違憲判断の手法と効力——条文は、なぜ消えないのか
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第4章 統治 #78/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
法令違憲——全部と一部
図:法令違憲とは
- 条文そのものを対象にして、規定自体を違憲と判断する手法
- 全部=法令の規定の全部を違憲・無効とする〔尊属殺重罰規定違憲判決〕
- 一部=法令の規定の一部だけを違憲・無効とする=部分違憲〔国籍法違憲判決〕
裁判所が違憲だと判断するときの手法として、まず法令違憲があります。条文そのものを対象にして、規定自体を違憲と判断するやり方です。この法令違憲には二つのパターンがあります。一つは、法令の規定の全部を違憲・無効とする場合です。尊属殺重罰規定を違憲とした判決が、この全部違憲にあたります。もう一つは、規定のうち問題のある一部分だけを違憲だと判断し、無効にする場合です。これを部分違憲と呼びます。国籍法違憲判決が、この部分違憲にあたります。どちらも以前、法の下の平等の回で詳しく見た事件です。今日は事件の中身ではなく、法令違憲という手法の側からもう一度位置づけます。
図:一部だけ違憲にする、という操作
- 条文の中の、ある要件を課している部分だけを取り除く手術のイメージ
- 具体例=図書館の利用規約「市内在住であること、かつ、満20歳以上であること」から年齢制限の一文だけを取り除く
想像してみてください。ある図書館の利用規約に、こう書いてあるとします。「市内在住であること、かつ、満二十歳以上であること」仮にこの「満二十歳以上であること」という年齢制限の部分だけが、不合理だと判断されたとします。そのとき規約を丸ごと無効にする必要はありません。年齢制限の一文だけを取り除けば、「市内在住であること」という残りの条件は、そのまま生きた条件として使い続けられます。これが部分違憲の中身です。条文の中で、ある要件を課している部分だけを手術のように取り除く。名前ではなく操作そのものを体に入れておいてください。思い出してください。少し前に、違憲だとは言わずに済ませる道具を見ましたね。何という道具でしたか?
あれは憲法判断と違憲判断、どちらを回避する道具でしたか。えっと、違憲だとは言わないという道具でしたよね。憲法判断そのものはする。今日これから見ていくのは、その先です。回避せず実際に違憲だと言い切ると決めた場合の話をしています。そのうえで、もう一つ考えてみてください。法令違憲と、これから見る適用違憲。条文そのものがそのまま残るのはどちらだと思いますか。うーん、名前からすると法令違憲のほうは条文そのものを狙っているから、消える側な気がします。そこを次で確かめましょう。
適用違憲——定義と2段階の導き方
図:適用違憲とは
- この事件で法令が実際に当てはめられた、その行為に目を向ける
- 行為が憲法上の保障の範囲内にあるのに、法令が禁圧しようとしている場合、その適用を違憲とする手法
- 2段階=(1)保障の範囲内と認定→(2)その行為への適用は許されないと判断
次は適用違憲です。適用違憲は、この事件で法令が実際に当てはめられた、その行為そのものに目を向けます。そこがいちばんの違いです。その行為が憲法上の保障の範囲内にあるのに、法令のほうがそれを禁圧しようとしている。そういう場合に、当該法令の適用を違憲とする手法です。法令そのものには手を触れません。条文は残したまま、この人へのこの適用だけを止めます。答案でこの適用違憲を書くときは、決まった二つの段階で進みます。
⭐ 論文で書く規範:適用違憲の導き方 適用違憲の判断は、次の2段階で進む。(1) 問題の行為が、憲法の保障する範囲に含まれると認める。(2) その保障の及ぶ行為に対して、これを禁じる法律の規定の適用は許されない、と判断する。 (順序を崩さない)
一段階目。問題の行為が、憲法の保障する範囲に含まれると認定します。二段階目。その保障の及ぶ行為に対して、これを禁じる法律の規定の適用は許されないと判断します。この順番を崩さないでください。一つ具体例で体に入れておきましょう。ある公園の管理規則に、こう定められているとします。「公園内でビラを配布してはならない」ある日Aさんが、迷子になった飼い犬を捜すため、写真付きのビラを公園で配っていました。そのAさんが、この規則に違反するとして注意を受けたとします。さっきの二段階を当ててみましょう。一段階目。飼い犬を捜すための情報提供は、表現の自由として憲法の保障の範囲内にある行為だと認定できます。
二段階目。そうだとすれば、この規則をAさんのその行為に適用して、規制することは許されないと判断されます。あくまでAさんの、この行為への適用だけが止まります。情報の書かれていない紙くずをまき散らす場合は、少し違います。誰かに何かを伝えるための行為ではなく、ただの散らかしですから、表現の自由として保障される行為だとは言えません。その場合は、この規則をそのまま適用して規制しても構いません。ここまでで適用違憲の骨組みはつかめましたね。
図:法令違憲と適用違憲の対比
- 法令違憲=条文そのものを叩く→条文は消える
- 適用違憲=条文は残したまま、この人へのこの適用だけを止める→条文は残る
- 残るか消えるかが違う=あとの効力論の伏線
さきほどの勘と、ここで答え合わせをしましょう。法令違憲は条文そのものを叩きます。だから条文は消えます。適用違憲は条文には触れません。だから条文は残ります。残るか消えるか。この違いはあとで効力の話に、そのままつながります。覚えておいてください。
猿払事件の第一審判決——適用違憲の当てはめ
図:猿払事件の第一審判決の事案
- 郵便局員が、勤務時間外に政治的な活動を行った
- 国家公務員法上の刑罰規定で起訴された
- 争点=この行為への刑罰規定の適用は許されるか
適用違憲が実際に使われた典型の場面を見てみましょう。ただ今日扱う猿払事件は、あの回で見たものとは別物です。ここではっきりさせておきます。郵便局員が勤務時間外に政治的な活動を行いました。そのことを理由に、国家公務員法上の刑罰規定で起訴されました。この事件、旭川地方裁判所が第一審の判決を出しています。前に別の地裁判決を見たとき、確認しましたね。実務でふつう「判例」と言うときは、最高裁の判断を指します。この第一審判決は「判例」とは呼びません。旭川地裁判決、あるいは第一審判決と呼びます。この呼び方を丁寧に守ってください。理由はこの後すぐ分かります。
判例旭川地方裁判所判決・昭和43年3月25日
猿払事件の第一審判決——適用違憲の当てはめ 郵便局員の行為は、人事院規則が定める政治的行為の禁止に該当すると認めた。ただし勤務時間外に、国の施設も職務も利用せず、労働組合の活動の一環だった点も重く見た。この行為に刑罰を科す国家公務員法の規定を適用する限度では、制裁として必要最小限度を超え、憲法21条と31条に違反するとして、被告人を無罪とした。
カードの中身を見ていきましょう。旭川地裁は、この行為が人事院規則の禁止に当たること自体は認めました。政治活動の自由がとても重い権利だ、という前提は置いています。ただ、この行為そのものを規制できるかどうかは、判断を留保しました。そのうえで、勤務時間外に、国の施設や職務を利用せず、組合活動として行われたこの行為に刑罰を科すことは、制裁として行き過ぎだと判断しました。憲法二十一条と三十一条に違反するとして、被告人を無罪としています。法令そのものは無効にせず、この行為への適用だけを違憲とした形です。だから、適用違憲の典型として説明されます。
一段階目にあたる、この行為が保障の範囲に入るという認定を、正面からは立てていません。それでも典型と呼ばれるのは、行き着いた結論の形が同じだからです。結論の形というのは、条文は残り、この行為への適用だけが違憲になる、という形のことです。二段階は、答案で書くときの型だと言いましたね。判決の言葉の順番まで決めるものではありません。公園のビラは、二段階をそのまま踏んだ、型どおりの例。この判決は、一段階目を正面から立てないまま、同じ形に行き着いた実例。ここで分けてください。さて、ここで今日いちばんの罠に気をつけてください。
図:二重の罠
- ①猿払は「適用違憲の判例」ではない=典型なのは第一審であって、最高裁は合憲としている
- ②「猿払事件」という語は、既に最高裁判決を指す語として使われている=別物なので、必ず「第一審判決」と呼ぶ
この事件、最終的にどうなったか覚えていますか。最高裁は適用違憲ではなく合憲だと判断しました。この事件を「適用違憲の判例」だと覚えてしまうのが、いちばん多い間違いです。適用違憲の典型として使われるのは、あくまで第一審の判決です。最終的な結論を出した最高裁は、合憲としています。だから「猿払事件は適用違憲の判例だ」と言い切ってしまうと間違いになります。もう一つ注意してほしいことがあります。「猿払事件」という言葉は、もう一つの意味で既に使われています。公務員の政治活動を扱った回で見た「猿払事件」は、最高裁の判決のほうを指す言葉として出てきていました。目的、関連性、均衡という三つの要素で審査した、あの判決です。
同じ「猿払事件」という名前で、別の審級の別の話をしている。だから今日ここで扱う話は、必ず「第一審判決」または「旭川地裁判決」と呼びます。単に「猿払事件」とだけ言うと、どちらを指しているか分からなくなってしまいます。この二つの罠を押さえたら、次の手法に進みましょう。
文面上無効の判決
図:文面上無効とは
- 違憲判断の特殊な類型
- 立法事実を拾い上げて理由づけすることをせず、条文の言葉づかいだけを見て違憲だと結論づける場合
- 軸が違う=法令違憲・適用違憲は「どこを狙うか」、文面上無効は「どうやって言うか」
手法の三つ目です。文面上無効の判決を見ましょう。これは違憲判断の特殊な類型です。ここを正確に整理しておきたいんです。法令違憲と適用違憲は、「どこを狙うか」という一つの軸の中の、二つの選択肢でした。ところが文面上無効は別の軸の分類です。「どうやって違憲だと言うか」という軸です。同じ列には並べないでください。文面上無効の定義を確認しましょう。
⭐ 論文で書く規範:文面上無効の判断基準 立法事実を拾い上げて理由づけすることをせず、条文の言葉づかいだけを見て、違憲だと結論づける場合をいう。法令違憲・適用違憲とは別の軸(どうやって違憲だと言うか)の分類である。 (特殊な類型)
立法事実を一つひとつ拾い上げて、理由づけすることはしません。条文の言葉づかいだけを見て、違憲だという結論を出します。これが文面上無効です。通常はその事実を検証してから違憲かどうかを判断します。でも文面上無効の場合は、その検証を飛ばします。文面を見ただけで結論が出てしまう場合がある、ということです。明確性を扱った回では、裁判所はその事件で行為がどうだったかを見ずに、条文の書きぶりだけで決める、と言いました。見ないものが違うだけです。あちらは、その事件で行為がどうだったか。今日は、法律を支える事実。どちらも、見るのは文面だけ。この一点は変わりません。二つの例で確かめましょう。
図:文面上無効の2つの例
- 例1=事前抑制の措置が「検閲」〔21条2項前段〕にあたる場合→立法事実を問わず文面上無効。検閲は絶対的に禁止されているから
- 例2=刑罰法規の明確性が争われる場合→不明確さが合憲限定解釈で解消されなければ文面上無効
例の一つ目です。事前抑制の措置が「検閲」にあたる場合です。憲法二十一条二項前段が検閲を絶対的に禁止しています。絶対的に禁止されている以上、立法事実がどうであるかを問う必要がありません。だから検閲にあたると判断された時点で、文面上無効になります。例の二つ目は、いま話に出た、刑罰法規の明確性が争われる場合です。その不明確さが、合理的な合憲限定解釈によっても解消できないなら、文面のままで無効と判断されます。ここで今日少し前に見た道具が意味を持ってきます。合憲限定解釈は、いわば文面上無効を回避する最後の関門です。
広すぎる文言でも、限定して読めば救えることがあります。その関門を通ることができれば法令は生き残ります。でも関門を通れなければ、文面のまま無効になります。同じ道具をまた別の角度から確かめられましたね。ここまでが手法の三つです。次は二階に上がって効力の話をしましょう。
適用違憲の判決の効力
図:適用違憲の判決の効力
- 最高裁が適用違憲と判断した場合=その事件でその法令を使うことだけが違憲として退けられる
- 効力は当然、当該事案に限られる
- 争いなし=そもそも法令に手を触れていないから
まず効力の一つ目。適用違憲の判決の効力です。最高裁が適用違憲だと判断したときは、その事件でその法令を使うことだけが違憲として退けられます。だからその判決の効力も当然、当該事案に限られます。ここは争いがありません。そもそも法令には手を触れていないんですから、他の事件にまで効力が及びようがありません。争いがあるのは、これから見る法令違憲のほうです。
法令違憲の判決の効力——個別的効力説
図:一般的効力説と個別的効力説
- 一般的効力説=当該法令の効力を一般的に失わせる、いわば法令集から削除される
- 個別的効力説〔通説〕=当該事件に限って及ぶ(目の前の事件だけに及ぶ、という意味)
では最高裁による法令違憲の判決は、どういう効力を持つんでしょうか。ここが今日いちばん大事なところです。考え方は大きく二つに分かれます。一つ目。一般的効力説です。当該法令の効力を一般的に失わせる効力を持つ、とする見解です。法令違憲だと判決が出ると、その法令自体が世の中全体に対して効力を失います。イメージで言えば、法令集からその条文ごと消えてしまう。そう考えます。それに対して、もう一つの考え方が個別的効力説です。こちらが通説です。個別的効力説では、法令違憲の判決の効力は目の前の事件だけに及ぶと考えます。答案ではこれを「当該事件に限って及ぶ」と書きます。
ここで二つの説の違いを一つのイメージでつかんでおきましょう。
図:2つの説のイメージ
- 一般的効力説=法律という本の、そのページを破って捨てる→誰の手元の本からも消える
- 個別的効力説=ページは残したまま「今回のこの件では、このページは使いません」と付箋を貼る→別の件では、また同じページを開いて使える
一般的効力説は、いわば法律という本のそのページを破って捨ててしまうようなものです。破られたページは誰の手元の本からも消えます。これに対して個別的効力説は、ページはそのまま残しておいて、「今回のこの件については、このページは使いません」という付箋を貼るようなものです。別の件では、また同じページを開いて使うことができます。この個別的効力説には理由が二つあります。一つで済ませず両方押さえてください。
⭐ 論文で書く規範:個別的効力説の理由 個別的効力説(通説)は、次の2つの理由から、法令違憲の判決であっても、その効力が当該事件に限って及ぶと考える。① 効力を一般的に失わせると考えると、裁判所は法律を作り替えるのに等しい消極的な立法権を持つことになり、国会だけが法律を作れるとする「唯一の立法機関」(41条後段)の建前と衝突する。② 付随的審査制のもとでは、その事件を解決するのに必要な範囲でしか違憲審査が行われない。 (論証55(規範・通説で立てる))
図:理由は2本立て
- ①権力分立の側=一般的に失効すると考えると、裁判所が法律を作り替えるのと同じ消極的な立法権を持つことになる→41条後段「唯一の立法機関」の建前と衝突する
- ②制度の側=付随的審査制のもとでは、当該事件の解決に必要な限度でしか違憲審査が行われない→効力もその限度を超えない
理由の一つ目です。もし一般的効力説のように解いてしまうと、どうなるでしょうか。裁判所が法令を、一般的に無効にする力を持つことになります。これはいわば消極的な立法権を、裁判所が持つことに等しくなります。でも以前見た条文を思い出してください。憲法四十一条は、国会を国の唯一の立法機関だと定めていました。
条文憲法 41条
憲法41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
前段は国会が国権の最高機関である、という部分です。後段が今日大事な部分です。国会は国の唯一の立法機関である。国会の地位を見た回や、委任立法を見た回でも出てきました。今日は同じ条文を、個別的効力説の根拠という、また別の角度から見ています。立法をする機関は国会だけ。裁判所は立法をする機関ではありません。だとすれば裁判所の判決によって法令が一般的に消えてしまうのは、この「唯一の立法機関」という四十一条後段の趣旨に反してしまいます。理由の二つ目は制度の仕組みそのものの側です。以前付随的審査制という言葉を見ましたね。
付随的審査制のもとでは、そもそも事件の解決に必要な限度でしか、違憲審査が行われません。だとすれば、その判断の効力が及ぶ範囲も、その限度を超えません。一つ目は、裁判所が立法をしてはいけないという権力分立の側。二つ目は、そもそもそこまでしか審査していないという制度の側。別々の方向から同じ結論にたどり着いています。ここは論文でも、規範として書けるように問われる論点です。この個別的効力説を、実際の事件で確かめてみましょう。一つ質問です。尊属殺重罰規定を違憲とした判決のあと、別の尊属殺事件で刑法二百条は、使えると思いますか、使えないと思いますか。
その予想を次の話で確かめましょう。
刑法200条は、なぜ20年生き残ったのか
図:刑法200条タイムライン
- 尊属殺重罰規定違憲判決→別の尊属殺の事件で見れば、刑法200条という条文はなお生きた法律のまま=20年以上
- 国会が削除したのは、違憲判決から20年以上たった平成7年〔法律第91号〕
尊属殺重罰規定である刑法二百条を違憲とした判決を思い出してください。この判決は、当該事件においてのみ刑法二百条を無効とするにとどまります。だからこの法令違憲判決のあとでも、別の尊属殺の事件で見れば、刑法二百条という条文自体は、まだ生きている法律のままでした。ここが素朴な感覚と、いちばんズレる部分です。「違憲判決が出れば条文は消える」というのは誤りです。国会が刑法二百条を削除したのは、違憲だと判断されてから二十年以上たった平成七年です。国会が削除するそのときまで、刑法二百条という条文の効力は、途切れることなく続いていたんです。
冒頭の一問の答えがこれです。最高裁に違憲だと言われても、条文はその瞬間には消えません。ただ、ここでもう一つ大事な注記を付け加えておきます。「だから国会は放置してよい」という話ではありません。個別的効力説に立っても、最高裁が違憲だと判断した以上、他の国家機関はその判断を十分に尊重するのが望ましい。国会には早めに改正・廃止する対応が、政府にはその規定の執行を控える対応が、それぞれ憲法上望ましいこととして期待されている、と解されています。刑法二百条についても、判決が出てから削除されるまでの間、実務でも、この規定では起訴せず、通常の殺人罪で起訴する運用がとられました。
動かないままなのは望ましい姿ではありません。でも条文そのものを消す力までは判決には無い。この二つを両方とも正確に持ち帰ってください。
判例の拘束力——判決理由と傍論
図:「判例」という語の2つの話
- ①実務の呼び分け〔どの裁判所の判断か〕=ふつう「判例」と言えば最高裁の判断・地裁のものは「第一審判決」と呼ぶ
- ②言葉の広さ=広義〔およそ裁判例。地裁の判決も含む〕・狭義〔判決文のうち、判決理由の部分だけ〕
- ①と②は別の話=混ぜない
ここまで、違憲判断の効力は目の前の事件までしか届かない、という話をしてきました。実は同じ発想が、もう一つ別のところにも流れています。判例の拘束力です。判決で言われたことの全部が、次の事件に効くわけではありません。まず「判例」という言葉の意味を正確に確認します。ただ、「判例といえば最高裁の判断」というのは、実務でふつうどう呼ぶか、という呼び分けの話でした。言葉そのものの広さで言えば、広義では、およそ裁判例のことを判例と呼びます。地裁の判決も含めてです。広い意味なら、さっきの第一審判決も判例のうちに入ります。ただ、実務でただ「判例」と言えば最高裁の判断を指すので、あの場面では呼び分けました。
そのうえで今日ここで見るのは、さらに別の切り方です。「どの裁判所の判断か」ではなく、「判決文のどの部分を指すのか」で切ります。狭義では、判決文の中の、ある部分だけを指します。
図:判決理由と傍論
- 判決理由〔レイシオ・デシデンダイ〕=判決の結論を導くのに必要な法的理由づけ
- 傍論〔オビタ・ディクタム〕=判決文のうち、結論とは直接つながらない記述
- 狭義の「判例」が指すのは判決理由のほう
判決の結論を導くうえで意味のある法的な理由づけ。これを判決理由と呼びます。判決文の中には、この判決理由と関係のない部分も混ざっています。そちらは傍論と呼ばれます。一つ具体例で体に入れておきましょう。
図:診断書のたとえ
- 診断書に並ぶ2つの記述
- ①「発熱がある。だから解熱剤を処方する」=結論を導いた理由づけ→次に診る医師が参考にすべきはこちら→判決なら判決理由
- ②「ちなみに昨晩ラーメンを食べたと話していた」=結論と関係のない、ただの記録→判決なら傍論
ある医師の診断書に、こう書いてあったとします。「発熱がある。だから解熱剤を処方する」そのすぐ後に、こう続いていたとします。「ちなみにこの患者は昨晩、ラーメンを食べたと話していた」ここが大事なところです。次に、この患者を診る別の医師がいたとします。その医師が診断の基準として参考にすべきなのは、どちらでしょうか。「ラーメンを食べた」という一言は、診断の結論とは関係のない、ただの記録にすぎません。判決も、これと同じです。結論を導いた理由づけが判決理由。結論とは関係のない、ついでの言及が傍論です。
⭐ 論文で書く規範:判決理由と傍論 狭義の判例とは、判決の結論を導くのに必要な法的理由づけをいう。これを判決理由(レイシオ・デシデンダイ)という。それ以外の、結論とは直接つながらない記述は、傍論(オビタ・ディクタム)と呼ばれる。最高裁の憲法判断は、あとに続く裁判所に対して事実上の拘束力を持つと解されているが、その力が届くのは判決理由の部分だけである。 (事実上の拘束力)
図:「事実上の」拘束力
- 最高裁の憲法判断は、のちの裁判所に対して先例として拘束力を持つと解されている
- ただし「事実上の」=日本は先例に法的な拘束力を持たせる国ではない
- 及ぶのは判決理由の部分だけ=傍論には及ばない
- 答案では、結論を支えている理由づけの部分を引く
最高裁が示す憲法判断は、あとに続く別の裁判所も、事実上の拘束力というかたちで縛ると考えられています。ここは落とさずに確認しておきたいところです。日本は先例に、法的な拘束力を持たせる国ではありません。だから、あくまで「事実上の」拘束力と言われます。そして、その拘束力を持つのは判決理由の部分だけです。ここを答案の実務に落としておきましょう。判例を引くとき、引くべきなのは結論を支えている理由づけの部分です。判決文に書いてあるからといって、何でも「判例はこう言っている」と使えるわけではありません。この区別を持って帰ってください。もう一つだけ、少し前に見た話を思い出してもらいます。
最高裁には大法廷と小法廷がありましたね。大法廷でなければならない場合が、いくつかありましたよね。その三つを次の話で、もう一度使います。
判例の変更——大法廷によらなければならない
図:判例の変更
- 判例の変更も、理由がしっかりしていれば可能
- 変更するには大法廷でなければならない〔裁判所法10条〕
- 判例の変更=前の最高裁の裁判に反する意見をとること→大法廷が必要な三つの場合の三つ目に、そのまま当たる
判例の拘束力は事実上のものだと言いました。だとすると判例は変えられないんでしょうか。事実上のものなら変えてもいい気がします。理由がしっかりしていれば、判例を変えること自体はできます。ただ、変えるときは大法廷でなければ扱えません。根拠は裁判所法十条です。以前見た大法廷が必要な三つの場合の、三つ目にあたります。憲法や法令の解釈適用について、前の最高裁の裁判に反する意見のとき、という場合でしたね。その三つを書いているのが、いま出た裁判所法十条です。そこがつながる場所です。判例の変更は、前の最高裁の裁判に反する意見をとること、そのものです。
前に見たあの図の三つ目が、まさに今日の話とつながっています。ここで拘束力の話と変更の話を、つなげておきましょう。拘束力が法的なものではなく事実上のものだからこそ、変更の余地があります。ただし誰でも簡単に変えられては困ります。だから変更には、大法廷という重い手続を要求しています。この重さが判例の安定性を支えています。軽々に変えられないようにすることで、法的な安定を保っているんです。
今日の地図(保存版)
図:今日の到達点
- 手法=どこを狙うか〔法令違憲・適用違憲〕とどう論証するか〔文面上無効〕の2軸
- 効力=当該事件限り〔個別的効力説〕→条文は消えず、動かすのは国会の仕事として残る
今日の内容を一枚にまとめましょう。手法は二つの軸で整理できます。一つは、どこを狙うか。法令違憲か適用違憲か。もう一つは、どう論証するか。文面上無効かどうか。この二つは並列の三択じゃなくて、軸が違うんでしたね。そして効力は当該事件限り。個別的効力説です。だから最高裁に違憲だと言われても、条文は消えません。冒頭の一問の答えを、もう一度置いておきます。ある刑法の規定は実際に、二十年以上法律として有効なまま残りました。それは日本の違憲審査が、目の前の事件を解決するためだけに動く付随的審査制だからです。分類の名前を暗記することではありません。違憲だと言うときに、何を狙っているのか。そして、その判断はどこまで届くのか。この二つを、いつも切り分けて考えることです。
ここまでは、国会が作った法律を退ける話でした。では、国会が作らなかったことは、どうやって争うんでしょうか。法律が無いことそのものが、問題になる場面があります。そこは、また、じっくり見ていきましょう。
参照条文
- 憲法 41条