渡る被告人勾留と重しを預けて陸に上がる保釈という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。被告人勾留は、被疑者勾留と同じ目的・要件を持つ同じ勾留のバトンが、起訴を境に、検察官の請求で動く段階から、裁判所が自分の判断で動かす段階へと渡るものでした。期間は2か月プラス更新、判断主体は裁判所です。保釈は、その勾留をやめる制度ではなく、保証金という重しを預けて一時的に陸に上がる制度で、権利保釈を原則に、除外事由という例外、それに手を差し伸べる裁量保釈、さらに義務としての義務的保釈という一本の階段になっていました。取消しは裁判所の判断を要する処分、失効は実刑判決の宣告だけで当然に生じる、という違いも押さえておいてください。

逃亡のおそれは89条の6つに入らず、90条の裁量保釈の考慮要素で初めて出てきます。引っかけとしてよく出るので、忘れないでください。

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#92単独ページ動画

冒頭手続と弁論手続

第4章 公判手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:法廷にいるのは、本当にその人か

冒頭で確かめること最後に述べ合うことを示す導入板 図:冒頭で確かめること最後に述べ合うことを示す導入板

前回は、起訴されたあとの身柄、被告人勾留と保釈を見ました。今日は視点を変えて、公判期日そのものに入っていきます。実はその前に、いくつかの決まった手続があります。まず、目の前にいる人物が本当に起訴状に書かれた被告人なのかを確かめ、起訴状を読み上げ、被告人と弁護人の言い分を聴きます。そして、証拠調べがすべて終わったあとにも、決まった手続があります。検察官・弁護人・被告人がそれぞれ最後の意見を述べて、審理が閉じます。今日は、この始まりと終わりの部分を1本の線でたどります。先に答えを言っておきます。始まりは、誰について何を裁くのかを確定させる場面。終わりは、証拠を見たうえで、どう判断すべきかを述べ合う場面です。そして冒頭陳述という手続は、名前に反してそのどちらでもなく、証拠調べの入口に属します。

今日は、公判期日の最初に何が起き、最後に何が起きるかに集中します。

人定質問——人違いでないことを確かめる

規則196条の確認事項と人定質問の趣旨を示す板 図:規則196条の確認事項と人定質問の趣旨を示す板

開廷が宣言されると、検察官が起訴状を朗読するより先に、裁判長がまず行うことがあります。人定質問です。

条文刑事訴訟規則第196条

刑事訴訟規則第196条 裁判長は、検察官の起訴状の朗読に先だち、被告人に対し、その人違でないことを確めるに足りる事項を問わなければならない。

具体的には、氏名・年齢・本籍・住居・職業を尋ねます。裁判所は、起訴状に書かれたこと以外、事件について何も知らない状態で審理を始めます。起訴状一本主義のところで見た原則ですね。証拠となりうる書類を事前に見せてもらえない以上、裁判所が被告人を特定する手がかりは、起訴状の記載しかありません。だから、法廷に立っている人物が本当にその記載どおりの人物かを、最初に確かめる必要があるんです。

今日扱う冒頭手続と弁論手続の範囲を示す第1審公判手続の全体フロー板 図:今日扱う冒頭手続と弁論手続の範囲を示す第1審公判手続の全体フロー板

ここで、第1審公判手続の全体の地図を、もう一度出しておきます。大きく①冒頭手続、②証拠調べ手続、③弁論手続に分かれ、そのあとに判決宣告が続くんでしたね。今日は①と③、つまり冒頭手続と弁論手続の中身に入っていきます。

被告人の確定——起訴状の名前と、実際に行動した人物がズレたら

表示説意思説行動説と実質的表示説の基準と難点を示す比較表 図:表示説意思説行動説と実質的表示説の基準と難点を示す比較表

人定質問は「起訴状に書かれた人物と、目の前の人物が同じか」を確かめる手続でした。ところが、この前提が崩れる場面があります。起訴状に書かれた名前どおりの人物を裁くのが、通常の流れです。でも、捜査段階で真犯人が他人の氏名を勝手に名乗り、その名前のまま起訴されてしまったらどうでしょう。起訴状には、氏名を騙られた無関係の人の名前が書かれています。この場合、誰を被告人として扱うべきか、という論点が出てきます。起訴状の名前をそのまま信じたら、無関係な人が被告人になってしまいます。そこが問題の核心です。考え方は大きく3つあります。①表示説は、起訴状に記載された者を被告人とします。基準は明確ですが、氏名を勝手に使われただけの無関係な者を被告人にしてしまう不合理が生じかねません。②意思説は、検察官が起訴しようとした者を被告人とします。ただ、検察官の内心をどう認定するかが難しい。③行動説は、実際に被告人として行動した者を被告人とします。これだけに頼ると、起訴状の記載から離れすぎて基準が不安定になります。

⭐ 論文で書く規範:実質的表示説 起訴状に記載された者を被告人とするのが原則であるが(表示説)、真犯人が他人の氏名を、冒用して起訴された場合など、表示説を貫くと不合理な結論を生じる場合には、意思説・行動説の考え方も考慮し、検察官の合理的意思や実際の行動の状況も踏まえて実質的・合理的に被告人を確定すべきである。 (実質的表示説(通説・判例))

そこで通説・判例は、表示説を基本にしつつ、意思説・行動説の考え方も加味して、実質的・合理的に判断する立場を採ります。実質的表示説と呼ばれます。

起訴状の名前Aと実際に手続に立ち続けた人物Bのズレを示す関係図 図:起訴状の名前Aと実際に手続に立ち続けた人物Bのズレを示す関係図

図で整理します。Aが起訴状に記載された氏名、Bが捜査段階から一貫して被疑者・被告人として取り調べられ、手続に登場してきた人物です。実質的表示説によれば、起訴状の記載に加えて、検察官が実際に誰を起訴しようとしたか、そして誰が手続の当事者として振る舞ってきたかを総合し、Bを被告人として扱うことになります。起訴状のAという名前は、Aと名乗っていたBを指す呼び名だった、と読むわけです。たとえば、配達伝票を思い浮かべてください。伝票には宛名が書いてありますが、これまで何度もその部屋のドアを開けて荷物を受け取り、サインまでしてきたのが、伝票の宛名とは違う人物だったとします。配達員は、伝票の名前だけを機械的に信じて突き返すべきか、それとも、これまで受取人として振る舞ってきた実態を重く見るべきか。伝票の記載を原則にしつつ、実際の受け取りの実態や、そもそも誰宛てに送ろうとしていたかという事情も踏まえて判断する。これが実質的表示説の発想に近いイメージです。

判例最決昭60・11・29(刑集39巻7号532頁)

氏名を、冒用したまま有罪判決を受けた事件 執行猶予の言渡しがあつた事件において、被告人が、捜査官に対しことさら知人である甲女の氏名を詐称し、かねて熟知していた同女の身上及び前科をも正確詳細に供述するなどして、あたかも甲女であるかのように巧みに装つたため、捜査官が全く不審を抱かず、指紋の同一性の確認をしなかつたことにより、当該判決の確定前に被告人自身の前科を覚知できなかつたという場合には、検察官は刑法二六条三号による執行猶予の取消請求権を失わない。

この判例は、知人の女性の氏名と経歴を詳しく名乗ったまま、執行猶予付きの有罪判決を受けた人の事件です。判決が確定したあとに本人の前科が見つかり、検察官が執行猶予の取消し、つまり猶予をやめて実際に刑を受けさせる請求をしました。猶予の前に受けていた刑が後から見つかったときの取消しで、刑法26条3号の場面です。最高裁は、偽って手続を受けた本人に対して取消しを請求できると判断し、その前提として、判決の効力は名前を使われた女性ではなく、名乗って手続を受けてきた本人に及ぶとしました。ただし、この事件で直接争われたのは、確定後に執行猶予を取り消せるかです。公判の途中で誰を被告人として扱うかの基準を、正面から述べたものではありません。名前ではなく、実際に手続を受けてきた人物に判決が結びつくという結論が、実質的表示説と整合すると位置づけられている判例です。

さっきの表を見ると、区別しなければいけないもう一つのケースがありました。身代わり出頭です。真犯人が起訴され、頼まれた別人が、その起訴された人物であるかのように法廷に出てきた場合ですね。この場合、起訴状に記載された人物が誰であるかは、最初から明確です。だから被告人を確定するという難しい判断は生じません。身代わりの人物を手続から解放し、改めて真犯人を召喚して、公判をやり直すことになります。氏名冒用は起訴状そのものの記載が食い違う場面、身代わり出頭は起訴状の記載は正しいのに出頭した人物が違う場面、と整理してください。

起訴状の朗読——全文が原則、求釈明で不明点を埋める

起訴状朗読の範囲全文原則求釈明を示す板 図:起訴状朗読の範囲全文原則求釈明を示す板

人定質問が終わると、検察官が起訴状を朗読します。

条文刑事訴訟法第291条第1項

刑事訴訟法第291条第1項 検察官は、まず、起訴状を朗読しなければならない。

朗読する範囲は、人定事項はすでに確認済みなので、公訴事実と罪名及び罰条の部分です。長い起訴状なら、要点だけかいつまんで読んでもいいんですか。許されません。法律上「朗読」という言葉が使われている以上、原則は全文です。かいつまんで要約するだけでは足りません。ただし、被害者等を特定する事項について秘匿決定がある場合には、その部分を省略したり仮名にしたりすることが認められています。口頭主義、つまり審理の中身は口頭で明らかにするという要請から、公判廷でこれから何を裁くのかを示し、被告人・弁護人には防御すべき対象を明らかにする機能があります。

条文刑事訴訟規則第208条第1項

刑事訴訟規則第208条第1項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。

起訴状の中身に不明な点があれば、被告人・弁護人が裁判長に発問を求め、裁判長自身が検察官に釈明を求めることができます。これが求釈明です。訴訟指揮権のところで見た、裁判長の一般的な権限と同じ条文にもとづくものです。今日はそれが、起訴状朗読が終わったあとの場面で働く、と押さえてください。

黙秘権等の告知——起訴状朗読の直後に

黙秘権等の告知3事項を示す板 図:黙秘権等の告知3事項を示す板

起訴状朗読のあと、裁判長は被告人に、次のことを告げます。

条文刑事訴訟法第291条第5項

刑事訴訟法第291条第5項 裁判長は、第一項の起訴状の朗読が終わつた後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。

条文刑事訴訟規則第197条第1項

刑事訴訟規則第197条第1項 裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、終始沈黙し又個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨の外、陳述をすることもできる旨及び陳述をすれば自己に不利益な証拠ともなり又利益な証拠ともなるべき旨を告げなければならない。

告げる内容は3つです。終始沈黙し、または個々の質問に陳述を拒むことができること。陳述することもできること。そして、陳述をすれば自己に不利益な証拠にも利益な証拠にもなりうること。ここで少し復習です。黙秘権そのものは、捜査の章で扱いました。どんな権利だったか、思い出せますか?自分の意思に反して供述を強いられない権利、でした。その意義や範囲は、すでに見た内容です。今日は、それが公判のどの段階で、誰によって告げられるかという、手続としての位置づけを押さえておいてください。

罪状認否——被告人と弁護人の両方に機会を

罪状認否の対象陳述の意味と証拠性を示す板 図:罪状認否の対象陳述の意味と証拠性を示す板

黙秘権等の告知のあと、裁判長は被告人および弁護人に、被告事件について陳述する機会を与えます。これが罪状認否です。根拠は、さっき見た291条5項です。被告人だけでなく弁護人にも陳述の機会を与える点が大事です。弁護人にも陳述の機会を与えないことは許されません。検察官の言い分だけで先へ進まず、被告人の側にも言い分を述べさせて、これから何を争うのかを最初にはっきりさせる、という意味があります。ここでの「陳述」は、単なる主張だけでなく、供述の意味も含みます。だから、罪状認否の場で被告人が話した中身も、公判での供述そのものとして証拠に使えます。たとえば被告人が公訴事実を認めれば、それは公判廷での自白として扱われうるということです。

冒頭手続の発言も軽いものではない、ということを覚えておいてください。

冒頭陳述は、冒頭手続ではない

冒頭手続の終わりと証拠調べ手続の始まりの境界を示す板 図:冒頭手続の終わりと証拠調べ手続の始まりの境界を示す板

ここで、名前に引っかかりやすい点を1つ整理します。「冒頭陳述」という言葉を聞くと、冒頭手続の一部だと思いがちですが、違います。

条文刑事訴訟法第292条

刑事訴訟法第292条 証拠調べは、第二百九十一条の手続が終つた後、これを行う。ただし、次節第一款に定める公判前整理手続において争点及び証拠の整理のために行う手続については、この限りでない。

条文刑事訴訟法第296条

刑事訴訟法第296条 証拠調のはじめに、検察官は、証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない。但し、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて、裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない。

292条を見てください。証拠調べは、291条までの手続、つまり冒頭手続が終わったあとに行われます。そして296条を見ると、証拠調べのはじめに検察官が行うのが冒頭陳述です。名前は「冒頭」でも、実際には証拠調べ手続の冒頭にある手続なんです。冒頭手続が開演前の準備だとすれば、冒頭陳述は幕が上がった直後の、これから上演する演目のあらすじ紹介にあたります。あらすじ紹介は演目そのものの一部で、開演前の準備とは別の時間に行われますよね。

冒頭陳述の内容と予断排除被告人側冒頭陳述の可否を示す表 図:冒頭陳述の内容と予断排除被告人側冒頭陳述の可否を示す表

冒頭陳述は、証拠によって証明すべき事実を明らかにする手続です。証明責任を負う検察官は、必ず行わなければなりません。裁判所には審理計画や証拠採否の判断材料を、被告人側には具体的な防御対象を、それぞれ示す機能があります。犯行の動機や経緯といった重要な事情、起訴状には書けない前科・前歴なども、ここで明らかにできます。ただし、何を話してもよいわけではなく歯止めがあります。296条の但書を見てください。証拠とすることができない、または取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に偏見や予断を生じさせるおそれのある事項を述べることは禁止されます。予断排除と呼ばれ、以前見た、起訴状一本主義が予断を避けようとした発想と同じ流れにあります。

条文刑事訴訟法第316条の30

刑事訴訟法第316条の30 公判前整理手続に付された事件については、被告人又は弁護人は、証拠により証明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、第二百九十六条の手続に引き続き、これを明らかにしなければならない。この場合においては、同条ただし書の規定を準用する。

検察官の冒頭陳述のあと、被告人・弁護人も裁判所の許可を得て冒頭陳述ができます。これは公判前整理手続に付されていない事件では義務ではありません。ただし、公判前整理手続に付された事件では、被告人・弁護人にも冒頭陳述の義務が生じます。この予断排除の縛りは、被告人側の冒頭陳述にも同じようにかかります。ここまでで、冒頭手続は裁く対象を確定させる場面、冒頭陳述はそれとは別の、証拠調べの入口だと整理できました。ここからは一気に、証拠調べの終わりまで話を進めます。

論告・求刑——検察官の義務

検察官の論告求刑を示す板 図:検察官の論告求刑を示す板

証拠調べがすべて終わると、検察官は事実および法律の適用について意見を述べなければなりません。

条文刑事訴訟法第293条第1項

刑事訴訟法第293条第1項 証拠調が終つた後、検察官は、事実及び法律の適用について意見を陳述しなければならない。

これが論告です。多くの場合は有罪であるという意見が述べられ、有罪の意見なら、あわせて科すべき刑の種類・量についての意見、つまり求刑も行います。検察官が無罪だと言うことも、あるんですか。あります。検察官は一方的な追及役ではなく、公益の代表者です。証拠を見た結果、無罪や免訴、公訴棄却の意見を述べることもありえます。論告は義務ですが、その中身まで有罪一辺倒であることまでは義務づけられていません。

弁論——被告人側の権利

論告弁論最終陳述の義務権利の違いを示す表 図:論告弁論最終陳述の義務権利の違いを示す表

検察官の論告のあと、被告人および弁護人には意見を述べる機会があります。

条文刑事訴訟法第293条第2項

刑事訴訟法第293条第2項 被告人及び弁護人は、意見を陳述することができる。

これが弁論、最終弁論とも呼ばれます。条文の文言を見比べてください。検察官の論告は「陳述しなければならない」、こちらは「陳述することができる」です。実務では弁護人が行うのが通常です。かつては寛大な処分を願うといった抽象的な陳述が中心でしたが、近年は、刑の一部執行猶予も含めて、弁護人が具体的な量刑意見を述べる運用も見られます。具体的な刑を述べること自体は許容されています。

最終陳述——結審

最終陳述の根拠と位置づけを示す表を再確認 図:最終陳述の根拠と位置づけを示す表を再確認

条文刑事訴訟規則第211条

刑事訴訟規則第211条 被告人又は弁護人には、最終に陳述する機会を与えなければならない。

弁護人の弁論のあと、最後に被告人本人に、陳述する機会が与えられます。最終陳述です。検察官・弁護人という当事者の意見が出そろったあと、被告人本人の言葉で締めくくらせる、手続上最後の発言機会と考えてください。ここで結審します。冒頭手続が「これから何を裁くのか」を確定させる場面だったのに対して、こちらは「証拠を見たうえで、どう判断すべきか」を述べ合う場面です。この対称性を意識してもらえると、今日の内容が頭に残りやすいと思います。

「口頭弁論」と「弁論」——同じ字が指す範囲の違い

43条1項の広義の口頭弁論と293条2項の狭義の弁論の範囲の違いを示す表 図:43条1項の広義の口頭弁論と293条2項の狭義の弁論の範囲の違いを示す表

最後に、言葉の整理をしておきます。「弁論」という言葉は、実は2つの意味で使われます。

条文刑事訴訟法第43条第1項

刑事訴訟法第43条第1項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。

43条1項の「口頭弁論」は、当事者双方が口頭で意見を述べる審理を経る、という広い意味です。冒頭手続から証拠調べ、弁論手続まで、手続全体を指す上位の言葉だと考えてください。別の意味で使われています。293条2項の「弁論」は、証拠調べが終わったあと、被告人・弁護人が行う最終的な意見陳述という狭い意味です。弁論手続の中の、論告のあと最終陳述の前にある、一場面を指す下位の言葉です。広い「口頭弁論」という枠の中に、狭い「弁論」が一場面として含まれる、という包摂関係を意識しておいてください。同じ字を見たときに、どちらの意味で使われているかを見分けられるようにしておきましょう。

今日の地図(保存版)

冒頭手続と弁論手続を1本にまとめる板 図:冒頭手続と弁論手続を1本にまとめる板

今日のまとめです。冒頭手続は、人定質問で人違いでないことを確かめ、被告人の確定という難しい場面があれば実質的表示説で判断し、起訴状の朗読で審理の対象を示し、黙秘権等の告知を経て、罪状認否で被告人側の言い分を聴く、という流れでした。冒頭陳述は、名前に反して冒頭手続ではなく、証拠調べ手続の冒頭にある手続でしたね。そして弁論手続は、検察官の論告・求刑、弁護人の弁論、被告人の最終陳述という順で意見を述べ合い、結審します。始まりは裁く対象を確定させ、終わりは証拠を踏まえて意見を述べ合う、この2つの束で押さえてください。

名前に引きずられず、292条と296条の位置関係で押さえておいてください。

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#93単独ページ動画

証拠調べの請求と証拠決定

第4章 公判手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:宣言しただけでは、まだ何も証明されていない

前回予告の受けと今日の範囲請求と採否までを示す導入板 図:前回予告の受けと今日の範囲請求と採否までを示す導入板

前回は、冒頭手続と弁論手続を見ました。ただし全部は扱いません。今日進むのは、証拠を請求してから採用か却下かが決まるまでの入口部分です。冒頭陳述で、検察官はもう証明すべき事実を宣言していましたよね。あれだけでは足りないんですか。足りません。宣言は予告にすぎず、証拠として法廷に出すには、1つずつ裁判所に取り調べてほしいと申し出る手続が必要です。答えを先に言うと、流れは、請求する、相手方の意見を聴く、裁判所が決める、の3段です。今日は、この1本の線をたどります。

誰が請求するか——当事者主義とまず検察官

請求から意見聴取決定までの3段構えを示す関係図 図:請求から意見聴取決定までの3段構えを示す関係図

証拠調べを始めるきっかけは、誰が作るのでしょうか。

条文刑事訴訟法第298条第1項

刑事訴訟法第298条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

現行法は当事者主義を採るので、証拠調べは裁判所が勝手に始めるのではなく、当事者である検察官・被告人・弁護人の請求によって動き出します。冒頭陳述の直後、まず検察官が動きます。

条文刑事訴訟規則第193条第1項

刑事訴訟規則第193条第1項 検察官は、まず、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調を請求しなければならない。

小出しにはできません。検察官は、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調べを、まず請求しなければなりません。手持ちの主要な証拠を後出しにせず、最初にまとめて出すのが原則です。追加で必要になった証拠は、弁論が終わるまでいつでも請求を追加できます。ここで、証拠が請求されてから採否が決まるまでの流れを、先に図で見ておきます。検察官Aが証拠を請求し、裁判所Bが相手方Cの意見を聴き、そのうえで裁判所Bが採用か却下かを決める。この3段構えを、今日はこのあと順番に掘り下げていきます。

例外的に、請求が義務になる場合

検察官の請求義務が生じる3類型を示す板 図:検察官の請求義務が生じる3類型を示す板

通常は、何を請求するかは検察官の裁量です。ただし、請求そのものが義務になる場合が3つあります。中身は個別の回で扱うので、今日は一言ずつだけ触れます。1つ目は、証人が法廷で、検察官の前で話した内容と食い違うことを言ったときの、その検察官の前での調書。2つ目は、裁判員裁判の対象事件などで、取調べで話した内容が本人の自由な意思によるものか争われたときの、その取調べを録音・録画した記録。3つ目は、他人の事件の捜査に協力する代わりに処分を軽くしてもらう合意をしたときの、その合意の中身を書いた書面です。3つとも、その証拠や供述を信用してよいかを判断するのに欠かせない材料です。検察官が自分に都合のよいときだけ出せるとすると、裁判所も被告人の側も公正に判断できなくなるので、出すこと自体を義務にしているのです。

自白調書は、あとから——甲号証・乙号証と301条

甲号証が先乙号証の自白調書があとという順序制限を示す板 図:甲号証が先乙号証の自白調書があとという順序制限を示す板

事前準備の回で、検察官は請求する証拠を2つに分けていました。思い出してください。被告人の供述調書は、甲号証と乙号証のどちらに入っていたでしょうか?乙号証です。被告人の供述調書と、身上・前科関係の証拠が乙号証で、それ以外が甲号証でした。今日はその区別を前提に、請求の順番を見ます。

条文刑事訴訟法第301条

刑事訴訟法第301条 第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない。

乙号証のうち、自白を内容とする供述調書は、犯罪事実に関する他の証拠、つまり甲号証が取り調べられたあとでなければ請求できません。自白は強い証拠に見えますが、裁判所が自白を先に見てしまうと、それだけで有罪だという先入観を持ちかねません。土台になる状況証拠を積み上げないまま、いきなり自白という重しを乗せると、心証が偏ってしまいます。周りの証拠で組み立てを固めてから、自白を最後に乗せる。この順番を守らせることで予断を避ける。これが1つ目の理由です。もう1つは、事前準備の回でも見た自白の補強法則です。自白だけで有罪にしてはいけないという建前があるので、先に他の証拠で骨組みを固め、自白をそれに裏付けられる側に置くのです。

一括請求でも実際の取調べ順序が保たれていれば違反にならないとした判断を示す板 図:一括請求でも実際の取調べ順序が保たれていれば違反にならないとした判断を示す板

最高裁の判断でも、自白調書とほかの証拠をまとめて一度に請求したという事情だけでは、この順番のルールに違反したことにはならないとされています。書面としては一括して出しても、犯罪事実に関する証拠のあとに自白調書という順で実際に取り調べていれば、違反しません。順番のルールが守ろうとしているのは、請求書面の並び方ではなく、法廷で証拠として現に取り調べる順序だからです。先入観を防ぐという301条の目的からすれば、守るべきなのは取り調べる順番なのです。

立証趣旨とは何か——証拠と証明すべき事実の関係

立証趣旨の明示義務と未明示の却下を示す板 図:立証趣旨の明示義務と未明示の却下を示す板

証拠の取調べを請求するとき、検察官や弁護人は、ただ証拠の名前だけを挙げるのではありません。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

名前だけじゃ、だめなんですか。だめです。証拠調べの請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示してしなければなりません。この、証拠と証明すべき事実との関係のことを、立証趣旨と呼びます。たとえば被害届を請求するなら「被害状況」というように、その証拠で何を示したいのかを一言添えます。

条文刑事訴訟規則第189条第4項

刑事訴訟規則第189条第4項 前各項の規定に違反してされた証拠調の請求は、これを却下することができる。

立証趣旨が具体的に示されていない請求は、裁判所が却下できます。相手方が意見を述べるにも、裁判所が証拠能力や必要性を判断するにも、まず何を証明しようとしているのかが分からなければ、手がかりがありません。イメージとしては、会議で資料を配るときに「この資料で何を伝えたいか」という一言メモを添えるようなものです。メモがない資料は、配ってよいかの判断がつかず、突き返されることがあります。立証趣旨も同じで、この証拠で何を示すつもりかを、請求の段階で言葉にしておく必要があります。

立証趣旨に、誰が縛られるのか

裁判所は拘束されず請求者は拘束されるという非対称を示す板 図:裁判所は拘束されず請求者は拘束されるという非対称を示す板

ここで1つ、立ち止まって考えてほしい問題があります。裁判所は、請求者が示した立証趣旨どおりの結論を出さなければならないのでしょうか。実は、裁判所は立証趣旨に拘束されません。審理を尽くした結果、その被害届が虚偽だったと判断すれば、「被害がなかった状況」を示す証拠として扱うことも、理屈のうえではできます。立証趣旨は、あくまで請求者が「これから立証しようとしている」中身にすぎず、実際にそのとおりの事実が証明されるとは限らないからです。それでも、立証趣旨を示す意味はあります。縛られるのは裁判所ではなく、請求した当事者のほうです。自分で示した立証趣旨に、請求者自身は拘束されます。相手方は、その立証趣旨を前提にして、同意するか、異議を述べるかを決めるからです。あとから別の事実に使えるとなれば、相手方は、意見を述べた前提を崩されてしまいます。「被害状況」を示すために出した証拠を、あとになって別の事実、たとえば被告人の人物像を示すために使うことは許されません。先ほどの会議資料のたとえで言えば、「この資料は経費の話です」と言って配った資料を、あとから急に人事の議論に使うようなことは、認められないということです。請求のときに付けたメモが、次の意見の段階の前提になる。請求・意見・決定の3段は、ここでつながっています。

相手方の意見——同意不同意と異議

意見聴取のあとの同意不同意と異議の区別を示す板 図:意見聴取のあとの同意不同意と異議の区別を示す板

請求が出そろうと、裁判所はすぐに採否を決めるわけではありません。まず、相手方の意見を聴かなければなりません。採用されれば自分に不利な証拠が法廷に出てくる側に、その前に言い分を述べる機会を与えるためです。

条文刑事訴訟規則第190条第2項

刑事訴訟規則第190条第2項 前項の決定をするについては、証拠調の請求に基く場合には、相手方又はその弁護人の意見を、職権による場合には、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。

検察官が請求した証拠なら弁護人の側に、逆に裁判所が自分から動いたときは検察官と被告人の側の両方に、意見を聴く決まりです。誰が請求したかによって、意見を聴かれる相手方は入れ替わります。意見の中身は、証拠の種類によって呼び方が違います。

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

書面、つまり書証に対しては、事前準備の回で、弁護人が前もって検察官に知らせる証拠意見として名前だけ出てきた、「同意」か「不同意」かという意見が述べられます。同意すれば、本来なら、公判の原則の回で触れた、人づての話をそのまま証拠にすることを禁じる伝聞法則によって証拠にできないはずの書面でも、証拠とできる道が開かれます。同意の中身、なぜ同意すると証拠にできるのかという伝聞法則との関係は、別の回でじっくり扱います。今日は、同意・不同意という意見の種類があることだけ押さえてください。物や証人については、同意不同意とは言わないんですか。言いません。証拠物や証人尋問の請求に対しては、弁護人が「異議がある」「異議がない」という形で意見を述べます。同意は、人づての話を記した書面を、伝聞法則の例外として証拠にしてよいかという話でした。証人は法廷で直接話し、その場で反対尋問ができますし、凶器のような物は、そもそも人の話ではありません。どちらも同意で伝聞法則を外す場面ではないので、請求そのものに異議があるかどうか、という形で意見を述べるのです。今日は、書証には同意不同意、物証・人証には異議の有無、という呼び分けだけ覚えてください。実務では、被告人が事実を認めていて争いがない事件では、検察官が厳選した書証を請求し、弁護人が同意して、そのまま採用されることが多いです。

証拠決定——採用と却下

却下されうる3つの理由を示す板 図:却下されうる3つの理由を示す板

相手方の意見を聴いたあと、裁判所は決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟規則第190条第1項

刑事訴訟規則第190条第1項 証拠調又は証拠調の請求の却下は、決定でこれをしなければならない。

決定には、証拠を採用する決定と、請求を却下する決定があります。却下されるのは、そもそも証拠にできない場合、事件との関わりが薄い場合、すでに足りている証拠を重ねて調べようとする場合、の3パターンです。証拠能力・関連性・必要性それぞれの判断の中身は、別の回で1つずつ扱います。今日は、この3つが却下の判断材料になるという枠組みを押さえてください。必要性がないのは、たとえば、同じ事実を証明する証拠がすでに十分に取り調べられていて、追加で調べる意味が乏しい場合です。証拠は厳選すべきだという考え方が根底にあるので、必要性は緩く認められるものではなく、厳しく判断されます。

範囲・順序・方法の決定と、提示命令

297条の範囲順序方法と提示命令の位置づけを示す板 図:297条の範囲順序方法と提示命令の位置づけを示す板

採否の決定と、ほぼ同時に行われることが多い手続もあります。

条文刑事訴訟法第297条

刑事訴訟法第297条 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、証拠調の範囲、順序及び方法を定めることができる。

裁判所は、当事者の意見を聴いたうえで、証拠調べの範囲や順序、方法を定めることができます。どの証拠を、どの順番で、どんな形で取り調べるかという、進行の設計です。証拠決定は、個々の証拠を採用するか却下するかという判断です。こちらは、採用された証拠を法廷でどう並べて調べていくかという段取りの判断です。実務では両方を同時に行うことが多いですが、性質は分かれています。

条文刑事訴訟規則第192条

刑事訴訟規則第192条 証拠調の決定をするについて必要があると認めるときは、訴訟関係人に証拠書類又は証拠物の提示を命ずることができる。

もう1つ、証拠の中身を確かめるための手続もあります。裁判所は、証拠決定をするについて必要があると判断したときは、訴訟関係人に対して、証拠書類または証拠物の提示を命ずることができます。提示命令と呼ばれ、証拠能力の有無などを判断するために、必要な限度で証拠の中身を確認するための制度です。

今日の地図(保存版)

請求意見決定の3段構えを1本にまとめる板 図:請求意見決定の3段構えを1本にまとめる板

今日のまとめです。証拠調べは、当事者の請求から始まり、まず検察官がすべての必要な証拠をまとめて請求します。乙号証の自白調書は、甲号証が先に取り調べられたあとでなければ請求できません。請求には、証拠と証明すべき事実との関係、立証趣旨を具体的に示す必要があり、裁判所は立証趣旨に拘束されませんが、請求した当事者は自分の示した立証趣旨に拘束されます。相手方には意見を聴く機会が必ずあり、書証には同意不同意、物証・人証には異議の有無という形で意見が述べられます。そのうえで裁判所が採用か却下かを決定し、範囲・順序・方法も定めます。

請求して、意見を聴いて、決める。この3段階が、今日の1本の線だったんですね。

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#94単独ページ動画

証拠調べの実施と職権証拠調べ

第4章 公判手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:採用は、まだゴールではない

脅迫状を読み上げるだけでは足りない、という問いを立てる導入板 図:脅迫状を読み上げるだけでは足りない、という問いを立てる導入板

前回は、証拠を請求してから、相手方の意見を聴いて、裁判所が採用か却下かを決めるまでを見ました。では、採用された証拠は、どうやって調べるのでしょう?採用は、これから法廷で調べてよいという許可にすぎません。中身を裁判所や当事者に実際に触れさせる手続が、もう一段必要です。これを取調べと呼びます。たとえば、脅迫状が証拠として採用されたとします。読み上げれば、書いてある文句は伝わりますよね。それでも、法廷では読み上げるだけでなく、実物を見せることまで求められます。なぜだと思いますか。文面以外に、何か意味があるんでしょうか。そこが今日の中心です。証拠が事実を裏付ける力を、証明力と言います。証拠には、この証明力が内容だけにあるものと、物としての存在・状態そのものにあるものがあります。その違いに応じて、取調べのやり方が変わる。今日はこの1本の軸で、条文を整理していきます。

証拠の3分類——何に証明力があるか

書証・物証・人証の3分類とそれぞれの証明力の所在を示す板 図:書証・物証・人証の3分類とそれぞれの証明力の所在を示す板

証拠は、大きく3つに分かれます。書証、物証、人証です。書証は、供述調書や実況見分調書のように、紙に書かれた記載内容そのものが証拠になるものです。物証は、覚醒剤や凶器のように、物の存在や状態そのものが証拠になるものです。人証は、証人や鑑定人のように、その場での供述そのものが証拠になるものです。この3つを分ける基準は、種類の名前ではなく、その証拠のどこに証明力があるかです。内容だけに証明力がある書証は、耳で内容を伝えればよい。存在や状態に証明力がある物証は、目で見せなければ伝わらない。供述そのものが証拠になる人証は、直接尋ねなければ始まらない。この対応関係を、次の節から1つずつ条文で確認していきます。

書証の取調べ——朗読と要旨の告知

305条の朗読原則と規則203条の2の要旨の告知の関係を示す板 図:305条の朗読原則と規則203条の2の要旨の告知の関係を示す板

まず書証です。

条文刑事訴訟法第305条第1項

刑事訴訟法第305条第1項 検察官、被告人又は弁護人の請求により、証拠書類の取調べをするについては、裁判長は、その取調べを請求した者にこれを朗読させなければならない。ただし、裁判長は、自らこれを朗読し、又は陪席の裁判官若しくは裁判所書記官にこれを朗読させることができる。

証拠書類の取調べは、原則として、請求した者に朗読させます。裁判長が自ら朗読したり、陪席裁判官や裁判所書記官に朗読させたりすることもできます。書証は、紙に書かれた内容そのものに証明力があるので、その内容を声に出して伝える。これが朗読の意味です。実務では、犯罪の成否に争いがない事件で、いちいち全文を読み上げていると時間がかかりすぎます。そこで、要旨の告知という簡略な方法が用意されています。

条文刑事訴訟規則第203条の2第1項

刑事訴訟規則第203条の2第1項 裁判長は、訴訟関係人の意見を聴き、相当と認めるときは、請求により証拠書類又は証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調をするについての朗読に代えて、その取調を請求した者、陪席の裁判官若しくは裁判所書記官にその要旨を告げさせ、又は自らこれを告げることができる。

裁判長が、訴訟関係人の意見を聴いたうえで相当と認めれば、全文の朗読に代えて、要旨だけを告げることができます。争いのない事件では、この要旨の告知で済ませることが多いです。朗読が原則で、要旨の告知は簡略化された代替手段だと押さえてください。条文にある『証拠物中書面の意義が証拠となるもの』は、このあと見る、中身も紙そのものも証拠になる書面のことです。

物証の取調べ——展示

306条の展示原則を示す板 図:306条の展示原則を示す板

次は物証です。

条文刑事訴訟法第306条第1項

刑事訴訟法第306条第1項 検察官、被告人又は弁護人の請求により、証拠物の取調をするについては、裁判長は、請求をした者をしてこれを示させなければならない。但し、裁判長は、自らこれを示し、又は陪席の裁判官若しくは裁判所書記にこれを示させることができる。

証拠物の取調べは、請求した者に、裁判所や訴訟関係人に見えるように示させます。これを展示と呼びます。裁判長が自ら示したり、陪席裁判官や裁判所書記官に示させたりすることもできる点は、書証の朗読と同じ構造です。物証は、物の存在や状態そのものに証明力があるので、読み上げても伝わりません。見せなければ意味がない。実務では、展示のときに被告人に証拠物を示して、その物との関わりを確認する質問をすることも多いです。

証拠物たる書面——朗読と展示の両方が要る理由

証拠物たる書面が書証と物証の両方の性質を持ち、両者と区別しつつ朗読と展示の両方を要求される構造を示す一覧板

ここで、冒頭の脅迫状の問いに戻ります。日記や手紙、契約書、脅迫状のように、書証と物証の両方の性質を持つ証拠を、証拠物たる書面と呼びます。脅迫状で考えてみましょう。文面に書かれた脅し文句、これは内容です。読み上げれば伝わります。ですが、脅迫状には、内容以外にも証拠になる部分があります。字が荒々しく乱れているか、封筒が破られていたか、血のようなしみがついていないか。こうした紙そのものの存在や状態は、読み上げただけでは絶対に伝わりません。見せて初めて分かることです。だから条文も、両方を要求します。

条文刑事訴訟法第307条

刑事訴訟法第307条 証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調をするについては、前条の規定による外、第三百五条の規定による。

「前条の規定による外」というのは、306条の展示に加えて、という意味です。証拠物たる書面の取調べは、展示だけでなく、305条の朗読、または規則203条の2による要旨の告知も、両方行います。区別の基準は、記載内容だけでなく、書面の存在や状態そのものからも事実を認定しようとしているかどうかです。脅迫状を読み上げれば中身は伝わりますが、それでも見せることまで求められるのは、紙そのものの状態にも証拠としての意味があるからなのです。同じ脅し文句を、警察官が書き写した報告書だったらどうなりますか。それは証拠書類です。書き写した紙の汚れや筆跡から何かを認定するわけではなく、書かれた内容だけが証拠になるので、朗読か要旨の告知で足ります。同じ文句が書かれていても、紙そのものの状態を証拠にするかどうかで、取調べ方が分かれるのです。

人証の取調べ——尋問と、書証が不同意になったとき

304条の尋問原則と、不同意書証から人証請求への接続を示す板 図:304条の尋問原則と、不同意書証から人証請求への接続を示す板

最後に人証です。

条文刑事訴訟法第304条第1項

刑事訴訟法第304条第1項 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人は、裁判長又は陪席の裁判官が、まず、これを尋問する。

証人や鑑定人のような人証は、尋問によって取り調べます。人の供述そのものが証拠になるので、直接その場で話してもらう以外に方法がありません。条文の建て付けでは、裁判長または陪席の裁判官が、まず尋問することになっています。ただし、同じ条文は、裁判所が適当と認めるときは、訴訟関係人の意見を聴いてこの順序を変更できるとも定めており、実際の法廷では、この定めを使って、証拠の取調べを請求した当事者から先に尋問するやり方が通常です。犯罪の成否に争いがない事件では、検察官が請求した書証がすべて同意されて、書証中心で立証が終わることが多いです。ですが、争いがある事件では、弁護人は、被告人の言い分と食い違う書証には同意しないという判断をすることになり、不同意の意見を述べます。

原則として、不同意の書証は証拠にできません。伝聞法則というのは、法廷で本人に問いただすことができない、人づての話や書面に書かれた供述は、原則として証拠にできないというルールです。前回見たとおり、同意は、この原則を外してよいという相手方の意見でした。不同意なら原則に戻るので、証拠にできないのです。そこで検察官は、不同意になった書証の代わりに、その内容を証明するために証人を請求することがあります。書証で示せなかった事実を、人証で立証し直すわけです。

被告人・弁護人立証——検察官の後に続く証拠調べ

検察官立証の終了後に被告人弁護人が証拠の取調べを求められる構造と弁号証を示す板 図:検察官立証の終了後に被告人弁護人が証拠の取調べを求められる構造と弁号証を示す板

検察官の立証が終わると、今度は被告人・弁護人側の番です。

条文刑事訴訟法第298条第1項

刑事訴訟法第298条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

前回も見た条文ですが、請求できるのは検察官だけではありません。被告人・弁護人も、事件を裁くうえで必要だと考える証拠なら、同じように取調べを請求できます。証明責任がないので、証拠を出すこと自体は義務ではありません。ですが、被告人に有利な事情、たとえば反省の態度や被害弁償の状況を示す情状証人など、被告人側から出したい証拠は実際によくあります。弁護人が請求する証拠は、弁号証と呼ばれます。手続の流れは検察官立証と同じで、請求したあと相手方である検察官の意見を聴き、裁判所が決定し、取調べを行います。同じ手続の型が、立場を変えて繰り返されるだけです。

証拠調べに関する異議——法令違反か、不相当か

決定に対しては法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという非対称を示す板 図:決定に対しては法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという非対称を示す板

証拠調べの進め方に納得がいかないとき、当事者はどうすればよいでしょうか。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

検察官・被告人・弁護人は、証拠調べに関して異議を申し立てることができます。異議を申し立てるには、理由を示す必要があります。理由は、法令違反と、不相当の2種類です。ただし、この2つがいつでも両方使えるわけではありません。

条文刑事訴訟規則第205条第1項

刑事訴訟規則第205条第1項 法第三百九条第一項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。

証拠調べに関する決定、つまり採用や却下の決定そのものに対しては、法令違反を理由とする場合に限られます。決定が不相当だという理由だけでは異議を出せません。証拠決定は、裁判所が相手方の意見も聴いたうえで、すでに判断を尽くして出した結論です。それを、あとから不相当だという曖昧な理由で蒸し返せてしまうと、手続がいつまでも安定しません。決定以外の行為、たとえば尋問での質問の仕方などは、法令違反でも不相当でも異議を出せます。たとえば、相手方が誘導尋問をしたとき、規則違反だから法令違反として異議を出すこともできますし、やり方が適切でないという不相当として異議を出すこともできます。ですが、証拠を採用する決定そのものに対しては、違法収集証拠だから、というように法令違反を理由に言うことはできても、採用するのは不当だ、というだけでは異議になりません。異議は、個々の行為や処分、決定ごとに、簡潔に理由を示して直ちに申し立てる必要があります。

職権証拠調べ——当事者主義を補う、例外的な動き

298条2項の職権証拠調べが当事者主義の補充であることを示す板 図:298条2項の職権証拠調べが当事者主義の補充であることを示す板

ここまでは、当事者が請求して、証拠が動いてきました。ですが、裁判所自身が証拠を調べることもできます。

条文刑事訴訟法第298条第2項

刑事訴訟法第298条第2項 裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる。

裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調べをすることができます。これを職権証拠調べと呼びます。現行法は当事者主義を採っています。検察官と被告人・弁護人が、それぞれの立場から証拠を出し合い、裁判所は第三者として判断する。この役割分担が基本形です。裁判所が最初から自分で証拠を探して出してしまうと、判断する側と証拠を集める側が同じになってしまい、公正さが揺らぎます。だから職権証拠調べは、あくまで当事者の請求という原則を補う、補充的な位置づけです。職権で調べる場合も、検察官の言い分も、被告人や弁護人の言い分も、前もって聴いておく必要があります。

職権証拠調べは義務か——共犯者の供述調書が1人の事件だけ出されなかった例

共犯者らの事件では供述調書が証拠採用されたのに一人の被告人の事件にだけ提出が遺脱していた事案の関係図

少し立ち止まって考えてください。訴因変更命令の回で、裁判所に義務が生じるのは原則ではなく例外的な場合に限られる、という構造を見ましたね。職権証拠調べにも、同じ構造があります。判例で、実際に義務があるとされた場面を見てみます。共犯の関係にある複数の被告人の事件が、併合されたり分離されたりしながら、同じ裁判所で審理されていました。共犯者たちの事件では、検察官に対する供述調書が証拠として提出され、それをもとに有罪の判決が出ていました。ところが、残る一人の被告人の事件にだけ、検察官が不注意で、同じ供述調書を証拠として提出し忘れていました。

最高裁は、このような場合、裁判所には少なくとも検察官に対してその供述調書の提出を促す義務がある、としました。促す義務を尽くさずに、そのまま無罪を言い渡してしまうと、審理を尽くしていないことになり、判決に影響を及ぼす誤りがあるとされます。裁判所が自分から証拠を探しに行く義務ではないことに注意してください。義務があるとされたのは、検察官に対して提出を促す義務です。しかも、他の共犯者の事件では同じ調書が現に証拠として使われ、有罪の根拠にもなっている。にもかかわらず、この被告人の事件だけ提出が抜け落ちていることは、記録を見れば誰の目にも明らかでした。当事者主義を徹底するなら、検察官が請求しない以上は仕方がない、とも言えそうです。ですが、他の共犯者は同じ調書のおかげで有罪になっているのに、この被告人だけ記録上明らかな出し忘れを見過ごして無罪にしてしまえば、審理を尽くしたとは言えません。促すだけならば、当事者主義の建前を壊すことなく、明白な不備を正せます。

今日の地図(保存版)

証拠の3分類と取調べ方式、証拠物たる書面、職権証拠調べの義務性を1枚にまとめる板 図:証拠の3分類と取調べ方式、証拠物たる書面、職権証拠調べの義務性を1枚にまとめる板

今日のまとめです。証拠は、内容に証明力がある書証、存在や状態に証明力がある物証、供述そのものが証拠になる人証に分かれ、それぞれ朗読、展示、尋問という取調べ方式が対応します。証拠物たる書面は書証と物証の両方の性質を持つので、朗読と展示の両方が必要です。検察官の立証が終われば、被告人・弁護人も同じ手続の型で証拠の取調べを請求できます。証拠調べに関する異議は、決定そのものに対しては法令違反のみ、それ以外の行為には法令違反と不相当のどちらも理由にできます。そして職権証拠調べは、当事者主義を補う例外的な仕組みであり、原則として義務はありませんが、明白な提出漏れがあるような場面では、検察官に提出を促す義務が生じることがあります。

内容が証拠になるのか、物としての存在が証拠になるのか。その違いを最初に見極めれば、取調べのやり方は自然に決まる、ということですね。

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#95単独ページ動画

証人適格と証言拒絶権

第4章 公判手続 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:いちばん詳しい人が、なぜ証人になれないのか

被告人と証人という2つの席の違いを問いとして立てる導入板 図:被告人と証人という2つの席の違いを問いとして立てる導入板

前回、人証は尋問で取り調べる、というところまで見ました。証人や鑑定人が証言台に立って、その場で話してもらう手続でしたね。では、その証言台に立つ「証人」とは、いったい誰のことでしょう。事件のことをいちばんよく知っているのは、被告人本人のはずです。それなのに、被告人を自分の事件の証人として証言台に立たせることはできません。なぜだと思いますか。この「なぜ証人になれないのか」という問いが、今日の入り口です。先に答えの形だけ言っておきます。証人とは、出頭・宣誓・証言という義務を負わされる人で、その義務を拒めるのは条文が挙げた理由のときだけです。黙っていてよい被告人には、この義務を負わせられません。今日はこの1本の軸で、誰が証人になれるか、どんな義務を負うか、いつ拒めるかを見ていきます。

被告人質問と証人尋問のちがい

311条の被告人質問と証人尋問を宣誓の有無・義務の有無で対比する板 図:311条の被告人質問と証人尋問を宣誓の有無・義務の有無で対比する板

被告人にも、法廷で話す機会があります。これを被告人質問と呼びます。

条文刑事訴訟法第311条第1項〜第3項

刑事訴訟法第311条第1項〜第3項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。 被告人が任意に供述をする場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができる。 陪席の裁判官、検察官、弁護人、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、前項の供述を求めることができる。

まず1項です。被告人は終始沈黙してよいし、個々の質問に答えなくてもよい。これが黙秘権です。2項は、被告人が任意に話す場合には、裁判長がいつでも必要な事項を尋ねられるということ。3項は、陪席の裁判官、検察官、弁護人なども、裁判長に告げれば同じように尋ねられるということです。この2項・3項の進め方が、前回予告した被告人質問のやり方そのものです。大きく3つ違います。1つ目、証人には宣誓させますが、被告人質問には宣誓がありません。2つ目、証人には出頭・宣誓・証言の義務がありますが、被告人には供述する義務がありません。1項が保障するとおり、いつでも黙っていてよいのです。3つ目、証人が宣誓のうえで嘘をつけば偽証罪になりますが、被告人質問にはそもそも宣誓がないので偽証罪も成立しません。

もう1つ大事な違いがあります。証人尋問は、証拠として採用するかどうかを裁判所が決定してから行う、証拠調べ手続の一部です。ところが被告人質問は、証拠調べ手続そのものには含まれません。被告人が任意に供述する場を、証拠調べとは別枠で設けているのです。もっとも、そこで被告人が任意に話したことは、有利にも不利にも証拠になります。

被告人はなぜ自分の事件の証人になれないか

黙秘権と証人の3義務が両立しないことから被告人には証人適格がないという通説の論拠を示す板

被告人を自分の事件の証人にできない理由は、先ほどの311条1項から見えてきます。1項は、被告人はいつでも黙っていてよい、という権利を保障しています。この黙秘権は、捜査の段階でも見た、供述を拒める権利と同じものです。もし被告人を証人として証言台に立たせると、どうなりますか。証人には、出頭・宣誓・証言の義務があります。出頭・宣誓・証言という証人の義務を負わせることは、黙っていてよいはずの被告人に話す義務を課すことになり、黙秘権という保障そのものと真正面からぶつかります。だから、被告人は自分の事件については証人になれないと考えるのが通説です。被告人に不利益な扱いを強いることになってしまうからです。

英米法では、被告人が黙秘権を放棄して、自分の事件の証人になることが認められています。日本でも、立法によってこれを認めてよいのではないかという議論はあります。ただし、現行法の解釈としては、被告人には証人適格がないというのが現在の到達点です。ここは判例のない、解釈上の通説として押さえておいてください。

証人適格の原則——何人でも

143条の何人でもという原則と職務上の除外者・幼児の扱いを示す板 図:143条の何人でもという原則と職務上の除外者・幼児の扱いを示す板

ここからは、被告人以外の話です。証人になれるのは誰でしょうか。

条文刑事訴訟法第143条

刑事訴訟法第143条 裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。

「何人でも」証人にできる。これが原則です。ただし「特別の定のある場合を除いては」とあるとおり、例外もあります。その事件を担当する裁判官や裁判所書記官、検察官、弁護人は、その役目についたままでは証人になれないと整理されています。たとえば裁判官が証人になるなら、その事件からは外れることになります。役割が重なってしまうからです。幼児であっても、証人になること自体はできます。証人適格そのものは、年齢では失われません。ただし、宣誓させられるかどうかは別問題です。これはあとの、証人の義務のところで見ます。ここで区別してほしいのは、証人になれるかという資格の話と、宣誓させられるかという別の話を混同しないことです。

推測した事項の証言

156条の実験した事実からの推測は証言になるが単なる想像は証拠にならないという線引きを示す板

証人が話してよい内容についても、条文があります。

条文刑事訴訟法第156条第1項・第2項

刑事訴訟法第156条第1項・第2項 証人には、その実験した事実により推測した事項を供述させることができる。 前項の供述は、鑑定に属するものでも、証言としての効力を妨げられない。

証人が自分の体験した事実をもとに推測したことは、証言として話させてよいということです。たとえば、事故の音を聞いた証人が「あの音は、かなりのスピードで衝突した音だと思う」と話すのは、自分が体験した事実、つまり音を聞いたことに基づく推測なので証言になります。体験していないことを想像で話すのはどうですか。それは証拠になりません。体験に基づかない単なる想像や、個人的な意見は、事件との関連性がないからです。たとえば、事故を見ていないのに「Aさんが犯人に違いない」という感想だけを述べるのは、体験していない単なる想像なので証拠になりません。2項は、この推測に基づく供述が、専門家の鑑定に近い性質を持っていたとしても、証言としての効力を失わないと定めています。境目は、あくまで自分が体験した事実が土台にあるかどうかです。

公務上の秘密——証人適格のもう1つの例外

144条145条による公務員及び議員大臣の証人適格の制限と承諾の要否を示す板 図:144条145条による公務員及び議員大臣の証人適格の制限と承諾の要否を示す板

143条の「特別の定」に当たる、もう1つの例外があります。

条文刑事訴訟法第144条

刑事訴訟法第144条 公務員又は公務員であつた者が知り得た事実について、本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは、当該監督官庁の承諾がなければ証人としてこれを尋問することはできない。但し、当該監督官庁は、国の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒むことができない。

公務員や、かつて公務員だった人が、職務上の秘密に関することだと申し立てたときは、監督官庁が承諾しなければ証人として尋問できません。もっとも、但書があって、監督官庁は、国の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒めません。つまり、無条件で拒否できるわけではないのです。

条文刑事訴訟法第145条第1項

刑事訴訟法第145条第1項 左に掲げる者が前条の申立をしたときは、第一号に掲げる者についてはその院、第二号に掲げる者については内閣の承諾がなければ、証人としてこれを尋問することはできない。一 衆議院若しくは参議院の議員又はその職に在つた者 二 内閣総理大臣その他の国務大臣又はその職に在つた者

衆参の議員なら自分の院、内閣総理大臣その他の国務大臣なら内閣の承諾が必要です。こちらにも同じ但書があって、国の重大な利益を害する場合を除いては承諾を拒めません。真実を発見するという刑事訴訟法の目的と、公務上の秘密を守るという国家的な利益とを、承諾という手続で調整しているわけです。この144条と145条は、あとで証言拒絶権の話をするときにもう一度出てきます。

証人の3つの義務——出頭・宣誓・証言

出頭宣誓証言という3義務とそれぞれの制裁を一覧にした板 図:出頭宣誓証言という3義務とそれぞれの制裁を一覧にした板

証人になった人には、3つの義務があります。出頭、宣誓、証言です。

条文刑事訴訟法第152条

刑事訴訟法第152条 裁判所は、証人が、正当な理由がなく、召喚に応じないとき、又は応じないおそれがあるときは、その証人を勾引することができる。

まず出頭義務です。呼び出しに応じない証人は、勾引、つまり身柄を強制的に連れてくることができます。正当な理由がないのに出頭しなければ、過料、つまり刑罰ではない、お金を納めさせる制裁や、それによって生じた費用の賠償を命じられ、さらに1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という刑罰まで用意されています。

条文刑事訴訟法第154条

刑事訴訟法第154条 証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない。

次に宣誓義務です。証人には、原則として宣誓をさせなければなりません。

条文刑事訴訟法第155条第1項・第2項

刑事訴訟法第155条第1項・第2項 宣誓の趣旨を理解することができない者は、宣誓をさせないで、これを尋問しなければならない。 前項に掲げる者が宣誓をしたときでも、その供述は、証言としての効力を妨げられない。

ただし、宣誓の趣旨を理解できない者、たとえば幼い子どもは、宣誓させずに尋問します。さっき保留にした幼児の話は、ここにつながります。幼児にも証人適格はあるけれど、宣誓の意味が分からない年齢なら、宣誓なしで話を聞くのです。2項は、もし理解できない者が宣誓してしまっても、その供述は証言として使えなくなるわけではない、という手当てです。宣誓を拒めば、出頭のときと同じように、過料や費用の賠償、さらに1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます。

条文刑法第169条

刑法第169条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。

宣誓したあとに嘘をついたら、どうなるんですか。それが偽証罪です。宣誓した証人が虚偽の陳述をすれば、3月以上10年以下の拘禁刑という、かなり重い刑罰が科されます。宣誓なしの被告人質問に偽証罪がないのと対照的です。証言義務そのものを正当な理由なく拒んだ場合にも、宣誓拒否と同じ過料・費用賠償・刑罰が科されます。出頭・宣誓・証言、この3つの義務は、それぞれ強制と刑罰で裏打ちされているのです。

証言拒絶権の4類型——プライバシーでは拒めない

自己負罪近親者業務秘密公務秘密の4類型を条文番号と趣旨で並べプライバシーは含まれないことを示す一覧板

ここまでの義務は、絶対ではありません。証言を無理に求めると、自分を罪に落とす、家族を罪に落とす、仕事で預かった秘密を漏らす、国の秘密を漏らす、という別の大事な利益とぶつかる場面が出てきます。そこにだけ、条文が「拒んでよい」という穴を空けています。これが証言拒絶権です。1つの場面で考えましょう。Aさんが傷害事件で起訴されました。証人として呼ばれたのは、現場でAさんと一緒にいた友人のBさん、Aさんの兄のCさん、Aさんのけがを手当てした医師のDさん、そしてAさんの親友のEさんです。

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

1つ目、自己負罪拒否特権です。自分が刑事訴追を受けたり、有罪判決を受けたりするおそれのある証言は、拒むことができます。これは、何人も自己に不利益な供述を強要されないという憲法上の権利に基づくものです。証人であっても、自分を罪に落とすことまでは強制されません。Bさんが「実は自分も一緒に殴った」と話せば、自分が訴追されかねません。だからBさんは、その部分の証言を拒めます。

条文刑事訴訟法第147条

刑事訴訟法第147条 何人も、左に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者 二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人 三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者

2つ目は近親者の場合です。配偶者や、三親等内の血族、二親等内の姻族、つまり配偶者の血族や、自分の血族の配偶者などが刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがあるときも、証言を拒めます。身分関係を壊してまで証言を強制するのは、法の目的にそぐわないという考え方です。兄のCさんは二親等の血族なので、Aさんが訴追・有罪になるおそれのある証言を拒めます。親友のEさんは拒めません。147条が挙げるのは親族と後見の関係だけで、どれほど親しくても友人は入っていません。境目は、仲の深さではなく、条文が挙げた関係かどうかです。ここで少し、捜査の章で扱った制度を思い出してほしいのですが、証言拒絶権を行使されると、必要な証言がどうしても得られない場面がありましたね。あのとき、それに対処するために用意されていた制度は何でしたか?

……刑事免責、でしたよね。証人に免責を与える代わりに、証言を義務づける制度でした。146条の拒絶権そのものを失わせる、157条の2・157条の3の制度でしたね。先に、残りの類型を見ましょう。

149条の業務上の秘密と144条145条の公務上の秘密という残る2類型を、秘密を守る相手と承諾の扱いで並べる板

条文刑事訴訟法第149条

刑事訴訟法第149条 医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

3つ目は業務上の秘密です。患者や依頼者が、秘密を安心して打ち明けられるという、その職業への信頼を守るためです。医師のDさんが、治療の中でAさんから聞いた打ち明け話がこれに当たります。医師や弁護士、宗教の職にある人などが、業務上委託を受けて知った他人の秘密については、証言を拒めます。もっとも、但書があって、本人が承諾した場合や、証言拒絶が被告人のためだけにする権利の濫用だと認められる場合には、拒めません。無制限の秘匿ではないのです。そして4つ目は、さきほど見た144条・145条の公務上の秘密です。監督官庁や、議院・内閣の承諾がなければ証言できないという場面は、裏を返せば、証人の側からも証言を拒める理由になります。

4類型の列挙にプライバシーは無くそれだけを理由には証言を拒めないことを示す板 図:4類型の列挙にプライバシーは無くそれだけを理由には証言を拒めないことを示す板

そこで、もう1つ問いを立てます。Eさんが「事件の夜、人に知られたくない相手と会っていたので、その話はしたくない」と言ったら、プライバシーを理由に証言を拒めるでしょうか。うーん……4つの中には、プライバシーという言葉は出てきませんでした。146条、147条、149条、いずれの列挙にも当たりません。証言拒絶権は、条文が個別に定めた理由に限られる仕組みです。列挙にない理由では、原則、つまり証言義務のほうに戻ります。プライバシーを理由とする証言拒絶は、認められません。

法廷での実演——人定質問から宣誓、そして告知まで

人定質問宣誓偽証の罰の告知証言拒絶権の告知という順番で進む法廷の流れを示す板 図:人定質問宣誓偽証の罰の告知証言拒絶権の告知という順番で進む法廷の流れを示す板

ここまでの条文が、実際の法廷でどう機能するか、順を追って見てみましょう。証人が証言台に着くと、まず裁判長が氏名を尋ね、証人カードで生年月日や職業、住所を確認します。これを人定質問と呼びます。次に宣誓です。証人に宣誓書を朗読させます。「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」という内容です。これが、さっき見た154条の宣誓義務の場面そのものです。宣誓のあと、裁判長は、嘘をつけば偽証罪に問われることを証人に告げます。偽証の罰の告知です。そして、証言拒絶権があることも告げます。証言拒絶権の告知です。

義務と、その例外である拒絶権を、両方その場で証人に知らせる。これが今日見てきた条文の構造を、そのまま法廷の手続に落とし込んだものです。

今日の地図(保存版)

被告人質問との違い証人適格3つの義務証言拒絶権4類型を1枚にまとめる板 図:被告人質問との違い証人適格3つの義務証言拒絶権4類型を1枚にまとめる板

今日のまとめです。被告人は、黙秘権を保障されているので、自分の事件については証人になれません。被告人以外の人には、原則として何人にも証人適格があり、事件を担当する裁判官・書記官・検察官・弁護人は、その役目のままでは証人になれません。証人には出頭・宣誓・証言という3つの義務があり、それぞれ勾引や過料、拘禁刑・罰金、偽証罪で担保されています。そして、この義務を拒めるのは、146条の自己負罪、147条の近親者、149条の業務上秘密、144条・145条の公務上秘密という、条文が個別に定めた4類型に限られます。プライバシーのような、条文に列挙されていない理由では拒めません。

証人という地位は、「何人でも」という原則から始まって、義務を負わせて、そのうえで条文が定めた穴だけを空ける、という組み立てなんですね。

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#96単独ページ動画

交互尋問と誘導尋問

第4章 公判手続 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:同じ質問なのに、なぜ一方はダメで一方はよいのか

検察官と弁護人が同じ質問をする場面を並べ、誘導尋問の許否が入れ替わる問いを立てる導入板

前回、証人は人定質問を受け、宣誓をして、偽証の罰と証言拒絶権を告げられるところまで見ました。今日は、その証言台に立った証人に、実際にどういう順番で、どんな聞き方で問いを重ねていくのかを見ます。決まっています。それに、聞き方にもルールがあります。たとえば「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」という質問。これを、証人を呼んだ検察官が聞けば、ルール違反になります。ところが同じ質問を、弁護人が聞けば許されます。同じ言葉なのに、聞く人が違うだけで扱いが変わるんですか。これが今日の入り口です。答えの形を先に言っておくと、誰が誰に聞くかによって、証人が尋問者に迎合してしまう危険の大きさが変わります。危険が高い場面では聞き方を制限し、危険が低い場面では制限を緩める。今日はこの1本の軸で、尋問の順序・誘導尋問の許否・異議の理由の範囲を見ていきます。

尋問の順序——交互尋問方式(304条)

裁判所がまず尋問するという条文の建前と、実務で使われる主尋問→反対尋問→再主尋問→補充尋問という交互尋問の順序を対比する板

まず、誰が最初に尋問するかです。

条文刑事訴訟法第304条第1項・第2項・第3項

刑事訴訟法第304条第1項・第2項・第3項 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人は、裁判長又は陪席の裁判官が、まず、これを尋問する。 検察官、被告人又は弁護人は、前項の尋問が終つた後、裁判長に告げて、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人を尋問することができる。この場合において、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の取調が、検察官、被告人又は弁護人の請求にかかるものであるときは、請求をした者が、先に尋問する。 裁判所は、適当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、前二項の尋問の順序を変更することができる。

以前の回で見た、304条1項です。条文の建前では、裁判長または陪席の裁判官が、まず尋問することになっています。これは、裁判所が事件の真相解明に自ら乗り出していた、当事者主義が徹底する前の名残りです。そこで効いてくるのが3項です。裁判所は、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、尋問の順序を変更できます。実務では、この3項を使って、証人尋問を請求した当事者がまず尋問し、その後に相手方が尋問する、という順序が通常の姿になっています。たとえば検察官が目撃者を証人として呼んだなら、まず検察官が聞き、次に弁護人が聞きます。呼んだ側がまず行う尋問を、主尋問、相手方が行う尋問を、反対尋問と呼びます。

必要な限り、再主尋問・再反対尋問と繰り返されます。当事者の尋問がひととおり終わったあとに、裁判所が足りない点を補って尋問することもあり、これを補充尋問と呼びます。裁判官が先に聞くという条文の建前を、当事者主義の運用に読み替えているのが、この交互尋問方式です。

主尋問——誘導尋問はなぜ原則禁止か(規則199条の3)

主尋問は立証事項に関して行い誘導尋問を原則禁止としつつ7つの例外を認める規則199条の3の構造を示す板

主尋問には、範囲とやり方の両方にルールがあります。

条文刑事訴訟規則第199条の3第1項・第2項

刑事訴訟規則第199条の3第1項・第2項 主尋問は、立証すべき事項及びこれに関連する事項について行う。 主尋問においては、証人の供述の証明力を争うために必要な事項についても尋問することができる。

1項が、主尋問の範囲です。立証すべき事項と、それに関連する事項について行います。2項のとおり、証明力を争うために必要な事項も尋問できます。ここから、誘導尋問の話に移ります。

条文刑事訴訟規則第199条の3第3項

刑事訴訟規則第199条の3第3項 主尋問においては、誘導尋問をしてはならない。ただし、次の場合には、誘導尋問をすることができる。一 証人の身分、経歴、交友関係等で、実質的な尋問に入るに先だつて明らかにする必要のある準備的な事項に関するとき。二 訴訟関係人に争のないことが明らかな事項に関するとき。三 証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるとき。四 証人が主尋問者に対して敵意又は反感を示すとき。五 証人が証言を避けようとする事項に関するとき。六 証人が前の供述と相反するか又は実質的に異なる供述をした場合において、その供述した事項に関するとき。七 その他誘導尋問を必要とする特別の事情があるとき。

3項が今日の中心です。主尋問では誘導尋問をしてはならない、というのが原則です。尋問者が期待している答えを、質問の中にあらかじめ暗示してしまう聞き方です。「はい」「いいえ」で答えられる聞き方は、誘導尋問になりやすい。冒頭の「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」がまさにそれです。「見た」という答えを、質問自体が先に用意してしまっています。主尋問は、自分が呼んだ証人に対して行います。証人には、呼んでくれた側に協力したい、話を合わせたいという気持ちがどうしても働きます。そこに、答えを暗示する聞き方をされると、証人自身の記憶ではなく、尋問者の暗示に沿った言葉が出てしまう危険が高くなります。証人の言葉を、証人自身のものとして届けるために、主尋問では誘導を原則禁止しているのです。

1号は、身分や経歴など、実質的な尋問に入る前の準備的な事項。名前や職業を確認するだけの場面まで、いちいち誘導せずに聞くのは非効率だからです。2号は、争いのないことが明らかな事項。3号は、証人の記憶が明らかでないときの記憶喚起。「あの日は何曜日でしたか、月曜日ではありませんでしたか」のように、思い出す手がかりを与えてよい場面です。4号は証人が敵意・反感を示すとき、5号は証言を避けようとするとき。これらは、証人がもう協力的でなくなっている場面なので、迎合の危険自体が小さくなっています。6号は、前の供述と食い違う証言をしたときのその事項。7号は、その他特別の事情がある場合の受け皿です。どの例外を見ても、共通しているのは「証人が尋問者に迎合してしまう危険が、もともと小さい、または別の理由で誘導が必要になっている場面だ」という点です。原則と例外が、迎合の危険という同じものさしでつながっています。

条文刑事訴訟規則第199条の3第4項・第5項

刑事訴訟規則第199条の3第4項・第5項 誘導尋問をするについては、書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法を避けるように注意しなければならない。 裁判長は、誘導尋問を相当でないと認めるときは、これを制限することができる。

4項は、誘導尋問をする場合でも、書面を読み上げるなど、証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法は避けなければならない、という注意義務です。5項は、裁判長が誘導尋問を相当でないと認めれば制限できる、という裁判長の裁量です。誘導が許される例外にあたる場面でも、無制限ではないということです。

記憶を喚起する書面の提示——見せてよい場面と見せられない書面

成立確認は許可不要記憶喚起は許可要かつ供述録取書は不可供述の明確化は許可要という3場面の対比を示す一覧板

誘導尋問と同じように、答えを教えてしまう危険があるのが、証人に書面や物を見せる場面です。ここにも場面ごとの区別があります。書面・物の成立や同一性を確認するだけなら、裁判長の許可は要りません。たとえば、目の前の調書に書かれた署名が本人のものかどうかを確認する場面です。

条文刑事訴訟規則第199条の11第1項・第2項

刑事訴訟規則第199条の11第1項・第2項 訴訟関係人は、証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、書面(供述を録取した書面を除く。)又は物を示して尋問することができる。 前項の規定による尋問については、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない。

記憶を喚起するために書面や物を見せるには、裁判長の許可が必要です。しかも、括弧書きに注目してください。「供述を録取した書面を除く」とあります。つまり、過去にその証人が話した内容をそのまま書き取った供述録取書を見せることはできません。過去に話した内容をそのまま読ませてしまうと、証人は「今、自分が覚えていること」ではなく、「前に自分が話した言葉」をなぞって証言してしまいます。これでは、記憶を喚起したのではなく、答えを与えたのと変わりません。記憶喚起として許されるのは、あくまで思い出す手がかりを与えることまでで、答えそのものを見せることではないのです。もう1つ、証人の供述を明確にするために、図面や写真、模型などを示す場面もあります。これも裁判長の許可が必要です。いずれの場面でも、まだ証拠調べを終えていない書面や物を示すときは、あらかじめ相手方に見る機会を与えなければなりません。相手方が異議を述べないときは、その必要はありません。手の内を隠したまま不意打ちで見せることは許されないということです。

反対尋問——なぜ誘導が許されるのか(規則199条の4)

反対尋問は主尋問に現れた事項と証明力を争う事項について行い誘導尋問が許されることを示す板、主尋問との迎合の危険の対比

ここで、冒頭の問いに戻ります。「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」——検察官が主尋問でこう聞けば誘導尋問ですが、弁護人が反対尋問でこう聞けば許されます。同じ聞き方なのに、なぜでしょうか。

条文刑事訴訟規則第199条の4第1項〜第4項

刑事訴訟規則第199条の4第1項〜第4項 反対尋問は、主尋問に現われた事項及びこれに関連する事項並びに証人の供述の証明力を争うために必要な事項について行う。 反対尋問は、特段の事情のない限り、主尋問終了後直ちに行わなければならない。 反対尋問においては、必要があるときは、誘導尋問をすることができる。 裁判長は、誘導尋問を相当でないと認めるときは、これを制限することができる。

1項が反対尋問の範囲。主尋問に現れた事項とこれに関連する事項、それに証人の供述の証明力を争うために必要な事項について行います。3項が中心です。反対尋問では、必要があれば誘導尋問をしてよい、と正面から認められています。理由は、主尋問で誘導が禁止される理由の裏返しです。主尋問は、自分が呼んだ証人に対して行うので、証人には尋問者に迎合したいという気持ちが働きやすい。ところが反対尋問は、証人を呼んでいない相手方が行います。証人は反対尋問者に対して迎合する動機がなく、むしろ距離がある関係です。誘導されても、証人自身の記憶と違えば「いいえ、違います」と言い返せる。

つまり、危険が低いから制限をゆるめてよい、ということです。それに、反対尋問の目的は、主尋問で出た証言をそのまま裏付けることではなく、その証言が信用できるかどうかを厳しく吟味することにあります。信用性を崩すには、証人を誘導してでも、矛盾や不合理な点を鋭く突く必要がある場面が多い。だから、迎合の危険が低いことと、信用性を厳しく吟味するという目的の両方から、反対尋問では誘導が許されるのです。もっとも、4項にあるとおり、裁判長が相当でないと認めれば、反対尋問での誘導も制限されます。なお、証人によっては、法廷で証言すること自体が大きな負担になる人もいます。被害者や年少者が付添いを受けたり、遮へいをしたり、ビデオリンク方式で尋問を受けたりする証人保護の措置も用意されていますが、その詳細は別の回で扱います。

異議——証拠調べの進め方に納得がいかないとき

決定に対する異議は法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという以前の回で見た枠組みを一言で思い出させる板

ここまでの尋問のやり方に、相手方が納得できないときはどうするでしょうか。少し思い出してほしいのですが、証拠を採用するかどうかの決定に対する異議は、理由をどこまで広く使えましたか?……法令違反のときだけでしたよね。不相当だという理由だけでは、決定そのものには異議を出せない、という話でした。証拠決定は、裁判所が相手方の意見も聴いたうえで、判断を尽くして出した結論です。それを不相当という曖昧な理由で蒸し返せると手続が安定しない、という理由でしたね。今日は、その枠組みの続きです。決定以外の場面、それに裁判長が単独で行う処分の場面にも、異議のルールが及びます。

異議の2類型——「証拠調に関し」と「裁判長の処分」(309条1項・2項)

309条1項の証拠調に関する異議と2項の裁判長の処分に対する異議を上位2分岐に置き訴訟指揮権と法廷警察権を示す板

条文刑事訴訟法第309条第1項〜第3項

刑事訴訟法第309条第1項〜第3項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。 検察官、被告人又は弁護人は、前項に規定する場合の外、裁判長の処分に対して異議を申し立てることができる。 裁判所は、前二項の申立について決定をしなければならない。

1項が、証拠調べに関する異議です。冒頭陳述のやり方、証拠調べの請求の方法、範囲・順序・方法の決定、証拠決定、さっき見た誘導尋問や書面の提示のやり方など、証拠調べ手続に関するほぼすべての訴訟行為が対象になります。1項でカバーされない、裁判長が単独で行う処分です。大きく2つあります。1つは訴訟指揮権に基づく処分、たとえば求釈明に応じるかどうかの判断です。もう1つは法廷警察権に基づく処分、たとえば法廷での発言を禁止する措置です。証拠調べそのものではなく、法廷の運営に関わる裁判長の判断が、2項の対象です。

1項と2項は区別してください。1項は証拠調べに関する行為・決定に及ぶ広い受け皿、2項はそれ以外の裁判長の処分に対する、いわば補充的な受け皿です。この対象の違いが、次に見る理由の範囲の違いにもつながります。

異議の理由の範囲——法令違反と不相当(規則205条)

決定は法令違反のみそれ以外の行為は法令違反と不相当の両方裁判長の処分も法令違反のみという理由の範囲の対比を示す板

条文刑事訴訟規則第205条第1項・第2項

刑事訴訟規則第205条第1項・第2項 法第三百九条第一項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。 法第三百九条第二項の異議の申立は、法令の違反があることを理由とする場合に限りこれをすることができる。

1項の本文が、証拠調べに関する異議の理由です。法令違反、または不相当のどちらでもよい。ただし但書があって、証拠調べに関する決定に対しては、不相当を理由にすることはできません。ここは前に見たとおりです。たとえば検察官が主尋問で「その夜、被告人を見ましたね?」と聞いたとき、弁護人は、誘導尋問を禁じた規則に反するという法令違反でも、聞き方が適切でないという不相当でも、異議を出せます。ところが、その証人を採用するという決定そのものに対しては、不相当だけでは足りません。2項は、法令違反を理由とする場合に限られます。訴訟指揮権に基づく処分でも、法廷警察権に基づく処分でも同じです。たとえば弁護人が、検察官の主張のあいまいな点をはっきりさせるよう裁判長に求めたのに、裁判長が応じなかった。この判断に異議を出すなら、納得できないというだけでは足りず、どの規定に反するのかを示さなければなりません。理由は、決定のときと同じ発想です。裁判長がその場で判断を下した処分を、「なんとなく不相当だ」という曖昧な理由で蒸し返せてしまうと、法廷の運営がその都度止まってしまいます。だから、はっきりした規則・法令の違反があるときに限って、異議を出せることにしているのです。

証拠決定は判断を尽くした結論だから、裁判長の処分は法廷の運営をその都度止めないために、どちらも理由を法令違反に絞ります。これに対して、尋問の聞き方のような個々の行為は、不相当というだけでも異議で正せます。この対比を押さえておいてください。

異議に対する裁判所の応答——申立ての方式と決定

個々の行為ごとに簡潔にただちに申し立てる方式と理由なしなら棄却理由ありなら中止撤回変更を命ずる決定の流れを示す板

条文刑事訴訟規則第205条の2

刑事訴訟規則第205条の2 異議の申立は、個々の行為、処分又は決定ごとに、簡潔にその理由を示して、直ちにしなければならない。

異議は、個々の行為・処分・決定ごとに、簡潔に理由を示して、直ちに申し立てなければなりません。あとからまとめて出したり、理由をあいまいにしたまま出したりはできません。異議は、進んでいる手続をその場で正すための仕組みだからです。たとえば誘導尋問に証人が答えてしまってから、しばらくたってまとめて異議を出しても、その答えはもう法廷に出てしまっています。問題の行為ごとに、どこが問題かを短く示して、その場ですぐ申し立てれば、裁判所もすぐ判断でき、審理を長く止めずに済みます。異議の申立てがあると、裁判所は遅滞なく決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟規則第205条の6第1項・第2項

刑事訴訟規則第205条の6第1項・第2項 異議の申立を理由があると認めるときは、異議を申し立てられた行為の中止、撤回、取消又は変更を命ずる等その申立に対応する決定をしなければならない。 取り調べた証拠が証拠とすることができないものであることを理由とする異議の申立を理由があると認めるときは、その証拠の全部又は一部を排除する決定をしなければならない。

異議に理由がなければ、棄却しなければなりません。理由があれば、その行為の中止や撤回、取消し、変更を命ずるなど、申立てに対応する決定をしなければなりません。2項は特に重要で、取り調べた証拠がそもそも証拠にできないものだという理由の異議に理由があれば、その証拠の全部または一部を排除する決定をしなければなりません。異議は言いっぱなしで終わらず、必ず裁判所の応答を受ける仕組みになっています。

今日の地図(保存版)

交互尋問の順序主尋問の誘導禁止反対尋問の誘導可異議の2類型と理由の範囲を1枚にまとめる板

今日のまとめです。尋問は、304条の建前を当事者主義に読み替えて、請求した側の主尋問、相手方の反対尋問、必要なら再主尋問、最後に裁判所の補充尋問という順序で進みます。主尋問では、証人が尋問者に迎合する危険が高いので誘導尋問を原則禁止し、危険が小さい7つの場面だけ例外を認めます。反対尋問では、その危険が低く、信用性を厳しく吟味する必要があるので誘導が許されます。証拠調べの進め方に納得できないときは、証拠調べに関する異議と、裁判長の処分に対する異議の2類型があり、決定と裁判長の処分は理由が法令違反のみに絞られ、それ以外の行為は法令違反・不相当のどちらも使えます。

誰が聞くかで迎合の危険が変わり、その危険の大きさに応じて聞き方や異議のルールが決まる。ここまで、ずっと同じものさしで説明できるんですね。

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第5章証拠法

#97単独ページ動画

証拠裁判主義と公知の事実

第5章 証拠法 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

裁判官が朝刊で読んだ事件の記事で認定してよいかと、1日は24時間だという当たり前の事実まで証拠がいるのかを対比する導入板

裁判官が、朝刊で被告人の事件の詳しい記事を読んでしまいました。この記事に書いてあった内容で、有罪の事実を認定してよいでしょうか。だめです。公判廷で取り調べられていない情報ですから。証人を呼んで、1日が24時間であることを証言させたりはしません。前回まで、証人にどう尋問するかという、証拠を法廷に出す手続を見てきました。今日は、その一段手前にある大原則、出てきた証拠で事実をどう決めるかという証拠裁判主義に入ります。答えを先に言うと、分かれ目は証拠の有無そのものではなく、その情報に当事者が反論できるかどうかです。今日はまず、証拠裁判主義という1本の軸を見ていきましょう。

317条と証拠裁判主義——「証拠による」の意味

当事者が証拠で証明し裁判所が取り調べた証拠で認定するという317条が結ぶ関係を示す板

刑事裁判で事実をどう決めるか、その大原則を定めているのが、この条文です。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

条文が当たり前のことを言っているだけに見えるとしたら、それは誤解です。これが歴史的に見ると当たり前ではありませんでした。かつては、火の中に手を入れさせて火傷の程度で有罪無罪を決めたり、水に沈めて浮けば有罪としたり、当事者に決闘をさせて勝った方を正しいとしたりする方法が使われていた時代があります。317条は、そうした迷信的な方法をすべて退け、公判廷で取り調べた証拠によってのみ事実を認定する、と宣言しているのです。裁判官の勘や、伝聞で聞いた話、個人的に知っている情報で事実を決めることを禁じる規定だと理解してください。

私知の禁止——裁判官が新聞記事で認定してよいか

裁判官が私的に知った新聞記事の情報で事実を認定できない理由を反証機会の欠如と裁判の公正から説明する板

冒頭の問いに戻ります。裁判官が、公判で取り調べられていない新聞記事の内容から事実を認定してよいか。さっき、だめだと言っていましたね。これを、裁判官の私的に知った情報、私知と呼びます。317条は、この私知による認定を禁じています。理由は2つあります。1つ目は、当事者に反論する機会がないことです。証人の証言であれば、被告人や弁護人はその証人に反対尋問をして、内容を争えます。ところが裁判官が個人的に読んだ新聞記事は、法廷に出てこないので、誰もそれを争えません。2つ目は、裁判官の個人的な思い込みで結論が左右されてしまうと、裁判の公正そのものが保てなくなることです。だから、裁判官が知っている情報であっても、公判廷に証拠として出されていない限り、それを事実認定の根拠にはできないのです。

証拠を要さない事実——公知の事実と裁判所に顕著な事実

公知の事実と裁判所に顕著な事実の定義を対比しなぜ証拠なしで認定してよいかを示す板 図:公知の事実と裁判所に顕著な事実の定義を対比しなぜ証拠なしで認定してよいかを示す板

317条がそこまで厳しいなら、「1日は24時間だ」もいちいち証拠がいることになりませんか。なりません。317条は、訴訟で問題になるあらゆる事実に及ぶわけではなく、証拠による証明を要さない事実が認められています。1つは、公知の事実です。一般の人が、その存在を疑わない程度に知れわたっている事実を指します。たとえば、ある人物がかつて首相であったという歴史的な事実や、特定の日の曜日がこれにあたります。もう1つは、裁判所に顕著な事実です。裁判官が、職務上知っていて、確信を持っている事実を指します。どちらというより、そもそも争う余地のない一般的な法則や経験則にあたるもので、これも証明を要しません。重力加速度がおよそ秒速毎秒9.8メートルであることも同じ扱いです。誰にとっても疑いようがない事柄まで、証拠を出させるのは無駄ですし、証明させる意味もありません。

矛盾していません。私知が禁じられるのは、当事者に反論の機会がなく、裁判官の独断で結論が左右されてしまうからでした。ところが公知の事実は、誰もが知っていて、そもそも疑う余地がありません。争ったところで結論は変わらないので、当事者に反論させなくても、裁判の公正を害さないのです。317条が守ろうとしている「反論できる証拠で決める」という趣旨を、こちらは別の形で満たしていると考えてください。顕著な事実と私知を分けるのは、世間に知れ渡っているかどうかではありません。たとえば、同じ裁判所が以前に別の事件で判決を言い渡したという事実は、その裁判所に顕著な事実です。裁判官は職務の中でそれを知っていますし、判決は記録として残っているので、当事者も上級の裁判所も、あとから誰でも確かめられ、中身を争う余地がありません。朝刊の記事は、裁判官が私的に読んだだけで、何が書いてあったのかを誰も法廷で確かめられません。同じ「裁判官が知っている」でも、法廷の外で当事者も確かめられる形になっているかどうかで、扱いが分かれるのです。

判例による線引き——顕著な事実にも限界がある

公知の事実と裁判所に顕著な事実を認めた判例と防御の機会を奪うとして顕著な事実を否定した判例を対比する板

この2つの事実を、判例がどう扱っているかも見ておきます。ある事件で問われたのは、選挙のルールに違反した罪でした。この裁判では、被告人が市長選挙に立候補して当選していたという事実そのものを、公知の事実として扱っています。別の事件では、取引した物がヘロインだったこと自体は、自白とそれを補強する証拠によって認定されています。そのうえで、通称「ヘロイン」という呼び名が、法律で麻薬として挙げられている正式な物質名を指すという対応関係だけは、裁判所に顕著な事実として、証拠がなくても扱われました。この事件で実際に何が起きたかではなく、裁判所が職務上確かに知っている一般的な知識だから、という理由です。事実の認定というより法律の読み方を示したという見方もありますが、証拠なしで扱ってよいという結論は変わりません。

顕著な事実として扱える範囲にも限界があります。それが今日いちばん大事な線引きです。ある事件では、入院していた患者への暴行という、被告人にとって不利益な事実を、証拠調べをしないまま、裁判所に顕著な事実として認定してしまいました。これについては、被告人が防御する機会や、上級の裁判所がその判断を審査する機会を奪ってしまうとして、裁判所に顕著な事実にはあたらない、とされています。証拠を要さない事実は、あくまで争う余地のないものに限られます。被告人に不利益な、しかも争う余地のある具体的な事実にまで、この扱いを広げてしまうと、317条が守ろうとしている反論の機会そのものが失われてしまいます。

証拠能力と証明力——入口と中身

証拠能力を法廷に出す資格証明力を信じられる程度として対比しそれぞれの判断主体を示す板

ここで少し、以前の回を思い出してください。弁護人が証拠に対して「不同意」だと述べた場合、その証拠はどうなりましたか?書いた本人に法廷で問いただせないので、原則として証拠にできませんでした。検察官は、代わりに証人を請求することがある、という話でしたね。今日の最後は、その話とつながります。これから2つの言葉を出します。片方は「法廷に出られるかどうか」の話、もう片方は「出た後、どれだけ信じられるか」の話です。どちらがどちらでしょうか。証拠能力とは、ある証拠が公判廷で取り調べられるために、法律上必要とされる資格のことです。先ほどの不同意の書面は、この資格が認められなかった例です。本人に問いただせない、つまり反論できない書面は、原則として法廷に出る資格を持てません。今日のものさしが、ここにも出てきます。もし証拠能力のない証拠を誤って取り調べてしまったときは、前の回の異議のところで見たとおり、その証拠を排除する決定がされます。これに対して証明力とは、法廷に出た証拠が、事実の認定にどれだけ役立つか、その信用性の程度のことです。

証明力はだれが判断するんですか。そこは裁判官の自由な判断に委ねられています。それを定めているのがこの条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

これを自由心証主義と呼びます。今日は、証明力の評価が裁判官に委ねられている、という定義だけ押さえてください。たとえば、証人が話した内容を書き取った書面、つまり供述録取書に同意はしたけれど、内容の信用性そのものは争う、という場面があります。これは証拠能力は認められたうえで、証明力だけが争われている状態です。証拠能力がないという主張と、証明力が低いという主張は、まったく別の話だと区別してください。逆に、不同意になった書面は、どれだけ詳しく本当らしく書かれていても、資格がないので法廷に出られず、どれだけ信じられるかの審査にすら進みません。

今日の地図(保存版)

317条と証拠を要さない事実の限界そして証拠能力と証明力の区別を1枚にまとめる板 図:317条と証拠を要さない事実の限界そして証拠能力と証明力の区別を1枚にまとめる板

今日のまとめです。317条は、事実の認定は証拠による、と定め、裁判官の私的な思い込みで事実を決めることを禁じています。ただし、公知の事実や裁判所に顕著な事実のように、争う余地のない事実は、証拠がなくても認定してよく、これは317条の趣旨に反しません。もっとも、この扱いには限界があり、被告人の防御や上訴審の審査の機会を奪うような使い方は許されません。そして、証拠には、法廷に出すための資格である証拠能力と、出たあとどれだけ信じられるかという証明力という、2つの別の物差しがあります。名前は似ていますが、さきほどの自由心証主義とは別の話です。

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#98単独ページ動画

厳格な証明と自由な証明

第5章 証拠法 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

保釈を求める場面で伝聞の手紙を出す場合と同じ手紙で無罪を証明しようとする場合を対比する導入板

保釈を認めるかどうかを判断する材料としてなら、この手紙をそのまま出せます。ところが同じ一枚の手紙でも、何に使うかで話が変わります。もし弁護人が、この手紙を使って「被告人は犯人ではない」という無罪の事実そのものを証明しようとしたら、今度は伝聞のままでは通りません。今日は、この違いを生むものさしに入ります。前回まで見てきた証拠能力や証明力、裁判官の自由な判断に委ねる自由心証主義は、出てきた証拠をどう扱うかという話でした。今日はその一段手前、証明そのもののやり方に、どれだけ厳しい手続を要求するかという、別の軸を見ていきます。名前が似ている自由心証主義とは、まったく別の話だと先に断っておきます。

厳格な証明と自由な証明——分かれ目のものさし

有罪無罪や刑の重さそのものを決める事実は厳格な証明で手続を進めるための判断材料は自由な証明であるという物差しを示す板

厳格な証明とは、証拠能力のある証拠を、法律で定められた手続、公判廷での朗読や展示、証人尋問といった適式な証拠調べを経て行う証明のことです。自由な証明とは、この2つの縛り、証拠に資格を求めることと、決まった手順で取り調べることを、どちらも課されない証明のことです。「自由」という名前から、制限のない証明を思い浮かべるのが、一番よくある誤解です。今日、まずその誤解を解きたいと思います。分かれ目になるものさしはこうです。その事実が崩れたとき、有罪無罪や刑の重さそのものがひっくり返るか、それとも、裁判を前に進めるための手続的な判断材料にすぎないか。

さっきの手紙の話に当てはめると、保釈するかどうかの判断は、有罪無罪そのものではないから自由。でも「犯人ではない」を証明する場面は、まさに有罪無罪を決めるから厳格。良質な証拠で慎重に決めるべき事実か、多少質を落としてでも幅広く情報を出して素早く決めたい事実か。この違いだと考えてください。

自由な証明の下限——正体は伝聞法則が外れること

320条1項の伝聞法則が公判外供述を証拠から締め出す仕組みと自由な証明ではその締め出しだけが外れるという限定を示す板

さっき「無制限ではない」と言っていましたね。自由な証明といっても、何か縛りは残るんですか。残ります。まず今日の核になる条文を見てください。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

これが伝聞法則です。公判の外で誰かが話した内容を書き取った書面や、又聞きの供述は、原則として証拠にできない、という条文でした。自由な証明の実質は、この伝聞法則が外れるという、その一点に尽きます。つまり公判の外で作られた書面や、又聞きの話でも、証拠として使ってよいということです。拷問で無理やり引き出した自白のようなものも、自由な証明なら使えてしまうんですか。使えません。そこが下限です。自由な証明で外れるのは、伝聞法則という一つの制約だけで、証拠として使うこと自体が禁じられているもの、たとえば任意性のない自白や、違法に集められた証拠は、自由な証明でも使えません。最初に、自由な証明では証拠に資格を求めないと言いましたが、正確には、資格のルールを丸ごと外すのではなく、そのうち伝聞法則だけが外れる、という限定された意味です。「自由」という言葉は、証拠の質を何でも許すという意味ではない、と理解してください。

厳格な証明を要する事実——刑罰権の存否・範囲

犯罪事実処罰条件処罰阻却事由刑の加重減免事由が厳格な証明を要する事実として並ぶ一覧板

では、厳格な証明を要する事実を具体的に見ていきます。まず一番の中心は、犯罪事実、つまり構成要件に該当する事実や、違法性・責任を基礎づける事実です。これはまさに有罪無罪を決める事実なので、厳格な証明を要します。それ以外にもあるんですか。あります。処罰条件です。犯罪そのものは成立していても、法律が定める別の条件がそろって初めて処罰できる、その条件のことです。たとえば、破産の手続で財産を隠す罪は、破産手続開始の決定が確定して初めて処罰されます。それから、処罰阻却事由。犯罪は成立しているのに、特別な関係があるので処罰だけはしない、という事由です。条文を見てください。

条文刑法第244条第1項

刑法第244条第1項 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

これは、窃盗にあたる行為をしても、配偶者や直系血族、同居の親族の間であれば刑が免除される、という規定です。この「親族関係があるかどうか」という事実も、刑罰権の有無を左右するので、厳格な証明を要します。たとえば、同居している弟が、兄の財布からお金を抜き取ったとします。窃盗の罪自体は成立しますが、兄弟は同居の親族にあたるので、刑は免除されます。犯罪の成立は認めたうえで、刑だけを外す。これが処罰阻却事由です。だからこそ、その関係が本当にあったのかどうかは、厳格な証明で確かめる必要があるのです。前科による刑の加重については、最高裁の大法廷がはっきり判断しています。

判例最高裁判所大法廷決定・昭和33年2月26日(刑集12巻2号316頁)

累犯前科の認定——実質は犯罪構成事実に準ずる 「累犯加重の理由となる前科は、刑訴三三五条にいわゆる『罪となるべき事実』ではないが、かかる前科の事実は、刑の法定加重の理由となる事実であつて、実質において犯罪構成事実に準ずるものであるから、これを認定するには、証拠によらなければならないことは勿論、これが証拠書類は刑訴三〇五条による取調をなすことを要するものと解すべきである。」

累犯前科そのものは、犯罪事実の中身ではありません。でも、これが認められると刑が重くなる、つまり刑罰権の範囲を左右する事実なので、実質は犯罪構成事実に準ずる、として厳格な証明を要求しています。刑の減軽の側も、扱いは同じです。自首が認められれば刑を減軽できるので、自首があったかどうかは、法律が定める刑の枠そのものを動かす事実です。だから厳格な証明を要すると考えられています。刑を重くする方向でも、軽くする方向でも、刑罰権の範囲そのものを動かす事実である以上、扱いは対称です。

被告人に有利な事実も、厳格な証明を要する

検察官が有罪を立証する場合だけでなく被告人が正当防衛や責任能力の欠如を主張する場合も同じ重さの証明が要ることを示す板

さっきから、有罪の方向に働く事実の話ばかりですね。逆に、被告人の側が「自分は正当防衛だった」とか「責任能力がなかった」と主張する場合、証明のレベルは緩くなるんですか。緩くなりません。有利な事実だから緩くていい、というのは直感的にはありそうな話ですが、実際はそうなっていません。検察官が有罪を立証するときと同じ重さの、厳格な証明を要すると解されています。理由の一つは、条文の書きぶりです。刑事訴訟法は、犯罪事実が「あること」だけでなく「ないこと」も並べて扱っています。たとえば321条1項3号は、「犯罪事実の存否の証明」と、あることとないことを一続きに書いています。有罪方向の証明も、無罪方向の証明も、同じ重みで扱う、という条文の構造があるのです。もう一つの手がかりが、この条文です。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。

この条文は、被告人にとって不利益な供述だけでなく、「特に信用すべき情況」の下でされた供述、つまり被告人に有利な内容の供述にも、同じように証拠としての要件を課しています。有利な供述だからといって、法律は証拠の質を緩めていません。決着そのものを動かす事実である以上、有利か不利かは関係なく、厳格な証明を要すると考えてください。冒頭で、弁護人が上司の手紙を使って「犯人ではない」と証明しようとした場面は、まさにこの有利な事実の証明です。だから、あの手紙は伝聞のままでは通らなかったのです。

訴訟法上の事実——原則は自由な証明

逮捕勾留保釈召喚といった手続を進めるための判断材料は原則自由な証明で足りることを示す板

次は、冒頭の手紙の話に戻ります。逮捕や勾留、保釈、召喚といった、手続を進めるための判断材料になる事実、これを訴訟法上の事実と呼びます。これは原則、有罪無罪の決着そのものには関わらないので、自由な証明で足ります。実際に判例でも、そう扱われています。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和58年12月19日(刑集37巻10号1753頁)

手続上の判断のための訴訟法的事実——自由な証明で足りる 「右のような訴訟法的事実については、いわゆる自由な証明で足りるから、右回答書が刑訴法三二三条三号の書面に該当すると否とにかかわらず、これを取り調べた原審の措置に違法はない」

この事件は、電報電話局長が作成した「逆探知の資料は存在しない」という回答書を、原審が逆探知資料の送付嘱託の当否や、逆探知に関する証人申請の採否を判断する材料として使ったという事案です。伝聞にあたるかどうかを気にする必要すらなく、自由な証明で足りると判断されています。冒頭の手紙も、保釈の判断材料として使うだけなら、同じ訴訟法上の事実の扱いです。

訴訟法上の事実——実務が厳しく扱う場面

自白の任意性や訴訟条件のように有罪無罪や公判打切りに直結しうる訴訟法上の事実は実務上厳格に扱われるという揺れを示す板

原則は自由な証明ですが、例外があります。自白の任意性や、証拠の関連性、証拠が違法に集められたものかどうかといった、証拠能力に関する事実、それから、訴訟条件があるかどうかという事実は、実務上・学説上、厳格な証明を求める扱いが有力です。ものさしに立ち返れば理由は同じです。自白の任意性が否定されれば、その自白は有罪の証拠から外れます。訴訟条件、つまり裁判ができるための前提条件が欠ければ、有罪無罪を判断しないまま公判が打ち切られます。どちらも、崩れると裁判全体の帰趨に直結してしまうのです。手続を進めるための判断材料というより、決着そのものに近い性質を持つので、実務は厳しく扱うのです。この論点は、答案でも問われうる骨格の一つですが、規範の細部は別の回で扱います。もっとも、上告審という特殊な場面には留保があります。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成23年10月26日(刑集65巻7号1107頁)

上告審における訴訟条件の認定——適宜の方法でよい 「訴訟条件である告発の存在については、当審において、証拠調手続によることなく、適宜の方法で認定することができるものと解される」

この事件では、下級審が見落としていた告発という訴訟条件の有無を、上告審が証拠調べ手続を経ずに認定できるとしています。上告審は、事実を新たに取り調べる事実審ではなく、書面で審理する法律審です。そのことが判断に影響した可能性も指摘されていて、通常の事実審で同じように扱えるとは限らない点に注意してください。証拠能力に関する事実の代表例が、328条の弾劾証拠です。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

この条文は、本来なら証拠にできない伝聞の書面でも、法廷での供述の証明力を争う、つまり「前にこう言っていたのに、法廷ではこう言っている」という矛盾を指摘するためだけなら、証拠として使ってよい、という規定です。ただし、前に矛盾する供述をしたという事実そのものは、厳格な証明で立証する必要があります。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条の弾劾証拠——補助証拠の存在は厳格な証明で 「別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。」

この事件では、署名も押印もない報告書を弾劾証拠として使おうとしましたが、法律が定める要件を満たしていないとして、証拠能力自体が否定されました。矛盾を指摘するためだけの証拠だからといって、出どころの確かでない書面を野放図に認めるわけではない、ということです。328条の書面も、使えるかどうかで証人の話の信用性、ひいては有罪無罪が動きます。崩れたら決着がひっくり返る事実だから厳格な証明、というものさしは、例外の場面でもそのまま効いています。

量刑に関する事実——犯情と一般情状

犯罪事実と重なる犯情は厳格な証明一般情状は判例上自由だが実務は厳格が多いという判例と実務のズレを示す板

最後に、量刑に関する事実です。これは、犯情と一般情状という2つに分けて考えます。犯情とは、被告人と被害者の関係や、犯行の動機・態様、被害の大きさといった、犯罪事実そのものと重なり合う量刑事実です。犯罪事実と地続きなので、厳格な証明を要します。生い立ちや性格、環境、前科前歴、被害弁償や示談の有無といった、犯情以外の情状です。判例では、これは自由な証明で足りるとされてきました。ものさしで言えば、累犯や自首は、法律が定める刑の枠そのものを動かします。これに対して一般情状は、その枠の中で裁判官がどこに決めるかの材料にすぎません。たとえば、被害を弁償したという事実は、刑を軽くする方向に働きますが、被害弁償それ自体は、法律が刑の枠を動かす理由として定めた事実ではありません。枠を動かさないので、判例は自由な証明でよいとしてきたのです。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和24年2月22日(刑集3巻2号221頁)

執行猶予の情状——法定の証拠調べを経なくてもよい 「刑の執行を猶予すべき情状の有無に関する理由は判決にその判断を示すことを要する事項ではなく、またその証拠理由を示す必要もないところであるが、……この情状に属する事項の判断については、犯罪を構成する事実に関する判断と異り、必ずしも刑事訴訟法に定められた一定の法式に従い証拠調を経た証拠にのみよる必要はない」

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和27年12月27日(刑集6巻12号1481頁)

量刑資料——厳格な証拠調べ手続を要しない 「所論の資料は単なる量刑判断に用いたものであつて罪となるべき事実認定の証拠ではない」

事実を認定する証拠として使うのではなく、量刑を決める材料に使うだけだから、厳格な証拠調べの手続を経る必要はない、という判断です。判例の立場と実務の運用には、ずれがあります。判例の立場は今も自由な証明で足りるというものですが、実務では、前科事実や被害弁償・示談の事実については、厳格な証明で認定するのが一般的です。法律が定める刑の枠を動かさない、という点では判例の言うとおりです。ただ、前科や示談は、その枠の中で、実際に言い渡される刑を確実に、しかも大きく上下させます。ものさしの「刑の重さ」を、法律上の枠ではなく実際に言い渡される刑で測れば、決着に近い事実になる。実務が厳しく扱うのはそのためです。判例上の建前と、実務の運用に、ずれが生じている場面だと理解してください。

今日の地図(保存版)

決着に直結する事実は厳格な証明手続を進める事実は自由な証明ただし自由な証明にも伝聞法則が外れるだけという下限があることをまとめる板

今日のまとめです。もう一つだけ、区別しておきたい言葉があります。誰が証明する責任を負うか、という挙証責任は、原則として検察官が負いますが、それは今日の「どれだけ厳しい手続で証明するか」という話とは別の軸です。挙証責任の中身は、別の回で扱います。今日のものさしは一つでした。その事実が崩れたとき、有罪無罪や刑の重さそのものがひっくり返るなら厳格な証明、手続を進めるための判断材料にすぎないなら自由な証明。犯罪事実も、被告人に有利な事実も、犯情も、決着に直結するので厳格。逮捕や保釈のような手続的判断は、原則自由。ただし自由な証明にも下限があり、その正体は伝聞法則が外れるという一点だけで、任意性のない自白や違法収集証拠は、自由な証明でも使えません。そして訴訟法上の事実の中でも、証拠能力や訴訟条件に関わるものは、決着に直結しやすいので、実務は厳格に扱います。

「自由」という言葉に引っ張られて、何でもありだと思っていましたが、決着に直結するかどうかという同じものさしで、全部つながっていたんですね。

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#99単独ページ動画

証拠の分類と立証の構造

第5章 証拠法 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

現場に落ちていたメモを内容の真実性のために使う場合と筆跡鑑定のために使う場合で扱いが変わることを示す導入板

伝聞法則は、証拠なら何にでも当てはまるわけではありません。適用されるかどうかは、証拠の中身次第で決まります。今日はその、証拠の中身を見分ける分類に入ります。名前を並べて覚える必要はありません。現場に落ちていたメモに「Xが刺した」と書いてあったとします。このメモは、Xが犯人だという証拠になるでしょうか。このメモが証拠になるかどうかは、このメモで何を証明したいかによって変わります。今日出てくる分類は、供述証拠か非供述証拠か、直接証拠か間接証拠か、実質証拠か補助証拠か、いろいろありますが、全部ひとつの問いに帰着します。その証拠で何を証明するのか、どういう道筋で証明するのか。この問いを立てられれば、名前を暗記しなくても分類は自然に決まります。

証拠方法・証拠資料と人的証拠・物的証拠

証拠方法は取調べの対象そのもの証拠資料は取り出した中身であり人的証拠と物的証拠に分かれることを示す板

証拠方法と証拠資料に入る前に、1つ思い出してほしいことがあります。証人に対して行う、当事者双方が代わる代わる問いただす手続を、何と呼んだか覚えていますか?たしか、交互尋問でした。今日はその証人という対象を、性質という切り口で整理し直します。あわせて、前回までに見た証拠能力と証明力も一言だけおさらいしておきます。証拠として法廷に出せる資格が証拠能力、出た証拠をどれだけ信じるかが証明力でした。今日はこの手前で、証拠そのものをどう性質分けするかを見ていきます。まず、証拠方法と証拠資料という言葉です。証拠方法とは、証拠調べの対象となる人そのもの、物そのもの、つまり証人や、凶器のような物です。証拠資料とは、その証拠方法を取り調べた結果、実際に得られる中身、つまり証言の内容や、物の形状や成分です。裁判官が事実認定の材料にするのは、証拠資料の方です。

この証拠方法は、性質によって人的証拠と物的証拠に分かれます。人的証拠は、人の供述を証拠資料とするもので、人証と呼ばれます。物的証拠は、物の存在や状態を証拠資料とするもので、物証と呼ばれます。さらに、書面の記載内容を証拠資料とするものは書証と呼ばれます。証人尋問と書証の取調べで既に出てきています。証人を尋問で取り調べたのは、証人が人的証拠で、その場の供述そのものが証拠になるからでした。凶器を展示で取り調べたのは、物の存在や状態に証明力があるからでした。書証も物的証拠の一種ですが、証明力は紙に書かれた記載内容にあるので、朗読や要旨の告知で内容を耳に伝えたのです。あのとき見た取調べ方式の違いは、実は証拠の性質の違いに対応していたのです。ちなみに、裁判官が実際に心証を抱いたときの原因になった資料を証拠原因と呼びますが、これは名前だけ覚えておけば十分です。

供述証拠と非供述証拠——伝聞法則の入口

知覚記憶表現叙述の4段階に誤りが入りうる供述証拠と内容の真実性を問わない非供述証拠を同じメモの使い道の違いで示す板

ここからが今日の核です。冒頭のメモの話に戻ります。人が何かを事実として語るとき、頭の中では4つの段階を経ています。まず目や耳でその出来事を知覚する。次にそれを記憶にとどめる。そして記憶を言葉や動作に表現する。最後にそれを他人に叙述する。この4段階のどこにも、誤りが入り込む余地があります。見間違い、記憶違い、言い間違いや大げさな表現、意図的な嘘。だからこそ、誰かが語った内容が本当に正しいのか確かめるには、法廷で本人に問いただす、つまり反対尋問でテストする必要があります。事実の存否について、言葉や、言葉に代わる動作で表現された内容を、その表現どおりの事実があったかどうかを証明するために使う証拠、これが供述証拠です。それ以外の証拠が非供述証拠です。

冒頭のメモを、「メモを書いた人が本当にXが刺すところを見て、それが真実かどうか」、つまりXが本当に犯人かどうかを証明するために使うなら、書いた人の知覚・記憶・表現・叙述という4段階の正確さが問題になります。これは供述証拠です。ところが、同じ1枚のメモでも、筆跡が被害者本人のものかどうかを鑑定するためだけに使うなら、書いた人の記憶が正確だったかどうかは一切関係ありません。これは非供述証拠です。物の種類で決まるのではなく、使い道で決まる、というのが今日一番大事な核心です。人的証拠か物的証拠かという分け方とも、別の軸です。証人の証言でも、声の特徴を確かめるためだけに使うなら、非供述証拠になります。そして、供述証拠だけが特別扱いされる理由がここにあります。反対尋問という手段でテストしない限り、誤った事実認定を招く危険があるからです。だから、供述証拠は原則として、公判廷での尋問を経なければ証拠として使えません。これを定めているのが、次の条文です。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

これが伝聞法則です。公判の外で誰かが語った内容を書き取った書面や、又聞きの供述は、原則として証拠にできません。伝聞法則はどんな証拠に適用されるのか、という冒頭の問いの答えが、ここでつながります。伝聞法則が適用されるかどうかを決めるのは、今日見た供述証拠かどうかという分類そのものです。供述証拠にあたらなければ、そもそも伝聞法則を気にする必要がありません。この条文の中身自体は、また別の回で詳しく扱います。

直接証拠と間接証拠——推認の構造

直接証拠は主要事実に一直線で間接証拠は間接事実を経験則で結んで推認することを示す板

直接証拠のほうが強い証拠だと考えてしまうのが、最初のつまずきどころです。この分類は、証拠の強さの話ではありません。主要事実、つまり犯罪事実に、どういう道筋で届くかの違いです。犯罪事実の存在を、推論を挟まず、それを見聞きすればそのまま証明できる証拠を直接証拠と呼びます。被告人自身の自白や、犯行を目撃したという証言がこれにあたります。間接証拠は、犯罪事実そのものではなく、それ以外の事実、つまり間接事実を証明し、そこから経験則を介して犯罪事実の存在を推認させる証拠です。情況証拠とも呼ばれます。

防犯カメラの人物靴跡の一致自宅の盗品という3つの間接事実から経験則を介して犯人性を推認し1つでは別の説明が残るが積み重ねると狭まることを示す板

例で確認しましょう。ある強盗事件で、次の3つの証拠が出てきたとします。1つ目、犯行時刻の直前に、被告人によく似た人物が現場付近の防犯カメラに映っていた。2つ目、現場に残された靴跡が、被告人が普段履いている靴の靴底と一致していた。3つ目、被告人の自宅の部屋から、盗まれた品物が見つかった。まず、間接事実を1つずつ認定します。被告人に似た人物が現場付近にいた、靴底の模様が一致した、盗品が自宅にあった。それぞれの間接事実に対して、「通常であれば、こういうことが起きる」という経験則を当てはめます。犯行時刻に現場付近にいた人物は、犯行に関与している可能性が高い。犯行現場の靴跡と靴底が一致する人物は、その現場を歩いた可能性が高い。盗まれた直後の品物を自宅に保管している人物は、それを盗んだ本人である可能性が高い。この3つの経験則を積み重ねると、被告人が犯人であるという推認が、より強く支えられていきます。

1つの間接事実だけでは、別の説明の余地が残ります。似た人物が映っていただけなら、たまたま別人かもしれません。しかし、複数の間接事実が同じ結論を指し示すと、その別の説明の余地が狭くなっていきます。これが間接証拠による立証の特徴で、間接事実を積み上げて、主要事実を外側から囲い込んでいくような構造になります。直接証拠だから強い、とは限りません。直接証拠でも、目撃証言の信用性が低ければ弱い証拠になりますし、間接証拠でも、複数の間接事実が揃えば強い心証を形成できます。強さの問題ではなく、主要事実に届くまでの道筋の違い、と理解してください。答案を書くときは、間接事実を認定する、経験則を示す、その経験則を介して主要事実を推認する、という3段階を分けて書くのが型になります。情況証拠だけで有罪と言えるかどうかの限界は、また別の回で扱います。

実質証拠と補助証拠——弾劾・増強・回復

主要事実間接事実を証明する実質証拠と証明力を上げ下げする補助証拠が弾劾増強回復の3種に分かれることを示す板

続いて、実質証拠と補助証拠です。ここまで見てきた供述証拠や直接証拠は、主要事実や間接事実そのものを証明するために使われていました。つまり、事件の中身である主要事実や間接事実を証明する役目の証拠、これが実質証拠です。補助証拠は、実質証拠そのものではなく、実質証拠の証明力に影響を与える事実を証明するための証拠です。証明力に影響を与える事実のことを補助事実と呼びます。証拠として使えるかどうか、つまり証拠能力に関わる事実も、補助事実に含まれます。例で見ましょう。犯行時刻に犯人らしき人物を見たという証人の証言があるとします。この証言そのものは、犯罪事実を証明しようとしているので実質証拠です。ここで、被告人側が、この証人は事件の後、被告人との間で金銭トラブルになり、今は対立関係にあるという事実を持ち出したとします。

金銭トラブルがあったかどうかは、犯人が誰かとは別の話です。この事実は、犯行があったかどうかを直接証明するものではなく、その証人の証言をそのまま信じてよいのかどうか、証言の信用性を疑わせるために使われています。このように、他の証拠の証明力を引き下げるために使う証拠を、弾劾証拠と呼びます。弾劾証拠も補助証拠の一種です。証明力を上げる側の補助証拠もあります。別の証人が、その証言と同じ内容を裏づける供述をしたとします。この証言によって、最初の証言の信用性が高まるなら、これは証明力を引き上げる方向に働く証拠で、増強証拠と呼びます。さらに、一度弾劾された証言について、トラブルが起きるより前、事件の翌日に、すでに周囲へ同じ内容を話していた、という事実が示されればどうでしょう。トラブルの影響で話を作ったわけではないと分かり、下がった信用性が再び持ち直します。これを回復証拠と呼びます。

補助証拠は、他の証拠の証明力を下げる弾劾証拠、上げる増強証拠、下がった証明力を戻す回復証拠の3つに分かれます。弾劾証拠は、前回、厳格な証明と自由な証明の話の中で、328条の条文と一緒に出てきたものです。あれも、この補助証拠の一種だったわけです。328条でどんな証拠が使えるかは、別の回で詳しく扱います。今日は、実質証拠と補助証拠を分ける軸が、直接証明するのか、証明力を上げ下げするのかという違いであることだけ押さえてください。

立証の構造——一本道と積み上げ

主要事実へ直接証拠が一本道で結び間接証拠が経験則を介して積み上がり補助証拠が下から信用性を支える構造を示す板

ここまでの分類を、1つの図にまとめます。主要事実をゴールとして考えてください。直接証拠は、そのゴールに一本道で直結します。自白や目撃証言がこれです。一方、間接証拠は、間接事実を経由し、経験則という橋を渡って、主要事実を推認させます。1つの橋では心もとなくても、複数の橋を架ければ、ゴールへの道筋はより確かになります。そして、この一本道も、積み上げの道も、それぞれの証拠自体の信用性が揺らげば、道筋そのものが崩れます。そこを下から支えたり、逆に崩したりするのが補助証拠です。目撃証言という一本道であれば、その証言の信用性を弾劾証拠が崩そうとし、増強証拠や回復証拠がそれを支え直します。間接証拠の積み上げであれば、それぞれの間接事実を証明する証拠の信用性を、同じように補助証拠が上下させます。

分類は暗記のためのリストではなく、この立証の構造を理解するための地図だと考えてください。

録音・録画記録の使い分け——実質証拠と補助証拠の再確認

取調べの録音録画記録媒体が供述内容の証明では実質証拠取調べ状況の証明では補助証拠になることを示す板

最後に、供述証拠と非供述証拠のところで見た核心を、別の場面でもう一度確認します。取調べの様子を記録した録音・録画記録があるとします。この記録を、被告人が取調べでどう供述したか、つまり供述の内容そのもの、犯行の態様や故意の有無を証明するために使うなら、これは実質証拠です。供述内容の真実性が問題になるので、供述証拠としての性質も帯びます。ところが、同じ記録を、取調べの状況、つまり強要がなかったか、自白が任意にされたものかどうか、供述の信用性を判断するために使うなら、これは補助証拠です。冒頭のメモと、まったく同じ構造です。何を証明するために使うかを先に決めなければ、その証拠がどちらの性質を持つかは決まりません。実質証拠として使う場合に、伝聞法則がどう関わってくるかという証拠能力の中身は、また別の回で詳しく扱います。今日は、この使い分けの構造だけ押さえてください。

今日の地図(保存版)

何を証明するのかどういう道筋で証明するのかという1本の問いで全ての分類が決まることをまとめる板

今日のまとめです。証拠方法と証拠資料を分けたうえで、供述証拠と非供述証拠、直接証拠と間接証拠、実質証拠と補助証拠という3つの軸を見てきました。どれも、その証拠で何を証明するのか、どういう道筋で証明するのかという、1本の問いで決まっていました。同じ1枚のメモ、同じ1本の録画でも、使い道が変われば分類の答えは変わります。名前を1つずつ覚えるのではなく、問いを立てれば答えが出る、ということですね。この分類は、これから先の論点を考えるための地図になります。供述証拠にあたるかどうかは伝聞法則が適用されるかどうかを決めます。間接証拠だけで有罪と言えるかどうかには限界があります。弾劾証拠には条文上の使い方があります。録音・録画記録の証拠能力にも独自の論点があります。今日はその地図を手に入れたと考えてください。

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#100単独ページ動画

自由心証主義と証明の程度

第5章 証拠法 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

盗難バイクのハンドルから被告人の指紋が出たが被告人は一週間前に触ったと言うという導入板

前回の最後に、法廷に出た証拠を裁判官がどこまで自由に判断できるのか、どの程度まで証明されれば有罪と言えるのか、という問いが出ました。自由に判断できるなら、極端な話、裁判官が納得しさえすれば有罪にできるんですか。そこが、今日の入口です。1つ具体的な場面を出します。深夜のコンビニ強盗で、犯人は盗難バイクで逃げました。そのバイクのハンドルから、被告人の指紋が見つかりました。ところが被告人は、事件の1週間前に中古バイク店で見に行ったとき触った、と言っています。では、その可能性が残っている以上、有罪にしてはいけないのでしょうか。それとも、可能性が残っていても有罪にしてよいのでしょうか。

今日は、この線の引き方を作ります。裁判官は証拠の値打ちをどう決めるのか、そして、その評価がどこまで達すれば有罪にしてよいのか。この2つの問いを、1本の筋で通します。先に答えの形だけ言っておくと、可能性が残っているかどうかでは、線を引きません。

318条と法定証拠主義を捨てた理由

法律が証拠の値打ちを先に決める法定証拠主義と裁判官が個別に評価する自由心証主義を対比する板

最初に条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

短い条文ですが、意味は重いです。証明力とは、法廷に出た証拠が、事実の存在をどれだけ推認させるか、その値打ちのことです。この値打ちを、法律が数値や形式で決めるのではなく、裁判官が個別の事件ごとに判断する。この原則を自由心証主義と呼びます。対になるのが、法定証拠主義です。特定の証拠があれば必ず有罪にしなければならない、特定の証拠がなければ有罪にできない、というように、証拠の値打ちを法律が先に決めてしまう方式です。極端な例を2つ考えてみます。まず、証人が2人そろえば事実は認定しなければならない、という決め方です。すると、口裏を合わせた2人組が現れたとき、裁判官が怪しいと感じていても、無実の人を有罪にせざるをえません。次に、自白があれば有罪にしなければならない、という決め方です。すると、自白さえ取れば有罪が決まりますから、自白を取るために取調べが行き過ぎます。実際に、自白を得るための拷問が行われた歴史があります。

採点でいえば、答案を読まずに、字数だけで点をつけるようなものです。個々の事件の具体的な事情に合わないし、不当な取調べも誘発します。そこで、人間の理性を信頼して、値打ちの判断を裁判官に委ねたのが、自由心証主義です。整理します。法定証拠主義は、法律が先に値打ちを決めるので、具体的な妥当性に欠け、自白偏重を生みました。自由心証主義は、裁判官が証拠の中身を見て決めます。これが318条です。

自由なのは証明力だけ——3つの軸を区別する

証明の方式と証拠の評価と証明の程度は別の軸であり証拠能力を通った証拠だけが評価の対象になることを示す表の板

条文をよく見てください。委ねられているのは、証明力です。証拠として法廷に出してよいかどうか、つまり証拠能力は、318条の対象ではありません。証拠能力は法が縛っています。違法に集めた証拠の排除、伝聞法則、自白法則、いずれも、裁判官が信用できると思うかどうかとは無関係に、使えないものは使えません。以前、証拠能力と証明力を区別しましたが、自由なのは、その証明力の側だけです。しかも、民事訴訟では、証拠能力の制限が刑事ほど厳しくありません。刑事は、資格は法が厳しく縛り、資格を通った証拠の評価だけを自由にする、という組み立てです。

あの、名前が似ていて混乱しているものがあります。前に出てきた自由な証明と、今日の自由心証主義は、同じものですか。別物です。ここで、3つの軸を並べます。1つ目は、証明の方式です。厳格な証明か自由な証明か。証拠に資格を求め、決まった手順で取り調べるかどうか、という問いです。2つ目は、証拠の評価です。これが自由心証主義で、取り調べた証拠をどれだけ信用するか、という問いです。3つ目は、証明の程度です。どこまで達すれば有罪にしてよいか、という問いで、これから見ます。方式、評価、到達点、ということです。そう整理してください。自由な証明は、どの証拠を、どう調べるかという方式の話です。自由心証主義は、評価の話です。同じ自由という言葉が入っていても、答えている問いが違います。

自由の限界と、それを支える仕組み

入場資格の証拠能力は法が縛り評価は論理則と経験則の内側で自由であり程度に届けば有罪になる流れと制限制度を示す図

自由には限界があります。自由心証は、論理則と経験則に従う、合理的な判断でなければなりません。論理則とは、筋道の通った推論のルールです。経験則とは、世の中の経験から導かれる、通常こうなるという法則です。恣意や偏見で決めることは許されません。理由づけが不合理なら、上訴審で是正されることになります。裁判官が暴走しないように、どんな仕組みがあるんですか。大きく4つあります。1つ目は、予断や偏見のおそれのある裁判官を、事件に関わる前に外す制度です。事件と一定の関係にある裁判官が当然に外れる除斥、検察官か被告人の申立てで外す忌避、裁判官自身が申し出て外れる回避の3つです。忌避は、弁護人も被告人のために申し立てられます。偏った目で証拠を見るおそれのある人を、そもそも評価の席に座らせません。2つ目は、起訴状一本主義です。起訴状に、予断を生じさせるおそれのある書類を添えず、その内容も引用させません。証拠を調べる前に検察官の見立てだけを読めば、評価を始める前に結論が傾くからです。3つ目は、先ほど見た証拠能力の制限です。そもそも危ない証拠を法廷に入れません。4つ目は、有罪判決に、罪となるべき事実と、どの証拠からそれを認めたかという証拠の標目を書かせ、それを上訴審で審査することです。書かせることで、理由の立たない認定は上から見抜かれます。1つ目と2つ目は、裁判所の仕組みの回と、起訴状の回で見た制度です。ここでは、自由心証の暴走を防ぐ役割を持つ、という位置づけだけ押さえてください。

当事者には、証拠の証明力を争う機会が与えられています。この機会を保障することも、評価の偏りを防ぐ担保の1つです。そして、この自由に、法が明文で枠をはめている例外が、あります。

条文刑事訴訟法第319条第2項

刑事訴訟法第319条第2項 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。

自白の補強法則と呼ばれます。裁判官が、この自白は100パーセント本当だと信じたとしても、その自白しか証拠がなければ、有罪にできません。自白だけで有罪にできるなら、さきほどの自白偏重がそのまま戻り、自白を取るための無理な取調べを招くからです。証拠の値打ちの評価に、法が外から枠をはめているわけで、法定証拠主義の考え方が、ここに残っていると言えます。要件の詳しい中身は、別の回で扱います。今日は、自由心証主義の明文の例外である、という位置づけだけ覚えてください。

有罪に必要な程度——合理的な疑いを超える証明

抽象的な可能性にとどまる疑いと証拠に裏付けられた合理性のある疑いを盗難バイクの例で仕分ける板

ここから、3つ目の軸、どこまで達すれば有罪にしてよいか、に入ります。実は、刑事訴訟法には、この程度を定めた明文がありません。ただし、自然科学のような絶対の真実までは求められません。かといって、曖昧な心証のままの有罪も許されません。誤って刑罰を科すことを避けるためです。一般に、合理的な疑いを超える証明が必要だ、と説明されます。判例の言い回しに入る前に、1度立ち止まってください。被告人の、1週間前に触ったという言い分を、有罪を止める疑いとして残すべきか。答えは、その可能性に裏付けがあるかどうかで決まります。少し考えてから、続きを聞いてください。

では、その線を、最高裁がどう言っているか見ます。爆発物を郵送して、被害者らを負傷させたとされる事件で、犯人性、つまり被告人が犯人かどうかが、主に情況証拠で認定された事案の決定です。情況証拠とは、前回見た間接証拠のことです。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成19年10月16日

有罪認定に必要な立証の程度——合理的な疑いを差し挟む余地のない程度とは 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである。

3つのことを言っています。まず、有罪には、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要です。次に、それは、反対の事実が存在する疑いを全く残さない、という意味ではありません。そして、抽象的な可能性としての疑いが残っていても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断されるなら、有罪にできます。冒頭のバイクで、仕分けてみます。抽象的な可能性にとどまる疑いは、たとえば、誰かが後から被告人の指紋を付けたかもしれない、真犯人が被告人そっくりに変装していたかもしれない、というものです。具体的な裏付けが何もなく、およそありうる、という程度の疑いです。

合理性のある疑いとは、たとえば、中古バイク店の来客記録に、事件の1週間前の被告人の来店が残っている場合です。あるいは、事件の時刻に被告人は別の場所にいた、と第三者が具体的に証言している場合です。証拠に裏付けられていて、社会常識に照らして無視できません。このような疑いが残っているなら、有罪にしてはいけません。判断の軸は、可能性があるかどうかではありません。その疑いに合理性があるかどうかです。抽象的な可能性まで消せと言うと、誰かが指紋を付けたかもしれない、はどの事件でも言えますから、有罪は1件も出せなくなります。100パーセントを求めるものでもありませんし、確率90パーセントといった数字で線を引くものでもありません。

この決定自体が、情況証拠で犯人性を認定した事案で述べた言葉です。この点は、あとで使います。

民事の証明度との比較——なぜ刑事は合理的な疑いなのか

民事の高度の蓋然性と刑事の合理的な疑いを超える証明を誤りのコストの違いで対比する板

民事について、最高裁が、訴訟上の因果関係の立証を例に述べた言葉があります。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和50年10月24日

民事訴訟における因果関係の立証の程度 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

この言葉は、子どもが病院で腰に針を刺す処置を受けた直後に発作を起こし、重い後遺症が残った事件で、処置と発作の因果関係について述べたものです。医学では原因を言い切れなくても、全証拠を見て通常人が疑わない程度に確信できれば、因果関係を認めてよい、としました。刑事と、骨格がよく似ています。絶対の真実までは求めない。通常人が疑わない程度に確信できれば足りる。ここは共通です。違いは、間違えたときのコストです。民事で誤っても、財産上の負担の問題で済むことが多い。刑事で誤って有罪にすると、自由や、場合によっては生命を奪います。そこで、有罪の側に厳しく、合理性のある疑いを残さないことを求めます。しかも、その証明は検察官が負います。

英米では、民事は証拠の優越、つまり50パーセントを少しでも超えれば足り、刑事は合理的な疑いを超える証明を求めるので、段差がはっきりしています。これに対して、わが国の民事は、そこまで下げずに高度の蓋然性を求めていますから、刑事との段差がどれほどあるかは、学説や実務に議論があります。答案で押さえるのは、段差の大きさではなく、誤りのコストが重いから有罪の側に厳しく見る、という目的の違いです。

情況証拠だけで有罪にするとき

情況証拠の場合も立証の程度は同じで間接事実の中に犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれていることを確かめるという判示の構造を示す図

ここで1問です。前回、直接証拠と間接証拠を扱いました。間接証拠で犯人性を認めるとき、いくつかの事実から結論に至る道筋を、何と呼んだか覚えていますか?推認、でした。間接事実から、経験則を介して、主要事実を認める過程です。では、直接証拠がなく、情況証拠の積み上げだけで有罪にするとき、程度は変わるのでしょうか。先ほどの決定は、変わらないと言いました。ただ、それなら、何を確かめればよいのか。前回、間接証拠だけで有罪と言えるかには限界がある、と残した問いの答えがここにあります。この点について、最高裁が、殺人・放火事件で述べています。マンションの一室での母子殺害と放火の事件で、犯人性は情況証拠で認定されました。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成22年4月27日

情況証拠によって事実認定をすべき場合の判断 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが……,直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。

2つのことを言っています。まず、情況証拠の場合でも、立証の程度に差はありません。次に、直接証拠がない以上、認められた間接事実の中に、被告人が犯人でないとしたら合理的に説明できない、少なくとも説明が極めて困難な事実関係が含まれていることが必要です。

倉庫放火の設例で靴跡と車と揉め事にはそれぞれ無害な説明が残り鍵を持つ者が限られる錠の事実は犯人でなければ説明しにくいことを仕分ける図

犯人だとすれば説明がつく、では足りないということですか。そこが分かれ目です。別の設例で確かめます。夜間の倉庫放火です。1つ目、倉庫の脇に被告人の靴跡が残っていた。2つ目、事件の夜、被告人の車が近くの駐車場に停まっていた。3つ目、被告人は倉庫の持ち主と揉めていた。犯人なら説明がつきます。ただ、それだけでは足りません。それぞれ、単独で見るとどうでしょう。靴跡は、通りがかっただけかもしれない。車は、近所に住んでいるからかもしれない。揉め事は、日常のトラブルかもしれない。それぞれ無害な説明が残っています。

確かめるべきは、犯人だとすれば説明がつくか、ではなく、犯人でないとしたら説明できるか、です。無害な説明がまだ残っていないかを、1つずつ潰していきます。すべてが、犯人だとすれば説明がつく、というだけなら、なお疑いが残っています。犯人でないとしたら説明できない事実の例を挙げます。倉庫の錠は壊されずに開けられていて、その鍵を持っていたのは持ち主と被告人の2人だけだった、しかも持ち主はその夜、遠くに出かけていた、という事実です。通りがかった、近所に住んでいる、という無害な説明では、錠が開いていたことを説明できません。こういう事実が間接事実の中に含まれているかどうかが、積み上げが有罪の線に届くかどうかの分かれ目になります。

吸い殻の唾液のDNA型の一致に被告人以外の者が捨てた可能性という疑問が残り他の間接事実の推認力も乏しいとして破棄差戻しとなった結論と同じ基準の当てはめという位置づけを示す板

最高裁は、犯人性の推認の中心になった、たばこの吸い殻に付着した唾液のDNA型が被告人と一致した点について、被告人以外の人が捨てた可能性という疑問が解明されていないとしました。動機や、携帯電話の電源を切ったことなどの事実も、積極的に犯行を推認させる力は乏しいとしました。結局、犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれているとは認められないとして、控訴審と第1審の有罪判決をどちらも破棄し、第1審の裁判所に差し戻しました。情況証拠のときに、立証の程度が上がるわけではありません。判決自身が、立証の程度に差はないと述べて、先ほどの爆発物の事件の決定を引いています。つまり、新しい基準を作ったのではなく、同じ基準を、間接事実の積み上げに当てはめるときの、見るべき視点を示したものです。直接証拠の場合も、確かめる中身は、疑いに合理性があるかどうかで同じです。ただ、情況証拠だけのときは、その疑いの有無を、間接事実の中に、犯人でなければ説明できない事実関係があるかどうかを見ることで確かめる、ということです。

犯人でないとしたら、と仮定すると、無害な説明が立つかどうかが試されます。靴跡や車のように無害な説明が立つ事実だけなら、その説明は、通り道だった、近所に住んでいる、という具体的な事情に支えられた疑い、つまり合理性のある疑いとして残ります。錠の事実のように、犯人でないとすると説明が立たない事実があれば、残るのは、誰かが合鍵を作ったかもしれない、といった裏付けのない抽象的な可能性だけです。それは、爆発物の事件の決定が、有罪を妨げないと言った疑いでした。だから、この確かめ方は、同じ基準の当てはめなのです。

今日の地図(保存版)

自由の中身と自由の限界と有罪の程度と情況証拠の確かめ方を1本の問いで回収するまとめの板

今日のまとめです。318条は、証拠の証明力の評価を裁判官の自由な判断に委ねます。法定証拠主義の、具体的妥当性の欠如と自白偏重の反省から選ばれた方式です。ただし、自由なのは証明力だけで、証拠能力は法が縛ります。自由は、論理則と経験則の内側にあり、制度に支えられ、自白の補強法則が明文の例外になっています。それで、有罪にできる程度は、合理的な疑いを差し挟む余地がない程度でしたね。疑いを全く残さないことではなく、抽象的な可能性としての疑いは残っていても、健全な社会常識に照らして合理性がなければ、有罪にできます。直接証拠でも情況証拠でも、程度は同じです。情況証拠だけのときは、犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれているかを、確かめます。証拠の評価、証明の方式、証明の程度、この3つの軸を混ぜないことも、忘れないでください。

有罪とも無罪とも決めきれない、真偽不明のとき、裁判所はどう判断するのか。誰が何を証明しなければならないのか、そして、疑わしきは被告人の利益に、という原則がどう働くのかを見ていきます。

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#101単独ページ動画

挙証責任と無罪推定

第5章 証拠法 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

深夜の路上でAとBがCを殴りBが財布を奪ったがAが事前に奪う相談をしていたかは証拠を尽くしても決まらないという導入板

具体的な場面で考えます。深夜の路上で、AとBが、Cを殴りました。Aが殴ったことは、防犯カメラの映像で確実です。ところが、Bは殴っている最中にCの財布を奪いました。検察官は、AとBが事前に財布を奪う相談をしていた、つまり強盗の共謀があったとして、Aを強盗で起訴しました。Aは、殴る相談しかしていない、と言っています。Bの証言はAの言い分と食い違い、客観的な証拠もどちらとも読めます。検察官の側も弁護人の側も、証拠を出し尽くしました。それでも、奪う相談があったのかどうかは、決められません。それなら、分からないから判決できません、とはならないんですか。なりません。裁判所は、証拠が足りないと感じても、必ず有罪か無罪かのどちらかに決着させなければなりません。決めきれないまま裁判を終えることはできないのです。今日は、その決着のルールを作ります。ここで、Aは強盗で有罪になるのか、傷害にとどまるのか、少しだけ頭の片隅に置いておいてください。

証明の程度と証明責任は別の問い

証明の程度はどこまで確信すれば有罪か証明責任は届かなかったとき誰が負けるかという2つの問いを並べ真偽不明の三つの帰結を示す板

似ていますが、答えている問いが違います。前回の問いは、どこまで確信すれば有罪と言えるか、でした。これが、証明の程度です。今回の問いは、その確信に届かなかったとき、誰の負けにするか、です。これが、証明責任です。試合にたとえると、何点取れば勝ちかを決めるのが程度、同点のとき勝ちを誰に与えるかを試合の前に決めておくのが責任です。引き分けのない試合では、後者のルールがないと決着がつきません。決めきれない状態にも、名前があるんですか。あります。真偽不明、あるいはノン・リケットと呼びます。証拠を調べ尽くしても、その事実があったのか、なかったのかが決まらない状態です。事実があったと分かれば有罪、なかったと分かれば無罪です。問題は、真偽不明のときで、このとき、証明責任を負う側に不利な判断をします。冒頭の設例なら、奪う相談があったかどうかが真偽不明で、その不利益を誰かが負う、ということです。

責任と言っても、ただ証拠を出す負担のことではないんですか。そこは、2つの意味を分けておく必要があります。1つ目は、実質的挙証責任です。真偽不明のとき、不利益な判断を受ける地位のことで、いわば勝敗のルールです。2つ目は、形式的挙証責任です。その不利益を避けるために、証拠を出して立証していく負担のことで、こちらは立証の活動です。単に証明責任と言えば、前者を指します。なお、証明責任と挙証責任は、同じものを指す言い方です。無罪推定の回で名前だけ出た挙証責任の中身が、この2つの意味です。どちらが負うかは、事件ごとに、その場の雰囲気で決まるんですか。違います。事実の種類ごとに、あらかじめ法によって決まっています。裁判官が、その事件で決着をつけやすい側に負わせる、というものではありません。刑事では、実質的挙証責任は原則として検察官が負います。ここから、その理由を見ていきます。

利益原則と336条——なぜ検察官が負うのか

真偽不明の不利益を検察官が負う利益原則と刑訴336条後段の関係および誤判の害を1人に集中させるか社会に分散させるかを対比する板

真偽不明の不利益を検察官が負う、という原則を、利益原則と呼びます。疑わしきは被告人の利益に、という標語のことです。条文の手がかりは、336条です。

条文刑事訴訟法第336条

刑事訴訟法第336条 被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

前段は、起訴された事実がそもそも法律上の犯罪にならない場合です。利益原則に関わるのは後段で、犯罪の証明がないときは、無罪にしなければならない、と定めています。証明がなければ、有罪の側に倒さず、無罪の側に倒す。真偽不明のときの決着のルールが、条文で書かれています。あのとき、無罪推定の第2の意義は、事実がはっきりしないとき、被告人に不利益な事実は認定されない、というものでした。今日扱う利益原則は、その第2の意義の、証拠法の側の中身です。つまり、不利益な事実が認定されない、とはどういう仕組みか、というと、真偽不明の不利益を検察官が負う、ということです。

最高裁は、この原則を刑事裁判における鉄則と呼んでいます。ただ、この言葉が出てきたのは、再審を開始するかどうかの判断の場面です。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和50年5月20日

再審開始の判断における「疑わしいときは被告人の利益に」という鉄則 再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

この決定は、再審の開始の判断で、この鉄則が働くと述べたものです。再審での意味の詳しい中身は、再審を扱う回に送ります。ここでは、最高裁が、疑わしいときは被告人の利益に、という原則を、刑事裁判の鉄則と位置づけている、という点だけ押さえてください。なぜ、真偽不明の損を検察官に置くんですか。被告人に置いても、理屈の上では同じ勝負ではないですか。そこが、この原則の根っこです。裁判は人間がやる以上、間違いが起こりえます。間違いは2種類あります。無実の人を有罪にしてしまう間違いと、真犯人を無罪にしてしまう間違いです。無実の人を有罪にすれば、その人ただ1人に、自由や、ときには生命まで奪う重い害が集中します。真犯人を誤って無罪にした場合の害は、社会の側が広く薄く受けとめることになります。

害が避けられないなら、1人に集中させるより、社会に分散させたほうが、個々人の権利をよく守れます。だから、真偽不明のときは、有罪の側ではなく、無罪の側に倒し、その不利益は、国家権力を持つ検察官に負わせるのです。

設例に戻る——真偽不明のとき、どう裁くか

強盗の共謀が真偽不明のとき共謀はなかったものとして扱いAは自己の暴行の限度で罪責を負うことを関係図で示す板

では、冒頭に戻ります。検察官は、AとBの間に強盗の共謀があったと主張しました。Aは、なかったと主張しました。どちらの証拠もそろい、どちらとも決められません。この共謀の存在は、Aを強盗で有罪にするための事実ですから、その真偽不明の不利益は、検察官が負います。共謀があったとは認定できませんから、共謀は、なかったものとして裁きます。ここで、共謀の役割を思い出してください。事前に相談して合意していれば、相手が実行した部分も、自分がおこなったものとして責任を負います。刑法の回で見た、一部実行の全部責任です。Bの財布の奪取をAの罪にできる理由は、この共謀しかありません。その共謀がなかったものとして扱う以上、AがBの財布の奪取まで責任を負う根拠がありません。Aは、自分が実際におこなった暴行の限度、つまり傷害の限度で罪責を負います。

共謀がなかった、と証明されたわけではないのに、なかったことにしていいんですか。そこが、この原則の働き方です。共謀がなかったと積極的に認定するのではありません。あったと認定できない、という状態のまま、不利益な事実は、なかったものとして扱うのです。あったかどうかは、分からないままです。それでも、分からないことの損は、検察官が引き受けます。AかBか、どちらかは確かに強盗の共謀だ、というような場合は、どうなりますか。それは、択一的認定という別の問題です。ここで扱っているのは、共謀があったかなかったかの2つのうち、どちらとも決まらないという場合だけです。択一的認定は、別の回で扱います。

適用範囲——実体法上の事実と、違法性阻却・責任

構成要件該当事実と刑の加重減免事由は検察官が負い正当防衛など違法性阻却や責任阻却の不存在も検察官が負い被告人は争点形成責任のみ負うことを整理する板

利益原則が、どこまで及ぶのかを見ます。基本は、刑罰権を発動できるか、その範囲がどこまでかに関わる事実です。構成要件に該当する事実、つまり行為、結果、因果関係、故意などが真偽不明なら、その不利益は検察官が負い、無罪か、より軽い罪になります。処罰の範囲を広げる加重や、減らす減免の事由も、同じ枠組みで考えます。なお、量刑の情状事実の証明責任は、量刑の回で扱います。そこで、1度立ち止まってください。被告人が、先に襲われて身を守っただけだ、と言っています。証拠を尽くしても、その真偽が決められません。この場合、裁判所は、正当防衛を認めるべきか、認めるべきでないか。少し考えてから、続きを聞いてください。

主張した側が証明する、という発想には理由があります。ただ、答えは、正当防衛でない、と検察官が言い切れなければ、正当防衛を否定できず、無罪の方向になります。犯罪が成立するとは、構成要件に該当し、違法で、有責であることです。正当防衛でないこと、心神喪失でないことも、犯罪成立の一部です。すると、理屈の上では、これらの不存在も、検察官が証明することになります。あらゆる阻却事由の不存在を、検察官に最初から潰させると、訴訟が著しく遅れます。そこで、通説的な理解は、こう分担します。被告人に求められるのは、争点を形成する責任にとどまります。つまり、正当防衛だった、と主張して、争点にするところまでです。スイッチを入れる役です。いったん争点になれば、その存在が真偽不明のとき、負けるのは検察官です。かつては、被告人が証明責任を負うとする見解もありましたが、今は一般的ではありません。争点形成のときに、主張だけでよいか、証拠の提出まで要るかは、説が分かれますが、最終的な責任は検察官にある、という点は共通です。

争点になった正当防衛と心神耗弱の疑いが残ったとき検察官が負けて無罪の方向や刑の減軽になることを整理する板

負けの責任を負うのではなく、争点にする義務にすぎません。次に、責任の側の条文を見ます。

条文刑法第39条

刑法第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

刑法の回で見たとおり、精神の障害で、違法だと分かる力か、自分を抑える力が、まったく無いのが心神喪失、著しく弱まっているのが心神耗弱です。心神耗弱かどうかが争点になり、その疑いを払拭できないとします。すると、心神喪失とまでは認められないけれど、心神耗弱の疑いが残ることになり、裁判所は、心神耗弱と認定します。検察官が、完全な責任能力があったと言い切れなかった不利益は、検察官に落ちます。結果として、その刑は減軽されます。型は同じです。検察官が、正当防衛でないと、言い切れなかった。だから、正当防衛の疑いは残り、無罪の方向に倒れます。

適用範囲——訴訟法上の事実と、誰が負けるか一覧

実体法上の事実と違法性阻却と責任と訴訟法上の事実と訴訟条件と転換規定の各場面で誰が真偽不明の不利益を負うかを一覧にした表の板

原則は、その事実の存在を主張する当事者が負います。その事実によって手続上の効果を求めているのは、その当事者だからです。たとえば、検察官が自白調書を証拠として出したとき、その自白が任意になされたことは、検察官が示さなければなりません。一方、弁護人が出した証拠の証拠能力は、弁護人が負います。訴訟条件とは、公訴を有効に進めるための条件で、たとえば、親告罪の告訴があります。これも、先ほどの考え方の当てはめです。有罪か無罪かの審判を始めてほしい、続けてほしいと求めているのは、起訴した検察官です。訴訟条件は、その求めが通るための条件ですから、効果を求める検察官が負う側に立ちます。しかも、訴訟条件は、国家が刑罰権を実現できるかどうかに関わる事項です。そのため、検察官が負うと考えられています。告訴があったかどうかが真偽不明なら、検察官の不利益になり、公訴を棄却する方向に倒れます。

自由な証明とは、別の軸の話です。自由な証明は、何で証明してよいかという、方式の問いでした。しかもその回では、訴訟法上の事実でも、今の例に出た自白の任意性や、訴訟条件は、厳格な証明を求める扱いが有力だ、と見ました。方式が厳格か自由かは、そこで決まる話です。今日の問いは、真偽不明のときに誰が負けるかという、責任の問いです。方式がどちらでも、責任の所在は、それとは別に決まります。ここで、今日の原則を、表で1度整理します。構成要件に該当する事実は、検察官が負います。違法性阻却や責任の不存在も、負けるのは検察官で、被告人は争点形成責任を負うだけです。訴訟法上の事実は、主張した当事者が負い、訴訟条件は検察官が負います。そして、例外として、法律が被告人に負わせる場面があります。ここからが、後半です。

法律上の推定——反証の責任を被告人に負わせる

前提事実が証明されれば推定事実があるものと認められ被告人が反証を出さない限り推定が維持される法律上の推定の流れを事実上の推定と対比する図

ここで1問です。証拠の分類の回で、間接事実から、経験則を使って主要事実を認めていく推認を扱いました。そこで挙げた盗品の例を、思い出せますか?盗まれた直後の品物が自宅にあったから、それを盗んだ本人だろう、という推認でした。このように、経験則にもとづいて自由心証の中で事実を推認することを、事実上の推定と呼びます。これに対して、法律の規定があって成り立つ推定を、法律上の推定と呼びます。前提事実が証明されると、法律の効力で、推定事実があるものと扱われます。麻薬特例法の14条が、その例です。

条文国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律第14条

麻薬特例法第14条 第五条の罪に係る薬物犯罪収益については、同条各号に掲げる行為を業とした期間内に犯人が取得した財産であって、その価額が当該期間内における犯人の稼働の状況又は法令に基づく給付の受給の状況に照らし不相当に高額であると認められるものは、当該罪に係る薬物犯罪収益と推定する。

3つの前提事実が読み取れます。1つ目、5条の罪、つまり規制薬物の輸入などを、くり返し続けるつもりで行う、業とする罪が行われたこと。次に2つ目、その業とした期間内に、犯人が取得した財産であること。3つ目、その財産の価額が、期間内の犯人の稼働の状況などに照らして、不相当に高額であること。以上の3つが証明されれば、その財産は、薬物犯罪収益と推定されます。身近なたとえで言います。薬物の密輸をくり返していた人がいます。その数年のあいだに、月収20万円のはずなのに、数千万円分の財産を次々に取得していました。どこから得たのかを、何も示せません。3つの前提事実がそろった状態です。財産の出どころの記録が残っていなくても、稼ぎに見合わない財産が現れた、という事実から、出どころを推定するわけです。この推定を破るには、被告人の側が、その財産は薬物犯罪収益ではない、と立証しなければなりません。たとえば、親から相続した記録を出す、といった形です。

法律上の推定が許される条件として推認の合理性と反証が困難でないことと出せる反証が出ないことも証拠評価の一要素になることを順に示し利益原則との調和を説明する図

待ってください。それは、真偽不明の不利益を、被告人に負わせることになりませんか。利益原則に反しませんか。そこが、この論点の中心です。反証の責任を被告人に負わせる推定は、利益原則と衝突しかねません。そこで、許される条件が考えられています。1つ目は、前提事実から推定事実を推認することが、合理的であること。稼ぎに見合わない財産があれば、出どころを疑うのは、経験則に照らして自然です。そして2つ目は、被告人が、推認を破る証拠、つまり推定事実が存在しないことを示す証拠を出すのが、困難でないこと。財産の出どころは、その本人が一番よく知っています。

出せるはずの反証が出てこない、という点も証拠評価の一要素にして、裁判所が推定事実を認める。そう理解すると、推定は、裁判所が証拠を合わせて事実を認めるときの、材料の1つになります。前提事実に加えて、出せるはずの反証が出ない、という事実もあるから、推定事実があると認める。真偽不明のまま被告人の負けにするのではなく、証拠に支えられた認定だ、と説明できます。そう理解することで、利益原則との調和をとります。ほかにも、公害犯罪処罰法5条に、工場の排出と、公衆の生命や身体の危険との因果関係を推定する規定があります。型は同じです。

証明責任の転換規定

名誉毀損の真実性の証明を被告人が負う刑法230条の2と同時傷害の特例の刑法207条を並べ推定の形をとらず端的に被告人に証明責任を負わせる転換規定を示す板

推定という形をとらず、端的に、被告人に証明責任を負わせる規定もあります。証明責任の転換規定です。1つ目は、名誉毀損の真実性の証明です。

条文刑法第230条の2第1項

刑法第230条の2第1項 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

摘示した事実が、公共の利害に関する事実に係り、目的が専ら公益を図ることにあったと認められるとき、真実であることの証明があれば、罰しません。この真実性の証明は、被告人が負います。真実かどうかが真偽不明なら、被告人は、名誉毀損罪で処罰されます。2項と3項には特則がありますが、ここでは触れません。刑法の回では、条文が、証明があったことそのものを罰しない条件にしている、という形から、この向きを説明しました。免責の構造や、真実だと誤信した場合の扱いも、刑法の回で見たとおりです。今日は、この向きがなぜ許されるのかを、後で証明責任の側から見直します。

同時傷害の特例と呼ばれる、刑法207条です。

条文刑法第207条

刑法第207条 二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。

冒頭の設例に、少し形を変えて当てはめます。AとBが、意思を通じないまま、別々に、同じ場所で、Cを殴りました。Cは傷害を負いましたが、どちらの殴打が傷害を生じさせたのか分かりません。本来は、Aの暴行がCの傷害を生じさせた、と検察官が証明しなければ、Aは傷害罪になりません。しかし、207条があると、意思の連絡がなくても、共犯の例によって、つまり共犯者と同じように、責任を負わせます。ただし、無条件ではありません。この特例が、証明責任の転換規定だと言われる理由が、最高裁の判断に出ています。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成28年3月24日

同時傷害の特例(刑法207条)の適用の前提と、被告人側の立証 しかし,同時傷害の特例を定めた刑法207条は,二人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として,検察官は,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり,その証明がされた場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れないというべきである。

判旨は、2段に分かれています。まず、検察官が前提として証明することです。各暴行が、その傷害を生じさせうる危険性を持つこと。そして、各暴行が、外形的には共同実行に等しいと評価できる状況で、つまり同一の機会に行われたこと。この2つを、検察官が証明しなければなりません。次に、その証明がされたら、各行為者は、自分の暴行がその傷害を生じさせていないことを、自分で立証しない限り、傷害の責任を免れません。傷害と自分の暴行の因果関係が真偽不明なら、被告人の不利益になります。丸ごと被告人に負わせるのではありません。同一の機会の暴行だという前提までは、検察官が証明する。そのうえで、因果関係の部分だけを被告人側に転換しています。刑法の回では、207条は推定にとどまるから、被告人が因果関係の無いことを証明すれば責任を免れる、と見ました。共同正犯と比べて、反証の道が開いている、という意味でした。今日の分類でいう法律上の推定とは、別の話です。今日の目で見ると、その証明ができず真偽不明に終われば、被告人の負けです。真偽不明の不利益を被告人に移している。この点で、証明責任の転換規定に分類されます。傷害致死への適用は、刑法の回で見たとおり、実体法の論点です。

転換規定はなぜ許されるのか

転換規定の許容性を推認の合理性と資料が被告人側にあることと転換部分を除いても可罰性があることの3つの要素で検討する板と同時傷害の特例への当てはめ

証明責任を被告人に移す規定が適正手続に反しないかは、大事な問いです。無制限には許されず、実質的な合理性が必要だと解されています。まず、なぜ転換規定のほうが問題が大きいのか。先ほどの推定は、出せるはずの反証が出ないという事実も材料にして、裁判所が事実を認める仕組みでした。転換規定は違います。被告人が証明しきれず、真偽不明に終われば、それだけで被告人の負けです。真偽不明の不利益そのものを被告人に移すので、利益原則と正面からぶつかります。そこで学説は、法律上の推定より問題が大きいとして、3つの要素を考慮して許容性を判断すべきだ、としています。ここは論文でも論点になりうるところです。1つ目は、検察官が証明した事実から、被告人側の立証事項が推し量れるか、その推し量りに無理がないか。推認が合理的なら、被告人に負わせても、誤った有罪が生まれる危険は小さくなります。2つ目は、その事実を証明する資料が、通常は被告人の側にあるかどうか。手元に資料があるなら、証明を求めても無理を強いることになりません。3つ目は、被告人が証明責任を負う部分を除いても、なお、犯罪として相当の可罰性があるかどうか。そうであれば、転換した部分で被告人が負けても、罰に値しない人を罰することにはなりません。

許される条件の3つの要素を、同時傷害の特例に当てはめます。1つ目、同一の機会に、傷害を生じさせうる暴行が行われたなら、誰かの暴行が傷害を生じさせた蓋然性は高く、推認は合理的です。2つ目、自分の暴行が傷害を生じさせたかどうかは、殴った本人が、一番よく分かる資料を持っています。3つ目、因果関係の部分を外しても、それぞれの暴行は、暴行罪として処罰に値します。名誉毀損の真実性も、2つ目と3つ目の要素は、同じ形で考えられます。事実の資料は、表現をした側にあります。真実性の部分を外しても、名誉を傷つける外形は残ります。

違います。これは、3つの要素を使った、考え方の練習です。なぜ被告人に負わせてよいのか、という論拠を、要素に沿って組み立てる。その型が、答案では役に立ちます。

今日の地図(保存版)

証明の程度と責任の区別と検察官が負う原則とその範囲と法律上の推定と転換規定の許容条件を1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。証明の程度は、どこまで確信すれば有罪か、証明責任は、届かなかったとき誰が負けるか、という別の問いです。刑事では、真偽不明の不利益を、検察官が負います。これが利益原則で、条文は336条後段です。理由は、誤判の害を、無実の1人に集中させず、社会に分散させることにあります。構成要件に該当する事実に加えて、違法性阻却や責任阻却の不存在にも及びます。被告人が負うのは争点形成責任にとどまり、心神耗弱の疑いが払拭できなければ、心神耗弱と認定します。訴訟法上の事実は主張者が、訴訟条件は検察官が負います。例外は、法律上の推定と転換規定です。前者は、推認の合理性と、反証を出すのが困難でないこと、後者は、推認の合理性、資料が被告人側にあること、転換部分を除いても可罰性があること、が許される条件です。

今日は、事実が決まらなかったとき、誰が負けるかというルールを見ました。そもそも、その証拠は、事実の認定に使ってよいのか。証拠に関連性がなければ、法廷で検討することすらできません。その関連性とは何か、を見ていきます。

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#102単独ページ動画

証拠の関連性

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜の路上の傷害事件で犯人がAかどうかが争われ検察官がAは昔から乱暴者だという近所の証言を請求するがそれは受け付けられないという導入板

具体的な場面で考えます。夜の路上で、Cが殴られて怪我をしました。犯人がAかどうかが争われています。検察官が、近所の人を証人に呼んで、こう証言させようとします。Aは昔から乱暴者だし、すぐ手が出る人だ、と。ところが、裁判所は、この証言を法廷で取り調べること自体を認めないのが原則です。役に立ちそうなのに、見ることさえ許されない。今日は、その理由を作ります。証拠を事実の認定に使うための、最初の関門、関連性です。今日は関連性そのものを扱います。次の2回で、先ほどの乱暴者だという証言のような、悪性格の証拠を扱います。

証拠能力を決める観点のなかの関連性

証拠能力を判断する観点として関連性と証拠禁止があり両者は併存すること伝聞法則は個別規定に基づく別の関門であることを整理する板

証拠能力とは、証拠が法廷で取り調べられるために、法律上必要とされる資格でした。その有無を考える観点には、大きく分けて、関連性と証拠禁止があります。今日の主題は、関連性のほうです。手続の違反など、事実の認定とは別の利益を守るために、その証拠を使わせない、という観点です。違法な捜索で集めた証拠を排除する、違法収集証拠の排除が代表です。これは別の回で扱います。2つの観点は、どちらかを満たせばいいのでしょうか。違います。排斥し合いません。関連性が認められても、証拠禁止で排除されることがあります。逆もあります。どちらか一方でも欠けば、証拠能力は否定される可能性があります。なお、伝聞法則は、この2つとは別の、個別の規定に基づく関門です。これも、別の回で扱います。

関連性とは何か——要証事実を推認できるか

証拠から間接事実を経て経験則により要証事実へ至る推認の道筋を示し道が切れる場合を予告する図

まず、証拠裁判主義の回で見た条文を、もう1度確認します。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

事実の認定は、証拠によらなければなりません。では、どんなものが、ここでいう証拠になれるのか。その最初の条件が、関連性です。関連性とは、その証拠が、要証事実を推認させるだけの証明力を持つか、という問題です。ここでいう証明力は、証拠裁判主義の回で見た、法廷に出た後の信用性の程度の評価とは、段階が違います。法廷に入れる前に、要証事実へのつながりが最低限あるかを見る、入口の問いです。要証事実とは、その証拠で証明しようとしている事実のことです。判決のために証明が必要な事実、と言ってもかまいません。傷害の事件なら、Aが殴ったこと、つまり犯人性が、その代表です。犯罪事実そのものだけでなく、そこへつながる間接事実も、要証事実になりえます。

間接証拠は、間接事実を証明し、経験則を介して、犯罪事実を推認するのでした。経験則とは、世の中の経験から導かれる、ものごとのつながりの法則です。論理則は、自由心証の回で見た、筋道の通った推論のルールです。互いに矛盾する2つの事実を、両方とも認めてはいけない、といった決まりです。関連性は、この道が、証拠から要証事実まで、つながっているかを問います。この道で、どれだけ強く要証事実を推せるか、その強さを、推認力と呼びます。道が途切れていれば、その証拠からは、要証事実を推認できません。判断に役立たないので、証拠能力がありません。317条にいう証拠とは言えない、という文脈で検討されます。

自然的関連性——そもそも役に立たない

占いの結果や事件の傷と合わない工具など要証事実の可能性が少しも上がらない証拠を示し必要最小限の証明力さえないという自然的関連性の板

道が、まったくつながらない場合を、自然的関連性がない、と言います。必要最小限の証明力さえないので、証拠能力を否定します。必要最小限の証明力とは、要証事実の可能性が、少しでも上がること、と考えてください。例を2つ出します。1つ目。傷害事件で、被告人が占いをしたところ、火の相が出た、という結果を、犯人性の証拠として請求します。占いの結果は、被告人が殴ったかどうかの可能性を、少しも上げません。2つ目は、傷の形から、細い棒状の凶器が使われたと分かっているのに、全く形の合わない大きな工具を、被告人の持ち物として請求する場合です。その工具が被告人のものでも、この傷とは結びつきません。もう1つ、単なる噂や個人的な意見も、要証事実を推認させる力がなく、この場面に入ります。

法律的関連性——役に立つのに排除される

冒頭の乱暴者の証言を例に自然的関連性と法律的関連性の違いを役に立たないものと役に立つ気がするが判断を誤らせるものとして対比する表の板

ここで、1度立ち止まってください。冒頭の、Aは乱暴者だという証言は、一見すると、Aが犯人だと考える手がかりになりそうです。それでも、裁判所が受け付けないのはなぜか。少し考えてから、続きを聞いてください。乱暴な性格の人は、やりかねない。この推論には、多少の力があります。証明力は、ゼロではありません。ただし、裁判官が、この人ならやる、と過大に評価して、結論を先取りしてしまう危険が大きいのです。一度耳に入った印象は、あとから割り引こうとしても、消しきれないからです。これが、法律的関連性がない場合です。必要最小限度の証明力はあるけれど、その評価を誤らせる、事実を誤って認定させるおそれがあるとき、証拠能力を否定します。

証明力があるのに排除するのは、一見すると矛盾に見えます。しかし、役に立つ分より、判断を誤らせるコストのほうが大きいから、と考えます。料理にたとえます。濃い味付けをすると、素材の味が分からなくなりますよね。少し役に立つ情報が、強い印象で、他の証拠の見え方を塗りつぶしてしまうのです。自然的関連性は、役に立たない。法律的関連性は、役に立つ気がするが、判断を誤らせる。この違いです。

2つの区別の意味

自然的と法律的の区別はどちらも推認力の強弱を問う点で共通し関連性に一元化して推認力と弊害を衡量する見解もあることを示す板

2つの関連性は、全く別のものですか。違います。どちらも、要証事実に対する推認力の強弱を問う点で共通しています。事実誤認をもたらすおそれがある、というのは、推認力が弱い、と評価することもできます。乱暴者の証言で言えば、この人ならやる、という印象の強さほどには、今回殴ったことを推す力はありません。見かけの力と実際の推認力との差が、誤りのもとなのです。そこで、2つを区別せず、関連性に一元化する見解も有力です。推せる力があるか、あるならどれほどか。誤認を招く危険があるか、あるならどれほどか。この2つを比べて、証拠能力を判断します。

答案では、自然的と法律的という2つの言葉で書けば足ります。一元化の見解で書いても、誤りではありません。どちらで書いても、推認力と弊害を比べるという中身は同じで、違うのは呼び名だけです。

関連性の判断の視点——要証事実で結論が変わる

髪を切った事実から犯人性の要証事実には実線で結ばれ無関係な事実には断線となる証拠と要証事実の関係図

ここで、1問です。証拠の分類の回で、間接事実から犯罪事実を認めるとき、その間をつなぐものは何でしたか?経験則でした。それが、推論構造の話につながります。関連性の有無は、3つの視点で判断します。1つ目は、この証拠から要証事実までを、どんな経験則や論理則でつなぐのか、という推論構造です。2つ目は、そのつなぎ方で、どれくらい強く推せるのか、という推認力の程度です。3つ目は、そのつなぎ方が、裁判官に偏見や誤導を生まないか、です。そして、1つ目と2つ目を、3つ目と衡量します。ここは、論文でも論点になりうるところです。

Cを殴った犯人は、長い髪だったと目撃されています。被告人Aが、事件の翌日に、髪を短く切った、という事実があります。これを、犯人性の要証事実に使うとします。1つ目の推論構造は、外見の特徴を隠そうとした、だから犯人ではないか、という道です。2つ目の推認力は、髪を切る理由はほかにもあるので決定的ではありませんが、ゼロでもない程度です。3つ目の偏見の危険は、乱暴者だという証言と違って、人柄の印象で判断を塗りつぶすものではありません。力が危険を上回るので、関連性があります。同じ事実でも、結論が変わることはあります。同じ髪を切った事実を、たとえば、事件と関係のない事実、被告人が店で口論した事実の証明に使ったらどうか。つながる道がありません。関連性がありません。要証事実が変われば、関連性の答えも変わるのです。

立証趣旨で示す、証拠と要証事実との関係は、まさに関連性のつながりを指しています。条文を、もう1度確認します。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

要証事実によって関連性が決まるから、請求する側は、証拠と証明すべき事実との関係を、はっきり示さなければなりません。

関連性と証拠調べの必要性の違い

重複立証や最良の証拠かどうかで証拠を選ぶ証拠調べの必要性は証拠能力ではなく裁判所の採否の裁量の問題であり重要性の位置づけには2つの考え方があることを整理する板

違いを整理します。実務で言う証拠調べの必要性は、たとえば、重複立証かどうか、最良の証拠かどうかで、証拠を選ぶ話です。同じことを立証する証拠が、すでに十分にあるなら、重ねて調べる必要はありません。たとえば、同じ現場の写真が、すでに10枚取り調べられているのに、同じ角度の11枚目を請求するような場合です。最良の証拠とは、立証に必要な証拠を厳選する、という意味で、より直接的に立証できる証拠のことです。これは、証拠能力の問題ではなく、裁判所が証拠を採用するかどうかの、裁量の問題です。写真そのものに資格が無いのではなく、ほかにどれだけ証拠がそろっているかで、調べる意味が変わるからです。

法律的関連性がない証拠を、必要性なしとして却下することも、あります。法律的関連性は、推認力と弊害を比べる判断でした。必要性も、調べる意味と負担を比べる判断なので、実務では、まとめて必要性なし、として却下することがあるのです。実質は、裁量の問題として扱う、という意味です。さらに、証明する事実そのものが、判決に影響しないときも、採用されません。窃盗の犯人性の立証に、被告人の趣味は釣りだ、という事実を出しても、判決の結論を左右しません。この重要性を、関連性の中に組み込む考え方と、必要性の問題とする考え方があります。関連性に入れれば、資格が無いという話になり、必要性に入れれば、資格はあるが調べない、という裁量の話になります。どちらでも、採用されない結論は同じです。立証趣旨の回で見た、却下の3つのパターンは、そもそも証拠にできない、事件との関わりが薄い、重ねて調べようとする、の3つでした。このうち、事件との関わりが薄い、が今日の関連性、重ねて調べようとする、が必要性にあたります。関連性がなければ証拠能力も無いので、1つ目の、証拠にできない、とも重なります。

法律的関連性の代表例——悪性格証拠の地図

過去の行為から悪い性格を経て今回の行為を推認する二段の推認を示し判断の枠組みは次回以降であることを示す地図板

冒頭の乱暴者だという証言は、法律的関連性の代表例、悪性格証拠の1つでした。前にも似たことをした人だから、今回もやっただろう、という型です。過去の行為から、悪い性格を推し、その性格から、今回の行為を推す、という二段の推認になります。途中の、あの人は悪い人だ、という印象が、裁判官の判断に、偏見や予断を生みやすいのです。だから、原則として、証拠能力を否定すべきだと理解されています。泥棒をした前歴のある人だから、今回の盗みも、この人だろう、というのは、その典型です。判断の枠組みや、判例の中身には、今日は踏み込みません。

今日の地図(保存版)

関連性の定義と自然的および法律的関連性そして判断の3視点と必要性との違いと悪性格証拠の位置づけを1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。関連性とは、証拠が、要証事実を推認させるだけの証明力を持つか、という問題で、証拠能力の最初の関門です。役に立たない場合は自然的関連性がなく、証明力はあっても評価を誤らせるおそれがある場合は法律的関連性がありません。推論構造と、その推認力、そして偏見や誤導の危険を衡量します。要証事実が変われば、結論も変わります。証拠調べの必要性は、それとは別の、裁判所の裁量の問題です。悪性格証拠は、法律的関連性の代表例でした。

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#103単独ページ動画

前科証拠による犯人性の推認

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

鍵のかかっていない車から現金を盗む同じ手口の前科が10件あるAについて今回の窃盗の犯人と推認してよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。夜、駐車中の車に入り込み、現金を盗む事件が起きました。犯人はAかどうかが争われています。Aには、鍵のかかっていない車から現金を盗んだ前科が、まったく同じ手口で10件あります。検察官は、この前科を証拠として請求しました。ところが、原則として、この使い方は認められません。それでも、前科で犯人を推認してよい場合が、例外的にあります。先に答えを言うと、性格を通さずに、前科と今回の共通点だけで、同じ人物だと言えるときです。今日は、原則と例外の線を、最高裁の判例の言葉で引きます。

前科証拠の推論構造——二段の推認

前科の事実から悪い性格を推認し次にその性格から今回の犯行を推認する二段の推認について各段階の不確かさを矢印ごとに添えたフロー板

ここで、1問です。前回、関連性の有無は3つの視点で判断しました。推論構造、推認力、あと1つは何でしたか?偏見や誤導の危険、でした。推論構造と推認力を、その危険と比べるのでした。では、前科の証拠を、この3つの視点で見ます。まず推論構造、つまり、どんな経験則でつなぐかです。前科という過去の事実から、Aは、この種の犯罪をする性格の人だ、と推認します。これが1段目です。次に、その性格だから、今回もやったのだろう、と推認します。これが2段目です。どちらの段も、不確かなのです。1段目の、この人はそういう性格だ、というのは人格評価です。データや経験で裏付けられているとは言いにくい、つまり実証的根拠が乏しい判断です。2段目も、その性格が今も続いていて、たまたま今回の犯行に現れたのだ、と言える保証がありません。不確かな推認が、2回重なります。推認力は弱く、それでいて、あの人は悪い人だ、という印象が強く残ります。偏見の危険は大きいのです。

弱い推認が、強い印象に化けてしまう。そこに、危険の正体があります。

判例の出発点と規範

前科証拠には証拠としての価値がある一方で人格評価による誤認と争点の拡散という2つの危険があり自然的関連性だけでは証拠能力が決まらないことを整理する板

最高裁の判例は、まず、前科にも価値があることを認めます。そのうえで、危険を2つ挙げます。判旨を、そのまま読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

前科証拠の価値と、2つの危険 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。

争点の拡散とは、前科の中身、たとえば、前の事件は本当に被告人の仕業だったのか、といった争いに、審理が広がってしまうことです。今回の事件の本題から、離れていきます。では、だからどう判断するのか、という部分を読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

前科証拠の証拠能力と、犯人性の証明に用いる場合の判断枠組み したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。

前回の言葉で整理します。少しでも役に立つか、という自然的関連性は、前科にもあります。それでも、判断を誤らせるおそれが大きいので、使えないことがある。これが法律的関連性の問題で、前回見た悪性格証拠の代表例が、この前科です。なお、判旨自体は、法律的関連性という言葉を使っていません。前回の整理につなげて、理解してください。条件は、3つの要素に分けられます。1つ目は、前科の犯罪事実が、顕著な特徴を有すること。2つ目は、その特徴が、起訴された事実と相当程度、類似すること。3つ目は、そこから、それ自体で、犯人が同一だと合理的に推認できること。この3つの言葉を、答案で落としてはいけません。ただし、この3つの要素は、犯人が誰かの立証に使う場合の条件です。故意など、ほかの事実の立証に使う場合までは、この判決は示していません。また、これは判例が解釈で立てた規範であって、条文の要件ではありません。

⭐ 論文で書く規範:前科証拠で犯人性を立証する規範 前科の犯罪事実が顕著な特徴を有する | 起訴事実と相当程度類似する | それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させる (判例が立てた規範(条文の要件ではない))

3つの要素の意味——折り鶴と車の対比

折り鶴を置いて帰る窃盗の前科と今回の共通点でAが絞り込まれる設例と車上の現金窃盗で性格を経由するほかない設例を左右に対比する関係図

2つの設例で比べます。設例1。犯人は、住宅に入って金品を盗むたびに、玄関に、自分で折った赤い折り鶴を1羽、置いて帰ります。同じ地域で前に3件あり、今回も、その折り鶴が残っていました。Aは、前の3件を犯したことが認められています。折り鶴のように、他の人はまずやらない特徴が、顕著な特徴です。それが今回も共通していれば、犯人は、他の誰かではなくAだ、と絞り込めます。第三者が犯人である可能性が、ぐっと下がるのです。ここで大事なのは、Aは折り鶴を置く性格だ、という話をしていないことです。前の3件と今回で、同じ、まれな特徴が現れているので、同じ人物だと言える。これが、それ自体で、ということです。筆跡が同じなら、同じ人物が書いた、というのに近い考え方です。設例2は、冒頭の車の事件です。鍵のかかっていない車から現金を盗む、というやり方は、ありふれています。同じ手口の人は、他にもたくさんいます。

手口だけでは、Aに絞ることができないので、結局、Aは、こういうことをする人だ、という性格を経由して、今回もやっただろう、と考えるしかなくなります。それが、二段の推認です。ここで、少し考えてください。設例2の10件の前科は、なぜ犯人性の立証に使えないのか。顕著な特徴と、それ自体で、という2つの言葉を使って、答えてみてください。車の中の現金を盗む手口は、誰にでもできるので、Aに絞る力を持ちません。性格の推認を挟まないと、今回の犯行に届かないのです。特徴の顕著さと、類似の程度が合わさって、推認力が決まります。1つ目と、2つ目の両方がそろった結果として、3つ目の、それ自体で同じ人物だと推せるか、が決まる、という関係です。ありふれた特徴が、いくら似ていても、推認力は強くなりません。要するに、この3つの要素は、偏見や誤認といった弊害を上回るだけの推認力があるか、を見るための切り口です。

当てはめ——最高裁の事案で足りなかったもの

現住建造物等放火で起訴され放火の犯人性を争う被告人に窃盗と放火の前科があり検察官が前科の証拠を請求し第一審が却下し原審が違法とし最高裁が破棄した経過を示す事案板

次に、判例の事案です。ここは、判決が認定した事実と、検察官の主張、最高裁の判断を、分けて聞いてください。被告人は、現住建造物等放火、つまり、誰かが住んでいる建物などに火を付ける罪などで起訴され、何者かが放火したこと自体は争わず、自分が犯人であることを争いました。被告人には、窃盗の前科と、放火の前科があります。検察官は、窃盗で欲しい金品が得られなかった腹立ちから放火する、という前の放火と同じ動機で、特殊な手段方法だと主張して、前科の証拠を請求しました。第一審は、関連性がないとして、請求を退けました。原審の高裁は、放火の前科には、動機や手段方法に共通点があり、特徴的な行動傾向が固着化している、として、退けたのは違法だと判断しました。最高裁は、この原判決を破棄しました。

検察官が言った、特殊な手段方法、というのは、認められたのですか。違います。それは、検察官の主張です。最高裁は、原判決が指摘した共通点を前提にしても、顕著な特徴とはいえない、と判断しました。最高裁の判断は、大きく3つに分かれます。動機と態様は顕著な特徴か。原審の、固着化という評価をどう見るか。そして、時間の間隔などの事情です。まず、1つ目です。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

当てはめ——動機・態様は顕著な特徴といえない 窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。

1つ目が、顕著な特徴がない、という点でした。2つ目が、原審の、固着化、という言葉です。最高裁は、これを、強く習慣化している、あるいは性格に根付いている、という意味だろうと読みました。ただ、単に何度も繰り返しているというだけでは、そうは認められず、実証的根拠の乏しい人格評価だ、としました。3つ目に、前の放火は、今回の事件の17年前で、その間に服役期間もあり、当時と同じ犯罪傾向が続いていたとは推認しにくい、と述べました。二段の推認の2段目、その性格が今も続いているか、が怪しくなるわけです。今回の放火の前後、約1か月の間に、被告人自身が、31件の窃盗をしたと述べています。起訴はされていませんが、その多くは、十分な金品を得ていないとみられます。それなのに、放火はしていません。金品が取れなかったら放火する、という傾向があるなら、これらの場面でも放火が出そうなものです。今回だけ放火の傾向が出た、とは考えにくいのです。結論の部分を読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

当てはめ——結論 本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。

ただし、この判決は、前科証拠を一律に禁じたのではありません。この事案の前科に、顕著な特徴が足りなかった、という判断です。折り鶴のような特徴があれば、結論は変わりえます。当てはめは、3つの順に書きます。特徴が顕著か。類似の推認力は強いか。人格評価を介していないか。この順番で、事案に即して、確かめていきます。

人格評価を介さない推認の余地

一定の条件に常に一定の反応を示す習慣に類する行動様式や前科そのものが構成要件事実となる場合は性格を介さない推認として許される余地があると説明されることを示す板

性格を通らなければ、前科を使える場合は、ほかにもありますか。あります。たとえば、ある条件になると、いつも決まった反応をする、習慣に近い行動様式を、十分な数で示せる場合です。たとえば、金品が取れなかった窃盗の場面が何十回もあって、そのたびに必ず同じやり方で火を付けていた、と示せる場合です。先ほどの固着化とは違い、性格を評価するのではなく、この条件ならこの反応、という事実の積み重ねそのものから推すのです。また、前科や常習性そのものが、犯罪の成立要件に含まれる場合もあります。たとえば、常習賭博罪では、賭博を繰り返す習癖そのものが罪の中身です。過去の賭博は、性格を推すためではなく、その要件を直接に証明するために使います。どちらも、人格評価を介さない推認だから、許される余地がある、という整理です。ただ、判例自身が述べているわけではないので、ここでは、名前を知っておく程度で十分です。なお、前科を記した書面には、関連性とは別に、伝聞の問題も残ります。また、量刑の資料として前科や余罪を見る場面は、犯人性の立証とは別の話です。どちらも、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

二段の推認の危険と判例の規範の3要素そして当てはめの順序と次回の予告を1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。前科の推論は、前科から性格、性格から今回の犯行、という二段で、どちらも不確かです。そのため、前科証拠は、価値があるだけでは使えず、人格評価で誤らないと認められるときに初めて許されます。犯人性の立証に使うには、前科の内容が顕著な特徴を有し、起訴事実と相当程度類似して、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させることが必要です。ここは、論文でも論点になりうるところです。判例の事案で足りなかったのは、3点です。動機も態様も、際だった特徴とはいえませんでした。固着化というのは人格評価でした。そのうえ、17年の間隔などの事情もありました。

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#104単独ページ動画

類似事実による立証と主観面の立証

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

商店街の空き巣5件のうちAが4件を認め5件目だけを否認しており認めている4件で5件目の犯人性を推認してよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。商店街で、半年の間に空き巣が5件起きました。Aさんは、そのうち4件は自分がやったと認め、5件とも同じ裁判で審理されています。ところが5件目だけは、やっていないと争っています。検察官は、認めている4件を使って、5件目もAさんだと立証したいと考えました。認めた件数が多いほど、残りも同じ人の仕業だと感じる。その直感には、答案では待ったがかかります。4件やった人だから、5件目もやっただろう、という考え方は、前回見た二段の推認、つまり悪い性格を経由する推論の形だからです。前回の判決は、この推論を避けるために、前科を犯人性の証明に使える場合を、3つの言葉で絞りました。1つ目の問いは、その枠組みが、前科ではない併合審理中の事件にも及ぶのか、です。

もう1つの、わざとだったかどうかを示す場合は、どうなるのですか。そちらは、同じ枠組みを使わない道があります。分かれ目は、何を立証するための証拠なのか、つまり、関連性の回で見た、要証事実です。犯人が誰かを示すのか、故意など内心を示すのか。ここを取り違えないことが、今日の一番の目標です。

類似事実による立証とは何か

前科は確定判決を受けた過去の事実で類似事実は併合審理中の別の起訴事実や余罪など前科以外の被告人の他の犯罪事実であることを対比し推論の骨組みは同じ二段であることを示す板

類似事実による立証とは、証明したい事実、たとえば起訴された事実と似た別の事実を証明して、そこから起訴された事実を推認する立証です。今日のように犯人が被告人かどうかが争いなら、別の類似事実から、犯人は被告人だ、と推す形になります。前科との違いは、その別の事実が、確定判決を受けた過去の事実か、それ以外か、です。前科以外の被告人の他の犯罪事実、たとえば、同じ裁判で併合して審理されている別の起訴事実や、まだ起訴されていない余罪が、類似事実にあたります。前科ではなく、同じ裁判で審理中の事実なら使いやすい、と感じるのは、もっともです。実際、併合審理されていて被告人も認めている事実なら、他の証拠で認定できます。前の事件は本当に被告人の仕業だったのか、という争いに審理が広がる、争点の拡散は小さくなります。前科があるという事実自体が、被告人の評価を下げる、という弊害も小さいでしょう。

使えるということですか。そこが、落とし穴です。推論の骨組みは、前科のときと同じです。4件やっている、だからAさんは空き巣をする性格の人だ、だから5件目もやっただろう。性格を経由する二段の推認で、弱さは残ります。減ったのは弊害の一部であって、推論の弱さそのものは変わりません。過去の事実から今回の事実へ渡る、この中継ぎを、今日は、橋と呼びます。前回の枠組みは、併合審理中の事件にも及ぶ、というのが最高裁の答えです。その決定を、次に読みます。なお、量刑の資料として余罪を見る場面は、犯人性の立証とは別の話で、別の回で扱います。

併合事件にも及ぶ枠組み——決定の事案と規範

住居侵入と窃盗と放火が併合して審理され被告人が一部の事実を認め他の事実の犯人性を争い原判決が前科の犯罪事実と被告人が認める事実から特殊な性癖と手口と犯罪傾向を認めたことを事実欄の内容だけで示す事案板

ここで、1問です。前回の判決が、前科を犯人性の証明に使うために求めた、3つの言葉は、何でしたか?顕著な特徴と、相当程度の類似と、それ自体で、でした。それ自体で、とは、前回の折り鶴のように、同じまれな特徴が現れているので同じ人物だと言える、ということでした。今日の決定は、この3つを、前科以外にも広げました。先に、決定の型を言います。これは、原判決、つまり控訴審の判決の判断は違法である、ただし、その間接事実を除いても事実誤認はないから判決に影響を及ぼさない、として、上告を棄却した決定です。違法だが結論は動かない。短答で問われる型です。

上告理由に当たらない法令違反を理由に、上告審が職権で原判決を破棄するには、その法令違反が判決に影響を及ぼすことに加えて、破棄しなければ著しく正義に反することも要るからです。証拠の使い方が違法でも、その証拠を除いた残りの証拠で結論が支えられるなら、破棄されません。事案です。ここは、決定が認定した事実だけを言います。住居侵入、窃盗、現住建造物等放火などが、併合して審理されました。被告人は、住居侵入と窃盗の一部を認め、他の事実の多くについて、犯人が自分であることを争いました。争われた事実には、放火が含まれます。原判決は、被告人の前科の犯罪事実と、被告人が認める住居侵入と窃盗の事実から、3つを認めました。1つ目は、色情盗、つまり女性用の物を性的な関心から盗む、という特殊な性癖。2つ目は、侵入先の下見をし、女性用の物の入手が主な目的で、留守宅の窓ガラスを割って侵入するという手口。3つ目は、女性用の物を盗んだ際に、被告人本人にも説明できない、女性に対する独特の複雑な感情を抱いて放火する、という極めて特異な犯罪傾向です。そして、これが争いのある各事実に一致するとして、犯人性の間接事実の1つにしました。

最高裁は、原判決のこの認定の使い方を違法としました。枠組みを、判旨のまま読みます。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

前科以外の他の犯罪事実にも及ぶ枠組み このことは,前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも同様に当てはまると解すべきである。そうすると,前科に係る犯罪事実や被告人の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは,被告人に対してこれらの犯罪事実と同種の犯罪を行う犯罪性向があるという実証的根拠に乏しい人格評価を加え,これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないというべきである。

前科について示された枠組みが、前科以外の他の犯罪事実にも、同じく当てはまる、と言っています。橋が性格なら、顕著な特徴がなければ渡れない。前科か、併合事件かは、橋の作りを変えません。だから、商店街の4件も、5件目と並ぶ顕著な特徴がなければ、性格を経由する推論になり、許されません。

⭐ 論文で書く規範:犯人性の立証に前科・他の犯罪事実を使う規範 前科・他の犯罪事実が顕著な特徴を有する | その特徴が証明対象の事実と相当程度類似する | それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させる (判例が立てた規範(条文の要件ではない))

当てはめ——顕著な特徴と言えなかったもの

色情盗という性癖と下見と女性用の物の入手と窓ガラスを割る侵入の手口と特異な犯罪傾向の3点について最高裁がいずれも顕著な特徴とは認めなかったことと違法だが判決に影響しないとした結論を示す当てはめ板

原判決が挙げた3つのうち、性癖と手口の2つは、判旨で直接言及されています。読みます。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

当てはめ——性癖と手口は顕著な特徴といえない 原判決指摘アの色情盗という性癖はさほど特殊なものとはいえないし,同イの,あらかじめ下見をするなどして侵入先の情報を得る,女性用の物の入手を主な目的とする,留守宅に窓ガラスを割るなどして侵入するという手口及び態様も,同様にさほど特殊なものではなく,これらは,単独ではもちろん,総合しても顕著な特徴とはいえないから,犯人が被告人であることの間接事実とすることは許されないというべきである。

顕著な特徴といえるかどうかは、手口がありふれているかどうかが決め手です。ありふれた手口なら、他の人も同じことをします。つまり、被告人だけに絞る力がありません。前回の、折り鶴を置いて帰る、のようなまれな特徴とは、正反対です。3つ目の、特異な犯罪傾向についても、決定は述べています。原判決の言う行動傾向は、前科の事実に照らしても曖昧で、特異な犯罪傾向とは言い難い、と。さらに、そもそもこのような犯罪傾向を犯人性の間接事実にすること自体が、実証的根拠に乏しい人格的評価にほかならない、としました。ありふれているか、曖昧か、という以前に、傾向で犯人を決めるのは、性格を橋にする推論そのものだからです。そして、結論の部分です。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

結論——原判決は違法だが判決に影響しない しかしながら,上記間接事実を除外しても,その余の証拠によれば,第1審判決の各犯罪事実の認定について事実誤認はないとした原判断は是認することができるから,原判決の上記法令違反は,判決に影響を及ぼすものではない。

答案では、証拠の使い方が許されるかどうかと、それが判決の結論を左右するかどうかを、分けて考えます。今日の決定は、前者は許されない、後者は影響なし、という結論でした。

補足意見——併合された類似事実を、別の角度で使う余地

補足意見は判例法理ではなく個人の意見であり併合審理された類似事実については近接して連続する事件から第三者の偶然を排除する推論と顕著な特徴の要件の幅を示しつつ本決定はそこまで判断していないと留保していることを示す板

法廷意見、つまり、裁判所としての決定そのものの考え方では、前科と同じ厳しさです。ただ、この決定には、金築裁判官の補足意見があります。先に断ります。補足意見は、裁判官個人の意見であって、判例法理ではありません。法廷意見と混ぜないでください。補足意見が言いたいのは、併合審理された類似事実には、別の考え方の余地がある、ということです。補足意見は、この事案の事実を、こう指摘します。起訴された10件の放火は、約4か月の間に連続していました。どの放火でも、火を付けたとみられる時刻より前、長くても約10時間のうちに、被告人がその家に侵入し、室内で金品を盗み、または盗もうとしたことが認められます。こうした近接した連続がある中で、こう述べています。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——近接した連続と偶然 仮に,争いのある放火が,被告人の関与なしに他の者によって犯されたとするならば,それは極めて確率の低い偶然の事態が発生したことを承認することになろう。

ここでの橋は、性格ではありません。近接性そのものです。被告人が関与していないとすれば、あまりに偶然が重なる。だから、第三者の可能性が下がる。性格を通らずに、偶然性を排除する推論です。もう1つの指摘は、併合審理される類似事実は、前科のように存在そのものが人格評価を下げる危険や、争点が拡散するおそれが考えにくい、という点です。だから、顕著な特徴という例外の要件は、事案によって幅をもって考えることが否定されないのではないか、という意見です。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——顕著な特徴の要件の幅 「顕著な特徴」という例外の要件について,事案により,ある程度の幅をもって考えることは,必ずしも否定されないのではないだろうか。

これを答案の根拠にしてよいのですか。そこが大事です。補足意見自身が、射程を留保しています。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——射程の留保 本決定は,あくまで原判決における証拠の使用方法を違法と判断したものであって,上記2に述べた点についてまで判断したものではない。

上記2とは、併合審理された類似事実を、近接性などで使う考え方の部分です。つまり、法廷意見は、そこまで判断していません。順序があります。まず法廷意見の枠組み、顕著な特徴と相当程度の類似で検討します。それで足りないときに、時間的、場所的な近接、件数、他の証拠で認定できるか、といった事情から、偶然性を排除する推論が別に立つかを書きます。そのときは、立つと解する余地がある、と断定を避けます。どの程度の時間の幅まで近接性だけで推せるかは微妙だ、と補足意見自身が認めています。そのときに類似事実は、近接性からの推認を後押しする、補強的な証拠になりうる、という位置づけです。

主観面の立証——枠組みがなぜ変わるのか

悪性格を通る推論と通らない推論を対比し前者は同種前科から詐欺をする性格を経て今回も故意があったとする形で後者は前の経験から具体的な認識と知識を経て今回も故意があったとする形であり客観面が他の証拠で認められていることが前提であることを示すフロー板

ここからは、犯人が誰かではなく、故意など内心を立証する場合です。この場合は、前科や類似事実を使える余地が出ます。ただし、なぜ使えるのかを分けて理解してください。まず前提です。この場面では、行為があったこと、つまり客観面は、他の証拠で認められています。争いは、被告人が、その行為の意味を分かっていたかどうか、頭の中にあります。設例です。Aさんが、中古ブランド時計を、正規品だと言って買主Bさんに売りました。実際は偽物で、詐欺で起訴されましたが、Aさんは、偽物とは知らなかった、と主張しています。偽物を正規品と偽って売ったという客観面は、他の証拠で認定できています。Aさんには、2年前にも、偽物を正規品として売り、そのとき鑑定書で偽物だと指摘された事実があります。

言い方が2通りあります。1つ目は、Aさんは詐欺を繰り返す悪い人だ、だから今回も故意があった、です。これは、犯罪性向という実証的根拠の乏しい人格評価を通っているので、許されません。2つ目は、2年前に同じやり方で偽物を売り、偽物だと指摘された。だから、この売り方を偽物でやれば、相手が正規品と信じてお金を払うことを、経験から知っていた。だから今回も、偽物と分かっていた、です。橋は、悪い人だという評価ではなく、経験で得た具体的な認識と知識です。性格を通らないので、成り立つ余地があります。同種前科があるから故意があった、と丸暗記するのは危険です。橋が性格なら許されず、橋が認識や知識なら許される余地がある。判断するのは、ラベルではなく、推論の中身です。前回名前だけ触れた、習慣に近い行動様式や常習賭博罪の例と同じく、人格評価を介さない推論の1つです。

⭐ 論文で書く規範:主観面の立証に過去の事実を使う場合の整理 客観面が他の証拠で認められている | 過去の事実と本件の行為態様が類似している | 人格評価を介さず具体的な認識・知識として推認できる (解釈による整理(判例が示した規範ではない))

3つの条件は、どうして必要なのですか。1つずつ言います。客観面が他の証拠で認められていること。今回の行為がどうだったかが他の証拠で決まっていないと、過去の行為と態様が似ているか比べられません。似ていなければ、違法と認識していたはず、という推論が立たないからです。過去の事実と本件の行為態様が類似していること。当たる例と当たらない例で確かめます。同じ偽物を正規品として売った過去なら、今回の売り方を偽物と分かって売った、と推す材料になります。ところが、Aさんの過去の前歴が、車の修理費を水増しして請求した件だったらどうでしょう。

水増し請求の前歴は、時計が偽物だと知っていたことにはつながりません。行為態様が類似していなければ、今回の行為が違法だという認識の推論が成り立たないからです。3つ目が、性格ではなく認識や知識として言葉にできることです。ここが、答案で自分の言葉で書く部分です。それなら、故意の立証だと言えば、何でも通りますか。通りません。故意の立証というラベルだけで前科を出すと、実は、またやる人だから、という性格を通っていることがあります。

犯人性と主観面で、なぜ求めるものが違うのか

犯人性は被告人以外の他の誰かと区別できる特徴が要り主観面は行為をしたことが別の証拠で決まっているため区別ではなく経験による認識の具体性が要ることをAとBの関係で対比する関係図

犯人性では顕著な特徴が要るのに、主観面では要らないのは、どうしてですか。立証しようとしていることが違うからです。犯人性では、ほかの誰かではなく、この人だ、と絞り込む必要があります。商店街の空き巣で言えば、4件の手口がありふれていれば、同じ手口の空き巣はほかにもいるので、5件目をAさんに絞り込めません。だから、まれな特徴、顕著な特徴が要ります。主観面では、この行為をしたのはこの人だと、他の証拠でもう決まっています。時計の設例で言えば、偽物を売ったのがAさんであることに争いはなく、問われるのは、偽物と知っていたかどうかだけです。絞り込みは要りません。要るのは、この人の頭の中を、経験に基づいて具体的に説明できるかどうかです。他の人と区別できるかは、問題になりません。これは判例の言葉ではなく、判旨から導いた整理です。

次に読む決定は、顕著な特徴を求める言い方をしていません。知識の推認も、同じ考え方です。たとえば、特殊な工具や薬品の扱いの履歴から、その取扱いの知識を持っていると推す使い方です。知識は、その人が持っているかどうかという具体的な事実で、性格の評価ではありません。この推認は、犯人性の間接事実として使う場面でも、人格評価を介さないので、成り立つ余地があります。これは解釈による整理ですが、決め手は、要証事実のラベルより、橋が性格かどうかです。

主観面の立証に関する最高裁の決定

犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる事案で詐欺の故意という主観的要素を同種前科の内容によって認定した原判決に違法はないとした決定の型と決定は推論の中身を説示していないことを示す板

主観面の立証について、最高裁が短く述べた決定があります。詐欺の事件で、上告趣意のうち判例違反の主張は、引用された判例が事案を異にするとして退けられ、その余の主張は、単なる訴訟法違反の主張として退けられました。その退ける理由を添えた括弧書きの中で、こう述べています。

判例最決昭41・11・22 刑集20巻9号1035頁

詐欺の故意を同種前科の内容で認定した原判決 犯罪の客観的要素が他の証拠によつて認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によつて認定した原判決に所論の違法は認められない。

短答では、この条件付きが押さえどころです。客観的な部分は他の証拠で認められている事案で、詐欺の故意を同種前科の内容で認定しても、違法ではない。前科であれば何にでも使える、という決定ではありません。なぜ許されるのか、決定は書いていますか。書いていません。悪性格を介さない推認だから許される、というのは、さっきの整理です。判例が言った言葉として答案に書かないよう、注意してください。

悪性格の事実を犯罪事実の推認に使わなかった例

動機が全く不明であることを無罪の大きな理由とした第一審に対し最高裁が被告人が異常性格者であることは犯行の原因を推測させる事実として挙げたにとどまり犯罪事実を推認したものではないとした決定の位置づけを示す板

悪性格の事実を使って、犯罪事実を推認した例もあるのですか。逆です。これは、悪性格の事実を、犯罪事実の推認には使わなかった、とされた決定です。事件は、動機が全く不明だ、ということが、第一審が無罪とした大きな理由でした。これに対して最高裁は、被告人を異常性格者と認めた原審の判断は相当で、格別の動機なく無差別に犯行に及んだことも首肯できる、と述べました。そして、こう言っています。

判例最決昭57・5・25 集刑227号337頁

異常性格者であることは犯罪事実の推認に使われていない なお、原判決は、犯行の原因が存在することを推測させる事実として被告人が異常性格者であることを挙げたに過ぎないから、これから犯罪事実を推認したという所論の非難はあたらない。

犯行の原因が存在することを推測させる事実、とは、動機の代わりになる、犯行の背景がありうる、という程度の意味だと整理できます。そして、もう1つ。第一審の考え方について、最高裁はこう述べました。

判例最決昭57・5・25 集刑227号337頁

動機の立証がないことから犯行自体を否定できない 通常の人格者を判断の基礎にすえ、本件のような重大な犯罪を犯すについては必ずやそれ相応の動機がなければならないとの前提のもとに、かかる動機の立証のないことなどから直ちに被告人の犯行自体を否定したもので、とうてい支持することができないものといわなければならない。

整理すると、この決定は、異常性格だから犯人だと推したのではありません。動機の立証がないから犯人ではない、という第一審の推論に反論したものです。今日の言葉に置き直します。禁じられているのは、性格を橋にして、犯人性のような犯罪事実を推すことでした。この決定で、異常性格という事実が示したのは、犯行の背景がありうる、というところまでで、犯罪事実へ渡る橋には使われていません。だから、禁じられた推論には当たらない、とされたのです。冒頭の、何を立証するための証拠か、という問いが、結論を分けた例です。ただし、判旨の一文の射程は限られます。悪性格の証拠は、反論なら常に使える、と広げて覚えるのは危険です。

論文の型

答案の手順を要証事実の特定から始め推論過程の特定と犯人性なら3つの要素主観面なら客観面の立証と行為態様の類似と認識知識への言語化そして併合審理の類似事実では近接性の付言という順に示す答案の型の板

答案では、何から書き始めればよいですか。手順です。1つ目、要証事実は何か。犯人性か、故意や目的、あるいは事情を知っていたかという知情か。2つ目、過去の事実から要証事実へ渡る推論の過程を特定します。過去の事実から、性格を経由するのか、認識を経由するのか。3つ目、性格を橋にして犯人性を推すなら、顕著な特徴があり、相当程度類似し、それ自体で同一人物と言えるか、を検討します。4つ目、主観面なら、客観面は他の証拠で立証されているか、行為態様は類似しているか、性格ではなく認識や知識として説明できるか、を検討します。5つ目、併合審理された類似事実なら、近接性など偶然性を排除する推論が別に立つかを付け加えます。

ここまでの犯人性の規範は、条文の要件ではありません。判例が解釈で立てた規範です。条文との接点は、事実の認定は証拠による、という317条で、関連性の根拠として名前を挙げる程度です。主観面のほうは、判例が説示した規範ではなく、解釈による整理です。答案では、解される、という書き方をします。ミニ事例で、争い方が変わると枠組みが変わることを確かめます。偽物時計の設例で、Aさんが、そもそも売ったのは自分ではない、と争う場合。要証事実は犯人性で、前科や類似事実は、顕著な特徴と相当程度の類似が必要です。売ったのは自分だが、偽物とは知らなかった、と争う場合。要証事実は主観面で、経験から得た認識と知識という推論が問題になります。

最初の商店街の設例に戻ります。5件目を、そもそも自分ではない、と争うなら、前回の枠組みで検討します。ありふれた手口の4件では足りません。もし、5件目の侵入は認めたうえで、盗むつもりはなかったと争うなら、要証事実は盗む意思、つまり主観面に変わり、経験から得た認識や知識という推論が問題になります。

今日の地図(保存版)

併合審理された類似事実にも同じ枠組みが及ぶことと補足意見は判例法理でないこと主観面は悪性格を通らない推論なら余地があること要証事実から入って使い分けることをまとめ次回の科学的証拠の予告を添える板

今日のまとめです。1つ目。併合審理された類似事実も、前科と同じ枠組みで、顕著な特徴と相当程度の類似がなければ、犯人性の証明には使えません。この決定は、原判決を違法としながら、残りの証拠で結論は動かないとして、上告を棄却しました。補足意見は、近接性や要件の幅の余地を示しましたが、判例法理ではありません。2つ目。故意など主観面の立証では、悪性格を通らない推論なら余地があります。客観面は他の証拠で認められていることが前提で、この場面では、他人との区別より、経験による具体的な認識や知識が問題になります。ただし、決定は推論の中身を述べていません。3つ目。答案は、要証事実から入ります。犯人性か主観面かで、使える推論が変わります。ここは、論文でも論点になりうるところです。

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#105単独ページ動画

科学的証拠とDNA型鑑定

第5章 証拠法 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

深夜のコンビニ強盗で犯人が落とした帽子の汗から調べた型が容疑者と一致し鑑定書に1000人中3人とあるとき裁判官はこの一文をどこまで信じてよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。深夜のコンビニに強盗が入り、逃げた犯人が帽子を落としていきました。その帽子の内側の汗から、専門家がDNAの型を調べたところ、容疑者の型と一致しました。鑑定書には、この型を持つ人は1000人中3人、とあります。裁判官は、この一文を、どこまで信じてよいでしょうか。珍しい型が一致すれば犯人だ、と直感で結びつけたくなりますが、答案では2つの待ったがかかります。1つ目は、そもそもこの鑑定を証拠にしてよいのか、という入口の問いです。2つ目は、証拠にしたとして、どれだけ信じるのか、という中身の問いです。今日はこの2つを分けて考えます。範囲も先に言います。今日はDNA型鑑定を扱います。次の回では、犬の臭気選別のような、DNA以外の鑑定を扱います。今日作る物差しを、次の回でそのまま当てますので、今日は物差しを丁寧に作ります。

科学的証拠とは何か・なぜ危ないのか

科学的証拠は専門家が行う検査の結果であり裁判所が中身を確かめにくいことと専門家の判定というだけで過大評価されやすいことの2つの危険を自然的関連性と法律的関連性に対応させて示す板

入る前に、前回までの復習を1問。役に立たないのが自然的関連性でした。では、役に立つ気がするのに判断を誤らせるのは、何だったでしょうか?法律的関連性です。証明力はあるけれど、評価を誤らせるおそれがあるときでした。科学的証拠は、この2つの言葉の両方に関わります。まず定義です。科学的証拠とは、特定の学問や知識の領域の原理や技術を応用して集めた証拠で、検査や解析を専門家が行うものです。DNA型鑑定は、その代表です。ところが、科学的証拠には、専門家の検査だからこそ生じる、固有の危険が2つあります。まず1つ目は、中身を裁判所が自分では確かめにくいことです。レストランで、厨房を見せてもらえず、完成した皿だけを出される客を思い浮かべてください。皿は立派でも、どんな材料で、どんな手順で作られたのかは、客には分かりません。裁判官も同じで、検査の過程は、専門家の手の中にあります。2つ目は、専門家の判定だというだけで、過度に信頼されやすいことです。科学的に一致した、という言葉には強い響きがあります。中身を確かめられないまま、響きだけで信じてしまう。これが過大評価の危険です。

2つに分けて考えます。1つ目。科学的な原理の裏づけが、そもそもない場合です。たとえば、手相を見て、嘘をついているかどうかが分かる、という鑑定を、供述の信用性が争点の証拠にしたらどうでしょう。原理に裏づけがなく、推認する力は少しもありません。専門家らしい形をしていても中身が伴わないものを、ジャンク・サイエンスと呼びます。これは、そもそも役に立たない、自然的関連性がない場合です。2つ目。原理は確かでも、実際の検査の過程が不透明で、結果が過大に評価される弊害が大きい場合です。推認する力は多少あるのに、判断を誤らせるおそれが勝る。これは法律的関連性の問題です。

学説には幅があります。その分野で一般に承認されていることを求める見解と、科学的に有効な知識と信頼できる方法によるなら足りるとする見解があります。今日は、最高裁が実際に使った言葉を軸にして、物差しを作ります。

許容性の物差し——最高裁が挙げた2点と、答案で足す2点

許容性の物差し4つを示す表で上の2つは判例が挙げた原理の理論的正確性と実施方法の科学的信頼性下の2つは答案で足す視点として資料の採取保管と結果の検証可能性を区別して示す板

4つの物差しで確かめます。この物差しが見るのは、鑑定を証拠として使ってよいか、つまり許容性です。第5章の初めに見た証拠能力、法廷で取り調べられるための資格のうち、関連性の関門にあたります。ただし、混ぜてはいけません。最高裁が言葉にして挙げたのは、前の2つです。後の2つは、答案で足す視点です。では、前の2つから見ます。

⭐ 論文で書く規範:許容性の物差し——最高裁が挙げた2点 科学的原理が理論的正確性を有する | 具体的な実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた (判例が示した基準(条文の要件ではない))

1つ目は、原理です。帽子の汗から型を読み取る、その原理が、科学として正しいか。ここが誤りなら、その先の検査がどれほど丁寧でも、全部崩れます。手相で嘘を見抜く鑑定が、これに落ちる例でした。2つ目は、実施の方法です。原理が正しくても、実際の検査が、技術を習得した人によって、科学的に信頼される方法で行われたか。正しいレシピがあっても、手順を守らない人が作った料理は、信じられませんよね。当たる例と当たらない例で示します。訓練を受けた検査者が、決められた手順で検査し、その記録も残っているなら、該当します。一方、手順の記録がなく、結果を示す写真が不鮮明なのに、読める範囲で判定してしまったなら、信頼される方法で行われたとは言えず、疑いが出ます。決め手は、あとから見て、正しく行われたと確かめられる形が残っているかどうかです。続いて、答案で足す2つです。

⭐ 論文で書く規範:答案で足す2つの視点 資料の採取・保管・同一性が確かである | 結果を後から検証できる (解釈による整理(判例の文言ではない))

3つ目は、資料の採取、保管、同一性です。同一性とは、鑑定にかけた資料が、現場で採ったその物と同じ物である、ということです。あわせて、真正性という言葉もあります。これは、その資料や書面が、作ったとされる人が作ったとおりのものである、ということです。設例に戻ります。警察官が帽子を、別の事件の証拠と同じ袋に入れてしまい、他人の汗が混ざったかもしれません。この場合、型が正しく読めても、それは犯人の汗の型かどうか分かりません。見解が分かれます。同一性が失われれば関連性そのものが失われる、という理解も有力です。ただ、裁判例は、証明力の評価の中で考慮する傾向があります。ここでは、物差しの1つとして、確かめる点だと押さえてください。4つ目は、結果の検証可能性です。再検査できる資料が残っているか、検査の元のデータが提出されていて、他の専門家が確かめ直せるか。資料を使い切ってしまい、データも出ないのでは、厨房の見えない皿のままです。大切な点です。この2つは、最高裁の言葉ではなく、実施の方法が科学的に信頼される、ということを具体的に言い直した、答案上の整理です。答案でも、判例が言ったのは前の2つ、後の2つは自分で足す視点、と区別して書きます。ここで1問です。鑑定書に、型が一致した、とあります。使ってよいかを決める前に、最高裁が挙げた2点を思い出すとしたら、何と何でしょうか?

科学的原理が理論的に正確であることと、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと、です。

DNA型鑑定の仕組みと、型の一致の意味

現場の資料から型の判定そして出現頻度そして犯人性の推認へと進む三段の流れを示し各段階に原理と実施方法の信頼性が効くことを注記するフロー板

DNAの中には、短い並びが繰り返されている場所がたくさんあります。その繰り返しの回数は、人によって違います。この場所を座位と呼び、座位ごとの繰り返しの回数を、型として表します。型は、生涯変わりません。注意してほしいのは、DNAの全部の並びを読んでいるわけではない、という点です。決まった場所の回数だけを見ています。だから、指紋のように、誰一人として同じ人がいない、万人不同の識別ではありません。一致しても、本人と言い切れるわけではないのです。座位ごとに、その型を持つ人の割合を調べ、それを掛け合わせて、何分の1、という出現頻度を出します。調べる座位が少なければ、頻度は大きくなって識別力は弱く、座位を増やすほど、識別力は強くなります。設例の、1000人中3人で計算します。人口100万人の都市があるとして、その型を持つ人は、およそ何人でしょうか?

1000人中3人という頻度は、同じ型の人が、この都市に3000人いる、という意味です。ここに落とし穴があります。出現頻度は、その型を持つ人の割合であって、犯人である確率ではありません。型が一致した、というだけでは、犯人と結びつきません。他の証拠と合わせて、初めて犯人性の推認に進めます。全体の流れを、3段で整理します。第1段は、資料から型を判定する。第2段は、その型の出現頻度を出す。第3段は、その頻度と他の事情から、犯人性を推認する。前の2段の強さを決めるのが、さっきの物差しです。原理が正しく、方法が信頼でき、資料が確かで、検証できるか。ここが揺らぐと、第3段に進む前に、土台が揺らぎます。

最高裁の決定——足利事件の判断

足利事件で下着と被告人が捨てたティッシュの精液をMCT118型で鑑定し同型と判定された経過を確定審の認定として示し最高裁の判断とは区別して判旨の2点と証拠価値の留保を示す板

実際にDNA型鑑定を扱った、最高裁の決定を読みます。足利事件の上告審です。先に断ります。これから話す経過は、最高裁の判断ではなく、確定審、つまり再審より前に有罪を確定させた裁判と、のちの再審の判決が認定した内容です。幼い子どもが被害にあった事件で、被害者の下着に付いていた精液と、被告人が捨てたティッシュに付いていた精液が、科学警察研究所でMCT118型という方法で鑑定されました。どちらも同じ型で、その型の出現頻度は、日本人でおよそ1000人中8人でした。血液型も合わせると、およそ1000人中1人ちょっとです。

第一審は、この方法はまだ歴史が浅く、信頼性が社会一般に完全に承認されているとまでは評価できない、としながらも、証拠能力を認めました。ここまでは下級審の判断です。確定審は、この鑑定と自白を主な証拠として有罪とし、最高裁は上告を棄却しました。その際、上告理由には当たらないが、と職権で判断して、DNA型鑑定について述べたのが、次の部分です。決定の中身は、大きく2つに分かれます。前半は、この鑑定を証拠として用いてよい、とした理由です。後半は、どれだけ信じてよいかについての留保です。

判例最決平12・7・17 刑集54巻6号550頁

最高裁が示した判断 本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。

原理が理論的に正確であること、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと。この2つを理由に、証拠として用いることが許される、としました。なぜこの2点を見るのか。決定は理由を書いていませんが、こう整理できます。裁判官は、検査の中身を自分では確かめられません。原理が正しいことと、手順が正しく守られたことを入口で確かめれば、その確かめられない部分を、確かめられる形に置き換えられる、というわけです。決定文には、関連性や証拠能力という言葉は出てきますか。出てきません。使われているのは、証拠として用いることが許される、という言い方です。学説の理解では、この2点を、資料から型を出す推論の強さを決める要素と見て、関連性の枠組みが科学的証拠に即して示されたものと位置づけます。これは理解の1つで、決定文の言葉ではありません。もう1つ大事なのは、後半です。証拠価値、つまり証明力について、その後の科学技術の発展で新たに解明された事項も加味して、慎重に検討されるべきだ、と留保しています。なぜ閉じなかったのか。決定は理由を書いていませんが、第一審も指摘したとおり、当時のこの方法は歴史が浅く、技術が進めば、今は見えない誤りが見つかるかもしれなかったからだと考えられます。許されるかどうかと、どれだけ信じるかは、別に続く、ということです。

その後の再審と教訓——証拠能力と証明力を分ける意味

最高裁の上告棄却から再審請求そして再鑑定の命令と再鑑定での不一致さらに再審開始決定と再審公判での無罪までの時系列と再審公判が当時の鑑定書を排除した理由を示す板

有罪が確定したあと、再審が請求されました。高等裁判所が、DNA型の再鑑定を命じ、より進んだSTR型という方法で、16の座位を検査しました。その結果、被告人と、被害者の下着から出た男性のDNA型は、一致しませんでした。再審が開始され、再審公判では、無罪となりました。再審の手続きそのものは、別の回で見ます。ここで、大事な点です。この再審の判決は、当時の鑑定を、どう扱ったのでしょうか。判決が示した判断を、読みます。

判例宇都宮地判平22・3・26 判時2084号157頁

再審公判の判断——当時の鑑定書を排除 本件DNA型鑑定が,前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって,本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(第一審甲72号証)は,現段階においては証拠能力を認めることができないから,これを証拠から排除することとする。

最高裁の決定が変わったのですか。変わっていません。この判決は、最高裁の決定が示した基準を前提にして、当時の鑑定にその基準を当てはめ直し、実施の方法に疑いが残ると判断したのです。理由を、判決の認定に沿って言います。鑑定書に付いた検査結果の写真が不鮮明でした。証人は、普通であればやり直す、と述べました。しかも、型の判定の元になったネガフィルムは証拠として出されず、計算のデータも一部しか出ていなかったため、正しく判定できたかどうか、確かめようがなかったのです。4つ目の、結果を検証できることです。実施方法の信頼性を、後から確かめられなかった。これが決め手でした。さらに判決は、自白についても、捜査官から鑑定の結果を告げられたことが最大の要因で、信用できないとしました。鑑定が一致したと告げられることで、自白まで歪む。科学の名による過大評価が、連鎖した例です。この事件から、4つの教訓が取り出せます。1つ目。最高裁が、証拠価値は慎重に、と留保していたとおり、許された後にも、証明力の吟味は別に続きます。2つ目。決め手は、検証できるかどうか、でした。3つ目。鑑定の結果は、自白のような他の証拠にも影響を与えます。4つ目。技術の水準は変わります。当時の方法で許された鑑定でも、進んだ方法で鑑定し直すと、誤りが見えることがあります。この事件でも、再鑑定のSTR型が不一致を示したことから、見直しが始まりました。現在の主流は、STR型で、MCT118型より座位が多く、識別の力が高いとされています。

資料を全部使い切って追試できない場合や、資料に別の人のDNAが混入する可能性が議論されます。どちらも、物差しの、保管と検証可能性に戻して考えます。

鑑定書という壁——321条4項

鑑定の結果は鑑定書という書面で出るため伝聞証拠であり関連性を通っても別に伝聞例外の関門があることを321条3項と4項の関係で示す板

許容性の物差しをクリアすれば、鑑定は使えるのですか。まだです。鑑定の結果は、多くの場合、鑑定書という書面で出てきます。この書面は、伝聞証拠にあたります。伝聞証拠とは、法廷の外で語られたり書かれたりした供述を、その中身が正しいことの証明に使う証拠です。書いた人に、法廷でその場で問いただせないので、原則として証拠にできません。関連性の関門を通っても、別に伝聞の関門があります。ここは、地図だけ示します。核心の条文を、3項とあわせて読みます。

条文刑訴法321条3項・4項

刑事訴訟法第321条第3項・第4項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

4項は、鑑定人が作成した鑑定書について、前項と同様、と言っています。つまり、3項の条件を使うのです。供述者、ここでは鑑定人が、公判期日に証人として尋問を受け、真正に作成されたものであることを供述すれば、証拠にできます。なぜこれで足りるのか。検査の経過と結果は、専門家が記憶で話すより、そのとき書いた書面のほうが正確です。そのうえで、作った本人が法廷に出て、問いただされる機会があるからです。捜査の章の、鑑定嘱託の回で見たとおり、鑑定人は裁判所が命じた専門家、鑑定受託者は捜査機関が直接頼んだ専門家でした。条文の文言は、鑑定人の作成したもの、です。それでも、鑑定受託者の書面にも、この4項を当てはめる、というのが判例です。理由は、専門家が知識を使って経過と結果を書く、という書面の性質が、鑑定人の鑑定書と変わらないから、と説明されます。ただ、その判例の詳しい中身と、真正に作成された、の意味は、別の回で見ます。今日は、関連性の次に、伝聞の関門がある、という位置関係を押さえてください。

答案を書く順番

答案を書く順番として要証事実の特定から許容性の4つの物差しの当てはめそして鑑定書の伝聞の検討と最後に証明力の吟味までを帽子の設例で順に示す答案の型の板

答案で科学的証拠が出てきたら、何から書けばよいですか。4段です。1段目、その鑑定は、何の要証事実のための証拠かを言います。設例なら、犯人性です。2段目、許容性を、4つの物差しの順に当てはめます。原理、実施の方法、資料の採取と保管、結果の検証可能性です。事案の事実で書きます。帽子が別の袋に入っていた、検査の記録が残っていない、といった事実です。3段目、鑑定書は伝聞なので、321条4項を検討します。4段目が、意外と抜けます。許容されても、証明力は別に吟味します。出現頻度の意味は、犯人である確率ではありません。混入の可能性、他の証拠との整合も見ます。3段目までは入口の問い、4段目は中身の問い。冒頭に分けた、2つの問いに、そのまま対応します。

覚えるのは、最高裁が挙げた2点です。後の2つは、判例の文言ではなく、解される、と書く整理です。ここは、論文でも論点になりうるところです。

今日の地図(保存版)

科学的証拠の2つの危険と許容性の物差しの判例2点と答案2点足利事件の決定は許容しつつ証拠価値は慎重にと留保したこと再審で当時の鑑定が排除されたこと鑑定書は伝聞であることをまとめ次回のDNA以外の鑑定を予告する板

今日のまとめです。1つ目。科学的証拠は、中身を確かめにくく、過大評価されやすい。原理の裏づけがなければ自然的関連性がなく、過程が不透明で弊害が大きければ法律的関連性の問題になります。2つ目。許容性の物差しは、最高裁が挙げた2点、原理の理論的正確性と、実施方法の科学的信頼性です。答案では、資料の採取と保管、結果の検証可能性を足します。ただし、後の2つは判例の言葉ではありません。3つ目。足利事件の決定は、この2点を理由に許容しつつ、証拠価値は慎重に、と留保しました。のちの再審では、同じ鑑定が、実施の方法を確かめられないとして排除されました。証拠にしてよいかと、どれだけ信じるかは、別に問います。鑑定書は伝聞なので、321条4項という別の関門もあります。

犬の臭気選別、ポリグラフ、筆跡、顔貌を、今日作った物差しで、順に見ていきます。

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#106単独ページ動画

犬の臭気選別・ポリグラフ・筆跡鑑定

第5章 証拠法 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事務所の傘立てから傘が盗まれ傘の取っ手の臭いを覚えた犬が5枚のハンカチから容疑者の触った1枚を選んだときそれは何を証明したことになるのかを問う導入板

前回の最後に、DNA以外の鑑定を、作った物差しで順に見ていく、と予告がありました。DNAなら型という数字が出ますが、それ以外の鑑定は、何を根拠にしているのでしょうか。そこが今日の中心です。まず場面から入ります。事務所の共用の傘立てから、傘が1本盗まれました。警察は、傘の取っ手に残った臭いを、警察犬に覚えさせます。次に、ハンカチを5枚並べます。1枚は容疑者が触ったハンカチ、残りの4枚は事件と関係のない別の人が触ったハンカチです。犬は、その中から、容疑者が触った1枚をくわえてきました。この、犬が1枚を選んだという事実は、何を証明したことになるでしょうか。

犬が1枚を選んだことから、容疑者が盗んだ、とまで言うには、間にいくつも推論が挟まります。犬は本当に臭いで選んだのか。取っ手に残っていた臭いは、盗んだ人の臭いなのか。今日は、この間を1つずつ埋めていきます。前回作った許容性の物差しは4つで、最高裁が挙げた2点と、答案で足す2点でした。今日は、この同じ物差しを、DNA以外の鑑定に当てる回です。取り上げるのは、犬の臭気選別、ポリグラフ、筆跡鑑定、顔貌鑑定の4つです。

臭気選別の仕組み

現場の遺留物から覚えた原臭と被疑者の物の対照臭と第三者の物の誘惑臭を並べて犬に選ばせる検査とそこから犯人性に至る三段の推論を示す板

入る前に、前回の復習を1問。許容性の物差しのうち、最高裁が挙げた2点は、何と何だったでしょうか?科学的原理が理論的正確性を有することと、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと、です。残りの、資料の採取・保管・同一性と、結果を後から検証できることは、答案で足す視点でした。この4つを持って、臭気選別に入ります。犯行現場に残された物から、犯人の体臭を犬に覚えさせます。この、覚えさせる元の臭いを、原臭と呼びます。次に、被疑者や被告人の体臭が付いた物を用意します。これが対照臭です。さらに、事件と関係のない第三者の体臭が付いた物を混ぜます。これが誘惑臭です。こうして数個並べた中から、原臭と同じ臭いの物を、犬に選ばせる検査です。

誘惑臭は、なぜ混ぜるのですか。当てずっぽうでは当たらないようにするためです。ハンカチが容疑者の1枚だけなら、犬が適当にくわえても、必ず当たってしまいます。5枚のうち1枚が容疑者の物で、4枚が別の人の物なら、でたらめに選んでも、当たるのは5回に1回です。誘惑臭は、犬が本当に臭いを区別しているかを試すための、紛らわしい引き立て役です。この証拠は、3段の推論でできています。1段目、犬に選別検査をさせる。2段目、犬が複数回、対照臭を原臭と同じものとして選ぶ。3段目、そこから、被告人が犯人だと推論する。1段目から2段目を支えているのは、犬の嗅覚は優れている、という経験則と、その下で検査が適切に行われたことです。経験則とは、経験から導かれる一般的な傾向のことです。

DNAとは、支え方が違うのですか。違います。DNAは、型の繰り返しの回数を読む、という原理を、科学として説明できました。臭気選別は、犬の鼻がどう働いているのかが、十分には解明されていません。その点は、あとで物差しに当てます。まず、最高裁が実際に何を言ったのかを読みます。

最高裁の決定——臭気選別を証拠にしてよい理由

最高裁が挙げた3点それぞれの該当と非該当で訓練を受けた指導手と初めて犬を扱う人そして体調良好な犬と風邪で鼻が利かない犬そして採取保管の汚染の例を並べて示す板

臭気選別を証拠にした最高裁の決定は、あるのですか。あります。先に断ります。この決定は短く、事件の経過は書かれていません。警察犬による臭気選別の結果を有罪の認定に使った原審が正しかったかを、検討しています。ですから、事案はここでは語らず、傘の設例で足ります。決定が述べた判断そのものを、読みます。

判例最決昭62・3・3 刑集41巻2号60頁

最高裁が示した判断 右の各臭気選別は、右選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、臭気選別能力が優れ、選別時において体調等も良好でその能力がよく保持されている警察犬を使用して実施したものであるとともに、臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点のないことが認められるから、本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供しうるとした原判断は正当である。

理由は3点に整理できます。

⭐ 論文で書く規範:臭気選別の結果を有罪認定に使える理由——最高裁が挙げた3点 指導手が専門的な知識と経験を有する | 警察犬の能力が優れ、選別時の体調も良好 | 臭気の採取・保管の過程と選別の方法に不適切な点がない (判例が示した理由(条文の要件ではない))

1つ目は、指導手です。犬に検査をさせる人が、専門的な知識と経験を持っていること。訓練を受けた指導手が扱うのなら該当し、初めて犬を連れてきた人が扱うなら、疑いが出ます。2つ目は、犬です。臭気選別の能力が優れていることに加えて、選別のときに体調が良く、その能力が保たれていること。選別のときに風邪で鼻が利かない犬なら、結果は信じられません。優秀な犬でも、その日の状態が悪ければ、危うくなります。3つ目は、臭いの採取と保管の過程、それに選別の方法です。傘の取っ手を、何人もが素手で触ってから採ったのでは、誰の臭いか分かりません。臭いを付けたハンカチを、同じ袋に入れて移し替えてしまえば、臭いが混ざります。

最高裁が挙げた臭気選別を有罪認定に使える理由の3点である指導手と犬の能力と状態と採取保管と方法を前回の物差し4つのどれに当たるかと対応させて示す表の板

この3点は、決定が挙げた言葉そのものです。答案では、3点は決定の言葉で書き、物差しとの対応は、自分の当てはめとして書きます。指導手が適切に検査を行うことは、実施の方法の信頼性にあたります。犬の能力と状態は、原理の代わりに、犬の嗅覚という経験則を支える部分です。採取と保管は、答案で足す視点の、資料の採取・保管・同一性にあたります。決定は、理由を書いていません。こう整理できます。犬の鼻の仕組みが分からなくても、犬と指導手の確かさや、資料の扱い方は、あとから確かめられます。入口で問うのは、使ってよいか、だけです。どれだけ信じるかは、あとで他の証拠と合わせて量ります。だから入口では、確かめられる部分がそろっていれば足りる、という発想です。

臭気選別の報告書は経過と結果を見たとおりに記録した書面で321条3項の検証の結果に準ずるもの一方鑑定書は専門家の判断を書いた書面で4項という違いを示す板

もう1つ、この決定の特徴があります。決定の括弧書きです。臭気選別の経過と結果を書いた報告書について、選別に立ち会った警察官らが、経過と結果を正確に記載したことが、その証言で明らかだから、321条3項により証拠能力が付与される、と述べています。前回見たとおり、報告書のような書面は伝聞証拠なので、条文の例外を通らなければ、証拠にできません。前回の鑑定書は、4項でした。条文を並べて確認します。

条文刑訴法321条3項・4項

刑事訴訟法第321条第3項・第4項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

決定は、3項によると述べているだけで、理由までは書いていません。ただ、報告書に書かれているのは、犬がどのハンカチを選んだかという経過と結果で、立ち会った警察官が見て記録したものです。専門家が知識で判断した結果ではなく、見たことの記録に近いので、検証の結果に準ずる、と考えられます。鑑定書の4項も、前回見たとおり、3項と同じ条件を使う規定です。1つ、線を引いておきます。この決定が判断したのは、臭気選別の結果を有罪の認定に使ってよいか、という入口までです。犬の選別が、どれだけ強く犯人だと示すのか、という重さまでは、判断していません。ここで1問です。臭気選別の結果を有罪認定に使えるとした理由の3点は、何でしょうか?

指導手が専門的な知識と経験を有すること、警察犬の能力が優れていて選別時の体調も良好なこと、臭気の採取と保管の過程や選別の方法に不適切な点がないこと、です。

臭気選別の危うさ——許されても、どこまで信じるか

臭気選別を前回の物差しの原理の理論的正確性に当てると弱いこと最高裁は許容しても証拠能力を否定する見解や証明力を低く見る下級審があること犬が人の反応を読むクレバーハンス現象を示す板

犬が優秀で、手順も正しければ、確かな証拠になるのでしょうか。そこが難しいところです。前回の1つ目の物差し、科学的原理が理論的正確性を有するか、に当てはめます。犬の嗅覚の仕組みは、解明されていません。人の体臭に個人差があることも、その臭いが時間がたっても変わらないかも、明らかではありません。ですから、臭気選別は、科学的原理に基づく証拠だと言い切るのは難しく、実際には、犬の嗅覚は優れている、という経験則に支えられています。決定は、原理を厳しく求める形をとらず、犬と指導手と方法の適切さを見ています。ただ、これに納得しない見解もあります。証拠能力を否定する見解も有力です。事実を誤認させる弊害を上回るだけの推認力が、あるのか。1段目から2段目を経験則で支えられるのか、に疑いがあるからです。また、下級審の裁判例には、証拠能力は認めつつ、証明力は低く見たものがあります。許されるかどうかと、どれだけ信じるかは、別です。証明力が低く見られる理由の1つに、クレバーハンス現象があります。100年以上前のドイツに、計算ができる馬、と評判になった馬がいました。問題を出すと、足を踏み鳴らして答えの数を示します。ところが、後の調査で、馬は計算していたのではなく、出題者の表情や仕草の小さな変化を読み取って、正解の数で足を止めていたと分かりました。

犬にも、同じことが起こるのですか。起こりえます。設例で言います。ハンカチを並べた人、または犬に付き添う指導手が、正解の位置を知っていたとします。その人が、正解のハンカチの前で、無意識に視線を送ったり、リードを少し引いたりしたら、犬は臭いではなく、人の反応で選んだことになります。この場合、選別の結果は、臭いの一致を示していません。だから、検査の設計が効きます。1つは、正解の位置を知らない人がハンカチを並べることです。もう1つは、正解の位置を変えて、何度も行うことです。この2つは、実施の方法の信頼性と、結果を後から検証できることを、支える工夫です。同じ犬が同じ結果を出しても、設計が悪ければ、証明力は上がりません。

ポリグラフ検査——何を測り、何を推論するのか

ポリグラフ検査は質問への応答時の心臓呼吸皮膚電気反射などの生理的反応を記録し犯人しか知らない事項への反応から事件への意識を判定するもので原理は未解明であることを腕時計の色5つの設例で示す板

臭気選別の弱点は、原理が分からないことでした。次のポリグラフも、原理は分かっていません。そこに、結果から何を推論するのか、という問題が加わります。嘘発見器と呼ばれることはありますが、嘘そのものを見つける装置ではありません。質問をしながら、心臓の動き、呼吸、皮膚の電気的な反応といった、体の反応を同時に記録します。その変化から、質問への答えが本当かどうか、あるいは事件について何を意識しているかを判断する検査です。科学的な原理は解明されておらず、正確さが保たれる場合も、はっきりしていません。設例で見ます。腕時計が盗まれました。犯人は、盗まれた時計の色を知っています。そこで、赤ですか、青ですか、緑ですか、黒ですか、白ですか、と5つの色を順に質問します。本当の色が黒だとすると、犯人は、黒ですかと聞かれたときだけ、体に強い反応が出るはずだ、という考えです。犯人以外の人は、どの色にも同じ程度の反応になります。

反応が出ても、それだけで犯人とは決まりません。体温計に喩えます。熱があると分かっても、病名までは分かりません。ポリグラフも、この質問で反応が強く出た、という事実までです。それが犯人だからなのか、別の理由なのかは、別に考える必要があります。たとえば、事前に警察官から時計の色を聞いていた人なら、無実でも黒に反応します。だから、検査の前に、事件の情報を与えないことが大事になります。

最決昭43の括弧書きが前半の慎重な考慮を要するという注意と後半の同意のあった書面の証拠能力を肯定という2層でありその事案は同意のあったものに限られるという射程を示す板

ポリグラフを扱った最高裁の決定を読みます。この決定も短く、括弧書きで判断を示したものです。省いた部分は、ポリグラフ検査結果回答書という書面の名前です。検査の結果を書いた書面です。

判例最決昭43・2・8 刑集22巻2号55頁

最高裁が示した判断(括弧書き) ポリグラフの検査結果を、被検査者の供述の信用性の有無の判断資料に供することは慎重な考慮を要するけれども、原審が、刑訴法三二六条一項の同意のあつた警視庁科学検査所長作成の……について、その作成されたときの情況等を考慮したうえ、相当と認めて、証拠能力を肯定したのは正当である。

括弧の中は、2つに分かれます。前半は、検査結果を供述の信用性の判断に使うのは慎重に、という注意です。後半は、同意のあった書面について、証拠能力を認めた原審を正しいとした判断です。後半から、条文と一緒に見ます。出てきた条文を、全文で確認します。

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

326条1項は、検察官と被告人が、書面を証拠とすることに同意した場合に、作成されたときの情況を考慮して相当と認めるときに限って、証拠にできる、という条文です。決定は、この同意があった回答書について、作成されたときの情況等を考慮して相当と認め、証拠能力を肯定した原審を、正しいとしました。同意は、証拠調べ請求の回で見たとおり、伝聞法則の例外として、その書面を証拠にしてよい、という相手方の意見でした。だから、同意があれば、書面の壁は326条1項で越えられます。この決定だけで、ポリグラフの結果は証拠に使える、と結論するのは早計です。この決定の事案は、同意があった書面です。同意がなければ、別の関門が要ります。同意がないときの書面の扱いは、別の回で見ます。前半の注意にも戻ります。括弧の冒頭で、被検査者の供述の信用性の判断資料にするのは慎重な考慮を要する、と断っています。原理が解明されていないので、黒で反応が出たことと、その人の話が嘘であることの間には、距離があるからです。なお、決定は、作成されたときの情況等を考慮して相当と認めた、と言うだけです。その情況の中身としては、検査者の技術と経験、検査器具の性能、検査の経過と結果を忠実に書いたか、が挙げられることが多いです。ここで1問です。この決定は同意があった事案でした。なぜ、ポリグラフの結果は自由に使える、とまでは言えないのでしょうか?

同意がない場合は、別の関門があるからです。それに、結果がどこまでのことを示すのかも、別に問題になるからです。次の話が、その2つ目です。

札幌高判は被検者が事件について情報を事前に与えられていたことと検査が明らかにするのは犯人性であって殺意の有無のような詳細までは疑問という2つの疑問に反応の中身も腑に落ちないという点を加えて結果を重く見なかったことを示す板

何を推論するのか、で使える範囲が変わることを示した裁判例があります。殺人事件の控訴審の、札幌高裁の判決です。検査は、それなりの経験と実績を持つ人が、適正に実施したと認めました。それでも、主に2つの疑問を挙げて、その結果を重く見ませんでした。1つは、被検者が、事件当日から警察官の事情聴取を受けていて、事件についての情報が、すでに与えられていたと考えられること。正確さを保証する前提条件に欠けます。もう1つは、検査結果が明らかにするのは、基本的には、事件に関与しているかどうか、つまり犯人性であって、殺意の有無のような詳細まで有効なのかが疑問だ、ということです。さらに、反応の中身そのものにも、腑に落ちない点がある、としています。判決の言う情況証拠とは、間接証拠のことです。結論の部分を読みます。

判例札幌高判平14・3・19

札幌高裁が示した判断 以上のとおりであって,被告人がポリグラフ検査を受ける者としての適格性を有していたのかという点,この検査が被告人の事件との関与(被告人の犯人性)ということを超えて殺意の有無というような事項についてまで有効性をもっているのかという点にすでに疑問があり,更にその反応の中身自体についても腑に落ちないところがあるのであって,本件ポリグラフ検査結果を被告人の殺意を認定するについての情況証拠とすることは相当でない。また,他の情況証拠を補強する意味においても証拠価値を認めることはできない。

前回の物差しに当てると、1つ目の原理は、未解明です。そこで決め手は、2つ目の、実施の方法になります。検査者と器具に加えて、この判決は、検査の前に情報を与えないことを重く見ました。これは、資料を汚さない、という物差しの3つ目に似た考え方です。そして、何を推論するのかで、使える範囲が変わります。犯人性の話なのか、殺意のような中身の話なのか。ここが答案の要です。

筆跡鑑定——経験の集積に支えられた鑑定

筆跡鑑定は文字の特徴から他人と異なる傾向の希少性と経年後も維持される恒常性を見つけて書き癖から筆者を識別することを匿名の脅迫文と年賀状の乃の書き出しの設例で示す板

伝統的な方法は、資料の中の、数個の文字や、文字の一部分の特徴を取り出します。そして、他人と異なる傾向、つまり希少性と、時間がたっても維持される特徴、つまり恒常性を探して、書き癖から筆者を見分けます。設例です。会社の机に、匿名の脅迫文が置かれました。容疑者の年賀状と見比べると、どちらの、乃の字も、書き出しを一度小さく戻してから運ぶ癖がありました。この癖を持つ人が少なければ、希少性があり、意味が出ます。誰もが書く癖なら、意味は弱くなります。そして、年賀状を書いたときと、脅迫文を書いたときで、癖が変わっていないか、つまり恒常性も見ます。

科学的な鑑定といえるかには、最高裁の決定が答えています。ここでも、先に断ります。この決定は、鑑定書に同意があり、鑑定人の選任にも異議が出なかった事案です。判断部分を読みます。

判例最決昭41・2・21 集刑158号321頁

最高裁が示した判断 しかしながら、いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであつて、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によつて裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。したがつて、事実審裁判所の自由心証によつて、これを罪証に供すると否とは、その専権に属することがらであるといわなければならない。

前回の物差しで読みます。1つ目の原理を、科学の原理ではなく、経験の集積で満たした、と読めます。専門的な経験則に支えられた証拠です。そのうえで、証明力には限界があることも、決定は認めています。これを罪証に使うかどうかは、事実審の裁判所の自由心証、つまり証拠の価値を裁判官が自由に判断することに任されています。なぜ、経験が、ただの主観で終わらないのか。さっきの乃の書き出しで言えば、多くの人の字を見比べてきて、この戻し方はめったに見ない、と言えるなら、それは鑑定人の気分ではなく、比べてきた数に支えられた判断だからです。ただ、その数を法廷ですべて示すことはできません。だから、証明力には限界が残ります。

決定が言ったのは、もっと狭いことです。決定は、筆跡鑑定を唯一の直接証拠として有罪の判決をすることができない、という刑訴法上の証拠法則は存しない、と述べています。ただ、それは、そういう決まりがない、という話です。この事案でも、鑑定を、他の証拠と合わせて認定しています。ですから、筆跡鑑定だけで有罪にできる、と一般化してはいけません。証拠能力の話と、証明力と自由心証の話は、分けます。なお、文字の形を数値にして、コンピュータで比べる方法も使われますが、原理は解明されておらず、証明力の判断は慎重に、という主張があります。

顔貌鑑定——似ていることと、同一であることの距離

顔貌鑑定は防犯カメラの犯人の顔と被告人の顔の各部分の形と位置関係を比べる形態学的な検査でスーパーインポーズ法は三次元モデルを重ね合わせて比較することそして似ていることと同一であることの距離を示す板

防犯カメラに写った犯人の顔と、被告人の顔が、同一人物かどうかを、顔の各部分の形や、位置関係から判断する検査です。形の特徴を比べるので、形態学的な検査と呼ばれます。科学的、客観的な原理は、確立していません。捜査の段階で、犯人を特定するためには、よく使われます。ただ、公判で有力な証拠になる例は、多くありません。他の証拠で立証できれば足りるからです。逆に、犯人を特定する証拠が、画像しかない事件では、この鑑定の信用性が正面から問題になります。手法の1つに、スーパーインポーズ法があります。防犯カメラに写った犯人の顔を、3つの異なる角度から用意します。一方で、被告人の頭と顔の形のデータから、三次元のモデルを作ります。このモデルを、大きさや向きを調整して重ね合わせたり、縦横に輪切りにした写真をつなぎ合わせたりして、比較します。透明なフィルムを2枚重ねて、輪郭がぴたりと合うか見るようなものです。

似ていることと、同一であることの間には、距離があります。たとえば、そっくりな別人でも、ある角度では、重なってしまうかもしれません。ここで、物差しに当てます。1つ目の原理は、確立していません。そこで、2つ目の、実施の方法の信頼性、つまり、どんな手法で比べたか。4つ目の、結果を後から検証できるか、つまり、比べた根拠が見えるか。この2つが決め手になります。当たる例と当たらない例で示します。重ね合わせた画像を提出し、別の人の顔でも同じ程度に重なるかまで比べているなら、後から確かめられます。一方、一致している、という結論だけが書かれていて、どう比べたのかが見えないなら、確かめようがなく、信用できません。答案では、手法と根拠を吟味して、その合理性と信頼性を判断するべきで、重ね合わせが一致していても、手法と根拠が吟味に耐えなければ、信用できるとは限らない、と書きます。

4つを並べる——推認力の違い

臭気選別ポリグラフ筆跡鑑定顔貌鑑定の4つを何を推論するか原理の裏づけ崩れやすい物差し裁判所の扱いの4列で比べ4つとも間接証拠でありDNAとは推認力が違うことを示す比較表の板

4つを並べると、共通することはありますか。あります。ポリグラフ、筆跡、顔貌は、どれも、単独では、犯人だと言い切る力を持ちません。他の証拠と組み合わせて初めて意味を持つ、間接証拠です。間接証拠は、まず間接事実を証明し、そこから経験則を介して、犯罪事実を推認するのでした。犬が選んだ、黒で反応した、字の癖が似ている、顔が重なる。どれも間接事実で、そこから犯人性へ進む経験則が、どれも強くはありません。パズルのピースが、1枚では絵を決められないのと同じです。臭気選別も、同様です。冒頭の傘で言えば、犬が1枚を選んだことで分かるのは、せいぜい、そのハンカチの臭いを、犬が取っ手の臭いと同じものとして扱った、というところまでです。容疑者が傘を盗んだかどうかは、他の証拠と合わせて決まります。一方、前回のDNA型鑑定も、間接証拠である点は同じです。ただ、現場に所在した事実が分かるので、犯人性までの一歩が短く、発見された場所や状況によっては、犯人性を強く推認できることもあります。推認力は、証拠ごとに違います。

崩れやすい物差しも、鑑定ごとに違いますか。違います。臭気選別は、原理が未解明で、結果を後から検証しにくい点で崩れます。ポリグラフは、原理が未解明で、検査前の情報の管理と、何を推論するのかで崩れます。筆跡は、経験の集積に支えられていますが、証明力に限界があります。顔貌は、原理が確立せず、手法と根拠を確かめられるかで崩れます。だから、答案では、鑑定の名前を見て、結論を書くのではなく、どこで崩れやすいのかを、当てはめます。

法律的関連性と、証拠調べの必要性・相当性

自然的関連性と法律的関連性と証拠調べの必要性と相当性の4語について役に立たない役に立つ気がするが判断を誤らせる裁判所の裁量弊害のおそれという位置づけを整理し実務では法律的関連性が相当性の枠で検討されるという理解を示す表の板

最後に、関連性の言葉を、実務の言葉につなぎます。その前に1問です。役に立たないのが、自然的関連性でした。では、役に立つ気がするのに、判断を誤らせるのは、どちらだったでしょうか?法律的関連性です。役に立つ力はあっても、判断を誤らせるおそれが勝つときでした。ところで、証拠の関連性の有無と、裁判所の裁量である、証拠調べの必要性、相当性との関係は、判例上、必ずしも明確ではないのです。関連性の回で見たとおり、証拠調べの必要性は、重複していないか、最良の証拠かで、証拠を選ぶ裁判所の裁量でした。そして、法律的関連性が無い証拠も、まとめて必要性なし、として却下されることがありました。どちらも、調べる意味と、弊害や負担を比べる判断だからです。この、まとめて必要性と呼んでいた中身を、2つに分けるのが、司法研修所の整理です。1つの見解として紹介します。自然的関連性は、必要最小限の証明力があるかどうか。必要性は、証拠の積極的な価値の高さと、審理を合理的に進められるかどうか。相当性は、証拠調べに伴う弊害、たとえば、混乱や誤導のおそれ。そう分けたうえで、法律的関連性は、実質的には、相当性の枠の中で検討される、という理解です。分けること自体への異論もあります。この講座では、自然的関連性と法律的関連性の2段に分けて整理しておきます。

犬の選別結果に、犯人性を推す値打ちがどれだけあるか。他の証拠と重なっていないか。これが必要性です。そして、科学的、と言われたことで、信じ込んでしまう混乱や誤導のおそれ。これが相当性です。前回も言いましたが、証拠能力と証明力は、分けて考えます。

論文の型

答案の順として何の要証事実の証拠かを特定し許容性の4つの物差しを鑑定の特徴に合わせて当てはめ書面なら321条3項4項同意があれば326条1項を検討し最後に許されても証明力を吟味する4段の型と今日のまとめと次回予告を示す板

答案で、こうした鑑定が出てきたら、何から書けばよいですか。4段です。1段目、何の要証事実のための証拠かを言います。犯人性などです。2段目、許容性を、前回の4つの物差しで当てはめます。ただし、鑑定の特徴に合わせます。臭気選別なら、犬、指導手、採取保管、方法。ポリグラフなら、検査者、器具、何を推論するのか。筆跡と顔貌なら、経験の集積、手法と根拠です。3段目、書面なら、321条3項や4項、同意があれば326条1項を検討します。4段目、許されても、証明力は間接証拠として吟味します。ここは、論文でも論点になりうるところです。今日のまとめです。1つ目。臭気選別は、最高裁が挙げた3点、指導手、犬の能力と状態、採取保管と方法で、有罪認定に使ってよいとされました。報告書は、321条3項で証拠能力が付与されました。ただ、原理は経験則頼みで、証拠能力は許されても、証明力は別に吟味されます。2つ目。ポリグラフは、同意のあった事案で、証拠能力が肯定されました。同意がなければ別の関門があり、何を推論するのかで、使える範囲も変わります。3つ目。筆跡は、経験の集積に支えられ、証明力に限界があり、自由心証に任されます。顔貌は、手法と根拠の吟味が要ります。4つ目。どれも、単独で犯人性を推せる証拠ではなく、間接証拠です。法律的関連性は、実務では、必要性と相当性の中で見られます。

今日、何度も出てきた、書面という壁の正体を、意義と趣旨から見ていきます。

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#107単独ページ動画

伝聞法則の意義と趣旨(320条1項)

第5章 証拠法 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜道のひったくりを見た目撃者Wは法廷に来られず友人Fが法廷でWは見たと言っていたと証言する場面でWが本当に見たのかを誰がどう確かめるのかを問う導入板

法廷に来ない人の話を、別の人が代わりに伝えたら、証拠にできるのか。これが今日の中心の問いです。設例で考えます。夜道で、バッグがひったくられました。被告人はXです。通行人のWが、犯行を目撃しました。ところがWは、体調を崩して、法廷に来られません。かわりに、Wの友人のFが、証人として出廷します。Fはこう証言します。「Wは、Xがバッグを奪うのを見た、と言っていました」。Fは嘘をついておらず、Wの話を正確に伝えています。Fが宣誓して正直に話しているなら使えそうに見えますが、ここに落とし穴があります。原則として、この証言は、Xがバッグを奪った証拠には使えません。Fが正直かどうかは、問題ではありません。Wが本当に見たのか、覚えているのか、正確に言ったのか。それを、法廷の誰も確かめられないからです。前回まで、鑑定書は321条4項、臭気選別の報告書は321条3項と、書面は別の関門を通る、と何度も出てきました。あの書面という壁の正体が、今日の伝聞法則です。今日は、この原則の意義と趣旨を、条文と、供述が届くまでの道筋から組み立てます。

320条1項——締め出される2つの型

320条1項が締め出す書面型と伝聞供述型を設例のWのメモとFの証言に対応させ例外は321条から328条にあることを示す板

伝聞法則は、何条に書いてあるのですか。320条1項です。全文を出します。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

条文の骨格は、例外に当たる場合を除いて、次の2つを証拠にできない、です。1つ目は、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にすること。2つ目は、公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を、証拠にすることです。1つ目は、Wが法廷で語るかわりに、Wが書き残したメモを提出する場合です。法廷で語る代わりの書面なので、供述代用書面と呼びます。2つ目は、Fが法廷で、Wが法廷の外で語った内容を語る場合です。他人の話を内容とする供述なので、伝聞供述と呼びます。書面は、誰が書いたかで分かれます。Wが自分で書いたメモは、供述書です。警察官がWから話を聞いて書いた調書は、供述録取書です。この区別は、321条以下の例外の条文に入ったときに効いてきます。今日は、名前だけ押さえておいてください。もう1つ、この条文は、誰が出す証拠かを区別していません。検察官の出す証拠にも、被告人や弁護人の出す証拠にも、同じように適用されます。

条文の頭の321条から328条までが、原則に対する例外の規定です。中身は別の回で扱います。今日は、原則の側に集中します。なお、2項は、簡易公判手続の決定があった事件では、異議が述べられたものを除いて、1項を適用しない、と定めています。簡易公判手続は、被告人が冒頭で有罪だと認めた事件で、重い罪を除き、証拠調べを簡単にして進める手続です。ここでは、そういう規定がある、というところまでにします。

供述が法廷に届くまで——4つの関所と誤り

出来事から見る覚える言葉にする伝えるの四つの関所を通って供述が法廷に届く流れと各関所に入る誤りの例として暗くて見誤る時間がたって混ざる言い間違い嘘や誇張を並べた流れ図の板

条文の形は分かりました。でも、なぜ、他人の話の内容が入ってはいけないのでしょうか。そこを、供述が届くまでの道筋から考えます。物と違って、供述は、人の頭を通ってきます。前に見た、供述の4段階です。見る、覚える、言葉にする、伝える。知覚、記憶、表現、叙述でした。この4つを、関所にたとえます。証拠として法廷に届くまでに、荷物は4つの関所を通ります。各関所で、誤りが入りうることを、設例で見ます。1つ目、見る関所です。夜道は暗いので、Xの顔を見誤ったり、上着の色を見誤ったりします。悪気はなく、間違えます。2つ目、覚える関所です。事件から時間がたつうちに、別の日に見た場面と、記憶が混ざることがあります。3つ目、言葉にする関所です。黒っぽい上着だったのに、黒い上着と言い切ってしまったり、言い間違えたりします。4つ目、伝える関所です。ここは、わざと入る誤りです。かばいたい人がいて、見ていないのに見たと言う、話を大きく盛る、などです。

4つの関所のうち、外から見えるものはありますか。ありません。誤りは全部、本人の頭の中で起きています。血のついたバッグのような物なら、その物を調べれば足ります。しかし供述は、人の頭を通ってくるので、途中の誤りが見えません。誤ったまま事実認定に使えば、事実誤認になります。だから、確かめる手段が要ります。

法廷の証言なら働く3つの吟味

公判期日の証言では宣誓と偽証罪の制裁と当事者の反対尋問と裁判官による供述態度の観察の三つの吟味がすべて働き公判期日外の供述ではどれも働かないことを対比する表の板

ここで交互尋問の復習を1問。証人尋問で、反対尋問は、証人の供述の何を争う場でしたか?供述の証明力です。見間違いや記憶違いが入っていないか、証人に直接問いただして確かめます。では、法廷で証人が語る場合に、誤りをどう防ぐか。3つの仕組みが、同時に働きます。1つ目は、宣誓と、偽証罪の制裁です。証人は、宣誓をします。宣誓したうえで虚偽の陳述をすると、偽証罪で罰せられます。嘘をつく関所へのブレーキです。2つ目は、反対尋問です。当事者が、見る、覚える、言葉にする、伝えるの各段階を、順に問いただします。暗い夜道で何が見えたのか、なぜ黒だと言い切れるのか、と聞いていきます。3つ目は、裁判所による供述態度の観察です。目をそらしたり言いよどんだりするのを、裁判官が直接見て、信じてよいかを判断します。図に整理します。公判期日の証言では、3つとも働きます。公判期日外の供述では、どうでしょうか。

警察官に話したり、メモに書き残したりした時点では、宣誓もなく、反対尋問もなく、裁判官も見ていません。3つとも、働きません。3つのうち、どれが働かないか、と聞かれたら、答えは全部です。Fには、宣誓もさせられますし、反対尋問もできます。ただし、Fに確かめられるのは、Fが何を聞いたか、Fが正確に覚えているか、までです。Wが本当に見たのか、暗くて見誤っていないかは、Fに聞いても分かりません。Wの側の関所は、封をされた箱のまま、Fの手元に届いています。ここまでを、趣旨として整理します。

⭐ 論文で書く規範:320条1項が伝聞証拠を原則として排斥する趣旨 供述には見る・覚える・言葉にする・伝えるの各過程に誤りが入る危険がある | 公判期日外の供述には宣誓・反対尋問・供述態度の観察による吟味が働かない | だから吟味できない供述を事実認定に使わない (規範(条文の趣旨から導く解釈)——答案で理由づけに使う)

Wの話に、推認する力は、あるのですよね。役に立たないから排除するのとは、違うのですか。違います。前に見た関連性の整理では、役に立たないのが自然的関連性でした。Wの話は、Xが奪ったことを推認させる力を、一応は持っています。ただ、その力が本物かどうか、確かめられないまま使うと、判断を誤るおそれが大きい。役に立つのに判断を誤らせるものを締め出すのが、法律的関連性でした。伝聞は、関連性とは別の関門です。ただ、役に立つのに判断を誤らせるおそれの大きいものを、政策的に締め出すという発想は、法律的関連性と似ています。決め手は、確かめられないことの危険です。話の中身が嘘だと決まっているわけではありません。吟味を経ていない供述は、誤りがあっても気づけない。その危険を、原則として避けるのが、伝聞法則です。

書面は二重に危ない——供述録取書の場合

事件を体験したWの四つの関所と聞き取って調書に書く警察官の知覚記憶表現叙述という二つの過程が重なる供述録取書の二重の誤りの入り口を示す図の板

警察官が書いた調書なら、メモより確かだと思いやすいのですが、実は、調書のほうが、関所が増えます。警察官がWから話を聞いて、調書に書く場面で考えます。まず、Wの供述に、見る、覚える、言葉にする、伝えるの過程があります。そのうえで、聞き取った警察官にも、過程があります。Wの話を、正しく聞き取ったか。正しく覚えていたか。書面に、言葉を選んで書くときに、ずれていないか。誤りが入る過程が、2つあるのです。警察官の側が不正確なら、Wの話は正しく伝わりません。調書の要件として、署名や押印が求められる理由は、調書を書いた側の聞き間違いや書き間違いを減らし、話した本人が内容を確かめたことを担保するためです。中身は、例外の条文の回で見ます。今日は、調書は関所が二重になっている、という点を押さえてください。

憲法37条2項と直接主義

憲法37条2項の審問権と直接主義と反対尋問権の二つの根を対比し現行法は322条と324条で両方の色を持つことそして検察側と被告人側で憲法違反の意味がずれることを整理した板

伝聞法則と関係する憲法の規定があります。憲法37条2項の、証人審問権です。全文を出します。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

前段は、被告人が、すべての証人に対して、審問する機会を十分に与えられる、と定めています。審問するとは、質問することで、要は、反対尋問の機会が保障される、ということです。伝聞法則と憲法37条2項は、重なりますが、同じではありません。伝聞法則には、2つの根があります。1つ目は、直接主義です。前に公判の原則で、伝聞法則の土台として見た、実質的直接主義のほうで、書面ではなく、証人の証言のような直接の証拠によるべきだ、という考え方でした。書面を通して、捜査機関などの影響が、裁判所に及ぶのを避けます。この根が狙うのは、書面です。Fは、法廷で、裁判官の目の前で話す証人なので、この根だけなら、Fのような伝聞供述は、許されうる形になります。そのとき挙げた例も、知人の報告書という書面を退ける話でした。2つ目は、英米法の系統の、反対尋問権です。元の供述をした人に、反対尋問をしていなければ、書面も伝聞供述も、否定します。Fの証言も、Wのメモも、否定されます。

現行の320条1項は、両方の色を持っています。書面も、伝聞供述も、原則として否定しているので、反対尋問権の色が濃く見えます。一方、被告人自身が公判期日外に語った供述も、320条1項で原則として排除し、322条で例外的に許しています。被告人が自分自身に反対尋問することはないので、反対尋問権の考え方だけなら、締め出す理由がありません。それでも締め出すのは、被告人の話でも、調書のような書面で届けば、裁判官が直接確かめていない証拠になるからです。直接主義の色です。反対に、伝聞供述まで原則として締め出し、324条の例外に当たるときだけ許す形は、書面だけを避ける直接主義からは出てこないので、英米法の色です。322条と324条の中身は、別の回で見ます。

憲法37条2項と320条1項の二つのずれとして主体のずれで検察側の証拠の違反は憲法の問題になりうるが被告人側の証拠の違反は刑訴法の問題にとどまることと場面のずれで公判期日の証言でも主尋問後の証人死亡や遮へい措置とビデオリンクで審問の機会が問題になることを整理した板

憲法37条2項とは、ずれが2つあります。1つ目は、主体のずれです。憲法37条2項の審問権は、被告人の権利です。一方、320条1項は、検察官が出す証拠にも、被告人側が出す証拠にも適用されます。検察側の証拠が伝聞法則に違反して、被告人の反対尋問が奪われれば、憲法の問題になりえます。被告人側が出す証拠の伝聞法則違反は、刑訴法の問題にとどまり、憲法37条2項の問題にはなりません。2つ目のずれは、場面のずれです。公判期日に法廷で行われた証言であっても、審問の機会が十分に与えられたと言えるかは、別に問題になります。たとえば、検察側の証人が、主尋問だけを終えて亡くなり、反対尋問ができなくなった場合です。この場合、被告人は、審問する機会を与えられたと言えるのか、が問題になります。伝聞ではない、公判期日の証言だから、では片づきません。この場合の処理は、この回では踏み込みません。問題の所在だけを、覚えてください。

証人を守る措置も、この審問権との関係で問題になります。遮へい措置は、証人と被告人の間についたてなどを置くこと、ビデオリンクは、証人が別の部屋から、映像と音声で互いの様子を認識できる形でつないで証言することです。最高裁は、こうした措置をとっても、被告人は証言を聞き、自ら尋問でき、弁護人が証人の態度を観察できることなどから、審問権の侵害はないと判断しています。証人の保護の措置と憲法37条2項は、別の回で扱います。

伝聞証拠の定義

伝聞証拠は供述証拠であることと公判期日外の供述であることと内容の真実性を証明するために使うことの三つが揃った証拠であり血のついたバッグは供述でなく法廷での証言は期日内であることを境界の例として示す板

ここまでで、伝聞証拠の定義が出せます。

⭐ 論文で書く規範:伝聞証拠の定義 伝聞証拠とは、公判期日外の供述を内容とする証拠で、その供述内容の真実性を証明するために用いるものをいう (規範(320条1項の趣旨から解釈で立てる)——言葉どおりに覚える)

供述どおりの事実があったことの証明に使う、ということです。設例では、Wの話を、Xがバッグを奪ったことの証明に使う場合です。話の内容が本当かどうかが、そのまま証明の対象になります。このとき、内容が本当かを確かめるために、Wへの反対尋問が必要になります。「公判期日外の供述」だけではだめなのですか。だめです。「又聞きだから伝聞」ではなく、供述証拠であること、公判期日外であること、内容の真実性の証明に使うこと、の3つが揃って初めて伝聞証拠です。当たる例と当たらない例で見ます。血のついたバッグは、物です。人の頭を通っていないので、供述ではありません。伝聞にはなりません。Wが法廷で自分で証言するなら、公判期日の供述で、その場で3つの吟味が働くので、これも伝聞ではありません。どちらも、Wの話に似ていても、線の外側です。学説には、反対尋問を経ていない供述証拠を伝聞と見る実質説もあります。ただ、答案では、今見た定義で書きます。

伝聞かどうかの判断の順番

体験事実を含む供述か内容の真実性が問題になるか誤りの入る危険が低い類型かの三つの問いで進み当てはまるなら非伝聞でどれにも当たらなければ伝聞証拠でありその途中の問いは要証事実から決まることを示す判断の順番の板

ここで、前に見た供述証拠の考え方を思い出してください。供述証拠かどうかは、証拠の種類ではなく、何を証明するかで決まる、でしたね?何を証明するかで決まる、という考え方を使って、伝聞かどうかを判断する順番を作ります。3つの問いです。問い1。体験事実を含む供述か。体験事実とは、話した人が自分で見たり聞いたりした出来事のことです。含まないなら、供述証拠ではありません。たとえば、行為の一部として発した言葉です。脅迫の事件で犯人が言った「お金をだせ」は、見た出来事を伝える話ではなく、脅すという行為そのものなので、見る、覚えるの関所を通っていません。問い2。その供述の内容の真実性が、問題になるか。ならないなら、供述証拠として使っていないので、非伝聞です。問い3。誤りの入る危険が低い類型か。低いなら、供述証拠でも、非伝聞とされることがあります。現在の精神状態を語る供述などです。たとえば、話した人が「今、とても怖い」と、その時の自分の気持ちを口にした言葉です。見る、覚えるの関所を通らず、今の気持ちをそのまま言うので、誤りの入る場所が少ないのです。ただし、議論があります。この3つのどれにも当たらなければ、伝聞証拠です。各類型の中身は、別の回で扱います。

問い2と問い3は、何をもとに決めるのですか。要証事実です。何を証明するために、その供述を使うのか。それが決まらないと、内容の真実性が問題になるか、危険が低いか、を判断できません。

典型例の当てはめ

要証事実をXがバッグを奪ったこととして又聞き証言と目撃者のメモと警察官の調書の三つを判断の順番に当てはめいずれも伝聞となり例外に当たらなければ証拠能力がないことを示す板

設例に戻ります。まず、要証事実を決めます。今回証明したいのは、Xがバッグを奪った、ということです。この前提で、3つを判定します。1つ目、Fの証言です。Fは「Wから、Xが奪うのを見たと聞いた」と証言します。Wの供述は、体験事実を含みます。公判期日外の供述で、Xが奪ったことの証明に使うので、内容の真実性が問題になります。危険が低い類型でもありません。伝聞供述型の、伝聞証拠です。反対尋問で確かめられるのは、Fが何を聞いたか、Fが正確に覚えているか、Fが正確に言っているか、までです。Wの見る、覚える、言葉にする、伝える、の各関所は、Fの尋問の届かないところにあります。Fへの吟味は、Fの関所にしか届きません。2つ目、Wが書き残したメモです。Wが自分で書いた書面なので、供述書で、書面型です。Xが奪ったことの証明に使うなら、これも伝聞証拠です。3つ目、警察官が作った調書です。前に見たとおり、Wと警察官の2つの過程を含む供述録取書で、書面型の伝聞証拠です。3つとも、321条以下の例外に当たらなければ、証拠能力がありません。当たるかは、その回で検討します。なお、ここは論文で論点になりうる場面です。答案では、要証事実を特定し、問題の発言が公判期日外の供述証拠かを見て、320条1項の趣旨から伝聞証拠と結論します。そのうえで、例外の検討に進みます。

同じ供述でも、使い道で変わる

同じWの話でもXが奪ったことの証明に使えば伝聞であるがWは事件の直後にFと会って話したという事実の証明に使うなら内容の真実性が問題にならず伝聞でないという対比を示す板

今の3つは、全部伝聞でした。伝聞にならない場合は、ないのですか。あります。同じWの話でも、使い道を変えます。Xがバッグを奪った、ことの証明に使えば、伝聞です。しかし、Wは事件の直後にFと会って話をした、という事実だけを証明するために使うなら、どうでしょうか。その場合は、話の中身が本当かどうかは、関係がありません。話をした、という事実だけが問題です。内容の真実性が問題にならないので、伝聞ではありません。同じ供述が、使い道によって、伝聞になることも、ならないこともあります。伝聞かどうかは、供述の見た目ではなく、何を証明するために使うか、つまり要証事実で決まります。

今日の地図(保存版)

320条1項の二つの型と四つの関所と三つの吟味と憲法37条2項と直接主義と定義と判断の順番と使い道で変わることを一枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。320条1項は、公判期日における供述に代わる書面と、公判期日外の他の者の供述を内容とする供述を、原則として締め出します。例外は、321条から328条までです。2つ目。供述は、見る、覚える、言葉にする、伝える、の4つの関所を通り、各関所に誤りが入りえます。法廷の証言なら、宣誓と偽証罪、反対尋問、態度の観察の3つで吟味できますが、公判期日外の供述には、どれも働きません。これが趣旨です。調書のような供述録取書は、録取者の過程も加わって、二重に危険です。3つ目。憲法37条2項は、被告人の審問権を保障します。伝聞法則は、直接主義と反対尋問権の2つの根を持ち、現行法は両方の色を持ちますが、憲法とは、主体と場面でずれます。4つ目。伝聞証拠は、公判期日外の供述を内容とし、内容の真実性を証明するために用いるものです。判断の順番は、体験事実、内容の真実性、危険の低い類型、でした。

要証事実を、誰が、どう決めるのか。当事者が示す立証趣旨は、どこまで裁判所を縛るのか。伝聞かどうかを決める軸を、見ていきます。

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#108単独ページ動画

要証事実と立証趣旨(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

同じ一枚の手紙を記載どおりの事実の証明に使えば伝聞になり手紙が書かれて存在した事実の証明に使えば伝聞にならないことを対比し分かれ目は手紙ではなく何を証明するかにあることを問う導入板

変わるのは手紙ではありません。手紙を何の証明に使うか、です。設例で考えます。被告人のXが、Yと共謀して店を狙ったとして起訴されました。Xは、Pという人に手紙を書いています。そこには「先週Yと会って、あの店をやる段取りを決めた」とあります。この手紙の記載を、Xが先週Yと会って段取りを決めた事実の証明に使うなら、原則として証拠にできません。ところが、同じ手紙を別の事実の証明に使うと、伝聞法則の問題そのものが消えることがあります。何が違うのか。これが今日の中心の問いです。前回は、Wの話をXがバッグを奪ったことの証明に使えば伝聞で、Wは事件の直後にFと会って話をした事実だけの証明に使うなら、伝聞ではない、と見ました。そして、伝聞かどうかを決める3つの問い、つまり体験事実を含むか、内容の真実性が問題になるか、誤りの入る危険が低い類型か、のうち、問い2と問い3は要証事実が決まらないと答えが出ない、と言って終わりました。今日は、その要証事実を解きます。問いは2つです。1つ目。要証事実を、誰が決めるのか。そして2つ目。当事者が示す立証趣旨は、裁判所をどこまで縛るのか。先に答えを言います。要証事実は、請求した当事者の立証趣旨を土台にします。ただし土台のままでは意味がないときは、裁判所が実質を見て置き直します。この答えの理由を、順に組み立てます。

3つの言葉を分ける——要件たる事実・要証事実・立証趣旨

共同正犯の共謀を例に最終的に証明すべき事実である要件たる事実とそれを支える要証事実と証拠ごとに示す立証趣旨を階段状に並べXがPに宛てた手紙を立証趣旨の位置に置いた板

3つの言葉を階段にして分けます。一番上は、法律が犯罪の成立に求める要件です。最終的に証明しなければならない事実で、要件たる事実と言います。共同正犯なら、XとYの間に共謀があったこと、です。ただ、共謀という言葉は、法律が決めた枠の名前です。枠のままでは、どの証拠を当てればよいかが決まりません。そこで1段下で、その枠を、この事件で実際に起きた出来事に置き直します。これが要証事実です。共謀なら、XとYが、店を狙う犯罪を一緒にやると合意した、という出来事です。一般には、この意味で主要事実と同じ言葉として使います。主要事実は、証拠の分類の回で、犯罪事実そのもの、証明のゴールとして見ました。要件たる事実は法律の言葉で書いたゴール、主要事実はそれをこの事件の出来事で書いたゴール、と押さえてください。一番下が立証趣旨です。請求する当事者が、証拠ごとに示す、この証拠で何を示したいのか、という荷札のようなものです。規則189条1項が、証拠調べの請求は証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示してする、と定めています。全文を出します。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

設例に当てはめます。検察官は、Xの手紙を請求して、立証趣旨を「XとYの間の意思連絡」としたとします。意思連絡、つまり互いに犯罪をやる意思を伝え合ったこと、手紙で言えば、会って段取りを決めたことです。意思連絡があったと言えれば、犯罪を共同で行う合意があったと推認できるからです。ゴール、その支え、証拠ごとの荷札という、三段の階段になります。同じとは限りません。立証趣旨は、請求する側の申告です。要証事実は、証明が必要な事実そのものです。この2つが、いつも重なるとは限りません。そこが今日の入口です。なお、立証趣旨そのものは、証拠調べの請求の回で一度見ています。

3語の区別から同じ供述が要証事実で伝聞にも非伝聞にもなること誰が要証事実を決めるか主要事実に限らないこと立証趣旨の拘束力をめぐる議論名誉毀損の2場面の判定そして判断の手順へ進む流れを示す今日の流れの板

今日の順番を示します。まず、同じ手紙が要証事実の置き方で伝聞にも非伝聞にもなることを見ます。次に、誰が要証事実を決めるのかを、日記の設例で組み立てます。続いて、要証事実は主要事実に限らないこと、立証趣旨の拘束力をめぐる議論を見ます。最後に、名誉毀損の設例で、同じ記載が伝聞にも非伝聞にもなる場面を判定し、判断の手順にまとめます。

同じ供述でも、要証事実の置き方で変わる

手紙の記載どおりXが先週Yと会って段取りを決めた事実の証明に使う場合は内容の真実性が問題となり伝聞でありXがPと連絡を絶っていたという主張に対して手紙が書かれた事実の証明に使う場合は内容の真実性が問題にならず伝聞でないことを並べた対比板

まず、手紙の1つ目の使い方です。記載どおりに、Xが先週Yと会って段取りを決めた、と認定して、そこから合意を推認します。ここで聞きます。この使い方で、手紙の内容の真実性は問題になりますか?なります。手紙に書かれたとおりのことがあったかどうかが、そのまま証明の中身になるからです。だから、伝聞になると思います。Xが本当にそう言ったのか、正確に覚えていたのか、そのとおりに書いたのか。そこを確かめないと使えません。公判期日外の供述を内容とし、内容の真実性の証明に使うので、伝聞証拠です。Xの手紙は、被告人が作った供述書です。伝聞例外の要件を満たさない限り、証拠能力は認められません。要件の中身は例外の回で見ます。次に、使い道を変えます。別の事件で、Xは「Pとは何年も連絡を取っていない」と主張しているとします。検察官が、同じ手紙を、XがPに手紙を書いた事実の証明に使います。

内容の真実性が問題にならないので、供述証拠として使っていません。伝聞法則が適用されず、非伝聞です。手紙は一字も変わっていません。変わったのは、何を証明するために使うか、だけです。ここで、前回の3つの問いを、要証事実の目で整理します。問い1。供述に体験事実が含まれていなければ、見る、覚える、言葉にする、伝える、という過程がそもそもないので、伝聞ではありません。問い2。供述内容どおりの事実があろうとなかろうと証拠価値があるなら、内容の真実性は問題にならず、伝聞ではありません。問い3。真実性が問題になる使い方でも、誤りの入る余地が乏しい類型なら、非伝聞とする余地があります。

当たる例と当たらない例で見ます。脅迫の事件で、被告人が被害者に「俺の仲間は刃物を持っている」と言ったとします。この発言を、被害者が怖がる言葉を言われた事実の証明に使うなら、仲間が本当に刃物を持っているかどうかは関係がありません。非伝聞です。同じ発言を、仲間が刃物を持っている事実の証明に使うなら、内容の真実性が問題になり、伝聞です。大事なのは、伝聞法則が適用されるのは、内容が真実かどうかを確かめる必要がある使い方のときだ、という点です。真実性を確かめるには反対尋問が必要になります。だから、真実性が問題にならなければ、供述の形をしていても、そのまま使えます。伝聞かどうかは、供述の見た目ではなく、要証事実によって相対的に決まるのです。

要証事実は誰が決めるのか

要証事実の決まり方として立証趣旨どおりに使って争点の解決に役立つなら立証趣旨を基礎にし役立たないなら裁判所が実質的な要証事実を置いて伝聞かどうかを判断するという分岐を示した板

出発点は、そのとおりです。第一次的には、請求した当事者の立証趣旨が基礎になります。証拠を選んで請求し、その証拠で何を証明するかを示すのは、当事者主義のもとでは当事者の役割だからです。立証趣旨どおりに使って推論した結果が、争点の解決に役立つなら、その使い方を前提に、伝聞かどうかを判断します。手紙の設例で、立証趣旨を意思連絡とした場合がこれです。意思連絡から合意が推認され、共謀という争点の解決に役立つからです。問題は、立証趣旨どおりに使っても、争点の解決に役立たない場合です。日記の設例で考えます。Xが脅迫罪で起訴されました。被害者Vの日記帳に「ある日、Xに『店を燃やす』と言われた」と書かれています。検察官は日記帳を請求し、立証趣旨を「Vが日記をつけていた事実」としました。

日記の設例で立証趣旨は日記をつけていた事実であるが検察官の実質的な狙いは記載どおりの脅迫があったことの証明であり裁判所はこれを実質的な要証事実に置いて内容の真実性が問題となる伝聞と判断することを示した板

ここで立ち止まります。Vが日記をつけていた事実が証明できたとして、Xが脅迫したかどうかという争点は、解決しますか?しません。日記をつけていたことと、Xが脅したことは、別の話です。立証趣旨どおりでは、証拠価値がありません。荷札には日記をつけていた事実と書いてあっても、中身の荷は、記載どおりの脅迫があった、という主張です。そこで裁判所は、立証趣旨とは別に、実質的な要証事実を、記載どおりの脅迫があったこと、と置きます。すると内容の真実性が問題になり、日記は伝聞証拠です。理由は、前に見た自由心証主義です。318条は、証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねる、と定めています。全文を出します。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

318条の証明力は裁判官の自由な判断に委ねられるが証拠の値打ちは何の証明に使うかを決めないと測れず使い道を当事者の荷札で固定すると自由とは言えないため裁判所が実質的な狙いに即して要証事実を置き直し伝聞かどうかを判断する流れを示した板

証明力とは、証拠が事実をどれだけ推認させるかという値打ちで、その評価は裁判官に委ねられています。ところが、証拠の値打ちは、何の証明に使うかを決めないと測れません。さっきの日記がそうでした。その使い道を当事者の荷札で固定されたら、裁判官の評価は自由とは言えません。だから裁判所は、証拠から事実を認定する立場として、実質的な狙いに即して要証事実を置き直せる、と理解されています。そのうえで、置き直した要証事実を前提に、伝聞かどうか、つまり証拠能力を判断します。318条が自由にしたのは証明力の側で、証拠能力の判断そのものではありません。最高裁の判例に、同じ型の判断があります。実況見分調書、つまり捜査官が現場などの状況を見て記録した書面などで、被害者や被疑者に被害や犯行の様子を再現させた部分について、立証趣旨が「被害再現状況」「犯行再現状況」とされていても、実質では、再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になる、とした決定です。カードで出します。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在 立証趣旨が「被害再現状況」,「犯行再現状況」とされていても,実質においては,再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものと解される。

この決定は、立証趣旨の言葉と、実質の要証事実がずれる例として使います。再現部分を含む調書の証拠能力の要件は、別の回で扱います。もう1つ、高裁の判決です。裁判所は立証趣旨に拘束されるのか、という問いに答えたものです。

判例東京高等裁判所判決・昭和27年11月15日(高刑集5巻12号2201頁)

立証趣旨は請求の採否の参考にすぎない 刑事訴訟規則第百八十九条が証拠調の請求にあたり証拠と証明すべき事実との関係(立証趣旨)を明らかにすることを要求しているのは、さしあたり裁判所がその請求の採否の決定をするについてはその参考とするためであると解すべきであつて……立証趣旨なるものにそれ以上の強い効力を認めることは、法の精神とするところではないと解するのを妥当とする。

この判決は、証拠能力があり、適法な証拠調べを経た証拠なら、提出した側の立証趣旨にかかわらず、罪となるべき事実の認定に使える、という結論です。立証趣旨は採否の参考にとどまり、それ以上の強い効力はない、という理由づけです。実質的な要証事実を置き直さずに、請求そのものを却下すべきだ、という見解もあります。立証趣旨どおりでは証拠価値がない、つまり関連性がない、という理由です。ただ、判例は、さきほどの最高裁の決定のように、立証趣旨の言葉にかかわらず、実質的な要証事実を置いて、伝聞かどうかを判断しています。答案も、この判例の整理で進めます。ここまでを規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:伝聞性判断における要証事実の設定 要証事実は第一次的には当事者の立証趣旨を基礎に設定する | 立証趣旨どおりに用いたのでは争点の解決に資せず証拠価値を見出せない場合は裁判所が争点や訴訟の経過を踏まえて実質的な要証事実を設定する | その要証事実との関係で内容の真実性が問題となるかを判断し伝聞証拠性を決する (規範(判例の事例判断を参照して整理した学説上の規範)——答案で使う)

出どころを区別しておきます。判例が示したのは、再現状況の事例で実質の要証事実を置いた、という事例判断です。今の3つの文は、その事例判断などを参照して整理した、学説上の規範です。判例が一般論として、この文言を述べたわけではありません。境界も、もう一度確認します。手紙の設例は、立証趣旨どおりで争点の解決に役立つので、そのまま基礎になります。日記の設例は、役立たないので、実質的な要証事実に置き直します。線は、争点の解決に役立つかどうか、です。

要証事実は主要事実に限らない

主要事実であるXがバッグを奪ったことの下に間接事実である事件の夜にXが現場付近にいたことと補助事実である証拠の証明力にかかわる事実を並べ日誌の記載が間接事実の証明に使われる階段板

主要事実だけを見るのではありません。要証事実は主要事実とは限らず、関連性の回でも、間接事実が要証事実になりうると触れました。伝聞かどうかを判断するときに考えるのは、その証拠から立証される事実です。それは間接事実や補助事実のこともあります。前回のひったくりの事件に戻ります。犯人性が争点で、Xがバッグを奪ったことが主要事実です。Sが書いた日誌に「事件の夜、駅前でXを見た」とあります。検察官は、この日誌を、Xが事件の夜に現場付近にいたことの証明のために請求します。主要事実を推認させる事実で、証拠の分類の回で見た間接事実です。この設例の要証事実は、Xが事件の夜に現場付近にいたことです。日誌の記載どおりXがそこにいたかどうかの真実性が問題になるので、伝聞です。要証事実は、奪ったという主要事実でなくても、伝聞性はこの間接事実との関係で判断されます。補助事実は、名前と一文だけ押さえます。証拠の分類の回で見た補助証拠が証明する事実で、証人の信用性のように、証拠の証明力にかかわる事実です。これも要証事実になりえます。弾劾証拠としての使い方は、別の回で扱います。

立証趣旨は裁判所を縛るか、その議論が伝聞かどうかの判断に効く場面

立証趣旨の拘束力について当事者は拘束されるが裁判所にも拘束力を認める主張とそうしない実務の理解とを日記の設例の結論の違いで対比した板

ここで、以前に見た内容を思い出してください。立証趣旨の拘束力について、縛られるのは、請求した当事者と裁判所のどちらでしたか?請求した当事者です。相手方は立証趣旨を前提に同意や異議を決めるので、請求した側があとから別の事実に使うことは許されません。裁判所は縛られません。ここから先が、今日の新しい中身です。さらに当事者主義を徹底して、裁判所の事実認定にも立証趣旨の拘束力を認める主張があります。この立場だと、裁判所は立証趣旨と異なる要証事実を置けません。伝聞かどうかの判断は、いつも立証趣旨を出発点に決まることになります。

立証趣旨は「日記をつけていた事実」です。裁判所にも拘束力を認めるなら、その事実で伝聞かどうかを判断することになり、内容の真実性は問題になりません。非伝聞のままです。実質は、記載どおりの脅迫を証明するために使う証拠が、伝聞法則を通らずに入りうる、という構図になります。実務の理解は、裁判所が実質的な要証事実を置いて伝聞として扱います。立証趣旨の書き方ひとつで、伝聞法則の網をくぐれるかが変わる。だから、拘束力の議論は、伝聞証拠性に直結します。狙いは2つです。1つ目は、当事者が立証趣旨の範囲で尋問などを進められるようにして、集中審理を実現し、証拠調べを合理化すること。2つ目は、裁判所の事実認定で当事者に不意打ちを与えず、公平な裁判を実現することです。現在は、不意打ちなどの問題は、求釈明や公判前整理手続などの争点を早く顕在化させる措置で解消されます。公判前整理手続は、公判の前に争点と証拠を整理しておく手続です。そのため、実務では、裁判所は立証趣旨に縛られず、自分で要証事実を置ける、という理解が定着しています。結論の決め手は、拘束力を裁判所にまで認めなくても不意打ちは防げるのに、認めると伝聞法則が骨抜きになりうる、という点です。先ほどの高裁の判決も、伝聞法則との関係で、立証趣旨によって同意の意味や反対尋問の範囲が変わる場合はありうる、としています。ただ、それは証拠能力の問題であって、裁判所が立証趣旨に拘束された、ということではない、と整理しています。

ただし、立証趣旨を軽視してよいわけではありません。公判前整理手続や公判の立証で、証拠を厳選し、尋問が適切かどうかを判断するときに、立証趣旨は極めて重要です。答案では、結論を「裁判所は拘束されない」とし、理由を、不意打ちは他の手続で防げる、と1、2行で添えれば足ります。

名誉毀損の2場面——同じ記載が伝聞にも非伝聞にもなる

被告人Xが町会長Bについて補助金を私的に流用していると書いたチラシを配り名誉毀損罪で起訴され弁護人が同趣旨の地元紙の記事を検察官がチラシ現物を請求するという関係を示した設例の板

最後に、もう1つの設例です。被告人Xが、町会長Bは補助金を私的に流用している、と書いたチラシを配り、名誉毀損罪で起訴されました。弁護人は、記載の事実は真実だと主張しています。条文を2つ出します。

条文刑法第230条第1項

刑法第230条第1項 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

条文刑法第230条の2第1項

刑法第230条の2第1項 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

230条1項は、その事実の有無にかかわらず、と書いています。事実を摘示して名誉を毀損する行為があれば成立し、記載が真実かどうかは、犯罪の成立と関係がありません。230条の2は、公共の利害に関する場合などに、真実であることの証明があれば罰しない、とする特例です。つまり、弁護人が特例を主張する側では、記載が真実かどうかが争点になります。

場面1で弁護人が地元紙の記事を立証趣旨は新聞に報道があった事実として請求するが争点はチラシの記載が真実かどうかであり報道があった事実だけでは争点の解決に役立たないため実質的な要証事実は記事の内容の真実性となり伝聞であることを示した板

場面1です。弁護人が、同じ趣旨を報じた地元紙の記事を請求し、立証趣旨を「新聞に報道があった事実」としました。争点は、チラシの記載が真実かどうかです。報道があったことが証明されても、記事の内容が真実でないなら、争点の解決には役立ちません。立証趣旨どおりでは、証拠価値がないのです。実質的な要証事実は、記事の内容の真実性、つまりチラシの記載が真実であることです。その真実性が問題になるので、記事は伝聞証拠です。伝聞例外に当たらない限り、使えません。

場面2で検察官がチラシ現物を立証趣旨はチラシが配布された事実として請求し名誉毀損罪は事実の有無にかかわらず成立するため記載の真実性は不要でチラシの存在だけで名誉毀損行為の存在を証明でき立証趣旨どおりの要証事実で伝聞でないことを示した板

場面2です。今度は検察官が、チラシの現物を請求し、立証趣旨を「チラシが配布された事実」としました。名誉毀損罪は、その事実の有無にかかわらず成立します。名誉を毀損する事実を摘示した行為があったことは、チラシがそこにあったことで確認できます。チラシは、供述証拠として使わなくても、その存在だけで名誉毀損の行為の存在を証明できます。立証趣旨どおりの要証事実で足りるので、内容の真実性は問題になりません。非伝聞として証拠能力が認められます。記載が真実かどうかは、弁護人が230条の2で主張する、別の争点です。検察官のこの証拠は、その争点には使いません。

同じチラシの記載でも場面1では争点が記載の真実性であるため伝聞となり場面2では争点が名誉毀損行為の存在であるため非伝聞となり分かれ目は記載の内容の真実性が争点の解決に必要かどうかであることを対比した板

2つを並べます。同じ内容の記載でも、争点が記載の真実かどうかになる側、つまり場面1では伝聞です。争点が名誉毀損の行為があったかどうかになる側、つまり場面2では非伝聞です。分かれ目は、記載の内容の真実性が、争点の解決に必要かどうか、です。この型を、最高裁の大法廷判決が示しています。この事件では、記事が真実かどうかに加えて、もう1つの問いがありました。真実だと証明できなくても、被告人が確かな資料や根拠に照らして真実だと信じ、そう信じたことに相当の理由があれば、名誉毀損の故意がなく、罪は成立しない、とこの判決は判断しています。被告人側が申請した証人が、記事の内容に関する情報を市役所の職員から聞き込んで被告人に提供した旨を証言し、検察官が伝聞だと異議を述べて、この部分が排除された事件です。カードで出します。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和44年6月25日(刑集23巻7号975頁)

同じ証言でも、要証事実によって伝聞にも非伝聞にもなる 本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたかどうかの点については伝聞証拠とはいえない

同じ証言が、記事の内容が真実かどうかを証明するために使うなら伝聞で、被告人が真実だと信じたことに相当の理由があったかどうかを証明するために使うなら非伝聞です。信じた理由の証明なら、聞き込みの内容が本当かどうかは関係がなく、そう聞いて信じた事実だけが問題になるからです。この判決は、立証趣旨に制限を加えずに証人を採用した経過から、立証趣旨は、相当の理由をも含むものと解するのが相当だ、としています。裁判所が、請求の経過を見て、立証趣旨の実質を読み取っている例です。

要証事実を置く手順とまとめ

問題の証拠と立証趣旨の確認から立証趣旨どおりで争点の解決に資するかの検討そして資するなら立証趣旨どおり資さないなら実質的な要証事実を設定しその要証事実との関係で内容の真実性が問題になるかを判断して伝聞か非伝聞かを分ける五段階の手順の分岐板

要証事実を置いて伝聞かどうかを判断する順番は、5段階です。1つ目。問題の証拠と、請求者が示した立証趣旨を確認します。2つ目。立証趣旨どおりに推論した結果が、争点の解決、つまり主要事実、間接事実、補助事実の証明に役立つかを検討します。3つ目。役立つなら立証趣旨どおり、役立たないなら、争点や訴訟の経過から、実質的な要証事実を設定します。4つ目。その要証事実との関係で、内容の真実性が問題になるかを判断します。5つ目。問題になるなら伝聞証拠で、例外の検討へ進みます。問題にならないなら非伝聞です。ここは論文で論点になりうる場面です。

日記の設例も、名誉毀損の場面1も、ここで役立たないと分かったから、裁判所が実質的な要証事実を置き直しました。

今日の地図(保存版)

要件たる事実と要証事実と立証趣旨の三つの語の区別そして要証事実は立証趣旨を基礎に裁判所が実質的に設定することと同じ供述が要証事実で伝聞にも非伝聞にもなることを一枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。要件たる事実は最終ゴール、要証事実は証明が必要な事実、立証趣旨は請求者が証拠ごとに示す荷札です。要証事実は、主要事実とは限らず、間接事実や補助事実のこともあります。2つ目。要証事実は、第一次的には立証趣旨を基礎に決まります。立証趣旨どおりでは争点の解決に役立たないときは、裁判所が、争点や訴訟の経過を踏まえて、実質的な要証事実を置きます。理由は自由心証主義です。裁判所にまで拘束力を認めると、立証趣旨の書き方ひとつで伝聞法則の網をくぐれてしまうので、実務は認めません。3つ目。同じ供述や記載が、要証事実によって伝聞にも非伝聞にもなります。手紙は、記載どおりの事実の証明なら伝聞で、手紙が存在した事実の証明なら非伝聞でした。名誉毀損では、記載の内容の真実性が争点の解決に必要かどうかが、分かれ目でした。

発言があったこと自体を証明する場合、行為の一部として発した言葉、心理状態の供述、文書の存在、情況証拠です。今日の軸を使って、順に判定していきます。

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#109単独ページ動画

非伝聞の見分け方(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

売り手Yが被告人Xに店から抜いてきた品だと言って品物を売った設例で同じ言葉を品が盗品である事実の証明に使えば中身の真実性が問題になり伝聞で被告人Xが盗品と知っていた事実の証明に使えば中身が嘘でも本当でも値打ちが残り伝聞でないことを左右に対比した導入板

分かれ目は、言葉ではなく、その言葉で何を証明するか、です。設例を置きます。売り手のYが、被告人のXに「店から抜いてきた品だ」と言って、品物を売りました。証人のWは、それを隣で聞いていました。この言葉を、その品が本当に店から持ち出された盗品だ、という事実の証明に使うなら、Yが本当のことを言ったのかを確かめないと使えません。ところが、Xは盗品だと知っていた、という事実の証明に使うなら、Yの言葉が嘘でも本当でも、Xの耳に届いたことに値打ちがあります。前回の終わりに、要証事実で決まる非伝聞の典型を事例で回す、と予告しました。発言があったこと自体を証明する場合、行為の一部として発した言葉、心理状態の供述、文書の存在、情況証拠。今日は、この予告を、5つの型に整理し直して、事例で1つずつ判定します。発言があったこと自体を証明する場合は型2に、発言があったことから別の事実を推し量る、情況証拠としての使い方は型3と型4に振り分けます。心理状態の供述は、前回は非伝聞の典型に並べましたが、中身の真実性が問題になる点で性質が違うので、5つの型の外として最後に見ます。そのために、判定の道具を1つ渡します。「その言葉の中身が、仮に偽だったとしても、この証拠の値打ちは残るか」。今日の1問は、これです。この一問で、非伝聞の型がほとんど見分けられるようになります。

判定の問い——仮に偽でも値打ちが残るか

判定の問いとして言葉の中身が仮に偽でも証拠の値打ちが残るかを置き残るなら内容の真実性は問題にならず4つの関所の誤りが結論に入らず伝聞法則の出番がなく残らないなら内容の真実性が問題で伝聞の側になるという分岐を前回の手紙の2つの使い方で示した板

「仮に偽でも」という考え方は、前回の手紙のときも使えましたか。使えます。前回の手紙で試します。XがPに宛てた手紙に「先週Yと会って、あの店をやる段取りを決めた」と書いてありました。この記載を、段取りを決めた事実の証明に使うなら、手紙の中身が嘘だったとき、手紙は何も証明しません。値打ちが残らないので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。一方、XがPと連絡を取っていた事実の証明に使うなら、手紙の中身が嘘でも、Xが手紙を書いて出したことは変わりません。値打ちが残ります。だから内容の真実性が問題にならず、非伝聞でした。

伝聞法則が心配しているのは、供述の中身を信じて事実を認定するときに入り込む誤りです。話す人が、見て、覚えて、言葉にして、伝える。この4つの関所のどこかで誤りが入るかもしれません。だから、法廷で宣誓させ、反対尋問で確かめます。ところが、中身が偽でも値打ちが残る使い方は、そもそも中身を信じて認定していません。4つの関所の誤りが結論に入り込まないので、反対尋問で確かめる必要がありません。これが、供述の形をしていても伝聞にならない理由です。値打ちが残らない使い方は、原則として伝聞になります。ただし例外的に、誤りの入る危険が類型的に低い供述は、非伝聞とする余地があります。前回の3つの問いで整理します。問い1は、体験事実、つまり自分で見聞きした出来事を含む供述か。問い2は、内容の真実性が問題になるか。問い3は、誤りの入る危険が低い類型か、でした。今日の一問は、問い2を、答えやすい形に言い換えたものです。今の例外が問い3で、今日の最後に見ます。なお、この一問は、見分けるための道具です。条文や学説の用語ではないので、答案には「要証事実との関係で内容の真実性が問題とならない」と書きます。

今日の流れとして言葉が行為の一部になる場合と発言そのものが犯罪事実の場合と発言の存在から話者の状態を推認する場合と発言の存在から聞き手の認識を推認する場合と文書の存在を使う場合の5つの型を判定し書き換えの落とし穴と現在の精神状態の供述を経て判定表にまとめる流れを示した今日の流れの板

今日の順番を示します。非伝聞の5つの型を順に見ます。1つ目は、言葉が行為の一部になっている場合。2つ目は、発言そのものが犯罪事実の場合。3つ目は、発言の存在から話した本人の状態を推認する場合。4つ目は、発言の存在から聞いた人の認識を推認する場合。5つ目は、文書の存在を使う場合です。そのあと、存在の証明と書き換えても伝聞になってしまう落とし穴を見ます。次に、5つの型の外にある、現在の精神状態の供述を見ます。最後に、全部を1枚の判定表にまとめます。

型1 言葉が行為の一部になっている場合

封筒を渡す動作だけでは借金の返済か贈り物か見張りの前金か分からず前金だ今夜店の裏で見張りを頼むという言葉が加わって初めて見張り依頼の前金の授受という行為の意味が決まる設例Aの板

動作と一体になって、その動作の意味を決めている言葉です。設例Aです。窃盗の共謀が争点で、Xが被告人です。目撃者のWが、法廷で証言します。「XがYに封筒を手渡して、『前金だ。今夜、店の裏で見張りを頼む』と言っていました」。検察官の要証事実は、この封筒の授受が、見張りの依頼と前金の趣旨でなされたこと、つまりXとYの間の共謀の一場面です。封筒を渡す動作だけを見ても、借金の返済なのか、誕生日の贈り物なのか、見張りの前金なのか、分かりません。言葉が加わって初めて、動作の意味が決まります。ここで立ち止まります。Xの「前金だ。今夜、店の裏で見張りを頼む」は、Xが過去の出来事を報告している言葉でしょうか?

違います。今この場での依頼と、お金の趣旨を伝えている言葉です。過去に何があったかは語っていません。過去の体験を語っていないので、見る、覚える、という関所をそもそも通っていません。前回の問い1、体験事実を含む供述か、に当たらないので、供述証拠として使っておらず、伝聞ではありません。Wは、Xの言葉を聞いたことを、法廷で宣誓して証言しています。W自身の見る、覚える、言葉にする、伝える、は、法廷で反対尋問によって確かめられます。伝聞法則が問題にするのは、法廷の外でされた供述のほうです。ここでは、Xの言葉が行為の一部なので、その問題が生じません。

当たる例と当たらない例で見ます。同じXが、翌日Wに「昨夜、Yに前金を渡して、見張りを頼んでおいた」と話したとします。これを、前金を渡して依頼した事実の証明に使うなら、動作が終わったあとで過去を振り返って報告する言葉です。過去の体験の報告なので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。決め手は、その言葉が動作と一体になって意味を決めているか、動作が終わった後に振り返って語っているか、です。

型2 発言そのものが犯罪事実の場合

詐欺の設例で説明会でXが毎月1割ずつ必ず増える元本も保証すると述べて被害者Vから出資金を集め証人Wがそれを聞いており要証事実は中身の真偽ではなくXがそのような説明をして人を欺いたことであるという設例Bの板

前回、脅迫の「俺の仲間は刃物を持っている」と、チラシの名誉毀損の場面2を見ました。あの2つが、この型です。言葉を発したこと自体が、犯罪の行為になっています。詐欺で確かめましょう。条文を出します。

条文刑法第246条第1項

刑法第246条第1項 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。

設例Bです。Xが、説明会で「預けた金は毎月1割ずつ必ず増える。元本も保証する」と説明して、被害者のVから出資金を集め、詐欺罪で起訴されました。証人のWは、説明会でXがそう話すのを聞いていました。要証事実は、Xがそのような説明をして、人を欺いたことです。ここで、判定の問いを当てます。Xの説明の中身が、仮に偽だったとして、この証拠の値打ちは残りますか?残ると思います。詐欺は、欺く行為をしたことが犯罪ですから、そう説明した事実そのものが必要で、中身が本当かどうかで値打ちが変わる話ではありません。Xがそう説明したことが、人を欺く行為にあたります。そう言った事実が証明できればよく、説明の中身が真実かどうかを、Wの証言で証明する使い方ではありません。だから内容の真実性は問題にならず、非伝聞です。

言ったことの証明と言ったことが虚偽だったことの証明は別であり説明会で説明したことはWの証言で虚偽であることは口座の記録など物や記録で立証しVが後から友人に話した運用はしていないらしいという話を虚偽性の証明に使えば伝聞になることを2列で示した板

詐欺は、説明が嘘であることも必要ですよね。嘘だったことは、どうやって証明するのですか。大事な点です。「そう言った」ことの証明と、「言ったことが虚偽だった」ことの証明は、別の証拠で行います。虚偽だったことは、たとえば口座の入出金の記録で、集めた金が運用されていなかったことを示します。記録は、供述ではなく、物や記録として使われます。1つの証拠に、全部を背負わせません。当たる例と当たらない例を並べます。Vが、説明会のあとで友人のFに「Xは運用なんて、していないらしい」と話したとします。この話を、運用されていなかった事実の証明に使うなら、中身が本当かどうかが問題になります。伝聞です。説明会での言葉は行為として非伝聞、Vの後日の話は虚偽性の証明に使えば伝聞、と分かれます。

要件ごとに、どの証拠で何を証明するかを割り振るのです。その割り振りを決めるのが、要証事実です。

型3 発言の存在から、話した本人の状態を推認する場合

放火事件でXの責任能力が争点になり犯行前日にXが隣人Wへ天井の裏から声がして今夜火をつけろと命じてくると話していたことについて実際に声がしたかは問題でなく話したこと自体からその時点のXの精神状態を推論することを示した設例Cの板

発言の存在から状態を推認するというのは、どんな推論ですか。身近な例から入ります。ある人が泥酔していたことを証明したいとします。証人が「Xは、ろれつが回らず、同じ話を何度も繰り返していた」と証言するとき、その話の中身が本当かどうかは、誰も気にしていません。話し方から、酔っていたと推論しています。言葉の中身ではなく、そういう言葉が出てきたこと自体が、証拠になっています。責任能力で見ます。まず条文です。

条文刑法第39条第1項

刑法第39条第1項 心神喪失者の行為は、罰しない。

設例Cです。放火事件で、Xの責任能力が争点です。弁護人は、Xは心神喪失だったと主張します。犯行の前日に、Xが隣人のWに「天井の裏から声がして、今夜火をつけろと命じてくる」と話していました。Wが、それを法廷で証言します。要証事実は、Xの精神状態の異常、つまり責任能力の欠如につながる事実です。ここで判定の問いです。Xの言葉の中身が、仮に偽だったとして、証拠の値打ちは残りますか?中身が偽であること、つまり実際には声がしていないのにそう話したことが、異常な精神状態を推論させます。中身が偽でも、むしろ偽だからこそ、値打ちがあります。供述の中身を信じて認定していないので、非伝聞です。当たる例と当たらない例を並べます。同じWの証言を、実際に天井の裏に誰かがいて、命令していた事実の証明に使うなら、話の中身が真実かどうかが問題になり、伝聞です。使い道で分かれます。

いつでも成り立つわけではありません。この推論は、その発言が、本心から出た異常な言動であることが前提です。詐病を疑われるなど、叙述に真摯性が認められない場合は、発言があったことから精神状態を推論できません。真摯性というのは、本心からそう述べたか、ということです。もう1つ、似た使い方を名前だけ挙げます。証人の自己矛盾供述です。公判の証言と食い違う、捜査段階の供述があったこと自体から、その証言の信用性を疑う使い方です。どちらの供述が本当かは問わず、食い違ったこと自体に値打ちがあります。型3と同じく発言の存在を使いますが、推し量る先は、本人の精神状態ではなく、証言の信用性です。前回の補助事実、つまり証拠の証明力にかかわる事実の証明にあたります。詳しくは別の回で扱います。

型4 発言の存在から、聞いた人の認識を推認する場合

冒頭の設例で売り手Yが被告人Xの目の前で店から抜いてきた品だと言い証人Wがそれを聞いていた関係を示し左にケース1として盗品である事実の証明に使えば中身の真実性が問題で伝聞右にケース2としてXが盗品と認識した事実の証明に使えば中身の真実性は問題にならず非伝聞と並べた設例Dの板

設例Dを整えます。Xは盗品等有償譲受けで起訴され、「盗品とは知らなかった」と主張しています。品物が盗品であること自体は、ほかの証拠で立証済みです。証人のWは、売り手のYが、Xの目の前で「店から抜いてきた品だ」と言うのを聞いていました。ケース1。この言葉を、その品が実際に店から持ち出された物だ、つまり盗品性の証明に使う場合です。判定の問いを当てます。Yの言葉の中身が、仮に偽だったとして、値打ちは残りますか?残りません。本当に店から持ち出された物だと証明したいのに、中身が嘘なら何も証明できません。だから、内容の真実性が問題になって、伝聞です。Yが見たのか、覚えていたのか。Yを呼んで確かめないと使えません。ケース2。同じ言葉を、Xが盗品だと知っていた、という事実の証明に使う場合です。同じ問いを当てます。

Yの言葉があったことが証明できれば、中身が真実かどうかにかかわらず、聞いたXの認識を証明できます。盗品かどうかは、ほかの証拠で立証済みですから、ここでは問題になりません。内容の真実性が問題にならないので、非伝聞です。ケース1とケース2の対比が、この型のいちばん分かりやすい形です。ただし、この推論には条件があります。聞いた人が、現にその場で、その発言を聞いていたことです。Xが席を外していたなら、発言があっても、Xの認識には結びつきません。もう1つ、薄く触れます。同じYの言葉を、Y本人が、その品が盗品だと知っていた事実の証明に使う場合です。盗品であること自体は、ほかの証拠で立証済みでした。たとえば、Yが、どの店から、いつ抜いたかまで口にしていて、それが、ほかの証拠で分かった被害の日時や場所と合っていたとします。知らない人が、そこまで言い当てることは、まずありません。このように、Yの言葉が客観的な事実と一致していて、偶然の一致とはいえない場合は、Yは知っていたはずだと推論できます。中身が本当かどうかは、Yの言葉に頼らず、ほかの証拠で決まっています。Yの言葉は、そう言ったこと自体として使うので、Yの見る、覚える、言葉にする、伝える、の正確性は問題にならず、非伝聞です。

この推論で証明するのは、認識だけです。次に見る心理状態の供述は、本人が自分の気持ちを述べた、その中身の真実性を使います。推論の構造が違います。

型5 文書の存在を使う場合

偽造私文書行使の設例でXが偽造した領収書をYの経理担当者に提出し検察官が立証趣旨を領収書が存在し提出された事実として請求しており記載の金額や名義が本当かどうかではなく偽の領収書が作られて使われたこと自体が犯罪事実であることを示した設例Eの板

5つ目は、文書の存在です。文書は、物としての面と、供述を記した面の2つを持ちます。前回の手紙は、Xが手紙を書いて出したという物としての面だけを使う型でした。今日は、犯罪そのものに文書が使われた設例で確かめます。設例Eです。Xが偽造した領収書を、Yの経理担当者に提出した、という偽造私文書行使の事件です。検察官が領収書を請求し、立証趣旨を「その領収書が存在し、提出された事実」とします。偽の領収書が作られて使われたこと自体が、犯罪事実そのものです。記載の内容が真実かどうかは、問題になりません。型2の、発言そのものが犯罪事実、という考え方の書面版です。領収書は、供述としてではなく、物として使われています。非伝聞です。当たる例と当たらない例を並べます。同じ領収書を、Xが実際にその金額を支払った事実の証明に使うなら、記載の中身が本当かどうかが問題になります。書面の形をした供述ですから、伝聞です。この型に関わる、最高裁の決定が1つあります。駅構内で起きた集団暴力の事件で、ビラ等が証拠に採用されたことが争われました。上告では、この採用が憲法37条2項、つまり証人審問権に反するという主張がされました。その前提となる、刑訴法320条1項の条文を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

決定は、この320条1項の違反を否定しています。カードで出します。

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和59年12月21日(刑集38巻12号3071頁)

ビラ等の存在を立証趣旨とし非供述証拠として採用したことと320条1項 記録によれば、第一審が「右ビラ等の存在」を立証趣旨としてこれを非供述証拠として採用したことに刑訴法三二〇条一項違反を容れる余地はないとした原判断は正当であるから、所論違憲の主張は前提を欠き

前々回に見たとおり、憲法37条2項の証人審問権は、被告人が証人に問いただす機会を保障します。320条1項は、法廷の外の供述を、問いただす機会のないまま使うことを禁じているので、その違反があるなら、証人審問権の主張も成り立ちえます。最高裁は、ビラ等の存在を立証趣旨として、非供述証拠として採用した以上、320条1項違反の余地がなく、違憲の主張は前提を欠く、としました。一般に、ビラに何が書いてあっても、ビラがあったこと自体を証明するだけなら、書いた人の見る、覚える、言葉にする、伝える、を確かめる必要はありません。記載の中身が仮に偽でも、ビラがあったという値打ちは残ります。存在を証明する物として使う、型5の例です。

それなら、ビラを使うときは、存在を立証趣旨と書けばいつでも大丈夫なのですか。そこは、射程を限って読みます。この決定は、上告理由の適否を短く判断したもので、ビラの内容の何を要証事実にしたのかまでは述べていません。判断したのは、存在を立証趣旨とし、非供述証拠として採用したこと自体に、320条1項違反の余地はない、という事例判断です。記載の内容の真実性の証明に使うなら別で、伝聞になります。この点は、次の節で、もう少し掘り下げます。

「存在の証明」と書き換えても、実質が真実性なら伝聞

傷害事件で犯人性が争点であり被害者Vが事件直後に友人Fへ送ったXに殴られたというメッセージについて立証趣旨を送信した事実と書き換えても送信自体に争いはなく争点の解決に役立たないため実質的な要証事実はXが殴ったことになり内容の真実性が問題で伝聞になることを示した設例Fの板

ここで、前回を思い出してください。日記の設例では、立証趣旨が「日記をつけていた事実」でした。裁判所が置いた実質的な要証事実は、何でしたか?記載どおりの脅迫があったこと、でした。立証趣旨は日記をつけていた事実でも、それでは争点の解決に役立たなかったからです。その考え方を、今日の5つの型に当てます。設例Fです。傷害事件で、Xが犯人かどうかが争点です。被害者のVが、事件の直後に友人のFへ送ったメッセージがあり、「Xに殴られた」と書かれています。検察官が、これを請求し、立証趣旨を「Vが事件直後にメッセージを送信した事実」としました。まず、前回の物差しを当てます。Vが事件直後にメッセージを送信した事実が証明できたとして、Xが殴ったかどうかという争点は、解決しますか?

しません。送ったことに争いはなくて、それだけでは、誰が殴ったかは分かりません。検察官の本当の狙いは、メッセージの記載どおり、Xに殴られたことの証明です。実質的な要証事実は、Xが殴ったことになります。すると、記載の中身が偽なら値打ちが消えるので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。「存在」と書き換えるだけでは、非伝聞になりません。チラシや詐欺の説明は、存在そのものが犯罪行為でした。だから、書き換えなしに、存在の証明で争点の解決に必要な推論が終わります。メッセージは、送信したという存在が争点に関わらないので、存在を証明しても推論が終わりません。終わらない先で使われるのは、記載の真実性です。判定の型にします。「存在の証明で、争点の解決に必要な推論が本当に終わるか」。終わらないなら、実質的な要証事実を置き直して、伝聞かどうかを判断します。もう1つ、確認する点があります。存在から推論する型には、推論を支える条件がありました。型3は、叙述に真摯性があること。型4は、聞いた人が現にその場で聞いていたこと、そして、話した本人の認識を推論するときは、内容が客観的な事実と一致し、偶然の一致とはいえないこと。存在を証明しても、この条件が欠けるなら、推論の橋が架からず、その型は使えません。

5つの型の外——現在の精神状態に関する供述

放火事件でXの動機が争点であり忘年会の帰り道にXがB社の連中は絶対に許さないと漏らしていたと証人Wが証言する設例Gで発言時の恨みという現在の精神状態を述べた供述の意義と過去の感情との違いを示した板

心理状態の供述は、ここまでに見た5つの型とは、性質が違います。まず意義です。現在の精神状態に関する供述とは、供述者が、発言したその時に抱いている感情、認識、意図などについて述べた供述です。現在とは、発言時のことです。設例Gです。放火事件で、Xの動機が争点です。証人のWが証言します。「忘年会の帰り道に、Xが『B社の連中は、絶対に許さない』と漏らしていました」。要証事実は、XがB社に恨みを持っていたことです。ここで立ち止まります。Wの証言する「絶対に許さない」は、仮に偽だったら、動機の証拠として値打ちは残りますか?

残りません。本当は恨んでいないのに言っただけなら、動機の証拠になりません。型3の幻聴と違って、中身が本当であることを使っています。ここが大事です。判定の問いには、残らない、と答えが出ます。だから、これは型2から型5までの、値打ちが残る型ではありません。内容の真実性は問題になります。理由は次のとおりです。この発言は、事件を見て覚えたうえで語るものではなく、発言時の、自分の気持ちを述べたものです。見る、覚える、の関所を通りません。残る誤りは、本心から語ったか、つまり叙述の真摯性だけです。そして、真摯に叙述したと立証できれば、供述証拠に特有の誤りが入り込むおそれは小さい。決め手は、誤りの入る余地が、真摯性という1点にほとんど絞られることです。そこで、通説と実務は、伝聞法則の適用外として非伝聞とします。前回の問い3にあたります。

⭐ 論文で書く規範:現在の精神状態に関する供述の扱い 内容の真実性は問題となるが 知覚・記憶の過程を経ず叙述の真摯性が立証できれば誤りが介在するおそれは小さい | よって伝聞法則の適用外として非伝聞とする余地がある (規範(通説で立てる)——判例が一般論として示した文言ではない・有力説は伝聞証拠とする)

出どころを区別しておきます。今の規範は、通説と実務の理解です。判例が一般論としてこの文言を述べたわけではありません。有力説があります。現在の精神状態に関する供述も、内容の真実性は問題になります。そして、叙述の真摯性は、型3の場合以上に問題になりやすい。だから、伝聞証拠として評価すべきだ、という考えです。たとえば、気持ちの表明は、本心かどうかが外からは確かめにくいので、真摯性が問われやすい、と考えると分かりやすいでしょう。当たる例と当たらない例で見ます。「去年、解雇されたときは悔しかった」。これは、過去の感情を語る供述です。過去の出来事を、見て、覚えて、言葉にしているので、知覚と記憶を経ます。争いなく伝聞です。「今、悔しい」と発言時の気持ちを述べるなら、現在の精神状態で、通説は非伝聞です。決め手は、知覚と記憶の関所を通るか通らないか、です。

型3は、中身が偽でも、そう言ったこと自体が証拠でした。設例Gは、中身の、気持ちの表明が、本当であることを使います。だから型3は判定の問いで非伝聞になり、設例Gは、問い3で判断します。なお、過去の体験と現在の気持ちが混ざる供述は、扱いが変わります。

5つの型の判定表と手順

判定表(型1言葉が行為の一部/型2発言が犯罪事実/型3話者の状態の推認/型4聞き手の認識の推認/型5文書の存在/5つの型の外の現在の精神状態+各型の設例と中身が仮に偽でも値打ちが残るかと判断する問い) 図:判定表

  • 型1言葉が行為の一部
  • 型2発言が犯罪事実
  • 型3話者の状態の推認
  • 型4聞き手の認識の推認
  • 型5文書の存在
  • 5つの型の外の現在の精神状態+各型の設例と中身が仮に偽でも値打ちが残るかと判断する問い

1枚の表にします。型1、言葉が行為の一部は、設例Aの前金の依頼。型1だけは、判定の問いの手前で決まります。そもそも過去の体験の報告ではないので、問い1で供述証拠から外れます。型2、発言が犯罪事実そのものは、設例Bの詐欺の説明。型3、話者の状態の推認は、設例Cの幻聴。型4、聞き手の認識の推認は、設例Dの盗品。型5、文書の存在は、設例Eの領収書。型2から型5は、どれも、中身が仮に偽でも値打ちが残ります。5つの型の外の、現在の精神状態は、設例Gの、B社への恨みです。中身が偽なら値打ちが残らない、つまり内容の真実性は問題になりますが、誤りの入る危険が類型的に低いとして、問い3で判断します。

非伝聞の判定手順として要証事実を決める次に証拠が要証事実を推認させる道筋を書く道筋が中身どおりの事実があったを通らなければ型1から型5のどれかに名前を付けて非伝聞通るなら誤りの入る危険が類型的に低いかを見て低ければ非伝聞低くなければ伝聞で例外の検討へ進む4段階の分岐板

手順は、4段階です。前回の5段階のうち、立証趣旨の確認から要証事実の置き直しまでを、今日は1つ目にまとめます。そして、3つ目と4つ目で、前回の問い2と問い3を順に当てます。1つ目。要証事実を決めます。立証趣旨を土台にして、争点の解決に役立たなければ、実質的な要証事実に置き直します。2つ目。その証拠が、要証事実を推認させる道筋を書きます。3つ目。その道筋が、発言や記載の中身どおりの事実があった、を通るかを見ます。通らないなら、値打ちが残る使い方です。型1から型5のどれかに名前を付けて、非伝聞と書きます。通るなら、4つ目に進みます。4つ目。誤りの入る危険が、類型的に低いかを検討します。現在の精神状態なら、通説は非伝聞です。低くなければ伝聞証拠で、例外の要件の検討に進みます。ここは論文で論点になりうる場面です。設例Fで、4段階を通してみます。1つ目、立証趣旨は送信した事実ですが、それでは犯人が誰かという争点が解決しないので、Xが殴ったことに置き直します。2つ目、道筋は、メッセージに書かれたとおりXが殴った、だからXが犯人、です。3つ目、この道筋は中身どおりの事実を通ります。型1から型5のどれにも入りません。4つ目、Vが見て覚えた体験を語る言葉なので、誤りの入る危険が類型的に低いとはいえず、伝聞証拠です。比べて、設例Dのケース2です。道筋は、Yがそう言った、それをXが聞いた、だからXは盗品だと知っていた、です。中身どおりの事実を通らないので、型4と名前を付けて、非伝聞です。

⭐ 論文で書く規範:非伝聞の判定(要証事実との関係) 要証事実との関係で 供述の存在自体から要証事実を推認でき供述内容の真実性が問題とならない場合は 供述証拠として用いられていないので非伝聞であり320条1項は適用されない | 内容の真実性が問題となる場合でも 知覚・記憶・表現・叙述の過程に誤りが介在するおそれが小さい類型は 非伝聞とする余地がある (規範(通説で立てる)——判例の規範ではない。最高裁の決定は事例判断)

出どころは、通説です。前半の、存在から推認できて真実性が問題にならないなら非伝聞、という整理は、供述証拠かどうかの一般的な理解です。後半の、誤りが介在するおそれが小さい類型は非伝聞とする余地がある、は、通説的な理解で、有力説は伝聞と考えます。判例の規範ではないので、答案では通説と有力説を分けて書きます。

今日の地図(保存版)

非伝聞の判定の問いとして言葉の中身が仮に偽でも値打ちが残るかを置き5つの型の名前と存在の証明の書き換えの落とし穴と現在の精神状態の供述の通説と有力説を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。非伝聞になる5つの型、つまり、行為の一部として発した言葉、発言そのものが犯罪事実、存在から話した本人の状態を推認、存在から聞いた人の認識を推認、文書の存在は、「言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか」で見分けます。残るなら、内容の真実性が問題にならず、伝聞法則の出番がありません。型1だけは、その手前、過去の体験の報告ではない、という点で外れます。2つ目。存在の証明と書いても、実質が内容の真実性の証明なら伝聞です。判断するのは立証趣旨の書き方ではなく、存在の証明で争点の解決に必要な推論が終わるかです。推論を支える条件、叙述の真摯性、聞いた人がその場で聞いていたこと、偶然の一致とはいえないことも、確認します。3つ目。現在の精神状態に関する供述は、内容の真実性が問題になります。ただ、知覚と記憶を経ず、残る誤りは叙述の真摯性だけなので、通説は非伝聞とします。有力説は、真摯性が型3より問題になりやすいとして、伝聞と考えます。過去の感情は、知覚と記憶を経るので、争いなく伝聞です。

あわせて、とっさに出た一言も見ます。今日の一問を、そのまま持って行きましょう。

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#110単独ページ動画

精神状態の供述と咄嗟の一言(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

「あの人は嫌い。いつも変なことをしてくるから」という一言を、嫌いという気持ちの証明に使う場合は通説が非伝聞、変なことをされたという出来事の証明に使う場合は伝聞と、使う部分によって伝聞かどうかが入れ替わることを左右に対比した導入板

変わるのは、その言葉のどの部分で、証明したい事実に届くか、です。例を置きます。ある人が友人に「あの人は嫌い。いつも私に変なことをしてくるから」と話しました。「嫌い」は、話した時点の気持ちです。「変なことをしてくる」は、過去にあった出来事の叙述です。同じ一言でも、嫌いという気持ちの証明に使うなら、通説は非伝聞です。変なことをされた、という出来事の証明に使うなら、伝聞です。最高裁は、この形の証言を、実際にどちらとして読んだのでしょうか。今日は、その判例を見ます。今日は、気持ちの言葉と、事件のその場で出た一言を扱います。今日の1問は、これです。「その言葉のどの部分の真実性を通って、証明したい事実に届くか」。答えを先に言うと、混ざった言葉は、部分に割って、使う部分だけを見ます。

混ざった一言は部分に割る

前回の判定の問い「言葉の中身が仮に偽でも値打ちが残るか」と、現在の精神状態の供述は知覚と記憶の関所を通らず残る誤りは叙述の真摯性だけで通説は非伝聞・有力説は伝聞・過去の気持ちを語る供述は争いなく伝聞であることを呼び戻した板

前回の道具を、先に呼び戻します。一問は、言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか、でした。残らない使い方は、原則として伝聞です。ただし、発言した時点の気持ちを述べる供述は、例外の余地がありました。残る誤りは、本心から述べたかという叙述の真摯性だけです。見る、覚える、の関所を通らないので、誤りの入る危険が類型的に低い。だから通説は非伝聞とします。本心かどうかは、聞いた人への反対尋問で、ある程度確かめられます。しかも、本人の言葉は、その時の気持ちを知るいちばんの証拠なので、伝聞として退ける必要も乏しいのです。有力説は伝聞です。過去の気持ちを語る供述は、争いなく伝聞でした。ここで、前回の問いを1つ。言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残る使い方は、伝聞でしょうか、非伝聞でしょうか?

非伝聞です。中身を信じて認定していないので、4つの関所の誤りが、結論に入り込まないからです。では、値打ちが残らない部分と残る部分が、1つの発言に混ざっていたら、どうなるでしょうか。設例で見ます。

傷害致死の事件で被告人Mと被害者Nと友人Tの関係を示し、Nが亡くなる数日前にTへ「Mが毎晩うちの前に立っているの。気味が悪くて、もう会いたくない」と話し、Tが法廷でそれを証言する設例Hの関係図

設例Hです。傷害致死の事件で、被告人はMです。被害者はNで、亡くなりました。Nは、亡くなる数日前に、友人のTにこう話していました。「Mが毎晩うちの前に立っているの。気味が悪くて、もう会いたくない」。Tが、法廷でこれを証言します。

Nの一言を、前半の「気味が悪くて、もう会いたくない」という発言時の気持ちと、後半の「Mが毎晩うちの前に立っている」というNが見て覚えた過去の行為の叙述に割り、使い方でケース1(過去の行為が本当だったことを使うなら伝聞)とケース2(Nの気持ちを使うなら通説は非伝聞)に分かれることを示した板

この一言を、2つに割ります。前半の「気味が悪くて、もう会いたくない」は、Nが話した時点の気持ちです。後半の「Mが毎晩うちの前に立っている」は、Nが見て覚えた、過去の行為の叙述です。どちらの部分を使うかは、要証事実で決まります。ケース1です。Mは、Nとは何の関わりもなかったと主張しています。検察官は、Mが以前からNにつきまとっていた事実を、犯行の動機の立証に使います。この場合、推論の道筋は、Nの言ったとおり、Mが毎晩立っていた、を通ります。仮に、Nの言葉が偽で、Mが立っていなかったなら、動機の証拠にはなりません。内容の真実性が問題になるので、この使い方は伝聞です。まず、その原則を条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

Tの証言は、公判期日外にNがした供述を内容とする供述です。この条文で、原則として証拠にできません。例外の入り口は、あとで条文を出します。ケース2です。Mは「Nに誘われて会っただけだ」と主張しています。検察官は、NはMと会いたくなかった、という事実を使います。使うのは、後半の行為ではなく、前半の、Nの気持ちです。現在の精神状態の供述として、通説は非伝聞です。証拠になるのは、言葉そのものではなく、言葉を使う推論だからです。設例Hでいえば、ケース1で確かめるのは、後半の、Mが立っていたかです。ケース2で確かめるのは、前半の、Nの気持ちだけです。判定は、「どの部分の真実性を使う推論か」で書きます。

気持ちの供述でも、根拠の出来事の真偽は響きます。気味が悪くなる出来事が何もなかったなら、本当に気味悪がっていたのか、疑わしくなります。この問題が、これから見る判例の読み方に、そのままつながります。

米子強姦致死事件——最高裁の判断

第一審は被告人が被害者と情を通じたいとの野心を持っていたことを犯行の動機として認定しその証拠に第三者Kの証言を対応させ、控訴審はKの証言は嫌悪の感情を告白した事実に関するもので伝聞証拠とするのは当たらないとして退けられ、最高裁は動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとして破棄差戻しとした三審の流れの板

判例で確かめます。米子強姦致死事件です。被告人は、道路上で出会った女性を姦淫しようとして首を絞め、窒息死させたとして、第一審は、強姦致死の事実を認定しました。第一審は、被告人が「かねて被害者と情を通じたいとの野心を持っていた」ことを、犯行の動機として認定しました。情を通じる、とは、性的な関係を持つことです。その証拠として使われたのが、Kの証言です。中身は、被害者が、被告人の言動に嫌悪の感情を持っている、とKに打ち明けていた、というものでした。被害者の気持ちの言葉から、被告人の側の事情を推し量る。そこが出発点です。最高裁は、この証言を、犯行自体の間接事実である動機の認定との関係で見ています。間接事実は、証拠の分類の回で見たとおり、犯人かどうかを直接示す事実ではなく、それを推し量らせる事実です。ここでは、動機がそれにあたります。

控訴審はKの証言を被害者が嫌悪の感情を持っていると告白した事実に関するもので伝聞証拠とするのは当たらないとし、最高裁は動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとして原判決を退けた、Kの証言の見方の対立を並べた板

控訴審は、この証言を、被害者が嫌悪の感情を持っていると告白した事実に関するものであり、伝聞証拠とするのは当たらない、と説示しました。気持ちの表明だと見たのです。最高裁は、この見方を退けました。ここは、最高裁が退けた側の言葉なので、判旨とは区別します。最高裁の判断を、判決の文言で見ます。判決が引いている条文を先に出します。

条文刑事訴訟法第324条第2項

刑事訴訟法第324条第2項 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

324条は、伝聞法則の意義の回で、中身は別の回で見る、とした条文です。その2項は、被告人以外の者が法廷で、別の人の供述を内容として話す場合に、321条1項3号を準用します。Kの証言は、被害者の供述を内容とする証言なので、この道を通ります。では、判旨を見ます。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和30年12月9日(刑集9巻13号2699頁)

動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとした判旨 同証言が右要証事実(犯行自体の間接事実たる動機の認定)との関係において伝聞証拠であることは明らかである。従つて右供述に証拠能力を認めるためには刑訴三二四条二項、三二一条一項三号に則り、その必要性並びに信用性の情況保障について調査するを要する。

判旨の読みどころ3つとして、伝聞かどうかは要証事実との関係で判断すること、伝聞でも324条2項と321条1項3号に沿って必要性と信用性の情況保障を調べること、Kの立場から供述の信用性は慎重に調べるべきとされたことを並べた板

読みどころは3つです。1つ目。伝聞かどうかは、要証事実との関係で判断すると、判決自身が言っています。動機の認定に使うから、伝聞なのです。2つ目。伝聞だとしても、証拠能力が直ちにゼロになるわけではありません。324条2項と321条1項3号に沿って、必要性と、信用性の情況保障を調べます。必要性は、供述者が死亡などで供述できないことと、証明に欠くことができないこと。信用性の情況保障は、特に信用すべき情況の下で話された、という点です。3号の中身は、別の回で扱います。3つ目。判決は、Kが被害者の死の前日まで情交関係にあり、しかも本件の被疑者として取り調べられた事実もあるので、供述の信用性は慎重に調べるべきだ、と付け加えました。結論として、最高裁は、これを伝聞でないとして当然に証拠能力を認めた原判決を、伝聞法則を誤ったものとしました。なお、この判決は、伝聞の点のほかにも、被告人が現場付近にいたという認定や、死亡時刻に疑問を示し、重大な事実誤認の疑いがあるとして、原判決と第一審判決を破棄し、差し戻しています。今日は、伝聞の部分だけを取り出します。

判旨には伝聞証拠であることは明らかとしか書かれておらず理由が書かれていないため、この判断には2通りの読み方があることを示した板

ここで立ち止まります。最高裁は、なぜ伝聞と言えるのか、その理由を判決に書いているでしょうか。判旨には、伝聞証拠であることは明らか、としか書かれていません。理由は書かれていないと思います。だから、この判断には、2通りの読み方があります。

理由が書かれていない——2通りの読み

判例は理由を示していないため読み方が2つあることとして、読み1は現在の精神状態として捉えておらず中核は被告人の過去の言動の叙述で設例Hのケース1の型、読み2は現在の精神状態として見たうえで嫌悪の根拠となる体験事実が立証されないと叙述の真摯性を担保できないとする読みで設例Hのケース2の型と並べ、どちらも判決に理由が書かれていないため解説書で示される読み方で判例が示した理由ではなく読み2は考える余地がある程度の強さだと注記した板

これから話す2つの読みは、判決に理由が書かれていないため、解説書で示されている読み方です。最高裁が示した理由ではありません。2つ目の読みは、そう考える余地もある、という程度の強さです。読み1。被害者の言葉を、現在の精神状態の供述として見ていない、という読みです。Kの証言の中核は、被告人が被害者に異常な言動をしていた、という過去の行為の叙述です。被害者の嫌悪から、被告人の野心を推し量る道筋は、その異常な言動が本当にあった、を通ります。だから、供述の中身の真実性が問題になり、伝聞です。設例Hのケース1と同じ型です。読み2。被害者の言葉を、現在の精神状態の供述として見る読みです。要証事実を、被害者の嫌悪の感情ととらえます。嫌われている相手と関係を持つには、無理に迫るしかありません。そこから、被告人が無理にでも関係を求める動機を推し量ります。ただし、嫌悪の根拠になった出来事、つまり被告人の言動が本当にあったと立証されないと、嫌悪が本心だったのかという叙述の真摯性を担保できません。設例Hのケース2で気になった点です。

たとえば、「気味が悪い」と話した人がいても、気味が悪くなる出来事が何もなかったなら、本当に気味悪がっていたのか、疑わしくなります。嫌悪の理由が作り話なら、嫌悪の表明も作り話かもしれません。だから、過去の体験事実の立証を欠くときは、現在の精神状態の供述としても使いにくい、というのが読み2です。2つの読みは、伝聞という結論では一致しますが、答案の道筋が違います。読み1は、そもそも精神状態の供述ではなく、体験事実の叙述だから伝聞。読み2は、精神状態の供述と見ても、根拠の体験事実が立証されない以上、使えない。2つの読みに共通するのは、被害者の言葉が、被告人の過去の言動という体験を根拠にしていて、その体験が本当かどうかを離れては使えない、という点です。答案では、判例の規範として書いてはいけません。判例は理由を示していないからです。次のように、通説的な整理として、規範を立てます。

⭐ 論文で書く規範:混ざった供述の伝聞性 1つの発言に現在の精神状態と過去の体験事実の叙述が混在するときは 要証事実との関係でどの部分の真実性を使う推論かを分けて判断する | 過去の体験事実の真実性が推論の中核なら伝聞であり320条1項により原則証拠能力がなく 324条2項・321条1項3号で例外を検討する | 現在の精神状態として使うなら 知覚・記憶を経ず叙述の真摯性が確保されるかぎり誤りの入る危険が類型的に低いとして非伝聞(通説) (規範(通説で立てる)——判例が一般論として示した文言ではない・米子事件は結論のみで理由を示していない)

当たる例と当たらない例で確かめます。Nが「毎晩Mが立っているの」と話すのを、Mが以前からつきまとっていた証明に使うなら、体験事実が中核で、伝聞です。「もう会いたくない」を、NがMを避けていた証明に使うなら、気持ちを使うので、通説は非伝聞です。決め手は、推論が、過去の行為が本当だったことを通るかどうかです。

咄嗟の一言——何が残り何が消えるか

強盗致傷の事件で犯人性が争点であり、被害者Nが夜の路上で襲われる直前に被告人Mを見て大声で「Mさん、やめて!」と叫び、通行人Tがその叫びを聞いて法廷で証言する設例Iの関係図

次は、とっさに出た一言です。設例Iです。強盗致傷の事件で、犯人がMかどうかが争われています。被害者のNは、夜の路上で、襲われる直前に、大声で「Mさん、やめて!」と叫びました。通行人のTが、それを聞いていました。Nは重傷で、法廷で証言できません。Tが、叫びを証言します。要証事実は、襲った犯人がMだった、ことです。Nの叫びは、犯人はMだ、という内容を含みます。中身が偽なら値打ちは残りません。だから、内容の真実性は問題になり、中身を信じなくても使える、前回の非伝聞の5つの型には入りません。叫びは、行為の一部として出た言葉にも見えますが、使うのは、Nが相手を見て、Mだと見分けた、という体験の中身です。そこで、前回の判定手順の最後の段階、誤りの入る危険が類型的に低いか、で判断します。

現在の精神状態の供述と似ていますが、同じではありません。前に見た、誤りが入りうる4つの関所で点検します。

4つの関所の点検表。現在の精神状態は見る・覚えるを通らず残るのは叙述の真摯性だけ。咄嗟の一言は、見るは相手をMと見分けたか残り、覚えるは直後なので問題が乏しく、言葉にするは考える余裕のない反射なので作為が入りにくく、伝えるは聞いたTに法廷で反対尋問できるとした表 図:4つの関所の点検表

  • 現在の精神状態は見る・覚えるを通らず残るのは叙述の真摯性だけ
  • 咄嗟の一言は、見るは相手をMと見分けたか残り、覚えるは直後なので問題が乏しく、言葉にするは考える余裕のない反射なので作為が入りにくく、伝えるは聞いたTに法廷で反対尋問できるとした表

見る。Nが、襲ってきた相手を、Mだと見分けたか。暗さや距離で、見間違えたかもしれません。ここは残ります。覚える。叫びは、襲われるその瞬間です。時間がたっていないので、記憶違いは、ほとんど入りません。言葉にする。考える余裕のない反射的な叫びなので、作り話や言い繕いが入りにくい。伝える。Tが聞き間違えていないかは、Tが法廷にいて、反対尋問で確かめられます。ここで立ち止まります。この叫びで、まだ誤りが入りうる関所は、どれでしょうか。見る、です。Mだと見分けたのかどうかは、叫びだけからは分かりません。現在の精神状態の供述は、見る、覚える、を通らず、残るのは真摯性だけでした。咄嗟の一言は、覚えると言葉にするは問題が乏しい一方で、見るが残ります。急ブレーキに例えるなら、踏む足は反射なので言い繕いは入りませんが、見た人影が本当にあったかは、別に確かめる必要があります。叫びでいえば、その人影にあたるのが、Mだと見分けたか、です。

非伝聞とみる立場と伝聞とみる余地

咄嗟の一言の分かれ目として、残る知覚の誤りを咄嗟という状況で誤りの入る危険が類型的に低いとみてよいかを軸に、非伝聞とみる立場は知覚は周辺の証拠で別に確かめ記憶と叙述の危険が小さいので類型的に低いとし、伝聞とみる立場は知覚が残る以上類型的に低いとまでは言えず321条1項3号の検討へ進むとした対比板

非伝聞とみる立場の考え方は、こうです。見間違いの有無は、当時の明るさや距離などから、別に確かめる必要が残る。そこは別に押さえるとして、残る記憶と叙述の誤りは、咄嗟の反応なので、とても小さい。だから、誤りの入る危険が類型的に低く、現在の精神状態の供述に近い、と評価します。決め手は、見る以外の関所が、その状況では実質的にふさがれていることです。伝聞とみる立場もありえます。見る、の関所が残る以上、叫びの中身、つまり犯人はMだった、が本当かどうかが、結論を左右します。見間違いの危険が残るのに、類型的に低いとまでは言えない、という考えです。この立場なら、伝聞として、Nが供述できないことを前提に、324条2項、321条1項3号の検討に進みます。

分かれ目は、残った、見る、の誤りを、咄嗟という状況、つまり直後で即時で、第三者の介入もない状況を理由に、類型的に低いとみてよいか、です。答案では、関所を順に点検して、残る関所を指摘し、そのうえで立場の結論を書きます。

⭐ 論文で書く規範:咄嗟に自然反応的になされた供述 咄嗟に自然反応的になされた供述は 記憶・叙述の真摯性の誤りの入る危険が小さいが 知覚の正確性は別に確かめる必要がある | この点を類型的に低いとみて非伝聞とする立場があり 知覚の誤りが残る以上伝聞として例外を検討する立場もある (規範(非伝聞とみる立場で立てる)——判例が一般論として示したものではない・立場が分かれる)

出どころを区別します。この規範は、判例の一般論ではありません。自然反応的な供述を、現在の精神状態の供述に近いものとして非伝聞とみる立場の整理です。伝聞とみる立場もあるので、答案では、立場が分かれることを前提にして書きます。ここも、論文で論点になりうる場面です。

直後の反応の裁判例と設例の当てはめ

下級審の裁判例と設例Iの違いを対比した表。裁判例は6歳の女児が体に触れられたとされる事案で被害の直後から2〜3日の言動を母親が証言し供述だけでなく様子や態度も含むのに対し、設例Iは襲われる瞬間の叫びで供述のみとし、数日たてば記憶や表現に誤りが入る余地が出るので数日経過した供述を非伝聞とするには特殊事情が要ることを添えた板 図:下級審の裁判例と設例Iの違いを対比した表

咄嗟の一言を考える手がかりになる、下級審の裁判例があります。被害の直後の反応を、どう扱ったかを見ます。6歳の女児が、体に触れられたとされる事件です。被害の直後と、その後2、3日の間の女児の様子を、母親が法廷で証言しました。弁護人は伝聞だと主張しましたが、裁判所は、伝聞証拠に当たらないとしました。理由の要旨は、こうです。警察の捜査のような目的的な意識が入り込む前に、母親が子どもから感じ取った言動であり、その大部分は、再構成を経た観念の伝達ではなく、被害に対する子どもの原始的な身体的反応が続いているものそのものを、母親が体験したのだ、というものです。

再構成とは、あとで思い返して、話の筋を、組み立て直すことです。組み立て直す過程で、記憶や表現の誤りが入ります。第三者が介入する前の反応なら、意識して事実を曲げることは考えにくく、記憶も大きくは変わらない、という理解を表した判断と読めます。この裁判例と設例Iとでは、事案が違います。設例Iは、襲われる瞬間の叫びです。この裁判例は、被害の直後から2、3日にわたる言動で、言葉だけでなく、様子や態度も含んでいます。数日たてば、記憶や表現に誤りが入る余地が出ます。だから、数日たった供述まで非伝聞とするには、誤りが入っていないと言えるだけの特殊な事情が要る、という指摘があります。これは裁判例自身の言葉ではありません。設例Iに当てはめます。犯行の瞬間の叫びなので、自然反応的な供述を非伝聞とみる立場からは、この裁判例よりも、非伝聞と評価しやすい場面です。ただし、見る、の関所は、当時の明るさや距離から個別に確かめます。伝聞とみる立場なら、321条1項3号の検討に進みます。

今日の地図(保存版)

前回の判定手順の4つ目である誤りの入る危険が類型的に低いかの検討に、現在の精神状態の供述と咄嗟の一言の2類型を並べ、混ざった発言はまず部分に割って使う部分の真実性を見ること、伝聞なら例外の検討へ進むことを示した板

前回の判定手順の4つ目に戻します。4つ目は、誤りの入る危険が、類型的に低いかを見る段階でした。今日は、ここに2つの類型を並べます。現在の精神状態の供述と、咄嗟の一言です。現在の精神状態は、見る、覚える、を通らず、残るのは真摯性だけ。咄嗟の一言は、見るが残るので、そこを類型的に低いとみてよいかが分かれ目です。どちらも、低いとみれば非伝聞、低くないとみれば伝聞で、例外の検討へ進みます。手順の前に、もう1つ。混ざった発言は、まず部分に割って、使う部分の真実性を見ます。

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。混ざった発言は使う部分の真実性で伝聞性が入れ替わること、米子事件は動機の認定との関係で伝聞であることは明らかとされ理由は示されておらず2通りの読みがあること、咄嗟の一言は見るが残り立場が分かれること、下級審の裁判例は数日経過や態度を含む点で設例と違うことを整理した板 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。1つの発言に、気持ちと過去の出来事が混ざるときは、部分に割ります。過去の出来事の真実性を使うなら伝聞、気持ちを使うなら、通説は非伝聞です。2つ目。米子強姦致死事件で、最高裁は、動機の認定との関係で、証言が伝聞証拠であることは明らかだとしました。理由は示していません。読み方は2通りで、1つは、気持ちとして捉えず過去の言動の叙述と見る読み。もう1つは、気持ちとして見つつ、根拠の体験事実がないと真摯性を担保できないとする読みです。控訴審の説示は、退けられた側でした。3つ目。咄嗟の一言は、見るの関所が残ります。その誤りを、咄嗟という状況で類型的に低いとみて非伝聞とする立場と、伝聞として例外を検討する立場に分かれます。直後の反応の裁判例は、数日にわたる言動で、様子や態度も含む点が、設例と違います。

仲間内の謀議の発言や、犯行計画のメモを、今日の道具で、どう分けるかを見ます。今日の1問を、そのまま持って行きましょう。

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#111単独ページ動画

共謀の立証と犯行計画メモ(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

共犯者の自宅から見つかった犯行計画のメモを書いたのは被告人ではなく仲間のQで、被告人Vは共謀を否認している。メモの中身が本当かを問うなら伝聞、問わないなら何の証明になるのかという問いを置いた導入板

被告人以外の人が書いたメモで、被告人の共謀を言えるかどうかは、メモの何を使うかで決まります。中身が本当かを問うなら、伝聞の問題になります。問わないなら、メモは別のことの証明になります。今日は、その分かれ目を見ます。今日扱うのは、共謀を立証する2つの証拠です。仲間内の謀議の場の発言と、犯行計画のメモです。今日の1問は、これです。「その証拠で、何を証明するのか」。答えを先に言うと、証明する対象を先に決めて、中身の真偽を使うかどうかを問います。前回の道具を、一言だけ呼び戻します。発言した時点の気持ちを述べる、現在の精神状態の供述は、見る、覚える、の関所を通らず、残るのは、本心から述べたかという叙述の真摯性だけです。通説は非伝聞でした。この道具を、今日はメモで使います。

共謀は何で立証されるのか

共同正犯の共謀を例に、最終的に証明すべき要件たる事実、それを事件の出来事に置き直した要証事実、証拠ごとの荷札である立証趣旨の階段を呼び戻し、今日の2つの証拠である謀議の場の発言と犯行計画のメモを並べた板

直接の証拠が乏しいことが、共謀の立証の出発点です。共謀は、密室の話し合いや、仲間内の連絡で進みます。だから、そこにいた人の証言や、計画を書いたメモが、立証の中心になりやすいのです。だから、ここで伝聞かどうかが、正面から問題になります。階段を、一言だけ呼び戻します。要件たる事実は、共謀があったことです。要証事実は、仲間が犯罪をやると意思を通じ合った、という出来事です。立証趣旨は、証拠ごとに当事者が貼る荷札でした。共謀の中身は、別の回で扱います。今日は、証拠の側を見ます。

謀議の場の発言

強盗事件で被告人Vが共犯者Wらの前で犯行の段取りを話し、その場で聞いていた証人Sが法廷で証言する設例Jの関係図。発言があったことから謀議があったことを推認する矢印を1本で示した板

設例Jです。現金輸送車を襲う強盗事件で、被告人はVです。Vは「犯行には関わっていない」と争っています。共犯者とされるのはWです。検察官は、証人Sを呼びます。Sは、こう証言します。「Vが、Wたちの前で、こう言うのを聞きました。輸送車は朝の巡回のあとを狙う。段取りは俺が決める」。Sは、その場で、自分の耳で聞いていました。他人の発言を法廷で伝える証言が伝聞に当たるかは、まず原則を条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

条文が禁じているのは、公判期日外の供述を内容とする供述を、使うことです。ただし、伝聞かどうかは、何の証明に使うかで決まります。設例Jで、検察官が使うのは、Vがそう発言したこと自体です。発言があった。だから、Vは仲間の前で、犯行の段取りを話した。だから、意思の連絡、つまり謀議があった。この道筋です。判定の問いを当てます。言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか。残ります。Vが冗談めかして言ったのでも、仲間の前で犯行の話をした事実は残ります。段取りが実行できるものだったかも、この推論には要りません。前々回の型でいえば、発言があったこと自体を使う点で、型2、設例Bの詐欺の説明に近い使い方です。共謀は犯罪事実の一部なので、仲間の前で段取りを話したことが、そのまま共謀の一場面にもなっています。

だから、内容の真実性は問題になりません。4つの関所で見ると、Sの関所、つまり見る、覚える、言葉にする、伝える、は全部Sの側にあります。Sは法廷にいるので、反対尋問で確かめられます。Vの発言の側の関所は、中身を使わないこの使い方では、問題になりません。当たる例と当たらない例で確かめます。Vの発言を、Vが仲間に段取りを話した証明に使うなら、非伝聞です。同じ発言を、輸送車が実際に朝の巡回のあとに来ることの証明に使うなら、中身どおりの事実を使うので、話が変わります。後ほど、この違いを見ます。

白鳥事件

白鳥事件の3つの発言と1つの対比を並べた表。被告人の発言3つは、聞いた人がそれぞれ自ら直接知覚しており、発言したこと自体が要証事実なので伝聞供述に当たらない。打ち明け話は、要証事実が話された内容どおりの射殺の事実で、聞いた人は直接知覚していないので伝聞供述となり、324条2項と321条1項3号の要件を満たすので証拠能力あり 図:白鳥事件の3つの発言と1つの対比を並べた表

  • 被告人の発言3つは、聞いた人がそれぞれ自ら直接知覚しており、発言したこと自体が要証事実なので伝聞供述に当たらない
  • 打ち明け話は、要証事実が話された内容どおりの射殺の事実で、聞いた人は直接知覚していないので伝聞供述となり、324条2項と321条1項3号の要件を満たすので証拠能力あり

この整理を、判例で確かめます。白鳥事件です。札幌で警察官が射殺された事件で、被告人が、共犯者と共謀のうえ殺人などをしたとして起訴されました。被告人は、犯行への関与を争いました。判決は、被告人をAという記号で呼んでいます。弁護人は、上告の趣意で、原判決が伝聞供述を証拠にしているので、320条と324条に違反する、と主張しました。ここは、弁護人の主張です。判旨ではありません。最高裁は、この主張を、実質は単なる法令違反の主張で、上告理由に当たらないとしました。そのうえで、括弧書きで、原判決の判断を是認しています。判断は、一般論、被告人の発言の扱い、打ち明け話の扱い、の3つに分かれます。まず、一般論です。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

伝聞供述となるかどうかの一般論 伝聞供述となるかどうかは、要証事実と当該供述者の知覚との関係により決せられるものと解すべきである。

要証事実と、供述者の知覚との関係で決まる。今日の1問と同じ考え方です。次に、被告人Aが仲間の前で言った、とされる発言です。たとえば、共産党を名乗って堂々と襲撃しようか、と話した、と証人が証言した部分です。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

発言をしたこと自体を要証事実とした判旨 いずれも被告人Aが右のような内容の発言をしたこと自体を要証事実としているものと解せられるが、被告人Aが右のような内容の発言をしたことは、各供述者の自ら直接知覚したところであり伝聞供述に当らない

証人が、自分の耳で、その発言を聞いた、ということです。設例JのSと同じです。証言の内容は、Sが知覚した出来事そのものです。だから、供述者の知覚と、要証事実が重なります。同じ判決は、被告人Aの別の発言、Gはもう殺してもいいやつだ、を聞いた人の検察官調書についても、発言をしたこと自体を要証事実とし、聞いた人が自ら直接知覚したので伝聞供述ではない、としました。そのうえで、この調書は、検察官の前での供述を録取した書面の例外である、321条1項2号で証拠にできる、とした原審の判断を是認しています。発言そのものが非伝聞なので、発言の側に、例外の検討は増えません。対比を見ます。同じ判決に、共犯者が、自分が射殺したと打ち明けた、という証言があります。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

打ち明け話を伝聞供述とした判旨 RがI課長を射殺したことを要証事実としているものと解せられ、この要証事実自体は供述者たるCにおいて直接知覚していないところであるから、伝聞供述であると言うべき

要証事実が、その共犯者が射殺したことです。この事実を、証人は直接知覚していません。だから伝聞供述です。ただし、最高裁は、324条2項と321条1項3号の要件を満たしているので、結局、証拠にしたことは違法ではない、としました。

条文刑事訴訟法第324条第2項

刑事訴訟法第324条第2項 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

前回の米子事件と同じ、324条2項から321条1項3号へ進む道です。3号の中身は、別の回で扱います。ここで大事なのは、同じ発言でも、要証事実を、発言の存在に置くか、発言の内容どおりの事実に置くかで、結論が分かれることです。白鳥事件の発言を、話した人の気持ちの表れとして非伝聞と読む主張も、ありえます。ただ、判旨は、発言をしたこと自体を要証事実としています。精神状態の供述と読む説明とは、噛み合いにくい、とも説明されます。

同じ発言でも使い方は3通り

設例Jの発言の3通りの使い方の分岐板。使い方1は発言があったことから謀議の存在を推認して非伝聞、使い方2は発言の内容どおりの事実を証明に使うので伝聞、使い方3は本気で計画していたという内心を使うので現在の精神状態の供述で通説は非伝聞 図:設例Jの発言の3通りの使い方の分岐板

設例Jに戻ります。Vの発言は、使い方が3通りあります。1つ目は、発言があったことから、謀議の存在を推認する使い方です。これは非伝聞でした。2つ目です。Vが、別の場で、あの輸送車は毎朝七時に裏口へ着く、と言ったとします。これを、輸送車が実際に七時に着くことの証明に使います。この使い方は、過去に見たことの叙述の真実性を使います。ここで立ち止まります。この使い方は、伝聞でしょうか、非伝聞でしょうか。中身が偽でも、値打ちは残るでしょうか。輸送車が実際に七時に着かないなら、発言は証明に役立ちません。値打ちは残らないので、伝聞です。見る、覚える、の関所を通る、伝聞です。判例の対比でいえば、打ち明け話と同じ型です。3つ目です。Vが、本気で犯行を計画していた、という内心を使います。これは、発言した時点の気持ちなので、前回の現在の精神状態の供述です。通説は非伝聞でした。分かれ目は、検察官が何の証明に使うか、です。答案は、発言の内容が本当かを問わない使い方かどうかから、書き出します。

犯行計画メモ——存在だけでは意味がない

強盗事件で共犯者Wの自宅から、犯行日時と場所と役割を書いたメモが見つかり、作成者は被告人Vの仲間のQである設例Kの関係図。検察官はメモが存在したことを立証趣旨としてV、W、Qの間を結ぶ

次は、メモです。設例Kです。銀行を襲う強盗事件で、被告人はVです。共犯者とされるWの自宅から、メモが見つかりました。「十日の夜、駅前の銀行。裏口に車を回す。見張りは二人。車は西口」。作成者は、Vと同じ仲間のQです。Vは、共謀への参加を否認しています。検察官は、このメモを、犯行の相談のメモが存在したこと、を立証趣旨として請求しました。メモの存在だけを証明しても、共謀の証明には届きません。前に見た日記の設例と同じ型です。日記をつけていた事実だけでは、脅迫の争点は解決しませんでした。メモが存在することと、Vが仲間と意思を通じたことは、別の話です。書いたのは、Qです。メモがあった、というだけでは、争点の解決に役立ちません。立証趣旨は、当事者の荷札でした。裁判所は、荷札どおりに使って役に立たなければ、実質的な要証事実に置き直せます。ここでは、事前に共謀があったことです。東京高裁の裁判例が、この形を扱っています。

東京高裁の裁判例の要旨として、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても意味をなさず、事前共謀の立証と解すべきこと、事案は恐喝や傷害等で戦術会議の結果を記したノートの作成経緯が当初不明で後に会議の参加者から聞いた別の者が書いたと判明したことを整理した板。判旨の逐語ではなく要旨

  • 東京高裁の裁判例の要旨として、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても意味をなさず、事前共謀の立証と解すべきこと、事案は恐喝や傷害等で戦術会議の結果を記したノートの作成経緯が当初不明で後に会議の参加者から聞いた別の者が書いたと判明したことを整理した板
  • 判旨の逐語ではなく要旨

事案の要旨です。恐喝や傷害などの事件で、ノートなどに、戦術会議の結果が書かれていました。当初は、作成者も、作成の経緯も、分からないまま取り調べられました。あとの審理で、犯行前の会議の結果を、参加者から聞いた別の人が書いたものだと分かりました。これは事実の経緯で、判旨ではありません。判断の要旨は、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても、意味をなさない。事前共謀を立証するものとして請求された、と解すべきだ、というものです。

精神状態のルートと、共謀に届くための条件

設例Kの筋道の流れ板。存在だけでは意味がない、実質は共謀の立証、作成者の意思と計画は精神状態の供述として非伝聞、共謀者全員の意思の合致として確認されたことを他の証拠で立証、意思連絡の推認へ進む 図:設例Kの筋道の流れ板

実質は、共謀の立証です。では、メモは伝聞でしょうか。その前に、前回の問いを1つ。現在の精神状態の供述で、誤りが入りうる関所として残るのは、どれでしたか?叙述の真摯性だけです。見る、覚える、は通りません。この論理を、メモに当てます。要旨として、こう整理できます。人の意思や計画を書いたメモは、その意思や計画を証明するためには、伝聞禁止の適用がない、つまり非伝聞だ、と解することが可能です。理由は、前回と同じです。意思や計画には、見る、覚える、の関所がありません。作成が真摯になされたことが証明されれば、書いた人を尋問して、信用性を試す必要は、必ずしもありません。たとえば、旅行の計画を書いた付箋は、書いた人が本気で行くつもりだったか、だけが問題です。もっとも、真摯性は、ただで認められるわけではありません。前回の米子事件の読み2も、精神状態として見たうえで、根拠の出来事が立証されないと真摯性を担保できない、という読みでした。メモでも、作成が真摯になされたことの証明が、条件になります。ただし、問題が残ります。Qの意思と計画だけを示すメモで、被告人Vの共謀まで言えるでしょうか。

Qが書いたのは、Qの計画です。Vが同じ計画に乗ったかは、分かりません。言えないと思います。数人の共謀では、メモが、最終的に共犯者全員の意思の合致するところとして確認されたものであることが、前提になります。裁判例では、他の証拠によって、その確認が立証されていた、という事案でした。設例Kで当てはめます。当たる例と当たらない例を並べます。会合で、V、W、Qが、この計画で行こう、と確認しました。その結果を、Qが書いたのがこのメモです。この確認を、会合の出席者の証言などで立証できれば、メモは、共謀者全員の意思の合致を表すものになります。Vの意思連絡の証明に使えます。逆に、Qが一人で思いつきを書いたのなら、Qの計画にとどまります。Vには届きません。決め手は、参加者全員の合致が、他の証拠で確認できるかです。要証事実は、謀議行為の存在そのものではなく、Vを含む参加者の意思連絡の存在です。書いた時点のメモが示すのは、書いたQの意思だけです。仲間がそのメモを、自分たちの計画として確かめ合って使えば、その時点のメモは、Vを含む全員の意思を映すものになります。だから、メモを書いた時点と、そのメモが仲間の間で使われた時点の、精神状態の供述として構成するのが適切だ、と説明されています。答案では、2段に書き分けます。ここは、論文で論点になりうる場面です。ただし、この2段は、東京高裁の事例判断を参照した整理です。判例の一般論ではありません。

⭐ 論文で書く規範:犯行計画メモの証拠能力(共謀の立証) メモの立証趣旨が存在のみで意味をなさないなら 実質的な要証事実として共謀の存在を置く | 意思・計画を記載したメモは その意思・計画の立証には 知覚・記憶を欠き 作成が真摯であれば足りるので伝聞禁止の適用がないと解することが可能 | もっとも共謀の立証には メモが共謀者全員の意思の合致として確認されたものであることが必要であり 他の証拠で立証できることを要する (規範(裁判例の判断を参照して整理した規範)——判例の一般論ではない・東京高判昭和58年1月27日(判時1097号146頁)の事例判断の整理)

異議がない旨の意見の扱い

東京高裁の裁判例の要旨として、合致が確認できない場合でも、弁護人は取調べで異議を出しておらず反対尋問権を手放したとみられても仕方がない、と述べたとされる予備的な理由(第1審の手続に違法なし)を、主たる筋である精神状態と合致の確認の筋と区別して示した板。判旨の逐語ではなく要旨

  • 東京高裁の裁判例の要旨として、合致が確認できない場合でも、弁護人は取調べで異議を出しておらず反対尋問権を手放したとみられても仕方がない、と述べたとされる予備的な理由(第1審の手続に違法なし)を、主たる筋である精神状態と合致の確認の筋と区別して示した板
  • 判旨の逐語ではなく要旨

要旨として見ます。高裁は、予備的に、こうも述べたとされます。共謀者数名の意思の合致だと確認できない場合でも、弁護人は第1審の取調べのとき異議を出していないので、メモの元になった話をした会議の参加者に反対尋問をする権利を、手放したとみられても仕方がない。だから、証拠能力を認めた第1審の手続に、違法はない、というものです。位置づけを区別します。主たる筋は、さきほどの、精神状態のルートと、全員の合致の確認です。異議がない旨の意見の評価は、主たる筋が通らなかった場合に備えた、予備的な理由です。この事案では、弁護人が、取調べに異議がない旨の意見を述べていました。反対尋問で確かめる機会がありながら、それを求めなかったものとみられた、という評価です。どこまでが放棄に当たるか、同意の要件と効果は、別の回で扱います。

メモが非伝聞になる3場面

設例Lの3場面の比較表。回覧は謀議の際にメモが回覧された事実から謀議の存在を推認、指紋は被告人の指紋から関与を推論、犯行との一致は所持や役割や作成者の関与を推認し、いずれもメモの中身が本当かに頼らない非供述証拠として使う。回覧は後日整理したメモなら供述証拠になりうる注意点つき 図:設例Lの3場面の比較表

  • 回覧は謀議の際にメモが回覧された事実から謀議の存在を推認、指紋は被告人の指紋から関与を推論、犯行との一致は所持や役割や作成者の関与を推認し、いずれもメモの中身が本当かに頼らない非供述証拠として使う
  • 回覧は後日整理したメモなら供述証拠になりうる注意点つき

補論です。設例Lは、設例Kの続きです。実際に、銀行の裏口で強盗が起き、メモの記載と、ほぼ同じ手口でした。同じメモを、中身の真偽に頼らずに使う場面が、3つあります。判断の道具は、これまでと同じ、中身が仮に偽でも値打ちが残るか、です。1つ目は、謀議の場で、メモが回覧された場合です。町内会の回覧板を思い浮かべてください。書いてある中身が嘘でも、全員に回った事実は残ります。同じように、目撃者や他の参加者の証言で、謀議の際にメモが回覧された事実が立証できれば、メモの存在から、謀議の存在が推認できます。記載どおりの事項が協議されたかは、問いません。

ただし、注意があります。共謀者の一人が、合意した計画を、後日改めてメモに整理した場合です。この場合は、謀議があったかを含め、知覚、記憶、叙述の正確性が問題になり、供述証拠、つまり伝聞になりえます。回覧された、という事実に頼るのと、整理した中身に頼るのとは別です。2つ目は、被告人の指紋がメモに付いている場合です。事件に関連するメモに、被告人の指紋があれば、被告人の関与を推論できます。メモは証拠物として使われます。記載の正確さは、問題になりません。3つ目は、犯行の態様が、偶然とは考えがたいほど、メモと一致する場合です。ただし、メモが犯行前に作られたことが、他の証拠で示されることが前提です。この場合、記載内容の正確さを問わず、3つの推論ができます。1つ目の推論は、所持です。犯行前に書かれ、犯行と同じ手口のメモを、被告人が持っていた、あるいは被告人の関係先から押収された。それなら被告人は、犯行を前もって知る立場にいたことになるので、関与を推認できます。作成者や作成経緯が不明でも使えます。2つ目は、メモに被告人の役割が書かれている点から、関与を推認する道筋です。犯行前に、実際と同じ手口を書けた人は、計画を前もって知っていた人です。その人が、計画の中に被告人の役割まで書き込んでいたなら、被告人も、その計画に組み込まれていたと推し量れます。支えは、犯行と一致したという事実です。3つ目は、作成者が判明している場合に、作成者の関与を推認する道筋です。犯行の前に、犯行と同じ手口を書けるのは、計画を前もって知っていた人、つまり関与した人だけだからです。

頼っているのは、回覧された事実、指紋、そして犯行との一致です。これらは、非供述証拠として使えます。一点だけ、付け加えます。メモの内容が犯行と食い違うなら、一致による推論は使えません。ただし、作成者本人の意思や計画を立証する使い方は、別に残ります。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。謀議の発言は発言をしたこと自体を要証事実にすれば非伝聞で内容どおりの事実に置けば伝聞、犯行計画メモは存在だけでは意味がなく実質は共謀の立証で作成者の意思と計画は精神状態のルートで非伝聞だが共謀者全員の意思の合致を他の証拠で示す必要があり、メモは回覧と指紋と犯行との一致なら内容の真実性を使わず非伝聞 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。答案は、まず、何を要証事実にするか、から書き出します。謀議の存在、作成者の意思や計画、共謀者全員の意思の合致、被告人の関与。そのうえで、内容の真実性を使うか、を問います。1つ目。謀議の発言は、発言をしたこと自体を要証事実にすれば、非伝聞です。白鳥事件がそうでした。要証事実を、発言の内容どおりの事実に置けば、伝聞です。2つ目。犯行計画のメモは、存在だけでは意味がありません。実質は、共謀の立証です。作成者の意思や計画は、精神状態のルートで、非伝聞にできます。ただし、共謀者全員の意思の合致として確認されたことを、他の証拠で示す必要があります。これは、判例の一般論ではなく、東京高裁の事例判断の整理です。3つ目。メモは、回覧、指紋、犯行との一致という使い方なら、内容の真実性を使わず、非伝聞です。

例外の中身は、別の回で扱います。写真や録音は、供述証拠でしょうか、非供述証拠でしょうか。今日の1問を持って行きましょう。

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#112単独ページ動画

現場写真・現場録音と伝聞法則

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

駅前の乱闘で警察官に石を投げる男が写った写真があるが撮影者は誰にも分からない。写真は撮った人の証言の代わりか凶器や指紋と同じ物かという問いを置いた導入板 図:駅前の乱闘で警察官に石を投げる男が写った写真があるが撮影者は誰にも分からない

今日の1問は、これです。「写真は、撮った人の証言の代わりなのか。それとも、凶器や指紋と同じ物なのか」。答えを先に言います。判例は、現場写真を「物」の側に置きました。ただし、事件との関連性は要ります。今日は、その理由と中身を見ます。使う道具は、前に見たものだけです。写真には、前に習った3つの問いのうち、最初の問いを当てます。録音には、言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか、という問いを当てます。

写真や録音は供述か物か

実物をそのまま機械で写し取った証拠である写実的証拠の定義と、供述証拠か、伝聞か、例外に当たるか、署名や押印は要るかという4つの検討順序を示し、写真は最初の関門で分かれることを示した板

まず言葉を1つ。写実的証拠とは、実物をそのまま機械で写し取った証拠です。写真、録音、録画、書面のコピーがそうです。人が見て、覚えて、話した内容なら、供述です。人の頭を通っていない記録なら、物に近い。この違いを、最初に確かめます。検討の順番は4つです。1つ目、供述証拠か。2つ目、供述なら伝聞か。3つ目、伝聞なら例外に当たるか。4つ目、例外を使うなら、署名や押印は要るか。前に見た判定手順の4段階とは、数え方が別です。あの4段階は、このうち2つ目の、伝聞かどうかを決めるための中身でした。写真は、この1つ目で分かれます。

写真がその入口を通るかどうかが、今日の中心です。署名や押印の要否は、別の回で扱います。

撮影者の分からない写真——2つの見方

設例M。被告人Pが警察官に石を投げる場面を撮った写真を、撮影者不明のまま検察官が請求し、裁判所が判断する関係図。撮影者が撮る位置を選び現像や焼付けをして写真ができる人の手が入る経路と、機械が光景を写し取る経路を対比した板 図:設例M

  • 被告人Pが警察官に石を投げる場面を撮った写真を、撮影者不明のまま検察官が請求し、裁判所が判断する関係図
  • 撮影者が撮る位置を選び現像や焼付けをして写真ができる人の手が入る経路と、機械が光景を写し取る経路を対比した板

設例Mです。駅前で乱闘があり、警察官が石を投げつけられました。起訴されたのは被告人Pです。Pは「自分は投げていない」と争っています。検察官は、石を投げる男が写った写真を請求します。写真には、駅の看板と、警察官の制服が写っています。撮影者は分かりません。通行人が撮ったのだろう、というだけです。撮った人に問いただせない写真を使えるかが、分かれ目です。2つの見方があります。まず、供述証拠説です。写真は、どこから、どのタイミングで撮るかを、人が選びます。現像や焼付けをして、手を加えることもできます。人の手が入る以上、誤りが入りうる。だから供述と同じだ、という考え方です。

押すだけでも、どこを撮り、どこを撮らないかで、場面の意味は変わります。それが、この見方の言い分です。この見方に立つと、写真は伝聞です。例外を探すことになります。参考に、前に臭気選別の報告書で見た条文を、もう一度見ます。現場を見たとおりに書いた書面について、作成者による真正性の立証を求める条文です。この条文の対象は捜査機関の書面なので、通行人の写真なら別の条文になります。ただ、真正性の立証を求める形は同じです。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

作成した人が、法廷で証人として、これは真正に作成されたものだと供述する。この形です。供述証拠説は、写真にも、これと同じ、撮った人による真正性の立証を求めます。

現場写真を供述証拠とみる見方と非供述証拠とみる見方を対比した板。供述証拠説は撮影や現像に人の手が入り誤りが入りうるので撮った人による真正性の立証を求める。非供述証拠説は機械が写し取り人の言葉の中身を使うのではないので伝聞の問題は起きない 図:現場写真を供述証拠とみる見方と非供述証拠とみる見方を対比した板

  • 供述証拠説は撮影や現像に人の手が入り誤りが入りうるので撮った人による真正性の立証を求める
  • 非供述証拠説は機械が写し取り人の言葉の中身を使うのではないので伝聞の問題は起きない

非供述証拠説は、逆です。写真は、機械が目の前の光景を写し取ります。見間違いや記憶違いが入り込む余地がありません。人の言葉の中身を使う証拠ではないので、物として扱う。こう考えます。ここで1問です。設例Mで、撮影者を法廷に呼べません。供述証拠説と非供述証拠説では、この写真を証拠にできるかどうか、結論はどう分かれるでしょうか?供述証拠説だと、撮った人が真正性を供述できません。署名も押印もない写真は、伝聞の例外の要件を満たしにくいので、証拠にできないと思います。非供述証拠説なら、伝聞の問題が起きないので、使えます。撮影者が分からない写真では、この2つの見方の差が、結論を分けます。

駅構内の集団暴力事件の決定

駅構内で起きた集団暴力の事件(通称・新宿騒擾事件)の決定の整理。上告は棄却。写真のフイルムの押収手続と現像・焼付けの過程に違法はないと応じた部分と、なお書きで現場写真の一般論を述べた部分を区別し、一般論の3点を示した板

では、最高裁はどちらの見方を選んだのか。前に、ビラの存在を非供述証拠として採用した決定を見ました。駅構内で起きた集団暴力の事件で、通称、新宿騒擾事件です。同じ決定に、現場写真の判示もあります。事実から整理します。この決定は、上告を棄却したものです。被告人側は、現場写真の証拠採用について、憲法違反を主張しました。決定は、写真のフイルムの押収手続や、現像・焼付けの過程に違法はなく、写真の証拠能力を認めた原判断は正当だ、と応えています。決定文には、アマチュアカメラマンが撮影した現場写真も出てきます。そのうえで、「なお」と、現場写真の一般論を述べました。ここが判旨にあたります。

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和59年12月21日(刑集38巻12号3071頁)

現場写真の証拠能力に関する判示 犯行の状況等を撮影したいわゆる現場写真は、非供述証拠に属し、当該写真自体又はその他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備するものであつて、これを証拠として採用するためには、必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない。

3つに分けます。1つ目。現場写真は、非供述証拠。2つ目。写真自体か、他の証拠で、事件との関連性が認められれば、証拠能力がある。3つ目。撮影者に、作成過程や関連性を証言させることは、必ずしも要らない。撮影者が分かって証言できるなら、してもらって構いません。ただ、それが条件ではない、という意味です。設例Mのように撮影者が分からなくても、写真は使えます。一方で、なぜ非供述証拠なのか、という理由は、この決定文には書かれていません。

非供述証拠とする理由は書かれていない

決定文に書いてあること(非供述証拠、関連性、撮影者の証言は必ずしも要しない)と、書いていないこと(非供述証拠とする理由)を分け、原審の東京高裁が述べた科学的正確性を最高裁が支持したと理解されている位置づけを示した板

判旨は、結論だけです。ただ、原審の東京高裁が、証言などの供述と違い、写真の作成過程には科学的正確性がある、と説示していたとされます。最高裁はその原審の判断を是認しているので、同じ理由だと理解されています。ここは、書いてあることと、理解を分けます。書いてあるのは、非供述証拠であること、関連性が要ること、撮影者の証言が必ずしも要らないこと。書いていないのは、なぜ非供述なのか、です。この理解の決め手を、1文で言います。写真は、人が見て、覚えて、言葉にして、伝える、という4つの関所を通らず、機械が写すので、誤りの入り方が供述とは別だからです。逆に、写真を供述と扱うと、どうなるか。設例Mのように、撮影者が分からない場合、その場を写した唯一の記録が、使えなくなります。

撮る位置の選び方や加工のおそれは、伝聞の関門ではなく、写真が本物かという問題として争えます。たとえば、合成された写真は、事件のその場面を写したものとは言えません。それは、次に見る関連性の問題です。

「事件との関連性」の中身

事件との関連性を2点で整理した板。1点目はその写真が争われている事件のそのときの場面を写したものと言えること、2点目は写真から推認される事実が判決に影響する重要なものであること。設例Mで示せる場合と示せない場合を併記 図:事件との関連性を2点で整理した板

  • 1点目はその写真が争われている事件のそのときの場面を写したものと言えること、2点目は写真から推認される事実が判決に影響する重要なものであること
  • 設例Mで示せる場合と示せない場合を併記

決定の言う「事件との関連性」は、2点で整理されます。1つ目は、その写真が、争われている事件の、そのときの場面を写したものだと言えること。2つ目は、写真から推認される事実が、判決に響く重要なものであることです。前に見た自然的関連性と同じ系統です。役に立たない証拠を、入口で外す関門でした。ここでは、その写真が事件の役に立つかを見ます。

⭐ 論文で書く規範:現場写真の証拠能力 現場写真は非供述証拠に属する | 当該写真自体又はその他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備する | 必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない (規範(最決昭59・12・21・判例型))

設例Mに当てはめます。写真自体で示せるものがあります。駅の看板や、時計、警察官の制服です。これで、場所と時刻と場面が、事件と結びつきます。その他の証拠でも示せます。警察が、その写真をどこから入手したか。同じ場面を写した別の写真や、防犯カメラの映像はないか。撮影者が分からなくても、こうした道で、関連性は示せます。当たる例と当たらない例で確かめます。写真に、駅の看板と時計が写り、乱闘の時刻と場所に合っている。これは、関連性が示せます。同じ駅でも、事件の前日に撮った駅前の風景で、乱闘は写っていない。これは、事件のその場面ではありません。関連性が示せません。

乱闘の場面を写した写真でも、Pも、石を投げた男も写っておらず、分かるのは、その場に警察官が何人いたかだけ、という場合です。事件のその場面ではあります。でも、そこから推認できる事実は、Pが投げたかどうかという争点に響きません。この場合も、関連性の関門を通りません。ここで、撮影者の証言が要らない理由が分かります。関連性を、撮影者以外の道、つまり写り込みや入手経緯で示せるからです。ここは、論文で論点になりうる場面です。あてはめでは、どの点で事件のその場面と結びつくかを、事実で書きます。

実況見分調書に添付された写真との差

現場写真は撮影者の真正性の証言までは求められないのに対し、実況見分調書に添付された写真は調書が321条3項の書面に含まれ作成した警察官による真正性の立証が要るという差を対比し、この差が問題になりうることを示した板

撮影者の証言が要らないなら、警察が実況見分で撮った写真も、そのまま使えるのですか。そこが、問題になる差です。最高裁は、実況見分調書もさきほどの321条3項の書面に含まれるとしています。添付された写真にも、この条文が適用されます。作成した警察官が、真正に作成されたと供述して、初めて証拠になります。なぜ写真にも及ぶのか。添付写真は、警察官が実況見分で見た結果を書いた調書の一部として扱われるからです。写真だけを切り離して物と見るのではなく、調書と一緒に、321条3項の書面として扱われます。現場写真は、撮影者の真正性の証言までは求められません。他方、調書の添付写真は求められる。この差を、どう考えるかが問われます。この扱いは、別の回で扱います。

現場録音・現場録画

現場で録った音声は機械が写し取った記録であり、音声の存在自体が要証事実なら非供述証拠として事件との関連性があれば伝聞法則の適用を受けないこと、欺く言葉や脅し文句や怒声の録音の例を示した板。最初に判定の問いを置く

  • 現場で録った音声は機械が写し取った記録であり、音声の存在自体が要証事実なら非供述証拠として事件との関連性があれば伝聞法則の適用を受けないこと、欺く言葉や脅し文句や怒声の録音の例を示した板
  • 最初に判定の問いを置く

録音に入る前に、前の回で使った判定の問いを1問です。言葉の中身が仮に偽でも、証拠としての値打ちが残るなら、伝聞でしょうか?残るなら、中身を信じて認定していないので、伝聞ではありません。この問いを、録音に当てます。現場で録音した音声も、機械が写し取った記録です。録音の存在そのものが要証事実なら、写真と同じで、非供述証拠です。事件との関連性が認められれば、伝聞法則は働きません。たとえば、被害者を欺く言葉の録音、脅し文句の録音、暴行の場面の怒声の録音です。言葉の形をしていても、脅した事実の証明に使うなら、中身が本当かは要りません。脅し文句が偽の内容でも、脅したという事実は残ります。前に見た、発言そのものが犯罪事実になる型と同じです。録音についての最高裁の決定を、1つ見ます。本人が知らない間に録音された、という事件です。決定が述べたことだけを見ます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和35年3月24日(刑集14巻4号462頁)

本人不知の録音の存在及び内容の証拠採用 要するに所論録音は本人不知の間になされ、従つて、何等本人の表現の自由を侵害したといえないこというまでもない適法な証拠であつて、記録によれば、第一審裁判所はその用法に従つて、証拠調をしたことが明らかであるから右録音の存在及びその内容を証拠に採用したことに所論の違法ありというを得ない

決定が述べたのは、本人の知らない間の録音は、本人の表現の自由を侵さない。だから、録音の存在と内容を証拠に採用したことに、違法はない。ここまでです。伝聞かどうかは、どう言っているのですか。述べていません。だから、「最高裁が録音を非供述証拠とした」とまでは言えません。存在そのものを使う録音を非供述証拠と見るのは、多数説の理解です。なお、隠して録音することが、捜査として許されるかは、別の問題です。前に扱いました。今日は、証拠能力だけを見ています。

同じ録音でも使い方で分かれる

設例N。夜の路上の悲鳴と叫び声の録音で最後に「Pに刺された」と入っている。使い方1は悲鳴が録られたことからその場が切迫していたことを推認し状態の推認で非伝聞、使い方2は叫び声の中の言葉の中身をPが刺したことの証明に使うので中身の真実性を使う供述証拠、と分けた分岐板 図:設例N

  • 夜の路上の悲鳴と叫び声の録音で最後に「Pに刺された」と入っている
  • 使い方1は悲鳴が録られたことからその場が切迫していたことを推認し状態の推認で非伝聞、使い方2は叫び声の中の言葉の中身をPが刺したことの証明に使うので中身の真実性を使う供述証拠、と分けた分岐板

設例Nです。夜の路上で、悲鳴と叫び声が、録音されていました。録音の最後に、女性の声で「Pに刺された」と入っています。被告人はPで、犯人ではないと争っています。この録音の使い方は、2通りあります。1つ目は、悲鳴が録音されたこと自体から、その場が切迫した状況だったことを推認する使い方です。判定の問いを当てます。叫び声の中身が本当かは、この推認に要りません。悲鳴が録音されていれば、叫んだ人がおびえていたこと、そしてその場が切迫していたことが推認できます。話し手の状態からその場を推認する使い方で、非伝聞です。2つ目は、叫び声の中の「Pに刺された」を、Pが刺したことの証明に使う使い方です。ここで立ち止まります。言葉の中身が本当かどうかを使うのは、どちらの使い方でしょうか?

2つ目です。「Pに刺された」が偽なら、Pが犯人だとは言えません。中身が偽なら値打ちが残らないので、供述証拠になります。決め手は、機械の正確さが保証する範囲にあります。録音機が正確に記録しても、保証されるのは、そう音がした、ということまでです。叫んだ人が、見間違えていないか、覚え違いではないか、という関所は、録音機の外に残ります。前に見た、咄嗟の一言と比べてください。叫びの中身を使う点は同じで、ここまでは供述証拠の側です。その先の、伝聞かどうかは、4つの関所の点検で、立場が分かれました。この録音の2つ目の使い方も、同じ点検に進みます。伝聞となった録音を、どの例外で使えるかは、別の回で扱います。今日は、同じ録音でも、要証事実で分かれる、ということを押さえてください。

報道映像の編集

報道用に撮られた録画には編集が加わることがあり、大阪高裁の裁判例(平成17年6月28日)は編集が事実を捏造するようなものでない限り編集したこと自体は証明力の問題であり直ちに証拠能力を否定しないと説示したとされることを、規範の趣旨だけで整理した板

最後に、報道用の映像です。ニュース映像は、放送用に編集されることがあります。編集がある以上、供述証拠ではないか、という疑問が出ます。大阪高裁の裁判例は、編集が事実を捏造するようなものでない限り、編集したことは、証明力の問題として考えればよい、と説示したとされています。直ちに証拠能力を否定するものではない、という理解です。こう考えると分かります。編集で選ばれるのは、どの場面を見せるかです。映っている場面そのものは、機械が写したままで、見間違いや記憶違いが入り込むわけではありません。だから、伝聞の関門ではなく、証明力の問題になります。

事実を作り替えた、といえる場合は別です。事件のその場面を写したものとは言えないからです。そこまでいかない編集は、どこがどう編集されたかを踏まえて、どこまで信用できるかを判断します。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。機械が写し取った記録として使うなら非供述証拠で事件との関連性があれば証拠能力あり、中身の真実性を使うなら供述証拠として伝聞の検討へ。現場写真の決定の3点、関連性の2点、録音の使い方の分岐、添付写真との差、報道映像の編集を整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

  • 機械が写し取った記録として使うなら非供述証拠で事件との関連性があれば証拠能力あり、中身の真実性を使うなら供述証拠として伝聞の検討へ
  • 現場写真の決定の3点、関連性の2点、録音の使い方の分岐、添付写真との差、報道映像の編集を整理

まとめます。判定手順に、写真と録音を乗せます。まず、機械が写し取った記録として使うのか、人の言葉の中身を使うのかを分けます。1つ目。現場写真は、非供述証拠です。写真自体か他の証拠で、事件との関連性を認められれば、証拠能力があり、撮影者の証言は必ずしも要りません。ただし、非供述とする理由は決定文にはなく、原審の科学的正確性を支持したと理解されています。2つ目。関連性の中身は、事件のその場面か、推認される事実が判決に響くか、の2点です。撮影者が不明でも、写り込みや入手経緯で示せます。3つ目。録音は、存在自体が要証事実なら、写真と同じく非供述証拠です。録音した言葉の中身の真実性を使うなら、供述証拠に戻ります。同じ録音でも、使い方で分かれます。4つ目。実況見分調書の添付写真は321条3項が及び、現場写真との差が問題になります。報道映像の編集は、捏造でない限り、証明力の問題です。

今日の1問の答えは、写真は物の側で、ただし事件との関連性は要る、でした。録音も、機械が写し取った記録として使うなら物、言葉の中身を使えば供述です。

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#113単独ページ動画

伝聞例外の構造と321条1項の3類型

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

目撃者が捜査段階で警察官に詳しく話し調書が作られたが公判前に亡くなった。伝聞法則で書面が締め出されるなら、その話は二度と法廷に出せないのか、出せるなら誰の前で話した書面ならどんな条件で出せるのかを問う導入板 図:目撃者が捜査段階で警察官に詳しく話し調書が作られたが公判前に亡くなった

今日の1問は、これです。「話した本人が法廷に立てないとき、その人の話を書いた書面は、どんな条件で証拠になるのか」。答えを先に言います。刑訴法は、書面を、誰の前で話したものかで3つに分けて、条件の厳しさを変えています。話を聞いた人が中立に近いほど緩く、遠いほど厳しい。今日は、その並びの理由まで見ます。伝聞法則の原則は、もう見ました。今日は、原則の向こう側、例外の話です。

例外を認める2つの理由

反対尋問で誤りを確かめる機会が無いから伝聞は排除される。その裏返しとして例外は、証拠として使う必要性と、反対尋問の代わりになる信用性の情況的保障の2つがそろう場合に許されることを、検品の喩えで対比した板 図:反対尋問で誤りを確かめる機会が無いから伝聞は排除される

設例Oです。傷害の罪で起訴されたのは、被告人Rです。Rは「自分はやっていない」と争っています。現場を見ていたのは、Uという人です。Uは、事件の直後に、警察官に詳しく話しました。警察官がそれを書き取って、調書ができています。ところが、公判の前に、Uは亡くなりました。原則なら、証拠にできません。では、なぜ、それでも例外を認めるのか。伝聞法則の趣旨から考えます。伝聞を排除する理由は、話の途中に誤りが入っていないかを、反対尋問で確かめる機会が無いからでした。見間違い、覚え違い、言い間違い、そして嘘です。ここで、荷物の検品にたとえます。反対尋問は、検品です。検品できない荷物は、原則として受け取らない。これが伝聞法則です。

話した本人が亡くなり、法廷で確かめる道が閉じた。この事情が、1つ目の理由である、必要性です。伝聞を一切禁じると、Uの話は法廷に出ません。かえって、事実を取り違える危険が高まります。使わなければ真実に近づけない事情がある。だから、使う必要があります。ただし、必要だからといって、何でも受け取るわけにはいきません。2つ目の理由が、信用性の情況的保障です。検品の代わりになる、出荷時の管理が、しっかりしているかを見ます。反対尋問を経なくても、内容を信用できる外側の事情がある、ということです。たとえば、公平な裁判官の前で、話した。あるいは、死ぬ直前に、真剣に話した。こういう場面では、嘘や誤りが入り込みにくいと考えられます。整理します。例外の理由は、必要性と、信用性の情況的保障の2つです。伝聞法則の趣旨の裏返しで、確かめる機会の代わりになる保障があるときだけ、必要性とセットで許します。321条以下は、この2つを、証拠の種類ごとに強さを変えて、要件にしています。必要性が高くても、保障が弱ければ、要件を重ねる。この釣り合いが、後の3類型の並びの伏線です。

例外が出てくる場面

検察官が書証を請求し相手が同意なら326条で採用、不同意なら請求を撤回して原供述者を証人として呼ぶか、321条以下の要件を満たすと主張して請求を維持し裁判所が要件を判断して採用か却下を決めるという手続の流れ図

1つ目は、書面の証拠調べを請求したときです。設例Oで、検察官が、Uの調書の証拠調べを請求します。すると、裁判所は、相手に、証拠にすることへの意見を聞きます。同意か、不同意か。弁護人が同意すれば、326条で足ります。同意の中身は、別の回で扱います。争いのない事件は、このルートが多く、例外の要件を検討するまでもありません。不同意と述べたとします。すると、検察官には、道が2つあります。1つ目は、請求を撤回して、原供述者を証人として呼ぶことです。Uが生きていれば、これが原則の道です。法廷で話してもらえば、反対尋問もできるからです。2つ目は、書面の請求を維持することです。「この書面は、321条以下の要件を満たすから、証拠にできる」と主張します。裁判所が、その要件を判断して、満たせば採用、満たさなければ却下します。

例外の検討が要るのは、不同意なのに、書面の請求を維持する場面です。もう1つの場面もあります。証人尋問の最中に、証言に、また聞きが混じる場合です。相手が異議を述べて、裁判所が、伝聞供述だと判断する。すると、尋問者は、質問を変えるか、伝聞供述の例外の要件を満たすことを示す必要があります。その入口が、324条です。

伝聞例外の全体地図と検討の順番

伝聞例外の全体地図の板。同意や合意による326条・327条、被告人以外の者の供述書面である321条、被告人自身の供述書面である322条、伝聞供述の324条、証明力を争う証拠の328条を並べ、誰の言葉かで振り分けることと、検討はどの類型かを決めてからその要件を見る順番であることを示した板 図:伝聞例外の全体地図の板

例外は、条文がいくつかに分かれています。全体の地図を見ます。当事者の同意や合意による道が、326条と327条です。同意も合意も無いときは、書面の場合、誰の言葉かで分けます。被告人以外の者の供述書面は、321条です。被告人自身の供述書面は、322条です。法廷で語られる伝聞供述は、324条です。ほかに、証明力を争うための証拠が、328条にあります。それぞれの中身は、別の回で扱います。そして、例外を検討する順番があります。1つ目に、その書面は、どの類型に当たるのか。つまり、どの条文か。2つ目に、その類型が求める要件を満たすか。論文でも、この順番で書きます。ここは、論文で論点になりうる場面です。先に類型を特定し、そのあと要件を1つずつ当てはめます。

類型を先に決めるのは、なぜですか。要件が、類型ごとに違うからです。要件を先に見ても、どの条文の要件か分かりません。次から、その類型を、321条1項で見ます。

321条1項——署名押印と3つの類型

321条1項の全文カードを3つに割る板。柱書で対象を示し、1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号は前2号以外の書面と色で分ける。あわせて録取書には供述者の署名か押印が要ることを示す 図:321条1項の全文カードを3つに割る板

  • 柱書で対象を示し、1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号は前2号以外の書面と色で分ける
  • あわせて録取書には供述者の署名か押印が要ることを示す

321条1項の全文です。長い条文なので、2枚に分けます。まず、柱書と1号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第1号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 一 裁判官の面前(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。次号において同じ。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なつた供述をしたとき。

まず、柱書です。対象は、被告人以外の者が作成した供述書、または、その者の供述を録取した書面で、供述者の署名か押印のあるものです。録取書では、供述者の署名か押印が要ります。理由は、録取書には、関所が1つ増えるからです。原供述者が話して、録取者が聞いて、書く。録取者が、聞き違えたり、書き違えたりするかもしれません。そこで、原供述者に、書かれた内容を確かめてもらい、間違いが無いと署名か押印をしてもらいます。これで、録取者の関所の誤りを、取り除けます。前に、署名押印の理由は例外の回で、と言ったのは、この点です。続けて、2号と3号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

2号は検察官の面前、3号はそれ以外です。号が下がるほど、書いてある条件が増えていきます。

321条1項の3つの類型を、裁判官の面前の書面、検察官の面前の書面、それ以外の書面と、話を聞いた相手で並べ、条文の型と各号の求める条件の置き場を示した板

次に、1号から3号までです。分け方の軸は、1つだけです。誰の前で話したか。1号は、裁判官の面前。2号は、検察官の面前。3号は、その2つ以外、つまり、警察官や私人の面前です。そして、要件が違います。次で、その並びを見ます。

3類型の並び方——なぜ厳しさが変わるのか

321条1項の3類型の要件比較表。1号は供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかだけで足り追加要件なし。2号の前段は供述不能、後段は相反または実質的に異なる供述に加えて相対的特信情況。3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わり、前の供述との食い違いだけでは入らない 図:321条1項の3類型の要件比較表

  • 1号は供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかだけで足り追加要件なし
  • 2号の前段は供述不能、後段は相反または実質的に異なる供述に加えて相対的特信情況
  • 3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わり、前の供述との食い違いだけでは入らない

比較表です。まず、言葉を2つ。供述不能とは、条文にある、死亡、精神や身体の故障、所在不明、国外にいる、という理由で、公判準備や公判期日で供述できないことです。もう1つは、前の供述と異なる供述です。法廷で、捜査段階と違うことを話す場合です。この2つの中身は、あとの回で詳しく見ます。今日は、どの号がどの要件を持つかの、置き場だけ確かめます。1号は、供述不能か、前の供述と異なる供述か、どちらかがあれば足ります。追加の要件はありません。2号は、前段が、供述不能です。後段は、前の供述と相反する、または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況、相対的特信情況が要ります。法廷での供述と比べて、前の供述のほうが信用できるか、を見るので、相対的と呼びます。3号は、供述不能が必須です。そのうえで、欠くことができないという不可欠性と、特に信用すべき情況、絶対的特信情況が要ります。前の供述と食い違うだけでは、入りません。

軸は、話を聞いた人の、中立性です。裁判官は、どちらの側でもない、公平な第三者です。ここで作られた書面は、誤りや無理な誘導の危険が小さい。だから、最も緩くて足ります。検察官は、事件の一方の当事者です。立場上、事実を一方に寄せて聞き取る危険を、完全には消せません。そこで、法廷で前の供述を翻されたときは、前の供述のほうが信用できる、という上乗せを求めます。検察官は、一方の当事者ではあっても、公益の代表者とされる法律家です。そこに、一定の支えがあります。だから、2号の前段は、供述不能だけで足ります。警察官や私人の面前には、その支えもありません。保障が最も弱いので、供述不能だけでは足りず、不可欠性と絶対的特信情況を重ねます。必要性が高くても、保障が弱い分、要件で支える。さきほど見た、必要性と保障の釣り合いの形です。ここで1問です。設例Oで、Uは亡くならず、法廷で「調書と違うことを話す」と証言しました。調書が、裁判官の前で取られたものか、警察官の前で取られたものかで、結論はどう分かれるでしょうか?

裁判官の前なら、1号の後段で、前の供述と異なる供述をしたので、それだけで入ると思います。警察官の前なら、3号は供述不能が必須なので、Uが生きて法廷にいる以上、入りません。検察官の前なら、2号の後段で、特信情況の上乗せが要ります。同じ食い違いでも、話した相手で、通る道が変わります。

1号——裁判官面前調書

1号の書面は裁判官の面前の供述録取書。供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかで足り特信情況は不要。あわせて第1回公判期日前の証人尋問調書、証拠保全の証人尋問調書、他事件の公判調書を具体例として挙げ、他事件の公判調書には被告人としての供述を録取した部分も含まれるという最高裁の結論を出典行で示した板 図:1号の書面は裁判官の面前の供述録取書

  • 供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかで足り特信情況は不要
  • あわせて第1回公判期日前の証人尋問調書、証拠保全の証人尋問調書、他事件の公判調書を具体例として挙げ、他事件の公判調書には被告人としての供述を録取した部分も含まれるという最高裁の結論を出典行で示した板

1号です。要件を言います。供述者が、供述不能か、法廷で前の供述と異なる供述をしたか、どちらかです。追加の特信情況は、要りません。ただし、柱書のとおり、録取書なので、署名か押印は要ります。裁判官の面前で作られる書面には、いくつかの型があります。1つ目は、第1回公判期日の前に、裁判官が証人を尋問した調書です。捜査に協力を拒んだ人や、公判で供述を変えるおそれのある人を、検察官の請求で、裁判官が尋問する制度があります。226条と227条です。捜査の回で、捜査機関だけでは足りないときに裁判官に頼る制度として、見ました。2つ目は、証拠保全のための証人尋問の調書です。証拠が失われるおそれがあるとき、公判の前に、裁判官に証人尋問を請求できる制度です。179条です。3つ目は、他の事件の公判調書です。別の事件の法廷で、証人が語った内容を書いた調書です。

公判の前に、わざわざ裁判官が尋問するのは、なぜですか。後で、この1号で使える書面を、残しておくためです。証人が亡くなる、行方が分からなくなる、公判で話を変える。そうした必要性が生じる場面を、先回りして備える制度です。条文の中身は、今日は立ち入りません。他の事件の公判調書についても、補足します。最高裁は、その調書のうち、被告人として供述した部分を録取した部分も、1号の書面に含まれるとしました。結論だけの決定です。322条が扱うのは、いま裁かれている被告人の供述です。別の事件で被告人だった人は、この事件から見れば、被告人以外の者です。だから321条の書面になり、話したのが裁判官の前なので、1号です。決定が述べたのは、この結論だけです。理由としては、被告人質問も、当事者が交互に質問する、証人尋問に近い形で行われる点などが挙げられます。

2号——検察官面前調書

2号の書面は検察官の面前の供述録取書。前段は供述不能で1号前段と同じ。後段は相反または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要ること。1号との差は後段の特信情況の上乗せで、検察官が一方の当事者であることによると示した板 図:2号の書面は検察官の面前の供述録取書

  • 前段は供述不能で1号前段と同じ
  • 後段は相反または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要ること
  • 1号との差は後段の特信情況の上乗せで、検察官が一方の当事者であることによると示した板

2号は、型だけ確かめます。前段は、供述不能です。1号の前段と同じです。後段は、法廷で、前の供述と相反するか、実質的に異なる供述をしたとき。そのうえで、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が、あるときに限ります。2号後段が1号と違うのは、特信情況の上乗せがあるかどうかです。理由は、さきほどの軸のとおり、検察官が一方の当事者だからです。相反かどうかの判断、特別の情況の判断に使う材料は、あとの回で詳しく見ます。今日は、2号の後段に、1号にはない上乗せがある、という置き場だけ持ち帰ってください。

3号——その他の書面

3号の要件を3つ全部そろえる板。供述不能、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができない不可欠性、その供述が特に信用すべき情況の下にされた絶対的特信情況。1つでも欠ければ証拠にできず、前の供述との食い違いだけでは入らず、比べてよりましという相対的な信用ではなくゼロから信用できる情況を示すことを対比した板 図:3号の要件を3つ全部そろえる板

  • 供述不能、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができない不可欠性、その供述が特に信用すべき情況の下にされた絶対的特信情況
  • 1つでも欠ければ証拠にできず、前の供述との食い違いだけでは入らず、比べてよりましという相対的な信用ではなくゼロから信用できる情況を示すことを対比した板

3号です。前に、法廷で語られた伝聞供述に、324条2項がこの3号を準用する場面を見ました。その3号の本体を、ここで正面から見ます。もう一度、条文を見ます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

要件は、3つです。全部、そろう必要があります。1つ目、供述不能。2つ目、その供述が、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。これが不可欠性です。3つ目、その供述が、特に信用すべき情況の下にされたこと。絶対的特信情況です。供述不能と不可欠性は、使う必要性の側です。特信情況は、保障の側です。3号の要件は、3つ全部がそろって初めて、証拠にできます。かつ、と、ただし書きで、結んでいます。しかも、柱書のとおり、録取書なら供述者の署名か押印も要ります。2号との、決定的な差があります。3号は、法廷で前の供述と食い違った、というだけでは、入りません。Uが生きていて、法廷で話せる状態なら、話を翻しても、警察官の調書で代わりにはできません。法廷にいるなら、本人に直接聞いて、反対尋問で確かめられます。使う必要性が無いのに、保障の弱い書面を入れる理由は、ありません。1号と2号が食い違いで入るのは、聞き手の側に、そのぶんの保障があるからです。

2号と3号の特信情況は、別のものです。2号は、さきほどのとおり、比べてよりましかを問う、相対的特信情況です。3号は、比べる相手がありません。その供述そのものが、特に信用できる情況でされたことを、ゼロから示す必要があります。不可欠性とは、その証拠が無いと、事実認定に大きな差が出るほど、という意味です。補充的な証拠にとどまるものでは、足りません。たとえば、犯人を見たのがUだけなら、Uの調書は欠かせません。同じ場面を見た別の目撃者がほかにも大勢いて、法廷で同じことを証言しているなら、Uの調書は補充に近づき、不可欠性は認められにくくなります。詳しい判断の基準は、別の回で見ます。対象になる書面は、警察官の面前の録取書だけではありません。私人の面前の録取書もあります。被害者や目撃者が自分で書いた日記のような供述書も、対象です。話を聞き取る人が、間にいない書面も、裁判官や検察官の前で話したものではないので、受け皿の3号に入ります。供述書は、自分で書いているので、録取者の関所がありません。

設例Oに3号を当てはめる

設例Oの被害者版。Uが瀕死の状態で警察官に被害状況と犯人を話し、警察官が書き取り、Uが署名押印した。原供述者U、録取者の警察官、調書という2つの関所と、署名押印が警察官の関所の誤りを取り除くことを示す関係図 図:設例Oの被害者版

  • Uが瀕死の状態で警察官に被害状況と犯人を話し、警察官が書き取り、Uが署名押印した
  • 原供述者U、録取者の警察官、調書という2つの関所と、署名押印が警察官の関所の誤りを取り除くことを示す関係図

設例Oを、少し変えます。Uを、目撃者ではなく、被害者にします。被告人Rは、Uを傷つけたとして起訴されています。Uは、瀕死の状態で、警察官に、被害の状況と、犯人はRだと話しました。警察官が、それを書き取り、Uは、内容を確かめて署名押印しました。話す様子は、真剣で、誰かをかばう、といった様子もありません。直後に、Uは亡くなりました。Rの側は、この調書に不同意です。類型は、3号です。この順番が、さきほどの、類型を先に決める、でした。では、要件を1つずつ当てはめます。1つ目、供述不能。Uは亡くなっています。死亡で、満たします。2つ目、不可欠性。被害者が、被害の状況と犯人を話した書面です。Rが犯人かどうかの認定に、欠くことができない可能性が高い。満たされうる、と考えます。3つ目、絶対的特信情況。死亡の直前で、真剣に話し、誰かをかばう様子も無い。こうした情況から、満たされうると考えます。最後に、署名押印。Uは、内容を確かめて、署名押印しています。図のとおり、Uから警察官へ、警察官から調書へ、関所が2つあります。署名押印が、警察官の側の関所を取り除いています。これが無ければ、書面は、要件を欠きます。

3号の書面は、要件が全部そろうときに限って、証拠能力が認められます。3号で採用される事案は、多くありません。要件が重なるので、限られます。この設例は、認められうる場合の一例です。要件が1つでも欠ければ、認められません。

321条2項——公判での供述の録取書と検証調書

321条2項の対象。被告人以外の者の公判準備または公判期日における供述を録取した書面と、裁判所または裁判官の検証の結果を記載した書面。1項の規定にかかわらず特段の要件なしに証拠にできる。理由は、当事者の関与した場で作られ、すでに証人尋問を経ていて、類型的に信用性が高いこととして整理した板 図:321条2項の対象

  • 被告人以外の者の公判準備または公判期日における供述を録取した書面と、裁判所または裁判官の検証の結果を記載した書面
  • 1項の規定にかかわらず特段の要件なしに証拠にできる
  • 理由は、当事者の関与した場で作られ、すでに証人尋問を経ていて、類型的に信用性が高いこととして整理した板

次に、321条2項です。条文を見ます。

条文刑事訴訟法第321条第2項

刑事訴訟法第321条第2項 2 被告人以外の者の公判準備若しくは公判期日における供述を録取した書面又は裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、前項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

対象は2つです。被告人以外の者の、公判準備か公判期日での供述を録取した書面。それと、裁判所か裁判官の検証の結果を記載した書面です。公判準備での供述は、たとえば、公判期日とは別の日に、裁判所が証人を尋問したときの供述です。要件は、ありません。1項の要件を、必要としません。理由は、いくつかの見方で説明されます。1つ目。公判準備や公判期日は、当事者の立会いと、反対尋問の機会がある場だからです。2つ目。すでに、その人の証人尋問を経ています。3つ目。証人は、宣誓をしてから話します。それを書き取るのも、どちらの側でもない、裁判所の書記官です。だから、公判期日での供述の録取は、類型的に、信用性が高い。検証の結果を記載した書面は、裁判所か裁判官が、自分の目で見て確かめたことを書いたものです。当事者も、立ち会えます。人の話を書き取った書面ではないので、話す人の見間違いや言い間違いが、間に入りません。作るのも裁判所の側なので、作ったとされる人が作ったとおりの書面だということも、類型的に確かです。しかも、検証の結果は、その場にいなかった人に、口頭では正確に伝えにくい。書面にすることが、もともと想定されています。なお、捜査機関の検証調書や、実況見分調書は、321条3項です。2項は、裁判所や裁判官の検証のことです。

公判手続の更新と321条2項

設例Oの続きの手続。第5回公判期日の後に裁判官が異動で替わり公判手続が更新された。更新前の公判期日での証人の供述を録取した公判調書は新しい裁判体から見ると別の裁判体の前の供述を書いた書面だが、321条2項前段で証拠能力があることを示す板 図:設例Oの続きの手続

  • 第5回公判期日の後に裁判官が異動で替わり公判手続が更新された
  • 更新前の公判期日での証人の供述を録取した公判調書は新しい裁判体から見ると別の裁判体の前の供述を書いた書面だが、321条2項前段で証拠能力があることを示す板

ここで1問。前に見た、公判手続の更新を思い出してください。裁判官が替わったとき、審理を最初からやり直すのでしょうか?更新は、それまでの審理を捨てる手続ではありません。更新前の期日での供述を録取した公判調書などは、職権で、証拠書類として取り調べ直します。設例Oで考えます。第5回公判期日の後に、裁判官が異動で替わり、公判手続が更新されました。第3回の期日で、証人が話した内容を録取した公判調書があります。新しい裁判体から見ると、この調書は、別の裁判体の前で話された供述を、書いた書面です。いまの裁判官は、証人が話す様子を、自分の前では見ていません。いまの裁判体の前での供述に代えて、書面を使うことになるので、伝聞に当たります。

取り調べ直した調書が使えないのでは、更新をする意味がありません。その受け皿が、321条2項の前段です。被告人以外の者の公判期日における供述を録取した書面だから、特段の要件なしに、証拠能力があります。前の、他の事件の公判調書とは、区別してください。他の事件の調書は、1号の書面で、供述不能などの要件が要ります。この設例は、同じ事件の、更新前の期日の調書なので、2項です。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。例外の根拠は必要性と信用性の情況的保障、例外が出るのは不同意なのに書面の請求を維持するとき、検討の順は類型から要件、321条1項は裁判官の面前が緩く検察官が中程度でその他が厳しい、3号は供述不能と不可欠性と絶対的特信情況と署名押印、2項は無条件を並べる 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。例外の根拠は、必要性と、信用性の情況的保障です。伝聞法則の趣旨の裏返しで、反対尋問の代わりになる保障があるときだけ、必要性とセットで許されます。2つ目。例外が問題になる主な場面は、不同意と言われても、書面の請求を維持したときです。証人尋問の中で伝聞の供述が出たときも、同じ問題になります。検討の順番は、どの類型かを決めて、その要件を見る、です。3つ目。321条1項の並びは、裁判官の面前が緩く、検察官の面前が中程度、その他が厳しい。話を聞いた人の中立性が下がるほど、要件が厳しくなります。4つ目。3号は、供述不能、不可欠性、絶対的特信情況の全部と、録取書なら署名か押印が要ります。2項は、無条件です。

証言を拒んだり、記憶を失ったりしたとき、それは供述不能に当たるのか。これが次の問いです。

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#114単独ページ動画

伝聞例外と供述不能の意味

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

証人が法廷に来たのに口を閉ざした場面と、何も覚えていないと言う場面を並べ、本人が目の前にいても捜査段階の調書は供述できないときの書面として使えるのかを問う導入板

前回の最後の予告が、この問いです。証言を拒んだり、記憶を失ったりしたとき、それは供述不能に当たるのか。前回、供述不能とは、条文にある、死亡、精神や身体の故障、所在不明、国外にいる、という理由で、公判準備や公判期日で供述できないことだと言いました。今日は、その続きです。条文の理由は、この4つで、ぴったり尽きるのか。条文にない理由でも、足りるのか。答えを先に言います。条文の4つは例示です。同じ程度か、それ以上の事情があれば、供述不能に当たります。証言拒絶も、記憶喪失も、入りえます。ただし、一時的なものでは足りません。供述を得られる見込みが少ないときに限ります。

供述不能が出てくる場所

321条1項の3類型のうち、供述不能が出てくる位置だけを取り出した比較表。1号は前段が供述不能で後段は前の供述と異なる供述、2号は前段が供述不能で後段は相反する供述と相対的特信情況、3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わる 図:321条1項の3類型のうち、供述不能が出てくる位置だけを取り出した比較表

まず、前回の確認を1問だけ。前回、2号の前段と後段は、要件がどう違ったでしょうか。供述不能だけで足りるのは、どちらだったでしょうか?前段は、供述不能だけで足りました。後段は、前の供述と相反する供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要りました。今日の主役の供述不能は、その前段に出てきます。整理します。供述不能は、1号の前段、2号の前段、3号に出てきます。つまり、今日決める供述不能の判断は、3つの号のすべてに効きます。号ごとに判断が変わるわけではありません。ここを、頭に置いてください。

書面は、反対尋問を経ていない証拠です。それでも使うのは、使うしかない事情があるからです。前回の言葉で言うと、必要性です。その必要性の土台が、供述不能です。本人が法廷で語れるのなら、法廷で聞けば足ります。書面を使う理由は、ありません。この考え方が、今日の全部の土台になります。覚えておいてください。必要性の土台は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないこと。

条文の4つは例示か限定か

憲法37条2項の審問権を確認したうえで、321条1項の供述不能の事由句を強調表示し、限定なら証言拒絶で書面は使えず、例示なら同様またはそれ以上の事由で足りるという分かれ道を示した板

まず、条文を確認します。321条1項の1号と2号を、もう一度出します。事由の書き方に注目してください。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第1号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 一 裁判官の面前(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。次号において同じ。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なつた供述をしたとき。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

証言拒絶が条文の4つに入っていない点が問題です。もし、この4つだけが許される、限定列挙だとします。すると、証人が証言を拒んだ場合、検察官の調書は使えません。反対に、例示だと読めば、書かれていない事情でも、足りる余地があります。最高裁の大法廷は、この点を、例示だと判断しました。判決の事案を、先に言います。被告人の事件で、証人Bが、検察官の請求で、第一審に証人として呼ばれました。ところが、公訴事実の存否に関する重要な事項について、証言を拒絶しました。被告人は、Bに反対尋問できていません。それでも、第一審は、Bの検察官に対する供述調書を、有罪認定の証拠に使いました。弁護人は、反対尋問の機会を与えていない供述を証拠にするのは、憲法37条2項に反する、と主張しました。結論は、上告棄却です。調書の採用が是認されました。判旨は、4つの段階で読みます。1つ目が憲法の読み方、2つ目が条文の事由の読み方です。3つ目と4つ目は、証言拒絶そのものの話なので、次の節で読みます。憲法37条2項の条文を見ます。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

判旨の1つ目の段階です。この憲法の規定は、審問の機会を与えない証人の供述には、絶対的に証拠能力を認めない、という意味を含むものではない、と述べました。

大法廷判決の判旨のうち、事由の列挙は証人尋問を妨げる障碍事由を示したものにすぎず、同様またはそれ以上の事由があれば足りるとした部分を1枚に取り出した板

2つ目の段階が、この回の中心です。判旨を、そのまま読みます。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

供述できないときの事由は例示であるとした判旨 ……そしてこの規定にいわゆる「供述者が……供述することができないとき」としてその事由を掲記しているのは、もとよりその供述者を裁判所において証人として尋問することを妨ぐべき障碍事由を示したものに外ならないのであるから、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において同条所定の書面に証拠能力を認めることを妨ぐるものではない。

供述者を、裁判所で証人として尋問することを、邪魔する事情、という意味です。死亡も、所在不明も、国外も、法廷で本人に聞けなくなる事情です。条文の4つは、その代表例を並べたものだ、というのが判旨の読みです。たとえで言います。対岸にいる証人に、話を聞きに行く橋があるとします。橋が落ちた。これが死亡です。遠すぎて渡れない。これが国外です。では、橋が封鎖されていて渡れないときは、どうでしょう。橋を渡れない、という点では、落ちた橋と変わりません。書面を使う理由は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られない、という必要性です。得られない原因が、4つに限られる理由は、ありません。だから、同様、または、それ以上の事情なら、足ります。

供述を得られない度合いが、同じか、より強い、という意味です。大事な点が、もう1つあります。例示にした以上、どこまで広げてよいのか、その線が必要になります。「同様またはそれ以上」が、その線です。今日の後半で、この線を細かく見ます。なお、この判決が扱ったのは、2号です。あとで、号の違う判例を並べます。

証言拒絶と供述不能

証人が公判期日に証言を拒んだ場合の判例を号ごとに並べた比較表。2号は大法廷判決、1号前段は昭和44年の決定、3号は記憶喪失を理由とする証言拒絶の昭和29年の決定。どの号でも供述不能の判断は同じであることを示した板 図:証人が公判期日に証言を拒んだ場合の判例を号ごとに並べた比較表

  • 2号は大法廷判決、1号前段は昭和44年の決定、3号は記憶喪失を理由とする証言拒絶の昭和29年の決定
  • どの号でも供述不能の判断は同じであることを示した板

結論から言います。証人が公判期日に証言を拒んだときは、供述不能に当たります。1号の前段でも、2号でも、同じ結論です。さきほどの大法廷は、こう述べました。判旨の3つ目です。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

証言拒絶は供述者の死亡と選ぶところはないとした判旨 ……されば本件におけるが如く、Bが第一審裁判所に証人として喚問されながらその証言を拒絶した場合にあつては、検察官の面前における同人の供述につき被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは右規定にいわゆる供述者の死亡した場合と何等選ぶところはない

被告人から見ると、反対尋問で確かめられない、という点が同じです。本人が目の前にいても、黙られてしまえば、質問しても何も返ってきません。誤りを確かめる機会は、死亡の場合と同じように、ありません。ただし、この判決は、死亡と同じだ、と言い切って終わりにはしていません。判旨の4つ目です。続きを読みます。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

証言拒絶は翻意の可能性があるが現に拒絶している限り供述を得られないとした判旨 尤も証言拒絶の場合においては、一旦証言を拒絶しても爾後その決意を翻して任意証言をする場合が絶無とはいい得ないのであつて、この点においては供述者死亡の場合とは必ずしも事情を同じくするものではないが、現にその証言を拒絶している限りにおいては被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは全く同様であり、むしろ同条項にいわゆる供述者の国外にある場合に比すれば一層強き意味において、その供述を得ることができないものといわなければならない。そして、本件においては、Bがその後証言拒絶の意思を翻したとの事実については当事者の主張は勿論これを窺い得べき証跡は記録上存在しない。

読みどころは3つです。1つ目。証言拒絶は、あとで考えを変えて話す場合が、絶無とは言えない。死亡とは違う点です。2つ目。それでも、現に拒んでいる間は、反対尋問ができない点は、全く同様です。国外にいる場合と比べても、一層強い意味で、供述を得られません。国外にいる証人なら連絡や出頭の余地がありうるのに対し、拒んでいる本人は、目の前にいても話さない、という対比だと考えられます。3つ目。この事件では、Bが考えを変えた、という事実も、それをうかがわせる証拠も、記録にありません。この3つ目を、覚えておいてください。あとで出てくる、一時的では足りない、という話の伏線です。

次に、号の違う判例です。証人が公判期日に証言を拒んだ場合を、1号前段で判断した決定があります。

判例最高裁判所決定・昭和44年12月4日(刑集23巻12号1546頁)

証言拒絶は1号前段の供述不能に当たるとした判旨 証人が公判期日に証言を拒んだときは、刑訴法三二一条一項一号前段にいう公判期日において供述することができないときにあたるものと解すべきである

2号の大法廷判決を参照して、1号前段でも同じ結論をとりました。板に、3つの号を並べます。2号は、この大法廷判決。1号前段は、この決定。3号は、次に見る、記憶喪失を理由とする証言拒絶の決定です。3つの号で、同じ考え方の判断が出ています。前に確かめたとおり、供述不能は、号を超えて共通の要件だからです。自分が刑事訴追を受けるおそれのある証言は、拒める。第4章で見た、証言拒絶権です。この権利を使って拒んだ場合も、正当な理由なく拒んだ場合も、法廷で供述を得られない点は同じ、というのが基本的な考え方で、判例は理由を区別していません。ただし、理由は、後で見る、翻意の見込みを判断する材料になります。ここで、質問です。証言拒絶は、死亡と同じく供述不能だと言われました。けれども、死亡とは、決定的に違う点が1つあります。何でしょうか?

あとから、考えを変えて話すかもしれない点です。死亡なら、戻りません。この差が、次の、一時的かどうかの問題になります。その前に、記憶喪失を見ます。

記憶喪失と供述不能

記憶喪失を理由に証言を拒む場合は3号の供述不能に当たるとした決定と、記憶喪失の程度による扱いの違いとして全面的な記憶喪失は供述不能、あいまいな記憶は直ちには供述不能でない、一部だけ語れない場合は相反供述の側で見ることを整理した板

記憶喪失の場合です。最高裁の決定があります。

判例最高裁判所決定・昭和29年7月29日(刑集8巻7号1217頁)

記憶喪失を理由とする証言拒絶は3号の場合に当たるとした判旨 原審判示のように、証人が、記憶喪失を理由として証言を拒む場合が、刑訴三二一条一項三号の場合に該当することは、当裁判所の判例の趣旨とするところである

結論は、記憶喪失を理由として証言を拒む場合も、供述不能に当たる、です。この決定で問題になった書面は、麻薬取締官に対する供述調書です。麻薬取締官は、検察官でも裁判官でもない捜査官なので、3号の書面です。記憶喪失の程度や、尋問の経過は、判決に書かれているのですか。書かれていません。判断は、短い一文だけです。だから、どの程度の記憶喪失なら、供述不能なのかは、この決定からは分かりません。そこは、判例ではなく、通説と実務の整理として、話します。整理は3つあり、3つとも、今日の土台から出ます。法廷で、反対尋問を経た供述を、得られるかどうか、です。1つ目。全面的に思い出せない場合は、供述不能です。法廷で語れる中身が、無いからです。2つ目。「よく覚えていない」という、あいまいな程度は、直ちには供述不能ではありません。記憶が戻れば、法廷で供述を得られるからです。そこで実務は、第4章で見た記憶喚起で、回復を試みます。思い出す手がかりを与える誘導尋問や、書面や物を示すことです。ただし、供述を録取した書面、つまり調書は、示せません。それでも回復しないときに、供述不能と見ます。3つ目。一部だけ語れない場合は、ふつう、供述不能としては扱いません。語れた部分は、法廷で得られているからです。

記憶喪失の主張は、口で言うだけで通ってしまう危うさがあります。だから、記憶喪失は、安易には認められません。記憶の回復を試みたか、本当に語れないのか、を確かめます。この厳しさが、次に見る、供述不能の上限の線につながります。

一時的な拒絶と解消の見込み

一時的な供述不能では足りず、状態が相当程度継続して存続しなければならないという規範と、証言拒絶の場合は決意が固く期日や尋問方法に配慮しても翻意の見通しが少ないときに供述不能といえること、事案の内容、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を総合考慮すること、立証責任は検察官にあることを並べた板

問題です。証人が、今日は、拒んだ。ならば、直ちに供述不能なのでしょうか。今日は拒んでも、明日は話すかもしれません。この点を正面から判断したのが、高等裁判所の判決です。まず事案です。殺人と死体遺棄で、共犯者として別に起訴されたAがいました。Aは、被告人の公判に証人として出廷し、宣誓のうえ、ごく一部の尋問に答えただけで、証言を拒絶しました。理由は、自分の刑事裁判が続いているので、現時点では拒絶したい、というものでした。一方で、被害者の遺族に申し訳ない、話したい気持ちもある、とも述べました。弁護人と協議した結果、拒否する、とも述べています。検察官は、Aの検察官調書を、2号前段の書面として請求し、第一審は採用しました。被告人の側は控訴し、証言拒絶は一時的なもので、相当な期間内に翻意して証言する可能性があるから、供述不能ではない、と主張しました。高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。供述不能を認めて採用したのは、違法だ、という結論です。判旨は長いので、先に骨組みを言います。前半は、大法廷判決の確認です。後半が新しい部分で、一時的では足りないこと、証言拒絶のときの基準、迅速な裁判との天秤、の3つです。では、読みます。

判例東京高等裁判所判決・平成22年5月27日(高等裁判所刑事判例集63巻1号8頁)

供述不能の要件は一時的では足りず証言拒絶の場合は翻意の見通しが少ないときに満たすとした判旨 刑訴法321条1項2号前段に供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することのできないときとしてその事由を掲記しているのは、その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障害事由を示したもので、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において検察官調書に証拠能力を認めることを妨げるものではないから、証人が証言を拒絶した場合にも、同号前段によりその検察官調書を採用することができる……。しかし、同号前段の供述不能の要件は、証人尋問が不可能又は困難なため例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎付けるものであるから、一時的な供述不能では足りず、その状態が相当程度継続して存続しなければならないと解される。証人が証言を拒絶した場合についてみると、その証言拒絶の決意が固く、期日を改めたり、尋問場所や方法を配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないときに、供述不能の要件を満たすといえる。もちろん、期日を改め、期間を置けば証言が得られる見込みがあるとしても、他方で迅速な裁判の要請も考慮する必要があり、事案の内容、証人の重要性、審理計画に与える影響、証言拒絶の理由及び態度等を総合考慮して、供述不能といえるかを判断するべきである。

5つに分けます。板とカードでも確認します。

⭐ 論文で書く規範:供述不能の判断の枠組み 供述不能は例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づける要件である | 一時的な供述不能では足りず 状態が相当程度継続して存続しなければならない | 証言拒絶は 決意が固く 期日を改めたり尋問場所や方法に配慮したりしても翻意して証言する見通しが少ないときに供述不能といえる | 期間を置けば証言が得られる見込みがあっても 迅速な裁判の要請から 事案の内容 証人の重要性 審理計画への影響 拒絶の理由と態度を総合考慮する | 供述不能の立証責任は検察官にある (裁判例(東京高判平22・5・27))

1つ目。供述不能は、例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づけるものです。2つ目。だから、一時的では足りません。状態が、相当程度続く必要があります。3つ目。証言拒絶なら、決意が固く、期日を改めたり、尋問の場所や方法に配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないとき、供述不能と言えます。4つ目。ただし、期間を置けば証言が得られそうでも、迅速な裁判の要請があります。無限に待つことは、できません。そこで、事案の内容、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を、総合して判断します。5つ目は、判決が、この事件へのあてはめの中で述べた点です。供述不能の立証責任は、検察官にあります。供述不能だと示せなければ、書面は使えない、ということです。

先ほどの必要性の裏返しです。書面を使うのは、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないからです。見込みがあるなら、待てば、それが得られます。すると、例外の必要性が弱くなります。橋の封鎖が、明日解ける見込みなら、渡し船の代わりの書面に頼らず、待つほうが筋です。判決は、この事件で、証言拒絶の理由が、合理的な期間内に解消し、証言する見込みが高かった、と見ました。考慮された事情は、5つです。

東京高裁判決が供述不能を認めなかった5つの事情。Aは自分の刑事裁判の係属中で弁護人と相談のうえ現時点では拒絶したいとしているにすぎないこと、遺族の立場を考えると証言したい気持ちがあるとまで述べたこと、被告人の弁護人がAの弁護人に被告人質問終了後は証言拒絶をさせないでほしいと依頼し前向きな返答があったこと、公判前整理手続で拒絶を想定し得たのに柔軟な審理予定を立てていなかったこと、重大事案で被告人が全面否認しAは極めて重要な共犯者とされる証人であることを並べた板 図:東京高裁判決が供述不能を認めなかった5つの事情

1つ目。Aは、自分の刑事裁判が続いていて、弁護人と相談した結果、現時点では拒絶したい、としているにすぎません。2つ目。遺族の立場を考えると、証言したい気持ちがある、とまで述べています。3つ目。被告人の弁護人から、Aの弁護人に、Aの被告人質問が終わったあとは、証言を拒絶させないでほしい、と依頼があり、前向きな返答がありました。検察官は、これに反論も反証もしていません。4つ目。公判前整理手続の時点で、Aの証言拒絶は想定できたのに、拒絶の可能性が低い時期を見極めて対応できる審理予定を、定めていませんでした。5つ目。殺人と死体遺棄の重大事案で、被告人が犯行を全面的に否認し、Aは共犯者とされる、極めて重要な証人です。

重要な証人であるほど、反対尋問を経た供述の価値が大きいので、供述不能を、慎重に判断します。この判決では、重要な証人であることが、供述不能を認めない方向に働きました。誤解しないでください。この判決は、証言拒絶は供述不能に当たる、という結論を、否定したのではありません。先ほどの大法廷判決を引用して、同じ立場に立ったうえで、一時的なら足りない、という限定を付けました。さきほど、大法廷判決の「絶無とはいい得ない」を伏線にしました。あの留保と同じ方向を、規範の形で示したのが、この判決だと言えます。記憶喪失も、法廷で供述を得られない点は、証言拒絶と同じです。だから、同じ枠が及びます。回復の見込みがあるなら、待てば供述を得られるので、供述不能とは言えません。

設例Pで当てはめる

設例Pの関係図。被告人Kは傷害の罪で暴行はしていないと争い、目撃者Tは事件の数日後に検察官に詳しく話して検察官調書が作られ、弁護人は不同意とし、検察官がTを証人請求してTが法廷に来る。TからKへの線とTから検察官への線、Tから法廷への線を示す 図:設例Pの関係図

  • 被告人Kは傷害の罪で暴行はしていないと争い、目撃者Tは事件の数日後に検察官に詳しく話して検察官調書が作られ、弁護人は不同意とし、検察官がTを証人請求してTが法廷に来る
  • TからKへの線とTから検察官への線、Tから法廷への線を示す

設例Pです。傷害の罪で起訴された被告人は、Kです。Kは、暴行はしていない、と争っています。現場を見ていたのは、Tです。Tは、事件の数日後に、検察官に、詳しく話しました。検察官は、それを書き取り、調書を作っています。Kの弁護人は、この調書に不同意です。そこで、検察官は、Tを証人として請求し、Tが法廷に来ました。書面は、検察官の面前の録取書なので、2号です。前回の順番のとおり、まず類型を決めました。次は、2号前段の供述不能を見ます。Tの法廷での態度を変えて、4つの場面を比べます。

設例Pの4場面を比較する表。場面1は理由を言わず一切答えず日を改めても同じ見通しで供述不能、場面2は自分の別件の裁判が終われば話したいと拒み理由が解消する見込みがあり供述不能でない、場面3は全部忘れたと言い手がかりを与えて尋ねても回復せず全面的な記憶喪失で供述不能、場面4は大半を語り日時だけ覚えておらず供述不能でない 図:設例Pの4場面を比較する表

場面1です。Tは、「理由は言えません」と黙り込みます。検察官、弁護人、裁判官、誰の問いにも、一切答えません。日を改めても、同じ態度が続きそうです。拒む理由は、翻意の見込みを測る材料だと言いました。理由を言わなければ、いつ解消するかの手がかりもありません。黙ったままの態度も含めて、決意が固いと見ます。2号前段で、検察官調書が使えます。場面2です。Tは、「自分も別の件で起訴されて、裁判中です。弁護人と相談してから。その裁判が終われば、話したい」と言って、拒みます。これは、東京高裁の事案とそっくりです。一時的な拒絶になりますか。なります。拒絶の理由が、自分の裁判の終了で解消する見込みがあります。供述不能とは言えません。この裁判例では、立証責任は検察官にありました。待てば法廷で供述を得られる見込みがある以上、まず、期日を改めるなどの措置が先です。場面3です。Tは、「全部忘れました」と言います。手がかりを与えて尋ねても、記憶は回復しません。

記憶を呼び戻す試みをしたうえで、なお回復しないのですから、供述不能です。書面が、警察官調書だったなら、3号の場面になります。その場合は、供述不能だけでは足りません。前回見たとおり、不可欠性と絶対的特信情況が、別に要ります。場面4です。Tは、事件の大半を語り、日時だけ、覚えていません、と言います。供述不能ではありません。法廷での供述と、前の供述の食い違いが出れば、相反供述の側で見ます。

供述不能の判断の型を流れで示した板。どの号の書面かを決め、証言拒絶や記憶喪失などが同様またはそれ以上の事由かを見て、一時的でないかを決意の固さと見込み、迅速な裁判、重要性、審理計画から判断し、そのあとの要件は号ごとに見ることを並べた流れ図 図:供述不能の判断の型を流れで示した板

手順の型を、まとめます。1つ目、どの号の書面か。2つ目、証言拒絶や記憶喪失などが、同様またはそれ以上の事由か。3つ目、一時的でないか。決意の固さ、見込み、迅速な裁判の要請、証人の重要性、審理計画から判断します。4つ目、その先の要件は号ごとです。論文でも、この順番で書きます。

供述不能と特信情況、周辺の知識

供述不能の場合は2号前段に特信情況の要件が条文上ないこと、その理由は比べる公判供述が存在しないこと、3号は絶対的特信情況が条文にあること、判例は国外にいる証人の検察官調書の採用を憲法37条2項に違反しないとしたことを並べた板

最後に、短答で問われる周辺の知識です。1つ目。供述不能を理由とする2号前段には、特信情況の要件が、条文上ありません。さきほどの条文を、もう一度見てください。ただし書きは、後段にだけ付いています。相対的特信情況は、公判での供述と比べて、前の供述のほうが信用できるか、を見る基準でした。供述不能の場面は、公判での供述が存在しません。比べる相手がいないので、この基準は、立てられません。3号は別です。3号には、絶対的特信情況が、条文にあります。2つ目。学説には、供述不能でも特信情況を要求すべきだ、という見解があります。供述不能だけで検察官調書を使うのは、証人審問権の侵害で違憲だ、という見解もあります。判例は、合憲です。外国旅行中の証人の検察官調書を、証拠として採用しても、憲法37条2項に違反しない、と判断しました。判決は、大法廷判決の趣旨に徴して明らかだ、と述べただけです。趣旨は、さきほどの1つ目の段階と同じ方向で、憲法37条2項は、審問の機会の無い供述を、絶対に使えないとまでは言っていない、という読みです。これは、国外にいる場合の判例です。実務は、供述不能を理由とする検察官調書の採用では、特信情況の立証を要しません。疑わせる事情があれば、それは、証明力の評価で考えます。3つ目。供述不能を理由に書面の証拠調べをしたあとで、状態が解消しても、そのことで、書面の証拠能力が失われるわけではありません。証拠調べをした時点では、法廷で供述を得られない、という必要性が現にあり、その時点で要件を満たして採用したものだからです。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。供述不能の事由は例示で同様またはそれ以上、証言拒絶は1号前段と2号、記憶喪失は3号、一時的では足りず決意が固く見込みが少ないとき、迅速な裁判と重要性と審理計画を総合して立証責任は検察官、供述不能の場合2号前段に特信情況の条文上の要件はない 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。条文の供述不能の事由は、例示です。これと同様、またはそれ以上の事由でも足ります。理由は、書面を使う必要性が、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないことにあるからです。2つ目。証言拒絶は、1号前段と2号で、供述不能に当たります。記憶喪失を理由とする証言拒絶も、3号で供述不能に当たります。号が違っても、供述不能の判断は、同じです。3つ目。ただし、一時的では足りません。決意が固く、期日を改めたり、方法に配慮したりしても、翻意の見通しが少ないときに限ります。迅速な裁判の要請、事案、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を総合して判断し、立証責任は検察官にあります。4つ目。供述不能の場合、2号前段に、特信情況の要件は、条文上ありません。

検察官調書を、どんな条件で使えるのか。相反供述と、相対的特信情況を見ます。

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#115単独ページ動画

相反供述と相対的特信情況

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

捜査段階の調書では「Hが台車で運び出すのを見た」と断定した証人Jが、法廷では「人影を見ただけで、Hだとは言い切れない」と話す場面。法廷の言葉と調書の言葉が食い違うとき、検察官調書をどんな条件で証拠にできるのかを問う導入板

  • 捜査段階の調書では「Hが台車で運び出すのを見た」と断定した証人Jが、法廷では「人影を見ただけで、Hだとは言い切れない」と話す場面
  • 法廷の言葉と調書の言葉が食い違うとき、検察官調書をどんな条件で証拠にできるのかを問う導入板

前回の最後に置いた予告が、この問いです。証人が法廷で前と違うことを話したとき、検察官調書を、どんな条件で使えるのか。前回は、証人が法廷で話せない場合、つまり供述不能を見ました。今日は逆です。話せるのに、話が変わった場合です。321条1項の全体を見た回で先送りにした、相反かどうかの判断と、特別の情況の判断の中身を、今日は正面から見ます。答えを先に言います。条件は3つです。1つ目は、法廷で、前の供述と相反する、または実質的に異なる供述をしたこと。2つ目は、その調書の供述が、法廷の供述より前であること。3つ目は、法廷の供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況、相対的特信情況があることです。

条文と3つの要件

刑事訴訟法321条1項2号の後段だけを取り出し、相反性、前の供述、相対的特信情況の3要件に色分けして示した条文板

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。検察官調書の規定です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

2号は、前段と後段の2本立てです。前段が供述不能で、前回の話でした。今日は、「又は」から始まる後段です。後段を、条文の言葉で割ります。1つ目。「前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき」。これが、相反性です。2つ目。「前の供述」という言葉。供述の時間の順番を決めています。3つ目。ただし書きの「前の供述を信用すべき特別の情況」。これが、相対的特信情況です。ただし書きは、前段にも掛かるのですか。掛かりません。ただし書きは「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述」と書いています。比べる公判供述がある場面、つまり後段だけの話です。

1号後段と2号後段の比較表。1号後段は前の供述と異なつた供述で足り特信情況の要件はない。2号後段は相反するか実質的に異なつた供述に加えて、ただし書きの相対的特信情況が要る。理由は、裁判官面前は中立で宣誓のうえの供述であるのに対し、検察官は一方の当事者であること 図:1号後段と2号後段の比較表

  • 1号後段は前の供述と異なつた供述で足り特信情況の要件はない
  • 2号後段は相反するか実質的に異なつた供述に加えて、ただし書きの相対的特信情況が要る
  • 理由は、裁判官面前は中立で宣誓のうえの供述であるのに対し、検察官は一方の当事者であること

板に並べます。1号は、裁判官の面前での供述を書いた調書の規定です。その後段は、「前の供述と異なつた供述」で足ります。特信情況の要件もありません。2号後段は、「相反するか実質的に異なつた供述」と、相対的特信情況の両方が要ります。理由は、321条1項の全体を見たときの軸、つまり、話を聞いた人の中立性です。裁判官は中立ですが、検察官は一方の当事者です。だから、翻されたときは、前の供述のほうが信用できるという上乗せを求める。それが、相対的特信情況です。もう一歩、意味づけをします。伝聞の例外は、必要性と、信用性の情況的保障で認められるのでした。2号後段では、相反性が、必要性にあたります。前回の供述不能は、法廷で供述そのものが得られない場面でした。相反は、法廷に来ても、前の供述の内容が得られない場面です。どちらも、法廷では得られない内容を、前の書面で補う必要がある、という点で同じです。特信情況が、情況的保障にあたります。反対尋問を経ていなくても、前の供述を信用してよい事情がある、という要件です。この意味づけは、最高裁の判決にも書かれています。あとで、特信情況のところで読みます。証人が検察官調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる。そう述べています。

相反性、実質的に異なる供述

設例Qの関係図。被告人Hは営業課長。証人Jは同じ課の部下で倉庫の鍵の管理を任されていた。Jは事件の3日後に検察官に詳しく話して調書に署名押印し、約1年後の公判で検察官が主尋問をする。JからHへ、上司と部下の線 図:設例Qの関係図

  • 被告人Hは営業課長
  • 証人Jは同じ課の部下で倉庫の鍵の管理を任されていた
  • Jは事件の3日後に検察官に詳しく話して調書に署名押印し、約1年後の公判で検察官が主尋問をする
  • JからHへ、上司と部下の線

設例Qで考えます。Hは会社の営業課長です。会社の倉庫から高額の商品を持ち出したとして、窃盗の罪で起訴され、持ち出していないと争っています。同じ課の部下のJは、倉庫の鍵の管理も任されていました。Jは、事件の3日後、検察庁で検察官に、「夜、Hが台車に段ボールを積んで、倉庫の裏口から出て行くのを見た」と詳しく話しました。その内容を書いた調書に、署名押印しています。公判は、約1年後です。Hの弁護人は、調書に不同意です。検察官は、Jを証人として請求し、Jは法廷に来ました。

実質的に異なる供述の規範板。「相反する」は表現の上で矛盾、「実質的に異なる」は異なる事実認定を導く程度に違うこと、要証事実との関係で供述全体の趣旨を比べること、1号後段の「異なつた供述」より絞られる理由は検察官が一方の当事者であること 図:実質的に異なる供述の規範板

まず、規範です。「実質的に異なつた供述」とは、その書面の内容が、公判供述とは異なる事実認定を導く程度に、違うことです。言葉の細かいずれでは、足りません。条文は、2つの言葉を並べています。「相反する」は、表現の上で、はっきり矛盾する場合です。「見た」と「見ていない」。「実質的に異なる」は、表現の上では矛盾しなくても、趣旨に照らして、異なる結論を導く場合です。判断の仕方は、何を証明するための証拠かという要証事実との関係で、供述の全体の趣旨を比べます。言葉尻の一部ではなく、重要な点で異なるかを見ます。1号後段の「異なつた供述」は、単に異なっていれば足りました。2号後段は、それより絞られています。理由は、さきほどの軸です。検察官は一方の当事者だからです。

証人Jの法廷での答え方を変えた4場面の表。場面1は「見ていません」で相反、場面2は「Hだとは言い切れません」で実質的に異なる、場面3は時刻が少しずれただけで相反性なし、場面4は結論は同じだが調書の方が詳細で判例の事例 図:証人Jの法廷での答え方を変えた4場面の表

では、Jの法廷での答えを、4通りに変えて見ます。場面1。Jが、「Hは見ていません」と言った場合です。調書は「Hを見た」です。場面3を、先に言います。Jが、「見たのは午後9時ごろです」と言った場合です。調書では、午後8時50分ごろでした。相反性はありません。食い違えば、何でも2号後段、ではありません。細かい違いでは、足りないのです。場面2に入る前に、問いです。Jが、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言ったとします。調書は「Hを見た」と断定していました。表現は、矛盾していません。それでも、2号後段の相反供述に当たるでしょうか?

矛盾はしていません。でも、調書はHだと断定していて、法廷はHだと言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、いちばん大事な点で、結論が変わります。実質的に異なる供述に当たると思います。これが、冒頭の場面です。実質的に異なる供述です。前回の記憶喪失の話と、つなげます。「よく覚えていません」と言っても、一部でも証言があれば、供述不能ではなく、相反供述の側で見ます。要証事実にかかわる点で、調書と異なる供述をしたなら、今の場面2と、同じように扱います。場面4です。Jが、「Hが台車で運ぶのを見ました」と言います。結論は、調書と同じです。ただ、調書には、段ボールの数や服装まで、詳しく書かれていました。詳細さの差だけです。これを、実質的に異なるというのか。最高裁の決定があります。事案から言います。船舶を焼失沈没させて、保険金を騙し取ったとされる、放火と詐欺の事件です。相被告人、つまり同じ裁判で一緒に審理されている別の被告人の、検察官調書が、公判廷での供述と、大綱、つまり大筋では一致していましたが、調書の方が詳細でした。この調書は証拠として使われており、最高裁は、刑事訴訟法の違反はないと判断しました。判旨です。

判例最高裁判所決定・昭和32年9月30日(刑集11巻9号2403頁)

詳細さの差で足りるとした判旨 その他相被告人の供述調書は、公判廷における夫々の供述と大綱においては一致しているが、供述調書の方が詳細であつて、全く実質的に異らないものとはいえないのであるから、同三二一条一項二号の要件をも満たしているということができる

この決定は、そうした事例で、要件を満たすと述べました。ただし、大綱が一致していて調書が詳細なら、常に実質的に異なる、と一般化した決定ではありません。事例についての判断です。学説は、限定して読むのが有力です。詳細さの差だけで相反性を認めると、1号との差が薄れてしまうからです。答案では、こう書く余地があります。詳細さの差にとどまる場合は、法廷の供述だけでは要証事実の認定に足りない、簡略すぎて心証が取れない、という事情があるときに、実質的に異なると見る、という程度です。相反性を、書面を使う必要性の要件として見る整理から出てくる絞り方です。

前の供述、作られた時期で決まる

公判供述と調書作成の順番による3ケースの時系列図。ケース1は調書作成のあとに法廷で相反供述で前の供述に当たる。ケース2は法廷で証言したあとに調書を作成で当たらない。ケース3は証言、調書作成、再度の証言で、2度目の証言との関係では当たるが特信情況は慎重に吟味される 図:公判供述と調書作成の順番による3ケースの時系列図

  • ケース1は調書作成のあとに法廷で相反供述で前の供述に当たる
  • ケース2は法廷で証言したあとに調書を作成で当たらない
  • ケース3は証言、調書作成、再度の証言で、2度目の証言との関係では当たるが特信情況は慎重に吟味される

2つ目の要件、「前の供述」です。調書の供述は、法廷の供述より前でなければなりません。時間の順番で、3つのケースに分けます。ケース1。調書を作ったあとに、法廷で相反する供述が出ました。設例Qの、もともとの形です。前の供述に当たります。ケース2。法廷でJの証言が先にあり、そのあとに、検察官が同じ事項でJを取り調べ、調書を作った場合です。この調書は、その証言との関係では、前の供述に当たりません。高等裁判所の判決があります。事案は、検察官調書3通が、供述者が証人として供述した後に作られたものでした。原審が2号の書面として取り調べ、有罪認定の資料にしていた事件です。

判例東京高等裁判所判決・昭和31年12月15日(高等裁判所刑事判例集9巻11号1242頁)

証人尋問のあとに作られた調書は2号の書面にならないとした判旨 右三通の供述調書は、いずれも前示のとおり、その各供述者が既に公判期日において証人として供述した後に作成されたものであつて、同条第一項第二号所定のいずれの場合にも該当しないものであることが明らかであるから、同条による証拠能力を有しないものというべく、従つて、原審においては、これにつき同条第一項第二号の書面として証拠調をすることも、これを有罪事実認定の資料とすることも共に許されないものといわなければならない。

この判決は、原判決を破棄して、差し戻しました。採用したのは違法だ、という結論です。判決は結論を示しただけで、理由は詳しく書いていません。説明としては、こうです。証言のあとに作った調書まで前の供述になるなら、法廷で思いどおりの証言が出なかったとき、いつでも調書を作り直して差し替えられてしまいます。法廷で証言させる意味が、失われます。設例Qで確認します。Jが法廷で「見ていません」と言ったので、検察官が慌ててJを取り調べ、新しい調書を作ったとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述ではありません。ここで、問いです。ケース2のあとに、もう一度、Jの証人尋問が行われました。そこでJが、新しい調書と食い違う供述をしたとします。この調書は、2度目の尋問の供述に対して、前の供述に当たるでしょうか?

最初の証言より後で、2度目の証言より前に作られた調書。これがケース3です。証言、調書作成、もう一度の証言、の順です。最高裁の決定があります。事案は、業務上横領と詐欺の事件です。詐欺の被害事実について、証人Aの尋問が行われた後に、検察官が同じ事実でAを取り調べて調書を作りました。その後、Aは再び証人として尋問され、調書と異なる供述をしました。検察官が2号の書面として調書を請求し、原審は採用しました。判旨です。

判例最高裁判所決定・昭和58年6月30日(刑集37巻5号592頁)

尋問後の調書も再度の尋問で相反供述が出れば前の供述にあたるとした判旨 このように、すでに公判期日において証人として尋問された者に対し、捜査機関が、その作成する供述調書をのちの公判期日に提出することを予定して、同一事項につき取調を行うことは、現行刑訴法の趣旨とする公判中心主義の見地から好ましいことではなく、できるだけ避けるべきではあるが、右証人が、供述調書の作成されたのち、公判準備若しくは公判期日においてあらためて尋問を受け、供述調書の内容と相反するか実質的に異なつた供述をした以上、同人が右供述調書の作成される以前に同一事項について証言をしたことがあるからといつて、右供述調書が刑訴法三二一条一項二号にいう「前の供述」の要件を欠くことになるものではないと解するのが相当である(ただし、その作成の経過にかんがみ、同号所定のいわゆる特信情況について慎重な吟味が要請されることは、いうまでもない。)。

昭和58年6月30日の決定の判旨を3つの部分に割った板。1つ目は尋問後に同じ事項で取り調べるのは好ましくなくできるだけ避けるべき、2つ目は再度の尋問で相反供述が出れば前の供述の要件を欠かない、3つ目は作成の経過にかんがみ特信情況を慎重に吟味 図:昭和58年6月30日の決定の判旨を3つの部分に割った板

判旨は3つの部分です。1つ目。尋問のあとに、その調書を次の期日に出すつもりで同じ事項を取り調べるのは、好ましくなく、できるだけ避けるべきです。公判中心主義の見地からです。2つ目。しかし、調書を作ったあとに、あらためて尋問を受け、調書と相反する供述をした以上、作成前に証言していても、調書は「前の供述」の要件を欠きません。なぜ、それでよいのか。2度目の尋問の供述と比べれば、調書は時間の上で確かに前です。条文の「前の供述」は、比べる相手の公判供述との順番を言っています。作り方の問題は、3つ目の特信情況の慎重な吟味で受け止める、という分担です。3つ目。ただし、作成の経過にかんがみて、特信情況について慎重な吟味が要請されます。

慎重な吟味とは、特信情況の判断で、作成の経過が見られる、ということです。誰の求めで、なぜ、もう一度取り調べたのか。ただ、この決定は、特段の事情がなければ証拠能力を認めない、とまでは述べていません。吟味が要請される、までです。

前の供述かどうかは調書に記録された供述がされた時期で決まり、調書の証拠調べの期日とは別であることを示す時系列の板

もう1つ、区別があります。「前の供述」かどうかは、調書に記録された供述が、された時期で決まります。調書の証拠調べが、証人を尋問した期日のあとの期日で行われることもあります。最高裁は、その事件で反対尋問が十分に行われていたことも挙げたうえで、証拠調べがあとの期日でも、憲法37条2項の反対尋問権を奪ったことにならない、と述べています。作られた時期と、証拠調べの時期を、混同しないでください。

相対的特信情況

相対的特信情況の規範の板。公判の供述と比べて前の供述の方を信用すべき特別の情況があること。比較の問題で、証拠能力の要件であり、その後の証明力の評価とは別の段階であること。判断資料は判例では内容自体も可、通説的整理では外部的付随事情が中心 図:相対的特信情況の規範の板

  • 公判の供述と比べて前の供述の方を信用すべき特別の情況があること
  • 比較の問題で、証拠能力の要件であり、その後の証明力の評価とは別の段階であること
  • 判断資料は判例では内容自体も可、通説的整理では外部的付随事情が中心

前回、供述不能の2号前段に、特信情況の要件が条文上ないのはなぜだったでしょうか?比べる公判供述が、存在しないからです。今日の後段は、比べる相手があります。だから「相対的」です。3号の特信情況は、比べる相手がなく、絶対的でした。規範です。相対的特信情況とは、公判準備や公判期日の供述と比べて、前の供述の方を信用すべき特別の情況があることです。比較の問題です。検察官の面前というだけでは、足りません。検察官は一方の当事者です。密室で聞き取った内容が、宣誓のうえの証言より信用できる、と言える特別の事情が要ります。見る範囲は、両側です。前の供述の側の事情と、公判供述の側の事情。公判供述の側には、宣誓のうえ、裁判官の面前で述べた、という事情があります。一方で、被告人の面前では話しにくい、という事情もあります。両方を比べます。大事な区別を、1つ言います。特信情況は、証拠能力の要件です。その調書を、証拠として使える資格の話です。使ってよいとなったあとに、その内容をどこまで信用するかは、証明力の話で、別の判断です。特信情況があるから、内容が真実だと決まるわけではありません。

だから、特信情況の判断で、供述が本当かどうかまで、先に決めてしまってはいけないのです。では、何を見て判断するのか。最高裁の判決を読みます。事案は公職選挙法違反です。判旨を読みます。

判例最高裁判所判決・昭和30年1月11日(刑集9巻1号14頁)

伝聞例外の趣旨と特信情況の判断資料についての判旨 刑訴三二一条一項二号は、伝聞証拠排斥に関する同三二〇条の例外規定の一つであつて、このような供述調書を証拠とする必要性とその証拠について反対尋問を経ないでも充分の信用性ある情況の存在をその理由とするものである。そして証人が検察官の面前調書と異つた供述をしたことによりその必要性は充たされるし、また必ずしも外部的な特別の事情でなくても、その供述の内容自体によつてそれが信用性ある情況の存在を推知せしめる事由となると解すべきものである。

前半は、さきほどの意味づけです。必要性と、反対尋問を経なくても充分の信用性ある情況。証人が検察官の面前調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる、と言っています。後半が、判断資料です。必ずしも外部的な特別の事情でなくても、供述の内容自体によっても、信用性ある情況の存在を推知できる、つまり推し量れる、とします。供述の具体性だけで、特信情況ありとは書けません。通説的な整理を見てください。さきほど、特信情況は証拠能力の要件で、内容が本当かという証明力とは別の判断だ、と確認しました。供述の内容そのものが信用できるかで決めると、証明力の評価を、証拠能力の段階で先取りしてしまいます。だから、供述がされたときのまわりの事情、つまり供述に付随する外部的な情況を、主に見ます。供述の内容は、その外部的な情況を推知させる一資料として、参酌するにとどまります。判旨も、内容自体を、信用性ある情況の存在を推知させる事由と言っています。内容は、情況を推し量る材料という位置づけです。短答では、「特信情況は外部的な特別の事情によってのみ判断できる」は誤りです。判例は、内容自体によっても判断できるとしています。一方、答案では、内容だけで信用できるから特信情況あり、とは書かず、外部的な情況を主にして、内容を補助にします。

相対的特信情況を判断する典型的な事情の表。取調べ時の状況、供述者と被告人との関係と公判廷での心理的圧力、時間の経過と記憶、供述の具体性と変遷の説明、他の証拠との整合の5つ 図:相対的特信情況を判断する典型的な事情の表

典型的な事情を、5つ並べます。1つ目。取調べ時の状況です。穏やかだったか、長時間でなかったか、誘導や圧力の疑いはないか、記録はあるか。2つ目。供述者と被告人との関係と、公判廷での心理的な圧力です。上司と部下、親族、仲間ではないか。被告人の前では話しにくい事情や、働きかけはないか。3つ目。時間の経過と記憶です。調書の時点の記憶と、公判の時点の記憶を比べます。4つ目。供述の具体性と、変遷の説明です。自分に不利益な事実も含めて具体的に話しているか。公判で変えた理由の説明は合理的か。これは、内容による推知の資料です。そして5つ目。他の証拠との整合です。客観的な記録と合うか。これも内容の参酌にあたります。実務の傾向も、一言だけ。特信情況は、比較的緩やかに認められる傾向があるとされ、法廷の証言より、捜査段階の調書で事実が決まってしまう、調書裁判だという批判もある、といわれます。

設例Qの当てはめ

設例Qの当てはめの板。相反性、前の供述、相対的特信情況の順に検討することを示し、特信情況は検察官の主張と弁護人の反論を対照する表にしたもの 図:設例Qの当てはめの板

設例Qに戻ります。Jは法廷で、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言いました。検察官は、Jの検察官調書を、2号後段の書面として請求します。Hの弁護人は、不同意です。検察官は、請求書で、相反性と特信情況を具体的に主張して、採用を求めます。順番は、相反性、前の供述、特信情況です。前の2つは、形式的な要件です。3つ目が本丸です。相反性。調書は、Hが台車で運び出すのを見た、と断定しています。法廷は、Hだとは言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、要証事実の核心で、結論が変わります。実質的に異なる供述です。前の供述。調書は事件の3日後で、公判証言より前です。ケース1で、満たします。特信情況。検察官と弁護人の主張を対照します。検察官は、こう主張します。調書は、事件から3日後で、記憶が鮮明です。公判は1年後で、記憶が薄れています。調書は、Jが落ち着いて自分から話し、倉庫の鍵の管理を任されていた自分に不利益になりうる事実も含めて、具体的です。法廷では、Jは被告人である課長Hの前に立ち、証言のあとも同じ課で働き続けます。心理的な圧力があります。変えた理由の説明もありません。調書の内容は、倉庫の記録簿の時刻とも合います。弁護人は、こう反論します。取調べで、課長が犯人だと決めつけられ、責任の追及をおそれて迎合したのではないか。法廷は、宣誓のうえ、裁判官の面前の証言で、こちらの方が慎重に話している。人影しか見ていないという証言は変わらず、記憶が薄れたのではなく、もともと曖昧だったのではないか。さらに、内容が具体的であることだけで特信情況を認めるのは、信用性の評価の先取りだ、と主張します。

外部的な情況を、両側から比べます。取調べの状況、課長との関係、時間の経過、変えた理由の説明です。記録簿との合致は、外部的な情況を推知させる資料としての範囲で参酌します。

設例Qの結論の板。左に認められる方向の事情(時間の経過・課長との関係・変えた理由の説明が無い)、右に認めにくくなる境界の外側(夜遅くまで続いた取調べ・ほかの社員の供述を告げた直後に話し始めた)を並べ、下段に、慌てて作り直した調書はケース2、再度の尋問で同じ証言が出ればケース3 図:設例Qの結論の板

結論の型は、こうです。相対的特信情況が認められれば、調書を採用して、Jの証言と併せて、証明力を評価します。認められなければ、2号後段の書面として採用できません。この設例では、どうか。弁護人の反論を、1つずつ見ます。迎合したのではないか、という点。調書は、Jが落ち着いて自分から話したもので、長時間の取調べや、決めつける誘導をうかがわせる事情は、記録から出ていません。疑いの指摘にとどまります。法廷は宣誓のうえだ、という点。それは、公判供述の側の一般的な事情です。Jには、証言のあとも課長と同じ課で働く、という具体的な圧力があり、こちらが重く見られます。内容だけで認めるのは先取りだ、という点。ここで主に見たのは、時間の経過、課長との関係、変えた理由の説明が無いこと、という外部的な情況で、内容の具体性や記録簿との合致は、補助にとどめています。だから、相対的特信情況は、認められる方向です。反論が勝つのは、裏づける外部的な事情が出たときです。次の境界の外側が、その例です。境界の外側も1つ置きます。Jの取調べが夜遅くまで何時間も続き、検察官が「ほかの社員も、課長だと言っている」と告げた直後に、Jが「Hを見た」と話し始めていた、と記録から分かったとします。前の供述の側の外部的な情況が崩れます。この場合、相対的特信情況は認めにくくなります。

もう一段、確認です。検察官が、Jが「人影」と言った直後に、慌ててJを再び取り調べ、新しい調書に「Hだと確信した」と書かせたとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述に当たりません。ケース2です。後日、もう一度尋問して同じ証言が出れば、前の供述になりえますが、特信情況は慎重に吟味されます。ケース3です。

反対尋問で出た相反供述と合憲判断

主尋問では調書どおり証言した証人が弁護人の反対尋問で言い直した場合の流れを示した板。反対尋問に対する供述も相反供述に含まれること、反対尋問に成功するほど調書が入るという問題、2号後段は憲法37条2項に反しないこと

最後の論点です。Jを呼んだ検察官が先に行う主尋問では、Jは調書どおり「Hを見た」と証言したとします。ところが、相手方であるHの弁護人の反対尋問で、「本当は、人影しか見ていません」と言い直しました。この反対尋問での供述は、相反供述に当たるでしょうか。高等裁判所の判決があります。事案は覚醒剤取締法違反です。弁護人は、調書と食い違ったのは反対尋問によるものだから、調書を採用するのは2号に反し、憲法37条2項の証人審問権を有名無実にする、と主張しました。高裁は、この主張を退けました。判旨です。

判例東京高等裁判所判決・昭和30年6月8日(高等裁判所刑事判例集8巻4号623頁)

反対尋問に対する供述も相反供述に含まれるとした判旨 そして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたときとは必ずしも主尋問に対する供述のみに限らず、反対尋問に対する供述をも含むものと解するのが相当であり所論は独自の見解というべく到底採用することはできない。

相反供述は、主尋問に対する供述に限りません。反対尋問に対する供述も含まれます。反対尋問で証言を崩すほど、調書の方が証拠になりやすくなる。これは、実際に指摘されている問題です。伝聞法則の趣旨は、反対尋問で誤りを確かめる機会でした。それと緊張する場面です。ただ、この場面は、供述者が法廷に出て、被告人側が尋問できます。供述者が出てこない伝聞とは、違います。伝聞法則と重なるけれど同じではない、と前に見た、憲法37条2項との関係です。最高裁は、2号後段は憲法37条2項に反しないとしました。事案は、第一審が証人A、Bを尋問して反対尋問の機会を与えたうえで、その検察官調書を、被告人が証拠とすることに同意したので採用したものです。反対尋問で相反供述を引き出した事案そのものではありません。判旨の一般論です。

判例最高裁判所判決・昭和30年11月29日(刑集9巻12号2524頁)

公判期日に尋問する機会を与えれば供述録取書を証拠とできるとした判旨 憲法三七条二項が、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味をふくむものではなく、従つて、法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定したからといつて、憲法三七条二項に反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例が示すところであるから……、刑訴三二一条一項二号後段の規定が違憲でないことはおのずから明らかである。

筋は、こうです。憲法37条2項は、審問の機会を与えない証人の書類を、絶対に使えないとまでは言っていません。供述者を公判期日で尋問する機会を被告人に与えれば、証拠にできる、と法律が定めても、憲法に反しません。実際の歯止めは、要件にあります。反対尋問での言い直しでも、相反性と特信情況が無ければ、採用されません。運用の一言です。裁判員裁判の導入を契機に、直接主義が重視され、主尋問で証言がすでに法廷に出ているとして、裁判所が、取調べの必要性がないと、調書の請求を採用しないことが増えた、ともいわれます。これに対し、2号に沿って採用すべきだという意見もあります。公判前整理手続に付された事件には、もう1つあります。手続が終わったあとは、やむを得ない事由がなければ、新たに証拠調べを請求できません。ただ、証人が公判で調書と異なる供述をした場合は、やむを得ない事由に当たる、といわれます。手続の中身は、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。2号後段の3要件の型と、短答の落とし穴として1号後段との違い、詳細さの事例判断、尋問後の調書、再度の尋問、判断資料、証拠能力と証明力、反対尋問、合憲判断を並べたもの 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。2号後段の判断は、3ステップです。1つ目。相反する、または実質的に異なる供述があるか。異なる事実認定を導く程度かを、要証事実との関係で見ます。2つ目。「前の供述」か。公判供述より前に作られた調書かを見ます。証人尋問のあとに作られた調書は、その尋問の供述に対しては、前の供述ではありません。再度の尋問で相反供述が出れば、前の供述になりますが、特信情況は慎重に吟味されます。3つ目。相対的特信情況があるか。公判供述と比べて、前の供述を信用すべき情況を見ます。証拠能力の要件で、証明力とは別です。短答の落とし穴を、○×で言います。1号後段と2号後段の要件は同じ、は×です。2号は絞られます。詳細さの差だけなら常に相反性あり、は×です。事例判断です。証人尋問のあとに作られた調書が、その尋問に対して前の供述、は×です。再度の尋問で相反供述が出ても前の供述にならない、も×です。当たります。特信情況は外部的な特別の事情でのみ判断できる、は×です。判例は内容自体でも可とします。特信情況は証拠能力の要件で、証明力の評価と同じ、も×です。別です。相反供述は主尋問に対する供述に限る、は×で、反対尋問に対する供述も含みます。2号後段は憲法37条2項に違反する、も×です。違反しません。

今日の1問の答えは、こうですね。証人が法廷で前と違うことを言ったとき、検察官調書は、相反する、または実質的に異なる供述があり、その調書が前の供述で、相対的特信情況があるときに、証拠になる。

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#116単独ページ動画

国際捜査共助と321条1項3号

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の共犯者はすでに母国へ帰り、母国の捜査官に全部を話した。その供述を書いた書面が日本の法廷に届いたが、日本の裁判官も検察官もその場にいなかった、という問いを示す導入板 図:事件の共犯者はすでに母国へ帰り、母国の捜査官に全部を話した

前回の最後に置いた予告が、この問いです。供述者が国外にいるとき、国際捜査共助で作られた供述録取書を、どんな条件で使えるのか。今日は、321条1項3号の中身を、国外の書面に当てはめて見ます。答えを先に言います。国外にいることは、供述不能の事由として条文に書かれています。だから残る勝負は、2つです。その供述が、犯罪事実の証明に欠くことができないか。そして、特に信用すべき情況があるか。外国の手続は、日本と違うことがあります。それでも、日本の側が取調べの方法を求め、黙秘権が実質的に告げられ、強制の形跡がない、といった具体的な事実があれば、最高裁は3号での採用を認めました。今日は、この判断の組み立て方を身につけます。

条文と、なぜ3号なのか

刑事訴訟法321条1項3号を、供述不能、不可欠性、絶対的特信情況の3要件に色分けして示した条文板

条文です。321条1項の柱書と、3号を出します。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

3号は、3つの要件です。供述不能、不可欠性、そして特に信用すべき情況。この3つは、321条1項の3類型を見た回で整理しました。

1号から3号の並びを、話を聞いた人で整理した板。1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はそれ以外。外国の捜査官、公証人、外国の裁判所は、日本の裁判官でも検察官でもないので3号 図:1号から3号の並びを、話を聞いた人で整理した板

  • 1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はそれ以外
  • 外国の捜査官、公証人、外国の裁判所は、日本の裁判官でも検察官でもないので3号

321条1項の軸は、話を聞いた人の中立性でした。1号は日本の裁判官の面前、2号は日本の検察官の面前です。中立性が下がるほど、要件が厳しくなる。外国の捜査官も、外国の公証人も、外国の裁判所も、条文の言う裁判官でも検察官でもありません。だから、1号と2号の書面ではなく、「前二号に掲げる書面以外の書面」として、3号に入ります。もう1つ。国外にいることは、供述不能の事由です。供述不能の事由は例示で、その中に国外にいることも書かれている。前々回に見たとおりです。ここで、問いです。前回の2号後段の特信情況は、何と何を比べる基準だったでしょうか?

公判での供述と、前の供述を比べる基準でした。相対的特信情況です。3号の特信情況は、比べる相手がありません。その供述が、特に信用すべき情況の下にされたかだけを見ます。絶対的特信情況です。今日、勝負になるのは、ここです。

国際捜査共助と、外国の手続の違い

国際捜査共助の流れの板。日本の捜査機関が外国の捜査機関に依頼し、外国の捜査官が共犯者を取り調べ、録取書を日本へ送る。関係者は被告人Z、帰国した共犯者、外国の捜査官、日本の捜査官、検察官 図:国際捜査共助の流れの板

  • 日本の捜査機関が外国の捜査機関に依頼し、外国の捜査官が共犯者を取り調べ、録取書を日本へ送る
  • 関係者は被告人Z、帰国した共犯者、外国の捜査官、日本の捜査官、検察官

設例Rで考えます。被告人のZは、日本国内で、共犯者と共謀して、貴金属店から商品をだまし取ったとして起訴されました。Zは、共謀があったことを争っています。共犯者は、事件の直後に母国へ帰りました。そして、別の件で、その国で勾留されています。日本の検察官は、その国に、捜査共助を要請しました。外国の捜査官が、共犯者を取り調べて、供述録取書を作り、日本に送ってきました。書面には、「Zと一緒に計画した」と書かれています。共犯者は、国外にいて、日本の法廷には来られません。Zの弁護人は、書面に不同意です。検察官は、3号で請求します。

外国にいる人の取調べは、日本の捜査官が、その国で勝手に行うことはできません。その国の主権の範囲だからです。そこで、日本側が、その国の捜査機関に、取調べを頼みます。これが、国際捜査共助です。頼むのは、日本の側です。実際に取り調べるのは、外国の捜査官です。

日本の手続と外国の手続の対比表。黙秘権の告知は日本は必ず告げるが外国は告げない法制もある、供述の義務は日本は課さないが外国は真実を述べる義務を課す法制もある、記録の取り方、その場にいる人が国によって違う 図:日本の手続と外国の手続の対比表

問題は、ここからです。外国の手続は、日本と同じとは限りません。比べる場所を、4つ挙げます。1つ目。黙秘権の告知です。日本は、供述を拒める権利を告げます。外国には、告げない法制もあります。2つ目。供述の義務です。日本は、被疑者に供述を義務づけません。外国には、真実を述べる義務を課す法制もあります。3つ目。記録の取り方です。供述を、そのまま記録するのか、要約して書くのか。4つ目。その場にいる人です。弁護人がいるのか、誰が立ち会うのか。日本の基準に合わない書面を一律に締め出す、という考え方ですね。分かりやすいのですが、それは困ります。外国の捜査機関は、日本の刑訴法に従う義務がありません。日本と同じ手続を、厳格に要求すると、国際捜査共助で得た書面は、ほぼ全部使えなくなります。一方、違いを一切見ないでよいとすると、強制や利益誘導で作られた供述まで入ってしまいます。だから、判断の場所を分けます。2か所です。1つ目は、3号の要件、とくに絶対的特信情況です。2つ目は、証拠としての許容性です。供述の自由が害されていないか、手続が公正かという、一般の問題です。外国の手続の違いは、この2か所のどちらかで効きます。次の判例が、その典型です。

最高裁の判決、国際捜査共助で作られた供述調書

判決が事実として述べた部分、上告した側の主張、判旨の3段の板。事実は中国の捜査官が身柄を拘束されていた共犯者2名を取り調べ供述調書等が第1審で採用された、主張は供述の自由が保障された状態でなされていないから許容性がない、判旨は3号での採用を是認 図:判決が事実として述べた部分、上告した側の主張、判旨の3段の板

最高裁の判決です。この判決は、事実、上告した側の主張、判旨の3つに分けて読みます。事実と、判旨を混ぜると、判旨の射程を読み違えるからです。まず、事実です。判決が事案として述べているのは、こうです。被告人は、強盗殺人などの罪で起訴されました。中国の捜査官が、中国で身柄を拘束されていた共犯者2名を取り調べて、その供述を録取した供述調書等が作られました。これが、第1審で採用されています。次に、上告した側の主張です。取調べは、供述の自由が保障された状態でなされたものではない。だから、証拠能力、ないし、証拠としての許容性がない、という主張でした。そして、判旨です。読みます。

判例最高裁判所判決・平成23年10月20日(刑集65巻7号999頁)

国際捜査共助で作成された供述調書等を321条1項3号で採用した措置を是認した判旨 上記供述調書等は、国際捜査共助に基づいて作成されたものであり、前記(5)の犯罪事実の証明に欠くことができないものといえるところ、日本の捜査機関から中国の捜査機関に対し両名の取調べの方法等に関する要請があり、取調べに際しては、両名に対し黙秘権が実質的に告知され、また、取調べの間、両名に対して肉体的、精神的強制が加えられた形跡はないなどの原判決及びその是認する第1審判決の認定する本件の具体的事実関係を前提とすれば、上記供述調書等を刑訴法321条1項3号により採用した第1審の措置を是認した原判断に誤りはない。

判旨に出てくる事情を、拾います。国際捜査共助に基づいて作られたこと。犯罪事実の証明に欠くことができないこと。日本の捜査機関が、中国の捜査機関に、取調べの方法等を要請したこと。黙秘権が、実質的に告知されたこと。肉体的、精神的な強制が加えられた形跡がないこと。判旨の最後の「具体的事実関係を前提とすれば」は、大事な言葉です。この判決は、こういう事情があれば、必ず採用できる、という一般的な基準を立てていません。下級審が認定した具体的な事実を前提にして、採用は誤りではない、と結論を出しました。事例についての判断です。この点は、あとで使います。

判旨の読み方

判旨が挙げた事情の仕分け表。欠くことができない事情は不可欠性、日本側の要請と黙秘権の実質的告知と強制の形跡なしは許容性に関する説示と理解されるが特信情況を認める一事情にもなりうる、具体的事実関係を前提とした事例判断である 図:判旨が挙げた事情の仕分け表

ここで、立ち止まります。問いです。判旨が挙げた事情は、日本の捜査機関の要請、黙秘権の実質的な告知、強制の形跡がないこと、でした。では、画面の判旨の、この部分に、「特に信用すべき情況」という言葉は出てくるでしょうか?読み直します。「欠くことができない」は出てきます。でも、「特に信用すべき情況」という言葉は、どこにも出てきません。ここが、この判決の読み方の山場です。判旨の事情を、3つに仕分けます。1つ目。「欠くことができない」。これは、3号の不可欠性です。条文の言葉そのままです。2つ目。日本側の要請、黙秘権の実質的な告知、強制の形跡がないこと。これは、先ほどの上告した側の主張への答えです。供述の自由が保障されていたか、証拠としての許容性があるか。そこに答える説示です。事情が、上告した側の主張への答えとして並んでいる。しかも、特信情況という言葉が無い。この2つから、特信情況を積極的に基礎づける趣旨ではなく、証拠の許容性に関して述べたもの、と理解するのが一般的です。

この事情が、特信情況とまったく無関係かというと、関係しうる、というのが、私の整理です。判決は、特信情況の認定を、明示していません。ただ、日本側が、取調べの方法を要請し、手段を尽くした。黙秘権が実質的に告げられ、強制も無かった。こうした事情は、その供述が信用できる情況の下でされた、と見る一事情になりえます。ただし、判決が、そう言ったわけではありません。ここは、断定しません。3つ目。「具体的事実関係を前提とすれば」。事例判断です。黙秘権の告知が無ければ必ず否定する、という基準ではありません。告知があれば必ず肯定する、という基準でもありません。ここは論文で論点になりうる部分です。中身は、判例の事情が、3号の要件のどれに効くのか、それとも許容性に効くのか、という整理です。不可欠性は条文の言葉どおりです。日本側の要請や告知、強制の形跡のなさは、許容性に答える事情であり、特信情況を認める一事情にもなりえます。

設例Rの当てはめ

設例Rの主張の対照表。検察官は国外にいて供述不能、共謀の唯一の証明で欠くことができない、日本側の関与と黙秘権告知等で特信情況あり。弁護人は外国の手続は日本の基準に達していない、反対尋問できない、特信情況の立証が足りない 図:設例Rの主張の対照表

  • 検察官は国外にいて供述不能、共謀の唯一の証明で欠くことができない、日本側の関与と黙秘権告知等で特信情況あり
  • 弁護人は外国の手続は日本の基準に達していない、反対尋問できない、特信情況の立証が足りない

設例Rに戻ります。検察官は、共犯者の供述録取書を、3号で請求しました。Zの弁護人は、不同意です。まず、双方の主張を対照します。検察官は、こう主張します。共犯者は国外にいて、日本に来られないから、供述不能です。共謀があったことを直接語れるのは共犯者だけで、ほかの証拠では、共謀の証明が足りないから、欠くことができません。そして、日本の側が取調べの方法を要請し、黙秘権も実質的に告げられて、強制の形跡もないから、特に信用すべき情況があります。弁護人は、こう反論します。外国の手続は、日本の基準に達していない。共犯者には、反対尋問もできない。特信情況を基礎づける事情は、検察官が立証していない。さらに、共犯者は、自分の責任を軽くするために、Zを巻き込んだかもしれない。

どちらの言い分も、もっともに聞こえます。場面によって、結論は変わりますか。変わります。3つの場面で見ます。

設例Rの3場面の比較表。場面1は日本側が方法を要請し黙秘権が実質的に告げられ強制の形跡なしで採用の方向、場面2は供述義務を課す法制で要請も告知も無く苦しい、場面3は強制や利益誘導の形跡があり3号とは別に許容性で否定されうる 図:設例Rの3場面の比較表

場面1です。日本側が、取調べの方法を要請しました。黙秘権は、実質的に告げられました。強制の形跡は、ありません。録取書には、共犯者の署名があります。判例の事情が、揃っています。供述不能は、国外にいるから満たします。不可欠性は、共謀の直接の証明が、この書面しかないから満たします。絶対的特信情況は、日本側が取調べの方法まで要請して手段を尽くし、告知も強制のなさも確かめられることを一事情として、認められる方向です。許容性も、問題になりません。採用できる方向です。弁護人の、反対尋問できない、という反論は、どうでしょう。3号そのものが、反対尋問を経ない書面を、要件を満たしたときに使うための規定です。反対尋問できないことだけでは、3号を否定する理由になりません。一方、巻き込んだ可能性は、特信情況の吟味の中で、弁護人が具体的に指摘することになります。場面2に入る前に、問いです。外国の法制が、被疑者に、真実を述べる義務を課していました。日本側の要請もありません。黙秘権の告知も、ありません。それだけで、3号は使えないでしょうか?

日本の基準に、まったく合っていません。使えないと言いたくなります。でも、判例は事例判断でした。それだけでは、決まらない気がします。判例は、要件の列挙ではなく、具体的事実関係を見ました。ただ、場面2は、苦しいです。供述義務がある中で、日本側も関与していなければ、自由に話せた情況だったのか、という疑いが強く残ります。検察官が補える事情は、あります。作成の経緯を、立証するのです。誰が、どんな状況で、どのくらいの時間、取り調べたのか。供述義務の制裁が、実際に告げられたのか。強制的な事情は、何も無かったのか。こうした経緯を具体的に示せれば、特信情況を認める余地は、残ります。示せなければ、弁護人の反論が勝ちます。場面3です。取調べの最中に、強制や利益誘導の形跡があります。たとえば、「話せば、釈放する」と約束されていた、という事情です。この場合、3号の要件とは別に、許容性の段階で否定されうる場面です。供述の自由が害された供述は、特信情況を満たすかどうかにかかわらず、使えないと見る方向になります。供述の任意性の問題は、別の回で扱います。

ここで、結論の型を言います。判例は事例判断ですから、「黙秘権の告知があるから採用できる」「無いから採用できない」と、要素を1つだけ取り出して、結論を断定しないでください。具体的事実関係を挙げて、3要件に当てはめます。

ほかの国外書面

国外書面の3件の比較表。最判平23は中国の捜査官の供述調書で許容性の説示、最決平12は米国の公証人の面前の宣誓供述書で特信情況を認定、最決平15は韓国の裁判所の公判調書で特信情況を認定 図:国外書面の3件の比較表

国外の書面の判例は、ほかに2つあります。3件を比べます。共通するのは、どれも3号の書面だという点です。違うのは、効いた要件です。1つ目。米国に住んでいる人の宣誓供述書です。日本政府が米国政府に、捜査共助を要請して、作られました。判旨を読みます。

判例最高裁判所決定・平成12年10月31日(刑集54巻8号735頁)

米国の宣誓供述書を321条1項3号の特信情況の下にされた供述とした判旨 原判決の認定によれば、Aの宣誓供述書は、日本国政府からアメリカ合衆国政府に対する捜査共助の要請に基づいて作成されたものであり、アメリカ合衆国に在住するAが、黙秘権の告知を受け、同国の捜査官及び日本の検察官の質問に対して任意に供述し、公証人の面前において、偽証罪の制裁の下で、記載された供述内容が真実であることを言明する旨を記載して署名したものである。このようにして作成された右供述書が刑訴法三二一条一項三号にいう特に信用すべき情況の下にされた供述に当たるとした原判断は、正当として是認することができる。

この決定は、「特に信用すべき情況」という言葉を、はっきり使っています。黙秘権の告知、任意の供述、公証人の面前で、偽証罪の制裁の下で真実と言明した、という事情をまとめて、特信情況に当たるとしました。2つ目。韓国の裁判所の公判調書です。韓国で起訴された共犯者の供述を、その国の裁判所が録取した調書です。この決定は、前段で、供述者が国外にいて供述不能であり、密輸入の謀議の内容などを証明するのに不可欠な証拠だ、と確認しています。そのうえで、こう述べます。

判例最高裁判所決定・平成15年11月26日(刑集57巻10号1057頁)

韓国の裁判所の公判調書を321条1項3号の書面として是認した判旨 同人の上記供述は、自らの意思で任意に供述できるよう手続的保障がされている大韓民国の法令にのっとり、同国の裁判官、検察官及び弁護人が在廷する公開の法廷において、質問に対し陳述を拒否することができる旨告げられた上でされたというものである。このようにして作成された本件公判調書は、特に信用すべき情況の下にされた供述を録取したものであることが優に認められるから、刑訴法321条1項3号により本件公判調書の証拠能力を認めた原判決の判断は正当として是認することができる。

米国の宣誓供述書の決定と、韓国の公判調書の決定は、どちらも3号の絶対的特信情況を、直接認定しています。手続的な保障が整った書面だった、という点が共通します。裁判官、検察官、弁護人が在廷する公開の法廷。公証人の面前で、偽証罪の制裁の下。どちらも、中立的な人の前で、制裁や保障の下に、供述がされています。先ほどの最高裁の判決は、違います。中国の捜査官が取り調べた供述調書で、特信情況という言葉は出ず、許容性に関する説示でした。同じ国外書面でも、作成主体の手続的保障は、米国や韓国の例ほど厚くありません。だから、日本側の要請や、告知、強制の形跡といった、具体的事情が、前に出ます。

ロッキード事件と、日本の刑訴法

2段構えの板。1段目は3号の3要件、2段目は日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性。国際司法共助で得た証拠でも日本の刑訴法等で決まる、刑事免責に当たる約束の下で得た嘱託尋問調書は証拠能力なし 図:2段構えの板

  • 1段目は3号の3要件、2段目は日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性
  • 国際司法共助で得た証拠でも日本の刑訴法等で決まる、刑事免責に当たる約束の下で得た嘱託尋問調書は証拠能力なし

最後に、捜査の章の、刑事免責を見た回で扱ったロッキード事件を、今日の角度から見直します。外国にいる証人を、日本の裁判所が現地の裁判所に頼んで、尋問してもらいました。裁判所どうしのこの頼み合いを、国際司法共助と言います。捜査機関どうしの捜査共助とは、頼む側が違います。その嘱託証人尋問の調書です。特徴は、作成の経緯です。検事総長らが、証人たちに、将来にわたって起訴しない、と確約して、証言を得ていました。証言と引き換えに、自分の刑事責任を問わない。これは、刑事免責に当たる約束です。詳しくは、その回で見ました。ここで確認したいのは、1点だけです。大法廷は、この調書の証拠能力を否定しました。理由の中心は、こうです。国際司法共助によって獲得された証拠であっても、日本の刑事裁判で事実認定の証拠にできるかどうかは、「我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきもの」である。日本の刑訴法は、当時、刑事免責の制度を採用していなかった。だから、共助で得られた証拠でも、事実認定の証拠にすることは許されない。なぜ、明文が要るのか。その回で見たとおり、免責を採るかどうかは、公正さや国民の法感情を慎重に考えて決めることで、採るなら明文で定めるべきだ、というのが大法廷の考え方でした。

今日の話と、どうつながりますか。2段構えです。1段目は、3号の3要件です。2段目は、日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性です。ロッキード事件で、大法廷が理由にしたのは、証言が信用できるかどうかではありません。日本の刑訴法が採っていない約束の下で得た、という得られ方でした。信用できるかを見る3号の要件とは、別の関門です。外国で得られたから、3号の要件だけで決まるのではありません。大法廷は、3号の要件とは別に、刑訴法全体の精神に照らして、事実認定の証拠にすることが許されるかを問いました。そして、日本の刑訴法が採っていない刑事免責を与えて得た供述は、共助で得たものでも許されない、としました。先ほど判旨の読み方で出てきた許容性と、同じ筋です。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。国外書面の判断の型としてどの号かから供述不能、不可欠性、絶対的特信情況、許容性の順、短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。国外書面の判断は、5ステップです。1つ目。どの号か。外国の捜査官、公証人、外国の裁判所が作った書面は、裁判官でも検察官でもないので、3号です。2つ目。供述不能。国外にいることで満たします。3つ目。不可欠性。犯罪事実の存否の証明に、欠くことができないか。4つ目。絶対的特信情況。手続的な保障の厚さと、日本側の関与、黙秘権の告知、強制の形跡の有無などの、具体的事実関係から見ます。5つ目。許容性。供述の自由が害されていないかを、日本の刑訴法の枠で確認します。ただ、これは3号とは別の関門です。場面3のように、許容性が否定されれば、2つ目から4つ目を満たしていても、証拠にはできません。短答の落とし穴を、○×で言います。外国の捜査官が作成した書面は、1号か2号の書面に当たる。これは×です。3号です。外国で黙秘権の告知が無ければ、常に証拠能力が無い。これも×です。判例は、事例判断です。国際司法共助で得た証拠は、外国の法に従っていれば、日本の刑訴法と関係なく証拠にできる、も×です。日本の刑訴法等で決まります。米国の宣誓供述書と、韓国の公判調書は、どちらも3号の絶対的特信情況を直接認めた例です。

今日の1問の答えは、こうですね。外国で作られた供述録取書は3号の書面で、国外にいることで供述不能は満たす。残りは、不可欠性と絶対的特信情況で、具体的事実関係を見て決める。ただし、日本の刑訴法が採っていない刑事免責で得た供述のように、刑訴法全体の精神に照らして許されない証拠は、使えない。

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#117単独ページ動画

退去強制と検察官面前調書

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の重要な証人は外国人で、検察官が国外に送り出される直前に調書を作り、数か月後の法廷に本人はおらず、送り出したのは国自身であるという場面から、この調書を証拠にしてよいのかを問う導入板

前回の最後に置いた予告が、この問いです。退去強制で国外にいる供述者の検察官調書を、どんな条件で使えるのか。今日は、321条1項2号の前段を、この場面に当てはめて見ます。答えを先に言います。国外にいることは、供述不能の事由として条文に書かれています。だから文言の上では、2号前段に当たります。ところが、国の側が供述できない状態を作った、という経緯によっては、条文に当たっていても使えないことがあります。線を引く言葉は、手続的正義の観点から公正さを欠くかどうか、です。下級審は、検察官、裁判所、入国管理当局の、それぞれに相応の尽力があったかを見ています。今日は、この見方を身につけます。

条文と、退去強制の何が問題なのか

刑事訴訟法321条1項2号を、前段の供述不能と後段の相反供述に色分けして示した条文板。前段には特信情況の要件がなく、ただし書は後段にだけ付くことを示す

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

今日の主役は、2号の前段です。検察官の面前で作られた書面で、供述者が国外にいるなどの理由で、法廷で供述できないとき。この前段には、特信情況の要件が条文上ありません。ただし書は、後段にだけ付いています。供述不能を見た回で確認した点です。後段の相反供述は、前々回の話です。前段と後段は別のものなので、今日は前段だけを扱います。退去強制とは、入管法に基づいて、入国管理当局が、外国人を強制的に国外へ退去させる行政処分です。目的は、出入国の公正な管理です。たとえば、在留の資格がないまま日本にいる外国人が、収容されて、手続を経て、本国などへ送り返される。この送り返しが、強制送還です。大事なのは、誰がやるか、です。刑事裁判の手続ではありません。入国管理という、別の行政の手続です。

収容中の検察官の取調べで検察官面前調書が作られ、送還で国外にいることになり、公判で2号前段により請求され、供述不能は満たす、という流れを縦に並べた図。最後に、国の側の動きに公正さを欠くところがあるかという問いを置く

流れを見てください。外国人が、入管の手続で収容されている間に、検察官が、その人を取り調べて、調書を作ることができます。そのあと、本人が送還されると、日本にいません。国外にいることになり、供述不能の事由に当たります。そして、被告人は、その人に、一度も質問できていません。反対尋問で確かめたい相手の話が、確かめる前に、国の手で国外へ運ばれました。残ったのは、検察官が作った書面だけです。憲法37条2項を確かめます。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

憲法37条2項は、被告人に、証人に審問する機会を与えています。供述不能の回で見たとおり、国外にいる証人の検察官調書の採用は、37条2項に違反しない、というのが判例でした。ただ、それは外国旅行中の証人の場合です。国の手続で国外に出した場合も、同じように言えるのでしょうか。もう1つ困ることがあります。刑訴法と入管法の間に、この場面を調整する規定が、ありません。検察官の取調べと入管の送還が、別々の法律で、別々に進みます。どちらが先かを決める定めが、ないのです。ここで、問いです。国外にいるから供述不能。条文どおり。これで終わりでしょうか。国が国外に出した、という経緯は、関係しないのでしょうか?

経緯を無視してよいのか、という疑問が、今日の判例の出発点です。その前に、ほかの手段を見ます。

ほかの手段では足りない理由

226条、227条、179条を並べた比較表。誰が請求するか、要件、この場面で使いにくい理由の3列。226条は拒んだ人、227条は供述が変わるおそれのある人、179条は被告人側の請求で弁護人が主尋問を担う 図:226条、227条、179条を並べた比較表

  • 誰が請求するか、要件、この場面で使いにくい理由の3列
  • 226条は拒んだ人、227条は供述が変わるおそれのある人、179条は被告人側の請求で弁護人が主尋問を担う

送還の前に尋問しておく制度は、2つあります。第1回公判期日の前に、裁判官が証人を尋問する制度です。検察官が請求するものと、被告人側が請求する証拠保全があります。1号の書面の例として、前に出しました。中身の全体像は、捜査の章で見ています。今日は、この場面で使いにくい理由だけを見ます。検察官の請求から行きます。226条です。

条文刑事訴訟法第226条

刑事訴訟法第226条 犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

226条は、出頭や供述を、拒んだ人が対象です。検察官に素直に話した人には、使えません。収容中の外国人が、検察官の取調べに協力しているなら、そもそも当たりません。次に、227条です。

条文刑事訴訟法第227条第1項

刑事訴訟法第227条第1項 第二百二十三条第一項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して任意の供述をした者が、公判期日においては前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

227条は、任意に供述した人でも使えます。ただし、法廷では供述を変えるおそれがあり、しかも犯罪の証明に欠くことができない、と認められる必要があります。素直に話している外国人について、供述が変わるおそれまで言える場面は、多くありません。立会いは、228条2項です。

条文刑事訴訟法第228条第2項

刑事訴訟法第228条第2項 裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる。

立会いは、捜査に支障を生ずるおそれがないと、裁判官が認めるときに限られます。裁判官の裁量です。被告人側が、必ず尋問に立ち会える、とは限りません。被告人側が自分で請求する手段が、179条の証拠保全です。

条文刑事訴訟法第179条第1項

刑事訴訟法第179条第1項(抜粋) 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収(……)、捜索、電磁的記録提供命令(……)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。

括弧の中の説明は省きました。押収や検証などの処分も並んでいますが、今日は証人の尋問だけを見ます。証拠保全の使いにくさは、2つあります。1つ目。相手は、検察側の証人です。請求した弁護人が、主尋問を担うことになります。自分にとって有利かどうか分からない人を、自分の側から尋問するのは、踏み切りにくい。2つ目。退去強制の時期を、弁護側が知らないことがあります。知らなければ、請求のしようがありません。だから、被告人に尋問の機会を保障しないまま、調書だけが使われる事態が残ります。ここに、最高裁の出番があります。近年は、弁護側が証拠保全の要否を早く判断しやすくなっています。ただ、立会いが確実とは限りません。公判前整理手続の中身は、別の回で扱います。

最高裁の判決、国の側の動きと証拠能力

判決の事案を整理した板。管理売春(売春防止法違反)で起訴された被告人らの下で就労していた、タイ国籍の女性13名が収容中に検察官に取り調べられて送還され、調書が2号前段で採用された。同時期の別の1名は証拠保全の尋問が行われ、13名のうち1名は請求時に送還済み、他の12名は請求がないまま送還された 図:判決の事案を整理した板

  • 管理売春(売春防止法違反)で起訴された被告人らの下で就労していた、タイ国籍の女性13名が収容中に検察官に取り調べられて送還され、調書が2号前段で採用された
  • 同時期の別の1名は証拠保全の尋問が行われ、13名のうち1名は請求時に送還済み、他の12名は請求がないまま送還された

最高裁の判決です。まず、判決が事案として述べている事実を、先に言います。判旨と、事実を混ぜると、判旨の読み違えが起きるからです。管理売春、つまり売春防止法違反の罪で、被告人らが起訴されました。その下で働いていたタイ国籍の女性13名は、退去強制の手続で、入国管理局に収容されました。その収容中に、検察官が13名を取り調べて、検察官面前調書を作りました。13名は、その後、タイへ強制送還されました。第一審では、この13名の調書が、2号前段の書面として請求され、採用されて、犯罪事実の認定に使われました。証拠保全をめぐる事実も、言っておきます。同じ時期に収容されていた別の1名については、弁護人の請求で、裁判官が証人尋問を決定して、尋問が行われています。13名のうち1名は、弁護人から証拠保全の請求がありましたが、請求した時には、すでに送還されていました。残りの12名は、証拠保全の請求がないまま、送還されました。上告した側は、2号前段は憲法37条2項に違反する、と主張しました。最高裁は、合憲とする先例により、この主張には理由がないと退けました。そのうえで、職権で、この調書の証拠能力を判断しました。職権とは、当事者が主張していなくても、裁判所が自分で取り上げることです。上告は棄却です。今日読む判旨は、すべて、この職権判断の部分です。3つに分けて読みます。1つ目が、出発点です。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

2号前段に該当しても常に証拠能力があるとはいえない、とする判旨 しかし、右規定が同法三二〇条の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり、憲法三七条二項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある。

文頭の「しかし」は、2号前段に当たれば証拠能力が付与されるのが出発点だ、という前提を受けています。そのうえで、伝聞の例外、つまり反対尋問を経ない話を原則は締め出す伝聞法則の例外であり、審問権の趣旨にもかんがみると、作られた事情や、国外にいることになった事由によっては、常に証拠能力があるとは言えない、と述べています。冒頭の問いに、ここで答えが見え始めます。国外にいることになった事由、つまり経緯は、関係します。ただし、この時点では「疑問の余地がある」という書き方です。では、どんな場合に、使えなくなるのか。問いです。検察官が、この人はもうすぐ国外に出る、と知っていました。それだけで、調書は証拠にできなくなるでしょうか?

知っているだけなら、調書を作るのは検察官の仕事ですから、それだけでは足りない気がします。もう一歩、何かが要りそうです。2つ目の判旨を読みます。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

退去強制の場合に、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときの判旨 本件の場合、供述者らが国外にいることになった事由は退去強制によるものであるところ、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的を達成するために、入国管理当局が出入国管理及び難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが、同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん、裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。

判旨の言葉の整理板。例示1は検察官が、いずれ国外に退去させられて供述できなくなると認識しながら、殊更その事態を利用しようとした場合で、意図的な利用。例示2は裁判所が証人尋問を決定したのに強制送還が行われた場合で、尋問決定の後。どちらも国の側の動きが供述不能を作った型。上位の基準は手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき 図:判旨の言葉の整理板

  • 例示1は検察官が、いずれ国外に退去させられて供述できなくなると認識しながら、殊更その事態を利用しようとした場合で、意図的な利用
  • 例示2は裁判所が証人尋問を決定したのに強制送還が行われた場合で、尋問決定の後
  • どちらも国の側の動きが供述不能を作った型
  • 上位の基準は手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき

分解します。まず、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的の処分です。そして、検察官も、同じく国家機関です。どちらも、国の側だという点が、出発点です。例示が2つあります。1つ目。検察官が、この人はいずれ国外に退去させられて供述できなくなる、と認識しながら、殊更そのような事態を利用しようとした場合。「殊更」は、わざと、という意味です。知っていた、だけではありません。利用しようとした、という意図が要ります。2つ目。裁判官や裁判所が、その外国人の証人尋問を決定しているのに、強制送還が行われた場合です。裁判所が、尋問すると決めた後の送還です。この2つは、どちらも、国の側の動きが、供述不能の状態を作った型です。そして、上位の基準が、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき。このときは、事実認定の証拠とすることが、許容されないこともあり得る、です。

法廷意見は、常に否定する、とは言っていません。余地を残した書き方です。暗記する言葉は、「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」です。ここは規範として、文言どおり覚えます。この基準は条文には書かれておらず、判例が立てたものです。

⭐ 論文で書く規範:退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書(2号前段) 2号前段に当たるときでも | 検察官が、供述者が退去強制されて供述できなくなることを認識しながら殊更その事態を利用しようとした場合や、裁判所が証人尋問の決定をしているのに強制送還が行われた場合など、その調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは | 事実認定の証拠とすることが許容されないこともある (規範(判例型・最高裁の判決)——条文の要件ではない)

境界の例を2列で並べた板。左は検察官が出国が近いと知りながら起訴を遅らせて送還を待った場合で殊更利用の方向、右は知らないまま通常どおり捜査を進めるうちに入管の手続が進んで送還された場合で境界のすぐ外。分ける問いは国の側が尋問の機会を塞いだか 図:境界の例を2列で並べた板

  • 左は検察官が出国が近いと知りながら起訴を遅らせて送還を待った場合で殊更利用の方向、右は知らないまま通常どおり捜査を進めるうちに入管の手続が進んで送還された場合で境界のすぐ外
  • 分ける問いは国の側が尋問の機会を塞いだか

輪郭を、境界の例で見ます。たとえば、検察官が、出国が近いと知りながら、わざと起訴を遅らせて、送還されるのを待った。これは、殊更利用の方向です。境界のすぐ外は、こうです。検察官は、出国が近いと知らないまま、通常どおり捜査を進めていました。その間に、入管の手続が進んで、本人が送還された。この場合は、検察官が、その事態を利用しようとしたとは言えません。意図と、もう1つあります。被告人に尋問の機会を残せたのに、その機会を、国の側がふさいだのか。それとも、国の側は塞いでおらず、結果として実現しなかっただけなのか。手続的正義は、この点を見ると分かりやすいです。国が自分の手続で本人を遠ざけておいて、その調書だけを使う。それが、審問権の趣旨や、公平な裁判の理念に反するからです。例示に当たりそうに見えても、自動で否定になるわけではありません。最後は、公正さを欠くかどうかで決めます。この点は、下級審で、もう一度見ます。3つ目です。この事案での当てはめです。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

本件で公正さを欠くとは認められないとした判旨 検察官において供述者らが強制送還され将来公判準備又は公判期日に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認められず、……証拠保全の請求がないまま強制送還されたというのであるから、本件検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められないのであって、これを事実認定の証拠とすることが許容されないものとはいえない。

点々の部分は、先ほど言った、証拠保全をめぐる事情です。判旨が、結論の理由として挙げたのは、2つです。検察官が、殊更利用しようとしたとは認められないこと。そして、その証拠保全をめぐる事情です。だから、証拠請求は、手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められない。結論は、2号前段の書面として、証拠能力ありです。ここで、区別します。収容や送還、証拠保全の請求があったかどうかは、事案の事実です。判旨は、その事実を前提に、殊更利用も公正さを欠くところもない、と評価しました。13名全員が証拠保全できなかった、とは、判旨に書かれていません。結論を支えた事情を、読み取ります。判決は、検察官が殊更利用したとは認められない、としました。そして、弁護側が証拠保全で尋問する機会に関わる事情を、理由に挙げています。別の1名は、現に尋問できました。機会を国が塞いでいない、という事情が、結論を支えたと読めます。これは読みであって、判旨がそう書いているわけではありません。射程も押さえます。この判決は、証拠能力を肯定した事案です。例示の2つは、本件には当たらない場面として示されたもので、最高裁が、例示に当たる事案で実際に証拠能力を否定したわけではありません。否定した判断は、このあとの下級審で見ます。

例示1、例示2、当該事案の3列の比較表。誰が何をしたか、結論を並べる。例示1は検察官が殊更利用、許容されないこともある。例示2は裁判所が尋問を決定した後の送還、許容されないこともある。当該事案は殊更利用とは認められず、証拠保全の機会の事情から、証拠能力あり 図:例示1、例示2、当該事案の3列の比較表

  • 誰が何をしたか、結論を並べる
  • 例示1は検察官が殊更利用、許容されないこともある
  • 例示2は裁判所が尋問を決定した後の送還、許容されないこともある
  • 当該事案は殊更利用とは認められず、証拠保全の機会の事情から、証拠能力あり

補足意見を、要旨だけ言います。裁判官が1名付けたもので、法廷意見とは区別します。反対意見は、ありません。補足意見は、法廷意見を、出入国管理行政の必要と、刑事裁判の公正や真相究明の要請との、調整点を示したものと読みます。そのうえで、補足意見自身の理解として、検察官が殊更利用した場合や、尋問決定の後に送還された場合には、原則として、証拠能力を認めるべきでない、と述べます。ただ、被告人の審問権の保障からは、この調整は十分ではなく、証拠保全に頼ることも容易ではない、とも述べます。刑訴法と入管法に調整規定がないのは、法の不備で、基本的には立法で解決すべきだ、という指摘です。当面は、裁判所、検察官、弁護人の努力と協力で、尋問の機会をつくるべきだ、とします。この指摘が、次の下級審の流れの背景になります。

この説示は、条文のどの話なのか

前回の要点を1問で確認する導入板。3号の要件を満たしたあとにも、条文とは別の関門があった、という問いを示す 図:前回の要点を1問で確認する導入板

ここで、前回を思い出します。前回、3号の要件を満たしたあとにも、条文とは別の関門がありました。それは何でしたか?許容性です。刑訴法全体の精神に照らして、その証拠を事実認定に使ってよいか、という関門でした。今日の「手続的正義の観点から公正さを欠く」も、同じ筋の問いです。条文の要件を満たしたあとに、別の角度から、使ってよいかを問います。違いは、2つです。前回は、供述の自由が害されていないか、刑事免責を与えたか、という証拠の得られ方を問いました。今日は、国が供述不能の状態を作った、という経緯を問います。そして、手続的正義は、今日の判決の言葉です。前回の大法廷判決の言葉ではありません。

判断の順を並べた板。どの号かを見る、供述不能を見る、条文の要件を満たす、そのうえで国の側の動きに手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見る。位置づけの2つの見解として、供述不能の解釈と、条文とは別の証拠禁止や許容性の観点を並べる 図:判断の順を並べた板

  • どの号かを見る、供述不能を見る、条文の要件を満たす、そのうえで国の側の動きに手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見る
  • 位置づけの2つの見解として、供述不能の解釈と、条文とは別の証拠禁止や許容性の観点を並べる

見解が分かれます。1つ目は、2号前段の供述不能の解釈として示した、という見方です。「国外にいるため」の中身に、国外にいることになった事情まで入れる。あるいは、不文の要件を読み込む、ということです。2つ目は、条文の要件とは別に、証拠禁止や一般的な許容性の観点から示した、という見方です。憲法37条2項の趣旨から、条文を満たしても使えない場合がある、とします。判旨自身は、どちらとも言っていません。答案では、位置づけに深入りしなくて大丈夫です。どちらの見方でも、結論は同じだからです。321条1項2号に文言の上では当たるように見えても、証拠能力が否定される場合がある。答案には、この結論を書きます。判断の順は、こうです。どの号かを見る。供述不能、つまり国外にいることを見る。ここで条文の要件は満たします。そのうえで、国の側の動きに、手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見ます。ここは論文で論点になりうるところです。

その後の下級審、国家機関ごとの相応の尽力

東京高裁の判決の流れの板。最高裁の説示を受けて、供述者の退去強制により証人尋問が実施不能となったことに国の側の公正さを欠くところがあり、その程度が著しく、規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反する場合には、供述調書を証拠として許容すべきではないとした 図:東京高裁の判決の流れの板

最高裁のあと、下級審は、証人尋問の実現を重視した判断を示しています。まず、東京高裁の判決です。麻薬及び向精神薬取締法違反の事件でした。高裁は、先ほど読んだ最高裁の説示、つまり国の側の動きによっては証拠能力が否定されうる、という説示を受けて、その趣旨を、こうまとめました。画面の判旨の書き出しにある「上記判示」は、この最高裁の説示を指します。読みます。

判例東京高判平20・10・16 高刑集61巻4号1頁

退去強制と供述調書について、国家機関の側の公正さを欠く程度が著しい場合の判旨 上記判示の趣旨は、供述者が国外にいるため、刑訴法321条1項2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても、供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって、その程度が著しく、これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には、その供述調書を証拠として許容すべきではないという点にあるものと解される。

高裁が読み取ったのは、国の側の公正さを欠く程度が著しく、規定をそのまま適用すると、公平な裁判の理念に反する場合です。射程は、2号から3号までの調書です。この事案で問題になったのも、2号前段の調書です。共犯者の1人について、裁判所が、証人尋問、いわゆる所在尋問、つまり裁判所の外で、証人のいる場所に出向いて行う尋問の決定をしました。ところが、その後に、その人が退去強制で出国して、尋問は実現しませんでした。最高裁が挙げた例示の2つ目の型です。それでも、高裁は、証拠能力を認めました。理由は、国の側の各機関が、それぞれ相応の尽力をしていたからです。検察官は、入管のセンターに連絡して、収容の状況を把握しました。退去強制に進展があれば教えてほしい、と申し入れました。裁判所と協議したうえで、弁護人に、証拠保全の検討を促しました。尋問が決まった日には、その日のうちに入管へ連絡しています。のちに出国予定日を知らされたときは、延期できないかを確認しました。ただ、旅券が発給されれば尋問の予定があっても送還するほかない、との回答でした。入国管理当局も、検察官の要請に応じて、退去強制の実情を伝えていました。所在尋問にも、可能な限り協力する態勢を整えていました。尽力が実らなかった原因は、被告人側が証拠保全を請求しなかったこと、尋問の日程が関係者の都合で早くならなかったこと、退去強制の手続が急に進んだことでした。国の側が、機会をふさいだのではない、という評価です。

ほかの5名の供述者は、起訴の前に退去強制されていました。この5名については、検察官が起訴の時期をあえて遅らせた証跡がない、とされました。例示1の、殊更利用には当たりません。見る軸は、はっきりしています。裁判所、検察官、入国管理当局の、各国家機関について、個別具体的に、尋問実現のための相応の尽力があったかを認定している。この点が、重要です。もう1つ、否定した判断を見ます。東京地方裁判所の判決です。

最高裁、東京高裁、東京地裁の判断を比べる表。最高裁は殊更利用なしと証拠保全の請求がない事情で肯定、東京高裁は各機関が相応の尽力をしたとして肯定、東京地裁は検察官が手続の進行を告知せず最低限の配慮もないとして否定。軸は国家機関に相応の尽力があったか 図:最高裁、東京高裁、東京地裁の判断を比べる表

  • 最高裁は殊更利用なしと証拠保全の請求がない事情で肯定、東京高裁は各機関が相応の尽力をしたとして肯定、東京地裁は検察官が手続の進行を告知せず最低限の配慮もないとして否定
  • 軸は国家機関に相応の尽力があったか

被告人が薬物の輸入に関与していた、と供述する最も重要な証人が、退去強制の処分を受けた事案です。この判決は、まず、検察官だけでなく、裁判所や入国管理当局を含めた各国家機関が、尋問実現のために相応の尽力をすることが求められる、としました。そのうえで、起訴のあとに、検察官が、退去強制の手続の進行を、裁判所にも弁護人にも告げていなかったことを重く見ました。告げられていれば、弁護側は、証拠保全で、実効的な尋問ができた可能性が高い。検察官は、直接尋問する機会を与えることについて、最低限の配慮もしていない。こう判断して、2号前段による採用は許容できないとし、証拠能力を否定しました。3つの判断を、並べます。最高裁は、殊更利用がなく、証拠保全の機会の事情から肯定。高裁は、各機関が相応の尽力をしたとして肯定。地裁は、告知すらなく、最低限の配慮もないとして否定。見ている軸は、国家機関に、相応の尽力があったか、です。

結論を分けるのは、国の側の動きです。供述者が国外にいる、という同じ事実でも、国の側が尋問の機会を守ろうと動いたかで、証拠として使えるかどうかが変わります。

設例Sの当てはめ

設例Sの関係図。被告人Dが店内での傷害で起訴され、現場を見ていた外国人従業員Eが収容され、検察官が調書を作り、入国管理当局から出国予定日を知らされ、検察官が裁判所にも弁護人にも伝えないままEが出国する。検察官から裁判所と弁護人への告知に、伝えなかったことを示す印を付ける 図:設例Sの関係図

  • 被告人Dが店内での傷害で起訴され、現場を見ていた外国人従業員Eが収容され、検察官が調書を作り、入国管理当局から出国予定日を知らされ、検察官が裁判所にも弁護人にも伝えないままEが出国する
  • 検察官から裁判所と弁護人への告知に、伝えなかったことを示す印を付ける

設例Sで考えます。被告人のDは、飲食店の店内で、客に暴行して、傷害を負わせたとして起訴されました。Dは、暴行していない、と争っています。現場を見ていたのは、在留資格のない外国人の従業員、Eだけです。Eは、事件のあと入管に収容されて、退去強制令書が出ていました。検察官は、収容中のEから事情を聞いて、調書を作りました。起訴のあと、検察官は、入管から、Eの出国予定日を知らされました。ところが、そのことを、裁判所にも弁護人にも伝えないまま、Eは、第1回公判期日の前に出国しました。検察官は、Eの検察官面前調書を、2号前段で請求します。Dの弁護人は、不同意です。

設例Sの主張の対照表。検察官はEが国外にいて供述不能で特信情況は不要、出国を殊更利用したとは言えないので採用できると主張する。弁護人は検察官が出国日を知りながら告知せず、弁護側は証拠保全の機会を奪われ、国の側に相応の尽力も最低限の配慮もなく、手続的正義の観点から公正さを欠くので証拠能力を否定すべきと主張する 図:設例Sの主張の対照表

  • 検察官はEが国外にいて供述不能で特信情況は不要、出国を殊更利用したとは言えないので採用できると主張する
  • 弁護人は検察官が出国日を知りながら告知せず、弁護側は証拠保全の機会を奪われ、国の側に相応の尽力も最低限の配慮もなく、手続的正義の観点から公正さを欠くので証拠能力を否定すべきと主張する

まず、双方の言い分を対照します。検察官は、こう主張します。Eは国外にいて、供述不能です。2号前段には、特信情況が要りません。また、出国させたのは入管の処分で、検察官ではありません。出国を殊更利用したとは言えない。だから、採用できる。弁護人は、こう反論します。退去強制は国の処分で、検察官は、その日程を知っていた。知りながら、裁判所にも弁護側にも告げなかったので、弁護側は、証拠保全を請求する機会を奪われた。国の側に、相応の尽力も、最低限の配慮もない。手続的正義の観点から公正さを欠く。だから、証拠能力を否定すべきだ。

4つのステップで当てはめます。1つ目。2号前段の文言です。Eは国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。そこで終わらず、国の側の動きを見ます。検察官は、出国予定日を知っていました。これは、例示1の、認識の要素です。ただ、殊更利用しようとした、と言えるかは、意図を示す事情があるかで決まります。たとえば、起訴の時期を遅らせた、告知を控えて証拠保全を避けた、などです。最高裁の事案は、殊更利用を認めませんでした。設例Sで、そうした事情が出ていなければ、例示1だけでは、苦しいところです。3つ目。最高裁が、結論を分けた事情を見ます。弁護側が、証拠保全できる機会が、現実にあったかです。最高裁の事案は、別の1名は現に尋問でき、ほかにも請求がないまま送還されていました。設例Sは、告知がなく、弁護側が請求を考える機会そのものがありません。この点で、最高裁の事案と違います。4つ目。下級審の軸、相応の尽力です。告知は、実施が容易な、最低限の配慮です。それすら無い。この点が重く、証拠能力を否定する方向になります。ただし、判例は事例判断です。1つの事情だけで、断定しないでください。

設例Sの場面の変形を比べる表。場面1は検察官が出国予定を知った時点で弁護人に知らせ、証拠保全の検討を促したが弁護側が請求しなかったため、採用の方向で最高裁の事案や高裁の型。場面2は告知がなく否定の方向で、設例Sと地裁の型。場面3は裁判所が証人尋問を決定した後に出国したが、検察官、裁判所、入国管理当局が尋問実現に尽力していたため、採用の方向で高裁の型 図:設例Sの場面の変形を比べる表

  • 場面1は検察官が出国予定を知った時点で弁護人に知らせ、証拠保全の検討を促したが弁護側が請求しなかったため、採用の方向で最高裁の事案や高裁の型
  • 場面2は告知がなく否定の方向で、設例Sと地裁の型
  • 場面3は裁判所が証人尋問を決定した後に出国したが、検察官、裁判所、入国管理当局が尋問実現に尽力していたため、採用の方向で高裁の型

場面を変えて、結論の動きを見ます。場面1です。検察官が、出国予定を知った時点で、弁護人に知らせて、証拠保全の検討を促した。それでも、弁護側は請求しなかった。この場合は、国の側が機会を塞いでいません。採用の方向です。最高裁や高裁の型です。場面2は、設例Sです。告知がない。弁護側は、機会を奪われました。否定の方向です。地裁の型です。場面3です。裁判所が、尋問を決定したあとに、Eが出国しました。ただ、検察官も裁判所も入国管理当局も、尋問実現のために、尽力していました。これは、例示2に当たりそうに見えても、採用の方向です。高裁の型です。

ここまでを、答案の骨格にします。まず、条文の要件を当てはめます。供述不能、つまり国外にいることは、満たします。そのうえで、手続的正義の観点から公正さを欠くかを、国家機関ごとの尽力で検討する。この順番です。当てはめでは、検察官が出国を知っていたこと、告知をしなかったこと、弁護側が証拠保全の機会を奪われたこと、を具体的に拾います。検察官に殊更利用の意図を示す事情が弱い点は、事案の評価として、触れておきます。

2号が、1号と3号の間にある理由

321条1項の並びと2号の位置を示す板。話を聞いた人の中立性が下がるほど要件が厳しい軸の中で、2号の前段は当事者である検察官の面前なのに、1号と同じく供述不能だけで足りる。後段は特信情況を上乗せする。検察官は公益の代表者という支えがあるという伝聞例外の構造の回の答えを受けて、その支えが重く見られた理由として、検察官への信頼、予審判事の権限の引き継ぎ、捜査書面の極端な排除を避けるの3つと、2号は廃止すべきとの見解を並べる 図:321条1項の並びと2号の位置を示す板

  • 話を聞いた人の中立性が下がるほど要件が厳しい軸の中で、2号の前段は当事者である検察官の面前なのに、1号と同じく供述不能だけで足りる
  • 後段は特信情況を上乗せする
  • 検察官は公益の代表者という支えがあるという伝聞例外の構造の回の答えを受けて、その支えが重く見られた理由として、検察官への信頼、予審判事の権限の引き継ぎ、捜査書面の極端な排除を避けるの3つと、2号は廃止すべきとの見解を並べる

伝聞例外の構造の回で見たとおり、軸は、話を聞いた人の中立性です。その回では、検察官は当事者でも公益の代表者なので支えがあり、だから前段は供述不能だけで足りる、と答えました。当事者だからこそ、後段では特信情況を上乗せします。今日は、その支えが、なぜ裁判官の面前と同じ緩さを許すほど重く見られたのかを足します。答えは、現行法が作られたときの事情です。理由として、3つが説明されます。現行法が作られたときの事情からの推測も含まれます。1つ目は、検察官への信頼です。司法警察職員と比べて、在野の法曹からも信頼を得ていた、と考えられています。2つ目は、予審の廃止です。旧刑訴法の予審制度をなくしたとき、検察官が予審判事の権限を実質的に引き継いだ側面があり、検察官面前調書は予審判事の作る書面に近いものと見られた、と説明されます。3つ目は、捜査の手続で作られた書面を、あまりに広く締め出すことを避けたかった、という事情です。

ただ、反対の見解もあります。憲法37条2項の審問権と、当事者主義を重視する現行法の体系の下では、2号は廃止すべきだ、という見解です。今日の話は、この緩さの裏面です。前段は、供述不能だけで、被告人が一度も質問できなかった人の話を、証拠にできます。条文の要件の中には、質問できなかったことを補うものがありません。だから、国自身が供述不能を作った退去強制の場面では、国の側の動きが、最後の歯止めとして問われるのです。軸そのものを、上書きする話ではありません。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。退去強制と2号前段の判断の型として、2号前段の供述不能、国の側の動きを見る、国家機関ごとの相応の尽力の順。短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

  • 退去強制と2号前段の判断の型として、2号前段の供述不能、国の側の動きを見る、国家機関ごとの相応の尽力の順
  • 短答の落とし穴の整理

まとめます。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、3ステップで考えます。1つ目。2号前段です。国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。それでも、国の側の動きを見ます。検察官が殊更利用した場合、裁判所が尋問を決定した後に送還された場合などで、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、許容されないこともあります。3つ目。国家機関ごとの、相応の尽力です。検察官、裁判所、入国管理当局が、それぞれ、尋問の機会を守ろうと動いたか。告知という最低限の配慮も無ければ、否定の方向です。短答の落とし穴を、○×で言います。退去強制で国外にいるので、常に2号前段で採用できる。これは×です。検察官が、出国を殊更利用した場合や、尋問決定後に送還された場合は、許容されないこともあります。手続的正義の基準は、2号前段の条文に書かれている。これも×です。判例が立てた説示です。条文に書かれている要件ではありません。

321条1項の5回の総まとめ。1回目は3類型の地図、2回目は供述不能、3回目は相反供述と相対的特信情況で2号後段、4回目は国外の書面と3号で許容性、5回目は退去強制と2号前段で手続的正義 図:321条1項の5回の総まとめ

321条1項を、5回に分けて見てきました。全体を1枚にします。1回目は、3類型の地図。2回目は、供述不能。3回目は、相反供述と相対的特信情況、つまり2号後段。4回目は、国外の書面と3号、許容性の関門。5回目の今日は、退去強制と2号前段、手続的正義です。今日の1問の答えは、こうですね。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、国外にいることで、2号前段の供述不能は満たす。ただし、国の側が供述できない状態を作った経緯に、手続的正義の観点から公正さを欠くところがあれば、証拠にできないこともある。それは、検察官、裁判所、入国管理当局の、相応の尽力で見る。322条の中身です。

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#118単独ページ動画

被告人の供述書面(322条)と共犯者の供述

第5章 証拠法 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の前に被告人が友人へ送ったメッセージ「あいつを痛い目にあわせる」と、本人が法廷で言う「冗談だった」を並べ、被告人自身の言葉でも伝聞法則の網にかかるのかを問う導入板

前回の最後に、被告人の供述書面と、共犯者の供述を見ると言いました。今日は、その中身、322条です。答えを先に言います。被告人自身の言葉でも、過去の事実を認めたものを、その内容が真実だと言うために使うなら、伝聞です。そして322条が、被告人の書面のために、2つの入口を用意しています。1つ目は、自分に不利益な事実を認めた内容のとき。この場合は、任意にされたものでない疑いがなければ、使えます。2つ目は、それ以外の内容のとき。この場合は、特に信用すべき情況が要ります。さらに、共犯者の調書は、誰に対して使うかで条文が変わります。本人に対しては322条、相手の被告人に対しては321条です。電話の録音データが、322条でどう扱われるのかも、確かめます。

322条が要る場面

事件前のメッセージ「あいつを痛い目にあわせる」はこれからの意思で内心の計画を示すため伝聞法則の外、事件後のメッセージ「きのう、あいつを殴ってきた」は過去の事実を認める内容で真実として使うなら伝聞で322条1項、の2通を並べた板

冒頭のメッセージから、切り分けます。事件の前のメッセージは、「痛い目にあわせる」という、これからの意思です。意思は、頭の中にあるものです。それを示すために使う限り、書かれた内容が真実かどうかを確かめる必要がありません。だから、伝聞法則の外です。犯行計画メモの回で見た考え方です。事件のあとに、「きのう、あいつを殴ってきた」と送っていたらどうでしょう。これは、過去の事実を述べた言葉です。殴ったことが真実だと言うために使うので、伝聞です。Cが自分で書いた言葉でも、伝聞になるのですか。なります。伝聞かどうかは、誰の言葉かでは決まりません。法廷の外でされた供述を、その内容が真実だと言うために使うかで決まります。被告人自身の言葉でも、同じです。なお、Cが法廷で言う「冗談だった」は、その言葉をどれだけ信じるか、という証明力の話です。使えるかどうかの証拠能力とは、別の段階です。このメッセージを印刷した書面は、Cが自分で作った、供述書です。被告人自身が作った書面や、被告人の話を書き取った書面が、どんな条件で使えるのか。それが322条です。

322条1項の読み方

322条1項の構造板。書面の種類は、被告人が作成した供述書と、署名又は押印のある録取書。内容の入口は、不利益な事実の承認と、特に信用すべき情況。但書は、不利益な事実の承認の書面に任意性を求める 図:322条1項の構造板

  • 書面の種類は、被告人が作成した供述書と、署名又は押印のある録取書
  • 内容の入口は、不利益な事実の承認と、特に信用すべき情況
  • 但書は、不利益な事実の承認の書面に任意性を求める

条文です。読み方を先に言います。書面の種類を見て、内容の入口を見て、最後に但書を見る。この3段です。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。

1段目は、書面の種類です。2つあります。被告人が自分で作った供述書。そして、被告人の供述を他の人が書き取った録取書で、被告人の署名か押印があるものです。供述書にも、署名押印は要るのですか。要りません。署名若しくは押印のあるもの、という限定は、条文の構造上、録取した書面のほうにかかっています。自分で書いた書面は、録取者が間に入らず、本人が書いたことが明らかだからです。通説は、こう読みます。録取書は、署名か押印の、どちらか一方があれば足ります。321条1項の柱書と同じ型です。署名押印は、何のためかも確かめます。録取書は、被告人から録取者へ、録取者から書面へと、伝聞が2段あります。被告人が書面を確かめて署名か押印をすることで、録取者の段を取り除きます。2段目の内容の入口は、次の設例で見ます。その前に、321条との違いを1つ。録取者が、裁判官でも検察官でも警察官でも、要件は変わりません。321条1項のように、号で分かれません。もう1つ。見るのは、いま誰が裁かれているかです。供述した時点の身分ではありません。

いま裁かれている被告人の供述は322条、別の事件で被告人だった人やこの事件の被告人でない人の供述は被告人以外の者の供述として321条、と分ける板

境界を置きます。Cは、取調べのときは被疑者でした。その後、この事件で起訴されて、いまは被告人です。この調書は、322条です。一方、Cの知人のPは、別の事件で被告人だったとします。この事件から見れば、Pは被告人以外の者です。Pの書面は、321条です。他の事件の公判調書のところで見た結論と、同じです。322条は、いま裁かれている被告人自身の供述を、その被告人に対して使う場面の条文です。

設例T、4つの書面

設例Tの4行の比較表。1は取調べでの自白調書で不利益な事実の承認、任意性だけ。2は夜は一人だったという調書でアリバイが無いことの承認、任意性だけ。3は弁護人が請求する友人宅にいたという書面で有利な内容、特に信用すべき情況が要る。4は徹夜の取調べで取った疑いがある自白調書で、但書により不可 図:設例Tの4行の比較表

  • 1は取調べでの自白調書で不利益な事実の承認、任意性だけ
  • 2は夜は一人だったという調書でアリバイが無いことの承認、任意性だけ
  • 3は弁護人が請求する友人宅にいたという書面で有利な内容、特に信用すべき情況が要る
  • 4は徹夜の取調べで取った疑いがある自白調書で、但書により不可

設例Tです。被告人のCは、傷害致死の罪で起訴されて、殴っていないと否認しています。Cの書面を、4つ見ます。1つ目。取調べで、Cが「私が殴りました」と述べて、署名押印した調書です。内容は、自白です。自分に不利益な事実の承認なので、1つ目の入口です。任意性に疑いがなければ、足ります。冒頭の、事件のあとのメッセージ「きのう、あいつを殴ってきた」も、1つ目の入口に当たります。Cが自分で書いた供述書なので、署名押印も要りません。2つ目。Cが、「事件の夜は、ひとりで家にいて、誰にも会っていません」と述べた調書です。自白ではありません。ただ、アリバイが無いことを認めているので、これも不利益な事実の承認です。残るのは、任意性だけです。3つ目に進む前に、問いです。弁護人が請求した、被告人に有利な内容の書面は、どちらの入口を通るでしょうか?

有利な内容なら、不利益な事実の承認ではないので、特に信用すべき情況のほうです。3つ目は、弁護人が請求する、「その時間は友人宅にいた」という趣旨のCの書面です。特に信用すべき情況が要ります。321条1項3号と同じ言葉で、2号の後段のように法廷の供述と比べるのではありません。その書面そのものが、特に信用できる情況で作られたかを見ます。理由は、借金のメモで考えると分かります。「まだ返していない」と自分に不利に書いたメモは、嘘をつく理由がありません。「もう返した」と自分に都合よく書いたメモは、いくらでも作れます。有利な内容には、不利益な内容にある信用の裏づけが、ありません。特に信用すべき情況に当たる例と、当たらない例を置きます。事件の前に、争いを予想せず、毎日の習慣でつけていた日記に、その時間の行動が書かれていた。これは、認められる方向です。事件のあと、捜査が始まってから、弁護のために書いたメモは、認めにくい。作られた時期と目的が、分かれ目です。4つ目です。1つ目の調書を、徹夜で何時間も続いた取調べの末に取った疑いが残るとき。但書の、任意にされたものでない疑があると認めるとき、に当たります。証拠にできません。

なぜ321条より緩いのか

321条1項と322条1項の比較表。321条は被告人以外の者の書面で、供述不能などの必要性の要件があり、録取者で号が分かれる。322条は被告人自身の書面で、必要性の要件がなく、録取者を問わず、残るのは任意性か特信情況 図:321条1項と322条1項の比較表

  • 321条は被告人以外の者の書面で、供述不能などの必要性の要件があり、録取者で号が分かれる
  • 322条は被告人自身の書面で、必要性の要件がなく、録取者を問わず、残るのは任意性か特信情況

被告人の書面が321条より緩い理由は、4つあります。1つ目。321条の書面が危ないのは、被告人が、その人に反対尋問できないからでした。322条の書面は、被告人自身の供述です。自分に反対尋問する場面は、考えられません。2つ目。自分に不利益なことを、嘘をついてまで認める人は、普通いません。だから、不利益な内容は、類型的に信用できると考えられます。借金のメモの、不利に書いたほうです。3つ目。321条1項にあった、供述不能などの必要性の要件が、322条にはありません。321条では、その人を法廷で話させるのが本筋で、話せないときに限って、書面で代えました。被告人は、証人として呼ぶことができず、法廷で黙っていることもできます。法廷で話させることを本筋に置けないので、話せないときに限る、という条件も置けないのです。4つ目。録取した人が誰かで、区別しません。すると、残るものが決まります。不利益な事実の承認の入口では、任意性。それ以外の入口では、特に信用すべき情況です。答案に理由を書くなら、1つ目と2つ目で足ります。位置づけも1つ。伝聞法則の意義の回で見たとおり、被告人自身の話でも、書面で届けば、裁判官が直接確かめていない証拠になります。だから、320条1項でいったん締め出して、322条で許します。直接主義の色です。

不利益な事実の承認は自白より広い

不利益な事実の承認の分類図。上に不利益な事実の承認、その下に、自己の犯罪事実の全部または主要部分を認める供述である自白と、アリバイが無いこと、動機、被害者との関係のような自白でない承認 図:不利益な事実の承認の分類図

不利益な事実の承認と自白は、同じではありません。自白は、自己の犯罪事実の全部、または主要な部分を認める供述です。不利益な事実の承認は、自白を含みますが、もっと広い。犯罪事実の主要部分を認めなくても、被告人に不利な事実を認めれば足ります。例を並べます。「私が殴りました」は、自白です。「事件の夜は、一人でした」は、自白ではないけれど、アリバイが無いことの承認です。「被害者には、前から腹を立てていました」は、動機の承認です。「被害者とは、金銭のトラブルがありました」は、被害者との関係の承認です。どれも、不利益です。境界のすぐ外も置きます。「その夜は、友人宅にいました」。これは有利な内容で、不利益な事実の承認ではありません。信用の根拠は、自分に不利益だという点にあります。だから、自白に限る理由がありません。但書が「その承認が自白でない場合においても」と書いているのは、このためです。包含関係は、自白が、不利益な事実の承認の一部、です。自白の中身は、別の回で扱います。

任意性と自白法則

319条1項と322条1項但書の関係の板。319条1項は自白そのものの証拠能力の要件で書面かどうかを問わない。322条1項但書は伝聞例外の要件として同じ基準を借りて自白でない承認にも及ぼす。自白を内容とする調書は両方の関門を通る 図:319条1項と322条1項但書の関係の板

  • 319条1項は自白そのものの証拠能力の要件で書面かどうかを問わない
  • 322条1項但書は伝聞例外の要件として同じ基準を借りて自白でない承認にも及ぼす
  • 自白を内容とする調書は両方の関門を通る

但書は、「第三百十九条の規定に準じ」と書いています。319条1項を確かめます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

「準じ」とは、この基準を、そのまま借りる、という意味です。強制、拷問、脅迫、不当に長い抑留や拘禁のあと、その他、任意にされたものでない疑いがある。この疑いがあれば、不可です。場面が違います。319条1項は、自白そのものの証拠能力の要件で、書面かどうかを問いません。ただ、自白でない不利益な事実の承認には、及びません。そこで、322条1項但書が、同じ基準を借りて、自白でない承認にまで及ぼします。整理すると、自白を内容とする調書は、関門が2つです。自白として通る関門が319条1項。伝聞例外として通る関門が322条1項です。設例Tの4つ目は、どちらでも止まります。任意性の判断の中身は、別の回で扱います。

322条2項

322条2項の板。被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、任意にされたものであると認めるときに限り証拠にできる。要件は任意性だけで、場面は公判手続の更新 図:322条2項の板

  • 被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、任意にされたものであると認めるときに限り証拠にできる
  • 要件は任意性だけで、場面は公判手続の更新

2項です。

条文刑事訴訟法第322条第2項

刑事訴訟法第322条第2項 被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、その供述が任意にされたものであると認めるときに限り、これを証拠とすることができる。

被告人が、公判準備や公判期日でした供述を書き取った書面、つまり公判調書などです。要件は、任意にされたものであると認めること、だけです。裁判所の管理の下で録られた供述だからです。公判準備や公判期日の供述は、裁判官の前で、弁護人もいる手続の中でされます。それを書面にするのも、捜査官ではなく、裁判所の側です。取調室で聞き取る調書とは、作られる場が違います。場そのものが信用を支えるので、特信情況を別に求める必要が、類型的に小さい。残るのは、任意性です。場面の例は、公判手続の更新です。裁判官が代わったときに、それまでの審理を、新しい裁判体に引き継ぐ手続のことです。更新の前に行われた被告人質問の供述を、録取した書面で使うのが、2項です。被告人以外の者の公判供述を書き取った書面は、別の回で扱います。

共犯者の調書は誰に対して使うか

併合して審理される共犯事件で、共犯者の検察官面前調書を被告人に対して使うのか共犯者自身に対して使うのかを問う板

この節の前に、思い出してください。前の回で見た、321条1項2号の後段で、特信情況は、何と何を比べて判断しましたか?調書を作ったときの状況と、法廷で供述したときの状況を比べて、調書のときのほうが信用できるか、でした。今日は、その2号が、共犯者の調書で、もう一度出てきます。

設例Uの関係図。被告人Cと共犯者Lが併合して審理されている。Lの検察官面前調書から矢が2本出て、Lに対して使う矢は322条1項、Cに対して使う矢は321条1項2号 図:設例Uの関係図

  • 被告人Cと共犯者Lが併合して審理されている
  • Lの検察官面前調書から矢が2本出て、Lに対して使う矢は322条1項、Cに対して使う矢は321条1項2号

設例Uです。被告人のCと、共犯者のLが、一緒に起訴されて、併合して審理されています。このように一緒に審理される被告人どうしを、共同被告人と言います。Lは、捜査の段階で、検察官に「Cと2人で計画して実行した」と話しました。署名押印もして、検察官面前調書が作られました。検察官は、この調書を請求します。図を見てください。同じ1通の調書から、矢が2本出ています。Lに対して使う矢と、Cに対して使う矢です。矢の先で、条文が分かれます。まず、Lに対して使う場合です。この調書は、Lにとって、自分の供述を録取した書面です。だから、322条1項です。内容はLの自白なので、任意性に疑いがなければ足ります。319条1項も通る必要があります。あわせて、Lに対しては自白調書なので、他の証拠を取り調べたあとでなければ、請求できません。301条です。事前準備の回で見た、裁判官が自白から先に見て先入観を持たないための決まりです。では、同じ調書を、Cに対して使うときは、何条でしょうか?

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

Cから見ると、Lは被告人以外の者のはずです。だから、321条1項で、検察官面前調書なので、2号だと思います。前段は供述不能、後段は相反供述と相対的特信情況で、要件は前に見たとおりです。警察官が録取した調書なら、3号になります。理由の決め手は、1つです。Cにとって、Lは、被害者や目撃者と変わらない第三者です。Cの側には、Lの話の信用性を争う機会が要ります。Lが任意に答えるなら、311条にもとづいて、Cの弁護人は裁判長に告げて質問できます。ただしLには、黙秘する権利もあります。だから、被告人自身の供述を予定した322条を、当てはめる基礎がありません。321条1項で絞ります。

併合して審理していても、弁論を分離して、別々の手続にしていても、変わりません。証拠能力は、被告人ごとに判断します。日常の例で言うと、同じ1通の手紙でも、差出人本人に突きつけるなら、あなたの言葉です。別の人に見せるなら、他人の言葉です。誰に対して使うかで、性質が変わります。

⭐ 論文で書く規範:共同被告人の調書は、誰に対して使うかで条文が変わる 共同被告人の書面は | その共同被告人自身に対して使うなら、本人の供述として322条1項 | 相手の被告人に対して使うなら、被告人以外の者の書面として321条1項(検察官面前調書は2号) (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない)

誰に対して使うかで条文が変わる比較表。共同被告人L自身に対しては、Lの供述として322条1項で任意性。相手の被告人Cに対しては、被告人以外の者の書面として321条1項で検察官面前調書は2号、警察官面前調書は3号 図:誰に対して使うかで条文が変わる比較表

  • 共同被告人L自身に対しては、Lの供述として322条1項で任意性
  • 相手の被告人Cに対しては、被告人以外の者の書面として321条1項で検察官面前調書は2号、警察官面前調書は3号

表にします。本人に対しては322条1項。相手に対しては321条1項です。共犯者の調書を被告人に使うときは、共犯者が被告人にとって被告人以外の者だから、321条1項を当てはめる。ここは、論文で論点になりうるところです。共同被告人が、公判廷でした供述の扱いは、別の回で扱います。

相被告人の調書と2つの判例

判例2件の整理板。1件目は相被告人の検察官調書を被告人に対しては321条1項2号の書面とした。2件目は共同被告人の調書を322条で使ってよいとした原審の判断を誤りとしたが、他の証拠で認定できるため判決に影響がなく上告棄却 図:判例2件の整理板

  • 1件目は相被告人の検察官調書を被告人に対しては321条1項2号の書面とした
  • 2件目は共同被告人の調書を322条で使ってよいとした原審の判断を誤りとしたが、他の証拠で認定できるため判決に影響がなく上告棄却

判例を2つ見ます。判旨と、事案の事実は、分けて読みます。1つ目です。強盗傷人と住居侵入の事件で、相被告人の検察官調書が証拠に使われました。相被告人は、さきほどの共同被告人と同じ意味で、判例はこう呼びます。この判例を、今日の軸で読みます。

判例最決昭27・12・11 刑集6巻11号1297頁

相被告人の検察官調書を、被告人に対して使うときの判旨 第一審判決が証拠とした所論相被告人Cの検察官に対する供述調書は、被告人に対する関係においては刑訴三二一条一項二号の書面と見るべく、しかも、相被告人は公判期日において前の供述と異つた供述をしており、且つ、審理の経過に照し前の供述を信用すべき特別の情況の存すること明らかであり、そして、相被告人自己に対する関係においては他の証拠が取り調べられた後に取り調べたものであるから、証拠としても少しも違法ではない。

カードの中の記号は、その事件の人物に付いたもので、設例のCやLとは別です。所論とは、上告した側の主張のことです。今日の軸で読むのは、最初の部分です。被告人に対する関係においては、321条1項2号の書面。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しては、被告人以外の者の検察官面前調書として扱う、という結論です。相被告人自己に対する関係では、他の証拠のあとに取り調べた、とあり、301条の順序も踏まれています。2つ目です。この判例は、結論が2段に分かれます。1段目は、322条で使ったのが違法か。2段目は、違法なら原判決が破棄されるか、です。放火と詐欺の事件で、事実から言います。前に、2号の相反供述で見た決定も、放火と詐欺の相被告人の調書でしたが、それとは別の事件です。第一審は、共同被告人の供述調書を、被告人の犯罪を認定する証拠にしました。控訴を受けた原審は、それを適法としました。原審の考えは、322条1項の「被告人」に、共犯の共同被告人を含む、というものでした。これは、原審の判断です。最高裁が、誤りとしたほうです。取り違えないでください。最高裁の判旨を読みます。

判例最判昭28・7・7 刑集7巻7号1441頁

共同被告人の調書を322条で証拠に供することは違法とする判旨 当小法廷もまた前記第一小法廷及び札幌高等裁判所の見解を正当であると認める。されば被告人Aの犯罪を認定するにつき前記共同被告人Bの供述調書を刑訴三二二条により証拠に供することは違法であつて、この点に関する原判決の判断は誤つているものと言わなければならない。

先に示されていた見解とは、1つ目の判例と同じ考え方です。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しては、被告人以外の者の書面として扱う。これを正当と認めたうえで、結論は違法です。共同被告人の調書を、相手の被告人の認定に、322条で使うことはできません。理由は、設例Uと同じです。Bは、Aから見れば被告人以外の者です。Aに対して使うなら、322条ではなく、321条1項の要件を通さなければなりません。ところが、結論は上告棄却、つまり原判決がそのまま維持されました。410条1項は、判例違反などの上告の理由があれば、原判決を破棄する、と定めています。ただし書で、その違反が判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは、この限りでない、とします。続きを読みます。

判例最判昭28・7・7 刑集7巻7号1441頁

違法があっても判決に影響を及ぼさないとして上告を棄却した判旨 しかしながら本件において第一審判決は、被告人A本人の自白を録取した司法警察員並びに検事に対する供述調書(それが任意の供述を録取したものであることは原判決の説示するところである)を補強する証拠として、証拠の標目に挙げているように多くの証拠を引用しているのであつて、本件で問題となつた前記Bの供述調書を除外しても、その他の証拠によつて被告人A本人の自白は補強され、判示事実は優に認定し得られるのであるから、前記判例違反の事由は刑訴四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないこと明らかな場合に当り、原判決を破棄する事由とはならない。

理由は、被告人本人の自白を録取した調書のほかに、多くの証拠があったからです。問題のBの調書を除いても、事実は十分に認定できる。だから、410条1項但書の、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たり、破棄されません。短答の落とし穴は、ここです。322条で使うのは違法。でも、上告は棄却。違法と、破棄は、別の話です。逆に、Bの調書を除くと事実を認定できない事件なら、判決に影響がないとは言えず、この但書には当たりません。自白の補強の中身は、別の回で扱います。1つ目の判例が違法でなかったのは、322条ではなく、321条1項2号の要件を確かめて使ったからです。

録音データと322条1項

設例Vの流れの図。被告人Cから友人Pへの供述の過程には322条1項がかかり、友人Pのスマホが声を記録する機械の過程には伝聞性がなく署名押印は不要で、録音媒体に至る 図:設例Vの流れの図

思い出してください。供述録取書で、署名押印が取り除く伝聞の過程は、誰の過程でしたか?書き取った人、録取者の過程です。録音では、ここが変わります。設例Vです。被告人のCが詐欺で起訴されています。友人のPは、Cからかかってきた電話を、スマホで録音していました。録音には、「きのう、例の客から200万円受け取った。分け前の日を決めよう」という声が入っています。検察官は、Cが金を受け取った事実を立証するために、この録音を請求します。内容が真実だと言うために使うので、供述証拠です。伝聞になります。過程は、2つに分けます。1つ目。Cから、聞き手のPへ。供述の過程です。ここに、322条1項の要件がかかります。お金を受け取ったという内容は、不利益な事実の承認です。自分からかけた電話で、強制も脅迫もありません。任意性に疑いはありません。2つ目。Pのスマホが、声を記録する過程です。機械が記録する部分には、聞き違えや書き間違いのような誤りが入るおそれが乏しい。だから、伝聞の過程を考えません。署名押印は、要りません。

録取書は、人が書き取るので録取者の過程があり、署名押印で確かめる必要がありました。録音には、確かめる相手の過程がないのです。設例Vの結論です。不利益な事実の承認で、任意性に疑いがなく、署名押印は不要。証拠能力は、認められます。付け加えが3つあります。1つ目。録音の声が本当にCのものかは、別に立証が要ります。2つ目。録音の内容が、被告人以外の者の供述なら、321条1項3号で考えます。3つ目。現場で録れた音を、声が出たという事実そのものに使う場合は、伝聞ではありません。現場録音の回で見た区別です。取調べの録音録画を実質証拠にする場合は、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。322条1項の3段、誰に対して使うかで決まる条文、録音の2つの過程、短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。322条1項は、3段で読みます。書面の種類、内容の入口、但書です。書面の種類は、供述書と、署名か押印のある録取書。供述書に署名押印は要りません。内容の入口は、不利益な事実の承認なら任意性。それ以外なら、特に信用すべき情況。但書で、任意にされたものでない疑いがあれば不可です。共犯者の調書は、誰に対して使うかで決まります。本人に対しては322条1項。相手の被告人に対しては321条1項、検察官面前調書なら2号です。録音は、被告人から聞き手への過程に322条1項がかかり、機械の記録に署名押印は要りません。短答の落とし穴を、○×で言います。322条1項にも、供述不能の要件がある。これは×です。必要性の要件はありません。録取者が警察官なら、3号の要件がかかる。これも×です。録取者で区別しません。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しても322条で使える。これは×です。321条1項で、322条で使うのは違法です。ただし、他の証拠で認定できれば、上告は棄却されます。供述書にも、署名押印が要る。×です。録音にも、署名押印が要る。×です。不利益な事実の承認は、自白より広い。○です。不利益でない内容には、特に信用すべき情況が要る。○です。

今日の1問の答えは、こうですね。被告人自身の書面は、自分に不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがなければ使える。それ以外の内容なら、特に信用すべき情況が要る。共犯者の調書は、誰に対して使うかで、322条と321条が入れ替わる。

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#119単独ページ動画

検証調書・実況見分調書・鑑定書(321条3項・4項)

第5章 証拠法 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

交通事故の実況見分調書に「立会人Iは、この地点で被告人Gの車が赤信号を無視して交差点に入ったと指示した」と書かれている。作成した警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この一文で信号無視まで証明できるのかを問う導入板

前回の最後に、検証調書、実況見分調書、鑑定書を見ると言いました。今日は、その3つです。先に答えを言います。調書全体は、作った警察官が法廷で、真正に作成されたと証言すれば入ります。321条3項です。ただ、その中の立会人の言葉は、何のために使うかで行き先が変わります。場所を特定するためなら、3項だけで足ります。赤信号を無視したという内容が本当だと言うために使うなら、別の伝聞の関門が要ります。今日の軸は、1本です。誰が作った書面かで、要件が段階的に変わる。この軸で、裁判所の検証調書、捜査機関の検証調書、鑑定書、ビデオリンクの記録を、順に並べます。

見たもの、調べたものを書いた書面です。話を聞いた書面より、なぜ入りやすいのか。そこを、言えるようにします。

作成主体で段階が変わる

作成主体で要件が段階的に変わる表。裁判所・裁判官の検証調書は無条件(2項後段)、捜査機関の検証調書は作成者の証人尋問と真正作成供述(3項)、鑑定書も同じ(4項)。左に321条1項の人の話を書いた書面を置く 図:作成主体で要件が段階的に変わる表

  • 裁判所・裁判官の検証調書は無条件(2項後段)、捜査機関の検証調書は作成者の証人尋問と真正作成供述(3項)、鑑定書も同じ(4項)
  • 左に321条1項の人の話を書いた書面を置く

先に、言葉を1つ。検証とは、五感で、物や場所の状態を調べることです。傷の位置、ブレーキ痕の長さ、現場の見取り図。人の話を聞くのではなく、物を見て調べる作業です。その結果を書いた書面が、検証調書です。これを作る人によって、使える条件が変わります。1つ目は、裁判所や裁判官が作った検証調書です。前に見た321条2項の後段です。

条文刑事訴訟法第321条第2項

刑事訴訟法第321条第2項 被告人以外の者の公判準備若しくは公判期日における供述を録取した書面又は裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、前項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

条件は、何もありません。当事者が立ち会える手続で、作るのが裁判所だからです。成立の真正、つまり、書面が作ったとされる者の手で正しく作られていることが、裁判所の手続という型そのもので、担保されていると考えます。警察官や検察官が作った検証調書は、どうなるのですか。そこが3項です。捜査機関が捜査の段階で検証をするとき、被疑者には、立ち会う権利が保障されていません。だから、裁判所の検証と同じ無条件にはできません。そこで、作った本人を法廷で尋問する、という条件を付けます。暗記は、2行です。裁判所の検証調書は無条件。捜査機関の検証調書と鑑定書は、作成者の証人尋問と、真正に作成されたという供述です。

321条3項を読む

321条3項の構造板。主体は検察官・検察事務官・司法警察職員、対象は検証の結果を記載した書面、要件は供述者が公判期日に証人として尋問を受け真正に作成されたものであることを供述すること。1項3号との違いとして供述不能も特信情況も要らない 図:321条3項の構造板

  • 主体は検察官・検察事務官・司法警察職員、対象は検証の結果を記載した書面、要件は供述者が公判期日に証人として尋問を受け真正に作成されたものであることを供述すること
  • 1項3号との違いとして供述不能も特信情況も要らない

条文です。主体、対象、要件の順に読みます。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

321条3項の要件と1項3号との違いの板。要件は3つで、供述不能不要・特信情況不要・署名押印不要。1項3号の重い要件がすべていらない 図:321条3項の要件と1項3号との違いの板

  • 要件は3つで、供述不能不要・特信情況不要・署名押印不要
  • 1項3号の重い要件がすべていらない

要件は3つです。作った人が、検察官、検察事務官、司法警察職員であること。その人が、公判期日に証人として尋問を受けること。そして、真正に作成されたものであることを供述することです。3項では、書面を作った本人、つまり検証をした人です。見たものを書いた人が供述者になります。条文に書かれていないものも、確かめます。供述不能は要りません。特信情況も要りません。そして、署名押印も、条文には書かれていません。321条1項3号の、あの重い要件が、全部ありません。理由は3つです。1つ目。物の状態は、口で言うより、書面のほうが正確です。たとえば、ブレーキ痕の長さが何メートル何センチか。交差点の各点の距離はいくらか。見取り図の数値を、法廷で記憶だけで再現するのは、無理です。2つ目。見たままを記録する作業なので、作った人の主観が入りにくい。人の話を聞いて書き取る書面は、聞き違いや、聞いた人の評価が混ざります。物を測って書く書面には、それが少ない。3つ目。作った人を、法廷で尋問できます。見たとおりに書いたか、測り方は適切だったか、反対尋問で確かめられます。だから、1項のような供述不能の条件を置く必要がありません。当たる例と当たらない例で言います。「車線の幅は3.2メートルでした」という数値の記録は、3項の世界です。一方、「立会人のIが、Gの車は赤信号で入ったと話した」という記載は、物の状態ではなく、人の話です。これをどう扱うかが、今日の山場です。

「真正に作成された」の意味

真正に作成されたの2つの意味の板。作成名義の真正は本人が作ったこと、記載内容の真正は検証した結果を見たとおり正確に書いたこと。署名だけ認める証言では足りない 図:真正に作成されたの2つの意味の板

  • 作成名義の真正は本人が作ったこと、記載内容の真正は検証した結果を見たとおり正確に書いたこと
  • 署名だけ認める証言では足りない

作成者が署名だけ認める証言では、足りない、というのが通説的な理解です。真正には、2つの意味が含まれます。1つ目は、作成名義の真正。本人が、その書面を作った、ということです。2つ目は、記載内容の真正。検証した結果を、見たとおり正確に書いた、ということです。だから、作成者は、法廷でこう証言します。「これは私が作成した調書です。現場で見たとおりに書いてあります」。署名が自分のものだと認めるだけでは、足りません。理由は、3項の趣旨から言えます。書面が正確だから、口頭より優れている、というのが、3項が緩い根拠でした。書いた本人が、正確に書いたと言わないなら、その根拠が立ちません。名義の真正だけでは、根拠の半分しか支えられないのです。条文の言葉を、言い換えて覚えないでください。要件は、条文のとおり、「真正に作成されたものであることを供述したとき」です。この言葉に、通説は2つの意味を読み込む、という整理です。

実況見分調書も3項に入る

検証と実況見分の比較板。検証は裁判官の令状による強制処分の面もあり、実況見分は捜査機関が任意処分として行う。違いは令状の有無で、五感で状態を認識して書くという書面の性質は同じ。判旨1文を最判昭35・9・8として出典行に 図:検証と実況見分の比較板

  • 検証は裁判官の令状による強制処分の面もあり、実況見分は捜査機関が任意処分として行う
  • 違いは令状の有無で、五感で状態を認識して書くという書面の性質は同じ
  • 判旨1文を最判昭35・9・8として出典行に

名前が違います。検証は、令状にもとづいて行うことがあります。実況見分は、令状なしで、任意処分として行います。人の家に入って調べるような強制は、できません。どちらも、五感で状態を確かめて書く点では、同じ作業です。手続の違いは、検証と実況見分の手続の回で見ました。最高裁は、実況見分調書も、3項の書面に含まれるとしました。判旨は、短い1文です。捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載した、いわゆる実況見分調書も、3項所定の書面に包含される、というものです。上告趣意は、3項が証人審問権を保障する憲法に違反すると主張しましたが、違反しないとされています。作成者を法廷で尋問でき、反対尋問で確かめる機会が残るから、と整理されます。ここで、2つを分けて語ります。最高裁が言ったのは、含まれる、という結論です。理由は、判旨には書かれていません。そこから、こう整理されます。令状があるかどうかは、強制か任意かという、捜査法上の違いにすぎません。五感で状態を認識して書くという書面の性質は、変わりません。性質が同じなら、3項の緩さの根拠も同じように当てはまります。これは、整理です。

弁護人が不同意でも、作成者が尋問を受けて、真正作成を供述すれば入ります。冒頭の設例で、弁護人が同意していなくても、調書全体は入れる、というのは、このためです。周辺も、一言ずつ。写真撮影報告書や、検視調書も、検証と共通の性質があるので、3項に当たりえます。調書に添付された写真は、調書の一部として3項に乗ります。臭気選別の報告書が3項だという話も、前に出ました。最後に、1つ注意です。3項の主語は、捜査機関です。一般の人が作った見分の書面は、別の整理になります。

立会人の指示説明

設例Wの関係図。目撃者の立会人Iが警察官に指示説明をし、警察官が被告人Gの行為を実況見分調書に記載する。Iから警察官への指示説明と、警察官からGへの調書記載の2段が矢で結ばれる 図:設例Wの関係図

  • 目撃者の立会人Iが警察官に指示説明をし、警察官が被告人Gの行為を実況見分調書に記載する
  • Iから警察官への指示説明と、警察官からGへの調書記載の2段が矢で結ばれる

ここが山場です。設例Wです。交差点で、被告人Gの車が、歩行者にけがをさせました。Gは、過失運転致傷で起訴されています。警察官は、事故のあとに、交差点で実況見分をしました。立会人は2人。目撃者のIと、被告人のGです。調書には、「立会人Iは、この地点で、Gの車が赤信号を無視して交差点に入ったと指示した」と書かれています。検察官は、本件事故の状況を立証趣旨として、この調書を請求しました。弁護人は不同意です。図を見てください。Iの言葉が、警察官の調書に書かれて、法廷に届きます。2段の経路です。警察官の段は、3項で扱えます。Iの段は、どうなるのでしょうか。

最判昭36・5・26の判旨の整理板。立会人に目的物の状態を指示説明させるのは実況見分の一つの手段にすぎず、被疑者らを取り調べて供述を求めるのとは性質が違う。署名押印は不要。立会人の供述記載自体を採証するわけではないので、立会人を喚問して被告人に尋問の機会を与える必要もない 図:最判昭36・5・26の判旨の整理板

  • 立会人に目的物の状態を指示説明させるのは実況見分の一つの手段にすぎず、被疑者らを取り調べて供述を求めるのとは性質が違う
  • 署名押印は不要
  • 立会人の供述記載自体を採証するわけではないので、立会人を喚問して被告人に尋問の機会を与える必要もない

先に、判例を読みます。最高裁は、実況見分で立会人に目的物の状態を指示、説明させるのは、実況見分の一つの手段にすぎない、と言いました。被疑者や、それ以外の者を取り調べて、供述を求める行為とは、性質が違う、という考えです。そこから、2つの結論が出ます。1つ目。指示説明を記載した実況見分調書に、立会人の署名押印は要りません。2つ目。立会人の供述の記載自体を、証拠として使うわけではないから、立会人を公判期日に呼んで、被告人に尋問の機会を与える必要も、ありません。ここまでが、判旨です。この判旨に、現場指示や現場供述という言葉は、出てきません。これから言う切り分けは、判旨を踏まえた、学説や実務の整理です。取り違えないでください。

立会人の言葉が何でも3項で入る、という読み方が、落とし穴です。判旨は、立会人の供述記載自体を証拠にするわけではない場合を、前提にしています。では、本当に供述の内容を証拠にしたい場合は、どうなるのか。切り分けます。

現場指示と現場供述の分け方の軸:「何を証明するのか」つまり要証事実で判定する板。要証事実を見分の対象・場所の特定に限れば現場指示で3項の範囲内、要証事実を立会人の供述内容の真実性に置くなら現場供述として伝聞例外が必要になることを軸に示す 図:現場指示と現場供述の分け方の軸:「何を証明するのか」つまり要証事実で判定する板

1つ目は、現場指示です。設例Wで言えば、Iが「私が見ていたのはここ、ぶつかったのはここ」と、2つの地点を指す。警察官は、その2点の距離や、信号機の見え方を測って書きます。Iの言葉は、どこを測ったかを示すだけで、本当にそこでぶつかったかは、調書が証明するものではありません。前に使った問いで確かめます。Iの言葉が仮に偽でも、測った距離や見え方の値打ちは残ります。見分の結果と一体なので、伝聞ではなく、3項で足ります。

現場指示と現場供述の切り分けフロー。立会人の言葉が書かれている、要証事実は何かと問い、見分の対象・場所の特定なら現場指示で3項、内容の真実性(本当に赤信号無視をしたか)なら現場供述で立会人が被告人なら322条1項、被告人以外なら321条1項3号等と署名押印が要る 図:現場指示と現場供述の切り分けフロー

2つ目は、現場供述です。立会人が、「この地点で、Gの車が赤信号を無視した」と話す。この内容が本当であること、つまり、Gが実際に信号を無視したことを証明するために使う。Iの言葉が仮に偽なら、この使い方では値打ちが残りません。法廷の外の言葉の中身に頼るので、伝聞です。鍵は、要証事実、つまり、この証拠で何を証明するのか、です。前に見たとおり、立証趣旨は請求する側の荷札で、それでは争点の解決に役立たないなら、要証事実を置き直しました。立証趣旨が「本件事故の状況」でも、争点が「赤信号を無視したか」なら、実質は現場供述になります。字面ではなく、争点から見ます。前に見た置き直しを、思い出して使います。問いです。設例Wで、Iが指示した、赤信号を無視した、という記載。争点が、Gは信号を無視したか、であるとき、この記載は、現場指示でしょうか、現場供述でしょうか?

内容が本当かどうかを使うので、現場供述です。3項だけでは足りません。では、何が要るのか。立会人が、被告人以外の者のIなら、321条1項の、この場面では3号の要件です。供述者が供述不能で、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができず、特に信用すべき情況がある。Iが法廷に来て話せるなら、供述不能に当たらないので、この記載は使えません。Iを証人として呼んで、法廷で聞くことになります。そして、署名押印が要ります。なぜ署名押印か。現場供述として使うなら、この記載は、Iの話を警察官が書き取った書面と同じです。前に見たとおり、署名押印は、話した本人が、書かれた中身を確かめて、間違いないと認める印です。それで、書き取った警察官の関所の誤りを取り除くのでした。3項の真正作成供述が支えるのは、警察官が見たものの正確さで、Iの話を正しく書き取ったかではありません。立会人が、被告人のGなら、前回見た322条1項です。Gの指示が、自分に不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがなければ足ります。ただ、署名押印は必要です。

実務での帰結と特殊な場合。署名押印を取らない場合の対処方法(マスキング・別の立証)、再現の取扱い、1通の中を部分で分ける例(酒酔い鑑識カード) 図:実務での帰結と特殊な場合

実務での帰結を見ます。指示説明には、署名押印を取らないのが通常です。すると、現場供述としては使えません。該当する部分は撤回して、その部分を黒く塗って見えなくする、マスキングをします。内容を立証するなら、立会人のIを証人尋問する。被告人質問を使う。別に、供述録取書を作る。そうやって、別の方法で立証します。ここで、再現にも、ひとこと触れます。立会人に、事故や犯行の様子を再現してもらう実況見分は、指示説明の延長にあります。立会人の属性に応じて、伝聞例外の要件が重なります。要証事実の回で、立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実になる、という決定を見ました。ただ、再現の目的が、犯行が物理的に可能だったか、の確認だけなら、立会人の知覚や記憶の正確性は問題になりません。その場合は、3項だけで足ります。1通の中を部分で分ける例が、酒酔いの鑑識カードです。酔っているかを観察した結果の欄は、3項。質問に答えた問答や、飲んだ日時、動機の欄は、警察官が見た物の状態ではなく、聞き取った話です。だから見分の結果から外れて、321条1項3号の捜査報告書として見ます。1通でも、部分ごとに行き先が違います。設例Wの結論です。調書は、3項で入ります。場所の特定には、Iの指示を使えます。でも、信号無視の事実は、この記載では証明できません。冒頭の問いの答えは、そこです。

321条4項、鑑定書

鑑定書の4項の板。鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人が作成したものは、3項と同じ要件。理由は専門的知見に基づく分析で客観性が高く数値や分析は書面のほうが正確で詳細、経過も記載させて事後的に適切性を確認できるようにする 図:鑑定書の4項の板

  • 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人が作成したものは、3項と同じ要件
  • 理由は専門的知見に基づく分析で客観性が高く数値や分析は書面のほうが正確で詳細、経過も記載させて事後的に適切性を確認できるようにする

次に、鑑定書です。4項は短い条文です。

条文刑事訴訟法第321条第4項

刑事訴訟法第321条第4項 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

前項と同様、とは、3項と同じ要件、という意味です。作成者の鑑定人が、公判期日に証人として尋問を受けて、真正に作成されたものであることを供述すれば、入ります。なぜ、鑑定書も3項と並ぶのですか。鑑定は、専門的な知見にもとづいて、分析と判断をするものだからです。客観性が高い。そして、数値や分析の過程は、口頭より書面のほうが正確で、詳しい。口で全部は、言い切れません。設例Wの続きで考えます。裁判所が、医師を鑑定人に選んで、歩行者のけがの程度を鑑定してもらったとします。骨のどこがどう折れているか、治るまでに何週間かかるか。画像の読み取りや数値を含むので、医師が法廷で、記憶だけで言い切るのは難しい。

経過も書かせる趣旨は、あとから、鑑定のやり方が適切だったかを確かめられるようにすることです。結論だけでは、確かめられません。鑑定人は、裁判所や裁判官が命じる者です。捜査の章の、鑑定嘱託の回で、鑑定人の宣誓や、鑑定の手続を見ました。今日は、そこへは戻りません。医師の診断書も、一言だけ。けがの存在などの診断所見を、要証事実にする限り、4項で判断する、とされます。医師が専門の知見で判断した結果を書いた書面という点で、鑑定書と性質が同じだからです。

鑑定受託者の鑑定書

鑑定人と鑑定受託者の比較板。鑑定人は裁判所が命じ宣誓と虚偽鑑定罪の担保がある、鑑定受託者は捜査機関が223条1項で嘱託する者。受託者の鑑定書も作成者が尋問を受け真正作成を供述すれば4項を準用して入る。最判昭28・10・15 図:鑑定人と鑑定受託者の比較板

  • 鑑定人は裁判所が命じ宣誓と虚偽鑑定罪の担保がある、鑑定受託者は捜査機関が223条1項で嘱託する者
  • 受託者の鑑定書も作成者が尋問を受け真正作成を供述すれば4項を準用して入る
  • 最判昭28・10・15

捜査機関が頼む場面の条文です。

条文刑事訴訟法第223条第1項

刑事訴訟法第223条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。

ここで、鑑定を頼まれた人を、鑑定受託者と言います。鑑定人とは別です。鑑定人は、裁判所が命じて、宣誓をします。受託者は、捜査機関が頼む人です。同じけがの鑑定を、今度は、警察が、大学病院の医師に頼んだとします。裁判所が命じたのではなく、捜査の段階で警察が頼んだので、この医師は鑑定受託者です。医師の作った鑑定書が、公判で使えるかが、ここでの問いです。最高裁は、捜査機関の嘱託にもとづく鑑定書にも、4項を準用すべきだとしました。判旨は、括弧書きの1文で、準用すべきものだとだけ言い、理由は書いていません。条文がそのまま当てはまるわけではないけれど、同じ要件で扱う、という意味です。作成者の受託者が公判期日に尋問を受けて、真正作成を供述すれば、入ります。整理される理由は、鑑定書の性質は、誰が頼んだかで変わらない、というものです。専門的知見にもとづく分析を書いている点は、同じです。反対の考えもあります。鑑定人には宣誓があり、虚偽の鑑定をすれば罪になる。受託者には、その担保がない、という指摘です。ただ、受託者も、法廷に呼ばれれば証人です。証人は宣誓し、偽りを言えば偽証罪に問われます。書面の正確さは、その尋問で確かめられる。そう考えて、判例は準用を認めた、と整理できます。ここが、短答で聞かれるところです。

321条の2

321条の2の板。ビデオリンク方式による証人尋問と供述と状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、調書を取り調べたあとで訴訟関係人に証人として尋問する機会を与えれば証拠にできる。公判期日の供述と実質的な相違がなく、証人の負担も軽くなる 図:321条の2の板

  • ビデオリンク方式による証人尋問と供述と状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、調書を取り調べたあとで訴訟関係人に証人として尋問する機会を与えれば証拠にできる
  • 公判期日の供述と実質的な相違がなく、証人の負担も軽くなる

最後に、短答の知識です。321条の2です。

条文刑事訴訟法第321条の2第1項

刑事訴訟法第321条の2第1項 被告事件の公判準備若しくは公判期日における手続以外の刑事手続又は他の事件の刑事手続において第百五十七条の六第一項又は第二項に規定する方法によりされた証人の尋問及び供述並びにその状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、前条第一項の規定にかかわらず、証拠とすることができる。この場合において、裁判所は、その調書を取り調べた後、訴訟関係人に対し、その供述者を証人として尋問する機会を与えなければならない。

場面は、公判の前に行う証人尋問や、別の事件での証人尋問などです。別の手続で、ビデオリンク方式で証人の尋問をして、その様子を、記録媒体に残します。それが、調書の一部になる。そういう調書です。条件は、調書を取り調べたあと、訴訟関係人に、その供述者を証人として尋問する機会を与えることです。なぜ、緩いのですか。尋問の状況が、映像と音声で正確に記録されているからです。公判期日の供述と、実質的な違いがありません。証人に、同じ証言を何度もさせる負担も、軽くなります。2項と3項は、短答の事項です。2項は、記録媒体の再生を省けない、という規定です。305条5項ただし書の、再生に代えて内容を告げるやり方を使わせない、という意味です。3項は、尋問を制限する規定と、裁判官や検察官の面前の調書の規定を当てはめるときに限って、この調書に記録された証人の供述を、公判期日にされたものとみなす、という規定です。ビデオリンク方式そのものは、証人尋問の回で扱います。

今日の地図(保存版)

被告人以外の者が作成した書面の全体地図の保存版。321条1項は供述書と供述録取書の1号2号3号、2項は公判準備・公判期日の供述録取書と裁判所の検証調書で無条件、3項は捜査機関の検証調書と実況見分調書で作成者の真正作成供述、4項は鑑定書で同じ、321条の2はビデオリンク記録で調書取調べ後に尋問の機会。323条は特信文書で次々回、322条は被告人の書面で前回 図:被告人以外の者が作成した書面の全体地図の保存版

  • 321条1項は供述書と供述録取書の1号2号3号、2項は公判準備・公判期日の供述録取書と裁判所の検証調書で無条件、3項は捜査機関の検証調書と実況見分調書で作成者の真正作成供述、4項は鑑定書で同じ、321条の2はビデオリンク記録で調書取調べ後に尋問の機会
  • 323条は特信文書で次々回、322条は被告人の書面で前回

まとめます。軸は、誰が、どんな場面で作ったか、です。裁判所の検証調書は、2項で無条件。捜査機関の検証調書と実況見分調書は、3項で、作成者の真正作成供述。鑑定人の鑑定書は、4項で同じです。鑑定受託者の鑑定書は、4項を準用します。ビデオリンクの記録は、調書を取り調べたあとに、尋問の機会を与えます。3項が緩い理由は、物の状態は書面のほうが正確で、主観が入りにくく、作った人を尋問できるからでした。短答の落とし穴を、○×で言います。3項は、署名押印が要る。×です。条文に書かれていません。3項は、供述不能が要る。×です。要りません。実況見分調書の中の立会人の言葉は、どう使っても3項だけで入る。×です。要証事実で行き先が変わります。場所の特定なら3項。内容の真実性を使うなら、立会人に応じた別の伝聞例外が要ります。鑑定受託者の書面は、4項が使えない。×です。準用されます。

今日の1問の答えは、こうですね。実況見分調書は、作成者が真正作成を供述すれば入る。ただ、立会人の言葉は、場所の特定だけなら一緒に入るけれど、赤信号無視の事実そのものを証明するには、別の要件が要る。

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#120単独ページ動画

犯行・被害の再現写真と私人作成の報告書

第5章 証拠法 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察署の廊下で被害者が犯人役の警察官を相手にバッグを引かれた姿勢を再現し、その写真9枚と、被害者の言葉を書き取った説明文が調書に貼られている。作った警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この写真でひったくりそのものを証明できるのかを問う導入板

  • 警察署の廊下で被害者が犯人役の警察官を相手にバッグを引かれた姿勢を再現し、その写真9枚と、被害者の言葉を書き取った説明文が調書に貼られている
  • 作った警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この写真でひったくりそのものを証明できるのかを問う導入板

前回の最後に、予告を2つしました。1つは、一般の人が作った見分の書面の扱いです。もう1つは、犯行や被害の再現と、その写真です。今日は、この2つを、両方とも回収します。先に、答えを言います。警察官の証言で保証されるのは、警察官が見て書いた部分だけです。ひったくりが本当にあったことは、Fが体で語った内容です。だから、Fの供述として、別の条文の要件が要ります。今日の軸は、2本です。前半は、何を証明するのかで、誰の記憶を信じることになるのかが変わる。後半は、誰が作った書面かで、乗れる条文が変わる。どちらも、321条3項がどこまで届くか、という外縁の話です。

3項の確認と、今日使う前提

321条3項の確認板。検察官・検察事務官・司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、作成者が公判期日に証人として真正作成を供述すれば入る。供述不能も特信情況も署名押印も要らない。呼び戻し2点として、機械が写した現場写真は非供述証拠、立証趣旨が再現状況でも実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在、を並べる 図:321条3項の確認板

  • 検察官・検察事務官・司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、作成者が公判期日に証人として真正作成を供述すれば入る
  • 供述不能も特信情況も署名押印も要らない
  • 呼び戻し2点として、機械が写した現場写真は非供述証拠、立証趣旨が再現状況でも実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在、を並べる

前回の条文を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

前に見たとおりです。捜査機関が、物の状態を見て書いた書面は、作った本人が法廷で、真正に作成したと供述すれば入ります。供述不能も、特信情況も、署名押印も、要りません。実況見分調書も、同じ3項です。今日は、前に見た2つのことを、使います。1つ目。機械が写しただけの現場写真は、非供述証拠でした。人の知覚や記憶が入っていないからです。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在 立証趣旨が「被害再現状況」,「犯行再現状況」とされていても,実質においては,再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものと解される。

2つ目が、この決定です。立証趣旨に再現状況と書いてあっても、実質は、再現どおりの犯罪事実があったことを証明するために使う。これは、要証事実の回で見ました。要証事実とは、この証拠で何を証明するのか、でした。今日の本体は、その次です。それなら、何の要件が要るのか。

再現写真は誰の供述か

現場写真と再現写真の対比板。無人の廊下の壁の傷を撮った現場写真は機械が写すだけで非供述証拠。人に動作を再現させた写真は、再現者が動作で語った内容を写したもので供述証拠。確かめる順番は供述証拠か、伝聞か、例外か、署名押印は要るか 図:現場写真と再現写真の対比板

  • 無人の廊下の壁の傷を撮った現場写真は機械が写すだけで非供述証拠
  • 人に動作を再現させた写真は、再現者が動作で語った内容を写したもので供述証拠
  • 確かめる順番は供述証拠か、伝聞か、例外か、署名押印は要るか

写真は、機械が撮るものですよね。前に、現場写真は非供述証拠と聞きました。再現した写真も、機械が写すだけなら、非供述証拠ではないのですか。大事な疑問です。機械が正確なのは、写す段だけです。写された中身は、別の段の話です。たとえば、身振り手振りで、道案内をしている人を、動画に撮ったとします。動画は、正確に動きを記録します。でも、その道が本当にそうなっているかは、案内した人の記憶しだいです。案内した人の記憶違いなら、動画がどれだけ鮮明でも、道の証明にはなりません。再現写真も、同じです。Fが、犯人役の警察官にバッグを引かれた姿勢を取る。これは、「私は、こう引かれた」と、言葉の代わりに、体で語っているのと同じです。これを、体による供述と考えます。言葉でなく、動作で語る供述です。対比です。無人の廊下の壁の傷を写した写真は、機械が写すだけで、人の記憶が入りません。非供述証拠です。Fが、引かれた姿勢を取っている写真は、Fの知覚、記憶、表現、叙述が、中身に入っています。供述証拠です。ここで、前に使った問いで確かめます。Fの再現が、仮に嘘だったら、この写真は、ひったくりの証明として、値打ちが残るでしょうか。

残りません。Fの再現が本当かどうかに、全部がかかっています。法廷の外でされたその再現を、再現どおりの犯罪事実が本当にあったことの証明に使うなら、伝聞です。中身が本当かに全部がかかっているのに、法廷で、Fに反対尋問をして確かめることができないからです。調書の中に、供述録取書が入っている状況と、同じです。だから、確かめる順番は、同じです。供述証拠か。伝聞か。例外に当たるか。そして、署名押印は要るか。この順番で、続けます。

再現写真に何の要件が要るのか

判例の要件の整理板。同意がないとき、3項の要件は当然に必要で、そのうえで再現者の供述の録取部分と写真は、再現者が被告人以外なら321条1項2号または3号、被告人なら322条1項の要件を満たす必要がある。号は録取した相手で決まる 図:判例の要件の整理板

  • 同意がないとき、3項の要件は当然に必要で、そのうえで再現者の供述の録取部分と写真は、再現者が被告人以外なら321条1項2号または3号、被告人なら322条1項の要件を満たす必要がある
  • 号は録取した相手で決まる

最高裁の決定を、読みます。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

再現調書・再現写真に必要な要件 このような内容の実況見分調書や写真撮影報告書等の証拠能力については,刑訴法326条の同意が得られない場合には,同法321条3項所定の要件を満たす必要があることはもとより,再現者の供述の録取部分及び写真については,再現者が被告人以外の者である場合には同法321条1項2号ないし3号所定の,被告人である場合には同法322条1項所定の要件を満たす必要があるというべきである。もっとも,写真については,撮影,現像等の記録の過程が機械的操作によってなされることから前記各要件のうち再現者の署名押印は不要と解される。

3つに分けて読みます。1つ目。弁護人が同意しないとき、つまり326条の同意がないとき、3項の要件は、もとより必要です。2つ目。再現者の供述を書き取った部分と、写真は、再現者が誰かで、要件が決まります。再現者が、被告人以外の者なら、321条1項の2号か3号です。被告人なら、322条1項です。最後の3つ目は、次の節で見ます。写真は、署名押印が要りません。録取した相手で決まります。321条1項の軸と、同じです。1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はその2つ以外、つまり警察官や私人の面前でした。再現を、検察官の前でしたなら2号。警察官の前でしたなら、3号です。設例Xの、警察署の廊下で、警察官を相手にしたFの再現は、3号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

3号の要件は、前に見たとおりです。供述不能。犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。そして、特に信用すべき情況。この3つが、そろう必要があります。被告人の再現なら、こちらです。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。

被告人に不利益な事実を、認める内容であること。または、特に信用すべき情況のもとでされたこと。認める内容の書面は、さらに、任意にされていることが要ります。自白でなくても、承認で足りる点は、前に見たとおりです。設例Xで、被告人のNが、犯人の動作を再現していれば、この条文で見ます。ここまでを、規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:再現者の属性で、必要な要件が決まる 再現の調書と写真は | 同意がなければ、まず3項の要件 | そのうえで、再現者の供述の録取部分と写真は、被告人以外なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項 | 写真だけ、再現者の署名押印は不要 (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

問いです。前に見た、1項の号の分け方を思い出してください。被害者のFが、検察官の前で、同じ再現をして、写真を撮られたとします。この写真に必要な要件は、1項の何号でしょうか?検察官の面前なので、2号です。号を決めるのは、誰が被害者か、ではなく、誰の前で再現したか、です。

写真に署名押印が要らない理由

説明文と写真の対比板。再現者の言葉を警察官が書き取った説明文は、人の手を通るので署名押印が要る。写真は撮影、現像などの記録の過程が機械的操作なので、再現者の署名押印は不要。ビデオも同じ理屈 図:説明文と写真の対比板

  • 再現者の言葉を警察官が書き取った説明文は、人の手を通るので署名押印が要る
  • 写真は撮影、現像などの記録の過程が機械的操作なので、再現者の署名押印は不要
  • ビデオも同じ理屈

最高裁が理由として書いているのは、1つです。撮影や現像などの記録の過程が、機械的操作によってなされる、という点です。判旨の言葉は、そこまでです。そこから、署名押印の目的に戻って、言い直してみます。前に見たとおり、録取書の署名押印は、録取者の関所の誤りを取り除くためでした。話した本人が、書かれた中身を確かめて、間違いないと認める印です。説明文は、Fの言葉を、警察官が聞いて、書き取った部分です。聞き違いや、書き間違いが入りうる。だから、署名押印が要ります。一方、写真は、Fの動作を、機械が写します。人が書き取る段が、ありません。確かめる相手が、いない。この整理は、判旨の言葉を、署名押印の目的から、言い直したものです。

動作の中身が正確かどうかを確かめるのは、署名押印の役目ではありません。動作の中身は、1項や322条の、別の要件で見ます。署名押印が支えるのは、書き取りの段だけです。ビデオで再現を撮った場合も、同じ理屈です。機械が記録するので、再現者の署名押印は要りません。前に、署名押印の要否を、あとで見ると言った点は、これで回収です。

なぜ3項も重ねて要るのか

1通の再現調書を3つに分ける板。警察官が再現の状況を見て書いた部分は見分の結果として3項。再現者の言葉を書き取った部分は再現者の供述として1項2号3号または322条1項と署名押印。再現写真は同じ要件で署名押印だけ不要 図:1通の再現調書を3つに分ける板

  • 警察官が再現の状況を見て書いた部分は見分の結果として3項
  • 再現者の言葉を書き取った部分は再現者の供述として1項2号3号または322条1項と署名押印
  • 再現写真は同じ要件で署名押印だけ不要

1項や322条の要件を満たせば、再現した人の供述は入るのですよね。それでも、なぜ3項も、重ねて要るのですか。ここは、2つを分けて語ります。判旨は、3項の要件が必要だと言っています。でも、なぜ必要か、その理由は、書いていません。だから、これから言うのは、判旨ではなく、そう整理される、という話です。前回の2つを、思い出してください。1つ目は、立会人の指示説明です。場所を示すだけの現場指示なら3項で足り、話の中身を証明に使う現場供述なら、321条1項などの要件と署名押印が要りました。再現は、この指示説明の延長でした。そして2つ目は、酒酔いの鑑識カードです。観察した欄は3項、聞き取った問答の欄は321条1項3号と、1通の中を部分で分けると、行き先が違いました。再現の調書も、同じ型です。設例Xの調書を、3つに分けます。1つ目。警察官が、再現の状況を見て書いた部分です。撮影した場所は、警察署の廊下。犯人役の警察官と、Fの距離。使った台の高さ。これは、見たものを書いた、見分の結果です。3項の部分です。2つ目。Fの言葉を書き取った説明文です。再現者の供述なので、1項の3号と、署名押印です。そして3つ目。Fの動作を写した写真。これも、再現者の供述なので、同じ要件で、署名押印だけ要りません。だから、2つ目と3つ目を、1項で通しても、1つ目は別です。警察官が見て書いた部分は、警察官が法廷で、真正作成を供述して、初めて入ります。3項の要件は、そのためです。

冒頭の問いの答えは、ここにあります。警察官が支えるのは、1つ目の部分だけです。

物理的に可能かを確かめる再現なら、3項だけ

要証事実で分岐するフローの板。再現調書に対して何を証明するかを問い、再現どおりの犯罪事実なら再現者の供述として1項または322条が重なる。物理的にその体格や距離で可能かなら再現者の知覚と記憶は問題にならず3項だけ。設例X-2は立証趣旨を、Nの腕の長さで走行中の自転車のカゴからバッグを抜けるか、に変える 図:要証事実で分岐するフローの板

  • 再現調書に対して何を証明するかを問い、再現どおりの犯罪事実なら再現者の供述として1項または322条が重なる
  • 物理的にその体格や距離で可能かなら再現者の知覚と記憶は問題にならず3項だけ
  • 設例X-2は立証趣旨を、Nの腕の長さで走行中の自転車のカゴからバッグを抜けるか、に変える

ここで、設例Xの続きです。X-2とします。今度は、被告人のNが、警察署で、犯人の動作を再現したとします。立証趣旨は、Nの腕の長さで、走行中の自転車のカゴから、バッグを抜くことができたか、です。警察官は、Nの腕の長さと、自転車の高さを測って、同じ姿勢を取ってもらった。ここで確かめたいのは、体格と距離と位置関係です。Nが、実際にやったかどうかは、問題にしません。この場合、Nの記憶や、自白は、使いません。Nが嘘をついていても、腕の長さと、カゴの位置の関係は、変わりません。再現者の知覚と記憶の正確さは、問題になりません。この写真は、動作が物理的に可能かを示す物で、見分者の観察を書いた書面です。3項だけで、足ります。

ただし、立証趣旨にそう書いてあれば、それで決まりですか。決まりません。字面ではなく、争点から見ます。同じ調書に、「私は、この位置で、バッグを奪いました」というNの説明文が付いていて、それを使うなら、再現どおりの犯罪事実を使っています。その部分は、再現者の供述として、別の要件が要ります。当たる例と当たらない例で言います。腕を伸ばすと、カゴに届く。これは、体格の確認です。Nが、実際にここで奪った。これは、再現どおりの犯罪事実です。見分けは、Nの記憶を使うかどうか、です。ここも、最高裁の判旨と整理を、分けます。判旨は、その事案の再現を、再現どおりの犯罪事実が要証事実になる、と見ました。物理的な可能性の確認なら3項だけ、というのは、前回の最後に触れた点を深めた、学説や実務の整理です。取り違えないでください。

設例Xの当てはめ

設例Xの関係図。被害者Fが動作と説明を警察官に再現し、警察官が写真と調書に記録して裁判所に提出する。Fから警察官への再現と、警察官から裁判所への調書提出の2段 図:設例Xの関係図

  • 被害者Fが動作と説明を警察官に再現し、警察官が写真と調書に記録して裁判所に提出する
  • Fから警察官への再現と、警察官から裁判所への調書提出の2段

設例Xを、手順で当てはめます。1つ目、何のために使うのか。2つ目、誰の供述か。3つ目、どの要件か。設例Xには、もう1つ再現があります。被告人のNも、警察署で、犯人の動作を再現しました。その写真7枚と、Nの言葉を書き取った説明文があり、こちらも、Nの署名押印はありません。立証趣旨は、再現状況です。争点は、Nがバッグを引いたかどうかです。再現どおりの犯罪事実が、要証事実になります。Fの再現も、Nの再現も、それぞれの供述として見ます。

設例Xの当てはめ表。縦は再現者の被害者Fと被告人N、横は説明文の録取部分と写真。Fの説明文は署名押印がなく不可。Fの写真は署名押印を除く3号の要件を満たさなければ不可。Nの説明文は署名押印がなく不可。Nの写真は任意に再現していれば322条1項で可。3項は警察官が真正作成を供述していれば全部で満たす 図:設例Xの当てはめ表

  • 縦は再現者の被害者Fと被告人N、横は説明文の録取部分と写真
  • Fの説明文は署名押印がなく不可
  • Fの写真は署名押印を除く3号の要件を満たさなければ不可
  • Nの説明文は署名押印がなく不可
  • Nの写真は任意に再現していれば322条1項で可
  • 3項は警察官が真正作成を供述していれば全部で満たす

結論を、4つのマスで言います。Fの説明文は、Fの署名押印がありません。ほかの要件を見るまでもなく、証拠にできません。Nの説明文も、Nの署名押印がないので、同じです。Fの写真9枚は、署名押印を除いた、3号の要件を見ます。供述不能、不可欠性、特信情況です。Fが法廷で証言できるなら、供述不能に当たりません。入りません。Fを証人として呼んで、法廷で聞くことになります。Nの写真7枚は、Nが任意に再現していれば、322条1項です。不利益な事実の承認で、任意性に疑いがなければ、入りえます。署名押印は、写真には要りません。そして、どの部分でも、3項は、前提です。警察官が、法廷で真正作成を供述している必要があります。

決定の当てはめは、こうでした。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

再現調書・再現写真の当てはめ 各再現者の供述録取部分については,いずれも再現者の署名押印を欠くため,その余の要件を検討するまでもなく証拠能力を有しない。また,本件写真撮影報告書中の写真は,記録上被告人が任意に犯行再現を行ったと認められるから,証拠能力を有するが,本件実況見分調書中の写真は,署名押印を除く刑訴法321条1項3号所定の要件を満たしていないから,証拠能力を有しない。

設例Xと、同じ型です。録取部分は、署名押印を欠くので不可。被告人が任意に再現した写真は可。被害者の再現写真は、3号の要件を満たさないので不可です。事実は、設例Xで置き換えています。ここまでが、論文で論点になりうる骨格です。

私人が作った書面は、3項に乗れるか

設例Yの関係図。民間の検査会社の技術者Qが、同型のプレス機で安全装置の作動実験をして考察を書いた報告書を、検察官が請求する。依頼者は捜査機関ではない。3項の主語と4項の2本の道で分ける問いを置く 図:設例Yの関係図

  • 民間の検査会社の技術者Qが、同型のプレス機で安全装置の作動実験をして考察を書いた報告書を、検察官が請求する
  • 依頼者は捜査機関ではない
  • 3項の主語と4項の2本の道で分ける問いを置く

後半です。設例Yです。工場のプレス機の、安全装置の不具合で、作業員が負傷しました。被告人のTは、業務上過失致傷で起訴されています。民間の検査会社の技術者のQは、同種の機械の保守と検査に、約20年かかわってきました。Qは、同型のプレス機で、安全装置の作動実験をして、結果と考察を、報告書に書きました。検察官が、この報告書を請求します。弁護人は、不同意です。依頼したのは、捜査機関ではありません。前回見た、鑑定受託者と、混ぜないでください。受託者は、捜査機関が鑑定を頼んだ人で、その鑑定書には、4項が準用されました。

実際に機械を動かして、五感で状態を確かめて書く書面だ、という点は、3項への入口になります。ただ、3項の主語を、もう一度見てください。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

主語は、検察官、検察事務官、または司法警察職員です。Qは、どれでもありません。壁は、ここです。この列挙を、例示と見て、Qも入れてよいのか。もう1つの入口があります。Qの書面は、専門的な知見にもとづいて、分析と判断を書いたものです。それなら、前回の4項、つまり、鑑定人の鑑定書を、3項と同じく、作成者の真正作成の供述で入れる条文の側に近い、という見方です。2つの入口を、最高裁は、どう分けたのか。

私人の書面は3項不可、4項に準ずる

判例の2段の板。私人作成の書面に3項は準用できない、理由は規定の文言とその趣旨。他方、作成者が特別の学識経験を有し、その学識経験に基づいて実験を行い考察結果を報告し、作成の真正も立証されていれば、4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する 図:判例の2段の板

  • 私人作成の書面に3項は準用できない、理由は規定の文言とその趣旨
  • 他方、作成者が特別の学識経験を有し、その学識経験に基づいて実験を行い考察結果を報告し、作成の真正も立証されていれば、4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する

最高裁の決定は、火災の原因を調べる民間の専門家が、燃焼実験をして書いた報告書の事案です。判旨を、2つのカードで読みます。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成20年8月27日(刑集62巻7号2702頁)

私人作成の書面に3項は準用できない 同項所定の書面の作成主体は「検察官,検察事務官又は司法警察職員」とされているのであり,かかる規定の文言及びその趣旨に照らすならば,本件報告書抄本のような私人作成の書面に同項を準用することはできないと解するのが相当である。

1つ目。ここでいう「同項」は、3項です。3項の主語は、検察官、検察事務官、司法警察職員です。この規定の文言と、その趣旨に照らして、私人作成の書面に、3項を準用することはできない。判旨の理由は、文言とその趣旨まで、です。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成20年8月27日(刑集62巻7号2702頁)

4項の書面に準ずるものとして証拠能力を有する 上記作成者は,火災原因の調査,判定に関して特別の学識経験を有するものであり,本件報告書抄本は,同人が,かかる学識経験に基づいて燃焼実験を行い,その考察結果を報告したものであって,かつ,その作成の真正についても立証されていると認められるから,結局,本件報告書抄本は,同法321条4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有するというべきであり

2つ目。3項の準用はできない。でも、4項の書面に準ずるものとして、同項により、証拠能力がある、としました。4項の条文を、確認します。

条文刑事訴訟法第321条第4項

刑事訴訟法第321条第4項 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

前項と同様、とは、3項と同じく、作成者が法廷で真正に作成したと供述すれば入る、という意味です。4項に準ずる、と言える要素を、判旨から、3つ取り出します。1つ目。作成者が、特別の学識経験を有する者であること。2つ目。その学識経験にもとづいて、実験や分析をして、考察を書いた書面であること。最後に3つ目。作成の真正が立証されていること。作成者が、法廷で、真正に作成したと供述することです。準用は、前回の鑑定受託者で見たとおり、条文がそのまま当てはまるわけではないけれど、同じ要件で扱う、という意味でした。3項は、私人の書面には、その準用もできない、と言っています。4項のほうは、4項の書面に準ずるもの、つまり、4項の鑑定書と性質が同じだから、同項で扱う、という言い方です。設例Yで当てはめます。Qは、約20年、機械の保守と検査にかかわってきた。特別の学識経験があります。Qの報告書は、その経験にもとづいて、安全装置の作動実験をして、考察を書いたものです。あとは、Qが法廷で、真正に作成したと供述すれば、4項に準ずるものとして、入ります。

同僚のメモは、4項には準じません。同僚には、機械の検査の学識経験がなく、実験や分析もしていません。見たことを書いただけです。Qとの差は、専門知見にもとづく分析かどうか、の1点です。

⭐ 論文で書く規範:私人の書面は、3項は不可・4項に準ずる 私人作成の書面は | 3項は準用できない(主語は捜査機関) | 特別の学識経験を有する者が、その学識経験にもとづく実験や分析を報告し、作成の真正が立証されれば、4項に準ずる (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

なぜ主語で分けるのか、地図に1行足す

3項と4項の担保の違いの比較板。3項は作成者が捜査機関を構成する公務員で、捜査という業務として検証した、つまり身分と業務で信用性を支える。4項は作成者が専門家で、専門知見にもとづいて客観的に分析・判断した、つまり専門性で信用性を支える。判旨は文言及びその趣旨までで、この対比は整理 図:3項と4項の担保の違いの比較板

  • 3項は作成者が捜査機関を構成する公務員で、捜査という業務として検証した、つまり身分と業務で信用性を支える
  • 4項は作成者が専門家で、専門知見にもとづいて客観的に分析・判断した、つまり専門性で信用性を支える
  • 判旨は文言及びその趣旨までで、この対比は整理

ここも、判旨と整理を分けます。判旨に書かれているのは、文言とその趣旨まで、です。これから言う対比は、そう整理される、という話です。3項の書面は、捜査を職務とする公務員が、職務として見て書いたものです。だから信用できる、と整理されます。4項の書面は、専門家が、専門の知識で調べて書いたものです。だから信用できる、と整理されます。ここからも、そう整理されます。私人でも、特別の学識経験とその知見にもとづく分析なら、4項に乗ります。一方、さっきの同僚のメモのように、五感で見ただけの私人の書面は、3項の主語の外にあり、専門性の裏づけもないので、3項にも4項にも乗りません。残るのは、前半で見た321条1項3号です。被告人以外の者が作成した供述書として、供述不能などの要件を見ます。

Qの書面は、3項では使えません。4項に準ずるものとして請求し、Qを証人として尋問して、真正作成を供述してもらう。それが、道筋です。

作成者の全体地図。裁判所の検証調書は2項で無条件、捜査機関の検証調書と実況見分調書は3項で作成者の真正作成供述、鑑定人と鑑定受託者の鑑定書は4項と準用、新しい1行として専門知見を持つ私人の実験・分析の報告書は4項に準ずる、を並べる 図:作成者の全体地図

前回の地図に、新しい1行を足します。裁判所、捜査機関、鑑定人、鑑定受託者の次に、専門知見を持つ私人の、実験や分析の報告書。4項に準ずる、です。作成者が変わるたびに、乗れる条が変わる。前回の軸の、延長です。

周辺の短答知識

周辺の短答知識の板。税関職員が犯則事件の調査で作った写真撮影報告書は、捜査に類似する性質を有するので、検証の結果を記載した書面と性質が同じなら3項書面に含まれうる。同じ判決で、差押調書は検証と性質が異なり3項書面に含まれない。4項に準ずるとされた書面の例は、ポリグラフ検査書、声紋鑑定書、事故調査報告書。臭気選別報告書は3項。出典は東京高裁平成26年3月13日判決 図:周辺の短答知識の板

  • 税関職員が犯則事件の調査で作った写真撮影報告書は、捜査に類似する性質を有するので、検証の結果を記載した書面と性質が同じなら3項書面に含まれうる
  • 同じ判決で、差押調書は検証と性質が異なり3項書面に含まれない
  • 4項に準ずるとされた書面の例は、ポリグラフ検査書、声紋鑑定書、事故調査報告書
  • 臭気選別報告書は3項
  • 出典は東京高裁平成26年3月13日判決

最後に、短答の知識です。2つだけです。1つ目。税関職員が、犯則事件、つまり関税法に違反した疑いのある事件の調査で作った、写真撮影報告書です。税関職員の調査は、検察官などが行う、犯罪の捜査に類似する性質を持ちます。だから、検証の結果を記載した書面と、性質が同じと認められる限り、3項の書面に含まれうる、とされました。同じ判決は、差押えの調書は、物を押さえた手続を記録したもので、物の状態を五感で確かめる検証とは性質が異なるので、3項の書面に含まれないとしました。2つ目。4項に準ずるものとして扱われてきた書面の例です。ポリグラフ検査書。声紋鑑定書。事故調査報告書です。ポリグラフは、前に、同意があった回答書の決定を見て、同意がないときの扱いは別の回で、と言いました。同意がなければ、この4項の道で見ます。一方、臭気選別の報告書は、4項ではなく、3項でした。立ち会った警察官が、犬の選んだ経過と結果を、見て記録した書面だからです。取り違えやすい点です。

今日の地図(保存版)

今日の保存版の板。再現の調書は3項に加えて再現者の属性で1項2号3号または322条1項、写真は署名押印のみ不要、物理的可能性の確認なら3項だけ。私人の書面は3項不可、特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら4項に準ずる、見ただけのメモは1項3号、捜査を職務とする公務員と専門家の対比、作成者の地図の新しい1行 図:今日の保存版の板

  • 再現の調書は3項に加えて再現者の属性で1項2号3号または322条1項、写真は署名押印のみ不要、物理的可能性の確認なら3項だけ
  • 私人の書面は3項不可、特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら4項に準ずる、見ただけのメモは1項3号、捜査を職務とする公務員と専門家の対比、作成者の地図の新しい1行

まとめます。再現の調書は、3項に加えて、再現者の属性で、321条1項2号3号か、322条1項が要ります。写真は、署名押印だけ要りません。再現の目的が、物理的な可能性の確認なら、3項だけです。私人の書面は、3項に乗りません。専門知見にもとづく分析なら、4項に準ずる、です。短答の落とし穴を、○×で言います。再現写真は、立証趣旨が再現状況なら、3項だけで足りる。×です。実質の要証事実を見ます。再現者の署名押印は、写真にも要る。×です。写真は、機械的操作なので、不要です。被害者が再現した写真は、322条1項で入る。×です。被告人以外なので、321条1項、検察官の面前なら2号、警察官の面前なら3号です。私人作成の書面にも、3項が準用される。×です。特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら、4項に準ずる書面として見ます。見ただけのメモなら、321条1項3号です。税関職員の写真撮影報告書は、3項に含まれうる。○です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。警察官が正確に書きましたと証言すれば、写した状況の部分は3項で入る。でも、ひったくりが本当にあったことは、再現した人の供述なので、別の要件が要る。次は、採用されなかった再現写真を、法廷の証人尋問でどう使えるかを見ます。

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#121単独ページ動画

公判廷での再現写真の提示と調書への添付

第5章 証拠法 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜の繁華街の路地での傷害事件で、被害者が証言台で相手の体勢を言葉と身振りで説明しているが、聞く側には高さや向きが伝わりにくい。検察官の手元には警察署で撮った再現写真6枚があるが、弁護人の不同意で採用されていない。この写真を今ここで証人に見せてよいのかを問う導入板

  • 夜の繁華街の路地での傷害事件で、被害者が証言台で相手の体勢を言葉と身振りで説明しているが、聞く側には高さや向きが伝わりにくい
  • 検察官の手元には警察署で撮った再現写真6枚があるが、弁護人の不同意で採用されていない
  • この写真を今ここで証人に見せてよいのかを問う導入板

前回の最後に、予告しました。採用されなかった再現写真を、法廷の証人尋問でどう使えるか。今日は、その回収です。この設例を、設例Zと呼びます。前回の結論を、思い出します。再現の調書や写真は、実質の要証事実が再現どおりの犯罪事実なら、再現者の供述として見ます。321条3項に加えて、被害者の再現なら、321条1項の2号か3号が要りました。被害者の再現写真は、3号の供述不能などの要件を満たさないと、入りません。今回の路地の写真も、その要件を満たせず、採用されなかった、という前提です。先に答えを言います。証拠としては、入りません。でも、証言を分かりやすくする道具としてなら、条件つきで使えます。そこで、今日の問いです。採用されていない写真を、証人に見せて話させ、その写真を記録に綴じたら、伝聞の規定を、すり抜けたことになりませんか。答えは、なりません。その理由が、今日の軸です。

おさらい:証人に書面や物を示す3つの場面

証人に書面や物を示す3場面の対比板。成立や同一性の確認は規則199条の10で許可不要、記憶喚起は規則199条の11で許可が要り供述録取書は不可、供述の明確化は規則199条の12で許可が要る。今日の主役は3つ目で、まだ証拠調べを終えていないものは相手方に閲覧の機会を与える(異議がなければ不要) 図:証人に書面や物を示す3場面の対比板

  • 成立や同一性の確認は規則199条の10で許可不要、記憶喚起は規則199条の11で許可が要り供述録取書は不可、供述の明確化は規則199条の12で許可が要る
  • 今日の主役は3つ目で、まだ証拠調べを終えていないものは相手方に閲覧の機会を与える(異議がなければ不要)

まず、証人に書面や物を見せる場面を、思い出します。前に、3つの場面に分けて見ました。1つ目は、成立や同一性の確認です。成立とは、この書面は誰が書いたのか。同一性とは、これは同じ物か。たとえば、目の前の調書の署名が、本人のものかどうかを確認する場面です。この場面は、裁判長の許可が要りません。規則199条の10です。2つ目は、記憶の喚起です。証人の記憶が明らかでない事項について、思い出す手がかりを与えるために見せます。こちらも、裁判長の許可が要ります。しかも、供述を録取した書面は、見せられません。規則は、199条の11です。そして3つ目が、供述の明確化です。証人の供述を明確にするために、図面、写真、模型などを使って尋問する。これも、裁判長の許可が要ります。規則199条の12。今日の主役は、この3つ目です。

見せる物が、証言の中身に入り込むかどうか、の違いです。署名が本人のものかを確かめるのは、物そのものについて聞くだけで、証人の記憶の中身には触れません。記憶の喚起や明確化では、見せた物が、証人に答えを教えてしまうおそれがあります。だから、裁判長が先に、見せてよいかを判断します。供述を録取した書面がだめなのも、前に話した言葉を、なぞらせてしまうからでした。相手方への配慮は、あります。まだ証拠調べを終えていない書面や物を示すときは、あらかじめ相手方に、閲覧の機会を与えます。ただし、相手方に異議がなければ、不要です。この閲覧の規定を、3つ目の場面も準用しています。条文は、この後で読みます。

要件を満たせないとき、残る道は証人尋問

設例Zの図。再現写真は不同意で採用されず、証拠としては法廷に入らない。一方、被害者本人が法廷で証言すれば、被害の状況は証拠になる。ただし言葉だけでは動作や位置関係が伝わりにくい、という困りごとを示す板 図:設例Zの図

  • 再現写真は不同意で採用されず、証拠としては法廷に入らない
  • 一方、被害者本人が法廷で証言すれば、被害の状況は証拠になる
  • ただし言葉だけでは動作や位置関係が伝わりにくい、という困りごとを示す板

法廷に出す道は、残っています。被害者本人を証人として呼べば、法廷で、直接証言してもらえます。公判廷での証言は、伝聞になりません。宣誓をさせ、反対尋問で問いただし、裁判官が話しぶりを見られるからです。伝聞として締め出すのは、こうした確かめが働かない、法廷の外の供述でした。被害の状況は、その証言で、証拠になります。ただ、困りごとがあります。設例Zの被害者は、「このくらいの高さから」と、手を宙に上げて説明していました。聞いている裁判官は、その高さを、頭の中で思い描くしかありません。地図に例えます。道案内で、言葉だけだと迷う所に、補助線を1本引く。それで、話が通じやすくなります。法廷でも、言葉で伝わりにくい所に、写真という補助線を引けないか。これが、規則199条の12の発想です。補助線は、道を説明するための道具です。補助線そのものが、道の証拠になるわけではありません。この違いが、今日の全部につながります。

規則199条の12:証言を明確にするための提示

規則199条の12の条文を3つに分けて示す板。目的は証人の供述を明確にするため必要があること、手続は裁判長の許可を受けること、対象は図面、写真、模型、装置等。2項は証拠調べを終えていないものを示すときの閲覧の機会の準用 図:規則199条の12の条文を3つに分けて示す板

  • 目的は証人の供述を明確にするため必要があること、手続は裁判長の許可を受けること、対象は図面、写真、模型、装置等
  • 2項は証拠調べを終えていないものを示すときの閲覧の機会の準用

条文を、読みます。

条文刑事訴訟規則第199条の12

刑事訴訟規則第199条の12 訴訟関係人は、証人の供述を明確にするため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、図面、写真、模型、装置等を利用して尋問することができる。 前項の場合には、第百九十九条の十第二項の規定を準用する。

3つに分けて読みます。1つ目。目的は、証人の供述を明確にするため、です。供述の代わりをさせるためではありません。供述が、先にあります。2つ目。裁判長の許可を受けます。許可なしには、できません。3つ目。対象は、図面、写真、模型、装置等です。2項は、さっきの閲覧の機会です。第百九十九条の十第二項を準用しています。証拠調べを終えていない物を示すなら、相手方に見る機会を与える。異議がなければ、不要です。次の決定が、この問いに答えます。最高裁は、採用されていない被害再現写真について、規則199条の12を根拠に示して尋問することを許可しても違法でない、としました。

提示を許可してよい場合:被害再現写真の決定

被害再現写真の提示を許可した決定の板。強制わいせつ事件で被害者の証人尋問中に検察官が捜査段階の被害再現写真を示す許可を求め、第1審の裁判官が許可した。最高裁は許可に違法はないとした。判旨が挙げた事情は、供述が十分にされた後、供述を明確化するため、示す写真が既にされた供述と同趣旨の3つ 図:被害再現写真の提示を許可した決定の板

  • 強制わいせつ事件で被害者の証人尋問中に検察官が捜査段階の被害再現写真を示す許可を求め、第1審の裁判官が許可した
  • 最高裁は許可に違法はないとした
  • 判旨が挙げた事情は、供述が十分にされた後、供述を明確化するため、示す写真が既にされた供述と同趣旨の3つ

事案の骨子です。強制わいせつの事件で、被害者の証人尋問の途中に、検察官が、捜査段階で作られた被害再現写真を示す許可を求めました。第1審の裁判官が、許可しました。最高裁は、この許可は違法でない、と判断しました。理由の部分を、読みます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

被害再現写真を示して尋問することの許可 本件において,検察官は,証人(被害者)から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するために証人が過去に被害状況等を再現した被害再現写真を示そうとしており,示す予定の被害再現写真の内容は既にされた供述と同趣旨のものであったと認められ,これらの事情によれば,被害再現写真を示すことは供述内容を視覚的に明確化するためであって,証人に不当な影響を与えるものであったとはいえないから,第1審裁判所が,刑訴規則199条の12を根拠に被害再現写真を示して尋問することを許可したことに違法はない。

判旨が挙げた事情を、3つに分けて見ます。まず、証人から、被害状況等に関する具体的な供述が、十分にされた後であること。次に、その供述を、明確化するために示すこと。最後に、示す予定の写真の内容が、既にされた供述と同趣旨であること。この3つで、何が言えるのか。判旨は、視覚的に明確化するためであって、証人に不当な影響を与えるものとはいえない、と結びました。3つの事情を要件と読むのは、取り違えやすい所です。判旨は、これらの事情によれば、と書いています。つまり、本件で許可が適法といえる理由として、3つの事情を挙げているのです。3つを、限定列挙の要件だ、とは書いていません。論文では、判旨が挙げた事情として、使います。

判旨が挙げた3つの事情。供述が十分にされた後、その供述を明確化するために、示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨。判旨は、これらの事情によれば、視覚的に明確化するためで不当な影響を与えるものとはいえない、とした 図:判旨が挙げた3つの事情

  • 供述が十分にされた後、その供述を明確化するために、示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨
  • 判旨は、これらの事情によれば、視覚的に明確化するためで不当な影響を与えるものとはいえない、とした

判旨の言葉は、そこまでです。なぜ不当な影響とはいえないのか、理由を補って説明します。すでに話した内容と同じ写真を、話した後に示すだけなので、写真が新しい記憶を作る心配は小さい。写真が、証人の記憶を上書きしない使い方になっている、と説明できます。設例Zに当てはめます。被害者は、肩を左手で押さえられ、右の拳を振り下ろされたことを、十分に証言しました。そのあとで、検察官が、同じ体勢を写した写真を示して、証言を明確にしたい、と許可を求めます。十分に証言した後。明確にするため。同趣旨の写真。この3つの事情があり、裁判長が許可するので、示してよい、という結論です。

⭐ 論文で書く規範:提示の許可が適法とされた理由 被害状況の具体的な供述が十分にされた後 | その供述を明確化するために示す | 示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨 | → 視覚的な明確化で、証人に不当な影響を与えるものではない (規範(判例型・最高裁)——判旨が挙げた事情。限定列挙の要件とは書かれていない。論文で論点になりうる)

示す時機や中身を誤ると:判旨と整理を分ける

判旨と整理の対比板。左は判旨が書いたこととして、本件で許可が適法な理由まで。右は整理として、供述の前に示すと写真が証人の記憶や証言に影響しうる、証言と食い違う写真は明確化でなく新しい内容を持ち込む、規則199条の11第2項の不当な影響への注意と同じ発想。設例Z-2とZ-3 図:判旨と整理の対比板

  • 左は判旨が書いたこととして、本件で許可が適法な理由まで
  • 右は整理として、供述の前に示すと写真が証人の記憶や証言に影響しうる、証言と食い違う写真は明確化でなく新しい内容を持ち込む、規則199条の11第2項の不当な影響への注意と同じ発想
  • 設例Z-2とZ-3

ここで、判旨と整理を、分けて話します。判旨が書いたのは、本件で許可が適法といえる理由まで、でした。これから言うのは、判旨ではなく、そう整理される、という話です。設例Z-2です。同じ事案で、被害者が、「よく思い出せません」と言った段階で、検察官が写真を示そうとします。具体的な供述が、まだありません。思い出す前に写真を見せるのは、危ないのです。写真を見た被害者は、写真の体勢を、自分の記憶だと思い込むかもしれません。そうなると、写真が、証人の記憶や証言の内容に影響します。不当な影響のおそれがある、と整理されます。記憶を思い出すための手がかりなら、別の規則があります。規則199条の11です。ただし、その2項も、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない、と定めています。設例Z-3です。写真の1枚に、被害者が証言していない体勢が写っています。相手が両手で首元をつかむ体勢です。この写真を示すと、供述を明確にするのではなく、新しい内容を、法廷に持ち込むことになります。明確化とはいえない、と整理されます。つながりを、まとめます。記憶を喚起するときの注意と、明確化するときの注意は、同じ発想です。証人自身の記憶で語ってもらう。写真に語らせない。論文では、不当な影響を与えるか、という物差しで書きます。

規則49条:調書への添付と、同意は要らない理由

規則49条の条文と、添付の位置づけの板。示した写真を証人尋問調書の末尾に綴じて調書の一部にすることができる。最高裁は、証言の経過と内容を明らかにするための適切な措置で、独立した証拠として扱う趣旨でないから当事者の同意は不要とした。同意は326条の同意(証拠能力を与える同意)とは別 図:規則49条の条文と、添付の位置づけの板

  • 示した写真を証人尋問調書の末尾に綴じて調書の一部にすることができる
  • 最高裁は、証言の経過と内容を明らかにするための適切な措置で、独立した証拠として扱う趣旨でないから当事者の同意は不要とした
  • 同意は326条の同意(証拠能力を与える同意)とは別

次の問いです。示した写真を、記録に綴じてよいのか。まず、条文です。

条文刑事訴訟規則第49条

刑事訴訟規則第49条 調書には、書面、写真その他裁判所又は裁判官が適当と認めるものを引用し、訴訟記録に添附して、これを調書の一部とすることができる。

添付とは、記録に綴じて、調書の一部にすることです。尋問に使った写真を、証人尋問調書の末尾に綴じる。設例Zなら、6枚の写真が、被害者の証人尋問調書の後ろに付きます。綴じることは、証拠にすることと同じではない。最高裁は、そう判断しました。次のカードです。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

示した写真を証人尋問調書に添付すること また,本件証人は,供述の明確化のために被害再現写真を示されたところ,被害状況等に関し具体的に証言した内容がその被害再現写真のとおりである旨供述しており,その証言経過や証言内容によれば,証人に示した被害再現写真を参照することは,証人の証言内容を的確に把握するために資するところが大きいというべきであるから,第1審裁判所が,証言の経過,内容を明らかにするため,証人に示した写真を刑訴規則49条に基づいて証人尋問調書に添付したことは適切な措置であったというべきである。この措置は,訴訟記録に添付された被害再現写真を独立した証拠として扱う趣旨のものではないから,この措置を決するに当たり,当事者の同意が必要であるとはいえない。

2つに分けて読みます。1つ目。添付は、証言の経過と内容を明らかにするための、適切な措置です。あとで記録を読んだ人が、この証言は、どの写真を見ながらされたのか、を的確に把握できるからです。2つ目。この措置は、添付された写真を、独立した証拠として扱う趣旨ではありません。だから、添付を決めるのに、当事者の同意は要りません。混ぜないでください。326条の同意は、証拠能力を与える同意です。証拠能力とは、法廷で証拠として取り調べるために、法律上必要な資格のことでした。同意は、その資格を与えて、書面を証拠として取り調べるための入口です。今回の添付は、証拠調べではありません。入口を通らないので、326条の出番が、そもそもありません。綴じることと、証拠にすることは、別なのです。

添付された写真は何になるか:引用された限度で証言の一部

設例Zの提示関係図。検察官が裁判長の許可を得て被害者の証人に写真を示し、被害者が証言し、裁判所がその証言で事実を認定する。写真は裁判所へ直接つながらない。写真は引用された部分だけが証言の一部になる 図:設例Zの提示関係図

  • 検察官が裁判長の許可を得て被害者の証人に写真を示し、被害者が証言し、裁判所がその証言で事実を認定する
  • 写真は裁判所へ直接つながらない
  • 写真は引用された部分だけが証言の一部になる

添付した写真は、結局、何になるのか。決定の最後の部分です。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

引用された限度での証言の一部と、伝聞証拠規定の潜脱でないこと そして,本件において証人に示した被害再現写真は,独立した証拠として採用されたものではないから,証言内容を離れて写真自体から事実認定を行うことはできないが,本件証人は証人尋問中に示された被害再現写真の内容を実質的に引用しながら上記のとおり証言しているのであって,引用された限度において被害再現写真の内容は証言の一部となっていると認められるから,そのような証言全体を事実認定の用に供することができるというべきである。このことは,被害再現写真を独立した供述証拠として取り扱うものではないから,伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱するものではない。

3つに分けて読みます。1つ目。写真は、独立した証拠として採用されたものではないので、証言内容を離れて、写真自体から事実認定を行うことはできません。2つ目。ただし、証人が、示された写真の内容を実質的に引用しながら証言しているなら、引用された限度で、写真の内容は証言の一部になります。3つ目。そのため、証言全体を、事実認定に使えます。証人が、写真を見て、「そうです、この写真のとおりです」と言って、触れた部分、ということです。設例Zで言えば、被害者が、写真を見て、「相手は、こう私の肩を押さえました」と言った部分です。その部分は、被害者自身の証言です。写真は、証言の中に溶けた、と言えます。設例Z-4です。尋問のあと、写真が、証人尋問調書に添付されました。裁判所が、被害者が証言で触れていない写真の部分、たとえば、背景に写っている位置関係から、犯人の体勢を認定しようとします。この認定は、できるでしょうか? できません。その部分は、証言の一部になっていないので、写真自体から認定することになるからです。冒頭の問いに、答えます。綴じても、すり抜けにはなりません。写真を、独立の供述証拠として使っていないからです。事実を認定する材料は、あくまで証言です。写真は、証言のうち、引用された部分を、見える形にしているだけです。事実認定の大原則を、確認します。事実の認定は、証拠による。証言が証拠で、写真は証拠ではない。条文を、読みます。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

⭐ 論文で書く規範:添付された写真の位置づけ 添付は証拠調べではない | 写真自体から事実認定はできない | 証言に引用された限度で、写真の内容は証言の一部 | → 証言全体を事実認定に使える。伝聞の規定の潜脱ではない (規範(判例型・最高裁)——論文で論点になりうる)

被告人質問で示した電子メール

被告人質問で示した電子メールの決定の板。詐欺事件で検察官が証拠として取り調べていない電子メールを被告人に示して質問し、公判調書の末尾に添付された。第1審判決はそのメールの存在と記載内容を故意や共謀の認定に使い、原判決は同一性や真正な成立の確認で供述と一体になったと是認した。最高裁は原判断は違法とし、ただし被告人がメールについてした供述やその他の関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として棄却。根拠規定は規則199条の10第1項と199条の11第1項で、199条の12ではない 図:被告人質問で示した電子メールの決定の板

  • 詐欺事件で検察官が証拠として取り調べていない電子メールを被告人に示して質問し、公判調書の末尾に添付された
  • 第1審判決はそのメールの存在と記載内容を故意や共謀の認定に使い、原判決は同一性や真正な成立の確認で供述と一体になったと是認した
  • 最高裁は原判断は違法とし、ただし被告人がメールについてした供述やその他の関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として棄却
  • 根拠規定は規則199条の10第1項と199条の11第1項で、199条の12ではない

ここまでは、証人尋問でした。同じ線は、被告人質問にも及ぶのか。次の決定を見ます。事案の骨子です。詐欺の事件の、被告人質問でした。検察官が、証拠として取り調べていない電子メール、ほかの人から被告人に宛てたメールを、被告人に示して質問しました。被告人は、そのメールの同一性や、真正な成立を確認しました。メールは、公判調書の末尾に添付されました。第1審判決は、そのメールの存在と記載内容を、被告人の詐欺の故意や、共犯者との共謀の認定に使いました。原判決は、被告人が同一性や真正な成立を確認しているから、メールは供述と一体になった、として是認しました。最高裁は、この原判断を違法としました。

真正な成立とは、その人が本当に作った物か、という意味です。たとえば、書いた人が、このメールは確かに自分が送ったものです、と認める。それが、真正な成立の確認です。同一性は、目の前のメールが、あのとき届いたメールと同じ物か、です。この事案の被告人は、メールの同一性や真正な成立を確認しました。これを根拠に、メールが供述と一体になった、というのが原判決の理屈でした。まず、示した根拠の規定を、見ます。ここは、大事な点です。この事案で、メールを示した根拠は、規則199条の10第1項と、199条の11第1項です。成立や同一性の確認と、記憶の喚起です。明確化の規則199条の12は、使っていません。証人尋問の決定とは、ここが違います。

条文刑事訴訟規則第199条の10

刑事訴訟規則第199条の10 訴訟関係人は、書面又は物に関しその成立、同一性その他これに準ずる事項について証人を尋問する場合において必要があるときは、その書面又は物を示すことができる。 前項の書面又は物が証拠調を終つたものでないときは、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。ただし、相手方に異議がないときは、この限りでない。

根拠規定が異なる理由。証人尋問の決定は規則199条の12を根拠に、被告人質問の決定は規則199条の10と11を根拠にした 図:根拠規定が異なる理由

1項が、成立や同一性を確認するために示せる、という規定です。2項が、証拠調べを終えていないものなら、相手方に閲覧の機会を与える、という規定でした。もう1つの根拠、記憶の喚起の条文も読みます。

条文刑事訴訟規則第199条の11

刑事訴訟規則第199条の11 訴訟関係人は、証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、書面(供述を録取した書面を除く。)又は物を示して尋問することができる。 前項の規定による尋問については、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない。 第一項の場合には、前条第二項の規定を準用する。

1項は、記憶を喚起するため、裁判長の許可を受けて示す規定です。供述を録取した書面は、除かれます。2項は、設例Z-2で見た、不当な影響への注意です。3項で、閲覧の機会の規定も準用されます。では、最高裁の判断を、3つのカードで読みます。カードの被告人乙の乙は、事件の符号です。被告人のことです。

添付されたメールの法的地位。公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない。引用された限度で供述の一部となる。独立の証拠にはならない 図:添付されたメールの法的地位

  • 公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない
  • 引用された限度で供述の一部となる
  • 独立の証拠にはならない

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない 本件電子メールは,刑訴規則199条の10第1項及び199条の11第1項に基づいて被告人乙に示され,その後,同規則49条に基づいて公判調書中の被告人供述調書に添付されたものと解されるが,このような公判調書への書面の添付は,証拠の取調べとして行われるものではなく,これと同視することはできない。したがって,公判調書に添付されたのみで証拠として取り調べられていない書面は,それが証拠能力を有するか否か,それを証人又は被告人に対して示して尋問又は質問をした手続が適法か否か,示された書面につき証人又は被告人がその同一性や真正な成立を確認したか否か,添付につき当事者から異議があったか否かにかかわらず,添付されたことをもって独立の証拠となり,あるいは当然に証言又は供述の一部となるものではないと解するのが相当である。

1つ目のカードです。添付は、証拠の取調べとして行われるものではありません。だから、添付されただけで、証拠として取り調べられていない書面は、4つのことにかかわらず、独立の証拠にならず、当然に供述の一部にもなりません。4つのこととは、証拠能力があるか。示した手続が適法か。被告人が同一性や真正な成立を確認したか。添付に異議があったか。確認したから、供述と一体になる、という原判決の理屈は、ここで退けられました。なぜ、添付と確認だけでは足りないのか。ここは判旨の言葉ではなく、趣旨の整理です。犯罪事実の認定に使えるのは、証拠能力があり、法廷で証拠調べを経た証拠です。証拠として取り調べる手続のなかで、相手方は、その証拠能力を争えます。被告人が同一性や真正な成立を認めても、その手続を飛ばしてよいことにはなりません。さっきの317条、事実の認定は証拠による、の証拠とは、この手続を経たものです。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

引用された限度で供述の一部となる 本件電子メールは,被告人乙の供述に引用された限度においてその内容が供述の一部となるにとどまる(最高裁平成21年(あ)第1125号同23年9月14日第一小法廷決定・刑集65巻6号949頁参照)。

2つ目のカードです。供述の一部になるのは、被告人の供述に引用された限度だけです。先ほどの、証人尋問の決定と、同じ線です。カードの最後の括弧は、その決定を参照している、という意味です。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

存在や記載が証拠価値を持ち得ても、独立の証拠にならない 本件電子メールについては,原判決が指摘するとおり,その存在及び記載が記載内容の真実性と離れて証拠価値を有するものであること,被告人乙に対してこれを示して質問をした手続に違法はないこと,被告人乙が本件電子メールの同一性や真正な成立を確認したことは認められるが,これらのことから証拠として取り調べられていない本件電子メールが独立の証拠となり,あるいは被告人乙の供述の一部となるものではないというべきである。

3つ目のカードです。ここは、見落としやすい所です。メールの存在と記載は、記載内容の真実性と離れて、つまり、書いてある中身が本当かどうかとは別に、証拠価値を持ちうる。示した手続も適法で、被告人は同一性や真正な成立も確認した。最高裁は、これらを認めました。そのうえで、証拠として取り調べていない以上、独立の証拠にも、供述の一部にもならない、としたのです。たとえば、共犯とされた人から被告人宛てのメールが届いていた。その事実だけで、2人の間に連絡があったことが分かります。中身の真偽は、使っていません。真実性と離れた使い方なら、取り調べなくてよいのか。そこが、この決定の読みどころです。前に、非伝聞の見分け方として、中身が仮に偽でも証拠の値打ちが残るか、を見ました。あれは、取り調べる証拠を、どう使うかの判定でした。伝聞か非伝聞かは、320条で締め出されるかどうかの区別で、取調べを省いてよい理由にはなりません。法廷で取り調べてはじめて、相手方は、本当にその人から届いたメールなのか、などを争えるからです。判旨の言葉は、取り調べていない以上、独立の証拠にならない、までです。そこから、非伝聞の使い方も、証拠として取り調べてはじめて問題になる、と整理できます。

添付されたメールの扱い―違法だが上告棄却。原判断は違法だが、被告人の供述や関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないとして棄却。証人尋問・被告人質問とも同じ:添付は証拠調べではなく、引用された限度でだけ供述の一部。違うのは根拠規定 図:添付されたメールの扱い―違法だが上告棄却

  • 原判断は違法だが、被告人の供述や関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないとして棄却
  • 証人尋問・被告人質問とも同じ:添付は証拠調べではなく、引用された限度でだけ供述の一部
  • 違うのは根拠規定

結論です。原判断は違法でした。ただし、被告人がメールについてした供述や、その他の関係証拠で犯罪事実を認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として、上告は棄却されました。違法だが、判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない、という結論も、短答では問われます。ここまでの線を、並べます。証人尋問の決定も、被告人質問の決定も、同じです。添付は、証拠調べではない。引用された限度でだけ、供述の一部になる。違うのは、示す根拠となった規定です。証人尋問の決定は規則199条の12、被告人質問の決定は、規則199条の10と199条の11でした。

設例Zの当てはめ

設例Zの当てはめ表。縦はZ、Z-2、Z-3、Z-4。横は示す許可、調書への添付、事実認定への使用。Zは許可可・添付可で同意不要・証言全体で認定可。Z-2は供述前で、明確化(規則199条の12)としては許されない場合がありうる(整理)。Z-3は食い違う写真で引用されておらず証言の一部にならない(整理)。Z-4は写真単独の認定は不可。整理の欄には整理と注記 図:設例Zの当てはめ表

  • 縦はZ、Z-2、Z-3、Z-4
  • 横は示す許可、調書への添付、事実認定への使用
  • Zは許可可・添付可で同意不要・証言全体で認定可
  • Z-2は供述前で、明確化(規則199条の12)としては許されない場合がありうる(整理)
  • Z-3は食い違う写真で引用されておらず証言の一部にならない(整理)
  • Z-4は写真単独の認定は不可
  • 整理の欄には整理と注記

設例Zを、手順で当てはめます。1つ目、何のために示すのか。2つ目、いつ示すのか。3つ目、何を示すのか。4つ目、示した後にどうなるのか。まず、設例Zの本体です。被害者が、肩を押さえられ、拳を振り下ろされた、と十分に証言しました。そのあと、検察官が、証言を明確にするために、同じ体勢の写真を示す許可を求めます。目的は、明確化で、証拠にするためではありません。時機は、十分な供述の後。中身は、既にされた供述と同趣旨。裁判長が許可すれば、示してよい、という結論です。尋問のあと、写真を調書に添付するのも、適切な措置で、同意は要りません。事実認定に使えるのは、証言全体です。写真の内容は、引用された限度で、その証言の一部になっています。設例Z-2です。供述の前に示す場合です。記憶があいまいな段階なので、写真が、証人の記憶や証言に影響するおそれがあります。規則199条の12の明確化としては、不当な影響のおそれから、許されない場合がありうる、と整理されます。判旨の言葉ではなく、整理です。設例Z-3です。証言していない体勢が写った写真です。明確化ではなく、新しい内容の持ち込みになります。示すことが、明確化といえない。そして、被害者が引用していないので、その部分は、証言の一部にもなりません。これも、整理です。設例Z-4です。尋問のあと、添付された写真だけで、証言していない部分を認定することは、できません。証言内容を離れて、写真自体から事実認定を行うことはできない、という判旨のとおりです。

論文では、この順番で書けます。規則199条の12。判旨が挙げた事情。不当な影響を与えるか。添付。引用された限度。ここまでが、論文で論点になりうる骨格です。

再現写真の2本の道

再現写真の2本の道の板。1本目は証拠として請求する道で、321条3項に加え被害者なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項、写真は署名押印が不要。2本目は証拠にせず証言を明確にする道具として使う道で、規則199条の12と49条、証拠の入口を通らない代わりに引用された限度でしか使えない 図:再現写真の2本の道の板

  • 1本目は証拠として請求する道で、321条3項に加え被害者なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項、写真は署名押印が不要
  • 2本目は証拠にせず証言を明確にする道具として使う道で、規則199条の12と49条、証拠の入口を通らない代わりに引用された限度でしか使えない

前回と今回を、1枚にまとめます。再現写真の使い道は、2本の道です。1本目は、証拠として請求する道です。321条3項に加えて、被害者なら321条1項の2号か3号、被告人なら322条1項が要ります。写真は、再現者の署名押印だけ要りません。伝聞の例外という入口を、通ります。なぜ、ここまで要るのか。証拠にするなら、写真は、再現者が法廷の外で、動作で語った供述として使われるからです。321条3項は、調書を作った捜査官が、法廷で、真正に作ったと証言すること。そのうえで、被害者の再現なら、たとえば3号では、供述できない事情、その証拠が欠かせないこと、特に信用できる情況、の3つがそろわないと入りません。被告人の再現なら、322条1項で、自分に不利益な事実を認める内容などが要ります。写真に署名押印が要らないのは、機械が写すので、書き取りの誤りが入らないからでした。2本目は、証拠にせず、証言を明確にする道具として使う道です。規則199条の12と49条です。伝聞の入口を、通りません。その代わり、効くのは、証言に引用された限度だけです。

証言に引用されない部分は、使えません。使い切りたいなら、1本目の道で、証拠にする必要があります。なお、証明力を争う証拠を扱う328条は、また別の道です。それは、後の回で見ます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴6問を○×で並べた板。採用されていない写真を証人に示す尋問、調書への添付と同意、添付された写真の独立の証拠性、引用された限度での証言の一部、被告人質問での添付と供述の一体化、2つの決定の根拠規定 図:短答の落とし穴6問を○×で並べた板

短答の落とし穴を、○×で言います。採用されていない写真を、証人に示して尋問することは、いかなる場合も許されない。×です。供述が十分にされた後で、同趣旨の写真なら、規則の199条の12で許可できます。尋問に用いた写真を調書に添付するには、当事者の同意が要る。×です。独立の証拠として扱う趣旨ではないので、同意は要りません。調書に添付された写真は、独立の証拠になり、写真だけで事実認定できる。×です。写真自体から事実認定はできません。写真が添付されても、証人が引用した限度では、その内容は、証言の一部として事実認定に使える。○です。被告人質問で示した書面に、被告人が同一性や真正な成立を確認すれば、公判調書に添付されたその書面は、供述と一体になる。×です。確認の有無にかかわらず、独立の証拠にも、当然に供述の一部にもなりません。被害再現写真の決定は規則199条の12を根拠規定にし、電子メールの決定は、規則199条の10と199条の11を根拠にした。○です。

今日の地図(保存版)

今日の保存版の板。示す、綴じる、使うの線引き。示すのは規則199条の12で供述が十分にされた後の同趣旨の写真、綴じるのは規則49条で同意不要、使えるのは証言に引用された限度のみ。再現写真の2本の道。被告人質問の電子メールの決定も同じ線 図:今日の保存版の板

  • 示す、綴じる、使うの線引き
  • 示すのは規則199条の12で供述が十分にされた後の同趣旨の写真、綴じるのは規則49条で同意不要、使えるのは証言に引用された限度のみ
  • 再現写真の2本の道
  • 被告人質問の電子メールの決定も同じ線

まとめます。採用されていない再現写真は、証拠としては入りません。でも、証言を明確にする道具としてなら、使えます。示す、綴じる、使う、の3つで、線を引きました。示すのは、規則199条の12で、裁判長の許可を受けて。判旨が挙げた事情は、まず供述が十分にされた後、明確化のため、既にされた供述と同趣旨、でした。綴じるのは、規則49条で、同意は要りません。使えるのは、証言に引用された限度だけです。被告人質問の決定も、同じ線でした。冒頭の問いの答えは、こうですね。写真を綴じても、伝聞の規定をすり抜けたことにはならない。写真は独立の証拠ではなく、証言の一部になるのは、引用された部分だけだから。

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#122単独ページ動画

特信文書(323条)

第5章 証拠法 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

会社の経理担当が、毎晩その日の入出金だけを、感想を交えず個人の手帳に書き続けていた。書いた本人を法廷に呼ばなくても、この手帳だけで入出金の事実を証明できるのか。同じ人がつけていた私的な日記ならどうか、を問う導入板 図:会社の経理担当が、毎晩その日の入出金だけを、感想を交えず個人の手帳に書き続けていた

  • 書いた本人を法廷に呼ばなくても、この手帳だけで入出金の事実を証明できるのか
  • 同じ人がつけていた私的な日記ならどうか、を問う導入板

前回の最後に、次は323条と324条を見ます、と予告しました。ただ、この2つは、扱う中身がまったく違います。だから、今日は323条だけを、じっくり見ます。324条の、法廷の外で聞いた話を法廷で語る場面は、次の回に回します。先に、答えを言います。手帳は、書いた本人を呼ばなくても、入る可能性があります。日記のほうは、入りにくい。分かれ目は、誰が書いたかではありません。どう作られた書面か、です。今日は、この1本の軸で、1号と2号と3号の線を引きます。

前提の呼び戻し:321条と322条の作り

伝聞例外の2本の柱は、必要性と信用性の情況的保障。321条は被告人以外の者の書面、322条は被告人の書面で、どちらも誰の供述かで要件を分け、供述不能、署名押印、特信情況といった個別の要件を課す。321条の2項から4項は作った人が裁判所、捜査機関、鑑定人かで要件が緩む 図:伝聞例外の2本の柱は、必要性と信用性の情況的保障

  • 321条は被告人以外の者の書面、322条は被告人の書面で、どちらも誰の供述かで要件を分け、供述不能、署名押印、特信情況といった個別の要件を課す
  • 321条の2項から4項は作った人が裁判所、捜査機関、鑑定人かで要件が緩む

伝聞の例外が許される理由は、2つでした。必要性と、信用性の情況的保障です。321条と322条は、この2つを、書面ごとに釣り合わせて、要件にしていました。被告人以外の人の書面なら321条、被告人の書面なら322条に振り分けました。そのうえで、供述不能、署名や押印、特に信用すべき情況といった要件を、1つずつ求めました。例えば、被告人以外の人が自分で書いたメモなら、321条1項3号です。書いた人が亡くなったり行方が分からなかったりして、法廷で話せないこと、これが供述不能です。そのメモがどうしても必要なこと。そして、書いたときの情況が、特に信用できること、これが特信情況です。3つそろって、やっと入ります。つまり、この2つの条文は、誰の供述かを軸にして、要件を決めています。さらに、321条の2項から4項は、作った人が裁判所か、捜査機関か、鑑定人かで、要件が段階的に緩んでいきました。これが、前に見た、作成者の地図です。

今日の323条は、その地図の脇に置かれます。誰の供述か、誰が作ったか、ではなく、書面がどう作られたかで決まるからです。前に見た作成者の地図の最後に、あとで見る条文として書いておいた、特信文書です。

323条の条文と、無条件の意味

323条の骨組み。柱書は321条から前条までに掲げる書面以外の書面が対象で、次に掲げるものに限り証拠にできる。1号は公務員が職務上証明できる事実の書面、2号は業務の通常の過程で作成された書面、3号は前二号のほか特に信用すべき情況の下に作成された書面 図:323条の骨組み

  • 柱書は321条から前条までに掲げる書面以外の書面が対象で、次に掲げるものに限り証拠にできる
  • 1号は公務員が職務上証明できる事実の書面、2号は業務の通常の過程で作成された書面、3号は前二号のほか特に信用すべき情況の下に作成された書面

条文を、全文で出します。まず、目で追ってください。

条文刑事訴訟法第323条

刑事訴訟法第323条 第三百二十一条から前条までに掲げる書面以外の書面は、次に掲げるものに限り、これを証拠とすることができる。 一 戸籍謄本、公正証書謄本その他公務員(外国の公務員を含む。)がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成した書面 二 商業帳簿、航海日誌その他業務の通常の過程において作成された書面 三 前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面

柱書から読みます。対象は、321条から前条までに掲げる書面以外の書面です。321条と322条が、誰の供述か、という枠で要件を決めていた書面とは別に、作られ方に着目して証拠にする条文だ、と読みます。次に、証拠とすることができる、の中身です。同意は要りません。供述不能や、特信情況の立証も要りません。弁護人が不同意でも、この3つのどれかに当たれば、証拠能力が付きます。それなら、書いてあることは、そのまま事実として認められるのですか。違います。ここは、短答で必ず問われます。323条が与えるのは、証拠能力だけです。書いてある中身を信じるかどうか、証明力は、裁判所が別に評価します。入口を通れるだけで、信じてもらえるかは、別の話です。

なぜ要件なしでよいのか

要件を置かない2つの理由。1つ目は、作られ方そのものが虚偽や誤記を入りにくくする、類型的な信用性。2つ目は、作成者を法廷で供述させるより書面のほうが正確、という必要性。何年分もの入出金の細目を、記憶だけで語るのは不可能。321条は、書面が信用できても作成者が呼べるなら呼ぶのが出発点 図:要件を置かない2つの理由

  • 1つ目は、作られ方そのものが虚偽や誤記を入りにくくする、類型的な信用性
  • 2つ目は、作成者を法廷で供述させるより書面のほうが正確、という必要性
  • 何年分もの入出金の細目を、記憶だけで語るのは不可能
  • 321条は、書面が信用できても作成者が呼べるなら呼ぶのが出発点

323条だけが要件なしでよい理由は、2つあります。2つとも、前に見た、必要性と、信用性の情況的保障の、言い換えです。1つ目は、信用性の側です。323条の書面は、作られ方そのものが、虚偽や誤記を入りにくくしています。個別に調べなくても、種類として信用できる、という考え方です。たとえば、ホテルのフロントが、毎晩、決まった様式で書く宿泊台帳です。間違えると、請求も部屋割りも狂います。だから、書く人は、正確に書かざるをえません。作られ方が、保障になっています。2つ目は、必要性の側です。作った人を法廷に呼んで語らせるより、書面のほうが、正確なことが多いのです。例えば、ある会社の5年分の入出金の細目を、経理担当が、法廷で、記憶だけで語れるでしょうか。

無理です。何月何日にいくら動いたかなんて、覚えていません。語らせても、かえって不正確になります。本人を尋問する意味が薄く、書面のほうが、記録として確かです。ここが、321条との、最大の違いです。321条の出発点は、書面が信用できても、作った人を法廷に呼べるなら、まず呼んで、反対尋問で確かめる、でした。323条は、その出発点が成り立たない書面を、類型として取り出した条文です。作成者を呼ぶ意味が薄いうえに、作られ方が信用性を支えている。だから、個別の要件を置きません。ただし、これは類型の話です。目の前の書面が、実際にそういう作られ方をしているかは、1号から3号の、どれに当たるかの判断で、問われます。

321条・322条との違い

比較表。決め手は、321条と322条が誰の供述か、323条が書面がどう作られたか。要件は、321条と322条が供述不能や特信情況や署名押印を個別に求め、323条は原則なし。作成者の扱いは、321条が呼べるなら呼ぶのが出発点、323条は書面のほうが正確で呼ぶ意味が薄い 図:比較表

  • 決め手は、321条と322条が誰の供述か、323条が書面がどう作られたか
  • 要件は、321条と322条が供述不能や特信情況や署名押印を個別に求め、323条は原則なし
  • 作成者の扱いは、321条が呼べるなら呼ぶのが出発点、323条は書面のほうが正確で呼ぶ意味が薄い

比較します。決め手は、321条と322条が、誰の供述か。323条が、どう作られた書面か、です。要件は、321条と322条が、個別に求めます。323条は、原則、求めません。作成者の扱いは、321条が、呼べるなら呼ぶ。323条は、呼ばなくても、書面のほうが確かです。個別の要件を置かない代わりに、入口を、3つの型に絞っています。要件が緩い分、入れる書面を、厳しく限る。この釣り合いは、321条の作りと同じ形です。なぜ、入口を絞るのか。要件を置かずに、どんな書面でも入れたら、反対尋問で確かめる機会のない書面が、そのまま通ってしまいます。だから、作られ方が信用性を支えていると言える型だけに、入口を限っているのです。

冒頭の経理担当が、もし事件の被告人本人だったら、手帳の扱いは変わりますか。変わりません。被告人が書いた書面でも、まず323条に当たるかを見ます。作られ方が同じなら、書いた人の立場で、正確さは変わらないからです。決め手は、書いた人ではなく、書面がどう作られたか、です。

1号:公務員の職務上の証明文書

1号の骨組み。公務員が職務上証明することができる事実について、その公務員が作成した書面。例は戸籍謄本、公正証書謄本、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書。外国の公務員が作ったものも含む。対比は、住民票の写しは入り、警察官が事件ごとに書く捜査報告書は入らない 図:1号の骨組み

  • 公務員が職務上証明することができる事実について、その公務員が作成した書面
  • 例は戸籍謄本、公正証書謄本、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書
  • 外国の公務員が作ったものも含む
  • 対比は、住民票の写しは入り、警察官が事件ごとに書く捜査報告書は入らない

まず、1号です。骨は、公務員が、職務上証明することができる事実について、その公務員が作った書面、です。例は、条文にある戸籍謄本と公正証書謄本のほか、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書、つまり、役所が照会を受けて、人の本籍や身分関係を答えた書面があります。外国の公務員が作った書面も含まれます。括弧書きのとおりです。公務員が作った書面なら、全部入るのですか。入りません。ここに、線があります。キーワードは、職務上証明することができる事実、です。対比で言います。市区町村の窓口が出す住民票の写しは、誰がどこに住んでいるか、という事実を、公務員が、職責として証明するために作ります。記載の正確さに、職務上の責任という担保があります。入ります。一方、警察官が、特定の事件のために、関係者に聞いたり調べたりして、事実を書いた捜査報告書は、入りません。作られた目的が、職責上の証明ではなく、この事件の立証だからです。

住民票は、事件がなくても、毎日、職責として作られます。捜査報告書は、事件があって初めて、その立証のために作られます。作成の目的の違いが、信用性の担保の差になります。ですから、捜査機関が作った書面は、323条ではなく、前に見た321条の側で扱います。警察官が現場を見て書いた実況見分調書のような、見分の結果を書いた書面なら、3項でした。もう1つ。民間の金融機関などが作る回答書は、公務員が作った書面ではないので、1号には入りません。作った人が公務員かどうかで、1号の入口が決まります。ただし、私人でも、専門の知識をもつ人が、実験や分析をして結果を報告した書面なら、前に見たとおり、321条4項に準じて扱います。手元の記録をそのまま答える回答書とは、別の道です。

2号:業務の通常の過程で作られた書面

2号の骨組み。商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面。核心は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られ、間違えると業務そのものが回らないこと。入る例は運行表、未収金控帳、カルテ。入らない例は契約書、領収証、診断書 図:2号の骨組み

  • 商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面
  • 核心は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られ、間違えると業務そのものが回らないこと
  • 入る例は運行表、未収金控帳、カルテ
  • 入らない例は契約書、領収証、診断書

次に、2号です。条文は、商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面です。核心は、業務の通常の過程、という言葉です。業務の基礎資料として、継続的に、規則的に作られる。書いた内容は、作った人以外の目にも触れ、その人たちの仕事のもとになる。だから、間違えると、業務そのものが回らなくなります。誤りが入るおそれが、類型として低いのです。具体例です。運送会社の配車係が、毎朝、様式の決まった運行表に、出発と到着の時刻と、積荷を書き込みます。経理部は、その運行表をもとに、運賃を計算します。何年分も、綴じてあります。

運行表の記入が雑だと、運賃の計算が狂って、荷主との精算が合わなくなります。業務が回らなくなる。つまり、書く人は、正確に書かざるをえません。これが、2号の、正確さの担保です。2号に当たるとされた例には、未収金控帳があります。医師のカルテも、診療の経過を継続して記録した書面で、2号の例です。逆に、入らない例です。契約書や領収証は、事案ごとに内容が違う書面が、その都度作られます。継続的、規則的な記録ではありません。注意が必要なのは、診断書です。診断書は、医師が、カルテをもとに、個別の求めに応じて作ります。継続的、規則的な記録ではないので、2号ではありません。医師が専門の知見で、けがや病気を判断した結果を書く書面なので、鑑定書と同じ性質と見て、前に見た321条4項の側で扱います。

短答で頻出の対比です。同じ医師でも、継続して書く記録と、求めに応じて作る書面は、別物です。

3号:受け皿は、1号2号に準ずる高度の信用性

3号の骨組み。前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面。何でも入る箱ではなく、1号2号に準ずる高度の信用性が必要。見る観点は2つ。1つ目は定型的、類型的な信用性で、決まった書式、所感を交えない記録。2つ目は個別具体的な高度の信用性で、作られた具体的な事情から誤記や恣意の疑いが小さいこと 図:3号の骨組み

  • 前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面
  • 何でも入る箱ではなく、1号2号に準ずる高度の信用性が必要
  • 見る観点は2つ
  • 1つ目は定型的、類型的な信用性で、決まった書式、所感を交えない記録
  • 2つ目は個別具体的な高度の信用性で、作られた具体的な事情から誤記や恣意の疑いが小さいこと

最後に、3号です。条文は、前二号に掲げるもののほか、特に信用すべき情況の下に作成された書面、です。特に信用できる書面なら、何でも入る、ということですか。入りません。ここが、一番大事です。3号は、何でも入る箱ではありません。1号と2号の書面と、同じくらいの高さの信用性が必要です。条文が、前二号のほか、と書くのは、その2つに準ずるもの、という位置づけだからです。3号は、受け皿です。1号と2号の型に、ちょうど当てはまらなくても、その2つと並べて遜色のない信用性がある書面を、すくい上げます。見る観点は、2つです。1つ目は、定型的、類型的な信用性です。決まった書式で、所感を交えず、事実だけが記録される書面。例えば、預金通帳の入出金の記載や、レジが打ち出すレシートです。種類として、誤りが入りにくいかを見ます。2つ目は、個別具体的な、高度の信用性です。その書面が作られた具体的な事情から、誤記や恣意の疑いが小さいと言えるか。例えば、電話を受けた直後に、日時を正確に記録した電話記録のような場面です。

321条1項3号の特信情況とは、別物です。あちらは、供述がされた情況の話でした。323条3号の観点は、書面の作られ方の信用性です。323条の3号に特有の見方です。取り違えやすいので、気をつけてください。例として、一般に広く信頼される、定期刊行物の市場価格表や、統計表、年表が挙げられます。ただし、どこまで広げるかには、議論があります。個別の事情から、継続的で正確な記録だとして、3号を認めた裁判例もあります。ただ、メモなら入る、とはなりません。体験した当時に、自分でメモしたから信用できる、という理屈で3号を広く使う主張には、学説の批判が強いです。当時のメモというだけでは、類型的に、信用性が高いとまでは、言えないからです。ここまでを、規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:3号は、1号2号に準ずる高度の信用性が必要 323条3号の書面は | 1号2号の書面に準ずる高度の信用性が必要 | 定型的、類型的な信用性、または個別具体的な高度の信用性により、誤記や恣意のおそれが小さいことが客観的に認められるとき (規範(解釈で立てる)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

論文では、ここで、3号に当たる理由を、観点に分けて書くことになります。

ロッキード事件の決定:業務日誌と当用日記

判例の要点。長期間ほぼ毎日、業務の要点を所感なしで箇条書きにした業務日誌は、2号と解するには疑念が残るが、2号書面に比肩しうる高度の信用性の情況的保障があり、3号に該当。個人的な心覚えとして前日や数日前の体験を書き、私生活や主観的な所感が混ざる当用日記は、1号2号に準ずる性質の書面と解し得ず、321条1項3号で判断。分かれ目は作成目的、作成時期、記載内容。出典は判時893号 図:判例の要点

  • 長期間ほぼ毎日、業務の要点を所感なしで箇条書きにした業務日誌は、2号と解するには疑念が残るが、2号書面に比肩しうる高度の信用性の情況的保障があり、3号に該当
  • 個人的な心覚えとして前日や数日前の体験を書き、私生活や主観的な所感が混ざる当用日記は、1号2号に準ずる性質の書面と解し得ず、321条1項3号で判断
  • 分かれ目は作成目的、作成時期、記載内容
  • 出典は判時893号

判例を見ます。ロッキード事件の、児玉・小佐野ルートの裁判で、日誌と日記が、問題になった決定です。判断の要点を、2つに分けて話します。1つ目は、ある会社の幹部が、長期間、ほぼ毎日つけていた業務日誌です。当日の終業後か翌朝に、業務の要点を、所感を交えず、箇条書きで書いていました。他の人の校閲はなく、個人の私物でした。決定は、これを2号と言い切るには、疑問が残る、としました。2号の書面は、さきほどの運行表のように、書いた内容が作成者以外の目にも触れ、その人たちの仕事の基礎にもなります。この日誌には、それがありません。個人の目的で書かれ、ほかの人の目に触れない、つまり、公開性がないからです。それでも、3号に当たるとしました。公開性がない点を除けば、2号の書面に並ぶ、高度の信用性の情況的保障がある。作成の目的と方法から、誤記のおそれが小さい。そう考えました。2つ目は、当用日記です。個人的な心覚えとして、前日、または、2日か3日前の体験を書き、私生活や、主観的な所感や意見が、随所に混ざっていました。こちらは、1号2号に準ずる性質の書面とは、到底解することができない、としました。323条の書面ではなく、321条1項3号で判断します。つまり、供述不能などの要件を満たす必要がある、という結論です。問いです。日記が323条に乗らないとき、次に見る条文は、何条の何号でしたか?

321条1項3号です。被告人の供述なら、322条でした。323条は、入口です。そこで外れても、道が閉じるわけではありません。分かれ目は、3つです。作成の目的。作成の時期。記載の内容です。日誌は、業務のために作られました。当日か翌朝と、記憶の新しいうちに書かれ、中身は所感のない事実の記録です。日記は、個人の心覚えで、前日や数日前のことを、あとから書いたもので、感想が混ざります。3つを合わせて見ると、日誌は記録として固く、日記は、ばらつきます。この3つの軸で、1号2号に準ずるかを測るのが、決定の骨です。

自前の事案で当てはめる

事案の関係図。会社の経理担当が個人の手帳に毎晩入出金を所感なしで記録し、検察官が証拠請求し、被告人側が不同意とする。手帳は3号か、の1枚。同じ経理担当が数日後に所感混じりで書く日記は、321条1項3号へ 図:事案の関係図

  • 会社の経理担当が個人の手帳に毎晩入出金を所感なしで記録し、検察官が証拠請求し、被告人側が不同意とする
  • 手帳は3号か、の1枚
  • 同じ経理担当が数日後に所感混じりで書く日記は、321条1項3号へ

冒頭の事案に、戻ります。経理担当は、個人の手帳に、毎晩、その日の入出金を、所感なしで箇条書きにしていました。他の人は、見ません。検察官が請求し、弁護人は不同意です。まず、1号か2号か。経理担当は公務員ではないので、1号ではありません。業務の中で作られていますが、手帳は、ほかの人の目に触れず、それをもとに誰かが仕事をするわけでもありません。2号の正確さを支えていた、ほかの人の目と、業務の基礎という性質が、欠けています。2号と言い切るのは、難しい。さきほどの、日誌と同じ型です。次に、3号です。毎晩、その日のうちに書かれ、継続していて、所感がありません。目的は業務の記録、時期は当日、内容は事実のみ。3つの軸が、そろっています。1号2号に準ずると言え、3号に当たる可能性が高い。

確実とまでは言えません。個別の事情で変わるからです。たとえば、あとでまとめて書いた日がある。金額を書き直した跡がある。そうなれば、誤記のおそれが大きくなります。3号は、個別の事情まで見ます。一方、同じ経理担当が、気の向くまま、2日か3日後に、愚痴や私生活も交えて書く日記は、どうでしょうか。目的も、時期も、内容も、ばらつきます。1号2号に準ずる性質は、ありません。323条には乗らず、321条1項3号です。経理担当が法廷で話せない事情があるか、日記がどうしても必要か、書いたときの情況が特に信用できるか、を見ます。

手帳と日記の差は、誰が書いたかではなく、作られ方の差です。

3号の限界:領収証

領収証の対比。工務店が1通ずつ手書きして相手に渡す領収証は、継続的にまとまった記録にならず、取引実態をそのまま表すとは限らないため323条の書面には当たりにくい。レジが全取引を同じ形式で打ち出して残す記録や預金通帳は、定型的に継続して作られ、3号の方向。参照、東京地決昭56・1・22 図:領収証の対比

  • 工務店が1通ずつ手書きして相手に渡す領収証は、継続的にまとまった記録にならず、取引実態をそのまま表すとは限らないため323条の書面には当たりにくい
  • レジが全取引を同じ形式で打ち出して残す記録や預金通帳は、定型的に継続して作られ、3号の方向
  • 参照、東京地決昭56・1・22

入りにくい、とされます。業務の中で作られても、1通ごとに、相手に渡すために、その都度作る領収証は、323条の書面には当たりにくいのです。理由は、2つです。1つ目、独立して1通ずつ作られ、支払った人に渡されます。継続的に、まとまった記録になっていません。2つ目、渡された領収証は、取引の実態を、そのまま表しているとは限りません。対比です。工務店が、1通ずつ手書きして渡す領収証は、入りません。店のレジが、全部の取引を、同じ形式で打ち出して、控えを残す記録は、入る方向です。業務で作っただけでは、足りません。継続的な、まとまった記録になっているか。ここを見ます。短答では、領収証は原則として入らない、と押さえてください。

該当性は書面だけで決めない

323条各号の書面に当たるかは、書面そのものだけでなく、作成者の公判廷での供述などで、特に信用すべき情況の下に作成されたことが明らかになったかどうかも考慮してよい、と解される

もう1つだけ、判断の資料の話です。最高裁は、2号に当たるかどうかを、書面そのものだけでなく、作成した人の法廷での証言なども資料にして判断してよい、としました。この考え方は、323条の各号に広く使えると解されています。作成者が法廷で話した内容などから、特に信用すべき情況で作られたことが明らかになれば、それも考慮に入れます。作られ方は、書面の中より、作った人の話で、よく分かるからです。

答案での順序と、短答の落とし穴

判断の順序の保存版。書面の種類を確認、1号は公務員の職責上の証明か、2号は業務の通常の過程で継続的に作られたか、3号は1号2号に準ずるか。観点は定型的類型的か、個別具体的か。どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る 図:判断の順序の保存版

  • 書面の種類を確認、1号は公務員の職責上の証明か、2号は業務の通常の過程で継続的に作られたか、3号は1号2号に準ずるか
  • 観点は定型的類型的か、個別具体的か
  • どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る

まとめます。答案では、まず、書面の種類を確かめます。捜査機関の見分の書面は3項、鑑定書は4項でした。そのうえで、日誌や帳簿や証明文書のように、作られ方で信用性が決まる書面を、323条で見ます。書いた人が被告人でも、ここは同じです。1号は、公務員の職責上の証明か。2号は、業務の通常の過程で、継続的に作られたか。3号は、1号2号に準ずるか。

判断の順序の後半。どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る。短答の落とし穴として、323条が与えるのは証拠能力だけで証明力は別に評価する 図:判断の順序の後半

  • どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る
  • 短答の落とし穴として、323条が与えるのは証拠能力だけで証明力は別に評価する

どれにも当たらなければ、321条1項3号に戻ります。被告人の供述なら、322条です。短答の落とし穴を、○×で言います。323条の書面は、要件なしで入るから、書いてあることも、そのまま事実と認定される。×です。323条が与えるのは、証拠能力だけです。捜査報告書は、公務員が作るので、1号に当たる。×です。職責上の証明ではなく、事件の立証のために作られます。領収証や契約書は、業務で作るので、2号に当たる。×です。診断書も、2号ではありません。カルテと、帳簿は、○です。3号は、特に信用できる書面なら、何でも入る。×です。1号と2号に準ずる、高度の信用性が必要です。所感の混ざった日記は、323条に乗らず、321条1項3号です。

次は、法廷で証人が、あの人がこう言っていた、と話す、又聞きの証言です。324条と、伝聞が二重になる、再伝聞を見ます。

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#123単独ページ動画

伝聞供述と再伝聞

第5章 証拠法 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

法廷で証人が、被害者が、犯人は赤い服だったと言っていました、と話す場面。証人は法廷にいて問い詰められるが、赤い服だったかどうかは確かめられない。この証言は証拠になるのか、という問い 図:法廷で証人が、被害者が、犯人は赤い服だったと言っていました、と話す場面

  • 証人は法廷にいて問い詰められるが、赤い服だったかどうかは確かめられない
  • この証言は証拠になるのか、という問い

なる場合と、ならない場合があります。そして、その分かれ目は、とても単純な1点です。話した元の人が、被告人なのか、被告人以外なのか、です。前回までは、書面の例外を見てきました。今日は、法廷で口で語られる、又聞きの証言です。この1本の軸で、その扱いを決めます。さらに、同じ軸を伸ばして、伝聞が二重になる再伝聞まで、一続きに解きます。

又聞きの証言:法廷にいる人と、いない人

関係図。法廷にいない原供述者が、法廷の外で、又聞きの証人に話した。又聞きの証人は法廷で、その話を裁判所に語る。法廷で確かめられるのは、何を聞いたかまで。見間違いや記憶違いは、封をされた箱のまま届く 図:関係図

  • 法廷にいない原供述者が、法廷の外で、又聞きの証人に話した
  • 又聞きの証人は法廷で、その話を裁判所に語る
  • 法廷で確かめられるのは、何を聞いたかまで
  • 見間違いや記憶違いは、封をされた箱のまま届く

又聞きの証言には、2人の人が登場します。1人目は、法廷で証言台に立つ、又聞きの証人です。2人目は、その証人が、法廷の外で話を聞いた相手、元の人です。これを、原供述者と呼びます。この人は、法廷にいません。例えで考えます。伝言ゲームの、2番目の走者に、今の話は本当ですか、と問い詰めたとします。2番目の走者に確かめられるのは、1番目の走者から何と聞いたか、までです。1番目の走者が、見間違えていたのか、覚え違いをしていたのかは、2番目の走者には分かりません。前に見た言葉で言うと、元の人の、知覚、記憶、表現、叙述という関所は、封をされた箱のまま、証人の手元に届きます。証人を、どれだけ問い詰めても、箱の中は開きません。条文で言うと、320条1項の後段です。法廷の外での、他の人の供述を内容とする供述は、原則として、証拠にできません。前に見たとおり、他人の話を内容とする供述なので、伝聞供述と呼びます。又聞きの証言は、この伝聞供述です。

話した事実そのものを証明したいだけの場合は、どうなりますか。それは、前に見た、非伝聞の話です。要証事実が、話した内容の真実性ではなく、話したこと自体なら、そもそも伝聞ではありません。今日扱うのは、話の中身が本当かどうか、を証明するために使う場合です。ただし、原則排除というだけで、道が閉じているわけではありません。結論を先に言います。又聞きの証言は、書面で出す場合と同じ要件を満たせば、例外として入ります。ここで、軸が出てきます。どの書面の要件を借りるかは、元の人が誰かで決まります。

324条の条文と、借りる条文の振り分け

324条の骨組み。1項は、被告人以外の者の供述で被告人の供述を内容とするものは、322条を準用する。2項は、被告人以外の者の供述で被告人以外の者の供述を内容とするものは、321条1項3号を準用する。元の人が被告人なら322条、被告人以外なら321条1項3号 図:324条の骨組み

  • 1項は、被告人以外の者の供述で被告人の供述を内容とするものは、322条を準用する
  • 2項は、被告人以外の者の供述で被告人以外の者の供述を内容とするものは、321条1項3号を準用する
  • 元の人が被告人なら322条、被告人以外なら321条1項3号

条文を、全文で出します。324条です。

条文刑事訴訟法第324条

刑事訴訟法第324条 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人の供述をその内容とするものについては、第三百二十二条の規定を準用する。 2 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

準用する、というのは、その条文の要件を、そのまま借りる、という意味です。1項は、元の人が被告人の場合です。借りる条文は322条です。2項は、元の人が被告人以外の場合です。借りる条文は、321条1項3号です。短答では、1項が321条1項3号を準用する、と入れ替えた選択肢が、定番で出ます。元の人は誰か、で毎回確かめてください。

324条の準用先の比較表。元の人が被告人なら1項で322条1項を借り、不利益な事実の承認なら任意性に疑いがないこと、それ以外は特に信用すべき情況。元の人が被告人以外なら2項で321条1項3号を借り、供述不能、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと、特に信用すべき情況の3つ全部 図:324条の準用先の比較表

  • 元の人が被告人なら1項で322条1項を借り、不利益な事実の承認なら任意性に疑いがないこと、それ以外は特に信用すべき情況
  • 元の人が被告人以外なら2項で321条1項3号を借り、供述不能、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと、特に信用すべき情況の3つ全部

借りた先の中身も、呼び戻します。322条1項は、被告人の供述が、不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがないこと。それ以外の内容なら、特に信用すべき情況の下でされたこと、でした。321条1項3号は、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の、3つ全部でした。では、確認です。321条1項3号が求める3つの要件は、何でしたか?供述が法廷でできないこと、つまり供述不能。犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。そして、特に信用すべき情況の下で、された供述であること、の3つです。今日は、これを、又聞きの証言に当てはめます。

設例で当てはめる

設例アとイの関係図。設例アは、同僚が法廷で、被告人があのお金は俺が持ち出したと言っていた、と証言する。元の人は被告人なので324条1項で322条1項へ。設例イは、重傷を負った被害者が近所の人に犯人の特徴を話し、その後死亡し、近所の人が法廷で証言する。元の人は被害者で324条2項、321条1項3号へ 図:設例アとイの関係図

  • 設例アは、同僚が法廷で、被告人があのお金は俺が持ち出したと言っていた、と証言する
  • 元の人は被告人なので324条1項で322条1項へ
  • 設例イは、重傷を負った被害者が近所の人に犯人の特徴を話し、その後死亡し、近所の人が法廷で証言する
  • 元の人は被害者で324条2項、321条1項3号へ

設例アです。会社の同僚が、法廷で証言します。被告人が、あのお金は俺が持ち出した、と言っていた、という証言です。元の人は、被告人です。だから、324条1項で、322条1項を借ります。被告人の言葉は、自分に不利益な事実の承認です。ですから、任意性に疑いがなければ、証拠にできます。322条の趣旨と同じです。被告人は、自分の言葉について、自分で否定も弁明もできますからね。設例イです。重傷を負った被害者が、搬送される前に、近所の人に、犯人の特徴を話しました。被害者は、その後、亡くなりました。この近所の人が、法廷で、聞いたことを証言します。元の人は、被害者です。被告人以外の人です。だから、324条2項で、321条1項3号を借ります。供述不能は、被害者が亡くなっているので、満たします。不可欠性は、犯人を見た人が他にいなければ、満たします。特に信用すべき情況は、被害者が話した状況を、個別に見て決めます。3つとも満たせば、近所の人の証言は、証拠になります。

署名や押印は、要りません。324条が借りるのは、書面そのものではなく、要件です。法廷で語る証人は、自分の言葉で話すので、書面を作る人が、いません。署名や押印をする場面が、そもそも存在しないのです。趣旨は、こう説明されます。書面で出しても、口で出しても、同じ内容には、同じ要件を求める。書面なら通らない話を、証人の口から出すことで、通してしまう抜け道を、塞ぐのです。

証人尋問の最中に又聞きが出たら

異議の流れ。証人尋問中に又聞きが出たら、相手方がすぐに異議を述べる。尋問する側が324条の要件を満たすと主張する。裁判所が判断する。満たさなければ、裁判所が排除する決定をする 図:異議の流れ

  • 証人尋問中に又聞きが出たら、相手方がすぐに異議を述べる
  • 尋問する側が324条の要件を満たすと主張する
  • 裁判所が判断する
  • 満たさなければ、裁判所が排除する決定をする

法廷の外の話を語り始めたら、相手方は、すぐに、異議を述べます。根拠は、309条1項です。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

異議が出たら、尋問をする側が、324条の要件を満たす、と主張します。裁判所は、その主張を判断します。要件を満たさないと判断すれば、その供述を排除します。刑事訴訟規則でも、裁判所が、排除する決定をしなければならない、とされています。異議が出なかった事案で、証拠能力を認めた判例はあります。ただ、判例は、異議が出ていない点にも触れたうえで、元の人が記憶をすっかり失い、行方も分からない、という事情を挙げて、324条2項と321条1項3号の趣旨に則って、認めました。異議が無いことだけが理由ではありません。その後、最高裁は、異議の申立てが無いまま、その証人の尋問が終わったときは、特段の事情がない限り、黙示の同意があったものとして、証拠能力を認める、と述べました。こちらは、326条の同意の話です。

被告人が法廷で他人の話を語るとき

被告人が法廷で語る場合の振り分け表。324条は、被告人以外の者の公判供述だけを対象にしており、被告人自身が語る場合は明文なし。多数説は、被告人に不利益な供述なら322条1項を準用し、反対尋問権を放棄したと解する。不利益でない供述なら321条1項3号を準用し、検察官の反対尋問権を確保する 図:被告人が法廷で語る場合の振り分け表

  • 324条は、被告人以外の者の公判供述だけを対象にしており、被告人自身が語る場合は明文なし
  • 多数説は、被告人に不利益な供述なら322条1項を準用し、反対尋問権を放棄したと解する
  • 不利益でない供述なら321条1項3号を準用し、検察官の反対尋問権を確保する

324条の主語を、もう一度見てください。被告人以外の者の、公判準備又は公判期日における供述、でした。明文は、ありません。324条は、被告人以外の者の供述だけを対象にしているからです。そこで、多数説は、供述の中身で、2つに分けます。1つ目は、被告人に不利益な供述です。例えば、被告人が、共犯者が、見張りを頼む、と頼んできた、と法廷で語る場合です。元の話は共犯者のものですが、それを法廷に持ち出したのは、被告人自身です。共犯者を問い詰める権利は、もともと被告人のものなので、自分から持ち出した以上、その権利は放棄したと解します。すると残るのは、被告人が、自分に不利益な事実を認めた話と同じ形です。だから、322条1項を準用して、任意性に疑いがなければ足ります。2つ目は、不利益ではない供述です。例えば、被告人が、知人が、あの晩は自分があの家にいた、と話していた、と法廷で語る場合です。これは、被告人に有利な話です。

有利な話でも、無条件で認めると、困ります。被告人が、知人から聞いた、と言い張れば、検察官は、確かめる手段がありません。言いっぱなしで、逃げられてしまいます。そこで、321条1項3号を準用します。3号は、元の人を法廷で問い詰められない話を、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つがそろうときだけ通す条文でした。知人を法廷に呼べるなら、検察官は知人本人を問い詰めればよいので、供述不能を満たさず、又聞きのままでは通りません。これが、検察官の反対尋問権を確保する、という意味です。

⭐ 論文で書く規範:被告人が法廷で他人の話を語るとき(多数説) 被告人の公判供述に他人の供述が含まれる場合は | 明文なし。多数説は、不利益なら322条1項、不利益でなければ321条1項3号を準用 | 反対尋問権の放棄、または検察官の反対尋問権の確保から (規範(多数説・通説型)——判例の規範ではない・条文の要件でもない。共同被告人の公判供述は別の回)

共同被告人が公判廷でした供述は、別の回で扱います。今日は、被告人が自分で語る場合までです。

再伝聞:伝聞の中の伝聞

再伝聞の鎖。設例ウ。被告人が知人に、俺がやった、と話す。知人は検察官に、被告人がそう話していた、と供述し、検察官が調書にする。中の箱は被告人から知人への話、外の箱は知人から検察官への供述録取。法廷の外の話が2段重なる。関所が二重になる 図:再伝聞の鎖

  • 設例ウ
  • 被告人が知人に、俺がやった、と話す
  • 知人は検察官に、被告人がそう話していた、と供述し、検察官が調書にする
  • 中の箱は被告人から知人への話、外の箱は知人から検察官への供述録取
  • 法廷の外の話が2段重なる
  • 関所が二重になる

ここから、山場です。再伝聞です。設例ウです。被告人が、知人に、俺がやった、と打ち明けました。その知人が、検察官に、被告人からこう聞いた、と話し、検察官が、それを調書にしました。検察官が、この調書を、証拠として請求します。この調書の中には、箱が2つあります。外側の箱は、知人が検察官に話した、供述録取書です。中の箱は、被告人が知人に話した、打ち明け話です。関所が、二重にある。これが、再伝聞です。判例が、答えを出しています。放火未遂の事件の判決です。

判例の要点。放火未遂の事件。調書の中に被告人の供述が含まれていた。判旨は、321条1項2号と324条により証拠能力を認めたのは正当、と判断。理由は、原供述者が被告人なので、反対尋問をすべき被告人に、自分への反対尋問権はなく、任意の供述で否定も弁明もできるから、この点で憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断。最判昭32・1・22 図:判例の要点

  • 放火未遂の事件
  • 調書の中に被告人の供述が含まれていた
  • 判旨は、321条1項2号と324条により証拠能力を認めたのは正当、と判断
  • 理由は、原供述者が被告人なので、反対尋問をすべき被告人に、自分への反対尋問権はなく、任意の供述で否定も弁明もできるから、この点で憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断
  • 最判昭32・1・22

判決は、まず、結論を言いました。321条1項2号と324条によって、その調書の、問題の部分に証拠能力を認めたのは、正当だ、としたのです。次に、理由です。ここは、判決が実際に言った言葉に沿って話します。元の人は、被告人です。憲法37条2項の反対尋問権は、被告人に、与えられた権利です。その被告人は、元の人である自分自身に、反対尋問する権利を持ちません。そして、被告人は、欲すれば、任意の供述で、自分がしたとされる供述を、否定も弁明もできます。判決は、これを、自らを反対尋問するのと、同じ効果がある、と言いました。だから、この点で、憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断しました。

322条の趣旨が、ここに戻ってきます。ただし、これは、元の人が被告人だった場合の理由です。次に、判決が言っていないことを、はっきり分けて話します。元の人が被告人以外でも、再伝聞は認められるのですか。そこが、論点になります。ここから先は、判決の言葉ではなく、学説の説明です。

学説の説明。320条は、例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできると定めている。だから、外側の箱が2号の要件を満たせば、公判供述と同視できる。すると、中の被告人の話は、公判供述の中の伝聞供述として、324条で処理できる。これは学説の説明であり、判決文の言葉ではない 図:学説の説明

  • 320条は、例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできると定めている
  • だから、外側の箱が2号の要件を満たせば、公判供述と同視できる
  • すると、中の被告人の話は、公判供述の中の伝聞供述として、324条で処理できる
  • これは学説の説明であり、判決文の言葉ではない

320条1項の作りを、思い出してください。伝聞の例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできる、という作りです。そこで、外側の箱の調書が、321条1項2号の要件を満たすとします。すると、その調書は、公判期日における供述に代えて、証拠にできます。つまり、調書の中の話は、公判で語られた供述と、同じように扱えます。公判で語られた供述の中に、他人の話が入っているなら、それは、又聞きの証言と同じ形です。だから、中の箱は、324条で処理できる。そう説明されます。同じ理屈を使えば、箱が3つ続く再々伝聞でも、各過程が、それぞれの例外の要件を満たせば、証拠能力が認められます。

⭐ 論文で書く規範:再伝聞は、過程ごとに例外の要件を当てる 再伝聞は | 各伝聞過程が、それぞれ伝聞例外の要件を満たすときは、証拠能力が認められる | 外側の箱と中の箱を分け、箱ごとに、元の人に応じた条文を割り付ける (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

暗記は、1文です。再伝聞は、各伝聞過程ごとに、それぞれの例外の要件を当てる。箱を1つずつ、順に、それぞれの例外の要件で通していくので、これを鎖の論理と呼びます。判例の結論を一般化した考え方です。判例が、2号と324条を重ねて使ったのも、この形です。設例ウに当てはめます。外側の箱は、知人が検察官に話した調書なので、321条1項2号です。2号は、前に見たとおり、知人が法廷で話せないか、法廷で前と違う話をして、前の話の方が信用できる情況があるとき、でした。中の箱は、被告人の話なので、324条1項で、322条1項を借ります。不利益な事実の承認ですから、任意性に疑いがなければ足ります。2つの条文が、それぞれ必要です。

再伝聞への批判と、実務の扱い

再伝聞への批判と実務。批判は、元の人に署名押印がなく、調書が元の話を正確に写したか分からず、録取過程の正確さが担保されない点。実務は、元の人に内容を確認する肯定確認をするか、聞き手に反対尋問して元の話の存在を確かめる。再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って使う。学説は、肯定説、否定説、肯定確認限定説 図:再伝聞への批判と実務

  • 批判は、元の人に署名押印がなく、調書が元の話を正確に写したか分からず、録取過程の正確さが担保されない点
  • 実務は、元の人に内容を確認する肯定確認をするか、聞き手に反対尋問して元の話の存在を確かめる
  • 再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って使う
  • 学説は、肯定説、否定説、肯定確認限定説

その鎖の論理に、弱いところはないのですか。あります。批判の中心は、署名や押印です。外側の箱の調書には、聞き手の署名か押印があります。でも、元の人は、その調書に、署名も押印もしていません。元の話が、正確に写し取られたかは、保障されていません。そこで、実務は、2つの手当てをします。1つは、元の人に、その内容で間違いないか、確認することです。肯定確認です。もう1つは、聞き手の人に反対尋問をして、元の話があったことを確かめます。そのうえで、再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って、使います。何でも、再伝聞で立証する、というやり方は、しません。学説は、3つに分かれます。各過程が例外に当たれば認める、肯定説。324条を類推することを否定する、否定説。肯定確認がある場合に限る、肯定確認限定説、です。名前だけ押さえておいてください。答案は、この鎖の論理で書きます。320条の作りから、そう説明できるからです。

設例エ:元の人が被告人以外の再伝聞

再伝聞の2つの型の並べた比較。1項型は、元の人が被告人。外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条1項で322条1項。設例エの2項型は、元の人が被害者。外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条2項で321条1項3号の、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つ。2つの条文が別々に要る 図:再伝聞の2つの型の並べた比較

  • 1項型は、元の人が被告人
  • 外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条1項で322条1項
  • 設例エの2項型は、元の人が被害者
  • 外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条2項で321条1項3号の、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つ
  • 2つの条文が別々に要る

設例エです。元の人が、被告人以外の場合です。目撃者が、検察官に、被害者から、犯人は赤い服だった、と聞いた、と供述しました。検察官が、それを調書にして、証拠として請求します。外側の箱は、目撃者が検察官に話した調書です。321条1項2号です。中の箱は、被害者の話です。被害者は被告人以外ですから、324条2項で、321条1項3号を借ります。中の箱では、被害者が供述できないこと、被害者の話が不可欠なこと、話した情況が特に信用できること、の3つが要ります。例えば、被害者がすでに亡くなっていれば、供述不能を満たします。判決自身が判断したのは、元の人が被告人の型です。設例エは、同じ鎖の論理を、元の人が被告人以外の型に伸ばした結論です。逆に、被害者が元気で、法廷に呼んで話を聞けるとします。中の箱は、供述不能を満たしません。外側の箱が2号を通っていても、赤い服の部分は、証拠にできません。片方の箱を通っても、もう片方の箱を通ったことには、ならないのです。手順は、同じです。箱を分ける。箱ごとに、元の人は誰かを見る。元の人に応じた条文を、それぞれ当てる。

写しの証拠能力

写しの証拠能力。書証は原本が原則。一般には3要件。1、原本が存在し、または存在した。2、写しが原本を正確に転写している。3、原本の提出が不可能または困難。コピー機などの機械的複写は、正確性が高度に担保されるので3を緩めてよい。東京高裁は、テレビ放送を録画したビデオテープについて、3を要件とせず、原本の存在、忠実な再現、写しで再現できない性状が立証事項でないことで証拠能力を認めた。東京高判昭58・7・13 図:写しの証拠能力

  • 書証は原本が原則
  • 一般には3要件
  • 1、原本が存在し、または存在した
  • 2、写しが原本を正確に転写している
  • 3、原本の提出が不可能または困難
  • コピー機などの機械的複写は、正確性が高度に担保されるので3を緩めてよい
  • 東京高裁は、テレビ放送を録画したビデオテープについて、3を要件とせず、原本の存在、忠実な再現、写しで再現できない性状が立証事項でないことで証拠能力を認めた
  • 東京高判昭58・7・13

最後に、少し角度を変えます。書面の写しです。310条の但書を見てください。

条文刑事訴訟法第310条

刑事訴訟法第310条 証拠調を終つた証拠書類又は証拠物は、遅滞なくこれを裁判所に提出しなければならない。但し、裁判所の許可を得たときは、原本に代え、その謄本を提出することができる。

条文は、証拠書類は、原本で提出するのが前提です。謄本で代えるには、裁判所の許可が要ります。ここから、書証は、原本が原則、と考えます。例えば、借用書の原本が、火事で焼けて、コピーだけが残っているとします。一般には、3つの要件で、写しにも、証拠能力を認めます。1つ目、原本が存在した。2つ目、写しが、原本を正確に写している。3つ目、原本を提出することが、不可能か、困難である。借用書の例は、3つとも満たします。ただし、コピー機のような、機械的な複写は、正確性が高度に担保されています。だから、3つ目を、緩めてよいとされます。東京高裁の裁判例は、さらに進みました。テレビのニュースを録画した、ビデオテープなどについて、原本の存在、忠実な再現、そして、写しでは再現できない性状、例えば材質や凹凸が、立証事項でないことを理由に、証拠能力を認めました。3つ目の、提出が不可能か困難、という点は、写しを許す基準に数える必要はない、としました。なぜ3つ目を外せるのか。写しで本当に問題になるのは、写しが原本の中身を正確に伝えているか、です。例えば、ニュースに映った街頭の場面を録画したテープなら、映像も音声も、そのまま再現されています。材質や凹凸のように、写しでは伝わらない性質を証明したいのでもありません。それなら、原本を出せるかどうかは、写しの正確さとは関係がありません。判決は、原本を出せるかどうかは、最良証拠の法則、つまり写しを出す必要があるかの問題だ、と位置づけました。

短答では、一般には3要件、機械的複写は緩和、と覚えてください。謄本や抄本は、原本と相違ないことを、公的に認証した写しです。単なる写しは、その認証がありません。違いは、認証の有無、と押さえてください。前に見た、戸籍謄本や住民票の写しは、公務員が証明のために作る書面そのもので、323条で入ります。ここでの写しは、原本の代わりに出す写しの話で、別物です。注意点が、2つあります。まず、当事者が同意すれば、写しも使えます。同意の中身は、別の回に回します。もう1つ、写しの話と、伝聞の話は、別です。写しの要件を満たしても、原本が、そもそも証拠として許されるか、を別に見ます。

任意性の調査:325条

325条の骨組み。321条から前条までで証拠にできる書面や供述でも、あらかじめ、その供述が任意にされたかを調査した後でなければ証拠にできない。決定は、調査は証拠調べの前でなくてよく、証拠調べ後に証明力を評価するときでもよい。同意書面には不要。出番は多くない 図:325条の骨組み

  • 321条から前条までで証拠にできる書面や供述でも、あらかじめ、その供述が任意にされたかを調査した後でなければ証拠にできない
  • 決定は、調査は証拠調べの前でなくてよく、証拠調べ後に証明力を評価するときでもよい
  • 同意書面には不要
  • 出番は多くない

最後に、325条です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第325条

刑事訴訟法第325条 裁判所は、第三百二十一条から前条までの規定により証拠とすることができる書面又は供述であつても、あらかじめ、その書面に記載された供述又は公判準備若しくは公判期日における供述の内容となつた他の者の供述が任意にされたものかどうかを調査した後でなければ、これを証拠とすることができない。

321条から324条までの要件を満たして、証拠能力が認められる書面や供述でも、さらに、その供述が任意にされたかを、調査しなければなりません。決定は、こう説明しました。任意性の程度が低く、証明力が乏しい書面や供述、あるいは、任意性がなく、証拠能力も証明力も欠く書面や供述を、取り調べて、不当な心証を作ってしまうことを、できる限り防ぐためだ、としています。時期は、2つ押さえます。決定は、任意性の調査は、必ずしも、証拠調べの前でなくてよい、としました。証拠調べをしたあと、その証明力を評価するときに、調査しても差し支えない、というのです。もう1つ。被告人が、書面を証拠とすることに同意した場合には、325条の調査は要りません。判決が、そう言っています。同意の中身は、次の回で見ます。

伝聞の例外は、信用性の情況的保障を前提にしています。任意性がない供述が、例外の要件を通る場面は、考えにくいのです。325条が、前面に出る場面は多くありません。

今日の地図(保存版)

答案の順序の保存版。又聞きが出たら、元の人は誰か。被告人なら324条1項で322条、被告人以外なら324条2項で321条1項3号。再伝聞なら箱を分けて、箱ごとに条文を当てる。最後に325条の任意性の調査。調査は証明力の評価の前まででよく、同意書面には不要 図:答案の順序の保存版

  • 又聞きが出たら、元の人は誰か
  • 被告人なら324条1項で322条、被告人以外なら324条2項で321条1項3号
  • 再伝聞なら箱を分けて、箱ごとに条文を当てる
  • 最後に325条の任意性の調査
  • 調査は証明力の評価の前まででよく、同意書面には不要

まとめます。答案の順序です。又聞きが出たら、まず、元の人は誰か、を確かめます。被告人なら、324条1項で322条。被告人以外なら、324条2項で321条1項3号です。伝聞が二重なら、箱を分けます。箱ごとに、元の人に応じた条文を当てます。最後に、325条の、任意性の調査を、忘れないでください。

短答の落とし穴。324条1項は322条、2項は321条1項3号。署名押印は要らない。被告人の公判供述に324条は直接及ばない。再伝聞は判例上、各過程が例外を満たせば認められる。325条の調査は証拠調べの前でなくてよく、同意書面には不要。写しは3要件が一般 図:短答の落とし穴

  • 324条1項は322条、2項は321条1項3号
  • 署名押印は要らない
  • 被告人の公判供述に324条は直接及ばない
  • 再伝聞は判例上、各過程が例外を満たせば認められる
  • 325条の調査は証拠調べの前でなくてよく、同意書面には不要
  • 写しは3要件が一般

短答の落とし穴を、○×で言います。324条1項は、321条1項3号を準用する。×です。322条を準用します。又聞きの証言を324条で通すには、署名と押印が必要。×です。要りません。被告人が、法廷で語った他人の話にも、324条が直接及ぶ。×です。明文はなく、多数説が、供述の中身で分けます。再伝聞は、判例上、一律に証拠能力がない。×です。各過程が、それぞれ例外の要件を満たせば、認められます。325条の調査は、必ず証拠調べの前に要る。×です。証明力の評価のときでもよい。同意書面には、325条の調査は、要りません。写しは、常に証拠能力がない。×です。一般には3要件、機械的複写は緩和されます。

冒頭の問いの答えは、こうですね。被害者が、犯人は赤い服だったと言っていた、という証言は、元の人が被害者で、被告人以外です。だから、324条2項で、321条1項3号の3つの要件を満たせば、証拠になる。次は、伝聞例外の要件を当てはめる前に、当事者が証拠にすることに同意すれば、書面がそのまま証拠になる道です。326条の同意と、327条の合意書面を見ます。

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#124単独ページ動画

同意と合意書面

第5章 証拠法 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

弁護人が検察官請求の目撃者の調書に同意と述べ、調書が採用される。その後、弁護人がその目撃者を証人として呼びたくなる。呼べるのかという問い。同意を、反対尋問を諦めることと見るか、書面に証拠になる資格を与えることと見るかで、答えが正反対に分かれる 図:弁護人が検察官請求の目撃者の調書に同意と述べ、調書が採用される

  • その後、弁護人がその目撃者を証人として呼びたくなる
  • 呼べるのかという問い
  • 同意を、反対尋問を諦めることと見るか、書面に証拠になる資格を与えることと見るかで、答えが正反対に分かれる

前回の終わりに、伝聞例外の要件を当てはめる前に、当事者が証拠にすることに同意すれば、書面がそのまま証拠になる道がある、とお伝えしました。今日は、その道を見ます。弁護人が、検察官の請求した目撃者の調書に、同意します、と言いました。調書は採用されました。ところが、審理が進むと、弁護人は、やはりその目撃者を、証人として呼んで問いただしたくなりました。呼べるのでしょうか。呼べます。ただ、この答えは、同意を何を手放す行為と見るかで、正反対に分かれます。反対尋問を諦める行為と見るなら、もう呼べません。書面に、証拠になる資格を与える行為と見るなら、呼べます。今日は、この、同意とは何を手放す行為か、という1本の軸で解きます。同意のあとの証人尋問、同意しても落ちる書面、弁護人の同意と被告人の意思、同意の撤回まで、すべて、この軸から一続きに決まります。さらに、被告人が出頭しないときの擬制同意と、同意とは別の道である、327条の合意書面も見ます。

同意は、要件の検討を飛ばす道

同意の入口の流れ。検察官が書証を請求し、裁判所が相手方の意見を聞く。同意なら相当性を見て採用。不同意なら、請求を撤回して原供述者を証人に呼ぶか、321条以下の要件を主張して請求を維持するか。同意の道は、要件の検討を飛ばして採用に進む 図:同意の入口の流れ

  • 検察官が書証を請求し、裁判所が相手方の意見を聞く
  • 同意なら相当性を見て採用
  • 不同意なら、請求を撤回して原供述者を証人に呼ぶか、321条以下の要件を主張して請求を維持するか
  • 同意の道は、要件の検討を飛ばして採用に進む

まず、地図の上の位置です。検察官が、書証を請求します。裁判所は、相手方に、その書証への意見を聞きます。前に見た、証拠意見です。相手方が同意なら、321条から325条までの要件を、1つずつ当てはめる検討を、飛ばして採用できます。不同意のときだけ、前に見た2つの道に進みます。検察官が請求を撤回して、原供述者を証人として呼ぶか。321条以下の要件を主張して、請求を維持するか、でした。この5回は、要件の検討ばかりでしたが、実際の法廷でも、毎回それをやるのですか。違います。争いのない事実は、同意で処理されるのが、実務の大勢です。要件の検討は、争いのある書証のための道。同意は、争いのない書証のための、近道です。言葉の呼び分けも、思い出してください。書証には、同意か不同意かを言います。証拠物や証人尋問の請求には、異議がある、異議がない、と言います。326条が扱うのは書面と供述なので、同意の方です。暗記は1文です。同意があれば、要件の検討は要らない。不同意になって初めて、321条以下を見る。

326条1項の全文と4つの要素

326条1項の骨組み。検察官及び被告人が同意した書面又は供述は、作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、321条乃至前条にかかわらず、証拠にできる。主体、対象、相当性、効果の4つに分ける 図:326条1項の骨組み

  • 検察官及び被告人が同意した書面又は供述は、作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、321条乃至前条にかかわらず、証拠にできる
  • 主体、対象、相当性、効果の4つに分ける

条文を、全文で出します。326条です。1項と2項があります。2項は、あとで見ます。

条文刑事訴訟法第326条

刑事訴訟法第326条 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 2 被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。

1項を、4つの要素に分けて読みます。1つ目は、主体です。検察官及び被告人。両方の同意、という並べ方です。ただ、自分で請求した側は、証拠にしたいのですから、実際に問題になるのは、請求されなかった側の意思です。検察官が請求した書証なら、被告人側の同意です。2つ目は、対象です。書面又は供述。調書のような書面だけでなく、証人尋問の中で出てきた、又聞きの供述にも及びます。3つ目は、相当性です。その書面が作られたとき、あるいは供述がされたときの情況を考慮して、相当と認められること。言い換えると、同意があっても、作られ方に問題のある書面まで、通すわけではありません。4つ目は、効果です。321条から前条まで、つまり325条までの規定にかかわらず、証拠にできます。被告人自身の書面を扱う322条も、その例外の1つに含まれます。前回見たとおり、同意のある書面には、325条の任意性の調査も、手続としては要りません。

⭐ 論文で書く規範:326条1項の4つの要素 検察官及び被告人の同意、書面又は供述、相当と認めるとき | 321条から前条までにかかわらず、証拠にできる (成立要件(326条1項・条文どおり)——逐語で暗記するものではない。条文を読めば出てくる)

覚えるというより、条文を音読して、4つに切れれば足ります。この回で、頭を使って覚えるのは、同意の中身をどう理解するか、の方です。

供述への同意:異議を述べなかったとき

証人尋問の最中に伝聞供述や再伝聞供述が出たが、相手方が異議を述べないまま尋問が終了した。直ちに異議を申し立てられないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があったとして証拠能力を認める

同意は、口で、同意します、と言う場合だけではありません。前回、証人尋問の最中に又聞きが出たら、相手方はすぐ異議を述べる、と見ました。では、異議を述べないまま、その証人の尋問が終わったら、どうなるでしょうか。判例は、その沈黙を、黙示の同意として扱いました。伝聞供述や、再伝聞の供述について、異議の申立てがされないまま、その証人への尋問が終わった場合です。判決の言葉で、読みます。

判例最決昭59・2・29 刑集38巻3号479頁

異議なく尋問が終了した場合の判旨 いわゆる伝聞ないし再伝聞証言について、異議の申立てがされることなく当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があつたものとしてその証拠能力を認めるのが相当である

原則は、黙示の同意があった、です。例外は、特段の事情です。例えば、直ちに異議を申し立てることができなかった事情があれば、同意とは見ません。原則の方を、場面で見ます。目撃者が、友人から、犯人は赤い服だったと聞きました、と証言しました。弁護人は何も言わず、そのまま、その証人の尋問が終わりました。これが、黙示の同意の場面です。決め手を、一言で言います。異議を述べる機会は、尋問の間ずっとあったのに、述べなかった。その沈黙を、同意として扱っても、相手方に不意打ちにはならないからです。短答では、異議なしで終了なら、特段の事情がない限り、黙示の同意。この形で覚えてください。

前回の判例との関係です。前回の判例は、異議が無いことに加えて、元の人が記憶を失い、行方も分からない、という事情を挙げて、324条の趣旨から認めたものでした。今日の判例は、同じ最高裁が、そのあとで、異議なく尋問が終わったこと自体を、同意として扱う、と述べたものです。答案では、まず黙示の同意があるかを見て、特段の事情があれば、324条の要件に戻ります。324条は、法廷の証言に又聞きが混じったとき、元の話し手が被告人なら322条の要件を、ほかの人なら321条1項3号の要件を借りて、証拠にできるかを決める条文でした。順序がこうなるのは、今日の最初に見たとおり、同意は、要件の検討を飛ばす道だからです。黙示の同意も、同意です。それが認められれば、324条の要件を、当てはめる必要がありません。

同意の法的性質:何を手放す行為か

同意の2つの考え方と、有力な第3の考え方を比べる表。放棄説は、同意を原供述者への反対尋問権の放棄とみる。付与説は、同意を書面に証拠能力を付与する訴訟行為とみる。伝聞性解除説は、同意は伝聞性を解除するだけと考える。決め手は、被告人自身の書面(322条)も同意の対象になること 図:同意の2つの考え方と、有力な第3の考え方を比べる表

  • 放棄説は、同意を原供述者への反対尋問権の放棄とみる
  • 付与説は、同意を書面に証拠能力を付与する訴訟行為とみる
  • 伝聞性解除説は、同意は伝聞性を解除するだけと考える
  • 決め手は、被告人自身の書面(322条)も同意の対象になること

ここから、今日の軸です。同意とは、何を手放す行為なのか。考え方は、大きく2つあります。1つ目は、反対尋問権の放棄説です。同意とは、原供述者に反対尋問をする権利を、手放すことだ、という考え方です。2つ目は、証拠能力の付与説です。同意とは、その書面に、証拠になる資格を与える、訴訟行為だ、という考え方です。反対尋問をする権利は、手放していません。一般的な理解は、こちらです。例えで考えます。伝聞の書面は、証拠という建物の、門の前に立たされています。門には、番人がいます。番人は、原供述者に問いただす権利、つまり反対尋問権です。放棄説は、同意とは、この番人を、門から帰らせることだ、と見ます。番人がいなくなったので、書面は門を通れます。付与説は、同意とは、書面に、通行証を渡すことだ、と見ます。通行証があるので、書面は門を通れます。ただし、番人は、門に立ったままです。書面が門を通る点は同じです。違いは、番人が、まだ立っているかどうかです。これが、あとで、同意のあとに証人を呼べるか、という問いの答えに変わります。

決め手は、322条です。まず、冒頭の目撃者の調書なら、どちらの説でも説明がつきます。放棄説なら、目撃者に問いただす権利を手放した、と言えるからです。ところが、同意の対象は、321条から325条までの、すべての書面で、被告人自身の書面にも及びます。例えば、被告人が、取調べで、私が店の品物を持ち出しました、と話して署名した調書を、検察官が請求した場合です。弁護人や被告人が同意すると、326条で証拠になります。ここで、放棄説に立つと、被告人は、誰への反対尋問権を放棄したことになるでしょうか。原供述者は、被告人自身ですよね。被告人が、自分に反対尋問する、というのは、おかしいです。前に見た、被告人が自分自身に反対尋問することはない、という322条の趣旨です。放棄する権利が、そもそも存在しません。だから、放棄説では、被告人の書面への同意を、説明できません。付与説なら、書面に資格を与えた、と言えるので、すべての書面に、同じ説明が通ります。実務の背景も、1つ添えます。検察官の書証に不同意にして、原供述者を証人に呼ぶと、その人が、法廷で話を変えるかもしれません。すると、前に見た、2号の相反供述の決まりで、検察官が取った、捜査段階の調書のほうが、証拠になりかねません。それを避けるために、弁護人が、あえて先に同意をして、書面の中身は、ほかの証拠で崩す、という戦い方があります。同意とは、要件を満たす確認ではなく、戦い方の選択でもある、ということです。

もう1つ、近時の有力な考え方があります。伝聞性解除説です。同意は、伝聞であるという問題だけを解除するのであって、証拠能力が、そのまま生じるわけではない、と見ます。付与説よりも、同意の力を弱く見る考え方です。名前だけ押さえておけば足ります。

⭐ 論文で書く規範:同意の法的性質(一般的理解=付与説) 同意は、書面に証拠能力を付与する訴訟行為であり、反対尋問権を放棄するものではない | 決め手は、被告人の書面(322条)も同意の対象なのに、被告人が自分に反対尋問することはないこと (規範(通説型)——判例の規範ではない・条文の要件でもない。論文で論点になりうる)

暗記は1文です。実務と一般的な理解は、付与説。放棄説は、322条を説明できない。

帰結その1:同意したあとに、証人を呼べるか

設例1の関係図。A検察官が居合わせた客の警察官調書を請求し、B弁護人が同意して採用される。後日、B弁護人がその客を証人として請求する。付与説なら請求は許される。放棄説なら許されない 図:設例1の関係図

  • A検察官が居合わせた客の警察官調書を請求し、B弁護人が同意して採用される
  • 後日、B弁護人がその客を証人として請求する
  • 付与説なら請求は許される
  • 放棄説なら許されない

設例1です。傷害の事件です。検察官が、現場に居合わせた客の、警察官調書を請求しました。弁護人は、同意しました。調書は、採用されました。後日、弁護人が、その客を、証人として請求しました。調書の細かい点を、直接、問いただしたくなったからです。この請求は、許されるでしょうか。軸に戻ると、放棄説なら、番人は帰ってしまったので、もう問いただす権利がありません。付与説なら、番人は立ったままなので、請求できる、ということですね。付与説に立つと、請求は許されます。同意したのは、調書に資格を与えることまで。人に問いただす権利は、残っています。もう1点、押さえます。同意をしても、書面の証明力を争うことはできます。資格を与える、というのは、証拠として使ってよい、というところまでで、その中身を、どれだけ信用するかは、裁判所が決めるからです。証人尋問は、その信用性を崩す道になります。

同意したら、必ず、その証人が呼ばれるのですか。違います。同意があっても、裁判所が、その証人尋問の必要性がないと判断すれば、請求は却下されます。被告人質問が先に行われる審理などで、起こりえます。詳しくは、被告人質問の回で扱います。暗記です。同意は、調書に資格を与えただけ。人を呼ぶ権利は、残る。

帰結その2:同意しても落ちる書面

設例2の関係図。B弁護人が自白調書に同意し調書は採用された。その後、A被告人が公判で、署名を強いられたと述べ始める。同意があっても、相当性を欠く、任意性に疑いのある供述は証拠能力がない 図:設例2の関係図

  • B弁護人が自白調書に同意し調書は採用された
  • その後、A被告人が公判で、署名を強いられたと述べ始める
  • 同意があっても、相当性を欠く、任意性に疑いのある供述は証拠能力がない

条文の、相当性を思い出してください。同意があっても、相当と認められるときに限る、でした。設例2です。弁護人が、被告人の自白調書に、同意しました。調書は、採用されました。ところが、公判で、被告人が、取調べのときに、署名を強いられた、と話し出しました。判例は、同意した調書でも、証拠として使えない場合がある、としました。事案から言います。被告人は、公訴事実をほぼ認めており、弁護人が自白調書に同意して、その調書の証拠調べも終わっていました。ところが、後になって、被告人が、取調べの最中の暴行を、具体的に話しました。この事案で、判決は、職権で任意性を調べないまま、調書を有罪の証拠に使ったのは、前に見た、審理不尽、つまり、尽くすべき審理を尽くさなかった違法だとして、原判決を破棄しました。判旨を読みます。

判例大阪高判昭59・6・8 高刑集37巻2号336頁

任意性に疑いのある供述は、同意があっても証拠能力がないとする判旨 証拠とすることの同意があつても、「書面が作成され又は供述のなされたときの情況を考慮し相当と認める」場合に限つて証拠能力が付与されるのであり、任意性に疑いのある供述は、当事者が証拠とすることに同意しても証拠能力がないものといわねばならない

判決は、証拠能力が付与される、と言っています。付与説の言葉です。そして、任意性に疑いのある供述は、同意しても、証拠能力がない、と言い切りました。決め手は、趣旨です。任意性は、前に見た、自白法則の言葉です。319条1項は、強制や拷問、脅迫などによる、任意にされたものでない疑いのある自白は、証拠とすることができない、と定めていました。中身の信用を割り引いて使う、つまり証明力の問題ではなく、はじめから証拠に入れない、つまり証拠能力の問題として、法が外しているのです。そうした自白は、信用性の保障が、そもそも欠けているからです。当事者が、資格を与えると言っても、与えられる資格がない、ということです。

前回見た、同意のある書面には325条の任意性の調査が要らない、という話とは、場面が違います。前回の話は、手続としての調査が要らない、というところまででした。今日の話は、任意性に疑いが現れてきたとき、その供述が、証拠能力そのものを持たない、という結論です。答案では、相当性の判断の中で、任意性を見る、と書きます。伝聞性解除説の側から見ると、同意があっても、自白法則や、違法収集証拠の排除の法則が働く余地が残る、と説明されます。違法収集証拠と同意の関係は、違法収集証拠排除法則の回で扱います。暗記です。同意しても、任意性に疑いがあれば、証拠能力なし。

帰結その3:誰が同意するか

弁護人の同意と被告人の意思の関係図。A被告人は全面否認、B弁護人は同意と述べる、C裁判所。BからCへ同意、AからCへ否認、CからAへ意思の確認。判例の結論は、同意とはいえないので、裁判所が被告人本人に確かめる 図:弁護人の同意と被告人の意思の関係図

  • A被告人は全面否認、B弁護人は同意と述べる、C裁判所
  • BからCへ同意、AからCへ否認、CからAへ意思の確認
  • 判例の結論は、同意とはいえないので、裁判所が被告人本人に確かめる

326条の主体は、被告人です。ところが、実際の法廷で、同意か不同意かを述べるのは、多くの場合、弁護人です。なぜ、それが許されるのでしょうか。前に見た、弁護人の権限の3類型を呼び戻します。固有権、独立代理権、包括代理権でした。包括代理権は、明文の根拠がなく、本人が行える、代理になじむ行為を、本人の意思に反しない限り、代わりに行う権限です。典型例が、この、証拠への同意と不同意でした。今日が、その中身です。本人の意思に反しない限り、ですね。反したら、どうなるのですか。設例3です。窃盗の事件です。被告人は、法廷で、やっていない、と述べています。ところが、弁護人が、検察官の請求した書証すべてに、同意します、と述べました。弁護人は、被告人の代わりに、同意を述べました。でも、被告人の意思は、正反対です。判例は、こういう場合の扱いを示しました。事案から言います。被告人が、公訴事実を全面的に否認していた一方で、国選弁護人は、公訴事実を認め、書証の請求に異議がない、と答弁していました。第一審は、そのまま、有罪の認定に使いました。判旨を、読みます。

判例最判昭27・12・19 刑集6巻11号1329頁

被告人が否認し弁護人だけが認めて主張が異なる場合の判旨 ところで本件のごとく被告人において全面的に公訴事実を否認し、弁護人のみがこれを認め、その主張を完全に異にしている場合においては、弁護人の前記答弁のみをもつて、被告人が書証を証拠とすることに同意したものとはいえないのであるから、裁判所は弁護人とは別に被告人に対し、証拠調請求に対する意見及び書類を証拠とすることについての同意の有無を確めなければならないものと解しなければならない。

判旨は、2段です。1段目。被告人が全面的に否認していて、弁護人だけが認めているなら、弁護人の答弁だけでは、被告人が同意した、とはいえない。2段目。だから、裁判所は、弁護人とは別に、被告人本人に、意見と同意の有無を確かめなければならない。確かめないまま、有罪の資料にしたのは、訴訟手続の違法で、原判決は破棄されました。決め手は、1文です。弁護人の同意は、被告人の意思の代わりだから、意思が正反対なら、代わりになりません。軸に戻すと、書面に通行証を渡すかどうかを決めるのは、被告人の意思です。だから、意思が正反対なら、通行証は渡っていません。注意してほしいのは、判決は、弁護人の同意は無効だ、とは言っていないことです。同意とはいえない、だから、被告人本人に確かめよ、です。確かめた結果、被告人が不同意なら、不同意として扱います。確かめた結果、同意するなら、同意として扱います。

境界の、ペアで考えます。被告人も弁護人も、事実を認めている事件で、弁護人が、書証に同意しました。被告人の意思に、反しません。だから、そのまま、同意として有効です。一方、設例3のように、被告人が、やっていない、と言い、弁護人が全部同意と言った。主張が完全に食い違っています。こちらは、被告人に確かめます。分かれ目は、被告人の意思に反するかどうか、です。もう1つ、下級審の裁判例にも、同じ流れがあるとされます。否認している事件で、弁護人が同意しても、被告人の否認の趣旨を、無意味にしてしまうような内容の証拠は、弁護人の同意だけでは、被告人が同意したことにならない、という趣旨です。名前までは覚えなくてよく、趣旨だけ押さえれば足ります。

⭐ 論文で書く規範:弁護人の同意と被告人の意思 被告人が否認し弁護人だけが認める場合、弁護人の同意だけでは被告人が同意したとはいえず、裁判所は被告人に同意の有無を確かめる | 不同意の意思なら、不同意として扱う (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない)

暗記です。弁護人の同意でも、被告人の意思に反するなら、被告人本人に確かめる。不同意の意思なら、不同意として扱う。

同意の撤回と、立証趣旨

設例4の関係図。A検察官が、領収書の作成の事実という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求する。B弁護人が同意して採用される。供述書の中に、別の取引についての他人の言動の記載がある。同意は立証趣旨を前提にしているので、裁判所が別の事実の認定に使えば、不意打ちになる 図:設例4の関係図

  • A検察官が、領収書の作成の事実という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求する
  • B弁護人が同意して採用される
  • 供述書の中に、別の取引についての他人の言動の記載がある
  • 同意は立証趣旨を前提にしているので、裁判所が別の事実の認定に使えば、不意打ちになる

一度した同意を、あとから取り消せるでしょうか。結論は、原則として、できません。理由は、相手方の立証計画です。検察官は、弁護人の同意を見て、その証人の請求を、取り下げているかもしれません。その後に、同意を取り消されると、証拠が、足りなくなります。審理が混乱し、相手方は、手続上の信頼を、裏切られます。軸で言えば、一度渡した通行証を、相手がそれを前提に立証の計画を組んだあとで取り上げるのは、不公平だ、ということです。下級審の裁判例では、少なくとも、証拠調べを実施する前で、相手方の利益が害されないなら、許される余地がある、とされます。ですから、答案では、原則不可、例外として、証拠調べ前で相手方の利益を害さない場合、と書き分けます。もう1つ、同意と、立証趣旨の関係です。前に、立証趣旨に縛られるのは、裁判所ではなく、請求した当事者だ、と見ました。裁判所は、立証趣旨と違う事実の認定に、証拠を使えます。ところが、同意する側から見ると、話が変わります。設例4です。検察官が、領収書の作成の事実、という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求しました。弁護人は、その立証趣旨なら争わない、と考えて、同意しました。ところが、その供述書には、別の取引についての、他人の言動が、書かれていました。裁判所が、そこから、別の事実を認定したら、どうでしょうか。

弁護人は、そんな使い方をされるとは、考えていなかったはずです。不意打ちですね。同意は、請求のときの立証趣旨を前提にしていることが多いからです。実務上の工夫として、同意するときに、立証趣旨の範囲に限る、と留保したり、裁判所が、別の事実の認定に使う前に、当事者に確認したりすることが、必要だと説明されます。暗記です。撤回は、原則として不可。同意は、立証趣旨を前提にしている。

擬制同意:326条2項

擬制同意の発動条件。被告人が出頭しなくても証拠調べができる場面、軽い罰金科料の事件、裁判所が出頭しなくてよいと許した場合、勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒んだ場合、退廷した場合や退廷を命じられた場合。被告人が出頭しない。弁護人や代理人も出頭しない。同意があったものとみなす。弁護人が出頭していれば止まる 図:擬制同意の発動条件

  • 被告人が出頭しなくても証拠調べができる場面、軽い罰金科料の事件、裁判所が出頭しなくてよいと許した場合、勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒んだ場合、退廷した場合や退廷を命じられた場合
  • 被告人が出頭しない
  • 弁護人や代理人も出頭しない
  • 同意があったものとみなす
  • 弁護人が出頭していれば止まる

次は、2項です。もう一度、条文を見ます。

条文刑事訴訟法第326条第2項

刑事訴訟法第326条第2項 被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。

擬制、というのは、みなす、という意味です。同意の意思があったかどうかにかかわらず、同意があったことにします。対象は、被告人が出頭しなくても、証拠調べができる場面です。軽い罰金か科料の事件、284条。裁判所が、出頭しなくてよいと許した場合、285条。勾留中の被告人が、正当な理由なく出頭を拒み、引致を著しく困難にした場合、286条の2。そして、被告人が、陳述をせず許可なく退廷した場合や、秩序維持のため、裁判長から退廷を命じられた場合、341条です。被告人が来ていないなら、なんでも同意になるのですか。違います。ただし書があります。代理人や弁護人が、出頭したときは、擬制されません。弁護人が法廷にいれば、不同意と言えるからです。被告人も弁護人も、いないときだけです。設例5です。罰金のみの軽い事件で、被告人も弁護人も出頭しない期日に、検察官が書証を請求しました。擬制同意で、書証は、証拠にできます。弁護人が1人でも出頭していたら、擬制はされず、その弁護人に意見を聞きます。では、退廷を命じられた場合にも、この擬制は及ぶのでしょうか。判例があります。被告人が、秩序維持のために退廷を命じられ、341条によって審理が進められた事案です。最高裁は、2項の趣旨を、こう読みました。

判例最決昭53・6・28 刑集32巻4号724頁

326条2項の趣旨と退廷を命じられた場合への適用の判旨 刑訴法三二六条二項は、必ずしも被告人の同条一項の同意の意思が推定されることを根拠にこれを擬制しようというのではなく、被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において被告人及び弁護人又は代理人も出頭しないときは、裁判所は、その同意の有無を確かめるに由なく、訴訟の進行が著しく阻害されるので、これを防止するため、被告人の真意のいかんにかかわらず、特にその同意があつたものとみなす趣旨に出た規定と解すべきであり、…同法三二六条二項は、被告人が秩序維持のため退廷を命ぜられ同法三四一条により審理を進める場合においても適用されると解すべきである。

判旨の要点は、2つです。1つ目。2項は、被告人の同意の意思が推定されるから、みなすのではない、ということです。被告人も弁護人も出頭しないと、同意の有無を確かめる方法がなく、訴訟が止まってしまいます。それを防ぐために、被告人の真意にかかわらず、同意があったものとみなす。これが、理由です。2つ目。そうであれば、退廷を命じられた場合にも、適用されます。341条で審理を進める場合です。決め手は、止めないため、です。だから、弁護人が出頭して、意思を確かめられるなら、擬制の必要がなくなり、除かれます。補足です。前に、証人が被告人の前では十分に話せないときに、被告人を退廷させる場面を見ました。この退廷は、304条の2が、弁護人が出頭している場合に限っています。弁護人が法廷にいるので、擬制同意にはなりません。

⭐ 論文で書く規範:擬制同意(2項) 被告人が出頭せず、弁護人や代理人も出頭しないときだけ、被告人の真意にかかわらず、同意があったものとみなす。退廷を命じられた場合にも及ぶ | 訴訟の進行が著しく阻害されるのを防ぐための定め (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない)

暗記です。擬制同意は、被告人も弁護人も不在のときだけ。退廷命令の場合にも及ぶ。

327条:合意書面

326条と327条の比較表。326条は、相手方が請求してきた既存の証拠に同意する。327条は、検察官と被告人又は弁護人が内容を合意して、新たに書面を作る。327条は、元の文書や供述が無くても作れ、取り調べないでも証拠にできる。どちらも、証明力を争うことは妨げられない 図:326条と327条の比較表

  • 326条は、相手方が請求してきた既存の証拠に同意する
  • 327条は、検察官と被告人又は弁護人が内容を合意して、新たに書面を作る
  • 327条は、元の文書や供述が無くても作れ、取り調べないでも証拠にできる
  • どちらも、証明力を争うことは妨げられない

最後は、327条の合意書面です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第327条

刑事訴訟法第327条 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人が合意の上、文書の内容又は公判期日に出頭すれば供述することが予想されるその供述の内容を書面に記載して提出したときは、その文書又は供述すべき者を取り調べないでも、その書面を証拠とすることができる。この場合においても、その書面の証明力を争うことを妨げない。

同意と、何が違うのか。見分ける軸は、ひとつです。326条の同意は、相手方が請求してきた、すでにある証拠に、意見を言う行為です。327条の合意は、検察官と被告人側が、内容を一緒に決めて、新たに書面を作る行為です。具体的には、どんな場面ですか。設例6です。被害届の受理日時や、現場の位置関係のように、争いのない事実があります。検察官と弁護人が、その内容を、1枚の書面にまとめて、合意して、裁判所に提出します。すると、被害届を作った人や、現場を見た人を、証人として呼ばなくても、その書面が、証拠になります。同意と合意書面の違いは、3点で整理できます。1点目、同意は、請求された元の書面や供述が、すでに存在します。合意書面は、元の書面や供述が、無くても作れます。2点目、合意書面は、その文書や、供述すべき者を、取り調べないでも、証拠にできます。3点目、どちらでも、証明力を争うことは、妨げられません。合意したのは、証拠にできる、というところまでで、中身を信用するかは、別だからです。

条文は、被告人又は弁護人と書いています。弁護人の合意でも足りる書き方です。裁判員裁判で、争いのない部分を、整理するために、活用が期待されました。ただ、双方の署名押印が、手間になるとされ、実務は、一方が書面を作り、相手が同意する、という同意書面で処理することが多いと言われます。暗記です。合意書面は、内容を合意して新たに作る。元の文書や、話す予定の人を、取り調べなくても、証拠にできる。ただし、証明力は争える。

不同意のとき:地図に戻る

不同意の出口。326条は使えない。伝聞例外の要件を1つずつ見る道へ。321条1項各号、322条、323条、324条。請求を維持して要件を主張できる。ここまでの5回分の地図に戻る 図:不同意の出口

  • 326条は使えない
  • 伝聞例外の要件を1つずつ見る道へ
  • 321条1項各号、322条、323条、324条
  • 請求を維持して要件を主張できる
  • ここまでの5回分の地図に戻る

最後に、同意されなかったときを確認します。不同意なら、326条は使えません。そこで、321条1項の各号、322条、323条、324条の要件を、1つずつ見る道に戻ります。不同意になったら、その書面は、もう証拠にならないのですか。違います。検察官は、請求を維持して、要件を主張できます。前に見た、2つの道のうちの、もう1つです。ここまでの5回分の地図に、戻る、ということです。

今日の地図(保存版)

答案の順序。請求された書証に同意があるか、被告人の意思に反していないか。次に相当性、任意性に疑いはないか。不同意なら321条以下の要件へ。被告人も弁護人も不在なら擬制同意 図:答案の順序

  • 請求された書証に同意があるか、被告人の意思に反していないか
  • 次に相当性、任意性に疑いはないか
  • 不同意なら321条以下の要件へ
  • 被告人も弁護人も不在なら擬制同意

まとめます。答案の順序です。請求された書証に、当事者の同意があるかを見ます。被告人の意思に、反していないか、も確かめます。次に、相当性です。任意性に、疑いはないか。最後に、同意がなければ、321条以下の要件を見ます。

短答の落とし穴の前半4問。同意したら反対尋問権を放棄して原供述者を呼べない、は誤りで、付与説なら呼べる。弁護人の同意は常に有効、は誤りで、被告人の意思に反するなら確かめ直す。同意は撤回自由、は誤りで、原則として撤回できない。326条2項の擬制同意はすべての不出頭に及ぶ、は誤りで、弁護人が出頭していれば及ばない 図:短答の落とし穴の前半4問

  • 同意したら反対尋問権を放棄して原供述者を呼べない、は誤りで、付与説なら呼べる
  • 弁護人の同意は常に有効、は誤りで、被告人の意思に反するなら確かめ直す
  • 同意は撤回自由、は誤りで、原則として撤回できない
  • 326条2項の擬制同意はすべての不出頭に及ぶ、は誤りで、弁護人が出頭していれば及ばない

短答の落とし穴を、○×で言います。同意は、反対尋問権の放棄にすぎず、同意したら、原供述者を証人として呼べない。×です。付与説に立てば、呼べます。弁護人の同意は、被告人の意思に反していても、常に有効。×です。反するなら、被告人本人に確かめます。同意は、撤回自由。×です。原則として、できません。326条2項の擬制同意は、被告人が出頭しない、すべての場合に及ぶ。×です。弁護人や代理人が出頭していれば、及びません。

短答の落とし穴の後半4問。退廷を命じられたら擬制同意は及ばない、は誤りで、判例は及ぶとした。合意書面は証明力を争えない、は誤りで、争える。同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤りで、任意性に疑いがあれば相当性を欠く。327条の合意は326条の同意と同じ意思表示、は誤りで、同意は既存の証拠への意思表示、合意は内容を決めて新たに作る書面 図:短答の落とし穴の後半4問

  • 退廷を命じられたら擬制同意は及ばない、は誤りで、判例は及ぶとした
  • 合意書面は証明力を争えない、は誤りで、争える
  • 同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤りで、任意性に疑いがあれば相当性を欠く
  • 327条の合意は326条の同意と同じ意思表示、は誤りで、同意は既存の証拠への意思表示、合意は内容を決めて新たに作る書面

退廷を命じられた場合には、擬制同意は及ばない。×です。判例は、及ぶとしました。合意書面は、証明力を争えない。×です。争えます。同意があれば、自白調書でも必ず証拠になる。×です。任意性に疑いがあれば、相当性を欠きます。327条の合意書面は、326条の同意と、同じ意思表示である。×です。同意は、すでにある証拠への意思表示、合意は、内容を決めて新たに作る書面です。冒頭の問いの答えは、こうですね。同意は、調書に、証拠になる資格を与えただけで、反対尋問権を手放していない。だから、同意のあとでも、その目撃者を、証人として呼べる。次は、伝聞例外の要件を満たさない書面でも、証人の話の信用性を崩すためなら使える、という道です。328条の、証明力を争う証拠を見ます。

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#125単独ページ動画

弾劾証拠(328条)と自己矛盾供述

第5章 証拠法 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

居酒屋の傷害事件。客が公判で、被告人のほうが先に殴りかかったと証言する。弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話したと書かれた書面がある。書面は伝聞例外の要件を満たさない。それでも証言を崩すためなら出せるのか、出せるとして何でも出せるのかという問い 図:居酒屋の傷害事件

  • 客が公判で、被告人のほうが先に殴りかかったと証言する
  • 弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話したと書かれた書面がある
  • 書面は伝聞例外の要件を満たさない
  • それでも証言を崩すためなら出せるのか、出せるとして何でも出せるのかという問い

前回の終わりに、伝聞例外の要件を満たさない書面でも、証人の話の信用性を崩すためなら使える道がある、とお伝えしました。今日は、その道、328条を見ます。居酒屋で、傷害の事件が起きました。目撃した客が、法廷で、被告人のほうが先に殴りかかりました、と証言します。ところが、弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男でした、と話したと書かれた書面があります。この書面は、伝聞例外の要件を満たしません。それでも、証言を崩すためなら、出せるのでしょうか。出せます。ただし、出せるのは、同じ人物が前に違うことを言った、という使い方に限られます。ただ、書面なら何でも出せる、というわけではありません。今日は、1本の軸で解きます。前の供述の中身が本当かどうかを、使うのか、使わないのか。この軸から、328条で何が出せるか、別の人の供述ではなぜだめか、署名や押印のない書面がなぜ落ちるか、すべてが一続きに決まります。

328条の全文と、字面どおり読むと何が起きるか

伝聞例外の地図の最後の1枠に328条。同意・合意は326条・327条、321条、322条、324条、そして328条。328条だけは、要件を満たさない書面でも、証明力を争うためなら証拠にできると書く。字面どおりなら、証人を崩すためと言えば、伝聞の書面が何でも入ってしまう 図:伝聞例外の地図の最後の1枠に328条

  • 同意・合意は326条・327条、321条、322条、324条、そして328条
  • 328条だけは、要件を満たさない書面でも、証明力を争うためなら証拠にできると書く
  • 字面どおりなら、証人を崩すためと言えば、伝聞の書面が何でも入ってしまう

伝聞例外の地図を思い出してください。同意と合意、321条、322条、324条と見てきました。最後の1枠が、328条です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

言葉を整えます。「であつても」は、「であっても」の古い書き方です。「証明力を争う」は、法廷での供述の信用性を、減らす向きに争う、という意味です。字面どおりなら、何でも証拠にできる、と読めてしまう。そこが、この条文の怖いところです。弁護人でも検察官でも、証人の話を崩すためです、と言えば、伝聞の書面が、要件を飛ばして入ってしまう。ここまで何本もかけて積んだ要件が、一言で骨抜きになります。そこで、328条は何を許している条文なのか、が問われます。答えは、前の供述の中身が本当か、を問わない使い方だけ、です。

補助証拠としての使い方

実質証拠と弾劾の比較。実質証拠は前の供述の内容が本当だと使う、伝聞なので321条以下の要件が要る、例は321条1項2号後段。弾劾は前の供述をした事実だけを使う、内容が本当かは問わない、328条 図:実質証拠と弾劾の比較

  • 実質証拠は前の供述の内容が本当だと使う、伝聞なので321条以下の要件が要る、例は321条1項2号後段
  • 弾劾は前の供述をした事実だけを使う、内容が本当かは問わない、328条

補助証拠の整理を呼び戻します。要証事実そのものを証明する証拠が、実質証拠でした。実質証拠の信用性に影響する事実、つまり補助事実を証明する証拠が、補助証拠です。補助証拠には、弾劾、増強、回復の3種があるのでした。弾劾は、信用性を減らす向き。増強は、高める向き。回復は、一度崩された信用性を、立て直す向きです。328条が扱うのは、証明力を争う、つまり弾劾です。弾劾に使う前の供述と、2号後段の前の供述とでは、使い方が、正反対です。2号後段は、証人が法廷で、前に検察官に話したことと食い違うことを言ったとき、前の供述のほうを信用すべき特別の情況があれば、検察官が、前の供述の内容が本当だとして、実質証拠に使う道でした。だから、伝聞の要件が要ります。328条の弾劾は、前の供述の中身が本当かは使わず、そういう供述をした事実だけを使います。暗記は1文です。内容を使うなら、321条以下。した事実だけを使うなら、328条。

自己矛盾供述は、なぜ伝聞にならないのか

弾劾の推論の流れ。客の前の供述、先に手を出したのは被害者の男、と、公判供述、被告人が先に殴った、が食い違う。食い違いから、この客の話は場面で変わるので公判の供述は信用しにくい、と推論する。前の供述の内容が本当かへ向かう矢印には、使わないという印 図:弾劾の推論の流れ

  • 客の前の供述、先に手を出したのは被害者の男、と、公判供述、被告人が先に殴った、が食い違う
  • 食い違いから、この客の話は場面で変わるので公判の供述は信用しにくい、と推論する
  • 前の供述の内容が本当かへ向かう矢印には、使わないという印

設例1で、推論を追います。客が法廷で、被告人が先に殴った、と証言しました。事件の翌日には、警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話していました。このとき、裁判所は、こう考えます。同じ人物が、前は違うことを言っていた。この人の話は、場面で変わる。だから、法廷の証言は、そのまま信じにくい。この考え方では、翌日の話の中身が本当かどうかは、どう扱われているのですか。扱っていません。そこが、決め手です。被害者の男が先に手を出したのか、は、この推論では判断していません。使っているのは、前に違うことを言った、という事実だけです。伝聞とは、供述の内容が本当だと証明するために使うものでした。内容が本当かを使わず、供述があった事実そのものを使うなら、伝聞ではありません。前に見た、判定の問いを当てます。前の供述の中身が、仮に偽だったとしても、値打ちは残るか。残ります。食い違ったこと自体に値打ちがある、という場面です。この自己矛盾供述が、今日の中心です。ここから、328条の読み方が出ます。328条は、新しい例外を作った規定ではなく、もともと伝聞ではない使い方があることを、確かめた規定だ、と読むのが、一般的な理解です。最初に、伝聞例外の地図の最後の1枠、と言いましたが、それは条文の置き場所の話です。ただし、最高裁の判決自身が、そう言ったわけではありません。判例の読み方として、そう整理される、という位置づけです。

もう1つ、帰結があります。弾劾のために採用された書面から、具体的な事実を認定してはいけません。中身が本当かは、使わないはずだからです。暗記です。自己矛盾供述は、内容の真実性を使わない。だから伝聞ではない。弾劾に使った書面で、事実は認定できない。

字面どおり広く読む説と、別人の供述

設例2の関係図。A客が公判で証言し、B弁護人が、C店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書でAの証言を弾劾しようとする。この調書が弾劾になるのは、Cの話が本当だと言えるときだけ。内容の真実性を使うので伝聞のまま 図:設例2の関係図

  • A客が公判で証言し、B弁護人が、C店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書でAの証言を弾劾しようとする
  • この調書が弾劾になるのは、Cの話が本当だと言えるときだけ
  • 内容の真実性を使うので伝聞のまま

かつては、証明力を争うためなら、伝聞でも広く許す、という考え方がありました。328条を、伝聞例外を新しく作った規定だと読む見方で、限定を置かない説と呼ばれます。何が起きるか、設例2で見ます。設例1の事件です。弁護人が、客の証言を崩すために、別の店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書を、328条で出そうとしました。この調書で、客の証言が崩れるのは、どんなときでしょうか。店員の話が本当なら、被害者の男が先に手を出したので、客の証言が間違い、となるときです。店員の話の内容が、本当だと使っています。これは、供述証拠として使っているので、伝聞の使い方です。自己矛盾供述のような、した事実だけを使う場面とは、違います。これを、328条の名目で入れてしまうとどうなるか。被告人が、公判で否認すれば、被告人に不利なことが書かれた、第三者の調書が、要件なしで、全部入ります。伝聞法則も、伝聞例外の要件も、形骸化します。だから、別の人の供述では、弾劾できません。使えるのは、その証人自身の、前の供述だけです。暗記です。弾劾に使えるのは、同じ人物の前の供述だけ。別人の供述は、内容を使うので、伝聞のままです。

⭐ 論文で書く規範:328条で許されるのは、同一人の自己矛盾供述(限定説) 公判の供述をした者が、別の機会にした矛盾する供述を、した事実として示すことに限る | 別人の供述は内容の真実性を使うので、伝聞のまま (判例の理解——最高裁判決を一般化した理解・条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

最高裁判決:328条の趣旨と、1つ目の限定

328条の趣旨を述べた最高裁判決。公判の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾するとき、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許し、公判の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨。同一人の自己矛盾供述に限る、限定説。かつての高裁判例の、限定を置かない読み方を、最高裁が改めた 図:328条の趣旨を述べた最高裁判決

  • 公判の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾するとき、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許し、公判の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨
  • 同一人の自己矛盾供述に限る、限定説
  • かつての高裁判例の、限定を置かない読み方を、最高裁が改めた

この考え方を、最高裁が示しました。事案から言います。第1審で、証人の証言のあと、弁護人が、消防職員の作成した、聞込み状況書を請求しました。検察官は、不同意でした。弁護人は、328条による採用を求めましたが、第1審は、同条の書面にあたらないとして、却下しました。その書面には、消防職員が証人から聞き取ったとされる内容が書かれていて、証言と食い違う点がありました。ただ、聞き取りの相手に読み聞かせて、署名や押印を求める形には、なっていませんでした。原審も却下を認め、最高裁も、上告を棄却しました。判決は、328条の趣旨を、こう述べました。かつての高裁判例には、限定を置かず、設例2の店員の調書のような、別の人の供述でも、証明力を争うためなら出せる、と読むものがありました。最高裁は、これを改めたものです。判決の判断は、2つの限定に分かれます。1つ目は、誰の供述なら使えるか。2つ目は、前に言った事実を、どう証明するか。まず1つ目の判旨を、読みます。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条の趣旨 刑訴法328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであり、

328条の条文そのものは、誰の供述かを書いていません。判旨が、趣旨から、「別の機会にしたその者の供述」と絞りました。同じ人物の、前の供述に限られます。絞った決め手は、先ほどの1点です。同じ人物の前の供述なら、中身が本当かを使わずに、食い違った事実だけで、信用性を減らせます。別人の供述は、そうはいきません。暗記は1文です。328条は、同一人の自己矛盾供述の存在を示して、信用性を減らす道です。

2つ目の限定:前に言った事実は、厳格な証明

判旨の続き。別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証は、厳格な証明を要する。許容される証拠は、同人の供述書、供述を録取した書面で刑訴法が定める要件を満たすもの、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述、これらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる 図:判旨の続き

  • 別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証は、厳格な証明を要する
  • 許容される証拠は、同人の供述書、供述を録取した書面で刑訴法が定める要件を満たすもの、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述、これらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる

判旨は、続きます。この続きは、厳格な証明の回でも見ました。今日は、328条の構造として、説き直します。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条で許される証拠の範囲 別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。

1つ目の限定は、同じ人物に限る、でした。2つ目の限定は、その人が前に矛盾することを言った、という事実は、厳格な証明で立証する、です。厳格な証明とは、証拠能力のある証拠による、法定の方式での証明でした。だから、書面なら、その人の供述書か、その人の話を録取した書面で、刑訴法の要件を満たすものです。あるいは、その人の話を聞いた人が、法廷で話す。この3つの形に、これらと同じに見られる証拠を加えます。設例1に当てます。警察官が客の話を書き取り、客に読み聞かせて、客が署名か押印をした調書なら、この形に入ります。反対に、警察官が書き取っただけで、客の署名も押印もないメモは、どれにも当たりません。なぜそれで落ちるのかを、次に見ます。

理由は、厳格な証明の回の、ものさしのとおりです。崩れたら、有罪無罪が動く事実は、厳格でした。前に違うことを言った、という一点は、弾劾の土台です。ここが通れば、証言の信用性が落ちて、有罪無罪の判断が動きます。反対に、自由な証明で足りるとすると、どうなるか。自由な証明は、伝聞法則が外れる証明でした。誰がどう書き取ったか分からないメモでも、前の供述があったことに、できてしまいます。土台が怪しいまま、証言を崩されてはたまりません。だから、土台のところを、厳格に確かめます。暗記です。328条でも、前に言った事実は、厳格な証明です。書面なら、要件を満たすものだけです。

なぜ署名・押印が要るのか

設例3の関係図。A客が警察官Bに話した、Bがメモ書きCにした。客の署名も押印もない。A→Bの中身は弾劾では使わないので問題ない、328条が外す部分。B→Cの正確さは、聞き違い、書き間違いの可能性があり、署名押印で担保される。署名も押印もないメモは、録取の正確さが担保されない 図:設例3の関係図

  • A客が警察官Bに話した、Bがメモ書きCにした
  • 客の署名も押印もない
  • A→Bの中身は弾劾では使わないので問題ない、328条が外す部分
  • B→Cの正確さは、聞き違い、書き間違いの可能性があり、署名押印で担保される
  • 署名も押印もないメモは、録取の正確さが担保されない

署名と押印の意味を、設例3で見ます。弁護人が、警察官が客から聞き取った内容を、自分の言葉で書いたメモで、客の証言を弾劾しようとしました。メモには、客の署名も押印もありません。伝わり方を見ます。客が警察官に話す。警察官がメモに書く。2段です。1段目、客が話した中身は、弾劾では使わないのでした。そこは、328条で、外れます。残るのは、2段目です。メモが、客の話を正しく書いたものか。警察官の聞き違い、書き間違い、あるいは作り話の可能性まで、メモだけでは、否定できません。伝言ゲームの録音テープで考えます。弾劾は、この人は、前に別のことを言った、という録音の存在だけを示します。録音の中身が本当かは、聞きません。ただ、その録音が本物かは、確かめなければなりません。メモは、テープではなく、聞いた人の書き取りだからです。そこで、供述者本人が、書面を確認して、署名するか、押印すれば、録取の正確さが担保されます。条文で見ます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。

条文は、署名若しくは押印、つまり、どちらかです。判決の事案は、署名も押印も、ない場合でした。判旨は、署名押印がないから、供述を録取した書面に当たらず、これと同視し得る事情もない、としました。

⭐ 論文で書く規範:録取書の署名・押印 供述録取書で弾劾するなら、供述者の署名若しくは押印が必要 | 録取の過程の伝聞性は、328条では外れない (成立要件(321条1項柱書・条文どおり)——逐語で暗記するものではない。条文を読めば出てくる)

覚えるのは、なぜ要るのか、の方です。328条が外すのは、前の供述の中身が本当か、という1段目だけです。録取の正確さの2段目は、外しません。補足です。321条の、供述不能や、不可欠性といった、各号の要件は、328条では要りません。328条が、321条から324条の規定により証拠にできない書面でも、と書いているからです。ただ、判旨のいう、刑訴法が定める要件の中身を、判例が詳しく示しているわけではありません。署名や押印のある書面など、という理解にとどめてください。

署名押印がないとき:別の組み立て方

設例3の続き。署名押印のないメモを諦めない。道1は、聞き取った警察官を証人として呼び、法廷で、客はこう言っていた、と話してもらう。判旨が挙げる、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述。道2は、聞き取った警察官自身の供述書として組み立て、321条1項3号の要件で伝聞性を外せれば、客の署名押印は要らない、という学説の指摘 図:設例3の続き

  • 署名押印のないメモを諦めない
  • 道1は、聞き取った警察官を証人として呼び、法廷で、客はこう言っていた、と話してもらう
  • 判旨が挙げる、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述
  • 道2は、聞き取った警察官自身の供述書として組み立て、321条1項3号の要件で伝聞性を外せれば、客の署名押印は要らない、という学説の指摘

署名も押印もないメモでも、諦める必要はありません。道は、2つあります。1つ目は、判旨が挙げた、その人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述です。聞き取った警察官を、証人として呼びます。法廷で、客は、こう言っていました、と話してもらいます。2つ目は、学説の指摘です。メモを、客の供述録取書ではなく、警察官が、客が矛盾する供述をしたのを見聞きしたことを書いた、警察官自身の供述書だ、と組み立てます。警察官の伝聞性を、321条1項3号の要件で外せるなら、客の自己矛盾供述の存在を立証できて、328条が使えます。この場合、客の署名押印は要りません。客の話を写した書面ではなく、警察官が、自分が聞いたことを書いた書面と見るので、確かめる相手が、客ではなく警察官になるからです。3号は、話した人が法廷で話せない供述不能が必須で、その話が証明に欠かせない不可欠性と、特に信用すべき情況まで要る、いちばん重い型でした。警察官が法廷に来られるなら、道1で足ります。そして、この3号の組み立ては、判例が採ったものではなく、学説の指摘です。答案では、道1、つまり、聞いた人の証人尋問を先に書き、余力があれば、道2に触れる、という使い方が安全です。

その他の見解

その他の見解。純粋補助事実説は、証人の能力、性格、利害関係など、実質証拠にはおよそ使えない純粋な補助事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは自由な証明で足りるとする。片面的構成説は、被告人側だけは、弾劾なら伝聞でも許されるとする。判例に明示的な判断はなく、論文で論点になりうる 図:その他の見解

  • 純粋補助事実説は、証人の能力、性格、利害関係など、実質証拠にはおよそ使えない純粋な補助事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは自由な証明で足りるとする
  • 片面的構成説は、被告人側だけは、弾劾なら伝聞でも許されるとする
  • 判例に明示的な判断はなく、論文で論点になりうる

短く、紹介します。1つ目は、純粋補助事実説です。証人の能力や、性格、利害関係のように、実質証拠には使えず、信用性の判断にしか使えない事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは、自由な証明で足りる、という見解です。実質証拠におよそ使えない事実なら、伝聞でも、犯罪事実の認定に流れ込むおそれが無い、という発想です。最高裁の判決は、これについて、明示的な判断をしていません。2つ目は、片面的構成説です。被告人側だけは、弾劾なら、伝聞でも許される、という見解です。この説は、憲法37条2項、つまり、被告人に保障された証人審問権との関係で、論じられてきました。ただ、なぜ被告人側だけなのか、その理由づけは、諸説あって、固まっていません。そして、この判決は、弁護人が請求した書面に、非伝聞の用法しか、認めませんでした。判例が採っているとは、説明しにくい見解です。だから答案では、判例に沿って、被告人側が請求するときも、同じ証人の自己矛盾供述に限る、と書けば足ります。どちらも、論文で論点になりうる見解です。

今日の地図(保存版)

答案の順序。その証拠を何に使うか、内容を使う実質証拠か、した事実を使う弾劾か。弾劾なら、同一人の自己矛盾供述か。その存在を厳格な証明で立証できるか、署名押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言。できなければ別の組み立て、聞いた人を証人に、3号で供述書として 図:答案の順序

  • その証拠を何に使うか、内容を使う実質証拠か、した事実を使う弾劾か
  • 弾劾なら、同一人の自己矛盾供述か
  • その存在を厳格な証明で立証できるか、署名押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言
  • できなければ別の組み立て、聞いた人を証人に、3号で供述書として

まとめます。答案の順序です。第1に、その証拠を、何に使うのか。内容を使うなら実質証拠、した事実を使うなら弾劾です。第2に、弾劾なら、同じ人物の、自己矛盾供述か。別人なら、できません。第3に、前に言った事実を、厳格な証明で立証できるか。署名や押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言です。第4に、できなければ、別の組み立てを考えます。

短答の落とし穴。328条なら伝聞の書面は何でも入る、は誤り。第三者の供述で証人を弾劾できる、は誤り。署名押印のない聞き取りメモでも弾劾なら足りる、は誤り。自己矛盾供述は内容の真実性を使う、は誤り。弾劾に採用した書面から事実を認定できる、は誤り。この判決は決定である、は誤りで、判決 図:短答の落とし穴

  • 328条なら伝聞の書面は何でも入る、は誤り
  • 第三者の供述で証人を弾劾できる、は誤り
  • 署名押印のない聞き取りメモでも弾劾なら足りる、は誤り
  • 自己矛盾供述は内容の真実性を使う、は誤り
  • 弾劾に採用した書面から事実を認定できる、は誤り
  • この判決は決定である、は誤りで、判決

短答の落とし穴を、○×で言います。328条なら、伝聞の書面は、何でも入る。×です。同じ人物の、自己矛盾供述に限ります。第三者の供述を内容とする書面で、証人を弾劾できる。×です。内容の真実性を使うので、伝聞のままです。署名も押印もない、聞き取りメモでも、弾劾なら足りる。×です。前に言った事実は、厳格な証明が要ります。自己矛盾供述は、前の供述の内容の真実性を使う。×です。使わないから、伝聞ではありません。弾劾に採用した書面から、具体的な事実を認定できる。×です。実質証拠には使えません。328条に関する、最高裁の判断は、決定である。×です。判決です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。客の、前の話を記録した書面は、同じ人物の自己矛盾供述だから、証言を崩すために出せる。ただし、前に言った事実を示せる書面でなければならず、聞き取りメモなら、署名か押印が要る。次は、崩された証言を、検察官が立て直せるかです。前にも同じことを言っていた、という書面は、328条で出せるのか。回復証拠と、増強を見ます。

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#126単独ページ動画

回復証拠と増強証拠(328条)

第5章 証拠法 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

居酒屋の傷害事件の続き。弁護人は、事件の翌日に客が話した調書で、被告人が先に殴ったという客の証言を崩した。今度は検察官の番。翌日の調書より前、事件の当日にも、客は法廷と同じことを言っていた、という調書。同じことを2回言った人は、1回しか言わなかった人より信用できるのか。設例4 図:居酒屋の傷害事件の続き

  • 弁護人は、事件の翌日に客が話した調書で、被告人が先に殴ったという客の証言を崩した
  • 今度は検察官の番
  • 翌日の調書より前、事件の当日にも、客は法廷と同じことを言っていた、という調書
  • 同じことを2回言った人は、1回しか言わなかった人より信用できるのか
  • 設例4

前回、弁護人は、客が事件の翌日に違うことを言っていた調書で、法廷の証言を崩しました。今度は、検察官の番です。居酒屋の事件の続きですね。検察官は、どうやって証言を立て直すのですか。設例4です。検察官が、こう言います。客は、事件の当日にも、現場に来た警察官に、被告人のほうが先に殴りかかった、と話していました。その調書を、328条で出します。署名も押印もあります。回数が多いほど信用できる、と感じるのは、自然な直感です。ところが、その直感の中に、落とし穴があります。先に答えを言います。2回言ったから信用できる、という使い方なら、328条では出せません。今日も、前回と同じ1本の軸で解きます。その書面の中身が本当だと前提しないと役に立たないなら、伝聞のままです。

前回のおさらい:328条で許される使い方

328条のおさらい。許されるのは、内容が本当かを問わない使い方だけ。補助証拠の3種。弾劾は信用性を減らす向き、増強は高める向き、回復は減らされた信用性を戻す向き。前回は弾劾だけ、今日は増強と回復 図:328条のおさらい

  • 許されるのは、内容が本当かを問わない使い方だけ
  • 補助証拠の3種
  • 弾劾は信用性を減らす向き、増強は高める向き、回復は減らされた信用性を戻す向き
  • 前回は弾劾だけ、今日は増強と回復

328条を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

前回の答えは、こうでした。328条で許されるのは、前の供述の中身が本当か、を問わない使い方だけです。同じ人物が前に違うことを言った、という事実だけを使う。これが弾劾でした。補助証拠には、3種ありました。信用性を減らす弾劾、高める増強、そして、一度減らされた信用性を戻す回復です。前回は、弾劾だけを見ました。今日は、残りの2つです。暗記の1文も、同じです。内容を使うなら、321条以下。した事実だけを使うなら、328条。

回復証拠:伝統的な2つの説明

回復証拠とは、弾劾でいったん減らされた証言の信用性を戻す証拠。伝統的な説明は2つ。1つ目、自己矛盾供述という弾劾証拠に対する弾劾だから、328条の争うに入る。2つ目、公判の供述と一致する供述があれば、供述の一貫性が確かめられ、信用性が戻る 図:回復証拠とは、弾劾でいったん減らされた証言の信用性を戻す証拠

  • 伝統的な説明は2つ
  • 1つ目、自己矛盾供述という弾劾証拠に対する弾劾だから、328条の争うに入る
  • 2つ目、公判の供述と一致する供述があれば、供述の一貫性が確かめられ、信用性が戻る

回復証拠とは、弾劾で減らされた証言の信用性を、立て直す証拠のことです。伝統的には、これは328条で出せる、と説明されてきました。理由は、2つあります。1つ目は、弾劾への弾劾だ、という説明です。翌日の調書は、客の証言を弾劾する証拠でした。その弾劾を弾劾し返すのだから、やはり、証明力を争うことに入る、という考え方です。2つ目は、一貫性です。公判の証言と同じことを、別の機会にも言っている。こうした前の供述を、一致供述と呼びます。一致供述があるなら、この人の話はぶれていない。だから、信用性が戻る、という考え方です。

どちらも、もっともらしいです。設例4の調書も、出せるのですか。伝統的な説明だけなら、出せそうです。ところが、近時は、この2つの説明のそれぞれに、反論が出されています。

近時の2つの反論:なぜ回復は難しくなったか

設例4の客の供述の変遷。当日、被告人が先に殴った。翌日、先に手を出したのは被害者の男。公判、被告人が先に殴った。反論1、変わった回数が増えるだけで、かえって信用できないとも言える。反論2、2度言ったほうが本当らしいという経験則は、2度目の中身を本当だと前提している。伝聞として使うことになる 図:設例4の客の供述の変遷

  • 当日、被告人が先に殴った
  • 翌日、先に手を出したのは被害者の男
  • 公判、被告人が先に殴った
  • 反論1、変わった回数が増えるだけで、かえって信用できないとも言える
  • 反論2、2度言ったほうが本当らしいという経験則は、2度目の中身を本当だと前提している
  • 伝聞として使うことになる

1つ目の反論です。弾劾への弾劾だ、という説明に対するものです。設例4の客の話を、時系列で並べます。当日は、被告人が先。翌日は、先に手を出したのは被害者の男。公判では、また被告人が先。当日の調書が無ければ、見えるのは、翌日と公判の食い違いだけです。当日の調書を出すと、話が変わった回数が、かえって増えて見えます。ぶれていない、という印象ではありません。かえって、場面ごとに話が変わる人だ、とも言えてしまいます。2つ目の反論は、一貫性に対するものです。2度言ったほうが、1度言ったより、本当らしい。この経験則は、本当に確かでしょうか。

回数は、真実の保証になりません。しかも、この経験則に頼るとき、頭の中で何が起きているか。2度目の供述の中身を、本当らしい、と見ています。つまり、一致供述の中身が本当だ、と使っています。これは、供述証拠として使っている、ということです。だから、中身を問わない使い方だけを許す、前回の理解と、ずれます。補足です。前回見た最高裁の判決は、一致供述や、回復、増強には、触れていません。ですから、これは判決の趣旨から導かれた推論で、学説の整理です。判例の結論ではありません。結論は、こうなります。回復証拠だから、といって、常に328条で出せるわけではありません。一致供述が回復になるのは、非伝聞として評価できる場合に限られる、という指摘です。

それでも回復に使える場面:いつ言ったか

設例5の時系列。客が、被害者の男の側から飲食代を肩代わりしてもらった。弁護人が、利益を受けたから被告人に不利な証言をした、と弾劾。検察官が、利益を受ける前の日付で、同じ内容を警察官に話した調書を出す。言いたいのは、中身が本当だではなく、利益を受ける前から同じことを言っていた、こと。中身が偽でも値打ちが残る 図:設例5の時系列

  • 客が、被害者の男の側から飲食代を肩代わりしてもらった
  • 弁護人が、利益を受けたから被告人に不利な証言をした、と弾劾
  • 検察官が、利益を受ける前の日付で、同じ内容を警察官に話した調書を出す
  • 言いたいのは、中身が本当だではなく、利益を受ける前から同じことを言っていた、こと
  • 中身が偽でも値打ちが残る

では、回復が通る場面は、無いのか。あります。設例5で見ます。同じ居酒屋の事件です。客が、被害者の男の側に、飲食代を肩代わりしてもらいました。弁護人が、こう弾劾します。この客は、利益を受けたから、被告人に不利な証言をしたのだ。ここで、検察官が、肩代わりを受ける前の日付で、客が警察官に、被告人が先に殴った、と話した調書を出します。言いたいのは、利益を受ける前から、同じことを言っていた、ということです。つまり、利益の影響で、言い出したのではない。前回の判定の問いを、当てます。この調書の中身が、仮に偽だったとしても、値打ちは残るか。残ります。たとえ、中身が間違いだったとしても、利益を受ける前から言っていた、という事実は変わりません。日付の入った封筒のようなものです。中を開けなくても、いつ封をしたか、だけで、意味があります。見分け方は、1つです。その一致供述を、中身が本当だと使わずに、存在した時期だけで使えるか。使えるなら、回復になりえます。

設例4では、言った時期が、利益や影響の話に、何も反論していません。時期で使えないので、この型には入りません。

設例4の結論

設例4の結論。当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味がない。2度言ったから信用できる、と主張すれば、中身を本当だと使う。供述証拠なので328条では出せない。出すなら321条以下。回復証拠として許容することは困難。答案では、中身を使うか、時期で使うかを問う 図:設例4の結論

  • 当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味がない
  • 2度言ったから信用できる、と主張すれば、中身を本当だと使う
  • 供述証拠なので328条では出せない
  • 出すなら321条以下
  • 回復証拠として許容することは困難
  • 答案では、中身を使うか、時期で使うかを問う

設例4に、答えを出します。当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味を、持ちません。検察官が、2度言ったのだから信用できる、と主張すれば、2度目の中身を本当だと使っています。これは、供述証拠です。328条では出せません。出すなら、321条以下の要件を、満たす必要があります。ここで、321条1項の、2号と3号を、見ておきます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

設例4の調書は、検察官ではなく、現場の警察官に話したものなので、2号ではなく、321条1項3号の書面です。3号は、話した人が法廷で話せないことが必須でした。客は法廷で証言しているので、3号には当たりません。検察官の前の調書だったとしても、2号後段は、法廷の証言と食い違っていることが要件です。一致供述は食い違っていないので、こちらにも当たりません。結論は、回復証拠として許容することは、困難です。答案では、その一致供述を、中身で使うのか、時期で使うのかを、必ず問います。

⭐ 論文で書く規範:回復証拠の許否 一致供述は、中身の真実性を前提にするなら伝聞=328条では出せない | 存在した時期など、中身を使わない形で効く場合に限り、回復になりうる (学説の整理——最高裁判決の趣旨からの推論・判例の規範ではない。論文で論点になりうる)

増強証拠は328条で出せない

設例6。客が公判で、被告人が先に殴った、と証言。検察官が、捜査段階の同じ内容の調書を、328条で出して証言を強めたい。理由1、証言が本当だと推し量るには、調書の中身も本当だと前提しなければならない。理由2、条文は証明力を争う、で、減らす向きの文言。強めることは入りにくい。出すなら321条以下 図:設例6

  • 客が公判で、被告人が先に殴った、と証言
  • 検察官が、捜査段階の同じ内容の調書を、328条で出して証言を強めたい
  • 理由1、証言が本当だと推し量るには、調書の中身も本当だと前提しなければならない
  • 理由2、条文は証明力を争う、で、減らす向きの文言
  • 強めることは入りにくい
  • 出すなら321条以下

次は、増強証拠です。証言の信用性を、高める向きの補助証拠でした。別の目撃者の証言で裏づけるのも、その1つです。今日の問題は、まだ崩される前に、同じ人物の前の供述を、328条で出して強める使い方です。設例6です。客が、公判で、被告人が先に殴った、と証言しました。検察官は、これを強めたい。そこで、捜査段階の、同じ内容の調書を、328条で出そうとします。出せるでしょうか。出せません。理由は、2つあります。1つ目。公判の証言が本当らしい、と推し量るには、強めるために出す調書の中身も、本当だと前提しなければなりません。供述証拠として使っています。回復のところで見た、中身を使う使い方と、同じ型です。回復のときの、時期で使う道も、増強には、通常ありません。まだ誰も、利益を受けたから言い出した、と崩していないので、いつ言ったか、が答える相手がいないからです。2つ目。条文は、証明力を「争う」と書いています。減らす向きの言葉です。強めることまでは、文言に入りにくい。

出すなら、321条以下の、伝聞例外の要件を満たす必要があります。328条は、その抜け道には、なりません。暗記は、増強は、328条では出せない。出すなら、321条以下です。

証人尋問のあとに作った調書

設例7。店員が検察側の証人として、被告人は手を出していなかった、と証言し、検察官に不利。尋問のあと、検察官が法廷の外で取り調べ、被告人が先に手を出したと話した調書を作り、328条で請求。懸念1、公判中心主義の形骸化。懸念2、不利な証言をした証人に圧力をかけて作らせた調書かもしれない。最高裁は、必ずしも328条に違反するものではない、とした 図:設例7

  • 店員が検察側の証人として、被告人は手を出していなかった、と証言し、検察官に不利
  • 尋問のあと、検察官が法廷の外で取り調べ、被告人が先に手を出したと話した調書を作り、328条で請求
  • 懸念1、公判中心主義の形骸化
  • 懸念2、不利な証言をした証人に圧力をかけて作らせた調書かもしれない
  • 最高裁は、必ずしも328条に違反するものではない、とした

時間の問題を、見ます。設例7です。店員が、検察側の証人として、法廷で、被告人は手を出していなかった、と証言しました。検察官にとっては、不利な証言です。尋問のあと、検察官が、店員を、法廷の外で取り調べました。そして、実は、被告人のほうが先に手を出した、と話した調書を、作りました。署名と押印もあります。これを、328条で請求します。同じ人物が、別の機会に、違うことを言った、という事実を示す点は、変わりません。ただ、懸念が2つあります。1つ目は、公判中心主義の形骸化です。法廷が一番大事なはずなのに、法廷の外の活動のほうが、優先されてしまう。2つ目は、作為の危険です。不利な証言をした証人を呼び出して、圧力をかけて、作らせた調書かもしれません。この点について、最高裁は、証人の尋問が終わったあとに作られた、同人の検察官調書を、その証言の証明力を争う証拠として採った原判決の扱いを、こう判断しました。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和43年10月25日(刑集22巻11号961頁)

証人尋問後に作成された供述調書と328条 …必ずしも刑訴法三二八条に違反するものではない…

この判決は、理由を詳しく示した判断ではありません。上告の主張への、短い応答です。理由は、自分で補うことになります。手がかりは、条文の見比べです。321条1項2号の後段は、前の供述、つまり、公判より前の供述、と書いています。だから、証言のあとに作った調書は、その証言との関係では、2号後段では使えません。328条には、その限定が、書かれていません。限定が無い以上、条文の上では、証言のあとに作った調書でも、証明力を争うためなら、締め出されません。答案では、判決の理由としてではなく、条文からの理由づけとして書きます。

328条を、同じ人物の自己矛盾供述に限った、前回の判決のあとでも、この判決が先例として通用するかは、はっきりしていません。それに、必ずしも違反しない、という言い方は、いつでも使える、という意味ではありません。さきほどの2つの懸念は、消えていないのです。短答では、証人尋問後に作られた調書も、328条で一切使えない、とは言えない。ここまでを、押さえてください。

公判前整理手続のあとの請求:316条の32

公判前整理手続を経た事件。整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で整理手続中に請求できなかったものを除き、証拠調べを請求できない。証人尋問を聞いて初めて弾劾の必要が出た場合は、やむを得ない事由に当たるか。名古屋高金沢支判は、当たると判断。ただし、必要性は別に慎重に吟味される 図:公判前整理手続を経た事件

  • 整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で整理手続中に請求できなかったものを除き、証拠調べを請求できない
  • 証人尋問を聞いて初めて弾劾の必要が出た場合は、やむを得ない事由に当たるか
  • 名古屋高金沢支判は、当たると判断
  • ただし、必要性は別に慎重に吟味される

もう1つ、時間の問題です。公判前整理手続は、第一回の公判期日より前に、事件の争点と証拠を整理しておく手続でした。この手続を経た事件では、整理手続が終わったあとの証拠調べの請求が、制限されます。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の32第1項

刑事訴訟法第316条の32第1項 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。

整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由が無ければ、請求できません。証拠は、整理手続の中で出し切っておく約束だからです。あとから次々に出せるなら、整理した意味が、なくなります。弾劾の必要は、尋問を聞くまで分からないことがあります。前回の設例1の弁護人を、思い出してください。客の証言を聞いて初めて、翌日の調書で弾劾する必要が出ました。名古屋高裁金沢支部の裁判例は、検察側の証人の尋問が終わったあとに、被告人側が、その証言を弾劾するための、自己矛盾供述を含む調書の取調べを請求したことについて、やむを得ない事由に当たる、と判断しました。尋問が終わる前には、弾劾が必要かどうか、判断しにくいからだと考えられます。ただし、取調べの必要性は、別に、慎重に吟味されます。やむを得ない事由があっても、必要性が無ければ、採用されません。

今日の地図(保存版)

答案の順序。その書面を何に使うか、弾劾、回復、増強。中身の真実を前提にするか。前提にするなら伝聞で、328条では出せない、321条以下へ。前提にしない、存在や時期だけなら、328条と、前に言った事実の厳格な証明、署名押印 図:答案の順序

  • その書面を何に使うか、弾劾、回復、増強
  • 中身の真実を前提にするか
  • 前提にするなら伝聞で、328条では出せない、321条以下へ
  • 前提にしない、存在や時期だけなら、328条と、前に言った事実の厳格な証明、署名押印

まとめます。答案の順序です。第1に、その書面を、何に使うのか。弾劾か、回復か、増強か。第2に、その書面の中身の真実を、前提にするか。前提にするなら、伝聞です。328条では出せません。321条以下を見ます。第3に、前提にしない、存在や時期だけで使うなら、328条です。ここで、前に言った事実は、厳格な証明。前回の、署名や押印です。

短答の落とし穴。回復証拠は328条で常に出せる、は誤り。増強証拠も、争うに入る、は誤り。同じ供述が2回あれば、信用性は回復する、は誤り。一致供述は328条で一切出せない、は誤り。証人尋問後の調書は一切使えない、は誤り。整理手続後は弾劾の請求は一切できない、は誤り。やむを得ない事由があれば必要性は問われない、は誤り 図:短答の落とし穴

  • 回復証拠は328条で常に出せる、は誤り
  • 増強証拠も、争うに入る、は誤り
  • 同じ供述が2回あれば、信用性は回復する、は誤り
  • 一致供述は328条で一切出せない、は誤り
  • 証人尋問後の調書は一切使えない、は誤り
  • 整理手続後は弾劾の請求は一切できない、は誤り
  • やむを得ない事由があれば必要性は問われない、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。回復証拠は、328条で常に出せる。×です。時期などで効く場合に限ります。増強証拠も、証明力を争う、に入る。×です。減らす向きの文言で、中身を使うことにもなります。同じ供述が2回あれば、信用性は回復する。×です。2回目の中身を、本当だと前提しています。一致供述は、328条では一切出せない。×です。存在した時期で効く場合は、回復になりえます。証人尋問後に作られた調書は、328条で一切使えない。×です。最高裁は、必ずしも違反ではない、としました。整理手続のあとは、弾劾の請求は一切できない。×です。やむを得ない事由があれば、できます。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は、問われない。×です。必要性は、別に問われます。

冒頭の問いの答えは、こうですね。2回言ったから信用できる、という使い方は、2回目の中身を本当だと使っているので、328条では出せない。時期で効く場合だけ、回復になりうる。これで、伝聞例外の地図の、最後の枠が埋まりました。弾劾、回復、増強、そして時間の問題まで、同じ軸で通りました。次は、伝聞を離れて、自白です。被告人が自分で認めた話を、どこまで証拠にしてよいのか。319条の自白法則を見ます。

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#127単独ページ動画

自白法則(319条1項)と約束による自白

第5章 証拠法 ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

取調べの場面。検察官が被疑者に、正直に話せば今回は起訴しない、と告げる。被疑者は、やりました、と認める。その話は本当かもしれない。それでも、裁判でこの自白を使ってはいけないのか 図:取調べの場面

  • 検察官が被疑者に、正直に話せば今回は起訴しない、と告げる
  • 被疑者は、やりました、と認める
  • その話は本当かもしれない
  • それでも、裁判でこの自白を使ってはいけないのか

前回の最後に、予告しました。伝聞を離れて、自白です。被告人が自分で認めた話を、どこまで証拠にしてよいのか。今日は、319条の自白法則を見ます。本人が認めた話がいちばん確かだ、と感じるのは、自然です。ところが、法はその直感を、警戒しています。場面を1つ置きます。取調べで、検察官が、こう言います。正直に話せば、今回は起訴しない。被疑者は、その言葉を信じて、やりました、と認めました。本当かもしれません。それでも、使ってはいけない場合がある。今日の問いは、そこです。なぜ、本当かもしれない自白を、外すのか。前に、322条を見たとき、自白の中身は別の回で扱う、と言いました。今日が、その回です。答えを先に1つだけ言います。外す理由の説明が、どの事情を拾うかを決めます。この1本の軸で、最後まで通します。

自白とは何か:承認との違い、任意性と信用性の違い

自白の定義と周りの概念。不利益な事実の承認が一番広く、その一部が自白、自白よりさらに狭いのが有罪の自認。例、倉庫から機器を持ち出したのは私です、は自白。事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに映っていた、は自白でない承認。任意性を争うのは、言わされた、という主張。信用性を争うのは、本当のことではない、という主張 図:自白の定義と周りの概念

  • 不利益な事実の承認が一番広く、その一部が自白、自白よりさらに狭いのが有罪の自認
  • 例、倉庫から機器を持ち出したのは私です、は自白
  • 事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに映っていた、は自白でない承認
  • 任意性を争うのは、言わされた、という主張
  • 信用性を争うのは、本当のことではない、という主張

自白の定義から、確認します。自白とは、自己の犯罪事実の全部、または主要な部分を認める供述です。法廷の中か外か、書面か口頭かは、問いません。不利益な事実の承認との関係を、呼び戻します。包含関係は、自白が、不利益な事実の承認の一部、です。例を並べます。窃盗の疑いをかけられた倉庫係が、あの倉庫から機器を持ち出したのは私です、と言えば、自白です。事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに、私が映っていました、と言えば、どうでしょう。犯罪事実そのものを認めてはいません。ただ、自分に不利な事実です。だから、自白ではない、不利益な事実の承認です。

319条1項は、自白だけに働きます。自白でない承認は、被告人の供述を書いた書面の伝聞例外である、322条1項の但書が、同じ基準を借りて、任意性を求めます。前に見たとおりです。もう1つ、狭い方の言葉があります。有罪の自認です。起訴された犯罪について、有罪であることを認める。犯罪事実だけでなく、違法性や責任まで認める、という意味です。319条3項が、自白に含める、と書いています。ここは、名前だけで十分です。ここで、今日の最初の区別を、置きます。任意性と、信用性です。同じ意味ではないのですか。違います。任意性を争う、とは、取調べで押し切られて、言わされた、という主張です。これは、証拠として使ってよいか、つまり証拠能力の問題です。319条1項です。信用性を争う、とは、自分から話したが、人をかばう嘘だった、という主張です。これは、使うことを前提に、どれだけ信じるか、つまり証明力の問題です。自由心証の領域です。

しかも、任意性が認められても、信用性は、別に審査されます。逆に、中身が真実でも、任意性が疑われれば、外れます。今日の主役は、任意性です。

なぜ自白を特別扱いするのか:入口と出口

自白は証拠の女王という見方。自分に不利なことを嘘では言わないはずという経験則。裁判所が決定的と見やすい、捜査機関は自白を取りに行く、無理な取調べ、虚偽の自白、誤判、という流れ。対策は2段。入口は自白法則で証拠能力、出口は補強法則で証明力 図:自白は証拠の女王という見方

  • 自分に不利なことを嘘では言わないはずという経験則
  • 裁判所が決定的と見やすい、捜査機関は自白を取りに行く、無理な取調べ、虚偽の自白、誤判、という流れ
  • 対策は2段
  • 入口は自白法則で証拠能力、出口は補強法則で証明力

次に、なぜ、自白だけを特別に扱うのか。昔から、自白は、証拠の女王だ、と言われてきました。自分に不利なことを、わざわざ嘘で言う人は、いないだろう。だから、自白は信じてよい。この経験則が、あるからです。裁判所も、自白を、決定的な証拠と見がちです。そうなると、何が起きるか。捜査機関は、自白を取りに行きます。無理な取調べ、拷問、威嚇。その結果、やっていない人が、苦しさから、認めてしまう。虚偽の自白です。そして、誤った判決が出る。この歴史が、規制の背景にあります。縛り方は、2段です。入口と出口、と覚えてください。入口は、自白法則です。そもそも証拠にしてよいか、つまり証拠能力の規制で、今日の319条1項です。出口は、補強法則です。証拠に入ったあとも、自白だけで有罪にはしない、という証明力の規制です。出口は、別の回で扱います。今日は、入口だけです。

憲法38条2項と319条1項:条文の構造・効果・立証責任

条文の読み比べ。憲法38条2項は明文の2系統だけ。強制拷問脅迫による自白と、不当に長い抑留拘禁の後の自白。刑訴319条1項は、同じ2系統に、受け皿のその他任意にされたものでない疑のある自白を足す。効果は証拠能力がない。同意があっても治らない。立証は検察官 図:条文の読み比べ

  • 憲法38条2項は明文の2系統だけ
  • 強制拷問脅迫による自白と、不当に長い抑留拘禁の後の自白
  • 刑訴319条1項は、同じ2系統に、受け皿のその他任意にされたものでない疑のある自白を足す
  • 効果は証拠能力がない
  • 同意があっても治らない
  • 立証は検察官

条文を、全文で読みます。まず、憲法38条2項です。

条文日本国憲法第38条第2項

日本国憲法第38条第2項 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

次に、刑事訴訟法319条1項です。前に、322条のところで読みました。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

2つを、見比べます。憲法は、2系統だけです。強制、拷問、脅迫による自白。それと、不当に長く抑留、拘禁された後の自白。刑訴法は、この2系統に、さらに1つ足しています。その他、任意にされたものでない疑のある自白。受け皿です。条文は、明文の事由と、受け皿の、二重の構造になっています。受け皿があるなら、明文の事由は、なぜ書いてあるのですか。典型を、はっきり示すためです。強制や拷問や脅迫は、誰が見ても、任意ではない。そこは議論の余地なく、外す。そこまで行かない事情は、受け皿で、1つずつ判断する。そういう分担です。効果は、証拠能力がない、です。裁判所は、事実認定の資料に、できません。ここで、呼び戻します。同意、つまり相手方が、その書面を証拠にしてよいと認めても、治りません。同意しても任意性に疑いのある供述は証拠能力がない、とした大阪高裁の判決を、前に見ました。書面かどうかも、問いません。口頭の自白でも、同じです。

任意性の立証を誰が担うかは、条文の言い方に出ています。「疑のある」です。任意だと言い切れなくても、疑いが残れば、外れます。だから、任意性を立証する責任は、検察官にあります。前に見た言葉で言い直します。真偽不明のときに不利益を受ける地位、つまり実質的挙証責任が、検察官にある。任意性は、訴訟法上の事実です。ただ、実務では、厳格に扱われる。この揺れは、以前に見ました。ここでは、検察官が立証して、疑いが残れば排除、まで押さえてください。補足です。取調べの録音録画との関係です。裁判員裁判の対象事件と、検察官が独自に捜査した事件では、逮捕や勾留中の取調べなどで作られた、不利益な事実を認める書面の任意性が争われたとき、検察官は、原則として、録音録画の媒体の取調べを請求しなければなりません。請求しなければ、その書面の請求は却下されます。例外もあります。任意性の争いを、取調べの映像で確かめられるようにする仕組みです。細部は、取調べのところで見たとおりです。

排除の3つの理由:どの事情を拾うか

排除の3つの理由。虚偽排除説は、嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は事実を誤らせる、見る事情は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由を侵す手段で取った自白は許されない、見る事情は、供述の自由が侵されたか、真実でも排除。違法排除説は、違法な手続で取った自白は将来の違法を抑えるため排除、見る事情は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない。多数説(二元説)=虚偽排除を基礎、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で 図:排除の3つの理由

  • 虚偽排除説は、嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は事実を誤らせる、見る事情は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由を侵す手段で取った自白は許されない、見る事情は、供述の自由が侵されたか、真実でも排除
  • 違法排除説は、違法な手続で取った自白は将来の違法を抑えるため排除、見る事情は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない
  • 多数説(二元説)=虚偽排除を基礎、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で

山場です。受け皿の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たるかを、どう判断するか。ここで、排除の理由が3つ出てきます。覚えるのは、名前ではありません。使い方です。3つの説は、どの事情を拾うかの、道具です。1つ目。虚偽排除説です。嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は、事実を誤らせるから、外す。ここで拾う事情は、1つです。その状況で、やっていなくても、認めそうか。自白の中身が、嘘を誘われた結果かどうかに、関心があります。2つ目。人権擁護説です。黙秘権、つまり供述の自由を侵す手段で取った自白は、許されない。拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。心理的な圧迫や、意思決定の歪みを見ます。この説では、自白が真実でも、排除されます。3つ目。違法排除説です。違法な手続で取った自白は、将来の違法な取調べを抑えるために、外す。拾う事情は、取調べの手続が違法か、です。自白の中身ではなく、取り方を見ます。

試験の答案で考えます。ある受験生が、答えを前もって教えてもらって、答案を書きました。書いた中身は、正解です。1つ目の見方は、こう問うものです。その答案は、本人の実力を示しているか。教えてもらった結果なら、成績として、信用できない。次に2つ目の見方は、こうです。本人が、自分の頭で書く自由を、奪われていないか。3つ目の見方は、こうです。答えを教えること自体が、ルール違反ではないか。中身が正解でも、取り方がルール違反なら、点にしない。同じ答案でも、問いの立て方が、3つあるのですね。本物の取調べでも、3つの見方で、結論が分かれることがありますか。あります。たとえば、取調べの手続に違法はあった。けれども、脅しも、利益の約束も無く、被疑者は落ち着いて話した。そういう自白です。虚偽排除の見方では、嘘を誘いやすい状況ではないので、外す理由が弱くなります。中身が本当かどうかで決めるのではなく、状況が嘘を誘うかで決めます。違法排除の見方では、取り方が違法なので、中身がどうであれ、外す方向に傾きます。人権擁護の見方では、その違法が、供述の自由を侵したかで決まります。同じ自白でも、どの事情を拾うかで、結論が割れます。もう1点。3つは、排他的ではありません。複合的に使われます。虚偽排除説と人権擁護説は、どちらも、被疑者の主観面を見るので、合わせて、任意性説と呼ばれることがあります。これは4つ目の説ではなく、前の2つの統合名です。

多数説の整理も、一言だけ。319条1項では、虚偽排除を基礎にして、黙秘権の侵害を伴う違法は、人権擁護で拾う。それ以外の違法は、違法収集証拠排除法則で扱う。捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。二元説と呼ばれる整理です。違法排除の考え方と、違法収集証拠排除法則の関係は、その回で、あらためて見ます。暗記は、これだけです。嘘が出やすいか。供述の自由が侵されたか。取り方が違法か。事情を拾う、問いです。

明文の事由と因果関係

明文の事由と因果関係。強制拷問脅迫、不当に長い抑留拘禁は、条文上直ちに排除。ただし、強制に当たるか、不当に長いか、は事案により争いうる。不任意の状態と自白の間に因果関係が要る。例、脅された取調べのあと別の事件の担当に代わり、数か月後、弁護人と相談した上で、公判で自ら事実を認めた。圧迫の影響が切れているので、自白法則は及ばない 図:明文の事由と因果関係

  • 強制拷問脅迫、不当に長い抑留拘禁は、条文上直ちに排除
  • ただし、強制に当たるか、不当に長いか、は事案により争いうる
  • 不任意の状態と自白の間に因果関係が要る
  • 例、脅された取調べのあと別の事件の担当に代わり、数か月後、弁護人と相談した上で、公判で自ら事実を認めた
  • 圧迫の影響が切れているので、自白法則は及ばない

条文の前半に、戻ります。明文の事由です。強制、拷問、脅迫による自白。不当に長く抑留、拘禁された後の自白。これに当たれば、受け皿のような、趣旨に照らした検討は、要りません。条文上、直ちに、証拠能力が否定されます。ただし、当たるかどうかは、争いになります。暴行は、拷問に至らなくても、強制です。体を縛る扱い、眠らせない、長く続ける、多人数で囲む、といった扱いの程度です。精神的な圧迫の程度にも、幅があります。強制に当たるかが、問題になります。不当に長い、も、一律ではありません。長さに加えて、本人の事情と、事件の側の事情を合わせて見ます。

もう1つ、落とし穴があります。不任意の状態と、自白の間に、因果関係が要ります。脅されたことと、自白したことが、つながっていなければ、自白法則は及びません。例を出します。ある人が、取調べで脅されました。そのあと、取調べの担当が別の人に代わりました。数か月後、その人は、弁護人と相談した上で、公判で、自分から認めました。圧迫の影響が切れていれば、因果関係がなく、排除されません。反対に、当初から一貫して、自分で認めていた場合も、同じです。先行する自白の影響が、後の自白に及ぶか、という問題は、別の回で見ます。今日は、因果関係が要る、という骨格までです。

約束による自白:最高裁判決

約束による自白の最高裁判決の事案。検察官の内意が弁護人を介して被疑者に伝わる。検察官C、弁護人D、被疑者A。Cは弁護人Dに、素直に自供して改悛の情を示せば起訴猶予も考えられる、と打ち明ける。DはAに、起訴猶予にしてやると言っている、と勧告。Aは信じて期待し自白。原審は、取調べに違法がないから任意性は否定できない、と判断した 図:約束による自白の最高裁判決の事案

  • 検察官の内意が弁護人を介して被疑者に伝わる
  • 検察官C、弁護人D、被疑者A
  • Cは弁護人Dに、素直に自供して改悛の情を示せば起訴猶予も考えられる、と打ち明ける
  • DはAに、起訴猶予にしてやると言っている、と勧告
  • Aは信じて期待し自白
  • 原審は、取調べに違法がないから任意性は否定できない、と判断した

冒頭の場面の問いに、戻ります。約束による自白です。最高裁の判決を見ます。収賄の事件でした。この判決の判断は、2つに分かれます。1つ目は、この自白を証拠にしてよいか。2つ目は、使えないなら、有罪の判決はどうなるか、です。事案です。贈賄側の弁護人が、担当の検察官から、内意、つまり内々の考えを、打ち明けられました。被告人が、見えすいた虚構の弁解をやめて、素直に自供して、改悛の情、つまり反省の気持ちを示せば、金品を返還しているので、起訴猶予も十分考えられる事件だ、という内意です。弁護人は、被告人に、こう勧めました。検事は、君が見えすいた嘘を言っていると思っている。改悛の情を示せば起訴猶予にしてやる、と言っている。だから、本当に貰ったのなら、正直に述べたほうがよい。

検察官と被告人の間に、弁護人が入っています。そこを、押さえてください。被告人は、これを信じて、起訴猶予を期待して、自白しました。原審は、こう判断していました。自白の動機が、そのような原因によるものとしても、捜査官の取調べそれ自体に違法が認められない本件では、供述調書の任意性を否定することはできない。取調べの違法の有無で、任意性を決めたわけです。最高裁は、違う見方をしました。判旨です。

判例最判昭41・7・1 刑集20巻6号537頁

約束による自白の判旨 本件のように、被疑者が、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である。

決め手は、条件の組み方です。判旨は、取調べの違法の有無を、条件にしていません。原審とは対照的です。見ているのは、3つです。起訴不起訴の決定権をもつ検察官が言ったこと。それを、被疑者が信じたこと。起訴猶予を期待して、自白したこと。判旨は、短く言い切っています。そこで、多数説は、虚偽排除説の読みをします。起訴猶予という大きな利益を求めて話した自白は、嘘を誘われた結果かもしれない。だから、任意性に疑いがある、という読み方です。そこから、約束の事案で見る事情を、3つに整理できます。1つ目は、どれほどの得か、です。虚偽の自白を誘うほどの利益か。2つ目は、言った人に、それを決める力があるか、です。その利益を、現に左右できる権限があるか。3つ目は、どう伝えたか、です。はっきりか、直接か、人づてか。判旨の言う、決定権をもつ検察官、信じ、期待、が、この3つにつながります。

排除されたなら、有罪判決は、破棄されたのですか。そこが、判決の2つ目の判断です。もう1つの落とし穴でもあります。結論は、上告棄却でした。上告を退けて、有罪の判決を、そのまま残したのです。この自白を含む被告人の供述調書を除いても、第一審判決が挙げるほかの証拠だけで、犯罪事実は十分に認定できる。だから、判例違反があっても、刑事訴訟法410条1項ただし書の、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たる、としました。結論を変えない誤りなら、判決は壊さない、という仕組みです。つまり、自白は排除されるが、有罪は維持される。違法と、破棄は、別の話です。

設例の当てはめ:3つの理由で比べる

設例S。運送会社の倉庫係Aが倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで逮捕勾留。検察官Cが、正直に話せば今回は起訴しない、と言い、Aは持ち出した、と認め調書が作られた。当てはめ。虚偽排除、起訴されない大きな利益を決定権者が直接示したので、やっていなくても認めたくなる状況、疑いあり。人権擁護、利益で意思決定を圧迫したか、動機の錯誤は黙秘権侵害ではないという批判あり。違法排除、起訴猶予の約束を取調べの手段に使うことが違法か、違法の根拠が不明確という批判あり。結論は3説とも排除に傾くが理由が違う 図:設例S

  • 運送会社の倉庫係Aが倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで逮捕勾留
  • 検察官Cが、正直に話せば今回は起訴しない、と言い、Aは持ち出した、と認め調書が作られた
  • 当てはめ
  • 虚偽排除、起訴されない大きな利益を決定権者が直接示したので、やっていなくても認めたくなる状況、疑いあり
  • 人権擁護、利益で意思決定を圧迫したか、動機の錯誤は黙秘権侵害ではないという批判あり
  • 違法排除、起訴猶予の約束を取調べの手段に使うことが違法か、違法の根拠が不明確という批判あり
  • 結論は3説とも排除に傾くが理由が違う

道具を使います。設例Sです。運送会社の倉庫係のAが、倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで、逮捕、勾留されました。検察官のCが、取調べで、正直に話せば、今回は起訴しない、と言いました。Aは、持ち出した、と認め、調書が作られました。公判で、検察官がその調書を請求し、弁護人は、任意性を争います。虚偽排除説から、当てはめます。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。起訴されない、という大きな利益を、決定権をもつ検察官が、直接示しています。やっていなくても、認めたくなる状況です。疑いがあります。

人権擁護説で拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。利益を示して、供述を引き出す取調べは、意思決定の自由を圧迫した、といえるか。この説の側からは、大きな利益で釣ることが、話すかどうかの決定をゆがめた、と見て、疑いあり、とします。ただし、批判があります。動機を誤っただけで、黙秘権の侵害とまではいえない、という批判です。結論は、排除に傾きますが、理由には、争いがあります。違法排除説です。拾う事情は、取調べの手続が違法か、です。起訴しないという約束を、自白を引き出す手段に使うこと自体、あるいは、その約束を守らないことが、違法といえるか。この説の側からは、起訴しないという約束を、自白を引き出す手段に使うこと自体を違法と見て、排除します。ただ、違法の根拠が不明確で、人権擁護説と変わらない、という批判があります。結論です。3つの説とも、排除に傾きます。ただし、理由は、それぞれ違います。約束による自白は、3つの説の使い分けを見る、入門の問題です。変形します。設例S2です。同じことを言ったのが、警察官のBだった場合です。検事に頼んで、起訴にならないようにしてやる、と言いました。

起訴不起訴の決定権が無いことが、差になります。虚偽排除の見方では、被疑者が、警察官の約束を、信じて期待できたか。提示者と利益の関係が、弱くなります。違法排除の見方では、権限のない約束は、だますことにもなりえます。判旨は、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、と書いています。警察官の場合の射程は、判旨だけでは、直ちには決まりません。結論は、事情次第です。約束した者、約束の内容、自白との因果関係を、見ます。境界の外も、1つ置きます。誰も何も約束していないのに、Aが自分で、認めれば軽く済むかもしれない、と考えて話した場合です。

嘘を誘う働きかけが無いので、虚偽排除の見方では外れません。意思決定への圧迫も無いので、人権擁護の見方でも外れません。違法な取り方も無いので、違法排除の見方でも外れません。

今日の地図(保存版)

答案の順序。自白か、承認との区別。明文の事由に当たるか。当たらなければ、任意にされたものでない疑、どの理由の視点で何の事情を拾うか。因果関係。効果、証拠能力なし、同意でも治らない 図:答案の順序

  • 自白か、承認との区別
  • 明文の事由に当たるか
  • 当たらなければ、任意にされたものでない疑、どの理由の視点で何の事情を拾うか
  • 因果関係
  • 効果、証拠能力なし、同意でも治らない

まとめます。答案の順序です。第1に、自白かどうか。不利益な事実の承認との区別です。第2に、明文の事由に当たるか。強制、拷問、脅迫、不当に長い抑留、拘禁です。第3に、当たらなければ、任意にされたものでない疑のある自白に当たるか、です。どの理由の視点で、何の事情を拾うか、を言います。第4に、因果関係。第5に、効果です。証拠能力がなく、同意でも治りません。

短答の落とし穴。319条1項は書面の自白だけに適用される、は誤り。任意性の立証責任は被告人にある、は誤り。同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤り。検察官が起訴猶予を約束した自白は常に排除される、は誤り。自白が排除されれば有罪は維持できない、は誤り。脅迫された自白は釈放後に自ら話しても必ず排除される、は誤り。任意性を争うとは内容が嘘だと争うことだ、は誤り。不利益な事実の承認はすべて319条1項で排除される、は誤り 図:短答の落とし穴

  • 319条1項は書面の自白だけに適用される、は誤り
  • 任意性の立証責任は被告人にある、は誤り
  • 同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤り
  • 検察官が起訴猶予を約束した自白は常に排除される、は誤り
  • 自白が排除されれば有罪は維持できない、は誤り
  • 脅迫された自白は釈放後に自ら話しても必ず排除される、は誤り
  • 任意性を争うとは内容が嘘だと争うことだ、は誤り
  • 不利益な事実の承認はすべて319条1項で排除される、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。319条1項は、書面になった自白だけに働く。×です。口頭でも、働きます。自白の任意性の立証責任は、被告人にある。×です。検察官にあって、疑いが残れば排除されます。同意があれば、自白調書は必ず証拠になる。×です。任意性に疑いがあれば、同意でも治りません。検察官が、起訴猶予にすると約束した自白は、常に排除される。×です。決定権をもつ者の約束か、信じて期待したか、自白との因果関係があるか、を見ます。自白が排除されたら、有罪は維持できない。×です。最高裁の事案は、ほかの証拠で足りたので、上告棄却でした。脅迫された自白は、釈放後に自ら話しても、必ず排除される。×です。因果関係が切れていれば、及びません。任意性を争うとは、自白の内容が嘘だと争うことだ。×です。それは信用性です。任意性は、言わされたか、を問います。不利益な事実の承認は、すべて319条1項で排除される。×です。自白でない承認は、322条1項の但書の問題です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。本当かもしれない自白でも、外す理由によって、見る事情が変わる。そして、決定権をもつ検察官の、起訴猶予の言葉を信じて期待した自白は、任意性に疑いがあって、証拠能力がない。ただし、排除されても、ほかの証拠で足りれば、有罪は維持されます。次は、だます、黙秘権を告げない、違法に身柄を拘束する、という取調べで得た自白です。今日の3つの物差しを、そのまま使います。

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#128単独ページ動画

偽計・黙秘権不告知による自白と自白法則の守備範囲

第5章 証拠法 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

取調べの場面。検察官が被疑者に、共犯者はもう全部話したぞ、と告げる。本当は、共犯者は何も話していない。被疑者はそれを信じて、やりました、と認める。その自白は、裁判で使えるのか 図:取調べの場面

  • 検察官が被疑者に、共犯者はもう全部話したぞ、と告げる
  • 本当は、共犯者は何も話していない
  • 被疑者はそれを信じて、やりました、と認める
  • その自白は、裁判で使えるのか

前回の最後に、予告しました。だます、黙秘権を告げない、違法に身柄を拘束する。そういう取調べで得た自白を、今日から見ます。場面を置きます。取調べで、検察官が、こう言います。共犯者は、もう全部話したぞ。ところが、本当は、共犯者は、まだ何も話していません。被疑者は、それを信じて、わかりました、やりました、と認めました。だまし取った自白は使うべきでない、という感覚と、中身が本当なら使ってよい、という感覚。その引っ張り合いが、今日の問いです。しかも、問いは3つあります。1つ目。違法な身柄拘束の下で取った自白は、どの法則で見るのか。2つ目。だまして取った自白は、どう見るのか。3つ目。黙秘権を告げずに取った自白は、どう見るのか。

1つ目の、どの法則で見る、とは、どういう意味ですか。自白の法則は、319条1項だけではないのですか。そこが、1つ目の問いの中身です。自白を外す道は、319条1項の自白法則のほかに、もう1本、あります。その分担を整理します。ただし、違法な身柄拘束が、実際の自白にどこまで影響するか、という当てはめは、次の回に回します。今日は、どちらの法則の問題か、の見立てまでです。軸は、前回と同じ1本です。どの事情を拾うか。今日は、その事情を、どの法則で拾うか、まで一歩進めます。先に、答えの形だけ言います。違法な身柄拘束の下の自白は、319条1項より、排除法則の側で見る方向です。だます、告げない、も、それだけで、すぐに排除とはなりません。

呼び戻し:3つの理由と二元説

前回の道具の呼び戻し。虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、自白が真実でも排除。違法排除説は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない。虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説。二元説は、虚偽排除を基礎に、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で 図:前回の道具の呼び戻し

  • 虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、自白が真実でも排除
  • 違法排除説は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない
  • 虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説
  • 二元説は、虚偽排除を基礎に、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で

呼び戻しです。前回読んだ、刑事訴訟法319条1項を、もう一度、置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

条文に直接書いてある、強制、拷問、脅迫による自白と、不当に長く抑留、拘禁された後の自白。これが、明文の事由です。そのほかに、広く拾う受け皿が、太字の、任意にされたものでない疑のある自白、です。この受け皿に当たるかを見る道具が、3つありました。虚偽排除説は、その状況で、やっていなくても認めそうか、を拾います。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、を拾います。自白が真実でも、排除します。違法排除説は、取調べの手続が違法か、を拾います。取り方を見て、中身は見ません。前回、多数とされる整理として、二元説を紹介しました。虚偽排除を基礎にして、黙秘権の侵害を伴う違法は、人権擁護で拾う。それ以外の違法は、違法収集証拠排除法則で扱う。この法則は、捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。令状主義とは、逮捕や捜索のような強制処分を、裁判官があらかじめ審査して出す令状によらなければ、してはならない、という原則です。精神を没却する、とは、その趣旨を丸ごと無にしてしまうほどの、という意味です。前回の二元説は、多数とされる整理でした。今日は、それを含めて、二元説の中に整理が2つあることまで、厚く見ます。道具は、これで全部です。

導入問題:違法な別件逮捕・勾留中の自白

設例Q。警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない。そこで、自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留期間中は自転車の件にほとんど触れず、放火だけを連日取り調べる。Dは脅されも約束もされず、落ち着いて放火を認め、調書が作られる。起訴後、Dは犯人性を争い、調書の任意性と証拠能力を争う 図:設例Q

  • 警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない
  • そこで、自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留期間中は自転車の件にほとんど触れず、放火だけを連日取り調べる
  • Dは脅されも約束もされず、落ち着いて放火を認め、調書が作られる
  • 起訴後、Dは犯人性を争い、調書の任意性と証拠能力を争う

導入問題です。設例Qを置きます。警察官のKは、ある放火事件の犯人は、Dだと睨みました。ただ、証拠が足りません。そこで、Dが自転車を無断で持ち去った、という軽い窃盗の疑いで、Dを逮捕し、勾留しました。勾留の間、自転車の件には、ほとんど触れません。連日、放火についてだけ、取り調べました。Dは、脅されもせず、何かを約束されもしませんでした。落ち着いて、放火を認め、調書が作られました。起訴のあと、Dは、犯人性を争い、この調書の任意性と証拠能力を争います。別件逮捕、勾留の回で見ました。あの回の3段の検討でいえば、1段目の拘束そのものか、2段目の取調べの段が、違法と認められた場合です。ここでは、どの段であれ、違法だった、と前提に置きます。そこを、もう一度、争うことはしません。問いは、この自白を、どの法則で見るか、です。3つの道具で、見立てます。

設例Qの3つの見立て。虚偽排除、脅しも約束も無く落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい。人権擁護、違法な別件逮捕勾留が黙秘権侵害を伴うと評価できれば外す余地、評価できるかは分かれる。違法排除、違法な逮捕勾留の下で取った自白、取り方が違法なので外す方向、ただし違法の重大性は議論あり 図:設例Qの3つの見立て

  • 虚偽排除、脅しも約束も無く落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい
  • 人権擁護、違法な別件逮捕勾留が黙秘権侵害を伴うと評価できれば外す余地、評価できるかは分かれる
  • 違法排除、違法な逮捕勾留の下で取った自白、取り方が違法なので外す方向、ただし違法の重大性は議論あり

虚偽排除の見方です。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。Dは、脅されも、約束もされず、落ち着いて話しています。嘘を誘う状況とは言いにくい。だから、319条1項で外すのは、難しそうです。人権擁護の見方です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。違法な別件逮捕、勾留が、黙秘権の侵害を伴うものだった、と評価できれば、319条1項で外す余地が出ます。ただ、そう評価できるかは、議論が分かれます。違法排除の見方です。拾う事情は、取り方が違法か、です。違法な逮捕、勾留の下で取った自白です。取り方が違法なので、外す方向になります。ただし、違法が重大であることを要件とするか、本件がそれに当たるか、は、議論があります。

だから、どの物差しで見るか、の前に、どの法則で見るか、を整理する必要が出てきます。次の節が、その整理です。先に、予告です。この違法な身柄拘束が、実際の自白に、どこまで影響したか。どの程度の違法なら外すか。そこは、次の回の当てはめです。今日は、どちらの法則の問題か、までです。

自白法則と排除法則の分担:どの事情をどちらで拾うか

分担の整理。1つ目の整理(多数とされる):319条1項は虚偽排除を基礎に、心理的強制を伴うなど黙秘権侵害の違法も拾う、それ以外の違法な取り方は違法収集証拠排除法則。2つ目の整理(近時有力):319条1項は虚偽排除に純化、違法は排除法則で、身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法や、任意捜査の限界を超え違法の程度が重大な取調べを拾う、弁護人選任権の侵害や真実供述義務があると誤信させた場合は基本権侵害として憲法違反。違法排除説(一元):自白法則と排除法則を同一視。3観点すべてを319条1項に組み込む理解 図:分担の整理

  • 1つ目の整理(多数とされる):319条1項は虚偽排除を基礎に、心理的強制を伴うなど黙秘権侵害の違法も拾う、それ以外の違法な取り方は違法収集証拠排除法則
  • 2つ目の整理(近時有力):319条1項は虚偽排除に純化、違法は排除法則で、身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法や、任意捜査の限界を超え違法の程度が重大な取調べを拾う、弁護人選任権の侵害や真実供述義務があると誤信させた場合は基本権侵害として憲法違反
  • 違法排除説(一元):自白法則と排除法則を同一視
  • 3観点すべてを319条1項に組み込む理解

分担の整理です。ここは、名前の暗記ではなく、どの事情を、どちらの法則で拾うか、の表として読んでください。たとえ話で、入口を作ります。ある生徒が、カンニングを疑われ、事情を聴かれたとします。聞き方に、問題があった。それを、どの委員会が審査するか、という話です。嘘の答えを誘うような聞き方なら、生活指導の委員会が審査する。これが、自白法則です。聞き方が、校則そのものに反しているなら、風紀の委員会が審査する。これが、違法収集証拠排除法則です。どちらが、何を審査するかの線引きが、分担です。1通りではありません。主な整理を、順に見ます。分かれ目になるのは、黙っている自由を奪うような聞き方です。生活指導の委員会が見るのか、風紀の委員会が見るのか。そこが、整理ごとに違います。

分担の比較表。行は整理、列は319条1項で拾うものと排除法則か憲法で拾うもの。1つ目の整理(多数とされる)は、319条1項で嘘を誘う取り方と黙秘権侵害を伴う違法、排除法則でそれ以外の違法。2つ目の整理(近時有力)は、319条1項で嘘を誘う取り方だけ、排除法則で重大な違法や限界を超えた取調べ、憲法で弁護人選任権の侵害や供述義務の誤信。違法排除説は2本を同一視し違法な取り方を319条1項で拾う。3観点すべてを319条1項に組み込む理解。設例Qは1つ目でも2つ目でも排除法則の側 図:分担の比較表

  • 行は整理、列は319条1項で拾うものと排除法則か憲法で拾うもの
  • 1つ目の整理(多数とされる)は、319条1項で嘘を誘う取り方と黙秘権侵害を伴う違法、排除法則でそれ以外の違法
  • 2つ目の整理(近時有力)は、319条1項で嘘を誘う取り方だけ、排除法則で重大な違法や限界を超えた取調べ、憲法で弁護人選任権の侵害や供述義務の誤信
  • 違法排除説は2本を同一視し違法な取り方を319条1項で拾う
  • 3観点すべてを319条1項に組み込む理解
  • 設例Qは1つ目でも2つ目でも排除法則の側

まず、違法排除説です。前回は、取調べの手続が違法か、という、拾う事情の1つとして見ました。その観点を、自白法則そのものの物差しにまで広げた立場が、ここでの違法排除説です。自白法則と、排除法則を、同じものと見ます。319条1項の中に、違法な取り方を、全部入れてしまいます。この立場は、一元です。二元説の二元とは、自白法則と、違法収集証拠排除法則の、2本立てです。ここは、短答で聞かれます。二元説は、この2本を、別物として並べる立場です。同じものとして扱うのは、違法排除説の方です。取り違えないでください。二元説の中にも、整理が2つあります。1つ目の整理は、多数とされるものです。前回、二元説として紹介したのは、この1つ目です。319条1項は、虚偽排除を基礎にします。そこに、心理的強制、つまり、話すかどうかを自由に決められない状態に追い込むような、黙秘権の侵害を伴う違法も、拾います。人権擁護の観点です。それ以外の、違法な取り方は、違法収集証拠排除法則に回します。2つ目の整理は、近時、有力なものです。319条1項は、虚偽排除に、純化します。嘘を誘う取り方だけを、拾います。違法は、排除法則に任せます。

2つ目の整理で排除法則が拾う違法。身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法、または任意捜査の限界を超え社会通念上不相当で違法の程度が重大な取調べ。例、令状なしに実質的に逮捕と同じ拘束をしてその間に取った自白は典型、令状はあり書面に軽い形式上のミスだけなら当たりにくい。憲法を直接使う見方、弁護人選任権の侵害(憲法34条)、供述義務の誤信(憲法38条1項) 図:2つ目の整理で排除法則が拾う違法

  • 身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法、または任意捜査の限界を超え社会通念上不相当で違法の程度が重大な取調べ
  • 例、令状なしに実質的に逮捕と同じ拘束をしてその間に取った自白は典型、令状はあり書面に軽い形式上のミスだけなら当たりにくい
  • 憲法を直接使う見方、弁護人選任権の侵害(憲法34条)、供述義務の誤信(憲法38条1項)

排除法則が拾う違法は、2つに分かれます。1つは、身体を拘束された状態で、令状主義の精神を没却するような重大な違法があった場合。あるいは、取調べが、任意捜査の限界を超えて、社会通念上、不相当で、違法の程度が重大な場合です。具体例を、1つ置きます。裁判官の令状を得ないまま、実質的には逮捕と同じ身柄の拘束をして、その間に自白を取った。これは、令状主義の趣旨を無にする、重大な違法の典型です。他方で、令状は出ていて、書面の記載に、軽い形式上のミスがあっただけなら、趣旨を丸ごと無にするほどの違法とは、言いにくい。この線の内側か外側かで、排除法則に乗るかが決まります。もう1つは、憲法の保障を、直接侵した場合です。たとえば、弁護人を選任する権利を侵害した。あるいは、真実を供述する義務があると、誤信させた。これらは、憲法34条や、憲法38条1項の、基本権の侵害として扱う、という見方です。

憲法を直接使う理解は、有力な見方の1つ、という位置づけです。そういう整理もある、までを押さえてください。2つの整理で、答えが分かれるのは、黙っている自由を奪う取調べです。1つ目の整理なら、319条1項の中で見ます。2つ目の整理なら、排除法則か、憲法の側で見ます。もう1つ、別の整理があります。ここでは、全部入れの整理、と呼びます。自白法則、つまり319条1項の中に、虚偽排除、人権擁護、違法排除の3つの観点を、すべて組み込む理解です。違法排除も、排除法則に任せず、319条1項の内側で拾います。ですから、違法を排除法則に回す、二元説の2本立てには、当たりません。違法排除説との違いは、虚偽排除と人権擁護の観点も、捨てずに残す点です。違法排除説は、物差しを、違法排除の1本にそろえます。全部入れの整理は、3本を並べて持ちます。話を、1つ目の整理に戻します。その中でも、排除に必要な違法の程度は、分かれます。令状主義の精神を没却する重大な違法と、同じ程度が必要だ、という理解があります。他方で、自白は、捜査機関が違法な手段を使う誘因になりやすいので、もっと軽い違法でも、排除の余地がある、という理解もあります。

設例Qは、1つ目の整理では、自白法則というより、排除法則の問題です。虚偽排除では、外れにくいからです。2つ目の整理でも、身体拘束下の重大な違法に当たれば、排除法則の問題です。どちらの整理でも、排除法則で見る方向になります。結論の言い方です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけでは判断しません。違法収集証拠排除法則を適用して、排除を検討します。そこで、どれほどの違法なら外すのか、は、次の回で見ます。

虚偽排除説の読み直し。事実を誤らせないより、同じ方法の再発を抑える。見る事情は、その事件で実際に誤るかではなく、その種のやり方が、一般に嘘を引き出しやすいか。理由は、明確に違法とまで言えない不当な取調べの自白を外す余地、不任意自白から得た二次的証拠を排除する理屈 図:虚偽排除説の読み直し

  • 事実を誤らせないより、同じ方法の再発を抑える
  • 見る事情は、その事件で実際に誤るかではなく、その種のやり方が、一般に嘘を引き出しやすいか
  • 理由は、明確に違法とまで言えない不当な取調べの自白を外す余地、不任意自白から得た二次的証拠を排除する理屈

もう1つ、虚偽排除説の読み直しです。近時、有力な見解があります。虚偽排除説の意味を、事実を誤らせない、というより、同じ方法の再発を抑える、ところに置きます。再発を抑える、というと、違法排除説に近づきませんか。近づきます。ただ、見る事情が違います。その事件で、実際に事実を誤るおそれがあったか、ではなく、そういうやり方が、一般に、嘘を引き出しやすいか、を見ます。なぜ、そう読み直すのか。理由は2つです。1つ目。明確に違法とまでは言えないが、不当な取調べで取った自白を、外す余地を残したい。2つ目。不任意の自白から得た、二次的な証拠を排除する、理屈を持ち込みたい。二次的な証拠とは、たとえば、不任意の自白をきっかけに見つかった凶器のように、自白から派生して得られた別の証拠のことです。2つ目は、次の回と、後の回で見ます。予告だけです。結論として、判例を読むときの視点です。どの整理で読むかは、事案に応じて選びます。複数の読み方がありうる。名前の暗記にしないでください。

偽計による自白:最高裁大法廷の判決

偽計の最高裁大法廷判決の事案。夫と妻に拳銃等の不法所持の疑い。取調べでは2人とも共謀を否認。検察官は、妻が共謀を自供したと実際は自供していないのに夫に告げて説得、夫が認める。次に妻に、夫が認めたと告げて説得、妻も認める。再び夫に、妻も共謀を認めていると確認。翌日、警察の警部補が夫を取り調べ調書を作成。検察官は、奥さんは自供している、男らしく言ったらどうか、と説得したことも記録上うかがわれる 図:偽計の最高裁大法廷判決の事案

  • 夫と妻に拳銃等の不法所持の疑い
  • 取調べでは2人とも共謀を否認
  • 検察官は、妻が共謀を自供したと実際は自供していないのに夫に告げて説得、夫が認める
  • 次に妻に、夫が認めたと告げて説得、妻も認める
  • 再び夫に、妻も共謀を認めていると確認
  • 翌日、警察の警部補が夫を取り調べ調書を作成
  • 検察官は、奥さんは自供している、男らしく言ったらどうか、と説得したことも記録上うかがわれる

冒頭の場面に、戻ります。だまして取った自白です。最高裁の大法廷の判決を見ます。拳銃と実包の不法所持の事件でした。この判決の判断も、2つに分かれます。1つ目は、偽計による自白を、どう見るか。2つ目は、結論として、何をしたか、です。事案です。夫と、その妻に、拳銃と実包を不法に所持した疑いがかかりました。警察署の取調べでは、2人とも、共謀を否認しました。妻は、自分の一存で買って、隠していた、と言いました。夫は、妻が勝手に買ったので、返せと言っておいた、と言いました。事件は、検察庁に移ります。検察官は、実際には、妻は、そのような自供をしていないのに、妻が共謀を自供した、と夫に告げて、説得しました。夫は、共謀を認めました。

検察官は、次に、夫と妻を入れ替えました。妻には、夫が共謀を認めている、と告げて説得しました。妻も認めたので、すぐに調書を作りました。そして、もう一度、夫に、妻も共謀を認めているが、まちがいないか、と確認しました。検察官は、夫の勾留先の警察署の警部補に、再度の取調べを指示しました。翌日、警部補が夫を取り調べ、司法警察員に対する供述調書を作りました。記録を見ると、検察官が、こう説得したことも、うかがわれます。奥さんは自供している。誰がみても、奥さんが独断で買わん。参考人の供述もある。こんな事で、二人共処罰される事はない。男らしく、云うたらどうか。判旨です。

判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁

偽計による自白の判旨 捜査手続といえども、憲法の保障下にある刑事手続の一環である以上、刑訴法一条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ適正に行なわれるべきものであることにかんがみれば、捜査官が被疑者を取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項の規定に違反し、ひいては憲法三八条二項にも違反するものといわなければならない。

偽計の判旨は2段。前段は一般論、捜査も適正に、偽計で錯誤に陥れて自白を取る尋問は厳に避けるべき。後段は条件、偽計で心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に限り、任意性に疑い、証拠能力なし、319条1項違反、憲法38条2項にも違反。偽計だけではアウトにならない 図:偽計の判旨は2段

  • 前段は一般論、捜査も適正に、偽計で錯誤に陥れて自白を取る尋問は厳に避けるべき
  • 後段は条件、偽計で心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に限り、任意性に疑い、証拠能力なし、319条1項違反、憲法38条2項にも違反
  • 偽計だけではアウトにならない

判旨は、2段になっています。前段は、一般論です。捜査も、適正に行われるべきだ。だから、偽計で被疑者を錯誤に陥れて、自白を取るような尋問は、厳に避けるべきだ、と言います。ただ、これだけでは、自白は排除されません。次の条件です。偽計によって、被疑者が、心理的強制を受けた。その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれがある。この場合に限って、任意性に疑いがあり、証拠能力がない。319条1項に違反し、憲法38条2項にも違反する、と言います。偽計を使った。それだけではなく、心理的強制と、虚偽自白を誘発するおそれ、という条件が付きます。ここが、短答で狙われます。あてはめも、見ます。

判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁

偽計による自白のあてはめ 「もし被告人が共謀の点を認めれば被告人のみが処罰され妻は処罰を免れることがあるかも知れない旨を暗示した疑いがある」……「偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれのある疑いが濃厚であり、もしそうであるとするならば」……「任意性に疑いがある」

あてはめと結論。偽計に加え、認めれば妻は処罰を免れるかもしれない旨を暗示した疑い。結論は原判決破棄、差戻し。自白排除を確定したのではない。疑いが濃厚、もしそうなら、と述べ、虚偽自白を誘発するおそれの事情を十分検討しなかった点を審理不尽とした 図:あてはめと結論

  • 偽計に加え、認めれば妻は処罰を免れるかもしれない旨を暗示した疑い
  • 結論は原判決破棄、差戻し
  • 自白排除を確定したのではない
  • 疑いが濃厚、もしそうなら、と述べ、虚偽自白を誘発するおそれの事情を十分検討しなかった点を審理不尽とした

注目してほしいのは、偽計に加えて、もう1つの事情を挙げている点です。自分が認めれば、妻は処罰を免れるかもしれない、という趣旨を、暗示した疑いがある。だます、だけではなく、妻に有利になる、とにおわせた。これが、虚偽の自白を誘発するおそれにつながった、と読めます。そして、結論です。最高裁は、原判決を、破棄して、差し戻しました。自白を排除して、無罪にした、のではないのですか。そこが、落とし穴です。最高裁は、自白を最終的に排除する、と言い切ったのではありません。疑いが濃厚である、もしそうであるとするなら、と述べました。そして、原審が、虚偽自白を誘発するおそれのある事情を、十分に検討せず、たやすく、認められないとした点を、審理が尽くされていない、として、事実を、原審で審理し直させたのです。前回の約束の判決との違いも、一言です。約束は、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、起訴猶予にする旨のことばを、信じ、期待して、した自白でした。今回は、嘘で、錯誤に陥れる点が違います。

偽計の判決はどの説か。虚偽排除説の読み、根拠は虚偽の自白が誘発されるおそれという説示、批判は虚偽を誘発しない偽計もある(録音していないのに録音していると言う)。方法の違法の読み(違法排除説・人権擁護説)、根拠は年齢・知能・精神状態を認定せず尋問方法を専ら見ている、批判は虚偽誘発の説示を説明できない。判例は説の名前を示していない 図:偽計の判決はどの説か

  • 虚偽排除説の読み、根拠は虚偽の自白が誘発されるおそれという説示、批判は虚偽を誘発しない偽計もある(録音していないのに録音していると言う)
  • 方法の違法の読み(違法排除説・人権擁護説)、根拠は年齢・知能・精神状態を認定せず尋問方法を専ら見ている、批判は虚偽誘発の説示を説明できない
  • 判例は説の名前を示していない

最後に、この判決は、どの説に立つのか。ここも、割れます。判旨は、虚偽の自白が誘発されるおそれ、と言っています。だから、多数の読みは、虚偽排除説の判断だ、とします。ただ、批判があります。偽計は、使い方によっては、虚偽の自白を誘発しません。たとえば、実は録音していないのに、録音している、と言って話させた場合です。虚偽排除説では、偽計の自白を、説明しきれない、というのです。他方で、判決は、被疑者の年齢、知能、精神状態を、認定していません。尋問の方法を、専ら見ています。だから、取調べの方法の違法を根拠にした、と読む見方も、有力です。違法排除説や、人権擁護説の読みです。ただ、これには、虚偽誘発に、はっきり触れている説示を、説明できない、という批判があります。

判例は、説の名前を、示していません。どれを基礎にしているか、必ずしも明確ではないのです。さきほどの、複数の読み方がありうる、という視点の、実例です。

偽計の当てはめ:3つの理由と考慮要素

偽計の考慮要素。偽計の内容は、虚偽の自白を誘発しかねない強力な誘引か。偽計の態様は、具体的明示的か、暗示的抽象的か。尋問方法として不当か。偽計と自白の因果関係。注意、これは判旨が列挙したものではなく、判旨の説示と認定から取り出した見方 図:偽計の考慮要素

  • 偽計の内容は、虚偽の自白を誘発しかねない強力な誘引か
  • 偽計の態様は、具体的明示的か、暗示的抽象的か
  • 尋問方法として不当か
  • 偽計と自白の因果関係
  • 注意、これは判旨が列挙したものではなく、判旨の説示と認定から取り出した見方

道具を使います。その前に、見る事情の整理です。偽計を見るときの、考慮要素が、4つ整理されています。1つ目。偽計の内容。虚偽の自白を誘発しかねない、強力な誘引か。2つ目。偽計の態様。具体的で明示的か、暗示的で抽象的か。3つ目。尋問の方法として、不当か。4つ目。その偽計によって、自白した、という因果関係です。判決が、この4つを挙げているのですか。違います。判旨が列挙したのではありません。判旨の説示と、認定した事実から、取り出された見方です。そこを区別してください。偽計の意図や、手順、それまでの圧迫の程度も、不当性の事情になる、という一般論は言えます。ただ、判例の言葉ではありません。ついでに、前回の約束の考慮要素と並べます。約束は、どれほどの得か、誰が言ったか、どう伝えたか。偽計は、どんな嘘か、どう嘘をついたか、でした。

設例W。ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが疑われた。検察官Cは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げ、Aが認めた。次にBに、Aが認めたと告げると、Bも認めた。公判でAの弁護人がAの調書の任意性を争う 図:設例W

  • ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが疑われた
  • 検察官Cは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げ、Aが認めた
  • 次にBに、Aが認めたと告げると、Bも認めた
  • 公判でAの弁護人がAの調書の任意性を争う

設例Wです。ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが、疑われました。検察官のCは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げました。Aは、認めました。次に、Bに、Aが認めた、と告げると、Bも認めました。公判で、Aの弁護人が、Aの調書の任意性を争います。虚偽排除から、当てはめます。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。共犯者が認めた、と言われる圧力は、強いです。さらに、認めれば、Bは罪が軽くなる、と、においわせていたなら、誘引は強い。疑いがあります。人権擁護です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか。嘘で錯誤に陥れて、供述させたことが、意思決定の自由を侵した、といえるか、を見ます。違法排除です。拾う事情は、取り方が違法か。嘘で自白を取る取り方が、適正な手続に反して、違法か。判旨の、厳に避けるべき、という線です。結論です。嘘が強力で、しかも、共犯者に有利になる、という暗示まである場合は、3つの説とも、排除に傾きます。ただ、理由は違います。

軽い嘘なら、どうなりますか。変形します。設例W2です。取調官が、現場近くの防犯カメラに、あなたが写っている、と告げました。実際は、写っていませんでした。Aは、落ち着いて、自分でやった、と認めました。嘘の内容は、強いです。客観的な証拠がある、と誤信させるものです。ただ、虚偽自白を誘発するか、は、別です。落ち着いて認めたのなら、虚偽排除の見方では、排除に傾きにくい。違法排除の見方では、嘘を使った点が、問題になります。だから、偽計があれば常に排除される、は誤りです。因果関係、内容、態様を見て、事情次第で決まります。判旨の条件も、心理的強制と、虚偽誘発のおそれ、でした。

黙秘権の不告知:198条2項と最高裁の判断

黙秘権の不告知。刑訴198条2項は被疑者の取調べで告知を義務づける。憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない。問題は、告げなかった自白は、それだけで任意性を欠くのか。最高裁の判断は、旧法の下の判例で、憲法38条は告知義務を定めたものではなく、不告知で任意性を欠くと速断できない 図:黙秘権の不告知

  • 刑訴198条2項は被疑者の取調べで告知を義務づける
  • 憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない
  • 問題は、告げなかった自白は、それだけで任意性を欠くのか
  • 最高裁の判断は、旧法の下の判例で、憲法38条は告知義務を定めたものではなく、不告知で任意性を欠くと速断できない

3つ目の問いです。黙秘権を告げずに取った自白です。条文を、全文で読みます。まず、刑事訴訟法198条2項です。

条文刑事訴訟法第198条第2項

刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

次に、黙秘権の根拠の、憲法38条1項です。

条文憲法第38条第1項

憲法第38条第1項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

198条2項は、被疑者を取り調べるときに、あらかじめ、供述する必要がない旨を告げることを、義務づけています。黙秘権の中身は、前に見ました。今日の問いは、告げなかった場合です。告げなかった自白は、それだけで、任意性を欠くのか。告げる義務がある以上、告げなければ自白は使えない、と考えたくなります。ところが、最高裁は、そう言っていません。判旨です。

判例最判昭25・11・21 刑集4巻11号2359頁

黙秘権の不告知についての判旨 憲法第三八条は、裁判所が被告人を訊問するに当り予め被告人にいわゆる黙秘の権利あることを告知理解させなければならない手続上の義務を規定したものではなく、従つてかような手続をとらないで訊問したからとて、その手続は違憲とは言い得ず、刑訴応急措置法第一〇条に違反するものでない……この理は捜査官の聴取書作成についても異るところのないことは右判例の趣旨から窺われる……原審並びに検察事務官がその取調に際し被告人に黙秘権のあることを告知しなかつたからとて所論のような違法はなく、またこれらの取調に基く被告人の供述が任意性を欠くものと速断することもできない

判旨が答えているのは、2つです。憲法38条は、告知する義務を、定めたものではない。そして、告知しなかったからといって、任意性を欠く、と速断することもできない。なぜか。判旨の言葉ではありませんが、理由はこう考えられます。憲法38条1項が禁じているのは、供述を強要することです。告げる手続までは、書いていません。告げなかったことは、強要と同じではない。だから、それだけで任意性を欠く、とは言い切れないのです。ここで、射程に注意してください。この事案は、現在の刑事訴訟法が施行される前の、旧法の下の判例です。判旨が直接に答えているのは、憲法38条が告知義務を定めているか、と、告げなかっただけで、速断できるか、です。現在の198条2項の義務に、違反した場合の効果を、直接に判示したものではありません。

ただ、使える範囲は、任意性を欠くと速断することもできない、という言い方の範囲までです。それ以上に、不告知は問題にならない、と読んではいけません。学説との距離を、3つの道具で見ます。虚偽排除は、被疑者が、黙秘できると認識していたかなどから、心理的な圧迫が、解放されていたかを、実質的に見ます。人権擁護や、違法排除の見方では、黙秘権の不告知という違法を、重大な違法と位置づけるか、どの程度の違法で排除するか、が問題になります。ある裁判例を、1つだけ紹介します。黙秘権も弁護人選任権も告げず、調書を読み聞かせもせずに、署名押印を求め、母親への手紙を出すことを禁じるような発言もした事案です。裁判所は、黙秘権不告知の事実は、供述の任意性の判断に、重大な影響を及ぼす、として排除しました。ただし、この事案では、脅迫や偽計とみられる行為も、認定されています。不告知だけで、直ちに否定したわけではありません。つまり、判例は、不告知だけでは速断できない、と言います。ある裁判例は、不告知を、任意性判断の重い一事情と見ます。この距離は、不告知と、他の事情の総合で、埋まります。

不告知の当てはめ・参考人の取調べ

設例V。警察官Kが傷害事件の被疑者Dを取り調べる際、黙秘権を告げなかった。Dは落ち着いて自分から経緯を話し、調書が作られた。脅しも約束もない。変形V2はKが告知せず、さらに、話さないと帰れないぞ、と言った。参考人E。ひき逃げ現場で目撃者として事情を聴かれていたEが、話すうちに自分が運転者だと認める供述をした。警察官は参考人として扱い、告知していなかった。実際には被疑者として立件を視野に入れていた 図:設例V

  • 警察官Kが傷害事件の被疑者Dを取り調べる際、黙秘権を告げなかった
  • Dは落ち着いて自分から経緯を話し、調書が作られた
  • 脅しも約束もない
  • 変形V2はKが告知せず、さらに、話さないと帰れないぞ、と言った
  • 参考人E
  • ひき逃げ現場で目撃者として事情を聴かれていたEが、話すうちに自分が運転者だと認める供述をした
  • 警察官は参考人として扱い、告知していなかった
  • 実際には被疑者として立件を視野に入れていた

設例Vです。警察官のKが、傷害事件の被疑者Dを取り調べるとき、黙秘権を告げませんでした。ただ、Dは、落ち着いて、自分から経緯を話し、調書が作られました。脅しも、約束もありません。虚偽排除から、見ます。不告知それ自体で、嘘を誘う状況でしょうか。Dは、落ち着いて、自分から話しています。排除に傾きにくいです。人権擁護と、違法排除の見方では、198条2項の違反という違法を、どう評価するか、が問題です。ただ、判例は、不告知だけで、直ちに任意性を否定しません。不告知が、問題にならない、とまでは言いません。変形です。設例V2です。Kは、告知をせず、さらに、話さないと、帰れないぞ、と言いました。不告知に加えて、黙秘権を現に侵す言動があります。供述の自由を侵した、と評価しやすくなります。不告知を、総合判断の中の、重い一事情として扱います。さきほど紹介した裁判例の、型です。だから、黙秘権を告げなければ、常に排除される、は誤りです。一方で、不告知に何も意味が無い、も、誤りです。他の事情と合わせて、総合して見ます。もう1つ、参考人の取調べです。設例を置きます。ひき逃げの現場で、目撃者として、事情を聴かれていたEが、話すうちに、自分が運転者だと認める趣旨の供述を、しました。警察官は、参考人として扱い、黙秘権は告げていませんでした。

参考人への告知は、義務ではありません。被疑者以外の者の取調べを定める223条2項は、198条2項を、準用していません。準用とは、ある条文の規定を、別の場面に、そのまま当てはめる、という法律の書き方です。前に見た、223条2項を、もう一度、読みます。

条文刑事訴訟法第223条第2項

刑事訴訟法第223条第2項 第百九十八条第一項但書及び第三項乃至第五項の規定は、前項の場合にこれを準用する。

準用されるのは、198条の1項但書と、3項から5項までです。黙秘権の告知を定める2項だけが、並んでいません。だから、参考人には、告知の義務が、ありません。ただし、話は、そこで終わりません。実際には、警察官が、Eを、被疑者として立件するつもりでいたなら、どうでしょう。告知しないまま、不利益な供述を録取したことが、黙秘権の実質的な侵害、つまり違法と、評価されることがあります。この型で、証拠能力を否定した下級審の裁判例もあります。ここでは、形式の、参考人か被疑者か、ではなく、実質を、見るのです。

今日の地図(保存版)

答案の順序。自白か。明文の事由に当たるか。当たらなければ、任意にされたものでない疑、類型ごとに、どの理由の視点で何の事情を拾うか。その違法を319条1項でなく排除法則で見るべきか、分担。因果関係。効果 図:答案の順序

  • 自白か
  • 明文の事由に当たるか
  • 当たらなければ、任意にされたものでない疑、類型ごとに、どの理由の視点で何の事情を拾うか
  • その違法を319条1項でなく排除法則で見るべきか、分担
  • 因果関係
  • 効果

まとめます。答案の順序です。第1に、自白かどうか。第2に、明文の事由に当たるか。強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く抑留、拘禁された後の自白か、ということです。第3に、当たらなければ、任意にされたものでない疑のある自白に当たるか、です。偽計や不告知など、類型ごとに、どの理由の視点で、何の事情を拾うか、を言います。今日の新しい段が、第4です。その違法を、319条1項で見るべきか、それとも、違法収集証拠排除法則で見るべきか、という分担を、答案に入れます。そのあと、因果関係、そして、効果です。

短答の落とし穴、偽計。偽計があれば常に排除、は誤り。判例は偽計の自白を排除して無罪にした、は誤り。判例は偽計について虚偽排除説に立つと明言した、は誤り 図:短答の落とし穴、偽計

  • 偽計があれば常に排除、は誤り
  • 判例は偽計の自白を排除して無罪にした、は誤り
  • 判例は偽計について虚偽排除説に立つと明言した、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。偽計を用いて得た自白は、常に任意性を欠き、証拠能力がない。×です。偽計によって心理的強制を受け、その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合です。最高裁の大法廷は、偽計による自白を排除して、被告人を無罪とした。×です。原判決を破棄して、差し戻しました。審理が尽くされていなかったからです。偽計による自白について、判例は、虚偽排除説に立つと明言した。×です。説の名前は、示していません。読みが割れています。

短答の落とし穴、黙秘権と分担。黙秘権を告げなければ常に排除、は誤り。参考人の取調べにも告知は義務、は誤り。違法な別件逮捕勾留中の自白は319条1項だけで判断する、は誤り。二元説は自白法則と排除法則を同一視する立場、は誤り 図:短答の落とし穴、黙秘権と分担

  • 黙秘権を告げなければ常に排除、は誤り
  • 参考人の取調べにも告知は義務、は誤り
  • 違法な別件逮捕勾留中の自白は319条1項だけで判断する、は誤り
  • 二元説は自白法則と排除法則を同一視する立場、は誤り

黙秘権を告げずに取り調べて得た自白は、常に任意性がなく、排除される。×です。それだけで速断することはできない、と、最高裁は言っています。参考人として取り調べる場合にも、198条2項の告知は義務である。×です。223条2項は、準用していません。違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけで判断する。×です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、排除法則の側で見ます。二元説とは、自白法則と、排除法則を、同じものとして扱う立場である。×です。2本立てです。同一視するのは、違法排除説です。冒頭の問いの答えは、こうですね。共犯者は全部話した、と、だまして取った自白は、常に排除されるわけではない。偽計によって心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがあるかを見る。最高裁も、そう判断して、事実を審理し直させた。そして、黙秘権を告げなかった自白も、それだけで、すぐには排除されません。他の事情と合わせて、総合します。次は、後編です。宿泊や手錠という取調べの違法、そして、今日の入口で見た、違法な身柄拘束の下の自白を、実際に当てはめます。最初の自白が排除されたあと、もう一度認めた自白はどうなるか、も見ます。

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#129単独ページ動画

違法な取調べ・違法な身柄拘束下の自白と派生証拠・反復自白

第5章 証拠法 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外された。ところが同じ人は、その後、裁判官の前でもう一度、やりました、と認めた。この2度目の自白は、使えるのか 図:違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外された

  • ところが同じ人は、その後、裁判官の前でもう一度、やりました、と認めた
  • この2度目の自白は、使えるのか

前回の最後に、予告しました。宿泊や手錠という取調べの違法。入口で見た、違法な身柄拘束の下の自白。そして、最初の自白が排除されたあと、もう一度認めた自白。今日は、この3つを、実際に当てはめます。今日の問いを、1つ置きます。違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外されました。ところが、同じ人が、その後、裁判官の前で、もう一度、やりました、と認めました。この2度目の自白は、使えるのでしょうか。最初の違法を引き継ぐのか、別の場で仕切り直されるのか。ここが、後半の山場です。答えを先に言います。2度目の自白は、使えるかどうかが、誰が、何のために取ったか、で分かれます。裁判官の勾留質問なら使える方向、捜査官が取ったなら、違法がつながる方向です。理由は、あとで丁寧に見ます。

設例Qの呼び戻し。警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない。自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留中は自転車の件にほとんど触れず放火だけを連日取り調べる。Dは脅されも約束もされず落ち着いて放火を認め、調書が作られる。前回の結論、この自白は排除法則の側で見る 図:設例Qの呼び戻し

  • 警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない
  • 自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留中は自転車の件にほとんど触れず放火だけを連日取り調べる
  • Dは脅されも約束もされず落ち着いて放火を認め、調書が作られる
  • 前回の結論、この自白は排除法則の側で見る

前回の設例Qを、もう一度、置きます。警察官のKは、ある放火事件の犯人は、Dだと睨みました。ただ、証拠が足りません。そこで、Dが自転車を無断で持ち去った、という軽い窃盗の疑いで、Dを逮捕し、勾留しました。勾留の間、自転車の件には、ほとんど触れず、連日、放火についてだけ、取り調べました。Dは、脅されも、約束もされず、落ち着いて、放火を認め、調書が作られました。前回の結論は、この自白は、自白法則というより、排除法則の側で見る、でした。今日は、その排除法則の側での当てはめを、ここから始めます。今日の3つを整理します。1つ目は、取り方そのものの違法、つまり宿泊と手錠です。2つ目は、取調べより前の違法、つまり設例Qの当てはめと、接見の制限です。3つ目は、自白の先です。自白から得た証拠と、もう一度の自白が、どうなるかを見ます。

呼び戻し:2つの法則と3つの理由

前回の道具の呼び戻し。自白法則(319条1項)と違法収集証拠排除法則の2本立てが二元説の二元。理由は3つ。虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか。違法排除説は、取り方が違法か。虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説。委員会のたとえ、生活指導の委員会が自白法則、風紀の委員会が排除法則 図:前回の道具の呼び戻し

  • 自白法則(319条1項)と違法収集証拠排除法則の2本立てが二元説の二元
  • 理由は3つ
  • 虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由が侵されたか
  • 違法排除説は、取り方が違法か
  • 虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説
  • 委員会のたとえ、生活指導の委員会が自白法則、風紀の委員会が排除法則

前回読んだ、刑事訴訟法319条1項を、もう一度、置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

条文に直接書いてある、強制、拷問、脅迫による自白と、不当に長く抑留、拘禁された後の自白が、明文の事由です。そのほかを広く拾う受け皿が、太字の、任意にされたものでない疑のある自白、です。この受け皿に当たるかを見る道具が、3つありました。虚偽排除説は、その状況で、やっていなくても認めそうか、を拾います。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、を拾います。違法排除説は、取り方が違法か、を拾います。虚偽排除説と人権擁護説は、合わせて、任意性説と呼びます。二元説の二元とは、自白法則と、違法収集証拠排除法則の、2本立てです。排除法則は、捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。令状主義とは、逮捕のような強制処分は、裁判官の令状によらなければできない、という原則です。精神を没却する、とは、その趣旨を丸ごと無にするほど、という意味でした。前回の整理は、3つありました。1つ目の整理は、多数とされるもので、319条1項は虚偽排除を基礎に、黙秘権の侵害を伴う違法、つまり、話すかどうかを自由に決められない状態に追い込む違法も拾い、それ以外の違法は排除法則に回します。2つ目の整理は、近時有力で、319条1項は虚偽排除に純化し、違法は排除法則に任せます。全部入れの整理は、虚偽排除、人権擁護、違法排除の3つの観点を、すべて319条1項の中に組み込みます。ですから、全部入れの整理は、二元説の2本立てには、当たりません。

前回の、委員会のたとえが、今日も使えますか。使えます。嘘の答えを誘うような聞き方なら、生活指導の委員会、つまり自白法則が審査します。聞き方が、校則そのものに反しているなら、風紀の委員会、つまり排除法則が審査します。今日の作業は、どの事情を、どちらの委員会に回すか、の当てはめです。

取調べの違法①:宿泊を伴う長期の取調べ

宿泊を伴う長期の取調べ。殺人事件の参考人として警察署に任意同行された者を、連続して9泊、10日間、夜は警察が手配した宿泊場所に泊め、警察官が厳重に監視し、ほぼ外界と隔絶された状態で、休みなく連日長時間取り調べ、自白を得た。のちに逮捕。裁判所の判断、行き過ぎで違法は重大、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を付与するのは相当でない。この自白の証拠能力を否定、有罪は別の証拠で認定(東京高判平14・9・4 判時1808号144頁) 図:宿泊を伴う長期の取調べ

  • 殺人事件の参考人として警察署に任意同行された者を、連続して9泊、10日間、夜は警察が手配した宿泊場所に泊め、警察官が厳重に監視し、ほぼ外界と隔絶された状態で、休みなく連日長時間取り調べ、自白を得た
  • のちに逮捕
  • 裁判所の判断、行き過ぎで違法は重大、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を付与するのは相当でない
  • この自白の証拠能力を否定、有罪は別の証拠で認定(東京高判平14・9・4 判時1808号144頁)

まず、取調べのやり方そのものが違法なとき、その自白は使えるのか、を見ます。1つ目は、宿泊を伴う、長期の取調べです。任意捜査としての取調べは、社会通念上、相当と認められる方法、態様、限度で許されます。その限界は、取調べの限界の回で見ました。ここでは、限界を大きく超えたとき、自白がどうなるかを見ます。高等裁判所の事案を、要旨で語ります。殺人事件の参考人として、警察署に任意同行された人がいました。その人は、そのまま連続して9泊、10日間、警察が手配した場所に泊められました。夜は、警察官に厳重に監視され、ほとんど外の世界と切り離されていました。昼は、休みなく、連日、長時間、取り調べられました。その人は、自白しました。のちに、逮捕されています。

形は、任意です。しかし、9泊10日の宿泊と監視は、実際には、身柄の拘束にかなり近い状態です。裁判所は、明らかに行き過ぎで、違法は重大だ、と判断しました。そして、違法な捜査を抑える、という見地からも、この自白に証拠能力を与えるのは相当でない、としました。結論は、原判決を破棄して、この自白と、これを有力な資料にした、逮捕後の自白の証拠能力を否定した、です。ただし、ほかの証拠で、有罪とされています。この裁判例は、2つの法則の使い分けを意識して判断した点が大事です。自白法則、つまり任意性の問題もありうる。しかし、手続の過程の違法が問題になる場合は、強制や拷問があったかなど、取調べの方法そのものの違法を、1つずつ判断する前に、違法収集証拠排除法則が使えるかを、先に検討する。違法の有無と程度を見て、排除すべきかを考える方が、判断の基準として明確で、妥当だ、と述べました。

前回の分担の、どの整理に当たるか、という名前を、判決は挙げていません。ただ、考え方は、前回の二元説と同じです。取調べの方法が、任意性を疑わせるかは、自白法則で見る。手続の過程そのものが違法なら、排除法則で見る。2本を使い分けています。二元説を、裁判所が実際に使った実例として、読んでください。覚えるのは、これです。手続の過程の違法が問題になるなら、排除法則、つまり違法の重大性と、違法捜査を抑える見地で、先に見る。これは、この裁判例の考え方です。短答の注意です。この自白を、自白法則だけで排除した、は誤りです。排除法則を、先に検討しています。また、結論は、自白の証拠能力の否定です。被告人の有罪そのものは、別の証拠で認められました。

取調べの違法②:手錠をかけたままの取調べ

手錠をかけたままの取調べ。事案、勾留中の被疑者、公職選挙法違反。検察官が手錠を施したまま取り調べて供述を得た。上告で憲法38条2項違反を主張。判旨、手錠のままだと心身に圧迫を受け任意の供述は期待できないと推定、反証がなければ任意性に一応の疑い。結論、終始おだやかな雰囲気で任意と明らか、上告棄却。片手錠は心理的圧迫が一般に軽い(最決昭52・8・9) 図:手錠をかけたままの取調べ

  • 事案、勾留中の被疑者、公職選挙法違反
  • 検察官が手錠を施したまま取り調べて供述を得た
  • 上告で憲法38条2項違反を主張
  • 判旨、手錠のままだと心身に圧迫を受け任意の供述は期待できないと推定、反証がなければ任意性に一応の疑い
  • 結論、終始おだやかな雰囲気で任意と明らか、上告棄却
  • 片手錠は心理的圧迫が一般に軽い(最決昭52・8・9)

2つ目は、手錠です。事案は、こうです。公職選挙法違反で勾留されていた被疑者を、検察官が、手錠を施したまま、取り調べました。そして、供述を得ました。上告で、憲法38条2項に違反する、という主張がされました。判旨は、推定と、反証の2段です。

判例最判昭38・9・13 刑集17巻8号1703頁

手錠をかけたままの取調べの判旨 すでに勾留されている被疑者が、捜査官から取り調べられるさいに、さらに手錠を施されたまゝであるときは、その心身になんらかの圧迫を受け、任意の供述は期待できないものと推定せられ、反証のない限りその供述の任意性につき一応の疑いをさしはさむべきであると解するのが相当である。

手錠を施したままなら、任意の供述は期待できない、と推定される。そして、反証がない限り、任意性に、一応の疑いをさしはさむ。推定とは、覆る余地のある、一応の見立てです。反証が出れば、任意と認められます。疑いをさしはさむ、というだけなら、結局、その自白は使えるのですか。それが、事案の結論です。この事案では、検察官は、手錠を施したまま取り調べました。しかし、終始おだやかな雰囲気の中で取調べを進め、供述が、すべて任意になされたことが、明らかでした。つまり、任意であることの反証が、立証されたのです。最高裁は、任意性を認めて、上告を棄却しました。片手錠については、後の決定が、一言だけ触れています。片手錠は、両手錠に比べて、一般に、心理的な圧迫の程度が軽い。取調べの状況を合わせて見ても、自白の任意性を疑わせる状況は見当たらない、としました。手錠は、心理的な圧迫を通じて、嘘を誘う事情にもなります。委員会のたとえでは、生活指導の委員会、つまり自白法則の側で見る事情です。覚えるのは、手錠は、任意性を推定的に疑う事情であり、反証で覆る、という点です。短答の注意です。手錠をかけたままの取調べで得た自白は、常に排除される。×です。この判決は、任意性を認めて、上告を棄却しています。

取調べより前の違法①:違法な身柄拘束の下の自白

先行する手続の違法と319条1項の明文。明文の不当に長く抑留拘禁された後の自白は拘束の長さの不当を直接の事由にする。目安は事件の性質や規模、証拠収集の経過、取調状況に照らして不当に長いか。長さ以外の違法な任意同行逮捕勾留は明文なし、心理的圧迫や虚偽誘発のおそれがなくても、違法の程度と関連性で排除を検討、排除法則 図:先行する手続の違法と319条1項の明文

  • 明文の不当に長く抑留拘禁された後の自白は拘束の長さの不当を直接の事由にする
  • 目安は事件の性質や規模、証拠収集の経過、取調状況に照らして不当に長いか
  • 長さ以外の違法な任意同行逮捕勾留は明文なし、心理的圧迫や虚偽誘発のおそれがなくても、違法の程度と関連性で排除を検討、排除法則

ここから、取調べより前の違法です。取調べ自体には違法がなくても、先行する手続に違法があれば、自白の証拠能力は問題になります。まず、319条1項の明文との関係です。条文は、不当に長く抑留、拘禁された後の自白を、直接の事由に挙げています。これは、拘束の長さが不当なとき、という事由です。心理的な圧迫で、嘘の自白が出やすくなる、という虚偽排除の側からも、拘束の違法を拾う側からも、説明できます。長さが不当かどうかの目安は、事件の性質や規模、証拠を集めた経過、取調べの状況などを合わせて見て、決めます。別件逮捕の回で見た、窃盗などの別件で逮捕し、強盗強姦殺人などの本件を取り調べた事案の決定です。さきほどの片手錠の決定と、同じ決定です。この決定は、この目安に照らして、29日目の一部の自白と、32日目の全面的な自白を、不当に長い拘禁の後の自白とは認められない、としました。

長さの問題ではなく、拘束そのものが違法なときは、どうなりますか。そこが、設例Qです。違法な任意同行、違法な逮捕、違法な勾留。こうした、長さ以外の拘束の違法は、条文に書かれていません。そして、被疑者に心理的な圧迫がなく、嘘の自白が出るおそれがなくても、問題になります。違法な手続と、自白との、関連性が認められれば、排除すべきかを検討する。これが、排除法則の枠組みです。見るのは、先行する手続の違法の程度と、自白との関連性、の2つです。関連性とは、違法な手続のおかげで自白が取れた、という、つながりのことです。身体の拘束に関わる違法は、その後の取調べと、密接に結びつきます。拘束されている間に、その拘束を利用して取り調べて得た自白だからです。関連性は、認められやすいです。

設例Qの当てはめ。虚偽排除、落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい。違法の程度、放火を取り調べる目的で自転車の件の逮捕勾留を使い、勾留中は放火だけを連日取り調べた、令状主義を潜脱した違法、重大性は肯定される方向。関連性、拘束中にその拘束を利用して取り調べた、密接。結論、排除法則の側で排除する方向 図:設例Qの当てはめ

  • 虚偽排除、落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい
  • 違法の程度、放火を取り調べる目的で自転車の件の逮捕勾留を使い、勾留中は放火だけを連日取り調べた、令状主義を潜脱した違法、重大性は肯定される方向
  • 関連性、拘束中にその拘束を利用して取り調べた、密接
  • 結論、排除法則の側で排除する方向

設例Qに、当てはめます。第1に、虚偽排除です。Dは、落ち着いて話しています。嘘を誘う状況とは、言いにくいので、319条1項では外しにくいです。第2に、違法の程度です。Kは、放火を取り調べる目的で、自転車の件の逮捕と勾留を使い、勾留の間は、放火だけを連日取り調べました。前回の前提どおり、違法な別件逮捕、勾留と置きます。令状は、自転車の窃盗の疑いにしか出ていません。裁判官が審査していない放火の取調べのために、その拘束を使ったので、令状主義を潜脱した違法です。裁判官の審査を丸ごとすり抜けているので、違法の重大性は、肯定される方向になります。第3に、関連性です。Dは、拘束されている間に、その拘束を利用した取調べで、自白しました。つながりは、密接です。結論は、排除法則の側で、排除する方向です。どれほどの違法なら排除か、という要件の本体は、排除法則の枠組みを扱う回で見ます。覚えるのは、これです。違法な身体拘束の下の自白は、任意に話していても、違法の程度と関連性で、排除を検討する。排除法則の問題です。短答の注意です。違法な拘束の下の自白は、任意に話していれば使える。×です。また、319条1項だけで判断する。これも、×です。前回の○×と、同じです。

取調べより前の違法②:接見制限の下の自白

接見制限の下の自白。詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していた被疑者に、検察官が余罪の贈収賄を取り調べ。弁護人の1人が接見した直後ころ自白。他の弁護人が接見を求めたが取調中を理由に断られ、同じ日の夜に接見。それ以前にも弁護人4名が相前後して接見。判示、接見交通権の制限を含めて検討しても自白の任意性に疑いなし、上告棄却 図:接見制限の下の自白

  • 詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していた被疑者に、検察官が余罪の贈収賄を取り調べ
  • 弁護人の1人が接見した直後ころ自白
  • 他の弁護人が接見を求めたが取調中を理由に断られ、同じ日の夜に接見
  • それ以前にも弁護人4名が相前後して接見
  • 判示、接見交通権の制限を含めて検討しても自白の任意性に疑いなし、上告棄却

先行する違法のもう1つは、弁護人との接見の制限です。接見の制限が許されるかは、接見交通権の回で見ました。ここでは、制限があった状況で取った自白を、見ます。決定の事案です。詐欺の被告事件の勾留と、恐喝の被疑事件の勾留が、競合している被疑者がいました。担当の検察官は、余罪の、贈収賄の事実を、取り調べました。被疑者は、弁護人の1人が接見した直後ころに、贈収賄の事実を自白しました。他の弁護人が、接見を求めましたが、検察官は、取調べの最中だ、という理由で、断りました。その弁護人は、同じ日の夜に、接見しています。それ以前にも、弁護人4名が、相前後して接見し、その弁護人も、前日に接見していました。判示です。

判例最決平元・1・23 判時1301号155頁

接見制限の下の自白の判示 接見交通権の制限を含めて検討しても、右自白の任意性に疑いがないとした原判断は相当と認められる。

結論は、上告棄却です。任意性に疑いはない、としました。接見を断ったのは、違法だった、ということですか。そこは、決定は、触れていません。制限が違法かどうかの判断を、していないのです。接見交通権の制限を含めて検討しても、と言っています。制限を、任意性を見る事情の1つに、含めたうえで、直前に接見している、前後して多数の接見がある、という事情から、任意性を肯定しました。直前に弁護人の助言を受けていれば、1人の接見を断られても、話すかどうかを自分で選ぶ自由は、保たれていたと考えられます。決定自身は、そこまで書いていません。学説は、分かれます。違法性を考慮しても、重大な違法とまでは言えず、排除されない、という指摘があります。他方、違法排除説の立場なら、接見制限は、排除されうる、という指摘もあります。任意性説は、制限を、1つの事情として、総合して評価します。違法排除説は、重大な違法かどうかで見ます。短答の注意です。接見制限があれば、自白の任意性は否定される。×です。そして、この決定は、接見制限の違法を認定して、排除法則を適用した。これも×です。違法性には、触れていません。

派生証拠:不任意の自白から得た物はどうなるか

設例Qの派生。Dは放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話す。Kはその場所で容器を発見し押収。容器の鑑定書が作られる。自白は排除された。容器と鑑定書は使えるか。流れ、自白、川に捨てた、容器の発見、鑑定書 図:設例Qの派生

  • Dは放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話す
  • Kはその場所で容器を発見し押収
  • 容器の鑑定書が作られる
  • 自白は排除された
  • 容器と鑑定書は使えるか
  • 流れ、自白、川に捨てた、容器の発見、鑑定書

自白の先に進みます。まず、派生的証拠です。不任意の自白から得た情報をもとに、捜査機関が、さらに別の証拠を手に入れることがあります。自白そのものは排除されても、そこから派生した証拠は、使えるのでしょうか。前回の、虚偽排除説の読み直しを、覚えていますか。理由の2つ目に、不任意の自白から得た、二次的な証拠を排除する理屈を持ち込みたい、がありました。その中身を、ここで見ます。設例Qの派生を、置きます。Dは、放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話しました。Kは、その場所で容器を見つけ、押収し、容器の鑑定書が作られました。自白は排除されました。では、容器と鑑定書は、使えるでしょうか。

高等裁判所の枠組み。自白が排除される理由で派生証拠の扱いが変わる。1つ目、強制拷問脅迫による自白や不当に長く抑留拘禁された後の自白、人権擁護のために排除、派生証拠も一律に排除。2つ目、約束や偽計など虚偽排除の見地から排除、犯罪事実の解明の必要性や証拠価値などを比較衡量。3つ目、黙秘権を告げていない・調書を読み聞かせていない・違法な別件勾留など、適正手続に反する取り方、同じく比較衡量。例外、当初から計画的に違法な手段で自白を得て派生証拠を収集しようとしていた場合は排除(大阪高判昭52・6・28 刑月9巻5=6号334頁) 図:高等裁判所の枠組み

  • 自白が排除される理由で派生証拠の扱いが変わる
  • 1つ目、強制拷問脅迫による自白や不当に長く抑留拘禁された後の自白、人権擁護のために排除、派生証拠も一律に排除
  • 2つ目、約束や偽計など虚偽排除の見地から排除、犯罪事実の解明の必要性や証拠価値などを比較衡量
  • 3つ目、黙秘権を告げていない・調書を読み聞かせていない・違法な別件勾留など、適正手続に反する取り方、同じく比較衡量
  • 例外、当初から計画的に違法な手段で自白を得て派生証拠を収集しようとしていた場合は排除(大阪高判昭52・6・28 刑月9巻5=6号334頁)

高等裁判所の裁判例は、判断の枠組みを、示しました。要旨で語ります。鍵は、その自白が、なぜ排除されたのか、です。排除の理由によって、派生証拠の扱いが変わります。1つ目の類型は、強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く抑留、拘禁された後の自白です。憲法38条2項と、319条1項が、明文で挙げているものです。これは、人権を守るために排除される類型です。憲法も319条1項も、この取り方の自白は証拠にできない、と言い切っています。違法の重大さが、類型として、はっきりしている、と整理されます。この裁判例は、そこで、派生証拠も、一律に排除する、としています。2つ目の類型は、約束や偽計などの、主として、虚偽排除の見地から排除される場合です。3つ目の類型は、黙秘権の不告知、調書を読んで聞かせなかったこと、違法な別件勾留など、適正手続の見地から排除される場合です。適正手続は、憲法31条が根拠です。この2つの類型では、派生証拠を一律には排除しません。犯罪事実を解明する必要性と、派生証拠の証拠価値などを、比較衡量して、個別に判断します。この3つの分け方は、この裁判例自身のものです。前回の、どの理由で拾うか、の整理とは、物差しが違います。たとえば、黙秘権の不告知は、前回見たとおり、それだけでは排除されない事情でした。この裁判例も、明文の1つ目ではなく、3つ目に置いています。

排除する側と、使う側を、比べます。使う側は、事件の重大さと、派生証拠が、事実の解明にどれほど役立つか、です。排除する側は、先行する自白の取り方の違法の程度と、その取り方と、派生証拠のつながりの強さです。ただし、例外があります。捜査機関が、当初から、計画的に、違法な手段で自白を取り、それをもとに、派生証拠を集めようとしていた場合は、排除すべきだ、とされています。

比較衡量と当てはめ。使う側は事件の重大さと派生証拠の証拠価値、排除する側は先行する取り方の違法の程度と派生証拠とのつながりの強さ。例外、当初から計画的に違法な手段で自白を取り派生証拠を集めようとしたなら排除。裁判例の事案、偽計と約束の類型と整理され、検証調書などの証拠能力は否定されなかったとされる。設例Q、3つ目の類型、計画的な別件逮捕なら排除、結論は事情次第 図:比較衡量と当てはめ

  • 使う側は事件の重大さと派生証拠の証拠価値、排除する側は先行する取り方の違法の程度と派生証拠とのつながりの強さ
  • 例外、当初から計画的に違法な手段で自白を取り派生証拠を集めようとしたなら排除
  • 裁判例の事案、偽計と約束の類型と整理され、検証調書などの証拠能力は否定されなかったとされる
  • 設例Q、3つ目の類型、計画的な別件逮捕なら排除、結論は事情次第

この裁判例の事案は、爆発物の事件で、虚偽の事実を告げたり、親族への追及を控えるという趣旨の約束をしたりして得た自白でした。この事案は、偽計と約束の類型に当たるとされ、検証調書などの証拠能力は否定されなかった、と整理されています。設例Qの派生に、当てはめます。自白は、違法な別件勾留の下のものです。3つ目の類型に当たります。比べるものは、重大な放火事件であることと、容器と鑑定書の証拠価値、そして、違法の程度です。もしKが、最初から、容器の入手まで狙って、計画的に別件逮捕を使っていたなら、排除すべきです。結論は、事情次第です。

派生証拠の位置づけ。2つ目と3つ目の類型は、違法の程度が大きい取り方と派生証拠の因果性が強ければ排除、毒樹の果実の発想と共通。毒樹の果実とは、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す考え方。2つ目の類型は違法が認定されていないので、毒樹の論理だけでは説明できない。覚えること、明文の類型は一律に排除、虚偽排除型と適正手続型は比較衡量と計画性の例外 図:派生証拠の位置づけ

  • 2つ目と3つ目の類型は、違法の程度が大きい取り方と派生証拠の因果性が強ければ排除、毒樹の果実の発想と共通
  • 毒樹の果実とは、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す考え方
  • 2つ目の類型は違法が認定されていないので、毒樹の論理だけでは説明できない
  • 覚えること、明文の類型は一律に排除、虚偽排除型と適正手続型は比較衡量と計画性の例外

理論上の位置づけも、触れておきます。2つ目と3つ目は、違法の程度が大きい自白の取り方が先にあり、その手続と、派生証拠の因果性が強いなら排除する、という考え方に近いです。これは、毒樹の果実の発想と、共通します。毒樹の果実とは、毒のある木の実も毒、つまり、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す、という考え方です。ただ、2つ目の類型では、違法性が認定されていないので、毒樹の論理だけでは、全部を説明できません。枠組みの当否には、議論があります。毒樹の果実の本体は、その回で見ます。覚えるのは、これです。派生証拠の扱いは、先行する自白が、なぜ排除されたかで変わる。明文の類型は、一律に排除。虚偽排除型と適正手続型は、比較衡量と、計画性の例外です。短答の注意です。不任意の自白から得た物は、常に排除される。×です。他方、明文の類型の自白から得た派生証拠は、一律に排除される。これは、この裁判例の枠組みとして、○です。

反復自白①:設例Qの続きと最高裁の法廷意見

設例Qの続き。Dの最初の自白は違法な別件勾留中のものとして排除された。KらはこのDの自白を主な資料として、放火の事実でDを逮捕。逮捕後、裁判官がDに放火の事実を告げ弁解を聞く勾留質問、Dは再び、やりました、と認め調書。勾留中、消防署の職員が火災の原因調査として質問し、Dは同じことを話し調書。この2つの調書は使えるか 図:設例Qの続き

  • Dの最初の自白は違法な別件勾留中のものとして排除された
  • KらはこのDの自白を主な資料として、放火の事実でDを逮捕
  • 逮捕後、裁判官がDに放火の事実を告げ弁解を聞く勾留質問、Dは再び、やりました、と認め調書
  • 勾留中、消防署の職員が火災の原因調査として質問し、Dは同じことを話し調書
  • この2つの調書は使えるか

冒頭の問いに戻ります。反復自白です。不任意の自白や、違法な手続の下の自白のあとに、続けて、もう一度、自白することを言います。先行する自白が、排除されるのは、よいとして、後の自白の証拠能力は、どうなるのか。前に、別の回に預けた問題です。先行する自白の影響が、後の自白に及ぶか、という問題でした。設例Qの続きを、置きます。Dの最初の自白は、違法な別件勾留の下のものとして、排除されました。その後、Kらは、この自白を、主な資料として、放火の事実で、Dを逮捕しました。逮捕のあと、裁判官は、Dに、放火の事実を告げて、弁解を聞きました。これが、勾留質問です。Dは、ここで、再び、やりました、と認め、調書が作られました。さらに、勾留の間に、消防署の職員が、火災の原因を調べるために、Dに質問しました。Dは、同じことを話し、調書が作られました。この、勾留質問の調書と、消防職員の調書は、使えるのでしょうか。

先行する自白と一緒に外す、という見方は、自然です。しかし、最高裁は、そうは言いませんでした。この事案は、別件の住居侵入での逮捕のあと、放火の自白があり、その自白を資料にして、放火の逮捕状が出て、勾留質問、勾留、消防職員の質問、と進んだ事件です。設例Qの続きと、同じ流れです。

勾留質問調書と消防職員調書の理由。勾留質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である裁判官が行う。2つ目、勾留の理由と必要の審査に慎重を期すため被疑者に被疑事件を告げ自由な弁解の機会を与え、被疑者の権利保護に資する。消防職員の質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である消防署長等が行う。2つ目、消防に関する資料収集という、犯罪捜査とは異なる目的で行う 図:勾留質問調書と消防職員調書の理由

  • 勾留質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である裁判官が行う
  • 2つ目、勾留の理由と必要の審査に慎重を期すため被疑者に被疑事件を告げ自由な弁解の機会を与え、被疑者の権利保護に資する
  • 消防職員の質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である消防署長等が行う
  • 2つ目、消防に関する資料収集という、犯罪捜査とは異なる目的で行う

法廷意見の判断です。勾留質問の調書から見ます。

判例最判昭58・7・12 刑集37巻6号791頁

勾留質問調書についての法廷意見 勾留質問は、捜査官とは別個独立の機関である裁判官によつて行われ、しかも、右手続は、勾留の理由及び必要の有無の審査に慎重を期する目的で、被疑者に対し被疑事件を告げこれに対する自由な弁解の機会を与え、もつて被疑者の権利保護に資するものであるから、……勾留請求に先き立つ捜査手続に違法のある場合でも、被疑者に対する勾留質問を違法とすべき理由はなく、他に特段の事情のない限り、右質問に対する被疑者の陳述を録取した調書の証拠能力を否定すべきものではない。

理由は、2つです。1つ目は、勾留質問は、捜査官とは別個独立の機関である、裁判官が行うことです。2つ目は、勾留質問が、勾留の理由と必要を、慎重に審査するために、被疑者に、被疑事件を告げ、自由な弁解の機会を与える手続で、被疑者の権利を守るのに役立つことです。だから、勾留請求の前の捜査手続に違法があっても、勾留質問を違法とする理由はありません。他に特段の事情がない限り、調書の証拠能力は否定しません。消防職員の質問調書も、同じ形です。消防法32条1項の、質問調査は、捜査官とは別個独立の機関、つまり消防署長などが行います。しかも、消防に関する資料を集める、という、犯罪捜査とは異なる目的で行われます。だから、消防職員が、捜査機関による捜査の違法を知って、これに協力するなど、特段の事情がない限り、証拠能力を否定すべきでない、としました。結論は、上告棄却です。2つの調書の証拠能力を肯定した、原判断は相当、でした。設例Qの続きに、当てはめます。勾留質問の調書も、消防職員の調書も、特段の事情がなければ、使えます。短答の注意です。先行する自白が排除されれば、後の自白も常に排除される。×です。反対に、勾留質問の調書は、常に証拠能力がある。これも×です。特段の事情があれば、別です。

反復自白②:補足意見・希釈法理・先行自白の類型

伊藤裁判官の補足意見。1、別件逮捕中の自白は違法収集証拠として排除が相当。2、第二次的証拠の排除は、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、第二次的証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを総合判断。3、第一次的証拠を収集した捜査機関やこれと一体とみられる機関が取った第二次的証拠、捜査官調書は特段の事情がなければ違法がつながる。4、勾留質問は裁判官が捜査機関とは別個独立の職責で受動的に聴取、関連性も希薄。消防も同様。5、事案が重大で証拠として重要、排除は目的を超える 図:伊藤裁判官の補足意見

  • 1、別件逮捕中の自白は違法収集証拠として排除が相当
  • 2、第二次的証拠の排除は、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、第二次的証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを総合判断
  • 3、第一次的証拠を収集した捜査機関やこれと一体とみられる機関が取った第二次的証拠、捜査官調書は特段の事情がなければ違法がつながる
  • 4、勾留質問は裁判官が捜査機関とは別個独立の職責で受動的に聴取、関連性も希薄
  • 消防も同様
  • 5、事案が重大で証拠として重要、排除は目的を超える

同じ判決に、補足意見が付いています。ここは、法廷意見と、分けて読んでください。法廷意見は、毒樹の果実という言葉も、希釈という言葉も、使っていません。特段の事情があるかどうかで、結論を出しています。毒樹の発想を、はっきり出したのは、補足意見の方です。補足意見の要旨は、全部で5点です。1つ目。別件での逮捕は、令状主義を潜脱した、違法な別件逮捕で、その間の自白は、違法収集証拠として排除するのが相当です。2つ目。ここから得た、第二次的な証拠が、毒樹の実として、どこまで排除されるかは、一律ではありません。第一次的な証拠を集めた方法の違法の程度、第二次的な証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを、総合して判断します。

判例最判昭58・7・12 伊藤正己裁判官補足意見

補足意見の中心部分 第二次的証拠が、いわゆる「毒樹の実」として、いかなる限度で第一次的証拠と同様に排除されるかについては、……第一次的証拠の収集方法の違法の程度、収集された第二次的証拠の重要さの程度、第一次的証拠と第二次的証拠との関連性の程度等を考慮して総合的に判断すべきものである。

3つ目。第一次的な証拠を集めた捜査官自身や、これと一体とみられる捜査機関が、第二次的な証拠を取った場合です。つまり、捜査官に対する供述調書です。この場合は、特段の事情がない限り、違法がつながります。勾留質問と違って、間に、別の機関も、別の目的も、挟まっていません。違法をした捜査機関が、その結果をそのまま使えるなら、将来の違法捜査を抑える、という排除の目的が果たせないからです。だから、捜査官の調書の証拠能力を否定したのは、適切です。4つ目。しかし、勾留質問は、違います。裁判官が、捜査に対する、司法的な抑制の見地から、捜査機関とは別個独立の職責に基づいて、受動的に聴取したものです。捜査官が、支配力を及ぼしたとみる余地はなく、第一次的な証拠との関連性も、希薄です。許容しても、将来の違法捜査を抑える力が、無くなることも、司法の廉潔性が害されることも、ありません。司法の廉潔性とは、秘密録音の回で見た、違法な証拠を使うこと自体が裁判の公正さを傷つける、という観点です。消防の質問も、同様に、捜査と一体とみられる関連性がありません。例外は、捜査機関が、違法をごまかすために、消防機関に依頼して、違法に集めた証拠を読み聞かせて誘導するなどの場合です。5つ目。事案が重大で、証拠として重要なことも、併せて考えると、排除は、排除の目的を超える、としています。

希釈法理と、誰が取ったか。希釈法理、先行する違法な手続と証拠のつながりが、別の機関や別の目的の介在で薄まる、という考え方。同じ人の再自白でも、裁判官の勾留質問、消防職員は使える方向。捜査官や検察官が取った再自白は、補足意見によれば、一体の捜査機関として違法がつながる、特段の事情がなければ排除 図:希釈法理と、誰が取ったか

  • 希釈法理、先行する違法な手続と証拠のつながりが、別の機関や別の目的の介在で薄まる、という考え方
  • 同じ人の再自白でも、裁判官の勾留質問、消防職員は使える方向
  • 捜査官や検察官が取った再自白は、補足意見によれば、一体の捜査機関として違法がつながる、特段の事情がなければ排除

補足意見の考え方は、希釈法理に近い、と説明されます。希釈法理とは、先行する違法な手続と、証拠のつながり、つまり、違法のおかげで取れた、という因果性が、別の機関や別の目的が間に入ることで、薄まる、という考え方です。希釈法理は、学説の呼び方で、補足意見は、関連性が希薄、と書いています。設例Qの続きで、整理します。同じDの再自白でも、誰が取ったかで、結論が変わります。裁判官の勾留質問と、消防職員の質問は、使える方向です。しかし、補足意見によれば、Kや検察官などの、捜査官が取った再自白は、一体の捜査機関が取ったものとみられ、特段の事情がなければ、違法がつながります。設例Qの最初の自白のように、手続の違法を理由に外された型を、ここでは違法排除型と呼びます。派生証拠の節で言う適正手続型と、同じ側です。もう1つ、先行する自白が、偽計や約束のように、虚偽排除の類型で排除された場合です。この場合、先行する取調べの違法は、認定されていません。だから、違法を前提にする、毒樹の果実の枠組みを、そのまま使いにくいです。補足意見も、先行する自白に、任意性を疑う事情があるときは、集めた機関が同じか違うかにかかわらず、後の自白にも影響が及ぶとみて、任意性を疑うべきだ、とする見方に触れました。ただし、仮定の形です。本件は、任意性とは別の理由で排除された事案で、単に自白が繰り返された、という理由だけで、直ちに排除するのは適切でない、としています。

違法が認定されていないので、違法とのつながりは、測れません。測れるのは、嘘を誘った状況が、まだ続いているかです。たとえば、自白すれば親族を追及しない、という約束を、2度目の取調べのときにも、まだ信じていれば、2度目の自白も、同じ約束に誘われたものになりえます。そこで、虚偽排除型では、嘘を誘った影響が、被疑者の中に、まだ残っているか、で見る枠組みが、考えられます。覚えるのは、これです。先行する自白が違法排除型なら、関連性と、介在した機関で、薄まるかを見る。虚偽排除型なら、虚偽を誘った影響が、残っているかを見る、という見方が考えられます。

類型と3つの理由と2つの法則の一覧

類型の一覧表、前回までの分。行は類型、列は拾う理由、見る法則、結論の方向。脅迫、人権擁護と虚偽排除、319条1項の明文。約束と偽計、虚偽排除、319条1項、心理的強制と虚偽誘発のおそれ。黙秘権不告知、それだけでは排除されず総合。手錠、心理的圧迫の推定、319条1項、反証で覆る。1つ目の整理による割付 図:類型の一覧表、前回までの分

  • 行は類型、列は拾う理由、見る法則、結論の方向
  • 脅迫、人権擁護と虚偽排除、319条1項の明文
  • 約束と偽計、虚偽排除、319条1項、心理的強制と虚偽誘発のおそれ
  • 黙秘権不告知、それだけでは排除されず総合
  • 手錠、心理的圧迫の推定、319条1項、反証で覆る
  • 1つ目の整理による割付

全体を、前回までの分と、今日の分の、2枚の表にします。横の並びが類型、縦の並びが、どの理由で拾い、どの法則で見て、結論がどちらに傾くか、です。1つ目の整理に基づく割付です。脅迫は、人権擁護と虚偽排除で拾い、319条1項の明文で見ます。約束と偽計は、虚偽排除で拾い、319条1項で、心理的強制と虚偽誘発のおそれを見ます。黙秘権の不告知は、それだけでは排除されず、他の事情と総合します。手錠は、心理的な圧迫を推定し、319条1項で見て、反証で覆ります。

類型の一覧表、今日の分。宿泊を伴う長期の取調べ、排除法則を先に検討、違法重大で排除。違法な身柄拘束、排除法則、違法の程度と関連性。接見制限、任意性を見る事情の1つ、違法排除説なら排除の余地。派生証拠、先行自白が排除された理由で扱いが変わる。反復自白、違法排除型は希釈、虚偽排除型は影響の残存。1つ目の整理による割付、2つ目の整理では黙秘権の侵害を伴う違法も排除法則か憲法の側 図:類型の一覧表、今日の分

  • 宿泊を伴う長期の取調べ、排除法則を先に検討、違法重大で排除
  • 違法な身柄拘束、排除法則、違法の程度と関連性
  • 接見制限、任意性を見る事情の1つ、違法排除説なら排除の余地
  • 派生証拠、先行自白が排除された理由で扱いが変わる
  • 反復自白、違法排除型は希釈、虚偽排除型は影響の残存
  • 1つ目の整理による割付、2つ目の整理では黙秘権の侵害を伴う違法も排除法則か憲法の側

ここから、今日の分です。宿泊を伴う長期の取調べは、排除法則を先に検討して、違法が重大なので排除します。違法な身柄拘束は、排除法則で、違法の程度と関連性を見ます。接見制限は、任意性を見る事情の1つで、違法排除説なら、排除の余地があります。派生証拠は、先行自白が排除された理由で扱いが変わります。反復自白は、違法排除型なら希釈、虚偽排除型なら影響の残存で見ます。割付は、整理が変われば、変わるのですか。変わります。2つ目の整理では、黙秘権の侵害を伴う違法も、319条1項ではなく、排除法則か憲法の側で見ます。ただ、表を作る目的は同じです。どの委員会に回すかを決めるのは、その事情を拾う、理由です。この一言を、持ち帰ってください。

今日の地図(保存版)

答案の順序。第1、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか。第2、どの法則で見るか、分担。第3、先行する手続の違法の程度。第4、自白との関連性、因果。第5、効果、自白の排除、派生証拠や反復自白へ及ぶか 図:答案の順序

  • 第1、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか
  • 第2、どの法則で見るか、分担
  • 第3、先行する手続の違法の程度
  • 第4、自白との関連性、因果
  • 第5、効果、自白の排除、派生証拠や反復自白へ及ぶか

まとめます。答案の順序です。前回の型に、今日の当てはめを足します。第1に、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか、を言います。第2に、どの法則で見るか、つまり分担です。第3に、先行する手続の、違法の程度。第4に、自白との関連性、つまり因果です。第5に、効果です。自白を排除したあと、派生証拠や、反復自白に、影響が及ぶかまで、書きます。

短答の落とし穴、取調べの違法。手錠をかけたままの自白は常に排除、は誤り。手錠の判決は任意性を認めて上告棄却、は正しい。接見制限があれば任意性は否定、は誤り。接見制限の決定は違法を認定して排除法則を適用した、は誤り。違法拘束の下の自白は任意なら使える、は誤り。宿泊の取調べを自白法則だけで排除した、は誤り 図:短答の落とし穴、取調べの違法

  • 手錠をかけたままの自白は常に排除、は誤り
  • 手錠の判決は任意性を認めて上告棄却、は正しい
  • 接見制限があれば任意性は否定、は誤り
  • 接見制限の決定は違法を認定して排除法則を適用した、は誤り
  • 違法拘束の下の自白は任意なら使える、は誤り
  • 宿泊の取調べを自白法則だけで排除した、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。手錠をかけたままの自白は、常に排除される。×です。手錠の判決は、任意性を認めて、上告を棄却した。○です。接見制限があれば、自白の任意性は否定される。×です。接見制限の決定は、違法を認定して、排除法則を適用した。×です。違法性には、触れていません。違法な拘束の下の自白は、任意に話していれば使える。×です。宿泊を伴う取調べの自白を、高等裁判所は、自白法則だけで排除した。×です。排除法則を、先に検討しています。

短答の落とし穴、派生証拠と反復自白と録音録画。不任意の自白から得た物は常に排除、は誤り。明文の類型の自白から得た派生証拠は一律に排除、は高等裁判所の枠組みとして正しい。先行自白が排除されれば後の自白も常に排除、は誤り。勾留質問調書は常に使える、は誤り。昭和58年の法廷意見は毒樹の果実と明言した、は誤り、補足意見が毒樹の実と述べた。録音録画義務違反なら自白調書は当然に証拠能力なし、は誤り 図:短答の落とし穴、派生証拠と反復自白と録音録画

  • 不任意の自白から得た物は常に排除、は誤り
  • 明文の類型の自白から得た派生証拠は一律に排除、は高等裁判所の枠組みとして正しい
  • 先行自白が排除されれば後の自白も常に排除、は誤り
  • 勾留質問調書は常に使える、は誤り
  • 昭和58年の法廷意見は毒樹の果実と明言した、は誤り、補足意見が毒樹の実と述べた
  • 録音録画義務違反なら自白調書は当然に証拠能力なし、は誤り

不任意の自白から得た物は、常に排除される。×です。明文の類型の自白から得た派生証拠は、一律に排除される。これは、高等裁判所の枠組みとして、○です。先行する自白が排除されれば、後の自白も常に排除される。×です。勾留質問の調書は、常に使える。これも、×です。特段の事情があれば、別です。最高裁の法廷意見は、毒樹の果実と明言した。×です。毒樹の実と言ったのは、補足意見です。最後に、録音、録画です。取調べの録音、録画の義務がある事件で、被告人や弁護人が、任意性を争って異議を述べたのに、検察官が、録音、録画の記録の取調べを請求しないとき、裁判所は、自白の調書の請求を、却下します。ただし、機器の故障など、やむを得ない事情で、記録ができなかった場合は、別です。却下されても、裁判所が職権で採用する余地は残る、と説明されます。義務に違反したことが、自白の証拠能力を当然に否定するか、については、多数説は、排除法則の問題に還元して、一律には否定しません。録音、録画の義務に違反すれば、自白調書は当然に証拠能力がない。×です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。違法な逮捕の下の自白が外れても、もう一度認めた自白は、誰が、何のために取ったかで、結論が分かれる。裁判官の勾留質問や、消防職員の質問は、別個独立の機関なので、特段の事情がなければ使える方向です。捜査官が取った自白は、補足意見の見方では、違法がつながる方向です。次は、自白があっても、それだけでは有罪にできない、という補強法則です。共犯者の供述は、本人の自白に当たるのか、も見ます。

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#130単独ページ動画

補強法則(補強の範囲・補強証拠適格・補強の程度)

第5章 証拠法 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

裁判官が、この自白は本当だと確信した。しかし、証拠は自白しかない。この被告人は有罪か、無罪か。自白のほかに、何を、どれだけ用意すればよいのか 図:裁判官が、この自白は本当だと確信した

  • しかし、証拠は自白しかない
  • この被告人は有罪か、無罪か
  • 自白のほかに、何を、どれだけ用意すればよいのか

前回の最後に予告しました。自白があってもそれだけでは有罪にできない、という補強法則です。共犯者の供述は本人の自白に当たるのかという問いは、次の回で正面から扱います。今日は補強法則そのものを、1本で通します。最初に場面を1つ置きます。公判で被告人が「自分がやりました」と認めました。裁判官も、この自白は本当だと確信しています。ところが検察官が出せた証拠は、その自白しかありません。この被告人を有罪にできるでしょうか。裁判官の確信と、有罪にできるかどうかは、別の問題です。これが今日の出発点です。答えは、有罪にできません。裁判官がどれだけ確信していても、です。では自白のほかに何をどれだけ用意すれば有罪にできるのか。これが今日の問いです。以前、自白の縛り方は2段だと見ました。入口は自白法則で、そもそも証拠にしてよいかという証拠能力の規制でした。今日は出口です。証拠に入ったあとも自白だけでは有罪にしない、という証明力の規制です。

条文の構造:憲法38条3項と319条

3つの条文の構造。憲法38条3項、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は有罪とされない。刑訴319条2項、公判廷における自白であると否とを問わない。319条3項、有罪の自認を含む。318条の自由心証主義に対する明文の例外 図:3つの条文の構造

  • 憲法38条3項、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は有罪とされない
  • 刑訴319条2項、公判廷における自白であると否とを問わない
  • 319条3項、有罪の自認を含む
  • 318条の自由心証主義に対する明文の例外

先に基本の条文を呼び戻します。自由心証主義の条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

証拠の証明力、つまりその証拠をどれくらい信じるかは、裁判官の自由です。ただし自白だけは、ここに明文の例外があります。まず憲法です。

条文日本国憲法第38条第3項

日本国憲法第38条第3項 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

次に刑事訴訟法の319条2項です。

条文刑事訴訟法第319条第2項

刑事訴訟法第319条第2項 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。

そして3項です。

条文刑事訴訟法第319条第3項

刑事訴訟法第319条第3項 前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

唯一の証拠とは、証拠が1つしかないという意味とは少し違います。自白しか頼れる証拠がない状態です。自白のほかに有罪を支える証拠があれば、唯一ではありません。自白とは、自分の犯罪事実の全部か主要な部分を認める供述のことです。ここで前に預けた話を回収します。裁判官がこの自白は100パーセント本当だと信じても、その自白しか証拠がなければ有罪にできません。法定証拠主義の考え方がここに残っていると見ました。証拠の値打ちを法が外から決める発想が、自白についてだけ残っているのです。今日はその要件の詳しい中身です。

趣旨:このルールは何を恐れているのか

補強法則の趣旨。1つ目、架空の事件で処罰しない。2つ目、自白の証明力を過大評価した誤判を防ぐ。3つ目、捜査機関に自白以外の客観証拠の収集を促す。後の学説の根っこ、1つ目を重視すれば何者かによる被害の存在、2つ目を重視すれば犯人が被告人であること 図:補強法則の趣旨

  • 1つ目、架空の事件で処罰しない
  • 2つ目、自白の証明力を過大評価した誤判を防ぐ
  • 3つ目、捜査機関に自白以外の客観証拠の収集を促す
  • 後の学説の根っこ、1つ目を重視すれば何者かによる被害の存在、2つ目を重視すれば犯人が被告人であること

先に確認です。入口は何の規制で、出口は何の規制でしたか?入口は自白法則で証拠能力の規制です。出口は補強法則で証明力の規制でした。では出口のルールは何を恐れているのか、趣旨を見ます。3つあります。1つ目は、架空の事件で処罰してしまうことです。本当は犯罪そのものが無かったのに、自白があるせいで有罪にしてしまう場合です。次に、自白の証明力を過大に評価して事実を誤認することです。自白は決定的に見えるので、本当は別の人が犯人なのに、自白した人を犯人だと思い込む恐れがあります。最後に、捜査機関に自白以外の客観的な証拠を集めさせることです。

どれも大切ですが、この回で特に使うのは、誤判を防ぐ1つ目と2つ目です。3つ目は捜査の姿勢への働きかけで、自白法則も似た面を持ちます。そしてこの1つ目と2つ目のどちらを重く見るかが、後で見る範囲の学説の対立の根っこになります。覚えておいてください。1つ目を重く見れば、何者かによる被害があったことを支えたい。2つ目を重く見れば、被告人が犯人であることまで支えたい、となります。

憲法と刑訴のズレ:公判廷の自白と有罪の自認

憲法と刑訴のズレ。憲法38条3項の本人の自白は公判廷の自白を含まない、最高裁の判断。理由、自由な状態で供述、黙秘権がある、弁護人をつけられる、裁判所の直接審理。しかし319条2項は公判廷であると否とを問わない、刑訴は憲法より広く補強を要求。319条3項、有罪の自認にも補強が要る、有罪答弁制度は採らない 図:憲法と刑訴のズレ

  • 憲法38条3項の本人の自白は公判廷の自白を含まない、最高裁の判断
  • 理由、自由な状態で供述、黙秘権がある、弁護人をつけられる、裁判所の直接審理
  • しかし319条2項は公判廷であると否とを問わない、刑訴は憲法より広く補強を要求
  • 319条3項、有罪の自認にも補強が要る、有罪答弁制度は採らない

ここで1問考えてください。公判廷で裁判官の目の前で被告人が自白したら、補強証拠は要らないのか。憲法上と刑事訴訟法上で答えは違います。それぞれどうでしょうか。刑事訴訟法では、319条2項の文言どおり、公判廷の自白にも補強が要ります。憲法の方は、最高裁が含まないと判断しました。判旨を見ます。

判例最大判昭23・7・29 刑集2巻9号1012頁

公判廷の自白と憲法38条3項 公判廷における被告人の自白が、裁判所の自由心証によつて真実に合するものと認められる場合には、公判廷外における被告人の自白とは異り、更に他の補強証拠を要せずして犯罪事実の認定ができると解するのが相当である。すなわち、前記法条のいわゆる「本人の自白」には、公判廷における被告人の自白を含まないと解釈するを相当とする。

事案は、農業を営む被告人が米を統制額を超える代金で売った事件です。第二審は公判廷での被告人の供述だけで有罪にしました。被告人はこれが唯一の証拠だから憲法違反だと上告しました。最高裁は上告を認めませんでした。憲法の本人の自白には公判廷の自白を含まないとしたのです。自白の意味が変わったのではありません。憲法が補強を求める範囲から、法廷の自白を外した、ということです。理由がいくつか挙げられています。公判廷では、身体を拘束されたり強制されたりしない自由な状態で話します。黙秘権があるので軽々しく嘘の自白はしません。弁護人をつけることもできます。そして裁判所が目の前で真実性と任意性をその場で判断できます。ただし判決自身が、安易に直ちに断罪することは早計だと戒めています。心証をきちんと形成した場合に限る、ということです。そしてここが大事です。憲法は最低線です。刑事訴訟法はそれより広く、法廷の自白にも補強を求めました。法廷の自白でも、身代わりや、取調べで固まった話の繰り返しはありえます。趣旨の1つ目と2つ目の恐れは、法廷でも消えないからです。この上乗せが、319条2項の「公判廷における自白であると否とを問わない」という部分です。だから「公判廷の自白に補強は要らない」という○×は、憲法上は○で刑訴上は×です。必ずどちらの話かを先に言ってください。次は319条3項です。起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合も、自白に含まれます。つまり被告人が法廷で「有罪です」と認めただけでは、有罪にできません。罪を認めれば証拠調べなしで有罪になる制度を、有罪答弁制度と呼びます。外国にはあります。しかし現行の刑事訴訟法はこれを採りません。認めただけで有罪にすると、架空の事件や身代わりを止められないからです。

補強が足りないまま有罪にした判決は、訴訟手続の法令違反になり、判決に影響を及ぼすことが明らかなら、上訴で破棄されます。ただし別の証拠が補強に足りるなら影響はなく、破棄されません。以前、違法な手続と破棄は別だと見たのと同じ型です。憲法違反になるのは、憲法の射程、つまり公判廷外の自白の範囲だけです。

設例Tと、3つの問い

設例T。被告人Pは深夜の路地で通行人Vを後ろから殴り肩の骨を折らせた傷害罪で起訴。Pは捜査段階でも公判でも、自分が殴った、傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めている。検察官の証拠、診断書、防犯カメラ映像、傘、記録アプリの記載、実況見分調書。Vは犯人の顔を見ていない 図:設例T

  • 被告人Pは深夜の路地で通行人Vを後ろから殴り肩の骨を折らせた傷害罪で起訴
  • Pは捜査段階でも公判でも、自分が殴った、傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めている
  • 検察官の証拠、診断書、防犯カメラ映像、傘、記録アプリの記載、実況見分調書
  • Vは犯人の顔を見ていない

設例Tを置きます。例えば、深夜の繁華街の路地で通行人のVが後ろから殴られ、肩の骨を折りました。Vは犯人の顔を見ていません。被告人のPが傷害罪で起訴されました。Pは捜査でも公判でも、自分が殴った、使った傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めています。検察官が請求した証拠は5つです。具体的に見ていきます。1つ目はVの診断書で、骨折があります。2つ目は路地の入口の店の防犯カメラの映像です。黒っぽい上着の人物が路地に入る様子が映っていますが、顔は分かりません。Pは当日、黒っぽい上着を持っていました。3つ目は事件の翌朝に駅の清掃員が見つけて届けた傘で、Vの血痕が付いているという鑑定です。4つ目は、Pが事件の夜に自分のスマートフォンの記録アプリへ、その日の出来事の1つとして「Vを殴った」と書いたものです。事件の前から毎日つけていた私的な記録で、内容や量は日によってまちまちです。5つ目は、警察官が現場でPに殴った位置を指で示させ、説明させて作った実況見分調書です。問いは、Pの自白のほかに何が補強になって有罪にできるか、です。3つの問いに分けます。何について補強が要るかという範囲。どんな証拠が補強になれるかという適格。そしてどれくらい強ければよいかという程度です。

補強の範囲:罪体説と実質説

補強の範囲の学説。条文は唯一の証拠としか書いていない、解釈問題。罪体説は犯罪の客観的な部分に定型的に補強を要求。その中で、何者かによる法益侵害があれば足りる説と、被告人が犯人であることまで要る説。実質説は自白の真実性を裏づければ足りる、範囲を定型的に決めない。補強が要らないもの、故意などの主観面、前科 図:補強の範囲の学説

  • 条文は唯一の証拠としか書いていない、解釈問題
  • 罪体説は犯罪の客観的な部分に定型的に補強を要求
  • その中で、何者かによる法益侵害があれば足りる説と、被告人が犯人であることまで要る説
  • 実質説は自白の真実性を裏づければ足りる、範囲を定型的に決めない
  • 補強が要らないもの、故意などの主観面、前科

まず範囲です。条文は唯一の証拠としか書いていません。だから自白のほかに何について補強が要るのかは解釈の問題です。大きく罪体説と実質説があります。罪体説は、犯罪の客観的な部分、つまり罪体について定型的に補強を要求します。定型的に、とは、事件ごとの心証で決めずに、あらかじめ決めた部分には必ず補強を求める、という意味です。自白だけで合理的な疑いを超えてよいという発想そのものが誤判を生む、という問題意識です。罪体説の中に2つあります。1つ目は、何者かによる法益侵害があれば足りるという考えです。傷害なら、誰かがけがをさせられたということです。故意や過失などの主観的な要素や、被告人が犯人であることまでは求めません。趣旨の1つ目、架空の事件を重く見ています。2つ目は、被告人が犯人であることまで求める考えです。趣旨の2つ目、犯人の取り違えを重く見ています。設例Tなら、殴ったのがPだという点まで、自白の外の証拠で支える必要があります。もう1つの学説が実質説です。補強の範囲を定型的に決めません。自白の真実性を裏づける証拠があれば足りるという考えです。自白と補強証拠があいまって、合理的な疑いを超える証明に達していればよい、とします。設例Tなら、自白どおり駅で見つかった傘のように、自白の中身が本当だと裏づける証拠があれば足りる、という考えです。

実質説には批判があります。結局は裁判官の心証に戻ってしまい、自由心証への歯止めにならないという批判です。反対に罪体説には、犯人性まで求めると立証が重くなりすぎるという批判があります。補強が要らないものも確認します。故意や目的など主観面は、一般に自白だけでよいとされます。また累犯前科のような、犯罪事実でない事実にも補強は要りません。補強が要るのは、あくまで犯罪事実のうち補強が必要とされる部分です。全部ではありません。

範囲の判例:無免許運転と三鷹事件

範囲の判例。無免許運転の判例、運転行為だけでなく運転免許を受けていなかった事実にも補強証拠が必要。三鷹事件、犯人であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、自白の真実性を裏づける補強証拠があり、自白と総合して認定できれば足りる。判例の読まれ方は一様でない 図:範囲の判例

  • 無免許運転の判例、運転行為だけでなく運転免許を受けていなかった事実にも補強証拠が必要
  • 三鷹事件、犯人であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、自白の真実性を裏づける補強証拠があり、自白と総合して認定できれば足りる
  • 判例の読まれ方は一様でない

この範囲について最高裁の判決が2つあります。1つ目は無免許運転の事件です。原判決は、免許を持っていなかったという点は、無免許という消極的な身分のような主観的な側面だとして、被告人の自白だけで認定してよいとしました。最高裁はこれを誤りとしました。

判例最判昭42・12・21 刑集21巻10号1476頁

無免許運転の罪と補強証拠 無免許運転の罪においては、運転行為のみならず、運転免許を受けていなかつたという事実についても、被告人の自白のほかに、補強証拠の存在することを要するものといわなければならない。

ただし結論は上告棄却でした。同じ職場の同僚の、警察官に対する供述調書に、被告人が免許を受けていなかったことを知っていたと思われる趣旨の供述がありました。これが公判廷の自白の補強に足りたので、判決に影響がなかったのです。実務では、警察本部への免許の有無の照会結果で補強します。免許があったかどうかは、被告人の頭の中ではなく、警察本部への照会で外から確かめられる事実です。そういう事実まで自白だけで認めると、架空の事件の恐れが残ります。この判決の読まれ方は割れています。自白の真実性には触れていないので罪体説に近づいた、という読み方。当然に真実性を考えているので実質説は維持された、という読み方。実質説に立ちつつ、法益侵害に関わる事実には補強が要るとした、という読み方です。もう1つは三鷹事件です。電車が運転者なしで暴走し人が死亡した事件で、自白以外の証拠に、被告人の作為を直接証明するものはありませんでした。最高裁はこう述べました。

判例最大判昭30・6・22 刑集9巻8号1189頁

犯人性の補強について 被告人が犯罪の実行者であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、その他の点について補強証拠が備わり、それと被告人の自白とを綜合して本件犯罪事実を認定するに足る以上、憲法三八条三項の違反があるものということはできない。

カードの少し前で、判決は、自白の真実性を裏づけるに足りる補強証拠はある、と述べています。犯人が誰かという点のほかには、補強証拠が備わっていたということです。犯人であることを直接示す補強がなくても、自白の真実性を裏づける補強があれば足りるということです。なぜ直接の補強まで要らないのか。実質説の考え方で言えば、自白の中身が外の証拠と合っていれば、自白が真実である見込みは高まるからです。これも読み方が割れます。実質説と見る読み方と、罪体説に立ちつつ犯人性は真実性の裏づけで足りるとした、と見る読み方です。

判例が罪体説か実質説かは、断定できません。言えることは2つです。1つ、無免許の事実にも補強が要る。もう1つ、犯人性は直接の補強がなくても、自白の真実性を裏づける補強があれば足りうる。答案では、判例から結論を引き出すのではなく、自分がどの説に立つかをはっきり書き、その説から結論を出してください。

補強の程度:絶対説と相対説

範囲と程度の対応表。罪体説、補強証拠だけで犯罪事実を一応証明できる程度、絶対説。実質説、自白と相まって合理的な疑いを超えればよい、相対説。範囲の説と程度の説は対応する。判例をどちらかと断定しない 図:範囲と程度の対応表

  • 罪体説、補強証拠だけで犯罪事実を一応証明できる程度、絶対説
  • 実質説、自白と相まって合理的な疑いを超えればよい、相対説
  • 範囲の説と程度の説は対応する
  • 判例をどちらかと断定しない

次に程度です。範囲を広く求める罪体説は、補強証拠にどれくらいの強さを求めるでしょうか。範囲と程度は連動します。なぜ連動するのか。罪体説は、決まった部分を補強証拠に支えさせる考えなので、その部分は補強証拠だけで一応言えなければ意味がありません。実質説は、自白が本当かを支えれば足りる考えなので、自白と合わせて測れば足ります。罪体説は、補強証拠だけで犯罪事実の存在を一応証明できる程度を求めます。これを絶対説と呼びます。一応証明できるとは、補強証拠だけを見ても犯罪事実があったらしいと思わせる程度です。有罪の確信までは要りません。実質説は、自白と補強証拠があいまって合理的な疑いを超えれば足りるとします。これを相対説と呼びます。補強証拠だけで一定の水準に届く必要はありません。設例Tで言えば、絶対説は自白を脇に置いて、診断書や傘だけで事件があったらしいと言えるかを問います。相対説は、自白と傘を並べて、合理的な疑いが残らないかを問います。

範囲の説と程度の説は、罪体説と絶対説、実質説と相対説の組になります。答案では、範囲で選んだ説と程度の説を揃えて書きます。なお判例を絶対説か相対説かどちらかに断定することもしません。

補強証拠適格:自白から独立していること

補強証拠適格。補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠なので証拠能力が要る。そのうえで自白から独立していること。被告人自身の供述は原則として補強にならない、自白を何度繰り返しても補強にならない。被告人の供述を基に作られた捜査書類、指示説明の実況見分調書や報告書も補強にならない 図:補強証拠適格

  • 補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠なので証拠能力が要る
  • そのうえで自白から独立していること
  • 被告人自身の供述は原則として補強にならない、自白を何度繰り返しても補強にならない
  • 被告人の供述を基に作られた捜査書類、指示説明の実況見分調書や報告書も補強にならない

3つ目の問いは、どんな証拠が補強になれるかです。まず補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠です。だから証拠能力が要ります。そのうえで自白から独立している必要があります。自白と同じ出どころではないということです。例えば、お金を返したと言う人の話を、メモに何枚書き写しても、出どころは本人の話1つです。裏づけには、銀行の入出金記録のような別の経路の記録が要ります。補強も同じです。被告人自身の供述は原則として補強になりません。自白を何度繰り返しても「本人がそう言っている」にすぎないからです。被告人の供述を基にして作られた捜査書類も同じです。警察官が被告人の供述を書き取った報告書や、被告人に指で示させ説明させて作った実況見分調書は、自白を書き換えたものにすぎません。補強になりません。設例Tの実況見分調書が、これです。自白を聞いた第三者の証言も、自白の繰り返しなら独立性が無いと考えられます。例えば、Pから「俺が殴った」と聞いた友人の証言は、中身がPの話そのものなので補強になりません。友人が自分の目でPを路地で見ていたなら、それは別の出どころです。

例外:未収金控帳と、2つの読み方

例外の控帳。被告人が犯罪の嫌疑を受ける前に、関係なく、備忘のためその都度記入した控帳は、自白と目すべきでなく、323条2号の書面として補強証拠になりうる。理由づけの読み方は2つ、1つ目、機械的継続的に作られた定型的な信頼性のある書面だから。2つ目、捜査と無関係に自白から独立して作られたから 図:例外の控帳

  • 被告人が犯罪の嫌疑を受ける前に、関係なく、備忘のためその都度記入した控帳は、自白と目すべきでなく、323条2号の書面として補強証拠になりうる
  • 理由づけの読み方は2つ、1つ目、機械的継続的に作られた定型的な信頼性のある書面だから
  • 2つ目、捜査と無関係に自白から独立して作られたから

原則には例外があります。思い出してください。前に見た323条で、業務の通常の過程で作られた書面は、何号でしたか?2号でした。2号は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られる書面でした。そのとき2号の例に挙げた未収金控帳が、今日は補強の問題として出てきます。具体的な判例を見ます。米穀の小売販売業者が闇米を売った事件で、被告人は公判廷で自白しました。被告人が自分で付けていた販売未収金の控帳が補強になるかが争われました。

判例最決昭32・11・2 刑集11巻12号3047頁

未収金控帳の補強証拠適格 所論未収金控帳は原判決説示の如く、被告人が犯罪の嫌疑を受ける前にこれと関係なく、自らその販売未収金関係を備忘のため、闇米と配給米とを問わず、その都度記入したものと認められ、その記載内容は被告人の自白と目すべきものではなく、右帳面はこれを刑訴三二三条二号の書面として証拠能力を有し、被告人の第一審公判廷の自白に対する補強証拠たりうるものと認めるべきである。

帳面は被告人自身が書いたものです。それでも補強になりました。理由は、嫌疑を受ける前に犯罪とは関係なく備忘のためその都度記入したもので、記載内容が自白と目すべきではないからです。ここには関門が2つあります。まず、書面を証拠として使えるか、という関門です。書面は伝聞なので例外に当たる必要があり、控帳は323条2号で通りました。補強証拠にも証拠能力が要る、と言ったのはこのことです。次に、使えるとして、自白から独立した補強になれるか、という関門です。決定は、記載内容が自白と目すべきでない、としてここも通しました。

そこで理由づけの読み方が二通りに分かれます。1つ目の読み方は、機械的継続的に作られた定型的に信頼できる書面だから補強になる、とみるものです。業務の記録は正確に書かざるをえないので、本人が書いても、本人の話とは別の支えがある、という考えです。もう1つは、捜査と無関係に自白から独立して作られたから補強になる、とみるものです。嫌疑の前なら、捜査を意識して書いたものではないので、後の自白とは出どころが別だ、という考えです。決定は「嫌疑の前」「関係なく」「備忘のため」「その都度」と両方の要素を挙げているので、どちらか一方に決め打ちできません。分かれ目になるのは私的な日々の記録です。1つ目の読み方なら定型性がないので不適格になります。2つ目の読み方なら、嫌疑の前に捜査と無関係に作られていれば適格の余地が残ります。私的な日々の記録が補強になるかは、どの読み方で決まるか。ここを押さえてください。

設例Tの当てはめ

設例Tの当てはめ。適格、傘は独立の物証で適格あり、実況見分調書は指示説明で補強にならない、記録アプリは読み方で割れる。範囲、診断書、防犯カメラ映像、傘。程度、絶対説と相対説。罪体説の1つ目と絶対説なら足りる、罪体説の2つ目と絶対説なら足りない可能性が高い、実質説と相対説なら傘があるので足りうる 図:設例Tの当てはめ

  • 適格、傘は独立の物証で適格あり、実況見分調書は指示説明で補強にならない、記録アプリは読み方で割れる
  • 範囲、診断書、防犯カメラ映像、傘
  • 程度、絶対説と相対説
  • 罪体説の1つ目と絶対説なら足りる、罪体説の2つ目と絶対説なら足りない可能性が高い、実質説と相対説なら傘があるので足りうる

設例Tに当てはめます。答案では範囲、適格、程度の順に書きますが、当てはめでは先に適格で証拠を仕分けます。補強になれない証拠で範囲や程度を測っても意味がないからです。実況見分調書は、Pに指で示させて作ったものです。自白を基にしているので補強になりません。傘は清掃員が別の経路で見つけた物です。自白が出どころではないので独立していて、適格があります。記録アプリは読み方で割れます。書面として使えるかは、Pが自分に不利なことを書いたものなので、前に見た322条の不利益な事実の承認で通りえます。割れるのは、補強になれるかのほうです。内容や量がまちまちなので、定型的な信頼性を重く見る読み方なら不適格です。一方で、事件の夜に嫌疑を受ける前、捜査と無関係に書かれた点を重く見る読み方なら、適格の余地が残ります。次に範囲と程度を説ごとに見ます。罪体説の1つ目、何者かによる傷害があれば足りるという立場で絶対説なら、診断書と、Vの血痕が付いた傘で、何者かに殴られて傷害を負ったことが一応証明できます。犯人性の補強は要りません。足ります。罪体説の2つ目、犯人性まで求める立場で絶対説ならどうでしょう。防犯カメラは顔が分からず、犯人性の補強として弱いです。傘はVの血痕が付いていて自白どおり駅から出てきたので自白の真実性は支えますが、Pと結びつける独立の証拠は乏しいです。足りない可能性が高いです。もし防犯カメラにPの顔がはっきり映っていたら、罪体説の2つ目でも足ります。説ごとに結論が割れるのは、犯人性を直接示す証拠が無いときです。

実質説で相対説なら、傘が自白の真実性を裏づけます。自白と傘と診断書があいまって合理的な疑いを超えれば足ります。足りうるという結論です。設例Tの結論は、範囲と程度でどの説に立つかによって変わります。答案で求められるのは、正解の説を探すことではありません。自分の説を明示して、その説の中で一貫して当てはめることです。

短答の落とし穴と、答案の順序

短答の落とし穴。公判廷の自白に補強は不要、憲法上は正しい、刑訴上は誤り。被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる、誤り。補強は犯罪事実の全部について要る、誤り。被告人の書いたものは補強にならない、原則は正しいが例外あり。無免許運転で免許不所持の事実に補強不要、誤り。補強法則は証明力の問題、自白の任意性とは別、正しい 図:短答の落とし穴

  • 公判廷の自白に補強は不要、憲法上は正しい、刑訴上は誤り
  • 被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる、誤り
  • 補強は犯罪事実の全部について要る、誤り
  • 被告人の書いたものは補強にならない、原則は正しいが例外あり
  • 無免許運転で免許不所持の事実に補強不要、誤り
  • 補強法則は証明力の問題、自白の任意性とは別、正しい

短答の落とし穴を○×で言います。公判廷の自白には補強は要らない。憲法上は○で刑訴上は×です。先にどちらの話かを言ってください。被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる。×です。319条3項があるからです。補強は犯罪事実の全部について要る。×です。主観面などは自白だけでよく、全部でなくても足ります。被告人の書いたものは補強にならない。原則として○です。ただし嫌疑を受ける前に業務の中でつけていた控帳のような例外があります。無免許運転で免許を受けていなかった事実に補強は要らない。×です。免許の有無は内心ではなく外から確かめられる事実で、判例は補強が要るとしました。最後です。補強法則は自白の証明力の問題で、自白の証拠能力、つまり任意性とは別だ。この言い方なら○です。任意性のある自白でも、それだけでは有罪にできない、ということです。答案の順序は、補強法則の趣旨を押さえたうえで、範囲、適格、程度の順です。程度は、補強になれる証拠だけで測るので、適格が程度より先です。ここは論文で論点になりうるところです。範囲で選んだ説と程度の説を揃えて書きます。

今日の地図(保存版)

まとめ。補強法則は出口の規制。憲法38条3項は公判廷の自白を含まず、319条2項は含む。319条3項で有罪の自認も足りない。範囲、罪体説の2つと実質説、判例の読み方は割れる。程度、絶対説と相対説、範囲と対応。適格、独立性、被告人の供述と捜査書類は不可、嫌疑前の控帳は例外 図:まとめ

  • 補強法則は出口の規制
  • 憲法38条3項は公判廷の自白を含まず、319条2項は含む
  • 319条3項で有罪の自認も足りない
  • 範囲、罪体説の2つと実質説、判例の読み方は割れる
  • 程度、絶対説と相対説、範囲と対応
  • 適格、独立性、被告人の供述と捜査書類は不可、嫌疑前の控帳は例外

まとめます。補強法則は自白の出口の規制で、自白だけでは有罪にできません。憲法は公判廷の自白を含みませんが、319条2項は含み、3項は有罪の自認も足りないとします。補強の範囲は罪体説の2つと実質説で、判例の読まれ方は割れています。程度は絶対説と相対説で、範囲と対応します。適格は独立性で、被告人の供述とそれを基にした捜査書類は補強になれず、嫌疑の前の控帳が例外でした。冒頭の「確信しても自白だけでは有罪にできない」というのは、自白という証拠だけを別の証拠で外から支えさせる、ということですね。次は共犯者の供述です。一緒にやった人が「あの人もやった」と言うだけで有罪にできるのか。共犯者の供述は本人の自白に当たり、補強が要るのか。一緒に裁かれている被告人の供述ならどうかも見ます。

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#131単独ページ動画

共犯者・共同被告人の供述(証拠にする3つのルート・補強の要否)

第5章 証拠法 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

共犯の2人が起訴された。1人は認めた、もう1人は否認している。認めた本人は自分の自白だけでは有罪にならない。否認した相手は、判例の理屈ではその供述だけで有罪にできる余地がある。なぜか 図:共犯の2人が起訴された

  • 1人は認めた、もう1人は否認している
  • 認めた本人は自分の自白だけでは有罪にならない
  • 否認した相手は、判例の理屈ではその供述だけで有罪にできる余地がある
  • なぜか

前回の最後に、問いを2つ置きました。1つ目は、一緒にやった人が「あの人もやった」と言うだけで、その人を有罪にできるのか、つまり共犯者の供述は本人の自白に当たり、補強が要るのか。2つ目は、一緒に裁かれている被告人の供述ならどうか、でした。今日はこの2つに答えます。先に場面を置きます。共犯の2人が起訴されました。1人は罪を認め、もう1人は否認しています。他に証拠は何もありません。認めた本人は、自分の自白しか証拠がないので、有罪にできません。ところが否認している相手は、判例の理屈では、認めた人の供述だけで有罪にできる余地があります。

認めた側が助かり、否認した側が危うくなる。この結論に違和感を覚えるのは自然です。今日の後半で、その違和感の正体を見ます。ただ、その前に出発点があります。一緒に裁かれている被告人の供述を、相手の被告人の証拠にするには、そもそもどの道を通るのか。入口から順に見ていきます。

共同被告人とは:誰から見て誰か

共同被告人。弁論の併合、313条1項。併合されても法律関係は被告人ごとに別個、同意も不同意も被告人ごと。共犯でなくても併合されれば共同被告人。相手の被告人から見ると被告人以外の者 図:共同被告人

  • 弁論の併合、313条1項
  • 併合されても法律関係は被告人ごとに別個、同意も不同意も被告人ごと
  • 共犯でなくても併合されれば共同被告人
  • 相手の被告人から見ると被告人以外の者

先に条文を呼び戻します。分離と併合の条文です。

条文刑事訴訟法第313条第1項

刑事訴訟法第313条第1項 裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。

一緒に審理される被告人どうしを、共同被告人と言います。相手の被告人のことを、相被告人と呼ぶこともあります。同じ意味です。複数の被告人の弁論が併合されると、共同被告人になります。共犯であることは条件ではありません。刑法上の共犯どうしが併合されて共同被告人になることは多いです。ただ、共犯でなくても、事件が密接に関連していて併合されれば、共同被告人です。基準は併合されているかどうかで、共犯かどうかではありません。もう1つ思い出してください。併合されても、法律関係は被告人ごとに別個です。同意するか不同意にするかも被告人ごとで、証拠を採用するかどうかも被告人ごとに判断します。1つの法廷に並んでいても、被告人どうしは別々の当事者です。ここで、今日の出発点を言います。被告人Gの犯罪事実を証明するために、共同被告人Sの供述を使うとします。このときSは、Gから見れば被告人以外の者です。被害者や目撃者と同じ、第三者の位置に立ちます。Sにとっての自分の事実を証明するために使う場面は、別でした。そちらは前に見た322条1項の話です。今日見るのは、Sの供述をGに対して使う場面です。ここから道が3つに分かれます。

3つのルートの地図と、設例W

3つのルートの比較表。1、弁論を分離して証人として尋問、通る条文は143条と146条、限界は証言拒絶。2、併合のまま被告人質問、311条3項、限界は黙秘。3、公判廷外の供述、321条1項、要件を満たすこと 図:3つのルートの比較表

  • 1、弁論を分離して証人として尋問、通る条文は143条と146条、限界は証言拒絶
  • 2、併合のまま被告人質問、311条3項、限界は黙秘
  • 3、公判廷外の供述、321条1項、要件を満たすこと

先に地図を見てください。Sの供述をGに対して使う道は3つです。1つ目は、弁論を分離して、Sを証人として尋問する道です。2つ目は、併合のまま、被告人質問で供述を引き出す道です。3つ目は、公判廷の外でした供述、つまり調書などを使う道です。今日はこの3つを1つの設例で通します。設例Wです。

設例W。被告人SとGは窃盗罪で起訴され併合審理。Sは検察官面前調書で認め、公判の被告人質問でも認めている。Gは否認し、その夜は家にいたと述べる。被害を裏づける在庫記録も被害届もない 図:設例W

  • 被告人SとGは窃盗罪で起訴され併合審理
  • Sは検察官面前調書で認め、公判の被告人質問でも認めている
  • Gは否認し、その夜は家にいたと述べる
  • 被害を裏づける在庫記録も被害届もない

夜の工事現場の資材置き場から、銅線ケーブルが持ち出されました。被告人のSとGが、2人とも窃盗罪で起訴され、併合して審理されています。Sは検察官の取調べで「Gと2人で夜に入って、ケーブルを台車に積んで持ち出した」と話し、署名押印した調書があります。公判の被告人質問でも、Sは同じように認めています。Gは一貫して否認です。その夜は家にいた、と言います。そして資材置き場の管理会社は在庫を厳密に数えておらず、被害届もありません。Sの供述のほかに、盗難を裏づける証拠がありません。問いは3つです。1つ目、SはGを有罪にする証拠として、どの道で供述を出せるか。2つ目、SとGは、それぞれSの供述だけで有罪にできるか。3つ目、Gが一部を認めたら、Sの供述はGの自白の補強に使えるか。順番に答えていきます。

ルート1:弁論を分離して証人として尋問する

ルート1、分離して証人。併合のままでは証人にできない、黙秘権と証人の義務が両立しない。分離すれば第三者に戻り証人適格あり、143条。ただし自己に不利益な証言は拒める、146条。拒まれたら調書へ。分離後の証言は自己の事件でも証拠になる 図:ルート1、分離して証人

  • 併合のままでは証人にできない、黙秘権と証人の義務が両立しない
  • 分離すれば第三者に戻り証人適格あり、143条
  • ただし自己に不利益な証言は拒める、146条
  • 拒まれたら調書へ
  • 分離後の証言は自己の事件でも証拠になる

ルート1です。まず、併合のままではなぜ証人にできないのかを思い出してください。被告人には終始沈黙できる黙秘権があります。証人には出頭、宣誓、証言の義務があり、正当な理由なく拒めば過料や刑罰の対象になります。1人の人間に、黙っていてよいという地位と、話さなければならないという地位を同時には与えられません。だから、併合したままでは、共同被告人を相手の事件の証人にできません。ではどうするか。弁論を分離します。分離すると、SはもうGと一緒に審理される被告人ではありません。Gの事件から見れば、Sはただの第三者に戻ります。証人適格は原則として誰にでもあります。条文は143条で、特別の定めがない限り、何人でも証人として尋問できます。だから、Gの事件で、Sを証人として尋問できます。

条文刑事訴訟法第143条

刑事訴訟法第143条 裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。

判例もこれを認めています。

判例最判昭35・9・9 刑集14巻11号1477頁

共同被告人を分離して証人として尋問すること 共同被告人を分離して証人として尋問しても、同証人は自己に不利益な供述を拒むことができ、これを強要されるものでないこと(……)および共同被告人でも事件が分離された後、他の共同被告人の証人として証言することは差支えなく、また他の事件の証人としての証言が自己の犯罪に対しても証拠となること(……)もまた当裁判所の判例とするところであるから、所論違憲の主張は採用できない。

判旨には3つの内容があります。先に2つを見ます。1つ目は、分離したあとなら、他の共同被告人の証人として証言してよいということです。2つ目は、その証言は、Sが自分の犯罪について裁かれる場面でも、証拠になるということです。そこで、3つ目の内容が効きます。判旨は、証人として尋問しても、自己に不利益な供述は拒むことができ、強要されないと述べています。拒む根拠になる条文が146条です。

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

自分が訴追されたり有罪になったりするおそれのある証言は、拒めます。Sは窃盗で起訴されている本人です。だから、Gと2人で持ち出したかという質問は、拒めます。ここで注意があります。拒めるのは、証言全部ではありません。包括的に黙秘する権利が証人にあるわけではなく、質問ごとに、この質問は自分の罪に関わるから拒む、と判断します。拒まれたら、どうなるでしょう。Gの側は、Sに反対尋問ができません。Sが答えなければ、Gの証拠になる証言そのものが出てきません。前に見た刑事免責を検察官が請求し、裁判所が決定すれば、Sは146条で拒めなくなります。その代わり、その証言は、Sの事件ではS自身に不利な証拠にできません。免責なしで分離して証言しただけなら、その証言はSの事件でも証拠になる、という判例とは、ここが違います。そこで、公判廷の外でしたSの供述、つまり検察官面前調書のほうが検討されます。ルート3に戻ります。

ルート2:併合のまま被告人質問で引き出す

ルート2、併合のまま被告人質問。311条3項、共同被告人又はその弁護人も裁判長に告げて供述を求められる。判例は共犯者たる共同被告人の供述であるからといって全く証拠能力を欠くものではないとする。限界は、Sは黙秘できること 図:ルート2、併合のまま被告人質問

  • 311条3項、共同被告人又はその弁護人も裁判長に告げて供述を求められる
  • 判例は共犯者たる共同被告人の供述であるからといって全く証拠能力を欠くものではないとする
  • 限界は、Sは黙秘できること

先に確認です。前に見た311条を思い出してください。被告人質問と証人尋問の大きな違いは何でしたか?宣誓があるかどうか、供述の義務があるかどうか、偽証罪があるかどうか、でした。被告人質問は、宣誓もなく、答える義務もなく、偽証罪もありません。その違いを踏まえてルート2を見ます。

条文刑事訴訟法第311条第1項〜第3項

刑事訴訟法第311条第1項〜第3項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。 被告人が任意に供述をする場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができる。 陪席の裁判官、検察官、弁護人、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、前項の供述を求めることができる。

併合のままなら、Sは被告人の地位にあります。証人ではありません。だからGの側がSの供述を引き出すなら、被告人質問の形になります。3項の、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、供述を求めることができる、という部分です。Gの弁護人が、裁判長に告げてSに質問します。ではそうして出たSの公判廷の供述を、Gの有罪の証拠にしてよいか。判例を見ます。

判例最判昭28・10・27 刑集7巻10号1971頁

共犯者たる共同被告人の供述の証拠能力 共犯者たる共同被告人の供述であるからといつて全く証拠能力を欠くものではないことは当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである。……被告人及び弁護人は刑訴三一一条三項により共同被告人に対し任意の供述を求めうる機会が与えられているのであつて、所論は未だ共同被告人の公判廷における供述の証拠能力を当然に否定すべき事由となるものではない

言葉を正確に読んでください。「全く証拠能力を欠くものではない」と言っています。そして、質問する機会が与えられているので、証拠能力を「当然に否定すべき事由」にはならない、と言っています。何でも使ってよい、と言い切ったのではありません。証拠能力を否定する理由にはならない、という言い方です。ここで、Gの反対尋問の権利とぶつかります。Gには憲法37条2項の、証人を審問する権利があります。他方でSには黙秘権があります。Gの弁護人が質問する機会は制度上あります。ただしSは、答えたくなければ黙れます。質問できたことと、反対尋問で信用性をテストできたことは、同じではありません。だから有力な説は、Gの側からSへの質問、つまり反対質問が現実に効果を収めた場合に限って、証拠能力を認めるべきだとします。判決が述べているのは、質問する機会が与えられている、という点までです。機会で足りるとする側の考え方を補うと、こうなります。答えるかどうかを決めるのはSですが、Gの側が問いを立てて矛盾を突く場は、制度として用意されています。Sが答えなかった部分には、そもそも証拠になる供述がありません。問題になるのは、Sが答えた部分です。それは裁判官の目の前で、Gの側も問いを向けられる場でされた供述です。Gの質問にだけ黙ったなら、その様子も裁判官は見ています。だから、証拠から一律に外すのではなく、どこまで信用できるかの評価に回せばよい、という考え方です。答案では、判例の立場と自説をはっきり区別して書いてください。そして、どちらの立場でも、Sが黙ったり答えをはぐらかしたりしたなら、その供述の信用性は慎重に吟味されます。

ルート3:公判廷の外の供述

ルート3、公判廷外の供述。Gに対しては被告人以外の者の書面として321条1項、検察官面前調書は2号。S自身に対しては322条1項。共同被告人の調書を相手に322条で使うのは違法。証言を拒まれたらここへ戻る 図:ルート3、公判廷外の供述

  • Gに対しては被告人以外の者の書面として321条1項、検察官面前調書は2号
  • S自身に対しては322条1項
  • 共同被告人の調書を相手に322条で使うのは違法
  • 証言を拒まれたらここへ戻る

ルート3は、前に見た整理の呼び戻しです。Sの検察官面前調書をどう使うか。誰に対して使うかで条文が変わりました。Sの検察官面前調書をGに対して使うなら、Sは被告人以外の者ですから、321条1項です。被告人以外の者の供述を書いた書面を、号ごとの条件を満たせば証拠にできる、という規定でした。検察官面前調書は2号です。S自身に対して使うなら、322条1項です。被告人自身の書面は、自分に不利益な事実を認める内容なら、任意性に疑いがない限り使える、という規定でした。そして、Gに対して322条で使うのは違法だと、判例が示していました。共同被告人の調書だから被告人の供述として使ってよい、とはなりません。Gから見れば、Sは第三者だからです。設例Wなら、検察官面前調書は、Sが公判で証言を拒み続けて、前に見た供述不能に当たったり、前の供述と相反する供述をして相対的に特信情況が認められたりした場合に、2号で使える道が開けます。ルート1で拒まれた証言が、ここにつながるのです。

共犯者の供述は本人の自白に当たるか

共犯者の供述は本人の自白に当たるか。補強法則の対象は、憲法38条3項の本人の自白。当たるなら補強が要る。判例は当たらないとする。練馬事件、共犯者の供述は被告人以外の者の供述で純然たる証人とその本質を異にしない 図:共犯者の供述は本人の自白に当たるか

  • 補強法則の対象は、憲法38条3項の本人の自白
  • 当たるなら補強が要る
  • 判例は当たらないとする
  • 練馬事件、共犯者の供述は被告人以外の者の供述で純然たる証人とその本質を異にしない

ここから山場です。3つのルートは、供述を証拠にしてよいかという入口の話でした。次は、証拠にした供述だけで有罪にできるか、という出口の話です。前回見た補強法則です。呼び戻します。

条文日本国憲法第38条第3項

日本国憲法第38条第3項 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

補強が要るのは、本人の自白です。ではSの供述は、Gにとって、本人の自白でしょうか。Sの供述が本人の自白に当たるなら、Gを有罪にするにも補強が要ります。当たらなければ、要りません。ここで1問考えてください。設例Wで、Sは調書に「Gと2人で夜に入って、ケーブルを台車に積んで持ち出した」と話しています。この話は、Gにとって本人の自白にあたるのか。理由も含めて、少し考えてみてください。Sは自分の罪も認めているので、自白に見えます。他方でGにとっては、他人の話にも見えます。この両面があることが出発点です。最高裁の大法廷が、これを判断しました。練馬事件と呼ばれる判決です。複数の被告人の共謀が問題になった、傷害致死などの事件です。判例の言葉を読みます。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共犯者の自白と本人の自白 共犯者の自白をいわゆる「本人の自白」と同一視し又はこれに準ずるものとすることはできない。けだし共同審理を受けていない単なる共犯者は勿論、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であつても、被告人本人との関係においては、被告人以外の者であつて、被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではないからである。されば、かかる共犯者又は共同被告人の犯罪事実に関する供述は、憲法三八条二項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、自由心証に委かさるべき独立、完全な証明力を有するものといわざるを得ない。

判決は2段で考えています。1段目、証明力の評価は裁判官に委ねる、というのが自由心証主義でした。憲法38条3項は、それに対する例外規定です。例外ですから、厳格に解釈します。だから共犯者の自白を、本人の自白と同じ、あるいはそれに準ずるものとして広げることはできません。2段目、理由です。共犯者も、共同被告人も、被告人本人との関係では被告人以外の者です。被害者などの純然たる証人と本質を異にしません。だから、その供述は自由心証に委ねられ、独立で完全な証明力を持ちます。ここで決め手を1つに絞ります。Gにとって、Sは第三者だということです。もし近所の人が「あの夜、Gが資材置き場から出てくるのを見た」と話したら、それはGの自白ではなく、目撃者の供述です。Sの話も、Gから見れば、これと同じ位置にあります。補強が要るのは、本人が自分で自分の罪を認めた場合です。前回見た趣旨の2つ目です。自白は決定的に見えるので、証明力を過大に評価する恐れがある、というのがこのルールの理由でした。Sの供述は、Gが自分を不利に語ったものではありません。だから本人の自白ではない、と見ます。この判決で、これと矛盾する限度で、従来の大法廷の判決も変更されました。

後の小法廷の判決。最判昭51・2・19、練馬事件の考え方を確認し、本件は共犯者の供述だけで認定したものではない。最判昭51・10・28、共犯者2人以上の自白で有罪としても憲法38条3項に違反しない。直接解釈したのは憲法38条3項、刑訴319条2項も判例・実務は同じ扱い 図:後の小法廷の判決

  • 最判昭51・2・19、練馬事件の考え方を確認し、本件は共犯者の供述だけで認定したものではない
  • 最判昭51・10・28、共犯者2人以上の自白で有罪としても憲法38条3項に違反しない
  • 直接解釈したのは憲法38条3項、刑訴319条2項も判例・実務は同じ扱い

後の小法廷の判決でも、この立場が確認されています。1つ目です。

判例最判昭51・2・19 刑集30巻1号25頁

共犯者の供述と憲法38条3項 共犯者の供述を、右憲法の規定にいう「本人の自白」と同一視し、又はこれに準ずるものとすべきでないことは、当裁判所の判例(……)とするところであるばかりでなく、本件については、原判決が共犯者の供述のみによつて被告人の本件犯罪事実を認定したものでないことは、原判決が掲記する証拠の標目自体によつても明らかであるから、所論は採用することができない。

この判決は、練馬事件の考え方を確認したものです。そして本件では、共犯者の供述だけで認定したものではない、とも述べています。2つ目です。

判例最判昭51・10・28 刑集30巻9号1859頁

共犯者2名以上の自白と憲法38条3項 共犯者二名以上の自白によつて被告人を有罪と認定しても憲法三八条三項に違反しないことが明らかであるから、共犯者三名の自白によつて本件の被告人を有罪と認定したことは、違憲ではない。のみならず、原判決がその基礎とした第一審判決の証拠の標目によると、共犯者らの自白のみによつて被告人の犯罪事実を認定したものでないことも、明らかである。

言葉を正確に押さえます。この判決が述べたのは、共犯者2人以上の自白で被告人を有罪と認定しても、憲法38条3項に違反しない、ということです。事案は、共犯者3人の自白がありました。しかも判決自身が、共犯者らの自白のみによって認定したものではない、と付け加えています。この判決を、共犯者の供述だけで有罪にしてよいという判決と覚えるのは不正確です。判決の言葉は、共犯者2人以上の自白でも違憲ではない、というものです。共犯者の供述は本人の自白に当たらないという考えの土台は、練馬事件の判決にあります。だから補強は憲法38条3項からは求められません。刑事訴訟法の319条2項は、公判廷の自白まで含む点で憲法より広い、と前回見ました。ただ、共犯者の供述を本人の自白に含めない点は、判例・実務は319条2項でも同じに扱っています。ただし判決が直接解釈したのは憲法38条3項だと、区別して覚えてください。

理由と批判:巻き込みの危険と信用性

理由と批判。判例の理由、被告人以外の者の供述で純然たる証人と本質を異にしない。通説的な説明、反対尋問で真実性をテストできる。批判、巻き込みの危険、自分の責任を軽くするため他人を引き込む。応答、危険があるからこそ信用性を慎重に吟味する 図:理由と批判

  • 判例の理由、被告人以外の者の供述で純然たる証人と本質を異にしない
  • 通説的な説明、反対尋問で真実性をテストできる
  • 批判、巻き込みの危険、自分の責任を軽くするため他人を引き込む
  • 応答、危険があるからこそ信用性を慎重に吟味する

判例の理由を整理します。判決自身の言葉は、被告人以外の者の供述で、純然たる証人と本質を異にしない、というものでした。これとは別に、通説的な説明があります。共犯者の供述は、相手の被告人の側から反対尋問や反対質問にさらされます。そこで真実かどうかをテストできる、という説明です。判決の言葉と、この説明は、別のものです。答案で判例の理由として書くのは、判決の言葉のほうです。補強を要求すべきだという側の根拠は、共犯者による巻き込みの危険です。共犯者は、自分の責任を軽くするために、他人を巻き込む危険があります。責任をなすりつけたり、関係のない人を引っ張り込んだりする危険です。設例Wで言えば、本当はSが1人で持ち出したのに、自分の刑を軽くしようとして「Gに誘われた」とGを引き込む、という形です。自分の自白なら、自分を不利にするので信用できます。他人を巻き込む供述には、その担保がありません。これに対する応答は、巻き込みの危険があるからこそ、裁判所は共犯者の供述の信用性を慎重に吟味する、というものです。法律上は補強が要らなくても、実際には、信用性の吟味がとても重い証拠です。結論は、補強は法律上は不要、でも信用性は別に厳しく見る、という二段構えです。

逆転現象

逆転現象。Sの自白だけではSは無罪、補強不足。GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる。団藤裁判官の反対意見、はなはだしく非常識な結論。判例側の再反論、補強を要すると自白した共犯者らは相互に補強されて有罪、否認した被告人は処罰を免れる 図:逆転現象

  • Sの自白だけではSは無罪、補強不足
  • GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる
  • 団藤裁判官の反対意見、はなはだしく非常識な結論
  • 判例側の再反論、補強を要すると自白した共犯者らは相互に補強されて有罪、否認した被告人は処罰を免れる

冒頭の違和感に戻ります。設例Wです。Sは認め、Gは否認し、Sの供述のほかに証拠がありません。判例の立場では、どうなりますか。Sは、自分の自白しか証拠がありません。補強が要るのに補強がないので、無罪です。Sは公判でも認めていますが、法廷の自白にまで補強を求めるのは、前回見た刑事訴訟法の319条2項でした。一方Gにとって、Sの供述は本人の自白ではなく、第三者の供述です。だから補強なしでも、有罪にできる余地があります。自白した人が無罪で、否認した人が有罪になりうる。これが逆転現象です。補強が必要だと考える側は、ここを根拠にします。

判例最判昭51・2・19 刑集30巻1号25頁(団藤裁判官の反対意見)

共犯者の自白と補強をめぐる団藤裁判官の反対意見 共犯者中の一人が自白をし他の一人が否認をしていて、しかも、他に補強証拠がないという事案を想定するときは、反対説においては、自白をした者は自分の自白しかないから無罪となり、否認をした者は共犯者の自白があるから有罪となるという結果になる。自白をしたものが有罪、否認をしたものが無罪というのならばまだしも、自白をした者が無罪、否認をした者が有罪というのは、はなはだしく非常識な結論である。

これは法廷意見ではなく、反対意見です。判例の結論と取り違えないでください。同じ指摘は、練馬事件の少数意見にもあります。自白した者は有罪にならないのに、同じ事実を否認した共同被告人は処罰されるのは不合理だ、という意見です。判例の立場からは、この不均衡は次のように説明されます。誰にとって誰が第三者か、で整理するのです。Sの自白はSにとっては本人の自白で、補強が要ります。同じ供述がGにとっては第三者の供述で、補強は要りません。同じ言葉でも、立つ位置で性質が変わる。だから不均衡に見えても、矛盾ではない、という整理です。さらに再反論があります。共犯者2人以上の自白を扱った判決の補足意見は、補強を要するとすると、自白した共犯者らは相互に自白が補強されて有罪とされるのに、被告人は自白していないため処罰を免れるという不均衡をもたらすことになり、妥当ではない、と述べています。これも法廷意見ではなく補足意見です。逆向きの不均衡が出る、という指摘です。実務の見方もあります。信用性の吟味が厳しいので、Sが無罪になるような証拠状況で、Gだけが有罪になることは、ほとんど起こりません。理論上は逆転しうるが、実際には信用性で調整される、という整理です。

共同被告人の供述を、補強証拠に使えるか

共同被告人の供述を補強証拠に使えるか。被告人自身の自白は補強にならないが、共同被告人の供述は別人の供述で自白から独立している。判例は肯定、各自の自白を相互に補強証拠とした。黙秘や証言拒絶があれば信用性は慎重に 図:共同被告人の供述を補強証拠に使えるか

  • 被告人自身の自白は補強にならないが、共同被告人の供述は別人の供述で自白から独立している
  • 判例は肯定、各自の自白を相互に補強証拠とした
  • 黙秘や証言拒絶があれば信用性は慎重に

先に確認です。前回見た、補強証拠になれる条件は何でしたか?自白から独立していることでした。被告人自身の供述は、何度繰り返しても、補強になりません。では、共同被告人の供述はどうか。Gが「見張りだけはした」と一部を認めたとします。Gの自白だけでは有罪にできないので、自白とは別の証拠で、たとえばケーブルが本当に持ち出されたことを裏づける必要があります。その裏づけに、Sの供述を使えるか。これが設例Wの3つ目の問いです。判例は肯定しています。練馬事件の判決は、原判決の維持した第一審判決の認定について、こう述べています。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共謀の認定と各自の自白の相互補強 原判決の維持した第一審判決は、共謀の点については、共謀を否認した被告人に対する関係においては共同被告人のこの点に関する自白を独立証拠とし、また、共謀を是認した被告人本人に対する関係においてはこの点に関する各自の自白を相互に補強証拠とし、……

共謀を認めた被告人本人との関係では、各自の自白を相互に補強証拠としています。つながりは簡単です。補強証拠適格は、自白から独立していることでした。Gの自白とSの供述は、出どころが別の人です。だから独立していて、補強になりえます。被告人自身が自白を繰り返すのとは違います。さきほどの巻き込みの危険は、ここでも残りませんか。残ります。だから使えるとしても、信用性は慎重に評価します。しかもSが黙秘したり証言を拒んだりすれば、Gの側から質問して確かめることができません。独立していることと、信用できることは、別の話です。

設例Wの当てはめ

設例Wの当てはめ。ルート、検察官が分離を請求してSを証人尋問、Sは146条で拒める、併合のままGの弁護人が被告人質問、Sの調書はGに対して321条1項2号、Sに対して322条1項。補強の要否、Sは自白だけで無罪、GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる余地、信用性は慎重に。補強に使う、Gが一部認めたらSの供述は独立した別人の供述 図:設例Wの当てはめ

  • ルート、検察官が分離を請求してSを証人尋問、Sは146条で拒める、併合のままGの弁護人が被告人質問、Sの調書はGに対して321条1項2号、Sに対して322条1項
  • 補強の要否、Sは自白だけで無罪、GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる余地、信用性は慎重に
  • 補強に使う、Gが一部認めたらSの供述は独立した別人の供述

設例Wに当てはめます。順番は、供述の証拠能力、補強の要否、補強証拠として使えるか、です。1つ目の問い、どの道で供述を出せるか。ルート1は、検察官が分離を請求してSを証人尋問する道です。ただしSは146条で、自分の罪に関わる質問を拒めます。拒まれたらルート2かルート3です。ルート2は、併合のまま、Gの弁護人が被告人質問でSに質問する道です。Sは黙秘できますが、答えれば、その供述は証拠になりえます。ルート3は、Sの検察官面前調書です。Gに対しては321条1項2号、Sに対しては322条1項です。Gに対して322条は使えません。2つ目の問い、Sの供述だけで有罪にできるか。Sは自分の自白しかなく、被害を裏づける証拠がありません。補強がないので、Sは無罪です。Gにとって、Sの供述は本人の自白ではありません。判例の立場なら、Sの供述だけでGを有罪にできる余地があります。逆転現象です。ただし、SがGを巻き込んでいないか、信用性は慎重に吟味されます。3つ目の問い、Gが「見張りだけはした」と一部認めた場合です。Gの自白の補強に、Sの供述を使えるか。使えます。Sの供述は、ケーブルが持ち出されたことを、Gの自白とは別の口から裏づけます。別人の供述で、独立しているからです。ただしSが黙秘すれば質問できないので、信用性は慎重に評価します。

短答の落とし穴と、答案の順序

短答の落とし穴。併合のまま証人にできる、誤り、分離が要る。分離すれば証人にできる、正しい、ただし自己に不利益な証言は拒める。併合のままの被告人質問の供述に証拠能力がない、誤り。322条1項で相手に使える、誤り。共犯者の自白だけでは他の共犯者を有罪にできない、誤り。共同被告人の供述は補強証拠にできる、正しい。共犯者の自白は本人の自白、誤り 図:短答の落とし穴

  • 併合のまま証人にできる、誤り、分離が要る
  • 分離すれば証人にできる、正しい、ただし自己に不利益な証言は拒める
  • 併合のままの被告人質問の供述に証拠能力がない、誤り
  • 322条1項で相手に使える、誤り
  • 共犯者の自白だけでは他の共犯者を有罪にできない、誤り
  • 共同被告人の供述は補強証拠にできる、正しい
  • 共犯者の自白は本人の自白、誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。共同被告人は、併合したままで相手の事件の証人にできる。×です。分離が要ります。弁論を分離すれば、相手の事件の証人にできる。○です。ただし自己に不利益な証言は拒めます。併合のままの被告人質問で得た共同被告人の供述には、相手に対する証拠能力がない。×です。判例は、全く証拠能力を欠くものではないとします。共同被告人の検察官調書を、相手の被告人に対して322条1項で使える。×です。321条1項です。共犯者の自白だけでは、他の共犯者を有罪にできない。×です。判例は、本人の自白に当たらないとします。ただし信用性は慎重に吟味されます。共同被告人の供述は、被告人の自白の補強証拠にできる。○です。共犯者の自白は本人の自白に当たり、補強が必要。×です。判例上、当たりません。答案の順序は、3つです。まず供述の証拠能力を、3つのルートのどれかで確かめます。次に、補強の要否を、本人の自白に当たるかで見ます。最後に、被告人の自白があるときは、補強証拠として使えるかを見ます。ここは論文で論点になりうるところです。3つのルートと補強の要否は、別の問いです。混ぜないで書いてください。

今日の地図(保存版)

まとめ。3つのルート、分離して証人、併合のまま被告人質問、公判廷外の供述。共犯者の供述は本人の自白に当たらない、判例。理由と批判、巻き込みの危険は信用性で。逆転現象、判例側の説明。共同被告人の供述は補強証拠になりえる 図:まとめ

  • 3つのルート、分離して証人、併合のまま被告人質問、公判廷外の供述
  • 共犯者の供述は本人の自白に当たらない、判例
  • 理由と批判、巻き込みの危険は信用性で
  • 逆転現象、判例側の説明
  • 共同被告人の供述は補強証拠になりえる

まとめます。共同被告人の供述を相手の証拠にする道は3つです。分離して証人にする、併合のまま被告人質問で引き出す、公判廷の外の供述を使う、でした。判例は、共犯者の供述を本人の自白とは見ません。被告人以外の者の供述だからです。巻き込みの危険があるので、信用性は慎重に吟味します。逆転現象は、同じ供述が自分にとっては本人の自白、相手にとっては第三者の供述だという位置の違いで説明されます。共同被告人の供述は、自白から独立しているので、補強証拠にもなりえます。冒頭の違和感は、同じ供述でも、自分に向けた話なのか、相手に向けた話なのかで性質が変わる、ということで解けました。次は違法収集証拠排除法則です。警察が違法な方法で集めた証拠は、そのまま裁判で使えるのか。法律に書かれていないのに、なぜ裁判所は証拠から外せるのか。その考え方と判断の枠組みを見ます。

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#132単独ページ動画

違法収集証拠排除法則①(排除の根拠・昭和53年判決の2要件)

第5章 証拠法 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察が違法な捜索で覚醒剤を見つけた。覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いない。それでも裁判所は、この覚醒剤を証拠から外すことがある。真実を探すはずの裁判が、なぜ本物の証拠を捨てるのか 図:警察が違法な捜索で覚醒剤を見つけた

  • 覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いない
  • それでも裁判所は、この覚醒剤を証拠から外すことがある
  • 真実を探すはずの裁判が、なぜ本物の証拠を捨てるのか

警察が違法な捜索をして、覚醒剤を見つけたとします。覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いありません。それでも裁判所が、その覚醒剤を証拠から外すことがある、と聞きました。本物の証拠を捨てたら、真実が分からなくなりませんか。そこが、今日の問いです。警察が違法な方法で集めた証拠は、そのまま裁判で使えるのか。そして、法律に書かれていないのに、なぜ裁判所は証拠から外せるのか。その考え方と、判断の枠組みを見ます。手がかりは、所持品検査の回で見た、上着のポケットに手を入れた事件です。承諾なくポケットに手を入れて取り出した検査は、違法でした。では、その違法な検査で見つかった覚醒剤は、証拠に使えたのか。同じ判決の、後半です。答えを先に言います。違法に集めた証拠は、外されることがあります。ただし、違法があれば必ず外れるわけではありません。最高裁は、2つの要件で線を引きました。その線の引き方と、そう引く理由を、今日は1本で通します。

証拠禁止:証明力とは別次元の「使わせない」理由

証拠禁止と関連性の違い。関連性は推認力があるか。証拠禁止は推認力があっても手続など別の理由で使わせない。両方とも証拠能力を否定する理由の整理で、重なって否定理由になりうる。自白の例、嘘を誘う聞き方は関連性の側、黙秘権の侵害などの手続の違法は証拠禁止の側 図:証拠禁止と関連性の違い

  • 関連性は推認力があるか
  • 証拠禁止は推認力があっても手続など別の理由で使わせない
  • 両方とも証拠能力を否定する理由の整理で、重なって否定理由になりうる
  • 自白の例、嘘を誘う聞き方は関連性の側、黙秘権の侵害などの手続の違法は証拠禁止の側

最初に、関連性の回の入口を思い出します。証拠能力、つまり、証拠が法廷で取り調べられるための法律上の資格を考える観点は、2つありました。関連性と、証拠禁止です。関連性は、その証拠が、証明したい事実を推認させる力を持つか、を見ます。証拠禁止は、推認する力があっても、手続の公正を守るなど、事実の認定とは別の理由で使わせない、という観点です。2つは排斥し合わず、どちらの理由でも、証拠能力は否定されえます。自白で言えば、嘘の答えを誘うような聞き方で取った自白は、事実を誤って認定させるおそれがあるので、関連性の側の問題です。話す自由を奪うなど、手続そのものが違法なら、中身が正しくても外す理由になります。こちらが、証拠禁止の側です。違法収集証拠排除法則は、この証拠禁止の代表例です。捜査機関が、法律に違反して集めた証拠の証拠能力を、否定する考え方です。

明文がない:それでも外す理由はあるのか

違法に集めた証拠を使えないという条文はない。自白には319条1項があるが物には明文がない。かつての否定論3つ。国家賠償で足りる、真犯人を放免する必要はない、証拠物は押収が違法でも物の性質形状は変わらず証拠としての価値も変わらない。判決も一度は認める、直ちに否定は相当でない 図:違法に集めた証拠を使えないという条文はない

  • 自白には319条1項があるが物には明文がない
  • かつての否定論3つ
  • 国家賠償で足りる、真犯人を放免する必要はない、証拠物は押収が違法でも物の性質形状は変わらず証拠としての価値も変わらない
  • 判決も一度は認める、直ちに否定は相当でない

次に、明文の話です。自白には、条文がありました。319条1項を、もう一度置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

自白は、この条文で外せます。ところが、違法な捜索で集めた覚醒剤のような物について、違法に集めたから証拠にできない、と書いた条文は、ありません。憲法にも、刑事訴訟法にも、ありません。条文がないなら使ってよい、と考える立場が、かつては有力でした。理由は3つです。1つ目は、違法な捜索をした警察官は、国家賠償や懲戒で責任を取らせれば足りる、という考えです。2つ目は、証拠から外すと、真犯人を放免することになり、社会の利益に反する、という考えです。3つ目が、いちばん強い理由です。証拠物は、押収の手続が違法でも、物そのものの性質や形状は変わりません。覚醒剤は、違法に押収しても、覚醒剤のままです。ですから、証拠としての価値も変わらない、という考えです。

盗品でも品物の価値は変わらない、という見方は、この3つ目の理由に近い例えです。そして、最高裁も、この3つ目の理由を、まず認めています。押収手続が違法だというだけで、直ちに証拠能力を否定するのは、真相の究明に資さず、相当でない、と述べました。古い最高裁判例にも、押収物は手続が違法でも、性質や形状は変わらないので、証拠としての価値に変わりはない、と述べたものがあります。ただし、これは旧刑事訴訟法の時代の判決で、その押収は適法だったと認めたうえで、付け加えるように述べた部分です。上着のポケットの判決は、この古い判例について、押収手続にきわめて重大な違法がある場合まで証拠に使ってよい、と言ったものではない、と読みました。つまり、排除を全面的に否定した判例ではない、という整理です。

本物でも外す理由として、ここから、排除の根拠を作ります。質屋の例えを、もう少し続けます。

排除の3つの根拠と、根拠が決める排除の範囲

排除の3つの根拠。適正手続は憲法31条33条35条の保障を実効化する憲法上の法規範で、法規範説や憲法説とも呼ばれる。司法の廉潔性は裁判所が違法な証拠を使えば違法に加担し国民の信頼を損なう。違法捜査の抑止は使えないとしておけば将来の違法を防げる。いずれも事実認定以外の利益を守る、証拠禁止の一類型 図:排除の3つの根拠

  • 適正手続は憲法31条33条35条の保障を実効化する憲法上の法規範で、法規範説や憲法説とも呼ばれる
  • 司法の廉潔性は裁判所が違法な証拠を使えば違法に加担し国民の信頼を損なう
  • 違法捜査の抑止は使えないとしておけば将来の違法を防げる
  • いずれも事実認定以外の利益を守る、証拠禁止の一類型

ここで、少し思い出してください。自白法則の3つの考え方のうち、取調べの手続が違法かどうかを拾う考え方は、何でしたか?違法排除説です。違法な手続で取った自白は、将来の違法な取調べを抑えるために外す、でした。今日の3つ目の根拠は、その考え方の物版です。では、3つを順に置きます。質屋さんが、盗品だと知りながら、その本物のブランド品を買い取ったとします。品物は本物です。それでも買い取りを断るべき理由は、品物が偽物だからではありません。この理由を分けると、3つになります。1つ目は、ルールそのものを守る、という理由です。盗みを禁じるルールがあるのに、そのルールを破って手に入れた物を、普通に取引していたら、ルールに意味がありません。これが、適正手続を根拠とする考え方です。憲法31条が適正な手続を保障し、憲法35条が令状主義を保障している。その保障を、実際に効かせるために、違法に集めた証拠は外す。憲法上の法規範としての要請だと見るので、法規範説、憲法説とも呼ばれます。2つ目は、店の信用です。盗品を平気で買う店は、盗みに加担した、と見られます。裁判所も同じです。違法に集められた証拠を、裁判所が平然と使えば、違法に手を貸したことになり、裁判への国民の信頼が傷つきます。これが、司法の廉潔性です。秘密録音の回でも、判決の言葉として出てきました。廉潔とは、後ろめたいところがなく、清らかなこと、という意味です。

3つ目は、盗みを続けさせない、という理由です。盗品が売れないなら、盗む意味がなくなります。使えないとしておけば、警察官が違法な捜査をする動機が減ります。これが、違法捜査の抑止、つまり抑止効です。3つとも、事実が正しいかとは、関係がないです。そこが大事です。3つとも、事実認定とは別の利益を守る理由です。ですから、さきほどの証拠禁止の一類型になります。そして、どの根拠に立つかで、どこまで外すかが、変わります。

根拠が決める基準:違法基準説と相対的排除説

根拠が基準を決める。適正手続の根拠なら憲法違反などの違法があれば証拠能力を否定する、違法基準説。司法の廉潔性と違法捜査の抑止の根拠なら政策目的に必要な限りで排除する、相対的排除説。明白に重大な違法なら排除、そのほかは排除が信頼と再発防止に資するか、事案の重大性、証拠の重要性、違法と証拠獲得の結びつきの強さなどを衡量 図:根拠が基準を決める

  • 適正手続の根拠なら憲法違反などの違法があれば証拠能力を否定する、違法基準説
  • 司法の廉潔性と違法捜査の抑止の根拠なら政策目的に必要な限りで排除する、相対的排除説
  • 明白に重大な違法なら排除、そのほかは排除が信頼と再発防止に資するか、事案の重大性、証拠の重要性、違法と証拠獲得の結びつきの強さなどを衡量

適正手続を根拠にすると、憲法の力で外すので、憲法に違反する捜査で得た証拠は、その違法を理由に、証拠能力が否定されます。違法があるかどうかが、基準です。これを、違法基準説と呼びます。廉潔性や抑止効は、憲法の命令というより、政策の目的です。政策は、目的を達するのに必要な範囲で使うものです。ですから、排除が裁判の信頼や再発の防止に役立つかを、はかる必要があります。これが、相対的排除説です。相対的排除説でも、違法が誰の目にも明らかに重いときは、それだけで排除します。そこまで重い違法の証拠を使えば、裁判の信頼も、再発の防止も、大きく損なわれることがはっきりしているので、はかるまでもない、という理由です。そのほかは、排除が信頼の回復や再発防止に資するか、事案の重大性、その証拠の重要性、違法と証拠の入手との結びつきの強さなどを、総合してはかります。

根拠が違うと、同じ事件でも結論が変わるんですか。変わりえます。少し考えてください。違法の程度は軽いけれど、同じ手口が毎日繰り返されている場合。そして、違法は重いけれど、二度と起きない場合。排除したくなるのは、それぞれ、どの根拠を重く見たときでしょうか?

設例ア。M巡査らは、同じ署で、軽微な違法のある同じ手法の捜索を日常的に繰り返している。被告人Rの捜索もその1つ。違法の程度は小さいが、歯止めがなければ続く 図:設例ア

  • M巡査らは、同じ署で、軽微な違法のある同じ手法の捜索を日常的に繰り返している
  • 被告人Rの捜索もその1つ
  • 違法の程度は小さいが、歯止めがなければ続く

設例アです。警察官のMたちは、同じ署で、同じ手法を日常的に繰り返しています。1回ごとの違法は、小さいものです。被告人Rの捜索も、その1つでした。抑止を重く見れば、排除して歯止めをかける必要が大きい事件です。反対に、廉潔性を重く見る立場なら、裁判所が違法に手を貸したと見られるかは、その違法がどれだけ重いかで決まります。1つ1つが軽い以上、排除に慎重です。

設例イ。N巡査は、令状を取る時間が十分あったのに面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索した。その後、署は運用を全面的に改め、N巡査は処分された。同じことは二度と起きない 図:設例イ

  • N巡査は、令状を取る時間が十分あったのに面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索した
  • その後、署は運用を全面的に改め、N巡査は処分された
  • 同じことは二度と起きない

設例イです。警察官のNは、令状を取る時間が十分あったのに、面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索しました。違法は、重いです。ただし、その後、署は運用を全面的に改め、Nは処分され、同じことは二度と起きない状況にあります。廉潔性を重く見れば、令状主義を無視した証拠を裁判所が使うのは許されず、排除に傾きます。抑止だけで見ると、すでに再発の心配がないので、排除の必要が小さく見えます。ここまでが、道具づくりです。次に、最高裁が実際に、どの根拠で、どう線を引いたかを見ます。

最高裁の枠組み:真相究明と適正手続の調和

判決の構造。出発点は、憲法にも刑訴法にも規定がなく、刑訴法の解釈に委ねられる。刑訴1条の見地から検討する。調和、押収手続の違法だけで直ちに否定は真相究明に資さない。しかし真相究明も適正な手続のもとで。憲法35条が令状主義、憲法31条が適正手続。規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない場合に証拠能力を否定 図:判決の構造

  • 出発点は、憲法にも刑訴法にも規定がなく、刑訴法の解釈に委ねられる
  • 刑訴1条の見地から検討する
  • 調和、押収手続の違法だけで直ちに否定は真相究明に資さない
  • しかし真相究明も適正な手続のもとで
  • 憲法35条が令状主義、憲法31条が適正手続
  • 規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない場合に証拠能力を否定

上着のポケットの事件の判決を、3つの段に分けて読みます。出発点、調和、規範の順です。その前に、もう1つ思い出してください。令状主義とは、何でしたか。精神を没却する、とは、どういう意味でしたか?令状主義は、逮捕のような強制処分は、裁判官の令状によらなければできない、という原則でした。精神を没却する、は、その趣旨を丸ごと無にするほど、という意味でした。十分です。その令状主義の、憲法上の根拠が、35条です。置きます。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

そして、刑事訴訟法の側で、これを受けた条文が、218条1項です。

条文刑事訴訟法第218条第1項

刑事訴訟法第218条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

ここに加えて、31条と刑訴法1条が、判決に出てきます。

条文日本国憲法第31条

日本国憲法第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

条文刑事訴訟法第1条

刑事訴訟法第1条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

準備ができました。第1の段、出発点です。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——出発点は刑訴法の解釈 違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法一条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。

刑訴法の解釈に委ねる、という出発点が、憲法の命令という根拠とどう違うのかは、あとで戻ります。まず、判決は、刑訴法1条の見地、つまり、真相の解明と、人権の保障の、両方を見る、と宣言しました。第2の段が、その調和です。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——真相究明の側 証拠物は押収手続が違法であつても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。

まず、真相究明の側です。違法があるというだけで、直ちに証拠能力を否定するのは、真相の究明に資さず、相当でない、と言います。さきほどの、物は変わらない、という反対論を、ここで受け止めています。そこで、第3の段が来ます。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——適正手続の側と、2つの要件 しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法三五条が、憲法三三条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法三一条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。

ここで、覚える中身が出ました。排除の要件は2つです。1つ目は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があること。2つ目は、その証拠を許すことが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして、相当でないこと。短く言えば、重大違法と、排除相当性です。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合は、証拠能力が否定される (規範(最高裁・上着のポケットの判決)/重大違法と排除相当性の2要件/論文で論点になりうる)

ここが、理由つきで大事です。違法だけで直ちに外すと、真実を捨てる代償が、大きすぎるからです。ですから、令状主義の趣旨を丸ごと無にするほどの重大な違法と、外すことに将来の違法を抑える意味がある、という場合に、絞りました。重大違法の輪郭を、ペアで見ます。たとえば、令状が取れる状況なのに、あえて取らずに捜索した。裁判官の審査を丸ごとすり抜けているので、重大と言いやすい例です。反対に、令状を取り、令状に書かれた場所を捜索して押収したが、押収した物の目録を本人に渡し忘れた。手続の違反はありますが、裁判官の審査は生きているので、令状主義の趣旨を丸ごと無にしたとは言いにくい。この物差しで、そう分けられます。ただし、これは物差しを示す例で、実際の結論は事情しだいです。そして、結論です。この判決は、この覚醒剤の証拠能力を、肯定しました。排除しませんでした。実は、第一審は、この覚醒剤を証拠として調べることを認めず、控訴審もその判断を支持していました。最高裁は、その判断を破棄して、第一審に差し戻しました。審理のやり直しです。つまり、上着のポケットの検査は違法でしたが、2つの要件の両方を満たす、とは認めなかったのです。どの事情で、そう判断したのかは、次の回で、当てはめとして見ます。

判決はどの根拠に立つのか:断定できない部分

判決はどの根拠に立つか。出発点は刑訴法の解釈に委ねられるで、憲法の要請から直接導く憲法説は採りにくい。ただし憲法から排除が導かれる可能性を完全に否定したとまでは言えない。廉潔性か抑止効かは判決が明示していない。判決の語は将来における違法な捜査の抑制まで。説示の内容から、政策的に排除の要否を判断する、相対的排除説に近いと評価される 図:判決はどの根拠に立つか

  • 出発点は刑訴法の解釈に委ねられるで、憲法の要請から直接導く憲法説は採りにくい
  • ただし憲法から排除が導かれる可能性を完全に否定したとまでは言えない
  • 廉潔性か抑止効かは判決が明示していない
  • 判決の語は将来における違法な捜査の抑制まで
  • 説示の内容から、政策的に排除の要否を判断する、相対的排除説に近いと評価される

3つの根拠のうち、どれに立ったのか、判決は、はっきりとは言っていません。ここは、断定できない部分です。ただ、読み取れることは3つあります。1つ目。判決は、出発点を、刑訴法の解釈に委ねられている、としました。憲法の要請から直接、排除を導く形ではないので、1つ目の根拠を憲法の要請と見る憲法説は、採りにくいと考えられます。ただし、憲法から排除が導かれる余地を、完全に否定したとまでは、言えません。2つ目。廉潔性と抑止効の、どちらを根拠にしたかは、判決は明示していません。判決の言葉は、将来における違法な捜査の抑制の見地、までです。司法の廉潔性という言葉は、判決に出てきません。3つ目。説示の中身は、令状主義の精神を没却する重大な違法と、将来の違法な捜査の抑制の見地、でした。つまり、政策の見地から、排除すべきかを、場合に応じて判断する姿勢です。そのため、相対的排除説に近い、と読むのが自然です。

答案では、根拠を無理に断定しません。判例の2つの要件、重大違法と排除相当性、として書きます。

2要件の関係:重畳説と競合説、そして最高裁の傾向

2要件の関係。重畳説は重大違法と排除相当性の両方が必要、抑止効を根拠にし、両方が認められたとき抑止の政策を発動。競合説はどちらか一方で排除、重大違法は司法の廉潔性、排除相当性は抑止効に対応。最高裁の傾向は、重大違法も排除相当性も認められないか、両方認められるかを並べて説示し、どちらかは必ずしも明らかでない。実質は重大違法が重要 図:2要件の関係

  • 重畳説は重大違法と排除相当性の両方が必要、抑止効を根拠にし、両方が認められたとき抑止の政策を発動
  • 競合説はどちらか一方で排除、重大違法は司法の廉潔性、排除相当性は抑止効に対応
  • 最高裁の傾向は、重大違法も排除相当性も認められないか、両方認められるかを並べて説示し、どちらかは必ずしも明らかでない
  • 実質は重大違法が重要

最後に、2つの要件の関係です。両方が揃わなければ排除できないのか。どちらか一方で足りるのか。重畳説は、重大違法と排除相当性の両方が必要だ、と考えます。抑止効だけを根拠に据え、両方が認められたときに、違法な捜査を抑えるために排除する、という政策を発動します。競合説は、どちらか一方があれば排除される、と考えます。廉潔性と抑止効の両方を根拠にします。重大違法があれば、廉潔性を損なうので排除する。排除相当性は、抑止効の観点から、別に排除すべき場面があるかを見る要件です。重畳説は、根拠が抑止効だけです。競合説は、廉潔性と抑止効の2つです。さきほどの設例なら、設例イのような、重いが再発しない事件は、競合説なら重大違法で排除でき、重畳説なら排除相当性で止まる可能性があります。

最高裁が重畳説と競合説のどちらなのかも、必ずしも明らかではありません。上着のポケットの判決のあとの最高裁は、2つの要件を、どちらも欠くと判断するか、どちらも満たすと判断するか、という形で結論を出してきました。この形が、重畳説なのか、競合説の余地を残すのかは、判文からは、はっきりしません。確実に言えるのは、実質的には、重大違法かどうかが、排除の重要なポイントになっている、ということです。排除相当性は、違法行為と証拠の間の結びつきを見る場面などで、独自の役割を持ちます。そこは、あとの回で見ます。答案での扱いです。根拠や説を断定せず、判例の2つの要件に沿って、重大違法、排除相当性の順に検討します。当てはめは、次の回です。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。違法に集めた証拠は刑訴の明文で排除されるは誤り。違法があれば必ず排除されるは誤り。上着のポケットの判決は重大な違法と排除相当性を要件としたは正しい。憲法の要請として排除を導いたは誤り。判決は本件覚醒剤の証拠能力を否定したは誤り、肯定して破棄差戻し。最高裁は重畳説を採用したと明言しているは誤り。証拠物は性質形状が変わらないので証拠能力は一切否定されないは誤り 図:短答の落とし穴

  • 違法に集めた証拠は刑訴の明文で排除されるは誤り
  • 違法があれば必ず排除されるは誤り
  • 上着のポケットの判決は重大な違法と排除相当性を要件としたは正しい
  • 憲法の要請として排除を導いたは誤り
  • 判決は本件覚醒剤の証拠能力を否定したは誤り、肯定して破棄差戻し
  • 最高裁は重畳説を採用したと明言しているは誤り
  • 証拠物は性質形状が変わらないので証拠能力は一切否定されないは誤り

短答の確認です。違法に集めた証拠は、刑事訴訟法の明文で排除される。×です。明文はなく、解釈で認められています。違法があれば、必ず排除される。×です。重大違法と排除相当性が要ります。上着のポケットの判決は、重大な違法と、排除相当性を、要件とした。○です。この判決は、憲法の要請として、排除を導いた。×です。刑訴法の解釈に委ねられている、と述べました。この判決は、本件の覚醒剤の証拠能力を否定した。×です。肯定して、破棄差戻しです。違法な検査だったことと、排除したことは別です。最高裁は、重畳説を採用したと、明言している。×です。必ずしも明らかではありません。証拠物は、押収手続が違法でも、性質や形状が変わらないので、証拠能力は一切否定されない。×です。2つの要件を満たせば、否定されます。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。証拠禁止は証明力と別次元。明文はなく解釈。反対論は物は変わらない。3つの根拠、適正手続と司法の廉潔性と違法捜査の抑止。根拠が基準を決める、違法基準説と相対的排除説。判決の規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない。結論は証拠能力肯定。重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない 図:今日の地図、保存版

  • 証拠禁止は証明力と別次元
  • 明文はなく解釈
  • 反対論は物は変わらない
  • 3つの根拠、適正手続と司法の廉潔性と違法捜査の抑止
  • 根拠が基準を決める、違法基準説と相対的排除説
  • 判決の規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない
  • 結論は証拠能力肯定
  • 重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない

まとめます。違法に集めた証拠は、本物でも、外されることがあります。証拠禁止という、証明力とは別の理由です。条文はなく、刑訴法の解釈で認められます。根拠は3つです。適正手続、司法の廉潔性、違法捜査の抑止。どれを重く見るかで、排除の範囲が変わります。最高裁は、真相究明と適正手続を調和させて、令状主義の精神を没却するような重大な違法と、将来における違法な捜査の抑制の見地からの排除相当性、の2つの要件を示しました。そして、この判決自身は、この覚醒剤を排除していません。では、なぜ排除しなかったのか。次は、2つの要件を、どんな事情で判断するのかです。違反の程度、令状主義を避けようとする意図、緊急性。上着のポケットの事件で、最高裁が実際にどう当てはめたかを見ます。

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#133単独ページ動画

違法収集証拠の排除(重大な違法と排除相当性の当てはめ)

第5章 証拠法 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

最高裁は警察官の検査を違法だと言った。それなのに、見つかった覚醒剤は証拠に使ってよいと結論した。違法なのに使える。その分かれ目はどこにあったのか 図:最高裁は警察官の検査を違法だと言った

  • それなのに、見つかった覚醒剤は証拠に使ってよいと結論した
  • 違法なのに使える
  • その分かれ目はどこにあったのか

最高裁は、警察官の検査を、違法だと言いました。それなのに、見つかった覚醒剤は、証拠に使ってよい、と結論しました。違法なのに、使える。その分かれ目は、どこにあったのでしょうか。前回の最後の問いですね。上着のポケットの事件で、承諾なくポケットに手を入れたのは違法だった。でも、覚醒剤は排除されなかった。違法と、排除は、別のハードルです。前編で見たとおり、排除の要件は2つでした。1つ目は、令状主義の精神を没却するような、重大な違法があること。2つ目は、排除相当性、つまり、その証拠を使うことが、将来の違法な捜査を抑える見地から、相当でないこと。違法があるだけでは、証拠は排除されません。今日は、そのハードルの高さを、判決の言葉で測ります。何を見て、重大な違法と言うのか。そして、排除相当性は、実際にどう扱われているのか。先に、軸を1本渡します。重大な違法は、いくつもの事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義をかいくぐる意図があったか、の2つです。この軸を、判決と、自前の設例で、確かめていきます。

上着のポケットの事件:事実と、争われた場所

上着のポケットの事件の流れ。深夜、覚醒剤や売春の摘発が多い地区。パトカー警ら中の警察官が不審な動きの車を停止させ職務質問。被告人は所持品の提示を拒む。左側内ポケットに堅い物。承諾を得ないまま手を入れてちり紙の包みを取り出すと覚醒剤。第一審と控訴審は証拠能力を否定、検察官が上告、最高裁は破棄して差戻し 図:上着のポケットの事件の流れ

  • 深夜、覚醒剤や売春の摘発が多い地区
  • パトカー警ら中の警察官が不審な動きの車を停止させ職務質問
  • 被告人は所持品の提示を拒む
  • 左側内ポケットに堅い物
  • 承諾を得ないまま手を入れてちり紙の包みを取り出すと覚醒剤
  • 第一審と控訴審は証拠能力を否定、検察官が上告、最高裁は破棄して差戻し

事案から、確かめます。深夜の、覚醒剤や売春の摘発が多い地区です。パトカーで警ら中の警察官が、不審な動きをした被告人の車を停めて、職務質問をしました。車内には賭博に使う札が見え、顔色や態度からは、覚醒剤の中毒も疑われました。警察官が、所持品を見せてほしいと言うと、被告人は、見せる必要はない、と断ります。そこへ柄の悪い男が罵声を浴びせたので、応援を呼びました。応援のあと、右側の内ポケットの物は、被告人が自分で出しました。ところが、外から触った左側の内ポケットには、堅い物が入っている感じがします。見せるよう求めても、被告人は黙ったままです。そこで警察官は、それなら出してみるぞ、と言って、承諾を得ないまま、左側の内ポケットに手を入れ、ちり紙の包みを取り出しました。開けると、覚醒剤でした。この検査が、所持品検査として許される限度を超えて違法だったことは、所持品検査の回で確かめたとおりです。ここでは、結論だけ置きます。

第一審も控訴審も、この覚醒剤の証拠能力を否定しました。それに対して上告したのは、検察官です。最高裁は、所持品検査の違法は認めつつ、証拠能力の否定は誤りだとして、破棄しました。ですから、今日の中心は、証拠能力を否定した判断が、なぜ誤りとされたのか、です。いま話したのは、事実です。ここから先が、最高裁の判断の言葉です。

判決の当てはめ:3つの事情を、順に拾う

判決の当てはめの流れ。違法な所持品検査から、重大な違法か。拾った事情は、許容限度をわずかに超えたにとどまる、令状主義を潜脱しようとの意図はない、強制等のされた事跡も認められない。結論は、違法は必ずしも重大とはいえない。排除相当性は一文で触れるだけ。証拠能力は肯定、破棄差戻し 図:判決の当てはめの流れ

  • 違法な所持品検査から、重大な違法か
  • 拾った事情は、許容限度をわずかに超えたにとどまる、令状主義を潜脱しようとの意図はない、強制等のされた事跡も認められない
  • 結論は、違法は必ずしも重大とはいえない
  • 排除相当性は一文で触れるだけ
  • 証拠能力は肯定、破棄差戻し

当てはめの部分を、全文に近い形で読みます。途中を省くところは、点々で示します。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——当てはめ ……所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、……令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、……また、他に、……強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても、相当でないとは認めがたい……証拠能力はこれを肯定すべきである。

判決が拾った事情は、3つです。1つ目。必要性と緊急性がある状況で、承諾するか拒むか、つまり諾否の態度が、はっきりしない被告人に対して、許される限度を、わずかに超えただけだ、という点。2つ目。令状主義の規定をかいくぐろうとする意図はなかった、という点。3つ目。ほかに、強制を加えたような形跡もない、という点です。かいくぐる、すり抜ける、という意味です。令状が必要な場面なのに、令状を避けるために、わざと別の形をとることです。入場券の検札にたとえると、係員が券の確認を忘れたのと、確認を避けるために、脇の通用口から入れたのとでは、同じ確認なしでも、重さが違います。令状による審査が、券の確認にあたります。結論は、こうです。この押収手続の違法は、必ずしも重大であるとはいえない。1つ目の要件の、重大な違法が、ここで否定されたわけです。そして、排除相当性については、違法な捜査の抑制の見地に立ってみても、相当でないとは認めがたい、と一文で述べるだけです。そのうえで、証拠能力を肯定しました。注意が1つあります。判決は、この3つの事情に、番号を振ったり、重大な違法を決める要素だと名づけたりは、していません。判決が書いたのは、3つの事情と、そこから重大とはいえない、という結論までです。これを、どう整理するかは、ここからの、学説の整理です。

重大な違法を決める要素:強制に至ったかと、潜脱の意図

重大な違法の要素の地図。総合評価。特に重みを持ちやすい2つ、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか。ほかに、違反の程度、状況の緊急性もあわせて考慮。令状主義が働くのは強制処分。判決の3つの事情の読み替え、強制の事跡がないは強制に至っていないに、潜脱の意図の否定は意図の軸に、許容限度をわずかに超えたは違反の程度の確認に。排除相当性の側で語られることが多い事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性。重大な違法の評価の中で併せて考慮する整理もある 図:重大な違法の要素の地図

  • 総合評価
  • 特に重みを持ちやすい2つ、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
  • ほかに、違反の程度、状況の緊急性もあわせて考慮
  • 令状主義が働くのは強制処分
  • 判決の3つの事情の読み替え、強制の事跡がないは強制に至っていないに、潜脱の意図の否定は意図の軸に、許容限度をわずかに超えたは違反の程度の確認に
  • 排除相当性の側で語られることが多い事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性
  • 重大な違法の評価の中で併せて考慮する整理もある

3つの事情を、整理し直します。出発点は、令状主義が、そもそも何に働くのか、です。令状主義は、強制処分に働きます。強制処分とは、相手の意思を制圧して、重要な権利利益を実質的に制約する処分で、令状が必要でした。ですから、令状主義の精神を没却するような違法かどうかを見るなら、まず、その処分が強制に至っていたかが、大事になります。3つ目の、強制のされた事跡がない、は、そのまま、強制に至っていない、という確認です。2つ目の、潜脱の意図は、令状主義との関係を、直接問う事情です。そして1つ目の、わずかに超えた、は、任意の限界、つまり、任意処分として許される範囲を、どれだけ超えたか、の確認です。わずかに、と程度を量れるのは、任意処分の中での違法だからです。

つながります。所持品検査の回では、捜索に至るか、強制にわたれば、1階で強制処分と判定され、程度を量るまでもなく、直ちに違法でした。上着のポケットの行為は、捜索に類する、とはされましたが、捜索そのものには至らず、任意処分のまま、2階の相当性を欠いた違法でした。1階で落ちた違法か、2階で落ちた違法か。その差が、ここでは、違法の重さの差として効きます。ですから、重大かどうかを考えるとき、特に重みを持ちやすいのは、まず1つ目の軸、強制処分に至っていたか。2つ目の軸、令状主義を潜脱する意図があったか。この2つだと整理できます。手続違反の程度や、状況の緊急性も、あわせて考慮される事情です。ただし、これらは1つずつ点数をつけて足し合わせるものではありません。事情を総合して考慮し、重大かどうかを評価します。あとで見る大津の判決も、経緯全体にあらわれた態度を、総合的に考慮しています。

任意の限界をわずかに超えた違法はあるが、強制には至っていない。そして、潜脱の意図はない。だから、重大とはいえない。そう言い直せます。ここでは、この2つに特に目を向けつつ、程度と緊急性もあわせて考える、という地図で持ち帰ってください。もう1つ、地図に載せておきます。事件が重大か、その証拠が重要か、同じ違法が繰り返されそうか。こうした事情は、排除相当性の側で語られることが多い、学説上の要素です。重大な違法の評価の中で、併せて考慮する整理もあります。上着のポケットの判決が、重大な違法の判断に使った事情には、入っていません。

自前の設例:どの要素が動くと、結論が動くか

設例カ。路上で職務質問中、嫌疑が濃厚で緊急性もある。被告人は拒否の態度を明確にしないまま。警察官Vがバッグの中に手を入れて物を取り出した。粗暴な様子はなく、令状を避ける狙いもない。強制に至らず、潜脱の意図もない 図:設例カ

  • 路上で職務質問中、嫌疑が濃厚で緊急性もある
  • 被告人は拒否の態度を明確にしないまま
  • 警察官Vがバッグの中に手を入れて物を取り出した
  • 粗暴な様子はなく、令状を避ける狙いもない
  • 強制に至らず、潜脱の意図もない

軸を、設例で動かします。判決の事案ではなく、自前の設例です。結論は断定せず、どの要素が動いたかを確かめます。設例カです。路上で職務質問をしている警察官のVが、被告人Yのバッグの中に、手を入れて、物を取り出しました。嫌疑は濃く、緊急性もあります。被告人は、拒否の態度を、はっきりとは示していません。粗暴な様子はなく、Vに、令状を避けようという狙いもありません。任意の限界を超えた違法はあります。ただし、強制には至らず、潜脱の意図もない。上着のポケットの判決と、同じ型です。重大とは言いにくい、という方向になります。

設例キ。行為の外形も違反の程度も設例カと同じ。ただし警察官Wは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と令状審査を避ける狙いで同じことをした。違いは意図だけ 図:設例キ

  • 行為の外形も違反の程度も設例カと同じ
  • ただし警察官Wは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と令状審査を避ける狙いで同じことをした
  • 違いは意図だけ

設例キです。行為の外形も、違反の程度も、設例カと同じです。ただし、警察官のWは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と考えて、令状の審査を避ける狙いで、同じことをしました。少し考えてください。同じ行為で、同じ違反の程度で、違うのは意図だけです。重大な違法の判断は、どちらに傾くでしょうか?意図があるほう、設例キが、重大に傾くと思います。令状主義をすり抜ける意図は、重大な違法の判断要素になります。令状の審査を、あえて避けた分、令状主義の精神を無にしている度合いが大きいからです。意図が判断要素だ、という点を、持ち帰ってください。

設例ク。警察官Xは、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て押さえつけ、口の中から取り出した。緊急性は高い。強制に至っている。令状主義の問題として正面から出てくるが、結論は事実の設計次第で断定しない 図:設例ク

  • 警察官Xは、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て押さえつけ、口の中から取り出した
  • 緊急性は高い
  • 強制に至っている
  • 令状主義の問題として正面から出てくるが、結論は事実の設計次第で断定しない

設例クです。警察官のXが、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て、押さえつけて、口の中から取り出しました。緊急性は高いです。この場合は、1つ目の軸、強制に至っているか、に当たります。令状主義の問題が、正面から出てきます。強制に至った点は、重大に傾く事情です。反対に、飲み込まれれば証拠が失われる、という緊急性は、逆の向きに効きます。2つが逆向きに引き合うので、結論は、事実の設計しだいです。ここでは断定しません。

排除相当性は、実際にはどう扱われているか

排除相当性の扱い。上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性を具体的な事実を挙げず一文で処理。少なくとも重大な違法と別個に機能させられてはいない。前編の整理、重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない、実質は重大違法が重要、と一致。学説上の考慮事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性 図:排除相当性の扱い

  • 上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性を具体的な事実を挙げず一文で処理
  • 少なくとも重大な違法と別個に機能させられてはいない
  • 前編の整理、重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない、実質は重大違法が重要、と一致
  • 学説上の考慮事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性

ここで、前編を思い出してください。2つの要件の関係には、2つの考え方がありました。重畳説は、重大な違法と排除相当性の両方がそろって、初めて排除する。競合説は、どちらか一方があれば排除する。では、最高裁は、どちらに立つと明言していましたか?明言はしていませんでした。必ずしも明らかではない、でした。では、最高裁は、実際にどう扱ったか。上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性は、相当でないとは認めがたい、と一文で触れるだけでした。具体的な事実は、挙げていません。排除相当性を独立の決め手として使うなら、具体的な事実を挙げて検討するのが自然です。それがありません。ですから、この判決では、少なくとも、排除相当性が、重大な違法とは別個に、独立の決め手として機能させられてはいません。前編で、実質的には重大違法が重要だ、と言いました。それと矛盾しません。

学説や実務の整理として、同じ違法が繰り返されるおそれ、事件の重大性、その証拠の重要性などが挙げられます。前編の設例アの、日常的に繰り返されている、という線です。ただし、これは学説上の考慮事情で、上着のポケットの判決が、当てはめで使った、という話ではありません。もう1つ。排除は、絞られています。判決も、違法があるというだけで直ちに否定するのは相当でない、と述べました。違法を認めながら、証拠は使えた。上着のポケットの事件の結論そのものが、この絞りの表れです。

自動車の中を調べた事件:同じ型を確かめる

自動車の中を調べた事件。深夜、停止を求めたが車は走り去り、3キロ近く追跡して停止。免許証不携帯、覚醒剤の前歴を含む前歴多数。約20分説得したが応じない。応援の警察官が駆けつけ、承諾がないまま、4人で車内を丹念に調べ、運転席下から白い結晶状の粉末を発見。被告人は様子を眺めて異議を述べなかった。任意同行、現行犯逮捕、同日午前、署で尿を任意提出。争われた証拠は、尿の鑑定書 図:自動車の中を調べた事件

  • 深夜、停止を求めたが車は走り去り、3キロ近く追跡して停止
  • 免許証不携帯、覚醒剤の前歴を含む前歴多数
  • 約20分説得したが応じない
  • 応援の警察官が駆けつけ、承諾がないまま、4人で車内を丹念に調べ、運転席下から白い結晶状の粉末を発見
  • 被告人は様子を眺めて異議を述べなかった
  • 任意同行、現行犯逮捕、同日午前、署で尿を任意提出
  • 争われた証拠は、尿の鑑定書

同じ型が、別の事件でも出てくるか。自動車の中を調べた事件で、確かめます。深夜、パトカーが、青信号でも発進しない車を見つけて、停止を求めました。すると車は走り去り、警察官は、3キロ近く追跡して、停止させました。職務質問で、免許証を持っていないこと、覚醒剤の前歴を含む、前歴が多数あることが分かります。所持品や車内を調べたい、と、約20分説得しますが、被告人は応じません。応援の警察官が駆けつけ、車内に白い粉状の物が見えたので、その場で簡単に成分を確かめる予試験をしましたが、覚醒剤は検出されませんでした。それでも警察官は、相手は承諾しているから、車の中をもう一度よく見ろ、と指示し、4人で、座席の背もたれを倒したり、シートを動かしたりして、車内を丹念に調べました。そして、運転席の下から、ビニール袋に入った、白い結晶状の粉末を見つけます。被告人は、その様子を眺めていて、異議は述べませんでした。そのあと、任意同行、現行犯逮捕を経て、その日の午前中、警察署で、尿を任意に提出しました。ここで、1つ、確認です。証拠能力が争われたのは、車内で見つかった覚醒剤そのものではなく、尿の鑑定書です。

承諾がない限り、許される限度を超え、違法であることは否定しがたい。この結論は、所持品検査の回で確認したので、今日は、排除の当てはめだけを読みます。決定の判断は、2層に分かれます。車内の検査の違法の程度と、そのあとの採尿の違法と排除です。

判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁

自動車の中を調べた事件——車内検査の違法の程度 警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人……覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない。

判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁

自動車の中を調べた事件——採尿手続と排除 本件採尿手続も、……いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり

車内の検査の違法の程度。停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない。違法の程度は大きいとはいえない。捜索かどうかは言わないまま、程度を量った判断 図:車内の検査の違法の程度

  • 停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない
  • 違法の程度は大きいとはいえない
  • 捜索かどうかは言わないまま、程度を量った判断

まず、車内の検査です。停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない。これらの事情から、違法の程度は大きいとはいえない、と言います。所持品検査の回では、車内を丹念に調べる行為は、捜索のメルクマールに近づく、と見ました。一つ前の裁判所は、捜索に等しい、とまで評価していました。それでも最高裁は、捜索という言葉を使わず、違法の程度は大きいとはいえない、と評価しました。捜索に当たると認めたうえで軽いとしたのではなく、捜索かどうかを言わないまま、程度を量った判断です。

採尿手続と排除。違法な車内の検査で見つけた粉末から続いた現行犯逮捕と採尿。任意に警察署へ同行し、採尿も強制なく自分の意思で応じた。採尿の違法はいまだ重大とはいえない。排除相当性も相当でないとは認められないと一言。尿の鑑定書の証拠能力を肯定 図:採尿手続と排除

  • 違法な車内の検査で見つけた粉末から続いた現行犯逮捕と採尿
  • 任意に警察署へ同行し、採尿も強制なく自分の意思で応じた
  • 採尿の違法はいまだ重大とはいえない
  • 排除相当性も相当でないとは認められないと一言
  • 尿の鑑定書の証拠能力を肯定

次に、現行犯逮捕と採尿です。これらは、違法な車内の検査で見つけた粉末から、そのまま続いた手続です。最初の違法が作った状態を、直接利用して行われたので、違法性を帯びます。ただし、被告人は、任意に警察署へ同行し、採尿も、強制なく、自分の意思で応じています。だから、採尿の違法は、いまだ重大とはいえない。排除相当性も、相当でないとは認められない、と一言です。結論は、尿の鑑定書の証拠能力を肯定です。型は、上着のポケットの判決と同じです。重大な違法を否定して、排除相当性は、具体的な事実を挙げずに一言で触れ、証拠能力を肯定します。

強制には至っていない、と決定は言っているのですか。言っていません。ここが大事です。決定の言葉は、違法の程度は大きいとはいえない、です。強制に至っていない、任意の限界を超えた違法にとどまる、という言い方は、学説の整理です。決定は、車内の検査について、強制に至っていないとも、令状主義を潜脱する意図がなかったとも書いていません。強制という言葉が出てくるのは、採尿について、何らの強制も加えられることなく、と述べる箇所だけです。決定がこう言った、と、整理するとこう読める、とは、分けて持ち帰ってください。

潜脱の意図を重く見て排除した例と、下級審の幅

排除した例。大津の事件と呼ばれる最高裁の判決。逮捕状を携行せず呈示もしないで逮捕。その後、取り繕うために逮捕状に虚偽の事項を記入、内容虚偽の捜査報告書、公判で事実に反する証言。経緯全体の警察官の態度を総合し、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ないとし、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を否定。最判平15・2・14。下級審の排除例の類型、取調べ、長期の撮影、なりすまし捜査、おとり捜査の再審 図:排除した例

  • 大津の事件と呼ばれる最高裁の判決
  • 逮捕状を携行せず呈示もしないで逮捕
  • その後、取り繕うために逮捕状に虚偽の事項を記入、内容虚偽の捜査報告書、公判で事実に反する証言
  • 経緯全体の警察官の態度を総合し、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ないとし、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を否定
  • 最判平15・2・14
  • 下級審の排除例の類型、取調べ、長期の撮影、なりすまし捜査、おとり捜査の再審

ここまでは、排除しなかった判決でした。では、最高裁が、潜脱の意図を重く見て、排除した例は、あるのでしょうか。大津の事件と呼ばれる判決です。警察官は、逮捕状を携行せず、呈示もしないで逮捕しました。さらに、その事実を取り繕うために、逮捕状に虚偽の事項を記入し、内容の虚偽の捜査報告書を作り、公判でも、事実に反する証言をしました。最高裁は、こうした経緯全体にあらわれた態度を総合して、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものと評価されてもやむを得ない、として、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を、否定しました。判決は、意図があった、とは書かず、評価されてもやむを得ない、と書いています。潜脱の意図を、重く見た判断として説明される、と受け取ってください。この判決の本格的な扱いは、次の回です。

下級審には、あります。任意の取調べとして許される範囲を踏み越えた、宿泊を重ねる取調べを違法とし、そこで得た自白調書を証拠から外した高裁の例があります。自白の回で見た内容の呼び戻しです。形は任意のままの違法です。ただ、9泊10日の宿泊と監視は、身柄の拘束にかなり近い状態で、裁判所は、違法は重大だ、としました。長期間にわたるビデオ撮影を違法とし、得られた証拠を排除した地裁の例もあります。そのほかに、鹿児島の地裁支部の裁判例は、なりすまし捜査、つまり、捜査機関などが、相手が犯罪をしやすい状況をひそかに作り、実行したところを検挙する捜査を、おとり捜査に近い枠組みで違法としました。重大かについては、司法審査を潜脱しようとする意図が見られる、と述べています。今日の2つ目の軸です。そして、排除相当性を、同様の違法捜査が繰り返し行われることは大いにあり得る、という具体的な事情で認定して、排除しています。この裁判例は、おとり捜査の回でも見ました。札幌の地裁は、再審請求の審理で、おとり捜査の違法を、令状主義の精神を潜脱し、没却するのと同等ともいえるほど重大な違法、とし、証拠を排除しました。こちらは、今回はじめて出てくる例です。最後の2つは、捜査機関が犯罪を作り出した、という評価を伴いうる事案です。札幌の決定は、将来の違法捜査の抑止に加えて、司法の廉潔性、つまり、裁判所が違法な捜査に手を貸さないという観点からも、証拠能力を認めるのは相当でない、としています。その特殊性から、排除に至った可能性がある、という指摘があります。最高裁の型は、強制に至らない任意の限界超えでは、重大とは言いにくい、というものです。ただ、下級審には、具体的な事情を積んで、排除した例がある、という幅を、地図として持っておいてください。

答案での当てはめの順序

答案の当てはめの順序。まず手続の違法、所持品検査や任意捜査の限界を先に認定。次に重大な違法か、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図、あわせて違反の程度と緊急性。次に排除相当性、重大な違法と別個に論じるなら何を拾うか、具体的な事実で。結論。違法だから排除とは書かない 図:答案の当てはめの順序

  • まず手続の違法、所持品検査や任意捜査の限界を先に認定
  • 次に重大な違法か、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図、あわせて違反の程度と緊急性
  • 次に排除相当性、重大な違法と別個に論じるなら何を拾うか、具体的な事実で
  • 結論
  • 違法だから排除とは書かない

ここは、論文で論点になりうる部分です。答案での、当てはめの順序だけ、置きます。最初に、手続の違法を認定します。所持品検査や、任意捜査の限界を超えたか、です。次に、重大な違法かを、検討します。強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図はあったか。あわせて、違反の程度と、緊急性も見ます。最後に、排除相当性です。重大な違法とは別に論じるなら、同じ違法が繰り返されるおそれや、事件と証拠の重要性など、何を拾うかを、具体的な事実で書きます。そして、結論です。違法と排除は、別のハードルです。判決は、排除相当性を一言で済ませています。ですから、答案では、事実を挙げて具体的に論じる、と書きます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。上着のポケットの判決は違法を認めたので覚醒剤を排除したは誤り。排除相当性を具体的な事実で詳しく検討したは誤り、一言。潜脱の意図がないことを重大とはいえない事情の1つに挙げたは正しい。証拠能力の否定を争って上告したのは被告人側は誤り、検察官 図:短答の落とし穴

  • 上着のポケットの判決は違法を認めたので覚醒剤を排除したは誤り
  • 排除相当性を具体的な事実で詳しく検討したは誤り、一言
  • 潜脱の意図がないことを重大とはいえない事情の1つに挙げたは正しい
  • 証拠能力の否定を争って上告したのは被告人側は誤り、検察官

短答の確認です。上着のポケットの判決は、違法を認めたので、覚醒剤を排除した。×です。証拠能力を肯定して、破棄差戻しです。この判決は、排除相当性を、具体的な事実を挙げて、詳しく検討した。×です。一文で触れただけです。この判決は、潜脱の意図がないことを、重大とはいえない事情の1つに挙げた。○です。この事件で、証拠能力の否定を不服として上告したのは、被告人側だ。×です。検察官です。

短答の落とし穴の続き。自動車の中を調べた決定は違法としつつ尿の鑑定書の証拠能力を肯定は正しい、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定は誤り。決定は車内検査を強制処分に至ったと判断は誤り。大津の判決は警察官の事後の態度を含めて総合し重大と評価して尿の鑑定書を排除は正しい。強制に至らない違法では排除されないは誤り、下級審に排除例。重畳説の採用を明言は誤り 図:短答の落とし穴の続き

  • 自動車の中を調べた決定は違法としつつ尿の鑑定書の証拠能力を肯定は正しい、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定は誤り
  • 決定は車内検査を強制処分に至ったと判断は誤り
  • 大津の判決は警察官の事後の態度を含めて総合し重大と評価して尿の鑑定書を排除は正しい
  • 強制に至らない違法では排除されないは誤り、下級審に排除例
  • 重畳説の採用を明言は誤り

自動車の中を調べた決定は、車内の検査を違法としつつ、尿の鑑定書の証拠能力を肯定した。○です。ただし、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定した、と言い換えると、×です。争われたのは、尿の鑑定書です。この決定は、車内の検査を、強制処分に至ったと判断している。×です。決定は、車内の検査を、強制に至ったかどうかでは整理していません。大津の判決は、警察官の事後の態度を含めて総合し、逮捕手続の違法を重大と評価して、尿の鑑定書を排除した。○です。強制に至らない任意の限界超えの違法では、証拠は排除されない。×です。下級審に、排除例があります。最高裁は、重畳説を採用したと明言した。×です。必ずしも明らかではありません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。違法と排除は別のハードル。上着のポケットの判決の3つの事情から、重大な違法は総合評価。特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか。違反の程度と緊急性もあわせて考慮。排除相当性は最高裁では一言で処理され独立の決め手になっていない。自動車の中を調べた決定も同じ型で争われたのは尿の鑑定書。大津の判決は取り繕いまで含めて重大と評価。下級審は具体的な事情で排除した例がある 図:今日の地図、保存版

  • 違法と排除は別のハードル
  • 上着のポケットの判決の3つの事情から、重大な違法は総合評価
  • 特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
  • 違反の程度と緊急性もあわせて考慮
  • 排除相当性は最高裁では一言で処理され独立の決め手になっていない
  • 自動車の中を調べた決定も同じ型で争われたのは尿の鑑定書
  • 大津の判決は取り繕いまで含めて重大と評価
  • 下級審は具体的な事情で排除した例がある

まとめます。違法と、排除は、別のハードルです。上着のポケットの判決は、許容限度をわずかに超えただけ、潜脱の意図はない、強制の形跡もない、と拾って、重大とはいえない、と結論しました。重大な違法は、事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、の2つです。違反の程度と緊急性も、あわせて考慮されます。排除相当性は、最高裁では、一言で処理されていて、独立の決め手にはなっていません。自動車の中を調べた決定も、同じ型でした。大津の判決は、事後の取り繕いまで含めて、重大と評価して排除しました。下級審には、具体的な事情を積んで排除した例があります。次は、違法な捜査で得た証拠を手がかりに、さらに見つかった証拠です。最初の違法は、その先の証拠にまで及ぶのか。毒樹の果実と呼ばれる問題を見ます。

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#134単独ページ動画

毒樹の果実とは何か(希釈・独立入手源・不可避的発見)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察が違法に手に入れた証拠は使えない。では、その違法がきっかけであとから見つかった証拠は。毒は木から実へうつるのか。うつらない場合があるとすれば、それはどんなときか 図:警察が違法に手に入れた証拠は使えない

  • では、その違法がきっかけであとから見つかった証拠は
  • 毒は木から実へうつるのか
  • うつらない場合があるとすれば、それはどんなときか

警察が違法に手に入れた証拠は、使えません。では、その違法な捜査がきっかけで、あとから見つかった証拠は、どうでしょうか。毒は、木から実へ、うつるのか。うつらない場合があるとすれば、それはどんなときなのか。前回までは、証拠をとる行為そのものが違法な場合を見ました。今日は、証拠をとる行為は適法なのに、その前の手続が違法だった場合です。ここで効いてくるのが、違法と証拠とのつながり、つまり因果性という軸です。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、違法と証拠のつながりが、判断の新しい軸になること。2つ目は、毒樹と果実という言葉の意味です。3つ目は、つながりが薄いとされる3つの考え方、希釈、独立入手源、不可避的発見の区別です。

2つの場面:証拠をとる行為が違法か、その前が違法か

場面Aと場面Bの対比。場面A=警察官Nが違法な行為そのもので証拠を獲得。違法の重大性と排除相当性を見れば足りる。場面B=証拠の獲得は適法で、違法なのは先に行われた行為。後の証拠まで排除すべきかを別に考える。設例の入口=Nが逮捕状なしで違法な連行、連行先でMが覚醒剤を任意に提出 図:場面Aと場面Bの対比

  • 場面A=警察官Nが違法な行為そのもので証拠を獲得
  • 違法の重大性と排除相当性を見れば足りる
  • 場面B=証拠の獲得は適法で、違法なのは先に行われた行為
  • 後の証拠まで排除すべきかを別に考える
  • 設例の入口=Nが逮捕状なしで違法な連行、連行先でMが覚醒剤を任意に提出

場面を2つに分けます。場面Aは、警察官が、違法な行為そのもので、証拠を手に入れた場合です。前の2回で見た型です。その行為の重大な違法と、排除相当性を見れば足ります。場面Bは、証拠を手に入れた行為は適法なのに、その前に行われた行為が違法だった場合です。自前の設例で見ます。警察官のNが、逮捕状もなしに、被疑者のMを、事実上拘束するような形で違法に連行しました。連行先で、Mは、尋ねられて、自分から部屋にある物を出すと言い、鞄の中の覚醒剤を、任意に提出しました。提出は任意だから、適法に見えます。でも、その前の連行は違法です。この覚醒剤は、排除されるのでしょうか。そこが問題です。提出そのものは適法でも、前の違法の影響を受けるかもしれません。ですから、場面Bでは、場面Aとは別に、後の証拠まで排除すべきかを考える必要があります。

排除の目的に戻ります。排除するのは、将来の違法な捜査を抑えるため、そして、裁判所が違法な捜査に手を貸さないためです。もし、違法のおかげで証拠が手に入ったという関係がなければ、その証拠を排除しても、違法捜査の抑止にも、裁判所の廉潔さを保つことにも、つながりません。ですから、問われるのは、前の違法と、後の証拠との間に、違法のおかげで手に入ったというつながりがあるか、あるならどの程度か、です。このつながりが問題になる場面が、毒樹の果実の問題です。

毒樹の果実の意味:毒樹は違法な行為、果実は派生した証拠

毒樹の果実の意味。毒樹=違法な捜査行為そのもの。果実=その違法な行為がきっかけで手に入った証拠。先行行為そのものによって得た証拠も、それを手がかりに得た証拠も含む。因果性が問題になるかで整理し、一次か二次かで判断の枠組みを分けない。毒樹の果実を直接定めた条文はない。設例では、違法な連行が毒樹、連行後の任意提出で得た覚醒剤が果実 図:毒樹の果実の意味

  • 毒樹=違法な捜査行為そのもの
  • 果実=その違法な行為がきっかけで手に入った証拠
  • 先行行為そのものによって得た証拠も、それを手がかりに得た証拠も含む
  • 因果性が問題になるかで整理し、一次か二次かで判断の枠組みを分けない
  • 毒樹の果実を直接定めた条文はない
  • 設例では、違法な連行が毒樹、連行後の任意提出で得た覚醒剤が果実

言葉の整理です。毒樹とは、違法な捜査行為そのものです。果実とは、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。設例では、違法な連行が毒樹、連行のあとの任意提出で得た覚醒剤が果実です。派生して得られた証拠の総称を、派生証拠と呼びます。先行する行為そのものによって得た証拠を一次証拠、それを手がかりにさらに見つけた証拠を二次証拠と呼ぶことがあります。ただ、これは意味の説明のための言葉です。毒樹を一次証拠、果実を二次証拠以降に限って使う論者もいます。ただ、因果性が問題になるのは、二次証拠に限りません。一次証拠でも、先行する違法とのつながりが問題になることがあります。排除の目的から見て大事なのは、何番目の証拠かではなく、違法のおかげで手に入ったかどうかです。設例の覚醒剤も、連行から数えて何番目かでは結論は決まらず、連行のおかげで出てきたかで決まります。ですから、一次か二次かで、判断の枠組みを分けません。この点は、あとで一次証拠と二次証拠を見る回に、つながります。

一次証拠なら、当然に排除されるのですか。違います。一次証拠にも、重大な違法があるか、排除相当性があるか、という判断が要ります。当然に排除、とは言えません。以前、自白の回で、毒のある木の実も毒、という考え方を見ました。違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す、という考え方です。今日は、その考え方を、違法な行為から派生した証拠全体に広げて、整理します。ただし、毒樹の果実を直接定めた条文は、ありません。排除法則そのものが、解釈で立てたものです。

判断の軸:違法の重大性と、つながりの密接さ

前回の確認。重大な違法の判断で特に重みを持ちやすい2つの事情は、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか 図:前回の確認

軸を作る前に、前回の確認を1問だけ。前回、重大な違法を判断するとき、特に重みを持ちやすい2つの事情は何でしたか?強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、でした。その2つに、違反の程度と緊急性もあわせて、総合して評価するのでした。この評価を、今日は、第1の軸の中身として使います。

派生証拠の判断の軸。第1に、先行する捜査行為の違法の重大性。第2に、その行為と後の証拠との因果性の有無と程度。違法が重大で、かつつながりが強ければ、証拠能力は否定される方向。つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められる。設例では、連行は逮捕に等しい拘束なら重大に傾き、連行中の延長で出させたならつながりは密接 図:派生証拠の判断の軸

  • 第1に、先行する捜査行為の違法の重大性
  • 第2に、その行為と後の証拠との因果性の有無と程度
  • 違法が重大で、かつつながりが強ければ、証拠能力は否定される方向
  • つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められる
  • 設例では、連行は逮捕に等しい拘束なら重大に傾き、連行中の延長で出させたならつながりは密接

派生証拠の判断は、2段階です。第1に、先行する捜査行為の違法が、重大かどうか。第2に、その行為と後の証拠との間のつながりが、密接かどうか。先行行為の違法が重大で、しかも、つながりが強い。この場合は、重い違法をしたおかげで、証拠が手に入っています。その証拠を使わせなければ、違法をしても得をしない、と示せて、将来の違法を抑える力が働きます。ですから、証拠能力は否定される方向です。反対に、つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められます。Nの連行が、逮捕状なしの実質的逮捕に当たるなら、強制処分に至っていて、重大に傾きます。そして、覚醒剤は、その連行の最中、連行の延長で出させたものです。つながりは密接です。ですから、排除に傾きます。最高裁が、この2段階の判断を、そのまま採用すると明言しているかは、議論があります。大津の判決は、前回見た、逮捕状を示さずに逮捕し、あとで取り繕った事件です。その判決は、尿の鑑定書について、違法が重大と評価されてもやむを得ないとしたうえで、違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でない、と述べて、尿の鑑定書を排除しました。この、相当でない、という部分が、前回までに見た2つ目の要件、排除相当性です。つまり、つながりの密接さを、排除相当性の中で確かめて排除した判決がある、ということです。同じ判決は、令状で押さえた覚醒剤については、つながりが密接でないことを挙げて、重大な違法があるとまではいえない、としています。つながりの置き場所は、一つに決まっているわけではありません。判決の中身は、別の回で扱います。

覚える一文です。派生証拠は、先行手続の違法の重大性と、先行手続と証拠とのつながりを見て、違法が重大でつながりが強ければ排除、つながりが密接でなければ排除されない。ここは、論文で論点になりうる部分です。

設例で確かめる:つながりの距離で、結論が動く

設例の3つの変形。同じ違法な連行でも、証拠とのつながりの距離で結論が動く。変形1=連行の最中に、連行の延長で鞄の中を見せろと言って提出させた。つながり密接、排除に傾く。変形2=数日後、Mが弁護人の助言も受けたうえで自分の意思で鞄ごと持参して提出した。本人の意思による任意提出という適法な手続が介在し、つながりが薄まる方向。変形3=連行とは無関係に、別の班が別ルートで同じ覚醒剤を押収した。違法のおかげで得たものではない 図:設例の3つの変形

  • 同じ違法な連行でも、証拠とのつながりの距離で結論が動く
  • 変形1=連行の最中に、連行の延長で鞄の中を見せろと言って提出させた
  • つながり密接、排除に傾く
  • 変形2=数日後、Mが弁護人の助言も受けたうえで自分の意思で鞄ごと持参して提出した
  • 本人の意思による任意提出という適法な手続が介在し、つながりが薄まる方向
  • 変形3=連行とは無関係に、別の班が別ルートで同じ覚醒剤を押収した
  • 違法のおかげで得たものではない

同じ違法な連行でも、証拠との距離を動かすと、結論が動きます。3つの変形で確かめます。変形1。連行の最中に、Nが、鞄の中を見せろと言って、提出させました。違法とつながりが一番近い形です。さきほどのとおり、排除に傾きます。変形2。連行の数日後に、Mが、弁護人に相談して助言を受けたうえで、自分から鞄ごと警察署に持参して提出しました。違法な連行から日がたち、弁護人の助言も受けて、本人が自分の意思で出しています。この、本人の意思による任意の提出が、間に入った適法な手続です。連行とのつながりは、薄まる方向です。この型が、あとで見る希釈に近い場面です。変形3。連行とは関係なく、別の班が、取引先からの情報にもとづいてひそかに捜査を進めていて、令状を得て、同じ覚醒剤を押収していました。このときは、違法な連行のおかげで得たものではありません。この型が、独立入手源です。

違法の重さは同じでも、証拠とのつながりしだいで、結論は動きます。ここが、今日の軸です。

例外①希釈:適法な手続が間に入り、つながりが薄まる

希釈法理。違法のあとに適法な手続がはさまり、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、違法の影響が目立たなくなるほど薄れたとき、排除法則は適用されない。決め手は後の証拠獲得に対する先行違法の寄与度が低下する事情の有無。例は持ち主が自分の意思で承知して物を預けた場合、令状審査の介在。令状審査が本当に薄めるかは疑問も出される 図:希釈法理

  • 違法のあとに適法な手続がはさまり、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、違法の影響が目立たなくなるほど薄れたとき、排除法則は適用されない
  • 決め手は後の証拠獲得に対する先行違法の寄与度が低下する事情の有無
  • 例は持ち主が自分の意思で承知して物を預けた場合、令状審査の介在
  • 令状審査が本当に薄めるかは疑問も出される

1つ目の考え方、希釈です。違法のあとに、適法な手続がはさまって、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、最初の汚れが消えるほど、薄くなった場合です。後の証拠を得る場面で、先行する違法が果たした役割、つまり寄与度が、下がったと言える事情があるかが、決め手です。自白の回で、勾留質問の裁判官のように、別の機関や別の目的の手続が間に入ると薄まる、と見た考え方です。汚れは、先行する違法から証拠が受けた影響のたとえです。川上で水が汚された、と思ってください。そのまま流れてくれば、下流の水も飲めません。でも、途中に浄水場が入って、きれいに処理されたなら、下流の水は飲めます。この浄水場が、間に入る適法な手続です。具体例は、先行手続が違法でも、持ち主が自分の意思で承知して、警察に物を預けた場合です。変形2も、この型に近い場面です。最初の設例のように、違法な連行の最中に任意に出させた場合は、汚れがそのまま流れてくるので、薄まりません。もう1つ、令状審査によって、つながりが薄まる、という説明もされます。違法に収集した証拠を、疎明資料の1つとして令状を請求し、ほかの疎明資料もあって令状が出て、執行した結果、新しい証拠を得た場合です。裁判官が、違法な証拠以外の資料もあわせて見て、令状を出しているので、そこで違法の影響が薄まる、と見るわけです。令状審査が間に入った事情を挙げて、証拠能力を認めた最高裁の判断もあります。

令状審査が入れば、本当に薄まるのですか。そこは、疑問も出されるところです。違法に集めた証拠が疎明資料に入っていても、令状は出ることがあるからです。ですから、薄まる、という説明がされる、という温度で受け取ってください。

例外②独立入手源:現実に、別の適法な手続で入手した

独立入手源法理。違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていたと評価できる場合は、排除法則を適用しない。違法手続と証拠入手との間に因果性がなかったと評価できる。ポイントは現実に別の適法ルートで入手していること。設例=Nが違法に立ち入って帳簿を撮影、その日、別の班が取引先の任意の情報提供に基づく令状で同じ帳簿を差し押さえた 図:独立入手源法理

  • 違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていたと評価できる場合は、排除法則を適用しない
  • 違法手続と証拠入手との間に因果性がなかったと評価できる
  • ポイントは現実に別の適法ルートで入手していること
  • 設例=Nが違法に立ち入って帳簿を撮影、その日、別の班が取引先の任意の情報提供に基づく令状で同じ帳簿を差し押さえた

2つ目、独立入手源です。違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていた、と評価できる場合です。違法な手続と証拠入手との間に、因果性がなかったと言えるので、証拠は排除されません。設例です。Nが、違法に立ち入って、帳簿を見つけ、撮影しました。ところが、その同じ日に、別の班が、Nの立入りを知らないまま、取引先から任意に得た情報にもとづいて令状をとり、同じ帳簿を差し押さえていました。帳簿は、別の適法なルートで、現実に入手されています。ですから、排除されません。水でたとえると、汚された川とは別の、きれいな水源から、現に水を汲んでいた、という場合です。ポイントは、現実に、です。これを、頭に置いてください。

例外③不可避的発見:いずれは適法に見つかったはず

不可避的発見法理。実際には違法行為で証拠を発見・獲得したが、いずれは適法な手続で発見・獲得されたはずだという仮定的な判断で証拠排除を回避する考え方。独立入手源との差は現実か仮定か。適法に得られた蓋然性が具体的で一定程度以上高い必要がある。仮定的判断を認めることには批判もある。設例=違法な聞き込みで得た供述から凶器を発見、その日の朝から別の班が令状で川底の探索を区画ごとに進め、発見地点は数時間後に探索予定 図:不可避的発見法理

  • 実際には違法行為で証拠を発見・獲得したが、いずれは適法な手続で発見・獲得されたはずだという仮定的な判断で証拠排除を回避する考え方
  • 独立入手源との差は現実か仮定か
  • 適法に得られた蓋然性が具体的で一定程度以上高い必要がある
  • 仮定的判断を認めることには批判もある
  • 設例=違法な聞き込みで得た供述から凶器を発見、その日の朝から別の班が令状で川底の探索を区画ごとに進め、発見地点は数時間後に探索予定

3つ目、不可避的発見です。実際には、違法な行為によって証拠を手に入れたけれど、いずれは、適法な手続で見つかっていたはずだ、という、仮定的な判断で、排除を避ける考え方です。設例です。Nが、威迫による違法な取調べで得た供述から、川の下流の護岸の下で、凶器を見つけました。ところが、実は、その日の朝から、別の捜査班が、令状にもとづいて、川底の探索を区画ごとに進めていて、凶器の見つかった地点の区画は、数時間後に探索する予定でした。この場合、適法な探索で見つかったはずだ、という蓋然性が、具体的に高いので、不可避的発見の考え方で、排除が避けられる余地があります。なぜ排除しないのか。違法がなくても、同じ凶器がいずれ適法に見つかっていたのなら、違法のおかげで手に入った、とは言いにくいからです。つながりが薄い、と評価するわけです。ただし、仮定の話ですので、蓋然性が具体的で、一定程度以上高いことが必要です。こうした仮定的な判断を認めることには、批判もあります。

独立入手源は、現実に、別の適法な手続で入手しています。不可避的発見は、現実には違法な行為で入手していて、いずれ適法に見つかったはずだ、と仮定します。水でたとえると、汚れた水を汲んでしまったけれど、予定どおりなら、きれいな井戸から汲んでいたはずだ、という話です。現実か、仮定か。その差です。

3つの区別と、最高裁との距離

3類型の区別の表。希釈=違法の後に適法な手続が介在。独立入手源=違法を利用せず、現実に別の適法手続で入手。不可避的発見=違法で現実に入手したが、いずれは適法に入手したはずという仮定。共通=先行する違法と証拠とのつながりが密接でないと評価される類型。一次証拠でも二次証拠でも使える。最高裁が3類型を名指しで採用したとは言えない。善意の例外は3類型に入らない 図:3類型の区別の表

  • 希釈=違法の後に適法な手続が介在
  • 独立入手源=違法を利用せず、現実に別の適法手続で入手
  • 不可避的発見=違法で現実に入手したが、いずれは適法に入手したはずという仮定
  • 共通=先行する違法と証拠とのつながりが密接でないと評価される類型
  • 一次証拠でも二次証拠でも使える
  • 最高裁が3類型を名指しで採用したとは言えない
  • 善意の例外は3類型に入らない

ここで、立ち止まって考えてください。違法な手続で、実際に証拠を手に入れてしまった。それでも、排除されない余地があるのは、どの類型でしょうか?不可避的発見です。現実には違法に入手したけれど、いずれ適法に入手したはず、という仮定で、排除を避けます。独立入手源は、現実に別ルートで入手していました。ここで、3つを並べ直します。希釈は、違法のあとに、適法な手続が間に入った場合。独立入手源は、違法を利用せず、現実に、別の適法な手続で入手した場合。不可避的発見は、違法で現実に入手したが、いずれ適法に入手したはず、という仮定の場合です。3つに共通するのは、先行する違法と証拠とのつながりが、密接でないと評価される類型だ、という点です。一次証拠でも二次証拠でも、つながりが問題になる場面なら、同じように使えます。

最高裁には、3つの考え方を、その名前で採用した、と言い切れる判決は、ありません。大津の判決と、同じように令状審査が間に入った最高裁の決定には、希釈、独立入手源、不可避的発見という言葉そのものは、出てきません。大津の判決のうち令状で押さえた覚醒剤の部分と、この決定は、どちらも、違法な先行行為や、それで得た証拠と、関連性を有する証拠としたうえで、令状審査が間に入ったことや、違法の重大性と証拠の重要性などの諸事情を総合して、証拠能力を判断しています。ですから、3つは、学説が整理した、つながりの薄い類型です。判決の中に、その考え方にあてはまる事情が現れることはあっても、類型の名前で採用した、とは言えません。答案では、類型の名前を挙げることより、つながりを薄める事情を、事実で示すことが大事だ、ということです。違法が後の手続に引き継がれるか、という別の問題は、別の回で見ます。もう1つ。アメリカには、警察官が、適法だと合理的に信じて行動した場合の、善意の例外があります。これは、つながりの3類型には入りません。日本では、令状主義を潜脱する意図があったかどうか、つまり違法の重大性の側で見ます。

答案での順序

答案での順序。1 先行行為が違法か、所持品検査・任意同行・逮捕・捜索の違法。2 先行行為の違法は重大か。3 後の証拠と先行行為とのつながりは密接か。4 密接でない事情があるか、希釈・独立入手源・不可避的発見にあたる事情の有無。5 排除相当性。違法だから排除とは書かない 図:答案での順序

  • 1 先行行為が違法か、所持品検査・任意同行・逮捕・捜索の違法
  • 2 先行行為の違法は重大か
  • 3 後の証拠と先行行為とのつながりは密接か
  • 4 密接でない事情があるか、希釈・独立入手源・不可避的発見にあたる事情の有無
  • 5 排除相当性
  • 違法だから排除とは書かない

答案での順序だけ、置きます。ここは、論文で論点になりうる部分です。1つ目、先行行為が違法かを認定します。所持品検査、任意同行、逮捕、捜索などの違法です。次に2つ目、その違法は重大かを検討します。前回の、強制処分に至っていたかと、潜脱の意図が、特に重みを持ちやすい事情でした。3つ目、後の証拠と先行行為とのつながりは密接か。4つ目、つながりが密接でない事情があるか。適法な手続が介在していないか、別の適法ルートはないか、いずれ適法に見つかったはずと言えないか、を見ます。最後に、5つ目、排除相当性です。前回までに見たとおり、その証拠を許すことが、将来の違法捜査を抑えるうえで相当でないか、を見ます。ここでは、つながりの強さも効いてきます。

重大な違法があっても、つながりが密接でなければ排除されません。つながりまで、事実を挙げて、書きます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。ここでの定義では、毒樹とは違法に収集された一次証拠を指す、は誤り。先行手続に重大な違法があれば派生証拠は必ず排除される、は誤り。独立入手源は仮定に基づく、は誤り。不可避的発見は現実に違法に得たことが前提で蓋然性が具体的で高い必要、は正しい。希釈は違法の後に適法な手続が介在、は正しい。最高裁は3類型の採用を明言、は誤り。毒樹の果実を定めた条文が刑訴法にある、は誤り 図:短答の落とし穴

  • ここでの定義では、毒樹とは違法に収集された一次証拠を指す、は誤り
  • 先行手続に重大な違法があれば派生証拠は必ず排除される、は誤り
  • 独立入手源は仮定に基づく、は誤り
  • 不可避的発見は現実に違法に得たことが前提で蓋然性が具体的で高い必要、は正しい
  • 希釈は違法の後に適法な手続が介在、は正しい
  • 最高裁は3類型の採用を明言、は誤り
  • 毒樹の果実を定めた条文が刑訴法にある、は誤り

短答の確認です。毒樹とは、違法に収集された一次証拠を指す。ここでの定義では、×です。違法な捜査行為そのものを指します。先行手続に重大な違法があれば、そこから派生した証拠は必ず排除される。×です。つながりが密接でなければ、証拠能力が認められることがあります。独立入手源は、いずれは適法に入手できたはずだという仮定にもとづく。×です。それは不可避的発見です。独立入手源は、現実に別の適法な手続で入手しています。不可避的発見は、現実に違法な手続で証拠を得たことが前提で、適法に発見できた蓋然性が、具体的で高い必要がある。○です。希釈は、違法のあとに適法な手続が介在して、つながりが薄まった場合の考え方。○です。最高裁は、3つの類型を採用すると明言している。×です。毒樹の果実を定めた条文が、刑訴法に置かれている。×です。明文は、ありません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。違法な先行手続から後の適法な収集へ。判断の軸は第1に先行手続の違法の重大性、第2に違法と証拠とのつながり。つながりが密接でなければ排除されない。3つの区別は、間に入る適法な手続=希釈、現実の別ルート=独立入手源、仮定の別ルート=不可避的発見。最高裁は名指しで採用していない 図:今日の地図、保存版

  • 違法な先行手続から後の適法な収集へ
  • 判断の軸は第1に先行手続の違法の重大性、第2に違法と証拠とのつながり
  • つながりが密接でなければ排除されない
  • 3つの区別は、間に入る適法な手続=希釈、現実の別ルート=独立入手源、仮定の別ルート=不可避的発見
  • 最高裁は名指しで採用していない

まとめます。違法な捜査で得た証拠を手がかりに、さらに見つかった証拠。最初の違法がその先に及ぶかどうかは、2つの軸で見ます。第1に、先行手続の違法が重大かどうか。第2に、その違法と証拠とのつながりが、密接かどうか。違法が重大で、つながりが強ければ、排除の方向です。つながりが密接でなければ、重大な違法があっても、排除されません。つながりが薄いとされる類型が、3つあります。間に適法な手続が入る希釈。現実に、別の適法ルートで得た独立入手源。現実には違法に得たが、いずれ適法に見つかったはず、と仮定する不可避的発見です。最高裁は、この3つを名指しで採用したとは言えません。次は、被告人が同意したら、違法な証拠でも使えるのか、そもそも、誰が排除を求められるのか、という話です。

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#135単独ページ動画

違法収集証拠の同意・申立適格・私人による収集

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

違法に集めた証拠でも、被告人の側が使ってかまいませんと言ったら使えるのか。違法な捜査を受けたのが被告人ではなく隣の人だったら。集めたのが警察ではなく一般の人だったら。3つの問いの答えは、なぜ違法な証拠を外すのか、という1つの問いから決まる 図:違法に集めた証拠でも、被告人の側が使ってかまいませんと言ったら使えるのか

  • 違法な捜査を受けたのが被告人ではなく隣の人だったら
  • 集めたのが警察ではなく一般の人だったら
  • 3つの問いの答えは、なぜ違法な証拠を外すのか、という1つの問いから決まる

違法に集めた証拠でも、被告人の側が、使ってかまいません、と言ったら、裁判所は使ってよいのでしょうか。違法な捜査を受けたのが、被告人ではなく、隣の人だったら、どうでしょうか。集めたのが、警察ではなく、一般の人だったら。前回までは、違法な捜査をした警察と、その被害を受けた被告人が、同じ事件の中に収まっていました。今日は、その前提を外します。同意した被告人、被害を受けた第三者、集めた私人。登場人物が増えます。ただ、3つの問いの答えは、すべて1つの問いから決まります。なぜ、違法な証拠を外すのか。排除は、誰のためのもので、誰に向けた規律なのか。この見取り図で、今日は通します。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、326条の同意と、違法収集を争わないこととは別の話だ、ということ。2つ目は、同意、申立適格、私人の3つの問いが、排除の根拠で結論の分かれる問いだ、ということ。3つ目は、最高裁の判例がどこまであって、どこから無いのかです。

道具を取り出す:排除の3つの根拠

排除の3つの根拠。適正手続=ルールそのものを守る。憲法31条などの保障を実効化する法規範で、法規範説とも呼ばれ、被告人の権利に結びついた排除と見る。司法の廉潔性=店の信用。違法な証拠を使えば裁判への信頼が傷つく。違法捜査の抑止=盗みを続けさせない。この回の2列は、適正手続(法規範説)の側と、廉潔性・抑止の側。排除に至る前提は重大な違法と排除相当性の2要件 図:排除の3つの根拠

  • 適正手続=ルールそのものを守る
  • 憲法31条などの保障を実効化する法規範で、法規範説とも呼ばれ、被告人の権利に結びついた排除と見る
  • 司法の廉潔性=店の信用
  • 違法な証拠を使えば裁判への信頼が傷つく
  • 違法捜査の抑止=盗みを続けさせない
  • この回の2列は、適正手続(法規範説)の側と、廉潔性・抑止の側
  • 排除に至る前提は重大な違法と排除相当性の2要件

道具を取り出す前に、1問だけ、思い出してください。排除の3つの根拠を、盗品の店の比喩で言うと、どうなりますか?1つ目は、ルールそのものを守る。2つ目は、盗品を平気で買う店は信用を失う。3つ目は、盗品が売れないなら、盗む意味がなくなる、でした。ルールそのものを守るのが、適正手続です。憲法31条などの保障を実効化する法規範として排除を見るので、法規範説とも呼ばれます。店の信用が、司法の廉潔性です。盗みを続けさせないのが、違法捜査の抑止、つまり抑止効です。今日は、この3つを、2つの立場に束ねて使います。1つは、適正手続、つまり法規範説の側です。憲法35条は、令状主義、つまり、捜索や押収は裁判官の令状によらなければできない、という原則を定めて、一人ひとりに、令状なしに住居や持ち物を調べられない権利を保障しています。排除は、その権利を実際に効かせるためのものなので、権利を侵された被告人に結びついたもの、と見ます。もう1つは、廉潔性と抑止の側です。排除を、裁判への信頼や将来の違法の防止という、政策の目的のためと見ます。3つの問いを、この2つの立場で解きます。その前に、1つ確認します。判例の排除の要件は2つでした。令状主義の精神を没却するような重大な違法と、排除相当性、つまり、その証拠を使うことが、将来の違法な捜査を抑える見地から相当でないこと、です。違法収集証拠の最初の回で見たとおり、適正手続だけを根拠にすれば、憲法に違反する違法があればそれで外す、違法基準説という考え方もありました。ただ、答案は、判例の2要件で書きます。今日の問いは、その要件を満たすほどの違法があるのに、当事者の事情で排除が止まるのか、という問いです。

第1問・同意:まず「同意」を2つに分ける

設例の関係図。A=警察官が令状も承諾もなく更衣室のロッカーを開けて拳銃を押収。B=検察官が拳銃と、捜索差押調書・拳銃の性能鑑定書を請求。C=弁護人が書面2通に同意、拳銃に異議なしと述べる。D=裁判所が押収の経過から重大な違法の心証。問い=裁判所は拳銃と鑑定書を排除できるか 図:設例の関係図

  • A=警察官が令状も承諾もなく更衣室のロッカーを開けて拳銃を押収
  • B=検察官が拳銃と、捜索差押調書・拳銃の性能鑑定書を請求
  • C=弁護人が書面2通に同意、拳銃に異議なしと述べる
  • D=裁判所が押収の経過から重大な違法の心証
  • 問い=裁判所は拳銃と鑑定書を排除できるか

自前の設例です。警察官のRが、被告人Sの経営する店の更衣室で、ロッカーの錠を壊して開けました。令状もなく、Sの承諾もありません。中にあった拳銃を押収しました。銃砲刀剣類所持等取締法違反の公判で、検察官は、拳銃そのものと、押収の経過を書いた捜索差押調書と、拳銃の性能の鑑定書を、請求しました。弁護人は、深く考えずに、2通の書面には、同意します、拳銃には、異議ありません、と述べました。ところが、裁判所は、押収の記録と被告人質問から、令状主義を正面から無視した、重大な違法があるという心証を持ちました。裁判所は、拳銃と鑑定書を排除できるでしょうか。

書面に同意したら、違法な集め方も、もう問えなくなるのか。ここが、今日の落とし穴です。立ち止まって考えてください。弁護人が言った同意は、書面に向けた同意と、違法の主張を手放すことと、どちらの話だと思いますか?書面に向けた同意ですよね。326条の同意、です。ここで、条文を確認します。

刑事訴訟法326条1項。検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、相当と認めるときに限り、321条から前条までの規定にかかわらず証拠にできる。対象は書面と供述だけ 図:刑事訴訟法326条1項

  • 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、相当と認めるときに限り、321条から前条までの規定にかかわらず証拠にできる
  • 対象は書面と供述だけ

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

対象は、書面又は供述です。外れるのは、321条から前条までの規定、つまり伝聞の関門です。伝聞の回で見た、書面は原則として証拠にできない、という壁を、同意が外します。一方、違法収集を争わないことは、別の話です。違法に集められた証拠について、異議を申し立てない。これは、排除という保護を、当事者が手放せるか、という問題です。異議の根拠は、309条にあります。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

異議を申し立てられるのに、申し立てない。それは、この証拠の違法を争う機会を、自分から使わない、ということです。ですから、異議がないことが、排除という保護を手放したことになるのか、という問いが立ちます。

2つの同意の弁別表。326条の同意=対象は書面又は供述/外すのは伝聞の関門/言い方は同意・不同意。違法収集を争わないこと=証拠物にも及ぶ/問いは排除の保護を手放せるか/言い方は異議がある・異議がない。同意が開けるのは伝聞の鍵だけで、違法収集の鍵は別に掛かっている 図:2つの同意の弁別表

  • 326条の同意=対象は書面又は供述/外すのは伝聞の関門/言い方は同意・不同意
  • 違法収集を争わないこと=証拠物にも及ぶ/問いは排除の保護を手放せるか/言い方は異議がある・異議がない
  • 同意が開けるのは伝聞の鍵だけで、違法収集の鍵は別に掛かっている

2つを並べます。326条の同意は、対象が書面又は供述です。外すのは伝聞の関門です。言い方は、同意か不同意です。違法収集を争わないことは、拳銃のような証拠物にも及びます。問いは、排除の保護を手放せるか、です。言い方は、同意の回で見たとおり、異議がある、異議がない、です。2通の書面には、伝聞の関門が外れます。拳銃そのものには、同意という言葉は使えません。弁護人が言った、異議ありません、のほうです。鍵にたとえると、326条の同意が開けるのは、伝聞という鍵だけです。違法収集という鍵は、別に掛かっています。ここで、同意の回で予告した話を回収します。同意の性質について、一般的な理解は、付与説でした。同意は、書面に、証拠として使う資格を与える行為だ、と見ます。名前だけ出した、伝聞性解除説もありました。同意は、伝聞であるという問題だけを外す、と見ます。伝聞性解除説なら、同意で外れるのは伝聞の壁だけなので、違法収集証拠の排除の法則が働く余地が残る、と説明しやすくなります。付与説に立つと、同意の効果が違法収集の問題にまで及ぶ、という理解につながりやすくなります。ただ、付与説に立っても、任意性に疑いのある自白は、同意しても証拠能力がありませんでした。同意で与えられない資格がある、ということです。ですから、同意があったというだけで、違法収集の問題が当然に消えるわけではありません。結論は2つです。326条の同意があっても、消えるのは伝聞の問題だけで、違法収集の問題は残りうる。そして、違法収集の問題が残ったときに、争わないことで止まるのかは、排除の根拠で答えが分かれます。

同意の問いに、根拠ごとに答える

同意の結論を根拠別に整理。廉潔性・抑止の側=当事者の意向にかかわらず裁判所が排除すべき場合がある。適正手続(法規範説)の側は2通りに割れる。第1=憲法35条は証拠を排除せよと書いていない、排除は特権で当事者が手放せる、異議がなければ排除できない。第2=適正手続の原理を重く見る、令状主義を守るため手放しは認めない、排除すべき 図:同意の結論を根拠別に整理

  • 廉潔性・抑止の側=当事者の意向にかかわらず裁判所が排除すべき場合がある
  • 適正手続(法規範説)の側は2通りに割れる
  • 第1=憲法35条は証拠を排除せよと書いていない、排除は特権で当事者が手放せる、異議がなければ排除できない
  • 第2=適正手続の原理を重く見る、令状主義を守るため手放しは認めない、排除すべき

廉潔性と抑止の側から答えます。重大な違法な手続を、裁判所が不問にすれば、裁判への信頼も、違法捜査の抑止も損なわれます。店が、盗品と知って、客の同意があったからといって買い入れたら、信用を失うのと同じです。ですから、当事者の意向にかかわらず、裁判所が排除すべき場合があります。設例の拳銃も鑑定書も、排除できます。権利なら本人が手放せる、と考える人もいます。ただ、法規範説は、この問いで2つに割れます。一方の考え方は、憲法35条は、令状なしの捜索や押収を禁じてはいても、そうして得た証拠を排除せよ、とまでは書いていない、と見ます。排除は、憲法35条が書いているわけではなく、令状主義の保障を守るために、権利を侵された当事者に認められた、特権のようなものです。特権なら、持ち主である当事者が、使わないと決めて手放せます。同意や異議なしで違法を争わなければ、裁判所は排除できません。設例なら、拳銃も鑑定書も、排除できないことになります。もう一方の考え方は、適正手続の原理を重く見ます。令状主義という規範を、本当に守り通すには、当事者が手放せる、とするべきでない。手放せるとすると、異議さえ出なければ、令状なしの捜索で得た証拠が、そのまま裁判に通ってしまうからです。ですから、手放しを認めず、排除すべきだ、とします。設例なら、拳銃も鑑定書も、排除すべきことになります。同じ法規範説でも、結論が逆になります。

ここが見どころです。まとめると、廉潔性と抑止は、放棄にかかわらず排除すべき場合があります。法規範説は、放棄できるなら排除できない、放棄できないなら排除すべき、の2通りです。

判例:古い大法廷判決と、福岡高裁の裁判例

判例の位置づけ。最大判昭36・6・7=麻薬の事件。主たる理由は、この捜索差押えは緊急逮捕の現場でなされたもので違憲違法とする理由がないこと。のみならず、同意があり異議なく適法な証拠調べを経た調書と鑑定書は、手続の違法にかかわらず証拠能力を有する、と付加的に述べた。違法収集証拠排除法則を最高裁が採る前の判断。福岡高判平7・8・30=憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものは、異議がなくても証拠能力を認めるのは手続の基本的公正に反する 図:判例の位置づけ

  • 最大判昭36・6・7=麻薬の事件
  • 主たる理由は、この捜索差押えは緊急逮捕の現場でなされたもので違憲違法とする理由がないこと
  • のみならず、同意があり異議なく適法な証拠調べを経た調書と鑑定書は、手続の違法にかかわらず証拠能力を有する、と付加的に述べた
  • 違法収集証拠排除法則を最高裁が採る前の判断
  • 福岡高判平7・8・30=憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものは、異議がなくても証拠能力を認めるのは手続の基本的公正に反する

では、判例です。まず、最高裁の大法廷判決です。麻薬の事件でした。麻薬取締官が、緊急逮捕のために被疑者の家に赴き、本人の帰宅前から捜索を始めて、麻薬を押収しました。第一審で、被告人と弁護人は、捜索差押調書と麻薬の鑑定書を証拠とすることに同意し、異議なく証拠調べが進みました。ところが、高裁は、この捜索差押えは令状によらない違法なものだとして、証拠採用を違法としました。最高裁は、これを破棄して差し戻しました。判旨の構造に注意してください。まず、主たる理由は、この捜索差押えが、緊急逮捕の現場で行われたもので、違憲違法とする理由はない、ということです。そのうえで、のみならず、と付け加えます。調書と鑑定書は、同意があり、異議なく適法な証拠調べを経たのだから、捜索差押手続の違法であったかどうかにかかわらず、証拠能力を有する、と述べました。

同意があれば違法でも使える、と最高裁が一般に述べた、とまでは言えません。理由は3つあります。1つ目は、同意の判示は、付加的な理由だったことです。主たる理由は、手続が適法だった、ということです。2つ目は、向けられた対象が、調書と鑑定書、つまり書面2通だったことです。3つ目は、この判決は、違法収集証拠排除法則を最高裁が判例として採る前の判断だったことです。重大な違法と排除相当性という2要件の枠組みの外にあります。法廷意見は、同意の理由づけも示していません。もう1つ、福岡高裁の裁判例があります。この問題と同じ論点を扱いました。憲法上の権利を侵害する重大な違法で、しかも当事者が放棄できない性質のものがあるときは、当事者が証拠採用に異議を述べなくても、証拠能力を認めるのは、手続の基本的公正に反して許されない、と説きました。ポイントは、放棄できない、という留保が付いているところです。なんでも放棄不可、と言っているわけではありません。結論の方向は、さきほどの法規範説のもう一方、適正手続を重く見て放棄を認めない考え方と重なります。ただ、この裁判例が法規範説に立つと述べているわけではありません。設例のように、錠を壊して令状も承諾もなくロッカーを開けた場面が、その放棄できない侵害に当たるかが問われます。覚える一文です。最高裁は、排除法則の採用前に、同意があれば調書と鑑定書は違法にかかわらず証拠にできる、と述べた。ただし主たる理由は別。高裁には、放棄できない権利侵害を伴う重大な違法なら、異議がなくても許されない、とした裁判例がある。

第2問・申立適格:第三者への違法を、被告人は言えるか

申立適格の設例の関係図。A=警察官が令状なしにWのアパートを捜索し通帳と手書きのメモを押収。B=被告人U(受け子として起訴・自分の権利は侵害されていない)。C=第三者W(Uに頼まれて口座を貸した人・捜索を受けた人)。UはWへの違法を理由に排除を求められるか 図:申立適格の設例の関係図

  • A=警察官が令状なしにWのアパートを捜索し通帳と手書きのメモを押収
  • B=被告人U(受け子として起訴・自分の権利は侵害されていない)
  • C=第三者W(Uに頼まれて口座を貸した人・捜索を受けた人)
  • UはWへの違法を理由に排除を求められるか

第2問です。申立適格とは、誰が排除を求められるか、という問題です。英語で、スタンディングと呼ぶこともあります。違法な捜査を受けたのが、被告人以外の第三者で、被告人自身の権利は侵害されていない場面で問題になります。自前の設例です。振り込め詐欺の受け子として、Uが起訴されました。検察官は、Uに頼まれて口座を貸したWのアパートで、警察官のRが令状なしに押収した、通帳と手書きのメモを請求しました。Uは、Wの部屋への無令状の捜索は重大な違法だとして、異議を述べました。Uには、そもそも排除を求める資格があるでしょうか。

捜索を受けたのはWです。Uは、自分の部屋を荒らされたわけではありません。そこが問題の核心です。まず、廉潔性と抑止の側です。違法に集めた証拠を使えば、誰が被害を受けたかにかかわらず、裁判の信頼は傷つき、違法捜査を許すことになります。ですから、申立適格は、被害を受けた本人に限られず、広く認めます。Uは、Wへの違法を理由に、排除を求められます。次に、法規範説の側です。排除を、令状主義違反による、権利侵害の救済と見るなら、自分の権利を侵されていないUには、適格がありません。Uは求められない、という結論になります。誰のための排除か、という軸が、そのまま結論を分けています。この点を正面から判断した最高裁判例は、一般には挙げられていません。短答では、最高裁は、第三者への違法な捜索で得た証拠について、被告人の申立適格を認めた、という文が、×になります。

第3問・私人による違法収集

私人による収集の2場面。依頼あり=警察官Rが元従業員Xに事務所の帳簿の持ち出しを持ちかけ、Xが持ち出して提出。実質は捜査機関の行為で排除法則が適用されうる。依頼なし=元交際相手Yが腹いせに被告人宅からUSBメモリーを持ち出し警察に持ち込む。最高裁判例なし。法規範説・抑止の側は排除が困難、廉潔性の側は排除の余地。私人は刑訴法の名宛人ではない 図:私人による収集の2場面

  • 依頼あり=警察官Rが元従業員Xに事務所の帳簿の持ち出しを持ちかけ、Xが持ち出して提出
  • 実質は捜査機関の行為で排除法則が適用されうる
  • 依頼なし=元交際相手Yが腹いせに被告人宅からUSBメモリーを持ち出し警察に持ち込む
  • 最高裁判例なし
  • 法規範説・抑止の側は排除が困難、廉潔性の側は排除の余地
  • 私人は刑訴法の名宛人ではない

第3問です。警察ではなく、一般の人、つまり私人が、違法な方法で集めた証拠は、どうなるでしょうか。まず、一般論です。私人は、刑訴法の名宛人、つまり、この法律が守るよう命じている相手ではありません。私人が違法な方法で証拠を集めても、一般には、刑訴法上は違法になりません。なお、住居侵入や窃盗などの責任、民事の責任は、別に問われえます。排除法則は、捜査機関の違法に向けた規律です。私人が集めた証拠は、いつでも排除されないのですか。違います。場面を2つに分けます。1つ目は、捜査機関の命令や依頼で、私人が集めた場合です。設例です。警察官のRが、被害を訴えに来た元従業員のXに、社長の事務所から帳簿を持ち出して見せてほしい、と持ちかけました。Xは、無断で事務所に入って帳簿を持ち出し、警察に提出しました。この場合、Xは、実質的には、捜査機関の手足として動いています。ですから、捜査機関の行為と評価できて、排除法則が適用されえます。ここは、暗記してください。2つ目は、依頼がないのに、私人が集めて、捜査機関がそれを利用する場合です。設例です。元交際相手のYが、腹いせに、被告人の家に無断で入って、USBメモリーを持ち出し、警察に持ち込みました。Rは、依頼も指示もしていません。この場合、最高裁の判例は、ありません。根拠で、結論が分かれると説明されます。法規範説の側は、証拠を使うのは捜査機関で、集めたのは私人だ、と見ます。主体が違いますし、使えなくしても、私人の行為の適正は担保されません。ですから、排除は困難です。抑止の側も、排除しても、私人の将来の違法を抑止できると期待できません。ですから、やはり排除は困難です。

廉潔性の側だけ、方向が違います。違法な行為で得た証拠を、司法の場で使えば、司法への信頼を失います。盗品と知って買う店と同じ、という比喩が、そのまま当てはまります。ですから、排除できる可能性があります。ただし、私人の収集は一切排除されない、とも、依頼によらなければ必ず排除されない、とも言えません。

外国の機関が集めた証拠

外国で収集された証拠。日本の捜査機関が外国の捜査機関に捜査共助を要請し、日本法に照らせば違法となりうる方法で得た証拠。最判平23・10・20=国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決。321条1項3号の枠で処理した判断で、排除法則の基準を示したものではなく、申立適格の判例でもない 図:外国で収集された証拠

  • 日本の捜査機関が外国の捜査機関に捜査共助を要請し、日本法に照らせば違法となりうる方法で得た証拠
  • 最判平23・10・20=国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決
  • 321条1項3号の枠で処理した判断で、排除法則の基準を示したものではなく、申立適格の判例でもない

最後に、外国の機関が集めた証拠です。日本の捜査機関が、外国の捜査機関に、捜査共助を求めて、証拠を集めてもらいます。捜査共助とは、外国にいる人の取調べなどを、日本の側が、その国の捜査機関に頼むことです。その方法が、日本の法律に照らせば違法になりうる場合に、証拠能力が問題になります。廉潔性や法規範説の観点からは、証拠能力を否定する可能性があります。集めたのが外国の機関でも、使うのは日本の裁判所です。日本の法律なら許されない方法で得た証拠を使えば、盗品と知って買う店と同じく、裁判への信頼が傷つきえます。ここで思い出してほしい判決があります。国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決です。日本側の要請があり、黙秘権が実質的に告知され、強制の形跡もない、という事実関係を前提に、供述調書の採用を認めました。

その判決は、違法収集証拠排除法則の基準を示したのですか。示していません。この判決は、321条1項3号という、伝聞例外の枠で処理されています。供述者の署名か押印のある書面について、供述者が国外にいるなどで公判で供述できず、その供述が犯罪事実の証明に欠かせず、しかも供述が特に信用できる情況でされていれば、証拠にできる、という規定です。外国の捜査官は、日本の裁判官でも検察官でもないので、その調書はここに入ります。外国機関の行為に、排除の2要件をどう当てはめるか、という基準を示したものではありません。そして、申立適格の判例でも、ありません。申立適格と結びつけた、という誤りには、気をつけてください。

3つの問い×根拠の比較表

3つの問い×根拠の比較表。同意=法規範説は2通り(35条に排除の文言なし→放棄可・排除不可/適正手続重視→放棄不可・排除すべき)、廉潔性・抑止は当事者の意向にかかわらず排除すべき場合がある。申立適格=法規範説は権利侵害の救済で被告人自身が侵害されていなければ不可、廉潔性・抑止は広く認める。私人(依頼によらない)=法規範説は主体が違い困難、抑止は将来の違法を抑止できず困難、廉潔性は排除の可能性。外国機関=廉潔性・法規範説は否定の可能性、判例は321条1項3号の枠 図:3つの問い×根拠の比較表

  • 同意=法規範説は2通り(35条に排除の文言なし→放棄可・排除不可/適正手続重視→放棄不可・排除すべき)、廉潔性・抑止は当事者の意向にかかわらず排除すべき場合がある
  • 申立適格=法規範説は権利侵害の救済で被告人自身が侵害されていなければ不可、廉潔性・抑止は広く認める
  • 私人(依頼によらない)=法規範説は主体が違い困難、抑止は将来の違法を抑止できず困難、廉潔性は排除の可能性
  • 外国機関=廉潔性・法規範説は否定の可能性、判例は321条1項3号の枠

1枚の表に通します。同意は、法規範説が2通りに割れます。35条に排除の文言がないから放棄できる、という考え方と、適正手続を重く見て放棄できない、という考え方です。廉潔性と抑止は、当事者の意向にかかわらず、排除すべき場合があります。申立適格は、法規範説が、権利侵害の救済と見るなら、被告人自身が侵害されていなければ認めません。廉潔性と抑止は、広く認めます。私人の、依頼によらない収集は、法規範説と抑止が、困難とします。廉潔性だけが、排除の可能性を残します。外国機関は、廉潔性や法規範説の観点から、証拠能力を否定する可能性があります。判例との距離も確認します。同意は、最高裁は古い大法廷判決だけで、それも排除法則の採用前で、付加的な理由でした。申立適格は、正面から判断した最高裁判例が、一般には挙げられません。依頼によらない私人の収集は、最高裁の判例が、ありません。外国機関は、国際捜査共助の判決がありますが、321条1項3号の枠です。軸は、1本です。同意と申立適格は、誰のための排除か。私人は、誰に向けた規律か。法規範説は、同意の問いで2つに割れる、ここも覚えておいてください。

答案での順序と短答の落とし穴

答案での順序。1 証拠収集の手続に違法があるか。2 重大な違法と排除相当性。3 同意・異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを根拠から述べる。4 被告人自身の権利侵害でないときは申立適格を述べる。5 私人の収集は、捜査機関の依頼・命令の有無から入る。短答の落とし穴、○×8問 図:答案での順序

  • 1 証拠収集の手続に違法があるか
  • 2 重大な違法と排除相当性
  • 3 同意・異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを根拠から述べる
  • 4 被告人自身の権利侵害でないときは申立適格を述べる
  • 5 私人の収集は、捜査機関の依頼・命令の有無から入る
  • 短答の落とし穴、○×8問

答案での順序を置きます。ここは、論文で論点になりうる部分です。1つ目、証拠収集の手続に違法があるかを認定します。2つ目、重大な違法と排除相当性を検討します。3つ目、同意や異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを、根拠から述べます。4つ目、被告人自身の権利侵害でないときは、申立適格を述べます。5つ目、私人の収集は、捜査機関の依頼や命令があったかどうかから入ります。答案では、同意の有無だけで結論を書かずに、まず、どの根拠に立つかを示して、その根拠から結論を導きます。同じ同意でも、廉潔性と抑止なら排除できて、法規範説の一方なら排除できません。根拠を書かないと、結論の理由が答案に残らないからです。

短答の落とし穴。326条の同意があれば違法収集証拠でも当然に排除できなくなる、は×。最高裁は同意があれば手続の違法にかかわらず調書・鑑定書の証拠能力を認めた(排除法則の採用前・主たる理由は別・書面2通)、は○。福岡高裁は憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら異議がなくても許されないと説示、は○。最高裁は第三者への違法な捜索で被告人の申立適格を認めた、は×。法規範説なら被告人自身が権利侵害を受けていない場合は申立適格が認められない、は○。依頼に基づく私人の収集でも排除されない、は×。依頼によらない私人の収集を最高裁が判示、は×。最判平23・10・20は排除法則の基準を示した、は× 図:短答の落とし穴

  • 326条の同意があれば違法収集証拠でも当然に排除できなくなる、は×
  • 最高裁は同意があれば手続の違法にかかわらず調書・鑑定書の証拠能力を認めた(排除法則の採用前・主たる理由は別・書面2通)、は○
  • 福岡高裁は憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら異議がなくても許されないと説示、は○
  • 最高裁は第三者への違法な捜索で被告人の申立適格を認めた、は×
  • 法規範説なら被告人自身が権利侵害を受けていない場合は申立適格が認められない、は○
  • 依頼に基づく私人の収集でも排除されない、は×
  • 依頼によらない私人の収集を最高裁が判示、は×
  • 最判平23・10・20は排除法則の基準を示した、は×

短答の確認です。326条の同意があれば、その書面が違法収集証拠でも、裁判所は当然に排除できなくなる。×です。排除の根拠で分かれます。廉潔性と抑止の側は、排除できます。最高裁は、同意があれば、捜索差押手続の違法の有無にかかわらず、調書と鑑定書の証拠能力を認めた。○です。ただし、排除法則の採用前で、主たる理由は別で、書面2通です。福岡高裁は、憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら、異議がなくても証拠能力を認めるのは許されないと説示した。○です。最高裁は、第三者への違法な捜索で得た証拠について、被告人の申立適格を認めた。×です。正面から判断した最高裁判例は、一般には挙げられていません。法規範説なら、被告人自身が権利を侵害されていない場合、申立適格は認められない。○です。私人が違法に集めた証拠は、捜査機関の依頼による場合でも、名宛人でない以上、排除されない。×です。実質的に捜査機関の行為と評価されます。依頼によらない私人の収集について、最高裁は判示している。×です。判例はありません。国際捜査共助の判決は、外国機関が違法に収集した証拠に、排除法則の基準を示した。×です。伝聞例外の321条1項3号で、調書を採用したことを認めた判断で、排除法則の基準は使っていません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。3つの問いは、誰のための排除か、誰に向けた規律かで決まる。同意=2つの同意を区別、根拠別の結論、古い大法廷判決と福岡高裁。申立適格=正面から判断した最高裁判例は挙げられていない、広く認めるか権利侵害の救済か。私人=依頼ありは適用されうる、依頼なしは判例なしで根拠により割れる。外国機関=321条1項3号の枠 図:今日の地図、保存版

  • 3つの問いは、誰のための排除か、誰に向けた規律かで決まる
  • 同意=2つの同意を区別、根拠別の結論、古い大法廷判決と福岡高裁
  • 申立適格=正面から判断した最高裁判例は挙げられていない、広く認めるか権利侵害の救済か
  • 私人=依頼ありは適用されうる、依頼なしは判例なしで根拠により割れる
  • 外国機関=321条1項3号の枠

まとめます。3つの問いは、すべて、排除は誰のためのものか、誰に向けた規律か、で決まりました。同意では、326条の同意と、違法収集を争わないこととを、分けました。前者は伝聞の関門を外すだけで、後者は排除の保護を手放せるかの問題です。結論は、廉潔性と抑止なら排除すべき場合があり、法規範説は2通りに割れます。申立適格は、正面から判断した最高裁判例が一般に挙げられず、廉潔性と抑止なら広く認め、法規範説なら権利侵害の救済と見て否定します。私人の収集は、依頼があれば適用されえて、依頼がなければ判例がなく、根拠で割れます。外国機関の判決は、321条1項3号の枠で処理されたもので、排除法則の基準ではありません。次は、最初の違法が、その後の適法な手続にまで引き継がれるのか、という話です。

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#136単独ページ動画

違法の承継と違法収集証拠(同一目的・直接利用)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

尿を出したのは本人の意思。それでも鑑定書が違法収集証拠かどうか争われた。問題は、尿をとる前に警察が何をしていたか。最初の違法が、後の適法な手続にまで引き継がれるのか 図:尿を出したのは本人の意思

  • それでも鑑定書が違法収集証拠かどうか争われた
  • 問題は、尿をとる前に警察が何をしていたか
  • 最初の違法が、後の適法な手続にまで引き継がれるのか

尿を出したのは、本人の意思でした。それなのに、その尿の鑑定書が、違法収集証拠かどうか、争われました。問題は、尿をとる前に、警察が何をしていたか、です。答えを先に言います。前の手続と後の手続が同じ目的に向けられ、前の違法が作った状態をそのまま使っているなら、違法は後の手続に引き継がれます。ただし、それですぐ排除されるわけではなく、最後は、証拠をとった手続の違法が重大かで決まります。中身に入る前に、2本前の毒樹の果実の道具を、短く思い出します。毒樹とは、違法な捜査行為そのものでした。果実とは、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。判断の軸は2つ、違法の重大性と、違法と証拠のつながり、つまり因果性でした。つながりが薄い類型として、希釈、独立入手源、不可避的発見も見ました。今日は、そのつながりを、判例が別の言葉で測っている場面を見ます。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、つながりの物差しとしての、同一目的と直接利用。2つ目は、違法承継論と毒樹の果実論が、何が違うのか。3つ目は、違法が証拠の獲得の後に起きた場合です。

問題の所在:証拠をとる行為は適法、でもその前が違法

問題の所在。証拠をとる行為(採尿)は本人の任意の提出で適法。しかし、そこに至る手続(立入り・同行・留め置き)が違法。先行手続の違法は、適法な後の手続でとった証拠の証拠能力に影響するか。2つの見方=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながりは排除するかどうかの判断の中)/違法承継論(違法が後の手続に引き継がれるかを順に確認し、最後に証拠をとった手続の違法の重大性) 図:問題の所在

  • 証拠をとる行為(採尿)は本人の任意の提出で適法
  • しかし、そこに至る手続(立入り・同行・留め置き)が違法
  • 先行手続の違法は、適法な後の手続でとった証拠の証拠能力に影響するか
  • 2つの見方=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながりは排除するかどうかの判断の中)/違法承継論(違法が後の手続に引き継がれるかを順に確認し、最後に証拠をとった手続の違法の重大性)

状況を整理します。2本前の回の、場面Bです。尿を出す行為そのものは、本人が自分の意思で出したもので、適法です。ところが、そこに至るまでの、家に入る、連れて行く、帰らせない、といった手続が違法でした。先行する手続が違法で、あとの手続は適法。このとき、先行する違法は、あとの手続でとった証拠の証拠能力に、影響するのでしょうか。採尿だけを見れば適法、という見方は自然です。ただ、排除の目的に戻ってください。将来の違法な捜査を抑えるためでした。もし、違法な手続で相手を追い込んで、その状態のまま、形だけ任意で尿を出させれば、違法をしても得をする、という結果になります。それを許すと、抑止になりません。ですから、先行手続と後の手続が、どれだけ強く結びついているかが問われます。この結びつきを、どう測り、どう扱うか。扱い方に、2つの見方があります。1つが、2本前の回で作った、毒樹の果実論です。もう1つが、今日、判例を使って組み立てる、違法承継論です。違いは、あとで表にします。

奈良の生駒の事件:事実を順に追う

奈良の生駒の事件の流れ。A=警察官3名、B=被疑者。覚せい剤の前科、複数の協力者の情報→午前9時30分ころ私服で自宅へ、玄関先で警察の者ですと声をかけ上がってよいかと尋ねる→明確な承諾が認められないまま寝室まで立入り→同行を求める→車で署へ→補導室で事情聴取、使用を認める→午前11時30分ころ採尿→受験の申し出が採尿の前後に少なくとも2回、応じず→鑑定で陽性、逮捕 図:奈良の生駒の事件の流れ

  • A=警察官3名、B=被疑者
  • 覚せい剤の前科、複数の協力者の情報→午前9時30分ころ私服で自宅へ、玄関先で警察の者ですと声をかけ上がってよいかと尋ねる→明確な承諾が認められないまま寝室まで立入り→同行を求める→車で署へ→補導室で事情聴取、使用を認める→午前11時30分ころ採尿→受験の申し出が採尿の前後に少なくとも2回、応じず→鑑定で陽性、逮捕

奈良の生駒の事件です。事実を、順に追います。生駒署の警察官3名が、覚せい剤の前科がある被告人が、また使っているという、複数の協力者の情報を得ました。朝9時30分ころ、私服で被告人の家へ向かいます。ここは間違えやすい点です。警察官は、門を入って、玄関先で、戸を開けずに、警察の者です、と声をかけています。戸を半開きにして、生駒署の者ですが、ちょっと尋ねたいことがあるので、上がってもよろしいか、と尋ねました。少なくとも玄関先では、警察の者だと名乗っています。被告人の明確な承諾があったとは認められないのに、屋内に上がり、奥の八畳間、つまり寝室まで入ったことです。被告人はベッドで目を閉じて横になっていました。警察官は、枕元に立って、名前を呼び、左肩を軽くたたいて起こし、同行を求めます。被告人は、金融屋の取立てだと思ったらしく、わしも大阪に行く用事があるから一緒に行こう、と言って着替えました。警察官の自動車の後部座席に、隣に警察官がつく形で乗ります。車の中で、警察官ではないかと考えましたが、反抗はしませんでした。約10分で署に着きます。署の補導室で事情聴取が始まり、11時ころ、被告人は覚せい剤を使ったことを認めます。11時30分ころ、求めに応じて、採尿して提出し、腕の注射痕も見せました。もう1つ、大事な事実があります。被告人は、署に着いてから、採尿の前と後の、少なくとも2回、受験票を示して、午後1時半までに、大阪市内のセンターで、タクシー乗務員の地理試験を受けることになっている、と申し出ました。最初の申し出に、巡査部長は返事をしませんでした。採尿後の申し出には、尿検の結果が出るまでおったらどうや、と言って、応じませんでした。

午後2時30分ころ、鑑定の結果が、陽性だと電話で回答されます。逮捕状を請求して、5時過ぎに逮捕しました。第一審のあと、原審の高裁は、一連の手続は違法で、尿の鑑定書の証拠能力は否定される、としました。検察官が上告して、最高裁が、原判決を破棄して、差し戻しました。つまり、鑑定書の証拠能力を、否定しなかったのです。

判決の枠組み:同一目的・直接利用から、違法の有無と程度を考える

判決の枠組み。第1段=立入り・任意同行・留め置きの一連の手続と採尿手続は、覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられ、しかも一連の手続がもたらした状態を直接利用してなされている。第2段=採尿手続の適法違法は、前の手続の違法の有無・程度も十分考慮して判断。第3段=違法でも直ちに排除されない。重大な違法かつ排除相当性(昭和53年判決の規範に戻る) 図:判決の枠組み

  • 第1段=立入り・任意同行・留め置きの一連の手続と採尿手続は、覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられ、しかも一連の手続がもたらした状態を直接利用してなされている
  • 第2段=採尿手続の適法違法は、前の手続の違法の有無・程度も十分考慮して判断
  • 第3段=違法でも直ちに排除されない
  • 重大な違法かつ排除相当性(昭和53年判決の規範に戻る)

最高裁の判断の骨組みです。3段に分かれます。第1段は、前の手続と採尿が、どう結びついているか。第2段は、そのとき、採尿の違法をどう判断するか。第3段は、違法でも、すぐには排除されないことです。第1段と第2段が、今日の中心の文です。

判例最判昭61・4・25 刑集40巻3号215頁

奈良の生駒の事件——同一目的・直接利用 本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。

順に読みます。まず、同一目的です。立入り、同行、留め置きと、採尿は、どれも、被告人の覚せい剤事犯の捜査という、同じ目的に向けられていた、ということです。次に、直接利用です。採尿は、一連の手続がつくり出した状態、たとえば、署に連れてこられて、帰りにくい状況を、そのまま使って行われた、ということです。この2つがそろうので、採尿が適法か違法かは、採尿の前の手続の違法の有無と程度も、十分に考えて判断する、という流れになります。なぜ、前の手続まで見るのか。さきほど見たとおり、前の違法が作った状態を使って、形だけ任意で尿を出させても許されるなら、違法をしても得をすることになるからです。

たとえると、リレーのバトンです。前の走者が転んだとします。次の走者が、同じレースで、同じゴールを目指していて、しかも、転んだ走者から渡された状態のまま、バトンを受けて走るなら、転倒の影響を引き継いでいます。同じゴールを目指す、が同一目的。渡された状態をそのまま使う、が直接利用です。そしてもう1つ。ここで言う違法は、任意捜査の限界を超えた違法です。なかでも留め置きは、被疑者の取調べの回で見た、198条1項に関わります。被疑者の出頭と退去について、こう定めています。

刑事訴訟法198条1項。被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。任意の取調べの根拠と、退去の自由 図:刑事訴訟法198条1項

  • 被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる
  • 任意の取調べの根拠と、退去の自由

条文刑事訴訟法第198条第1項

刑事訴訟法第198条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

逮捕も勾留もされていない被疑者は、出頭後でも、いつでも帰ることができます。任意の取調べは、あくまで任意です。帰りたいという申し出に応じずに、署に留め置けば、この退去の自由を損なう、という評価につながります。もう1点。判決は、違法承継、毒樹の果実、という言葉を、使っていません。判決の言葉は、同一目的、直接利用、そして、違法性を帯びる、です。承継という整理は、あとで見るとおり、学説のものです。最後に、第3段です。採尿手続が違法だと評価されても、直ちに鑑定書が排除されるわけではありません。違法の程度が、令状主義の精神を没却するような重大なもので、鑑定書を証拠にすることが、将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない、と言えるときに、はじめて排除されます。排除の2要件でしたね。重大な違法と、排除相当性です。違法があるたびに外すと、真実を捨てる代償が大きすぎるので、この2つに絞ったのでした。

判決の当てはめ:違法性を帯びる、しかし重大とはいえない

判決の当てはめ。違法性を帯びる事情=寝室まで承諾なく立入り、同行に明確な承諾を得ていない、退去の申し出に応じず署に留め置いた。重大とはいえないとした4事情=①当初から無断で入る意図はなく玄関先で承諾を求める行為に出ていた ②任意同行に有形力は行使されず途中で警察官と気付いても異議なく応じた ③受験の申し出に応答しなかったが、それ以上に留まることを強要する言動はない ④採尿自体は強制なく自由な意思での応諾。結論=違法の程度はいまだ重大とはいえず、鑑定書の証拠能力は否定されない 図:判決の当てはめ

  • 違法性を帯びる事情=寝室まで承諾なく立入り、同行に明確な承諾を得ていない、退去の申し出に応じず署に留め置いた
  • 重大とはいえないとした4事情=①当初から無断で入る意図はなく玄関先で承諾を求める行為に出ていた
  • ②任意同行に有形力は行使されず途中で警察官と気付いても異議なく応じた
  • ③受験の申し出に応答しなかったが、それ以上に留まることを強要する言動はない
  • ④採尿自体は強制なく自由な意思での応諾
  • 結論=違法の程度はいまだ重大とはいえず、鑑定書の証拠能力は否定されない

次に、当てはめです。結論を先に言うと、判決は、採尿手続も違法性を帯びる、と認めました。ただし、その違法は重大ではない、として、鑑定書の証拠能力を認めました。違法を認めたうえで、排除しない。ここが、今日の最初の落とし穴です。

判例最判昭61・4・25 刑集40巻3号215頁

奈良の生駒の事件——違法性を帯びる、しかし重大とはいえない ……これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない。しかし、……本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。

前半の、違法性を帯びる、の理由です。採尿の前の一連の手続に、任意捜査の域を逸脱した違法な点がありました。寝室まで、承諾なく立ち入ったこと。任意同行に際して、明確な承諾を得ていないこと。被告人の退去の申し出に応じないで、署に留め置いたこと。これに引き続いて行われた採尿も、違法性を帯びる、と評価しました。後半の、重大とはいえない、の理由は、4つの事情です。1つ目。立入りの際、警察官は、当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど、承諾を求める行為に出ていました。2つ目。任意同行では、有形力は行使されておらず、途中で警察官だと気づいても、異議を述べずに同行に応じました。3つ目。受験の申し出に応答しなかったことはありますが、それ以上に、署に留まることを強要するような言動はしていません。4つ目。採尿そのものは、何の強制も加えられず、被告人の自由な意思での応諾に基づいていました。ここで、1問です。受験の申し出に返事をしなかった点が、どうして、重大とまでは言われなかったのでしょうか?

それ以上に留まることを強要する言動がなく、採尿も任意だった。この2つが効いています。1つ目と2つ目も、同じ方向に効きます。初めから無断で入るつもりなら、令状の手続をわざと避けたことになりますが、そうではありませんでした。力ずくで連れて行ったのでもありません。どれも、令状主義の精神を没却するほどではない、と見る事情です。ただし、注意があります。判決が挙げたのは、この4つの事情を総合した評価です。有形力がなければ、重大とは認めない、といった一般的な基準を、述べたわけではありません。前に見た、自動車の中を調べた事件、つまり、承諾のないまま車の中を調べて、覚せい剤らしい粉末を見つけ、そこから逮捕と採尿へ進んだ事件でも、採尿は強制なく、自分の意思で応じたので、重大とはいえない、という型が出ました。同じ型です。採尿のための連行の回の、6時間半の留め置きの事件も、違法だが重大ではない、とされました。ただ、あの事件で重さを量ったのは、留め置きそのものです。今日、重さを量っているのは、引き継がれた採尿の違法です。判決は、排除相当性にも、一文触れるだけでした。

1人、反対意見がありました。立入りは憲法35条に違反することが明白で、同行は任意同行とは言えず、留め置きも退去の自由に反する。採尿だけを切り離さず、一連の手続を全体として見れば、令状主義の精神を没却する重大な違法があり、鑑定書は排除すべきだ、という意見です。多数の意見は、立入りから留め置きまでの一連の手続の違法を考慮に入れたうえで、採尿手続が帯びた違法の重大性を測っています。この対比は、次で効いてきます。

違法承継論の2つの特色

違法承継論。判決の枠組みを学説が整理した呼び名。特色(i)=先行の手続と後の手続がどれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめる。特色(ii)=先行手続の違法が後の手続に順次引き継がれるかを手続ごとに確かめ(立入り→同行→留め置き→採尿)、最後に証拠を得た手続の違法の重大性を見て排除相当性を判断。違法性の承継と呼ぶこともある 図:違法承継論

  • 判決の枠組みを学説が整理した呼び名
  • 特色(i)=先行の手続と後の手続がどれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめる
  • 特色(ii)=先行手続の違法が後の手続に順次引き継がれるかを手続ごとに確かめ(立入り→同行→留め置き→採尿)、最後に証拠を得た手続の違法の重大性を見て排除相当性を判断
  • 違法性の承継と呼ぶこともある

判決の枠組みを、学説が整理して、違法承継論と呼んでいます。違法性の承継と呼ぶこともありますが、同じものです。最高裁が、この名前で判示したわけではありません。判決の言葉は、同一目的と直接利用でした。特色は2つです。1つ目。先行の手続と後の手続が、どれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめます。2つ目。先行手続の違法が、後の手続に順に引き継がれるかを、手続ごとに確かめます。立入り、同行、留め置き、採尿、と順に見ていく、という整理です。最後に、証拠を得た手続、つまり採尿に引き継がれた違法が、重大かどうかを見ます。そのうえで、2つ目の要件の、排除相当性を判断します。生駒の事件にあてはめます。立入り、同行、留め置きが違法。同一目的、直接利用があるので、採尿に引き継がれて、違法性を帯びる。そこで、採尿手続の違法の重大性を見ると、重大とはいえない。だから、証拠能力は肯定されます。流れが、一本の線になります。

違法承継論と毒樹の果実論は何が違うか

比較表。違法の重大性を見る対象=毒樹の果実論は先行行為(毒樹=違法な捜査行為そのもの)/違法承継論は後の証拠収集手続(先行の違法が引き継がれた結果としての違法)。つながり(因果性)の置き場=毒樹の果実論は排除するかどうかの判断の中(つながり→排除相当性)/違法承継論は違法が引き継がれるかの前提。手順=毒樹の果実論は先行行為の違法の重大性→つながり→証拠能力/違法承継論は先行の違法→各手続への承継を順に確認→証拠収集手続の違法の重大性→証拠能力 図:比較表

  • 違法の重大性を見る対象=毒樹の果実論は先行行為(毒樹=違法な捜査行為そのもの)/違法承継論は後の証拠収集手続(先行の違法が引き継がれた結果としての違法)
  • つながり(因果性)の置き場=毒樹の果実論は排除するかどうかの判断の中(つながり→排除相当性)/違法承継論は違法が引き継がれるかの前提
  • 手順=毒樹の果実論は先行行為の違法の重大性→つながり→証拠能力/違法承継論は先行の違法→各手続への承継を順に確認→証拠収集手続の違法の重大性→証拠能力

今日の山場です。2つの考え方を、1枚の表で比べます。違いは、手順です。1行目、違法の重大性を、どこで見るか。毒樹の果実論は、先行行為、つまり毒樹そのものの違法の重大性を見ます。違法承継論は、後の証拠収集手続の違法の重大性を見ます。先行の違法が、引き継がれた結果としての違法です。2行目、つながりを、どこで見るか。毒樹の果実論は、先行行為と証拠のつながりを、証拠を排除するかどうかの判断の中で見ます。2本前に見た答案の順序でいえば、先行行為の違法の重大性を見たあとの、つながりは密接か、つながりを薄める事情はあるか、そして排除相当性、という後半の段です。後の手続が違法かどうかには、使いません。違法承継論は、違法が引き継がれるかどうかの前提として、つながりを見ます。この前提のつながりを測る物差しが、同一目的と直接利用です。3行目、手順です。毒樹の果実論は、先行行為の違法の重大性を見て、つながりを見て、証拠能力を決めます。違法承継論は、先行の違法を確認して、各手続への承継を順に確かめ、証拠収集手続の違法の重大性を見て、証拠能力を決めます。1文で言うと、行為の連鎖を見るか、証拠とのつながりを見るか、の違いです。生駒の事件を、毒樹の果実論で考えるとどうなるか。毒樹は、立入り、同行、留め置きです。その違法が重大かを見て、採尿はその留め置きの最中だった、というつながりを、排除するかどうかの判断の中で見ます。さっきの違法承継論の当てはめでは、重大性を見たのは、採尿手続のほうでした。

どちらで考えても、結論が分かれる場面は、考えにくいとされています。どちらも、先行の違法の程度と、証拠とのつながりの強さという、同じ事実を見ていて、違うのは、それを手順のどこに置くかだけ、と整理できるからです。結論が分かれにくいなら、どちらで書くほうが手順が少ないでしょうか?先行行為の違法の重大性と、つながりを見れば足りる、毒樹の果実論です。毒樹の果実論は、手順が少なくて済みます。違法承継論で書くと、立入り、同行、留め置きと、手続ごとに引き継ぎを確かめる段が増えます。結論が変わりにくいなら、その段は答案の得になりません。違法承継論は、判例が使う、同一目的と直接利用という言葉の意味を、知っておく位置づけです。最高裁は、どちらの名前でも判示していません。ここは、論文で論点になりうる部分です。

自前の設例でつながりを動かす

設例の流れ。警察官Q、配送員P(薬物使用の疑い)。夜勤明けのPのアパートでドアが開いていたため勝手に入り台所まで進んでPを起こす→交番での話を求めあいまいに応じる→集荷の時間だと帰ろうとするが取り合わず3時間留め置き→尿を出してもらえるかと求め提出→鑑定で陽性。変形A=翌日、弁護人に相談し自分で病院に行き提出。変形B=違法が証拠をとった後に起きていたら 図:設例の流れ

  • 警察官Q、配送員P(薬物使用の疑い)
  • 夜勤明けのPのアパートでドアが開いていたため勝手に入り台所まで進んでPを起こす→交番での話を求めあいまいに応じる→集荷の時間だと帰ろうとするが取り合わず3時間留め置き→尿を出してもらえるかと求め提出→鑑定で陽性
  • 変形A=翌日、弁護人に相談し自分で病院に行き提出
  • 変形B=違法が証拠をとった後に起きていたら

自前の設例で、つながりの強さを動かします。薬物の使用が疑われる、夜勤明けの配送員Pの、アパートです。警察官のQらは、呼び鈴に応答がないのに、玄関のドアが開いていたからと、勝手に入って、台所まで進み、Pを起こしました。そして、ちょっと近くの交番で話を、と同行を求めます。Pは、あいまいに応じました。交番で、Pは、荷物の集荷に行く時間だ、と何度も言って帰ろうとしましたが、Qらは取り合わず、3時間、留め置きました。その間に、Qが、尿を出してもらえるか、と求めます。Pは、出せばいいんでしょう、と応じて、提出しました。鑑定で、陽性でした。判決の物差しで確かめます。立入り、同行、留め置きと採尿は、覚せい剤使用の捜査という、同一目的に向けられていますか?

どの手続も同じ捜査に向けられているので、同一目的は認められます。次に、留め置きの状態を、直接利用して採尿していますか?帰れない状態のまま、尿を求めているので、直接利用していると思います。ですから、採尿手続は、違法性を帯びます。ここまでは、生駒の事件と同じです。では、重大な違法か。4つの事情を当てはめます。無断で入る意図はあったか。有形力はあったか。留まることを強要していないか。採尿は任意だったか。この設例は、生駒の事件より悪い事情を、わざと混ぜています。帰ろうとするのに取り合わず3時間。ドアが開いていたから勝手に入った。重大性は、事実しだいで動きます。

たとえば、帰ろうとするのを、実際に押しとどめた。ドアを開けさせるために、だました。それらがあれば、強制や意図の事情が増えて、重大のほうに傾きます。反対に、立入りの際に、声をかけて承諾を求める行為があれば、軽いほうに傾きます。短答や論文では、事実を拾って、評価します。結論を1つに決め打ちしないことです。変形Aです。Pは、留め置きの翌日、弁護人に相談して、協力します、と言い、自分で病院に行って、尿を提出しました。違法な状態を、直接利用して、とったとは言えません。同一目的はあっても、結びつきが薄い。違法のあとに、弁護人への相談と、本人の意思での提出がはさまって、つながりが薄まった、2本前の回の、希釈と同じ型です。ですから、留め置きの違法は採尿に引き継がれにくく、尿の鑑定書は使える方向です。これが、バトンでいえば、別の日の別のレースで走る、という場面です。変形Bです。違法が、証拠をとった後に起きていたら、どうなるでしょうか。それを、次の事件で見ます。

和歌山の事件:違法が証拠の獲得の後に起きた型

和歌山の事件の時間軸。捜査員8名が別件の覚せい剤所持の捜索差押許可状で被告人方を捜索→午前11時33分ころ寝室のテレビ台上から覚せい剤様の粉末を発見→被告人がそんなあほなと発言→警察官が襟首をつかみ脇腹を蹴る暴行→予試験で反応、現行犯逮捕・差押え。暴行の位置=発見の後・発見のためでも捜索に利用するためでもない 図:和歌山の事件の時間軸

  • 捜査員8名が別件の覚せい剤所持の捜索差押許可状で被告人方を捜索→午前11時33分ころ寝室のテレビ台上から覚せい剤様の粉末を発見→被告人がそんなあほなと発言→警察官が襟首をつかみ脇腹を蹴る暴行→予試験で反応、現行犯逮捕・差押え
  • 暴行の位置=発見の後・発見のためでも捜索に利用するためでもない

事件に入る前に、1問だけ、思い出してください。毒樹の果実で、違法と証拠の間に見る、もう1つの軸は、何でしたか?違法と証拠のつながり、つまり、因果性です。そのつながりが、きれいに切れている型を見ます。和歌山の事件です。和歌山西署の警察官ら、捜査員8名が、被告人の別の事件、覚せい剤の所持を被疑事実とする、捜索差押許可状で、被告人の家の捜索を始めました。午前11時33分ころ、寝室のテレビ台の上の、ポケットベルのケースと本体の間から、銀紙包みの、覚せい剤らしい粉末を発見します。これを見せられた被告人が、そんなあほな、などと言ったところ、そばにいた警察官が、被告人の襟首をつかんで、後ろに引っ張り、左の脇腹を蹴りました。倒れた被告人を、さらに数名が、脇腹や背中などを蹴りました。その後、その場の簡易な検査、予試験で、覚せい剤の反応が出て、11時36分ころ、現行犯逮捕と差押えが行われました。被告人は、署では所持を否認しましたが、午後3時ころ、警察官の説得に応じて、尿を提出しています。最高裁は、上告を棄却しました。判断は3つに分かれます。暴行は違法か。見つけた覚せい剤を使えるか。そして、署で出した尿を使えるか、です。まず、暴力は許されず、警察官らの行為は違法だ、と認めています。つまり、違法は認めました。

判例最決平8・10・29 刑集50巻9号683頁

和歌山の事件——暴行と覚せい剤の証拠能力 警察官が捜索の過程において関係者に暴力を振るうことは許されないことであって、本件における右警察官らの行為は違法なものというほかはない。しかしながら、……右警察官の違法行為は捜索の現場においてなされているが、その暴行の時点は証拠物発見の後であり、被告人の発言に触発されて行われたものであって、証拠物の発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められないから、右証拠物を警察官の違法行為の結果収集された証拠として、証拠能力を否定することはできない。

決め手は2つです。暴行の時点が、発見の後だったこと。そして、被告人の発言に触発されて起きたもので、発見を目的とし、捜索に利用するために行われたものではないこと。ですから、暴行のおかげで、覚せい剤を得たわけではありません。そう整理する説明があります。暴行は、発見のためのものではないので、同一目的が無い。発見はもう済んでいたので、暴行が作った状態を使って見つけたのでもない、つまり直接利用も無い、という整理です。ただし、決定は、同一目的、直接利用という言葉を、使っていません。書いてあるのは、発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められない、です。生駒の事件の物差しを当てはめると、そう説明できる、ということです。説明は2通りあります。1つは、暴行と証拠の獲得の間に因果性が無い、という説明。もう1つは、そこまで厳密な因果性を問題にしたのではなく、暴行が、捜索差押えの手続の一部ではなかったから、考えに入れなかった、という説明です。尿の鑑定書も、判断されています。被告人は、公判で、尿を任意に提出した、と供述していました。暴行は、尿の提出の意思決定に、実質的な影響を及ぼさなかったので、任意提出の手続に違法はない、とされました。間違えやすい点を、3つ挙げます。1つ目。暴行は、違法と認められています。違法を認めたうえで、排除しなかったのです。2つ目。暴行が先に起きて、覚せい剤が出たのではありません。発見が先です。3つ目。この決定が判断したのは、発見の後の暴行です。暴行で見つけた場合、つまり暴行が発見の前だった場合の結論は、判断していません。

3つの考え方の関係と、自動車の中を調べた事件との接続

3つの考え方の関係。上位の枠=排除法則(重大な違法と排除相当性の2要件)。先行手続の違法が後の証拠に及ぶ場面の2つの手順=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながり)/違法承継論(承継を順に見て後の手続の違法の重大性)。最後に見るのは、証拠として許容することが相当でないほどの重大な違法があるか。「直接利用」の語を先に用いたのは生駒の事件(同一目的と直接利用の2つを挙げた判決) 図:3つの考え方の関係

  • 上位の枠=排除法則(重大な違法と排除相当性の2要件)
  • 先行手続の違法が後の証拠に及ぶ場面の2つの手順=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながり)/違法承継論(承継を順に見て後の手続の違法の重大性)
  • 最後に見るのは、証拠として許容することが相当でないほどの重大な違法があるか
  • 「直接利用」の語を先に用いたのは生駒の事件(同一目的と直接利用の2つを挙げた判決)

関係を整理します。上位の枠が、排除法則です。2要件、重大な違法と排除相当性です。先行手続の違法が、後の証拠に及ぶ場面を、毒樹の果実論と、違法承継論という、2つの手順で扱います。どちらを通っても、最後に見るのは同じです。証拠として許容することが相当でないほどの、重大な違法があるか、です。前に見た判例との接続です。前に見た、自動車の中を調べた事件、承諾なしの車内の検査から、逮捕と採尿へ進んだ事件で、最初の違法が作った状態を、直接利用して行われた採尿は、違法性を帯びる、という考え方を、すでに一度、使いました。今日の生駒の事件が、その考え方を先に示した判決です。自動車の事件の判示は、直接利用を使っていて、同一目的という言葉は使っていません。生駒の事件が、同一目的と直接利用の2つを挙げています。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。昭和61年判決は採尿手続に違法は無いとした×(違法性を帯びると評価したうえで重大とはいえないとした)。採尿が任意なら先行手続の違法は考慮されないとした×。警察官が身分を名乗らず同行したことを違法とした×。決定である×(破棄差戻し=判決)。留め置いて自白を引き出したので重大な違法×。和歌山の決定は暴行を違法でないとした×。暴行の時点が発見の後であることを理由の1つに挙げた○。暴行を受けた被告人の尿の提出も違法収集×。2つの理論は結論も必ず分かれる×。判決が違法の承継という語を用いて判示した× 図:短答の落とし穴

  • 昭和61年判決は採尿手続に違法は無いとした×(違法性を帯びると評価したうえで重大とはいえないとした)
  • 採尿が任意なら先行手続の違法は考慮されないとした×
  • 警察官が身分を名乗らず同行したことを違法とした×
  • 決定である×(破棄差戻し=判決)
  • 留め置いて自白を引き出したので重大な違法×
  • 和歌山の決定は暴行を違法でないとした×
  • 暴行の時点が発見の後であることを理由の1つに挙げた○
  • 暴行を受けた被告人の尿の提出も違法収集×
  • 2つの理論は結論も必ず分かれる×
  • 判決が違法の承継という語を用いて判示した×

短答の確認です。生駒の事件の最高裁は、採尿手続に違法は無いとして、鑑定書の証拠能力を認めた。×です。採尿手続も、違法性を帯びると評価したうえで、重大とはいえないとして、認めました。採尿は被疑者の任意の提出なので、先行する手続の違法は考慮されない、とした。×です。同一目的、直接利用がある場合には、先行する手続の違法の有無と程度も、十分に考慮して判断します。警察官が、身分を名乗らずに、被疑者を同行したことを、違法とした。×です。玄関先で、警察の者です、と声をかけています。問題は、明確な承諾のない立入りと同行、そして、退去の申し出に応じない留め置きです。生駒の事件は決定である。×です。原判決を破棄して差し戻しているので、判決です。留め置いて、自白を引き出したので、重大な違法が認められた。×です。それ以上に、留まることを強要する言動はしていない、とされて、違法は重大とはいえない、とされました。和歌山の決定は、警察官の暴行は違法ではない、とした。×です。違法と認めたうえで、証拠能力を肯定しました。暴行の時点が、発見の後だったことを、証拠能力を否定しない理由の1つに挙げた。○です。暴行が発見の前だった場合の結論は、決定は判断していません。暴行を受けた被告人の、尿の提出も、違法な収集と評価した。×です。暴行は、提出の意思決定に、実質的な影響を及ぼしていません。毒樹の果実論と違法承継論は、手順が違うので、結論も必ず分かれる。×です。分かれる場面は、考えにくいとされます。生駒の事件の判決は、違法の承継、という言葉を用いて判示した。×です。判決の言葉は、同一目的、直接利用、違法性を帯びる、です。承継は、学説の整理です。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。つながりの物差し=同一目的・直接利用(生駒の事件)。違法承継論と毒樹の果実論=手順の違い(結論は分かれにくい、最高裁はどちらの名前でも判示していない)。違法が証拠の獲得の後に起きた型=違法と証拠の獲得の間に因果性が無く、証拠能力は否定されない(和歌山の事件)。最後に見るのは常に、重大な違法と排除相当性 図:今日の地図、保存版

  • つながりの物差し=同一目的・直接利用(生駒の事件)
  • 違法承継論と毒樹の果実論=手順の違い(結論は分かれにくい、最高裁はどちらの名前でも判示していない)
  • 違法が証拠の獲得の後に起きた型=違法と証拠の獲得の間に因果性が無く、証拠能力は否定されない(和歌山の事件)
  • 最後に見るのは常に、重大な違法と排除相当性

まとめます。1つ目。つながりの物差しは、同一目的と直接利用です。生駒の事件では、先行手続の違法が、採尿に及んで、違法性を帯びました。ただし、違法は重大とはいえず、鑑定書は排除されませんでした。2つ目。違法承継論と毒樹の果実論は、手順の違いです。結論は、分かれにくく、最高裁は、どちらの名前でも判示していません。3つ目。違法が、証拠の獲得の後に起きた型では、違法と証拠の獲得の間に因果性が無いので、証拠能力は否定されません。和歌山の事件が、その型でした。どの場合も、最後に見るのは、重大な違法と排除相当性です。次は、違法な逮捕で直接得た証拠と、その証拠をもとに令状で得た証拠を、分けて考える話です。

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#137単独ページ動画

違法収集証拠の一次証拠と二次証拠(密接関連性と令状審査)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

同じ違法な逮捕から2つの証拠が出た。尿の鑑定書(逮捕の当日にとった一次証拠)は排除、その鑑定書を使って令状をとり見つけた自宅の覚醒剤(二次証拠)は使える。分かれ目はどこか 図:同じ違法な逮捕から2つの証拠が出た

  • 尿の鑑定書(逮捕の当日にとった一次証拠)は排除、その鑑定書を使って令状をとり見つけた自宅の覚醒剤(二次証拠)は使える
  • 分かれ目はどこか

同じ違法な逮捕から、2つの証拠が出てきました。最高裁は、1つを捨てて、1つを使いました。分かれ目は、どこにあったのでしょうか。同じ違法から出た2つの証拠で、なぜ扱いが分かれるのか。それが、今日の入口です。答えを先に言います。違いは、その証拠が、違法な逮捕からどれだけ近いかです。逮捕の当日にとった尿は、違法のすぐ隣にあります。その鑑定書を使って令状をとり、見つけた覚醒剤は、間に裁判官の審査と、別に適法に出ていた令状の捜索が挟まっています。つながりの強さが違うので、結論が分かれました。前の回の最後の問いです。違法な逮捕で直接得た証拠と、その証拠をもとに令状で得た証拠を、分けて考える。その問いに、今日、判決の言葉で答えます。まず、これまでの道具を短く思い出します。毒樹は、違法な捜査行為そのものでした。果実は、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。判断の軸は2つで、違法の重大性と、違法と証拠のつながりでした。つながりが薄い類型として、間に適法な手続が入る希釈、現実に別の適法な手続で得た独立入手源、いずれ適法に見つかったはずだと仮定する不可避的発見も見ました。違法が後の手続に引き継がれるかを順に確かめる違法承継論との違いは、手順の違いで、どちらで考えても結論は分かれにくい、という整理でした。今日扱う大津の事件は、前に、判決の骨組みだけを先に見て、中身は別の回で扱う、としていた事件です。今日、事実から正面から扱います。

一次証拠と二次証拠

一次証拠=違法な捜査行為から直接得た証拠(大津では尿の鑑定書)。二次証拠=その一次証拠をきっかけに得た証拠(大津では令状で捜索して見つかった覚醒剤)。どちらも見る枠は同じ=先行行為の違法の重大性と、つながり

  • 一次証拠=違法な捜査行為から直接得た証拠(大津では尿の鑑定書)
  • 二次証拠=その一次証拠をきっかけに得た証拠(大津では令状で捜索して見つかった覚醒剤)
  • どちらも見る枠は同じ=先行行為の違法の重大性と、つながり

言葉を2つ決めます。一次証拠は、違法な捜査行為から、直接得た証拠です。二次証拠は、その一次証拠をきっかけに、手がかりにして得た証拠です。大津の事件では、尿の鑑定書が一次証拠、令状で捜索して見つかった覚醒剤が二次証拠です。二次証拠は、間に別の手続が挟まるぶん、つながりが弱まることがあります。ただし、弱まるかどうかは、事情しだいです。そして、一次でも二次でも、見る事情は同じです。先行行為の違法の重大性と、つながり。二次だから別の枠組み、ということはありません。違うのは、つながりの強さのほうです。

大津の事件:事実を順に追う

大津の事件の流れ。A=警察官3名、B=被疑者。窃盗の逮捕状は発付済み→逮捕状を携行せず自宅へ→同行を説得、Bは逮捕状を見せるよう求めて応ぜず逃走→路上で制圧して逮捕(現場で呈示なし)→署に着いて間もなく逮捕状を呈示(逮捕状には現場で呈示した旨の虚偽記載・虚偽の捜査報告書も)→同日夜に任意の採尿・覚醒剤成分検出(一次証拠=鑑定書)→5日後、鑑定書を疎明資料に覚醒剤の捜索差押許可状→適法に出ていた窃盗の許可状と併せて自宅を捜索→覚醒剤(二次証拠) 図:大津の事件の流れ

  • A=警察官3名、B=被疑者
  • 窃盗の逮捕状は発付済み→逮捕状を携行せず自宅へ→同行を説得、Bは逮捕状を見せるよう求めて応ぜず逃走→路上で制圧して逮捕(現場で呈示なし)→署に着いて間もなく逮捕状を呈示(逮捕状には現場で呈示した旨の虚偽記載・虚偽の捜査報告書も)→同日夜に任意の採尿・覚醒剤成分検出(一次証拠=鑑定書)→5日後、鑑定書を疎明資料に覚醒剤の捜索差押許可状→適法に出ていた窃盗の許可状と併せて自宅を捜索→覚醒剤(二次証拠)

大津の事件の事実を、時間の順に追います。窃盗の被疑事実で、逮捕状は、すでに発付されていました。ある日の朝、警察官3名が、被告人の動向を見て、身柄を押さえるために、被告人の家へ向かいます。ところが、逮捕状は持っていきませんでした。家の前で、任意同行を説得すると、被告人は、逮捕状を見せるよう求めて、同行に応じず、逃げ出しました。午前8時25分ころ、家の近くの路上で、警察官らは被告人を制圧して、手錠と捕縛用のロープで逮捕します。この現場で、逮捕状は示されていません。警察の車で、大津警察署に連れて行かれ、午前11時ころ着きました。逮捕状が示されたのは、着いてから間もなくです。逮捕のときではなく、あとからだった、ということです。

逮捕状を示す、という原則と、その例外を、条文で確かめます。

刑事訴訟法201条1項・2項、73条3項。逮捕状による逮捕は逮捕状を被疑者に示す。逮捕状を所持せず示せない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて執行できる(緊急執行)。ただし令状はできる限り速やかに示す 図:刑事訴訟法201条1項・2項、73条3項

  • 逮捕状による逮捕は逮捕状を被疑者に示す
  • 逮捕状を所持せず示せない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて執行できる(緊急執行)
  • ただし令状はできる限り速やかに示す

条文刑事訴訟法第201条第1項・第2項

刑事訴訟法第201条第1項・第2項——逮捕状の呈示 逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。 2 第七十三条第三項の規定は、逮捕状により被疑者を逮捕する場合にこれを準用する。

条文刑事訴訟法第73条第3項(201条2項により逮捕状の場合に準用)

刑事訴訟法第73条第3項——緊急執行(準用) 勾引状又は勾留状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、前二項の規定にかかわらず、被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる。但し、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない。

読み替えます。勾引状や勾留状は逮捕状、被告人は被疑者、公訴事実は被疑事実です。逮捕状を持っていなくて示せないとき、急ぐ事情があれば、被疑事実の要旨と、令状が出ていることを告げて、逮捕できます。これが緊急執行です。ただし、令状は、できる限り速やかに示します。大津の事件は、逮捕状を持っておらず、現場で示してもいません。そして、緊急執行の手続が執られていないことも、判決が、事件の経過から明らかだと述べています。条文に照らして、手続に違法があった、というところが出発点です。事実の続きです。逮捕状には、午前8時25分ころ、現場で示して逮捕した、という警察官名義の記載がありました。事実と違います。同じ趣旨の、内容の虚偽の捜査報告書も作られました。午後7時10分ころ、署の中で、被告人は尿を求められて、強制なく、任意に提出しました。科学捜査研究所の鑑定で、覚醒剤の成分が検出されます。これが尿の鑑定書、つまり一次証拠です。

ここからが二次証拠です。5日後、裁判官が、覚醒剤の使用を被疑事実として、被告人の家を捜索する許可状を出しました。疎明資料には、この鑑定書が使われました。疎明資料というのは、令状を請求するときに、必要性を裁判官に示す根拠資料のことです。同じ日に、この許可状は、すでに発付されていた窃盗の捜索差押許可状と併せて、家の捜索に使われました。その結果、ビニール袋入りの覚醒剤が1袋見つかり、差し押さえられます。これが二次証拠です。公判では、警察官3名が、現場で逮捕状を示して、被疑事実の要旨を読み聞かせた、と証言しました。しかし、原審は、この証言を信用せず、逮捕状は現場に持っていかれておらず、示されてもいない、と認定しています。第1審も原審も、尿の鑑定書、覚醒剤、覚醒剤の鑑定書を、違法収集証拠として排除しました。覚醒剤の使用と所持は無罪、窃盗だけが有罪です。検察官が上告して、最高裁は、ここから結論を分けます。

一次証拠は排除:判決の2段

一次証拠(尿の鑑定書)の判断は2段。第1段=手続的な違法(呈示なし・緊急執行なし)にとどまらず、取り繕うための虚偽記入・虚偽の報告書・公判廷の虚偽証言→経緯全体で表れた警察官の態度を総合して、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ない(重大な違法)。第2段=このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来の違法捜査抑制の見地から相当でない(排除相当性)

最高裁が、尿の鑑定書を排除した理由を読みます。2段です。1段目が、違法の重大性。2段目が、密接に関連する証拠を許容することの相当性です。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——逮捕の違法と、密接に関連する証拠 本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は,その手続的な違法を糊塗するため,前記のとおり,逮捕状へ虚偽事項を記入し,内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をしているのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定すべきである。

1段目から読みます。まず、手続的な違法があります。逮捕のときに示していない。緊急執行もしていない。ただ、判決は、それにとどまらない、と続けます。糊塗、つまり取り繕うために、逮捕状に虚偽の事項を書き、内容虚偽の捜査報告書を作り、公判廷で事実と反する証言までした。この3つです。そして、経緯全体を通して表れた、このような警察官の態度を、総合的に考慮します。そうすると、逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものだと、評価されてもやむを得ない、という結論です。判決の書き方は、手続的な違法がある、しかしそれにとどまらず、でした。重さを量ったのは、呈示をしなかったことだけでなく、そのあとの取り繕いまで含めた、経緯全体の態度です。もう1つ、判決の言い回しの強さ、つまり温度に注意してください。前に、重大な違法は総合評価で、特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、の2つだと見ました。大津は、潜脱の意図を重く見て排除した例として、名前を出した事件です。ただ、判決は、意図があった、とは書いていません。評価されてもやむを得ない、と書いています。短答では、この言い回しの差が問われます。2段目です。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地から相当でない。これは、排除の2要件の、排除相当性です。1段目が重大な違法、2段目が排除相当性。前に作った2要件に、そのまま対応しています。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——尿は逮捕の当日にとられた 前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきものである。したがって,原判決の判断は,上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り,相当である。

決め手は、採尿が、逮捕の当日にされたことです。違法な逮捕から時間がほとんど空いていない。だから、尿は、重大な違法があると評価される逮捕と、密接な関連を有する証拠です。鑑定書も、同様に評価されます。尿から作られた書面なので、尿と同じ扱いです。違法のすぐ隣でとった証拠を使わせれば、違法をした捜査が得をします。だから、2段目の、許容は相当でない、につながります。ここまでが、判決の言葉です。次に、この判決のどこが注目されるかを、学説の整理を交えて、3つ見ます。

注目点1と2:先行手続で重大性を見る・密接関連と同一目的

注目点1=重さを量る対象は逮捕手続の違法(採尿手続に違法が引き継がれたかの検討は出てこない)。つながりは「密接に関連する証拠を許容することは相当でない」という排除相当性の文の中→毒樹の果実論の手順に近い(学説の整理)。注目点2=逮捕は窃盗の捜査・尿は覚醒剤使用の捜査で同一目的ではない、それでも密接→同一目的・直接利用は、つながりを測る事情の一部(学説の整理)

  • 注目点1=重さを量る対象は逮捕手続の違法(採尿手続に違法が引き継がれたかの検討は出てこない)
  • つながりは「密接に関連する証拠を許容することは相当でない」という排除相当性の文の中→毒樹の果実論の手順に近い(学説の整理)
  • 注目点2=逮捕は窃盗の捜査・尿は覚醒剤使用の捜査で同一目的ではない、それでも密接→同一目的・直接利用は、つながりを測る事情の一部(学説の整理)

注目点の1つ目です。判決は、違法の重大性を、どの手続について量っているでしょうか。逮捕です。判決は、本件逮捕手続の違法の程度、と言っています。採尿手続に違法が引き継がれたか、採尿が違法性を帯びたか、という検討は、判決文に出てきません。つながりは、密接に関連する証拠を許容することは相当でない、という排除相当性の文の中で、見られています。ここから先は、学説の整理です。前の回に、違法承継論と毒樹の果実論を比べました。毒樹の果実論は、先行行為の違法の重大性を見て、つながりは、証拠を排除するかどうかの判断の中で見る、という手順でした。違法承継論は、違法が後の手続に引き継がれるかを、手続ごとに確かめる手順でした。大津の判決の手順は、毒樹の果実論のほうに近いといえます。そこで、判例は、違法承継論の枠組みから、毒樹の果実論の枠組みに近づいている、と評価されます。ただし、判決は、毒樹の果実という言葉を使っていません。注目点の2つ目です。窃盗の逮捕と、覚醒剤の使用の証拠は、同じ目的でしょうか。

違います。逮捕は窃盗の捜査のため、尿は覚醒剤使用の捜査のためです。同一目的とはいえません。直接利用の関係といえるかも、微妙です。それでも、判決は、密接だとしました。ここでいう、密接に関連する、は、違法な逮捕があったから、その後の手続で証拠が手に入った、という結びつきの有無と強さのことです。因果性、と呼ばれます。違法な逮捕で署に連れてこられていたから、その日のうちに、署の中で尿を求めることができました。目的が別の事件でも、尿を手に入れる機会は、違法な逮捕のおかげで生まれている、と説明できます。使えなくなったのではなく、位置づけが広がります。同一目的や直接利用は、つながりを測る事情の1つです。不可欠の要件ではありません。大津の判決が挙げた具体的な事情は、採尿が逮捕の当日だった、という時間の近さでした。同一目的、直接利用という言葉は、大津の判決には出てきません。前の回で見た、違法な同行と留め置きに続いて尿をとった、奈良の生駒の事件の判決の言葉です。混ぜないでください。

注目点3:違法の後の取り繕いを、なぜ考慮できるのか

注目点3の疑問=虚偽記載・虚偽証言は逮捕よりも後。後の事情のおかげで尿を得たわけではない(因果性は無い)。和歌山の事件(発見の後の暴行は排除につながらない)と整合するか。1つの見解=事後の取り繕いは、逮捕時の令状主義潜脱の意図を推認させる事情として、先行行為の違法の重大性の評価に使う(重大性の話)。和歌山は因果性の話

  • 注目点3の疑問=虚偽記載・虚偽証言は逮捕よりも後
  • 後の事情のおかげで尿を得たわけではない(因果性は無い)
  • 和歌山の事件(発見の後の暴行は排除につながらない)と整合するか
  • 1つの見解=事後の取り繕いは、逮捕時の令状主義潜脱の意図を推認させる事情として、先行行為の違法の重大性の評価に使う(重大性の話)
  • 和歌山は因果性の話

3つ目に入る前に、1問だけ思い出してください。重大な違法の判断で、特に重みを持ちやすい2つは、何でしたか?強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、です。ここが3つ目の入口になります。疑問です。虚偽の記載も、虚偽の報告書も、公判廷の虚偽の証言も、逮捕より後のことです。後の事情のおかげで尿が手に入ったわけではありません。因果性は無いはずです。和歌山の事件では、捜索で覚醒剤を見つけたあとに、警察官が暴行しました。その暴行は、排除につながらない、と見ました。それと食い違いませんか。食い違いません。話の層が違うからです。和歌山の事件は、因果性の話でした。暴行のおかげで証拠を得たのかどうかが問われ、答えは、得ていない、でした。大津の取り繕いは、因果性ではなく、逮捕の違法の重大性を評価する材料として使われています。こう説明する見解があります。逮捕のあとで取り繕ったという事実は、逮捕のときに、令状主義を潜脱する意図があったことを推認させます。そこで、先行行為である逮捕の違法の重大性を評価するために、事後の事情を使える。後の事情で尿を得たのではなく、先の逮捕の悪質さを、後の事情で読み取っている、ということです。別の説明もあります。逮捕状を持っていかなかったのは、過失だったかもしれず、取り繕いから、意図が論理必然的に導かれるわけではありません。そこで、法を軽く見た態度が、司法の廉潔性を損ない、違法捜査の隠ぺいで、抑止まで妨げる点が悪質だ、と見て、事後でも考慮できる、という説明です。

答案では、虚偽の報告書などは、令状主義を潜脱する意図を推認させる、と書く足場になります。ただし、さきほどの温度を保ってください。判決が意図を認定したのではありません。潜脱し、没却するような重大なものと、評価されてもやむを得ない、という判断です。

二次証拠は許容:判決の構造

二次証拠(自宅の覚醒剤)の判断は4段。(a)鑑定書を疎明資料とした許可状で発見→証拠能力のない証拠と関連性を有する。(b)しかし司法審査を経て発付された許可状・逮捕前に適法に発付されていた窃盗の許可状の執行と併せて行われたなどの諸事情→鑑定書との関連性は密接なものではない。(c)収集手続に重大な違法があるとまではいえない。(d)証拠の重要性等諸般の事情を総合→証拠能力を否定できない

次は、二次証拠、自宅の覚醒剤です。判決は、これを使えると判断しました。理由は4段あります。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——覚醒剤の差押えと鑑定書の関連性 次に,本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することはできない。そうすると,原判決は,上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

1段目。覚醒剤は、鑑定書を疎明資料として出た許可状で見つかったので、証拠能力のない証拠と、関連性を有する、と認めます。ここが大事です。関連性を、認めてから入ります。違法と無関係だ、とは言っていません。2段目。しかし、司法審査を経て出た許可状による差押えであること。そして、逮捕前に適法に出ていた窃盗の許可状の執行と、併せて行われたこと。こうした本件の諸事情から、鑑定書との関連性は、密接なものではない、と評価します。3段目。だから、収集手続に重大な違法があるとまではいえない。4段目。その他、証拠の重要性等の諸般の事情を総合して、証拠能力を否定することはできない。

重大な違法と排除相当性という2要件の枠は、同じです。ただ、つながりを置く場所が違います。一次証拠では、密接に関連する証拠を許容するのは相当でない、という排除相当性の文の中でした。二次証拠では、つながりが密接でないから、重大な違法があるとまではいえない、と処理しています。つながりの置き場所は、一つに決まっているわけではありません。つながりの弱さを、事実で示した判決です。ここで1問です。同じ違法な逮捕から出た2つの証拠で、結論が分かれた分かれ目は、どこにありましたか?尿は、逮捕の当日にとられていて、逮捕と密接でした。覚醒剤は、司法審査を経た令状と、適法な窃盗の令状との併せ執行があって、つながりが密接ではありませんでした。これが、冒頭の問いの答えです。

前に見た、排除の目的に戻ります。違法のおかげで手に入った証拠を使わせなければ、違法をしても得をしない、と示せます。違法のすぐ隣でとった尿を捨てれば、その得が消えます。間に裁判官の審査と、適法な窃盗の令状の捜索が挟まった覚醒剤まで捨てても、抑止の面で得られる効果は小さく、真実を明らかにする面の損失のほうが大きい、と説明されます。

学説の整理=二次証拠の2つの事情を、つながりが薄い類型に重ねる。(i)司法審査を経た令状=違法のあとに適法な手続(令状審査)が入り、つながりが薄まる=希釈に近い(大津の判決は、鑑定書のほかの疎明資料の有無を述べていない)。(ii)適法な窃盗の許可状との併せ執行=その捜索でどのみち見つかったはず=不可避的発見に近い(窃盗の令状で覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではない=別の令状を得るなどの蓋然性)。どちらの名前も判決の言葉ではない

  • 学説の整理=二次証拠の2つの事情を、つながりが薄い類型に重ねる
  • (i)司法審査を経た令状=違法のあとに適法な手続(令状審査)が入り、つながりが薄まる=希釈に近い(大津の判決は、鑑定書のほかの疎明資料の有無を述べていない)
  • (ii)適法な窃盗の許可状との併せ執行=その捜索でどのみち見つかったはず=不可避的発見に近い(窃盗の令状で覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではない=別の令状を得るなどの蓋然性)
  • どちらの名前も判決の言葉ではない

ここから学説の整理です。2つの事情を、学説は、これまでの道具に重ねます。まず、1つ目の、司法審査を経た令状です。希釈は、違法のあとに適法な手続が間に入って、つながりが薄まる、という考え方でした。令状審査が間に入ると、違法との結びつきが薄まる、という説明がされます。希釈に近い、という整理です。ただし、大津の判決は、鑑定書のほかに疎明資料があったかを述べていません。司法審査だけで決めず、併せ執行などと合わせた、本件の諸事情で、密接でないとしています。2つ目の、併せ執行です。すでに適法に出ていた窃盗の許可状で、家は捜索されることになっていました。覚醒剤の令状が無くても、その捜索で、どのみち見つかったはずだ、という見方ができます。不可避的発見に近い、という整理です。

併せ執行があったからといって、覚醒剤まで押収できたことにはなりません。窃盗の令状で、覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではありません。差し押さえられるものは、令状に書かれた事件に関係するものです。差押えの対象物の範囲は、前に見ました。ですから、見つかったとしても、別の令状をとるなどして、差し押さえられた蓋然性がある、という話です。そして、どちらの名前も、判決の言葉ではありません。

証拠の重要性は諸事情の1つ

証拠の重要性。大津の二次証拠の判断に「証拠の重要性等諸般の事情」が出てくる(一次証拠の判断には出てこない)。理論上の位置づけははっきりしない。つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて衡量した可能性。答案では諸事情の1つとして置く程度 図:証拠の重要性

  • 大津の二次証拠の判断に「証拠の重要性等諸般の事情」が出てくる(一次証拠の判断には出てこない)
  • 理論上の位置づけははっきりしない
  • つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて衡量した可能性
  • 答案では諸事情の1つとして置く程度

4段目の、証拠の重要性にも触れます。大津で、証拠の重要性が出てくるのは、二次証拠の判断です。一次証拠の判断には出てきません。重要な証拠であれば、それだけで違法を乗り越えられる、とまでは言えません。理論上の位置づけは、はっきりしません。つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて、柔軟に衡量した可能性がある、と考えられています。判決の並びも、重大な違法があるとまではいえない、と言ったあとに、その他、として出てきます。答案では、諸事情の1つとして置く程度で足ります。たとえば、覚醒剤の所持は、人目につかないところで行われ、証拠が残りにくい犯罪で、この覚醒剤は所持を裏づける決定的な証拠だ、と事実で一言添えます。

宅配便のエックス線検査の決定:令状審査が間に入る意味

宅配便エックス線の決定。事実=覚醒剤密売の嫌疑で内偵、宅配便業者の承諾を得て荷物をその都度借り受けエックス線検査(荷送人・荷受人の承諾なし)を5回。許可状は4回目までの射影の写真等を一資料として発付。判断=違法な検査と関連性はある、しかし(1)嫌疑が高まり実質的必要性があった(2)業者の承諾・対象を限定する配慮=潜脱の意図があったとはいえない(3)司法審査を経た許可状・検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれる→重大な違法があるとまではいえず、重要性等を総合して肯定 図:宅配便エックス線の決定

  • 事実=覚醒剤密売の嫌疑で内偵、宅配便業者の承諾を得て荷物をその都度借り受けエックス線検査(荷送人・荷受人の承諾なし)を5回
  • 許可状は4回目までの射影の写真等を一資料として発付
  • 判断=違法な検査と関連性はある、しかし(1)嫌疑が高まり実質的必要性があった(2)業者の承諾・対象を限定する配慮=潜脱の意図があったとはいえない(3)司法審査を経た許可状・検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれる→重大な違法があるとまではいえず、重要性等を総合して肯定

令状審査が間に入る、とは、具体的に何を指すのか。宅配便のエックス線検査の決定で、中身を補います。その前に、1問です。令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明は、どんな温度で受け取るのでしたか?薄まる、という説明がされる、という温度です。違法な資料が疎明資料に入っていても、令状は出ることがあるからです。断ち切られる、とは言いません。その温度のまま、決定を読みます。事実です。警察は、覚醒剤の密売の嫌疑で、ある会社を内偵していました。宅配便業者の営業所の承諾を得て、会社の事務所宛ての荷物を、1個ずつ、5回借り受けます。そして、空港の税関で、荷物にエックス線を当てて、中身の射影を見ました。荷送人と荷受人の承諾は、ありません。検査のあと、荷物は返して、配達されました。2回目以降の検査では、細かい固形物が均等に詰められた袋が写っていました。このエックス線検査は、荷物の中身の形や材質をうかがい知ることができるので、検証、つまり、ものの性質や形状、状態を認識する処分としての性質を有する強制処分で、令状なしに行えば違法です。これは、GPS捜査とエックス線検査を扱った回で、すでに見ました。決定も、まず、違法だと述べます。今日の問題は、その違法な検査の結果を使って出た令状で、見つかった覚醒剤の証拠能力です。

判例最決平21・9・28 刑集63巻7号868頁

宅配便エックス線検査の決定——関連性はある 次に,本件覚せい剤等は,同年6月25日に発付された各捜索差押許可状に基づいて同年7月2日に実施された捜索において,5回目の本件エックス線検査を経て本件会社関係者が受け取った宅配便荷物の中及び同関係者の居室内から発見されたものであるが,これらの許可状は,4回目までの本件エックス線検査の射影の写真等を一資料として発付されたものとうかがわれ,本件覚せい剤等は,違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠であるということができる。

構造は、大津の二次証拠と同じです。まず、関連性を認めます。許可状は、4回目までの射影の写真等を、一資料として発付されたとうかがわれる。そこで、覚醒剤等は、違法な検査と関連性を有する証拠だ、とします。

判例最決平21・9・28 刑集63巻7号868頁

宅配便エックス線検査の決定——それでも重大な違法とまではいえない 本件エックス線検査が行われた当時,本件会社関係者に対する宅配便を利用した覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており,更に事案を解明するためには本件エックス線検査を行う実質的必要性があったこと,警察官らは,荷物そのものを現実に占有し管理している宅配便業者の承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し,その際,検査の対象を限定する配慮もしていたのであって,令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと,本件覚せい剤等は,司法審査を経て発付された各捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり,その発付に当たっては,本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれることなどの諸事情にかんがみれば,本件覚せい剤等は,本件エックス線検査と上記の関連性を有するとしても,その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を肯定することができると解するのが相当である。

そのうえで、諸事情を挙げて、重大な違法とまではいえない、とします。決定が挙げる事情のうち、主なものは3つです。1つ目、嫌疑が高まっていて、検査を行う実質的必要性があったこと。2つ目、荷物を管理する業者の承諾を得て、対象を限定する配慮もしていて、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと。3つ目、司法審査を経た許可状で、その発付には、検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれること。ここで1問です。令状審査が入ったことだけで、証拠は使える、と決まりますか?決まらないと思います。実質的必要性や、潜脱の意図が無かったことなど、ほかの事情も一緒に見ています。令状審査は、諸事情の1つです。さらに、決定の言葉にも注意してください。他の証拠も資料として提供されたと、うかがわれる、です。断定ではなく、推認の言い方です。学説の整理です。令状審査の際には、違法な捜査の結果だけでなく、それ以外の資料も、疎明資料に使われることがあります。そうすると、違法な検査のおかげで令状が出た、という因果性が弱まる。これが、令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明の中身です。大津の判決は、ここを述べていなかったので、宅配便の決定で中身を補いました。ただし、判決も決定も、希釈という言葉は使っていません。

自前の設例で一次・二次を動かす

設例。U=警察官、V=古物商(偽ブランド品の販売=商標法違反の逮捕状が出ている)。駅前でVを逮捕、逮捕状を携行せず呈示もしない→署でVが任意に売上帳を提出(一次証拠)→売上帳の記載を疎明資料にVの倉庫の捜索差押許可状→在庫品を差押え(二次証拠)。変形1=疎明資料が売上帳だけ。変形2=取引先の被害申告書や店舗の写真など売上帳以外の資料も提供。変形3=逮捕前に別の適法な倉庫の許可状が出ており併せて執行 図:設例

  • U=警察官、V=古物商(偽ブランド品の販売=商標法違反の逮捕状が出ている)
  • 駅前でVを逮捕、逮捕状を携行せず呈示もしない→署でVが任意に売上帳を提出(一次証拠)→売上帳の記載を疎明資料にVの倉庫の捜索差押許可状→在庫品を差押え(二次証拠)
  • 変形1=疎明資料が売上帳だけ
  • 変形2=取引先の被害申告書や店舗の写真など売上帳以外の資料も提供
  • 変形3=逮捕前に別の適法な倉庫の許可状が出ており併せて執行

自前の設例で、一次と二次を動かします。警察官のUは、偽ブランド品を売った商標法違反の被疑事実で、逮捕状が出ている古物商のVを、駅前で逮捕しました。このとき、逮捕状を持っておらず、呈示もしませんでした。署に着いてから、Vは、任意に売上帳を差し出しました。これが一次証拠です。Uは、売上帳の記載を疎明資料にして、Vの倉庫の捜索差押許可状を得て、捜索し、在庫品を差し押さえました。これが二次証拠です。まず一次証拠です。売上帳は、逮捕の当日に出ました。逮捕との時間の近さは、尿と同じです。ですから、逮捕手続の違法が重大と評価されれば、売上帳は排除に傾きます。そして、重大と評価されるかは、呈示しなかっただけで決まりません。署に着いてから逮捕状を示し、逮捕状に現場で示したと嘘を書いたなら、重大に傾きます。単に持ち忘れ、あとから事実どおりに報告していたなら、傾き方は変わります。二次証拠を、3つに動かします。変形1。疎明資料が、売上帳だけだった場合です。令状は、違法な逮捕のおかげで、そのまま出ています。つながりは強く、在庫品も排除に傾きます。

変形2は、どうなりますか。変形2。疎明資料に、売上帳のほかに、取引先の被害の申告書や、店の写真も提供されていた場合です。売上帳だけではなく、他の資料もあったので、違法のおかげで令状が出た、というつながりは、弱まる方向です。薄まる、と説明されます。変形3。逮捕の前に、別に、倉庫の捜索差押許可状が適法に出ていて、併せて執行していた場合です。この令状でも倉庫を捜索する予定でしたから、違法な逮捕と在庫品のつながりは、弱まる方向です。変形1と変形2で、結論が分かれます。同じ売上帳から始まる令状でも、疎明資料が売上帳だけか、他にもあったかで、つながりの強さが動きます。ただし、どの変形でも、方向までです。弱まる方向でも、そこで決まりではありません。最後は、重大な違法と排除相当性を、事情全体で総合して決めます。

答案での順序

答案での順序。一次証拠=先行行為(逮捕)の違法の重大性(警察官の態度の総合)→つながり(密接に関連・当日)→排除相当性→排除。二次証拠=同じ枠+つながりを薄める事情(令状審査・併せ執行など)を事実で示す→重大な違法とまではいえない。証拠の重要性は諸事情の1つ 図:答案での順序

  • 一次証拠=先行行為(逮捕)の違法の重大性(警察官の態度の総合)→つながり(密接に関連・当日)→排除相当性→排除
  • 二次証拠=同じ枠+つながりを薄める事情(令状審査・併せ執行など)を事実で示す→重大な違法とまではいえない
  • 証拠の重要性は諸事情の1つ

ここは、論文で論点になりうる部分です。答案の順序をまとめます。一次証拠は、先行行為である逮捕の違法の重大性を、警察官の態度の総合で評価します。次に、つながりが密接か。当日にとられた、という事実を拾います。そして、排除相当性です。二次証拠は、同じ枠です。そのうえで、つながりを薄める事情を、事実で示します。令状審査が間に入ったこと。他の資料も提供されたこと。適法な令状と併せて執行されたこと。これらを当てはめて、密接ではない、重大な違法とまではいえない、と進めます。証拠の重要性は、諸事情の1つに添えます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。大津:逮捕状を携行せず現場で呈示せず署で呈示○。判決は潜脱の意図があったと認定した×(評価されてもやむを得ない)。鑑定書は排除・覚醒剤は否定できない○。覚醒剤は一次証拠と無関係と判断×(関連性を有するが密接ではない)。違法の承継の語で判示×。一次証拠の判断で証拠の重要性を考慮×。破棄自判×(破棄差戻し・その余は上告棄却)。宅配便エックス線:違法としつつ肯定○。令状審査が入ったことのみを理由×。希釈・不可避的発見の語×。 図:短答の落とし穴

  • 大津:逮捕状を携行せず現場で呈示せず署で呈示○
  • 判決は潜脱の意図があったと認定した×(評価されてもやむを得ない)
  • 鑑定書は排除・覚醒剤は否定できない○
  • 覚醒剤は一次証拠と無関係と判断×(関連性を有するが密接ではない)
  • 違法の承継の語で判示×
  • 一次証拠の判断で証拠の重要性を考慮×
  • 破棄自判×(破棄差戻し・その余は上告棄却)
  • 宅配便エックス線:違法としつつ肯定○
  • 令状審査が入ったことのみを理由×
  • 希釈・不可避的発見の語×

短答の確認です。大津の事件で、警察官は、逮捕状を持っていかず、逮捕した現場でも示さず、署に着いたあとに示した。○です。判決は、警察官に、令状主義を潜脱する意図があったと認定した。×です。判決は、潜脱し、没却するような重大なものであると、評価されてもやむを得ない、と書いています。判決は、尿の鑑定書の証拠能力を否定し、覚醒剤の証拠能力は否定できないとした。○です。判決は、覚醒剤は、一次証拠と無関係だと判断した。×です。関連性を有する証拠としたうえで、密接なものではない、としました。判決は、違法の承継という言葉を用いて、採尿手続に違法が承継されたと判示した。×です。承継の検討は出てきません。承継は、判決の言葉ではありません。一次証拠の判断の中で、判決は、証拠の重要性を考慮して排除した。×です。重要性が出てくるのは、二次証拠の部分です。大津は、破棄自判の判決である。×です。最高裁が自分で結論を言い渡す、破棄自判ではありません。原判決と第1審判決のうち、覚醒剤の所持と窃盗の部分を破棄して、大津地方裁判所に差し戻し、覚醒剤の使用の部分は、上告を棄却しました。宅配便のエックス線の決定は、検査を違法としつつ、覚醒剤等の証拠能力を肯定した。○です。同じ決定は、令状審査が入ったことのみを理由に、証拠能力を肯定した。×です。実質的必要性、潜脱の意図が無いこと、許可状の発付に他の証拠も資料として提供されたとうかがわれること、などの諸事情と、重要性等の総合です。

同じ決定は、希釈や不可避的発見という言葉で判断した。×です。その言葉は出てきません。

今日の地図(保存版)

第5章 違法収集証拠の地図。1排除の根拠と2要件(重大な違法・排除相当性)→2当てはめ(総合評価・強制処分に至っていたかと潜脱の意図が特に重い)→3派生証拠(毒樹の果実・つながりが薄い3類型)→4同意・申立適格・私人による収集(排除は誰のためか)→5違法の承継(同一目的・直接利用、毒樹の果実論との手順の違い)→6一次証拠と二次証拠(大津:一次は排除・二次は令状審査と併せ執行でつながりが密接でない/宅配便エックス線の決定) 図:第5章 違法収集証拠の地図

今日のまとめです。同じ違法な逮捕から出た証拠でも、結論が分かれます。分かれ目は、つながりの強さです。逮捕の当日にとった尿の鑑定書は、密接に関連する証拠として排除されました。令状審査と、適法な令状との併せ執行を挟んだ覚醒剤は、密接ではないとして、許容されました。令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明は、他の資料も疎明資料に提供されたとうかがわれる、といった事実の上で成り立ちます。令状審査だけで決まりはしません。そして、判決の言葉と、学説の整理は、分けて持ち帰ってください。第5章の違法収集証拠を、1枚の地図にします。まず、排除の根拠は、適正手続、司法の廉潔性、違法捜査の抑止の3つ。そこから、重大な違法、排除相当性の2要件。その当てはめでは、総合評価で、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図が、特に重みを持ちやすい。次に、派生証拠、毒樹の果実と、つながりが薄い3つの類型。同意と、申立適格と、私人による収集は、排除が誰のための、誰に向けた規律か、で答えが決まりました。違法の承継は、同一目的と直接利用で、違法が後の手続に引き継がれるかを見る考え方で、毒樹の果実論とは手順が違うだけでした。そして、今日の、一次証拠と二次証拠です。どの場面も、最後に見るのは、重大な違法と排除相当性でした。次から、第6章、公判の応用に入ります。公判を始める前に、争点と証拠を絞り込む公判前整理手続を扱います。整理のあとに、やむを得ない事由がない限り、新しい証拠調べ請求ができなくなる、失権効まで見ます。

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第6章公判の応用

#138単独ページ動画

公判前整理手続の目的と進行の全体像

第6章 公判の応用 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが決まっている裁判がある。法廷が開かれる前の、見えない会議。第5章=証拠が法廷で使えるか/第6章=裁判をどう進めるか 図:公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが決まっている裁判がある

  • 法廷が開かれる前の、見えない会議
  • 第5章=証拠が法廷で使えるか/第6章=裁判をどう進めるか

公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが、もう決まっている裁判があります。法廷が開かれる前の、見えない会議です。前の回の最後に、公判を始める前に、争点と証拠を絞り込む手続を扱う、と予告しました。今日は、その手続、公判前整理手続の入口です。法廷で初めて争点が出てくるのではないか、という疑問への答えを先に言います。この手続は、法廷で何を争うかを、法廷の前に、当事者に出させて決めておく手続です。争点が決まれば、必要な証拠が決まり、必要な証拠が決まれば、何日で終えるかも決まります。この一本の流れを、今日の軸にします。

第5章までは、出てきた証拠が使えるかを見てきました。第6章は、視点が変わります。裁判をどう進めるか、です。その一番手前にある手続が、今日の主役です。この手続は、これまでの回にも出てきました。事前準備と並ぶもう一方の準備として、整理のあとの証拠調べ請求の制限として。訴因変更の制限の回では、316条の2の条文と、その趣旨まで見ました。今日から2回で、この手続そのものを正面から扱います。

目的と4つの柱

刑事訴訟法316条の2第1項=付す決定。時期=第一回公判期日前。請求者=検察官・被告人・弁護人(職権でも可)。目的=充実した公判の審理を継続的・計画的かつ迅速に行うため。4つの柱(316条の5の各号を束ねた整理)=①争点の整理(4号)②証拠の整理(5号〜10号)③その前提としての証拠開示(11号=証拠開示に関する裁定)④審理計画の策定(13号)

  • 刑事訴訟法316条の2第1項=付す決定
  • 時期=第一回公判期日前
  • 請求者=検察官・被告人・弁護人(職権でも可)
  • 目的=充実した公判の審理を継続的・計画的かつ迅速に行うため
  • 4つの柱(316条の5の各号を束ねた整理)=①争点の整理(4号)②証拠の整理(5号〜10号)③その前提としての証拠開示(11号=証拠開示に関する裁定)④審理計画の策定(13号)

まず、手続の根本の条文です。訴因変更の回でも見た条文ですが、今日は読みどころを1つずつ確かめます。

条文刑事訴訟法第316条の2第1項

刑事訴訟法第316条の2第1項——公判前整理手続に付する決定 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。

読みどころは4つあります。付すのは、裁判所の決定です。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人の3者で、裁判所が職権で付すこともできます。時期は、第一回公判期日前です。そして目的は、充実した公判の審理を、継続的、計画的かつ迅速に行うことです。目的の文言のとおり、この手続は公判の準備であって、有罪かどうかを決める場ではありません。決めるのは、法廷で何を争い、どの証拠を調べ、いつ行うか、です。条文には、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備、とあります。これが手続の中身で、整理すべきものは争点と証拠です。では、手続の中で、具体的に何ができるのか。それを並べているのが、316条の5です。公判前整理手続においては、次に掲げる事項を行うことができる、として、13の号を並べています。この号を束ねると、4つの柱になります。1つ目、争点の整理。4号の、公判期日においてすることを予定している主張を明らかにさせて、事件の争点を整理すること、です。2つ目、証拠の整理。5号から10号です。証拠調べの請求をさせ、証拠と証明すべき事実との関係、つまり立証趣旨を明らかにさせ、相手方の意見を確かめ、取り調べるかどうかを決め、取調べの順序や方法まで定めます。3つ目、その前提になる証拠開示。証拠を整理するには、お互いがどんな証拠を持っているかを知らないといけません。そこで11号は、証拠開示に関する裁定、つまり、開示をめぐって言い分が分かれたときに、裁判所が決定で判断することまで、手続の中でできるとしています。4つ目、審理計画の策定。13号の、公判期日を定め、又は変更することなどです。残りの号には、訴因や罰条を明確にさせることなどが並びます。争点を整理するから証拠が整理でき、証拠が整理できるから計画が立つ。開示は、その証拠の整理の前提です。だから、柱はこの4本になります。

訴訟関係人には、互いに協力し、裁判所にも進んで協力する義務が、条文で課されています。

条文刑事訴訟法第316条の3第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の3第1項・第2項——裁判所の努力義務と訴訟関係人の協力 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる限り早期にこれを終結させるように努めなければならない。 2 訴訟関係人は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、相互に協力するとともに、その実施に関し、裁判所に進んで協力しなければならない。

第1項は、裁判所です。十分な準備が行われるようにしつつ、できる限り早く終えるように努めます。第2項は、訴訟関係人です。検察官、被告人、弁護人は、お互いに協力し、裁判所にも、進んで協力しなければなりません。争点を出すのは、当事者です。裁判所は、その整理を管理して、手続が早く終わるように努める。役割がこう分かれています。

争点とは何か

設例。駅前の傷害事件。(a)被告人「殴ったが、先に胸ぐらをつかまれ身を守った」→争点=正当防衛の成否(犯人性の証拠は最小限)。(b)被告人「殴っていない・人違い」→争点=犯人性(正当防衛の証拠は不要)。(c)事件の時刻が午後9時か9時半かの食い違い=(a)(b)では結論に影響せず争点にならない/「その時刻は別の場所にいた」と主張すれば決定的な争点。争点が絞れる→証拠が絞れる→審理計画が組める 図:設例

  • 駅前の傷害事件
  • (a)被告人「殴ったが、先に胸ぐらをつかまれ身を守った」→争点=正当防衛の成否(犯人性の証拠は最小限)
  • (b)被告人「殴っていない・人違い」→争点=犯人性(正当防衛の証拠は不要)
  • (c)事件の時刻が午後9時か9時半かの食い違い=(a)(b)では結論に影響せず争点にならない/「その時刻は別の場所にいた」と主張すれば決定的な争点
  • 争点が絞れる→証拠が絞れる→審理計画が組める

争点という言葉を、設例で見ます。駅前で、Aさんが、Bさんにケガをさせたとして、傷害の罪で起訴された事件です。場合1。Aさんが、確かに殴ったが、先に胸ぐらをつかまれて、身を守ったのだ、と主張します。この場合、殴ったこと自体は争いがありません。争いになるのは、正当防衛が成り立つかです。これが争点です。誰が殴ったかを証明する証拠は、最小限で足ります。場合2。Aさんが、殴っていない、人違いだ、と主張します。今度の争点は、犯人かどうか、犯人性です。正当防衛の話は出てきませんから、胸ぐらをつかまれたかどうかを調べる証拠は、要りません。

同じ傷害事件なのに、調べるべき証拠が全然違います。そこがポイントです。争点が決まると、必要な証拠が決まります。さらに、場合3を見ます。事件が起きた時刻について、検察官は午後9時、目撃者は午後9時半と、食い違っているとします。場合1や場合2では、時刻が9時でも9時半でも、結論は変わりません。ですから、争点になりません。ところが、Aさんが、その時刻には、別の場所にいた、と主張したら、時刻は結論を左右する決定的な争点になります。争点は、検察官と被告人側の主張が対立して、しかも、その結論を左右する点です。争点になるかどうかは、主張の組合せで決まります。そして、争点が絞れて初めて、必要な証拠が絞れます。証拠が絞れて初めて、何日の予定で、どの順番で調べるかという審理計画が組めます。目的の条文にある、継続的、計画的かつ迅速、は、この流れの先にあります。たとえば、旅行の幹事を思い浮かべてください。当日になって初めて、反対意見や希望が出てくると、行程が崩れます。先に、行きたい所と避けたい所を出してもらえば、行程が組めます。公判前整理手続は、その事前の出し合いを、決まった順番とルールで、法律上の義務として、しかも、整理のあとは原則として新しい証拠を出せなくなる、という裏付けをもって行う仕組みです。

新設の経緯と事前準備との違い

事前準備の限界→五月雨式の長期化→裁判員制度の導入→平成16年の改正で新設。事前準備では弁護人に主張を明らかにする義務がなく、検察官に請求予定証拠以外の開示義務がない 図:事前準備の限界→五月雨式の長期化→裁判員制度の導入→平成16年の改正で新設

この手続は、昔からあったのではありません。平成16年の改正で作られました。なぜ作られたのか。その前に、少し前の回の復習を1問です。事前準備で、検察官が弁護人に事前に見せなければならない証拠は、どれでしたか?検察官が、請求しようとする証拠です。299条1項でした。ここが、出発点です。事前準備は、すべての事件で行う準備です。ところが、弁護人には、公判で何を主張するかを、先に明らかにする義務がありません。検察官にも、請求しない証拠まで、見せる義務がありません。争点が複雑な事件や、対立が深い事件では、公判が始まってから、争点が次々に出てきます。そのたびに、証拠を請求し直し、期日を新しく入れます。これを、いわゆる五月雨式の審理と呼びます。五月雨式とは、連続せずに、間をあけて、だらだら開かれる審理のことです。審理が長引いて、見通しも立たない、という例がありました。

駅前の事件なら、公判の途中でAさんが初めて正当防衛を言い出し、証人を呼び直して、期日を足す、ということです。そこへ、裁判員制度の導入が重なります。本業のある市民に参加してもらうのですから、継続的、計画的、迅速な審理が、一層必要になります。こうして、平成16年の改正で、公判前整理手続が新設されました。旧来の証拠開示も、確認します。この手続の導入前は、検察官が手持ちの証拠を開示するという規定がありませんでした。到達点は、最高裁の決定です。

判例最決昭44・4・25 刑集23巻4号248頁

旧来の証拠開示——訴訟指揮権による証拠の閲覧命令 裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しないかぎり、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行ない、訴訟の合目的的進行をはかるべき権限と職責を有するものであるから、本件のように証拠調の段階に入つた後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができるものと解すべきである。

要件の骨子を読み取ります。時期は、証拠調べの段階に入ったあとです。弁護人が具体的な必要性を示して申し出ます。閲覧が被告人の防禦のために特に重要で、罪証隠滅や証人威迫のおそれがなく、相当と認めるときに、裁判所が訴訟指揮権に基づいて、検察官に閲覧を命じられます。弁護人の権利ではなく、裁判所の訴訟指揮の範囲での話です。現在の制度は、公判の開始前から、弁護側が開示を請求できる仕組みを法律で定めています。要件を満たし、相当と認められれば、検察官が開示します。開示すべき証拠を開示しないときは、裁判所が決定で開示を命じる、裁定の制度も用意しています。ここが、旧来との差です。

比較表。事前準備 vs 公判前整理手続。対象=すべての事件/裁判所が付す決定をした事件(裁判員裁判は必ず)。弁護人の主張明示=義務なし/あり(316条の17)。検察官の証拠開示=請求する証拠だけ(299条1項)/請求証拠と類型証拠と主張関連証拠(316条の14・15・20)。整理後の証拠調べ請求=制限なし/やむを得ない事由がなければ不可(316条の32)。整理の結果=なし/争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24) 図:比較表

  • 事前準備 vs 公判前整理手続
  • 対象=すべての事件/裁判所が付す決定をした事件(裁判員裁判は必ず)
  • 弁護人の主張明示=義務なし/あり(316条の17)
  • 検察官の証拠開示=請求する証拠だけ(299条1項)/請求証拠と類型証拠と主張関連証拠(316条の14・15・20)
  • 整理後の証拠調べ請求=制限なし/やむを得ない事由がなければ不可(316条の32)
  • 整理の結果=なし/争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)

事前準備と公判前整理手続を、表で比べます。対象は、事前準備がすべての事件、整理手続が、裁判所が付す決定をした事件です。弁護人の主張の明示は、事前準備にはなく、整理手続にはあります。検察官の開示は、事前準備では請求する証拠だけです。整理手続では、請求する証拠に加えて、類型証拠と主張関連証拠にも広がります。類型証拠は、検察官の証拠を信じてよいかを確かめる材料、主張関連証拠は、弁護側の主張に関連する証拠です。整理のあとの証拠調べ請求は、事前準備では制限がありません。整理手続では、やむを得ない事由がなければできません。このように、整理のあとは、やむを得ない事由がない限り、新しい証拠調べ請求ができなくなる効果を、失権効と呼びます。中身は、次の回で扱います。そして、手続の最後に、整理の結果を確認する、という仕上げがあるのも、整理手続だけです。

主張の明示、開示の広がり、整理後の請求制限、結果の確認。この4つが、事前準備に足されたものです。争点が絞れて、証拠が絞れて、計画が組める、という流れを成り立たせるための道具、と覚えてください。

対象事件

対象事件。刑事訴訟法316条の2第1項=裁判所の裁量(限定なし・実務は争いのある事件)/裁判員法49条=裁判員裁判対象事件は必ず付す。必要的の根拠は裁判員法49条(316条の2ではない)。付す決定・請求却下の決定には検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項) 図:対象事件

  • 刑事訴訟法316条の2第1項=裁判所の裁量(限定なし・実務は争いのある事件)/裁判員法49条=裁判員裁判対象事件は必ず付す
  • 必要的の根拠は裁判員法49条(316条の2ではない)
  • 付す決定・請求却下の決定には検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)

どの事件が、この手続の対象になるのか。316条の2第1項は、対象事件を絞っていません。必要があると認めるとき、と書いてあるだけで、裁判所の裁量です。実際には、事実に争いのある事件が中心になります。ただし、例外があります。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第49条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第49条——必要的な付し 裁判所は、対象事件については、第一回の公判期日前に、これを公判前整理手続に付さなければならない。

裁判員裁判の対象事件は、必ず付さなければなりません。本業のある市民に、決まった日程で続けて参加してもらうには、争点と証拠を先に絞って日程を組んでおくことが欠かせないからです。対象事件の中身は、裁判員裁判の回で見ます。必ず付す、の根拠は、316条の2でいいですか。違います。そこが短答の落とし穴です。必ず付す、の根拠は、裁判員法49条です。一方、316条の2第1項は、あくまで裁量です。もう1点。付す決定をするとき、また、請求を却下する決定をするときには、あらかじめ、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。316条の2の第2項です。

期日間整理手続

刑事訴訟法316条の28第1項=審理の経過に鑑み必要と認めるとき・第一回公判期日後・決定で付す。同条2項=前款の規定を準用(316条の2第1項と316条の9第3項を除く)。違いは時期だけ。設例=認めていた被告人が罪状認否で否認に転じた→公判期日の間に争点と証拠を整理し直す

  • 刑事訴訟法316条の28第1項=審理の経過に鑑み必要と認めるとき・第一回公判期日後・決定で付す
  • 同条2項=前款の規定を準用(316条の2第1項と316条の9第3項を除く)
  • 違いは時期だけ
  • 設例=認めていた被告人が罪状認否で否認に転じた→公判期日の間に争点と証拠を整理し直す

次は、公判が始まってからの整理です。その前に1問です。公判前整理手続や、これから見る期日間整理手続に付された事件で、弁護人がいなくても、公判は開けますか?開けません。必要的弁護事件になる、と見ました。316条の29です。289条1項の重い事件に当たらなくても、整理手続に付された事件は、弁護人がいなければ開廷できません。では、条文です。

条文刑事訴訟法第316条の28第1項

刑事訴訟法第316条の28第1項——期日間整理手続に付する決定 裁判所は、審理の経過に鑑み必要と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日後に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を期日間整理手続に付することができる。

条文刑事訴訟法第316条の28第2項前段

刑事訴訟法第316条の28第2項前段——準用 期日間整理手続については、前款(第三百十六条の二第一項及び第三百十六条の九第三項を除く。)の規定を準用する。

316条の2第1項と比べてください。付すことができる、決定で、争点及び証拠を整理するための公判準備、請求者、職権。ほとんど同じです。違いは、時期だけです。第一回公判期日後、です。第2項は、公判前整理手続の規定を準用します。準用というのは、そのまま当てはめる、という意味です。ですから、やることは同じで、争点の整理、証拠の整理、開示、審理計画を、公判が始まったあとに行います。たとえば、Aさんが、起訴状の事実を認めていて、審理は短く済むはずだったとします。ところが、第一回の公判期日の罪状認否で、急に否認に転じました。その場で審理を続けると、争点も証拠も決まっていません。そこで、公判期日と公判期日の間に、争点と証拠を整理し直します。これが、期日間整理手続の出番です。手続の違いは、時期だけです。公判前整理手続は第一回公判期日の前、期日間整理手続は後。短答では、この時期を入れ替えた肢が出ます。

進行の全体像:5つの段階

公判前整理手続の流れ。A=検察官、B=弁護人、C=裁判所。①Aの証明予定事実記載書と請求証拠(316条の13)→Bに開示(316条の14)②Bの請求で類型証拠開示(316条の15)→Bの証拠意見(316条の16)③Bの主張の明示と証拠請求(316条の17)→Aの証拠意見(316条の19)④Bの請求で主張関連証拠開示(316条の20)⑤Cが争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24) 図:公判前整理手続の流れ

  • A=検察官、B=弁護人、C=裁判所
  • ①Aの証明予定事実記載書と請求証拠(316条の13)→Bに開示(316条の14)②Bの請求で類型証拠開示(316条の15)→Bの証拠意見(316条の16)③Bの主張の明示と証拠請求(316条の17)→Aの証拠意見(316条の19)④Bの請求で主張関連証拠開示(316条の20)⑤Cが争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)

いよいよ、手続の流れです。手続は、5つの段階で進みます。まず全体を見せて、そのあとで、なぜこの順番なのかを説明します。1つ目。検察官が、証明予定事実記載書を出して、それを証明する証拠の取調べを請求します。条文は、316条の13です。

条文刑事訴訟法第316条の13第1項前段・第2項

刑事訴訟法第316条の13第1項前段・第2項——検察官の証明予定事実記載書と証拠請求 検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実(公判期日において証拠により証明しようとする事実をいう。以下同じ。)を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。 2 検察官は、前項の証明予定事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。

証明予定事実は、公判期日で証拠により証明しようとする事実です。検察官が、うちはこの事実を、この証拠で証明します、と先に出します。請求された証拠は、弁護人に開示されます。根拠は316条の14で、閲覧や謄写の機会が与えられます。

段階②=類型証拠開示(316条の15)。弁護側の請求→証拠の類型のいずれかに当たり、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要→検察官が開示の必要性と弊害を考えて相当と認めるときに開示。例=検察官が証人として請求した目撃者の、捜査段階の供述調書。そのうえで弁護側が検察官請求証拠に証拠意見(316条の16)

  • 段階②=類型証拠開示(316条の15)
  • 弁護側の請求→証拠の類型のいずれかに当たり、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要→検察官が開示の必要性と弊害を考えて相当と認めるときに開示
  • 例=検察官が証人として請求した目撃者の、捜査段階の供述調書
  • そのうえで弁護側が検察官請求証拠に証拠意見(316条の16)

2つ目。類型証拠開示です。検察官の請求証拠を、どこまで信じてよいか。その証明力、つまりその証拠をどれくらい信じるかを確かめる材料を、弁護側が求める段階です。たとえば、検察官が目撃者を証人として請求したなら、その目撃者が捜査の段階で話した内容を記録した供述調書です。話が前後で変わっていないかを確かめられます。法律は、証拠物や、こうした供述調書などの類型を列挙しています。そのどれかに当たり、検察官の請求証拠の証明力を判断するために重要なものを弁護側が請求し、検察官は、開示の必要性と、開示で生じるおそれのある弊害を考えて、相当と認めるときに開示します。316条の15です。そのうえで、弁護側は、検察官の請求証拠について、同意するかどうか、異議がないかという、証拠意見を述べます。316条の16です。要件と類型の細目は、証拠開示の回で見ます。3つ目。被告人側の主張の明示です。

条文刑事訴訟法第316条の17第1項前段

刑事訴訟法第316条の17第1項前段——被告人側の主張の明示 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。

段階③=被告人側の主張の明示(316条の17第1項)。時期=検察官の書面の送付と、請求証拠・類型証拠の開示を受けた後。主張があるときに明らかにする。証明予定事実があれば証拠の取調べを請求(316条の17第2項)→検察官に開示(316条の18)→検察官の証拠意見(316条の19)。段階④=弁護側の請求で主張関連証拠開示(316条の20)

  • 段階③=被告人側の主張の明示(316条の17第1項)
  • 時期=検察官の書面の送付と、請求証拠・類型証拠の開示を受けた後
  • 主張があるときに明らかにする
  • 証明予定事実があれば証拠の取調べを請求(316条の17第2項)→検察官に開示(316条の18)→検察官の証拠意見(316条の19)
  • 段階④=弁護側の請求で主張関連証拠開示(316条の20)

注目点が2つあります。1つは、条文の中に、送付を受け、かつ、開示を受けた場合において、とあることです。主張を明らかにするのは、検察官の書面と、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあとです。もう1つは、主張があるとき、です。主張がなければ、明らかにすべきものもありません。主張がない場合まで、何かを言わせる条文ではありません。被告人側にも、公判で証拠によって証明しようとする事実、つまり証明予定事実があれば、それを証明する証拠の取調べを請求しなければなりません。ここまでが316条の17で、請求は第2項です。請求した証拠は検察官に開示されます。316条の18です。検察官は、その証拠について意見を述べます。316条の19です。4つ目。主張関連証拠開示です。被告人側が明らかにした主張に関連する証拠を、弁護側の請求で、開示してもらいます。316条の20です。これも名前と位置だけです。5つ目。結果の確認です。

条文刑事訴訟法第316条の24

刑事訴訟法第316条の24——争点及び証拠の整理の結果の確認 裁判所は、公判前整理手続を終了するに当たり、検察官及び被告人又は弁護人との間で、事件の争点及び証拠の整理の結果を確認しなければならない。

段階⑤=裁判所が手続の終了に当たり、争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)=何を争い、どの証拠を調べるかが確定。途中の補完=証明予定事実と証拠請求の追加・変更(検察官=316条の21・被告人側=316条の22)。開示の時期・方法の指定(316条の25)

  • 段階⑤=裁判所が手続の終了に当たり、争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)=何を争い、どの証拠を調べるかが確定
  • 途中の補完=証明予定事実と証拠請求の追加・変更(検察官=316条の21・被告人側=316条の22)
  • 開示の時期・方法の指定(316条の25)

手続を終えるときに、裁判所が、検察官と、被告人又は弁護人との間で、争点と証拠の整理の結果を確認します。ここで、何を争って、どの証拠を調べるかが、はっきり確定します。訴因変更の回で見た、整理した争点や審理計画を壊すような訴因変更は制限されることがある、という物差しも、ここで確定した争点が基準になります。途中の補完も、短く触れます。手続の途中で、証明予定事実を追加したり、請求する証拠を追加したり、変更したりできます。条文は、316条の21と、316条の22です。たとえば、弁護側の主張を見た検察官が、証明予定事実を追加し、それを証明する証拠の請求も追加する、という動きです。また、開示の時期や方法の指定を求める裁定は、316条の25です。証拠開示の回で扱います。裁判所は、その間に、証拠調べをするかどうかの決定などをして、手続を整えていきます。ここで1問です。検察官の証明予定事実を見たあと、弁護側が最初にできることは何でしたか?そして、自分の主張を明らかにするのは、証拠の開示を受ける前と後のどちらでしたか?

最初にできるのは、類型証拠の開示請求でした。主張の明示は、開示を受けたあとでした。では、なぜこの順番なのかを説明します。

なぜこの順番なのか

順番の理由。検察官が先に手の内(証明予定事実と請求証拠)を見せる→弁護側はそれを見て反論の材料(類型証拠)を請求できる→材料を得てから自分の主張を決めて明示する→主張が決まって初めて主張に関連する証拠を請求できる。情報の差を埋めながら一歩ずつ進む設計 図:順番の理由

  • 検察官が先に手の内(証明予定事実と請求証拠)を見せる→弁護側はそれを見て反論の材料(類型証拠)を請求できる→材料を得てから自分の主張を決めて明示する→主張が決まって初めて主張に関連する証拠を請求できる
  • 情報の差を埋めながら一歩ずつ進む設計

順番の理由は、情報の差です。検察官は、捜査という、強い証拠収集の手段を使って、すでに多くの証拠を持っています。被告人側は、持っていません。もし、弁護側が先に、自分の主張を決めて明らかにするとしたら、どうでしょう。相手の証拠を何も知らないまま、主張を決めなければなりません。だから、順番を逆にします。まず、検察官が先に、手の内を見せます。証明予定事実と、請求する証拠です。弁護側は、それを見て、反論の材料になりそうな証拠、類型証拠を請求できます。そして、材料を得てから、自分の主張を決めて、明らかにします。主張が決まって初めて、その主張に関連する証拠、つまり主張関連証拠を請求できます。最後に、結果を確認して終わります。一歩ずつ、情報の差を埋めながら、進んでいく設計です。これが、5つの順番の理由です。条文の番号を暗記するより、この理由を持っていれば、順番を入れ替えた肢に気づけます。

検察官が、AさんがBさんを殴った、という証明予定事実と、Bさんや目撃者の供述などの証拠を出します。弁護側はそれを見て、目撃者の話の信用性を確かめる材料を、類型証拠として請求します。そのうえで、Aさんが、先に胸ぐらをつかまれたので身を守った、と主張を明らかにします。ここで、争点が正当防衛の成否に決まります。争点が決まったので、弁護側は、その主張に関連する証拠として、検察官の手元にある、つかみ合いの様子が分かる記録の開示を請求できます。調べる証拠と証人が絞れれば、公判を何日で終えるかの計画が組めます。最初に見た一本の流れが、5つの段階の中で動いているわけです。

主張があるときに明らかにする、という条文の形と、黙秘権との関係は、証拠開示の回で見ます。最後に、第1章の審理の構造の回で、316条の17と316条の19を先取りして、争点をどちらが主導して決めるかも、条文は当事者に委ねている、と見ました。その話に戻ります。主張と、それを証明する証拠の請求を出すのは被告人側で、316条の17です。検察官がその証拠に意見を述べるのは、316条の19です。裁判所は、316条の3で見たとおり、手続を管理します。争点を出すのは当事者で、裁判所はそれを整理する。これが、この手続の分担です。

手続のIT化の改正

令和7年法律第39号による改正(公判前整理手続)=電磁的記録の提出・映像と音声の送受信による出席。公布済み・公判前整理手続の部分は未施行(令和9年3月31日までの間において政令で定める日)。現行条文=書面・出頭が前提(316条の2第3項・316条の7)。試験で問われるのは現行の条文

補足です。手続のIT化の改正が成立していて、公判前整理手続にも関わります。令和7年法律第39号です。内容は、書面に加えて電磁的記録を提出させる方法を認めること、そして、相当と認めるとき、検察官、弁護人、被告人が、同じ場所に集まらず、映像と音声の送受信で期日の手続に参加できるようにすることなどです。もう使えるのですか。違います。公判前整理手続に関するこの部分は、公布されていますが、まだ施行されていません。施行は、令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされています。ですから、現行の条文は、書面と出頭が前提です。たとえば316条の2の第3項は、訴訟関係人を出頭させて陳述させ、又は書面を提出させる方法で行う、と定めています。試験で問われるのは、現行の条文です。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。公判前整理手続は第一回公判期日前に決定で付す○/付すには被告人の請求が必要×(検察官・被告人・弁護人の請求又は職権)/裁判員裁判対象事件は必ず付す○(裁判員法49条)/期日間整理手続は第一回公判期日前×(後)/準用○/検察官は手持ち証拠をすべて開示×/被告人側の主張はあるとき明らかにする○(316条の17)/結果の確認○(316条の24) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。公判前整理手続は、第一回公判期日前に、決定で付する。○です。公判前整理手続に付すには、被告人の請求がなければならない。×です。検察官、被告人、弁護人の請求、または職権で付せます。裁判員裁判の対象事件は、必ず公判前整理手続に付さなければならない。○です。根拠は、裁判員法49条です。期日間整理手続は、第一回公判期日前に行われる。×です。後です。公判前整理手続の規定が準用される、という点は、○です。検察官は、公判前整理手続で、手持ちの証拠をすべて弁護人に開示しなければならない。×です。請求証拠は開示されますが、類型証拠と主張関連証拠は、要件と相当性で決まります。被告人側は、公判期日でする予定の主張があるときは、裁判所と検察官に明らかにしなければならない。○です。316条の17第1項です。裁判所は、手続を終えるに当たり、争点と証拠の整理の結果を、検察官、被告人又は弁護人との間で確認しなければならない。○です。316条の24です。今日のまとめです。公判前整理手続は、第一回公判期日前に、争点と証拠を整理して、公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うための手続です。争点が絞れて、証拠が絞れて、審理計画が組める。この一本の流れが軸でした。事前準備に足されたのは、主張の明示、開示の広がり、整理後の請求制限、結果の確認です。必ず付すのは裁判員裁判の対象事件で、根拠は裁判員法49条。期日間整理手続は、違いが時期だけの、公判後の整理でした。進行は、検察官の先行、類型証拠、被告人側の主張、主張関連証拠、結果の確認の、5つの段階で、順番の理由は情報の差を埋める設計でした。ここは論文で論点になりうる部分です。

次の回では、この手続をどう始めるのか、整理が終わったあと、公判で何が変わるのかを見ます。

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#139単独ページ動画

公判前整理手続の進行と公判での変化(必要的弁護・証拠調べ請求の制限)

第6章 公判の応用 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

公判が始まってから、切り札の証拠を出す。ドラマではよくある場面。公判前整理手続を経た事件では、原則としてできない。なぜできないのか/どんなときなら出せるのか 図:公判が始まってから、切り札の証拠を出す

  • ドラマではよくある場面
  • 公判前整理手続を経た事件では、原則としてできない
  • なぜできないのか/どんなときなら出せるのか

ドラマでは、裁判の途中で、弁護人が決定的な証拠を取り出して、形勢が逆転します。ところが、公判前整理手続を経た事件では、これは原則としてできません。切り札になる証拠を、なぜあとからは出せないのか。今日の入口はこの問いです。答えは、前の回の軸、争点が絞れて、証拠が絞れて、審理計画が組める、に戻ると分かります。そして、どんなときなら出せるのか。条文にある例外の入口と、その代表的な型を、設例で当てはめます。前の回の最後に、この手続をどう始めるのか、整理が終わったあと公判で何が変わるのかを見る、と予告しました。今日はそれに答えます。手続の最初から終わりまで、時間の順に歩きます。

前の回の5つの段階。①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求②類型証拠開示③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤争点及び証拠の整理の結果の確認。今日歩く範囲=入口(付す決定・弁護人・期日)と出口(終結・公判・失権効) 図:前の回の5つの段階

  • ①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求②類型証拠開示③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤争点及び証拠の整理の結果の確認
  • 今日歩く範囲=入口(付す決定・弁護人・期日)と出口(終結・公判・失権効)

前の回の5つの段階を、地図で受け直します。検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求。類型証拠開示。被告人側の主張の明示。主張関連証拠開示。争点及び証拠の整理の結果の確認です。中身と順番の理由は、前の回のとおりです。今日歩くのは、この5つの段階の手前と向こう側です。手前は、手続がどう始まり、期日で誰が何をするか。向こう側は、手続がどう終わり、そのあとの公判が何を変えるかです。類型証拠と主張関連証拠の中身は、次の回で扱います。

開始:付す決定のあと

開始。付す決定・請求を却下する決定の前=検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)。決定に対する抗告はできない(420条1項)。進め方=期日を開く方法か書面を出させる方法(同3項)。期日は裁判長が定めて通知(316条の6)。証明予定事実記載書の提出と証拠請求の期限を定める(316条の13第4項) 図:開始

  • 付す決定・請求を却下する決定の前=検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)
  • 決定に対する抗告はできない(420条1項)
  • 進め方=期日を開く方法か書面を出させる方法(同3項)
  • 期日は裁判長が定めて通知(316条の6)
  • 証明予定事実記載書の提出と証拠請求の期限を定める(316条の13第4項)

まず、付す決定がされるところからです。付す決定そのものは、前の回に出た316条の2第1項です。決定をする前には、請求を却下する場合も含めて、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。第2項です。この決定に対して、不服を申し立てる抗告はできません。420条1項が、訴訟手続に関して判決前にした決定には、特に即時抗告を認める規定がない限り抗告できないと定めていて、付す決定には即時抗告を認める規定がないからです。手続の途中の決定ごとに抗告を許すと審理が止まるので、不服は判決に対する上訴の中で争わせる、という趣旨です。裁判員裁判の対象事件は、裁判員法49条で必ず付します。ですから、事件が裁判所に係属すると、直ちに付す決定がされます。付したあとの進め方は2通りです。期日を開いて訴訟関係人を出頭させて陳述させる方法と、書面を提出させる方法です。316条の2第3項です。期日を開くなら、裁判長が期日を定めて、検察官、被告人、弁護人に通知します。316条の6です。期日の変更もできて、その場合も意見を聴きます。開始後の最初の動きは、期限の設定です。裁判所は、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴いて、証明予定事実記載書の提出と、証拠調べ請求の期限を定めます。316条の13第4項で、5つの段階の1つ目の入口にあたります。開始で一番大事なルールがあります。弁護人がいなければ、手続は行えません。

条文刑事訴訟法第316条の4第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の4——公判前整理手続と弁護人 公判前整理手続においては、被告人に弁護人がなければその手続を行うことができない。 2 公判前整理手続において被告人に弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。

第2項で弁護人を付すのは、裁判所ではなく裁判長です。短答では、この主語が問われます。なぜそこまで、弁護人が欠かせないのですか。手続の中の作業が、法律の専門知識と技能を要するからです。争点を絞り、主張を明らかにし、証拠の整理に応じる。被告人が1人で検察官と向き合えば、自分に不利な整理を、そのまま受け入れかねません。しかも整理のあとは、証拠を出し直すことが原則できなくなります。

必要的弁護の比較。289条1項=死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件(事件の重さで決まる)/316条の4=事件の重さと無関係(整理手続に付したことで決まる)。設例=駅前の事件が暴行罪(208条・2年以下の拘禁刑等)で争点があり整理手続に付された→289条1項に当たらなくても弁護人がなければ行えない。傷害罪(204条・長期15年)なら289条1項にも当たる 図:必要的弁護の比較

  • 289条1項=死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件(事件の重さで決まる)/316条の4=事件の重さと無関係(整理手続に付したことで決まる)
  • 設例=駅前の事件が暴行罪(208条・2年以下の拘禁刑等)で争点があり整理手続に付された→289条1項に当たらなくても弁護人がなければ行えない
  • 傷害罪(204条・長期15年)なら289条1項にも当たる

289条1項のことですね。289条1項は、死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件、という、事件の重さで必要的弁護を決めます。316条の4は違います。事件の重さと関係なく、整理手続に付したことで決まります。駅前の事件で考えます。Aさんの行為が、ケガに至らない暴行罪として起訴されたとします。暴行罪は2年以下の拘禁刑などですから、289条1項には当たりません。それでも、争点があるとして整理手続に付されたなら、弁護人がいなければ手続を行えません。傷害罪なら、長期15年ですから、289条1項にも当たります。軸は、事件の重さではなく、手続の種類で必要的になる、という点です。

進行の打合せ

進行の打合せ。規則178条の16=三者打合せ(第一回公判期日前に検察官・弁護人を出頭させ、期日の指定その他進行に必要な事項を打ち合わせる。ただし予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない)。規則178条の15=書記官を通じた準備の問合せ・促し。進行の話はよい/中身(心証)はできない 図:進行の打合せ

  • 規則178条の16=三者打合せ(第一回公判期日前に検察官・弁護人を出頭させ、期日の指定その他進行に必要な事項を打ち合わせる。ただし予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない)
  • 規則178条の15=書記官を通じた準備の問合せ・促し
  • 進行の話はよい/中身(心証)はできない

整理手続に付された事件でも、進行の打合せはできます。事前準備の回で見た三者打合せで、規則178条の16です。第一回公判期日前に、検察官と弁護人を出頭させて、期日の指定その他、進行に必要な事項を打ち合わせます。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできません。もう1つ、規則178条の15は、裁判所書記官を通じて、準備の進み具合を問い合わせ、促す規定です。三者打合せは178条の16です。条番号を取り違えないでください。駅前の事件で考えます。目撃者を何人呼ぶか、尋問に何時間かかりそうかを伝えるのは、進行の話で構いません。ところが、その目撃者が殴るところをはっきり見たのかを、裁判所が聞き出すのは、事件の中身です。心証に触れますから、できません。付された事件では、事前準備の規定の一部は適用されません。規則217条の19が適用しない規定を列挙していますが、細目を暗記する必要はなく、178条の15と16は適用される、と押さえれば足ります。実務では、整理手続を充実させ、迅速に進めるために、起訴後の早い時期に三者で進め方の認識を共有します。

期日:誰が出るか

期日。受訴裁判所が主宰(316条の2第1項)。検察官又は弁護人が出頭しない→その期日の手続を行えない(316条の7)。弁護人が出頭しない・在席しなくなった→裁判長が職権で付す(316条の8) 図:期日

  • 受訴裁判所が主宰(316条の2第1項)
  • 検察官又は弁護人が出頭しない→その期日の手続を行えない(316条の7)
  • 弁護人が出頭しない・在席しなくなった→裁判長が職権で付す(316条の8)

期日を主宰するのは、付す決定をした受訴裁判所です。出席者のルールを見ます。

条文刑事訴訟法第316条の7

刑事訴訟法第316条の7——検察官又は弁護人が出頭しない場合 公判前整理手続期日に検察官又は弁護人が出頭しないときは、その期日の手続を行うことができない。

検察官か弁護人のどちらかが出頭しないときは、その期日の手続を行えません。出頭が義務だと覚えるより、欠けたら手続ができない、と覚えるほうが条文に忠実です。手続を止めないための条文が、316条の8です。弁護人が期日に出頭しないとき、又は在席しなくなったときは、裁判長が職権で弁護人を付さなければなりません。出頭しないおそれがあるときは、裁判所が職権で付すことができます。訴訟指揮の回で見た、289条2項と3項と同じ作りです。次は被告人です。

条文刑事訴訟法第316条の9第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の9第1項〜第3項——被告人の出頭 被告人は、公判前整理手続期日に出頭することができる。 2 裁判所は、必要と認めるときは、被告人に対し、公判前整理手続期日に出頭することを求めることができる。 3 裁判長は、被告人を出頭させて公判前整理手続をする場合には、被告人が出頭する最初の公判前整理手続期日において、まず、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨を告知しなければならない。

第1項は、被告人は出頭することができる。権利であって、義務ではありません。手続には弁護人が必ずいて、法律の作業は弁護人が担うからです。第2項は、裁判所が必要と認めるときは、出頭を求めることができる。求めたときは、速やかに検察官と弁護人に知らせます。規則217条の11です。第3項が、黙秘権の告知です。告知するのは、被告人が出頭する最初の期日です。毎回ではありません。弁護人が陳述し、書面を出します。弁護人の陳述や書面について被告人の意思を確かめる必要があるときは、被告人に質問して、被告人と連署した書面の提出を求めることができます。316条の10です。期日には裁判所書記官が立ち会って、調書を作ります。316条の12です。この調書は、あとで公判で明らかにされる書面になります。公開についても押さえます。公判前整理手続の期日は、公開の法廷で行うことを要しません。公判の準備であって、公開が求められる公判期日の審理そのものではないからです。非公開の法廷や準備室などで行われ、被告人が出頭する場合は、非公開の法廷が多いとされます。なお、映像と音声で期日に参加できるようにする改正は、前の回で見たとおり未施行です。現行の条文は、出頭が前提です。

受訴裁判所が主宰してよい理由

問い=起訴状一本主義(256条6項)は裁判所が白紙で第一回公判に臨むための仕組み。整理手続は同じ裁判所の前で証拠請求・主張の明示をする。矛盾しないか。結論=反しないと解されている。理由①両当事者が対等に関与②目的が争点整理と審理計画の策定。歯止め=316条の13第1項後段

  • 問い=起訴状一本主義(256条6項)は裁判所が白紙で第一回公判に臨むための仕組み
  • 整理手続は同じ裁判所の前で証拠請求・主張の明示をする
  • 矛盾しないか
  • 結論=反しないと解されている
  • 理由①両当事者が対等に関与②目的が争点整理と審理計画の策定
  • 歯止め=316条の13第1項後段

起訴状一本主義は、256条6項で、起訴状に裁判官に予断を生じさせるおそれのある書類その他の物を添付できないとする原則でした。確かに、同じ裁判所が整理手続を主宰するのは緊張がありそうです。しかし、予断排除には反しないと解されています。理由は2つです。1つ目は、両当事者が対等に関与することです。検察官だけが裁判所に話すのではありません。ですから、捜査の側が固めた見立てを、裁判所がそのまま受け継ぐ形にはなりません。2つ目は、目的が、争点の整理と審理計画の策定にあることです。有罪か無罪かの心証を取る手続ではありません。理由だけでなく、条文上の歯止めがあります。316条の13第1項の後段です。前の回では前段を見ました。

条文刑事訴訟法第316条の13第1項後段

刑事訴訟法第316条の13第1項後段——予断を生じさせるおそれのある事項の記載の禁止 この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない。

「この場合」は、前段の証明予定事実記載書を受けます。証拠にできない資料や、証拠として請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に偏見や予断を生じさせるおそれのある事項は書けません。同じ縛りは、追加や変更の書面を定める316条の21、被告人側の主張の明示を定める316条の17と316条の22にも及びます。さらに、316条の30の被告人側の冒頭陳述にも及びます。駅前の事件で考えます。検察官が、Aさんは普段から人とよくもめる、という噂話をもとに、粗暴な性格だと書いたとします。この噂話は、証拠にできず、請求するつもりもない資料です。ですから書けません。一方、請求する目撃者の証言で立証する事実として、Aさんが殴った、と書くのは書けます。

証拠で証明する事実なら書けます。裁判所の印象だけを動かす材料は書けません。

終結

終結。できる限り早期に(316条の3)。争点及び証拠の整理を遂げる→証拠の採否の決定(316条の5第1項8号・9号)→公判期日を定め審理予定を定める(同13号)→終了に当たり結果を確認(316条の24)。採否留保あり。結果は調書に残る(316条の12第2項) 図:終結

  • できる限り早期に(316条の3)
  • 争点及び証拠の整理を遂げる→証拠の採否の決定(316条の5第1項8号・9号)→公判期日を定め審理予定を定める(同13号)→終了に当たり結果を確認(316条の24)
  • 採否留保あり
  • 結果は調書に残る(316条の12第2項)

手続の終わり方です。できる限り早期に終結させるように努める、というのは、前の回の316条の3でした。終えるまでに、裁判所は、争点及び証拠の整理を遂げます。そのうえで、証拠の採否を決めます。採用するか、却下するか、取り調べる順序や方法をどうするかです。316条の5第1項の8号と9号です。さらに、公判期日を定めて、審理の予定を定めます。同じ13号です。最後に、手続の終了に当たって、検察官と、被告人又は弁護人との間で、争点及び証拠の整理の結果を確認します。前の回に出た316条の24です。すべては決めなくてよいです。公判審理の状況を見ないと、取調べの必要性を判断できない証拠は、決定を留保できます。採否留保です。この留保は、あとで失権効の例外の話につながります。整理の結果は、期日の調書に残ります。316条の12第2項です。この調書が、公判で明らかにされます。

公判で何が変わるか

公判の流れの比較。付されていない事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述(被告人側は任意)→証拠調べ請求→相手方の意見→裁判所の決定→取調べの実施。付された事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述→被告人側の冒頭陳述(必ず)→整理手続の結果の顕出→取調べの実施(請求・意見・決定は整理手続の中で済み)。弁護人=289条1項の事件だけ必要的/316条の29=必ず 図:公判の流れの比較

  • 付されていない事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述(被告人側は任意)→証拠調べ請求→相手方の意見→裁判所の決定→取調べの実施
  • 付された事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述→被告人側の冒頭陳述(必ず)→整理手続の結果の顕出→取調べの実施(請求・意見・決定は整理手続の中で済み)
  • 弁護人=289条1項の事件だけ必要的/316条の29=必ず

ここまでが手続の中です。整理を経た事件の公判は何が違うのか。その前に、冒頭手続の回を思い出して1問です。公判前整理手続に付されていない事件で、被告人側の冒頭陳述は、義務でしたか?義務ではありませんでした。裁判所の許可を得て行えるだけでした。付された事件では、これが義務に変わります。表で比べます。付されていない事件は、冒頭手続、検察官の冒頭陳述のあと、証拠調べの請求、相手方の意見、裁判所の決定、取調べの実施と進みます。付された事件は、冒頭手続、検察官の冒頭陳述、被告人側の冒頭陳述、整理手続の結果を明らかにすること、取調べの実施です。証拠調べの請求、意見、決定は、整理手続の中で済んでいるので、原則として公判では行いません。変わる点を、3つの条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第316条の29

刑事訴訟法第316条の29——必要的弁護 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件を審理する場合には、第二百八十九条第一項に規定する事件に該当しないときであつても、弁護人がなければ開廷することはできない。

1つ目は弁護人です。整理手続に付された事件を審理するときは、289条1項に当たらなくても、弁護人がなければ開廷できません。期日間整理手続に付された事件も同じです。手続の中だけでなく、公判でも弁護人は必須になります。

条文刑事訴訟法第316条の30

刑事訴訟法第316条の30——被告人側の冒頭陳述 公判前整理手続に付された事件については、被告人又は弁護人は、証拠により証明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、第二百九十六条の手続に引き続き、これを明らかにしなければならない。この場合においては、同条ただし書の規定を準用する。

2つ目は、被告人側の冒頭陳述です。主張があるときは、検察官の冒頭陳述に引き続いて明らかにしなければなりません。義務です。296条ただし書を準用しますから、予断排除の縛りも同じです。期日間整理手続の事件でも、同じですか。違います。公判前整理手続に付された事件だけです。期日間整理手続は、第一回公判期日のあとに行いますから、冒頭陳述の段階をすでに過ぎているのが通常です。なぜ必要的かというと、争点が整理されている以上、被告人側も最初に方針を示さなければ、計画的で迅速な審理にならないからです。

条文刑事訴訟法第316条の31第1項

刑事訴訟法第316条の31第1項——公判前整理手続の結果の顕出 公判前整理手続に付された事件については、裁判所は、裁判所の規則の定めるところにより、前条の手続が終わつた後、公判期日において、当該公判前整理手続の結果を明らかにしなければならない。

3つ目は結果の顕出です。被告人側の冒頭陳述が終わったあと、公判期日で、整理手続の結果を明らかにします。方法は、調書の朗読か、要旨の告知で、書記官に行わせることもできます。なぜ明らかにするのか。整理手続は公判の準備にすぎず、非公開でよかったからです。その結果を、公開の法廷で明らかにする必要があります。期日間整理手続の事件も、第2項で、その手続が終わったあとに結果を明らかにします。1問です。付された事件の公判で、検察官の冒頭陳述のあと、まず何が行われますか。その次は?被告人側の冒頭陳述です。その次に、整理手続の結果を明らかにして、そのあとで取調べに入ります。請求と決定は、整理手続で済んでいます。ただし、公判で証拠調べの請求、意見、決定が全く行われないわけではありません。整理手続で採否を留保した証拠の決定、やむを得ない事由による請求、職権による取調べの余地があります。次の山場に進みます。

失権効:整理のあとの証拠調べ請求

失権効(316条の32)。当事者は、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除き、整理手続が終わった後は証拠調べを請求できない(298条1項にかかわらず)。期日間整理手続の後も同じ。裁判所の職権による取調べは妨げない。制限されるのは当事者の請求 図:失権効

  • 316条の32
  • 当事者は、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除き、整理手続が終わった後は証拠調べを請求できない(298条1項にかかわらず)。期日間整理手続の後も同じ。裁判所の職権による取調べは妨げない。制限されるのは当事者の請求

冒頭の問いに答える条文です。

条文刑事訴訟法第316条の32第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の32第1項・第2項——公判前整理手続又は期日間整理手続の終了後の証拠調べ請求の制限 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。 2 前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。

第1項を分けて読みます。主語は検察官と、被告人又は弁護人、つまり当事者です。298条1項は、当事者が証拠調べを請求できるという一般の規定ですが、それにかかわらず、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除いて、整理手続が終わった後は、証拠調べを請求できません。期日間整理手続の後も同じです。第2項は、裁判所が必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることは妨げない、です。制限されるのは当事者の請求であって、職権ではありません。なぜここまで、厳しく制限するのですか。整理のあとに新しい証拠を自由に請求できるなら、絞った争点も、立てた審理計画も崩れて、整理した意味がなくなるからです。整理手続は、証拠を中で出し切っておく約束だと、前に見ました。ただし、終わる前なら、追加も変更もできます。316条の21と22です。失権するのは、整理が終わった後です。では、どんなときなら出せるのか。やむを得ない事由です。条文に定義はなく、個別の事情を勘案して判断されます。代表的な型が3つあります。ただし、これは例であって一覧表ではなく、緩やかには解されません。1つ目は、証拠がもともとあったのに、その存在に気づかなかったことに無理がない場合。2つ目は、存在は分かっていても、持ち主の行方が知れないなどで、現実には請求できなかった場合。3つ目は、存在も分かり請求もできたが、相手方の示した主張や証拠の状況から、請求は要らないと考えたことに十分な理由がある場合です。

やむを得ない事由の3つの型と設例。型1=存在を知らなかった(予備のレコーダー)/型2=物理的に不可能(所在不明の目撃者)/型3=請求不要と考えた十分な理由(ケガの程度を争わないと明示された)。前提=(a)(b)は争点が犯人性(Aさんは人違いと主張)。(c)は別の場面 図:やむを得ない事由の3つの型と設例

  • 型1=存在を知らなかった(予備のレコーダー)/型2=物理的に不可能(所在不明の目撃者)/型3=請求不要と考えた十分な理由(ケガの程度を争わないと明示された)
  • 前提=(a)(b)は争点が犯人性(Aさんは人違いと主張)
  • (c)は別の場面

駅前の事件で当てはめます。(a)と(b)は、争点が犯人性で、Aさんは人違いだと主張している前提です。(a)整理手続の終了後に、近くの店の取り壊しで、事件の夜の映像を録画していた予備のレコーダーが、偶然見つかりました。店は、録画は自動で消えると説明していて、警察も弁護人も、存在を知るすべがありませんでした。(b)目撃者のCさんの存在は知っていましたが、海外にいて連絡がつかず、整理手続の終了までに所在が分かりませんでした。終了後に帰国して、所在が判明しました。(c)別の場面です。弁護人は整理手続で、Bさんのケガの程度は診断書のとおりで争わない、と明らかにしていました。そこで検察官は、診断した医師の尋問は請求せず、診断書だけを請求していました。ところが整理手続の終了後に、被告人側が、ケガの程度を争う主張に転じました。この3つは、先ほどの3つの型のどれに当たるでしょうか。

決め手を確認します。(a)は、警察も弁護人も、知るすべがなかった点です。(b)は、知ってはいても、整理手続の終了までに請求する手段が現実になかった点です。(c)は、被告人側が争わないと明らかにしたことが、検察官が請求の必要がないと考えた十分な理由になる点です。なお(c)は、3つ目の型に当たりうる、という整理です。被告人側の新しい主張そのものが許されるかは、次の論点で見ます。反対の例が、冒頭のドラマの切り札です。弁護人が整理手続の間から手元に持っていて、法廷で驚かせるために取っておいた証拠は、請求できる状況だったのに、十分な理由なく請求しなかったものです。3つの型のどれにも当たらず、やむを得ない事由はありません。3つは例ですから個別の事情で決まりますが、この線は押さえてください。

証明力を争う、つまり弾劾のための調書の取調べ請求について、裁判例があります。検察側の証人の尋問が終わったあとに、被告人側がその証言を弾劾するための調書の取調べを請求した事案で、やむを得ない事由に当たると判断されました。尋問を聞くまでは、弾劾が必要かどうか判断しにくいからだと考えられます。証人が公判で調書と異なる供述をした場合も、やむを得ない事由に当たるといわれます。ただし、注意があります。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は問われない、は誤りです。必要性は、別に慎重に吟味されます。やむを得ない事由があっても、必要性がなければ採用されません。実務の工夫も一言。可能性のある証拠を、あらかじめ整理手続で請求しておき、採否の決定を、公判審理の状況を見て決める運用があります。先ほどの採否留保です。ここは論文で論点になりうる部分で、失権効の範囲と、やむを得ない事由の当てはめが問われます。

制限されるのは証拠調べ請求であって主張ではない

整理後の被告人質問。316条の32が止めるのは証拠調べの請求。整理手続で明示しなかった主張を直接禁じる条文はない。では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるか。手がかり=295条1項 図:整理後の被告人質問

  • 316条の32が止めるのは証拠調べの請求
  • 整理手続で明示しなかった主張を直接禁じる条文はない
  • では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるか
  • 手がかり=295条1項

316条の32が止めるのは、証拠調べの請求です。整理手続で明らかにしなかった主張を、公判ですること自体を直接禁じる条文は、ありません。では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるでしょうか。手がかりは、295条1項です。訴訟指揮の回で見ました。

条文刑事訴訟法第295条第1項

刑事訴訟法第295条第1項——訴訟関係人の尋問・陳述の制限 裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である。

重複するとき、事件に関係のない事項にわたるとき、その他相当でないときは、本質的な権利を害しない限り、制限できます。被告人に供述を求める質問も、同じ扱いです。整理手続に出さなかった主張に沿う質問が、これで制限できるのかが問題です。最高裁の決定が答えています。

事案の整理。詐欺の事件。整理手続で弁護人=犯人性を否認し、アリバイ(犯行日時に自宅ないしその付近にいた)だけ明示。それ以上は明らかにせず、裁判所も求釈明せず。公判の被告人質問=自宅でテレビを見ていた・知人夫婦と約束・午後4時30分頃に知人方へ→弁護人がさらに質問→検察官が異議→第1審が制限。被告人は最終陳述でアリバイの具体的内容を陳述(制限されず) 図:事案の整理

  • 詐欺の事件
  • 整理手続で弁護人=犯人性を否認し、アリバイ(犯行日時に自宅ないしその付近にいた)だけ明示
  • それ以上は明らかにせず、裁判所も求釈明せず
  • 公判の被告人質問=自宅でテレビを見ていた・知人夫婦と約束・午後4時30分頃に知人方へ→弁護人がさらに質問→検察官が異議→第1審が制限
  • 被告人は最終陳述でアリバイの具体的内容を陳述(制限されず)

事案です。詐欺の事件でした。整理手続で、弁護人は犯人性を否認して、その日時には犯行場所におらず、自宅かその付近にいた、というアリバイだけを明らかにしました。それ以上は明らかにせず、裁判所も、もっと具体的に述べるよう求める求釈明を、しませんでした。公判の被告人質問で、被告人は、自宅でテレビを見ていた、知人夫婦と会う約束があり、午後4時30分頃に知人方へ行った、と述べました。弁護人がさらに詳しく聞こうとすると、検察官が、整理手続での主張以外で、立証事項と関連性がない、と異議を述べました。第1審はこれを認めて、質問を制限しました。最高裁の判断を、一般論、あてはめ、結論の3つに分けて読みます。まず、一般論です。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——一般論 公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく、公判期日で新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないものの、公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し、前記主張明示義務に違反したものと認められ、かつ、公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば、公判前整理手続において、裁判所の求釈明にもかかわらず、「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には、新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で、公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が、刑訴法295条1項により制限されることがあり得るというべきである。

構造を分けます。まず、新たな主張を制限する規定はないので、供述を当然には制限できません。ただし、2つの要件がそろえば、295条1項で制限されることがあり得ます。1つ目は、主張明示義務に違反したと認められること。前記主張明示義務は、主張があるときに明らかにする、316条の17第1項の義務のことです。2つ目は、その質問や供述を許すことが、整理手続を行った意味を失わせると認められることです。例として、求釈明にもかかわらず、アリバイの主張をする予定である、具体的内容は被告人質問で明らかにする、という限度でしか主張を明示しなかった場合が挙げられています。あてはめです。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——あてはめ 本件質問等は、被告人が公判前整理手続において明示していた「本件公訴事実記載の日時において、大阪市西成区内の自宅ないしその付近にいた。」旨のアリバイの主張に関し、具体的な供述を求め、これに対する被告人の供述がされようとしたものにすぎないところ、本件質問等が刑訴法295条1項所定の「事件に関係のない事項にわたる」ものでないことは明らかである。 ……前記主張明示義務に違反したものとも、本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず、本件質問等を同条項により制限することはできない。

決め手は、整理手続で明示していたアリバイの主張を具体化する質問だった点です。明示済みの主張の具体化は、事件に関係のない事項にあたらず、2つの要件のどちらにも当たりません。前の回のたとえで言えば、旅行の幹事に先に伝えておいた行き先の中身を、当日に詳しく話すだけです。組んだ行程は崩れません。では、結論です。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——結論 そうすると、検察官の異議申立てを容れて本件質問等を制限した第1審裁判所の措置は是認できず、原判決が同措置は同条項に反するとまではいえない旨判示した点は、同条項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。もっとも、原判決は、本件質問等を制限した措置が違法であったとしても、被告人が、最終陳述において、前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており、この陳述は制限されなかったことなどを指摘し、前記法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすものではない旨判示しており、その結論は相当であるから、原判決に、判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえない。

結論の取り違えに注意してください。制限は違法でした。しかし、被告人が最終陳述でアリバイの具体的内容を述べており、それは制限されなかったことなどから、判決に影響はなく、上告は棄却されました。制限が適法とされたのではありません。

整理後の被告人質問の判断。新たな主張→条文は主張を直接制限しない→295条1項で制限されうるのは①主張明示義務違反かつ②整理手続を行った意味を失わせる場合。明示済みの主張の具体化は制限できない。設例=「その時刻はよその場所にいた」と明示→「友人と会っていた」と具体化=制限できない/求釈明に「詳細は被告人質問で話す」としか答えず公判で初めて「別の駅で友人に会っていた」=制限されうる 図:整理後の被告人質問の判断

  • 新たな主張→条文は主張を直接制限しない→295条1項で制限されうるのは①主張明示義務違反かつ②整理手続を行った意味を失わせる場合
  • 明示済みの主張の具体化は制限できない
  • 設例=「その時刻はよその場所にいた」と明示→「友人と会っていた」と具体化=制限できない/求釈明に「詳細は被告人質問で話す」としか答えず公判で初めて「別の駅で友人に会っていた」=制限されうる

型にまとめます。1つ目、整理後の新たな主張を、直接制限する規定はありません。2つ目、295条1項による制限は、主張明示義務に違反し、かつ、整理手続を行った意味を失わせるときに限られます。3つ目、明示済みの主張を具体化する質問は、制限できません。先ほどの(c)に戻ります。被告人側がケガの程度を争う主張に転じること自体を、直接禁じる条文はありません。その場合に検察官が医師の尋問を請求できるかは、316条の32のやむを得ない事由の問題として考えます。駅前の事件で2つに分けます。整理手続で、その時刻にはよその場所にいた、とだけ明らかにして、公判で、友人と会っていた、と具体化する場合は、明示済みの主張の具体化ですから、制限できません。一方、裁判所が求釈明したのに、詳細は被告人質問で話す、としか答えず、公判で初めて、実は別の駅で友人に会っていた、と話し始める場合は、2つの要件に当たりえて、制限されうる場合です。整理後の訴因変更は、すでに見ました。争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却する訴因変更請求は許されない、という物差しでした。整理された争点そのものを動かすか、審理計画を大きく組み直す必要があるか、です。証拠調べの請求、主張、訴因変更と、整理のあとの制限は、場面ごとに別の枠組みで考える、と整理できます。ここも論文で論点になりうる部分です。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。弁護人なしでも手続を行える×(316条の4)/事件の重さで決まる×/被告人の出頭は義務×(権利)/黙秘権告知は毎期日×(最初の期日)/期日は公開の法廷で行う×/178条の15が三者打合せ×(16)/期日間整理でも被告人側の冒頭陳述は必要的×/失権効=請求できたのに十分な理由なくしなかったものは対象/職権は妨げない○/主張を直接禁じる条文はない○/制限を適法とした×(違法だが棄却) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。公判前整理手続は、被告人に弁護人がなくても行えて、公判で弁護人を付せばよい。×です。弁護人がなければ手続を行えません。付すのは裁判長です。弁護人が必要になるのは、死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件に限る。×です。事件の重さと関係なく、整理手続に付したことで決まります。被告人は、期日に出頭する義務がある。×です。出頭することができる、という権利です。黙秘権の告知は、被告人が出頭する最初の期日です。毎回ではありません。期日は、公開の法廷で行わなければならない。×です。三者打合せの根拠は、規則178条の15だ。これも×です。178条の16です。被告人側の冒頭陳述は、期日間整理手続に付された事件でも必要的である。×です。公判前整理手続に付された事件です。整理手続の終了後は、いかなる事情があっても、新たな証拠調べを請求できない。×です。やむを得ない事由があれば請求できます。裁判所の職権による取調べは妨げられません。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は問われない、も×です。316条の32は、整理手続で明示しなかった主張に沿った被告人質問を、直接禁じている。×です。証拠調べ請求の制限で、主張を制限する規定はありません。最高裁は、整理手続で明示された主張を具体化する質問を制限した措置を適法とした。これも×です。制限できないとしました。ただし、判決に影響しないとして上告を棄却しています。

今日のまとめです。整理手続は、証拠を中で出し切っておく約束でした。始めるには弁護人が欠かせず、期日は検察官と弁護人が揃って行い、被告人の出頭は権利です。同じ裁判所が主宰しても、対等な関与と、争点整理という目的、そして書いてはいけない事項の歯止めで、予断排除に反しません。整理を経た公判は、弁護人が必須で、被告人側の冒頭陳述があり、整理の結果が法廷で明らかにされます。整理のあとの証拠調べ請求は、やむを得ない事由がなければできません。そして、制限されるのは請求であって、主張ではありません。主張に沿う被告人質問は、主張明示義務違反で、しかも整理手続の意味を失わせる場合に限って制限されます。次の回では、検察官の手元にある証拠を、弁護側はどこまで見ることができるのかを扱います。

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#140単独ページ動画

証拠開示の基本と類型証拠開示(任意開示・証拠の一覧表)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

検察官が法廷に出す証拠は、集めた証拠の一部。出さなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら。弁護側はそれを見られるのか/見られるならどの段階で、どんな要件か 図:検察官が法廷に出す証拠は、集めた証拠の一部

  • 出さなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら
  • 弁護側はそれを見られるのか/見られるならどの段階で、どんな要件か

検察官が法廷に出してくる証拠は、検察官が集めた証拠の、一部です。出してこなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら、どうでしょうか。前の回の最後に、検察官の手元にある証拠を、弁護側はどこまで見ることができるのか、という問いを残しました。今日はこの問いに答えます。答えは1つではなく、段階があります。検察官が使う証拠は必ず見せる。使わない証拠のうち一定のものは、弁護側の請求で見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。この3つを、なぜそう決まっているのかから確かめます。

前に見た5つの段階。①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求→開示(316条の14)②弁護側の請求で類型証拠開示(316条の15)③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤結果の確認。今日=①②(検察官が先に見せる段階)。③④⑤は薄く 図:前に見た5つの段階

  • ①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求→開示(316条の14)②弁護側の請求で類型証拠開示(316条の15)③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤結果の確認
  • 今日=①②(検察官が先に見せる段階)
  • ③④⑤は薄く

公判前整理手続の5つの段階の地図を、1枚で受け直します。検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求、それに続く開示が1つ目。弁護側の請求による類型証拠開示が2つ目です。3つ目以降は、被告人側が主張を明らかにしてからの段階です。今日歩くのは、1つ目と2つ目。検察官が先に見せる段階です。類型証拠開示は、前に名前と位置だけを見ました。今日は、要件を分けて、当てはめまで行います。条文の「重要」と「相当」という2つの言葉を、事例で分けられるようになることが、今日の目標です。

なぜ証拠開示が要るのか

手持ち証拠の差。証拠は捜査機関が強制処分も使って集め、検察官の手元に集まる→被告人側には強制的に集める手段がない。検察官が請求する証拠=有罪立証のために選んだ一部。開示=当事者対等の建前に中身を与える。ただし全部を無条件に見せると=証人への働きかけ/関係者の名誉・プライバシー/罪証隠滅 図:手持ち証拠の差

  • 証拠は捜査機関が強制処分も使って集め、検察官の手元に集まる→被告人側には強制的に集める手段がない
  • 検察官が請求する証拠=有罪立証のために選んだ一部
  • 開示=当事者対等の建前に中身を与える
  • ただし全部を無条件に見せると=証人への働きかけ/関係者の名誉・プライバシー/罪証隠滅

まず、なぜ証拠開示が要るのかです。証拠は、警察や検察が、捜索や差押えのような強制処分も使って集めます。集まった証拠は、検察官の手元にあります。被告人の側には、強制的に証拠を集める手段がありません。持っている証拠に、最初から大きな差があります。しかも、検察官が法廷に出す証拠は、有罪を立証するために選んだ一部です。たとえば、目撃者が検察官に、犯人の顔をはっきり見たと話した調書を、検察官が請求したとします。ところが、同じ目撃者が最初に警察で、暗くて顔までは見ていないと話した調書もあるのに、こちらは請求されない。法廷には、検察官にとって都合のよい面しか出てきません。

だから、手持ち証拠の差を埋める仕組みが要ります。それが証拠開示です。当事者が対等に攻撃と防御をするという、当事者主義の建前に、中身を与える仕組みだと言えます。全部を無条件に見せると、別の問題が出ます。証人の住所や話した内容が知られれば、証人に働きかけて証言を変えさせようとする人が出るかもしれません。関係者の名誉やプライバシーも傷つきます。証拠を隠したり壊したりする、罪証隠滅につながる場合もあります。開示の必要性と、こうした弊害とを、天秤にかける必要があります。そこで法律は、段階と要件で調整しています。検察官が使う証拠は、必ず見せる。使わない証拠は、類型と相当性で絞って見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。今日の背骨はこの設計です。なお、この仕組みができる前は、開示を定めた規定がなく、裁判所が訴訟指揮で閲覧を命じる決定が到達点でした。前に見たとおりで、今は法律が段階を定めています。

検察官が請求する証拠の開示

比較表。299条1項(整理手続でない事件)=証拠書類・証拠物は閲覧する機会(実務では謄写も)/証人は氏名と住居を知る機会だけ。316条の14第1項(整理手続)=証拠書類・証拠物は閲覧(弁護人は謄写も)/証人等は氏名・住居+供述録取書等(公判で供述すると思料する内容が明らかになるもの) 図:比較表

  • 299条1項(整理手続でない事件)=証拠書類・証拠物は閲覧する機会(実務では謄写も)/証人は氏名と住居を知る機会だけ
  • 316条の14第1項(整理手続)=証拠書類・証拠物は閲覧(弁護人は謄写も)/証人等は氏名・住居+供述録取書等(公判で供述すると思料する内容が明らかになるもの)

最初の段階、検察官が使う証拠の開示です。その前に、事前準備の回の復習を1問です。通常の事件で、検察官が証人の尋問を請求するとき、299条1項は、事前に相手へ何を知らせることを求めていましたか?氏名と住居です。調書の中身までは含まれなかったと思います。整理手続では、これが一歩深くなります。流れを確かめます。検察官は、証明予定事実記載書を出し、その事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求します。ここまでは前に見ました。この請求について、次の条文が置かれています。

条文刑事訴訟法第316条の13第3項

刑事訴訟法第316条の13第3項——299条1項の不適用 前項の規定により証拠の取調べを請求するについては、第二百九十九条第一項の規定は適用しない。

整理手続での請求には、299条1項は適用されません。その代わりに働く条文が、316条の14です。検察官請求証拠、つまり検察官が取調べを請求した証拠について、検察官は、速やかに開示をしなければなりません。

条文刑事訴訟法第316条の14第1項

刑事訴訟法第316条の14第1項——検察官請求証拠の開示 検察官は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠(以下「検察官請求証拠」という。)については、速やかに、被告人又は弁護人に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。 一 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。 二 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。

1号は、証拠書類と証拠物が対象です。閲覧する機会を与えます。弁護人に対しては、閲覧だけでなく謄写、つまり写しを取る機会も与えます。被告人本人には、閲覧する機会だけです。謄写が条文に書いてあるのは弁護人に対してだけ、という点は、短答で問われます。2号は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人です。氏名と住居を知る機会に加えて、その人の供述録取書等のうち、公判で話すと思われる内容が分かるものを、閲覧し、弁護人には謄写もさせます。供述録取書等とは、供述書、署名や押印のある供述録取書、そして供述を録音録画した記録媒体のことです。つまり、調書や録音録画です。

供述録取書等が存在しないとき、または閲覧させることが相当でないと認めるときは、公判で話すと思う内容の要旨を書いた書面を、閲覧させます。整理手続で証人の調書まで見られるのは、次の理由からです。弁護側は、検察官の証拠にどう意見を述べるか、自分の主張を明らかにするかを決めます。証人が何を話す予定かを知らなければ、その判断ができないからだと考えると分かりやすいです。299条1項の事前開示は、請求予定の証拠が固まった段階での、不意打ち防止の仕組みでした。整理手続の開示は、その先の争点整理まで見据えています。先ほどの目撃者を、検察官が証人として請求したとします。通常の事件なら、弁護側が知らされるのは、目撃者の氏名と住居だけです。整理手続なら、目撃者が検察官に話した調書まで、前もって読めます。時期は、速やかにです。開示そのものの期限を定めた条文はありません。裁判所が当事者の意見を聴いて期限を定めるのは、その手前の、証明予定事実記載書の提出と証拠調べの請求です。前に見た316条の13第4項です。起訴後何週間以内といった数字は、条文にはありません。

証拠の一覧表

何があるか分からなければ、請求のしようがない。請求証拠の開示の後に、被告人又は弁護人の請求があって初めて交付。一覧表=標目(見出し)だけ・中身ではない。中身を見るには開示請求が要る 図:何があるか分からなければ、請求のしようがない

  • 請求証拠の開示の後に、被告人又は弁護人の請求があって初めて交付
  • 一覧表=標目(見出し)だけ・中身ではない
  • 中身を見るには開示請求が要る

請求された証拠は、これで見られます。では、請求されない証拠は、どうやって存在を知るのでしょうか。何があるのか分からなければ、開示を請求しようがありません。そこで、検察官が保管している証拠の一覧表が使われます。

条文刑事訴訟法第316条の14第2項

刑事訴訟法第316条の14第2項——証拠の一覧表の交付 検察官は、前項の規定による証拠の開示をした後、被告人又は弁護人から請求があつたときは、速やかに、被告人又は弁護人に対し、検察官が保管する証拠の一覧表の交付をしなければならない。

要点は2つです。1つ目は、請求があって初めて交付される、ということです。検察官が自分から渡す義務はありません。2つ目は、時期です。請求証拠の開示をしたあと、とあるだけで、被告人側が主張を明らかにする前でも請求できます。この制度は、平成28年の改正で入りました。一覧表に何が書かれるのか。そして、書かなくてよい場合は何か。続けて、3項と4項を見ます。

条文刑事訴訟法第316条の14第3項・第4項

刑事訴訟法第316条の14第3項・第4項——一覧表の記載事項と記載しない場合 3 前項の一覧表には、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、証拠ごとに、当該各号に定める事項を記載しなければならない。 一 証拠物 品名及び数量 二 供述を録取した書面で供述者の署名又は押印のあるもの 当該書面の標目、作成の年月日及び供述者の氏名 三 証拠書類(前号に掲げるものを除く。) 当該証拠書類の標目、作成の年月日及び作成者の氏名 4 前項の規定にかかわらず、検察官は、同項の規定により第二項の一覧表に記載すべき事項であつて、これを記載することにより次に掲げるおそれがあると認めるものは、同項の一覧表に記載しないことができる。 一 人の身体若しくは財産に害を加え又は人を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ 二 人の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ 三 犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障を生ずるおそれ

一覧表の記載事項と記載しない場合。左=記載事項3区分(証拠物=品名・数量/署名押印のある供述録取書=標目・作成年月日・供述者の氏名/その他の証拠書類=標目・作成年月日・作成者の氏名)。右=記載しないことができる3つのおそれ(害を加える行為・名誉や平穏の侵害・犯罪の証明や捜査への支障)。枠外=標目であって中身ではない 図:一覧表の記載事項と記載しない場合

  • 左=記載事項3区分(証拠物=品名・数量/署名押印のある供述録取書=標目・作成年月日・供述者の氏名/その他の証拠書類=標目・作成年月日・作成者の氏名)
  • 右=記載しないことができる3つのおそれ(害を加える行為・名誉や平穏の侵害・犯罪の証明や捜査への支障)
  • 枠外=標目であって中身ではない

記載事項は、証拠の種類で3つに分かれ、証拠ごとに書きます。証拠物なら、品名と数量。署名や押印のある供述録取書なら、標目と、作成の年月日と、供述者の氏名。その他の証拠書類なら、標目と、作成の年月日と、作成者の氏名です。標目とは、書面の見出しにあたる名前です。ひったくりの事件で考えます。通行人が警察で話した調書があれば、一覧表には、通行人の警察官調書という標目と、作成の年月日と、通行人の氏名が載ります。何を話したかは、載りません。一覧表は、図書館の蔵書目録のようなものです。どんな本があるかは分かりますが、本の中身は、借りて読まなければ分かりません。

一覧表をもらえば、載っている調書の中身も読めるのですか。読めません。一覧表は、あくまで標目です。中身を見るには、次に見る類型証拠開示などの、開示の請求が別に要ります。一覧表は、何を請求するかを決める手がかりです。記載しなくてよい場合は、4項の3つのおそれです。たとえば、供述者の氏名を書けば、その人に危害が及ぶおそれがある場合は、1号です。2号は、名誉や社会生活の平穏が著しく害される場合、3号は、犯罪の証明や捜査に支障が出る場合です。ただし、これは検察官が、そのおそれがあると認める事項に限って、記載しないことができる、という例外です。5項は、交付のあとに新たに証拠を保管したときは、速やかに追加の一覧表を交付する、という定めです。

任意開示

検察官の手元の証拠の3層。①検察官請求証拠=必ず開示(316条の14)②類型証拠=請求+重要性+相当性(316条の15)③それ以外=法律上の請求権なし・検察官が自発的に見せる(任意開示)。右に一覧表(標目だけ・中身ではない) 図:検察官の手元の証拠の3層

  • ①検察官請求証拠=必ず開示(316条の14)②類型証拠=請求+重要性+相当性(316条の15)③それ以外=法律上の請求権なし・検察官が自発的に見せる(任意開示)
  • 右に一覧表(標目だけ・中身ではない)

ここで、検察官の手元の証拠を、3つの層に分けて整理します。1層目は、検察官請求証拠で、必ず開示されます。2層目は、請求と要件で開示される類型証拠です。3層目が、それ以外の証拠です。この3層目に、任意開示があります。任意開示とは、検察官が、請求予定の証拠以外の手持ち証拠を、自発的に弁護人に見せる運用です。大事なのは、法律上の請求権ではない、という点です。法律が弁護側に開示の請求を認めているのは、類型証拠と、次の回で見る主張関連証拠、つまり被告人側が明らかにした主張に関連する証拠だけです。検察官が義務でもないのに見せる理由は、2つ考えられます。1つは、類型証拠に当たると判断したものを、請求を待たずに見せることです。請求を待ち、要件を争うより、早く見せたほうが整理手続が早く進みます。もう1つは、類型や主張関連に当たらないかもしれない証拠でも、見せることで、争点が広がるのを防ぎ、弁護人に早く主張を明らかにしてもらえることです。整理手続の導入後、実務で広く行われています。1つ目の理由の例です。検察官が現場の実況見分調書を請求する事件で、別の日に同じ現場で作られた実況見分調書を、弁護人の請求を待たずに、最初から渡しておく、という形です。検察官が開示に応じないとき、裁判所に判断を求める仕組みがあります。ただし、これは請求権のある開示のための仕組みで、任意開示を断られても使えません。仕組みの中身は、次の回で見ます。ここで1問です。任意開示について、弁護人に法律上の開示請求権はありますか?

ありません。請求権があるのは、類型証拠のように、条文が定める開示だけだと理解しました。短答では、任意開示の請求権があるとする肢が×です。

類型証拠開示:目的と要件

類型証拠開示の流れ。弁護人が「類型・特定の請求証拠・重要な理由」を明らかにして請求→類型のいずれかに当たるか→特定の請求証拠の証明力を判断するために重要か→必要性と弊害を比べて相当か→検察官が速やかに開示(時期・方法の指定、条件)/開示しない理由を告げる 図:類型証拠開示の流れ

いよいよ類型証拠開示です。まず目的です。目的は、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するためです。証明力とは、その証拠を、どれくらい信じてよいか、ということです。請求証拠を見るだけでは分からない、信用性を確かめる材料を、弁護側が求める仕組みです。条文の柱書を、全文で見ます。長いので、画面で追いながら、あとで部品に分けます。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項

刑事訴訟法第316条の15第1項柱書——類型証拠開示 検察官は、前条第一項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、次の各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、同項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。

部品に分けます。まず、前条第一項の開示をした証拠以外、とあります。請求証拠は、すでに見られるので、対象外です。そのうえで、要件は4つあります。1つ目は、法律が挙げる類型のいずれかに当たること。2つ目は、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であること。3つ目は、重要性の程度や防御準備の必要性と、開示の弊害を比べて、検察官が相当と認めること。4つ目は、被告人または弁護人からの開示の請求です。開示の相手は、被告人または弁護人です。1つ目と2つ目は、条文の客観的な枠です。3つ目は、検察官が天秤にかけて、相当と認めるかどうかです。重要性と相当性という2つの言葉は、このあと事例で分けます。効果も確認します。要件を満たせば、検察官は速やかに、開示をしなければなりません。方法は、316条の14第1項1号の方法、つまり弁護人なら閲覧し、かつ謄写する機会です。証拠そのものを見られます。ただし、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けることができます。そして、開示しないときは、検察官は、その理由を弁護側に告げなければなりません。刑事訴訟規則217条の26です。ここで1問です。類型のどれかに当たる証拠なら、検察官は必ず開示しなければなりませんか?

必ず開示とは限りません。類型に当たるだけでは足りず、重要性と相当性という2つの絞りを通る必要があります。この2つの絞りが、弊害との調整の中心です。類型証拠開示は、被告人側が主張を明らかにする前でも請求できます。ここで重要かどうかを測る相手は、被告人側の主張ではなく、検察官請求証拠です。この請求証拠をどれくらい信じてよいかを確かめる材料になるか、という問いですから、主張が決まる前でも答えられます。条文の順番もそうなっています。前に見た316条の17は、被告人側が主張を明らかにする時期を、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあと、と定めています。検察官の立証の全体像を見て、情報の差を埋めてから、防御の方針を決めて主張を出す。そのための順番です。

類型を束で理解する

類型の束。1つ目の束=客観的な証拠(1号 証拠物/2号 裁判所又は裁判官の検証調書/3号 検察官等の検証調書・これに準ずる書面=実況見分調書の類/4号 鑑定書・これに準ずる書面/9号 検察官請求の証拠物の押収手続等記録書面)。2つ目の束=被告人以外の者の供述録取書等(5号イ・ロ/6号)。3つ目の束=被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録(7号・8号)。各束に代表例 図:類型の束

  • 1つ目の束=客観的な証拠(1号 証拠物/2号 裁判所又は裁判官の検証調書/3号 検察官等の検証調書・これに準ずる書面=実況見分調書の類/4号 鑑定書・これに準ずる書面/9号 検察官請求の証拠物の押収手続等記録書面)
  • 2つ目の束=被告人以外の者の供述録取書等(5号イ・ロ/6号)
  • 3つ目の束=被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録(7号・8号)
  • 各束に代表例

類型は、1号から9号まであります。全部を番号で暗記する必要はありません。3つの束で理解します。1つ目の束は、客観的な証拠です。2つ目の束は、被告人以外の者の供述録取書等。3つ目の束は、被告人の供述録取書等と、取調べ状況の記録です。1つ目の束、客観的な証拠から見ます。画面の全文では、1号から4号です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第1号〜第4号

刑事訴訟法第316条の15第1項第1号〜第4号——1つ目の束(客観的な証拠) 一 証拠物 二 第三百二十一条第二項に規定する裁判所又は裁判官の検証の結果を記載した書面 三 第三百二十一条第三項に規定する書面又はこれに準ずる書面 四 第三百二十一条第四項に規定する書面又はこれに準ずる書面

証拠物、検証の結果を記載した書面、鑑定の結果を記載した書面などです。321条2項から4項は、伝聞例外で前に見た、検証調書と鑑定書の条文です。3号は、検察官、検察事務官、司法警察職員が作る検証の書面で、これに準ずる書面には、実況見分調書の類が入ります。代表例は、現場の様子を記録した実況見分調書です。このほか9号が、検察官が請求した証拠物について、いつ、どこで、誰が押収したかを記録した書面を挙げています。9号は平成28年の改正で加わりました。2つ目の束です。被告人以外の者の供述録取書等で、5号と6号です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第5号・第6号

刑事訴訟法第316条の15第1項第5号・第6号——2つ目の束(被告人以外の者の供述録取書等) 五 次に掲げる者の供述録取書等 イ 検察官が証人として尋問を請求した者 ロ 検察官が取調べを請求した供述録取書等の供述者であつて、当該供述録取書等が第三百二十六条の同意がされない場合には、検察官が証人として尋問を請求することを予定しているもの 六 前号に掲げるもののほか、被告人以外の者の供述録取書等であつて、検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの

5号のイは、検察官が証人として尋問を請求した人の、供述録取書等です。ロは、検察官が調書を請求していて、その調書に弁護側が同意しなければ、検察官が証人尋問を請求する予定の人の、供述録取書等です。326条の同意とは、調書をそのまま証拠にすることに、相手方が同意することです。つまり、法廷に出てくる可能性が高い人の、請求した調書以外の調書が、この号の中心です。6号は、5号の人以外の調書でも、検察官がある請求証拠で直接証明しようとする事実の有無に関する供述が書かれていれば、含まれます。たとえば、被告人が犯人かどうかが争点で、検察官が請求していない別の通行人の調書に、犯人の特徴が書かれていれば、この号が検討の対象になります。5号と6号の分け方を、検察官が何を請求したかで整理します。その人を証人として請求したなら、イ。その人の調書を請求していて、弁護側が同意しなければ証人として請求する予定なら、ロ。どちらでもない人の調書でも、請求証拠で直接証明しようとする事実について話していれば、6号です。3つ目の束です。被告人自身の供述と、取調べの状況の記録です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第7号・第8号

刑事訴訟法第316条の15第1項第7号・第8号——3つ目の束(被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録) 七 被告人の供述録取書等 八 取調べ状況の記録に関する準則に基づき、検察官、検察事務官又は司法警察職員が職務上作成することを義務付けられている書面であつて、身体の拘束を受けている者の取調べに関し、その年月日、時間、場所その他の取調べの状況を記録したもの(被告人又はその共犯として身体を拘束され若しくは公訴を提起された者であつて第五号イ若しくはロに掲げるものに係るものに限る。)

7号は、被告人の供述録取書等で、被告人自身の調書です。8号は、身体拘束中の取調べが、いつ、どこで、どれくらいの時間行われたかを記録した書面です。平成28年の改正で、被告人に係るものだけでなく、共犯者として身体を拘束され、または起訴された人で、5号のイやロに当たる人に係るものにも広がりました。なぜ、この類型が選ばれているのですか。類型的に、請求証拠の信用性を確かめるのに役立ち、しかも開示の弊害が比較的小さいものだからです。同じ人物の別の供述、現場の客観的な記録、被告人自身の供述の経過。どれも、請求された証拠をどれくらい信じてよいかを確かめるのに、直接つながります。ここで1問です。検察官が目撃者の検察官調書を請求しています。同じ目撃者の警察官調書は、請求証拠の開示の段階で見られますか? 見られないとしたら、どう請求しますか?

請求された証拠ではないので、この段階では見られません。類型証拠として、請求した調書の証明力を判断するために重要だと明らかにして、請求することになります。検察官が請求したのは調書ですから、弁護側が同意しなければ目撃者を証人として請求する予定なら、5号のロに当たります。最初から目撃者を証人として請求していた場合は、イです。同じ人物の供述の変遷を比べるために、この束が使われます。

重要性と相当性の当てはめ

設例1の当てはめ。窃盗(ひったくり)。被告人は犯人性を争う。検察官の請求証拠=甲1 通行人の検察官調書(街灯の下で犯人の顔をはっきり見た)/甲2 昼間の見通しの実況見分調書。弁護人が請求=①通行人の警察官調書(5号→甲1の供述の変遷)②夜間の街灯の明るさを調べた実況見分調書(3号→甲1の前提条件)③請求されていない別の通行人の調書(6号→被告人が犯人か)。×=通行人の身上調書(重要性なし) 図:設例1の当てはめ

  • 窃盗(ひったくり)
  • 被告人は犯人性を争う
  • 検察官の請求証拠=甲1 通行人の検察官調書(街灯の下で犯人の顔をはっきり見た)/甲2 昼間の見通しの実況見分調書
  • 弁護人が請求=①通行人の警察官調書(5号→甲1の供述の変遷)②夜間の街灯の明るさを調べた実況見分調書(3号→甲1の前提条件)③請求されていない別の通行人の調書(6号→被告人が犯人か)
  • ×=通行人の身上調書(重要性なし)

設例で当てはめます。夜道で、スマートフォンをひったくられた事件です。被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。検察官は、通行人の検察官調書、甲1を請求しました。街灯の下で犯人の顔をはっきり見た、被告人に間違いない、という内容です。あわせて、昼間に現場の見通しを撮影した実況見分調書、甲2も請求しました。弁護人は、甲1の通行人の言い分を、どれくらい信じてよいかを確かめたいと考えます。請求は3つです。1つ目は、同じ通行人の警察官調書です。検察官は、甲1に弁護側が同意しなければ、通行人を証人として請求する予定です。調書を請求された人なので、5号のロにあたります。目的は、甲1の、顔をはっきり見たという供述に、変遷がないかを確かめることです。最初は暗くて顔までは見ていないと話していなかったか。2つ目は、夜間に同じ現場で、街灯の明るさを調べた実況見分調書です。3号の書面にあたります。甲2は昼間の見通しですから、夜の見え方は示しません。甲1の、街灯の下で見えたという前提条件が、本当に成り立つのかを確かめる材料です。3つ目は、請求されていない別の通行人の調書で、犯人は小柄だった、と話している内容のものです。6号にあたります。被告人が犯人かどうかという、検察官が立証しようとする事実の有無に関する供述だからです。

類型に当たっても、請求が通らない場合があります。たとえば、弁護人が、甲1の通行人の、出生、学歴、経歴、家族関係だけを書いた身上調書まで請求したとします。通行人が犯人を見たかどうかの供述の、信用性を判断するのに、類型的に重要とは言えません。これが、重要性が否定される例です。ある地方裁判所の決定が、この考え方を示しています。

判例横浜地決平20・5・22

裁判例の一例——身上経歴は重要性を欠く(地方裁判所の決定) 不開示事項のうち,出生,学歴及び経歴,家族関係については,供述の証明力を判断するにあたって類型的に重要性があるとは言えず,刑訴法316条の15第1項本文記載の重要性の要件を欠いている。

この決定の事案では、弁護人が、共犯とされる人たちの供述調書を、類型証拠として請求しました。検察官は、警察官調書を開示しましたが、身上調書のうち、出生や経歴、家族関係、前科前歴などの部分は除きました。その部分は、重要性が非常に低く、プライバシー侵害の弊害が大きい、という理由です。弁護人は裁判所に判断を求め、裁判所は、請求を棄却しました。注意点です。これは地方裁判所の決定の一例で、最高裁の判例のように、一般的な基準として覚えるものではありません。当てはめの一例として、重要性とは、この特定の証拠を信じてよいかに効くかどうかだ、と押さえてください。次に、相当性の例です。設例2。被告人の自白調書が請求された窃盗です。検察官は、被告人の検察官調書、乙1を請求しました。やりました、という内容です。被告人は、警察で長く取り調べられて、疲れてサインした、と言っています。

設例2の当てはめ。窃盗。検察官の請求証拠=乙1 被告人の検察官調書(やりました)。被告人=警察で長く取り調べられ疲れてサインした。弁護人が請求=①被告人の別の日付の供述調書(7号→乙1と前後で変わっていないか)②身体拘束中の取調べの年月日・時間・場所を記録した書面(8号→乙1をどれくらい信じてよいかの材料)。相当性が問題になる例=共犯者の前科前歴(効き目と弊害の天秤) 図:設例2の当てはめ

  • 窃盗
  • 検察官の請求証拠=乙1 被告人の検察官調書(やりました)
  • 被告人=警察で長く取り調べられ疲れてサインした
  • 弁護人が請求=①被告人の別の日付の供述調書(7号→乙1と前後で変わっていないか)②身体拘束中の取調べの年月日・時間・場所を記録した書面(8号→乙1をどれくらい信じてよいかの材料)
  • 相当性が問題になる例=共犯者の前科前歴(効き目と弊害の天秤)

弁護人が請求するのは2つです。1つ目は、被告人の別の日付の供述調書です。7号にあたります。乙1の内容が、前後で変わっていないかを比べます。2つ目は、取調べ状況を記録した書面です。身体拘束中の取調べの、年月日、時間、場所を記録したもので、8号にあたります。この8号の目的を、任意性と言い切ってはいけません。条文の目的は、あくまで、請求証拠の証明力を判断するため、です。ここでは、乙1をどれくらい信じてよいかを確かめる材料、と言えば足ります。任意性の問題は、自白法則の回で扱った、別の論点です。では、相当性が問題になる場面です。弁護人が、共犯とされる人の前科前歴まで請求したとします。内容によっては、その人が自分の刑責を軽くしたい動機を推測させる事情になり、供述の信用性を判断するのに重要な場合もあります。そのため、重要性が全くないとは言えません。しかし、その人の供述調書がほかに全部開示されていれば、供述の変遷や整合性で、信用性は十分に判断できます。開示の必要性は下がり、名誉やプライバシーを侵すおそれが上回る場合があります。先ほどの決定は、この場面でも判断を示しています。

判例横浜地決平20・5・22

裁判例の一例——前科前歴は相当性を欠く(地方裁判所の決定) 共犯関係にある供述者に前科前歴があることは,その内容次第では,供述者が自らの刑責を軽くする動機を推知させる一事情となりうるなど,その供述の証明力を判断するために重要である場合があることは否定できない。しかし,共犯関係にある各供述者については既に,身上調書の不開示部分を除き,その供述調書が全て開示されていることなどに照らすと,供述の変遷,各供述間での整合性等によって十分各供述者の供述の証明力の判断をすることができるのであるから,前科前歴を開示する必要性は相当低いと言うべきである。一方,これを開示した場合には,共犯関係にある供述者の名誉あるいはプライバシーを不当に侵害するおそれは決して小さくない。以上より,上記各証拠の前科前歴に関する部分については,重要性が高いとまでは言えず,開示の必要性が相当低いと言うべきである一方,開示の弊害が決して小さくない本件事案においては,刑訴法316条の15第1項本文所定の相当性が認められない。

重要性は、その証拠が、特定の請求証拠を信じてよいかの判断に効くかどうかです。身上経歴は、ここで止まりました。相当性は、その効き目と、開示の弊害とを天秤にかけた結果です。前科前歴は、効き目が全くないわけではないが、弊害のほうが重い、と判断されました。2つは別の関門です。冒頭の答えに戻ります。検察官が使う証拠は、必ず見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。そして、使わない証拠のうち一定のものは、弁護側の請求で見せる。この一定のものとは、類型に当たり、重要性と相当性という2つの関門を通ったものです。ここは、論文で論点になりうる部分です。当てはめでは、どの類型に当たるか、どの請求証拠の証明力を判断するためか、なぜ重要か、そして弊害は何か、という順で書けるように、事例で練習しておくと役立ちます。

請求するときに明らかにすること

請求の際に明らかにする事項(316条の15第3項第1号)。イ=類型と、請求する証拠を識別するに足りる事項。ロ=特定の請求証拠の証明力を判断するために重要であること等、開示が必要な理由。実務の含意=何かありそうだから全部、では足りない 図:請求の際に明らかにする事項

  • 316条の15第3項第1号
  • イ=類型と、請求する証拠を識別するに足りる事項。ロ=特定の請求証拠の証明力を判断するために重要であること等、開示が必要な理由。実務の含意=何かありそうだから全部、では足りない

請求のしかたにも条文があります。何かありそうだから全部見せてください、では足りません。

条文刑事訴訟法第316条の15第3項(柱書・第1号)

刑事訴訟法第316条の15第3項(柱書・第1号)——請求の際に明らかにする事項 被告人又は弁護人は、前二項の開示の請求をするときは、次の各号に掲げる開示の請求の区分に応じ、当該各号に定める事項を明らかにしなければならない。 一 第一項の開示の請求 次に掲げる事項 イ 第一項各号に掲げる証拠の類型及び開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 ロ 事案の内容、特定の検察官請求証拠に対応する証明予定事実、開示の請求に係る証拠と当該検察官請求証拠との関係その他の事情に照らし、当該開示の請求に係る証拠が当該検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であることその他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由

3項は、第1項の請求のときに、2つを明らかにするよう求めています。イは、どの類型に当たるかと、請求する証拠を識別するに足りる事項です。どの証拠を指しているかが分かる程度、ということです。ロは、その証拠が、特定の請求証拠の証明力を判断するために重要である理由などです。ひったくりの設例の1つ目で、請求の型を見ます。弁護人は、こう言います。類型は5号のロ。対象は、甲1の通行人が警察で話した調書。甲1の、顔をはっきり見たという供述の証明力を判断するために、重要です。理由は、供述が前後で変わっていないかを確かめる必要があるからです。特定の証拠、類型、重要な理由。この3点を言って請求する、ということです。

請求の理由を明らかにしなければならないと、3項が定めています。理由が弱ければ、検察官は、開示しない理由を告げて応じないことがあります。請求の言い方は、結論に影響します。

尋問準備との関係

類型証拠開示の意味。反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてからでは遅い。証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探す(328条の自己矛盾供述による弾劾の材料)。被告人質問=自分の調書の変遷を把握。請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はない 図:類型証拠開示の意味

  • 反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてからでは遅い
  • 証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探す(328条の自己矛盾供述による弾劾の材料)
  • 被告人質問=自分の調書の変遷を把握
  • 請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はない

類型証拠開示が何に効くのかを、尋問の面から確かめます。その前に、1問です。証人が公判で述べたことと、前に述べたことが食い違うとき、前の供述を証拠にするための根拠は何でしたか?328条の、自己矛盾供述による弾劾です。同じ証人が前に違うことを述べていた、という事実を示して、法廷での証言の信用性を減らす。これが弾劾でした。ただし、前に何を述べたかを知らなければ、突きようがありません。反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてから考えるのでは遅いのです。証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探しておく。そのための材料が、類型証拠開示です。ひったくりの設例で言えば、通行人が法廷で、顔をはっきり見た、と証言したとします。警察官調書に、暗くて顔までは見ていない、とあれば、弁護人はその食い違いを突けます。被告人質問でも同じです。被告人自身の供述調書の変遷を前もって把握しておけば、検察官が反対質問で突いてくる点に備えられます。注意点が1つあります。請求による開示なので、請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はありません。請求漏れは、弁護人の責任になります。

ここまでで見えないもの

類型の外にある証拠。例=警察官の取調べ時のメモ。類型に当たらない→この段階では請求の足がかりがない。類型証拠開示は主張の前。それ以外を開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示。検察官が応じないときは裁判所が判断する仕組みがある 図:類型の外にある証拠

  • 例=警察官の取調べ時のメモ
  • 類型に当たらない→この段階では請求の足がかりがない
  • 類型証拠開示は主張の前
  • それ以外を開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示
  • 検察官が応じないときは裁判所が判断する仕組みがある

ここまでで、請求証拠、類型証拠、そして任意開示を見ました。それでも、見えない証拠が残ります。類型は、法律が挙げた1号から9号に限られるからです。たとえば、警察官が被告人の取調べのときに、自分の覚えのために取ったメモです。被告人の署名も押印もないので、7号の、被告人の供述録取書等には当たりません。作成が義務づけられた取調べ状況の記録でもないので、8号にも当たりません。こうしたメモは、7号にも8号にも当たらず、この段階では、請求の足がかりがありません。それを開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示です。さらに、検察官が開示に応じないときは、誰がどう決めるのか。次の回で扱います。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。検察官は手持ち証拠をすべて開示する×/被告人にも謄写の機会×(弁護人だけ)/証人等は氏名・住居+供述録取書等○/一覧表は請求なしで交付×(請求があったとき)/一覧表の請求は主張の明示の後×/一覧表は証拠の内容の要旨×(標目)/任意開示に請求権×/類型に当たれば必ず開示×/類型証拠開示は主張の後でなければ請求できない×/取調べ状況記録は被告人に係るものに限る×(共犯者側にも)/開示しない理由を告げる必要はない×(規則217条の26) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。検察官は、公判前整理手続で、手持ちの証拠をすべて被告人側に開示しなければならない。×です。請求証拠は必ず開示されますが、それ以外は、類型証拠や主張関連証拠として、要件と相当性で決まります。検察官請求証拠のうち、証拠書類や証拠物について、被告人に対しても謄写する機会を与えなければならない。×です。謄写が条文に書かれているのは、弁護人に対してです。検察官が証人として請求した者については、氏名と住居だけでなく、公判で話すと思われる内容が分かる供述録取書等も、弁護人には閲覧と謄写をさせます。○です。証拠の一覧表は、請求がなくても検察官が交付する。×です。請求があったときです。請求できる時期は、請求証拠の開示のあとで、被告人側が主張を明らかにする前でも構いません。一覧表に、証拠の内容の要旨が書かれる、も×です。標目や品名、年月日、氏名で、中身そのものではありません。任意開示について、被告人側に法律上の請求権がある。×です。検察官が自発的に見せる運用です。類型証拠に当たる証拠は、必ず開示される。×です。特定の請求証拠の証明力を判断するために重要で、かつ、必要性と弊害を比べて相当と認められることが要ります。類型証拠開示は、被告人側が主張を明らかにしたあとでなければ請求できない。これも×です。請求証拠の開示を受けたあとなら、主張の前でも請求できます。取調べ状況の記録は、被告人に係るものに限る。×です。共犯者側にも広がっています。検察官は、開示に応じないときは、理由を告げる必要はない。×です。理由を告げなければなりません。

今日のまとめです。手持ち証拠の差は埋めたいが、全部を無条件に見せると弊害が出る。だから、検察官が使う証拠は必ず開示し、保管する証拠は一覧表で知らせ、使わない証拠のうち、請求証拠の証明力を判断するために重要で、しかも相当な一定の類型だけを、弁護側の請求で開示します。重要性は、その証拠が特定の請求証拠を信じてよいかに効くかどうか、相当性は、その効き目と弊害の天秤です。次の回では、類型の外にある証拠を、弁護側がどうすれば見られるのかと、検察官が応じないときは誰が決めるのかを扱います。

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#141単独ページ動画

予定主張の明示と主張関連証拠開示(黙秘権との関係・取調べメモの開示)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

類型の外に残った証拠。例=警察官が取調べのときに自分の覚えのために取ったメモ(署名も押印もないので7号に当たらず・作成が義務づけられた記録でもないので8号に当たらない)。見る道=被告人側が主張を明らかにしたあとの開示。検察官が応じないときに裁判所が決める手続は次の回 図:類型の外に残った証拠

  • 例=警察官が取調べのときに自分の覚えのために取ったメモ(署名も押印もないので7号に当たらず・作成が義務づけられた記録でもないので8号に当たらない)
  • 見る道=被告人側が主張を明らかにしたあとの開示
  • 検察官が応じないときに裁判所が決める手続は次の回

前の回の最後に、見えない証拠が残りました。警察官が被告人の取調べのときに、自分の覚えのために取ったメモです。署名も押印もないので、被告人の供述録取書等には当たりません。作成が義務づけられた取調べ状況の記録でもありません。類型の外にある証拠を、弁護側はどうすれば見られるのか。検察官が応じないときは、誰が決めるのか。今日は、1つ目の問いに答えます。2つ目の、裁判所が決める手続の中身は、次の回で条文から確かめます。類型の外にある証拠を見る道は、あります。ただし条件があります。弁護側が先に、自分が公判でする主張を明らかにすることです。

黙秘権との関係にも、最高裁の決定が答えています。今日の背骨は、一本の道です。主張を示すと、それに関連する証拠が開く。この一本道を、順に歩きます。

開示の段階の地図。前の回で歩いた段階(検察官の請求証拠の開示・類型証拠開示)は薄く=済み。今日は濃く=被告人側の主張の明示(316条の17)→主張関連証拠開示(316条の20)。その先=検察官が応じないときの裁判所の判断(次の回)。左下=類型の外に残ったもの(取調べのメモ) 図:開示の段階の地図

  • 前の回で歩いた段階(検察官の請求証拠の開示・類型証拠開示)は薄く=済み
  • 今日は濃く=被告人側の主張の明示(316条の17)→主張関連証拠開示(316条の20)
  • その先=検察官が応じないときの裁判所の判断(次の回)
  • 左下=類型の外に残ったもの(取調べのメモ)

開示の段階の地図を、1枚で受けます。検察官の請求証拠の開示と、類型証拠開示の2つは、前の回で歩いたので、済みです。今日は、その先の、被告人側の番から始まります。まず、被告人側が主張を明らかにする段階。次に、その主張に関連する証拠の開示です。検察官が応じないときの裁判所による判断は、地図の右端に置いておき、次の回で歩きます。検察官が先に手の内を見せ、被告人側がそれを見たうえで主張を出す。今日は、その後半です。

被告人側がまずすること

鏡合わせ。左=検察官側(証明予定事実記載書→証拠調べ請求→開示→被告人側の意見)。右=被告人側(証拠意見→主張の明示→請求→開示→検察官の意見)。右の主張の明示と請求は「主張があるとき」だけ。期限は裁判所が当事者の意見を聴いて定める 図:鏡合わせ

  • 左=検察官側(証明予定事実記載書→証拠調べ請求→開示→被告人側の意見)
  • 右=被告人側(証拠意見→主張の明示→請求→開示→検察官の意見)
  • 右の主張の明示と請求は「主張があるとき」だけ
  • 期限は裁判所が当事者の意見を聴いて定める

被告人側の番です。前の回で、検察官の側は、証明予定事実記載書を出し、証拠の取調べを請求し、それを開示しました。このあと、相手である被告人側の意見を受けます。被告人側の手順は、この鏡合わせです。順に並べます。1つ目は、検察官請求証拠に対する意見。2つ目は、自分の主張の明示。3つ目は、自分の側の証拠の取調べ請求。4つ目は、請求した証拠の検察官への開示。5つ目は、それに対する検察官の意見です。最初の意見から、条文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の16第1項

刑事訴訟法第316条の16第1項——検察官請求証拠への意見 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに前条第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、検察官請求証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。

被告人側は、検察官の書面の送付と、請求証拠と類型証拠の開示を受けたら、検察官請求証拠について、意見を明らかにしなければなりません。見たうえで意見を言う順番です。意見は2種類あります。326条の同意をするかどうかと、取調べの請求に異議がないかどうかです。前の回の、夜道でスマートフォンを奪われた、ひったくりの設例で考えます。通行人の検察官調書は書面です。通行人の話を記した書面は、伝聞法則によって、原則として証拠にできませんでした。ただ、被告人側が326条の同意をすれば、そのまま証拠になります。だから、書面には、同意するかしないかを述べます。一方、検察官が、奪われたスマートフォンも証拠として請求していたとします。スマートフォンは物です。人の話を記したものではないので、伝聞法則が働かず、同意という問題は立ちません。そこで、取り調べること自体に異議があるかどうかを述べます。書面は同意の有無、物は異議の有無、と分けて覚えてください。期限は、条文では決まっていません。裁判所が、検察官と被告人側の意見を聴いて、期限を定めることができます。この期限の定めは、次に見る主張の明示と、検察官の意見にもあります。

予定主張の明示

予定主張の2軸。縦=事実上の主張/法律上の主張。横=検察官の主張への反論/弁護側が立てる積極的な主張。犯人は別の人だと争う=事実上・反論。正当防衛=法律上・積極。アリバイ=事実上・積極。被害者の側の落ち度=量刑に関わる事実(対象になりうる) 図:予定主張の2軸

  • 縦=事実上の主張/法律上の主張
  • 横=検察官の主張への反論/弁護側が立てる積極的な主張
  • 犯人は別の人だと争う=事実上・反論
  • 正当防衛=法律上・積極
  • アリバイ=事実上・積極
  • 被害者の側の落ち度=量刑に関わる事実(対象になりうる)

次が、今日の中心になる、予定主張の明示です。条文を、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項——予定主張の明示と証拠の請求 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 2 被告人又は弁護人は、前項の証明予定事実があるときは、これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第三項の規定を準用する。

部品に分けます。時期は、検察官の書面の送付を受け、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあとです。内容は、公判期日でする予定の、事実上と法律上の主張。相手は、裁判所と検察官です。そして、公判でする予定の主張があるとき、という条件が付いています。主張が無いのに、何かを言わせる条文ではありません。2項は、その中に証明予定事実があれば、それを証明する証拠の取調べ請求も義務づけます。2つの軸で整理すると分かりやすいです。縦の軸は、事実上の主張と、法律上の主張です。横の軸は、検察官の主張への反論か、弁護側が自分から立てる積極的な主張かです。たとえば、犯人は別の人だと争うのは、事実上の主張で、反論です。正当防衛は、法律上の主張で、積極的な主張です。アリバイ、つまり、その時刻には別の場所にいたという主張は、事実上の主張で、積極的な主張です。量刑に関わる主張も、対象になりうると言われます。被害者の側にも落ち度があったという事情のように、刑の重さに関わる事実です。

刑事訴訟規則217条の20第2項が、争点と証拠の整理に必要な事項を、具体的かつ簡潔に明らかにするよう求めています。争います、という一言では足りません。大事なのは、次の点です。主張が具体的であるほど、次に見る主張関連証拠開示で、関連すると言える範囲が定まります。主張の明示は、義務であると同時に、開示を引き出す足がかりでもあります。

被告人側の証拠の請求と検察官の意見

手続の一往復。被告人側の請求証拠→検察官への開示(316条の18=証拠書類・証拠物は閲覧し、かつ謄写する機会/証人等は氏名・住居+供述録取書等)→検察官の意見(316条の19=同意するか・異議がないか)。対照=検察官から被告人側(316条の14)は謄写の機会が条文に書かれるのは弁護人だけ/被告人側から検察官(316条の18)は閲覧し、かつ謄写する機会 図:手続の一往復

  • 被告人側の請求証拠→検察官への開示(316条の18=証拠書類・証拠物は閲覧し、かつ謄写する機会/証人等は氏名・住居+供述録取書等)→検察官の意見(316条の19=同意するか・異議がないか)
  • 対照=検察官から被告人側(316条の14)は謄写の機会が条文に書かれるのは弁護人だけ/被告人側から検察官(316条の18)は閲覧し、かつ謄写する機会

主張を明らかにしたあと、被告人側は、証明予定事実を証明するための証拠の取調べを請求します。請求した証拠は、検察官にも開示しなければなりません。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の18

刑事訴訟法第316条の18——被告人側の請求証拠の開示 被告人又は弁護人は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠については、速やかに、検察官に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。 一 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。 二 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。

証拠書類と証拠物は、検察官に、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。証人などは、氏名と住居を知る機会に加えて、公判で話すと思われる内容が分かる供述録取書等を、閲覧し、謄写する機会を与えます。検察官側の開示とほぼ同じ形です。短答で問われる違いが1つあります。検察官が被告人側に開示するときは、謄写が条文に書かれているのは弁護人に対してだけで、被告人本人は閲覧だけでした。被告人側が検察官に開示するときは、検察官に対し、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。相手が検察官ですから、被告人か弁護人かという区別が無いのです。

条文刑事訴訟法第316条の19第1項

刑事訴訟法第316条の19第1項——検察官の意見 検察官は、前条の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、第三百十六条の十七第二項の規定により被告人又は弁護人が取調べを請求した証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。

被告人側が請求した証拠について、検察官も、同意するかどうか、あるいは異議がないかどうかの意見を明らかにします。ここで手続が一往復して、検察官側の手順と対になりました。違うのは、被告人側の主張の明示と請求は、主張があるときだけ動く、という点です。

予定主張の明示と黙秘権

問いと決定の筋。問い=主張を先に言わせてよいのか。決定の3点(予定する主張があるときに限る/自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務付けるものではない/主張するかどうかも被告人の判断に委ねられている)→結論=自己に不利益な供述を強要するものとはいえない。左右に条文=憲法38条1項(何人も、自己に不利益な供述を強要されない。)/刑訴311条1項(被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。)。注記=別の問題として、主張しなかったときの不利益 図:問いと決定の筋

  • 問い=主張を先に言わせてよいのか
  • 決定の3点(予定する主張があるときに限る/自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務付けるものではない/主張するかどうかも被告人の判断に委ねられている)→結論=自己に不利益な供述を強要するものとはいえない
  • 左右に条文=憲法38条1項(何人も、自己に不利益な供述を強要されない。)/刑訴311条1項(被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。)
  • 注記=別の問題として、主張しなかったときの不利益

冒頭の問いに戻ります。主張を先に言わせることは、黙秘権に反しないのか。前に、この問いを証拠開示の回で見ると約束しました。画面の左右に、憲法38条1項と、刑事訴訟法311条1項を並べています。自己に不利益な供述を強要されないこと、そして、被告人が終始沈黙できることです。最高裁は、この問いに答えています。予定主張の明示を定める条文は、316条の17でした。この条文は憲法38条1項に違反する、という弁護側の上告での主張を退けた決定です。決定は、まず、この条文の趣旨と義務の中身を述べています。

判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁

最高裁の決定——予定主張の明示の趣旨と義務の中身 公判前整理手続は,充実した公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うために,事件の争点及び証拠を整理する公判準備であるところ,公判前整理手続において十分に争点及び証拠を整理するためには,検察官の主張に対する反論として,被告人側の主張やその取調べ請求証拠が明らかにされなければならないことから,刑訴法316条の17は,被告人又は弁護人に対し,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付を受け,かつ,同法316条の14 316条の15第1項の各規定による証拠開示を受けた場合に,公判期日においてすることを予定している主張があるときには,これを明らかにするとともに,その証明に用いる証拠の取調べを請求することを義務付けている。

趣旨は、争点と証拠を十分に整理するには、検察官の主張への反論として、被告人側の主張と証拠が明らかになる必要がある、というものです。そのうえで、核心の部分を読みます。

判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁

最高裁の決定——黙秘権との関係 このように,同法316条の17は,被告人又は弁護人において,公判期日においてする予定の主張がある場合に限り,公判期日に先立って,その主張を公判前整理手続で明らかにするとともに,証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって,被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく,また,公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって,主張をすること自体を強要するものでもない。そうすると,同法316条の17は,自己に不利益な供述を強要するものとはいえないから,憲法38条1項違反をいう所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

決定が言っていることを、3点に分けます。1つ目は、義務づけられるのは、公判でする予定の主張がある場合に限られること。2つ目は、被告人に、自分が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務づけるものではないこと。3つ目は、公判で主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられていて、主張すること自体を強要するものでもないことです。この3点から、自己に不利益な供述の強要とはいえない、と結論づけています。主張するかどうかを誰が決めるのかは、決定の言葉と、こちらの整理を分けて説明します。決定が言っているのは、先ほどの3点です。こちらの整理では、主張するかしないかの自由は残っていて、主張するなら、いつ言うかだけが決められている、と言い換えられます。義務づけられているのは、主張の時期の前倒しであって、主張の内容を強いるものではない、という整理です。論文で書くなら、この形で使えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。

主張しなかったら、何か困ることがあるのではありませんか。あります。主張を明らかにしていなければ、主張関連証拠開示は請求できません。また、整理手続のあとに新たな証拠調べを請求することは、制限されます。前に見た条文、316条の32です。さらに、明らかにしなかった主張に沿う被告人質問も、主張を明らかにする義務に違反し、整理手続を行った意味を失わせる場合には、295条1項で制限されることがありえました。ただし、この決定は、そうした不利益が強要に当たるかどうかには触れていません。判例がそう言っている、とは書けません。不利益はありますが、それは供述の強要とは別の問題として整理する、というところまでが、こちらの説明です。

主張関連証拠開示

主張関連証拠開示の要件の流れ。弁護人が主張を明らかにした→識別事項と、主張との関連性・必要な理由を明らかにして請求→検察官「関連すると認められるか」→必要性と弊害を比べて相当か→検察官が速やかに開示(時期・方法の指定、条件)/開示しない理由を告げる→(弁護人)裁判所に判断を求める=次の回 図:主張関連証拠開示の要件の流れ

山場です。類型証拠開示の外にある証拠を、どう開くのか。これが、316条の20の主張関連証拠開示です。別名として、争点関連証拠開示と呼ばれることもあります。まず、条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項——主張関連証拠開示 検察官は、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、第三百十六条の十七第一項の主張に関連すると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、第三百十六条の十四第一項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 被告人又は弁護人は、前項の開示の請求をするときは、次に掲げる事項を明らかにしなければならない。 一 開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 二 第三百十六条の十七第一項の主張と開示の請求に係る証拠との関連性その他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由

部品に分けます。対象は、請求証拠の開示と、類型証拠の開示をした証拠以外の証拠で、316条の17第1項の主張に関連すると認められるものです。要件は4つです。1つ目は、主張を明らかにしたこと。2つ目は、その主張に関連すると認められること。3つ目は、関連性の程度などの必要性と、開示の弊害とを比べて、検察官が相当と認めること。弊害とは、前の回で見た、証人への働きかけや、関係者のプライバシーの侵害、罪証隠滅などです。4つ目は、被告人または弁護人からの開示の請求です。効果は、検察官が速やかに、弁護人には閲覧し、かつ謄写する機会を与える方法で、開示することです。検察官は、必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けられます。開示しないときは、その理由を弁護側に告げなければなりません。刑事訴訟規則217条の26です。請求のときの言い方も、前の回と同じです。2項の1号は、請求する証拠を識別するに足りる事項、2号は、主張と請求する証拠との関連性その他、開示が必要な理由を、明らかにするよう求めています。何かありそうだから全部見せてください、では足りません。

条文の書き方には、注意が必要です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。類型に当たらない証拠、とは書いていません。類型に当たりうるのに開示されなかった証拠も、主張に関連すれば、対象になりうるのです。ここで、前の回の復習を1問です。類型証拠開示の請求は、主張を明らかにする前でも、できましたか?できました。請求証拠の開示を受けたあとなら、主張の前でも請求できました。これが、今日の主張関連証拠開示との、いちばん大きな違いです。比較表にします。

類型証拠開示と主張関連証拠開示の比較。何のため=類型は請求証拠の証明力の判断/主張関連は自分の主張の裏づけ・争点の整理。いつから=類型は主張の前でも請求できる/主張関連は主張を明らかにした後。対象の決まり方=類型は法律が挙げる1号から9号/主張関連は主張との関連性で決まる(類型外も含む)。共通点=請求が要る・必要性と弊害を比べて相当と認めること 図:類型証拠開示と主張関連証拠開示の比較

  • 何のため=類型は請求証拠の証明力の判断/主張関連は自分の主張の裏づけ・争点の整理
  • いつから=類型は主張の前でも請求できる/主張関連は主張を明らかにした後
  • 対象の決まり方=類型は法律が挙げる1号から9号/主張関連は主張との関連性で決まる(類型外も含む)
  • 共通点=請求が要る・必要性と弊害を比べて相当と認めること

類型証拠開示は、特定の請求証拠の証明力を判断するためのものでした。主張関連証拠開示は、自分の主張の裏づけと、争点の整理のためのものです。時期も違います。類型は主張の前でも請求できますが、主張関連は、主張を明らかにしたあとです。対象の決まり方も違います。類型は、法律が挙げた1号から9号の枠で決まりました。主張関連には、そうした枠がありません。主張との関連性で決まります。共通点は、どちらも請求が必要なこと、そして、必要性と弊害を比べて相当と認められることです。なぜ、枠が無い代わりに、主張が先なのですか。枠が無ければ、何を開示するかを決める手がかりが要るからです。その手がかりが、被告人側の主張です。主張が、開示の範囲を画します。主張を出さずに全部見せろ、は通らない設計です。前の回で見た、全部を無条件に見せると弊害が出る、という軸に戻ります。主張関連証拠開示の請求は、あとで追加や変更をした主張にも及びます。追加と変更の手続は、次の回で見ます。

取調べメモをめぐる3つの最高裁の決定

取調べメモの3つの決定の切り分け。①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書。②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる。③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした 図:取調べメモの3つの決定の切り分け

  • ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
  • ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
  • ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした

冒頭に戻ります。警察官の取調べのメモは、検察官の手元に無いことが多いものです。検察官が現に持っていない証拠も、開示の対象になるのか。これに、最高裁の3つの決定が答えています。3つは、決めたことが違います。1つ目は、対象になる証拠の範囲。2つ目は、対象かどうかを裁判所が確かめる方法。3つ目は、警察官が私費で買ったノートの扱いです。事案は、誰のメモか、どんな主張か、で見分けます。先に、言葉を1つ確認します。検察官が開示すべき証拠を開示していないと裁判所が認めるとき、裁判所は、弁護側の請求を受けて、決定で開示を命じなければなりません。これを開示命令といいます。316条の26です。手続の中身は次の回で見ます。これから見る3つの決定は、どれも、この開示命令をめぐるものです。1つ目は、偽造通貨を使った事件の決定です。弁護人は、警察官による自白を強要する威嚇的な取調べや、利益を示して自白を誘うような取調べがあった、と主張しました。自白の任意性を争う主張です。そして、被告人の取調べを担当した警察官の、取調べのメモや備忘録などの開示を請求しました。検察官は、手持ちの記録には無く、取調べのメモは一般に開示の対象ではない、と答えました。最初の裁判所は請求を退けましたが、弁護側の不服申立てを受けた高等裁判所が開示命令を出し、最高裁はこれを是認しました。最高裁が示した範囲の規範を、読みます。

判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁

最高裁の決定——開示命令の対象の範囲 公判前整理手続及び期日間整理手続における証拠開示制度は,争点整理と証拠調べを有効かつ効率的に行うためのものであり,このような証拠開示制度の趣旨にかんがみれば,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解するのが相当である。

開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られません。決め手は、制度の趣旨です。争点の整理と証拠調べを有効に行うための制度なのに、証拠が警察に置かれているだけで対象から外れては、その趣旨が果たせません。だから、その事件の捜査の過程で作成され、または入手した書面等で、公務員が職務上現に保管し、かつ、検察官が入手しやすいものを含みます。要素は3つです。捜査の過程で作成または入手したもの、公務員が職務上現に保管しているもの、検察官が入手しやすいもの、です。警察が持っているメモも、この3つを満たせば、対象になりえます。決定は、備忘録についても述べています。犯罪捜査規範13条は、警察官に、公判に証人として出頭する場合を考え、将来の捜査にも役立てるため、捜査の経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない、と定めています。取調べを担当する警察官は、これに基づいて備忘録を作成します。この規定を前提にした部分を、読みます。

判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁

最高裁の決定——取調べ警察官の備忘録 取調警察官が,同条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができる。これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得るものと解するのが相当である。

文中の、同条とは、先ほどの犯罪捜査規範13条のことです。この条に基づく備忘録は、個人的メモの域を超えた、捜査関係の公文書で、取調べ状況について証拠調べが行われる場合には、開示の対象になりえます。

2つ目の決定。対象=警察官が作った、保護の状況と採尿の状況に関するメモ。争われた点=個人的なメモか、開示の対象になる備忘録か/裁判所は検察官にメモの提示を命じられるか。判断=開示命令の対象かどうかは裁判所が判断する・必要があれば提示を命じられる・提示命令に応じなかった→開示を命じた判断は違法でない 図:2つ目の決定

  • 対象=警察官が作った、保護の状況と採尿の状況に関するメモ
  • 争われた点=個人的なメモか、開示の対象になる備忘録か/裁判所は検察官にメモの提示を命じられるか
  • 判断=開示命令の対象かどうかは裁判所が判断する・必要があれば提示を命じられる・提示命令に応じなかった→開示を命じた判断は違法でない

2つ目は、尿の採取に関わる事件の決定です。警察官が作った、保護の状況や、尿を採ったときの状況に関するメモについて、弁護側は開示を求めました。検察官の側は、このメモは警察官が私費で買ったノートに、誰からも指示されず心覚えのために書いたものだ、と主張しました。1つ目の決定で対象になりうるとされたのは、13条の備忘録でした。個人的メモなら、その外です。だから、どちらに当たるかが分かれ目になります。争点は2つで、個人的メモか、開示の対象になる備忘録か、そして、裁判所が検察官にメモの提示を命じられるか、でした。決定は、こう述べました。警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが開示命令の対象かどうかは、裁判所が判断します。そのために必要があれば、検察官にメモの提示を命じることができます。提示とは、裁判所に見せることです。弁護側に見せる開示とは違います。このメモは、捜査の過程で作成され、警察官が保管しているものです。だから、備忘録に当たる可能性は否定できず、提示命令は相当でした。ところが、検察官は提示命令に応じませんでした。決定は、この事実関係の下では、開示を命じた最初の裁判所の決定は違法でない、としました。決定は、その理由を詳しくは述べていません。こちらの整理では、こう説明できます。対象かどうかを決めるのは裁判所です。その裁判所に見せることを検察官が拒めば、対象に当たらないと確かめる道がありません。当たる可能性が残る以上、開示を命じても違法とはいえない、ということです。この決定は、主張との関連性の点には触れていません。提示命令の仕組みは、次の回で条文から見ます。

3つ目の決定。主張=証人の新しい供述についての検察官調書と、予定されている証言の信用性を争う。請求した証拠=証人の取調べを担当した警察官の、私費で買った大学ノートのうち、その証人の取調べの記載部分。保管=警察署の机→転勤後は自宅→問い合わせを受けて新しい勤務署。判断=職務のために作成・職務上保管→対象。関連性は一定程度・必要性も肯認できないではない・特段の弊害なし 図:3つ目の決定

  • 主張=証人の新しい供述についての検察官調書と、予定されている証言の信用性を争う
  • 請求した証拠=証人の取調べを担当した警察官の、私費で買った大学ノートのうち、その証人の取調べの記載部分
  • 保管=警察署の机→転勤後は自宅→問い合わせを受けて新しい勤務署
  • 判断=職務のために作成・職務上保管→対象
  • 関連性は一定程度・必要性も肯認できないではない・特段の弊害なし

3つ目は、強盗致傷などの事件の決定です。あとで読む決定文には、2つの記号が出てきます。Aは証人、Bはその証人の取調べを担当した警察官です。この決定の中だけの記号です。事案です。検察官が請求し採用された証人の準備のために確認したところ、この証人が、警察官調書に無い新しい供述をしました。被告人が犯行への関与を自認する言動をした、という内容です。そこで検察官は、その新しい供述の検察官調書を作って、証拠請求しました。弁護人は、新しい供述に関する検察官調書や、予定されている証言の信用性を争う、と主張しました。そして、この主張に関連する証拠として、証人の取調べを担当した警察官が使っていた、私費購入の大学ノートのうち、証人の取調べの記載部分の開示を請求したのです。このノートは、警察署の机の引き出しにしまわれ、転勤後は自宅に持ち帰られ、検察官の問い合わせで、新しい勤務署に持ち込まれて保管されていました。最高裁は、開示を命じた判断を是認しました。多数意見の一節を読みます。2段に分けて聞いてください。前半は、このノートが開示命令の対象に入るか。後半は、弁護人の主張との関連性、必要性、弊害です。

判例最決平20・9・30 刑集62巻8号2753頁

最高裁の決定——私費のノートでも対象になるか 本件メモは,B警察官が,警察官としての職務を執行するに際して,その職務の執行のために作成したものであり,その意味で公的な性質を有するものであって,職務上保管しているものというべきである。したがって,本件メモは,本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものに該当する。また,Aの供述の信用性判断については,当然,同人が従前の取調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたかが問題にされることになるから,Aの新規供述に関する検察官調書あるいは予定証言の信用性を争う旨の弁護人の主張と本件メモの記載の間には,一定の関連性を認めることができ,弁護人が,その主張に関連する証拠として,本件メモの証拠開示を求める必要性もこれを肯認することができないではない。さらに,本件メモの上記のような性質やその記載内容等からすると,これを開示することによって特段の弊害が生ずるおそれがあるものとも認められない。

決め手を整理します。私費で買ったノートでも、職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、先ほどの3要素を満たします。そして、証人の信用性を判断するには、前の取調べで新しい供述についてどう述べていたかが問題になるので、弁護人の主張とメモの記載の間に、一定の関連性があります。必要性も認められないわけではなく、特段の弊害も無い。だから開示を命じた判断は是認されました。主張関連証拠開示の、関連性、必要性、弊害の3つが、決定の中で順に確かめられています。この決定には、反対意見が付いています。弁護人の主張は、取調べ状況やそのときの供述内容の信用性を争点にしておらず、関連性を明らかにしていない。必要性も乏しい、という意見です。補足意見も付いています。13条の備忘録に当たるかを検討するより、捜査の過程で作成され、検察官が入手しやすいか、を問題にするほうが適切だ、という趣旨です。結論だけでなく、関連性の線引きがどこにあるかも、争われた決定だということです。

取調べメモの3つの決定の切り分け。①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書。②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる。③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした 図:取調べメモの3つの決定の切り分け

  • ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
  • ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
  • ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした

誰のメモか、どんな主張か、で分けます。被告人の取調べを担当した警察官のメモで、自白の任意性を争うなら、1つ目です。この決定で、範囲が検察官の保管に限られないこと、13条の備忘録が公文書であることが固まりました。メモが開示の対象かを、裁判所が検察官に提示を命じて判断できる、というのが2つ目です。証人の取調べを担当した警察官のメモで、証人の供述の信用性を争うなら、3つ目で、私費ノートや自宅への持ち帰りがあっても、職務上保管なら対象になります。なお、3つ目の事案は警察官のノートで、検察官自身の取調べのメモの決定ではありません。取調べのメモは、何に効くのか。証人が法廷で述べたことと、取調べで述べたことが食い違うなら、328条の自己矛盾供述による弾劾、つまり、法廷での証言の信用性を減らす材料になります。供述の変遷や、取調べの状況も、メモから見えてきます。

主張関連証拠開示の当てはめ

設例1の当てはめ。前の回のひったくり事件。弁護人の予定主張=その時刻に被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた(アリバイ)。請求①ゲームセンターの出入口の防犯カメラ映像を警察が入手して解析した結果の報告書=関連性あり。請求②被害者のスマートフォンの購入記録・保険加入の資料=関連性なし。店員の証人尋問を請求→316条の18の開示→検察官の意見 図:設例1の当てはめ

  • 前の回のひったくり事件
  • 弁護人の予定主張=その時刻に被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた(アリバイ)
  • 請求①ゲームセンターの出入口の防犯カメラ映像を警察が入手して解析した結果の報告書=関連性あり
  • 請求②被害者のスマートフォンの購入記録・保険加入の資料=関連性なし
  • 店員の証人尋問を請求→316条の18の開示→検察官の意見

設例で当てはめます。前の回のひったくり事件を引き継ぎます。夜道でスマートフォンを奪われた窃盗で、被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。検察官は、通行人の検察官調書の甲1と、昼間の現場の見通しの実況見分調書の甲2を請求していました。弁護人は、前の回の類型証拠開示で、通行人の警察官調書などを受けた、という前提です。類型証拠を見た弁護人は、被告人と相談のうえ、予定主張を明らかにします。主張は、事件の時刻に、被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた、というアリバイです。事実上の主張で、積極的な主張です。そして、アリバイを証明する証拠として、ゲームセンターの店員の証人尋問を請求し、検察官に氏名と住居などを開示し、検察官が意見を述べます。ここまでが、さきほどの鏡合わせです。そのうえで、弁護人は、主張関連証拠を請求します。請求の型は、予定主張はこれ、請求する証拠はこれ、主張とのつながりはこう、なぜ防御の準備に必要か、の4点を言うことです。1つ目の請求は、ゲームセンターの出入口を映した防犯カメラの映像を、警察が捜査の過程で入手して解析した結果をまとめた報告書です。つながりは、その時刻にそこにいた、という主張の裏づけに直結することです。必要性は、被告人の記憶だけでは時刻が確定しないことです。弊害として考えられるのは、映像に写り込んだ店の客です。ただし、写り込みの範囲の調整や、条件を付けることで足りるかどうかを、相当性の判断で見ます。関連性は、認められます。

2つ目の請求は、被害者のスマートフォンの購入記録と、保険加入の資料です。アリバイ、つまり被告人がそこにいたかどうかとは、つながりません。弁護人の主張に関連すると認められるものではありません。何かありそうだから全部見せてください、の典型です。主張が、人違いだという一言にとどまると、1つ目の報告書を請求する理由を、言えなくなります。どこで、いつ、という主張が具体的だから、請求する証拠も絞れて、関連性が言えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。当てはめでは、どの主張か、請求する証拠は何か、主張とのつながりはどこか、必要性と弊害はどうか、の順で書けるように、設例で練習してください。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。予定主張の明示は黙秘権に反する×/主張が無くても何かを明らかにしなければならない×/被告人側の請求証拠は検察官に閲覧と謄写の機会○/主張関連証拠開示は主張の前でも請求できる×/類型に当たらない証拠に限られる×/関連すれば必要性と弊害は要らない×/開示命令の対象は検察官の保管に限られる×/私費ノートは対象外× 図:短答の落とし穴

短答の確認です。予定主張の明示は、黙秘権を保障する憲法38条1項に違反する。×です。公判でする予定の主張がある場合に限って、時期を前倒しするだけで、自己に不利益な供述の強要とはいえない、というのが最高裁の決定でした。被告人側は、公判でする予定の主張がなくても、何らかの主張を整理手続で明らかにしなければならない。これも×です。条文は、あるとき、と定めています。被告人側が取調べを請求した証拠書類や証拠物について、検察官には、閲覧し、かつ、謄写する機会が与えられる。○です。316条の18です。主張関連証拠開示は、予定主張を明らかにする前でも請求できる。×です。主張を明らかにしたあとです。類型証拠開示は、主張の前でも請求できました。主張関連証拠として請求できるのは、類型に当たらない証拠に限られる。これも×です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。検察官は、主張に関連すると認められれば、必要性と弊害を比べずに開示しなければならない。×です。必要性の程度と弊害を考慮して、相当と認めるときです。開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られる。×です。捜査の過程で作成、入手され、公務員が職務上現に保管し、検察官が入手しやすいものを含みます。警察官が私費で買ったノートのメモは、私物だから対象にならない。×です。職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、対象になりえます。

今日のまとめです。検察官は、先に手の内を見せました。被告人側は、公判でする予定の主張があるときに、それを先に明らかにします。主張は、時期を前倒しするだけで、黙秘権を侵しません。主張を示すと、その主張に関連する証拠の開示を請求できます。何を開示するかを決めるのは、枠ではなく、主張です。そして、開示の対象は、検察官の手元にあるものに限られません。主張を示す、関連する証拠が開く。この一本道が、今日の答えです。次の回では、検察官が開示に応じないときに、裁判所がどういう手続で決めるのかを扱います。主張や証拠をあとから追加するとき、証拠の採否を決めるときの決まりも、あわせて見ます。

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#142単独ページ動画

開示命令と証拠の整理(証拠開示に関する裁定・提示命令・採否留保)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

弁護人Bが、取調べのときに警察官が書いたメモの開示を請求。検察官Aは「開示しない」と理由を告げる。ここで引き下がるしかないのか。中身を知らない弁護人は、開示すべき証拠だとどう示すのか。答え=裁判所Cが決める 図:弁護人Bが、取調べのときに警察官が書いたメモの開示を請求

  • 検察官Aは「開示しない」と理由を告げる
  • ここで引き下がるしかないのか
  • 中身を知らない弁護人は、開示すべき証拠だとどう示すのか
  • 答え=裁判所Cが決める

弁護人が、被告人の取調べのときに警察官が書いたメモを見せてほしい、と請求しました。検察官の返事は、開示しません、でした。理由も告げられました。弁護人は、ここで引き下がるしかないのでしょうか。2本前の最後に、検察官が応じないときは、誰が決めるのか、という問いを残しました。前の回では、裁判所が決定で開示を命じることを開示命令という、と一言で確かめただけでした。今日は、その問いに答え、開示命令の中身を歩きます。答えは、裁判所が決める、です。そして、中身を知らない弁護人に代わって、裁判所が中身を確かめる道も用意されています。

開示の段階の地図。検察官の請求証拠の開示・一覧表・類型証拠開示・被告人側の主張の明示・主張関連証拠開示は薄く=済み。右端を濃く=どの段階で拒まれても来る場所「裁判所が決める」。その先の後始末=主張の追加・変更→証拠の採否の決定→使い道の縛り 図:開示の段階の地図

  • 検察官の請求証拠の開示・一覧表・類型証拠開示・被告人側の主張の明示・主張関連証拠開示は薄く=済み
  • 右端を濃く=どの段階で拒まれても来る場所「裁判所が決める」
  • その先の後始末=主張の追加・変更→証拠の採否の決定→使い道の縛り

開示の段階を、地図1枚で受けます。検察官が取調べを請求した証拠の開示、検察官が保管する証拠の一覧表、法律が挙げる類型に当たる証拠を請求して開く類型証拠の開示は、2本前に歩きました。被告人側の主張の明示と、その主張に関連する証拠を開く主張関連証拠の開示は、前の回に歩きました。どれも済みです。今日は、地図の右端です。どの段階で検察官に拒まれても、最後に来る場所は同じです。そこから先は、後始末が3つ続きます。主張の追加と変更、証拠の採否の決定、開示された証拠の使い道の縛りです。

前の回の取調べメモの決定から受ける2点。①開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られない ②対象かどうかは裁判所が判断する。必要があれば、検察官に提示を命じられる 図:前の回の取調べメモの決定から受ける2点

  • ①開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られない
  • ②対象かどうかは裁判所が判断する
  • 必要があれば、検察官に提示を命じられる

前の回の取調べのメモの決定からは、2点だけ受けます。1つ目。開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られません。警察が持っているメモでも、対象になりえます。2つ目。対象かどうかは、裁判所が判断します。そのために必要があれば、検察官にメモの提示を命じることができます。提示とは、裁判所に見せることでした。今日は、その仕組みを条文で歩きます。

裁定は2種類

証拠開示に関する裁定の2種類。316条の25=開示する側の請求(検察官は請求証拠の開示/被告人側は自分の請求証拠の開示)→時期・方法の指定と条件の付与。316条の26=開示を受ける側の請求→開示命令。どちらも、316条の5が整理手続でできることとして挙げる「証拠開示に関する裁定」 図:証拠開示に関する裁定の2種類

  • 316条の25=開示する側の請求(検察官は請求証拠の開示/被告人側は自分の請求証拠の開示)→時期・方法の指定と条件の付与
  • 316条の26=開示を受ける側の請求→開示命令
  • どちらも、316条の5が整理手続でできることとして挙げる「証拠開示に関する裁定」

裁判所が決める、と言いました。条文は、この決定を、証拠開示に関する裁定と呼びます。裁定は総称で、中身は、2つの決定に分かれます。1つ目は、開示の時期や方法を指定し、条件を付ける決定。2つ目は、開示を命じる決定です。ここで1問です。検察官が開示を拒んでいます。裁判所に開示を命じてほしいと請求するのは、開示する側でしょうか、開示を受ける側でしょうか?開示を受ける側の、弁護人だと思います。ただ、条文には、開示する側が請求する決定も、別に用意されています。まず、そちらから、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の25第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の25第1項〜第3項——時期・方法の指定と条件の付与 1 裁判所は、証拠の開示の必要性の程度並びに証拠の開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、第三百十六条の十四第一項(第三百十六条の二十一第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠については検察官の請求により、第三百十六条の十八(第三百十六条の二十二第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠については被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該証拠の開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 裁判所は、前項の請求について決定をするときは、相手方の意見を聴かなければならない。 3 第一項の請求についてした決定に対しては、即時抗告をすることができる。

部品に分けます。請求するのは、開示する側です。検察官は、自分の請求証拠の開示について。被告人側は、自分の請求証拠の開示について。できることは、時期か方法を指定すること、または条件を付けることです。開示そのものを命じる条文ではありません。物差しは、開示の必要性の程度と、開示で生じるおそれのある弊害の内容と程度です。開示する側が裁判所に頼む理由は、条文を並べて読むと分かります。類型証拠の316条の15と、主張関連証拠の316条の20には、検察官が必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けられる、という一文があります。検察官が、自分で言えるのです。ところが、検察官の請求証拠を開く316条の14と、被告人側の請求証拠を開く316条の18には、その一文がありません。請求証拠は、自分が公判で使うと決めた証拠です。相手は、中身を見なければ、反論の準備ができません。だから、弊害のおそれがあっても、証拠の中身を見せずに済ませる道は、ありません。拒めない代わりに、中間の解決を裁判所に求める道があります。時期を遅らせる、方法を限る、条件を付ける、です。宅配に例えると、荷物を渡すこと自体は断れないけれど、配達を遅らせてほしい、玄関で見せるだけにしてほしい、と業者に頼む形です。設例で見ます。検察官が請求する通行人の供述録取書に、被告人側の手に渡ると、通行人への接触や威迫に使われかねない内容が含まれているとします。検察官は、調書の中身の開示は拒めません。そこで、閲覧だけを認めて謄写は認めない、あるいは公判の直前に開示する、といった時期と方法と条件を決めてほしい、と裁判所に請求できます。条件の中身は、事情に応じて裁判所が決めます。

比べます。同じ通行人の警察官調書を、類型証拠として開示する場面なら、検察官は、裁判所に頼む必要がありません。閲覧だけにする、と自分で決められます。裁判所への請求が要るのは、この一文が無い、請求証拠の開示のほうです。なお、請求証拠でも、証人などの氏名と住居に限っては、害を加えられるおそれがあるとき、被告人に知らせてはならないという条件を、検察官が自分で付けられます。299条の4という条文を、316条の23が準用しています。

開示命令

316条の25と316条の26の対比表。請求する人=開示する側/開示を受ける側。対象=請求証拠・被告人側の請求証拠/請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・被告人側の請求証拠。できること=時期・方法の指定と条件のみ/開示そのものを命じなければならない。共通=決定前に相手方の意見を聴く・即時抗告。注記=316条の15・20では検察官が自分で条件を付けられる 図:316条の25と316条の26の対比表

  • 請求する人=開示する側/開示を受ける側
  • 対象=請求証拠・被告人側の請求証拠/請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・被告人側の請求証拠
  • できること=時期・方法の指定と条件のみ/開示そのものを命じなければならない
  • 共通=決定前に相手方の意見を聴く・即時抗告
  • 注記=316条の15・20では検察官が自分で条件を付けられる

もう1つの条文が、開示を受ける側の請求です。これが開示命令です。全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の26第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の26第1項〜第3項——開示命令 1 裁判所は、検察官が第三百十六条の十四第一項若しくは第三百十六条の十五第一項若しくは第二項(第三百十六条の二十一第四項においてこれらの規定を準用する場合を含む。)若しくは第三百十六条の二十第一項(第三百十六条の二十二第五項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるとき、又は被告人若しくは弁護人が第三百十六条の十八(第三百十六条の二十二第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるときは、相手方の請求により、決定で、当該証拠の開示を命じなければならない。この場合において、裁判所は、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 裁判所は、前項の請求について決定をするときは、相手方の意見を聴かなければならない。 3 第一項の請求についてした決定に対しては、即時抗告をすることができる。

請求するのは、相手方、つまり開示を受ける側です。検察官が開示すべき証拠を開示していないと裁判所が認めるときは、被告人側の請求により、開示を命じます。逆に、開示すべき証拠を出していないのが被告人側なら、請求できるのは検察官です。冒頭の、取調べのメモを見せてもらえない弁護人は、前者です。後者の例は、弁護人が、証人として請求した人の氏名と住居を、検察官に知らせない場合です。このときは、検察官が請求します。大事なのは、命じなければならない、という書き方です。要件を満たすと認めれば、裁判所には命じる義務があります。裁量で命じるかどうかを選べるわけではありません。できる、とは書いていないのです。一方、後段の、時期や方法の指定と条件の付与は、できる、です。2つの文末を、取り違えないでください。

開示すべき証拠だと認めた時点で、開示は、法律がすでに義務づけています。裁判所が、命じない、を選ぶ余地はありません。そのうえで、仕方を整えるかどうかは、事情に応じて裁判所が見る、という組み立てです。ここで復習を1問です。2本前に見ました。任意開示について、弁護人に法律上の開示請求権はありましたか?ありませんでした。検察官が自発的に見せる運用で、請求権はありませんでした。この答えが、条文に戻って見えます。316条の26が挙げているのは、請求証拠、類型証拠、主張関連証拠、被告人側の請求証拠の開示だけです。請求権のある開示だけが、対象に並んでいます。任意開示は、列挙の外です。だから、検察官が任意で見せると言った証拠を見せなくても、開示命令は請求できません。2本前に、裁定は任意開示に使えない、と言った理由は、これです。ここは、論文で論点になりうる部分です。では、任意開示を断られた弁護人は、どうするか。その証拠が、類型証拠か主張関連証拠の要件に当たると示して、請求し直します。請求権のある開示に乗れば、応じないときに、開示命令を請求できます。

手続の流れと即時抗告

裁定の手続。請求(書面が原則・謄本を相手方へ送る・整理手続期日では口頭も許される)→決定の前に相手方の意見を聴く→決定→即時抗告(提起期間3日・提起期間内と申立てで執行は停止)。注記=開示しない場合、検察官は理由を告げる(類型証拠・主張関連証拠) 図:裁定の手続

  • 請求(書面が原則・謄本を相手方へ送る・整理手続期日では口頭も許される)→決定の前に相手方の意見を聴く→決定→即時抗告(提起期間3日・提起期間内と申立てで執行は停止)
  • 注記=開示しない場合、検察官は理由を告げる(類型証拠・主張関連証拠)

手続の流れです。請求は、書面でするのが原則です。請求した人は、速やかに、書面の謄本を相手方に送ります。ただし、整理手続の期日では、裁判所が口頭の請求を許すこともできます。決定を出す前に、裁判所は、相手方の意見を必ず聴きます。条文は、聴かなければならない、と定めています。請求した側の言い分だけでは決めない、ということです。ここで聴く意見は、証拠調べの請求に対する、同意するか異議がないかという意見とは別のものです。同じ意見という言葉ですが、場面が違います。もう1点。類型証拠と主張関連証拠の請求を、検察官が開示しないときは、検察官は、開示しない理由を相手に告げます。冒頭の弁護人が、理由を告げられたのは、この決まりのためです。理由が分かれば、弁護人は、裁判所への請求で、何を争えばよいかが分かります。

即時抗告ができます。即時抗告とは、法律が特に認めた場合にだけできる不服申立てで、提起期間が決まっているものです。期間は3日です。その3日の間と、即時抗告の申立てがあったときは、裁判の執行が止まります。

条文刑事訴訟法第422条

刑事訴訟法第422条——即時抗告の提起期間 即時抗告の提起期間は、三日とする。

通常、訴訟手続に関して判決前にした決定には、特に認める規定が無ければ、抗告はできません。整理手続に付す決定のところで出てきた言い方です。裁定は、316条の25と26の第3項が、特に認めています。だから、争えます。早く確定させる必要があるので、期間は短く、3日です。3日という期間と、執行が止まることの、2点を覚えてください。

条文刑事訴訟法第425条

刑事訴訟法第425条——即時抗告の執行停止 即時抗告の提起期間内及びその申立があつたときは、裁判の執行は、停止される。

執行が止まる意味を、設例で言います。開示を命じる決定が出ても、検察官が3日以内に即時抗告をすれば、開示はまだされません。一度見せた証拠は、見なかったことにできないからです。

提示命令

提示命令。開示すべきかを決めるには中身を見る必要がある。しかし相手に見せれば開示したのと同じ。だから裁判所だけが見る(何人にも閲覧・謄写をさせない)。1項=請求に係る証拠の提示(検察官・被告人・弁護人に命じられる)/2項=検察官の保管する証拠で、裁判所が指定する範囲の標目の一覧表の提示 図:提示命令

  • 開示すべきかを決めるには中身を見る必要がある
  • しかし相手に見せれば開示したのと同じ
  • だから裁判所だけが見る(何人にも閲覧・謄写をさせない)
  • 1項=請求に係る証拠の提示(検察官・被告人・弁護人に命じられる)/2項=検察官の保管する証拠で、裁判所が指定する範囲の標目の一覧表の提示

冒頭の、もう1つの問いです。メモの中身を知らない弁護人は、どうやって、開示すべき証拠だと示せばよいのか。答えが、提示命令です。開示すべきかどうかを決めるには、裁判所が中身を見なければなりません。しかし、相手に見せてしまえば、開示したのと同じです。審判だけが映像で判定を確かめるのに似ています。結論が出る前に、映像を相手に見せては、判定する意味がありません。だから、裁判所だけが見ます。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の27第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の27第1項・第2項——提示命令 1 裁判所は、第三百十六条の二十五第一項又は前条第一項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官、被告人又は弁護人に対し、当該請求に係る証拠の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該証拠の閲覧又は謄写をさせることができない。 2 裁判所は、被告人又は弁護人がする前条第一項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官に対し、その保管する証拠であつて、裁判所の指定する範囲に属するものの標目を記載した一覧表の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該一覧表の閲覧又は謄写をさせることができない。

1項は、請求に係る証拠の提示です。命じられる相手は、検察官、被告人、弁護人のいずれもです。命じるのは、必要があると認めるときにできる、という裁量です。この場合、裁判所は、何人にも、その証拠を閲覧も謄写もさせられません。請求した弁護人にも、見せないのです。2項は、一覧表の提示です。被告人側の開示命令の請求について、検察官に、その保管する証拠のうち、裁判所が指定する範囲のものの標目を記載した一覧表を出させます。この一覧表も、何人にも閲覧や謄写をさせません。一覧表を出させるのは、証拠があるかどうかを確かめるためです。検察官が、そのような証拠は無い、と答えたとき、弁護人には確かめる手段がありません。裁判所が、範囲を指定して標目を並べさせれば、本当に無いのかが分かります。

一覧表は、2本前にも出てきました。同じものですか。別物です。2本前の一覧表は、316条の14第2項のものです。検察官が保管する証拠の一覧で、請求があれば被告人側に交付されます。今日の一覧表は、316条の27第2項のものです。裁判所だけが見る、提示用です。範囲は裁判所が指定し、記載事項は規則で、証拠ごとの種類、供述者や作成者、作成年月日などと決められています。

2つの一覧表の対比。316条の14第2項=検察官が保管する証拠の一覧・請求があれば被告人側に交付・品名と数量/標目・作成年月日・供述者や作成者の氏名。316条の27第2項=裁判所が指定する範囲・提示用・何人にも閲覧謄写させない・裁判所だけが見る 図:2つの一覧表の対比

  • 316条の14第2項=検察官が保管する証拠の一覧・請求があれば被告人側に交付・品名と数量/標目・作成年月日・供述者や作成者の氏名
  • 316条の27第2項=裁判所が指定する範囲・提示用・何人にも閲覧謄写させない・裁判所だけが見る

2つを並べます。被告人側に渡るのは、316条の14第2項の一覧表だけです。316条の27第2項の一覧表は、渡りません。短答では、提示用の一覧表は被告人側に交付される、と出れば、×です。もう1つ、名前の注意です。証拠調べの請求の回で、提示命令という言葉が出ました。あれは、規則192条で、証拠決定の判断のために、証拠書類や証拠物を見せるよう命じるものでした。今日の提示命令は、開示を命じるかどうかの判断のためで、何人にも閲覧や謄写をさせない、という文言が条文にあります。同じ言葉の、別の規定です。

設例で通す

設例の流れ。B(弁護人)が主張関連証拠として取調べメモの開示を請求→A(検察官)が「検察庁の記録には無い」と応じず、理由を告げる→Bが書面で開示命令を請求→CがAの意見を聴く→Cが必要と認めてメモの提示を命じる(Cだけが見る)→Cが開示を命じる決定→不服なら即時抗告(3日・執行停止) 図:設例の流れ

流れを1本で通します。前の回から続くひったくり事件です。夜道でスマートフォンを奪われた窃盗で、被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。配役は、Aが検察官、Bが弁護人、Cが裁判所です。前の回で、Bは、事件の時刻に被告人はゲームセンターにいた、というアリバイを主張しました。今日は、この事件に事情を1つ足します。検察官の請求証拠に、被告人の自白の検察官調書、乙1もあった、とします。Bは、アリバイに加えて、乙1は長い取調べで疲れてサインしたもので、取調べは威圧的だった、という主張を、公判でする予定の主張、つまり予定主張として明らかにしました。そして、取調べの警察官が自分の覚えのために取ったメモを、主張関連証拠として請求します。Aは、そのようなメモは検察庁の記録の中には無い、と応じません。理由は告げます。Bは、書面で、開示命令を請求します。Cは、Aの意見を聴きます。Cは、メモの提示を命じることにしました。Aは記録に無いと言い、Bは中身を知りません。見なければ、Bの主張に関連するかを判断できないので、必要があると認めたのです。メモが警察署にあっても、前の回の決定の考え方で、検察官が現に持っていなくても対象になりえます。ここで、Cだけがメモを見ます。なぜ、裁判所だけが見るのでしょうか?

開示するかどうかが決まる前に、相手に見せたら、拒んだ意味が無くなってしまうからです。Cが、メモは主張に関連し、開示の必要性があり、弊害も大きくない、と認めれば、開示を命じなければなりません。認めなければ、請求は退けられます。どちらの決定にも、不服があれば、3日以内に即時抗告ができ、その間は執行が止まります。最初の問いの答えです。Bは、メモの中身を知らなくてかまいません。Bが示すのは、メモの中身ではなく、自分の主張とのつながりと、開示が必要な理由です。中身は、提示命令によって、裁判所が確かめてくれます。

主張の追加・変更

往復する手続。Bが予定主張を追加(取調べで「認めないと帰れない」と言われた)→追加した主張に関連する証拠の開示を請求(316条の22第5項)→Aが警察官の証人尋問を追加請求(316条の21第2項)→追加請求の証拠について、開示・類型証拠開示・意見が繰り返される(同条4項)。注記=やむを得ない事由は要件にない。整理手続終結後の316条の32とは別の場面 図:往復する手続

  • Bが予定主張を追加(取調べで「認めないと帰れない」と言われた)→追加した主張に関連する証拠の開示を請求(316条の22第5項)→Aが警察官の証人尋問を追加請求(316条の21第2項)→追加請求の証拠について、開示・類型証拠開示・意見が繰り返される(同条4項)
  • 注記=やむを得ない事由は要件にない
  • 整理手続終結後の316条の32とは別の場面

開示と主張のやり取りを受けて、双方は、主張を足したり変えたりします。手続は一方通行ではなく、往復します。検察官の側は316条の21、被告人側は316条の22です。主要な部分を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の21第1項・第4項

刑事訴訟法第316条の21第1項・第4項——検察官の証明予定事実の追加・変更 1 検察官は、第三百十六条の十三から前条まで(第三百十六条の十四第五項を除く。)に規定する手続が終わつた後、その証明予定事実を追加し又は変更する必要があると認めるときは、速やかに、その追加し又は変更すべき証明予定事実を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 4 第三百十六条の十四第一項、第三百十六条の十五及び第三百十六条の十六の規定は、第二項の規定により検察官が取調べを請求した証拠についてこれを準用する。

条文刑事訴訟法第316条の22第1項・第5項

刑事訴訟法第316条の22第1項・第5項——被告人側の予定主張の追加・変更 1 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三から第三百十六条の二十まで(第三百十六条の十四第五項を除く。)に規定する手続が終わつた後、第三百十六条の十七第一項の主張を追加し又は変更する必要があると認めるときは、速やかに、裁判所及び検察官に対し、その追加し又は変更すべき主張を明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 5 第三百十六条の二十の規定は、第一項の追加し又は変更すべき主張に関連すると認められる証拠についてこれを準用する。

設例を続けます。メモの開示を受けたBは、メモを見て、予定主張に、取調べで、認めないと帰れない、と言われた、という事情を追加します。これが、316条の22第1項です。すると、追加した主張に関連する証拠について、Bは、新たに開示を請求できます。同条5項が、主張関連証拠開示の316条の20を準用しているからです。例えば、別の警察官が取調べの状況を記録した資料です。Aも、追加した主張に対応して、取調べを担当した警察官の証人尋問を、追加で請求します。これが、316条の21第2項です。追加請求した証拠には、4項で、請求証拠の開示と、類型証拠の開示と、被告人側の意見の規定が準用されます。つまり、これまでの手続が、必要に応じて繰り返されるのです。追加と変更の期限は、裁判所が当事者の意見を聴いて、定めることができます。定めなければならない、ではありません。

手続が終わった後、というのは、整理手続が終わった後のことですか。違います。316条の13から20までの手続とは、検察官が証明する予定の事実を示して請求証拠を開くところから、類型証拠の開示、被告人側の主張の明示、主張関連証拠の開示までの、ひと回りです。冒頭の地図で、もう歩いた、と言った部分です。このひと回りが終わった後、という意味です。整理手続そのものは、まだ続いています。弁別を1つ。追加と変更の条文には、やむを得ない事由という要件がありません。理由は、整理手続が終わったあとの場面と比べると分かります。整理手続の出口のところで見た316条の32は、整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で請求できなかったものを除いて、証拠調べを請求できない、という条文でした。終わったあとに自由に請求できると、絞った争点も、立てた審理計画も崩れるからです。追加と変更は、終わる前の話です。争点も審理計画も、まだ固めている途中です。途中で主張を足したり変えたりするのは、整理そのものです。だから、やむを得ない事由は要りません。2つを混ぜないでください。短答では、追加と変更にはやむを得ない事由が必要、と出れば、×です。動かせるのは、主張だけではありません。整理手続の中では、訴因や罰条の追加、撤回、変更を許すこともできます。

証拠の整理と採否

前倒し。通常(公判廷)=請求→相手方の意見→採否の決定。整理手続=同じ流れを前倒し(7号=意見を確かめる/8号=採用・却下の決定/9号=順序と方法)。決めきれないものは採否留保。例=被告人の警察官調書は被告人質問を見てから判断。不同意の書証に代えて証人尋問を請求 図:前倒し

  • 通常(公判廷)=請求→相手方の意見→採否の決定
  • 整理手続=同じ流れを前倒し(7号=意見を確かめる/8号=採用・却下の決定/9号=順序と方法)
  • 決めきれないものは採否留保
  • 例=被告人の警察官調書は被告人質問を見てから判断
  • 不同意の書証に代えて証人尋問を請求

主張と証拠が出そろうと、証拠の採否を決める段階です。通常は、公判廷で、証拠調べを請求し、相手方の意見を聴き、採否を決めます。この流れが、整理手続の中へ前倒しされています。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の5(柱書・第7号〜第9号)

刑事訴訟法第316条の5(柱書・第7号〜第9号)——公判前整理手続でできること 公判前整理手続においては、次に掲げる事項を行うことができる。 七 証拠調べの請求に関する意見(証拠書類について第三百二十六条の同意をするかどうかの意見を含む。)を確かめること。 八 証拠調べをする決定又は証拠調べの請求を却下する決定をすること。 九 証拠調べをする決定をした証拠について、その取調べの順序及び方法を定めること。

号の違いを分けます。7号は、意見を確かめること。8号は、採用か却下かの決定。9号は、採用した証拠の、取調べの順序と方法を定めることです。意見を確かめるのが7号、決めるのが8号と9号、と分けて覚えてください。採否は、整理手続のうちに全部を決める決まりではありません。早く決められるものは決めますが、法廷の審理が進んでみないと必要かどうか分からない証拠もあるからです。決定を保留することを、採否留保といいます。この結論は、整理手続の終わり方のところで見ました。なぜ留保が要るかを、設例で確かめます。ひったくり事件で、検察官が、被告人の警察官調書、乙2を請求したとします。弁護人は、不同意で、被告人質問で足りる、という意見です。被告人が法廷で何を話すかは、被告人質問をしてみないと分かりません。調書が必要かどうかは、被告人質問のあとでないと判断できません。だから、整理手続の段階では、採否を留保します。もう1つ、意見から追加請求へ移る往復です。通行人の検察官調書、甲1に、弁護人が不同意としたとします。書面は、326条の同意が無ければ、そのままでは証拠にできません。検察官は、書面に代えて、通行人の証人尋問を請求します。裁判所は、弁護人の意見を聴いて採否を決めます。公判廷でするはずのやり取りを、整理手続の中で済ませる。これが、前倒しです。

開示された証拠の使い道

使い道の縛り。281条の4第2項=違反した場合の措置の考慮事情。禁止は開示の経路を問わず及ぶ(請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・開示命令で開いたもの)。位置づけ=広い開示を支える裏側の規律。処罰の条文は281条の5 図:使い道の縛り

  • 281条の4第2項=違反した場合の措置の考慮事情
  • 禁止は開示の経路を問わず及ぶ(請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・開示命令で開いたもの)
  • 位置づけ=広い開示を支える裏側の規律
  • 処罰の条文は281条の5

ここまでが、整理手続の中の流れです。最後に、開示された証拠の、その後を見ます。公判の事前準備の回で見た、目的外使用の禁止です。281条の4第1項は、被告人と弁護人(これらであった人も含みます)が、開示された証拠のコピーを、その事件の裁判やその準備以外の目的で、人に渡したり見せたりすることを禁じていました。足すことが3つあります。1つ目。この禁止は、開示の経路を問わず及びます。条文の対象は、検察官が、被告事件の審理の準備のために、閲覧や謄写の機会を与えた証拠に係る複製等、つまり証拠のコピーです。請求証拠も、類型証拠も、主張関連証拠も、開示命令で開いたものも、同じです。取調べのメモも、開示されれば同じです。2つ目。違反した場合の措置の、考慮事情を定める条文があります。

条文刑事訴訟法第281条の4第2項

刑事訴訟法第281条の4第2項——違反した場合の措置 前項の規定に違反した場合の措置については、被告人の防御権を踏まえ、複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする。

措置とは、違反に対して取られる対応のことです。この条文は、どの対応を、どの重さで取るかを決めるときに、考慮する事情を並べたものです。処罰の根拠となる条文は、281条の5です。被告人の防御権を踏まえる、と明記されているのが特徴です。たとえば、法廷ですでに読み上げられた調書の写しと、まだ法廷に出ていない、関係者の私生活が書かれた調書の写しとでは、害の大きさが違います。防御のために使った事情があるかも見ます。一律には扱わない、ということです。3つ目は、位置づけです。開示を広げるほど、使い道を縛る規律が要ります。裁判所が開示の仕方を決める物差しは、弊害のおそれでした。使い道の縛りは、その弊害を、開示のあとで抑えます。目的外使用の禁止は、広い開示を支える、裏側の規律です。

今日の地図(保存版)

証拠開示3本の一本道。検察官が先に開く(請求証拠・一覧表・類型証拠)→被告人側が主張を示して開く(主張関連)→応じなければ裁判所が決める(時期方法の指定/開示命令/提示命令)→主張と証拠が出そろって採否を決める 図:証拠開示3本の一本道

短答で確認します。316条の25の請求ができるのは、開示を受ける側である。×です。開示する側です。316条の25の決定は、開示を命じるものである。×です。時期と方法の指定と条件の付与で、開示を命じるのは316条の26です。開示を命じるかどうかは、裁判所の自由な裁量である。×です。命じなければならない、と書かれています。任意開示で見せると言った証拠を見せないとき、開示命令を請求できる。×です。列挙に無い開示です。被告人側が開示すべき証拠を開示していないとき、検察官は開示命令を請求できる。○です。裁定の請求について、決定の前に相手方の意見を聴く。○です。開示命令の決定に不服を申し立てられない。×です。即時抗告ができ、提起期間は3日です。提示された証拠は、相手方も閲覧できる。×です。何人にも閲覧も謄写もさせられません。提示用の一覧表は、被告人側に交付される。×です。交付されるのは、316条の14第2項の一覧表です。提示を命じるかどうかは、必要があると認めるときにできる。○です。追加と変更には、やむを得ない事由が必要である。×です。追加した主張に関連する証拠には、316条の20が準用される。○です。整理手続で、すべての証拠の採否を決めなければならない。×です。採否留保があります。316条の5の7号は、証拠の採否の決定を定めている。×です。7号は意見の確認で、採否の決定は8号、順序と方法は9号です。目的外使用の禁止は、開示命令で開示された証拠にも及ぶ。○です。

今日のまとめです。検察官が先に開き、被告人側が主張を示して開く。応じなければ、裁判所が決める。決める中身は、開示の仕方を整えるか、開示を命じるか。必要なら、裁判所だけが中身を見る。そして、主張と証拠が出そろったところで、採否を決めます。これが、証拠開示の3本の一本道です。次は、国民が裁判に加わる、裁判員裁判です。どんな事件が対象で、裁判官と裁判員がどう分担して判断するのかを見ます。

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#143単独ページ動画

裁判員裁判(対象事件・構成・権限・評決・選任)

第6章 公判の応用 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

9つの席。裁判官3人は全員「無罪」、裁判員6人は全員「有罪」。9人のうち6人、3分の2が有罪。この被告人は有罪になるのか。答えは評決の条文で出す 図:9つの席

  • 裁判官3人は全員「無罪」、裁判員6人は全員「有罪」
  • 9人のうち6人、3分の2が有罪
  • この被告人は有罪になるのか
  • 答えは評決の条文で出す

裁判員6人の全員が、有罪、と言いました。裁判官3人の全員は、無罪、と言いました。9人のうち6人、3分の2が有罪です。この被告人は、有罪になるのでしょうか。仕掛けはあります。答えは、評決の条文のところで出します。先に、条文の言葉を1つだけ頭に置いてください。双方の意見を含む、です。序盤の回で先に送った裁判員裁判の構成と、直前の回で予告した対象事件と分担に、今日答えます。全体を貫く軸は1本です。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続けるように、設計されている。合憲かどうか、どの事件が対象か、誰がどう決めるか。どれも、この軸で説明がつきます。

制度の目的と位置づけ

3つの制度の比較。陪審=裁判官は加わらない・事実認定。参審=裁判官と共同・任期で参加。裁判員=裁判官と共同(参審に近い)・事件ごとにくじで選ぶ(陪審に近い)・事実認定と法令の適用と量刑 図:3つの制度の比較

  • 陪審=裁判官は加わらない・事実認定
  • 参審=裁判官と共同・任期で参加
  • 裁判員=裁判官と共同(参審に近い)・事件ごとにくじで選ぶ(陪審に近い)・事実認定と法令の適用と量刑

まず、この制度は何のためにあるのか。条文の1つ目です。この回では、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律を、以下、裁判員法と呼びます。全文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。

部品に分けます。裁判員が、裁判官と共に刑事訴訟手続に関与すること。それが、司法に対する国民の理解の増進と、その信頼の向上に資すること。この2点が、制度の目的です。条文が掲げているのは、結論の出来のよさではありません。司法への理解と信頼です。例で言います。ある市民が、裁判員として証人の話を聞き、証拠を見て、判決の言い渡しまで見届けた立場になったとします。その人は、裁判所の中で何が起きているかを、体験として知ります。体験が家族や職場で語られれば、裁判は遠い世界のものではなくなります。理解が広がり、それが信頼の土台になる、という筋です。

陪審は、市民だけで事実を判断し、裁判官は加わらない仕組みです。参審は、市民が裁判官と一緒に議論して決める仕組みで、一定の任期で参加する形が典型です。裁判員は、この2つの特徴を併せ持ちます。事件ごとに、くじで選ばれるところは、陪審に近い。裁判官と一緒に、事実認定、法令の適用、量刑まで話し合うところは、参審と共通します。最高裁も、この制度を、陪審制に類似する面と、参審制と共通する面を併せ持つ、我が国独特の制度だと述べています。

合憲性

争点と判旨。弁護人の主張4つ=①国民の司法参加の規定がない・裁判所にあたらない(32条・37条1項・76条1項・31条)②76条3項③76条2項④18条後段。判旨の骨=司法参加と諸原則は調和できる→合憲性は「諸原則に抵触するか」で決まる→確保されている限り内容は立法政策。全員一致で棄却 図:争点と判旨

  • 弁護人の主張4つ=①国民の司法参加の規定がない・裁判所にあたらない(32条・37条1項・76条1項・31条)②76条3項③76条2項④18条後段
  • 判旨の骨=司法参加と諸原則は調和できる→合憲性は「諸原則に抵触するか」で決まる→確保されている限り内容は立法政策
  • 全員一致で棄却

ここが、この回の山場の1つ目です。国民が裁判官と一緒に刑事裁判をする制度は、憲法に反しないのでしょうか。その疑問が、争いの出発点でした。最高裁の大法廷で、弁護人は4つの主張をしました。1つ目。憲法に国民の司法参加を定めた規定は無く、80条1項も下級裁判所が裁判官で構成されることを前提にしている。だから、裁判員の加わる裁判体は憲法の裁判所にあたらず、裁判を受ける権利や公平な裁判所の保障などに反する。2つ目。裁判官の職権行使の独立を定める76条3項に反する。3つ目。特別裁判所の設置を禁じる76条2項に反する。4つ目。意に反する苦役を禁じる18条後段に反する。大法廷は、4つとも退けました。全員一致です。中心になるのは、1つ目への答えで、次の判示です。

判例最大判平23・11・16 刑集65巻8号1285頁

国民の司法参加と憲法 国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和させることが可能であり,憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由はなく,国民の司法参加に係る制度の合憲性は,具体的に設けられた制度が,適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば,憲法は,一般的には国民の司法参加を許容しており,これを採用する場合には,上記の諸原則が確保されている限り,陪審制とするか参審制とするかを含め,その内容を立法政策に委ねていると解されるのである。

部品に分けます。前半。国民の司法参加と、適正な刑事裁判を実現するための諸原則は、調和させることができる。だから、国民の司法参加が、およそ禁じられているわけではない。後半。憲法は、一般的には国民の司法参加を許している。採用するなら、諸原則が確保されている限り、陪審にするか参審にするかを含めて、内容は立法政策に委ねている。諸原則の中身も、押さえます。憲法31条から39条が定める、刑事裁判の約束ごとです。適正な手続の保障、裁判を受ける権利、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、令状主義、弁護人を依頼する権利、強制による自白の排除などです。大法廷は、これらを厳格に守るには、高度の法的な専門性が要る、と述べています。

大法廷は、憲法の条文の作りを見ています。旧憲法は、裁判官による裁判、と書いていました。今の憲法は、裁判所における裁判、と表現を改めています。この言い換えの意味は、判決の言葉そのものではなく、私たちの読みです。裁判官による裁判、なら、裁く人は裁判官に限られます。裁判所における裁判、なら、保障されるのは裁判所という場で裁かれることで、裁く人を裁判官だけに限る言葉ではない、と読めます。判決に戻ります。憲法を作った当時の政府部内でも、この書きぶりから、陪審や参審を採ることもできる、と理解されていました。しかも、最高裁判所と違って、下級裁判所については、裁判官だけで構成する、と明示した規定を置いていません。国民が加わる余地を、条文が閉じていないのです。

建物で言うと、耐震基準を満たしている限り、間取りは設計者が自由に決められる、という関係です。憲法が基準で、陪審にするか、参審にするか、裁判員制度のような形にするかが、間取りです。基準を割り込まなければ、どの間取りでも憲法違反にはなりません。選ぶのは国会だ、ということです。すると、問いはこう変わります。裁判員制度という間取りは、基準、つまり適正な刑事裁判の諸原則を満たしているか。大法廷は、満たしていると判断しました。決め手になる判示です。

判例最大判平23・11・16 刑集65巻8号1285頁

裁判員制度の仕組みと合憲の結論 このような裁判員制度の仕組みを考慮すれば,公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること(憲法31条,32条,37条1項)は制度的に十分保障されている上,裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められ,憲法が定める刑事裁判の諸原則を確保する上での支障はないということができる。

この結論を支えた事情を、判決の言葉に沿って3つに整理します。1つ目。裁判官は、身分保障のもとで独立して職権を行使する。裁判員は、公平性と中立性を確保できるよう配慮された手続で選ばれる。2つ目。裁判員の関与する判断、つまり事実認定、法令の適用、量刑は、あらかじめ法律的な知識や経験を持っていることが必ずしも不可欠な事項であるとはいえない。様々な視点や感覚を反映できる。3つ目。憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は、裁判官の判断に委ねられている。この3つ目が、今日の軸の根拠です。憲法の原則を守る役目は、これまでどおり裁判官が担います。だから、裁判官は刑事裁判の基本的な担い手だ、と言えるのです。この判決がどこまで言ったのかも、確かめます。合憲とされたのは、いま見た仕組みを備えた裁判員制度です。国民が加わる制度なら何でも合憲だ、とは言っていません。仕組みの違う制度なら、諸原則に抵触するかを、改めて測ることになります。

2つ目の主張、裁判官の職権行使の独立を定める76条3項について、大法廷の答えは、憲法が国民の司法参加を許している以上、裁判官の多数意見が常に裁判の結論でなければならないとは解されない、でした。そのうえで、評決は単なる多数決ではなく、多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされ、被告人の権利保護という観点からの配慮もされている、と述べています。この言葉が、冒頭の問いの答えにつながります。評決の節で回収します。3つ目と4つ目も、退けられています。特別裁判所とは、特定の人や事件のために、通常の裁判所の系列の外に置かれた裁判所です。裁判員の加わる合議体は地方裁判所に属し、控訴も上告もできるので、通常の裁判所の系列の内側にあり、あたりません。意に反する苦役とは、本人が望まないのに無理やり働かされることです。大法廷は、裁判員の職務は、参政権と同じように国民に権限を与えるもので、辞退の仕組みも柔軟に設けられている、として、苦役にあたらないとしました。ここは、結論と理由を一言ずつで足ります。短答では、裁判員の加わる裁判体は憲法上の裁判所にあたる、憲法は国民の司法参加を許容している、の2点を押さえてください。ここは、論文で論点になりうる部分です。

被告人に選択権はあるか

2つの判決の関係。大法廷=骨組み(諸原則が確保されている限り内容は立法政策)。第二小法廷=骨組みを「選択権がない」という具体的な主張に当てはめる→32条・37条に違反しない。被告人が除外を請求できる場合(次の節)は「選ぶ権利」とは別 図:2つの判決の関係

  • 大法廷=骨組み(諸原則が確保されている限り内容は立法政策)
  • 第二小法廷=骨組みを「選択権がない」という具体的な主張に当てはめる→32条・37条に違反しない
  • 被告人が除外を請求できる場合(次の節)は「選ぶ権利」とは別

大法廷判決のあとに、もう1つ、最高裁の判決が出ました。弁護人が、被告人には裁判員裁判を受けるか受けないかを選ぶ権利がある、と主張した事件です。選択権が無いことは、憲法32条と37条に反しないか、という争いでした。判示です。

判例最判平24・1・13 刑集66巻1号1頁

被告人の選択権 憲法は,刑事裁判における国民の司法参加を許容しており,憲法の定める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り,その内容を立法政策に委ねていると解されるところ,裁判員制度においては,公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が制度的に保障されているなど,上記の諸原則が確保されている。したがって,裁判員制度による審理裁判を受けるか否かについて被告人に選択権が認められていないからといって,同制度が憲法32条,37条に違反するものではない。

判決は、この結論を、先ほどの大法廷判決の趣旨に照らして明らかだ、と述べて結んでいます。2つの判決の関係は、骨組みと当てはめです。大法廷が、諸原則が確保されている限り内容は立法政策に委ねる、という骨組みを示しました。第二小法廷が、その骨組みを、選択権が無いという具体的な主張に当てはめて、違反しないとしたのです。骨組みが先で、当てはめが後です。ここから先は、判決そのものではなく、私たちの整理です。判決の理由は、この1段です。そのうえで、なぜ選択権が無くても許されるのかを考えます。憲法32条が保障するのは、裁判所で裁判を受ける権利です。37条1項は、公平な裁判所の裁判を保障します。大法廷の枠組みでは、裁判員の加わる裁判体も、公平な裁判所で、適正な裁判が制度的に保障されています。保障されているのは裁判の質で、どの種類の裁判体で裁かれるかを選ぶ権利までは、含まれない、と読めます。設例です。被告人が、裁判官だけで裁いてほしい、と言ったとします。対象事件であれば、その希望にかかわらず、裁判員裁判で進みます。

被告人が、裁判員裁判から外してほしいと請求できる場合も、あるのではないですか。あります。ただし、それは次の節で見る、危害のおそれなどの要件を満たしたときの請求です。選ぶ権利ではありません。短答では、被告人は裁判員裁判を受けるか否かを選択できる、と出れば、×です。

対象事件

対象事件の振り分け。傷害=対象外(下限がなく法定合議でもない)/傷害致死=2号(短期3年以上・故意の暴行や傷害で死亡)/過失致死=対象外(故意の犯罪行為でない)/強盗致傷=1号(無期を含む)/殺人=1号(死刑を含む)/危険運転致死=2号(短期1年以上) 図:対象事件の振り分け

どの事件が、裁判員裁判の対象になるのか。ここで、1問です。傷害、傷害致死、過失致死。同じように、人が傷ついたり亡くなったりする事件ですが、裁判員裁判の対象になるのは、どれでしょうか。人が亡くなっている、傷害致死と過失致死の2つだと思います。対象になるのは、傷害致死だけです。理由は、条文で確かめます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第1項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第1項 1 地方裁判所は、次に掲げる事件については、次条又は第三条の二の決定があった場合を除き、この法律の定めるところにより裁判員の参加する合議体が構成された後は、裁判所法第二十六条の規定にかかわらず、裁判員の参加する合議体でこれを取り扱う。 一 死刑又は無期拘禁刑に当たる罪に係る事件 二 裁判所法第二十六条第二項第二号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(前号に該当するものを除く。)

対象は、2種類です。1号は、死刑又は無期拘禁刑に当たる罪の事件。刑が重い事件です。2号は、法定合議事件のうち、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件です。法定合議事件とは、法律が、裁判官3人の合議体で扱うと決めている事件です。短期、つまり刑の下限が1年以上の拘禁刑などに当たる罪が、これに当たります。1号に当たるものは、2号から除かれます。刑の重さで対象にするのが1号、刑がそこまで重くなくても、人が亡くなったという結果の重大さで対象にするのが2号、と整理できます。設例で当てはめます。傷害は、法定刑に下限が無く、法定合議事件でもないので、対象外です。傷害致死は、短期3年以上で、法定合議事件に当たります。そして、人を死亡させています。ここで、故意の犯罪行為により、とあるのが決め手です。傷害致死は、暴行や傷害という行為が故意の犯罪行為です。死亡という結果に、故意は要りません。だから、2号で対象になります。

過失致死は、行為そのものが過失です。故意の犯罪行為により、という条文の文言に当たりません。業務上過失致死も同じです。ほかの例も並べます。強盗致傷は、無期又は6年以上の拘禁刑で、無期を含みます。1号で対象です。殺人は、死刑を含むので、1号です。自動車の危険運転で人を死亡させた罪は、1年以上の有期拘禁刑で、短期が1年以上なので法定合議事件です。人の死亡があるので、2号の例です。取調べの録音・録画の回で、録音・録画の対象事件は、おおむね裁判員裁判の対象事件と重なる、と言いました。重なる部分は大きいですが、条文の範囲は完全に同じではありません。ここでは、2条1項そのものを覚えてください。

除外決定と構成

除外決定と構成の表。3条=危害のおそれ等で出頭確保・職務遂行が困難/3条の2=審判が著しく長期になる等で選任が困難・員数不足。請求できる人=検察官・被告人・弁護人・職権。意見を聴く・即時抗告できる。構成=裁判官3人と裁判員6人(裁判長は裁判官)/例外=裁判官1人と裁判員4人(争いがない・適当と認められる・異議がないことの確認) 図:除外決定と構成の表

  • 3条=危害のおそれ等で出頭確保・職務遂行が困難/3条の2=審判が著しく長期になる等で選任が困難・員数不足
  • 請求できる人=検察官・被告人・弁護人・職権
  • 意見を聴く・即時抗告できる
  • 構成=裁判官3人と裁判員6人(裁判長は裁判官)/例外=裁判官1人と裁判員4人(争いがない・適当と認められる・異議がないことの確認)

復習を1問です。直前の回で見ました。即時抗告の提起期間は、何日でしたか?3日です。この即時抗告が、今日も出てきます。対象事件でも、裁判員裁判で扱わず、裁判官だけの合議体で扱う決定をする場合があります。除外の決定です。1つ目は、3条です。被告人やその仲間の言動などから、裁判員候補者や裁判員、その親族などに、生命、身体、財産への危害や、生活の平穏の著しい侵害のおそれがあるとします。そのために、候補者の出頭を確保したり、裁判員が職務を遂行したりすることが難しいときは、除外の決定をしなければなりません。2つ目は、3条の2です。公判前整理手続を経て、審判に要する期間が著しく長くなるなど、裁判員の選任や職務の遂行が困難なとき。また、欠けた裁判員と交代する補充裁判員がおらず、員数が足りなくなって、その後の審判が著しく長くなるときも含みます。手続は、2つの条文で共通です。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人です。裁判所が職権でもできます。決定の前に、意見を聴きます。そして、決定に対して、即時抗告ができます。次に、構成です。条文を見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第2項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第2項 2 前項の合議体の裁判官の員数は三人、裁判員の員数は六人とし、裁判官のうち一人を裁判長とする。ただし、次項の決定があったときは、裁判官の員数は一人、裁判員の員数は四人とし、裁判官を裁判長とする。

原則は、裁判官3人と裁判員6人です。裁判長は、裁判官です。例外が、裁判官1人と裁判員4人です。これには、3項と4項の要件が要ります。要件を、条文の言葉で拾います。まず、公判前整理手続による争点と証拠の整理で、公訴事実に争いがないと認められること。そして、事件の内容その他の事情を考慮して、適当と認められること。さらに、公判前整理手続で、検察官、被告人、弁護人に、異議のないことを確認すること。決定は、選任手続の期日までにします。被告人が事実を認めていれば、簡単な事件として、自動的に1人と4人になるのでしょうか。なりません。条文には、簡単な事件、という言葉はありません。争いがないと認められること、適当と認められること、異議のないことの確認。この3つが、要件です。被告人が異議を述べているのに、1人と4人にはできません。補充裁判員も、一言だけ触れます。審理の途中で、裁判員が病気などで職務を続けられなくなったときに備えて、補充裁判員を置けます。評決には加わりません。

裁判官と裁判員の分担

判断の仕分け表。裁判員も加わる合議=事実の認定/法令の適用/刑の量定。裁判官だけ=法令の解釈/訴訟手続に関する判断(証拠能力など)。具体例=「この自白調書を証拠にしてよいか」=裁判官のみ/「条文の暴行にどこまで含まれるか」=裁判官のみ/「証人の話は信用できるか」=合議/「この行為は傷害致死罪にあたるか」=合議/「刑は何年か」=合議。下段=質問(証人等は56条・被告人は59条)・自由心証62条・裁判官の判断に従う66条 図:判断の仕分け表

  • 裁判員も加わる合議=事実の認定/法令の適用/刑の量定
  • 裁判官だけ=法令の解釈/訴訟手続に関する判断(証拠能力など)
  • 具体例=「この自白調書を証拠にしてよいか」=裁判官のみ/「条文の暴行にどこまで含まれるか」=裁判官のみ/「証人の話は信用できるか」=合議/「この行為は傷害致死罪にあたるか」=合議/「刑は何年か」=合議
  • 下段=質問(証人等は56条・被告人は59条)・自由心証62条・裁判官の判断に従う66条

構成が分かったので、次は、分担です。裁判員は、何を判断し、何を判断しないのか。6条です。1項は、裁判員の関与する判断を定めます。条文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第1項(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第1項(抜粋) 1 …次に掲げるもの(以下「裁判員の関与する判断」という。)は、第二条第一項の合議体の構成員である裁判官(以下「構成裁判官」という。)及び裁判員の合議による。 一 事実の認定 二 法令の適用 三 刑の量定

裁判員が裁判官と合議で行うのは、事実の認定、法令の適用、刑の量定の3つです。2項は、裁判官だけで行う判断です。条文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第2項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第2項 2 前項に規定する場合において、次に掲げる裁判所の判断は、構成裁判官の合議による。 一 法令の解釈に係る判断 二 訴訟手続に関する判断(少年法第五十五条の決定を除く。) 三 その他裁判員の関与する判断以外の判断

裁判官だけで行うのは、法令の解釈に係る判断と、訴訟手続に関する判断です。まとめると、事実、適用、量刑は一緒に。解釈と手続は、裁判官だけで。この線引きです。括弧書きの少年法55条の決定は、事件を家庭裁判所に移す決定です。これだけは、裁判官だけの判断から除かれています。仕分けの練習をします。5つの判断を並べます。この自白調書を証拠として採用してよいか。これは、証拠能力の判断です。有罪か無罪かの中身を決めるのではなく、その証拠を審理の材料にしてよいかを決める、手続の進め方の判断です。ですから、訴訟手続に関する判断で、裁判官だけです。条文の暴行に、どこまで含まれるか。法令の解釈です。裁判官だけです。この証人の話は信用できるか。証明力の判断で、事実の認定です。裁判員も加わります。この行為は傷害致死罪の条文にあてはまるか。法令の適用です。裁判員も加わります。刑は何年が相当か。量刑です。裁判員も加わります。

解釈は、条文の意味そのものを決める作業です。暴行とは何か、のように、一般的な意味を定めます。適用は、決まった意味を、目の前の事実に当てはめる作業です。この行為は、その暴行にあたるか、と問います。意味を決める役目は裁判官。決まった意味を事実に当てはめる役目は、裁判官と裁判員の合議です。なぜ、こう分けるのか。先ほどの判示が、理由を示していました。裁判員の関与する判断は、法律の専門知識が必ずしも不可欠な事項であるとはいえず、様々な視点や感覚を反映できます。一方、憲法の刑事裁判の諸原則を守る判断は、裁判官が担います。今日の軸の、具体化です。裁判官だけで決めた判断が出たとき、裁判員はどうするのか。66条です。裁判長は、必要があると認めるとき、裁判官の合議で決めた法令の解釈や訴訟手続の判断を、評議で示します。裁判員は、それに従って職務を行います。次に、質問する権利です。裁判員は、裁判長に告げて、証人その他の者に質問できます。56条です。被告人にも、裁判長に告げて、質問できます。59条です。ここで、条番号の取り違えに注意してください。証人などは56条、被告人は59条です。

裁判員の関与する判断に必要な事項を、質問します。最後に、62条。裁判員の関与する判断で、証拠の証明力は、それぞれの裁判官と裁判員の自由な判断にゆだねられます。証人の話が信用できるか、は、一人ひとりが自分の経験と感覚で判断する、ということです。

評議と評決

評決の検算。9人の合議体・過半数は5人。A=裁判官1と裁判員4(5人・双方を含む)→有罪にできる/B=裁判官0と裁判員6(6人・裁判官を含まない)→できない(冒頭の問いの答え)/C=裁判官3と裁判員1(4人・過半数に足りない)→できない/D=裁判官3と裁判員2(5人)→できる。裁判官1人と裁判員4人の合議体(過半数は3人)では、裁判員4人が有罪でも裁判官1人が無罪ならできない 図:評決の検算

  • 9人の合議体・過半数は5人
  • A=裁判官1と裁判員4(5人・双方を含む)→有罪にできる/B=裁判官0と裁判員6(6人・裁判官を含まない)→できない(冒頭の問いの答え)/C=裁判官3と裁判員1(4人・過半数に足りない)→できない/D=裁判官3と裁判員2(5人)→できる
  • 裁判官1人と裁判員4人の合議体(過半数は3人)では、裁判員4人が有罪でも裁判官1人が無罪ならできない

いよいよ、冒頭の問いに戻ります。その前に、2つの条文の区別です。評議と評決です。評議は、話し合う場です。66条1項は、評議は構成裁判官と裁判員が行う、と定めます。2項は、裁判員は、評議に出席して、意見を述べなければならない、と定めます。義務です。5項は、裁判長に、法令の説明を丁寧に行い、評議を分かりやすく整理し、発言の機会を十分に設ける配慮を求めます。評決は、結論の数え方です。67条です。全文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第67条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第67条 1 前条第一項の評議における裁判員の関与する判断は、裁判所法第七十七条の規定にかかわらず、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見による。 2 刑の量定について意見が分かれ、その説が各々、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見にならないときは、その合議体の判断は、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見になるまで、被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え、その中で最も利益な意見による。

まず、1項です。条文の初めに出てくる裁判所法77条は、合議体の裁判は過半数の意見で決める、という通常の決まりです。67条1項は、その特則です。部品に分けます。合議体の員数の過半数。そして、構成裁判官と裁判員の、双方の意見を含むこと。条件は、2つです。この2つを、両方満たさなければなりません。9人の合議体なら、過半数は5人です。冒頭の問いに答えます。裁判員は6人が有罪、裁判官3人が無罪。6人は、過半数の5人以上です。1つ目の条件は満たします。しかし、6人は全員が裁判員で、裁判官の意見を含みません。2つ目の条件を満たしません。だから、有罪にはできません。結論は、無罪です。

検算で、輪郭を見ます。同じ5人でも、結論が分かれる例があります。裁判官1人と裁判員4人が有罪の場合。5人で過半数で、双方を含みます。有罪にできます。ところが、裁判員5人と裁判官0人が有罪の場合。同じ5人でも、裁判官を含みません。有罪にできません。分かれ目は、人数ではなく、裁判官が1人でも加わっているかどうかです。逆の例も見ます。裁判官3人が全員有罪でも、裁判員の賛成が1人だけなら、合計4人で、過半数の5人に足りません。有罪にできません。裁判官3人と裁判員2人なら、合計5人で、双方を含みます。有罪にできます。裁判官だけでは決まりません。裁判員だけでも決まりません。裁判官1人と裁判員4人の合議体では、5人で、過半数は3人です。裁判員4人全員が有罪でも、裁判官1人が無罪なら、裁判官の意見を含まないので、有罪にできません。

大法廷の言葉が理由になります。判決は、憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は、裁判官の判断に委ねられている、と述べています。別の箇所で、評決では多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされ、被告人の権利保護という観点からの配慮もされている、とも述べています。この2つをつなぐのは、私たちの説明です。裁判員だけの多数で有罪にできるなら、原則を守る役の裁判官が、1人も賛成していない有罪が出てしまいます。それを避ける仕組みが、この要件だと読めます。逆に、裁判官の多数意見が、常に結論になるなら、国民が加わる意味がなくなります。判決も、そう述べていました。だから、裁判官側にも、裁判員側にも、拒否できる位置を与えます。合同の委員会で、事務局側と市民側の両方から、最低1人の賛成が要る決議、と同じ形です。裁判官と裁判員は、対等の権限を持って協力する。そういう設計です。補足を1つ。法令の解釈と訴訟手続の判断は、裁判官だけの合議でした。ですから、67条の対象ではありません。こちらは、通常の決まりどおり、裁判官だけで数えます。裁判官が3人なら、そのうち2人以上の意見で決まります。この節をまとめます。裁判員の1票と裁判官の1票は、同じ重さです。それでも、裁判官が1人も賛成しない有罪は出ません。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続ける。今日の軸が、票の数え方になったのが、67条1項です。

量刑の特則

67条2項の算術。15年=3人(全員裁判員)/12年=2人(全員裁判員)/10年=3人(裁判官2・裁判員1)/8年=1人(裁判官)。過半数は5人で、どの説も届かない。重い方から足す=15年の3人→12年を加えて5人(過半数だが裁判官を含まない)→10年を加えて8人(裁判官2・裁判員6・双方を含む過半数)。加えた中で最も利益な意見=10年 図:67条2項の算術

  • 15年=3人(全員裁判員)/12年=2人(全員裁判員)/10年=3人(裁判官2・裁判員1)/8年=1人(裁判官)
  • 過半数は5人で、どの説も届かない
  • 重い方から足す=15年の3人→12年を加えて5人(過半数だが裁判官を含まない)→10年を加えて8人(裁判官2・裁判員6・双方を含む過半数)
  • 加えた中で最も利益な意見=10年

67条の2項です。刑の量定に特則があります。なぜ特則が要るのか。有罪か無罪かは二択ですが、刑は、何年が相当か、と意見が散らばります。そのまま過半数を探すと、どの説も届かず、結論が出ません。条文の言葉を部品に分けます。刑の量定で意見が分かれ、どの説も、双方の意見を含む過半数にならないとき。その場合は、被告人に最も不利な意見の数に、順次、利益な意見の数を加えます。双方を含む過半数になるまで加えて、その加えた中で、最も利益な意見によります。数字で一段ずつ見ます。9人の合議体で、意見が4つに分かれたとします。拘禁刑15年が3人。この3人は全員、裁判員です。12年が2人。この2人も、全員、裁判員です。10年が3人。裁判官2人と、裁判員1人です。8年が1人。裁判官です。合計で9人です。各説の人数を見ます。いちばん多い15年でも3人です。過半数の5人に届きません。そこで、最も不利な意見、つまり最も重い15年の3人から始めて、利益な意見を順に加えます。1段目。15年の3人に、12年の側の2人を加えます。3足す2で、5人です。人数は過半数に届きました。しかし、5人は全員が裁判員です。裁判官の意見を含みません。条件を満たしません。さらに加えます。2段目。ここに、10年の3人を加えます。5足す3で、8人です。内訳は、裁判官2人と裁判員6人。双方を含み、過半数です。ここで止めます。加えた中で、最も利益な意見は、10年です。結論は、拘禁刑10年です。8年の1人は、加えずに終わります。

15年を主張した3人は、結局、自分たちの意見より軽い10年で決まります。重い意見を述べた側から見れば、そう感じるでしょう。ただ、仕組みは、重い意見から順に足していき、裁判官と裁判員の双方を含む過半数に届いた時点で、足した中でいちばん軽い意見になる、というものです。全体でいちばん軽い意見そのものではありません。この例で、8年にならないのは、そのためです。量刑について、もう1点。量刑の評議では、過去の量刑の傾向が、目安として使われます。最高裁も、傾向を共通の出発点にして、評議を深める、という考え方を示しています。ただし、傾向に従う義務はありません。そのうえで、これまでの傾向から外れる量刑をするときは、その理由を具体的に、説得的に示すことが求められます。深掘りは、量刑の回で扱います。

裁判員の選任

選任の3区分。欠格事由(14条)=なれない。就職禁止事由(15条)=職務に就けない。辞退事由(16条)=申立てがあれば辞退できる。資格=衆議院議員の選挙権を有する者(13条)=18歳以上。注意=欠格と就職禁止は申立て不要・辞退は申立てが必要 図:選任の3区分

  • 欠格事由(14条)=なれない
  • 就職禁止事由(15条)=職務に就けない
  • 辞退事由(16条)=申立てがあれば辞退できる
  • 資格=衆議院議員の選挙権を有する者(13条)=18歳以上
  • 注意=欠格と就職禁止は申立て不要・辞退は申立てが必要

後半に入ります。誰が裁判員になるのか。資格は、13条で、衆議院議員の選挙権を有する者、とされています。選挙権は、公職選挙法9条1項で、18歳以上です。2段で覚えてください。裁判員は18歳以上です。選ばれるときは、無作為の、くじです。ここから、3つの区別です。欠格事由、就職禁止事由、辞退事由。取り違えやすい、短答の核心です。まず、14条の欠格事由です。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第14条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第14条 国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第三十八条の規定に該当する場合のほか、次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることができない。 一 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。 二 拘禁刑以上の刑に処せられた者 三 心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者

欠格事由は、その人自身の条件で、そもそも裁判員になれない場合です。義務教育を終了していない者、拘禁刑以上の刑に処せられた者、心身の故障で職務の遂行に著しい支障がある者です。次が、15条の就職禁止事由です。職業や地位で、職務に就けない場合です。1項は、国会議員、国務大臣、裁判官、検察官、弁護士、司法警察職員、自衛官などを挙げます。2項は、拘禁刑以上の刑に当たる罪で起訴されて、事件が終結していない者や、逮捕又は勾留されている者です。ここは、条文の趣旨を、私たちの整理で言います。この制度の狙いは、法律の専門家ではない市民の視点や感覚を、裁判に反映することでした。法律の専門家が加われば、その視点が薄まります。さらに、公務の要職にある人や、捜査や裁判に直接かかわる人が加わると、職務の性質上、公平性の面でも問題が生じかねません。そういう整理ができます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条(抜粋) 次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができる。 一 年齢七十年以上の者 … 三 学校教育法第一条、第百二十四条又は第百三十四条の学校の学生又は生徒(常時通学を要する課程に在学する者に限る。) 四 過去五年以内に裁判員又は補充裁判員の職にあった者

最後が、16条の辞退事由です。いまカードに出ている部分で言います。ここは、申立てをすれば辞退できる、という条文です。1号は、年齢70年以上の者。3号は、学生や生徒で、常時通学を要する課程にいる者。4号は、過去5年以内に、裁判員や補充裁判員だった者です。ほかに、重い疾病、介護や養育、事業上の重要な用務、父母の葬式などの重要な用務、重大な災害の再建など、個別の事情による辞退事由があります。短答の落とし穴は、ここです。欠格事由と就職禁止事由は、そもそもなれないので、辞退の申立てを待ちません。辞退事由は、申立てがあって、はじめて辞退できます。ですから、就職禁止事由のある人が、辞退の申立てをすれば裁判員になれる、という肢は、×です。選任の手続で、一言ずつ。検察官と被告人は、それぞれ、理由を示さずに、4人まで不選任の請求ができます。補充裁判員を置くときは、その人数に応じて増えます。36条です。裁判官1人と、裁判員4人の構成なら、3人までです。また、労働者が裁判員の職務のために休暇を取ったことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをしてはなりません。100条です。

守秘義務

守秘義務。守秘の対象=評議の秘密(評議の経過・各人の意見・その多少の数)と職務上知り得た秘密(事件関係者のプライバシー・他の裁判員の氏名など)。話してよい=公開の法廷で見聞きしたこと・参加した感想。罰則(108条)=現職1項(6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)/職を離れた後2項(同じ刑)・3項(罰金のみ) 図:守秘義務

  • 守秘の対象=評議の秘密(評議の経過・各人の意見・その多少の数)と職務上知り得た秘密(事件関係者のプライバシー・他の裁判員の氏名など)
  • 話してよい=公開の法廷で見聞きしたこと・参加した感想
  • 罰則(108条)=現職1項(6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)/職を離れた後2項(同じ刑)・3項(罰金のみ)

次は、守秘義務です。裁判員は、評議の秘密と、そのほかの職務上知り得た秘密を、漏らしてはなりません。9条2項と、70条1項です。70条1項を、カードで見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項 1 構成裁判官及び裁判員が行う評議並びに構成裁判官のみが行う評議であって裁判員の傍聴が許されたものの経過並びにそれぞれの裁判官及び裁判員の意見並びにその多少の数(以下「評議の秘密」という。)については、これを漏らしてはならない。

評議の秘密とは、評議の経過、それぞれの裁判官と裁判員の意見、その多少の数です。裁判員を務めたことについて、何も話せなくなるわけではありません。話してよいものと、いけないものがあります。話してよいのは、公開の法廷で見聞きしたことと、裁判員を務めた感想や経験です。いけないのは、評議で誰がどんな意見を言ったか、なん対なんで決まったか、事件関係者のプライバシー、ほかの裁判員の氏名などです。例で言います。帰宅して、家族に、証人が法廷で涙ぐんでいた、と話すのは、公開の法廷で見たことです。話してよいです。私は有罪の意見だったが、5対4で決まった、と話すのは、評議の秘密です。いけません。なぜ、秘密にするのか。最高裁も、評議における自由な意見表明を保障するために、守秘義務を設けた、と述べています。誰がどう言ったか、何人が賛成したかが外に出れば、あとで責められたり、圧力をかけられたりするかもしれません。それでは、自由に意見を言えなくなります。罰則は、108条です。現職の裁判員が、評議の秘密や、職務上知り得た秘密を漏らしたとき。6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。1項です。職を離れたあとも、義務は続きます。ただし、漏らした内容によって、刑が分かれます。2項は、職にあった者が、職務上知り得た秘密を漏らしたとき、評議の秘密のうち、各人の意見やその多少の数を漏らしたとき、財産上の利益を得る目的で評議の秘密を漏らしたときです。1項と同じ刑です。3項は、それ以外の評議の秘密、たとえば評議の経過を漏らしたときで、50万円以下の罰金だけです。

審理の工夫

審理の工夫。必要的公判前整理手続(49条)=対象事件は必ず付す(一般の事件は裁量)。51条=裁判官・検察官・弁護人は迅速で分かりやすい審理に努める。55条=冒頭陳述は公判前整理手続の結果に基づき証拠との関係を具体的に明示。連日開廷(刑訴281条の6)。波及=人証中心・見て聞いて分かる審理 図:審理の工夫

  • 必要的公判前整理手続(49条)=対象事件は必ず付す(一般の事件は裁量)
  • 51条=裁判官・検察官・弁護人は迅速で分かりやすい審理に努める
  • 55条=冒頭陳述は公判前整理手続の結果に基づき証拠との関係を具体的に明示
  • 連日開廷(刑訴281条の6)
  • 波及=人証中心・見て聞いて分かる審理

ここから、審理の工夫です。ここで1問です。裁判員裁判の対象事件で、公判前整理手続に付すのは、裁量でしたか、必須でしたか?必須だったと思います。裁判員法49条が、対象事件は、第1回公判期日前に、公判前整理手続に付さなければならない、と定めます。一般の事件が、刑事訴訟法316条の2で裁量なのと、対照的です。必須にする理由は、公判前整理手続の回で見たとおりです。市民を、何日も何か月も、拘束するわけにはいきません。争点と証拠を絞って、分かりやすく審理するためです。51条は、裁判官、検察官、弁護人に、裁判員の負担が過重にならないようにしつつ、審理を迅速で分かりやすいものとするよう努めることを求めます。55条は、冒頭陳述について、公判前整理手続の結果に基づいて、証拠との関係を具体的に明示することを求めます。冒頭陳述が、証拠と結びつかない抽象的な話では、市民には分かりにくいからです。審理に2日以上かかる事件は、できる限り、連日開廷します。刑事訴訟法281条の6で、以前の回で見ました。裁判員が、日常から離れる期間を短くするためです。

裁判員が加わると、証拠の出し方も変わるのでしょうか。変わりました。市民が、法廷でのやり取りを目と耳で確かめながら、理解できる審理が目指されます。そのため、証人の尋問など、法廷で直接取り調べる証拠が中心になり、調書を読み上げる運用は減りました。これまで見た、裁判所が自ら証拠に触れる直接主義と、口頭で審理する口頭主義が、実際の運用でも生かされた形です。

区分審理と部分判決

区分審理の流れ。被告人Xが事件①傷害致死・事件②強盗致傷・事件③殺人で起訴され、弁論を併合→区分審理の決定(71条)→事件①の裁判員が部分判決(事実認定)→任務終了(84条)→事件②も同様→併合事件審判(86条)で、区分しなかった事件③の審理と全体の刑の量定をして終局判決。決定は意見を聴き・即時抗告できる 図:区分審理の流れ

  • 被告人Xが事件①傷害致死・事件②強盗致傷・事件③殺人で起訴され、弁論を併合→区分審理の決定(71条)→事件①の裁判員が部分判決(事実認定)→任務終了(84条)→事件②も同様→併合事件審判(86条)で、区分しなかった事件③の審理と全体の刑の量定をして終局判決
  • 決定は意見を聴き・即時抗告できる

最後の論点です。被告人Xが、仮に3つの事件で起訴されたとします。事件1は傷害致死、事件2は強盗致傷、事件3は殺人です。3つとも、裁判員裁判の対象事件です。弁論を併合して、1つの裁判で審理することにしました。併合は、別の回で見た、弁論の併合です。そこで使うのが、区分審理の決定です。71条1項を、要のところだけ見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第71条第1項(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第71条第1項(抜粋) 裁判所は、…併合した事件(以下「併合事件」という。)を一括して審判することにより要すると見込まれる審判の期間その他の裁判員の負担に関する事情を考慮し、その円滑な選任又は職務の遂行を確保するため特に必要があると認められるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、…順次、審理する旨の決定(以下「区分審理決定」という。)をすることができる。 ただし、犯罪の証明に支障を生ずるおそれがあるとき、被告人の防御に不利益を生ずるおそれがあるときその他相当でないと認められるときは、この限りでない。

カードの太字のところが、決定の要件の中心です。併合した事件を一括して審判すると、審判の期間などの、裁判員の負担が大きくなります。その、円滑な選任や職務の遂行を確保するため、特に必要があると認められるとき、裁判所は、事件を区分して順次審理する決定をします。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人で、職権でもできます。ただし、犯罪の証明に支障を生ずるおそれや、被告人の防御に不利益を生ずるおそれがあるときは、決定できません。決定の前に、意見を聴きます。決定に対して、即時抗告ができます。流れを、工事に例えます。長い工事を工区に分けて、工区ごとに担当チームが検査に合格して、解散する形です。事件1を担当する裁判員が、事件1について、有罪か無罪かといった事実の認定を、部分判決として言い渡します。84条により、部分判決の宣告で、その裁判員の任務は終わります。事件2も、同じ順序で進みます。事件3は区分しません。最後に残します。最後に、併合事件審判です。86条です。区分しなかった事件3の審理と、部分判決で示された事項を除く残りの審理、そして併合した事件全体の刑の量定を、最後の合議体がまとめて行い、終局の判決を言い渡します。事件3が有罪か無罪かを判断するのも、この最後の合議体です。部分判決で示された事項は、原則として、それによります。

区分審理では、裁判員は、部分判決のあとも、最後まで続けるのですか。続けません。部分判決の宣告で、その区分事件の裁判員の任務は終わります。短答では、部分判決のあとも併合事件審判まで職務を続ける、と出れば、×です。ただし、任務が終わっても、口は閉じたままです。併合事件の裁判がされるまでは、なお裁判員とみなして、守秘義務と罰則が及びます。108条4項です。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。評決・権限・対象事件・構成・選任・守秘・区分審理・選択権の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。裁判員6人全員が有罪でも、裁判官3人全員が無罪なら、有罪にできない。○です。評決は、裁判員だけの過半数でよい。×です。裁判官3人全員が有罪でも、裁判員の賛成が1人だけなら、有罪にできない。○です。合計4人で、過半数の5人に足りません。法令の解釈に係る判断は、裁判員も加わって合議で決める。×です。裁判官だけです。訴訟手続に関する判断も、×です。刑の量定は、裁判員も裁判官と共に合議で行う。○です。裁判員は被告人に質問できる。○です。59条で、裁判長に告げて行います。証人などへの質問は56条です。

被告人は、裁判員裁判を受けるか否かを選べるのでしょうか。選べません。×です。選択権が無くても、憲法32条、37条に違反しないとされています。傷害致死は対象事件である。○です。過失致死は、対象外で、×です。強盗致傷は、1号で対象で、○です。公判前整理手続で、公訴事実に争いがないと認められるとき、被告人が異議を述べても、裁判官1人と裁判員4人にできる。×です。検察官、被告人、弁護人に、異議のないことの確認が要ります。対象事件を除外する決定に対して、不服を申し立てられない。×です。即時抗告ができます。就職禁止事由のある者も、辞退の申立てをすれば裁判員になれる。×です。そもそも職務に就けません。年齢70歳以上の者は、辞退の申立てができる。○です。評議の秘密は、職を離れたあとも守る義務がある。○です。公開の法廷で見聞きしたことも、漏らしてはならない。×です。話してかまいません。区分審理では、裁判員は部分判決のあとも併合事件審判まで職務を続ける。×です。部分判決の宣告で、任務が終わります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。軸=国民が裁判に加わる・ただし裁判官が基本的な担い手。合憲性→対象事件→構成→権限の分担→評議と評決→量刑の特則→選任→守秘義務→審理の工夫→区分審理。冒頭の問いの答え=裁判官の意見を含まないので有罪にできない 図:まとめの地図

  • 軸=国民が裁判に加わる・ただし裁判官が基本的な担い手
  • 合憲性→対象事件→構成→権限の分担→評議と評決→量刑の特則→選任→守秘義務→審理の工夫→区分審理
  • 冒頭の問いの答え=裁判官の意見を含まないので有罪にできない

今日のまとめです。軸は1本でした。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続けるように、設計されている。憲法は、国民の司法参加を許していて、適正な刑事裁判の諸原則が確保されている限り、内容は立法政策に委ねています。裁判員制度は、その諸原則を確保しているので、合憲です。被告人に、選択権はありません。対象事件は、死刑又は無期拘禁刑に当たる罪と、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた法定合議事件です。構成は、裁判官3人と裁判員6人が原則です。事実の認定、法令の適用、刑の量定は一緒に、法令の解釈と訴訟手続は、裁判官だけで判断します。評決は、構成裁判官と裁判員の、双方の意見を含む過半数です。冒頭の問いの答えです。裁判員が6人とも有罪でも、裁判官3人が無罪なら、裁判官の意見を含まないので、有罪にできません。量刑は、重い方から票を足して、双方を含む過半数になるまで加え、その中で最も利益な意見によります。選任は、なれない、職務に就けない、申立てで辞退できる、の3つを区別します。守秘義務は、自由な意見表明のためで、職を離れたあとも続きます。複数の事件は、区分審理で、裁判員の負担を分けます。次は、被害に遭った人の保護です。法廷には、被害に遭った人も証人として立ちます。その負担をどう軽くするかを見ます。

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#144単独ページ動画

犯罪被害者の保護①証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

法廷の見取り図。裁判所C・検察官A・弁護人B・証人席の被害者Y・被告人席のX・傍聴席。Yにかかる負担は3つ(一人で立つ不安と緊張/Xの視線と傍聴席の視線/法廷に入ること自体) 図:法廷の見取り図

  • 裁判所C・検察官A・弁護人B・証人席の被害者Y・被告人席のX・傍聴席
  • Yにかかる負担は3つ(一人で立つ不安と緊張/Xの視線と傍聴席の視線/法廷に入ること自体)

証人席と被告人席の間に、ついたてが置かれました。被告人からは、証人の姿が見えません。憲法は、被告人に、証人を審問する権利を保障しています。この証言は、許されるのでしょうか。被告人の権利を守ることと、被害者の負担を軽くすること。この2つの板挟みが、今日の問いです。答えは、最高裁の判断のところで出します。それまでに、条文の言葉で、何がどこまで許されるのかを順に確かめます。今日は、これまでの回で預かってきた話に、まとめて答えます。証人を守る措置と憲法37条2項の関係、そして、付添い、遮へい、ビデオリンクの詳細です。設例を置きます。会社員のYさんは、元交際相手のXに付きまとわれたあげく、けがをさせられました。Xは傷害罪で起訴され、Yさんは公判で証人として呼ばれます。法廷では、Yさんの少し先にXが座り、後ろの傍聴席には、知っている顔が混じっているかもしれません。

負担は、次の3つに分けられます。1つ目は、一人で証言台に立つ不安と緊張です。2つ目は、Xの視線と、傍聴席の視線です。3つ目は、法廷に入ること、その建物に行くことそのものです。この3つは、今日の3つの措置に、1つずつ対応します。不安と緊張には付添い、視線には遮へい、法廷に入ること自体にはビデオリンクです。どう対応するのかは、条文を読みながら確かめます。今日の道筋です。まず、被害者は刑事訴訟でどういう立場なのか。次に、配慮が広がってきた流れと、その限界。そのうえで3つの措置を条文で読み、最後に、最高裁が冒頭のような証言をどう判断したかを見ます。

被害者は「当事者」ではない

当事者と被害者の位置。当事者=検察官と被告人・弁護人(主張と立証をする)。被害者=当事者ではない(証人として尋問を受ける立場)。被害者等=被害者/被害者が死亡した場合・心身に重大な故障がある場合の配偶者・直系の親族・兄弟姉妹 図:当事者と被害者の位置

  • 当事者=検察官と被告人・弁護人(主張と立証をする)
  • 被害者=当事者ではない(証人として尋問を受ける立場)
  • 被害者等=被害者/被害者が死亡した場合・心身に重大な故障がある場合の配偶者・直系の親族・兄弟姉妹

出発点は、被害者の立場です。刑事訴訟は、当事者主義で進みます。主張し、立証する主体は、検察官と、被告人・弁護人です。被害者は、当事者ではありません。刑事訴訟が目指すのは、事案の真相を明らかにして、刑罰法令を適正かつ迅速に適用することです。被害者の救済は、刑事訴訟の直接の目的ではありません。裁判を試合に例えます。グラウンドに立つのは、検察官側と被告人側の2チームです。被害者は、事件を最もよく知る人として、ベンチから呼び出されて質問に答える立場、つまり証人です。かつては、この立場が文字どおりでした。被害者は、いわば証拠の1つのように扱われ、公開の法廷で、被告人のすぐ前に立って、被害を語るほかありませんでした。先ほどのYさんの3つの負担は、この構造から生まれています。

そこで出てくるのが、被害者等という言葉です。条文の括弧書きで、定義を見ます。

条文刑事訴訟法第201条の2第1項

刑事訴訟法第201条の2第1項(抜粋) …被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)…

被害者等は、被害者本人と、被害者が亡くなった場合や、心身に重大な故障がある場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。たとえば、被害者が亡くなった事件で、その親や配偶者が、これに当たります。この定義は、201条の2の括弧書きに置かれていて、被害者に関する他の条文も、同じ言葉を使います。今日の中心の、付添い、遮へい、ビデオリンクは、被害者等ではなく、証人への措置です。被害者でない証人にも使えます。この点は、あとで設例で確かめます。整理します。被害者は当事者ではなく、証人として法廷に立つ。そのとき、公開の法廷で、被告人の前で被害を語る。この構造そのものが負担になる。配慮は、ここから始まります。

配慮が広がった流れ

配慮の年表。平成12年=いわゆる犯罪被害者保護二法(刑訴法等の改正と犯罪被害者保護法の新設)/平成16年=犯罪被害者等基本法/平成19年=刑訴法等の改正(被害者参加・損害賠償命令・被害者特定事項の秘匿)/平成28年=構外ビデオリンクの新設・秘匿の対象の拡大 図:配慮の年表

被害者への配慮は、一度に整ったわけではありません。足りないところが見つかるたびに、1つずつ埋められてきました。年表は板に出しました。語るのは、3つの転換点が、それぞれ何を埋めたのかです。出発点は、先ほどの構造です。被害者は、被告人のすぐ前で、被害を語るほかありませんでした。最初に埋められたのは、この、証言する場面の負担です。これが1つ目の転換点、平成12年の、いわゆる犯罪被害者保護二法です。刑訴法などの改正と、犯罪被害者保護法の新設です。このとき、刑訴法に、証人の付添い、遮へい、ビデオリンクが入りました。今日の主役です。被害者が心情などを述べる意見陳述の制度も、このときです。ただ、これは、法廷の中の場面ごとの手当てでした。国が被害者をどう支えるのか、という全体の方針を定めた法律は、まだありません。それを埋めたのが、2つ目の転換点、平成16年の犯罪被害者等基本法です。被害者のための施策の基本を定め、政府が基本計画をつくることを求める法律です。しかし、基本法は、方針を定める法律です。それだけでは、被害者が刑事の手続の中でできることは、増えません。この方針と、それを受けた基本計画を踏まえて、手続の中の具体的な制度にしたのが、3つ目の転換点、平成19年の改正です。被害者が手続に参加する制度、損害賠償を刑事の手続の中で命じる制度、被害者の氏名などを法廷で明らかにしない仕組みが加わりました。証人として守られるだけだった被害者が、自分から手続に関わり、損害を取り戻す道を持ったわけです。

3つの転換点をまとめると、こうなります。忘れられた存在から、守られる証人へ。そして、手続に関わる人へ。証言の負担、全体の方針、手続への関わり。足りないものが、この順に埋まってきました。その後も、平成28年の改正で、同じ建物まで来ること自体が負担や危険になる証人のために、構外ビデオリンクが新設され、氏名などの秘匿の対象も広がりました。構外ビデオリンクについては、あとで条文を読みます。ただし、配慮が広がっても、被害者の望みがすべて通るわけではありません。なぜ通らないのか。次の節で見ます。

配慮の限界

配慮の限界=3つの物差し。1 犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること。2 被告人の権利=公平な裁判所の迅速な公開裁判(憲法37条1項)・対審の公開(憲法82条1項)・証人に対する審問権(憲法37条2項前段)。3 処分の公平(被害者の意向で処分が極端に変わらないこと)

  • 配慮の限界=3つの物差し
  • 1 犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること
  • 2 被告人の権利=公平な裁判所の迅速な公開裁判(憲法37条1項)・対審の公開(憲法82条1項)・証人に対する審問権(憲法37条2項前段)
  • 3 処分の公平(被害者の意向で処分が極端に変わらないこと)

ここが、この回の山場の1つ目です。被害者の望みを、すべて通せない理由を、3つの物差しで整理します。つらい思いをさせないことは、大事です。ただ、刑事裁判には、動かせない前提があります。物差しの1つ目は、犯罪があったのかを、誤りなく、遅れずに確かめることです。たとえば、被害者が、被告人の顔も見たくないから被告人を法廷から外してほしい、と望んだとします。被告人のいない場所で、犯罪の有無を適正に明らかにすることはできません。2つ目は、被告人の権利です。憲法37条1項は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障します。82条1項は、裁判の対審、つまり当事者が法廷で向き合って主張し、立証する審理の場面を、公開法廷で行うと定めます。そして37条2項前段は、被告人がすべての証人に対して審問する機会を、充分に与えられる、と定めます。審問する機会とは、証人に尋問して、その供述の信用性を確かめる機会のことです。3つ目は、処分の公平です。同じような行為をしても、被害者が許したかどうかで、処分が極端に変わるとしたら、不公平です。被害者の意向を考慮することと、意向で決めることは、別です。

あとで措置ごとの要件の差を読む物差しは、主に2つ目の、被告人の権利です。被告人の権利に触れない措置は、要件が軽い。審問権に触れる措置は、要件が重くなる。今日は、毎回、この2つ目の物差しに戻ります。3つ目の処分の公平は、被害者の意向で結論が大きく変わらないようにする、手続全体の限界です。証言の場面の措置を読む物差しではありません。Yさんが、Xの顔が見えない場所でしか証言できない、と望んだとします。望みは、尊重されます。しかし、Xにも、証人の態度を見て尋問する権利があります。どこまで応えられるのか。この両方を満たす線を、条文が引いています。

配慮の4本柱

配慮の4本柱の地図。手続の流れ(捜査→公訴の提起→公判→判決→上訴)に沿って、保護/情報提供/関与・参加/損害回復。今日は「保護」のうち、公判での証人尋問の場面 図:配慮の4本柱の地図

  • 手続の流れ(捜査→公訴の提起→公判→判決→上訴)に沿って、保護/情報提供/関与・参加/損害回復
  • 今日は「保護」のうち、公判での証人尋問の場面

被害者への配慮は、4本の柱で整理できます。保護、情報提供、関与・参加、損害回復です。なぜ4本なのか。被害者が刑事の手続で困ることが、4つあるからです。Yさんで考えます。1つ目。証言台でXの前に立つのが怖い。仕返しも心配です。傷つけられたり、危害を加えられたりしないようにするのが、保護です。2つ目。Xの事件がいまどうなっているのかが、分からない。手続がどう進んでいるかを被害者に知らせるのが、情報提供です。3つ目。どれだけ怖かったかを、自分の口で裁判所に伝えたい。被害者が意見を述べたり、手続に参加したりするのが、関与・参加です。4つ目。治療費を払ってほしい。被害の賠償を受けやすくするのが、損害回復です。困ることが4つあるので、柱も4本です。

捜査から上訴までの全体にまたがります。告訴は、捜査のところで先に見ました。検察審査会への申立てなどは、公訴のところで見ました。今日は、4本の柱のうち、保護の中の、公判で証人として尋問を受ける場面だけです。保護には、もう1つ、氏名や住所を知られないようにする仕組みがありますが、それは別の回で扱います。

すでに知っている保護の受け直し

保護の位置関係。被告人の側を動かす手段=権利保釈の除外事由(89条5号)・被告人の退席と退廷(281条の2・304条の2)。証人の環境を整える手段=付添い・遮へい・ビデオリンク(並べて使える)。これらを講じてもなお十分に供述できないとき最後に退廷 図:保護の位置関係

  • 被告人の側を動かす手段=権利保釈の除外事由(89条5号)・被告人の退席と退廷(281条の2・304条の2)
  • 証人の環境を整える手段=付添い・遮へい・ビデオリンク(並べて使える)
  • これらを講じてもなお十分に供述できないとき最後に退廷

復習を1問です。保釈の回で、権利保釈を見ました。請求があれば、原則として許さなければならない保釈のことです。その除外事由は6つありました。そのうち、被害者や証人を守るための事由は、どれでしたか?89条5号です。被害者や証人などに、害を加えたり、畏怖させたりするおそれがある場合、でした。証人を守る仕組みの中には、すでに知っているものが2つあります。権利保釈の除外事由と、被告人の退廷です。ここに、今回初めて出てくる退席を、1つ足します。1つ目は、権利保釈の除外事由です。89条5号は、被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者、またはその親族に、害を加えたり、畏怖させたりする行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき、保釈を許さなくてよい、と定めます。2つ目は、被告人の退廷です。304条の2は、証人が被告人の面前では圧迫を受けて、充分な供述をすることができないと認めるとき、弁護人が出頭している場合に限って、供述の間だけ被告人を退廷させることができる、と定めます。この、弁護人が出頭している場合に限る、という条件を、ここで改めて押さえてください。

条文刑事訴訟法第281条の2

刑事訴訟法第281条の2 裁判所は、公判期日外における証人尋問に被告人が立ち会つた場合において、証人が被告人の面前(第百五十七条の五第一項に規定する措置を採る場合並びに第百五十七条の六第一項及び第二項に規定する方法による場合を含む。)においては圧迫を受け充分な供述をすることができないと認めるときは、弁護人が立ち会つている場合に限り、検察官及び弁護人の意見を聴き、その証人の供述中被告人を退席させることができる。この場合には、供述終了後被告人に証言の要旨を告知し、その証人を尋問する機会を与えなければならない。

初めて出てくる規定が、退席です。281条の2は、公判期日の外で証人を尋問するときに、被告人が立ち会った場合を定めます。証人が被告人の面前では圧迫を受けて、充分な供述をすることができないと認めるとき、弁護人が立ち会っている場合に限って、供述の間、被告人に席を外させることができます。こちらは退席と呼びます。どれも、被告人の側を動かす仕組みですね。それでは足りなかったのですか。足りませんでした。これらに共通するのは、動かされるのが被告人の側だという点です。身柄か、法廷にいることか。ところが、証人が証言するその場面で、証人自身の環境を整える手段が、欠けていました。そこで生まれたのが、今日の3つの措置です。位置関係を、板で確かめます。304条の2には、括弧書きがあります。遮へい措置を採る場合と、ビデオリンクによる場合も、被告人の面前に含めて、退廷の要件を判断する、という書き方です。つまり、遮へいやビデオリンクを講じても、なお十分に供述できないときの、最後の手段が退廷です。一方、付添い、遮へい、ビデオリンクは、並べて使えます。こちらの根拠は、これとは別の、遮へいの条文にある括弧書きです。あとで読みます。具体例です。Yさんについたてを置き、さらにビデオリンクにしても、Xの存在が気になって話せないとします。ここで初めて、Xを退廷させる、という手段が候補に上がります。

付添い

付添い(157条の4)。誰に=年齢・心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるとき。誰を=不安・緊張を緩和するのに適当で、尋問や供述を妨げず、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがない者。2項=付添人は尋問や供述を妨げ、供述の内容に不当な影響を与える言動をしてはならない。意見を聴く=検察官及び被告人又は弁護人 図:付添い

  • 157条の4
  • 誰に=年齢・心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるとき。誰を=不安・緊張を緩和するのに適当で、尋問や供述を妨げず、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがない者。2項=付添人は尋問や供述を妨げ、供述の内容に不当な影響を与える言動をしてはならない。意見を聴く=検察官及び被告人又は弁護人

1つ目の措置、付添いです。Yさんの、一人で立つ不安と緊張に対応します。条文を、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第157条の4

刑事訴訟法第157条の4 1 裁判所は、証人を尋問する場合において、証人の年齢、心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、その不安又は緊張を緩和するのに適当であり、かつ、裁判官若しくは訴訟関係人の尋問若しくは証人の供述を妨げ、又はその供述の内容に不当な影響を与えるおそれがないと認める者を、その証人の供述中、証人に付き添わせることができる。 2 前項の規定により証人に付き添うこととされた者は、その証人の供述中、裁判官若しくは訴訟関係人の尋問若しくは証人の供述を妨げ、又はその供述の内容に不当な影響を与えるような言動をしてはならない。

部品に分けます。誰に付き添わせるのか。証人が、著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認められるときです。年齢や心身の状態などを考慮します。手続として、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。注目してほしいのは、要件の軽さです。このあと読む遮へいやビデオリンクの条文には、相当と認めるとき、という要件があります。付添いの条文には、それがありません。なぜ、付添いだけ要件が軽いのですか。付添いは、証人の姿も声も、被告人と傍聴人に、そのまま届くからです。被告人の審問権にも、公開原則にも、触れません。物差しの2つ目に、ぶつからない措置だから、要件が軽いのです。

付き添う人は、誰でもいいのですか。よくありません。条文は、2つの条件を重ねています。1つは、不安や緊張を緩和するのに適当であること。もう1つは、尋問や供述を妨げたり、供述の内容に不当な影響を与えたりするおそれがないこと。裁判所が、この両方を認めた人だけが、付き添えます。設例です。9歳のZさんが、事件の目撃者として証言します。付添人の候補は2人です。1人は、事件に関係のないZさんの母。もう1人は、子どもの心理に詳しい支援員です。2人とも、付き添える可能性があります。ただし、母が事件の関係者で、Zさんの供述に影響を与えうる立場だとします。たとえば、被告人の配偶者でもある場合です。この場合、母は、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがあるので、適当ではありません。2項も見ます。付添人は、見守る人であって、代わりに答える人ではありません。付添人が、Zさんの言い淀んだ様子を見て、こう言えばいいのよ、と口を挟んだとします。これは、供述の内容に不当な影響を与える言動で、2項に反します。

短答では、付添人は証人に代わって答えることができる、と出れば、×です。

遮へい

遮へいの3つのパターン。1 証人から被告人が見えない。2 被告人から証人が見えない。3 相互に見えない(ついたて)。弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)。1は要件の外 図:遮へいの3つのパターン

  • 1 証人から被告人が見えない
  • 2 被告人から証人が見えない
  • 3 相互に見えない(ついたて)
  • 弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)
  • 1は要件の外

2つ目の措置、遮へいです。ここで1問です。ついたてを置いて、被告人から証人が見えなくなるようにする。弁護人が欠席の日でも、できるでしょうか。弁護人の出頭が絡む、という見当は合っています。ただ、細かい線があります。条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第157条の5第1項

刑事訴訟法第157条の5第1項 裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が被告人の面前(次条第一項及び第二項に規定する方法による場合を含む。)において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合であつて、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、被告人とその証人との間で、一方から又は相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。ただし、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置については、弁護人が出頭している場合に限り、採ることができる。

まず、要件です。犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などの事情により、証人が被告人の面前で供述するときは、圧迫を受けて精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合で、しかも、相当と認めるとき。付添いより、要件が重くなりました。次に、措置の中身です。一方から又は相互に、相手の状態を認識することができないようにする。ここに、次の3つのパターンがあります。1つ目は、証人から被告人が見えない措置。証人の前に、被告人席を隠すパネルを置く形です。2つ目は、被告人から証人が見えない措置。3つ目は、相互に見えない措置。ついたては、これです。そして、そのただし書です。弁護人の出頭が要るのは、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置だけです。当たるのは、2つ目と3つ目です。1つ目の、証人から被告人が見えないだけの措置は、条文のこの要件の外です。

被告人から見えなくなる措置にだけ、弁護人が要るのは、なぜですか。見えなくなるのが、被告人だからです。被告人は、証人の姿や態度を見られなくなります。その代わりに、弁護人が出頭して、証人の様子を見て、尋問に生かす。この体制を、条文が担保しています。逆に、証人から被告人が見えないだけなら、被告人は証人の姿も態度も見られるので、この担保は要りません。冒頭の1問に、答えます。弁護人が欠席の日は、被告人から証人が見えなくなる措置は、できません。ついたてのような、相互に見えない措置も、被告人から見えなくなる措置を含むので、できません。ただし、証人から被告人が見えないだけの措置なら、弁護人の出頭は、この条文の要件ではありません。設例で当てはめます。Yさんの証言の日です。ついたてを置いて、XからYさんが見えない形にしたい。ところが、弁護人が急病で欠席しました。この日は、ついたてはできません。

ついたてを置く、つまり相互に見えない措置は、弁護人の出頭が要る。証人の側にパネルを置いて、被告人席だけが見えない措置は、弁護人の出頭は、要件ではありません。短答では、被告人との間の遮へいは、常に弁護人の出頭が要る、と出れば、×です。証人から被告人が見えないだけの措置は、ただし書の外だからです。被告人から証人の状態を認識できなくする措置は、弁護人が出頭している場合に限る、と書いてあれば、○です。

遮へいの被告人との間と傍聴人との間の違い。被告人との間(1項)=圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ+相当と認めるとき・一方から又は相互に・被告人から見えない措置は弁護人の出頭が要る・審問権の問題。傍聴人との間(2項)=名誉に対する影響など+相当と認めるとき・相互に・弁護人の出頭は不要・公開原則の問題 図:遮へいの被告人との間と傍聴人との間の違い

  • 被告人との間(1項)=圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ+相当と認めるとき・一方から又は相互に・被告人から見えない措置は弁護人の出頭が要る・審問権の問題
  • 傍聴人との間(2項)=名誉に対する影響など+相当と認めるとき・相互に・弁護人の出頭は不要・公開原則の問題

次に、2項です。傍聴人との間の遮へいです。Yさんの、傍聴席の視線に対応します。

条文刑事訴訟法第157条の5第2項

刑事訴訟法第157条の5第2項 裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、名誉に対する影響その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、傍聴人とその証人との間で、相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。

1項との違いを、表で整理しました。傍聴人との間では、圧迫や、精神の平穏を著しく害されるおそれは、要件にありません。考慮する事情に、名誉に対する影響が入り、相当と認めるときに採れます。措置は、相互に見えなくするものです。そして、弁護人の出頭の要件は、ありません。物差しに戻ります。傍聴人は、証人を審問する立場にありません。傍聴人との間を遮へいしても、被告人の審問権には触れません。公開原則との関係は残りますが、これは、あとで最高裁が、審理が公開されていることに変わりはない、と判断します。一方で、被告人は、審問権の主体です。被告人から証人が見えなくなる措置は、審問権を制約しうるので、圧迫という実質的な要件と、弁護人の出頭で、絞りをかけています。権利に触れる度合いが大きいほど、要件が重くなる。これが、要件の差の理由です。設例です。傍聴席に、Yさんの知り合いが座っているとします。傍聴人との間だけについたてを置くなら、弁護人の出頭は関係ありません。名誉に対する影響などを考えて、相当と認められれば、できます。

傍聴人から証人が見えないだけではだめなのですか。だめです。2項は、相互に、と書いています。傍聴人からだけ見えない、あるいは、証人からだけ見えない、という措置は、2項では予定されていません。1項が、一方から又は相互に、と書いているのとの違いです。確かめます。弁護人が欠席の日に、次の3つのうち、できるのはどれでしょう。1つ目は、傍聴人との間だけにつくるついたて。2つ目は、Yさんの側から被告人席だけが見えないパネル。3つ目は、Yさんが別室から映像と音声で証言する場合に、被告人のモニターにYさんの映像を映さない措置です。

1つ目と2つ目は、ただし書の、被告人から証人の状態を認識できなくする措置にあたらないので、できます。3つ目は、被告人からYさんの状態を認識できなくする措置なので、弁護人の出頭が要り、この日はできません。

ビデオリンク

ビデオリンク構内(157条の6第1項)。方法=裁判官・訴訟関係人の在席場所以外の同一構内の場所に証人を在席させ、映像と音声で相互に認識しながら通話。対象=1号 刑法の性犯罪等の被害者/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の一定の罪の被害者/3号 前二号のほか、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれが認められる者。傷害の被害者は3号 図:ビデオリンク構内

  • 157条の6第1項
  • 方法=裁判官・訴訟関係人の在席場所以外の同一構内の場所に証人を在席させ、映像と音声で相互に認識しながら通話。対象=1号 刑法の性犯罪等の被害者
  • 2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の一定の罪の被害者
  • 3号 前二号のほか、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれが認められる者。傷害の被害者は3号

3つ目の措置、ビデオリンクです。証人が、法廷の外の別の場所で、映像と音声をつないで証言する方法です。Yさんの、法廷に入ること自体に対応します。まず、同じ構内の別の部屋で行う、構内ビデオリンクです。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(柱書) 裁判所は、次に掲げる者を証人として尋問する場合において、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所以外の場所であつて、同一構内(これらの者が在席する場所と同一の構内をいう。次項において同じ。)にあるものにその証人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によつて、尋問することができる。

柱書には、方法と、相当と認めるときという要件が入っています。対象は、次に掲げる者で、1号から3号に並びます。まず、1号と2号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(1号・2号) 一 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪の被害者 二 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成十一年法律第五十二号)第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和五年法律第六十七号)第二条から第六条までの罪の被害者

1号は、刑法の性犯罪などの被害者です。2号は、児童に関する罪などの被害者です。もう1つ、3号があります。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(3号) 三 前二号に掲げる者のほか、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者

方法は、柱書にあります。裁判官と訴訟関係人が在席する場所以外の、同一構内にある場所に証人を在席させる。映像と音声の送受信で、相手の状態を相互に認識しながら、通話する。相当と認めるときで、意見を聴くのは、これまでと同じです。構内とは、裁判所の庁舎や敷地のように、同じひとまとまりの場所のことです。対象は、3つの類型です。1号には、不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、それらの致死傷、わいせつ又は結婚の目的の略取誘拐等、強盗・不同意性交等などが並んでいます。2号は、児童福祉法、児童買春・児童ポルノ処罰法、性的姿態撮影等処罰法の、一定の罪の被害者です。

児童に対する罪だけではありません。性的姿態撮影等処罰法の罪は、被害者の年齢を問いません。2号は、児童に関する罪の被害者と、撮影罪の被害者を含みます。1号と2号は、罪の種類で、類型的に対象が決まります。個別に、圧迫のおそれがあるかを認定する必要は、条文上ありません。これらの罪では、性的な被害などの中身を、被告人や傍聴人のいる法廷で、自分の口で詳しく語る。この負担は、被害者が誰であっても重い、と考えられているからです。証人ごとに確かめるまでもない、ということです。ただし、1号と2号でも、相当と認めるとき、という要件は要ります。3号は違います。前の2つの号に当たらなくても、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などから、法廷で供述するときは、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者を、個別に認定して対象にします。

Yさんは、傷害の被害者です。1号か2号に当たりますか。当たりません。傷害罪は、1号にも2号にも載っていません。Yさんがビデオリンクの対象になるのは、3号の個別の認定が通ったときです。元交際相手のXに付きまとわれたという、被告人との関係が、圧迫のおそれを基礎づける事情になります。対比で確かめます。不同意わいせつの被害者は、1号なので、個別の圧迫の認定なしに、構内ビデオリンクの対象になります。ただし、相当と認めるときは必要です。傷害の被害者は、3号の個別の認定が要ります。もう1つ、記録の話です。この方法で尋問した場合、一定の場合に、尋問と供述と状況を記録媒体に記録して、調書の一部にできます。その調書が証拠になる条件は、321条の2で、以前の回で見ました。

ビデオリンク構外(157条の6第2項)。同一構内以外の場所(他の裁判所の構内など)に在席。国内にいる証人に限る。類型=(精神・安全)1 出頭すると精神の平穏を著しく害されるおそれ/2 出頭に伴う移動中の加害・畏怖・困惑/3 出頭後の移動で尾行等により住居・勤務先が特定される。(出頭が困難)4 傷病・心身の障害/5 遠隔地に居住 図:ビデオリンク構外

  • 157条の6第2項
  • 同一構内以外の場所(他の裁判所の構内など)に在席。国内にいる証人に限る。類型=(精神・安全)1 出頭すると精神の平穏を著しく害されるおそれ
  • 2 出頭に伴う移動中の加害・畏怖・困惑
  • 3 出頭後の移動で尾行等により住居・勤務先が特定される。(出頭が困難)4 傷病・心身の障害
  • 5 遠隔地に居住

次に、同一構内の外から尋問する、構外ビデオリンクです。2項です。柱書と、1号と2号を見ます。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(柱書と1号・2号) 裁判所は、証人(国内にいる者に限る。以下この項及び次項において同じ。)を尋問する場合において、次に掲げる場合であつて、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、他の裁判所の構内にある場所その他の同一構内以外にある場所であつて、適当と認めるものに証人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によつて、尋問することができる。 一 犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が同一構内に出頭するときは精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認めるとき。 二 同一構内への出頭に伴う移動に際し、証人の身体若しくは財産に害を加え又は証人を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。

構内との違いを、整理します。場所は、他の裁判所の構内にある場所その他の、同一構内以外にある場所で、裁判所が適当と認めるものです。証人は、国内にいる者に限ります。そして、構内のように、被害者の類型で決まるのではなく、各号の場合に当たることが要ります。各号に共通するのは、同一構内まで来ること、または、その行き帰りの移動そのものに、問題がある場合だという点です。構内ビデオリンクは、法廷には入らなくても、同じ構内までは来ます。そこまで来ること自体が、負担か、危険か、困難なときのための方法が、構外です。続けて、3号から5号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(3号から5号) 三 同一構内への出頭後の移動に際し尾行その他の方法で証人の住居、勤務先その他その通常所在する場所が特定されることにより、証人若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。 四 証人がその傷病又は心身の障害により同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。 五 証人が遠隔地に居住し、その年齢、職業、健康状態その他の事情により、同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。

1号は、同一構内に出頭すること自体で、精神の平穏を著しく害されるおそれがある場合です。2号は、出頭に伴う移動の最中に、加害や畏怖、困惑の行為がなされるおそれがある場合です。3号は、出頭後の移動で、尾行などによって住居や勤務先が特定され、加害などがなされるおそれがある場合です。精神と安全に関わる、3つです。建物に行くこと自体が耐えられない場合は、構外の1号です。同一構内に出頭するだけで、精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められれば、別の裁判所などの場所から、証言できます。構内ビデオリンクでは足りない場合の、受け皿です。法廷に入ること自体の負担の、いちばん深いところに対応します。

ビデオリンク構外のまとめ。(身体拘束)6 移動で精神の平穏が害され処遇に支障/7 移動の際に奪取・解放のおそれ。(出頭が困難)8 鑑定に属する供述で職業・健康状態等により困難かつ当該日時に尋問が特に必要。覚え方=3グループ(精神と安全=1〜3号/出頭が困難=4・5・8号/身体拘束=6・7号)。3項=検察官及び被告人に異議がなく相当と認めるときも可。短答で問われる3点=同一構内以外の場所・国内にいる証人に限る・構内と取り違えない 図:ビデオリンク構外のまとめ

  • (身体拘束)6 移動で精神の平穏が害され処遇に支障/7 移動の際に奪取・解放のおそれ
  • (出頭が困難)8 鑑定に属する供述で職業・健康状態等により困難かつ当該日時に尋問が特に必要
  • 覚え方=3グループ(精神と安全=1〜3号/出頭が困難=4・5・8号/身体拘束=6・7号)
  • 3項=検察官及び被告人に異議がなく相当と認めるときも可
  • 短答で問われる3点=同一構内以外の場所・国内にいる証人に限る・構内と取り違えない

続けて、6号から8号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(6号から8号) 六 証人が身体の拘束を受けている場合であつて、その年齢、心身の状態、処遇の実施状況その他の事情により、同一構内への出頭に伴う移動により証人が精神の平穏を著しく害され、その処遇の適切な実施に著しい支障を生ずるおそれがあると認めるとき。 七 証人が身体の拘束を受けている場合であつて、同一構内への出頭に伴う移動に際し、証人を奪取し又は解放する行為がなされるおそれがあると認めるとき。 八 証人にさせる供述が鑑定に属するものである場合であつて、その職業、健康状態その他の事情により証人がその尋問の日時に同一構内に出頭することが著しく困難であり、かつ、証人の重要性、審理の状況その他の事情により当該日時に尋問することが特に必要であると認めるとき。

4号と5号と8号は、出頭が困難な場合です。4号は傷病や心身の障害で、5号は遠隔地に居住していて、8号は鑑定に属する供述で、職業や健康状態などにより出頭が著しく困難なうえ、その日時に尋問することが特に必要な場合です。6号と7号は、身体の拘束を受けている証人の場合です。6号は、移動で精神の平穏が害され、処遇の適切な実施に著しい支障が出るおそれがあるとき。7号は、移動の際に、奪取や解放の行為がなされるおそれがあるときです。覚えるときは、3グループに分けてください。精神と安全に関わる1号から3号。出頭が困難な4号と5号と8号。身体拘束の6号と7号です。短答で問われるのは、構外は同一構内以外の場所であることと、国内にいる証人に限ること、そして、構内と取り違えないことです。もう1つ、3項です。

条文刑事訴訟法第157条の6第3項

刑事訴訟法第157条の6第3項 前二項に規定する場合のほか、裁判所は、証人を尋問する場合において、前二項に規定する方法のいずれかによつて尋問することについて検察官及び被告人に異議がなく、証人の重要性、当該方法によつて尋問することの必要性その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、当該方法によつて、尋問することができる。

1項や2項の類型に当たらなくても、検察官と被告人の両方に異議がなく、証人の重要性や必要性などを考えて相当と認めるときは、構内でも構外でも、ビデオリンクで尋問できます。異議の主体は、検察官と被告人です。構外については、規則にも1つ、確認の規定があります。他の裁判所の構内以外の場所に証人を在席させるときは、尋問の前に、証人の陳述の内容に不当な影響を与えるおそれがある者がいる場所ではないことなど、その場所が適当であることを、裁判所が確認します。たとえば、証人が裁判所以外の場所から参加するなら、その場所に、証人の話に影響を与えそうな人がいないかを、確かめるわけです。沿革を1文だけ。構外は、平成28年の改正で新設され、現行の8類型と3項の異議なしの場合は、令和7年の改正で整いました。設例で確かめます。遠くの病院に入院していて、動けない目撃者は、4号の傷病です。山あいの遠隔地に暮らしていて、出頭が著しく困難な目撃者は、5号です。同じ構外ビデオリンクでも、号が違います。そして、外国にいる証人には、構外ビデオリンクは使えません。国内にいる者に限る、と柱書に書いてあります。

併用と3措置の比較

3措置の比較表。付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない。被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権。傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則。ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開。ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要。意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人。対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般 図:3措置の比較表

  • 付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない
  • 被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権
  • 傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則
  • ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開
  • ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要
  • 意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人
  • 対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般

ここまでの3つの措置を、1枚の表に並べます。縦に、付添い、被告人との遮へい、傍聴人との遮へい、構内ビデオリンク、構外ビデオリンク。横に、何を軽くするか、対象と要件の骨、弁護人の出頭、被告人の権利との接点です。読み方のコツは、弁護人の出頭の列です。出頭が要るのは、被告人から証人が見えなくなる措置だけです。それ以外の措置では、弁護人の出頭は、要件ではありません。もう1つ、意見を聴く手続は、どれも共通で、検察官と、被告人又は弁護人です。付添い、遮へい、ビデオリンクは、重ねて使えますか。重ねられます。その根拠は、157条の5第1項の括弧書きです。証人が被告人の面前で供述するとき、その面前には、ビデオリンクの方法による場合を含む、と書いてあります。先ほどの304条の2の括弧書きは、退廷の要件を判断するときの話でした。こちらは、遮へいの条文にある括弧書きで、別の規定です。

条文は、含める、と書いています。モニター越しでも、被告人の目に証人の姿が映れば、被告人の面前に証人がいるのと同じ圧迫がありうる、と考えられるからです。だから、ビデオリンクに、遮へいを重ねられます。付添いは、証人の姿も声も、そのまま届く措置でした。ですから、どちらに重ねても、被告人の権利との関係は変わりません。例です。証人を別室に在席させ、付添人を付け、さらに、モニターに映る証人の映像が、被告人には見えないようにする。付添い、遮へい、ビデオリンクの3つの併用です。このとき、モニターの映像を被告人に見せない措置は、被告人から証人の状態を認識できなくする措置です。ですから、弁護人が出頭している場合に限られます。Yさんの3つの負担に、措置を当てます。一人の不安と緊張には、付添い。Xの視線には、被告人との遮へい。傍聴席の視線には、傍聴人との遮へい。法廷に入ること自体には、同一構内のビデオリンクで足りなければ、構外のビデオリンクです。被告人との遮へいだけを使う手もありますし、Yさんの事情に合わせて、組み合わせます。

付添いは、不安や緊張のおそれ。遮へいは、圧迫のおそれと相当性。ビデオリンクは、対象の類型と相当性です。重ねた措置の1つ1つが、それぞれの条文の要件を満たす必要があります。

最高裁の判断

最高裁の判断の整理。条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)。付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外。判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない。被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない 図:最高裁の判断の整理

  • 条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)
  • 付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外
  • 判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない
  • 被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない

ここが、この回の山場の2つ目です。冒頭の問いに、答えます。その前に、1問です。伝聞法則の回で見ました。証人審問権は、何が確保されているかで見るのでしたか?反対尋問の機会が確保されているか、でした。その回では、最高裁が審問権の侵害はないとした、という結論だけを先に聞きました。今日は、その理由を、判決の言葉で読みます。先に言えば、反対尋問の機会が残っているか、という見方で整理できる判断です。最初に、条番号の対応です。この判決は、当時の条文で書かれています。判決が言う157条の3は、現在の157条の5、遮へい措置です。判決の157条の4は、現在の157条の6、ビデオリンクです。そして、付添いは、この判決の判断の対象ではありません。当時のビデオリンクは、同一構内だけでした。構外は、後の改正で加わっています。争われたのは、個別のあてはめではなく、条文そのものが憲法に反しないか、という点です。弁護人は、これらの規定が、憲法82条1項、37条1項、37条2項前段に違反する、と主張しました。最高裁の判断は、2つに分かれます。公開原則との関係と、証人審問権との関係です。まず、公開原則についての判示です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

公開原則との関係 証人尋問が公判期日において行われる場合,傍聴人と証人との間で遮へい措置が採られ,あるいはビデオリンク方式によることとされ,さらには,ビデオリンク方式によった上で傍聴人と証人との間で遮へい措置が採られても,審理が公開されていることに変わりはないから,これらの規定は,憲法82条1項,37条1項に違反するものではない。

部品に分けます。傍聴人との間に遮へいがあっても、ビデオリンクでも、その併用でも、審理が公開されていることに変わりはない。だから、憲法82条1項と37条1項に違反しません。傍聴人から証人が見えなくても、公開なのですか。ここは判決の言葉ではなく、私たちの読みです。公開の核心は、審理を誰でも傍聴できることです。傍聴席から、証人の声が聞こえ、法廷での審理の進み方が分かるなら、公開されています。証人の姿が見えないことと、審理が公開されていないこととは、別の問題です。

遮へいの3つのパターン。1 証人から被告人が見えない。2 被告人から証人が見えない。3 相互に見えない(ついたて)。弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)。1は要件の外 図:遮へいの3つのパターン

  • 1 証人から被告人が見えない
  • 2 被告人から証人が見えない
  • 3 相互に見えない(ついたて)
  • 弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)
  • 1は要件の外

次に、審問権についての判示です。ここが、冒頭の問いに直接答える部分です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

証人審問権との関係(遮へいとビデオリンク) 証人尋問の際,被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置が採られた場合,被告人は,証人の姿を見ることはできないけれども,供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,さらに,この措置は,弁護人が出頭している場合に限り採ることができるのであって,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,前記のとおりの制度の趣旨にかんがみ,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。ビデオリンク方式によることとされた場合には,被告人は,映像と音声の送受信を通じてであれ,証人の姿を見ながら供述を聞き,自ら尋問することができるのであるから,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。

判旨の中の、前記のとおりの制度の趣旨、とは、判決が先に述べた部分を指します。証人が被告人から見られていることで、圧迫を受け、精神の平穏が著しく害される場合があるので、その負担を軽くする。これが、遮へい措置の趣旨です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

証人審問権との関係(併用と結論) さらには,ビデオリンク方式によった上で被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置が採られても,映像と音声の送受信を通じてであれ,被告人は,証人の供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,やはり被告人の証人審問権は侵害されていないというべきことは同様である。したがって,刑訴法157条の3,157条の4は,憲法37条2項前段に違反するものでもない。

3つの場面に分けて順に読みます。1つ目、被告人から証人が見えない遮へい。被告人は、姿を見ることはできないけれども、供述は聞けて、自ら尋問もできます。しかも、この措置は、弁護人が出頭している場合に限られるので、弁護人は供述態度を観察できます。だから、審問権の侵害はありません。2つ目は、ビデオリンクです。映像と音声を通じて、被告人は証人の姿を見ながら、供述を聞き、自ら尋問できます。侵害はありません。3つ目、ビデオリンクに、被告人から見えない遮へいを重ねた場合。映像は見えなくても、供述は聞け、自ら尋問でき、弁護人は観察できます。やはり侵害はありません。これら3つから、37条2項前段に違反しない、という結論です。

条文の要件を満たしたときは、憲法違反ではありません。冒頭の問いの答えです。ここからは、判決の整理を、私たちの言葉で言い直します。決め手は、審問権が確保しようとしているものです。審問権の核心は、証人の顔を見ることそのものではなく、尋問する機会と、供述の様子を観察して尋問に生かせることが、確保されているかです。見えなくても、聞ける。自ら尋問できる。弁護人が観察できる。この3つがそろえば、反対尋問の機会は確保されている、という筋です。ただし、判決自身は、審問権は対面の権利ではない、という一般論を述べてはいません。姿を見ることはできないけれども、と認めたうえで、聞く、尋問する、弁護人が観察する、で足りるとしたところまでです。言い切りすぎないでください。

判旨の理由に、弁護人が出頭している場合に限り採ることができる、という点が入っています。条文の出頭要件は、飾りではなく、合憲の支えの1つです。

最高裁の判断の整理。条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)。付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外。判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない。被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない 図:最高裁の判断の整理

  • 条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)
  • 付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外
  • 判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない
  • 被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない

この判決が言っていないことも、確認します。付添いは、判断の対象ではありません。被告人の退廷を定める304条の2も、現在の構外ビデオリンクも、判断していません。短答では、最高裁は付添いの合憲性も判断した、と出れば、×です。判断したのは、遮へい措置とビデオリンク方式です。整理します。傍聴人との遮へいは、公開原則の問題で、審理が公開されていることに変わりはない。被告人から見えなくなる遮へいは、審問権の問題で、聞ける、尋問できる、弁護人が観察できる。ビデオリンクは、映像と音声で、姿を見て、供述を聞き、自ら尋問できる。どれも、憲法に反しません。

保護は被害者だけのものか

3措置の比較表。付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない。被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権。傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則。ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開。ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要。意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人。対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般 図:3措置の比較表

  • 付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない
  • 被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権
  • 傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則
  • ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開
  • ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要
  • 意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人
  • 対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般

最後に、確認です。この3つの措置は、被害者のためだけの仕組みなのでしょうか。被害者を守る制度だと思っていました。被害者以外にも使えるのですか。使えます。付添いと遮へいは、条文の主語が、証人です。被害者に限られません。年少の目撃者などにも、使えます。設例です。9歳のZさんが、事件の目撃者として証言します。年齢を考慮して、著しく不安や緊張を覚えるおそれがあれば、付添いが使えます。被告人の面前で圧迫を受けるおそれがあれば、遮へいも使えます。ビデオリンクも、3号で、証人の年齢を考慮して、使える可能性があります。ビデオリンクは、少し細かいです。1号と2号は、罪の被害者です。ですから、被害者以外は入りません。しかし、3号は、前の2つの号のほか、犯罪の性質や証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などにより、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者です。被害者に限られません。もう1つの設例です。暴力団がかかわる事件で、目撃者のWさんが、証言します。被告人との関係や、犯罪の性質から、法廷で供述するときは、圧迫を受けるおそれがあると認められるなら、Wさんは、3号でビデオリンクの対象になりえます。Yさんは、傷害の被害者です。1号にも2号にも載っていないので、3号で入ります。構外ビデオリンクの各号は、証人一般が対象で、被害者に限られません。短答では、ビデオリンクは性犯罪の被害者に限られる、と出れば、×です。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。被害者の地位・付添い・遮へい・ビデオリンク・併用・最高裁の判断の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。被害者は、刑事訴訟の当事者である。×です。主張と立証の主体は、検察官と、被告人・弁護人です。付添人は、証人に代わって答えを述べることができる。×です。157条の4の2項が禁止しています。付添いは、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときにできる。○です。傍聴人と証人との間の遮へいは、弁護人が出頭している場合に限る。×です。ただし書の対象は、被告人から証人の状態を認識できなくする措置だけです。被告人から証人が見えなくなる遮へいは、弁護人が出頭している場合に限る。○です。相互に見えなくする措置も含みます。証人の側から被告人が見えなくなるだけの措置は、弁護人が出頭していなくても採れる。○です。

傍聴人との遮へいは、傍聴人からだけ見えない措置でもいいのですか。いけません。×です。2項は、相互に、と書いています。遮へいは、被害者でない証人にも採れる。○です。ビデオリンクは、性犯罪の被害者に限られる。×です。3号があります。構外ビデオリンクは、裁判所と同じ建物の別室で行う方法である。×です。同一構内が1項、同一構内以外が2項です。刑法の不同意わいせつ罪の被害者は、1号により、個別の圧迫のおそれの認定なしに、ビデオリンクの対象になる。○です。ただし、相当と認めるときが要ります。構外ビデオリンクは、検察官及び被告人に異議がなくても、2項の各号に当たらなければ採れない。×です。3項があります。構外ビデオリンクは、外国にいる証人にもできる。×です。国内にいる者に限ります。付添い、遮へい、ビデオリンクは、併用できる。○です。根拠は、ビデオリンクの場合も被告人の面前に含める、という157条の5第1項の括弧書きです。最高裁です。ビデオリンク方式による証人尋問は、公開原則に反する。×です。被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置は、憲法37条2項前段に反する。×です。最高裁は、付添いの合憲性についても判断した。×です。判断したのは、遮へい措置とビデオリンク方式です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。軸=証人の負担は軽くしたい・しかし被告人の権利にどこまで踏み込むかで措置ごとに要件が違う。付添い(不安・緊張/要件が軽い)→傍聴人との遮へい(傍聴席の視線/相当と認めるとき)→被告人との遮へい(Xの視線/圧迫のおそれ・弁護人の出頭)→ビデオリンク(法廷に入ること自体/類型的な対象と個別の対象)。最高裁=聞ける・自ら尋問できる・弁護人が観察できるので審問権を侵害しない 図:まとめの地図

  • 軸=証人の負担は軽くしたい・しかし被告人の権利にどこまで踏み込むかで措置ごとに要件が違う
  • 付添い(不安・緊張/要件が軽い)→傍聴人との遮へい(傍聴席の視線/相当と認めるとき)→被告人との遮へい(Xの視線/圧迫のおそれ・弁護人の出頭)→ビデオリンク(法廷に入ること自体/類型的な対象と個別の対象)
  • 最高裁=聞ける・自ら尋問できる・弁護人が観察できるので審問権を侵害しない

今日のまとめです。軸は1本でした。証人の負担は、軽くしたい。しかし、被告人の権利にどこまで踏み込むかで、措置ごとに要件が違う。被害者は、刑事訴訟の当事者ではなく、証人として法廷に立ちます。配慮は広がってきましたが、犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること、被告人の権利、処分の公平という3つの物差しで、限界があります。付添いは、被告人の権利に触れないので、要件が軽く、不安や緊張のおそれがあれば足ります。遮へいは、被告人との間では、圧迫のおそれと相当性が要り、被告人から証人が見えなくなる措置は、弁護人が出頭している場合に限ります。傍聴人との間は、相当と認めるときで足り、弁護人の出頭は要りません。ビデオリンクは、構内と構外があり、構内では、1号と2号が類型的に、3号が個別に、対象を定めます。冒頭の問いの答えです。ついたてで被告人から証人が見えなくても、被告人は供述を聞け、自ら尋問でき、弁護人が供述態度を観察できます。最高裁は、証人審問権は侵害されないとしました。ビデオリンクも同じです。傍聴人との遮へいも、審理が公開されていることに変わりはないので、公開原則に反しません。付添いと遮へいは証人への措置で、被害者に限りません。ビデオリンクも、3号で、被害者以外が入ります。次は、名前や住所を知られたくない、という声にどう応えるかです。法廷で名前を読み上げない仕組みを見ます。

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#145単独ページ動画

犯罪被害者の保護②被害者特定事項の秘匿(290条の2・証人等特定事項)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

名前と住所が流れる3本の道筋。被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名・住所が、1 起訴状(検察官A→裁判所C→被告人D)、2 証拠開示(検察官A→弁護人B→被告人D)、3 公判の法廷(傍聴席)の3本の道を通って流れる。今日は3本目=法廷の道筋。被告人Rの仲間が傍聴席にいるかもしれない 図:名前と住所が流れる3本の道筋

  • 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名・住所が、1 起訴状(検察官A→裁判所C→被告人D)、2 証拠開示(検察官A→弁護人B→被告人D)、3 公判の法廷(傍聴席)の3本の道を通って流れる
  • 今日は3本目=法廷の道筋
  • 被告人Rの仲間が傍聴席にいるかもしれない

法廷で、起訴状が朗読されています。被告人の名前は、はっきりと読まれます。ところが、被害者の名前は、最後まで一度も出てきません。検察官は、被害者、と呼ぶだけです。傍聴席には、何人もの人が座っています。憲法は、被告人に、公開の裁判を受ける権利を保障しています。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、憲法のいう公開の裁判といえるのでしょうか。公開への疑いにも、名前を守りたいという事情にも、それぞれ理由があります。前回は、付添い、遮へい、ビデオリンクという、法廷で証言するときの負担を軽くする話でした。保護には、もう1つ、名前や住所そのものを知られないようにする仕組みがあります。今日は、その仕組みのうち、法廷で名前を読み上げない仕組みを見ます。答えは、最高裁の判断のところで出します。設例を置きます。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。SさんもTさんも、住所をRやその仲間に知られたら、仕返しが怖い、と望んでいます。

名前や住所は、事件の中で、3本の道筋を通って流れます。1本目は、起訴状です。Sさんの氏名は、起訴状に書かれます。2本目は、証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、被告人の側に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は、公判の法廷です。傍聴席には、Rの仲間が座っているかもしれません。今日扱うのは、3本目、法廷の道筋です。公開の法廷で、被害者や証人の名前を、どこまで出さずにいられるのか。出さないことが、公開の裁判と両立するのか。この2つを確かめます。起訴状と証拠開示の道筋は、被告人の手元に届く道筋で、守る相手も、ぶつかる物差しも違います。今日は法廷に絞ります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という2つの軸を立てます。次に、被害者の氏名や住所を、傍聴人から隠す決定。その効果と、最高裁の判断。続いて、被害者でない証人にも広げた決定を読みます。最後に、設例で当てはめて、短答の落とし穴を確かめます。

2つの軸と3つの言葉

2つの軸の表。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)。縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)。今日埋めるのは「公判×傍聴人」のマスだけ。下に3つの言葉=被害者特定事項(290条の2・公判で傍聴人に対して)/証人等特定事項(290条の3・公判で傍聴人に対して)/個人特定事項(被告人や被疑者に対して使う言葉) 図:2つの軸の表

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)
  • 縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
  • 今日埋めるのは「公判×傍聴人」のマスだけ
  • 下に3つの言葉=被害者特定事項(290条の2・公判で傍聴人に対して)/証人等特定事項(290条の3・公判で傍聴人に対して)/個人特定事項(被告人や被疑者に対して使う言葉)

ここから、整理の軸を立てます。軸は2つです。1つ目は、誰から隠すのか。傍聴人のような、法廷の外の人から隠すのか、被告人から隠すのか。2つ目は、どの段階で隠すのか。起訴状、証拠開示、公判の3つです。板の表のうち、今日埋めるのは、公判と傍聴人が交わるマスだけです。被告人から隠すマスは、次の回で埋めます。誰から隠すかで、なぜ分けるのですか。隠す相手によって、ぶつかる物差しが違うからです。前回の物差しを思い出してください。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則、つまり、裁判は誰でも見に来られる法廷で行う、という原則です。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり、被告人が証人に尋問する機会を持つ権利です。傍聴人は、証人に尋問する立場にありません。ですから、傍聴人から隠すときに正面から問われるのは、公開のほうです。被告人は、証人に尋問する本人です。被告人から隠すと、尋問の準備そのものに響きます。ぶつかる相手が違えば、許される範囲も、置かれる歯止めも違います。先に、言葉を整理します。条文には、氏名や住所を指す言葉が、3つあります。今日使うのは、そのうちの2つです。1つ目は、被害者特定事項です。氏名及び住所その他の、当該事件の被害者を特定させることとなる事項で、290条の2に出てきます。公判で、傍聴人に対して使う言葉です。2つ目は、証人等特定事項です。氏名及び住所その他の、当該証人等を特定させることとなる事項で、290条の3に出てきます。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、それに供述録取書等の供述者が、対象です。被害者に限りません。

3つ目の個人特定事項は、被告人や被疑者に対して使う言葉です。今日は名前だけ覚えておいてください。使うのは、次の回です。条文は、氏名及び住所その他の、その人を特定させることとなる事項、と書いています。ですから、勤務先など、その人にたどり着ける情報が、広く対象になります。もう1つ。被害者等という言葉は、前回の201条の2の括弧書きの定義のままです。被害者本人と、被害者が亡くなった場合などの、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。今日は、この定義を、そのまま使います。最後に、隠す、の意味を先に言っておきます。起訴状には、被害者の氏名が書かれます。裁判所と検察官は、知っています。今日の仕組みで隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。

傍聴人から隠す(1)被害者特定事項の秘匿決定

290条の2の構造。申出(被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に(意見を付して通知)→被告人又は弁護人の意見を聴く→相当と認めるとき決定。対象=1号 刑法の性犯罪等の列挙/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/3号 前二号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ。3項=加害等のおそれ(申出は要件でない)。4項=取消し 図:290条の2の構造

  • 申出(被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に(意見を付して通知)→被告人又は弁護人の意見を聴く→相当と認めるとき決定
  • 対象=1号 刑法の性犯罪等の列挙/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/3号 前二号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ
  • 3項=加害等のおそれ(申出は要件でない)
  • 4項=取消し

まず、傍聴人から隠す仕組みです。被害者の氏名や住所が、公開の法廷で明らかにされると、被害者が傷つくかもしれません。仕返しを受けるかもしれません。そこで、法廷では、被害者の氏名や住所を、言わない、読まない方法をとります。条文は長いので、号の境目で区切って、全文で見ます。まず、柱書と1号です。

条文刑事訴訟法第290条の2第1項

刑事訴訟法第290条の2第1項(柱書・第1号) 裁判所は、次に掲げる事件を取り扱う場合において、当該事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件

柱書は、誰が、何をして、裁判所が何をするかを定めています。申出があるとき、意見を聴き、相当と認めるときに、公開の法廷で明らかにしない旨の決定ができる。1号は、刑法の性犯罪などの列挙です。不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、それらの致死傷、わいせつや結婚の目的の略取誘拐、強盗・不同意性交等などが並びます。続けて、2号と3号です。

条文刑事訴訟法第290条の2第1項

刑事訴訟法第290条の2第1項(第2号・第3号) 二 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件 三 前二号に掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件

2号は、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。3号は、前の2つの号のほか、犯行の態様や被害の状況などから、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件です。認定の仕方が違います。1号と2号は、罪名で、類型的に対象になります。個別に、おそれがあるかを認定する必要は、条文上ありません。性的な被害は、罪名で類型的に拾われている、という条文の作りです。ただし、相当と認めるときという要件は、1号でも2号でも要ります。3号は違います。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれを、事件ごとに、個別に認定します。この作りは、前回の構内ビデオリンクの条文と同じです。1号と2号の罪の並びも同じです。違うのは、3号で見るものです。ビデオリンクの3号は、法廷で話すときに、圧迫を受けるおそれでした。こちらの3号は、名前が法廷で出ることで、名誉や社会生活の平穏が害されるおそれです。続けて、2項と3項です。

条文刑事訴訟法第290条の2第2項

刑事訴訟法第290条の2第2項 2 前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。

2項は、申出の宛先です。裁判所に直接ではなく、あらかじめ、検察官にします。これで、1項の手続がつながります。被害者等の申出は、検察官の意見が付いて、裁判所に届きます。検察官の意見はもう届いているので、裁判所が改めて聴くのは、被告人又は弁護人の意見です。そのうえで、相当と認めるときに、決定をします。意見は聴かなければなりませんが、被告人の同意は要りません。決定は、できる、という書き方で、裁判所の裁量です。

条文刑事訴訟法第290条の2第3項

刑事訴訟法第290条の2第3項 3 裁判所は、第一項に定めるもののほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件を取り扱う場合において、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。

1項3号と3項の違い。1項3号=名前を知られること自体で名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ/被害者等の申出から始まる/申出はあらかじめ検察官に。3項=知られた先で加害・畏怖・困惑の行為がなされるおそれ/裁判所の認定から始まる(申出は要件にない)/検察官と被告人又は弁護人の意見を聴く/守る相手に親族も入る 図:1項3号と3項の違い

  • 1項3号=名前を知られること自体で名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ/被害者等の申出から始まる/申出はあらかじめ検察官に
  • 3項=知られた先で加害・畏怖・困惑の行為がなされるおそれ/裁判所の認定から始まる(申出は要件にない)/検察官と被告人又は弁護人の意見を聴く/守る相手に親族も入る

3項は、3号と似ていますが、見ているものが違います。3号は、名前を知られること自体で、名誉や平穏が害される場合です。3項は、名前を知られた先で、誰かに害を加えられたり、怖がらされたりする場合です。被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることで、被害者やその親族に、害を加えたり、畏怖させたり、困惑させたりする行為がなされるおそれがある事件です。手続も、1項と違います。1項は、被害者のほうが、名前を出さないでほしい、と申し出るところから始まりました。3項は、裁判所が、犯行の態様や被害の状況から、このおそれがあると認めるところから始まります。守る相手には、被害者だけでなく、その親族も入っています。申出は、条文の要件にありません。3項には、申出を検察官にする定めがありません。検察官の意見は、裁判所が直接聴きます。聴く相手は、検察官と、被告人又は弁護人です。そのうえで、決定できます。1項は申出が要る、3項は要らない。ここが、短答で聞かれます。4項は、板で要点だけ確認します。公開の法廷で明らかにしないことが相当でないと認めるに至ったときなどは、裁判所は、決定で、この決定を取り消さなければなりません。

傍聴人から隠す(2)効果の4場面と最高裁の判断

効果の4場面。1 起訴状の朗読(291条2項)=被害者特定事項を明らかにしない方法で。決定そのものは被告人に対するものではない/通常は検察官が被告人に起訴状を示す/2 証拠書類の朗読(305条3項)/3 尋問・陳述の制限(295条3項)=犯罪の証明に重大な支障・被告人の防御に実質的な不利益のおそれがある場合を除く/4 判決の宣告(規則35条3項)。決定=290条の2第1項又は第3項 図:効果の4場面

  • 1 起訴状の朗読(291条2項)=被害者特定事項を明らかにしない方法で
  • 決定そのものは被告人に対するものではない/通常は検察官が被告人に起訴状を示す/2 証拠書類の朗読(305条3項)/3 尋問・陳述の制限(295条3項)=犯罪の証明に重大な支障・被告人の防御に実質的な不利益のおそれがある場合を除く/4 判決の宣告(規則35条3項)
  • 決定=290条の2第1項又は第3項

復習を1問です。前回、傍聴人との間に遮へいを置いた法廷について、最高裁は、公開との関係を、どう言いましたか?審理が公開されていることに変わりはない、でした。今回の秘匿決定も、同じ線で読みます。まず、決定が出たら、法廷の何が変わるのか。4つの場面があります。1つ目は、起訴状の朗読です。冒頭手続の回で、起訴状は全文を朗読するのが原則だが、秘匿決定があるときは別だ、と一言だけ触れました。今日は、その条文です。291条2項です。決定があったときは、起訴状の朗読は、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。たとえば、Sさんの名前は読まずに、被害者、と読んだり、仮の呼び名を使ったりします。冒頭の法廷の場面は、この中身です。

朗読しないのなら、被告人は、被害者が誰か分からないまま、裁判を受けるのですか。そこは、条文が手当てしています。291条2項の後段です。この場合、検察官は、被告人に起訴状を示さなければなりません。起訴状抄本等という別の仕組みがとられていない、通常の場合は、被告人は、書面で、被害者の氏名を知ります。つまり、290条の2の決定そのものは、被告人に隠すものではなく、隠す相手は傍聴人です。2つ目は、証拠書類の朗読です。305条3項で、同じように、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。3つ目は、尋問や陳述の制限です。295条3項です。295条は、訴訟指揮の回で、重複する尋問などを裁判長が止める1項を見ました。3項は、同じ条文の中の、別の制限です。裁判長は、尋問や陳述が被害者特定事項にわたるとき、制限できます。4つ目は、判決の宣告です。刑事訴訟規則35条3項で、同じ扱いです。どの場面も、決定は、290条の2の第1項か、第3項のものです。3つ目には、歯止めがあります。295条3項は、犯罪の証明に重大な支障を生ずるおそれがある場合、または被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、と定めます。つまり、秘匿のために、犯罪の証明や被告人の防御を犠牲にはしません。たとえば、被害者の勤務先が、事件の動機に直結しているなら、その部分の尋問まで制限すると、立証にも防御にも支障が出ます。そのときは、制限できません。

最高裁の判断の整理。弁護人の主張=秘匿決定は公開裁判を受ける権利(憲法37条1項)を侵害する/最高裁=裁判を非公開で行う旨のものではない→侵害しない/対比=非公開(傍聴人を入れずに審理する)と秘匿決定(傍聴席は開いたまま・氏名や住所だけ出さない)/言っていないこと=公開原則の例外にあたるとは言っていない・被告人の審問権との関係は判断の外 図:最高裁の判断の整理

ここで、冒頭の問いに答える最高裁の判断を見ます。事件は、殺人などの被告事件です。被害者等から申出があった被害者については1項の決定、そのほかの被害者については3項の決定がされました。弁護人は、この決定が、憲法37条1項の公開裁判を受ける権利を侵害する、と主張しました。

判例最決平20・3・5

被害者特定事項の秘匿決定と公開裁判を受ける権利 弁護人は,本件につき,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることが,憲法37条1項の定める公開裁判を受ける権利を侵害し,ひいては,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあると主張するが,同決定が,裁判を非公開で行う旨のものではないことは明らかであって,公開裁判を受ける権利を侵害するものとはいえないから,所論は前提を欠くというべきである。

部品に分けます。弁護人の主張は、秘匿決定が、公開裁判を受ける権利を侵害する、というものです。最高裁の答えは、この決定は、裁判を非公開で行う旨のものではないことが明らかだ、というものです。非公開ではないのだから、公開裁判を受ける権利を侵害したとは言えず、弁護人の主張は、前提を欠きます。非公開の裁判とは、傍聴人を入れずに審理することです。秘匿決定では、傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、被害者の氏名や住所、という情報だけです。冒頭の問いの答えは、これです。被害者の名前を一度も読み上げなくても、審理が公開されていることに変わりはなく、公開裁判を受ける権利の侵害にはなりません。前回の、傍聴人との間の遮へいと、同じ線です。ただし、この決定が言っていないことがあります。1つ目は、秘匿決定が公開原則の例外にあたる、という言い方です。決定は、非公開ではない、と言って、そこで話を終えています。例外かどうかには、踏み込んでいません。弁護人の主張は前提を欠く、という結びが、それです。2つ目は、被告人の審問権との関係です。それは、この決定の守備範囲の外です。短答では、秘匿決定があると裁判は非公開になる、と出れば、×です。

傍聴人から隠す(3)証人等特定事項の秘匿決定

290条の2と290条の3の対比表。行=対象者/申出をする人/罪名による類型的な対象/要件/効果の場面。290条の2=被害者(等)/被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士(3項は申出不要)/あり(1号・2号)+3号・3項は個別/名誉・平穏、加害等のおそれ/朗読・書証朗読・尋問陳述の制限・判決宣告。290条の3=証人・鑑定人・通訳人・翻訳人・供述録取書等の供述者/証人等本人/なし/加害等のおそれ、名誉・平穏/同じ4場面 図:290条の2と290条の3の対比表

  • 行=対象者/申出をする人/罪名による類型的な対象/要件/効果の場面
  • 290条の2=被害者(等)/被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士(3項は申出不要)/あり(1号・2号)+3号・3項は個別/名誉・平穏、加害等のおそれ/朗読・書証朗読・尋問陳述の制限・判決宣告
  • 290条の3=証人・鑑定人・通訳人・翻訳人・供述録取書等の供述者/証人等本人/なし/加害等のおそれ、名誉・平穏/同じ4場面

290条の2は、被害者の特定事項だけです。設例の目撃者のTさんは、被害者ではありません。それでも、名前が法廷で出れば、仕返しが怖い。そこで、同じ仕組みを、被害者でない証人にも広げたのが、290条の3です。

条文刑事訴訟法第290条の3第1項

刑事訴訟法第290条の3第1項 裁判所は、次に掲げる場合において、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人又は供述録取書等(供述書、供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であつて供述を記録したものをいう。以下同じ。)の供述者(以下この項において「証人等」という。)から申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、証人等特定事項(氏名及び住所その他の当該証人等を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。 二 前号に掲げる場合のほか、証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき。

対象は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、そして、供述録取書等の供述者です。供述録取書等とは、供述書、署名か押印のある供述録取書、供述を記録した記録媒体のことです。法廷に証人として出てこない人でも、調書の供述者なら、対象になります。書証を朗読する場面で効きます。要件は2つです。1号は、証人等やその親族への、加害や畏怖、困惑の行為のおそれ。2号は、前号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれです。290条の2と違って、罪名の列挙は、ありません。個別の認定だけです。申出をするのは、証人等の本人です。290条の2のように、あらかじめ検察官にする、という条文は、ありません。検察官は、ここでも、意見を聴かれる側に入っています。裁判所は、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴いて、相当と認めるときに、決定できます。取消しは2項で、相当でないと認めるに至ったときです。効果は、290条の2と同じ4場面です。起訴状の朗読は291条3項、証拠書類の朗読は305条4項、尋問や陳述の制限は295条4項、判決の宣告は規則35条4項です。「被害者特定事項」を「証人等特定事項」に読み替える形になっています。板で、2つの条文を並べました。対象者、申出する人、類型的な対象、要件、効果の場面です。短答では、証人等特定事項の秘匿は、被害者である証人に限られる、と出れば、×です。もう1つ、決定がなくても使える仕組みがあります。秘匿決定がなくても、裁判長は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人の住居や勤務先など、通常所在する場所が特定される事項についての尋問を、制限できます。295条2項です。加害のおそれがあって、証人が十分な供述をできないと認めるときです。ただし、3項と同じ歯止めがあります。決定とは別の、尋問の場面だけの仕組みです。

節目のミニ事例

設例の当てはめ表。Sさん(恐喝の被害者)=1号・2号に載っていない→3号(名誉・平穏の個別認定)か3項(加害等のおそれ・申出は不要)。Tさん(目撃者)=被害者ではない→290条の3。Tさんの供述録取書を朗読する場面=供述者として対象。性犯罪の被害者Uさん=1号・類型的・申出と相当性は要る 図:設例の当てはめ表

  • Sさん(恐喝の被害者)=1号・2号に載っていない→3号(名誉・平穏の個別認定)か3項(加害等のおそれ・申出は不要)
  • Tさん(目撃者)=被害者ではない→290条の3
  • Tさんの供述録取書を朗読する場面=供述者として対象
  • 性犯罪の被害者Uさん=1号・類型的・申出と相当性は要る

設例で、3問確かめます。1問目。恐喝の被害者のSさんは、290条の2の1項1号か2号に、載っているでしょうか?恐喝罪は、1号と2号の列挙にありません。では、Sさんは決定を受けられないのか。受けられます。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが、個別に認められれば、1項3号です。Rの仲間による仕返しのおそれがあるなら、3項で、申出がなくても決定ができます。2問目。目撃者のTさんの名前を、法廷で出したくありません。どの条文でしょうか?被害者でない証人は、290条の3の対象です。Tさんが警察で話した供述録取書を、証拠として朗読する場面でも、Tさんは供述者として、証人等特定事項の対象になります。Tさんが法廷に出なくても、同じです。3問目。不同意わいせつの被害者のUさんは、1号で、類型的に対象です。罪名だけで足りるので、個別の認定は要りません。それでは、Uさんが申出をしなくても、決定は出るでしょうか?

1号に当たる事件でも、申出がなければ、1項の決定は出ません。1項は、申出と、相当と認めること、の両方が要ります。申出が要らないのは、3項だけです。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。290条の2・290条の3・秘匿決定と公開・起訴状の氏名の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。被害者特定事項の秘匿決定は、性犯罪の被害者に限られる。×です。3号と3項があり、恐喝のような事件の被害者も対象になりえます。290条の2第1項の申出は、あらかじめ検察官にする。○です。2項が、あらかじめ検察官に、と定めています。秘匿決定には、被告人の同意が必要である。×です。意見を聴けば足り、同意は要りません。290条の2の3項の決定には、被害者等の申出が必要である。×です。3項は、申出が要件にありません。1号や2号の事件なら、相当と認めるときという要件は要らない。×です。1号でも2号でも、要ります。

通常は示されます。290条の2の決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。291条2項の後段で、検察官は被告人に起訴状を示します。起訴状には氏名が書かれています。短答では、290条の2の決定があると、決定そのものによって、被告人にも被害者の氏名が分からなくなる、と出れば、×です。証人等特定事項の秘匿決定は、被害者である証人に限られる。×です。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。290条の3の申出は、あらかじめ検察官にしなければならない。×です。そのような条文は、ありません。最高裁です。被害者特定事項の秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものである。×です。最高裁は、非公開で行う旨のものではない、と言いました。最高裁は、秘匿決定が公開原則の例外にあたると述べた。×です。そう言ってはいません。尋問や陳述の制限は、犯罪の証明に重大な支障が出るおそれがあっても、必ずできる。×です。歯止めがあります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。冒頭の問いの答え=名前を読み上げなくても、審理は公開されたまま・公開裁判を受ける権利の侵害にならない(最高裁)。隠す相手は傍聴人で、決定そのものは被告人に対するものではなく、通常は起訴状で名前を知る。290条の2=被害者特定事項(1号・2号は類型的、3号と3項は個別、3項は申出不要)/290条の3=証人等特定事項(被害者に限らない)/効果は4場面 図:まとめの地図

  • 冒頭の問いの答え=名前を読み上げなくても、審理は公開されたまま・公開裁判を受ける権利の侵害にならない(最高裁)
  • 隠す相手は傍聴人で、決定そのものは被告人に対するものではなく、通常は起訴状で名前を知る
  • 290条の2=被害者特定事項(1号・2号は類型的、3号と3項は個別、3項は申出不要)/290条の3=証人等特定事項(被害者に限らない)/効果は4場面

今日のまとめです。冒頭の問いに、もう一度答えます。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、公開の裁判といえるのか。いえます。最高裁は、秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものではなく、公開裁判を受ける権利を侵害しない、としました。傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、名前や住所という情報だけです。隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではなく、通常は、起訴状が示され、被害者の氏名は書面で分かります。被告人に氏名を知らせない別の仕組みは、次に見ます。290条の2は、被害者特定事項の秘匿決定です。1号と2号は罪名で類型的に、3号は個別の認定で、対象になります。申出はあらかじめ検察官にします。3項は、加害等のおそれがあるとき、申出がなくても決定できます。290条の3は、被害者に限らず、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。効果は、起訴状の朗読、証拠書類の朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告の4場面です。次は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。証人の名前を、弁護人にも知らせないまま尋問してよいのかを見ます。

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#146単独ページ動画

犯罪被害者の保護③被告人から氏名等を隠す措置(証拠開示・起訴状)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

名前と住所が被告人の手元へ届く道筋。被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名などが、1 起訴状(Sさんの氏名など。検察官A→裁判所C→被告人R)、2 証拠開示(Tさんの氏名・住居。検察官A→弁護人B→被告人R)の2本の道を通って届く。3本目の公判の法廷(傍聴席)は前回扱った。今日の問い=証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいか 図:名前と住所が被告人の手元へ届く道筋

  • 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名などが、1 起訴状(Sさんの氏名など。検察官A→裁判所C→被告人R)、2 証拠開示(Tさんの氏名・住居。検察官A→弁護人B→被告人R)の2本の道を通って届く
  • 3本目の公判の法廷(傍聴席)は前回扱った
  • 今日の問い=証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいか

証人の名前は、被告人には知らされません。住所も知らされません。弁護人にも知らされません。知らされるのは、名前の代わりの呼び名と、連絡先だけです。憲法は、被告人に、証人を審問する権利を保障しています。それなのに、こういう形で証人を尋問することは、許されるのでしょうか。前回の終わりに、予告しました。今日は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。問いは1つです。証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいのか。答えは、最高裁の判断のところで出します。前回は、法廷で被害者の名前を読み上げない仕組みを見ました。隠す相手は傍聴人で、審理は公開されたままでした。今日は隠す相手が変わります。被告人です。設例は前回の続きです。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。

3本の道筋がありました。1本目は起訴状です。Sさんの氏名などは起訴状に書かれ、その謄本がRに送達されます。続く道筋は証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、相手方に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は公判の法廷で、これは前回見ました。今日は、起訴状と証拠開示を扱います。Rやその仲間に知られれば、仕返しを受けるかもしれません。証言を変えさせようとする人が出るかもしれません。一方で、被告人の側は、証人の氏名や住居が分からないと、反対尋問の準備ができません。守りたい事情と、被告人の防御が、正面からぶつかります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という地図を立てます。次に、証拠開示の段階で隠す4つの段を、強さの順に見ます。続いて、その歯止めと、最高裁の判断です。ここで冒頭の問いに答えます。そのあと、起訴状の段階を見て、地図を完成させます。最後に、設例と短答で確かめます。

誰から隠すか×どの段階か

前回の表の再掲と今日埋めるマス。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)、縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)。前回埋めた=公判×傍聴人(290条の2・290条の3)。今日埋める=起訴状×被告人(271条の2〜271条の5)・証拠開示×被告人(299条の2〜299条の5)。傍聴人の2マス=書面が届かない/公判×被告人=被告人は法廷にいる当事者。下に言葉の定義=個人特定事項=氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項(201条の2第1項)。被害者(一号)と被害者以外の者(二号) 図:前回の表の再掲と今日埋めるマス

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)、縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
  • 前回埋めた=公判×傍聴人(290条の2・290条の3)
  • 今日埋める=起訴状×被告人(271条の2〜271条の5)・証拠開示×被告人(299条の2〜299条の5)
  • 傍聴人の2マス=書面が届かない/公判×被告人=被告人は法廷にいる当事者
  • 下に言葉の定義=個人特定事項=氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項(201条の2第1項)
  • 被害者(一号)と被害者以外の者(二号)

前回の表を、もう一度出します。横は、誰から隠すか。傍聴人か、被告人か。縦は、どの段階か。起訴状、証拠開示、公判の3つです。前回埋めたのは、公判と傍聴人が交わるマスでした。290条の2と290条の3です。今日埋めるのは、被告人の列の、起訴状と証拠開示の2マスです。起訴状の段階は271条の2から271条の5。証拠開示の段階は299条の2から299条の5です。傍聴人の列の、起訴状と証拠開示のマスは、隠す必要がありません。傍聴人のところには、起訴状や証拠の書面そのものが届かないからです。公判と被告人のマスは、被告人が法廷にいる当事者です。顔を見せない遮へいやビデオリンクは、前々回の仕組みでした。そして氏名の扱いは、起訴状と証拠開示の2つの段階で決まります。物差しは、前回と同じです。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則でした。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり憲法37条2項前段です。被告人の権利に触れる分だけ、段階を踏み、歯止めを置くことになります。もう1つ、前回、名前だけ予告した言葉があります。個人特定事項です。氏名及び住所その他の、個人を特定させることとなる事項をいいます。逮捕状、勾留状、起訴状の段階で、被疑者や被告人に対して使います。201条の2第1項に出てきます。

被害者特定事項は、氏名及び住所その他の、その事件の被害者を特定させることとなる事項でした。前回は、公判で傍聴人から隠す場面で使いました。ただ、同じ言葉が、今日の証拠開示の2段目、299条の3にも出てきます。こちらは、被告人に知られないようにする対象です。ですから、2つの言葉の違いは、隠す相手ではなく、誰の情報かです。被害者特定事項は、被害者の情報だけです。個人特定事項は、逮捕状や起訴状に載る情報で、書面には被害者でない人の名前も載るので、対象が2種類あります。一号が被害者、二号が被害者以外の者です。被害者等という言葉は、前々回の定義のまま使います。

証拠開示で隠す(1)4段の梯子と1段目

証拠開示の4段の梯子(強さの順)。1段目 配慮の求め(299条の2)=弁護人は知る・被告人に知られないよう求める/2段目 被害者特定事項の秘匿の要請(299条の3)=弁護人は知る・求めのみ/3段目 条件付与等措置(299条の4第1項ほか)=弁護人は知る・被告人に知らせない条件/4段目 代替開示措置(299条の4第3項ほか)=弁護人も知らない・呼称と連絡先だけ。1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない 図:証拠開示の4段の梯子

  • 強さの順
  • 1段目 配慮の求め(299条の2)=弁護人は知る・被告人に知られないよう求める
  • 2段目 被害者特定事項の秘匿の要請(299条の3)=弁護人は知る・求めのみ
  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項ほか)=弁護人は知る・被告人に知らせない条件
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項ほか)=弁護人も知らない・呼称と連絡先だけ。1・2段目=防御などに必要がある場合を除く
  • 3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない

ここからは、証拠開示の段階です。復習を1問です。証人を請求するとき、相手方に何を知らせなければなりませんか?氏名と住居を知る機会を与える、でした。299条1項です。では、なぜ、その機会を与えるのでしょうか。反対尋問の準備のためです。証人が被告人とどんな利害関係にあるのかを確かめ、供述の信用性、つまり証明力を調べるためです。氏名と住居が分からなければ、それができません。だから、氏名や住居を隠すことは、この原則への、正面からのぶつかりです。冒頭の問いの根っこは、ここにあります。それなら、いきなり弁護人にも知らせないのではなく、被告人にだけ知らせない方法はないのでしょうか?あります。条文は、このぶつかりを、強さの違う4つの段で折り合わせています。名前や住所を金庫にしまってあると考えてください。1段目と2段目は、金庫の鍵を弁護人に貸したうえで、被告人には見せないでほしいと、お願いするだけです。3段目は、鍵を貸すけれども、被告人には見せないという条件を付けます。4段目は、鍵そのものを渡さず、窓口の番号だけを渡します。順に挙げます。1段目は配慮の求めで、299条の2です。2段目は被害者特定事項の秘匿の要請で、299条の3です。3段目は条件付与等措置、4段目は代替開示措置で、どちらも299条の4です。

見る点は、被告人が知るのか、弁護人が知るのかです。1段目と2段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせないよう求めるだけです。3段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせない条件が付きます。4段目は、弁護人も知りません。代わりの呼び名と連絡先だけです。そして、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、被告人の防御などに必要がある場合を除く、という形です。3段目と4段目は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない、という形です。これは、あとで詳しく見ます。なお、公判前整理手続で請求証拠を開示する場面にも、同じ仕組みが準用されます。316条の23です。証拠開示の回で、299条の4を準用する条文として触れました。ここでは名前だけ触れておきます。

4段の梯子のうち1段目だけ。1段目 配慮の求め(299条の2)=検察官又は弁護人から相手方へ/弁護人は知っている・被告人を含む関係者に知られないよう配慮を求めるだけ/対象=住居・勤務先その他の所在場所が特定される事項(氏名そのものは対象外)/要件=身体・財産への加害や畏怖・困惑の行為のおそれ。2段目以降は灰色に伏せる 図:4段の梯子のうち1段目だけ

  • 1段目 配慮の求め(299条の2)=検察官又は弁護人から相手方へ/弁護人は知っている・被告人を含む関係者に知られないよう配慮を求めるだけ/対象=住居・勤務先その他の所在場所が特定される事項(氏名そのものは対象外)/要件=身体・財産への加害や畏怖・困惑の行為のおそれ
  • 2段目以降は灰色に伏せる

では、1段目です。条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第299条の2

刑事訴訟法第299条の2 検察官又は弁護人は、前条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人若しくは証拠書類若しくは証拠物にその氏名が記載され若しくは記録されている者若しくはこれらの親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、相手方に対し、その旨を告げ、これらの者の住居、勤務先その他その通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明若しくは犯罪の捜査又は被告人の防御に関し必要がある場合を除き、関係者(被告人を含む。)に知られないようにすることその他これらの者の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる。

部品に分けます。誰が。検察官又は弁護人です。どちらからでも相手方に求められます。いつ。氏名と住居を知る機会を与えるときや、証拠書類や証拠物を閲覧する機会を与えるときです。要件は、その人やその親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときです。何を求めるのか。その人の住居、勤務先その他通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明、捜査、被告人の防御に必要な場合を除き、被告人を含む関係者に知られないようにすること。そして、安全が脅かされないよう配慮することです。

氏名も、知られないようにしてほしいと求められるのですか。ここが落とし穴です。条文が求めるのは、所在場所が特定される事項です。氏名そのものを知らせないことまでは、求めません。弁護人は知っています。しかも求めるだけで、条件を付けたり、知る機会を与えなかったりはしません。設例です。Tさんの氏名と住居を知らせるとき、検察官が弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRには知られないようにしてほしいと求めます。Rの仲間がTさんの店に来るおそれがあるときの手当てです。Bは知っています。これが1段目です。

証拠開示で隠す(2)2段目・被害者特定事項の秘匿の要請

2つの「求め」の比較。299条の2=検察官又は弁護人から相手方へ/住居・勤務先など所在場所が特定される事項/要件=加害等のおそれ。299条の3=検察官から弁護人へだけ/被害者特定事項(氏名も含む)/要件=名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ。ただし書=被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る(起訴状抄本等を提出した場合を除く) 図:2つの「求め」の比較

  • 299条の2=検察官又は弁護人から相手方へ/住居・勤務先など所在場所が特定される事項/要件=加害等のおそれ
  • 299条の3=検察官から弁護人へだけ/被害者特定事項(氏名も含む)/要件=名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ
  • ただし書=被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る(起訴状抄本等を提出した場合を除く)

2段目は299条の3です。被害者に限った、秘匿の要請です。

条文刑事訴訟法第299条の3

刑事訴訟法第299条の3 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、被害者特定事項が明らかにされることにより、被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき、又は被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくはこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、その旨を告げ、被害者特定事項が、被告人の防御に関し必要がある場合を除き、被告人その他の者に知られないようにすることを求めることができる。ただし、第二百七十一条の二第二項の規定により起訴状抄本等を提出した場合を除き、被告人に知られないようにすることを求めることについては、被害者特定事項のうち起訴状に記載された事項以外のものに限る。

1段目との違いが4つあります。1つ目、対象が被害者特定事項です。氏名も含みます。2つ目、要件に、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが入ります。3つ目、求めるのは検察官から弁護人へだけです。弁護人から検察官へはありません。4つ目、被害者特定事項に限られます。被害者でない証人や鑑定人については使えません。性質は1段目と同じで、求めるだけです。弁護人は知っています。299条の3のただし書は、被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る、という意味です。理由は、起訴状に書かれた氏名などは、被告人が起訴状の謄本でもう見ているからです。隠せと求める意味がありません。ただし例外があります。起訴状抄本等を提出した場合です。この場合、被告人は起訴状抄本等しか受け取っていないので、起訴状に書かれた事項も対象になります。起訴状抄本等は、被害者の氏名などを除いた、起訴状の謄本の代わりの書面です。詳しくは、あとで見ます。設例です。不同意わいせつの被害者のUさんの氏名は、起訴状に書かれています。しかし勤務先は起訴状にありません。この場合、Uさんの勤務先をRに知られないようにと求められます。氏名は求められません。起訴状抄本等が出される事件なら、氏名も求められます。

証拠開示で隠す(3)3段目・条件付与等措置

条件付与等措置と代替開示措置の比較。3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可。4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む) 図:条件付与等措置と代替開示措置の比較

  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)

3段目は条件付与等措置です。ここから、お願いではなく、条件になります。

条文刑事訴訟法第299条の4第1項

刑事訴訟法第299条の4第1項 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、当該氏名及び住居を知る機会を与えた上で、当該氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。ただし、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。

仕組みは、こうです。検察官が弁護人に、氏名と住居を知る機会を与えます。そのうえで、その氏名や住居を被告人に知らせてはならないという条件を付けるか、被告人に知らせる時期や方法を指定します。1段目と2段目が求めるだけだったのと違い、これは条件です。弁護士である弁護人が条件に違反したときは、弁護士会などに通知して適当な処置を請求できる、という規定が299条の7にあります。対象は、299条1項で氏名や住居を知る機会を与えるべき、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人です。証拠書類や証拠物に氏名や住居が載っている人、つまり供述録取書等の供述者には、6項が同じ措置を用意しています。閲覧の機会を与えたうえで、条件を付けたり、時期や方法を指定したりします。

要件は、2段目と同じですか。ここが大事です。要件は、その者や親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると、検察官が認めるときです。名誉や社会生活の平穏だけでは使えません。2段目の299条の3との違いです。名誉や社会生活の平穏まで入るのは、被害者に限った2段目だけです。証人など誰にでも使える1段目と3段目は、身体や財産への害や、畏怖、困惑のおそれに絞られています。短答で、条件付与等措置は名誉が著しく害されるおそれがあるときにもとれる、と出れば×です。ただし書は、防御の歯止めです。供述の証明力の判断に資する、被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるとき、その他、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、使えません。

なぜ、利害関係の確認が、そこまで大事なのですか。証人が被告人や関係者と、恨みや金銭などの結びつきを持っていれば、供述の信用性の判断が変わるからです。ただ、弁護人が氏名と住居を知れば、その調査は弁護人にできます。弁護人が調べて、結果だけを被告人に伝える形で足りる場面なら、防御は害されません。3段目は、その場面のためにあります。時期や方法の指定の例です。住所はBには知らせるが、Rには公判期日の直前まで知らせない。あるいは、Rに伝えるのは口頭だけで、書面は渡さない。こういう指定ができます。もう1つ、薄く触れます。起訴状抄本等が提出された事件に、同じ措置を広げる項があります。2項と7項です。起訴状に書かれた氏名や住居を対象にするためのもので、あとの起訴状の節でつながります。設例で当てはめます。検察官がBに、Tさんの氏名と住居を知らせたうえで、Rに知らせてはならないと条件を付ける。これが3段目です。ところが、RがTさんと金銭の貸し借りをしていたとします。Rの側が、Tさんとの利害関係を確かめられなくなるなら、この措置は使えません。そして、Bが条件を破ってRに伝えたなら、弁護士会に処置の請求がなされえます。

証拠開示で隠す(4)4段目・代替開示措置

条件付与等措置と代替開示措置の比較。3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可。4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む) 図:条件付与等措置と代替開示措置の比較

  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)

4段目は代替開示措置です。いちばん強い措置で、弁護人も知らない段です。

条文刑事訴訟法第299条の4第3項

刑事訴訟法第299条の4第3項 検察官は、第一項本文の場合において、同項本文の規定による措置によつては同項本文に規定する行為を防止できないおそれがあると認めるとき(被告人に弁護人がないときを含む。)は、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなる場合その他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対し、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名又は住居を知る機会を与えないことができる。この場合において、被告人又は弁護人に対し、氏名にあつてはこれに代わる呼称を、住居にあつてはこれに代わる連絡先を知る機会を与えなければならない。

部品に分けます。要件の1つ目は、条件付与等措置によっては、加害等の行為を防止できないおそれがあると認めるときです。被告人に弁護人がないときも含みます。2つ目は、利害関係の確認ができなくなる場合など、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、ということです。条件付与等措置が先で、代替開示は2番手です。条件付与等で足りるなら、代替開示はとれません。効果は、被告人にも弁護人にも、氏名や住居を知る機会を与えないことです。その代わり、氏名に代わる呼称と、住居に代わる連絡先を知る機会を与えなければなりません。

弁護人は、代わりの連絡先を通じて証人に連絡をとります。証人に会いたい旨を、窓口に伝えられます。会うかどうかは証人しだいです。弁護人がいないときも含まれるのは、なぜですか。条件を付ける相手の弁護人がいないからです。弁護人を通じた条件付与等はできません。このときも、要件を満たせば、代替開示措置を検討できます。証拠書類や証拠物は、8項です。氏名や住居が記載、記録された部分について、閲覧の機会を与えません。この場合も、呼称と連絡先を知る機会は与えます。起訴状抄本等の場面で同じ措置を広げる項は、4項、5項、9項、10項です。名前だけ触れておきます。呼称と連絡先は、誰が知らせるのか。措置をとる検察官です。299条の4第3項の後段です。そのうえで、刑事訴訟規則178条の10により、裁判所も、必要があると認めるときは、呼称を定めることができ、定めたら、検察官、被告人、弁護人に通知します。連絡先は、この規則の対象ではありません。さらに、299条の4第11項で、検察官は、措置をとったとき、速やかに裁判所に通知しなければなりません。これで裁判所は、措置を把握でき、呼称を定めたり、このあと見る、被告人側からの取消しの請求に備えたりできます。使える場面の想定です。Rが暴力団の幹部で、仕返しの手段を組織として持っているとします。Tさんの住所をBに知らせても、Bの周辺から組織に漏れるおそれがあると、検察官が認めるとき。3段目では足りません。そこで4段目です。呼称は、たとえば証人T、とします。条文は暴力団の事件に限っていませんが、イメージはそういう場面です。

設例で弁別します。最初は、BがTさんの住所を知っても漏れるおそれはないと見込まれる事件。3段目で足りるので、代替開示は要件を欠きます。次は、Rにまだ弁護人がいない場合。3段目は使えません。4段目を、要件を満たせば検討します。最後は、TさんがRと同じ組織にいた元組員で、利害関係の確認が事件の核心という場合。防御に実質的な不利益のおそれがあるので、3段目も4段目も使えません。

歯止めと不服申立て

歯止めと不服申立ての5つ。1 防御の例外(1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない)/2 代替開示措置は条件付与等措置で足りないときだけ/3 検察官が措置をとったら裁判所に通知(299条の4)/4 裁定請求で取消し(299条の5)/5 即時抗告。裁定請求の取消事由=1号 加害等のおそれがない/2号 防御に実質的な不利益のおそれ/3号 代替開示措置の場合で条件付与等措置で防止できる 図:歯止めと不服申立ての5つ

  • 1 防御の例外(1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない)/2 代替開示措置は条件付与等措置で足りないときだけ/3 検察官が措置をとったら裁判所に通知(299条の4)/4 裁定請求で取消し(299条の5)/5 即時抗告
  • 裁定請求の取消事由=1号 加害等のおそれがない/2号 防御に実質的な不利益のおそれ/3号 代替開示措置の場合で条件付与等措置で防止できる

4段の梯子には、歯止めと、是正の道が用意されています。板に5つ並べました。1つ目、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、防御などに必要がある場合を除きます。3段目と4段目は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えません。2つ目、代替開示措置は、条件付与等措置で足りないときだけです。3つ目、検察官は、措置をとったら裁判所に通知します。4つ目、被告人や弁護人は、裁判所に、検察官の措置を取り消す決定を求められます。この請求を、裁定請求といいます。検察官が自分でとった措置を、裁判所に見直させる道です。5つ目、その決定に不服があれば、上の裁判所に即時抗告ができます。4つ目の条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第299条の5第1項

刑事訴訟法第299条の5第1項 裁判所は、検察官が前条第一項、第三項、第六項又は第八項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該措置の全部又は一部を取り消さなければならない。 一 当該措置に係る者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがないとき。 二 当該措置により、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。 三 検察官のとつた措置が前条第三項又は第八項の規定によるものである場合において、同条第一項本文又は第六項本文の規定による措置によつて第一号に規定する行為を防止できるとき。

請求できるのは、被告人又は弁護人です。取消事由は3つです。1号は、加害等のおそれがないとき。そもそも措置の前提がなかった場合です。2号は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。3号は、代替開示措置がとられた場合で、条件付与等措置で防止できるとき。代替開示は2番手という先ほどの原則を、裁判所の側から確かめる号です。該当すれば、取り消さなければなりません。裁量ではなく義務です。裁判所は、決定をするとき、検察官の意見を聴かなければなりません。5項です。請求は書面でするのが原則で、公判期日では口頭もできます。刑事訴訟規則178条の9です。そして、裁判所の決定には、6項で、即時抗告ができます。もう1つ。2号や3号で措置を取り消す場合でも、加害等のおそれがあると認めるときは、裁判所が弁護人に条件を付けたり、時期や方法を指定したりできます。3項です。ただし、防御に実質的な不利益のあるときを除きます。取り消して終わり、ではありません。薄く2つ触れます。氏名や住居は、訴訟記録、裁判書、公判調書にも出てきます。299条の6は、裁判所が弁護人の閲覧や謄写の場面などで、同じように被告人に知らせない条件を付けられると定めます。299条の7は、検察官や裁判所が付けた条件に弁護士である弁護人が違反したとき、弁護士会などへ通知して適当な処置を請求できると定めます。混同に注意してください。裁定という言葉は、証拠開示の回にも出てきました。あちらは証拠開示に関する裁定で、たとえば316条の26は、裁判所が検察官に開示を命じる決定でした。ここでの裁定請求は299条の5で、検察官がとった氏名等の秘匿の措置の、取消しを求めるものです。名前は似ていますが、別の制度です。

設例です。Rが代替開示措置を不服として、Bが書面で裁定請求をします。検察官は意見で、条件付与等では防げないと説明します。裁判所は、2号の防御の不利益にも3号にも当たらないと判断し、請求を棄却しました。この棄却に対しても、Bは即時抗告ができます。

最高裁の判断

決定の条番号と現行の対応・事案。決定は改正前の条文番号で書かれている。決定の「299条の4第1項」=現行の第1項(条件付与等措置)/決定の「同条2項」=現行の第3項(代替開示措置)/決定の「299条の5第3項」=現行の第5項(検察官の意見聴取)/決定の「同条4項」=現行の第6項(即時抗告)/299条の5第1項は同じ番号。事案=検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件。出典=最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁 図:決定の条番号と現行の対応・事案

  • 決定は改正前の条文番号で書かれている
  • 決定の「299条の4第1項」=現行の第1項(条件付与等措置)/決定の「同条2項」=現行の第3項(代替開示措置)/決定の「299条の5第3項」=現行の第5項(検察官の意見聴取)/決定の「同条4項」=現行の第6項(即時抗告)/299条の5第1項は同じ番号
  • 事案=検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件
  • 出典=最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

ここが、この回の山場です。冒頭の問いに答えます。その前に1問です。証人審問権は、何が確保されているかで見るのでしたか?反対尋問の機会が確保されているか、でした。供述を聞けて、自ら尋問できて、弁護人が観察できる、という見方でした。前々回の線ですね。今日もその線で読みます。最初に条番号です。この決定は、改正前の条文の番号で書かれています。現行との対応は、板に出しました。ここから先は、現行の番号で話します。対応表は決定文を自分で読むときのためのもので、答案や短答では、現行の番号だけで足ります。事件の経過です。検察官がとった氏名等の開示に関する措置について、被告人側が裁定請求をしました。裁定決定が出て、即時抗告も棄却され、最高裁への特別抗告、つまり憲法違反などを理由に最高裁へ不服を申し立てる手続になりました。申立人は、299条の4と299条の5が、憲法37条2項前段の証人審問権に違反すると主張しました。条文の仕組みそのものが、憲法に反しないかが判断されました。決定は、まず、この仕組みの趣旨を述べます。加害行為等を防止して、証人等の安全を確保し、証人等が公判で供述する負担を軽くして、より充実した公判審理を実現する。そのうえで、判旨の骨を3枚のカードで読みます。1枚目は、代替開示措置でも直ちに不利益ではない、という部分です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

代替開示措置と被告人の防御 このうち,代替開示措置については,検察官が,被告人及び弁護人に対し,証人等の氏名又は住居を知る機会を与えなかったとしても,それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく,被告人及び弁護人は,代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや,証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるということができる。

部品に分けます。氏名や住居を知る機会を与えなくても、直ちに防御に不利益が生ずるわけではない。なぜなら、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧の機会などによって、利害関係の有無を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合があるからです。つまり、名前そのものより、利害関係を確かめられるか、供述の信用性を検討できるかが決め手です。設例のTさんで言えば、Bに渡るのが、証人T、という呼称と窓口の連絡先だけでも、Tさんの供述録取書の中身を読めば、RとTさんの間に金銭の貸し借りのような関係があるかに、気づける場合があります。判旨が言うのは、そういう場面です。

最高裁の判旨の骨と問いの答え。趣旨=加害行為等の防止・証人等の安全確保・供述の負担の軽減・充実した公判審理。判旨の骨=歯止め4点(1 防御に実質的な不利益のおそれがあるときはどちらの措置もとれない/2 代替開示措置は条件付与等措置では防止できないおそれがあるときに限る/3 裁判所は裁定請求により措置を取り消さなければならない(検察官は意見聴取で各号に該当しないことを明らかにする)/4 即時抗告)→結論=証人審問権を侵害せず憲法37条2項前段に違反しない。冒頭の問いの答え=氏名・住所を知らされなくても侵害にならない4つの理由 図:最高裁の判旨の骨と問いの答え

  • 趣旨=加害行為等の防止・証人等の安全確保・供述の負担の軽減・充実した公判審理
  • 判旨の骨=歯止め4点(1 防御に実質的な不利益のおそれがあるときはどちらの措置もとれない/2 代替開示措置は条件付与等措置では防止できないおそれがあるときに限る/3 裁判所は裁定請求により措置を取り消さなければならない(検察官は意見聴取で各号に該当しないことを明らかにする)/4 即時抗告)→結論=証人審問権を侵害せず憲法37条2項前段に違反しない
  • 冒頭の問いの答え=氏名・住所を知らされなくても侵害にならない4つの理由

次は、歯止めの前半、2点です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

歯止め(検察官の措置の限定) しかしながら,検察官は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには,条件付与等措置も代替開示措置もとることができない。さらに,検察官は,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる。

1点目、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは、どちらの措置もとれません。2点目、代替開示措置は、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限って、とれます。判旨は「限り」と言っています。代替開示は、条件付与等で足りないときだけ、と覚えてください。歯止めの後半と、結論です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

裁判所による取消しと結論 裁判所は,検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において,加害行為等のおそれがないとき,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき,又は検察官が代替開示措置をとった場合において,条件付与等措置によって加害行為等を防止できるときは,被告人又は弁護人の裁定請求により,決定で,検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならない。裁定請求があった場合には,検察官は,裁判所からの意見聴取において,刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず,裁判所は,必要なときには,更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができる。そして,裁判所の決定に対しては,即時抗告をすることができる。これらに鑑みれば,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく,憲法37条2項前段に違反しないというべきである。

3点目は、裁判所による取消しです。加害等のおそれがないとき、防御に実質的な不利益のおそれがあるとき、代替開示で条件付与等で防げるとき。この3つのいずれかなら、裁定請求により取り消さなければなりません。検察官は、意見聴取で、各号に該当しないことを明らかにしなければなりません。4点目は即時抗告です。この4つに鑑みて、299条の4と299条の5は、被告人の証人審問権を侵害せず、憲法37条2項前段に違反しない、という結論です。そのほか、決定は、証人審問権に関する大法廷の過去の判例の趣旨に照らしても明らかだと述べます。また、299条の5が憲法37条1項に違反するという主張は、同条が受訴裁判所に予断を抱かせるものではないから、前提を欠くとしました。

判旨を私たちの言葉で整理します。1枚目のカードと、歯止めの4点を、侵害にならない理由として並べ直すと、4つです。1つ目、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧などで、利害関係を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合がある。2つ目、防御に実質的な不利益のおそれがあれば、そもそも使えない。3つ目、条件付与等で防げないときに限られる。4つ目、裁判所の裁定で取り消せて、即時抗告もある。核心は、氏名や住所を知ること、そのものではありません。証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかです。それが、歯止めと是正で確保されているかどうか。前々回の、聞ける、尋問できる、弁護人が観察できる、と同じ線です。この決定が言っていないことも確認します。公判段階の秘匿は、前回の決定の話で、それも290条の2の秘匿決定についてでした。299条の2と299条の3、つまり求めの段は、この決定の対象ではありません。起訴状抄本等の仕組みも、対象ではありません。短答では、最高裁は起訴状抄本等の合憲性も判断した、と出れば×です。

起訴状の段階(1)なぜ要るか・起訴状抄本等

起訴状の段階の流れ。検察官A→裁判所C 起訴状+起訴状抄本等(個人特定事項の記載なし)/C→被告人R 起訴状抄本等を送達(氏名などなし)/C→弁護人B 起訴状の謄本+被告人に知らせてはならない条件/必要なら C→B 起訴状抄本等(弁護人にも氏名なし)。個人特定事項=氏名・住所など 図:起訴状の段階の流れ

  • 検察官A→裁判所C 起訴状+起訴状抄本等(個人特定事項の記載なし)/C→被告人R 起訴状抄本等を送達(氏名などなし)/C→弁護人B 起訴状の謄本+被告人に知らせてはならない条件/必要なら C→B 起訴状抄本等(弁護人にも氏名なし)
  • 個人特定事項=氏名・住所など

もう1つの道筋、起訴状です。ここまでの証拠開示の仕組みでは、足りない場面があります。起訴状には、被害者の氏名などが書かれ、その謄本が被告人に送達されます。271条1項です。299条の3のただし書も、起訴状に記載された事項は、被告人に知られないようにする対象から外していました。つまり、起訴の瞬間に、被害者の氏名などは被告人の手元に届きます。そこで、令和5年の法改正で、起訴状の段階にも仕組みが置かれました。施行は2024年2月15日です。条文は長いので、号の境目で区切って全文で見ます。まず、柱書と一号のイです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(柱書・第1号イ) 検察官は、起訴状に記載された次に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、裁判所に対し、前条第一項の規定による起訴状の謄本の送達により当該個人特定事項が被告人に知られないようにするための措置をとることを求めることができる。 一 次に掲げる事件の被害者 イ 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下このイにおいて同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件

柱書は、検察官が、必要と認めるときに、起訴状の謄本の送達で被告人に知られないようにする措置を、裁判所に求められる、という内容です。一号のイは、前回の290条の2第1項1号と同じ、刑法の性犯罪などの列挙です。続けて、ロです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ロ) ロ 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件

ロは、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。罪名で類型的に拾われています。続けて、ハです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ハ) ハ イ及びロに掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる事件 (1)被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ (2)(1)に掲げるもののほか、被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ

ハは、イとロのほか、犯行の態様や被害の状況から、被告人に知られることで、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、または加害等のおそれがあると認められる事件です。ここは個別の認定です。続けて、二号です。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第2号) 二 前号に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる者 イ その者の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ ロ イに掲げるもののほか、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ

二号は、一号以外の者です。起訴状には、被害者でない人の名前が書かれることもあるので、その人も対象です。ここで、範囲の作りを確かめます。イとロは、前回の290条の2の1号と2号と同じで、性的な被害などを、罪名で類型的に拾います。名前が被告人に知られること自体で、名誉や生活の平穏が害されやすい罪だからです。それ以外の事件は、知られて困るかどうかが事件ごとに違うので、ハで個別に認定します。見るのは、名誉や平穏のおそれか、加害等のおそれです。二号の人も、同じ2つのおそれを、その人ごとに認定します。被害者は一号、被害者でない人は二号と分けるのは、前回、被害者の290条の2と、被害者に限らない290条の3を分けたのと同じ発想です。続けて、2項から4項です。

条文刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項

刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項 2 前項の規定による求めは、公訴の提起において、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、当該求めに係る個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の起訴状の謄本に代わるもの(以下「起訴状抄本等」という。)を提出して行わなければならない。 3 前項の場合には、起訴状抄本等については、その公訴事実を第二百五十六条第三項に規定する公訴事実とみなして、同項の規定を適用する。この場合において、同項中「できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実」とあるのは、「罪となるべき事実」とする。 4 裁判所は、第二項の規定による起訴状抄本等の提出があつたときは、前条第一項の規定にかかわらず、遅滞なく起訴状抄本等を被告人に送達しなければならない。この場合において、第二百五十五条及び前条第二項中「起訴状の謄本」とあるのは、「起訴状抄本等」とする。

求めは、起訴状とともに、起訴状抄本等を裁判所に提出して行います。起訴状抄本等とは、個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の、謄本に代わるものです。裁判所は、これを被告人に送達します。被告人が受け取るのは、被害者の氏名などが書かれていない書面です。3項が手当てしています。起訴状そのものには氏名が書かれ、裁判所は知っています。訴因は特定されています。256条3項は、起訴状に訴因を明示させる条文で、審判の対象の回で見ました。被告人に送る抄本等は、その公訴事実を256条3項の公訴事実とみなします。そして、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を、罪となるべき事実と読み替えます。日時、場所、方法の特定の程度が緩むわけです。被告人は、被害者の名前がなくても、何の罪で起訴されたかは知れます。設例です。RがSさんへの恐喝で起訴されます。仕返しのおそれがあるなら、ハのうち加害等のおそれがある類型として、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が、Rに送達されます。

起訴状の段階(2)弁護人の扱いと通知の決定

起訴状の段階の対象と歯止め。対象=一号(被害者:イ 刑法の列挙/ロ 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/ハ 名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ)/二号(被害者以外の者で、名誉・平穏のおそれ又は加害等のおそれがある者)。弁護人の扱い(271条の3・271条の4)=謄本+条件→必要なら弁護人にも抄本等。歯止め=271条の5(要件を欠く・防御に実質的な不利益のおそれ→請求により個人特定事項を通知する決定)/検察官の意見を聴く/即時抗告 図:起訴状の段階の対象と歯止め

  • 対象=一号(被害者:イ 刑法の列挙/ロ 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/ハ 名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ)/二号(被害者以外の者で、名誉・平穏のおそれ又は加害等のおそれがある者)
  • 弁護人の扱い(271条の3・271条の4)=謄本+条件→必要なら弁護人にも抄本等
  • 歯止め=271条の5(要件を欠く・防御に実質的な不利益のおそれ→請求により個人特定事項を通知する決定)/検察官の意見を聴く/即時抗告

被告人は抄本等を受け取ります。では、弁護人はどうなるのか。271条の3と271条の4です。要点を板で確かめます。弁護人がいるとき、検察官は、起訴状の謄本も提出します。裁判所は、抄本等にない個人特定事項を被告人に知らせてはならないという条件を付けて、謄本を弁護人に送達します。3段目と同じ作りです。条件では防げないおそれがあるときは、検察官は、弁護人にも抄本等を送達するものとして提出できます。4段目と同じ作りです。抄本等の提出後に弁護人が選任された場合も同じです。歯止めは271条の5です。

条文刑事訴訟法第271条の5第1項

刑事訴訟法第271条の5第1項 裁判所は、第二百七十一条の二第四項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、当該措置に係る個人特定事項の全部又は一部を被告人に通知する旨の決定をしなければならない。 一 イ又はロに掲げる個人特定事項の区分に応じ、当該イ又はロに定める場合であるとき。 イ 被害者の個人特定事項 当該措置に係る事件に係る罪が第二百七十一条の二第一項第一号イ及びロに規定するものに該当せず、かつ、当該措置に係る事件が同号ハに掲げるものに該当しないとき。 ロ 被害者以外の者の個人特定事項 当該措置に係る者が第二百七十一条の二第一項第二号に掲げる者に該当しないとき。 二 当該措置により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。

1号は、要件を欠く場合です。被害者の個人特定事項で、一号のイ、ロ、ハのいずれにも当たらないとき。被害者以外の者で、二号に当たらないときです。2号は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときです。いずれかに当たれば、被告人または弁護人の請求により、個人特定事項を被告人に通知する決定をしなければなりません。弁護人にだけ抄本等が送られた場合は、2項が、被告人に知らせてはならない条件を付けて、弁護人に通知する決定を用意します。どちらも、裁判所は検察官の意見を聴き、決定には即時抗告ができます。証拠開示の段階の、裁定請求と同じ形です。防げる場面だけ使えて、是正の道がある、という発想です。公判との接続も1つだけ。起訴状抄本等が送達された事件では、起訴状朗読のあとに被告人に起訴状を示す、という291条2項後段の扱いは、被告人に個人特定事項を通知する決定があったときに限られます。291条4項です。薄く、関連に触れます。訴因変更請求書面には、312条の2が同じ仕組みを置いています。逮捕状や勾留状の段階にも同じ仕組みがあり、201条の2、207条の2、207条の3です。被疑者に示す書面から、被害者などの個人特定事項を除きます。訴訟記録や裁判書は271条の6、条件違反は271条の7、被告事件の告知などは271条の8です。名前だけ触れておきます。設例を通しで見ます。Rが、Sさんへの恐喝で起訴されました。Rには、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が送達されます。弁護人のBには、起訴状の謄本と、Rに知らせてはならないという条件が付きます。Bから組織に漏れるおそれがあるなら、Bにも抄本等が送られます。そこでBが、Sさんの住所が防御に必要だと請求し、実質的な不利益があると認められれば、裁判所が決定で通知します。弁護人だけに、条件付きで通知する形もあります。

完成版の地図

完成版の地図。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人〔弁護人も〕)、縦=段階(起訴状/証拠開示/公判)。公判×傍聴人=290条の2・290条の3(前回・朗読・尋問陳述の制限・判決宣告)=公開原則=非公開ではない。証拠開示×被告人=299条の2〜299条の4の4段(求め→求め→条件→代替開示)=歯止め299条の5=審問権を侵害しない。起訴状×被告人(弁護人)=271条の2〜271条の5(抄本等→弁護人は謄本+条件→必要なら弁護人も抄本等)=歯止め271条の5(通知決定)。空白=傍聴人に書面は届かない/公判×被告人は法廷にいる当事者 図:完成版の地図

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人〔弁護人も〕)、縦=段階(起訴状/証拠開示/公判)
  • 公判×傍聴人=290条の2・290条の3(前回・朗読・尋問陳述の制限・判決宣告)=公開原則=非公開ではない
  • 証拠開示×被告人=299条の2〜299条の4の4段(求め→求め→条件→代替開示)=歯止め299条の5=審問権を侵害しない
  • 起訴状×被告人(弁護人)=271条の2〜271条の5(抄本等→弁護人は謄本+条件→必要なら弁護人も抄本等)=歯止め271条の5(通知決定)
  • 空白=傍聴人に書面は届かない/公判×被告人は法廷にいる当事者

最初に出した表を、埋めます。その前に、前回の確認を1問です。秘匿決定は、裁判を非公開にするものでしたか?非公開にするものではない、でした。法廷で名前を言わないだけで、傍聴席は開かれたままです。では、表です。公判と傍聴人のマスは、前回の290条の2と290条の3。朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告で氏名を明らかにしません。公開原則との関係は、290条の2の秘匿決定について、非公開にするものではない、という最高裁の判断で押さえました。証拠開示と被告人のマスは、299条の2から299条の4の4段です。求め、求め、条件、代替開示。歯止めは299条の5。審問権との関係は、侵害しない、という最高裁の判断でした。起訴状と被告人のマスは、271条の2から271条の5です。抄本等、弁護人には謄本と条件、必要なら弁護人にも抄本等。歯止めは271条の5の通知決定です。

3つの段階で条文は別々なのに、考え方は同じなのですか。同じです。前回と同じ物差しで読めます。傍聴人から隠すのは、公開原則との関係で、公判で氏名を言わないだけで審理は公開のままです。被告人から隠すのは、防御と証人審問権との関係で、弁護人だけが知る、弁護人も知らない、と段階を上げます。どの段にも、防御を害さないための例外があります。3段目からは、防御に実質的な不利益のおそれがあれば使えない、という歯止めが置かれ、4段目は、3段目で足りないときだけです。

節目のミニ事例と短答の落とし穴

節目のミニ事例。どの段の措置か。1 Tさんの住居と勤務先をRに知られないようにしたい=299条の2/2 Uさんの勤務先(起訴状に書かれていない)をRに知られないようにしたい=299条の3/3 Tさんの住居をBに知らせても組織に漏れるおそれがある=299条の4第3項/4 起訴状にSさんの氏名などが書かれRに届いてしまう=271条の2 図:節目のミニ事例

  • どの段の措置か
  • 1 Tさんの住居と勤務先をRに知られないようにしたい=299条の2/2 Uさんの勤務先(起訴状に書かれていない)をRに知られないようにしたい=299条の3/3 Tさんの住居をBに知らせても組織に漏れるおそれがある=299条の4第3項/4 起訴状にSさんの氏名などが書かれRに届いてしまう=271条の2

ここで、4つの事例です。どの条文の仕組みかを考えてください。1つ目。検察官が、弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRに知られないようにしてほしいと求めます。2つ目。不同意わいせつの被害者のUさんの勤務先を、Rに知られないようにしたい。勤務先は起訴状に書かれていません。起訴状に書かれていない事項なので、被告人に知られないよう求める対象になります。3つ目。Tさんの住所をBに知らせても、組織に漏れるおそれがあります。4つ目。起訴状にSさんの氏名などが書かれ、Rに届いてしまいます。

短答の○×一覧。299条の2・299条の3の求め/条件付与等措置・代替開示措置の要件/299条の5・裁定/最高裁の判断/起訴状抄本等と弁護人 図:短答の○×一覧

短答で確認します。299条の2の配慮の求めは、弁護人にも証人の住居を知らせない措置である。×です。弁護人は知っています。被告人を含む関係者に知られないよう、配慮を求めるだけです。299条の2の配慮の求めは、検察官から弁護人に対してだけできる。×です。検察官又は弁護人から相手方にできます。299条の3の要請は、弁護人から検察官に対してもできる。×です。検察官から弁護人へです。条件付与等措置は、被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあるときにもとれる。×です。加害や畏怖、困惑のおそれが要件です。被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあっても、条件付与等措置はとれる。×です。ただし書があります。条件付与等措置で加害等を防止できる場合でも、検察官は代替開示措置をとれる。×です。防止できないおそれがあるときに限ります。代替開示措置では、弁護人も証人の氏名や住居を知る機会を与えられない。○です。代わりの呼称と連絡先は知らされます。被告人に弁護人がないときは、代替開示措置はとれない。×です。弁護人がないときを含みます。代替開示措置に不服があっても、争う方法はない。×です。299条の5の裁定請求と、決定への即時抗告があります。裁定請求は、検察官に証拠の開示を命じてもらう請求と、同じ制度である。×です。別の制度です。証拠開示の秘匿措置と裁定の規定、つまり299条の4と299条の5を、最高裁は憲法37条2項前段に違反しないとした。○です。

起訴状抄本等の仕組みは、被害者の個人特定事項に限られる。×です。二号で、被害者以外の者も対象です。起訴状抄本等が提出された事件では、弁護人には必ず抄本等が送達される。×です。原則は、謄本に条件を付けて送達します。条件では防止できないおそれがあるときに、抄本等です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。一本の軸=誰から隠すか×どの段階か。傍聴人から(290条の2・290条の3)=非公開ではない。被告人から(証拠開示 299条の2〜299条の5/起訴状 271条の2以下)=弁護人も知らない段まであるが、どの段にも防御のための例外があり(3・4段目は実質的な不利益のおそれで不可)、裁定・通知決定で是正できる。冒頭の問いの答え=要件が絞られ、歯止めと是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しない 図:まとめの地図

  • 一本の軸=誰から隠すか×どの段階か
  • 傍聴人から(290条の2・290条の3)=非公開ではない
  • 被告人から(証拠開示 299条の2〜299条の5/起訴状 271条の2以下)=弁護人も知らない段まであるが、どの段にも防御のための例外があり(3・4段目は実質的な不利益のおそれで不可)、裁定・通知決定で是正できる
  • 冒頭の問いの答え=要件が絞られ、歯止めと是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しない

今日のまとめです。軸は1本でした。誰から隠すのか、どの段階で隠すのか。傍聴人から隠すのは、前回の公判の仕組みです。290条の2と290条の3。氏名を明らかにしませんが、審理は公開のままで、裁判は非公開になりません。被告人から隠すのは、証拠開示と起訴状の仕組みです。証拠開示には4段の梯子がありました。配慮の求め、被害者特定事項の秘匿の要請、条件付与等措置、代替開示措置。弁護人も知らない段まであります。ただし、どの段にも防御を害さないための例外があり、3段目と4段目は、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは使えません。代替開示は、条件付与等で足りないときだけです。裁定請求と即時抗告で、取り消せます。起訴状では、起訴状抄本等で被告人に氏名などが届かないようにし、271条の5の通知決定が歯止めです。冒頭の問いの答えです。証人の氏名や住所を、被告人にも弁護人にも知らせないまま尋問することは、要件が絞られ、防御の歯止めと裁判所の是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しません。氏名や住所を知ること、そのものよりも、証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかが確保されているかどうかが、決め手です。次は、被害に遭った人が、裁判に自分から関わる仕組みです。法廷で気持ちを述べること、裁判に参加することを見ます。

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#147単独ページ動画

被害者の関与①心情等の意見陳述と情報提供

第6章 公判の応用 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被害者が法廷で「犯人はこの人です。私はこう見ました」と述べたら、それは有罪の証拠になるか。今日の範囲=知る(被害者等通知制度)・見る(優先傍聴)・読む(記録の閲覧・謄写)・気持ちを述べる(心情等の意見陳述=292条の2)。裁判への参加は次の回 図:今日の問い

  • 被害者が法廷で「犯人はこの人です。私はこう見ました」と述べたら、それは有罪の証拠になるか
  • 今日の範囲=知る(被害者等通知制度)・見る(優先傍聴)・読む(記録の閲覧・謄写)・気持ちを述べる(心情等の意見陳述=292条の2)
  • 裁判への参加は次の回

被害に遭った人が、法廷に立ちます。そして、犯人はこの人です、私はこう見ました、と話します。この言葉は、被告人を有罪にする証拠になるでしょうか。実は、証拠にはなりません。それなのに、刑の重さを決めるときには、考えに入れてよいのです。矛盾して聞こえますが、これが今日の山場です。前回の終わりに、予告しました。次は、被害に遭った人が、裁判に自分から関わる仕組みです。ここまでの3回は、被害者を守る仕組みでした。証人としての負担を軽くすること。名前を隠すこと。今日からは、被害者が自分から裁判に関わる入口に入ります。今日は、その前半です。知ること、見ること、読むこと、そして気持ちを述べることを扱います。裁判に参加して、自分で質問をする仕組みは、次の回です。問いは1つです。被害者が、法廷で、犯人はこの人です、と述べたら、有罪の証拠になるのか。なぜそうなるのかは、気持ちを述べる制度のところで確かめます。設例は、これまでの続きです。飲食店を営むSさんが、被告人のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。Sさんは、裁判がいまどうなっているのかを知りたいと思っています。そして、できれば法廷で、自分の気持ちを話したいと思っています。

配慮の4本柱と今日の位置

配慮の4本柱の地図。手続の流れに沿って、保護(済)/情報提供(今日)/関与・参加(意見陳述=今日・被害者参加=次回)/損害回復(次回)。保護=証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)・名前を隠す仕組み=終了 図:配慮の4本柱の地図

  • 手続の流れに沿って、保護(済)/情報提供(今日)/関与・参加(意見陳述=今日・被害者参加=次回)/損害回復(次回)
  • 保護=証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)・名前を隠す仕組み=終了

最初に、地図を出します。被害者への配慮には、4本の柱がありました。保護、情報提供、関与や参加、損害回復です。証人としての負担を軽くする付添い、遮へい、ビデオリンク。そして、被害者の名前を隠す仕組み。ここまでが保護でした。今日は、2本目の情報提供と、その次の3本目、関与や参加の最初の1つ、意見陳述を扱います。被害者参加と損害回復は、次の回です。ここで、物差しを1つ用意します。被害者への配慮は、いつも、2つの利益のぶつかり合いです。被害者の知りたい気持ち、話したい気持ちと、被告人の防御、そして捜査や公判への影響です。関わり方が深くなるほど、このぶつかりは大きくなります。だから、深い関わりほど、歯止めが増えます。今日の4つは、この深さの順に並びます。

被害者等通知制度

被害者等通知制度。根拠=刑訴法に明文なし(検察庁の運用)。対象事件=限定なし。対象者=被害者・親族等・その代理人(目撃者など参考人にも、一部の通知を除いて行う)。通知事項=事件の処理結果(公判請求・略式請求・不起訴・家裁送致)/起訴後の裁判所と期日/裁判結果(主文・上訴・確定)/身柄の状況(勾留・保釈)/不起訴の場合の理由の骨子/有罪確定後の刑の執行終了予定時期・刑事施設での処遇状況・釈放(仮釈放または刑の執行終了による釈放)。仮釈放の審理(開始・結果)や保護観察中の状況は、更生保護の側(地方更生保護委員会・保護観察所)から別に通知 図:被害者等通知制度

  • 根拠=刑訴法に明文なし(検察庁の運用)
  • 対象事件=限定なし
  • 対象者=被害者・親族等・その代理人(目撃者など参考人にも、一部の通知を除いて行う)
  • 通知事項=事件の処理結果(公判請求・略式請求・不起訴・家裁送致)/起訴後の裁判所と期日/裁判結果(主文・上訴・確定)/身柄の状況(勾留・保釈)/不起訴の場合の理由の骨子/有罪確定後の刑の執行終了予定時期・刑事施設での処遇状況・釈放(仮釈放または刑の執行終了による釈放)
  • 仮釈放の審理(開始・結果)や保護観察中の状況は、更生保護の側(地方更生保護委員会・保護観察所)から別に通知

1つ目は、知ることです。被害者等通知制度といいます。被害者等とは、被害者本人と、被害者が亡くなったり、心身に重大な故障があったりする場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。今日もこの言葉で通します。この制度の最大の特徴は、刑訴法に条文がないことです。検察庁が、運用として行っています。短答で、被害者等通知制度は刑訴法の何条に定められているか、と聞かれたら、明文はない、が答えです。喩えるなら、宅配の不在票です。届くかどうかは、配達する側の運用で、受け取る側が、法律上の権利として請求できるものではありません。ただ、実際の運用は手厚く、事件の種類で限られることもありません。対象になる人は、さきほどの被害者等とは別の決め方で、被害者や、その親族、代理人です。そのほか、目撃者などの参考人にも行われます。一部の通知は除かれます。

設例のSさんで見ます。まず、事件の処理結果です。公判請求、略式請求、不起訴、家庭裁判所への送致のどれになったか。起訴されたら、裁判所と期日。判決が出たら、主文と、上訴されたか、確定したか。身柄については、勾留されているか、保釈されたか。不起訴なら、理由の骨子も伝えられます。さらに、有罪が確定したあとの情報があります。刑の執行が終わる予定の時期、刑事施設での処遇の状況、釈放です。釈放には、刑期を終えての釈放のほか、仮釈放による釈放も含まれます。ただし、仮釈放を認めるかどうかの審理が始まったことや、その結果、そして保護観察中の様子は、更生保護の側から、別に知らされます。地方更生保護委員会や保護観察所です。ここは、検察庁の通知とは別系統です。

担当の検察官や、被害者支援の担当者に伝えます。短答の核は3つです。明文がない。運用である。事件の種類で限定されない。この3点です。

優先傍聴

優先傍聴(犯罪被害者保護法2条)。裁判長は、被害者等・法定代理人から傍聴の申出があるとき、傍聴席の数や傍聴を希望する者の数などを考慮しつつ、傍聴できるよう配慮しなければならない=配慮義務。傍聴する権利を認めたものではない。希望者が多ければ全員は入れない 図:優先傍聴

  • 犯罪被害者保護法2条
  • 裁判長は、被害者等・法定代理人から傍聴の申出があるとき、傍聴席の数や傍聴を希望する者の数などを考慮しつつ、傍聴できるよう配慮しなければならない=配慮義務。傍聴する権利を認めたものではない。希望者が多ければ全員は入れない

2つ目は、見ることです。法廷を傍聴することです。犯罪被害者保護法の2条が、優先傍聴を定めています。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第2条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第2条 刑事被告事件の係属する裁判所の裁判長は、当該被告事件の被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)又は当該被害者の法定代理人から、当該被告事件の公判手続の傍聴の申出があるときは、傍聴席及び傍聴を希望する者の数その他の事情を考慮しつつ、申出をした者が傍聴できるよう配慮しなければならない。

内容は、こうです。被害者等や、被害者の法定代理人から、公判の傍聴の申出があるとき、裁判長は、傍聴席の数や、傍聴を希望する人の数などを考えながら、申出をした人が傍聴できるよう配慮しなければなりません。配慮しなければならない、のですね。では、必ず傍聴できるのですか。そこが落とし穴です。義務なのは、配慮です。傍聴する権利を認めたものではありません。傍聴席は限られています。世間が注目する事件で、傍聴希望が殺到すれば、被害者等でも、全員は入れないことがあります。喩えるなら、劇場の、関係者席への配慮です。できるだけ席を用意するが、席数には限りがある。だから、配慮義務であって、傍聴権ではない。暗記は、この対比です。

傍聴は、公開された法廷で、誰でも自由にできるのが原則です。ただ、事件によっては、抽選で席を取り合うことになります。この条文は、被害者等が、その席に入れるよう、裁判長に配慮を義務づけたものです。席の取り合いの中での、優先扱いと考えてください。

訴訟記録の閲覧・謄写

記録の閲覧・謄写の対比。確定後=何人でも閲覧できる(刑訴53条1項)。確定前=(以前は被害者に認める規定なし)犯罪被害者保護法3条=第1回公判期日後から終結まで、被害者等・法定代理人・その委託を受けた弁護士の申出→裁判所は検察官・被告人側の意見を聴いて、原則として閲覧・謄写させる。例外=理由が正当でない/犯罪の性質・審理の状況等を考慮して相当でない。謄写には使用目的の制限等の条件を付せる。知り得た事項の使用は、関係人の名誉・生活の平穏を害さず、捜査・公判に支障を生じさせないよう注意。第1回公判期日前は対象外 図:記録の閲覧・謄写の対比

  • 確定後=何人でも閲覧できる(刑訴53条1項)
  • 確定前=(以前は被害者に認める規定なし)犯罪被害者保護法3条=第1回公判期日後から終結まで、被害者等・法定代理人・その委託を受けた弁護士の申出→裁判所は検察官・被告人側の意見を聴いて、原則として閲覧・謄写させる
  • 例外=理由が正当でない/犯罪の性質・審理の状況等を考慮して相当でない
  • 謄写には使用目的の制限等の条件を付せる
  • 知り得た事項の使用は、関係人の名誉・生活の平穏を害さず、捜査・公判に支障を生じさせないよう注意
  • 第1回公判期日前は対象外

3つ目は、読むことです。裁判の記録を、読むことです。比べるために、まず、確定したあとの扱いを条文で見ます。

条文刑事訴訟法第53条第1項

刑事訴訟法第53条第1項 何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。

事件が終結したあとは、何人でも、訴訟記録を閲覧できます。被害者である必要はありません。ただし、記録の保存や、裁判所や検察庁の事務に支障があるときは別です。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第3条第1項〜第3項

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第3条第1項〜第3項 刑事被告事件の係属する裁判所は、第一回の公判期日後当該被告事件の終結までの間において、当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該被告事件の訴訟記録の閲覧又は謄写の申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び犯罪の性質、審理の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き、申出をした者にその閲覧又は謄写をさせるものとする。 2 裁判所は、前項の規定により謄写をさせる場合において、謄写した訴訟記録の使用目的を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。 3 第一項の規定により訴訟記録を閲覧し又は謄写した者は、閲覧又は謄写により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係人の名誉若しくは生活の平穏を害し、又は捜査若しくは公判に支障を生じさせることのないよう注意しなければならない。

裁判の途中で、被害者が記録を読むことはできないのですか。そこを埋めたのが、犯罪被害者保護法の3条です。以前は、被害者に、記録を見せる規定がありませんでした。3条は、第1回の公判期日の後、事件が終わるまでの間に、被害者等、被害者の法定代理人、またはその委託を受けた弁護士から申出があれば、裁判所が、検察官と被告人側の意見を聴いたうえで、原則として、閲覧と謄写をさせるものとしています。謄写はコピーのことです。あります。例外が、2つあります。1つ目は、閲覧や謄写を求める理由が、正当でないとき。2つ目は、犯罪の性質、審理の状況などを考えて、相当でないときです。たとえば、記録を見せることで、証人の安全が脅かされたり、審理に支障が出たりするおそれがあるときです。謄写については、使い方に条件を付けられます。使う目的を限るなどです。そして、記録から知った内容を使うときは、関係している人の名誉や生活の平穏を、不当に害さないこと、捜査や公判に支障を生じさせないことに、注意しなければなりません。注意点が2つあります。1つ目は、第1回の公判期日の前は、この制度の対象ではないことです。2つ目は、前回扱った、被告人側の記録の閲覧とは、別の制度であることです。前回のそれは、被告人側が記録を見るときに、被害者の氏名などを隠す仕組みでした。今日の閲覧は、被害者の側が、記録を見る仕組みです。向きが逆です。物差しで見直します。通知は運用で、歯止めは要りません。傍聴は、席の限りがあるだけです。記録を読むところで、捜査や公判への影響が出てくるので、例外2つと使い方の条件という歯止めが付きます。ここまでが、知る、見る、読むです。

心情等の意見陳述の背景と陳述できる者

心情等の意見陳述(292条の2)の背景と主体。背景=被害の影響(PTSD等)を法廷で直接訴えたくても、かつては証人尋問しか方法がなかった/被害者は当事者でないので自分で証人請求できない/検察官が請求しても裁判所が必要性なしとすれば証言できない。→平成12年の改正で導入。陳述できる者=被害者等・被害者の法定代理人(罪名の制限なし)。申出があれば公判期日に陳述させるのが原則(1項「させるものとする」)

ここから、山場の、心情等の意見陳述です。292条の2です。まず、なぜ、この制度が作られたのかを見ます。Sさんが、恐喝の被害で、夜も眠れなくなり、店も開けられなくなったとします。その苦しみを、裁判所に直接伝えたい。でも、かつては、証人尋問を受ける以外に、方法がありませんでした。被害者は、事件の当事者ではありません。当事者は、検察官と被告人です。ですから、被害者が、自分から証人として請求することはできません。検察官が請求しても、裁判所が、必要性がないと判断すれば、証言の機会はありません。被害者の声が、裁判に届かないという批判がありました。それに応えて、平成12年の改正で、導入されたのが、この意見陳述です。では、条文を、全文で見ます。3枚に分けて読みます。1枚目は、1項と2項です。

条文刑事訴訟法第292条の2第1項・第2項

刑事訴訟法第292条の2第1項・第2項 裁判所は、被害者等又は当該被害者の法定代理人から、被害に関する心情その他の被告事件に関する意見の陳述の申出があるときは、公判期日において、その意見を陳述させるものとする。 2 前項の規定による意見の陳述の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。

部品に分けます。誰が陳述できるか。被害者等と、被害者の法定代理人です。何を述べるか。被害に関する心情と、その他の被告事件に関する意見です。裁判所は、申出があれば、公判期日で陳述させるものとされています。原則として認める、という意味です。例外は、このあと見ます。それから、罪名に制限がないことに注意してください。殺人でも、窃盗でも、被害者等であれば、申し出られます。その対照です。設例で整理します。Sさんが亡くなっていれば、その妻や子が、被害者等として申し出られます。生きていれば、Sさん本人です。Sさんが未成年なら、法定代理人の親も申し出られます。

申出の手続と検察官の役割

申出の流れ。A(被害者等)→あらかじめ B(検察官)に申出(2項)→B が意見を付して C(裁判所)に通知→公判期日に A が陳述。検察官の役割=事件全体の立証責任を負う立場から、陳述の限界(犯罪事実の証拠にならない)を説明し、十分に意思疎通して心情が伝わるよう助言・援助する 図:申出の流れ

  • A(被害者等)→あらかじめ B(検察官)に申出(2項)→B が意見を付して C(裁判所)に通知→公判期日に A が陳述
  • 検察官の役割=事件全体の立証責任を負う立場から、陳述の限界(犯罪事実の証拠にならない)を説明し、十分に意思疎通して心情が伝わるよう助言・援助する

2項に戻ります。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判所に直接ではありません。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。短答では、申出先は検察官、が問われます。なぜ、裁判所ではなく、検察官なのですか。検察官は、事件全体の立証に責任を負う立場だからです。ですから、被害者等に、陳述にはこういう限界がある、と説明できます。陳述は、犯罪事実を証明する証拠にはならない。この説明を受けたうえで、伝えたいことが、きちんと心情として届くように、助言や援助もできます。流れは、板のとおりです。Sさんが、まず、検察官に申し出る。検察官が、意見を付けて、裁判所に通知する。そして、公判期日に、Sさんが陳述する。窓口は、検察官です。

制限と書面による代替

陳述の制限と代替。制限(5項)=裁判長が、陳述・質問が既にしたものと重複するとき/事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき。代替(7項)=裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させ、または陳述自体をさせない。8項=書面が提出されたら、裁判長は公判期日でその旨を明らかにし、相当と認めるときは朗読または要旨告知。制限=裁判長/代替・不実施=裁判所 図:陳述の制限と代替

  • 制限(5項)=裁判長が、陳述・質問が既にしたものと重複するとき/事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき
  • 代替(7項)=裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させ、または陳述自体をさせない
  • 8項=書面が提出されたら、裁判長は公判期日でその旨を明らかにし、相当と認めるときは朗読または要旨告知
  • 制限=裁判長/代替・不実施=裁判所

ここで、復習を1問です。前回までの話です。証人尋問のとき、付添い、遮へい、ビデオリンクは、それぞれ何条で、どんな場合に使えましたか?付添いは157条の4、遮へいは157条の5、ビデオリンクは157条の6でした。付添いは不安や緊張のおそれ、遮へいやビデオリンクは、圧迫や負担のおそれがあって、相当と認めるときでした。この3つが、あとで、また出てきます。まず、陳述の制限です。2枚目のカードで、質問の条文も一緒に読みます。3項から5項です。

条文刑事訴訟法第292条の2第3項〜第5項

刑事訴訟法第292条の2第3項〜第5項 3 裁判長又は陪席の裁判官は、被害者等又は当該被害者の法定代理人が意見を陳述した後、その趣旨を明確にするため、これらの者に質問することができる。 4 訴訟関係人は、被害者等又は当該被害者の法定代理人が意見を陳述した後、その趣旨を明確にするため、裁判長に告げて、これらの者に質問することができる。 5 裁判長は、被害者等若しくは当該被害者の法定代理人の意見の陳述又は訴訟関係人の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人に対する質問が既にした陳述若しくは質問と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、これを制限することができる。

5項から見ます。裁判長は、陳述や質問が、すでにしたものと重複するとき、事件に関係のない事項にわたるとき、その他相当でないときは、制限できます。たとえば、同じ話を何度も繰り返す、事件と関係のない第三者への非難に広がる、などです。3項と4項は質問です。陳述のあとに、裁判官や訴訟関係人が質問できます。ただし、目的は、趣旨を明確にするためだけです。ここは、あとで、証人尋問と比べます。制限は、重複や、事件に関係ない部分などを、止める、または絞る、ということです。もう1つ、別の道があります。これが7項と8項です。7項は、裁判所が、審理の状況などを考えて、陳述させることが相当でないと認めるときの話です。そのときは、陳述に代えて、意見を書いた書面を出させる。または、陳述そのものをさせない、という選択肢があります。感情的な混乱が心配されるような場面に備えた、例外です。8項は、書面が出された場合です。裁判長は、公判期日で、書面が出されたことを明らかにします。そして、相当と認めるときは、その書面を朗読するか、要旨を告げます。

違いは、主体と中身です。5項の制限は、裁判長が、陳述や質問の一部を絞るものです。7項は、裁判所が、陳述そのものを書面に変えたり、させなかったりするものです。主体が違う理由はこうです。陳述の途中で一部を絞るのは、その場の進行の整理です。以前の回の訴訟指揮権と同じで、法廷を仕切る裁判長に任されます。陳述そのものを書面に変えたり、させなかったりするのは、被害者の申出を受け入れるかどうかの判断なので、裁判所が決めます。趣旨は、被害者の参加を最大限認めつつ、混乱などの例外に備えることです。

保護措置と証人尋問との異同

意見陳述と証人尋問の異同。保護措置=付添い・遮へい・ビデオリンクが証人尋問と同様に使える(6項が157条の4・157条の5・157条の6を準用)。質問=陳述の後に趣旨を明確にするためだけ(3項・4項)。宣誓=意見陳述なし/証人あり。反対尋問=意見陳述なし/証人あり。申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権 図:意見陳述と証人尋問の異同

  • 保護措置=付添い・遮へい・ビデオリンクが証人尋問と同様に使える(6項が157条の4・157条の5・157条の6を準用)
  • 質問=陳述の後に趣旨を明確にするためだけ(3項・4項)
  • 宣誓=意見陳述なし/証人あり
  • 反対尋問=意見陳述なし/証人あり
  • 申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権

3枚目のカードです。6項から9項まで、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第292条の2第6項〜第9項

刑事訴訟法第292条の2第6項〜第9項 6 第百五十七条の四、第百五十七条の五並びに第百五十七条の六第一項、第二項(第八号に係る部分を除く。)及び第三項の規定は、第一項の規定による意見の陳述について準用する。 7 裁判所は、審理の状況その他の事情を考慮して、相当でないと認めるときは、意見の陳述に代え意見を記載した書面を提出させ、又は意見の陳述をさせないことができる。 8 前項の規定により書面が提出された場合には、裁判長は、公判期日において、その旨を明らかにしなければならない。この場合において、裁判長は、相当と認めるときは、その書面を朗読し、又はその要旨を告げることができる。 9 第一項の規定による陳述又は第七項の規定による書面は、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。

まず、6項です。付添い、遮へい、ビデオリンクの条文を、意見陳述にも準用しています。つまり、証人尋問と同じ道具が使えます。Sさんが、Rの前では話せないなら、遮へいを付ける、あるいは、別室からビデオリンクで陳述する。前回までの道具の、受け直しです。違いを、1つずつ比べていきます。1つ目、宣誓です。証人は、宣誓をします。意見陳述は、宣誓がありません。2つ目、反対尋問です。証人には、反対側の当事者が、反対尋問をします。意見陳述に反対尋問はありません。質問は、陳述のあとに、趣旨を明確にするための質問だけです。3つ目、申出先です。意見陳述は、検察官にあらかじめ申し出ます。証人は、当事者の請求、または職権で、調べられます。同じなのは、付添い、遮へい、ビデオリンクが使えることです。保護の道具は、どちらにも使えます。

証人と違って、意見陳述に反対尋問がないのは、なぜですか?短く言えば、この制度が、事実の証拠を集める場ではなく、気持ちを聴く場として作られたからです。それが9項に書いてあります。次の節で、冒頭の問いと一緒に確かめます。

証拠にならないが量刑では考慮される

冒頭の問いの答え。被害者が「犯人はこの人です」と述べたら有罪の証拠になるか=ならない(9項)。陳述(と7項の書面)は犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。使えない=有罪か無罪か・どんな事実があったか(誰が・何を言った・金額)。理由=宣誓も反対尋問も経ていない供述で事実を認めると、被告人の証人審問権(反対尋問で確かめる機会)を害する。事実を語りたいなら証人尋問 図:冒頭の問いの答え

  • 被害者が「犯人はこの人です」と述べたら有罪の証拠になるか=ならない(9項)
  • 陳述(と7項の書面)は犯罪事実の認定のための証拠とすることができない
  • 使えない=有罪か無罪か・どんな事実があったか(誰が・何を言った・金額)
  • 理由=宣誓も反対尋問も経ていない供述で事実を認めると、被告人の証人審問権(反対尋問で確かめる機会)を害する
  • 事実を語りたいなら証人尋問

ここが、山場です。冒頭の問いに答えます。その前に、1つ、立ち止まってください。事実を認定するときに、証拠に求められる条件は何でしょうか?証拠として調べる手続を経ていて、被告人側が反対尋問などで確かめられることだと思います。ここから、答えを導きます。9項は、陳述と、7項の書面を、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない、としています。つまり、被害者が法廷で、犯人はこの人です、と述べても、それで有罪とは認定できません。理由は、先ほどの2つの違いです。意見陳述は、宣誓もなく、反対尋問もありません。そういう供述で、被告人を有罪とする事実を認めてしまうと、被告人の証人審問権とぶつかります。以前の回で見た、不利な話をする人を、反対尋問で確かめる機会のことです。確かめられない言葉で有罪が決まれば、被告人は、その言葉の誤りを突く場面を持てません。証人尋問と伝聞の考え方は、この確かめる機会を守るためにあります。裏から言えば、事実を語りたいのなら、証人として尋問を受ける道があります。検察官が請求して、宣誓をして、反対尋問を経る。そうすれば、証拠になります。さきほどの、なぜ反対尋問が無いのか、の答えもここにあります。気持ちを聴く場として作り、事実の証拠には使わないと決めた。だから、確かめる手続を付けなくてよいのです。喩えるなら、感想文と証言台です。感想文は、読んでもらえます。しかし、事実の証拠としては採用されません。証言台に立てば、確かめられる代わりに、証拠になります。

量刑ではどこまで使えるか。9項が禁じるのは犯罪事実の認定への使用だけ。量刑の事情=犯情(被害の額・脅し方など=犯罪事実と重なる・厳格な証明が要る)→意見陳述からは認められない(×)/一般情状(犯情以外=心の傷・処罰への気持ち)→量刑の資料になる(○)。使えない例と使える例=×「あの男が犯人だ」「取られた金額が大きい」/○「夜も眠れず、今も店に立つのが怖い」「厳しく処罰してほしい」 図:量刑ではどこまで使えるか

  • 9項が禁じるのは犯罪事実の認定への使用だけ
  • 量刑の事情=犯情(被害の額・脅し方など=犯罪事実と重なる・厳格な証明が要る)→意見陳述からは認められない(×)/一般情状(犯情以外=心の傷・処罰への気持ち)→量刑の資料になる(○)
  • 使えない例と使える例=×「あの男が犯人だ」「取られた金額が大きい」/○「夜も眠れず、今も店に立つのが怖い」「厳しく処罰してほしい」

条文の書き方を見てください。9項が禁じているのは、犯罪事実の認定への使用だけです。有罪か無罪か、どんな事実があったか、には使えません。では、刑の重さの方はどうか。以前の回で、量刑の事情を、犯罪事実と重なる犯情と、それ以外の一般情状に分けました。犯情には、厳格な証明が要るのでした。被害の額や脅し方のような犯情を、宣誓も反対尋問もない陳述から認めれば、9項が禁じた事実認定を、量刑の名前でしてしまうことになります。だから、犯情は、意見陳述からは認められません。使えるのは、心の傷や、処罰についての気持ちといった、犯情以外の事情です。その範囲で、量刑の資料になると考えられます。趣旨を重ねます。心情を述べるだけなら、被告人の防御を害しません。被告人は、事実の有無を争う機会を奪われないからです。一方で、被害者の声を、裁判に反映させることができます。守りたいものを守り、反映させたいものを反映させる、折り合いの形です。冒頭の物差しでいえば、いちばん深い関わりに付いた歯止めが、この9項です。量刑での被害感情の扱いは、量刑の回で詳しく見ます。境界を、ペアで確かめます。使えない側です。Rに脅されてお金を取られた、あの男が犯人だ、という陳述。犯人は誰か、何があったか、という犯罪事実そのものです。使える側です。あの出来事のあと、夜も眠れず、今も店に立つのが怖い、厳しく処罰してほしい。心の傷と、処罰への気持ちです。同じSさんの話でも、取られた金額が大きい、という部分は犯情なので、ここからは認められません。量刑の事情として、聴かれます。

もう1つ、冒頭の問いに戻ります。犯人はこの人です、という言葉は、証拠にならない。それでも、刑の重さを決めるときには、考えに入れてよい。両方成り立つのは、9項が、犯罪事実の認定という使い道だけを禁じているからです。論文でも、この区別は論点になりえます。

比較表と節目のミニ事例

意見陳述と証人尋問の比較表。宣誓=意見陳述なし/証人あり。反対尋問=意見陳述なし(趣旨を明確にする質問のみ)/証人あり。申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権。付添い等の保護措置=どちらも使える。犯罪事実の認定の証拠=意見陳述はできない(9項)/証人はなる。量刑で考慮=意見陳述は犯情以外の事情に限り考慮できる/証人の証言は証拠として量刑にも使える 図:意見陳述と証人尋問の比較表

  • 宣誓=意見陳述なし/証人あり
  • 反対尋問=意見陳述なし(趣旨を明確にする質問のみ)/証人あり
  • 申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権
  • 付添い等の保護措置=どちらも使える
  • 犯罪事実の認定の証拠=意見陳述はできない(9項)/証人はなる
  • 量刑で考慮=意見陳述は犯情以外の事情に限り考慮できる/証人の証言は証拠として量刑にも使える

比較表で、整理します。縦に、宣誓、反対尋問、申出先、付添い等の保護措置、犯罪事実の認定の証拠、量刑での考慮。横に、意見陳述と証人尋問です。宣誓。意見陳述はなし、証人はあり。反対尋問。意見陳述はなし、質問は趣旨を明確にするためだけ。証人はあり。申出先。意見陳述は検察官、証人は当事者の請求か職権です。保護措置は、どちらも使えます。犯罪事実の認定の証拠。意見陳述はなりません。証人はなります。量刑での考慮。意見陳述は、犯情以外の事情に限って、考慮できます。証人の証言は、証拠ですから、量刑にも使えます。節目のミニ事例です。どちらの制度か、考えてください。

節目のミニ事例。1 被害者Sさんが、恐喝の場面を見たとおりに話し、被告人を犯人だと述べたい/2 Sさんが、夜眠れないこと・今も店に立つのが怖いこと・厳しい処罰を望むことを述べたい/3 意見陳述の申出をどこにするか/4 意見陳述で、被告人側の弁護人がSさんに反対尋問をしたい 図:節目のミニ事例

1つ目。Sさんが、恐喝された場面を、見たとおりに話し、被告人を犯人だと述べたい。事実の話なので、証人として確かめる手続が要ります。2つ目。Sさんが、夜眠れないこと、今も店に立つのが怖いこと、厳しい処罰を望むことを述べたい。気持ちの話は、犯情以外の事情として、量刑で聴かれます。3つ目。その意見陳述の申出は、誰にしますか。あらかじめ、検察官にします。窓口は、裁判所ではなく、検察官でした。4つ目。意見陳述で、弁護人が、Sさんに反対尋問をしたいと言いました。できますか。反対尋問はありません。質問は、趣旨を明確にするためだけです。弁護人ができるのは、陳述の中身をはっきりさせるための質問までです。

短答の○×一覧。通知制度・優先傍聴・閲覧謄写・意見陳述の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧。通知制度・優先傍聴・閲覧謄写・意見陳述の落とし穴を並べる

短答で確認します。被害者等通知制度は、刑訴法に明文がある。×です。検察庁の運用です。被害者等通知制度の対象は、一定の重大事件に限られる。×です。事件の種類で限定されません。優先傍聴は、被害者等に傍聴する権利を認めたものである。×です。裁判長に配慮を義務づけたもので、傍聴する権利ではありません。被害者等は、第1回公判期日の前でも、保護法3条で記録の閲覧と謄写を求められる。×です。第1回公判期日の後から、事件の終結までです。裁判所は、閲覧と謄写の申出があれば、いつでも拒める。×です。原則として認めるもので、例外は、理由が正当でないとき、相当でないときです。心情等の意見陳述の申出は、裁判所にする。×です。あらかじめ、検察官にします。意見陳述は、罪名が限られた事件でだけ認められる。×です。罪名の制限はありません。意見陳述では、宣誓をさせたうえで、反対尋問ができる。×です。宣誓も反対尋問もありません。意見陳述は、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。○です。意見陳述は、量刑の資料として考慮することができない。×です。9項が禁じているのは、犯罪事実の認定への使用だけです。裁判所が、審理の状況から相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させることができる。○です。陳述の制限は、裁判長が、代替や不実施は、裁判所が行う。○です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。被害者の関与の深さの順=知る(通知=運用)/見る(優先傍聴=配慮義務)/読む(閲覧・謄写=原則許可+例外)/気持ちを述べる(意見陳述=申出は検察官・宣誓なし・反対尋問なし・犯罪事実の証拠にならない・量刑では考慮できる)。冒頭の問いの答え=犯人はこの人です、と述べても有罪の証拠にならない。事実を語るなら証人尋問 図:まとめの地図

  • 被害者の関与の深さの順=知る(通知=運用)/見る(優先傍聴=配慮義務)/読む(閲覧・謄写=原則許可+例外)/気持ちを述べる(意見陳述=申出は検察官・宣誓なし・反対尋問なし・犯罪事実の証拠にならない・量刑では考慮できる)
  • 冒頭の問いの答え=犯人はこの人です、と述べても有罪の証拠にならない
  • 事実を語るなら証人尋問

今日のまとめです。被害者が、自分から裁判に関わる、最初の入口を見ました。知ること。被害者等通知制度は、検察庁の運用で、条文がありません。事件の種類でも限られません。見ること。優先傍聴は、裁判長に配慮を義務づけるもので、傍聴する権利ではありません。読むこと。第1回公判期日の後から、原則として閲覧と謄写ができ、例外があります。確定後は、何人でも閲覧できます。そして、気持ちを述べること。292条の2の意見陳述です。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判長は制限でき、裁判所は書面に代えられます。保護の道具は、証人尋問と同じものが使えます。ただし、宣誓も反対尋問もありません。冒頭の問いの答えです。被害者が、法廷で、犯人はこの人です、と述べても、有罪の証拠にはなりません。9項が、犯罪事実の認定のための証拠とすることを禁じているからです。事実を語るなら、証人として尋問を受ける道があります。一方、心の傷や、処罰への気持ちといった心情は、量刑を考える材料になります。次は、被害者が、検察官の隣に座って、裁判に参加する仕組みです。証人や被告人に、自分で質問をすることもできます。

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#148単独ページ動画

被害者の関与②被害者参加と損害の回復

第6章 公判の応用 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。被害者への配慮の4本柱=保護(済)/情報提供(済)/関与参加=心情等の意見陳述(前回・済)・被害者参加(今日)/損害回復(今日)。問い=被害者が検察官の隣に座り被告人に自分で質問できるなら、検察官の代わりに有罪・無罪を争えるのか 図:今日の地図と問い

  • 被害者への配慮の4本柱=保護(済)/情報提供(済)/関与参加=心情等の意見陳述(前回・済)・被害者参加(今日)/損害回復(今日)
  • 問い=被害者が検察官の隣に座り被告人に自分で質問できるなら、検察官の代わりに有罪・無罪を争えるのか

法廷で、検察官の隣に、被害者が座っています。被告人に、自分の口で質問もできます。それなら、被害者は、検察官の代わりに、有罪か無罪かを争えるのでしょうか。実は、被害者は検察官の代わりにはなれません。被害者にできることは、法律が数えた5つだけです。そして、できないことも、はっきり決まっています。今日の山場は、この線引きです。前回の終わりに予告した、被害者が裁判に参加する仕組みを、今日は扱います。地図で位置を確かめます。被害者への配慮は、4本の柱でした。保護と、情報提供は済みました。関与や参加のうち、前回の心情等の意見陳述も済んでいます。今日は、その次の段階の被害者参加と、柱の4本目、損害回復です。設例は、少し変えます。飲食店を営むSさんが、被告人のRに殴られて、怪我をしました。傷害の事件です。問いは1つです。参加した被害者は、検察官の代わりになれるのか。答えは、5つの権限と、認められない権限を並べたところで出します。

なぜ参加制度ができたのか

参加制度の背景。心情等の意見陳述は「限られた意見の陳述」にとどまる→不十分とされた。犯罪被害者等基本法(平成16年)=尊厳にふさわしい処遇を保障される権利(基本理念・3条1項)/刑事手続への参加の機会を拡充する制度整備を国・地方公共団体に求める(18条)→平成17年の基本計画=直接関与できる制度を検討→平成19年改正で被害者参加制度(運用開始は翌年)。ただし導入の条件=検察官と被告人・弁護人が主導して主張・立証するという基本構造を損なわない 図:参加制度の背景

  • 心情等の意見陳述は「限られた意見の陳述」にとどまる→不十分とされた
  • 犯罪被害者等基本法(平成16年)=尊厳にふさわしい処遇を保障される権利(基本理念・3条1項)/刑事手続への参加の機会を拡充する制度整備を国・地方公共団体に求める(18条)→平成17年の基本計画=直接関与できる制度を検討→平成19年改正で被害者参加制度(運用開始は翌年)
  • ただし導入の条件=検察官と被告人・弁護人が主導して主張・立証するという基本構造を損なわない

まず、なぜこの制度ができたのかです。前回の意見陳述は、被害者が気持ちを述べる制度でした。しかし、述べられるのは、限られた意見だけです。法廷の流れを見て、必要なことを聞く場面はありません。そこで、以前の回の年表で見た、平成16年の犯罪被害者等基本法です。被害者の尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を、基本理念に掲げました。そして、刑事手続への関与の制度を整えるよう、国などに求めた法律です。18条です。翌年の基本計画で、被害者が直接関われる制度の検討が決まり、平成19年の改正で、被害者参加制度が導入されました。ここで、大事な但し書きがあります。導入にあたって、検察官と、被告人や弁護人が、主張と立証を主導するという、裁判の基本の形を損なわないように、慎重な配慮がされました。この配慮が、今日の底流です。あとで、冒頭の問いの答えとして戻ってきます。

参加できる者と許可の手続

参加の許可の流れ(316条の33)。被害者等・法定代理人(または委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に申出(2項)→検察官が意見を付して裁判所に通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴く→犯罪の性質・被告人との関係等を考慮して相当と認めるとき、決定で許可(1項)。許可された者=被害者参加人。取消し(3項)=被害者等でないことが明らかになった/罰条変更で対象事件でなくなった/相当でないと認めるに至った。許否の決定は公判前整理手続の中でもできる(316条の5・12号) 図:参加の許可の流れ

  • 316条の33
  • 被害者等・法定代理人(または委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に申出(2項)→検察官が意見を付して裁判所に通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴く→犯罪の性質・被告人との関係等を考慮して相当と認めるとき、決定で許可(1項)。許可された者=被害者参加人。取消し(3項)=被害者等でないことが明らかになった
  • 罰条変更で対象事件でなくなった
  • 相当でないと認めるに至った。許否の決定は公判前整理手続の中でもできる(316条の5・12号)

条文は、316条の33です。まず1項を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第1項柱書

刑事訴訟法第316条の33第1項柱書 裁判所は、次に掲げる罪に係る被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、被告事件の手続への参加の申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、犯罪の性質、被告人との関係その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、決定で、当該被害者等又は当該被害者の法定代理人の被告事件の手続への参加を許すものとする。

申し出られる罪は、号で絞られています。続けて、各号を読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第1項各号

刑事訴訟法第316条の33第1項各号(対象事件) 一 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪 二 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第二百十一条、第二百二十条又は第二百二十四条から第二百二十七条までの罪 三 前号に掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(第一号に掲げる罪を除く。) 四 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成二十五年法律第八十六号)第四条、第五条又は第六条第三項若しくは第四項の罪 五 第一号から第三号までに掲げる罪の未遂罪

部品に分けます。申し出られるのは、被害者等と、被害者の法定代理人です。被害者等は、前回までと同じ意味で、被害者本人と、被害者が亡くなったり心身に重大な故障があったりする場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。この人たちから委託を受けた弁護士も、申し出られます。裁判所が、決定でします。ただし、その前に、被告人又は弁護人の意見を聴きます。聴く相手は、被告人の側です。そして、犯罪の性質や、被告人との関係などを考えて、相当と認めるときに許します。続きの2項と3項を読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第2項・第3項

刑事訴訟法第316条の33第2項・第3項 2 前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判所は、第一項の規定により被告事件の手続への参加を許された者(以下「被害者参加人」という。)が当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人に該当せず若しくは該当しなくなつたことが明らかになつたとき、又は第三百十二条の規定により罰条が撤回若しくは変更されたため当該被告事件が同項各号に掲げる罪に係るものに該当しなくなつたときは、決定で、同項の決定を取り消さなければならない。犯罪の性質、被告人との関係その他の事情を考慮して被告事件の手続への参加を認めることが相当でないと認めるに至つたときも、同様とする。

2項です。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判所に直接ではありません。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。前回の意見陳述と、同じ形です。窓口は、検察官です。3項の前半が、被害者参加人の定義です。許可を受けた人を、被害者参加人と呼びます。許可されたあとに、取り消されることもあるのですか。あります。3つの場合です。被害者等ではないことが明らかになったとき。罰条が変更されて、対象の事件でなくなったとき。そして、参加を認めることが相当でないと認めるに至ったときです。もう1つ、押さえます。参加を許すかどうかの決定は、公判前整理手続の中でもできます。316条の5の12号です。ただし、あとで見るとおり、公判前整理手続の期日に、参加人が出席することは、認められていません。許可はできても、期日には出られない。この組み合わせです。

対象事件

対象事件(316条の33第1項1〜5号)。人の生命・身体・自由を害する罪に限定。1号=故意の犯罪行為により人を死傷させた罪(殺人・傷害・傷害致死・強盗致死傷・危険運転致死傷・不同意性交等致死傷等)。2号=不同意わいせつ(176)・不同意性交等(177)・監護者わいせつ及び監護者性交等(179)・業務上過失致死傷等(211)・逮捕監禁(220)・略取誘拐等(224〜227)。3号=2号のほか、その犯罪行為に2号の罪の犯罪行為を含む罪(例=強盗・不同意性交等)。4号=自動車運転死傷処罰法4条・5条・6条3項4項。5号=1〜3号の未遂。過失も入る。対象外の例=窃盗・恐喝・詐欺・薬物犯罪。前回の意見陳述は罪名の制限なし 図:対象事件

  • 316条の33第1項1〜5号
  • 人の生命・身体・自由を害する罪に限定。1号=故意の犯罪行為により人を死傷させた罪(殺人・傷害・傷害致死・強盗致死傷・危険運転致死傷・不同意性交等致死傷等)。2号=不同意わいせつ(176)・不同意性交等(177)・監護者わいせつ及び監護者性交等(179)・業務上過失致死傷等(211)・逮捕監禁(220)・略取誘拐等(224〜227)。3号=2号のほか、その犯罪行為に2号の罪の犯罪行為を含む罪(例=強盗・不同意性交等)。4号=自動車運転死傷処罰法4条・5条・6条3項4項。5号=1〜3号の未遂。過失も入る。対象外の例=窃盗・恐喝・詐欺・薬物犯罪。前回の意見陳述は罪名の制限なし

号を、順に見ます。対象になるのは、個人の尊厳の根幹にある、人の生命、身体、自由を害する罪です。5つの型があります。1号は、故意の犯罪行為で、人を死傷させた罪です。傷害や傷害致死、殺人のほか、強盗致傷や危険運転致死傷などです。結果的加重犯、つまり、傷害のつもりが死なせてしまった傷害致死のような罪も入ります。2号は、不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、業務上過失致死傷等、逮捕及び監禁、略取と誘拐などの罪です。3号は、2号の罪のほかに、その犯罪行為に、2号の罪の犯罪行為を含む罪です。たとえば、強盗と、不同意性交等が一緒になった罪です。4号は、自動車運転死傷処罰法の、過失運転致傷などです。5号は、1号から3号の未遂罪です。

過失の罪も入る点が、短答の落とし穴です。2号の業務上過失致死傷も、4号の過失運転致傷も入ります。故意の罪だけではありません。この点は、あとで見る、被告人に賠償を命じる手続、損害賠償命令と対比します。覚えておいてください。逆に、入らない罪は、何ですか。窃盗、恐喝、詐欺、薬物犯罪などです。生命、身体、自由を害する罪ではないからです。設例で確かめます。RがSさんを殴って怪我をさせた。傷害ですから、1号で、Sさんは参加を申し出られます。一方、前回の設例のように、Rが脅してお金を出させた恐喝なら、参加はできません。

恐喝の被害者は、何もできないのですか。違います。前回の意見陳述には、罪名の制限がありませんでした。恐喝でも、Sさんは、心情を述べられます。罪名が限られるのは、参加のほうです。前回の予告の、答え合わせです。

公判期日への出席

権限1 公判期日への出席(316条の34)。参加人(または委託を受けた弁護士)は公判期日に出席できる(1項)。公判期日は参加人に通知(2項)。多数のとき裁判所は代表者の選定を求められる(3項)。審理の状況・人数等に照らし相当でないとき全部又は一部の出席を許さない(4項)。公判準備での証人尋問・検証にも準用(5項)。公判前整理手続の期日には出席できない。出席時の道具(316条の39)=付添い/被告人との間の遮へい/傍聴人との間の遮へい 図:権限1 公判期日への出席

  • 316条の34
  • 参加人(または委託を受けた弁護士)は公判期日に出席できる(1項)。公判期日は参加人に通知(2項)。多数のとき裁判所は代表者の選定を求められる(3項)。審理の状況・人数等に照らし相当でないとき全部又は一部の出席を許さない(4項)。公判準備での証人尋問・検証にも準用(5項)。公判前整理手続の期日には出席できない。出席時の道具(316条の39)=付添い
  • 被告人との間の遮へい
  • 傍聴人との間の遮へい

ここから、参加人の5つの権限を、順に見ます。1つ目は、出席です。316条の34を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の34

刑事訴訟法第316条の34 被害者参加人又はその委託を受けた弁護士は、公判期日に出席することができる。 2 公判期日は、これを被害者参加人に通知しなければならない。 3 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士が多数である場合において、必要があると認めるときは、これらの者の全員又はその一部に対し、その中から、公判期日に出席する代表者を選定するよう求めることができる。 4 裁判所は、審理の状況、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士の数その他の事情を考慮して、相当でないと認めるときは、公判期日の全部又は一部への出席を許さないことができる。 5 前各項の規定は、公判準備において証人の尋問又は検証が行われる場合について準用する。

1項で、参加人は、公判期日に出席できます。実際には、検察官の隣に座るのが運用です。2項で、公判期日は、参加人に通知されます。例外があります。4項です。審理の状況や、人数などを考えて、相当でないときは、全部又は一部の出席を許さないことができます。たとえば、参加人があとで証人になる予定で、先に審理を聞くと、証言に影響が出るおそれがあるときです。3項は、人数が多いときの代表者の選定です。5項は、公判準備での証人尋問や検証への準用です。もう1つ、条文は「公判期日」と書いています。公判前整理手続の期日は、含まれません。さきほどの、許否の決定はできても期日には出られない、の理由です。ところで、被告人の目の前に座るのは、つらい場合もあります。そのための道具が、316条の39にあります。ここで、復習を1問です。以前の回で見た、証人尋問での付添い、遮へい、ビデオリンクは、何条で、どんな場合に使えましたか?

付添いは157条の4、遮へいは157条の5、ビデオリンクは157条の6でした。付添いは、不安や緊張のおそれがあるとき。遮へいとビデオリンクは、それに加えて、相当と認めるときでした。参加人にも、同じ形の道具があります。316条の39です。著しく不安や緊張を覚えるおそれがあるとき、付添いを付けられます。被告人との間と、傍聴人との間に、遮へいを設けることもできます。道具は、証人のときと同じ発想です。

検察官への意見の申述

権限2 検察官への意見申述(316条の35)。参加人は検察官に対し、その事件についての検察官の権限の行使に関し意見を述べられる。検察官は権限を行使し又は行使しないこととしたとき、必要に応じ理由を説明する義務を負う。意見に従う義務はない。例=傷害致死の事件で遺族が殺人への訴因変更を希望→検察官は殺意を立証する証拠がないことを説明 図:権限2 検察官への意見申述

  • 316条の35
  • 参加人は検察官に対し、その事件についての検察官の権限の行使に関し意見を述べられる。検察官は権限を行使し又は行使しないこととしたとき、必要に応じ理由を説明する義務を負う。意見に従う義務はない。例=傷害致死の事件で遺族が殺人への訴因変更を希望→検察官は殺意を立証する証拠がないことを説明

2つ目は、検察官への意見の申述です。316条の35です。

条文刑事訴訟法第316条の35

刑事訴訟法第316条の35 被害者参加人又はその委託を受けた弁護士は、検察官に対し、当該被告事件についてのこの法律の規定による検察官の権限の行使に関し、意見を述べることができる。この場合において、検察官は、当該権限を行使し又は行使しないこととしたときは、必要に応じ、当該意見を述べた者に対し、その理由を説明しなければならない。

参加人は、検察官の権限の行使について、意見を言えます。検察官は、権限を行使した、あるいは行使しないと決めたときに、必要に応じて、理由を説明しなければなりません。意見に従う義務は、あるのですか。ありません。義務は、理由を説明することです。たとえば、被害者が亡くなった傷害致死の事件で、遺族が、殺人罪への訴因変更を求めたとします。検察官は、殺意を立証する証拠がない、と説明すれば足ります。訴因を決める権限は、検察官にあるからです。趣旨は、こうです。前回の意見陳述は、あらかじめ気持ちを伝える制度でした。しかし、公判は、刻々と進みます。検察官と参加人が、その場で意思疎通できるようにする。それがこの規定です。ここから先の3つの権限も、同じ型です。窓口は、検察官です。

証人尋問と被告人質問

権限3 証人尋問(316条の36)と権限4 被告人質問(316条の37)。証人尋問=情状に関する事項(犯罪事実に関するものを除く)についての証人の供述の証明力を争うために必要な事項に限る。検察官の尋問が終わった後直ちに・尋問事項を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴き許可。被告人質問=参加人が意見の陳述をするために必要がある場合に限る。あらかじめ質問事項を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴き許可。どちらも裁判長は範囲外の尋問・質問を制限できる

3つ目と4つ目は、尋問と質問です。まず、証人尋問の316条の36を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の36

刑事訴訟法第316条の36 裁判所は、証人を尋問する場合において、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、その者がその証人を尋問することの申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、審理の状況、申出に係る尋問事項の内容、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、情状に関する事項(犯罪事実に関するものを除く。)についての証人の供述の証明力を争うために必要な事項について、申出をした者がその証人を尋問することを許すものとする。 2 前項の申出は、検察官の尋問が終わつた後(検察官の尋問がないときは、被告人又は弁護人の尋問が終わつた後)直ちに、尋問事項を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、当該事項について自ら尋問する場合を除き、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項から第四項までに規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士のする尋問が第一項に規定する事項以外の事項にわたるときは、これを制限することができる。

長い条文ですが、核は1つです。尋問できるのは、情状に関する事項の、証人の供述の証明力を争うために必要な事項だけです。犯罪事実に関するものは、除かれます。以前の回の、反対尋問の範囲と同じ言葉です。具体例で見ます。被告人Rの側が呼んだ情状証人が、Rは、何度も謝罪に来た、と述べたとします。参加人は、いつ来たのか、と尋ねられます。謝罪が本当だったのか、信用できるのかを、確かめるための質問です。これが、供述の証明力を争う、ということです。他方、その証人が、犯罪事実について述べたことは、証明力を争うためであっても、参加人は尋問できません。犯罪事実の立証は、検察官と被告人側の領分だからです。手続は、いつもの型です。検察官の尋問が終わった後、すぐに、尋問事項を明らかにして、まず検察官に申し出ます。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。裁判所は、被告人又は弁護人の意見を聴いて、許可します。許可がなければ、尋問はできません。範囲を超えたら、裁判長が制限します。次に、被告人質問です。条文は、316条の37です。

条文刑事訴訟法第316条の37

刑事訴訟法第316条の37 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、その者が被告人に対して第三百十一条第二項の供述を求めるための質問を発することの申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士がこの法律の規定による意見の陳述をするために必要があると認める場合であつて、審理の状況、申出に係る質問をする事項の内容、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、申出をした者が被告人に対してその質問を発することを許すものとする。 2 前項の申出は、あらかじめ、質問をする事項を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、当該事項について自ら供述を求める場合を除き、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項、第三項及び第四項に規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士のする質問が第一項に規定する意見の陳述をするために必要がある事項に関係のない事項にわたるときは、これを制限することができる。

参加人が被告人に質問できるのは、意見の陳述をするために必要がある場合です。この意見の陳述には、前回の心情等の意見陳述と、このあと見る、事実や法律の適用についての意見陳述が含まれます。Rが、犯行の動機を、ほんの出来心だった、と説明したとします。Sさんが、その説明に納得できない。あとの意見陳述で、動機の不自然さを指摘したい。そのために、質問します。これが、意見陳述に必要がある場合です。この質問は、意見を述べるための材料集めです。罪を立証するための質問ではありません。立証は、検察官の仕事だからです。そして、心情等の意見陳述は、犯罪事実を認定する証拠になりません。もう1つの意見陳述も、訴因の範囲内に限られます。述べられる意見が狭ければ、その材料を集める質問も、同じだけ狭くなります。訴因の範囲内なら、事実関係を尋ねる質問もできます。ただし、たとえば、傷害致死で起訴された事件で、殺意があったことを立証するための質問を重ねる。これはできません。手続は、証人尋問と同じ型です。質問事項を明らかにして、まず検察官に申し出て、検察官が意見を付けて通知し、裁判所が許可します。

事実又は法律の適用についての意見陳述

権限5 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)。検察官の論告・求刑(293条1項の意見の陳述)の後に・訴因として特定された事実の範囲内で、犯罪事実と法律の適用について意見を述べる(いわば参加人版の論告・求刑)。傷害致死の訴因なのに殺人を前提にした意見は述べられない。あらかじめ意見の要旨を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が審理の状況等を考慮して許可(被告人又は弁護人の意見を聴く規定なし)。範囲を超える陳述は裁判長が制限(3項)。4項=証拠とはならない 図:権限5 事実又は法律の適用についての意見陳述

  • 316条の38
  • 検察官の論告・求刑(293条1項の意見の陳述)の後に・訴因として特定された事実の範囲内で、犯罪事実と法律の適用について意見を述べる(いわば参加人版の論告・求刑)。傷害致死の訴因なのに殺人を前提にした意見は述べられない。あらかじめ意見の要旨を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が審理の状況等を考慮して許可(被告人又は弁護人の意見を聴く規定なし)。範囲を超える陳述は裁判長が制限(3項)。4項=証拠とはならない

5つ目は、事実又は法律の適用についての意見陳述です。316条の38です。

条文刑事訴訟法第316条の38

刑事訴訟法第316条の38 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、事実又は法律の適用について意見を陳述することの申出がある場合において、審理の状況、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、公判期日において、第二百九十三条第一項の規定による検察官の意見の陳述の後に、訴因として特定された事実の範囲内で、申出をした者がその意見を陳述することを許すものとする。 2 前項の申出は、あらかじめ、陳述する意見の要旨を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項、第三項及び第四項に規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士の意見の陳述が第一項に規定する範囲を超えるときは、これを制限することができる。 4 第一項の規定による陳述は、証拠とはならないものとする。

要するに、参加人版の、論告と求刑です。検察官の論告、求刑の後に、参加人が、犯罪事実と、法律の適用について、意見を述べます。293条1項の、検察官の意見の陳述です。その後に、参加人が、たとえば、Rには、傷害罪が成立し、拘禁刑何年が相当だと考える、と述べられます。ただし、範囲があります。訴因として特定された事実の範囲内です。傷害致死の訴因なのに、殺人を前提にした意見は、述べられません。訴因を決めるのは、検察官だからです。手続は、これまでと同じです。意見の要旨を明らかにして、検察官に申し出ます。検察官が意見を付けて通知し、裁判所が、審理の状況などを考えて許可します。ここで、1点だけ、違いがあります。条文を見てください。1項に、被告人又は弁護人の意見を聴く、という文言がありません。証人尋問や被告人質問の許可とは違って、被告人側の意見を聴く必要はないのです。

事実の認定の証拠にならないのはもちろんです。量刑の資料にもなりません。純然たる意見だからです。検察官の論告が、証拠でないのと同じです。この点は、あとで、前回の意見陳述との比較表で整理します。その前に、1問です。論告の後に、参加人が意見を述べるとき、被告人側の意見は聴かなければなりませんか?聴く必要はない、でした。申出は検察官にして、許可は裁判所が、審理の状況などを考慮して決めます。

認められない権限と当事者主義

参加人の権限=5つ/認められない権限=4つ。5つ=出席(316条の34)・検察官への意見申述(35)・証人尋問(36)・被告人質問(37)・事実又は法律の適用についての意見陳述(38)。認められない=公判請求権(247条)・訴因設定権(256条3項・312条1項)・証拠調べ請求権(298条1項)・上訴権(351条1項)。共通点=申出は検察官に→裁判所が許可(出席・意見申述を除く)。主張・立証の主役は検察官と被告人・弁護人のまま=当事者主義は変わらない

  • 参加人の権限=5つ/認められない権限=4つ
  • 5つ=出席(316条の34)・検察官への意見申述(35)・証人尋問(36)・被告人質問(37)・事実又は法律の適用についての意見陳述(38)
  • 認められない=公判請求権(247条)・訴因設定権(256条3項・312条1項)・証拠調べ請求権(298条1項)・上訴権(351条1項)
  • 共通点=申出は検察官に→裁判所が許可(出席・意見申述を除く)
  • 主張・立証の主役は検察官と被告人・弁護人のまま=当事者主義は変わらない

ここで、冒頭の問いに戻ります。もう1問、先に聞きます。参加人が、自分で証拠調べを請求できないのは、なぜだと思いますか?立証の責任は、検察官にあるからだと思います。参加人に認められない権限が、4つあります。起訴は、検察官の権限で、247条です。訴因の設定も検察官で、256条3項と、312条1項が根拠です。証拠調べの請求は、当事者である検察官と被告人側のもので、298条1項です。上訴は、検察官又は被告人のもので、351条1項です。整理します。参加人の5つの権限は、2つのタイプに分かれます。1つは、検察官に意見を言って、権限の行使を促すもの。意見の申述です。もう1つは、検察官と被告人側の主張立証に、意見や情状の限度で加わるもの。尋問、質問、意見陳述です。出席は、その土台です。

意見申述と出席を除いて、申出は検察官に、許可は裁判所に。この共通の型が、5つの権限の骨格です。そして、主張と立証の主役は、あくまで、検察官と、被告人、弁護人です。冒頭の問いの答えです。参加人は、検察官の代わりには、なれません。訴追と立証は、検察官のままで、参加人は、そこに、意見と情状の限度で加わるのです。背景の節で見た、基本の形を損なわない配慮は、この形で、実現されています。喩えるなら、舞台脇に上がれる観客です。演出家の検察官に、意見を伝えられます。ただし、脚本と配役は、変えられません。そして、舞台に声を出すときは、劇場の許可が要ります。参加人の権限の限界は、論文でも論点になりえます。

2つの意見陳述の比較表

比較表=心情等の意見陳述(292条の2)vs 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)。犯罪事実の認定の証拠=どちらもならない/量刑資料=前者○・後者×/申出先=どちらも検察官/実施の要件=前者は原則実施・後者は裁判所の許可/弁護人等の質問=前者は趣旨を明確にする範囲で可・後者は不可(弁論で反論)/書面による代替=前者は可(7項)・後者は不可(口頭主義)/陳述できる者=前者は罪名の制限なしの被害者等・法定代理人・後者は参加を許された参加人(対象事件に限る)/内容=前者は被害に関する心情その他の意見・後者は事実又は法律の適用(訴因の範囲内)

  • 比較表=心情等の意見陳述(292条の2)vs 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)
  • 犯罪事実の認定の証拠=どちらもならない/量刑資料=前者○・後者×/申出先=どちらも検察官/実施の要件=前者は原則実施・後者は裁判所の許可/弁護人等の質問=前者は趣旨を明確にする範囲で可・後者は不可(弁論で反論)/書面による代替=前者は可(7項)・後者は不可(口頭主義)/陳述できる者=前者は罪名の制限なしの被害者等・法定代理人・後者は参加を許された参加人(対象事件に限る)/内容=前者は被害に関する心情その他の意見・後者は事実又は法律の適用(訴因の範囲内)

もう1つの山場、比較表です。その前に、前回の復習を1問です。心情等の意見陳述は、犯罪事実の証拠になりますか? 量刑では考慮されますか?犯罪事実の証拠にはなりません。でも、犯情以外の事情に限って、量刑の資料として考慮されます。では、今日の316条の38の意見陳述と、比べます。縦に、比べる軸、横に、2つの制度です。犯罪事実の認定の証拠。どちらも、なりません。量刑の資料。前回の心情は、犯情以外の事情に限って、なります。今日の意見陳述は、なりません。ここが、いちばん大事な分かれ目です。同じ意見なのに、なぜ、分かれるのですか。性質が違うからです。前回の心情は、被害者の苦しみそのものです。情状として、量刑で評価される事情です。今日の意見陳述は、検察官の論告と同じ、純然たる意見です。そのため、4項は、証拠とはならない、と明記しています。ですから、証拠にも、量刑の資料にもなりません。具体例です。夜も眠れず、今も店に立つのが怖い、という訴えは、事情です。前回の制度で述べて、量刑で考慮されます。他方、Rには、傷害罪が成立し、拘禁刑何年が相当だ、という話は、意見です。今日の制度で述べて、聞いてもらえますが、証拠にはなりません。残りの軸です。申出先は、どちらも検察官です。実施の要件は、前回は、原則として陳述させる。今日は、裁判所の許可が要ります。

弁護人側の質問は、前回は、趣旨を明確にするためなら、できます。今日は、できません。弁護人は、弁論で反論すればよいからです。書面での代替は、前回は、できます。今日は、できません。意見の陳述は、口頭で行う、口頭主義だからです。陳述できる人は、前回は、罪名の制限がない被害者等と法定代理人。今日は、許可を受けた参加人で、対象事件に限られます。内容は、前回は、被害に関する心情その他の意見。今日は、事実又は法律の適用で、訴因の範囲内です。

国選被害者参加弁護士

国選被害者参加弁護士(犯罪被害者保護法11条〜)。参加人(弁護士に委託して316条の34〜38の行為をさせようとする者)のうち資力が基準額に満たない者は、被害者参加弁護士の選定を裁判所に請求できる。請求は日本司法支援センター(法テラス)を経由。裁判所が選定・費用は国。選定は審級ごと・参加許可が取り消されると効力を失う。弁護士に頼めない参加人にも旅費・日当の支給がある。弁護士は被疑者・被告人の権利擁護だけでなく被害者支援にも役割を持つ 図:国選被害者参加弁護士

  • 犯罪被害者保護法11条〜
  • 参加人(弁護士に委託して316条の34〜38の行為をさせようとする者)のうち資力が基準額に満たない者は、被害者参加弁護士の選定を裁判所に請求できる。請求は日本司法支援センター(法テラス)を経由。裁判所が選定・費用は国。選定は審級ごと・参加許可が取り消されると効力を失う。弁護士に頼めない参加人にも旅費・日当の支給がある。弁護士は被疑者・被告人の権利擁護だけでなく被害者支援にも役割を持つ

弁護士に頼みたくても、費用が心配な人もいます。そこで、国選被害者参加弁護士の制度があります。犯罪被害者保護法の11条以下です。発想は似ています。参加人が、弁護士に委託して、316条の34から38までの行為をさせようとするとき、資力が基準額に満たなければ、裁判所に、被害者参加弁護士の選定を請求できます。請求は、日本司法支援センター、通称、法テラスを経由します。裁判所が選定し、費用は、国が負担します。選定は、審級ごとです。参加の許可が取り消されると、効力を失います。また、遠くから通う参加人のために、旅費や日当の支給もあります。もう1つ、弁護士の役割です。弁護士は、被疑者や被告人の権利を守るだけではなく、被害者の支援にも、役割を持ちます。被告人の弁護人であっても、被害者への対応を誤ると、示談を壊して、被告人自身の利益を害することがあります。覚えておいてください。

刑事和解

損害回復その1 刑事和解(犯罪被害者保護法19条)。示談書だけでは強制執行ができない(債務名義にならない)。被告人と被害者等が、民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る)について合意→共同して合意の公判調書への記載を申し立てられる(1項)。申立先=被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所。時期=弁論の終結までに・公判期日に出頭して書面を提出(3項)。効果=公判調書の記載は裁判上の和解と同一の効力(4項)→強制執行ができる。第三者の保証・連帯債務も一緒に記載できる(2項)。罪名の制限なし 図:損害回復その1 刑事和解

  • 犯罪被害者保護法19条
  • 示談書だけでは強制執行ができない(債務名義にならない)。被告人と被害者等が、民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る)について合意→共同して合意の公判調書への記載を申し立てられる(1項)。申立先=被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所。時期=弁論の終結までに・公判期日に出頭して書面を提出(3項)。効果=公判調書の記載は裁判上の和解と同一の効力(4項)→強制執行ができる。第三者の保証・連帯債務も一緒に記載できる(2項)。罪名の制限なし

ここから、2つ目の柱、損害の回復です。参加は、手続に加わる制度でした。損害の回復は、被告人から、実際にお金を取り戻す制度です。1つ目は、刑事和解です。設例です。Rが、Sさんに、治療費として、100万円を払う、と約束しました。示談です。ところが、Rが払わない。示談書だけでは、強制執行はできません。強制執行の根拠になる書面を、債務名義と呼びますが、示談書は、それにならないからです。改めて、民事訴訟を起こして、判決を取らなければなりません。そこで、19条です。全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第19条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第19条 刑事被告事件の被告人と被害者等は、両者の間における民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る。)について合意が成立した場合には、当該被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所に対し、共同して当該合意の公判調書への記載を求める申立てをすることができる。 2 前項の合意が被告人の被害者等に対する金銭の支払を内容とする場合において、被告人以外の者が被害者等に対し当該債務について保証する旨又は連帯して責任を負う旨を約したときは、その者も、同項の申立てとともに、被告人及び被害者等と共同してその旨の公判調書への記載を求める申立てをすることができる。 3 前二項の規定による申立ては、弁論の終結までに、公判期日に出頭し、当該申立てに係る合意及びその合意がされた民事上の争いの目的である権利を特定するに足りる事実を記載した書面を提出してしなければならない。 4 第一項又は第二項の規定による申立てに係る合意を公判調書に記載したときは、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する。

1項です。被告人と被害者等が、民事上の争いについて合意したとき、共同して、その合意を公判調書に書いてほしい、と申し立てられます。罪名の制限は、ありません。窃盗でも、恐喝でも、使えます。申立先は、被告事件が係属している第一審裁判所か、控訴裁判所です。3項です。時期は、弁論の終結まで、つまり、判決の前に審理を締めくくるときまでです。公判期日に出頭して、合意を記載した書面を出します。そして、4項です。公判調書に記載すると、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。裁判上の和解とは、裁判所で成立した和解のことで、その調書は、判決と同じく、債務名義になります。つまり、強制執行ができます。示談書に、判決並みの力を持たせる手続です。

保証人がいる場合は、どうなりますか。2項です。第三者が保証や連帯責任を約したときは、その人も、一緒に申し立てて、調書に記載してもらえます。

損害賠償命令

損害回復その2 損害賠償命令(犯罪被害者保護法24条以下)。対象=故意の死傷/不同意わいせつ・不同意性交等・監護者わいせつ及び監護者性交等/逮捕・監禁/略取・誘拐・人身売買等/それらを含む罪(及び未遂)。過失の死傷は対象外。申立人=被害者又はその一般承継人(相続人等)。申立先=被告事件の係属する地方裁判所のみ・弁論の終結まで・書面。流れ=申立て→有罪の言渡し→直ちに審理期日(35条1項)→刑事記録を取り調べ(4項)→原則4回以内の審理期日(3項)→決定(37条)→異議(38条1項・2週間)。異議なし=確定判決と同一の効力(5項)/適法な異議あり=命令は効力を失い通常の民事訴訟へ(4項・39条)。無罪・免訴・公訴棄却や対象外の罪での有罪なら却下(28条) 図:損害回復その2 損害賠償命令

  • 犯罪被害者保護法24条以下
  • 対象=故意の死傷
  • 不同意わいせつ・不同意性交等・監護者わいせつ及び監護者性交等
  • 逮捕・監禁
  • 略取・誘拐・人身売買等
  • それらを含む罪(及び未遂)。過失の死傷は対象外。申立人=被害者又はその一般承継人(相続人等)。申立先=被告事件の係属する地方裁判所のみ・弁論の終結まで・書面。流れ=申立て→有罪の言渡し→直ちに審理期日(35条1項)→刑事記録を取り調べ(4項)→原則4回以内の審理期日(3項)→決定(37条)→異議(38条1項・2週間)。異議なし=確定判決と同一の効力(5項)
  • 適法な異議あり=命令は効力を失い通常の民事訴訟へ(4項・39条)。無罪・免訴・公訴棄却や対象外の罪での有罪なら却下(28条)

2つ目は、損害賠償命令です。刑事裁判の成果を使って、民事の賠償を、簡単に認めてもらう手続です。条文は、犯罪被害者保護法の24条から始まります。24条1項を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項柱書

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項柱書 次に掲げる罪に係る刑事被告事件(刑事訴訟法第四百五十一条第一項の規定により更に審判をすることとされたものを除く。)の被害者又はその一般承継人は、当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る。)に対し、その弁論の終結までに、損害賠償命令(当該被告事件に係る訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求(これに附帯する損害賠償の請求を含む。)について、その賠償を被告人に命ずることをいう。以下同じ。)の申立てをすることができる。

部品に分けます。申し立てられるのは、被害者又はその一般承継人です。一般承継人とは、被害者が亡くなったときの相続人などです。申立先は、被告事件が係属している、地方裁判所に限られます。時期は、弁論の終結までです。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項各号

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項各号 一 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪 二 次に掲げる罪又はその未遂罪  イ 刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十六条(不同意わいせつ)、第百七十七条(不同意性交等)又は第百七十九条(監護者わいせつ及び監護者性交等)の罪  ロ 刑法第二百二十条(逮捕及び監禁)の罪  ハ 刑法第二百二十四条から第二百二十七条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等)の罪  ニ イからハまでに掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(前号に掲げる罪を除く。)

対象の罪は、参加と同じですか。違います。ここが大事です。1号は、故意の犯罪行為による死傷です。2号は、不同意わいせつなど、逮捕及び監禁、略取と誘拐などです。過失の死傷は入りません。さきほどの、参加の対象事件では、過失運転致傷も入りました。参加は○でも、損害賠償命令は×になる事件が、あるのです。流れは、板のとおりです。審理は、有罪の言渡しの後に始まります。35条を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第35条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第35条 刑事被告事件について刑事訴訟法第三百三十五条第一項に規定する有罪の言渡しがあった場合(当該言渡しに係る罪が第二十四条第一項各号に掲げる罪に該当する場合に限る。)には、裁判所は、直ちに、損害賠償命令の申立てについての審理のための期日(以下「審理期日」という。)を開かなければならない。ただし、直ちに審理期日を開くことが相当でないと認めるときは、裁判長は、速やかに、最初の審理期日を定めなければならない。 2 審理期日には、当事者を呼び出さなければならない。 3 損害賠償命令の申立てについては、特別の事情がある場合を除き、四回以内の審理期日において、審理を終結しなければならない。 4 裁判所は、最初の審理期日において、刑事被告事件の訴訟記録のうち必要でないと認めるものを除き、その取調べをしなければならない。

有罪の言渡しがあると、裁判所は、直ちに、審理期日を開きます。審理は、特別の事情がない限り、4回以内で終わらせます。最初の審理期日で、刑事事件の訴訟記録を取り調べます。ここが、この制度の趣旨です。刑事手続の成果を利用して、被害者が、改めて民事訴訟を起こす負担を減らし、簡易迅速に解決する。刑事事件を担当した地方裁判所が扱います。結論は、決定で出ます。ここまでの流れは、有罪の言渡しがなければ進みません。無罪や、免訴、公訴棄却のとき、あるいは、対象ではない罪で有罪になったときは、申立ては却下されます。決定に不服があるときの38条を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第38条第1項・第4項・第5項

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第38条第1項・第4項・第5項 当事者は、損害賠償命令の申立てについての裁判に対し、前条第三項の規定による送達又は同条第四項の規定による告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。 4 適法な異議の申立てがあったときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、仮執行の宣言を付したものを除き、その効力を失う。 5 適法な異議の申立てがないときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、確定判決と同一の効力を有する。

異議ができるのは、当事者、つまり、被告人と、申立人の双方です。決定の送達などから、2週間の不変期間内です。不変期間とは、裁判所も延ばせない期間です。適法な異議があれば、命令は、効力を失います。ただし、仮執行宣言、つまり、確定の前でも強制執行してよいという宣言が付いたものは、除きます。そして、39条により、通常の民事訴訟に、移ります。申立ての時に、訴えを起こしたものとみなされます。異議がなければ、確定判決と同一の効力を持ちます。つまり、強制執行ができます。流れを整理します。申立て、有罪の言渡し、4回以内の審理、決定。そのあと、異議があれば民事訴訟へ。なければ、確定判決と同じです。

参加・和解・損害賠償命令の弁別

弁別表。対象罪名=参加は限定(過失運転致死傷を含む)/和解は制限なし/命令は限定(過失は含まない)。誰が=参加は被害者等・法定代理人(委託を受けた弁護士)/和解は被告人と被害者等(共同)/命令は被害者又は一般承継人。いつまで=参加は申出(公判前〜)/和解・命令は弁論の終結まで。効果=参加は手続への関与(損害賠償は別)/和解は裁判上の和解と同一の効力=強制執行/命令は異議がなければ確定判決と同一の効力。限界=被告人に資力がなければ実効的でない→犯罪被害者等給付金・被害回復給付金支給制度・被害回復分配金支払制度 図:弁別表

  • 対象罪名=参加は限定(過失運転致死傷を含む)/和解は制限なし/命令は限定(過失は含まない)
  • 誰が=参加は被害者等・法定代理人(委託を受けた弁護士)/和解は被告人と被害者等(共同)/命令は被害者又は一般承継人
  • いつまで=参加は申出(公判前〜)/和解・命令は弁論の終結まで
  • 効果=参加は手続への関与(損害賠償は別)/和解は裁判上の和解と同一の効力=強制執行/命令は異議がなければ確定判決と同一の効力
  • 限界=被告人に資力がなければ実効的でない→犯罪被害者等給付金・被害回復給付金支給制度・被害回復分配金支払制度

3つの制度を、表で弁別します。軸は4つです。対象の罪名、時期、申し立てる人、効力です。罪名です。参加は、人の生命、身体、自由を害する罪で、過失運転致死傷も入ります。刑事和解は、罪名の制限がありません。損害賠償命令は、限定されていて、過失は含みません。時期です。和解と命令は、どちらも、弁論の終結までです。申し立てる人は、和解が、被告人と被害者等の共同。命令は、被害者又は一般承継人です。効力です。和解は、裁判上の和解と同一の効力で、強制執行ができます。命令は、異議がなければ、確定判決と同一の効力です。異議があれば、民事訴訟に移ります。参加は、手続に関与する制度で、損害賠償は、別の問題です。

過失運転致死傷なら、参加はできます。刑事和解も、罪名の制限がないので、できます。しかし、損害賠償命令は、過失の死傷が対象外なので、できません。なぜ外したのか。交通事故のような過失の事件は、過失の割合などが争いになりやすく、4回以内の簡単な審理には収まりにくいからです。保険会社を含めて解決を図る必要がある事件が多く、この手続の簡易迅速という趣旨に合わないのです。この組み合わせが、短答の定番です。最後に、限界を1つ。和解も命令も、被告人に資力がなければ、実際にお金は取れません。そのための、公的な経済的支援があります。犯罪被害者等給付金。被害回復給付金支給制度。被害回復分配金支払制度。今日は、名前だけ、挙げておきます。

節目のミニ事例と短答。1 RがSさんを殴り怪我をさせた事件でSさんは参加できるか/恐喝事件なら参加できるか/2 参加人が被告人に「殺す気だったのか」と聞き続けたい(訴因が傷害致死)/3 参加人が拘禁刑何年にしてほしいと言いたい/4 参加人が証拠調べを自分で請求したい/5 交通事故の遺族が参加し損害賠償命令も申し立てたい。短答○×=参加の許可は被告人又は弁護人の意見を聴く(○)・申出は検察官(○)・前整期日に出席できる(×)・316条の38の陳述は量刑資料になる(×)・損害賠償命令は地裁・弁論終結まで(○) 図:節目のミニ事例と短答

  • 1 RがSさんを殴り怪我をさせた事件でSさんは参加できるか/恐喝事件なら参加できるか/2 参加人が被告人に「殺す気だったのか」と聞き続けたい(訴因が傷害致死)/3 参加人が拘禁刑何年にしてほしいと言いたい/4 参加人が証拠調べを自分で請求したい/5 交通事故の遺族が参加し損害賠償命令も申し立てたい
  • 短答○×=参加の許可は被告人又は弁護人の意見を聴く(○)・申出は検察官(○)・前整期日に出席できる(×)・316条の38の陳述は量刑資料になる(×)・損害賠償命令は地裁・弁論終結まで(○)

節目のミニ事例です。参加人が何をできるか、考えてください。1つ目。Rが、Sさんを殴って、怪我をさせた事件で、Sさんは、参加できますか。恐喝の事件なら、どうですか。傷害は、1号で、参加できます。恐喝は、参加できません。ただ、意見陳述と刑事和解はできますが、損害賠償命令はできないと思います。2つ目。傷害致死で起訴された事件で、参加人が、被告人に、殺す気だったのか、と聞き続けたい。できますか。できません。質問は意見の陳述に必要な範囲で、訴因の範囲内に限られるからです。3つ目。参加人が、拘禁刑何年にしてほしい、と求刑のような意見を言いたい。

4つ目。参加人が、証拠調べを、自分で請求したい。5つ目。交通事故の遺族が参加して、損害賠償命令も申し立てたい。短答の確認も、続けます。参加の許可は、被告人又は弁護人の意見を聴く。○です。申出は、検察官にする。○です。公判前整理手続の期日にも、参加人は出席できる。×です。316条の38の陳述は、量刑資料になる。×です。損害賠償命令は、地方裁判所に、弁論の終結までに申し立てる。○です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。被害者参加=許可の流れ(申出は検察官→裁判所が被告人側の意見を聴いて許可)・対象事件(人の生命・身体・自由を害する罪・過失も入る)・5つの権限(出席/意見申述/証人尋問/被告人質問/意見陳述)・認められない4つ(公判請求・訴因設定・証拠調べ請求・上訴)。比較表=量刑資料は前回○・今回×。損害回復=刑事和解(罪名制限なし・裁判上の和解と同一の効力)/損害賠償命令(有罪言渡し後・4回以内・異議で民事訴訟へ・過失は対象外)。冒頭の問いの答え=代わりにはなれない 図:まとめの地図

  • 被害者参加=許可の流れ(申出は検察官→裁判所が被告人側の意見を聴いて許可)・対象事件(人の生命・身体・自由を害する罪・過失も入る)・5つの権限(出席/意見申述/証人尋問/被告人質問/意見陳述)・認められない4つ(公判請求・訴因設定・証拠調べ請求・上訴)
  • 比較表=量刑資料は前回○・今回×
  • 損害回復=刑事和解(罪名制限なし・裁判上の和解と同一の効力)/損害賠償命令(有罪言渡し後・4回以内・異議で民事訴訟へ・過失は対象外)
  • 冒頭の問いの答え=代わりにはなれない

今日のまとめです。被害者が、手続に加わる仕組みと、お金を取り戻す仕組みを見ました。参加人は、被害者等か、法定代理人で、許可を受けた人です。申出は、検察官にして、裁判所が、被告人又は弁護人の意見を聴いて、決定で許可します。対象は、人の生命、身体、自由を害する罪で、過失も入ります。窃盗や恐喝は、対象外です。権限は、5つです。出席。検察官への意見の申述。情状の証明力を争う、証人尋問。意見の陳述に必要な、被告人質問。論告の後の、事実又は法律の適用についての意見陳述。出席と意見申述を除いて、申出は検察官に、許可は裁判所です。公判請求、訴因設定、証拠調べ請求、上訴は、認められていません。比較表の核心は、量刑資料でした。前回の心情は、犯情以外の事情に限って、量刑で考慮されます。今日の意見陳述は、純然たる意見で、証拠にも、量刑の資料にもなりません。損害回復は、2つです。刑事和解は、罪名の制限がなく、公判調書の記載が、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。損害賠償命令は、有罪の言渡しの後、4回以内の審理で決定が出ます。異議があれば、民事訴訟へ移ります。過失は、対象外です。冒頭の問いの答えです。参加人は、検察官の代わりには、なれません。主張と立証の主役は、検察官と、被告人、弁護人のままで、参加人は、意見と情状の限度で、加わります。当事者主義は、変わりません。被害者の関与は、これで終わりです。次は、第7章の、裁判の意義と種類です。判決と、決定と、命令が、どう違うのかを見ます。

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第7章裁判

#149単独ページ動画

裁判の意義と種類

第7章 裁判 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。第6章までは裁判所が審理する側→ここから結論を出す側。第7章の流れ=裁判の種類と成立→有罪判決の中身→認定の限界→量刑→簡易な手続→確定と一事不再理(今日は最初の1マス)。今日の4つの話=何が裁判か/判決・決定・命令の違い/いつ成立していつ変えられなくなるか/宣告で身柄がどうなるか。問い=判決を言い渡している最中に誤りに気づいたら、言い直してよいか 図:今日の地図と問い

  • 第6章までは裁判所が審理する側→ここから結論を出す側
  • 第7章の流れ=裁判の種類と成立→有罪判決の中身→認定の限界→量刑→簡易な手続→確定と一事不再理(今日は最初の1マス)
  • 今日の4つの話=何が裁判か/判決・決定・命令の違い/いつ成立していつ変えられなくなるか/宣告で身柄がどうなるか
  • 問い=判決を言い渡している最中に誤りに気づいたら、言い直してよいか

判決の宣告の日です。裁判官が、判決の結論である主文を読み上げます。拘禁刑4年。ただし、その刑の執行を3年間猶予する。続けて、理由を説明している途中で、裁判官は気づきました。拘禁刑4年の言渡しには、執行猶予を付けられません。執行猶予が付けられるのは、3年以下の拘禁刑などの場合だけです。さて、すでに声に出して言ってしまった主文を、その場で、実刑に言い直してよいのでしょうか。告げた言葉の重みにも、正しい判決を出すという要請にも、理由があります。先に方向だけ言うと、言い直せる場合があります。鍵は、裁判がいつ成立し、いつ変えられなくなるかです。今日の山場の1つです。前回の最後に、予告しました。判決と、決定と、命令が、どう違うのか。これが、今日の出発点です。地図で位置を確かめます。第6章までは、裁判所は、審理をする側でした。ここからは、審理の結果を出す側の話になります。第7章全体は、裁判の種類と成立から始まり、有罪判決の中身、認定の限界、量刑、簡易な手続を経て、裁判の確定と一事不再理で終わります。今日は、その最初の1マス、裁判そのものの総論です。今日の話は4つです。何が裁判なのか。裁判がどう分かれるのか。裁判がいつ成立するのか。そして、宣告があると被告人の身柄がどうなるのか。

裁判の意義

裁判の意義。裁判=裁判機関(裁判所又は裁判官)の意思表示を内容とする訴訟行為。日常語の「裁判」=審理そのもの→法律語=意思表示。含む=有罪・無罪の判決/捜査段階で裁判官が令状を発付すること/保釈の許否の決定。含まない=検察官・弁護人の意思表示(起訴・論告・弁論)/令状の執行などの事実行為 図:裁判の意義

  • 裁判=裁判機関(裁判所又は裁判官)の意思表示を内容とする訴訟行為
  • 日常語の「裁判」=審理そのもの→法律語=意思表示
  • 含む=有罪・無罪の判決/捜査段階で裁判官が令状を発付すること/保釈の許否の決定
  • 含まない=検察官・弁護人の意思表示(起訴・論告・弁論)/令状の執行などの事実行為

最初に、言葉を決めます。日常語の裁判は、法廷で審理が行われている状態そのものを指します。ところが、訴訟法の裁判は、もっと狭い言葉です。裁判機関、つまり、裁判所または裁判官の意思表示を内容とする訴訟行為です。訴訟行為のうち、判断や意思を外に示すものが、意思表示です。裁判は、その主体が、裁判所か裁判官に限られます。具体例で弁別します。有罪や無罪の判決は、裁判です。捜査の段階で、裁判官が逮捕状や捜索差押許可状などの令状を発付するのも、裁判です。保釈を許すか許さないかの決定も、裁判です。起訴は、裁判ではありません。意思表示の主体が、検察官だからです。起訴も、論告も、弁護人の弁論も、裁判機関の意思表示ではありません。さらに、令状の執行は、意思表示ではなく、実際に物を押さえたり人を拘束したりする事実行為ですから、これも裁判ではありません。1人の被告人で通してみます。Sが逮捕され、裁判官が勾留状を出しました。これは裁判です。その勾留状で、Sを実際に留置施設に入れる。これは事実行為です。検察官がSを起訴する。主体が検察官なので、裁判ではありません。覚えるのは、1文です。裁判とは、裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為。主体と、意思表示かどうか、この2点で見分けます。

終局裁判と非終局裁判

裁判の分類(その1)。軸=その審級で訴訟を終了させる効果があるか。非終局裁判=終局前(逮捕199条・勾留60条・保釈89条90条・移送4条7条19条・証拠の採否)/終局後(訴訟費用執行免除の決定500条)。終局裁判=訴訟をその審級で終わらせる裁判(次の板で実体裁判と形式裁判に分ける) 図:裁判の分類

  • その1
  • 軸=その審級で訴訟を終了させる効果があるか。非終局裁判=終局前(逮捕199条・勾留60条・保釈89条90条・移送4条7条19条・証拠の採否)
  • 終局後(訴訟費用執行免除の決定500条)。終局裁判=訴訟をその審級で終わらせる裁判(次の板で実体裁判と形式裁判に分ける)

裁判を分ける軸が、2つあります。1つ目は、中身の軸です。まず、その審級で訴訟を終わらせるかどうかで、終局裁判と非終局裁判に分けます。非終局裁判は、訴訟を終わらせない裁判です。まず、終局の前にされるものです。逮捕の裁判、勾留の裁判、保釈の裁判、事件の移送、証拠の採否の決定などです。勾留も保釈も、訴訟を前に進めるための手段であって、訴訟を終わらせません。終局のあとにも、非終局の裁判があるのですか。あります。たとえば、訴訟費用の執行免除の決定です。判決が出て訴訟が終わった後に、費用の負担をどうするかを決める裁判です。終わったあとの裁判なので、訴訟を終わらせる効果はありません。これも非終局です。一方、終局裁判は、その審級の訴訟を終わらせる裁判です。次に、終局裁判を、さらに2つに分けます。

実体裁判と形式裁判

裁判の分類(その2)終局裁判を中身で分ける。実体裁判=事件の実体を判断した裁判=有罪判決(刑の言渡し333条・刑の免除334条)・無罪判決(336条)/形式裁判=実体に入らず手続を打ち切る裁判=管轄違い(329条)・公訴棄却(判決338条・決定339条)・免訴(337条)。免訴は形式裁判=免訴事由があれば有罪・無罪の判断に入らず免訴を言い渡す(形式裁判先決主義)。免訴判決に対し無罪を主張して上訴はできない。免訴判決の確定後の効力(一事不再理効)は通説は肯定(憲法39条)=詳細は後の回 図:裁判の分類

  • その2
  • 終局裁判を中身で分ける。実体裁判=事件の実体を判断した裁判=有罪判決(刑の言渡し333条・刑の免除334条)・無罪判決(336条)
  • 形式裁判=実体に入らず手続を打ち切る裁判=管轄違い(329条)・公訴棄却(判決338条・決定339条)・免訴(337条)。免訴は形式裁判=免訴事由があれば有罪・無罪の判断に入らず免訴を言い渡す(形式裁判先決主義)。免訴判決に対し無罪を主張して上訴はできない。免訴判決の確定後の効力(一事不再理効)は通説は肯定(憲法39条)=詳細は後の回

ここで、前の回の復習を1問です。無罪判決は、実体裁判ですか、形式裁判ですか?その理由もあわせて答えてください。終局裁判のうち、事件の中身を判断したのが実体裁判です。有罪判決の、刑の言渡しと刑の免除。そして、無罪判決です。他方、中身に入らず、入口の条件を欠くとして打ち切るのが、形式裁判です。管轄違い、公訴棄却、免訴です。それぞれの出口の中身は、訴訟条件の回で見ました。今日は、この2つの枠に置くだけにします。免訴は、形式裁判なのですね。被告人にとって、無罪のほうが望ましいように思いますが、無罪を主張できないのですか。実は、そこが問題になります。免訴の事由があるなら、裁判所は有罪か無罪かの実体判断に入るべきではなく、免訴を言い渡さなければなりません。これを、形式裁判先決主義といいます。入口の条件が欠けているのに、中身を審理するのは筋が通らないからです。事案を見ます。不敬罪で起訴された被告人が、第一審で有罪になりました。その翌日に、大赦令が施行されました。大赦は恩赦の一種で、裁判の途中で大赦があると、その罪についての公訴権が消滅します。控訴審は、大赦令の施行後も実体審理を続けて有罪と判断しながら、主文では免訴を言い渡しました。被告人は、無罪を主張して上告しました。最高裁は、こう述べました。

判例最大判昭23・5・26 刑集2巻6号529頁

免訴判決に対して無罪を主張する上訴 しかして大赦の場合には、裁判所としては免訴の判決をする一途であり、被告人の側でも、無罪を主張して、実体の審理を要求することはできないのであるから、原審がした免訴の判決に対して無罪を主張して上訴することもまた違法であるといわなければならない。

結論は、上告棄却です。免訴事由があるときは、裁判所は免訴を言い渡すほかありません。被告人の側も、無罪を主張して実体の審理を求めることができません。ですから、免訴判決に対して、無罪を主張して上訴することも、許されません。決め手は、さきほどの形式裁判先決主義です。大赦で、公訴権そのものが消えています。公訴権が消えた以上、裁判所は実体の審理をすることができません。有罪か無罪かを決める土台が、もうないのです。しかも、免訴でも、被告人が処罰されることはありません。この事件は、旧法の下の判決ですが、現行法で言えば、大赦は337条3号の免訴事由です。免訴判決が確定したあと、同じ事件で、もう一度起訴されないという効力があるかどうかは、通説は肯定しています。憲法39条が根拠です。ただし、確定後の効力は、後の回でまとめて扱います。

判決・決定・命令の比較表

判決・決定・命令の比較表(主役)。①主体=判決は裁判所/決定は裁判所/命令は裁判官。②口頭弁論=判決は必要(43条1項・特別の定のある場合を除く)/決定・命令は不要(同2項)・必要があれば事実の取調べ(同3項)。③理由=判決は常に必要(44条1項)/上訴を許さない決定・命令は不要(同2項・ただし428条2項の異議ができる決定を除く)。④上訴=判決は控訴(372条)・上告(405条)/決定は抗告(420条)/命令は準抗告(429条)。具体例=判決=有罪・無罪・免訴・管轄違い・公訴棄却(338条)/決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否/命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判 図:判決・決定・命令の比較表

  • 主役
  • ①主体=判決は裁判所
  • 決定は裁判所
  • 命令は裁判官。②口頭弁論=判決は必要(43条1項・特別の定のある場合を除く)
  • 決定・命令は不要(同2項)・必要があれば事実の取調べ(同3項)。③理由=判決は常に必要(44条1項)
  • 上訴を許さない決定・命令は不要(同2項・ただし428条2項の異議ができる決定を除く)。④上訴=判決は控訴(372条)・上告(405条)
  • 決定は抗告(420条)
  • 命令は準抗告(429条)。具体例=判決=有罪・無罪・免訴・管轄違い・公訴棄却(338条)
  • 決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否
  • 命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判

ここから、形の軸です。裁判を、判決、決定、命令の3つに分けます。山場の比較表です。見る軸は4つ。主体、口頭弁論、理由、上訴です。なぜ形が3つに分かれるのか。判決は、主に、その審級の訴訟に決着をつける、いちばん重い裁判です。だから、口頭弁論と、理由と、控訴・上告という厚い手続を付けます。決定と命令は、手続の途中で素早く出す必要のある判断が中心なので、手続を軽くしてあります。1つ目、主体です。判決と決定は、裁判所がします。命令は、裁判官がします。ここでの裁判所は、事件を担当する裁判体のことで、裁判官が1人の単独体のこともあります。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官としてする判断です。2つ目、口頭弁論です。43条を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第43条第1項〜第3項

刑事訴訟法第43条第1項・第2項・第3項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。 2 決定又は命令は、口頭弁論に基いてこれをすることを要しない。 3 決定又は命令をするについて必要がある場合には、事実の取調をすることができる。

判決は、口頭弁論に基づいてしなければなりません。つまり、公判廷での審理を経る必要があります。決定と命令は、口頭弁論を要しません。ただし、必要があるときは、事実の取調べができます。事実の取調べは、公判の証拠調べと同じことですか。違います。証拠調べは、公判廷で、法定の方式に従って行い、証拠能力も要ります。事実の取調べは、決定や命令に必要な範囲で、もっと簡易な方法でできます。公判廷での方式も、証拠能力も、要りません。たとえば、保釈の許否を決めるために、書類を調べたり、関係者に事情を聞いたりする場面です。3つ目、理由です。44条を読みます。

条文刑事訴訟法第44条第1項・第2項

刑事訴訟法第44条第1項・第2項 裁判には、理由を附しなければならない。 2 上訴を許さない決定又は命令には、理由を附することを要しない。但し、第四百二十八条第二項の規定により異議の申立をすることができる決定については、この限りでない。

原則は、1項のとおり、裁判には理由を付けます。例外が2項です。上訴を許さない決定や命令には、理由は要りません。ただし、428条2項の異議ができる決定は、例外のさらに例外で、理由が要ります。判決は上訴ができますから、判決には、常に理由が必要です。4つ目、上訴です。判決に対する不服申立ては、控訴と上告です。決定に対しては、抗告です。命令に対しては、準抗告です。準抗告は、以前の回の勾留から出る道具で見ました。決定した時点の裁判官の判断そのものを争うものでした。決定や命令なら、何でも抗告や準抗告ができるのですか。違います。限りがあります。判決前の訴訟手続に関する決定は、原則として抗告ができません。ただし、勾留、保釈、押収などは、例外として、抗告ができます。命令に対する準抗告も、429条1項に列挙された場合に限ります。忌避の申立ての却下、勾留、保釈、押収、鑑定留置、過料などです。なお、公訴棄却の決定には、即時抗告ができます。339条2項です。なぜ限るのか。途中の判断は、最後の判決に対する控訴の中で、まとめて争えば足ります。逮捕状の発付は、命令の典型例ですが、429条1項の列挙には入っていません。つまり、準抗告の対象にならないという点も、覚えておいてください。逮捕の段階には、こうした不服申立ての道具がありません。争えるのは、勾留に進んでからの準抗告でした。勾留から出る道具の回で見たとおりです。

具体例の弁別

具体例の弁別。判決=有罪・無罪・管轄違い・公訴棄却(338条)・免訴。決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否・第1回公判期日後の勾留。命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判(起訴前=207条・起訴後第1回公判期日まで=280条1項)。同じ「公訴棄却」でも338条各号(裁判権なし・340条違反の再起訴・二重起訴・公訴提起の手続の無効)は判決/339条各号(271条2項の失効・罪となるべき事実を包含しない・公訴取消し・被告人の死亡・10条11条)は決定 図:具体例の弁別

  • 判決=有罪・無罪・管轄違い・公訴棄却(338条)・免訴
  • 決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否・第1回公判期日後の勾留
  • 命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判(起訴前=207条・起訴後第1回公判期日まで=280条1項)
  • 同じ「公訴棄却」でも338条各号(裁判権なし・340条違反の再起訴・二重起訴・公訴提起の手続の無効)は判決/339条各号(271条2項の失効・罪となるべき事実を包含しない・公訴取消し・被告人の死亡・10条11条)は決定

表を使って、具体例を3つに分けます。判決になるのは、有罪、無罪、管轄違い、免訴、そして、338条による公訴棄却です。決定になるのは、339条による公訴棄却、移送、証拠採否、保釈の許否です。命令になるのは、令状の発付と、第1回公判期日より前の勾留に関する裁判です。判決になるか決定になるかは、条文が決めています。ここで1問です。公訴棄却の裁判が決定になるのは、338条と339条のどちらでしょうか。339条です。338条は判決だったと思います。訴訟条件の回で見たとおり、338条の各号は、被告人に裁判権がないとき、340条に違反して再び起訴したとき、同じ事件を重ねて起訴したとき、公訴提起の手続が無効のとき、などです。これらは、判決で公訴を棄却します。他方、339条の各号は、起訴状の失効、罪となるべき事実を含まない場合、公訴の取消し、被告人の死亡などです。これらは、決定で棄却します。同じ公訴棄却でも、条文によって、判決と決定に分かれるのです。分け方は、条文が決めています。そのうえで、理由をあえて言うなら、こう整理されます。339条には、被告人が亡くなった、検察官が公訴を取り消した、のように、記録や起訴状を見れば明白な事由が多く並んでいます。決定と命令は口頭弁論を要しない、という43条2項のとおり、こうした事由は、決定で足りると整理されるわけです。たとえば、被告人が判決の前に病気で亡くなったら、裁判所は、決定で公訴を棄却します。

次は、勾留の裁判です。起訴の前の勾留は、裁判官がします。207条です。起訴の後、第1回の公判期日までの勾留は、280条1項で、やはり裁判官の仕事です。保釈の回でも読んだ、280条1項です。

条文刑事訴訟法第280条

刑事訴訟法第280条 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

ですから、第1回公判期日までの勾留の裁判は、裁判官の判断で、命令です。これに対して、第1回の公判期日のあとの勾留は、審理を担当する裁判所自身が判断します。主体が裁判所ですから、決定です。同じ勾留でも、いつの裁判かで、命令と決定に分かれます。

裁判の内部的成立と公判手続の更新

裁判の成立(その1)内部的成立。意思表示は機関の内で決まり(内部的成立)→外に告げられる(外部的成立)。内部的成立=裁判の内容が機関内部で客観的に形成され、外部への告知の手続だけを残している状態。単独の裁判官=裁判書を作るときはその作成により/作らないときは主文がメモなどで客観的に認識できる状態になったとき。合議体=評議が終了したとき(評議=構成員が意見を交換し相談すること・過半数で決める=裁判所法77条)。内部的成立にとどまる間は内容を自由に変更できる。内部的成立の後=すでに成立した内容を告知するだけ→判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても更新不要(315条ただし書) 図:裁判の成立

  • その1
  • 内部的成立。意思表示は機関の内で決まり(内部的成立)→外に告げられる(外部的成立)。内部的成立=裁判の内容が機関内部で客観的に形成され、外部への告知の手続だけを残している状態。単独の裁判官=裁判書を作るときはその作成により
  • 作らないときは主文がメモなどで客観的に認識できる状態になったとき。合議体=評議が終了したとき(評議=構成員が意見を交換し相談すること・過半数で決める=裁判所法77条)。内部的成立にとどまる間は内容を自由に変更できる。内部的成立の後=すでに成立した内容を告知するだけ→判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても更新不要(315条ただし書)

ここから、裁判の成立です。裁判は、2段階で成立します。まず、裁判機関の中で意思が決まる。これが内部的成立です。次に、それが外に告げられる。これが外部的成立です。喩えるなら、合格発表です。採点会議で合否が決まる。これが内部的成立。発表の会場で番号が読み上げられる。これが外部的成立です。内部的成立とは、裁判の内容が機関の内部で客観的に形づくられ、あとは外に告知する手続だけが残っている状態です。単独の裁判官なら、裁判書を作るときは、その作成による、とされます。裁判書を作らないときは、結論の主文が、メモなどで客観的に認識できる状態になったとき、とされます。合議体なら、評議が終了したときです。評議とは、裁判官たちが意見を交換し、相談することです。結論は、過半数で決めます。内部的成立にとどまっている間は、まだ内容を自由に変えられます。合格発表の前なら、採点会議で決め直せるのと同じです。ここで、前の回の復習を1問です。開廷後に裁判官が代わったとき、なぜ手続の更新が必要なのでしたか?

判断する裁判官自身が、証拠を直接見て、口頭で聞いていないといけないからです。直接主義と口頭主義の要請でした。315条を、あらためて読みます。

条文刑事訴訟法第315条

刑事訴訟法第315条 開廷後裁判官がかわつたときは、公判手続を更新しなければならない。但し、判決の宣告をする場合は、この限りでない。

今日見るのは、但書です。判決の宣告をする場合は、更新が要りません。理由は、内部的成立にあります。内部的成立のあとは、すでに決まった内容を告げるだけです。新しく証拠を見て判断するのではありません。ですから、宣告だけを残して裁判官が代わっても、直接主義や口頭主義が問題になりません。

裁判の外部的成立と告知

裁判の成立(その2)外部的成立=内部で成立した内容が外部に表示された状態=告知。公判廷=宣告(裁判長が行う・規則35条1項)/公判廷外=裁判書の謄本の送達(規則34条)。判決は必ず公判廷で宣告により告知(342条)=郵送では告知できない。宣告の方式=主文と理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げる(規則35条2項)。結審は訴訟の終了ではない=判決が宣告され確定するまで訴訟は係属 図:裁判の成立

  • その2
  • 外部的成立=内部で成立した内容が外部に表示された状態=告知。公判廷=宣告(裁判長が行う・規則35条1項)
  • 公判廷外=裁判書の謄本の送達(規則34条)。判決は必ず公判廷で宣告により告知(342条)=郵送では告知できない。宣告の方式=主文と理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げる(規則35条2項)。結審は訴訟の終了ではない=判決が宣告され確定するまで訴訟は係属

内部で決まった裁判は、外に告げられて、外部的成立になります。この方法を、告知といいます。まず、判決の告知を、342条で確かめます。

条文刑事訴訟法第342条

刑事訴訟法第342条 判決は、公判廷において、宣告によりこれを告知する。

判決は、必ず公判廷で、宣告によって告知します。判決書を郵送して済ませることはできません。ほかの裁判の告知の方法は、刑事訴訟規則が定めています。34条です。

条文刑事訴訟規則第34条

刑事訴訟規則第34条 裁判の告知は、公判廷においては、宣告によつてこれをし、その他の場合には、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない。ただし、特別の定めのある場合は、この限りでない。

公判廷では宣告です。公判廷の外では、裁判書の謄本を送達します。次に、宣告のやり方です。35条です。

条文刑事訴訟規則第35条第1項・第2項

刑事訴訟規則第35条第1項・第2項 裁判の宣告は、裁判長がこれを行う。 2 判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。

宣告をするのは、裁判長です。判決の宣告では、主文と理由を朗読するか、主文を読むのと同時に理由の要旨を告げます。弁論が終わって結審したら、それで訴訟は終わりなのですか。違います。結審は、審理を終えることにすぎません。訴訟は、判決が宣告され、それが確定するまで続いています。

自己拘束力と冒頭の問い

裁判の成立(その3)自己拘束力と言い直し。流れ=内部的成立(評議終了・主文の確定)→外部的成立(宣告=公判廷)→宣告のための公判期日の終了→自己拘束力(変更できなくなる)。「言い直しができる区間」=内部的成立から宣告のための公判期日の終了まで。外部的に成立すると裁判所自身が内容に拘束される=自己拘束力。上訴を許す裁判は上訴によってのみ変更。特別の規定による例外=訂正(上告裁判所の判決・415条)・更正(決定・423条2項) 図:裁判の成立

  • その3
  • 自己拘束力と言い直し。流れ=内部的成立(評議終了・主文の確定)→外部的成立(宣告=公判廷)→宣告のための公判期日の終了→自己拘束力(変更できなくなる)。「言い直しができる区間」=内部的成立から宣告のための公判期日の終了まで。外部的に成立すると裁判所自身が内容に拘束される=自己拘束力。上訴を許す裁判は上訴によってのみ変更。特別の規定による例外=訂正(上告裁判所の判決・415条)・更正(決定・423条2項)

外部的に成立すると、裁判所は、その内容に自分で拘束されます。変更も、撤回も、できなくなります。これを自己拘束力といいます。上訴を許す裁判は、上訴を通じてだけ、変更されます。例外は、特別の規定がある場合です。上告裁判所の判決の訂正が、415条にあります。決定については、更正が、423条2項にあります。そうすると、冒頭の問いは、難しく見えます。宣告で外部的に成立したのなら、もう言い直せないはずです。けれども、最高裁は、こう判断しました。まず、事案です。単独の裁判官が、保護観察付きの執行猶予の主文を朗読し、理由を説明しました。その後、書記官の指摘を受けて記録を見直し、約5分後に、主文は間違いだったと述べて、実刑を言い渡し直しました。前の刑の保護観察中の犯行なので、執行猶予にできないと誤解していたのです。実際には、前の刑の猶予期間はすでに経過していて、執行猶予を付けることに支障はありませんでした。最高裁は、判決の宣告について、こう述べました。

判例最判昭51・11・4 刑集30巻10号1887頁

判決の宣告と言い直し 判決の宣告は、全体として一個の手続であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、完了するものではない。また、判決は、事件に対する裁判所の最終的な判断であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、終局的なものとはならない。そうしてみると、判決は、宣告のための公判期日が終了して初めて当の裁判所によつても変更することができない状態となるものであり、それまでの間は、判決書又はその原稿の朗読を誤つた場合にこれを訂正することはもとより(略)、本件のようにいつたん宣告した判決の内容を変更してあらためてこれを宣告することも、違法ではないと解するのが相当である。

冒頭の問いの答え=判決の言い直し。判例(最判昭51・11・4)=判決の宣告は全体として一個の手続=宣告のための公判期日が終了するまでは完了しない。言い直し=期日が終了するまでは、いったん宣告した内容を変更してあらためて宣告しても違法でない。自己拘束力との関係=法廷での宣告という告知は期日が終わったときに完了する→判決が裁判所自身を縛るのもそこから。注意=言い直しが適法でも結論が覆ることはある(判例の事案=量刑が甚しく不当として破棄)。答え=言い直してよい。ただし宣告のための公判期日が終わるまで

  • 冒頭の問いの答え=判決の言い直し
  • 判例(最判昭51・11・4)=判決の宣告は全体として一個の手続=宣告のための公判期日が終了するまでは完了しない
  • 言い直し=期日が終了するまでは、いったん宣告した内容を変更してあらためて宣告しても違法でない
  • 自己拘束力との関係=法廷での宣告という告知は期日が終わったときに完了する→判決が裁判所自身を縛るのもそこから
  • 注意=言い直しが適法でも結論が覆ることはある(判例の事案=量刑が甚しく不当として破棄)
  • 答え=言い直してよい
  • ただし宣告のための公判期日が終わるまで

構造を分けます。判決の宣告は、全体で1個の手続です。そして、宣告のための公判期日が終了するまでは、完了していません。ですから、判決は、その期日が終わって初めて、当の裁判所にも変えられない状態になります。それまでは、いったん宣告した内容を変えて、あらためて宣告し直しても、違法ではありません。最初に言った自己拘束力との関係は、こうなります。法廷での宣告という告知は、宣告の期日が終わったときに、ようやく完了します。だから、判決が裁判所自身を縛るのも、そこからです。期日の途中は、まだ告知の手続の最中なのです。なぜ、期日の終わりで線を引くのか。判決は、事件に対する裁判所の最終的な判断です。最終と言えるのは、宣告の期日が終わったときです。それまでに誤りに気づいたなら、正しい判断を示させるほうが、判決の役割に合うからです。冒頭の問いの答えです。言い直してよい。ただし、宣告のための公判期日が終わるまでの間に限られます。合格発表で言えば、発表の会が終わるまでは読み間違いを直せますが、会が終わったあとは、主催者自身も動かせないのと同じです。

言い直した実刑は、最後に覆りました。そこは注意が必要です。言い直しそのものは、適法で有効でした。ところが、最高裁は、量刑が甚しく不当だと判断しました。いったん宣告した主文を変更するに至った経過を考えると、第一審判決を維持するのは著しく正義に反する、と見たのです。そこで、第一審と控訴審の判決を破棄して、最初に言い渡された執行猶予付きの判決を、自ら言い渡しました。言い直しが適法でも、結論が覆ることはあるのです。もう1つ、区別してください。判例の事案は、執行猶予を付けられるのに、付けられないと誤解した場合でした。冒頭の設例は、拘禁刑4年で、そもそも執行猶予を付けられない場合を、私が作ったものです。事情は違いますが、判決の宣告が全体で1個の手続で、期日が終わるまでは完了しないという判断の理屈は、どちらにも当てはまります。この理屈は、論文でも問われうる点です。

宣告と身柄その1 勾留状が失効する裁判

宣告と身柄その1(345条)。勾留中の被告人に対し次の裁判の告知があると勾留状は失効=釈放。無罪・免訴・刑の免除・刑の全部の執行猶予・公訴棄却(338条4号による場合を除く)・罰金・科料。失効しない=管轄違い・338条4号の公訴棄却・拘禁刑以上の実刑(実刑は343条の別の扱い)。一部執行猶予は「刑の全部の執行猶予」ではない=345条の対象外。趣旨=身体拘束の必要がなくなる裁判。例=勾留中のSに拘禁刑2年・3年間執行猶予→宣告で釈放 図:宣告と身柄その1

  • 345条
  • 勾留中の被告人に対し次の裁判の告知があると勾留状は失効=釈放。無罪・免訴・刑の免除・刑の全部の執行猶予・公訴棄却(338条4号による場合を除く)・罰金・科料。失効しない=管轄違い・338条4号の公訴棄却・拘禁刑以上の実刑(実刑は343条の別の扱い)。一部執行猶予は「刑の全部の執行猶予」ではない=345条の対象外。趣旨=身体拘束の必要がなくなる裁判。例=勾留中のSに拘禁刑2年・3年間執行猶予→宣告で釈放

次は、実務に直結する話です。判決の宣告があると、被告人の身柄は、どうなるのか。先に予想してください。勾留中の被告人に、刑の全部の執行猶予を言い渡しました。釈放されるでしょうか? 実刑だったら、保釈中の被告人は、どうなるでしょうか?大筋はそのとおりで、身柄の扱いは、判決の中身で分かれます。条文で確かめます。まず、釈放される場合です。345条です。

条文刑事訴訟法第345条

刑事訴訟法第345条 無罪、免訴、刑の免除、刑の全部の執行猶予、公訴棄却(第三百三十八条第四号による場合を除く。)、罰金又は科料の裁判の告知があつたときは、勾留状は、その効力を失う。

列挙された裁判の告知があると、勾留状は失効します。判決が確定するのを待たず、宣告の時点で釈放されます。趣旨は、これらの裁判では、身体を拘束しておく必要がなくなるからです。たとえば、勾留中のSに、拘禁刑2年、3年間の執行猶予という判決が宣告されたとします。宣告された瞬間に、勾留状は効力を失い、Sは釈放されます。弁別の落とし穴が2つあります。1つ目は、列挙にないものです。管轄違いと、338条4号の公訴棄却、つまり手続が無効だとする場合は、345条には入っていません。勾留状は失効しません。2つ目は、一部執行猶予です。条文は、刑の全部の執行猶予と書いています。一部執行猶予は、刑の一部は実際に執行される、拘禁刑を言い渡す判決ですから、345条の対象ではありません。実刑の側、つまり次に読む343条の「拘禁刑以上の刑に処する判決」の側に入る、と覚えてください。

宣告と身柄その2 実刑判決の宣告

宣告と身柄その2(343条・344条)。拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告→保釈・勾留の執行停止は失効(343条1項・判決の宣告で当然に生じる=取消しと違い裁判所の判断を挟まない)→失効後は収容(343条2項前段=98条の準用・新たに保釈等の決定がある場合を除く)。宣告後は権利保釈(89条)と勾留更新の制限(60条2項ただし書)は不適用(344条1項)。再保釈は裁量保釈(90条)が中心(権利保釈は不適用)→344条2項=不利益が著しく高い場合に限る(ただし保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは別)。令和5年改正(令和5年6月6日施行)で追加=従来の判断のあり方を条文で明確にしたもの。例=保釈中のSに拘禁刑2年6月(実刑)→宣告で保釈失効→収容 図:宣告と身柄その2

  • 343条・344条
  • 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告→保釈・勾留の執行停止は失効(343条1項・判決の宣告で当然に生じる=取消しと違い裁判所の判断を挟まない)→失効後は収容(343条2項前段=98条の準用・新たに保釈等の決定がある場合を除く)。宣告後は権利保釈(89条)と勾留更新の制限(60条2項ただし書)は不適用(344条1項)。再保釈は裁量保釈(90条)が中心(権利保釈は不適用)→344条2項=不利益が著しく高い場合に限る(ただし保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは別)。令和5年改正(令和5年6月6日施行)で追加=従来の判断のあり方を条文で明確にしたもの。例=保釈中のSに拘禁刑2年6月(実刑)→宣告で保釈失効→収容

次は、実刑判決の宣告です。ここで、前の回の復習を1問です。保釈の取消しと、判決の宣告による失効は、何が違いましたか? 裁判所の判断を挟むのは、どちらですか?取消しは、裁判所が事由を判断して、決定で行います。失効は、判決の宣告があれば、判断を挟まず当然に生じます。343条1項を読みます。

条文刑事訴訟法第343条第1項

刑事訴訟法第343条第1項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつたときは、保釈又は勾留の執行停止は、その効力を失う。

拘禁刑以上の実刑判決が宣告されると、保釈も、勾留の執行停止も、当然に失効します。保釈中のSに、拘禁刑2年6か月の実刑が宣告されたとします。その瞬間、保釈は失効します。新たに保釈などの決定がない限り、Sは、あらためて収容されます。343条2項前段が、98条を準用しているからです。勾留の執行停止は、勾留から出る道具の回で見た、勾留の効力を残したまま一時的に外に出す仕組みでした。趣旨は、345条と逆向きです。実刑が言い渡されると、刑の執行が現実に迫り、逃げる動機が強まります。だから、刑の執行を確保するために、保釈をいったん切るのです。

保釈を請求すること自体は、できます。ただし、保釈の条件が、変わります。344条です。

条文刑事訴訟法第344条第1項・第2項

刑事訴訟法第344条第1項・第2項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつた後は、第六十条第二項ただし書及び第八十九条の規定は、これを適用しない。 2 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつた後は、第九十条の規定による保釈を許すには、同条に規定する不利益その他の不利益の程度が著しく高い場合でなければならない。ただし、保釈された場合に被告人が逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りでない。

1項です。宣告後は、60条2項ただし書と、89条が適用されません。60条2項ただし書は、勾留の更新を原則1回に限る定めです。この制限が外れます。89条は、保釈の回で見た権利保釈、つまり除外事由に当たらなければ請求があれば許す保釈です。これが使えなくなります。したがって、保釈は、裁判所の裁量で認める、90条の保釈が中心になります。そして2項です。この裁量保釈を許すには、90条に規定する不利益、つまり、健康上、経済上、社会生活上、防御の準備上の不利益などの程度が、著しく高い場合でなければなりません。ただし、保釈されても被告人が逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りではありません。

2項の性格を見ておきます。2項は、令和5年の改正で加わり、同じ年の6月6日に施行されました。従来から、実刑判決の宣告後の裁量保釈は、慎重に判断されていました。その判断のあり方を、条文で明確にしたものです。整理します。宣告の前は、権利保釈と裁量保釈の2段です。実刑が宣告されると、保釈は失効して、収容されます。再び保釈を求めるなら、権利保釈は使えず、裁量保釈が中心です。そのうえで、不利益が著しく高いか、逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由があるときに、許されることになります。

宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留

宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留。流れ=A(被告人)→第1審で無罪(勾留状は345条で失効・釈放)→B(検察官)が控訴→C(控訴審)が勾留できるか。最決平12=できる(60条1項・時期に特段の制約なし)。記録等の調査で無罪判決の理由の検討を経たうえでなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があれば審理の段階を問わず勾留できる(新たな証拠の取調べを待つ必要なし)。最決平19=嫌疑の程度は無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に判断・第1審段階におけるものよりも強いものが要求される。実刑後の保釈失効(343条)とは別の話 図:宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留

  • 流れ=A(被告人)→第1審で無罪(勾留状は345条で失効・釈放)→B(検察官)が控訴→C(控訴審)が勾留できるか
  • 最決平12=できる(60条1項・時期に特段の制約なし)
  • 記録等の調査で無罪判決の理由の検討を経たうえでなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があれば審理の段階を問わず勾留できる(新たな証拠の取調べを待つ必要なし)
  • 最決平19=嫌疑の程度は無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に判断・第1審段階におけるものよりも強いものが要求される
  • 実刑後の保釈失効(343条)とは別の話

最後の論点です。第一審で無罪になり、345条によって勾留状が失効して、被告人Aは釈放されました。検察官Bが控訴しました。このとき、控訴審のCは、Aを、あらためて勾留できるのでしょうか。345条の趣旨を重んじて、できないと考える立場もありました。ところが、最高裁は、できると判断しました。事案は、不法残留などの外国人の被告人です。無罪判決で釈放されると、入管で退去強制の手続が進むという状況でした。控訴審は、第1回の公判の前、控訴趣意書の提出前に、記録だけを調べて勾留しました。最高裁は、こう述べました。

判例最決平12・6・27 刑集54巻5号461頁

無罪判決後の控訴審による勾留 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法六〇条一項各号に定める事由(以下「勾留の理由」という。)があり、かつ、その必要性があるときは、同条により、職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がない。 ……第一審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の判決を言い渡した場合であっても、控訴審裁判所は、記録等の調査により、右無罪判決の理由の検討を経た上でもなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、勾留の理由があり、かつ、控訴審における適正、迅速な審理のためにも勾留の必要性があると認める限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができ、所論のいうように新たな証拠の取調べを待たなければならないものではない。

結論は、できる、です。60条1項は、裁判所が職権で被告人を勾留できる時期に、特段の制約を設けていません。無罪判決のあとでも、控訴審が、記録を調べ、無罪判決の理由を検討したうえで、なお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があるなら、審理の段階を問わず勾留できます。新たな証拠の取調べを待つ必要もありません。無罪になった被告人にとって、何の歯止めもなく勾留されてしまうのですか。違います。歯止めを示したのが、もう1つの最高裁の判断です。この事件は、覚醒剤取締法違反などで起訴された外国人の被告人で、在留資格がなく、無罪判決のあとは入管に収容されていました。訴訟記録が控訴審に届いた日の翌日に、再び勾留されました。

判例最決平19・12・13 刑集61巻9号843頁

無罪判決後の勾留と嫌疑の程度 刑訴法345条は、無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨規定しており、特に、無罪判決があったときには、本来、無罪推定を受けるべき被告人に対し、未確定とはいえ、無罪の判断が示されたという事実を尊重し、それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されるから、被告人が無罪判決を受けた場合においては、同法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は、無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず、嫌疑の程度としては、第1審段階におけるものよりも強いものが要求されると解するのが相当である。

345条の趣旨を、勾留の判断に生かしたものです。無罪判決があれば、本来無罪推定を受ける被告人に、無罪の判断が示されたという事実を尊重する必要があります。だから、控訴審が勾留するときの嫌疑の程度は、第一審の段階より強いものが求められます。整理します。無罪のあとでも、控訴審は勾留できます。ただし、勾留の理由と必要性があることに加えて、嫌疑が第一審段階より強いものでなければなりません。この強い嫌疑の要求は、無罪判決が出た場合の話です。無罪の判断が示されたという事実を尊重するためです。この再勾留の話は、実刑判決のあとの保釈の失効とは、別の話です。混同しないでください。この点も、論文で問われうるところです。

裁判の確定は地図の一マス

裁判の確定(地図の1マス)。形式的確定=通常の不服申立てができなくなった状態/内容的確定=確定で裁判の内容が効力を持つこと(拘束力・執行力)。中身は後の回 図:裁判の確定

  • 地図の1マス
  • 形式的確定=通常の不服申立てができなくなった状態
  • 内容的確定=確定で裁判の内容が効力を持つこと(拘束力・執行力)。中身は後の回

地図の最後の1マスだけ、確かめておきます。裁判の確定です。通常の不服申立てができなくなった状態を、形式的確定といいます。そして、確定によって、裁判の内容が拘束力や執行力を持つことを、内容的確定といいます。その効力を、内容的確定力と呼びます。今日は、この2つの言葉の区別だけにとどめます。中身は、地図の後ろのほうで、あらためて扱います。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)令状の発付は命令・第1回公判期日前の勾留は命令・以後は決定/(b)公訴棄却で判決=338条・決定=339条/(c)免訴判決に無罪を主張して上訴できるか×/(d)判決の宣告だけを残して裁判官が代わった→更新不要/(e)宣告のための公判期日が終わる前に主文を言い直す→適法/(f)勾留中の被告人に刑の全部の執行猶予→釈放・実刑を宣告された保釈中の被告人→保釈失効・収容/(g)一審無罪後に控訴審が勾留→できる・嫌疑は第1審段階より強いもの/(h)実刑宣告後の裁量保釈は不利益が著しく高い場合に限る(逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由があれば別) 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の3つ。1つ目。逮捕状の発付は、判決、決定、命令のどれですか。第1回公判期日より前の勾留の裁判と、期日より後の勾留の裁判は、どう違いますか。逮捕状の発付は、裁判官がする命令です。第1回公判期日より前の勾留は、裁判官の命令で、期日より後は、裁判所が行う決定です。2つ目。公訴棄却が判決になるのは、何条の場合ですか。338条です。339条の公訴棄却は決定でした。3つ目。免訴判決に対して、無罪を主張して上訴できますか。できません。免訴事由があるときは免訴を言い渡すほかなく、無罪を求めて実体審理を要求できないからです。次の2つは、成立の問題です。判決の宣告だけを残して裁判官が代わりました。公判手続の更新は必要ですか。

必要ありません。315条の但書で、判決の宣告をする場合は、更新が要りません。内部的に成立したあとは、告知するだけだからです。もう1問。宣告のための公判期日が終わる前に、いったん言い渡した主文を言い直しました。これは違法ですか。適法です。判決の宣告は、全体で1個の手続で、期日が終わるまでは完了しません。ただ、量刑が不当なら、結論が覆ることはありえます。次は、身柄の問題が3つです。勾留中の被告人に刑の全部の執行猶予を言い渡すと、どうなりますか。実刑を宣告された保釈中の被告人は、どうなりますか。全部の執行猶予なら、345条で勾留状が失効して釈放されます。実刑なら、343条で保釈が失効して収容されます。残る2つは、○×です。第一審で無罪になった被告人を、控訴審が勾留できる。○です。ただし、嫌疑の程度は、第一審段階より強いものが必要です。実刑判決の宣告後は、裁量保釈も、不利益が著しく高い場合に限られます。これも○ですが、保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りではありません。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。裁判=裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為。分類=終局/非終局→実体(有罪・無罪)/形式(管轄違い・公訴棄却・免訴)。判決・決定・命令=主体・口頭弁論・理由・上訴。成立=内部的成立→外部的成立(告知)→宣告のための公判期日の終了。宣告後の身柄=345条で勾留状失効(無罪・免訴・刑の免除・全部の執行猶予・公訴棄却・罰金・科料)/343条・344条で実刑宣告後は保釈失効・裁量保釈が中心/無罪後も控訴審は勾留できる(嫌疑は第1審より強いもの)。冒頭の問いの答え=宣告のための公判期日が終わるまでは言い直せる 図:まとめの地図

  • 裁判=裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為
  • 分類=終局/非終局→実体(有罪・無罪)/形式(管轄違い・公訴棄却・免訴)
  • 判決・決定・命令=主体・口頭弁論・理由・上訴
  • 成立=内部的成立→外部的成立(告知)→宣告のための公判期日の終了
  • 宣告後の身柄=345条で勾留状失効(無罪・免訴・刑の免除・全部の執行猶予・公訴棄却・罰金・科料)/343条・344条で実刑宣告後は保釈失効・裁量保釈が中心/無罪後も控訴審は勾留できる(嫌疑は第1審より強いもの)
  • 冒頭の問いの答え=宣告のための公判期日が終わるまでは言い直せる

今日のまとめです。裁判とは、裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為です。令状の発付や保釈の許否も裁判で、起訴や弁論は裁判ではありません。中身の軸では、終局か非終局かで分け、終局裁判を実体裁判と形式裁判に分けました。免訴は形式裁判で、免訴判決に無罪を主張して上訴することはできません。形の軸では、判決、決定、命令です。判決と決定は裁判所、命令は裁判官。判決だけが口頭弁論を要し、理由は常に必要です。上訴は、判決が控訴と上告、決定が抗告、命令が準抗告です。同じ公訴棄却でも、338条は判決、339条は決定です。成立は、内部的成立と外部的成立の2段階です。内部的成立のあとは告知するだけですから、判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても、更新は要りません。外部的に成立すると自己拘束力が生じますが、判決の宣告は全体で1個の手続です。冒頭の問いの答えは、宣告のための公判期日が終わるまでは、言い直してよい、です。宣告後の身柄です。無罪、免訴、刑の免除、刑の全部の執行猶予、公訴棄却、罰金、科料では、勾留状が失効します。拘禁刑以上の実刑では、保釈が失効し、再び保釈を求めるなら権利保釈は使えず、裁量保釈が中心で、不利益が著しく高い場合か、逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由がある場合に、許されます。無罪のあとでも、控訴審は、嫌疑が第一審段階より強いものであることを条件に、勾留できます。次は、有罪判決の中身です。判決書には何を書き、罪となるべき事実を、どこまで具体的に書くのかを見ます。

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#150単独ページ動画

有罪判決と罪となるべき事実

第7章 裁判 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。判決書の型→有罪判決の主文→335条1項の3点セット(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)→罪となるべき事実の具体性(基準・共謀の判示)→335条2項→書かなかったら(理由不備・理由齟齬)→無罪判決との対比。問い=判決書に「被告人は、Yと共謀の上」とだけ書いてあり、いつ・どこで・どう相談したかは書かれていない。これで罪となるべき事実を示したことになるか 図:今日の地図と問い

  • 判決書の型→有罪判決の主文→335条1項の3点セット(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)→罪となるべき事実の具体性(基準・共謀の判示)→335条2項→書かなかったら(理由不備・理由齟齬)→無罪判決との対比
  • 問い=判決書に「被告人は、Yと共謀の上」とだけ書いてあり、いつ・どこで・どう相談したかは書かれていない
  • これで罪となるべき事実を示したことになるか

前回の最後に、予告しました。次は、有罪判決の中身です。判決書には何を書き、罪となるべき事実を、どこまで具体的に書くのかを見ます。事例から入ります。共犯事件の有罪判決です。判決書の罪となるべき事実に、被告人は、Yと共謀の上、と書かれています。そのあとに、実際にやった行為が続きます。ところが、いつ、どこで、どう相談したのかは、一言も書かれていません。これで、罪となるべき事実を示したことになるのでしょうか。判決書を読んでも共謀の中身が見えない、という不安には理由があります。ただ、訴因の回でも、似た問いを見ました。起訴状に、Yと共謀の上、とだけ書いてあって足りるのか、という問いです。今度は起訴状ではなく、判決書の側で、同じ問いが立ちます。物差しは同じなのでしょうか。答えは、今日の山場で出します。地図です。今日の話は、7つです。判決書には何を書くのか。有罪判決の主文には何が載るのか。有罪の理由に必ず示す3つは何か。罪となるべき事実を、どこまで具体的に書けば足りるのか。当事者が主張した事情には、どう答えるのか。書かなければどうなるのか。最後に、無罪判決の書き方との違いです。先に、見通しを1つだけ言っておきます。判決書は、証拠で事実を認め、事実に法令を当てはめる、その筋道を紙に写したものです。だから、書くべきなのは、その筋道に要るものだけです。

判決書と宣告

判決書の型(設例)。主文=被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由=罪となるべき事実(被告人は、Yと共謀の上、令和6年4月5日午後11時ころ、東京都内のC方店舗において、C管理の現金約10万円を窃取した)/証拠の標目(被告人の公判供述・証人Cの公判供述・捜査報告書(甲2))/[事実認定の補足説明]/法令の適用(刑法60条・235条=拘禁刑を選択)/[量刑の理由]。判決書は裁判官が作り署名押印(規則54条・55条)。例外=地裁・簡裁の調書判決(規則219条) 図:判決書の型

  • 設例
  • 主文=被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由=罪となるべき事実(被告人は、Yと共謀の上、令和6年4月5日午後11時ころ、東京都内のC方店舗において、C管理の現金約10万円を窃取した)
  • 証拠の標目(被告人の公判供述・証人Cの公判供述・捜査報告書(甲2))
  • [事実認定の補足説明]
  • 法令の適用(刑法60条・235条=拘禁刑を選択)
  • [量刑の理由]。判決書は裁判官が作り署名押印(規則54条・55条)。例外=地裁・簡裁の調書判決(規則219条)

まず、判決書の外枠です。裁判をするときは、裁判書を作ります。刑事訴訟規則53条です。

条文刑事訴訟規則第53条

刑事訴訟規則第53条 裁判をするときは、裁判書を作らなければならない。但し、決定又は命令を宣告する場合には、裁判書を作らないで、これを調書に記載させることができる。

決定や命令は、宣告するのであれば、書面を作らず、調書に書いて済ませることができます。判決には、この例外がありません。判決は、判決書を作ります。判決書は、大きく2つの部分でできています。結論を述べる主文と、その根拠を述べる理由です。理由が常に必要なことは、前回の、44条で見ました。区別が必要です。判決は、公判廷で宣告されて、告知されます。判決書は、その判決の内容を証明する文書です。ですから、宣告の時点で、判決書の原本ができていなくても構いません。実務には、審理が終わったあと、判決書を作る前に、直ちに言い渡す即日判決もあります。宣告の方式は、前回の、規則35条2項でした。判決書は、裁判をした裁判官が作って、署名押印します。規則54条と55条です。ただし、例外が1つあります。上訴の申立てがない場合に、判決の主文、罪となるべき事実の要旨、罰条を、公判調書の末尾に記載して、判決書に代える調書判決です。規則219条です。例外ですから、名前だけ押さえてください。今日の設例を1つ決めます。被告人が、Yと共謀の上、Cの店舗で現金約10万円を盗んだ窃盗です。判決書は、この形になります。主文は、被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由には、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用が並びます。争いのある事件では、事実認定の補足説明が入ります。量刑の理由が入ることもあります。量刑の理由は、別の回で扱います。

有罪判決の主文

有罪判決の主文に載るもの。①主刑=被告人を拘禁刑1年6月に処する。②未決勾留日数の算入=未決勾留日数中30日をその刑に算入する(刑法21条=全部又は一部を算入できる)。③刑の全部の執行猶予・保護観察=この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する(刑法25条・25条の2)。④没収・追徴(刑法19条・19条の2)。⑤訴訟費用の負担=被告人の負担とする(181条)。刑の免除は334条=有罪の一種。実際の主文は事件に応じて必要なものだけ 図:有罪判決の主文に載るもの

  • ①主刑=被告人を拘禁刑1年6月に処する
  • ②未決勾留日数の算入=未決勾留日数中30日をその刑に算入する(刑法21条=全部又は一部を算入できる)
  • ③刑の全部の執行猶予・保護観察=この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する(刑法25条・25条の2)
  • ④没収・追徴(刑法19条・19条の2)
  • ⑤訴訟費用の負担=被告人の負担とする(181条)
  • 刑の免除は334条=有罪の一種
  • 実際の主文は事件に応じて必要なものだけ

有罪判決の主文です。まず、有罪の言渡しの根拠になる条文を、全文で読みます。333条1項です。

条文刑事訴訟法第333条第1項

刑事訴訟法第333条第1項 被告事件について犯罪の証明があつたときは、第三百三十四条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。

犯罪の証明があったときは、判決で刑を言い渡します。この証明は、合理的な疑いを超える証明です。自由心証主義と利益原則の回で見たとおりです。例外は、334条です。犯罪の証明はあっても、刑を免除する場合は、刑を言い渡す代わりに、刑を免除する旨を言い渡す判決になります。それでも、犯罪の証明はありますから、有罪判決の一種として扱い、後で見る335条の対象です。主文に載るものを、板で一覧にします。1つ目は主刑です。被告人を拘禁刑1年6月に処する、という形です。2つ目は、未決勾留日数の算入です。判決が確定する前に、被告人が勾留されていた日数です。刑を言い渡すときに、その全部または一部を、刑の期間に数えてあげることができます。刑法21条です。たとえば、未決勾留日数のうち30日を、拘禁刑に算入する、という書き方です。3つ目は、執行猶予です。刑の全部の執行猶予、つまり、言い渡した刑をすぐには執行せず、一定の期間、その執行を猶予する扱いは、刑の言渡しと同時に、判決で言い渡します。333条2項です。必要があれば、保護観察も付けます。4つ目は、没収と追徴です。5つ目は、訴訟費用の負担です。刑の言渡しをするときは、被告人が貧困のために納められないことが明らかな場合を除いて、訴訟費用の全部または一部を、被告人に負担させなければなりません。181条です。実際の主文は、事件に応じて、必要なものだけが並びます。量刑や訴訟費用の詳しい扱いは、別の回で見ます。今日は、主文が結論の意思表示であること、そして何が載るのかを押さえてください。

335条1項の3点セット

335条1項の流れ。証拠(317条=事実の認定は証拠による)→標目として示す→認定した事実=罪となるべき事実(構成要件に該当する事実)→法令の適用(罰条・刑種の選択・併合罪など)→主文。三段論法=大前提=法令/小前提=認定した事実/結論=主文。罪となるべき事実=犯罪を構成すべき積極的要件に該当する事実 図:335条1項の流れ

  • 証拠(317条=事実の認定は証拠による)→標目として示す→認定した事実=罪となるべき事実(構成要件に該当する事実)→法令の適用(罰条・刑種の選択・併合罪など)→主文
  • 三段論法=大前提=法令/小前提=認定した事実/結論=主文
  • 罪となるべき事実=犯罪を構成すべき積極的要件に該当する事実

ここが、今日の土台です。有罪の言渡しに、何を示さなければならないのか。335条です。

条文刑事訴訟法第335条第1項・第2項

刑事訴訟法第335条第1項・第2項 有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。 2 法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければならない。

今日は、1項から見ます。罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用。この3つです。2項は、後で見ます。なぜ、この3つなのか。判決は、三段論法で組み立てられています。大前提は、法令です。窃盗なら、刑法235条です。小前提は、認定した事実です。被告人が、Cの現金を盗んだ、という事実です。結論が、主文です。そして、その小前提は、思いつきでは立てられません。事実の認定は、証拠によらなければならないからです。317条です。流れで言うと、証拠から事実を認めて、事実に法令を当てはめて、主文に至ります。その3つの段が、そのまま判決書に写されます。証拠の段が証拠の標目、事実の段が罪となるべき事実、当てはめの段が法令の適用です。答えだけでなく、使った式と前提の数字を書く答案に似ています。ただ、計算の途中のメモまで全部写す必要はありません。採点する人が、この式でこの答えが出る、と確かめられれば足ります。判決書も、三段のそれぞれに要るものを示せば足ります。

罪となるべき事実というのは、事件の経緯を全部書くことでしょうか。違います。罪となるべき事実とは、犯罪を構成する積極的な要件に当たる事実のことです。窃盗なら、他人の財物を窃取した、という事実です。構成要件とは、刑法の条文が犯罪ごとに定めている型のことでした。罪となるべき事実は、その型に当てはまる事実、つまり、構成要件に該当する事実です。事件の背景や動機などは、必要に応じて書かれることはあっても、罪となるべき事実そのものではありません。法令の適用も、見ておきます。罰条である、刑法235条。共同正犯の、刑法60条。選択できる刑の中から、拘禁刑を選ぶこと。罪が複数なら、併合罪の処理。執行猶予の根拠条文。こうしたものを、条番号を並べて示します。

証拠の標目

証拠の標目。標目=罪となるべき事実を認定した根拠となる証拠の名前(例=被告人の公判供述/証人Cの公判供述/捜査報告書(甲2))。名前の列挙で足りる=どの証拠からどの事実を認めたかの説明(証拠説明)までは法の要求でない。実務では争いのある事件で「事実認定の補足説明」「争点に対する判断」を別に立てる(法律上の義務ではない)。弁別=証拠名だけ→適法/補足説明が無い→それだけでは違法でない/標目すら無い→335条1項違反 図:証拠の標目

  • 標目=罪となるべき事実を認定した根拠となる証拠の名前(例=被告人の公判供述/証人Cの公判供述/捜査報告書(甲2))
  • 名前の列挙で足りる=どの証拠からどの事実を認めたかの説明(証拠説明)までは法の要求でない
  • 実務では争いのある事件で「事実認定の補足説明」「争点に対する判断」を別に立てる(法律上の義務ではない)
  • 弁別=証拠名だけ→適法/補足説明が無い→それだけでは違法でない/標目すら無い→335条1項違反

条文を使う前に、予想してください。判決書の標目に、被告人の公判供述、証人Cの公判供述、とだけ書いてあります。どの事実を、どの証拠から認めたのかは、書かれていません。これは、335条1項に違反するでしょうか?標目とは、罪となるべき事実を認めた根拠となる、証拠の名前です。名前を並べれば足ります。どの証拠からどの事実を認めたのか、という説明、つまり証拠説明までは、法は求めていません。考え方は、こうです。335条1項が要求しているのは、事実の認定が、証拠によるものだと示すことです。証拠の中身を分析して見せることまでは、求めていません。分析は、控訴審が、記録と証拠を見て確かめられます。ただし、実務は、そこで止まりません。争いのある事件で、標目だけでは、なぜその事実を認定できたのかが分からないときは、事実認定の補足説明や、争点に対する判断といった項目を、別に立てます。間接事実から、どう推認したのかなどを説明する項目です。これは法律上の義務ではありません。裁判所が、判決を分かりやすくするために、付け加えているものです。弁別します。標目に、証拠の名前しか書いていない。適法です。補足説明が書かれていない。それだけでは、違法になりません。標目そのものが、書かれていない。これは、335条1項の違反です。この、書かれていなかった場合にどうなるのかは、あとで見ます。

罪となるべき事実の具体性

罪となるべき事実の具体性(基準)。基準=構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白であれば足りる(細部まで尽くす必要はない) 図:罪となるべき事実の具体性

  • 基準
  • 基準=構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白であれば足りる(細部まで尽くす必要はない)

山場の前半です。罪となるべき事実を、どこまで具体的に書けば足りるのか。まず、結論の型から言います。構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足りる。これが基準です。書かれた事実だけを読んで、その犯罪の型に当てはまるかどうかを、確かめられる程度、という意味です。細部まで尽くす必要は、ありません。判例で確かめます。殺人未遂の事件です。第一審判決は、未必の殺意をもって、被害者の身体を、有形力を行使して、被告人方の屋上の手摺り越しに、約7.3メートル下方のコンクリート舗装の路上に落下させ、路面に激突させた、と判示しました。この判示に対して、被告人は、どのようにして落下させたのか、つまり手段と方法が書かれていない、と争いました。最高裁は、こう述べました。

判例最決昭58・5・6 刑集37巻4号375頁

罪となるべき事実の判示の具体性 被告人がどのようにして被害者の身体を右屋上から道路に落下させたのか、その手段・方法については、単に「有形力を行使して」とするのみで、それ以上具体的に摘示していないことは、所論のとおりであるが、前記程度の判示であつても、被告人の犯罪行為としては具体的に特定しており、第一審判決の罪となるべき事実の判示は、被告人の本件犯行について、殺人未遂罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、右構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にしているものというべきであり

判例の事案(殺人未遂)と境界の外。書かれている部分=未必の殺意で、屋上の手摺り越しに約7.3メートル下方の路上に落下させ、路面に激突させた。書かれていない部分=どのようにして落下させたか(手で押したか・抱え上げたか等の力の加え方)=「有形力を行使して」とのみ。境界の外の例=「Cを殺そうとしたが未遂に終わった」とだけ→何をしたか分からず判定できない

結論は、上告棄却です。判決書の中身を、書かれている部分と、書かれていない部分に分けて見ます。書かれているのは、屋上の手摺り越しに、約7.3メートル下の路面に落下させ、激突させた、という点です。殺人の実行行為と、その結果です。書かれていないのは、手で押したのか、抱え上げたのか、といった、力の加え方の細かい中身です。なぜ足りるのかを、考え方として説明します。殺人未遂の構成要件に当たるかどうかは、人を高所から落下させて死の危険を生じさせた、という核心で判定できます。手で押したか抱え上げたかは、その判定を左右しません。だから、手段の細かい中身が欠けていても足りる、と考えられます。境界の外の例も作っておきます。判決書に、被告人は、Cを殺そうとしたが、未遂に終わった、とだけ書いてあるとします。これでは、何をしたのか分かりません。実行行為が分からないので、殺人未遂の構成要件に当たるかどうかを、判定できません。足りません。

細部まで書かなくてよい理由。理由=①記憶・証拠の限界②判決の役割は事実の記録でなく法令適用の根拠を示すこと 図:細部まで書かなくてよい理由

理由は2つあります。1つは、人の記憶にも証拠にも限界があることです。時刻も手口も、厳密に特定できなければ有罪にできない、とすると、明らかに犯人なのに処罰できない事態が生じます。もう1つは、判決の役割です。判決は、起こったことを細大漏らさず記録するものではありません。法令を適用する根拠になる事実を示すものです。この基準は、手段だけでなく、日時、場所、凶器にも及びます。どこまで幅を持たせた書き方が許されるのか、つまり、概括的な認定や、択一的な認定の限界は、次の回で見ます。今日は、基準そのものを押さえてください。訴因との関係を、1つだけつなぎます。256条3項は、訴因を、できる限り日時、場所、方法で罪となるべき事実を特定して書け、と定めています。そして、訴因の特定の回で見た、罪となるべき事実説は、識別説より厳しい見解でした。構成要件に該当する事実の記載に加えて、裁判所が有罪だと確信できるところまで具体的に書くこと、つまり、有罪判決に書く罪となるべき事実と同じ程度の具体性を、起訴の段階にも求める考え方です。ほかの事件と区別できれば足りる、とする識別説とは、そこが違います。起訴状と判決書は、同じ、罪となるべき事実という言葉を使っています。この説に立てば、物差しも同じ、ということになります。

共謀の判示

共謀の判示と冒頭の問い。関係図=A(被告人)と B(共犯者Y)の共謀(点線)→実行行為(具体的に書く)→C(被害者) 図:共謀の判示と冒頭の問い

冒頭の問いを、回収します。その前に、前の回の復習を1問です。起訴状に、Yと共謀の上、とだけ書いてあっても、識別説の立場から足りるとされたのは、なぜだったでしょうか?共謀の経緯が書かれていなくても、実行行為の部分で、どの事件のことなのかを、ほかの事実と区別できるからです。では、判決書の側で、同じ問いを考えます。まず、共謀とは何かです。刑法で見たとおり、共謀共同正犯は、2人以上の者が、特定の犯罪を行うために、共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移す、という内容の謀議をして、その結果、犯罪を実行したと認められるときに成立します。この先で見る、最高裁の判断は、2つの層に分かれます。共謀をどう認定するか、という層と、判決書にどう書くか、という層です。

共謀の認定と判示。共謀=共謀共同正犯の罪となるべき事実(厳格な証明が必要)。判決書に書くのは「共謀の上」=成立が明らかであれば足りる。書かれなくてよいもの=謀議の日時・場所・内容の詳細(実行の方法・各人の分担役割) 図:共謀の認定と判示

  • 共謀=共謀共同正犯の罪となるべき事実(厳格な証明が必要)
  • 判決書に書くのは「共謀の上」=成立が明らかであれば足りる
  • 書かれなくてよいもの=謀議の日時・場所・内容の詳細(実行の方法・各人の分担役割)

まず、認定の層です。注意してほしいのは、この共謀や謀議が、共謀共同正犯の、罪となるべき事実そのものだという点です。そうだとすれば、共謀の事実を認めるには、厳格な証明が必要です。厳格な証明の回で見たとおり、有罪か無罪かを決める中心の事実、つまり構成要件に該当する事実は、証拠能力のある証拠を、公判廷での適式な証拠調べにかけて、初めて認めることができるからです。そのうえで、最高裁は、判決書への書き方について、こう述べました。練馬事件と呼ばれる大法廷判決です。共犯者の供述の回で出た判決の、別の部分です。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共謀の判示の程度 ここにいう「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならない ……しかし「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。

「共謀の上」で足りる条件。条件=①共謀が厳格な証明で認定されている②その証拠(標目)が判決に挙示されている③実行行為の部分は具体的 図:「共謀の上」で足りる条件

冒頭の問いの答えは、足りる、です。被告人は、Yと共謀の上、と書かれていれば、共謀の判示としては十分です。ただし、条件があります。1つ目。共謀が、厳格な証明で認定されていること。2つ目。その証拠が、判決に挙示されていること。そして3つ目。実行行為の部分が、具体的に書かれていることです。共謀の中身を書かなくてよいのなら、共謀の認定は、いい加減でもよいことになりませんか。ここが肝心です。共謀の細部を書かなくてよいのは、共謀の認定が軽くなったからではありません。認定そのものには、厳格な証明が要ります。決め手は、証拠が標目に挙げられている点です。共謀の認定に疑問を持った人は、標目に挙がっている証拠で、確かめられます。判決書の中に細部が書かれていなくても、認定の根拠は、示されているのです。さきほどの、標目の節と、基準の節が、ここでつながります。境界の外も確認します。被告人は、Yと共謀の上、犯行に及んだ、とだけ書いてあって、実行行為の中身がまったく書かれていないとします。これは足りません。何を実行したのかが分からず、構成要件に当たるかどうかを、判定できないからです。省けるのは共謀の細部であって、実行行為の核心までは省けません。訴因の側と、結論はそろいました。識別説からも、罪となるべき事実説からも、共謀の上、で足りる。判決書の側でも、足ります。ただ、理由の筋は同じではありません。起訴状の側で識別説が中心に見ていたのは、ほかの事件と区別できるか、でした。判決書の側で見るのは、構成要件に当たるかを判定できるか、そして、認定の根拠になった証拠が挙がっているか、です。

判決書に書くべきなのは、証拠で事実を認め、事実に法令を当てはめる筋道に要るものだけです。共謀の細部は、その筋道に要らないから、書かなくてよいのです。

335条2項

335条2項。判断を示す対象=法律上犯罪の成立を妨げる理由(違法性阻却=正当防衛36条・緊急避難37条/責任阻却=心神喪失39条1項)/刑の加重減免の理由となる事実(累犯=加重/中止未遂・心神耗弱39条2項・親族相盗例=減免。法律上当然に刑が変わる事情だけ。裁量的減免=自首・過剰防衛は対象外)。条件=主張されたとき。主張が無ければ義務なし(重要な争点なら実務は補足説明で書く)。対象外=犯罪事実の否認(不能犯の主張=最決昭28・3・24)。同じ「心神」でも、心神喪失=罪とならない(無罪・336条前段)/心神耗弱=有罪で刑を減軽 図:335条2項

  • 判断を示す対象=法律上犯罪の成立を妨げる理由(違法性阻却=正当防衛36条・緊急避難37条/責任阻却=心神喪失39条1項)/刑の加重減免の理由となる事実(累犯=加重/中止未遂・心神耗弱39条2項・親族相盗例=減免。法律上当然に刑が変わる事情だけ。裁量的減免=自首・過剰防衛は対象外)
  • 条件=主張されたとき
  • 主張が無ければ義務なし(重要な争点なら実務は補足説明で書く)
  • 対象外=犯罪事実の否認(不能犯の主張=最決昭28・3・24)
  • 同じ「心神」でも、心神喪失=罪とならない(無罪・336条前段)/心神耗弱=有罪で刑を減軽

次は、335条2項です。1項と同じ条文の、続きです。法律上犯罪の成立を妨げる理由、または、刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければなりません。分けて見ます。法律上犯罪の成立を妨げる理由とは、構成要件には当たるけれども、犯罪が成立しなくなる事情です。正当防衛、緊急避難のような違法性を消す事由。心神喪失のような責任を消す事由です。刑の加重減免の理由とは、刑を重くしたり、軽くしたり、免除したりする事情です。累犯は加重です。中止未遂、心神耗弱、親族相盗例は、減免です。ただし、自首や過剰防衛のように、刑を軽くするかどうかが裁判所の裁量に任されている事情は、入りません。法律上当然に刑が変わる事情だけが、対象です。大事なのは、主張されたとき、という文言です。弁護人が、正当防衛だと主張したなら、判決は、それを認めない場合でも、認めない判断を示さなければなりません。主張がなければ、判断を示す義務はありません。それでも、重要な争点であれば、実務は、補足説明で判断を示しています。ここで、予想してください。被告人が、自分の行為は不能犯だと主張したのに、判決がそれに触れませんでした。335条2項の違反でしょうか?

気持ちは分かりますが、違います。不能犯とは、刑法で見たとおり、行為の性質上、結果が起きる危険がそもそも無いために、実行の着手が認められず、未遂犯にもならない場合でした。ですから、不能犯の主張は、構成要件に当たる行為をした、ということそのものを争う、罪となるべき事実の否認です。最高裁の決定も、不能犯の主張は犯罪事実の否認であって、335条2項により判断を示すべき事項ではない、と判断しています。2項が対象にするのは、構成要件に当たることを前提にして、それでも犯罪が成立しない、あるいは刑が変わる、という主張です。否認に対しては、判決が罪となるべき事実を認定して示した時点で、答えがもう出ています。認めた事実そのものが、その主張を退けているからです。正当防衛の主張は違います。罪となるべき事実を認めても、それだけでは答えになりません。だから、2項が、別に判断を示せと求めているのです。同じ心神でも、区別が必要です。心神喪失は、罪とならない場合ですから、無罪です。心神耗弱は、有罪で、刑を減軽する場合です。刑法39条の、1項と2項です。心神耗弱が主張されたなら、判決は、有罪を言い渡したうえで、2項の判断を示します。

書かなかったら——理由不備・理由齟齬

理由不備・理由齟齬(378条4号)。理由不備=有罪判決で335条1項の3点(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)を欠く(2項の判断遺脱は含まない=379条の訴訟手続違反・判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限る/最判昭28・5・12)。理由齟齬=理由の中、または主文と理由の間に矛盾がある。控訴理由(絶対的控訴理由)=判決に影響を及ぼすことが明らかかどうかを問わない(379条の一般の訴訟手続違反とは違う)。控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実(訴訟記録・原裁判所で取り調べた証拠に現れているもの)を援用する。規則220条=有罪判決の宣告で上訴期間と上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知 図:理由不備・理由齟齬

  • 378条4号
  • 理由不備=有罪判決で335条1項の3点(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)を欠く(2項の判断遺脱は含まない=379条の訴訟手続違反・判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限る/最判昭28・5・12)。理由齟齬=理由の中、または主文と理由の間に矛盾がある。控訴理由(絶対的控訴理由)=判決に影響を及ぼすことが明らかかどうかを問わない(379条の一般の訴訟手続違反とは違う)。控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実(訴訟記録・原裁判所で取り調べた証拠に現れているもの)を援用する。規則220条=有罪判決の宣告で上訴期間と上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知

ここまで、判決に何を書くべきかを見ました。では、書かなかったら、どうなるのでしょうか。担保になるのが、378条です。

条文刑事訴訟法第378条柱書・第4号

刑事訴訟法第378条柱書・第4号 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつてその事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。  四 判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること。

判決に理由を付けていないこと、これが理由不備です。理由にくいちがいがあること、これが理由齟齬です。理由の中で矛盾している場合や、主文と理由が食い違っている場合です。どちらも、控訴の理由になります。判決に影響したかどうかは、問われないのですか。問われません。これが絶対的控訴理由です。379条は、訴訟手続の法令違反について、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合でなければ、控訴の理由にならないとしています。378条4号は、その要件を要求しません。理由がない判決は、それ自体が、重大な欠陥だからです。つながりを整理します。335条1項は、有罪判決に、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用の3点を示せと要求しています。この3点のどれかを欠いた判決は、理由不備として、控訴で争えます。一方、2項の判断を示さなかったときは、理由不備ではなく、379条の訴訟手続の法令違反の問題です。その場合は、判決に影響を及ぼすことが明らかなときに限って、控訴の理由になります。控訴理由を主張する側は、控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実を、記録や証拠から援用します。有罪判決を宣告するときには、被告人に、上訴の期間と、上訴申立書を差し出すべき裁判所を告げます。規則220条です。控訴期間の数え方は、上訴の回で扱います。控訴審が理由不備をどう審査するのかも、控訴審の回で見ます。

無罪判決との対比

無罪の2場面。公訴事実→審理→①被告事件が罪とならない(証明された事実が構成要件に当たらない/犯罪成立阻却事由が認められた)②犯罪の証明がない(合理的な疑いを超える証明に至らない)。設例=わいせつ物頒布(刑法175条)で起訴された表現物について、頒布の事実は証明されたが「わいせつ」に当たらないと判断→無罪(①)。公訴棄却ではない。起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白→公訴棄却の決定(339条1項2号)。分かれ目=審理をした結果か、起訴状の記載自体か 図:無罪の2場面

  • 公訴事実→審理→①被告事件が罪とならない(証明された事実が構成要件に当たらない/犯罪成立阻却事由が認められた)②犯罪の証明がない(合理的な疑いを超える証明に至らない)
  • 設例=わいせつ物頒布(刑法175条)で起訴された表現物について、頒布の事実は証明されたが「わいせつ」に当たらないと判断→無罪(①)
  • 公訴棄却ではない
  • 起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白→公訴棄却の決定(339条1項2号)
  • 分かれ目=審理をした結果か、起訴状の記載自体か

最後に、無罪判決との対比です。無罪の言渡しの根拠は、336条です。

条文刑事訴訟法第336条

刑事訴訟法第336条 被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

2つの場面があります。1つ目は、罪とならないときです。審理の結果、公訴事実のとおりの事実は認められたが、それが構成要件に当たらない場合です。あるいは、正当防衛や心神喪失のような、犯罪の成立を妨げる事由が認められた場合です。2つ目は、犯罪の証明がないときです。合理的な疑いを超える証明に至らなかった場合です。利益原則の回で見たとおりです。設例で、1つ目を確かめます。わいせつな物を頒布した罪、刑法175条で、ある表現物の頒布者が起訴されました。審理の結果、頒布した事実は証明されました。しかし、その表現は、わいせつには当たらないと、裁判所は判断しました。このとき、裁判所は、無罪を言い渡します。

ここで、前回までの復習を1問です。起訴状に記載された事実が、真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき、裁判所は、何をするのでしたか?339条1項2号で、公訴を棄却する決定をします。分かれ目は、審理をした結果か、起訴状の記載自体からか、です。起訴状の記載を見ただけで、罪を構成しないことが明白なら、審理に入らず、公訴棄却の決定です。今回は、審理で事実を調べて、証明された事実を、法的に評価して、わいせつに当たらないと判断しました。頒布したかどうかは、あったかなかったかを確かめれば決まる事実です。これに対して、わいせつかどうかは、表現の中身を調べたうえで、評価を経なければ決まりません。こういう要素を、刑法で見たとおり、規範的構成要件要素と呼びます。起訴状を読んだだけでは判断できず、証明された事実を評価して、構成要件に当たるかを決めるものです。だから、審理の結果としての、無罪になります。無罪判決の書き方です。有罪判決の335条のような、法定の記載事項は、ありません。ただ、理由は常に必要です。実際には、公訴事実の要旨を掲げ、無罪となる理由を書いて、罪とならないのか、証明がないのか、どちらなのかを示すのが、通例です。

一部無罪と主文。全部無罪=主文「被告人は無罪」。公訴事実の一部を無罪とする(別罪の関係)=主文「起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪」。科刑上一罪・包括一罪の一部のみを無罪とするとき=主文で無罪を言い渡さない(有罪部分の刑だけを言い渡し、一部無罪は理由中で示す) 図:一部無罪と主文

  • 全部無罪=主文「被告人は無罪」
  • 公訴事実の一部を無罪とする(別罪の関係)=主文「起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪」
  • 科刑上一罪・包括一罪の一部のみを無罪とするとき=主文で無罪を言い渡さない(有罪部分の刑だけを言い渡し、一部無罪は理由中で示す)

一部無罪も、見ておきます。公訴事実が全部無罪なら、主文は、被告人は無罪、です。公訴事実が複数あり、別々の罪の関係にあって、その一部だけが無罪になるなら、主文で、起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪、と言い渡します。注意が必要なのは、科刑上一罪や包括一罪の場合です。複数の行為が、全体で1つの罪として扱われる関係にあるとき、その一部だけを無罪とするなら、主文では無罪を言い渡しません。有罪とする部分の刑だけを言い渡して、一部が無罪であることは、理由の中で示します。この場合は、全体が1個の事件として審判され、結論も1つしか出ません。有罪とする部分がある以上、主文に載るのは、その刑の言渡しだけで、そこに無罪を並べることはできないのです。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)決定・命令は調書で代えられるが判決は判決書が必要(規則53条)/(b)判決書は宣告時に原本が無くてもよい(即日判決)/(c)標目は証拠名の列挙で足りる/(d)手段を「有形力を行使して」とだけ書いた判示→構成要件該当性を判定できれば足りる/(e)「Yと共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示)/(f)正当防衛の主張には判断を示す・不能犯の主張には2項の義務なし/(g)理由不備・理由齟齬は影響を問わず控訴理由/(h)審理の結果わいせつに当たらない→無罪(公訴棄却ではない)/(i)科刑上一罪の一部無罪は主文で言わない 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の3つ。1つ目。判決は、決定や命令と同じように、調書の記載で裁判書に代えられますか。判決書が、宣告の時点で、できていなくてもよいのは、なぜですか。判決は、判決書が必要で、調書では代えられません。ただ、判決書は、判決の内容を証明する文書にすぎないので、宣告の時点で原本ができていなくても構いません。2つ目。標目に、証拠の名前だけが書かれ、どの事実をどの証拠から認めたのかの説明がありません。違法ですか。違法ではありません。法が求めているのは、標目の列挙までだからです。ただ、標目そのものが書かれていなければ、335条1項の違反になります。では3つ目。殺人未遂で、手段が、有形力を行使して、とだけ書かれていました。足りますか。

足ります。実行行為と結果の核心が書かれていて、構成要件に該当するかどうかを判定できるからです。次の2つは、共謀と2項です。判決に、被告人は、Yと共謀の上、とだけ書かれています。足りるのは、どんな条件のときですか。共謀が厳格な証明で認定されていて、その証拠が判決に挙示されていて、実行行為の部分が具体的に書かれているときです。次です。正当防衛を主張したのに、判決が触れませんでした。不能犯の主張に、判決が触れませんでした。それぞれ、335条2項の問題になりますか。正当防衛の主張には判断を示す義務があるので、問題になります。不能犯は犯罪事実の否認なので、2項の義務はありません。残りは、○×です。理由不備や理由齟齬は、判決に影響を及ぼすことが明らかでなくても、控訴の理由になる。○です。表現物が、審理の結果、わいせつに当たらないと判断された。無罪であって、公訴棄却ではありません。科刑上一罪の一部を無罪とするとき、主文で、一部無罪を言い渡す。×です。主文では言い渡さず、理由の中で示します。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。判決書=主文と理由(判決は判決書が必要・内容を証明する文書)。有罪判決の主文=主刑・未決算入・執行猶予・没収追徴・訴訟費用。335条1項=罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用。罪となるべき事実=構成要件該当性を判定できる程度。「共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示・実行行為は具体的)。335条2項=主張された犯罪不成立・刑の加重減免の事由に判断(不能犯の主張は対象外)。378条4号=理由不備・理由齟齬は絶対的控訴理由。無罪=336条の2場面(罪とならない/証明がない)・起訴状の記載自体から明白なら公訴棄却の決定 図:まとめの地図

  • 判決書=主文と理由(判決は判決書が必要・内容を証明する文書)
  • 有罪判決の主文=主刑・未決算入・執行猶予・没収追徴・訴訟費用
  • 335条1項=罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用
  • 罪となるべき事実=構成要件該当性を判定できる程度
  • 「共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示・実行行為は具体的)
  • 335条2項=主張された犯罪不成立・刑の加重減免の事由に判断(不能犯の主張は対象外)
  • 378条4号=理由不備・理由齟齬は絶対的控訴理由
  • 無罪=336条の2場面(罪とならない/証明がない)・起訴状の記載自体から明白なら公訴棄却の決定

今日のまとめです。判決には、判決書が要ります。決定や命令と違い、調書では代えられません。判決書は、判決の内容を証明する文書ですから、宣告のときに原本ができていなくても構いません。有罪判決の主文には、主刑、未決勾留日数の算入、執行猶予、没収と追徴、訴訟費用の負担が載ります。理由には、335条1項のとおり、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用を示します。証拠から事実を認め、事実に法令を当てはめる、三段論法の写しです。標目は、証拠の名前の列挙で足ります。罪となるべき事実は、構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足ります。冒頭の問いの答えです。被告人は、Yと共謀の上、とだけ書いてあっても、足ります。共謀が厳格な証明で認定され、その証拠が挙示されていて、実行行為の部分が具体的に書かれている限りは、成立が明らかであれば足り、日時、場所、内容の詳細までは、要りません。335条2項は、主張された、犯罪の成立を妨げる理由と、刑の加重減免の理由に、判断を示す義務です。不能犯のような犯罪事実の否認は、対象になりません。罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用のどれかを欠いた判決は、378条4号の理由不備として、影響を問わず、控訴で争えます。2項の判断を示さなかったときは、379条で、影響が明らかな場合に限られます。無罪の言渡しは、336条の2つの場面です。罪とならないとき。証明がないとき。審理の結果として構成要件に当たらないなら無罪、起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白なら、公訴棄却の決定でした。

次は、どちらかだと分かっていても、どちらかまでは決められないとき、判決はどう書けるのかを見ます。幅のある書き方の限界を、そこで確かめます。

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#151単独ページ動画

概括的認定と択一的認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。判決の書き方の幅=①概括的認定(「ころ」と幅で書く)→②同一構成要件内の択一的認定(日時・実行行為者)→③その例外(過失)→(次)違う犯罪の間。問い=被告人はYと共謀の上Cを殺害したと認定されたが、刺したのが被告人かYかは決められない。判決書に「被告人またはYが、Cを刺して殺害した」と書いてよいか 図:今日の地図と問い

  • 判決の書き方の幅=①概括的認定(「ころ」と幅で書く)→②同一構成要件内の択一的認定(日時・実行行為者)→③その例外(過失)→(次)違う犯罪の間
  • 問い=被告人はYと共謀の上Cを殺害したと認定されたが、刺したのが被告人かYかは決められない
  • 判決書に「被告人またはYが、Cを刺して殺害した」と書いてよいか

前回の最後に、予告しました。どちらかだと分かっていても、どちらかまでは決められないとき、判決はどう書けるのかを見ます。幅のある書き方の限界を、今日確かめます。事例から入ります。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害したと認定されました。ところが、証拠調べを尽くしても、Cをナイフで刺したのが被告人なのか、Yなのかだけは、どうしても決められませんでした。判決書に、被告人またはYが、Cを刺して殺害した、と書いてよいのでしょうか。どちらか分からないまま有罪にしてよいのか、という引っかかりは、大事な直観です。疑わしきは被告人の利益に、という原則を、利益原則と呼ぶのでした。真偽不明の不利益は検察官が負う、という原則です。利益原則の回で、共謀があったかなかったか、どちらとも決まらないときは、共謀はなかったものとして裁く、と見ました。そのとき、どちらかは確かに強盗の共謀だ、というような場合は、択一的認定という別の問題です、と預けていました。その預けた話に、今日から入ります。答えは、山場で出します。地図です。今日の話は、4つです。まず、択一的認定とは何か。次に、日時や方法に幅を持たせる、概括的認定。そのうえで、日時の択一と、実行行為者の択一を見ます。最後に、同じ犯罪の中でも許されない例外として、過失の択一です。違う犯罪のどちらかだと分かっているときの話は、今日は扱いません。

択一的認定とは何か

択一的認定の定義と3つの物差し。定義=AとBは両立しない(一方しか成り立たない)。AかBのどちらかは合理的な疑いを超えて証明されたが、どちらかまでは証明されない→判決に「AまたはB」と書く。概括的認定との違い=「1月6日ころ」のように範囲で書く(二者択一ではない)。物差し=①罪となるべき事実として足りるか(335条1項・理由不備は378条4号)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか(A罪またはB罪という合成した犯罪を作っていないか) 図:択一的認定の定義と3つの物差し

  • 定義=AとBは両立しない(一方しか成り立たない)
  • AかBのどちらかは合理的な疑いを超えて証明されたが、どちらかまでは証明されない→判決に「AまたはB」と書く
  • 概括的認定との違い=「1月6日ころ」のように範囲で書く(二者択一ではない)
  • 物差し=①罪となるべき事実として足りるか(335条1項・理由不備は378条4号)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか(A罪またはB罪という合成した犯罪を作っていないか)

まず、言葉を整理します。択一的認定とは、AとBが両立しない、つまり、どちらか一方しか成り立たない関係にあるとき、判決に、AまたはB、と書くことです。条件が1つあります。AかBのどちらかであることは、合理的な疑いを超えて証明されている。けれども、どちらであるかまでは、証明できない。この状況だけが、択一的認定の出番です。似た言葉に、概括的認定があります。こちらは、1月6日ころ、のように、事実の書き方に幅を持たせることです。AかBかの二者択一ではなく、範囲で書きます。訴因の追加の話で、予備的、または択一的な訴因、というのが出てきました。起訴状には、択一的に書いてよい、という条文があるのですか。あります。256条5項です。

条文刑事訴訟法第256条第5項

刑事訴訟法第256条第5項 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。

ただし、この条文は、起訴状の規定です。検察官が、訴因を、予備的に、または択一的に並べて書けるという内容で、判決の理由について、択一的に書いてよいと定めた条文は、ありません。ですから、判決に、AまたはB、と書けるかどうかは、条文の一言ではなく、考え方で決めるしかありません。その考え方が、3つの物差しです。今日だけでなく、択一的認定を扱う話では、毎回これを当てます。1つ目。罪となるべき事実として足りるか。罪となるべき事実とは、構成要件に該当する事実のことで、有罪判決の理由に必ず示すものでした。前回見た、335条1項です。基準は、構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白か、でした。書かれた事実だけを読んで、その犯罪の型に当てはまるかを確かめられる程度、という意味です。足りなければ、理由不備です。378条4号でした。2つ目。利益原則に反しないか。336条後段、犯罪の証明がないときは無罪、という原則です。AにもBにも、それぞれ合理的な疑いが残るのに、AまたはBと書いて有罪にしてよいのか、という問いです。3つ目。罪刑法定主義に反しないか。AまたはBという書き方が、法律のどこにも書かれていない、合成した犯罪を作って処罰することにならないか、という問いです。たとえば、Aの罪またはBの罪、という犯罪は、刑法のどこにもありません。

今日は、AとBが、同じ犯罪の中の話です。その場合は、3つ目は問題になりません。本格的に効いてくるのは、違う犯罪の間の話です。今日は、3つとも通るかどうかを、順に確かめます。

概括的認定

概括的認定。基準(前回)=構成要件に該当するかを判定できる程度に具体的に明白であれば足りる→手段だけでなく日時・場所・凶器にも及ぶ。物差し①判定できる幅なら足りる②構成要件に当たる具体的事実の存在は合理的な疑いを超えて証明済み=利益原則に反しない③同じ構成要件の中の幅=合成した犯罪ではない。限界=構成要件に当たるか判定できないほど広い/防御(アリバイの主張など)を妨げるほど広い→足りない 図:概括的認定

  • 基準(前回)=構成要件に該当するかを判定できる程度に具体的に明白であれば足りる→手段だけでなく日時・場所・凶器にも及ぶ
  • 物差し①判定できる幅なら足りる②構成要件に当たる具体的事実の存在は合理的な疑いを超えて証明済み=利益原則に反しない③同じ構成要件の中の幅=合成した犯罪ではない
  • 限界=構成要件に当たるか判定できないほど広い/防御(アリバイの主張など)を妨げるほど広い→足りない

先に、概括的認定です。前回、罪となるべき事実の基準を見ました。構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足りる。殺人未遂で、手段を、有形力を行使して、とだけ書いた判示が足りるとされたのでした。この基準は、手段だけの話ではありません。日時、場所、凶器にも、同じように及びます。書けるなら、書いたほうがよいのは事実です。ただ、証拠から、そこまで絞れないことがあります。そのとき、1月6日ころ、と書いてよいのか。3つの物差しに当てます。1つ目。1月6日ころ、と書いても、窃盗なら窃盗の構成要件に当たるかどうかを、判定できます。日付が多少ずれても、判定は変わりません。2つ目。窃盗をした、という構成要件に当たる具体的な事実そのものは、合理的な疑いを超えて証明されています。幅があるのは日時だけで、犯罪の存在に疑いは残っていません。だから、利益原則に反しません。3つ目。幅があっても、同じ窃盗の中の話です。新しい犯罪を作ってはいません。3つとも通りますから、足ります。限界も押さえます。幅を持たせすぎて、構成要件に当たるかどうかを判定できなくなれば、足りません。もう1つ、被告人の防御を妨げるほど幅が広い場合も、足りません。たとえば、被告人が、その日は海外にいた、とアリバイを主張しようとしても、いつの話か分からなければ、主張のしようがありません。ただ、何日までなら足りる、という数字の線は、決まっていません。判定できるか、防御を妨げないか、この2つの物差しで、事件ごとに考えます。

日時の択一

日時の択一(設例)。ひったくり(窃盗)。犯行は大みそかの深夜零時の前後1時間のどこか。12月31日か1月1日かは決められない。判決=「12月31日または1月1日」。物差し表=①どちらの日でも窃盗の構成要件に当たるかを判定できる○②窃盗をしたこと自体は合理的な疑いを超えて証明済み○③どちらも同じ窃盗=合成した犯罪ではない○→許される。同じ構成要件の中の択一は原則許される(例外=過失)。「1月1日ころ」と書く概括的認定でも同じ 図:日時の択一

  • 設例
  • ひったくり(窃盗)。犯行は大みそかの深夜零時の前後1時間のどこか。12月31日か1月1日かは決められない。判決=「12月31日または1月1日」。物差し表=①どちらの日でも窃盗の構成要件に当たるかを判定できる○②窃盗をしたこと自体は合理的な疑いを超えて証明済み○③どちらも同じ窃盗=合成した犯罪ではない○→許される。同じ構成要件の中の択一は原則許される(例外=過失)。「1月1日ころ」と書く概括的認定でも同じ

次は、択一的認定です。まず、いちばん単純な形、日時の択一です。設例を作ります。路上で、被告人が、Cのバッグをひったくりました。目撃者の証言や防犯カメラの記録から、犯行は、大みそかの深夜零時の前後1時間のどこかだと分かりました。けれども、零時をまたいだのか、またがなかったのかが、決められません。12月31日の犯行なのか、1月1日の犯行なのか、どちらかです。では、判決に、12月31日または1月1日、と書いてよいでしょうか。予想してから、3つの物差しに当ててください。当ててみます。1つ目。どちらの日であっても、窃盗の構成要件に当たるかどうかを、判定できます。2つ目。ひったくった事実そのものは、合理的な疑いを超えて証明されています。日にちが決まらないだけで、犯罪があったことには疑いがありません。3つ目。12月31日の窃盗でも、1月1日の窃盗でも、同じ窃盗罪です。合成した犯罪は、作っていません。3つとも通りますから、許されます。同一構成要件の中の択一的認定は、原則として許される。ここが、今日の1つ目の結論です。例外が1つあります。それは、のちほど見ます。

疑いが残っているのは、日にちだけなのに、利益原則は、日にちについても被告人に有利に考えなくていいのですか。よい質問です。利益原則が守るのは、無罪になるべき人が有罪にされないことです。12月31日だと仮定しても、1月1日だと仮定しても、被告人は同じ窃盗罪で有罪です。どちらに転んでも結論が変わらないなら、日にちの疑いは、被告人に不利益をもたらしません。だから、利益原則に反しないのです。仕分け棚で考えると、見通しがよくなります。判決は、認定した事実を、構成要件という棚に仕分ける作業です。窃盗の棚に入れるために必要なのは、窃盗をしたこと、であって、その棚の前列に置くのか後列に置くのかは、棚に入れるためには要りません。日にちは、前列か後列か、にあたる情報です。

実行行為者の択一

冒頭の問いの回収。関係図=被告人とYが共謀(点線)→実行行為(刺したのが被告人かYかは決まらない=「どちらか」の枠)→C(被害者)。共謀が認定されている→どちらが実行しても共同正犯=殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる 図:冒頭の問いの回収

  • 関係図=被告人とYが共謀(点線)→実行行為(刺したのが被告人かYかは決まらない=「どちらか」の枠)→C(被害者)
  • 共謀が認定されている→どちらが実行しても共同正犯=殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる

山場です。冒頭の問いに戻ります。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害した。刺したのが、被告人なのかYなのかは、決められない。実は、本物の事件があります。その前に、訴因変更の回の復習を1問です。訴因では、実行行為者は被告人と書かれていたのに、判決が、Aさんまたは被告人、と、実行行為者を択一的に認定したとき、訴因変更が要らなかったのは、どんな条件を満たしたからだったでしょうか?被告人に不意打ちを与えるものではなく、しかも、訴因に書かれた事実より被告人にとって不利益ではなかったからです。それは、訴因変更が要るかどうか、という問題でした。今日見るのは、同じ決定の、別の部分です。判決書に、実行行為者を択一的に書いて、罪となるべき事実の判示として足りるのか、という問題です。事案を確認します。青森の、口封じのための殺人事件です。判決は、殺害の日時を、午後8時ころから、翌日の未明までの間、場所を、青森市内またはその周辺に停車中の自動車内、方法を、扼殺、絞殺、またはこれに類する方法、と書きました。かなり幅のある書き方です。そのうえで、実行行為者は、Aさんまたは被告人、あるいはその両名、と択一的に書いています。Aさんは、被告人と共謀した共犯者で、設例でいえば、Yの立場にあたる人です。被告人は、これでは罪となるべき事実の判示として足りない、と争いました。最高裁は、こう述べました。

判例最決平13・4・11 刑集55巻3号127頁

実行行為者を択一的に書いた判示 その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。

実行行為者の択一が足りる理由。判示=実行行為者は「A(設例のY)または被告人、あるいはその両名」でも罪となるべき事実として足りる。理由=2人の共謀による犯行→どちらが刺しても2人とも殺人罪の共同正犯(一部実行の全部責任)→殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる。物差し表=①判定できる○②共謀の上の殺人は合理的な疑いを超えて証明済み・どちらでも結論は同じ○③同じ殺人罪の共同正犯=合成した犯罪ではない○。実行行為者の特定は量刑の事情としては重要=ただし判定できるかとは別の物差し 図:実行行為者の択一が足りる理由

  • 判示=実行行為者は「A(設例のY)または被告人、あるいはその両名」でも罪となるべき事実として足りる
  • 理由=2人の共謀による犯行→どちらが刺しても2人とも殺人罪の共同正犯(一部実行の全部責任)→殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる
  • 物差し表=①判定できる○②共謀の上の殺人は合理的な疑いを超えて証明済み・どちらでも結論は同じ○③同じ殺人罪の共同正犯=合成した犯罪ではない○
  • 実行行為者の特定は量刑の事情としては重要=ただし判定できるかとは別の物差し

結論は、足りる、です。冒頭の問いの答えも、書いてよい、です。理由は、判決文の最初の言葉にあります。2人の共謀による犯行だというのであるから、です。共謀共同正犯では、2人が共謀して、そのうちの誰かが実行したなら、共謀した2人は、どちらも殺人罪の共同正犯です。共謀していれば、相手が実行した部分も、自分がおこなったものとして責任を負うからです。一部だけを実行した者にも、全部の結果について責任が及ぶ。刑法で見た、一部実行の全部責任です。ですから、刺したのが被告人でもYでも、被告人もYも、殺人罪の共同正犯になります。誰が刺したのかが決まらなくても、殺人罪の構成要件に当たる事実は、判定できます。3つの物差しで、順に確かめます。1つ目。判定できますから、足ります。2つ目。殺人が、2人の共謀の上で行われたことは、合理的な疑いを超えて証明されています。被告人もYも、どちらの場合でも殺人罪の責任を負います。どちらに転んでも結論が変わりません。だから、利益原則に反しません。3つ目。どちらの場合も、同じ殺人罪の共同正犯です。合成した犯罪では、ありません。

実行行為者がだれであるかは、量刑の事情としては重要です。訴因変更の回で見たとおりです。ただ、今日の問いは、有罪の言渡しに必要な罪となるべき事実として足りるか、です。量刑のために実行者を特定する必要がある、という話と、構成要件に当たるかを判定できる、という話は、別の物差しです。後者で見る限り、足ります。ここで、決定的に大事な前提があります。この結論は、共謀が認定されているから、成り立ちます。

共謀が前提。共謀が認定されている→「被告人またはYが実行」で足りる(どちらでも共同正犯)。共謀が認定できない→「被告人またはYが実行」だけでは被告人が実行したことは証明されていない→被告人には認定できない(共謀が真偽不明なら共謀はなかったものとして裁く=利益原則)。実行行為者の択一が許されるのは、共謀という土台があるから 図:共謀が前提

  • 共謀が認定されている→「被告人またはYが実行」で足りる(どちらでも共同正犯)
  • 共謀が認定できない→「被告人またはYが実行」だけでは被告人が実行したことは証明されていない→被告人には認定できない(共謀が真偽不明なら共謀はなかったものとして裁く=利益原則)
  • 実行行為者の択一が許されるのは、共謀という土台があるから

共謀が認定できないときを、考えます。被告人またはYが、Cを刺した、とだけ書いたとします。これでは、被告人が刺したことは、証明されていません。Yが刺したのかもしれず、そのとき被告人は、共謀がなければ、何もしていない人です。共謀があったかなかったか、どちらとも決まらないときは、共謀はなかったものとして裁く。利益原則の回で見た、この扱いに従えば、被告人については、実行したことも、共謀したことも認められません。殺人罪の有罪を、言い渡せないのです。整理します。実行行為者の択一が許されるのは、共謀が認定できているという土台があるからです。土台がなければ、どちらかが刺した、という事実は、被告人の罪とは結びつきません。

過失の択一

過失の態様の択一(設例)。配送トラックを後退させた被告人が、後方の歩行者Cをひいて死亡させた。Cが運転席から見える位置(ミラーやモニターを見れば見えた)にいたのか、死角にいたのかは決められない。見える位置なら=ミラーやモニターを確認しなかった過失。死角なら=降りて後方を確認すべきなのにしなかった過失。判決に「確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失」と書いてよいか 図:過失の態様の択一

  • 設例
  • 配送トラックを後退させた被告人が、後方の歩行者Cをひいて死亡させた。Cが運転席から見える位置(ミラーやモニターを見れば見えた)にいたのか、死角にいたのかは決められない。見える位置なら=ミラーやモニターを確認しなかった過失。死角なら=降りて後方を確認すべきなのにしなかった過失。判決に「確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失」と書いてよいか

ここまで、日時の択一も、実行行為者の択一も、同じ犯罪の中なら許されました。次は、過失です。設例を作ります。配送トラックを後退させていた被告人が、後ろにいた歩行者のCをひいて、死亡させました。ところが、ひかれる前のCが、運転席から、ミラーやモニターを見れば見える位置にいたのか、それとも、見えない死角の中にいたのかが、決められません。見える位置にいたなら、被告人の過失は、ミラーやモニターを確認しなかったことです。死角にいたなら、降りて後方を確認すべきだったのに、しなかったことです。罪名は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条の、過失運転致死傷罪です。立ち止まって、予想してください。判決に、確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と書いてよいでしょうか? 日時の択一と、何が違うと思いますか?

条文自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

同じ罪名の中の択一なら、日時の択一と同じに見えます。ところが、結論は、許されない、です。理由を見ます。条文を読んでください。必要な注意を怠り、としか書かれていません。どんな注意を怠ったのかは、条文のどこにも書かれていません。窃盗や殺人は、他人の財物を窃取する、人を殺す、と行為の中身が条文に書いてあります。過失犯は、行為の中身が、条文に書かれていない構成要件です。開かれた構成要件、つまり、条文に中身が書かれておらず、事件ごとに補って初めて特定される構成要件、と呼ばれます。

過失の三層。訴因の過失の記載=前提事実(注意義務を課す根拠となる事実)→注意義務の内容→過失の態様(注意義務に違反した行為そのもの)。設例=前提事実(Cの位置)が違うと→注意義務の内容が違う(確認しながら下がる/降りて確認する)→過失の態様が違う。択一にすると三層のどこが動くか決まらない 図:過失の三層

  • 訴因の過失の記載=前提事実(注意義務を課す根拠となる事実)→注意義務の内容→過失の態様(注意義務に違反した行為そのもの)
  • 設例=前提事実(Cの位置)が違うと→注意義務の内容が違う(確認しながら下がる/降りて確認する)→過失の態様が違う
  • 択一にすると三層のどこが動くか決まらない

訴因変更の回で見たとおり、訴因の過失の記載は、三層でできていました。前提事実、つまり注意義務を課す根拠となる事実です。たとえば、後ろに歩行者がいた、という事実です。そのうえに、注意義務の内容、被告人が何をすべきだったか。そして、過失の態様、注意義務に違反した行為そのものです。条文に中身がないので、この三層で補ってはじめて、罪となるべき事実が特定されます。設例に当てます。Cの位置が違えば、前提事実が違います。前提事実が違えば、課される注意義務の内容も違い、怠った態様も違います。確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と択一的に書くと、被告人が何をすべきで、何を怠ったのかが、特定されません。過失の内容が決まらないのですから、罪となるべき事実として足りない。1つ目の物差しで、すでに落ちます。

違いは、特定されなくなるものが、構成要件の中身かどうかです。窃盗では、条文が、窃取という行為の中身を定めています。日にちは、その中身の外側の情報で、決まらなくても、窃盗の棚には入れられました。過失は、棚のふだの中身にあたる注意義務そのものが、前列と後列で別物になります。ふだが書けなければ、棚に入れようがありません。2つ目の物差しも、見ます。見える位置なのに見落としたのと、死角で確認が足りなかったのでは、悪質さが違います。見える位置なら、ミラーやモニターを見るだけで避けられた事故です。手間をかけずに避けられたのに避けなかった、というほうが、重い非難を受けます。択一的に書けば、見える位置だったとは証明されていないのに、その重いほうの過失まで、認めることになりかねません。有罪にする範囲を、疑いの残る部分まで広げることになり、利益原則にも反します。3つ目は、同じ過失運転致死傷罪の中の話ですから、問題になりません。日時や実行行為者の択一と、何が違うのかを、短く言います。日時や実行行為者は、どちらに転んでも、同じ構成要件の同じ中身に当たります。実行行為者の違いは、量刑の事情にとどまります。過失の態様は、どちらかで、構成要件の中身にあたる注意義務そのものと、悪質さが変わります。

検察官は、Cが見える位置にいても死角にいても事故を避けられたはずの、両方をカバーする注意義務を組み立てて、訴因を追加、または変更する、という道が考えられます。たとえば、ミラーなどで後方を確認し、見えなければ降りて確認しながら、進行すべき義務、という形です。どちらか一方の過失を認定するのではなく、両方を包む義務の違反として、構成し直すのです。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)「1月6日ころ」は足りる/(b)「12月31日または1月1日」は同じ罪なら許される/(c)「被告人またはYが実行」は共謀が認定されていれば許される/(d)共謀が認定できないとき「被告人またはYが実行」は許されない/(e)過失の態様の択一は許されない/(f)同一構成要件内の択一が許されるのは3物差しを満たすから/(g)判決に択一的に書けるのは256条5項の明文があるからではない 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の2つ。1つ目。判決に、犯行は1月6日ころ、と書かれていました。足りますか。2つ目。判決に、犯行は12月31日または1月1日、と書かれていました。同じ窃盗なら、許されますか。1つ目は、構成要件に当たるかを判定できて、防御も妨げない幅なので、足ります。2つ目は、どちらの日でも同じ窃盗なので、3つの物差しを通って、許されます。次の2つです。共謀が認定されているとき、被告人またはYが、Cを刺した、と書くのは許されますか。共謀が認定できないときは、どうでしょうか。共謀が認定されていれば、どちらが実行しても共同正犯なので許されます。共謀が認定できないときは、被告人が実行したことが証明されていないので、被告人には認定できません。次です。過失の態様について、確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と択一的に書くのは、許されますか。

許されません。過失は注意義務の内容で特定されるので、択一にすると特定されず、悪質さも変わるので利益原則にも反します。残りは、○×です。同一構成要件の中の択一が許されるのは、足りる、利益原則に反しない、合成した犯罪を作らない、この3つを満たすからである。○です。判決に択一的に書けるのは、256条5項という明文があるからである。×です。5項は起訴状の規定で、判決には明文がありません。なお、択一的認定の可否の検討は、論文でも問われうる論点です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。択一的認定=AかBかは証明されたが、どちらかまでは証明されない→「AまたはB」。256条5項は起訴状の規定。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義(合成した犯罪)。同一構成要件内=原則許される(日時・実行行為者=共謀が認定されていれば)。例外=過失の態様の択一(特定されず・利益原則に反する)。概括的認定=判定できて防御を妨げない幅 図:まとめの地図

  • 択一的認定=AかBかは証明されたが、どちらかまでは証明されない→「AまたはB」
  • 256条5項は起訴状の規定
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義(合成した犯罪)
  • 同一構成要件内=原則許される(日時・実行行為者=共謀が認定されていれば)
  • 例外=過失の態様の択一(特定されず・利益原則に反する)
  • 概括的認定=判定できて防御を妨げない幅

今日のまとめです。択一的認定とは、AかBのどちらかは証明されたが、どちらかまでは証明されないときに、判決にAまたはBと書くことです。起訴状には256条5項がありますが、判決にはその明文がありません。だから、3つの物差しで考えます。罪となるべき事実として足りるか、利益原則に反しないか、法律に無い合成した犯罪を作っていないか、です。同じ犯罪の中の話なら、原則として許されます。日時に幅を持たせる概括的認定は、構成要件を判定できて、防御を妨げない幅なら足ります。日時の択一も、どちらでも同じ窃盗ですから、許されます。冒頭の問いの答えです。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害したと認定されたが、刺した人は決められない。このとき、被告人またはYが、Cを刺して殺害した、と書いてよい。共謀が認定されていて、どちらが実行しても共同正犯になるからです。共謀が認定できなければ、書けません。例外は、過失です。過失の態様の択一は、注意義務の内容が決まらず、罪となるべき事実として足りません。重いほうの過失まで認めかねず、利益原則にも反します。同じ犯罪の中の話は、ここまでです。次は、違う犯罪のどちらかだと分かっているとき、判決はどう書けるのかを見ます。

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#152単独ページ動画

異なる罪の間の択一的認定と縮小認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った。置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった。生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄。判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか。できないなら無罪にするしかないのか 図:今日の問い

  • 被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った
  • 置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった
  • 生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄
  • 判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか
  • できないなら無罪にするしかないのか

前回は、同じ犯罪の中の話でした。今日は、違う犯罪のどちらかだと分かっているとき、判決はどう書けるのかを見ます。まず、この事件です。被告人は、自宅で介護している同居のCが、倒れて動かなくなっているのを見つけました。死んでいるものと思い込み、山の中に置いて立ち去りました。ところがあとになって、置いた時点でCが生きていたのか、すでに死んでいたのかが、鑑定を尽くしても決められませんでした。Cが生きていたなら、保護責任者遺棄です。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらかであることは確実です。判決に、保護責任者遺棄または死体遺棄、と書いて、有罪にできるのでしょうか。書けないなら、無罪にするしかないのでしょうか。

両方の引っかかりが、そのまま今日の論点です。答えは、山場で出します。

3つの物差し(前回と同じ)。①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか 図:3つの物差し

  • 前回と同じ
  • ①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか

物差しは、前回と同じ3つです。1つ目、罪となるべき事実として足りるか。2つ目、利益原則に反しないか。3つ目、法律に無い合成した犯罪を作っていないか。前回の同じ犯罪の中の話では、3つ目の物差しは問題になりませんでした。今日は違います。違う犯罪の間では、この物差しが正面から効いてきます。

大小の地図

異なる罪の間の地図。同じ構成要件の中=前回(原則OK)。違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる 図:異なる罪の間の地図

  • 同じ構成要件の中=前回(原則OK)
  • 違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる

地図を描きます。前回は、同じ構成要件の中の択一でした。日時でも実行行為者でも、原則として許されました。今日は、違う構成要件の間です。ここは、さらに2つに分かれます。分かれ目は、一方が他方を含むという大小の関係があるかどうかです。たとえば、殺人と傷害致死。殺人は、人を殺す意思で人を死なせる罪です。傷害致死は、殺意なく、傷害の結果として人を死なせる罪です。殺人の事実の中には、人を死なせたという、傷害致死と共通の部分が含まれています。殺人が大きく、傷害致死が小さい関係です。訴因変更の回の喩えで言えば、特上セットとまぐろです。まぐろは、特上セットの中にもともと入っています。ですから、特上セットを食べたかどうかは怪しくても、少なくともまぐろは食べた、と言えます。一方、保護責任者遺棄と死体遺棄はどうでしょう。生きている人を置き去りにするのか、死んだ人を置き去りにするのかで、前提がそもそも違います。一方が他方を含むという関係はありません。これが、大小のない罪です。今日の話は、この2つを順に見ます。まず、大小のある罪からです。

大小のある罪

大小のある罪(設例)。殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)/刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑) 図:大小のある罪

  • 設例
  • 殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)
  • 刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑)

ここで、1問だけ復習です。訴因変更の回で、強盗の訴因のまま、恐喝を認定してよい場合がありました。酒酔い運転の訴因のまま、酒気帯び運転を認定してよい場合もありました。訴因を変更しなくてよかったのは、なぜだったでしょうか?軽い事実は、訴因に書かれた事実の中に含まれていて、被告人に不意打ちにならないからです。含まれている軽い事実を認定することを、縮小認定と呼びました。訴因変更の要否は、その回で見ましたから、今日は、別の角度から見ます。証拠が足りなくて、大きい方を認定できないとき、判決はどう書くのか、です。設例です。殺人の訴因で起訴されました。被告人が、Cの胸をナイフで刺して、死亡させたことは、証明されました。ところが、被告人に殺意があったかどうかだけは、合理的な疑いが残りました。判決に、殺人または傷害致死、と書いてよいでしょうか。

冒頭の問いと似ていますが、決定的な違いがあります。結論から言うと、殺人または傷害致死、とは書けません。でも、傷害致死だけなら、認定できます。理由を見ます。殺意がある、という大きい方の事実には、合理的な疑いが残っています。挙証責任の回で見た利益原則のとおり、真偽不明の不利益は検察官が負います。殺意は認められません。殺人または、と書けば、殺意があった可能性を残したまま有罪にすることになります。これは、利益原則に反します。一方、傷害致死の事実、つまり、刺して死なせたことは、すでに証明されています。証明された小さい事実だけを認定するなら、3つの物差しは、すべて通ります。1つ目、傷害致死として足ります。2つ目、証明された事実だけを認めるので、利益原則に反しません。3つ目、刑法に書かれた1つの犯罪、傷害致死を認定しているだけで、合成した犯罪ではありません。

小さい方だけ認めるなら、訴因変更はしなくて済むのですか。済みます。傷害致死の事実は、殺人の訴因に含まれています。さきほど復習したとおり、含まれている軽い事実の認定は、審判の対象を変えませんし、防御にも不意打ちになりません。

縮小認定の限界。「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない。例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある 図:縮小認定の限界

  • 「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない
  • 例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき
  • 体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある

限界も、一言だけ押さえます。大は小を兼ねる、という言い方がありますが、いつも成り立つわけではありません。さきほどの復習に出てきた、酒酔いと酒気帯びです。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも、酔って正常に運転できなくなる人がいます。その場合、酒酔いの事実は、酒気帯びの事実を含みません。大きいと思った事実の中に、小さい事実が入っているとは限らない。含まれているかどうかは、事案ごとに確かめます。整理します。大小のある罪では、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。冒頭の事件との決定的な違いは、ここです。小さい方の事実が、それだけで証明されているかどうか。冒頭の事件では、どちらの事実を取っても、それだけで証明されたものはありません。小さい方だけを認定するこの処理は、今日の最後の山場の、伏線にもなります。

大小のない罪は「または」と書けない

大小のない罪①。「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない。理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する。理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する。起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い 図:大小のない罪①

  • 「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない
  • 理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する
  • 理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する
  • 起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い

冒頭の問いに戻ります。保護責任者遺棄と死体遺棄のどちらかであることは確実です。ここで予想してください。どちらにするかを決めずに、または、と書いて有罪にできるでしょうか? 理由は2つ挙げられます。1つ目。生きていた、という事実にも、死んでいた、という事実にも、合理的な疑いが残っています。生きていたとは証明されていないし、死んでいたとも証明されていません。どちらも認められないのに、または、でつなぐと、疑いの残る事実で有罪にすることになります。利益原則に反します。2つ目は、3つ目の物差しです。保護責任者遺棄または死体遺棄、という犯罪は、刑法のどこにもありません。この書き方で処罰すれば、法律に書かれた2つの犯罪を合成して、新しい犯罪を作って処罰したことになります。罪刑法定主義に反します。

前回見た256条5項は、起訴状の規定です。判決の理由に、択一的に書いてよいと定めた条文は、ありません。違う罪の間で、Aの罪またはBの罪、と書くことは許されない、というのが学説の通説です。それなら被告人は無罪になってしまいませんか。そこが、今日の山場です。無罪にするしかないのか。次で見ます。

軽い罪だけを認める

事案の流れ。除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない。一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定。札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた 図:事案の流れ

  • 除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない
  • 一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定
  • 札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた

実際の事件があります。札幌高裁の判決です。事案を確認します。除雪の作業中に、被告人が、除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまいました。掘り出しましたが、反応がありません。被告人は、妻が死んだと思い込み、交通事故に見せかけるため、妻を国道のわきに運んで捨てました。ところが、捨てた時点で妻が生きていたのかどうかは、決められませんでした。設例のCと、まったく同じ構造です。一審は、死体遺棄の故意で、保護責任者遺棄の行為をした、と見ました。故意と事実がずれる、錯誤の理論で、重なる軽い範囲の死体遺棄を認めたのです。札幌高裁は、この理屈を採りませんでした。事実認定の誤りだとして一審の判決を破棄し、自分で、遺棄の時点で妻は死亡していた、と認定しました。そのうえで、死体遺棄罪を認めました。

判決は、理由を3つ挙げています。1つ目。遺棄の時点の状況から、一般の人の目で見ても、死亡していたと考えるのが自然でした。2つ目。法医学の上でも、死亡していた可能性が極めて高いとされました。3つ目が、この判決の特徴的な理由です。生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはなく、重い罪に当たる生存の事実が確定できないのだから、軽い罪の成否を判断するときは、死亡の事実があるものとみてよい、という考え方です。3つ目の理由を読む前に、2つの条文で、どちらが重い罪なのかを確認しておきます。

条文刑法第190条

刑法第190条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。

条文刑法第218条

刑法第218条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

死体遺棄は、3年以下です。保護責任者遺棄は、3か月以上5年以下です。同じ拘禁刑どうしは、上限の長いほうが重い、と刑法10条が決めています。上限を比べると、5年と3年で、保護責任者遺棄のほうが重い罪です。では、判決の該当部分を読みます。判決文では、妻がAと書かれています。

判例札幌高判昭61・3・24 高刑集39巻1号8頁

死亡の事実を認定した部分 また、被告人の主観を離れて客観的側面からみると、Aが生存していたとすれば、被告人は保護責任者遺棄罪を犯したことになるが、同罪も死体遺棄罪より法定刑が重い罪である。本件では、Aは生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはないところ、重い罪に当たる生存事実が確定できないのであるから、軽い罪である死体遺棄罪の成否を判断するに際し死亡事実が存在するものとみることも合理的な事実認定として許されてよいものと思われる。

この処理の読み方。「Aの罪またはBの罪」とは書かない。重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する。択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる 図:この処理の読み方

  • 「Aの罪またはBの罪」とは書かない
  • 重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する
  • 択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる

この判決の処理を、整理します。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書いていません。重い罪の事実、つまり生存は確定できないから、その罪は認めない。そのうえで、軽い罪の死体遺棄だけを認定している。択一は判決に書かず、軽いほうだけを認める形です。縮小認定、つまり大小のある罪で小さい方だけを認定する処理とは、ここが違います。あちらは、刺して死なせた、という小さい事実が、それだけで証明されていました。こちらは、生きていた可能性が消えていません。死んでいた、という事実も、それだけでは証明しきれていないのです。死体遺棄は、保護責任者遺棄の中に含まれてもいません。それでも軽いほうを認めた足場は、生か死か、2つに1つしかない、という点です。択一を書かずに軽いほうだけを認めるこの形を、秘められた択一的認定と呼ぶことがあります。これで、冒頭の問いの答えが出ます。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかない、とも限りません。札幌高裁の判決は、軽い死体遺棄を認めました。

見解は、分かれています。軽い死体遺棄を認めてよいとする見解を肯定説、認められず無罪にするほかないとする見解を否定説と呼びます。

見解の対立。肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない。否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう 図:見解の対立

  • 肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない
  • 否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう

肯定説は、札幌高裁の判決の立場です。理由は、生きていたか死んでいたかは、論理的にどちらかしかない、という点にあります。重い罪の事実、生存は認定できません。そうである以上、軽い罪の事実を認めても、被告人にとって不利益にはなりません。生きていたなら、客観的には、もっと重い保護責任者遺棄に当たります。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらが本当でも、死体遺棄より軽く済むことはありません。2つのうち軽いほうを前提にするのは、疑いを被告人に有利に扱うことになる、というわけです。利益原則にも、罪刑法定主義にも反しません。それに、置き去りにしたことは確かなのに処罰しないのは、国民の法感情に合わない、という実質的な理由も挙げられます。否定説の理由は3つです。1つ目。利益原則が言っているのは、疑いが残る事実は認定できない、ということです。生存はなかった、と認定してよい、つまり、なかったことにしてよい、とまでは言っていません。2つ目。実質は、保護責任者遺棄かもしれないものを、死体遺棄として処罰している。法律にない合成した犯罪で処罰しているのと同じだ、という批判です。3つ目。順序の問題です。検察官が、死体遺棄を先に判断してもらい、認められなければ保護責任者遺棄を判断してもらう、と順番を付けて2つの訴因を並べたときを考えます。訴因変更の全体像の回で見た、本位的訴因、つまり先に判断してもらう訴因が軽い死体遺棄、という並べ方です。軽い死体遺棄から判断すると、死んでいたことは、検察官が証明すべき事実です。疑いが残る以上、利益原則のせいで、死んでいたとは認定できません。その疑いを被告人に有利に扱って、死んでいなかった、つまり生きていたものとして進めると、かえって重い保護責任者遺棄が認定されてしまう、という批判です。

ただ、これには、軽い罪が本位的訴因のときでも、利益原則に従って重い訴因から判断すべきだ、という反論があります。学説では、無罪にするほかないという否定説が、通説とされてきました。ただ、定まった理解があるわけではありません。札幌高裁の判決は、軽い罪を認める肯定説に立っています。答案では、どちらを採るのかを決めて、最後まで一貫させることが大事です。論文でも問われうる論点です。

論理的択一と事実上の択一。論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある。事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)。実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う 図:論理的択一と事実上の択一

  • 論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある
  • 事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)
  • 実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う

注意が1つあります。軽い罪だけを認める処理は、生か死かのように、論理的にどちらかしかない場合の話です。これと区別するのが、事実上の択一です。たとえば、盗品を持っていた人について、自分で盗んだ窃盗か、盗品と知って買い取った盗品の有償譲受けか、のどちらかまでは絞られた。でも、ほかにも可能性が残っています。無償でもらったかもしれない。拾ったかもしれない。第3の可能性が残る以上、軽いほうで有罪にできるかは、それ自体が問題になります。理解は1つではありません。利益原則から当然に軽いほうで有罪にできるという理解、第3の可能性が否定されない限り有罪にできないという理解、合成した犯罪になるので無罪にすべきだという理解の3つがあります。実体法の注記も、一言だけ。死体遺棄を認めるには、実体法の側でも、異なる構成要件の間の錯誤、つまり重なり合いの問題を解く必要があります。これは、刑法のシリーズで扱います。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例。(a)「殺人または傷害致死」と書ける→×/(b)殺意に疑い→傷害致死だけなら認定できる→○(訴因変更は不要)/(c)「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書ける→×/(d)札幌高裁の処理=軽い死体遺棄を認めた→○(札幌高裁の裁判例の立場。学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)/(e)窃盗か盗品の有償譲受けかに絞られただけで軽いほうの有罪→それ自体が問題(理解は3つに分かれる)/(f)判決に択一を書く明文がある(256条5項)→×(起訴状の規定) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。最初の2つ。殺人の訴因で、殺意に合理的な疑いが残ったとき、殺人または傷害致死、と書けますか。傷害致死だけなら、どうでしょう。殺人または傷害致死は、書けません。殺意に疑いがあるのに、殺人の可能性を残すことになるからです。傷害致死だけなら、証明された小さい事実なので、訴因変更なしで認定できます。次です。保護責任者遺棄または死体遺棄、と書けますか。札幌高裁は、どう処理したでしょうか。書けません。合成した犯罪を作ることになるし、利益原則にも反します。札幌高裁は、軽い死体遺棄だけを認めました。ただ、学説では無罪にするほかないという見解が通説とされていて、定まった理解はありません。次です。窃盗か盗品の有償譲受けか、までは絞られたけれど、どちらかは決まらない。軽いほうの罪で有罪にできますか。

一言では答えられません。第3の可能性が残るので、理解が3つに分かれます。最後は○×です。判決に、択一的に書けるのは、256条5項があるからである。×です。5項は起訴状の規定です。もう1つ。生死不明の遺棄で、無罪にするしかないと考える立場もある。○です。否定説です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)。大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義 図:まとめの地図

  • 大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)
  • 大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義

今日のまとめです。違う罪の間の択一は、一方が他方を含む大小関係があるかどうかで、答えが分かれます。大小のある罪は、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。殺意に疑いがあるなら、傷害致死だけです。小さい事実は証明されていますから、3つの物差しを通りますし、訴因変更も要りません。大小のない罪は、Aの罪またはBの罪、と書くことができません。どちらにも疑いが残るのに有罪にするのは利益原則に反し、法律にない合成した犯罪を作るのは罪刑法定主義に反するからです。冒頭の問いの答えです。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかないとは限りません。札幌高裁は、重い罪の事実が確定できないとして、軽い死体遺棄だけを認めました。学説では、無罪にするほかないとする否定説が通説とされますが、定まった理解はなく、札幌高裁の判決は肯定説です。答案では、立場を決めて、一貫させます。今日は、大小のある罪と、大小のない罪を見ました。最後は、単独犯なのか共同正犯なのか、そこで迷うときです。

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#153単独ページ動画

単独犯と共同正犯の択一的認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人は、窃盗の実行行為を1人で全部やったことを認めている。ところが「実は、黒幕のYに頼まれてやった」と言う。検察官は被告人の単独犯で起訴している。裁判所は、単独犯と認定してよいのか。共同正犯と認定しなければならないのか 図:今日の問い

  • 被告人は、窃盗の実行行為を1人で全部やったことを認めている
  • ところが「実は、黒幕のYに頼まれてやった」と言う
  • 検察官は被告人の単独犯で起訴している
  • 裁判所は、単独犯と認定してよいのか
  • 共同正犯と認定しなければならないのか

前回は、違う犯罪のどちらかだと分かっているときの話でした。今日は最後の場面です。単独犯なのか共同正犯なのか、そこで迷うときを見ます。まず、この事件です。被告人は、他人の家から現金を盗んだとして、窃盗で起訴されました。検察官は、被告人1人の犯行として起訴しています。被告人は、盗む行為を自分1人で全部やったことを認めています。ところが、被告人はこう言います。実は、黒幕のYに頼まれてやったのです。手を動かしたのは被告人1人です。でも、Yと共謀していたのなら、共同正犯ということになります。裁判所は、単独犯と認定してよいのでしょうか。それとも、共同正犯と認定しなければならないのでしょうか。

手を動かした人数で決めてよいのか、黒幕の存在をどう扱うのか。この2つが、そのまま今日の論点です。先に答えを言います。単独犯と認定してよいのです。1人の行為で単独犯の構成要件が全部満たされているなら、Yがいてもいなくても、単独犯は成立するからです。なぜそう言えるのかを、順に確かめます。

3つの物差し(前回までと同じ)。①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか 図:3つの物差し

  • 前回までと同じ
  • ①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか

物差しは、前回までと同じ3つです。1つ目、罪となるべき事実として足りるか。2つ目、利益原則に反しないか。3つ目、AまたはB、という、法律に無い合成した犯罪を作っていないか。今日は、単独犯と共同正犯の間の話です。どちらも窃盗なら窃盗という、同じ罪の中の話ですから、3つ目の物差しは問題になりません。中心になるのは、1つ目です。2つ目の利益原則は、下級審の2つ目の見解の根拠として出てきます。

下級審の分かれ方と実体法

下級審の3つの見解。場面=被告人1人の行為で構成要件が全部満たされるが、他に共謀共同正犯者がいるのかどうか分からない。①単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうで量刑する ②択一的認定は許されず、犯情の軽い共同正犯を認定する(利益原則) ③択一はせず、単独犯を認定する。共同正犯かもしれない点は、量刑の事情とする 図:下級審の3つの見解

  • 場面=被告人1人の行為で構成要件が全部満たされるが、他に共謀共同正犯者がいるのかどうか分からない
  • ①単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうで量刑する
  • ②択一的認定は許されず、犯情の軽い共同正犯を認定する(利益原則)
  • ③択一はせず、単独犯を認定する
  • 共同正犯かもしれない点は、量刑の事情とする

最高裁の判断が出るまで、下級審は3つに分かれていました。場面は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされていて、他に共謀共同正犯者がいるのかどうかは、分からない、というものです。共謀共同正犯者とは、刑法の回で見たとおり、自分では手を動かさず、共謀に加わっただけで正犯になる人です。最初の事件でいえば、黒幕のYです。1つ目。単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうの前提で量刑する、という考え方です。2つ目。択一的認定は許されない。犯情の軽い共同正犯を認定する、という考え方です。疑わしきは被告人の利益に、という利益原則から、軽いほうに寄せます。3つ目。択一はせず、単独犯を認定します。共同正犯かもしれないという疑いは、量刑の場面で考える、という考え方です。

分かれ目は、実体法の位置づけです。共同正犯は、構成要件の修正形式、つまり、基本の構成要件を広げる形式だと言われます。単独犯と共同正犯の間の択一が、実質的に同じ構成要件の中の択一といえるのか。そこが定まっていなかったのです。いえるとみるなら、日時や実行行為者の択一と同じ扱いになります。いえないとみるなら、択一はできません。見解は、そこから分かれました。3つ目の見解は、そもそも、単独犯はもう成り立っているのだから、択一をせず単独犯を認定する、と見ます。そこで、問いを1つ手前に戻します。共同正犯が成立するときは、単独犯は成立しなくなるのか。実体法の側から確かめます。単独犯の規定は、たとえば窃盗なら、刑法235条です。この条文は、行為者の人数を定めていません。他に関与者がいないことも、要求していません。

単独犯の規定は人数を定めない。刑法235条(窃盗=十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金)は、他に関与者がいないことを要求していない 図:単独犯の規定は人数を定めない

次に、共同正犯の規定です。

条文刑法第60条

刑法第60条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

実行行為を1人で全部はしていない者でも、全部した者と同じく正犯として処罰する。60条は、そのための規定です。専門用語では、処罰拡張規定と呼びます。刑法の回で見た、一部実行の全部責任も、この60条から来ています。椅子取りに喩えます。単独犯の椅子には、1人で実行を全部やった人が座れます。60条は、1人では全部をやっていない人も座れるように、椅子を足す規定です。椅子を足しても、すでに座れる人の席は消えません。ですから、被告人1人の行為で単独犯の構成要件が全部満たされているなら、共同正犯の要件も満たされる場合でも、単独犯は成立します。

どちらの形で起訴するかは、検察官の訴追裁量で決まります。起訴便宜主義、刑訴法248条の、起訴するかしないかを検察官が決められるという話を思い出してください。訴因をどう組むかも、検察官が決めます。こちらも訴追裁量の一部です。単独犯で起訴するのも、共同正犯で起訴するのも、検察官が選べます。

最高裁の決定

事案。窃盗・窃盗未遂8件。被告人は単独犯として起訴され、第一審で公訴事実を認めた→控訴審で「実行行為は1人で全部やったが、他に共謀共同正犯の責めを負うべき共犯者がいる」と主張→原審は2件について他に共謀共同正犯者の存在を認めたうえ、「検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される」→最高裁は上告棄却 図:事案

  • 窃盗・窃盗未遂8件
  • 被告人は単独犯として起訴され、第一審で公訴事実を認めた→控訴審で「実行行為は1人で全部やったが、他に共謀共同正犯の責めを負うべき共犯者がいる」と主張→原審は2件について他に共謀共同正犯者の存在を認めたうえ、「検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される」→最高裁は上告棄却

山場です。最高裁の決定を見ます。事案です。被告人は、窃盗と窃盗未遂、合わせて8件で、単独犯として起訴されました。第一審では、公訴事実を認めていました。ところが、控訴審で主張を変えます。実行行為は1人で全部やった。でも、他に、共謀共同正犯として責任を負うべき共犯者がいる、というのです。原審は、2件について、他に共謀共同正犯者がいることを認めました。そのうえで、検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される、としました。最高裁も、上告を棄却しました。決定の該当部分を読みます。

判例最決平21・7・21 刑集63巻6号762頁

単独犯の訴因と共謀共同正犯者の存在 検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。

条件は2つです。1つ目。検察官が、共謀共同正犯者に触れずに、被告人が犯罪を行ったという訴因で起訴していること。2つ目。被告人1人の行為で、構成要件がすべて満たされたと認められること。この2つがそろえば、他に共謀共同正犯者がいても、犯罪の成否は左右されません。だから、裁判所は、訴因どおりに単独犯と認定してよい。決定が示したのは、ここまでです。

決定の規範と、冒頭の問いの答え。条件=①共謀共同正犯者に言及せず、被告人が犯罪を行ったとの訴因 ②被告人1人の行為で構成要件のすべてが満たされた→他に共謀共同正犯者がいても犯罪の成否は左右されない→訴因どおり(単独犯)と認定してよい。答え=単独犯と認定してよい 図:決定の規範と、冒頭の問いの答え

  • 条件=①共謀共同正犯者に言及せず、被告人が犯罪を行ったとの訴因 ②被告人1人の行為で構成要件のすべてが満たされた→他に共謀共同正犯者がいても犯罪の成否は左右されない→訴因どおり(単独犯)と認定してよい
  • 答え=単独犯と認定してよい

最初の問いの答えが出ました。単独犯と認定してよい。理由は、単独犯の構成要件が、被告人1人の行為で全部満たされているからです。Yがいたかどうかは、単独犯の成否を動かしません。起訴の仕方は、条件の1つです。裁判所は、訴因の範囲で裁くからです。単独犯で起訴するか、共同正犯で起訴するかは、さきほどの訴追裁量で検察官が選べます。ただ、決め手は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているかどうか、です。では、その条件が外れる場面を見ます。被告人は見張りだけをして、盗む行為そのものは、別の人がやったとします。

単独犯と認定できる例とできない例。該当=被告人が1人で窃盗の実行行為を全部やった→単独犯の構成要件が全部満たされる→単独犯と認定してよい。境界のすぐ外=被告人は見張りだけで、盗む行為は別の者がやった→単独犯の構成要件は満たされない→正犯にするには共同正犯(60条)が要り、共謀が認定できなければ共同正犯としては有罪にできない 図:単独犯と認定できる例とできない例

  • 該当=被告人が1人で窃盗の実行行為を全部やった→単独犯の構成要件が全部満たされる→単独犯と認定してよい
  • 境界のすぐ外=被告人は見張りだけで、盗む行為は別の者がやった→単独犯の構成要件は満たされない→正犯にするには共同正犯(60条)が要り、共謀が認定できなければ共同正犯としては有罪にできない

見張りだけなら、被告人の行為で、窃盗の構成要件のすべては満たされません。実行行為を、別の人がやっているからです。この場合、被告人を正犯として処罰できるのは、1人では構成要件を満たさない人も正犯にする、60条があるからです。共謀が認定できなければ、共同正犯としては処罰できません。並べると、はっきりします。1人で全部やった被告人は、他にYがいてもいなくても、単独犯の席に座れます。見張りだけの被告人は、60条の椅子がなければ座れません。決め手は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているか、です。もう1つ、区切りを入れます。ここから先は、決定の言葉ではありません。決定を前提にした整理です。単独犯の構成要件が全部満たされるなら、裁判所は、他の共謀共同正犯者がいるかどうかまで認定する必要はない。その存在は、量刑の事情として、重要性に応じて審理し、判断すれば足りる、という整理です。量刑は、次の話題です。ここでは、考慮できる、とだけ押さえます。

場合分け

場合分けの前に。共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか決まらないとき、共謀はどう扱うのだったか。答え=なかったものとして扱い、共同正犯とは認定できない(挙証責任:証明できない事実は認定できない) 図:場合分けの前に

  • 共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか決まらないとき、共謀はどう扱うのだったか
  • 答え=なかったものとして扱い、共同正犯とは認定できない(挙証責任:証明できない事実は認定できない)

場合分けの前に、復習を1問です。共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか、どちらとも決まらないとき、共謀はどう扱うのだったでしょうか?挙証責任の話でした。共謀はなかったものとして扱います。だから、共同正犯とは認定できません。もう1問。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるだけのとき、共同正犯と認定できるでしょうか。共謀が認定できないなら、共同正犯とは言えないと思います。では、場合分けを順に見ます。

単独犯の訴因で、他の共謀共同正犯者が①存在が認められる→単独犯を認定してよい(共同正犯の認定も可。訴因変更の要否は、不意打ち・防御上の不利益の観点で検討)②存在がうかがわれるにとどまる→共謀は認定できない。単独犯の要件は満たす→単独犯を認定(択一の余地はない)③存在しないと認められる→単独犯 図:単独犯の訴因で、他の共謀共同正犯者が①存在が認められる→単独犯を認定してよい

  • 共同正犯の認定も可。訴因変更の要否は、不意打ち・防御上の不利益の観点で検討
  • ②存在がうかがわれるにとどまる→共謀は認定できない。単独犯の要件は満たす→単独犯を認定(択一の余地はない)③存在しないと認められる→単独犯

検察官が単独犯の訴因で起訴した場合です。他の共謀共同正犯者について、裁判所の心証は、3通りあります。1つ目。共謀共同正犯者の存在が認められるとき。最初の事件でいえば、Yとの共謀が、証拠で認められる場合です。さきほどの決定のとおり、単独犯と認定してよいです。共同正犯と認定してもかまいません。ただし、共同正犯を認定するのに訴因変更が必要かどうかは、別に考える必要があります。訴因変更が要るかは、前に見た、訴因変更の要否の枠組みで決まります。被告人に不当な不意打ちにならないか、防御に不利益を与えるおそれがないか、という観点から検討します。2つ目。存在が、うかがわれるにとどまるとき。被告人はYの名前を出すけれど、裏付けが足りない場合です。共謀の事実は認定できません。共謀は、共同正犯と認定するために必要な事実です。証明できなければ、認定できません。これは、共同正犯を認めないという意味で、共謀がなかったと積極的に認定するわけではありません。だから、共同正犯は認定できません。一方、単独犯の成立要件は、被告人1人の行為で満たされています。ですから、単独犯を認定します。3つ目。存在しないと認められるとき。Yの話が作り話だと分かった場合です。これは、単独犯です。

択一的認定の余地は、ありません。前々回の場面は、被告人とYの共謀が認定できていました。共謀が認定できれば、どちらが手を動かしていても、被告人もYも、同じ罪の共同正犯です。だから、誰が実行したかが決まらなくても、罪となるべき事実として足りたのです。認定できる共同正犯が、そもそも無いのです。一方、単独犯は、成立要件を満たします。だから、択一する前に、単独犯と認定すれば足ります。注意が1つあります。最初の、Yを無視するのは事実と違う気がする、という引っかかりへの答えです。単独犯と認定することは、他に共謀者がいない、と認定することまでは意味しません。単独犯の条文は、他に関与者がいないことを、要件にしていないからです。前回の否定説が心配した、なかったと認定してしまう処理は、ここでは起きていません。ですから、量刑では、他に共謀共同正犯者がいたことを考慮できます。量刑の中身は、次の話題で見ます。もう1つ、補足です。共同正犯を認定したいなら、検察官が、単独で、または氏名不詳者と共謀のうえ、という形に訴因を変更して、共同正犯を認定することも可能です。

1つ目の見解の択一は、要りません。うかがわれるだけの共謀で共同正犯を認定する、2つ目の見解も取れません。単独犯を認定して、共犯者のことは量刑で考える。これが、3つ目の見解の筋です。

3つの訴因×3つの心証。縦=訴因(単独犯/共同正犯/択一的な訴因〔256条5項=単独犯または共同正犯〕)、横=他の共謀共同正犯者が(認められる/うかがわれるにとどまる/存在しない)。単独犯の訴因=単独犯でも共同正犯でも可/単独犯/単独犯。共同正犯の訴因=共同正犯/単独犯/単独犯。択一的な訴因=共同正犯が相当/単独犯/単独犯 図:3つの訴因×3つの心証

  • 縦=訴因(単独犯/共同正犯/択一的な訴因〔256条5項=単独犯または共同正犯〕)、横=他の共謀共同正犯者が(認められる/うかがわれるにとどまる/存在しない)
  • 単独犯の訴因=単独犯でも共同正犯でも可/単独犯/単独犯
  • 共同正犯の訴因=共同正犯/単独犯/単独犯
  • 択一的な訴因=共同正犯が相当/単独犯/単独犯

小さな表で、ほかの訴因も見ておきます。訴因は3つ並べました。単独犯の訴因、共同正犯の訴因、そして、単独犯または共同正犯と択一的に書いた訴因です。起訴状に択一的に書くことは、256条5項が認めています。共同正犯の訴因で、共謀共同正犯者の存在が認められるなら、訴因どおり共同正犯です。うかがわれるにとどまる、存在しないと認められる、なら、共謀が認定できないので、単独犯を認定します。筋は同じです。最後の、択一的な訴因です。存在が認められるなら、どちらを認定してもよいのですが、共同正犯を認定するのが相当です。単独犯だけを認定すると、共謀共同正犯者はいないと判断したのか、いても触れなかっただけなのか、判決から読み取れなくなるからです。うかがわれるにとどまる、存在しない、なら、共謀が認定できないので、単独犯です。

全体の見取り図

択一的認定の見取り図。同じ構成要件の中(日時・実行行為者)=原則許される(例外は過失)/単独犯と共同正犯=単独犯が成立する限り択一は要らない/大小のある罪=小さい方だけを認定/大小のない罪=「AまたはB」とは書けない。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれ、札幌高裁の判決は認めた。物差しの使いどころ=①罪となるべき事実として足りるか→同じ構成要件内/②利益原則→大小・大小のない罪/③罪刑法定主義→大小のない罪 図:択一的認定の見取り図

  • 同じ構成要件の中(日時・実行行為者)=原則許される(例外は過失)/単独犯と共同正犯=単独犯が成立する限り択一は要らない/大小のある罪=小さい方だけを認定/大小のない罪=「AまたはB」とは書けない
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれ、札幌高裁の判決は認めた
  • 物差しの使いどころ=①罪となるべき事実として足りるか→同じ構成要件内
  • ②利益原則→大小・大小のない罪
  • ③罪刑法定主義→大小のない罪

3回にわたって見てきた択一的認定を、1枚にまとめます。1つ目の領域は、同じ構成要件の中です。日時、場所、実行行為者の択一が、原則として許されました。どちらに転んでも、同じ罪の同じ中身に当たるからです。例外は、過失の態様でした。何を怠ったかという、罪の中身そのものが決まらなくなるからです。単独犯と共同正犯の間は、この枠の中といえるかが争われました。ただ、今日見たとおり、単独犯が成立する限り、そもそも択一は要りませんでした。2つ目は、違う構成要件で、大小のある罪です。殺人と傷害致死のように、一方が他方を含む関係です。大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。小さい方の事実は、それだけで証明されているからです。3つ目は、大小のない罪です。保護責任者遺棄と死体遺棄のように、一方が他方を含まない関係です。AまたはBとは書けません。どちらにも疑いが残るのに有罪にすることになり、法律に無い合成した犯罪も作るからです。軽い罪だけを認めてよいかは、見解が分かれます。札幌高裁の判決は認めました。物差しの使いどころも見ておきます。1つ目の、罪となるべき事実として足りるか、は、同じ構成要件の中で効きました。2つ目の利益原則は、大小のある罪と、大小のない罪で効きました。3つ目の罪刑法定主義は、大小のない罪で、合成した犯罪を作るかどうかとして効きました。今日の単独犯と共同正犯は、罪名が同じ罪の中の話ですから、3つ目は出番がありませんでした。2つ目の利益原則は、下級審の2つ目の見解の根拠として出てきただけで、最高裁の決定の判断では使っていません。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例。(a)単独犯の訴因で、他に共謀共同正犯者がいても、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされていれば単独犯と認定してよい→○/(b)共謀がうかがわれるにとどまるとき、共同正犯を認定できる→×/(c)共謀がうかがわれるにとどまるとき、単独犯または共同正犯、と択一的に認定する→×(択一の余地は無い・単独犯を認定)/(d)単独犯と認定すると、他に共謀者がいないと認定したことになる→×(量刑では考慮できる)/(e)共同正犯の訴因で共謀が認定できなければ、単独犯を認定する→○ 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。単独犯の訴因で、他に共謀共同正犯者がいても、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているなら、単独犯と認定してよいですか。2つ目。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるにとどまるとき、共同正犯を認定できますか。3つ目。そのとき、単独犯または共同正犯、と択一的に認定できますか。4つ目。単独犯と認定すると、他に共謀者がいない、と認定したことになりますか。×です。そこまでは認定していないので、量刑では、他に共謀者がいたことを考慮できます。最後です。共同正犯の訴因で、共謀が認定できなければ、どうしますか。

単独犯を認定します。共謀が認定できなくても、被告人1人の行為で構成要件が満たされているなら、単独犯は成立するからです。最高裁の決定の判断は、短答で狙われる論点です。論文でも問われうる論点です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。単独犯の構成要件が被告人1人の行為で全部満たされる→他に共謀共同正犯者がいても単独犯と認定してよい(最高裁の決定)。共同正犯は処罰拡張規定(60条)。共謀がうかがわれるだけなら共同正犯は認定できず、単独犯を認定(択一の余地は無い)。単独犯の認定は他に共謀者がいないという認定を伴わない→量刑で考慮できる。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義 図:まとめの地図

  • 単独犯の構成要件が被告人1人の行為で全部満たされる→他に共謀共同正犯者がいても単独犯と認定してよい(最高裁の決定)
  • 共同正犯は処罰拡張規定(60条)
  • 共謀がうかがわれるだけなら共同正犯は認定できず、単独犯を認定(択一の余地は無い)
  • 単独犯の認定は他に共謀者がいないという認定を伴わない→量刑で考慮できる
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義

今日のまとめです。単独犯なのか共同正犯なのか迷うときの答えは、1つの軸でほどけます。単独犯の構成要件が、被告人1人の行為で全部満たされているかどうかです。満たされているなら、他に共謀共同正犯者がいても、単独犯は成立します。共同正犯の規定、60条は、1人では全部を実行していない人も正犯にする処罰拡張規定であって、全部やった人の単独犯を打ち消す規定ではないからです。だから、単独犯の訴因で起訴されたなら、裁判所は訴因どおりに、単独犯と認定してよい。これが、最高裁の決定の判断です。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるだけなら、共謀は認定できません。共同正犯は認定できず、単独犯を認定します。択一の余地はありません。ただし、単独犯の認定は、他に共謀者がいないという認定を伴いません。その存在は、量刑で考慮できます。最初の問いの答えです。被告人が、窃盗の実行行為を1人で全部やったなら、黒幕のYがいても、単独犯と認定してよいのです。今日で、択一的認定は一区切りです。有罪と認定できたとして、刑の重さは、何を基準にして、どう決めるのか。次は、そこを見ます。

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#154単独ページ動画

量刑と余罪考慮

第7章 裁判 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①傷害致死(法定刑=3年以上の有期拘禁刑=3年から20年)で、検察官の求刑は10年。判決は15年。法定刑の範囲内なら、何年でも適法か ②空き巣でC宅1件だけが起訴された。D宅・E宅は起訴されていない。この2件を、刑を重くする理由にしてよいか 図:今日の問い2つ

  • ①傷害致死(法定刑=3年以上の有期拘禁刑=3年から20年)で、検察官の求刑は10年
  • 判決は15年
  • 法定刑の範囲内なら、何年でも適法か ②空き巣でC宅1件だけが起訴された
  • D宅・E宅は起訴されていない
  • この2件を、刑を重くする理由にしてよいか

前回までで、有罪と認定できるところまで来ました。では、有罪と決まったあと、刑の重さは、何を基準に、どう決まるのでしょうか。問いは2つあります。1つ目。傷害致死の事件です。法定刑は、3年以上の有期拘禁刑。上限は20年ですから、3年から20年までの広い幅があります。検察官は、10年を求刑しました。ところが判決は、法定刑の範囲内の、15年でした。範囲内でさえあれば、何年にしても適法なのでしょうか。2つ目。被告人は、空き巣1件、C宅の事件で起訴されました。取調べでは、D宅とE宅でも同じことをした、と述べています。ただし、D宅とE宅は起訴されていません。この2件を、刑を重くする理由にしてよいのでしょうか。

刑の重さを何で決めるのかと、起訴されていない事件をどう扱うのか。この2つが、今日の問いの芯です。先に答えの形だけ言います。1つ目は、範囲内でも何年でもよいわけではありません。2つ目は、使い方しだいです。罰するために使うのはだめで、人物を知るために使うのは許されます。なお、前回の最後に、他に共謀者がいたことは量刑で考慮できる、と述べました。なぜ考慮できるのかにも、今日答えます。先に切り分けをしておきます。前科や余罪を、犯人が誰かを示す証拠として使う話は、別の回で見ました。今日は、有罪と決まったあとに、刑を決める資料として使う話です。

今日の地図は4歩。①幅の中の置き場所を決める物差し(犯情と一般情状)②他の判決との公平性③起訴されていない事件(余罪)④判決に付く周辺(未決勾留日数・訴訟費用・執行猶予) 図:今日の地図は4歩

今日の地図です。1歩目は、幅の中のどこに置くかの物差し。2歩目は、他の判決との公平性。3歩目は、起訴されていない事件の扱い。4歩目は、判決の主文に付いてくる周辺です。

法定刑・処断刑・宣告刑

3つの刑。法定刑(条文に書かれた幅=傷害致死なら3年以上20年以下)→法定の加重・減軽(科刑上一罪・刑種の選択・再犯加重・法律上の減軽・併合罪の加重・酌量減軽)→処断刑(修正後の範囲)→量刑の考え方で決める→宣告刑(判決で言い渡す具体的な刑) 図:3つの刑

まず、言葉を3つ整理します。法定刑、処断刑、宣告刑です。法定刑は、条文に書いてある幅です。傷害致死なら、刑法205条1項の、3年以上の有期拘禁刑。有期拘禁刑の上限は、刑法12条1項の20年です。処断刑は、その幅に、法律が定める加重や減軽を施したあとの範囲です。たとえば、併合罪の加重や、法律上の減軽がこれにあたります。それぞれの中身は、刑法の回で扱いました。ここでは、幅が修正されることがある、とだけ覚えてください。宣告刑は、その範囲の中で、量刑の考え方に基づいて決めた、具体的な刑です。判決で言い渡される、あの年数のことです。棚に喩えます。法定刑は、売り場の棚全体。処断刑は、その日、実際に選べる段。宣告刑は、その段から手に取る、1つの商品です。

冒頭の10年や15年は、どれにあたるのですか。宣告刑です。求刑は、検察官が望む宣告刑の案で、裁判所を拘束しません。判決書で、この宣告刑の理由を述べる欄が、前に見た量刑の理由です。今日は、その理由づけの物差しを見ます。

量刑の本質と犯情・一般情状

量刑の二層。本質=行為責任(犯罪行為にふさわしい責任)。犯情=やったことの重さ(法益侵害またはその危険の程度+犯行に至る意思決定への非難の程度)=中心。一般情状=予防の観点から考える事情=二次的な調整。空き巣の例。犯情=侵入の手口・被害の大きさ・計画性・動機・共犯での役割/一般情状=前科・反省・示談・年齢・家族の状況・更生の見込み。証明=犯情は厳格な証明/一般情状は自由な証明で足りる 図:量刑の二層

  • 本質=行為責任(犯罪行為にふさわしい責任)
  • 犯情=やったことの重さ(法益侵害またはその危険の程度+犯行に至る意思決定への非難の程度)=中心
  • 一般情状=予防の観点から考える事情=二次的な調整
  • 空き巣の例
  • 犯情=侵入の手口・被害の大きさ・計画性・動機・共犯での役割/一般情状=前科・反省・示談・年齢・家族の状況・更生の見込み
  • 証明=犯情は厳格な証明/一般情状は自由な証明で足りる

幅の中のどこに置くか。その物差しの軸は、行為責任です。被告人のした犯罪行為に、ふさわしい責任を明らかにするのが、量刑の本質です。そこで、まず量るのは、やったことの重さです。2つの面があります。法益をどれだけ侵害したか、またはその危険がどれだけあったか、という客観的な重さ。それと、犯行に至った意思決定が、どれだけ非難に値するか。この2つをあわせて、犯情と呼びます。そのうえで、再犯を防ぐための考慮や、社会への影響といった、予防の観点から考える事情を、二次的に加えて調整します。これを一般情状と呼びます。空き巣で仕分けます。窓を割って侵入した手口、盗んだ金額、前もって計画していたか、動機、共犯での役割。これらは犯情です。やったことそのものの重さだからです。一方、前科、反省の態度、被害者との示談、年齢、家族の状況、更生の見込み。これらは一般情状です。

手口が悪質かどうかは犯情で、反省しているかどうかは一般情状、という分け方でよいですか。よいです。犯行の最中の事情か、犯行を離れた、被告人の人となりや事後の事情かが、おおよその見分け方です。基本の重さは犯情で決まり、一般情状は、そのまわりを調整するつまみ、と捉えてください。被害者や遺族が、被害についての気持ちを述べる、心情等の意見陳述も、同じ整理で位置づきます。被害者の意見陳述の回で見たとおり、犯罪事実を認定する証拠にはなりません。量刑でも、犯情以外の事情に限って、資料になります。犯情を外す理由は、このあとの証明のしかたで分かります。証明のしかたも、この二層で変わります。犯情は、罪となるべき事実、つまり判決に書く犯罪の中身と重なります。残虐な手口は、重く量刑する事情であると同時に、殺意を推認させる事実でもあるからです。犯罪の中身と同じ事実を、量刑の名目なら緩く認めてよいとすると、犯罪事実の認定の厳しさが骨抜きになります。ですから、証拠能力のある証拠を、法廷での正式な証拠調べにかけて証明する、厳格な証明が要ります。迷いが残れば被告人に有利に扱う、疑わしきは被告人の利益に、という利益原則も働きます。検察官が証明の責任を負います。宣誓も反対尋問もない心情の陳述から、犯情を認めてはいけないのも、このためです。一般情状は、性格や経歴、示談の状況のように、資料を広く集めたいので、証拠能力や調べ方の制限を受けない、自由な証明で足りるとされています。ただし実務では、あとで争いにならないよう、同意のうえで採用し、取り調べる形を取ることが多いです。

一般情状の証明責任が、誰にあるのかは、見解が分かれています。検察官が、有利不利を問わず負うとする見解が多いとされます。被告人に有利な事実は、被告人が負うとする見解もあります。厳格な証明と自由な証明の区別そのものは、証拠の回で見ました。

公平性と量刑傾向

事案。両親2人が、1歳8か月の三女に継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して死亡させた傷害致死(共謀を認定)。求刑は2人とも10年。第一審(裁判員裁判)は、量刑検索システムは登録数が限られ検証もできないとして傾向に従わず、近年の社会情勢(児童虐待防止の機運)を理由に、2人とも15年。原判決も是認。最高裁は両判決を破棄して自判 図:事案

  • 両親2人が、1歳8か月の三女に継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して死亡させた傷害致死(共謀を認定)
  • 求刑は2人とも10年
  • 第一審(裁判員裁判)は、量刑検索システムは登録数が限られ検証もできないとして傾向に従わず、近年の社会情勢(児童虐待防止の機運)を理由に、2人とも15年
  • 原判決も是認
  • 最高裁は両判決を破棄して自判

冒頭の問い1に入ります。最高裁の判決の事案です。被告人は、両親の2人です。1歳8か月の三女に、継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して、三女は亡くなりました。傷害致死で、2人の共謀が認められました。検察官の求刑は、2人とも10年でした。第一審は、裁判員裁判でした。裁判員の回で、量刑の評議では過去の傾向が目安になる、と一言だけ触れました。その考え方を示したのが、この判決です。過去の量刑の傾向を調べる、量刑検索システムがありますが、これは登録数が限られていて、検証もできない。だから傾向には従わない。そのうえで、近年の社会情勢、つまり児童虐待を防ごうという機運を理由にして、2人とも15年を言い渡しました。控訴審も、これを是認しました。最高裁は、この両判決を破棄しました。判断は、2段に分かれます。1段目は、量刑の傾向とはどういうものか。2段目は、裁判員裁判でも、その傾向を出発点にしなければならないか。まず、1段目を読みます。

判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁

量刑傾向の意義 裁判においては,行為責任の原則を基礎としつつ,当該犯罪行為にふさわしいと考えられる刑が言い渡されることとなるが,裁判例が集積されることによって,犯罪類型ごとに一定の量刑傾向が示されることとなる。そうした先例の集積それ自体は直ちに法規範性を帯びるものではないが,量刑を決定するに当たって,その目安とされるという意義をもっている。

先例が積み重なると、犯罪の類型ごとに、おおまかな量刑の傾向が見えてきます。この傾向は、法規範ではありません。裁判所を縛る法律のような力はない、ということです。ただ、量刑を決めるときの目安にされる意義はある、と述べています。2段目、裁判員裁判についての部分です。

判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁

裁判員裁判と公平性 裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。 …… そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには,従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について,裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである。

読み取るのは、3点です。1つ目。裁判員裁判でも、他の裁判の結果との公平性を保つ必要があります。2つ目。評議では、これまでの傾向を共通認識として、出発点にします。3つ目。傾向を前提にしない事情があるなら、その存在を、具体的で説得的に判決に書かなければなりません。

判決の結論と問い①の答え。15年は、傾向から外れ、求刑を大幅に超える。具体的・説得的な根拠が示されているとはいい難い→甚だしく不当な量刑判断→刑訴411条2号により破棄。自判=実行した側は10年/実行行為に及んでいない側は8年(実行行為に及んでいないことを踏まえて)。主文=未決勾留日数中各400日を算入・訴訟費用は負担させない。答え=法定刑の範囲内でも、傾向から踏み出すなら具体的・説得的な理由が要る 図:判決の結論と問い①の答え

  • 15年は、傾向から外れ、求刑を大幅に超える
  • 具体的・説得的な根拠が示されているとはいい難い→甚だしく不当な量刑判断→刑訴411条2号により破棄
  • 自判=実行した側は10年/実行行為に及んでいない側は8年(実行行為に及んでいないことを踏まえて)
  • 主文=未決勾留日数中各400日を算入・訴訟費用は負担させない
  • 答え=法定刑の範囲内でも、傾向から踏み出すなら具体的・説得的な理由が要る

結論です。15年は、これまでの傾向から外れ、求刑を大幅に超えています。それを正当化する、具体的で説得的な根拠が示されているとはいい難い。そこで、甚だしく不当な量刑判断だとして、刑事訴訟法411条2号により、破棄しました。法定刑の幅の中で選べる、というだけでは足りない、ということです。最高裁は、差し戻さずに、自ら刑を言い渡しました。これを自判といいます。その結果は、実行した側が10年。実行行為に及んでいない側が8年でした。同じ共謀の2人でも、実行したかどうかで、刑が違います。これは、のちほど表で使います。冒頭の問い1の答えです。範囲内なら何年でも適法、ではありません。傾向は、法規範ではないので、裁判所を縛りません。けれども、似た事件が似た刑になるという公平性のために、出発点になります。そこから踏み出すなら、具体的で説得的な理由が必要です。

決め手は、公平性です。同じような事件で、裁判官や裁判体によって刑がばらばらでは、被告人は、自分の刑が妥当なのか納得できません。傾向を出発点にして、離れるなら理由を示す。この仕組みが、公平性を支えています。確認です。量刑傾向に、法的な拘束力はあるでしょうか?ありません。法規範ではなくて、目安です。ただ公平性のために出発点になるので、外れるなら具体的で説得的な理由が要ります。

余罪の問題設定

前科から犯人性を推認できるのは、どんなときか。答え=前科が顕著な特徴を持ち、起訴事実と相当程度類似するなど、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させるとき。今日は別の場面=有罪と決まったあと、量刑の資料として使えるか 図:前科から犯人性を推認できるのは、どんなときか

  • 答え=前科が顕著な特徴を持ち、起訴事実と相当程度類似するなど、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させるとき
  • 今日は別の場面=有罪と決まったあと、量刑の資料として使えるか

余罪に入る前に、1問です。前科を犯人性の証拠に使う回を、思い出してください。前科から、被告人が犯人だと推認できるのは、どんなときでしたか?前科が特徴的で、起訴された事実と、かなり似ているときです。それ自体で、犯人が同じだと合理的に言えるなら、使えます。今日は、この場面とは違います。犯人だと決まったあとに、刑を決める資料として使えるかどうかを見ます。

余罪の問題設定。被告人A→C宅(起訴された窃盗1件)/被告人A→D宅・E宅(起訴されていない=余罪)。引き合う2つ=①罪を認定して重く罰するのは、起訴されていない事実の処罰になる ②しかし量刑は、被告人の性格・経歴・動機などすべてを考慮して決めるもの 図:余罪の問題設定

  • 被告人A→C宅(起訴された窃盗1件)/被告人A→D宅・E宅(起訴されていない=余罪)
  • 引き合う2つ=①罪を認定して重く罰するのは、起訴されていない事実の処罰になる ②しかし量刑は、被告人の性格・経歴・動機などすべてを考慮して決めるもの

冒頭の問い2の設例を、図にしました。被告人は、C宅の窃盗1件で起訴されています。D宅とE宅も、被告人がやったと述べていますが、起訴されていません。どうして、こういう事態が起きるのでしょうか。窃盗のように、繰り返し多数の事件を起こすことがうかがわれる罪では、証拠が足りない、公訴時効が完成している、といった理由で、起訴できないものがあります。起訴できるものでも、検察官は、起訴便宜主義によって、あえて起訴しないことを選べます。こうして、全部は起訴されないことがあります。ここで、2つの考えが引き合います。1つ目。起訴されていない事実を認定して、そのせいで重く罰するなら、起訴していない事実を処罰することになる。2つ目。しかし、量刑は、被告人の性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものでもある。繰り返しているという事実も、その人物を知る手がかりです。

ですから、線を引く基準が要ります。大法廷の判決が、その基準を示しました。

大法廷の判決と2つの類型

事案と結論。窃盗。原判決は「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね,それによつて得た金員を飲酒,小使銭,生活費等に使用したことを考慮すれば」と判示。これが余罪の処罰にあたるかが争われた→上告棄却(余罪を処罰する趣旨ではなく、動機・目的・性格等を推知する一情状として考慮したものと解した) 図:事案と結論

  • 窃盗
  • 原判決は「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね,それによつて得た金員を飲酒,小使銭,生活費等に使用したことを考慮すれば」と判示
  • これが余罪の処罰にあたるかが争われた→上告棄却(余罪を処罰する趣旨ではなく、動機・目的・性格等を推知する一情状として考慮したものと解した)

事案は、窃盗です。原判決は、被告人が、この事件より前にも、約6か月間、多数回にわたって同じような犯行を重ねた。それで得たお金を、飲酒や小遣い、生活費に使った。これを考慮すれば、と書いていました。これが、余罪の処罰にあたらないかが争われました。結論は、上告棄却です。この部分は、余罪を処罰する趣旨ではなく、動機や目的、性格などを推し量る一つの情状として考慮したもの、と読みました。そのうえで、判決は、まず許されない側を述べています。

判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁

余罪の考慮(許されない側) 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。

許されないのは、余罪を犯罪事実として認定して、実質上処罰する趣旨で、量刑の資料にすることです。次に、許される側です。

判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁

余罪の考慮(許される側) 刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない …… もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり …… 余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。

量刑は、性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものだから、情状の1つとして余罪を考慮することも、必ずしも禁じられていない。ただし、考慮する程度は、必要な限度にとどめる。そして、処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるので、両者を混ぜないように慎重に、と注意しています。

2つの類型(実務の整理=判決の言葉ではない)。実質処罰類型=余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くする→許されない/情状推知類型=性格・経歴・動機・目的・方法といった情状を推知する資料として余罪を考慮する→許される(必要な限度で) 図:2つの類型

  • 実務の整理=判決の言葉ではない
  • 実質処罰類型=余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くする→許されない
  • 情状推知類型=性格・経歴・動機・目的・方法といった情状を推知する資料として余罪を考慮する→許される(必要な限度で)

ここで整理の言葉を1つ入れます。以下の2つの呼び名は、判決の言葉ではなく、実務での整理です。判決は、この2つを混ぜるな、と言っているだけです。余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くするのを、実質処罰類型と呼びます。許されません。性格や動機といった情状を推し量る資料として、余罪を考慮するのを、情状推知類型と呼びます。許されます。ただし、必要な限度までです。軸は1本です。その余罪を罰するためか、人物像を知るためか。請求書を被告人に回しているのか、人物の説明書として読んでいるのか、と言い換えてもよいです。

実質処罰が許されない4つの理由

実質処罰が許されない理由4つ。①不告不理の原則に反し、憲法31条(法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない)にも反する ②刑訴317条の証拠裁判主義に反する ③自白と補強証拠の制約(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)を免れるおそれ ④後日起訴されて有罪となれば、すでに量刑で責任を問われた事実について再び責任を問うことになり、憲法39条にも反する。覚え方=余罪を認定して罰するなら、起訴・証拠・補強・一事不再理のルールを全部くぐれ 図:実質処罰が許されない理由4つ

  • ①不告不理の原則に反し、憲法31条(法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない)にも反する
  • ②刑訴317条の証拠裁判主義に反する
  • ③自白と補強証拠の制約(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)を免れるおそれ
  • ④後日起訴されて有罪となれば、すでに量刑で責任を問われた事実について再び責任を問うことになり、憲法39条にも反する
  • 覚え方=余罪を認定して罰するなら、起訴・証拠・補強・一事不再理のルールを全部くぐれ

実質処罰が許されない理由を、判決は4つ挙げています。1つ目。裁判所は、起訴された事実についてしか判断できません。不告不理の原則です。起訴されていない余罪を、処罰する趣旨で認定して考慮するのは、この原則に反します。起訴という、法律に定める手続を経ずに刑罰を科すことになるので、憲法31条にも反します。2つ目。事実の認定は証拠による、という、刑事訴訟法317条に反します。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

3つ目。自白には、それを裏づける別の証拠、つまり補強証拠が要る、という制約を、免れるおそれがあります。余罪は、被告人の自白だけで語られがちだからです。自白だけでは有罪にできない、という憲法38条3項と刑事訴訟法319条2項、3項の制約を、すり抜けかねません。4つ目。余罪が、のちに起訴されないという保障はありません。起訴されて有罪になれば、量刑で重くした分だけ、すでに一度罰した事実を、もう一度罰することになります。同じ犯罪について重ねて責任を問うことを禁じた、憲法39条にも反します。

条文憲法第39条

憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

4つを、1つの軸でまとめます。余罪を認定して罰するなら、起訴の手続も、証拠による認定も、補強証拠の要求も、一事不再理も、全部くぐれ。実質処罰は、そのどれもくぐらずに罰することになるから、許されないのです。起訴の手続を踏まずに判決をすると、不告不理に違反し、控訴の理由にもなります。ただし、その詳しい扱いは、控訴の回で扱います。一事不再理の効力が及ぶ範囲は、公訴事実の同一性を扱った回で見ました。確定判決の効力としての詳しい扱いは、のちの回で見ます。

線引きの実際と前科

線引きの実際。判決自身の当てはめ=余罪の回数・金額を具体的に判示していない/犯罪の成立に関係のない使途を詳しく判示している/前後の判文と読み合わせると、動機・目的・性格を推知する一情状として考慮した→実質処罰ではない。判決文の書きぶり。書きぶり1=D宅・E宅でも窃盗に及び合計○○万円を得た、この2件分も含めて刑を重くする→実質処罰類型(×)/書きぶり2=同種の犯行を繰り返し抵抗感が薄れている、再犯のおそれがあるので執行猶予は付けない→情状推知類型(○・必要な限度)。前科=再犯の危険や更生の見込みを見る→可/過去の事件を蒸し返して上乗せ→不可(憲法39条) 図:線引きの実際

  • 判決自身の当てはめ=余罪の回数・金額を具体的に判示していない/犯罪の成立に関係のない使途を詳しく判示している/前後の判文と読み合わせると、動機・目的・性格を推知する一情状として考慮した→実質処罰ではない
  • 判決文の書きぶり
  • 書きぶり1=D宅・E宅でも窃盗に及び合計○○万円を得た、この2件分も含めて刑を重くする→実質処罰類型(×)/書きぶり2=同種の犯行を繰り返し抵抗感が薄れている、再犯のおそれがあるので執行猶予は付けない→情状推知類型(○・必要な限度)
  • 前科=再犯の危険や更生の見込みを見る→可/過去の事件を蒸し返して上乗せ→不可(憲法39条)

では、現場でどう見分けるのか。判決自身の当てはめを見ます。判決は、この事件の判文について、3つの点を見ています。余罪の回数や金額を、具体的に判示していない。犯罪の成立と関係のない、お金の使い途を、比較的詳しく判示している。前後の文と読み合わせると、この事件の動機や目的、性格を推し量る情状として考慮したもの。だから、実質処罰ではない、という判断です。判断のしかたは、事案ごとです。判決も、必要な限度にとどめる、両者を混ぜない、と注意していました。設例で、判決文の書きぶりを2つ並べます。書きぶり1。D宅とE宅でも窃盗に及び、合計で何十万円を得ている。この2件分も含めて、刑を重くする。件数と被害額を具体的に認定して、刑に反映させています。これは実質処罰類型で、許されません。書きぶり2。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、犯行への抵抗感が薄れている。再犯のおそれがあるので、執行猶予は付けない。性格や動機を推し量るにとどまっています。これは情状推知類型で、許されます。ただし、必要な限度にとどめます。補助の目安もあります。宣告刑が、同種事案の傾向から大きく外れて重いのに、理由に余罪が挙がっているときは、実質処罰が疑われやすい。断定はできませんが、目安になります。

この区別は、いつも明確というわけではありません。実務でも、区別はしばしば困難で、一審と控訴審とで判断が分かれることもあります。余罪にあたる別の行為を量刑で考慮したことが、実質処罰にあたる疑いがあるとして、控訴審が一審を破棄して差し戻した例もあります。前科も、同じ型で考えられます。前科から、再犯の危険や更生の見込み、つまり性格や環境を見るのは、許されます。情状推知です。けれども、過去の事件を蒸し返して、今回の刑に上乗せするのは、許されません。実質処罰です。すでに裁かれた事件を、もう一度罰することになるので、憲法39条の一事不再理の趣旨に反するからです。前面に出る条文が、余罪とは違います。執行猶予の条文も、前科を考慮することを、法が予定している証拠になります。のちほど見ます。

放火の死傷結果と量刑

事案。現住建造物等放火(刑法108条=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)。居宅にいた2人が一酸化炭素中毒で死亡。公訴事実に死亡の結果は書かれていない。第一審は死亡も量刑事情として考慮し13年。弁護側=訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果の考慮は不告不理に反する→上告棄却 図:事案

  • 現住建造物等放火(刑法108条=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)
  • 居宅にいた2人が一酸化炭素中毒で死亡
  • 公訴事実に死亡の結果は書かれていない
  • 第一審は死亡も量刑事情として考慮し13年
  • 弁護側=訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果の考慮は不告不理に反する→上告棄却

次は、余罪とは違う種類の、訴因に書かれていない事実です。放火の死傷結果です。事案は、現住建造物等放火です。居宅にいた2人が、一酸化炭素中毒で死亡しました。ところが、起訴された公訴事実には、死亡の結果が書かれていません。第一審は、死亡も量刑の事情として考慮して、13年としました。弁護側は、訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果を、量刑で考慮するのは、不告不理の原則に反する、と主張しました。最高裁は、上告を棄却しました。

判例最決平29・12・19 刑集71巻10号606頁

放火の死傷結果と量刑 放火罪は、火力によって不特定又は多数の者の生命、身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり、人の死傷結果は、それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの、上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。 …… 同罪の量刑において、かかる人の死傷結果を考慮することは、法律上当然に予定されているものと解される。したがって、現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を、その法定刑の枠内で、量刑上考慮することは許されるというべきである。

放火罪は、火の力で、不特定または多数の人の、生命、身体、財産に危険を生じさせる罪です。人の死傷は、構成要件の要素ではありません。けれども、その危険の内容として、本来想定されている範囲に含まれます。だから、量刑で死傷の結果を見ることは、法があらかじめ織り込んでいる。法定刑の枠内で、量刑上考慮してよい、というのが結論です。決め手は、別の事件かどうかです。余罪は、起訴された罪とは別の犯罪事実です。死傷結果は、別の事件ではありません。起訴された放火の危険が、現実になったものです。だから、その罪の量刑で、法定刑の枠内で考慮できます。

訴因にない事実の整理

訴因に書かれていない事実をどこまで量刑に使えるか。①余罪(別の犯罪事実)=処罰する趣旨では不可/性格等の推知なら可(大法廷判決)②起訴された罪の死傷結果=その罪の危険として本来想定される範囲=法定刑の枠内で可(最高裁の決定)③共犯者の存在・被告人の役割=別の犯罪を処罰するのではなく、起訴された犯行そのものの様子(犯情の一部)=可。実例=共謀の2人が10年と8年(実行行為に及んでいない側は8年) 図:訴因に書かれていない事実をどこまで量刑に使えるか

  • ①余罪(別の犯罪事実)=処罰する趣旨では不可/性格等の推知なら可(大法廷判決)②起訴された罪の死傷結果=その罪の危険として本来想定される範囲=法定刑の枠内で可(最高裁の決定)③共犯者の存在・被告人の役割=別の犯罪を処罰するのではなく、起訴された犯行そのものの様子(犯情の一部)=可
  • 実例=共謀の2人が10年と8年(実行行為に及んでいない側は8年)

訴因に書かれていない事実を、量刑にどこまで使えるか。3つを1枚の表で比べます。1つ目、余罪。別の犯罪事実です。処罰する趣旨では使えません。性格などを推し量る資料としてなら、使えます。2つ目、起訴された罪の死傷結果。その罪の危険として、本来想定される範囲にあります。法定刑の枠内で、考慮できます。3つ目、共犯者の存在や、被告人の役割。前回、単独犯と認定しても、他に共謀者がいないという認定を伴わない、と整理しました。他に共謀者がいたことは、別の犯罪を処罰するわけではありません。起訴された犯行そのものの様子、つまり誰がどこまで関わったかという、犯情の一部です。だから考慮できます。では前回のように、共謀者がいたかもしれない、とうかがわれるだけで、認定まではできないときはどうか。犯情ですから、利益原則で扱います。被告人の役割が小さかったかもしれない、という有利な方向なら、その疑いを考慮できます。逆に、刑を重くする方向に使うなら、厳格な証明が要ります。実例は、先ほどの判決です。共謀した2人でも、実行した側は10年、実行行為に及んでいない側は8年でした。役割の違いが、刑の差に出ています。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)余罪の件数・被害額を具体的に認定し、その2件分も含めて刑を重くした→×(実質処罰類型)(b)同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、再犯のおそれがあるので執行猶予を付けない→○(情状推知類型・必要な限度)(c)放火の死傷結果は訴因に書かれていないから、量刑で考慮できない→×(その罪の危険として本来想定される範囲)(d)起訴されていない余罪は、どんな趣旨でも一切考慮できない→×(情状の推知なら可) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。余罪の件数や被害額を具体的に認定して、その2件分も含めて刑を重くした。許されますか。2つ目。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、再犯のおそれがあるので、執行猶予を付けなかった。許されますか。3つ目。放火の死傷結果は、訴因に書かれていないので、量刑で考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。4つ目。起訴されていない余罪は、どんな趣旨でも、一切考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。×です。処罰する趣旨はだめですが、情状を推し量る資料としてなら、考慮できます。弁別の軸は毎回同じです。処罰する趣旨か、情状の推知か。別の事件か、起訴された罪の危険の現実化か。

判決に付く周辺:未決勾留日数と訴訟費用

主文に付く周辺。未決勾留日数の算入(刑法21条=全部又は一部を本刑に算入することができる=裁量・主文で言い渡す)/上訴期間の法定通算(刑訴495条=法律上当然に通算)/訴訟費用(刑訴181条1項=刑の言渡しをしたときは被告人に全部又は一部を負担させなければならない・ただし書=貧困で納付できないことが明らかなときは負担させない/185条=負担させるときは職権でその裁判/2項=被告人の責めに帰すべき事由で生じた費用は刑の言渡しがなくても負担させられる/3項=検察官のみの上訴が棄却・取下げのときは上訴に関する費用を負担させられない) 図:主文に付く周辺

ここからは、判決の主文に付く周辺です。先ほどの2つの判決の主文を、手がかりにします。1つ目は、未決勾留日数の算入です。判決が確定する前に、勾留されていた日数を、未決勾留といいます。

条文刑法第21条

刑法第21条 未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる。

「できる」と書いてあります。算入するかどうかは、裁判所の裁量です。主文で言い渡します。先ほどの傷害致死の判決は、第一審における未決勾留日数のうち、400日をそれぞれ刑に算入しました。放火の決定は、当審における未決勾留日数のうち、610日を本刑に算入しました。上訴には、別枠があります。刑事訴訟法495条の通算です。判決が言い渡されてから、上訴を申し立てるまでには、長くて14日間の、上訴するかを考える期間があります。この期間中に勾留されていた日数は、裁判所が何も言わなくても、法律上当然に、全部が刑に通算されます。これを法定通算といいます。上訴を考えている間の勾留で、刑が実質的に重くならないようにするためです。これに対して、先ほどの400日や610日のように、何日入れるかを裁判所が裁量で決めるのが、裁定通算です。

今日は、算入が裁量であることと、上訴期間の通算との違いまで見ます。2つ目は、訴訟費用の負担です。

条文刑事訴訟法第181条第1項

刑事訴訟法第181条第1項 刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。

刑の言渡しをしたときは、原則として、被告人に負担させます。ただし、貧困で納付できないことが明らかなら、負担させません。傷害致死の判決は、このただし書を適用して、被告人の両名に負担させませんでした。負担させるときは、職権で、その裁判をします。185条です。ほかに、2項は、被告人の責めに帰すべき事由で生じた費用は、刑の言渡しがなくても負担させられるとし、3項は、検察官だけが上訴して、棄却や取下げになったときは、上訴に関する費用を、被告人に負担させられないとしています。

執行猶予と保護観察

刑の全部の執行猶予。刑訴333条2項=刑の言渡しと同時に判決で言い渡す(保護観察に付す場合も同様)。刑法25条1項=3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡し+①前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者/②処せられたことがあっても、執行を終わった日等から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者→情状により猶予できる。刑法25条の2第1項=1項の場合は保護観察に付することができ、2項の場合は付する。余罪の常習性=猶予をつけるかで効く一般情状 図:刑の全部の執行猶予

  • 刑訴333条2項=刑の言渡しと同時に判決で言い渡す(保護観察に付す場合も同様)
  • 刑法25条1項=3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡し
  • ①前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
  • ②処せられたことがあっても、執行を終わった日等から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者→情状により猶予できる
  • 刑法25条の2第1項=1項の場合は保護観察に付することができ、2項の場合は付する
  • 余罪の常習性=猶予をつけるかで効く一般情状

最後に、執行猶予です。刑の全部の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決で言い渡します。

条文刑事訴訟法第333条第2項

刑事訴訟法第333条第2項 刑の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決でその言渡しをしなければならない。猶予の期間中保護観察に付する場合も、同様とする。

猶予をつけられる要件は、刑法25条1項に書いてあります。

条文刑法第25条第1項

刑法第25条第1項 次に掲げる者が三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。 一 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者 二 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者

言い渡された刑が、3年以下の拘禁刑か、50万円以下の罰金であること。そのうえで、前に拘禁刑以上の刑を受けたことがない者、または、受けたことがあっても、執行を終えてから5年以内に拘禁刑以上の刑を受けていない者であること。そして、情状による、とあります。ここで、前科が要件の中に出てきます。前科を考慮すること自体を、法が予定している、ということです。猶予の期間中の保護観察は、刑法25条の2第1項に書いてあります。25条1項の場合は付することができ、2項の場合、つまり執行猶予の期間中の者に、もう一度猶予を付ける場合は、付する、という違いがあります。一度猶予を受けている人に、さらに猶予を重ねる以上、社会の中での指導と監督を必ず付ける、という仕組みです。冒頭の問い2とのつながりです。同種の犯行を繰り返してきた、という余罪から読み取れるのは、常習性、つまり、また同じことをするおそれです。刑務所に入れずに、社会の中で立ち直らせてよいか、という猶予の判断は、まさに再犯を防ぐ、予防の観点の判断です。ですから常習性は、猶予をつけるかどうかで効く、一般情状として働くことが多いのです。先ほどの書きぶり2が、まさにこれでした。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。物差し=行為責任→犯情(中心)+一般情状(調整)/公平性=量刑傾向は法規範ではないが出発点・外れるなら具体的・説得的な理由/余罪=実質処罰類型は不可・情状推知類型は可(4つの理由)/死傷結果・共犯者の役割=起訴された罪の範囲で可/主文の周辺=未決算入(裁量)・訴訟費用(原則負担)・執行猶予(同時に判決で) 図:まとめの地図

今日のまとめです。刑の重さは、まず、やったことの重さ、つまり犯情で決まります。一般情状は、そこへの調整です。冒頭の問い1の答えです。法定刑の範囲内なら何年でも適法、ではありません。量刑傾向は、法規範ではありませんが、公平性のために出発点になります。そこから踏み出して、求刑を大幅に超える刑にするなら、具体的で説得的な理由が必要です。15年は、それが示されなかったので、破棄されました。問い2の答えです。D宅とE宅は、処罰する趣旨で、重くする理由にしてはいけません。起訴、証拠、補強証拠、一事不再理の手続を、くぐらずに罰することになるからです。一方で、同種の犯行を繰り返してきたことから、動機や性格を推し量って、必要な限度で考慮することは許されます。放火の死傷結果は、別の事件ではなく、その罪の危険が現実になったものです。だから、法定刑の枠内で考慮できます。共犯者の存在や役割も、起訴された犯行そのものの様子なので、考慮できます。判決には、未決勾留日数の算入、訴訟費用の負担、執行猶予が、主文として付きます。ここまでは、争って、証拠を調べて、刑を決める、通常の公判でした。争いのない事件でも、同じ道のりを歩くのでしょうか。次は、手続を簡単にする仕組みを見ます。

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#155単独ページ動画

簡易な手続(簡易公判・即決裁判・略式)

第7章 裁判 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①スーパーで数千円分の食品を盗んだ。前科はなく、全部認めている。この事件でも、法廷を開き、証人を呼び、何回も期日を重ねるのか。②ある日、簡易裁判所から書面が届き、罰金の支払いを命じられた。法廷に行った覚えはない。それでも有罪の裁判を受けたことになるのか。納得できないときはどうするのか 図:今日の問い2つ

  • ①スーパーで数千円分の食品を盗んだ
  • 前科はなく、全部認めている
  • この事件でも、法廷を開き、証人を呼び、何回も期日を重ねるのか
  • ②ある日、簡易裁判所から書面が届き、罰金の支払いを命じられた
  • 法廷に行った覚えはない
  • それでも有罪の裁判を受けたことになるのか
  • 納得できないときはどうするのか

前回までは、争って、証拠を調べて、刑を決める、通常の公判を見てきました。では、争いのない事件でも、同じ道のりを歩くのでしょうか。問いは2つあります。1つ目。スーパーで、数千円分の食品を盗みました。前科はなく、全部認めています。この事件でも、法廷を開いて証人を呼び、何回も期日を重ねなければならないのでしょうか。2つ目。ある日、簡易裁判所から書面が届きました。罰金を支払うように、という内容です。法廷には一度も行っていません。それでも、有罪の裁判を受けたことになるのでしょうか。納得できないときは、どうすればよいのでしょうか。

2つ目は、ちょっと怖いです。知らないうちに有罪になるなんて、あるんですか。あります。ただし、それには、ちゃんと仕組みがあります。先に、答えの形だけ言っておきます。1つ目。手続は簡単にできます。ただし、有罪を証明する水準は下がりません。2つ目は、書面の罰金でも、期限内なら正式な裁判を求められます。何もしないと、確定した判決と同じ効力を持ちます。なお、2つ目は、交通違反の反則金とは別の話です。違いは、あとで言います。

今日の地図は4歩。①なぜ簡単にするか(下がらないもの)②公判の中で簡単にする(簡易公判)③捜査段階から早く終える(即決裁判)④公判を開かない(略式) 図:今日の地図は4歩

今日の地図です。1歩目は、なぜ簡単にするのか、そして簡単にしても下がらないものは何か。2歩目は、公判の中で簡単にする、簡易公判手続。3歩目は、捜査の段階から早く終える、即決裁判手続。4歩目は、公判を開かない、略式手続です。

なぜ簡単にするか・下がらないもの

簡略化されるもの/下がらないもの。左=手続の負担(被告人・裁判所・検察官・弁護人)・訴訟経済。右=有罪の認定に要る合理的な疑いを超える証明・補強証拠(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)。有罪答弁制度=有罪と答弁したら証拠による認定を省いて量刑へ進む制度→日本は採らない

  • 簡略化されるもの/下がらないもの
  • 左=手続の負担(被告人・裁判所・検察官・弁護人)・訴訟経済
  • 右=有罪の認定に要る合理的な疑いを超える証明・補強証拠(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)
  • 有罪答弁制度=有罪と答弁したら証拠による認定を省いて量刑へ進む制度→日本は採らない

まず、なぜ簡単にするのか。世の中の事件の多くは、重大ではなく、被告人も事実を争いません。それを全部、通常の公判にすると、関わる全員の負担が重くなります。訴訟経済にも反します。速く終わることは、迅速な裁判を求める憲法37条1項にも沿います。ただし、簡単にしてよいのは手続です。有罪を認定する水準は、下がりません。合理的な疑いを超える証明がないのに、有罪にしてよいわけではありません。ここで、前に見た補強法則を思い出してください。被告人が法廷で、有罪です、と認めただけで、有罪にできるでしょうか?できません。有罪であることの自認も自白に含まれて、自白だけでは有罪にできないので、補強証拠が要ります。刑事訴訟法319条3項が、有罪の自認も自白に含めています。同2項が、自白だけが唯一の証拠なら有罪にしない、としています。外国には、有罪答弁制度があります。被告人が有罪と答弁したら、証拠による有罪の認定を省いて、すぐ刑を決める制度です。日本は、この制度を採っていません。認めても、証拠による認定は残ります。今日の3つの手続も、全部この前提の上にあります。

近道にたとえます。近道を通る代わりに、通行証、同行者、速度制限、引き返せる分岐を付けます。それでも、目的地に着く基準は変わりません。省くのは道のりであって、基準ではありません。通行証は本人の同意。同行者は弁護人。速度制限は刑の枠。引き返せる分岐は、撤回や正式な裁判の請求です。もう1点。3つとも被告人が争わないことが前提ですが、条文上の入口は同じではありません。簡易公判と即決裁判は、有罪である旨の陳述が入口です。略式は、略式手続によることに異議がないこと、が入口です。条文は、略式に有罪の陳述を要件にしていません。

3つの入口の地図

3つの入口。簡易公判=公判請求(普通の起訴)→冒頭手続で被告人が有罪と陳述→意見を聴いて決定=公判の途中で切り替わる(最初から選べない)/即決裁判=捜査段階で被疑者の同意→起訴と同時に検察官が書面で申立て=起訴の時点で選ぶ/略式=捜査段階で被疑者に異議がないことを確かめる→起訴と同時に書面で請求=起訴の時点で選ぶ。公判を開くか=簡易公判・即決は開く/略式は開かない 図:3つの入口

  • 簡易公判=公判請求(普通の起訴)→冒頭手続で被告人が有罪と陳述→意見を聴いて決定=公判の途中で切り替わる(最初から選べない)/即決裁判=捜査段階で被疑者の同意→起訴と同時に検察官が書面で申立て=起訴の時点で選ぶ/略式=捜査段階で被疑者に異議がないことを確かめる→起訴と同時に書面で請求=起訴の時点で選ぶ
  • 公判を開くか=簡易公判・即決は開く/略式は開かない

3つを分ける軸は2本です。入口の時期と、公判を開くかどうか。簡易公判は、普通に起訴されて、公判が始まってから切り替わります。冒頭手続で被告人が有罪と陳述して、裁判所が決定します。最初から選べません。即決裁判と略式は、起訴の時点で選びます。捜査の段階で、被疑者の同意、または異議がないことを確かめて、起訴と同時に、検察官が書面で申し立て、あるいは請求します。起訴の形は、前に見たとおり、公判請求、略式命令の請求、即決裁判手続の申立ての3つがあります。もう1本の軸が、公判を開くか。簡易公判と即決裁判は、公判を開きます。略式は開きません。書面だけで審理します。

簡易公判手続

簡易公判手続。入口=冒頭手続(291条5項)で、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述→検察官・被告人・弁護人の意見を聴く→有罪の陳述のあった訴因に限り決定(することができる=裁量)。対象外=死刑又は無期若しくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件。省くもの=伝聞法則(320条2項)・証拠調べの方式(307条の3)。省けないもの=捜査・公訴提起・公判準備は通常どおり/補強証拠(319条2項・3項)/実刑も可/決定後に、できない・相当でないと認めたら取消し(291条の3) 図:簡易公判手続

  • 入口=冒頭手続(291条5項)で、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述→検察官・被告人・弁護人の意見を聴く→有罪の陳述のあった訴因に限り決定(することができる=裁量)
  • 対象外=死刑又は無期若しくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件
  • 省くもの=伝聞法則(320条2項)・証拠調べの方式(307条の3)
  • 省けないもの=捜査・公訴提起・公判準備は通常どおり/補強証拠(319条2項・3項)/実刑も可/決定後に、できない・相当でないと認めたら取消し(291条の3)

簡易公判手続から見ます。入口は、冒頭手続です。冒頭手続は前に見ました。罪状認否の場面で、被告人が、起訴状に書かれた訴因について、有罪です、と陳述したときです。

条文刑事訴訟法第291条の2

刑事訴訟法第291条の2 被告人が、前条第五項の手続に際し、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述したときは、裁判所は、検察官、被告人及び弁護人の意見を聴き、有罪である旨の陳述のあつた訴因に限り、簡易公判手続によつて審判をする旨の決定をすることができる。ただし、死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる事件については、この限りでない。

順に読みます。有罪である旨の陳述があると、裁判所は、検察官、被告人、弁護人の意見を聴きます。そして決定を、することができる。できる、ですから、裁判所の裁量です。決定は、有罪の陳述のあった訴因に限ります。ただし書きに注意してください。死刑、または無期、もしくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外です。たとえば強盗罪は、短期が5年の拘禁刑ですから対象外です。軽い事件だけの手続、ということです。手続を簡単にして、何が省かれるんですか。2つあります。1つ目は、前に見た伝聞法則です。法廷の外の話を証拠にしない、という原則でした。

条文刑事訴訟法第320条第2項

刑事訴訟法第320条第2項 第二百九十一条の二の決定があつた事件の証拠については、前項の規定は、これを適用しない。但し、検察官、被告人又は弁護人が証拠とすることに異議を述べたものについては、この限りでない。

前項とは、伝聞証拠を原則として証拠にしない、という320条1項です。簡易公判の決定があった事件では、この原則が適用されません。ただし、検察官、被告人、弁護人が、証拠にすることに異議を述べた証拠は別です。なぜ外してよいのか。法廷の外の話を締め出すのは、反対尋問などで確かめられないからでした。被告人が有罪を認めて争っていない事件では、確かめる必要が小さい、と説明されます。それでも争いたい証拠には、異議を述べれば、原則に戻せます。2つ目は、証拠調べの方式です。

条文刑事訴訟法第307条の3

刑事訴訟法第307条の3 第二百九十一条の二の決定があつた事件については、第二百九十六条、第二百九十七条、第三百条から第三百二条まで及び第三百四条から前条までの規定は、これを適用せず、証拠調べは、公判期日において、適当と認める方法でこれを行うことができる。

冒頭陳述や、証拠調べの範囲と順序と方法の決定、証人尋問の方式、書面の朗読といった規定が適用されません。証拠調べは、公判期日に、適当と認める方法でできます。では、省けないものは何か。まず、捜査も、起訴も、公判の準備も通常どおりです。入口が公判の冒頭だからです。次に、補強証拠も要ります。そして、実刑も言い渡せます。決定のあとで、簡易公判によることができない、または相当でないと認めたときは、決定を取り消します。291条の3です。簡易公判は、実務であまり使われていません。証拠調べが簡略になる以外は、正式な公判と大きく変わらないのです。そこで、入口をもっと早くする仕組みが作られました。次の、即決裁判手続です。

即決裁判手続①入口と流れ

即決裁判手続の流れ。起訴の前=事案が明白で軽微・証拠調べが速やかに終わる見込み→検察官が公訴の提起と同時に書面で申立て(350条の16第1項)/被疑者の同意(2項)/書面で確認を求め、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げる(3項)。起訴の後=できる限り早い時期の公判期日(350条の21。規則222条の21=できる限り公訴提起の日から14日以内)→冒頭手続で有罪の陳述→即決裁判手続によって審判をする旨の決定(しなければならない=350条の22)→適当と認める方法での証拠調べ(350条の24)→伝聞法則の適用除外(350条の27)→できる限り即日判決(350条の28) 図:即決裁判手続の流れ

  • 起訴の前=事案が明白で軽微・証拠調べが速やかに終わる見込み→検察官が公訴の提起と同時に書面で申立て(350条の16第1項)/被疑者の同意(2項)/書面で確認を求め、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げる(3項)
  • 起訴の後=できる限り早い時期の公判期日(350条の21。規則222条の21=できる限り公訴提起の日から14日以内)→冒頭手続で有罪の陳述→即決裁判手続によって審判をする旨の決定(しなければならない=350条の22)→適当と認める方法での証拠調べ(350条の24)→伝聞法則の適用除外(350条の27)→できる限り即日判決(350条の28)

即決裁判手続です。流れを、起訴の前と後に分けて見ます。起訴の前。検察官が、事案が明白で軽微で、証拠調べが速やかに終わる見込みがあるなどの事情から、相当と認めるとき、公訴の提起と同時に、書面で申し立てます。

条文刑事訴訟法第350条の16第1項

刑事訴訟法第350条の16第1項 検察官は、公訴を提起しようとする事件について、事案が明白であり、かつ、軽微であること、証拠調べが速やかに終わると見込まれることその他の事情を考慮し、相当と認めるときは、公訴の提起と同時に、書面により即決裁判手続の申立てをすることができる。ただし、死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる事件については、この限りでない。

ただし書きは、簡易公判と同じです。そして申立ての前に、被疑者の同意が要ります。同意を求めるときは、書面で、手続を理解するのに必要な事項を説明します。弁護人を選任できることも含まれます。さらに、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げます。起訴のあと。裁判長は、できる限り早い時期の公判期日を定めます。目安は、公訴の提起の日から14日以内です。冒頭手続で被告人が有罪と陳述すると、裁判所は、即決裁判手続によって審判をする旨の決定を、しなければなりません。簡易公判は裁量。即決は、原則として義務です。例外は4つあります。同意が撤回されたとき。弁護人の同意が得られないとき。即決裁判手続によることができない事件のとき。相当でないとき。この4つを除いて、決定をします。決定のあとは、証拠調べを、適当と認める方法で簡略に行います。伝聞法則も、異議のある証拠を除いて適用されません。そして判決は、できる限り即日に言い渡します。起訴の前に同意を取り、起訴から14日を目安に期日を開き、できる限りその日に判決。これが、即決の速さです。

即決裁判手続②被告人を守る4つの歯止め

4つの歯止め。①申立ての前=被疑者の同意に加え、弁護人があるときは弁護人の同意か意見の留保(350条の16第4項)。②同意するかどうか決める助言のために=貧困などで弁護人を選任できない被疑者に、請求により裁判官が弁護人を付す(350条の17)。申立て後に弁護人がなければ、裁判長が職権で付す(350条の18)。③開廷の条件=弁護人がなければ公判期日を開けない(350条の23・必要的弁護)。④やめたいとき=判決の言渡し前なら、同意を撤回、有罪の陳述を撤回→決定は取り消され、通常の公判に戻る(350条の25第1項1号・2号) 図:4つの歯止め

  • ①申立ての前=被疑者の同意に加え、弁護人があるときは弁護人の同意か意見の留保(350条の16第4項)
  • ②同意するかどうか決める助言のために=貧困などで弁護人を選任できない被疑者に、請求により裁判官が弁護人を付す(350条の17)
  • 申立て後に弁護人がなければ、裁判長が職権で付す(350条の18)
  • ③開廷の条件=弁護人がなければ公判期日を開けない(350条の23・必要的弁護)
  • ④やめたいとき=判決の言渡し前なら、同意を撤回、有罪の陳述を撤回→決定は取り消され、通常の公判に戻る(350条の25第1項1号・2号)

即決は、速い代わりに、被告人を守る歯止めが4つあります。時点で並べます。1つ目は、申立ての前です。被疑者の同意に加えて、弁護人がいるときは、弁護人の同意か意見の留保が要ります。弁護人がはっきり反対しているなら、申し立てられません。350条の16第4項です。2つ目は、同意するかどうかを決めるときの助言です。貧困などで弁護人を選任できない被疑者には、請求により、裁判官が弁護人を付けます。350条の17です。同意するかどうかを決めるための助言をする、国選弁護人です。3つ目の前に、1問です。前に見た必要的弁護の話です。どんな事件では、弁護人がいなければ開廷できないのでしたか?

死刑や無期、長期3年を超える拘禁刑に当たる事件です。289条1項です。即決裁判手続は、この範囲に入らない事件でも必要的弁護です。これが3つ目の歯止めです。350条の23。弁護人がいなければ、公判期日を開くことができません。4つ目は、やめたいときの逃げ道です。

条文刑事訴訟法第350条の25第1項

刑事訴訟法第350条の25第1項 裁判所は、第三百五十条の二十二の決定があつた事件について、次の各号のいずれかに該当することとなつた場合には、当該決定を取り消さなければならない。 一 判決の言渡し前に、被告人又は弁護人が即決裁判手続によることについての同意を撤回したとき。 二 判決の言渡し前に、被告人が起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述を撤回したとき。 ……

判決の言渡しの前なら、被告人か弁護人が同意を撤回できます。被告人は、有罪の陳述も撤回できます。すると決定は取り消されて、通常の公判に戻ります。3号と4号は、裁判所が、この事件は即決によることができない、または相当でない、と認めた場合です。4つをまとめると、同意は捜査段階、助言は国選、開廷は弁護人がいるとき、やめたいときは判決の前まで。近道の喩えなら、通行証、同行者、そして引き返せる分岐です。

即決裁判手続③代償と上訴の制限

2つの代償。①科刑の制限=拘禁刑の言渡しをする場合は必ず刑の全部の執行猶予(350条の29)。罰金は実刑でよい(条文は拘禁刑の場合だけ)。②上訴の制限=判決で示された罪となるべき事実の誤認(382条)を理由とする控訴はできない(403条の2第1項)/控訴裁判所もその理由では破棄できない(同2項)/上告審も411条3号を理由に破棄できない(413条の2)。制限されるのは事実の誤認だけ=量刑不当・法令違反などは制限外 図:2つの代償

  • ①科刑の制限=拘禁刑の言渡しをする場合は必ず刑の全部の執行猶予(350条の29)
  • 罰金は実刑でよい(条文は拘禁刑の場合だけ)
  • ②上訴の制限=判決で示された罪となるべき事実の誤認(382条)を理由とする控訴はできない(403条の2第1項)/控訴裁判所もその理由では破棄できない(同2項)/上告審も411条3号を理由に破棄できない(413条の2)
  • 制限されるのは事実の誤認だけ=量刑不当・法令違反などは制限外

即決の山場です。速くする代わりに、被告人は何を得て、何を手放すのか。得るものは、実刑にならないことです。

条文刑事訴訟法第350条の29

刑事訴訟法第350条の29 即決裁判手続において拘禁刑の言渡しをする場合には、その刑の全部の執行猶予の言渡しをしなければならない。

拘禁刑を言い渡すなら、必ず全部執行猶予を付けます。拘禁刑で実刑を受けることはありません。ただし、条文は拘禁刑の場合だけです。罰金は、実刑でかまいません。手放すものは、事実の誤認を理由とする上訴です。

条文刑事訴訟法第403条の2第1項

刑事訴訟法第403条の2第1項 即決裁判手続においてされた判決に対する控訴の申立ては、第三百八十四条の規定にかかわらず、当該判決の言渡しにおいて示された罪となるべき事実について第三百八十二条に規定する事由があることを理由としては、これをすることができない。

判決に書かれた罪となるべき事実について、事実の誤認があることを理由にした控訴は、できません。2項で、控訴裁判所も、その理由では原判決を破棄できません。上告審も同じです。上告審は、上告の理由がなくても、判決に影響する重大な事実の誤認があれば、職権で原判決を破棄できます。411条3号です。ところが、第一審が即決でした判決は、この理由では破棄できません。413条の2です。控訴が、全部できなくなるんですか。違います。制限されるのは事実の誤認だけです。量刑が重すぎる、法令に違反している、といった理由での控訴は、条文上、制限されていません。罪となるべき事実は争えない。でも、実刑にはならない。これが即決の代償の組み合わせです。冒頭の、スーパーで数千円分の食品を盗んだ事件で確かめます。即決裁判で拘禁刑1年を言い渡すなら、必ず執行猶予が付きます。罰金30万円なら、執行猶予を付けなくてもかまいません。判決のあとで、実は盗んでいない、と事実を争う控訴はできません。刑が重すぎる、という控訴はできます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)即決裁判手続で罰金を言い渡す場合も、必ず執行猶予を付けなければならない→×(拘禁刑の場合だけ・350条の29)(b)即決裁判手続の判決に対し、量刑が重すぎることを理由に控訴できる→○(制限されるのは罪となるべき事実の誤認だけ)(c)即決裁判手続の決定が出たあとでも、判決の言渡し前なら、被告人は有罪の陳述を撤回できる→○(350条の25第1項2号) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。即決裁判手続で罰金を言い渡す場合も、必ず執行猶予を付けなければならない。正しいでしょうか。2つ目。即決裁判手続の判決に対して、量刑が重すぎることを理由に控訴できる。3つ目。即決裁判手続の決定が出たあとでも、判決の言渡しの前なら、被告人は有罪の陳述を撤回できる。弁別の軸は、何が制限されて、何が残るか、です。

判例・即決裁判手続の上訴制限

判例の事案と問い。業務上横領被告事件。弁護人の主張=①事実誤認の上訴を制限する403条の2第1項は、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する。②即決は必ず執行猶予というしくみのせいで虚偽の自白を誘発しやすく、憲法38条2項に違反する→最高裁は上告棄却(合憲)。判旨の構造=手続保障(自由意思による選択・撤回できる・弁護人の助言)+科刑の制限(実刑を科せない)→上訴制限には合理的な理由がある 図:判例の事案と問い

  • 業務上横領被告事件
  • 弁護人の主張=①事実誤認の上訴を制限する403条の2第1項は、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する
  • ②即決は必ず執行猶予というしくみのせいで虚偽の自白を誘発しやすく、憲法38条2項に違反する→最高裁は上告棄却(合憲)
  • 判旨の構造=手続保障(自由意思による選択・撤回できる・弁護人の助言)+科刑の制限(実刑を科せない)→上訴制限には合理的な理由がある

上訴を制限して、憲法違反にならないのか。最高裁が答えました。業務上横領の事件です。弁護人は、2つのことを主張しました。1つ目。事実誤認の上訴を制限するのは、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する。2つ目。必ず執行猶予が付くしくみは、虚偽の自白を誘発しやすく、強制や脅迫による自白は証拠にできないとした憲法38条2項に違反する。最高裁は、どちらも退けて、上告を棄却しました。1つ目の判断から読みます。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続の上訴制限と憲法32条 審級制度については、憲法81条に規定するところを除いては、憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており、事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても、それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではないとするのが当裁判所の判例とするところである …… 同手続による判決に対し、犯罪事実の誤認を理由とする上訴ができるものとすると、そのような上訴に備えて、必要以上に証拠調べが行われることになりかねず、同手続の趣旨が損なわれるおそれがある

読み取ります。まず枠組みです。審級制度は法律にゆだねられている。事件の類型によって、一般と違う上訴制限を設けても、合理的な理由があれば憲法32条に違反しない。では、合理的な理由は何か。まず1つ目は、制度の趣旨です。事実誤認の上訴を認めると、上訴に備えて必要以上に証拠調べが行われかねず、簡易迅速という趣旨が損なわれます。ただし、趣旨だけでは足りません。判決は、被告人側の守りも見ています。続きを読みます。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続の上訴制限と手続保障・科刑の制限 即決裁判手続によることは、被告人の自由意思による選択に基づくものであるということができる …… 被告人は、手続の過程を通して、即決裁判手続に同意するか否かにつき弁護人の助言を得る機会が保障されている …… 即決裁判手続による判決では、懲役又は禁錮の実刑を科すことができないものとされている …… 刑訴法403条の2第1項は、上記のような即決裁判手続の制度を実効あらしめるため、被告人に対する手続保障と科刑の制限を前提に、同手続による判決において示された罪となるべき事実の誤認を理由とする控訴の申立てを制限しているものと解されるから、同規定については、相応の合理的な理由があるというべきである

自由意思による選択であること。弁護人の助言を得る機会が保障されていること。そして、実刑を科せないこと。この手続保障と科刑の制限を前提に上訴を制限しているから、合理的な理由がある、と結論しました。判決にある、懲役又は禁錮は、当時の刑名です。現在の拘禁刑に当たる部分と読んでください。2つ目の判断です。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続と憲法38条2項 前記のような被告人に対する手続保障の内容に照らすと、即決裁判手続の制度自体が所論のような自白を誘発するものとはいえないから、憲法38条2項違反をいう所論は前提を欠く

先ほどの手続保障を見れば、制度自体が自白を誘発するとはいえない。だから、憲法38条2項違反の主張は前提を欠く、という判断です。虚偽の自白を誘発するという主張に、判決は手続保障で答えています。自由意思による選択であること。弁護人の助言があること。判決の前まで撤回できること。この仕組みがあるから、制度自体が自白を誘発するとはいえない、という判断です。覚え方の軸は1本です。上訴制限が許されるのは、手続保障と、必ず執行猶予という代償があるから。ここまでの歯止めと代償を、判例がまとめて評価した、ということです。逆に、この判決が判断したのは、即決裁判手続での、事実誤認を理由とする上訴の制限だけです。その理由づけも、手続保障と、実刑を科せないことを前提にしています。即決の上訴制限が憲法32条に違反しないか、は、論文でも論点になりえます。

即決裁判が伸びなかった理由と350条の26

即決裁判が伸びなかった理由として挙げられるもの。①あらかじめ執行猶予が付くと予測できるため、反省の機会(感銘力)が十分与えられない。②同意や有罪の陳述を後で撤回されると通常の公判に移るため、検察官は「念のため捜査」をせざるをえず、省力化にならない。導入の動機=裁判員裁判に資源を回すため、争いのない事件を効率よく進める 図:即決裁判が伸びなかった理由として挙げられるもの

  • ①あらかじめ執行猶予が付くと予測できるため、反省の機会(感銘力)が十分与えられない
  • ②同意や有罪の陳述を後で撤回されると通常の公判に移るため、検察官は「念のため捜査」をせざるをえず、省力化にならない
  • 導入の動機=裁判員裁判に資源を回すため、争いのない事件を効率よく進める

即決裁判手続は、裁判員裁判の対象事件に資源を大きく回すために、争いのない事件を効率よく進める目的で導入されました。導入の経緯は、のちの回で見ます。ところが、利用は伸びなかった、とされます。理由として挙げられるものが2つあります。1つ目。あらかじめ執行猶予が付くと、被告人側から予測できます。そのため、反省の機会、感銘力が十分に与えられない、という指摘です。2つ目。同意や有罪の陳述をあとから撤回されると、通常の公判に移ります。すると検察官は、通常の公判になる場合に備えて、念のため裏づけの捜査をしておかなければなりません。これが、念のため捜査です。それでは省力化になりません。そこで改正がありました。平成28年の改正です。検察官が、念のため捜査をしなくてもよいようにするための道具です。その前に、原則を確認します。公訴の取消しです。

条文刑事訴訟法第340条

刑事訴訟法第340条 公訴の取消による公訴棄却の決定が確定したときは、公訴の取消後犯罪事実につきあらたに重要な証拠を発見した場合に限り、同一事件について更に公訴を提起することができる。

公訴を取り消して、公訴棄却の決定が確定したら、再起訴できるのは、取消しのあとに新しい重要な証拠を発見した場合に限ります。違反して再起訴すると、338条2号で公訴棄却になります。これは前に見ました。350条の26は、この原則の例外です。

条文刑事訴訟法第350条の26第1項

刑事訴訟法第350条の26第1項 即決裁判手続の申立てを却下する決定(第三百五十条の二十二第三号又は第四号に掲げる場合に該当することを理由とするものを除く。)があつた事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された場合において、公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、第三百四十条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができる。

これは、即決の申立てが却下された場合です。却下の決定があって、その後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消され、棄却決定が確定したとき。340条にかかわらず、同じ事件について更に公訴を提起できます。ただし、できない事件や、相当でない、という理由での却下は除かれます。それは、裁判所が、この事件は即決に向かない、と判断した場合です。残るのは、同意が撤回されるなど、同意が欠けて即決が崩れた場合です。念のため捜査を要らなくしたいのは、まさにこの場面です。

340条の原則と350条の26の例外。原則=公訴の取消し→公訴棄却の決定が確定→新しい重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる(340条)。例外=①即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる。②即決裁判手続の決定が取り消された事件(同意の撤回・有罪の陳述の撤回など。できない事件を理由とする取消しは除く)で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる(350条の26)。要件=証拠調べが行われることなく 図:340条の原則と350条の26の例外

  • 原則=公訴の取消し→公訴棄却の決定が確定→新しい重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる(340条)
  • 例外=①即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる
  • ②即決裁判手続の決定が取り消された事件(同意の撤回・有罪の陳述の撤回など。できない事件を理由とする取消しは除く)で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる(350条の26)
  • 要件=証拠調べが行われることなく

同じ例外が、もう1つあります。即決裁判手続の決定が、同意の撤回や有罪の陳述の撤回などで取り消された場合です。ただし、できない事件だから、という理由での取消しは含まれません。その後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された。この場合も、再起訴できます。効果は、こうです。検察官は、被告人が否認に転じたら、いったん取り消して、あらためて捜査をして、再び起訴できます。だから、最初から念のため捜査をしておく必要が少なくなります。ただし、証拠調べが始まってしまったあとは、例外は使えません。原則に戻って、再起訴できるのは、新しい重要な証拠を発見した場合に限ります。350条の26は、証拠調べに入る前に限って、その例外を認めます。この、証拠調べが行われることなく、という要件は、問われやすい点です。

略式手続①入口と内容

略式手続。簡易裁判所が、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前に、略式命令で100万円以下の罰金又は科料を科す(461条)。執行猶予・没収・付随の処分も可。公判を開かず書面審理。入口=検察官が被疑者に手続を説明し、通常の規定に従い審判を受けられる旨を告げ、略式手続によることに異議がないかを確かめる(461条の2第1項)。請求は公訴の提起と同時に書面で(462条1項)。裁判所が略式不相当と思料したら通常の審判(463条1項)。請求から4か月以内に略式命令が告知されなければ公訴の提起は効力を失う(463条の2) 図:略式手続

  • 簡易裁判所が、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前に、略式命令で100万円以下の罰金又は科料を科す(461条)
  • 執行猶予・没収・付随の処分も可
  • 公判を開かず書面審理
  • 入口=検察官が被疑者に手続を説明し、通常の規定に従い審判を受けられる旨を告げ、略式手続によることに異議がないかを確かめる(461条の2第1項)
  • 請求は公訴の提起と同時に書面で(462条1項)
  • 裁判所が略式不相当と思料したら通常の審判(463条1項)
  • 請求から4か月以内に略式命令が告知されなければ公訴の提起は効力を失う(463条の2)

4歩目、略式手続です。冒頭の問い2に、いよいよ入ります。

条文刑事訴訟法第461条

刑事訴訟法第461条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

簡易裁判所が、検察官の請求により、公判を開く前に、略式命令で、100万円以下の罰金か科料を科す手続です。執行猶予や没収も付けられます。公判を開かず、書面で審理します。実際に、罰金のほとんどは略式で言い渡されています。冒頭の問い2の書面は、この略式命令です。刑事裁判の一種です。交通違反の反則金とは違います。反則金は、納めれば、その違反について起訴されない、と法律で決まっています。道路交通法128条2項です。裁判にならないのです。略式命令は、罰金刑の裁判です。勝手にはできません。入口に条件があります。

条文刑事訴訟法第461条の2第1項

刑事訴訟法第461条の2第1項 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。

検察官は、請求する前に、被疑者に略式手続の内容を説明します。通常の規定に従って審判を受けられることも告げます。そのうえで、略式手続によることに異議がないかを確かめなければなりません。異議がないとき、被疑者は書面でその旨を明らかにします。請求は、公訴の提起と同時に、書面でします。通常は起訴状だけを裁判所に出す起訴状一本主義でしたが、略式では、請求と同時に、略式命令に必要な書類と証拠物も裁判所に出します。起訴状一本主義の例外です。裁判所が、略式命令をすることが相当でないと考えたときは、通常の審判をします。463条です。また、請求から4か月以内に略式命令が告知されないと、公訴の提起はさかのぼって効力を失います。463条の2です。名前の似た、別の制度にも一言触れます。交通事件即決裁判手続法という別の法律があります。道路交通法の罪にあたる事件について、簡易裁判所が、検察官の請求で、公判前に、50万円以下の罰金か科料を科せます。被告人に異議があるときはできません。宣告から14日以内に、正式裁判を請求できます。刑事訴訟法の即決裁判手続とは別物です。

略式手続②書面審理の代償と確定

書面審理の代償。失われるおそれのあるもの=裁判の公開(憲法82条1項・37条1項)・証人審問権(憲法37条2項)→代わりに①被疑者に異議がないときに限る(461条の2)②略式命令の告知を受けた日から14日以内に正式裁判を請求できる(465条1項・書面で略式命令をした裁判所に)。請求なし=期間経過で確定判決と同一の効力(470条)/請求あり=通常の規定に従い審判・略式命令に拘束されない(468条)・判決をしたとき略式命令は効力を失う(469条)。請求は第一審判決があるまで取下げ可(466条)。数字の区別=14日(請求期間)/4か月(略式命令の告知期限) 図:書面審理の代償

  • 失われるおそれのあるもの=裁判の公開(憲法82条1項・37条1項)・証人審問権(憲法37条2項)→代わりに①被疑者に異議がないときに限る(461条の2)②略式命令の告知を受けた日から14日以内に正式裁判を請求できる(465条1項・書面で略式命令をした裁判所に)
  • 請求なし=期間経過で確定判決と同一の効力(470条)/請求あり=通常の規定に従い審判・略式命令に拘束されない(468条)・判決をしたとき略式命令は効力を失う(469条)
  • 請求は第一審判決があるまで取下げ可(466条)
  • 数字の区別=14日(請求期間)/4か月(略式命令の告知期限)

書面審理だと、失われるおそれのあるものがあります。裁判の公開と、被告人が証人に尋問する権利です。憲法82条1項、37条1項、37条2項です。代わりに、2つの守りがあります。1つ目は、先ほどの、異議がないときに限る、という入口です。2つ目が、正式裁判の請求です。

条文刑事訴訟法第465条第1項

刑事訴訟法第465条第1項 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。

略式命令を受けた者、または検察官は、告知を受けた日から14日以内に、正式裁判を請求できます。請求は、略式命令をした裁判所に、書面でします。命令には、正式裁判を請求できる旨も示されます。請求は、第一審の判決があるまで取り下げられます。請求が適法なら、裁判所は通常の規定に従って審判します。略式命令には拘束されません。正式裁判の判決をしたときは、略式命令は効力を失います。では、請求しないまま14日が過ぎたら。

条文刑事訴訟法第470条

刑事訴訟法第470条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。

確定判決と同一の効力を生じます。効力の中身は次の回で見ます。冒頭の問い2の答えの骨格です。書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式な裁判を求められます。何もしないで期間が過ぎると、確定判決と同じ効力を持ちます。確認です。略式命令の告知を受けてから、正式裁判を請求できるのは何日以内ですか。また、誰が請求できますか?14日以内です。略式命令を受けた者、または検察官が請求できます。ここで数字を混ぜないでください。14日は、請求できる期間です。先ほど出た4か月は、請求から略式命令が告知されるまでの期限です。別の数字です。

略式手続と被告人の特定

前に見た問題。起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、誰が被告人か。人物=A(名前を使われた人=書面上の氏名)・B(名乗って手続を受けた人)。表示説・意思説・行動説・実質的表示説 図:前に見た問題

  • 起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、誰が被告人か
  • 人物=A(名前を使われた人=書面上の氏名)・B(名乗って手続を受けた人)
  • 表示説・意思説・行動説・実質的表示説

略式の最後に、被告人の特定の話を薄く見ます。以前に、起訴状の氏名と実際に手続に立った人物が食い違う場合を扱いました。復習です。起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、通説や判例は誰を被告人とするのでしたか?実質的表示説です。表示説を基本にしつつ、意思説や行動説も加味して、実質的に確定します。表示説は起訴状に書かれた者を、意思説は検察官が起訴しようとした者を、行動説は実際に被告人として行動した者を、被告人とする考え方でした。人物は前と同じ記号で呼びます。Aは名前を使われた人。Bは名乗って手続を受けた人です。以前に見たのは、公判を経て、Bが執行猶予付きの有罪判決を受けた場合でした。最高裁は、その前提として、判決の効力は手続を受けたBに及ぶ、としました。ただし、誰を被告人とするかの基準を正面から述べた判例ではなく、実質的表示説と整合する、と位置づけられるものでした。略式の場合は、どうなるのか。

略式と被告人の特定。A(名前を使われた人)/B(名乗って手続を受けた人)。Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動し、裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日に罰金を仮納付した→略式命令の効力はBに生じない。公判を経た場合(公判の人定質問・Bの行動)=効力はBに及ぶ/書面審理だけの略式(人定質問の場面がない)=書面上の氏名が基準、という整理(判決の言葉ではない) 図:略式と被告人の特定

  • A(名前を使われた人)/B(名乗って手続を受けた人)
  • Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動し、裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日に罰金を仮納付した→略式命令の効力はBに生じない
  • 公判を経た場合(公判の人定質問・Bの行動)=効力はBに及ぶ/書面審理だけの略式(人定質問の場面がない)=書面上の氏名が基準、という整理(判決の言葉ではない)

事案です。Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動しました。裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日のうちに罰金を仮納付しました。確定を待たずに、先に納めたということです。こうした事案で、最高裁は次のように述べました。

判例最決昭50・5・30 刑集29巻5号360頁

略式命令と被告人の特定 なお、原判示の事実関係のもとで被告人が他人の氏名を冒用して交付を受けた略式命令は冒用者である被告人に効力を生じないとした原判決の判断は、正当である

最高裁は、他人の氏名を冒用して交付を受けた略式命令は冒用者に効力を生じない、とした原判決の判断を、正当としました。この事案でいえば、Bには略式命令の効力が生じません。判決は、誰が被告人かを正面から述べてはいません。ここからは、判決の言葉ではなく整理です。分かれ目になるのは、公判を経たかどうかです。公判を開くなら、冒頭の人定質問で、裁判長が目の前の人物を確かめます。そのうえでBが被告人として振る舞い続ければ、行動の事情も加味して、実際に手続を受けたBが裁かれた、と見られます。書面審理だけの略式には、人定質問も、Bが法廷で振る舞う場面もありません。加味する事情がないので、裁判所は、書面に書かれたAの氏名の者を被告人と扱うほかありません。この結論は、表示説を徹底した考え方と整合する、と整理されます。実質的表示説を捨てて別の立場に移るのではありません。表示を基本にする同じ考え方で、加味する事情がない場面だ、と押さえてください。公判を経た場合と書面だけの場合で、効力が及ぶ相手が逆になります。なお、Bが逮捕や勾留をされて、被疑者として手続に現れていたような場合は、扱いが違う、という見方もあります。

3つの手続の比較表

3つの手続の比較。行=簡易公判/即決裁判/略式。列=入口の時期:公判の途中で切替/起訴と同時に選ぶ/起訴と同時に選ぶ。公判を開くか:開く/開く/開かない。入口の条件:有罪の陳述+意見聴取(決定は裁量)/有罪の陳述+同意(決定は義務)・弁護人の同意か意見の留保/異議なし。弁護人:通常どおり(289条の事件なら必要)/必ず必要(350条の23)/不要(公判を開かない)。刑の枠:死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外・実刑も可/拘禁刑なら必ず全部執行猶予・死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外/100万円以下の罰金・科料。やり直しと不服:制限なし/判決前まで撤回可・事実誤認の上訴は不可/告知から14日以内に正式裁判の請求可 図:3つの手続の比較。行=簡易公判/即決裁判/略式。列=入口の時期:公判の途中で切替/起訴と同時に選ぶ/起訴と同時に選ぶ。公判を開くか:開く/開く/開かない。入口の条件:有罪の陳述+意見聴取(決定は裁量)/有罪の陳述+同意(決定は義務)・弁護人の同意か意見の留保/異議なし。弁護人:通常どおり(289条の事件なら必要)/必ず必要(350条の23)/不要(公判を開かない)。刑の枠:死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外・実刑も可/拘禁刑なら必ず全部執行猶予・死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外/100万円以下の罰金・科料。やり直しと不服:制限なし/判決前まで撤回可・事実誤認の上訴は不可/告知から14日以内に正式裁判の請求可

3つを1枚の表で比べます。軸は6本です。入口の時期、公判を開くか、入口の条件、弁護人、刑の枠、やり直しと不服。簡易公判は、公判の途中で切り替わり、公判を開きます。入口の条件は、有罪の陳述と意見聴取で、決定は裁量です。弁護人は、この手続だから必要になる、という決まりはありません。通常どおり、289条の事件なら必要です。刑は、ただし書きの対象外の事件を除けば、実刑も可です。やり直しや不服に、特別な制限はありません。即決裁判は、起訴と同時に選び、公判を開きます。入口は、有罪の陳述と同意で、決定は義務です。弁護人は必要的です。拘禁刑なら、必ず全部執行猶予です。判決の前までは撤回できますが、事実誤認を理由とする上訴はできません。略式は、起訴と同時に選び、公判を開きません。入口は、異議がないことです。刑は、100万円以下の罰金か科料です。告知から14日以内に、正式裁判を請求できます。

省くものと代わりに守るもの。簡易公判=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/補強証拠は残る。即決=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/弁護人(必要的)と刑の枠(必ず全部執行猶予)で守る。略式=公判を省く/正式裁判の請求で代償 図:省くものと代わりに守るもの

  • 簡易公判=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/補強証拠は残る
  • 即決=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/弁護人(必要的)と刑の枠(必ず全部執行猶予)で守る
  • 略式=公判を省く/正式裁判の請求で代償

最後に、何を省いて、代わりに、どの仕組みで守るか。簡易公判は、伝聞法則と証拠調べの方式を省きますが、補強証拠は残ります。即決は、弁護人と刑の枠で守り、上訴の制限を代償にします。略式は、公判を省く代わりに、正式裁判の請求があります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。問い①=争いのない軽い事件は手続を簡単にできる。ただし有罪の証明の水準は下がらない(有罪答弁制度は採らない)。簡略化と引き換えの保障=同意(異議なし)・弁護人・刑の枠(必ず執行猶予)・やり直し(撤回・正式裁判の請求)。問い②=書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式裁判を請求できる/何もしないと確定判決と同一の効力 図:まとめの地図

  • 問い①=争いのない軽い事件は手続を簡単にできる
  • ただし有罪の証明の水準は下がらない(有罪答弁制度は採らない)
  • 簡略化と引き換えの保障=同意(異議なし)・弁護人・刑の枠(必ず執行猶予)・やり直し(撤回・正式裁判の請求)
  • 問い②=書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式裁判を請求できる/何もしないと確定判決と同一の効力

今日のまとめです。冒頭の問い1の答えです。争いのない軽い事件なら、手続を簡単にできます。簡易公判、即決裁判、略式の3つがありました。ただし、有罪を証明する水準は下がりません。日本は、有罪答弁制度を採らないからです。簡略化と引き換えに、被告人には4つの保障があります。同意、または異議がないこと。弁護人。刑の枠。そして、やり直し、つまり撤回や正式裁判の請求です。即決では、手続保障と、必ず執行猶予という代償があるから、事実誤認の上訴を制限しても憲法32条に違反しない、と最高裁は判断しました。問い2の答えです。書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら、正式な裁判を求められます。何もしないで期間が過ぎると、確定した判決と同じ効力を持ちます。では、裁判が確定すると、何が起きるのか。次は、確定と一事不再理を見ます。

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#156単独ページ動画

裁判の確定と一事不再理効の発生

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①ある窃盗事件で無罪が確定した。半年後に有力な新証拠が見つかった→同じ事件を改めて起訴できるか。一方、起訴状の謄本が届かず公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せた(前に見た)。同じ「裁判が確定した」のに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのか。②詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って自分の死亡を公的に記録させ、「被告人死亡」で公訴棄却の決定が確定した。のちにXは生きていたと分かった→同じ詐欺を改めて起訴できるか 図:今日の問い2つ

  • ①ある窃盗事件で無罪が確定した
  • 半年後に有力な新証拠が見つかった→同じ事件を改めて起訴できるか
  • 一方、起訴状の謄本が届かず公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せた(前に見た)
  • 同じ「裁判が確定した」のに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのか
  • ②詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って自分の死亡を公的に記録させ、「被告人死亡」で公訴棄却の決定が確定した
  • のちにXは生きていたと分かった→同じ詐欺を改めて起訴できるか

前回、略式命令は、期間が過ぎると、確定した判決と同じ効力を持つ、と言いました。では、その効力とは、いったい何でしょうか。問いは2つあります。1つ目。ある窃盗事件で、無罪が確定しました。半年後に、有力な新証拠が見つかりました。検察官は、同じ事件を、改めて起訴できるでしょうか。一方で、起訴状の謄本が被告人に届かず、公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せる、と前に見ました。どちらも、裁判が確定しています。それなのに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのでしょうか。2つ目。詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って、自分が死亡したと公的に記録させました。裁判所は、被告人の死亡を理由に、公訴を棄却する決定をして、それが確定しました。のちに、Xは生きていたと分かりました。検察官は、同じ詐欺を、改めて起訴できるでしょうか。

2つ目は、確定した決定の効力と、逃げ得を許さない要請が、ぶつかる場面です。先に答えの形だけ言います。1つ目は、実体に入って、有罪か無罪かの危険にさらしたかどうかで分かれます。2つ目は、効力は認めたうえで、逃げ得を許さない理屈を立てます。

今日の地図は4歩。①確定とは何か ②確定で生じる効力の地図 ③拘束力(公訴棄却の確定にも)④一事不再理効(根拠・どの裁判で生じるか)+範囲を見る視点の見取り図 図:今日の地図は4歩

  • ①確定とは何か
  • ②確定で生じる効力の地図
  • ③拘束力(公訴棄却の確定にも)④一事不再理効(根拠・どの裁判で生じるか)+範囲を見る視点の見取り図

今日の地図です。1歩目は、確定とは何か。2歩目は、確定で生じる効力の整理。3歩目は、拘束力です。公訴棄却のような手続の裁判にも及ぶのかを見て、問い2に答えます。4歩目は、山場の一事不再理効です。根拠と、どの裁判で生じるのかを見て、問い1に答えます。最後に、その効力が及ぶ範囲を、見取り図として1枚だけ見ます。

裁判の確定とは何か

確定。外部的成立(告知)=判決は公判廷で宣告→(上訴で覆る余地)→形式的確定=上訴などの通常の不服申立てで争えなくなった状態。形式的確定力=上訴審で取消し・変更できなくなる効力(有罪・無罪にも免訴・公訴棄却などの形式裁判にも生じる)。確定する3場面=①上訴期間の経過(控訴の提起期間14日・373条)②上訴の放棄・取下げ(359条・361条=した者は更に上訴できない)③上訴棄却の裁判の確定。上告審の判決=宣告から10日(415条の訂正申立期間)の経過等で確定(418条)。上告棄却決定など決定の確定は上訴の回 図:確定

  • 外部的成立(告知)=判決は公判廷で宣告→(上訴で覆る余地)→形式的確定=上訴などの通常の不服申立てで争えなくなった状態
  • 形式的確定力=上訴審で取消し・変更できなくなる効力(有罪・無罪にも免訴・公訴棄却などの形式裁判にも生じる)
  • 確定する3場面=①上訴期間の経過(控訴の提起期間14日・373条)②上訴の放棄・取下げ(359条・361条=した者は更に上訴できない)③上訴棄却の裁判の確定
  • 上告審の判決=宣告から10日(415条の訂正申立期間)の経過等で確定(418条)
  • 上告棄却決定など決定の確定は上訴の回

最初に、確定とは何かを確かめます。その前に、前回の復習です。略式命令は、いつ、確定判決と同一の効力を生じるのでしたか?正式裁判の請求期間が過ぎたときか、請求が取り下げられたときです。470条でした。では、確定そのものを見ます。裁判は、告知されると、外部的に成立します。判決なら、公判廷での宣告です。ただし、成立しただけでは、まだ決まりではありません。上訴をすれば、内容が覆る余地があるからです。そこで、外部的に成立した裁判が、上訴などの通常の不服申立てで、もう争えなくなった状態を、形式的確定、または単に確定といいます。この状態になると、上訴審でも、裁判を取り消したり、変更したりできなくなります。この効力を、形式的確定力といいます。有罪や無罪だけでなく、免訴や公訴棄却などの手続の裁判にも生じます。

成立は、外に出たこと。確定は、もう争えないこと、です。成立しただけの間は、上訴で覆ります。確定したあとに覆すには、再審などの特別の道が要ります。それは、あとの回で見ます。では、いつ確定するのか。上訴を許さない裁判は、告知と同時に確定します。上訴を許す裁判は、3つの場面で確定します。1つ目は、上訴の期間が過ぎたとき。第一審判決への控訴は、条文があります。

条文刑事訴訟法第373条

刑事訴訟法第373条 控訴の提起期間は、十四日とする。

14日です。2つ目は、上訴の放棄や取下げです。359条と361条のとおり、放棄や取下げをした人は、もう上訴できません。3つ目は、上訴を棄却する裁判が確定したときです。たとえば、控訴が棄却されて、上告もなかったときです。最高裁の判決は、宣告されたら、その場で確定ですか。そこは、よく間違えるところです。宣告と同時ではありません。

条文刑事訴訟法第418条

刑事訴訟法第418条 上告裁判所の判決は、宣告があつた日から第四百十五条の期間を経過したとき、又はその期間内に同条第一項の申立があつた場合には訂正の判決若しくは申立を棄却する決定があつたときに、確定する。

415条の期間とは、判決の訂正を申し立てられる期間で、宣告の日から10日です。この期間が過ぎるか、訂正の申立てへの判断があって、はじめて確定します。なお、上告棄却の決定などの確定は、上訴の回で見ます。今日は、上告審の判決は宣告と同時ではなく10日後、とだけ押さえてください。

確定で生じる効力の地図

確定で生じる効力の地図(時系列)。外部的成立→自己拘束力(裁判所自身が変更・撤回できない=全ての裁判)/形式的確定→①執行力(裁判の内容を強制的に実現できる=実体裁判のうち有罪判決・471条)②拘束力(後の訴訟で他の裁判所が矛盾する判断をできない=実体・形式の両方に生じるが実益は形式裁判)→①②=内容的確定力/③一事不再理効(確定裁判の対象になった事件と同一の事件について再び公訴提起・審理できない=実体裁判と免訴)=内容的確定力とは別の根拠(二重の危険)で生じる別の効力 図:確定で生じる効力の地図

  • 時系列
  • 外部的成立→自己拘束力(裁判所自身が変更・撤回できない=全ての裁判)
  • 形式的確定→①執行力(裁判の内容を強制的に実現できる=実体裁判のうち有罪判決・471条)②拘束力(後の訴訟で他の裁判所が矛盾する判断をできない=実体・形式の両方に生じるが実益は形式裁判)→①②=内容的確定力
  • ③一事不再理効(確定裁判の対象になった事件と同一の事件について再び公訴提起・審理できない=実体裁判と免訴)=内容的確定力とは別の根拠(二重の危険)で生じる別の効力

確定すると、何が生じるのか。効力を3本に分けて見ます。試合にたとえます。試合終了のホイッスルが鳴ったあと、何が起きるか。結果が実行される。ほかの審判が、その結果と矛盾する判定をしない。同じ対戦を、もう一度やり直さない。この3つが、順に、執行力、拘束力、一事不再理効です。地図の左から読みます。外部的に成立した時点で、裁判所自身が、その裁判を変更も撤回もできなくなります。これを自己拘束力といい、全ての裁判に生じます。第7章の最初の回で見ました。形式的確定のあとに生じるのが、3本です。1本目は、執行力。裁判の内容を、強制的に実現できる力です。実体裁判のうち、実際に執行するのは有罪判決だけです。

条文刑事訴訟法第471条

刑事訴訟法第471条 裁判は、この法律に特別の定のある場合を除いては、確定した後これを執行する。

原則は、確定してから執行します。2本目は、拘束力。後の訴訟で、ほかの裁判所が、確定した裁判と矛盾する判断をできない効力です。3本目は、一事不再理効。確定した裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴を提起したり、審理したりできない効力です。第7章の最初の回で、確定によって、裁判の内容が拘束力や執行力を持つことを、内容的確定といいました。つまり、内容的確定力とは、執行力と拘束力のことです。そして、一事不再理効は、その内容的確定力から導かれる効力ではありません。二重の危険という、別の根拠で生じる、別の効力です。地図で、一事不再理効を別の枠にしたのは、そのためです。理由は、のちほど見ます。

拘束力と形式裁判

拘束力。根拠=訴訟の一回性(1つの事件は、上訴審まで含めた意味での裁判所の1回の公権的判断で確定的に解決すべき)。形式裁判(公訴棄却など)にも妥当する。補強=管轄違いが確定し他に管轄裁判所がないとき、検察官は直近上級裁判所に管轄指定を請求しなければならない(15条2号)→形式裁判に拘束力があるから必要な制度。範囲=その裁判の直接の理由となった判断だけ(最決昭56・7・14)。実体裁判には一事不再理効が働くので拘束力を持ち出す意味がない。別事件への拡張は通説否定 図:拘束力

  • 根拠=訴訟の一回性(1つの事件は、上訴審まで含めた意味での裁判所の1回の公権的判断で確定的に解決すべき)
  • 形式裁判(公訴棄却など)にも妥当する
  • 補強=管轄違いが確定し他に管轄裁判所がないとき、検察官は直近上級裁判所に管轄指定を請求しなければならない(15条2号)→形式裁判に拘束力があるから必要な制度
  • 範囲=その裁判の直接の理由となった判断だけ(最決昭56・7・14)
  • 実体裁判には一事不再理効が働くので拘束力を持ち出す意味がない
  • 別事件への拡張は通説否定

3歩目です。拘束力から見ます。なぜ、後の裁判所は、前の確定した裁判に縛られるのか。根拠は、訴訟の一回性です。1つの事件は、上訴審までを含めた、裁判所の1回の公権的な判断で、確定的に解決すべきだ、という要請です。判断を何度もやり直されては、手続が終わりません。公訴棄却は、中身を判断していない手続の裁判です。それでも縛られるんですか。縛られます。この要請は、形式裁判にも当てはまるからです。裏づけになる制度があります。管轄違いが言い渡されて確定し、ほかに管轄のある裁判所がないとき、検察官は、直近上級の裁判所に、管轄を指定するよう請求しなければなりません。15条2号です。なぜ、こんな遠回りが要るのか。管轄違いの裁判に拘束力があるからです。拘束力がなければ、管轄違いを言った裁判所に、起訴し直せば足ります。ただし、拘束されるのは、その裁判の直接の理由となった判断だけです。事案を見ます。起訴状の書き方があいまいで、訴因が特定されていない、として、公訴棄却の判決が確定しました。検察官は、起訴状を書き直して、もう一度起訴しました。そこで、最初の起訴で、公訴時効の進行が止まっていたかどうかが争われました。最高裁は、時効の進行は止まっていた、と判断しました。そして、前の判決が、後の裁判所を拘束する範囲を、こう述べました。

判例最決昭56・7・14 刑集35巻5号497頁

公訴棄却の確定判決の拘束力の範囲 前記確定判決の理由中本件の受訴裁判所を拘束するのは、旧起訴は実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定されていないという判断のみであり、 …… という趣旨に解し得る部分は、本件の受訴裁判所を拘束しないと解すべきである

前記確定判決とは、前の、公訴棄却の判決です。拘束するのは、旧起訴は、訴因が特定されていない、という判断のみ。前の判決は、理由づけの一つとして、旧起訴は、建物の表示登記と保存登記という2つの罪の、どちらを起訴したのか一見はっきりしない、とも述べていました。ここまで縛られるなら、最初の起訴は、どちらの罪の時効も止めなかった、となりかねません。拘束するのは、訴因が特定されていない、という判断だけなので、後の裁判所は、時効は止まっていた、と判断できたのです。なぜ、直接の理由だけなのか。結論を直接支えた判断こそが、その訴訟で決着のついた中身だからです。結論に要らない言い回しまで縛ると、決着していない点で、後の裁判所の手を縛ることになります。確認です。公訴棄却の判決が確定したとき、後の裁判所を拘束するのは、判決のどの部分ですか?

直接の理由となった判断だけです。この事案なら、訴因が特定されていない、という判断です。なお、実体裁判では、一事不再理効が働くので、拘束力を持ち出す意味がありません。また、別の事件にまで拘束力を広げる見解もありますが、通説は否定します。別の事件は、事件ごとに、裁判官が自由心証で判断します。

設例・死亡を偽装した被告人

設例の流れ。投資詐欺で起訴(Xは保釈中)→船の転覆事故を装い、偽の目撃証言をさせるなどして、X死亡と公的に記録させる→裁判所が被告人の死亡を理由に決定で公訴棄却(339条1項4号)→確定→Xが生きていたと判明→検察官が同じ詐欺で再起訴→裁判所はどうするか?/拘束力があるとすれば=再起訴は許されず公訴棄却の判決(338条4号)/だが偽装した被告人の「逃げ得」には批判が多い。偽装工作そのものは別の罪として起訴できる 図:設例の流れ

  • 投資詐欺で起訴(Xは保釈中)→船の転覆事故を装い、偽の目撃証言をさせるなどして、X死亡と公的に記録させる→裁判所が被告人の死亡を理由に決定で公訴棄却(339条1項4号)→確定→Xが生きていたと判明→検察官が同じ詐欺で再起訴→裁判所はどうするか?/拘束力があるとすれば=再起訴は許されず公訴棄却の判決(338条4号)/だが偽装した被告人の「逃げ得」には批判が多い
  • 偽装工作そのものは別の罪として起訴できる

問い2に戻ります。Xの流れを、時間順に見ます。Xは、投資詐欺で起訴され、保釈中でした。そこで、船の転覆事故に遭ったと見せかけました。偽の目撃証言をさせるなどして、自分が死亡したと、公的に記録させたのです。

条文刑事訴訟法第339条第1項

刑事訴訟法第339条第1項 左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。 …… 四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。

被告人が死亡したときは、決定で公訴を棄却します。裁判所は、Xの死亡を前提に、この決定をしました。決定は確定しました。ところが、Xは生きていました。検察官は、同じ詐欺で、再び起訴しました。拘束力があるとすれば、どうなるか。前の決定の判断、つまり、被告人が死亡した、という判断に、後の裁判所は縛られます。すると、再起訴は許されず、裁判所は、公訴棄却の判決をすべきだ、という見解があります。公訴提起の手続が無効だ、という338条4号の判決です。公訴棄却には、決定と判決の2種類がある、と前に見ました。死亡は決定、手続の無効は判決です。

それだと、Xは、死んだふりをして、詐欺の責任から逃げ切れてしまいませんか。そこが、この設例の問題です。偽装した被告人にまで、逃げ得を認める結論には、批判が多いのです。なお、偽装工作そのものは、別の罪として起訴できます。ただ、元の詐欺を裁けなくなるのは別の話です。拘束力そのものを否定して、再起訴を許すという道も考えられます。しかし、先に見た最高裁の流れからは、取りにくい道です。そこで、拘束力は認めたうえで、再起訴を許す理屈を立てます。

再起訴を許す3つの考え方

再起訴を許す3つの考え方(見解)。①事情の変更=拘束力は事情が変われば及ばない。339条1項4号は、裁判所が確かめた「死亡」の証拠状況を前提にした事由→その証拠状況が変わったこと自体が事情の変更。弱点=死者が生き返ったわけではない。②蒸し返し禁止の狙い=拘束力の狙いは訴訟の蒸し返し防止。事由ごとに性質を見る。心神喪失での公判停止(314条1項)と同様、再起訴を有効にしても止まっていた公判が再開するだけ。弱点=事由ごとの判断で基準があいまい。③禁反言=拘束力は検察官の禁反言(被告人に有利な判断が出た以上、訴追側は矛盾する主張をできない)。偽装した被告人は、その利益を主張する資格がない。弱点=拘束力の説明を、被告人側の事情に引きずる 図:再起訴を許す3つの考え方

  • 見解
  • ①事情の変更=拘束力は事情が変われば及ばない。339条1項4号は、裁判所が確かめた「死亡」の証拠状況を前提にした事由→その証拠状況が変わったこと自体が事情の変更。弱点=死者が生き返ったわけではない。②蒸し返し禁止の狙い=拘束力の狙いは訴訟の蒸し返し防止。事由ごとに性質を見る。心神喪失での公判停止(314条1項)と同様、再起訴を有効にしても止まっていた公判が再開するだけ。弱点=事由ごとの判断で基準があいまい。③禁反言=拘束力は検察官の禁反言(被告人に有利な判断が出た以上、訴追側は矛盾する主張をできない)。偽装した被告人は、その利益を主張する資格がない。弱点=拘束力の説明を、被告人側の事情に引きずる

再起訴を許す理屈として、3つの考え方があります。1つ目は、事情の変更です。拘束力は、前提になった事情が変われば、及ばない、という考え方です。被告人の死亡による公訴棄却は、裁判所が確かめた、死亡の証拠状況を前提にしています。その証拠状況が、偽装だった、と変わりました。これを、事情の変更と見ます。弱点は、死んだ人が生き返ったわけではない、という点です。2つ目は、拘束力の狙いに立ち返る考え方です。拘束力の狙いは、訴訟の蒸し返しを防ぐことです。それなら、公訴棄却の事由ごとに、その性質を見て決めます。たとえば、被告人が心神喪失で、公判を停止した場合は、314条1項のとおり、回復すれば公判が再開します。同じように、死亡による公訴棄却でも、再起訴を有効にしたところで、止まっていた公判が再開するだけで、蒸し返しの問題は生じない、という考え方です。弱点は、事由ごとに決めるので、基準があいまいになる点です。3つ目は、禁反言です。拘束力を、検察官の禁反言と捉えます。いったん被告人に有利な判断が出た以上、訴追する側は、矛盾する主張をできない、という考え方です。それなら、判断を偽装で引き出した被告人は、その利益を主張する資格がない、となります。弱点は、裁判の効力の説明が、被告人がどう振る舞ったか、という事情に引きずられる点です。

違いは理屈の立て方だけです。問い2の答えは、公訴棄却の決定にも拘束力は及ぶ。ただし、偽装した被告人の逃げ得を許さないために、これらの考え方で、再起訴を許す、ということです。この3つのうち、どの構成で書くかは、論文でも論点になりえます。

一事不再理効とは

一事不再理効。憲法39条=①既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問われない ②同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない→無罪でも有罪でも、確定したら同じ事件を二度とやり直せない。「刑事上の責任を問う」=二度処罰することだけでなく、二度起訴されて刑事裁判に付されることまで含めて読む。定義=確定裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴提起・審理することは許されない効力。手続面=再起訴されたら、裁判所は中身に入らず免訴(337条1号) 図:一事不再理効

  • 憲法39条=①既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問われない ②同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない→無罪でも有罪でも、確定したら同じ事件を二度とやり直せない
  • 「刑事上の責任を問う」=二度処罰することだけでなく、二度起訴されて刑事裁判に付されることまで含めて読む
  • 定義=確定裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴提起・審理することは許されない効力
  • 手続面=再起訴されたら、裁判所は中身に入らず免訴(337条1号)

ここから、山場の4歩目です。一事不再理効です。根拠の条文から読みます。第7章の前半でも出ました。

条文憲法第39条

憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

2文あります。1文目の後半は、既に無罪とされた行為について、責任を問われない。2文目は、同一の犯罪について、重ねて、責任を問われない。つまり、無罪になっても、有罪になっても、確定したら、同じ事件を、二度とやり直せない、ということです。責任を問う、というのは、二度、罰することだけですか。違います。二度、起訴されて、刑事裁判にかけられること自体を、含めて読みます。裁判を受ける被告人の負担は、大きいからです。罰が実際に二度下されなくても、同じ事件で、二度、法廷に立たされるだけで、重い負担です。そこで、一事不再理効の定義です。確定した裁判の対象になった事件と、同一の事件について、再び公訴を提起したり、審理したりすることが、許されない効力です。手続の面では、条文があります。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号が、確定判決を経たとき、です。再起訴があっても、裁判所は、中身には入りません。免訴で打ち切ります。免訴は、前に見た、処罰する権利そのものが消えている場面でした。問い1の前半の答えです。無罪が確定した窃盗を、新証拠で蒸し返すことは、許されません。検察官が再起訴しても、免訴で終わります。

根拠・二重の危険と検察官上訴

根拠。かつて=裁判の内容的確定力に由来すると考えるのが通説。穴=内容的確定力は判断された内容(訴因)にしか生じない。例:偽造した領収書で金をだまし取った(私文書偽造・同行使と詐欺は牽連犯=一罪)→詐欺だけで起訴され確定→偽造には効力が及ばず、偽造で起訴できてしまう(一罪の一部だけを裁いたのに)。現在=二重の危険説(通説)=一度訴追の危険にさらされた者は、二度と同じ危険にさらされない(政策的なもの)。確定の前後で線を引く=確定前の検察官上訴は「継続した一つの危険」の続き/確定後の蒸し返しは二度目の危険(最大判昭25・9・27)。確定後に不利益に覆す道はない=再審は有罪の言渡しを受けた者の利益のために(435条柱書) 図:根拠

  • かつて=裁判の内容的確定力に由来すると考えるのが通説
  • 穴=内容的確定力は判断された内容(訴因)にしか生じない
  • 例:偽造した領収書で金をだまし取った(私文書偽造・同行使と詐欺は牽連犯=一罪)→詐欺だけで起訴され確定→偽造には効力が及ばず、偽造で起訴できてしまう(一罪の一部だけを裁いたのに)
  • 現在=二重の危険説(通説)=一度訴追の危険にさらされた者は、二度と同じ危険にさらされない(政策的なもの)
  • 確定の前後で線を引く=確定前の検察官上訴は「継続した一つの危険」の続き/確定後の蒸し返しは二度目の危険(最大判昭25・9・27)
  • 確定後に不利益に覆す道はない=再審は有罪の言渡しを受けた者の利益のために(435条柱書)

では、なぜ蒸し返せないのか。根拠を見ます。かつては、裁判の内容的確定力に由来する、と考えるのが通説でした。確定した裁判の内容に、効力が生じるから、同じ内容は蒸し返せない、という発想です。ところが、穴があります。内容的確定力は、判断された内容、つまり訴因にしか生じないからです。例を作ります。偽造した領収書を使って、金をだまし取りました。私文書偽造と同行使と、詐欺は、牽連犯で、全体として一罪です。ところが、検察官は、詐欺だけを起訴して、有罪が確定しました。内容的確定力だけなら、効力は詐欺にしか及びません。すると、同じ一罪の一部の偽造で、起訴できてしまいます。一罪の一部だけを裁いたのに、残りを裁き直せる、というのは、おかしいでしょう。

そこで、現在の通説は、二重の危険説です。一度、訴追の危険にさらされた人は、二度と、同じ危険にさらされない、という政策的な根拠です。危険は、訴因ごとではなく、事件ごとに負うものです。検察官は、一罪の全体を、1つの起訴でまとめて裁判にかけられました。ですから、その一部で起訴して危険にさらせば、一罪の全体について、危険にさらしたことになります。一事不再理効が、内容的確定力と別の枠だった理由が、これです。ここで、疑問が出ます。二重の危険なら、第一審で、一度、危険にさらされたのに、検察官が、不利益に変更するよう上訴するのは、憲法違反ではないでしょうか。最高裁は、こう答えました。

判例最大判昭25・9・27 刑集4巻9号1805頁

検察官上訴と二重の危険 その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする。されば、一審の手続も控訴審の手続もまた、上告審のそれも同じ事件においては、継続せる一つの危険の各部分たるにすぎないのである。

危険とは、手続の開始から終わりまでの、一つの継続した状態です。第一審も、控訴審も、上告審も、継続した一つの危険の各部分にすぎません。確定するまでは、正しい結論を探している途中です。上訴は、その同じ手続を続けて誤りを直す場であって、裁判を新しく始め直すものではないからです。したがって、検察官が、有罪や、より重い刑を求めて上訴しても、二重の危険ではなく、憲法39条に違反しません。無罪判決への上訴でも、量刑不当を理由とする上訴でも、同じです。ここで、線が引けます。確定の前の上訴は、一つの危険の続きです。確定のあとの蒸し返しは、二度目の危険です。判決の確定で、一度目の危険が終わります。上訴の中身は、上訴総論の回で見ます。確定したあとに、不利益に覆す道もありません。再審は、有罪の言渡しを受けた人の利益のためにだけ、請求できます。435条の柱書です。不利益再審がない理由は、一事不再理効の裏返しです。詳しくは、再審の回で見ます。

どの裁判の確定で生じるか

一事不再理効が生じる裁判・生じない裁判。背骨=実体に入って、被告人を有罪とされる危険にさらしたか。有罪判決=生じる(理由=実体判決が確定した以上、同じ事件で再び有罪の危険にさらすことは許されない)/無罪判決=生じる(同)/公訴棄却(判決・決定)・管轄違い=生じない(実体の判断をせず手続を打ち切っただけ・直せば再起訴できる)/免訴=形式裁判だが生じる(337条の事由は、およそその事件について公訴提起を認めるべきでない典型場面=政策的に再起訴を認めない。再起訴されたら337条1号で免訴)/略式命令=確定すれば確定判決と同一の効力(470条)=生じる 図:一事不再理効が生じる裁判・生じない裁判

  • 背骨=実体に入って、被告人を有罪とされる危険にさらしたか
  • 有罪判決=生じる(理由=実体判決が確定した以上、同じ事件で再び有罪の危険にさらすことは許されない)/無罪判決=生じる(同)/公訴棄却(判決・決定)・管轄違い=生じない(実体の判断をせず手続を打ち切っただけ・直せば再起訴できる)/免訴=形式裁判だが生じる(337条の事由は、およそその事件について公訴提起を認めるべきでない典型場面=政策的に再起訴を認めない。再起訴されたら337条1号で免訴)/略式命令=確定すれば確定判決と同一の効力(470条)=生じる

では、どの裁判が確定すると、一事不再理効が生じるのか。問い1の本体です。その前に、前に見た区別を思い出してください。管轄違い、公訴棄却、免訴のうち、確定したあと、同じ事件を起訴し直せないのは、どれでしょうか?免訴だけです。処罰する権利そのものが消えているので、再訴できません。管轄違いと公訴棄却は、手続の不備なので、直せば再訴できます。今日は、その理由を、二重の危険から整理します。背骨は1本です。実体に入って、被告人を、有罪とされる危険にさらしたか。有罪判決と、無罪判決は、実体の判決です。確定すれば、一事不再理効が生じます。実体の判断が出た以上、同じ事件で、もう一度、有罪の危険にさらして、手続の負担や苦痛を与えることは、許されません。公訴棄却と、管轄違いは、生じません。実体の判断をせず、手続を打ち切っただけだからです。試合のたとえでいえば、始まる前に流れた試合です。組み直せば、もう一度できます。有罪の危険にさらされた、とはいえません。この2つに一事不再理効が生じない、というのが通説です。起訴状の謄本が届かなかった事件は、届け直して、起訴し直せます。

免訴は、形式裁判ですが、一事不再理効が生じる、例外です。理由は、337条の事由にあります。確定判決を経た、刑が廃止された、大赦があった、時効が完成した。これらは、前に見たとおり、処罰する権利そのものが消えている場面です。何度起訴し直しても、有罪にはなりません。およそその事件について、公訴提起を認めるべきでない、典型的な場面です。もう一度起訴を許しても、被告人に、法廷に立つ負担を負わせるだけです。ですから、政策的に、再起訴を認めないのが妥当だ、と考えられます。免訴が確定したあとに、再起訴されたら、どうなるのか。そのときは、確定判決を経たとして、337条1号で、再び免訴です。時効完成の4号ではありません。略式命令も、確認します。

条文刑事訴訟法第470条

刑事訴訟法第470条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。

確定すれば、確定判決と同一の効力ですから、実体裁判の確定と同じように、一事不再理効が生じます。前回の最後の効力の中身が、これです。問い1の答えです。無罪は、実体に入った裁判ですから、二重の危険を経ています。だから、蒸し返せません。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば、起訴し直せます。免訴だけは、手続の裁判でも、一事不再理効が生じます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して起訴し直した。免訴にしなければならない→×(公訴棄却には一事不再理効が生じない・直せば起訴できる)。(b)時効完成で免訴になった事件が再起訴された。免訴にするなら根拠は337条4号である→×(確定判決を経たとして337条1号)。(c)共犯者の1人が有罪で確定した。別の共犯者にも一事不再理効が及ぶ→×(判決を受けた被告人だけ・249条)。(d)略式命令が請求期間の経過で確定した。同じ事件で再び起訴された。免訴にする→○(確定判決と同一の効力・470条・337条1号) 図:節目のミニ事例

  • (a)公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して起訴し直した
  • 免訴にしなければならない→×(公訴棄却には一事不再理効が生じない・直せば起訴できる)
  • (b)時効完成で免訴になった事件が再起訴された
  • 免訴にするなら根拠は337条4号である→×(確定判決を経たとして337条1号)
  • (c)共犯者の1人が有罪で確定した
  • 別の共犯者にも一事不再理効が及ぶ→×(判決を受けた被告人だけ・249条)
  • (d)略式命令が請求期間の経過で確定した
  • 同じ事件で再び起訴された
  • 免訴にする→○(確定判決と同一の効力・470条・337条1号)

節目のミニ事例です。1つ目。公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して、起訴し直した。裁判所は、免訴にしなければならない。正しいでしょうか。2つ目。時効の完成で免訴になった事件が、再び起訴された。免訴にするなら、根拠は337条4号である。3つ目。共犯者の1人が、有罪で確定した。別の共犯者にも、一事不再理効が及ぶ。次に見ます。最後の4つ目。略式命令が、請求期間の経過で確定した。同じ事件で、再び起訴された。免訴にする。弁別の軸は、実体に入ったか、そして免訴の事由は何号か、です。

範囲を見る3つの視点

一事不再理効の範囲を見る3つの視点(見取り図)。①主観的範囲=誰に=判決を受けた被告人だけ(共犯者にも及ばない・249条)。②客観的範囲=どの事実に=確定判決を経た訴因に限らず、その訴因と公訴事実の同一性(単一性か狭義の同一性のどちらか)のある範囲。理由=検察官は同一性のある範囲なら一個の起訴や訴因変更で審判を求められた(256条5項・312条1項)→被告人は訴因変更が可能な範囲まで危険を負担。単一性は罪数論で決まる(単純一罪・包括一罪・科刑上一罪)。③時間的範囲=いつの時点まで=原則として第一審の判決宣告時までに判明しうる行為。送り=訴訟条件を欠く事実・常習一罪は次の回、単純窃盗の併合罪どうしはその次の回 図:一事不再理効の範囲を見る3つの視点

  • 見取り図
  • ①主観的範囲=誰に=判決を受けた被告人だけ(共犯者にも及ばない・249条)。②客観的範囲=どの事実に=確定判決を経た訴因に限らず、その訴因と公訴事実の同一性(単一性か狭義の同一性のどちらか)のある範囲。理由=検察官は同一性のある範囲なら一個の起訴や訴因変更で審判を求められた(256条5項・312条1項)→被告人は訴因変更が可能な範囲まで危険を負担。単一性は罪数論で決まる(単純一罪・包括一罪・科刑上一罪)。③時間的範囲=いつの時点まで=原則として第一審の判決宣告時までに判明しうる行為。送り=訴訟条件を欠く事実・常習一罪は次の回、単純窃盗の併合罪どうしはその次の回

最後に、一事不再理効が及ぶ範囲を、見る視点だけ、1枚で確認します。中身は、次の回以降です。その前に、復習の質問です。公訴事実の同一性は、単一性と狭義の同一性の、両方がなければならないのでしょうか。それとも、どちらか一方で足りるのでしょうか?どちらか一方で足ります。視点は3つです。誰に、どの事実に、いつの時点まで。1つ目は、誰に。主観的範囲です。一事不再理効は、判決を受けた被告人だけに及びます。共犯者にも及びません。

条文刑事訴訟法第249条

刑事訴訟法第249条 公訴は、検察官の指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない。

公訴の効力は、検察官が指定した被告人以外に及びません。ですから、共犯者の1人が有罪で確定しても、別の共犯者に、一事不再理効は及びません。2つ目は、どの事実に。客観的範囲です。確定した判決を経た訴因だけでなく、その訴因と、公訴事実の同一性がある範囲まで及びます。この物差しは、審判の対象と公訴事実の同一性の回で、訴因変更・二重起訴と並べて見たものと同じです。理由は、検察官は、同一性のある範囲なら、一個の起訴や訴因変更で、審判を求められたからです。ですから被告人は、訴因変更が可能な範囲まで、危険を負担したことになります。3つ目は、いつの時点まで。時間的範囲です。原則は、第一審の判決の宣告時までに、判明しうる行為です。なぜ、その時点か。そこまでなら、検察官は、訴因変更で、その行為も同じ手続に載せて審理を求められたからです。たとえば、常習として繰り返された窃盗のような集合犯が、判決の前後にまたがるときに、問題になります。

例外は、ないんですか。あります。訴訟条件を欠く事実や、繰り返された犯罪では、一事不再理効が遮断される場面があります。中身は、次の回で見ます。そのさらに次の回で、窃盗が複数あったときの、判例を見ます。

今日の地図(保存版)

まとめの整理表。自己拘束力=成立時・全ての裁判/執行力=有罪判決(471条)/拘束力=形式裁判で実益・直接の理由となった判断だけ/一事不再理効=実体裁判(有罪・無罪・略式の確定)と免訴(憲39条・337条1号・根拠は二重の危険)。問い①=無罪・有罪は実体に入り二重の危険を経たので蒸し返せない/公訴棄却は実体に入っていないので直せば起訴し直せる/免訴だけは形式裁判でも生じる。問い②=公訴棄却決定にも拘束力は及ぶが、偽装した被告人の逃げ得を許さないため、事情の変更・蒸し返し禁止の狙い・禁反言のいずれかの考え方で再起訴を許す 図:まとめの整理表

  • 自己拘束力=成立時・全ての裁判/執行力=有罪判決(471条)/拘束力=形式裁判で実益・直接の理由となった判断だけ/一事不再理効=実体裁判(有罪・無罪・略式の確定)と免訴(憲39条・337条1号・根拠は二重の危険)
  • 問い①=無罪・有罪は実体に入り二重の危険を経たので蒸し返せない/公訴棄却は実体に入っていないので直せば起訴し直せる/免訴だけは形式裁判でも生じる
  • 問い②=公訴棄却決定にも拘束力は及ぶが、偽装した被告人の逃げ得を許さないため、事情の変更・蒸し返し禁止の狙い・禁反言のいずれかの考え方で再起訴を許す

今日のまとめです。確定した裁判には、4つの効力がありました。外部的に成立した時点で、全ての裁判に生じる自己拘束力。有罪判決で実際に使う執行力。形式裁判で意味を持つ、直接の理由となった判断に限る拘束力。そして、実体裁判と免訴に生じる、一事不再理効です。問い1の答えです。無罪も有罪も、実体に入って、被告人を危険にさらした裁判です。だから、確定すれば、同じ事件を蒸し返せません。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば起訴し直せます。免訴だけは、手続の裁判でも、一事不再理効が生じます。問い2の答えです。公訴棄却の決定にも、拘束力は及びます。ただし、偽装した被告人の逃げ得を許さないために、事情の変更、蒸し返しの禁止、禁反言という考え方で、再起訴を許します。一事不再理効は、同じ事件には及びます。では、同じ事件とは、どこまでの範囲か。告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶのか。繰り返された犯罪はどうか。次は、その範囲を見ます。

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#157単独ページ動画

一事不再理効の客観的範囲(告訴のない事実と常習一罪)

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①Xは、知人Bの留守宅に無断で入り、Bの大事な品物を壊した。Bは住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しなかった。Xは住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定。その後Bが壊された点を告訴し、Xは器物損壊で起訴された→裁判所はどうするか。②Yは、閉店後の店舗に夜中に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した。数件だけが常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定。その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった→常習特殊窃盗で起訴されたら/単純な窃盗として起訴されたら、裁判所はどうするか 図:今日の問い2つ

  • ①Xは、知人Bの留守宅に無断で入り、Bの大事な品物を壊した
  • Bは住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しなかった
  • Xは住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定
  • その後Bが壊された点を告訴し、Xは器物損壊で起訴された→裁判所はどうするか
  • ②Yは、閉店後の店舗に夜中に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した
  • 数件だけが常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定
  • その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった→常習特殊窃盗で起訴されたら/単純な窃盗として起訴されたら、裁判所はどうするか

前回の最後に、一事不再理効は、同じ事件には及ぶ、と言いました。では、同じ事件とは、どこまでのことでしょうか。告訴がなくて起訴できなかった事実にも、及ぶのか。繰り返された犯罪は、どうか。今日は、この範囲を見ます。一事不再理効が遮断されるのではないか、と問題になる場面が、2つあります。1つ目の問い。Xは、トラブルになった知人Bの留守宅に、無断で入り、Bが大事にしていた品物を壊しました。前回のXとは、別の設例です。Bは、住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しませんでした。Xは、住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定しました。その後、Bが、壊された点を告訴し、Xは、器物損壊で起訴されました。裁判所は、どうするでしょうか。

2つ目の問い。Yは、夜中に、閉店後の店舗に忍び込んで、現金を盗むことを、1年半ほど繰り返していました。そのうち数件だけが、常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定しました。その後、前の裁判の判決が言い渡される前に、Yが同じ手口でやっていた別の数件が見つかりました。まず、常習特殊窃盗として起訴された場合。次に、単純な窃盗として起訴された場合。裁判所は、どうするでしょうか。先に、答えの形だけ、言います。1つ目の問いは、効力は及びます。裁判所は、免訴にします。2つ目の問いは、前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗には、及びます。判決の後の窃盗は、別の事件です。そこへ至る道具は2つです。被告人はどこまで危険にさらされていたか、という二重の危険。そして、何を比べて同じ事件と決めるか、という訴因基準です。

今日の地図は4歩。1歩目=物差しの確認(二重の危険と公訴事実の同一性)/2歩目=告訴のない事実にも及ぶか(問いの1つ目に答える)/3歩目=常習犯とは何か(繰り返しを1個の罪にする)/4歩目=何を比べて同じ事件と決めるか(訴因基準・柔らかい訴因基準説)→問いの2つ目に答える。最後に判決の前後と4象限の地図 図:今日の地図は4歩

  • 1歩目=物差しの確認(二重の危険と公訴事実の同一性)/2歩目=告訴のない事実にも及ぶか(問いの1つ目に答える)/3歩目=常習犯とは何か(繰り返しを1個の罪にする)/4歩目=何を比べて同じ事件と決めるか(訴因基準・柔らかい訴因基準説)→問いの2つ目に答える
  • 最後に判決の前後と4象限の地図

今日の地図です。1歩目は、物差しの確認です。二重の危険と、公訴事実の同一性を、短くおさらいします。2歩目は、告訴のない事実です。1つ目の問いに答えます。3歩目は、常習犯とは何かを見ます。4歩目は、何を比べて同じ事件と決めるのか。2つ目の問いに答えます。最後に、判決の前と後の違いと、4つのマスの地図を見ます。

物差しの確認・二重の危険と公訴事実の同一性

物差し。一事不再理効の根拠=二重の危険(憲法39条)。被告人は、検察官が訴因変更で審判を求められた範囲=公訴事実の同一性(312条1項)の範囲で、訴追の危険にさらされていた→効力も同じ範囲に及ぶ。公訴事実の同一性=単一性か狭義の同一性のどちらか。単一性は罪数で決まる:単純一罪・包括一罪(集合犯)・科刑上一罪(牽連犯・観念的競合)=1個の事件/併合罪=別の事件。たとえ=1回の面談で、相手が聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする 図:物差し

  • 一事不再理効の根拠=二重の危険(憲法39条)
  • 被告人は、検察官が訴因変更で審判を求められた範囲=公訴事実の同一性(312条1項)の範囲で、訴追の危険にさらされていた→効力も同じ範囲に及ぶ
  • 公訴事実の同一性=単一性か狭義の同一性のどちらか
  • 単一性は罪数で決まる:単純一罪・包括一罪(集合犯)・科刑上一罪(牽連犯・観念的競合)=1個の事件/併合罪=別の事件
  • たとえ=1回の面談で、相手が聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする

前回の復習です。公訴棄却と免訴。確定したあと、同じ事件を、起訴し直せないのは、どちらだったでしょうか?免訴だけです。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば起訴し直せます。有罪や無罪の確定も、一事不再理効が生じます。では、その効力は、どこまで及ぶのか。出発点は、前回見た根拠です。二重の危険でした。被告人は、いったん訴追される危険を負ったなら、同じ事件で、重ねて負わされない。では、被告人は、どこまでの範囲で、危険を負っていたのでしょうか。たとえで考えます。1回の面談で、相手が、聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする。そうでなければ、何度でも呼び出されてしまいます。刑事裁判も同じです。検察官が、同じ手続の中で、審判を求められた範囲が、被告人の負った危険の範囲です。その範囲を決めるのが、訴因変更の条文です。訴因は、検察官が起訴状に描いた、審判の枠でした。その枠を、どこまで書き換えられるかの条文です。

条文刑事訴訟法第312条第1項

刑事訴訟法第312条第1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

検察官は、公訴事実の同一性を害しない限度なら、訴因の追加や変更を求められます。裁判所は、これを許さなければなりません。つまり、公訴事実の同一性のある範囲は、同じ手続で審判を求められた範囲です。だから、被告人は、この範囲で危険を負った、と考えます。一事不再理効も、同じ範囲に及びます。これが、物差しです。前回も確認しましたが、公訴事実の同一性は、単一性と狭義の同一性の、どちらかでよかったです。単一性は、別々の事実が1個の罪にまとまるか。狭義の同一性は、1つの事実どうしが同じと言えるか、でした。今日の2つの問いは、どちらも、別々の行為が1個の罪にまとまるか、という問題です。だから、今日使うのは、単一性です。単一性は、罪数で決まります。牽連犯や観念的競合のような科刑上一罪、そして、常習犯のような包括一罪は、1個の事件です。併合罪は、別の事件で、単一性はありません。ここまでが、物差しです。

告訴のない事実の設例

Xの設例の流れ。前訴=住居侵入(刑130条)で起訴→罰金の有罪判決→確定。Bは被害届を出しただけで、器物損壊(刑261条)の告訴はなし→一緒には起訴できなかった。後訴=Bが器物損壊を告訴→器物損壊で起訴。住居侵入と器物損壊=手段と結果の関係=牽連犯(科刑上一罪・刑54条1項後段)=単一性あり。器物損壊は親告罪(刑264条)=告訴がなければ公訴提起できない。問題=告訴がなくて起訴できなかった事実にも一事不再理効は及ぶか 図:Xの設例の流れ

  • 前訴=住居侵入(刑130条)で起訴→罰金の有罪判決→確定
  • Bは被害届を出しただけで、器物損壊(刑261条)の告訴はなし→一緒には起訴できなかった
  • 後訴=Bが器物損壊を告訴→器物損壊で起訴
  • 住居侵入と器物損壊=手段と結果の関係=牽連犯(科刑上一罪・刑54条1項後段)=単一性あり
  • 器物損壊は親告罪(刑264条)=告訴がなければ公訴提起できない
  • 問題=告訴がなくて起訴できなかった事実にも一事不再理効は及ぶか

1つ目の問いに入ります。Xの設例を、時間順に整理します。前の裁判では、住居侵入で起訴され、罰金の有罪判決が確定しました。後の裁判では、器物損壊で起訴されました。今日は、前の裁判を前訴と呼び、後の裁判を後訴と呼びます。まず、2つの罪の関係です。他人の住居に入って、物を壊す。住居に入ることが手段、物を壊すことが結果、という関係です。条文を見ます。

条文刑法第54条第1項

刑法第54条第1項 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

犯罪の手段、または結果である行為が、他の罪名に触れるとき。これが牽連犯で、科刑上一罪です。住居侵入と器物損壊は、牽連犯になります。つまり、単一性があり、公訴事実の同一性があります。物差しに照らせば、効力は及びそうです。それなら、なぜ前の裁判で、器物損壊も一緒に起訴しなかったんですか。起訴できなかったからです。器物損壊は、親告罪です。

条文刑法第264条

刑法第264条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

261条の器物損壊は、告訴がなければ、公訴を提起できません。Bは、住居に入られた点について、被害届を出しただけです。被害届は、被害を知らせるもの。告訴は、犯人の処罰を求める意思表示です。壊された点の告訴は、ありませんでした。だから、前訴の時点で、器物損壊は起訴できませんでした。一方、住居侵入は、告訴が要りません。そして、一罪の一部だけを起訴するのは、一罪の一部起訴の回で見たとおり、原則として検察官の裁量で許されます。起訴するかどうかと同じく、どこまで起訴するかも、検察官に委ねられているからです。だから、住居侵入だけの起訴ができました。ただ、親告罪が絡む一部起訴には、違法・無効説と有効説の対立がありました。今日は、そこには立ち入りません。住居侵入の有罪判決が、すでに確定している、という前提で進めます。ここが問題です。告訴がなくて、一緒に起訴できなかった事実にまで、前訴の一事不再理効は、及ぶのでしょうか。

二重の危険の考え方で及ぶ

告訴のない事実にも及ぶか。反対の考え方=告訴がなく同時に訴追する法律上の可能性がなかった→効力を認めると刑罰権の実現の要請に反する→効力を及ぼさず実体審理。二重の危険の考え方(通説)=一事不再理効の根拠は二重の危険→検察官はBから事情を聴くなどして告訴を得られる余地があった→告訴が得られなかったのは検察官側の事情→訴追の危険は及んでいた→及ぶ。結論=後訴は告訴があり公訴提起は適法→しかし確定判決を経たとき(337条1号)→免訴(公訴棄却ではない) 図:告訴のない事実にも及ぶか

  • 反対の考え方=告訴がなく同時に訴追する法律上の可能性がなかった→効力を認めると刑罰権の実現の要請に反する→効力を及ぼさず実体審理
  • 二重の危険の考え方(通説)=一事不再理効の根拠は二重の危険→検察官はBから事情を聴くなどして告訴を得られる余地があった→告訴が得られなかったのは検察官側の事情→訴追の危険は及んでいた→及ぶ
  • 結論=後訴は告訴があり公訴提起は適法→しかし確定判決を経たとき(337条1号)→免訴(公訴棄却ではない)

結論から言います。及びます。まず、及ばないという考え方を見ます。前訴の時点で、器物損壊には告訴がなく、同時に起訴する法律上の可能性は、ありませんでした。それなのに、効力を認めると、器物損壊を、二度と処罰できなくなります。刑罰権の実現という要請に、反するように見えます。だから、効力を及ぼさず、後訴で実体審理をする、という考え方です。通説は、そうは考えません。決め手は、一事不再理効の根拠です。二重の危険でした。問うべきなのは、検察官から見て起訴できたか、ではありません。被告人が、訴追の危険にさらされていたか、です。検察官は、警察を通じて、あるいは自分で、Bから事情を聴いて、壊された点の告訴を得ることができました。告訴が得られなかったのは、検察官の側の事情です。Xから見れば、一罪の全体が、前訴の危険の範囲でした。したがって、告訴のなかった器物損壊にも、訴追の危険は及んでいた、と評価できます。これが通説の考え方です。ここは、論文で論点になりえます。結論は、こうなります。後訴では、Bの告訴があります。ですから、公訴の提起は、適法です。公訴棄却の問題では、ありません。しかし、前訴の確定判決を経ています。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号です。裁判所は、判決で、免訴の言渡しをします。順序は、告訴があるから公訴提起は適法、しかし確定判決を経たから免訴、です。逆にしないでください。問い1つ目の答えは、及ぶ。そして、免訴です。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、後で告訴を得て起訴した。裁判所は、告訴があるので実体審理をして有罪か無罪かを判断する→×(確定判決を経たとして免訴)。(b)前の裁判が罰金の有罪判決だったので、同じ事件について一事不再理効は生じない→×(罰金でも有罪の確定判決=生じる) 図:節目のミニ事例

  • (a)前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、後で告訴を得て起訴した
  • 裁判所は、告訴があるので実体審理をして有罪か無罪かを判断する→×(確定判決を経たとして免訴)
  • (b)前の裁判が罰金の有罪判決だったので、同じ事件について一事不再理効は生じない→×(罰金でも有罪の確定判決=生じる)

節目のミニ事例です。1つ目。前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、あとで告訴を得て起訴した。裁判所は、告訴があるので、実体審理をして、有罪か無罪かを判断する。正しいでしょうか。×です。告訴があって公訴提起は適法でも、確定判決を経た事件なので、337条1号で免訴になります。2つ目。前の裁判が、罰金の有罪判決だった。罰金は軽い刑なので、同じ事件について、一事不再理効は生じない。正しいでしょうか。×です。罰金でも、有罪の確定判決です。実体に入っているので、効力は生じます。刑の重い軽いは、関係ありません。罰金でも、有罪の判決が確定すれば、効力は生じます。弁別の軸は、告訴の有無ではなく、実体の確定判決を経たか、です。

橋・集合犯と常習犯

集合犯と常習犯。集合犯=常習犯・営業犯のように、はじめから同種の行為の反復を予定している構成要件。数個の行為があっても全体で1個の罪(包括一罪)。常習犯=同じ種類の犯罪を繰り返す癖のある者(判例上の理解)。常習窃盗(今日の総称)=常習特殊窃盗(盗犯等防止法2条)/常習累犯窃盗(同法3条=行為前10年内に3回以上6月以上の拘禁刑の執行等の前科がある者が常習として窃盗)。法定刑=単純窃盗(刑235条)は10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金/常習特殊窃盗は3年以上の有期拘禁刑 図:集合犯と常習犯

  • 集合犯=常習犯・営業犯のように、はじめから同種の行為の反復を予定している構成要件
  • 数個の行為があっても全体で1個の罪(包括一罪)
  • 常習犯=同じ種類の犯罪を繰り返す癖のある者(判例上の理解)
  • 常習窃盗(今日の総称)=常習特殊窃盗(盗犯等防止法2条)/常習累犯窃盗(同法3条=行為前10年内に3回以上6月以上の拘禁刑の執行等の前科がある者が常習として窃盗)
  • 法定刑=単純窃盗(刑235条)は10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金/常習特殊窃盗は3年以上の有期拘禁刑

2つ目の問いに進みます。その前に、道具を1つ用意します。常習犯です。再逮捕・再勾留の回で見た、常習賭博を思い出してください。賭博を何度も繰り返す人がいたとします。賭けるたびに1個の罪、とはしません。賭博を繰り返す癖のある人を罰する規定があり、何回賭けても、その癖の現れとして、まとめて1個の罪になります。このように、同種の行為を繰り返すことが、はじめから予定されている構成要件を、集合犯といいます。単一性の回で、常習の空き巣の例で見た型です。常習犯や営業犯が、代表です。数個の行為があっても、全体で1個の罪、つまり包括一罪です。

1個の罪なら、一部が裁かれたとき、残りはどうなるんですか。そこが、今日の問題です。一罪の一部が確定すると、残りに、一事不再理効が及ぶのかが、問題になります。窃盗の常習犯を見ます。2つあります。常習特殊窃盗と、常習累犯窃盗です。今日は、まとめて常習窃盗と呼びます。Yの設例は、常習特殊窃盗です。条文を見ます。

条文盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第2条

盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第2条 常習トシテ左ノ各号ノ方法ニ依リ刑法第二百三十五条、第二百三十六条、第二百三十八条若ハ第二百三十九条ノ罪又ハ其ノ未遂罪ヲ犯シタル者ニ対シ竊盗ヲ以テ論ズベキトキハ三年以上、強盗ヲ以テ論ズベキトキハ七年以上ノ有期拘禁刑ニ処ス 一 兇器ヲ携帯シテ犯シタルトキ 二 二人以上現場ニ於テ共同シテ犯シタルトキ 三 門戸牆壁等ヲ踰越損壊シ又ハ鎖鑰ヲ開キ人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ艦船ニ侵入シテ犯シタルトキ 四 夜間人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ艦船ニ侵入シテ犯シタルトキ

4号が、Yの手口です。夜間、人の看守する建造物、つまり店舗に侵入して、常習として窃盗をした者は、窃盗として論ずるときは、3年以上の有期拘禁刑です。単純窃盗は、10年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金です。下限が3年以上と、はっきり重くなります。複数回の窃盗も、全体で1個の罪として、この重い刑で処罰します。もう1つの常習累犯窃盗は、3条です。一定の前科のある人が、常習として窃盗をする場合です。

常習性の認定。常習性=(a)行為者が常習性(反復累行する習癖)を有していること+(b)その行為が常習性の発露としてなされたこと。累犯(刑56条)との違い=累犯は前の刑の執行後、一定期間内の再犯という形式的な基準/常習性は行為者の癖という中身を見る基準。認定の事情(総合判断)=前科の種類・回数・時間的間隔/犯行態様の関連性(手口・時間帯・場所)/犯行の期間・回数/性格・素行・生活態度。認められにくい例=夜間の店舗侵入を繰り返してきた者が、ある日、知人宅で目に入った財布をふと持ち出した→習癖の発露とは言いにくい 図:常習性の認定

  • 常習性=(a)行為者が常習性(反復累行する習癖)を有していること+(b)その行為が常習性の発露としてなされたこと
  • 累犯(刑56条)との違い=累犯は前の刑の執行後、一定期間内の再犯という形式的な基準/常習性は行為者の癖という中身を見る基準
  • 認定の事情(総合判断)=前科の種類・回数・時間的間隔/犯行態様の関連性(手口・時間帯・場所)/犯行の期間・回数/性格・素行・生活態度
  • 認められにくい例=夜間の店舗侵入を繰り返してきた者が、ある日、知人宅で目に入った財布をふと持ち出した→習癖の発露とは言いにくい

次に、常習性は、どう認定するのか。常習性とは、特定の犯罪を、繰り返して行う癖です。認定には、2つ見ます。1つ目は、行為者が、その癖を持っていること。2つ目は、問題の行為が、その癖の現れ、つまり発露としてなされたことです。刑法には、累犯もありました。癖があるというのは、累犯のことですか。違います。累犯は、前の刑の執行を終えてから、一定の期間内に、また罪を犯した、という形式的な基準です。常習性は、行為者の癖という、中身を見る基準です。形式と実質で、別物です。癖があるかどうかは、総合判断です。前科の種類、回数、間隔。犯行の手口、時間帯、場所の関連。犯行の期間と回数。性格や素行や生活態度。同じ手口で、近い時期に繰り返していれば、認めやすくなります。

癖のある人の窃盗でも、常習窃盗にならない場合があります。夜間の店舗侵入を繰り返してきた人が、ある日、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出したとします。この窃盗は、癖の現れとは言いにくいでしょう。常習者でも、発露でない窃盗は、ありえます。この点は、あとで使います。

何を比べて同じ事件と決めるか

単一性の判断方法。訴因基準説=前訴の訴因と後訴の訴因の双方だけを比べて判断する。心証基準説=どちらの訴因にも書かれていない常習性についても、裁判所が証拠で心証をとり、その事実を基準に判断する(訴因に拘束されない)。多数説=訴因基準説を原則とする。理由:1つ目=現行法では第一次的には訴因が審判の対象/2つ目=心証基準説だと、前訴が無罪のとき、実体が失われた前訴の訴因と後訴を比べるという無理が生じる/3つ目=発露の点を訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許される。※訴訟条件の回の訴因基準と同じ発想だが、今日は何を比べて同じ事件と決めるかの話 図:単一性の判断方法

  • 訴因基準説=前訴の訴因と後訴の訴因の双方だけを比べて判断する
  • 心証基準説=どちらの訴因にも書かれていない常習性についても、裁判所が証拠で心証をとり、その事実を基準に判断する(訴因に拘束されない)
  • 多数説=訴因基準説を原則とする
  • 理由:1つ目=現行法では第一次的には訴因が審判の対象/2つ目=心証基準説だと、前訴が無罪のとき、実体が失われた前訴の訴因と後訴を比べるという無理が生じる/3つ目=発露の点を訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許される
  • ※訴訟条件の回の訴因基準と同じ発想だが、今日は何を比べて同じ事件と決めるかの話

2つ目の問いに戻ります。一事不再理効は、公訴事実の同一性のある範囲に及びます。ここでの問題は、前の裁判と後の裁判が、常習一罪かどうか、つまり単一性があるかを、何を見て判断するのか、です。立場が2つあります。1つ目は、訴因基準説です。前訴の訴因と、後訴の訴因、この2つだけを並べて比べます。2つ目は、心証基準説です。どちらの訴因にも書かれていない、背後の常習性についても、裁判所が証拠で心証をとります。そして、その事実を基準に、同じ事件かどうかを判断します。訴訟条件の回では、訴訟条件が揃っているかを、裁判所の心証ではなく、訴因を基準に判断しました。訴因を基準にする発想は同じです。ただ、今日は、前の裁判と後の裁判が同じ事件かを、何を比べて決めるか、という別の場面です。たとえば、2枚の起訴状だけを並べて比べるのか。起訴状の裏にある、Yの実際の生活ぶりまで調べて比べるのか。その違いです。多数説は、訴因基準説を原則とします。理由は3つあります。1つ目。現行法では、審判の対象は、まず訴因だからです。2つ目。心証基準説だと、前訴が無罪のとき、困ります。たとえば、前訴でYが無罪になったとします。前の裁判は、Yが盗んだとは認めていません。前訴の訴因の実体が、失われているのです。それなのに、心証基準説では、その実体のない前訴の訴因について、背後に常習性があったかを証拠で調べて、後訴と比べることになります。そういう無理が生じます。3つ目。発露の点は証明が難しいことがあります。そこを訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許されるからです。

払い戻し・問い2つ目の小問

払い戻し。前訴=常習特殊窃盗。(1)後訴=常習特殊窃盗:心証基準説=免訴/訴因基準説=訴因どうしで常習一罪=免訴→結論は同じ。(2)後訴=単純窃盗:心証基準説=証拠次第で常習一罪なら免訴/訴因基準説(硬い形)=常習と単純は当然には一罪にならない(常習者でも発露でない窃盗はありうる)/柔らかい訴因基準説=前訴か後訴のどちらかに常習窃盗の訴因があれば、一罪かどうかを検討するきっかけがある→その限りで、単純窃盗が常習性の発露かを実体審理して心証をとり、単一性を判断→Yの設例=同じ手口・近い時期=発露→常習一罪→免訴 図:払い戻し

  • 前訴=常習特殊窃盗
  • (1)後訴=常習特殊窃盗:心証基準説=免訴/訴因基準説=訴因どうしで常習一罪=免訴→結論は同じ
  • (2)後訴=単純窃盗:心証基準説=証拠次第で常習一罪なら免訴/訴因基準説(硬い形)=常習と単純は当然には一罪にならない(常習者でも発露でない窃盗はありうる)/柔らかい訴因基準説=前訴か後訴のどちらかに常習窃盗の訴因があれば、一罪かどうかを検討するきっかけがある→その限りで、単純窃盗が常習性の発露かを実体審理して心証をとり、単一性を判断→Yの設例=同じ手口・近い時期=発露→常習一罪→免訴

Yの設例に当てはめます。前訴は、常習特殊窃盗です。まず、後訴も、常習特殊窃盗の場合。どちらの説でも、訴因どうしを比べれば、常習一罪です。単一性があるので、337条1号で、免訴です。結論は、どちらの説でも同じです。次に、後訴が、単純な窃盗の場合です。心証基準説なら、証拠を調べて、実質的に常習一罪なら、免訴です。では、訴因基準説は、どうなるか。厳格に、訴因だけを比べると、常習窃盗と、単純窃盗は、当然には一罪になりません。先ほど見たとおり、常習者でも、発露でない窃盗はあるからです。そうなると、単一性なし、で、起訴を認めることになります。

そこで出てくるのが、柔らかい訴因基準説です。前訴か後訴の、どちらかに、常習窃盗の訴因があると、両方の訴因は、実体としては常習一罪ではないか、と強くうかがわせます。つまり、一罪かどうかを、検討するきっかけがあります。そこで、その限りで、単純窃盗が、常習性の発露として行われたかを、実体審理して、心証をとります。そして、単一性を判断します。引き金は、どちらかに常習の訴因がある、という点です。判例も、この考え方に立つと理解されています。その判例の中身は、次の回で見ます。ここも、論文で論点になりえます。Yの設例は、同じ手口で、近い時期です。発露と認められます。常習一罪で、単一性があり、前訴の効力が及びます。裁判所は、免訴です。逆に、前の判決の前に、Yが、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出していて、それが単純窃盗で起訴されたら、どうか。癖の現れとは言いにくく、常習一罪にはなりません。単一性がないので、免訴ではなく、実体審理をして、有罪か無罪かを判断します。確認です。前訴が常習窃盗、後訴が単純窃盗。柔らかい訴因基準説で、単純窃盗が常習性の発露かどうかを、実体審理するきっかけになるのは、何でしたか?

前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があることです。

判例・前訴が常習で後訴が単純の例

判例。大阪府の迷惑防止条例違反(痴漢)の事案。前の略式命令=常習の罪(条例9条2項)で罰金・確定。後の略式命令=別の日の電車内の行為を単純な罪(条例5条1項・9条1項)として罰金・確定(後の行為は前の略式命令が確定する前の犯行)。検察官が非常上告(確定した略式命令の法令違反を正す特別の救済手続)。最高裁は、後の略式命令を破棄し、被告人を免訴。罪名は窃盗ではなく条例違反の常習罪だが、前訴常習・後訴単純でも常習性の発露として1個の常習罪とみて免訴にした例 図:判例

  • 大阪府の迷惑防止条例違反(痴漢)の事案
  • 前の略式命令=常習の罪(条例9条2項)で罰金・確定
  • 後の略式命令=別の日の電車内の行為を単純な罪(条例5条1項・9条1項)として罰金・確定(後の行為は前の略式命令が確定する前の犯行)
  • 検察官が非常上告(確定した略式命令の法令違反を正す特別の救済手続)
  • 最高裁は、後の略式命令を破棄し、被告人を免訴
  • 罪名は窃盗ではなく条例違反の常習罪だが、前訴常習・後訴単純でも常習性の発露として1個の常習罪とみて免訴にした例

ここで、前の裁判が常習、後の裁判が単純だった例を、判例で見ます。次の回で見る最高裁の判断とは、別の判例です。窃盗ではなく、迷惑防止条例違反の、痴漢の事案です。常習の罪が、条例にあります。略式命令は、略式手続の回で見たとおり、公判を開かず、書面の審理で罰金を科す裁判です。前の略式命令は、常習の罪として、罰金が確定しました。後の略式命令は、別の日の電車内の行為を、単純な罪として、罰金が確定しました。後の行為は、前の略式命令が確定する前の犯行です。検察官は、非常上告を申し立てました。非常上告は、確定した裁判の法令違反を正す、特別の救済手続です。最高裁は、後の略式命令を破棄して、被告人を免訴にしました。判旨です。

判例最判平15・6・2 集刑284号353頁

前の常習罪の一部が確定した後の単純な罪の略式命令 原略式命令が認定した各所為は,その態様等に照らすと,別件略式命令で認定された犯行と同様,条例5条1項,9条2項に該当するものとみるべきであり,かつ,別件略式命令の確定する前の犯行であるから,別件略式命令で認定された犯行とともに1個の条例5条1項,9条2項の罪を構成するものであったというべきである。 …… そうすると,既に別件略式命令が上記常習一罪の一部について有罪の裁判をしており,これが確定していたのであるから,原裁判所としては,刑訴法463条1項により,通常の規定に従って審理をした上,同法337条1号により,判決で免訴の言渡しをすべきであった。

原略式命令とは、後の略式命令のことです。別件略式命令とは、前の略式命令です。後の略式命令が認めた各行為は、前の略式命令の犯行と同じように、常習の罪に当たる。しかも、前の略式命令が確定する前の犯行だから、前の犯行とともに、1個の常習罪を構成する。だから、常習一罪の一部について、すでに有罪の裁判が確定していた。そこで、463条1項により、略式命令ではなく、通常の公判の手続に移して審理し、337条1号により、判決で免訴をすべきだった、という判断です。今日の物差しで言えば、後の行為も、実体は、前と同じ1個の常習罪の一部でした。その罪について、被告人は、前の手続で、すでに訴追の危険にさらされていました。だから、重ねては裁けず、免訴です。ただし、窃盗ではなく条例違反の事案ですので、そこは区別して覚えてください。

時間的範囲・判決の前の窃盗と後の窃盗

時間的範囲。原則=第一審の判決の宣告時までに判明しうる行為に及ぶ(上訴審が破棄自判したときはその宣告時までとする有力説)。Yの時間線:常習窃盗の帯(1年半)/前訴の判決の言渡し=境目。判決の前の窃盗(別の数件)=前訴の危険の範囲→確定後に見つかっても免訴。判決の後の窃盗=別の事件→別の罪として起訴できる(一括りにして効力を及ぼすと、判決後の犯行まで処罰できなくなり不合理) 図:時間的範囲

  • 原則=第一審の判決の宣告時までに判明しうる行為に及ぶ(上訴審が破棄自判したときはその宣告時までとする有力説)
  • Yの時間線:常習窃盗の帯(1年半)/前訴の判決の言渡し=境目
  • 判決の前の窃盗(別の数件)=前訴の危険の範囲→確定後に見つかっても免訴
  • 判決の後の窃盗=別の事件→別の罪として起訴できる(一括りにして効力を及ぼすと、判決後の犯行まで処罰できなくなり不合理)

最後に、時間の面です。一事不再理効の時間的範囲は、原則として、いつまでに判明しうる行為に及ぶのでしたか?第一審の判決の宣告時までです。上訴審が、原判決を破棄して自ら判決したとき、つまり破棄自判のときは、その宣告時までとする有力な見解もあります。その時点より前の行為は、検察官が訴因変更で、同じ手続に載せられたはずだからです。Yの時間線で考えます。1年半の窃盗が、帯のように続いています。前訴の判決が言い渡されたのは、その途中です。判決が言い渡される前の窃盗は、確定後に見つかっても、前訴の危険の範囲です。問い2つ目の別の数件は、これです。だから、免訴です。では、判決が言い渡された後に、Yが、また同じ手口で盗んだら、どうなるか。それは、前訴の危険の範囲に入っていません。別の事件で、別の罪として、起訴できます。

常習一罪だから、あとの分も、まとめて前の裁判で済んだことにはならないんですか。なりません。もし、判決のあとの犯行にまで効力が及ぶなら、一度判決を受けた常習者は、そのあと同じ手口で盗んでも、処罰されないことになります。不合理です。ですから、判決の前までは及び、判決の後は別、と切ります。

4つのマスの地図

4象限の地図。前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)。前訴=常習・後訴=常習→免訴(どちらの説でも)/前訴=常習・後訴=単純→免訴(柔らかい訴因基準説・設例は発露)/前訴=単純の2マス(後訴=常習/後訴=単純)→次の回。今日埋まったのは前訴=常習の2マス 図:4象限の地図

  • 前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)
  • 前訴=常習・後訴=常習→免訴(どちらの説でも)/前訴=常習・後訴=単純→免訴(柔らかい訴因基準説・設例は発露)/前訴=単純の2マス(後訴=常習/後訴=単純)→次の回
  • 今日埋まったのは前訴=常習の2マス

今日の結論を、4つのマスの地図にします。縦は前訴で、横は後訴です。それぞれ、常習か、単純か。4つのマスができます。前訴が常習で、後訴も常習のマス。免訴です。どちらの説でも同じです。前訴が常習で、後訴が単純のマス。柔らかい訴因基準説で、発露と認められれば、免訴です。今日埋まったのは、前訴が常習の、この2マスです。前訴が単純窃盗のマスは、空欄のままです。そこは、次の回に見ます。前訴が常習なら、常習の訴因があるので、実体に踏み込むきっかけがあります。前訴が単純なら、どうなるのか。そこが、次の問題です。

今日の地図(保存版)

まとめ。問い①=告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶ→後訴は免訴(根拠=告訴を得る可能性があった=訴追の危険は及んでいた・二重の危険)。問い②=前訴が常習のとき、判決が言い渡される前の窃盗には及ぶ→(1)後訴が常習=免訴/(2)後訴が単純=柔らかい訴因基準説で発露なら免訴。判決の後の窃盗は別の事件。道具の1つ目=二重の危険(危険の範囲=公訴事実の同一性)/2つ目=訴因基準(何を比べて同じ事件と決めるか→柔らかい訴因基準説) 図:まとめ

  • 問い①=告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶ→後訴は免訴(根拠=告訴を得る可能性があった=訴追の危険は及んでいた・二重の危険)
  • 問い②=前訴が常習のとき、判決が言い渡される前の窃盗には及ぶ→(1)後訴が常習=免訴/(2)後訴が単純=柔らかい訴因基準説で発露なら免訴
  • 判決の後の窃盗は別の事件
  • 道具の1つ目=二重の危険(危険の範囲=公訴事実の同一性)/2つ目=訴因基準(何を比べて同じ事件と決めるか→柔らかい訴因基準説)

今日のまとめです。問いは2つでした。1つ目の問いの答えです。告訴がなくて起訴できなかった事実にも、一事不再理効は及びます。検察官は、告訴を得る可能性があり、被告人は、訴追の危険にさらされていたからです。後訴では、告訴があるので公訴提起は適法ですが、確定判決を経ているので、337条1号で免訴です。2つ目の問いの答えです。前訴が常習窃盗のとき、前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗には、効力が及びます。後訴も常習窃盗なら、どちらの説でも免訴です。後訴が単純窃盗なら、前訴か後訴に常習の訴因があるので、柔らかい訴因基準説で、常習性の発露かを調べます。発露なら、免訴です。判決の後の窃盗は、別の事件で、起訴できます。道具は2つでした。被告人はどこまで危険にさらされていたかという、二重の危険。そして、何を比べて同じ事件と決めるかという、訴因基準です。今日は、前の裁判が常習窃盗だった場合を見ました。では、前の裁判も後の裁判も、ただの窃盗として起訴されていたら、どうなるか。次は、残りの2マスと、最高裁の判断を見ます。

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#158単独ページ動画

単純窃盗どうしの一事不再理効(最判平15・10・7)

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。同じYの設例で、最初の起訴の仕方が違う。Yは、夜中に閉店後の店舗に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した。そのうち数件が単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定(前訴)。その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった(後訴)。1つ目の問い=常習特殊窃盗として起訴されたら。2つ目の問い=また単純窃盗として起訴されたら。裁判所はどうするか 図:今日の問い

  • 同じYの設例で、最初の起訴の仕方が違う
  • Yは、夜中に閉店後の店舗に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した
  • そのうち数件が単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定(前訴)
  • その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった(後訴)
  • 1つ目の問い=常習特殊窃盗として起訴されたら
  • 2つ目の問い=また単純窃盗として起訴されたら
  • 裁判所はどうするか

前回の最後に、問いを1つ残しました。前の裁判も、後の裁判も、ただの窃盗として起訴されていたら、どうなるか。今日は、その答えを見ます。最高裁の判断が出てきます。前回の地図を、おさらいします。前の裁判を、前訴と呼び、後の裁判を、後訴と呼びます。縦に前訴を、横に後訴をとり、それぞれ常習か単純かで、4つのマスができました。前回埋まったのは、前訴が常習の2マスです。常習と常習は、免訴。常習と単純は、常習性の発露と認められれば、免訴でした。常習性の発露とは、その窃盗が、繰り返して盗む癖の現れとしてなされたことです。物差しは、二重の危険でした。被告人は、公訴事実の同一性の範囲で、訴追の危険にさらされていたので、効力もその範囲に及びます。今日の場面で問われるのは、単一性があるかどうかです。使った道具は、柔らかい訴因基準説です。訴因を基準に比べながら、場合によっては、常習性の発露まで調べる考え方でした。常習窃盗は、常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称でした。常習特殊窃盗は、夜間に店舗へ侵入するなど、盗犯等防止法2条の方法で、常習として盗む罪で、刑が重くなります。

同じYで考えますが、最初の起訴の仕方が違います。Yは、夜中に、閉店後の店舗に忍び込んで、現金を盗むことを、1年半ほど繰り返していました。そのうち数件が、ただの窃盗、つまり単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定しました。その後、前の裁判の判決が言い渡される前に、Yが同じ手口でやっていた別の数件が見つかりました。1つ目の問い。この別の数件が、常習特殊窃盗として起訴されたら。2つ目の問い。この別の数件が、また単純窃盗として起訴されたら。裁判所は、それぞれどうするでしょうか。先に、答えの形だけを言います。1つ目の問いは、免訴になりえます。ただし、常習性の発露と認められるときです。2つ目の問いは、免訴になりません。前の裁判の効力は、後の裁判に及びません。この分かれ目を、最高裁の判断で見ます。

今日の地図。前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)の4つのマス。前訴=常習の2マスは前回で埋まり(常習×常習=免訴/常習×単純=発露なら免訴)。今日埋めるのは前訴=単純の2マス(単純×常習/単純×単純)。使った道具=柔らかい訴因基準説。前訴=前の裁判/後訴=後の裁判。常習窃盗=常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称 図:今日の地図

  • 前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)の4つのマス
  • 前訴=常習の2マスは前回で埋まり(常習×常習=免訴/常習×単純=発露なら免訴)
  • 今日埋めるのは前訴=単純の2マス(単純×常習/単純×単純)
  • 使った道具=柔らかい訴因基準説
  • 前訴=前の裁判/後訴=後の裁判
  • 常習窃盗=常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称

今日は、判例を2つ見ます。前訴が単純窃盗で後訴が常習のマスと、前訴も後訴も単純窃盗のマスの順です。最後に、4つのマスを一覧にして、検察官の起訴の仕方が結論を分けることまで見ます。

前訴が単純窃盗で後訴が常習窃盗の場合

前訴=単純窃盗、後訴=常習特殊窃盗(Yの1つ目の問い)。訴因だけを硬く比べると、単純窃盗と常習窃盗は当然には一罪にならない。しかし後訴に常習窃盗の訴因がある→両訴因は実体的には常習一罪ではないかと強くうかがわせる→検討するきっかけ(引き金)→前訴の単純窃盗が常習性の発露として行われたかを実体審理して心証をとる→発露と認められる(同じ手口・近い時期)→1個の常習特殊窃盗の一部→一罪の一部について確定判決あり→単一性あり→刑訴337条1号で免訴。後の訴因に習癖の発露でない窃盗が混じれば、それは一罪の一部にならない

  • 前訴=単純窃盗、後訴=常習特殊窃盗(Yの1つ目の問い)
  • 訴因だけを硬く比べると、単純窃盗と常習窃盗は当然には一罪にならない
  • しかし後訴に常習窃盗の訴因がある→両訴因は実体的には常習一罪ではないかと強くうかがわせる→検討するきっかけ(引き金)→前訴の単純窃盗が常習性の発露として行われたかを実体審理して心証をとる→発露と認められる(同じ手口・近い時期)→1個の常習特殊窃盗の一部→一罪の一部について確定判決あり→単一性あり→刑訴337条1号で免訴
  • 後の訴因に習癖の発露でない窃盗が混じれば、それは一罪の一部にならない

復習です。前訴が常習窃盗、後訴が単純窃盗のとき、柔らかい訴因基準説で、単純窃盗が常習性の発露かどうかを実体審理するきっかけになるのは、何でしたか?前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があることです。今日の1つ目のマスは、その向きが逆になります。前訴が単純窃盗で、後訴が常習特殊窃盗。Yの1つ目の問いです。訴因だけを硬く比べれば、前の窃盗は、常習の一部にはなりません。単純窃盗と常習窃盗は、当然には一罪にならないからです。ただ、後の裁判には、常習特殊窃盗の訴因があります。すると、両方の訴因は、実体としては常習一罪ではないか、と強くうかがわせます。一罪かどうかを検討する、きっかけがあるわけです。引き金を引くのは、後訴の常習の訴因です。そこで、その限りで、前訴の単純窃盗が、常習性の発露として行われたかを、実体審理して心証をとります。Yは、夜中に閉店後の店舗へ忍び込んで現金を盗む、という同じ手口を、近い時期に繰り返しています。発露と認められます。すると、前の窃盗と、あとの窃盗は、1個の常習特殊窃盗の一部です。その一部について、すでに確定判決があります。単一性があり、前訴の効力が後訴に及びます。条文を見ます。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号です。確定判決を経たときは、判決で免訴を言い渡します。Yの1つ目の問いの答えは、免訴です。後の裁判に挙がった窃盗なら、全部が常習の一部として扱われるんですか。違います。前回見たとおり、常習者でも、発露でない窃盗はあります。例えば、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出した窃盗は、一罪の一部になりません。ですから、結論は、発露と認められるときは免訴、と条件つきで覚えてください。ここは、論文で論点になりえます。

判例・前訴が単純窃盗で後訴が常習累犯窃盗

判例。被告人の窃盗5件が、包括して常習累犯窃盗(盗犯等防止法3条)の一罪として起訴され、第一審は有罪。ところが被告人は、そのうち最初の1件と次の件の中間の時期の窃盗で、別の簡易裁判所から窃盗罪として有罪判決を受け、確定していた(前訴=単純窃盗)。最高裁は職権で調査。前の窃盗も常習累犯窃盗に当たる→最初の1件も確定判決前の犯行で、前の窃盗と1個の常習累犯窃盗を構成すべきもの→免訴とされるべき。ただし破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない→上告棄却(最判昭43・3・29) 図:判例

  • 被告人の窃盗5件が、包括して常習累犯窃盗(盗犯等防止法3条)の一罪として起訴され、第一審は有罪
  • ところが被告人は、そのうち最初の1件と次の件の中間の時期の窃盗で、別の簡易裁判所から窃盗罪として有罪判決を受け、確定していた(前訴=単純窃盗)
  • 最高裁は職権で調査
  • 前の窃盗も常習累犯窃盗に当たる→最初の1件も確定判決前の犯行で、前の窃盗と1個の常習累犯窃盗を構成すべきもの→免訴とされるべき
  • ただし破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない→上告棄却(最判昭43・3・29)

この考え方の判例を、1つ見ます。前の裁判が単純窃盗で、後の裁判が常習累犯窃盗の事案です。常習累犯窃盗は、盗犯等防止法3条で、一定の前科のある人が常習として窃盗をする罪でした。事案です。被告人の窃盗5件が、まとめて1個の常習累犯窃盗として起訴され、第一審は有罪としました。ところが被告人は、そのうちの最初の1件と、次の件との中間の時期の窃盗について、別の簡易裁判所から、窃盗罪として有罪判決を受け、すでに確定していました。これが前の裁判です。最高裁は、この点を職権で調べました。判断は2段です。1段目は、この1件をどう扱うべきだったか。2段目は、それを理由に原判決を破棄したか、です。判旨です。

判例最判昭43・3・29 刑集22巻3号153頁

前訴が単純窃盗の確定判決・後訴が常習累犯窃盗 右大牟田市における各窃盗も盗犯等の防止及び処分に関する法律三条所定の常習累犯窃盗に該当するものとみるべきであり、また前記の本件(一)の所為も右確定判決前の犯行であるから、右大牟田市における各窃盗犯行と共に一個の常習累犯窃盗罪を構成すべきものであつたといわなければならない。しからば、右一罪の一部について既に確定判決があつた以上、本件における前記(一)の所為については免訴とされるべきであり、この点を看過し前記のように右(一)の所為をも本件の有罪事実に含めた第一審判決ならびにこれを認容した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があることになる。 …… これらの点からすれば、原判決の前記違法については、いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

読み替えます。右大牟田市における各窃盗とは、前の確定判決で認められた窃盗です。本件の一の所為とは、今回起訴された窃盗のうち、前の窃盗より前の時期の1件です。前の窃盗も、常習累犯窃盗に当たるとみるべきだ。この1件も、確定判決の前の犯行だから、前の窃盗とともに、1個の常習累犯窃盗を構成するはずだった。一罪の一部について、すでに確定判決がある以上、この1件は、免訴とされるべきだった。それを見落とした第一審と原判決には、法令の解釈適用を誤った違法がある、という判断です。ここが2段目です。注意してください。主文は、上告棄却です。免訴とされるべきだったが、それだけでは、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない、として棄却しました。残りの窃盗だけでも、常習累犯窃盗罪は成立しますし、刑も甚だしく不当ではないからです。前回見た、条例違反の常習罪の判例は、後の略式命令を破棄して、つまり取り消して、免訴を言い渡していました。こちらは、原判決を破棄せず、そのまま残しています。ですから、この判例について、免訴を言い渡したと覚えるのは誤りです。免訴とされるべきだった、と判示した、が正確です。この判例は、前訴が単純窃盗でも、後訴が常習窃盗なら、実体は常習一罪の一部と見て、免訴の扱いになる、という考え方を、示した例です。4つのマスの、前訴が単純で後訴が常習のマスの判例です。

前訴も後訴も単純窃盗の場合・問題の所在

問題の所在(Yの2つ目の問い)。後訴も単純窃盗として起訴。実体は1個の常習特殊窃盗かもしれない。しかし検察官は、立証の難易などを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できる(一罪の一部起訴)。前訴・後訴の訴因は、どちらにも常習性が載っていない。(a)両訴因に書かれたことだけで比べる→別々の機会の単純窃盗=併合罪の関係→単一性なし→効力は及ばない/(b)訴因に書かれていない常習性まで心証をとり、常習特殊窃盗として一罪と見る→単一性あり→免訴。以前に、同様の事案で免訴を言い渡した高裁判決があった 図:問題の所在

  • Yの2つ目の問い
  • 後訴も単純窃盗として起訴。実体は1個の常習特殊窃盗かもしれない。しかし検察官は、立証の難易などを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できる(一罪の一部起訴)。前訴・後訴の訴因は、どちらにも常習性が載っていない。(a)両訴因に書かれたことだけで比べる→別々の機会の単純窃盗=併合罪の関係→単一性なし→効力は及ばない
  • (b)訴因に書かれていない常習性まで心証をとり、常習特殊窃盗として一罪と見る→単一性あり→免訴。以前に、同様の事案で免訴を言い渡した高裁判決があった

公訴の章で見た、一罪の一部だけを起訴することは、許されたでしょうか?許されます。どこまで起訴するかも、検察官の裁量です。これが、2つ目のマスで効いてきます。Yの2つ目の問いは、後の裁判も、単純窃盗として起訴された場合でした。実体としては、Yの窃盗は、1個の常習特殊窃盗かもしれません。しかし、検察官は、立証の難しさなどを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できます。このとき、前の裁判の訴因にも、後の裁判の訴因にも、常習性は載っていません。ここで、考え方が2つに分かれます。1つ目は、両方の訴因に書かれたことだけで比べる考え方です。前回の言い方なら、2枚の起訴状だけを並べて比べます。別々の機会の単純窃盗は、併合罪の関係で、一罪ではありません。単一性がなく、前の裁判の効力は、及びません。2つ目は、訴因に書かれていない常習性まで、裁判所が証拠で心証をとる考え方です。起訴状の裏にある、Yの実際の生活ぶりまで調べるわけです。常習特殊窃盗として一罪と見れば、単一性があり、免訴です。1つ目を訴因基準説、2つ目を心証基準説と呼びます。前回見たこの対立が、どちらにも常習の訴因がない場面で問われるわけです。

なお、同じような事案で、免訴を言い渡した高裁判決がありました。これから見る最高裁の判決は、その高裁判決を変更しています。

判例・前訴も後訴も単純窃盗

判例。建造物侵入・窃盗の事件。確定判決で認定された別の機会の建造物侵入・窃盗(前訴)があり、その後、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が、単純窃盗罪・建造物侵入罪として起訴された(後訴)。原判決は、実体的には常習特殊窃盗一罪を構成することは否定しえないとしながら、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらないとした。結論=前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合、両者が実体的には一つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前訴の確定判決による一事不再理効は後訴に及ばない。建造物侵入が併せて起訴された場合も同じ。上告棄却・裁判官全員一致・判例変更(最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁) 図:判例

  • 建造物侵入・窃盗の事件
  • 確定判決で認定された別の機会の建造物侵入・窃盗(前訴)があり、その後、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が、単純窃盗罪・建造物侵入罪として起訴された(後訴)
  • 原判決は、実体的には常習特殊窃盗一罪を構成することは否定しえないとしながら、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらないとした
  • 結論=前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合、両者が実体的には一つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前訴の確定判決による一事不再理効は後訴に及ばない
  • 建造物侵入が併せて起訴された場合も同じ
  • 上告棄却・裁判官全員一致・判例変更(最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁)

最高裁の判断です。事案は、建造物侵入と窃盗の事件でした。確定判決で認められた、別の機会の建造物侵入と窃盗があります。これが前の裁判です。その後、確定判決の前に犯された余罪が、単純窃盗罪と建造物侵入罪として起訴されました。これが後の裁判です。原判決は、実体的には常習特殊窃盗の一罪を構成することは否定できないとしました。しかし、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらない、としました。被告人の側は、同じような事案で免訴とした高裁判決と食い違う、と主張しました。結論から言います。前の裁判の訴因も、後の裁判の訴因も、共に単純窃盗の場合は、実体的には1つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前の裁判の一事不再理効は、後の裁判に及びません。後の裁判は免訴にならず、実体審理で、有罪か無罪かを判断します。上告は棄却で、裁判官全員一致です。同じような事案で免訴とした高裁判決は、この判決で、変更されました。判決を、3つに分けて見ます。まず、罪の性質と、一部起訴ができることを述べた部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

常習特殊窃盗罪の性質と一部起訴 常習特殊窃盗罪は,異なる機会に犯された別個の各窃盗行為を常習性の発露という面に着目して一罪としてとらえた上,刑罰を加重する趣旨の罪であって,常習性の発露という面を除けば,その余の面においては,同罪を構成する各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはない。したがって,実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為についても,検察官は,立証の難易等諸般の事情を考慮し,常習性の発露という面を捨象した上,基本的な犯罪類型である単純窃盗罪として公訴を提起し得ることは,当然である。

常習性の発露という面を外せば、各窃盗の間に結び付きはないので、検察官は単純窃盗として起訴できる、という部分です。次に、判断の基準を示した部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

公訴事実の単一性の判断基準 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては,少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること,犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有することに加え,前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ることなどにかんがみると,前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である。

前訴と後訴の各訴因のみを基準に比べる、という部分が基準です。最後に、本件へのあてはめと結論です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

前訴・後訴とも単純窃盗の場合のあてはめ 本件においては,前訴及び後訴の訴因が共に単純窃盗罪であって,両訴因を通じて常習性の発露という面は全く訴因として訴訟手続に上程されておらず,両訴因の相互関係を検討するに当たり,常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないのであるから,ここに常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むことは,相当でないというべきである。そうすると,別個の機会に犯された単純窃盗罪に係る両訴因が公訴事実の単一性を欠くことは明らかであるから,前訴の確定判決による一事不再理効は,後訴には及ばないものといわざるを得ない。 以上の点は,各単純窃盗罪と科刑上一罪の関係にある各建造物侵入罪が併せて起訴された場合についても,異なるものではない。

理由は、次の節で、1つずつ読みます。建造物侵入が併せて起訴されていても、結論は同じ、というのが最後の1文です。

判旨の読み方

判旨の理由4つ。①少なくとも第一次的には訴因が審判の対象/②無罪の確定判決にも一事不再理効がある/③常習特殊窃盗罪の性質=常習性の発露という面に着目して一罪とし刑を加重する罪/常習性の発露という面を除けば各窃盗行為の間に本来的な結び付きはない/④一罪を構成する行為の一部起訴も適法。前回の多数説の理由3つ(訴因が審判の対象/前訴が無罪のとき困る/単純窃盗で起訴するのも訴追裁量)と重なるのは①②④。新しいのは③。②の筋=無罪の判決にも効力がある→無罪のときにも使える物差しが要る→有罪でも無罪でも前の裁判に必ずあるのは訴因 図:判旨の理由4つ

  • ①少なくとも第一次的には訴因が審判の対象
  • ②無罪の確定判決にも一事不再理効がある
  • ③常習特殊窃盗罪の性質=常習性の発露という面に着目して一罪とし刑を加重する罪/常習性の発露という面を除けば各窃盗行為の間に本来的な結び付きはない
  • ④一罪を構成する行為の一部起訴も適法
  • 前回の多数説の理由3つ(訴因が審判の対象/前訴が無罪のとき困る/単純窃盗で起訴するのも訴追裁量)と重なるのは①②④
  • 新しいのは③
  • ②の筋=無罪の判決にも効力がある→無罪のときにも使える物差しが要る→有罪でも無罪でも前の裁判に必ずあるのは訴因

判決が挙げる理由は、4つです。1つ目。現行法では、少なくとも第一次的には、訴因が審判の対象だということ。訴因が審判の対象であることは、訴因の回で見ました。2つ目。無罪の確定判決にも、一事不再理効があること。3つ目。常習特殊窃盗という罪の性質です。4つ目。一罪を構成する行為の一部起訴も、適法にできること。前回、多数説が訴因基準説をとる理由を、3つ見ました。訴因が審判の対象であること、前訴が無罪のとき困ること、常習性を外して単純窃盗で起訴するのも検察官の裁量であること、です。判決の理由の1つ目、2つ目、4つ目は、この3つと中身が重なります。前回の3つに無かったのは、3つ目の罪の性質です。

たとえで考えます。常習特殊窃盗は、別々の機会の窃盗を、常習性という輪ゴムで束ねて、一つの重い罪にしたものです。輪ゴムを外せば、各窃盗の間に、本来的な結び付きはありません。単純窃盗として起訴されるときは、この輪ゴムが、はじめから掛かっていません。束ねる根拠が、訴因に載っていないのです。2つ目の理由は、こう説明されます。前の裁判で、Yが無罪になったとします。無罪の判決では、問題の窃盗が行われたかどうかが、そもそも確定していません。それでも、無罪の判決にも、一事不再理効があります。ですから、効力がどこまで及ぶかは、無罪のときにも使える物差しで決めなければなりません。無罪なら、盗みの背後に常習性があったかを比べる土台が、前の裁判にありません。有罪でも無罪でも、前の裁判に必ずあるのは、何が起訴されたか、つまり訴因です。だから、訴因の背後の実体で比べるやり方には、限界がある、と説明されます。

判例の示した基準とあてはめ。基準=前訴と後訴の間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴・後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断。あてはめ=共に単純窃盗→常習性の発露という面は訴因として上程されていない→考慮すべき契機は存在しない→常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは相当でない→単一性を欠く→一事不再理効は及ばない→Yの2つ目の問い=免訴にならない 図:判例の示した基準とあてはめ

  • 基準=前訴と後訴の間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴・後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断
  • あてはめ=共に単純窃盗→常習性の発露という面は訴因として上程されていない→考慮すべき契機は存在しない→常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは相当でない→単一性を欠く→一事不再理効は及ばない→Yの2つ目の問い=免訴にならない

この4つを合わせて、判例は、基準を示しました。前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴と後訴の各訴因のみを基準にして、比較対照して判断する。これが、判例の示した基準です。あてはめです。今回は、前訴も後訴も単純窃盗です。常習性の発露という面は、どちらの訴因にも、全く載っていません。判決は、両訴因の関係を検討するとき、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しない、と言いました。ですから、常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは、相当でありません。別の機会の単純窃盗に係る両訴因は、単一性を欠き、前の裁判の効力は及びません。Yの2つ目の問いの答えは、免訴にならない、です。

訴因に載っていない常習性には、踏み込みません。次に、前回の柔らかい訴因基準説が、この判決のどこに書かれているかを見ます。なお書きと呼ばれる部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

前訴か後訴に常習窃盗の訴因がある場合 なお,前訴の訴因が常習特殊窃盗罪又は常習累犯窃盗罪(以下,この両者を併せて「常習窃盗罪」という。)であり,後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合や,逆に,前訴の訴因は単純窃盗罪であるが,後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合には,両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども,両訴因の記載の比較のみからでも,両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるのであるから,訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして,単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし,両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきであるが

どちらかの訴因に常習窃盗がある場合は、発露かどうかを付随的に調べる、という部分です。続けて、本件との違いを述べます。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

共に単純窃盗の本件との違い 本件は,これと異なり,前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合であるから,前記のとおり,常習性の点につき実体に立ち入って判断するのは相当ではないというべきである。

前訴が常習で後訴が単純の場合と、前訴が単純で後訴が常習の場合。この2つは、記載を比べるだけでも、実体は常習窃盗の一罪ではないかと、強くうかがわれます。だから、検討すべき契機があり、付随的に、発露かどうかを調べます。付随的とは、本筋の審理のかたわらで、という意味です。一方、今回は共に単純窃盗です。その契機がないので、実体に立ち入りません。判決は、柔らかい訴因基準説という名前は使っていませんが、その考え方に立つと理解されています。分かれ目は、はっきりしています。前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があるかどうか。あれば、発露を調べます。なければ、調べず、訴因だけで単一性なしです。この判決は、4つのマスの結論を、1つの文章の中で、分けて示しています。

政策的な理由

政策的な理由(学説・解説の説明であって判決の理由ではない)。(1)併合罪との釣り合い=常習性の発露に至らない単純窃盗が複数→見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれるのは珍しくない→そうした単純窃盗どうしは、実務では刑法45条後段の併合罪として扱われている→たまたま常習性の発露だったというだけで、前訴も後訴も単純窃盗なのに免訴になるなら、常習性のある被告人のほうが、かえって有利に扱われる。(2)心証基準説のゆがみ=被告人が自分の常習性をわざわざ主張・立証して免訴を狙う、不自然な訴訟の進め方を呼び込みかねない。→起訴状の裏の事情まで調べず、訴因どうしを形式的に比べて単一性を否定 図:政策的な理由

  • 学説・解説の説明であって判決の理由ではない
  • (1)併合罪との釣り合い=常習性の発露に至らない単純窃盗が複数→見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれるのは珍しくない→そうした単純窃盗どうしは、実務では刑法45条後段の併合罪として扱われている→たまたま常習性の発露だったというだけで、前訴も後訴も単純窃盗なのに免訴になるなら、常習性のある被告人のほうが、かえって有利に扱われる。(2)心証基準説のゆがみ=被告人が自分の常習性をわざわざ主張・立証して免訴を狙う、不自然な訴訟の進め方を呼び込みかねない。→起訴状の裏の事情まで調べず、訴因どうしを形式的に比べて単一性を否定

ここからは、判決の理由ではありません。学説や解説が挙げる、政策的な説明です。2つあります。1つ目は、併合罪との釣り合いです。併合罪は、別々の機会に犯された罪どうしの関係でした。常習性の発露に至らない単純窃盗が、複数あったとします。見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれることは、珍しくありません。そうした単純窃盗どうしは、実務では、刑法45条後段の併合罪として扱われています。条文を見ます。

条文刑法第45条

刑法第45条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について拘禁刑以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

Yの前の裁判は、拘禁刑でした。後段の、拘禁刑以上の確定裁判がある場合に当たります。その裁判が確定する前に犯した罪は、併合罪です。併合罪になれば、後の裁判は免訴にならず、実体審理されます。ところが、犯行がたまたま常習性の発露として行われたからといって、前訴も後訴も単純窃盗の場合に免訴になるのでは、どうでしょうか。常習性のある被告人のほうが、常習性のない被告人より、かえって有利に扱われてしまう、と説明されています。2つ目は、訴訟の動き方のゆがみです。心証基準説に立って、後の裁判を免訴にすると、被告人が自分で、自分には常習性がある、と主張し、立証して、免訴を得ようとするでしょう。自分の悪い癖を、わざわざ証明するという、不自然な訴訟の進め方を、呼び込みかねない、と説明されています。ですから、前訴も後訴も単純窃盗の場合は、起訴状の裏の事情まで調べる必要はなく、訴因どうしを形式的に比べて、単一性を否定すべきだ、とされます。

4つのマスの総まとめ

4象限の総まとめ(4つのマス)。前訴常習×後訴常習=免訴/訴因を比べれば常習一罪=単一性あり。前訴常習×後訴単純=発露と認められれば免訴/最判平15・6・2(条例違反の常習罪の例)・最判平15・10・7のなお書き/常習の訴因が引き金→実体審理。前訴単純×後訴常習=発露と認められれば免訴/最判昭43・3・29/同上。前訴単純×後訴単純=免訴にならない(効力は及ばない)/最判平15・10・7/常習性の発露は訴因に上程されず検討すべき契機がない。前提=前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗。判決の後の窃盗は別の事件 図:4象限の総まとめ

  • 4つのマス
  • 前訴常習×後訴常習=免訴
  • 訴因を比べれば常習一罪=単一性あり。前訴常習×後訴単純=発露と認められれば免訴
  • 最判平15・6・2(条例違反の常習罪の例)・最判平15・10・7のなお書き
  • 常習の訴因が引き金→実体審理。前訴単純×後訴常習=発露と認められれば免訴
  • 最判昭43・3・29
  • 同上。前訴単純×後訴単純=免訴にならない(効力は及ばない)
  • 最判平15・10・7
  • 常習性の発露は訴因に上程されず検討すべき契機がない。前提=前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗。判決の後の窃盗は別の事件

4つのマスを、埋めます。前訴が常習で後訴も常習のマス。免訴です。訴因を比べれば、常習一罪で、単一性があります。前訴が常習で後訴が単純のマス。発露と認められれば、免訴です。前回見た、条例違反の常習罪の判例が、この例です。前訴が単純で後訴が常習のマス。これも、発露と認められれば、免訴です。判例は、今日の1つ目でした。そして、前訴も後訴も単純のマス。免訴になりません。前の裁判の効力は、後の裁判に及びません。判例は、今日の2つ目です。常習の訴因が1つでもあれば、発露を調べる。1つもなければ、調べない。そこが違いなんですね。どのマスでも、前提は同じです。前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗に限られます。判決の後の窃盗は、別の事件です。

一括して起訴する意味。常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は一括して起訴するのが実務の対応(分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば免訴になりうる)。単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても免訴にならない。→判例・解説の結論から導かれる実務上の帰結。常習一罪で起訴するかどうかの選択が結論を分ける 図:一括して起訴する意味

  • 常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は一括して起訴するのが実務の対応(分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば免訴になりうる)
  • 単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても免訴にならない
  • →判例・解説の結論から導かれる実務上の帰結
  • 常習一罪で起訴するかどうかの選択が結論を分ける

この表から、検察官の側に立った帰結が出ます。常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は、一括して起訴するのが、実務の対応になります。分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば、免訴になりうるからです。一方、単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても、免訴にはなりません。これは、判例の言葉ではなく、判例と解説の結論から導かれる、実務上の帰結です。常習一罪で起訴するかどうかの選択が、結論を分ける、ということです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。同じ余罪1件で、前の裁判/後の裁判を入れ替える。問1=前の裁判も後の裁判も単純窃盗→免訴にならない(実体審理)。問2=前の裁判は単純窃盗、後の裁判が常習特殊窃盗(同じ手口・近い時期)→常習の訴因が引き金→発露→常習一罪→免訴。問3=前の裁判が常習特殊窃盗、後の裁判は単純窃盗だが、余罪は知人宅で財布をふと持ち出したもの→引き金は引かれるが発露でない→免訴にならない。分かれ目=どちらかの訴因に常習窃盗があるか→あれば発露か 図:節目のミニ事例

  • 同じ余罪1件で、前の裁判/後の裁判を入れ替える
  • 問1=前の裁判も後の裁判も単純窃盗→免訴にならない(実体審理)
  • 問2=前の裁判は単純窃盗、後の裁判が常習特殊窃盗(同じ手口・近い時期)→常習の訴因が引き金→発露→常習一罪→免訴
  • 問3=前の裁判が常習特殊窃盗、後の裁判は単純窃盗だが、余罪は知人宅で財布をふと持ち出したもの→引き金は引かれるが発露でない→免訴にならない
  • 分かれ目=どちらかの訴因に常習窃盗があるか→あれば発露か

節目のミニ事例です。Yの余罪を1件だけ取り上げて、前の裁判と後の裁判の起訴の仕方を入れ替えます。1つ目。前の裁判も、後の裁判も、単純窃盗で起訴された。この余罪は、免訴になるでしょうか。なりません。どちらの訴因にも常習性が載っていないので、訴因だけを比べて、単一性なしです。実体審理に進みます。2つ目。前の裁判は単純窃盗のまま、後の裁判が常習特殊窃盗で、余罪は同じ手口で近い時期です。どうなるでしょうか。後の裁判の常習の訴因が引き金になります。発露と認められれば、1個の常習特殊窃盗の一部なので、免訴です。3つ目。前の裁判が常習特殊窃盗で、後の裁判は単純窃盗。ただし、その余罪は、知人宅で目に入った財布を、ふと持ち出したものです。この余罪は、免訴になるでしょうか。

前の裁判に常習の訴因があるので、発露かどうかは調べます。でも、癖の現れとは言いにくいので、常習一罪にならず、免訴になりません。1つ目と2つ目は、前の裁判か後の裁判を単純から常習に替えただけで、結論が逆になります。分かれ目は、どちらかの訴因に常習窃盗があるか。あれば、次に、発露かどうか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Yの1つ目の問い(前訴単純×後訴常習のマス)=発露と認められれば免訴(最判昭43・3・29=免訴とされるべきだが上告棄却)/2つ目の問い(前訴単純×後訴単純のマス)=免訴にならない・前訴の効力は及ばない(最判平15・10・7)。道具=訴因のみを比較対照(基本)+どちらかに常習窃盗の訴因があれば発露を調べる(柔らかい訴因基準説)。判旨の理由=訴因が審判の対象/無罪の確定判決にも効力/常習特殊窃盗罪の性質/一部起訴も適法。政策的な説明=併合罪との釣り合い/心証基準説のゆがみ。前回の2マス(前訴=常習)と今日の2マス(前訴=単純)で、4つのマスが全部埋まった 図:まとめ

  • Yの1つ目の問い(前訴単純×後訴常習のマス)=発露と認められれば免訴(最判昭43・3・29=免訴とされるべきだが上告棄却)/2つ目の問い(前訴単純×後訴単純のマス)=免訴にならない・前訴の効力は及ばない(最判平15・10・7)
  • 道具=訴因のみを比較対照(基本)+どちらかに常習窃盗の訴因があれば発露を調べる(柔らかい訴因基準説)
  • 判旨の理由=訴因が審判の対象/無罪の確定判決にも効力/常習特殊窃盗罪の性質/一部起訴も適法
  • 政策的な説明=併合罪との釣り合い/心証基準説のゆがみ
  • 前回の2マス(前訴=常習)と今日の2マス(前訴=単純)で、4つのマスが全部埋まった

今日のまとめです。問いは2つでした。1つ目の問いの答えです。前の裁判が単純窃盗で、後の裁判が常習特殊窃盗なら、常習の訴因が引き金になります。単純窃盗が常習性の発露と認められれば、1個の常習特殊窃盗の一部で、免訴です。ただし、判例は、免訴とされるべきだったが、上告棄却でした。2つ目の問いの答えです。前の裁判も後の裁判も単純窃盗なら、免訴にはなりません。最高裁は、単一性を、前訴と後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断しました。常習性の発露という面は訴因に載っておらず、実体に踏み込む契機がないので、単一性なし。前の裁判の効力は及びません。理由は、判決が挙げた4つです。訴因が審判の対象であること、無罪の確定判決にも効力があること、常習特殊窃盗罪の性質、一部起訴の適法性。それに加えて、併合罪との釣り合いと、心証基準説のゆがみが、政策的な説明として挙げられています。道具は、訴因を基準に比べること。そして、どちらかの訴因に常習窃盗があれば、発露を調べること。この2つで、4つのマスが全部埋まりました。起訴の仕方が結論を分けることも、確認しました。ここまでで、裁判が確定したあとの効力の話は終わりです。次は、確定する前に、裁判の結果に不服がある場合の手続を見ます。

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第8章上訴と救済手続

#159単独ページ動画

上訴の総論と不利益変更禁止の原則

第8章 上訴と救済手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。新しい事件の被告人Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴された。第一審=窃盗は有罪(拘禁刑1年・実刑)、器物損壊は無罪。Yは窃盗の有罪に不服。①検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか。②器物損壊の無罪に、無罪でも名誉が傷ついたとしてYは控訴できるか。③窃盗の有罪の部分だけをYは控訴できるか 図:今日の問い

  • 新しい事件の被告人Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴された
  • 第一審=窃盗は有罪(拘禁刑1年・実刑)、器物損壊は無罪
  • Yは窃盗の有罪に不服
  • ①検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか
  • ②器物損壊の無罪に、無罪でも名誉が傷ついたとしてYは控訴できるか
  • ③窃盗の有罪の部分だけをYは控訴できるか

前回の最後に、次は確定する前の話をします、とお伝えしました。裁判が確定したあとの効力は、前回までで終わりです。今日からは、裁判の結果に不服があるとき、確定する前に上級の裁判所へ是正を求める手続、つまり上訴を見ます。今日の被告人Yは、前の章とは別の事件の人です。Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴されました。第一審は、窃盗を有罪として拘禁刑1年の実刑、器物損壊は無罪としました。Yは、窃盗の有罪に不服です。問いは3つあります。1つ目。検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑をもっと重くしてよいか。2つ目。器物損壊の無罪について、無罪でも名誉が傷ついたとして、Yは控訴できるか。3つ目。窃盗の有罪の部分だけを、Yは控訴できるか。

先に、答えの形だけ言います。上訴には、誰が、何を求めて、どこまで争えるか、という決まりがあります。3つの問いは、その決まりのどれかに当たります。鍵になる物差しは、主文です。前に有罪判決の回で見た、判決の結論として言い渡す部分、たとえば、被告人を拘禁刑1年に処する、という一文のことです。今日は、共通の決まりを順に押さえて、最後にYの3つの問いへ答えます。

裁判の結果に不服があるときの地図。確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=再審・非常上告。今日=確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごと 図:裁判の結果に不服があるときの地図

  • 確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=再審・非常上告
  • 今日=確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごと

地図です。裁判の結果に不服があるときの道は、大きく2つに分かれます。確定する前に使うのが上訴で、控訴、上告、抗告があります。確定したあとに使う特別な救済が、再審と非常上告です。再審などの中身は、この章の後ろで見ます。今日見るのは、確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごとです。誰が上訴できるか、被告人は何を求めてなら上訴できるか、いつまでにどう出すか、判決の一部だけを争えるか、そして刑を重くされないか。この順に進みます。

上訴とは何か・上訴の種類

上訴=まだ確定していない裁判について、上級の裁判所に不服を申し立てること。目的=事実認定の誤りの是正/法令の解釈適用の統一/被告人の人権の具体的な救済。種類(原裁判→上訴→上訴裁判所):第一審(地方裁判所・簡易裁判所)の判決→控訴(372条)→高等裁判所/控訴審(高等裁判所)の判決→上告(405条)→最高裁判所/地方裁判所・簡易裁判所の決定→抗告(通常抗告・即時抗告。419条)→高等裁判所/裁判官の命令→準抗告(429条)→管轄の地方裁判所など/不服申立てが認められていない決定・命令→特別抗告(433条)→最高裁判所

  • 上訴=まだ確定していない裁判について、上級の裁判所に不服を申し立てること
  • 目的=事実認定の誤りの是正/法令の解釈適用の統一/被告人の人権の具体的な救済
  • 種類(原裁判→上訴→上訴裁判所):第一審(地方裁判所・簡易裁判所)の判決→控訴(372条)→高等裁判所/控訴審(高等裁判所)の判決→上告(405条)→最高裁判所/地方裁判所・簡易裁判所の決定→抗告(通常抗告・即時抗告。419条)→高等裁判所/裁判官の命令→準抗告(429条)→管轄の地方裁判所など/不服申立てが認められていない決定・命令→特別抗告(433条)→最高裁判所

上訴とは、まだ確定していない裁判に対して、上級の裁判所へ不服を申し立てることです。確定した裁判には使えません。裁判も人の営みですから、誤りをなくすことはできません。そこで、確定する前に、上の裁判所に見直してもらう機会を用意しています。目的は3つです。1つ目は、事実認定の誤りを正すこと。たとえば、犯人を取り違えた判決を直します。2つ目は、法令の解釈と適用を統一すること。同じ条文を裁判所ごとにばらばらに読んでは、同じ行為なのに結論が割れます。3つ目は、刑罰を受ける被告人の人権を、具体的に救うことです。ただし、いつまでも争えるのでは、判断の安定が保てません。だから上訴は確定する前だけの道で、期間も限られています。種類を見ます。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形式で決まります。判決には、控訴と上告。決定には、抗告。命令には、準抗告です。

判決は、事件そのものについて結論を出す裁判です。決定は、裁判所が手続上の判断などをする裁判で、たとえば保釈を許すかどうかです。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判で、たとえば令状を出すことです。前に裁判の意義の回で見た比較表のとおりです。流れで言うと、地方裁判所や簡易裁判所の第一審の判決に不服なら、高等裁判所への控訴です。その控訴審の判決に不服なら、最高裁判所への上告です。決定に不服なら抗告で、行き先は高等裁判所です。裁判官の命令には、準抗告があります。さらに、不服申立てが認められていない決定や命令には、憲法違反や判例違反など、上告と同じ事由がある場合に限って、最高裁判所への特別抗告ができます。

通常抗告と即時抗告があります。通常抗告は、明文の規定がなくても、原則としてできます。即時抗告は、明文の規定がある場合だけで、そのかわり期間が短く決まっています。それぞれの中身は後の回で扱いますので、今日は名前と行き先だけ押さえてください。

上訴権者・誰が上訴できるか

上訴権者。判決=検察官・被告人(351条1項)。決定=検察官・被告人に加えて決定を受けた者(352条)。被告人のためにできる者=法定代理人・保佐人(353条)/勾留の理由の開示を請求した者(354条)/原審における代理人・弁護人(355条)。いずれも被告人の明示した意思に反してはできない(356条)。審級代理との関係=第一審の弁護人は新たな選任なしに控訴できる(第一審の選任の効力は判決宣告で終わらない・最決平4・12・14)。検察官は被告人の利益のためにも上訴できる 図:上訴権者

  • 判決=検察官・被告人(351条1項)
  • 決定=検察官・被告人に加えて決定を受けた者(352条)
  • 被告人のためにできる者=法定代理人・保佐人(353条)/勾留の理由の開示を請求した者(354条)/原審における代理人・弁護人(355条)
  • いずれも被告人の明示した意思に反してはできない(356条)
  • 審級代理との関係=第一審の弁護人は新たな選任なしに控訴できる(第一審の選任の効力は判決宣告で終わらない・最決平4・12・14)
  • 検察官は被告人の利益のためにも上訴できる

誰が上訴できるか。上訴は、裁判への不服申立てですから、権利を持つのは、まず裁判を受けた人です。判決については、検察官と被告人です。

条文刑事訴訟法第351条第1項

刑事訴訟法第351条第1項 検察官又は被告人は、上訴をすることができる。

決定については、検察官と被告人に加えて、決定を受けた人も抗告できます。352条です。たとえば、証人が、正当な理由なく出頭しないとして、過料というお金の制裁の決定を受けたとき、その証人です。できる人が、条文で決まっています。被告人の法定代理人と保佐人が、353条です。勾留について理由の開示があったときは、その請求をした人も、被告人のために上訴できる、と354条に規定があります。そして、原審における代理人と弁護人が、355条です。

条文刑事訴訟法第355条

刑事訴訟法第355条 原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。

ただし、これらは、被告人の明示した意思に反してはできません。

条文刑事訴訟法第356条

刑事訴訟法第356条 前三条の上訴は、被告人の明示した意思に反してこれをすることができない。

上訴するかどうかは、本来、被告人自身が決めることだからです。本人が上訴しないと明示しているのに、周りの人が控訴してしまうことは許されません。審級代理の原則は、公訴提起後の弁護人の選任を、審級ごとにする、というものでした。ただ、第一審の弁護人は、新たに控訴審のために選任されなくても、控訴の申立てができます。355条の、原審における弁護人だからです。理由は、第一審の弁護人選任の効力が、判決の宣告で終わらないからです。最高裁も、そう判断しています。考えてみてください。選任が判決の宣告で終わるなら、判決の直後、控訴の期間が走り始めたところで、被告人は弁護人なしに判断することになります。それでは、被告人の保護に欠けます。ただし、控訴の申立てをしたあとの控訴審の手続については、弁護人を新しく選び直す必要がある、とされています。また、判決のあとで新しく選ばれた弁護人も、被告人を代理して、控訴の申立てができるとされています。検察官は別です。検察官は公益の代表者で、被告人の正当な利益を守ることも任務なので、被告人の利益のためにも上訴できます。このとき、上訴の利益は問題になりません。次の節で見ます。なお、被告人が死刑判決を受けて、上訴は望まないと明示しているとき、弁護人が上訴できるかは、見解が分かれる問題です。死刑の取り返しのつかなさをどう考えるかに関わるので、放棄の制限のところで、またつながります。

上訴の利益・被告人は何を求めてなら上訴できるか

上訴の利益(規範)=被告人は自己に不利益な裁判を求めて上訴できない。不利益か否かは主文を標準に客観的に判断する。許されない上訴の例=無罪に有罪を求める/軽い罪の認定に重い罪の認定を求める/免訴など形式裁判に無罪を求める→不適法な上訴として決定で棄却(385条1項・414条)。適法な例=有罪(拘禁刑1年)に無罪や軽い刑を求める。検察官は公益の代表者→上訴の利益は問題にならない。Yの2つ目の問い=器物損壊の無罪に控訴→利益なし

2つ目の問い、無罪の部分にYは控訴できるか、の結論から言います。できません。被告人は、自分に不利益な内容を求めて上訴することはできないからです。

⭐ 論文で書く規範:上訴の利益 被告人は自己に不利益な裁判を求めて上訴できない | 不利益か否かは主文を標準に客観的に判断する (規範(解釈で立てる・不服の利益))

上訴の利益は、条文にそのまま書かれた要件ではありません。解釈で立てる規範です。輪郭を、境界の内と外で見ます。たとえば、Yの窃盗の有罪判決に対して、無罪や、もっと軽い刑を求めて控訴するのは、自分に有利な内容を求めているので、適法です。一方、無罪判決に対して有罪を求める、軽い罪の認定に対して重い罪の認定を求める、といった上訴は、不利益な内容を求めているので許されません。上訴の利益のない上訴は、不適法として、決定で棄却されます。385条1項と、上告への準用の414条です。385条1項の文言は、方式違反と上訴権の消滅後を挙げているだけで、利益の欠如そのものは書いていません。それでも、不適法な上訴として、同じ扱いで棄却されます。

有利か不利かは、被告人の気持ちではなく、主文を標準に、客観的に判断します。気持ちを基準にすると、不服があると言えば誰でも上訴できてしまいます。そして、無罪は、被告人にとって最も有利な主文です。それより有利な主文はありません。だから、Yの2つ目の問いの答えは、控訴できない、です。形式裁判も同じです。免訴や公訴棄却で手続が打ち切られた被告人が、実体を審理して無罪にしてほしいと上訴することも、許されません。前に免訴を見たとおりです。処罰されない結論になっている以上、主文の上で不利益がないからです。検察官は別です。公益の代表者として、被告人の利益のためにも上訴できるので、上訴の利益は問題になりません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。

上訴の申立ての方法と効力

上訴の申立て。第一審判決→控訴申立書(宛先=高等裁判所)→提出先=第一審の裁判所(374条)。上告=414条/抗告=423条。効力=確定と執行の停止(確定遮断)/事件が上級審へ移る(移審)。例外=通常抗告は原則として執行を停止しない(424条1項・原裁判所は決定で停止できる)。即時抗告は停止の効力あり 図:上訴の申立て

  • 第一審判決→控訴申立書(宛先=高等裁判所)→提出先=第一審の裁判所(374条)
  • 上告=414条/抗告=423条
  • 効力=確定と執行の停止(確定遮断)/事件が上級審へ移る(移審)
  • 例外=通常抗告は原則として執行を停止しない(424条1項・原裁判所は決定で停止できる)
  • 即時抗告は停止の効力あり

申立ての方法に入る前に、前回までに見たことを1問です。裁判が確定するとは、どういう状態になることでしたか?上訴などの通常の不服申立てでも、もう争えなくなった状態です。ですから、上訴の申立てがあれば、確定しません。ここからは、その確定を止める仕組みを見ます。申立ての方法です。上訴をするには、申立書を原裁判所に差し出します。この申立書は、上訴裁判所に宛てて書きます。控訴なら374条、上告なら414条、抗告なら423条です。たとえば、Yが地方裁判所の判決に控訴するなら、高等裁判所に宛てた控訴申立書を、判決をした地方裁判所に出します。

申立書の宛先は上訴裁判所ですが、実際に差し出す先は原裁判所です。この2つは別で、取り違えやすい点です。申立てをすると、効力が2つ生じます。1つ目は、確定と、裁判の執行が止まることです。確定遮断とも言います。2つ目は、事件が、上級の裁判所へ移ることです。移審といいます。たとえば、Yが控訴すれば、第一審の判決は確定せず、拘禁刑1年の執行も始まらず、事件は高等裁判所へ移ります。例外が1つあります。通常抗告は、原則として、裁判の執行を停止する効力がありません。424条1項です。ただし、原裁判所は、決定で、抗告の裁判があるまで執行を停止できます。即時抗告には、停止の効力があります。決定は手続を進めるためのものが多く、いちいち止めると手続が進まなくなるから、と説明されます。

上訴権の発生・消滅・回復

上訴権の期間。発生=裁判の告知から提起期間が進行(358条)。期間=控訴・上告14日(373条・414条)/即時抗告3日(422条)/特別抗告5日(433条2項)/通常抗告は実益がある限りいつでも。初日不算入(55条1項)。期間の末日が休日等なら算入しない(55条3項)。消滅=期間の経過/放棄・取下げ(359条)。法定代理人・保佐人・開示請求者が被告人のために上訴した場合、放棄・取下げには書面による被告人の同意が要る(360条)。放棄・取下げ後は再上訴不可(361条)。死刑・無期拘禁刑の判決は放棄できない(360条の2)。回復=責に帰することができない事由で期間内にできなかったとき原裁判所へ請求(362条)。事由が止んだ日から提起期間に相当する期間内・上訴の申立てと同時(363条) 図:上訴権の期間

  • 発生=裁判の告知から提起期間が進行(358条)
  • 期間=控訴・上告14日(373条・414条)/即時抗告3日(422条)/特別抗告5日(433条2項)/通常抗告は実益がある限りいつでも
  • 初日不算入(55条1項)
  • 期間の末日が休日等なら算入しない(55条3項)
  • 消滅=期間の経過/放棄・取下げ(359条)
  • 法定代理人・保佐人・開示請求者が被告人のために上訴した場合、放棄・取下げには書面による被告人の同意が要る(360条)
  • 放棄・取下げ後は再上訴不可(361条)
  • 死刑・無期拘禁刑の判決は放棄できない(360条の2)
  • 回復=責に帰することができない事由で期間内にできなかったとき原裁判所へ請求(362条)
  • 事由が止んだ日から提起期間に相当する期間内・上訴の申立てと同時(363条)

上訴権は、裁判が告知された日から進む期間の中で使います。358条です。期間の長さは、控訴と上告が14日です。即時抗告は3日、特別抗告は5日です。通常抗告は、実益がある限り、いつでもできます。数え方は、初日を算入しません。55条1項です。たとえば4月1日に判決が言い渡されたなら、4月2日が1日目で、14日目の4月15日が期限です。期間の末日が、土曜日や日曜日、祝日、年末年始に当たるときは、その日は期間に算入しません。55条3項です。15日が土曜日なら、日曜日をまたいで、月曜日の17日が期限になります。上訴権は、期間が過ぎると消えます。ほかに、放棄と取下げで消えます。359条です。検察官、被告人、決定を受けた人ができます。被告人の法定代理人や保佐人、それに勾留の理由の開示を請求した人が、被告人のために上訴したときは、書面による被告人の同意を得て、放棄や取下げをします。360条です。一度放棄や取下げをすると、その事件について、さらに上訴はできません。361条です。同意した被告人も同じです。いったんやめたら復活しない、と覚えてください。例外があります。重い刑には、放棄を認めません。

条文刑事訴訟法第360条の2

刑事訴訟法第360条の2 死刑又は無期拘禁刑に処する判決に対する上訴は、前二条の規定にかかわらず、これを放棄することができない。

条文が禁じているのは、放棄だけです。放棄は、上訴の申立てをする前に、上訴の道を自分から閉じることです。死刑や無期拘禁刑のように取り返しのつかない刑について、被告人が自分から上訴の道を閉じることを防ぐ趣旨です。取下げは、一度上訴の申立てをしたあとでやめることで、条文の禁止の対象に入っていません。さきほどの、死刑判決で被告人が上訴を望まないときに弁護人が上訴できるか、という問題も、この取り返しのつかなさをどこまで重く見るかをめぐる争いです。最後に、回復です。期間が過ぎても、自己または代人の責に帰することができない事由で、期間内に上訴できなかったときは、原裁判所に、上訴権回復の請求ができます。362条です。たとえば、天災で交通が途絶え、申立書を出せなかった場合です。請求は、事由が止んだ日から、上訴の提起期間に相当する期間内に、上訴の申立てと同時にしなければなりません。363条です。

一部上訴・主文が複数のときだけ

一部上訴の3パターン(Yの設例)。併合罪の一部が無罪=窃盗は有罪・器物損壊は無罪→主文は「拘禁刑1年に処する」と「器物損壊の公訴事実は無罪」の2つ→一部上訴できる(窃盗の部分だけ)。牽連犯の一部が無罪=建造物侵入と窃盗で侵入のみ無罪→主文では無罪を言い渡さず刑だけ→主文は1つ→できない。併合罪の全部有罪=窃盗も器物損壊も有罪→併合罪の加重(刑法47条)で刑は1つ→主文は1つ→できない 図:一部上訴の3パターン

  • Yの設例
  • 併合罪の一部が無罪=窃盗は有罪・器物損壊は無罪→主文は「拘禁刑1年に処する」と「器物損壊の公訴事実は無罪」の2つ→一部上訴できる(窃盗の部分だけ)。牽連犯の一部が無罪=建造物侵入と窃盗で侵入のみ無罪→主文では無罪を言い渡さず刑だけ→主文は1つ→できない。併合罪の全部有罪=窃盗も器物損壊も有罪→併合罪の加重(刑法47条)で刑は1つ→主文は1つ→できない

3つ目の問いに入ります。窃盗の有罪の部分だけを、Yは控訴できるか。上訴の移審の効力は、原裁判の全部に及ぶのが原則です。一個の裁判なら、全部が上級審へ移ります。例外が、一部上訴です。

条文刑事訴訟法第357条

刑事訴訟法第357条 上訴は、裁判の一部に対してこれをすることができる。部分を限らないで上訴をしたときは、裁判の全部に対してしたものとみなす。

一部に対してできる、と書いてあります。ただし、無条件ではありません。主文が複数あるときに限って認められます。主文が1つなら、一部上訴はできません。ここで、前に見たことを1問です。牽連犯のように、科刑上一罪の一部だけを無罪にするとき、主文で無罪を言い渡しますか?言い渡しません。有罪部分の刑だけを言い渡して、一部無罪は理由の中で示します。牽連犯は、科刑上一罪、つまり別々の罪でも、刑を科すときは一体として扱われる関係でした。全体が1個の事件として審判され、結論も1つしか出ないので、主文に載るのは有罪部分の刑だけで、そこに無罪を並べることはできません。これに対して併合罪は、別々の犯罪として扱う関係で、罪ごとに有罪か無罪かが出ます。その違いが、ここで効いてきます。3つのパターンで比べます。1つ目は、併合罪の一部が無罪の場合です。Yの設例がこれです。主文は、拘禁刑1年に処する、と、器物損壊の公訴事実については無罪、の2つです。主文が2つなので、窃盗の部分だけに一部上訴できます。3つ目の問いの答えは、できる、です。2つ目は、牽連犯の一部が無罪の場合です。Yが、閉店後の店に侵入して売上金を盗んだ、建造物侵入と窃盗で起訴され、侵入のところだけ無罪になったとします。この2つは牽連犯でした。主文では無罪を言い渡さず、刑だけを言い渡します。つまり主文が1つなので、窃盗の部分だけを切り出す一部上訴はできません。

3つ目は、併合罪の全部が有罪の場合です。Yの窃盗も器物損壊も有罪だったとします。併合罪として刑が加重され、宣告される刑は1つです。刑法47条です。主文は1つなので、一部上訴はできません。軸は、罪の数ではなく、主文の数です。1つの刑を言い渡す主文を、中途半端に切り分けて確定させることはできません。ですから、併合罪でも全部有罪なら不可で、牽連犯でも一部が無罪なら不可です。

共通の物差し=主文。上訴の利益=主文を標準に有利か不利かを判断/一部上訴=主文が複数のときだけ。軸は罪の数ではなく主文の数。併合罪でも全部有罪なら不可・牽連犯でも一部無罪なら不可。一部上訴で上訴しなかった主文の部分は移審せず確定へ向かう。一部に絞った争いで控訴審がどこまで調べられるかは控訴審の回で扱う

  • 共通の物差し=主文
  • 上訴の利益=主文を標準に有利か不利かを判断/一部上訴=主文が複数のときだけ
  • 軸は罪の数ではなく主文の数
  • 併合罪でも全部有罪なら不可・牽連犯でも一部無罪なら不可
  • 一部上訴で上訴しなかった主文の部分は移審せず確定へ向かう
  • 一部に絞った争いで控訴審がどこまで調べられるかは控訴審の回で扱う

気づいてほしいのは、さっきの上訴の利益も、主文を標準に見ていたことです。主文が、有利か不利かを決め、一部上訴ができるかどうかも決めます。上訴の共通の物差しが、主文なのです。上訴しなかった主文の部分は、移審せず、確定へ向かう、と考えられています。検察官が器物損壊の無罪に控訴していれば、別です。なお、一部に絞って争ったとき、控訴審がどこまで調べられるのか、という問題があります。これは、控訴審の回で扱います。

不利益変更禁止の原則とその射程

不利益変更禁止(402条・414条)=被告人が控訴し、又は被告人のため控訴した事件では、原判決の刑より重い刑を言い渡せない。趣旨=控訴をためらわせない。射程=被告人側のみが上訴した事件に限る(検察官も上訴した事件は適用なし)/禁止は重い刑の言渡しだけ(刑が重くならなければ不利な事実認定は許される)。Yの1つ目の問い=Yだけが控訴→拘禁刑1年を超えて重くできない

1つ目の問いです。Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか。控訴審が刑を重くできるとすると、困ったことが起きます。控訴したら重くされるかもしれない、と思えば、被告人は、不服があっても控訴をためらいます。それを防ぐために、条文はこう決めています。

条文刑事訴訟法第402条

刑事訴訟法第402条 被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

被告人が控訴した事件では、原判決の刑より重い刑を言い渡せません。上告にも、414条で準用されます。Yだけが控訴したなら、控訴審は、拘禁刑1年より重くはできません。1つ目の問いの答えは、重くできない、です。趣旨は、さきほどのとおり、被告人に控訴をためらわせないことです。一方で、どうせ重くならないのだから、とりあえず控訴しておこう、という濫上訴の一因になっている、との批判もあります。射程は2つあります。1つ目。適用されるのは、被告人側だけが上訴した事件です。検察官も上訴した事件では、適用がありません。たとえば、Yが控訴し、検察官も、刑が軽すぎるとして控訴したなら、控訴審は、1年より重い刑を言い渡せます。検察官も不服を申し立てている以上、被告人が重くされるのを恐れて控訴をためらう、という保護の場面ではないからです。2つ目。禁止されるのは、重い刑を言い渡すことだけです。刑が重くならなければ、原判決より被告人に不利な事実を認定することは許されます。たとえば、第一審が衝動的な犯行と認定した窃盗を、控訴審が計画的な犯行だったと認定しても、刑が1年のままなら許されます。刑が1年から1年6か月に変われば、許されません。

⭐ 論文で書く規範:不利益変更禁止の射程 適用は被告人側のみが上訴した事件に限る | 検察官も上訴した事件には適用がない | 禁止されるのは重い刑の言渡しだけ | 刑が重くならなければ不利益な事実認定は許される (規範(402条の解釈で立てる))

保護したいのは、刑を重くされる不安だからです。事実の認定が変わっても、刑が変わらなければ、控訴をためらう理由にはなりません。ここも、論文で論点になりうる箇所です。

「重い刑」の測り方・総合観察

3つの判例の比較。最決昭39・5・7=第一審の刑から刑の種類が変わり刑期は短い(禁錮2年6月→懲役2年)=重くなっていない(自由拘束・法益剥奪が実質的にいずれが重いかを具体的に考察)。最決昭55・12・4=実刑(懲役1年)→刑期は長いが保護観察付執行猶予(懲役1年6月・3年間執行猶予)=重くなっていない(執行猶予の有無も考慮)。最大判昭26・8・1=執行猶予付き(懲役6月・3年間執行猶予)→刑期は短い実刑(禁錮3月)=重くなっている(執行猶予は重要な要素) 図:3つの判例の比較

  • 最決昭39・5・7=第一審の刑から刑の種類が変わり刑期は短い(禁錮2年6月→懲役2年)=重くなっていない(自由拘束・法益剥奪が実質的にいずれが重いかを具体的に考察)
  • 最決昭55・12・4=実刑(懲役1年)→刑期は長いが保護観察付執行猶予(懲役1年6月・3年間執行猶予)=重くなっていない(執行猶予の有無も考慮)
  • 最大判昭26・8・1=執行猶予付き(懲役6月・3年間執行猶予)→刑期は短い実刑(禁錮3月)=重くなっている(執行猶予は重要な要素)

重い刑、とは何でしょうか。刑期だけでは決まりません。2つの例で考えます。1つ目。第一審が拘禁刑1年の実刑。控訴審が拘禁刑1年6か月で、執行猶予3年、保護観察付き。刑期は6か月長くなりました。2つ目。第一審が拘禁刑6か月で、執行猶予3年。控訴審が拘禁刑3か月の実刑。刑期は3か月短くなりました。どちらが重くなったでしょうか。2つ目の、実刑にしたほうだと思います。1つ目は、刑務所に入らなくていいかもしれないので、むしろ軽いです。最高裁の規範を見ます。

判例最決昭39・5・7 刑集18巻4号136頁

不利益変更禁止と刑の軽重の比べ方 刑訴四〇二条のいわゆる不利益変更禁止の規定に違反するか否かは、第一、二審において言い渡された主文の刑を、刑名等の形式のみによらず、具体的に全体として綜合的に観察し、第二審の判決の刑が第一審の判決の刑よりも実質上被告人に不利益であるか否かによつて判断すべきものであることは、当裁判所の屡次の判例……とするところである。 本件において、被告人に対する自由拘束、法益剥奪は実質的にいずれが重いかを具体的綜合的に考察すれば、第一審判決が被告人に対し禁錮二年六月の刑を言い渡したのを原審が懲役二年の刑に変更したからといつて、原判決が第一審判決の言い渡した刑を被告人に不利益に変更したとはいえない。

刑名などの形式だけで比べず、具体的に全体として総合的に観察する、と言っています。この事案は、刑の種類が変わり、刑期は短くなった場合でした。禁錮と懲役は、今の拘禁刑にまとめられる前の刑の名前で、刑務作業の義務がある懲役のほうが、名前の上では重い刑でした。自由の拘束や法益の剥奪が、実質的にどちらが重いかを見て、重くなったとはいえない、と結論しています。名前の格ではなく、中身で比べる、ということです。次は、執行猶予の位置づけです。第一審が執行猶予付きの刑を言い渡し、原審が、それより刑期の短い、執行猶予のない刑に変えた事案です。

判例最大判昭26・8・1 刑集5巻9号1715頁

刑の軽重の比較と執行猶予 そこで、第一審の言渡した懲役六月、執行猶予三年間の刑と原審の言渡した禁錮三月の刑とはその何れが重いかの問題を生ずる。 …… しかし、本件において第一審の刑と第二審の刑とを実質的に考察すると、第一審における執行猶予の言渡は重要な要素であつて、執行猶予の場合は現実に刑の執行を受ける必要はなく、かつ言渡を取消されないで猶予の期間を経過したときは刑の言渡そのものが效力を失うこととなるのである。それ故に、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値判断は実際において高く評価されており又さるべきものである。かくて、本件において第一審の懲役六月が第二審において禁錮三月に変更されているにかかわらず、前者には執行猶予がつけられていたが後者にはこれがつけられていないのであるから、この具体的な両者の刑の比較の総体的考察において、原審の刑は重くなつていると言わなければならぬ。

執行猶予は重要な要素で、猶予の期間を無事に過ぎれば、刑の言渡しそのものが効力を失います。だから高く評価されるべきで、執行猶予のない刑に変えた原審の刑は、重くなっている、と判断しました。もう1つ、のちの最高裁の決定も、同じ考え方に立ちます。第一審の実刑を、刑期は6か月長くなるけれど、保護観察付きの執行猶予が付いた刑に変えた事案です。主文を全体として総合的に観察すれば、実質上不利益とはいえない、としました。刑の軽重を比べるときは、執行猶予の有無も考慮すべきだ、という考え方です。

⭐ 論文で書く規範:「重い刑」かどうかの判断 刑名等の形式のみによらず、具体的に全体として総合的に観察する | 第二審の刑が第一審の刑より実質上被告人に不利益か否かで判断する | 執行猶予の有無は重要な要素 (規範(判例型))

決め手は、実刑か執行猶予付きかで、現実に刑務所へ入るかどうかが変わることです。刑期の数字より、重い要素になりえます。執行猶予も、刑と一緒に主文で言い渡すものでした。ここでも、比べているのは主文の全体です。Yの1つ目の問いに戻ります。Yだけが控訴した事件です。第一審の実刑1年を、控訴審が拘禁刑1年6か月の実刑にすれば、重くなっているので許されません。同じ1年6か月でも、執行猶予付きに変えるなら、重くなったとはいえず、許されます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=窃盗は有罪(拘禁刑1年)・器物損壊は無罪。窃盗の部分だけ控訴できるか→主文2つ→できる。問2=建造物侵入と窃盗(牽連犯)で侵入のみ無罪・窃盗は有罪。窃盗の部分だけ控訴できるか→主文1つ→できない。問3=Yだけが控訴。実刑1年を拘禁刑1年6か月(執行猶予3年・保護観察付)に変更→全体で重くない→違反でない。問4=問3で検察官も控訴していた。実刑1年6か月にできるか→適用なし→できる。分かれ目=主文の数/誰が上訴したか 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=窃盗は有罪(拘禁刑1年)・器物損壊は無罪
  • 窃盗の部分だけ控訴できるか→主文2つ→できる
  • 問2=建造物侵入と窃盗(牽連犯)で侵入のみ無罪・窃盗は有罪
  • 窃盗の部分だけ控訴できるか→主文1つ→できない
  • 問3=Yだけが控訴
  • 実刑1年を拘禁刑1年6か月(執行猶予3年・保護観察付)に変更→全体で重くない→違反でない
  • 問4=問3で検察官も控訴していた
  • 実刑1年6か月にできるか→適用なし→できる
  • 分かれ目=主文の数/誰が上訴したか

節目のミニ事例です。Yの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。窃盗は有罪で拘禁刑1年、器物損壊は無罪。Yは、窃盗の部分だけ控訴できるでしょうか。主文が2つなので、できます。2つ目。Yが、建造物侵入と窃盗で起訴されました。この2つは牽連犯です。侵入のところだけ無罪で、窃盗は有罪で拘禁刑1年です。窃盗の部分だけ控訴できるでしょうか。牽連犯の一部無罪は、主文で無罪を言い渡さないので、主文は1つです。だから、できません。1つ目と2つ目は、主文が2つか1つかで、結論が逆になりました。3つ目。Yだけが控訴しました。第一審の実刑1年を、控訴審が拘禁刑1年6か月、執行猶予3年、保護観察付きに変えました。402条に違反するでしょうか。

刑期は長くなっても、全体で見ると重くなっていません。実刑が執行猶予付きになったので、違反ではありません。4つ目。3つ目と同じ事案で、検察官も、刑が軽すぎるとして控訴していました。控訴審は、実刑で拘禁刑1年6か月を言い渡せるでしょうか。検察官も上訴しているので、402条は適用されません。重くしても、できます。一部上訴の分かれ目は、主文の数。不利益変更禁止の分かれ目は、誰が上訴したかと、刑が全体で重くなるか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Yの答え=1つ目:Yだけが控訴→刑を重くできない(402条・総合観察)/2つ目:器物損壊の無罪に控訴→上訴の利益がなく不適法(主文基準)/3つ目:窃盗の有罪だけに控訴→主文が2つなので一部上訴できる(357条)。上訴の共通ルール=上訴権者(351条〜356条)/上訴の利益(主文基準)/申立ては原裁判所へ・効力は確定と執行の停止と移審/期間(14日・3日・5日・初日不算入)・放棄できない裁判・回復/一部上訴(主文が複数)/不利益変更禁止(被告人側のみ・刑だけ・総合観察) 図:まとめ

  • Yの答え=1つ目:Yだけが控訴→刑を重くできない(402条・総合観察)/2つ目:器物損壊の無罪に控訴→上訴の利益がなく不適法(主文基準)/3つ目:窃盗の有罪だけに控訴→主文が2つなので一部上訴できる(357条)
  • 上訴の共通ルール=上訴権者(351条〜356条)/上訴の利益(主文基準)/申立ては原裁判所へ・効力は確定と執行の停止と移審/期間(14日・3日・5日・初日不算入)・放棄できない裁判・回復/一部上訴(主文が複数)/不利益変更禁止(被告人側のみ・刑だけ・総合観察)

Yの3つの問いに答えます。まず1つ目。Yだけが控訴した事件なので、402条により、控訴審は刑を重くできません。重いかどうかは、刑名や刑期ではなく、実刑か執行猶予付きかも含めて、全体で見ます。2つ目。器物損壊の無罪は、主文で見て、被告人にとって最も有利です。上訴の利益がないので、控訴は不適法で、決定で棄却されます。3つ目。窃盗の有罪と器物損壊の無罪で、主文が2つあるので、窃盗の部分だけに一部上訴ができます。共通の決まりごとを、一覧にします。誰が上訴できるか。何を求めてなら上訴できるか、つまり上訴の利益。申立ては原裁判所に出し、確定と執行が止まって、事件が上級審へ移る。期間と、放棄と、回復。一部上訴は、主文が複数のときだけ。不利益変更禁止は、被告人側のみが上訴した事件で、禁止されるのは刑だけです。上訴の利益も、一部上訴も、刑が重くなったかの比べ方も、主文という同じ物差しで見る。これが、最初にお伝えした今日の物差しでした。個別の上訴は、次から1つずつ見ていきます。

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#160単独ページ動画

事後審と控訴理由

第8章 上訴と救済手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。新しい事件の被告人Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして傷害罪で起訴された。第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月(実刑)。Zは不服で控訴を考えている。①控訴審は、第一審をもう一度最初からやり直してくれるのか。②「刑が重すぎる」「殴っていない」と言えば、どんな不服でも通るのか。③第一審の判決のあとに被害者と示談した。控訴審はこの示談を見てくれるのか 図:今日の問い

  • 新しい事件の被告人Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして傷害罪で起訴された
  • 第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月(実刑)
  • Zは不服で控訴を考えている
  • ①控訴審は、第一審をもう一度最初からやり直してくれるのか
  • ②「刑が重すぎる」「殴っていない」と言えば、どんな不服でも通るのか
  • ③第一審の判決のあとに被害者と示談した
  • 控訴審はこの示談を見てくれるのか

前回の最後に、個別の上訴は、次から1つずつ見ていきます、とお伝えしました。その1つ目が、控訴です。それに、前回、先に送っておいた問いもあります。一部に絞って争ったとき、控訴審がどこまで調べられるのか。その手前に置く道具立てを、今日そろえます。今日の被告人Zは、新しい事件の人で、前回のYとは別人です。Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして、傷害罪で起訴されました。第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月の実刑を言い渡しました。Zは不服で、控訴を考えています。問いは3つです。1つ目。控訴審は、第一審をもう一度、最初からやり直してくれるのか。2つ目。刑が重すぎる、殴っていない、と言いさえすれば、どんな不服でも控訴審で通るのか。3つ目。第一審の判決のあとに、Zは被害者と示談をしました。控訴審は、この示談を見てくれるのか。

先に、答えの形だけ言います。控訴審は、第一審の判決のどこが誤っていたかを審査する場所です。だから、不服は、法律が決めた誤りの形で言う必要があります。ただし、判決のあとの事情をくみ取る道は、別に用意されています。3つの問いの答えは、この3文のどこかに入っています。

地図。第一審判決→控訴申立書(第一審の裁判所へ)→控訴趣意書(控訴裁判所へ)→控訴審(事後審)→棄却/破棄。今日=この流れの中で、何を・どこまで・どう争えるかを見る 図:地図

  • 第一審判決→控訴申立書(第一審の裁判所へ)→控訴趣意書(控訴裁判所へ)→控訴審(事後審)→棄却/破棄
  • 今日=この流れの中で、何を・どこまで・どう争えるかを見る

地図です。第一審の判決に不服なら、まず控訴申立書を、第一審の裁判所に出します。次に、控訴の理由を述べる書面、控訴趣意書を、控訴審を担当する裁判所、つまり控訴裁判所に出します。それを受けて控訴審が審査して、結論は、棄却か破棄です。結論の中身は、次の回に見ます。今日は、この流れの中で、何を理由に、どこまで、どうやって争えるかを見ます。

控訴審の構造・覆審と続審と事後審

控訴=地方裁判所・簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴(372条「控訴は、地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対してこれをすることができる。」)。控訴審の3類型。覆審=第一審の審理を最初からやり直す/続審=第一審の審理を引き継ぎ、新しい証拠も加えて続ける(民事の控訴審がこれに近い)/事後審=原判決を対象に、その当否を事後的に審査する。旧法=覆審/現行法=事後審(条文に「事後審」とは書かれていない。仕組みから解釈で立てる)。現行法が事後審の理由=第一審は直接主義・口頭主義を徹底しており繰り返すと第一審の意義が薄れる/事実認定を全部第一審に任せきりにもできない/法令違反の審査を最高裁だけが行うと負担が重すぎる

  • 控訴=地方裁判所・簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴(372条「控訴は、地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対してこれをすることができる。」)
  • 控訴審の3類型
  • 覆審=第一審の審理を最初からやり直す/続審=第一審の審理を引き継ぎ、新しい証拠も加えて続ける(民事の控訴審がこれに近い)/事後審=原判決を対象に、その当否を事後的に審査する
  • 旧法=覆審/現行法=事後審(条文に「事後審」とは書かれていない。仕組みから解釈で立てる)
  • 現行法が事後審の理由=第一審は直接主義・口頭主義を徹底しており繰り返すと第一審の意義が薄れる/事実認定を全部第一審に任せきりにもできない/法令違反の審査を最高裁だけが行うと負担が重すぎる

まず、控訴は、地方裁判所と簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴です。第372条です。控訴を扱うのは、高等裁判所です。その控訴審が、どういう審理をするかには、3つの型がありえます。1つ目は、覆審です。第一審の審理を、最初からやり直します。第一審の結果は、いったん白紙です。2つ目は、続審です。第一審の審理を引き継いで、新しい証拠も加えながら、審理を続けます。民事の控訴審が、これに近いです。3つ目は、事後審です。事件そのものを審理し直すのではなく、第一審の判決を対象にして、その当否を、あとから審査します。

居酒屋の目撃者がいたとします。覆審なら、その目撃者を、控訴審でもう一度、呼んで話を聞きます。続審なら、第一審で聞いたところはそのまま使って、足りない部分を追加します。事後審なら、第一審の判決書と記録を読んで、判断に誤りがないかを点検します。やり直す、続ける、審査する、の3つです。昔の法律では、控訴審は覆審でした。今の法律は、事後審です。理由は3つあります。1つ目。第一審は、公判の原則の回で見た、証人を目の前で聞く、直接主義と、口頭で審理する、口頭主義を徹底しています。控訴審で同じことを繰り返すと、第一審の判決の意味が薄れ、審理の充実が図れません。これは、控訴審で証拠を足して審理を続ける、続審にも当てはまります。控訴審が自分で心証を作り直せば、第一審で証人を目の前で聞いた意味が、やはり薄れるからです。2つ目。かといって、事実の認定を、すべて第一審に任せきりにもできません。誤った事実の認定のまま、判決が確定してはいけないからです。そこで控訴審は、自分で心証を作り直すのではなく、第一審の事実の認定に誤りがないかを、判決と記録から点検するのです。3つ目。法令違反の審査を、最高裁だけに任せると、負担が重すぎます。だから、最高裁の前に、一度は法令違反も審査しておく必要があります。まとめて、やり直しも続けもせず、第一審の判決を対象に、事実の認定と法令違反の両方を審査する。これが、現行法の事後審です。

注意点があります。条文に、事後審、とは書かれていません。あとで見る条文の仕組みから、解釈でそう理解します。Zの1つ目の問いの答えが出ました。控訴審は、第一審のやり直しではありません。第一審の判決の当否を審査する場所です。

事後審の帰結・3つの現れ

事後審だから、条文にはこう現れる。1つ目=控訴する側は、第一審判決の誤りを理由として主張する(384条・376条)。2つ目=控訴審が調べる対象は、趣意書に包含された事項が中心(392条1項)。包含されない事項も、控訴理由に関するものは職権で調査できる(392条2項)。3つ目=結論は、原判決の維持(棄却)か取り消し(破棄)。理由がなければ棄却(396条)/理由があれば破棄(397条1項)。実務の中心=証人の呼び直しではなく、記録と趣意書の精査 図:事後審だから、条文にはこう現れる

  • 1つ目=控訴する側は、第一審判決の誤りを理由として主張する(384条・376条)
  • 2つ目=控訴審が調べる対象は、趣意書に包含された事項が中心(392条1項)
  • 包含されない事項も、控訴理由に関するものは職権で調査できる(392条2項)
  • 3つ目=結論は、原判決の維持(棄却)か取り消し(破棄)
  • 理由がなければ棄却(396条)/理由があれば破棄(397条1項)
  • 実務の中心=証人の呼び直しではなく、記録と趣意書の精査

事後審は、第一審の判決を対象に、その当否を審査する場でした。この1つの性格が、条文の仕組みに3つの形で現れます。1つ目。審査の対象が第一審の判決なので、控訴する側は、その判決のどこが誤っていたかを、理由として主張します。第384条で、控訴は法定の理由に限る、と決まっていて、第376条で、その理由を趣意書に書いて出す、と決まっています。2つ目。控訴審は、指摘された誤りを審査する場なので、調べる対象は、趣意書に書かれた事項が中心です。第392条第1項です。書かれていない事項でも、控訴理由に関するものは、職権で、つまり、当事者の申立てがなくても裁判所が自分の判断で、調べられます。第392条第2項です。3つ目。結論です。理由がなければ棄却、第396条。理由があれば破棄、第397条第1項です。棄却は、第一審の判決を維持すること、破棄は、取り消すことです。審理の続きを進めて新しい判決を出す場ではなく、判決の当否を審査する場なので、答えも、正しければ維持、誤っていれば取り消し、の形が基本です。取り消したあと、差し戻すか、自分で判決するかは、次の回で見ます。

証人を呼び直すのではなく、記録と趣意書を精査するのが中心です。ここから先は、この3つの現れを、順に見ていきます。

控訴理由・法定の4類型

控訴理由は法定(384条)。控訴の申立ては、377条〜382条と383条に規定する事由があることを理由とするときに限る。4類型。訴訟手続の法令違反(377条〜379条)=裁判の進め方の誤り。例:公開しなかった/合議体で裁くべき事件を1人で判決した。法令適用の誤り(380条)=法令の解釈・適用の誤り(認定した事実への当てはめの誤りを含む)。例:正当防衛が成立するのに成立しないとした。量刑不当(381条)=刑の量定が不当。例:重すぎる。事実誤認(382条)=事実の認定の誤り。例:殴ったのはZでないのにZと認定した。383条=再審の請求ができる場合にあたる事由/判決後の刑の廃止・変更・大赦 図:控訴理由は法定

  • 384条
  • 控訴の申立ては、377条〜382条と383条に規定する事由があることを理由とするときに限る。4類型。訴訟手続の法令違反(377条〜379条)=裁判の進め方の誤り。例:公開しなかった
  • 合議体で裁くべき事件を1人で判決した。法令適用の誤り(380条)=法令の解釈・適用の誤り(認定した事実への当てはめの誤りを含む)。例:正当防衛が成立するのに成立しないとした。量刑不当(381条)=刑の量定が不当。例:重すぎる。事実誤認(382条)=事実の認定の誤り。例:殴ったのはZでないのにZと認定した。383条=再審の請求ができる場合にあたる事由
  • 判決後の刑の廃止・変更・大赦

控訴は、なんとなく不服だから、では足りません。法律が決めた理由に限られます。

条文刑事訴訟法第384条

刑事訴訟法第384条 控訴の申立は、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び前条に規定する事由があることを理由とするときに限り、これをすることができる。

第377条から第382条、それに第383条です。中身は、大きく4つの類型に整理できます。1つ目。訴訟手続の法令違反です。裁判の進め方の誤りで、第377条から第379条です。たとえば、公開すべき審判を公開しなかった、合議体で裁くべき事件を1人の裁判官で判決した、というものです。2つ目。法令適用の誤りです。第380条で、法令の解釈や適用の誤りです。認定した事実への当てはめを誤った場合も含みます。たとえば、正当防衛が成立するのに、成立しないと判断した場合です。3つ目。量刑不当で、第381条です。刑の量定が不当、重すぎる、あるいは軽すぎる場合をいいます。4つ目。事実誤認で、第382条です。たとえば、殴ったのはZではないのに、Zだと認定した場合です。第383条は、少し別の定めです。再審の請求ができる場合にあたる事由があること、それに、判決のあとに刑の廃止や変更、大赦があったこと、という2つの事由が、控訴理由として別に挙げられています。

言い方を、法定の理由の形に直します。刑が重い、は量刑不当。殴っていない、は事実誤認です。そのうえで、趣意書に、その事由があると信じるに足りる事実を、記録や証拠に現れているものから示します。ただ、訴訟手続の法令違反については、さらに一段、区別があります。次に見ます。

絶対的控訴理由と相対的控訴理由

絶対的控訴理由(判決への影響を問わず、あれば原判決は破棄される)。377条=1号 法律に従って判決裁判所を構成しなかった/2号 法令により判決に関与できない裁判官が判決に関与した/3号 審判の公開に関する規定に違反した。378条=1号 不法に管轄又は管轄違を認めた/2号 不法に公訴を受理し又は棄却した/3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は受けない事件について判決をした/4号 判決に理由を付けず、又は理由にくいちがいがある 図:絶対的控訴理由

  • 判決への影響を問わず、あれば原判決は破棄される
  • 377条=1号 法律に従って判決裁判所を構成しなかった
  • 2号 法令により判決に関与できない裁判官が判決に関与した
  • 3号 審判の公開に関する規定に違反した。378条=1号 不法に管轄又は管轄違を認めた
  • 2号 不法に公訴を受理し又は棄却した
  • 3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は受けない事件について判決をした
  • 4号 判決に理由を付けず、又は理由にくいちがいがある

訴訟手続の法令違反には、2種類あります。ここで、前に扱った内容を1問です。訴因の外にはみ出して認定したとき、その違反は、判決への影響を問わずに、控訴理由になりますか?問わないと思います。審判の請求を受けない事件について判決をしたことになって、第378条第3号に当たるからです。こうした重大な違反を、絶対的控訴理由といいます。第377条と第378条です。あれば、判決への影響を問わず、第一審判決が破棄されます。第397条第1項です。

条文刑事訴訟法第377条

刑事訴訟法第377条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、その事由があることの充分な証明をすることができる旨の検察官又は弁護人の保証書を添附しなければならない。 一 法律に従つて判決裁判所を構成しなかつたこと。 二 法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。 三 審判の公開に関する規定に違反したこと。

1号は、裁判所の構成違反です。2号は、除斥の事由のある裁判官のように、法令で判決に関与できない裁判官が関与した場合です。3号は、審判の公開に関する規定の違反です。

条文刑事訴訟法第378条

刑事訴訟法第378条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつてその事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。 一 不法に管轄又は管轄違を認めたこと。 二 不法に、公訴を受理し、又はこれを棄却したこと。 三 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと。 四 判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること。

1号は管轄の誤り、2号は、訴訟条件の判断の誤りです。3号は、判決漏れや、訴因の外にはみ出した認定です。4号は、判決に理由がない、理由にくいちがいがある場合で、有罪判決の回で、理由不備と理由齟齬と呼んだものです。これに対して、それ以外の訴訟手続の法令違反は、相対的控訴理由です。

影響要件の有無。377条・378条=影響を問わない(絶対的)。379条=訴訟手続の法令違反が「判決に影響を及ぼすことが明らか」。380条=法令適用の誤りが「判決に影響を及ぼすことが明らか」。382条=事実誤認が「判決に影響を及ぼすことが明らか」。381条=刑の量定が不当であること(「影響が明らか」の文言なし)。「明らか」=可能性があるだけでは足りない。違反がなかったなら現になされている判決と異なる判決がなされたであろう蓋然性(最大判昭30・6・22) 図:影響要件の有無

  • 377条・378条=影響を問わない(絶対的)
  • 379条=訴訟手続の法令違反が「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 380条=法令適用の誤りが「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 382条=事実誤認が「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 381条=刑の量定が不当であること(「影響が明らか」の文言なし)
  • 「明らか」=可能性があるだけでは足りない
  • 違反がなかったなら現になされている判決と異なる判決がなされたであろう蓋然性(最大判昭30・6・22)

条文刑事訴訟法第379条

刑事訴訟法第379条 前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。

前の2条の場合を除いて、違反が、判決に影響を及ぼすことが明らかなときに限る、とあります。違反が確かにあっても、判決の結論が変わらないなら、控訴理由になりません。明らか、というのは、どの程度のことですか。影響がありそう、では足りないんですか。足りません。最高裁は、こう言っています。

判例最大判昭30・6・22 刑集9巻8号1189頁

訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らか 刑訴三七九条の場合は、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすべき可能性があるというだけでは、控訴理由とすることはできないのであつて、その法令違反がなかつたならば現になされている判決とは異る判決がなされたであろうという蓋然性がある場合でなければ、同条の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないのである。そして以上の判定については、絶対的控訴理由(三七七条三七八条)に当る場合は常に相当因果関係があるものと訴訟法上みなされているものと解すべきであるが、三七九条の場合には、裁判所が当該事件について具体的に諸般の情況を検討して判断すべき問題であつて

可能性があるだけでは足りません。その違反がなければ、違う判決になったであろう、という蓋然性が必要です。条文が、影響を及ぼす、ではなく、影響を及ぼすことが明らか、と書いているからです。明らか、と言える以上、影響がありうる、では足りず、違反がなければ結論が変わっていた、と言えるところまで要る、という読み方です。そして、絶対的控訴理由に当たるときは、この影響は、常にあるものとみなされています。だから、影響を問わないのです。条文の並びを見てください。第379条、第380条、第382条には、判決に影響を及ぼすことが明らか、と書いてあります。ところが、第381条の量刑不当には、この文言がありません。量刑不当にも影響の要件がある、と覚えるのは、条文と違います。Zで考えます。判決に理由がまったく付いていなければ、第378条第4号で、影響を問わず破棄です。一方、証拠能力のない書面を証拠に採用したけれど、ほかの証拠だけでも、同じ判決になるなら、第379条で、影響が明らかとはいえず、控訴理由になりません。Zの2つ目の問いの答えです。法定の理由に直す。訴訟手続の法令違反なら、重大なものは影響を問わず、それ以外は影響が明らかなときだけです。

事実誤認の審査・論理則と経験則

事実誤認の審査(382条)。控訴審は第一審と同じ立場で事件そのものを審理し直さない=第一審判決を対象に事後的に審査する。事実誤認=第一審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であること。控訴審の心証と違うだけでは足りない→不合理であることを具体的に示す必要。裁判員制度の導入を契機に直接主義・口頭主義が徹底された第一審では、より強く妥当(最判平24・2・13)。審査のしかたは裁判員裁判に限らない 図:事実誤認の審査

  • 382条
  • 控訴審は第一審と同じ立場で事件そのものを審理し直さない=第一審判決を対象に事後的に審査する。事実誤認=第一審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であること。控訴審の心証と違うだけでは足りない→不合理であることを具体的に示す必要。裁判員制度の導入を契機に直接主義・口頭主義が徹底された第一審では、より強く妥当(最判平24・2・13)。審査のしかたは裁判員裁判に限らない

事後審の考え方が、最もはっきり出るのが、事実誤認の審査です。第382条の事実誤認も、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限られていました。事案を簡単に言います。薬物の輸入事件で、被告人は、持ち込んだ缶の中に違法な薬物が入っているとは知らなかった、と争いました。裁判員が加わった第一審は、弁解を排斥できないとして、無罪にしました。控訴審は、事実誤認があるとして、破棄して有罪にしました。最高裁は、その控訴審の判決を破棄して、控訴を棄却しました。第一審の無罪が維持されたのです。

判例最判平24・2・13 刑集66巻4号482頁

控訴審における事実誤認の審査 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。 …… 控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。

最初の一文が、事後審そのものです。控訴審は、第一審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、第一審判決を対象に、事後的な審査を加えます。そして、事実誤認の審査は、第一審の判断が、論理則、経験則等に照らして不合理といえるか、という観点で行います。控訴審の裁判官が、自分なら有罪だと思った、では足りないんですか。足りません。控訴審の心証と違う、というだけでは破棄できません。第一審の推論の、どこが筋道に反するのか、どこが経験に反するのかを、具体的に示す必要があります。論理則と経験則は、自由心証の回で見た、合理的な判断のルールです。論理則は、筋道の通った推論のルールで、たとえば、互いに矛盾する2つの事実を、両方とも認めてはいけない、という決まりです。経験則は、世の中の経験から導かれる、通常こうなる、という法則です。あの回で、理由づけが不合理なら上訴審で是正される、と言ったのが、この審査です。Zの場合も同じです。殴っていない、と主張するなら、第一審の推論のどこが、論理則や経験則に反するかを、具体的に示さなければなりません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。裁判員裁判の回で見たとおり、裁判員裁判では、法廷で直接取り調べる証拠が中心になりました。判例が、裁判員制度の導入をきっかけに、直接主義と口頭主義が徹底された状況では、より強く妥当する、と言うのはそのためです。ただ、この審査のしかた自体は、裁判員裁判に限らず、控訴審の事実誤認の審査すべてに当てはまります。

控訴審の手続・申立書から趣意書まで

控訴の手続の流れ。第一審判決→控訴申立書を第一審の裁判所に差し出す(374条「控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。」/期間14日=373条)→第一審の裁判所が訴訟記録・証拠物を控訴裁判所に送付(規則235条)→控訴裁判所が趣意書の最終日を指定して通知(規則236条)。最終日は送達の翌日から起算して21日目以後(規則236条3項)→控訴趣意書を控訴裁判所に差し出す(376条1項「控訴申立人は、裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない。」)。期間内に趣意書を出さないとき→決定で控訴棄却(386条1項1号)。控訴審には予断排除の制約がない 図:控訴の手続の流れ

  • 第一審判決→控訴申立書を第一審の裁判所に差し出す(374条「控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。」/期間14日=373条)→第一審の裁判所が訴訟記録・証拠物を控訴裁判所に送付(規則235条)→控訴裁判所が趣意書の最終日を指定して通知(規則236条)
  • 最終日は送達の翌日から起算して21日目以後(規則236条3項)→控訴趣意書を控訴裁判所に差し出す(376条1項「控訴申立人は、裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない。」)
  • 期間内に趣意書を出さないとき→決定で控訴棄却(386条1項1号)
  • 控訴審には予断排除の制約がない

手続に入る前に、前回までに見たことを1問です。控訴申立書は、どの裁判所に差し出しますか?第一審の裁判所です。申立書は上訴裁判所に宛てて書きますが、出す先は原裁判所でした。第374条です。申立てをすると、確定と執行が止まり、事件が上級の裁判所へ移ります。確定遮断と、移審でした。期間は14日です。ここから先が、控訴に特有の流れです。控訴の手続は、2段階になっています。まず、控訴申立書です。ここには、控訴する、という意思を示します。理由は、あとの趣意書で述べます。次に、第一審の裁判所が、訴訟記録と証拠物を、控訴裁判所に送ります。控訴裁判所は、趣意書を出すべき最終日を指定して、控訴した人に通知します。規則で、最終日は、通知書の送達があった日の翌日から数えて、21日目以後の日と決まっています。実務上は、1か月程度が多いです。そして、控訴した人が、控訴趣意書を、控訴裁判所に差し出します。第376条第1項です。趣意書には、控訴の理由を簡潔に示し、必要な資料や保証書も添えます。Zの場合を例にします。控訴申立書には、控訴する、とだけ書きます。そして、1か月後の最終日までに、趣意書に、判決に理由が付いていない、刑が重すぎる、と書いて出します。

期間内に出さないと、決定で控訴が棄却されます。第386条第1項第1号です。方式に違反するときや、控訴の理由に当たらないことが明らかなときも、決定で棄却されます。棄却の全体は、次の回に見ます。もう1つ、第一審との違いがあります。第一審では、前に見たとおり、裁判官が先入観を抱かないよう、起訴状だけを裁判所に出す、起訴状一本主義でした。控訴審には、その制約がありません。訴訟記録と証拠物が送られるので、控訴裁判所は、趣意書と第一審の判決とあわせて、事前に精査できます。

控訴審の手続・調査と出頭と弁論

調査義務と職権調査(392条)。1項=趣意書に包含された事項は調査しなければならない。2項=包含されない事項でも、377条〜383条に規定する事由に関しては職権で調査できる。事実の取調べ(393条1項)=必要があるとき、請求または職権で。準用(404条)=第二編中公判に関する規定は控訴の審判に準用。出頭(390条)=被告人は公判期日に出頭することを要しない(原則)。ただし、裁判所は、一定額以下の罰金・科料に当たる事件以外で、出頭が権利の保護のため重要と認めるときは出頭を命ずることができる(出頭する権利があるので公判期日には召喚する・273条2項)。弁論(387〜389条)=弁護士以外の弁護人は選任できない/被告人のためにする弁論は弁護人でなければできない/検察官・弁護人は趣意書に基づいて弁論する 図:調査義務と職権調査

  • 392条
  • 1項=趣意書に包含された事項は調査しなければならない。2項=包含されない事項でも、377条〜383条に規定する事由に関しては職権で調査できる。事実の取調べ(393条1項)=必要があるとき、請求または職権で。準用(404条)=第二編中公判に関する規定は控訴の審判に準用。出頭(390条)=被告人は公判期日に出頭することを要しない(原則)。ただし、裁判所は、一定額以下の罰金・科料に当たる事件以外で、出頭が権利の保護のため重要と認めるときは出頭を命ずることができる(出頭する権利があるので公判期日には召喚する・273条2項)。弁論(387〜389条)=弁護士以外の弁護人は選任できない
  • 被告人のためにする弁論は弁護人でなければできない
  • 検察官・弁護人は趣意書に基づいて弁論する

控訴裁判所が、何を調べるかは、第392条が定めています。事後審の2つ目の現れ、趣意書が中心、を定めた条文です。

条文刑事訴訟法第392条

刑事訴訟法第392条 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない。 2 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる。

第1項は、義務です。趣意書に書かれた事項は、調査しなければなりません。第2項は、できる、です。趣意書に書かれていなくても、控訴理由に関する事項なら、職権で調べられます。Zの趣意書が量刑不当だけでも、記録を見て、判決に理由が付いていないと気づけば、第378条第4号の事由として調べて、破棄できます。第397条第1項です。調査のために必要があるときは、請求または職権で、事実の取調べもできます。第393条第1項です。この取調べが、どこまで許されるかは、後の節で詳しく見ます。控訴審の公判には、特別の定めがない限り、第一審の公判の規定が、控訴審にも当てはめて使われます。これを準用といいます。第404条です。そのうえで、控訴審には、事後審であることから来る、3つの特則があります。1つ目。被告人は、原則として、公判期日に出頭する必要がありません。第390条です。ただし、一定額以下の罰金や科料にあたる事件を除き、裁判所は、出頭が被告人の権利を守るために重要だと認めるときは、出頭を命じることができます。また、被告人には出頭する権利があるので、公判期日には被告人を召喚します。2つ目。弁論は、弁護士である弁護人でなければできません。第387条、第388条です。被告人が自分で弁論することは認められません。3つ目。公判期日には、検察官と弁護人が、趣意書に基づいて弁論します。第389条です。

被告人が出頭しなくてよく、自分で弁論もできないのは、事後審だからです。事実を目の前で聞き直す場ではなく、判決の誤りを法的に審査する場なので、被告人を出頭させる意味は少ないですし、法的な知識のある専門家に弁論させるのが適当だからです。

第一審後の事情をどこまで取り込めるか

第一審後の事情=時点と道具で3層に分ける。原則=第一審の記録・証拠を基礎に、第一審判決の言渡しの時点を基準に審査。上の層=382条の2:第一審の弁論終結前に存在した証拠でやむを得ない事由で請求できなかったもの(第1項)/弁論終結後・判決前に生じた事実(第2項)→趣意書に援用できる(疎明資料を添える)→疎明があれば、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するため欠くことができない場合に限り取調べは義務(393条1項但書)。真ん中の層=393条1項本文:第一審判決以前の事実でやむを得ない事由がないもの→義務ではなく裁量(最決昭59・9・20)。下の層=393条2項:第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状→職権(取調べは控訴裁判所の判断)。第一審で量刑上有利と考えて認めていた、という事情はやむを得ない事由に当たらない(最決昭62・10・30)

  • 第一審後の事情=時点と道具で3層に分ける
  • 原則=第一審の記録・証拠を基礎に、第一審判決の言渡しの時点を基準に審査
  • 上の層=382条の2:第一審の弁論終結前に存在した証拠でやむを得ない事由で請求できなかったもの(第1項)/弁論終結後・判決前に生じた事実(第2項)→趣意書に援用できる(疎明資料を添える)→疎明があれば、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するため欠くことができない場合に限り取調べは義務(393条1項但書)
  • 真ん中の層=393条1項本文:第一審判決以前の事実でやむを得ない事由がないもの→義務ではなく裁量(最決昭59・9・20)
  • 下の層=393条2項:第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状→職権(取調べは控訴裁判所の判断)
  • 第一審で量刑上有利と考えて認めていた、という事情はやむを得ない事由に当たらない(最決昭62・10・30)

ここで、立ち止まって考えてください。事後審は、第一審の記録を基礎に、第一審判決の時点を基準に審査する場です。それなら、第一審の判決のあとにできた示談を、控訴審は、どう扱うことになるでしょうか?基準の時点が違うから扱えない、という筋と、それでは被告人に酷だ、という筋。その両方が、条文に反映されています。原則は、趣意書に援用できる、つまり、控訴の理由の裏づけとして引いて示せるのは、訴訟記録と、原裁判所で取り調べた証拠に現れている事実です。控訴理由のところで、記録や証拠に現れているものから示す、と言ったのが、この原則です。その例外と補完を、時点と道具で、3つの層に分けて整理します。上の層は、第382条の2です。第一審の弁論終結前に存在した証拠で、やむを得ない事由によって取調べを請求できなかったもの、それに、弁論終結後、判決前に生じた事実です。弁論終結とは、第一審の審理を終えて、最終陳述をした時点です。

条文刑事訴訟法第382条の2第1項・第2項

刑事訴訟法第382条の2第1項・第2項 やむを得ない事由によつて第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかつた証拠によつて証明することのできる事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものは、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実以外の事実であつても、控訴趣意書にこれを援用することができる。 2 第一審の弁論終結後判決前に生じた事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものについても、前項と同様である。

第1項が、弁論終結前の証拠で、やむを得ない事由があるもの。第2項が、弁論終結のあと、判決の前に生じた事実です。どちらも、趣意書に援用できます。その場合は、第3項で、疎明の資料を添えます。疎明とは、令状の回で見たとおり、確信までは要らず、一応確からしい、と思わせる程度の立証です。そして、疎明があれば、刑の量定の不当や、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために、欠くことのできない場合に限って、控訴裁判所は取調べを義務づけられます。これが第393条第1項の但書です。

条文刑事訴訟法第393条第1項・第2項

刑事訴訟法第393条第1項・第2項 控訴裁判所は、前条の調査をするについて必要があるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調をすることができる。但し、第三百八十二条の二の疎明があつたものについては、刑の量定の不当又は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことのできない場合に限り、これを取り調べなければならない。 2 控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる。

本文は、できる、但書は、しなければならない、です。本文と但書で、裁量と義務が分かれています。第382条の2で、新しい証拠や事実を趣意書に引いてよい、とした以上、疎明がそろい、量刑や事実誤認の証明に欠かせないなら、控訴裁判所も調べなければならない、という組み合わせです。

区別:取調べが義務になる場合と裁量の場合。義務=382条の2の疎明があり、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認の証明に欠くことができない(393条1項但書)。裁量=やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前の事実で、控訴裁判所が必要と認めるとき(393条1項本文・最決昭59・9・20)。第一審で認めて争わなかったのは量刑上の得策だった、という訴訟戦術はやむを得ない事由に当たらない→義務ではなく裁量(最決昭62・10・30)。判決後の情状は393条2項(職権) 図:区別:取調べが義務になる場合と裁量の場合

  • 義務=382条の2の疎明があり、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認の証明に欠くことができない(393条1項但書)
  • 裁量=やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前の事実で、控訴裁判所が必要と認めるとき(393条1項本文・最決昭59・9・20)
  • 第一審で認めて争わなかったのは量刑上の得策だった、という訴訟戦術はやむを得ない事由に当たらない→義務ではなく裁量(最決昭62・10・30)
  • 判決後の情状は393条2項(職権)

では、やむを得ない事由とは、どこまで含むのでしょうか。第一審のときには、その証拠があることを知りようがなかった、という場合は、当たりうると考えられています。問題は、出せたのに、自分の判断で出さなかった場合です。事案は、第一審の判決が実刑だったので控訴し、第一審では認めていた事実を、控訴審で争うに至ったものです。

判例最決昭62・10・30 刑集41巻7号309頁

やむを得ない事由に当たらない事情 被告人が第一審判決判示第一の事実を認めて争わなかつたのは、量刑上有利に参酌してもらつた方が得策であると考えていたものである …… 右弁護人主張のような事情があつたとしても、そのような事情は刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらないとの原判決の判示は正当であるから、このような証拠は同法三九三条一項但書によりその取調が義務付けられるものではなく、ただ同項本文により取り調べるかどうかが裁量にまかせられているものであつて

第一審で認めて争わなかったのは、そのほうが量刑上有利だと考えたからだ、という事情は、やむを得ない事由に当たりません。第一審で取調べを控えたのは、当事者の戦術の判断だからです。そして、その証拠は、但書で取調べが義務づけられるものではなく、本文により、取り調べるかどうかが裁量にまかされている、と言っています。Zの追加の問いに答えます。第一審では、量刑上そのほうが有利だと考えて、殴ったことを認めていたZが、控訴審で、実は殴っていない、と言い出し、新しい証人を呼びたいと言ったらどうなるか。この事情は、さきほどの判例の事案と同じで、やむを得ない事由にはあたりません。取調べは義務ではなく、裁量です。認められるかは、控訴裁判所の判断です。真ん中の層は、その裁量です。事案は、検察官が量刑不当を理由に控訴し、第一審で請求していなかった前科の調書などを、控訴審で請求して、取り調べられたものです。

判例最決昭59・9・20 刑集38巻9号2810頁

控訴審における裁量による事実の取調べ 右「やむを得ない事由」の疎明の有無は、控訴裁判所が同法三九三条一項但書により新たな証拠の取調を義務づけられるか否かにかかわる問題であり、同項本文は、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、第一審で取調ないし取調請求されていない新たな証拠につき、右「やむを得ない事由」の疎明がないなど同項但書の要件を欠く場合であつても、控訴裁判所が第一審判決の当否を判断するにつき必要と認めるときは裁量によつてその取調をすることができる旨定めていると解すべきである

やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、控訴裁判所が、第一審判決の当否を判断するのに必要と認めるときは、裁量で取り調べられます。但書は、取調べが義務になる場合を絞っているだけで、本文の、できる、という権限までは消していないからです。義務ではないけれど、道は閉ざされていない、ということです。ここは、論文で論点になりうる箇所です。上の層は、条件がそろえば義務、真ん中の層は、裁量です。ここまでは、すべて第一審の判決より前の話でした。残る1つ、下の層が、判決のあとの事情です。なお、判決のあとに生じた事実は、第382条の2の文言には入っていません。第382条の2は、弁論終結前の証拠と、弁論終結後判決前の事実だけです。判決のあとの事情には、別の道が用意されています。次に見ます。

判決後の情状・職権の取調べと破棄

判決後の情状。第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状(示談・被害弁償・身柄の状況の変化など)→393条2項=必要があると認めるとき、職権で取調べ→397条2項「第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。」=2項破棄。控訴理由の主張がなくても破棄できる。破棄したあとの処理(差戻し・自判)は次の回 図:判決後の情状

  • 第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状(示談・被害弁償・身柄の状況の変化など)→393条2項=必要があると認めるとき、職権で取調べ→397条2項「第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。」=2項破棄
  • 控訴理由の主張がなくても破棄できる
  • 破棄したあとの処理(差戻し・自判)は次の回

第一審の判決のあとに生じた、刑の量定に影響を及ぼすべき情状です。たとえば、判決のあとに成立した示談、被害の弁償、身柄の状況の変化などです。これを取り込む道が、さきほどのカードの第2項、第393条第2項です。必要があると認めるとき、控訴裁判所は、職権で取調べができます。Zの3つ目の問いの答えです。判決のあとに成立した示談は、第393条第2項で、控訴審が職権で取り調べられます。ただし、取り調べるかどうかは、控訴裁判所の判断で、被告人に請求権があるわけではありません。条文がつながっています。第393条第2項による取調べの結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反する、と認めるときは、判決で原判決を破棄できます。第397条第2項です。第1項の破棄が、控訴理由があるときに破棄しなければならない、という規定だったのに対し、第2項は、控訴理由の主張がなくても、判決後の事情を理由に、原判決を破棄できる道です。破棄したあとどう処理するかは、次の回に見ます。整理します。判決のあとの示談は、第一審の判決が誤っていたことを示すものではありません。誤りがあったから破棄する、のではなく、判決後の事情を見て、このままでは明らかに正義に反する、というとき、破棄できる。事後審だけれど、判決後の事情をくみ取る道を、別に置いている、というわけです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=第一審の弁論終結のあと判決の前にZが被害者と示談。量刑不当を主張する趣意書に援用できるか→382条の2第2項→できる(疎明資料を添える)。問2=同じ示談が判決の言渡しのあとに成立→382条の2は使えない→393条2項=控訴裁判所が職権で取り調べることができる。問3=第一審判決に理由がまったく付いていない→378条4号→影響を問わず控訴理由になり破棄。問4=証拠能力のない書面を採用したが、ほかの証拠だけでも同じ判決→379条→影響が明らかでなく控訴理由にならない。分かれ目=示談がいつか/違反が重大か 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=第一審の弁論終結のあと判決の前にZが被害者と示談
  • 量刑不当を主張する趣意書に援用できるか→382条の2第2項→できる(疎明資料を添える)
  • 問2=同じ示談が判決の言渡しのあとに成立→382条の2は使えない→393条2項=控訴裁判所が職権で取り調べることができる
  • 問3=第一審判決に理由がまったく付いていない→378条4号→影響を問わず控訴理由になり破棄
  • 問4=証拠能力のない書面を採用したが、ほかの証拠だけでも同じ判決→379条→影響が明らかでなく控訴理由にならない
  • 分かれ目=示談がいつか/違反が重大か

節目のミニ事例です。Zの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。第一審の弁論が終わったあと、判決の言渡しの前に、Zは被害者と示談しました。控訴審で量刑不当を主張するとき、この示談を、趣意書に援用できるでしょうか。弁論終結後、判決前に生じた事実なので、第382条の2第2項で、援用できます。疎明の資料を添えます。2つ目。同じ示談が、判決の言渡しのあとに成立していたら、どうでしょう。判決の前なら第382条の2、判決のあとなら第393条第2項の職権。1つ目と2つ目は、示談がいつ成立したか、で道具が逆になりました。3つ目。第一審の判決に、理由がまったく付いていませんでした。控訴理由になるでしょうか。

第378条第4号で、絶対的控訴理由なので、判決への影響を問わず、控訴理由になって、破棄されます。4つ目。第一審が、証拠能力のない書面を証拠に採用していました。けれど、ほかの証拠だけでも、同じ判決になります。理由がまったく無いのは、影響を問わない違反。証拠の採用の誤りは、影響が明らかでなければ控訴理由にならない違反。3つ目と4つ目は、違反が重大か、で結論が逆になりました。示談の分かれ目は、いつ成立したか。訴訟手続の違反の分かれ目は、影響を問う違反かどうか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①控訴審は第一審のやり直しではない。第一審判決の当否を審査する事後審。②控訴は法定の控訴理由(訴訟手続の法令違反・法令適用の誤り・量刑不当・事実誤認)に限る。訴訟手続の法令違反は、重大なら影響を問わず(絶対的)、それ以外は影響が明らかなときだけ(相対的)。量刑不当は影響の文言なし。事実誤認は、論理則・経験則に照らして不合理だと具体的に示す。③第一審のあとの事情は時点と道具で分ける。弁論終結前の証拠・弁論終結後判決前の事実=382条の2/判決以前の事実の裁量取調べ=393条1項本文/判決後の情状=393条2項→397条2項。流れ=申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却/破棄 図:まとめ

  • Zの答え=①控訴審は第一審のやり直しではない
  • 第一審判決の当否を審査する事後審
  • ②控訴は法定の控訴理由(訴訟手続の法令違反・法令適用の誤り・量刑不当・事実誤認)に限る
  • 訴訟手続の法令違反は、重大なら影響を問わず(絶対的)、それ以外は影響が明らかなときだけ(相対的)
  • 量刑不当は影響の文言なし
  • 事実誤認は、論理則・経験則に照らして不合理だと具体的に示す
  • ③第一審のあとの事情は時点と道具で分ける
  • 弁論終結前の証拠・弁論終結後判決前の事実=382条の2/判決以前の事実の裁量取調べ=393条1項本文/判決後の情状=393条2項→397条2項
  • 流れ=申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却/破棄

Zの3つの問いに答えます。まず1つ目。控訴審は、第一審のやり直しではありません。第一審の判決の当否を審査する、事後審です。2つ目。控訴は、法定の控訴理由に限られます。訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、事実誤認の4つです。訴訟手続の法令違反のうち、重大な違反は、影響を問わない絶対的控訴理由で、それ以外は、判決に影響を及ぼすことが明らかなときだけです。量刑不当には、この影響の文言がありません。事実誤認は、控訴審の心証と違うだけでは足りず、第一審の推論が論理則や経験則に照らして不合理だと、具体的に示す必要があります。3つ目。第一審のあとの事情は、時点と道具で分けます。弁論終結前の証拠と、弁論終結後判決前の事実は、第382条の2。第一審判決以前の事実は、やむを得ない事由がなくても、第393条第1項本文の裁量。判決のあとの示談などは、第393条第2項の職権の取調べで、結果によっては第397条第2項で破棄できます。第一審では量刑上有利だと考えて認めていた事実を、控訴審で争う新証拠は、やむを得ない事由には当たらず、取調べは義務ではなく裁量です。流れは、控訴申立書、記録の送付、趣意書、調査と取調べ、そして棄却か破棄です。ところで、判決の一部に絞って争ったとき、控訴審は、争われていない部分まで調べられるのでしょうか。この問いは、次の回で扱います。

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#161単独ページ動画

攻防対象論と控訴審の裁判

第8章 上訴と救済手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

地図。受け直す道具は3つ。事後審=第一審判決の当否をあとから審査する。調べる範囲=392条1項(趣意書に包含された事項は調査しなければならない)/392条2項(包含されない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる)。移審と一部上訴=申立てで事件は上級審へ移る・原裁判の全部に及ぶのが原則/一部上訴は主文が複数のときだけ(軸は罪の数ではなく主文の数)。牽連犯の一部が無罪でも主文に無罪は載らず理由中で示される→主文は1つ→一部上訴できない。今日=この道具に限界はあるか。そして控訴審はどう結論を出すか 図:地図

  • 受け直す道具は3つ
  • 事後審=第一審判決の当否をあとから審査する
  • 調べる範囲=392条1項(趣意書に包含された事項は調査しなければならない)/392条2項(包含されない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる)
  • 移審と一部上訴=申立てで事件は上級審へ移る・原裁判の全部に及ぶのが原則/一部上訴は主文が複数のときだけ(軸は罪の数ではなく主文の数)
  • 牽連犯の一部が無罪でも主文に無罪は載らず理由中で示される→主文は1つ→一部上訴できない
  • 今日=この道具に限界はあるか
  • そして控訴審はどう結論を出すか

前回の最後に、問いを1つ残しました。判決の一部に絞って争ったとき、控訴審は、争われていない部分にまで踏み込んで調べられるのか。今日はこの問いに答えます。そのあとで、控訴審がどんな結論を出せるのかを、棄却から自判まで見ていきます。答えに入る前に、使う道具を3つ、地図で受け直します。1つ目。控訴審は事後審です。事件そのものを審理し直すのではなく、第一審の判決を対象に、その当否をあとから審査します。2つ目。調べる範囲です。第392条第1項で、趣意書に書かれた事項は、調査しなければなりません。第2項で、書かれていない事項でも、控訴理由になる事由なら、職権で調べられます。3つ目。上訴の共通ルールです。上訴の申立てをすると、事件が上級の裁判所へ移ります。これが移審で、原則として、一個の裁判の全部に及びます。ただし、主文が複数あるときに限って、一部だけを上訴できます。軸は、罪の数ではなく、主文の数でした。牽連犯の一部だけが無罪のときは、主文に無罪は載らず、理由中で示されるだけなので、一部上訴はできません。今日は、この道具に限界があるのかを見ます。

今日の問い。被告人Zは、偽造された領収書を取引先に示し(偽造私文書行使)、それで代金を受け取った(詐欺)として起訴された。この2つは手段と結果の関係にある牽連犯。第一審は、領収書を示した点を有罪(拘禁刑1年・執行猶予3年)とし、詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由中で無罪の判断を示した。主文は有罪部分の刑だけ。検察官は控訴せず、Zが刑が重いとして控訴。控訴審が記録を読むと、詐欺も成立していると思われた。①控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるか。②402条があり、刑は重くできない。ならば調べても構わないのではないか。③もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、偽造された領収書を取引先に示し(偽造私文書行使)、それで代金を受け取った(詐欺)として起訴された
  • この2つは手段と結果の関係にある牽連犯
  • 第一審は、領収書を示した点を有罪(拘禁刑1年・執行猶予3年)とし、詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由中で無罪の判断を示した
  • 主文は有罪部分の刑だけ
  • 検察官は控訴せず、Zが刑が重いとして控訴
  • 控訴審が記録を読むと、詐欺も成立していると思われた
  • ①控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるか
  • ②402条があり、刑は重くできない
  • ならば調べても構わないのではないか
  • ③もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるか

今日の被告人Zは、前回の居酒屋の件とは別の事件の人です。Zは、偽造された領収書を取引先に示し、それで代金を受け取ったとして、偽造私文書行使と詐欺で起訴されました。この2つは、手段と結果の関係にある牽連犯とします。第一審は、領収書を示した点は有罪とし、拘禁刑1年、執行猶予3年を言い渡しました。詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由の中で無罪の判断を示しました。主文は、有罪部分の刑だけです。検察官は控訴せず、Zだけが、刑が重いとして控訴しました。ところが、控訴審が記録を読むと、詐欺も成立しているように思われました。問いは3つです。1つ目。控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるのか。2つ目。第402条があって、刑は重くできないのだから、調べても構わないのではないか。3つ目。もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるのか。

先に、答えの形だけ言います。控訴審は、第一審の判決を審査する場所です。そして、その審査の範囲は、当事者がどこを争っているかで絞られます。だから、誰も争っていない部分は、事件が移ってきていても調べられません。3つの問いの答えは、この3文のどこかに入っています。

原則・移審は全部に及ぶ

原則。Zの主文は1つ(有罪部分の刑だけ)→357条の一部上訴はできない→Zの控訴で、詐欺の無罪部分を含む第一審判決の全部が控訴審に移審。392条2項=趣意書にない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる。詐欺の無罪判断=事実誤認(382条)の事由に関する事項→理屈の上では、控訴審は詐欺まで調べられそうに見える。402条=被告人が控訴した事件は、原判決の刑より重い刑を言い渡せない→「刑が重くならないなら、調べて有罪にしても不利益はなさそう」 図:原則

  • Zの主文は1つ(有罪部分の刑だけ)→357条の一部上訴はできない→Zの控訴で、詐欺の無罪部分を含む第一審判決の全部が控訴審に移審
  • 392条2項=趣意書にない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる
  • 詐欺の無罪判断=事実誤認(382条)の事由に関する事項→理屈の上では、控訴審は詐欺まで調べられそうに見える
  • 402条=被告人が控訴した事件は、原判決の刑より重い刑を言い渡せない→「刑が重くならないなら、調べて有罪にしても不利益はなさそう」

本題の前に、前回までに見たことを、1問だけ確かめます。牽連犯の一部だけを無罪にするとき、主文で無罪を言い渡しますか?言い渡しません。理由の中で示すだけで、主文は有罪部分の刑だけでした。Zの設例が、まさにそれです。主文は1つなので、第357条の一部上訴はできません。すると、Zの控訴で、詐欺の無罪の判断も含めて、第一審判決の全部が控訴審に移ります。ここで、第392条を見ます。

条文刑事訴訟法第392条

刑事訴訟法第392条 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない。 2 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる。

例えば、Zの趣意書は、量刑不当だけを書いたとします。それでも、詐欺の無罪の判断は、事実誤認、第382条の事由に関する事項です。第2項により、職権で調べられるように見えます。移審しているうえに、職権調査も趣意書の外に及ぶ。理屈の上では、控訴審は、詐欺まで調べられそうです。もう1つ、第402条があります。

条文刑事訴訟法第402条

刑事訴訟法第402条 被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

Zだけが控訴した事件なので、控訴審は、第一審より重い刑を言い渡せません。それなら、詐欺を調べて有罪と認めても、Zの刑は変わらず、損はしない。これが、Zの2つ目の問いの考え方です。調べられそうだ、という推論と、損はしないだろう、という推論。この2つが、次の判例で、どちらも否定されます。その前に、立ち止まってください。無罪になった詐欺の部分について、Zは控訴する意味があるでしょうか。検察官は、控訴したでしょうか?Zにとって無罪は、一番有利な判断なので、不服の利益がないです。検察官は、設例では控訴していません。自分に有利な判断を、被告人が争うことはできません。前々回の、上訴の利益です。つまり、詐欺の部分は、被告人にも検察官にも、争う人がいません。この状態を、判例がどう扱うかを見ます。

攻防対象論の判例

事案の構図。第一審判決の中身=有罪部分(Zが控訴)|無罪部分(理由中で示された・誰も控訴せず)。控訴審へ移審するのは両方。職権調査は有罪部分に及ぶ。無罪部分は「当事者間で攻防の対象からはずされた」=調べて有罪にすることは許されない(職権の限度を超え違法)。この考え方=攻防対象論 図:事案の構図

  • 第一審判決の中身=有罪部分(Zが控訴)|無罪部分(理由中で示された・誰も控訴せず)
  • 控訴審へ移審するのは両方
  • 職権調査は有罪部分に及ぶ
  • 無罪部分は「当事者間で攻防の対象からはずされた」=調べて有罪にすることは許されない(職権の限度を超え違法)
  • この考え方=攻防対象論

事案です。住居侵入や暴力行為などで起訴された被告人について、第一審は、その一部を有罪とし、残りの部分には、犯罪の証明がないとして、理由の中で無罪の判断を示しました。この無罪の部分は、牽連犯や包括一罪として起訴された事実の一部だったので、主文では特に無罪を言い渡していません。被告人だけが控訴しました。すると控訴審は、職権で調査して、全部有罪だとして、原判決を破棄し、自分で判決をして、第一審と同じ刑を言い渡しました。控訴審が自分で判決をすることを、自判といいます。Zの設例と、同じ形です。大法廷の判断は、大きく3つの段に分かれます。1つ目、無罪の部分も含めて、全部が控訴審に移ること。2つ目、それでも職権の使い方には限度があること。3つ目、争いから外れた部分を調べて有罪にするのは違法だということ。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(移審の範囲) 第一審判決がその理由中において無罪の判断を示した点は、牽連犯ないし包括一罪として起訴された事実の一部なのであるから、右第一審判決に対する控訴提起の効力は、それが被告人からだけの控訴であつても、公訴事実の全部に及び、右の無罪部分を含めたそのすべてが控訴審に移審係属すると解すべきである。 そうとすれば、控訴裁判所は右起訴事実の全部の範囲にわたつて職権調査を加えることが可能であるとみられないでもない。しかしながら、控訴審が第一審判決について職権調査をするにあたり、いかなる限度においてその職権を行使すべきかについては、さらに慎重な検討を要するところである。

まず1つ目の段です。前半は、先ほどの原則そのものです。被告人だけの控訴でも、無罪の部分を含めて、全部が控訴審に移ります。後半で、職権調査が可能だとみられないでもない、と認めます。Zの問いと同じ疑問を、判例自身が出しているのです。ただ、そのあとに、しかし、と続きます。職権をどこまで使うかは、さらに慎重な検討が要る、と。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(控訴審の性格) 審判の対象設定を原則として当事者の手に委ね、被告人に対する不意打を防止し、当事者の公正な訴訟活動を期待した第一審の訴訟構造のうえに立つて、刑訴法はさらに控訴審の性格を原則として事後審たるべきものとしている。 …… そして、その事後審査も当事者の申し立てた控訴趣意を中心としてこれをなすのが建前であつて、職権調査はあくまで補充的なものとして理解されなければならない。

2つ目の段です。慎重に考える土台が、この2つのブロックです。第一審は、審判の対象を当事者が決め、被告人への不意打ちを防ぐ構造でした。その上に立つ控訴審は、事後審です。そして、事後審査は、当事者の出した趣意を中心にするもので、職権調査は、あくまで補充的なものです。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(攻防の対象) そして、右のうち無罪とされた部分については、被告人から不服を申し立てる利益がなく、検察官からの控訴申立もないのであるから、当事者間においては攻防の対象からはずされたものとみることができる。 このような部分について、それが理論上は控訴審に移審係属しているからといつて、事後審たる控訴審が職権により調査を加え有罪の自判をすることは、被告人控訴だけの場合刑訴法四〇二条により第一審判決の刑より重い刑を言い渡されないことが被告人に保障されているとはいつても、被告人に対し不意打を与えることであるから、前記のような現行刑事訴訟の基本構造、ことに現行控訴審の性格にかんがみるときは、職権の発動として許される限度をこえたものであつて、違法なものといわなければならない。

3つ目の段です。決め手は、最初のブロックです。無罪の部分は、被告人には不服を申し立てる利益がなく、検察官の控訴もない。だから、当事者の間では、攻防の対象からはずされたものとみることができる。そして、そういう部分に、職権で調査を加えて有罪の自判をするのは、不意打ちであり、職権の発動として許される限度をこえて違法です。区別を、Zで確かめます。Zが量刑不当と書いた有罪の部分は、Zが争っている部分なので、調べられます。一方、詐欺の無罪の部分は、Zも検察官も争っていないので、調べられません。同じ判決の中でも、争われている部分と、攻防の対象から外れた部分とで、線が引かれます。

⭐ 論文で書く規範:攻防対象論 無罪とされて被告人に不服の利益がなく検察官も控訴しない部分は、当事者間で攻防の対象から外れる | 移審していても、職権で調べて有罪の自判をするのは、職権の発動として許される限度を超え違法 (規範(判例型))

この考え方を、攻防対象論といいます。条文に書かれた要件ではありません。最高裁が、事後審という仕組みと当事者主義から立てた規範です。ここは、論文で論点になりうる箇所です。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(結論の処理) 原判決の違法は、未だもつてこれを破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

最後に、結論の処理です。この事案では、控訴審の判断は違法でした。けれど、言い渡された刑は第一審と同じで、破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められないとして、上告は棄却されました。違法でも、結果が変わらないために、破棄まではされない場合がある、ということです。Zの1つ目の問いの答えです。詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく、検察官も控訴していない。攻防の対象から外れているので、事件が移ってきていても、控訴審は調べて有罪にはできません。

理由と第402条との区別

理由の3本柱と402条との区別。理由=当事者主義(審判の対象は当事者が設定する)/事後審(調べる範囲は当事者の控訴趣意が中心・職権は補充)/不意打ちの防止(争いから外れた部分で突然、不利な認定をされない)。検察官から見れば、控訴しなかった=その部分の訴訟追行を断念したとみる。上訴の利益(主文基準)と同じ軸の上。402条と攻防対象論は別の問い。402条=刑を重くできるか/攻防対象論=争いから外れた部分を調べて認定してよいか。働く場面=移審はしているのに職権調査してよいかが問題になる場面(牽連犯・包括一罪の一部のように一部上訴できず全部が移審するとき)かつ被告人側のみが控訴し検察官が控訴していない部分。併合罪の一部無罪=主文が2つ→上訴しなかった部分は移審せず確定へ向かう 図:理由の3本柱と402条との区別

  • 理由=当事者主義(審判の対象は当事者が設定する)/事後審(調べる範囲は当事者の控訴趣意が中心・職権は補充)/不意打ちの防止(争いから外れた部分で突然、不利な認定をされない)
  • 検察官から見れば、控訴しなかった=その部分の訴訟追行を断念したとみる
  • 上訴の利益(主文基準)と同じ軸の上
  • 402条と攻防対象論は別の問い
  • 402条=刑を重くできるか/攻防対象論=争いから外れた部分を調べて認定してよいか
  • 働く場面=移審はしているのに職権調査してよいかが問題になる場面(牽連犯・包括一罪の一部のように一部上訴できず全部が移審するとき)かつ被告人側のみが控訴し検察官が控訴していない部分
  • 併合罪の一部無罪=主文が2つ→上訴しなかった部分は移審せず確定へ向かう

理由を整理します。柱は3本です。1つ目は、当事者主義です。審判の対象は、当事者が決めます。2つ目は、事後審です。調べる範囲は、当事者の控訴趣意が中心で、職権は補充にとどまります。そして3つ目は、不意打ちの防止です。争いから外れた部分で、突然、不利な認定をされてはいけません。検察官の側から見ると、控訴しなかったということは、その部分の訴訟追行を断念した、とみることになります。そして、上訴の利益のところで、主文を標準にしたことを思い出してください。無罪は、被告人にとって最も有利な判断で、不服の利益がありません。検察官が控訴しなければ、その部分を争う人は、誰もいなくなります。主文を物差しにする上訴の共通ルールと、同じ軸の上にある考え方です。

刑は変わらなくても、詐欺の有罪という認定が付きます。そこが損です。有罪の判断が付けば、Zは、詐欺でも有罪とされた人になります。しかも、Zは、詐欺は争点から外れたと思って、控訴の準備をしています。そこに、突然、有罪が出てくる。これが不意打ちです。第402条と攻防対象論は、別の問いです。第402条は、刑を重くできるか、という問いです。攻防対象論は、争いから外れた部分を調べて、認定してよいか、という問いです。前々回、第402条を見たときは、刑が重くならなければ、不利な事実を認定することは許される、としました。あれは、第402条だけを見たときの答えで、例も、争われている窃盗の中で、犯行の様子を認め直す話でした。争いから外れた部分なら、刑が重くならなくても、認定自体が許されません。だから、第402条があるから調べてよい、とはなりません。Zの2つ目の問いの答えです。この考え方が働く場面も絞っておきます。1つ目の条件は、移審はしているのに、職権調査してよいかが問題になる場面です。牽連犯や包括一罪の一部のように、一部上訴ができず、全部が移審するときです。併合罪の一部が無罪のときは、主文が2つなので、上訴しなかった部分は、そもそも移審せず、確定へ向かいます。調べる以前の話になります。2つ目の条件は、被告人側だけが控訴して、検察官が控訴していない部分であることです。検察官も控訴していれば、話が変わります。次に見ます。

展開・本位的訴因と予備的訴因

比較表。最決平元=同一の被害者・同一の交通事故で過失の態様の違いから本位的訴因と予備的訴因が構成された→第一審は予備的訴因を認定→被告人のみ控訴→控訴審が破棄差戻し→差戻審が本位的訴因を認定。判旨「予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといつて、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防禦の対象から外れたとみる余地はない。」。最決平25=本位的訴因は賭博開張図利の共同正犯・予備的訴因は幇助犯→第一審は幇助犯を認定→被告人のみ控訴→控訴審が職権で共同正犯を認定し有罪自判→違法。表(行=訴因の関係/検察官の追行/攻防の対象/結論)。平元=同一の事故の過失の態様の違い(軽重なし)/断念とみる余地はない/攻防の対象に残る/差戻審が本位的訴因を審理判決しても違法でない。平25=異なる構成要件(共同正犯が重く幇助が軽い)/控訴せず断念したとみるべき/攻防の対象から外れた/職権で有罪自判は違法(刑が同じなので破棄せず棄却)。検察官も控訴したとき=訴訟追行を続けている/攻防の対象に残る/調べられる 図:比較表

  • 最決平元=同一の被害者・同一の交通事故で過失の態様の違いから本位的訴因と予備的訴因が構成された→第一審は予備的訴因を認定→被告人のみ控訴→控訴審が破棄差戻し→差戻審が本位的訴因を認定
  • 判旨「予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといつて、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防禦の対象から外れたとみる余地はない。」
  • 最決平25=本位的訴因は賭博開張図利の共同正犯・予備的訴因は幇助犯→第一審は幇助犯を認定→被告人のみ控訴→控訴審が職権で共同正犯を認定し有罪自判→違法
  • 表(行=訴因の関係/検察官の追行/攻防の対象/結論)
  • 平元=同一の事故の過失の態様の違い(軽重なし)/断念とみる余地はない/攻防の対象に残る/差戻審が本位的訴因を審理判決しても違法でない
  • 平25=異なる構成要件(共同正犯が重く幇助が軽い)/控訴せず断念したとみるべき/攻防の対象から外れた/職権で有罪自判は違法(刑が同じなので破棄せず棄却)
  • 検察官も控訴したとき=訴訟追行を続けている/攻防の対象に残る/調べられる

攻防対象論は、無罪の部分だけの話ではありません。訴因の並べ方でも問題になります。訴因変更の全体像の回で見たことを、思い出してください。もとの訴因が本位的訴因、本位的訴因が認められないときに初めて判断してもらう訴因が、予備的訴因でした。事案です。賭場を開いて利益を図る、賭博開張図利という罪で、本位的訴因は共同正犯、予備的訴因は幇助犯でした。第一審は、共同正犯は認定できないが、幇助犯は認定できるとして、有罪にしました。検察官は控訴せず、被告人だけが控訴しました。すると控訴審は、職権で共同正犯を認定し、有罪の自判をしました。最高裁は、こう言いました。

判例最決平25・3・5 刑集67巻3号267頁

検察官が控訴しなかったときの本位的訴因 本件のように,第1審判決の理由中で,本位的訴因とされた賭博開張図利の共同正犯は認定できないが,予備的訴因とされた賭博開張図利の幇助犯は認定できるという判断が示されたにもかかわらず,同判決に対して検察官が控訴の申立てをしなかった場合には,検察官は,その時点で本位的訴因である共同正犯の訴因につき訴訟追行を断念したとみるべきであって,本位的訴因は,原審当時既に当事者間においては攻防の対象から外されていたものと解するのが相当である …… そうすると,原審としては,本位的訴因については,これを排斥した第1審裁判所の判断を前提とするほかなく,職権により本位的訴因について調査を加えて有罪の自判をしたことは,職権の発動として許される限度を超えたものであり,違法というほかない。

ここでも、見方は同じです。第一審が、本位的訴因の共同正犯は認められないが、予備的訴因の幇助犯は認められるとした。それに、検察官が控訴しない。そのとき、検察官は、本位的訴因の訴訟追行を断念したとみるべきだ、と言っています。だから、本位的訴因は、攻防の対象から外れていて、職権で調べて有罪にするのは違法です。この事案でも、刑は第一審と同じだったので、破棄はされず、上告は棄却されました。調べ直せる場合もあります。比べる判例があります。同じ被害者、同じ交通事故で、過失のあり方の違いから、本位的訴因と予備的訴因が組まれた事件です。第一審は、予備的訴因を認定しました。被告人だけが控訴し、控訴審は破棄して差し戻し、差戻審が本位的訴因を認定しました。最高裁は、こう言っています。予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に、被告人のみが控訴したからといって、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、攻防の対象から外れたとみる余地はない。だから、差戻審が本位的訴因を審理して判決しても、違法ではありません。2つの分かれ目は、検察官が訴追を断念したとみられるか、です。断念という言葉は、2つの判例に共通です。何が結論を分けたのかは、判決の言葉ではなく、2つを比べた整理です。交通事故の事案は、同じ事故の過失のあり方の違いです。証拠関係しだいで、2つの訴因のどちらかが認められる関係で、軽重の差もありません。検察官は、どちらでも有罪にできれば足りるとして、追行を続けていたとみられます。予備的訴因で有罪になった時点で、検察官には、控訴して争う理由がないのです。控訴しなかったことを、あきらめたとは読めません。だから、断念とはいえません。賭博の事案は、重い共同正犯に対して、軽い幇助犯が認定されたのに、控訴しなかった。しかも、共同正犯と幇助犯は、構成要件が異なります。重い罪が退けられたのに控訴しないのは、軽い幇助犯で処罰されれば足りる、と受け入れたことになります。だから、断念とみられます。

Zの3つ目の問いの答えです。検察官も詐欺の無罪に控訴していれば、訴訟追行を続けているので、詐欺は攻防の対象に残ります。控訴審は、調べられます。ただし、無罪を覆して有罪にするには、さらに条件があります。あとで見ます。

控訴審の裁判・棄却と破棄

控訴審の裁判の表。大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)。棄却。不適法な控訴(方式違反・控訴権消滅後)が書面で明らか→決定(385条1項)/公判を開いて分かった→判決(395条)。趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反や疎明資料・保証書の欠け・理由が明らかに377〜383条の事由に当たらない)→決定(386条1項)。決定への不服=異議申立て(385条2項・386条2項)/判決への不服=上告できる(405条)。理由なし(377〜383条の事由がない)→判決で棄却(396条)。破棄。理由あり→判決で破棄しなければならない(397条1項)。2項破棄(再掲)=393条2項の取調べの結果、破棄しなければ明らかに正義に反するとき破棄できる(397条2項・実務で最も多い)。管轄違い・公訴棄却を不法に言い渡した場合=原裁判所へ差戻し(398条)/管轄を不法に認めた場合=管轄第一審裁判所へ移送(399条)。決定と判決の軸=不適法かどうかが書面で明らかか/公判を開いて分かったか 図:控訴審の裁判の表

  • 大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)
  • 棄却
  • 不適法な控訴(方式違反・控訴権消滅後)が書面で明らか→決定(385条1項)/公判を開いて分かった→判決(395条)
  • 趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反や疎明資料・保証書の欠け・理由が明らかに377〜383条の事由に当たらない)→決定(386条1項)
  • 決定への不服=異議申立て(385条2項・386条2項)/判決への不服=上告できる(405条)
  • 理由なし(377〜383条の事由がない)→判決で棄却(396条)
  • 破棄
  • 理由あり→判決で破棄しなければならない(397条1項)
  • 2項破棄(再掲)=393条2項の取調べの結果、破棄しなければ明らかに正義に反するとき破棄できる(397条2項・実務で最も多い)
  • 管轄違い・公訴棄却を不法に言い渡した場合=原裁判所へ差戻し(398条)/管轄を不法に認めた場合=管轄第一審裁判所へ移送(399条)
  • 決定と判決の軸=不適法かどうかが書面で明らかか/公判を開いて分かったか

ここから、控訴審の裁判です。結論は、大きく2つです。控訴棄却と、原判決の破棄です。棄却は、第一審の判決を維持すること。破棄は、取り消すことです。まず棄却から。控訴が不適法なとき、その形が2通りあります。

条文刑事訴訟法第385条第1項・第2項

刑事訴訟法第385条 控訴の申立が法令上の方式に違反し、又は控訴権の消滅後にされたものであることが明らかなときは、控訴裁判所は、決定でこれを棄却しなければならない。 2 前項の決定に対しては、第四百二十八条第二項の異議の申立をすることができる。この場合には、即時抗告に関する規定をも準用する。

条文刑事訴訟法第395条

刑事訴訟法第395条 控訴の申立が法令上の方式に違反し、又は控訴権の消滅後にされたものであるときは、判決で控訴を棄却しなければならない。

同じ不適法でも、書面を見ただけで明らかなときは、決定で棄却します。第385条第1項です。公判を開いて、はじめて不適法だと分かったときは、判決で棄却します。第395条です。分かれ目は、不適法かどうかが書面で明らかか、公判を開いて分かったか、です。決定には、異議の申立てができます。控訴審は高等裁判所なので、その決定には、通常抗告も即時抗告もできません。代わりに、同じ高等裁判所に異議を申し立てる道が置かれています。判決には、最高裁への上告ができます。趣意書に問題があるときも、決定で棄却されます。

条文刑事訴訟法第386条第1項・第2項

刑事訴訟法第386条 左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。 一 第三百七十六条第一項に定める期間内に控訴趣意書を差し出さないとき。 二 控訴趣意書がこの法律若しくは裁判所の規則で定める方式に違反しているとき、又は控訴趣意書にこの法律若しくは裁判所の規則の定めるところに従い必要な疎明資料若しくは保証書を添附しないとき。 三 控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に該当しないとき。 2 前条第二項の規定は、前項の決定についてこれを準用する。

1号は、趣意書を期間内に出さないとき。2号は、方式に違反しているときや、必要な資料を添えていないとき。3号は、書かれた理由が、明らかに控訴理由に当たらないときです。これらは、公判を開くまでもなく決まるので、決定です。これも異議の申立てができます。趣意書の理由が、控訴理由に当たらないことが明らかとまではいえず、審理した結果、理由がなかった場合は、判決で棄却します。

条文刑事訴訟法第396条

刑事訴訟法第396条 第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由がないときは、判決で控訴を棄却しなければならない。

控訴理由がなければ、判決で棄却です。第396条です。次に、破棄です。

条文刑事訴訟法第397条第1項・第2項

刑事訴訟法第397条 第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。 2 第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。

控訴理由があれば、判決で原判決を破棄しなければなりません。第1項です。第2項は、前回扱った2項破棄で、判決後の情状を職権で取り調べた結果、破棄しなければ明らかに正義に反するときに、破棄できるものです。実務では、破棄の中で最も多い型です。ここでは、表の中で再確認するだけにします。そのほかに、管轄違いや公訴棄却を不法に言い渡したことを理由に破棄するときは、原裁判所へ差し戻します。管轄を不法に認めたことを理由に破棄するときは、管轄のある第一審の裁判所へ移送します。第398条と第399条です。

破棄したあと・差戻しと移送と自判

破棄後の処理。原則=差戻し(原裁判所に差し戻す)か移送(原裁判所と同等の他の裁判所に移送する)(400条本文)。例外=自判(400条但書)=訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるとき→控訴裁判所が自ら被告事件について判決する。理由=控訴審は事後審→「誤りがあるから第一審でやり直せ」と命じるのが本来の姿。自判でも被告人のみ控訴の事件では原判決より重い刑は言い渡せない(402条) 図:破棄後の処理

  • 原則=差戻し(原裁判所に差し戻す)か移送(原裁判所と同等の他の裁判所に移送する)(400条本文)
  • 例外=自判(400条但書)=訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるとき→控訴裁判所が自ら被告事件について判決する
  • 理由=控訴審は事後審→「誤りがあるから第一審でやり直せ」と命じるのが本来の姿
  • 自判でも被告人のみ控訴の事件では原判決より重い刑は言い渡せない(402条)

破棄したあと、控訴審は何をするのか。条文は、第400条です。

条文刑事訴訟法第400条

刑事訴訟法第400条 前二条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、控訴裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。

前の2条というのは、先ほどの管轄違いなどの第398条と第399条です。それ以外の理由で破棄するときは、原則として、差戻しか移送です。差戻しは、原裁判所、つまり第一審の裁判所に事件を返すことです。移送は、原裁判所と同等の、ほかの裁判所に事件を移すことです。原則が差戻しか移送なのは、控訴審が事後審だからです。最初から判決を作り直す場所ではなく、誤りがあるから、第一審でやり直しなさい、と命じるのが本来の姿です。第一審は、証人を目の前で聞く直接主義で審理した裁判所なので、やり直しも、そこで行うのが筋だと説明されます。例外が、但書です。訴訟記録と、原裁判所と控訴裁判所で取り調べた証拠によって、直ちに判決できるときは、控訴裁判所が自分で判決をします。これが、前半で出てきた自判です。自判のときも、被告人だけが控訴した事件なら、原判決より重い刑は言い渡せません。第402条です。Zの設例に戻ります。控訴審が、Zの量刑が不当だと考えて破棄するなら、第一審に差し戻すか、自分で判決をするか。記録だけで判断できるなら、自判もありえます。

無罪を破棄して有罪にする・事実の取調べ

破棄後の処理(続き)。無罪を破棄して有罪の自判をするとき。最大判昭31・7・18=第一審が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合、控訴裁判所が破棄し、訴訟記録と第一審で取り調べた証拠のみで直ちに犯罪事実を確定して有罪の判決をすることは許されない(被告人の憲法上の権利を害し、直接審理主義・口頭弁論主義を害する)→400条但書は使えない→差戻し・移送するか、控訴審が自ら事実の取調べをする。補強=同じ型が事実誤認(証明がないとして無罪)の場合にも大法廷で示され(最大判昭31・9・26)、令和2年の最高裁もいまも維持。Zで受ける(問い③)=検察官も詐欺の無罪に控訴し、控訴審が詐欺は成立すると考えた場合→記録だけで有罪自判はできない 図:破棄後の処理

  • 続き
  • 無罪を破棄して有罪の自判をするとき。最大判昭31・7・18=第一審が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合、控訴裁判所が破棄し、訴訟記録と第一審で取り調べた証拠のみで直ちに犯罪事実を確定して有罪の判決をすることは許されない(被告人の憲法上の権利を害し、直接審理主義・口頭弁論主義を害する)→400条但書は使えない→差戻し・移送するか、控訴審が自ら事実の取調べをする。補強=同じ型が事実誤認(証明がないとして無罪)の場合にも大法廷で示され(最大判昭31・9・26)、令和2年の最高裁もいまも維持。Zで受ける(問い③)=検察官も詐欺の無罪に控訴し、控訴審が詐欺は成立すると考えた場合→記録だけで有罪自判はできない

最後の問いが残っています。検察官も詐欺の無罪に控訴していて、控訴審が詐欺は成立すると考えた。このとき、記録を読んだだけで、有罪の自判をしてよいのでしょうか。事案です。船舶を無許可で輸出した行為が、当時の関税法の貨物に当たるかが争われました。第一審は、貨物に船舶は含まれない、という法令の解釈で、事実を確定しないまま無罪にしました。控訴審は、これを破棄して、書面を読んだだけで、有罪の自判をしました。最高裁の大法廷は、こう言いました。

判例最大判昭31・7・18 刑集10巻7号1147頁

無罪を破棄して有罪自判するには 被告人等は公開の法廷において、その面前で、適法な証拠調の手続が行われ、被告人等がこれに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪の判決を言渡されることのない権利を保有するものといわなければならない。 それゆえ本件の如く、第一審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した場合に、控訴裁判所が第一審判決を破棄し、訴訟記録並びに第一審裁判所において取り調べた証拠のみによつて、直ちに被告事件について犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは、被告人の前記憲法上の権利を害し、直接審理主義、口頭弁論主義の原則を害することになるから、かゝる場合には刑訴四〇〇条但書の規定によることは許されないものと解さなければならない。

被告人には、公開の法廷で、目の前で適法な証拠調べが行われ、意見や弁解を述べる機会を与えられたうえでなければ、有罪にされない権利があります。それなのに、第一審が事実を確定せずに無罪にした事件で、控訴審が、記録と第一審で調べた証拠だけで、犯罪事実を確定して有罪にする。これは、その権利を害し、直接主義と口頭主義にも反します。口頭主義は、公判の原則の回で見た、審理の中身を法廷で口頭で明らかにする、という原則です。判決の言う口頭弁論主義は、これのことです。だから、第400条但書の自判は使えません。では、どうするか。第一審に差し戻すか、移送するか。あるいは、控訴審が自分で事実の取調べをして、そのうえで自判します。事実の取調べは、前回見た第393条です。前回は、控訴審が調査に必要なときに使える手段として見ました。無罪を有罪に変えて自判するときは、その取調べが、自判の前提になります。事後審なのに、事実の取調べが要る場面があるのは、不思議に見えます。ただ、ここは、控訴審が自分で犯罪事実を新たに確定して、無罪を有罪に変えるときだ、と押さえれば筋が通ります。無罪を有罪に変えるのだから、被告人に、証拠調べと弁解の機会を与えなければなりません。射程も確認します。この判例は、事実を確定しないまま無罪にした場合の事案でした。その後、証拠が足りないとして無罪にした場合、いわゆる事実誤認の型にも、同じ結論が大法廷で示されています。近年の最高裁も、この考え方は変更する必要がない、と維持しています。いまも通用する規範です。

Zの3つ目の問いの続きです。検察官も控訴していれば、詐欺は攻防の対象に残ります。けれど、控訴審が詐欺は成立すると考えても、記録だけで有罪の自判はできません。第一審に差し戻すか、移送するか、事実の取調べをしたうえで自判するか、です。

破棄判決の拘束力

破棄判決の拘束力。裁判所法4条=上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。破棄差戻し後の第一審は、破棄の判断に反することは許されない。理由=事件が上下の審級の間を往復し続けるのを防ぐ。範囲(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)=最高裁が高裁判決を破棄した事件で拘束力の範囲を述べた例。「破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない」 図:破棄判決の拘束力

  • 裁判所法4条=上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する
  • 破棄差戻し後の第一審は、破棄の判断に反することは許されない
  • 理由=事件が上下の審級の間を往復し続けるのを防ぐ
  • 範囲(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)=最高裁が高裁判決を破棄した事件で拘束力の範囲を述べた例
  • 「破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない」

最後の論点は、破棄判決の拘束力です。差し戻された第一審の裁判所は、控訴審の破棄の判断を、どこまで守る必要があるのか。

条文裁判所法第4条

裁判所法第4条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

上級審の判断は、その事件について、下級審を拘束します。破棄されて差し戻された第一審の裁判所は、破棄の判断に反する判断をしてはいけません。理由は、同じ判断の食い違いが繰り返されて、事件が上下の裁判所を行き来し続けるのを防ぐためです。これを、破棄判決の拘束力といいます。全部ではありません。判例は、拘束力の範囲を絞っています。事案は、最高裁が高裁の判決を破棄した事件で、その後の上告審の判決が、拘束力の範囲を述べたものです。判決は、こう言っています。拘束力は、破棄の直接の理由になった、原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生じる。それを裏付ける積極的肯定的な判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係、つまり間接的な関係にとどまり、拘束力を生じない、と、言い換えます。原判決のこの判断は誤りだ、という否定の部分が、下級審を縛ります。そう判断する根拠として、積極的に述べられた事情までは、縛りません。Zで置き直します。検察官も控訴し、控訴審が、取引先は領収書を信じていない、とした第一審の判断は誤りだとして、破棄して差し戻したとします。理由には、取引先の担当者の証言は信用できる、と書かれていました。差し戻された第一審は、同じ証拠のまま、取引先は信じていない、と判断し直すことはできません。ここが縛られる否定の部分です。けれど、担当者の証言は信用できる、という理由まで、そのまま採る義務はありません。往復を止めるには、同じ誤りを繰り返させなければ足ります。だから、縛るのは否定の部分だけです。この範囲の絞りが、短答で問われやすいところです。なお、この判例は上告審の破棄の例ですが、第4条の文言は、上級審の裁判所の判断が、下級審の裁判所を拘束する、というものなので、控訴審の破棄差戻しにも、そのまま及びます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの設例で、検察官も詐欺の無罪に控訴していた。控訴審は詐欺を調べられるか→調べられる(検察官が控訴した=攻防の対象に残る。Zだけの控訴のときと結論が逆)。問2=Zは共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして窃盗の共同正犯(本位的訴因)で起訴。第一審は共同正犯を認めず予備的訴因の幇助犯だけを認めて有罪。Zだけが控訴。控訴審が共同正犯と考えて有罪自判できるか→できない(共同正犯と幇助は構成要件が違い軽重がある→検察官は断念したとみられる)。問3=Zは工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして業務上過失傷害で起訴。本位的訴因=合図の確認を怠った過失/予備的訴因=荷の固定を怠った過失(同一の事故の過失の態様の違い)。第一審は予備的訴因を認定。Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻した。差戻審が本位的訴因を認定できるか→できる。問4=検察官が控訴した事件で、控訴審が第一審の無罪を記録だけで破棄し有罪の自判→違法(事実の取調べが要る)。分かれ目=誰が控訴したか/検察官が断念したとみられるか/事実の取調べの有無 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=Zの設例で、検察官も詐欺の無罪に控訴していた
  • 控訴審は詐欺を調べられるか→調べられる(検察官が控訴した=攻防の対象に残る。Zだけの控訴のときと結論が逆)
  • 問2=Zは共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして窃盗の共同正犯(本位的訴因)で起訴
  • 第一審は共同正犯を認めず予備的訴因の幇助犯だけを認めて有罪
  • Zだけが控訴
  • 控訴審が共同正犯と考えて有罪自判できるか→できない(共同正犯と幇助は構成要件が違い軽重がある→検察官は断念したとみられる)
  • 問3=Zは工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして業務上過失傷害で起訴
  • 本位的訴因=合図の確認を怠った過失/予備的訴因=荷の固定を怠った過失(同一の事故の過失の態様の違い)
  • 第一審は予備的訴因を認定
  • Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻した
  • 差戻審が本位的訴因を認定できるか→できる
  • 問4=検察官が控訴した事件で、控訴審が第一審の無罪を記録だけで破棄し有罪の自判→違法(事実の取調べが要る)
  • 分かれ目=誰が控訴したか/検察官が断念したとみられるか/事実の取調べの有無

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの設例で、検察官も、詐欺の無罪に控訴していました。控訴審は、詐欺を調べられるでしょうか。調べられます。検察官が控訴しているので、詐欺は攻防の対象に残っています。Zだけが控訴した場合とは、結論が逆になりました。2つ目。Zは、共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして、窃盗の共同正犯の訴因で起訴されました。これが本位的訴因です。第一審は、共同正犯は認めず、予備的訴因の幇助犯だけを認めて、有罪にしました。Zだけが控訴しました。控訴審は、記録を読んで、共同正犯だと考えました。有罪の自判をできるでしょうか。

できません。共同正犯と幇助犯は構成要件が違って、重さも違います。検察官が控訴していないので、本位的訴因の追行を断念したとみられて、攻防の対象から外れています。3つ目。Zは、工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして、業務上過失傷害で起訴されました。本位的訴因は、合図の確認を怠った過失。予備的訴因は、荷の固定を怠った過失です。同じ事故の、過失のあり方の違いです。第一審は、予備的訴因を認定しました。Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻しました。差戻審は、本位的訴因を認定できるでしょうか。できます。同じ事故の過失の違いなので、検察官が断念したとはいえません。2つ目と3つ目は、検察官が追行を断念したとみられるかで、結論が逆になりました。4つ目。検察官が控訴した事件で、控訴審が、第一審の無罪判決を、記録だけを読んで破棄し、有罪の自判をしました。適法でしょうか。

違法です。無罪を覆して有罪にするには、事実の取調べが必要です。整理しましょう。1つ目と、元の問いは、誰が控訴したかで結論が逆になります。2つ目と3つ目は、断念とみられるかで結論が逆になります。4つ目は、事実の取調べの有無です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え。①詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく検察官も控訴していない=攻防の対象から外れ、移審していても調べて有罪にできない。②402条は刑を重くできるかの問い。攻防対象論は争いの外の部分を調べてよいかの問い=別。③検察官も控訴していれば調べられる。ただし無罪を破棄して有罪自判するには事実の取調べが要る。展開=検察官が訴追を断念したとみられるか。控訴審の流れ=控訴申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却(不適法・趣意書の不備=決定/不適法・理由なし=判決)/破棄(397条)→差戻し・移送が原則/直ちに判決できるとき自判(400条)→破棄判決は下級審を拘束(裁判所法4条)→判決に不服なら上告 図:まとめ

  • Zの答え
  • ①詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく検察官も控訴していない=攻防の対象から外れ、移審していても調べて有罪にできない
  • ②402条は刑を重くできるかの問い
  • 攻防対象論は争いの外の部分を調べてよいかの問い=別
  • ③検察官も控訴していれば調べられる
  • ただし無罪を破棄して有罪自判するには事実の取調べが要る
  • 展開=検察官が訴追を断念したとみられるか
  • 控訴審の流れ=控訴申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却(不適法・趣意書の不備=決定/不適法・理由なし=判決)/破棄(397条)→差戻し・移送が原則/直ちに判決できるとき自判(400条)→破棄判決は下級審を拘束(裁判所法4条)→判決に不服なら上告

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく、検察官も控訴していません。攻防の対象から外れているので、事件が移ってきていても、控訴審は調べて有罪にはできません。2つ目。第402条は、刑を重くできるか、という問いです。攻防対象論は、争いの外の部分を調べて、認定してよいか、という問いです。別の問いなので、刑が重くならなくても、調べてよいことにはなりません。3つ目。検察官も控訴していれば、調べられます。ただし、無罪を破棄して有罪の自判をするには、事実の取調べが要ります。展開の分かれ目は、検察官が訴追を断念したとみられるかでした。同じ事故の過失のあり方の違いなら断念とはいえず、重い共同正犯に対して軽い幇助犯が認定されたのに控訴しなければ、断念とみられます。控訴審の裁判を一覧にします。不適法な控訴と、趣意書の不備は、決定で棄却。公判を開いて不適法と分かったとき、理由がないときは、判決で棄却。理由があれば、判決で破棄します。破棄したあとは、差戻しか移送が原則で、直ちに判決できるときだけ自判です。破棄判決は、下級審を拘束します。控訴審の判決に不服があれば、最高裁に上告できます。

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#162単独ページ動画

上告審の役割と職権破棄

第8章 上訴と救済手続 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして窃盗で起訴された。有罪の決め手は目撃者の証言。Zは第一審から「持ち出していない」と争っていた。第一審の地方裁判所は有罪(拘禁刑1年6か月)、控訴審の高等裁判所は控訴を棄却した。Zは「目撃者の証言は信用できない。事実認定が間違っているし、刑も重すぎる」として最高裁に上告したい。①事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるか。②できないなら、もう救済の道は無いのか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして窃盗で起訴された
  • 有罪の決め手は目撃者の証言
  • Zは第一審から「持ち出していない」と争っていた
  • 第一審の地方裁判所は有罪(拘禁刑1年6か月)、控訴審の高等裁判所は控訴を棄却した
  • Zは「目撃者の証言は信用できない。事実認定が間違っているし、刑も重すぎる」として最高裁に上告したい
  • ①事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるか
  • ②できないなら、もう救済の道は無いのか

前回の最後に、控訴審の判決に不服があれば、最高裁に上告できる、と言いました。今日は、その上告です。今日の被告人Zは、前回の領収書の件とは別の事件の人です。Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして、窃盗で起訴されました。有罪の決め手は、目撃者の証言です。Zは、第一審から、持ち出していないと争っていました。第一審の地方裁判所は有罪で、拘禁刑1年6か月。控訴審の高等裁判所は、控訴を棄却しました。Zは、目撃者の証言は信用できない、事実認定が間違っているし、刑も重すぎる、として、最高裁に上告したいと考えています。問いは2つです。1つ目。事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるのか。2つ目。できないなら、もう救済の道は無いのか。

先に、答えの形だけ言います。上告の理由は、憲法違反と判例違反の、2種類だけです。事実誤認や量刑不当は、この門に入りません。ただし、門の外でも、最高裁が自分の判断で破棄する道が残されています。今日の筋は、上告の入口が3つある、ということです。

三審制の地図。第一審(地方裁判所・簡易裁判所)→控訴(14日)→控訴審(高等裁判所)→上告(14日・405条)→上告審(最高裁判所=終審)。上告できるのは原則として高等裁判所がした判決に対して。上告の申立書は原裁判所に差し出す(414条=373条・374条の準用)。今日の筋=上告の入口は3つ 図:三審制の地図

  • 第一審(地方裁判所・簡易裁判所)→控訴(14日)→控訴審(高等裁判所)→上告(14日・405条)→上告審(最高裁判所=終審)
  • 上告できるのは原則として高等裁判所がした判決に対して
  • 上告の申立書は原裁判所に差し出す(414条=373条・374条の準用)
  • 今日の筋=上告の入口は3つ

地図です。第一審の判決に不服なら控訴、その控訴審の判決に不服なら、最高裁判所への上告でした。上告できるのは、原則として、高等裁判所がした判決に対してです。期間は控訴と同じ14日で、申立書は、最高裁宛てに書きますが、差し出す先は、判決をした原裁判所です。第414条が、控訴の規定を準用しているからです。まず、最高裁が上告審として何をする場所なのかから見ます。

上告審の役割

上告審の役割。最高裁判所=憲法81条の終審裁判所。2つの働き=憲法保障(憲法違反・憲法解釈の誤りを正す)/法令解釈の統一(判例統一)。性格=事後審であり法律審(法律問題を審理する・記録を読み込んで進める書面審理が中心)。控訴理由と比べて上告理由が絞られる理由=事件が集中して点検が回らなくなること・不満のたびの上訴が繰り返されることを防ぐため 図:上告審の役割

  • 最高裁判所=憲法81条の終審裁判所
  • 2つの働き=憲法保障(憲法違反・憲法解釈の誤りを正す)/法令解釈の統一(判例統一)
  • 性格=事後審であり法律審(法律問題を審理する・記録を読み込んで進める書面審理が中心)
  • 控訴理由と比べて上告理由が絞られる理由=事件が集中して点検が回らなくなること・不満のたびの上訴が繰り返されることを防ぐため

上告は、最高裁判所への上訴です。最高裁は、憲法第81条が定める終審裁判所です。

条文憲法第81条

憲法第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

下級の裁判所も、憲法に適合するかどうかを判断できます。ただ、最終的な決着をつけるのは、最高裁です。違憲審査の方法そのものは、憲法の回で扱います。ここでは、最高裁が最後の判断者だ、という位置づけだけを押さえてください。この位置づけから、上告審の働きは2つ出てきます。1つ目は、憲法を守ることです。原判決に憲法違反や憲法解釈の誤りがあれば、正します。2つ目は、法令の解釈をそろえることです。同じ法律の解釈が、裁判所ごとにバラバラでは困ります。そこで、最高裁の判例と食い違う判断を、正す役目があります。性格もまとめます。上告審は、控訴審と同じ事後審で、さらに、法律審です。法律審とは、法律問題を中心に審理する裁判所のことです。審理も、第一審と控訴審の記録を調べることが中心で、書面を読んで進めます。法律審という言い方は、条文に書かれた言葉ではありません。上告理由の定め方などの仕組みから、そう性格づけられるものです。

上告が事実を見直すためのものではないのは、最高裁が、個々の事件の正しさを最後に確かめる場所ではなく、憲法と法令解釈を整える場所だからです。たとえて言えば、判決文の誤字を直す校閲係ではなく、法律の物差しが全国でそろっているかを点検する検査所です。検査所に持ち込める項目は、あらかじめ決められています。事件が山のように持ち込まれたら点検は回りませんし、不満があるたびに持ち込まれる濫上訴も防げません。だから、控訴理由と比べて、上告理由は大きく絞られているのです。

上告理由・第405条

控訴理由と上告理由の対比。控訴理由(377条〜383条)=訴訟手続の法令違反/法令適用の誤り/量刑不当/事実誤認/再審事由等。上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り/最高裁判所の判例と相反する判断/最高裁の判例がない場合に限り、大審院・上告裁判所たる高等裁判所・施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断。事実誤認・量刑不当・一般の法令違反は上告理由に入っていない。事実誤認・量刑不当を理由に争えるのは控訴審まで 図:控訴理由と上告理由の対比

  • 控訴理由(377条〜383条)=訴訟手続の法令違反/法令適用の誤り/量刑不当/事実誤認/再審事由等
  • 上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り/最高裁判所の判例と相反する判断/最高裁の判例がない場合に限り、大審院・上告裁判所たる高等裁判所・施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断
  • 事実誤認・量刑不当・一般の法令違反は上告理由に入っていない
  • 事実誤認・量刑不当を理由に争えるのは控訴審まで

上告の理由を定めるのが、第405条です。

条文刑事訴訟法第405条

刑事訴訟法第405条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。 一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。 二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。 三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

1号は、憲法違反と、憲法の解釈の誤りです。2号は、最高裁判所の判例と相反する判断です。相反するとは、判例の判断と食い違うことです。3号は、最高裁の判例がない場合に、大審院や高等裁判所の判例と食い違う判断です。大審院は、今の最高裁判所ができる前の、最上級の裁判所です。ここに罠があります。高等裁判所などの判例違反は、最高裁の判例がない場合に限られます。最高裁の判例があるなら、2号の問題になります。控訴理由と並べます。控訴理由には、訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、事実誤認などが入っていました。上告理由には、そのうち、事実誤認も、量刑不当も、一般の法令違反も入っていません。事実誤認や量刑不当を理由に争えるのは、控訴審までです。Zの1つ目の問いの答えです。Zの主張は、事実誤認と量刑不当なので、第405条の理由に当たりません。上告の申立て自体はできますが、そのままでは棄却されます。決定で棄却されるのか、判決で棄却されるのかは、あとで見ます。

判例違反の主張のしかた

判例違反の主張のしかた。どの判例に反するのかを具体的に示す。示した判例が使えないと「前提を欠く」として退けられる。退けられる型は2つ=事案を異にする判例を引いた/引いた判例が主張のような趣旨を示していない。判例=判決の結論を導くのに必要な法的理由づけ(判決理由)。結論と直接つながらない記述は傍論。逐語「その余の判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか,引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから前提を欠くものであり,その余は,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。」(最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁) 図:判例違反の主張のしかた

  • どの判例に反するのかを具体的に示す
  • 示した判例が使えないと「前提を欠く」として退けられる
  • 退けられる型は2つ=事案を異にする判例を引いた/引いた判例が主張のような趣旨を示していない
  • 判例=判決の結論を導くのに必要な法的理由づけ(判決理由)
  • 結論と直接つながらない記述は傍論
  • 逐語「その余の判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか,引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから前提を欠くものであり,その余は,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。」(最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁)

上告理由の言い方にも、決まりごとがあります。判例違反を主張するときは、どの判例に反するのかを、具体的に示さなければなりません。刑事訴訟規則の第253条が、上告趣意書にその判例を具体的に示すよう求めているからです。ここでいう判例は、判決の結論を導くのに必要な、法的な理由づけ、つまり判決理由のことです。結論と直接つながらない記述は、傍論といって、判例にはなりません。では、判例を示しさえすれば足りるのでしょうか。示した判例が使えなければ、どうなるか。最高裁の大法廷判決が、上告の理由として書かれた主張を退けた言い方があります。その余の判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか、引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから、前提を欠く、と。さらに、その余は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、第405条の上告理由に当たらない、と続きます。退けられる型は2つです。引いた判例が、事案が違って、この事件に当てはまらない場合。もう1つは、引いた判例が、主張しているような趣旨を、そもそも示していない場合です。どちらも、相反する判例が成り立たないので、前提を欠くことになります。

名前だけの憲法違反は不可。逐語「所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。」。憲法違反と書いてあっても、実質が事実誤認なら上告理由にならない。実質で判断される(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁) 図:名前だけの憲法違反は不可

  • 逐語「所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。」
  • 憲法違反と書いてあっても、実質が事実誤認なら上告理由にならない
  • 実質で判断される(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)

憲法違反と書き添えるだけでは、上告理由になりません。名前だけでは足りません。最高裁は、こう言っています。違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない、と。憲法違反と書いてあっても、中身が事実誤認なら、門は開きません。名前だけで通れるなら、誰もが憲法違反と書き添えて、第405条で入口を絞った意味がなくなるからです。だから、実質で判断されます。

上告受理・第406条

上告理由と上告受理の対比。上告理由(405条)=根拠は405条・条文の事由があれば上告できる(申立てが入口)・事由は憲法違反/最高裁判例違反等。上告受理(406条)=根拠は406条・最高裁の裁量で受理する(義務ではない)・事由は法令の解釈に関する重要な事項を含むこと・判決確定前に限る・手続は裁判所の規則の定めるところによる。受理した事件で破棄するなら405条の事由は無いので411条による 図:上告理由と上告受理の対比

  • 上告理由(405条)=根拠は405条・条文の事由があれば上告できる(申立てが入口)・事由は憲法違反/最高裁判例違反等
  • 上告受理(406条)=根拠は406条・最高裁の裁量で受理する(義務ではない)・事由は法令の解釈に関する重要な事項を含むこと・判決確定前に限る・手続は裁判所の規則の定めるところによる
  • 受理した事件で破棄するなら405条の事由は無いので411条による

入口の2つ目は、上告受理です。

条文刑事訴訟法第406条

刑事訴訟法第406条 最高裁判所は、前条の規定により上告をすることができる場合以外の場合であつても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、その判決確定前に限り、裁判所の規則の定めるところにより、自ら上告審としてその事件を受理することができる。

第405条の事由が無くても、法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件は、判決が確定する前に限り、最高裁が自ら上告審として受理できます。第406条は、「裁判所の規則の定めるところにより」と書いています。この規則が、最高裁判所の定める、手続の細目のルール、刑事訴訟規則です。中身にあたるのが、次の第257条です。

条文刑事訴訟規則第257条

刑事訴訟規則第257条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、その事件が法令(裁判所の規則を含む。)の解釈に関する重要な事項を含むものと認めるときは、上訴権者は、その判決に対する上告の提起期間内に限り、最高裁判所に上告審として事件を受理すべきことを申し立てることができる。但し、法第四百五条に規定する事由をその理由とすることはできない。

申し立てられるのは、上訴権者が、上告の提起期間内に限ってです。期間は14日で、期限があります。ただし書が大事です。第405条の事由は、理由にできません。憲法違反や判例違反は第405条で争い、上告受理は、それ以外の法令の解釈に関する重要な事項を拾う入口と、役割が分かれています。申立書は原裁判所に差し出し、受理されれば、その理由書が上告趣意書とみなされます。申立てをすると、原判決の確定は妨げられます。なぜ、この入口があるのか。第405条の判例違反は、食い違う相手の判例が、すでにあることが前提です。たとえば、最高裁にも高裁にも、まだ判例がない新しい法律問題は、解釈をそろえたくても、第405条からは入れません。そこを拾うのが、上告受理です。ここで、上告理由との違いを押さえてください。条文の主語は、最高裁判所で、受理することが「できる」と書かれています。受理するかどうかは、最高裁の裁量です。重要な事項を含むかどうかも、最高裁が判断します。当事者が申し立てれば受理してもらえる、という権利ではありません。これに対して、第405条の上告理由は、条文が定める事由があれば、当事者が上告できる入口です。もう1つ。受理した事件で原判決を破棄するときは、第405条の事由が無い事件なので、根拠は、このあと見る第411条になります。もう1つの破棄の条文である第410条は、第405条の事由があるときに破棄する、という定めなので、ここでは使えないからです。上告受理は入口で、破棄の根拠は別にある、と覚えてください。

Zに当てはめます。Zの不満は、目撃者の証言を信用するかどうか、という事実の評価です。法令の解釈に関する重要な事項ではないので、この入口も、Zには開きません。

上告審の手続

上告審の手続。準用(414条)=控訴の規定は、この法律に特別の定めがある場合を除き、上告の審判に準用。例=提起期間14日(373条)・申立書の差出先(374条)・事実の取調べ(393条1項)・棄却の決定(385条・386条)と判決(395条・396条)・不利益変更禁止(402条)。特別の定め(405条〜413条)が先に適用される。上告趣意書(407条)=上告の申立ての理由を明示。弁論を経ない棄却(408条)=趣意書その他の書類で理由がないことが明らかなら判決で棄却。召喚不要(409条)=公判期日に被告人を召喚することを要しない。上告審は書面審理が中心 図:上告審の手続

  • 準用(414条)=控訴の規定は、この法律に特別の定めがある場合を除き、上告の審判に準用
  • 例=提起期間14日(373条)・申立書の差出先(374条)・事実の取調べ(393条1項)・棄却の決定(385条・386条)と判決(395条・396条)・不利益変更禁止(402条)
  • 特別の定め(405条〜413条)が先に適用される
  • 上告趣意書(407条)=上告の申立ての理由を明示
  • 弁論を経ない棄却(408条)=趣意書その他の書類で理由がないことが明らかなら判決で棄却
  • 召喚不要(409条)=公判期日に被告人を召喚することを要しない
  • 上告審は書面審理が中心

入口の3つ目に進む前に、入ったあとの審理がどう進むかを見ておきます。上告審の手続です。基本は、控訴の規定を使い回します。

条文刑事訴訟法第414条

刑事訴訟法第414条 前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。

準用とは、控訴の規定を上告に当てはめて読む、ということです。なぜ借りられるのか。控訴も上告も、前の裁判所の判決に誤りがないかを、あとから点検する上訴です。申立ての期間、申立書の出し方、棄却のしかたといった骨組みは共通なので、同じことをもう一度書かずに、控訴の規定を借りるのです。たとえば、提起期間14日の第373条、申立書の差出先の第374条、棄却の決定と判決の第385条から第396条、前に見た不利益変更禁止の第402条などです。ただし、特別の定めがある場合は、そちらが先に働きます。第405条から第413条が、その特別の定めです。上告の理由のように、上告審だけの決まりは、ここに別に書かれています。

条文刑事訴訟法第407条

刑事訴訟法第407条 上告趣意書には、裁判所の規則の定めるところにより、上告の申立の理由を明示しなければならない。

条文刑事訴訟法第408条

刑事訴訟法第408条 上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によつて、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。

条文刑事訴訟法第409条

刑事訴訟法第409条 上告審においては、公判期日に被告人を召喚することを要しない。

上告するには、上告趣意書で、申立ての理由を明示します。そして、趣意書などの書類を見て、理由がないことが明らかなときは、最高裁は、弁論を経ないで、判決で棄却できます。第408条です。上告審は、書面審理が中心で、弁論が開かれるのは例外です。被告人の召喚も、要りません。第409条です。上告審は、法律問題を記録で審理する場で、本人から事情を聞き直す場ではないからです。Zは、最高裁に呼ばれないのが通常です。

職権破棄・第411条

第411条の5事由と控訴審との言い方の比較。411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる。1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要。 図:第411条の5事由と控訴審との言い方の比較

  • 411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる
  • 1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと
  • 比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要

入口の3つ目です。ここが、今日の山場です。立ち止まって考えてください。Zの事実誤認の主張は、第405条の事由に当たるでしょうか。当たらないなら、最高裁は、もう何もしてくれないのでしょうか?そこで、第411条の出番です。

条文刑事訴訟法第411条

刑事訴訟法第411条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。 一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。 二 刑の量定が甚しく不当であること。 三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。 四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。 五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。

第405条の各号の事由が無くても、1号から5号までのいずれかの事由があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、最高裁は判決で原判決を破棄できます。1号は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反。2号は、刑の量定が甚しく不当なこと。3号は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認。4号は、再審事由にあたる事由で、再審は別のしくみとして、後の回で扱います。5号は、判決のあとに刑が廃止や変更されたり、大赦があったりしたことです。

第411条は上告の理由ではない。上告の申立て=405条の事由があるときに限る/411条=405条の事由がなくても最高裁が職権で破棄できる事由。当事者の主張は職権の発動を促すにとどまる。逐語「上告の申立は、刑訴四〇五条に定めてある事由があることを理由とするときに限りなすことができるものである。同四一一条は、上告申立の理由を定めたものではなく、同四〇五条各号に規定する事由がない場合であつても、上告裁判所が原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認めた場合に職権を以て原判決を破棄し得る事由を定めたものである。」(最決昭26・3・8 集刑41号343頁) 図:第411条は上告の理由ではない

  • 上告の申立て=405条の事由があるときに限る/411条=405条の事由がなくても最高裁が職権で破棄できる事由
  • 当事者の主張は職権の発動を促すにとどまる
  • 逐語「上告の申立は、刑訴四〇五条に定めてある事由があることを理由とするときに限りなすことができるものである。同四一一条は、上告申立の理由を定めたものではなく、同四〇五条各号に規定する事由がない場合であつても、上告裁判所が原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認めた場合に職権を以て原判決を破棄し得る事由を定めたものである。」(最決昭26・3・8 集刑41号343頁)

注意点が1つあります。第411条は、上告の理由を定めた条文ではありません。最高裁が職権で破棄できる場合を定めたものです。職権とは、当事者の申立てを待たずに、裁判所が自分の判断で動くことです。最高裁の決定が、はっきり言っています。上告の申立ては、第405条に定める事由を理由とするときに限りできる。第411条は、上告申立ての理由を定めたものではなく、第405条各号の事由がない場合でも、破棄しなければ著しく正義に反すると認めたときに、職権で破棄できる事由を定めたものだ、と、ですから、当事者が1号から5号を主張しても、職権の発動を促すにすぎません。権利として破棄を求められるわけではありません。

第411条の5事由と控訴審との言い方の比較。411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる。1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要。 図:第411条の5事由と控訴審との言い方の比較

  • 411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる
  • 1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと
  • 比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要

控訴審の言い方と比べると、輪郭が見えます。控訴審では、法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らか、量刑は不当、事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らか、で足りました。上告審は、量刑は「甚しく」不当、事実誤認は「重大な」事実の誤認と、言葉が絞られています。法令違反の1号は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反、という言い方で、控訴審の「明らか」という言葉はありません。ただ、どの号にも、破棄しなければ著しく正義に反する、という結論の要件がかかります。控訴審では、控訴理由に当たる事由があれば、原判決を破棄しなければなりませんでした。根拠は第397条第1項です。上告審の第411条は、事由があるだけでは足りず、そのうえで著しく正義に反すると最高裁が認めて、はじめて破棄できます。この点で、上告審のほうが、破棄のハードルは高いのです。Zの2つ目の問いの答えです。Zの事実誤認は3号、量刑の主張は2号の事由に、形式上は当たりえます。ただし、事実誤認は重大なものでなければならず、そのうえで、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めたときだけ、破棄されます。Zが主張しても、職権の発動を促すにすぎません。

職権破棄の実際

最判昭43の経過。強盗殺人で起訴された被告人らの事件。第一審有罪→控訴審有罪→1度目の上告審が「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑」として破棄差戻し→控訴審が無罪→2度目の上告審が、上告趣意を「帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でないものであつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない」と排斥しながら411条を発動して職権調査し、原判決を破棄差戻し→控訴審が有罪→3度目の上告審(この判決)が411条3号により原判決を破棄し、413条但書により自判して無罪。逐語「書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえつて危険であり、国民の信頼をつなぐ所以でもないからである。」「記録その他の証拠資料を検討して原判決の認定に不合理なところがないか否かの事後審査をするにとどまるのが原則であつて、原判決の認定の当否を判断するために、あらたに事実の認定をするものでないことは、いうまでもない。」「原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑があることに帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合であるといわなければならない。」(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁) 図:最判昭43の経過

  • 強盗殺人で起訴された被告人らの事件
  • 第一審有罪→控訴審有罪→1度目の上告審が「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑」として破棄差戻し→控訴審が無罪→2度目の上告審が、上告趣意を「帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でないものであつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない」と排斥しながら411条を発動して職権調査し、原判決を破棄差戻し→控訴審が有罪→3度目の上告審(この判決)が411条3号により原判決を破棄し、413条但書により自判して無罪
  • 逐語「書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえつて危険であり、国民の信頼をつなぐ所以でもないからである。」「記録その他の証拠資料を検討して原判決の認定に不合理なところがないか否かの事後審査をするにとどまるのが原則であつて、原判決の認定の当否を判断するために、あらたに事実の認定をするものでないことは、いうまでもない。」「原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑があることに帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合であるといわなければならない。」(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)

では、実際に、第411条で救済された例を見ます。前に、破棄判決の拘束力の範囲を見たときの判決と、同じ事件です。強盗殺人で起訴された被告人たちの事件です。第一審も控訴審も有罪でした。最初の上告審は、重大な事実誤認の疑いがあるとして、破棄して差し戻しました。差戻し後の控訴審は、無罪にしました。すると、2度目の上告審が、また、原判決を破棄して差し戻しました。このとき最高裁は、上告趣意を、帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であって、第405条の上告理由に当たらない、と退けています。そのうえで、第411条を使って、職権で調べたのです。差戻し後の控訴審は、有罪としました。そして、3度目の上告審が、この判決です。第411条第3号により原判決を破棄し、第413条但書により、自分で判決をして、無罪を言い渡しました。判決は、慎重さも語っています。2つに分けて聞いてください。どんなときに破棄できるのか。そして、どう調べるのか、です。上告審が原判決を破棄できるのは、事実誤認が重大で、看過することが著しく正義に反する場合に限られる。その理由は、書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえって危険で、国民の信頼をつなぐ所以でもないからだ、と。証人の顔も声も見ていない裁判所が、紙の記録だけで事実の認定を覆すのは危うい、という意味です。2つ目の、調べ方も、記録その他の証拠資料を検討して、原判決の認定に不合理なところがないかを事後審査するにとどまるのが原則で、あらたに事実を認定するものではない、と述べています。最後に、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑いがあり、破棄しなければ著しく正義に反する、として破棄しました。

言い過ぎないために、位置づけも確認します。これは、証拠が出尽くしたあとの、3度目の上告審で、最高裁が無罪という結論まで自分で出した、例外中の例外です。ここから言えるのは、上告理由を満たさない主張でも、第411条の事由があって著しく正義に反するときは、最高裁が破棄しうる、という一点です。整理します。事実誤認や量刑不当や一般の法令違反に、救済が実際に行われうるのは、最高裁の職権の発動を通じてです。事実誤認や量刑不当を訴える上告は、実質的には、この職権の発動を促すものになります。入口は3つになりました。上告理由は、条文が定める事由があれば申し立てられる権利です。上告受理と職権発動は、どちらも最高裁の裁量です。

上告審の裁判

上告審の裁判の表。大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)。棄却:申立てが方式違反・上告権消滅後と書面で明らか→決定(414条・385条1項)/公判を開いて分かった→判決(414条・395条)。趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反・必要な資料の添付なし)→決定(414条・386条1項1号・2号)。趣意書の理由が明らかに405条各号の事由に当たらない→決定(414条・386条1項3号)←Zの事実誤認・量刑不当はこの型。審理して上告理由に当たる事由がない→判決(414条・396条)。趣意書その他の書類で理由がないことが明らか→弁論を経ず判決(408条)。405条の事由はあるが判決に影響を及ぼさないことが明らか→判決で棄却(410条1項但書)。判例違反のみで判例を変更して原判決を維持するのが相当→判決で棄却(410条2項)。決定への不服=異議の申立て(414条→386条2項→385条2項→428条2項)/判決への不服=上訴は不可・訂正の申立て(415条)。 図:上告審の裁判の表

  • 大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)
  • 棄却:申立てが方式違反・上告権消滅後と書面で明らか→決定(414条・385条1項)/公判を開いて分かった→判決(414条・395条)
  • 趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反・必要な資料の添付なし)→決定(414条・386条1項1号・2号)
  • 趣意書の理由が明らかに405条各号の事由に当たらない→決定(414条・386条1項3号)←Zの事実誤認・量刑不当はこの型
  • 審理して上告理由に当たる事由がない→判決(414条・396条)
  • 趣意書その他の書類で理由がないことが明らか→弁論を経ず判決(408条)
  • 405条の事由はあるが判決に影響を及ぼさないことが明らか→判決で棄却(410条1項但書)
  • 判例違反のみで判例を変更して原判決を維持するのが相当→判決で棄却(410条2項)
  • 決定への不服=異議の申立て(414条→386条2項→385条2項→428条2項)/判決への不服=上訴は不可・訂正の申立て(415条)

上告審の裁判を整理します。大きく2つです。上告棄却は、原判決を維持すること。原判決破棄は、取り消すことです。まず、棄却です。決定で棄却するか、判決で棄却するか。控訴審のところで見た分かれ目が、そのまま使えます。判決は、公判廷での審理を経てする裁判で、決定は、それを経なくてもできる裁判でした。判決は原則として公判での審理を経ますが、上告審では、第408条のように弁論を経ない判決もあります。書面を見ただけで不適法と分かるなら、公判を開くまでもないので、決定で足ります。公判を開いてから分かったのなら、判決で応えます。第414条が、第385条と第395条を準用しています。趣意書を期間内に出さない、方式に違反する、必要な資料を添えていない、というときも決定です。第386条第1項の第1号と第2号です。そして、Zに直結するのが、控訴審で見た第386条の、第3号です。上告趣意書に書かれた理由が、明らかに第405条各号の事由に当たらないときは、決定で棄却されます。Zの事実誤認と量刑不当の主張は、この型です。最高裁が第411条の職権発動をするかどうかは、別の話です。第411条は上告の理由ではない、と述べた先ほどの決定も、この第3号で上告を棄却していました。審理した結果、上告理由に当たる事由がなかったときは、判決で棄却します。第396条です。趣意書などの書類で、理由がないことが明らかなら、弁論を経ずに判決で棄却できる、というのが先ほどの第408条でした。もう1つ、第405条の事由はあるけれど、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合も、判決で棄却です。

条文刑事訴訟法第410条第1項・第2項

刑事訴訟法第410条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。但し、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合は、この限りでない。 2 第四百五条第二号又は第三号に規定する事由のみがある場合において、上告裁判所がその判例を変更して原判決を維持するのを相当とするときは、前項の規定は、これを適用しない。

第410条第1項は、第405条の事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない、と定めます。ただし書で、判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは別です。第2項は、判例違反だけがある場合の特則です。これは、のちほど、実際の判例で見ます。不服の形も確認します。決定で棄却されたときは、その決定をした最高裁自身に、異議を申し立てることができます。控訴審のところで、高等裁判所の決定には抗告ができず、代わりに、同じ高等裁判所への異議がある、と見ました。その規定が、第414条の準用で、上告審にも当てはまるのです。異議の申立ては、3日以内にします。判決で棄却されたら、上訴はもうできません。最高裁が終審だからです。判決の内容に誤りがあるときの訂正の申立てが、あとで見る第415条です。

上告審の破棄と、破棄のあと。破棄:405条の事由あり→判決で破棄(410条1項本文)/405条の事由が無くても411条の事由+著しく正義に反する→判決で破棄(411条)/不法に管轄を認めた→移送(412条)。破棄のあと(413条):原則=差戻し(原裁判所=控訴審、または第一審裁判所へ)か、同等の他の裁判所への移送/例外=訴訟記録と原裁判所・第一審裁判所で取り調べた証拠で直ちに判決できるとき→自判(413条但書)。控訴審の400条との違い=差戻し先に第一審裁判所も入る 図:上告審の破棄と、破棄のあと

  • 破棄:405条の事由あり→判決で破棄(410条1項本文)/405条の事由が無くても411条の事由+著しく正義に反する→判決で破棄(411条)/不法に管轄を認めた→移送(412条)
  • 破棄のあと(413条):原則=差戻し(原裁判所=控訴審、または第一審裁判所へ)か、同等の他の裁判所への移送/例外=訴訟記録と原裁判所・第一審裁判所で取り調べた証拠で直ちに判決できるとき→自判(413条但書)
  • 控訴審の400条との違い=差戻し先に第一審裁判所も入る

次に、破棄です。第405条の事由があれば、第410条第1項で判決により破棄します。事由が無くても、第411条の事由があって、著しく正義に反するなら、破棄します。不法に管轄を認めたことを理由に破棄するときは、判決で事件を移送します。

条文刑事訴訟法第412条

刑事訴訟法第412条 不法に管轄を認めたことを理由として原判決を破棄するときは、判決で事件を管轄控訴裁判所又は管轄第一審裁判所に移送しなければならない。

では、破棄したあと、どうするのか。ここで、前回の問いを1つ、思い出してください。控訴審が原判決を破棄したあと、事件を差し戻さずに、控訴審が自分で判決をするのは、どんなときでしたか?訴訟記録と、原裁判所や控訴裁判所で取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができると認めるときです。自判といいました。上告審にも、同じ仕組みがあります。

条文刑事訴訟法第413条

刑事訴訟法第413条 前条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し、又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、上告裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。

原則は、差戻しか移送です。控訴審の第400条と違うのは、差戻し先に、第一審裁判所も入っているところです。控訴審は、原裁判所、つまり第一審にしか戻せませんでした。上告審は、控訴審にも第一審にも戻せます。例外が、ただし書の自判です。Zに当てはめます。控訴審の高等裁判所の判決を破棄するなら、高等裁判所に差し戻すか、第一審の地方裁判所に差し戻すか、または、記録と、これまで取り調べた証拠だけで判断できるなら自判するか、です。差し戻された裁判所は、前に見たとおり、最高裁の破棄の判断に縛られます。縛るのは、原判決のこの判断は誤りだ、という否定の部分だけでした。

判例変更と第410条第2項

判例変更の流れ。性的意図を要するとした古い判例→弁護人が、原判決は古い判例に反すると主張(405条2号の判例違反)→大法廷が古い判例を変更→410条2項により原判決を維持するのを相当と認める→判例違反の主張は原判決破棄の理由にならない→上告棄却(判決)。判例違反があっても必ず破棄になるわけではない。410条2項が使える範囲=405条2号・3号の事由のみ。憲法違反(1号)には使えない。判例変更は小法廷ではできず大法廷の仕事(裁判所法10条3号) 図:判例変更の流れ

  • 性的意図を要するとした古い判例→弁護人が、原判決は古い判例に反すると主張(405条2号の判例違反)→大法廷が古い判例を変更→410条2項により原判決を維持するのを相当と認める→判例違反の主張は原判決破棄の理由にならない→上告棄却(判決)
  • 判例違反があっても必ず破棄になるわけではない
  • 410条2項が使える範囲=405条2号・3号の事由のみ
  • 憲法違反(1号)には使えない
  • 判例変更は小法廷ではできず大法廷の仕事(裁判所法10条3号)

判例違反があれば、原則として、破棄になります。けれど、必ずそうなるわけではありません。実例を見ます。事案です。強制わいせつ罪で起訴された被告人について、第一審は有罪でした。被告人は、金銭目的で、自分の性欲を満たす意図はなかった、と争いました。ところが、強制わいせつ罪の成立には行為者の性的意図が必要だ、とした最高裁の古い判例があります。弁護人は、この判例に原判決が反する、と主張しました。第405条第2号の、判例違反の主張です。原判決は、その判例を現時点で維持するのは相当でないとして、性的意図の有無は成立に影響しないとしていました。最高裁の大法廷は、こう言いました。

判例最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁

古い判例は変更される 今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。 …… しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。

判例最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁

それでも原判決は維持される 以上によれば,刑訴法410条2項により,昭和45年判例を当裁判所の上記見解に反する限度で変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,同判例違反をいう所論は,原判決破棄の理由にならない。 …… よって,刑訴法414条,396条,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

大法廷は、まず、行為者の性的意図を成立要件とする古い判例の解釈は、もはや維持し難いと言いました。次に、性的意図を一律に成立要件とするのは相当でなく、判例は変更されるべきだと述べました。そこで、第410条第2項により、古い判例を変更して、原判決を維持するのを相当と認めます。したがって、判例違反をいう主張は、原判決を破棄する理由にならない。結論は、上告棄却の判決です。筋道を整理します。判例違反の主張は、本来なら破棄の理由です。しかし、最高裁がその判例のほうを改めたのなら、原判決は、改められた新しい解釈に沿っていることになります。判例違反を理由に原判決を破棄する意味が、なくなるのです。決め手は、判例を変えることで原判決の結論が相当になる点にあります。

条文裁判所法第10条

裁判所法第10条 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。 一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。) 二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。 三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

判例を変更するのは、小法廷ではできません。第10条第3号で、前の最高裁の裁判に反する意見をとるときは、大法廷の仕事です。この判決も大法廷で、裁判官全員一致でした。第410条第2項が使える範囲も確認します。第405条の第2号か第3号、つまり判例違反の事由だけがある場合に限られます。憲法違反の主張には使えません。憲法違反があれば、第1項本文で破棄になります。判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは、ただし書で棄却です。ここは、論文でも問われうる箇所です。

訂正判決と確定時期

訂正判決と確定のタイムライン。判決の宣告→10日以内に訂正の申立て(415条1項・2項。検察官・被告人・弁護人。期間は延長できる=3項)→訂正する場合は訂正の判決(416条・弁論不要)/訂正しない場合は速やかに決定で申立てを棄却(417条1項)。訂正の判決に対して更に訂正の申立てはできない(417条2項)。確定(418条)=宣告から10日(415条の期間)を経過したとき、または期間内に申立てがあれば訂正の判決・棄却決定のとき。上告審の判決は宣告と同時には確定しない。訂正の申立ては上訴ではない(判決を出した最高裁自身への申立て) 図:訂正判決と確定のタイムライン

  • 判決の宣告→10日以内に訂正の申立て(415条1項・2項。検察官・被告人・弁護人。期間は延長できる=3項)→訂正する場合は訂正の判決(416条・弁論不要)/訂正しない場合は速やかに決定で申立てを棄却(417条1項)
  • 訂正の判決に対して更に訂正の申立てはできない(417条2項)
  • 確定(418条)=宣告から10日(415条の期間)を経過したとき、または期間内に申立てがあれば訂正の判決・棄却決定のとき
  • 上告審の判決は宣告と同時には確定しない
  • 訂正の申立ては上訴ではない(判決を出した最高裁自身への申立て)

最後に、上告審の判決のあとです。上告審の判決は、もう上訴できませんが、内容に誤りがあることもありえます。そのための仕組みが、訂正の申立てです。

条文刑事訴訟法第415条第1項〜第3項

刑事訴訟法第415条 上告裁判所は、その判決の内容に誤のあることを発見したときは、検察官、被告人又は弁護人の申立により、判決でこれを訂正することができる。 2 前項の申立は、判決の宣告があつた日から十日以内にこれをしなければならない。 3 上告裁判所は、適当と認めるときは、第一項に規定する者の申立により、前項の期間を延長することができる。

条文刑事訴訟法第416条

刑事訴訟法第416条 訂正の判決は、弁論を経ないでもこれをすることができる。

判決の内容に誤りがあることを発見したとき、検察官、被告人、弁護人の申立てにより、判決で訂正できます。申立ては、判決の宣告があった日から10日以内です。最高裁が適当と認めれば、期間を延長できます。訂正の判決は、弁論を経ないでもできます。この申立ては、上訴ではありません。判決を出した最高裁自身への申立てです。

条文刑事訴訟法第417条第1項・第2項

刑事訴訟法第417条 上告裁判所は、訂正の判決をしないときは、速やかに決定で申立を棄却しなければならない。 2 訂正の判決に対しては、第四百十五条第一項の申立をすることはできない。

条文刑事訴訟法第418条

刑事訴訟法第418条 上告裁判所の判決は、宣告があつた日から第四百十五条の期間を経過したとき、又はその期間内に同条第一項の申立があつた場合には訂正の判決若しくは申立を棄却する決定があつたときに、確定する。

訂正しないときは、速やかに決定で申立てを棄却します。訂正の判決に対して、さらに訂正を申し立てることはできません。確定の時期には、注意が要ります。上告裁判所の判決は、宣告から10日が過ぎたときに確定します。10日の間に申立てがあれば、訂正の判決か、申立てを棄却する決定があったときに確定します。つまり、上告審の判決は、宣告と同時には確定しません。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの上告趣意が「目撃者の証言は信用できない」「刑が重すぎる」だけ→明らかに405条各号に当たらない→決定で棄却(414条・386条1項3号)。設定を替え、Zが令状なしの捜索差押えが憲法35条に反すると具体的に主張→405条1号の問題として審理(理由がなければ判決で棄却=396条)。問2=趣意に「憲法31条違反」と書かれているが中身は目撃証言の信用性を争うだけ→実質が事実誤認=適法な上告理由にあたらない。問3=控訴審の判断が最高裁判例と相反(2号)。最高裁がその判例を維持→破棄(410条1項本文)/判例を変更し原判決の結論は相当→棄却(410条2項)。憲法違反(1号)に替えると2項は使えず1項本文で破棄。問4=Zの事実誤認の主張。軽微で判決に影響しない→411条3号の事由に当たらない/重大で破棄しなければ著しく正義に反する→職権で破棄しうる。問5=上告棄却の判決の宣告後、10日間何もなし→10日経過で確定/9日目に弁護人が訂正申立て→訂正判決か棄却決定のときに確定。分かれ目=何を理由にするか/何号か/維持か変更か/重大さ/期間 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=Zの上告趣意が「目撃者の証言は信用できない」「刑が重すぎる」だけ→明らかに405条各号に当たらない→決定で棄却(414条・386条1項3号)
  • 設定を替え、Zが令状なしの捜索差押えが憲法35条に反すると具体的に主張→405条1号の問題として審理(理由がなければ判決で棄却=396条)
  • 問2=趣意に「憲法31条違反」と書かれているが中身は目撃証言の信用性を争うだけ→実質が事実誤認=適法な上告理由にあたらない
  • 問3=控訴審の判断が最高裁判例と相反(2号)
  • 最高裁がその判例を維持→破棄(410条1項本文)/判例を変更し原判決の結論は相当→棄却(410条2項)
  • 憲法違反(1号)に替えると2項は使えず1項本文で破棄
  • 問4=Zの事実誤認の主張
  • 軽微で判決に影響しない→411条3号の事由に当たらない/重大で破棄しなければ著しく正義に反する→職権で破棄しうる
  • 問5=上告棄却の判決の宣告後、10日間何もなし→10日経過で確定/9日目に弁護人が訂正申立て→訂正判決か棄却決定のときに確定
  • 分かれ目=何を理由にするか/何号か/維持か変更か/重大さ/期間

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの上告趣意が、目撃者の証言は信用できない、刑が重すぎる、の2点だけだったとします。最高裁は、どう処理するでしょうか。明らかに第405条の各号に当たらないので、決定で棄却です。第414条と、第386条第1項第3号です。では、Zが、令状なしの捜索差押えが憲法第35条に違反する、と具体的に主張し、控訴審の憲法判断の当否が問題になったら、どうでしょうか。第405条の第1号の問題として、きちんと審理されます。理由がなければ、判決で棄却です。2つ目。Zの趣意に、憲法第31条違反と書いてあります。けれど中身は、目撃証言の信用性を争うだけです。適法な上告理由になるでしょうか。

なりません。実質が事実誤認なので、名前だけの憲法違反では、門は開きません。3つ目。控訴審の判断が、最高裁の判例と相反していたとします。最高裁がその判例を維持するなら、破棄です。判例を変更して、原判決の結論は相当だとするなら、どうなるでしょうか。第410条第2項で、棄却です。では、問題となる事由が、判例違反ではなく憲法違反だったら、第2項は使えるでしょうか。使えません。第1項本文で破棄になります。判決に影響を及ぼさないことが明らかなときだけ、ただし書で棄却です。4つ目。Zの事実誤認の主張が、軽微で、判決に影響しないものだったら、第411条第3号の事由に当たるでしょうか。

当たりません。重大な事実誤認でないと、第3号になりません。重大で、有罪の認定が揺らぐほどであり、破棄しなければ著しく正義に反するなら、最高裁は職権で破棄しうる、というのが、強盗殺人の事件で見た型です。では、5つ目です。上告棄却の判決が宣告されました。10日たつまで、誰も何も申し立てませんでした。いつ確定しますか。では、9日目に弁護人が訂正を申し立てたら、どうなるでしょうか。訂正の判決か、棄却の決定があったときに確定します。宣告と同時には確定しません。1つ目は、第405条に当たるか。2つ目は、実質で判断されること。3つ目は、判例を維持か変更か、何号か。4つ目は、重大さと著しい正義違反。5つ目は、期間と申立てです。それぞれが、結論の分かれ目でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①事実誤認・量刑不当は405条の上告理由に当たらない②しかし411条の事由(2号・3号)があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で破棄される。Zが主張しても発動を促すにすぎない。上告の入口は3つ=上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反(権利)/上告受理(406条)=法令の解釈に関する重要な事項・最高裁の裁量/職権発動(411条)=著しく正義に反するとき・最高裁の裁量。上告審の裁判=棄却(決定=明らかに405条に当たらない等/判決=審理して理由なし・影響なし・判例変更)/破棄(410条1項・411条・412条)→差戻し・移送が原則、直ちに判決できるとき自判(413条)。確定=宣告から10日(申立てがあれば訂正判決・棄却決定のとき) 図:まとめ

  • Zの答え=①事実誤認・量刑不当は405条の上告理由に当たらない②しかし411条の事由(2号・3号)があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で破棄される
  • Zが主張しても発動を促すにすぎない
  • 上告の入口は3つ=上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反(権利)/上告受理(406条)=法令の解釈に関する重要な事項・最高裁の裁量/職権発動(411条)=著しく正義に反するとき・最高裁の裁量
  • 上告審の裁判=棄却(決定=明らかに405条に当たらない等/判決=審理して理由なし・影響なし・判例変更)/破棄(410条1項・411条・412条)→差戻し・移送が原則、直ちに判決できるとき自判(413条)
  • 確定=宣告から10日(申立てがあれば訂正判決・棄却決定のとき)

Zの2つの問いに、順に答えます。1つ目。事実誤認と量刑不当は、第405条の上告理由に当たりません。上告の申立ては、明らかに第405条に当たらないとして、決定で棄却されるのが通常です。2つ目。それでも、救済の道は残されています。第411条の2号や3号の事由があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で原判決を破棄します。ただし、Zが主張しても、職権の発動を促すにすぎません。上告の入口は、3つありました。1つ目は、上告理由です。憲法違反、憲法解釈の誤り、判例違反があれば、当事者が上告できます。2つ目は、上告受理です。法令の解釈に関する重要な事項を含む事件を、最高裁が自分の裁量で受理します。3つ目は、職権発動です。著しく正義に反するときに、最高裁が自分の裁量で破棄します。入ったあとの結論は、棄却か破棄です。棄却は、明らかに第405条に当たらないときなどは決定、審理して理由がない、影響がない、判例を変更して原判決が相当、というときは判決です。破棄したあとは、差戻しか移送が原則で、直ちに判決できるときだけ自判です。上告審の判決は、宣告から10日が過ぎたとき、その間に訂正の申立てがあれば、その結論が出たときに、確定します。なお、控訴と上告は、どちらも判決に対する上訴でした。決定に対する上訴が抗告で、命令に対しては準抗告があります。

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#163単独ページ動画

抗告と特別抗告

第8章 上訴と救済手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人Zは、勤め先の売上金を着服したとして業務上横領で起訴され、争っている。公判が始まり、弁護人が保釈を請求したが、審理を担当している裁判所は「罪証隠滅のおそれがある」として請求を却下した。判決ではないこの裁判に不服がある。①どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか ②それが退けられたら、さらに上へ行けるか ③不服を受けた上の裁判所は、原決定にとらわれず保釈の可否を自由にやり直せるか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、勤め先の売上金を着服したとして業務上横領で起訴され、争っている
  • 公判が始まり、弁護人が保釈を請求したが、審理を担当している裁判所は「罪証隠滅のおそれがある」として請求を却下した
  • 判決ではないこの裁判に不服がある
  • ①どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか
  • ②それが退けられたら、さらに上へ行けるか
  • ③不服を受けた上の裁判所は、原決定にとらわれず保釈の可否を自由にやり直せるか

前回の最後に、判決以外の裁判にも不服申立てがある、と言いました。判決に対する上訴が控訴と上告で、決定に対する上訴が、今日の抗告です。今日の被告人Zは、前回までとは別の事件の人です。Zは、勤め先の売上金を着服したとして、業務上横領で起訴されました。Zは争っています。公判が始まり、弁護人が保釈を請求しました。ところが、審理を担当している裁判所は、罪証隠滅のおそれがあるとして、請求を却下したのです。判決ではない裁判に、不服があります。問いは3つです。1つ目。この裁判には、どんな名前の不服申立てができて、行き先はどこか。2つ目。それが退けられたら、さらに上へ行けるのか。3つ目。不服を受けた上の裁判所は、不服を申し立てられたもとの決定、つまり原決定にとらわれず、記録を見て保釈の可否を自由にやり直せるのか。

先に、答えの形だけ言います。名前は、裁判の形で決まります。決定なら抗告で、行き先は高等裁判所です。上の裁判所は、やり直すのではなく、保釈のような裁量の判断については、原決定が不合理でないかを見ます。その先は特別抗告で、理由は憲法違反と判例違反などに絞られます。中身は、順に見ていきます。

不服申立ての地図。判決=控訴・上告/決定=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令・処分=準抗告(別の体系)。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる。今日は決定の側を通す 図:不服申立ての地図

  • 判決=控訴・上告/決定=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令・処分=準抗告(別の体系)
  • 上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる
  • 今日は決定の側を通す

地図です。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まります。判決には控訴と上告、決定には抗告でした。抗告には行き先が2つあり、ふつうの抗告は高等裁判所へ、最後の特別な抗告は最高裁判所へ向かいます。裁判官の命令には、前回の最後に名前を出した準抗告という、別の体系がありますが、今日は決定の側だけを通ります。決定とは、裁判所がする裁判のうち、公判廷での審理を経なくてもできるものでした。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判です。保釈の許否は、裁判所のする決定です。まず、抗告にどんな種類があるのかから見ます。

抗告の種類と行き先

抗告の3分類。一般抗告(行き先=高等裁判所・裁判所法16条2号)=通常抗告(明文の特則がなくてもできる原則形・419条)/即時抗告(明文の規定がある場合だけ・期間が短い)。特別抗告(行き先=最高裁判所・裁判所法7条2号・433条)=別枠の最後の道。抗告権者=検察官・被告人(351条)・決定を受けた人(352条) 図:抗告の3分類

  • 一般抗告(行き先=高等裁判所・裁判所法16条2号)=通常抗告(明文の特則がなくてもできる原則形・419条)/即時抗告(明文の規定がある場合だけ・期間が短い)
  • 特別抗告(行き先=最高裁判所・裁判所法7条2号・433条)=別枠の最後の道
  • 抗告権者=検察官・被告人(351条)・決定を受けた人(352条)

抗告の出発点は、第419条です。

条文刑事訴訟法第419条

刑事訴訟法第419条 抗告は、特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合の外、裁判所のした決定に対してこれをすることができる。但し、この法律に特別の定のある場合は、この限りでない。

抗告は、裁判所のした決定に対してできます。出発点は、決定ならまず抗告できる、という原則です。ただし書は、この法律に特別の定めがあれば別、という意味で、あとで見る特別抗告などが入ります。抗告は、3つに分けて整理します。まず、一般抗告です。通常抗告と即時抗告の総称で、行き先は高等裁判所です。裁判所法の第16条第2号が、地方裁判所や家庭裁判所の決定への抗告を、高等裁判所の仕事と定めています。通常抗告は、明文の特則がなくてもできる、原則の形です。即時抗告は、特に即時抗告ができると書かれている決定だけに認められ、そのかわり期間が短い。この違いは、あとで比べ表にします。そして3つ目が、特別抗告です。行き先は最高裁判所で、裁判所法第7条第2号が根拠です。上の裁判所ではありますが、高等裁判所の判断を、もう一度ふつうに見直してもらう場ではありません。ほかに不服を申し立てる道がないときの、別枠の最後の道です。

検察官と被告人が中心です。弁護人は、被告人のために申し立てられます。加えて、決定を受けた人も抗告できます。第352条です。たとえば、証人として呼ばれたのに出頭せず、過料の決定を受けた証人は、当事者ではなくても、その決定に抗告できます。Zの場面なら、保釈を却下されたZ側が抗告でき、保釈が許可された場合は、検察官が抗告しうる、ということです。注意点が1つあります。抗告の対象は、裁判所のした決定です。裁判官のした一定の命令への不服は、抗告ではなく、準抗告という別の制度になります。

判決前の決定は抗告できない・第420条

420条の原則と例外。1項=裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定は、抗告できない(要件は2つ=判決前/管轄又は訴訟手続に関する)。例外(a)=即時抗告の規定がある決定(例=忌避申立ての却下〔25条〕)。例外(b)=2項の勾留・保釈・押収・押収物の還付・鑑定のためにする留置。3項=勾留は犯罪の嫌疑がないことを理由にできない。理由=途中の決定ごとに抗告を許すと訴訟が止まる/最後の判決の上訴でまとめて争える/勾留・保釈等は身体や財産に直接かかわる 図:420条の原則と例外

  • 1項=裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定は、抗告できない(要件は2つ=判決前/管轄又は訴訟手続に関する)
  • 例外(a)=即時抗告の規定がある決定(例=忌避申立ての却下〔25条〕)
  • 例外(b)=2項の勾留・保釈・押収・押収物の還付・鑑定のためにする留置
  • 3項=勾留は犯罪の嫌疑がないことを理由にできない
  • 理由=途中の決定ごとに抗告を許すと訴訟が止まる/最後の判決の上訴でまとめて争える/勾留・保釈等は身体や財産に直接かかわる

ここで、立ち止まって考えてください。審理の途中で、裁判所が、弁護人の証拠調べ請求を却下しました。この決定に、すぐ高等裁判所へ抗告できるでしょうか?決定である以上、第419条で抗告できそうに見える、というのは自然な考え方です。でも、答えは、できません。裁判の意義の回で、判決前の訴訟手続に関する決定は原則として抗告できない、と結論だけ見ました。その条文と理由が、第420条です。

条文刑事訴訟法第420条

刑事訴訟法第420条 裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定に対しては、この法律に特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合を除いては、抗告をすることはできない。 2 前項の規定は、勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する決定及び鑑定のためにする留置に関する決定については、これを適用しない。 3 勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。

第1項は、原則を定めています。抗告できない決定の条件は、2つです。1つ目は、判決前にした決定であること。2つ目は、管轄または訴訟手続に関する決定であること。この2つを満たす決定には、原則として抗告できません。証拠調べ請求の却下や、審理の進め方の決定が、この典型です。たとえて言えば、建物を建てている最中に、現場の指示のたびに、別の部署へ差し止めを持ち込める仕組みにしたらどうなるか、です。工事は止まってばかりで、いつまでも完成しません。審理の途中の決定ごとに上級審へ抗告を許せば、そのたびに公判が止まります。途中の判断の誤りは、最後の判決に対する控訴や上告の中で、まとめて争えば足ります。一方で、完成まで待てない指示もあります。現場への立入禁止のように、人の動きそのものを縛る指示です。裁判でいえば、勾留や保釈は、身体の自由に直接かかわります。押収は、財産に直接かかわります。判決まで待っていたら、取り返しがつきません。だから、これらは例外として、すぐ争えます。条文で確かめると、例外は2種類あります。1つ目は、第1項の中にあります。この法律に特に即時抗告ができるという規定がある決定は、抗告できます。たとえば、裁判官を替えてほしいという忌避の申立てを却下する決定には、第25条で即時抗告ができます。2つ目が、第2項です。勾留、保釈、押収、押収物の還付、鑑定のための留置に関する決定には、第1項の制限が及びません。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。

Zの保釈の却下は、判決前で、訴訟手続に関する決定の形をしています。ですが、保釈は第2項に載っているので、例外として抗告できます。これが、冒頭の1つ目の問いの答えです。第3項は、勾留の裁判だけに付いた歯止めです。勾留に対して、犯罪の嫌疑がないことを理由に、抗告はできません。嫌疑があるかどうか、つまり、やったのかやっていないのかは、本案、つまり有罪か無罪かの審理で決める事柄です。逃亡や罪証隠滅のおそれがないとか、勾留する必要がないとか、そういう勾留の中身を理由にするなら、争えます。「そもそもやっていない」だけでは、理由にできない。これが、答案での使いどころです。

通常抗告と即時抗告

通常抗告と即時抗告の比較。通常抗告=根拠は419条/期間はいつでも(421条・ただし原決定を取り消しても実益がなくなったときは不可)/効力は裁判の執行を停止しない(424条1項本文)・原裁判所は決定で抗告の裁判があるまで停止できる(同但書)・抗告裁判所も決定で停止できる(同2項)。即時抗告=根拠は明文の規定がある場合だけ(例=25条の忌避申立ての却下・339条2項の公訴棄却の決定)/期間は3日(422条)/効力は提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止される(425条)。覚え方=期間が短い代わりに、止まる 図:通常抗告と即時抗告の比較

  • 通常抗告=根拠は419条/期間はいつでも(421条・ただし原決定を取り消しても実益がなくなったときは不可)/効力は裁判の執行を停止しない(424条1項本文)・原裁判所は決定で抗告の裁判があるまで停止できる(同但書)・抗告裁判所も決定で停止できる(同2項)
  • 即時抗告=根拠は明文の規定がある場合だけ(例=25条の忌避申立ての却下・339条2項の公訴棄却の決定)/期間は3日(422条)/効力は提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止される(425条)
  • 覚え方=期間が短い代わりに、止まる

次は、通常抗告と即時抗告の違いです。その前に、復習を1問。前回見た、上告棄却の決定に対する異議は、何日以内にするのでしたか?3日以内です。あの3日は、即時抗告の期間を借りたものです。その即時抗告を、今日見ます。

条文刑事訴訟法第421条・第422条・第424条・第425条

刑事訴訟法第421条・第422条・第424条・第425条 第421条 抗告は、即時抗告を除いては、何時でもこれをすることができる。但し、原決定を取り消しても実益がないようになつたときは、この限りでない。 第422条 即時抗告の提起期間は、三日とする。 第424条 抗告は、即時抗告を除いては、裁判の執行を停止する効力を有しない。但し、原裁判所は、決定で、抗告の裁判があるまで執行を停止することができる。 2 抗告裁判所は、決定で裁判の執行を停止することができる。 第425条 即時抗告の提起期間内及びその申立があつたときは、裁判の執行は、停止される。

比べるところは、期間と、止まるかどうかの2つです。通常抗告には、期限がありません。ただし、取り消しても意味がなくなったあとは、できません。たとえば、勾留の決定に抗告している間に、その勾留が取り消されて、被告人が釈放された場合です。そして、通常抗告をしても、裁判の執行は止まりません。止めたいときは、原裁判所か抗告裁判所に、停止の決定をしてもらう必要があります。即時抗告は、期間が3日です。そのかわり、提起期間内と、申立てがあったときは、裁判の執行が停止されます。即時抗告ができる決定は、明文の規定があるものだけです。先ほどの、忌避の申立てを却下する決定もそうですし、訴訟条件の回で条文を読んだ、公訴棄却の決定も、第339条第2項で即時抗告ができます。

手がかりは、期間です。即時抗告は、3日と短く区切ってあります。だから、その間と申立てのあとだけ執行を止めても、待たせる時間は限られます。たとえば、検察官が、公訴棄却の決定に即時抗告したとします。3日の間は決定の効果が確定せず、抗告の結論を待つ、という形です。通常抗告は逆に、いつでもできます。もし申し立てるだけで執行が止まるなら、抗告さえすれば、いつまでも執行を先送りにできてしまいます。だから、通常抗告は自動では止まらず、止めたいときだけ、別に停止の決定を求める形になっている。そう整理できます。期間が短い代わりに、止まる。この対応で覚えてください。Zの場面に当てはめます。保釈の許否の決定への抗告は、通常抗告です。第420条第2項は、抗告できる、というだけで、即時抗告ができるとは書いていません。だから、期間の定めはありません。そして、抗告しても、保釈を許可した効力は、自動では止まりません。たとえば、検察官が、保釈の許可に抗告した場合でも、止めたいなら、原裁判所か抗告裁判所の停止の決定が要ります。

抗告の手続と再度の考案

抗告の流れ。申立書を原裁判所に差し出す(423条1項)→原裁判所がもう一度考える(再度の考案・423条2項)=抗告に理由があるときは自ら決定を更正/理由がないときは、申立書を受け取った日から3日以内に意見書を添えて抗告裁判所に送る→抗告裁判所が審査(原裁判所は必要に応じ訴訟記録・証拠物を送る・規則271条)→抗告裁判所が決定で裁判→原裁判所に通知(規則272条) 図:抗告の流れ

条文刑事訴訟法第423条

刑事訴訟法第423条 第423条 抗告をするには、申立書を原裁判所に差し出さなければならない。 2 原裁判所は、抗告を理由があるものと認めるときは、決定を更正しなければならない。抗告の全部又は一部を理由がないと認めるときは、申立書を受け取つた日から三日以内に意見書を添えて、これを抗告裁判所に送付しなければならない。

抗告をするときの手続を見ます。申立書は、上訴裁判所、つまり抗告裁判所に宛てて書きますが、差し出す先は、原裁判所です。原裁判所とは、問題の決定をした裁判所のことです。第423条第1項で、これは、前に見た控訴の手続と同じ型です。特徴は、そのあとです。申立書を受け取った原裁判所は、すぐに上へ送るのではなく、もう一度、自分で考えます。これを、再度の考案といいます。抗告に理由があると認めれば、自分で決定を更正します。Zの場面なら、保釈を却下した地方裁判所が、申立書を読んで考え直し、自分で保釈を許す決定に改める、ということです。理由がないと認めれば、申立書を受け取った日から3日以内に、意見書を添えて、抗告裁判所に送ります。第423条第2項です。3日と聞くと、即時抗告の提起期間の3日と混ざりやすいので、区別してください。即時抗告のほうの3日は、抗告する側が申し立てる期間です。再度の考案の3日は、原裁判所が、意見書を添えて送る期限です。送られた抗告裁判所は、記録などを見て審査します。必要があれば、原裁判所が、訴訟記録や証拠物を抗告裁判所に送ります。抗告裁判所は、決定で裁判をして、その結果が原裁判所に通知されます。

原裁判所がまず自分で考え直すのは、決定をした裁判所自身が、誤りに気づくことがあるからです。上級審に行く前に自分で直せるなら、そのほうが早くて確実です。そして、この意見書は、あとで見る判例で、重要な役割を果たします。

抗告審の裁判と行き止まり

抗告審の裁判と行き止まり。抗告裁判所の裁判(426条)=手続違反・理由なし→決定で棄却/理由あり→決定で原決定を取り消し、必要がある場合は更に裁判。抗告裁判所の決定に再抗告はできない(427条)→残る道=特別抗告(最高裁・433条)。高等裁判所が最初にした決定=抗告不可(428条1項)/異議(428条2項・同じ高等裁判所へ)。Zの道=地方裁判所の保釈却下→高等裁判所(抗告審)→再抗告なし→特別抗告 図:抗告審の裁判と行き止まり

  • 抗告裁判所の裁判(426条)=手続違反・理由なし→決定で棄却/理由あり→決定で原決定を取り消し、必要がある場合は更に裁判
  • 抗告裁判所の決定に再抗告はできない(427条)→残る道=特別抗告(最高裁・433条)
  • 高等裁判所が最初にした決定=抗告不可(428条1項)/異議(428条2項・同じ高等裁判所へ)
  • Zの道=地方裁判所の保釈却下→高等裁判所(抗告審)→再抗告なし→特別抗告

抗告裁判所は、審査の結果をどう裁判するのか。第426条と、第427条です。

条文刑事訴訟法第426条・第427条

刑事訴訟法第426条・第427条 第426条 抗告の手続がその規定に違反したとき、又は抗告が理由のないときは、決定で抗告を棄却しなければならない。 2 抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。 第427条 抗告裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない。

抗告に理由がなければ、決定で棄却します。理由があれば、原決定を取り消して、必要がある場合は、更に裁判をします。更に裁判をする、というのは、抗告裁判所が自分で結論を出すことです。たとえば、保釈の却下を取り消したあと、自分で保釈を許可する、というように。そして、第427条です。抗告裁判所の決定に対しては、抗告できません。再抗告はない、ということです。抗告は、一回きりです。ここで、冒頭に出した2つ目の問いの入口に来ました。Zの保釈却下について、高等裁判所が抗告を棄却したら、さらに抗告はできません。抗告は、決定という、簡易で迅速な手続のための不服申立てです。繰り返しを許すと、その迅速さが失われます。一方で、完全に道が閉ざされるわけではありません。ほかに道がないときのために、特別抗告が残っています。

条文刑事訴訟法第428条

刑事訴訟法第428条 高等裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない。 2 即時抗告をすることができる旨の規定がある決定並びに第四百十九条及び第四百二十条の規定により抗告をすることができる決定で高等裁判所がしたものに対しては、その高等裁判所に異議の申立をすることができる。 3 前項の異議の申立に関しては、抗告に関する規定を準用する。即時抗告をすることができる旨の規定がある決定に対する異議の申立に関しては、即時抗告に関する規定をも準用する。

もう1つ、似た条文を並べます。第428条です。高等裁判所の決定には、抗告できません。高等裁判所の上は最高裁判所で、最高裁は、ふつうの抗告を受ける裁判所ではないからです。とはいえ、地方裁判所がした保釈の却下なら高等裁判所に見てもらえるのに、高等裁判所がしたというだけで、一度も見直してもらえないのでは、釣り合いません。そこで、即時抗告ができる決定や、第419条と第420条で抗告できる決定で、高等裁判所がしたものには、抗告の代わりに、その高等裁判所への異議があります。控訴審の回で見た、同じ高等裁判所への異議です。期間は、第3項で決まります。この異議には、抗告の規定が準用されます。即時抗告ができる決定への異議なら、即時抗告の規定も準用されるので、3日以内です。前回の、上告棄却の決定への異議の3日も、即時抗告の規定を借りたものでした。そうでない決定への異議は、通常抗告と同じで、期間の定めはありません。ここを混ぜないでください。分かれ目は、その決定が、すでに一度、見直しを経た結果かどうかです。高等裁判所が、抗告審としてした決定は、地方裁判所の決定を見直した結果です。見直しは一度済んでいるので、第427条の筋で、抗告も異議もできません。これに対して、高等裁判所が、最初にした決定は、まだ一度も見直しを受けていません。だから、第428条の筋で、対象になる決定なら、異議があります。たとえば、控訴審の途中で、高等裁判所が保釈を却下したとします。これは高等裁判所の最初の決定なので、抗告ではなく、同じ高等裁判所への異議です。保釈の決定は即時抗告ができる型ではないので、この異議に期間の定めはありません。Zの道は、地方裁判所の保釈却下に対する抗告で、高等裁判所が抗告審として判断しますから、第427条の筋です。

特別抗告・第433条

特別抗告。対象=この法律により不服を申し立てることができない決定・命令(例=抗告審の決定・異議もできない高等裁判所の決定)。理由=405条の事由(憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反)に限る=上告理由と同じ。行き先=最高裁判所。期間=5日。434条=423条・424条・426条を準用。規則275条=趣意についてのみ調査・405条の事由は職権でも調査できる。名前だけの憲法違反は不可(実質が法令違反・事実誤認なら門は開かない) 図:特別抗告

  • 対象=この法律により不服を申し立てることができない決定・命令(例=抗告審の決定・異議もできない高等裁判所の決定)
  • 理由=405条の事由(憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反)に限る=上告理由と同じ
  • 行き先=最高裁判所
  • 期間=5日
  • 434条=423条・424条・426条を準用
  • 規則275条=趣意についてのみ調査・405条の事由は職権でも調査できる
  • 名前だけの憲法違反は不可(実質が法令違反・事実誤認なら門は開かない)

最後の道、特別抗告です。第433条と第434条です。

条文刑事訴訟法第433条

刑事訴訟法第433条 この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四百五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。 2 前項の抗告の提起期間は、五日とする。

対象は、この法律により不服を申し立てることができない決定や命令です。典型は、抗告審の決定と、異議の申立てもできない高等裁判所の決定です。抗告も異議もできず、ほかに道がないときの、最後の道ということです。行き先は最高裁判所、期間は5日です。即時抗告の3日と違うので、注意してください。そして、理由が限られます。第405条に規定する事由があることを理由とする場合に限る。つまり、上告理由と同じです。憲法違反、憲法解釈の誤り、判例違反です。

条文刑事訴訟法第434条

刑事訴訟法第434条 第四百二十三条、第四百二十四条及び第四百二十六条の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、前条第一項の抗告についてこれを準用する。

第434条により、申立書は原裁判所に差し出し、再度の考案があり、棄却や取消しの裁判のしかたも、抗告と同じ型です。たとえて言えば、最上階の窓口には、受け付ける用件が、看板に3つだけ書いてあるようなものです。最高裁の役目は、憲法を守ることと、法令の解釈をそろえることでした。前回の上告の門と、同じ型です。だから、事実誤認だ、法令違反だ、刑が重い、という主張だけでは、特別抗告の理由になりません。Zなら、保釈を認めない判断の考え方に納得できない、というだけでは、足りないということです。さらに、名前だけの憲法違反では足りません。憲法違反と書いてあっても、実質が法令違反や事実誤認なら、門は開かないのです。看板の用件に合わせて、表紙だけ書き換えた苦情は、受け付けてもらえません。これも上告と同じで、あとの判例でその実例を見ます。

条文刑事訴訟規則第275条

刑事訴訟規則第275条 最高裁判所は、法第四百三十三条の抗告については、申立書に記載された抗告の趣意についてのみ調査をするものとする。但し、法第四百五条に規定する事由については、職権で調査をすることができる。

最高裁が調べるのは、原則として、申立書に書かれた趣意だけです。ただし、第405条の事由だけは、書かれていなくても、最高裁が自分から調べられます。これを職権といいます。当事者の申立てを待たず、裁判所が自分の判断で動くことです。門は狭いけれど、閉ざされてはいない。この感覚を持って、次の判例を読みます。

抗告審のものさし

事案と経過。詐欺の被告人。公判が進み最重要証人の主尋問が終わった段階で、受訴裁判所が保釈を許可(裁量保釈・90条)→受訴裁判所が423条2項後段の意見書を高等裁判所へ送付→高等裁判所(抗告審)は許可を取り消して保釈請求を却下→特別抗告。最一小決平26・11・18 図:事案と経過

  • 詐欺の被告人
  • 公判が進み最重要証人の主尋問が終わった段階で、受訴裁判所が保釈を許可(裁量保釈・90条)→受訴裁判所が423条2項後段の意見書を高等裁判所へ送付→高等裁判所(抗告審)は許可を取り消して保釈請求を却下→特別抗告
  • 最一小決平26・11・18

ここが、今日の山場です。冒頭の3つ目の問いに戻ります。抗告を受けた高等裁判所は、原決定にとらわれず、記録を見て保釈の可否を自由にやり直せるでしょうか。それとも、見るべきものさしが、決まっているのでしょうか?抗告審なら一から決め直せる、という見方は、今日の判例で退けられます。まず、保釈の裁量の条文を見ます。

条文刑事訴訟法第90条

刑事訴訟法第90条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

保釈の回で見た、裁量保釈です。請求があれば原則として許す権利保釈が使えない場合でも、裁判所が適当と認めるときは、保釈を許せる。この判断は、裁判所の裁量に委ねられています。事案です。詐欺の事件の被告人について、公判が進み、最も重要な証人の主尋問が終わった段階で、審理を担当する受訴裁判所が、保釈を許可しました。共犯者などの関係者と接触しない、という条件つきです。受訴裁判所とは、現に事件の審理を担当している裁判所のことです。この許可に対して抗告がされ、受訴裁判所は、先ほどの再度の考案の手続で、意見書を、高等裁判所に送りました。最高裁は、その意見書から、罪証隠滅に及ぶ現実的な可能性は高いとはいえず、勾留もすでに相当な期間に及んでいる、といった事情を考慮して許可したと読み取れる、としています。ところが、抗告審の高等裁判所は、罪証隠滅のおそれは相当に強度で、いま保釈するのは裁量の範囲を超えている、として、許可を取り消し、保釈請求を却下しました。その結果に対して、特別抗告がされた、という経過です。

最高裁の判断の骨組み。最高裁は、433条の抗告理由に当たらないとしつつ、職権で調査して高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却。ものさし=抗告審は原決定の当否を事後的に審査する/受訴裁判所の裁量の範囲を逸脱していないか、すなわち不合理でないか/覆すなら不合理であることを具体的に示す。最一小決平26・11・18 図:最高裁の判断の骨組み

  • 最高裁は、433条の抗告理由に当たらないとしつつ、職権で調査して高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却
  • ものさし=抗告審は原決定の当否を事後的に審査する/受訴裁判所の裁量の範囲を逸脱していないか、すなわち不合理でないか/覆すなら不合理であることを具体的に示す
  • 最一小決平26・11・18

先に結論の形から言います。最高裁は、特別抗告の理由には当たらないとしつつ、職権で調べて、高等裁判所の決定を取り消しました。判旨は、3つに分けて聞いてください。入口、ものさし、当てはめの順です。決定のうち、つながりのある部分を読みます。判旨に出てくる言葉を、先に対応させておきます。最高裁から見るので、原決定は、高等裁判所が保釈の許可を取り消した決定です。原々決定は、そのもう1つ前、受訴裁判所が保釈を許可した決定で、原々審は、その受訴裁判所のことです。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

特別抗告の理由には当たらないが、職権で取り消した 本件抗告の趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 …… しかし,所論に鑑み,職権により調査すると,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。

ここまでが入口です。理由には当たらない。それでも最高裁は、職権で中身を調べました。その根拠は、当てはめのところで言います。次が、抗告審のものさしです。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

抗告審の審査のしかた 抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。 …… しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。

前半が、ものさしの文言です。最初に出てくる原決定だけは、抗告審一般の話なので、抗告審が審査するもとの決定、この事件でいえば受訴裁判所の許可を指します。覆す側が、不合理だと具体的に示さなければならない、という内容です。後半は、高等裁判所の決定がその示し方を欠いていた、という指摘です。続いて、3つ目の当てはめと結論です。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

原決定の取消しと、更に裁判 …… このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。 …… よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

3つを順に言い直します。1つ目は、特別抗告の入口です。最高裁は、特別抗告の趣意は、憲法違反をいう点を含めても、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張で、第433条の理由に当たらない、と言いました。名前だけの憲法違反は、門を通らない。先ほどの感覚と同じです。2つ目は、抗告審のものさしです。平たく言うと、抗告審は、保釈の可否を一から決め直す場所ではありません。現に審理を担当する受訴裁判所の判断が、任された裁量の枠からはみ出していないかを、あとから点検する場所です。そして、覆すなら、どこがはみ出しているのかを、具体的に言わなければなりません。3つ目は、当てはめです。高等裁判所の決定は、受訴裁判所の判断のどこが不合理なのかを、具体的に言っていない。そこで、不合理とはいえない許可を取り消した高等裁判所の決定は、第90条と第426条の解釈適用を誤った違法がある、と判断しました。最高裁は、特別抗告の理由には当たらなくても、職権で高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却したのです。つまり、受訴裁判所の保釈の許可が、そのまま生きることになりました。理由に当たらないのに取り消せた根拠は、前回見た第411条です。上告の理由が無くても、著しく正義に反するなら、最高裁が職権で破棄できる。その規定を、特別抗告にも借りています。

なぜ自由にやり直せないのか。受訴裁判所=現に審理を担当・証人尋問の進み具合や今後の公判を現場で見ている/抗告審=記録で見る。だから覆すには、不合理であることを具体的に示す(「自分ならこう判断する」では足りない)。抗告審が見る材料=423条2項の意見書。射程=直接は保釈許可への抗告の事案/保釈請求を却下した判断への抗告も同じ考え方で見ると理解される。最一小決平26・11・18 図:なぜ自由にやり直せないのか

  • 受訴裁判所=現に審理を担当・証人尋問の進み具合や今後の公判を現場で見ている/抗告審=記録で見る
  • だから覆すには、不合理であることを具体的に示す(「自分ならこう判断する」では足りない)
  • 抗告審が見る材料=423条2項の意見書
  • 射程=直接は保釈許可への抗告の事案/保釈請求を却下した判断への抗告も同じ考え方で見ると理解される
  • 最一小決平26・11・18

決め手は、保釈の判断が裁量に委ねられているのは、現に審理を担当する受訴裁判所だからです。証人尋問がどこまで進み、証人がどんな様子で、今後の公判がどう進むのか。受訴裁判所は、現場で見ています。これに対して抗告審は、記録で見るしかありません。たとえば、現場で取材した担当者の判断を、書類だけを見た上司が覆すには、担当者の判断が筋として通らない点を、具体的に指摘できなければならない。「自分ならこう判断する」だけでは、足りません。控訴審の回で見た事後審、つまり、やり直すのではなく、判断に誤りがないかをあとから点検する見方と、同じ型です。ここで、前に見た2つのことが結びつきます。事案に出てきた意見書は、受訴裁判所が、第423条第2項後段に基づいて高等裁判所に送った、再度の考案の意見書です。許可の考慮が読み取れて、これが、抗告審が見るべき材料になります。それから、特別抗告の理由には当たらないとしつつ、職権で取り消した点です。規則第275条が認めている職権調査は、第405条の事由についてです。この決定は、それとは別に、第411条を準用して取り消しました。入口は狭くても、閉ざされてはいない。その実例です。言い過ぎないために、射程も確認します。この判例が直接述べたのは、保釈を許可した決定に対する抗告の事案です。ただ、Zのように、保釈の請求を却下した受訴裁判所の判断に抗告がされた場合も、抗告審は同じ考え方で見ることになる、と理解されます。ここは、論文で論点になりうるところです。保釈のような裁量の判断について、抗告審は、やり直すのではなく、原決定が不合理でないかを見る。冒頭の3つ目の問いの答えは、これです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=証拠調べ請求の却下に抗告?→不可(420条1項)/設定を替え、勾留を続ける決定・保釈を却下する決定→可(420条2項)。問2=勾留に「そもそも横領していない」だけで抗告→不可(420条3項)/必要性や罪証隠滅のおそれなら可。問3=検察官が保釈許可に通常抗告→執行は止まらない(424条1項)/設定を替え、忌避申立ての却下に即時抗告→3日・提起期間内と申立てで停止(425条)。 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=証拠調べ請求の却下に抗告?→不可(420条1項)/設定を替え、勾留を続ける決定・保釈を却下する決定→可(420条2項)
  • 問2=勾留に「そもそも横領していない」だけで抗告→不可(420条3項)/必要性や罪証隠滅のおそれなら可
  • 問3=検察官が保釈許可に通常抗告→執行は止まらない(424条1項)/設定を替え、忌避申立ての却下に即時抗告→3日・提起期間内と申立てで停止(425条)

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの公判の途中で、裁判所が、弁護人の証拠調べ請求を却下しました。Zの側は、抗告できるでしょうか。できません。判決前の、訴訟手続に関する決定で、即時抗告の規定もないので、第420条第1項です。では、同じ公判で、裁判所が、Zの勾留を続ける決定をした場合は、どうでしょう。2つ目。Zの弁護人が、勾留に対して、そもそも横領はしていない、という理由だけで抗告しました。これは通るでしょうか。通りません。第420条第3項で、嫌疑がないことは理由にできません。勾留の必要性や、逃亡や罪証隠滅のおそれなら、争えます。3つ目。検察官が、受訴裁判所の保釈許可に、通常抗告をしました。Zは、すぐに釈放されないのでしょうか。

通常抗告は、執行を止めません。第424条第1項です。止めたければ、原裁判所か抗告裁判所の、停止の決定が要ります。設定を替えます。忌避の申立てを却下した決定に、即時抗告をした場合は、どうなりますか。

節目のミニ事例(続き)。問4=高等裁判所が抗告を棄却、さらに抗告?→不可(427条)・特別抗告(5日・405条の事由)/「証言は信用できない」だけでは理由にならない。問5=高等裁判所が「自分なら許可しない」として許可を取り消し→不合理を具体的に示す必要(平26)。分かれ目=何の決定か/3項/止まるか/その先/抗告審のやり方 図:節目のミニ事例

  • 続き
  • 問4=高等裁判所が抗告を棄却、さらに抗告?→不可(427条)・特別抗告(5日・405条の事由)
  • 「証言は信用できない」だけでは理由にならない。問5=高等裁判所が「自分なら許可しない」として許可を取り消し→不合理を具体的に示す必要(平26)。分かれ目=何の決定か
  • 3項
  • 止まるか
  • その先
  • 抗告審のやり方

期間は3日で、提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止されます。第425条です。4つ目。高等裁判所が、Zの抗告を棄却しました。さらに抗告できますか。できません。第427条です。残るのは特別抗告で、5日以内、理由は第405条の事由だけです。では、特別抗告の理由に、目撃者の証言は信用できない、とだけ書いたら、どうでしょう。理由に当たりません。ただ、最高裁が職権で動く余地は、判例のとおり残っています。5つ目。地方裁判所が保釈を許可し、その許可への抗告を受けた高等裁判所が、自分なら許可しない、として許可を取り消しました。抗告審のやり方として、正しいでしょうか。正しくありません。受訴裁判所の判断が不合理であることを、具体的に示す必要があります。自分ならこうする、だけでは足りません。1つ目は、何の決定か。2つ目は、第3項の歯止め。3つ目は、通常抗告と即時抗告の違い、止まるかどうか。4つ目は、行き止まりと、特別抗告の理由。5つ目は、抗告審のものさし。それぞれが、結論の分かれ目でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①保釈却下の決定への不服は抗告(420条2項の例外・通常抗告・高等裁判所へ)②抗告審の決定に再抗告はできず、特別抗告(5日・405条の事由)だけ③抗告審は、受訴裁判所の裁量判断が不合理でないかを審査する。一覧=決定→抗告(原則可・判決前の訴訟手続の決定は不可・例外は勾留・保釈・押収・還付・鑑定留置・即時抗告の規定)/通常抗告(いつでも・止まらない)と即時抗告(3日・止まる)/抗告審の裁判(棄却/取消し+更に裁判)/再抗告なし→特別抗告(最高裁・5日・405条) 図:まとめ

  • Zの答え=①保釈却下の決定への不服は抗告(420条2項の例外・通常抗告・高等裁判所へ)②抗告審の決定に再抗告はできず、特別抗告(5日・405条の事由)だけ③抗告審は、受訴裁判所の裁量判断が不合理でないかを審査する
  • 一覧=決定→抗告(原則可・判決前の訴訟手続の決定は不可・例外は勾留・保釈・押収・還付・鑑定留置・即時抗告の規定)/通常抗告(いつでも・止まらない)と即時抗告(3日・止まる)/抗告審の裁判(棄却/取消し+更に裁判)/再抗告なし→特別抗告(最高裁・5日・405条)

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。保釈を却下する決定への不服は、抗告です。判決前の訴訟手続の決定ですが、第420条第2項の例外で、抗告できます。通常抗告で、行き先は高等裁判所です。2つ目。抗告審の決定に対して、再抗告はできません。残る道は、特別抗告だけで、期間は5日、理由は第405条の事由に限られます。3つ目。抗告審は、自由にやり直すのではなく、受訴裁判所の裁量の判断が、不合理でないかを審査します。覆すなら、不合理であることを具体的に示さなければなりません。抗告の全体を、もう一度まとめます。決定なら、まず抗告できるのが原則です。ただし、判決前の訴訟手続の決定は抗告できず、例外は、勾留、保釈、押収、押収物の還付、鑑定のための留置、そして即時抗告の規定がある決定です。抗告は、通常抗告と即時抗告に分かれ、通常抗告は、いつでもできるが執行は止まらず、即時抗告は、3日と短いかわりに執行が止まります。抗告審は、棄却するか、原決定を取り消して必要なら更に裁判をします。その決定に再抗告はなく、最後の道が、最高裁への特別抗告です。なお、裁判官のした一定の命令や捜査機関の処分には、準抗告という、別の不服申立てがあります。

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#164単独ページ動画

準抗告と身柄解放

第8章 上訴と救済手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い(詐欺)で逮捕され、続けて勾留された。Zは否認している。弁護人は、勾留するという裁判官の判断に納得できない。①判決でも決定でもない、裁判官の命令には、どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか ②逮捕状を出した裁判にも言えるのか ③Zが起訴されたあとに保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道なのか 図:今日の問い

  • Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い(詐欺)で逮捕され、続けて勾留された
  • Zは否認している
  • 弁護人は、勾留するという裁判官の判断に納得できない
  • ①判決でも決定でもない、裁判官の命令には、どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか
  • ②逮捕状を出した裁判にも言えるのか
  • ③Zが起訴されたあとに保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道なのか

前回の最後に予告したのは、決定ではない裁判と、捜査機関の処分への不服申立てです。前回見た抗告は、裁判所がする決定への不服でした。今日は、その外側にある2つ、裁判官がする命令と、捜査機関がする処分を通ります。名前は、準抗告です。今日のZは、前回とは別の事件の人です。Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い、つまり詐欺の疑いで逮捕され、続けて勾留されました。Zは否認しています。弁護人は、勾留するという裁判官の判断に、納得できません。問いは3つです。1つ目。判決でも決定でもない、裁判官の命令に、どんな名前の不服申立てができて、行き先はどこか。2つ目。逮捕状を出した裁判にも、同じく不服申立てができるのか。3つ目。Zが起訴されたあと、保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道を通るのか。

先に、答えの形だけ言います。命令への不服は、準抗告です。行き先は、上級の裁判所ではなく、同じ系統の裁判所です。ただし、逮捕は対象外です。そして保釈の却下は、公判の前と後で、道が変わります。中身は、順に見ていきます。

不服申立ての地図。判決=控訴・上告/決定(裁判所がする裁判)=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令(個々の裁判官がする裁判)・捜査機関の処分=準抗告(同じ系統の裁判所の合議体へ)。上訴の名前は、誰がした、どんな形の裁判かで決まる。今日は命令と処分の側を通す 図:不服申立ての地図

  • 判決=控訴・上告/決定(裁判所がする裁判)=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令(個々の裁判官がする裁判)・捜査機関の処分=準抗告(同じ系統の裁判所の合議体へ)
  • 上訴の名前は、誰がした、どんな形の裁判かで決まる
  • 今日は命令と処分の側を通す

地図です。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる、と見てきました。判決には控訴と上告、決定には抗告です。決定とは、裁判所がする裁判のうち、公判廷での審理を経なくてもできるものでした。これに対して命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判です。命令と、捜査機関の処分に向かうのが、準抗告です。抗告が高等裁判所へ上がっていくのに対して、準抗告は、上へ上がりません。同じ系統の裁判所の中の、複数の裁判官で組む合議体が、もう一度見直します。向きが違う、というのが今日の第一の目印です。もう1つ、言葉の注意です。準抗告は、上訴そのものではなく、上訴に類する制度と整理されます。条文にも、準抗告という言葉は出てきません。条文は、取消し又は変更を請求することができる、と書いているだけです。今日の背骨は、1本です。不服申立ての名前は、誰がした裁判かで決まる。同じ勾留でも同じ保釈でも、裁判官がすれば命令で準抗告、事件の審理を担当する裁判所、つまり受訴裁判所がすれば決定で抗告です。この1本を持って、まず裁判官の裁判から見ます。

裁判官の裁判への準抗告・第429条

429条の対象。裁判官がした次の裁判が対象(列挙)=1号 忌避の申立てを却下する裁判/2号 勾留・保釈・押収・押収物の還付ほかに関する裁判/3号 鑑定のため留置を命ずる裁判/4号 証人・鑑定人・通訳人・翻訳人への過料・費用賠償/5号 身体の検査を受ける者への過料・費用賠償 図:429条の対象

準抗告の出発点は、第429条です。その前に、立ち止まって考えてください。逮捕状を出す裁判に、準抗告はできるでしょうか?同じ裁判官の裁判なら扱いも同じはずだ、と考えるのは自然です。でも、答えは条文の列挙を見てから確かめましょう。第429条は、裁判官がした裁判のうち、準抗告ができるものを、列挙しています。

条文刑事訴訟法第429条第1項

刑事訴訟法第429条第1項 裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。 一 忌避の申立てを却下する裁判 二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判 三 鑑定のため留置を命ずる裁判 四 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判 五 身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判

まず、全体の形です。対象は、裁判官がした、この5つの号の裁判だけです。列挙された以外には、準抗告はできません。5つを読むときの目印は、背骨と同じで、誰がした裁判か、です。1号は、忌避の申立てを却下する裁判です。忌避とは、この裁判官では公平な裁判が期待できない、として、裁判官を替えてほしいと求める申立てです。ふつう、合議体が却下する決定には、即時抗告ができます。1号が指すのは、裁判官一人が却下する場合で、これは裁判官の裁判なので、準抗告になります。2号は、身柄と証拠の核心です。勾留、保釈、押収、押収物の還付に関する裁判です。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。今日の主役は、この2号で、勾留は次の節、押収は第430条の節、保釈はその先で見ます。3号は、鑑定留置です。鑑定のために、被疑者や被告人の身柄を、病院などに留め置く処分で、それを命じる裁判が対象になります。4号と5号は、過料や費用の賠償を命じる裁判です。証人が正当な理由なく出頭しないとき、過料を命じることがあります。同じ過料でも、裁判所が決定ですれば、第137条や第150条で即時抗告、期間は3日です。裁判官が命令ですれば、準抗告で、期間は同じ3日です。誰がしたかで、名前が変わる。背骨の別の実例です。

請求先と審査。請求先=簡易裁判所の裁判官の裁判→管轄地方裁判所/その他の裁判官の裁判→その裁判官所属の裁判所(同じ裁判所)。審査=合議体(429条4項)。嫌疑なしは理由にできない(429条2項)。3日・停止は4号5号だけ(429条5項・6項) 図:請求先と審査

  • 請求先=簡易裁判所の裁判官の裁判→管轄地方裁判所/その他の裁判官の裁判→その裁判官所属の裁判所(同じ裁判所)
  • 審査=合議体(429条4項)
  • 嫌疑なしは理由にできない(429条2項)
  • 3日・停止は4号5号だけ(429条5項・6項)

簡易裁判所の裁判官がした裁判には、その簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所へ請求します。それ以外の裁判官、たとえば地方裁判所の裁判官がした裁判なら、その裁判官が所属する裁判所へ、つまり同じ裁判所へ請求します。抗告のように、上級の裁判所へ上がる形ではありません。

条文刑事訴訟法第429条第2項・第4項・第5項・第6項

刑事訴訟法第429条第2項・第4項・第5項・第6項 2 第四百二十条第三項の規定は、前項の請求について準用する。 4 第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。 5 第一項第四号又は第五号の裁判の取消し又は変更の請求は、その裁判のあつた日から三日以内にしなければならない。 6 前項の請求期間内及びその請求があつたときは、裁判の執行は、停止される。

第4項です。請求を受けた地方裁判所は、合議体で決定をしなければなりません。合議体とは、裁判官3人で組む裁判体のことで、裁判所法の第26条第3項が定めています。令状を出した裁判官は一人です。その一人の判断を、3人の合議体が見直す。一人の誤りを、組織として正す仕組みです。上へ上がらず、同じ系統の裁判所の中で見直すので、準抗告は、上訴そのものではなく、上訴に類する制度と整理されるのでした。たとえて言えば、課長一人の決裁に異議があるとき、上の本部へ持ち込むのではなく、同じ部の部会で、複数人で見直すようなものです。家庭裁判所の名前が条文にあるのは、少年事件などを受けるためです。第2項は、第420条第3項を準用しています。前回見た、勾留は、犯罪の嫌疑がないことを理由にできない、という歯止めと同じものが、準抗告にも掛かります。第5項と第6項は、4号と5号の特則です。過料や費用の賠償の請求は、裁判のあった日から3日以内で、その期間内と請求があったときは、執行が停止されます。裏を返せば、1号から3号には、期間の定めがなく、自動で止まる定めもありません。第3項は、被害者などの氏名を隠す措置に関する裁判についての特則で、ここでは扱いません。最後に、誰が請求できるか。条文は、不服がある者、とだけ書いています。勾留された側だけでなく、検察官も、不服があれば請求できます。次の節で、その向きの違いを見ます。

勾留の準抗告の使われ方

勾留の準抗告。勾留に関する裁判=勾留状を発する裁判(207条1項)/勾留延長(208条2項)/勾留の請求を却下する裁判/接見等禁止(81条)。向きが逆=勾留状を発する裁判・延長→被疑者側が「勾留は不当」/請求の却下→検察官側が「却下は不当」。準抗告審は取り消し、必要なら更に裁判(432条→426条2項)。「やっていない」だけは理由にできない(429条2項→420条3項)。争える=勾留の理由・必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ、勾留の必要がない) 図:勾留の準抗告

  • 勾留に関する裁判=勾留状を発する裁判(207条1項)/勾留延長(208条2項)/勾留の請求を却下する裁判/接見等禁止(81条)
  • 向きが逆=勾留状を発する裁判・延長→被疑者側が「勾留は不当」/請求の却下→検察官側が「却下は不当」
  • 準抗告審は取り消し、必要なら更に裁判(432条→426条2項)
  • 「やっていない」だけは理由にできない(429条2項→420条3項)
  • 争える=勾留の理由・必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ、勾留の必要がない)

2号の主役、勾留です。Zの弁護人が、勾留に準抗告をする場面で考えます。まず、勾留に関する裁判に、何が入るか。勾留状を発する裁判が入ります。勾留の請求を受けて判断するのは、裁判体ではなく、一人の裁判官です。条文は、その裁判官に裁判所と同じ権限を持たせていますが、判断するのは裁判官ですから、裁判の形は命令です。勾留を決める、という意味で、勾留決定という呼び方もよく使われますが、決定という種類の裁判ではありません。勾留期間を延ばす裁判も入ります。そして、意外かもしれませんが、勾留の請求を却下する裁判も入ります。さらに、面会や手紙を制限する接見等禁止も、勾留に関する裁判として含まれます。

請求を却下する裁判も、勾留に関する裁判に入ります。そこが、向きの逆になるところです。勾留を決めた裁判や延長の裁判に対しては、被疑者が、勾留は不当だ、として準抗告をします。反対に、裁判官が勾留の請求を却下した場合は、検察官が、却下は不当だ、として準抗告をします。同じ条文が、両方向に働くのです。準抗告を受けた合議体は、原裁判を取り消して、必要があれば、更に裁判をします。これは第432条を通じて、第426条第2項が当てはまるからで、あとで条文を見ます。たとえば、却下を取り消して、勾留を認める。あるいは、勾留を取り消して、勾留の請求を却下する。そういう往復が起きます。Zに当てはめます。弁護人の主張が、Zは詐欺をしていない、というだけでは、理由にできません。第429条第2項から第420条第3項に回ってきた、あの歯止めです。やったのかやっていないのかは、本案の審理で決める事柄だからです。争えるのは、勾留の理由と必要性です。逃亡や罪証隠滅のおそれがないこと、勾留する必要がないこと。そこを書きます。

勾留から出る道具を並べたときの区別です。見ている時点が違います。勾留を決めた、その時点の判断が誤っていたのなら、準抗告です。その後に事情が変わった、たとえば、おそれが小さくなったのなら、取消しの請求です。もう1つ、橋渡しをします。逮捕の手続に重大な違法があると、勾留の請求そのものが違法とされて、却下されることがあります。違法な逮捕は、勾留の段階で効いてきます。次の節で、そのことに意味が出てきます。

逮捕には準抗告がない

逮捕と準抗告。429条1項の列挙に逮捕は無い→逮捕に関する裁判は準抗告の対象外。最一小決昭57・8・27=逮捕状に関する準抗告を棄却した地方裁判所の決定に特別抗告→特別抗告は不適法。逮捕のあいだの手=検察官・裁判官に勾留の必要がないことを示す/弁護人との接見は可能。違法な逮捕は勾留の段階で争う 図:逮捕と準抗告

  • 429条1項の列挙に逮捕は無い→逮捕に関する裁判は準抗告の対象外
  • 最一小決昭57・8・27=逮捕状に関する準抗告を棄却した地方裁判所の決定に特別抗告→特別抗告は不適法
  • 逮捕のあいだの手=検察官・裁判官に勾留の必要がないことを示す/弁護人との接見は可能
  • 違法な逮捕は勾留の段階で争う

先ほど立ち止まって考えた問いに、答えます。逮捕状を出す裁判に、準抗告はできるか。第429条第1項の5つの号を見直してください。逮捕は、どれにも入っていません。ですから、答えは、できません。この点は、逮捕後の手続の回で、最高裁の決定を一度読みました。今日は、準抗告の条文の側から、もう一度読みます。事案は、逮捕状とそれに基づく処分について準抗告がされ、地方裁判所がそれを棄却した、というものです。これに対して、最高裁判所へ、特別抗告がされました。最高裁は、特別抗告は不適法として、棄却しました。決定の判断の核を、読みます。

判例最決昭57・8・27 刑集36巻6号726頁(第一小法廷)

逮捕に関する裁判は、準抗告の対象に含まれない しかし、逮捕に関す裁判及びこれに基づく処分は、刑訴法四二九条一項各号所定の準抗告の対象となる裁判に含まれないと解するのが相当であるから、本件準抗告棄却決定に対する特別抗告は、不適法である。

読み方は、2点です。1つ目。逮捕に関する裁判と、それに基づく処分は、第429条第1項の各号に含まれない。つまり、準抗告の対象ではない。2つ目。準抗告を棄却した決定に対する最後の道は、特別抗告です。この事件は、その道に乗せましたが、そもそも準抗告が許されないので、特別抗告も不適法になった、という流れです。逮捕の回で見た理由を、順にたどります。逮捕は、長くても72時間で終わります。不服を審査しているうちに、逮捕の時間は過ぎてしまいます。その代わり、勾留を請求するなら、その段階で裁判官が審査します。逮捕の手続に重大な違法があれば、その審査で問題にできます。だから、逮捕そのものには窓口を設けていない、と説明されます。駅の仮置き場の荷物検査のように、短時間で終わる手続は、次の窓口で本格的に審査する、という考え方です。ただし、逮捕のあいだ、弁護人が手ぶらというわけではありません。検察官や裁判官に、勾留の必要がないことを示して、勾留の請求をさせない、勾留を認めさせない方向で働きかけます。逮捕後も、弁護人との接見はできます。そして、違法な逮捕は、勾留の段階で、請求の却下や、勾留への準抗告の中で効いてきます。Zの2つ目の問いの答えは、これです。逮捕に関する裁判には、準抗告は言えません。争う場は、勾留の段階に置かれています。ここは、論文でも使う、大事なところです。

捜査機関の処分への準抗告・第430条

429条と430条。429条=裁判官がする「裁判」/430条=捜査機関がする「処分」。押収の令状を発する・却下する→裁判官の裁判(429条1項2号)/令状を使って押収する・押収物を返すか決める→捜査機関の処分(430条)。請求先=検察官・検察事務官の処分→その検察庁に対応する裁判所(地方検察庁なら地方裁判所)/司法警察職員の処分→職務執行地を管轄する同じ地裁・簡裁。対象=接見指定(39条3項)・押収・押収物の還付ほか。430条3項=行政事件訴訟に関する法令は適用しない 図:429条と430条

  • 429条=裁判官がする「裁判」/430条=捜査機関がする「処分」
  • 押収の令状を発する・却下する→裁判官の裁判(429条1項2号)/令状を使って押収する・押収物を返すか決める→捜査機関の処分(430条)
  • 請求先=検察官・検察事務官の処分→その検察庁に対応する裁判所(地方検察庁なら地方裁判所)/司法警察職員の処分→職務執行地を管轄する同じ地裁・簡裁
  • 対象=接見指定(39条3項)・押収・押収物の還付ほか
  • 430条3項=行政事件訴訟に関する法令は適用しない

ここまでは、裁判官の裁判でした。次は、捜査機関の処分です。同じ押収を例に、2つを分けます。令状を発する、あるいは却下するのは、裁判官の裁判で、第429条第1項2号の範囲です。発付された令状を使って押収する、押収した物を返すかどうかを決める、これは検察官や警察官の処分で、第430条の範囲です。

条文刑事訴訟法第430条

刑事訴訟法第430条 検察官又は検察事務官のした第三十九条第三項の処分又は押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、第二百十八条第三項の規定による命令若しくは第二百二十二条第一項若しくは第五百十三条第六項において準用する第百二十三条の二第一項の規定による複写に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。 2 司法警察職員のした前項の処分に不服がある者は、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。 3 前二項の請求については、行政事件訴訟に関する法令の規定は、これを適用しない。

長い条文ですが、読み方は単純です。第1項は、検察官又は検察事務官がした処分に不服がある場合です。対象は、第39条第3項の処分、つまり接見指定と、押収、押収物の還付ほかです。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。請求先は、その検察官が所属する検察庁に対応する裁判所です。検察庁は、裁判所に対応して置かれているので、地方検察庁の検察官の処分なら、地方裁判所です。第2項は、司法警察職員、つまり警察官などがした処分です。対象は第1項と同じです。違うのは請求先で、その警察官の職務執行地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所です。処分をした場所の地裁か簡裁、と覚えてください。接見指定は第1項に入っています。第2項は、したのが司法警察職員だったときの規定ですから、警察官が接見を指定した場合も、第2項で、同じ準抗告ができます。

第39条第3項は、捜査のため必要があるとき、公訴の提起前に限って、検察官などが、接見の日時、場所、時間を指定できる、という規定です。ただし、被疑者が防禦の準備をする権利を、不当に制限してはならない、という但書がつきます。この指定に不服があれば、第430条で争えます。もっとも、判断を待っているあいだに、指定された日時が来てしまうなど、その場で解決できるとは限りません。押収についても、前に見た線引きを1つ。令状に書かれていない物の写真を撮った処分は、それ自体は検証の性質を持つので、押収に関する処分に当たらず、準抗告の対象外とされました。違法であることと、準抗告で争えることは、別です。

行政事件訴訟とは、役所の処分に不服があるとき、その取消しなどを求めて起こす、刑事とは別の系統の訴訟です。捜査機関も役所ですから、押収や接見指定を、そちらで争えるのか、という疑問が出ます。第3項は、この請求の手続には、行政事件訴訟の規定を持ち込まない、と定めています。行政不服審査法のほうも、刑事事件に関する法令に基づく検察官などの処分を、適用の外に置いています。

準抗告の手続と効力

準抗告の手続と効力。請求書を管轄裁判所へ直接差し出す(431条)。抗告との違い=抗告は申立書を原裁判所へ→再度の考案(423条)/準抗告は見直しの段階なし。決定(432条で424・426・427条を準用)=原則執行は止まらない(424条。例外は429条6項)/棄却又は取消し+更に裁判(426条)/準抗告審の決定に抗告できない(427条)。その先=特別抗告(433条)。記録の送付・通知は刑訴規則273条 図:準抗告の手続と効力

  • 請求書を管轄裁判所へ直接差し出す(431条)
  • 抗告との違い=抗告は申立書を原裁判所へ→再度の考案(423条)/準抗告は見直しの段階なし
  • 決定(432条で424・426・427条を準用)=原則執行は止まらない(424条。例外は429条6項)/棄却又は取消し+更に裁判(426条)/準抗告審の決定に抗告できない(427条)
  • その先=特別抗告(433条)
  • 記録の送付・通知は刑訴規則273条

手続に入る前に、前回の復習を1問。前回見た抗告で、抗告審の決定に、さらに抗告はできるのでしたか?できません。第427条で、再抗告はないんでした。その第427条は、このあと読む条文を通じて、準抗告にもそのまま働きます。まず、請求の出し方です。

条文刑事訴訟法第431条・第432条

刑事訴訟法第431条・第432条 第431条 前二条の請求をするには、請求書を管轄裁判所に差し出さなければならない。 第432条 第四百二十四条、第四百二十六条及び第四百二十七条の規定は、第四百二十九条及び第四百三十条の請求があつた場合にこれを準用する。

第431条です。請求をするには、請求書を、管轄裁判所に差し出します。ここが、抗告との違いです。抗告は、申立書を原裁判所に差し出し、原裁判所がまず自分で考え直す、再度の考案がありました。準抗告は、請求書を直接、管轄裁判所へ出します。見直しの段階が、挟まりません。管轄裁判所とは、請求を受ける裁判所のことで、第429条なら同じ裁判所の合議体、第430条なら、検察庁に対応する裁判所か、職務執行地の地裁か簡裁です。第432条は、準用の規定です。準用とは、別のところにある規定を、読み替えて当てはめることです。当てはめられるのは、第424条、第426条、第427条の3つで、どれも前回見ました。第424条は、原則として執行は止まらない、でした。準抗告も同じです。止めたいときは、執行を停止する決定が、別に要ります。例外が、第429条第6項で、4号と5号の過料や費用の賠償だけは、請求期間内と請求があったときに、停止されます。第426条は、棄却か、取消しと更に裁判、です。理由がなければ棄却し、理由があれば原裁判を取り消して、必要があれば、準抗告審が自分で裁判をします。そして、第427条です。準抗告審の決定に対しては、抗告ができません。先ほどの復習の答えが、そのまま働きます。理由も、前回と同じように説明されます。合議体の見直しを一度経た結果に、さらに不服を重ねさせると、手続の迅速さが失われる、という説明です。

打つ手は、1つ残っています。特別抗告です。第433条により、ほかに不服を申し立てる道がない決定や命令に、第405条の事由、つまり憲法違反や判例違反があるときだけ、最高裁判所へ、5日以内にできます。先ほど読んだ逮捕の事件が、その実例でした。なお、記録の送付や決定の通知は、刑事訴訟規則の第273条が、抗告の規定を準用しています。期間も確認します。準抗告に期間の定めは、4号と5号の3日を除いて、ありません。

保釈の許否への不服・公判の前と後

保釈の許否への不服。第1回公判期日まで(280条)=裁判官が行う→保釈の許否は裁判官の裁判=命令→準抗告(429条1項2号)→その裁判官所属の裁判所の合議体(簡裁の裁判官なら管轄地方裁判所)。第1回公判期日のあと=受訴裁判所が行う→決定→抗告(420条2項)→高等裁判所。許可・却下のどちらも同じ。どちらも最後は特別抗告(433条)。準抗告審の決定・抗告審の決定には抗告できない(432条→427条)。主体の切り替え=予断排除 図:保釈の許否への不服

  • 第1回公判期日まで(280条)=裁判官が行う→保釈の許否は裁判官の裁判=命令→準抗告(429条1項2号)→その裁判官所属の裁判所の合議体(簡裁の裁判官なら管轄地方裁判所)
  • 第1回公判期日のあと=受訴裁判所が行う→決定→抗告(420条2項)→高等裁判所
  • 許可・却下のどちらも同じ
  • どちらも最後は特別抗告(433条)
  • 準抗告審の決定・抗告審の決定には抗告できない(432条→427条)
  • 主体の切り替え=予断排除

3つ目の問いです。保釈の請求が却下されたとき、第1回公判期日の前の判断のときと、後の判断のときで、不服申立ての名前は同じでしょうか? 背骨を使って、予想してみてください。名前は、誰がした裁判かで決まるのでした。判断をする主体が、公判期日の前と後で実際に変わるのかどうかを、条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第280条第1項

刑事訴訟法第280条第1項 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

起訴されたあとでも、第1回の公判期日までは、勾留に関する処分、保釈も含めて、裁判官が行います。第1回公判期日のあとは、実際に審理をする受訴裁判所が行います。保釈の回で見た主体の切り替えです。切り替える理由は予断排除で、事件の中身を先に知ってしまった裁判官が、そのまま審理を担当しないための仕組みでした。この切り替えが、不服申立ての名前を決めます。第1回公判期日までの保釈の許否は、裁判官の裁判、つまり命令です。だから準抗告で、第429条第1項2号にあたり、その裁判官が所属する裁判所の合議体が見直します。簡易裁判所の裁判官なら、管轄地方裁判所です。第1回公判期日のあとの保釈の許否は、受訴裁判所の裁判、つまり決定です。だから抗告で、第420条第2項が、保釈に関する決定は抗告できるとしているので、通ります。行き先は高等裁判所で、前回通した道です。許可と却下は、どちらも、同じ道を通ります。たとえば、保釈の許可に不服な検察官は、期日の前なら準抗告、後なら抗告です。前回のZの場面も、前回見た最高裁の判例も、公判が始まったあとに受訴裁判所がした保釈の判断への抗告でした。前回、保釈の許否を決定として通したのは、この場面だったからです。どちらの道も、行き止まりは同じです。準抗告審の決定には、第432条から第427条で、抗告ができません。抗告審の決定にも、再抗告はできません。残るのは、どちらも特別抗告です。

Zに当てはめます。Zが起訴され、第1回公判期日の前に保釈を請求し、裁判官が却下した。この場合は、準抗告で、合議体が見直します。期日のあとに、受訴裁判所が却下した。この場合は、抗告で、高等裁判所です。冒頭の3つ目の問いの答えは、前回と同じ道とは限らない、公判の前と後で変わる、です。一点、注意します。被疑者には、保釈がありません。第207条第1項の但書です。起訴前の道具は、勾留の準抗告と、前に見た勾留の道具です。

身柄解放の手の全体像

身柄解放の手の全体像。段階/裁判の形/不服申立て/行き先。逮捕(逮捕状)=命令/なし(昭57)/勾留請求への働きかけ。起訴前の勾留(勾留状・延長・請求の却下)=命令/準抗告(429条1項2号)/同じ裁判所の合議体。起訴前の接見等禁止=命令/準抗告。起訴後・第1回公判期日まで(勾留・保釈の許否)=命令/準抗告。起訴後・第1回公判期日のあと(勾留・保釈の許否)=決定/抗告(420条2項)/高等裁判所。捜査機関の処分(接見指定ほか)=処分/準抗告(430条)/検察庁に対応する裁判所、職務執行地の同じ地裁・簡裁。どれの棄却にも=特別抗告(433条・405条の事由・5日)/最高裁判所 図:身柄解放の手の全体像

  • 段階/裁判の形/不服申立て/行き先
  • 逮捕(逮捕状)=命令/なし(昭57)/勾留請求への働きかけ
  • 起訴前の勾留(勾留状・延長・請求の却下)=命令/準抗告(429条1項2号)/同じ裁判所の合議体
  • 起訴前の接見等禁止=命令/準抗告
  • 起訴後・第1回公判期日まで(勾留・保釈の許否)=命令/準抗告
  • 起訴後・第1回公判期日のあと(勾留・保釈の許否)=決定/抗告(420条2項)/高等裁判所
  • 捜査機関の処分(接見指定ほか)=処分/準抗告(430条)/検察庁に対応する裁判所、職務執行地の同じ地裁・簡裁
  • どれの棄却にも=特別抗告(433条・405条の事由・5日)/最高裁判所

ここまでの道具を、不服申立ての軸で、一枚の表に通します。Zの身柄が動く順に見ます。まず、逮捕です。逮捕状の裁判は命令ですが、不服申立てはありません。代わりに、勾留の請求をさせない働きかけをします。次に、起訴前の勾留です。勾留を決める裁判も、延長も、請求の却下も、裁判官の命令で、不服申立ては準抗告、行き先は同じ裁判所の合議体です。接見等禁止も、準抗告です。起訴後に進みます。第1回公判期日まで、勾留や保釈の許否は、裁判官の命令で、準抗告です。第1回公判期日のあとは、受訴裁判所の決定になり、抗告、行き先は高等裁判所です。そして、捜査機関の処分、接見指定などは、準抗告で、第430条です。行き先は、検察庁に対応する裁判所か、職務執行地の地裁か簡裁です。どれの棄却にも、最後は特別抗告で、行き先は最高裁判所、第405条の事由、期間は5日です。

勾留の理由の開示、勾留の取消し、執行停止は、この表には入りません。どれも、不服申立てそのものではありません。勾留の理由を開示させる、取り消してもらう、執行を止めてもらう、という別の道具です。この表は、不服申立ての名前だけで並べています。表から持ち帰るのは、4つの問いです。1つ目。誰がした裁判か。裁判官なら命令、受訴裁判所なら決定、捜査機関なら処分です。2つ目。だから名前は何か。裁判官の命令なら準抗告、受訴裁判所の決定なら抗告、捜査機関の処分なら第430条の準抗告です。3つ目。行き先はどこか。同じ裁判所の合議体か、高等裁判所か、同じ地裁か簡裁です。4つ目。その先はあるか。特別抗告だけです。この4問を順に問えば、どの場面でも、道を引けます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(前半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの勾留を決めた裁判への不服→準抗告・同じ裁判所の合議体(429条1項2号)。問2=Zの逮捕状を出した裁判→対象外(昭57)・特別抗告も不適法。問3=「詐欺をしていない」だけで準抗告→理由にできない(429条2項→420条3項)/検察官が勾留請求の却下に準抗告→可 図:節目のミニ事例

  • 前半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの勾留を決めた裁判への不服→準抗告・同じ裁判所の合議体(429条1項2号)。問2=Zの逮捕状を出した裁判→対象外(昭57)・特別抗告も不適法。問3=「詐欺をしていない」だけで準抗告→理由にできない(429条2項→420条3項)
  • 検察官が勾留請求の却下に準抗告→可

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの勾留を決めた裁判に、弁護人が不服を言います。名前と行き先は何でしょうか。勾留を決めた裁判官が所属する裁判所の、合議体です。第429条第1項2号の準抗告で、簡易裁判所の裁判官がした勾留なら、その簡易裁判所を管轄する地方裁判所に請求します。2つ目。Zの逮捕状を出した裁判に不服があるとして、準抗告をしました。棄却されたので、さらに特別抗告をしたら、どうなるでしょうか。準抗告も、特別抗告も、通りません。逮捕に関する裁判は準抗告の対象外で、最高裁も、特別抗告は不適法としました。違法な逮捕は、勾留の段階で、請求の却下や勾留への準抗告の中で争います。3つ目。弁護人が、Zは詐欺をしていない、という理由だけで、勾留に準抗告をしました。通るでしょうか。

第429条第2項から第420条第3項により、嫌疑がないことは、準抗告の理由にできません。争えるのは、勾留の理由と必要性です。設定を替えます。検察官が、勾留の請求を却下した裁判に準抗告をしたら、できるでしょうか。検察官も、勾留の請求を却下した裁判に、準抗告ができます。請求先は、却下した裁判官が所属する裁判所の合議体です。

節目のミニ事例(後半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問4=起訴後・第1回公判期日の前の保釈却下→準抗告(280条)/期日のあと→抗告(420条2項)・高等裁判所。問5=準抗告審の棄却に抗告→不可(432条→427条)・特別抗告のみ。問6=検察官の接見指定→430条1項/警察官なら2項/裁判官が証人に過料→3日以内・停止 図:節目のミニ事例

  • 後半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問4=起訴後・第1回公判期日の前の保釈却下→準抗告(280条)
  • 期日のあと→抗告(420条2項)・高等裁判所。問5=準抗告審の棄却に抗告→不可(432条→427条)・特別抗告のみ。問6=検察官の接見指定→430条1項
  • 警察官なら2項
  • 裁判官が証人に過料→3日以内・停止

4つ目。Zが起訴され、第1回公判期日の前に保釈を請求したところ、却下されました。不服申立ての名前は何でしょう。名前を決めるのは、第280条です。第1回公判期日の前の保釈の却下は、裁判官の命令なので準抗告になり、その裁判官が所属する裁判所の合議体が見直します。設定を替えて、第1回公判期日のあとに、受訴裁判所が却下した場合は、決定ですから、抗告で、高等裁判所です。5つ目。準抗告審が、Zの請求を棄却しました。さらに抗告はできますか。準抗告審の決定に、さらに抗告をする道はなく、残るのは、特別抗告だけで、第405条の事由があるときに限り、最高裁判所へ、5日以内です。6つ目。検察官が、Zの接見の日時を指定しました。不服はどう申し立てますか。警察官が指定したら、どうなるでしょう。

検察官の指定なら第430条第1項で、その検察庁に対応する裁判所へ。警察官の指定なら第2項で、職務執行地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所へ、準抗告をします。ただ、待つ間に指定された日時が来てしまう実情は、あります。設定を替えます。裁判官が証人に過料を命じた場合は、4号の裁判ですから、3日以内に準抗告をし、その期間内と請求があったときは、執行が停止されます。結論の分かれ目を言い直します。1つ目は、裁判官の裁判なので、第429条。2つ目は、逮捕は対象外。3つ目は、嫌疑なしは、理由にできない。4つ目は、第280条で、主体が変わると、名前が変わる。5つ目は、行き止まりと特別抗告。6つ目は、第430条と、過料の期間と停止の例外でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①裁判官の命令(勾留)への不服は準抗告・同じ系統の裁判所の合議体へ ②逮捕に関する裁判には言えない(昭57) ③起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告・後なら抗告(高等裁判所)。どちらも最後は特別抗告 図:まとめ

  • Zの答え=①裁判官の命令(勾留)への不服は準抗告・同じ系統の裁判所の合議体へ
  • ②逮捕に関する裁判には言えない(昭57)
  • ③起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告・後なら抗告(高等裁判所)
  • どちらも最後は特別抗告

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。裁判官の命令、たとえば勾留への不服は、準抗告です。行き先は、上級の裁判所ではなく、同じ系統の裁判所の合議体です。2つ目。逮捕に関する裁判には、準抗告は言えません。逮捕の違法は、勾留の段階で争います。3つ目。起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告、後なら抗告で、高等裁判所です。どちらも、最後は特別抗告です。

身柄解放の一覧。逮捕=不服申立てなし・勾留請求への働きかけ/起訴前の勾留=準抗告/起訴前の接見等禁止=準抗告/保釈=第1回公判期日の前は準抗告・後は抗告/捜査機関の処分=430条の準抗告/どれも最後は特別抗告。弁別の軸=誰がした裁判か→名前→行き先→その先 図:身柄解放の一覧

  • 逮捕=不服申立てなし・勾留請求への働きかけ/起訴前の勾留=準抗告/起訴前の接見等禁止=準抗告/保釈=第1回公判期日の前は準抗告・後は抗告/捜査機関の処分=430条の準抗告/どれも最後は特別抗告
  • 弁別の軸=誰がした裁判か→名前→行き先→その先

身柄解放の手を、一覧にして終えます。逮捕には、不服申立てがなく、勾留の請求への働きかけで備えます。起訴前の勾留と接見等禁止は、準抗告。保釈は、公判の前なら準抗告、後なら抗告。捜査機関の処分は、第430条の準抗告。どれも、最後は特別抗告です。持ち帰るのは、4つの問いです。誰がした裁判か、名前は何か、行き先はどこか、その先はあるか。なお、確定した裁判そのものを覆す、別のしくみもあります。

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#165単独ページ動画

再審の理由(新規性と明白性)

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて判決が確定した。服役中のZは、一貫して「やっていない」と言っている。確定から数年後、弁護人が当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れた。有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかけるが、それだけでZの無実が証明されるわけではない。①確定した判決を、いまから争う道はあるのか ②どんな理由があれば、その道が開くのか ③新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか 図:今日の問い

  • Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて判決が確定した
  • 服役中のZは、一貫して「やっていない」と言っている
  • 確定から数年後、弁護人が当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れた
  • 有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかけるが、それだけでZの無実が証明されるわけではない
  • ①確定した判決を、いまから争う道はあるのか
  • ②どんな理由があれば、その道が開くのか
  • ③新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか

ここまで見てきた上訴は、まだ確定していない裁判を争う道でした。ただ、判決が確定したあとでも、その裁判そのものを覆す、別のしくみがあります。今日は、その入口を通ります。今日のZさんは、これまでの回に出てきたZさんとは、別の事件の人です。Zさんは、強盗の罪で有罪判決を受けました。控訴も上告も退けられて、判決は確定しています。服役中のZさんは、ずっと「自分はやっていない」と言い続けています。確定から数年がたったころ、弁護人が、当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れました。有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきに、疑問を投げかける内容です。ただし、この鑑定だけで、Zさんの無実が証明されるわけではありません。問いは3つあります。1つ目。確定した判決を、いまから争う道は、あるのでしょうか。2つ目。どんな理由があれば、その道が開くのか。3つ目。新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか。

先に、答えの形だけ言います。道は、あります。ただし、その道が開く理由は、法律が限っています。そして新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくても足ります。ただし、元の証拠と合わせて見ます。中身は、順に見ていきます。

確定した判決を覆す道は2本

確定後の地図。確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=非常救済手続=再審・非常上告。比較表(何の誤りを正すか/誰がする/行き先/対象)。再審=事実の誤り(の疑い)/有罪の確定判決・有罪の言渡しを受けた者の利益のため。非常上告(454条)=法令の誤り/検事総長/最高裁判所/有罪も無罪も 図:確定後の地図

  • 確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=非常救済手続=再審・非常上告
  • 比較表(何の誤りを正すか/誰がする/行き先/対象)
  • 再審=事実の誤り(の疑い)/有罪の確定判決・有罪の言渡しを受けた者の利益のため
  • 非常上告(454条)=法令の誤り/検事総長/最高裁判所/有罪も無罪も

地図です。確定する前の道が、上訴でした。控訴、上告、抗告です。確定したあとに用意されているのは、非常救済手続と呼ばれる、例外の道です。通常の上訴では救えなくなったあとの、最後の救済、という意味です。名前は2つ、再審と非常上告です。確定とは、もう争えないことでした。だから、確定したあとに、それでも覆す道は、例外として特別に置かれています。上訴は、確定を止めて見直させる道です。再審と非常上告は、確定したあとから覆す道です。確定の前か、後か。これが、今日の第一の目印です。再審とは、確定した有罪判決について、事実の認定に重大な誤りがある、あるいはその疑いがあることを理由に、誤って有罪とされた人を救う手続です。今日の主役は、こちらです。もう1つの非常上告は、名前とちがいだけ押さえます。非常上告は、理由が法令の適用の誤りです。たとえば、法律が定めた刑の上限を超えた刑を言い渡した、管轄のない裁判所が裁判をした、といった場合です。これを申し立てられるのは検事総長だけで、行き先は最高裁判所です。第454条に書かれています。有罪判決だけでなく、無罪判決も対象になります。中身は、あとで改めて見ます。

事実の誤りは、あったことをなかったと、あるいはなかったことをあったと、認定してしまう誤りです。Zさんの事件なら、本当は別の人が犯人なのに、Zさんが犯人だと認定した場合です。法令の誤りは、事実の認定は合っているのに、法律の当てはめや手続を誤った場合です。Zさんが犯人であること自体は正しいのに、法律が許さない重さの刑を言い渡した場合が、これにあたります。今日の主役の再審は、前者、事実の誤りの側です。

安定と救済のぶつかり合い

2つの要請。法的安定性(三審を尽くして確定した裁判は動かさないのが原則)⇄具体的妥当性(無実の人を罰したままにしてはならない)。現行法の答え=覆す理由を法律で限定(435条)。理由があるかで決まる:できれば蒸し返したい、では開かない 図:2つの要請

  • 法的安定性(三審を尽くして確定した裁判は動かさないのが原則)⇄具体的妥当性(無実の人を罰したままにしてはならない)
  • 現行法の答え=覆す理由を法律で限定(435条)
  • 理由があるかで決まる:できれば蒸し返したい、では開かない

なぜ、確定した判決を覆す道が、わざわざ例外として置かれているのか。そして、なぜ簡単には開かないのか。ここに、2つの要請のぶつかり合いがあります。1つ目は、法的安定性です。三審を尽くして確定した裁判は、動かさないのが原則です。引き渡しが済んだ建物の図面を、あとから何度でも引き直せるとしたら、誰もその建物を前提に動けません。裁判も同じで、蒸し返しが自由なら、いつまでも終わらず、確定という約束事そのものが崩れます。2つ目は、具体的妥当性です。個々の事件で、正しい結論を出すことを求める要請です。重大な誤りがあるのに、確定したからといって、誤って有罪とされた人を罰し続けるのは、正義に反します。建物でいえば、土台に欠陥が見つかったら、引き渡し済みでも、直さなければなりません。現行法の答えは、確定した判決を覆す理由を、法律に限って並べる、というものです。その条文が、第435条です。だから、再審を開くかどうかは、法律が挙げた理由があるかどうかで決まります。できれば蒸し返したい、という気持ちでは、開きません。理由を限ることで、安定と救済の両方を守ろうとしているのです。

再審は利益再審だけ

利益再審だけ。旧法=有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審(不利益再審)もあった/現行法=利益再審だけ(435条柱書「その言渡を受けた者の利益のために」)。憲法39条=既に無罪とされた行為/同一の犯罪について重ねて責任を問われない。確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできない 図:利益再審だけ

  • 旧法=有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審(不利益再審)もあった/現行法=利益再審だけ(435条柱書「その言渡を受けた者の利益のために」)
  • 憲法39条=既に無罪とされた行為/同一の犯罪について重ねて責任を問われない
  • 確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできない

条文の前に、1問、思い出してください。確定した無罪判決を、検察官がもう一度争って、有罪にすることはできるのでしたか?その理由は何でしたか?できません。裁判の確定の回で見たとおり、無罪でも有罪でも、確定したら、同じ事件を二度とやり直さない、という約束事があるからでした。その憲法の条文を、確認します。

条文日本国憲法第39条

日本国憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

前の文のうち、ここで効くのは、既に無罪とされた行為についての定めです。後の文は、同一の犯罪について重ねて、という定めです。確定したら、同じ事件で責任を重ねて問うことはしない、という約束事が、ここにあります。この線が、再審の形を決めています。かつての法律には、有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審、つまり無罪などの確定判決を覆して、有罪にするための再審もありました。現行法は、憲法第39条の趣旨と合わせて、利益再審だけにしています。第435条の柱書が、有罪の言渡しをした確定判決に対して、その言渡しを受けた者の利益のために、と書いているのは、そのためです。ここは、条文どおりです。帰結は2つです。1つ目。確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできません。対象になるのは、有罪の言渡しをした確定判決だけだからです。2つ目。再審の目的は、誤って有罪とされた人を救うことです。確定した判決を、あとから不利益に覆す道は、ありません。

利益のために、というのは、請求できる人を絞る言葉ではありません。再審の結果が誰のためのものかを示す言葉です。誰が請求できるかは、これとは別に決まっています。請求できる人は、手続の中で見ます。

再審の理由は3類型・第435条

435条の3類型。A 証拠や前提の偽り・変更・無効が、別の確定した裁判・審決で示された(1〜5号)/B 職務犯罪(7号)/C 新しい明らかな証拠(6号)=実務上いちばん重要。共通の形=別の確定した裁判・審決が先に要る(1〜5号・7号)。うち1・2・3・7号は「確定判決により〜が証明されたとき」。6号だけは別の確定判決が要らない=入口が広い 図:435条の3類型

  • A 証拠や前提の偽り・変更・無効が、別の確定した裁判・審決で示された(1〜5号)/B 職務犯罪(7号)/C 新しい明らかな証拠(6号)=実務上いちばん重要
  • 共通の形=別の確定した裁判・審決が先に要る(1〜5号・7号)
  • うち1・2・3・7号は「確定判決により〜が証明されたとき」
  • 6号だけは別の確定判決が要らない=入口が広い

再審の理由が書かれた第435条を、2枚に分けて、全文を読みます。長い条文ですが、背骨は、3つの型に分けられます。

条文刑事訴訟法第435条

刑事訴訟法第435条(柱書・1号〜5号) 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。 一 原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。 二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。 三 有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。 四 原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。 五 特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。

1つ目の型は、証拠や前提の偽り、変更、無効が、別の確定した裁判や審決で示された場合で、第1号から第5号です。条文にある原判決とは、再審の対象になる、有罪を言い渡した確定判決のことです。第1号は証拠書類や証拠物の偽造や変造、第2号は証言、鑑定、通訳、翻訳の虚偽です。第3号の誣告とは、うその告訴をすることで、うその告訴によって有罪とされた場合に限られます。第4号は、証拠になった裁判が、のちの確定裁判で変更された場合です。第5号は、特許権や商標権などを害した罪で有罪にした事件で、特許庁がその権利を無効と判断した審決が確定した場合などです。この5つに共通するのは、再審の前に、別の確定した裁判や審決が、すでにある、という形です。たとえば証人の証言が虚偽だったというには、偽証の罪などを認めた確定判決が、先に要ります。つまり、再審の請求の前に、もう1つ別の確定した判断が必要になります。

条文刑事訴訟法第435条

刑事訴訟法第435条(6号・7号) 六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。 七 原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る。

2つ目の型は、職務犯罪で、第7号です。原判決に関与した裁判官や、証拠になった書面を作った検察官や警察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、やはり確定判決で証明された場合です。3つ目の型が、新しい明らかな証拠、第6号です。無罪や免訴などを言い渡すべき、あるいは原判決より軽い罪を認めるべき、明らかな証拠を、あらたに発見したとき。実務でいちばん重要なのが、この第6号です。科学的な証拠の回で見た足利事件の再審も、新しい鑑定が出発点でした。新しい証拠で確定判決を争うときに使うのが、この第6号です。

第1号から第5号と第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要ります。偽証の確定判決がなければ、使えません。これに対して第6号は、新しい証拠そのものを出して、争うことができます。入口が広いぶん、明らかとはどの程度か、あらたにとは誰にとってかが、解釈で争われます。それが今日の本題です。

435条のまわりの2か条。437条=確定判決が得られないとき(例:偽証した人が死亡)は、その事実を証明して請求できる/証拠がないために得られないときは除く(証拠が足りず有罪にできなかった場合)。436条=確定している判決は1つではない:有罪を言い渡した元の判決→6号を含む435条の各号で請求できる/控訴・上告を棄却した判決→1号・2号・裁判官についての7号だけ(事実を認定したのは元の判決)。6号の「軽い罪」=法定刑が同じ別の事実の主張は、軽い罪にあたらない(判例) 図:435条のまわりの2か条

  • 437条=確定判決が得られないとき(例:偽証した人が死亡)は、その事実を証明して請求できる/証拠がないために得られないときは除く(証拠が足りず有罪にできなかった場合)
  • 436条=確定している判決は1つではない:有罪を言い渡した元の判決→6号を含む435条の各号で請求できる/控訴・上告を棄却した判決→1号・2号・裁判官についての7号だけ(事実を認定したのは元の判決)
  • 6号の「軽い罪」=法定刑が同じ別の事実の主張は、軽い罪にあたらない(判例)

では、第1号から第3号や第7号で、その別の確定判決が取れないときは、どうなるのか。第437条は、確定判決が得られないとき、たとえば偽証した人が死亡して裁判にかけられないようなときは、その事実を証明して請求できる、としています。確定判決の代わりに、偽証があったという事実そのものを、再審の請求の中で証明するのです。ただし、証拠がないために確定判決が得られないときは、除かれます。たとえば、偽証の疑いはあるが証拠が足りず、有罪にできなかった場合は、除かれます。もう1つ、第436条です。Zさんの事件で確定している判決は、1つではありません。有罪を言い渡した元の判決のほかに、控訴や上告を棄却する判決が言い渡されていれば、その判決も確定しています。第436条は、この、控訴や上告を棄却した確定判決に対しても、再審を請求できる場合がある、としています。ただ、その理由は第1号と第2号、それに裁判官についての第7号に限られます。第6号の新しい証拠は、上訴を棄却した判決に対しては使えません。事実を認定して有罪を言い渡したのは、元の判決だからです。上訴を棄却した判決は、元の判決への不服を退けただけです。だから、事実の認定を揺るがす新しい証拠は、元の判決に向けて出します。Zさんのように控訴も上告も退けられた人でも、有罪を言い渡した元の判決に対してなら、第6号で請求できます。第6号の軽い罪にも、一言あります。判例は、法定刑が同じ別の犯罪事実を主張しても、軽い罪にはあたらないとしています。罪名が変わるだけでは、足りないのです。

ここで、区別をします。第435条の各号は、条文どおりの成立要件で、覚えるというより、読めば出てくる事柄です。これに対して、第6号の、明らかな証拠とは何か、あらたに発見したとは誰にとってか、は条文に書いてありません。判例と解釈が立てた基準、つまり規範です。ここから先は、規範を見ていきます。

明白性その1・どの程度の証拠か

明白性の程度。「明らかな証拠」を文字どおり読むと=無罪が確実と言えるほど強い証拠?→門がほとんど開かない。かつての考え方=無罪等に到達する高度の蓋然性まで求める考え方もあった。白鳥決定=確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠。有罪に必要な程度(合理的な疑いを超える証明)と再審で必要な程度(合理的な疑いを生じさせる)は向きが逆の対 図:明白性の程度

  • 「明らかな証拠」を文字どおり読むと=無罪が確実と言えるほど強い証拠?→門がほとんど開かない
  • かつての考え方=無罪等に到達する高度の蓋然性まで求める考え方もあった
  • 白鳥決定=確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠
  • 有罪に必要な程度(合理的な疑いを超える証明)と再審で必要な程度(合理的な疑いを生じさせる)は向きが逆の対

第6号の、明らかな証拠という言葉から、見ていきます。これを文字どおりに読むと、無罪であることが確実だと言えるほどの、強い証拠、と読めてしまいます。そうなると、再審の門は、ほとんど開かなくなります。実際、かつては、法的安定性を重んじて、無罪などの認定に到達する高度の蓋然性までを求める考え方もあったとされています。この厳しさを改めたとされるのが、白鳥決定と呼ばれる最高裁の決定です。この決定は、明らかな証拠について、2つのことを述べました。どの程度の証拠が要るのか。そして、それをどう判断するのか。まず、程度です。

判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)

再審の理由にいう「明らかな証拠」=合理的な疑いをいだかせる蓋然性のある証拠 「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきである……

要点は、無罪の確信までは要らない、ということです。蓋然性とは、そうなる見込みの確かさのことです。確定判決の事実認定に、合理的な疑いをいだかせて、その認定を覆すに足りる見込みがあれば足ります。元の有罪の認定が、そのままでは持ちこたえられなくなる見込みが、相当にある、という程度です。有罪にするには、合理的な疑いを超える証明が必要でした。合理的な疑いが残らないほどの証明が、要る。裏返せば、合理的な疑いが残るのに有罪とすることは、もともと許されていません。だから再審でも、新証拠を加えて見たときに、有罪の認定に合理的な疑いが生じるなら、その有罪は、もう支えきれません。無罪の証明まで求めたら、疑いが残る人を罰し続けることになります。有罪にするときは合理的な疑いが残らないこと、有罪を覆すときは合理的な疑いが生じること。向きが逆の、対になっています。さきほどの、安定と救済のぶつかり合いでいえば、安定に寄っていた門を、救済の側へ開き直したのです。有罪に必要な証明の程度を見た回で、合理的とは、裏付けがある、という意味だと確かめました。ここに、輪郭を描いておきます。鑑定の結果、有罪の決め手とされた物証が、Zさんのものとは限らない、という疑いが具体的に裏付けられる。これは、合理的な疑いにあたります。これに対して、Zさんが犯人ではない可能性も、絶対にないとは言えない、という漠然とした思いだけでは、疑いに数えません。可能性があるだけでは足りず、裏付けが要る、というのは有罪の側と同じ線です。

明白性その2・判断の方法と「疑わしいときは被告人の利益に」

孤立評価と総合評価。孤立評価=新証拠だけを切り離して、それだけで認定を覆せるかを見る/総合評価=新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、認定が持ちこたえられるかを見る(元の裁判の席に新証拠を置いてみる)。白鳥決定は総合評価。鉄則=合理的な疑いを生ぜしめれば足りる 図:孤立評価と総合評価

  • 孤立評価=新証拠だけを切り離して、それだけで認定を覆せるかを見る/総合評価=新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、認定が持ちこたえられるかを見る(元の裁判の席に新証拠を置いてみる)
  • 白鳥決定は総合評価
  • 鉄則=合理的な疑いを生ぜしめれば足りる

次は、判断の方法です。その前に、問いを1つ。新証拠は、それ1つで、無罪を証明できなければならないでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、決定を読んでください。再審を開くのに、新証拠だけで無罪を証明する必要は、ありません。白鳥決定の2つ目、判断の方法を読みます。一節は、前半が判断の方法、後半が、疑わしいときは被告人の利益に、という鉄則の話に分かれます。

判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)

明白性の判断方法——新証拠と他の全証拠の総合評価と、「疑わしいときは被告人の利益に」 もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

前半は、判断の方法です。もしその新証拠が、元の裁判の審理中に出されていたら、確定判決のような事実認定に到達しただろうか。この観点から、新証拠と他の全証拠を、あわせて評価します。元の裁判の席に、新証拠を置いてみる、と考えると分かりやすいです。評価の仕方には、2つの考え方があります。孤立評価は、新証拠だけを切り離して、それだけで有罪の認定を覆せるかを見ます。総合評価は、新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、有罪の認定が持ちこたえられるかを見ます。白鳥決定は、総合評価です。屋根を、柱で支えているところを想像してください。有罪の認定が屋根、元の証拠が柱です。新証拠が、1本の柱を弱めたとします。孤立評価は、その1本だけを抜いて、屋根が落ちるかを見るやり方です。総合評価は、残りの柱も含めて、屋根全体が持ちこたえるかを見るやり方です。新証拠が無罪を証明できなくても、元の証拠の価値を下げて、全体として疑いが生じるなら足ります。逆に、1本の柱が弱まっても、他の柱が揺るがなければ、屋根は落ちません。総合評価は、再審に有利にだけ働くとは限りません。後半は、前に鉄則として名前だけ置いた、疑わしいときは被告人の利益に、の中身です。再審を開くかどうかの判断でも、この鉄則が適用されます。ただし、その意味は、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、というものです。つまり、再審を請求した人が、無罪を立証しきる必要はありません。疑いが生じれば、真偽不明、つまり証拠を見てもどちらとも決まらないときの不利益は、有罪の認定を支える側に回ります。

白鳥事件。札幌市で警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が再審を請求。新証拠=証拠弾丸の腐食の状況や弾丸の傷(線条痕)の比較に関する鑑定など。原決定=新規性はあるが明白性は無いとして棄却→最高裁も特別抗告を棄却。理由=新証拠で証拠弾丸の価値は下がったが、有罪の認定は関係者の公判での証言など多数の間接事実に支えられており、総合しても合理的な疑いを生じさせるに足りない 図:白鳥事件

  • 札幌市で警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が再審を請求
  • 新証拠=証拠弾丸の腐食の状況や弾丸の傷(線条痕)の比較に関する鑑定など
  • 原決定=新規性はあるが明白性は無いとして棄却→最高裁も特別抗告を棄却
  • 理由=新証拠で証拠弾丸の価値は下がったが、有罪の認定は関係者の公判での証言など多数の間接事実に支えられており、総合しても合理的な疑いを生じさせるに足りない

この決定が出た白鳥事件の事案を、見ます。札幌市で、警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が、再審を請求しました。新証拠は、有罪の証拠に挙がった弾丸の腐食の状況や、弾丸に残る傷の比較に関する鑑定などです。結論は、請求の棄却でした。最高裁の1つ前の裁判所の決定、これを原決定と呼びますが、その決定は、新証拠に新規性はあるとしたうえで、証拠の明白性は無いとして、請求を退けた判断を維持しました。最高裁も、特別抗告を棄却しています。基準を緩めた決定でも、この事件では、明白性は認められなかったのです。理由の骨子は、こうです。新証拠によって、証拠として挙げられた弾丸の価値は、確かに下がりました。しかし、有罪の認定は、その弾丸だけでなく、関係者の公判での証言など、多数の間接事実に支えられていました。それらと総合しても、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせるには足りない。1本の柱は弱まったが、残りの柱で屋根は持ちこたえた、ということです。

総合評価で見るのは、新証拠が弱めた部分を差し引いたうえで、なお残る証拠の強さです。新しい証拠は、それだけで無実を証明できなくても構いません。ただし、元の証拠の全部と合わせて見て、有罪の認定に合理的な疑いが生じるかで決まります。これが、今日の3つ目の問いへの答えの芯です。次は、この基準を、さらにはっきりさせた決定です。

財田川決定・無罪が確実とまでは要らない

財田川決定。2本の物差し=×犯罪事実の不存在が確実か(そこまでは要らない)/○有罪の認定の正しさへの疑いが合理的な理由に基づくか(必要かつ十分)。下限=思いつきの可能性や単なる推理では足りない。事案=強盗殺人で死刑が確定した人の第2次再審請求。白鳥は棄却・財田川は差戻し(同じ基準で結論が分かれた) 図:財田川決定

  • 2本の物差し=×犯罪事実の不存在が確実か(そこまでは要らない)/○有罪の認定の正しさへの疑いが合理的な理由に基づくか(必要かつ十分)
  • 下限=思いつきの可能性や単なる推理では足りない
  • 事案=強盗殺人で死刑が確定した人の第2次再審請求
  • 白鳥は棄却・財田川は差戻し(同じ基準で結論が分かれた)

白鳥決定の趣旨を、具体化したのが、財田川決定です。白鳥決定は、疑わしいときは被告人の利益にという鉄則を、再審開始の判断にも適用し、合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、と述べました。では、その疑いは、どこまで強くなくてよくて、どこからは足りないのか。財田川決定は、この原則を具体的に適用するにあたって、上と下の両方の端に、線を引きました。

判例最決昭51・10・12 刑集30巻9号1673頁(第一小法廷)

再審の理由にいう「明らかな証拠」=不存在が確実との心証までは不要 確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべきである……

物差しは、2本あります。1本目は、犯罪事実がなかったことが確実か、というもの。決定は、そこまでは要らない、と言っています。2本目は、有罪の認定の正しさへの疑いが、合理的な理由に基づくか、というもの。これが、必要であり、かつ、これで足りる、とされました。必要かつ十分、ということです。ここには、下限もあります。疑いに、合理的な理由が要るということは、思いつきの可能性や、単なる推理では足りない、ということです。決定自身も、単なる思考上の推理による可能性にとどまるものでは足りない、という趣旨を述べています。裏付けのない疑いは数えない、という線は、有罪に必要な証明の話で見たものと、同じです。

強盗殺人の罪で死刑が確定した人の、2回目の再審請求です。確定判決の有罪の証拠は、本人の捜査段階の自白と、血痕の付いたズボンなどが、重いものでした。この2回目の請求を、最初に判断した裁判所の決定、原決定のさらに1つ前なので原々決定と呼びますが、その決定は、確定判決の事実認定には、解明できない疑点が数々あるとしながら、それでも請求を棄却していました。最高裁は、自白の内容にも数々の疑点がある、と見ました。そして、新証拠を全証拠と総合的に評価すれば、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もありうるとして、審理が尽くされていないという違法を理由に、原決定と原々決定を取り消して、差し戻しました。白鳥決定は棄却、財田川決定は差戻し、つまり審理のやり直しでした。同じ基準で、結論が分かれたのです。分かれ目は、残った柱の強さです。白鳥事件では、弱まったのは弾丸という1本の柱で、関係者の証言など、残りの柱は揺らぎませんでした。財田川事件では、揺れていたのが、重い柱だった自白そのものでした。請求を退けた裁判所自身が疑点を認めていたのに、新証拠と合わせて確かめ直すことをしないまま、退けていた。だから、やり直しを命じたのです。疑いが生じなかった事件と、疑いに合理的な理由がありうる事件。この線引きが、基準を当てはめるときの勘所です。

新規性・あらたに発見したとは誰にとってか

新規性=「あらたに発見した」は誰にとって新しいか。判例(昭29)=証拠があることを知りながら、提出できたのに、他人の罪を背負うためことさら提出しなかった場合は、あらたに発見したときにあたらない(請求する本人にとって新しいことが必要と整理される)。有力な見解=裁判所にとって新しければ足りる。身代わりW:判例の整理=新規性なし/裁判所にとって新規で足りるとする見解=あり。設定替え:確定後まで知らなかったなら、どちらの立場でも認められうる

  • 新規性=「あらたに発見した」は誰にとって新しいか
  • 判例(昭29)=証拠があることを知りながら、提出できたのに、他人の罪を背負うためことさら提出しなかった場合は、あらたに発見したときにあたらない(請求する本人にとって新しいことが必要と整理される)
  • 有力な見解=裁判所にとって新しければ足りる
  • 身代わりW:判例の整理=新規性なし/裁判所にとって新規で足りるとする見解=あり
  • 設定替え:確定後まで知らなかったなら、どちらの立場でも認められうる

ここからは、もう1つの要件、新規性です。第6号は、明らかな証拠を、あらたに発見したとき、と書いています。新しいとは、誰にとってでしょうか。再審を請求する本人にとってか、それとも裁判所にとってか。最高裁の判断を、読みます。

判例最決昭29・10・19 刑集8巻10号1610頁(第三小法廷)

ことさら提出しなかった証拠は、「あらたに発見したとき」にあたらない 原審の確定した事実によれば、抗告人はその援用にかかる証拠があることを知りながら且つこれを提出することができたのに、他人の罪を背負うためことさらこれを提出しないで判決確定後再審の請求をするに際し始めてこれを主張し提出したのであるから、本件の場合は「証拠をあらたに発見したとき」に該当するものでない……

事案は、食糧管理法違反で有罪が確定した人が、他人の作成した書面を添えて、再審を請求したものです。原審が確定した事実によれば、請求した人は、その書面にかかる証拠があることを知っていて、出すこともできたのに、他人の罪を背負うために、あえて出さなかった。最高裁は、これをあらたに発見したときにあたらないとし、ほかの理由もあわせて、特別抗告を棄却しました。ここから、請求する本人にとって新しいことが必要だ、と整理されます。射程には、注意が必要です。この決定が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合です。知らなかった場合や、出せなかった場合まで、否定したわけではありません。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする有力な見解もあります。本人が知っていたかどうかは問わない、という立場です。理由は、誤って有罪とされた人の救済を優先すべきで、本人の手続上の落ち度より、真実を見るべきだ、というものです。一方、本人にとって新しいことを求める側の理由は、後出しを許すと、確定した裁判が蒸し返され、法的安定性が崩れる、というものです。さきほどの2つの要請のぶつかり合いが、ここでも縮図として現れています。結論が分かれる場面を、設例で作ります。Wさんは、真犯人をかばうために、自分が犯人だと言って、有罪判決を受け、判決が確定しました。Wさんは、真犯人が犯行時に写っていた防犯カメラの映像があることを、裁判の最中から知っていましたが、かばうために出しませんでした。確定後、Wさんは気持ちを変えて、その映像を添えて再審を請求します。

判例の整理に従うと、新規性はありません。知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合にあたるからです。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする見解に立てば、新規性はあります。裁判所は、その映像を見ていないからです。設定を替えて、Wさんが、その映像の存在を確定後まで知らなかった、あとで見つかったのなら、どちらの立場でも、新規性は認められうるでしょう。最後に、整理を1つ。新規性と明白性は、別々の要件です。新規性があっても、明白性が無ければ、再審は開きません。白鳥決定の事案が、まさにそうでした。新規性はあるとされたのに、明白性が無いとして、棄却されたのです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(前半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zが無罪で確定→検察官は再審を請求できない(435条柱書・憲39条)。問2=鑑定が物証とZの結びつきを弱める→なりうる(総合評価)/他の証拠が独立に残り揺らがない→足りない。問3=無実が確実とまで言えないと開かれないか→開かれうる/推測だけで裏付けなし→足りない 図:節目のミニ事例

  • 前半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zが無罪で確定→検察官は再審を請求できない(435条柱書・憲39条)。問2=鑑定が物証とZの結びつきを弱める→なりうる(総合評価)
  • 他の証拠が独立に残り揺らがない→足りない。問3=無実が確実とまで言えないと開かれないか→開かれうる
  • 推測だけで裏付けなし→足りない

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zさんが無罪判決を受けて確定しました。検察官が、やはり有罪だと考えて、新しい証拠を見つけ、再審を請求できるでしょうか。できません。再審の対象は、有罪の言渡しをした確定判決(とそれに対する上訴棄却の確定判決)だけで、しかもその言渡しを受けた者の利益のためだけです。確定した無罪判決は、動かせません。設定を替えて、Zさんが有罪で確定し、Zさんの側が再審を請求するなら、理由があれば請求できます。2つ目。弁護人が出した鑑定は、有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきを弱めます。ただし、それだけでZさんの無実は証明されません。再審の理由になるでしょうか。

なりうる、が答えです。必要なのは無罪の証明ではなく、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせて、覆すに足りる蓋然性があることです。元の証拠と総合評価して、物証が弱まった結果、他の証拠の信用性にも疑いが及ぶのなら、足ります。設定を替えて、物証が弱まっても、Zさんの犯行を示す目撃証言や防犯映像などが独立に残り、その信用性が揺らがないのなら、疑いは生じません。この場合は、足りません。総合評価は、一方通行ではないのです。3つ目。新証拠が、Zさんが犯人でないことが確実だと言えるほどでなければ、再審は開かれないのでしょうか。

開かれうる、が答えです。財田川決定が、犯罪事実の不存在が確実だとの心証までは要らず、疑いが合理的な理由に基づけば足りる、と述べているからです。設定を替えて、弁護人の主張が、こうだったかもしれない、という推測だけで、裏付けが無いのなら、疑いに合理的な理由がありません。この場合は、足りません。

節目のミニ事例(後半)。問4=控訴審のときから鑑定を頼めると知っていたが頼まなかった→新規性は分かれうる(出せたのかどうかが分かれ目)。問5=証人が偽証を認めた→2号・偽証の確定判決が要る(得られないときの特則=437条)。問6=証拠になった書面を作った検察官が、その事件の職務に関する罪で有罪判決が確定→7号 図:節目のミニ事例

  • 後半
  • 問4=控訴審のときから鑑定を頼めると知っていたが頼まなかった→新規性は分かれうる(出せたのかどうかが分かれ目)。問5=証人が偽証を認めた→2号・偽証の確定判決が要る(得られないときの特則=437条)。問6=証拠になった書面を作った検察官が、その事件の職務に関する罪で有罪判決が確定→7号

4つ目。Zさんは、控訴審のときから、この鑑定を頼めることを知っていましたが、費用の都合で頼みませんでした。鑑定は確定後に出たものです。新規性はあるでしょうか。ここは、分かれうるところです。判例が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合でした。費用の都合で頼めなかったのが、出せなかった場合といえるのか、出せたのに出さなかった場合なのか。分かれ目は、出せたのかどうかです。設定を替えて、Zさんが存在を知らなかった別の目撃者が、確定後に名乗り出たのなら、新規性はあります。5つ目。確定した判決が証拠にした証人が、のちに、偽証していたと認めました。第何号の事由でしょうか。すぐに再審を請求できるでしょうか。

証人の証言が虚偽だったという事由なので、第2号にあたります。ただし、証言が虚偽だったことが、確定判決により証明される必要があります。つまり、偽証の罪の確定判決が先に要ります。確定判決が得られない場合の特則が、第437条でした。6つ目。Zさんの有罪の証拠になった書面を作った検察官が、その事件について職務に関する罪で有罪判決を受け、その判決が確定しました。第何号でしょうか。職務犯罪だから、第7号です。第7号です。原判決の証拠になった書面を作ったり、供述をしたりした検察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、確定判決により証明されたときにあたります。結論の分かれ目を言い直します。1つ目は、利益再審だけ。2つ目と3つ目は、明白性は合理的な疑いで足りて、総合評価で見る。4つ目は、新規性は誰にとって新しいか。5つ目と6つ目は、第1号から第5号、そして第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要る、でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①確定した判決を争う道はある(再審。法令違反なら非常上告)②理由は法律が限る(435条の3類型。実務上いちばん重要なのは6号)③新しい証拠は無実を証明するほど強くなくてよい。元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足りる(白鳥・財田川)。ただし新規性も要る 図:まとめ

  • Zの答え=①確定した判決を争う道はある(再審。法令違反なら非常上告)②理由は法律が限る(435条の3類型。実務上いちばん重要なのは6号)③新しい証拠は無実を証明するほど強くなくてよい
  • 元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足りる(白鳥・財田川)
  • ただし新規性も要る

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。確定した判決を争う道は、あります。事実の誤りを正すのが再審、法令の誤りを正すのが非常上告です。2つ目。その道が開く理由は、法律が限っています。第435条の3つの型で、実務でいちばん重要なのは第6号です。3つ目。新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくて構いません。元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足ります。ただし、新しいということ、つまり新規性も要ります。一覧にして終えます。確定したあとの道は、再審と非常上告。再審の理由は、証拠の偽りなどが、別の確定した裁判や審決で示された第1号から第5号、職務犯罪の第7号、新しい明らかな証拠の第6号。第6号の明白性は、程度が合理的な疑い、方法が総合評価、そして疑わしいときは被告人の利益に。財田川決定は、不存在が確実とまでは要らない、でした。新規性は、判例が、知りながら出さなかった場合を否定し、有力な見解は、裁判所にとって新しければ足りる、とします。では、理由があるとき、誰が、どこに請求して、どう進むのでしょうか。

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#166単独ページ動画

再審請求の手続と令和8年の改正

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定した。一貫して「やっていない」と言っている。確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかける鑑定結果が見つかった。Zは、この鑑定結果を手に再審を請求する。①誰が、どこに請求するのか。期限はあるのか ②請求したら、刑の執行は止まるのか ③裁判所が再審を開くと決めたら、検察官は争えるのか 図:今日の問い

  • Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定した
  • 一貫して「やっていない」と言っている
  • 確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかける鑑定結果が見つかった
  • Zは、この鑑定結果を手に再審を請求する
  • ①誰が、どこに請求するのか
  • 期限はあるのか
  • ②請求したら、刑の執行は止まるのか
  • ③裁判所が再審を開くと決めたら、検察官は争えるのか

再審を開く理由があることは、分かりました。では、その理由を手にした人は、実際に何をするのでしょうか。今日は、再審の入口から、開くか開かないかが決まるところまでを、通します。設例は、同じZさんです。強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて、確定しました。Zさんは、ずっと「やっていない」と言っています。確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきに疑問を投げかける、新しい鑑定結果が見つかりました。Zさんは、この鑑定結果を手に、再審を請求します。問いは3つあります。1つ目。誰が、どこに請求するのか。期限はあるのか。2つ目。請求したら、刑の執行は止まるのか。3つ目。裁判所が再審を開くと決めたら、検察官はそれを争えるのか。

先に、答えの形だけ言います。再審は、開くかどうかを決める裁判と、やり直しの裁判の、2段階です。今日は前半を通します。請求しても、刑の執行は止まりません。そして、開くという決定を検察官が争えるのは、限られた場合だけになりました。この分野は、令和8年に法律が変わっています。今日は、いまの条文で教えます。まず、全体の地図から見ます。

再審は2つの裁判に分かれる

再審の2段階。有罪の確定判決→〔再審請求〕→請求審(再審を開くかどうかの裁判=決定)→棄却の決定=ここで終わり/再審開始の決定→不服申立て→確定→再審公判(やり直しの審判=次の回)。開始決定は「やり直す理由があるか」の判断であって、有罪・無罪の判断ではない 図:再審の2段階

  • 有罪の確定判決→〔再審請求〕→請求審(再審を開くかどうかの裁判=決定)→棄却の決定=ここで終わり/再審開始の決定→不服申立て→確定→再審公判(やり直しの審判=次の回)
  • 開始決定は「やり直す理由があるか」の判断であって、有罪・無罪の判断ではない

再審は、2つの裁判でできています。1つ目は、再審を開くかどうかを決める裁判です。これを再審請求手続といい、請求を受けた裁判所が、請求審として行います。2つ目は、再審を開くと決まったあとの、やり直しの裁判で、再審公判といいます。流れは、こうです。有罪の確定判決に対して、再審が請求されます。請求審は、決定という形で結論を出します。請求が認められなければ、棄却の決定で終わりです。認められれば、再審開始の決定が出ます。その決定に不服申立てがなければ、あるいは不服が退けられれば、開始決定は確定し、再審公判に進みます。再審公判の中身は、次の回で通します。今日の範囲は、この図の前半です。

開始決定が出たら、もう無罪になるということではないんですか。なりません。開始決定が答えているのは、やり直す理由があるか、という問いだけだからです。Zさんが無罪か有罪かは、再審公判で、改めて審理して決めます。たとえば、新築の工事を始める前に、役所が着工を許可する手続があります。許可が出ても、建物はまだ建っていません。開始決定は、この着工許可にあたります。工事そのもの、つまりやり直しの裁判が、あとに控えているのです。もう1つ。開始決定が出ても、元の有罪判決は、まだ効力を持ったままです。効力を失うのは、再審公判で新しい判決が確定したときです。だから、あとで見る、刑の執行の問題が出てきます。

請求の入口・どこへ・誰が・いつ

請求の入口・どこへ。438条 原判決をした裁判所(Zは第一審の裁判所)。控訴棄却・上告棄却の判決への再審は理由が1号・2号と裁判官の7号に限られる=436条。同じ事件で両方に請求があったときの調整は449条 図:請求の入口・どこへ

  • 438条 原判決をした裁判所(Zは第一審の裁判所)
  • 控訴棄却・上告棄却の判決への再審は理由が1号・2号と裁判官の7号に限られる=436条
  • 同じ事件で両方に請求があったときの調整は449条

入口の問いは、どこへ、誰が、いつ、の3つです。まず、どこへ。第438条は、再審の請求を、原判決をした裁判所にさせます。Zさんは、Zさんを有罪にした第一審の判決に対して、再審を請求します。だから、行き先は第一審の裁判所です。前の回で見たとおり、控訴や上告を棄却した判決に対しても、再審を請求できる場合がありました。ただし、その理由は、第435条の第1号と第2号、それに裁判官についての第7号に限られます。第1号は証拠書類や証拠物の偽造や変造、第2号は証言などの虚偽、第7号は職務に関する罪でした。新しい証拠の第6号が入らないのは、事実を認定して有罪を言い渡したのが、元の判決だからです。上訴を棄却した判決は、元の判決への不服を退けただけでした。同じ事件で、第一審の判決と、控訴を棄却した判決の両方に請求があったときは、第449条が調整します。第一審の裁判所が再審の判決をしたときは、控訴を棄却した判決に対する請求のほうを、決定で棄却します。元の有罪判決がやり直されたなら、控訴を棄却した判決を別に見直す意味がなくなるからです。次に、誰が。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第439条

刑事訴訟法第439条 再審の請求は、左の者がこれをすることができる。 一 検察官 二 有罪の言渡を受けた者 三 有罪の言渡を受けた者の法定代理人及び保佐人 四 有罪の言渡を受けた者が死亡し、又は心神喪失の状態に在る場合には、その配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹 2 第四百三十五条第七号又は第四百三十六条第一項第二号に規定する事由による再審の請求は、有罪の言渡を受けた者がその罪を犯させた場合には、検察官でなければこれをすることができない。

請求の入口・誰が。439条1項の4者=①検察官 ②有罪の言渡しを受けた者 ③その法定代理人及び保佐人 ④死亡・心神喪失のときの配偶者・直系の親族・兄弟姉妹。弁護人は請求権者ではなく選任されるだけ(440条)。検察官も、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できる。2項=有罪の言渡しを受けた者が罪を犯させた場合は検察官だけ 図:請求の入口・誰が

  • 439条1項の4者=①検察官
  • ②有罪の言渡しを受けた者
  • ③その法定代理人及び保佐人
  • ④死亡・心神喪失のときの配偶者・直系の親族・兄弟姉妹
  • 弁護人は請求権者ではなく選任されるだけ(440条)
  • 検察官も、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できる
  • 2項=有罪の言渡しを受けた者が罪を犯させた場合は検察官だけ

第1項は、4者です。検察官、有罪の言渡しを受けた者、その法定代理人及び保佐人、そして、有罪の言渡しを受けた者が死亡したか、心神喪失の状態にある場合の、配偶者と直系の親族と兄弟姉妹です。保佐人とは、判断能力が不十分な人を助ける人のことです。心神喪失とは、物事を判断する能力を失った状態のことです。ここで、注意が1つあります。弁護人は、請求権者に入っていません。弁護人は、請求する人に選任されて、手伝う立場です。Zさんの弁護人が、Zさんに代わって、自分の名前で請求することはできません。請求するのは、Zさん本人です。検察官が入っているのも、不思議に見えます。検察官は、有罪にする側のはずだからです。ただ、前の回に第435条の柱書で見たとおり、再審は、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できます。検察官も、同じです。検察官は公益の代表者として、誤った有罪を正す側に回る、と説明されます。

本人が亡くなっているのに、親族が請求できるのはどうしてですか。再審には、有罪とされた人の名誉を回復する働きがあるからです。亡くなった人にも、誤った有罪が残り続けると、名誉は傷ついたままです。だから、近い親族に請求を認めています。第2項は、ごく狭い例外です。裁判官などが職務に関する罪を犯したことを理由にする請求で、その罪を、有罪の言渡しを受けた者が犯させていた場合です。自分で不正を仕組んだ者が、その不正を理由に請求することは認めません。請求できるのは、検察官だけです。

請求の入口・いつ・方式。いつ=期間の制限なし。刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても請求できる(441条)/弁護人の選任=検察官以外の者が選任できる。効力は再審の判決があるまで(440条)/方式=趣意書に原判決の謄本・証拠書類・証拠物を添える(規則283条)/取下げ=できるが、取り下げた者は同一の理由で再請求できない(443条) 図:請求の入口・いつ・方式

  • いつ=期間の制限なし
  • 刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても請求できる(441条)/弁護人の選任=検察官以外の者が選任できる
  • 効力は再審の判決があるまで(440条)/方式=趣意書に原判決の謄本・証拠書類・証拠物を添える(規則283条)/取下げ=できるが、取り下げた者は同一の理由で再請求できない(443条)

3つ目は、いつ。第441条は、期間の制限を置いていません。刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても、請求できます。刑を受け終えたから、もう意味がない、とはならないのです。名誉の回復が、残っているからです。弁護人については、第440条です。検察官以外の者は、再審の請求をするときに、弁護人を選任できます。その選任の効力は、再審の判決があるまで続きます。請求の仕方は、規則が定めていて、趣意書に、原判決の謄本と、証拠書類、証拠物を添えて出します。請求は、取り下げることもできますが、取り下げた者は、同一の理由では、もう一度請求できません。これは第443条です。この部分は、条文のとおりに読めば出てくる事柄です。覚える規範ではなく、成立要件です。

請求しても刑の執行は止まらない

刑の執行を止められるのは誰か。請求そのもの=止まらない(442条1項本文)。検察官=再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止することができる(442条1項ただし書)。死刑の執行を停止したときは刑法11条2項の拘置も停止できる(442条2項)。裁判所=再審開始の決定をしたとき、決定で刑の執行を停止することができる(448条2項)。死刑なら拘置の停止も(3項)。どちらも「できる」規定=停止は義務ではない。2026年8月13日からの条文 図:刑の執行を止められるのは誰か

  • 請求そのもの=止まらない(442条1項本文)
  • 検察官=再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止することができる(442条1項ただし書)
  • 死刑の執行を停止したときは刑法11条2項の拘置も停止できる(442条2項)
  • 裁判所=再審開始の決定をしたとき、決定で刑の執行を停止することができる(448条2項)
  • 死刑なら拘置の停止も(3項)
  • どちらも「できる」規定=停止は義務ではない
  • 2026年8月13日からの条文

2つ目の問いです。Zさんが請求したら、服役は止まるのでしょうか。前の回で見た、確定した裁判は動かさないという要請と、無実の人を罰したままにしないという要請が、ここでもぶつかります。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第442条

刑事訴訟法第442条 再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない。ただし、管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、再審の判決が確定するまで刑の執行を停止することができる。 2 管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、前項ただし書の規定により死刑の執行を停止したときは、刑法第十一条第二項の規定による拘置を停止することができる。

原則は、第1項の前半です。再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しません。Zさんが請求しても、そのままでは、服役は続きます。確定した判決は、それだけ重い、という扱いです。蒸し返しの請求が出るたびに執行が止まるなら、確定した裁判の意味がなくなるからです。例外は、2つあります。1つ目が、検察官です。管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止できます。この検察官とは、再審の請求を受ける裁判所に対応して置かれた検察庁の検察官のことです。Zさんの請求先が地方裁判所なら、その地方検察庁の検察官です。改正の前は、再審の請求についての裁判があるまで、でした。いまは、開始決定のあとの再審公判の間も、検察官が止められます。死刑の執行を停止したときは、拘置も停止できると、第2項で明らかにされています。拘置とは、死刑の執行まで、刑事施設に置いておくことです。2つ目が、裁判所です。再審開始の決定をしたときは、その決定で刑の執行を停止できます。これは第448条第2項で、死刑のときの拘置の停止は、第3項です。第448条は、あとで全文を読みます。

検察官や裁判所が止めるとは、限りません。どちらの条文も、停止することができる、という書き方です。停止は義務ではなく、判断に任されています。だから、開始決定が出ても、服役が続くことがあります。

審理と結論・3つの決定

結論は決定で3つ。入口の不備=446条 請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされた→棄却/理由なし=447条1項→棄却。2項=同一理由での再請求禁止/理由あり=448条1項→再審開始の決定(しなければならない)。事実の取調べ=445条(必要があるとき)。決定の前に請求をした者と相手方の意見を聴く(規則286条)。蒸し返しの禁止がかかるのは447条の棄却だけ(取下げにも同じ禁止=443条) 図:結論は決定で3つ

  • 入口の不備=446条 請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされた→棄却/理由なし=447条1項→棄却
  • 2項=同一理由での再請求禁止/理由あり=448条1項→再審開始の決定(しなければならない)
  • 事実の取調べ=445条(必要があるとき)
  • 決定の前に請求をした者と相手方の意見を聴く(規則286条)
  • 蒸し返しの禁止がかかるのは447条の棄却だけ(取下げにも同じ禁止=443条)

請求を受けた裁判所は、まず審理をします。必要があるときは、事実の取調べができます。第445条です。決定の前には、請求をした者と、その相手方の意見を聴きます。これは規則に定めがあります。そのうえで、結論が出ます。結論は、すべて決定という形で、全部で3つです。1つ目。請求が、法令上の方式に違反しているか、請求する権利が消えたあとにされたときは、第446条で、棄却です。入口で、門前払いする型です。2つ目。請求に、理由がないときは、第447条第1項で、棄却です。中身を見て、理由がないと判断する型です。最後に、請求に理由があるときは、第448条第1項で、再審開始の決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟法第446条

刑事訴訟法第446条 再審の請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされたものであるときは、決定でこれを棄却しなければならない。

ここで、問いを1つ出します。棄却された再審請求は、同じ理由で、またもう一度出せるでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、第447条を読んでください。

条文刑事訴訟法第447条

刑事訴訟法第447条 再審の請求が理由のないときは、決定でこれを棄却しなければならない。 2 前項の決定があつたときは、何人も、同一の理由によつては、更に再審の請求をすることはできない。

棄却の種類によって、答えが変わります。第2項が止めているのは、前項の決定、つまり、理由がないという棄却のあとの請求だけだからです。中身を見て、理由がないと判断されたのに、同じ理由で何度も出させると、再審が蒸し返しの道具になってしまいます。そこで、同一の理由での再請求を禁止しています。これに対して、第446条の棄却は、方式の不備か、請求権が消えたあとの請求を、はねたものです。中身を判断していないので、第2項の禁止はかかりません。方式の不備ではねられたのなら、請求書を整え直せば、同じ理由でも、出し直せます。申請書の書き方に不備があって受付で断られた人は、書き直して出せますが、審査で不許可になった人が、同じ理由で出し直せないのと、同じ形です。取下げにも同じ禁止があることは、さきほどの第443条で見たとおりです。

条文刑事訴訟法第448条

刑事訴訟法第448条 再審の請求が理由のあるときは、再審開始の決定をしなければならない。 2 再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。 3 前項の規定により死刑の執行を停止したときは、決定で刑法第十一条第二項の規定による拘置を停止することができる。

第448条です。第1項は、理由があるときは、再審開始の決定をしなければならない、と書いています。裁量ではありません。理由がある、つまり第435条のどれかにあたると判断したなら、開始する義務があります。第2項と第3項は、さきほどの執行停止の、裁判所の分です。理由があるかどうかの中身は、第435条の各号で、前の回に通した内容です。入口の不備なら第446条、理由なしなら第447条、理由ありなら第448条、と区別してください。

不服申立て・開始決定は争いにくくなった

決定への不服。通常の物差し=即時抗告=3日(422条)。行き先は高等裁判所など→特別抗告=5日(433条2項)。最高裁判所へ。理由は憲法違反・判例違反(同条1項)。再審の決定への不服。446条の棄却=即時抗告できる(450条)/447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/449条1項の棄却=即時抗告できる(450条)。448条1項の開始=450条には入っていない 図:決定への不服

  • 通常の物差し=即時抗告=3日(422条)。行き先は高等裁判所など
  • →特別抗告=5日(433条2項)。最高裁判所へ。理由は憲法違反・判例違反(同条1項)
  • 再審の決定への不服
  • 446条の棄却=即時抗告できる(450条)/447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/449条1項の棄却=即時抗告できる(450条)
  • 448条1項の開始=450条には入っていない

3つ目の問いです。この3つの決定に不服がある人は、どう争うのでしょうか。ここが、今日の山場です。まず、抗告の回を思い出してください。決定に対する即時抗告の提起期間は、何日でしたか? そして、特別抗告は、何日でしたか?即時抗告が3日で、特別抗告が5日でした。その2つの期間が、通常の物差しです。即時抗告は、決定に不服がある者が高等裁判所などに申し立てる道で、特別抗告は、最高裁判所に、憲法違反や判例違反を理由に申し立てる道でした。再審の決定は、この物差しのままだったでしょうか。条文を、順に読みます。

条文刑事訴訟法第450条

刑事訴訟法第450条 第四百四十六条、第四百四十七条第一項又は前条第一項の規定による決定に対しては、即時抗告をすることができる。

第450条です。即時抗告ができるのは、第446条の棄却、第447条第1項の棄却、そして前条、つまり第449条第1項の棄却です。第449条第1項の棄却とは、入口で見た、第一審の裁判所が再審の判決をしたために、控訴を棄却した判決への請求を退ける決定のことです。この3つは、どれも請求を棄却する決定です。棄却された側は、不服を申し立てられます。気づいてほしいのは、第448条第1項、つまり開始決定が、ここに入っていないことです。開始決定への不服は、別の条文、第450条の2が定めています。思い出してください。開始決定は、やり直す理由があるかだけを決める、着工許可でした。有罪か無罪かは、このあとの再審公判で争えます。では、問いを1つ。再審を開くと決めた裁判所の判断に、検察官は、自由に即時抗告できるでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、条文を読んでください。

条文刑事訴訟法第450条の2

刑事訴訟法第450条の2 第四百四十八条第一項の規定による決定に対しては、当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、即時抗告をすることができる。 2 前項の即時抗告を棄却する決定又は前条の即時抗告(第四百四十六条又は第四百四十七条第一項の規定による決定に対するものに限る。)が係属する抗告裁判所の第四百四十八条第一項の規定による決定に対する第四百三十三条第一項の抗告は、当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、これをすることができる。

開始決定への不服は限られる(450条の2)。1項=開始決定への即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。2項=特別抗告も同じ制限(2つの場面=開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告/棄却への即時抗告を審理する抗告裁判所が自分でした開始決定に対する特別抗告)。3項=政府の公表 図:開始決定への不服は限られる

  • 450条の2
  • 1項=開始決定への即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。2項=特別抗告も同じ制限(2つの場面=開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告/棄却への即時抗告を審理する抗告裁判所が自分でした開始決定に対する特別抗告)。3項=政府の公表

検察官が即時抗告できるのは、開始決定が取り消されるべきものと認めるに足りる、十分な根拠がある場合だけです。検察官は、このあとの再審公判で、有罪を主張できます。一方、開始決定を争っている間、Zさんのやり直しの裁判は始まりません。第2項は、特別抗告の制限です。開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告にも、同じ制限がかかります。もう1つの場面もあります。棄却に対する即時抗告を審理している抗告裁判所が、自分で再審開始の決定をした場合です。抗告裁判所の決定には、もう抗告ができず、残る道は特別抗告だけでした。だから、この開始決定を争う制限は、特別抗告に掛けてあります。請求審の開始決定でも、抗告審が自分でした開始決定でも、争うには同じ根拠が要る、という形です。十分な根拠とは具体的に何かは、条文に書かれていません。どんな場合があたるかは、今後の解釈で決まっていく部分で、いまは例を挙げられません。いま言えるのは、棄却への即時抗告との違いです。第450条には、この限定がありません。請求を棄却されたZさんの側は、決定に不服があれば、即時抗告を申し立てられます。開始決定を争う側だけが、申し立てるための条件として、取り消されるべきだと言える根拠を問われます。第3項は、公表です。続きの板で読みます。

条文刑事訴訟法第450条の2(続き)

刑事訴訟法第450条の2(続き) 3 政府は、次の各号のいずれかに該当するときは、遅滞なく、当該各号に定める事項を公表するものとする。 一 第四百四十八条第一項の規定による決定(最高裁判所がしたものを除く。)があつたとき その旨並びに検察官が当該決定に対する即時抗告又は第四百三十三条第一項の抗告をしたかどうか及び当該即時抗告又は抗告をした場合におけるその理由 二 第一項の即時抗告を棄却する決定があつたとき その旨並びに検察官が当該決定に対する第四百三十三条第一項の抗告をしたかどうか及び当該抗告をした場合におけるその理由

開始決定があったとき、検察官が不服を申し立てたかどうか、申し立てたなら、その理由を、政府が遅滞なく公表します。

条文刑事訴訟法第450条の3

刑事訴訟法第450条の3 第四百四十七条第一項又は第四百四十八条第一項の規定による決定に対する即時抗告の提起期間は、第四百二十二条の規定にかかわらず、十四日とする。 2 前項の即時抗告に係る抗告裁判所の決定に対する第四百三十三条第一項の抗告の提起期間は、同条第二項の規定にかかわらず、十四日とする。

再審の決定の対比表。446条の棄却=即時抗告できる(450条)/3日/特別抗告5日。447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/14日(450条の3)/特別抗告14日。448条1項の開始=取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り即時抗告できる(450条の2)/14日(450条の3)/特別抗告14日・同じ制限。449条の棄却は3日のまま。14日の規定は2026年8月13日以後にされた決定に適用 図:再審の決定の対比表

  • 446条の棄却=即時抗告できる(450条)/3日/特別抗告5日
  • 447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/14日(450条の3)/特別抗告14日
  • 448条1項の開始=取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り即時抗告できる(450条の2)/14日(450条の3)/特別抗告14日・同じ制限
  • 449条の棄却は3日のまま
  • 14日の規定は2026年8月13日以後にされた決定に適用

期間です。第447条第1項の棄却と、第448条第1項の開始、この2つの決定に対する即時抗告の提起期間は、第422条の3日ではなく、14日です。その即時抗告に係る抗告裁判所の決定に対する特別抗告も、第433条第2項の5日ではなく、14日です。注意してほしいのは、範囲です。14日になるのは、第447条第1項と第448条第1項の決定だけです。第446条や第449条の棄却への即時抗告は、原則どおりの3日のままです。再審の請求を中身から判断した決定について、期間を延ばしました。開始決定への即時抗告には十分な根拠を求める一方で、期間は、理由なしの棄却を受けた側も含めて、14日に延びています。14日あれば、決定の中身を検討してから、申し立てるかどうかを決められます。棄却されたZさんの側も、同じ14日を使えます。整理します。棄却の決定には、即時抗告ができ、理由なしの棄却なら14日、方式違反の棄却なら3日です。開始の決定には、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限って、14日以内に即時抗告ができます。14日の規定が適用されるのは、2026年8月13日以後の決定に対する即時抗告、そして、8月13日以後にされた抗告審の決定に対する特別抗告です。

令和8年の改正の全体像

令和8年法律第67号(2026年10月時点の法律)。改正規定の施行は3段階。①2026年8月13日=今日読んだ条文(442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3)。②2026年10月20日=費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)。③公布から1年以内に施行(日は政令で決まる)=次の板の新しい手続。まだ施行されていない部分(公布から1年以内に施行)は概観であり、条文の逐語ではない 図:令和8年法律第67号

  • 2026年10月時点の法律
  • 改正規定の施行は3段階。①2026年8月13日=今日読んだ条文(442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3)。②2026年10月20日=費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)。③公布から1年以内に施行(日は政令で決まる)=次の板の新しい手続。まだ施行されていない部分(公布から1年以内に施行)は概観であり、条文の逐語ではない

ここまでは、いまの条文でした。最後に、これから変わる部分を、地図として見ておきます。この分野を変えた法律は、令和8年法律第67号です。ここからは、2026年10月時点の法律の話で、条文を読むのではなく、全体像をつかみます。改正規定の施行は、3段階に分かれています。1段階目は、2026年8月13日からで、今日読んだ第442条と第448条第3項、第450条、第450条の2、第450条の3が、これです。2段階目は、2026年10月20日からで、費用補償、つまり、無罪になった人に裁判の費用を補う制度に、再審の請求の手続にかかった費用が加わります。その条文です。3段階目が、公布から1年以内に施行される部分で、施行日は政令で決まります。この3段階目に、再審の手続を大きく変える内容が入っています。

新しい手続の流れ(予定)。請求書面を出す(441条の2)→調査(444条の2)で3つに振り分け=棄却(方式違反・請求権の消滅後・理由が明らかに435条・436条に当たらない)/再審開始(理由があることが明らか)/審判を開始する旨の決定(それ以外)→審判開始後に事実の取調べ(445条。請求をした人(検察官を除く)・弁護人・検察官が請求できる)→検察官への証拠の提出命令(445条の2。請求又は職権)・提出を命じるか判断するための証拠・一覧表の提示命令(445条の3)→意見聴取・審理終結日(445条の7)・決定日(445条の8)→棄却・開始(446条〜448条)。ほかの柱=証拠の適正管理(445条の4)・目的外使用の禁止(445条の5)・罰則(445条の6) 図:新しい手続の流れ

  • 予定
  • 請求書面を出す(441条の2)→調査(444条の2)で3つに振り分け=棄却(方式違反・請求権の消滅後・理由が明らかに435条・436条に当たらない)
  • 再審開始(理由があることが明らか)
  • 審判を開始する旨の決定(それ以外)→審判開始後に事実の取調べ(445条。請求をした人(検察官を除く)・弁護人・検察官が請求できる)→検察官への証拠の提出命令(445条の2。請求又は職権)・提出を命じるか判断するための証拠・一覧表の提示命令(445条の3)→意見聴取・審理終結日(445条の7)・決定日(445条の8)→棄却・開始(446条〜448条)。ほかの柱=証拠の適正管理(445条の4)・目的外使用の禁止(445条の5)・罰則(445条の6)

新しい流れを、図で示します。いまの手続には、請求を受けた裁判所がどんな順序で審理を進めるかの定めが、ほとんどありません。新しい手続は、そこに段取りを入れます。請求者が請求書面を出すと、裁判所は、まず調査をします。第444条の2です。この調査で、結論を3つに振り分けます。方式違反などで、あるいは理由が明らかに第435条や第436条にあたらないなら、棄却。理由があることが明らかなら、再審開始。それ以外は、審判を開始する旨の決定をします。答えが明らかな請求は早く片づけ、残りを本格的な審理に回す、という振り分けです。審判開始の決定とは、請求審で調査したうえで、実質審理に進む、という決定のことです。審判が開始されると、事実の取調べに進みます。検察官以外の請求をした人、弁護人、そして検察官が、取調べを請求できます。ここで目を引くのが、検察官への証拠の提出命令です。捜査で集めた証拠は、検察官が保管しています。ところが、いまの条文には、再審の請求審で、その証拠を出させる定めがありません。Zさんが、ほかに有利な証拠がないか確かめたくても、手が届くかどうかは、検察官が任意に出すかどうかに左右されます。そこで、新しい手続では、裁判所は、関連性の程度などと弊害を考慮して相当と認めるときは、請求又は職権で、検察官に、請求の理由に関連する証拠の提出を命じなければなりません。命じるかを判断するために、証拠や一覧表の提示を求める命令もあります。そのあと、意見聴取と審理終結日、決定日を経て、棄却か開始かの決定に進みます。

検察官への証拠の提出命令は、証拠開示とは、向きが違います。公判の前に争点と証拠を整理する公判前整理手続では、検察官が被告人側に証拠を開示する仕組みでした。こちらは、裁判所が検察官に、証拠の提出を命じる仕組みで、証拠は裁判所に提出されます。その証拠を弁護人が謄写、つまり写し取ったときは、複製などを適正に管理しなければならず、目的外の使用は禁止されます。一定の場合には罰則があります。この型は、証拠開示の回で見た、目的外使用の禁止と同じです。開示された証拠のコピーを、その事件の裁判やその準備以外の目的で、人に渡してはならない、という規律でした。

新しい手続のほかの規定(予定)。元の裁判に関与した裁判官の除斥(438条の2)/審判開始の決定のあとに請求した人が死亡したときの手続の受継(445条の10)/調査段階の決定(棄却・開始)への即時抗告=抗告審は事実の取調べをせず調査し、理由があれば原裁判所に差し戻す/適用関係=主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用、それ以前の請求事件はこれまでの手続のまま(受継・複製の管理などは例外) 図:新しい手続のほかの規定

  • 予定
  • 元の裁判に関与した裁判官の除斥(438条の2)
  • 審判開始の決定のあとに請求した人が死亡したときの手続の受継(445条の10)
  • 調査段階の決定(棄却・開始)への即時抗告=抗告審は事実の取調べをせず調査し、理由があれば原裁判所に差し戻す
  • 適用関係=主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用、それ以前の請求事件はこれまでの手続のまま(受継・複製の管理などは例外)

ほかに、3つあります。元の裁判に関与した裁判官は、再審の請求審から除斥されます。除斥とは、決まった類型にあたる裁判官が、当然にその事件から外れることでした。自分が関わった有罪の判断を、自分で見直すことになるからです。審判開始の決定のあとに、請求した人が死亡したときは、手続を受け継ぐ制度があります。請求の途中で本人が亡くなっても、手続をそこで終わらせないためです。そして、調査の段階でされた棄却や開始の決定に対する即時抗告では、抗告審は事実の取調べをせず、調査し、理由があれば原裁判所に差し戻します。差し戻すとは、事件を元の裁判所に返して、そこで審理させることです。新しい手続の主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用され、それ以前の請求事件は、これまでの手続のまま進みます。再審の迅速化の規定と、5年ごとの検討規定も置かれています。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(再審請求の手続)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの弁護人がZに代わって再審を請求できるか→できない(弁護人は請求権者でない=439条・440条)/設定替え=Zが死亡→配偶者・直系の親族・兄弟姉妹が請求できる(439条1項4号)。問2=Zが請求したら服役は止まるか→止まらない(442条1項本文)/設定替え=死刑→検察官は拘置も停止できる(442条2項)。問3=理由がないと棄却→同じ理由で出し直せるか→できない(447条2項)/設定替え=方式違反で棄却(446条)→整えて出し直せる。問4=再審開始決定に検察官は即時抗告できるか→十分な根拠がある場合に限り(450条の2)・14日(450条の3)/設定替え=棄却されたZ側→制限はない(450条)。理由なし棄却なら14日・方式違反の棄却なら3日 図:節目のミニ事例

  • 再審請求の手続
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの弁護人がZに代わって再審を請求できるか→できない(弁護人は請求権者でない=439条・440条)
  • 設定替え=Zが死亡→配偶者・直系の親族・兄弟姉妹が請求できる(439条1項4号)。問2=Zが請求したら服役は止まるか→止まらない(442条1項本文)
  • 設定替え=死刑→検察官は拘置も停止できる(442条2項)。問3=理由がないと棄却→同じ理由で出し直せるか→できない(447条2項)
  • 設定替え=方式違反で棄却(446条)→整えて出し直せる。問4=再審開始決定に検察官は即時抗告できるか→十分な根拠がある場合に限り(450条の2)・14日(450条の3)
  • 設定替え=棄却されたZ側→制限はない(450条)。理由なし棄却なら14日・方式違反の棄却なら3日

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zさんの弁護人が、Zさんに代わって、再審を請求できるでしょうか。できません。第439条の請求権者に、弁護人は入っていないからです。弁護人は、請求する人に選任されて手伝う立場で、請求するのは、Zさん本人です。設定を替えて、Zさんがすでに死亡しているなら、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹が、第439条第1項第4号で、請求できます。2つ目。Zさんが請求しました。服役は止まるでしょうか。第442条第1項の本文が、再審の請求に、刑の執行を停止する効力はない、と定めています。だから、請求しただけでは服役は続きます。止められるのは、検察官と、開始決定をした裁判所です。設定を替えて、Zさんが死刑の言渡しを受けていたなら、検察官は、執行の停止に加えて、拘置の停止もできます。第442条第2項です。3つ目。裁判所が、理由がないとして、Zさんの請求を棄却しました。同じ理由で、請求を出し直せるでしょうか。

第447条第2項が、理由がないという棄却のあとの、同一の理由による再請求を禁じています。だから、この場合は出し直せません。設定を替えて、棄却の原因が、請求書の方式違反だったなら、第446条の棄却です。中身を判断していないので、禁止はかからず、方式を整えて出し直せます。4つ目。裁判所が、再審の開始を決めました。検察官は、即時抗告できるでしょうか。自由には出せません。決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る、と第450条の2第1項が定めています。期間は、第450条の3で14日です。設定を替えて、請求を棄却されたZさんの側が即時抗告するときは、この制限はかかりません。第450条の即時抗告で、期間は、理由なし棄却なら14日、方式違反の棄却なら3日です。結論の分かれ目を言い直します。1つ目と2つ目は、請求の入口、つまり、誰が請求でき、執行は止まるか、でした。3つ目と4つ目は、棄却と開始の分かれ目で、第447条第2項の蒸し返しの禁止と、第450条の2の十分な根拠、でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①請求先は原判決をした裁判所。請求できるのは本人・法定代理人及び保佐人・(死亡等のとき)親族・検察官。期間の制限はない ②請求しても執行は止まらない(検察官・裁判所は停止できる) ③開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。一覧=誰が・どこへ(439条・438条)→請求は執行を止めない(442条)→3つの結論(446・447・448)→不服申立て(450・450条の2・450条の3)。2026年10月時点で、公布から1年以内に施行される部分はまだ施行されていない 図:まとめ

  • Zの答え=①請求先は原判決をした裁判所
  • 請求できるのは本人・法定代理人及び保佐人・(死亡等のとき)親族・検察官
  • 期間の制限はない
  • ②請求しても執行は止まらない(検察官・裁判所は停止できる)
  • ③開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る
  • 一覧=誰が・どこへ(439条・438条)→請求は執行を止めない(442条)→3つの結論(446・447・448)→不服申立て(450・450条の2・450条の3)
  • 2026年10月時点で、公布から1年以内に施行される部分はまだ施行されていない

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。請求先は、原判決をした裁判所です。請求できるのは、本人、法定代理人及び保佐人、死亡等の場合の親族、そして検察官で、期間の制限はありません。2つ目。請求しても、刑の執行は止まりません。ただし、検察官と、開始決定をした裁判所は、停止できます。3つ目。開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限ります。期間は14日です。一覧にして終えます。誰が、どこへは、第439条と第438条。請求は執行を止めないのが、第442条。結論は3つで、第446条と第447条と第448条。不服申立ては、第450条と第450条の2と第450条の3。そして、公布から1年以内に施行される部分は、まだ施行されていません。では、再審を開くと決まったあと、やり直しの裁判は、どう進むのでしょうか。

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#167単独ページ動画

再審公判と非常上告

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zの再審開始の決定が確定した。再審の2段階=①再審請求手続(再審を開くかどうかを決定で決める)→再審開始の決定→確定→②再審公判(やり直しの裁判)。今日は②から。①やり直しの裁判はどこで、どう進むのか。元の刑より重くなることはあるのか ②法令の誤りだけが見つかったときはどうするのか ③無罪になったあと、失った時間と費用はどうなるのか 図:今日の問い

  • Zの再審開始の決定が確定した
  • 再審の2段階=①再審請求手続(再審を開くかどうかを決定で決める)→再審開始の決定→確定→②再審公判(やり直しの裁判)
  • 今日は②から
  • ①やり直しの裁判はどこで、どう進むのか
  • 元の刑より重くなることはあるのか
  • ②法令の誤りだけが見つかったときはどうするのか
  • ③無罪になったあと、失った時間と費用はどうなるのか

再審を開く、と決まりました。ここから先、やり直しの裁判は、どんな形で進むのでしょうか。今日は、再審の後半を通します。そのうえで、再審とは別の、もう1本の道と、無罪になったあとの補償までを扱います。設例は、同じZさんです。強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定しました。Zさんは、ずっと「やっていない」と言っています。新しい鑑定結果をもとに再審を請求したところ、再審を開く決定が出て、その決定が確定しました。これから、やり直しの裁判が始まります。流れを、地図で確かめます。前の回に見たとおり、再審は2段階です。1段階目は、再審請求手続で、再審を開くかどうかを、決定で決めます。開くという決定が確定すると、2段階目の再審公判に進みます。やり直しの裁判のことです。今日の主役は、この2段階目です。問いは3つあります。1つ目。やり直しの裁判は、どこで、どう進むのか。元の判決より重い刑になることはあるのか。2つ目。法令の誤りだけが見つかったときは、どうするのか。3つ目。無罪になったあと、失った時間と費用は、どうなるのか。

開始決定が確定しても、無罪と決まったわけではありません。先に答えの形だけ言います。やり直しの裁判は、通常の公判です。元の刑より重くはなりません。法令の誤りだけなら、非常上告という別の道があります。そして、無罪になれば、補償があります。順に見ていきます。

再審公判はその審級でやり直す

再審公判の進み方。451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)。2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける。452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない。453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示。新しい判決が確定すると原判決は効力を失う 図:再審公判の進み方

  • 451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)
  • 2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける
  • 452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない
  • 453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示
  • 新しい判決が確定すると原判決は効力を失う

再審公判に入る前に、前の回の内容を思い出してください。再審開始決定に対して、検察官が即時抗告できるのは、どんな場合に限られるのでしたか?取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、でした。その争いが終わり、開始決定が確定したところから、今日の話が始まります。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第451条

刑事訴訟法第451条 裁判所は、再審開始の決定が確定した事件については、第四百四十九条の場合を除いては、その審級に従い、更に審判をしなければならない。 2 左の場合には、第三百十四条第一項本文及び第三百三十九条第一項第四号の規定は、前項の審判にこれを適用しない。 一 死亡者又は回復の見込がない心神喪失者のために再審の請求がされたとき。 二 有罪の言渡を受けた者が、再審の判決がある前に、死亡し、又は心神喪失の状態に陥りその回復の見込がないとき。

第1項です。再審開始の決定が確定した事件は、その審級に従い、更に審判をしなければなりません。審級とは、第一審、控訴審、上告審という、裁判所の段階のことです。Zさんが再審を請求したのは、Zさんを有罪にした第一審の判決でした。だから、やり直しは、第一審の裁判所で行います。第449条の場合を除く、とあるのは、第一審の判決と、控訴を棄却した判決の両方に請求があったときの調整です。第一審の裁判所が再審の判決をしたときは、控訴を棄却した判決への請求のほうを、決定で棄却します。元の有罪判決がやり直されたなら、控訴を棄却した判決を別に見直す意味がなくなるからです。

再審公判の判決に対しても、上訴はできます。再審公判も、通常の公判と同じように進みますから、判決に不服があれば、上訴の道が続きます。この点は、次の節で判例を読んで確かめます。第2項です。前々回に見たとおり、再審は、有罪の言渡しを受けた人の利益のためにだけ請求できます。その請求が、すでに亡くなった人や、回復の見込みのない心神喪失の人のために出されることがあります。そのままでは、公判が始められません。心神喪失の状態の被告人は、公判手続を停止する決まりがあり、これが第314条第1項本文です。被告人が死亡したときは、公訴を棄却する決まりがあり、これが第339条第1項第4号です。第2項は、この2つを、再審公判には適用しない、としました。そうしないと、名誉を回復する再審の目的を、果たせないからです。

条文刑事訴訟法第451条(続き)

刑事訴訟法第451条(続き) 3 前項の場合には、被告人の出頭がなくても、審判をすることができる。但し、弁護人が出頭しなければ開廷することはできない。 4 第二項の場合において、再審の請求をした者が弁護人を選任しないときは、裁判長は、職権で弁護人を附しなければならない。

第3項と第4項は、被告人が公判に来られないときの手当てです。被告人の出頭がなくても、審判はできます。ただし、弁護人が出頭しなければ、開廷できません。被告人の代わりに言い分を述べる人が、必ず必要だからです。第4項は、請求した人が弁護人を選任していないときです。その場合は、裁判長が、職権で弁護人を付けなければなりません。ここまでは、条文のとおりに読めば足ります。

再審公判は通常の公判・免訴もありうる

再審公判の性格。事案=戦時下に検挙された言論・出版の関係者らが、終戦の直後に治安維持法違反で有罪(懲役2年・執行猶予3年)。有罪を受けた人たちは亡くなっており、妻や子が再審を請求。地方裁判所が再審開始決定→高等裁判所が検察官の即時抗告を退けて確定(高等裁判所の理由=自白の信用性に顕著な疑い)。再審の第一審=治安維持法の廃止と大赦を理由に免訴の判決。弁護人は控訴・上告で無罪を求めたが退けられた。旧刑事訴訟法が適用された事件。開始の理由(無罪を言い渡すべき新証拠)と再審公判の結論(免訴)は別 図:再審公判の性格

  • 事案=戦時下に検挙された言論・出版の関係者らが、終戦の直後に治安維持法違反で有罪(懲役2年・執行猶予3年)
  • 有罪を受けた人たちは亡くなっており、妻や子が再審を請求
  • 地方裁判所が再審開始決定→高等裁判所が検察官の即時抗告を退けて確定(高等裁判所の理由=自白の信用性に顕著な疑い)
  • 再審の第一審=治安維持法の廃止と大赦を理由に免訴の判決
  • 弁護人は控訴・上告で無罪を求めたが退けられた
  • 旧刑事訴訟法が適用された事件
  • 開始の理由(無罪を言い渡すべき新証拠)と再審公判の結論(免訴)は別

再審公判の性格を、判例で確かめます。事案は、戦争中に検挙された、言論や出版の関係者が、終戦の直後に、治安維持法違反で有罪とされたものです。懲役2年、執行猶予3年でした。有罪を受けた人たちは、すでに亡くなっていて、妻や子が再審を請求しました。地方裁判所が再審の開始を決め、検察官の即時抗告は、高等裁判所が退けて、開始決定が確定しました。高等裁判所が示した理由は、自白の信用性に、顕著な疑いが生じた、というものです。ところが、再審の第一審は、免訴の判決をしました。治安維持法がその後廃止され、大赦があった、という理由です。免訴とは、事件の中身を判断せずに、手続を打ち切る判決のことです。刑の廃止があったときと、大赦があったときは、それぞれ第337条の第2号と第3号で、免訴の事由とされています。大赦とは、政令で定めた罪について、有罪の言渡しの効力を失わせ、まだ言渡しを受けていない人の公訴権を消滅させる措置のことです。弁護人は、控訴と上告で、無罪を求めました。無実の人を救う再審の趣旨からすれば、無罪かどうかの判断が優先されるべきだ、という主張でした。最高裁判所は、これを退けました。

無罪かどうかの判断に届かないまま終わる場合があるのは、確かに引っかかる点です。ただ、ここに、この回の山場があります。再審を開く理由と、再審公判の結論は、別の問題です。開始決定が答えたのは、やり直す理由があるか、という問いでした。やり直しの裁判は、改めて通常の手続で行われます。その結論は、無罪にも、有罪にも、免訴にもなりえます。最高裁判所の判断は、2つに分かれます。1つ目は、再審公判でも免訴の規定が働くか。2つ目は、免訴の判決に対して、無罪を求めて上訴できるか、です。1つ目の判旨から読みます。判旨に旧刑訴法とあるのは、終戦前後の事件で、当時の刑事訴訟法が適用されたからです。また、非常救済制度とは、確定した判決を例外的に覆すための制度のことで、再審がその代表です。

判例最判平20・3・14 刑集62巻3号185頁(第二小法廷)

再審の審判手続は、原則として通常の審判手続による 再審制度がいわゆる非常救済制度であり,再審開始決定が確定した後の事件の審判手続(以下「再審の審判手続」という。)が,通常の刑事事件における審判手続(以下「通常の審判手続」という。)と,種々の面で差異があるとしても,同制度は,所定の事由が認められる場合に,当該審級の審判を改めて行うものであって,その審判は再審が開始された理由に拘束されるものではないことなどに照らすと,その審判手続は,原則として,通常の審判手続によるべきものと解されるところ,本件に適用される旧刑訴法等の諸規定が,再審の審判手続において,免訴事由が存する場合に,免訴に関する規定の適用を排除して実体判決をすることを予定しているとは解されない。

平20判決の判旨は2層。判断①=再審の審判は当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない→原則として通常の審判手続による→免訴事由があれば免訴の規定が働く。判断②=通常の審判手続で免訴判決に対し無罪を主張して上訴できないことは確定した判例→再審の審判手続でも同じ(免訴は事件の中身を判断しない判決)。Zの事件=免訴事由はなさそう→無罪か有罪の判断を受ける 図:平20判決の判旨は2層

  • 判断①=再審の審判は当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない→原則として通常の審判手続による→免訴事由があれば免訴の規定が働く
  • 判断②=通常の審判手続で免訴判決に対し無罪を主張して上訴できないことは確定した判例→再審の審判手続でも同じ(免訴は事件の中身を判断しない判決)
  • Zの事件=免訴事由はなさそう→無罪か有罪の判断を受ける

理由づけは、2段です。まず、再審の審判は、当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない、という点です。開始の理由がどうあれ、公判では、通常の手続で、改めて審理します。だから、原則として通常の審判手続による、というのが次の点です。通常の公判で、免訴事由があれば免訴になるのと同じように、再審公判でも、免訴事由があれば、免訴に関する規定が働きます。実体の判決、つまり無罪か有罪かという事件の中身を判断する判決をする、という形は、予定されていません。2つ目の判断、上訴の可否です。免訴の判決を受けた側は、無罪を主張して、上訴できるでしょうか。

判例最判平20・3・14 刑集62巻3号185頁(第二小法廷)

再審の審判手続でも、免訴判決に対し無罪を主張して上訴することはできない 通常の審判手続において,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴できないことは,当裁判所の確定した判例であるところ,……再審の審判手続につき,これと別異に解すべき理由はないから,再審の審判手続においても,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴することはできないと解するのが相当である。

通常の公判で、免訴判決に対して、被告人が無罪を主張して上訴できないことは、確定した判例です。上訴は、その裁判で不利益を受けた人が、不利益を取り除くために申し立てるものです。免訴は、有罪でも無罪でもなく、手続を打ち切る裁判ですから、被告人に不利益な判決ではありません。中身である無罪かどうかを争う道が、そもそも開かれていないのです。再審の審判手続でも、別に考える理由はない、と判断されました。整理します。開始の理由は、無罪を言い渡すべき新証拠でした。ところが、再審公判の結論は、免訴事由があれば免訴です。実体の判断には進みません。検察官は、再審公判でも、有罪を主張できます。通常の公判と同じ立場だからです。ここは、論文で論点になりうる部分です。再審公判の性格と、免訴判決に対して上訴できないことは、判例が示した考え方です。条文どおりではありません。

Zさんの事件に、免訴事由はなさそうですから、Zさんは、無罪か有罪の判断を受けるということです。そうなります。Zさんの再審公判は、第一審の裁判所で、通常の公判として行われます。結論は、無罪も有罪もありえます。開始決定が、結論を決めるわけではありません。

元の刑より重くならない・無罪なら公示

再審公判の進み方。451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)。2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける。452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない。453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示。新しい判決が確定すると原判決は効力を失う 図:再審公判の進み方

  • 451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)
  • 2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける
  • 452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない
  • 453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示
  • 新しい判決が確定すると原判決は効力を失う

最初の問いに戻ります。やり直しの裁判で、元の判決より重い刑になることはあるのでしょうか。

条文刑事訴訟法第452条

刑事訴訟法第452条 再審においては、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

重くはなりません。これを、不利益変更の禁止といいます。たとえば、元の判決が拘禁刑7年だったとします。再審公判で、有罪と判断されても、7年を超える刑は言い渡せません。もし重くなりうるのなら、無実を訴える人でも、請求をためらうはずです。この規定があるから、安心して請求できる、と考えると分かりやすいです。軽くすることまでは、第452条は求めていません。禁じているのは、重くすることだけです。同じ刑も、軽い刑も、ありえます。上訴の総論の回で見た不利益変更の禁止とは、射程が違います。第402条は、被告人が控訴し、又は被告人のために控訴した事件に限って働きました。検察官も控訴した事件では、控訴審が刑を重くすることがありえたわけです。第452条には、その限定がありません。誰が再審を請求したかを問わず、原判決の刑より重い刑は言い渡せません。次に、無罪になったときです。

条文刑事訴訟法第453条

刑事訴訟法第453条 再審において無罪の言渡をしたときは、官報及び新聞紙に掲載して、その判決を公示しなければならない。

官報とは、国が法令や公告を載せる公式の広報紙です。第453条は、有罪とされた人の名誉を、世の中に向けて回復するための規定です。亡くなった人のために再審が請求された事件でも、この公示は、名誉の回復につながります。最後に、元の判決の扱いです。再審公判で、新しい判決が確定すると、再審請求の対象となった原判決は、効力を失います。前の回に見たとおり、開始決定が出ただけでは、元の有罪判決は、まだ効力を持ったままです。効力を失うのは、新しい判決が確定したときです。この点を定めた条文はありません。ただ、再審の審判手続の裁判が確定すれば、先の有罪の確定判決は完全にその効力を失う、という点に異論はない、と最高裁判所の裁判官の補足意見も述べています。補足意見とは、結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えて述べる意見のことです。第451条とあわせて、再審公判の中身は、ここまでです。

もう1本の道・非常上告

非常上告。再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す。454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。被告人側は申し立てられない。期間の定めはない。手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)。目的=法令の解釈適用の統一。略式命令が対象になった例がある 図:非常上告

  • 再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す
  • 454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる
  • 被告人側は申し立てられない
  • 期間の定めはない
  • 手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)
  • 目的=法令の解釈適用の統一
  • 略式命令が対象になった例がある

2つ目の問いです。再審の理由を見た回で、あとで見ると言った道を、ここで扱います。確定した判決に、法令の誤りだけが見つかったとき、どうするのでしょうか。再審は、事実の誤りを正す道でした。新しい証拠で、有罪の認定が崩れる場合です。ところが、証拠の問題ではなく、法律の使い方そのものが間違っていた、ということがあります。そのための道が、非常上告です。設例を、1つ置きます。ある被告人に、法律が許している上限を超える刑が言い渡され、そのまま確定しました。事実の認定に、争いはありません。誤っているのは、刑の長さだけです。これは、再審の出番ではありません。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第454条

刑事訴訟法第454条 検事総長は、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。

誰が、どこへ、が条文に書かれています。申し立てるのは検事総長だけで、行き先は最高裁判所です。判決が確定した後に、その事件の審判が、法令に違反していたことを発見したときです。被告人の側は、申し立てられません。期間の定めもありません。被告人が自分で申し立てられないのに、救済になるんですか。そこが、非常上告の性格を決める点です。目的を、判例で確かめます。

判例最大判昭27・4・23 刑集6巻4号685頁

非常上告の目的——法令の解釈適用の統一 非常上告は、法令の適用の誤りを正し、もつて、法令の解釈適用の統一を目的とするものであつて、個々の事件における事実認定の誤りを是正して被告人を救済することを目的とするものではない。

非常上告の目的は、法令の適用の誤りを正して、法令の解釈適用を統一することです。個々の事件の、事実認定の誤りを正して、被告人を救済するためのものではありません。この目的と合っているのが、申し立てる人を検事総長だけに限り、行き先を最高裁判所とする仕組みです。分担を言い直します。事実認定の誤りは再審。法令の適用の誤りは非常上告です。手続です。申立書に理由を記載して、最高裁判所に差し出します。公判期日には、検察官が、申立書に基づいて陳述します。理由がなければ、判決で棄却します。調べる範囲は、申立書に包含された事項に限られます。ただし、裁判所の管轄、公訴の受理、訴訟手続については、事実の取調べもできます。これは、第455条から第457条と、第460条です。細かい手続は、この板で確認してください。

理由があるとき(458条)。1号=原判決が法令に違反したとき。原則は、その違反した部分の破棄/1号ただし書=更に為すべき判決が原判決より利益なことが法律上明白→破棄自判。2号=訴訟手続が法令に違反したとき。その違反した手続を破棄。設例①=法律が許す上限を超える刑→上限の範囲内で更に判決・破棄自判/設例②=適用すべき規定の取り違えで正しい刑が明白でない→違反部分の破棄どまり・被告人の刑は変わらない 図:理由があるとき

  • 458条1号=原判決が法令に違反したとき。原則は、その違反した部分の破棄
  • 1号ただし書=更に為すべき判決が原判決より利益なことが法律上明白→破棄自判
  • 2号=訴訟手続が法令に違反したとき。その違反した手続を破棄
  • 設例①=法律が許す上限を超える刑→上限の範囲内で更に判決・破棄自判
  • 設例②=適用すべき規定の取り違えで正しい刑が明白でない→違反部分の破棄どまり・被告人の刑は変わらない

非常上告の目的は、法令の解釈適用の統一です。条文は、原則を、違反した部分の破棄にとどめています。そのうえで、被告人に不利益な場合にだけ、例外を置いています。その中身を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第458条

刑事訴訟法第458条 非常上告が理由のあるときは、左の区別に従い、判決をしなければならない。 一 原判決が法令に違反したときは、その違反した部分を破棄する。但し、原判決が被告人のため不利益であるときは、これを破棄して、被告事件について更に判決をする。 二 訴訟手続が法令に違反したときは、その違反した手続を破棄する。

第1号が、原判決そのものの違反です。原則は、その違反した部分を破棄するだけです。ただし書があります。原判決が被告人のため不利益であるときは、破棄したうえで、被告事件について更に判決をします。破棄自判といいます。破棄したうえで、裁判所が自分で判決をすることです。第2号は、訴訟手続の違反で、その違反した手続を破棄します。判例が、その意味を示しています。

判例最判昭26・12・21 刑集5巻13号2607頁

458条1号ただし書の「不利益」——更に為すべき判決が利益なことが法律上明白な場合 「原判決が被告人のために不利益であるとき」とは、事件につき更に為さるべき判決が原判決より利益なことが法律上明白である場合をいうものと解すべきである……

不利益とは、更に為されるべき判決が、原判決より利益であることが、法律上明白である場合です。明白でなければ、違反部分を破棄するだけで、被告人の刑は変わりません。非常上告は、事件の中身の事実認定をやり直す手続ではない、とされています。法令を当てはめるだけで、原判決より軽いと明らかな場合が、自判の対象になります。設例で当てはめます。1つ目。法律が許す上限を超える刑が言い渡されたとき、更に言い渡すべき刑は、上限の範囲内です。原判決より軽いことは、明白です。だから、ただし書で破棄自判です。2つ目。適用すべき規定を取り違えていて、正しい刑がどちらに転ぶのか、明白でないとき。この場合は、違反部分の破棄にとどまり、被告人の刑は変わりません。ここで、問いを1つ出します。非常上告で原判決が破棄されたとき、その判決の効力は被告人に及ぶでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、第459条を読んでください。

条文刑事訴訟法第459条

刑事訴訟法第459条 非常上告の判決は、前条第一号但書の規定によりされたものを除いては、その効力を被告人に及ぼさない。

被告人の刑まで変わるのは、一部の場合だけです。非常上告の判決は、第458条第1号ただし書による判決を除いて、効力を被告人に及ぼしません。つまり、被告人に及ぶのは、破棄自判のときだけです。違反部分を破棄しただけの判決は、法令の解釈を正すものにとどまり、被告人の刑は、元のままです。目的が、法令の解釈適用の統一でしたから、こうなります。

非常上告。再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す。454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。被告人側は申し立てられない。期間の定めはない。手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)。目的=法令の解釈適用の統一。略式命令が対象になった例がある 図:非常上告

  • 再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す
  • 454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる
  • 被告人側は申し立てられない
  • 期間の定めはない
  • 手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)
  • 目的=法令の解釈適用の統一
  • 略式命令が対象になった例がある

使われ方の例も、1つ見ておきます。略式命令とは、簡単な書面の審理で、罰金などを命じる裁判のことです。公訴棄却とは、起訴が不適法なときに、事件の中身に入らず、手続を終える裁判のことです。判決でする場合と、決定でする場合があります。同じ事実について、2つの略式命令が出て、どちらも確定した事案で、後の略式命令を破棄して公訴を棄却した判決があります。確定した略式命令が、非常上告の対象になった例です。少年に対して、法律が許さない刑を言い渡した判決が確定したあとに、非常上告が認められた判決もあります。第454条、第458条、第459条は、条文のとおりの部分です。目的と、不利益の意味は、判例が示した考え方です。

再審と非常上告の違い

再審と非常上告の比較。理由=事実の誤り(新証拠など)/法令の誤り。申し立てる人=439条に定める者/検事総長だけ。行き先=原判決をした裁判所/最高裁判所。対象=有罪の確定判決だけ/有罪も無罪も。期間=制限なし/定めなし。効力=新しい判決の確定で原判決は効力を失う/原則として被告人に及ばない(破棄自判のときだけ及ぶ) 図:再審と非常上告の比較

  • 理由=事実の誤り(新証拠など)/法令の誤り
  • 申し立てる人=439条に定める者/検事総長だけ
  • 行き先=原判決をした裁判所/最高裁判所
  • 対象=有罪の確定判決だけ/有罪も無罪も
  • 期間=制限なし/定めなし
  • 効力=新しい判決の確定で原判決は効力を失う/原則として被告人に及ばない(破棄自判のときだけ及ぶ)

2本の道を、見比べます。理由が、まず違います。再審は事実の誤りで、新しい証拠が典型でした。非常上告は法令の誤りです。申し立てる人は、再審が第439条に定める者で、本人や親族、検察官などです。非常上告は、検事総長だけです。行き先は、再審が原判決をした裁判所、非常上告が最高裁判所です。対象も違います。再審は、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できるので、有罪の確定判決だけが対象です。非常上告は、有罪の判決も、無罪の判決も、対象になりえます。法令の解釈を正すのが目的で、結論が有罪か無罪かは問わないからです。期間は、どちらも、制限や定めがありません。効力は、再審が、新しい判決が確定すれば、原判決が効力を失います。非常上告は、原則として被告人に及ばず、破棄自判のときだけ及びます。

要するに、再審は被告人を救うための道で、非常上告は法律の運用を正すための道です。事実の誤りか、法令の誤りか。この分かれ目が、道を決めます。

無罪になったあとの補償

無罪になったあとの補償。2026年10月時点の法律。①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)。日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別。死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)。②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬) 図:無罪になったあとの補償

  • 2026年10月時点の法律
  • ①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)
  • 日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別
  • 死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)
  • ②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

再審で無罪の言渡しをしたとき、官報と新聞に何が載るのでしたか?無罪の判決の公示です。ただ、名誉が回復されても、失った時間と費用は、戻りません。3つ目の問いです。無罪になったあと、それはどうなるのでしょうか。無罪になったあとの補償は、大きく2種類あります。1つ目は刑事補償で、身体の拘束への補償です。2つ目は費用補償で、裁判に要した費用の補償です。この2つを、区別してください。刑事補償の根拠は、憲法にあります。

条文日本国憲法第40条

日本国憲法第40条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国に補償を求められます。その法律が、刑事補償法です。抑留とは、逮捕や勾引に伴う、比較的短期の身体の拘束です。拘禁とは、勾留のような、比較的長期の拘束です。

条文刑事補償法第1条第1項・第2項

刑事補償法第1条(第1項・第2項) 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)による通常手続又は再審若しくは非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者が同法、少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)又は経済調査庁法(昭和二十三年法律第二百六号)によつて未決の抑留又は拘禁を受けた場合には、その者は、国に対して、抑留又は拘禁による補償を請求することができる。 2 上訴権回復による上訴、再審又は非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者が原判決によつて既に刑の執行を受け、又は刑法(明治四十年法律第四十五号)第十一条第二項若しくは刑事訴訟法第四百九十四条の五の規定による拘置を受けた場合には、その者は、国に対して、刑の執行又は拘置による補償を請求することができる。

刑事補償法の第1条は、通常の手続だけでなく、再審や非常上告の手続で無罪の裁判を受けた人も、補償を請求できる、と定めています。未決の抑留や拘禁を受けたとき、すでに刑の執行や拘置を受けたときです。Zさんなら、服役した期間が、その対象になります。金額は、第4条です。

条文刑事補償法第4条第1項

刑事補償法第4条(第1項) 抑留又は拘禁による補償においては、前条及び次条第二項に規定する場合を除いては、その日数に応じて、一日千円以上一万二千五百円以下の割合による額の補償金を交付する。拘禁刑若しくは拘留の執行又は拘置による補償においても、同様である。

1日につき、千円以上、1万2500円以下です。その範囲で、拘束の種類や期間の長さ、財産上の損失、精神上の苦痛などを考慮して、額を決めます。請求先は、無罪の裁判をした裁判所です。請求できる期間は、無罪の裁判が確定した日から3年以内です。虚偽の自白などで、自分から起訴を招いたような場合は、裁量で補償をしないことができます。免訴や公訴棄却でも、請求できる場合があります。刑事補償法の第25条の第1項を、全文で読みます。

条文刑事補償法第25条第1項

刑事補償法第25条(第1項) 刑事訴訟法の規定による免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は、もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかつたならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは、国に対して、抑留若しくは拘禁による補償又は刑の執行若しくは拘置による補償を請求することができる。

免訴や公訴棄却で終わっても、その事由が無ければ無罪になるはずだったと認められる充分な事由があれば、請求できます。補償を決めたときの公示は別にあり、第453条の無罪判決の公示とは、別の話です。

費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。無罪の判決が確定したときは国が補償(188条の2第1項)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

  • 費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 無罪の判決が確定したときは国が補償(188条の2第1項)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

次に、費用補償です。こちらは、刑事訴訟法に定めがあります。

条文刑事訴訟法第188条の2第1項

刑事訴訟法第188条の2(第1項) 無罪の判決が確定したときは、国は、当該事件の被告人であつた者に対し、その裁判に要した費用の補償をする。ただし、被告人であつた者の責めに帰すべき事由によつて生じた費用については、補償をしないことができる。

補償される費用は、公判の準備や公判期日に出頭するための旅費と日当と宿泊料、それに弁護人への報酬です。根拠は、第188条の6です。請求は、無罪の判決をした裁判所に対して、確定後6か月以内にします。決定に対しては、即時抗告ができます。ここまでが、第188条の3です。手続は、刑事補償法の例によります。第188条の7です。2026年10月20日から、この費用補償に、第188条の2の第2項が加わる改正があります。再審開始の決定が確定した事件で、無罪の判決が確定したとき、再審を請求した者、検察官を除きますが、その人の、再審の請求の手続に要した費用も、旅費や日当、宿泊料、弁護人の報酬といった範囲で、補償の対象になります。

無罪になったあとの補償。2026年10月時点の法律。①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)。日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別。死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)。②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬) 図:無罪になったあとの補償

  • 2026年10月時点の法律
  • ①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)
  • 日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別
  • 死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)
  • ②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

Zさんの場合を、まとめます。Zさんが再審公判で無罪になったら、服役した期間の刑事補償を、日額で受けられます。公判への出頭の旅費や弁護人の報酬は、費用補償です。そして、判決は、官報と新聞に公示されます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(再審公判・非常上告・補償)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=再審公判で、元の事件に刑の廃止や大赦があったとわかった。裁判所は、Zが無罪か有罪かを判断できるか/設定替え=免訴事由はないが、新証拠で合理的な疑いが残る→通常の公判のとおり無罪も有罪もありうる。有罪でも原判決の刑より重くはならない(452条)。問2=確定した判決の刑が、法律の許す上限を超えていた。Z側は非常上告を申し立てられるか/設定替え=事実の認定そのものが誤りだった(実は別人)→非常上告の対象ではない(再審の理由)。問3=Zが再審公判で無罪。服役の期間の補償は。出頭の旅費・弁護人の報酬は/設定替え=免訴で終わった→刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば請求できる(刑補25条)。費用補償の対象は「無罪の判決」(188条の2) 図:節目のミニ事例

  • 再審公判・非常上告・補償。設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=再審公判で、元の事件に刑の廃止や大赦があったとわかった。裁判所は、Zが無罪か有罪かを判断できるか
  • 問1の設定替え=免訴事由はないが、新証拠で合理的な疑いが残る→通常の公判のとおり無罪も有罪もありうる。有罪でも原判決の刑より重くはならない(452条)
  • 問2=確定した判決の刑が、法律の許す上限を超えていた。Z側は非常上告を申し立てられるか
  • 問2の設定替え=事実の認定そのものが誤りだった(実は別人)→非常上告の対象ではない(再審の理由)
  • 問3=Zが再審公判で無罪。服役の期間の補償は。出頭の旅費・弁護人の報酬は
  • 問3の設定替え=免訴で終わった→刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば請求できる(刑補25条)。費用補償の対象は「無罪の判決」(188条の2)

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。再審公判で、元の事件に、刑の廃止や大赦があったと分かりました。裁判所は、Zさんが無罪か有罪かを判断できるでしょうか。判断しません。免訴です。再審公判は通常の公判で、免訴事由があれば、免訴になります。Zさんは、免訴の判決に対して、無罪を主張して上訴することもできません。設定を替えて、免訴事由はないけれど、新証拠で合理的な疑いが残る場合は、通常の公判のとおり、無罪も有罪もありえます。有罪でも、第452条により、原判決の刑より重くはなりません。2つ目。確定した判決の刑が、法律が許す上限を超えていたと、あとで分かりました。Zさん側は、非常上告を申し立てられるでしょうか。

Zさんの側からは、申し立てられません。非常上告は、検事総長だけが、最高裁判所に申し立てる道です。第454条です。検事総長が申し立てて、更に言い渡すべき刑が明白に軽くなるなら、破棄自判で、効力は被告人に及びます。第458条第1号ただし書と、第459条です。設定を替えて、事実の認定そのものが誤っていた、たとえば実は別人だった、というときは、非常上告の対象ではありません。再審の理由です。3つ目。Zさんが、再審公判で無罪になりました。服役した期間の補償は、どうなるでしょうか。出頭の旅費や、弁護人の報酬は。

全部、同じ補償でまとめてもらえるのではないですか。分かれます。服役した期間は刑事補償です。1日につき千円以上、1万2500円以下で、無罪の裁判をした裁判所に請求します。確定から3年以内です。旅費や弁護人の報酬は、第188条の2の費用補償で、確定後6か月以内に請求します。設定を替えて、免訴で終わった場合です。刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば、請求できます。刑事補償法の第25条です。ただし、費用補償の第188条の2第1項は、無罪の判決が確定したときと定めています。刑事補償法の第25条のように、免訴の場合に広げる定めは、置かれていません。だから、免訴で終わったときは、第188条の2には当たりません。分かれ目を言い直します。1つ目は、再審公判は通常の公判、という点でした。2つ目は、事実の誤りは再審、法令の誤りは非常上告、という点です。3つ目は、身体の拘束への刑事補償と、裁判の費用への費用補償は、別の制度、という点でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①再審公判はその審級で行われる通常の公判。元の刑より重い刑は言い渡せない(452条)。無罪なら官報と新聞に公示(453条)②法令の誤りだけなら非常上告(検事総長が最高裁判所へ)③無罪になれば刑事補償と費用補償。第8章の一覧=確定する前=上訴(控訴・上告・抗告・準抗告)/確定した後=再審(事実の誤り)・非常上告(法令の誤り)/無罪になったあと=刑事補償・費用補償・判決の公示。再審の流れ=請求手続(決定)→再審公判。2026年10月時点の法律 図:まとめ

  • Zの答え①=再審公判はその審級で行われる通常の公判。元の刑より重い刑は言い渡せない(452条)。無罪なら官報と新聞に公示(453条)
  • Zの答え②=法令の誤りだけなら非常上告(検事総長が最高裁判所へ)
  • Zの答え③=無罪になれば刑事補償と費用補償
  • 第8章の一覧=確定する前=上訴(控訴・上告・抗告・準抗告)/確定した後=再審(事実の誤り)・非常上告(法令の誤り)/無罪になったあと=刑事補償・費用補償・判決の公示
  • 再審の流れ=請求手続(決定)→再審公判
  • 2026年10月時点の法律

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。再審公判は、その審級で行われる通常の公判です。元の刑より重い刑は、言い渡せません。無罪なら、官報と新聞に公示されます。2つ目。法令の誤りだけなら、非常上告です。検事総長が、最高裁判所へ申し立てます。そして3つ目。無罪になれば、刑事補償と費用補償があります。第8章の全体を、一覧にして終えます。判決が確定する前は、上訴です。控訴、上告、抗告、準抗告がありました。確定した後は、事実の誤りなら再審、法令の誤りなら非常上告です。再審は、請求手続で決定をしたあとに、再審公判に進みます。そして、無罪になったあとは、刑事補償と費用補償と、判決の公示です。ここで、第8章は終わりです。

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第9章総まとめ

#168単独ページ動画

刑事訴訟法の歴史と改革の現在地

第9章 総まとめ ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問いと条文の貸し借り。問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)。問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか。総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ。今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地。2026年10月時点の法律 図:今日の問いと条文の貸し借り

  • 問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)
  • 問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか
  • 総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ
  • 今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地
  • 2026年10月時点の法律

第8章の再審と非常上告まで、刑事手続を、捜査から救済まで通してきました。最後の1本は、手続の流れではなく、条文そのものを歴史の側から見直します。思い出してほしい条文が2つあります。1つ目は、捜査の章で読んだ第222条です。第1項が、第99条第1項、第100条、第102条、第103条から第105条まで、第110条と、総則の条文を次々に準用していました。捜索や差押えの規定を、捜査機関のために書き直さず、総則から借りてくる形です。読んでいて疲れる条文ですが、こうなっているのには理由があるはずです。これが1つ目の問いです。第222条は、なぜ総則の条文を何十も借りてくるのか。2つ目の問いは、第316条の2や第350条の2のような、枝番のついた条文です。公判前整理手続も、証拠の開示も、枝番の条文の中にありました。なぜ、枝番の条文はこんなに多いのか。数えてみました。2026年10月の現行条文で、条番号に枝番のある条は211あります。本則の条文723のうち、約3割にあたります。

この2つの問いの答えは、歴史にあります。今日は4本の筋で歴史を通します。1本目は条文の並び。2本目は市民の参加。3本目は起訴の選別。4本目は防御の拡充です。そのあと、いまの法律がどこまで変わったかを、日付つきで確かめます。最後に判例と立法の関係を考え、ミニ事例で確かめて、手続の地図で全体を振り返ります。先に、見方を一つ渡します。古い家に増築を重ねた建物を思い浮かべてください。柱と間取りは昔のまま、新しい部屋は、あとから廊下の途中に差し込まれます。部屋番号を振り直さないなら、3号室の2という番号になります。刑事訴訟法の条文も、この姿に近いのです。

筋1 条文の並びに残る歴史

年表 4つの法律。治罪法(明治13年に公布)→明治の刑事訴訟法(明治23年に公布・同年11月1日に施行・治罪法を廃止)→旧刑事訴訟法(大正11年に公布・大正13年1月1日に施行)→現行刑事訴訟法(昭和23年7月10日に公布・昭和24年1月1日に施行・旧法の全部改正)。公布の年と施行の年は別。2026年10月時点の法律 図:年表 4つの法律

  • 治罪法(明治13年に公布)→明治の刑事訴訟法(明治23年に公布・同年11月1日に施行・治罪法を廃止)→旧刑事訴訟法(大正11年に公布・大正13年1月1日に施行)→現行刑事訴訟法(昭和23年7月10日に公布・昭和24年1月1日に施行・旧法の全部改正)
  • 公布の年と施行の年は別
  • 2026年10月時点の法律

1本目の筋は、条文の並びです。日本の刑事手続の法典を、年表にします。最初は、明治13年に公布された治罪法です。フランス法の影響を受けたとされています。明治23年には、明治の刑事訴訟法が公布され、同じ年の11月1日に施行されて、治罪法は廃止されました。次が旧刑事訴訟法で、大正11年に公布され、大正13年1月1日に施行されました。ここまでが戦前の法典です。そして、いまの刑事訴訟法です。昭和23年7月10日に公布され、昭和24年、つまり1949年の1月1日に施行されました。公布の年と施行の年は別、という点を、年表で確かめてください。

いまの刑事訴訟法は、形の上では、ゼロから作られた法典ではありません。旧刑事訴訟法の全部改正として成立しました。編の並びが、その痕跡です。総則から始まり、第一審、上訴、再審、非常上告、略式手続、裁判の執行と進む骨組みは、旧法から受け継がれています。一方で、中身には新しい考え方が入りました。予審、つまり公判の前に裁判官が事件を調べる手続は、なくなりました。起訴状一本主義が第256条第6項に、訴因制度が第256条第3項に置かれました。当事者主義的な仕組みが、このとき整えられたのです。まとめると、旧法の枠に新しい考え方を組み込んだ法典、と見ることができます。大陸法系、つまりフランスやドイツなどヨーロッパ大陸の法の系統の枠組みに、英米法、つまりイギリスやアメリカの法の系統の考え方を大きく加えたもの、と説明されます。

今日の問いと条文の貸し借り。問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)。問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか。総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ。今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地。2026年10月時点の法律 図:今日の問いと条文の貸し借り

  • 問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)
  • 問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか
  • 総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ
  • 今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地
  • 2026年10月時点の法律

冒頭の第222条の疑問に戻ります。総則、つまり第1編には、裁判所の権限が、まとめて置かれています。押収、捜索、検証、勾留などです。総則から始まるこの並びは、旧法から受け継いだものでした。捜査機関については、同じ中身を捜査の編にもう一度書くのではなく、総則にある条文を当てはめる、と第222条第1項が定めました。旧法の編成を引き継いだまま、捜査段階の令状主義などを組み込んだ結果、捜査機関の権限は、総則の条文を準用して借りる形になった、と説明されています。貸し借りは、もう1か所あります。令状を出す裁判官です。勾留の請求を受けた裁判官について、第207条第1項が何と定めているか、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第207条第1項

刑事訴訟法第207条(第1項) 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

前三条とは、第204条から第206条です。その規定による勾留の請求を受けた裁判官は、勾留という処分に関して、裁判所又は裁判長と同一の権限を持ちます。ただし、保釈には、この権限が及びません。裁判所の権限を、捜査の段階の裁判官に貸す書き方です。ここで1問です。勾留の請求を受けた裁判官は、保釈を除いて、何と同一の権限を持つでしょうか? 答えを言葉にしてから、続きを聞いてください。条文は、裁判所又は裁判長と、並べています。勾留の請求を受けた裁判官は、保釈を除き、裁判所又は裁判長と同一の権限を有します。ひとつの条文が、裁判所の権限を、令状を出す裁判官に貸している形です。

枝番の例。足した条は枝番になる。222条の3=平成11年・通信傍受の根拠(当時は222条の2。令和8年5月21日に繰り下がり)/316条の2=平成16年・公判前整理手続/301条の2=平成28年の改正・取調べの録音・録画(施行は令和元年)/102条の2=令和7年法律第39号・電磁的記録提供命令(令和8年5月21日施行)/450条の2=令和8年法律第67号・再審(令和8年8月13日施行)。条番号は動かさずに差し込む 図:枝番の例

  • 足した条は枝番になる
  • 222条の3=平成11年・通信傍受の根拠(当時は222条の2。令和8年5月21日に繰り下がり)/316条の2=平成16年・公判前整理手続/301条の2=平成28年の改正・取調べの録音・録画(施行は令和元年)/102条の2=令和7年法律第39号・電磁的記録提供命令(令和8年5月21日施行)/450条の2=令和8年法律第67号・再審(令和8年8月13日施行)
  • 条番号は動かさずに差し込む

もう一つの問い、枝番です。足した条は、枝番になります。5つ見ます。通信傍受の根拠となる規定は、平成11年に設けられました。当時は第222条の2でしたが、令和7年の改正で、新しい第222条の2が入ったため、いまは第222条の3になっています。第316条の2は、平成16年の改正で入り、公判前整理手続を定めます。第301条の2は、平成28年の改正で入った取調べの録音・録画の規定で、施行は令和元年です。第102条の2は、令和7年法律第39号で入った電磁的記録提供命令で、令和8年5月21日から施行されています。第450条の2は、令和8年法律第67号で入った再審の規定で、令和8年8月13日に施行されました。

条番号を動かさずに差し込めば、既存の条を引用している他の規定との対応が崩れません。枝番は、そのための形だ、と見ると読みやすくなります。2つの問いの答えを、並べます。第222条の長い準用は、旧法の編成の上に、捜査の規定を載せた跡です。枝番は、あとから足された制度の跡です。冒頭の増築した家に重ねると、昔のままの柱と間取りが旧法から受け継いだ編の並びに、廊下の途中に差し込んだ3号室の2が枝番にあたります。条文は歴史の地層、と見てください。

筋2 市民の参加

市民参加の年表。陪審法=大正12年に公布→昭和3年10月1日に全面施行→昭和18年4月1日に施行が停止。検察審査会法=昭和23年に公布・即日施行。起訴議決の導入=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行。裁判員法=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行。公布と施行は別 図:市民参加の年表

  • 陪審法=大正12年に公布→昭和3年10月1日に全面施行→昭和18年4月1日に施行が停止
  • 検察審査会法=昭和23年に公布・即日施行
  • 起訴議決の導入=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行
  • 裁判員法=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行
  • 公布と施行は別

1本目は、条文の並びそのものの話でした。ここからの3本は、制度ごとに、いつ入り、どう引き継がれたかを見ます。2本目の筋は、市民の参加です。3つの制度を、年表で並べます。まず陪審法です。大正12年に公布され、昭和2年に一部が施行され、昭和3年10月1日に全面施行されました。ところが昭和18年4月1日、陪審法ノ停止ニ関スル法律が公布・施行され、陪審法の施行が止められました。次に検察審査会です。検察審査会法は、昭和23年7月12日に公布され、即日施行されました。刑事訴訟法の施行は昭和24年ですから、検察審査会のほうが先に動き出しています。その後、起訴議決に拘束力を持たせる改正が、平成16年に公布され、平成21年5月21日に施行されました。最後が裁判員法です。これも平成16年に公布され、平成21年5月21日に施行されました。起訴議決と、同じ日です。

起訴議決も裁判員法も、公布のあと施行までに、準備の期間を置いた形です。ここでも、公布の年と施行の年は別、という区別が効いてきます。

陪審法の骨格。2条=死刑・無期の事件は原則として陪審の評議に付す(法定陪審)/3条=長期3年を超える事件は被告人の請求で付す(請求陪審)/12条=陪審員の資格は30歳以上の男子・引き続き2年以上同一市町村内に住居・引き続き2年以上直接国税3円以上・読み書きができること/29条=陪審員は12人。陪審は事実の有無を答申し、裁判所は答申に拘束されない。昭和18年の停止法=廃止ではなく停止。使われなくなった理由として挙げられるもの=様々な見解がある 図:陪審法の骨格

  • 2条=死刑・無期の事件は原則として陪審の評議に付す(法定陪審)/3条=長期3年を超える事件は被告人の請求で付す(請求陪審)/12条=陪審員の資格は30歳以上の男子・引き続き2年以上同一市町村内に住居・引き続き2年以上直接国税3円以上・読み書きができること/29条=陪審員は12人
  • 陪審は事実の有無を答申し、裁判所は答申に拘束されない
  • 昭和18年の停止法=廃止ではなく停止
  • 使われなくなった理由として挙げられるもの=様々な見解がある

陪審法の中身を、条文で見ておきます。陪審員は12人でした。第29条です。死刑や無期の事件は、原則として陪審の評議に付されました。これを法定陪審といい、第2条です。長期3年を超える事件は、被告人の請求があれば付されました。これは請求陪審で、第3条です。陪審員の資格は、第12条にあります。30歳以上の男子で、引き続き2年以上同じ市町村に住み、引き続き2年以上、直接国税を3円以上納め、読み書きができることでした。いまの裁判員とは、ずいぶん違う顔ぶれです。もう一つ大事な点があります。陪審は、事実の有無について答申をします。答申とは、問われた点への答えを出すことです。ただし、裁判所は、その答申に拘束されませんでした。裁判員が裁判官と一緒に評議して判決を決めるのとは、仕組みが異なります。

停止と廃止は、別です。陪審法ノ停止ニ関スル法律の附則は、今次の戦争が終わったら再施行するものとする、と定めていました。施行を止めただけで、法律をなくしたわけではありません。陪審が使われなくなった理由には、様々な見解があります。挙げられているものは3つです。法曹三者が陪審裁判に消極的だったこと。請求陪審では、有罪になると被告人が費用を負担したため、辞退する被告人が多かったこと。戦火の拡大で、労力や費用のかかる陪審裁判が敬遠されたこと、などです。検察審査会の仕組みは、起訴のところで学んだとおりです。起訴相当の議決のあと、検察官がまた不起訴にしたときに、もう一度審査して出す2度目の議決が、起訴議決でした。起訴議決が出ると、指定弁護士が検察官に代わって公訴を提起します。この拘束力は、平成16年の改正までありませんでした。それ以前は、起訴相当の議決が出ても、検察官が不起訴を維持できたのです。

意見書の柱と、対応する法律。司法制度改革審議会の意見書(平成13年)=国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的・実質的に関与できる新たな制度を導入すること。同じ意見書に並んだ項目と対応する法律=裁判員制度→裁判員法(平成16年法律第63号・平成21年5月21日施行)/争点整理のための新たな準備手続と証拠開示の拡充→平成16年法律第62号(公判前整理手続は平成17年11月1日)/被疑者・被告人の公的弁護制度→同法(被疑者国選は平成18年10月2日)/検察審査会の議決への法的拘束力→同法(起訴議決は平成21年5月21日)。即決裁判手続も同法(平成18年10月2日) 図:意見書の柱と、対応する法律

  • 司法制度改革審議会の意見書(平成13年)=国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的・実質的に関与できる新たな制度を導入すること
  • 同じ意見書に並んだ項目と対応する法律=裁判員制度→裁判員法(平成16年法律第63号・平成21年5月21日施行)/争点整理のための新たな準備手続と証拠開示の拡充→平成16年法律第62号(公判前整理手続は平成17年11月1日)/被疑者・被告人の公的弁護制度→同法(被疑者国選は平成18年10月2日)/検察審査会の議決への法的拘束力→同法(起訴議決は平成21年5月21日)
  • 即決裁判手続も同法(平成18年10月2日)

裁判員制度の導入の経緯を見ます。平成13年に、司法制度改革審議会が意見書を出しました。意見書は、刑事裁判について、国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的かつ実質的に関与できる新たな制度を導入すること、を柱に挙げました。同じ意見書の中には、ほかの項目も並んでいました。争点整理のための新たな準備手続の創設と、証拠開示の拡充。公判の連日的開廷。被疑者や被告人の公的弁護制度。検察審査会の一定の議決への法的拘束力です。対応する法律を、板で見ます。裁判員制度は、裁判員法です。平成16年法律第63号で、施行は平成21年5月21日でした。ほかの項目の多くは、同じ平成16年の法律第62号、刑事訴訟法等の改正に入っています。公判前整理手続は平成17年11月1日。被疑者国選と、次に述べる即決裁判手続は、平成18年10月2日。起訴議決は平成21年5月21日です。

同じ意見書の柱が、別々の法律で、別々の日に実現した、という見方が使えます。日付を問われたときは、どの法律のどの項目かを分けて覚えると整理できます。裁判員制度の趣旨は、条文の言葉で確かめます。第1条を、全文で読みます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。

条文の言葉で言えば、裁判員が裁判官と共に手続に関与することが、司法に対する国民の理解の増進と、その信頼の向上に資する、という趣旨です。裁判員制度の中身は、裁判員のところで学びました。ここでは、導入の事実と、条文が掲げる趣旨だけを押さえます。公判前整理手続と即決裁判手続の位置づけも、確かめます。公判前整理手続は、裁判員裁判の対象事件では、必ず付されます。裁判員法第49条です。一方、刑事訴訟法の手続としては、対象事件に限らず付すことができます。第316条の2です。即決裁判手続は、同じ平成16年の改正で入りました。明白で軽微な事件で、被疑者の同意があるときに、簡易迅速に処理する手続です。争いのない、簡易で明白な事件について、手続を合理化し、効率化する手続として設けられました。

即決裁判手続の利用は、伸びなかったとされます。平成24年から令和3年までの数字で見ます。司法統計年報によると、地方裁判所で、即決裁判手続により審判する旨の決定のあった人数は、平成24年に1,391人、令和元年に90人、令和3年には137人です。平成28年の改正では、公訴の取消しと再起訴の規定が入りました。いまの第350条の26です。中身は、即決裁判手続のところで学んだとおりです。

筋3 起訴の選別

起訴猶予の歴史。明治18年ごろ=運用として事実上始まる→旧刑事訴訟法279条=法律上初めて明文の根拠→現行248条に引き継がれた。始まりの理由として挙げられるもの=処罰の必要性の乏しい軽微事件の裁判を避ける刑事政策上の理由/監獄の経費を抑える国家財政上の理由。二面=①公判に付される前に手続から離れられる(烙印の回避・社会復帰・防御の負担の回避)/②検察官が有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があり、捜査で証拠を十分に固めようとする重心が捜査に寄る。 図:起訴猶予の歴史

  • 明治18年ごろ=運用として事実上始まる→旧刑事訴訟法279条=法律上初めて明文の根拠→現行248条に引き継がれた
  • 始まりの理由として挙げられるもの=処罰の必要性の乏しい軽微事件の裁判を避ける刑事政策上の理由/監獄の経費を抑える国家財政上の理由
  • 二面=①公判に付される前に手続から離れられる(烙印の回避・社会復帰・防御の負担の回避)/②検察官が有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があり、捜査で証拠を十分に固めようとする重心が捜査に寄る

3本目の筋は、起訴の選別です。検察官が、起訴するかどうかを選ぶ仕組みの歴史を見ます。起訴猶予は、明治18年ごろ、運用として事実上始まりました。法律上の根拠を初めて得たのは、旧刑事訴訟法の第279条です。それが、現行の第248条に引き継がれました。起訴猶予の制度は、戦前と戦後を通じて変わっていません。始まりの理由として挙げられるのは、処罰の必要性の乏しい軽微な事件の裁判を避ける、という刑事政策上の理由と、監獄の経費を抑える、という国家財政上の理由だと説明されています。現行の条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重と情状、犯罪後の情況によって、訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができます。有罪にできる事件でも、起訴しない選択があるわけです。運用が先で、明文があとから付き、現行法に引き継がれた、という順序を見てください。枝番で足された層ではなく、旧法から受け継いだ側の層にあたります。利点は確かにあります。公判に付される前に、手続から離れられます。有罪の烙印を避けられ、社会復帰がしやすく、公判で防御する負担も避けられます。一方で、もう一つの面が指摘されています。検察官が、有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があると、捜査の段階で証拠を十分に固めようとする重心が、捜査に寄ります。

起訴猶予の数字。令和6年の検察庁の終局処理人員総数78万2,735人(過失運転致死傷等及び道交違反を含む)のうち、起訴猶予は42万9,432人 図:起訴猶予の数字

数字を一つだけ見ておきます。令和6年の検察庁の終局処理人員は、過失運転致死傷等及び道交違反を含めて、総数78万2,735人でした。そのうち、起訴猶予は42万9,432人です。母集団を添えて読むと、起訴猶予が、実務の大きな部分を占めることが分かります。この選別のあり方は、捜査のとらえ方にも響きます。起訴にどの程度の嫌疑や事情を求めるかで、捜査に期待する役割が変わるからです。糾問的捜査観と弾劾的捜査観という、捜査の2つのとらえ方を学びました。糾問的捜査観は、捜査機関が優越する立場に立ち、被疑者を調べられる対象と見るとらえ方。弾劾的捜査観は、捜査を公判の準備と見て、被疑者を防御の主体と見るとらえ方でした。その違いは、この選別と、つながっています。

筋4 防御の拡充

防御の拡充の年表。当番弁護士=平成2年(1990年)9月に大分県弁護士会で始まり、平成4年(1992年)には全国52の弁護士会で実施。被疑者国選の3段階(当時の法文)=平成18年10月2日・死刑、無期、短期1年以上の懲役・禁錮に当たる事件/平成21年5月21日・死刑、無期、長期3年を超える懲役・禁錮に当たる事件/平成30年6月1日・勾留状が発せられている全事件(現行37条の2。改正は平成28年・法律第54号)。 図:防御の拡充の年表

  • 当番弁護士=平成2年(1990年)9月に大分県弁護士会で始まり、平成4年(1992年)には全国52の弁護士会で実施
  • 被疑者国選の3段階(当時の法文)=平成18年10月2日・死刑、無期、短期1年以上の懲役・禁錮に当たる事件/平成21年5月21日・死刑、無期、長期3年を超える懲役・禁錮に当たる事件/平成30年6月1日・勾留状が発せられている全事件(現行37条の2。改正は平成28年・法律第54号)

4本目の筋は、防御の拡充です。被疑者や被告人が、弁護人の助けを得られる範囲が、どう広がったかを見ます。出発点は、当番弁護士制度です。平成2年、1990年の9月に、大分県の弁護士会で始まりました。平成4年、1992年には、全国52の弁護士会で実施されたと、日弁連が公表しています。被疑者の段階に国選弁護がなかった時代に、弁護士会が担った仕組みでした。ここで、前に学んだことを1問だけ思い出してください。被疑者に国選弁護人を付ける制度は、憲法が直接に命じているでしょうか?

防御の拡充の年表(答え合わせ)。憲法34条=直ちに弁護人に依頼する権利/憲法37条3項=被告人が自ら依頼できないときは国で附する。被疑者国選の3段階は当時の法文。 図:防御の拡充の年表

  • 憲法34条=直ちに弁護人に依頼する権利
  • 憲法37条3項=被告人が自ら依頼できないときは国で附する
  • 被疑者国選の3段階は当時の法文

憲法の条文の差を、見直します。憲法34条が保障するのは、直ちに弁護人に依頼できることです。憲法37条3項は、被告人が自ら弁護人を依頼できないときは、国で附する、と定めています。国が付すと明文で書かれているのは、被告人についてだけです。被疑者に国が弁護人を付ける制度は、憲法の明文にはなく、法律、つまり刑事訴訟法第37条の2で設けられました。この条も、あとから足された枝番の条です。被疑者国選は、3段階で広がりました。まず平成18年10月2日に、死刑、無期、短期1年以上の懲役や禁錮に当たる事件が対象になりました。次に、平成21年5月21日に、死刑、無期、長期3年を超える懲役や禁錮に当たる事件へ広がりました。いずれも、当時の法文での対象です。3段階目が、平成30年6月1日。勾留状が発せられている全事件になり、これがいまの第37条の2です。日付の区別に注意してください。この拡大を決めた改正は、平成28年の法律第54号で、施行が2018年の6月1日です。改正の年と、施行の年は別です。

防御の拡充の年表(続き)。証拠開示=平成16年に公判前整理手続で立法化(316条の2以下)、平成28年の改正で拡充(平成28年12月1日施行) 図:防御の拡充の年表

  • 証拠開示=平成16年に公判前整理手続で立法化(316条の2以下)、平成28年の改正で拡充(平成28年12月1日施行)

被疑者国選の対象は、実際に段階を踏んで広がっています。証拠開示も、同じ流れの中にあります。平成16年の公判前整理手続の導入で、証拠開示が立法化されました。第316条の2以下です。平成28年の改正では、当事者が公判前整理手続を請求できることや、証拠の一覧表の交付、類型証拠開示の対象の拡大が入りました。施行は平成28年12月1日で、中身は、公判前整理手続のところで学びました。取調べの録音・録画は、このあとの平成28年改正でまとめて見ます。ここで一つだけ。取調べに弁護人が立ち会うことを定めた規定は、いまの刑事訴訟法にはありません。設けるべきだという議論が続いています。

平成28年改正をひとまとめに

平成28年法律第54号の背景。時系列で=平成22年に厚生労働省の元局長の事件で無罪判決→同年11月に法務省の「検察の在り方検討会議」→平成23年3月31日に提言「検察の再生に向けて」(取調べの可視化などを含む)→同年9月に「検察の理念」。 図:平成28年法律第54号の背景

平成28年の刑事訴訟法等の改正を、ひとまとめにして見ます。法律第54号です。まず背景を、時系列で並べます。平成22年に、厚生労働省の元局長の事件で、無罪判決が出ました。同じ年の11月に、法務省で検察の在り方検討会議が開かれ、平成23年3月31日に、取調べの可視化などを含む提言、検察の再生に向けて、がまとめられました。9月には、検察の理念も示されています。

平成28年法律第54号の背景(法制審議会の流れ)。平成23年6月に法制審議会の特別部会が設置され、平成25年1月の基本構想で2本の柱=「取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化・多様化するための方策」「供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」→公布は2016年6月3日 図:平成28年法律第54号の背景

  • 平成23年6月に法制審議会の特別部会が設置され、平成25年1月の基本構想で2本の柱=「取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化・多様化するための方策」「供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」→公布は2016年6月3日

法制審議会では、平成23年6月に特別部会が設置されました。平成25年1月の基本構想で、2本の柱が掲げられます。取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化、多様化するための方策。供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策。そして、平成28年6月3日に、法律第54号が公布されました。

平成28年法律第54号の9項目。9項目と施行日=職権保釈の考慮事情(90条)平成28年6月/被疑者国選の全勾留事件への拡大(37条の2)平成30年6月1日/取調べの録音・録画(301条の2)令和元年6月1日/合意制度・刑事免責 平成30年6月1日/公判前整理手続の充実(316条の2・14・15)平成28年12月1日/証人保護(氏名等の秘匿・勾引要件) 平成28年12月1日/被害者保護の拡充 平成30年6月1日/即決裁判手続の改正(公訴の取消しと再起訴・現350条の26)平成28年12月1日/通信傍受法の改正 平成28年12月1日・令和元年6月1日 図:平成28年法律第54号の9項目

軸は、取調べと供述調書に頼りすぎない方向、の1本です。この軸から9項目を見ると、取調べそのものを記録に残すのが、録音・録画。証拠を集める手段を広げるのが、合意制度と刑事免責と通信傍受。公判の審理の側では、証拠の開示を広げ、証人と被害者を守る措置を足しました。残る保釈、被疑者国選、即決裁判手続も、同じ2本の柱の下に置かれた項目です。保釈と被疑者国選は取調べに頼る捜査を改める柱の側、即決裁判手続は供述調書に頼る公判を改める柱の側で、身体の拘束と弁護と手続の見直しにあたります。そのうえで、学んだ回と、施行日で結んで読みます。1つ目は、職権保釈の考慮事情です。職権保釈は、裁判所が適当と認めるときに、職権で許す保釈でした。その判断で、逃亡や罪証隠滅のおそれの程度と、拘束が続くことで被告人が受ける不利益の程度を考慮する、と保釈のところで学びました。施行は平成28年6月です。2つ目は、被疑者国選が全勾留事件に広がったことで、施行は平成30年6月1日。3つ目は、取調べの録音・録画で、第301条の2です。対象は、条文の3類型でした。死刑又は無期の事件。短期1年以上の拘禁刑に当たる罪で、故意の犯罪行為により被害者を死亡させたもの。そして検察官が独自に捜査した事件です。施行は令和元年6月1日です。4つ目は、合意制度と刑事免責です。合意制度は、一定の財政経済犯罪や薬物銃器犯罪について、他人の刑事事件の解明に協力する見返りに、検察官が処分を軽くする制度でした。刑事免責は、裁判所が証人に免責を与えて、証言拒絶権を失わせる制度です。どちらも施行は平成30年6月1日。5つ目は、公判前整理手続の充実で、第316条の2と、第316条の14、第316条の15です。施行は平成28年12月1日です。6つ目は、証人保護と証言確保です。証人保護のところで学んだとおり、証人の氏名などを秘匿する対象が広がりました。これも同じ平成28年12月1日の施行です。7つ目は、被害者保護の拡充で、裁判所の構内まで来なくても証言できる、構外ビデオリンクなどが入り、平成30年6月1日。8つ目は、即決裁判手続の改正で、公訴の取消しと再起訴の規定です。平成28年12月1日の施行で、入った当時は第350条の12。平成30年6月1日に合意制度が入った条番号のずれで、いまの第350条の26になりました。

9つ目が、通信傍受法の改正です。通信傍受のところで学んだ、対象犯罪の追加と、2つの新しい方式が、この改正でした。再生する場面だけ立会いを置く一時的保存命令方式と、捜査機関の施設で立会いなしに行う特定電子計算機方式です。施行は2段階で、平成28年12月1日と、令和元年6月1日でした。一括改正は、1つの方向に沿った項目の束、と読みます。この束が、枝番の条文を一度に増やしました。冒頭の問いの2つ目への、答えのひとつです。

現在地1 手続のデジタル化

手続のデジタル化。2026年10月時点の法律。令和7年法律第39号(令和7年5月23日に公布)。令和7年6月12日に一部施行(施行済み)=電磁的記録の取調べの方式(307条の2)など/令和8年5月21日に施行(施行済み・現行法)=記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令(102条の2)が新設・秘密保持命令/残り(未施行)=令状(逮捕状・捜索差押許可状など)の電子的な請求・発付、書類の電子化、申立て等の電子的な提出(54条の2以下)など。施行日は「令和9年3月31日までの間において政令で定める日」(上限であって施行日ではない) 図:手続のデジタル化

  • 2026年10月時点の法律
  • 令和7年法律第39号(令和7年5月23日に公布)
  • 令和7年6月12日に一部施行(施行済み)=電磁的記録の取調べの方式(307条の2)など/令和8年5月21日に施行(施行済み・現行法)=記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令(102条の2)が新設・秘密保持命令/残り(未施行)=令状(逮捕状・捜索差押許可状など)の電子的な請求・発付、書類の電子化、申立て等の電子的な提出(54条の2以下)など
  • 施行日は「令和9年3月31日までの間において政令で定める日」(上限であって施行日ではない)

ここからは、現在地です。いまの法律が、どこまで変わったかを、日付で分けて確かめます。基準は、2026年10月時点の法律です。1つ目は、手続のデジタル化です。情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律、令和7年法律第39号です。令和7年5月23日に公布されました。施行は段階的で、3つに分かれます。1段階目は、令和7年6月12日です。電磁的記録の取調べの方式を定める第307条の2などが、施行済みです。2段階目は、令和8年5月21日で、これも施行済み、つまり現行法です。記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令が、第102条の2に新設されました。記録媒体ごと差し押さえる形から、必要なデータを提供させる形への組み替えでした。命令を受けたことなどを口外しないよう命じる秘密保持命令も、この日からです。中身は、電磁的記録のところで学びました。

3段階目の施行日は、まだ決まっていません。対象は、逮捕状や捜索差押許可状といった令状の電子的な請求と発付、書類の電子化、申立てなどの電子的な提出です。施行日は、令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされています。これは上限であって、施行日ではありません。2026年10月11日の時点で、その日は定められていません。試験で問われるのは、現行の条文です。たとえば第219条第1項は、令状を書面とし、記名押印を求める形のままです。未施行の部分は、予定の概観として押さえ、条文の逐語は覚えません。令状の請求のところや、公判の準備のところ、公判前整理手続のところで、いまは書面や出頭が前提、と触れた場面がありました。改正で変わるのは、その部分です。

現在地2 再審の改正とその他の近年の改正

再審の改正。2026年10月時点の法律。令和8年法律第67号(令和8年7月24日に公布)の3段階=第1段階 2026年8月13日(施行済み)442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3など/第2段階 2026年10月20日 費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)/第3段階 公布から1年以内に政令で定める日(調査・審判開始の手続や証拠提出命令など。政令は未制定) 図:再審の改正

  • 2026年10月時点の法律
  • 令和8年法律第67号(令和8年7月24日に公布)の3段階=第1段階 2026年8月13日(施行済み)442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3など/第2段階 2026年10月20日 費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)/第3段階 公布から1年以内に政令で定める日(調査・審判開始の手続や証拠提出命令など。政令は未制定)

2つ目の現在地は、再審の改正です。その前に、前の回の要点を1問。再審公判で、元の判決の刑より重い刑を言い渡せるでしょうか?第452条が、原判決の刑より重い刑を言い渡せない、と定めていました。この再審が、令和8年法律第67号で改正されました。令和8年7月24日に公布され、3段階で施行されます。第1段階は、2026年8月13日で、施行済みです。第442条、第448条第3項、第450条、第450条の2、第450条の3などが、対象です。再審のところで読んだとおり、再審開始の決定に対する即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限られ、期間は14日になりました。第2段階が、2026年10月20日です。費用補償、つまり無罪になった人に裁判の費用を補う制度の、第188条の2、第188条の3、第188条の6、第188条の7が、この日から変わります。第188条の2に第2項が加わり、再審で無罪の判決が確定したとき、再審の請求の手続に要した費用も、補償の対象になります。第3段階は、公布から1年以内に政令で定める日で、調査や審判開始の手続、証拠提出命令などです。2026年10月11日の時点で、その政令は定められていません。

2026年10月11日の時点で効力があるのは、第1段階までです。第2段階は2026年10月20日から、第3段階は政令で決まる日から、という整理になります。

その他の近年の改正。2026年10月時点の法律。拘禁刑への一本化(令和4年・2025年6月1日施行)/保釈中の逃亡防止措置(令和5年・段階施行・位置測定端末は未施行)/性犯罪関連の改正(令和5年・公訴時効の延長は2023年6月23日施行/その他の主な部分は2023年7月13日施行) 図:その他の近年の改正

  • 2026年10月時点の法律
  • 拘禁刑への一本化(令和4年・2025年6月1日施行)/保釈中の逃亡防止措置(令和5年・段階施行・位置測定端末は未施行)/性犯罪関連の改正(令和5年・公訴時効の延長は2023年6月23日施行/その他の主な部分は2023年7月13日施行)

その他の近年の改正も、学んだ範囲で受け直します。拘禁刑への一本化は令和4年の改正で、2025年6月1日に施行されました。保釈中の逃亡防止の措置は、令和5年の改正で、段階的に施行され、位置測定端末の部分は未施行です。性犯罪関連の改正は令和5年です。公訴時効を延ばす部分は公布の日の2023年6月23日から、そのほかの主な部分については2023年7月13日から施行されました。

判例がつくる時代から立法が動かす時代へ

対比。判例が形を示した例と、立法に委ねられた例。強制採尿=既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で認めた(最決昭55・10・23)。採尿場所への連行も、令状の効力として認められる場合がある(最決平6・9・16)。GPS捜査=令状なしのGPS捜査は違法。令状を発付することにも疑義がある。立法的な措置が講じられることが望ましい(最高裁大法廷・裁判官全員一致)。理由の背景=強制処分法定主義(197条1項ただし書) 図:対比

  • 判例が形を示した例と、立法に委ねられた例
  • 強制採尿=既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で認めた(最決昭55・10・23)
  • 採尿場所への連行も、令状の効力として認められる場合がある(最決平6・9・16)
  • GPS捜査=令状なしのGPS捜査は違法
  • 令状を発付することにも疑義がある
  • 立法的な措置が講じられることが望ましい(最高裁大法廷・裁判官全員一致)
  • 理由の背景=強制処分法定主義(197条1項ただし書)

最後の視点は、判例と立法です。手続の形を決めてきたのは、立法だけではありません。判例が形を示した例から見ます。強制採尿です。最高裁は、既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で、強制採尿を認めました。採尿の場所へ連れていくことも、令状の効力として認められる場合がある、と示しています。新しい条文を待たずに、解釈で手続の形ができた例です。中身は、強制採尿のところで学びました。対照的なのが、GPS捜査です。車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査について、最高裁の大法廷は、令状なしで行えば違法だとしました。そのうえで、令状を発付することにも疑義がある、と述べています。背景には、強制処分法定主義があります。第197条第1項ただし書は、強制の処分は、法律に特別の定めがある場合でなければできない、と定めているからです。判旨の一文を読みます。裁判官全員一致でした。

判例最大判平29・3・15 刑集71巻3号13頁

立法的な措置が望ましい——GPS捜査 GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。

有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して、憲法と刑事訴訟法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい、という一文です。令状という既存の枠に収めるのではなく、立法で形を作ることを求めています。ここは、論文で論点になりうる部分です。いまの刑事訴訟法の現行条文には、捜査としてのGPSを定める規定は置かれていません。分かれ目の一つは、既存の令状の枠に収まるかどうかです。強制採尿は、既存の令状に条件を付けることで、枠の中に収まりました。GPS捜査は、令状を発付すること自体に疑義があるとされ、枠に収まるか分からないものでした。GPS捜査のところで見たとおり、車と罪名を特定しても行動の過剰な把握を抑えられず、事前の令状呈示も想定できないからです。収まるなら解釈で足り、収まらないなら立法が望ましい、という見方ができます。平成以降の流れを並べます。通信傍受が平成11年、裁判員と公判前整理が平成16年、そして平成28年の改正、令和7年のデジタル化、令和8年の再審です。解釈でどこまで解決するか、立法に委ねるべきことは何か。この視点を持っておくと、新しい制度に出会ったときに整理しやすくなります。ここで1問です。GPS捜査について、大法廷は、解釈でできるとしたでしょうか、立法が望ましいとしたでしょうか?

立法的な措置が講じられることが望ましい、と述べました。令状を発付することにも疑義がある、という点とセットで覚えてください。

ミニ事例

ミニ事例1。次のうち、判例が形を示して足りたものと、立法が必要(望ましい)とされたものを分けよ。ア 強制採尿を行うための令状の形/イ 公判の前に争点と証拠を整理する手続/ウ 車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査 図:ミニ事例1

  • 次のうち、判例が形を示して足りたものと、立法が必要(望ましい)とされたものを分けよ
  • ア 強制採尿を行うための令状の形/イ 公判の前に争点と証拠を整理する手続/ウ 車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査

節目のミニ事例を3問出します。1問目です。板の3つを、判例が形を示して足りたもの、立法が必要、あるいは望ましいとされたもの、に分けてください。アは強制採尿を行うための令状の形、イは公判の前に争点と証拠を整理する手続、ウは車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査です。少し考えてください。分け方は、次のとおりです。アは、既存の捜索差押令状に条件を付ける形で、判例が形を示しました。イは、平成16年の改正で公判前整理手続が入りました。ウは、判例が、令状を発付することに疑義があるとして、立法が望ましいとしています。

ミニ事例2。次の4つの筋のどれの改正か。①条文の並び ②市民の参加 ③起訴の選別 ④防御の拡充。ア 勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる/イ 検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある/ウ 犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる 図:ミニ事例2

  • 次の4つの筋のどれの改正か
  • ①条文の並び
  • ②市民の参加
  • ③起訴の選別
  • ④防御の拡充
  • ア 勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる/イ 検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある/ウ 犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる

2問目です。アからウは、4つの筋のどれにあたるでしょうか。ア、勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる。イ、検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある。ウ、犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる。条文の並び、市民の参加、起訴の選別、防御の拡充から選んでください。アは防御の拡充です。被疑者国選が全勾留事件へ広がったのは、平成28年の改正で、施行が2018年6月1日でした。イは市民の参加です。起訴議決の導入で、施行は平成21年5月21日でした。ウは起訴の選別で、第248条の起訴猶予です。

ミニ事例3(2026年10月11日の時点)。次のうち、その日に現に効力があるものはどれか。また、日が決まっている未施行のものはどれか。ア 電磁的記録提供命令(102条の2)/イ 令状の電子的な請求・発付/ウ 再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正(188条の2第2項) 図:ミニ事例3

  • 2026年10月11日の時点で、次のうち、その日に現に効力があるものはどれか。また、日が決まっている未施行のものはどれか
  • ア 電磁的記録提供命令(102条の2)
  • イ 令状の電子的な請求・発付
  • ウ 再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正(188条の2第2項)

3問目です。2026年10月11日の時点で考えてください。ア、電磁的記録提供命令。イ、令状の電子的な請求と発付。ウ、再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正、第188条の2第2項。その日に現に効力があるものはどれか。日が決まっている未施行のものはどれか。整理は、次のとおりです。アの電磁的記録提供命令は、令和8年5月21日から施行されていて、現行です。イの令状の電子的な請求と発付は、その日の時点ではまだ未施行で、日は未定でした。令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされているだけでした。ウは、その日の時点では未施行でしたが、2026年10月20日からと、日が決まっていました。現行か未施行かは、「いつの時点か」と、「どの段階の施行か」の、2つで決まります。日付を添えて言う習慣をつけると、取り違えを防げます。

手続の地図で振り返る

手続の流れの地図。第2章 捜査/第3章 公訴/第4章 公判手続・第6章 公判の応用/第5章 証拠法/第7章 裁判/第8章 上訴と救済手続。今日の4本の筋と現在地が触れた場所=捜査は被疑者国選・録音録画・電磁的記録提供命令/公訴は起訴猶予・起訴議決/公判は公判前整理・裁判員・即決/証拠は301条の2・開示/救済は再審の改正。第7章 裁判は今日は触れていない。条文の並びは全体(どの章にも)=総則からの準用・枝番の条文。2026年10月時点の法律 図:手続の流れの地図

  • 第2章 捜査/第3章 公訴/第4章 公判手続・第6章 公判の応用/第5章 証拠法/第7章 裁判/第8章 上訴と救済手続
  • 今日の4本の筋と現在地が触れた場所=捜査は被疑者国選・録音録画・電磁的記録提供命令/公訴は起訴猶予・起訴議決/公判は公判前整理・裁判員・即決/証拠は301条の2・開示/救済は再審の改正
  • 第7章 裁判は今日は触れていない
  • 条文の並びは全体(どの章にも)=総則からの準用・枝番の条文
  • 2026年10月時点の法律

手続の流れの地図で、全体を振り返ります。捜査、公訴、公判、証拠、裁判、そして上訴と救済へと進む流れです。捜査の章には、被疑者国選、取調べの録音・録画、電磁的記録提供命令がありました。防御が広がった筋と、デジタル化の現在地が、ここに触れています。公訴の章には、起訴猶予と起訴議決があります。起訴の選別の筋と、市民の参加の筋が、重なる場所です。公判の章では、公判前整理手続と裁判員、即決裁判手続に出会いました。証拠の章では、取調べの録音・録画の規定と、証拠開示です。そして、救済の章は、再審の改正が、いまも段階的に施行されている場所でした。

条文の並びの筋は、特定の章ではなく、全体を貫いています。総則からの準用や、枝番の条文が、どの章にも出てきたからです。冒頭の2つの問いに、答えます。第222条が総則の条文を借りるのは、旧法の編成の上に、捜査の規定を載せた跡です。枝番の条文が多いのは、あとから足された制度の跡で、平成28年の改正のような束が、まとめて枝番を増やしました。条文は、歴史の地層です。条文を読むときは、この規定は、いつ、何のために足されたのか、と問いかけてください。これで、刑事訴訟法を、手続の最初から最後まで通しました。

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旧シリーズv1(作り直し中)

作り直し前のシリーズです。話の割り方が今の解説順と違うため、本文はこのページに載せず 単独ページへのリンクだけ置いています。