選挙権と選挙の基本原則——権利か、公務か
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第3章 人権各論 ㊿/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
十五条一項は、選挙権の条文ではない
図:十五条一項の読み方
- 誤読=全公務員を選挙で選ぶ権利
- 正しい読み方=全公務員の選定・罷免の手続が直接または間接に国民の意思に基づいていること
まず、選挙権の、大元にある条文を、読んでみましょう。
条文日本国憲法 15条
日本国憲法 第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
この条文は、「全ての公務員を、選挙で選ぶ権利」を定めたものだ——そう読みたくなります。実は、そこが、最初の落とし穴です。考えてみてください。裁判官は、選挙で選ばれていますか。省庁の職員は、どうでしょう。国民が、直接、罷免できる公務員も、最高裁の裁判官など、ごく一部しか、いません。「選定・罷免は、国民固有の権利である」——この言葉を、字義どおりに読むと、今、見た現実と、矛盾してしまいます。そこで、正しい読み方は、こうなります。全ての公務員の、選定と罷免の手続が、直接、あるいは、間接に、国民の意思に基づいて、定められていなければならない——十五条一項は、そう要求している条文です。省庁の職員採用は、試験で決まります。でも、その試験制度を、作ったのは、国会です。そして、その国会議員は、国民の選挙で、選ばれています。
直接、選挙で選ぶことだけが、条件ではありません。間接的にでも、国民の意思に、つながっていればよい——この読み方を、まず、頭に入れておいてください。この読み方は、実は、今日の後半で、もう一度、道具として、使います。楽しみにしておいてください。
権利であるとともに、公務でもある
図:二元説の二つの顔
- 権利の顔=制限は難しい方向に働く
- 公務の顔=一定の者の排除・棄権への制裁まで理論上は正当化しうる方向に働く
さて、ここで、最初に出した問いに、戻ります。選挙権は、権利であるとともに、公務でもある——この考え方を、二元説と、呼びます。通説です。ただ、ここで、「両方の顔があります」とだけ、言って、終わらせては、いけません。二元説は、言葉遊びでは、ありません。実際に、二つの場面を、動かします。一つ目。公務の顔は、一定の者の選挙権を、制限することを、正当化する方向に、働きます。具体的に、条文を、見てみましょう。
条文公職選挙法 11条1項
公職選挙法 第十一条第一項 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。 一 削除 二 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者 三 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。) 四 公職にある間に犯した刑法(明治四十年法律第四十五号)第百九十七条から第百九十七条の四までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律(平成十二年法律第百三十号)第一条の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者 五 法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により拘禁刑に処せられその刑の執行猶予中の者
刑務所に、入っている間などは、選挙権も、被選挙権も、持てません。四号は、公職にある間の、汚職の罪。五号は、選挙や投票そのものに関わる罪——こちらが、選挙犯罪者と、呼ばれる人たちです。今日は、二号と三号を、中心に、見ていきます。ここで、「刑務所にいるから、事実上、投票に行けない」という理由だろう、と思ってしまいがちですが、そこが、大事な、区別です。これは、事実上、投票所に行けないから、という話ではなく、選挙権が、公務でもあるという一面から、必要な最小限の範囲で、認められる制約だ——そう説明されます。選挙権は、公務でもある——だからこそ、公正に、選挙という公務を、担えない者を、あらかじめ、除外できる、という理屈が、成り立ちます。
ちなみに、成年被後見人や、破産者を、制限する規定は、現在は、存在しません。実は、この条文には、興味深い痕跡が、残っています。もう一度、条文を、見てください。一号を。かつて、この一号には、成年被後見人の、選挙権を制限する条項が、ありました。この制限を、違憲とする裁判所の判断を受けて、法律が、改正されました。そのとき、条文の番号だけを、ずらさずに、中身だけを、削った跡が、そのまま、条文に、残っています。かつて、選挙権が、奪われていた時代があり、それが、消された跡が、今も、条文の中に、残っている——この一号は、そういう一枚です。
もう一つ、注意しておきたいことが、あります。この条文の、二号と三号——「拘禁刑以上の刑」という言葉は、実は、比較的、新しいものです。かつては、懲役と、禁錮という、二つの刑がありました。この二つが、一本化されて、拘禁刑という、新しい呼び方に、変わったのが、最近のことです。今、現在の制度を、語るときは、必ず、拘禁刑という言葉を、使ってください。もう一つは、公務の顔を、思いきり、押し切ったときに、何が起きるか、という話です。棄権に、制裁を科す、強制投票制すら、理論上は、正当化できてしまう、という見解が、出てきます。
ここは、今日の後半で、正面から、扱います。二元説を、「両方の顔があります」とだけ、覚えて、終わらせないでください。どちらの顔を、どこまで、強く見るかが、この先、ずっと、効いてきます。
最高裁は、どちらの顔を選んだか
図:選挙権制限の審査枠組み
- 在外国民選挙権事件
- 選挙権を国政参加の基本的権利・議会制民主主義の根幹と位置づけ
- 制限には「事実上不能ないし著しく困難」という極めて厳格な基準
では、実際に、最高裁は、このスライダーを、どちらに、寄せたのでしょうか。権利の顔と、公務の顔——どちらを、強く見たか、という意味です。その答えは、あります。長い間、答えを、はっきりさせる、きっかけになった、状況がありました。想像してみてください。国境の外で、暮らしている、日本国民が、いたとします。かつて、この人たちには、投票の制度自体が、そもそも、ありませんでした。その後、制度は、できましたが、しばらくは、比例代表の選挙にしか、投票できませんでした。海外に住んでいる、というだけの理由で、一票を、投じる場所そのものが、閉ざされていた——この状況が、裁判で、正面から、争われました。
最高裁は、まず、選挙権そのものの、重みを、はっきりと、言葉にしました。選挙権は、国民が、国の政治に参加する機会を保障する、基本的な権利であって、議会制民主主義の、根幹をなすものである、と。そのうえで、選挙権や、その行使を、制限してよいのは、どんな場合か——この枠組みを、示しました。その制限を、外してしまったら、選挙を、きちんと行うことが、もう成り立たない——そこまで、行かない限り、制限は、許されない。最高裁は、そういう趣旨のことを、述べました。もう少し、噛み砕いてみましょう。よくある言い方に、「やむを得ない事由があれば、制限してよい」とか、「必要最小限度の制限なら、よい」というものが、あります。
最高裁の言葉は、それより、さらに、狭いです。「その制限を、外してしまったら、選挙の公正が、もう保てない」というところまで、行かないと、制限できない、と言っているんです。かなり、極端に、厳しい枠組みです。
判例最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権事件)
選挙権制限の審査枠組み——在外国民選挙権事件 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。 ……国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法十五条一項及び三項、四十三条一項並びに四十四条ただし書に違反するといわざるを得ない。また、このことは、国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても、同様である。
ここで、思い出してください。さっきの、スライダーです。もし、公務の顔を、強く見ていたら、「選挙という公務を、しっかり担える者だけに、選挙権を、絞ろう」という発想が、成り立つはずです。ところが、最高裁は、選挙権そのものを、制限してよいか、という場面では、権利の顔を、思いきり、強く、選びました。公務の顔は、受刑者の欠格のような、一定の場面を、正当化する方向には、働きます。ですが、選挙権そのものを、制限してよいかという、一番、核心の場面では、最高裁は、ほとんど制限を許さない、権利の顔で、答えました。ここまでが、この回の、一番の、見どころです。
国は、在外投票の制度を、改めるよう、求められ、実際に、損害賠償も、命じられました。ただ、この賠償が、認められる仕組みそのものは、今日は、扱いません。国の不作為をめぐる、別の論点として、また、別の回で、扱います。
名簿に名前があるだけでは、足りない
図:実質的保障
もう一段、この枠組みには、続きがあります。さっきの枠組みは、「制限してよいか」という話でした。ですが、それだけでは、足りない場面が、あります。名簿には、名前がある。選挙権自体は、持っている。でも、実際に、投票する手段が、無い——そんな状態を、想像してみてください。たとえば、体が不自由で、投票所まで、一人では、たどり着けない有権者を、想像してください。このまま放置すれば、実質的には、選挙権を行使できていないのと、変わらなくなってしまいます。
⭐ 論文で書く規範:実質的保障の考え方 十五条一項が求めているのは、名簿に名前があることだけではない。その一票を実際に投じられる状態まで整えることを、この条文は求めていると解される。 名簿上の資格があるだけでは足りず、実際に投票する手段が確保されて初めて、選挙権の保障は満たされる。 (15条1項の解釈(最判平成18年7月13日 参照))
ある判例が、この考え方を、参照する形で、示しています。ただ、詳しい事案までは、基本書にも、はっきり書かれていません。ここでは、「形式的な保障だけでは足りない」という、この考え方だけを、しっかり押さえておいてください。さっき見た、厳格な審査の枠組みと、この実質的な保障——この二段構えで、十五条一項は、選挙権を、守っています。
五つの原則は、否定形で覚える
図:選挙の五原則と対立概念
- 普通選挙⇔制限選挙
- 平等選挙⇔複数選挙・等級選挙
- 秘密選挙⇔投票先の暴露
- 直接選挙⇔間接選挙・複選制
- 自由選挙⇔強制投票制
ここから、選挙が、どんな原則で、行われるべきかという話に、進みます。名前は、五つあります。普通選挙、平等選挙、秘密選挙、直接選挙、自由選挙です。ただ、名前だけを、五つ並べても、意味は、立ちません。それぞれの原則は、「何を、否定するために、立ったか」という、対立する概念と、セットで、初めて、意味が分かります。試しに、一つずつ、考えてみましょう。もし、普通選挙という原則が、無かったら、どんな選挙に、なると思いますか。財産を持っている人だけが投票できる選挙——それを、制限選挙と、呼びます。普通選挙は、この、制限選挙を、否定するために、立っている原則です。
もし、平等選挙が、無かったら、どうなりますか。特定の人だけが二票を持てる制度——それは、複数選挙と、呼ばれます。もう一つ、身分によって、代表を選ぶ枠が、分かれている、等級選挙、というものも、あります。同じように、秘密選挙は、誰に投票したかが、明らかにされる選挙を、否定します。直接選挙は、間接選挙や、複選制を、否定します。そして、自由選挙は、投票しないと、罰せられる、強制投票制を、否定します。この後、それぞれを、順番に、見ていきます。ただ、深く掘り下げるのは、秘密選挙、直接選挙、自由選挙の、三つです。残る普通選挙と平等選挙は、軽い、というより、押さえるべき点が、はっきりしている、という感じです。まずは、普通選挙から、見ていきましょう。
普通選挙——財力だけでなく、性別も、要件にしない
図:普通選挙
- 狭義=財力を要件にしない
- 広義=財力に加え教育・性別も要件にしない
- 十五条三項の普通選挙は広義
- 歴史=二十五歳以上の男性で始まった男子普通選挙から戦後の女性参政権へ
- 対立概念=制限選挙
普通選挙には、実は、狭い意味と、広い意味が、あります。狭い意味では、財力——財産や、納税額を、選挙権の要件にしない制度、を指します。ですが、広い意味では、財力だけでなく、教育や、性別なども、要件にしない制度、を指します。ここで、大事なのは、十五条三項が、保障する「成年者による、普通選挙」の、普通選挙が、どちらの意味か、ということです。広い意味です。財力だけを、要件にしないだけでなく、教育や、性別も、要件にできない——ここまで、要求しています。もし、財力だけを、除外して、止まっていたら、性別を理由に、選挙権を、制限する制度も、残ってしまいます。
この、広い意味を、支えているのが、もう一つの条文です。
条文日本国憲法 44条
日本国憲法 第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
ただし書に、並んでいる、この事由は、まさに、広い意味の普通選挙が、排除しようとしている、事由と、対応しています。ここで、少し、歴史を、振り返ります。明治憲法の時代、選挙権には、当初、納税額という、条件が、ついていました。その後、一定の年齢以上の男性であれば、選挙権を持てる、男子普通選挙制が、導入されました。そして、戦後になって、初めて、女性にも、選挙権が、認められました。ここで、初めて、広い意味の普通選挙が、実現します。この積み重ねがあるからこそ、憲法は、狭い意味ではなく、広い意味の普通選挙を、要求している、と読まれています。もう一つ、ここで、確認しておきたいことが、あります。
十五条三項の、「成年者」に、あたる年齢は、法律に、委ねられています。現行の、公職選挙法は、この年齢を、十八歳以上と、定めています。
条文公職選挙法 9条1項
公職選挙法 第九条第一項 日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。
書いてあるのは、「成年者による普通選挙」まで。その先の、年齢は、法律の仕事です。成年者の範囲は、法律が決めますが、「成年者による普通選挙」という、原則そのものは、憲法が、要求しています。
平等選挙——数の平等と、重みの平等
図:平等選挙
- 一人一票の原則
- 対立概念=複数選挙〈特定の有権者に二票以上〉・等級選挙〈等級ごとに代表を選出〉
次は、平等選挙です。平等選挙とは、一人一票を、原則とする制度です。根拠となる条文は、十四条一項の、法の下の平等。そして、さっき見た、四十四条ただし書です。以前、平等の回で、四十四条は、十四条を、徹底させる規定の一つとして、名前だけ、挙げていました。今日、そこに、中身を、入れます。対立概念は、二つ、あります。一つは、複数選挙——特定の有権者に、二票以上を、認める制度です。もう一つは、等級選挙——有権者を、等級ごとに、分けて、等級ごとに、代表者を、選出する制度です。想像してみてください。もし、「不動産を持つ人は、二票」という、ルールが、あったとしたら——
あるいは、「貴族の枠」と、「平民の枠」で、選べる代表の数が、あらかじめ、固定されていたら——この、等級選挙が、面白いのは、一人一票という、数の話だけでは、説明しきれない、という点です。各等級に、一人一票を、割り当てたとしても、等級ごとの、定数の配分に、偏りがあれば、それ自体が、不平等な選挙になります。つまり、平等選挙は、一人一票という、数の平等だけでなく、一票が、持つ重みの平等まで、踏み込む原則だ、と、分かります。
秘密選挙——選挙権が無い人の投票にも、及ぶ
図:秘密選挙
- 十五条四項前段=投票の秘密
- 後段=選挙人の無答責
- 選挙権の無い人・代理投票をした人の投票にも秘密は及ぶ
続いて、秘密選挙です。ここは、短答で、よく、狙われる場所なので、丁寧に、見ていきましょう。秘密選挙とは、誰に一票を入れたかが、外から分からないようにする、選挙のことです。根拠は、十五条四項の、前段に、あります。もう一度、条文を、見てみましょう。
条文日本国憲法 15条4項
日本国憲法 第十五条第四項 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
この、後段——選挙人の、無答責は、以前、私人間の効力を扱う回で、直接、適用される規定の、例として、名前だけ、出てきていました。今日、前段と、セットで、きちんと、中身を、確認しておきます。前段は、誰に投票したか、という秘密そのものを、守る規定。後段は、その選択について、公的にも、私的にも、責任を問われない、という規定です。二つを、混同しないでください。ここで、一つ、面白い場面を、見てみましょう。選挙の当選や、選挙自体の効力を、争う訴訟が、あります。この訴訟の中で、こんな場面を、想像してください。「この人には、そもそも、選挙権が、無かったはずだ」という、疑いのある人が、いたとします。
ここで、「その人には、選挙権が無いのだから、誰に、投票したか、聞いてもいいはずだ」と、思いませんか。この、直感は、実は、外れます。最高裁は、当選の効力を決める手続の中でも、代理投票をした人や、選挙権の無い投票者について、誰に入れたのかを、法廷で言わせることも、調べ上げることも、してはならない——そう判断しました。
判例最判昭和25年11月9日(投票の秘密)
投票の秘密——選挙権が無い人の投票にも及ぶ しかし、本件のように選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、その投票が何人に対しなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において、取り調べてはならないことは、既に当裁判所の判例の趣旨とするところであるから、……原審が本件無効投票が何人に対してなされたかを確定しなかつたからといつて、違法であるとすることはできない。
理由を、考えてみましょう。もし、この人だけを、調べ始めたら、何が、起きると思いますか。「この人は、選挙権が無いから、調べてよい」という理屈を、認めてしまうと、調査そのものが、ほかの、正当な投票者の秘密にまで、巻き添えで、及んでしまう、危険が、あります。だからこそ、選挙権が無い人の投票にも、秘密は、及びます。「その人には選挙権が無いのだから、調べてよいはずだ」という直感が、外れる場所——ここは、短答で、よく効きます。
直接選挙——複選制が許されない理由
図:直接選挙と複選制
- 対立概念=間接選挙〈中間選挙人が選ぶ〉・複選制〈別の被選議員が選ぶ〉
- 地方公共団体の長・議会議員には九十三条二項の明文
- 国会議員には明文なし=間接選挙は許容・複選制は不可
続いて、直接選挙です。直接選挙とは、有権者が投じた一票が、そのまま、代表者を決める、しくみのことです。対立する概念は、間接選挙です。有権者が、まず、中間選挙人を、選び、その中間選挙人が、代表者を、選ぶ制度です。有権者が、選挙人団を、選び、その選挙人団が、大統領を、選ぶ——これは、間接選挙の、代表例です。憲法が、明文で、直接選挙を、要求しているのは、地方公共団体の長と、地方議会の議員だけです。根拠は、九十三条二項です。
条文日本国憲法 93条2項
日本国憲法 第九十三条第二項 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
一方、国会議員の選挙については、こうした、明文の規定が、ありません。通説の答えは、少し、複雑です。間接選挙は、許容される。ですが、複選制は、許されない、とされています。複選制とは、議員が、別の、被選挙人に、選挙させる制度です。例えば、地方議会の議員が、そのまま、国会議員を、選ぶような、仕組みを、想像してください。ここで、思い出してほしいことが、あります。冒頭で、確認した、十五条一項の、読み方です。それを、道具にして、考えてみましょう。間接選挙の、中間選挙人は、その選挙のために、選ばれた存在です。ほかの仕事は、ありません。
一方、複選制で、選ぶ側にいる議員は、どうでしょうか。例えば、地方議会の議員は、そもそも、地方議会の議員としての、仕事のために、選ばれています。国会議員を、選ぶために、選ばれたわけでは、ありません。十五条一項の、「国民の意思に、基づく手続」という、読み方を、当てはめると、複選制では、国民の意思との、つながりが、一段、弱くなってしまう、と分かります。直接選挙が、本当に、確かめたいのは、有権者の意思と、実際に選ばれる人との間に、余計な、判断が、挟まっていないか——そういうことだと、考えてみてください。
この理由から、間接選挙は、許されても、複選制は、許されない、というのが、通説です。ちなみに、内閣総理大臣を、指名する仕組みは、複選制では、ありません。そもそも、内閣総理大臣は、国民の選挙によって、選ばれると、定められていません。選挙制度の話では、ないのです。
自由選挙——冒頭の予告を、回収する
図:自由選挙と強制投票制
- 自由選挙=投票しない自由・棄権に制裁を科さない
- 通説は憲法上の要請と解する
- 対立見解=公務の面を重く見て投票を義務づける制度も可能とする
さて、いよいよ、冒頭で、予告していた、論点に、入ります。自由選挙とは、投票しない自由を、認め、棄権に、制裁を科さない制度です。実は、憲法に、明文の規定は、ありません。それでも、通説は、自由選挙も、憲法上の、要請だと、解しています。ここで、一度、立ち止まって、考えてみてください。選挙権は、権利であるとともに、公務でもある、と、学びました。この、公務の顔を、もし、思いきり、強く見たら、投票をめぐるルールは、どう変わると、思いますか。実際に、こういう対立見解も、あります。選挙権が持つ、公務としての一面を、押し出せば、投票を休むことを、許さない制度——強制投票制すら、正当化できる、という考え方です。
正当な理由のない棄権に、制裁を科す制度を、想像してみてください。これは、「選挙権は、公務でもある」という理屈を、そのまま、押し進めた、延長線上に、あります。同じです。公務だから、担えない人を、外せる——それを、裏返すと、公務だから、担わない人に、制裁を科してよい、という話に、なります。通説は、ここで、踏みとどまります。権利の顔を、優先して、自由選挙を、要請する——この分岐こそが、二元説が、実際に、何を、動かすかの、最終形です。今日の前半で、選挙権の重みを、最高裁が、権利の顔で、答えたことを、見ました。自由選挙についても、通説は、同じように、権利の顔を、優先しています。ですが、公務の顔を、突き詰めれば、別の答えも、理屈のうえでは、成り立ってしまう——この、両方が、あることを、忘れないでください。
選挙制度——死票と、政局の安定
図:選挙制度の三類型
- 多数代表制⇔死票が多い・二大政党化で政局は安定
- 少数代表制=中間
- 比例代表制⇔民意を忠実に反映・小党分立で政局は不安定になりやすい
ここからは、選挙の原則を離れて、実際の、選挙制度の話に、入ります。根拠は、四十七条です。
条文日本国憲法 47条
日本国憲法 第四十七条 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
まず、選挙区の、大きさについて、二つの型が、あります。小選挙区——定数が、一人の選挙区です。大選挙区——定数が、二人以上の選挙区です。そして、選挙の方法にも、三つの型が、あります。一つ目、多数代表制。選挙区の多数派から、選出する方式で、小選挙区が、典型です。二つ目、少数代表制。少数派からも、選出できる方式で、大選挙区が、典型です。三つ目、比例代表制。投票数に、比例して、議席を配分する、政党中心の方式です。ここは、一つの軸で、整理すると、分かりやすくなります。死票の多さと、政局の安定——この二つは、シーソーの、両端にある、と考えてください。
多数代表制に、寄るほど、死票は、増えます。当選しなかった、候補者への票——結果に、反映されなかった、票のことです。ですが、多数代表制は、二大政党化を、進めやすく、政局は、安定しやすい、という側面が、あります。逆に、比例代表制に、寄るほど、民意を、忠実に、反映しやすくなります。死票は、減ります。十万票のうち、三万票しか、届かなかった政党を、思い浮かべてください。小選挙区で、その候補が、敗れれば、三万票は、まるごと、死票です。ですが、比例代表なら、違います。全体の三割を、取ったのですから、議席も、その割合に、応じて、配られます。同じ三万票が、死票にならずに、議席に、届きます。ですが、小さな政党が、乱立しやすく、政局は、不安定に、なりやすい、という側面が、あります。
少数代表制は、この、両端の、中間に、位置づく、と考えてください。具体的な、議席の配分計算までは、今日は、立ち入りません。この、一本のシーソーの軸だけ、頭に、入れておいてください。
今の選挙制度と、候補者名を書いたのに政党の一票になる理由
図:現行制度
- 衆議院=小選挙区+全国十一ブロックの拘束名簿式比例代表・並立制
- 参議院=選挙区+全国一ブロックの非拘束名簿式比例代表
- 投票用紙の違い=拘束式は政党名だけ・非拘束式は政党名でも候補者名でもよい
では、今、実際に、動いている、選挙制度を、見てみましょう。まず、衆議院議員の選挙です。小選挙区選挙と、全国十一ブロックの、比例代表選挙を、組み合わせた、並立制です。この比例代表は、拘束名簿式と、呼ばれます。投票用紙には、政党名だけを、書きます。候補者個人の名前は、比例代表の投票用紙には、書けません。政党への投票だけが、有効です。そして、その政党が、事前に作成した、名簿の順位どおりに、当選人が、決まります。一方、参議院議員の選挙は、少し、仕組みが、違います。都道府県を基本とした、選挙区選挙と、全国一ブロックの、比例代表選挙を、組み合わせます。
こちらは、非拘束名簿式と、呼ばれます。投票用紙には、政党名でも、候補者名でも、どちらでも、書けます。まず、総得票数——候補者への投票も、所属する政党の得票として、計算されます——この総得票数で、政党の、議席数が、決まります。そのうえで、候補者ごとの得票数によって、名簿の中での、順位が、決まります。ここで、直感に反する場面が、出てきます。ある有権者を、想像してください。この候補者、個人を、支持したい。でも、その候補者が、所属する政党は、支持したくない——そういう気持ちが、あったとします。それでも、その一票は、結果的に、その政党の、得票として、扱われます。
この疑問が、実際に、裁判で、争われました。争点は、二つ、ありました。一つ目。候補者名を書いたのに、政党への投票と、されるのは、選挙権の侵害では、ないか。二つ目。当選する人が、投票の結果、自動的に決まらない、この仕組みは、直接選挙の要請に、反しないか。最高裁は、この、二つの問いに、順番に、答えています。まず、一つ目です。
判例最大判平成16年1月14日(非拘束名簿式比例代表訴訟)
非拘束名簿式の合憲性——政党を選択する制度 名簿式比例代表制は、各名簿届出政党等の得票数に応じて議席が配分される政党本位の選挙制度であり、本件非拘束名簿式比例代表制も、各参議院名簿届出政党等の得票数に基づきその当選人数を決定する選挙制度であるから、本件改正前の拘束名簿式比例代表制と同様に、政党本位の名簿式比例代表制であることに変わりはない。……名簿式比例代表制は、政党の選択という意味を持たない投票を認めない制度であるから、本件非拘束名簿式比例代表制の下において、参議院名簿登載者個人には投票したいが、その者の所属する参議院名簿届出政党等には投票したくないという投票意思が認められないことをもって、国民の選挙権を侵害し、憲法十五条に違反するものとまでいうことはできない。 また、名簿式比例代表制の下においては、名簿登載者は、各政党に所属する者という立場で候補者となっているのであるから、改正公選法が参議院名簿登載者の氏名の記載のある投票を当該参議院名簿登載者の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票としてその得票数を計算するものとしていることには、合理性が認められるのであって、これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。
名簿式の比例代表制は、そもそも、政党を選ぶための、制度です。だからこそ、候補者名を、書いても、それが、政党への投票として、数えられることには、合理性がある、と、最高裁は、判断しました。だから、選挙権を、侵害するとまでは、言えません。では、二つ目の問いに、進みましょう。直接選挙の、要請に、反しないか、という点です。さきほど見た、直接選挙の考え方が、ここで、道具として、効いてきます。この判断のもとになっている条文が、もう一つ、あります。
条文日本国憲法 43条1項
日本国憲法 第四十三条第一項 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
最高裁は、投じられた票と、当選が決まる瞬間との間に、有権者以外の、誰かの判断が、挟まっていないか——そこで、直接選挙かどうかを、見分ける、と述べています。
判例最大判平成16年1月14日(非拘束名簿式比例代表訴訟)
非拘束名簿式の合憲性——直接選挙の判定基準 ……投票の結果すなわち選挙人の総意により当選人が決定される点において、選挙人が候補者個人を直接選択して投票する方式と異なるところはない。 同一参議院名簿届出政党等内において得票数の同じ参議院名簿登載者が二人以上いる場合には、それらの者の間における当選人となるべき順位は選挙長のくじで定められることになるが、この場合も、当選人の決定に選挙人以外の者の意思が介在するものではないから、上記の点をもって本件非拘束名簿式比例代表制による比例代表選挙が直接選挙に当たらないということはできず、憲法四十三条一項に違反するとはいえない。
これが、直接選挙の、判定基準です。覚えていますか。直接選挙のところで、複選制の話をしたとき、有権者の意思と、選ばれる人との間に、余計な判断が、挟まらないこと——そう説明しました。その考え方が、最高裁の言葉で、そのまま、出てきています。非拘束名簿式では、政党の得票数も、名簿内の順位も、すべて、投票の結果から、自動的に、決まります。だから、この仕組みは、直接選挙の、要請にも、反しません。二つの問い、どちらも、合憲だと、最高裁は、判断しました。制度の目的と、意思が介在しないこと——この二つの、視点から、見ると、直感の外れる場所が、はっきりします。ただ、この判断が、支えているのは、「投票の結果から、当選人が、自動的に決まる」制度です。
もし、投票が終わった後で、政党が、名簿の順位を、動かせる仕組みだったとしたら——そこには、有権者以外の意思が、入り込みます。合憲と言われたのは、「名簿式なら何でもよい」ということでは、ありません。基準を通ったから、合憲なんです。
外国人の選挙権——三層の、真ん中を、掴む
図:三層マップ
- 憲法が保障する例=政治活動の自由
- 憲法が禁止する例=国政選挙権
- 立法政策に委ねられる例=地方選挙権
最後に、外国人の選挙権を、見ていきます。実は、以前、外国人の人権について扱った回で、一つ、宿題を、残していました。今日、その、宿題を、開けます。まず、国政の選挙権から、見ましょう。外国人には、国政選挙権は、憲法上、保障されていません。それだけでなく、法律で、与えることも、許されません。ここで効いてくるのが、国民主権です。前文と一条を扱った回で、置いた言葉でした。国の政治のあり方を、最終的に決める力が、国民にある——これが、国民主権でした。ですから、主権者である国民の外にいる人に、法律で、国政の選挙権を、与えることは、できません。この結論は、そこから、導かれます。では、地方の選挙権は、どうでしょうか。
ここで、少し、複雑になります。九十三条二項の、「住民」も、日本国民である住民を、指すと、解されます。だから、地方選挙権も、憲法上は、保障されません。ただ、ここで、国政と同じ結論だ、と決めてしまわないでください。ここが、この論点の、一番、大事な場所です。国政と、地方とでは、国民主権原理との、かかわりの程度に、差が、あります。国政は、外交や、国防を、担います。一方、地方は、住民の日常生活に、密接な、公共的な事務を、担います。加えて、憲法は、第八章で、地方自治を、制度として、保障しています。これらを、踏まえると、永住者などに、法律で、地方選挙権を、与えることは、憲法上、禁止されていない、と考えられます。
この、判断は、判例にも、示されています。
判例最判平成7年2月28日(定住外国人地方参政権訴訟)
定住外国人地方参政権訴訟——結論と傍論 憲法九十三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。 ……憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。
ここで、頭を、整理するために、三つの層で、考えてみましょう。一つ目。憲法が、保障する層。例えば、政治活動の自由が、ここに入ります。二つ目。憲法が、禁止する層。国政選挙権は、ここに、入ります。三つ目。どちらでもなく、立法政策に、委ねられる層です。地方選挙権は、この、三つ目——真ん中の、層に、います。「憲法上、保障されていない」ということと、「法律で与えたら、違憲になる」ということは、同じでは、ありません。「保障されていない」というだけでは、法律で与えたら違憲だ、とは、言えません。この、三層のうち、地方選挙権が、真ん中に、いる、ということを、しっかり、押さえてください。
ただし、この後半は、判決の結論そのものではなく、傍論と呼ばれる部分です。事件の結論を出すのに、必須ではない部分——だから、先例としての、拘束力は、弱いとされます。ただ、最高裁の考え方の、表明として、実務では、重く、受け止められています。判決の理由と、傍論の一般論を、めぐる、詳しい理論は、今日は、扱いません。今日は、地方選挙権が、三層のどこにいるか、そして、それが、傍論であることの意味——この二つを、押さえておいてください。
今日の答え、そして、次回へ
図:今日の完成地図
- 選挙権は権利と公務の二つの顔
- 最高裁は選挙権制限で権利の顔を選んだ
- 五原則は対立概念とセット
- 十五条一項の読み方と直接選挙の定義が道具として二度効いた
それでは、今日の内容を、まとめましょう。最初の問いは、これでした。選挙権の、二つ目の顔——公務の顔は、何のために、付いているのか。公務の顔は、受刑者や、選挙犯罪者の欠格を、正当化する方向に、働きます。そして、突き詰めれば、強制投票制という、対立見解にまで、届きます。最高裁は、権利の顔を、思いきり強く、選びました。「事実上、不能か、著しく困難」でなければ、制限は、許されない——極めて厳しい、枠組みでした。そして、五つの原則は、それぞれ、何を否定するために立ったか、というセットで、整理しました。もう一つ、大事なことが、あります。今日の最初に立てた、十五条一項の読み方——国民の意思に基づく手続、という考え方が、複選制の話でも、直接選挙の定義でも、道具として、二度、効いてきました。
そして、外国人の選挙権では、三層のうち、地方選挙権が、真ん中に、いることを、確認しました。今日、扱ったのは、選挙権という、参政権の中心でした。この地図が、頭に入っていれば、選挙にまつわる、どんな問題も、権利の話なのか、公務の話なのか、すぐに、見分けがつくようになります。そして、すぐ後の回では、今日、線を引いた「一人一票」の中身——投票の重みの較差に、入っていきます。議員定数の不均衡と、立候補する側の権利である被選挙権も、そこで扱います。
参照条文
- 日本国憲法 15条
- 公職選挙法 11条1項
- 日本国憲法 44条
- 公職選挙法 9条1項
- 日本国憲法 15条4項
- 日本国憲法 93条2項
- 日本国憲法 47条
- 日本国憲法 43条1項