憲法ゼロから憲法#77

憲法判断の方法——裁判所が「答えない」ための道具

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第4章 統治 #77/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

憲法判断回避のルール——なぜ答えないのか

回避のルールの意義(準則=憲法判断が回避できるときは、回避するべきだ/付随的審査制の下で基本原則として適用される/なぜ=付随的審査制は事件の解決に必要な限度でしか審査しない制度だから/∴法律問題だけで片づくなら、憲法問題に手を出す必要が無い) 図:回避のルールの意義

  • 準則=憲法判断が回避できるときは、回避するべきだ
  • 付随的審査制の下で基本原則として適用される
  • なぜ=付随的審査制は事件の解決に必要な限度でしか審査しない制度だから
  • ∴法律問題だけで片づくなら、憲法問題に手を出す必要が無い

まず、憲法判断回避のルールという準則を、確認しましょう。中身は、こうです。憲法判断が回避できるときは、憲法判断を回避するべきだ。付随的審査制の下では、これが基本的な原則として適用される、と解されています。ここが、今日の土台です。丁寧にほどきます。前回、八十一条は、付随的審査制を定めた規定だ、と見ましたね。事件の解決に必要な限度で、しか審査しない制度です。だとすると、こう考えられます。目の前の事件が、憲法問題に触れなくても、法律の解釈だけで解決できるなら——憲法判断は、いわば最後の手段です。法律問題という、より手前の段階で答えが出るなら、わざわざ、その先の憲法問題に踏み込む必要が無い。

そこを、正確に直しておきたいんです。これは、消極さの表れではありません。付随的審査制という制度そのものの、作法です。事件を解くのに使わない道具を、あえて持ち出さない。それだけのことです。

論文で書く規範:憲法判断回避のルール 憲法判断が回避できるときは、憲法判断を回避するべきだという準則。付随的審査制の下では、基本的原則として適用されると解されている。 (準則の定義)

この土台を、これから、実際の事件で確かめていきましょう。

恵庭事件——回避が実際に起きた場面

恵庭事件の事案(被告人=北海道恵庭町の住民/自衛隊演習用の通信線を切断/自衛隊法121条の損壊罪で起訴/被告人側の主張=121条は違憲無効だから無罪/札幌地裁の結論は?) 図:恵庭事件の事案

  • 被告人=北海道恵庭町の住民
  • 自衛隊演習用の通信線を切断
  • 自衛隊法121条の損壊罪で起訴
  • 被告人側の主張=121条は違憲無効だから無罪
  • 札幌地裁の結論は?

実例を見ましょう。恵庭事件です。北海道の恵庭町に住んでいた人が、自衛隊の演習で使う通信線を、切断しました。この人は、自衛隊法百二十一条の、損壊罪で起訴されました。被告人側は、こう主張しました。「百二十一条は違憲無効だ。だから、無罪だ」憲法判断を、正面から求めた主張です。さて、札幌地裁は、どう答えたでしょうか。

条文自衛隊法 121条

自衛隊法第百二十一条 自衛隊の所有し、又は使用する武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物を損壊し、又は傷害した者は、五年以下の拘禁刑又は五万円以下の罰金に処する。

条文を、正確に見ておきましょう。損壊の対象になるのは、武器、弾薬、航空機、その他の防衛の用に供する物、です。でも、「その他の防衛の用に供する物」という、受け皿のような言葉が、続いています。ここで、条文の作りに注目してください。「その他の……物」という言葉は、その手前に並んでいる、武器、弾薬、航空機と、同じ列に置かれています。並んで書かれた言葉は、同じ種類のものとして読む。これが、自然な読み方です。武器、弾薬、航空機。どれも、直接、戦闘や防衛の行動そのものに使う、装備そのものです。演習を円滑に進めるための、後方の設備にすぎません。武器、弾薬、航空機と、同じ並びには入らない。札幌地裁は、そう判断しました。

対象にあたらない以上、損壊罪そのものが、成立しません。だから、無罪です。

恵庭事件の回避構造(切断された通信線=121条の客体にあたらない〔法律問題〕→対象外だから無罪/121条の合憲性〔憲法問題〕には立ち入らない/∴憲法判断は回避された) 図:恵庭事件の回避構造

  • 切断された通信線=121条の客体にあたらない〔法律問題〕→対象外だから無罪
  • 121条の合憲性〔憲法問題〕には立ち入らない
  • ∴憲法判断は回避された

ここで、さっきの土台を、思い出してください。無罪という結論は、条文の文言を読むだけで、出ています。これは、法律問題のレベルです。法律問題のレベルで、事件が解決してしまった以上——憲法問題、つまり百二十一条が違憲かどうかには、立ち入る必要が、ありません。これが、憲法判断回避の実例です。自衛隊が合憲だと、裁判所が言ったわけではありません。そこが、いちばんの誤解です。この判決は、自衛隊が合憲だとも、違憲だとも、一言も言っていません。通信線が条文の対象にあたらないから無罪、それだけです。自衛隊そのものの憲法適合性は、また別のところで、じっくり扱う話です。もう一つ、注意してほしいことがあります。この判決は、最高裁ではなく、札幌地方裁判所の判決です。

最高裁の判決だけを、判例と呼びます。だから、これは「札幌地裁判決」と呼びます。もう一つだけ、はっきりさせておきましょう。憲法判断を避ける道具は、これだけではありません。前に、統治行為という考え方も、見ましたよね。でも、あれとは、別の道具です。統治行為は、「この問題は、裁判所が判断するのに適さない」という理由で、入口そのものを閉じます。今日の回避のルールは、「そこまで行かなくても、解ける」という理由で、入口の先に、そもそも行かないだけです。この違いを、押さえておいてください。

検討——回避は、絶対のルールではない

回避は絶対ではない(アメリカ由来の理論だが絶対視すると違憲審査制の憲法保障機能に反する場面が生じる/だから4要素を総合考慮して、十分な理由があれば憲法判断に踏み切れる〔通説〕) 図:回避は絶対ではない

  • アメリカ由来の理論だが絶対視すると違憲審査制の憲法保障機能に反する場面が生じる
  • だから4要素を総合考慮して、十分な理由があれば憲法判断に踏み切れる〔通説〕

ここで、一つ、立ち止まりましょう。この回避のルールは、絶対のルールなんでしょうか。原則、です。絶対、ではありません。このルールは、そもそもアメリカの判例が積み重ねて、育ててきた考え方です。日本の付随的審査制とも、根っこは同じところにあります。だからといって、頭ごなしに退けるのは違います。でも、これを絶対的なルールとして扱うと、困ったことが起きます。前回、違憲審査制には、二つの役割があると言いましたね。回避を、いつでも貫いてしまうと——憲法に反する法律が、ずっと放置される場面が、出てきます。憲法保障のほうが、ゼロになりかねません。だから、通説は、こう考えます。一定の要素を、総合的に考慮して、十分な理由があると判断したときは——回避のルールによらず、憲法判断に踏み切ることができる。

論文で書く規範:憲法判断に踏み切るかどうかを測る4要素 ①事件の重大性、②違憲状態の程度、③その及ぼす影響の範囲、④事件で問題にされている権利の性質——これらを総合的に考慮し、十分な理由があると判断した場合は、回避のルールによらず憲法判断に踏み切ることができる〔通説〕。 (通説(回避を破るかどうかの物差し))

暗記の羅列にしないでください。これは、一つの物差しです。「回避を破ってでも、答えるべきかどうか」を測る、物差しです。事件がどれだけ重大か。違憲の状態がどれだけひどいか。その影響が、どれだけ広く及ぶか。そして、問題にされている権利が、どれだけ重いか。この四つが、大きいほど、答えるべきだ、ということですね。恵庭事件に、当ててみましょう。被告人は、無罪になっています。事件としての重大性も、影響の範囲も、大きくはありません。その向きです。だから、回避が維持されました。もっと重大な事件、もっと広く影響が及ぶ事件だったら——同じ理屈で、違う結論もありえます。

回避は、原則であって、絶対ではない。この一言を、持ち帰ってください。

合憲限定解釈——違憲だけを避ける、もう一つの道

回避 vs 合憲限定解釈——定義の対比(憲法判断回避のルール=憲法判断そのものを回避する/合憲限定解釈=憲法判断そのものは行うが、違憲判断だけを回避する) 図:回避 vs 合憲限定解釈——定義の対比

  • 憲法判断回避のルール=憲法判断そのものを回避する
  • 合憲限定解釈=憲法判断そのものは行うが、違憲判断だけを回避する

ここから、今日いちばん大事な対比に入ります。憲法判断を避ける道具は、実は、もう一つあります。合憲限定解釈です。まず、さっきまで見てきた回避のルールと、どこが違うのか、正面から言い切ります。憲法判断回避のルールは、憲法判断そのものを、回避するものです。一方、合憲限定解釈は、憲法判断そのものは行うものの、違憲判断だけを、回避するものです。そこです。似ているようで、まるで違います。一つ、具体例で、この違いを、体に入れておきましょう。

校則で考える、二つの答え方(あいまいな校則=「品位を損なう服装を禁止する」/答え方A=このシャツはそもそも校則違反にあたらない→校則の是非には触れない/答え方B=校則はおかしくない。ただし「品位を損なう」を誰が見ても不適切なものに絞って読む場合に限る) 図:校則で考える、二つの答え方

  • あいまいな校則=「品位を損なう服装を禁止する」
  • 答え方A=このシャツはそもそも校則違反にあたらない→校則の是非には触れない
  • 答え方B=校則はおかしくない。ただし「品位を損なう」を誰が見ても不適切なものに絞って読む場合に限る

想像してください。ある中学校に、校則があります。「品位を損なう服装を禁止する」というだけの、校則です。ある生徒が、派手な模様のシャツを着てきて、生活指導の先生に、注意されたとします。生徒は、こう言い返します。「そんな校則、あいまいすぎておかしい」ここで、先生には、二つの答え方があります。一つ目。よく見ると、そのシャツは、校則が想定しているような、極端な服装ではなく、ふつうの私服の範囲内だ、と判断できたとします。「校則そのものが、おかしいかどうか」には、触れずに済みます。これが、回避のルールにあたります。

では、二つ目の答え方を、見ましょう。校則の「品位を損なう」という言葉が、あまりに広すぎる場合、先生は、校則そのものの是非に、踏み込みます。そして、こう答えます。「この校則は、おかしくない」ただし、条件が付きます。「品位を損なう」という言葉を、露出が過度なものや、暴力的な絵柄など、誰が見ても不適切だと分かるものに、絞って読む場合に限る。これが、合憲限定解釈にあたります。校則という決まりそのものが、救われています。生徒のシャツが、その狭い意味に当たるかどうかは、また別の話です。そこです。ここで、二つの見分け方を、正式に持ち帰りましょう。

二つの見分け方(①判決文に「合憲」の2文字が出るか=回避なら合憲とも違憲とも言っていない/②誰を救っているか=回避は目の前の被告人、合憲限定解釈は法令そのもの) 図:二つの見分け方

  • ①判決文に「合憲」の2文字が出るか=回避なら合憲とも違憲とも言っていない
  • ②誰を救っているか=回避は目の前の被告人、合憲限定解釈は法令そのもの

まず、判決文の見え方から、確かめましょう。

論文で書く規範:回避のルールと合憲限定解釈——見分け方 ①判決文に「合憲」の2文字が出るか——回避は「この法律が合憲か違憲かを、この判決は言っていない」。限定解釈は「合憲だと言っている」ただし読み方を絞ったうえで。②誰を救っているか——回避は目の前の被告人を法律問題で救う。限定解釈は法令そのものを救う。 (この回の背骨)

判決文を読んで、迷ったときの、実用的な物差しです。合憲限定解釈のほうの定義も、正確に確認しておきましょう。言葉どおりに読むと違憲になりかねない、幅広い法文の意味を絞り込むことで、違憲になる余地を消し、法令の効力を救済する解釈をいいます。この言葉の中に、もう一度、誰を救うか、が書き込まれています。実は、この道具は、初めて出てくるわけではありません。「風俗」の明確性を扱った回で、判例の逃げ道として、一度見ています。あのときは、明確性という軸から、この道具に触れました。今日は、同じ道具を、憲法判断の方法という、別の角度から、位置づけ直します。

実は、似た発想を、前に、生活保護の場面でも見ています。憲法に沿うように、法律の要件を読む、憲法適合解釈という道具です。今日の合憲限定解釈と、根っこの発想は、親戚どうしです。ただ、この道具の一般的な説明は、また別の機会に譲ります。今日は、名前だけ、認知しておいてください。それでは、この合憲限定解釈が、実際に使われた事件を、見ていきましょう。

税関検査事件——限定解釈が実際に使われた場面

税関検査事件の問題提起(関税定率法21条1項3号〔当時〕=「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」の輸入を禁止/「風俗」という文言が不明確で憲法21条1項に違反しないか) 図:税関検査事件の問題提起

  • 関税定率法21条1項3号〔当時〕=「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」の輸入を禁止
  • 「風俗」という文言が不明確で憲法21条1項に違反しないか

当時の関税定率法に、こういう規定がありました。「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」の、輸入を禁止する。今日は、あのときとは、別の角度から見ます。この「風俗」という文言が、あいまいすぎて、憲法二十一条一項に、違反しないかが、問題になりました。答えは、判旨を読んでから、一緒に確かめましょう。まず、最高裁も、「風俗」という言葉そのものは、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗など、多義にわたる、と認めています。そう見えます。でも、その先が、この事件の核心です。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和59年12月12日

税関検査事件——限定解釈による結論 この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、……したがつて、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二一条一項の規定に反しない合憲的なものというべきである。

「風俗」をどう絞ったか(旧刑法でも現行刑法でも、表現物で「風俗を害する」として規制されるのはわいせつ物の罪だけ/∴ここでの「風俗」は専ら性的風俗を意味すると読める/∴何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項に反しない=合憲) 図:「風俗」をどう絞ったか

  • 旧刑法でも現行刑法でも、表現物で「風俗を害する」として規制されるのはわいせつ物の罪だけ
  • ∴ここでの「風俗」は専ら性的風俗を意味すると読める
  • ∴何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項に反しない=合憲

最高裁は、法律の作りに注目しました。昔の刑法でも、いまの刑法でも、表現物で「風俗を害する」として取り締まられてきたのは、わいせつ物の罪だけでした。だから、ここでの「風俗」は、専ら性的風俗を意味する、と読めます。この限定的な解釈が可能である以上——何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二十一条一項の規定に反しない、合憲的なものだ。そう結論づけました。ここで、罠に気をつけてください。

限定解釈は叩く道具ではない(「風俗」が広いまま生きていたら違憲になっていたかもしれない/専ら性的風俗と絞ったことで法令の効力が保たれた/∴限定解釈をしたから法律が生き残った=叩いたのではなく救った/ただし一般人の理解で読み取れる場合に限る=読み取れなければ明確性を欠く) 図:限定解釈は叩く道具ではない

  • 「風俗」が広いまま生きていたら違憲になっていたかもしれない
  • 専ら性的風俗と絞ったことで法令の効力が保たれた
  • ∴限定解釈をしたから法律が生き残った=叩いたのではなく救った
  • ただし一般人の理解で読み取れる場合に限る=読み取れなければ明確性を欠く

「限定解釈をした」と聞くと、法律を、削ったり、叩いたりした、と思いがちです。そこが、今日いちばんの罠です。限定解釈をしたから、法律が生き残ったんです。叩いたのではなく、救ったんです。広すぎて、違憲になっていたかもしれません。でも、専ら性的風俗、と絞ったことで、法律の効力が、保たれました。合憲限定解釈を、実際にやって見せている事件です。なお、一般人の理解で読み取れる場合に限る、という条件も、この判決の中に、ちゃんと出てきます。そこは、前に、明確性の側から、詳しく見ましたね。今日は、合憲限定解釈という、手法の側から、この事件を、もう一度、確かめました。もう一つ、この道具の外側を、押さえておきましょう。絞った意味が、一般人の理解で読み取れないときは——限定解釈は、そもそも使えません。

そのときは、明確性を欠く、という話に戻ります。この判決も、「限定的な解釈が可能である以上」と、条件を付けて言っています。なお、税関検査が、検閲にあたるかどうか。そこは、検閲を扱った回で、正面から見ましたね。

立法事実——審査基準の裏側にある物差し

立法事実とは(法律の合理性を支える社会的・経済的事実/確証度はまちまち=確実な社会科学的データから単なる憶測まで幅がある/裁判所は憲法判断に立ち入る場合、その法律の立法事実を検証する) 図:立法事実とは

  • 法律の合理性を支える社会的・経済的事実
  • 確証度はまちまち=確実な社会科学的データから単なる憶測まで幅がある
  • 裁判所は憲法判断に立ち入る場合、その法律の立法事実を検証する

話題を変えます。裁判所が、憲法判断に立ち入るとき、実は、もう一つ、確認していることがあります。その法律の、立法事実です。その法律が合理的だと言えるだけの、社会や経済についての裏付け事実のことです。たとえば、ある業種の距離制限を定めた法律なら——距離を離さないと、本当に危険が生じるのか、という事実です。ここで一つ、審査基準を扱った回に、戻ります。思い出してください。厳格な審査基準と、緩やかな審査基準では、何が違いましたか?目的と、手段への、要求の重さが、違いましたよね。厳格なほうが、より重いものが求められる、という話でした。実は、審査基準は、その物差しに、もう一つの軸を持っています。それが、立法事実に、どれだけの確証度を求めるか、です。

論文で書く規範:立法事実と審査基準の連動 審査基準は「①どんな目的で、どんな手段か」に加えて「②その目的・手段の根拠となる立法事実に、どれだけの確証度を求めるか」の2点で分類できる。厳格な審査基準を用いる場合は立法事実に高い確証度が求められ、緩やかな基準の場合は立法事実が推定されるものでもあれば足りる。 (審査基準論の裏面)

立法事実の確証度は、場合によって、まちまちです。確実な社会科学的データに、根拠づけられたものもあれば——単なる憶測にすぎないもので、済まされることもあります。緩やかな基準を使う場面では、それで足ります。でも、厳格な基準を使う場面では、確実なデータで、根拠づけられていなければ、通りません。厳しく疑う場面ほど、目的も、手段も、そして立法事実の確からしさも、すべて、より重いものが、求められます。この二点目の軸を、審査基準の裏面として、持ち帰ってください。

立法事実は時代で変わる——司法事実との対比

再婚禁止期間の例(女性にだけ課された再婚禁止期間の規定/100日を超える部分について、制定当時は合理性があった/現在においては合理性がなくなったと判断されている/同じ条文・同じ基準でも、社会が変われば答えが変わる) 図:再婚禁止期間の例

  • 女性にだけ課された再婚禁止期間の規定
  • 100日を超える部分について、制定当時は合理性があった
  • 現在においては合理性がなくなったと判断されている
  • 同じ条文・同じ基準でも、社会が変われば答えが変わる

この立法事実には、もう一つ、大事な性質があります。立法事実は、時代によって、変化します。以前、法の下の平等の回で、女性にだけ課された、再婚禁止期間の規定を見ましたね。あの回は、まさにこの性質を追った回でした。今日は、道具としての名前のほうを、押さえます。実は、あの百日を超える部分についても、制定された当時には、合理性があった、とされているんです。現在においては、その合理性が、なくなったと、判断されています。当時は、医療も科学技術も未発達で、父子関係を確かめるのが難しかった。だから、幅を持たせることにも理由がありました。

その理由のほうが、時代とともに消えました。ここが、立法事実という言葉の、いちばん大事な性質です。条文の文言は、何も変わっていません。判断の枠組みも、変わっていません。でも、それを支えていた、社会的な事実のほうが、動いたんです。

論文で書く規範:司法事実とは この事件で、誰が、誰に対して、何を、いつ、どこで、どのようになしたかという事実をいう。立法事実(法律の合理性を支える社会的・経済的事実)とは別の概念。 (立法事実との対比)

この二つを、さっきの再婚禁止期間の事件で、区別してみましょう。「父性の推定が重なるのを避ける必要が、今もどれだけあるか」——これが、立法事実です。制度全体を支える、一般的な事実です。「この原告が、いつ離婚して、いつ再婚しようとしたか」——これが、司法事実です。この事件、この人に固有の事実です。裁判所は、事件を解くときに、この両方の事実を、別々に見ています。立法事実は、法律そのものの合理性を測るために、司法事実は、目の前の事件に、その法律を、どう当てはめるかを決めるために。この対比を、押さえたら、次の話題に移りましょう。

第三者の憲法上の権利の援用

第三者所有物没収事件の事案(密輸貨物の没収判決を受けた被告人/貨物の中に第三者Aの所有物がまじっていた/没収はAの財産権〔29条1項〕を侵害し違憲だと被告人が争った) 図:第三者所有物没収事件の事案

  • 密輸貨物の没収判決を受けた被告人
  • 貨物の中に第三者Aの所有物がまじっていた
  • 没収はAの財産権〔29条1項〕を侵害し違憲だと被告人が争った

最後の大きな話題に、入ります。具体的な事件で、当事者が、特定の第三者の権利の侵害を理由に、違憲を主張できるか。この問いを、第三者所有物没収事件で、見ていきます。前に、適正手続の回で、第三者所有物没収事件の判決文を読みましたね。同じ判旨を、今日は「援用できるか」という別の問いから読み直します。まず、事案を、簡単に確認しましょう。被告人は、密輸貨物の没収判決を受けました。その貨物の中に、第三者Aの所有物が、まじっていました。被告人は、こう争いました。「この没収は、Aさんの財産権を侵害している。だから違憲だ」

皆さんも、少し、考えてみてください。自分の権利ではなく、他人の権利を理由に、違憲を主張する。ふつうに考えると、少し、無理がある気がしませんか。通説も、実は、そう考えます。原則は、不可です。特定の第三者の権利を、援用することは、原則としてできません。判決文には、附加刑、という言葉が出てきます。適正手続の回で見た付加刑と、同じです。おもな刑に付け加えて科される刑で、没収が、それにあたります。最高裁の答えを、見てみましょう。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和37年11月28日

第三者所有物没収事件——被告人の上告適格 ……かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。……

この判決が救ったのは誰か(①没収は被告人に対する附加刑=自分に科される刑罰の違憲を争うのは当然/②占有権を奪われ、第三者から賠償請求権等を行使される危険がある=被告人自身の利害関係/∴第三者の権利の援用が一般に認められた判例ではない) 図:この判決が救ったのは誰か

  • ①没収は被告人に対する附加刑=自分に科される刑罰の違憲を争うのは当然
  • ②占有権を奪われ、第三者から賠償請求権等を行使される危険がある=被告人自身の利害関係/∴第三者の権利の援用が一般に認められた判例ではない

でも、ここで、今日いちばんの罠に、注意してください。この判決は、「第三者の権利を、一般に借りてよい」とは、一言も、言っていません。理由を、正確に読みましょう。一つ目。没収は、被告人に対する、附加刑です。だから、被告人自身が、この没収の違憲を争うのは、当然だ、としています。二つ目の理由が、もっと大事です。被告人は、没収された物の占有を、奪われます。さらに、あとで、その第三者から、損害賠償を、請求されるかもしれません。この判決が救っているのは、最後まで、被告人自身の利害関係です。Aさんの財産権のためではなく、被告人自身が、占有を奪われ、賠償請求のリスクにさらされる——この自分の利害があるから、争えるとしたんです。

だから、この判決を、「第三者の権利の援用が、一般に認められた判例」と読むのは、誤りです。この点は、財産権そのものの中身には、立ち入りません。援用できるかだけを見ます。では、特定の第三者の権利を、本当に借りて争うことは、一切できないんでしょうか。原則は不可ですが、例外もあります。通説の立場を、確認しましょう。

論文で書く規範:第三者の権利の援用——通説の立場 原則として、特定の第三者の憲法上の権利を援用することはできない。ただし、①当事者の訴訟における利益の程度、②援用される憲法上の権利の性質、③援用者と第三者との関係、④第三者が独立に憲法上の権利侵害を主張する実際的可能性などを考慮して、援用が許される場合がある。 (通説(原則不可+4要素))

四要素は二組ある(回避の四要素=憲法判断に踏み切るべきかを測る物差し/援用の四要素=他人の権利を借りて争えるかを測る物差し/数が同じだけで、使う場面がまったく違う) 図:四要素は二組ある

  • 回避の四要素=憲法判断に踏み切るべきかを測る物差し
  • 援用の四要素=他人の権利を借りて争えるかを測る物差し
  • 数が同じだけで、使う場面がまったく違う

そこは、意識して、分けてください。さっきの四要素は、憲法判断に踏み切るべきかを測る、物差しでした。この四要素は、他人の権利を借りて争えるかを測る、別の物差しです。名前は似ていますが、使う場面が、まったく違います。訴訟での利益の大きさ、権利の性質、当事者と第三者との関係の近さ、そして、第三者自身が、独立に権利侵害を主張できる現実的な可能性。この四つを、総合考慮して、例外的に、援用が許されることがあります。第三者所有物没収事件は、この例外には当たりません。そこも、正確に見てください。さっきの判決は、この四要素を使って、援用を認めたわけではありません。あくまで、被告人自身の利害だけで、結論を出しています。

形だけ、一つ、見ておきましょう。ある法律が、特定の治療を行った医師を、処罰する、としたとします。その医師には、その治療でなければ助からない、患者が一人います。ここに、四つを当てます。一つ目。医師は、現に処罰される側で、訴訟での利益が大きい。二つ目。援用される患者の権利は、生命に関わる、重い権利です。三つ目。医師と患者は、診療という関係で、直接つながっています。四つ目。患者のほうは、自分の病名を明かしてまで、裁判を起こすのは、難しい。こう揃ったときに、例外として、医師が患者の権利を援用して争える、という形になります。

四つを数えるのではなく、傾きを見る、ということです。だから、答案では、この四要素を、「援用できるか」が問題になったときの、物差しとして使ってください。

不特定の第三者の権利の援用

不特定の第三者の援用が許される2場合(①表現の自由に対する不明確・過度に広汎な制約の場合/②刑罰法規が不明確な場合/この2つに限られる) 図:不特定の第三者の援用が許される2場合

  • ①表現の自由に対する不明確・過度に広汎な制約の場合
  • ②刑罰法規が不明確な場合/この2つに限られる

もう一つだけ、確認しておきます。今まで見てきたのは、Aさんという、特定の第三者の権利でした。では、名前も分からない、不特定の第三者の権利は、どこまで、援用できるでしょうか。特定の人でさえ、原則できないなら、不特定の人は、もっと難しそうですね。不特定の第三者の権利の援用が許されるのは、二つの場合に、限られます。一つ目。表現の自由に対する、不明確または過度に広汎な制約の場合。二つ目。刑罰法規が不明確な場合。文面上無効という考え方を、思い出してください。自分が取り締まられた事件でも、裁判所は、自分の行為の当否を見ません。条文の書きぶりが曖昧なせいで、他の誰かが萎縮しているなら——その書きぶりだけを理由に、条文そのものを、丸ごと争える、という話でした。

だから、この二つの場合には、不特定の第三者の権利を、援用することが、認められています。ただし、この二つに限られます。「不特定の第三者なら、広く援用できる」と、一般化しないでください。

今日の到達点——違憲と言わない、3本の道

3本の道(①そもそも答えない=回避のルール/②答えるが、読み方を絞って合憲にする=合憲限定解釈/③答えて、合憲だと言う=通常の合憲判断/今日見たのは①と②) 図:3本の道

  • ①そもそも答えない=回避のルール
  • ②答えるが、読み方を絞って合憲にする=合憲限定解釈
  • ③答えて、合憲だと言う=通常の合憲判断/今日見たのは①と②

今日の内容を、一枚に、まとめましょう。裁判所が、「違憲」と言わない道は、三本あります。一つ目。そもそも答えない。回避のルールです。二つ目。答えるが、読み方を絞って、合憲にする。合憲限定解釈です。三つ目。答えて、そのまま合憲だと言う。通常の合憲判断です。どちらも、「違憲」という言葉は、出てきません。でも、止まっている位置が、まるで違います。恵庭事件は、一つ目でした。通信線が条文の対象にあたらないから無罪、それだけで終わり、合憲性の話には、入りませんでした。「風俗」という言葉を、専ら性的風俗に絞ることで、合憲だと、正面から言い切りました。

「違憲と言わない」を、ひとまとめにしないことです。同じ結果に見えても、止まっている位置が違えば、答案で書くべきことも、まるで違います。後半で見た、立法事実と司法事実、そして、第三者の権利の援用も、この憲法判断という営みを、支えている、別々の道具でした。それでは、最後に、一つだけ、問いを残しておきます。回避しきれず、違憲と言うと決めたとき——その言い方には、型があります。

参照条文

  • 自衛隊法 121条

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