憲法ゼロから憲法#46

財産権と29条1項・2項

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29条1項と2項の関係

一見した矛盾

結論1項と2項は、役割が違うだけで矛盾しません。

  • 1項:決まった後を守るルールです。
  • 2項:財産権の中身を、誰が、どこまでこれから決めてよいかのルールです。

条文1項は「侵してはならない」、2項は「法律でこれを定める」と定めています。

注意法律で内容を決められるなら、1項は何を守っているのか、という疑問が出てきます。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

1項の2つの意味

結論1項は、2段階の歯止めで財産権を守っています。

  • 現状保障:今持っている財産権の中身を、あとから勝手に変えることを禁じます(第3節)。
  • 私有財産制の制度的保障:私有財産制という仕組みそのものを、法律でも壊すことを禁じます(第4節)。

財産権の沿革(絶対不可侵から広範な制限へ)

1項と2項は、役割の違う2つのルールです。
では、なぜ財産権には「侵してはならない」だけでなく、2項が置かれているのでしょうか。

財産権の考え方の移り変わり(絶対不可侵→格差の深刻化→社会国家思想「所有権は義務を伴う」→広範な制限)

定義社会国家とは、国が格差を放置せず、積極的に是正する役割を持つべきだ、という考え方です。

結論財産権は、絶対不可侵の権利から、広範な制限に服する権利へと変わりました。

  • 近代の初め:国家が絶対に手を出せない不可侵の権利で、自由権の中心でした。
  • 資本主義の進展:格差が深刻な社会問題になり、社会国家の考え方が広がりました。
  • ワイマール憲法:「所有権は義務を伴う」と定めました。

理由自分の財産でも好きに使ってよいわけではなく、使い方に社会的な責任が伴うからです。

具体例広い土地を持つ地主が、周辺住民の生活環境を壊すように土地を使う自由は、今日では当然には認められません。

注意この流れが、2項の「法律でこれを定める」という書き方に表れています。

2項は例外的な規定ではなく、今の財産権の姿そのものです。

1項の1つ目の意味:現状保障

財産権は、広範な制限に服する権利になりました。
それでも1項が守っているものの1つ目は、何でしょうか。

現状保障

定義現状保障とは、今、法律で認められている財産権の具体的な中身を、あとからの法律で勝手に変更することを禁止することです。

理由いったん認めた中身を後から都合よく変えられるなら、財産権の保障は絵に描いた餅になるからです。

具体例「もう持っているもの」を動かすかどうかが、境目です。

  • 該当する例:既に発生している著作物の財産的な権利を、法改正で遡って消すことです。
  • 該当しない例:これから新しく生まれる権利についてだけ、ルールを変えることです(まだ発生していない権利の話です)。

事後の法律による変更(国有農地売払対価事件)

現状保障の抜け道(当初のルール→事後の法律で変更→公共の福祉適合性を審査→合憲)

事案国は、農地改革で多くの農地を買収しました。

  • 買い戻し:自作農づくりに使わないことになった農地は、もとの持ち主が国から買い戻せました。
  • 当初のルール:買い戻しの値段は、国が買収したときの対価と同じ額でした。
  • 事後の法律:買い戻しの値段が、時価の7割に引き上げられました。
  • 主張:もとの持ち主が、財産権の侵害だとして争いました。

結論合憲とされました。

判決は、事後の法律で変更しても、「公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができない」と述べています。

理由2項が、財産権の内容は「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定しているからです。

1項の現状保障も、この2項の枠の中にあります。

  • 抜け道の必要性:現状保障が絶対だとすると、社会の変化に合わせて制度を作り直すことすらできなくなります。

注意現状保障は絶対の壁ではありません。

変更そのものが違憲なのではなく、公共の福祉に適合する形かどうかで結論が決まります。

国有農地売払対価事件最高裁判所大法廷判決現状保障の抜け道「法律でいつたん定められた財産権の内容を事後の法律で変更しても、それが公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができないことは明らかである。」

1項の2つ目の意味:私有財産制の制度的保障

現状保障には、公共の福祉に適合すれば変更できるという抜け道があります。
では、1項には、法律でも動かせない保障はあるのでしょうか。

制度的保障と私有財産制の核心

定義1項は、個々人の財産権だけでなく、私有財産制という制度そのものも保障しています(制度的保障)。

結論通説は、私有財産制の核心を生産手段の私有と解します。

工場・機械・原材料といったものを、個人が所有できることです。

理由1項が個々人の財産権だけを守るなら、「今後、生産手段は一切個人が持てない」という制度を作る法律まで許しかねないからです。

そのため、制度の核心部分は、法律によっても変更できない一段深い保障が要ります。

具体例境目は、私有そのものを否定するかどうかです。

  • 違憲:特定の産業の生産設備を、すべて強制的に国有化する法律です(その業種では誰も工場や機械を個人所有できません)。
  • 合憲もありうる:特定の業種に営業許可制を導入する法律です(条件を満たさないと開業できないという規制にとどまります)。

注意この核心を変えるには、通常の法律では足りず、憲法改正が必要です。

憲法を改正しない限り、社会主義体制のような形に移行することは許されません。

  • 他の制度的保障:政教分離や大学の自治も、同じ理論で説明されます。

1項の二階建て構造

1項には、現状保障と制度的保障という2つの意味があります。
では、2つの保障の強さは、なぜ違うのでしょうか。

1項の二階建て(一階=現状保障・抜け道あり/二階=制度的保障・抜け道なし)

結論守る対象のレベルが違うので、守り方の強さも違います。

  • 一階(現状保障):「その人が今持っている財産」という、個人のレベルです。
  • 二階(制度的保障):「私有財産制という仕組みそのもの」という、より大きなレベルです。

理由仕組みという土台が崩れると、個人の財産権を積み上げる場所自体が無くなるからです。

だから、土台である二階のほうが固く守られています。

具体例同じ「家」でも、階が違うと通る理屈が違います。

  • 一階の問題:今持っている家を、国が取り上げることです(理由次第で正当化されえます)。
  • 二階の問題:そもそも、家を個人が持てない社会にすることです(どんな理由があっても正当化されません)。

2項の形式面:条例による財産権の制限

2項は、財産権の中身をこれから決める側のルールです。
まず、財産権を制限できるのは誰か、条例でも制限できるのかを見ます。

通説(条例による制限も許される)

結論通説は、条例による財産権の制限も許されると解します。

条文2項は「法律でこれを定める」と書いているので、文言だけ見ると条例では制限できないように読めます。

理由「法律で」は、財産権の中身を誰かが勝手に決めず、国民から選ばれた代表が議論して決めることを求めた言葉です(中身より決め方を縛っています)。

  • 民主的な立法:条例は、住民が選んだ議会が作る民主的な立法です。憲法自身も、地方自治の条文(93条2項・94条)でこれを認めています。
  • 地域の特殊事情:地域ごとに、特有の事情に応じた財産権の規制が必要な場面があります。

具体例ある地形に特有の災害リスクへの対応は、全国一律の法律より、その土地の条例の方が機動的に対応できます。

注意「法律」を国会が作る法律に限ると、こうした地域の対応ができなくなります。

地方議会も住民の代表による民主的な機関なので、条例による規制を一律に排除する理由は乏しいとされます。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

94条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

奈良県ため池条例事件

奈良県ため池条例事件の事案の構造(県が条例で堤とうの使用行為を禁止/住民が違反し起訴され、条例による制限の是非を争う)

事案奈良県の条例は、ため池の堤とうを使用する行為を禁止していました。

  • 危険:ため池は、大雨などで堤とうが壊れると、下流に大きな被害をもたらします。
  • 起訴:堤とうで農作物を作り続けた住民たちが、条例違反で起訴されました。
  • 主張:住民たちは、条例が財産権を不当に制限していると争いました。

結論条例で禁止・処罰しても、憲法・法律に反しないとされました。

  • 主たる理由づけ:決壊の原因となる堤とうの使用行為は、「憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にある」とされました(保障の範囲外)。
  • 結び:地域ごとの事情から条例で定めるのが適切な事柄があるとし、この条例は29条2項に違反して条例では定められない事項を定めたものではない、と述べています。

理由決壊の原因となるほど危険な使い方まで、財産権の中身に含めて守る理由は無いからです。

  • 利益の比較:堤とうを畑として使う利益と、決壊で下流で失われる生命や財産は、比べものになりません。
  • 受忍の責務:判決も、災害を未然に防ぐやむを得ない必要から、堤とうを使う権利を持つ人は、公共の福祉のため当然これを受忍すべき責務を負う、と述べています。

注意「危険だから制限してよい」ではなく、「はじめから財産権の中身に入っていない」という理屈です。

  • 少数意見:この判決には少数意見(今でいう反対意見)があり、法律、または法律の委任を受けた条例でなければ、財産権の内容は制限できない、としています。

奈良県ため池条例事件最高裁判所大法廷判決保障の範囲外という理路「ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであつて、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるものというべく、従つて、これらの行為を条例をもつて禁止、処罰しても憲法および法律に牴触またはこれを逸脱するものとはいえない。」

判決は何に答えたか

判決の二つの層(主たる理路=破損・決かいの原因となる使用行為は財産権の行使の埒外/結びの説示=条例で定めるのが適切な事柄がある)と答案での使い方

結論この判決は、「条例だから制限できる」という一般論を立てて答えたわけではありません。

主な理由づけは「保障の範囲外」ですが、結びでは条例による規制を否定していません。

注意この判決を「条例による財産権の制限を認めた判例」と説明することもあります。

ただ、中心の理由づけは「範囲外」なので、そこまで一般化して読むかは書き方が分かれます(どちらか一方が誤りというわけではありません)。

  • 通説との関係:条例による制限を認める通説は、この判決とは別に、一般論として確立されたものです。

2項の実質面:制限の限界(審査の枠組み)

第6節は、誰が財産権を制限できるかという形式の話でした。
では、財産権はどこまで制限してよいのでしょうか。

3つの手がかり

定義規制の目的は、2つに分けられます。

  • 消極目的:危険を防ぐための規制です。
  • 積極目的:社会経済政策を進めるための規制です。

結論財産権でも、人権の性質・重要性、規制の態様・程度、立法の目的の3つを総合して見ます。

注意目的だけを見て審査の基準を決めるやり方は、財産権でも通用しません。

目的にレッテルを貼るだけでは、結論は決まりません。

森林法共有林事件

森林法共有林事件の事案の構造(山林を持分各二分の一で共有/管理をめぐる対立/一方が民法256条1項で分割を請求/森林法186条本文〔当時〕が二分の一以下の共有者の分割請求を拒否)

定義明白の原則とは、著しく不合理であることが明白でない限り、違憲にしない、という緩い基準です。

事案民法256条1項は、各共有者がいつでも共有物の分割を請求できることを原則としています。

  • 森林法の規定:当時の森林法186条は、持分の価額が2分の1以下の共有者は分割請求ができない、としていました。
  • 事実:父から山林の贈与を受けた2人が、持分2分の1ずつで共有していました。
  • 請求:森の管理をめぐって対立し、一方が分割を請求しましたが、この規定に当たり認められませんでした。
  • 主張:この規定が、財産権を保障する29条に違反すると争いました。

結論森林法186条本文は、「憲法二九条二項に違反し、無効」とされました(違憲)。

  • 目的の認定:森林の細分化を防いで森林経営の安定を図り、国民経済の発展に資することです(積極目的と明示してはいませんが、そう読める認定です)。
  • 審査の枠組み:規制の目的、必要性、内容、制限される財産権の種類・性質・制限の程度等を比較考量して決めます。
  • 審査の手法:明白の原則ではなく、実質的には厳格な合理性の基準にあたる手法です(薬局の距離制限事件と似た書き方です)。

理由分割の制限は、目的を達成する手段として必要性・合理性を欠くと判断されたからです。

  • 関連性が薄い:分割を禁じても、対立する共有者がそろって森の経営を始めるわけではありません。対立した2人が共有のまま取り残され、手入れの行き届かない森が残るのでは、経営の安定に近づきません。
  • 限定が無い:分割を禁止する範囲や期間に、限定がありませんでした。

注意判決の言葉にも「明らか」という言い回しが出てくるので、言い回しだけ見ると緩い基準に見えます。

見分けるのは言い回しではなく、手段の中身までどこまで踏み込んだかです。

  • 比較の意味:明白でない限り違憲にしない、で済ませるなら、目的・必要性・内容・制限の程度を並べて比べる必要はありません。
  • 目的との関係:目的が積極目的に読めても、それだけで緩い基準が使われるとは限りません。
  • その後:この分割制限の規定は、後の法改正で削除され、今の森林法にはありません。

森林法共有林事件最高裁判所大法廷判決目的認定と審査の枠組み目的認定:「森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。」審査の枠組み:「規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、……立法の規制目的が……公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであつても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであつて、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り……効力を否定することができる」結論:森林法一八六条本文について「憲法二九条二項に違反し、無効というべきである」

256条(共有物の分割請求)|民法 第二編 物権 第三章 所有権 第三節 共有(249〜264条)1項:各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。

証券取引法インサイダー取引規制事件

事案上場会社の主要株主が、短期間に自社の株式を何度も売買して、利益を得ました。

  • 規定:当時の証券取引法164条1項は、短期売買で得た利益を会社に提供させることができる、としていました。
  • 請求:会社がこの規定に基づいて利益の提供を求め、主要株主が争いました。

結論164条1項は、公共の福祉に適合する制限を定めたもので、「憲法29条に違反するものではない」とされました(合憲)。

  • 目的:証券取引市場の公平性・公正性を維持し、一般投資家の信頼を確保することです。

理由規制目的は正当で、規制手段が必要性又は合理性に欠けることが明らかとはいえないからです。

注意判決の文章に、「積極的」「消極的」という言葉は出てきません。

目的にレッテルを貼らず、規制の目的・必要性・内容を比較して見る、という森林法事件と同じ土台に立っています。

証券取引法インサイダー取引規制事件最高裁判所大法廷判決積極・消極のラベルを使わない合憲判断「法164条1項は証券取引市場の公平性、公正性を維持するとともにこれに対する一般投資家の信頼を確保するという目的による規制を定めるものであるところ、その規制目的は正当であり、規制手段が必要性又は合理性に欠けることが明らかであるとはいえないのであるから、同項は、公共の福祉に適合する制限を定めたものであって、憲法29条に違反するものではない。」

2つの判決の比較(なぜ結論が分かれたか)

森林法事件と証券取引法事件の対比(目的の認定・積極消極の別・手段の必要性合理性・結論)

結論分かれ目は、規制手段が目的の達成に本当に必要か・合理的かという中身です。

  • 共通点:どちらも同じ比較の枠組みを使い、目的の正当性も認められています。
  • 人権の性質・重要性:枠組みの中の「制限される財産権の種類、性質」に当たりますが、どちらも財産権への制限なので差が出ません。

注意目的二分論というラベルを外しても、規制の中身がどこまで踏み込んでいるかで、裁判所は結論を出せます。

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