憲法ゼロから憲法#54

生存権と朝日訴訟・堀木訴訟

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生存権の二つの顔(社会権的側面と自由権的側面)

社会権の四つ

定義社会権とは、生活そのものを国家に支えさせる権利です。

四つの柱があります。

  • 生存権:暮らしそのものを支えさせる権利です。
  • 教育を受ける権利:学ぶ機会を国に用意させる権利です。
  • 勤労の権利:働いて生きていける状態を国に整えさせる権利です。
  • 労働基本権:働く人が集まって使用者と交渉する権利です(団結権・団体交渉権・団体行動権)。

注意25条の生存権と、前文の平和的生存権(平和のうちに生存する権利)は、名前が似ているだけで別の権利です。

25条の構造

条文1項が国民の権利、2項が国の努力義務を定めています。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2項:国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

社会権的側面と自由権的側面

25条の二つの顔(社会権的側面=国に動いてくれと求める側・抽象的権利/自由権的側面=国に余計なことをするなと言う側・具体的権利)

定義25条には、強さの違う二つの側面があります。

  • 社会権的側面:国に「動いてくれ」と求める側です。抽象的権利にとどまり、法律が無ければ裁判所を動かせません。
  • 自由権的側面:国に「余計なことをするな」と言う側です。法律が無くても、それだけで裁判所を動かせる具体的権利です。

結論強さは権利の名前ではなく、側面ごとに決まります。

具体例市が条例で「生活保護受給者は敷地内で作物を育ててはならない」と定め、受給者の家庭菜園を強制的に撤去させた場合です。

これは市に何かを求める場面ではなく、市が余計な制約をかけた場面です。

自由権的側面の制約なので、法律が無くても具体的権利として裁判で争えます。

法的性格(誰を拘束するか)

25条の社会権的側面は、抽象的権利にとどまります。
この位置づけをめぐって、学説はどう分かれているのでしょうか。

法的性格の四つの立場を「誰を拘束するか」で並べた図(プログラム規定説→抽象的権利説→具体的権利説①→具体的権利説②)

プログラム規定説

定義25条は、国に政治的・道義的な義務を課したにとどまる、という説です。

誰も拘束せず、国が守らなくても政治責任が問われるだけです。

理由根拠は二つです。

  • 自助の原則:憲法が前提とする資本主義では、自助の原則が妥当します。
  • 財政政策:予算の配分は、国の財政政策の問題です。

注意次の批判があります。

  • 格差の解消:生存権は、資本主義が生み出す格差を解消するための権利のはずです。
  • 予算との関係:予算こそ、25条にもとづいて組まれるべきです。

抽象的権利説(判例・通説)

定義25条は法的権利を保障し、国は法的義務を負う、という説です。

ただし抽象的権利にとどまり、具体化する法律があって初めて出訴できる具体的権利になります。

結論判例・通説はこの説に立ちます。

この説が拘束するのは、法律を作らなければならない立法者です。

注意朝日訴訟・堀木訴訟では、具体化する法律はすでにできていました。

法律さえあれば勝てる、という単純な話ではありません。

具体的権利説①(違憲確認訴訟)

定義法律が無いなら、立法不作為の違憲確認訴訟ができる、という説です。

裁判所も動かせます。

注意次の批判があります。

  • 実効性:違憲と確認されても、それだけでは法律はできません。
  • 権力分立:裁判所が立法を強制することになり、権力分立や、国会だけが立法権を持つという建前に反しかねません。

具体的権利説②(給付訴訟)

定義法律が無くても、「最低限度の生活」にかかる給付そのものを裁判所に求められる、という説です。

裁判所に、金額まで決めさせます。

理由「最低限度の生活」は、特定の時代・社会では、ある程度客観的に決まるからです。

注意少数説にとどまります。

並びの意味

結論後の説ほど、拘束する相手が増えていきます。

理由拘束する相手が増えるほど、権力分立との緊張が強くなるので、批判も強くなります。

朝日訴訟①(事案と訴訟の終了)

判例・通説は、抽象的権利説に立ちます。
では、生活保護法ができた後、その運用を争った朝日訴訟はどう終わったのでしょうか。

事案

事案原告は、結核の療養所に長く単身で入所していました。

  • 受給していた給付:厚生大臣の基準で最高額にあたる月600円の日用品費の生活扶助と、現物で全額給付される医療扶助です。
  • 保護変更決定:実兄から毎月1,500円の仕送りを受けるようになると、市の福祉事務所は生活扶助を打ち切りました。仕送りから日用品費を差し引いた残り900円は、医療費の一部として本人に負担させました。
  • 訴え:県知事と厚生大臣への不服申立ても認められず、原告は厚生大臣を相手に、裁決の取消しを求めて提訴しました。

訴訟の終了(一身専属)

結論訴訟の途中で原告が亡くなり、訴訟は原告の死亡と同時に終了しました。

理由最高裁は、次のように述べました。

  • 法的な権利:生活保護を受ける権利は、単なる恩恵ではなく法的な権利です。
  • 一身専属:本人の最低限度の生活を維持するために、その人だけに与えられた一身専属の権利です。他人に譲ることも、相続することもできません。

注意訴訟が終わったのは、権利が否定されたからではなく、一身専属だからです。

判決の外で述べた意見(傍論)

定義傍論とは、判決の結論を出すのに必須ではない部分で述べられた、裁判所の考え方です。

結論朝日訴訟には、正式な本案の判決がありません。

最高裁は、訴訟の終了を宣言したうえで、「なお、念のために、本件生活扶助基準の適否に関する当裁判所の意見を付加する」と続けました。

理由25条の法的性格について、最高裁が正面から述べる機会はめったにありません。

この機会を逃したくなかった、と考えられています。

注意傍論ですが、今も読み継がれている重要判例です。

朝日訴訟②(厚生大臣の裁量)

朝日訴訟の判断は、訴訟終了後に付け加えた意見でした。
その中で、最高裁は25条と厚生大臣の裁量をどう述べたのでしょうか。

判旨の前段と後段

朝日訴訟の判旨を前段(具体的権利を賦与したものではない)と後段(裁量権の限界をこえた場合または濫用した場合は司法審査の対象)に分けた表

結論判旨は、次の3点を述べています。

  • 25条1項の性格:国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。
  • 具体的権利の所在:具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて、はじめて与えられている。
  • 権利の中身:厚生大臣が設定した保護基準による保護を受け得ることにあり、その基準は憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない。

理由「最低限度の生活」は、時代で動く抽象的な相対的概念です。

一つに決まる数字が無く、多数の不確定的要素を綜合考量して決めるほかないので、まず厚生大臣の判断に委ねられます。

朝日訴訟最高裁判所大法廷判決判旨(二十五条一項の性格と、具体的権利の所在)憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない……。具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて、はじめて与えられているというべきである。判旨のつづき(保護基準と、厚生大臣の設定)生活保護法は、「この法律の定める要件」を満たす者は、「この法律による保護」を受けることができると規定し(二条参照)、その保護は、厚生大臣の設定する基準に基づいて行なうものとしているから(八条一項参照)、右の権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するにたりると認めて設定した保護基準による保護を受け得ることにあると解すべきである。もとより、厚生大臣の定める保護基準は、法八条二項所定の事項を遵守したものであることを要し、結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない。

後段が前段の読み方を決める

結論この判例は、抽象的権利説に立脚していると読まれています。

理由本当にプログラム規定説なら、司法審査の余地は出てこないはずです。

後段が「司法審査の対象となる」と言うので、後段が前段の読み方を決めます。

注意前段だけ読むと、プログラム規定説に見えます。

「生活保護法によつて、はじめて与えられている」の一文が、抽象的権利説の判例側の裏付けです。

裁量の根拠(生活保護法8条)

条文判旨の「厚生大臣の裁量」の条文上の根拠は、生活保護法8条1項です。

注意判旨の「厚生大臣」と条文の「厚生労働大臣」は、同じ職です。

省庁の再編で、厚生省が厚生労働省になりました。

8条|生活保護法 第二章 保護の原則(7〜10条)1項:保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。2項:前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。

判断枠組み(裁量の逸脱・濫用)

結論朝日訴訟の判断枠組みは、次のとおりです。

  • 原則:何が健康で文化的な最低限度の生活かの認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に委ねられます。当不当の問題として政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題は生じません。
  • 例外:現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等、憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となる。

具体例物価も暮らし方も変わったのに、基準の額だけを何十年も据え置いた、という事情があって初めて違法の側に入ります。

注意額が少し低いというだけでは足りず、当不当の問題にとどまります。

分かれ目は、現実の生活条件を無視して著しく低いと言えるかどうかです。

朝日訴訟最高裁判所大法廷判決判旨のむすび(厚生大臣の裁量と、逸脱・濫用)しかし、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものである。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつても、直ちに違法の問題を生ずることはない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。

当時の基準へのあてはめ

結論月600円という当時の基準は、厚生大臣の裁量の限界を超えたとまでは断定できないとされました。

注意本案の判決が無いうえに、傍論でも違法とは言われませんでした(二重に退けられています)。

朝日訴訟の相手は行政(厚生大臣)で、物差しは行政の裁量の逸脱・濫用です。

堀木訴訟①(事案と併給調整条項)

朝日訴訟で争われたのは、厚生大臣が決めた基準という法律の運用でした。
では、堀木訴訟では何が争われたのでしょうか。

事案

事案原告は、視力に重い障害があり、障害福祉年金を受給していました。

内縁の夫と別れたあと、独力で子どもを養育し、児童扶養手当の受給資格の認定を申請しました。

しかし、すでに障害福祉年金を受け取っていることを理由に、却下されました。

  • 併給調整条項:当時の児童扶養手当法の、年金と手当を両方は受け取れないという規定です(判決文の呼び方)。

結論原告は、この併給調整条項が25条に違反しないかを争いました。

注意判決文では、25条だけでなく、13条・14条も争点になっています(条文は第9節)。

朝日訴訟との違い

結論堀木訴訟で争われたのは、法律そのものに書かれた条項です。

  • 朝日訴訟:大臣が決めた運用の中身が争われ、相手は行政でした。
  • 堀木訴訟:法律の条項が争われ、相手は立法府(国会)です。

堀木訴訟②(立法府の裁量と明白性)

堀木訴訟の相手は、法律そのものです。
最高裁は、併給調整条項をどう判断したのでしょうか。

判断枠組み(立法府の広い裁量)

結論具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられています。

それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しません。

理由判旨は、次の点を挙げています。

  • 性質:25条は、国権の作用に対し、一定の目的を設定し、その実現のための積極的な発動を期待する性質のものです。
  • 概念:「健康で文化的な最低限度の生活」は、きわめて抽象的・相対的な概念です。その時々の文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係で判断決定されます。
  • 具体化の難しさ:立法として具体化するには、国の財政事情を無視することができず、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断が必要です。

堀木訴訟最高裁判所大法廷判決判旨のつづき(立法府の広い裁量と、明白性)このように、憲法二五条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。しかも、右規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。

結論

結論上告は棄却され、併給調整条項は合憲とされました。

判決は、給付額を低く定めた立法政策も、それだけでは直ちに25条違反に結びつかない、とも述べています。

注意この一言も、立法府の広い裁量を裏づけています。

積極目的規制の明白の原則との共通点

結論「著しく合理性を欠き明らかに」という言い方は、積極目的規制を測る明白の原則とほぼ同じです。

理由財政の配分や専門技術的な政策判断は、裁判所には測りきれないからです。

分野が違っても、裁判所には荷が重い判断なので、立法府の判断を尊重して緩やかに見る点が共通しています。

注意積極目的規制とは、社会経済政策の一環として行われる規制です。

明白の原則は、「著しく不合理であることの明白である場合に限つて」違憲にできる、という基準です。

行政の裁量と立法の裁量

結論同じ「逸脱・濫用」でも、誰の裁量に掛かっているかで中身が変わります。

  • 朝日訴訟:月600円という日用品費の額を決めた、厚生大臣(行政)の裁量です。
  • 堀木訴訟:年金と手当を両方は渡さない条項を書いた、国会(立法府)の裁量です。

注意「裁量」とだけ言わず、必ず行政の裁量か立法の裁量かを区別します。

生存権の内容と具体化する立法

朝日訴訟も堀木訴訟も、25条を具体化する法律がある場面の争いでした。
25条の理念は、どのような法律に具体化されているのでしょうか。

25条の内容(1項=国民の権利/2項=国の責務)と具体化する立法の例

生活保護法

条文生活保護法1条は、目的の中に「日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き」と書き込んでいます。

3条は、保障される最低限度の生活を「健康で文化的な生活水準」を維持できるものと定めています。

1条|生活保護法 第一章 総則(1〜6条)この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

3条|生活保護法 第一章 総則(1〜6条)この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

2項の三つの言葉と制度

具体例25条2項の社会福祉・社会保障・公衆衛生は、それぞれ別の制度群を指します。

  • 社会福祉:生活保護です。
  • 社会保障:国民健康保険や国民年金が、この分野に近い制度です。

注意具体化する法律は、生活保護法だけではありません。

国民健康保険法・国民年金法・環境基本法なども、その一部です。

25条1項と2項の関係(通説と分離論)

堀木訴訟の判旨は、25条1項と2項の関係にも触れていました。
1項と2項は、どういう関係にあるのでしょうか。

1項と2項の関係の三つの読み方(通説/控訴審の分離論〈堀木訴訟〉/最高裁の上告審判決)

通説

定義主観的権利とは、国民一人ひとりが、国に対して自分のものとして持つ権利です。

結論通説は、1項が主観的権利としての生存権を直接定め、2項はこの権利にこたえて国が果たすべき役割を定めた、と考えます。

  • 一段目:命をつなぐぎりぎりの生活水準を求める部分です。
  • 二段目:そこからさらに上の、より豊かな暮らしを求める部分です。

一項二項分離論(堀木訴訟の控訴審)

定義一項二項分離論とは、1項と2項を別の場面に切り分ける読み方です。

  • 2項:事前の積極的な防貧施策をなすべき努力義務です。
  • 1項:2項からこぼれ落ちた人に対する、事後的・補足的・個別的な救貧施策の責務です。

結論どちらの項の問題かで、審査の厳しさが変わります。

  • 1項の問題(救貧):「最低限度の生活」という絶対的な基準で、厳格に審査されます。
  • 2項の問題(防貧):広い立法裁量に委ねられ、原則として違憲になりません。

注意1項を公的扶助のような限られた場面に絞り、それ以外の施策をすべて2項に流し込めば、広汎な立法裁量に委ねる範囲をいくらでも広げられる、という批判があります。

最高裁の上告審の読み方

結論最高裁は、1項と2項を一体の流れとして読んでいます。

判旨は、1項は国が個々の国民に具体的・現実的に義務を有することを規定したものではなく、2項の社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆく、と述べます。

注意次の2点に気をつけます。

  • 分離論との関係:判旨の読み方は分離論と違う構造ですが、最高裁が分離論を明示的に否定したとまでは断定できません。
  • 審査の厳しさ:一体で読むことから審査が緩くなる・厳しくなるとまでは述べていません。25条の審査が緩いという結論は、第6節の「立法府の広い裁量」の判旨から出ています。

堀木訴訟最高裁判所大法廷判決判旨(一項二項の関係)憲法二五条一項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているが、この規定が、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであること、また、同条二項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しているが、この規定が、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであること、そして、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて、国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところである……。

生存権侵害の四つの争い方①(法律が無い・余計な条項がある)

朝日訴訟と堀木訴訟では、相手が行政か立法府かで争い方が違いました。
「25条違反だ」と言う前に、どのような争い方を見分けるべきでしょうか。

生存権侵害の四つの争い方①②(①法律が無い・不十分=相手は国会/②余計な条項がある堀木型=相手は法律そのもの)の状況・相手・争い方・難所

結論争い方は、誰の、どの行為を攻めるかで四つに分かれます。

① 法律が無い・不十分

結論相手は国会で、立法不作為を攻めます。

使える争い方は、法的性格の説によって変わります。

  • 具体的権利説①:立法不作為の違憲確認訴訟です。
  • 具体的権利説②:給付そのものを求める訴訟です。
  • 抽象的権利説(判例・通説):立法不作為を理由とする国家賠償請求です。

注意どれにも難所があります。

  • 違憲確認訴訟:実効性に乏しく、権力分立との緊張があります。
  • 国家賠償請求:「違法」と認められるのは、誰の目にも明らかなほど生存権が損なわれている場合など、かなり限られた場面にとどまると考えられています。

② 余計な条項がある(堀木型)

結論相手は法律そのもので、争い方は大きく二つです。

  • 制限構成:具体化された生存権をその条項が制限していると構成し、制限の正当性を検討します。
  • 平等権構成:平等権の侵害と構成し、合理的な差別かどうかを検討します。

理由25条だけでは、立法府の広い裁量(明白性)という高いハードルがあるからです。

そこで、平等の筋をもう一つの武器として併走させます。

注意堀木訴訟の判決自身が、「合理的理由のない不当な差別的取扱をしたり、個人の尊厳を毀損するような内容の定めを設けているときは、別に十四条・十三条違反の問題を生じうる」と述べています。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

生存権侵害の四つの争い方②(制度が後退した・行政が給付しない)

①②は、法律が無い場面と、法律に余計な条項がある場面でした。
では、制度が後退した場面と、行政が給付しない場面は、どう争うのでしょうか。

生存権侵害の四つの争い方③④(③制度が後退した=相手は法改正そのもの/④行政が給付しない朝日型=相手は行政の処分)の状況・相手・争い方・難所

③ 制度が後退した

結論相手は、制度を縮小・廃止する法改正そのものです。

従前の立法で生存権は具体的権利になっていると解し、後退させる法改正をその具体的権利の制限と構成します。

注意学説には、制度を後退させる場面では立法裁量の幅が特に狭まるべきだ、という有力な見解があります。

「制度後退禁止原則」と呼ばれることがあります。

老齢加算廃止訴訟

事案70歳以上を対象とする生活扶助の老齢加算が、厚生労働大臣による基準の改定で段階的に減らされ、最終的に廃止されました。

結論最高裁は、次のように判断しました。

  • 裁量:保護基準の老齢加算の部分を改定するに際し、厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められます。
  • 違法となる場合①:特別な需要の有無や改定後の基準の内容についての大臣の判断に、判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて、裁量権の逸脱・濫用がある場合です。
  • 違法となる場合②:激変緩和等の措置を採るか否か、採る場合の措置が相当かについての判断に、被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて、裁量権の逸脱・濫用がある場合です。
  • 効果:いずれかにあたるとき、生活保護法3条・8条2項に違反し、違法となります。

理由最低限度の生活は抽象的かつ相対的な概念です。

保護基準で具体化するには、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断が必要だからです。

注意次の2点に気をつけます。

  • 審査密度:判断の枠組みは堀木訴訟を引いており、制度後退の場面でも審査密度を特に上げる考え方は採っていません。
  • 判断過程:一方で野放しにしたわけでもなく、結論の重さではなく判断の過程を見て縛っています。

「制度後退禁止原則」は学説の呼び名で、最高裁自身が使っている言葉ではありません。

老齢加算廃止訴訟最高裁判所判決判旨(厚生労働大臣の専門技術的・政策的裁量)もっとも、これらの規定にいう最低限度の生活は、抽象的かつ相対的な概念であって、その具体的な内容は、その時々における経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり、これを保護基準において具体化するに当たっては、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである……。したがって、保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し、最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否か及び高齢者に係る改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるか否かを判断するに当たっては、厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。判旨のつづき(裁量権の逸脱・濫用の判断)……老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定は、①当該改定の時点において70歳以上の高齢者には老 齢加算に見合う特別な需要が認められず、高齢者に係る当該改定後の生活扶助基準の内容が高齢者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであるとした厚生労働大臣の判断に、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合、あるいは、②老齢加算の廃止に際し激変緩和等の措置を採るか否かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当であるとした同大臣の判断に、被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に、生活保護法3条、8条2項の規定に違反し、違法となるものというべきである。

④ 行政が給付しない(朝日型)

結論相手は行政の処分そのもので、処分の適法性を争います。

生活保護法の要件を憲法に適合するように解釈して、処分の適法性を判断します。

具体例生活保護法8条2項は、基準が「最低限度の生活の需要を満たすに十分なもの」であることを求めています。

25条の趣旨に照らすと、現実の生活条件を無視した基準は「十分」とは言えません。

その基準に基づく処分は、憲法違反ではなく、8条2項違反(法律違反)として取り消されます。

注意憲法を正面から持ち出さなくても、法律の解釈を決め手に勝てる場面があります。

基準が違法と言えるのは、現実の生活条件を無視して著しく低い場合に限られ、額が少し低いだけでは当不当の問題にとどまります。

環境権

生存権には、社会権的側面と自由権的側面がありました。
では、憲法に明文の無い環境権は、どの条文で受け止められるのでしょうか。

環境権の意味

定義環境権とは、健康で快適な生活を維持する条件としての、よい環境を享受し、これを支配する権利です。

注意ここでいう環境は、生命・健康に影響を与える自然環境を指すのが通説です。

憲法に、環境権という条文はありません。

新しい人権として13条から読み込むときは、人格的生存に不可欠な利益かどうかで線を引く立場(人格的利益説)の枠組みが働きます。

二つの側面

環境権の二つの側面(自由権的側面=よい環境の享受を妨げられない・13条/社会権的側面=積極的な環境保全・改善の施策を求める・25条)

結論明文は無いものの、次のように解するのが通説です。

  • 自由権的側面:よい環境の享受を妨げられない(環境破壊の排除を求められる)側面で、13条によって保障されます。
  • 社会権的側面:公権力による積極的な環境保全・改善の施策を求める側面で、25条によって保障されます。

注意一つの新しい権利が、二つの条文にまたがって受け止められています。

13条・25条の条文は、第9節・第1節です。

環境基本法

結論環境基本法は、生存権に関連する立法として位置づける手がかりがあります。

理由1条が目的に掲げる「国民の健康で文化的な生活の確保」は、25条と同じ語彙だからです。

1条|環境基本法 第一章 総則(1〜13条)この法律は、環境の保全について、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにするとともに、環境の保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより、環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする。

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