司法権の独立——裁判官を辞めさせる、たった二つの道
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第4章 統治 #73/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
独立という言葉の、二つの意味
図:二つの独立
- ①司法府の独立=76条1項・広義・立法権行政権からの独立
- ②裁判官の職権の独立=76条3項・狭義・裁判官個人が独立して判断する
- ②が司法権の独立の核心
今日のテーマは、司法権の独立です。実は、独立という言葉には、二つの意味があります。一つ目は、司法府そのものの独立です。裁判所という組織が、立法権や行政権から独立している。以前見た、権力分立の当然の帰結です。二つ目が、今日の中心です。裁判官の職権の独立。個々の裁判官が、裁判をするときに独立して判断する。別物です。核心は、こちらのほうです。組織が独立していても、中の裁判官が言いなりでは意味がないからです。まず、この条文を見てください。
条文日本国憲法 76条
日本国憲法 第七十六条 1項 すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。 2項 特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。 3項 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。
今日は、この七十六条を丸ごと読み切ります。一項が、司法府の独立と、裁判所の種類の話です。三項が、裁判官一人ひとりの独立。今日の核心です。二項は、今日の後半で出てきます。独立を、裏返しにした話になります。独立を守るために、裁判を通常の裁判所の中だけで完結させる、という要求です。今は、名前だけ覚えておいてください。では、まず三項——職権の独立から、深く見ていきましょう。
図:今日の地図
今日、この先たどる道筋を、先に見ておきましょう。まず、なぜ独立が必要なのか、その理由です。次に、七十六条三項を、言葉どおりに読みます。そのあと、独立が壊れかけた場面を見て、独立を守る三つの制度に入ります。そこで、最初の罷免の話に、答えが出ます。後半は、独立の裏返しとしての、裁判所という仕組みです。一つずつ、丁寧に進みましょう。まずは、趣旨からです。
なぜ独立が必要なのか——趣旨
図:独立の趣旨
- 司法は非政治的な権力=立法権・行政権に比べて侵害される危険が大きい
- 裁判所は多数決では守られない少数者を守るためにある
- だから外部・内部を問わず干渉を排除する必要がある
司法は、非政治的な権力だからです。国会や内閣は、選挙や世論という多数の支持で動く権力です。でも裁判所は、多数の支持で動く権力ではありません。だから、立法権や行政権より侵害される危険が大きいんです。世論が誰かを強く非難していても、要件を満たさなければ有罪にはできません。逆に、どれだけ人気があっても、法に反すれば違法だと言わなければなりません。裁判所は、多数決では守られない少数者を守るためにあります。だから、干渉を排除する必要があるんです。外からも、そして——裁判所の中からも、です。ここが今日、いちばん効いてきます。
身近な例で言うと、作文コンクールの審査員に近い役目です。観客投票だけで優勝を決めたら、人気校の作品や、笑いを取る作品ばかりが選ばれてしまいます。だから、地味でも筋の通った作品を、きちんと評価できる審査員を置くわけです。
七十六条三項を、言葉どおりに読む
図:76条3項の読み方
- 「その良心に従ひ」=裁判官個人の主観的良心ではなく、裁判官としての客観的な良心と解されている
- 「独立してその職権を行ひ」=立法権や行政権はもちろん、裁判所内部の指示も排除される
三項を、もう一度見てみましょう。「その良心に従ひ独立してその職権を行ひ」。そこが、よくある誤解です。個人の主観的な良心ではありません。裁判官としての、客観的な良心と解されています。好き嫌いや個人的な信条ではなく、公正に判断する姿勢のことです。もし個人の信条のことだとすると、自分の考えを理由に法を曲げてよい、ということになります。それでは、同じ三項の「この憲法及び法律にのみ拘束される」と、正面からぶつかってしまいます。他の何ものの指示・命令も受けずに、自分の判断で行う、という意味です。立法権や行政権からの指示が排除されるのは、当然ですね。
ただ、独立が排除するのは、それだけではありません。裁判所の内部からの指示・命令も、同じように排除されます。先輩の裁判官が、後輩の裁判官に、事件の結論を指示することです。一般的な法律の知識や、判例の読み方を教えるのは問題ありません。問題なのは、今、後輩が担当している事件の結論を指示することです。裁判所の中に先輩後輩の序列があっても、事件を裁く場面では、その序列は働きません。経験年数は、関係ありません。事件を担当すれば、その判断は対等です。もう一つ、気をつけてほしい点があります。
図:独立の例外に見えて例外でないもの
- 上級審の判断は下級審を拘束する〔裁判所法4条〕
- これは職権の独立の例外ではない、76条3項は「この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めている
- 国民からの批判〔21条1項〕も排除されない、禁じられるのは権力による指示・命令
上級審の判断は、その事件について下級審を拘束します。例外ではありません。三項を、よく見てください。「この憲法及び法律にのみ拘束される」とあります。上級審の判断に従う根拠は、裁判所法という法律です。もう一つ、国民からの批判はどうでしょうか。批判そのものは、排除されません。主権者として意見を言う権利です。禁じられているのは、権力による指示・命令だけです。そこを、正確に分けてください。
独立が壊れかけた場面
図:独立が壊れかけた場面
- ある地方裁判所で係属していた事件を、その裁判所の裁判長が担当していた
- 決定が出る前に、裁判所の所長が、担当の裁判長に個人的見解を書いた手紙を渡した
実際に、それが起きた例があります。ある地方裁判所で、大きな注目を集める事件が係属していました。係属というのは、その裁判所で審理が進んでいる、という意味です。この事件を担当していたのは、その裁判所の裁判長です。ところが、決定が出る前に、あることが起きました。この裁判所の所長が、担当の裁判長に、手紙を渡したんです。手紙には、事件についての、所長個人の見解が書かれていました。求められてもいません。図で、確認しましょう。
図:関係図
- A=事件が係属する地方裁判所の所長
- B=その事件を担当する裁判長
- AがBへ、決定告知前に、事件についての個人的見解を記した書簡を交付
- コピーの一通が新聞記者の手に渡り、報道されるに至った
- Bは裁判官訴追委員会の審査を経て罷免の訴追を猶予された
- Aは同委員会の審査を経て不訴追とされた
Aが所長、Bが担当の裁判長です。AからBへ、手紙が渡りました。書簡の取扱いは、本来、裁判官会議で審議することになっていました。ところがBは、東京にいるほかの裁判官たちに、この書簡のコピー数枚を送ってしまったんです。そのまま、なりゆきにまかせてしまいました。その結果、コピーのうちの一通が新聞記者の手に渡り、テレビや新聞で報道される結果になりました。そして、所長と裁判長の両方が、裁判官訴追委員会の審査を受けています。所長は、不訴追でした。訴追はしない、という結論です。Bについては、この書簡の扱いそのものが、審査の対象になりました。委員会は、この点が裁判官の職務上の義務に著しく違反すると判断しています。そのうえで、罷免の訴追は猶予するという結論になりました。不訴追とは別の結論ですが、罷免の訴追がされなかった点は共通しています。
裁判官に問題がなかったか審査し、弾劾裁判にかけるべきか判断する機関です。この訴追を猶予する決定の中で、委員会は、書簡そのものについてもこう述べています。
⭐ 論文で書く規範:訴追猶予の理由の一つ——委員会は書簡をこう評した 求めてもいないのに、所長の立場にある者から、決定告知前に交付されたものであるから、受け取る側としては、助言の域を超えた干渉ではないかと一応考えることも無理でない。 (一次資料(裁判官訴追委員会「罷免の訴追を猶予した事案の概要」))
「干渉だった」と断定はしていません。あくまで、「そう考えても無理はない」という言い方です。委員会は、この評価を、書簡を受け取ったBの訴追を猶予する理由の一つに挙げています。ただ、この言い方自体が、大事な意味を持ちます。裁判所の中からの干渉が、机上の心配ではないと、国家機関自身の文書が認めていることです。独立という言葉は、こういう場面のために条文に書かれています。
独立を守るための三つの制度
図:三つの制度
- ①罷免事由の限定=心身の故障の分限裁判、または弾劾裁判の2つだけ
- ②報酬の保障=在任中の減額禁止、ただし一律減額は可
- ③懲戒の禁止=行政機関はできない、裁判所の分限裁判で戒告・過料まで
さて、独立して職権を行うというだけでは、まだ足りません。判断の自由があっても、後でクビにされたり、給料を減らされたりすれば——独立は、絵に描いた餅になります。だから憲法は、三つの制度で独立の実質を裏打ちします。まず、この条文を見てください。
条文日本国憲法 78条
日本国憲法 第七十八条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
まず前段——罷免される場合が、二つだけに絞られています。一つは、裁判により、心身の故障で職務を執れないと決定された場合。これは、裁判所が行う分限裁判で決めます。裁判官の身分を、裁判の形で決める手続でしたね。もう一つが、公の弾劾——弾劾裁判所による弾劾裁判です。罷免されるのは、この二つの場合だけです。勝手にクビにすることは、できません。最初の問いの答えが、ここにあります。裁判官を辞めさせる方法は、この二つだけなんです。次は、報酬です。七十九条六項と、八十条二項が、同じ内容を定めています。裁判官は、定期に相当額の報酬を受けます。その報酬は、在任中、減額できません。
ただし、ここに一つ、留保があります。国家公務員全体の給与が、財政上の理由で引き下げられることがあります。そうした場合に、裁判官の報酬も、他の公務員と一律に減らすこと。これは、許されると解されています。矛盾しません。禁じられているのは、特定の裁判官を狙い撃ちにした減額です。一律にかかる減額は、独立を脅かすものではありません。身近な例で言うと、さっきの作文コンクールの審査員の謝礼と同じ発想です。大会全体の運営費が苦しくて、審査員全員の謝礼を一律に下げるのは構いません。でも、主催団体が気に入らない審査員だけを狙って謝礼を下げるのは駄目です。
この留保を忘れると、誤った理解になります。最後は、懲戒です。七十八条の後段、覚えていますか。「裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行うことはできない」でしたね。懲戒は、裁判所自身が、分限裁判という手続で行います。しかも、その中身は戒告か、一万円以下の過料に限られています。それだけです。減給も、停職も、免職もありません。ここが、今日いちばんの分かれ目です。
図:分限裁判の二つの役割
- 分限裁判は二つの場面で登場する
- ①罷免の場面=心身の故障による職務執行不能を決める
- ②懲戒の場面=戒告または一万円以下の過料を決める/懲戒の分限裁判では罷免はできない
分限裁判という手続は、二つの場面で登場します。一つは、心身の故障による罷免を決める場面。もう一つは、懲戒を決める場面です。懲戒のための分限裁判では、戒告か過料までしか決められません。罷免はできないんです。裁判官を辞めさせられるのは、心身の故障の分限裁判と、弾劾裁判所の弾劾裁判。この二つだけです。ここで、一つ聞かせてください。懲戒で、裁判官を辞めさせることはできますか。……できない、と思います。戒告か過料までしか決められないから。よく身についていますね。同じ例で言えば、審査員どうしの集まりが、問題のある審査員に注意をすることはできます。でも、その注意では、審査員を辞めさせることまではできません。以前、投稿をめぐって戒告処分を受けた裁判官の事件を、見ましたね。
あれは、懲戒のための分限裁判でした。だから、あの時点では、罷免はされていません。この続きを、次に見ていきましょう。
最初の罷免、その後の道のり
図:その後の道のり
- 戒告処分を受けた裁判官が、その後も投稿を続けた
- 裁判官訴追委員会が罷免の訴追を決定
- 弾劾裁判所が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当たるとして罷免
- 罷免8件・不罷免2件
さっきの、戒告を受けた裁判官の話には、続きがあります。その後、別の投稿もあり、この裁判官は罷免の訴追を受けました。終わりませんでした。弾劾裁判所は、罷免の裁判を言い渡します。訴追された事由のうち、複数の行為が、ある事由に当たるとされました。以前見た、裁判官弾劾法二条の二号です。「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」でしたね。訴追の対象になったのも、裁判官の表現の自由の回で見たのと同じ、投稿をめぐる行為です。あの回で見た中身は、担当していない事件について、当事者の感情を傷つける投稿でした。それが、注意や戒告を受けたあとも重なった、という経緯です。
そこが、二号の読みどころです。条文は「職務の内外を問わず」と書いています。私生活での行いでも、裁判官への信頼を壊すなら、非行に当たる、という趣旨です。これが、最初に見た罷免です。同じ裁判官です。戒告で終わらず、最終的には、弾劾裁判所の裁判で身分を失いました。懲戒は、この人を辞めさせるところまでは届きませんでした。辞めさせたのは、弾劾裁判所という、まったく別の手続です。この道をたどった裁判官は、日本国憲法のもとで、これまでに八人です。訴追イコール罷免、でもありません。なお、罷免された裁判官が、資格を取り戻す手続も法律にはあります。
制度としては、道が残っています。今日は、名前だけ覚えておいてください。では、独立を守る話は、ここまでです。
独立の裏側——裁判所という仕組み
図:裁判所の組織
- 最高裁判所と下級裁判所の2種〔76条1項〕
- 下級裁判所は裁判所法2条で4種=高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所
- 三審制も、下級裁判所の種類も、憲法でなく法律が決めている
ここから後半です。独立を守る話は、終わりました。ここからは、独立を裏返しにした話です。裁判所という仕組みそのものを、見ていきます。独立した裁判をきちんと行うには、組織の作りも大事になるからです。七十六条一項を、もう一度見てください。最高裁判所と、下級裁判所の二つに分けられていましたね。現在の下級裁判所は、裁判所法で四種類と定められています。高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、そして簡易裁判所です。ここで、注意してほしい点があります。三審制も、下級裁判所が具体的に何かも、憲法が決めているのではありません。
受益権の回で出てきましたね。法律が決めています。憲法が決めているのは、最高裁判所と下級裁判所という大枠だけです。では、七十六条二項に入りましょう。ここからが、今日の後半の中心です。
特別裁判所の禁止——定義は二つの要素
図:特別裁判所の定義
- ①特定の人・特定の事件だけを扱うために設けられ②その判断について通常裁判所の系列内で上訴する道が閉ざされている裁判機関
- 戦前の軍法会議が典型例
七十六条二項の前段です。「特別裁判所は、これを設置することができない」。「特別な事件を扱う裁判所」という思い込みが、いちばんの誤解ポイントです。定義は、二つの要素でできています。一つ目は、特定の人、または特定の事件について裁判するために設けられること。二つ目は、その判断について、通常の裁判所の系列内で上訴する道が閉ざされていることです。典型例は、戦前の軍法会議です。軍人だけを対象に、通常の裁判所とは別の系列で完結していました。行けませんでした。ここに、特別裁判所の本質があります。少し、身近な場面で考えてみましょう。ある会社に、社員同士のトラブルを扱う社内審査会があるとします。この審査会の判断が最終決定で、外部の裁判所には一切訴えられないとしたら。
逆に、審査会の判断に納得できなければ——普通の裁判所に訴えられるとしたら、どうでしょうか。それなら、外の仕組みから切り離されていませんね。この「切り離されているか」が、二つ目の要素の中身です。
図:家庭裁判所は非該当
- 家庭裁判所も知的財産高等裁判所も特別裁判所にあたらない
- 理由=その判断に不服があれば通常の裁判所に上訴できる
- 知的財産高等裁判所は東京高等裁判所の特別の支部
ここで、よく出る誤りを確認しましょう。家庭裁判所は、特別裁判所でしょうか。そこが、誤りです。家庭裁判所は、特別裁判所にあたりません。家庭裁判所の判断に不服があれば、通常の裁判所に上訴できるからです。系列から独立していない、ということです。知的財産高等裁判所も、同じです。これは、東京高等裁判所の、特別の支部という位置づけです。不服があれば、最高裁判所に、通常のルートで上訴できます。そこを、しっかり押さえてください。
⭐ 論文で書く規範:特別裁判所の定義——二つの要素 ある裁判機関が「特別裁判所」にあたるかどうかは、二つの視点で判定する。①特定の人・特定の事件だけを扱うために置かれた裁判機関か、②その判断について、通常の裁判所の系列内で上訴する道が閉ざされているか。家庭裁判所や知的財産高等裁判所のように、①には当てはまっても通常の裁判所へ上訴できるなら、②が欠けているため特別裁判所にはあたらない。 (規範(通説で立てる))
行政機関は裁判の最後を決められない
図:終審裁判の禁止
- 76条2項後段=行政機関は終審として裁判を行うことができない
- 禁止されるのは「終審」だけ
- 前審としての行政審判は許される、例=特許庁の審決〔知的財産高等裁判所へ出訴できる〕
- 公正取引委員会の審決はかつての例、平成25年改正で廃止された
七十六条二項の後段です。「行政機関は、終審として裁判を行ふことができない」。そこも、正確に読む必要があります。禁じられているのは、「終審」としての裁判だけです。最後の、確定した判断のことです。逆に言えば、前審としての行政審判は、許されます。不服があれば、司法裁判所が後から見直せる形なら構いません。例えば、特許庁の審決です。特許を認めるかどうかで争いがあると、特許庁が審判を行い、審決という形で判断します。訴えを起こせます。行き先は、さっき出てきた、あの知的財産高等裁判所です。だから、特許庁の審決は終審ではありません。七十六条二項には反しないんです。
ちなみに、以前は、公正取引委員会の審決も、同じように裁判所が後から見直せる仕組みでした。でも、平成二十五年の改正で、独占禁止法の審判制度は廃止されました。公正取引委員会の処分に不服があれば、まず東京地方裁判所に訴えることになっています。境目は、いつの時代でも、「終審かどうか」だけです。
事実認定は、どこまで裁判所を縛れるか
図:実質的証拠法則
- 行政機関が認定した事実に裁判所が無条件で従わなければならないとする規定は合憲か
- 平成25年改正前の独占禁止法80条が実例
さっき、公正取引委員会の審決は、かつては裁判所が後から見直せる仕組みだったと言いましたね。では、当時、見直すときに、委員会が認定した「事実」まで、裁判所は自由に見直せたのでしょうか。この会社とこの会社が、価格をつり上げる話し合いをしたか、という認定です。そこで、法律で「行政機関の事実認定は裁判所を拘束する」と定めたら——憲法に反しないか、という問題が出てきます。実例は、平成二十五年に改正される前の、独占禁止法八十条です。今は、ありません。平成二十五年の改正で、この規定は削られました。まず、考え方の筋を追いましょう。法を適用するには、その前提として、事実を認定する作業が欠かせません。つまり、事実認定も、司法権の働きの一部です。
だとすると、行政機関の事実認定に裁判所が無条件に縛られる規定は——七十六条一項・二項、そして裁判を受ける権利の三十二条に反し、違憲になります。もっとも、専門技術的な事項や、迅速な判断が必要な事項では——行政機関の事実認定を、ある程度尊重するのが適切な場面もあります。そこで、合憲になる形が組み立てられます。その形を読む前に、「実質的証拠」という言葉を押さえてください。合理的に考えて、その事実を認定してよいと言えるだけの証拠のことです。値上げの直前に各社の担当者が集まっていた記録や、そろって同じ幅で値上げした事実です。逆に、同じ時期にたまたま値上がりしていた、というだけでは足りません。
その線引きが、「実質的証拠があるか」という問いです。
⭐ 論文で書く規範:実質的証拠法則——合憲になる二つの条件 事実を認定する作業も、司法権のはたらきの一部にほかならない。だとすれば、行政機関が認定した事実に裁判所が無条件で従わなければならないとする規定は、76条1項・2項および32条に反し違憲となる。もっとも、①実質的証拠の有無の判断を裁判所自身が行うことを前提として、②実質的証拠が存する場合にのみ拘束されると定める規定(実質的証拠法則)は合憲である。 (規範(通説で立てる))
平成二十五年改正前の独占禁止法は、この二つの条件を条文にしていました。
図:違憲と合憲の対比
- 違憲になる形=行政機関の事実認定に無条件で拘束される
- 合憲になる形=①実質的証拠の有無の判断は裁判所が行う〔旧80条2項〕②実質的証拠がある場合にのみ拘束される〔旧80条1項〕
旧独占禁止法八十条二項が、実質的証拠の有無の判断を裁判所が行う、と定めていました。そして八十条一項が、実質的証拠があるときに限って拘束される、と定めていました。条文の番号と、条件の番号は揃っていません。二項で裁判所が判断し、一項でその場合だけ拘束される。判断が先、拘束が後です。この順で読めば、番号のねじれに引きずられません。一項と二項、あわせて、合憲になる形が完成します。実質的証拠があるかどうかを判断するのは、裁判所自身だからです。証拠が足りないと裁判所が見れば、その事実認定に拘束されません。事実を認定してよいかどうかを最後に点検する役目は、裁判所に残ります。だから、事実認定という司法権の働きが、行政機関に渡ってしまわないわけです。
無条件に拘束される形と、この二条件つきの形。両方を並べて、初めて違いが分かります。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
- ①76条3項「独立してその職権を行ひ」が全ての出発点
- ②罷免は心身の故障の分限裁判と弾劾裁判の2つだけ、懲戒は戒告・過料まで
- ③特別裁判所の禁止も終審裁判の禁止も「裁判は通常の裁判所の系列で完結させる」という独立の裏返し
今日の内容を、まとめましょう。出発点は、七十六条三項の「独立してその職権を行ひ」でした。立法権や行政権はもちろん、裁判所内部の指示も排除されます。裁判官は、事件を担当した瞬間から、経験の長さに関わらず対等な立場に立ちます。所長から、担当の裁判長に渡った、あの手紙です。この独立を実質化するために、憲法は三つの制度を置いています。罷免されるのは、心身の故障による分限裁判と、弾劾裁判所の弾劾裁判。この二つだけです。ここが、今日いちばんの分かれ目でした。後半は、独立を裏返しにした話でした。特別裁判所の禁止も、行政機関による終審裁判の禁止も——裁判は通常の裁判所の系列の中で完結させる、という同じ要求の言い換えでした。
系列から独立していなければ、特別裁判所にはあたりません。覚えるべきは、制度の名前ではありません。独立という一語が、条文の上でどこまで具体的な形になっているか。その手つきです。独立を固めるほど、裁判所は主権者から遠くなります。では、国民の側は、この独立した権力をどこで縛っているのでしょうか。それは、この続きで見ていきましょう。それでは、また、お会いしましょう。
参照条文
- 日本国憲法 76条
- 日本国憲法 78条