被選挙権と立候補の自由——書いていない権利のゆくえ
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第3章 人権各論 #52/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
被選挙権とは何か——出口と、入口
図:被選挙権の定義と判例の中身のズレ
- 定義=選挙人団に選ばれたときそれを引き受けて公務員になることができる資格=出口の資格
- 判例が保障したのは立候補の自由=入口の側
被選挙権には、実は、決まった定義が、あります。選挙人団に選ばれたとき、それを引き受けて、公務員になることができる資格——これが、その中身です。ここでいう「選挙人団」は、その選挙で投票する人たち、全体のことです。選挙権の中心を扱った回で見た、間接選挙の、中間選挙人とは、別の使い方なので、注意してください。ここで、注意してほしいことが、あります。この定義に、「立候補」という言葉は、入っていません。被選挙権は、本来、「選ばれたら、それを受けて、公務員になれる」という、出口の資格の話です。ところが、これから見る判例が、憲法十五条一項で保障したのは、「立候補の自由」——選ばれる前の、入口の側です。
日常の言葉では、同じように聞こえますが、憲法の議論では、指しているものが、違います。これから見る事件は、選挙管理委員会でも、国でもなく、労働組合が、相手の事件です。争われたのは、「立候補するな、と圧力をかけられたこと」——まさに、入口の話です。判例が、何を守ったのか、噛み合わなくなります。出口と入口、この区別を、頭に入れておいてください。
明文の無い権利を、条文に載せる三つの道
図:明文の無い権利を条文に載せる三つの道
- 道1=十三条という受け皿へ投げ込む・被選挙権はぴったり合う条文があるため通らない
- 道2=条文どうしの支え合い〈表裏の関係〉で読む・被選挙権はこの道
- 道3=権利のどの性質を見るかで根拠条文を選ぶ・公務就任権で使う
さて、いよいよ、今日の一問に、答えていきます。書いていない権利を、憲法上の権利にする方法は、実は、一つでは、ありません。三つ、あります。一つずつ、見ていきましょう。一つ目の道は、十三条に、投げ込む道です。以前、幸福追求権を扱った回で、十三条は、他のどの条文でも、カバーできないときの、最後に残る受け皿だ、と話しました。これを、補充的保障と呼びましたね。では、被選挙権は、この道を、通るでしょうか。この道は、通りません。なぜなら、被選挙権には、もっとぴったりな条文——十五条一項が、あるからです。ぴったり合う条文が、見つかっている以上、受け皿である十三条の、出番はありません。
では、二つ目の道に、進みましょう。こちらが、被選挙権で、実際に使われる道です。十五条一項を、もう一度、見てみましょう。
条文日本国憲法 15条1項
日本国憲法 第十五条第一項 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
「選ばれる側」のことは、一言も、書いていません。ここで、考えてみてください。もし、立候補する自由が、誰にも保障されていなかったら、どうなりますか。極端に言えば、そうです。立候補する人が、いなくなります。立候補が、圧力で、封じられてしまう社会を、想像してください。選ぶ側の自由な行使——選挙権そのものが、空洞になってしまいます。ここに、論法の形が、見えてきます。「支えているほうを守らないと、支えられているほうが、守れない。だから、支えられているほうの条文は、支えているほうも守っている」——この形です。
条文が、きちんと働くための、条件から、導く道です。ここでは、支えられているのが選挙権、支えているのが立候補の自由です。身近な例で、考えてみましょう。学校の生徒会規約を、想像してください。「生徒会長は、全校投票で選ぶ」と、規約に書いてあるとします。ですが、規約のどこにも、「生徒会長に、立候補してよい」とは、書いていません。それでも、投票という制度が、意味を持つには、誰かが、手を挙げられなければ、いけません。だから、規約は、投票の自由を通じて、立候補の自由も、一緒に、守っていると読める——これが、二つ目の道の、考え方です。
では、三つ目の道です。こちらは、今日の後半——公務就任権のところで、使います。その権利の、どの性質に注目するかで、根拠にする条文を、選ぶ道です。詳しくは、後半で、実例を見ながら、確かめましょう。最後に、まとめておきます。三つの道——十三条に投げ込む道、条文どうしの支え合いで読む道、性質から条文を選ぶ道。どれを使うかは、その権利の、何を見るかで、決まります。それでは、実際の判例で、二つ目の道を、確かめてみましょう。
三井美唄炭鉱労組事件——事案
図:三井美唄炭鉱労組事件の事案
- 統一候補を決めたのは組合そのもの
- 組合幹部たちA=Cを再三説得した側・起訴されたのはこの幹部たち
- 組合員C=統一候補から漏れて独自に立候補
- Cを統制違反者として処分したのは組合の決定
- 公職選挙法の選挙の自由妨害罪に問われた刑事事件
ある炭鉱の町で、実際に起きた事件を、見ていきます。この事件の登場人物を、判決文にならって、AとCという、記号で呼びます。組合の幹部たちを、まとめてA。統一候補から漏れて、独自に立候補した、組合員が、Cです。Aは、一人ではありません。判決文でも、複数の幹部が、まとめて扱われています。舞台は、労働組合が、力を持つ、炭鉱の町です。この組合は、市議会議員選挙にあたって、統一候補を、決めていました。ところが、その統一候補に、選ばれなかった、組合員のCが、独自に、立候補する意思を、示しました。組合幹部たちAは、Cに対して、立候補を、取りやめるよう、再三、説得しました。
それでも、Cが、応じなかったため、組合は、組合の決定に基づいて、Cを、統制違反者として、処分しました。この事件は、組合幹部たちAが、公職選挙法の、選挙の自由妨害罪で、起訴された、刑事事件です。ここは、間違えやすい所です。一審・二審を経て、検察官が、上告し、最高裁まで、争われました。それは、次の判旨で、確かめましょう。
三井美唄——判旨と、統制権の限界
図:統制権の限界
- 判示1=立候補の自由は選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり十五条一項の保障する重要な基本的人権の一つ
- 判示2=勧告・説得の域にとどまる限り適法、取りやめの要求と処分は統制権の限界を超え違法
- 団体の正当な利益と個人の自由を比較衡量
最高裁は、まず、立候補の自由そのものについて、述べました。ただ、いきなり結論を、置いたわけでは、ありません。立候補しようとする人が、不当に、制約を受ければ、めぐりめぐって、選ぶ側の、自由な意思の表明が、妨げられる——判決は、その理由を置いたうえで、こう続けます。
判例最大判昭和43年12月4日(三井美唄炭鉱労組事件)
三井美唄炭鉱労組事件——立候補の自由の根拠 この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。 このような見地からいえば、憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。
判例が使った「表裏の関係」という言葉は、さきほど道具として渡した、二つ目の道そのものです。二つ目の道が、判例の言葉で、裏付けられています。順番としては、判例が先です。判例の理由づけを、一般化したものが、今日、渡した道具です。
⭐ 論文で書く規範:立候補の自由の根拠——十五条一項との表裏の関係 被選挙権(立候補の自由)を直接に保障する明文は、憲法のどこにもない。 しかし、選挙権の自由な行使が意味を持つためには、立候補の自由が確保されていなければならない。この支え合いの関係から、立候補の自由も、憲法十五条一項の保障する重要な基本的人権の一つと解される。 (規範(三井美唄炭鉱労組事件・最大判)。答案の書き方は論文シリーズで扱う)
さて、これで、Aが起訴された、その根っこにある、権利の重みが、確認できました。ここで、一つ、立ち止まってください。立候補の自由を妨げたのは、Cを処分した、労働組合——私人です。国家では、ありません。憲法は、本来、国家に向けられた規範です。なぜ、私人である組合の処分が、憲法上の権利の侵害として、論じられるんでしょうか。以前、私人間の効力を扱った回で、見た枠組みを、覚えていますか。間接適用説——憲法を、私法の一般条項を通して、間接的に及ぼす、あの枠組みです。一般条項とは、公序良俗のような、幅のある条文のことでしたね。この事件も、その構造の上に、乗っています。詳しい理屈は、あの回に、譲ります。今日、押さえてほしいのは、「相手が私人でも、憲法の話になりうる」という、この一点です。では、組合の統制権に、話を、進めましょう。組合にも、目的を達成するための、統制権が、認められています。
判例最大判昭和43年12月4日(三井美唄炭鉱労組事件)
三井美唄——統制権の限界 統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治活動の一環として、許されるところと考えてよい。 しかし、当該組合員に対し、勧告または説得の域を超え、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制違反者として処分するがごときは、組合の統制権の限界を超えるものとして、違法といわなければならない。
ここに、境目が、あります。たとえば、Aが、Cに、何度も、立候補をやめるよう、頼むだけなら——ここまでは、適法です。でも、Aが、Cを、統制違反者として、処分したことは——ここからは、違法になります。同じ「立候補をやめさせたい」という、動機でも、手段によって、結論が、分かれます。この線が、なぜ、ここに引かれるのか、考えてみましょう。組合が、候補者を、一本化しようとすること自体は、団結を保つための、正当な目的です。問題になるのは、組合員個人の、憲法上の自由を、団体の側が、実力——処分で、押し切ったときです。
判旨も、その必要性と、立候補の自由の重要性とを、比較衡量して、許されるかどうかを、決めるべきだ、と述べています。なお、組合の統制権そのものの、一般論は、別の回に、譲ります。今日は、立候補の自由の側だけを、押さえてください。
年齢要件——理由の射程を測る
図:被選挙権年齢と理由の射程
- 公選法十条一項一号=衆議院は満二十五年以上・二号=参議院は満三十年以上・三号以下は都道府県・市町村の議員や長も列挙
- 理由が説明できるのは年齢要件を課すこと自体の合理性だけで衆参の差や二十五という具体的な年齢までは説明が届かない
ここから、被選挙権の、具体的な制約を、見ていきます。被選挙権という言葉は、二通りに、使われます。狭く言えば、出口の資格。ですが、条文や学説では、立候補の自由まで含めて、広く使うことも、あります。次に見る条文が、まさに、その使い方です。まずは、年齢要件です。条文を、見てみましょう。
条文公職選挙法 10条1項
公職選挙法 第十条第一項 日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。 一 衆議院議員については年齢満二十五年以上の者 二 参議院議員については年齢満三十年以上の者 三 都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの 四 都道府県知事については年齢満三十年以上の者 五 市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの 六 市町村長については年齢満二十五年以上の者
受験生が、よく使うのは、一号と二号ですが、条文全体を、一度、見ておいてください。三号から、六号まで、都道府県や、市町村の議員・長も、並んでいます。今日は、一号と、二号——衆議院は満二十五年、参議院は満三十年、ここを中心に見ます。被選挙権は、選挙権の十八歳より、ずっと高い年齢が、必要だと、されています。有力な説明は、こうです。議員としての職務を、きちんと遂行するには、選挙人よりも、一般的に、高い年齢が、必要だから、というものです。ここで、大事なのは、この理由を、「合憲」の一言で、終わらせないことです。
この理由が、説明できていることと、できていないことを、分けてみましょう。説明できているのは、「選挙権より、高い年齢を、要求すること自体」の、一応の合理性です。では、「なぜ、衆議院は二十五で、参議院は三十なのか」——この差は、説明できますか。「なぜ、二十五なのか」——二十四でも、二十六でもなく——という点も、この理由だけでは、説明が届きません。この作法——理由の射程を測ることを、覚えておいてください。この後、供託金のところで、そのまま、使います。
供託金制度①——条文と、二本の筋
図:供託金の根拠と違憲の二本の筋
- 根拠は公選法九十二条のみ・八十九条は公務員の立候補制限という別の条文
- 筋1=被選挙権・立候補の自由への不当な制限〈自由権の側〉
- 筋2=四十四条ただし書の列挙事由〈財産又は収入〉による差別〈平等の側〉
次は、供託金の制度です。立候補するには、一定額のお金を、預けなければ、いけません。この制度の根拠条文は、公職選挙法九十二条です。ほかの条文は、根拠になりません。基本書によっては、「八十九条、九十二条」と、並べて書いてあることが、ありますが、八十九条は、別の制約——公務員の立候補制限の条文です。供託金の話をするときは、九十二条だけを、根拠にしてください。供託金の金額は、選挙の種類ごとに、決まっています。金額そのものは、あとで確かめられるように、出しておきます。
図:公職選挙法九十二条一項が定める供託金の額
- 衆議院小選挙区・参議院選挙区・都道府県知事は各三百万円
- 指定都市の長は二百四十万円
- 指定都市以外の市長は百万円
- 都道府県議会は六十万円
- 指定都市議会は五十万円・町村長は五十万円
- 指定都市以外の市議会は三十万円
- 町村議会は十五万円。現行額であり改正で変わりうる
これだけの金額を、用意できない人は、立候補そのものが、できなくなります。違憲だ、という議論があります。この違憲の筋は、実は、二本、立っています。一本目は、被選挙権、あるいは、立候補の自由に対する、不当な制限、という、自由権の側からの筋です。さっき言った、広いほうの使い方です。供託金が当たっているのは、入口——立候補の側です。それでも、立候補できなければ、選ばれることも、ありません。だから、どちらの側からでも、筋が立ちます。二本目は、四十四条に、列挙された事由による、差別だ、という、平等の側からの筋です。
もう一度、ただし書を、見てみましょう。
条文日本国憲法 44条
日本国憲法 第四十四条 両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。
供託金は、まさに、資力——お金があるかどうかで、立候補を、分ける制度です。自由権の側と、平等の側、この二本の筋を、混ぜないでください。別々の条文から、別々の理由で、供託金を、問題視しています。
供託金制度②——目的と、手段
図:供託金の目的と手段
- 目的=当選意思のない立候補の乱立を防ぎ選挙の混乱を避けること・これ自体は否定されない
- 手段=資力という形でしかふるいにかけていない・署名による代替措置が用意されていない点が問題
- 違憲説が有力なのは手段の相当性の否定であって目的の否定ではない
では、供託金の違憲説の中身を、もう少し、詳しく、見ていきましょう。有力な違憲説の理由は、こうです。今の制度には、資金の無い人のために、一定数の有権者の署名で、供託金に代える、といった措置が、用意されていません。ここで、以前、使った道具を、思い出してください。目的と、手段を、分ける作法です。まず、目的から、見てみましょう。供託金制度の目的は、当選する意思の無い立候補の乱立を防ぎ、選挙の混乱を、避けることです。違憲説も、この目的自体は、否定していません。問題になるのは、手段のほうです。今の制度は、資力という、形でしか、ふるいに、かけていません。
より、制限的でない手段——たとえば、署名による代替が、現に考えられるのに、用意されていません。「違憲説が有力」という言葉の中身は、目的そのものを、否定しているのではなく、手段の、相当性を、否定している——ここが、大事です。理由の射程を測る作法が、ここで、そのまま、効いています。「乱立を防ぐ」という理由は、何らかの、ふるいが要ることまでは、説明します。でも、そのふるいが、なぜ、お金でなければ、ならないのか——そこまでは、この理由からは、出てきません。同じ物差しが、二つの制約に、使えます。目的は正当、手段が相当でない——この分け方で、答案でも、書けるようになります。
連座制——他人の行為で、不利益を受ける仕組み
図:連座制の構造と判旨
- 候補者本人でなく出納責任者・秘書・親族等一定の関係者の選挙犯罪でも当選無効と一定期間の立候補制限が生じる
- 判旨=選挙の公明・適正を確保するための必要かつ合理的な規制として合憲
- 効果は当選無効と立候補制限であり本人の処罰ではない
続いて、連座制です。これは、被選挙権の話に、少し隣接する制度です。選挙犯罪を犯したのが、候補者本人でなくても——出納責任者や、秘書、親族など、一定の関係者であれば——当選が、無効になり、一定期間、その選挙区からの、立候補が、制限されます。ここで、引っかかりませんか。刑法の世界では、自己責任、個人責任が、原則です。連座制は、この原則の、外側にあるように、見えます。実は、連座の対象になる範囲は、条文自身が、絞っています。親族や秘書だからといって、自動的に、連座するわけではありません。対象になるのは、その候補者の選挙運動を、実際に、担っていた人です。出納責任者や、選挙運動を取り仕切った人が、そこに当たります。親族と秘書については、条文がもう一段、条件を足しています。候補者や、いま出てきた、選挙運動を取り仕切った人と、意思を通じて選挙運動をした場合に限る、と。
だからこそ、この制度には、狙いがあります。自分の手を汚さず、近い人に、やらせてしまえば、当選だけを手に入れて、制裁は、実行した人のところで、止まってしまいます。連座制は、その抜け道を、塞ぐための、仕組みです。ある判決が、これに、答えています。争われたのは、候補者の、秘書の選挙犯罪による、連座制でした。
判例最判平成10年11月17日(連座制の合憲判決)
連座制の合憲判決 選挙の公明、適正を実現するという目的で設けられたものと解される。……民主主義の根幹をなす公職選挙の公明かつ適正を確保するという極めて重要な法益を実現するために設けられたものであって、……前記立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものというべきである。
選挙の公正が、一部の関係者の不正行為で、崩れてしまうことを、防ぐ制度だ、という理屈です。この判決は、結論として、連座制の規定は、憲法に違反しない、としました。ここで、一つ、注意しておきます。連座制の効果は、当選無効と、立候補制限です。本人を、処罰するものでは、ありません。この判決自体は、「刑罰でないから、刑事責任の原則が及ばない」とまでは、述べていません。判決が積み上げているのは、目的の重要性と、手段の必要性・限定性——重い刑に限る、期間や対象を絞る、といった、限定です。ここは、丁寧に、扱ってください。
国民投票権——原則と、例外
図:憲法が開けた直接民主制の三つの例外
- 憲法改正のときの国民投票=九十六条
- 一つの自治体だけに適用される特別法の住民投票=九十五条
- 最高裁判所の裁判官に対する国民審査=七十九条二項
- 国政レベルの原則は代表民主制、この三つはその原則に対する憲法自身の例外
ここから、国民投票権に、話を移します。憲法が、置いている、直接民主制的な制度は、実は、三つだけです。ですが、その三つを並べる前に、なぜ「三つだけ」なのかを、先に、押さえます。国のレベルでは、原則は、代表民主制です。国民が、直接、物事を決めるのではなく、代表者を、選んで、決めさせる。選挙権の中心を扱った回で見た、四十三条一項——両議院は、全国民を代表する、選挙された議員で、これを組織する——この条文が、その原則の、現れです。これから見る三つは、その原則に対して、憲法が、自分で、開けた例外です。だから、三つだけ、なんです。順に、見ていきましょう。一つ目は、憲法改正の、国民投票です。
条文日本国憲法 96条
日本国憲法 第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
二つ目、特定の地域だけに適用される、特別法の、住民投票です。
条文日本国憲法 95条
日本国憲法 第九十五条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
そして、三つ目——最高裁判所の裁判官に対する、国民審査です。
条文日本国憲法 79条2項
日本国憲法 第七十九条第二項 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
中身——投票の方法や、効果は、別の回で、扱います。三つとも、見ました。最初に置いた、位置づけに、戻ります。「三つ覚える」だけでは、意味が、立ちません。原則と、例外という、構造として、持ち帰ってください。
書いていないものは、作れるか
図:書いていないものは作れるか
- 被選挙権=権利をどこまで認めるかの話だから読み込める
- 新しい国民投票制度=国が物事を決める仕組みそのものを組み替える話だから法律では作れない
- 通説は諮問的〈拘束力なし・決めるのは国会のまま〉なら許容、拘束力があれば違憲
では、ここで、一つ、問いを、立てます。憲法が、書いていない、直接民主制的な制度——たとえば、重要な法案を、国民投票にかける仕組みを、法律で、作れるでしょうか。ここまでの話の流れなら、「書いていないなら、読み込める」で、作れそうに見えます。でも、これから見る答えは、通説では、逆です。通説は、諮問的なものでない限り、違憲だ、と考えます。たしかに、矛盾しているように、見えますね。ここが、今日、いちばんの、山場です。動いているものが、違うんです。被選挙権のときは、「国民の権利を、どこまで認めるか」という話でした。憲法が、守ろうとしている方向に沿って、読む話です。
一方、国民投票制を作る話は、「国が、物事を決める仕組みそのものを、組み替える」話です。憲法は、自分で、統治の骨格を、決めています。国のレベルでは、代表民主制が原則で、例外は、さっきの三つだけ、と。憲法より下にある法律が、憲法の決めた、決め方そのものを、変えることは、できません。生徒会の規約の話には、続きがあります。あの生徒会が、今年から、「全校投票ではなく、各クラス代表の話し合いで、決めよう」と、言い出したとします。しかも、規約は、そのままで、生徒会の中の取り決めだけで、です。同じ規約でも、立候補の自由は、読み込めたのに、決め方の変更は、規約を変えないと、できません。では、もう一つ。「諮問的なものなら、可」と、言いました。なぜでしょうか。
諮問的、というのは、結果に、拘束力が、無い、という意味です。国民投票にかけても、その結果に、従う義務は、法的には、ありません。拘束力が無いということは、決め方そのものは、変わっていない、ということだからです。最終的に決めるのは、依然として、国会です。境目は、「拘束力があるか」——この一点です。ここを、落とすと、「諮問的なら可」が、ただの、例外の暗記に、なってしまいます。「書いていない」という、同じ出発点から、権利の話なら、読み込める。決め方の話なら、作れない。この二つの結論が、実は、一本の理屈で、つながっています。
⭐ 論文で書く規範:明文なき直接民主制的制度の限界——拘束力の有無 憲法に例外として明文の無い、国民投票のような直接民主制的な制度を、法律で新たに作ることができるか。 通説は、その結果に法的拘束力を持たせる制度は違憲と解する。結果が諮問的(拘束力が無く、最終的な決定権はなお国会に残る)にとどまる限りは、許容されると解される。 (規範(通説で立てる)。答案の書き方は論文シリーズで扱う)
公務就任権——書いてあっても、弱いことがある
図:明治憲法19条の逐語
- 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
- 「法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ」を強調=法律の留保
最後に、公務就任権を、見ていきます。公務員となる、資格のことです。日本国憲法には、明文が、ありません。ここで、一段、深く、見てみましょう。実は、明治憲法には、明文が、ありました。ところが、明文があるほうが、保障が強いとは、限りません。そこが、この条文の面白いところです。「法律命令の定める資格に応じて」——この言葉に、注目してください。以前、憲法史を扱った回で、見た、法律の留保です。明治憲法の公務就任の保障は、法律ひとつで、自由に、細らせられる建前でした。冒頭で見た、「書いていないのに守られる」という謎の、ちょうど、裏返しです。「書いてある、書いていない」だけでは、保障の強さは、決まりません。
では、日本国憲法は、公務就任権を、どの条文から、読み込んでいるんでしょうか。ここで、三つ目の道——性質から、条文を選ぶ道が、登場します。有力なのは、十五条一項説です。公務就任権が持つ、参政権的な性格に、着目します。ほかにも、説は、あります。平等に就ける資格として見れば、十四条一項説。職業の一つとして見れば、二十二条一項説。人格的な利益として見れば、十三条後段説です。ここで、大事なのは、「四つ覚える」ことでは、ありません。同じ権利でも、どの側面を見るかで、根拠にする条文が、変わる——これが、三つ目の道の、実例です。
最後に、欠格条項を、見ておきましょう。
条文国家公務員法38条4号・地方公務員法16条4号(各号の文言は同一・効果を定める柱書は別)
国家公務員法 第三十八条/地方公務員法 第十六条(各第四号) 【国家公務員法 第三十八条】次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。 四 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者 【地方公務員法 第十六条】次の各号のいずれかに該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。 四 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者
団体を、作った者だけでなく、後から、加入した者も、含みます。なお、外国人が、公務員になれるかは、別の回で、既に、扱いました。今日は、日本国民について、どの条文が、根拠になるか、だけを、押さえてください。
今日の答え——参政権の章の、完成図
図:参政権の章の完成図
- 選挙権=前回までに完成
- 被選挙権=十五条一項との表裏の関係で読み込む
- 国民投票権=憲法が自ら開けた三つの例外以外は法律で作れない
- 公務就任権=性質から条文を選ぶ・書いてあっても弱いことがある
- 次章は受益権へ
それでは、今日の内容を、まとめましょう。今日の一問は、これでした。書いていない権利を、なぜ、憲法上の権利と言えるのか。答えは、三つの道と、一つの反転に、ありました。被選挙権は、十五条一項との、表裏の関係で、読み込めます。三井美唄の事件が、そのことを、裏付けていました。統制権の限界は、勧告・説得と、処分の間に、線が、引かれていました。年齢要件と、供託金では、理由の射程を測る作法、目的と手段を分ける作法を、使いました。そして、国民投票権のところで、冒頭の問いが、ひっくり返りました。最後の、公務就任権では、「書いてあっても、弱いことがある」という、もう一つの反転も、見ました。
これで、選挙権、被選挙権、国民投票権、公務就任権——四つのマスが、すべて、埋まりました。次は、受益権——国に対して、何かを求める権利の章に、進みます。それでは、また、お会いしましょう。
参照条文
- 日本国憲法 15条1項
- 公職選挙法 10条1項
- 日本国憲法 44条
- 日本国憲法 96条
- 日本国憲法 95条
- 日本国憲法 79条2項
- 国家公務員法38条4号・地方公務員法16条4号(各号の文言は同一・効果を定める柱書は別)