憲法ゼロから憲法#49

刑事手続の諸権利——憲法が置いた権利の地図

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第3章 人権各論 ㊾/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

地図の正体——被疑者・被告人ではなく、時間の流れ

三十三条から三十九条の時間軸(捕まえる=33条→拘束されている間=34条→調べる=35条→裁く=37条→供述と自白=38条→終わったあと=39条/三十六条だけは流れの外=刑罰そのものを絶対的に禁止) 図:三十三条から三十九条の時間軸

  • 捕まえる=33条→拘束されている間=34条→調べる=35条→裁く=37条→供述と自白=38条→終わったあと=39条
  • 三十六条だけは流れの外=刑罰そのものを絶対的に禁止

では、実際に、この時間軸を、並べてみましょう。まず、捕まる場面。ここで働くのが、三十三条です。次に、拘束されている間。ここが、三十四条。そして、調べられる場面。住居や持ち物を調べられる場面には、三十五条が、働きます。そのあと、裁判にかけられる場面では、三十七条。供述を求められたり、自白が問題になったりする場面では、三十八条が、働きます。そして、裁判が終わったあと——同じ罪で、二度、裁かれないか。それを扱うのが、三十九条です。自分が、もし、疑われる立場だったら、と想像してください。ある日突然、逮捕される。この瞬間、三十三条が、働きます。留置場に、入れられる。この間、三十四条が、守ってくれます。家を、調べられる。ここで、三十五条が、出てきます。

法廷に立つ。ここで、三十七条と、三十八条。判決が出た、そのあとも、三十九条が、控えています。ただし、一つだけ、この流れに乗らない条文があります。三十六条です。拷問と、残虐な刑罰を、絶対に禁止する条文です。この条文は、手続のどの段階、という話ではなく、刑罰そのものの中身を、絶対的に、禁止しているからです。だから、三十六条は、この時間の流れの、外側に、はみ出した条文として、あとで、別枠で、扱います。基本書は、被疑者の権利、被告人の権利、という、立場ごとの分類で、並べています。それも、正しい整理です。ですが、今日は、時間の流れという軸で、条文番号のバラバラさを、一本につないでいきます。

三十三条——逮捕の令状主義

三十三条の構造(原則=裁判官の発する令状/例外=現行犯/なぜ裁判官か=事件の当事者でない第三者による事前審査) 図:三十三条の構造

  • 原則=裁判官の発する令状
  • 例外=現行犯
  • なぜ裁判官か=事件の当事者でない第三者による事前審査

三十三条を、読んでみましょう。

条文日本国憲法 33条

日本国憲法 第三十三条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

原則は、裁判官の発する令状——逮捕状です。例外は、あります。現行犯として、逮捕される場合です。目の前で、罪が行われているなら、誰の目にも、犯罪は明らかです。だから、令状は、要りません。では、なぜ、原則として、令状が要るのでしょうか。捜査機関が、逮捕を、勝手に決められると、困る——その直感は、正しいです。もう一歩、踏み込みましょう。令状を出すのは、誰でしょうか。逮捕する側の捜査機関ではなく、事件と、直接、関わりのない、第三者——裁判官です。捜査機関が、自分自身の判断だけで、逮捕できるとしたら、どうなるか、考えてみてください。

自分で決めて、自分で実行する。この一体化こそが、恣意的な逮捕を、生みます。裁判官が、令状を出す前に、逮捕の理由を、事前に、審査します。これが、司法権によるコントロールです。しかも、令状には、犯罪の理由を、明示しなければなりません。何の罪で逮捕するのか、あらかじめ、はっきりさせておく——これも、恣意を防ぐ、大事な要素です。三十三条は、こうして、逮捕という、人身の自由への重大な制限に、歯止めをかけています。

三十四条——身柄拘束中の弁護人依頼権と勾留理由開示

三十四条の構造(前段=身柄拘束された者への弁護人依頼権〈実質的な弁護を受ける権利・刑訴三十九条一項の接見交通権で具体化〉/後段=勾留理由開示請求権〈刑訴八十二条で具体化〉/憲法には身柄拘束のない被疑者の弁護人依頼権の規定がない) 図:三十四条の構造

  • 前段=身柄拘束された者への弁護人依頼権〈実質的な弁護を受ける権利・刑訴三十九条一項の接見交通権で具体化〉
  • 後段=勾留理由開示請求権〈刑訴八十二条で具体化〉
  • 憲法には身柄拘束のない被疑者の弁護人依頼権の規定がない

続いて、逮捕されたあと——拘束されている間の話です。三十四条を、読んでみましょう。

条文日本国憲法 34条

日本国憲法 第三十四条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

前段は、身柄を拘束された人への、弁護人依頼権です。逮捕された直後を、想像してください。外部と、一切、連絡が取れない状態に、置かれます。そこに、弁護人へのアクセスが、保障されています。しかも、この権利は、形式的に、頼めればよい、というものでは、ありません。実質的な弁護を受ける権利だと、解されています。弁護人と、実際に会って、話ができなければ、頼める権利があっても、意味が、ないからです。この中身は、刑事訴訟法の接見交通権として、具体化されています。では、後段を、見てみましょう。正当な理由がなければ、拘禁されない。そして、要求があれば、その理由を、公開の法廷で、示さなければならない。

なぜ拘禁されているのか、本人にだけ、こっそり伝えるのでは、足りないからです。公開の法廷であれば、外部の目が、そこに入ります。これが、勾留理由開示請求権です。中身は、刑事訴訟法で、具体化されています。ここで、短答で問われやすい、一つの差を、押さえておきましょう。三十四条前段は、「抑留又は拘禁」——つまり、身柄が拘束されていることが、前提です。憲法の条文だけを見ると、そうなります。憲法には、身柄拘束のない被疑者の、弁護人依頼権についての、規定が、ありません。ですが、刑事訴訟法では、身柄拘束のない場合も含めて、すべての被疑者に、弁護人依頼権が、認められています。

憲法の規定と、刑事訴訟法の規定に、ズレがある——ここは、択一で、狙われやすい点です。

同じ弁護人依頼権が、なぜ二か所にあるのか

同じ弁護人依頼権が二か所にある理由(三十四条前段=捕まった直後の被疑者/三十七条三項=起訴されて裁判を受ける段階の被告人+国選弁護人を請求する権利) 図:同じ弁護人依頼権が二か所にある理由

  • 三十四条前段=捕まった直後の被疑者
  • 三十七条三項=起訴されて裁判を受ける段階の被告人+国選弁護人を請求する権利

ここで、一つ、寄り道をします。さっき見た、弁護人依頼権——実は、憲法には、もう一か所、同じ名前の権利が、出てきます。三十七条三項にも、弁護人依頼権が、書かれています。ここで、時間の流れを、思い出してください。三十四条は、捕まった直後——身柄を拘束された、被疑者の話でした。一方、三十七条三項は、起訴されて、裁判を受ける段階——刑事被告人の話です。同じ「弁護人依頼権」という名前でも、手続の、どの段階を、保障しているかが、違います。しかも、三十七条三項には、もう一つ、大事な仕組みがあります。被告人が、自分で弁護人を、頼めないときは、国が、弁護人を、つけてくれます。

逮捕された直後に、弁護士を呼ぶ場面と、裁判が始まって、弁護士がいなければ、国選弁護人が、つく場面——この二つを、並べてみてください。時間軸に置けば、二か所にある理由が、自然に解けます。詳しい中身は、三十七条を、正面から扱うときに、もう一度、見ていきましょう。さあ、時間の流れに、戻ります。次は、調べられる場面——三十五条です。

三十五条——捜索・押収の令状主義とGPS捜査

三十五条の構造(原則=裁判官の発する各別の令状/例外=三十三条の場合〈現行犯〉/保護対象は住居・書類・所持品に限らずこれに準ずる私的な領域に及ぶ〈GPS捜査事件〉) 図:三十五条の構造

  • 原則=裁判官の発する各別の令状
  • 例外=三十三条の場合〈現行犯〉
  • 保護対象は住居・書類・所持品に限らずこれに準ずる私的な領域に及ぶ〈GPS捜査事件〉

逮捕のあと、次に来るのは、調べられる場面です。三十五条を、読んでみましょう。

条文日本国憲法 35条

日本国憲法 第三十五条 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

現行犯逮捕の場合は、こちらも、令状が、要りません。それ以外は、原則、令状が必要です。捜査機関の判断だけで、住居に手を出せないようにする——同じ、司法権によるコントロールです。二項も、大事です。捜索や押収は、それぞれ、別々の令状で、行わなければなりません。範囲を、あいまいにさせない、という趣旨です。さて、条文には、「住居、書類及び所持品」と、書いてあります。ですが、最高裁は、この保護の範囲を、この三つの、列挙だけでは、終わらせませんでした。想像してみてください。あなたのスマートフォンの位置情報が、誰かに、無断で、ずっと取得され続けているとしたら。

位置情報を、ずっと取られ続けること——そこが、最高裁の向き合った問題でした。捜査機関が、車両に、GPSの端末を、こっそり取り付けて、位置情報を、継続的に、把握していた事件がありました。それでも、最高裁は、こう述べました。

判例最大判平成29年3月15日(GPS捜査事件)

GPS捜査事件——三十五条の保護対象 憲法三五条は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ、この規定の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。……個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる……令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。

住居や持ち物に、準ずる、私的な領域にも、保護は、及びます。この事件では、複数の車両に、こっそり端末が付けられ、半年以上、位置が、把握され続けていました。気づかれないまま、継続的に、網羅的に、私生活の動きを、把握できてしまう——これは、肉眼での尾行や、公道での撮影とは、まったく違います。意思を制圧して、私的領域に、侵入する捜査だからこそ、特別な、法律の根拠がなければ、許されない——令状が、要る強制の処分だと、最高裁は、判断しました。プライバシー権そのものの定義は、別の回で、詳しく扱っています。今日は、三十五条の側から見た、保護対象の広がりとして、押さえておいてください。

三十七条——公平な裁判所・迅速な公開裁判・証人審問権

三十七条の三つの保障(一項=公平な裁判所の迅速な公開裁判/二項=証人審問権・証人喚問権/三項=弁護人依頼権と国選弁護人を請求する権利) 図:三十七条の三つの保障

  • 一項=公平な裁判所の迅速な公開裁判
  • 二項=証人審問権・証人喚問権
  • 三項=弁護人依頼権と国選弁護人を請求する権利

調べられたあとは、裁かれる場面です。三十七条を、見ましょう。

条文日本国憲法 37条

日本国憲法 第三十七条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

まず、一項から、見ていきましょう。公平な裁判所の、迅速な、公開裁判を受ける権利です。この言葉の意味を、最高裁が、はっきりさせた事件があります。

判例最大判昭和二十三年五月五日(公平な裁判所)

公平な裁判所の意味 同条の「公平なる裁判所の裁判」というのは構成其他において偏頗の惧なき裁判所の裁判という意味である。かかる裁判所の裁判である以上個々の事件において法律の誤解又は事実の誤認等により偶被告人に不利益な裁判がなされてもそれが一々同条に触れる違憲の裁判になるというものではない……

裁判所の、構成そのものが、偏っていないか——そこを、問う言葉です。たとえば、その事件の被害者と、古くから親しくしている人が、裁判官として、その席に座っている——そんな場合です。だから、裁判所を組み立てる段階で、そうした人を、あらかじめ、外しておく必要があります。構成の偏りと、判決の中身の正しさは、別の話です。個々の事件で、法律の解釈を誤ったり、事実を、見誤ったりしても、それだけでは、この条文に違反したことには、なりません。もし、判断の中身の正しさまで、この条文が保障するなら、あらゆる判決の誤りが、すべて、憲法違反になってしまいます。

三十七条一項が問うのは、裁判所という組織が、中立な構成に、なっているかどうか——そこに限られます。続いて、二項です。すべての証人に対して、審問する機会が、与えられます。加えて、自分に有利な証人を、公費で、強制的に、呼んでもらう権利もあります。一方的に、不利な証人の話だけが、通ってしまわないようにする仕組みです。そして、三項が、さっき見た、弁護人依頼権です。起訴されて、裁判を受ける段階では、どんな場合でも、資格のある弁護人を、頼むことができます。公平な裁判所、証人を巡る権利、そして弁護人——この三つが、裁判の場面を、支えています。

三十八条一項——自己負罪拒否特権

三十八条一項=自己負罪拒否特権(憲法上の呼び名)と黙秘権(刑事訴訟法上の具体化) 図:三十八条一項=自己負罪拒否特権(憲法上の呼び名)と黙秘権(刑事訴訟法上の具体化)

裁判の中でも、特に、大きな意味を持つ場面があります。供述と、自白の場面です。三十八条を、見ましょう。

条文日本国憲法 38条

日本国憲法 第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

取調べの場面を、想像してください。話さなければならない、というプレッシャーがあったとして、それを、拒む権利が、憲法のレベルで、保障されています。この権利は、自己負罪拒否特権と、呼ばれます。憲法上の、正式な用語です。黙秘権は、この特権が、刑事訴訟法で具体化された、呼び名です。憲法の言葉が、自己負罪拒否特権。刑事訴訟法の言葉が、黙秘権——この二つを、混同しないでください。では、なぜ、この特権が、必要なのでしょうか。歴史を、振り返ってみましょう。かつての刑事司法は、拷問によって、自白を引き出すことに、頼りすぎていました。

自白さえ取れれば、真実は、二の次になってしまう——そうした過去への、深い反省があります。もう一つ、三十一条が求める、手続の適正の一部でもあります。三十三条から三十九条は、すべて、三十一条の、具体化だったことを、思い出してください。

三十八条二項・三項——自白法則と補強法則

三十八条二項・三項の構造(二項=自白法則〈強制・拷問・脅迫による自白等は証拠にできない〉/三項=補強法則〈自白だけでは有罪にできない〉) 図:三十八条二項・三項の構造

  • 二項=自白法則〈強制・拷問・脅迫による自白等は証拠にできない〉
  • 三項=補強法則〈自白だけでは有罪にできない〉

続いて、二項と、三項を、見ましょう。二項は、強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く、抑留・拘禁されたあとの自白は、証拠にできない、と定めています。これを、自白法則と呼びます。では、三項です。自己に不利益な、唯一の証拠が、本人の自白である場合には、有罪にできない、と定めています。これを、補強法則と呼びます。もし、自白だけで、有罪にできるとしたら、どうなるか、考えてみてください。取調べる側にとって、自白は、一番、手っ取り早い証拠になってしまいます。だからこそ、自白の証拠能力と、証明力を、あえて、制限しているのです。

二項も、三項も、その歯止めとして、憲法に、書き込まれています。ここまでで、刑事手続の中の、時間の流れを、一通り、たどりました。ここから、今日、最も、時間をかける論点に入ります。この道具立ては、刑事手続の外にも、届くのでしょうか。

行政手続にも及ぶのか——川崎民商事件・三十五条の入口

川崎民商事件の二つの道すじ(A=納税者/B=税務署の収税官吏〈所得税法上の質問・検査〉/C=国税庁の犯則調査官〈国税犯則取締法上の質問調査〉/D=検察官〈告発を受けて起訴〉/A→Bの経路は三十五条・三十八条一項ともに反しない/A→C→Dの経路は三十八条一項の保障が及ぶ) 図:川崎民商事件の二つの道すじ

  • A=納税者
  • B=税務署の収税官吏〈所得税法上の質問・検査〉
  • C=国税庁の犯則調査官〈国税犯則取締法上の質問調査〉
  • D=検察官〈告発を受けて起訴〉
  • A→Bの経路は三十五条・三十八条一項ともに反しない
  • A→C→Dの経路は三十八条一項の保障が及ぶ

ここまでの条文は、みな、刑事手続の中の話でした。では、税務署の調査のような、行政の手続にも、三十五条や、三十八条一項は、及ぶのでしょうか。前回、三十一条でも、同じ形の問いが、出てきました。この問いが、正面から争われた事件があります。川崎民商事件です。ある事業者が、所得税の確定申告を、提出しました。税務署が調べたところ、申告に、漏れがある疑いが、出てきました。そこで、税務署の職員が、売上帳や、仕入帳といった帳簿を、見せるように、求めました。ところが、この事業者は、これを、拒否しました。旧所得税法には、この検査を拒否した場合の、罰則規定があり、この事業者は、起訴されました。

この事業者は、こう主張しました。令状もなく、帳簿を見せろと迫るのは、三十五条や、三十八条一項に、違反するのではないか、と。最高裁は、まず、入口の問題から、答えました。

判例最大判昭和四十七年十一月二十二日(川崎民商事件)

川崎民商事件——三十五条の入口 憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら……旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず……

刑事責任を追及する手続でない、という理由だけでは、三十五条の保障を、締め出せません。入口は、開いています。三十五条が置いた歯止めを、思い出してください。事件の外にいる裁判官が、強制の前に、一度、確認する——この仕組みでした。国が、人の私的な領域に、強制的に踏み込む。この危うさは、手続の名前が、刑事か、行政かで、消えたりは、しません。だから、名前だけで、線を引くことは、できません。入口は開いたのに、この事件では、違反しない。なぜ、そうなったのか。最高裁は、四つの理由を、挙げています。

三十五条の入口と四つの理由(入口=刑事責任追及目的でないという理由のみでは枠外にならない/理由1=所得税の公平確実な賦課徴収のための手続で刑事責任追及が目的でない/理由2=資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に持たない/理由3=強制の程度は罰則という間接的なものにとどまる/理由4=実効性ある検査制度が不可欠) 図:三十五条の入口と四つの理由

  • 入口=刑事責任追及目的でないという理由のみでは枠外にならない
  • 理由1=所得税の公平確実な賦課徴収のための手続で刑事責任追及が目的でない
  • 理由2=資料取得収集に直接結びつく作用を一般的に持たない
  • 理由3=強制の程度は罰則という間接的なものにとどまる
  • 理由4=実効性ある検査制度が不可欠

一つ目。この検査は、所得税を、公平・確実に、集めるための手続であって、刑事責任を追及する手続ではない。二つ目。この検査が、刑事責任を追及するための資料を、直接、取得するような作用を、一般的には、持っていない。三つ目。強制の強さも、罰則という、間接的なものにとどまり、直接、物理的な強制とは、言えない。そして、四つ目。税を、公平・確実に集めるためには、実効性のある検査制度が、どうしても、必要である。この四つを、総合して、最高裁は、この検査を、三十五条の法意に反しない、と判断しました。もう一つ、興味深い点があります。

実は、この事件の原審——最高裁に上がる前の裁判所は、三十五条や、三十八条一項は、刑事手続の規定であって、行政手続には、そもそも及ばない、と判断していました。ところが、最高裁は、その原審の判断こそが、誤りだった、とはっきり述べています。「及ばない」という考え方そのものを、最高裁は、正面から、否定したのです。次は、もう一つの問い——三十八条一項の側を、見ていきましょう。

どこまで及ぶのか——三十八条一項の射程と、分かれる結論

ア税務調査とイ犯則調査の対比(ア=誰にでも来る一般的な確認・公平確実な賦課徴収が目的・指導や修正申告で終わるのが通常・三十八条一項の保障は及ばない/イ=脱税の疑いが前提・租税犯の捜査に近い機能・告発から起訴に進むのが通常・三十八条一項の保障が及ぶ) 図:ア税務調査とイ犯則調査の対比

  • ア=誰にでも来る一般的な確認・公平確実な賦課徴収が目的・指導や修正申告で終わるのが通常・三十八条一項の保障は及ばない
  • イ=脱税の疑いが前提・租税犯の捜査に近い機能・告発から起訴に進むのが通常・三十八条一項の保障が及ぶ

続いて、三十八条一項の側です。最高裁は、ここで、及ぶ範囲についての、一つの基準を、示しました。

判例最大判昭和四十七年十一月二十二日(川崎民商事件)

川崎民商事件——三十八条一項の射程 憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは……右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず……

刑事責任を追及するための資料を、直接、取りに行くような作用を、一般的に持つ手続には、分け隔てなく、三十八条一項の保障が、及びます。ところが、最高裁は、この所得税法上の検査には、この基準は、あたらない、と判断しました。判決も、この検査の性質は、先に述べたとおりだ、と断ったうえで、三十八条一項の側の結論を、出しています。ここで、面白いことが、起きます。まったく、同じ基準を使いながら、結論が、逆になる別の事件が、あるのです。最高裁は、同じ基準を、当てています。それなのに、税務調査は、保障が及ばず合憲、一方の調査には、保障が及ぶ、と結論が分かれるのは、なぜだと思いますか?

もう一つの調査を、見てみましょう。当時、国税犯則取締法という法律に基づく、質問調査がありました。脱税という、犯罪の疑いを、前提にした調査です。この調査について、最高裁は、こう述べました。

判例最判昭和五十九年三月二十七日(国税犯則取締法上の質問調査)

犯則調査事件——保障が及ぶ理由 ……右調査の対象となる犯則事件は……告発により被疑事件となつて刑事手続に移行し、告発前の右調査手続において得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴追の証拠資料として利用されることが予定されている…… ……右調査手続は、実質的には租税犯の捜査としての機能を営むものであつて……国税犯則取締法上の質問調査の手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、「実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する」ものというべきであつて……憲法三八条一項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものと解するのが相当である。

理由を見てください。実質的には、租税犯の捜査としての、機能を、営んでいる。しかも、この調査で得た資料は、告発を経て、刑事手続に、そのまま流れ込むことが、予定されています。ここで、二つの調査を、横に並べて、整理しましょう。税務調査は、誰にでも、定期的に来る、一般的な確認です。犯則調査は、脱税という、犯罪の疑いが、前提にあります。税務調査の目的は、税を、公平・確実に、集めることです。犯則調査は、租税犯の捜査に、近い機能を持ちます。その後の流れも、違います。税務調査は、誤りがあれば、指導や、修正申告で、終わるのが、通常です。犯則調査は、通常、告発を経て、検察官による起訴に、進みます。

たとえるなら、疑いが無くても受ける健康診断と、医者が、特定の病気を疑って指示する、精密検査——この違いに、近いかもしれません。分かれ目は、ここにあります。その調査が、犯罪の疑いを、きっかけに始まる手続かどうか——この一点が、分かれ目です。今日の条文は、答案で頻繁に問われるものではない、と最初に言いました。ですが、この分かれ目だけは、書かされます。そのうえで、一つ、注意があります。さっきの健康診断のたとえは、頭に入れるための、道具にすぎません。答案に書くのは、「実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に、直接結びつく作用を、一般的に有する手続か」という、判決の言葉のほうです。

もう一つ、大事な注意点があります。この犯則調査の判決は、こうも、述べています。三十八条一項は、供述拒否権があることを、事前に、告げるところまでは、義務づけていません。

判例最判昭和五十九年三月二十七日(国税犯則取締法上の質問調査)

犯則調査事件——告知までは求められない 憲法三八条一項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解される……

保障が及ぶかどうかと、告知が必要かどうかは、別の問題です。告知を要するかは、その手続の趣旨や目的から、決められる、立法の判断に、委ねられています。最後に、もう一つ、確認しておきます。当時の、国税犯則取締法という法律、今は、もう、ありません。二千十八年に、廃止されました。犯則事件を調べたり、処分したりする仕組みは、今は、国税通則法という、税の手続き全般を定めた法律の中の、一つの章に、移されています。特別な例外だった仕組みが、税の手続きを定める、一般法の中に、組み込まれた、ということです。この判例を語るときは、当時の法律名——国税犯則取締法、という呼び方で、間違いありません。ただ、この法律が、今もあるかのように、話すのは、正確では、ありません。

「行政手続にも及ぶか」が、二度出てくる理由

『行政手続にも及ぶか』の違い(三十一条=手続の適正さ一般・総合較量という大きな網/三十五条・三十八条一項=令状は要るか・黙っていてよいかという個別の道具・条文ごとに別の基準) 図:『行政手続にも及ぶか』の違い

  • 三十一条=手続の適正さ一般・総合較量という大きな網
  • 三十五条・三十八条一項=令状は要るか・黙っていてよいかという個別の道具・条文ごとに別の基準

ここで、一度、整理しておきたいことが、あります。「行政手続にも及ぶか」という問いが、前回の三十一条と、今日の三十五条・三十八条一項で、二回、出てきました。同じ話の繰り返しに聞こえるなら、その混乱は、当然です。ここで、違いを、はっきりさせましょう。三十一条が問うのは、手続の適正さ、そのものです。告知の機会があったか、弁解の機会があったか——手続全体が、公正だったかを、見る、大きな網です。そして、及ぶ場合に、何を要求するかは、総合較量——制限される権利と、達成しようとする公益を、比べて、決めていました。

一方、三十五条と、三十八条一項が問うのは、もっと、個別の道具です。令状は、要るか。黙っていて、良いか。しかも、この二つは、天秤で比べる、総合較量とは、別の枠組みで、判断されています。三十五条は、四つの理由を、積み上げて判断しました。三十八条一項は、「直接結びつく作用を、一般的に有するか」という、独自の基準で、判断しました。前回の天秤——総合較量を、今日の話に、持ち込まないでください。川崎民商事件は、天秤で、比べたわけでは、ありません。何が及ぶのか——そこを、区別できれば、この混乱は、解けます。

三十六条——拷問と残虐な刑罰の絶対的禁止、そして死刑

憲法が例外なき禁止を置いた二か所(十八条前段=奴隷的拘束の絶対的禁止〈条文に「絶対に」の文言は無く、解釈上の性質〉/三十六条=拷問及び残虐な刑罰の絶対的禁止〈条文の文言そのものが「絶対に」=憲法で唯一〉/現行法の絞首による死刑は残虐な刑罰にあたらないとされている) 図:憲法が例外なき禁止を置いた二か所

  • 十八条前段=奴隷的拘束の絶対的禁止〈条文に「絶対に」の文言は無く、解釈上の性質〉
  • 三十六条=拷問及び残虐な刑罰の絶対的禁止〈条文の文言そのものが「絶対に」=憲法で唯一〉
  • 現行法の絞首による死刑は残虐な刑罰にあたらないとされている

さあ、時間の流れの外に、はみ出していた、あの条文に、戻りましょう。三十六条です。

条文日本国憲法 36条

日本国憲法 第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

実は、「絶対に」という言葉が、憲法の条文に出てくるのは、この三十六条だけです。ただ、条文に「絶対に」と書いていなくても、例外を一切認めない、と読まれている条文が、もう一つあります。前回、扱った、十八条前段です。奴隷的拘束を禁じる、あの条文でしたね。十八条前段と、三十六条——憲法が、例外なき禁止を置いたのは、この二か所だけです。どんな理由があっても、許されない、性質そのものが、違う扱いだからこそ、絶対的な禁止に、なっています。さて、この条文をめぐって、一つ、大きな問いが、あります。死刑は、この「残虐な刑罰」に、あたらないのでしょうか。

最高裁は、この問いに、正面から答えています。

判例最大判昭和二十三年三月十二日(死刑合憲)

死刑制度と三十六条 憲法第十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから……生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せられることが、明かに定められている。……刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死刑といえども……その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべきである。

十三条は、公共の福祉に反しない限り、という、限定を、つけていました。三十一条は、法律の定める手続によれば、生命を奪う刑罰を、科せられる、と定めています。最高裁は、この二つの条文を根拠に、そう述べています。そのうえで、死刑という制度そのものは、直ちに、残虐な刑罰には、あたらない、と判断しました。ただし、条件が、付いています。執行の方法が、時代や環境の中で、人道上、残虐だと、認められる場合には、話が別です。もし、将来、そうした執行方法を定める法律が、できたなら、それこそが、三十六条に違反する、と、判決は、述べています。

制度そのものへの判断と、執行方法への判断は、切り分けて、理解してください。なお、現行の刑法は、死刑を、絞首によって、執行すると定めています。この絞首という方法自体の、残虐性を、正面から論じた判決は、また、別に、存在します。この回では、死刑という制度そのものが、残虐な刑罰にあたらない、という、この結論までで、止めておきます。

三十九条——事後法の禁止、二重の危険の禁止、そして併科

三十九条の構造(前段前半=事後法〈遡及処罰〉の禁止/前段後半・後段=二重の危険の禁止/刑事罰と行政制裁の併科は三十九条に違反しない〈性質を異にするため〉) 図:三十九条の構造

  • 前段前半=事後法〈遡及処罰〉の禁止
  • 前段後半・後段=二重の危険の禁止
  • 刑事罰と行政制裁の併科は三十九条に違反しない〈性質を異にするため〉

さあ、時間の流れの、最後です。三十九条を、見ましょう。

条文日本国憲法 39条

日本国憲法 第三十九条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

前段の前半——実行の時に、適法だった行為について、あとから、刑事上の責任を、問われることはありません。これを、事後法の禁止、あるいは、遡及処罰の禁止、と呼びます。なぜ、これが、必要でしょうか。行為の時点で、何が犯罪か、分からなければ、安心して、行動できないからです。前段の後半と、後段は、既に無罪とされた行為や、同一の犯罪について、重ねて、刑事上の責任を問われない、と定めています。これを、二重の危険の禁止と、呼びます。何度も、同じ罪で、裁判にかけ続けられるとしたら、どうなるか、考えてみてください。

だから、一度、決着がついたことには、重ねて、責任を、問わせません。さて、ここで、一つ、興味深い問題があります。脱税が発覚したとき、罰金を、払った上に、さらに、追徴課税もされる——これは、二重処罰に、あたらないのでしょうか。この点が、争われた事件で、最高裁は、こう述べました。

判例最大判昭和三十三年四月三十日(刑事罰と行政制裁の併科)

追徴税と三十九条 法四三条の追徴税は……納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法三九条の規定は刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当である。

犯罪への刑罰は、反社会的な行為への、制裁です。一方、追徴税——今の重加算税にあたるものは、申告漏れを防ぐための、行政上の措置です。片方は、犯罪への制裁。もう片方は、行政上の仕組み。性質が違うから、両方、科しても、三十九条には、違反しません。これで、時間の流れの、最後まで、たどり着きました。

今日のまとめ、そして次回へ

今日の完成地図(三十三条から三十九条の時間軸/三十六条は流れの外/行政手続への適用=同じ基準で結論が分かれる二つの経路/人身の自由の章の終わり) 図:今日の完成地図

  • 三十三条から三十九条の時間軸
  • 三十六条は流れの外
  • 行政手続への適用=同じ基準で結論が分かれる二つの経路
  • 人身の自由の章の終わり

それでは、今日の内容を、まとめましょう。最初の問いは、これでした。憲法は、なぜ、三十三条から三十九条だけ、そこまで具体的に、書き込んだのか。一段目。この条文群は、三十一条が求める、手続の適正を、具体的な道具として、書き込んだものでした。二段目。その道具は、被疑者・被告人という分類ではなく、捕まえる、拘束される、調べられる、裁かれる、供述し自白する、そして終わったあと、という、一本の時間の流れに、並んでいました。三十六条は、刑罰そのものの中身を、絶対的に禁止する条文でした。そして、この道具立ては、刑事手続の外——行政手続にも、届くのか、という問いにも、答えました。

同じ基準を当てても、犯罪の疑いを、きっかけに始まる手続かどうかで、結論が、分かれました。今日、扱ったのは、憲法が置いた、権利の地図でした。この地図が、頭に入っていれば、刑事訴訟法を学ぶときに、どの権利が、どの条文に、根拠を持つのか、すぐに、見通しが立ちます。そして、ここで、人身の自由という章が、一区切り、終わります。参政権——国民が、政治に参加する権利です。

参照条文

  • 日本国憲法 33条
  • 日本国憲法 34条
  • 日本国憲法 35条
  • 日本国憲法 37条
  • 日本国憲法 38条
  • 日本国憲法 36条
  • 日本国憲法 39条

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