憲法ゼロから憲法#1

憲法とは何か——国家権力を縛る法

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第1章 憲法総論 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一度も破ったことのない法

問いかけボード(六法を読んだことがなくても違反していない、という導入)

何でしょう。実はそれ、当然なんです。あなたには、そもそも憲法に違反するという行為自体ができません。そこが、多くの人がはまる誤解です。憲法が「守れ」「これをせよ」と義務を負わせている相手は、実は国民ではありません。99条という条文を見てみましょう。義務を負うのは、天皇又は摂政、国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員です。

99条の名宛人リスト(国民が入っていないことを示す簡易板)

あなたが憲法に違反できないのは、そもそもあなたが名宛人ではないからです。そこを、この回で一本の筋道でたどっていきます。憲法は国民を縛る法ではなく、国家権力を縛る法です。

ステップ1:授権規範――権力に仕事をさせる条文

授権規範の考え方(免許の比喩)

憲法の役割を考えるとき、運転免許を思い浮かべてください。免許は「運転してよい」という許可です。権限を与えているわけです。憲法にも同じ働きをする条文があります。国会・内閣・裁判所という国家機関に、仕事をする権限を与える条文です。これを授権規範と呼びます。41条は国会に立法権を、65条は内閣に行政権を与えています。76条1項は、裁判所に司法権を与えています。これらの条文がなければ、国会も内閣も裁判所も、仕事をする権限を持ちません。授権規範は、いわば権力の設計図です。

権力分立の相互監視図(抽象アクターA=国会・B=内閣・C=裁判所)

この3つの機関は、それぞれ独立していながら、互いを監視し合う関係にあります。これを権力分立といいます。一つの機関に権限が集中すると、それを止める仕組みがなくなります。暴走したときの歯止めが効きません。3つに分けて互いに監視させることで、暴走を防ぐわけです。どう監視し合うかの中身は、国会・内閣・裁判所を扱う回で見ていきます。

ステップ2:制限規範――権力を縛る条文

制限規範の考え方(免許の比喩・続き)

免許の話に戻ります。免許には、許可と同時にもう一つの顔がありました。そのとおりです。権限を与えるからこそ、暴走しないよう縛る規定も要ります。この2つは矛盾しません、セットなんです。憲法でこの縛りの役割を果たす条文が制限規範です。与えた権限が、人権を侵す方向に使われないよう縛る条文です。人権を保障する条文の代表格に、11条・12条・13条があります。中身は、人権そのものを扱う回でじっくり見ます。具体例で考えましょう。21条1項は、表現の自由を保障しています。それは制限規範に反することになります。人権に本当に限界があるかを見極めるやり方は、専用の回で道具箱として組み立てます。

人権規範(目的)と授権規範(手段)の関係図

この関係を図でまとめます。人権保障という目的のために、授権規範が統治のしくみという手段を用意します。制限規範が、その手段の使い方を人権保障の向きに縛ります。目的と手段の関係で、1本につながっています。そのとおりです。ここまでが「どう縛るか」という役割の話でした。次は「憲法」という言葉が何を指すのか、という意味そのものに入ります。

ステップ3:形式的意味の憲法

形式的意味の憲法(「政府」という語の二通りの使われ方)

「政府」という言葉を考えてみてください。「今の政府は増税に慎重だ」と言うとき、今の内閣という特定の政権を指します。一方「政府がなければ社会は回らない」と言うとき、統治のしくみ一般を指します。「憲法」という言葉にも、同じ二通りの使われ方があります。「憲法」という名前の付いた法典があるかを見るのが形式的意味の憲法です。関係ありません。タイトルが付いているかどうかだけの、形式面の話です。イギリスには、「憲法」という名の1つにまとまった法典は存在しません。そこがポイントです。名前の付いた法典が無いだけです。統治や人権保障の中身自体は、別の形で存在しています。その”中身で決まる意味”の方を、次に見ていきましょう。

ステップ4:実質的意味の憲法――固有の意味と立憲的意味

憲法の意味の階層図(形式的意味/実質的意味〔固有の意味・立憲的意味〕)

名前ではなく中身・働きで見る考え方を実質的意味の憲法と呼びます。統治のしくみや人権保障という働きを持った法かどうかを見るわけです。イギリスには、形式的意味の法典は無くても、実質的意味の憲法はあります。実質的意味の憲法は、さらに2つに分かれます。一つは固有の意味の憲法——国の統治のしくみを定めた法という意味です。そのとおりです。権力者がすべてを独断で決められる国でも同じです。「その人がすべてを決める」というルール自体は存在します。だから固有の意味の憲法は満たしてしまいます。でも、それだけでは物足りません。もう一つ、立憲的意味の憲法があります。統治のしくみが”ある”だけでなく、個人の自由を守る向きに”縛られていて”初めて満たします。そのとおりです。2つの国を比べてみましょう。権力者の意のままにすべてが決められる国と、権力の行使に手続的な歯止めがある国です。たとえば、法律を作るのに議会の議決が要る、といった歯止めです。その歯止めがどう組み立てられているかは、国会や権力分立を扱う回で見ていきます。どちらも統治のしくみ、つまり固有の意味の憲法は持っています。ただ、後者だけが、人を守る向きの縛りを持つ立憲的意味の憲法を持ちます。日本国憲法は、この立憲的、つまり近代的な意味の憲法に当たります。国家権力を縛って人権を保障する、まさに今日ずっと見ている構造そのものです。

ステップ5:憲法の分類――成文・硬性・民定

憲法の分類対比表(成文/不文・硬性/軟性・民定/欽定)

「憲法」の中身が定まったところで、実際にある憲法の分類を見ましょう。3つの軸があります。一つ目、作られ方の軸。1つの法典にまとまっている憲法を成文憲法と呼びます。まとまった法典が無く、複数の法や慣習でできている憲法を不文憲法と呼びます。そのとおりです。二つ目、変えやすさの軸です。普通の法律より重い手続でしか変えられない憲法を硬性憲法と呼びます。普通の法律と同じ手続で変えられる憲法を軟性憲法と呼びます。三つ目、誰が作ったかの軸です。国民自身が制定した形をとる憲法を民定憲法と呼びます。君主が制定した憲法を欽定憲法と呼びます。1つの法典にまとまっているので成文憲法です。国民が定めた形をとるので民定憲法です。そして、改正に重い手続を必要とするので硬性憲法です。民定か欽定かは、日本国憲法ができた経緯にも関わります。その経緯は、憲法の歴史を扱う回で詳しく見ます。その重い改正手続を定めているのが、96条1項です。

条文憲法96条1項

日本国憲法 第九十六条 1 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が発議を行います。さらに国民投票で過半数の賛成が必要です。普通の法律より、ずっと重い手続です。だから硬性憲法なんです。この重い手続を踏めば何を変えてもよいのか、という問題があります。それは、統治の話が一通り終わった後の回で扱います。

ステップ6:近代的意味の憲法を貫く3つの特質

3つの特質の連関図(自由の基礎法=制限規範→最高法規)

ここからは中身の話に戻ります。さきほど出てきた近代的意味の憲法——これに共通する性質を3つ見ていきましょう。自由の基礎法であること、制限規範であること、最高法規であることです。実は、最初の2つは同じことの裏表です。個人の自由を守るための法だから(自由の基礎法)、権力を縛る(制限規範)。この自由の基礎法の核心にあるのが、13条が定める個人の尊重です。13条の中身は、幸福追求権を扱う回でじっくり見ます。権力を縛る法が、その権力自身が作る法律に負けては意味がありません。だからこそ憲法は、法律より強い——最高法規でなければなりません。そのとおりです。ここから、その「一番強い」を支える仕組みを見ていきます。

ステップ7:最高法規性――効力の序列から見る

効力の序列(憲法>法律>命令>処分)

憲法が国家権力を縛る法でも、縛りに実効性がなければ絵に描いた餅です。そこで働くのが最高法規性です。まず形の面から見ましょう。さきほどの「形式的意味・実質的意味の憲法」とは別の話です。ここでは「憲法が一番強い」ことを、形の面と中身の面の二つから見ます。

条文憲法98条1項

日本国憲法 第九十八条 1 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない

この憲法は国の最高法規であって、反する行為は効力を有しない、とあります。憲法が一番上、その下に法律、さらに下に命令や処分という序列があります。上位に反する下位のルールは、効力を持ちません。憲法に反する法律ですから、98条1項によって効力を持ちません。作られたけれど、初めから無かったのと同じです。そのとおりです。ただし、本当に憲法に違反しているかを見極める権限が必要です。それを持つのが、81条の定める裁判所です。この違憲審査という権限の細かい性格は、裁判所を扱う回でじっくり見ます。98条1項が定めるこの効力の序列を、形式的最高法規性と呼びます。

ステップ8:なぜそこまで強いのか――実質的根拠

最高法規性を支える3つのルート(実質的最高法規性・硬性憲法・授権規範性)

では、なぜ憲法だけが、そこまで強くなければならないのでしょうか。理由をたどると、3つのルートから1つの答えに集まります。一つ目のルートは、さっき見た硬性憲法です。改正の手続が重いので、簡単には書き換えられません。だから強さが保たれます。二つ目のルートは、授権規範性です。国会や内閣といった国家権力を生み出す根拠が、憲法にあります。生み出された側の法律が、生み出した側の憲法を上回ることはできません。三つ目のルートが、いちばん根本的な理由です。97条を見てみましょう。

条文憲法97条

日本国憲法 第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

人類が長い歴史のなかで勝ち取ってきた、侵すことのできない永久の権利。それを守るための法だからこそ、憲法は一番強くなければなりません。これが実質的最高法規性、実質的な根拠です。そのとおりです。改正しにくくするのも、国家権力を生み出す根拠として置くのも同じです。突き詰めれば人権を保障するため、3つのルートは1つの答えに収束します。ここで、冒頭の、六法を一度も読んだことがないという話に戻りましょう。

条文憲法99条

日本国憲法 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

義務を負うのは、天皇又は摂政、国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員です。国民は、ここに入っていません。言ってみてください。完璧です。私たち国民は、憲法に守られる側であって、縛られる側ではありません。だから名宛人に国民が出てこないんです。

今日の地図(保存版)

今日の全体像(授権規範/制限規範→意味→分類→3つの特質→最高法規性)

憲法は、国家権力に仕事をさせる授権規範を持つ法でした。そして、その権力を縛る制限規範という、2つの顔がありました。「憲法」という言葉には、名前だけで決まる形式的意味があります。中身で決まる実質的意味もあります。実質的意味はさらに、しくみが”ある”だけの固有の意味に分かれます。人を守る向きに”縛られた”立憲的意味にも分かれます。日本国憲法は成文・硬性・民定の性質を持ちます。自由の基礎法であり制限規範であるからこそ、最高法規でなければならない——この一本の筋がありました。形式的には98条1項によって法律より強い地位を持ちます。その実質的な理由は、97条が示す人権保障にありました。では、自分の理解を確かめる3つの質問です。声に出さなくてもいいので、頭の中で答えてみてください。一つ目。憲法が義務を負わせる相手は誰でしょうか?二つ目。授権規範と制限規範はそれぞれ何をする条文で、両者はどんな関係にあるでしょうか?三つ目。形式的意味の憲法と実質的意味の憲法は、それぞれ何を基準に判定するでしょうか?そのうえで、実質的意味の中の固有の意味と立憲的意味は、何が違うでしょうか?完璧です。実質的意味の中の区別まで、正確に押さえられています。でも、まだ答えていない問いが残っています。なぜ、そんな法がわざわざ必要になったのか。そして、法律で縛るだけで足りるのか、それとも別の縛り方が要るのか。この続きで、その問いを見ていきます。

参照条文

  • 憲法96条1項
  • 憲法98条1項
  • 憲法97条
  • 憲法99条

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