憲法保障と憲法改正——手続だけでは、変えられないものがある
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第4章 統治 #85/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。
憲法保障とは何か——意義
図:憲法保障の定義
- 意味=憲法を壊す方向へ向かう政治の動きを、前もって止めるか、起きたあとに立て直すかして、憲法が最高法規であり続けるように保つこと
- 2語=事前・事後
- たとえ=家の防犯、鍵をかけ警備員を置くのが事前、泥棒が入ったあとに警察を呼び保険で補うのが事後
まず、憲法保障とは何か、定義から確認しましょう。政治の動きが憲法を壊す方向へ向かったとき、前もって止めるか、起きてしまったあとに立て直すかして、憲法がいちばん強い法であり続けるように保つ。これが、憲法保障です。家の防犯に置き換えて考えてみましょう。鍵をかける、警備員を置く。これは、泥棒が入る前の備えです。逆に、泥棒が入ったあとに、警察を呼ぶ、保険で埋め合わせる。これは、事が起きたあとの備えです。今の説明の中に、事前・事後という2つの言葉が入っていました。この2語が、この先に出てくる分類の軸になります。ここを、まず押さえておいてください。
類型の地図
図:類型の地図
- 軸1=明文の有無
- 軸2=超憲法的保障(明文なし)と憲法内的保障(明文あり・事前/事後)
- 明文ありの側だけが事前・事後にさらに分岐=2軸は並列でなく段
ここまでの憲法保障を、1枚の地図にまとめます。軸が2つあります。1つ目の軸は、明文があるかどうかです。もう1つの軸は、超憲法的な保障か、憲法内的な保障かです。憲法の外から、憲法秩序そのものを守る手段です。これから見る抵抗権と国家緊急権が、これにあたります。どちらも明文がありません。憲法の内側に、あらかじめ仕組みとして用意されている手段です。こちらは、明文があります。そして、この憲法内的な保障は、さらに事前と事後に分かれます。事前的手段には、硬性憲法96条、尊重擁護義務99条、そしてその土台になっている権力分立、41条、65条、76条1項があります。事後的手段には、違憲審査制81条があります。
この2つは、並んだ2本の軸ではありません。先に明文があるかないかで大きく2つに割れて、そのうち明文がある側だけが、さらに事前と事後に分かれます。段になっているんです。明文の無い抵抗権と国家緊急権は、そもそも憲法の外側の話なので、事前・事後という憲法の内側の物差しには乗りません。だから、対立しないんです。
道具が集まる
図:道具が集まる
- 違憲審査制81条=事後的手段だった
- 権力分立41条65条76条1項=事前的手段の話だった
- 硬性憲法96条=改正を難しくする手段
- 尊重擁護義務99条=公務員を縛る手段
ここで、これまで積んできた道具を、思い出してください。違憲審査制、81条です。あれは、憲法保障の事後的手段でした。ただし、あの回で見たとおり、日本の付随的審査制は、目の前の人の人権を守る場面に強い代わりに、憲法保障という役割では弱くなりがちでしたね。弱い側の役割を、解釈で広げてきた。その役割の名前が、今日の憲法保障です。国会や内閣、裁判所の権限を分ける仕組み、権力分立、41条、65条、76条1項。権力を1か所に集めないでおけば、憲法を壊せるほどの力がそもそも生まれません。壊れてから直すのではなく、壊せないようにしておく。だから、統治機構で見てきた各回は、全部、事前的手段の話だったことになります。
硬性憲法96条は、これから見ますが、改正を難しくする手段です。そして、公務員の尊重擁護義務、99条。憲法を壊しうる立場にいる人たち自身に、壊さない義務を負わせておく。これも、壊れる前の備えです。中身は、これから見ましょう。憲法保障という一語のもとに、これまでの道具が、それぞれの持ち場を持って並びます。
公務員の憲法尊重擁護義務——99条
図:99条の名宛人
- 名宛人=天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員
- 国民が入っていない
- 98条=最高法規性・99条=尊重擁護義務、条文番号を取り違えない
では、明文のある保障の1つ、99条を見ましょう。この条文は、いちばん最初の回で一度だけ出しました。今日は、憲法保障の道具として、置き直します。
条文日本国憲法 99条
日本国憲法 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
この条文で、いちばん注目してほしいのは、並んでいる名前そのものより、並んでいない名前です。この条文には、国民が入っていません。この条文が守らせようとしているのは、国家の側にいる人たちです。天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員。全員、権力を担う立場にいる人たちです。ここに、憲法という法の設計そのものが表れています。憲法は、国民を縛る法ではなく、国家権力を縛る法です。だから、権力を担う側だけが、名宛人として並んでいます。国民のための決まりごとであることは、間違いありません。ですが、誰を縛るかという点では、国民ではなく、権力を担う人たちを縛る法です。この2つは、矛盾しません。国民のために、権力の側を縛っているんです。
もう1点、注意してください。似た条文に、98条があります。98条は最高法規性、99条は尊重擁護義務です。番号を取り違えないでください。
明文のない保障①——抵抗権
図:抵抗権
- 意味=国家権力が国民に重大な人権侵害を重ねてきたとき、国民の側からそれを拒む権利
- 主体=国民
- 明文なし=超憲法的保障
ここから、明文のない保障を見ていきます。1つ目は、抵抗権です。国家権力が国民に対して重大な人権侵害を重ねてきたとき、国民の側からそれを拒む権利のことです。ここは、しっかり押さえておいてください。抵抗権の主体は、国民です。明文はどこにもありません。それでも憲法保障の一類型に数えるのは、憲法そのものが壊されたときに、憲法の内側の仕組みはもう働かないからです。そのときに憲法秩序を押し戻す力は、憲法の外側——国民の側にしか残っていません。さきほどの地図でいう、超憲法的な保障です。この権利の考え方の元をたどると、思想の歴史にまでさかのぼりますが、その中身は、以前見た自然権の話に譲ります。今日は、抵抗権が憲法保障の1つの類型だ、という位置づけだけ押さえておいてください。
明文のない保障②——国家緊急権
図:主体の対比
- A国民=抵抗権、国家の重大な人権侵害への拒否
- B国家権力=国家緊急権、非常事態での憲法秩序の一時停止
- 主体が逆
2つ目は、国家緊急権です。名前が似ていますが、まったく違う話をします。大きな戦争や内乱、恐慌、大規模な自然災害——ふだんの統治のしくみでは手に負えない事態が訪れたとき、国という存在そのものを保つために、国家権力が立憲的な憲法秩序をいったん止めて、非常の手段をとる。この権限のことを、国家緊急権と呼びます。家族に置き換えると、違いがはっきりします。抵抗権は、家長の暴走を、家族が止める権利です。国家緊急権は、家長が緊急時に、家のルールを一時止めて対応する権限です。抵抗権の主体は国民、国家緊急権の主体は国家権力です。似た名前で、主体が正反対。ここが、短答で狙われる典型的な落とし穴です。
図:明治憲法との対比
- 明治憲法=緊急勅令〔8条〕・戒厳宣告の権〔14条〕・非常大権〔31条〕など
- 日本国憲法には国家緊急権の規定が無い
日本国憲法に規定があるかどうかが、もう1つの重要な点です。明治憲法には、国家緊急権にあたる規定がありました。緊急勅令、戒厳を宣告する権、非常大権など、複数の条文にわたっていました。ところが、日本国憲法には、国家緊急権に関する規定がありません。そこを、取り違えないでください。今の憲法には、国家緊急権の規定は無いというのが、現状です。「すでに緊急事態条項がある」と考えるのは、誤りです。
国家緊急権の両面性
図:両面性
- 保持を図る面=国家存亡の危機に対応する
- 濫用の危険=緊急事態を名目に憲法秩序を破壊する方向で使われうる
- だから=改正して認めるとしても実効的な統制の方策が必要不可欠
国家緊急権には、もう1つ、押さえておくべき性質があります。両面性です。国家存亡の危機において、憲法の保持を図る面を持っています。国を守るための力、という側面です。ところが、同時に、逆の危険も常にはらんでいます。緊急事態を名目にして、憲法秩序そのものを破壊する方向で、濫用される危険です。この両面があるからこそ、もし将来、憲法を改正して国家緊急権を書き込むとしても、それを歯止めなく使わせない仕組みをセットで用意することが欠かせない、というのが押さえどころです。この先、どんな制度設計にするかという各論には、今日は立ち入りません。今日は、両面性があるという構造まで押さえてください。ここで、思い出してください。ここまで見てきた守るしくみは、何と何でしたか——?
尊重擁護義務の99条と、違憲審査制の81条でした。この2つが、明文のある事前的手段と事後的手段の代表でした。
橋——硬性憲法96条
図:96条の3段
- 橋=守るしくみのうち硬性憲法だけは変えるしくみでもある
- 3段の流れ=発議〔国会〕→承認〔国民投票での国民〕→公布〔天皇〕
ここで、前半の守るしくみと、後半の変えるしくみをつなぐ橋を渡ります。硬性憲法というのは、第1回で見たとおり、普通の法律より重い手続でしか変えられない憲法のことでしたね。守るしくみの中で、この硬性憲法96条だけは、同時に変えるしくみでもあります。憲法を改正しにくくしておくこと自体が、そのまま、憲法を守ることになるからです。ここから、後半に入ります。
条文日本国憲法 96条
日本国憲法 第九十六条 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。 2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
3つの段階に分けて読むと、整理しやすくなります。1段目は、国会による発議。2段目は、国民投票での国民の承認。3段目は、天皇による公布です。1つずつ、見ていきましょう。
手続①——国会による発議
図:発議の要件
- 発議=国民に問う憲法改正案の中身を国会が決めること
- 各議院の総議員の3分の2以上の賛成〔出席議員ではない〕
- 総議員の意味=法定議員数説が有力だが現在議員数説もあり、決着していない
まず、発議です。発議というのは、国民に問う憲法改正案の中身を、国会が決めることです。ここが、短答でいちばん落としやすいポイントです。各議院において、その総議員の3分の2以上の賛成が必要です。出席議員の3分の2ではありません。ここを、取り違えないでください。法律案の議決なら、出席議員の過半数で足りる場面が多いですが、憲法改正の発議は、それよりずっと重い、総議員基準の特別多数です。数で見ると違いがはっきりします。仮に定数が100人の議院で、その日70人が出席していたとしましょう。出席議員の3分の2なら47人で足ります。ですが総議員の3分の2は、67人。欠席した30人は、賛成しなかった側に数えられるのと同じことになります。
そこにも、争いがあります。法定議員数説といって、法律で定められた議員の定数を指すという考え方が有力です。手続きに、それだけの慎重さを求めるべきだ、という見地からです。ただし、現在の在職議員数を指すという考え方もあります。この説だと、欠員が出ている分だけ分母が減るので、同じ人数の賛成でも3分の2に届きやすくなります。どちらを採るかで必要な人数が変わるため、断定はできません。
図:国会法の要件
- 国会法68条の2=衆100人以上・参50人以上の賛成で議員が原案を発議〔同じ人数を68条の4が修正動議にも要求〕
- これは憲法の要件ではなく国会法の要件
- 内閣の発案権=否定説が有力だが政府解釈は肯定説
- 衆議院の優越は無い
議院に対して、議員が改正案の原案を出す段階には、国会法の決まりがあります。衆議院なら議員100人以上、参議院なら議員50人以上の賛成が必要です。そこを、取り違えないでください。原案の発議には国会法68条の2が、原案の修正動議には68条の4が、それぞれ同じ人数を求めています。いずれも国会法の要件であって、憲法96条自体の要件ではありません。法律案なら、内閣が提出できます。ですが、憲法改正の原案については、内閣にその発案権は無いとする見解が有力です。改正は、主権者である国民に提案するかどうかを決める場面です。国民から選ばれた議員で構成される国会が決めるべきで、国会が作った内閣が口火を切る場面ではない、という理由です。法律案と、混同しないでください。ただし、政府の解釈は一貫して肯定説を採っており、国会法もこの点を決めていません。学説の対立として押さえておいてください。
96条には、衆議院の優越はありません。60条や61条が衆議院を優先させるのは、予算や条約のように、決まらないままでは国政が止まってしまう事項だからです。憲法改正は、決まらなければ今の憲法がそのまま続くだけで、急いで決着させる必要がありません。むしろ、両院がそろって重い賛成を出すことに意味があります。だから各議院が、対等に、それぞれ総議員の3分の2以上の賛成を必要とします。
手続②——国民の承認
図:過半数の意味
- 過半数の3説=有権者総数説・投票総数説・有効投票総数説
- 国民投票法〔平成19年〕が有効投票総数の過半数と決着
- 投票権者=日本国民で満18年以上
2段目は、国民投票での国民の承認です。条文には、その過半数の賛成が必要とあります。実は、96条の文言だけからは、答えが1つに決まりません。有権者全体を分母にするのか、投票した人全体を分母にするのか、有効な投票だけを分母にするのか。有権者総数説、投票総数説、有効投票総数説と、3つの考え方が対立していました。分母が変われば、同じ票でも結果が変わります。仮に有権者が1億人、実際に投票したのが5千万人、そのうち無効票が5百万人だったとしましょう。賛成が2千3百万票なら、有効な投票4千5百万票の過半数は超えています。ですが、有権者1億人の過半数には、まったく届きません。同じ投票結果が、分母の取り方ひとつで、成立にも不成立にもなるわけです。
96条の文言そのものが、答えを一義に出しているわけではありません。この対立に決着をつけたのは、平成19年にできた国民投票法です。有効投票総数の過半数、と定めました。法律の文言そのものは、「投票総数」です。ただし、その投票総数は、賛成の投票の数と反対の投票の数を合計した数と定義されていて、無効票や白票は分母に入りません。だから実質的に、有効な票だけを分母にした過半数、ということになります。ここは、その順序で覚えてください。まず条文があり、そこに解釈の対立が生まれ、法律が決着させた。この順です。ちなみに、投票できる人は、日本国民で満18年以上と定められています。
手続③——天皇による公布
図:公布
- 全文=憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する〔96条2項〕
- 7条1号も参照
- 「国民の名で」=改正の主体は国民である、という表れ
3段目は、天皇による公布です。96条2項に書かれています。憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する、とあります。7条1号にも、天皇が憲法改正を公布する国事行為が挙げられています。「国民の名で」には、特別な意味があります。ここは、条文の中でも見落とされがちですが、大事な言葉です。公布するのは天皇ですが、その公布は、天皇自身の意思としてではなく、国民の名で行われます。改正の主体が国民であることが、この一言に表れています。以前見た、国民主権の考え方が、ここにもつながっています。
憲法改正の限界——限界説
図:限界説とは
- 通説=憲法改正には限界があると解する
- 無限界説は通説ではない
- 限界の内訳=4つ=①国民主権②憲法改正国民投票制③人権宣言の基本原則④平和主義の原則
さて、冒頭の一問に戻る時が来ました。96条の手続きを踏めば、憲法はどんな中身にでも書き換えられるのでしょうか。「主権は天皇に属する」と書き換えることも、できるのか、という話でしたね。通説は、憲法改正には限界があると考えます。手続きさえ踏めば無限に変えられる、という考え方は、通説ではありません。4つあります。1つ目、国民主権。2つ目、憲法改正国民投票制。3つ目、人権宣言の基本原則。4つ目、平和主義の原則です。
⭐ 論文で書く規範:憲法改正の限界——限界説(通説) 憲法改正には限界があり、①国民主権、②憲法改正国民投票制、③人権宣言の基本原則、④平和主義の原則を改廃することは、96条の手続を経てもなお許されない。 (規範(通説で立てる))
丸暗記でなく、つながりで覚えてください。木にたとえます。①国民主権と③人権宣言の基本原則が、根と幹です。①国民主権は、憲法改正権そのものの基盤です。この基盤を、改正権を使って改正してしまうことは、改正権が自分の存在根拠を切り倒すことになります。改正権の自殺行為です。③人権宣言の基本原則も、同じです。憲法が何のためにあるのかを決めている、いちばん土台の決まり——根本規範にあたります。②と④は、根と幹から直接伸びた、太い枝です。②憲法改正国民投票制は、①国民主権から伸びています。国民投票制を廃止してしまえば、国民主権という根が揺らぎます。
④平和主義の原則も、①や③から伸びた太い枝です。戦争は、国民の生命そのものを奪います。人権宣言の基本原則を国と国との関係の面で言い直したものが、平和主義の原則だと考えれば、③の幹と地続きであることが見えてきます。この4つは、横に並んだ4つの項目ではなく、根・幹と、そこから伸びた枝という構造でつながっています。いちばん深いところでつながっています。今日の最初に、憲法保障とは、憲法の最高法規性を確保するしくみだと言いました。96条の改正手続も、そのしくみの一部です。改正を難しくしておくことが、憲法を守ることになるからでしたね。その、守るための手続を使って、憲法を最高法規たらしめている中身そのものを壊してしまえば、守るべき憲法が、その瞬間に消えてしまいます。手続を守るための手続で、その手続の土台そのものを壊すことはできない。これが、限界説のいちばん奥にある理屈です。ですから限界説は、変えるしくみの話に見えて、実は守るしくみの最後の一枚なんです。
図:9条2項の改正可否
- 限界にあたるのは平和主義の「原則」であって9条2項の条文そのものではない
- 侵略戦争を許容する改正は許されない
- 戦力の不保持を定める9条2項の改正は必ずしも矛盾せず可能と解されている
9条2項が絶対に変えられないというのは、よくある誤解です。木には、もう1段あります。根と幹、そこから直接伸びた太い枝、そして太い枝の先の枝ぶりや葉です。④平和主義の原則が太い枝で、9条2項は、その太い枝から伸びた枝ぶりの1本にあたります。限界にあたるのは、幹と太い枝の部分——平和主義の「原則」であって、9条2項という条文の1本1本、どんな枝ぶりにするかという部分ではありません。侵略戦争を仕掛けることを許してしまうような改正は、幹そのものを切ることになるので、許されません。ですが、戦力の不保持という体制、つまり9条2項の枝の組み方を見直すことは、平和主義の原則という幹と、必ずしも矛盾しません。
「限界説だから9条は一切変えられない」というのは、正確ではありません。変えられないのは、幹の部分の理念であって、枝葉の組み方まで固定されているわけではないんです。
図:8月革命説の位置づけ
- 限界説を前提にすると明治憲法73条の手続では日本国憲法の成立を説明できない断絶が生じる
- その断絶を埋める説明として8月革命説があった
ここで、その話ともつながります。限界説を前提にすると、明治憲法73条の改正手続では、国民主権を柱とする日本国憲法の成立を説明できない、大きな断絶が生じます。その断絶を埋める説明として、8月革命説がありました。中身は、以前見たとおりです。今日は、この位置づけだけ確認できれば十分です。
今日の地図(保存版)
図:まとめ
- ①守るしくみと変えるしくみは硬性憲法96条でつながっている②96条の手続=総議員2/3の発議・有効投票総数の過半数・国民の名での公布③限界説の4類型は根・幹と枝で理解する
- 今日の一問の答え=主権を天皇に属させる改正は国民主権という根を切るので96条の手続を踏んでもできない
今日の一問に、答えましょう。96条の手続きを踏めば、「主権は天皇に属する」と書き換えられるのか。国民主権は、限界説の根にあたります。その根を書き換えることは、改正権自身の存在根拠を切ることになります。だから、96条の手続きを全部踏んだとしても、できません。3点です。1つ目。守るしくみと変えるしくみは、硬性憲法96条という1本の線でつながっていました。そして、その線の終点にあるのが限界説です。守るための手続で、守るべき土台は壊せない。2つ目。96条の手続きは、総議員の3分の2の発議、有効投票総数の過半数の承認、そして国民の名での公布という3段でした。3つ目。限界説の4類型は、根・幹と、そこから伸びた枝という構造で理解できます。ここで、1つ確認させてください。限界説の4つのうち、根と幹にあたるのはどれとどれでしたか——?
国民主権と、人権宣言の基本原則です。この2つを切ってしまえば、憲法そのものが立っていられなくなります。そして、今日という回は、この憲法シリーズ全体の締めくくりでもあります。最初の回で、こう言いました。憲法は、国民を縛る法ではなく、国家権力を縛る法です。そして今日、その縛る法を、縛られる側である国民が、変えられるようにしておく仕組みまで見ました。その変える力にも、限界がある。その限界がどこにあるのかを考え続けることこそが、立憲主義を守るということでした。限界説が問題になる場面は、論文のシリーズで扱います。
お疲れさまでした。
参照条文
- 日本国憲法 99条
- 日本国憲法 96条